自分でバトルストーリーを書いてみようVol.29

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「銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。 
 長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
 平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
 おりなすドラマはまだまだ続く。

 平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
 そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
 歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
 されど語り部達はただ語るのみ。
 故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。」

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"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその2
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「自分でバトルストーリーを書いてみよう」まとめ
ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/
ZOIDS battle story(携帯用まとめサイト)
ttp://98.xmbs.jp/zixxx/
2名無し獣@リアルに歩行:2009/04/25(土) 00:41:52 ID:???
>>1
1おつ
3魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/28(火) 19:12:16 ID:???
【第三章続き】

「ギル兄ぃ、どうした!?」
 早速駆け寄り、両肩を掴む。
「ああ、フェイ……。頭が重いんだ……」
「大丈夫? 立てるよな?」
 そっと自分の左肩に担ぐ。一回りも体格が違うだけあって、ギルガメスを抱えたフェイ
の姿勢は相当な猫背だ。幸い、玄関まで大した距離はない。なりは小さいが年上の少年を
気遣いつつ、フェイは慎重に歩を進めた。玄関に辿り着いた時、扉の奥から声が聞こえた。
「彼に、未来を捨てろと仰るのですか!」
 努めて語気を抑えてはいるが、打ち震える声だけは隠せない。フェイの全身は強張る。
頭痛が辛いギルガメスでさえも、うつむく顔がバネ仕掛けの玩具のように持ち上がった。

 室内では、エステルが中腰で立ち上がっている。肩を小刻みに震わせ、唇を戦慄かせ。
ヒムニーザとスズカが立ち上がり後ろからなだめようと試みるが、凍てつく怒気がそれを
拒む。
 しかしメナーは、ゾイドさえ怖じ気つかせる魔女の眼力を前にしても……いや寧ろ間近
で目にしたからこそ、落ち着いた調子で会話を続ける。
「しかし今のままでは、ギルガメス君は死ぬまで追われ続けることになるじゃろう。
 追っ手さえ止めば、別の未来だって拓けるかもしれんのじゃ……」
 エステルは唇を噛み締める。恐るべき魔女が、今や底知れぬ絶望に打ち震えていた。

 若き主人の異変、そして親しき者の怒声は、漆黒の竜と共に丸く寝そべっていた深紅の
竜をも刺激した。首をもたげ、傾げるとそそくさと立ち上がり、爪先立ちしてメナー宅へ
と近付いていく。
 優しき竜は少年二人の後ろより、そっと鼻先を近付けてきた。先端に感覚器官が集中し
ているのはゾイドも他の生物も大差がない。
4魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/28(火) 19:14:49 ID:???
 漆黒の竜は彼らの背後でおとなしく、但し無関心でいる気はない様子でじっと視線を投
げ掛けていた。だがその最中、不意に感じ取った気配が竜達を刺激した。まずは漆黒の竜
が振り返り、遠方へと続く太い砂利道の彼方をじっと見つめる。次いで深紅の竜が猛然た
る勢いで踵を返す。むき出しの敵意は背後の少年達にさえ少々土埃を浴びせ、女教師らの
滞在する一軒家をも風圧で揺らした。竜は四つん這いとなり、背中の鶏冠も桜花の翼も、
尻尾までも垂直に逆立て、低い威嚇の唸り声を漏らす。
 応接間にいる戦士達は、竜達が感じた気配よりも先に風圧と唸り声で風雲急を察知した。
中でもエステルは、切れ長の蒼き瞳を刃でもむき出すように眼光みなぎらせ、塗り固めら
れた壁の向こうを睨みつける。彼女は気配が既知のものだと直感した。

 向こうの砂利道に、二足竜のシルエットが大小三匹、浮かび上がっている。小の二匹・
青く透き通った皮膚のバトルローバーの後に、背を屈めつつゆっくりとした足取りで付き
従うのが大の一匹。アロザウラーは道を囲う針葉樹林に囲まれ、白い皮膚が一層生える。
 曇りがかった頭部キャノピー内で、パイロンは目を細めた。ブレイカーが既に身構えて
いる。彼は内心、ここ『忘れられた村』の住人の偏狭さが却ってギルガメスらの到着を妨
げるのではないかとも考えたが、それは杞憂に終わったようで何よりだ。
 そしてその近くでおとなしく座っているのは鉄猩アイアンコング、風王機ロードゲイル
か。更にその隣り、身を伏せている巨大な漆黒の竜は初めて見るが、姿形は記録に残るデ
スザウラーを容易に思い起こさせた。功夫服の男に驚く様子は見られない。魔装竜ジェノ
ブレイカーが現存する今、デスザウラーが生き残っていても不思議ではなかろう。敵に回
すと頗る厄介だろうが……。
 キャノピーにウインドウが開いた。バトルローバーでパイロンを先導した男。無論、ボ
ロ切れをまとい顔をタオルで隠している。
「あそこがメナー先生のお宅だ。どれ、先客がいるようだが……」
「それが我が目当てでもあります」
 パイロンの呟きを彼らが理解する機会は永久になかった。不意に呼吸が止まると共に、
バトルローバーに騎乗する二名は鞍から落ちた。
5魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/28(火) 19:16:57 ID:???
 大の字に倒れ込んだ兵士がウインドウに浮かび上がる。彼らの顔を覆うタオルの下から
カサカサと音を立て、出てきたのは先程パイロンが放った鋼鉄の蜘蛛(エクスグランチュ
ラ72)ではないか。
 蜘蛛の一部が使命を果たしたことに満足したパイロンは、両腕をコクピット内一杯に広
げてレバーを握り直す。アロザウラー「オロチ」は透かさず腰を落とすと、今までのくた
びれた挙動が嘘であったかのように疾走を開始した。T字バランスの軽快な走行はかの深
紅の竜に勝るとも劣らない。砂利が跳ねる。針葉樹林が揺れる。

 急襲を目の当たりにしたブレイカーは更に一歩、前に出る。鶏冠を、翼を最大限に逆立
てつつも、長い首で背後の様子をちらりと伺った。若き主人の協力なしには抗うことなど
叶うまい。深紅の竜は甲高く鳴いて搭乗を促す。
 ギルガメスは朦朧たる意識のまま、それでも意を決して担がれた右肩を向いた。
「フェイ、水の軍団だ。戦わなくちゃ……」
 肩を担ぐフェイは血相を変えた。
「ば、馬鹿言うなよ兄ぃ! 頭、痛いんだろ? 戦うにしてもエステルさんに刻印を……」
 言い掛けた時,目前の玄関が勢い良く開かれた。
 真っ先に躍り出たエステル。優しき魔女は襲撃者に一瞥をくれると少年達のもとへと駆
け寄った。
「ギル、どうしたの!?」
 よく通る、聞き慣れた声を耳にしてギルガメスの口元はほころんだ。
「大丈夫です、先生。それより、刻印……」
 それで全てが事足りる筈だった。いつものように刻印を額に浮かべて、ブレイカーとシ
ンクロして。いつだって敵は強大だから、どんな決着を迎えるのか想像もつかない。だが
少なくとも自分は……自分と、大事な者達は生き残る。
 だがこの瞬間だけは、違った。
 エステルは凍り付いたように動かなくなってしまった。元々雪のように白い肌が、頬が
ますます血の気を失っていく。まるで、彼女の時間だけが止まってしまったかのようだ。
「先生?……エステル先生!」
 ギルガメスは異変を感じ取った。少年の愛する女性は、何かしらの理由で刻印の発動を
ひどくためらっている……!
 時の神は非情だ。砂塵まき散らして白色の二足竜が、迫る。
                                (第三章ここまで)
6魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:01:09 ID:???
【第四章】

 ギルガメスは慄然した。自分の委ねる時の流れまでもが凍り付いていく。エステルの唱
える「詠唱」は、いつも少年を絶望の縁から引き上げてくれる魔法の呪文であった。今迎
える危機的な局面に際しても、当たり前のように聞けるものだと思っていたそれが、今だ
耳の奥へと届かない。少年の脳裏は、彼女の頬と同じように真っ白になっていく。
 フェイはギルガメスを担いでいる間に異常な事態に気が付いた。……エステルの精神力
が並々ならぬことは彼自身が行動を共にした時、思い知らされている筈だ(魔装竜ジェノ
ブレイカーの拉致に失敗した根底には、鬼子母神の如き彼女の執念があったことは間違い
ない)。それ程の女丈夫がこの土壇場で、動揺をさらけ出している。
「え、エステルさん、早くギル兄ぃをブレイカーに……!」
 言いかけながらフェイは迷った。普通の感覚ならゾイドに搭乗しないことには話しにな
らない。だが刻印が発動していないギルガメスごときに、水の軍団の刺客を倒すことがで
きるのか……?
「取り敢えず、乗せろ! 乗せれば何とかなる!」
 三人の背後から貫いた怒鳴り声はヒムニーザによるものだ。
 エステルはハッと切れ長の瞳を見開いた。言葉を忘れたかのように唇を何度か動かすと、
途端に唇を噛んで、そして。
「ブレイカー!」
 その名を呼ばれた深紅の竜は待ってましたとばかりに桜花の翼を前方に固めると、右手
を背後に伸ばした。フェイに対し頷くと、肩で担がれた愛弟子を両腕で抱きかかえ、竜の
もとへと向かっていく。……それにしても、凄まじい腕力、脚力だ。50キロ以上はある
ギルガメスを抱いたまま、走り幅跳びでもするかのように砂利道を駆け抜けていく。
 ギルガメスは宙を浮く自身の身体に心躍らされた。抱きかかえる女性の腕は華奢で柔ら
かいが、少年の心までもしっかり掴み上げたかに見えた。しかし少年は、僅か数秒のうち
に先程感じた時間の凍結が勘違いでないと思い知らされたのだ。布越しにも伝わってくる、
かすかな震え。彼は見上げて愛する女性の表情を確認しようとした。……彼女は努めて無
表情を装っているかに見える。だが口元の歪みだけは押さえ切れず、時折唇を噛み締めて
いるのが確認できた。
7魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:03:13 ID:???
 少年は胸騒ぎを感じた。
(一体どうしたんだろう。先生がこんなに不安げだなんて……)
 エステルは瞬く間にブレイカーの右手へと飛び乗った。重力を確かに感じた深紅の竜は
残る左手で囲いを作りつつ、右手を引き寄せる。
 胸元のハッチが開く。二人は内部へと押し込まれた。エステルはギルガメスを抱きかか
えたまま倒れ伏す。
 そこに、衝撃が室内全体を震わせた。ブレイカーはアロザウラー「オロチ」のぶちかま
しを両翼でがっちりと受け止める。しかし敵もさるもの、翼の下へ下へとぐいぐい身体を
ねじ込んでいく。アロザウラーなるゾイドは見かけこそブレイカーより小さく見えるが、
桜花の翼を抜きに比較すれば五分に近い体格の持ち主だ。ねじ込む力も鋭く研ぎ澄まされ
ている。深紅の竜は一層腰を落とした。予想以上の圧力だ。ちょっとでも油断したら転倒
し、腹部をさらけ出すことにもなりかねない。だから竜はかすかに鳴く。今は若き主人の
助力が必要なのだ。
 相棒の悲鳴は勿論、この薄暗い胸部コクピット内にも聞こえてきた。立ち上がろうとし
たギルガメスは、エステルが胸の辺りで交叉するようにのしかかっていることに気が付い
た。柔らかな胸の感触に、少年は一瞬どぎまぎした。だが如何にも年頃の少年らしい動揺
は、次に感じた振動によって呆気なく吹き飛ばされた。
 胸から胸へと伝わってくる鼓動、呼吸、そして震え。ギルガメスはまだひ弱だった頃、
感じたことがある。強敵に敗れ去り、再戦の恐怖にも敗れそうになったあの時。全身全霊
で秘技を伝えた彼女は見かけの頑健さとは裏腹に、心身共にいつ壊れてもおかしくなかっ
た。……同じ思いは、もう十分だ。
 ギルガメスはのしかかるエステルを引き離した。彼女はハッと、我に返っている。少年
は胸を撫で下ろしつつ、切れ長の瞳の奥を覗き込む。
「例え、その行く先が……」
 エステルは呼気を、吸気を、何度も繰り返す。奥歯を噛み締めると彼女は意を決した。
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
 蒼に煌めく二人の額。
8魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:05:15 ID:???
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
 衝撃が、尚も室内を揺らす。ギルガメスの右腕が、エステルの左腕が伸び、互いの肩を
掴み合う。少年は残る左腕で座席を手繰ると、もたれるようにして立ち上がり、座席に身
体を預けた。釣られて魔女の身体ものしかかるが、その間に彼女の片腕を離すことも、眼
差しを外すこともない。円らな瞳は凛と輝くものだから、彼女の眼差しも釘付けのまま。
 ふとギルガメスは眉間に皺を寄せた。それが自分の重さ故からかと、エステルは赤面し
て身体を離す。見覚えのない動作が案外可愛らしいものだから、少年はつい口元がほころ
んだ。
「頭痛です。さっきから痛くて……」
 エステルは言いようのない不安に襲われた。見かけに寄らず頑健な愛弟子だからこそ、
延々と続く不調は気がかりだ。
「大丈夫?」
「気にしてられないです」
 暗い室内でも笑顔は眩しい位だ。それが強がりであったとしても。エステルはまじまじ
と少年の顔を見つめながら立ち上がると、衝撃に揺られながらも後ずさりし、壁面にへば
りついた。そこは座席の真っ正面、胸部ハッチだ。
「ここは場所が悪い。外に出たら誘導するわ」
 ギルガメスは頷いた。それきり、二秒、三秒……。時間は経過するが、止まったかのよ
うな感覚に襲われる。それ位、二人の眼差しは重なり合っていた。
 ふとエステルの背後より光が差し込む。それを合図に彼女は背後に倒れ込んだ。……室
外にはしっかりブレイカーの両掌が防壁となって覆っていた。
 戦況を把握せんとエステルは竜の爪の間から覗き込む。竜の胸部ハッチも閉鎖され、ギ
ルガメスの上半身が拘束具に固定されると共に、室内全体を覆う全方位スクリーンが一気
に映像を描き始めた。
 真っ正面には膝をつく白色の二足竜が。それなりに間合いを引き離せたからエステルも
外部に出ることができたのである。だが決して悠長にできる程遠い間合いでもない。ブレ
イカーは一層腰を落とす。摺り足で横歩きする。
9魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:07:19 ID:???
 アロザウラー「オロチ」はブレイカーの出方を伺っているのか、膝をついたまま動く様
子はない。ギルガメスは訝しんだ。正直、こちらの状況は好転している。あとは戦場を何
とか移動し、メナーらを巻き込まない状況に持ち込みさえすれば、こちらは加勢もある。
勝負を急がないといけない筈だ。
 そう考えた時、全方位スクリーンの左方にウインドウが開かれた。眼(まなこ)血走る、
功夫服の男の姿だ。
「……パイロン!」
「久し振りだな。そして今、貴様は何故俺が勝負を急がぬか、疑問に思っているだろうよ」
 ギルガメスは息を呑んだ。表情の変遷を見て功夫服の男は不適な笑みを浮かべて続けた。
「既に、我が事成れり。焦る必要はない」
「『事』……だって!?」
「ゾイド乗りなら力ずくで尋ねるが良い!」
 白色の二足竜は両腕を左右に広げた。たちまち火炎が噴出され、防風林を焦がし始める。
 だが噴出するまでには、深紅の竜も地を蹴っていた。滑り込むように突っ込み、もつれ
合う。太い首と首がぶつかり合うたび、轟音が、火花が響き、弾ける。パイロンは衝撃で
揺られながらもほくそ笑んだ。
「そうだ、慌てろ! 早く俺を始末せねば無関係なものに害が及ぶぞ。
 ……そしてそこのデスザウラー!」
 いつの間にやら、漆黒の竜が深紅の竜より背後へ接近していた。高々と掲げた拳は、そ
のまま振り降ろせば中型ゾイド如き一撃で始末できるに違いない。
「貴様、共和国にたてつく勇気はあるか!?」
 そのたった一言で巨大な竜の動きが止まった。掲げた拳のやり場に困ったまま、全身を
震わせている。
「デッちゃん、しばし待て!」
 巨大な竜のずっと背後で、ちっぽけな老人が声を上げた。左右にガイロスの戦士達を従
えつつ、メナーはアロザウラーの頭部・曇りがかったキャノピーを睨みつける。
「……パイロンとやら、ここは『忘れられた村』じゃぞ? 外界との関わりを絶った儂ら
にそういう脅しをするとはどういう考えじゃ?」
「だとしても、お上には温情があると言っているのだ!」
10魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:10:01 ID:???
 むむとメナーは唸った。「忘れられた村」の民は、外界との関わりはなくとも形の上で
は共和国の民だ。如何に刻印を備えていようとも、自ら隠遁を強いているのであれば国民
に対する情けはかけるとパイロンは言っている。もしこの言葉を村の他の住人が聞きでも
したら、事実上の反逆者であるギルガメスらへの加勢を巡って間違いなく紛糾するだろう。
メナーやデッちゃんはともかく、他の住人にそこまでの勇気があるか、どうか。
「メナーさん、加勢は無用です」
 ギルガメスの声と共に、深紅の竜ブレイカーは右の翼を翻す。裏側に畳まれていた双剣
がたちまち展開、真横に伸ばして柵となした。
「僕らの、戦いです。少なくとも今は……」
 一時の感情に踊らされて、危険な選択をすべきではない。流石にそれ位は彼でもわかる。
大体、もとが家出少年であるからこそ、そこら辺は承知しているつもりだ。
 そこに、銃声が割って入った。二足竜は軽く仰け反ってかわす。
 援護射撃の主は年代物のビークルを虚空に浮かべ、鮮やかな弧を描きつつ漆黒の竜の肩
口から姿を現した。
「水の軍団、温情などとほざくなら戦場の移動が先よ!」
 黒の短髪なびかせて、エステルが一喝を浴びせた。
 パイロンは舌打ちした。尋常ならざる巨大ゾイドの援護を牽制すれば、こちらの戦い方
を咎められるのは承知してはいたがやむを得まい。無視すれば信義に関わる、当座の目標
は少年主従のみだ。
 かくてジリジリと、蟹歩きを始める紅白の竜。両者が一歩進めるたびに砂利道は石ころ
が砕け、土が抉れる。一歩、又一歩と進んだある時、二つの足音は同じ時間で途絶えた。
 それを合図に、大地が揺れた。天を突く土砂が二条。怒涛の勢いで二匹は防風林をかき
分ける。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
 低い姿勢で駆けながら、ブレイカーは桜花の翼を広げた。双剣を展開し、振り回す。白
刃が一閃するたび、月光の軌跡を描き、防風林を薙ぎ払う。
11魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:13:01 ID:???
 受けて立つパイロンは鼻で笑った。優雅とまで言える手並みでレバーを捌くと、それを
合図にアロザウラー「オロチ」は両掌より火炎を噴出。ある時は円を描き、又ある時は上
下に、左右に。炎の大蛇が空をうねり、桜花の翼へと絡み付く。
 ギルガメスは内心舌を巻いた。いくら火炎とは言え無形のもの。それが斬撃を弾き、い
なし、鞭のごとくしなって叩く。相棒とシンクロする身体の至る所がヒリヒリと痛む。水
の軍団の手練とは何度も牙を交えたが、見掛け以上の力といい正確な技といい、今までの
敵とは別格の趣きさえ感じさせる。
 二匹は防風林を抜け、畑を抜け、そして荒れ地へと辿り着いた。それと共に機先を制し
たのはやはり白色の二足竜。アロザウラー「オロチ」は直立のまま両腕を一杯に伸ばす。
二条の火炎は空に巡らすカーテンとなり、ブレイカーに襲いかかった。
 深紅の竜はしゃがみ込んだ。狙うは膝頭への体当たり。だが地についた両腕目掛け、透
かさず銃撃が豪雨となって覆い被さる。猫のように竜は跳ね上がり、火炎に焼かれて横転、
又横転。
 銃撃の源は強敵の肩の辺りから。折り畳まれていた銃口がいつの間にか、きっちりとブ
レイカーの方角に向いている。
 その豪雨が、突如止んだ。対ゾイドライフルの発射音と共に、躍り出たビークルは強敵
の背後から。激闘の最中に好位置へと移動するのが魔女の手並みだ。命中を確認するや、
彼女は早速背を屈めてマイクに声を送る。
「ギル、ギル、聞こえて?
 私が注意を引きつけるから、貴方は隙を突いて!」
 エステルの声に、ギルガメスは円らな瞳を瞬いた。というのも彼女の声はやけに早口で、
声が上ずり気味だったからだ。戦闘中に厳しく怒鳴ることはあるものの、根拠不明の気持
ちの乱れを垣間見せるようなことは絶対にない女性だ。
(さっきの「詠唱」と言い,一体どうしたんだろう? 確かに僕らが逃げるわけにはいか
ないのだから、絶対にここで倒さなければいけないのだけれど……)
 エステルが焦るのは無理もない。唇を噛み締めると自然に先程の光景が脳裏に浮かぶ。

「ビヨーが加担しているとするなら、B計画とは……『最も自然な形で』刻印を使いこな
せるZi人の戦士を誕生させるのが狙いじゃろう」
12魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:16:02 ID:???
 まんじりともせぬ表情で、ビヨーは呟いた。余りにも奇をてらわない表現に、エステル
は却ってわけがわからず、怪訝そうな表情を浮かべたものだから、老人は苦笑して続けた。
「わからぬか? つがい、じゃよ。セックスと言い換えた方が単刀直入で良いか?
 B計画の『B』とは『花嫁』を意味する『遠き星の民』が使う言葉の頭文字じゃ」
 エステルのみならず、ヒムニーザとスズカも声を失った。理屈の上では余りにも簡単だ。
刻印を使う者同士のつがいなら、生まれてくる子供も又刻印を使いこなせる可能性はぐっ
と増す。只、たまたま刻印が覚醒してしまったZi人同士では完璧とは言えないかもしれ
ない。……そこで『B』だ。刻印を自在に操る古代ゾイド人の少女だ。
 メナーはティーカップの残りをぐいと飲み干して続けた。
「自然発生する子供は、ちゃんと育てればどんなゾイドもオーバーテクノロジーも操る文
字通り最強の兵士になるじゃろう。水の軍団が阻止に躍起になるのは無理もあるまい。ビ
ヨー側の黒幕が力を入れるのも又同様じゃ。
 そしてB計画それ自体は別にして、ビヨーの野望は果たされつつある」
 メナーは口を閉じるとじっと、エステルの蒼き瞳を覗き込んだ。彼女は真意を直感した
が、説明不可能な別の意志がそれを拒む。それが手に取るようにわかるのか、メナーは何
度も頷いた。
「……この計画、必ずしもギルガメス君と『B』とのつがいでなくとも良いのじゃ。極端
な話し、各地で刻印を操る者同士の子供が誕生さえしてしまえば計画は半ば実現したも同
然。そうなったら、これからは学問の色眼鏡で見れば優れた『刻印を使いこなせるZi人』
と、それより劣る『只のZi人』が同時に存在することとなる。
 新たな闘争の始まりじゃ。帝国対共和国どころの話しじゃあない、種の優劣を巡った争
い。絶対に終わることなど……」
「彼を!」
 老人の言葉に割って入ったエステルはすっかり青ざめていた。切れ長だった蒼き瞳はす
っかり見開かれ、一杯に浮かべる雫は僅かな振動を与えただけでこぼれてしまいそうだ。
「ギルを、守るためにはどうすれば……!」
「刻印を、使わせない」
13魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 10:18:09 ID:???
 背後のヒムニーザとスズカはかつて苦杯を喫した恐るべき魔女が、すらりとした背を、
肩を、手足を絶望で震わせる姿を目の当たりにした。鉄の乙女が絶望に怯える姿など、想
像だにしなかったのだ。
 もっとも、メナーにとってはそんなことなどどうでも良かった。
「……使うから、発達するのじゃ。毎日のようにゾイドバトルに明け暮れ、刺客を追い払
っているのだから無理もあるまい。このままでは自分一人で発動できるようになるのも時
間の問題じゃ。
 じゃから、使わなければ良い。いつか刻印を使おうとしても使えなくなる日が来れば、
水の軍団もビヨーも手は出すまい。何年先になるかわからぬが……」
 余りにも、簡単な答えだ。だがエステルは拍子抜けなどできなかった。もしその選択肢
を選ぶとしたら、予め確認しなければいけないことがある。
「彼はゾイドウォリアーです。刻印なしにはブレイカーを完全に乗りこなすのは難しい……」
 メナーは彼女の言葉が予想できたようだ。だが優越感に浸ることなど到底考えられず、
うつむいて溜め息をついた。
「ゾイドウォリアーを、止めさせなさい」
 たまりかねて、彼女は立ち上がった。もしそこにイヴがいるなら下した審判をも打ち壊
すつもりで震える拳をテーブルに叩き付けた。
「彼に、未来を捨てろと仰るのですか!」

 焦燥がエステルの胸を灼く。愛弟子との旅に費やした二年という歳月の中身は余りにも
濃過ぎた。であるからこそ、一刻も早く彼を戦いから解放しなければなるまい。刻印の発
達を少しでも遅らせるためにも……。
 ビークルがアロザウラー「オロチ」の背後へと回り込む。瞬く間に響く銃声。オロチが
両腕を薙いで炎の壁を作れば、真っ正面に隙ができるのは自明の理。翼で斬り付けるブレ
イカー。桜花の翼が双剣が、艶やかに宙を舞う。
 双剣に絡み付く火炎放射。翼の裏側へと忍び寄る炎を、双剣は前後に、左右に払い、突
いて散らす。赤と銀の、或いは赤と紅の攻防は拮抗し、予断を許さない。
 その最中、パイロンは不適に笑う。
14魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:17:09 ID:???
「流石にそつのない連携攻撃だな」
 それは本心だ。何しろ師弟の連携は、レバー捌きに休む間を与えない。
「奥の手を、使う!」
 声と共にキャノピーに浮かび上がったウインドウ。深紅の竜をワイヤーフレームで描い
ている。その全身、至る所に散りばめられた光点は一体。
「エクスグランチュラ72よ、やれ!」
 声と共に、ブレイカーは悲鳴を上げた。翻す翼が、勢い良い踏み込みが止まる。
 勿論、シンクロする若き主人も苦しみを共有した。毒虫に刺されたような痛みだ。全方
位スクリーンにも相棒の姿がワイヤーフレームで表示される。
 破損箇所がいくつも矢印で指し示される。更なる解析を矢印が引っ張り、表示されたも
のを見てギルガメスは顔をしかめた。
「エクスグランチュラ!? 小さい種類ってことか」
 手の平に乗る程のゾイドだって惑星Ziには沢山存在する。大抵は巨大ゾイドの天敵と
なり得るが、ギルガメスとて相棒の手入れは熱心だ。どこかで、侵入を許したに違いない。
「そうか、最初の体当たり!
 ブレイカー、しばらくの辛抱だ、痛みは僕が肩代わりする……!」
 早速、血の匂いが漂ってきた。シンクロの副作用がギルガメスの全身に傷を付ける。だ
が今までに受けた痛みからすれば我慢し切れる程度の代物。唇を噛み締めるも、円らな瞳
は一層輝きを強くする。
 再びブレイカーは翼を広げた。怒りが、そして若き主人に対する感激が、却って動きに
勢いをつけた。縦横に翻る桜花の翼。双剣の切先はそのたびに間合いを狭め、かくてオロ
チは防戦一方になっていく。しかしこの白色の二足竜は双剣の連撃をかわしても尚余裕だ。
 パイロンは黒の長髪を掻き上げた。キャノピーの向こうを相手の動きを確かめるように
睨むと。
「ふん、これ位で形勢が逆転するなどとは思わん。
 後悔する前に何故、痛みが先に来たのか考えるがいい!」
 手刀で斬り付けるようなパイロンのレバー捌き。それと共に、アロザウラー「オロチ」
は両腕を振り降ろした。火炎放射が釣り糸のように伸びて、ブレイカーの右腕に絡み付く。
15魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:19:52 ID:???
 当たり前のように、ブレイカーは右腕を払った。つい先程までならそれで済んでいた筈
なのに、途端に炎が右腕全体に燃え広がる。今度悲鳴を上げたのはギルガメスの方だ。手
酷い火傷に襲われたことがない彼にとって、この痛みは未経験のもの。咄嗟に深紅の竜は
倒れ込んだ。地面にこすりつけて引火を防ごうとする。しかし易々とそれを許すパイロン
ではない。アロザウラー「オロチ」は左足を振り上げる。横転して避けるブレイカー。ダ
メージを負い、それを和らげつつの防御では切れが悪過ぎる。踏みつけはすぐさま追いつ
き、立ち上がる隙を与えない。
「これぞ機獣殺法『不知火』。言っただろう、『我が事成れり』と!
 魔装竜ジェノブレイカーよ、思い知れ。貴様の体内に潜り込んだエクスグランチュラ
72共が、油を垂れ流しているのだ。今や貴様は僅かな炎でも爆死する火薬庫と化した。
 ギルガメス、地獄の業火に灼かれて死ね!」
 横転を繰り返すブレイカー。追いすがる火炎。間一髪逃れながら、深紅の竜は己が巨体
よりきらきらと雫がこぼれ落ちていることを確認した。油が流出しているのか。
 竜は透かさず地面に腹這いになると、桜花の翼を左右に広げ、マグネッサーの主力で滑
空を開始。だが自慢の脚力も、六本の鶏冠も使えぬ状況では大幅な加速は見込めない(近
距離での踏み込みがこのレベルの敵ではあっさり狙い撃ちされるのは言うまでもない。そ
して鶏冠よりの噴出は引火の恐れがある)。泥を跳ね上げ滑る竜を、双頭の火炎が追いか
ける。
 パイロンは均衡の崩壊を実感しつつあった。いつしか精悍な顔立ちの頬が狂気を孕みな
がら緩む。脳裏をよぎるのは使命遂行、そして仇討ちの言葉。ギルガメスらを倒さぬ限り、
彼らに敗れ去った水の軍団の同志は報われない。
 軽快な足取りで追いかけるアロザウラー「オロチ」。しかしその背後より、またも轟い
た銃声。年代物のビークルが追いかける。機上のエステルは額の刻印を輝かせつつ、マイ
ク越しに愛弟子に指示を送る。
「ギル、ギル、聞こえて!?
 そのままでは絶対に勝てないわ! 敵に……」
「その先は、言わせん!」
16魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:23:07 ID:???
 突如、アロザウラー「オロチ」の頭部を覆うキャノピーが開放された。エステルは目を
剥いた。一見、自らの弱点を開けてみせるという異常な行動。しかしそれだけで、百戦錬
磨の魔女は拳聖パイロンの次の攻撃を予測できた。だがそれは同時に、彼女自身が決定的
な失敗を犯したことを証明するものでもあったのだ。
 躍り出た功夫服。ゆったりとした袖より吹き零れる光の粒はマグネッサーの輝き。即ち
マグネッサージャケットだ。
 ビークルは機体を大きく傾ける。エステルの犯した失敗は、少年主従を助ける余りに強
敵との間合いを詰め過ぎたこと。これが並みの敵ならゾイドの手足で払いにくるから十分
対処できるが、パイロンの狙いは超近距離での白兵戦だ(それもマグネッサージャケット
を使っての)。ビークルの性能は自在に対応できる程きめ細やかではない。
 大空を飛び蹴りが舞い、光の粒が後を追う。エステルは尚も左手でレバーを傾け、残る
右手で身構える。だが中途半端な武術が通用するパイロンではない。易々と飛び蹴りが右
腕に決まる。傾くビークルを乗り捨てんとするエステルの脇腹目掛け、パイロンの掌底打
ちが鮮やかに決まった。全身くの字に曲げる魔女の首に左腕を巻き付けると、落下してい
くビークルとは上下反対に、パイロンは加速を付けて上昇する。
 頑丈なビークルが地上で転がる音と共に、パイロンはアロザウラー「オロチ」のキャノ
ピーまで辿り着いた。不適な笑みに宿る狂気は増していく。
 飛び乗ったパイロン。これ見よがしに左腕に括ったエステルを晒してみせる。彼女の闘
志も決して衰えてはいないが、今や容赦のない首絞めに耐えるべく、両手で強敵の腕を鷲
掴みして堪えるのが精一杯。
 ブレイカーは振り上げた翼を中途で止めた。……止めざるを得なかったし、そのあと何
が起こるのかも薄々想像はついた。悔しさがシンクロで若き主人に伝わっていく。ギルガ
メスが自分の胸元をぐっと押さえ、相棒をなだめるまでに、強敵の卑劣な策が明らかとな
った。
「ゾイドから、降りろ!」
「ギル、耳を貸したら……!」
 抵抗するエステルを、パイロンは尚強く締め上げる。魔女はますます苦悶の表情を浮か
べた。それでも決して悲鳴などあげたりせぬが、ギルガメスがどう判断するかは別問題だ。
17魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:25:57 ID:???
 深紅の竜は何とも悔しそうに地面を叩いた。四つん這いになると胸部ハッチが開き、中
からギルガメスが両腕上げてその身を晒す。
「これで、いいだろ!」
 ギルガメスの頭上でキリキリと鉄を削るような音が聞こえる。相棒の歯ぎしりだ。少年
は心の奥で叫ぶ。今は耐えよう、何とかしてチャンスを見つけ出すんだと。外見は努めて
平静を装い、今や四つん這いの相棒より高さで勝るアロザウラー「オロチ」の頭部を睨む。
相手の挙動から勝機を探らんとしたその時、彼は妙なことに気が付いた。
 パイロンの長髪が風になびく。額に大きな十字の傷が見える。そう言えばと、メナー老
人の額にも傷が隠されていた。まさかという気持ちより先に、少年は呟いていた。
「その、額の傷……」
 言葉にも化学反応はある。拳聖とまであだ名される強敵の長髪は見る間に逆立っていく。
「わかりあえるとでも思ったか? 身体の特徴が似ているだけで!
 ギルガメスよ、水の軍団は民主主義のために刻印を根絶やしにする! オロチよ、やれ!」
 パイロンの号令に応じ、アロザウラー「オロチ」の両肩より銃口が動いた。焼き尽くす
より、銃殺の方が手っ取り早いということか。ギルガメスは唇を噛む。チャンスが、見当
たらない。
(いよいよ、これまでなのか……)
 観念し、瞼を閉じかけたその時。
 破裂音が一発、又一発。ギルガメスは閉じかけた瞼を見開く。
 オロチが纏う白色の鎧は爆炎で彩られた。衝撃が頭部を揺らすのは勿論のこと。
 パイロンの足はすくんでも、左腕はエステルの首をがっちりと拘束したまま。執念は咄
嗟に衝撃の発信源を睨む。
 頭上では半開したキャノピーが画像を導き出しているが、見上げる余裕もキャノピーを
降ろす余裕もない。パイロンは荒野を、畑を、そして防風林の先までも睨む。ようやく木
々の間に真っ黒な鋼の塊を確認した。アイアンコング「ガイエン」だ。器用にも腹這いと
なって防風林に身を潜め、肩の大砲を両手持ちして鮮やかに狙撃を決めた。
 頭部コクピット内で、フェイが拳を握って歓喜を露にする。だが逆転の秘策はこれに留
まらない。
「スズカ姉ちゃん!」
18魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:28:40 ID:???
 美少年の声がパイロンの元に届く筈もないが、彼の頭上を影がかすめたのは丁度同じ頃
合い。見上げてみれば大の字に広がった白装束が、袖から袴から光の粒を吐き出して舞い
降りてくる。鬼女スズカの神出鬼没。その更に上にはロードゲイル「ジンプゥ」の機影が。
 スズカは懐に手を忍ばすや、透かさず引き抜き、空を切った。短刀がパイロンの頭部を
かすめる。千載一遇の好機を潰してなるものかとばかりにパイロンはその身を捻ってこれ
をかわすが、彼の恐るべき執念は折角取り押さえた獲物にまでも同様の好機を与えること
となった。
 僅かに緩んだ腕の拘束。エステルは高々と右足を蹴り上げた。革靴の爪先は彼女の頭上
を越え、背後で首絞めるパイロンの額へ見事命中。見事振り切るとそのままキャノピーか
ら飛び降りた。
 アロザウラーの装甲伝いに飛び跳ね降りるつもりだった彼女は、その中途で空を舞うス
ズカと目を合わすや、颯爽と彼女の方角へと飛んだ。女同士の阿吽の呼吸はエステルをし
っかりと受け止め、飛行したままこの白色の二足竜から遠ざかっていく。エステルはその
間にも、ブレイカー目掛けて叫んだ。
「今よ!」
 声より先に、目が合っていた。コクピット内に飛び込むギルガメス。ハッチが閉まる。
ブレイカーが立ち上がる。渾身の一歩を踏み出すと共に、頭部の鶏冠が前方へと展開した。
「ブレイカー、魔装剣!」
 土砂を跳ね上げ、翼を、背の鶏冠をも目一杯に広げて、深紅の竜は突っ込む。
 アロザウラー「オロチ」は身構えた。キャノピーが閉じる。脳震盪で揺れる頭を抑えつ
つ、パイロンは咄嗟に座り直し、レバーを握る。オロチは両腕振りかざす。
 ブレイカーは更に一歩、強く蹴り込む。火炎放射の真下を潜り、必勝の魔装剣が強敵の
腹部に突き刺さる。そのまま二匹は共倒れた。深紅の竜は白色の二足竜を抱え込み、体重
を乗せて完全に抑え込んだ。ギルガメスはレバーを一気に押し込む。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
19魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:31:06 ID:???
 ギルガメスが吠え切った時、ブレイカーも弓なりに身体を反らして剣を引き抜くつもり
だった。しかしパイロンは、アロザウラー「オロチ」はしぶとい。ブレイカーの両脇腹目
掛けて小さな両腕が掴み掛かる。深紅の竜は両腕を強敵の両肩に叩き付けた。反動で跳ね
上がると、軽やかに空中で後方宙返り。
 見事な着地を決めるまでに、オロチも又再び仰向けの巨体を起こしつつあった。逃した
獲物を捕まえるように左腕を懸命に伸ばす。馬鹿なと、ギルガメスは驚嘆した。しかし強
敵の執念もここまでだった。
 立ち上がれない、二足竜。ダメージが、足腰に蓄積している。必死の思いで左腕を伸ば
す。吹き出す火炎が深紅の竜に届く直前で、針路を青空へと変えた。……強敵は再び仰向
けに倒れた。
 頭部キャノピーの中で、拳聖パイロンは黒の長髪をかきむしった。敗北を悟った男の無
念が、眼(まなこ)に狂気を宿す。
「それでも……それでも『我が事成れり』だ!
 ギルガメスよ、水の軍団は貴様を必ず倒す! 惑星Ziの平和のために!」
 声を耳にしたブレイカーは咄嗟に両翼を前面に覆った。万策尽きたパイロン主従が爆散
して果てるのはわかり切っていたからだ。

 炎上する鋼鉄の塊を尻目に、ブレイカーはうつ伏せ、四肢を、翼や鶏冠、尻尾を伸ばし
た。だらしない格好は疲れ切っていたし、この深紅の竜にとっての一日はまだまだ終わり
が見えないと踏んでいたからだ。墓標となった火柱は消し止めないといけない。自身の身
体も主人に洗浄してもらわなければ非常にまずい(今後の戦闘で狙われる可能性が高い)。
だがそれよりと、竜は首をもたげる。
 ギルガメスが荒れ地を走る。その彼方ではエステルがスズカに肩を支えられ、ふらつき
ながら近付いていた。二人は何事かささやくと組んだ肩を外した。スズカは振り返り、後
ろ手にすると遠ざかっていく。
 重い足取りと、疾走。難しそうな表情を浮かべていた女教師は、愛弟子の今にも泣き出
しそうな表情を見て愛想笑いするより他なかった。彼の第一声など予測はついている。
20魔装竜外伝第十九話 ◆.X9.4WzziA :2009/04/29(水) 20:36:14 ID:???
「首……大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ、大したことなかった。それより、ごめんね」
「助かったから、もういいですよ。それに自分も……ごめんなさい。
 頭が痛いなんて弱音を吐いてる場合じゃあ……」
 全てを言い切らぬ内に、少年は前のめりになっていた。足がふらつく程疲れていたわけ
ではない。少年の小さな頭は女教師の胸元に抱き締められていた。彼女は少年の頭を何度
も撫でると、ごめんね、ごめんねと、涙混じりで繰り返す。
 ギルガメスはひたすら反省していた。結局のところ自分が未熟だから愛する女性に無理
をさせるのだと、強く言い聞かせていたし、それで解決する筈だった。一方のエステルが、
迂闊には真実を告げられぬこと、そしてそれ故に失策を招いたことを口にもできず、ひた
すら詫びるより他なかったことなど、思い至るわけがなかった。
 だから師弟の遥か後方でヒムニーザ、フェイと合流したスズカは声小さく尋ねた。
「エステルがこのまま話せるとは思えません」
「内容があれではな。今日の後始末でもしながら、少し思案を巡らした方が良いだろう。
 爺さんにもそう伝えておく」
 激闘は、結局は何の解決にも至らなかったのである。只陽射しだけが傾いていた。
 一方、この「忘れられた村」へと至る地下通路内に、パイロンの手によって大量のエク
スグランチュラ72が放たれていたことを、ギルガメス達は知る由もない。彼らが予め作
戦を仕込まれているとするならば……。しかし時の神は呆れる程、寡黙だ。
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは拳聖の断末魔に翻弄されるのかもしれない。
 気をつけろ、ギル! 覚醒の、カウントダウン。
 次回、魔装竜外伝第二十話『再戦、水の総大将』 ギルガメス、覚悟!」
21巨竜戦艦を突破せよ 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/04/30(木) 23:19:20 ID:???
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

    『巨竜戦艦を突破せよ!』     巨竜戦艦ツインダイセイスモ 登場

始まって早々で実に申し訳の無い事だが、いきなりトモエが何者かに捕まってしまった
所から物語は始まる。
「わらわを捕まえてどうしようと言うのじゃ?」
「フフフ…我が軍の情報網を甘く見ないでもらおう。君があのキングゴジュラスと何らか
の関わりのある人間だと言う事は既に分かっているのだ。よって…君をエサとしてキング
ゴジュラスをおびき寄せ…この巨竜戦艦ツインダイセイスモを持って奴を倒し! 奴に
代わって巨竜戦艦ツインダイセイスモこそ世界最強のゾイドとして君臨するのだ!」

“巨竜戦艦ツインダイセイスモ”
その名の通り、キロメートル級の超大型要塞型セイスモサウルスを二体横向きに連結し、
背に大型艦用ブリッジモジュールを搭載した文字通りの巨竜戦艦であった。そして、
今トモエはそのツインダイセイスモ内に捕らわれていたのである!
22巨竜戦艦を突破せよ 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/04/30(木) 23:20:51 ID:???
広大な荒野のど真ん中に立つツインダイセイスモの姿はまるで巨大な山脈であり、しかも
その周辺を数千数万にも及ぶ各種艦載機ゾイドの大軍団が後退で警戒を行っていた。
「どうかね? 我が軍団を。これならばキングゴジュラスとて一溜まりも無い。」
「まったく…面白そうな事を考えよって。」
「面白そうな事? キングゴジュラスがやられる様を見るのが面白いのか?」
ツインダイセイスモ内の特別室に拘束したトモエに対し直々に面会していた司令官は
何故この状況になってもトモエが笑っていらえるのか良く分からなかったが…
「いや…その逆じゃ。この一体どの位の大金をかけたのかも分からぬ壮大な大軍団が
キングゴジュラス一体に蹴散らされて行くなどと…想像するだけでも笑ってしまうわ。」
「ハッハッハッハッ…そうかそうか…。ならば…そのご期待を裏切ってみせよう。」
司令官は不敵な笑みを浮かべ特別室を後にするが、トモエもまた不敵な笑みを浮かべ…
「その気になればこんな所何時でも脱出出来るんじゃが…それだと面白く無いからのう。
きゃつらはキングゴジュラスとの対決を望んどるからいっちょわらわが呼んでやるかの。」
と、トモエは自身を覆う漆黒のマントの中から携帯電話を取り出してキングを呼んだ。

「何ぃ!? 助けに来いだと!? ふざけんな! てめぇ自力で何とか出来るだろ!?」
電話に出たキングからの返答がこれだった。そう。彼女は科学では説明の付かぬ魔術を
使う事が出来る。それによった空間転移の類も容易であり、別に態々助けに行く必要は
無いと思われても仕方が無い。
『でもそれだと面白く無いしのう。お主の頑張りを見て楽しもうと思ったのじゃ。それに、
お主にはどうあってもわらわを助けねばならん理由があるしのう…。』
「う…。」
23巨竜戦艦を突破せよ! 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/04/30(木) 23:23:04 ID:???
キングは気まずい顔で黙り込んだ。そもそもキングゴジュラスを人間の男の娘(誤植では
無く仕様)としてのキングに変えてしまったのはトモエ。それを元に戻す事が出来るのも
またトモエである。そして、間違ってトモエが死んでしまえば…彼は一生元に戻る事は
出来ない。下手をすれば制御者を失った魔術が暴走してもっと酷い事にもなり兼ねない。
「わかったよ! 助けに行けばいいんだろ!? と言いたい所だが…困ったな〜…
今レイノスオーバーホールに出してんだよ。それが完了するまで数日遅れる事になるが、
別に構わんよな?」
『それなら大丈夫じゃ。そんな事もあろうかと、お主に代わりの機体を用意して宅急便で
送っておいたわ。』
「た…宅急便って…用意が良いなオイ…。」
『まあとにかくじゃ。わらわは大人しく待っとるから早く助けに来るんじゃぞ〜。』
と、そこでトモエは通話を切った。キングは携帯電話を収め、溜息を付いた。
「は〜…それにしても…一体代わりの機体って何なんだろうな…。」
そうこうしてる内にコンテナを載せた台車を牽引したグスタフが現れた。
「宅急便で〜す! ハンコお願いしま〜す!」
「あ…ああ…。」
早速やって来た宅急便の受け取りの手続きを済ませ、一体代わりの機体とは何なのかと
コンテナを確認してみると…
「うわ! これ…グランチュラじゃねーか! 今時これで何しろってんだよ!」
コンテナの中に入っていたのはグランチュラだった。しかしただのグランチュラでは無い。
正確にはその強化改造機。“エクスグランチュラ”だ。その証拠に、通常のグランチュラに
比べて装甲も随分と厚く、かつ動力も大型化していたし、かつ全身に大型キャノン砲やら
ガトリング砲やらミサイルポッドやら様々な武装が装備されていた。
24巨竜戦艦を突破せよ! 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/04/30(木) 23:24:55 ID:???
「そりゃね…多少は強化されてるみたいだけど…今時これでどうしろっての…。」
キングはほとほと困り果てていたが、そんな時に思いがけない人と再会する事となる。

「あ! 良く見たらキング君じゃ無いか!」
「ん? ああああ! お前等はー!!」
キングはかつて、旅の考古学者“ユナイト=スクーラ”と、その助手の“ナナ=ハイター”
と言う二人と出会った事があった。そして今、ユナイトの搭乗するサビンガをベースと
したフェレット型ゾイド、“フェレッツ”と、ナナのLBゴジュラスMK−Uがたまたま
近くを通りがかったのだ。
「お〜。お前等元気してたか。…と、本当ならゆっくり話でもしたい所だが…これから
ちょっとトモエの奴を助けに行かなきゃならないんだ。」
「助けにって…もしかして大切な人?」
「ちげーよ! むしろ事あるごとに俺に無理難題押し付ける酷い女だ!」
「ここで再開したのも何かの縁。僕達もそのトモエって人を助けるのに協力しようか?」
ユナイトがキングに対し、協力を申し出たが…キングは首を横に振った。
「いや…お前等には過去に二度も助けられた。だから気持ちだけ受け取っておくぜ。」
彼の言った通り、キングはかつてユナイトとナナの二人に二度も助けられている。故に
これ以上二人に世話をかけるワケには行かなかった。そしてキングはエクスグランチュラ
へ飛び乗ると共に走り去るのだが…
「あ! ちょっと待って! 何か落としたよ!」
キングはエクスグランチュラへ乗り込む直前に何かを落としていた様子で、ナナが慌てて
拾うのだが、それは一枚の写真。トモエを探す際に使っていたトモエの写った写真で
あった。
「もしかして…この人が…トモエって人?」
事実確認を兼ねて写真をキングへ返そうも、キングのエクスグランチュラは地面の中に
潜ったのか、すっかり見えなくなっていた…………。
25巨竜戦艦を突破せよ! 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/01(金) 22:00:26 ID:???
「大体なんでグランチュラなんだよ。そりゃ出力やら装甲やら武装やら色々強化して
あるみたいだけどさ…グランチュラでどうしろってんだよ…。」
エクスグランチュラのコックピット内でキングは愚痴っていた。真面目な話、彼は
トモエから与えられたエクスグランチュラを過小評価していた。如何に強化していよう
とも、所詮はグランチュラと高をくくっていたのだ。
「と言うかね、こんなの使うよりレイノスのが遥かに楽なんだがな…しゃ〜ね〜…これで
ギリギリまで頑張って見るべ。」
確かにそう言ってしまえばそこまでである。如何に悪路の走破性が高く、絶壁さえ登れる
性能があると言えども、大空を超音速で飛び切るレイノスには敵わない。だがレイノスは
現在オーバーホール中で使えない。故に今と言う状況において考えられる手はただ一つ。
このエクスグランチュラで敵陣ギリギリまで接近し、キング本人がキングゴジュラスと
なってその姿を維持出来る数分間の間に敵を蹴散らしつつトモエを救出する。これしか
無かった。
「これで制限時間さえが無ければ俺本人が直接出向いてぶっ潰してやれんのに…そうも
行かないもんな〜。とにかくコイツでギリギリまで接近出来る所まで頑張ってみるべ。」
少々テンションを落としかけながらも何とか奮い立たせ、キングはエクスグランチュラを
目標ポイントまで進ませた。

それから一時し、山の上の木陰から頭だけを出したエクスグランチュラと言うシュールな
光景が見られた。勿論キングの乗るエクスグランチュラである。
「うわ…なんっつー大軍団だよ…あれ用意するのに一体どの程度の金をかけたんだか…。」
山の上から目標…巨竜戦艦ツインダイセイスモと、その周囲に展開した多種多様なゾイド
の大軍団の姿を見下ろし…キングは恐れを通り越して呆れてしまった。無理も無い。
何しろキロメートル級の要塞型セイスモサウルスを横向きに二体連結させ、中心部に
ブリッジを乗せただけにしか見えないやっつけ巨大戦艦と、その周囲をウジャウジャと
した小虫の群の様な艦載機ゾイドの大部隊。端から見たら気持ち悪いとしか言い様が無い。
26巨竜戦艦を突破せよ! 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/01(金) 22:02:14 ID:???
「なるほど…トモエをエサにして俺をぶっ潰そうって魂胆だな? そしてトモエは俺が
逆にコイツ等をぶっ潰す所を見て楽しもうって魂胆なんだろうな〜。」
ここに来てキングは初めてツインダイセイスモ軍団とトモエのそれぞれの思惑を悟ったが、
どうあれトモエは助けねばならないし、それを成す為にはまずあの大軍団の突破は必須。
「ま…単機で戦局を覆す為に作られた俺だ。機怪獣を相手にするのに比べりゃ楽な仕事
だが…やはり制限時間の都合でギリギリまでコイツで接近せんとな…。」
幸いエクスグランチュラは未だに捕捉はされていない。だがそれが何時までも続くとは
限らない。だからこそ早い内に勝負を決めるべくキングはエクスグランチュラを走らせ、
エクスグランチュラは絶壁を駆け下りた。

「敵襲! 敵襲だー!」
目視距離まで敵陣に接近して早々に発見、捕捉されてしまった…が…この状況においても
キングを乗せたエクスグランチュラは中々どうして結構頑張って幾重にも及ぶ敵陣を次々
突破していた。確かにエクスグランチュラの性能と、幾多の死線を潜り抜けた百戦錬磨な
キングの技量の高さも勿論ある。だが、それよりも…
「流石にグランチュラ一機でこの大軍団にケンカ売って来るとは思わなかった。(ツイン
ダイセイスモ護衛部隊隊員Aの証言)」
これに尽きる。そもそも巨竜戦艦ツインダイセイスモ及び、その護衛として集められた
者達はキングゴジュラスの様な超兵器及び強大な大軍団との戦いを想定して組織された
軍団である。その為ツインダイセイスモ周囲には多大なる物量で迫るであろう敵の攻撃に
備え、広く部隊が展開されていたのだが……流石に小型ゾイド一機で突っ込んで来るとは
誰も思わなかった。それでも彼等とてたった一機で突っ込んで来たゾイドを抜かせて
しまったのではメンツが立たない故、エクスグランチュラの進路を妨害、阻止しようと
するが…
「グランチュラを攻撃したつもりが友軍に誤射してしまっていた。(ツインダイセイスモ
護衛部隊隊員Bの証言)」
何しろ周囲は360度何処を見渡してもツインダイセイスモ護衛部隊のゾイドばかり。
27巨竜戦艦を突破せよ! 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/01(金) 22:03:44 ID:???
その中をエクスグランチュラが一機駆けているのだから、この状況で発砲しよう物なら
誤射は必至。それ故に友軍同士の誤射が相次ぎ、結局エクスグランチュラを悠々と抜かせ
てしまうのであった。挙句の果てには…
「え? 今そこを通り過ぎたグランチュラって敵機だったの?(ツインダイセイスモ護衛
部隊隊員Cの証言)」
と言う風に、キングのエクスグランチュラを敵機と認識せずに素通りさせてしまった者
まで現れる始末。既に前述した通り、大規模勢力との戦闘と面の攻撃を想定して組織
された彼等にとってエクスグランチュラの単機突撃と言う点の攻撃は余りにも予想外
過ぎた事を証明している。更には…
「あのグランチュラはただの囮を兼ねた鉄砲玉で、本当は後方に物凄い大軍団が控えて
いるのだと思い、そちらの警戒に回った。(ツインダイセイスモ護衛部隊隊員Dの証言)」
等と言うありもしない事を考え、エクスグランチュラを放ってツインダイセイスモ本隊
から離れた位置に展開した者までいた。とまあこんな感じで、色々な要因が重なって
キングの搭乗するエクスグランチュラは幾重にも及ぶツインダイセイスモ護衛部隊の
防衛網を次々突破していたのだが、ツインダイセイスモに近付けば近付く程、敵の兵・
ゾイド共に精鋭が多くなる。
「全機密集! 壁を作って敵機の突破を防げ!」
何だかんだ言いつつもやはり彼等もしっかりと訓練された兵達だ。直ぐに体勢を立て直し、
各機で一箇所に固まり巨大な壁を作った。これでエクスグランチュラの進撃を阻止しよう
と考えていたのであろうが…
「これがどの程度まで効くかどうか…。」
キングが引き金を引くと同時に…エクスグランチュラに装備された各種火器が火を噴いた。
高速キャノン砲・ガトリング砲・ミサイルポッド等々、小型ゾイドとは思えぬ重武装から
繰り出される強力な火器が正面の敵目掛け突き進み、撃ち砕き爆破する。敵部隊は密集
陣形を取っていた事が災いし回避も出来ず、かつ少しでも混乱が生じればそれが全体の
混乱に繋がると言った状況となっていた。
28巨竜戦艦を突破せよ! 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/01(金) 22:06:01 ID:???
「お…おお〜…今の内だぜ。」
巨大な爆煙、砂埃が巻き上がり、各ゾイドが混乱状態となっている隙を突き、エクス
グランチュラは進行を再開した。そこでも高い走破性が役立ち、敵軍ゾイドを踏み台に
しつつ悠々とツインダイセイスモへ接近した。

「あれがトモエの居座ってる巨大艦ゾイドか…。でけぇ…まるで巨大な山脈だ…。」
ついにここまで来た。目標のツインダイセイスモはもはや目と鼻の先。
「よし。ならばここでエクスストリング発射!」
ここからがクモ型ゾイドの真骨頂。エクスグランチュラから発射された粘着性をもった
ワイヤーがツインダイセイスモの首に装備された対空レーザー砲の砲塔へ巻き付き、
それを伝ってエクスグランチュラはツインダイセイスモの首まで登った。後はツイン
ダイセイスモの長い首を伝って背のブリッジまで接近するだけ。

「敵機がツインダイセイスモに取り付きました! こ…攻撃します!」
「馬鹿! そんな事したらツインダイセイスモにも砲撃が当たるだろうが!」
エクスグランチュラがツインダイセイスモの首に取り付いた事は既に衆知となっていたが、
かと言って攻撃すればツインダイセイスモにも砲撃が当たる故、どうにも出来なかった。
戦艦は外から攻撃するには強いが、取り付かれれば弱い。

「最初はどうなるかと思ったが…結構行けるもんだな。もしかしてトモエがコイツを用意
したのは…これを狙っていたからか?」
ツインダイセイスモの首を楽々伝って行くエクスグランチュラの中で、キングは何となく
そんな事を考えていた。こうしてツインダイセイスモの首を伝うと言う行為でさえも、
エクスグランチュラの性能が無ければ難しい事だ。これには流石のキングも少々考えを
改めざるを得ない。だが…そんな時だった。
突如として一機のゾイドがツインダイセイスモの脚部に飛び付き、猛烈な速度で駆け
上がり始めた。速い。巨大なツインダイセイスモの脚部の凸凹部分を巧みに伝って瞬く間
に背まで駆け上がり、そこからさらに現在エクスグランチュラが進行中の首へ伝い始めた。
機体・パイロット共に只者では無い雰囲気を放つそれは…何とライジャーだった。
29巨竜戦艦を突破せよ! 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/02(土) 22:00:50 ID:???
「うわ! ライジャーかよ! 俺初めて見たぜ!」
キングは思わず叫んでいた。ライジャーは幻の名機とさえ呼ばれる程凄まじい性能を誇り
ながらも極めて数が少なく、現物をお目にかかる事は中々出来ない。しかし、今その
ライジャーがキングの搭乗するエクスグランチュラへ向けて突っ込んで来たのだ。
「喜んでばかりもいられん! 邪魔だ! どけぇ!」
キングはエクスグランチュラに装備されたキャノン・ガトリング・ミサイルを撃ち放った。
トモエのいるブリッジまで後少しだと言うのにこんな所で邪魔されてはたまらない。が…
このライジャーが速い。ツインダイセイスモの長い首の上と言う状況でありながら臆する
事無く時速300キロ以上の速度を維持し続けている。そして…
「うわぁ!」
ついにやられた。ライジャーの前脚によってエクスグランチュラがツインダイセイスモの
首から叩き落されてしまったのだ。慌てて再度ワイヤーを発射するが…それさえも撃ち
落とされてしまった。もはやなす術が無い。このままエクスグランチュラが落下すれば
敵の集中攻撃を受けてしまう。
「そ…そうはさせるかぁぁぁぁぁぁ!!」
キングの水色の頭髪に混じって逆立つ真紅のアホ毛が燃える様な真紅のオーラを発し…
キングゴジュラスへ変身した! ちなみにエクスグランチュラは何とか着地すると同時に
自動操縦装置によって一時戦線を離脱した。

「キ…キ…キングゴジュラスだぁぁぁぁぁぁ!!」
「で…出たぁぁぁぁぁぁ!!」
誰とも無く周囲に展開した兵の悲痛かつ恐怖に歪んだ叫び声が響き渡った。無理も無い。
彼等の勢力圏の真っ只中に突如としてキングゴジュラスが出現したのである。例え彼等が
元々キングゴジュラスと戦う為に結成された軍隊であろうとも、キングゴジュラスの姿を
間近で見て驚かないはずが無い。それも遠距離から徐々に接近して来るのでは無く、戦線
の真っ只中に突如出現である。その為心の準備もままならず混乱してしまう者も多かった。
30巨竜戦艦を突破せよ! 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/02(土) 22:02:22 ID:???
「何!? キングゴジュラスが現れただと!? 一体何処に……何ぃ!? わ…我が
ツインダイセイスモの足下だとぉ!?」
キングゴジュラスが突如として戦線に出現した事に、ツインダイセイスモ艦隊司令官さえ
驚愕していた。そして、そうこうしている間にもツインダイセイスモの足下では各機が
キングゴジュラスへ攻撃を仕掛けていた。

「討て! 早く奴を討て!」
戦線に展開する各機がキングゴジュラスへ必死の応戦を試みるが、キングゴジュラスの
装甲はありとあらゆるビーム・ミサイル・砲弾を弾き返して行くのである。
「隊長! こちらの攻撃が全然通じません!」
「怯むなー! 攻撃し続ければどんな奴も何時かは倒れるんだー! 攻撃続行―!」
護衛部隊の悲痛な叫びと健気な攻撃がむしろ哀愁を誘うが、キングゴジュラスとて彼等に
容赦出来ない理由がある。
『悪いな。こっちだって数分しか持たないんだ。ここは抜かせてもらうぜ。と言う事で…
スーパーサウンドブラスター!! ゴォォォォォッ○! ラ・○ゥゥゥゥゥゥゥッ!!』
キングゴジュラスの口腔内に装備された超音波砲スーパーサウンドブラスター。彼の
咆哮を数億倍にも増幅させた超大音量はあっという間にツインダイセイスモ周囲に展開
していた精鋭部隊を消滅させた。機怪獣相手の戦いにおいては劣勢を強いられる事が
多かったキングゴジュラスだが…通常戦力相手に対しては無敵! 例え敵が何千何万と
数を揃えて来ようとも無意味。逆に蹴散らされるのみ。やはりキングゴジュラスは
惑星Zi最強のゾイドであった!

「始まったか…。」
ツインダイセイスモ内の特別室に捕えられていたトモエは、室内に設置されたモニターで
キングゴジュラスの姿を見ていた。が…そんな時に突然ドアを叩く音が聞こえると共に
何者かが二人部屋の中に入って来た。
31巨竜戦艦を突破せよ! 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/02(土) 22:04:53 ID:???
「済みません。貴女がトモエさんですか?」
「そうじゃが…お主達は?」
「詳しく話すと長くなりますから、今はキング君の知り合いとでもしておきましょう。」
何と…そこに現れた二人とは…ユナイトとナナだった!

「こうなったら奴を踏み潰せ! 今こそツインダイセイスモの巨大を生かす時だぁぁ!」
司令官の怒号のごとき号令と共に、ツインダイセイスモの巨大な前脚が上がり…足元の
キングゴジュラスへ襲い掛かった。足の爪の一本だけでさえキングゴジュラスの数倍の
巨大さ。そう、もはや数万トン以上にもなる超重量を持ってキングゴジュラスを踏み
潰そうと言うのである。が…
『くぬぬぬぬ…負けるかぁぁぁぁぁ!!』
何と言う事か。キングゴジュラスがツインダイセイスモの踏み潰しを受け止め、逆に押し
返そうとしていたのだ。何と言うパワーであろうか。もはや常識と言う言葉は何の意味も
成さない。しかもそれだけでは無く…頭頂部に輝くブレードホーンをツインダイセイスモ
の分厚い足裏に突き刺し…切り抜き始めていたのだ。
『このままこの足から貴様の中に潜り込んで内側から破壊してくれるわぁぁぁ!!』
まるで悪役っぽい事を叫ぶキングゴジュラスだが…ツインダイセイスモ側にはまだ
切り札が残っていた。
「おっと! そこまでだ! 果たしてこのまま攻撃しても良いのかな!? 確かに君の
パワーは凄まじい! このツインダイセイスモとて簡単に破壊してしまえるだろう!
だが! そんな事をすれば君の目的たるトモエ嬢がどうなるか…分かるだろう!?」
『はっ! そ…そう言えば…。』
確かに。もし間違ってトモエを殺してしまえば、キングは二度と元の体には戻れない。
下手をすれば制御者を失った術が暴走してますます酷い事にもなりかねない。だからこそ
キングゴジュラスはツインダイセイスモへ攻撃出来なかった…。
32巨竜戦艦を突破せよ! 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/03(日) 23:40:50 ID:???
「今だ! このまま踏み潰せ!!」
ツインダイセイスモがさらに体重をかけ、忽ち地面に埋まって行くキングゴジュラス。
キングゴジュラスは何とか押し返そうと力を入れるが、彼が今の姿を維持出来る時間にも
限界が近付いており…首下のライト部ガンフラッシャーが点滅を開始していた。
『くっそぉ…このままじゃ…。』
万事休すか…。そう思われたが…その時だった。
「もう大丈夫ですよー。トモエさんは助けましたー。」
『え…?』
突然キングゴジュラスに届いた一本の通信。それは何とユナイトの物。そして正面を見て
みると、ツインダイセイスモのブリッジから地面へ飛び降りる二体のゾイドの姿が見えた。
そう。ユナイトのフェレッツとナナのLBゴジュラスMK−Uであった。
「お主とこやつ等にどんな関係があるのかは別として、もう気にせず暴れて結構じゃぞ。」
フェレッツの後部座席にのうのうと座るトモエの姿がキングゴジュラスにとってやや癪に
障る物であったが、これでもうトモエの被害を心配せずに戦える。それだけでも今は
あり難かった。
『よっしゃぁ!! やったるぜぇ!!』
キングゴジュラスは自身の頭部を回す様に動かし、ブレードホーンでツインダイセイスモ
の足裏の装甲を円形状に切り抜き、そこからツインダイセイスモの体内に侵入した!
『オラァ! 俺を嘗めんなよ! 奴が人質に取られてなきゃてめぇらごとき!』
内部に侵入したキングゴジュラスは手当たり次第に大暴れを始めた。ビッグクローで引き
裂き、ブレードホーンで切り刻み、クラッシャーテイルで叩き潰す。最初は足の一本の中
であったが、瞬く間に胴体部分へ潜り込み、そこでも手当たり次第の破壊を続けた。
33巨竜戦艦を突破せよ! 13 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/03(日) 23:42:07 ID:???
「キングゴジュラスが内部に侵入! 直ちに迎撃せよ!」
「迎撃って…一体どうすんだよぉ!」
ツインダイセイスモのクルーが直接銃を手に取って艦内を走り回り、キングゴジュラスへ
発砲するがそんな物が通じるはずがない。お陰で錯乱する者まで現れる始末。その状況に
あってもキングゴジュラスの破壊は構わず続けられ、あろう事かスーパーガトリング砲&
ダブルキャノンによってツインダイセイスモの内部から穴だらけにされてしまった。
『よっしゃ! 今度はこっちだぜ!』
先程空けた穴から今度はもう一方の要塞型セイスモへ飛び移り、再度手当たり次第の
破壊を始めた。もうこうなってはキングゴジュラスを止められる者などいるはずが無い。
「やめろぉぉぉ! 良いのかぁ!? これ以上破壊を続けたらトモエ嬢も死ぬぞぉぉ!」
「司令官大変です! トモエ嬢がいません! 我々が奴に気を取られていた隙に何者かに
奪還されてしまった模様です…。」
「な…何ぃぃぃ!?」
そこで初めてトモエが艦内から脱出していた事を知った司令官の肝は冷え込み…
「そ…総員退艦! 総員退艦!! 総員!! 退艦!!」
「りょ…了解ぃぃぃ!」
この様な命令を下すしか無かった。もはやこの状況を覆す術は…無い!

