自分でバトルストーリーを書いてみようVol.29

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244魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:39:35 ID:???
「『B』……!」
「シンクロの副作用を断ち切る我がユニット『カエサル』が、魔装竜ジェノブレイカーの
内部に入り込んだのさ。
 ユニットがゾイドコアを支配すれば、本体さえも支配できる。我が足下に跪いて、靴を
舐めるジェノブレイカーに拝めるとは何とも至福よ!
 だが我が本来の望みはそれに留まらない……」
 満を持して、ゆっくり歩を進めた青い獅子。
 依然としてのたうち回る深紅の竜。若き主人ギルガメスは口を抑えていた左手をレバー
に戻し、小刻みに弄り回す。宿敵「B」の言葉より得たヒントは、こうやって苦しんでい
る内は、オーガノイドユニット「カエサル」の支配下に完全に置かれてはいないというこ
とだ。今のうちに距離をとって、カエサルを追い出す手段を考えなければいけない。
 だがこの銀色の刺客とその主人は余りにも非情だ。目の前にまで近付くと、弱点を見せ
まいとうつ伏せになる竜の首に噛み付き、ぐいと捻り上げる。
 露になった竜の胴体、そしてコクピットハッチ。
 懸命にのたうつ竜など知ったことかと言いたげに、青い獅子は右前足で左腕を、左前足
で右腕を踏みつけた。
 そのまま、獅子は首を降ろす。その鼻先にコクピットハッチが見える。
 深紅の竜は首を振り上げ拙い抵抗を試みるが、獅子は鼻先で殴りつけ、弾き飛ばした。
そのままハッチの目前に鼻先をつけると、橙色のキャノピーが開く。
 中から現れた全裸の美少女。両耳上で束ねた金髪を揺らめかせ、淫猥に微笑むと拘束具
を蹴り、飛び降りてハッチの目の前に降り立った。
 全裸の美少女はハッチを密閉する接合部に手をかけた。大型ゾイドの殴打でさえびくと
もしないブレイカーのハッチではあるが、この美少女にそんな常識は通用しない。金髪揺
らめかせ、額の刻印と銀の瞳を爛々と輝かせればたちまちメキメキとハッチが音を立てて
開かれていく。
 本体の天地が逆転している以上、このコクピット内部も同様にひっくり返っている。美
少女が無理矢理に力を加えてハッチを閉じると、映像が分断されて奇妙な光景を生み出し
た外周は元通りに外の様子を映し始めた。
245魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:47:08 ID:???
 さてギルガメスは座席に拘束具で括りつけられたまま、逆さの状態で肩で息しながら、
この無法な侵入者を睨みつけている。座席下部のポケットに忍ばせてあるゾイド猟用ナイ
フに手を伸ばそうとしたが、いざ両手をレバーから離したくとも、指一本とてレバーに吸
い付いてびくともしない。彼は唇を噛んだ。美少女の仕掛けた金縛りだ。
 美少女は彼の動揺を見透かすかのように、上目遣いで呟いた。
「『どうすれば追い出せるか』……そんなことを、考えているな?」
 ギルガメスは鼻さえ鳴らさず、只ひたすらに円らな瞳で睨みつけるのをやめない。無言
の抵抗。だが美少女「B」はそんな彼の心情を尚も嘲笑う。
「心だけは折れぬとでも言うつもりか。
 だが折れなければ、溶かしてしまえば良い。ククク……」
 元々広いコクピット内を、小さな体格の美少女が歩くものだから、彼女の視線は自然と
少年の股間辺りに向けられた。……一歩、又一歩、床となった天井を踏みしめてにじり寄
る。舌舐めずりし、自らの秘所を弄りながらも、銀色の瞳は百獣の王者でさえも震え上が
る狩人のような眼光を放ち、少年の全身を眺め回す。
 だがその淫猥な微笑みがわずかに歪んだ。二度、三度としかめた顔に、ギルガメスは微
かな異変を察知したが、それが何を意味するのかはわからない。それでも、彼女の眼差し
が少年の円らな瞳よりはそれより若干上に向けられがちなことには気付くことができた。
(僕の刻印を見ている。今更、何のつもりだ……)
 美少女の呼吸はやや荒い。自らの額に指を当てると刻印の輝きが強くなった。それと共
にしかめ面が幾分収まり、やがて浮かび上がった満面の笑みは何とも淫ら。
「いい塩梅に刻印が育ったなぁ。今が『食べ頃』だ、ククク……」
 ギルガメスは円らな瞳をますます丸くした。彼にしてみれば刻印は突如発生したもの。
「育つ」などという考え方があること自体、初めて聞いた概念だ。
「『育つ』って……どういう意味だ」
 今度目を丸くしたのは美少女の方だ。数秒は沈黙したが、すぐに我慢し切れなくなり、
天井と化した床を見上げて大笑いを始めた。ギルガメスは訝しんだが、それも束の間。
「ふざけるな! 婿殿、何も知らんのか、知らされてはおらんのか!」
246魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:50:22 ID:???
 一転、口角泡を飛ばす程に怒鳴りつけると、彼女は長い指先を少年の真っ正面に突きつ
ける。
「婿殿、お前はイブに選ばれし者だ。
 額の刻印は、私やあの売女のような古代ゾイド人と同等の力を持つ証だ!」
 唖然という言葉はこういう時に使うべきか。ギルガメスが知っている限りのことを述べ
る口調は、だから却って淡々としていた。
「……僕の刻印は、ブレイカーと出会った時に勝手に浮かんだものだ。
 それにお前が今仕掛けてる金縛りのような力は、何も持ち合わせてなどいない」
 当惑の少年に呆れ果てたのか、美少女は金髪を掻きむしった。
「ええい、あの売女は本当に何も喋っておらんのか!? なんて奴だ!
 かつて惑星Ziは、金属生命体ゾイドが闊歩するこの世の地獄だった。そこで額に宿し
た刻印の力でゾイドを自由に操り、彼らの王となって君臨したのが古代ゾイド人だ」
 美少女の口調は興奮と苛立ちによる震えが混じっている。ギルガメスはそれだけでもう
んざりせざるを得なかったし、そもそも古代ゾイド人の成り立ちなどを説かれても、全く
ピンと来ない。
 だが美少女は容赦ない。彼女はギルガメスの胸ぐらを掴むと、ぐいと無理矢理手を引き
上げた。純白のTシャツが無惨にも引き裂かれ引き締まった胸や腹が露になった。彼の背
筋はたちまち凍り付いていく。……くっきり浮かんだ眉間の皺は、刀で斬られたように深
い。脳裏に甦るかつての屈辱。
 彼女は淫らな微笑み浮かべつつ長い指でギルガメスの胸板をまさぐり始めた。少年の口
から呻き声が漏れた。脳に、脊髄に走る痺れはやけに心地良い。彼は無理矢理に唇を噛ん
だ。悪魔のような愛撫から逃れる術は他に知らない。
 美少女は少年の浮かべる苦悶の表情に満足しつつ、話しを続けた。
「……全てのZi人は進化する可能性がある。
 いや、元を正せばZi人こそ古代ゾイド人から退化した種族なのだ。かつて『遠き星の
民』がもたらした技術に頼り切った結果、彼らは刻印を失った。
 だが個人差はあれど、切っ掛けさえあればどのみち進化は始まる。退化したZi人の群
れの中に、少しずつ進化した者達が現れ始める。この星はいつの日にか、刻印を持つ者と
持たざる者に二分されていくだろう。
247魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:53:24 ID:???
 そうなった時、互いが互いを恐れぬわけがない。やがて起こる争いの前には民族などと
いう常識は無意味だ。刻印を持てる者と持たざる者との争い……それはどちらかを滅ぼす
まで永久に続く」
「……永久に?」
「そう、永久にだ。だから婿殿を恐れて盛んに追っ手を放つ者がおるではないか。
 連中は、刻印の目覚める可能性を持つ者をありとあらゆる方法で探し出し、付け狙う」
 ギルガメスは目を剥いた。余りにも具体的な心当たりが脳裏をよぎる。
(だから僕は、ジュニアトライアウトを不合格にされたのか。あまつさえ家出して、ブレ
イカーと出会って刻印が発動したから、水の軍団が……。
 だけど、だとしたら……僕がゾイドウォリアーを目指した時点で夢破れるか、刻印が目
覚めるかしかなかったことになる)
 微かに震える、少年の唇。見る間に青ざめていくが、全方位スクリーンの輝きは案外眩
しい。明るく照らされた彼の頬は本来どんな色か、判断に苦しむ。
 そんな彼の動揺を察したのかどうか。美少女は薄く笑い、言葉を続けた。だがその真意
はにわかには計りがたい。ギルガメスはだから、発言者に激しい視線を浴びせながら、彼
女の言葉を耳で拾った。
「しかし婿殿を欲する者もここにいる」

 問答の外ではビークルが砂塵巻き上げ、すり鉢を下って一気に試合場を横切ろうと向か
っている。
 その様子に気が付いた深紅の竜は仰向けのまま甲高く鳴いたが、のしかかる青い獅子は
容赦なく竜を顎を前足で踏みつけると、背中の排出口を又しても前方に倒してみせる。
 眩い閃光。砲撃に次ぐ、砲撃。
 ビークルは折れ線グラフのように、左右に揺れて難なく躱す。機上の魔女にはこれくら
い、何と言うことはない。それにこの砲撃、パイロットが乗っているとは思えぬ程に照準
が定まらない。
(だけどコントロールが不正確だってことは、パイロットが操縦していない可能性が高い
わ。だとするとあの子が危ういことに遭ってる可能性が……)
 エステルは唇を噛み締め、出掛かった言葉を丸ごと呑み込んだ。
「ギル、待ってなさい!」
 前屈みになって、エンジンを吹かす。真後ろになびく短髪。
248魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:07:08 ID:???
 警告音と共に、天地逆転のコクピット内が赤く明滅。ウインドウが開き、その向こうに
ビークルを映し出した。ギルガメスはハッと息を呑み(物凄く嬉しかったが自分の不甲斐
なさを恥じることも忘れず口をへの字に曲げる)、「B」は忌々しげに舌打ちした。
「まあ良い,こちらにはカエサルがいる。今更どうにもならぬわ。
 婿殿……いや、ギルガメス。私を娶れ。そして私を思うがままに愛し、子をなすのだ」
 銀色の瞳に宿る狂気。凡そ、戦うという行為からかけ離れた言葉は艶かしさなど通り越
し、ざらついた肌触りで少年の胸中を弄ぶ。
「生まれた子に様々な刺激を与えて刻印を発動させてしまえばいい。それだけでお前の忠
実な兵士が誕生する。
 ……いやそもそも『生まれなくても良い』。体外培養でも十分だ。そもそも私より劣る
者の胎児でさえ、中型ゾイドを完全にコントロールする屈強の戦士となるのはお前も身を
もって知っておろう(※既にギルガメスは刻印の発動した胎児の駆るゾイドと二度、戦っ
ている)。
 私と、私に対抗し得る可能性を秘めたお前との子供なら、胎児でも数名もこさえれば伝
説のキングゴジュラスさえ完全にコントロールする。……大量に培養すれば何ができるか、
わかるな?」
 ギルガメスは首を縦にも横にも振らない。「子をなす」と美少女が唱えた時点で、彼女
が何故こんなにもふしだらなのか腑に落ちた。その居心地は余りにおぞましく、首を振る
意思表示さえ無意味に思えてならない。しかし彼女は少年の顔を覗き込みこそすれ、真意
を読み取る気などサラサラない様子でひたすらまくしたてる。
「最強のゾイド部隊の誕生だ!
 そうなればギルガメス、お前は古代ゾイド人の王だぞ!
 この惑星Ziはお前の思うがまま。お前を侮辱した者も、命を脅かした者も容易く始末
できる、最高の権力を手に入れることができるのだ!」
 ますます乱反射する銀色の瞳。輝きの奥底をギルガメスが覗き込んだ時、彼はどす黒い
ものがうごめくのを感じ取った。目を細めて正体を見定めようとするとこちらが呑み込ま
れてしまいそうな、余りにも深い闇。それこそが、よもや胎児を使って戦争などという、
狂気の沙汰の根源なのか。
 そこに思い至った時、ギルガメスには質問すべきことが自然と生まれた。
249魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:10:09 ID:???
「……それが、B計画なのか?」
 美少女は金髪をかき上げると一笑に付した。
「今のヘリック大統領も千年前の奴も、ロストテクノロジーを使いこなす無敵の部隊が誕
生すると、その程度にしか考えておらん。
 それが連中のB計画ならそうなのだろう。だが私にとってのB計画に、退化した愚か者
の飼い犬になるという筋書きはない」
 そこまで聞いたギルガメスは突然、声を立てて笑い始めた。……根が朴訥なものだから、
やけに芝居がかった笑い方になる。
 敢えて場の雰囲気をかき乱す笑いに銀色の瞳がキッと睨みつけた。
「婿殿、何がおかしい?」
「ハハハ、知らなかったことが色々わかったよ。
 だけど『B』、お前の願いはやっぱり、叶いそうにないな」
 銀色の瞳がどす黒いものをうごめかせて円らな瞳に視線をぶつけるが、今更怯まぬギル
ガメスでもない。冷静に、相手の様子を伺いながら言葉を続ける。
「僕の刻印は、エステル先生との『詠唱』なしには浮かんでこない。
 そう、先生が詠わなければ,僕は只のZi人じゃあないか。
 そんな僕とお前との間に古代ゾイド人が生まれる? そんなおかしなこと、あってたま
るか!」
 ギルガメスはそれで彼女の考えを根底から否定したつもりだった。
 ところが美少女は円らな瞳をじっと覗き込むと、何とも重苦しい溜め息をついた。投げ
掛けてきたのは暴力とは凡そ無縁な、哀れみの眼差し。
 釣られるかのように少年の口から悲鳴が漏れかけ、彼はそれを懸命に呑み込んだ。露に
なった胸板には、彼女の爪の引っ掻き傷が刻み込まれ、うっすら赤いものが滴ってくる。
「この小さな体でゾイドを乗りこなすには、並み外れた鍛錬が必要だ。その上、何度も何
度も己を絶体絶命の危機に追い込めば、嫌でも刻印は発達してくる。
 婿殿、いやギルガメスよ。お前は今までどれだけの試練にあった?
 苛烈な試練に遭えば遭うだけ、刻印は研ぎ澄まされる。いずれは、誰かの『詠唱』がな
くとも自力で発動できるようになる。そしてそれは時間の問題だ」
 ふと、彼女は何か思い付いたように再び淫靡な笑みをたたえた。
250魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:16:18 ID:???
「……千年前、私と同じ『B』でありながら、Zi人の田舎者に身体を売った愚か者がい
たわ。お前の理屈同様、Zi人の子を孕みさえすればB計画をぶち壊せるとでも思ったよ
うだな。
 ギルガメスよ、何故あの売女が知っていることを何も話さないのかわかるか?
 お前があの田舎者の代わりに過ぎないと、わかってしまうからだ! 何しろお前はあの
時の田舎者に面影がよく似ているのでな。しかし、お前がいくらあの売女に想いを寄せよ
うが、彼奴が抱かれたいのはお前ではない。
 だからもう、あんな奴に振り向くな。私だけを見ていれば良いのだ。お前が欲しいもの
は全て与えてやる。ククク……」
 そう、囁きながら先程刻み込んだ引っ掻き傷に顔を近付け、舌を這わせ始めた。それだ
けで、少年の唇は決して感じてはならない恍惚に苛まれ、小刻みに震える。円らな瞳に溜
め込んだ大粒の涙が零れ落ちてしまった時、彼は快楽とともに暗闇の奥底へと墜ちてしま
うに違いない。そしてその瞬間はもう、目の前に迫っているかに見えた。
 この淫らな責め苦は、不意の衝撃によって断ち切られた。天地逆転したコクピットは揺
さぶられ、美少女は不様に少年の胸板に顔を叩き付けて思い切り舌を噛んだ。美少女が情
けなくもうずくまり顔を覆うことによって、ギルガメスの真っ正面には特大のウインドウ
が開かれたのだ。

 ビークルの座席後部から伸びた物干竿のように長い銃口から、立て続けに光弾が放たれ
る。標的は今や深紅の竜を真下に抑え込む状況だから、却って格好の標的となった。青い
獅子は衝撃の波に耐え切れず膝をつき、その際の振動が真下の竜にまで伝わったのだ。
 しかしこの程度で怯む獅子ではない。すぐに踏ん張り立ち上がると、首をもたげ、たて
がみを広げる。隙間から光の粒が零れ、たちまちEシールドによる光の壁を作り上げた。
 光弾の波も又すぐに止んだ。こうなったらビークルもあっさりと二匹の前に到着できる。
砂塵巻き上げ急停車したビークルから、颯爽と飛び降りたエステル。紺の背広を翻し、あ
と数メートルでEシールドというところまで近付くと、意を決して彼女は額に指を当てた。
251魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:21:34 ID:???
 眩く光り輝いた額の刻印。長い両腕で十字を切れば、閃光は蒼き眼差しと混ざり合って
獅子を覆う光の壁に叩き付けられる。放電。石火。光の壁が徐々に、砂粒のように散らさ
れていく。
 青い獅子もそれしきで怯む様子は見せない。一層踏ん張るとたてがみを目一杯広げ、光
の粒を滝のように噴出し始めた。削り込まれた光の壁のすぐ下地となり、却って魔女エス
テルが放つ刻印の輝きを弾き返さんとする。
 石火がエステルのすぐ足下にまで、弾けてきた。彼女は両腕で顔を覆うが圧力には抗い
がたく、背は高いが華奢な身体が稲穂のようにぐらぐらと揺れる。

 ウインドウを隔てた向こうの光景に、ギルガメスの円らな瞳は釘付けとなった。……全
身、硬直を余儀なくされる中、只唇だけは確かな自由を確保していた。彼はその力を最大
限に駆使した。
「エステル先生!? 逃げて! いくら何でも無茶だ!」
 声はスピーカーを通じて確かに外へと漏れた。しなやかな身体は屈み、踏ん張り。交叉
した両腕の隙間から魔女の漏らした大胆不敵な微笑みに、ギルガメスの視線はあっという
間に引き寄せられた。
 ふと、微かに動いた魔女の唇。ギルガメスはそれをじっと凝視した。し続けて、すぐに
折れかけた背筋に喝が入った。
(すぐに、行くわ)
 そう、動いたかに見えた。彼女は全身鞭のようにしならせ、交叉した両腕を振り払う。
 再び解き放たれる刻印の輝き。既に彼女の頬には幾筋もの汗が伝い、全身使って呼吸せ
ざるを得ない。それ程にまで消耗しながら、蒼き眼差しは何と力強い輝きを放つのか。だ
が、それでもこれ程巨大なゾイド相手に生身で立ち向かうなんて無茶にも限度がある。
(止めさせるには僕が、どうにかしなきゃ……でも、どうすれば……!?)
 そう考える間にも、スクリーンの向こうでは石火が弾け、エステルの頭上に降り掛かっ
てきた。息を呑んだギルガメス。危ないと、絶叫しながら,前のめりになり……気が付け
ば、右手がスクリーンを突き破るくらいの勢いで伸ばしていた。スクリーンに映る憧れの
女性を覆い隠すように伸びた掌に、ギルガメスはハッとなる。
252魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:24:42 ID:???
 但し、但し。額の刻印がこれまでにないくらい強く輝いていることまでは気付かない。
気付きようもなかったのだ。彼はスクリーンを越えた遥か向こうで繰り広げられる絶望的
な戦いを、どうにかすることに完全に気を取られていた。金縛りが解けたのも、先程の衝
撃が原因だとすんなり納得してしまっていた。
 ギルガメスは吠える。全身に体重を載せて、拳を叩き付けるようにレバーを倒す。

 エステルは片膝をついた。だがすぐにバネのごとく立ち上がる。ここで堪えが効かずに
片手までもついてしまったら、光の壁の餌食だ。そしてそれだけでは済まないことなどわ
かり切っていたから、彼女は踏ん張る。その間、蒼き眼差しは一度たりとてこの宿敵から
視線を外さず、釘付けのまま。
 魔女の献身を嘲笑うかのように、青い獅子のたてがみから噴出し続ける光の粒。刻印の
閃光が何度、光の壁を散らしても、その下からセメントでも塗り込むかのように粒は集ま
り、そして元通りの厚みを取り戻す。きりがない。一瞬、眼差しが虚ろになりかけたがす
ぐに生気は宿り、刻印より再び閃光を放ち始める。只、口元には苦痛とも微笑みともつか
ぬ微かな歪みが見て取れた。
 何度目かの押し返しが続く中、ふとエステルのしなやかな身体が大きく沈んだ。ついた、
片膝。それでも先程まではすぐさま立ち上がれたのが、今は惑星Ziの重力に押し潰され
たのか、背筋を折り曲げ、首までしなだれる。地に向けられた眼差しは輝きを失い、すっ
かり虚ろ。息荒く、ひどく咳き込み、それでも心までは折れぬとばかり、首をもたげたそ
の時、目前に石火が降り注いだ。
 呆然と、見守るしかなかった。走馬灯がよぎる経験など一度や二度ではないが、今度ば
かりはそれ以外の選択肢が考えられなかった。……結果的にはそれで良かった。彼女の目
前で吹き飛んだ石火。両腕を交叉させて防壁を作り、その隙間から覗き見る。
 壊れた飴細工のように砕け散り、大気に溶け込んでいく光の壁。
 青い獅子が、垂直に吹っ飛んだ。深紅の竜ブレイカーに胴体を蹴り上げられたのだ。自
らの身長の数倍も跳ね飛ばされ、地面に巨体が叩き付けられるまで数秒も要らない。
253魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:27:51 ID:???
 その間に、深紅の竜は自らの胸元に長い爪を忍ばせた。すぐさま骨っぽい肉の塊をつま
み出し、投げ捨てる。二度、三度地面を跳ね、地にへばりついた全裸の美少女。めげるこ
となく四つん這いで何かしら怒鳴り散らしたようだが、すぐその真横を今度は銀色の塊が
吹っ飛んでいく。深紅の竜を乗っ取ったオーガノイドユニット・カエサルだ。地面に叩き
付けられるやゴロゴロと転がり、どうにか体勢を戻す。
 深紅の竜はハッチを閉じながら、傍らの魔女を確認するやすぐさま首を傾け、彼女を両
手で覆い隠した。
「先生、怪我は!?」
 彼女は樹木よりも太い竜の爪にもたれ掛かり、爪と爪との隙間から笑顔と右手をひょい
と伸ばしてみせた。ギルガメスはほっと胸を撫で下ろす。強張っていた表情は呆気なく緩
んだが、真後ろから襲ってきた殺気に透かさず顔と両腕が反応した。
 深紅の竜はしゃがんだまま翼をかざし、腰を捻る。衝撃と共に浴びせられる弾幕。その
向こうには青い獅子が仁王立ち。弾の出所は例の背中の排出口からだ。ふと足下を見れば、
銀の光球が獅子の頭部へ飛んでいく。橙色のキャノピー内に取り込まれたことで、すぐに
光球の正体は判明した。
 猛り狂った青い獅子。美しき女主人の気持ちが乗り移ったかのように吠え立てると、一
目散に突っ込んできた。
「売女! 又してもお前が邪魔をするか!」
 深紅の竜はまず左手を地面から持ち上げ、残る右手の甲で衝立てを立てるようにしなが
らそっと地面から離した。エステルが右手の中から現れビークルへ駆けていくのを確認す
ると、竜は満を持して両膝伸ばし、T字バランスの姿勢で雄叫びを上げた。
 さしたる障害物のないこの試合場では、獅子がその気で走ればあっという間だ。竜は早
速翼をかざす。体当たりの応酬になりかけたその時、向こうで銃声が轟いた。
 獅子の足下で土が弾けた。バランスを崩すがそこは百戦錬磨、腹這いになって滑り込み、
竜の真っ正面から逸れていく。回転を掛けつつ急停止し、獅子は周囲を見渡す。
 銃声の方角を、深紅の竜も魔女も確と見つめた。それだけでは収まり切れぬ急変にすぐ
気付き、彼らも周囲を見渡す。
254魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:31:13 ID:???
 すり鉢の縁も最上段に、わらわらと、人の姿によく似た一つ目のゾイドが群れをなして
銃を構えている。白い装甲をまとったゴーレムだ。そして青い獅子が乗り込んできた入場
口の向こうには、鋼の猿(ましら)が腕組みして立ち塞がっている。
 全方位スクリーン左方にウインドウが開き、見覚えのある赤茶けた髪の美少年が手をか
ざして挨拶した。ギルガメスはあっと声を上げた。
「ギル兄ぃ、待たせたな!」
「フェイ!? どうして、ここに……」
「詳しい話しはあと、あと。
 エステル先生、又会えて光栄です! でもって、そこのちんちくりん!」
「ち、ちんちくりんだと!」
 青い獅子の女主人は素っ頓狂な声を上げた。ここまで馬鹿にされた覚えは久しく、ない。
相手が挑発に乗ってきたことに満足したフェイは不敵な笑みを浮かべた。
「露払いとしても随分、大胆にやってくれたな。だがそれもここまでだ」
 美少女も彼の言葉にどす黒い微笑みを返す。
「ほう、シュバルツセイバーは『忘れられた村』に加勢するか。それは楽しみが増えたわ。
 だが楽しみはあとに取っておく……」
 青い獅子は突如、踵を返した。竜や猿(ましら)とは正反対の方角へと逃げ、すり鉢を
駆け上がっていく。ギルガメスはハッとなってレバーを押し込もうとしたがエステルがそ
れを制した。
「ギル、タイムリミット、とっくに過ぎてるわ」
 獅子が駆け上がっていくすり鉢の縁では、群衆が悲鳴を上げて散り散りになっていく。
だが青い獅子は群衆など目もくれず、その間に割って入っていたゴーレム達の頭を踏みつ
けると、飛び石のように跳ねていった。すり鉢を飛び越え、その先で凄まじい銃声や轟音
がこだまするが、獅子の雄叫びが緩やかにフェードアウトするまで大した時間はいらない。