内部から巨大な火柱を次々に噴出し、崩れ落ちて行く巨竜戦艦ツインダイセイスモ。
幾千幾万にも及ぶ多数の人員やゾイドが、半ばパニックのごとく散り散りになって逃げ
出して行く中、キングゴジュラスは人間としてのキングの姿に戻ると共に、彼を回収しに
来たエクスグランチュラに飛び乗って悠々と走り去っていた。
「あ〜ばよとっつぁん!」

それから一時し、遠く離れた場所でキング・トモエ・ユナイト・ナナの四人の姿があった。
「あ〜あ〜…またお前等に助けられちまったよ…。我ながら情けねぇ…。」
「そうかそうか…ならお主もまだまだ精進が必要と言う事じゃな。」
とりあえず勝ちはしたが、結局ユナイトとナナの二人に助けられる形になってしまった
事がキングにはやはり申し訳が無かった。
34巨竜戦艦を突破せよ! 14 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/03(日) 23:43:57 ID:???
「にしてもお前等も凄いな。あんだけの包囲網の中、敵の巨艦に潜入してトモエを救出
するんだから。」
「いや…別に大した事は無いよ。だってあの人達みんな君に注目しててさ、僕達なんて
誰も目も暮れやしない。」
「そうそう。お陰で目の前の素通りも同然だったんだよ。」
「あらら…。」
凄いのか凄くないのか…。ユナイトとナナの大救出劇(?)にキングも少し呆れた。
「ま…良いか。これで一件落着…と言いたい所だが…俺としてはこれ以上お前等二人に
貸しを作っておくのは耐えられない。キングゴジュラスとしての尊厳にも関わりかねない
からな。と言う事でだ。今度お前等に困った事があったら何時でも俺に言ってくれ!
次は俺がお前等を助けてやる!」
「え!? 別に良いよ。」
「そうそう。別にそんな無理しなくても…。」

ユナイトとナナの二人には丁重に断られていたが…キングは果たして本当にこの貸しを
二人に返す事は出来るのか!? どうせまた二人に助けられちゃう落ちなんじゃないの?
と言う事で今回はひとまずここで幕を閉じる。が…

「キングゴジュラスか…面白い…。何時か改めて手合わせしたい物だな…。」
広大な荒野を一機のライジャーが駆けていた。そう、あの時キングのエクスグランチュラ
を襲った謎のライジャー。どうやらあの騒ぎの中を生き延びた様子であり、そのまま何処
へと走り去った。一体…彼は果たして何者だったのだろうか……………

                  おしまい
35名無し獣@リアルに歩行:2009/05/07(木) 23:58:29 ID:???
定期age
36LAST☆FORCE:2009/05/10(日) 11:38:10 ID:lfVTu0pG
はじめに
ゾイドバトルストーリー2の脳内変換ストーリーをもう随分前になるんですが
書いてた事がありました。(※脳内変換なので、設定も公式とは全然違います。)
今でもバトスト2は自分の中で1,2を争うほど良い話ですねw
中央大陸戦争の中期に、バトルストーリー1の最後で満を期して登場した切り札「ウルトラザウルス」。
この超兵器のお陰で、今まで劣勢であった共和国の各地の戦力図が大幅に塗り替えられます。
それと同時期に開発された改良兵器「ゴジュラスMK-2」(このプロトタイプはターナー少佐の手に)
帝国のエース、特殊工作兵’エコー’の駆る「アイアンコングMk-2」を見事倒したターナーのゴジュラスを
先導に破竹の勢いで、帝国首都に共和国の軍勢が攻め進み ゼネバスの反撃も空しく帝国首都は陥落します。
描かれてはいませんが、バトスト1の最後にゼネバスが自身をゼネバスと名乗らず、一介の兵士として
帝国の本土に乗り込んできた若き共和国のエース、ターナー少佐と一騎打ちをするシーンも妄想してました。
(記憶にある赤いファミコンのカセットは、名前を「たーなー」にすると少佐で始まって、
且つラスボスがゼネバスだったんで・・・。)
37LAST☆FORCE:2009/05/10(日) 11:39:01 ID:lfVTu0pG
敗走する帝国兵を暗黒大陸(中央大陸の外の大陸)に逃がす為、帝国将校の一人「ダニエル・ダンカン」中佐
率いるサーベルタイガー隊が、孤軍奮闘で退路を切り開き北極部の基地を確保。
そして追う共和国の最高司令官は「ヨハン・'E'・エリクソン」大佐率いる共和国第一機甲大隊。
共和国最高の勲章を持つ大佐の愛機は’E’のマークを持つ最新兵器「狙撃型ウルトラザウルス」。
ノーマルのウルトラザウルスと違うところは、通常4門あるウルトラキャノンを狙撃型に改良、且つ
精密射撃に特化した、たった1門の超長距離無反動砲。
(機動戦士ガンダムMSV ブレニフ・オグス中佐に似た射撃に特化したスタイル)
この2人がトリガーとなって巻き起こす、悲しいお話です。
帝国の猛将ダニエルには、たった一人の家族 弟の「トビー・ダンカン」がいました。
歳がかなり離れており、妻子のいないダニエルにとっては息子のような存在だったようです。
トビーは兄と正反対の性格で大人しく静かな青年。兄に感化されて帝国空軍(兄は陸軍)に志願
(当時18歳で入隊)したものの生来の性格が災いして、戦闘訓練でも成績は最低クラスで他の訓練兵にも
「兄はあれほど偉大なのに・・」とよく比較されていたようです。
本人はというと、比較される事自体は悪く思ってなく心の底から尊敬する兄への誉め言葉をよく聞くので、
嬉しくさえ感じていた様子。

一方の共和国側 ヨハン・エリクソン大佐にも忘れ形見の一人娘 「シャル・エリクソン」がいました。
早くに妻に先立たれ、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた様子。歳は14くらいk(´・ω・`)
活発で明るく、母親を早くから亡くしていた為かとても大人びており、ヨハンにとっては亡き妻の面影を
残し、家事も料理もこなす、かけがえのない存在。

本編の主人公はこの2人です。バトルストーリー冒頭で語られていたトビーとヨハンの関係を基に
作ってみました。
もしもこの中央戦争が無ければ2人の出会いは素晴らしい物になっていただろう・・という想いを込めて。
381.帝国首都脱出 Part1:2009/05/10(日) 11:41:21 ID:lfVTu0pG
帝国首都からの帝国軍撤退の最中、試作型X-ゾイド(後のデスザウラー)を駆り、
辛くも帝国の民が避難する時間を稼いだゼネバスは自身の脱出を最後にしていた為、機会を伺っていた
ところ、事前に脱出支援要請を送っていた友人ダニエルからの支援空軍到着の通信を受け待ち合わせ場所である
隠し部屋へ移動。
ゼネバス皇帝の邸宅はすでに包囲されており、すぐそこまで共和国の軍とりわけ第一機甲部隊率いるエリクソンの侵入を
許している状況で、部屋に入ってきたのは一人の初々しい青年兵士「トビー・ダンカン」だった。
ゼネバスは青年に敬礼をすると
「君に一つ、贈り物を送って欲しい。宛先は・・そうだな君の兄上’ダニエル・ダンカン宛’で頼む。」
と言った。
あの兄に久しぶりに逢える嬉しさを隠し切れずに、問うトビー青年。
「あの・・それで何を送れば宜しいのでしょう・・。」すると悪戯そうにウィンクをしてゼネバスは
「それは君の目の前にいる、この私さ。トビー・ダンカン少尉。」と言った。
なんという事だろう!!帝国皇帝を無事、兄のいる基地に送るという重大な任務を自分に密かに与えてくれたのだ。
これが兄との最期の出会いになるであろうと、この時トビーは露とも感じなかった。
391.帝国首都脱出 Part2:2009/05/10(日) 11:42:56 ID:lfVTu0pG
ヨハンはその頃、数メートル前の広間で皇帝の居場所を入念に探っていた。
「あの有能な皇帝ならばどこかに隠し部屋を複数持っているに違いない。」
かつて、幼馴染として遊んだことのあるゼネバスへの直感が彼の思考を研ぎ澄ましていた。
あともう少し進めば、ゼネバスを捕らえられたかもしれない。数メートル先に、トビーとゼネバスがいたのだから。
「何っ!?」
その瞬間、邸宅の屋根が一気に吹き飛ばされた。見事な飛翔で1機の真紅に染まったシュトルヒ(始祖鳥型ゾイド)
が空を舞って行った。
「見事な飛翔だな、トビー少尉。」ゼネバスは優しい目でトビーを見つめながら言った。
「いえ・・。」兄を引き合いに出さず、素直に自分を誉めてくれたゼネバスの温かみを感じた。
「この戦争さえなければ・・あるいはあの’E’のマークのある男と戦わずに済んだのかもしれないな・・。」
「’E’のマーク?」トビーには何の事だかわからなかった。
「いや、私の古い馴染みの話さ・・。」言うゼネバスの瞳は何故か寂しさが漂っていた。
そして、無事ゼネバスを北極基地へと送り届けたトビーは兄ダニエルと1年ぶりの再会を果たす事が出来た。
熱い抱擁を交わす兄弟を、かつての兄ヘリックとの事を懐かしむように見ていたゼネバス。平和であったならと
思う願いは、この大局的に動く世界には敵わぬ想いなのだろうか・・。
401.帝国首都脱出 Part3:2009/05/10(日) 11:44:23 ID:lfVTu0pG
想いは残酷にも数日で打ち崩される。共和国の尖兵が、いよいよ北極基地にも迫ってきたからである。
この数日、基地は帝国皇帝陛下を確実に暗黒大陸へ逃がせるよう24時間体制で準備を行っていた。
理由は、中央大陸と暗黒大陸の間にあるバレシアの磁海’魔の海域’が広がっていたからである。
ようやく整備が整い、数十台のシンカー(エイ型ゾイド)が配備され、魔の海域へ向けての準備が
完了した時に共和国浸入のBADニュースが流れる。
当初は、共に脱出する予定であったダニエル将軍を先頭に北極基地守備部隊は決死の防衛戦へと臨むのだ。
基地では、残って共に戦うと言って聞かない弟トビーを優しく抱きしめ「必ず脱出してみせる。」と敵わぬ約束を
交わす兄ダニエル。
対するは、執拗に追いかけてきた共和国第一機甲大隊司令、ヨハン・エリクソン。
ゼネバス自身が言っていた’E’のマークを持つ男。
両雄の命を懸けた戦いが始まった。
411.絶対防衛ラインを死守せよ(バレシア北極戦線) Part1:2009/05/10(日) 11:46:10 ID:lfVTu0pG
共和国戦力300機以上、対する帝国防衛戦力は車両も含め僅か40数機。
孤軍奮闘と言うには、あまりにも違いすぎる戦力差を僅か数時間 脱出時間を稼ぐ為に
出撃するダニエル率いる基地防衛軍。
真紅に染まった長い一牙のみの黒いサーベルタイガーを駆り、地形を巧く利用して何とか時間を稼ぐダニエル。
皇帝とトビーは、脱出部隊のシンカーに乗り込み ダニエル達の無事を必死に祈っていた。
シンカーが、魔の海域に入る100,000メートルまでが共和国にとっての射撃ボーダーラインであると共に
そこまでが一番狙い易い距離でもある。(共和国にも空軍が存在する為、高速離脱型に改装されたとはいえ、
敵も最新鋭の高速型ZOIDSを配備している。上空からの攻撃に脱出に徹した装備のシンカーは非常に脆い)
そのボーダーラインを越えるまでの時間は、およそ2時間。
いかに、上空を越えさせずに共和国を足止めするかが最大の課題であった。
空戦部隊に実質、殆どの兵力を注ぎ込み 陸戦部隊もほぼ対空専用の兵装で固めたゾイドや固定砲台を、
サーベルタイガーが護衛しつつ敵の戦力を削ぐ戦術に徹底させる。
先導を切る、ダニエル達精鋭部隊は対空に戦力を割かれた現状、味方の援護無しで戦い続けなければならない。
まさに鬼神のような戦いを見せたダニエルにも疲労の限界が訪れる。
422.絶対防衛ラインを死守せよ(バレシア北極戦線) Part2:2009/05/10(日) 11:47:41 ID:lfVTu0pG
あと数分でボーダーラインを越えると思われるその時、’E’のマークが付いた狙撃型ウルトラザウルスの
砲台が彼方の海を捕らえる。彼の駆るウルトラの砲門は1基ではあるが、長距離射撃に特化されており
ヨハン自身も射程100Kmの対象まで正確に射抜く腕を持っている。
今までは、ダニエルが何とか注意を引き付けていたがもう満身創痍でそれも困難な状況になっている。
海の彼方には、尊敬するゼネバスがいる。何より一番大切な弟’トビー’がいる。
そして海の彼方でも、トビーはずっと兄の戦いを見守っていた。首筋に’E’のマークが付いたウルトラの砲門が
自分たちのシンカーを確実に狙っているのが見えていた。
ウルトラのコクピットで、ヨハンは静かに目を閉じ馴染みのゼネバスとの想い出を揺り起こしていた。
娘とようやく平和な生活を取り戻せるのだ、と。
「これでようやく、この長い戦争に終止符が打てる。さようなら、ゼネバス。」
砲門から光が漏れる。ゼネバスとトビーは死を直感した。
「トビー!!」ダニエルの最期の一声が、弟の心に響いたその時 海の彼方で砕け散る黒いサーベルタイガーの
姿が弟トビーの眼前に広がっていた。
432.絶対防衛ラインを死守せよ(バレシア北極戦線) Part3:2009/05/10(日) 11:49:15 ID:lfVTu0pG
娘と平和な時間を過ごせる想いが、トリガーを引く時間を遅らせたのか・・。または、ゼネバスに対する想いが
トリガーを押す時間を鈍らせたのか。
いずれにせよ、この黒いタイガーのパイロットがいなければ今の一撃で全てが終わっていたはずだった。
眼前に砕け散る命を懸けた黒いサーベルタイガーのパイロットに静かに敬礼をして、まだ戦争が続く事を
改めて実感したヨハンだった。

そして海の彼方では、無事 魔の海域に入り共和国の追撃を免れた将兵達に安堵のため息が漏れていた。
ただ一人、そうトビー・ダンカンを除いては。
彼は一人で呟いていた。「’E’のマークの付いたウルトラザウルス、お前を絶対許さない。必ずこの手で・・
この手で、息の根を止めてやる・・。」
傍らで、聞いていたゼネバスは「戦争はこうまでして人を変えてしまうものなのか・・。無垢な青年達の心を
弄び、この戦争には一体何の意味があったのだ・・。」
そう思い、かつて自分を先導した元老院の人間達を心から憎く思った。
443.帝国の逆襲 PART1:2009/05/10(日) 12:11:53 ID:AB2DKd/E
それから、トビー・ダンカンは変わった。戦闘訓練は人の数倍以上をこなすようになり、冷酷で無慈悲な兵士へと
変貌を遂げ、確実に帝国のトップハンターへの階段を登って行った。
そして2年後 運命のゾイド、’デスザウラー’と出会う事になる。
皮肉にも、ヨハンは帝国最強の兵士を作る手助けをしてしまったのかもしれない。
共和国は帝国を大陸の外へ追い出し、つかの間の平和を楽しんでいた。
ヨハンも、娘のシャルと幸せな時間を過ごせていた。永遠に続くかと思われたこの瞬間も、
帝国再上陸のBADニュースにかき消された。
2年の時を経て、暗黒大陸の技術を取り入れさらに強力になった帝国の姿がそこにあった。
453.帝国の逆襲 PART2:2009/05/10(日) 12:21:04 ID:AB2DKd/E
追う側に回った帝国の攻勢に、共和国側は奇襲という意味も含めズタズタにされて撤退戦線へ
共和国が最も恐れていたのは、帝国は暗黒大陸で’ある物’を完成させていたのではないかという疑念。
’ある物’こそ、皇帝が帝国首都で試作機として実戦も兼ね乗り込んでいた試作X−TYPE
コードネーム:DEATH SAURER’。本機を量産するにあたり、先行開発1号機として作成された機体を
トビー・ダンカンと、当時の帝国トップクラスのエース達がテストパイロットとしてこぞって志願し
競い合った結果
戦闘スコアが異常に高く、本機との相性が抜群であったトビーが最終的に選ばれる事になった。
最終選考まで残った中には、SQELTRON隊の最高峰と謳われたフランツ・ハルトマン大尉の姿もあった。
戦闘スコアが最低であった頃のトビーの面影は既にどこにもなし。
異常なまでの、本能で敵を徹底的に破壊する姿は味方の帝国兵でさえ恐怖させたという。
それに相まって、新兵器「荷電粒子砲」の威力は一撃で小さな都市を灰に出来るほどの威力でその後の進軍では
むごいくらいの威力で共和国の街や基地を次々に火の海にしていく。一度の出撃でゴジュラスクラスの敵を
30機以上も灰にした記録も(;´∀`;)
まさに、荒れ狂う暴凶星のような’DEATH-SAURAR’の進撃に共和国の首脳陣は危機感を覚え、ヨハン・エリクソンに先頭を切って戦うように指示。
やむなく、娘との生活を引き剥がされ戦場へ向かうヨハンと彼の’E’のマークを追い続ける
帝国のトップハンターとなったトビーとの戦いが幕を開けた。
463.帝国の逆襲 PART3:2009/05/10(日) 12:26:49 ID:AB2DKd/E
幾度となく、戦場で相まみえる2人ですが圧倒的な戦闘力を誇るデスザウラーの前に
ヨハンですら勝ち戦を飾る事が出来ずついに共和国首都へ。
(ヨハンは新兵器’シールドライガー’で相対 ※多分この頃初めて出てきたはず)
この2年間、戦争の事後処理で家には帰れたんだけど娘のシャルをあまり構ってやれなかったヨハン。
ようやく、2人でゆっくりと過ごせると思った矢先の帝国の再上陸。
この時、既に何週間も前から共和国は’ある計画’を立案。それは外観の美しい共和国の首都よりも共和国に住む
全ての人々を選んだ苦渋の決断。共和国首都を放棄して、人々を南方にある島国に避難させるために、日夜休まず
広大なトンネルを殆どの兵士を集めて掘り進んでいく計画。

もちろん、その間 帝国の偵察兵を欺く為にいろいろな細工をしている。
続々と共和国の大移動が始まる中、シャルだけは父の世話をする為 最後まで避難を渋って残っていた。
トンネルの入り口は間もなく永久封鎖される為、この機を逃すと、すぐそこまで迫っている帝国の捕虜になるか
射殺されるかのどちらかしかない状況です。
それで、最後の出撃の前日まで留まっている娘に対し父ヨハンが軍用の古びたレストランに夕食に誘って
たった1度きりの親子での外食。娘と初めて本気で向き合い、話をするヨハン。
娘と過ごした時間を振り返り、楽しかった事や嬉しかった事などをお互い談笑しながら幸せな時間が過ぎて
行きます。
そして、「必ず後を追うから。」と娘を説得しトンネルへ避難するように促すと、
娘は父の言葉を信じてトンネルに向かう決意を固め、トンネルへ消えていった。
その場から娘が去って一人になると、彼はこの中央大陸戦争の中で初めての涙を流した。
自分が確実に生きては帰れない事は、幾度と無くデスザウラーと相間見えて確信に変わっており、ましてや次の
出撃は共和国全ての人たちの運命が掛かっている1戦、決して逃げる訳にはいかない戦い。
その時、かつて同じ境遇にあった敵の名が彼の頭に思い浮かんだ。
’ダニエル・ダンカン’そう、かつて北極戦線で敵わぬと知りながらも勇敢に立ち向かってきた英雄がいた事を。
474.ウルトラザウルス決死の水中戦 PART1:2009/05/10(日) 12:35:29 ID:AB2DKd/E
最も勇敢な兵士を思い出し、決意を新たに固めるヨハン。
共和国最終防衛戦線に名乗りを上げた兵士はごく僅かで、その殆どが老齢な兵ばかり。
昔、彼が新兵であった頃の上官が彼の為に命を捨て志願してくれた事に心から感謝をするヨハン。
そこにはかつての上司と慕う部下の関係が復活していた。(大佐の肩書きはどこにもない)
ヨハンは一番年下であるので、上官の命令を聞きあるいは上官をジョークで笑わせたりと
ひと時だが楽しい時間を過ごせた。
そして、いよいよ帝国の先陣(デスザウラーが単騎で先行)が近付いて来た為共和国中の警報が鳴り響く。
(いかにも多数いると見せかける為)
ここに、至上最大の防衛戦が幕を開ける事になる。
共和国には千年以上の歴史のある美しい大橋が多数存在していたのだが、その橋をウルトラの砲門で事前に一つを
残して全て破壊してしまう。これにより、共和国首都と帝国戦線の間には一つの橋を除いて大きな川が立ち
塞がる事になった。
首都には多数の無人ゾイドを配置しており自動操縦で敵からの攻撃に反撃するよう組み込まれており
わざと無意味な光を出したり、音響効果を大きくして多数の砲撃に聞こえるよう細工をしてある。
老練な志願兵は、自身のカスタムゾイドを駆り敵の先陣に切り込んで行き、デスザウラーを残った最も美しい
大橋に次々と撃破されて行きながらも誘導し見事に役目を果たす。
ここに、ヨハンとデスザウラー最後の一騎打ちが始まる事になる。
484.ウルトラザウルス決死の水中戦 PART2:2009/05/10(日) 12:40:51 ID:AB2DKd/E
大橋の下にずっと潜んでいたヨハンの’E’の付いたウルトラはデスザウラーが橋を渡った瞬間、巨体を振り上げ
橋を壊し、デスザウラーを海に沈めた。
共和国の綺麗な川は、強塩酸の川となっておりデスザウラーを溶かし切るまでウルトラは何時間でも巨体で
押さえつけておく手はずだったのだが、デスザウラーの潜在能力は常識を上回っており、湯気の舞い上がる
川から2本の腕がウルトラザウルスの首と頭を掴み上げグチャグチャに潰していく。
やがて、力尽きたウルトラを尻目に川からどろどろに解けたデスザウラーが姿を現してトビーは、
コクピットを開けウルトラのコクピットへ。
兄を殺した憎い仇敵に、とどめを刺す為コクピットから引きずり出すトビー。
塩酸の海水に侵され身体をズタズタにされ、息も絶え絶えのヨハンが意識を取り戻し彼に一言
「き・・君が助けてくれたのか?・・君の名を・・名を教えてくれ・・」その一言に、トビーは怒りを堪え静かに言う。
「・・・トビー・ダンカンだ・・」薄く開けていた目を見開きその名を反芻するヨハン。
「・・トビー・ダンカン・・ダンカン!!・・私はその名を・・同じ名を・・持つ男を知っている・・」
ああ、そうだろうとも、それはお前が殺した兄の名前だ。いよいよ、トドメを刺そうと決意を固めるトビー。
その時、意外な言葉がトビーの耳に入った。
「・・私の・・知りうる限り、最も勇敢な兵士の名前だ・・・・」
その瞬間、驚きが電流のようにトビーの身体を走った。何年も探し続けた憎い兄の仇から、その兄を褒め称える
言葉が聞こえたのだ。
「もう一度いってくれ、もう一度いってくれ」
トビーはヨハンの耳元で叫んだ。やがてヨハンは「・・・すまない・・シャル・・・」涙を流しそう言い残すと
静かに瞼を閉じていった。
トビーは、自分の膝の上で眠るヨハンの顔をじっと見続けた。いつのまにか、その顔は優しく精悍な兄の顔と
重なっていた・・・ある時は父として厳しく、ある時はいつも自分を庇ってくれた優しい兄さんの顔に。
それはまるでバレシア北極基地で亡くなった兄が、最愛の弟の膝の上でもう一度息を引き取るために、遠い道のりを戻ってきたかのようであった。
「兄さん、優しい、優しい兄さん!!」
悲しみと絶望が、彼の身体を激しく揺さぶり涙が止まる事はなかった。
49ラストエピソード 〜戦雲の彼方に〜(東芝EMI)PART1:2009/05/10(日) 12:51:51 ID:AB2DKd/E
長い長い道のりを、ただ歩いていくだけ・・・シャル・エリクソンはその時も長く暗いトンネルを
行列に押されながら歩いていた。もう、丸一日は歩き続けたであろうこの道筋を。
その時、遠くで父の呼ぶ声が聞こえた。「お父さん!!」たちまち身体に余力が出て
急いで声の方向に向かうシャル。その方向とは、今まで進んできた道のりだった。
「どいてください!!そこをどいてぇ!!」走って、走ってがむしゃらに今来た道を戻るシャル。
一日近く歩いた道を、半日で入り口まで辛うじて辿りつく。もう、身なりはかまっていられない。
塞がれたはずの入り口には少女の通れるくらいの抜け道があった。恐らく爆破の衝撃で開いた穴だろう。
彼女は、夢中に抜け道の光の方へ前進する。そして・・・目の前に開けた世界とは・・・・!!
昨日の風景がうって変わったようにボロボロになった共和国首都の姿であった。
50ラストエピソード 〜戦雲の彼方に〜(東芝EMI) PART2:2009/05/10(日) 12:56:12 ID:AB2DKd/E
空は黒ずみ、雨が降り始め、帝国の狼煙がそこかしこで上がっている地獄絵図のような景色。
でも、彼女の頭にはそれを受け止める余裕はなかった。ただ、父に逢いたい一心だった。
すると、帝国兵の一人が彼女に気づき近くに寄ってくる。
すかさずシャルは帝国兵に尋ねる。「父は・・・父はどこですか?私の名前はシャル。シャル・エリクソンです。」
息も切れ切れ、それも構わずに尋ねるシャル。
だが帝国兵は取り合ってくれない。それどころか彼女の襟首を掴み上げながら言った。
「何ぃ、貴様 この首都の生き残りか!?言え、仲間たちはどこに消えた?」
帝国兵が集まってくる、もう誰も話を聞いてくれる人はいなそうだ。
その時、「・・・待て」一人の憔悴しきった青年が帝国兵の手を掴む。トビー・ダンカンだった。
「これは、トップハンター殿。この少女、どうやら共和国の生き残りのようで。」
青年は、じっとシャルの顔を見つめる。
「君の・・名前は・・?」しばらくしてそう静かに聴いた。
「シャル・・・シャル・エリクソンです・・、父を探しています・・逢いたいんです、どこにいるか知りませんか・・?」
少女は大粒の涙を流し、トビーを見る。
なんという皮肉な事だろう、彼女の父は数時間前に息を引き取っている。そう、この僕の手で。
思えば、ヨハンは最期に「すまない・・シャル・・」と言っていた。彼の大切な一人娘なのだろう。
それを、今度は僕が奪ってしまった。かつて、ヨハンが僕から兄を奪っていったように・・。
トビーの頬に自然と涙が溢れてくる。気が付くとトビーは少女の身体を強く抱きしめていた。
その後ろには、彼女の逢いたかった父親が手厚く棺に入って見送られるところだった。
「お父さん・・?あの中にはお父さんがいるの・・?」
直感的に気付いたのだろう。だが、トビーは何も答える事は出来なかった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ただ、ただトビーは泣きじゃくる少女の身体を抱きしめる事しか出来なかった。

=FIN=
51名無し獣@リアルに歩行:2009/05/10(日) 21:25:15 ID:???
>>36-50
投稿乙 良かったら運営スレに寄っていって下さい
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1161403612/l50
52山姥の恐怖 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/11(月) 23:18:15 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

         『山姥の恐怖』
      山姥機怪獣ヤマンバコング 骨格生物ゾイドクロ 登場

 これはキングが体験したとある不思議なお話。
 あくる日、キングは一人山の中にいた。日も落ち来て夜になっており、かつ山奥で近く
に人里がある様子も無く今日は野宿かな〜と半ば諦めていたのだが、そこで不思議な事に
木々に囲まれた山の中に一軒の小屋が立っているのが見えた。しかもかすかに灯りも
見える。誰かが住んでいる証拠だ。
「これはありがたい。とりあえずダメもとで一晩泊めてもらえるか聞いて見るか。」
 その小屋には一人の老婆が住んでいた。妙に顔が怖くて不気味な雰囲気を放っていた
老婆ではあったが、実に親切で一晩泊めてくれるのみならず食事さえも出してくれた。

 しかし…この時キングは知らなかった。この後とんでもない体験をする事を…
53山姥の恐怖 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/11(月) 23:20:00 ID:???
 草木も眠る丑三つ時、当然キングも寝静まっていたのだが…そこでふと目が覚めた。
「ん……あの婆さんまだ起きてるのか?」
 今キングが寝ている部屋の戸の隙間からかすかに灯りが差し込んで来る。もう夜も遅い
と言うのに、この家の老婆はまだ起きているのだろうか?
「ま…良いか…。あの婆さんにもやる事があるんだろう。」
 特に気にする事無く改めて寝ようと布団に潜り込もうとした時、ある音が耳に入って
来た。何か金属製の物を磨ぐ不思議な音が…
「な…何やってるんだ…?」
 流石に嫌な予感を感じたキングは恐る恐る戸を開け、隣の部屋の様子を覗いて見る事に
した。すると…隣の部屋で老婆が砥石で包丁を研いでいるのが見えた。まあそれだけなら
ただ単に料理の為に毎日使う包丁の手入れをしているだけに過ぎないのだが…
「ヒッヒッヒッ…。今日は久し振りに良い獲物がかかったわ…。女子の様な顔立ちをした
小僧…あれが巷で言う男の娘と言う奴か…ヒッヒッヒッ…いずれにせよ美味そうじゃ…。」
「(な…何言ってるんだこの婆さん…。)」
 老婆の独り言が余りにも不気味であり、キングは思わず後ずさりしていた。だがその
際に床を踏みしめた音が老婆の耳に入ったのか…
「見ぃぃぃぃたぁぁぁぁぁなぁぁぁぁぁぁ!?」
 振り返った老婆の姿…それはもはやただの人間の物では無かった。頭から伸びた角、
口から生えた獣のごとき牙、振り乱された髪…ただでさえ不気味な雰囲気を漂わせていた
老婆が…さらに恐ろしいバケモノへ姿を変えていたのだ。
「ヒッヒッヒッヒッ…逃がさぬぞ坊や…。坊やはこれからワシが喰うのじゃからなぁ!」
「婆さん! それ本気で言ってるのかよ!」
 明らかに可笑しい老婆の言動に違和感を感じるキングであったが…そこでさらにある事
に気付く。それは、老婆のいる部屋の彼方此方に人骨と思しき骨が転がっていた…
54山姥の恐怖 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/11(月) 23:21:07 ID:???
「ヒッヒッヒッヒッ! 小僧! ワシがただの婆とでも思うたか!? 残念じゃがそれは
違うぞ! ワシはこの山に数百年も前から住み…旅人を泊めては喰って来た山姥じゃ!」
「山姥!? そう言えばシーゲル=ミズーキとか言う奴の本で読んだ事あるぞ…てめぇ!
まさか本気でただの婆さんじゃなくて山姥と言うのか!?」
「ヒッヒッヒッヒッヒッヒィィィ!!」
 自身を山姥と称する老婆は有無を言わさず包丁を振り上げキングへ襲い掛かって来た。
これが普通の人間なら山姥の姿を見ただけで足がすくみ、逃げる事も出来ず殺されている
であろうが…キングに対してはそうは行かない。既に幾多の怪物と戦いを繰り広げた
百戦錬磨のキングは、包丁を振り下ろす山姥の右腕に対し逆に蹴りを打ち込み包丁を叩き
落していた。
「なめんなよ婆さん! 俺だって何もしてないワケじゃねーんだ!」
「クヒヒヒ…そうかいそうかい…。」
 右腕を強く蹴られ、包丁を落としたと言うのに山姥は戸惑う所かむしろ笑っていた。
「ムン!」
「!」
 山姥がキングの目を強く見つめ、その目が一瞬ギラリと輝いたその瞬間…キングの
全身が硬直し、動けなくなった。
「てっ…てめぇ…な…何しやがったか…。」
「クヒヒヒヒ…ただ喧嘩が強いだけで山姥から逃げられるとでも思うたか…ヒヒヒ…。」
 彼女の言動からするに、キングが金縛りにあったのは山姥の術による物と見て良い
だろう。そして、動けなくなったキングに対し山姥は再度包丁を握り締め、ゆっくりと
歩み寄った。
55山姥の恐怖 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/11(月) 23:22:31 ID:???
「ヒッヒッヒッ…安心するが良い…残さず喰ってやるからのう…ヒヒヒ…。」
「ふざけんな…ンギギギギ…。」
 キングは力を込めて金縛りから脱しようとするが…動けない。こう見えても彼はかつて
ビース共和国で牢に拘束された際に鉄格子を捻じ曲げて逃走した事がある程の怪力だが…
それでさえ身体が動く気配さえ見せない。何と言う恐るべき術であろうか…山姥は…
「ほれ見ろ。何も出来まい。ヒッヒッヒッヒッ…。」
 山姥は不気味に笑いながら包丁をゆっくりと振り上げるが…キングとてそう易々と
殺されはしない………
「まだだ! 俺を…俺をなめるなぁぁぁぁぁぁ!!」
「うぉまぶし! な…何じゃぁ!?」
 キングの叫びと共に水色の頭髪の中で一際逆立つ真紅のアホ毛が炎のごとき真紅の輝き
を発した。それには思わず山姥も目がくらみ背けるが…次の瞬間、真紅の輝きはキングの
全身を包み込み…山姥の小屋を吹飛ばし…キングゴジュラスへ変えていた。

『どうだ婆さん! あんたがただの婆さんじゃない様に…この姿こそ俺の本当の姿よ!』
 キングがキングゴジュラスへ変異した際に小屋は吹飛ばされてもなお無事に逃げ延びて
いた山姥に対しキングはそう言い放った。が…山姥はキングゴジュラスの姿を恐れる所か
むしろ笑っていたでは無いか!
「ヒッヒッヒッヒッ…面白い事が出来るのじゃのう! なら見せてやろう。」
山姥の目が再びギロリと輝いた次の瞬間、山姥の背後の空間に歪が生じた。そして何かが
転移して来る。そう思われた直後…そこから一体のコング系ゾイドが姿を現した。
「これがワシの“ヤマンバコング”じゃ。コイツに乗るのは久し振りじゃぁ。」

“ヤマンバコング”
 その名の通りコング系ゾイドに手を加えた物と見受けられるが、“人の手”によって
作られた物とは思えない。確かに元はアイアンコングであったのだろうと言う面影は
あるのだが…全身の装甲はボロボロで…頭部に至っては振り乱された毛の様な物が生えて
おり、鋭く長い牙や角まで生えていた。もしかするならば…このコングも山姥同様に
悪鬼妖怪の類なのかもしれない…
56山姥の恐怖 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/12(火) 21:02:19 ID:???
「さぁて…改めて料理の開始じゃ!」
 ヤマンバコングは右腕に巨大な包丁を握り締め、キングゴジュラスへ襲い掛かった。
『また包丁かよ! そうは行くか! キングミサイル!』
 ヤマンバコングを迎撃すべく、キングゴジュラスの口腔内からキングミサイルが発射
された…が…ヤマンバコングはそれを容易く包丁で両断してしまった。
「ヒッヒッヒッ…伊達に何百年も包丁で旅人を料理して喰って来たワケでは…。」
 と、自身の実力を誇示する発言をする山姥だが…そこまでだった。キングミサイルを
両断した直後に、それが大爆発を起こしていたのだから。TNT火薬数百トン分の威力を
持つキングミサイル。直撃は無くともその爆発だけで凄まじい熱量となる。
『終わったか…。』
 真夜中の暗闇を照らすがごとく轟々と燃え上がる爆炎を見つめるキングゴジュラスで
あったが…何と言う事か、炎の中からヤマンバコングが飛び出して来たでは無いか!
「小僧! 山姥をあなどるで無いわ!」
 最初の時点で全身がボロボロだったと言うのにキングミサイルに耐え切るとは何と言う
耐久力であろうか。いや…例え万全の状態であってもアイアンコングがキングミサイルに
耐え切れるはずが無い。やはりヤマンバコングはただのゾイドでは無いのだ。
『近寄るな気持ち悪い!』
 再度包丁片手に突進して来たヤマンバコングの包丁の一振りを若干左側に回避しつつ
右腕を振りかぶり、キングゴジュラスの右ストレートキングパンチのお返し! 重金属
同士のぶつかり合う甲高い音が響き渡ると共にヤマンバコングは再び吹き飛んだ。機怪獣
に対しては小技にしかならないが、それでもデスザウラー級ゾイドさえ容易く打ち砕く
事が可能な鉄拳だ。しかし…
57山姥の恐怖 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/12(火) 21:03:21 ID:???
「ヒッヒッヒッヒッ…面白い。本当に面白い小僧じゃのう…ならこっちも…フン!」
 あの一撃を受けてもなお起き上がって来たヤマンバコングの中で…山姥は手を合わせ、
念仏の様な物を唱え始めた。
「ハンニャカラカラハンニャ…カァァァッ!!」
『な…何をやってるんだこの婆さんは…。』
 山姥が気合を込めたその直後、周囲の地面から多数の骨が浮き上がり、一箇所に集中し
始めた。今まで山姥に襲われ喰われたであろう人間の骨のみならず、同じ様にヤマンバ
コングの餌食にされたと思われるゾイドの骨格と思しき物も多数ある。そして…その骨が
一つの巨大な生物を形作ったのだ。
「さあやれゾイドクロよ! あの小僧を押さえ込んじまいな!」
『貴様! 良くは分からんが…死体も操るってのか!?』
 山姥がゾイドクロと呼んだ巨大な骨格生物。それは多数の死した生物の骨だけが組み
合わさって誕生したゾイド。骨格をイメージしたゾイドと言う意味ではバイオゾイドも
そうだが…あれはタダ単に外見的にそれっぽく見えるだけであり、ゾイドクロは違う。
ゾイドクロは間違い無く骨格のみでありながら一個の生命体として活動している。科学的、
常識的にはあり得ない存在。だが…人間にとっての常識範囲内だけがこの世の全てでは
無い。この様な常軌を逸した存在もいる事を…キングゴジュラスは改めて痛感した。
『ええい気持ち悪いんだよ! 離れろ!』
 ゾイドクロはキングゴジュラスの背後に回り込みつつ抱き付こうとしていた。やはり
キングゴジュラスとしてもこういう相手は気持ち悪くて溜まらない。強固かつ長大な
破壊尾・クラッシャーテイルをブチ当て骨を砕きつつ、尾の先端に装備された砲・テイル
カノンからの高出力ビームをお見舞い! ゾイドクロは忽ち粉々に砕け散るが…
58山姥の恐怖 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/12(火) 21:04:37 ID:???
『何!?』
 これまた信じられない光景が起こった。粉々に砕け散ったはずのゾイドクロの破片の
一つ一つが再びくっ付き、元に戻ったのだ。部品の一つ一つがバラバラになったり合体
したりと言う意味ではブロックスゾイド等がそうだが、ブロックスは部品やブロックス
そのものの破損に関しては元に戻す事は出来なかった。だが…ゾイドクロはそれをやって
のけていたのだ。
「ヒッヒッヒッヒッ…無駄じゃ無駄じゃ。既に一度死んどるゾイドクロは不死身じゃ…。」
『なるほどな…既に奴は死体だから何やっても無駄ってか…。』
 前門のヤマンバコングと後門のゾイドクロ。その間に挟まれたキングゴジュラスの顔は
笑っていたが…内心かなり焦っていた。確かに今まで色々な奴を相手にして来たが…
ここまで変則的かつ一対ニと言う状況は流石の彼でも苦しいと言わざる得ない。実際、
今こうしている状況でもキングゴジュラスは何度も抱き付こうとして来るゾイドクロに
対しクラッシャーテイルで弾き返し、テイル砲で打ち砕くが…結局元に戻ってしまい
まだ抱き付きに来られると言うのを繰り返していた。
『この通り…確かにあの骨野郎には幾ら攻撃しても無駄だわな。だが…てめぇはどうだ?』
 キングゴジュラスはヤマンバコングを睨み付けた。ゾイドクロはヤマンバコングが何か
術の様な物を使って操っていると思われる。だからこそヤマンバコングと…それを操る
山姥を倒せばゾイドクロはただの骨に戻る。そう彼は考えたのだ。
『ダブルキャノンで砕けて死ねぇぇ!!』
 キングゴジュラスの胸部に装備された二つの小型ガトリング砲ダブルキャノン。その砲
が高速回転を開始し、数千発にも及ぶ超高熱弾をヤマンバコングへ向けてお見舞いした!
キングゴジュラスの装備している武装の中では下位の部類に入る代物だが…あくまでも
キングゴジュラスの基準での話。他のゾイドにとってはこれでも十分必殺兵器となる!
『うおりゃぁぁぁぁぁ!!』
 轟音を響かせ、ダブルキャノンを連続発射して行くキングゴジュラス。が…次の瞬間…
その砲弾がヤマンバコングの身体をすり抜けた。そう錯覚してしまう程の速度で回避した
のでは無い。本当にヤマンバコングの身体をすり抜けたのだ。そして、ダブルキャノンの
砲弾は虚空の彼方へと消えた。
59山姥の恐怖 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/12(火) 21:06:56 ID:???
『なぬ!?』
「ヒッヒッヒッヒッ…小僧…どうやら貴様はまだ気付いておらん様じゃのう…。貴様が
ワシの小屋に泊った時点で…既にワシの結界の中。ワシの術中にハマっておったのじゃ!」
『術中だと!? そ…そう言われれば…この近辺の空間が何か…変だぞ!』
 山姥の言った通り。キングゴジュラスに内蔵されたセンサー類とコンピューターがこの
周辺の次元空間が明らかに通常空間とは異なる空間にある事を分析していた。
「ヒッヒッヒッヒッ…ワシの結界の中では何しようと無駄。ワシが全てなんじゃぁ!」
 直後、ヤマンバコングが十体に分身しキングゴジュラスを取り囲んだ。
「どうじゃ? この結界の中ではワシの思うがままじゃ。」
『ヘッ! っつってもこの十体の内の九体は幻影で、残る一つが本物ってんだろうが!
俺のマルチレーダーを甘く見るなよ!』
 キングゴジュラスは背鰭に内蔵されたマルチレーダーを起動させた。キングゴジュラス
は戦闘力のみならずレーダーの性能も世界最強だ。索敵・分析・ジャミング等何だって
やって見せる。これによってヤマンバコングの本体を探し出そうとしていたのだが…
『ぜ…全部に実体があるだと!?』
 キングゴジュラスは思わず叫んでいた。この手の分身の術は光学迷彩の応用で再現可能
であるが、あくまでも分身は単なる幻影であり、何処かに実体のある本物がいる物である。
だが…今キングゴジュラスを取り囲むヤマンバコングは全てが本物…実体があったのだ。
『じ…実体のある分身ってのかよ! だ…だがよ…ならコイツ等全てに攻撃が効くって事
じゃねぇかぁ!!』
 ヤマンバコングの十体の分身の全てに実体があった事に関して一瞬戸惑いはしたが、
直後、改めて正面に立つヤマンバコングへ突撃した。実体があるのならこちらの攻撃も
通じる。そして、一体のダメージは残り九体のダメージにもなり得ると考えたのである。
『この鉄拳で砕けて死ねぇ!! ってあらっ!』
 しかし…格好良くヤマンバコングを殴り付けようとしたのも束の間…その拳は勢い良く
ヤマンバコングの身体をすり抜けてしまった。
60山姥の恐怖 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/13(水) 21:17:46 ID:???
『あれ!? さっきレーダーで確認した時にはきっちり実体があったのに…何で?』
 キングゴジュラスは何が何だか分からなくなり混乱しそうになった。だが、その隙を
見逃してくれる程山姥は優しく無い。ついにゾイドクロがキングゴジュラスへ背後から
抱き付き、動きを止めると同時に十体のヤマンバコングが一斉に包丁でキングゴジュラス
へ斬りかかって来た!
『うわ! 放せ! 気持ち悪い! ぐわ! グアアア!!』
 ヤマンバコングの鋭い包丁による斬撃がキングゴジュラスの全身の装甲へ矢継ぎ早に
叩き付けられ、斬り付けられ甲高い音が響き渡る。今はまだ超強固な装甲が耐えてくれて
いるが…何時まで耐えられるとも限らない。その上ゾイドクロが背後から抱き付いても
いるのだ。その精神的ダメージも凄まじい。
『畜生! 何でこっちが攻撃する時だけすり抜けて、てめぇだけこっちに通じるんだよ!』
 キングゴジュラスはゾイドクロに背後から抱き付かれ様ともキングミサイルやダブル
キャノンでヤマンバコングを迎撃していた。しかしそのいずれもがすり抜け、逆に包丁の
一撃を連打で叩き込まれてもうどうにもならなかった。そして…ついに首下のライト部、
ガンフラッシャーが点滅を開始したのだ。
『くそ…もう…制限時間が近いってのか…。』
 八方塞とはまさしくこの事だ。ゾイドクロにしがみ付かれ、気持ち悪い上に身動きも
取れない。その上さらに十体のヤマンバコングがよってたかって包丁で斬り付けている。
もはやどうにもならない。
「ヒッヒッヒッヒッ! これで終わりじゃぁぁぁぁ!!」
 山姥は歓喜の叫びを上げ、ヤマンバコングが包丁をキングゴジュラスの顔面目掛け突き
込もうとした……その時……それは起こった。
「う! まぶし!」
 何の前触れも無い突然の事だった。まだ真夜中…それも丑三つ時だと言うのに、まるで
朝日が昇ったかの様な強烈な光がヤマンバコング・キングゴジュラス・ゾイドクロの全て
を照らしたのだ。しかもそれはただの光では無い。その光を浴びた途端にゾイドクロの
全身が粉末状になって土に返り…あろう事かヤマンバコングの分身も消滅したでは無いか。
61山姥の恐怖 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/13(水) 21:18:47 ID:???
『い…一体何が起こったんだ?』
 突然の発光に意味が分からないキングゴジュラスだったが…直後、何処からとも無く
笑い声が響き渡った。
「ハッハッハッハッハッハッ! キングゴジュラスともあろう者が情けない姿じゃのう!
やっぱりわらわがおらねばならんと言う事かのう!?」
『その声は! トモエ! てめぇか!?』
 その通りだった。突如としてキングゴジュラスを救った謎の強発光。それは時に彼に
試練を与え、また弄ぶ謎の魔女トモエ=ユノーラの術による物だった。
「何はともあれ、前回わらわはお主に助けられとるからのう。じゃから助けに来たぞよ。」
「ヒッヒッヒッヒッ…突然何が起こったのかと思ったら…ただの小娘では無いか………。
無駄じゃぁ! そもそもこの結界は…。」
『そうだ。確かにこの空間内じゃ婆さんの力は絶対だ。だが…その空間の外ならどうだ?』
 既にキングゴジュラスをさんざ苦しめた通り。この空間において山姥の力は絶対だ。
だが…それを破る方法をキングゴジュラスは知っていた。
「小僧…一体何をする気じゃ…。」
『こうすんだよ! 超次元拳! ディメンションパァァァァァンチ!!』
 キングゴジュラスは右拳にエネルギーを集中させ、空を切った。するとどうだろうか。
突如として空がガラスの様に割れ、周囲は元の山の中に戻っていた。キングゴジュラスの
超次元拳ディメンションパンチ。その名の通り次元のコントロールさえ可能な鉄拳。
かつて魔牛機怪獣ディバタウロスを魔界へ強制送還した事もある強力な技であった!
『どうだ! これでもうてめぇの摩訶不思議な技は使えまい!』
「何を言うか! 貴様の様な小僧ごとき術など使うまでも無いわぁぁ!!」
 ヤマンバコングは再度包丁を振り上げキングゴジュラスへ飛びかかったが、今度は前の
様にはいかない。右掌部による張り手の一発でヤマンバコングは張り倒されていた。
62山姥の恐怖 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/13(水) 21:20:04 ID:???
『何でぇ…てめぇの結界とやらにいなけりゃからっきしじゃねーか!』
 ヤマンバコングが今までキングゴジュラスを手玉に取る事が出来たのは、あくまでも
山姥のテリトリーとも言える結界があればこそ。それが分かった今のキングゴジュラスに
とって山姥・ヤマンバコングなど敵では無い。そして、間髪入れる事無く胸部に装備した
スーパーガトリング砲が高速回転を始めた。
『これで終わりだ婆さん! スーパーガトリングで成仏しろぉぉぉ!!』
 次の瞬間、キングゴジュラスの胸部のスーパーガトリング砲から発射された数千発にも
及ぶ荷電粒子砲・レーザービーム砲・超電磁砲の渦がヤマンバコングの全身を飲み込み…
撃ち砕き…跡形も無く消し飛ばしていた。が…
「無駄じゃぁ! ワシはこの山に数百年も生きる山姥じゃぁ! その様な汚らわしい
武器では殺せぬわぁぁぁ!!」
 ヤマンバコングは消滅しても…その中の山姥だけはしつこく脱出しており、いずこへ
消え去ろうとしていた。やはり相手は妖怪の類。物理的な破壊ではどうにもならないのか?
だが…今この場にはキングゴジュラスだけじゃない。魔女トモエもいたのだ。
63山姥の恐怖 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/05/13(水) 21:20:48 ID:???
「じゃあお主は代わりにわらわが成仏させてやろう。」
「ヒッ!」
 トモエは逃げようとした山姥を片手で容易く捕まえると…その直後…山姥は光となって
消滅した。キングゴジュラスには何が起こったのか良く分からなかったが…とりあえず
トモエが魔術的に山姥を成仏させたと見るべきであろう。

 一時して、本物の朝日を浴びながら食事をしているキングとトモエの姿があった。
「本当今日は散々な目にあったな〜。」
「わらわが来ておらなんだかったらお主終わっとったぞよ。」
「まったくだ…こんな事言うのは癪だが…ありがとよ…。」
「ハッハッハッハッハッハッ!」

 こうしてまた一つの戦いが終わった。だが今回の事でまた一つ分かった。この世には
科学では解明出来ない未知の領域がまだまだ色々あるのだと…

                  おしまい
64みんな色々あるのね 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 00:06:36 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

      『みんな色々あるのね』   巨鷲機怪鳥デスコンドル 登場

 キングはその日、レイノスでは無くエクスグランチュラに搭乗して広大な荒野を
のんびり進ませていた。前々回(『巨竜戦艦を突破せよ!』のエピソード)の件で何か
思う所があったのか、すっかり気に入ってしまった様子だ。最初はあんなに過小評価して
いたと言うのに…

 それから一時し、エクスグランチュラのレーダーが進行ルート上で戦闘が起こっている
事を探知した。
「お! 何だ何だ!? ちょっと言って見るべ!」
 よせば良いのに…キングはちょっと野次馬根性を出してその戦闘が起こっていると
思われる地点へエクスグランチュラを走らせた。
65みんな色々あるのね 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 00:07:34 ID:???
「おうおう派手にやってるやってる…って……あれユナイトとナナの二人じゃねーか!」
 精々戦闘の光景をのんびり見物させてもらおうと考えていた矢先、キングは思わず
叫んでいた。何故ならば、戦闘を行っていた者達の中にはキングの知り合いであり、
以前何度も世話になった旅の考古学者の“ユナイト=スクーラ”の搭乗するフェレット型
ゾイド“フェレッツ”と、ユナイトの助手をやっている“ナナ=ハイター”の搭乗する
LBゴジュラスMK−Uの姿があったからだ。そして、二人のそれぞれ搭乗するゾイドを
野盗か何かと思しきレオブレイズ、レオストライカー、ブレイブジャガーなどなどの様々
なゾイドが包囲し、よって集って攻撃していた。それに対し、フェレッツが強力なバリア
システムで砲撃を防ぎつつ、LBゴジュラスMK−Uが各個撃破してはいるが多勢に無勢。
 前述の通り、ユナイトとナナの二人はキングにとって随分と世話になっている。二人の
助けが無ければ真剣に危なかったと言うべき事態もあり、キングとしてもこの二人に対し
是非とも恩を返してやりたかった。元がキングゴジュラスである故、たった二人の人間に
対し幾つもの“貸し”を作ったままにしておく事はプライドが許せないのだ。
「よっしゃ! 今こそ借りを返す時だ! 見ていろ! この俺が助けてやるからなぁ!」
 キングは勢い良くエクスグランチュラの出力を上げ、ユナイトとナナの二人を助けに
入ろうとした…その時だった。突如として何か小さなゾイドが一体…エクスグランチュラ
の直ぐ隣を追い抜き、戦闘の真っ只中へ突っ込んで行った…。
「な…何だ…今のは…ああ!」
 それはディロフォースだった。そして猛烈な速度で戦闘へ割って入って行く。
「あんなパイロット向き出しで突っ込むなんて…死ぬ気か!?」
 ディロフォースは軽装甲な上にコックピットには風防すら無く、パイロット向き出しの
状態で操縦する言わばバイクに近いゾイドである。Eシールドによる補助こそあれど、
その防御力は心もとない。機動力のみを武器にした“当たらなければ良い”と言う思想は
元がキングゴジュラスであるキングにはどうにも理解し難い物があった。
66みんな色々あるのね 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 00:08:46 ID:???
 一見自殺行為に見えたディロフォースの単機突撃。だが、普通なら危険に思える事を
堂々と行動に移せる程にまでディロフォースの強さは伊達では無かった。野盗ゾイドの
展開する砲撃の雨を巧みにかわし、その急所を脚部のハイパーキラークローで切り裂き、
口腔内の小型荷電粒子砲で撃ち抜いて行く。ただ速いだけでは無い。高速を維持したまま
手際の良い各個撃破はもはや曲芸ものであった。パイロットは赤と黒を基調とした
ライダースーツとヘルメットに包まれ顔も見えないが、とにかく実力者である事は分かる。
「おっと! 俺もこうしちゃいられん! 俺も助けに行くぞぉ!!」
 ディロフォースの曲芸の様な手際の良い各個撃破に思わず見惚れていたキングだったが、
そこで本来やるべき事を思い出し、遅れてエクスグランチュラと共に助けに入った。
「オラオラどけどけぇぇ!!」
 何処の何方かは知らないが、とにかくディロフォースに負けてはなる物かとキングは
エクスグランチュラに装備されたキャノン砲・ガトリング砲・ミサイルの大盤振る舞いで
フェレッツとLBゴジュラスMK−Uを包囲していた野盗ゾイドを破壊しまくった。

 戦闘も一通り終わり、周囲には破壊された野盗ゾイドの残骸が残るのみ。後の生き残り
はみんな散り散りになって逃げ去って行った。
「ありがとうキング君。」
「何、良いって事よ。だが…アイツは何者だ?」
ゾイドごしに再開を喜び合うキング・ユナイト・ナナだが、謎のディロフォースは未だ
この場に残り続けている。すると、ディロフォースが此方へ近寄って来た。思わずキング
はエクスグランチュラのキャノン砲の照準を向けようとしたが…
「ナナァ! 久し振り!」
「フェスタちゃん!」
「あら〜! お前等知り合いなの〜!?」
 引き金を引こうとしていたキングは思わずエクスグランチュラごとすっ転んでしまった。
しかもディロフォースのパイロットがヘルメットを脱ぎ、長いブロンドの美女としての
正体を現すと共に、同じくLBゴジュラスMK−Uから下りて来たナナに抱き付くと言う
先程までのシリアスな雰囲気が台無しになる程の凄まじい光景が展開された。
67みんな色々あるのね 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 00:11:51 ID:???
「助けてもらっておいて何だけど…突然どうしたの?」
「お願いナナ…軍に戻って!」
「な…なんだってぇぇぇぇぇぇ!!」
 誰よりも先にキングが思わず叫んでいた。一応ナナが元軍のエースだったと言う事は
初めて会った時点で知らされたし、その実力によってキングが危機から救われた局面も
あった。確かにそれだけの腕がありながら何故旅の考古学者のユナイトの助手をしている
のか謎な部分もあったが…この会話を聞く限りでは、ディロフォースに乗っていたのは
軍の関係者かつナナの知り合いで、軍への復帰を求めに来たと思われる。

 それから一時、近隣の街にある喫茶店の四人用の席の片側にユナイト・ナナの二人が
隣り合って座り、テーブルを挟んだ向かい側にキングと、態々ナナを軍へ復帰させる為に
来たと言う“フェスタ=バルバロッサ”の合計四人が座っていた。
「で、どうでも良いけど君は何? 部外者は帰ってくれないかな?」
「そうはいかん。俺だってこいつ等には随分世話になってんだ。」
 既に何度も前述した通り、ユナイトとナナの二人には何度も助けられているキングと
しては余りユナイトとナナの二人を裂くのは反対だった。
「ま…それは良いとして…とにかくナナ。今ならまだ間に合う。軍に戻ろうよ。だって
そうじゃない。ナナは軍のエースだったんだよ。これは単純な戦力としてのみじゃなく、
象徴的な意味も大きいんだよ。なのにどうして…どうしてこんな何処の馬の骨とも分から
ない様な自称考古学者なんかと…。」
 フェスタはユナイトを指差し、凄い泣きそうな顔になっていた。まあ確かに彼女が泣き
たくなる気持ちも分からないでも無い。ユナイトはルックスは良いが、考古学者として
どれだけ実力があるかはキングとしても疑問な所…だが…かと言ってフェスタの言い分を
肯定したくも無かった。
68みんな色々あるのね 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 23:27:10 ID:???
「ちなみに…これはナナに軍に戻って欲しいと言うのは軍の命令なのか?」
「いや…確かに各個人としてはナナに戻って欲しいと考えてる人はいるけど…別にこれは
軍の正式な命令でも何でもない私個人の独断だよ。」
「なら別に戻る必要は無いわな。」
「何だとぉ!? 私とナナの関係も知らないでぇ!!」
「うごぉ!」
「うわぁぁ! フェスタちゃん落ち着いて落ち着いて!」
 なんて…半切れしたフェスタにキングが首絞められるなんて事もあった。
「あ〜死ぬかと思った…。それにしても何だよ関係って…お前等レ○かよ…。」
「その口が言う事かぁぁぁぁ!」
 と…またキングが余計な事言ったばかりに首絞めらるなんて事もあって中々議論は
進まなかった。
「大体ねぇ! 私とナナについての話なのにこのアホ毛男と話ばっかしてるじゃない!
それにあんたは何か全然会話に入って来てないし!」
「そんな事言われても…。」
 ディロフォースで助けに入った時のクールな雰囲気が嘘の様に熱いフェスタに指差され、
ユナイトは微笑みながらも困った顔をしていたが…そんな時に…それは起こった。

 何の前触れも無く、突如として空襲警報が街中に響き渡った。
「空襲警報!?」
「そんな馬鹿な! この近辺では別に戦争なんて…。」
 この街周辺で戦争の類は起こっていないし、そういう事が起こりそうと言う話も聞いた
事が無い為、四人は戸惑っていたが…そこで放送が響き渡った。
『現在未確認巨大生物が進行上にある物を破壊しながらこの街に近付いております!
市民の皆様は慌てずにシェルターへ避難してください!』
「未確認巨大生物…?」
「まさか…機怪獣か!?」
「え? 何!?」
69みんな色々あるのね 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 23:28:09 ID:???
 とりあえず四人は慌てて会計を済ませ、喫茶店の外へ出たが…既に街は大パニックと
化していた。しかも、既に上空ではサラマンダーよりもさらに一回りもニ回りも三回りも
巨大な怪鳥が飛び回っており、それを空軍のハリケンホーク隊が迎撃して回っていたのだ。

      巨大な鷲のごとき機怪獣…巨鷲機怪鳥“デスコンドル”である!