「ちょっとこの辺りをうろつく用事があったんだ。
 民族自治区とガイロスってのは昔から仲が良いものでさ。何かあったら一報くれって、
この辺りにも伝えたらまあ、ものの見事に引っ掛かったわけよ」
 竜と猿(ましら)は夕陽に彩られながら荒野を歩いていた。方角は北。向こうには丘が
見え、徐々に灯りが点されていくのがわかる。ギルガメスらの目的地はそこだ。辿り着い
たら猿(ましら)は東へと向かう。その先にあるのは言わずと知れた「忘れられた村」だ。
255魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:35:21 ID:???
 竜の胸部コクピットハッチも猿(ましら)の頭部も開いたままである。お互い、進行は
相棒に任せたまま、素顔で語り合っていた。ビークルは竜の両掌の上に抱え込まれ、その
上ではエステルがひどく難しい顔をしながら両腕を組み、考え事でもしている様子。ギル
ガメスは少しそれが気になり、ちらちらと様子を伺いながら会話していた。
「用事? こんなところで、僕らの関係以外で何かあるの?」
「……水の総大将が失脚したらしい」
 唐突な一言に師弟は顔を見合わせた。
「仕向けたのはドクター・ビヨー。彼奴の手持ちの兵力で連中を追放したっていうんだか
ら驚きだよ。
 でも、それだけではすまないんだ。……ビヨーの兵力がこの辺りに近付いてきている。
『B』もその関連ってわけさ」
 ギルガメスは慄然した。もしあの金髪の美少女「B」の言うことが本当だとしたら、彼
女らビヨー配下の者が押し寄せる理由は簡単に説明できる。刻印を発動させる者、及びそ
の可能性がある者を捕らえ、「繁殖」させることができたら……。
 おぞましい想像にギルガメスは寒気がした。だが、そのことを彼が話すわけにはいかな
かった。彼はまだ、B計画の真実をエステルの口から直接聞いていないのだから。フェイ
もその辺を察してか、微妙な表現が続く。
「取り敢えず、物騒なことになりそうだから、兄ぃ達はここから離れた方が良いと思うぜ」
「戦争でも起きるのか……」
 思いつめたような顔をしたギルガメスを見て、フェイは苦笑した。
「まあそういうのもあるんだけどさ、一応、ガイロスは兄ぃの相棒を取っ捕まえるのを諦
めてはいないんだぜ?……おっと、ブレイカー怒るなよ! 今はそんな命令、受けてない
からさ」
 目を赤く光らせ威嚇した深紅の竜には両手を上げて降参のポーズを示すフェイだったが、
主人の身に直接関わる話題で冗談の通じる竜ではない。ギルガメスに嗜められても尚、低
い声で唸り続ける。
「兄ぃ、それじゃあ又な。
 エステルさん、次に会う時はデートして下さいね!」
 難しい顔をしていた女教師は苦笑いを浮かべ、弟子の方は目を剥いた。それも束の間、
鋼の猿(ましら)は頭部ハッチを閉めるとタリフド山脈の方へと軽快に駆けていく。夕陽
に照らされた鎧は何とも鮮烈に輝いていた。
256魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:38:43 ID:???
 師弟と竜はしばらくの間じっと見送っていた。その内、最初に閉ざしていた口を開いた
のはエステルの方だ。
「今日は、よく頑張ったわね」
 思わぬ労いの言葉にギルガメスは頬を赤らめ、ボサ髪の頭を掻いた。
「いや……先生やフェイの手助けがなかったらもっとひどいことになっていたと思います。
やっぱり、自分はまだまだです」
 少年の返事を聞いた女教師は満足げに微笑んだ。
「それよりも、よく我慢したわよ。最後まで頭に血が上らなかったのは誇って良いわ。
 ……あとは、これね。もう一息なんだからね」
 切れ長の蒼き瞳を一層細めながら、両腕を握って剣を持つ仕草をしてみせた。
 ハッと、息を呑んだギルガメス。
 今日、どうにか凌ぎ切れたのは、剣の特訓をこなしたからだと少年は確信する。限られ
た時間内に様々な秘策を繰り出し、粘りに粘って好機を狙うのは、多分人同士かゾイド同
士かの違いだけで、根っこは同じなのだ。
 只、課題達成の暁に、ついでに女教師から聞き出す筈のB計画について、他ならぬ宿敵
から話しを聞いてしまった。今、女教師に問い質すことは可能だ。
 いや、それはやめておこうと、彼はすぐに思い留まった。自分は目の前にいる女性から
話を聞きたいのだ。そのためにずっと、頑張ってきたのだから。
 ギルガメスの円らな瞳は決意でみなぎっていたが、エステルの蒼き瞳は夕陽の向こうへ
と視線を外していた。その奥底を覗き込まれるのを恐れたのか、彼女はすぐにサングラス
で覆い隠した。

 同じ夕陽を浴びる青い獅子は、未だに荒野を駆け続けている。全身至る所に浮かぶ煤や
凹みが、逃走の激しさを物語る。
 夕陽の向こうに砂煙が浮かび、その隙間から獅子の群れが見えてきた。皆、一様に白い
骨のような鎧をまとい、整列しながら歩いている。彼らの先頭には竜の骸を積んだ、巨大
な台車が難題も居並んでいるではないか。ティラノサウルス砲だ。いつの間にかその数は
何倍にも増えていた。そして骨鎧の獅子達の群れと言い,その主人は容易に想像がつくと
言うもの。
257魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 18:00:57 ID:???
 群れは青い獅子を確認するや、一斉に歩みを止めた。青い獅子は目標の停止に満足した
のかやや速度を緩め、群れの前に躍り出る。
 ティラノサウルス砲の一匹の胴体内から、ひょっこりと現れた白衣の男。はしごを伝う
とゆったりとした足取りで群れの前に悠然と立ち塞がった。
 腹這いになった青い獅子。橙色の頭部キャノピーが開き、中から白いワンピースを着直
した金髪の美少女が飛び降りた。その傍らに、人よりは大きな銀色の獅子カエサルが寄り
添う。
「ドクター・ビヨー、すぐにブレードライガーを整備せよ!
 ギルガメスの覚醒はあともう一息だ!」
 駆け込みながら叫び、白衣の男に促す。しかし彼は全てを聞いた上で一笑に付した。
「なりません。貴方達には休養して頂き、決戦に備えてもらいます」
「何だと?」
 美少女の銀色の瞳は、男の牛乳瓶の底並みに分厚い眼鏡の奥を睨みつけた。今までにな
い、直接的な反抗は彼女にも覚えがない。
「まだ決戦まで時間があるだろう? さっさとやれ」
「お断りします。貴方こそ従ってもらいます」
 美少女は顔を上気させた。今まで平身低頭を続けてきた男が、急に見せた尊大な態度。
わけがわからず、しかしそんなことを理解するよりは暴力でねじ伏せる方が彼女には手っ
取り早かった。彼女の金髪が揺らめくと、鞭となって男の首に襲いかかる。
 白衣の男は至極、余裕だ。
「愚かな……」
 突如、耳をつんざく高音が美少女の耳を襲った。鼓膜を突き破るような音には全く抗え
ず、両手で耳を覆い、がくりと膝をつく。それでも音は掻き消すことすらままならない。
美少女は遂に荒野に倒れ伏し、のたうち回り始めた。
「何だ……ドクター・ビヨー、この音は何なんだ!」
 白衣の男はその懐から、何やら得体の知れない機械をちらりと見せた。手の平に乗る計
算機程度の多きさながら、ボタンが何個かついているのみで、外見だけではどんな用途に
使うのかさっぱりわからない。
「レアヘルツですよ。古代ゾイド人にも効果があるよう、調整しました。貴方に隠れて作
るのは中々骨が折れましたよ」
258魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 18:04:31 ID:???
 語りながら、一歩一歩近付いてくるたび音の強さは増し、美少女を責め上げる。主人の
危機を見過ごせぬとばかり、傍らにいた銀色の獅子が飛び跳ねた。
 白衣の男は懐の機械を更に弄った。銀色の獅子は空中で痙攣を起こし、バランスを崩し
たまま地面に巨体を叩き付け、のたうち回り始めた。
 男は美少女の前に立つと、彼女の小さな頭を足で踏み付け、ぐりぐりと地面に押し当て
た。今までの力関係からすれば考えられない屈辱なれど、彼女の耳に届く高音が反撃の機
会を全く与えない。
「私にとっての『B計画』は、古代ゾイド人が繁殖を果たし、Zi人を滅ぼしていく過程
を遠くで観察することなのですよ。『神の視点』とでも申しますかね……。
 Bよ……いや、ブライドよ、貴方の身体はギルガメス一人のものではない。これから発
見されるであろう沢山の古代ゾイド人のもの。
 貴方は全ての古代ゾイド人の花嫁なのだ」
 言いながら、踏み付け続ける。美少女は高音に抗う術を知らぬまま、既に意識朦朧とな
り、虚ろな銀色の瞳を曝け出した。
 獅子達の群れを夕陽が覆い被さる。陽が沈み、夜が明ける頃には様々な力関係が一変し
ている筈だ。
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは憧れる女性の決断に却って心を傷付けられるかもしれない。
 気をつけろ、ギル! 不完全な覚醒の末路は如何に。
 次回、魔装竜外伝第二十二話『ギルガメス、暁に死す』 ギルガメス、覚悟!」
259ジーンの遺産 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:12:35 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰ったオルディオスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

   『ジーンの遺産』 旧ディガルド最終バイオゾイド・バイオキマイラ 登場

 辺り一面に広がる広大な大地。本来平和…と言うよりも何者も存在し得ない静寂に
あるはずのその大地に幾つ物爆発音と巨大な物が歩き、また走る音が響き渡っていた。
 戦場と化した大地を闊歩する一体のデスザウラー。そしてその周囲を駆け回りつつ
果敢に攻撃を仕掛ける数機のランスタッグ。何故この様な事になってしまったのだろうか。

「いや〜早くも囲まれてしもうて…本当困ってしまったのう…。」
「お前もちったぁ頭使えよ! キダ藩っつったらよ、ビース共和国の次位の反恐竜国家
じゃねーか! そんな所にデスザウラーで乗り込むなんて挑発してる様なもんだぞ!
ってかよ、俺達の目的はそもそもコイツの言う探し物であってな……。」
「それにしてもこれ…中々珍しい操縦系をしてますな。」
260ジーンの遺産 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:15:24 ID:???
 デスザウラーに乗っているのはご存知キングとトモエ。そしてもう一人、見慣れぬ
男の姿があった。そもそもそのデスザウラーは外見上はノーマル機と大差無いのだが、
コックピット回りはトモエなりの改装がなされており、通常操縦桿が存在する箇所に
水晶玉の様な透明な球状物体が存在し、そこから操縦者本人の精神波を受けて稼動する
と言うぶっちゃけガチ魔術士なトモエじゃねーと操縦出来ねーよバカモンな仕様と
なっていたのだが、何よりも本来一人乗りのデスザウラーのコックピット内に、トモエ
のみならずキングともう一人の男の三人がギュウギュウ詰めになって入り込んでいると
言う状態であった為、かなりカオスとなっていた。

 そもそも何故彼等がデスザウラーでこんな事をやらかしているのかと言うと、事は
数日前、突如としてキングとトモエの二人の前に“ゴッツ”と名乗る自称バイオゾイド
研究者が現れた事に端を発する。そして彼、ゴッツは二人にとある依頼をして来たのだ。
 それは…
『キダ藩の旧ディガルド領内のとなる場所の地下に秘匿された旧ディガルド軍の秘密工場
の場所を探りつつ、そこまで連れて行って欲しい。』
と言う物であった。

 今から約百年前、キダ藩なる国家の治める大陸にはディガルド武国なる軍事国家が
存在し、バイオゾイドの軍団を持って荒らしまわっていた事があった。結局それも対抗
勢力によって滅んだのだが、ゴッツが入手したと言う旧ディガルド時代の資料によると
当時のディガルド軍関係者が敗戦間際にとある場所の地下に建造した秘密工場を秘匿した
とされており、それが今も発見されずにどこかに埋もれていると言うのならば、バイオ
ゾイド研究の為に活用したいと言う事であった。

「この大陸でディガルドが暴れていたのは百年近くも昔の事なんだろ? でも俺、以前
連中の残党軍と戦った事あったんだぜ。本当あのバイオゾイドってのがグロくってさ〜。
まあ軽く蹴散らしてやったけどな。ってのはまあ一まず置いといてだ。この大陸の連中は
バイオゾイドと通常恐竜型ゾイドの区別が付いて無いんだからよ〜。やっぱデスザウラー
で来るべきじゃなかったんだよ。その辺分かってんのか〜?」
261ジーンの遺産 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:17:02 ID:???
 キングは以前この大陸に来た事があった。ここは世界的にも珍しく恐竜型ゾイドが存在
しない為、当然現地人にとっての恐竜型ゾイドの認知度はゼロである。そして過去、今は
亡きディガルド武国のバイオゾイドに酷い目にあわされた歴史がある故に、ここでは通常
恐竜型ゾイドはバイオゾイドと混同され忌み嫌われている。他の大陸ならば通常の恐竜型
ゾイドも当たり前の存在である為に通常恐竜型ゾイドとバイオゾイドの区別が付かない
等と言う馬鹿な事は起こり得ないが、残念ながらこの大陸ではキングゴジュラスですらも
バイオゾイド扱い。その為にキング個人にとっても嫌な思い出の残る地となっており、
そんな場所にデスザウラーで赴くトモエの行動を疑う気持ちも分かるってもんだ〜。
「けど…この方が刺激があって楽しかろう?」
「楽しいとか楽しくないとかそんな問題じゃねーだろ! ゴッツの依頼はキダ藩軍との
戦闘じゃねーだぞ! あんたも何とか言ってやれよ!」
「いや〜私としては依頼さえこなしてさえくれていれば他は多少目に瞑る気ですが…。」
 トモエのこの反応。どう見ても故意としか思えない。どうやら彼女は別に何も考えて
いないのでは無く、故意にキダ藩を挑発すると言う確信犯的にデスザウラーを用意して
いたと思われる。流石はキングに対する嫌がらせをする為ならば手段は問わない女!

 さてさて、ただでさえ狭いデスザウラーのコックピット内でトモエ・キング・ゴッツの
三人が詰め込まれた状態でてんやわんやな事になっていたのであるが、一方そんな彼等を
他所にキダ藩正規軍のランスタッグ隊はデスザウラー周囲を駆け回り攻撃を続けていた。
「正体不明バイオゾイド! こちらの攻撃を一切受け付けません!」
「おのれ! 光の弾丸も鉄の弾丸もダメとは…やはりバイオゾイドと言う事か!」
 やっぱりキダ藩正規軍の皆様方はデスザウラーをバイオゾイドと認識している様子で、
それ故にデスザウラーが何も悪い事してないただ歩いているだけなのに攻撃を仕掛けて
来ていたのであるが、そんな彼等の攻撃がデスザウラーに通じてはいないとは言え、
何時までも攻撃されっぱなしと言うのも何かウザかった。
262ジーンの遺産 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:18:32 ID:???
「こうなったら仕方が無い。とりあえずこちらの力を見せて丁重に帰ってもらえよ。
あんまりやりすぎると真剣にゴッツの依頼内容に支障が出るだろ?」
「仕方ないな〜。まあお主がそこまで言うのじゃから…軽く荷電粒子砲でも撃っとく?」
 トモエが水晶玉型操縦装置からの操作によりデスザウラーの口腔内から荷電粒子砲が
放たれた。ギルタイプゾイドやキングゴジュラスの前では流石に霞んでしまうものの、
デスザウラーの大口径荷電粒子砲は今なお最強クラスとして脅威的に認知されている兵器。
そしてデスザウラーの開かれた口から放たれた極太の粒子線は大地を焼き、抉り、切り
裂きながら地平線の彼方まで伸びて行くのであったが……
「バイオ粒子砲だ! あれが噂に聞くバイオ粒子砲だと言うのか!?」
「おのれ! やはり奴はバイオティラノの眷属か! と言う事はまさか奴は旧ディガルド
の残党!? 何としても倒せ! 何としても奴を倒すんだー!」
 と、荷電粒子砲なのにキダ藩の人達にはバイオ粒子砲と認識され、敵に対する威嚇
どころかさらなる攻撃を呼んでしまいましたとさ。

 なんだかんだと言いつつもとりあえず現状においてはランスタッグ隊を撃退し、
デスザウラーコックピット内ではトモエ・キング・ゴッツの三人がひとまずの平穏を
取り戻していたのだが、第二波がこない内に今後に関しての検討を始めていた。
「今更引き返す事は出来ないからこのまま行くとして、その旧ディガルドの地下工場
ってのは何処にある…って言うか百年近くもほったらかしにされてるんじゃ使い物に
ならないんじゃないか?」
「確かにそうですね。でも一応当時のデータや資料等も残ってると思いますから、
何かしら役には立つと思うんですよ。それにせめて……コレの開発データだけでも
出来れば手に入れたいですね。」
「コレって…何じゃ?」
 ゴッツが手に持つ一冊の古ぼけた本。それが当時の旧ディガルド軍時代から現在に
残された資料だと言うのだが、ゴッツはその中のとあるページを開いていた。
263ジーンの遺産 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:20:31 ID:???
「百年前のディガルド戦争の最終決戦となった自由の丘の戦いにおいてディガルド軍
総大将のジーンはバイオティラノに搭乗したとされていますが、彼は後々の事も踏まえて
バイオティラノを超え、それまでのバイオゾイド開発の集大成ともなる最強のバイオ
ゾイドの開発も行っていたそうです。いずれはその新型がジーンの専用機となり、
バイオティラノもまた大量生産される予定だった様子ですが、結局それも間に合わずに
実現する事は無かった…。」
「なるほど…お主が探したい地下工場にはそれに関してのデータがあるかもしれないと
言う事じゃな? 実に面白そうな事では無いか。」
「う〜ん…………。」
 トモエは実に乗り気であったが、キングはやや嫌な予感を感じていた。

 それから一時、三人を乗せたデスザウラーは何度もキダ藩軍の追撃部隊を撃退しながら
ゴッツの持つ資料に記された旧ディガルド軍秘密地下工場のあるとされる地点に到着した。
「資料にはここの地下に作られたとされています。」
「一見すると何も無い様だが………。」
「うむ。確かに地下に巨大な金属反応があるぞよ。んじゃ掘ってみるかの。」
 デスザウラーが到着した場所は広大な荒野の真ん中に空気を読まずに聳え立つ一つの
巨大な岩山の麓。資料によると旧ディガルド軍はその地下に秘密工場を建造していた
らしく、またデスザウラーのセンサーも巨大な金属反応を検知していた。さてそれを
如何にして掘り出すのかと言うと、それこそトモエがデスザウラーを用意した所以。
デスザウラーの巨大かつ頑強なるハイパーキラークローを地面に突き刺し、そのまま
大地を容易く抉り取り穿り返して行く。
「なるほど…デスザウラーにこういう使い方があるんですね〜。」
「今の時代においてはすっかり忘れ去られておるがの、デスザウラーはデビュー戦の際に
こうして穴を掘って敵陣から脱出なんてやらかしたもんじゃ。」
 固い地面もデスザウラーのハイパーキラークローと大馬力の前には意味も成さない様で
あっという間に深くまで掘り起こされ、より固い金属製の壁にぶち当たっていた。
264ジーンの遺産 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:22:23 ID:???
「恐らくこれですね。秘密地下工場の外壁でしょう。」
「よし。ならば早速侵入口を作るとするかね。」
 トモエはデスザウラーの頭部ビーム砲の出力を制御し、内部を壊さない程度に出力を
抑えたビームによって金属壁をくり貫き、侵入口を作った。
「さてこれから全員で調査の開始…としたい所じゃが残念ながらまたお客さんじゃ。
じゃからここはわらわで食い止めるから調査はお主ら二人で何とかしてくれ。」
「分かった。んじゃさっさと行くぞゴッツ。そもそもお前が言いだしっぺなんだからな。」
「ああ待ってくださいよキングさん。」
 どうやらキダ藩のさらなる追撃部隊が現れた様で、キングとゴッツを地下工場に下ろし、
デスザウラーが単機で迎撃している隙に二人で地下工場内の調査と言う事になった。

 地下工場内は伊達に百年以上昔に投棄されて以来そのままと言わんばかりにボロボロな
有様であった。一応バイオゾイドの部品やそれを製造する機械等が並んでいたのであるが
大半が赤錆だらけでとても使い物になるとは思えない。
「どうだ? この中でお前の目に叶いそうなのはあるか?」
「う〜んもう少し奥に入って見ない事にはなんとも…。」
 当初から予想は出来ていたとは言え、地下工場内の有様はゴッツとしても困りかねる物
だった様ではあるが、現時点において目に見える範囲内だけが全てでは無い。それ故に
キングとゴッツの二人は工場の奥深くまで入り込んで行ったのだが………

 キングとゴッツが地下工場に入り込んで約十分程度。大半の設備が赤錆びて使い物に
ならない中にあって唯一それだけはまるで当時と何ら変わりの無い程の良質な保存状態で
そこに立っていた。
「こっ…これか!? これがお前の言う旧ディガルド軍未完の最終兵器…。」
「未完? とんでもない。これはもう立派に完成していますよ。当時のディガルド軍が
それまでバイオゾイドを作る際に培った技術の集大成…。全バイオゾイドの特性を一つに
併せ持つ最強にして最後のバイオゾイド………その名もバイオキマイラ!!」
265ジーンの遺産 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:42:20 ID:???
 何事になろうとも冷静さを欠かなかったゴッツが今度ばかりは心なしか興奮していた。
それだけ嬉しかったのだろう。今キングとゴッツの前に立つ一体の巨大なバイオゾイド。
これこそが百年以上昔のディガルド戦争時代にディガルド軍総大将ジーンの手によって
バイオティラノを超えるバイオゾイドとして建造されていた最強最後のバイオゾイド。
“バイオキマイラ”の名が示す通り、バイオティラノの巨体…バイオトリケラの角…
バイオプテラの翼…バイオヴォルケーノのクリスタルパイン…バイオケントロの剣…
バイオメガラプトルの俊敏性…それら全てを一つに混じり合わせたバイオのキメラと
言うべき物となっており、その外見はカオスながらに強そうな雰囲気を醸し出していた。
「どうだ? 動かせそうか?」
 とりあえずバイオキマイラに乗り込んだゴッツに対し、キングがその足元で呼びかけて
いたのだが、そこでバイオキマイラの瞳が光った。どうやら保存状態が良いのは外見のみ
ならず内部的にも同様だった様だ。
「おおどうやらその様子ならお前の目に叶う代物だった様だな。」
「はい今までありがとうございます。さて、そのお礼としましては…………外で戦って
いらっしゃるトモエさん共々に殺してさしあげましょう。」
「え…?」
 バイオキマイラの操縦席に座るゴッツの表情が凶悪なそれに豹変した直後…バイオ
キマイラの巨大な口からバイオ粒子のエネルギーチャージが行われているのが見えた。

 一方その頃、外ではトモエの操縦するデスザウラーが単機でキダ藩軍の大軍の侵攻を
食い止めていた。デスザウラーは大口径荷電粒子砲を連発し、次々にランスタッグを蒸発
させて行くが、地平線の彼方から津波の様に次々押し寄せるキダ藩軍の物量に次第に圧倒
され始めていた。
「全く…こっちはたった一体と言うのに…よっぽど暇を持て余しておるんじゃろうな〜。」
 トモエは愚痴りながらも接近する敵をデスザウラーの荷電粒子砲の横薙ぎ放射によって
消してったのだが、それでもなおやはりキダ藩軍の猛進は止まらない。
266ジーンの遺産 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:44:13 ID:???
「獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす! ディガルド残党など押し切ってまえー!」
 百年以上の昔に行われたディガルド戦争においてはディガルド軍の圧倒的物量に苦しめ
られたキダ藩が、今度は恐竜型ゾイドを使用しているだけでディガルド残党の疑いを掛け
られたトモエのデスザウラーを物量で圧倒して行くと言う実に皮肉な事になっていたの
であったが……その時にそれは起こった。