 これ程の間近で戦闘を見せられれば、一般市民も狼狽せざるを得ないだろう。しかも
相手は単なる野盗やテロリスト等の様な些細な連中では無く機怪獣。既に様々なタイプの
機怪獣と戦って来たキングとしても、一体何処でどうやって誕生し、何故この様に破壊を
繰り返すのか得体の知れない相手なのだから、一般市民にとってはなおさらである。
「うわぁぁぁぁ! あの馬鹿デカイ鳥がこっちに来るぞぉぉぉぉ!!」
 一般市民の一人がそう叫んだ通り、上空でハリケンホークを蹴散らしたデスコンドルは
大パニックに陥る市民目掛け一気に急降下して来た! その際の風圧だけで数え切れない
多数の人が吹き飛ばされるなど凄惨な事態になっていただけでは無く…
「こ…コイツ…人を喰ってるぞ!!」
 鳥類は基本的に肉食であるし、かつあれだけの巨大な体躯を持っているのだから他の
生物を襲って食わないはずは無いのだが…そこを踏まえてみても恐ろしい光景だった。
なぜならば…逃げ惑う市民を…クチバシで摘み…飲み込み…喰っていたのだ。そう…
まるで小鳥が小虫をついばみ喰う様に…
「な…あんな生物がいるなんて…。」
「そんな事より逃げないと!」
 機怪獣の類を始めて見るであろうフェスタは驚きに耐えなかったが、そこでナナに手を
引張られ四人は逃げ出した。

 一般市民がシェルターへ批難していく中、キング達が走った先は駐機獣場。如何に
シェルターと言えども、所詮は人類同士の戦争と通常兵器による攻撃を想定して建造
された代物。キングゴジュラスにも匹敵する力を持つ機怪獣の攻撃に耐えられるはずが
無い。ならばここは各自ゾイドに乗って逃げる。こちらの方が遥かに安全だとキング達は
判断したのだ。
70みんな色々あるのね 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 23:29:09 ID:???
 キングはエクスグランチュラに、ユナイトはフェレッツに、ナナはLBゴジュラス
MK−Uに、フェスタはディロフォースにそれぞれ搭乗し、逃げ出した。残された市民の
皆様方には申し訳無いが、かと言って彼等を助ける義理も無いし巨鷲機怪鳥デスコンドル
の前では相手が悪い。とにかく今は逃げるしか無かった……が………

「ってうわぁぁぁ!! こっちに狙いを変えて来やがったぁぁぁ!!」
 街の人達を放って逃げ出した罰が当たったのか、デスコンドルはキング達の各搭乗機に
狙いを変えて来た。小さな人間より、ゾイドの方が大きくエサとしても良いと考えたので
あろうか?
「こうなったら戦うしか無い!! 俺はやるぞ!!」
「無茶だ! 勇気と無謀は違うぞ!」
 デスコンドルに狙われた以上、徹底抗戦の構えを取ったキングに対しフェスタが反論
した。ナナの事になると冷静さを失う彼女であったが…やはり彼女は優秀なパイロット。
現有戦力でデスコンドルに立ち向かう事は勇気では無くただの無謀だと悟っていたのだ。
「黙れ! 機怪獣と戦った事の無い素人は引っ込んでろ!」
 キングはフェスタの制止を振り切ってエクスグランチュラを突進させた。そして八本の
脚を利用してビルを駆け上がり、なおかつクモ型ゾイド特有の超高性能ワイヤー、エクス
ストリングを巧みに使ってビルからビルへ飛び移りながら背に積んだ大砲・ミサイル等の
各種火器を撃ち放った。先程までは逃げようとしていたと言うのに…それが嘘の様な奮闘
ぶりである。

「だから無駄だって言ってるのに…。」
「そんな事より…今は逃げよう?」
「多分…彼は僕達を逃がそうとしているんだ。」
 これは単なる推測でしか無いかもしれない。しかし、ユナイトはそう考えていた。
既に前々から何とかして借りを返そうと必死になっていたキングの事だ。今こうして
自分自身を囮にしてナナとユナイトを逃がそうとしても可笑しい話では無い。
71みんな色々あるのね 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/01(月) 23:30:41 ID:???
 エクスグランチュラで果敢にデスコンドルへ挑むキング。だが、やはり相手が悪い。
デスコンドルが機怪獣と言う超規格外の怪物である以上に、クモと大型鳥類とでは
相性が悪いのだ。如何にクモが虫類の中でも食物連鎖の上位に位置していても、鳥には
敵わない。しかも相手は鳥類の中でも食物連鎖上位のコンドルが機怪獣化した代物。
相手が悪い。だが、キングには一つだけ手が残っていた。
「これで雁字搦めにしてやるぜ!!」
 エクスグランチュラでデスコンドルの突撃から逃げ回りつつ、エクスストリングを
発射し周囲の建物に蒔き付けていた。そしてデスコンドルがエクスグランチュラを喰う
べく突っかければ、エクスストリングが少しずつデスコンドルの身体に巻き付いて行く
のだ。そう。これがキングの狙い。エクスストリングでデスコンドルを雁字搦めにして
動きを封じようと言うのだ。名付けて“クモの糸作戦”! しかし……
「あっさり引き千切りやがったぁぁ! やっぱダメかぁ!?」
 残念ながら…虫の力ではどうにも出来ないクモの糸も、人間の力には容易く切られる
様に、デスコンドルの超パワーの前にはエクスストリングも通じず、あっさりと引き
千切られてしまった。そして、デスコンドルの脚の鋭い爪がエクスグランチュラの身体を
ガッチリと掴み…そのまま天高く飛び上がった。
「な!? まさか巣に持ち帰ってゆっくり喰おうって魂胆か!?」
 エクスグランチュラは何とかもがき脱しようとするが、デスコンドルの脚の力は強く
引き剥がせない。だが、かと言ってこのままデスコンドルにお持ち帰りされるわけにも
行かなかった。
「畜生…やっぱり最後はこうしなきゃいかんのかよ! 仕方ねぇなぁぁぁ!!」

 キングに残された最後の手段。それは自分自身の力の解放である。キングの頭頂部に
逆立つ真紅のアホ毛が燃え上がる様な真紅の光を発すると共に…彼は…本来の姿…
キングゴジュラスとなった!
72みんな色々あるのね 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/02(火) 23:57:00 ID:???
『おらぁ! コイツは俺んだ! てめぇなんかに渡さねぇ!!』
 キングゴジュラスはデスコンドルの左足を左手で握り締めぶら下がりつつ、右手で
エクスグランチュラを取り返した。そして流石のデスコンドルもキングゴジュラスを
ぶら下げたまま飛ぶ事は出来ないのか失速、高度を下げて行った。

「あ! ああああああ! 何!? 何!? 何か突然巨大ゾイドが……!」
「違うよ! あれはキング君だよ!!」
「え!? 何言ってるの!? ワケ分からない! ねぇ…どういう事ぉ!?」
 フェスタはキングゴジュラスを初めて見るのか、思わず狼狽していたが、ユナイトと
ナナに真相を聞かされてもますます狼狽するだけだった。

 キングゴジュラスをぶら下げたまま高度を下げて行くデスコンドル。そして地表へと
降り立つスレスレの高度にまで下がった時、キングゴジュラスはデスコンドルの脚を掴む
左腕に力を入れ、デスコンドルを振り下ろした。
『このまま地面に叩き付けられて死ねぇぇ!!』
 まるで悪役じみた事を叫びながらデスコンドルを地面に叩き付ける。その叩き付けた先
に建っていたビルとかも木っ端微塵に砕けてしまったが…無視した。そして、右手に持つ
エクスグランチュラを地面に置き、自動操縦装置によって最前線から一時離脱した事を
確認した後でキングゴジュラスは改めてファイティングポーズを取った。
『立てぇ!! 今度は俺が相手に立ってやる! 俺は他の連中みたく優しくないぞ!!』
 キングゴジュラスはデスコンドルがこの程度で死ぬはずは無いと分かっていた。確かに
キングゴジュラスのパワーで地面に叩き付けられれば、並大抵のゾイドはそれだけで粉砕
される。が…デスコンドルは機怪獣なのだ。そうは行かない。そして…その通りだった。
 瓦礫と化したビルを吹飛ばしながらデスコンドルが立ち上がり、鋭く尖ったクチバシを
キングゴジュラスへ突き付けて来た!
73みんな色々あるのね 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/02(火) 23:57:59 ID:???
『うぉ! 今度は俺を喰うつもりかよ! そうはいくかよ!』
 キングゴジュラスはデスコンドルのクチバシ突きを掌で払い除けつつ鉄拳を打ち返す。
人間よりエクスグランチュラ、エクスグランチュラよりキングゴジュラス…と行った風に
デスコンドルとしても良いエサを選びたいと言う事だろう。しかし、それは逆にキング
ゴジュラスとしても都合の良い事。こうしてデスコンドルの標的がキングゴジュラスに
絞られれば、その分ナナとユナイトの二人が逃げやすくなるからだ。
『この拳で砕けて死ねぇぇ!!』
 デスコンドルが再度飛び上がる前に逸早く倒すべく拳を振り上げるキングゴジュラス。
しかし、直後にデスコンドルの口腔内から高熱の火炎放射が放たれた。
『うわっちちちち!』
 これには溜まらずキングゴジュラスは退いてしまう。キングゴジュラスがたかが火炎
程度で退くのはおかしいと思う者もいるかもしれないが、デスコンドルの吐く火炎は
通常ゾイドが装備している様な火炎放射砲の類とは熱量が桁違い。摂氏数万度にも及ぶ
高熱の火炎は、それを直接受けない周囲の建物のコンクリートさえ溶けてしまう程だ。
 火炎の高熱にキングゴジュラスが思わず飛び退いた隙を突き、デスコンドルが飛翔した。
そして上空から一気に急降下。両脚の鋭い爪でキングゴジュラスの肩を斬り付けた!
『うわ!』
 幸い装甲が斬れる事は無かったが、受ける衝撃は凄まじい。忽ちキングゴジュラスは
突き飛ばされ倒れこみ、その先にあった建物を瓦礫へ変えていた。しかしデスコンドルは
その間にも再度飛翔してからの急降下でキングゴジュラスを攻め立てていた。

 キングゴジュラスがデスコンドルに苦戦を強いられる姿に、ユナイト・ナナの二人は
とても逃げていられる場合では無くなった。
74みんな色々あるのね 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/03(水) 00:00:56 ID:???
「あ! キング君が危ない! 何とかして援護しないと!」
「闇雲に突っ込んではいけない! 今あの巨大怪鳥の分析中だから少しだけ待って!」
 キングゴジュラスの援護へ向かおうとするナナを制止しつつ、ユナイトはフェレッツに
搭載されたコンピューターを操作しデスコンドルの分析を始めた。ユナイトとフェレッツ
は戦闘力を持たないが、それを補って余りあるコンパクトにして強力なコンピューターを
搭載している。これをフルに活用した対象の分析が可能であり、かつてキングゴジュラス
の危機を救った実績があった。
「現有戦力であの怪鳥に打撃を与えつつキング君の援護になりそうな方法…目だ! 目を
狙うんだ! まず相手の視界を奪うんだナナ!」
「分かったよユナイト君!」
 ユナイトの指示により、ナナはLBゴジュラスMK−Uに搭載した小型マグネッサー
システムを起動させ、一気に飛び上がった。重厚で鈍重なイメージを思わせる形状からは
想像も付かない程かつ飛行ゾイド顔負けに宙を飛び回りつつデスコンドルへ接近する。
「うわ! 凄い風圧!」
 デスコンドルが羽ばたく際に発生する強風により、LBゴジュラスMK−Uは何度も
吹飛ばされそうになりながらも左腕に搭載したガンツァーキャノンを流用したライフルを
向けた。
「ファイア!」
 上手い! ナナのLBゴジュラスMK−Uのライフルニ連射はデスコンドルの両眼へ
正確に撃ち込まれた。彼女の正確な射撃には以前キングゴジュラスの危機を救った程だ。
如何に機怪獣と言えども目は急所なのか、忽ちデスコンドルは失速して行く…が…目が
潰されたワケでは無かった。例えるならば、人間が目に玩具の水鉄砲から出た放水を
受けても、精々目が痛くなる程度で潰れはしないのと同じ理論。
「うわ! キャァ!」
 目潰しにはならなかったとは言え、両眼に撃ち込まれたのはかなり痛かったのか、
デスコンドルはLBゴジュラスMK−Uへ狙いを変えた。これにはナナもLBゴジュラス
MK−Uも慌てて逃げるが…デスコンドルの方が速い! しかし…………
75みんな色々あるのね 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/03(水) 22:14:41 ID:???
「ナナァァァァァァァァ!!」
 それは初めて見る機怪獣に臆していたはずのフェスタとディロフォースだった。そして
ディロフォースはビルの壁…垂直の壁を超高速で駆け上がると言う荒技を見せると共に
デスコンドルへ跳びかかった。
「大鷲のバケモノなんかに私のナナを傷付けさせないぃぃぃぃ!!」
 何か色んな意味で危ない事を言っていたが、その意気や良し。ディロフォースの口腔内
の小型荷電粒子砲を撃ち込もうとするが、そこへユナイトの通信が来た。
「撃ち込むなら奴の口の中だ! 奴は火炎を吐いていた! ならば体内に火炎を生成する
器官があるはず! そこに引火させるんだ!」
「お前の指図は受けない!! でも…奴の口の中への攻撃が一番と言うのは同意だ!」
 フェスタはユナイトを否定しているか肯定してるのか良くわからない態度を取りつつも
ディロフォースの小型荷電粒子砲をデスコンドルの口腔内へ撃ち込むと共に…別のビルの
上へと着地した。
「やったか!?」
 作戦は成功した。デスコンドルの口腔内へ吸い込まれた小型荷電粒子エネルギーは…
デスコンドル体内の火炎生成器官に溜められたオイルに引火させる事に成功したのだ。
忽ちデスコンドル体内で起こる爆発。外からの攻撃には強靱なデスコンドルも内側からは
一溜まりも無かった。
「今だ! 攻撃するなら今だよキング君!」
 ユナイトは続けてキングゴジュラスに攻撃最適ポイントを指定する通信を送った。
それはデスコンドルが内部爆発を起こした際に内部から火が噴出した傷だった…

『ったくお前等逃げろっつったろうが………だが…ありがとよ! ならば行くぞ!!
スゥゥゥパァァァァァガトリィィィィング!!』
 無駄に派手な叫びを上げながらキングゴジュラス胸部のスーパーガトリング砲が
空中でもがき苦しむデスコンドル目掛け撃ち放たれた。数千発にも及ぶ荷電粒子砲・
レーザービーム砲・超電磁砲と言う名の暴風雨がユナイトの指定した攻撃ポイントを
正確に撃ち抜き、忽ちデスコンドルの巨体が大炎上を起こして行く。
76みんな色々あるのね 13 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/03(水) 22:15:48 ID:???
『あっと言う間に焼き鳥だぜ!! 食らえ! ブレードホーンラッガーだ!!』
 キングゴジュラスは両掌で頭部のブレードホーンを挟み込み、一気に投げ放った。
頭部から分離し、ブーメランとしても使用可能なブレードホーンは高速回転しながら
空を斬り………直後、デスコンドルの身体を両断していた……………。

 戦いが終わり、正規軍による災害救助活動が行われている街から離れた荒野でキング・
ユナイト・ナナの三人とフェスタが向かい合って立っていた。
「ごめんねフェスタちゃん。私は軍には戻らないよ。これからもユナイト君と行く…。
私にも良く分からないけど…彼は何時か凄い事やってくれそうな…そんな気がするの…。」
「そうか…私は余り認めたくは無いけど…この男もそれなりにやるみたいだしね…。」
 フェスタが初めてユナイトを認めた。ユナイトは今回の戦闘で直接何かをする事は
無かったが、今回の勝利は彼の分析と指示があればこそ。それはナナはもとより、キング
にもフェスタにも良く分かっていた。そしてフェスタは振り返り、ディロフォースへ
歩いて行く。
「じゃあ私はここで帰るよ。気が向いたらまた来る。その時そこの男がナナを泣かして
たら…私は容赦無くナナを連れ帰るからね…。じゃ!」
 何だかんだ言いつつもまだ諦め切れてない様な事をほのめかしつつ、フェスタは
ディロフォースと共に走り去って行った。

「さて…アイツも帰った所で…俺からも一言言わせてくれ。」
「君も何かあるのかい? キング君?」
「俺またお前等に助けられちまっただぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 血の涙を流しながら号泣し始めたキングの姿に、ユナイトとナナはすっ転んでいた。
「今度こそお前等の力になろうと…何とかして助けて借りを返そうと頑張ったのに…。
結局お前等に助けられる形になっちまった! 俺って一体何なんだよ! このままじゃ…
このままじゃ…キングゴジュラスとしての尊厳がぁぁぁぁぁ!!」
「いや…あの…そこまで泣く程の事なのかな?」

 なおも血の涙を流し続けるキングの姿に、ユナイトとナナは哀れに思いながらも必死に
泣き止まそうと頑張ったそうである。

                  おしまい
77恐るべきカウンター 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 00:50:57 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

              『恐るべきカウンター』
         アルティメットゴジュラス ギルザウラー 登場

 かつてキングゴジュラスは自爆し、そこで命は果てるはずだったのがトモエに回収、
蘇生された事によって現在に至るのは既に何度も説明した通りである。しかし、謎の魔女
トモエ=ユノーラと言う存在、そして彼女が科学で説明不能な魔術の技によってキング
ゴジュラスを回収蘇生させていた事等夢にも思わない他の者にとって、キングゴジュラス
の行方不明は余りにも不可解であった。

「キングゴジュラスは生きている。もしかするならば…キングゴジュラスは我々に牙を
剥いて来るかもしれない…。あれはあってはならない…何としても破壊しなければ…。」
 ヘリック共和国初代大統領ヘリックU世はキングゴジュラスのパイロットでもあった
人物。それ故にキングゴジュラスに使用されたテクノロジーの恐ろしさを理解していた。
現在の惑星Ziの技術水準では平和利用させる事も出来ない恐るべき技術…。残念ながら
それはもう抹消するしか無い。しかし、自爆させたはずのキングゴジュラスの残骸は殆ど
見付からず、ほんの僅かな欠片しか発見されなかった。
78恐るべきカウンター 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 00:52:16 ID:???
 キングゴジュラスが今も何処かで生きているに違いないと考えたヘリックU世は、
対キングゴジュラス用ゾイドの開発を命じる。その結果…究極の名を関するゾイド…
“アルティメットゴジュラス”が開発された。キングゴジュラスと同等の体躯を持ち、
腕部にマグネーザー、胸部にプラズマキャノンを搭載したまさに究極ゾイドであった。
 しかし…残念ながらアルティメットゴジュラスが実戦で使用される事は無かった。
キングゴジュラスは現れなかったからだ。それもそのはず、トモエによって回収された
キングゴジュラスが再び世に現れるのは遥か未来の事なのだから…。
 こうして…アルティメットゴジュラスは究極とも言える力を与えられながら、その力を
振るう事無く地下深くに封印され、長い長い眠りに付く事となる…。

「キングゴジュラスに使用されたオーバーテクノロジーは素晴らしく…そして恐ろしい。
我々はオーバーテクノロジーを応用してヴァルガやクリムゾンホーン等のゾイドを開発
して来たが…それも僅かな破片から得ただけの代物に過ぎない。キングゴジュラスの本体
は何処へ行った…。もしかするならば…今も何処かで生きているのかもしれない…。」
 ガイロス帝国皇帝ガイロスもまたキングゴジュラスの生存を悟っていた。確かに彼等は
自爆したキングゴジュラスの破片を回収し、その技術を得て来たが…それとて決して全て
では無い。キングゴジュラスの本体は先にトモエが回収していたのだから…。それ故に
キングゴジュラスが再び現れ、強大な力を振るう事を危惧していた。そしてガイロスは
対キングゴジュラス用ゾイドの開発を命じ、その結果誕生したのが“ギルザウラー”
 ディオハリコンで強化したデスザウラーをベースとし、ギルベイダーの翼を与えた
現在のガイロス帝国が作り得る最強のゾイドであった。
 しかし…残念ながらギルザウラーは実戦で使われる事は無かった。キングゴジュラスが
現れる事は無かったからだ。こうして、ギルザウラーもまた忘れ去られ、地下深くに封印
され、長い長い眠りに付く事となった…

 数千年後…アルティメットゴジュラスとギルザウラー、最強となるべく開発されながら
世に出る事の無かった二体であったが…ついに目覚める時がやって来た。何故ならば…
79恐るべきカウンター 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 00:53:52 ID:???
『来い! 機怪獣! こうなった俺は他の連中みたく優しか無いぞ!』
 キングゴジュラスが帰ってきた。長い間行方不明になっていたキングゴジュラスが再び
世に現れたからである。トモエによって回収・蘇生されたついでに人間の男の娘に変え
られ、任意で本来の姿に戻る事が出来るものの数分間しか持たなかったりと、当時の人間
が見たら絶対泣くって位に半ばトモエの玩具同然に堕ちてしまっていたが…それでも
キングゴジュラスの力は全世界の軍事バランスを一変させる程の大事件。そして時同じく
して世界各地に出現する多種多様な脅威の未確認生命体群…“機怪獣”
 キングゴジュラスと機怪獣。強大な力を持つ者同士の激しい激闘から発する強力たる
エネルギーは…地下深くで眠っていたはずのアルティメットゴジュラスとギルザウラーを
目覚めさせるに相応しい物だった…。

 アルティメットゴジュラスとギルザウラー。それぞれ別の場所で…かつ異なる方法で
封印され、かつ外部から電波等を受信する装置等が無いにも関わらず、キングゴジュラス
の発するエネルギーに反応するや否や…ほぼ同時に全身の拘束具を破壊し、分厚い地下
格納庫の隔壁を地上へ至るまでの岩盤ごと貫き…地上へと躍り出た。目的はただ一つ。
キングゴジュラスの破壊のみ。無論パイロットは搭乗していないが、コンピューターに
プログラムされたキングゴジュラス破壊命令に則り、ほぼ自由意志によって行動していた。

 アルティメットゴジュラスは西から、ギルザウラーは北からそれぞれキングゴジュラス
を目指し前進する。その進行方向に街があったとてお構いなし。家を踏み潰し、ビルを
薙ぎ倒して前進を続ける。

「これより我が軍は未確認巨大ゾイドへ攻撃を仕掛ける!」
「了解!」
 アルティメットゴジュラスとギルザウラーの無差別な破壊に対し、各国軍が黙っている
はずが無かった。それ故に彼等は軍を派遣し、迎撃に移っていた。
80恐るべきカウンター 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 00:55:34 ID:???
「攻撃開始ぃ!」
 司令官の怒号のごとき命令と共に、ブレードライガーやシールドライガー・セイバー
タイガー・コマンドウルフ等の高速ゾイドの大部隊がアルティメットゴジュラスへ向け
高速で一斉突撃を開始していたが…アルティメットゴジュラスは対キングゴジュラス用
ゾイドである。胸部の装甲が開くと共に内部から現れた巨大砲口から発生した大プラズマ
エネルギーを集束、発射されたプラズマキャノンの一撃により…その大部隊は一瞬にして
壊滅した。それでも何とか生き残ったブレードライガーがブレードアタックを仕掛けるが、
それさえ強靱な装甲の前には逆にブレードが折れてしまう始末だった…。

 ほぼ同時刻、また別の国の軍がギルザウラーへ向け攻撃を仕掛けていた。アイアン
コングやエレファンダー等を中心とした重ゾイドの大部隊がギルザウラーへ迫るが…
ギルザウラーもまたディオハリコンによって強化された荷電粒子砲と、翼から発する
ビームスマッシャーによって瞬く間に壊滅させられていた。

 戦いは数と言う言葉があるが…アルティメットゴジュラスとギルザウラーに対しては
無意味に等しかった。通常戦力では、例え数百、数千、数万結集しようとも太刀打ち
出来ない。それだけ格の違う相手だった。無理も無い。この二体はキングゴジュラスを
破壊するべくして開発された機体なのだから…

 それはもう地獄…この世の地獄だった。アルティメットゴジュラスとギルザウラーの
それぞれ通った後に残るのは辺り一面の火の海と焦土と化した大地のみ…。本来対キング
ゴジュラスとしての機能等、国を…人々を守る為の手段でしか無いはずなのに…目的と
手段が入れ替わり、キングゴジュラスを破壊する為ならば他の事等お構いなし…この二体
自体が破壊の権化と化してしまっていたのだ。
81恐るべきカウンター 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 21:45:41 ID:???
 一方その頃、アルティメットゴジュラスとギルザウラーの破壊など知る由も無いキング
はトモエと共にファーストフード店でハンバーガーをがっついていた。
「わらわはお主の命の恩人じゃと言うのに…ちっともわらわを敬わんのう…。」
「何だ突然…。」
「だから少しはわらわを敬えと言うとるんじゃ。死に掛けだったお主の命を救い、かつ
人の身でも生きられる様に様々な技を授けたのはわらわじゃぞ。」
 確かに今のキングがあるのはトモエのおかげであり、十分恩に値するとは思えるが…
バニラシェイクの入った紙袋片手にそう論ずるトモエは威厳の欠片も無かった。それに
対し、キングは何時に無く冷静な表情をしながらも…口にはフライドポテト…
「馬鹿を言うな。何で俺がてめぇを敬わなならんのだ。何時も俺に無理難題押し付けて
振り回してるくせに…。」
「まったく…キングとは良くぞ言ったものじゃ。自分がこの世で一番偉いとでも思って
おるのか?」
「馬鹿言っちゃいかん。俺にだって尊敬する人はいる。例えばヘリックU世プレジデント
とかな…。」
 今でこそ何処にも所属せずに天真爛漫としているキングだが、元はヘリック共和国最強
ゾイドキングゴジュラス。それ故に当時のヘリック共和国大統領ヘリックU世を彼は尊敬
していた。
「じゃが…そやつもとっくの昔に亡くなっとるじゃないか…。」
「う…。」
 地味に痛い所を突かれてキングも黙り込むしか無かった。残念ながら、今はヘリック
共和国の存在した時代より遥か数千年も先の時代。当然ヘリックU世もこの世にはいない。
ちなみにキングゴジュラスを回収・蘇生させた張本人たるトモエが何故今も平然と生きて
いるのかと言うと…彼女に一般常識を押し付けてはいけない。
82恐るべきカウンター 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 21:46:44 ID:???
 会計を済ませ、ファーストフード店から出たキングとトモエの二人であったが…その
矢先にそれは起こった。突如として周囲の彼方此方から警報が鳴ったのだ。
「ん!? 何だ!?」
『現在この街に未確認巨大ゾイドが接近中! 市民の皆様は慌てずにシェルターへ避難
して下さい!』
 警報と共に鳴り響く放送に、街中の人々が一斉にざわめき始めるが…キングとトモエの
二人は慌てる所か逆に呆れてしまっていた。
「またか…。」
「もういい加減勘弁して欲しいのう…。」
 他の一般市民にとってはいざ知らず、何の脈絡も無い機怪獣の襲撃に慣れたキングと
トモエにとっては別にどうと言う事では無かった。
「んじゃ…ちょっくら行って来る。」
「お〜頑張るんじゃぞ〜。」
 何時もならトモエに急かされて渋々戦いに行くキングだが、今回は自分から向かって
いた。それに関しても毎度の事なので、もう仕方が無いと言う事なのだろう。それに
関してトモエもまたのんびりと手を振ってキングを見送るのであった。

 人々が街の地下に作られたシェルターへ急ぐ中、キングは一人のんびりと歩いていた。
「さ〜て…今回の機怪獣は一体何だ? 犬か? 猫か? 鳥か? 蟲か? それとも…
悪鬼妖怪の類か? はたまた宇宙から来たのか?」
 などと…のんびりした口調で呟きながらゆっくりと歩いていたのだが…そこで正規軍が
何かに攻撃を仕掛けているのが見えた。まあこれもキングにとっては何時もの事。正規軍
が全く歯が立たずに蹴散らされた後でキングゴジュラス登場と言う何時ものパターンなの
だったが…
「ん!? あれ…本当に機怪獣か?」
 “それ”を目の当たりにしたキングの表情が変わった。無理も無い。キングが機怪獣と
考えていたそれは機怪獣では無く…キングゴジュラス目指し前進し続けるアルティメット
ゴジュラスだったのだから…。
83恐るべきカウンター 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 21:47:46 ID:???
 市民の避難した市街地に展開した正規軍のコマンドウルフやシールドライガーの攻撃を
物ともせずに前進を続けていたアルティメットゴジュラスだが…キングの姿を確認するや
否や…キングへ向けて前進を開始した。彼には分かっていたのだ。キングの正体が彼の
攻撃対象たるキングゴジュラスである事を…

「うわわ! こっち狙って来やがった! こりゃマゴマゴしてる暇はねーぜ!」
 アルティメットゴジュラスの狙いが自分であると悟ったキングは、自身の水色の頭髪に
あって唯一真紅に逆立つアホ毛から燃え上がるがごとく真紅のオーラを発した。そして
その真紅のオーラがキングの身体を包み込むと共に…キングゴジュラスへ姿を変えていた。

『おらぁ! こうなった俺は他の連中みたく優しかねーぞ!!』
 登場早々にキングゴジュラスはアルティメットゴジュラスへ右腕のビッグクローを握り
絞めた鉄拳を叩き込もうとした…が…次の瞬間、突如として背後から強烈な熱線の直撃を
受け、その勢いによって前のめりに倒れこんでしまった。
『うわ! こ…今度はいきなり何だよ…。』
 慌てて起き上がりつつ背後を見た時、彼は見た。背後からキングゴジュラスへ迫る…
ギルザウラーの姿を…。そう、キングゴジュラスの背後から放たれたのはギルザウラーの
放った荷電粒子砲だったのだ。
『いちちち…今度は改造デスザウラーかよ?』
 アルティメットゴジュラスとギルザウラー。ヘリックとガイロスがそれぞれ作り上げた
対キングゴジュラスのカウンターゾイドが揃った。
『何か良くは分からねーが…どっちも俺狙いって事か?』
 今まで色んな機怪獣がいたが、どれも成り行き的にキングゴジュラスと戦う事になった
者ばかり。今回の様に明確にキングゴジュラスを標的として来たのは珍しい事だった。
 そして他の機怪獣とは明らかに異なるこの二体の出自に疑問を抱きながらも…キング
ゴジュラスはそれぞれアルティメットゴジュラスとギルザウラーの二体を相手に立った。
84恐るべきカウンター 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/18(木) 21:49:49 ID:???
『まずはてめぇからだ!』
 キングゴジュラスは再び右腕のビッグクローを握り締め、アルティメットゴジュラス
目掛け拳を打ち込もうとするが…次の瞬間、背に強く斬り付けられたかのごとき衝撃を
感じた。
『うっ! 何!?』
 背後を向くと、そこにはギルザウラーの右腕から伸びた長く巨大な剣の姿があった。
しかもキングゴジュラスの装甲に打ち付けながらも欠けもしない何と言う強固さ。
だがそれだけでは無い。
『うわ! 今度はこっちか!?』
 背後のギルザウラーに気を取られた隙を突き、今度はアルティメットゴジュラスが
腕部のマグネーザーを高速回転させ襲いかかった。辛うじてビッグクローで相手の腕を
弾き払い除けたが…この状況は実に辛い物だった。
『これは正直辛いな…。一体誰がどうやって作ったかは知らんが…どっちも俺と同級の
力を持ちつつこの挟み撃ちの状況…さて一体どうするか…。』
 アルティメットゴジュラスはキングゴジュラスと同等の体躯と、先のビッグクローに
より弾かれてもなお屈しない強固な装甲を持つ。恐らくはパワーも同級の物を持っている
と見て間違い無い。そして背後のギルザウラーもまた、ただデスザウラーにギルベイダー
の翼を搭載しただけに見えても中身は完全に別物の超カスタム機である事を悟っていた。
『こうなったら両方を同時に攻撃しつつ何とかするしかねぇ!』
 キングゴジュラスはクラッシャーテイルと左脚部ソバットの二連攻撃をギルザウラーへ
叩き込み怯ませつつ、両掌部で頭部のブレードホーンを挟み込み…正面のアルティメット
ゴジュラスへ投げ付けた。
『食らえ! ブレードホーンラッガーだ!』
 キングゴジュラスの頭部から分離したブレードホーンはそれ自体が強力なブーメランと
なる。過去幾多の機怪獣の身体を切り裂いて来たブレードホーンラッガーだ。しかし…
アルティメットゴジュラスは予めそれが分かっていたかの様にブレードホーンラッガーを
かわし、かつ胸部の装甲を開き現れた砲口から高出力プラズマキャノンを発射した!
85恐るべきカウンター 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/19(金) 21:08:08 ID:???
『な!?』
 射線上に存在する全ての物。建物から空気に至るまでの全てを焼き尽しながらキング
ゴジュラスへ迫る巨大なプラズマ弾。だがそれだけでは無い。ギルザウラーもまた背の
翼に搭載された丸ノコギリを回転させ、ビームスマッシャーを発射していたのだ。
『うおわぁぁぁぁ!!』
 正面からプラズマキャノン、背後からビームスマッシャーの直撃をそれぞれ同時に
受けたキングゴジュラスは、それに伴い発生した大爆風にさえ飲み込まれ、全身の装甲を
黒く焼け焦がせていた…。他のゾイドなら間違い無く消滅は必死の威力…。
『くそ…コイツ等…ただ強力なだけじゃねぇ…。明らかに俺のデータを持ってやがる…。』
 ここでキングゴジュラスは悟る。アルティメットゴジュラスとギルザウラーの二体は
キングゴジュラス自身のデータも踏まえて作られている事を…。そう。この二体はただ
単に対キングゴジュラスなだけでは無い。キングゴジュラスの事を良く知る者による開発
でもあったのだ。

 アルティメットゴジュラスとギルザウラーによる前後からの同時攻撃に翻弄され苦しむ
キングゴジュラス。だが…ここで突如として通信が来た。それは何と、アルティメット
ゴジュラスからの通信だった。
「キングゴジュラスよ。あの状況でお前が如何にして生き延びたかは分からないが…。」
『ん!? この声は…ヘリックU世プレジデント!?』
 アルティメットゴジュラスから発せられた通信。それは間違い無く今は亡きヘリック
共和国初代大統領ヘリックU世の声だった。その懐かしき声にキングゴジュラスは思わず
嬉しくなるが…
86恐るべきカウンター 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/19(金) 21:08:51 ID:???
「お前はあってはならない物だ。お前とお前自身に使われたオーバーテクノロジーは
破壊しなければならない。このアルティメットゴジュラスはその為に作られたのだ。」
『な……………………。』
 キングゴジュラスは声が出なかった。心から尊敬し、信頼していた相手からの死刑宣告。
こうされて絶望せぬ者などいはしまい。
『そ…そんな…俺は…俺は…存在自体が罪なのかよ…プレジデントォォォォ………。』
 キングゴジュラスは絶望の余り、その場に跪いてしまった。

 何も出来ないままアルティメットゴジュラスとギルザウラーに弄られ続けるキング
ゴジュラスの姿を見たトモエは慌てて呼びかけていた。
「どうしたキング! 一体どうしたと言うのじゃ!? おい!」
『………………。』
 余程ショックだったのだろうキングゴジュラスからの返事は無い。そして首下のライト、
ガンフラッシャーが点滅を始める。彼がキングゴジュラスとしての姿を維持出来る時間に
限界が近付きつつあるのだ。しかし…そうなってもキングゴジュラスは何も出来ずに
アルティメットゴジュラスとギルザウラーの猛攻を受け続けるのみ…
「おい! キング! 危ないぞ! どうしたのじゃ!? 戦えキィィィング!!」
 トモエが幾ら呼びかけようとも…キングゴジュラスからの返事は無かった…

 なおもアルティメットゴジュラスとギルザウラーの一方的な弄りが続いた。キング
ゴジュラスは何度も殴り飛ばされ…蹴り飛ばされ続けた。もはやここまで。このまま
アルティメットゴジュラスとギルザウラーによって殺されると思われた時…突如として
上空から一機の飛行ゾイドが急降下して来た。そう、キングが普段使っているレイノスだ。
そして限界時間を向かえ、人間としてのキングに戻った彼を回収し、飛び立つ。全速力で
逃げ出したのだ。
87恐るべきカウンター 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/19(金) 21:09:39 ID:???
「あれはわらわが奴に与えたレイノス。よくやった! そのまま逃げるのじゃ!」
 トモエはレイノスへ向けて叫び、レイノスは気絶したキングをコックピットへ乗せ
超音速で空を斬り逃げる。その甲斐あってアルティメットゴジュラスとギルザウラーを
何とか振り切る事に成功出来ていた様だが…この二体もレイノスのコックピット内の
キング目指し追跡を開始している。これもその場しのぎにしかならない。
「今はそれで良い…。とにかく今は奴を生き延びさせるのじゃ…。」
 トモエはそう呟き、レイノスの後を追う事にした。

 未だ目を覚まさぬキングを乗せ、レイノスは大空を突き進んでいたが…そこで突如
として数十機のハリケンホークの編隊が現れた。しかもこれはビース共和国空軍の物
であり、一斉にレイノスへ攻撃を仕掛けて来たでは無いか。
 アルティメットゴジュラスとギルザウラーから逃げるのにエネルギーの多くを使って
しまっていたレイノスはハリケンホーク隊の一斉攻撃から逃げる事は出来無かった。
 翼にミサイルの直撃を食らい、失速して行く。それでも何とか墜落は免れたが…
着地した場所には既に同じくビース共和国軍のブレイブジャガーやハードベアーの
軍団が待機していた。
「隊長、このレイノスで良いんですか?」
「うむ。そうだ。本国によればこのレイノスに乗っているガキがあのキングゴジュラスと
何らかの関係があるらしい。急ぎ確保せよ。」
「了解!」
88恐るべきカウンター 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/19(金) 21:10:26 ID:???
 何と言う事か、アルティメットゴジュラスとギルザウラーの脅威とヘリックU世からの
死刑宣告に加え、あろう事かキング自身がビース共和国に捕まってしまう事態まで発生
してしまった。確かに惑星Ziから全ての恐竜型ゾイドの排除を謳うビース共和国に
とってキングゴジュラスは何としても打倒せねばならないゾイドであるし、また過去にも
キングはビース共和国の怒りを買う事を幾つもやっている。だからって…今この状況で
こんな事やらなくたって良いのに…。

 かつて無い危機がキングを襲う。ビース共和国に捕まったキングの運命は!?
アルティメットゴジュラスとギルザウラーへの反撃はなるのか?

 様々な問題を残しつつ…物語は一度ここで幕を閉じる。

                   つづく
89過去との決別 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/29(月) 22:14:40 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

               『過去との決別』
        装甲機神スペースカイザー 何でも屋ドールチーム
        アルティメットゴジュラス ギルザウラー 登場

 ヘリックU世がキングゴジュラスと、それに使用されたオーバーテクノロジーを抹消
するべくして開発していたアルティメットゴジュラス。そしてガイロス皇帝が同じく
対キングゴジュラスの為に開発したギルザウラー。この二体の恐るべきゾイドが現代に
復活。標的たるキングゴジュラス目掛け突き進む。

 強力な二大対キングゴジュラスカウンターゾイドの猛攻に苦戦を強いられるキング
ゴジュラスであったが…それ以上に衝撃であった物はアルティメットゴジュラス内に
残された音声、キングゴジュラスが唯一一目置き、尊敬していた相手…ヘリック共和国
初代大統領ヘリックU世の言葉だった。
「お前はこの世にあってはならない物なのだ。」
 信じていた相手から裏切られた事…これがキングゴジュラスにとって如何なる兵器をも
上回る強大なるダメージとなり…ついにはアルティメットゴジュラスとギルザウラーの
猛攻の前に敗れてしまった。
90過去との決別 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/29(月) 22:15:40 ID:???
 キングゴジュラスとしての姿を維持出来る限界時間を向かえ、人間としてのキングに
戻ってしまった所を、彼のレイノスが回収救出する事には成功した。しかし、その後
直ぐにまたさらなる困難が立ちはだかる。キングゴジュラスを狙う者…ビース共和国に
よってレイノスは撃墜され、キングは囚われの身となってしまったのだ。

 キングゴジュラスをこの世から抹消する事を目的としたアルティメットゴジュラスと
ギルザウラーの二体は未だキングゴジュラス追跡の為に活動中…。果たしてキングは
ビース共和国から逃れる事は出来るのか? はたまたヘリックU世に裏切られ失意に沈む
彼は立ち直る事が出来るのか!?

「なんてこった…ただでさえあの二大ゾイドの脅威があると言うのに…ビース共和国
お前等ちっとは空気読めぇぇぇ!!」
 キングがビース共和国に囚われた事を知ったトモエは思わず叫んでいた。こうしては
いられない。今は何としてもキングを救出せねばならない。普段キングに無理難題押し
付けたりと弄んでいるトモエであるが、そんな彼女にも責任がある。故に彼女は自身を
覆う漆黒のマントの中から同じく漆黒の形態電話を取り出し、何処へ電話をかけていた。
「おーい! おるか〜覆面X〜?」
「もしも〜し、覆面Xですよ〜。」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
 トモエが電話をかけた直後、突如として彼女の背後に“X”と書かれた布袋の様な覆面
を被ったスーツ姿の男が返事と共に現れ、さしものトモエも思わず絶叫してしまっていた。
「何時の間にわらわの背後に…相変わらず得体の知れん奴じゃのう…。」
「やあやあトモエ君、お久し振りだね。」
91過去との決別 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/29(月) 22:17:03 ID:???
 トモエが電話をかけた相手、そして彼女の背後に突如として現れた謎の覆面怪人。彼の
名は“覆面X”。トモエと同等…下手をすればそれ以上に謎の多い存在。普段は様々な仕事
の請け負いや傭兵の派遣等を行っており、トモエが彼に電話をかけたのはキング救出の
協力要請の為であった。
「実はカクカクシカジカでな…。」
「なるほど…あのキングゴジュラスを君が魔術で人に変えて匿っていた事は聞いていたが、
その彼がビース共和国に囚われてしまった故に救出したいと言うのだな? と言う事は…
ビース共和国軍の真っ只中に飛び込まざるを得ない。最低でも単機で戦局を覆し得る戦力
を持った者が必要となるな。と言う事は…“彼女達”しかあるまい…。」
 トモエの要求を呑んだ覆面Xは電話をかけ、何者かを呼んだ。それから間も無くして…
トモエと覆面Xのいる場所の上空の空間に突如としてギルドラゴン・ジェットファルコン・
ハンマーヘッドの三機が空間転移して現れた。
「覆面Xさん! 突然一体何ですか!? こちとら惑星Ziの裏側にいたのに…急いで
ドラゴンワープですっ飛んで来ましたよ!」
「トモエ君、紹介しよう。彼女達は何でも屋“ドールチーム”だ!」
「おお! あの悪名高き…。」
「悪名言わないで下さい!」
 ギルドラゴンから現れた一人の機械仕掛けの身体をした少女が泣きそうな顔でそう訴え
かけていた。

 何でも屋“ドールチーム” その名は色々な意味で有名だった。現在確認されている上
では唯一の人の心を持つ美少女型ロボット“SBHI−04ミスリル”を筆頭とし、
既に死亡して霊だけになってはいるのだが、ドールに憑依して今もこの世に留まり続ける
幽霊の少女“ティア=ロレンス”と、遥か外宇宙からやって来たとされる異星人の少女
“スノー=ナットウ”の三人で構成される何でも屋チーム。三人ともそもそもヒトでは
無い事が異彩を放っており、それを快く思わぬ者も少なくは無かったが…その実力は確か。
単機で戦局を覆すと言われるその戦力は凄まじい物があった。
92過去との決別 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/29(月) 22:18:19 ID:???
「あ〜! キングさんが言っていた悪い魔女って貴女の事だったんですね〜?」
「何じゃ? お主キングと会った事あったのか? って言うか悪いって言うな!」
 さり気無く、キングとドールチームとは面識があった。それにはトモエもちと驚いて
いたのだが…その詳細は“王の名を持つ者”を参照して欲しい。
「まあそれはともかく…キング救出に協力してくれるな?」
「それは勿論。私達は何でも屋ですよ。依頼なら受けます。」
「私達に任せてなのよー!」
「ラジャー………。」
 トモエの呼びかけに、ミスリル・ティア・スノーの三人はそれぞれそう返事をしていた
のだが………
「ちょっと待って下さい! ここは私も協力させて下さい!」
「え!?」
 突然何処からか発せられた謎の声。するとどうだろう。天高くから一体の鋼鉄の巨人が
舞い降りたのである。それは装甲機神スペースカイザー。地球製ゾイドでもある人型機動
兵器、装甲機神マリンカイザーを宇宙用かつ単機で恒星間航行も可能に改造した機体。
そしてそれを操るは宇宙の風来坊を自称する“カイザ=ホシノ”。彼は、かつて宇宙の彼方
から飛来した“宇宙大機怪獣ファビスター”との戦いでキング・トモエと共闘した仲で
あった。
「キング君の危機だと小耳に挟んで十万光年の距離をすっ飛んで来ました!」
 何処からどのようにしてキングの危機を知ったのかは分からないが…一応カイザも
キング救出戦に協力してくれる事となった。
93過去との決別 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/30(火) 22:24:29 ID:???
「キングを救出するにはビース共和国軍の猛獣師団の包囲網を突破しなくてはならん。
しかも並行してアルティメットゴジュラスとギルザウラーの脅威も迫っておる。つまり
これは迅速さも要求されると言う事じゃ。皆、やってくれるな!?」
「勿論!」
「あの時キング君に協力してもらった恩は是非とも返させていただきますよ!」
「では…発進じゃ!」
 こうして即席ではあるがトモエを中心としたキング救出隊が結成され、飛び立つ。
トモエの搭乗する三頭身小型デスザウラー通称“ミニザウラー”が…ミスリルの搭乗する
特機型ギルドラゴン“大龍神”が…ティアの搭乗するジェットファルコン“ファントマー”
が…スノーの搭乗するハンマーヘッド“エアット”が…そしてカイザの搭乗する装甲機神
スペースカイザーがそれぞれ天高く飛び立つ。目指すはキングの捕らえられているビース
共和国である!

 一方、ビース共和国の政府中枢部たる大統領府では、全身に特殊合金製の錠を付けられ
身動き取れない状態にされたキングと、ビース共和国大統領が相対していた。
「ほう、こやつがあのキングゴジュラスと関わりのあるとされる小娘か?」
「大統領、コイツは一応男だそうで…。」
「ほう、それは済まなかったな。まあそんな事はどうでも良い。とにかく…貴様…
キングゴジュラスはどうしたのだ?」
「………………。」
 流石にキング本人こそがキングゴジュラスそのものであるとは認識していないが、
それでもキングがキングゴジュラスと関わりのある者と分かっていた大統領は直々に
キングへ顔を近付け訪ねるが…キングは答えない。自身が心から尊敬していたヘリック
U世に裏切られたショックで放心状態となり、自身の殻に閉じこもってしまっていたので
ある。
94過去との決別 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/30(火) 22:25:38 ID:???
「おい…何とか言いたまえ。」
「…………。」
「おい!」
 大統領は依然黙り込んだままのキングの頬を強く引っ叩くが…キングは何の反応さえ
しなかった。
「まあ良い! とにかくこやつを牢にでもぶち込んでおきたまえ! 我がビース共和国の
前身たる古代ヘリックの名を語る悪しきゾイド…キングゴジュラスはこれで封じられたも
同然。古代ヘリック共和国が悪しき恐竜型を作っていたなどと誑かした罪は決して軽くは
無いぞ。これからそれを思い知る事になるだろうな…。」
 大統領は不敵な微笑みで衛兵に連れ引かれるキングへそう言っていたが…その直後、
部屋の外に待機していたスーツ姿のSP達が慌てて飛び込んで来た。
「大変です大統領! 5機の所属不明機がこちらへ向かっております!」
「な…何だと!?」

 ビース共和国上空では、トモエ率いるキング救出隊とビース共和国空軍“怪鳥師団”の
激戦が繰り広げられていた。
「正面に展開するハリケンホーク及びそのチェンジマイズ機…。数はおよそ1500…。」
 スノーはエアット搭載コンピューターで敵機の数をサーチングすると共に、ミスリルの
大龍神が正面に躍り出た。
「大物量で来る敵軍団を蹴散らすのは私の得意技です! 任せて下さい! 行きますよ!
ドラゴンミサイル! シュート!!」
 大龍神全身の装甲が捲れ上がると共に数百数千とも思われるおぞましき数のミサイルが
放たれ、納豆のごとき糸を引きながらビース共和国空軍のひしめく空域へ向けて突き進み、
幾百幾千もの大爆発と共にその殆どを蹴散らしていた。単発の威力ではキングミサイルに
劣る物の…この様に、広範囲に展開する敵軍団を蹴散らすのにかけては大龍神の独壇場で
あった…。
95過去との決別 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/30(火) 22:27:06 ID:???
 大龍神のみならず、ファントマーは二本のバスタークローから発する電磁嵐マグネイズ
サイクロンで、エアットはミサイル等各種火器でビース空軍機で掃討していた。
「空の包囲網は切り開きました! ここは私達に任せてトモエさんは先行して下さい!」
「よし任せるぞ! と言う事でカイザ! 全力全開で突っ込めぇぇぇ!」
 トモエの号令に合わせ、ミニザウラーを左肩に乗せたスペースカイザーが陸へ向けて
急降下をかける。しかし陸には陸で、ブレイブジャガーやハードベアー及びそのチェンジ
マイズ機を中心に構成される猛獣師団が展開し立ち塞がるのであるが、スペースカイザー
は伊達に本家地球直系の技術で作られてはいない。真正面から高速で突っ込みつつ右腕に
装備した巨大な斧を振り回し、駄獣どもを次々と蹴散らして行く。
「とはいえやはり数が多いな…。」
「小惑星破壊用のスペース反応弾ミサイルとか持ってますけど…使いましょうか?」
「良くは分からんが…それはやめとけ…。」
 さり気無く物騒な事を提案するカイザであったが、あんまり威力があり過ぎても救出
対象のキングに被害が及ぶ危険性もある。と言う事で、トモエはある作戦を考えた。
「え〜と…キングの生命反応は…あそこか! あの何か如何にも政府中枢ですよと言わん
ばかりに立派な建物! よし! カイザよ! わらわをあの建物目掛け全投げ飛ばせ!」
「ええ!? 投げるんですか!?」
「良いから! 時は一刻を争うんじゃ!」
 この無茶な作戦に躊躇したカイザだが、トモエにこうまで言われては仕方が無い。
スペースカイザーは右手に持つ斧を一度背に収め、次に左肩に乗せていたミニザウラーを
掴み…トモエの指定したポイント目掛け一気に投げ付けた! プロ野球の投手顔負けの
キレイなフォームで投げ飛ばされたミニザウラーは、キングの囚われたビース共和国
大統領府へ向けて超音速で突き進む!
96過去との決別 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/06/30(火) 22:29:55 ID:???
「敵小型デスザウラーが大統領府へ突っ込んで来ます!」
「恐竜型ゾイドか!? 撃ち落せ! 神聖なるビース共和国大統領府に汚らわしい恐竜型
ゾイドなど土足で上げてたまるか!」
 猛獣師団各機がミニザウラーへ砲撃を加えるが、その勢いは止まらない。
「小型デスザウラー! 止まりませんんんん!!」
「止めろ! 何としても止めろぉぉぉぉぉ!! 止めるんだぁぁぁぁぁ!!」
 ビース共和国将兵達の悲痛にも似た絶叫が響き渡る中、トモエの搭乗するミニザウラー
は一切構う事無く大統領府へ突っ込み、その強固な外壁を容易く貫いていた。

 ミニザウラーの大統領府突撃は、大統領を初め大統領府にいた全ての者達を騒然と
させる物だった。何しろこんなマネ…如何なるテロリストとてやった事は無いのだから…
「あわわわわわ…。」
「お初にお目にかかります大統領…。わらわはトモエ=ユノーラ。わらわのキングを
取り返しに馳せ参じた次第で候…。」
 ミニザウラーから悠々と現れたトモエは、一応ビース共和国大統領に敬意を表しては
いたが、肝心の大統領がすっかり腰を抜かしてしまっていた。
「貴様! ここを何処だと思っている!?」
 大統領のボディーガード達が拳銃を抜き一斉にトモエへ発砲するが、トモエの周囲に
張り巡らされた魔術的なシールドの類によって弾かれ意味を成さなかった。そして
トモエはキングを牢へ連れて行こうとしていた衛兵を睨み付ける。
「おい! わらわのキングを返さんか!」
「ひ! ひぃ!」
 すっかり怖気づいてしまっていた衛兵は意外にもあっさりとキングを返してしまった。
そして、トモエはキングの手を引張る。
97過去との決別 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/01(水) 21:57:25 ID:???
「ほれ、わらわが助けに来てやったぞ。さ、行こうか?」
「も…ダメだ…ヘリックU世プレジデントに裏切られた俺には…もう何も残って無い…。」
「!!」
 例によって失意に沈んだままだったキングの顔面に、トモエの拳が打ち込まれていた。
「お主まだそんな事を言っておるか!? ちょっと人に裏切られたからって何じゃ!!
そうやってウジウジするのはお主のキャラじゃないのは分かっとるじゃろう!?」
 ちなみに、トモエがこうしてキングに説教している間も大統領のボディーガード達が
何とかトモエを殺害しようと色んな火器を撃ちまくっていたが、その全てがシールドに
弾き返されたりしていた…。

 一方、ドールチームの三機は空で、スペースカイザーは陸でそれぞれビース共和国軍の
大軍団を相手取っていたが…そこでさらなる機影の接近を感知していた。
「大変! トモエさーん! 来ました! 来ましたよー!」
「あれがアルティメットゴジュラス&ギルザウラー!?」
 ついに来た。ただただキングゴジュラスの抹殺を目的とするアルティメットゴジュラス
とギルザウラーの二体が、ビース共和国にまで現れたのだ。
「恐竜型ゾイドだ! 滅ぼせ! 我がビースの土地に奴等を土足で上げるな!」
 ビース共和国軍猛獣師団ゾイドが次々アルティメットゴジュラスとギルザウラー目掛け
突撃して言ったが…結局何も出来ずに蹴散らされて行った………。

「ほれ、キング! ついに来おったぞ! 奴等がここまでお主を追って来おったぞ!
戦え! 戦うんじゃ! もはや何処へ逃げても無駄じゃ! 奴等は地の果てまでお主を
追って来るぞ! 戦うんじゃ! 戦えぇ! キィィィング!!」
 トモエはキングの奮起を促すべく叫ぶが、キングは動かない。それ所かアルティメット
ゴジュラスの咆哮を耳にするだけでヘリックU世の死刑宣告を思い出し、震え上がる始末
だった………。
98過去との決別 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/01(水) 21:58:33 ID:???
「この意気地無しがぁぁぁ!! お主は悔しく無いのかぁぁ!? 一体お主がどれだけ
ヘリックを信じておったのかは知らん! しかし…裏切られて悔しくは無いのか!?
お主を切り捨てたヘリックを見返してやろうとは思わぬのかぁぁ!?」
「……………………。」
 その時、キングはゆっくりと立ち上がり、先程ミニザウラーが大統領府に突っ込んだ際
に出来た穴へ向けゆっくりと歩き出した。
「俺ぁよぉ…ヘリックU世プレジデントが好きだった…。俺ぁバカだから…上手く説明は
出来ねぇが…立派な人だったんだぜ…。」
「貴様! またヘリックの名を語るか!?」
 ビース共和国大統領は怒りを露にしキングへ発砲するが、やはりトモエの発した魔術的
シールドによって防がれていた。
「だが…そのヘリックU世もヘリック共和国ももうこの世には存在しない。と言う事は…
俺も、あいつ等も所詮は遥か過去の亡霊に過ぎん。」
「それは違うぞキング、お主にはわらわがおるでは無いか。それに、今と言う時代で
お主もお主で色々な人と出会って来たであろう?」
「フフ…そうだな…。済まん…。」
 失意に沈んでいたはずのキングの表情に笑顔が蘇った。そして頭部に逆立つ真紅の
アホ毛が燃え上がるがごとき真紅のオーラを発し、キングの体を包み込んで行った…。
『てめぇら! この俺を誰だと心得る! 俺は俺だ! キングゴジュラスだぁ!!』

 大統領府の天井を突き破って姿を現したキングゴジュラスにビース共和国中が震撼した。
「き…キングゴジュラスだぁぁぁ!! 出たぁぁぁぁ!!」
「ま…まさか…まさか…あの小僧自身がキングゴジュラスだったとでも言うのか!?」
 大統領府の倒壊の中さり気無く無事だった大統領が唖然とする中、キングゴジュラスは
アルティメットゴジュラス&ギルザウラー目掛け歩みを進める!
99過去との決別 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/01(水) 22:00:00 ID:???
『お前等下がれぇぇ!! あいつ等は…俺が…俺がこの手で始末を付ける!!』
「おお! キング君復活してくれましたか!?」
「分かりました。では私達は一時後退します!」
 キングゴジュラスたっての願いと言う事で、アルティメットゴジュラス&ギルザウラー
の始末は彼に任せ、ミスリル・ティア・スノー・カイザはそれぞれ後退した。ちなみに…
ミスリルと大龍神には“キングゴジュラス恐怖症”と言うのがあったはずなのだが…
ここではあえて無視させて戴く。
『さあ来い! 今の俺は他の連中程優しくは無いぞ! そう言えば…俺が初めて機怪獣と
戦ったのもビース共和国だったな…。』
 キングゴジュラスは自身の両拳同士をぶつけ合わせ、甲高い金属音を鳴り響かせながら
アルティメットゴジュラスとギルザウラーへ向け進んで行く。その間、都市部に展開して
いたビース共和国猛獣師団が必死の抗戦を試みていたが、思い切り無視されていた。

 三大超兵器ゾイドの決戦が行われようとしていた時、ビース共和国大統領の側近がある
事に気付いていた。
「だ…大統領…あれをご覧下さい! キングゴジュラスと、新たに現れた二機の内の改造
デスザウラーでは無い方のゾイドに…それぞれ太古からの古文書に残ると言うヘリックの
マークが………。」
「な…何だと…?」
 キングゴジュラス・アルティメットゴジュラスそれぞれにヘリック共和国のエンブレム
マークが存在する。両方共にヘリック共和国製なのだから当然なのだが、ヘリック共和国
を神聖視するビース共和国にとっては衝撃極まりない事だった。
「嘘だ嘘だ! これは何かの陰謀だ! 我が猛獣大国ビース共和国の前身、古代ヘリック
共和国があの様な悪しき恐竜型ゾイドを作っていたなどと…これは嘘だ! 嘘だ嘘だ!」
 目の前の現実が信じられず、地団駄を踏みながら叫ぶビース共和国大統領…。その姿は
まるで子供の様でさえあった…
100過去との決別 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/02(木) 22:50:07 ID:???
 一方、キングゴジュラスは右拳を振り上げ、アルティメットゴジュラスへ向けて殴り
かかっていた。
『うおおおお!!』
「行けぇぇ! やったれぇぇぇ!」
 トモエの声援を受け、キングゴジュラスは瓦礫を踏み潰しながら突き進む。それに対し
アルティメットゴジュラスも腕部マグネーザーを高速回転。狙うはキングゴジュラスの拳。
超強力ドリルでビッグクローを打ち砕こうと言うのであったが…次の瞬間、マグネーザー
は甲高い音を立てて打ち砕かれていた。キングゴジュラスの拳が勝ったのである。
『次はてめぇだぁぁ!』
 続いて腕に装備した大剣を振りかざし襲い来るギルザウラーの斬撃を頭部のブレード
ホーンで受け止め、さらにクラッシャーテイルで叩き飛ばしていた。
「おお! 前回とは明らかに違うぞ! お主やはり吹っ切れたな!?」
 悩みを吹っ切ったか…はたまた開き直ったのか…今回のキングゴジュラスは明らかに
以前のそれとは違った。そしてそれを悟ったかアルティメットゴジュラスとギルザウラー
もまたキングゴジュラスの前後を包囲しつつ距離を取った。
『ん!? まさか!? またあの戦法で来るつもりか!?』
 アルティメットゴジュラスのプラズマキャノンと、ギルザウラーのビームスマッシャー
による前後からの同時攻撃。先の戦いでキングゴジュラスに多大なダメージを与えたのは
記憶に新しい。キングゴジュラスピンチ。その上さらに彼がキングゴジュラスとしての
姿を維持出来る時間限界の近付くサインであるガンフラッシャーの点滅が始まったのだ。
『くそ! 今日はやけに時間限界が来るのが早いじゃないか!?』
 キングゴジュラスは絶体絶命の危機に陥った。しかし、キングゴジュラスは負けない。
トモエの愛情、そしてドールチームの三人やカイザを初め今までキングが出会った人々の
友情が心の支えとなっているのだ!
101過去との決別 13 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/02(木) 22:51:05 ID:???
『負けるかぁぁぁ! グラビティーモーメントバリアー!!』
 出た! キングゴジュラスの補助防御装置“グラビティーモーメントバリアー”キング
ゴジュラスの周囲に展開された超重力の力波は、アルティメットゴジュラスの胸部から
放たれたプラズマキャノンを…ギルザウラーの両翼から放たれたビームスマッシャーを
それぞれ180度反射、逆にアルティメットゴジュラス&ギルザウラーに多大な打撃を
与えていた。今こそがチャンス!
『そらぁぁ! 今度は俺の番だ!!』
 間髪入れずにキングゴジュラスはアルティメットゴジュラスとギルザウラーをそれぞれ
掴み上げ、天高く投げ飛ばした。そして宙を舞う二機に狙いを付ける。
『食らえ! スーパーサウンドブラスター! ゴォォォッ○・ラ・○ゥゥゥゥゥ!!』
 出た! キングゴジュラスのゴッドボ…じゃなかったスーパーサウンドブラスター!
キングゴジュラスの咆哮を数億倍にも増幅した超大音波に伴う超振動波は、未だ宙を舞う
アルティメットゴジュラスとギルザウラーさえ巻き込み…粉々に粉砕していた……。

 ヘリックとガイロス…それぞれがキングゴジュラスに対する恐れから開発した機体…
アルティメットゴジュラスとギルザウラー。が、それを持ってしてもキングゴジュラスを
倒すには至らなかった。それもそのはず、トモエを初め様々な人々と出会い、多種多様な
機怪獣との戦いを経た今のキングゴジュラスはヘリック・ガイロスが知り得る物とは全く
異なる物となっていたのだから…

「んじゃ、ビース共和国の皆さん。お騒がせしましたー!」
 アルティメットゴジュラスとギルザウラーを倒した後で、キング・トモエ・ミスリル・
ティア・スノー・カイザはそれぞれ退散した。確かに今回の事でビース共和国は滅茶苦茶
になってしまったが、半分はビース共和国の自業自得もあるし、何よりこれ以上は知った
こっちゃ無かった。
102過去との決別 14 ◆h/gi4ACT2A :2009/07/02(木) 22:52:38 ID:???
 なお、今回の事件は公式的には壮絶なる自然災害の猛威によりビース共和国国土が
荒らされ、多くの人々が死傷したと言う事にされた。これはビース共和国としても内密に
したかったのだろう。天下の大国ビース共和国が…たった数機のゾイドに手玉に取られた
などと…こんな事が公になればビースは世界各国から笑い者になってしまう。ただでさえ
恐竜廃絶論を良く思っていない国も多い現状…。とにかく…いずれにせよキング達が特に
罪に問われるまでも無く助かったと言う事である。ま、そうでなくても、皆単機で国家に
喧嘩売れる力持ってるんで、特に問題は無かったであろうが…

 ドールチームが何処へと飛び去り、カイザもまた宇宙へ帰った後、残されたキングと
トモエは二人で夕日を見つめていた。
「どうした? やはりまだ信じていた人に裏切られたのは心に染みるかのう?」
「そうだな…。俺は今もヘリックU世プレジデントを信じている。だからこそ裏切りは
許せない。そして…あの俺潰しの為に作ったあのゾイドも完膚無きまでに破壊した。
言っておくが…お前も俺を裏切るような事をしたら…次はお前の番かもしれないぞ?」
「おお怖い怖い…。じゃが…わらわとて今回の様な事が再び起こってまうのは正直困る
でな…と言う事でお主に餞別じゃ。」
 トモエが軽く指を振ると、彼女の魔術によって一体の大型ゾイドが転移して現れる。
それは何とオルディオスであった。
「ほれ、お主もヘリック出身なら知っとろう? オルディオスじゃ。これなら空陸問わず
行動が出来るし、単機で大軍と渡り合う事も出来よう。そして何よりもビースの連中の
目を誤魔化す事が出来る。後はお主次第じゃ。」
 そうして、ビースにやられたレイノスに代わりオルディオスをキングに託し、トモエは
何処へ去っていった。
「何か適当に誤魔化された様な気もするが…まあ良いか。よろしくな。」
 トモエからキングに従う様命じられているのか、はたまたキングから発っせられる
キングゴジュラスとしての気配を悟ったのか、オルディオスは素直にキングに対し
コックピットへ受け入れ、飛び立った。
                   おしまい
103名無し獣@リアルに歩行:2009/08/01(土) 14:02:14 ID:???
定期age
104魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:26:55 ID:???
☆☆ 魔装竜外伝第二十話「再戦、水の総大将」☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 ギルガメスはやっとの思いで拳聖パイロンを倒したが、不可解な頭痛には抗う術がない。
こんな状態で彼の刻印を巡る秘密を知ったらどうなってしまうのか。少年は絶望に怯むが
それでも強く突き進む。だが刺客の遺した罠は、彼の勇気を容赦なく嘲笑う……!