 トモエのデスザウラーの背後。旧ディガルドの地下工場に侵入する為にデスザウラーが
掘った穴から突如として膨大なるエネルギー粒子が放たれており、デスザウラーは急所
である荷電粒子吸入ファンへの直撃こそ免れたものの、不意を撃たれた形で背中からモロ
にそのエネルギーを食らってしまった。
「おわー!!」
 突然の事態にトモエも思わず間抜けな声を上げてしまった。地下から放たれたその
エネルギーは膨大であり、四百トンの重量を誇るデスザウラーを数百メートルもの高さ
まで持ち上げてしまう程であった。
「痛い!」
 数百メートルの彼方から落下し、大地に打ち付けられては流石のデスザウラーもかなり
のダメージは必至。むしろトモエの痛いの一言で済む方が異常なレベルであり、これには
キダ藩軍も思わず進軍を止めてしまう程であった。
「な…なんじゃ…何が起こったんじゃ…。」
 トモエが背後に目を向けると、地面を吹飛ばして巨大な何かが現れた。そう。それこそ
ゴッツの手によって現代に蘇った…旧ディガルド軍総大将ジーンの遺産にして最強最後の
バイオゾイド…バイオキマイラ!
「新たなるバイオゾイド出現! なんと言う禍々しさだ…。」
 バイオキマイラから発せられる気にはキダ藩軍も気圧されていたのだが、トモエは
構う事無く彼に文句を言うのである。
「おいコラ! さっき何でわらわを後ろから撃った!? 滅茶苦茶痛かったのじゃぞ!」
『何故ッテ………ともえサン………貴女ヲきんぐサンノ所ヘ送ッテヤル為ニ決マッテイル
デハアリマセンカ…。』
「お…お主……。」
267ジーンの遺産 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:43:57 ID:???
 バイオキマイラから返って来たゴッツの声。それはもう人間の物では無かった。まるで
電子音の様に機械化された音声には生命の息吹が感じられない。されども人の意思は感じ
られる。そしてバイオキマイラのコックピットの中には…コックピットの彼方此方から
伸びたコードやチューブが触手の様に絡み付き身体に突き刺さり…もはやバイオキマイラ
と同化されてしまったとしか言い様の無いゴッツの異形なる姿がそこにあった。
『アハ…アハハハハ……。分カッタ…。私ハ分カッタゾ…。じーんガ何故…人ノ身デ
唯一絶対神ヲ目指シタ理由ガ…。コレダ…コレハソノ為ニ作ラレタノダ…。人ノ身デ
神ニナル方法…ソレハ…人間ヲヤメル事…。人間ノ脆弱ナル肉体ヲ捨テ…強靱タルばいお
ぞいどト一心同体トナル…。コノばいおきまいらコソガ…唯一ニシテ絶対ノ神ノ器…。』
「お…お主…何を言っておるんじゃ…?」
 次の瞬間、バイオキマイラの口腔内から放たれたバイオ粒子砲がキダ藩軍の一角を
吹飛ばした。単なる強力なビーム兵器とは違う。まるで空間そのものを消滅させるそれは
かつてジーンの搭乗したバイオティラノに装備されていた“神の雷”を思わせる物だった。
「何と言う威力…。そうか…これだ…これが連中の目的か! ディガルド残党はこれを
蘇らせる為に現れたのだ! これは何としても倒さねばならない! 平和の為に駆逐
せねばならぬ! でなければかのルージ=ファミロン様の手によって作られたこの平和が
全て無にされてしまう!」
 キダ藩軍は標的をトモエのデスザウラーからバイオキマイラに切り替え攻撃を再開した。
その行動は勇敢だ。しかし…余りにも無策過ぎた。
『ハハハハハ…………ヒレ伏セヨ…愚カナル…人間ドモヨ……。』
 無数のラングタッグが勇敢かつ果敢に攻撃を仕掛けるが、バイオキマイラの巨体から
繰り出されるパワー、鋭き巨角、豪腕と巨大爪、そしてバイオ粒子砲によって次々に
斬り裂かれ、潰され、消し飛ばされて行く。
268ジーンの遺産 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:46:39 ID:???
『見タカ! 如何ナル者モ敵ワヌ無敵ノ力…コレコソガ神ノ力…コノ世ニ君臨スル唯一
ニシテ絶対ノ神ノ力ナノダ!!』
 もはやヒトでは無くなったゴッツの不気味な電子音がバイオキマイラを中心にした
周囲に響き渡り、キダ藩軍を恐怖させた。ディガルド戦争時代に大陸全土を恐怖の渦に
巻き込んだジーンの再来であると…。
「何が神じゃ! ただ強力な力に酔っただけの狂人の癖に!」
 どんなに短く見積もっても数千年は生きており、神や魔の領域に関しての知識もある
トモエだからこそその様な事が言えた。それ故トモエにとってはむしろ崩壊した地下工場
に取り残されたキングの方がよっぽど心配だったのだが…その次の瞬間だった。

 バイオキマイラのバイオ粒子砲。そしてバイオキマイラ自身が地上に現出する際に崩壊
した地下工場。そこからさらなる光の柱が天を貫いた。しかしそれはバイオ粒子砲の様な
漆黒の光では無い。燃え上がる様な真紅の光。そして眩いばかりの光が晴れた時………
そこにはキングの本性たる巨大なるゾイド。キングゴジュラスの姿があった。

「新たなるバイオゾイド出現!」
「何と言う事だ! この状況…一体どうすれば良いと言うのだ!」
 バイオキマイラに続いてキングゴジュラスの出現。彼等にとってはキングゴジュラスも
またバイオゾイドにしか見えないキダ藩にとって…もはや身動きを取る事さえ出来ない
絶望であった。しかし、キングゴジュラスは彼等の事等構わずバイオキマイラを睨んだ。
『おいてめぇ! 神を自称するのはてめぇの勝手だがよ! お前をここまで連れてった
依頼料を支払ってからにしてもらおうか!? こうなった俺はもう優しくないぞ!!』
 キングゴジュラスは許せなかった。キングとトモエは正当な依頼によってゴッツを
ここまで案内した。だと言うのに依頼主であるゴッツは契約を破ってこの様な手に出た。
もはや許せるはずが無い。
269ジーンの遺産 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:48:35 ID:???
『依頼料…? その依頼料ト言ウノハ…コレノ事カァァァァ!?』
 もはやバイオキマイラそのものと化したゴッツの出した依頼料。それはバイオ粒子砲に
よって支払われた。そうだ。彼は先に言ったはずだ。お礼に殺すと…。しかし、何者をも
消滅させると思われたバイオ粒子砲をキングゴジュラスは右掌で受け止め、そのまま右腕
を横向きに振り上げる事でその粒子の流れを変えており、キングゴジュラスによって捻じ
曲げられたバイオ粒子は背後の岩山のみを消し飛ばしていた。
『ナ…ニ…?』
『どうやら戦わなければならない様だな…。正直嫌なんだが…。』
 バイオ粒子砲を弾かれ驚くバイオキマイラに対し、キングゴジュラスは静かに構えた。
この両者の戦い…何と皮肉な事であろうか。ゾイドでありながら魔術的に人間の姿に
変えられてしまったキングゴジュラス。そして人間でありながらバイオゾイドと同化して
しまったゴッツ。この両者の戦いを皮肉と言わずして何と呼べば良いのだろうか…。
「バイオゾイド同士が…戦おうとしている…? どうなっているのだ…。」
 バイオゾイドと通常恐竜型ゾイドの区別の付かぬキダ藩の人間にとって…さぞ異様に
映った事だろう。しかし、それも当人達には全く関係の無い事であった。
「おいキング…今回はわらわもそれなりに手を貸そう…。」
『お前も奴に契約を破られた恨みを晴らそうってか? よっしゃなら一緒に行こう。』
 キングとトモエ。二人の付き合いは長いが、意外にも共に戦った事は殆ど無かった。
だが今回は違う。キングゴジュラスとデスザウラーがそれぞれ隣り合ってバイオキマイラ
と相対する。ゴッツに契約を破られた者同士。今は共に奴を討つ!!
『愚カナ……例エきんぐごじゅらすデアロウトモ…神ニハ敵ワヌト知レ!』
『何が神だ! 残念ながら俺は神クラスの敵とだって戦った事があるんだ!』
 キングゴジュラスは過去に“樹神メルプラント”なる神界樹と戦った事があった。
その他オカルト系の連中との戦いも多々あり、それに比べればただ神を自称するだけの
人造物など怖くも何とも無かった。
『行くぞ!!』
 キングゴジュラスとデスザウラーが同時に踏み込み、バイオキマイラ目掛け駆けた。
270ジーンの遺産 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:50:13 ID:???
『神ノ槍ダ…………コレデ串刺シニナルガヨイ…。』
 その巨体に反した俊敏性で迫る両機に対し、バイオキマイラはバイオトリケラから
フィードバックされた巨角、ヘルツインホーンを伸ばした。両機のスピードと重量を逆に
利用して一気に串刺しにしようと言うのだろう。しかし、キングゴジュラスにせよデス
ザウラーにせよただ脚が速いだけでは無かった。高速ゾイド級でも一瞬で串刺しとなって
いたであろうその一瞬、両機はそれぞれに身体を回転させて伸びて来たヘルツインホーン
を横向きにいなし、脇に挟みこんで止めていた。
「ほうほう…こんな遅い攻撃が神の槍とは…笑わせおるな…。っておわ!」
 トモエがせっかく格好付けていたと言うのに、今度はバイオケントロからフィード
バックされたバックランスがバイオキマイラから発射され、まるで誘導ミサイルのごとき
誘導性でキングゴジュラスとデスザウラーに迫って来た。
『神ノ矢ダ………コレヲカワス事ハ出来マイ…。』
『うわ! 何か地味に痛そうな攻撃だな! もう!』
 その鋭く研ぎ澄まされた先端を煌かせ迫るバックランスに対し、とっさにデスザウラー
は頭部ビーム砲を、キングゴジュラスはブレードホーン先端から放たれる電磁砲(そんなの
あったのかよ)を連続発射し、撃ち落して行く他無かった。
『中々ヤルデハ無イカ………ダガコレニハ対抗出来マイ………受ケテミヨ! 如何ナル者
ヲモ抗ウ事叶ワヌ神ノ力!』
 ゴッツがそう叫びし次の瞬間、周囲に展開していたキダ藩ゾイドが次々に狂った様に
同士討ちを始めてしまったでは無いか。
「な! 何だ!? 我々のゾイドが…制御不能! 制御不能!」
「こ…これが…神の力と言うのか…!?」
 バイオキマイラは何もしていないと言うのに勝手にゾイドが狂って行く。その神の
ごとき業にキダ藩の勇敢な兵達も恐怖して行くが………
271ジーンの遺産 13 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:54:56 ID:???
『何が神の力だ! 要するにジャミングウェーブみたいなもんだろうが!』
 そう。キングの言った通り。バイオキマイラのゾイドを狂わせる攻撃とは、実は神の
業でも何でも無かった。要するにダークスパイナーやグランチャーの行うジャミング攻撃
と同様の物であり、未だ電子戦の概念の無いキダ藩側はともかく、キングゴジュラスと
デスザウラーにはお世辞にも通じる物では無かった。そうでなくてもキングゴジュラス
には強力なマルチレーダーも装備され、そこからの逆ジャミングで充分に相殺可能だ。
「本当その程度で神を名乗るとは笑わせるのう! 尺も残り少ないし……一気に決着付け
させてもらおうかのう!」
 キングゴジュラスとデスザウラーは一気に急接近。それぞれの硬爪、ビッグクローと
ハイパーキラークローをバイオキマイラに打ち込んで行く。その一撃一撃がバイオ装甲も
クソも無くその身体を抉り、内部フレームに対しても重い衝撃を与えて行く。
『何ト言ウ事ダ………だめーじ吸収ガ間ニ合ワヌ…。』
『ここで一つバイオゾイドの弱点を攻めてみよう!』
 キングゴジュラスとデスザウラーが次に取った行動。それはバイオキマイラの全身を
覆うバイオ装甲を掴み、一気に引っぺがす事だった。バイオゾイドは共通して有機的装甲
と機械的フレームと言うギャップを持つが故に双方の判別が容易い。その為に次々と装甲
だけを引っぺがして行き、バイオキマイラは忽ちフレームのみの全裸体に剥かれて行く。
「アッハッハッハッハッ! 神様と言えども素っ裸はみっとも無いのう!」
 トモエが笑いたくなる気持ちも分かる。装甲を失いフレームのみになったバイオゾイド
は本来の恐ろしさが感じられない無いと言うか…かなり間抜け。
『オノレ! ヨクモ…ヨクモコノ神ノ美シキ身体ヲ汚シタナ!? 万死ニ値スル!』
 次の瞬間、バイオキマイラの口からバイオ粒子砲。通称神の雷が放たれた。例え装甲が
剥がされようともフレームのみで行動可能なのもバイオゾイドの特徴。無論こうして
バイオ粒子砲を放つ事も容易であった。そして至近距離からその直撃を受けてしまう
キングゴジュラスとデスザウラーであったが………。
『グラヴィティーモーメントバリアー!!』
『何ダトォォ!?』
272ジーンの遺産 14 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:56:11 ID:???
 バイオキマイラの神の雷。それは通常の機体にとっては脅威であっただろう。しかし
キングゴジュラスのグラヴィディーモーメントバリアーはそれを凌駕する防御性能を発揮
する。故に何者をも飲み込むはずのエネルギーを受けながらも両機は傷一つ負わず逆に…
『今度はこっちの攻撃行くぞ! スゥゥゥゥゥパァァァァァガァァァトリング!!』
「わらわの魔力を上乗せした荷電粒子砲…通称魔導粒子砲を受けて見るがよい!!」
 キングゴジュラスの胸部のスーパーガトリングから放たれる数千発にも及ぶ荷電粒子砲、
レーザービーム砲、超電磁砲。そしてデスザウラーの荷電粒子砲をトモエの魔力で強化
した魔導粒子砲なる漆黒のエネルギー。それの同時発射はバイオキマイラの神の雷を容易
に押し退け……逆にバイオキマイラそのものを飲み込んで行く程の威力を見せ付けていた。
『これで終わったな。ゴッツよ…俺達との約束を破ったのがお前の運の尽きだったな…。』
「結局タダ働きと言う奴じゃな…。でも……まだ終わっとらんのう…。」
 これでめでたしめでたしとしたい所だが…残念ながらトモエの言う通り、周囲にはまだ
無数のキダ藩ランスタッグの大軍がひしめいていた。
「全機一斉攻撃! 残存バイオゾイドを駆逐せよ!」
『あらら! まだやる気なのね! 付き合ってらんねー!』
 まだ懲りずに追って来たキダ藩軍に対し、キングゴジュラスとデスザウラーは一斉に
逃げ出してしまったのだが………バイオキマイラの中枢…バイオコアが残っていた事に
気付く者はいなかった。
『我ハ死ナヌ……何故ナラバ………唯一ニシテ絶対ノ……神ナノダカラ……。』

                 おしまい
273名無し獣@リアルに歩行:2009/12/02(水) 22:50:29 ID:???
定期age
274名無し獣@リアルに歩行:2009/12/03(木) 08:13:13 ID:???
恥ずかしい。
275Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:16:04 ID:???
>>170-175より)

「なんだ? 誰もいない……」
「ステルス機でしょうか?」
 リニアとアレックスが到達した第二の空洞は、セラードと戦った空間よりは
狭いものの、それでも格闘戦という概念の存在するゾイド同士の戦いには充分な
広がりを持っていた。
 しかし、敵がいない。アレックスは奇襲に備えて未来予知の能力を発動状態に
維持し、リニアはほとんど目を閉じて殺気を探る。
 そして――

   <pm r-1>

「……下からか!」
 シャドーエッジが独立攻撃端末“セラフィックフェザー”を二基切り離しながら
飛び退ると、紙一重の差で、直下から二本の竜巻が地を割って躍り出た。
「マグネーザーだと!?」
 ほとんど無意識に、リニアの指がトリガーを引き絞る。
 すでにドライブを臨界させていた荷電粒子砲が放たれ、現れた灰白色の巨体を
直撃する。しかし壁のような頭部装甲が光軸をかき消し、頭上からビームを雨と
浴びせた端末はより強力なビームの返礼を受け、二基同時に蒸発した。
 雷を纏った竜巻は回転をやめ、二本の長大な角となった。その主は悠然と
リニアの前に全身を現す――かつて彼女を救った姿を。
 マッドサンダー。
 思わぬ刺客の登場に、リニアは肌を灼くような悪意を感じずにはいられない。
 この時にはすでにアレックスの機体が姿を消していたのだが、どうしたわけか
リニアがそれを認識することはなかった。
「騎士の機体はすべてデスザウラータイプだと聞いていたが……これは囮か?」
「いいや、本命だとも」
「――!」
276Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:19:05 ID:???
 リニアは一瞬絶句し、次いで憎悪に顔を歪めた。その声――かつて幼い
思慕を寄せ、もう一度聞けたらと願った声。今はただ思い出を汚すだけの、
最も聞きたくない声。
「貴様……アーサー!」
 モニターに小さくウィンドウが開き、ルガールの顔が映った。
「違うな、私はおまえの知っている男だ」
 意味を測りかね、リニアはマッドサンダーのわずかな動きをも見逃すまいと構える。
ただでさえ格闘戦に勝ち目はない上に、こちらはセラードとの戦いで満身創痍なのだ。
応急修理は施したものの、ビームブレードはすべて使用不能ときている。
 防御すら不可能。近づかせれば死。
 いや、それ以前に――機体を変えた理由は測りかねるが、最強の騎士を相手に
今の状態では万に一つの勝ち目もない。切り札の反能力も封じられているのだ。
「まだルガールのふりが通じると思うのか。まがい物め」
 むざむざ各個撃破の的になるよりは、体面など考えずに逃げる。逃走経路の
作り方をあれこれと考えていたリニアだが、そこに一瞬の隙ができたのか。
「真贋の区別に意味はない――そこに差異が存在しないのなら」
 巨体からは想像もつかぬ瞬発力。マッドサンダーが地を蹴った。呼吸の虚を衝く
一瞬の踏み込みに、バーサークフューラーのカスタム機であるシャドーエッジですら
機体バランスを欠いては出遅れた――今度は、紙一重の回避さえできなかった。
 衝撃。雷を纏う二本の竜巻が、シャドーエッジの四肢をただの一撃で削り取る。
「しまっ……!?」
 機体が地に落ちると共に横殴りの振動が襲い、リニアの意識は刈り取られた。
仮にもゾイドに乗るための人工生命である彼女が、本来その程度の衝撃で失神する
ことはあり得ないのだが、それを疑問に思う機会は当分巡ってこなかった。

「驚嘆すべき精神力だな」
 おそらく十数時間は経った。その間を、リニアは考え得る限りのあらゆる苦痛を
与えられながら、片方だけとなった漆黒の瞳に未だ強い光を宿したままだった。
 リニアが自然分娩で生まれた人間であればこうはいかなかっただろう。しかし
彼女もまた人ならざるものであり、その能力をフルに活かすことを拷問の中で学んだ。
277Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:21:03 ID:???
 痛覚神経からの信号カット。血流コントロールによる出血の抑制。表情筋を固定し、
何をされても無反応を貫く。とくに質問されるわけでもなかったのだが。
 ――何が目的だ?

 アーサーはここまでずっと、リニアに責め苦を与えることだけにかまけていた。
 普通ならば、拷問というのは肉体的・精神的苦痛によって情報などの利益を
引き出そうとするために行うものである。しかし今は、まるで拷問そのものが
目的であるかのように、何らの要求もなくひたすら痛めつけられている。
 戦闘用の強化人間が、自由を得てサディズムに目覚めたのか?
 セラードが『発狂』してからのことを思い出したリニアは、自らの置かれた
危機的状況にもかかわらず、笑った。
 もしそうなら――それは弱点だ。有利な状況になればなるほど、敵に逆転の
隙を与える性癖。優秀な戦士とは、最も確実な手段で敵を葬る者であるというのに。

 思いついたように、アーサーが新しい『器具』を取り出した。今更そんなものか
――と嘲笑しながら、リニアは勝利感が心を満たすのを知覚した。
 機体を失ったというのに、私は騎士の最強戦力を半日以上も足止めしている!
 味方がすでに全滅しているとか、アーサーが出るまでもないほど追い詰められて
いるとか、そうした思考は露ほども浮かばなかった。彼女は仲間たちの力に
それほどの信頼を置いていたのだ――騎士ごときには負けぬ、と。

 『器具』が華奢な体に突き刺さり、少量の血が流れ出た。邪悪な笑みを浮かべる
アーサーの顔は、かえってそれがルガールとは似ても似つかぬ存在であることを
少女に教えてくれるものだった。

『ふむ、この方向性でのアプローチは駄目ですか。強靭なことだ――』

   <―reset―>
278Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:23:19 ID:???

   <pm a-1>

 瞬く間さえなかった。
 地中から飛び出したマグネーザーが、すでに重傷だったアレックスの
機体を真っ二つに引き裂いたのだ。コアが砕かれると同時に、彼は激痛を
伴ってシンクロ状態から弾き出された。
「覚えているかな、スミス。お前が私にくれた機体だ」
 残骸となったエナジーライガーを見降ろし、マッドサンダーが壁のように立つ。
コックピットを開けて外へ出ようとしたアレックスは、同じく飛び降りてくる
敵を認めた――と、その姿が消える。
 世界が残像と化した。
 後頭部に衝撃を受けたのだ、ということを理解するかしないかのうちに、
アレックス・ハル=スミスの意識は闇に包まれた。

 ――なぜこんなことを。
 アレックスは拘束され、モニターで埋め尽くされた部屋にいた。
 すべての画面は違う場所を映していたが、同じものを映している。未だ雪が
やまぬ天空より、白い軌跡を曳いて飛来するミサイル――。
 モニター群が次々と、白い光を発する。
 過負荷を掛けられ、崩壊するゾイドコアが放出する膨大なエネルギー。
それを利用して、ミサイルから散弾状に飛び散る小弾頭ひとつひとつが
ゾイドコアの臨界反応による大爆発を起こす。ミサイル一発の被害は、
同サイズの反応兵器を軽く凌駕するものとなる。
 それが数百発。
 惑星Zi全土の都市に降りそそぐ――世界の終焉。
「こんな切り札を隠していたのか……だが、なぜ今になって」
 アレックスは滅びの日を目にさせられているのだ。守りたいと思ったもの、
自分が生きてきた場所、そのすべてが氷と炎の中に消えてゆく瞬間を。
 それなのに、心は奇妙なほどに凪いでいる。
 決して穏やかな平静さではない。ただ、虚ろだった。
279Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:25:41 ID:???
「どうしたことだ。こんなにも、心が動かない。諦めていたというのか――
 いや違う、これは。そうだ、理由がないんだ。それが理由だ」
 彼は狂おしく笑った。
「私は――空っぽだったんだ――そんな者が、守るための戦いなど!」

 “最初の子供”。
 “第一能力者”。

 研究機関で大事に育てられ、家族というものを終ぞ持たぬままに少年時代を
過ごした。周りにいたのは、自分と付かず離れずの距離を保って接してくる
大人たちばかり。決して辛い環境ではなかった――しかし、愛もなかった。

 生まれ持った才覚からか、“ギルド”でもその崩壊後も、金に困ることは
なかった。だが、物質的な豊かさは必ずしも精神的な豊かさを約束しない。
 親しくなった人々はいた。だが、自分の中にはいつも壁があった。
 その壁の内側まで入り込んでくるような存在は、彼の人生になかった。

 そんな人間が、なにか大切なものを守るために戦っている他者の真似を
したところで、それが何だというのか――戦力として必要とされている、
ただそれだけのために来たようなものではないか。
 世界との間に断絶を持つ者が、世界を救おうなどと……!
「私がここへ来たのは何のためだ!? リニアさんやオリバー君たちに、
 失望されたくないからか? そんなもの――学生の連れションじゃないか!
 いい子でいるために戦うなんて、違う、私が求めていたのは」

 画面の中で、“市街(シティ)”が消える。その光景は彼の心に
決して小さくはない絶望を投げ落としたが、それすら遠くに感じるのだった。

『なるほど。これは簡単なものだ』

   <―reset―>
280魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:03:20 ID:???
☆☆ 魔装竜外伝第二十二話「ギルガメス、暁に死す」 ☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 ギルガメスの知らぬところで勃発した政変。時を同じくして迫り来た「B」の脅威。二
つが一線につながった時、少年はB計画の真実を知った。しかし彼は怯まない。どんな運
命にも屈しないとエステルの前で誓うつもりだ。彼女の心情など何も知らないまま……。