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 立ち籠める湯気の中、薬莢風呂(※主にゾイドが使用する極大の薬莢が様々な器に使え
るのは散々書いてきたことだ)に浸かるギルガメスのつく溜め息は、やっぱり重苦しかっ
た。吐き出せば多少は気持ちが楽になるのが救いか。
 薬莢風呂の周囲を囲む白いビニールのカーテンは、表面に水滴がびっしり付着している。
天井がいささか問題で、青天井……陽射し加減を見た限りは夕焼け天井とでも言うべき風
情は、黒く細長い竜の頭部が覆っているためどうにも観賞し辛い。
 もっとも夕焼けに照らされた竜の皮膚は見事な茜色に輝いているため、こっちを観賞す
れば良いだけの話しだろう。竜は人なつこい性分らしく、真下の少年に紅い視線を注ぎ、
時折小首を傾げたりしてはいる。ギルガメスは相棒と案外似通った仕草に思わず口元が綻
んだ。
105魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:28:05 ID:???
 だが竜の受けた命令が少年の監視であるのは間違いなかったから、彼は複雑な気分でも
あった。一方ではビニールカーテンの向こうでは田舎者達が、ぎこちない手つきながらめ
いめいライフルや斧を抱えて見張りに立ち、殺気とも形容のつかぬ異様な気配を充満させ
ている。漆黒の竜と比べて随分な温度差だが本来彼が置かれている状況はこちらであろう。
 田舎者達は「忘れられた村」の村人達である。ギルガメスは仲間達は、この少年の額に
浮かぶ刻印のルーツを探るために西方大陸の極東にあるこの隠れ里までやって来た。しか
し宿命は抗いがたく、先程(とは言っても前話まで遡るが……)ギルガメス達は水の軍団
の刺客・拳聖パイロンと死闘を演じた。
 この村はレアヘルツ(金属生命体ゾイドを狂わす怪電波)で覆われた鉄壁のタリフド山
脈に囲まれている。村人にしてみれば蟻の子一匹入る隙間がないと信じ切っていたから、
戦闘が行なわれるなどとは思いもよらなかった。原因であり余所者でもあるギルガメスら
が危険な人物として警戒されるのは当然の流れであろう。そう考えたら風呂に浸かれるだ
けマシというものである。
 ふとギルガメスの額をどんより重い痛みが襲った。風呂に浸かって上気しているから日
中よりは大分楽だが、完全に解消されているわけではなかったようだ。……村に来てから
というものの、この奇妙な頭痛が中々止まない。何が原因かは未だにわからないが、度重
なる刺客との激闘に比べれば些細なこととも言えた。
 ふと頭上の竜が、首をゆっくり左右に曲げた。ギルガメスの相棒に比べて何倍も大きな
頭部だから、至近距離で彼を視界に入れるには細長い顔のどちらかの面を彼の方に向ける
必要がある。漆黒の竜はそうすることで少年を気遣った。ギルガメスは大丈夫だよと、ま
るで自分の相棒に接するかのように手を上げ、微笑を返した。
 竜は村人にデッちゃんと呼ばれている。かつて古代の帝国を守護した伝説の聖獣デスザ
ウラーだからというのが由来らしいが、それ自体はどうでも良いことだ。殺伐たる村人に
比べて、このゾイドは案外好意的に接してくれていた。一方で、カーテンの外の、又ずっ
と遠くでは人こそ死なないがもっと殺伐なやり取りが繰り広げられているのを彼は知って
いる。
106魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:29:13 ID:???
「あんな奴らを村に入れたからでしょう!
 チョウザもリシーも、奴らに殺されたようなものだ……」
 拳を叩き付けられた長机が鈍い悲鳴を上げ、怒声が殺伐たる音色を添えた。
 ソファと長机の周囲を、数十名もの村人達が取り囲む。そこそこ広い筈の応接間はあと
数名、人を加えればすし詰めにもなろうかという密度だ。
 只、ソファの一方は頬のこけた老人が一人。腕を組む彼は毛糸の帽子を被り、地味だが
清潔な茶色のセーターを着用している。一見温和な表情、凡そ戦いとは無縁に見えるが、
黒い瞳の奥から放たれる眼光は思いのほか厳しい(もっとも彼を取り囲む者達がそれを察
しているかは別の話しだ)。
 かの老人こそドクター・メナー。元ゾイドアカデミーの優秀な科学者にして、「忘れら
れた村」のまとめ役である。追撃をかわしつつかの地まで訪れたギルガメスらは、メナー
の判断により受け入れられた。村人の大半は成功者に対する嫉妬、そしてトラブルメーカ
ーに対する疎ましさから彼の考えには猛反対であったが、拳聖パイロンの侵入そしてギル
ガメスらの死闘は村人の危機感をひどく煽る結果となったのである。
 ソファのもう片方を始め、メナー老人を取り囲む村人達はいずれも険しい表情を浮かべ
ていた。只その大半は、それなりに年を食った者達で構成されている。雰囲気が険悪なが
らそれでどうにか収まっている所以か。
 怒声の後に訪れた一瞬の静寂。黙りを決め込んでいたメナーは周囲を見渡すと、落ち着
いた声で呟いた。
「つまりギルガメス君達が来なければ、この地はずっと平和だったんじゃと。
 水の軍団も襲ってこなかったと、そう言いたいわけじゃな?」
「少なくとも昼間のような奴は乗り込んできたりはしません!」
 一秒の間も置かず、降り注がれた反論。
 だがメナーは全く怯むことがない。それどころか表情がますます険しくなっていく。
「……襲われなかったのは言う通りじゃろう。
 じゃが一度も乗り込んでいないと考えているようなら甘いにも限度があるぞ」
 さしもの村人達も、メナーの言葉にざわめきを押さえ切れなかった。
107魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:30:16 ID:???
「まさか、今までに水の軍団の連中が乗り込んできたことがあると……?」
「様々な勢力の密偵が不定期にタリフド山脈近辺を探索しているのはお主らとて承知のこ
とじゃろう。まさか、それだけで連中が帰ってくれるとでも思っておったかのか?」
「警備は、完璧だ!」
「アロザウラー一匹易々と侵入を許した警備が、か?」
「……」
「そもそもお主ら、この村にどうやってやってきたんじゃ? 噂を頼りにしてきたんじゃ
ろう? ……どういう人間が噂を流したのか、考えたことはないのかね?」
 あれ程の剣幕でまくし立てていた村人達が一斉に息を呑んだものだから、そこそこ広い
応接間は喧噪と沈黙が渦のように折り混ざった。余りに閉鎖的・敵対的な村人以外にも村
の内実を知っている者がいるというのか。
 勿論、そんなことを言われて容易に認める村人達などごく僅か。
「ちょっと待てよ爺さん! じゃあ何で俺達は今まで無事でいられた?」
「連中に侵入されていたんだったら、刻印を持ってる俺達は襲撃されてとっくの昔にくた
ばってるだろう!? 俺達は、ピンピンしてるぜ!」
 メナーは一笑に付した。
「そこまでする価値がなかったからとは、思わんのか?」

 ギルガメスは薬莢風呂に沈んでいた小さな身体を乗り上げた。土の地べたには敷物代わ
りに予め雑巾を並べてある。手早く全身をバスタオルで拭くと、下着を、次いで膝下まで
のズボンを履く。靴や上着は最後で良い。
 ビニールのカーテンを開けると、待ち構えていたように村人達が手持ちの武器を構え、
突きつけた。頭上では漆黒の竜が低く唸って不快感を隠さなかったが、ギルガメスにはそ
れで十分だった。軽く見上げて微笑すると、神経質な村人達の視線など涼しげに躱す。
 連中の肩より先に佇む男女四人。いずれもピリピリした雰囲気などまるっきり意に介さ
ぬ余裕の表情が頼もしい。
「出ました。ちょっと、垢が浮いちゃったけれど……」
108魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:31:23 ID:???
 四人の中から最初にギルガメスの前に立ったのが、男装の麗人エステルなのは言うまで
もあるまい。少年より頭一つ分程も背丈のある彼女は微笑をたたえつつ、蒸留水の入った
水筒を差し出した。
「中々入れなかったもの、仕方がないわよ。さて、次は……」
「そなたが次で良かろう」
「あ……俺は最後な。ぬるくないと駄目だ……」
「エステルさん、ごゆっくりどうぞ」
 残る三人は一斉に返事した。最初に応えたのは白装束の美女スズカ。腕組みしたその手
には、常ならば大事に抱えている機獣斬りの太刀「石動」が見当たらない。大方、村人達
に一時没収されたのだろう。それが忌々しかったのか、中々に不機嫌そうだ(もっとも彼
女自身は白装束の下に短刀を多数隠し持っているのだから見た目程の戦力減にはならない。
そして村人はそんなことなど気付きもしないのだ)。
 一方「風斬りのヒムニーザ」と渾名された熱い風呂の苦手な御仁は、返事をすると周囲
を右往左往し始めた。「うろうろするな」と村人達に怒鳴られたが透かさず「椅子位よこ
せ」と言い返す。彼は向こうのメナー邸で行なわれている会議が気になる様子で、視線は
何度もそちらへ投げ掛けられた。
 そしてギルガメスより年若いが背丈はエステルと互角の美少年フェイも又、頬杖ついた
り腰に手を当てたりと何やらそわそわしている。会議の様子は彼も気になるようで時折向
こうに視線を投げ掛けるが、それ以外に何度も腕時計を見て時刻を確認しているのが妙だ。
 いずれもかつては様々な陣営よりギルガメス抹殺・或いは拉致の密命を授かった宿敵だ
が、表向き遺恨らしきものはない。何故なら彼らはガイロス公国(旧帝国)により派遣さ
れた助っ人である。只、その動機が結局はいつかギルガメスの相棒を奪い取り、軍事的に
利用するためなのだから油断は禁物なのも事実だ。
 エステルがそんな連中のことをまるっきり意に介さないのか、それとも本心を明かさな
いだけなのかはわからない。彼女はいつも通り、すらりとした肢体を紺の背広で包み込ん
でいる。もっとも先程の戦闘が彼女を相当に消耗させたのは間違いあるまい。マネキン人
形のように毅然と立ってはいるが、時折切れ長の瞳を閉じ、額に手を当てている。鉛を引
き摺るような疲労感は隠し切れるものではなかった。
109魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:34:07 ID:???
 未熟なギルガメスもそれは容易に察することができた。一瞬表情に出掛かったが、彼は
待てよと思い直すと、右手を口元に立てた。
「エステル先生、ちょっと……」
 彼女はおやと首を傾げると、頭を下げて愛弟子の口元に右耳を近付けてきた。勿論声の
トーンは極力落とす。
「どうしたの?」
「ここで服を脱がないで下さいね」
 蒼き瞳の魔女と呼ばれ恐れられた彼女にも欠点はある。自分の裸に相当自信があるらし
く、他者に見せるのには全く抵抗がない(実際、今まで少年の純情は随分と翻弄された)。
だがそれを面と向かって指摘されたことはどれ位あったか。
 鈍い音。ギルガメスは溜まらず両腕で頭を抱えた。
「わかってるわよ、そんなこと……」
 面長の、彫刻のように端正な顔立ちが膨れっ面を浮かべて、少女のような丸みを帯びた。
振り返らず、すたすたと薬莢風呂へと向かっていく。
 傍らでは他の三人が目を丸くした。殊にヒムニーザとスズカはかつての宿敵がどんな絆
で結ばれていたのか詳しく知らないだけに、鉄拳というちょっとした暴力にはしばし硬直
を余儀なくされた。反対にこの師弟をよく知るフェイは腹を抱えて笑い始める始末。……
だがこんな反応でもギルガメスをホッとさせるには十分であった。彼らを取り囲む連中の
言い分は至極妥当だが、ある意味、暗殺者よりもたちが悪い。

 風呂と言っても浴槽たった一つにこれだけの人数だ。精々、垢と汗を落とせる位。石鹸
も勿論使えない。そういうこともあって一時間程で全員に順番が回った。
 ギルガメスはその間、ずっと夕陽の遠くを眺めていた。彼の相棒は他四人のゾイドや武
装共々遠くに引き離されている状態だ。気性こそ激しいが根は非常に繊細なゾイドだ、寂
しがっているかもしれない、心配しているかもしれない。
 ふと彼の肩に覆い被さった紺の背広。エステルの上着だ。いつの間にか、傍らに寄り添
っていた。
「……気になる?」
 ギルガメスは振り返らずに微笑した。
110魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:35:10 ID:???
「はい、かなり。……でも、だからあいつと友達になれて本当に良かった」
「その心は?」
 美貌の女教師は首を傾げた。風呂上がりの彼女が常以上に艶やかなのは想像がついてい
たから、ギルガメスは一瞥だけして向きを戻す。
「最近、あいつのことを考えている内に、自分のことなんてすっかり忘れてることが多く
なりました。
 だから自分の悩みなんてその程度のものなんじゃないかって、思えるようになってきた
んです」
 エステルは満足して頷いた。家出した時には自分の都合で手一杯だったこの少年は、本
当に成長した。顔を覗き込めば又少し逞しくなった表情が伺えるに違いない。
 只、だからこそ続く言葉を聞いた時、彼女の笑顔は曇った。
「……ああそう言えば、昼間、僕らが手洗いに行ってる間、メナーさんとはどんな話しを
したんですか?」
 彼らは昼間(前話参照)、メナーに一連の謎について、少しずつ情報を引き出していた
ところだ。核心中の核心、ギルガメスを必要とし、又それがために水の軍団に追われる原
因にもなった「B計画」とは何か。わざわざ彼を遠ざけまでして聞き出した秘密に対し、
エステルは激しく憤った。……怒声は外に漏れていたようだ。只、今の彼からして原因が
B計画にまつわること……ひいては彼自身の問題だなんて、思いもよらぬに違いない。
 女教師は、迷った。ほんの数度、呼吸するだけの時間がひどく長く感じる。迷った挙げ
句、彼女が決心して息を呑んだ、その時のこと。
「皆さん、お待たせしてすまなかった」
 メナーだ。複数の村人達を引き連れてはいるが、腰巾着の類いとは全く異なるのは言う
までもない。相変わらず、ライフルやら斧やら抱えている。
「あ……ああ、メナーさん、お気遣いなく」
 咄嗟に振り向き、丁寧にお辞儀する。助け舟だと感じたエステルは内心、情けなく思っ
た。この瞬間、年上というカードを利用して、愛弟子に真実を伝えることから逃げたのだ。
 さてメナーはひどく難しい表情をしていた。真一文字に閉じていた口を、やがて意を決
したように開く。
「皆さんに、残念なことをお伝えしなければならない。
 明朝を以て、ここを引き払って頂きたいんじゃ」
111魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:38:06 ID:???
 周囲が一斉に溜め息をつく中、ああやっぱりと変に納得するギルガメスがそこにはいた。
今まで刺客に襲撃される度、郊外へ逃げ込んでいた。それでどうにか他人に迷惑をかける
ことは回避していたが、今回は死亡者が出た。相当な報復を覚悟していたから、これで済
んだだけマシと言える。
 すぐさま、傍らのエステルが前に出ると深々とお辞儀した。ギルガメスも追随する。
「ご迷惑を、おかけしました」
 メナーは申し訳無さげに首を横に振った。
「こちらこそ、水の軍団を易々と侵入させた原因は儂らにある筈じゃ。完全無欠の要塞な
どこの世にありはせんというのに……。
 儂も言葉を尽くしたが、この辺で手を打つのが精一杯じゃった。本当に、申し訳ない」
 メナーも両手を膝について頭を垂れた。代わって随行していた他の村人が前に出る。
「ゾイドと武器は今から諸君らに引き渡す。明朝六時を以て引き払って頂きたい」
 早々に引き渡してくれるのには少々意外に思えたが、結局のところ早朝すぐに撤収させ
るためだろう。せっかちな話しに後方のヒムニーザらは肩をすくめた。もっともギルガメ
スだけは相当本意だったようで肩をなで下ろしていたのだが。只、今日は脱力も束の間。
少年は思い出したかのように閉ざしていた口を開いた。
「メナーさん、一つだけ、お聞きしても良いですか?」
 すぐさま村人が厳しい視線を少年と老人とに差し向けるが、少年はともかく老人は一向
に意に介さない。
「……昼間の、B計画の話しかのう?」
 こくりと、頷いたギルガメス。
 メナーが差し向けた視線はエステルの蒼き眼差しとぶつかった。
 美貌の女教師は首を横に振ると。
「後で、私が……」
「それで、良いのじゃな?」
 彼女はこくりと頷くと、背後のヒムニーザらにも目配せをした。彼らも手を軽く上げて
同意を伝える。
112魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:42:18 ID:???
 その間、ギルガメスは急激に空気が張りつめていくのを肌で感じた。それも刺客との戦
闘などでは考えられない、敗北を既に通り過ぎてしまった底知れぬ絶望感。ギルガメスが
一抹の不安を覚えたその気を反らすように、メナーが告げた。
「と、いうことじゃ。ギルガメス君、申し訳ないがそれで良いかのう?」

 高々と連なる針葉樹林の向こうにはタリフド山脈へと続く斜面が見える。恐らくゾイド
が林に踏み込んだら最後、レアヘルツの影響で狂ってしまうに違いない。
 だからというわけではないだろうが、森の入り口で鋼の小山が三つばかり縮こまってい
る。……おとなしい山は二つと、相場が決まっていた。鋼の猿(ましら)アイアンコング
と、黒衣の悪魔ロードゲイル。いずれも夕陽に照らされる鋼鉄の皮膚が眩しい。
 残る一匹もひとまずはおとなしくうずくまっていた。人呼んで魔装竜ジェノブレイカー
……ギルガメスには単にブレイカーと呼ばれる深紅の竜は、主人らを両手に抱えたデッち
ゃんを遠目に見かけると犬猫のように丸めていた尻尾を垂直に逆立て、猫じゃらしのよう
に勢い良く左右に振り始める。短めの首ももたげ、今にも大声で吠えんとするが、大人を
数人程くわえこめる口には黄色い封印テープが幾重にも巻かれているものだから、さしも
の竜も北風が吹くような寂しい鳴き声で我慢せざるを得ない。
 村人達が一斉に役にも立たないライフル銃を構えてブレイカーを取り囲むが、この竜は
そんなことなど一向に気にせず遠くで地に降り立つ主人達に熱い眼差しを投げ掛けた。
 デッちゃんの掌から降りたギルガメスは、案の定だと苦笑した。このゾイド、なりは大
きく戦闘時には稲妻のように激しく暴れ回るくせに、何事もなければ実に繊細且つ甘えん
坊である。早速少年が駆け寄ってやると、竜も鬱陶しい封印テープを剥がしてくれとせが
む。彼にはそうしてやった後、竜が鼻先を近付けてキスを浴びせることまで容易に想像が
ついていた。
113魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/09(日) 23:43:37 ID:???
 想像通りのことを予定通りに済ませる主従(勿論義務感先行で相手すると相棒もそれに
気が付くから要注意だが……)。その間にあった珍しいことと言えば、デッちゃんがブレ
イカーに鼻先を近付けてきたことだろう。すぐ側にZi人の少年がいるからか、二匹はや
や遠慮がちに鼻先を摺り合わせた。それでも金属の皮膚同士がぶつかり合うのだから結構
なやかましさではあるが、何やら物悲しげな響きにも聞こえたのは少年の空耳ではあるま
い。ブレイカーとデッちゃん……いや、魔装竜ジェノブレイカーと破滅の魔獣デスザウラ
ーは、この惑星Ziの下では余りにも数少ない同族なのだ。これでもう二度と逢えぬかも
しれない。二匹は直感でそう感じているようだ。
 残りの者達は少年と竜達のやり取りを見つめていたが、村人はメナーに目配せをした。
撤収の催促だ。彼は頷くと口を開く。
「エステルさん、それではよろしくお願いします」
 美貌の女教師は無言だったが、表情は踵を返した老人の次の言葉で心持ち、変化が見ら
れた。
「隠し通せば、後で知って苦しむのは彼かもしれん。そこを勘違いせぬようにな」

 夜の帳もすっかり降りた。ギルガメスはブレイカーの胸部コクピット内で黙々と雑巾掛
けを続けていた。全方位スクリーンで囲まれた室内は、そのまま暗闇を映すものだからプ
ラネタリウムのように暗い。今のところ計器類やスクリーンに近付いた時に表示される各
種ステータスが灯り代わりだ。
 少年の雑巾掛けは続く。きっと、憧れの人は今晩も一緒にコクピット内で寝ると言うこ
とだろう。用心深い彼の相棒が、そもそもエステルの野宿を認めそうにないのは予想がつ
いていた。
 ふと、壁面よりノックが聞こえた。全方位スクリーンに映った美貌の女教師は心なしか、
青ざめていた。唇が開くと、室内に落ち着いた女声が響き渡る。
「ナイフを持って、降りてきなさい」
 さて少年を抱える竜はひとまず安心した様子でうつ伏せていた。それでも首はしっかり
もたげ、周囲の観察を怠らない。周囲に心配がなければ、首を降ろし、下顎でコクピット
のある胸部をすっぽりと覆い包むつもりだ。……胸元のハッチが開くと、竜はその中より
降り立つ若き主人をまじまじと見つめる。
114魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 00:06:28 ID:???
 すっくと大地に立ったギルガメスは常にも増して凛々しかった。左手にはしばしば彼の
危機を救ったゾイド猟用のナイフの鞘を握り、右手は握らずいつでも手を掛けられるよう
力を抜いている。エステルと対面した時から、特訓は始まっているのだ。
(毎日十分、私の技を受け切りなさい。その間、もらう攻撃を百回以下に抑えなさい。
 そして一回でも私に剣を当てたら合格よ)
 宿敵「B」に負けぬため、エステルが与えた課題は未だに達成できていない。只、時間
は少しずつ持続している。
 さて肝心の女教師は紺の背広を来たまま、特に得物も持たず、右手で頬杖ついて立ち尽
くしていた。そこにいるだけで暗闇さえも華やいで見える。……只、表情は冴えない。何
かひどくためらっている様子だ。
「先生……?」
 ギルガメスは不安げに呼びかけた。エステルは愛弟子の様子に我を取り戻すと。
「ギル、メナーさんの語ったB計画の秘密、今すぐ知りたい?」
 少年は女教師の蒼き瞳をまじまじと覗き込んだ。常ならば暗闇さえも切り裂く鋭い眼光
が、今は何とも虚ろ。……その表情に、彼は既視感を覚えた。確か、女教師が「B」につ
いて初めて語ってくれた時も、こんな表情を浮かべていた。彼女の聞いた秘密は同等の脅
威だとでも言うのか。
 少年は、ナイフを握り締めた。
「……知りたいです」
 息を呑んだエステルは、眼光衰えた蒼き瞳を背けた。だが愛弟子の続く言葉に再び視線
を戻す。
「でも、僕が今すぐ知るのは問題だと考えるなら、仕方ないです。少しは、我慢できます」
 彼女は額に手を当てると今にも泣き出しそうに表情を歪めた。
「ごめん。……ごめんね。私にも猶予が欲しいの」
「何だったら、先生に一本取ったらついでに教えて頂けますか?」
 ギルガメスは笑顔で答えた。エステルはハッとなった。
「そこまでできるなら、何でも受け止められる位、僕は強くなってると思います」
 微笑んだエステルの手は、気が付けば瞼の辺りにまで下がっている。軽く擦って熱い衝
動を拭き取ると。
115魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 00:07:31 ID:???
「約束するわ。うん、約束よ。
 私から一本取れる位なら、十分強いわよね」
 それからの二人に会話など必要なかった。ギルガメスは鞘に納まったままのナイフを両
手持ちで構え、エステルは左半身で両手を大きく前にかざす。少年は存外に野太い雄叫び
を上げると共に、鞘を振り上げ一気の間合い詰め。女教師は軽やかに左半身から右半身へ
と身体を捻ってやり過ごす。つんのめった愛弟子の背中目掛けて、振り降ろされる手刀。
この若き戦士は素早く上半身を回し、肩で手刀を弾くや小刻みに突きを打ち込む。女教師
も負けじと次々に手刀を払って除けると、隙間をぬって少年の顔へ、首へ、腹や胸へと寸
止め突きを次々と決める。
 激しい交わりが続くと共に、時間も刻一刻と経過していく。ギルガメスはひしひしと感
じていた。……エステルの攻撃が少しずつだが見え始めている、読め始めている。依然攻
撃は食らうが、それでも前よりも、又その前よりも上手く立ち回れているのは実感できた。
(もう、七分経った……八十ご、痛っ、八十六本もらったか。……そんな程度なのか!?)
 ギルガメスはひとまず間合いを離した。軽く息を整えると、再び真っ正面で構え直した
エステルを薮睨み。僅かながら肩で息をしている。構えが、下がっている。弱点は、何処。
(取れる! この残り時間なら、十数本も残しているなら!)
 ギルガメスの円らな瞳が厳しい眼光を帯びた。
116魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 00:08:37 ID:???
 それを目にしたエステルが浮かべた微笑みを、少年は忘れないだろう。いつもの理性的
なそれとは全くかけ離れた、恍惚とも取れる表情に少年は釘付けとなった。
 その瞬間、エステルはいつもの鋭い眼光をほとばしらせ、一気に間合いを詰める。ギル
ガメスも負けじと踏み込んだその時、背後で彼の巨大なる相棒が巨大な爪で自らの視界を
覆った。
 白い両手が、長い両足がヒマワリの花弁のように四方八方に広がった。残り十数本など、
それで一瞬のうちに吹き飛んだ。
 ギルガメスはナイフを突きかけたままの姿勢で硬直した。天国から地獄へ、あっという
間の転落に唖然となるのも当然と言えよう。
 対するエステルは軽く肩で息すると又いつも通りの理性的な笑みを浮かべた。
「お疲れさま。随分、進歩したわね。
 それじゃあコクピットの掃除が終わったら教えてね」
 そういうと大きく背伸びをし、傍らのビークルまで歩み寄った。タオルを引っ張り出し
て汗を拭わないと、きっと風邪を引く。
 ギルガメスは構えを解くと、がっくり肩を落とした。
                                (第一章ここまで)
117魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:15:15 ID:???
【第二章】

 ギルガメスは肩を落とし、頭を掻きつつ引き下がった。向こうで伏せる深紅の竜ブレイ
カーは、か細く鳴きながら無念の少年を己が胸元へと受け入れたのである。この優しい相
棒程、一連の特訓に良い顔をしない者はおるまい。好きなZi人二名が手加減らしい手加
減もなくぶつかり合う姿を目の当たりにして平静でいられる筈がなかった。だからこそ、
勝機の見えた若き主人に今日こそはと期待したし、それを逃した主人にはこのゾイドらし
く優しく気遣うより他なかった。
 竜の胸部ハッチがせり上がり、密閉される。それを見計らって、汗を拭う勝者は呟いた。
「覗き見は感心しないわね」
 深紅の竜は突如首を立てた。すっかり降りた夜の帳の中から、白装束が浮かび上がると
は思いもよらなかったからだ。
 白装束の美女スズカは両手を軽く掲げ、広げながらエステルに近付いていった。忠誠心
厚い竜の警戒心を解くにはこうして武器を持たぬことをアピールするより他ないからだ。
但しそれ以外は至極余裕の表情。
「……随分無理をしているな」
 スズカの余裕に対し、エステルも微笑を返すつもりだった。
「『B』はどうしようもない強敵だからね。これ位はやらないと……」
「違う、『そなたが』だ」
 自然に浮かぶ筈だった女教師の微笑は、僅かながら痙攣した彼女の口元と共に、精巧な
贋作とでも言うべき作り笑いに変貌を遂げた。
 そら見たことかと、スズカは一転して眉間に皺を寄せる。
「抱き締めれば良いではないか、そなたが気の済むまで」
 するとどうしたことか、目を丸くしたエステルはやがて口元を押さえて笑い始めた。ま
すますムッとなったスズカは、しかし笑い声の微妙な変化に気が付くと咄嗟に己が身を制
した。
 エステルは蒼き瞳を閉じると、面長の顔を背けた。
「良い年したオバサンが、未来ある青少年をたぶらかすわけにはいかないでしょう?」
「馬鹿な! ギルガメスはそんな風にそなたを見てなど……」
118魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:16:22 ID:???
 スズカが尚も突っかかったその時、見開かれ、放たれた瞳の輝きに彼女は息を呑んだ。
 滴(しずく)を隔てて乱反射した眼光は水面(みなも)のように柔らかい。強敵を斬り
付ける魔力はどこへ消えたというのか。
「あの子がどう見てるかなんて、全然関係ない。
 私には抱き締めてやる資格なんてないのだからね」
 気丈に言い放つと、彼女はタオルで目許を拭い、踵を返した。やるせない溜め息を背後
に残したまま。

 薄暗いコクピット内では今日も、操縦席を隔てて若い男女が床に就いた。
 片割れのギルガメスは寝袋に包まりながら、ずっと考え込んでいる。両手を広げられる
程に悠々としたこのコクピット内に彼女が乗り込んできた時、少年は座席の左手で寝袋を
敷き、膝を抱えていた。生あくびしたところでハッチが開いたものだから慌てて口を押さ
えたが、女教師はさして関心を示さない。只一言、
「ごめん、待たせて悪かったわね」
 ……とだけ。
 微笑を浮かべてはいる。年頃の男子を前にしても平気で背広を、ワイシャツを脱ぎ始め
るのもいつも通り。慌てて寝袋に飛び込むギルガメスだったが、彼にはどこか不自然に見
えて仕方がない。奇妙な印象のまま時間だけは経過し、二人は床についていたのである。
 全方位スクリーンは輝きを失い、計器類のみが明滅する。薄暗い天井を見上げていたギ
ルガメスはちらり、隣りの様子を伺う。
 憧れの女性も寝袋に包まり、仰向けのまま。やけに規則的な寝息が眠れぬ夜を伺わせた。
少年は天井を向き直す。繰り返され続ける寝息の最中、ふと彼は呟いた。
「……スズカさんと、何を話していたんですか?」
 寝息が呑み込まれた。
「見ていたの?」
 少年は再び隣りをちらり。……憧れの女性は天井を見上げたまま。
「映像だけです」
「他愛もないことよ。心配かけたならごめんね」
 そう呟きながらの溜め息が、一層空気を重苦しくする。彼女はそれを押し込めるべく、
寝袋に包まった身体を海老のように折り曲げた。
119魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:17:38 ID:???
 再びコクピット内に訪れた静寂は、そう呼ぶには余りにも深く染み渡り過ぎた。寝息さ
えも押し殺されたまま。だからギルガメスはすぐに気が付いた。……ちらり、横目で隣り
を伺えば、寝袋は微かに震えている。時折聞こえてくる微かな鼻息。憧れの女性は、泣い
ている。涙を押し殺している。
 ギルガメスは慌てて寝袋から飛び出そうとした。優しい少年が憧れの女性を案じないわ
けがない。だが咄嗟の判断を、少年は寸前で思い留まった。勘が働いた、とも言える。ど
んなに辛いことがあっても、彼女はすがったりしない。涙さえ、こうやって隠そうとする。
 だからギルガメスは再び天井を見上げた。濡れる蒼き瞳を正視する自信は流石にないが、
抑えた口調で平静を装う。
「ここを出たら又、大会に参加したいです」
 呟いてみて、少年は思いのほか良く響く自分の声に驚いた。だがそれ以上に、ちらりと
様子を伺った隣りで寝袋の震えが心持ち、緩やかになったことに安堵した。
 彼はつぐんだ口を再び開く。
「終わったら、少し落ち着きたい。
 ブレイカーには精密検査を受けさせてあげたい。僕らはキャンプ用の大きなビークルも
買って。
 もっとのんびり、旅をして回りたいです」
 言いながら、ギルガメスは再び隣りをちらり。……寝袋に震えは見えない。それだけ確
認して少年が天井を見上げた時、向こうから少し嗄れた女声が聞こえた。
「……追っ手が、来たら?」
 少年は少し、息を呑んだ。よくよく考えてみれば、彼女の一言はいつもは自分の方から
切り出す質問ではないのか。それも、どうしようもない絶望に直面した時にすがる言葉だ。
「先生に、従います」
「いつも耳を貸さないくせに」
 間髪を入れない反論。苦笑を禁じ得ない少年だったが、怯むことはない。
「従いますよ」
 特訓を達成するまでは、宿敵「B」と出くわしても逃げ延び、耐えてみせる。それが彼
女との約束だ。……ギルガメスは、あれ程知りたかったB計画の秘密でさえ特訓達成の褒
美で良いと言い切れた。今なら、どんな我慢も受け入れられる気がする。
 だが憧れの女性は実に素っ気ない。
120魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:18:41 ID:???
「そうだと、いいわね。……おやすみ」
 隣りの寝袋はそれだけ告げると、一層肩をすぼめてうずくまった。再度ちらりと覗き見
たギルガメスは、一瞬胸をひどく締め付けられた。隙だらけの肩。あらぬ衝動に駆られる
自らを押し殺すように、ギルガメスは視線を天井に戻した。
「おやすみなさい」
 今度こそ、夜の帳が自分を、彼女を、相棒を癒してくれると彼は信じていた。
 憧れの女性はと言えば、癒しの眠りを振り払うかのように唇を強く噛み締めている。泣
き濡れた面長の顔を愛弟子にも見せず、彼女は只ひたすら自らのみを責め、悔い続けた。
だが悔恨のひと時は静寂に過ぎた。結局は逃れ得ぬ睡魔が、三たび彼女に追憶を強いる。

 あの頃、若者は誠に怪訝そうな表情を浮かべていた。年中ゾイドを狩って過ごす彼には
部族の正装など今まで無縁だったため、着付けには村の年寄り達に手助けを仰がなければ
いけなかった。おかげで気分はすっかりまな板の鯉。黒の上着を幾重にも羽織り、飾り付
けが施される度、無闇に重たくなっていく正装にうんざりしてきた。
「爺さん、まだ着るのかよ……」
「少しは我慢せんかい。ゾイド狩るよりか余程短い時間じゃろう」
 それを言われれば何も反論できない。只、着付けには我慢できる若者も化粧には流石に
げんなりした。今までそれらしい経験がなかったこともあり、担当する婆達に対しては敬
意こそ示すものの、内心は早く終わってくれと祈り続けていた。
 何分かかったか、一時間をも越えたのかはわからない。良しの合図を耳にして再び立ち
上がったものの、すぐさま足下がふらついた。正装の重さ、慣れぬ化粧を施されての心労。
それでも数歩目にはどうにか地につき掛かった両足は、向こうの陣幕から姿を現したエス
テルを一目見るや、再びぐらりと大きくよろめいた。
 えんじ色の正装を纏った彼女は、初めて出会った時と同様、天女と見紛うた。黒の長髪
は天辺で結われ、金色の鎖やかんざしが艶やかに彩りを添える。視線が重なると、彼女は
頬を染めて俯いた。若者は頭を掻いた。似合わぬ正装を見て……或いは絶妙に似合う正装
を見られて大いに恥ずかしがる女性に出会ったことは今までなかったし、今後もありはす
まい。
121魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:19:46 ID:???
 田舎の小村らしく、婚礼の儀式は村のふもとに広がるゾイド溜まりで行なわれた。陣幕
はコの時に囲われ、唯一開かれた方角には村のゾイドがずらりと並び、平伏している。中
でももっとも大人しいのは先頭に伏せた深紅の竜だ。周囲のバトルローバーに睨みを効か
せつつ、畏まる。この儀式が主人にとって非常に大事なものだと理解しているようだ。何
しろゾイドはたった一匹でも繁殖できるがZi人はそうはいかない。
 中央には祭壇と絨毯、そして椅子が設置され、老村長が斎主の役目を兼任して祭壇の前
に立つ。すぐ後ろには椅子が二つ用意され、新郎新婦が着席。二人の後ろで静粛にする村
人達は、椅子があって良かったと心から安堵した。エステルの背丈は今や若者より頭一つ
分以上も越えている。もっとも当事者はそんなことなど一切気にしておらぬ様子で、粛々
と儀式が進んでいく。
 老村長が祝詞を読み上げ、杯を交わして。儀式が終われば祭壇は片付けられ、早速の宴
会。貧しい小村なりに工夫を凝らしたご馳走が並んでいく。
 宴席の話題は専ら新郎新婦の背丈、それに仕事を除けば結構ずぼらな新郎としっかりも
のの新婦との釣り合いを肴にしたものばかりとなった。若者がべらんめいの口調で一々言
い返す一方、エステルはと言えばひたすらおとなしい。……いや、と若者は感じた。俯き
加減の端正な顔は何やら思いつめているようにも見える。
「エステル、気分でも悪いのか?」
 我に返ったように顔を持ち上げた新婦は慌てて首を横に振った。
「い、いえ、何でもないわ……」
「ややっ、もしや新婦殿の逆鱗に触れたかのう?」
「だとしたら調子に乗って済まなんだ」
 言葉とは裏腹にすっかり出来上がっている村人達は結局同じ話題を繰り返すことになる。
若者は流石にそんなことなどわかり切っていたから適当に聞き流したが、エステルの様子
も相変わらずだ。
122魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:21:17 ID:???
 村の外れ、ゾイド溜まりの良く見渡せる丘の上に若者の家はあった。二間に台所付きの
古びた一軒家。長い間空き家だったところに若者が住み着いたものの、しばしば長期間の
猟に出るものだから一間の半分も使われていない(老村長の雷が落ちたため、取り敢えず
最低限の掃除だけは若者が済ませた)。結婚が決まってからタンスやら何やら嫁入り道具
が持ち込まれたが、それらの片付けもまだ。二人の間柄など村人達にとってはとっくの昔
に公然となっていたが、挙式自体は数日前にいきなり決まったからだ。几帳面なエステル
の手腕が発揮されるのは明日以降であろう。
 さて残る一間の中央。若者は膳の上に陶器のコップ二つをゆっくり置くと、そのままど
っかと胡座を組んだ、。床は板敷き、冷たい感触が却って蓄積した疲労を緩和させてくれ
る。……その右隣にすっと寄り添うようにエステルが正座。……室内の広さは大人二名が
並んで座っただけで大いに狭く感じる。
 若者は膳の上に置いたコップに口を付けた。一杯に注がれた中身は冷水。それを一気に
飲み干していく。宴席では村人によってたかって酒を勧められ、おかげで酔い潰れそうに
なった。彼は危険が自覚できる内に若妻共々退散してきたのである。
 傍らのエステルは相変わらず、俯いたまま。若者は内心、弱った。見た限り、調子や機
嫌が悪いわけでもないだけに、妻の妙な態度が気掛かりでならない……そう考えながらし
ばしコップの中を見つめている間に、若者は愛する者の歪み掛かった情熱の炎に火傷しそ
うな動揺を覚えた。
 触れ合う、肩。生暖かい鼻息がかかる。反応して若者が振り向いた時、にじり寄ったエ
ステルの端正な顔立ちが目の前に迫っていた。潤んだ蒼き瞳が舐めるように若者を見つめ
る。……ぞくぞくと震える背筋。彼は慌てて正面に向き直す。
 正直に話すまでもなく、若者は色恋沙汰には疎かったし、そのまま今日までこぎ着ける
ことができた。毎日ゾイド猟に明け暮れた上に、たまたま授かった僅かな選択肢はイブに
怨嗟の声をぶつける必要性を全く感じなかったのだから無理もない。反動は、だから土壇
場で訪れた。いや、自ら招いた。言った本人は照れ隠しのつもりだ。
「あ、明日も早いからさ……」
123魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:22:31 ID:???
 そう言い掛けたところで若者はひどく後悔した。老村長らに新婚なんだから三日位はの
んびりしろと言われていた。愛する女性はきっと凄まじい剣幕で怒るに違いない。だが彼
女のとった行動は若者に覚悟する余裕も与えず、彼の想像をあっさりと上回った。
 瞬く間に覆い被さる長い黒髪。若者はいとも簡単に床にねじ伏せられた(いくら女性と
は言え相手の体格は頭一つ以上も上回るのだから無理もない)。両肩をがっしりと掴まれ
るや、涙を一杯に溜め込んだ蒼き瞳がふっと視界より消失。それだけでも若者には十分な
衝撃だったが、それに気付くまでに息が止まろうとは思わなかったのだ。
 唇より流入する感情の波涛。官能という言葉を若者は知らないが、異様な高揚感の浸食
には動揺を止めらない。その上、覆い被さる黒髪の主は若者の首に手をかけてきた。震え
る指でボタンを懸命に外そうとする。
「待てよ……待てったら!」
 息継ぎの間にうめき、叫ぶと華奢だが大きなエステルの身体を掴み、引き離す。彼女が
我に返ったと同時に若者はねじ伏せられたその身を引き起こした。
「何をそんなに慌ててるんだよ……」
 若者がエステルと出会って何年も経つが、完全無欠、沈着冷静、かの魔装竜ジェノブレ
イカーを前にしても余裕綽々の美女がここまで感情剥き出しになるとは思いもよらない。
怒鳴りつける口調は動揺の裏返しだったが、黙り込んだエステルは、いつしかポロポロと
溜め込んだ涙をこぼし始めた。
 続けざまの豹変に、若者はすっかり頭を抱えてしまった。取り敢えずポケットからハン
カチを取り出し、差し出してやるのが先か。
 エステルはわめきこそしないものの、涙を止める術は持ち合わせていなかった。ひとし
きり吹き続けるとぽつり、呟く。
「お願い。もう、独りにしないで……」
 若者は溜め息をついた。
「とっくの昔に独りじゃあないだろう? ブレイカーもいるし、村の連中もいる」
「違うの、そうじゃあなくてね……」
124魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:24:35 ID:???
 又、震える華奢な身体。頭を掻いた若者はどうすれば良いのかと思案した挙げ句、取り
敢えずエステルの肩をぐいと抱き寄せた。はっと息を呑んだ彼女はそのままのしかかり、
柔らかな身体を委ねる。さっきのような荒々しさを封じた心地よい圧迫感が若者の胸に伝
わってきた。それでも服の布地越しに伝わる鼓動の激しさ、乱れから彼女の追い詰められ
た気持ちが容易に把握でき、若者は自分の鈍感を大いに反省した。
 実際のところ、若者もエステルも天涯孤独だ。しかし若者はゾイドや村人を家族の代替
にできたが、彼女にはそれができなかったのだ(共和国軍の兵士・実験動物として長い年
月拘束されていた)。だから結婚は、家族を得る最高の機会と言えた。……若者の何気な
い一言は、そんな彼女をすっかり動揺させてしまったようだ。
「大丈夫だよ、大丈夫。俺がついてるよ。
 もう少し金を貯めたらさ、ローバーを何匹か飼おう。牧場を作るんだ。
 そうすれば、お前とは毎日一緒さ」
 撫でさすりながら呟く。耳元で交叉する首は、すすり泣きを止めた。
「……追っ手が、来たら?」
 又かと言わんばかりに苦笑する若者。
「わかってるよ。自警団に通報すれば、良いんだろう?」
 エステルは泣き笑いを浮かべた。
「絶対に突っかかったり、しないでね。約束して」
「ああ。約束する」
 抱き合う二人はゆっくりと床に傾れ落ちた。言葉なき会話が、交わされる。

 長い、長いエレベーター。階を示すランプは下へ下へと点灯していく。既に地下一階は
通り過ぎた。下へのランプはあと十数個も続くが、二人の将校が全く意に介する素振りを
見せない。
「ウルク自治区の密偵によれば一ヶ月程前、とある小村で結婚式が行われたそうです。
 新婦の背が非常に高く、巨大なゾイドを操ると専ら評判とのことで、調査してみたとこ
ろ……」
 語りながら手渡された数枚の写真を見て、もう一人は唸った。写真の美女は周囲と比べ
ても頭一つ高い。
「成る程、背丈と言い目鼻立ちと言いそっくりだ」
125魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:25:39 ID:???
 やがて止まったエレベーター。ランプは最下層にまで到達していた。真っ正面のドアが
開きはしたものの、目の前に道はない。何重にも組み合わされた鉄格子と、氷柱のように
分厚い強化ガラスが張り巡らされている。
 鉄格子の向こうは鋼鉄の壁で囲まれた大広間だ。田舎の教会程に広く、天井も高い。エ
レベーターはこの部屋の角、天井よりすぐ下に停止している。つまりこの大広間を頭上か
ら見渡せる仕組みだ。
 大広間の中央には少年少女が数十名も集まり、座り込んでいる。皆灰色の囚人服を着用
し、顔色は青白く瞳に生気が感じられない。そしていずれの頭部も、黒いヘッドギアが被
されている。ヘッドギアには機械が埋め込まれているようで、時折発光している。
 二人の将校は胸ポケットから何やら黒い棒を引き延ばした。軽く叩けば大広間に音が響
く。マイクだ。
「古代ゾイド人の同胞よ、最高のニュースだ。
 裏切り者エステルの所在を掴んだ」
 座っていた少年少女は一斉に立ち上がり、歓声を上げた。
「僕にやらせろ!」
「私が殺す!」
 物騒な言葉と共に、瞳には生気が宿り、ヘッドギアの下から光が溢れ始めた。恐らくこ
れを彼らに着用させ、超能力を封じているに違いないが、それでも鋼鉄の壁は鋭く高鳴り、
凹みがいくつも出来上がる始末。鉄格子や強化ガラスも軋みが聞こえ、二人の将校は内心
冷や汗ものだ。
「諸君らはヘリックを裏切らず、今日まで耐え忍んでくれた。褒美として諸君らにはエス
テル討伐を依頼したい。成功の暁には、数年に渡って強いてきたこの厳しい拘束を緩める
ことを約束しよう。
 ……ブライド、君に指揮を命ずる。必ずやエステルを始末せよ」
 声をかけられた本人は、大広間の片隅で只一人座ったまま。この肌白き美少女は勿体を
付けるように立ち上がると自らの額を覆うヘッドギアに手をかけた。尻まで届く金髪が蛇
のように揺らめき始めるや、ヘッドギアはメキメキを音を立てて粉砕した。
 ガラクタが床に落ち、隠されていた額には青白き刻印が露になった。加えて大きな銀の
瞳が眩しく輝く。……美少女は恐ろしく不機嫌そうに言い放った。
「あのデカ女、自由と引き換えに身体まで売ったか。しかもZi人の田舎者風情に……!」
126魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 11:26:48 ID:???
 記憶の底は思いのほか浅かったようだ。エステルは寝袋から上半身を持ち上げ、黒の短
髪を軽く掻きむしった。蒼き瞳は不必要なまでに鋭く輝くが、まぶたは腫れぼったく目の
下にはくまができ掛かっている。
(イブは気まぐれ過ぎるわ。似てなかったり、似ていたり)
 座席を挟んだ隣りでは、すやすやと寝息が聞こえる。愛弟子はここまで強心臓になれた
のか。エステルは微笑んだが、すぐに陰りを浮かべた。
(貴方には貴方の未来があるわ)
 ふと、真っ暗の全方位スクリーンがぼんやり輝きを浮かべた。開かれたウインドウの向
こうにはうつ伏せた漆黒の竜の頭部が見える。デッちゃんだ。ゾイド三匹を監視するには
この優しき竜でなければ務まるまい。だがその真っ正面には何やら地に胡座をかき、身振
り手振りを交えて話しかける者がいる。赤茶けた髪に、黒いジャンパー。フェイだ。彼が
外に出ているからブレイカーは不審に思い、エステルに報告したかったのだろう。
 さて快活な美少年フェイはデッちゃんの鼻先に一本のボトルを取り出してみせた。二の
腕程もあるボトルは鋼鉄製。
「伝説の聖獣デスザウラーに会えるって聞いていたからさ、わざわざお土産、用意してき
たんだ。
 これ、北ガイロス油田産。一杯やってくれよ」
 ひとしきり首を傾げていた漆黒の竜は、やがて恐る恐る、コンテナより長い顎を伸ばし
た。真下のフェイがさすってやれば、ぽっかり穴が開く。彼が鋼鉄製のボトルを突っ込ん
でやると、漆黒の竜は気持ち良さそうに首を回し始めた。油を循環させているのだ。
「それでさ、ちょっとお願いがあるんだ」
 美少年の一言に漆黒の竜はピクリと反応した。ゆっくりと頭部を傾け、視線を真下の彼
に向ける。
127魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 12:33:34 ID:???
「外と、通信したいんだ。
 いくらレアヘルツが電波さえも遮断すると言ったって、デッちゃんは外部のこと、ある
程度把握できてるんだろう? タリフド山脈の遺跡にはレアヘルツの妨害にも負けない通
信設備があって、デッちゃんだけはそれに直結してるんじゃあない? メナーさんもギル
兄ぃの試合をちゃんとチェックしてるし、それ位はできるよね。
 頼む、ガイロス本国から暗号通信が飛ばされてる筈だ。五分……いや三分で良いよ。不
審に思ったらデッちゃんの判断で切っちゃって良い。昼間のような連中が近付いているか、
情報を知りたいだけなんだ」
 そう一気にまくしたてて、フェイは土下座した。
 漆黒の竜は何度も首を傾げて困った様子で溜め息をつく。やがて助け舟を求めるように
すぐ側の深紅の竜に視線を投げ掛けてきた。
 ずっと映像を見ていたエステルは振動を感じた。彼女達が乗る深紅の竜ブレイカーは無
言で右手を伸ばし、フェイの赤茶けた髪を掴んでみせる。若き主人と戯れつける程に繊細
なブレイカーの指先は、今や美少年の頭を掴みこそすれ全く傷付けもしない。タオルが巻
き付く程度の指は、ひどい背信行為を働いたら容赦なく爪を立てるに違いない(何しろこ
の美少年には前科がある!)。美少年は観念した様子で両手を掲げた。
 ブレイカーの目配せにデッちゃんは軽く頷くと、やがてその頭部からノイズが聞こえ始
めた。了承の合図か。フェイはほっと胸を撫で下ろす。
「あ、ありがとう! 周波数は……。解読は第六オルドヴァイン式で……」
 ノイズは大きくなっていく。フェイは全身強張らせ、聞き耳を立てる。やがて聞こえて
きた無機質な声。
「……襲撃に……備えよ……敵ゾイド……多数……」
 二匹の竜は呆気に取られ、顔を見合わせる。美少年も例外ではない。
「マジかよ……」
「一体どういうこと!?」
128魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 12:35:06 ID:???
 ブレイカーの胸部ハッチが勢い良く開き、中からエステルが躍り出た。首を掴まれたま
まのフェイは声の方角に眼差しだけでもどうにか向けた。
「え、エステルさん!? どうもこうも、これ、本国の暗号通信ですよ。
 やばい動きがあったら流してくれる手筈だったんです」
 エステルは途端に眉間に皺を寄せた。
「一応、この辺一帯はレアヘルツに覆われている。その限りでは安全よ。
 それでも流してきたということは……」
「山脈を出た僕らを包囲できる程の大部隊とか、かも」
 そう、美少年が言い掛けた時,漆黒の竜は首をもたげた。彼方の山脈をじっと見つめ、
やがて巨体を持ち上げる。フェイやエステルが手をかざし、吹き飛ぶ砂埃を避けたところ
で、今度は深紅の竜が右手を広げてフェイの頭の拘束を解き、左手はハッチに被せてエス
テルを庇う。彼女は真意をすぐさま理解した。
「フェイ君、ガイエンに乗りなさい! デッちゃんが掴んだ情報を教えてくれる……!」
 ハッチが密閉されるや全方位スクリーンは真っ暗な外を映し出した。ウインドウが開き、
示された鳥瞰図に彼女は息を呑む。無数の白い光点がタリフド山脈近辺に群がっているで
はないか。それも恐ろしく理路整然とした動きだ。
「ギル、起きて! 水の軍団よ!」
                                (第二章ここまで)
129魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:20:09 ID:???
【第三章】

 エステルは再びハッチの奥に戻った。愛弟子を早く起こさなければいけない。
 寝袋を無理矢理揺り動かす必要はなかった。眠りにつくギルガメスはもぞもぞとうごめ
き、やがてくしゃみを数度。冷たい外気は少年をすぐに眠りの縁から引き摺り上げた。
 少年は二、三秒かはボオッとしていたが、すぐに瞬きを始め、周囲を見渡す。覆い被さ
る憧れの女性が厳しい眼差しを向けている。彼自身を叱責する類いのものでないことは少
年もすぐにわかった。だとしたら、思い付くことは一つしかない。
「敵……ですか!?」
「敵よ。どうやらタリフド山脈の外に集まってきてるみたい」
 いや、待てよとギルガメスは首を捻った。……彼の思考を遮るように、エステルは少年
に衣服を差し出す。
「既に昼間、山越えされているのだからね(※前話参照)。
 後続は作戦を用意していることでしょう」
 ハッと息を呑んだ愛弟子。すぐさま浮かべた覚悟の表情はいつになく厳しい。エステル
は安堵すると、自らの背広やら一式を鷲掴みにし、ハッチの外へと飛び出した。
「メナーさんのところに行ってくるわ。
 ギルは準備して。フェイ君はヒムニーザとスズカを起こして!」
 すぐさま傍らのビークルに飛び乗る。コントロールパネルの起動を確認するや、すぐさ
ま弄って自動操縦にする。座席には着かず下に潜り込んで着替えるつもりだ。寝転がった
状態でワイシャツのボタンを閉じている最中、遠くからは「止まれ、止まれ!」と怒鳴り
声が聞こえ、時折銃声がこだまする。村人達だろう。彼女らを警戒し遠くで陣を張って待
機していたに違いないが、そんなことは彼女の知ったことではない。

 メナー宅の灯りはまだ消えていなかった。着替えを完了したエステルは座りながら、胸
を撫で下ろす。但し後方からはバトルローバーの軽快な足音が聞こえる。鳴り響く銃声を
ものともせず、エステルはアクセルを吹かす。
 ビークルはスピンが掛かり、メナー宅の前で大きく弧を描いて停車した。座席から飛び
跳ね降りたエステルは早歩きで扉に近寄ると乱打、乱打。
130魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:21:18 ID:???
「メナーさん、エステルです! 面会を願いします!」
 向こう側で小走りが聞こえ、すぐに扉は開かれた。こんな夜中にも関わらずメナーはま
だ寝巻きに着替えていなかった。
「わざわざ包囲をくぐり抜けてくるとは一体どうしたのじゃ?」
「……山脈の外で異変があったとか、連絡はありませんでしたか!?」
 氷の美女が一転して見せる只ならぬ形相。蒼き眼差しの迫力にはメナーも簡単に気圧さ
れる。両手を広げ、重圧を押し返しつつ。
「待て待て、待つんじゃ、一体どうしたというのじゃ?」
「デッちゃんに山脈の外の様子を尋ねたのです。そうしたら……」
 むむとメナーは唸り、眉を潜めた。そこに、鳴り響いたクラシカルなベル音。その方向
を振り向く二人。
「電話……?」
「こんな時のための有線じゃよ」
 有線をタリフド山脈の地下施設内に敷けば、レアヘルツの影響も受けず山脈入り口の仲
間との連絡も取れる。簡単な理屈だが、予め用意してあるのは年の功か。
 メナーは小走りに駆け寄って早速受話器を取る。
「どうした?」
「た、大変です! ご、ご、ゴドスの群れです! 何十匹いるのか見当も……」
 老人と美女は顔を見合わせた。
「まずは施設内に隠れるんじゃ。訓練通りにな。すぐに儂も行く」
 メナーは受話器を置きざま、エステルの方を向いた。
「水の軍団かの……」
 エステルはこくりと頷く。
「事前通達もせずに大軍を送り込むとしたら、盗賊か連中しか考えられません」
 メナーは頭を掻いた。
131魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:22:20 ID:???
「エステルさん、すまん、本当にすまん。
 連中の狙いがお主らだけとは到底考えられん。レアヘルツの突破を敢えて試みる以上、
できることはやりつくすじゃろう。
 じゃから力を貸してくれ。村の住人は偏狭じゃが、あれでも儂の仲間なんじゃ……」
 氷の美女は一転して、暖かい笑みを零した。
「これも何かの縁です」

 闇夜の荒野に舞い上がる砂塵は、満ち潮のうねりにも似た。
 その間をぬって進むのは巨大な二足竜の一団。皆が皆、所謂T字バランスの姿勢で前の
めりとなり、軽快に走る。中心を担うのは全身銀色、小暴君ゴドスの群れ。奇麗な横隊が
既に四、五回もこの場を駆け抜けていった。きらびやかな疾走に添える地響きは、楽隊が
打ち鳴らすスネアドラムの理路整然とした調子を彷彿とさせる。
 ゴドスの頭部の大半は橙色したキャノピーに覆われている。その内部には、低く落ち着
いた声が響く。
「同志パイロンの死を無駄にはするな。
 隠し扉に急行せよ。惑星Ziの!」
「平和のために!」
 既に星空の占有率は大幅に減り、タリフド山脈の落とす闇が圧倒的な割合を占めている。
だが二足竜の群れは恐れなど万に一つも抱かず、道なき道を駆け抜ける。

 黒衣の悪魔ロードゲイル「ジンプゥ」がすっくと立ち上がる。やはり人工ゾイド・ブロ
ックス、隣りのアイアンコングのように背伸びをしたりといった愛嬌はさして見せない。
 一方で後頭部に積まれたビークル兼コクピットの主人は眠たげに背伸びをし、狭いコク
ピット内で身体を左右に動かす。ヒムニーザの眼は寧ろ輝き冴え渡るが身体はすぐについ
てこない。
「やれやれ、結局こういうことになったか……」
「お館様、仕方がありませぬ」
 後部座席で麗しき相方がやんわり諭した。ヒムニーザはスズカの声に向けて苦笑を返し
たところに手許のコントロールパネルより警告音が鳴り響いた。
 モニターに映る地上のメナーは両掌を口に添え、大声を張り上げる。
132魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:23:34 ID:???
「あっちにはすでに連絡した。地図はいらんな!?」
「大丈夫だ、ちゃんと記録してる」
 ロードゲイルの頭部から声が鳴り響いた。優れたゾイド乗りなら今まで通ってきた道を
記録しない筈がない。
「ギルガメス君、フェイ、先に行ってるからな」
 言うが早いか翼を羽ばたかせた黒衣の悪魔。軽く膝を屈め、茶色い翼の編み目から光の
粒をまき散らす。ふわりと宙に舞うや爆音と共に風をなびかせ、超高速の低空飛行。道に
敷き詰められた砂利が、左右を並ぶ針葉樹林の歯が吹き荒れる。
 光の粒の残照を全方位スクリーンで追いつつ、ギルガメスは両手のレバーを細かく捌い
た。ふわふわと舞い上がるビークル。それを深紅の竜は両手に掴む。これさえ済ませば、
あとは目的地に向かうだけだ。額に眠る刻印は、その間にビークルに乗るエステルに発動
してもらえば良い。
「それじゃあ、フェイ。僕も先に行ってる」
 スクリーンの左側にはアイアンコング「ガイエン」が映る。その上に被さるように広が
ったウインドウには美少年フェイの姿が。
「ああこういう時、足が速いのはうらやましいなあ。ギル兄ぃ、獲物は取っておいてよ」
 少年は返答に窮し、苦笑を浮かべるに留めた。もとが軍人のフェイとゾイドウォリアー
でしかないギルガメスとの差は、単なる余裕の多少に留まらない。
 かくて桜花の翼をなびかせた深紅の竜。いつも通りに右足を力強く蹴り込んで加速をつ
けるつもりだったが、その直後のこと。
「ブレイカー、いくよ……ひぃ!?」
 声の裏返った悲鳴。それを合図に、深紅の竜は姿勢を崩した。踏み込みに失敗して前の
めりになったのだ。優しき竜は透かさず胸元のコクピットハッチを覗き込む。
 呼応して、全方位スクリーンにはウインドウが二つ開いた。一つは先程と同じアイアン
コング「ガイエン」のコクピットから。もう一つはビークルに乗ったエステルのコクピッ
トからだ。
「ギル兄ぃ、どうした!?」
「ギル、まさか又……!?」
133魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:24:38 ID:???
 着席する少年は額を両手で押さえたまま前屈みになっている。又しても頭の奥で地響き
するような痛みが、今度は本当に不意を打つように襲ってきた。痛みの程度も昨日より遥
かに鋭い。たちまち吹き出る汗。いつの間にか額を、頬を伝う。
 エステルは透かさず竜の掴むビークルの上より立ち上がる。
「フェイ君、デッちゃんとメナーさんは先に行って! ブレイカーはハッチを開けて!」
 鋼の猿(ましら)と漆黒の竜は心配げに後ろを振り向きつつ砂利道を駆け始めた。
 その間にも魔女エステルは開いた胸部ハッチに勢い良く飛び込む。
 席上の少年は憧れの女性が声を掛けても顔を持ち上げることもできず、苦しそうにうめ
いたまま。エステルは駆け寄って愛弟子の肩を揺さぶる。
「ギル、ギル、一体どうしたの!? どんな感じなの!?」
「き、昨日よりも……痛みが……。
 でも……でも、行かないと……!」
 辛そうに顔を持ち上げる少年だが、円らな瞳はいつになく爛々と輝いている。恐怖心な
どによる精神的なダメージなどではなさそうだ。
「……わかったわ。ブレイカーは発進して。良いって言うまでゆっくりね」
 数秒の間を置いてコクピット内はぐらりと揺れた。主人の体調不良に対し、躊躇わぬ深
紅の竜ではなかったのだ。座席の肘掛けに掴まって耐えたエステルは少しだけ安堵したが、
透かさず唇を真一文字に結ぶと傍らの愛弟子に覆い被さる。
 蒼き瞳が厳しく眼光ほとばしらせ、それと共に右掌がぼんやり輝きを帯び始めた。愛弟
子の額に当てると荒い息が徐々に落ち着いていく。
「ギル、しばらく刻印の力を使うわ。楽になさい」
 愛弟子は申し訳なさそうに座席の背もたれに身体を預けた。エステルは又、口元をほこ
ろばせる。再び唇を結ぶのとワンセット。
「良いわよ、ギル。焦ったら却って痛みが抜けなくなるわ」
 少年は円らな瞳を薄く開けてたまま、呼吸を整えようとした。憧れの女性の指示を守ろ
うという心掛けが結果的には功を奏した。……何故なら一連の奇襲はまだ始まったばかり
だからだ!
134魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:26:17 ID:???
 同じ頃、タリフド山脈。古代ゾイド人の遺跡から「忘れられた村」へと続く地下通路の
隠し扉付近は今や星空に届く程もうもうと砂塵が舞い上がり、金属同士のこすれ合う音が
死神共の葬列を彷彿とさせる。だが音の主は骨だけの化け物ではない、れっきとした金属
生命体ゾイド。それもこの惑星Ziでは死神より恐るべき水の軍団の突撃部隊だ。
 不意に砂塵の中から聞こえ始めた唸り声。闘争本能の爆発を極限まで抑え込んだが故の
鉄の自制心が音となったのか。それと共に、砂塵の中から紺色の二足竜が数匹、現れた。
小暴君ゴドス同様、今は頭と尻尾を地面と水平に倒しているが、有事には直立して人間さ
ながらの器用な動きを見せるのは間違いあるまい。背中には巨大な槍が二本、頭部は他の
ゴドスと違い錣(しころ)のついた兜を被っている。人呼んでティガゴドス。背負った槍
の形状は狂雷マッドサンダーの角に酷似していることから、死んだ前述ゾイドの角を奪い
取って使っているとも言われている。
 紺色の二足竜は規則正しく並び始めるや、不意に雄叫びを上げた。それと共に背負いし
槍が一斉に唸り声を上げ、隠し扉を塞ぐ岩壁に突き刺さる。……良く見れば岩壁に刺さっ
た槍の位置は四角形の形状になっている。
 無闇に岩壁を砕くつもりなど最初からなかったのはこの直後のイベントでも一目瞭然だ。
数分の後、突き立てていた槍をこれ又一斉に岩壁から引き抜くティガゴドスの一団。直立
で後じさりするのと入れ替わるように、背後から飛び出してきたのは小暴君ゴドスの群れ。
 ゴドスの群れは岩壁の目前にまで辿り着くとその勢いのまま、一斉に背後を向いた。
……後ろが気になっているのではない。助走を上乗せして重い後ろ蹴りを岩壁にお見舞い
する狙いだ。
 落雷にも匹敵する衝突音が辺りに谺した。程なくしてバラバラと崩れ落ちる岩壁。ティ
ガゴドス隊が彫り込んだ四角形の内側は、十数匹はいるであろうゴドスの後ろ蹴りによっ
て、いともあっさりと崩れ落ちたのである。
 砕かれた岩壁の向こうは真っ暗闇。ゴドスの群れは一斉にライトを照らす。
135魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:28:22 ID:???
 闇の中は緩やかな下り坂。我らが深紅の竜位の体格ならそれなりに余裕を持って入り込
むのが可能だ。それにしても、ゴドスの群れは一切躊躇の素振りを見せない。隠し扉が粉
砕された辺りでゴドスの群れには異様な緊張感が充満し始めている。
 ゴドスの群れは軽快な足取りで地下深くにまで潜り込んだ。奇妙なことに、その足取り
には一切の躊躇が伺えない。歩き方そのものは罠を警戒する慎重さが随所に伺えるが、進
行方向には迷いが一切感じられないのだ。
 下り坂を降りると、次いで縦横無尽に迷路が広がっている。通常ならまず間違いなく迷
うであろうこの場面で、ゴドスの群れは迷うことなく皆同じ方角へと向かった。再び隠し
扉を見つけるや、又一斉に躍り出てきたティガゴドスの一団。背中の槍をこれ又規則的に
岩盤に突き立てる。
 あっさりとここも岩盤も打ち抜いたゴドスの一隊。再び広がる闇の中へ。
 サーチライトこそ照らされてはいるが視界良好とはとても言えない。にも拘らず、進む
べき道がはっきり見えているかのように、足取り軽く走り続ける有り様に変化は見られな
い。彼らの動揺は人為的な要因で引き起こすしかなかった。
 突如、闇の向こうから鳴り響いたマグネッサーの咆哮は、恐ろしく甲高い。ゴドス達が
音に反応した時には既に、最前列の二匹に太い槍が突き刺さっていた。ますます姿勢低く
していた銀色の二足竜が、頭部から胴体まで貫通された姿はさながら魚の串焼きのよう。
 横倒れになる串焼き二本のことなど、残りの二足竜はいともあっさり無視した。はね除
けるように前に出るとサーチライトの光を集め、一斉の射撃。
 闇の中から螺旋を描くように向かってきた緑色の輝きは、禍々しい程に美しい。視認を
試みたゴドス達が魅入った時には、緑色の輝きは連中の頭上を(或いは天井スレスレを)
飛び抜けていた。橙色のキャノピーが一斉に背後を向く。胴が、手や背中にマウントされ
た銃器までもが。だが何もかも遅い。一斉射撃に転じるまでには、頭上で静止した黒衣の
悪魔・ロードゲイル「ジンプゥ」。額の水晶から一層強く緑色の光を放ちながら、ハサミ
のような左手を大きく広げる。付け根から解き放った無数の光弾が、次々と足下にひしめ
くゴドス達を仕留めていく。
136魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:31:23 ID:???
 それでもゴドス達に怯む様子は一向に見られない。数を頼りに、仲間の屍を盾にして、
反撃の開始は弾幕の雨あられ。すいすいと泳ぐようにかわすジンプゥ。鋼の天井に弾丸が
次々と命中していき、弾痕が彫り込まれる。
 その光景を待ちかねたとばかりに、響き渡る重い足音。何体かのゴドスが透かさず闇の
方角を向き、サーチライトで照らせば鋼の猿(ましら)・アイアンコング「ガイエン」の
お出まし。長い両腕を前肢と為し、小刻みな四脚走行で銀の群れへと瞬く間に飛び込んで
いく。この巨大な鉄の塊が群れの中に倒れ込むだけでも甚大な被害だ。しかもそれだけで
は飽き足らず、立ち上がりざま、両腕を振り上げまずは手近のゴドス二匹の頭を掴む。
 波の銃弾なら十分耐え得る共和国軍謹製キャノピーも、ガイエンの握力ならばまさしく
赤子の手を捻るようなもの。澄んだ破裂音と断末魔の悲鳴が折り混ざるが、この鋼の猿
(ましら)は何ら気にする様子もなく、頭部を潰したゴドスを得物として振り回す。周囲
の群れは薙ぎ倒され、首や胴体が折れ、得物にされた「ゴドスだった鉄の塊」も手足がも
げて床に転げ落ちた。
 頭部コクピット内で華麗なレバー捌きを見せるフェイは、とても十五、六才の少年とは
思えぬ不敵な笑みをモニターの向こうに投げ掛ける。
「ああ弱い弱い弱い弱い! もっと来い、さっさと来い!」
「余り調子に乗ってんなよ」
 ウインドウが開き、ヒムニーザが割り込んできた。銃撃を続けながらニヤリと笑うこの
余裕。負けじとフェイも如何にも子供っぽく歯を見せて笑う。
「仕方ないじゃん、こいつら本当に数頼みだ。
 さっさと終わらせたいからさ、どんどん乗り込んできてもらわないと」
 美少年フェイの言葉にやれやれとヒムニーザは溜め息をついた。
「連中、どれ程の規模で向かってきてるのかはわからん。こちらはたった四匹だ。安易な
消耗は避けるんだ。
 それより爺さん、やっぱり色々とおかしいだろう?」
137魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:34:46 ID:???
 二人の睨むモニターに、それぞれウインドウが開いた。毛糸の帽子を被った老人も又、
厳しい眼光を投げ掛けている。背景は広々とした、無闇に明るい室内。きっとこの遺跡内
の管制室の一つなのだろう。背後では他の村人が計器類を弄ってはいるが、おっかなびっ
くりと言った塩梅でとても頼りになりそうには見えない。
「確かにお主の言う通りかもしれん。
 ここまで道に迷いもせず、一目散に突っ込んでくるとは遺跡内の道のりを把握していな
いと無理じゃろう。仕掛けが問題じゃが……」
「遺跡内はこうやって、無線通信ができるんだ。
 隠し扉はレアヘルツの影響範囲外だから、開いてさえいれば内部から連絡可能だろうな。
その仕掛けをパイロン辺りが持ち込んだ可能性はあるぜ」
 だがそれだけじゃあないと、レバーを捌きながらヒムニーザは考える。この無謀とも思
える人海戦術だけが、水の軍団の作戦なのか? 秘策を用意しているんじゃあないのか?
「……お館様、右!」
 後部座席から凛とした声が響く。スズカの注意で我に返ったヒムニーザは小刻みなレバ
ー捌き。ジンプゥなる黒衣の悪魔は影のごとく宙を舞い、足下のゴドス繰り出す銃撃をか
わす。しかし思案にふけったことが出遅れとなっている。ギリギリの間合いで八の字にか
わし続けるが、銃撃は厳しく追跡。こいつはいけないとヒムニーザが、スズカやフェイが
眼を見開いたその時。
 後方よりの援護射撃。ゴドス達の波の中に叩き込まれ、銀色の飛沫を巻き上げる。ロー
ドゲイルやアイアンコングが銃声の方を睨めば、当てにしていた援軍の一匹がようやくや
って来た。
 デスザウラー「デッちゃん」がT字バランスの姿勢で身構える。銃声は全身に埋め込ま
れた銃器から。流石に久しく使ってなかったようで、銃口やハッチを何度も開けたり閉め
たり。その度、錆の削れる音がうるさい。
「デッちゃん、言わなくてもわかると思うけれど荷電粒子砲とか、使っちゃ駄目だぞ?」
 フェイがマイクでささやく。漆黒の竜は右手を軽く振って了解の合図をした。
 頼もしい味方だ。但し……と、ヒムニーザは考える。
「デッちゃん、心を鬼にしてくれよ。甘言には踊らされるなよ。さあ、残るは……」
「ヒムニーザ君!」
138魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/10(月) 23:37:48 ID:???
 いきなりの大声と共に再びウインドウが開いた。そういう場面は慣れっこだから、ヒム
ニーザは少々忌々しげに目を剥いた。
「何だよ、爺さん?」
「今、村の方から連絡が入ったんじゃが……」
「連絡だぁ?」
 レバーを捌きつつ、苛立ちは隠さない。だがさしもの彼も,メナーの続く言葉に一瞬両
腕が凍り付いた。
「村が、燃えとる! 山脈を、越えられた!」