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 激闘を終えたその日の晩も、適当な丘の上にキャンプを張っての夕食と相成った。
 湯上がりで少々のぼせ気味のギルガメスの前に,盛りつけられた皿が次々に並べられて
いく。焼き立てのパン、よく煮えたシチュー、新鮮な野菜のサラダ……。そのたびに唾を
呑み込むが、それ以上に少年の興味を引きつけたのが皿を並べていく女性の後ろ姿。ジー
ンズ履きのすらりと長い足で、軽快なステップを踏んでテーブルと簡易キッチンとの間を
往復している。彼女も又湯上がりだ。朱に染まった頬が襟の幾分はだけた白のブラウスに
よく映える。それが少年の円らな瞳を嫌でも釘付けにしてしまうため、彼は時折濡れたボ
サ髪をタオルで拭くようにして誤摩化そうと努力せざるを得なかった。
281魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:06:21 ID:???
 彼女……エステルは、余程のことがない限り、料理の手間をかけることを惜しまない。
例え宿敵との対決を終えてヘトヘトになっていたとしても、それなりの時間が空き、準備
さえ整えられるなら、彼女は特に躊躇うこともなく調理に取りかかる(しかも決して愛弟
子の手を借りない)。今日の夕食も、あれ程の激闘を終えた後であるにも関わらず、決し
て豪華ではないが充実した食卓を一人で作り上げた。
 程なくして対面で座った師弟は食卓に祈りを捧げた。その折、ギルガメスは食卓に普段
は余り見掛けぬ瓶や缶がいくつも並んでいることに気が付き、怪訝そうな表情を浮かべた。
「先生……これ、全部呑むんですか?」
 エステルは如何にもばつの悪そうな苦笑で返す。
「フフッ、たまにはね。
 さあ! イブに祈りを……」
 食卓は、ひとまず咀嚼と舌鼓の音に包まれた。少し濃いめな味付けはいつもとさして変
わらず、それがギルガメスを一層安堵させたが、気になることもあった。
 真っ正面で喉を鳴らす音が響く。最初は少年も気にせず目前のシチューに視線を向けて
いたが、音が何度も繰り返されるものだから、流石にチラチラと上目で様子を伺い始めた。
……エステルが、次々に酒瓶を開けていく。プラスチックのコップに注いでは一気に飲み
干し、次いでは飲み干し、合間にシチューをすする有り様。切れ長の蒼き瞳は潤み、心な
しかフラフラ泳いでいるようにも見える。もしかして、もう何杯か飲み干したら前後不覚
の泥酔に陥ってしまうのではないか。そんな危うい輝きに少年はハッとなって、彼はます
ます目を伏せて食事に集中する振りをした。
(こんなに酔ってる先生、初めて見た……)
 ギルガメスは困惑の表情を浮かべた。いくら昼間、激闘を凌ぎ切ったとはいえ、憧れの
女性が酩酊する理由になるとは思えなかったからだ。何しろ相手は宿敵「B」。約三十分、
粘りに粘ってどうにか引き分けに持ち込んだのである。それも彼女が命がけで援護した上
に、シュバルツセイバーのフェイの加勢という幸運が重なった結果だ(前話参照)。当事
者としては都合良く解釈する気には到底なれなかった。
 だからチラリ、上目遣いに呟いた。
「エステル先生、その……お酒なんですが……。
 昼間の戦いは、どうにか助かったってだけですから……」
282魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:09:34 ID:???
 少年の言葉に女教師は目を丸くしたが、すぐ一笑に付してこの殊勝な愛弟子の額を長い
指で軽く押した。
「馬鹿ね! それ以前の問題よ。
 貴方とブレイカーがどうにか生き存えた、それだけで喜ぶ十分な理由になるわ」
 彼女の声に応えるように、向こうから聞こえてきた甲高い鳴き声。深紅の竜ブレイカー
は民家二軒分程もある巨体を丸めてうずくまったまま、短めの首をもたげている。傍らに
は人の大きさ程もある鉄塊が転がっている。少年の相棒も相当に腹を空かしていた。鉄塊
は近くの小村で頂いてきたもの。本来なら夜な夜な小型の野生ゾイドを狩りにいくところ
だが、激闘はこの竜に対し、夜の帳が降りるまで我慢することを許さなかったのだ。
 ギルガメスは苦笑するとパンを置きつつ右手を振ってやった。竜はもう一度甲高く鳴い
てから、食事を再開する。無我夢中で鉄塊にかじり付く相棒を横目で見遣りながら、ギル
ガメスは溜め息を漏らした。
「やっぱり僕は未熟だ。
 謙遜してるつもりでも、どこかで驕りがある」
 エステルは微笑むと首を横に振った。泳いでいた筈の蒼き瞳は急に焦点が定まる。
「一生懸命やったことだもの、結果には自信を持ちなさい。
 彼奴をどうにかするには力が足りないなんてわかりきってるんだから、又明日から頑張
れば良いわ。
 ……お酒はね、プライドの高い彼奴なら夜襲なんて仕掛けて来ないと考えたからよ」
 ああ成る程と、ギルガメスは合点がいった。同時にそこまで考えがいかないことには恐
縮しきりだ。但し、それはそれ。
「でも先生、程々にして下さいね。敵は『B』だけじゃあないんですから」
 エステルは無闇に開放的な笑みをこぼし、何度も頷く。その挙動には隙がやけに垣間見
えるものだから、ギルガメスにはたまらない。心臓が、一々反応する
「大丈夫よ、適当なところで止めておくわ」
 言いながら、空のコップを差し出してきた。少年は少し呆れながらも酒瓶を掴み、注い
でやる。
 コップ一杯に張り巡らされた泡を見てエステルはにこにこと微笑む。ところが縁に口を
つけようとしたその時、ふと首を傾げた。
「ギル、ラジオをつけてみて。ローカルニュースが聴きたいわ」
283魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:15:34 ID:???
 少年は特に訝しむこともなく立ち上がると、食卓の側に置かれたビークルに向かった。
ビークルやゾイドのコクピットから公共放送は受信可能である。スイッチを入れてチャン
ネルを合わせると、音量を上げていく。タリフドの地元放送に合わせて少年が食卓に戻ろ
うとしたその後ろで、耳にしたニュースは彼をハッと振り向かせるのに十分であった。
『次はスポーツ・ゾイドバトルコーナーです。
 現在チーム・ギルガメスがここタリフドに遠征中ですが、今日の彼らは大きなハプニン
グに襲われました』
 少年の表情が見る間に強張っていく。その表情のまま、彼はテーブルの方を向いた。
「まさか……!?」
 エステルの蒼き瞳はすぐに厳しい眼光を放ちつつ、右の人差し指を口元に立ててみせた。
『対戦相手・チームGGは試合開始直前、ライガータイプのゾイドに襲撃を受けました。
 GGのゾイド・ゴジュラスギガは頭部切断の重体(※ゾイドの真の頭部は胴体内のゾイ
ドコアが司るため、頭部切断即死亡とはならない)、襲撃したライガーは試合場にも乱入
してギルガメスのゾイド・ジェノブレイカーを襲いましたが、守備隊が駆け付けて追い払
われました。
 このライガーは現在も逃走を続けています。守備隊では付近住民に厳重な警戒を呼びか
けています……』
「まさか、報道されているなんて……」
 ギルガメスが驚いたのは、昼間の激闘がこうして報道されていることそれ自体であった。
「水の軍団は失脚したけれど、ドクター・ビヨーは権力を掌握するには至ってないようね」
 今まで、ギルガメスらの受けた襲撃が大っぴらになることはなかった。水の軍団が厳し
く検閲を行なってきたからだ。
 ギルガメスは何度も頷きながら食卓に戻ってきた。着席すると腕組みしてしばし黙考。
今度はエステルが怪訝そうに見守る中、少年はぽつりと呟いた。
「先生、もし……もしも『B』を倒して、それで捕らえることが出来るなら、テレビやら
新聞やらに呼びかけて、連中の見てる前で守備隊に突き出す……ってのは駄目ですか?」
 エステルは目を丸くしたが、すぐに大きく頷いてみせた。
「成る程、報道を使って『B』を白日の下に晒すってわけね。
 ……面白いじゃない? 中々の名案よ。でも、私達にも結構なリスクがあるわ」
284魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:18:38 ID:???
 ギルガメスの円らな瞳が若干、細まった。
「晒されるのは私達も同じよ? しかも今度は、あの『B』を倒したギルガメスだってこ
とになるわ……」
「そ、それ位、どうってことないです!」
 身を乗り出してエステルを遮った大声は、底知れぬ不安に脅かされて吃った。発した本
人を襲う震えが、立ち尽くす彼の全身を強張らせたのだ。
「これで牽制になるんだったら、やらないよりやった方がマシです」
 エステルはまじまじと少年の瞳の奥を覗き込んだ。……意志の強い輝きは、泥まみれで
尚解き放つ力強さを帯びている。到底、何も知らぬ子供では発せよう筈もない。
 切れ長の蒼き瞳の目尻が下がった。
「わかったわ。何とかしましょう」
 強く、大きく頷いた愛弟子。女教師はあくまでも自然を装った。

 食事を早々に終えたギルガメス。落ち着いた後はしばし、ブレイカーを構ってやってい
た。横たわるこの巨大な相棒の頬の辺りをさすってやれば、気持ち良さそうに喉を鳴らす。
 その間にも、少年はチラリチラリと食卓の方に視線を向けた。憧れの女性も既に食事を
終えていたが、相変わらず酒瓶をコップに傾けている。……やがて相棒にお休みのキスを
してやった時、テーブルにうずくまる彼女の姿が横目で見えた。
 ボサ髪を掻きながら、ギルガメスは傍らにまで近寄った。やけに深い寝息が耳に入って
くるものだから、彼は先程とは別種の溜め息をつかざるを得ない。
「先生、そんなところで寝ていたら風邪ひきますよ。……先生?」
 誰よりも鋭敏な感覚を備え、敵襲もいち早く察知する彼女だが、未だに寝息を止める気
配もない。
 ギルガメスは複雑な表情を浮かべた。完全無欠の女教師が見せる僅かな隙はやけに間抜
けで、それは少年をホッとさせたりもするのだ。只、彼女がこうして寝入ってしまった責
任の一端は、少年の力量にもあるのだ。
 彼は羽織っていたパーカーを脱いだ。寝入る女教師の肩に引っ掛けてやろうとする。と
ころが自然と飛び込んできた光景を目の当たりにした時、彼は息を呑んだ。
285魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:24:34 ID:???
 ブラウスのはだけた襟の下に垣間見える、白磁のようなうなじ。その奥底に,呑み込ま
れるように視線が伸びてしまう。慌てて視線を下げたギルガメス。だがうなじより下を覆
うブラウスは、肩に、脇に、胸に密着し、緩急を織り交ぜた艶やかな曲線を描いていた。
かき乱し、壊したくなってしまう衝動に駆られる。
 ギルガメスの両手が震えた。何度も生唾を呑み込んだが、結局は視線を大きく反らし、
当てずっぽうでエステルの肩にパーカーを被せた。無難に引っ掛かってくれたのは幸いだ。
少年はそれを横目で確認すると一目散にテントの方へと駆けていった。
 テントの中へと飛び込んだ少年は、そのまま寝っ転がると寝袋を抱き締めたまま、ゴロ
ゴロとのたうち回った。
「ああもう、ギルガメスのスケベ! 変態!
 本当に欲しいのは、そんなんじゃあないだろう!?」
 彼はひとしきりのたうち回るとすぐに身を起こし、寝袋を広げに掛かった。とにかくさ
っさと寝てしまおう……余計なことを考える前に。明日、必ずやあの憧れの女性から一本
奪うのだ。それだけが「B」を倒すに足りる強さの証であり、彼の決意を面と向かって言
い切るに足る資格なのだ。

 深紅の竜ブレイカーは、しばし眼差しをテント内の熱源に注いでいた。触れればやがて
冷たい自分の鼻先を温めてくれる36度5分の熱。立てる聞き耳はないが、聴覚器官は頬
の後ろに備わっている。……聞こえてくる心音、呼吸の単純なリズムは主人の無事を表す
もの,それがこのゾイドには実に心地よく聞こえるものだから、首を傾け、しばしテント
をじっと眺めていた。
 深紅の竜はやがてそっと巨体を持ち上げた。主人が安らかに眠りのひとときを迎えられ
るのであれば、あとは自分の欲求を満たすのみ。竜は狩りに出掛ける(とは言ってもこの
丘を降りた外周に潜む野生の小型ゾイドを捕まえて餌とするだけだ)。主人はそれなりに
餌を用意してくれるし、それである程度は満たされるが、やはり生き餌が一番なのだ。そ
れに余裕のある時に食い貯めておけば、一ヶ月程は餌を取らなくてもどうにかなる。
286魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:30:51 ID:???
 只、今日ばかりは音も立てずに抜け出さなければならない。そうしなければいけない理
由があった。見掛けによらず繊細なこのゾイドには、それ自体は容易いこと。……今は間
違いなく、絶好のチャンスだ。
 翼も背中の鶏冠もぴったりと折り畳み、抜き足、差し足。爪先立ちの竜はキョロキョロ
と、周囲を見渡す。若き主人が夕食前にしっかり油を注してくれたから、関節は全く軋ま
ない。これは、いける。小走りに駆けてさっさと丘を降りてしまおう。竜がもう一歩を踏
み出そうとした、その時。
「ブレイカー、狩りに行くのね?」
 翼が、背中の鶏冠が、尻尾までもが垂直に逆立った。そんな馬鹿なと足下に視線を投げ
掛けてみれば、そこには仁王立ちしたエステルの姿が。若き主人が引っ掛けたパーカーを
肩に掛けたまま、腕組み。竜は足下を見て、すぐに後方の食卓に首を傾けた。……いつの
間にやら、食卓には彼女の姿が消えている。
 それだけではない、足下の彼女は酔った素振りも見せず、いつも通りの余裕綽々。ZI
人の呑む「酒」なるものは、摂取した者に対して時に激しい眠気を誘う筈ではなかったか。
 絶句する竜の驚愕が、エステルには読めている。彼女は苦笑しつつ呟いた。
「又すぐに、敵が来るかもしれないものね。早く済ませた方が良いわ」
 竜はホッと胸を撫で下ろした。まさかこのまま先を通してくれるとは思いもよらなかっ
たからだ。ぶつぶつ呟くようにか細く鳴いてとぼけると、彼女から逸れて、先へ進もうと
試みる(跨ごうとすると踏み潰してしまうかもしれないので、必ず脇に寄るのが賢いゾイ
ドの証だ)。
 しかし竜が安心するのは速過ぎた。
「でも行く前に、ログを見せてくれると嬉しいわね」
 思わずピィと甲高く鳴いてしまい、竜は慌てて口元を両手で塞ぐ。
「『B』と戦っていた時のギルの様子が知りたいわ。それだけ確認させて?」
 竜は口を両手で塞いだポーズのまま、凍り付いてしまった。……それだけは、それだけ
は応じるわけにはいかない。この場は、さっさと逃げてしまおう。そう,心に決めると足
下のエステルからプイと顔を背ける。
287魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:33:56 ID:???
 内心、竜は彼女に叱られるのが怖くて怖くて仕方がなかった。それに、今逃げても一時
しのぎでしかあるまい。それでも、今この竜に出来ること・思い付くことはそれしかなか
った。覚悟を決めて地を蹴ろうとしたその時。
「やっぱり……刻印、自力で発動させたのね」
 振り上げかけた右足が硬直した。ガタガタと震えたまま爪先を立て、ゆっくりと踵を降
ろし。そしてその場で腹這いとなった深紅の竜。翼も鶏冠も萎れた花のように地に伏せ、
非常時なら宿敵を噛み切る強靭な顎でさえも地面につけながら、すきま風のように悲痛な
鳴き声を上げて哀願を始めた。
 エステルは申し訳なさそうに竜の鼻先に近付くと頬を、長い指を触れてやる。
「ごめんね、意地悪なことを言って。
 貴方にとって,本当は嬉しいことなのにね……」
 竜の敏感な鼻先のセンサーが、僅かな水分を感知した。若干塩分の混じったそれの正体
を竜はよく知っている。人は悲しい時、辛い時、それを分泌させるのだ。竜は彼女の本心
を知り、か細く鳴いた。この時程、同じ機能を備えていない自分自身を呪ったことはない。