 砂利道の先は全方位スクリーン上ではすぐにはっきりとは見えないが(※より裸眼に近
い視認を追求しているためだ)、ウインドウ越しにズームアップしてみれば灯りが見えて
くるのがわかる。……それ以外の光源などギルガメスは想定していなかった。
 不意のアラーム。一回、二回……。
 エステルは何事かとスクリーンに厳しい眼光を浴びせる。だがその蒼き眼差しさえも圧
倒する勢いで、ギルガメスは安静にしていた小さな身体を乗り出した。エステルのかざす
掌でさえあっさり押し退けると、スクリーンを食い入るように睨む。
 上を指す矢印。まさか、まさかと師弟は青ざめた。少年は思い出した。ブレイカーと出
会った直後に迎え撃ったのは水の軍団・本隊の航空戦力だ……!
「いや、待って。タリフド山脈の頭上はレアヘルツがガンガン飛ばされているわ。
 リゼリアで襲撃された時だって、連中はわざわざレヴニア山脈を迂回して乗り込んでき
たのよ(※第一話参照)。上からなんて……」
「じゃあ、この矢印は一体……。ブレイカー、もっと拡大して!」
 砂利道を滑るように滑空しながら、深紅の竜は頭をもたげた。
 それに合わせて全方位スクリーンに浮かび上がったのは、星空に照らされて浮かぶタリ
フド山脈の稜線。その一角にぼんやりとした輝きが浮かび始めた。
 ますます食い入るようにギルガメスは見つめる。……揺らいで見える、光。まさかと彼
が核心に至ったその時、突如少年は頭を両手で抑え込んだ。
「ギル!?」
 詰め寄ったエステル。再び額の刻印を眩しく輝かせ、愛弟子の額にかざす。そうしなが
ら彼の背中に手をかけた彼女は気付いた。
(さっきよりも体温が上がってる……!?)
139魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 01:10:24 ID:???
 しかし体調の急変にもめげず、少年は抑えた顔をゆっくり持ち上げた。呼吸を何とかし
て整えながら。
「先生……レアヘルツって、浴びたらいきなりおかしくなるものなんですか?」
「ゾイドの個体差はあるだろうけれど、二、三分も浴びれば大概、ゾイドコアが変調をき
たすわ」
 ギルガメスは憔悴し切った顔で……それでも輝き衰えぬ円らな瞳で、傍らのエステルを
見遣った。
「もし、二、三分で山脈を飛び越えられるゾイドがいたとしたら……」
 エステルは息を呑んだ。だがそんなゾイドが果たして存在するのか。そして、そもそも
現存するのか。コクピット内に沈黙が訪れる。一秒、二秒……。
 不意に、そして意を決したかのように、彼女は呟いた。
「ギル、ブレイカーを止めて」
「あ、はい。ブレイカー、止まって!」
 砂利を巻き上げ、速度を落とす深紅の竜。まだ神速は発揮していないので、急停止も余
裕を持ってこなせた。
 エステルは目線を席上のギルガメスに合わせ、中腰となる。
「すぐに、戦闘になるわ」
 それこそが、少年の質問に対する答えだ。それだけ告げると、エステルはこの愛弟子の
頭をその胸に抱え込んだ。不意を突かれ、目を丸くした少年。だが程なく訪れた安らぎと
共に真意はすぐに理解した。彼の額に再度、かざされる掌。戦闘が始まれば、しばらく彼
女は介抱できない。
 ものの数秒、額に手をかざすとエステルは再び離れ、今一度円らな瞳を見つめる。ギル
ガメスも切れ長の蒼き瞳をしばし魅入った。
「例え、その行く先が……」
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
 少年の額にも宿った蒼い輝き。
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
140魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 01:11:34 ID:???
 二人が儀式を澄ませる間にも、ウインドウに映った光はますます大きさを増している。
 深紅の竜が胸元にビークルを添えれば、座席に颯爽と魔女が飛び込む。竜はハッチを閉
める間にも虚空を睨み、低い唸り声を上げ始めた。
 魔女エステルは早速コントロールパネルを睨む。……スイッチを叩き、弾けば据え付け
のモニターに光と僅かなノイズが宿った。映像はこの優しき竜の視覚を借りたもの。
 エステルは目を細めつつ、映像を観察する。……金色に輝く翼は、編み目模様。胴体は
星空に溶け込む鉄紺色。魔女と謳われた女の呼吸が荒い。動悸が激しい。乱れを断ち切る
べく、彼女は唇を強く噛んで呟いた。
「ギル、ギル、聞こえて?」
 モニターに映った愛弟子は相変わらず、額に汗を浮かべている。だが懸命にそれを払い
除けんとする凛々しさが上回った。頼もしい限りだ。
「はい、エステル先生?」
「私に命、預けてくれる?
 四方をレアヘルツで囲まれてるから、勝たない限り生き延びることは……」
「いつだって、預けてますよ」
 窮地に、微笑み投げ掛けられる少年がいた。……締め付けられた、魔女の心臓。この土
壇場で、モニターの向こうの愛弟子に飛来した境地が嬉しい、本当に嬉しい。だがと、魔
女は思う。少年が強くなればなる程、浮かべる笑みに宿る強烈な既視感。
 脳裏を打ち消し、魔女エステルが微笑みを返そうとしたその時、別のウインドウが突如
開いた。……映像に師弟は息を呑んだ。星屑に照らされたやけに明るい狭いコクピット内
部が映し出されたからだ。それは通信電波をも遮断するレアヘルツの危険区域を突破した
ことを意味する……!
「……ギルガメスよ、お前が魔装竜ジェノブレイカーと邂逅さえしていなければ、このゾ
イドを甦らせることはなかった。
 レアヘルツを超克した今、我らはB計画を完全に阻止する」
141魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 01:12:51 ID:???
 ウインドウから響く声を、星屑に照らされた容貌を、師弟が忘れることなど到底考えら
れなかった。低く落ち着いた声は、馬面にこけた頬、落ちくぼんだ守宮のように大きな瞳
の持ち主が発したもの。常に水色の軍服と軍帽を折り目正しく着こなし、如何なることが
あっても微動だにしない鉄の心の持ち主は、魔女さえも圧倒する球電のような眼光を発し
てやまない。
「……水の、総大将!」
 金色の、編み目模様の翼は喋っている間にも一気に近付いてきた。
 エステルは既に確信していた。翼が金色、胴体が鉄紺なら、首の長い翼竜だ。頭部を覆
うキャノピーは、真っ青。レアヘルツの山脈を越え、なおかつ単騎でブレイカーに対抗し
得る実力を兼ね備えたゾイドがいるとしたら、これしか考えられない。
「『F2』!」
 金色の翼は、今まさにギルガメス達の頭上に迫りつつある。
                                (第三章ここまで)
142魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:23:09 ID:???
【第四章】

 星空を抉る甲高い響き。時折、こだまする爆音。常ならば虫の囁き、木々の掠れ
が僅かな彩りを添える位の静寂なのに。
 ビークルに乗ったエステルは耳を抑える。爆音の正体が何か、彼女は知っている。
ソニックブーム。頭上に迫り来る金色羽根の翼竜が音速を突破している証。彼女の
友達・ブレイカーでさえも容易くその領域に達せられるものではない。
「ギル、ギル、聞こえて? 『F2』の真下は危険よ!」
 そう彼女が怒鳴る間にも、F2と呼ばれた金色羽根の翼竜は波濤のごとく迫って
きた。相棒ブレイカーとのシンクロが、異様な空気の壁をギルガメスに体感させる。
「先生、掴まって! ブレイカー!」
 大声張り上げ、ギルガメスはレバーを捌く。
 声を合図に、深紅の竜は左へぐらりとよろめいた。流石は俊敏な魔装竜、巨体な
どものともせず軽快な横転。針葉樹林がメキメキと倒れ、鋭い葉の絨毯が敷き詰め
られる。
 横転しながら、深紅の竜は翼をかざした。腹部の庇い。……このゾイドの背中に
は荷電粒子を吸い込む口がある。これを庇い切るのは難しいが、腹ならば桜花の翼
で守り通せる筈だ。
 横転の勢いでコクピット内のギルガメスは仰向けとなった。頭上のスクリーンに
広がる光景は即ち目前に広がっていた針葉樹林だ。そのてっぺんが音を立てる間さ
えも見せず、まるで空気のローラーでも転がしたかのように叩き折られていく。
 ギルガメスはレバーを一杯に引き入れた。相棒との阿吽の呼吸で全身強張らせ、
かざした桜花の翼で腹部を、そして懐に抱えたビークルを守る。
 左の頭上付近から、雷が駆け巡るように金色羽根は通過した。何という圧力だ。
ギルガメスは息を呑んだ。だがそのまま倒れているわけにはいかない。
 両翼を木々の絨毯に叩き付け、深紅の竜はバネのごとく体勢を戻す。雄叫び張り
上げるや、背の鶏冠は一杯に広がり、先端から蒼炎吐き出し。木々の絨毯を目一杯
蹴り付け、桜花の翼を左右に広げて滑空の開始。
「ブレイカー、いくよ! 水の総大将、来い!」
143魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:24:19 ID:???
 しかしギルガメスの想定はいとも簡単に外れ、雄叫びは虚しいものと化した。金
色羽根の翼竜は見る間に遠ざかっていく。急旋回するものだとばかり思い込んでい
た少年は、無我夢中でレバーを握り締め、相棒に追撃を託すが……。
「馬鹿! 何でそっちに行くんだよ!」
 蒼炎を吐き出し、針葉樹の海を懸命に駆け抜ける深紅の竜。さしたる敵も障害も
ない以上、音速の域に達するまで指して時間は掛からない。だがそれでもと、星空
を見上げて吠える相棒の雄叫びは悲痛ですらある。遥か前方を進む金色羽根の翼竜
には、この全速力をもってしてもあっという間に引き離される体たらく。レバーを
介して、相棒の悔しさがひしひしと伝わってくる。ギルガメスは唇を噛んだ。
 一方、竜の手の中ではエステルが冷静にモニターを睨んでいた。追跡の最中、し
っかり相手を観察するのが彼女のしたたかさだ。彼女はモニターの拡大映像とレー
ダーそれぞれを睨み、首を捻る。
(このF2、何でゾイドコア反応が二つあるの……?)
 と、先を行く翼竜が一際眩しく輝いた。それを合図に、爆ぜた地平線。
「爆撃!?」
 急降下する翼竜。首をしならせ、鞭のように前方に伸ばすや、口から吐き出され
た炎の槍。腹部に見える銃口は規則正しい明滅と、発射音を継続中だ。足下には、
民家の点在が垣間見える……!
 渇き切った針葉樹林に木造の民家では、この翼竜たった一匹が空より炎と雷をち
ょっと振り降ろしただけでも最悪の事態しか想定できそうにない。
 既に地平線が橙色に燃え、至る所から煙が立ち籠めている。その下で次々と燃え
上がる民家。住人は這々の体で逃げ惑うが、まともに誘導できる者など見当たらず、
右往左往するばかり。その間にも民家は崩れ落ち、散り散りになった住人は次々と
巻き込まれていく。地上は地獄絵図を描くどす黒いキャンパスと化した。
「止めろーーっ!」
 ギルガメスが、ブレイカーが吠えた。懸命に追いつかんとする主従を嘲笑うかの
ように、金色羽根の翼竜は速度を落としつつ旋回。双児の月を背負い、下方に迫る
深紅の竜を見下すように睨みつける。
144魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:25:22 ID:???
 ウインドウより現れた水の総大将の馬面は、この宿命的な再会を前にしても余り
にも無表情だ。
「惑星Ziの平和を守るために、刻印の持ち主は根絶やしにする。例外は……ない」
 ギルガメスは頭に血が上るのを実感した。突然の地震や雷のように沢山の人々を
始末する水の軍団の理不尽に、少年は憤りを抑えることができない。……もし自分
がブレイカーやエステルと出会わなかったら、この「忘れられた村」の住人同様、
為す術もなく始末されていたに違いない。それは僕が迎えたかもしれないもう一つ
の絶望的な未来だ。そう思い至った時、胸の奥底が灼け付いた。
「先生、離れて! ブレイカー、跳んで!」
「ギル、待ちなさい! そのゾイドは……!」
 言いかけたその時までに、ブレイカーは遥か頭上へと跳躍していた。背の鶏冠よ
り蒼炎吹き出し、桜花の翼を目一杯広げて。……だがその瞬間、同時に聞こえた魔
女の大声。それと共に開いたウインドウは少年の円らな瞳を釘付けにした。
 一気に沸き上がった後悔の念は、辛うじて少年主従を救うこととなった。流れ星
が天に帰るように、ブレイカーは駆け上がる。軌道の先には金色羽根の翼竜「F2」
が。紅と、金の交叉。ブレイカーはF2よりも空高く上がり、翼を翻すが。
 下方を抜けていく翼竜「F2」。その背中にはギルガメス如きでは到底考えられ
ない仕掛けが隠されていた。まるで騎士のごとくF2の上に乗った水色のゴドス。
両足は器具によって完全固定。両腕には細くしなやかな鋼鉄の棒が。ギルガメスは
その何気ない金属棒が、恐ろしく丈夫でそのままでも立派な武器となる「ホエール
カイザーのひげ」だと知っている……!
 しなり、伸びた金属棒。ブレイカーは既に桜花の翼を翻していた。十字にがっち
りと受け止め、勢い良く跳ね返す。その余力で間合いも引き離した。
 星空、そして、双児の月。夜の神々が見守る中、二匹の竜は翼広げ、空中でじっ
と対峙。
 金色羽根の翼竜「F2」は優雅に、網目状の翼を羽ばたいてみせた。きらきらと
光の粒が吹き零れ、月光を浴びて幽玄の輝きを増す。そしてその背中の上で、金属
棒を引っさげた水色のゴドス(マーブルという。水の総大将の相棒)が橙色のキャ
ノピーをぼんやり輝かせてじっと凝視。
145魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:26:33 ID:???
 一方ブレイカーは翼をV字状に、六本の鶏冠を放射状に。背中を少し丸めつつ、
長い尻尾を揺らめかせて舵を取る。その身にまとう深紅の鎧は月光を浴びて狂おし
く輝き、鶏冠より吹き出る蒼炎と混ざり合って脈打つように輝きながら星の海をゆ
らり、ゆらり。
 呼吸を整えるギルガメス。左のウインドウには横目でちらり見て、会釈する。
「先生、ごめんなさい。カッとなりました」
 下方ではビークルが空中で停止。エステルは頭上の決闘を見上げては、膝上のモ
ニターに話しかける。
「気にしないで。自分で言う程熱くなってないわ。
 ノーダメージでしょう? 私の声、ちゃんと聞こえてる証拠ね」
 ゾイドコア反応が二つあるのだから敵は二匹いると考える方が自然だ。問題は下
方から見上げただけでは確認できないということだった。助言に耳を貸さずに少年
主従が向かっていったら、事態は一気に悪化していたに違いあるまい。
 それにしても、とギルガメスは刻印が瞬く額を抑える。頭痛は最高潮に達してい
た。但し不快感よりも、まるで目前に迫る危機を伝えているかのようにも感じられ
る。単なる慣れなのか、それとも……。
「エステル先生、『F2』ってサラマンダーですよね? 図鑑の絵にそっくりです」
 険しくも落ち着いた少年の円らな瞳がモニターに映った。エステルは何度も頷き、
モニターと頭上の竜を交互に見遣る。
「ええ。元々はガイロス侵攻用に品種改良された種類よ。武器に大した違いないけ
ど、飛行能力は段違いよ」」
 成る程と、頷いたギルガメス。そうこう言う間にも、翼竜の胸の辺りより生えた
突起がジリジリと動き始めた。魔女の助言が正しいのなら、中心となる武器は図鑑
で覚えた記憶と同じ、あの突起からの銃撃だ。他は口からの火炎放射と、翼より生
えた爪のような銃器と……。
 ちらり、下方を見遣れば炎上の勢いは依然衰えぬまま。ギルガメスはますます険
しく、スクリーン上方を睨みつける。様々な雑音は月光の淡い輝きに掻き消され、
今や己が呼吸と脈動が聞こえるのみ。
146魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:27:39 ID:???
 翼竜の腹部より、火花が弾けた。放射状に散った。橙色の花弁が開き、破壊と殺
戮の種子が放たれる。ギルガメスの円らな瞳にくっきりと映り込んだ、その一コマ、
一コマ。
 再び、流れ星が星空に舞う。ブレイカーは深海を潜るように星空を駆け抜ける。
優しき竜の胸の奥では、若き主人が十数分の一秒単位でレバーを刻み、ボタンを乱
れ打っていた。研ぎ澄まされた反応速度が、積み上げた修練が、極限までこの主従
を結び付けている。……だからこの流れ星は、速い。速いだけでなく螺旋に、稲妻
状に、縦横無尽に星空を泳ぎ、金色羽根の翼竜「F2」が放つ銃撃を華麗にかわし、
食らいついていく。
 翼竜の(より正確には「翼竜とそれを従える二足竜の」)主人は至って冷静だ。
水色の軍帽の鍔を左手で、てっぺんを右手で押さえて正すと十字を切るように左右
のレバーを握る。
 網目状の翼から、飛沫のように吹き零れる金色の粒。翼を中心に円を描き、一瞬
で闇夜に日輪が上がった。マグネッサードライブの出力を一気に極限まで引き上げ、
「F2」も又星空を泳ぐ。濁流に呑まれる流木のような、不定形の動きが少年主従
を惑わせる。
 ブレイカーが右へ回り込めば「F2」は左へ、ならばと上に回り込めば今度は
「F2」も上へ。離れれば腹部からの銃撃、近付けば鋭いくちばしからの火炎放射
の鞭。それでもと炎をかいくぐって肉薄したところに、騎乗のゴドス「マーブル」
が「ホエールカイザーのひげ」をぐいと伸ばす。
 遥か下方ではビークルが機体を傾けたまま右往左往していた。機上のエステルは
眉間に皺を寄せている。
 頭上の決闘は五分の勝負には程遠いだけでなく、外野の彼女さえも大いに困惑さ
せた。サラマンダー「F2」の動きは実に予想し辛く、合わせた照準が何度もふい
になる。どんなにパイロットの腕前が立とうが、外野から眺めれば予想ができてく
るものだ。ましてや百戦錬磨の魔女なら……。
147魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:29:41 ID:???
 しかし現状はどうか。未だに只の一発も狙撃できない自分がいる。折角照準を合
わせても、すぐにブレイカーの死角に回り込み、或いはブレイカーの追撃が却って
邪魔となったり。ここまで好機に恵まれないのは単なる偶然ではあるまい。「F2」
を駆る水の総大将はそこまで想定の上で戦っている。しかしこのような攻防を、あ
とどれ位繰り返せば良いのか。
(仕切り直させたら村への襲撃を再開するのが目に見えているわ。連中の常套手段。
そうなったら再び追いつけるかしら……)
 それは百パーセント無理だ。何しろ「F2」は最高で音速の三倍を超える移動速
度を誇るのだ。まず確実に村を焼き払い、その上で絶望的な精神状態のギルガメス
と対峙するであろう。そこまでなってしまった場合、彼女の愛弟子が立ち直れる保
証は皆無だ。
 考えあぐねたその時、頭上で閃光が弾けた。
 膨張する爆煙。その中から追い出されるように蒼炎が尾を引く。先端には桜花の
翼を展開したブレイカーの姿が。果実の紅色がものの見事にすすけている。花咲く
ように翼を水平に広げ直すと一気の加速。間合いを離して体勢の立て直しを図る。
 それを許す水の総大将ではない。吹き荒れる光の粒。「F2」が網目状の翼をひ
と仰ぎしただけで、あっさりと勢いに乗り、そして逃走する竜の背後に密着。
 ちらり、背後を見た深紅の竜。背負いし鶏冠の先端が、ぐいと全て背後に向いた。
蒼炎による攻防の盾を立てる狙い。だが思惑は寸前で封じられた。「F2」のくち
ばしから伸びる炎。紅い炎が尻や尾をあぶる。圧力でバランスを崩される(火炎放
射という一見原始的な攻撃をなめてはいけない。ゾイドの体液は油なのだ……!)。
 嫌がるように尻尾をくねらせる。火に油を注ぐようにふらふらと揺れる深紅の竜。
スクリーンを睨むギルガメスの眼差しは未だ衰えていない。レバーを緩める。「F
2」が間合いを詰める、詰める。頃合いを見計らって、レバーを握り締める、引き
絞る。
 ブレイカー、旋回。全身よりリミッターの火花を零し、桜花の翼を翻し。蒼炎の
勢いで空中に壁を作ると一気の噴射。これだけ近い間合いなら、組み付ける。銃撃
も火炎放射も、金属棒も間に合わない……!
148魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:30:56 ID:???
 激突音はソニックブームよりも強く響き渡った。震える空気。下方のエステルも
衝撃でレバーを握る指に微かな痺れを感じる。
 頭上では、蒼と金の光が万華鏡のように光線をでたらめに放っている。肩と肩で
組み合った竜と翼竜。懐に手を伸ばして拘束を図るのが深紅の竜なら、懸命に翼を
仰いで押し返さんとするのが金色羽根の翼竜だ。
 竜の爪が、翼竜の腹部に食い込んだ。ギルガメスが吠える。
「ブレイカー、魔装剣!」
 竜の首がしなる。鞘から引き抜くように頭頂部の鶏冠が前方に展開。しなった首
を振り抜いて切先を浴びせんとしたその時。
 翼竜の背中からほとばしる強烈な殺気。水色のゴドス「マーブル」だ。金属棒
「ホエールカイザーのひげ」を両手で握り締め、半円を描く。
 がっちりと、受け止められた魔装剣。鍔迫り合い。放出するエネルギーのほとば
しりが星空をますます明るくするがそれも束の間。軋みとはかけ離れた機械音をギ
ルガメスは耳にした。ゴドスの右足のマウントが、外れた音だ。
 渾身の、前蹴り。顎を蹴られた深紅の竜。勢いよく吹き飛ばされ、間合いを引き
離され。そこに再び銃撃の嵐。今度は桜花の翼を盾にする余裕もない。次々と命中。
ビリヤードの玉を突いたようにあちらへこちらへと押し返される。
 這々の体で体勢を立て直す深紅の竜。胸部コクピット内では既にギルガメスの全
身が赤に碧に、腫れ上がっている。シンクロのマイナス効果は着々と、彼を蝕んで
いた。一方、翼竜の背中の上ではその間にマーブルが右足のマウントを戻す余裕。
 地上の森林すれすれまで落ちたところで、ビークルが降り、近付いてきた。機上
のエステルが怒鳴る。
「ギル、大丈夫!?」
 モニターに映った愛弟子は頬を、額を伝う汗を拭う余裕もない。口調がしっかり
している分、まだ救いはあるが……。
「大丈夫です。でも、遠いです。
 あいつのゾイドコアが遠い……」
 その言葉を受けてエステルは星空を見上げた。頭上でフワフワと漂う金色羽根の
翼竜。
 いや、それは真実を説明し切っていないだろうと魔女エステルは首を横に振った。
(「F2」が大きいから錯覚するけれど、実態は正真正銘の二対一!)
149魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:32:55 ID:???
 翼竜はゆっくりと舞い降りてきた。後光が射すかのような姿を地球人が見れば天
使と見紛うかもしれない。その背中、マーブルの頭部キャノピー内部で一息つく水
の総大将。依然、汗の一滴たりとも額を這ってはいない。
「拳聖パイロンは貴様らを始末こそできなかったが、タリフド山脈内部に超小型ゾ
イドの群れを放ち、見事に構造を暴いてくれた。遺跡内部は通信可能だ、あとは侵
入して超小型ゾイドの流す電波を捉えれば良い。
 だが、それだけではぬるい。別の方法でもレアヘルツを無効化する必要があった。
貴様らを倒すためにも、そして今後展開されるだろう遺跡突破作戦をより円滑に遂
行するためにも。……それらは、全て為し得た! あとは貴様らの命運のみ。
 ギルガメスよ、そして『蒼き瞳の魔女』よ。貴様らが刻印をさらけ出したまま生
き長らえれば、同じ刻印発動の可能性をもつ者達が勢いづく」
 うちひしがれる余裕も与えず、ゆっくりと恐怖が舞い降りてくる。
 ギルガメスはスクリーンの向こうを睨みつけたまま。既に疲労困憊。呼吸は乱れ、
全身は腫れ上がり。汗は吹き出るのが止まず、両手両足を痙攣が襲っている。眼光
だけは依然衰え知らぬのが強くなった証と言えばそうかもしれないが、相手が、戦
況が悪過ぎる。
(種は……わかった。あの水色のゴドスさえ凌げればどうにかなる……筈だ。
 でも、どうやって懐に飛び込もう? 待つか、それともうって出るか……)
 迷いが、判断を遅らせる。その内に、間合いが着々と近付いてくる。
 エステルは何とももどかしかった。今の自分の戦力では介入すらできない。それ
程の敵だ。だがそれでも、愛弟子を守るためにはやるしかない。やろうとするなら
古代ゾイド人の超能力で一時的に抑え込むしかあるまいが、それには懐に飛び込む
以外に手立てが思い付かない。
(私に命、預けてくれる?)
(いつだって、預けてますよ)
 さっきの言葉が空耳となって聞こえた。魔女は寂しく、そして力強く微笑んだ。
 一方、金色の羽根はますます光の粒を力強く吹き出し近付いてきた。両者の間合
い、約1キロ。それを切ればもう目と鼻の先と言って良いか。
150魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:37:51 ID:???
 水の総大将は無表情のまま、ますます深く軍帽を被る。守宮のような瞳がキャノ
ピーの向こうに映る宿敵を凍てつかせるようだ。
「惑星Ziの平和はここより始まる。貴様はここで……死ね!」
 吹き荒れる光の粒。金色の翼竜、一気の加速。
 ギルガメスは乱れた呼吸をぐいと呑み込んだ。意を決したその時。
 突如開いたウインドウは、全方位スクリーンの右方。巨大な熱源の、槍。太い。
その幅、ブレイカーを悠々呑み込む程に。
「『荷電、粒子砲!?』
 深紅の竜は下方へと沈んでかわし、魔女エステルは光の槍が伸びた方向を睨んだ。
……漆黒の竜がひっそり、佇んでいる。
「デッちゃん!」
 金色の翼竜は光の槍に巻き付くように飛び交い、迫ってきた。
 デッちゃんの背中にも、光の粒が集まっている。それと共に首を、胸を一杯に反
らし、弓放つように押し戻す。再び口腔より噴出した光の槍は、迫り来る翼竜も続
けざまの攻撃には迫り切れず、落ち葉のように左右に揺れてかわすに留まった。
 よもやの援軍はブレイカーの血縁とも言うべき存在。だからこの深紅の竜は虚空
を泳ぎながら甲高く鳴いて歓喜を表した。それがコクピット内の若き主人にもひし
ひしと伝わってくる。……気のせいかもしれないが、身体が軽くなったように感じ
られた。
 そんな光景を背負いながら、ビークルが急降下していく。
「デッちゃん! デッちゃん! お願い、力を貸し手!
 今だけで良い,あの子を……あの人を、守って!」
 魔女エステルは泣き叫んだ。言葉など電波を介してゾイドに聞こえる筈だが、こ
の土壇場でボリュームを抑え切れることができなかった。
 近付いてくるビークルを迎え入れるように、漆黒の竜「デッちゃん」の上顎が鼻
先を蝶番として持ち上がる。内部は広々としたコクピットだ。鼻の辺りに添えられ
た右手はビークルをそこに降ろせという合図か。ビークルがふわり、着地を決める
とエステルは早速拘束具をはね除けて、軽やかにコクピットへと飛び跳ねる。
151魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 11:38:59 ID:???
 コクピット内部は少々カビ臭く、埃っぽい。もう何百年という単位でパイロット
を乗せていないだろうと考えるなら相当マシな方か。……上顎状のハッチが降りる
間に、エステルは操作の中心となるだろう左右のレバーを握る。額の刻印を明滅さ
せれば、あっという間に薄暗いコクピット内は外の光景を描いた。流石はブレイカ
ーの血縁、コクピット内部の壁面は全方位に近いスクリーンとなっている。
 すぐに開いたウインドウには、何が起きたのかもわからず目をパチクリさせる初
心な愛弟子の姿が。魔女は苦笑を禁じ得ない。さっき、あれ程取り乱した相手の顔
がこれか。
「デッちゃん、援護射撃ができればそれで十分よ。貴方の手は汚させない。
 ギル、ギル、聞こえて!?
 狙いは簡単よ、『F2』のバランスが崩れたらふん捕まえて!」
「は、は、はい!」
 恐縮し、そして意を決したギルガメス。この一喝で心持ち、疲れが抜けたように
思えたのだから何とも現金な話しだ。
 再びどっしりと構えた漆黒の竜「デッちゃん」ことデスザウラー。長い尻尾は一
杯に伸ばし、太い足はどっしりと構え、ビークルだけは両手で大事そうに抱え。光
の粒が背中へ集まると共に、弓を引き、そして放つポーズ。
 星空を駆ける光の槍。目にも止まらぬとはこのことを言うのか。水の総大将が瞬
きする間に目前にまで迫る。金色の翼竜「F2」は寸前でかわすが、それで防御が
終わるわけがない。右に、左に、触れれば一瞬で粉々に砕けるだろう光の粒の集合
体が、夜空をオーロラのように彩り、翼竜の退路を断っていく。
 未だ、動揺を見せない水の総大将。的確なレバー捌きで己が相棒を鮮やかに操り、
光の槍をかわさせるが、その内に守宮のような目が見開いた。
「魔装竜……ジェノブレイカーはどこだ?」
 一瞬、空中で静止した翼竜。状況を把握するには周囲を一目見渡せば事足りる
(頭部を覆うキャノピーは巨大な単眼でもある)。だが飛行の勢いはいかんともし
難い。無理に止めたその瞬間、胴体がぐらりと揺れた瞬間を狙うように。
「ここだーーっ!」
 少年の雄叫びを合図に、躍り出た深紅の竜。光の槍の下に隠れながら、この好機
を待っていたのだ。背負いし鶏冠より蒼炎吹き出し、怒涛の加速。
152魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 13:00:15 ID:???
 守宮のような目はますます大きく見開かれた。……いくら体勢が崩れたとは言え、
生じた隙は僅かだ、臨むところだ。
 金色の翼竜も網目状の翼より光の粒を振りまくや、一気の加速。
 蒼と金の輝きが三たび弾けんとしたその瞬間をもって、しかし決闘は相次ぐ理不
尽な現象により終わりを告げた。
 三匹の竜がぶつかり合う森林上空より更に後方。パン、パンとポップコーンが弾
けるような音と共に、山脈の稜線が赤に、青に彩られた。
 奇妙な輝きに、少々間抜けな音。気勢をそがれた三匹は一斉に後方を見遣る。……花火
か、照明弾の派手な奴か。山脈の向こうの空中で放たれているに違いない(タリフ
ド山脈は数千メートル級の尾根がひしめいている。それらを越える程の信号を発す
るには飛行ゾイドで上空から放つ方が賢い)。
 タリフド山脈はレアヘルツによって無線通信も遮断される以上、この原始的な通信手段
が誰に対して向けられたものか、説明の必要はあるまい。
 水の総大将は一瞬、眉間に皺を寄せた。次いで、今までで一番大きく目を見開く
と上半身を一杯に乗り出した。
「ば、馬鹿な!? そんなことが……!」
 翼竜は金色の羽根を急にせわしなく仰ぎ、迫っていた深紅の竜から間合いを離す。
「その命、預けた」
 主人が言い放つや、勢い良く飛んでいった金色の翼竜。目指すは輝きを帯びた稜線の方
角だ。黙って見過ごす深紅の竜ブレイカーではない。くるり、空中で振り向くと背の鶏冠
を逆立て、桜花の翼を翻す。
「待て! 逃げるな!」
 若き主人は怒鳴りつけ、レバーを握り締めるがスクリーンの真っ正面に、視界を遮るよ
うにウインドウが開かれた。
「ギル、待ちなさい! 追いつけるわけ、ない。だったら火事を消す方が先よ!」
153魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 13:03:18 ID:???
 エステルの一喝に、ギルガメスの全身が強張った。……今あの水の総大将に追い付き倒
せば、少年を襲い続けてきた刺客の群れは絶たれるのかもしれない。だがと、ギルガメス
は全方位スクリーンの下方を睨む。地上では依然、火事が収まらない。自分の業は断ち切
れるかもしれないが、代わりに人がどんどん死んでいくのだ。
 それは駄目だと、ギルガメスは首を振った。そして、レバーを下げて相棒に降下を促す。
 ブレイカーは右手で胸部のハッチを押さえた。シンクロによって若き主人の胸元にも感
触が伝わる。この優しきゾイドも主人の心中を察した。……例え火事を消し、救出を果た
したとしても却って罵声を浴びるのだろう。それがわかっているからこそ、今は主人の気
持ちに従いたい。自分こそはギルガメスの駆るブレイカーなのだ。
 深紅と漆黒、二匹の竜は燃え広がる森の向こうへと飛び、駆けていく。

 さて水の総大将を寸前で撤退させた事態とは何か。
 例えば早朝。霧が漂うこの山奥には、見知らぬコンテナがいくつも立ち並んでいた。中
からは銀色の二足竜ゴドスが一匹、又一匹。いずれも腕や背中に銃器を据え付けられてい
る。このゴドスは軍用、ならばここが演習場の類いであるのは明らかだ。……水の軍団は
ヘリック共和国が存在を公式に認めた組織ではない。故に、こうした僻地に演習場や様々
な施設を秘密裏に作り上げ、組織力を高めていたのだ。
 ふと霧の中に橙色の輝きが二つ、四つ、六つ……。
 土砂が舞い、霧を押し退け、駆け抜けたそれは骨の鎧。
154魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/08/11(火) 13:04:53 ID:???
 異変に気付かぬゴドスではない。次々に銃撃を始め、T字バランスの姿勢でうって出る。
 だが迫り着た骨の鎧は銃撃を次々とかわす。食らいつくゴドスにはその目の前で跳躍。
前足を高々と持ち上げ、目の前で振り降ろす。
 橙色のキャノピーが粉々に砕け、その勢いで胴体ごと真っ二つになった。
 他のゴドス達も次々とこの骨の鎧に噛み付かれ、爪で切り裂かれ、そして。コンテナに
侵入していった連中が無傷で出てくるまで十数分。
 程なくして、燃え上がったコンテナ。ここまで恐らくは三十分も経過してはいない。
 骨の鎧の持ち主こそ、鋼鉄の獅子ライガーゼロ。それが群れをなして襲撃した。
 そして各地で起こった襲撃の多くはこの骨鎧の獅子達の勝利に終わったのである。
 ヘリック共和国の象徴的なゾイドが、同じヘリック共和国の軍事施設を襲撃したこの事
実を、無論、ギルガメスは知る由もない。
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは花嫁の後ろで手ぐすね引く者を知ることになるかもしれない。
 気をつけろ、ギル! 双剣の獅子が率いるは「ライガーゼロ部隊」!
 次回、魔装竜外伝第二十一話『B』 ギルガメス、覚悟!」
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰ったオルディオスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

     『俺に目を付けたのが運の尽きだ』   怪美鼬イロノ 登場

 キングが適当にブラブラしてると、何故かトラブルの方から勝手に舞い込んで来て
しまう。今回はそんなお話である。

 旅の最中にとある島に立ち寄ったキングとオルディオスは突如として巨大な野生の
イタチ型ゾイドの群に襲われた。イタチ型ゾイドと言えば、主にフェレット型等が
おなじみと言えるが、小柄で人に懐き易くゾイドとしても使いやすいフェレットと違い
今キングに襲い掛かっているのは巨大かつ凶暴たる野生のイタチ型ゾイドだった。しかも
それが十匹以上の群で一気にキングのオルディオスに襲い掛かって来る。
「うわっとっと! まったくおっかないなー!」
 相手が機怪獣の類では無く単なる野生のイタチだとは言え、十匹以上の群れで襲って
来るのだから流石のキングも恐怖を感じてしまわざるを得ないが…一つ解せない所が
あった。
「だが変だ…連中の速力ならもっと早い内に飛び付いて来てもおかしい話じゃないのに…。
まるでただ単にこちらを追い駆ける事を楽しんでる様だ…。」
 そもそもイタチは時には自身より大型の動物を襲って捕食する事もある。それ故に状況
次第ではより大きな馬を襲う事もあると思われたが、その割には一気に畳み込もうとは
せず、まるで追う事を楽しんでいるかの様だ。これは野生動物的には変な話。如何に凶暴
な奴であろうとも、自分や家族の食う分以上の狩りはしない。と言うか人に飼われた
フェレットならともかくイタチが群を作ると言う事自体余り無い。だが、今キングを追う
イタチ型ゾイドの群は明らかに普通じゃなかった。だが、かと言って改造の類を受けて
いる様子は見られない。これは…おかしい。
「とか何とか考えてる場合じゃねー! まごまごしてると本当に仕留められちまう!
そうだ! 野生動物は火を恐れる! これでも食らっとけぇぇぇぇ!!」
 オルディオスは猛スピードで180度反転。直後にグレートバスターをぶっ放した!
背に装備された超高出力エネルギーが追跡を続けるイタチ型ゾイドの群の正面で炸裂し、
辺りに生える雑草を燃やして行く。さしものイタチ型ゾイドも野生の性質故にこれには
驚いたのか、思わずスピードが鈍った。
「今だ! この隙にスタコラサッサだぜー!」
 そこで丁度良い具合に洞窟を見付けた。イタチ型ゾイドの連中はその存在に気付いては
いない様だが、幸いオルディオスでも入り込める大きさ。今はそこに逃げ込み、ほとぼり
が冷めるのを待とうとキングは考えていた。

「よっしゃ! ざまぁ見ろ!」
 洞窟の奥に潜り込んだ後、オルディオスのコックピット内でキングは思わずガッツ
ポーズ! が…突然洞窟の奥から何者かの襲撃を受けた。
「うわ! 今度は洞窟の中から奇襲かよ!」
 キングは慌ててオルディオス搭載のライトを照らし、敵のタイプを確認すると、それは
ネズミ型ゾイドを基にして作られたゾイド“マウズ”であり、先程キングを追っていた
イタチ型ゾイドとは違う。そして相手のマウズもこちらの姿を確認するなり攻撃を止めた。
「なんだ…機種は知らないが…馬型ゾイドか…イタチの連中が攻めて来たのかと思った
じゃないか…。」
「ん!? って事はお前等も連中に追われてここに逃げ込んだ口か?」
「そうだけど? もしかして君は旅の者かな? だとしたら運が無かったね。」
「運が無かっただと!?」

 ネズミ型改造ゾイド“マウズ”に搭乗していたはこの島の住人の一人で、バンガと言う
名の若者だった。彼に案内され洞窟の奥へ向かった先にキングが見た物は、恐怖に怯え
震える他の島の住人と思しき人々と、多数のマウズだった。
「おいおい…こりゃ一体どうした事だよ…。この島何か変だぞ…。」
「ちょっと前までは変でも何でも無く普通の島だったんだけどね…。奴が来るまでは…。」
「奴?」
 キングが首を傾げた途端にバンガの顔が辛く険しい物に変わった。
「奴の名は“イロノ” 純白の毛と血の様な真っ赤な目を持つイタチのボス…。」
「白い毛と赤い目か。要するにアルビノだな。フェレットなら良くあるが…野生のイタチ
じゃあ珍しいな。」
「そういう問題じゃない!!」
 いきなり怒鳴り付けられキングは一瞬ビクッと震えた。
「おいおい! 何だよ! 勝手に切れんなよ! 俺何かしたか!?」
「ご…ごめん…。でも…それだけ奴は恐ろしいんだ…。」
「恐ろしい? どう恐ろしいんだ…?」
 バンガに本来無関係なキングへ怒りをぶつけさせてしまう程の恐怖を与えるイロノと
言うイタチに関し、キングはこれはこれで気になる所があった。
「イロノ…奴はただのイタチじゃない…。いや…イタチの範疇に入るのかさえ怪しい…。
ただでさえ大型のイタチの中でも特に一際巨大な体躯を持ち、それでいて動きは鈍く無く
むしろ俊敏…。そして本来群を作らないはずのイタチを纏め上げ、恐るべき軍団を作り
上げた指揮力とカリスマ性…。そして何より…その目的は我々を弄り…殺戮する事…。」
「殺戮だと!? 生きる為の捕食じゃなく…ただ単に殺す事が目的だと言うのか!?」
「そう…。」
「おかしいだろ…それ…本当に野生のイタチなのかよ…。」
 キングは気味が悪くなった。野生動物は例えどんなに凶暴であろうとも、自身や家族、
群の仲間が食べる分以上の狩りはしないというのは既につい先程説明した通りだが…
やはりここのイタチ型ゾイドは普通では無かった。
「絶対おかしいぞ…殺す為に殺すなんてよ…。どうかしてるぜ…。」
 確かにキングとて今までの幾多の戦いの中で相手を殺す事は少なくは無かったし、
さらにその巻き添えによって死亡した者も沢山いただろう。だが、それは決して目的では
無い。自分自身が生き延びる為、降りかかる火の粉を振り払う為と言う目的の為に相手を
殺すと言う手段を取っただけの事。キング本人は決して殺戮を楽しむ様なタイプでは無い
と…思う…。信じるか否かは各自の自由だが…。だからこそ野生のイタチでありながら
野生動物としておかしいこの島のイタチに違和感を感じていた。
「だが…だからこそここで合点が行くか…。あの時まるで俺のオルディオスの追跡を
楽しむかの様な奴等の行動…。」
 キングが顎に手を当て、考えていた時…それは起こった。
『汚らわしきネズミどもよ…出て来るのだ。勘違いはしない事だな。お前達がこの洞窟の
中に逃げ込んでいる事は先刻承知の事だ。ハッハッハッハッハ…。』
 突然洞窟の外から響き渡った低い声。それに対しバンガ達島の住人は一斉に怯え始める
のであったが、キングはむしろ評し抜けていた。
「何だ! 結局イタチどもをコントロールしてる人間がいたんじゃないか! これで謎は
全て解けたな!」
「旅の人…残念だけど…あれがイロノなんだ…。」
「へ?」
 島民の一人に話しかけられ、キングは首を傾げた。これは一体どういう事かと…
「まさかとは思うが…さっきの声は…イロノとやらが出してると…?」
 青い顔で頷くバンガにキングも青くなった。
「おいおい! 俺ぁ今まで色んな連中を見て来たが、幾らなんでも口を聞くゾイドなんて
正直………あ……いたか…。」
 よくよく考えてみると、それらしい能力を持つ奴は過去にもいた事に気付き、キングは
納得した。まず自分自身。トモエに魔術的に変異させられたのか、キングゴジュラス形態
においても人間と違わぬ会話が可能であるし、かつて戦った宇宙大機怪獣ファビスターも
カタコトではあるが、喋る事が出来た。
「イロノは人間の言語を使う事が出来るだけじゃない。その知能の人間を凌駕している。
だからこそ他のイタチを纏め上げ、一大軍団を作る事が出来たんだ。」
「なるほど…何故かは分からないが…人間以上の知恵を持ってしまったからこそ、捕食
では無く殺戮の為に殺戮なんて野生動物離れした真似をする様になったか…。」
「けどもうお終いだ…。我々がこの洞内に隠れている事も既にお見通しだったなんて…。
君も本当に運が悪かったね。うっかりこの島に来てしまった為に…。」
 バンガや他の島民は悲しみに暮れていたが、そこでキングは何を考えたかオルディオス
に乗り込み始めた。
「君、一体どうするんだい?」
「奴は人間と同等以上の知能と言語能力があると言ったな? なら…交渉しに行く。」
「え!? 交渉って! ちょっと! 無理だよ! 待つんだ!」
 キングいわく交渉の為にと洞窟の外へ向かい始めたオルディオスを追い、バンガも
思わずマウズと共に外へ駆け出していた。
 キングの搭乗するオルディオスが洞窟の外に出た時、そこは多数の野生イタチ型ゾイド
によって取り囲まれていた。
「うわ! 沢山いるなぁ! もう!」
「だから言わんこっちゃ無い!」
 バンガの搭乗するマウズも思わずオルディオスの後脚に飛び付く。
「おい! お前等の中にイロノとか言う奴はいるか!?」
『イロノとは私だ。』
「うわデッカ!!」
 イタチ型ゾイドの群の奥から現れた一際巨大なイタチ…イロノの姿を見たキングは
思わず叫んでいた。何しろデカイ。とにかくデカイ。他の野生イタチ型ゾイドは、基本的
にコマンドウルフと同級のサイズでオルディオスより小柄ではあるが、イロノのサイズと
来たら…オルディオスは愚かキングゴジュラスよりもさらに一回り二回りも巨大だった。
それでいて、他の野生イタチ型ゾイドがドブネズミの様な灰色の毛を持っているのに対し
絹の様な純白の毛並みと宝石の様な真っ赤な目は非常に美しく…また恐ろしくもあった。
「俺ぁあんたと交渉がしたい。」
『交渉だと?』
「お前はこの島のネズミを殺して楽しんでるらしいが…俺は見ての通りこの島の者じゃ
無いし、こうして今乗ってるゾイドにしても明らかにネズミ型じゃない。だから俺達だけ
見逃すって事は出来ないか?」
「お! おい!」
 キングの自分達だけ命乞い発言にバンガは思わずカッとなるが、イロノは表情を変えず
こう答えた。
『私はね…この世で白い物が最も美しく尊い物だと考えているのだよ…。』
「ほう…ならこのオルディオスの白い装甲に免じて見逃してくれると?」
 やや安心したキングだが、直後イロノの表情が豹変した!
『しかし! この世で私が最も許せない物…それはネズミと白を汚す者だ!! 何が
白い装甲に免じてだ! 青だの赤だの金だの他の色を使い目のチカチカする様な機体に
乗りおって! それこそ白に対する冒涜だ!! 貴様も逃がさん!! それに自分だけが
助かろうとするその根性も気に要らん!! この島のネズミどもと同様にジワジワと
弄り殺しにしてやるぞ!!』
「ヒッ!」
 余程白を愛し、また白以外の色もふんだんに使っているオルディオスが気に入らない
のか、殺気を露にするイロノに対し、バンガは思わず恐怖に歪むが…キングは違った。
「は〜…やっぱりそうか…。あんたが何でこうまでネズミを憎むのかは知らんが…無駄な
争いは避けたかったんだがねぇ〜……。」
 キングは困った顔で目を閉じそう言っていたが…その直後………
「なら……てめぇらまとめて死んでもらおうかぁぁぁ!!」
 キングもまた一気に豹変し、オルディオスもまた彼に呼応し背に装備されたグレート
バスター砲をぶっ放した!! 翼及び各部装甲に使用されるエネルギー変換装甲から吸収
した超電磁エネルギーを体内の増幅炉で増幅し、背に装備された金色の槍状の砲から撃ち
放つグレートバスター。その威力はデスザウラー級の装甲も容易く撃ち貫く。そして、
それによる横薙ぎ放射によって周囲を埋め尽くす野生イタチ型ゾイドの群を次々と薙ぎ
払って行く。
「てめぇらに一言言っておく! 俺に目を付けた時点でてめぇらの運の尽きだぁぁ!!」
 オルディオスはなおもグレートバスター・加速衝撃砲・ミサイルポッドの連射を次々と
矢継ぎ早に叩き込み、イタチの群を哀れな肉片へ変えて行った。
「よっしゃ! やはりコイツ等そのものは大した事は無い! ただのイタチだ!」
 とは言え、イタチも数は多い。と言う事でまず第一に狙うは全てのイタチを統べる
イロノのみ。コイツさえ倒せば後のイタチは本来の習性に戻り、各自に散って行くはず。
「それぇ! 今度はてめぇに必殺兵器の贈り物だぜ!!」
 オルディオスの持つ頑強な蹄でイタチの肉片を踏み潰し、群の中心に位置するイロノ
目掛け再度グレートバスターを発射した。他のイタチが盾となるべく跳んでいたが…
そんな物が盾にさえなる事無く次々と撃ち貫かれ、ついにイロノの胸部に命中! だが…
それだけだった………………
「え!?」
 グレートバスターの直撃を受けながらも平然としているイロノにキングは思わず目が
点になった。何かの間違いじゃないのかと再度グレートバスターを撃ち放つが…
『こそばゆいわぁぁぁ!!』
 イロノは素の前足の爪でグレートバスターの超電磁エネルギー波を弾き飛ばし、突撃
して来た! これは明らかにただの野生イタチ型ゾイドでは無い!
「くそ! こいつ…まさか突然変異型の機怪獣か!?」
 ここに来て初めてキングはイロノを機怪獣と認識した。野生イタチ型ゾイド離れした
体躯と能力…これら全ては何らかの原因で機怪獣へと突然変異したと考えれば納得が行く。
そしてそれが本当ならばオルディオスで敵う相手では無い。ここは一時上昇し、空からの
迎撃に移ろうとしていたが…イロノはその巨体に反して速い!
『ウワハハハハハ!! 遅いわぁぁぁぁ!!』
「うわ! 間に合わねぇ!」
 オルディオスの上昇速度よりイロノの跳びかかる速度の方が速い。そりゃオルディオス
とてギルベイダーに対抗するべく作られた機体であるからして、装甲に関してもそれなり
ではあるが、流石に機怪獣のイロノの打撃の前では一溜まりも無いであろう。と言う事で、
今キングがやるべき事は一つ!
『ウワハハハハハ!! 愚かなる駄馬よ! 私の爪にかかる事を誇りに思いなさい!』
 イロノのまるで刃物の様に研ぎ澄まされた爪がオルディオスへ襲い掛かろうとした
その瞬間…オルディオスのコックピットから飛び出した真紅の発光体がイロノの顔面に
めり込みつつ…オルディオスから引き離していた。その真紅の発光体の正体こそ……
キングの本当の姿! キングゴジュラスである!
『ハッハッハッハ! 見たかイタチ野郎! これが俺の本当の姿だ!』
 続けてキングゴジュラスはイロノの顔面に蹴りを叩き込み、地面へと叩き落すと共に
オルディオスの撤退を確認しつつ綺麗に地面へ着地していた。
『さあ第二ラウンドの開始だ。こうなった俺は他の連中みたく優しかねーぜ!』
 キングゴジュラスは両腕のビッグクロー同士をぶつけ合わせ挑発するが…起き上がった
イロノの顔面はその血で真っ赤に染まっていた。
『あ…血……赤い……私の毛が…赤く…。』
 先程のキングゴジュラスの打撃によって口の中を切ったのか出血し、その純白の毛並み
を赤く染めていた事に気付いたイロノは一瞬恐怖に怯える様な表情になった途端に……
憎悪に狂った目でキングゴジュラスを睨み付けた。
『きぃぃぃさぁぁぁぁまぁぁぁぁ!! 許さぬぞぉぉぉぉぉぉぉ!!』
 イロノは白い物を愛すると同時に白い物を汚す者を憎む。それ故にイロノの自慢の白毛
を血で赤く染めたキングゴジュラスに対し、憎悪を燃やしていた。
『くあああああああああ!!』
『うわわわ!!』
 白毛を血で汚された怒りに狂ったイロノはその巨体で一気にキングゴジュラス目掛け
飛びかかり、地面に押さえ込んでいた。何しろイロノはキングゴジュラスよりも一回りも
二回りも巨大なだけでは無く、そのパワーも機怪獣らしく凄まじい物があった。
『殺してやる!! 殺してやるぅぅ!! ネズミより先に貴様を殺してやるぅぅぅ!!』
『ええい抱き付くな! 気色悪い!』
 これで抱き付いて来たのが小さく可愛らしいフェレットなら愛でたくもなるが、イロノ
はそうでは無い。キングゴジュラスはとっさにイロノの首下両側面目掛け手刀を叩き込み
怯ませると共にその腹部を蹴り上げて何とか脱出した。そこへイロノ配下の他のイタチ達
が一斉に襲い掛かっていたのだが、正直邪魔でしょうがない。
『ええい鬱陶しいんだよ!! ブレードホーンラッガー!!』
 キングゴジュラスの頭部に輝く真紅のブレードホーンを頭部から分離させ、イタチの群
目掛け投げ放った! 真紅の炎を纏い高速回転しながら飛翔するブレードホーンは、次々
に群がるイタチを細切れにしていった。
『次はお前の番だ! キングミサイルを食らえ!!』
 続けてイロノ目掛けて口腔内に装備されたTNT火薬数百トン分の威力を持つと言う
キングミサイルの連打を叩き込み、さらに上空からは自動操縦となったオルディオスの
グレートバスターによる援護射撃が襲い、イロノは忽ち大爆風に飲み込まれて行く。

「おお! 良く分からないがあのイロノと戦っている奴がいるぞ! しかも押してる!」
「やった! 救世主の降臨だ! 俺達は助かるぞー!」
 騒ぎを聞き付け洞窟から出て来たと思われる他の島民やマウズ達は、キングゴジュラス
とオルディオスによるイタチ軍団大虐殺とイロノ圧倒を目の当たりにし、興奮していた。
それだけ彼等には恐怖を植え付けられていたと言う事だろうが…バンガはだけは微妙な
面持ちだった。
「あいつは…今でこそ奴等と戦っているが…その直前まで命乞いをしていたんだ…。
確かにあいつに我々を救う義理は無いけど…我々を見捨てて自分一人が生き延びようと
していたんだ…これは…喜んで良いのか? 悪いのか?」
 全ゾイド屈指の大火力を持つキングゴジュラスとオルディオスのダブル攻撃。だが…
イロノも伊達に機怪獣では無かった。あの大爆風の中からイロノが飛び出して来たのだ。
『うおおお!! よくも私の美しい体を汚したな!! 許せんんんん!!』
『うわ! タフなやっちゃな〜!』
 今度はイロノが口から火を吐いた。しかもただの火では無い。摂氏数万度にも及ぶ
超高熱の火炎放射だ。
『ウワハハハ! ネズミ共を次々焼き払った火炎で貴様も燃えてしまえ!』
『うわっちちちち!』
 荷電粒子砲とかはあっさり弾き返すくせに、相手が火炎となると空気を読んで熱がって
しまうちゃっかりした所のあるキングゴジュラスであったが、イロノは間髪入れずキング
ゴジュラスに体当たりを仕掛け、そのまま抱き抱える様に島の外…海の中へ沈め込んで
しまった。
『見ろ! 海の水が私の汚れた身体を清めてくれる! そして汚らわしい鉄にまみれた
貴様の重い身体を沈めさせて行くのだ! ハッハッハッハッハッハッ!!』
 イロノはキングゴジュラスを海底へ押し当てながら叫ぶが、キングゴジュラスは平然と
していた。
『残念ながら俺は水中戦にも対応した万能機! 水中で溺れ死ぬなんて事はまず無いぜ!
いやむしろ水中戦に持ち込んだのはお前のミスだ!』
『何を言うか! 泳ぎならば私も得意だぞ! むしろ重金属の貴様の方が水中では…。』
『それが違うんだよな。泳ぎが上手い下手の問題じゃない。良いか? 音ってのはな…
空気中より水中の方が進む速度が速いんだぜ…。』
 直後、キングゴジュラスの口腔内に秘められた恐るべき武装の封印が解かれる…
『スーパーサウンドブラスター!! ゴォォォォォッ○・ラ・○ゥゥゥゥゥゥ!!』
 出た! キングゴジュラスの誇る最大級の必殺武器スーパーサウンドブラスター。
原理はただ単にキングゴジュラス自身の発する声を超増幅して放射するシンプルな代物
だが、シンプル・イズ・ザ・ベストと言う言葉の通りその破壊力は凄まじい。その上、
音の進行速度が空気中の数倍となる水中でぶっ放したのだ。水中において使用される
音波兵器に関してはウオディックのソニックブラスターが有名であるが、それとはまさに
比べ物になるはずも無い。ちなみに、キングゴジュラスがスーパーサウンドブラスターを
発する際に発した言葉は…彼個人の趣味なので気にしないで欲しい。
『ウガガガガガガガガァァァァァ!!』
 キングゴジュラスのスーパーサウンドブラスターを水中かつ至近距離でモロに受けた
イロノは説明する事さえ難しい凄まじい事になっていた。超音波の類では無く、単純な
超大音量から繰り出されるもはや巨大なエネルギーと化した波動によってその巨体は
見る見る内に飲み込まれ…周囲の海水ごと大爆発を引き起こしていた……………。

 キングゴジュラスのスーパーサウンドブラスターによる大爆発で吹き飛んだ海水が
島全体に雨の様降り注ぐ中、バンガや島民達は不安な面持ちで荒れる海を眺めていた。
「一体何がどうなったんだ?」
「勝ったのはどっちだ? イロノか? あのゾイドの方か?」
 誰もが不安を露にする中、何者かが海から浜辺に泳ぎ着いた。キングである。制限時間
を超えて人間の姿に戻ってしまっていたが、彼は紛れも無く帰って来た。
「イチ! ニィ! サァン! ダァァァァァァァァァ!!」
 何か良く分からんが、とにかく自身の勝利をアピールするがごとく叫ぶキング。それに
合わせ、島民達も喜び始めた。
「やった! 何か良く分からんがイロノは死んだんだ! もう洞窟の中でビクビクする
必要は無いんだ! ありがとう旅の人!」
 バンガと違い、キングが戦う直前まで島民を見殺しにして(別に助ける義理は無いとは
言え)自分だけ生き延びようとしていた事を知らぬ島民達は、キングを救世主と勘違いし
浜辺へ走っていたのだが…………そこからさらに海中から巨大な物体が現れ、彼等の足は
止まった。
「なっ………マジかよ………。」
 その姿を見た時、島民は愚かキングさえも愕然とした。それはイロノ。水中かつ至近
距離からぶっ放したスーパーサウンドブラスターの直撃を受けてもなお、イロノは死して
はいなかったのだ。
『お…お…おのれ……ゆ…ゆるさ…ぬぅぅぅ………。』
 だが決してイロノも無事とは言えなかった。全身を覆っていた純白の体毛は全てが
吹き飛ばされ皮膚が露出し、その皮膚さえも焼けただれ見る影も無い姿となっていた。
だが…イロノは間違い無く生きている。
『わたしは…しなぬ…おまえたち…ねずみを…すべて…ころすまではぁぁぁぁ……。』
「ちょっ! マジかよ! 勘弁してくれ!」
 これはヤバイと慌てて逃げ出すキング。再度キングゴジュラスの姿になるにはある程度
時間の経過が必要だからだ。しかしそのキング目掛けイロノが前足の爪を振り上げ襲い
掛かる。もうダメ!? そう思われた時だった……。
『ぐっふぁぁぁぁ!!』
「え!?」
 キングは見た。イロノの心臓…ゾイドコアの存在する左胸に何か鋭い刃物の様な鋭利な
物体が突き抜けていた事を…。それこそオルディオスの頭部に輝くサンダーブレード。
そしてついにイロノは息絶えた。これはオルディオスのお手柄だ!
 それから、キングはオルディオスと共に浜辺に立って海を眺めていた。
「イロノよ…お前が何故ああなるまでネズミを殺そうとしたのかは知らん。だが…
あそこで俺に目を付けたのが運の尽きだったな…。」
「君…ちょっと良いかい?」
 そこへバンガが彼の搭乗するマウズと共に現れた。
「確かに君はイロノを倒してくれた。しかし、同時に僕達を見殺しにして自分一人生き
延びようと命乞いもした。果たしてどっちが本物の君なのかい?」
「両方だ。俺ぁ自分で言うのも何だけど行く先々で色々と戦わされてよ…たまには戦わず
にと交渉で何とかしようとしたのだが…やっぱダメだったな〜。いずれよせの俺に目を
付けたのがあいつ等の運の尽きと言う奴さ。」
「じゃあ…もし奴が君を見逃していたら…僕達を見殺しにしていたと言う事かい?」
「当然だろ? 別にお前等助ける義理無いし……って事で…じゃあな。」
「…………………。」

 一人やるせない感情を持つバンガを残し、オルディオスはキングを乗せ天高く飛翔した。

                  おしまい
169名無し獣@リアルに歩行:2009/09/01(火) 18:06:07 ID:???
定期age
170Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:13:51 ID:???
<前回までのあらすじ>
 ZAC歴では5000年代にあたる、遠い未来の惑星Zi。
 一度は科学技術の発展が絶頂を極めた文明も、その進み過ぎた技術ゆえに激化した
戦争の結末として起きた“無知なる大破壊”によって、崩壊寸前というところまで
退歩を余儀なくされた。

 戦後、中央大陸復興の中枢として発展を遂げた“市街<シティ>”を中心に
ゾイドと完全なシンクロを果たすことで超常の力を発揮する子供たちが生まれる。
 単に“能力者”と呼ばれる彼らはその力を人々に利用され、未だ絶えない戦いの
道具にされていった。
 能力者こそ世界を導く新人類であるとして、魔獣デス・メテオを蘇らせた最強の
能力者セディール・レインフォードが全人類に挑み、それを阻止せんとした傭兵
ルガールと共に光の中へ消えていった戦い――それから、二年後。
 能力者狩りを掲げる謎の武装集団“円卓の騎士”が、各地でテロを開始。
中央大陸暫定政府の、能力者のみで構成された治安維持部隊“星光の鎖”が一人
オリバー・ハートネットは、円卓の騎士に挑むも敗北し、殺されかけたところを
セディールの妹リニア・レインフォードに救われる。
 彼女への思慕と、騎士への復讐心、そして洗脳を受け騎士の一人となった親友
マキシミン・ブラッドベインを救うという目的から、オリバーは騎士たちとの
戦いに身を投じていく。

 騎士や超生物“アーティファクト・クリーチャーズ”、政府の特殊部隊との
命を懸けた戦い。
 志を同じくする仲間たちとの出会い。愛機の死と復活。
 ゾイドの始祖たる存在・イヴの出現――彼女が語るヒトとゾイドの歴史。
 ナノマシンを媒介に自分の中に隠れていたセディール・レインフォードの精神。
 魔獣の狂気から解放された彼が語る能力者の真実。
 騎士の正体とその背後に潜むモノ。
 さまざまな経験が世界を広げてゆく中で少年は真実を知り、そして最後の戦いに挑む。
 決戦の舞台は暗黒大陸ニクス。古代の地下水脈を利用した天然の要塞で、
人々はひとつの時代の終わりを目撃する――
(前スレ57-61より)
171Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:20:05 ID:???
 水蒸気爆発が視界を白く染める。
 想像を絶して余りあるデススティンガー変異体の火力は、「回避」という対処を物理的に
不可能にするほどのものであった。
 圧倒的な『面』の攻撃。攻撃力よりも防御力に主眼を置いたクァッドでなければ、
粉々にされていた。
 それでもプラズマフィールドジェネレーターがダウンするほどの火力は浴びたのだが、
オリバーは愛機の損傷に幾許の意識も向けていなかった。平生の彼にはありえぬこと
だったが、今はマキシミンの言葉の真意をどう捉えるべきか――その一点に思考が
集約されていた。

「どういうことだ。お前、俺がわかるのか?」
「ああ」
 認めた。まるで、朝食に食ったのはパンかとでも聞かれたように。
「なら、なんで俺と戦ってる!」
 リニアやアレックスであれば、直接問いただす前にいくらかの理由を類推して
みただろう。しかしオリバーは、まだ戦闘中にそこまで冷静になれる器ではなかった。

「記憶はある。政府本部でやり合った後からな。だがその影響で、アーサー以外の
 騎士が深層意識に刻まれている、闘争本能を高める暗示が効き過ぎちまってな
 ――今の俺は修羅さ。何でもいいから戦いたくてしょうがない。そしてオリバー、
 俺はな、誰よりお前と戦いたかった」
 淡々と語るその声は、確かに見知った友人のものだった。しかしその口調には狂気が滲む。

「お前と組んで闘ってきた日々――ああ、楽しかったぜ。けど、お前には心底イラついて
 もいた。目立ちたがりのお前のために裏方に回るのはいつも俺だったろ? お前が
 問題起こした時に俺が尻拭いしてやったこと、何度あったっけ? いや、それも実力が
 ありゃ、少しは見過ごせる――」
 引き出されたマキシミンの攻撃性が、最前の一斉砲撃にも劣らぬ火力で無形の砲火を
吐き出す。それは友誼の裏に育まれていた黒い感情。いかに堅牢なEシールドでも
防げないものだ。
172Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:22:34 ID:???
「お前の何が一番ダメかって、分を弁えてないことさ。正直言って、パイロットとしての
 能力じゃ俺はいつだってお前より一段も二段も上を行ってたと思ってるぜ。そんな俺が、
 自分より弱い相方の自己顕示欲を支えてやってたのは何故だと思う? それはな――
 『友達』だからだよ。お前からナルシシズムと虚栄心を取ったら、何も残らないんじゃ
 ないかって、心配してやってたのさ」

 オリバーは自分の心臓が急激に重さを増したような衝撃を覚えた。自分よりマキシミンの
方がゾイド乗りとして優秀なのは、心の奥底では解っていたことである。しかし、皮肉
たっぷりに発音された「友達」の言葉は、字義とは真逆の侮蔑を浴びせかけてくるものだった。
 ずっと見下してきた。
 お前の友などではなかった。
 その事実が、必ず友を救い出すという誓いを根本から揺るがそうとしている。
 いないものを救うことはできない。

「そうそう、俺がなんで騎士に選ばれたか知らないだろ? アーサーが言ってた
 “血塗られた剣”ってのは、俺が作られる前のコードネームなんだとさ――
 俺、人工的に作り出された能力者らしいぜ」
 二度目の衝撃であった。オリバーは彼を自分と同じ戦災孤児だと思っていたし、今の
口ぶりからしてマキシミン自身も騎士から聞くまでは己の出自を知らなかったのだろう。
「あのセディール・レインフォードと同じとはね……ま、考えてみりゃ物心ついた時から
 “ギルド”の施設にいたしな。両親は死んじまったって説明を真に受けてたが、何の
 ことはない、最初から『いなかった』ワケだ」
「マキシミン――」
「おい、何だその人を憐れむような目つきは? 俺はお前に同情して欲しくてこんな話を
 してるんじゃない。そもそもの生まれからして、俺とお前じゃ格が違うってことを
 教えてやろうとしてるんだよ」

 オリバーの能力は、第二段階に進化した今ならまだしも、かつては見栄えだけの能力と
揶揄されもした。残像の発生など高性能の立体投影機を積んでいれば造作もないことで、
機械で代替できる能力はかつてギルドが定めた能力者基準では低ランクにカテゴライズされる。
173Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:26:30 ID:???
 対して、マキシミンの能力は特異なものである。ゾイドのパーツを己の内部に取り込み、
機体を際限なく強化できる。騎士となって剣を得ても、限界値が伸びただけで能力の根幹は
変わっていない。
 それはあたかも魔剣のごとき力である。敵を斬るたびにその血肉を喰らい、刀身を紅く
変じさせながらその切れ味を増してゆく、血塗られた魔剣。
 ゆえに“ブラッドベイン”。彼はそう名付けられ、そう名乗るのだ。
「お前の機体もなかなかの性能じゃないか。そのパーツ、いただくぜ」

 異形の魔蠍が八足と三尾で地を蹴った。瞬時に間合いが詰まり、巨体が空中から爪を
突き出す。本能がオリバーを自失から弾き出し、クァッドは敵の下をくぐり抜けるように回避。
 そのまま背後を取るが、オリバーは攻撃を躊躇った。その一瞬に伸びてきた小型の鋏が
獅子を捕らえる。
「戦えよ、ヘタレ野郎! それとも死ぬまで独りで友達ゴッコ続けてみるか!」
「……そんなに俺と戦いたいかよ」
 ただ、低い声であった。
 オリバーの腕が翻り、キーボードの上で形の良い指が踊る。閃光が獅子の脇腹で瞬き、
そこに奇妙なほど平坦な鈍色のブレードが転送される。
「いいぜ、来いよマキシミン。悪いがまずお前の相棒を大人しくさせる」
 モノポールブレード――遥か過去に宇宙から失われた物質の、位相欠陥の剣。人工的に
生成されたそれはレーザー加工され、恐るべき武器となる。
 デススティンガーの超重装甲をするりと貫いて、ブレードが突き刺さった。と、そこから
瞬く間に副腕が潰れていく。刺された一点目がけて巨大な力に圧縮されていく。
 マキシミンは何の迷いもなく鋏を切り離し、周囲の残骸から代用のアームを拵えた。
「それでいい。本気で殺し合おうぜ――オリバー・ハートネット!」
 巨獣の背が光る。レーザーの壁を左にかわし、突き出された右腕を跳躍で回避。巨大な
爪が後右脚を捉えるも、あらかじめ転送されていた白銀の太刀を重しに獅子の身体が反回転。
そのまま蠍の腕を半ばから断ち切り、拘束を逃れる。
 その時にはモノポールブレードが消え失せ、スプライト・ドライバーがオレンジの光を
湛えていた。最大出力で放たれた巨大な雷――それが二度、三度と続いて敵の巨体を
削り取る。
174Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:30:21 ID:???
 灼けついた砲身を即座に専用ベースへ送り返し、、左右に呼び出したレールキャノンと
ガトリングガンをそれぞれ一斉に乱射する。兵器転送システムをフル活用するその戦い方に、
手加減はない。
 コックピットにいるオリバーは、その表情に何らの感情も表わしていなかった。奇妙な
ほどに冷静。異常なほどに平然。彼とシンクロする愛機でさえ、その凪いだ顔にうそ寒い
ものを覚えた。
 ――大丈夫か、オリバー……彼は闘争本能が暴走しているんだ。怒りに任せて
やりすぎるなよ。
「わかってる、大丈夫だ」
 そう言う声さえどこか空疎で、クァッドライガーの意識は不安を募らせることとなった。
全身の金属細胞でシンクロ中のオリバーとてそれは手に取るように解るが、自分でも
コントロールできないほど彼の深層心理は割れていた。

 友を信じる心。どんな暴言を吐こうと、それはマキシミンの本心ではないという思い。
 そして、信じていたからこそ――もしもそれこそが本心であるなら、という懼れ。
 自分が見てきたものが仮面だったとしたら? そんな疑いを抱く自分が嫌になる。だが、
それでも疑念は抑えられない。
 もしそうなら――
 あれがあいつの本心なら――
 俺は、あいつを……■してしまうかもしれない――

「……っ、俺の意志がそんなに弱くてたまるかよ!」
 俺が信じてやらなくて、誰があいつを信じてやれる!
 砲身が過熱し撃てなくなった武器を送り返す。返却と取り寄せの転送動作を同時に行い、
弾雨に打たれて残骸の鎧を剥がされたデススティンガーへ向けて、外装式プラズマ粒子砲を
叩き込んだ。
 しかし残骸から取り込まれたEシールドが光の壁となってビームを散らす。一つ一つが
強力な兵装の最大火力を浴びせ続けてもまだ有効打にならない事実が、マキシミンの能力
で強化された機体が得る無尽蔵のタフネスを雄弁に語る。
 粒子砲の火線がシールドを突破する前に、地底湖を埋め尽くすゾイドの残骸が舞い上がった。
破壊した拡張部分が瞬く間に埋められていく――これではキリがない!
175Innocent World 2 円卓の騎士:2009/09/11(金) 20:45:33 ID:???
「よう、どうした? 機体の便利機能に頼ってばっかじゃねえか、ゾイド乗りとして
 恥ずかしくねえのか? ああ悪ィ、腕も能力もヘボだから性能で補ってんだよな!」
 言いたい放題なマキシミンに、あとで一発殴ろうなどと思いつつオリバーは武器を換装した。
走り回って僅かな死角に入り込み、巻き上げられていく残骸に向けてそれを連射する。
 それを繰り返すうちにマキシミンは機体の再生を終えていた。むしろ先ほどよりさらに
巨大になっている。
 再び換装。左右一振りずつのフォトンカッターを大上段に構えて、クァッドが正面から斬り込む。

「は、正面からバンザイアタックたぁ舐めてくれる――」
 たった今再構築された腕で迎撃しようとしていたデススティンガーが、閃光と炎に包まれた。
「よう、どうした? 爆風のドレスはいい着心地か?」
「て……てめぇ、吸収したパーツにグレネードを仕込みやがったのか!」
 腕も外装も弾け飛び、迎撃手段と身を守る鎧を一度に失った機体にフォトンカッターが
振り下ろされる。残っていた尾の“剣<ブラッドベイン>”で受け止め、七色の光が飛び散る
鍔迫り合いの形となった。しかし本体の動きに追従する残像が幾重にも斬撃を叩きつけ、
凄まじい圧力にさしもの真オーガノイドも押し負けた。マキシミンがとっさに機体を後ろに
跳ばせるも、両足全てが内側のフレームごと粉砕された。いわゆる「達磨にされた」形である。

「どうだい、腕も能力もなかなかだろ?」
「……勝ったつもりか?」
 完全に戦闘能力を喪失したと見える機体の中にあって、マキシミンは未だ敗者の顔を
していない。憎悪に燃える闘士の顔から、再び相手を蔑む笑みが浮かびあがる。
 それは、まだ切り札を隠している者の顔だった。
「残像の生成能力、第二段階に進化すると質量を獲得する……なるほど? 確かに
 そこそこ強力な特性を得たな。近接戦闘のパワーが桁違いだ。
 けどよ、能力の進化……お前だけの特権だと思うか?」
 無残な姿で転がっていたデススティンガーが、赤く巨大な光の塊と化した。
「な……そんな、まさか……ウソだろ!」
「月並みなリアクションをするんじゃねえ、これが俺の……進化した力!」
 地下いっぱいに、赤い光が拡がってゆく――。

   <続く>
176第二次アッキバ防衛線 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:49:05 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰ったオルディオスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

    『第二次アッキバ防衛作戦』  超巨大団子虫機械獣Gヴァルガー 登場

 今回は最初からキングとトモエが二人一緒にいる所から始まるのであるが…普段とは
やや様子が違っていた。

「おい……俺は態々オルディオスを出力全開でぶっ飛ばしてここまで来たんだぞ。お前が
泣きそうで大ピンチだって言うから…態々助けに来てやったんだぞ…。」
「それは恩に着るとさっきから言っておるでは無いか…。本当、わらわは今お主の助けが
無ければどうにもならない位に追い詰められておるんじゃ…。本当、この通りじゃ…
わらわを…わらわを助けてくれ!」
 普段からキングに対し高圧的な態度を取っているはずのトモエがキングに頭を下げ、
逆にキングは気に入らないと言う態度を取っていた。それは何故かと言うと…
「今のお前に俺が必要と言う事はわかった。だがな…なら何でこんなメイド服を着なきゃ
ならんのだぁぁぁぁ!?」
 そう。何故かキングはメイド服を着せられていたのである。メイド服って言ったら
メイドさんが着たりしてて白と紺の二色でフリルが付いていて、如何にもヲタが好み
そうなアレである。
177第二次アッキバ防衛作戦 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:50:02 ID:???
「それの何処が気に入らんと言うのじゃ? わらわの見立て通り、実に美しく決まって
おるでは無いか。あまりの美しさに女のわらわでも嫉妬してしまいそうじゃ…。」
「美しい…っておい! 俺は男なんだぞ!?」
 トモエはメイド服姿のキングに見惚れてはいたが…生憎キングは男なわけで………
確かにキングは俗に“男の娘”と呼ばれるタイプな位に美少女顔の男であり、首から下
さえ衣装で隠していれば美少女として通用するであろうが……それでも男なわけで……
「俺を態々女装させてどうするつもりなんだよ。女装しなきゃダメな事でもあるのか?」
「そう。それじゃ。お主に頼みたい事はまずメイド服姿で無ければ出来ない事なのじゃ。」
 トモエの言うメイド服姿で無ければ出来ない事とは一体どう言う事だろう? もしや
何処ぞの金持ちの家にでもメイドとして潜入する作戦か何かでもやるのか? とキングは
考えていたのだが……そこでトモエに連れられた先でキングは恐ろしい物を目の当たりに
する事となる。

 メイド服姿のキングがトモエに連れられた先。それは何かの広大な建物の中だった。
そこでは他にも様々な人々が何かをやっており、その中の一つのテーブルに案内され
同じく置かれていた椅子の上に座らせられた。
「お主にやって欲しい事はお主が考えている程難しい事では無い。むしろ簡単な事じゃ。
要するにここに座ってニコニコ笑顔でやって来たお客にこの同人誌を売れば良いのじゃ。」
「へ〜、そりゃ簡単だ〜………ってえぇぇ!? ど…同人誌ぃぃ!?」
 キングは初めて今自分の置かれた状況に気付いた。要はトモエがキングにさせようと
している事は同人誌の売り子。トモエが凄いピンチだと聞いて真剣に助けにやって来たと
言うのに…と、キングは呆れる所か泣きたくなってすらいたのだが…トモエは真剣だった。
「何じゃその顔は! ここを何処だと思っておる! 漫画大国アッキバ王国! そして
今日はアッキバ名物の大同人誌即売イベントの日なんじゃぁぁぁぁぁ!!」
「な……何だってぇぇぇぇぇぇ!?」
178第二次アッキバ防衛作戦 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:51:04 ID:???
 “アッキバ王国”
 漫画・アニメ等のコンテンツ系産業において異常な情熱を燃やす事で有名な国であり、
またこの国から発信された作品は世界中に支持者がいる為、周囲を軍事大国に囲まれた
状況でありながら独立を維持出来ていると言う奇跡の様な国家。またこの国名物の
同人誌即売会は世界中からヲタな人種が到来する超ビッグイベントであった。

「分かった…。とりあえずここがアッキバで、イベントの同人誌即売に協力しろって事は
辛うじて分かった。」
「ほう、お主にしては中々素直じゃのう。」
「だが………何なんじゃこの同人誌の内容はぁぁぁぁぁ!?」
 キングがこれから売らなければならぬと言う同人誌のページを開くと、そこには俗に
ゾイドガールと呼ばれるゾイドを擬人化した美少女のキングゴジュラス版とも言える様な
キャラクターが何故か触手怪獣みたいなのに戦いを挑むかど巻かれて色々やられる……
早い話が18歳以下禁止な内容だったぁぁぁぁぁ! これにはキングゴジュラス本人たる
キングとて血の涙を流したくなるってもんだ。
「わらわが魔術も何も使わず、この手で執筆した同人誌にケチを付けるのか!?」
「お前が描いたのかよぉぉぉぉぉぉ!!」
 魔女(魔法使い的意味で)たるトモエがペンを握って机に向かって漫画を描く光景は
想像するだけでかなりシュールな物があったが…今と言う状況においてはトモエの言う
通りにする他は無かった。
「さあもう直ぐお客様が来られるぞよ。お主もニコニコ笑顔で出迎えるのじゃ。出来れば
『いらっしゃいませご主人様!』なんて言えばなお可じゃ!」
「あ………あああ…………。」
 とりあえず同人誌の売り子をやる事にしたキングだが…その顔は凄まじく嫌そうだった。
179第二次アッキバ防衛作戦 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:51:55 ID:???
「いらっしゃいませご主人様。こちらの同人誌はいかがですか? ありがとうございます
ご主人様!」
「お主ノリノリじゃないか………。」
「演技力があると言って欲しいな……………いらっしゃいませご主人様〜!」
 ついさっきまでは嫌そうな顔をしていたと言うのに、いざ客が来ると身も心もメイド
って感じの売り子っぷりを見せるキングにトモエはやや眉を細めていた。客も客で…
「これ下さい。 いや〜貴女の様なお美しいお嬢さんから買えるとは幸せであります!」
「ご購入ありがとうございますご主人様!」
「…………………。」
 と、この様にキングのメイド服姿を男と気付く事無くむしろ好評であった。確かに
キングは首から下さえ衣装で隠してしまえば男とバレない位の男の娘であり、声もまた
女性的。そして元はと言えばトモエがこれを狙ったのが始まりではあったが…流石に
こうまでノリノリのメイドっぷりと客の好評っぷりを見せられるのはやや引く物があった。
「ありがとうございますご主人様!」

 その後も客はぞろぞろと現れ、キングはトモエの描いた同人誌を売り捌いて行ったが…
冷静に考えて見て欲しい。異星のオーバーテクノロジーがフルに活用され、敵のみならず
搭乗者であったヘリックU世からも“これはあってはならない物だ”と恐れられた超兵器
キングゴジュラスが、何が悲しくて魔法で人間の男の娘に姿を変えられ、メイド服を着て
同人誌即売会で同人誌の売り子をする光景を………もはやシュールとしか言い様が無い!

 とまあそんな感じでキングとトモエは順調に同人誌を売り続けていたし、イベント全体
としても小さな騒ぎこそあれど、客にせよ他の同人サークルにせよ皆それぞれに楽しんで
いたのだが…………ここで一つの変化があった。
180第二次アッキバ防衛作戦 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:52:38 ID:???
「けしからんけしからん! けしからんザマスー!!」
 突如としてこの様な声が響き渡り、思わず皆がその声の来た方向を向いた。すると
そこには何か如何にもPTAのおばちゃんみたいな感じの一人の中年女性の姿。
「な…何だ…あのオバはん…。」
 ありゃ一体何者なんだとキングは首を傾げていたが…そこでトモエが頭を抱え始めた。
「あちゃ〜……やっかいな奴が現れてしもうたな…もう…。」
「何だ…知ってるのか?」
「知ってるも何も……あやつは全世界の児童保護を訴えているとある民間組織の長として
も有名なスネグアじゃ………。」
「全世界の児童保護? 素晴らしい事じゃないか。それで何故頭を抱える?」
「実際に世界中で可哀想な目にあっている恵まれない子供達を保護すると言うのなら
それは素晴らしい事じゃが………見てみい。そろそろ始まるぞ。」
 トモエがスネグアと呼ぶあのPTAのおばちゃん風の中年女性の方を見てみると…
彼女は突然スピーカー片手に叫び始めたでは無いか。
『けしからんけしからん! 全くけしからんザマス! この様な卑猥な物が世界に
出回っているとは……例え絵であっても許せない事ザマスー! こんな物があるから
世の中から性犯罪が無くならないザマス! 分かってるザマスか!? こんな汚らわしい
漫画などが性欲を刺激し性犯罪を助長している事を! こんな汚らわしいイベントは
即刻中止にするザマスー!』
「あ…あのオバちゃん…な…何を言ってるんだ?」
 イベント会場の真っ只中で大音量のスピーカーを鳴らし、このイベントと世界中から
集結したヲタ達、果てにはアッキバ王国の理念までもを否定するスネグアの発言には
キングも呆れてしまう程であった。
181第二次アッキバ防衛作戦 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:53:56 ID:???
「お前も分かったじゃろう。きゃつらの言う児童保護とはただの名ばかり。今この瞬間も
恵まれずに苦しい思いをしておる子供達がいるのに誰一人として助けようとせず、実際に
やっておるのはこの様なヲタに対する弾圧じゃ。きゃつらが言うには娯楽は人を駄目に
してしまうそうな。娯楽の無い生き方に何の楽しみがあると言うんじゃ………。」
 トモエはスネグアを憎悪の目で睨み付けており、これも普段の彼女からすれば尋常な事
では無かった。と、その時だ。突然スネグアがキングを指差したでは無いか。
『そこの水色髪のくせにアホ毛だけ真っ赤な貴女! 分かってるザマスかー!?
そんな男の性欲を掻き立てる様な卑猥な容姿をしている事もまた性犯罪を助長している
事になるザマスよー!』
「な! なんだと……い…いや…何ですってぇぇぇぇ!?」
 キング自身は別にヲタでも何でも無い故、ここのヲタがどんなに叩かれ様とも別に
どうと言う事は無かったが、自分自身が直接馬鹿にされるのは聞き捨てならなかった。
そしてとりあえず女性の振りを維持しつつ、席から立ち上がりスネグアへ接近!
「おお! メイド服の美少女売り子ちゃんがあのヤバそうなオバサンと一騎討ちだ!」
 やっぱりヲタ達はキングが男である事に気付いてはいない様子であり、中には写真を
撮り始める者さえいたが、今は構わないとばかりにキングは構わずスネグアと相対した。
「こちらにいらっしゃられる殿方達をどうこうするより、実際に泣いていらっしゃる
子供達を救って差し上げるのが先決では無いのですかおば様?」
 容姿のみならず、仕草口調にいたるまで女性の振りをしつつスネグアに対抗するキング。
「それにこちらの殿方達を実際に良く見てごらんなさい? あの方達に実際に誰かを襲う
度胸があるとお思いですか? むしろ返り討ちにされるのが目に見えてますよ。それに
逆に考えれば良いんですよ。漫画やアニメに一生懸命になっている内は当然のごとく
他の事に目が向かずに安全って…。」
「おお! 売り子ちゃんが今凄い良い事を言ったぞー!!」
 普段の口の悪さから考えて別人の様に淑女ぶるキングの姿は非常にシュールであったが、
いずれにせよスネグアにとって苦しい展開になっている事に代わり無かった。
182第二次アッキバ防衛作戦 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:55:08 ID:???
『うるさいうるさいザマスー!! こんな卑猥なイベントは即刻中止ザマスー!!』
「ギャァァァァ! うるせぇぇぇぇ!!」
 スネグアは突如としてスピーカーの音量を最大にして叫び始めた。その表情は怒りに
満ちており、顔も真っ赤っ赤。この手のタイプは感情論で都合の悪い物はただただ禁止に
すれば良いと考えているが故、この様に反論されると苦しくなる為にこの様にひたすら
規制論を叫んで我を通そうとしているのだろうが…残念ながら大声を出す事に関しては
キングにとっても得意分野である。
『そんな事より実際に苦しい思いをしている子供達を直接救ってくださいなぁぁぁ!!』
「うあああ! こっちの売り子ちゃんも凄い声だぁぁぁぁ!」
 伊達にキングゴジュラスとしてスーパーサウンドブラスターで群がる敵を吹き飛ばし
まくってはいない。流石に殺傷力こそ無いが人間の姿のままでも大声で相手を怯ませたり
鼓膜を破ったりする様な事は出来たのである。そして、そんな彼女…いや彼の咆哮を
至近距離から食らったスネグアはそのまま会場の外に吹き飛んで行くのであった。
「おおー! 売り子ちゃんがヤバそうなオバちゃんをやっつけたぞー!」
「ありがとう! 君のおかげでアッキバイベントの平和は守られたんだー!」
「ど…どうもどうも…。どうもありがとうございます…。」
 邪魔者が消えたとばかりに周囲のヲタ達はキングに拍手を送り、写真を撮りまくる者
まで現れる始末。キングも一応メイド服を着用した女性の振りをし続けつつお辞儀を
繰り返して元いた席に戻り、何事も無かったかの様にイベントは再開された。

 その後もトモエの作った同人誌は売れに売れた。何せ先のキングによるスネグア撃退が
かなりの宣伝効果になっていたし、そんなキングと握手を求めるヲタまで現れる始末。
キングにとっては女性の振り&営業スマイルを続けながら、握手までしなければならない
と言う大変な事になっていたのだが…その平和も長くは続かなかった。
183第二次アッキバ防衛作戦 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/09/26(土) 21:56:21 ID:???
「大変だー! 何か飛んで来るぞー!」
 一人のヲタがそう叫び、天を指差した。すると一体のホエールキングが何処から
ともなく会場近くの上空にまで飛来していた。
「な…何だ…? 何かのアトラクションでもやるのか?」
「そんな話は聞いとらんぞわらわは…。」
 突如として会場近く上空に飛来したホエールキングにキングとトモエもまた困惑する中、
それはイベント会場上空を旋回しつつ下腹部の装甲を展開させた。するとどうだろう。
そこから一体の団子虫型ゾイド・ヴァルガが投下されたでは無いか。しかもこれはただの
ヴァルガでは無い。ヴァルガをベースとしながらもさらに一回りもニ回りも三回りも
巨大化させた“超巨大団子虫機械獣 G(ジャイアント)ヴァルガー”
「うあああ!! 何か巨大なのが落ちてくるぞぉぉぉ!!」
 Gヴァルガーが轟音を立てながら着地すると、その機首を会場に向けていた。この状況
ならば誰にでも良く分かる。Gヴァルガーの狙いは…イベント会場だ!

「ホォォォッホッホッホッホ!! 世界中の子供達の為にこの様な性犯罪者予備軍どもは
この国ごと一掃してやるザマスゥゥゥゥ!!」
 何と言う事だろう。Gヴァルガーなる巨大ゾイドによるイベント破壊を目論んでいた
のはスネグア自身。彼女が一体何処でこの様なバケモノゾイドを調達したのかは謎だが
スネグア自身がGヴァルガーのコックピットに乗り込み、イベント会場の破壊を狙って
いる事は事実であった。

「テロと思しき不審ゾイド出現! 直ちに応戦せよ!」
 Gヴァルガーの出現に、イベント会場付近に待機していたアッキバ王国国防軍ゾイドが
次々に飛び出し、Gヴァルガーの進路を塞ぐ様に立ちはだかった。実はこのイベントが
テロ攻撃を受けた事は今回が初めてでは無く過去にもそれなりにあり、その為に会場防衛
の部隊もまた配備されていたのだが…Gヴァルガーの外殻各部に装備されたレーザー砲や
ミサイルの雨あられで蜂の巣にされてしまった。まあ正規軍が役に立たないのは何時もの
事だしね…
「アッキバ国防軍がやられた! このままじゃここは全滅だ!」
「そんな事させてたまるか! こうなったら俺達の手でここを守るんだー!」
 普段は気弱そうなヲタ達であったが、大好きな漫画やアニメとこのイベントを守る為
ならばなりふり構わず漢を見せ、ヲタ達が世界各地からアッキバ王国に来る際に使用した
と思われる装甲各部に美少女キャラのイラストがデカデカと描かれた痛ゾイドへ向けて
駆け出そうとしていたのだが…そんな彼等の前に立ち塞がったのは何とキングだった。
「う…売り子ちゃん……?」
 そしてキングはあのバケモノ相手に貴方達では勝ち目が無いと言わんばかりの表情で
身体を大の字に広げ、Gヴァルガーから会場を守る為に各自の痛ゾイドへ向かおうと
していたヲタ達の前に立ちはだかっていた。
「行かせてくれ売り子ちゃん! 確かに戦いの素人な俺達じゃあんなバケモノには
敵わないかもしれない。しかし、俺達の愛した漫画・アニメ…そして数々の名作を輩出
したアッキバ王国があんなわけの分からん連中に蹂躪されるのはもっと嫌なんだ!」
「そうだ! 俺達は命に代えてもこのアッキバを守ってみせるんじゃ!」
 普段はアニメの美少女キャラクターにハアハアしてるだらしない男の代表とも言える様な
ヲタ達なのになんと言う漢らしさだろう。しかしそれでもキングは彼等に道を開ける事を
止めはしなかった。
「良いから…ここは私に任せて…。」
 こういう状況になってもまだ地を出さずに淑女ぶるキングの演技力には頭が下がるが、
そのままヲタ達を止めつつクルリとGヴァルガーへ向きを向けるキングの様は…中身が
男であるという事を差し引いても美しい物があり、ヲタ達は思わず見惚れてしまっていた。
「す…凄いべ…売り子ちゃん…まるで女神様の様な神々しさだべ……って言うか本当に
光ってるべぇぇぇぇぇ!?」

 ヲタ達が驚愕する中、キングの真紅のアホ毛から発せられた眩い真紅の光はキングの
体を包み込んで行き………その姿をキングゴジュラスへ変えていた…………
『さあ来い! こうなった俺は他の連中程優しくは無いぞ!』
「え………売り子…ちゃん…?」
 流石に正体を現してからは淑女ぶるのを止めたキングゴジュラスの姿をヲタ達が呆然と
見つめる中…キングゴジュラスはGヴァルガーへ向けて駆け出した。
『ダブルキャノンだ!! これで砕けて死ねぇぇぇぇ!!』
 キングゴジュラスの胸部に装備された二連ガトリング砲×2、通称ダブルキャノンの
砲身が高速回転を始め、そこから矢継ぎ早に撃ち出される超高熱の砲弾がGヴァルガーへ
向けて突き進むが……次の瞬間Gヴァルガーは伊達に団子虫型ゾイドでは無いと言わん
ばかりに全身を丸め、強固な外殻でダブルキャノンの砲弾の全てを弾き返してしまった。
「ホーッホッホッホッホ!! このGヴァルガーにその程度の攻撃通じないザマスー!」
『なぬぅ!? その程度って……デスザウラーの荷電粒子砲より威力あんだぞそれ!』
 確かに今までキングゴジュラスが戦って来た機怪獣ならばダブルキャノンに耐える様な
耐久力を持つ者も少なくは無かったが…Gヴァルガーは明らかに人の手で作られた機体
であり、その程度と言わしめる耐久力は尋常ならざる物であった。しかもそれだけでは
無い。Gヴァルガーが丸くなったまま高速回転を開始し、キングゴジュラス目掛け
体当たりを敢行して来たのだ!
「GヴァルガーのGグラヴィティーアタックで会場ごと押し潰されるザマスー!!」
 通常のヴァルガは精々中型級のサイズでしか無いがGヴァルガーは違う。そのサイズは
殆どお約束的にキングゴジュラスをも超える体躯を誇り、それが高速回転して突っ込んで
来る様は…例えキングゴジュラスとて轢き潰されかねない。しかしキングゴジュラスには
逃げられ無い理由があった。それは彼の背後にはイベント会場と、世界各国から集結した
無数のヲタ達の姿があったからだ。別に彼等を助ける義理は無いが、だからと言って彼等
を見殺しにする事も出来ないと何時に無く彼は考えていた。少なくとも先程まではキング
自身もトモエの作った同人誌の売り子としてイベントに参加していた身だ。ここで彼等を
見捨てるのは何か忍びない。そして何よりも…いくらキモイからと言ってイベント会場に
ヲタ達を性犯罪者扱いして排除しようとするスネグアの考え方は間違っている! だから
こそ、キングゴジュラスに退く事は出来なかったのである!
『くんぬぅぅぅぅぅ!! こんなもん押し返したるぅぅぅぅ!!』
 Gヴァルガーの高速回転グラヴィティーアタックに対し、キングゴジュラスは両腕の
ビッグクローを正面に突き出してそれを受け止めた。それをしてもGヴァルガーの回転は
止まらず、ビッグクローとGヴァルガーの外殻の摩擦によって双方が削れ、激しい火花が
散って行く。
『んおらぁぁぁぁ!!』
 キングゴジュラスの強靱たる腕力を持って止まらないGヴァルガーの恐るべき回転力。
しかしここでキングゴジュラスの蹴りが炸裂した。腕より脚の方が力で勝るのはキング
ゴジュラスも同様。流石のGヴァルガーもその巨体をサッカーボールの様に数百メートル
先まで蹴り飛ばされてしまった。
『おーいちちちちちちち………ヴァルガって俺に使われてる技術の一つを劣化コピーした
だけの機体のはずなのに…独自に技術を昇華させたって事か?』
 何とかGヴァルガーを会場から引き離す事に成功したが、Gヴァルガーの外殻の強度と
回転力はキングゴジュラスのビッグクローをも摩擦熱で赤熱化させてしまう程であった。
これは流石のキングゴジュラスにとってもかな〜り痛い。しかし油断してもいられない。
何故ならGヴァルガーは再び猛回転しながら突っ込んで来たからだ。
「中々やるザマス! しかしそれもここまでザマス! 世界中の子供達を守る為に……
こんなけしからん連中は一掃しなければならないザマスー!!」
『だぁからここでヲタの相手してる暇あったら直接子供達を救ってみろってんだよ!!
ブレードホーンラッガー!!』
 Gヴァルガーの外殻を斬り裂くべく、キングゴジュラス頭部に輝く真紅の角、ブレード
ホーンをブーメラン状にして投げ付ける荒技、ブレードホーンラッガーを投げ放った。
今までも幾多の機怪獣の強靱な肉体をも斬り裂いて来た実績があるが…Gヴァルガーの
強固な外殻と回転力によって弾き飛ばされてしまった。
『くっそぉぉぉぉ!! 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇぇぇぇ!!』
 キングゴジュラスは口腔内のキングミサイル、胸部のダブルキャノンを連続で撃ち放ち、
Gヴァルガーに着弾する度に激しい轟音と大爆発が響き渡るが…それでも止まらない。
「ホーッホッホッホッホッホッホッホ!! 何をしても無駄ザマス! 何故なら私には
世界中の子供達が付いているザマスぅぅぅぅぅ!!」
『ふっざけんなぁぁぁぁ!! 直接救いもせずにヲタ弾圧してるだけのてめーに味方する
子供が何処の世界にいるってんだよぉ!!』
 なおもキングミサイルとダブルキャノンの連射をお見舞いするも、Gヴァルガーの外殻
と回転、そして自分に酔うスネグアはやはり止まらない。とその時だ。キングゴジュラス
首下のガンフラッシャーが点滅を開始した。彼がキングゴジュラスとしての姿を維持する
時間に限界が近付きつつあるのだ。このままでは数十秒と経たずにキングゴジュラスは
人間としてのキングに戻ってしまい、Gヴァルガーによって会場は潰され、無数のヲタ達
はおろか…トモエの命も…………
『そ………そんな事は絶対にさせねぇぇぇぇ!! 何が何でも止めてやるぞぉぉ!!』
 キングゴジュラスは両腕を左右に大きく広げ、猛回転で突っ込んでくるGヴァルガー
目掛け突撃した。自身の強靱な装甲・パワー・エネルギーフィールド・グラヴィティー
モーメントバリアーの全てを尽くしてもGヴァルガーの回転を止める覚悟だったのだ。
「ホーッホッホッホッホ! 何をしても無駄ザマスゥゥゥゥ!!」
『世の中無駄と分かっていてもやらなきゃならない事だってあるんだぁぁぁ!!』
 直後、キングゴジュラスとGヴァルガーが激突した。重金属同士の衝突しあう激しい
轟音が響き渡り、そして金属が削れて行く甲高い音が続く。しかし…それも次第に弱まり、
終いには音は無くなった。そう…これはつまり………
『どうだ…止めたぜ……滅茶苦茶痛かったけどな…。』
「そ…そんな馬鹿な…ありえないザマスー!!」
 止まった。キングゴジュラスの正面装甲はGヴァルガーの回転による摩擦でズタズタに
されてはいたが、それでも何とかGヴァルガーを止める事に成功した。そして間髪入れず
球状に丸めていたGヴァルガーの身体を強引にこじ開けようとし始めたのだ。
『くんぬぬぬぬぬ…。』
「やっやめるザマスー!!」
 球状に丸くなっていたGヴァルガーの身体がキングゴジュラスのパワーによって強引に
こじ開けられ、徐々にその固い外殻に守られた脆弱な本体を露にしていく。スネグアは
それを阻止せんと外殻側面等に装備されたミサイル・レーザー等各種兵装を至近距離から
キングゴジュラス目掛け撃ち込んで行くが…まるでビクともしていない。スネグアは
何とかGヴァルガーの出力を上げてその身体を再び閉じようとするが、組み付かれた状態
ではキングゴジュラスの方がパワーが上であったのか、結局その勢いを止めるに至らず
ついにGヴァルガーの身体は完全にこじ開けられてしまった。
『外殻は頑丈でも腹部はそうじゃないよな?』
「や…やめるザマス…。」
 スネグアが真っ青になる中、キングゴジュラスはGヴァルガーの脆弱な腹部に自身の
胸部スーパーガトリング砲を押し当てた。そして…不敵な笑みを浮かべこう言ったのだ。
『ぜぇってぇやなこったぁ!! って事でスーパーガトリング行ってみよー!!』
 キングゴジュラスの情け容赦の無いスーパーガトリング砲によるゼロ距離射撃が
Gヴァルガーの腹部目掛け撃ち放たれた。数千発にも及ぶ荷電粒子砲・レーザービーム砲・
超電磁砲は忽ちGヴァルガーのその身体を撃ち貫き………スネグアの野望…そして後方
上空にいたホエールキングもろともに跡形も無く爆散させていた………。
『これで全てが終わったとは思えない。世間のヲタとサブカルチャー対する偏見がある
限り…第二第三のスネグアが再び現れてくるに違いない…………。』

 戦いは終わり、キングゴジュラスは人間としてのキングの姿に戻って再びイベント会場
に帰ってきたが…そんな彼の姿を…会場中のヲタ達が呆然とした眼差しで見詰めていた。
「う…売り子ちゃん…?」
「あ…あの……ごめんなさい。じ……実は……俺………男でした〜って……………。」
 キングは思わず頭を下げ自身が男であるとヲタ達にカミングアウトした。恐らくこの後
彼が男と分かった途端にヲタ達が掌返して非難し、侮辱の視線を浴びせて来る事は確実
であろうと思われたが…
「こんな可愛い子が女の子のはず無いじゃないか!」
「俺達は分かってた! 分かっていましたよ!」
「俺、男の娘も大好きっすから大丈夫っす!」
「えええええええええええ!?」
 男であるキングを否定する所か肯定し、むしろ大好評だったという事実にキングは
愕然としてしまった。やはりヲタは恐るべき漢達じゃ。
「ハッハッハッハッハ! モテモテじゃのう?」
「うあああああ!! 他人事みたいに言うなぁぁぁぁぁ!!」
 男の娘大好きなヲタ達がキングに迫り、キングが真っ青になる中、トモエまでもが
彼をおちょくり初めてもう大変。
「あぁぁぁぁぁもう!! どうにでもなれぇぇぇぇぇぇ!!」

 この後、キングはイベント中央のステージにまで上がらせられ、そこで歌なんか歌わ
されたりなんかしちゃったりと本当世界中のヲタ達の人気者になっちゃいましたとさ。

                  おしまい
190名無し獣@リアルに歩行:2009/10/02(金) 11:32:06 ID:???
定期age
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰ったオルディオスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

  『ヤンデレは恐ろしいでござるの巻』  ヤンデレ機怪獣ヤンギャラド 登場

 ある晴れた昼下がり。キングが何気無く街から離れた道を歩いてると、何やら変な
光景に出くわしてしまうわけである。
「きゃ〜! 誰か! 誰か助けてくださ〜い!」
「へっへっへっへっ! 大人しく俺達と遊ぼうぜお嬢ちゃ〜ん。」
 どうやら一人のいたいけな(?)少女が何処かの世紀末に生息していそうなモヒカンやら
スキンヘッドやらの如何にも危なそうな男達に絡まれていたりしたのだが、キングは特に
構う事無くその場を通り過ぎようとしていた時……
「おい小僧! ジロジロ見てんじゃねーよ!! 喧嘩売ってんのかよぉ!?」
「え? 別に何も見てねーよ。」
 こっちが何もしてないと言うのに、何故か危なそうな男達の方からキングに喧嘩売って
来てしまった。要するにこういうタイプは悪さ出来れば相手は誰でも良いのだろう。
「つべこべ言うんじゃねぇぇぇ!!」
 よせば良いのに勝手にキングに襲い掛かろうとする男達であったが、モヒカン男が拳を
大きく振り上げた時には既にキングの拳が顔面にめり込まれていた。
「ぐっへぇ!」
「何!? ってんべぇ!」
 モヒカン男がキングに殴り倒された事にもう一人のスキンヘッド男が一瞬ビビったその
時には既に遅く、今度はそちらの腹にキングの蹴りがめり込まれ倒されてしまった。
 そりゃ〜確かにキングは外見こそ俗に“男の娘”と呼ばれる様なタイプかつ細身で
華奢な身体をしてはいるが、それはあくまでもトモエがそういう仕様に設定しただけの事。
彼の正体は今更説明不要と言う位にキングゴジュラスであり、実際にビース共和国の牢に
ぶち込まれた際、その手で直接鉄格子ひん曲げて脱獄した程度の力はあったのだ。
「じゃ。」
「あ! そこの人、おっお待ちになって下さいな〜。」
 男達が気を失って動かなくなった所で、あっさりと立ち去ろうとしたキングであったが、
そこへ先程男達に絡まれていたいたいけな(?)少女がキングに駆け寄って来た。
「待って! 待ってくださいよ〜!」
「ん? 何だよ。お前まで俺に何かあるのかよ。」
 と、男達はともかくとしても、このいたいけな(?)少女までもが喧嘩を売ってくるのかと
思ったのか、キングは拳をちょっと振り上げていたが、その少女は慌てて両手を正面に
突き出し、そのまま首と共に左右に振っていた。
「いえいえ! 違います! 違いますよ〜! 私はただお助け頂いたお礼をしたいと…。」
「別にいらん。って言うか俺は別にお前を助けた覚えは無いぞ。」
 キング個人は別にこの少女を助けるつもりで男達を倒したわけでは無いので、やはり
構わず立ち去ろうとしたが、何と少女はキングの腕に無理矢理掴みかかって来ていた。
「待って下さい! 待って下さいよぉぉ! 貴方がどう思おうと私は貴方に助けられた
のです! せめて…せめてお礼の一つでもさせて下さいぃぃ〜!」
「あーもー分かった! 分かったからその手を離せ鬱陶しい!」
「あっありがとうございます。ではこちらに付いて来て下さい。」
「おいおい何処へ連れて行くんだ?」
 その少女がかなり鬱陶しかったのか、キングは渋々彼女の申し入れを受け入れた。
するとその少女は、一度キングの腕から離れはしたものの、今度は手を引っ張って何処へ
連れて行き始めたのだ。
 そうして少女に手を掴まれたまま連れられる様に歩いていたキングだが、改めて良く
見てみると、その少女は只者では無い雰囲気を持っていた。ここは街からもそれなりに
離れ、周囲を木々で囲まれた道であると言うのに、まるで場違いと言わんばかりに良家の
令嬢風の格好をしており、やはりそれにはキングも何かしらの違和感を感じていた。
「あの…ところで貴方様のお名前を聞かせていただけませんか?」
「そういうのはまず自分の方から名乗るべきじゃないのか?」
「あ、済みません。私の名前はフローナ。フローナ=クルシスと言います。」
「俺ぁキング…。」
「じゃあキング様と及びさせていただきますね?」
「様は余計だ。」
 助けられた恩があるからとは言え、キングに態々“様”を付けるフリーナと名乗る少女
のこの態度はやはりその辺の一般市民とは異なる、やはり良家の令嬢であると思われるが
では何故そんな彼女がこの様な街から離れた道に一人でいたのだろうか…
「ところでお前…見た感じ結構良い所のお嬢様って感じと見たが…。」
「はいキング様。私の家はこの辺り一帯を治めていますわ。」
「げっ! 本当にボンボン……ってレベルじゃねー! 大地主か領主レベルか!?」
 キングはフローナについて、少々一般市民よりは上のレベルの家の娘であると考えて
いた。しかし彼女の言う事が事実ならば、実際は物凄い金持ち、もしくは権力者の娘で
あると思われる。と言うか、彼女の着ている衣装に付いた竜を象った様な紋章の時点で
由緒正しき何かを感じさせていた。
「じゃ…じゃあ…何でそんなお嬢様がこんな所を一人で歩いていたんだよ…。」
「だってこの辺りの山も森も近くの街や村もみんなみんな私の家の所有する土地、つまり
庭の様なものですもの。自分で自分の家の庭を歩いて悪いのですか?」
「う…う〜ん………。」
 やはりどうもこのフローナは凄い令嬢だけあって一般人とは感覚が違う様子だった。
彼女の言う通り、彼女にしてみればこの辺り一帯は自分の家の庭と言う感覚なのだろう。
それ故にキングにとっては何だか気味が悪くなって来た。
「ご…ごめん…やっぱお礼とやらは良いわ…何か真剣に恐れ多くて申し訳無くなって
来たんだが…。」
「ああ! 待って! 待って下さいよー! キング様ぁぁぁぁぁ!」
「ええー?」
 そそくさと逃げようとするも、やはりフローナはキングの手を掴んで止めてしまった。
しかもただでさえ“様”と付けられるのが何やら気味が悪いと言うのに、それを言う
フローナはこの辺りを治めると言う両家のご令嬢。これにはキングも恐れ多くて何か
嫌な物を感じて何か怖かった。
「お願い! お願いします! 何としても私を助けていただいたお礼をさせて下さい!」
「何故だ! 何故お前はそこまで必死なんだ!」
 キングは思わず叫んでしまった。キングは別にお礼等いらないと言うのに、頑なまでに
お礼をしようとするフローナに先程の男達とは比べ物にならぬ剣幕を感じていたのである。
しかし、そんな彼の叫びに対し、フローナはやや頬を赤めらせていた…。
「そ…それは……キング様…貴方が私にとって初めての殿方だからです!」
「はっ初めてぇ!?」
 一体何が初めてなのだろうか!? これにはキングも焦るが、彼女はこう続けた。
「本当に…本当に初めてなんですよ! 損得関係無しに私を助けてくれた人は! 今まで
私に近寄ってくる人達はさっきの怖そうな人達みたいに、私がこの辺り一帯を治める家の
娘と言う事で何かしらの欲望を抱いて来る人ばかり。でもキング様は違った。私を助けて
くれるだけでなく、むしろ私のお礼を拒否する謙虚さ…無欲さ…。そこに私は…私は…
惚れてしまったのです!!」
「なっ何とぉぉ!?」
 何かモロに告白っぽい事されてキングは真剣に焦った。確かに何度も前述している通り
フローナは凄い良家の令嬢。それ故にその財産目当てで近寄ってくる男は後を絶たない
だろう。それ故にそういう考えを一切持たずに助けたキングに尋常ならざる物を感じて
しまったのだろう。
「ですから私のお屋敷に…お屋敷に来てくださいな!」
「と…とは言ってもなぁ…。」
 このまま行けば、下手をすれば逆玉の輿と言う事もあり得るだろう。普通の男なら喜ぶ
べきシチュエーションであろうが、残念ながらキング個人はそういう方向性の欲望は
持たないと言うか、彼は今でこそ人間の姿をしているがキングゴジュラスなのである。
それ故にキングもどうすれば良いか困っていたのだが……そんな時であった。

「おーいキングー。こんな所におったのかー?」
「あ…トモエ…。」
 そこへ突然現れたのがキングを今の姿へと変えた諸悪の根源トモエ=ユノーラ。
そして彼女は何時もの魔法使い的な黒衣を身に纏い、威風堂々とキングに歩み寄る。
「おい…お前の方から現れて…一体何の用だ? また機怪獣でも出たのか?」
「出とらん出とらん。そんな事よりも、ちょっとこの近くで美味い店を見つけてな。
わらわと一緒に食いに行かぬか?」
 トモエの方からキングの所にやって来る時は決まってこのパターン。キングの事情など
お構いなしで何かしらの無理難題を押し付けてくるか、この様に食事に誘うかの二種類。
まあとりあえず無理難題を押し付けられるのでは無く、ただ単に普通に食事をするだけ
ならば良いかとキングも安心し、その辺をフローナに説明して丁重にここでお別れ
させて頂こうと考えていた………その時だった。突如として銃声が響き渡ったのは…。

「な……何だ!? 今の銃声は!」
 突然の銃声に何者かの襲撃かと考えたキングは周囲を見渡し警戒していたのだが、
こういう状況になってトモエのリアクションが無い事に何かしらの違和感を感じた。
「おいトモエ! お前の方で何か分かるか!?」
 と、キングはとりあえずトモエに訪ねて見たのだが…その次の瞬間だった。
「うっ……げはっ!」
「と…トモエ…?」
 キングはその光景を呆然と見詰める事しか出来なかった。無理も無い。トモエが
口から大量の血を吐きそのまま崩れ落ちる様に倒れこみ動かなくなったのだから。
「お…おい…何やってんだよ…こういう時によ…。死んだ振りなんてしてる場合じゃ…。」
 キングは恐る恐るトモエに近寄り、その身体を摩るが彼女はまるで動こうとしない。
しかもそれだけでは無く、さらに彼女の腹部からは大量の血が溢れ出て来ていたのだ。
「え…これって…まさか…お前…さっきの銃声………撃たれたのか………?」
 間違い無い。先程の銃声が響いた時に、トモエは何者かによって撃たれたのだ。しかし
おかしい。トモエはただの人間で無い事はキングが良く知っている。ぱっと見た感じでは
ただ単に魔法使い風のコスプレをしたような少女にしか見えないが、実際は違う。少なく
見積もっても数千年は生きている超常的存在であるし、鉄格子を軽くひん曲げてしまう
キングの怪力で首を締め上げてもビクともしないタフさも持っていた。だと言うのに
何故…何故立った一発の銃弾でこんな事になってしまうのだろうか。
「おい! 起きろよ! この位の傷はお前なら自力で何とか治せるだろ!? たった一発
撃たれただけで死ぬなんてお前らしくないぞ! おい! おい!」
 キングはトモエを抱き上げ揺さぶるが、彼女は一切反応は無い。そして彼は恐るべき
事実に気付く。トモエの目は完全に瞳孔が開いており、その心臓も停止していた事を…
「お…おい…嘘だろ…お前…死んだのか…こんな事で…こんな事で死ぬのかよぉぉ!!」
 キングは動かなくなったトモエを抱き上げ、改めて周囲を見渡し始めた。
「誰だぁ!! 誰がコイツを撃ち殺しやがったかぁぁぁぁ!!」
 キングの目には大量の涙が溢れ出ており、周囲に飛び散る程であったが…そこで彼は
背後に強烈な殺気を感じ取っていた。
「はっ!!」
 そこで彼は見た。突然の銃声の主。トモエを撃ち殺した者の正体を………
「お…お前………まさか……お前が……?」
 キングの視線の先にはフローナ。拳銃を構えたフローナの姿がそこにあった。突然の
銃声は第三者の襲撃による物では無かった。フローナが…フローナがトモエを撃ち殺して
いたのである。
「てんめぇぇぇぇ!! 何でこんな事するんだよぉぉぉぉぉ!!」
 キングは思わず怒鳴り付けていたが、逆にフローナはじっとキングの目を見つめていた。
「キング様こそ何故お怒りになるんですか? 私はただ突然現れてキング様を拉致しよう
とする女からキング様をお助けする為に撃ったまでです。なのに何故そんなにお怒りに
なるのですか? その女はキング様の一体何なのでございますか?」
「お…お前……それ……本気で言ってるのか…?」
 フローナの答えにキングは呆れた。彼女はトモエを撃ち殺した事に何の罪悪感さえ
感じていなかった。確かに戦場に行けばそういうタイプはゴロゴロしているが、彼女は
戦士では無く良家の令嬢だ。なのに突然トモエを射殺する等異常としか言い様が無い。
「一体何なのですか? その女は…キング様の一体何なのでございますか? その女は…
キング様にとって私より大切なのでございますか…?」
「当たり前だ!! コイツは…コイツは………………。」
 キングはフローナに対する怒りとトモエを失った悲しみの余り声が出なかった。確かに
ヘリック共和国の最強ゾイドとして華々しく散るはずだったキングゴジュラスを魔術に
よって人に変え、色々と無理難題を押し付けて来たトモエの所業はキングとしても腹の
立つ所であったが、同時にトモエはキングにとって最大の理解者であった。彼の故郷たる
ヘリック共和国も既に今は亡きこの時代においてキングが孤独感を感じなかったのは
他でも無いトモエがいればこそ。そう考えれば考える程…キングにとってトモエと言う
存在は必要不可欠な物だと改めて考えさせるに至っていた…。
「そんな……キング様は…私より…そこの女の方が大切だと言うのですか…?」
 キングのトモエに対する想いを理解出来ない、理解しようとしないフローナは頬を抱え、
その衝撃に苛まれていた。そして次第に彼女の瞳からハイライトが消えて行く……
「そんな…そんな…そんな…そんな…そんな……私はこんなにもキング様をお慕いして
いたと言うのに………裏切られた……裏切られた………裏切られた……裏切られた……。」
 フローナの瞳からは完全に明るさが消え、まるで生気も何も感じない暗黒が広がるのみ
だった。そしてその目から大量の涙が溢れる様に流れ出して来たのである。
「ウフ…ウフフフ…………アァァァッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
「!!」
 フローナは笑っていた。ハイライトの消えた漆黒の瞳から大量の涙を流し、泣きながら
笑っていた。それにはキングも嫌な予感を感じ、思わず後ずさりしてしまう程であったが、
次の瞬間だった。フローナは何かのリモコンの様な物を取り出し……
「来て下さいなぁぁぁ!! クルシス家自家用ガンギャラドォォォォ!!」
「ガンギャラドォォ!?」

 フローナがリモコンのボタンを押して数秒後、それは現れた。超高空から飛来した漆黒
の巨竜。それはかつて第一次大陸間戦争時代においてオルディオスキラーとして恐怖の
対象であったガイロス帝国のドラゴン型ゾイド“ガンギャラド”しかもこれはフローナの
家の自家用ゾイドと言う事で、彼女の衣装に付いているそれと同じ紋章が刻まれていた。
「お…お前…そ…それで一体何をするつもりだ!?」
「キング様……私は今でも貴方様をお慕いしております…。ですから……ですから……
ですからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 降り立ったガンギャラドに乗り込んだフローナの目はやはりハイライトが消えたまま。
そして目からは大量の涙を飛び散らせコックピットの彼方此方に水滴を付着させたその時、
突如としてガンギャラドに変化が生じたのだ。
「私はキング様をこんなにもお慕いしていると言うのに…貴方は私を裏切りました……。
でももう大丈夫……私がこのガンギャラドで何とかしてさしあげます……例え…例え……
ここでキング様を殺してしまったとしても…………うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 フローナのキングに対する愛…怒り…憎しみ…悲しみ…。それら全ての感情に呼応し、
ガンギャラドの身体そのものが肥大化し…変質して行く。それはまるであのエヴォルトに
酷似しており…僅か数秒も経たずしてガンギャラドの身体は…一回りも二回りも巨大化。
 フローナのキングに対する感情・行動が俗に“ヤンデレ”と呼ばれる物に相当する事
から、“ヤンデレ機怪獣ヤンギャラド”と呼ぶに相応しい物へ変異してしまっていた…。
「キング様ぁぁぁぁぁ!! キング様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 コックピットでキングの名を何度も連呼するフローナの叫びが響き渡る中、それに呼応
する様にヤンギャラドもまたキングに迫っていた。しかし、こういう絶体絶命的状況だと
言うのにキングは不思議と落ち着いていた。
「やれやれ……やっぱりこのパターンかよ…。だが…俺をこうまでさせたら最後だぞ…。」

 次の瞬間、キングの水色の頭髪の中にあって異彩を放つ真紅のアホ毛から燃える様な
真紅のオーラが発せられ、それが彼自身を包み込むと共に……彼は真の姿へと戻る。
そう…今は亡きヘリック共和国最強ゾイド・キングゴジュラスとしての姿に………

「きっキング様!?」
 キングの変貌にフローナは驚愕し、ヤンギャラドもまた歩みを止めていた。
「キング様は!? キング様を何処へやりましたか!?」
『俺がそうだよ…。だが覚悟しろよ…こうなった俺は他の連中みたく優しくはねーぞ…。』
 キングゴジュラスとしての本性を現したキングは他の者達程優しくは無い。これは
今までも何度も彼自身が使ったフレーズであるが、今回は不思議と冷静だった。そうだ。
フローナによってトモエが殺されてしまった事実は彼を激怒させたが、余りにも激怒させ
過ぎた為にこの通り…逆にキングは冷静になってしまったのだ。恐らくは…こうなった彼
が一番恐ろしいはず。しかし…それに対しフローナは…
「違う! 貴方なんかキング様じゃない! キング様はもっと! もっとぉぉぉぉ!!」
 ヤンギャラドの豪腕から繰り出される巨大な爪がキングゴジュラスに襲い掛かった。
フローナにとっては人間としてのキングこそが彼の愛する者であり、キングゴジュラスは
そうでは無いと言う事なのだろう。確かに一般常識的に考えれば人間がゾイドに変異する
と言う事は普通はあり得ない事だ。しかし、その状況においてもキングゴジュラスは冷静
であった。
『よっと。』
「え!?」
 ヤンギャラドはもはや普通のガンギャラドでは無い。そのサイズもパワーも機怪獣と
呼ぶに相応しいレベルに達しており、まともに受ければキングゴジュラスとてタダでは
済まない。そう…まともに受けさえすれば…。しかし実際はまともに受ける事は無かった。
ヤンギャラドの豪腕から繰り出されるクロー攻撃がキングゴジュラスに命中するより先に、
キングゴジュラスの豪腕が回転。まるで空手の回し受けを意識でもしているかの様に、
そのクロー攻撃を自身の豪腕で弾き返すと共に、固く握り締められたビッグクローから
繰り出される拳の一撃。通称“ビッグナックル”がヤンギャラドを殴り飛ばしていた。
『だから言っただろう? こうなった俺は優しく無いと。』
 数百メートルに渡って吹っ飛ばされ、その先の山肌に激突したヤンギャラドに対し
キングゴジュラスはその場を微動だにする事無く冷静に話し掛けていた。確かに違う。
今回のキングゴジュラスは今までと明らかに何かが違う。余りにも冷静すぎる。まるで
こんなのキングゴジュラスじゃないと突っ込みたくなる様に別人の様だ。そう。彼は
変わった。トモエの死が彼を大きく変えてしまったのだ。
「どうして…どうして私を殴るのですか…? そんなのキング様じゃない…キング様は
私を守ってくださる人だと言うのに…やっぱり貴方はキング様じゃないぃぃぃぃ!!」
 キングゴジュラスに殴り飛ばされた事は物理的ダメージ以上にフローナの心に大きな
傷を与えていた様だ。彼女の考えるキングと、実際のキングは異なる。その事実を
何よりも彼女自身が信じたくは無かった。
「消えて! 消えてください! これ以上私のキング様を汚さないでぇぇぇ!!」
 フローナがそう叫んだその時だった。突如として周囲の山々や森の中から多数の砲台が
出現し、そこからおびただしい数のミサイルや砲弾、ビームがキングゴジュラス目掛け
撃ち放たれていたである。
『なんと。この様な仕掛けまでしていたのか? この辺り一帯を治めてる家の娘ってのは
伊達では無いと言う事だな? しかし………。』
 フローナの家が治める領地の各地に設置された砲台。それは恐らく外敵からの防衛用に
作られ、普段は地下に収められていた物なのだろう。そこから撃ち放たれる多数の砲弾や
ミサイル・ビームが一斉にキングゴジュラス目掛け放たれたと言うのに彼は微動だにせず、
その為にキングゴジュラスのいた場所を中心として夥しい爆発が次々に捲き起こっていた。
「アハハハハハハハハ……アァァァァッハッハッハッハッハッハッハッ!!」
 大爆発と共にどす黒い爆煙が高々と天に昇って行く様を見つめ、フローナはハイライト
の消えた漆黒の目から大量の涙を流しながら笑っていた。これで彼女は自分の考える
自分を守ってくれたキングを守ったのだと考えたのだろう。しかし…
「ハッ……………。」
 フローナの笑い声はそこで止まった。何故ならば爆煙が晴れた時、そこには一切無傷の
キングゴジュラスの姿があったからに他ならないのだから。
『今の攻撃…かなりの金が掛かっただろうに…。けどその程度の攻撃で俺は倒れない。』
 そうだ。普段から機怪獣に対し劣勢に立たされ、情け無い姿を晒す事が多かった彼で
あるが、それでもキングゴジュラスである事を忘れてはならない。そう。要するに彼は
通常兵器で打倒出来る程度の相手では無いと言う事である!
「どうして…どうしてですが………どうして消えないんですかぁぁぁぁぁぁ!!」
 あれだけの砲撃と大爆発の中で平然としていたキングゴジュラスの姿はフローナに
とって異様な物に映ったであろう。その目はまるでおぞましきバケモノを見るかの様な
物に変わっており、次の瞬間ヤンギャラドが背に装備するハイパー荷電粒子砲の砲塔部が
キングゴジュラスのいる方向へ向け動き始めていた。
「貴方は消えなきゃならない……私のキング様の為に消えなきゃならないのにぃぃ!!」
 ヤンギャラドのコックピット内の各所にフローナの涙が飛び散り、ハイライトの消えた
漆黒の瞳に映る標的…キングゴジュラスに対しハイパー荷電粒子砲の照準が向けられた。
ガンギャラドの装備するハイパー荷電粒子砲はマッドサンダーの反荷電粒子シールドを
持ってしても防ぎきる事の出来なかった程の威力を持つ。その上、今のヤンギャラドは
機怪獣化しており、ノーマルのガンギャラドを遥かに凌駕する出力を誇る。そこから
発射されたハイパー荷電粒子砲は例えキングゴジュラスを持ってしても一溜まりも無いと
思われていたが………キングゴジュラスはやはり冷静であった。
『なるほどな………さあ来い。』
 キングゴジュラスは両腕を正面に突き出し構えた。ヤンギャラドのハイパー荷電粒子砲
を真っ向から受け止めるつもりらしかった。
「キング様の為に……キング様の為に消えて!! お願いぃぃぃぃぃ!!」
 フローナの悲痛とも言える叫びが響き渡ると共にその引き金が引かれ、ヤンギャラドの
誇るハイパー荷電粒子砲から超高出力荷電粒子の塊がキングゴジュラス目掛け放射された。
 その出力たるやこの世のあらゆる物質を消滅させかねない程のエネルギーを放っていた
のだが………恐るべき事にキングゴジュラスはそれを両掌部で受け止め拡散させていた。
「え!?」
『…………………。』
 フローナが驚愕する中、キングゴジュラスはハイパー荷電粒子砲を両掌部で拡散させ
ながらヤンギャラド目掛け急接近。そして左掌部でハイパー荷電粒子の粒子線を強引に
捻じ曲げつつ、右腕の掌が大きく開かれ、そこから繰り出されるビッグクローの一撃が
ヤンギャラドの頭部。フローナのいるコックピット目掛けて撃ち込まれた……………。

 キングゴジュラスのビッグクローによってヤンギャラドはコックピットから一気に
本体のゾイドコアは愚かその下の股間部にまで一気に叩き潰され、そこを中心にして
大爆発が捲き起こった。あらゆる物を消し飛ばし燃やしていく程の爆風。それは巨大な
クレーターが出来る程の物であり、爆煙が晴れた後、クレーターの中心に立つキング
ゴジュラスの姿があるのみだった。
『俺も甘いって事か…。』
 キングゴジュラスが固く握られた右腕の掌を開くと、そこにはフローナの姿があった。
確かにキングゴジュラスはヤンギャラドのコックピットを潰した。しかしその内部の
フローナのみは掌の中に潰さぬ様に握り収めており、彼女は気を失ってこそいる物の
傷一つ負ってはいなかった。
『…………………。』
 キングゴジュラスは無言でフローナを地に下ろし、その場から立ち去った。

 一時して、先程の現場からやや離れた場所まで移動していたキングゴジュラスは自身の
コックピットハッチを開く。その中には既に亡くなっていたトモエの姿があり、それを
掌に乗せると共にキングゴジュラスは人間としてのキングの姿へ戻っていた。
「くそ………何で……何で死んじまうんだよ………あんな程度の事で……お前は死ぬ様な
女じゃねぇだろうに………。けど死んだもんは仕方が無い……仕方が無い……よな……。」
 キングは涙ながらにトモエの供養を始めた。トモエの身体は既に冷たくなっており、
それが改めてトモエの死を実感させキングを涙させていた。
「まったくよ……お前はよ…何でこう何時も何時も俺に迷惑かけるんだ……しかもよりに
よって俺の目の前で死にやがるなんてよ…。」
 キングは涙ながらに愚痴りつつスコップを握って穴を掘り、トモエとの別れを惜しんで
いたのだが……………その直後だった。
「何じゃその穴は。落とし穴でも掘ってわらわを落とそうって魂胆か?」
「え………?」
 次の瞬間、キングは絶句した。何しろ先程までピクリともしなかったトモエがまるで
何事も無かったかの無かったかの様に起き上がって話しかけて来ていたのだから。
「お……し……死んだんじゃ……?」
「え? あぁ…わらわの死んだ振りってかなり上手じゃろう?」
「し………死んだ振りぃぃぃぃ!?」
 キングは愕然とする他無かった。確かにあの時、トモエの身体からは大量の血が流れ、
瞳孔は開き、心臓も完全に停止していた。紛れも無い死であり、その状況から蘇生する
のみならず“死んだ振り”で済ましてしまうトモエの所業は尋常では無かった。
「と言う事でじゃ……それじゃあ改めてわらわの言う美味い店に食いに行こうか?」
「ふざけるな………ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 キングは切れた。無理も無い。彼はトモエが完全に死んだと思い、自分の本心と涙まで
見せたと言うのに、実際はただの死んだ振り。こんな理不尽な事が納得出来るはずが無い。
そして次の瞬間、キングはトモエを掴むと共に先程まで掘っていた穴に落とし込み、
一気に土を被せ埋め始めたのであった。
「わぁぁぁ! 何をするんじゃぁぁぁ!」
「うるさい! お前が死なないと言うのなら俺が殺してやる! 俺がお前を殺してここに
お前を葬って墓を作ってやるぅぅぅぅ!!」
「きぃぃぃやぁぁぁぁぁ! やめてやめてやめてぇぇぇぇ〜!」

 と、全てが台無しになる様な壮絶なオチと共に物語はひとまずの幕を閉じるのであった。

                   おしまい
205魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:06:30 ID:???
☆☆ 魔装竜外伝第二十一話「B」 ☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 B計画の秘密も又、エステルから一本取るまでお預けとなった。ギルガメスが素直に受
け入れたのは、彼女が一層の成長を願っていると信じたからだ。少年は水の総大将が仕掛
けた恐るべき奇襲を凌いだ。しかし連中でさえも激動に逆らえぬことまでは知る由もない。

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 星空の下でもうもうと立ちこめる土煙は雲海と見紛うようであった。
 土煙と土煙の合間をよく目を凝らして見つめていれば、銀色の皮膚した二足竜の集団が、
我先に、なれど極めて理路整然にかいくぐって進むさまがよくわかる。
 金属生命体ゾイドの一種、人呼んで小暴君ゴドスの群れは、頭蓋の大半を覆う橙色した
頭部キャノピーを、単眼のごとく輝かせ、周囲に睨みを利かせている。
 常勝不敗の軍勢が、事態の急変による退却を強いられているなどとは、誰もが夢にも思
うまい。連中は我らが主人公の宿敵・水の軍団の主力部隊。授かった使命は主人公の抹殺
のみならず、タリフド山脈を越えた先にある「忘れられた村」へ侵入すること。そしてそ
れが達成される可能性は非常に高かったのである。圧倒的な物量差もさることながら、連
中がレアヘルツで覆われたタリフド山脈を何らかの方法により無傷で突破する術を獲得し
ている以上、連中の作戦成功は時間の問題と言えた。
206魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:07:39 ID:???
 だが必勝を期した作戦は、急遽中止を余儀なくされた。その理由など全く知らされぬま
ま、只ひたすら命令への絶対服従を強いられた銀色の二足竜達は、振り上げた拳をどこへ
叩き落とせば良いのかもわからず一度来た荒野を引き返していたのである。
 群れの遥か頭上を、飛び越えていくものがあった。星の輝きさえ掻き消す金色の軌跡。
 この時点で軌跡の正体は薄闇に呑まれて判然としなかったが、高度が見る間に下がって
いき、いつしかその先端には編み目模様の眩しい翼と、鉄紺色の胴体が浮かび上がってき
た。首は長く、三角形の頭部の大半を覆う真っ青なキャノピーは、星々の輝きを受けて乱
反射している。
 この翼竜こそ人呼んでサラマンダー。くちばしから放たれる炎はかつて地獄の業火と恐
れられ、非ヘリック系民族を恐怖に陥れたと言われている。……軌跡の正体はこのサラマ
ンダーの翼が発する光の欠片。ゾイドの飛行を可能とするマグネッサーシステムの残照だ。
遠い夜空の向こうでも目立つ輝きこそが、山脈をも越える大推力を獲得したのである。
 サラマンダーは群れを飛び越えると何度も翼を羽ばたく。減速とともに光の粒が火の粉
のように散っていき、群れの進む何百メートルも先でゆっくりと着地した。
 それと共に、何の変哲も無い荒野が蜃気楼のごとく揺らめいた。星空の下とは言え見渡
す限りの闇の中に、眩しいが暖かみに乏しい人工的な輝きが滲み始め、亀裂となる。
 ……亀裂はやがて、ゾイド数匹が余裕を持って通り抜けられるであろうトンネルとなっ
た。輝く内部は鋼鉄の柱で編み込まれている。
 着地していたサラマンダーの背中から突如、鉄の塊が勢い良く飛び降りた。姿形は小暴
君ゴドスと変わらぬが、鋼鉄の皮膚は水色。右腕には自身の何倍もある鋼の棒が握られて
いる。
 重荷から解放されたサラマンダーはノシノシと歩を進め、亀裂の中へと入っていった。
空の王者も陸地に上がれば鈍重だ。
 それを尻目に水色のゴドスは棒を握った右腕を振り回す。遠方より走ってきた銀の群れ
は反応するように加速し、次々と、その上理路整然とした足取りで亀裂の中へと潜り込ん
だのである。
207魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:08:46 ID:???
 最後に水色のゴドスが亀裂の中に収まった後、初めてこの奇妙な現象の正体が明らかと
なった。亀裂を中心に、闇が彩りを帯びていく。星明かりに照らされ、やがて浮かび上が
った銀色は、布地に水が染み渡るように闇を浸食し始めた。銀色はいつの間にか、間近に
いれば闇も、夜空も遮ってしまう程に広がってしまい、正体が判然としない。
 辺りから数十メートルも離れてみることで、銀色の全貌はようやく認識できた。円盤の
ような胴体に、櫂のような翼が四枚。先程の亀裂の辺りには、全体像からすれば小さく温
和な海亀の頭部が浮かび上がっていた。亀裂と思われていたものはこの海亀の口腔と見て
間違いない。……この余りにも巨大な海亀こそタートルカイザー。水の軍団本隊の旗艦ゾ
イドは光学迷彩によって全貌を闇の中に隠していたのである。
 タートルカイザーの翼から金色の粒が吹き零れ始めた。このゾイドも又、マグネッサー
システムの恩恵を受けて大空を悠々と泳ぐのだ。