 双児の月は少し傾いていた。その下を、そっと深紅の竜が駆ける。竜は何度も丘の上を
気にして振り向いていた。
 狩りに出掛ける竜を見送ったエステルは、寂しそうに微笑むと踵を返す。肩に引っ掛け
たパーカーがずれ落ちそうになるが、彼女は難なく掴んで肩に掛け直す。
 深い寝息はテントの外からでもよく聞こえた。
 その中に差し込んできた月光が、寝袋を、包まった少年の顔を照らす。寝息の主たる彼
はその程度の明るさでは目を覚ます兆しは微塵も伺えない。
 月光はすぐに閉ざされた。少年が目を覚ましていたら月の女神が舞い降りたと思ったか
もしれない。
 彼女は肩に掛けていたパーカーを、寝袋の上に被せてやった。
 依然、寝息の深い少年の顔を、彼女はまじまじと覗き込んだ。そのたった数秒が気の遠
くなる程に長く感じられる。
 彼女はやがてぽつりと呟いた。
288魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 12:12:30 ID:???
「馬鹿ね。本当に馬鹿。
 まあ、私もなんだけどね……」
 蒼き瞳は込み上げるものが抑え切れず、すぐに立ち上がるとテントから逃げるように出
ていった。

 朝霧に頬を撫でられてギルガメスは目を覚ました。知らぬ間にパーカーを被っていたの
は憧れの女性がしてくれたものだと容易に推察できた。彼はすぐに普段通りのTシャツ、
膝下までの半ズボンに着替えてパーカーを羽織る。
 外はまだ暗い。傍らで眠りについているブレイカーを見掛けると、これもいつも通りに
キスしてやる。今朝の深紅の竜はやけにしつこく、少年にはそれが少々気掛かりだったが、
まあそういう日もあるのだろうと考えた。
 入念な準備運動、ストレッチ。何度かのくしゃみ。その上で丘を慎重に降りて、そして
駆けていく。平時の日課だ。
 只、ギルガメスは自分自身が軽い緊張に襲われていると自覚していた。……自覚できる
のは大きな進歩でもあるのかなとも思ってはいた。今日はきっと、平凡な一日に終わらな
いし、終わらせるつもりもなかったのだ。
 すっかり陽が昇り、丘の上に戻ってきた少年を出迎えたのは生あくびして丸めていた首
をもたげた竜と、昨晩と同じ白のブラウスにジーンズ履きのエステルだった。彼女はエプ
ロンをしている。
「おはよう、パンが焼けてるわ」
 黙々と、二人はパンをかじり、スープをすすり、スクランブルエッグやサラダをフォー
クでつついた。その間にも、ビークルの方からラジオ放送が流れる。昨晩動揺のローカル
ニュース。スポーツコーナーでは相変わらずチーム・ギルガメスの活躍が報じられていた
が、それ以上の新報はない。
 朝食を終え、ごちそうさまの挨拶を済ませたギルガメスは自分のテントに戻る。ゴロリ、
横になるが、すぐに起き上がって寝袋を畳む。その面持ちはやけに神妙。微妙な、実に微
妙な空気の変化は、自然と少年の脳裏に様々なイメージを抱かせる。剣戟の、それも自ら
を勝ちへ勝ちへと近付けていくイメージの連続こそが、空気に呑まれまいとする少年の集
中力だ。
289魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 12:16:46 ID:???
 寝袋を畳み、わずかな日用品も袋にまとめてしまう。その中から只一本、外に引っ張り
出していたのがゾイド猟用のナイフだ。古びた革の鞘から刀身を半分程引き出せば、鈍い
輝きを放ち、少年の円らな瞳を映し出す。
 初めてブレイカーと出会った時、ギルガメスはよりにもよってこの竜に立ち合いを挑ま
れた。どうにかこうにか一太刀浴びせはしたものの、その代償に瀕死の重傷を負ったその
時、エステルが現れたのだ。あれから、もう三年近く経った。その間には要所要所でこの
ナイフに命を助けられたことを思い出す。
 その内に、もしかしたら明日など二度と来ないのではないかと、彼は妙なことを考えて
いた。まるで走馬灯を見てるみたいじゃあないか。
(確かに、課題をクリアしたからって「B」に勝てるわけじゃあない。
 けれど僕にだって、この目で見たい未来があるんだ……!)
 気持ちを刀身に込めながら鞘に戻す。ギルガメスはすっくと立ち上がった。テントから
表に出た時、聞きつけた風切る音に、ハッと鞘を身構える。
 乾いた音と共に、軽い衝撃を感じた。次いですぐに聞こえた土の囁き。その方角で、こ
ろころと転がる小石の飛礫。
 それが何を示すものか、少年はすぐに理解した。……理解した通りのイベントが確かに
続いたのだ。いつの間にやら、彼の真っ正面に迫り来た女教師。竹のほうきを振り上げ、
大上段から振り降ろす。
 激突の音は鈍い。少年は右手に柄を、左手に鞘の先端を持ち、がっちりと受け止める。
ひびの入ったほうきを女教師は尚もぐいぐいと押し込んでいく。頭一つ分以上も違う二人
の身長差からくる圧力は見た目以上に重い。パーカーの下で、筋肉が震えているのが少年
にはわかる。
 女教師エステルは両手でほうきを押し込みながら微笑んだ。若干、恍惚の入り交じった
艶やかな笑みにギルガメスは思わず息を呑む。想い人に再会した乙女のそれにも、好敵手
に出会った戦士のそれにも受け取れる。これが女教師の本気の表情か。
290魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:04:31 ID:???
「ギル、今日こそ一本、取れるかしら?」
 不敵に囁く。蒼き瞳は生気に満ち溢れている。
 少年も負けてはいない。
「今日こそ取ります、先生!」
 砂利が舞う音と共に、離れる二人。すぐさまお互い、得物を構えて睨み合う。
 テントの先ではブレイカーが頭を抱えた。遂に始まったのかと言いたげに。そして、今
度こそ本当に終わってくれるのか、終わってくれよと、竜は願う。二人と一匹、思惑の行
き着く先は何処。
                                (第一章ここまで)
291魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:06:39 ID:???
【第二章】

 同じ朝日を、あの禍々しい竜の亡骸も浴びていた。ティラノサウルス砲……かの深紅の
竜と同様にT字バランスで姿勢を維持するゾイドの亡骸から四肢を切断し、巨大な台車の
上に据え付けた代物。レアヘルツに狂わされるのはゾイドだけということから(※調整す
れば古代ゾイド人相手にも同様の効果がある。前話参照)、ゾイドの戦闘能力のみを流用
した実に合理的且つ非人道的な超兵器である。
 それが横並びになって何台も並んでいる姿は誠に異様だ。例えて言うなら「死神の葬列」
か。この星ではゾイドが兵器の代名詞であり、だからこそ「かつてゾイドであった」この
鉄の塊は、見る者に対してゾイドとは全く別種の不気味な威圧感を放って止まない。
 さて何台もあるティラノサウルス砲の中央の一台。その真下・台車の中央部の装甲のほ
んの一部が、ブラインドのように開いた。隙間から内部を覗いてみれば、やはりあの頬に
火傷の痕を残す白衣の男がいた。ドクター・ビヨーは大きく背伸びすると、牛乳瓶の底ほ
ども分厚い眼鏡の傾きを直す。狂気を孕んだ眼差しも、今は深い感嘆に満ち溢れている様
子ではある。
「素晴らしい朝です。……B計画の総決算には誠に相応しい」
 じっと動かぬ砲台の群れ。目前には迷路のような岩山の連なりが広がっている。その、
遥か向こうにそびえ立つのがタリフド山脈であり、越えたすぐふもとに隠れているのが
「忘れられた村」だ。
 ドクター・ビヨーはこの「忘れられた村」に多数潜伏する、「刻印」が発動する可能性
のある者達を捕縛するためにここタリフド山脈までやって来た。彼ら同士の交配は勿論の
こと、彼らと古代ゾイド人とを「交配」させれば、より刻印の発動し易い子孫を増やすこ
とが出来る。それらを利用して今までZi人には扱えなかった超兵器を扱おうというのが
ヘリック共和国大統領の思惑であり、ドクター・ビヨーは表向き、大統領の特命を受けて
ここに乗り込んだのである。
292魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:10:34 ID:???
 ところで山脈及びその近辺には所謂「レアヘルツ」が飛び交っており、これを浴びたゾ
イドは例外なく狂ってしまうのは再三、述べてきた通りだ。
 ティラノサウルス砲なる禍々しき代物が用意されたのは、この厄介なレアヘルツの山脈
を真っ正面から突破する狙いがあった。ゾイドコアこそ持たないものの、口腔部に装備さ
れた荷電粒子砲は、かの深紅の竜に勝るとも劣らない。岩山の連なりも、山脈さえも大砲
の数十発で破壊し道を作ってしまおうというのだ。何とも単純、且つ傲慢なアイディアで
はある。
 勿論、用意された兵力はティラノサウルス砲だけではなかった。
 その後ろには、白い骨のような鎧をまとった獅子の集団がでたらめに居並び、伏せて次
の指令を待ち望んでいた。人呼んでライガーゼロ、かつてヘリック共和国が暴虐の限りを
尽くした時に大活躍したゾイドも今や希少種の扱いであった筈だが、ここにひしめく獅子
達は百匹やそこらでは済まないだろう。何しろティラノサウルス砲の背の上から見渡して
も地平線の真下はすぐに骨の鎧が確認されるが、左右に乾いた土肌の覗くところはさっぱ
り見当たらない。
 その威容は、真横に並べられたいくつものスクリーンによって、様々な角度から映し出
されている。ブラインドはそれらのすぐ上だ。さてスクリーンは複数あれど、それぞれの
前に着席する者は誰もいない。それもその筈、座席には大人が両手で抱え切れる程度の水
槽がいくつも設置されていた。内部は液体で一杯に満たされ、その中にはプカプカと浮か
ぶ肉塊が見受けられる。
 肉塊を、心臓の悪い者が凝視すべきではない。これは胎児そのもの。いずれもが刻印を
発動し、高度な兵器を自在に操る。ある種の生体コンピュータであり、B計画のおぞまし
き副産物だ。彼らもドクター・ビヨーの配下によって「量産」された被害者と言えばそう
なのだが、当事者にそのような自覚がある筈もない。只ひたすら浮かび続け、無数に繋が
れたチューブやコードから栄養や電気信号を受け取るのみである。
293魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA
 ドクター・ビヨーは、このティラノサウルス砲の直接的な操縦に関してはほぼノータッ
チを決め込んでいるようだ。何しろこの横に長い室内には責任者たる彼が着席しそうな座
席が中央部分(彼の目の前だ)にあるものの、そこにもそれ以外の各所にも操縦桿やレバ
ー・スイッチなどの入力装置が全く見受けられない。彼はひたすら指令するのみの様子だ。
「さてこの記念すべき日に、貴方がこうも不機嫌なのは残念ですよ」
 くるりと後ろを向き、蔑むような視線を投げ掛けた。
 彼の足下に、光る糸が無数に散乱している。まるで豪奢な金の絨毯を敷き詰めたようだ。
それらが蛇のようにうねって、やがてむくむくと盛り上がった。……光る糸と糸との間に
垣間見える銀色の瞳が打ち震えている。
「ほざけ……それもこれも、全て貴様が……!」
 光る糸が言いかけたのも束の間、ドクター・ビヨーはすっと懐に右手を差し入れた。そ
の動作だけで光る糸は縮み上がり、彼がすぐさま差し出したのを合図に光る糸は痙攣。再
び床に倒れ伏し、のたうち回る。
 もがく光る糸の隙間から、すぐに白のワンピースが姿を覗かせた。鼻筋の良く通った白
磁の顔立ちも露になるが、その容貌は苦悶を浮かべ、折角の美貌が台無しだ。
 ビヨーの掌には得体の知れない機械が握られている。そこから発せられているのはレア
ヘルツ。古代ゾイド人にも有効になるよう調整されたものだ。このスイッチ一つで、この
美少女……「B」ことブライドは耳をつんざくような超高音が聞こえ、ここまで悶え苦し
むこととなったのだ。
 ビヨーは火傷の痕が残る頬のみをピクリと動かした。侮蔑の微笑みが美少女に投げ掛け
られる。
「『B』よ、こと戦闘ならいざ知らず、色恋沙汰については貴方も案外疎いところがござ
いますな」
「な……な……何だと!?」
 美少女は銀色の瞳で睨みつけるが、輝きには濁りが混ざり始めた。
 それをビヨーも察知して、得意げに話を続ける。