 海亀の腹部・格納庫内も又桁違いの広さを誇る。ゴドスの群れが規則正しく腹這いとな
り、ひしめき合う様子は中々壮観だ。一部の周囲には作業服を着た者数名が群がり、様々
な機器をあてがっているところ。
 ゴドスの頭部キャノピーが次々に開く。ヘルメットを外し顔を見せたパイロット達に笑
顔は無い。浮かぶのは無念、苛立ち、そして焦燥。如何に勇猛なれど、末端の兵士にすぐ
さま戦況が伝わるわけではなかった。
 彼らの憂鬱を払うかのように、突如、室内にこだました音声は低く落ち着いていた。
「作戦参加者諸君、ご苦労であった。
 そして作戦中途での撤退、さぞかし無念であっただろう」
 声の主は、長い廊下を歩きながらインカム越しに語りかけていた。恐ろしく背が高い。
水色の軍帽・軍服・そしてマントを身に着けたその周囲には、同様の格好をした側近数名
が取り巻いている。
 そして声の主の容貌が、馬面にこけた頬、守宮(やもり)のような瞳という異相の持ち
主であるのも今更言うまでもあるまい。……水の総大将自らが、「忘れられた村」侵攻作
戦に参加した兵士に労いの言葉を投げ掛けていた。だが彼の行為は単純な優しさに基づい
たものではなかった。
208魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:09:53 ID:???
「急遽の撤退に踏み切ったのは、点在する我らが拠点が相次いで襲撃を受けたからである」
 その一言に格納庫内がざわめいた。ある者はコクピットから立ち上がり、又ある者はコ
クピット据え付けのスピーカーに耳をそばだて、声を注意深く聞き取ろうとしている。
「現在、被害状況は調査中だ。だが敵の中心人物ははっきりしている。……ドクター・ビ
ヨーだ。
 これより『ロブノル』(※タートルカイザーの名前)はキャムフォード宮殿に直行。ビ
ヨーに全権を与えた者を問い質す。
 次の命令が発令されるまで、パイロットは全員休息し、次の作戦に備えよ。整備班は整
備を急げ。……惑星Ziの、平和のために!」
 水の総大将が採った作戦を地球の言葉で例えるなら囲魏救趙といったところか。ビヨー
は国立ゾイドアカデミーに所属し、ヘリック共和国の庇護の元、陰謀を進めてきた。つま
りこのビヨーを従える共和国の中枢に対して何かしら仕掛けることで、戦況を一変させよ
うというのである。
 水の総大将にはビヨーを従える者の正体など既にお見通しだ。だからこそ、「問い質す」
というおとなしい表現となった。過激な発言を盗聴でもされたら即、反逆と受け取られる
であろう。それだけは避けねばならなかった。
「どこまでも、目先のことに囚われた愚か者め!」
 独り言にさえ気は遣ったが、並々ならぬ決意が守宮のような瞳には浮かんでいた。

 タリフド山脈から「忘れられた村」へと抜ける隠し扉の岩壁も、水の軍団に襲撃された
今となっては長い間放置された石切り場のように切り砕かれて散らかっている。辺りは未
だに埃が舞い、落ち着く様子を見せない。
 岩壁だった闇の中から、ひょっこり顔を出した鋼の猿(ましら)。鉄猩アイアンコング
は両腕に先程まで小暴君ゴドスとして生を受けていた金属の塊を両腕に抱え、放り投げな
がらその巨体を表した。
209魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:14:00 ID:???
 横に長いサングラスのような緑色の瞳の奥では、このゾイドの主人が前方に広がるモニ
ターを睨んだまま。シュバルツセイバーの若き戦士フェイは肩で息を繰り返す。既に黒の
ジャンパーは脱ぎ捨て、赤茶けた髪は汗ですっかり濡れそぼっていた。狭い侵入経路とい
う地の利はあれど、多数のゾイドをたった二、三匹程度で迎え撃つのは骨が折れた。十五
才という若さでは抗い切れないこともあるのだ。それでも眼光は依然衰えること無く、モ
ニターに映る様々な数値データをじっと観察し続けている。
 ふとフェイはレバーを離し、コントロールパネルを弄る。鋼の猿(ましら)はこの美少
年の動作に追随して大きな首をゆっくり、左へ右へと回す。同時に緑色の瞳は人がまぶた
を閉じるように輝きを徐々に落とした。モニターに開かれたウインドウは折れ線グラフと
呼ぶには余りに緩やかな波打ちを表示している。だがそれでも特徴はある様子で、ウイン
ドウはどんどん拡大表示されていく。そして僅かに目立った山谷の繰り返しに気付くとフ
ェイは、忌々しげに何度も頷いた。
 彼は案外高い天井を見上げ、己が相棒に指示を下す。
「……ああ、これだな。
 ガイエン、記録して。終わったら早速解析だ」

 星空の下、地平線まで広がる森林は至る所で煙が、火の粉が舞い上がったまま。着々と
白み始めた夜空はそれらを掻き消し誤摩化そうとし始めていた。
 点在する集落にも瞬く間に火の手が上がっている。「忘れられた村」の村人達は懸命に
消火活動に従事するが、人よりは大きいくらいの3S級ゾイド十数匹程度で水や消火剤を
撒く程度では効果はたかが知れていた。状況は消火よりも救出と建物破壊による延焼防止
が最優先となっている。
 この民家の室内も火の手の回りは速い。たちまち崩落する天井。程々年のいった男女の
頭上へと落ちていった時、二人は互いを庇うように身を伏せた。防ぎ切れぬまでもせめて
どちらかが助かればという思いは、どうにかイブに届いたようだ。
 硬直した時間。激痛もなければ轟音も響かぬ時間が数秒経ち、そこでようやく男女は顔
を見上げた。
 頭上には人の倍はあろうかという銀色の二本爪が覆い被さっていた。その上から、深紅
の竜が首を覗かせ甲高く鳴いてみせる。
210魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:15:03 ID:???
 銀色の爪は甲に落ちた火の粉を払うと掌を返し、男女の目の前に降ろしてみせた。
 それと共に、スピーカーからの音声も鳴り響く。若々しい声だ。
「乗って下さい!」
 男女はこの期に及んで僅かな躊躇の表情を見せた。だが切迫する事態は彼らの感情を押
し殺すには十分だ。
 掌に飛び乗りた二人。爪の上に別の爪が覆い被さり、崩落と火の手を防ぐ。
 深紅の竜は天井から両腕を引き抜く。常ならば首と尻尾を地面に水平に伸ばすT字バラ
ンスの姿勢で臨むこの竜も、目的が火事場からの救出となれば垂直に近い姿勢で起立した
りもしなければなるまい(その点ではこの竜も根が繊細且つ器用である)。
 竜は軽く握った両腕をそっと地面に降ろすと、上に添えた掌をそっと持ち上げる。中か
ら一命を取り留めた男女が現れ、傍らで事態を見守る他の村人のもとに駆け寄っていった。
彼らと共に無事を祝う二人。
 只、彼らは人の命が救われたことに感謝しつつも、複雑な表情を浮かべざるを得なかっ
た。……深紅の竜の手によって彼らは助かったが、そもそもこの大規模の火災は水の総大
将が駆るサラマンダーF2によって引き起こされたもの。そして深紅の竜は、あの金色羽
根の翼竜をここまで呼び寄せた原因でもある。
 竜はそこそこ短い首をしばし男女達の方に傾ける。彼らの揺れ動く感情を深紅の竜も薄
々理解しているのか、それとも竜の胸部ハッチ内に乗り込んでいる主人が察したからか。
 そこに頭上から、女声が響く。竜の頭部は声の方角にぐいと持ち上がった。
 ハエのように竜の頭上に浮かぶ年代物のビークル。乗り手の面長の美女はワイシャツ姿
で腕まくりし、長い両腕を踏ん張っていた。白い肌には汗が伝い、黒の短髪が風になびく。
表情はゴーグルに隠されよくわからないが、落ち着いた声の響きがそれ以上に彼女の様々
な気持ちを代弁していた。
「ギル、ブレイカー、次、行きましょう」
 救出に向かうべき民家は、火の手の向こうにまだ点在している。
 それは助け舟になったか、どうか。ともかくも、竜は雑念をあっさりと振り払って再び
救出に馳せ参じるより他なかったのである。
211魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:17:04 ID:???
 火の手が早朝までに大方収まったのは奇跡と言うより他なかった。依然、完全な鎮火に
は至らず煙が方々で上がっているのだが、それでもゾイドの手を借りてどうにかしなけれ
ばいけない事態は去ったと言えた。
 深紅の竜はフワフワと低空を泳いでいたが、辺りに自分の巨体が落ち着ける程の広場を
見つけると、桜花の形状した翼を二度、三度仰いでゆっくりと着地した。辺りに砂埃が立
ちはするが、容易に予想できる地響きが全くと言って良いくらい響かない。この着地だけ
でも竜の細やかな神経、優しい気性が見て取れるというもの。
 さて竜は腹這うとゆっくり背伸びし、桜花の翼と六本の鶏冠、それに長い尻尾を反り返
す。激闘から救出活動、次々に変わる状況の激変は竜を多少なりとも消耗させた。竜は翼
や鶏冠を畳み、尻尾を丸めると胸を張り、首をもたげた。
 空気が漏れる音と共に、胸部に据え付けられたハッチの隙間が開き始める。と、その動
作を咎めるように向こうから大声が聞こえてきた。嗄れてはいるが、よく響く声だ。
「ブレイカー、囲いを作るんじゃ!」
 独りとぼとぼと歩き近付いてきたのは頬のこけた老人だ。毛糸の帽子を被り、地味な茶
色のセーターを着用している。一見して温和な表情、なれど刮目した黒の瞳から放たれる
眼光は厳しさを抑え切れずにいた。
 竜の頭上からは例のビークルがふわりふわりと舞い降りてきた。パイロットの美女は左
手でハンドル握り締め、右手でゴーグルを外す。晒された切れ長の蒼き瞳。風さえも斬り
付ける鋭い眼光で周囲ににらみを利かす。
「ギル、ブレイカー、用心して」
 努めて抑揚を抑えた声、余計な修飾を排除した表現が、目に見えぬ危機を物語っている
と言えた。辺りに人影はまばらだ。少なくともブレイカーと呼ばれた(正確には魔装竜ジ
ェノブレイカー)深紅の竜の周囲数十メートルにはこの老人以外、誰も近付いてきてはい
ない。だがそれは、この場で姿を現そうものなら障害も少なく誤射による巻き添えも心配
いらない格好の標的になることをも意味する。
 竜は胸元を両手で囲い、桜花の翼をその上に広げてみせた。その上、顎で天井を作って
上部を覆う徹底ぶり。元々は用心深いゾイドだ。
212魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:20:35 ID:???
 唯一開いた真っ正面に空中のビークルが降りてきた。すっくと降り立つ面長の美女。紺
の背広の襟を掴み、右肩に引っ掛ける。そこに帽子の老人が小走りに駆け寄ってくるが、
年が年だ、それ程速くは走れない。
 竜の胸部ハッチが開いた。現れたギルガメスも又すっかり消耗し切っていた。ボサボサ
髪はすっかり濡れそぼり、今日何度か着替えたであろう純白のTシャツも既に汗で濡れて
いた。それでも円らな瞳は、どうにか輝きを失わずにいた。
 美女エステルはギルの正面を囲うように立ち位置を変えた。当たり前のようにこなす挙
動に「すみません」と少年は頭を下げるが、彼女は気にすることなく軽く頷くに留めた。
 彼女の左隣りに近寄ってきた帽子の老人。師弟は深々と頭を下げる。老人は軽く手を挙
げて応えた。
 少年は顔を持ち上げるとすぐに、口を開き、更に深々と下げる。
「メナーさん、申し訳ありませんでした」
 エステルは切れ長の瞳を見開くと、追随して頭を深く垂れた。正直、少年の言葉は彼女
が先に言うつもりだったし、少年がさらりと言えるとも思っていなかったのだ。良い意味
で、彼女は機先を制されたと思った。
 さてメナー老人は何度も頷くと両手を掲げて頭を上げるよう促す。
「ギルガメス君、くれぐれも気になさらぬようにな。
 すぐに発ちなさい。悔しいことじゃが敵は水の軍団ばかりではないのでな……」
 そもそも、ギルガメスらは早朝に出発する予定であった。既に水の軍団の視覚・拳聖パ
イロンが「忘れられた村」に侵入、村人に死傷者が出たことから追い払われることが決ま
っていたのだ(その程度で済ませられたのはメナーの助力あってのこと)。……だが水の
軍団の追撃は苛烈を増し、遂にはレアヘルツで守られたタリフド山脈を、その影響が生じ
る前に超高速で突破するサラマンダーF2なる代物まで投入されたのは前話を参照された
い。その上での火事である。いくらメナーが庇おうともギルガメスらがスケープゴートと
して処理されるのは時間の問題とも言えた。
213魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:22:36 ID:???
 少年の唇はへの字に歪んでいた。自分が狙われる理由となったB計画なるものの正体を
知ろうとしたばかりに、見ず知らずの他人が犠牲になったのだ。そして彼には、償う術な
どこれっぽっちも持っていなかった。……だからと言って、自らの命を差し出すわけにも
いかない。彼にも愛する者が、ゾイドがいる。
 心情を察するかのように、ギルガメスの両肩に竜の巨大な爪の先端がぽんと、乗せられ
た。軽く頭上を見上げた少年はそれだけで少し、強張った表情を緩めることが出来た。
 只、真っ正面でエステルが溜め息を漏らしたことまでは聞き取れなかったようだ。寂し
げに、俯いた彼女。未だ、ここぞという時に少年の肩を抱いてやれないのだ。彼の相棒に
対する軽い嫉妬よりも、もっと底知れぬ何かが彼女の奥底でうごめいていたことを、ギル
ガメスが知る由もない。
 ふと地響きが聞こえ、ブレイカーは少年の頭上に被せた頭部を軽く持ち上げた。向こう
から歩いてきたゾイドが二匹。一匹は漆黒の竜。ブレイカーを遥かに上回る巨体が低い太
陽をあっさり隠す。ゼネバスの守護竜デスザウラー……この村では「デッちゃん」と親し
まれた優しいゾイドも又、ギルガメスらを案じてやってきた。何しろブレイカーとデッち
ゃんは遺伝子の近い同族。別れを惜しむ気持ちは強い。二匹は甲高く鳴き合い、互いの心
情を察した。
 もう一匹も又二足で歩行するが、これはブレイカーよりも一回り小さい。全身黒衣のよ
うな鎧をまとい、蝙蝠のような翼を生やした悪魔のような風貌が際立つゾイド。風王機ロ
ードゲイルの持ち主は任務の都合上ギルガメスらの味方だ。
 ロードゲイルの耳の尖った頭部より後ろには、ビークルが埋め込まれている。それがふ
わりと浮かび、ギルガメスらのもとに降りてきた。
 埃を巻き上げながら着地し、持ち上がったキャノピーの中から現れた男女も又、左右を
警戒しているようだ。パイロットスーツをまとった金髪の男・風斬りのヒムニーザ、そし
て彼を警護する着流しの美女スズカ。彼らもデッちゃんも救出活動に奔走していた。ヒム
ニーザはスーツのチャックを腹まで降ろす汗だくぶりだが、スズカは汗こそ額に滲ませて
も厳粛な佇まいを崩さないのだから大したものだ。
214魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 19:24:02 ID:???
 ぶっきらぼうに話しかけてきたヒムニーザの言葉は、ギルガメスらにいささか衝撃を与
えた。
「おう、お疲れ。生き延びることができて何よりだ。
 早速だがよ。俺達、ここに残るわ」
 彼の言葉に反応し、美貌の女教師が少年より一歩前に出た。エステルは何度も頷き、ヒ
ムニーザとスズカをじろじろと見つめる。それだけの挙動でも、蒼き瞳の眼力が加われば
圧倒的な凄みが加味されるのだから恐ろしい。
「成る程、それが本当の目的ってわけ?」
 ヒムニーザの後ろからはスズカが音もなく前に出た。漆黒の瞳でひと睨みし、エステル
の眼光を今にも呑み込まんとする。
「……ギルガメスの護衛もヴォルケン殿から預かった大事な使命だ。
 それを完遂したからこそ、我らは次なる使命を果たす、それだけのこと」
 反目と受け取れる美女二人の態度。ギルガメスはきょろきょろと、彼女らの動向を見守
るしかない。大体、ヒムニーザらが「忘れられた村」に残る意志を示したことの何がこん
なにも不穏な雰囲気につながるのか、少年には今一歩理解できない。
 ヒムニーザはまあまあと片手を差し伸べ割って入った。
「すまねえがその辺は政治の話しだ。俺達は雇われの身、黙って従うだけよ。
 どの道、お前さんらもこんなところを終点にはできないだろう?」
 それを聞いたエステルは忌々しげに鼻を鳴らした。ギルガメスはますますもって意味が
わからないが、恐らく又ガイロス側の仕掛けにでも引っ掛かったのだろうとは薄々ながら
感付くことはできた。……だがそれもこれも今更のことだ。大事なものは何も失われては
いない。
 流石に軽い罪悪感があるらしく、ヒムニーザは頭を軽く下げた。
「……村の連中が食いついてくる前に行った方が良い。
 次、出会う時は敵になるか味方になるかわからねえが、どちらにしてもよろしく頼むぜ」

 桜花の翼を翻す深紅の竜。六本の鶏冠を一杯に広げ、地面を強く蹴り。加速すれば、外
への抜け道でもあるタリフド山脈近い席の入り口まで一時間もいらない。到着までにフェ
イに出会えれば別れを言うことになるだろう。
215魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 21:24:15 ID:???
 ヒムニーザとスズカはしばし鶏冠の先端から吹き出る蒼炎を見送っていた。芥子粒ほど
に小さくなるのを見届けてから、彼らはメナーの目前に振り向いた。
「さて爺さん、ここからが本題なんだ。
 さっきまで外を出ていたフェイからの情報だが、水の軍団の拠点がことごとく襲撃に遭
っているそうだ」
 ヒムニーザの言葉を聞いて、メナーの顔色が変わった。……水の軍団の拠点さえも容易
に叩ける戦力を有する勢力など、この星に一つしか存在しない(勿論、ガイロス公国では
あり得ない)。
「奴らがB計画実現のために行動しているとするなら、水の軍団失脚の次は間違いなく、
ここが標的となるだろうな。……そこで、だ」
 そう話している隣りからスズカが厳かに筒を差し出した。受け取ったヒムニーザが蓋を
外すと、中から時代がかった文様を四方に散りばめたやや厚手の紙が一枚、取り出された。
一面に渡ってびっしりと毛筆の文章で埋め尽くされている。
 ヒムニーザは内容を一瞥だけすると、くるりと文面をメナーの真っ正面に向けた。
「ヴォルケン・シュバルツからの親書だ。
 あんた達が望むなら、ガイロス公国とシュバルツセイバーはすぐにでも力を貸す。何し
ろ、B計画阻止はガイロスにとっても重要事項だ。
 余り時間はないだろうから、早めに決めてくれ」
216魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/28(水) 21:25:17 ID:???
 メナーはむむむと唸った。これがガイロス側の今回の目的だ。……もっとも、今のまま
では「忘れられた村」の住人も容易には援助を申し出ないだろうから、そうせざるを得な
い状況が出来上がるまでヒムニーザは事態を静観していたのである(そういう意味で、ギ
ルガメスらは『ダシ』に使われた。エステルが腹を立てるのは無理もない)。
 かくして局面は動き始めた。ヘリック共和国の秘密部隊「水の軍団」は壊滅の危機。代
わって実権を握りつつあるドクター・ビヨーの勢力がここ「忘れられた村」に侵攻しつつ
ある。何故そうするのか、理由をお気付きの方もいらっしゃるだろうが、そうでない方に
はもうしばらくの辛抱である。
 但し、いずれにしてもギルガメスの生き方は変わらないのだ。彼は精一杯生きる権利を
主張する。その末に何が待っているというのか、今は彼自身にもわからない。
                                (第一章ここまで)
217魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:06:42 ID:???
【第二章】

 キャムフォード宮殿とはヘリック共和国首都ヘリックシティ郊外に建てられた大統領官
邸であり、最大最強の軍事拠点でもある。百平方キロに渡って広がる敷地は高さ百メート
ルの城壁に四方を囲まれており、内部には官邸以外にも議会や省庁を始めとする政治施設
が一通り収められている。まさしく共和国の心臓部と言って差し支えなく、それ故に常時
数万の兵士、大小数千のゾイドが防衛に従事していると言われる。
 その威容がプラネタリウム並みに広々とした天井に映し出される。天井の真下には乗組
員が依然、忙しそうにコントロールパネルを叩き、或いは真剣なまなざしで画像の変化に
注視している。
 この部屋の中央部は円錐状に盛り上がり、中腹には十数名ほどの乗組員が着席し各個で
端末を忙しく弄っている。最頂点にはあの異相の男・水の総大将が着席。守宮のように大
きな瞳を一際大きく見開き、天井を睨みつけているところだ。ここはタートルカイザー
「ロブノル」頭部ドーム内に構築された司令室だ。
 水の総大将は思案に明け暮れていた。共和国軍の秘密部隊を掌握する彼だからこそわか
る。キャムフォード宮殿は難攻不落であると。いくら彼の抱えるゴドス部隊が屈強で鳴ら
すとはいえ、タートルカイザーが神出鬼没を極めるとはいえ。共和国首都の防衛能力をも
熟知した彼の考えでは余りに無謀極まりない。
 だが、ここで打って出なければ各地に散りばめられた同胞の拠点は壊滅する。転戦に次
ぐ転戦など、到底間に合うわけがない。選択肢は極めて限定されている。
 ふと彼の座席の左右背後に高官数名が立ち並んだ。
「総大将殿、手筈は全て整いました」
「あとは我々の結果次第であります」
 水の総大将は左右を一瞥すると白手袋で覆う片手を上げた。
「ご苦労であった」
 彼らの語る「手筈」はいずれわかることだ。只一つ、言えるのは、彼らは作戦前に、予
め複数の策を巡らした。突撃の結果・内容によって改めて次の作戦を選択するつもりだ。
 だがそのようなこととは別に、極めて憂慮しなければいけないことがあった。一連の出
来事は明らかなクーデターである。即ち、表向きにはヘリック共和国大統領に対し、同国
の軍事面の一角を担う水の軍団が仕掛けたそれだ。
218魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:09:46 ID:???
 だがそのシナリオは断固、阻止せねばなるまい。水の軍団に対し、B計画をネタに軍事
に口を差し挟むドクター・ビヨーが仕掛けたものにすり替えなければ、間違いなく大統領
以下共和国政府は暴走する。どんなに行き過ぎたやり方であろうが、水の軍団は各地のテ
ロを鎮圧し続けてきたのだ。「惑星Ziの平和のために」の合い言葉のもと戦ってきた彼
らを他ならぬ共和国大統領が排除に動く理由は、只一つしかない。
 頭上よりスピーカーが、抑えめの男声をこだまさせた。
「キャムフォード宮殿まで、あと千五百キロメートル」
 あと一時間と少々で目的地には到達する。
 今やタートルカイザー「ロブノル」は雲海に溶け込み、目的地への飛翔を続けるばかり。
雲の真下には首都防衛の意味も兼ねた広大な樹海が広がっている。ゾイドが潜んでいるだ
ろうことは百も承知なれど、潜伏し且つ空からの襲撃に対しても迅速に迎撃し得るゾイド
はごく限られている。ロブノルに抱えられた戦力ならば容易に撃退できるであろう。
 決意を胸に秘めた水の総大将。だがそんな彼の不意を突くように、広々と室内に警報が
鳴り響いた。
 巨大な天井にはウインドウが次々と展開され、本来映し出されていたキャムフォード宮
殿の映像を覆い隠していく。水の総大将は守宮のような瞳でキッと睨みつけた。
 新たに展開されたウインドウには、一見して何とも馬鹿げた光景が映し出された。空を
舞うそれは、獅子の群れ。黒い皮膚の上に水色の鎧をまとっているが、所々骨のように隙
間が空いている。そしてその背中には巨大な猛禽が覆い被さっているのだ。猛禽の翼から
は他の飛行ゾイド同様、金色の粒が溢れ、空に沢山の軌跡を作り上げている。
 滑稽と言えば滑稽な光景かもしれない。獅子が空を飛ぶなど、誰が考えよう。しかしこ
の司令室内でそんなことを口走るものは誰もいない。
 空飛ぶ獅子の群れが、樹海の中から我先にと躍り出る。鋼鉄の海亀タートルカイザーを、
真下からすくい上げるように。包囲網の完成は時間の問題だ。
 真っ先に水の総大将が怒鳴った。
「ライガーゼロフェニックスの数は、いくつだ!?」
「現在、百匹以上確認。まだまだ、増えています!」
 足下での乗組員の返事に、水の総大将は歯ぎしりした。
219魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:12:06 ID:???
 ライガーゼロフェニックスといえば、かつて暗黒大陸で暴虐の限りを尽くした吸血部隊
「閃光師団」の主力ゾイドだ。かように危険なこのゾイドは樹海の潜伏と空への襲撃を同
時にこなせる、文字通り数少ない例外だ。それがこんなにも大量に配備されているという
情報は、流石の水の総大将も得てはいない。……通常なら得られる筈なのだ。彼らは超一
流の密偵を内外に放っている。だから彼は吐き捨てるように呟いた。
「我ら水の軍団さえも欺いて蓄えた戦力か! そこまで腐っていたとはな……」
「それはちょっと違うぞ、水の総大将。
 誠に正しき選択をしたのだ。私も、共和国軍上層部も」
 しわがれた声と共に、天井に大きく映し出された人物の容貌は、陽が被ったおかげでシ
ルエットしか判別できない。だが水の総大将には声とシルエットだけで何者か、十分に正
体がわかった。
「大統領! 我々を始末までして戦争がしたいか!」
 シルエットの口元だけが薄く、笑った。
「今までのやり方ではいたちごっこを繰り返すばかり。
 真に惑星Ziに平和をもたらすためには、根本から叩き潰さなければいけない」
 水の総大将は机がめり込まん程に強く叩いた。
「たわけが、子供騙しのお題目を並べる立てるか。
 長年に渡る貴様らの失政で空っぽの国庫に、手っ取り早く金を落としたいだけだろうが!」
 しわがれた声は鼻で笑って返す。
「財政黒字化など些末なことだ。総大将よ、君は大局が見えないのか?
 惑星Ziが完全統一には程遠い現状にあることは、君が一番良く知っていることだろう。
 真の完全統一を実現するために、私達は最強の軍隊を手に入れる」
 そうシルエットが語ったところで、モニターの向こうより拍手が鳴り響いた。たった一
人が打ち鳴らす、何とも乾いた音だ。
 左から現れた人物は、中肉中背・白衣を纏い、頬に残る火傷の痕と牛乳瓶の底のように
分厚い眼鏡が強く印象に残る青年である。
「そして大統領閣下の志はB計画として今、結実の時を迎えようとしております。
 例えば赤字の元凶の一つでもあるどこかの秘密部隊も必要なくなるのですよ」
 水の総大将は歯軋りした。
220魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:13:15 ID:???
「ドクター……ビヨー!
 長年旧式ゾイド主体で奮戦してきた我らを、そこまで愚弄するか。
 大統領、もう一度問う! 我々を始末して戦争をしたいか!?」
 シルエットは相変わらず鼻で笑い、侮蔑の姿勢を崩さない。
「まだわからないようだな、君は。
 君達の処遇でさえも、大局の前では些末なことに過ぎないのだよ。
 ビヨー君、フェニックス部隊に突撃を命じなさい」
 うやうやしく頭を垂れたドクター・ビヨー。白衣のポケットから耳かけ式のインカムを
取り出し左耳に取り付けると、努めて落ち着いた口調で指示を出した。その実、今にも高
笑いしかねない表情の緩みには、水の総大将初め乗組員一同が天井のスクリーンに殺意を
投げ掛ける。
「フェニックス部隊、ロブノルを始末せよ」
 彼の声と共に、器のような包囲網は一斉に翼を羽ばたいた。目標は器の中央、タートル
カイザー「ロブノル」。遠目には水色の腕が風船のように膨張し、空を呑み込まんとする
かのよう。
 沈着冷静なタートルカイザーの司令室でさえもがざわめいた。彼らは逆賊のレッテルを
貼られたのだ。
 乗組員の視線が一斉に司令室の中央に注がれる。
 彼らの命運を背負って立つ者は、守宮の瞳を一際大きく見開いた。それだけで、半径数
十メートルに渡るまで圧倒的な威圧感を与える。ピタリと静まり返る乗組員。壇上の男は
やはり、鉄の信念で戦ってきた彼らの主人だ。
 水の総大将は重苦しく呟いた。乗組員一同、全く想定していなかった言葉だ。
「ロブノル、撤退せよ」
 再び、今度はあっという間に司令室内がざわめきで包まれた。あくまでもヘリック共和
国に忠誠を誓うこの主人だから、この場でビヨーを逆賊と罵って突撃するのではないかと
予想していた者は多かった。
 水の総大将は再び、室内を見渡す。守宮の瞳に血の慟哭など一滴も伺えない。
「作戦中だ、私語は止めよ。
 次の策は既に打ってある。ロブノルは至急、キャムフォード宮殿より東方へ撤退。アク
ア海を渡れ」
221魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:14:24 ID:???
 その一言を境に、乗組員は鬼気迫る形相で任務に当たった。神出鬼没をもって鳴る水の
軍団の最高責任者が口にした「次の策」だ。進めば百パーセントの地獄が待っているこの
状況で、頼るべきは彼の言葉しかなかったし、それだけの説得力があったのも事実だ。
 膨張する網。水色の翼持つ獅子ライガーゼロフェニックスの群れはいすれも前肢を脇に
絞める。タートルカイザーの装甲にまで辿り着いたら飛び掛かって強引に引き裂くつもり
か。そして網を伝うように放たれる光の針。獅子達の羽根から放たれる無数の銃弾は雨の
ように鋼鉄の海亀目掛けて襲いかかった。
 旋回を始めるタートルカイザー。着々と針路を変えていき、その間にも全身より銃撃、
砲撃が放たれる。艦載兵器は充実しているが、それでも獅子達の放つ光の針の前では非力
に過ぎない。
 獅子が一匹、又一匹と撃ち落とされていく。だがその合間を縫って、次の獅子が又して
も追いすがる。辿り着けるや、否や。振り切れるか、否や。
 この大国の未来を占う決戦を壁掛けのスクリーンで目の当たりにして、シルエットの薄
笑いが徐々に抑揚を深めていった。長年の重圧が消失したかのような解放感。その実、よ
こしまな悪巧みがたぎる不敵さ。
 好転する戦況は、彼の横顔を目の当たりにしたビヨーの口元に歪みが宿っていることま
で、悟ることはできなかった。彼は平静さをアピールでもするつもりなのか、大きく溜め
息をついて声の調子を落とすことに努めた。
「厄介者は時間の問題だ。始末できずとも権威の失墜は約束された」
「さようでございますな。
 それでは大統領閣下、ロブノル撃墜か、アクア海上空への脱出を確認し次第、次の作戦
を私めに発令して頂けないでしょうか」
 驚いて振り向くシルエット。
「おお、もう行ってしまうのか」
「あとは共和国軍本隊に任せても大丈夫でしょう。彼らも大統領閣下の忠実なる下僕です」
 その言葉にシルエットは何度も頷いた。
「そうだ、その通りだ。
 水の軍団に長い間軽んじられてきた彼らも奮起するだろう」
 壁掛けのスクリーンは丁度、ロブノルが弾着したさまを映し出した。爆音に拳を握るシ
ルエット。どうにか我慢しているようだが、タガが緩んだら子供のようにはしゃぎかねな
い妙な熱気を体感させる。
222魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:15:25 ID:???
 白衣の男ドクター・ビヨーは再び口元を歪ませた。底の見えぬ、暗い微笑みとも受け取
れる薄気味悪い表情だ。
(B計画の正体は所詮、貴方には理解できないようだな。
 だがそれで良い。貴方は権力を掴めば良い。私はこの世の理を見る)

 十数日後か、数十日後か。この日の空も真っ青だった。
 その下で深紅の竜ブレイカーは、うつ伏せになったまま首だけもたげ、じっとしていた。
時折、長い指で土の地面を引っ掻いて何か辛いことを我慢でもしているかのようだ。
 それもその筈、真っ正面ではいつも通りのあの風景が繰り返されていたからだ。……対
峙する師弟。ギルガメスは右足を前に、左足を後ろに目一杯開く。ゾイド猟用のナイフを
鞘に納めたまま、両手持ちで下段の構え。対するエステルは右半身、左半身と小刻みに変
え、ステップを繰り返す。
 ギルガメスは相変わらず純白のTシャツに膝下までの半ズボンという出で立ちだが、エ
ステルは紺のジャージを上下にまとい、袖をまくり上げている。さていつもならば平静そ
のものの彼女が、今日は対峙する段階から何故か額にうっすら汗をにじませている。
 師弟と竜の一団を外界から隔離するかのように、十数メートルも先には金網が張り巡ら
されている。その先にひしめく群衆。ギルガメスの体調は如何ばかりか、賭けるに値する
のかと、一斉に首を伸ばす。彼らのすぐ後ろにはスタジアムの城壁がそびえ立ち、師弟の
出陣を待ち構えていた。
 群衆が囁き合う。
「おい、あのガキ、これから何するんだ?」
「良いから黙って見てな」
 既に師弟の対峙はゾイドバトルで賭けるファンの間ではちょっとした名物になっていた。
 ギルガメスが吠えた。雄叫びとともに鞘入りのナイフを振り上げ、エステル目掛け、突
っ込んでいく。それをさらりと受け流し、晒された愛弟子の背には手刀を、足には払いを
次々と決めていく。
 美女の一撃が次々と決まり、群衆のどよめきはあっという間にピークに達した。流石に
目の肥えた連中だ、若きゾイドウォリアー・ギルガメスの身体能力が相当なものだという
ことは一目でわかる。だがそんな少年の攻撃を、かの長身短髪の美女は全く食らうことな
く逆に反撃の技を次々に決めていくのだ。
223魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:16:27 ID:???
 ギルガメスは立ち上がる。何度でも立つが、肩の上下運動はそのたび激しくなっていく。
これが最後の突撃とばかり、伸ばした渾身の中段突き。
 鬼気迫る突撃。しかしエステルはにっこり微笑むと、待ち構えていたかのように少年の
両腕に絡み付き、鮮やかに背負い投げを決めた。丁度、これが百回目。師弟の交わした
「十分以内にもらう攻撃を百回以下に抑え、一回でも彼女に攻撃を当てたら『B』との再
戦を許可する」という約束は今日も達成ならなかった。
 大の字になった少年は悔しそうに青空を見上げた。憧れの女性が覗き込む。
「ここのところ、九分以上粘れているわね」
 群衆は師弟の取り決めなどさっぱりわからぬが、決着がついたことは雰囲気で理解でき
た。たちまち声援が渦巻く。
「ねーちゃん、格好良いぞ!」
「試合にはあんたが出ろよ!」
 美貌で一度、神技でもう一度男共を酔わせるエステルだが、流石にこういった声には苦
笑を禁じ得ない。彼女の中で、主役は別に存在する。
「チーム・ギルガメスに賭けて下さいねー!」
 そう応えて手を振るに留める。傍らではようやく上半身を起こした少年が、ヒマワリで
も仰ぐように彼女の背中を見つめていた。……彼としては今日も達成ならなかったこの現
実もさることながら、背後で今にも泣き出しそうに堪えている相棒の指すような視線も辛
いところだ。
 案の定、少年がその身を起こすや待ち構えていたかのように竜は両手で彼の身体を鷲掴
みにした。強引なキスの嵐が待っている。

 ギルガメスは、全方位スクリーンに囲まれたコクピット内で大きく背伸びした。スクリ
ーンはひしめく群衆と、それらを必死で押さえ付ける3S級ゾイドと警備員の一隊が左右
に映し出され、水平に後方へと流れている。どうやら少年の相棒たり深紅の竜はトレーラ
ーにでも乗っているようだ。音声は完全に遮断されてはいるが、見た限り相棒の体色でも
ある赤い旗がひしめいている。ナーバスになる可能性はなさそうだ。
 既に上半身は拘束具で座席に固定。額には刻印が爛々と輝き、両腕広げられる程の室内
を淡く照らしている。首に巻いたタオルで所々吹き出る汗をこまめに拭う。室内の冷房は
効きが良く、汗も適当なところで止まってくれるに違いない。
224魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:20:02 ID:???
 いつも通りの試合。それなりに久し振りではあったが気負うところは全く伺えなかった
し、様々な怨恨と一切無関係の純粋な勝負ができることの方が嬉しかった。
 それよりも、気にかかることがある。今日の試合を契約するまでに、ギルガメスは思わ
ぬ伏兵を相手にしなければならなかった。他ならぬ彼の師匠にして密かに想いを寄せる女
性は、今日の試合に対して理不尽なまでに反対した。
「とにかく、しばらくは休養なさい。厄介な奴を何度も相手にしてるんだから……」
 三日、四日程なら納得していた彼も、五日、六日と経過する内に不満を隠さなくなった。
練習中、或いはその合間、ビークルの端末を弄る彼女は何度も溜め息をついたり、腕組み
したり、頬杖したり。何か、別の考え事でもしているかのようだ。
 だから七日目の練習を終えた夕方、ギルガメスはこの日もビークルで長い足を組み座っ
ていた彼女に詰め寄っていった。
「先生、まだ試合させてくれないんですか?」
「……我慢なさい」
 たった二、三秒の間が、この日ばかりは長過ぎて気が遠くなる。
「僕なら、もう平気です」
「決めるのは、私よ」
 傍らでうつ伏せるブレイカーが首をもたげた。不安の虫が早速疼いたようだ。
「理由くらい、話してくれませんか」
「だから言ってるじゃない、休養って……」
「ピンピンしてますよ。ほら、この通り。
 そんなことより、他に理由が……あるなら教えて下さい。何日でも、我慢します」
 更に一歩、詰め寄ってみせる。ふて腐れつつも、円らな瞳は微かに潤んでいる。
 エステルは返答に窮した。試合ができないことに対する「不満」より、その理由を話し
てくれない「不信」がこの少年を苛立たせているのだ。
 ギルガメスの爆発寸前は想定していたことらしく、エステルに驚いた様子は見受けられ
ない。だがいざこの場面に出くわしたことが相当応えているのか、彼女は自分自身に恥じ
入る様子で俯いた。困ったのは少年の方だ。いつもなら追及される側の彼は、こんな時ど
うすれば良いかわからない。ますます空気が淀んでいく。
225魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:22:02 ID:???
 頃合い良く、端末に飛び込んだ一本の発信音は気まずい雰囲気をどうにか消した。何し
ろ背後の竜が発信音を合図に、しつこく鳴き始めたからだ。エステルは端末を弄って応対
し、ギルガメスはブレイカーのもとに駆け寄ってなだめすかす。
 向こうでブレイカーにキスしてやりながらも聞き耳を立てていたギルガメスは、季節柄、
そこらの村祭りの出し物として興行が組まれる筈だと確信していた。だがだからこそ、エ
ステルの応対(そういえばやけにボソボソと小さな声で、ビークルのモニターに手をかざ
しながら話していた)を耳にした時、傍らのブレイカーをすくませる程大きな声を上げた。
「あの……エキシビションで良ければ……」
「試合ですか!? 
 やる! やるやるやる、やらせて下さい!」
 叫びながら素っ飛んできた。そうしないと勝手にエキシビションにされてしまうに決ま
っている。
「……それくらいは教えてくれたって良いじゃないか、なあ」
 そういって頬杖つくギルガメス。コンコンと、頭上で戸を叩くような聞こえて同時に胸
元がムズムズした。相棒が自らの胸元に埋め込まれたハッチを鼻か指で軽く触れたのだろ
う。シンクロを利用して同意の合図を送ったのだ。
 自分の非力などもう何度も思い知らされている。だからエステルが突き付けた課題は依
然継続中だし、彼女がB計画の秘密について説明を忌避したのにも納得した。同じ理由な
らさっさと言ってくれれば良いのに、ここ数日の彼女はやけに煮え切らない。
「ギル、ギル、聞こえて?」
 不意打ちのウインドウが全方位スクリーンの左方に開いた。ギルガメスは慌てて背筋を
正す。
 ブレイカーの左後方よりやって来たビークルは、トレーラーに追い付くとすぐさま腕上
に組んだブレイカーの両手に収まった。
 機上のエステルはいつも通りの紺の背広で決めている。凛々しくも麗しい顔立ちはいつ
も通りのまま、只ゴーグルだけはサングラスにかけ替えた。
「は、はい、エステル先生」
「相手は一応、タリフドのチャンピオンクラスだからね。十分に注意して。
 ゴジュラスギガだから、上背もあるし、瞬発力もあるわ。付かず離れず、貴方の間合い
で戦いなさい」
226魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:26:05 ID:???
 基本的なアドバイスに何度も何度も頷く。煩わしいと感じたことは一度だってありはし
ない。彼女のアドバイスがある種の自己暗示と化していた。
 トレーラーが止まる。目前にそびえ立つ鋼鉄の門。ゆっくり手前に開門すると、その奥
には床のない空間が広がっている。わかり切っていることだが、タリフドくらい貧しい地
域だと試合場も簡素そのものだ。門を越えればすり鉢状になっており、そのすぐ下に試合
場が広がっているのである。
 ビークルが飛び立ったのを合図に、伏せていた巨体をゆっくり、起こしに掛かった深紅
の竜。四つん這いの両腕を突っ張り、大きく背伸びをした。それだけで左右の群衆の盛り
上がりはピークに達する。音声が遮断されていようが、ギルガメスには群衆の期待が肌で
伝わってくる。嬉しい。血なまぐさい死闘ではない、彼がいつも求めてきた本来あるべき
試合の風景だ。そこにもう一歩、踏み出せば画竜点睛となる。
 竜は二度、三度と翼羽ばたかせ、ふわりと前方に飛んだ。トレーラーを引き摺るグスタ
フも軽々と越え、低空落下でそのまま門をくぐり、すり鉢を下っていく。舞い上がる、土
の飛沫。
 すり鉢の最下層に達するや、深紅の竜ブレイカーは空を仰ぎ、ひと吠え決めた。すり鉢
を囲む柵の縁に並ぶ観客席は満員である。耳をつんざくばかりの声援で彼らも応える。
 いくら季節柄とはいえ、大した入りだ。ギルガメスの胸に広がる心地よい緊張感。早速
両手でレバーを捌けば、応えた相棒は桜花の翼をマントのように翻す。真っ正面に広がる
斜面の頂上には竜が今入場したのと大差ない鋼鉄の門がそびえている。竜も少年も厳しく、
だが清々しくその先を凝視して待つ。
 門の向こうでも歓声が上がり始めた。そろそろだ。ギルガメスはレバーを何度も握り直
し、指に馴染ませる。ブレイカーも足の爪に力を入れ、乾いた土の感触を確かめる。
 竜の遙後方、すり鉢の縁ではビークルが着地。いつもならば腕組みに頬杖してどっしり
構えるエステルも、今日は未だに心配なのか、ビークルから立ち上がり、上に下にと視線
を何度も向けている。
227魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:31:15 ID:???
 今か、今か。待ち構えていたその時、師弟と竜は異変を感じ取った。……誰もが異変と
感じ取れる状況の変化だ。歓声が、ふとどよめきに変わった。すぐその後、鋼を引き裂く
けたたましい金属音が鳴り響き、悲鳴が幾重にもこだました。まさかと、ギルガメスが前
のめりでスクリーンの向こうを覗き見る。
 本来ならば仰々しいくらいゆっくり開かれる筈の鋼鉄の門が、まるで木の戸のように吹
っ飛ばされた。蝶番がねじ切れ、そのまますり鉢を転げ落ちていくいく。勢いは試合場に
降りてからも止まず、ブレイカーの足下にまで転がってきた。この深紅の竜が訝しみなが
らも両の翼でいともあっさり払った直後、もう一つ、予想だにしない落下物が今度は竜の
胸に飛び込んできた。
 竜ががっちりと両手で受け止めるや、若き主人の両腕にはずしりと重たい感触と、生々
しい悪寒が痺れるように伝わり、それはたちまち全身に広がっていった。これは相棒が感
じた生理的な嫌悪感だ。
 スクリーンの真っ正面に捉えられた鉄の塊は、大き過ぎて竜の両腕にも余る。ギルガメ
スを襲う戦慄、そして暗澹たるや如何ばかりか。
 この鉄の塊こそ、この深紅の竜をも遥かに凌駕する体格の持ち主・二足竜ゴジュラスギ
ガの、太く長い頭部そのものだった。……敢えて空想を膨らませるまでもあるまい、今日
の対戦チームの使用ゾイドであったものの無惨な姿だろうことは十分に想像がつく。
 だがと、ギルガメスはすぐさまレバーを捌く。同時に、スクリーンの左方にウインドウ
が開き、女教師が覗き込んできた。
「ギル、上がって!」
 ブレイカーは桜花の翼をひと仰ぎ。軽い跳躍で先程滑り落ちた後方のすり鉢を後ろ向き
で飛び越えていく。異変の正体が定まらぬ以上、深紅の竜の眼光は向こうの門が落とされ
た入場口に向けられたままだ。
 その間にも、ギルガメスはブレイカーが受け止めたゴジュラスギガの頭部を観察する。
……正直なところ、ゾイドの頭部は触手の一種に過ぎず、脳みそは胴体のゾイドコアに収
まっているため、そちらさえ無事なら後で接続し直すことも可能だ。だが、頭部に乗るパ
イロットはその限りではない。
228魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:35:30 ID:???
 着地したブレイカーの周囲にビークルが旋回する。ウインドウの向こうでは女教師エス
テルがサングラス越しに厳しい眼差しを投げ掛ける。
「ゆっくり回して」
 少年は予想通りの声に頷き、小刻みにレバーを弄った。受け止められたゴジュラスギガ
の頭部は天地が横転している。やがて向けられた頭頂部のキャノピーにはひびが入り、血
のりが撒かれているではないか。
 すると丁度良いタイミングで先程通過した入場門が開かれていく。深紅の竜はその先に
ゴジュラスギガの頭部をそっと置くと、たちまち数匹の3S級ゾイドと警備員や救急隊員
が群がっていく。
 ビークルの機上からその方角に向けて、エステルが叫んだ。
「何が起きてるんですか!?」
 見上げた警備員の一人が大声で返す。
「別のゾイドが乱入したみたいです! 今、増援を呼んでいます!」
「何分で到着しますか?」
 警備員は口籠った。
「最低、三十分は掛かります」
「三十分!?」
「ここ、田舎ですよ!」
 エステルは唇を噛んだ。つまり三十分は向こうで異変を起こした張本人の相手をしなけ
ればいけない可能性がある。
 そしてその可能性が現実となる瞬間を師弟と竜は体感した。
 地の底を震わす程、低い雄叫び。
 試合場の縁を埋め尽くす観客がどよめきと歓声で返す一方、二人と一匹は門のなくなっ
た向こうの入場口を前のめりで睨みつける。
 そこから現れ出たのは矢尻のような面構えした青い獅子。頬には白いたてがみ生やし、
頭部は橙色のキャノピーが覆い尽くして彩りを添える。背中には黄金の太刀が二本、更に
白い大砲とも排出口ともつかぬ武装が積み込まれている。
 ギルガメスは上半身を押さえ付ける拘束具のことなど忘れ、一層前のめりに、食い入る
ようにスクリーンの向こうを睨みつけた。あの青い獅子こそヘリックにとっての英雄的・
諸外国にとっての悪魔的ゾイドにして、ギルガメス主従を完膚なきまで叩きのめした宿敵
に間違いあるまい。
229魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/10/31(土) 19:39:49 ID:???
「ブレードライガー!? では、まさか……!」
 たちまち全方位スクリーンが水彩絵の具で塗りたくられた。相棒が過去の記憶に戦慄し
ているのだ。同じ戦慄を抱かぬギルガメスではない。懸命にレバーを握り締め、相棒をな
だめすかす。だが戦慄は他ならぬ彼の鼓動をも高鳴らせた。少年は自分自身が負わされた
手酷い敗北にも打ち震えないよう、何度も何度も深呼吸を繰り返す。だが彼に迫り来る脅
威はその程度で抑え切れぬ代物ではない。彼自身、それがよく理解できるから、頬を、額
を流れる汗をタオルで拭い、心の間合いをどうにか保たんと試みる。
 青い獅子の頭部キャノピーがせり上がる。中から現れた人物も又、師弟と竜の予想通り
だ。人形のような美少女。白い肌を白のワンピースで包み込む。左右の耳上当たりに束ね
た金の長髪がうねり、銀の眼光が遠くギルガメスらのもとまで届き、威圧する。
 美少女は片膝立てると腕を組み、悪戯っぽく微笑んだ。口元には悪意をたたえて。
「久し振りだな、ギルガメス。いや、我が婿殿。
 そしてエステル……この売女!」
「『B……!』」
 師弟と竜は一斉に身構えた。そうしなければ、有り余る覇気にタジタジとなってしまう
からだ。
                                (第二章ここまで)
230魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 20:44:36 ID:???
【第三章】

 試合場の縁を埋め尽くす観衆は、荒波のような歓声で応えた。ガイロスの……ひいては
非ヘリック系民族の英雄・魔装竜ジェノブレイカーに、同じく非ヘリック系民族共通の怨
敵・双剣獅子ブレードライガーが戦いを挑むというのだ。村祭りには余りにも過ぎた出し
物に、盛り上がらぬ筈があるまい。
 だが他ならぬ彼ら自身が絶体絶命の危機に瀕していようなどとは想像もつかないだろう。
ごく限られた、その辺が大いに想像できた少年は左方のウインドウを横目で見遣る。
「エステル先生……どうしますか?」
 ビークルは安置されたゴジュラスギガの頭部を飛び立ち、入場門の向こうを睨むブレイ
カーの胸近くでふわふわと浮き留まった。機上のエステルは顎に手を当て、思案する。
 実のところ、エステルは少し嬉しくて、その気持ちが表に出るのを押さえ付けなければ
いけなかった。ギルガメスには、例の特訓を完成させるまでは例え「B」と対峙しても絶
対に戦ってはならないと申し渡していたからだ(無謀な突撃を試みた少年が負わされた屈
辱は第十六話参照)。愛弟子は血気に逸らず、約束を守っている。目前の宿敵もこれまで
の強敵同様、この群衆を人質となすに違いないから、ここは慌てても当然の局面だ。
 そんな彼女の気持ちを逆撫でするように、ささやくような女声が額に飛び込んできた。
……嫌が応にも額の刻印が明滅し始める。向こうの宿敵が投げ掛けてきたテレパシーだ。
(エステル、この売女め。今更逃げ出したらどうなるか、説明させるな。
 婿殿、このまま我と共に参りましょう。ククク……)
 向こうでは片膝付く美少女が左右に束ねた金髪を揺らめかせ、淫靡な、だが余りに攻撃
的な、妖刀が描く曲線の如き微笑みを投げ掛ける。額には刻印が眩く浮かび上がり、銀色
の瞳と降り混ざってますます妖しい輝きが浮かび上がる。
 さて一言目はともかく、二言目に魔女エステルは目を剥いた。この美少女の面の皮を被
った外道は愛弟子の脳裏にも同じテレパシーを投げ掛けている……!
「ギル、ギル、聞こえて!?」
231魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 20:46:34 ID:???
 慌ててビークルのモニターに食い入る。そこで彼女は、思わず苦笑してしまった。可愛
い愛弟子は、懸命に頭の左右に拳をぐりぐりと突き立てていたからだ。浮かべた苦悶の表
情はこの切迫した局面にあって何とも可愛げがある。
「ギル……何してるのよ」
「いや、あいつがテレパシー、使ってくるんです。聞く耳、持ったらいけないでしょう?」
 エステルはその言葉に安堵の溜め息をついた。これだけ我慢できる、する気があるなら。
彼女は長い首を揺さぶり、乱れた短髪を直すと。
「ギル、三十分は警備の増援が来ないわ。『B』が困るくらい騒ぎが大きくなるには、そ
こまで耐える必要がある。それまで、引っ張って」
 モニターの向こうで少年は円らな瞳を見開いた。
「引っ張るって……」
 スクリーンの先の女教師はうんざりした様子で首を横に振る。
「戦うしかないわ。どうせ外に誘導などできやしないからね。
 私も、援護するわ。けれど、くれぐれも『倒そう』なんて思わないで。多分『私』込み
でようやく勝敗三分七分の相手よ」
 ギルガメスの胸元は急激に締め付けられた。ゴーサインが出るとは予想だにしなかった
し、出なくてもエステルの下した指示を何とかして守り通そうと心に決めていた。そこま
でしなければ絶対に勝てない相手というのが師弟の共通認識だ。
 しかしエステルは、一時的にせよ約束を反古にした。そこまでしなければどうにもなら
ないのか。ギルガメスは胸を押さえ付け、震える膝を何度も叩き。
「わかりました。先生、何とかして、時間を稼ぎます」
 笑顔を無理矢理作って浮かべ、少年はレバーを握り直す。
 呼応して、長い胴体を前傾したブレイカー。桜花の翼を水平に、六本の鶏冠を一杯に広
げて。蒼炎を噴射し、すり鉢の底へと滑空していく。
 後を追うべく、エステルも前傾となった。最早試合ではないし、ここの試合場に訪れた
観客の全体的なレベルからしても彼女のビークルが援護に降り立つことなど気にも止めや
しないだろう。
 さて向こうで片膝立てる女主人は淫靡な、そして好戦的な笑顔を隠さない。
「ククク、そうでなければな。
 婿殿、今一度堕ちるが良い。そこな売女の目の前でな!」
232魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 20:49:08 ID:???
 橙色のキャノピーが閉じられ、仁王立ちしていた青い獅子が天を仰ぎひと吠え。背負い
し黄金の剣を左右に広げるや、やはり背中に積み上げられた二本の白い排出口からは赤い
炎が噴出を開始。土砂の飛沫は強烈な踏み込みの証、たちまちすり鉢を駆け降りていく。
 時速数百キロ、秒速にして百メートルを越えようかという激走と共に、駆け降りる両者。
土砂の飛沫が天を衝く程高く跳ね、すり鉢最下の試合場へと降り立つ。セレモニーが行な
われるものだとばかり思っていた観客も、そしてエステルでさえも、この後の展開は全く
予想だにしなかった。
 深紅の竜は試合場に降り立つや、そのまま一直線に宿敵の真っ正面へと飛び込んでいく。
蒼炎が尾を引き、眩く場内を照らす。
 血相を変えたのはエステルだ。時間を稼ぐように指示したし、それを愛弟子も十分理解
していたではないか。ならば真っ向勝負が一番の愚策だと、わかり切っている筈だ。
「馬鹿! ギル、ちょっと止まりなさい!」
 これには青い獅子も何事かと一瞬四肢をすくませ躊躇した。目を見張った女主人は、だ
が軽く首を傾げるや、すぐに口元をほころばせる。
「不意を突かれるのも悪くない。どんな攻めを味わせてくれるのか……!」
 一秒の間も置かず、疾走の再開。だがそうするまでにもブレイカーがあと十数歩という
距離にまで飛び込んできた。
 桜花の翼の裏側から双剣が展開、くるりと切先を伸ばすや否や。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
 疾走の勢いを全く殺さず、そのまま踏み込み、そして双剣の薙ぎ払い。左に、右に。獅
子のたてがみに命中し、そのたび轟音が試合場を揺らす。
 訳のわからぬ観客は、この二撃だけですっかり虜にされた。歓声がどっと沸き上がり、
それは継続する竜の攻撃により、大地震を予測させる地響きのように継続していく。
 続けざま、双剣が左に、右に、左に、右に。軽快なボディフックのように次々と繰り出
されていく。竜の胸部・コクピット内ではギルガメスがまるで正拳を決めるかのように何
度も何度も、レバーを押したり引っ込めたりと忙しい。
 スクリーンが、心持ち足下をすくませる獅子を捉えた。たてがみへの攻撃を嫌がる仕草
だ。攻撃を透かしダメージを削って離れようというのだ。そんなことを許す少年ではない。
233魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 20:53:02 ID:???
「ブレイカー、前足浮いたよ!」
 掛け声と応じた動作のいずれが速いか。ブレイカーの左足が伸びる。青い獅子ブレード
ライガーの黒く薄い鋼鉄で剥き出しになった前足目掛け、渾身の爪先蹴り。ぐらり、揺れ
たところに休む間もなく右足が追い撃ち。
 青い獅子はもたつきながら後ずさりを始めた。先程から前足を振り上げ、突くなり飛び
跳ねるなりしようと様子を伺っているようだが、そのたび双剣が、爪先蹴りが機会を潰す。
 エステルは目を見張った。相手の実力が実力なだけに、この正確な攻撃は大したものだ。
それに、一撃一撃の間が空かず、中々途切れない。「一撃でも当てれば合格」という特訓
が実にわかり易い成果をもたらした。……しかし本当に彼女が求めていた成果はもっと別
のところにあった。それすらも十分な手応えを感じたのか、彼女は力強くビークルのレバー
を握り締める。
(一旦「B」の出鼻を挫いて、手を出し辛くさせようってわけね。首回りに攻めを絞った
のも良い考えだわ、正確に弱点を狙っていけるなら単調な攻撃でも十分嫌みになる)
 ちらり、モニターの隅を見た。試合開始からもう数分は経過したか。
(スタミナ切れが気掛かりだけど、それでもあと二十分、流れをコントロールできれば……)
 怒涛の連打は着々と青い獅子を後退させていった。獅子の背後百メートル程先に、すり
鉢の坂が見える。
 ギルガメスは薮睨み。このような連打が本来なら無謀なのは始めから承知している。流
れを緩やかにしつつ、相手を動き辛くして、そして時間を稼がなければいけない。何とも
面倒な話しだが、その流れに持ち込む材料がスクリーンの向こうに見えてきた。
「ブレイカー、合図したら体当たり。マグネッサー全開で!」
 呼応して甲高く竜が鳴く。 
 さてその一方、橙色のキャノピー内部。肉迫する深紅の竜が映し出されているにも関わ
らず、席上の美少女は如何にもつまらなさそうに両腕で頬杖をつき、肘をコントロールパ
ネルに載せていた。何度も、何度も溜め息をつくと、流石にそれすらも飽きたのか,座席
に寄りかかり勿体をつけてレバーを握ると一転、怒髪天を衝くように金髪が揺らめく。
「小賢しい、これも売女の入れ知恵か!」
 口調とは裏腹に、やけに小刻みなレバー捌き。
234魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 20:58:04 ID:???
 ところが肝心の青い獅子は奇妙な行動をとった。後退りしていたのががくり、がくりと
徐々に身体が沈んでいき、やがてひれ伏すように地面にへばりついた。
 その有り様を目の当たりにして、ギルガメスははっと息を呑んだ。今までの攻撃でそこ
までの成果が上げられるとは思いもよらなかった。少年の心中で時が止まる。次にすべき
は、次にすべきは……。
「ブレイカー、今だ!」
 立ち上がった土砂の柱。広がる鶏冠、吹き出る蒼炎。双剣をしまいつつ、桜花の翼を前
にかざし。狙うは渾身の体当たり。
 僅か数秒で目標に到達する。
 それまでに、ギルガメスの脳裏によぎったのはかつての敗戦、そして初心な少年である
が故の屈辱。だがそれすらも無理矢理掻き消し、この一撃が決まった後の展開を無心にシ
ミュレーションした。……とにかく序盤に一度、転ばせれば次はそうされまいと警戒する
ようになる。ゾイド同士の戦いなら、相当レベルが高くとも簡単には避けられないだろう
(何しろ射程の短い大砲で殴り合うような生き物だ)。戦闘ならそれで良しとは断じて言
えないが、ここは試合場だ。どんなに「B」が無法の限りを尽くそうが限界はある。
 雄叫びは主従一体。土煙と蒼炎が混ざり合い、青い獅子の真っ正面に肉迫。かざした桜
花の翼が鼻先まで近付いたその時、翼と翼の隙間からギルガメスは垣間見た。橙色のキャ
ノピー内部で、金髪の美少女が汚らわしいものでも見るような目つきで睨んだのを。
 橙色のキャノピーはそのすぐ直後、見失った。研ぎ澄まされたギルガメスの動体視力が
消え往く方向へと追いかける。下から、上へ,上へ、上……。
 動きの止まった円らな瞳。翼の隙間に、迫り来る獅子の後肢。反転の宙返りだ。その勢
いで蹴り込まれた後肢の爪先を、桜花の翼はがっちりと受け止める。受け止めて尚、削が
れることのない竜の勢い。
 だがそれこそが、美少女「B」の仕掛けた罠だということにギルガメスが気付くには、
もう数秒の時間が必要だった。……相棒の体当たりならば、この程度の蹴り込みなど十分
に押し返せる。それは事実そうだった。ところが翼の隙間では、重力が一時的に逆転し、
地に面した背中がうごめいたのだ。
235魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:01:19 ID:???
 とってつけたように積まれた二つの長い排出口が、ピーナッツのように割れる。中から
ほとばしった輝きにギルガメスは思わず、レバーを狭める。
 隙間を埋めた桜花の翼。そこに目掛けて、噴出された赤い炎。蹴り込みの勢いに加え、
深紅の竜の体当たり、そしてこの噴射。たちまち、両者の距離が離れていく。百メートル
も一気に離れれば(竜の、或いは獅子の四匹分程度だ)そこにはすり鉢の坂が待ち構えて
いる。
 本来ならば、竜の勢いで叩き付けられている筈の坂を目の前に、青い獅子は宙返り。後
肢を壁面に叩き込み、吹き出る赤い炎を放ち、そして簡単には止められない竜の速度が加
わって。美少女の淫靡な笑みが彩りを添えた。
「婿殿、痛みを恐れるのは感心せぬぞ」
 目一杯に広がった獅子のたてがみ。隙間から金色の粒が溢れ、瞬く間に矢尻のような頭
部を覆っていく。
 ギルガメスの全身を悪寒と、どろりと気持ち悪い冷や汗が駆け巡った。強敵のたてがみ
を覆うものこそ所謂Eシールドだが、この美少女に操られるブレードライガーのそれはE
アロー,Eスピアーと形容しても良い。事実少年の相棒は、この輝く矢尻に翼をぶち破ら
れたのだ。その時の光景が、スクリーンが映す光景よりも鮮明に甦る。
「ギル、滑り込んで!」
 少年を現実に引き戻したのは魔女エステルの血相変えたひと声だった。我に返った彼は
透かさず両手のレバーを目一杯前に押し込む。
 深紅の竜は今一度、右の爪先で地面を蹴り込んだ。疾走,そして蒼炎噴射の勢いのまま、
桜花の翼を水平に広げ、地表を泳ぐように滑っていく。果実の赤を汚す砂の飛沫。
 矢尻の方も、軌道が徐々に下方へと修正していく。だが一度ついた勢いは簡単には殺せ
ない。
 かくして二匹は交叉した。滑り込んだ竜の頭上すれすれを、矢尻が突っ切っていく。
 ギルガメスが目まぐるしく変わるスクリーンの映像を横目で睨めば、滑り抜けた竜は応
えるように左の翼を、鶏冠を外に広げた。くるり、地表にうつ伏せながら時計回り。首だ
けは心持ちもたげ、向こうへ駆け抜けた強敵の様子を伺う。
 金色の矢尻は地に落ちるまでに雲散霧消し、かくして露になった獅子の本体。地面に前
足、後ろ足と叩き付け、アメンボのように突っ張るとやはり時計回りに滑り込んだ。
236魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:04:49 ID:???
 すっくと立ち上がった竜。矢尻の軌跡を睨んで追う。
 獅子は滑り込むが収まるや否や、再び背中の排出口がうごめいた。二本揃って前方に倒
れ、砲身が伸びる。
 排出口の先端より、弾けた閃光。
 竜は透かさず腰を落とし、桜花の翼を前面にかざす。たちまち桜花の翼を覆い尽くす無
数の火花。背中全体に痺れが広がる。シンクロの副作用で受けた痛みは思いのほか楽だが、
肝心の竜の両足は地面を削る程踏ん張っていた。獅子の銃撃には杭を打ち込むような瞬間
的な重さがある。
 数秒も経ずして着弾が収まるや、ぐいと一歩、踏み込んだ右足。
 釣られるように、獅子も姿勢を落として溜めを作る。
 二匹の睨み合いが始まったのは勝負が振り出しに戻った証。仕切り直しだ。……序盤で
起こり得るシチュエーションが今ようやく実現した。ギルガメスは座席の下からタオルを
引き抜き、額の汗を拭いながらスクリーンの右下隅を見る。少年の視線に応えるように浮
かび上がった時計の針を見てかれは二度、三度頷いた。
(もう少しで十分、経つ……)
 微妙だ。もうあと五分は、稼ぎたかった。渾身の体当たりが、彼の予想を遥かに上回る
反撃で無効化されたのは大きな誤算であった。いくら何でも決まると思っていただけにシ
ョックが隠せない。それでも、憧れの女性が授けたアドバイスは本当にありがたかった。
あの反撃……矢尻の突撃を上手い具合に避けられたからこそ、この膠着状態に持っていけ
たのだ。当初の予定はクリアできなかったが、彼女のアドバイスで六割以上は達成できた。
 少年は背後をちらり、伺う。早速ウインドウが開き、既にすり鉢斜面でふわふわ浮かん
で待機するビークルを……彼がとにかく見たい搭乗者の様子を拡大表示していく。
 機上のエステルはビークルの拘束具を外し、仁王立ちして観戦していたが、攻防が淀み
始めたのを確認してようやく座り直した。自らをなだめるような深呼吸を伴って。
 ……その間にも思考は止めず視線も外さず、次の手段を考えていた。言いたいことはい
くつかあるが、彼女の想定並みに時間が稼げたのは大きい。それに、少年の工夫。冷や汗
ものだが嬉しい気持ちが勝った。
(まだ何とも言えない。けれど、この調子なら……)
237魔装竜外伝第二十話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:07:55 ID:???
 サングラスの裏でいくつものしキュレーションが駆け巡る。そんな中、コントロールパ
ネルより騒がしい声が聞こえた。
「うるさい、黙れ!」
 エステルはハッと切れ長の瞳を見開くと、膝上に広がるモニターとコントロールパネル
に覆い被さる。少年との口論なんて何度もしているが、口汚く罵られたことなんて一度も
ないし、今後されることもないと確信していた。ならば考えられることは只一つだ。
 その話を少年が聞いたら何と応えるか興味深いが、今の彼はそんな質問を受け付けられ
る状態になかった。……脳裏に響く美少女のささやきは何ともえげつない。
(さあ婿殿、あの売女は抱かせてくれたのか? 思うがままにかき乱し、貪りつかせてく
れたのか?……叶わぬだろうなあ、あいつは色目を使って男を弄び、飽きたら取り替える
だけのふしだらな女。
 私なら、さあ。飛び込んで来るが良い。思いを遂げさせてやるぞ。溜まりに溜まった欲
望を、何もかも晴らしてやるぞ)
 既に通信は完全に遮断されているが、それが美少女にとって無駄な足掻きなのは言うま
でもあるまい。少年はボサボサの髪をかき乱す。明滅が激しい額の刻印はそれを必死で掻
き消そうとする証だが、それでも尚、ささやきは少年の脳裏を駆け巡って止まない。
 モニターに映る愛弟子の苦悩を目の当たりにして、エステルは唇を噛んだ。すっと背を
屈めるとモニターに顔を近付け、努めて声の調子を落として。
「ギル、ギル、聞こえて?」
 スクリーンの真っ正面に映し出された憧れの女性。少年の脳裏を覆う暗闇に光が差した。
「エステル先生! あの、今、その……」
 淫猥な戦術を女性に、しかも想いを寄せる相手に説明する語彙など持ち合わせていなか
った。そんな彼の戸惑いを気遣うように彼女はすっと、白く長い右の掌をかざす。
「ギル、『717376』よ」
 言いながらサングラスを外し、にこりと微笑んだ。……切れ長の蒼き瞳は一層細まり、
軽く目配せ。そして、やけに悪戯っぽい口元が微かに、動いた。
 その動きを少年は凝視した。半分は、見とれていた(それで「B」のささやきを掻き消
せたのだからやましい心も捨てたものではない)。だが唇の動きを追うに連れ、見る間に
彼の表情は晴れ渡る。
238魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:10:01 ID:???
「はい、『717376』ですね!」
 瞬く間にレバーを捌く。それに応えて爪先立った深紅の竜。
 金髪の美少女は目を剥いた。想い人と恋敵の交わした奇妙な暗号。それだけで十分に腹
立たしいが、問題はそれだけではなかった。
「あ、暗号だと!?」
 美少女が売女と罵倒し激しく憎悪を突きつける相手は、こと戦闘能力に関しては相当に
評価し得る相手でもある。彼女の全身が強張る。青い獅子も追随して足がすくんだところ
に、土の飛沫が、蒼炎が刀のような軌道を描いて急迫する。
 あと数歩で一足一刀の間合いに入ろうかという距離で、宙に浮かび上がった深紅の竜。
 青い獅子は依然、凝視を続けたまま。キャノピー内部でも、美少女は判断できかねたの
かレバーを半握りのまま様子を伺うに留めていた。麗しの君の狙いは、ここまで迫られて
ようやく察知し得た。
「……尻尾か!?」
 獅子は前足を地に叩き付けた。舞い上がる砂と共に一歩後退を試みるが、ここまでの躊
躇に竜の肉迫が上乗せされた。
 自分の身長程の高さまで跳ねた深紅の竜。豪快にして鮮やかな時計回りで、虚空に描い
たつむじ風。鞭のように尻尾がしなり、獅子の鼻先を弾いた。
 瞬間、浮いていた獅子の顎。寸前の見切り。なれど完全には躱し切れなかったのか、が
くりと後ろ足が膝をつきかける。そこに乗じぬ竜ではない。落下の勢いで獅子の真っ正面
にまで迫った時にはもう一回りし、背を向けていた。
 ぐらつくキャノピー内部ながら、美少女の視線は向こうで突っ込んできた竜から視線を
離さない、離しようがない。
「今度は、踵か!」
 的中できても対応できない予言程、虚しいものはないだろう。背後から右全身、そして
正面と二度目の時計回りを完成させた深紅の竜。その勢いで水平に伸ばす右足の踵には鋭
利な突起が伸びていた。本来ならば地面に踏ん張る時に使うアンカーだが、こういう場面
では立派な武器となる。
 獅子は左に側転。踵の真下を何度も転がり、間合いを離す。だが転がった程度では十分
な距離は離せないものだ。立ち上がった時には既に竜が追いすがっていた。翼の刃の連撃
が迫る。尚も逃げる獅子、追随する竜。
239魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:12:16 ID:???
 ギルガメスはスクリーンの向こうに広がる光景に目を見張った。この難敵に、初めて優
位に立てたのではないか。その事実自体が容易に受け入れがたく、受け入れたら却って頭
が真っ白になってしまいそうだ。
 少年を落ち着かせる絶好のタイミングで、今度は左側面にウインドウが開いた。
「ギル、今度は『698384』よ、OK?」
 相変わらず、憧れの女性は楽しげだ。釣られて少年も口元が綻ぶ。
「OKです、『698384』! ブレイカー、行くよ!」
 きっと己に対しては絶対見せそうにない感情が耳元に流入して、美少女は上気した。白
い頬が朱に染まる理由は清純さとは凡そ縁遠い。
「ふざけるな、婿殿! 私に内緒で、何を企んでいる!?」
 彼女が刻印の激しい明滅とともに怒鳴りつける頃には、深紅の竜が目前に迫っていた。
馬鹿なと美少女は唇を噛み、前のめりになって真っ正面を注視するが。
 水平に、翼広げた深紅の竜。翼の刃……双剣エクスブレイカーの一撃は左が先か、それ
とも右か。だが彼女の予想は盛大に外れた。
 踏み込んで、捻る筈の左前足が捻らない。そのまま、もう一歩前に。それが認識できた
時には竜は肘を水平に広げていた。
 獅子の下顎目掛けて、振り抜かれた竜の左肘。乾いた金属音とともにぐらついた顎目掛
けて、右の肘が襲いかかる。
 美少女は狼狽しながらもレバーは正確に捌く。獅子は真後ろに跳躍するが、尚も迫る深
紅の竜。
「何だこれは! 何なんだ!?
 ええい婿殿、説明せよ、何を考えておる!」
 彼女の苛立ちが頂点に達するまでそう時間はいらない。だがギルガメスはそんなことな
ど知ったことではない。
「エステル先生、次は『826968』で良いですか!?」
 逆に提案してきた少年の表情からは、すっかり動揺が消えていた。モニターの向こうを
覗き見て、魔女エステルはますます悪戯っぽく微笑んだ。
「そうね、じゃあ次は『826968』でいきましょう」
「わかりました、『826968』!」
 少年主従の攻勢が続く。
 エステルはモニター下部の時計に目を細めた。
240魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:14:30 ID:???
(十五分、経過したわ。良いわ、その調子よ、その調子……)
 彼女は黒の短髪をかき上げると腕を組み、右手で頬杖をついた。不動のポーズこそ愛弟
子優勢の証だ。だがそれに留まらず、口元・目許の緩みが止まらない。これはまずいと思
ったのか、彼女は頬杖していた右手で口元を隠すが、こみ上げる笑いが堪え切れず、やや
前屈み気味だ。
 その様子が、橙色のキャノピー内部・左側面に広がるウインドウでも映し出され、美少
女はますます苛立ちを募らせる。
「カエサル! 聞こえるか!?」
 声に応じ、右側面にウインドウが広がった。……金属の骨組みに囲まれた真っ赤な光球。
ゾイドコアだ。その真上に銀色の獅子がへばりつき、半ば同化している。オーガノイドユ
ニット・カエサルは「B」の忠実な僕にして、戦闘時にはオーガノイドシステム特有のシ
ンクロによる副作用を軽減する役目を担う。
「カエサル、奴らの暗号を解析しろ!」
 待つこと数十秒。その間にも少年主従の猛攻を凌ぎつつ、ようやく表示された文章に美
少女は呆然となった。
「……意味のない、文字列!? ふざけるな、ちゃんと解析したのか!」

 そう、意味など全くなかったのだ。ギルガメスは快進撃の中に回想する。
 ある日のキャンプのことだ。夕食を終えたら勉強と、試合や万が一の戦闘に関するミー
ティングが毎日のように行なわれていた。……その頃は「B」に敗れて間もなかったため、
連日、沢山の対策を話し合ってきた。
「確かにね、貴方の刻印ではテレパシーを完全にカットできないわ」
 すっかり塞ぎ込んでいた愛弟子を前に、女教師エステルは思案を続けていたが、ふと、
頬杖していた右手を離した。
「取り敢えず、いくつか対策を決めておきましょう。
 防ぎ切れないものは仕方がない。『B』のペースに乗らないためにも、仕掛けられた時
の反撃を考えた方が良いわ」
「例えば、どんな……?」
 身を乗り出してきた愛弟子。円らな瞳が意欲と、若干の好奇心で心持ち輝きを取り戻す。
「でたらめな暗号とかね。私が、合図を送るわ。ギル、貴方は単に復唱してから攻撃に転
じて。攻め方は、貴方のお好みで。
241魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:16:33 ID:???
 気持ちを読まれることがわかり切っているなら、読んでみろと誘うのも一つの手段よ。
読みにふければ反応はその分遅れる。そこでなるべく『B』の意表をつける攻撃を混ぜて
いけば……」
「そうか、暗号の解読とゾイドの操作の両立は流石に難しいですね。しかも、絶対解けな
い暗号。下手すりゃいつまで考え続けるか……」
 少年は合点した様子でポンと両手を叩いたが、やがてそっぽを向きながら苦笑いを浮か
べた。その様子が不可解で、女教師は首を捻った。
「な、何よ、どうしたの……?」
「先生も案外、ずるいことを考えるよなって……」
 切れ長の蒼き瞳が半月程に見開かれた。
「あら、失礼ね! 命のやり取りなんだから、何でも考えるに決まってるでしょう?」
 口元を尖らせつつも、師弟は顔を見合わせ苦笑いし、その日も様々な提案が行なわれた。

 屈辱から何とかして脱しようとしていた日々の記憶が、少しずつだが良い思い出に昇華
していようとしている。そのためにもこの場を凌ぎ切らなければいけない。ギルガメスは
気を引き締め、だが快調にレバーを捌き、ペダルを踏み込む。
 その耳元に、怒鳴り声が響いた。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
 売女ごときと馴れ合いおって! ギルガメス、お前が抱くのは私ひとりだ!」
 少年は無視を通した。寧ろこの程度なら無視して十分だ。
242魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/03(火) 21:19:24 ID:???
 だがキャノピー内部で、美少女が白のワンピースのボタンを突如、外し始めたことまで
はわからない。
 たちまち、拘束具は一糸まとわぬ裸身のみを押さえ付ける格好となった。足下にはワン
ピースが無造作に打ち捨てられている。
 美少女は銀の瞳をすっかり血走らせると、驚く程低い声で呟いた。
「カエサル、ダメージ、オン」
 声を合図に、白磁のような裸身の至る所に赤い擦り傷、切り傷が浮かび上がっていく。
シンクロによる副作用がが再現され始めたのだ。少しだけ、美少女は顔を歪めたが不意に
顔を伏せ、自らの両肩を抱き締めると、やがて浮かび上がった狂気の笑みには恍惚が降り
混ざっていた。
 そんなことなど露知らず、深紅の竜は再度の肉迫。
 既に一足一刀の間合いどころかあと数メートルで互いが触れ合う距離にまで到達した時、
美少女は恍惚の笑顔を振り上げた。
「カエサル、行け!」
 吠え立てた青い獅子。その口腔内から射出された銀色の弾丸を、間合いの近過ぎる少年
主従も遠過ぎる魔女も、捉えられよう筈がなかった。
 覆い被さる筈の深紅の竜が、叩き折られた弓のように胴体を折り曲げた。その巨体がも
んどりうって地面に崩れ落ちるまでに数秒も要らない。
                                (第三章ここまで)
243魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:36:02 ID:???
【第四章】

 エステルは自らを押さえ付ける拘束具をはね除けんばかりの勢いで身を乗り出した。腕
組み、頬杖、そういった余裕のポーズを振りほどき、絶句した口元を両手で隠す。
 すり鉢の縁でひしめく観客も、一体何が起こったのかわからない。はっきり見て取れる
のは優位に立った筈の深紅の竜ブレイカーが突然倒れたこと、それのみだ。何故に倒れた
のか……青い獅子ブレードライガーが如何なる秘技を決めたのか、遠目には全く判断でき
ない。だからひたすら、どよめきだけが地震のように大きくなっていく。
 だがエステルのみは、口元を覆っていた両手を叩き付けるようにレバーを握り締めると
切れ長の瞳で斬り付けるように彼方を睨み、ビークルのエンジンを吹かす。……憤怒の形
相のまま、ビークルはすり鉢の斜面を伝い、相対する二匹のもとへと猛追の開始。
 しかしブレイカーに追随し得る彼女のビークルとはいえ、試合場は広い。
 彼女を嘲笑うかのように、青い獅子ブレードライガーは青空を見上げ、雄叫びした。
……その足下では、深紅の竜ブレイカーがまるで食あたりにでもあったかのように痙攣し、
のたうっている。
 胸部コクピット内部での若き主人の苦しみようはもっと無惨だ。込み上げる嘔吐感。左
手で慌てて押さえ付けるも、今度は喉へ、胃袋へと蛇か何かが駆け巡るようだ。喉を胸を、
腹を掻きむしってもこの異様な不快感は収まらない。円らな瞳に涙を溜め込みながらも、
残る右手でレバーを捌き、コントロールパネルを弾き。
「ブレイカー、どうしたんだブレイカー!?」
 問いかけに応じ、全方位スクリーンの右側面に浮かんだウインドウは奇妙な断面図を描
いた。竜の胴体に翼の生えた、まさしく相棒のそれだ。胴体部に明滅する赤い球体の周囲
を、何やら白く発光する物体がぐるぐると円を描いている。
「ブレイカーの中に、何かが入り込んだ……!?」
「オーガノイドユニットさ!」
 全方位スクリーンの真っ正面を、視界を覆うようにウインドウが広がった。その向こう
では明らかに故意的なそれをやり遂げそうな人物が、淫靡と悪辣さを兼ね備えた笑みを浮
かべている。
244魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:39:35 ID:???
「『B』……!」
「シンクロの副作用を断ち切る我がユニット『カエサル』が、魔装竜ジェノブレイカーの
内部に入り込んだのさ。
 ユニットがゾイドコアを支配すれば、本体さえも支配できる。我が足下に跪いて、靴を
舐めるジェノブレイカーに拝めるとは何とも至福よ!
 だが我が本来の望みはそれに留まらない……」
 満を持して、ゆっくり歩を進めた青い獅子。
 依然としてのたうち回る深紅の竜。若き主人ギルガメスは口を抑えていた左手をレバー
に戻し、小刻みに弄り回す。宿敵「B」の言葉より得たヒントは、こうやって苦しんでい
る内は、オーガノイドユニット「カエサル」の支配下に完全に置かれてはいないというこ
とだ。今のうちに距離をとって、カエサルを追い出す手段を考えなければいけない。
 だがこの銀色の刺客とその主人は余りにも非情だ。目の前にまで近付くと、弱点を見せ
まいとうつ伏せになる竜の首に噛み付き、ぐいと捻り上げる。
 露になった竜の胴体、そしてコクピットハッチ。
 懸命にのたうつ竜など知ったことかと言いたげに、青い獅子は右前足で左腕を、左前足
で右腕を踏みつけた。
 そのまま、獅子は首を降ろす。その鼻先にコクピットハッチが見える。
 深紅の竜は首を振り上げ拙い抵抗を試みるが、獅子は鼻先で殴りつけ、弾き飛ばした。
そのままハッチの目前に鼻先をつけると、橙色のキャノピーが開く。
 中から現れた全裸の美少女。両耳上で束ねた金髪を揺らめかせ、淫猥に微笑むと拘束具
を蹴り、飛び降りてハッチの目の前に降り立った。
 全裸の美少女はハッチを密閉する接合部に手をかけた。大型ゾイドの殴打でさえびくと
もしないブレイカーのハッチではあるが、この美少女にそんな常識は通用しない。金髪揺
らめかせ、額の刻印と銀の瞳を爛々と輝かせればたちまちメキメキとハッチが音を立てて
開かれていく。
 本体の天地が逆転している以上、このコクピット内部も同様にひっくり返っている。美
少女が無理矢理に力を加えてハッチを閉じると、映像が分断されて奇妙な光景を生み出し
た外周は元通りに外の様子を映し始めた。
245魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:47:08 ID:???
 さてギルガメスは座席に拘束具で括りつけられたまま、逆さの状態で肩で息しながら、
この無法な侵入者を睨みつけている。座席下部のポケットに忍ばせてあるゾイド猟用ナイ
フに手を伸ばそうとしたが、いざ両手をレバーから離したくとも、指一本とてレバーに吸
い付いてびくともしない。彼は唇を噛んだ。美少女の仕掛けた金縛りだ。
 美少女は彼の動揺を見透かすかのように、上目遣いで呟いた。
「『どうすれば追い出せるか』……そんなことを、考えているな?」
 ギルガメスは鼻さえ鳴らさず、只ひたすらに円らな瞳で睨みつけるのをやめない。無言
の抵抗。だが美少女「B」はそんな彼の心情を尚も嘲笑う。
「心だけは折れぬとでも言うつもりか。
 だが折れなければ、溶かしてしまえば良い。ククク……」
 元々広いコクピット内を、小さな体格の美少女が歩くものだから、彼女の視線は自然と
少年の股間辺りに向けられた。……一歩、又一歩、床となった天井を踏みしめてにじり寄
る。舌舐めずりし、自らの秘所を弄りながらも、銀色の瞳は百獣の王者でさえも震え上が
る狩人のような眼光を放ち、少年の全身を眺め回す。
 だがその淫猥な微笑みがわずかに歪んだ。二度、三度としかめた顔に、ギルガメスは微
かな異変を察知したが、それが何を意味するのかはわからない。それでも、彼女の眼差し
が少年の円らな瞳よりはそれより若干上に向けられがちなことには気付くことができた。
(僕の刻印を見ている。今更、何のつもりだ……)
 美少女の呼吸はやや荒い。自らの額に指を当てると刻印の輝きが強くなった。それと共
にしかめ面が幾分収まり、やがて浮かび上がった満面の笑みは何とも淫ら。
「いい塩梅に刻印が育ったなぁ。今が『食べ頃』だ、ククク……」
 ギルガメスは円らな瞳をますます丸くした。彼にしてみれば刻印は突如発生したもの。
「育つ」などという考え方があること自体、初めて聞いた概念だ。
「『育つ』って……どういう意味だ」
 今度目を丸くしたのは美少女の方だ。数秒は沈黙したが、すぐに我慢し切れなくなり、
天井と化した床を見上げて大笑いを始めた。ギルガメスは訝しんだが、それも束の間。
「ふざけるな! 婿殿、何も知らんのか、知らされてはおらんのか!」
246魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:50:22 ID:???
 一転、口角泡を飛ばす程に怒鳴りつけると、彼女は長い指先を少年の真っ正面に突きつ
ける。
「婿殿、お前はイブに選ばれし者だ。
 額の刻印は、私やあの売女のような古代ゾイド人と同等の力を持つ証だ!」
 唖然という言葉はこういう時に使うべきか。ギルガメスが知っている限りのことを述べ
る口調は、だから却って淡々としていた。
「……僕の刻印は、ブレイカーと出会った時に勝手に浮かんだものだ。
 それにお前が今仕掛けてる金縛りのような力は、何も持ち合わせてなどいない」
 当惑の少年に呆れ果てたのか、美少女は金髪を掻きむしった。
「ええい、あの売女は本当に何も喋っておらんのか!? なんて奴だ!
 かつて惑星Ziは、金属生命体ゾイドが闊歩するこの世の地獄だった。そこで額に宿し
た刻印の力でゾイドを自由に操り、彼らの王となって君臨したのが古代ゾイド人だ」
 美少女の口調は興奮と苛立ちによる震えが混じっている。ギルガメスはそれだけでもう
んざりせざるを得なかったし、そもそも古代ゾイド人の成り立ちなどを説かれても、全く
ピンと来ない。
 だが美少女は容赦ない。彼女はギルガメスの胸ぐらを掴むと、ぐいと無理矢理手を引き
上げた。純白のTシャツが無惨にも引き裂かれ引き締まった胸や腹が露になった。彼の背
筋はたちまち凍り付いていく。……くっきり浮かんだ眉間の皺は、刀で斬られたように深
い。脳裏に甦るかつての屈辱。
 彼女は淫らな微笑み浮かべつつ長い指でギルガメスの胸板をまさぐり始めた。少年の口
から呻き声が漏れた。脳に、脊髄に走る痺れはやけに心地良い。彼は無理矢理に唇を噛ん
だ。悪魔のような愛撫から逃れる術は他に知らない。
 美少女は少年の浮かべる苦悶の表情に満足しつつ、話しを続けた。
「……全てのZi人は進化する可能性がある。
 いや、元を正せばZi人こそ古代ゾイド人から退化した種族なのだ。かつて『遠き星の
民』がもたらした技術に頼り切った結果、彼らは刻印を失った。
 だが個人差はあれど、切っ掛けさえあればどのみち進化は始まる。退化したZi人の群
れの中に、少しずつ進化した者達が現れ始める。この星はいつの日にか、刻印を持つ者と
持たざる者に二分されていくだろう。
247魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 12:53:24 ID:???
 そうなった時、互いが互いを恐れぬわけがない。やがて起こる争いの前には民族などと
いう常識は無意味だ。刻印を持てる者と持たざる者との争い……それはどちらかを滅ぼす
まで永久に続く」
「……永久に?」
「そう、永久にだ。だから婿殿を恐れて盛んに追っ手を放つ者がおるではないか。
 連中は、刻印の目覚める可能性を持つ者をありとあらゆる方法で探し出し、付け狙う」
 ギルガメスは目を剥いた。余りにも具体的な心当たりが脳裏をよぎる。
(だから僕は、ジュニアトライアウトを不合格にされたのか。あまつさえ家出して、ブレ
イカーと出会って刻印が発動したから、水の軍団が……。
 だけど、だとしたら……僕がゾイドウォリアーを目指した時点で夢破れるか、刻印が目
覚めるかしかなかったことになる)
 微かに震える、少年の唇。見る間に青ざめていくが、全方位スクリーンの輝きは案外眩
しい。明るく照らされた彼の頬は本来どんな色か、判断に苦しむ。
 そんな彼の動揺を察したのかどうか。美少女は薄く笑い、言葉を続けた。だがその真意
はにわかには計りがたい。ギルガメスはだから、発言者に激しい視線を浴びせながら、彼
女の言葉を耳で拾った。
「しかし婿殿を欲する者もここにいる」

 問答の外ではビークルが砂塵巻き上げ、すり鉢を下って一気に試合場を横切ろうと向か
っている。
 その様子に気が付いた深紅の竜は仰向けのまま甲高く鳴いたが、のしかかる青い獅子は
容赦なく竜を顎を前足で踏みつけると、背中の排出口を又しても前方に倒してみせる。
 眩い閃光。砲撃に次ぐ、砲撃。
 ビークルは折れ線グラフのように、左右に揺れて難なく躱す。機上の魔女にはこれくら
い、何と言うことはない。それにこの砲撃、パイロットが乗っているとは思えぬ程に照準
が定まらない。
(だけどコントロールが不正確だってことは、パイロットが操縦していない可能性が高い
わ。だとするとあの子が危ういことに遭ってる可能性が……)
 エステルは唇を噛み締め、出掛かった言葉を丸ごと呑み込んだ。
「ギル、待ってなさい!」
 前屈みになって、エンジンを吹かす。真後ろになびく短髪。
248魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:07:08 ID:???
 警告音と共に、天地逆転のコクピット内が赤く明滅。ウインドウが開き、その向こうに
ビークルを映し出した。ギルガメスはハッと息を呑み(物凄く嬉しかったが自分の不甲斐
なさを恥じることも忘れず口をへの字に曲げる)、「B」は忌々しげに舌打ちした。
「まあ良い,こちらにはカエサルがいる。今更どうにもならぬわ。
 婿殿……いや、ギルガメス。私を娶れ。そして私を思うがままに愛し、子をなすのだ」
 銀色の瞳に宿る狂気。凡そ、戦うという行為からかけ離れた言葉は艶かしさなど通り越
し、ざらついた肌触りで少年の胸中を弄ぶ。
「生まれた子に様々な刺激を与えて刻印を発動させてしまえばいい。それだけでお前の忠
実な兵士が誕生する。
 ……いやそもそも『生まれなくても良い』。体外培養でも十分だ。そもそも私より劣る
者の胎児でさえ、中型ゾイドを完全にコントロールする屈強の戦士となるのはお前も身を
もって知っておろう(※既にギルガメスは刻印の発動した胎児の駆るゾイドと二度、戦っ
ている)。
 私と、私に対抗し得る可能性を秘めたお前との子供なら、胎児でも数名もこさえれば伝
説のキングゴジュラスさえ完全にコントロールする。……大量に培養すれば何ができるか、
わかるな?」
 ギルガメスは首を縦にも横にも振らない。「子をなす」と美少女が唱えた時点で、彼女
が何故こんなにもふしだらなのか腑に落ちた。その居心地は余りにおぞましく、首を振る
意思表示さえ無意味に思えてならない。しかし彼女は少年の顔を覗き込みこそすれ、真意
を読み取る気などサラサラない様子でひたすらまくしたてる。
「最強のゾイド部隊の誕生だ!
 そうなればギルガメス、お前は古代ゾイド人の王だぞ!
 この惑星Ziはお前の思うがまま。お前を侮辱した者も、命を脅かした者も容易く始末
できる、最高の権力を手に入れることができるのだ!」
 ますます乱反射する銀色の瞳。輝きの奥底をギルガメスが覗き込んだ時、彼はどす黒い
ものがうごめくのを感じ取った。目を細めて正体を見定めようとするとこちらが呑み込ま
れてしまいそうな、余りにも深い闇。それこそが、よもや胎児を使って戦争などという、
狂気の沙汰の根源なのか。
 そこに思い至った時、ギルガメスには質問すべきことが自然と生まれた。
249魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:10:09 ID:???
「……それが、B計画なのか?」
 美少女は金髪をかき上げると一笑に付した。
「今のヘリック大統領も千年前の奴も、ロストテクノロジーを使いこなす無敵の部隊が誕
生すると、その程度にしか考えておらん。
 それが連中のB計画ならそうなのだろう。だが私にとってのB計画に、退化した愚か者
の飼い犬になるという筋書きはない」
 そこまで聞いたギルガメスは突然、声を立てて笑い始めた。……根が朴訥なものだから、
やけに芝居がかった笑い方になる。
 敢えて場の雰囲気をかき乱す笑いに銀色の瞳がキッと睨みつけた。
「婿殿、何がおかしい?」
「ハハハ、知らなかったことが色々わかったよ。
 だけど『B』、お前の願いはやっぱり、叶いそうにないな」
 銀色の瞳がどす黒いものをうごめかせて円らな瞳に視線をぶつけるが、今更怯まぬギル
ガメスでもない。冷静に、相手の様子を伺いながら言葉を続ける。
「僕の刻印は、エステル先生との『詠唱』なしには浮かんでこない。
 そう、先生が詠わなければ,僕は只のZi人じゃあないか。
 そんな僕とお前との間に古代ゾイド人が生まれる? そんなおかしなこと、あってたま
るか!」
 ギルガメスはそれで彼女の考えを根底から否定したつもりだった。
 ところが美少女は円らな瞳をじっと覗き込むと、何とも重苦しい溜め息をついた。投げ
掛けてきたのは暴力とは凡そ無縁な、哀れみの眼差し。
 釣られるかのように少年の口から悲鳴が漏れかけ、彼はそれを懸命に呑み込んだ。露に
なった胸板には、彼女の爪の引っ掻き傷が刻み込まれ、うっすら赤いものが滴ってくる。
「この小さな体でゾイドを乗りこなすには、並み外れた鍛錬が必要だ。その上、何度も何
度も己を絶体絶命の危機に追い込めば、嫌でも刻印は発達してくる。
 婿殿、いやギルガメスよ。お前は今までどれだけの試練にあった?
 苛烈な試練に遭えば遭うだけ、刻印は研ぎ澄まされる。いずれは、誰かの『詠唱』がな
くとも自力で発動できるようになる。そしてそれは時間の問題だ」
 ふと、彼女は何か思い付いたように再び淫靡な笑みをたたえた。
250魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:16:18 ID:???
「……千年前、私と同じ『B』でありながら、Zi人の田舎者に身体を売った愚か者がい
たわ。お前の理屈同様、Zi人の子を孕みさえすればB計画をぶち壊せるとでも思ったよ
うだな。
 ギルガメスよ、何故あの売女が知っていることを何も話さないのかわかるか?
 お前があの田舎者の代わりに過ぎないと、わかってしまうからだ! 何しろお前はあの
時の田舎者に面影がよく似ているのでな。しかし、お前がいくらあの売女に想いを寄せよ
うが、彼奴が抱かれたいのはお前ではない。
 だからもう、あんな奴に振り向くな。私だけを見ていれば良いのだ。お前が欲しいもの
は全て与えてやる。ククク……」
 そう、囁きながら先程刻み込んだ引っ掻き傷に顔を近付け、舌を這わせ始めた。それだ
けで、少年の唇は決して感じてはならない恍惚に苛まれ、小刻みに震える。円らな瞳に溜
め込んだ大粒の涙が零れ落ちてしまった時、彼は快楽とともに暗闇の奥底へと墜ちてしま
うに違いない。そしてその瞬間はもう、目の前に迫っているかに見えた。
 この淫らな責め苦は、不意の衝撃によって断ち切られた。天地逆転したコクピットは揺
さぶられ、美少女は不様に少年の胸板に顔を叩き付けて思い切り舌を噛んだ。美少女が情
けなくもうずくまり顔を覆うことによって、ギルガメスの真っ正面には特大のウインドウ
が開かれたのだ。

 ビークルの座席後部から伸びた物干竿のように長い銃口から、立て続けに光弾が放たれ
る。標的は今や深紅の竜を真下に抑え込む状況だから、却って格好の標的となった。青い
獅子は衝撃の波に耐え切れず膝をつき、その際の振動が真下の竜にまで伝わったのだ。
 しかしこの程度で怯む獅子ではない。すぐに踏ん張り立ち上がると、首をもたげ、たて
がみを広げる。隙間から光の粒が零れ、たちまちEシールドによる光の壁を作り上げた。
 光弾の波も又すぐに止んだ。こうなったらビークルもあっさりと二匹の前に到着できる。
砂塵巻き上げ急停車したビークルから、颯爽と飛び降りたエステル。紺の背広を翻し、あ
と数メートルでEシールドというところまで近付くと、意を決して彼女は額に指を当てた。
251魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:21:34 ID:???
 眩く光り輝いた額の刻印。長い両腕で十字を切れば、閃光は蒼き眼差しと混ざり合って
獅子を覆う光の壁に叩き付けられる。放電。石火。光の壁が徐々に、砂粒のように散らさ
れていく。
 青い獅子もそれしきで怯む様子は見せない。一層踏ん張るとたてがみを目一杯広げ、光
の粒を滝のように噴出し始めた。削り込まれた光の壁のすぐ下地となり、却って魔女エス
テルが放つ刻印の輝きを弾き返さんとする。
 石火がエステルのすぐ足下にまで、弾けてきた。彼女は両腕で顔を覆うが圧力には抗い
がたく、背は高いが華奢な身体が稲穂のようにぐらぐらと揺れる。

 ウインドウを隔てた向こうの光景に、ギルガメスの円らな瞳は釘付けとなった。……全
身、硬直を余儀なくされる中、只唇だけは確かな自由を確保していた。彼はその力を最大
限に駆使した。
「エステル先生!? 逃げて! いくら何でも無茶だ!」
 声はスピーカーを通じて確かに外へと漏れた。しなやかな身体は屈み、踏ん張り。交叉
した両腕の隙間から魔女の漏らした大胆不敵な微笑みに、ギルガメスの視線はあっという
間に引き寄せられた。
 ふと、微かに動いた魔女の唇。ギルガメスはそれをじっと凝視した。し続けて、すぐに
折れかけた背筋に喝が入った。
(すぐに、行くわ)
 そう、動いたかに見えた。彼女は全身鞭のようにしならせ、交叉した両腕を振り払う。
 再び解き放たれる刻印の輝き。既に彼女の頬には幾筋もの汗が伝い、全身使って呼吸せ
ざるを得ない。それ程にまで消耗しながら、蒼き眼差しは何と力強い輝きを放つのか。だ
が、それでもこれ程巨大なゾイド相手に生身で立ち向かうなんて無茶にも限度がある。
(止めさせるには僕が、どうにかしなきゃ……でも、どうすれば……!?)
 そう考える間にも、スクリーンの向こうでは石火が弾け、エステルの頭上に降り掛かっ
てきた。息を呑んだギルガメス。危ないと、絶叫しながら,前のめりになり……気が付け
ば、右手がスクリーンを突き破るくらいの勢いで伸ばしていた。スクリーンに映る憧れの
女性を覆い隠すように伸びた掌に、ギルガメスはハッとなる。
252魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:24:42 ID:???
 但し、但し。額の刻印がこれまでにないくらい強く輝いていることまでは気付かない。
気付きようもなかったのだ。彼はスクリーンを越えた遥か向こうで繰り広げられる絶望的
な戦いを、どうにかすることに完全に気を取られていた。金縛りが解けたのも、先程の衝
撃が原因だとすんなり納得してしまっていた。
 ギルガメスは吠える。全身に体重を載せて、拳を叩き付けるようにレバーを倒す。

 エステルは片膝をついた。だがすぐにバネのごとく立ち上がる。ここで堪えが効かずに
片手までもついてしまったら、光の壁の餌食だ。そしてそれだけでは済まないことなどわ
かり切っていたから、彼女は踏ん張る。その間、蒼き眼差しは一度たりとてこの宿敵から
視線を外さず、釘付けのまま。
 魔女の献身を嘲笑うかのように、青い獅子のたてがみから噴出し続ける光の粒。刻印の
閃光が何度、光の壁を散らしても、その下からセメントでも塗り込むかのように粒は集ま
り、そして元通りの厚みを取り戻す。きりがない。一瞬、眼差しが虚ろになりかけたがす
ぐに生気は宿り、刻印より再び閃光を放ち始める。只、口元には苦痛とも微笑みともつか
ぬ微かな歪みが見て取れた。
 何度目かの押し返しが続く中、ふとエステルのしなやかな身体が大きく沈んだ。ついた、
片膝。それでも先程まではすぐさま立ち上がれたのが、今は惑星Ziの重力に押し潰され
たのか、背筋を折り曲げ、首までしなだれる。地に向けられた眼差しは輝きを失い、すっ
かり虚ろ。息荒く、ひどく咳き込み、それでも心までは折れぬとばかり、首をもたげたそ
の時、目前に石火が降り注いだ。
 呆然と、見守るしかなかった。走馬灯がよぎる経験など一度や二度ではないが、今度ば
かりはそれ以外の選択肢が考えられなかった。……結果的にはそれで良かった。彼女の目
前で吹き飛んだ石火。両腕を交叉させて防壁を作り、その隙間から覗き見る。
 壊れた飴細工のように砕け散り、大気に溶け込んでいく光の壁。
 青い獅子が、垂直に吹っ飛んだ。深紅の竜ブレイカーに胴体を蹴り上げられたのだ。自
らの身長の数倍も跳ね飛ばされ、地面に巨体が叩き付けられるまで数秒も要らない。
253魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:27:51 ID:???
 その間に、深紅の竜は自らの胸元に長い爪を忍ばせた。すぐさま骨っぽい肉の塊をつま
み出し、投げ捨てる。二度、三度地面を跳ね、地にへばりついた全裸の美少女。めげるこ
となく四つん這いで何かしら怒鳴り散らしたようだが、すぐその真横を今度は銀色の塊が
吹っ飛んでいく。深紅の竜を乗っ取ったオーガノイドユニット・カエサルだ。地面に叩き
付けられるやゴロゴロと転がり、どうにか体勢を戻す。
 深紅の竜はハッチを閉じながら、傍らの魔女を確認するやすぐさま首を傾け、彼女を両
手で覆い隠した。
「先生、怪我は!?」
 彼女は樹木よりも太い竜の爪にもたれ掛かり、爪と爪との隙間から笑顔と右手をひょい
と伸ばしてみせた。ギルガメスはほっと胸を撫で下ろす。強張っていた表情は呆気なく緩
んだが、真後ろから襲ってきた殺気に透かさず顔と両腕が反応した。
 深紅の竜はしゃがんだまま翼をかざし、腰を捻る。衝撃と共に浴びせられる弾幕。その
向こうには青い獅子が仁王立ち。弾の出所は例の背中の排出口からだ。ふと足下を見れば、
銀の光球が獅子の頭部へ飛んでいく。橙色のキャノピー内に取り込まれたことで、すぐに
光球の正体は判明した。
 猛り狂った青い獅子。美しき女主人の気持ちが乗り移ったかのように吠え立てると、一
目散に突っ込んできた。
「売女! 又してもお前が邪魔をするか!」
 深紅の竜はまず左手を地面から持ち上げ、残る右手の甲で衝立てを立てるようにしなが
らそっと地面から離した。エステルが右手の中から現れビークルへ駆けていくのを確認す
ると、竜は満を持して両膝伸ばし、T字バランスの姿勢で雄叫びを上げた。
 さしたる障害物のないこの試合場では、獅子がその気で走ればあっという間だ。竜は早
速翼をかざす。体当たりの応酬になりかけたその時、向こうで銃声が轟いた。
 獅子の足下で土が弾けた。バランスを崩すがそこは百戦錬磨、腹這いになって滑り込み、
竜の真っ正面から逸れていく。回転を掛けつつ急停止し、獅子は周囲を見渡す。
 銃声の方角を、深紅の竜も魔女も確と見つめた。それだけでは収まり切れぬ急変にすぐ
気付き、彼らも周囲を見渡す。
254魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:31:13 ID:???
 すり鉢の縁も最上段に、わらわらと、人の姿によく似た一つ目のゾイドが群れをなして
銃を構えている。白い装甲をまとったゴーレムだ。そして青い獅子が乗り込んできた入場
口の向こうには、鋼の猿(ましら)が腕組みして立ち塞がっている。
 全方位スクリーン左方にウインドウが開き、見覚えのある赤茶けた髪の美少年が手をか
ざして挨拶した。ギルガメスはあっと声を上げた。
「ギル兄ぃ、待たせたな!」
「フェイ!? どうして、ここに……」
「詳しい話しはあと、あと。
 エステル先生、又会えて光栄です! でもって、そこのちんちくりん!」
「ち、ちんちくりんだと!」
 青い獅子の女主人は素っ頓狂な声を上げた。ここまで馬鹿にされた覚えは久しく、ない。
相手が挑発に乗ってきたことに満足したフェイは不敵な笑みを浮かべた。
「露払いとしても随分、大胆にやってくれたな。だがそれもここまでだ」
 美少女も彼の言葉にどす黒い微笑みを返す。
「ほう、シュバルツセイバーは『忘れられた村』に加勢するか。それは楽しみが増えたわ。
 だが楽しみはあとに取っておく……」
 青い獅子は突如、踵を返した。竜や猿(ましら)とは正反対の方角へと逃げ、すり鉢を
駆け上がっていく。ギルガメスはハッとなってレバーを押し込もうとしたがエステルがそ
れを制した。
「ギル、タイムリミット、とっくに過ぎてるわ」
 獅子が駆け上がっていくすり鉢の縁では、群衆が悲鳴を上げて散り散りになっていく。
だが青い獅子は群衆など目もくれず、その間に割って入っていたゴーレム達の頭を踏みつ
けると、飛び石のように跳ねていった。すり鉢を飛び越え、その先で凄まじい銃声や轟音
がこだまするが、獅子の雄叫びが緩やかにフェードアウトするまで大した時間はいらない。

「ちょっとこの辺りをうろつく用事があったんだ。
 民族自治区とガイロスってのは昔から仲が良いものでさ。何かあったら一報くれって、
この辺りにも伝えたらまあ、ものの見事に引っ掛かったわけよ」
 竜と猿(ましら)は夕陽に彩られながら荒野を歩いていた。方角は北。向こうには丘が
見え、徐々に灯りが点されていくのがわかる。ギルガメスらの目的地はそこだ。辿り着い
たら猿(ましら)は東へと向かう。その先にあるのは言わずと知れた「忘れられた村」だ。
255魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:35:21 ID:???
 竜の胸部コクピットハッチも猿(ましら)の頭部も開いたままである。お互い、進行は
相棒に任せたまま、素顔で語り合っていた。ビークルは竜の両掌の上に抱え込まれ、その
上ではエステルがひどく難しい顔をしながら両腕を組み、考え事でもしている様子。ギル
ガメスは少しそれが気になり、ちらちらと様子を伺いながら会話していた。
「用事? こんなところで、僕らの関係以外で何かあるの?」
「……水の総大将が失脚したらしい」
 唐突な一言に師弟は顔を見合わせた。
「仕向けたのはドクター・ビヨー。彼奴の手持ちの兵力で連中を追放したっていうんだか
ら驚きだよ。
 でも、それだけではすまないんだ。……ビヨーの兵力がこの辺りに近付いてきている。
『B』もその関連ってわけさ」
 ギルガメスは慄然した。もしあの金髪の美少女「B」の言うことが本当だとしたら、彼
女らビヨー配下の者が押し寄せる理由は簡単に説明できる。刻印を発動させる者、及びそ
の可能性がある者を捕らえ、「繁殖」させることができたら……。
 おぞましい想像にギルガメスは寒気がした。だが、そのことを彼が話すわけにはいかな
かった。彼はまだ、B計画の真実をエステルの口から直接聞いていないのだから。フェイ
もその辺を察してか、微妙な表現が続く。
「取り敢えず、物騒なことになりそうだから、兄ぃ達はここから離れた方が良いと思うぜ」
「戦争でも起きるのか……」
 思いつめたような顔をしたギルガメスを見て、フェイは苦笑した。
「まあそういうのもあるんだけどさ、一応、ガイロスは兄ぃの相棒を取っ捕まえるのを諦
めてはいないんだぜ?……おっと、ブレイカー怒るなよ! 今はそんな命令、受けてない
からさ」
 目を赤く光らせ威嚇した深紅の竜には両手を上げて降参のポーズを示すフェイだったが、
主人の身に直接関わる話題で冗談の通じる竜ではない。ギルガメスに嗜められても尚、低
い声で唸り続ける。
「兄ぃ、それじゃあ又な。
 エステルさん、次に会う時はデートして下さいね!」
 難しい顔をしていた女教師は苦笑いを浮かべ、弟子の方は目を剥いた。それも束の間、
鋼の猿(ましら)は頭部ハッチを閉めるとタリフド山脈の方へと軽快に駆けていく。夕陽
に照らされた鎧は何とも鮮烈に輝いていた。
256魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 13:38:43 ID:???
 師弟と竜はしばらくの間じっと見送っていた。その内、最初に閉ざしていた口を開いた
のはエステルの方だ。
「今日は、よく頑張ったわね」
 思わぬ労いの言葉にギルガメスは頬を赤らめ、ボサ髪の頭を掻いた。
「いや……先生やフェイの手助けがなかったらもっとひどいことになっていたと思います。
やっぱり、自分はまだまだです」
 少年の返事を聞いた女教師は満足げに微笑んだ。
「それよりも、よく我慢したわよ。最後まで頭に血が上らなかったのは誇って良いわ。
 ……あとは、これね。もう一息なんだからね」
 切れ長の蒼き瞳を一層細めながら、両腕を握って剣を持つ仕草をしてみせた。
 ハッと、息を呑んだギルガメス。
 今日、どうにか凌ぎ切れたのは、剣の特訓をこなしたからだと少年は確信する。限られ
た時間内に様々な秘策を繰り出し、粘りに粘って好機を狙うのは、多分人同士かゾイド同
士かの違いだけで、根っこは同じなのだ。
 只、課題達成の暁に、ついでに女教師から聞き出す筈のB計画について、他ならぬ宿敵
から話しを聞いてしまった。今、女教師に問い質すことは可能だ。
 いや、それはやめておこうと、彼はすぐに思い留まった。自分は目の前にいる女性から
話を聞きたいのだ。そのためにずっと、頑張ってきたのだから。
 ギルガメスの円らな瞳は決意でみなぎっていたが、エステルの蒼き瞳は夕陽の向こうへ
と視線を外していた。その奥底を覗き込まれるのを恐れたのか、彼女はすぐにサングラス
で覆い隠した。

 同じ夕陽を浴びる青い獅子は、未だに荒野を駆け続けている。全身至る所に浮かぶ煤や
凹みが、逃走の激しさを物語る。
 夕陽の向こうに砂煙が浮かび、その隙間から獅子の群れが見えてきた。皆、一様に白い
骨のような鎧をまとい、整列しながら歩いている。彼らの先頭には竜の骸を積んだ、巨大
な台車が難題も居並んでいるではないか。ティラノサウルス砲だ。いつの間にかその数は
何倍にも増えていた。そして骨鎧の獅子達の群れと言い,その主人は容易に想像がつくと
言うもの。
257魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 18:00:57 ID:???
 群れは青い獅子を確認するや、一斉に歩みを止めた。青い獅子は目標の停止に満足した
のかやや速度を緩め、群れの前に躍り出る。
 ティラノサウルス砲の一匹の胴体内から、ひょっこりと現れた白衣の男。はしごを伝う
とゆったりとした足取りで群れの前に悠然と立ち塞がった。
 腹這いになった青い獅子。橙色の頭部キャノピーが開き、中から白いワンピースを着直
した金髪の美少女が飛び降りた。その傍らに、人よりは大きな銀色の獅子カエサルが寄り
添う。
「ドクター・ビヨー、すぐにブレードライガーを整備せよ!
 ギルガメスの覚醒はあともう一息だ!」
 駆け込みながら叫び、白衣の男に促す。しかし彼は全てを聞いた上で一笑に付した。
「なりません。貴方達には休養して頂き、決戦に備えてもらいます」
「何だと?」
 美少女の銀色の瞳は、男の牛乳瓶の底並みに分厚い眼鏡の奥を睨みつけた。今までにな
い、直接的な反抗は彼女にも覚えがない。
「まだ決戦まで時間があるだろう? さっさとやれ」
「お断りします。貴方こそ従ってもらいます」
 美少女は顔を上気させた。今まで平身低頭を続けてきた男が、急に見せた尊大な態度。
わけがわからず、しかしそんなことを理解するよりは暴力でねじ伏せる方が彼女には手っ
取り早かった。彼女の金髪が揺らめくと、鞭となって男の首に襲いかかる。
 白衣の男は至極、余裕だ。
「愚かな……」
 突如、耳をつんざく高音が美少女の耳を襲った。鼓膜を突き破るような音には全く抗え
ず、両手で耳を覆い、がくりと膝をつく。それでも音は掻き消すことすらままならない。
美少女は遂に荒野に倒れ伏し、のたうち回り始めた。
「何だ……ドクター・ビヨー、この音は何なんだ!」
 白衣の男はその懐から、何やら得体の知れない機械をちらりと見せた。手の平に乗る計
算機程度の多きさながら、ボタンが何個かついているのみで、外見だけではどんな用途に
使うのかさっぱりわからない。
「レアヘルツですよ。古代ゾイド人にも効果があるよう、調整しました。貴方に隠れて作
るのは中々骨が折れましたよ」
258魔装竜外伝第二十一話 ◆.X9.4WzziA :2009/11/07(土) 18:04:31 ID:???
 語りながら、一歩一歩近付いてくるたび音の強さは増し、美少女を責め上げる。主人の
危機を見過ごせぬとばかり、傍らにいた銀色の獅子が飛び跳ねた。
 白衣の男は懐の機械を更に弄った。銀色の獅子は空中で痙攣を起こし、バランスを崩し
たまま地面に巨体を叩き付け、のたうち回り始めた。
 男は美少女の前に立つと、彼女の小さな頭を足で踏み付け、ぐりぐりと地面に押し当て
た。今までの力関係からすれば考えられない屈辱なれど、彼女の耳に届く高音が反撃の機
会を全く与えない。
「私にとっての『B計画』は、古代ゾイド人が繁殖を果たし、Zi人を滅ぼしていく過程
を遠くで観察することなのですよ。『神の視点』とでも申しますかね……。
 Bよ……いや、ブライドよ、貴方の身体はギルガメス一人のものではない。これから発
見されるであろう沢山の古代ゾイド人のもの。
 貴方は全ての古代ゾイド人の花嫁なのだ」
 言いながら、踏み付け続ける。美少女は高音に抗う術を知らぬまま、既に意識朦朧とな
り、虚ろな銀色の瞳を曝け出した。
 獅子達の群れを夕陽が覆い被さる。陽が沈み、夜が明ける頃には様々な力関係が一変し
ている筈だ。
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは憧れる女性の決断に却って心を傷付けられるかもしれない。
 気をつけろ、ギル! 不完全な覚醒の末路は如何に。
 次回、魔装竜外伝第二十二話『ギルガメス、暁に死す』 ギルガメス、覚悟!」
259ジーンの遺産 1 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:12:35 ID:???
 その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰ったオルディオスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!

   『ジーンの遺産』 旧ディガルド最終バイオゾイド・バイオキマイラ 登場

 辺り一面に広がる広大な大地。本来平和…と言うよりも何者も存在し得ない静寂に
あるはずのその大地に幾つ物爆発音と巨大な物が歩き、また走る音が響き渡っていた。
 戦場と化した大地を闊歩する一体のデスザウラー。そしてその周囲を駆け回りつつ
果敢に攻撃を仕掛ける数機のランスタッグ。何故この様な事になってしまったのだろうか。

「いや〜早くも囲まれてしもうて…本当困ってしまったのう…。」
「お前もちったぁ頭使えよ! キダ藩っつったらよ、ビース共和国の次位の反恐竜国家
じゃねーか! そんな所にデスザウラーで乗り込むなんて挑発してる様なもんだぞ!
ってかよ、俺達の目的はそもそもコイツの言う探し物であってな……。」
「それにしてもこれ…中々珍しい操縦系をしてますな。」
260ジーンの遺産 2 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:15:24 ID:???
 デスザウラーに乗っているのはご存知キングとトモエ。そしてもう一人、見慣れぬ
男の姿があった。そもそもそのデスザウラーは外見上はノーマル機と大差無いのだが、
コックピット回りはトモエなりの改装がなされており、通常操縦桿が存在する箇所に
水晶玉の様な透明な球状物体が存在し、そこから操縦者本人の精神波を受けて稼動する
と言うぶっちゃけガチ魔術士なトモエじゃねーと操縦出来ねーよバカモンな仕様と
なっていたのだが、何よりも本来一人乗りのデスザウラーのコックピット内に、トモエ
のみならずキングともう一人の男の三人がギュウギュウ詰めになって入り込んでいると
言う状態であった為、かなりカオスとなっていた。

 そもそも何故彼等がデスザウラーでこんな事をやらかしているのかと言うと、事は
数日前、突如としてキングとトモエの二人の前に“ゴッツ”と名乗る自称バイオゾイド
研究者が現れた事に端を発する。そして彼、ゴッツは二人にとある依頼をして来たのだ。
 それは…
『キダ藩の旧ディガルド領内のとなる場所の地下に秘匿された旧ディガルド軍の秘密工場
の場所を探りつつ、そこまで連れて行って欲しい。』
と言う物であった。

 今から約百年前、キダ藩なる国家の治める大陸にはディガルド武国なる軍事国家が
存在し、バイオゾイドの軍団を持って荒らしまわっていた事があった。結局それも対抗
勢力によって滅んだのだが、ゴッツが入手したと言う旧ディガルド時代の資料によると
当時のディガルド軍関係者が敗戦間際にとある場所の地下に建造した秘密工場を秘匿した
とされており、それが今も発見されずにどこかに埋もれていると言うのならば、バイオ
ゾイド研究の為に活用したいと言う事であった。

「この大陸でディガルドが暴れていたのは百年近くも昔の事なんだろ? でも俺、以前
連中の残党軍と戦った事あったんだぜ。本当あのバイオゾイドってのがグロくってさ〜。
まあ軽く蹴散らしてやったけどな。ってのはまあ一まず置いといてだ。この大陸の連中は
バイオゾイドと通常恐竜型ゾイドの区別が付いて無いんだからよ〜。やっぱデスザウラー
で来るべきじゃなかったんだよ。その辺分かってんのか〜?」
261ジーンの遺産 3 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:17:02 ID:???
 キングは以前この大陸に来た事があった。ここは世界的にも珍しく恐竜型ゾイドが存在
しない為、当然現地人にとっての恐竜型ゾイドの認知度はゼロである。そして過去、今は
亡きディガルド武国のバイオゾイドに酷い目にあわされた歴史がある故に、ここでは通常
恐竜型ゾイドはバイオゾイドと混同され忌み嫌われている。他の大陸ならば通常の恐竜型
ゾイドも当たり前の存在である為に通常恐竜型ゾイドとバイオゾイドの区別が付かない
等と言う馬鹿な事は起こり得ないが、残念ながらこの大陸ではキングゴジュラスですらも
バイオゾイド扱い。その為にキング個人にとっても嫌な思い出の残る地となっており、
そんな場所にデスザウラーで赴くトモエの行動を疑う気持ちも分かるってもんだ〜。
「けど…この方が刺激があって楽しかろう?」
「楽しいとか楽しくないとかそんな問題じゃねーだろ! ゴッツの依頼はキダ藩軍との
戦闘じゃねーだぞ! あんたも何とか言ってやれよ!」
「いや〜私としては依頼さえこなしてさえくれていれば他は多少目に瞑る気ですが…。」
 トモエのこの反応。どう見ても故意としか思えない。どうやら彼女は別に何も考えて
いないのでは無く、故意にキダ藩を挑発すると言う確信犯的にデスザウラーを用意して
いたと思われる。流石はキングに対する嫌がらせをする為ならば手段は問わない女!

 さてさて、ただでさえ狭いデスザウラーのコックピット内でトモエ・キング・ゴッツの
三人が詰め込まれた状態でてんやわんやな事になっていたのであるが、一方そんな彼等を
他所にキダ藩正規軍のランスタッグ隊はデスザウラー周囲を駆け回り攻撃を続けていた。
「正体不明バイオゾイド! こちらの攻撃を一切受け付けません!」
「おのれ! 光の弾丸も鉄の弾丸もダメとは…やはりバイオゾイドと言う事か!」
 やっぱりキダ藩正規軍の皆様方はデスザウラーをバイオゾイドと認識している様子で、
それ故にデスザウラーが何も悪い事してないただ歩いているだけなのに攻撃を仕掛けて
来ていたのであるが、そんな彼等の攻撃がデスザウラーに通じてはいないとは言え、
何時までも攻撃されっぱなしと言うのも何かウザかった。
262ジーンの遺産 4 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:18:32 ID:???
「こうなったら仕方が無い。とりあえずこちらの力を見せて丁重に帰ってもらえよ。
あんまりやりすぎると真剣にゴッツの依頼内容に支障が出るだろ?」
「仕方ないな〜。まあお主がそこまで言うのじゃから…軽く荷電粒子砲でも撃っとく?」
 トモエが水晶玉型操縦装置からの操作によりデスザウラーの口腔内から荷電粒子砲が
放たれた。ギルタイプゾイドやキングゴジュラスの前では流石に霞んでしまうものの、
デスザウラーの大口径荷電粒子砲は今なお最強クラスとして脅威的に認知されている兵器。
そしてデスザウラーの開かれた口から放たれた極太の粒子線は大地を焼き、抉り、切り
裂きながら地平線の彼方まで伸びて行くのであったが……
「バイオ粒子砲だ! あれが噂に聞くバイオ粒子砲だと言うのか!?」
「おのれ! やはり奴はバイオティラノの眷属か! と言う事はまさか奴は旧ディガルド
の残党!? 何としても倒せ! 何としても奴を倒すんだー!」
 と、荷電粒子砲なのにキダ藩の人達にはバイオ粒子砲と認識され、敵に対する威嚇
どころかさらなる攻撃を呼んでしまいましたとさ。

 なんだかんだと言いつつもとりあえず現状においてはランスタッグ隊を撃退し、
デスザウラーコックピット内ではトモエ・キング・ゴッツの三人がひとまずの平穏を
取り戻していたのだが、第二波がこない内に今後に関しての検討を始めていた。
「今更引き返す事は出来ないからこのまま行くとして、その旧ディガルドの地下工場
ってのは何処にある…って言うか百年近くもほったらかしにされてるんじゃ使い物に
ならないんじゃないか?」
「確かにそうですね。でも一応当時のデータや資料等も残ってると思いますから、
何かしら役には立つと思うんですよ。それにせめて……コレの開発データだけでも
出来れば手に入れたいですね。」
「コレって…何じゃ?」
 ゴッツが手に持つ一冊の古ぼけた本。それが当時の旧ディガルド軍時代から現在に
残された資料だと言うのだが、ゴッツはその中のとあるページを開いていた。
263ジーンの遺産 5 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:20:31 ID:???
「百年前のディガルド戦争の最終決戦となった自由の丘の戦いにおいてディガルド軍
総大将のジーンはバイオティラノに搭乗したとされていますが、彼は後々の事も踏まえて
バイオティラノを超え、それまでのバイオゾイド開発の集大成ともなる最強のバイオ
ゾイドの開発も行っていたそうです。いずれはその新型がジーンの専用機となり、
バイオティラノもまた大量生産される予定だった様子ですが、結局それも間に合わずに
実現する事は無かった…。」
「なるほど…お主が探したい地下工場にはそれに関してのデータがあるかもしれないと
言う事じゃな? 実に面白そうな事では無いか。」
「う〜ん…………。」
 トモエは実に乗り気であったが、キングはやや嫌な予感を感じていた。

 それから一時、三人を乗せたデスザウラーは何度もキダ藩軍の追撃部隊を撃退しながら
ゴッツの持つ資料に記された旧ディガルド軍秘密地下工場のあるとされる地点に到着した。
「資料にはここの地下に作られたとされています。」
「一見すると何も無い様だが………。」
「うむ。確かに地下に巨大な金属反応があるぞよ。んじゃ掘ってみるかの。」
 デスザウラーが到着した場所は広大な荒野の真ん中に空気を読まずに聳え立つ一つの
巨大な岩山の麓。資料によると旧ディガルド軍はその地下に秘密工場を建造していた
らしく、またデスザウラーのセンサーも巨大な金属反応を検知していた。さてそれを
如何にして掘り出すのかと言うと、それこそトモエがデスザウラーを用意した所以。
デスザウラーの巨大かつ頑強なるハイパーキラークローを地面に突き刺し、そのまま
大地を容易く抉り取り穿り返して行く。
「なるほど…デスザウラーにこういう使い方があるんですね〜。」
「今の時代においてはすっかり忘れ去られておるがの、デスザウラーはデビュー戦の際に
こうして穴を掘って敵陣から脱出なんてやらかしたもんじゃ。」
 固い地面もデスザウラーのハイパーキラークローと大馬力の前には意味も成さない様で
あっという間に深くまで掘り起こされ、より固い金属製の壁にぶち当たっていた。
264ジーンの遺産 6 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:22:23 ID:???
「恐らくこれですね。秘密地下工場の外壁でしょう。」
「よし。ならば早速侵入口を作るとするかね。」
 トモエはデスザウラーの頭部ビーム砲の出力を制御し、内部を壊さない程度に出力を
抑えたビームによって金属壁をくり貫き、侵入口を作った。
「さてこれから全員で調査の開始…としたい所じゃが残念ながらまたお客さんじゃ。
じゃからここはわらわで食い止めるから調査はお主ら二人で何とかしてくれ。」
「分かった。んじゃさっさと行くぞゴッツ。そもそもお前が言いだしっぺなんだからな。」
「ああ待ってくださいよキングさん。」
 どうやらキダ藩のさらなる追撃部隊が現れた様で、キングとゴッツを地下工場に下ろし、
デスザウラーが単機で迎撃している隙に二人で地下工場内の調査と言う事になった。

 地下工場内は伊達に百年以上昔に投棄されて以来そのままと言わんばかりにボロボロな
有様であった。一応バイオゾイドの部品やそれを製造する機械等が並んでいたのであるが
大半が赤錆だらけでとても使い物になるとは思えない。
「どうだ? この中でお前の目に叶いそうなのはあるか?」
「う〜んもう少し奥に入って見ない事にはなんとも…。」
 当初から予想は出来ていたとは言え、地下工場内の有様はゴッツとしても困りかねる物
だった様ではあるが、現時点において目に見える範囲内だけが全てでは無い。それ故に
キングとゴッツの二人は工場の奥深くまで入り込んで行ったのだが………

 キングとゴッツが地下工場に入り込んで約十分程度。大半の設備が赤錆びて使い物に
ならない中にあって唯一それだけはまるで当時と何ら変わりの無い程の良質な保存状態で
そこに立っていた。
「こっ…これか!? これがお前の言う旧ディガルド軍未完の最終兵器…。」
「未完? とんでもない。これはもう立派に完成していますよ。当時のディガルド軍が
それまでバイオゾイドを作る際に培った技術の集大成…。全バイオゾイドの特性を一つに
併せ持つ最強にして最後のバイオゾイド………その名もバイオキマイラ!!」
265ジーンの遺産 7 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:42:20 ID:???
 何事になろうとも冷静さを欠かなかったゴッツが今度ばかりは心なしか興奮していた。
それだけ嬉しかったのだろう。今キングとゴッツの前に立つ一体の巨大なバイオゾイド。
これこそが百年以上昔のディガルド戦争時代にディガルド軍総大将ジーンの手によって
バイオティラノを超えるバイオゾイドとして建造されていた最強最後のバイオゾイド。
“バイオキマイラ”の名が示す通り、バイオティラノの巨体…バイオトリケラの角…
バイオプテラの翼…バイオヴォルケーノのクリスタルパイン…バイオケントロの剣…
バイオメガラプトルの俊敏性…それら全てを一つに混じり合わせたバイオのキメラと
言うべき物となっており、その外見はカオスながらに強そうな雰囲気を醸し出していた。
「どうだ? 動かせそうか?」
 とりあえずバイオキマイラに乗り込んだゴッツに対し、キングがその足元で呼びかけて
いたのだが、そこでバイオキマイラの瞳が光った。どうやら保存状態が良いのは外見のみ
ならず内部的にも同様だった様だ。
「おおどうやらその様子ならお前の目に叶う代物だった様だな。」
「はい今までありがとうございます。さて、そのお礼としましては…………外で戦って
いらっしゃるトモエさん共々に殺してさしあげましょう。」
「え…?」
 バイオキマイラの操縦席に座るゴッツの表情が凶悪なそれに豹変した直後…バイオ
キマイラの巨大な口からバイオ粒子のエネルギーチャージが行われているのが見えた。

 一方その頃、外ではトモエの操縦するデスザウラーが単機でキダ藩軍の大軍の侵攻を
食い止めていた。デスザウラーは大口径荷電粒子砲を連発し、次々にランスタッグを蒸発
させて行くが、地平線の彼方から津波の様に次々押し寄せるキダ藩軍の物量に次第に圧倒
され始めていた。
「全く…こっちはたった一体と言うのに…よっぽど暇を持て余しておるんじゃろうな〜。」
 トモエは愚痴りながらも接近する敵をデスザウラーの荷電粒子砲の横薙ぎ放射によって
消してったのだが、それでもなおやはりキダ藩軍の猛進は止まらない。
266ジーンの遺産 8 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 08:44:13 ID:???
「獅子はウサギを狩るのにも全力を尽くす! ディガルド残党など押し切ってまえー!」
 百年以上の昔に行われたディガルド戦争においてはディガルド軍の圧倒的物量に苦しめ
られたキダ藩が、今度は恐竜型ゾイドを使用しているだけでディガルド残党の疑いを掛け
られたトモエのデスザウラーを物量で圧倒して行くと言う実に皮肉な事になっていたの
であったが……その時にそれは起こった。

 トモエのデスザウラーの背後。旧ディガルドの地下工場に侵入する為にデスザウラーが
掘った穴から突如として膨大なるエネルギー粒子が放たれており、デスザウラーは急所
である荷電粒子吸入ファンへの直撃こそ免れたものの、不意を撃たれた形で背中からモロ
にそのエネルギーを食らってしまった。
「おわー!!」
 突然の事態にトモエも思わず間抜けな声を上げてしまった。地下から放たれたその
エネルギーは膨大であり、四百トンの重量を誇るデスザウラーを数百メートルもの高さ
まで持ち上げてしまう程であった。
「痛い!」
 数百メートルの彼方から落下し、大地に打ち付けられては流石のデスザウラーもかなり
のダメージは必至。むしろトモエの痛いの一言で済む方が異常なレベルであり、これには
キダ藩軍も思わず進軍を止めてしまう程であった。
「な…なんじゃ…何が起こったんじゃ…。」
 トモエが背後に目を向けると、地面を吹飛ばして巨大な何かが現れた。そう。それこそ
ゴッツの手によって現代に蘇った…旧ディガルド軍総大将ジーンの遺産にして最強最後の
バイオゾイド…バイオキマイラ!
「新たなるバイオゾイド出現! なんと言う禍々しさだ…。」
 バイオキマイラから発せられる気にはキダ藩軍も気圧されていたのだが、トモエは
構う事無く彼に文句を言うのである。
「おいコラ! さっき何でわらわを後ろから撃った!? 滅茶苦茶痛かったのじゃぞ!」
『何故ッテ………ともえサン………貴女ヲきんぐサンノ所ヘ送ッテヤル為ニ決マッテイル
デハアリマセンカ…。』
「お…お主……。」
267ジーンの遺産 9 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:43:57 ID:???
 バイオキマイラから返って来たゴッツの声。それはもう人間の物では無かった。まるで
電子音の様に機械化された音声には生命の息吹が感じられない。されども人の意思は感じ
られる。そしてバイオキマイラのコックピットの中には…コックピットの彼方此方から
伸びたコードやチューブが触手の様に絡み付き身体に突き刺さり…もはやバイオキマイラ
と同化されてしまったとしか言い様の無いゴッツの異形なる姿がそこにあった。
『アハ…アハハハハ……。分カッタ…。私ハ分カッタゾ…。じーんガ何故…人ノ身デ
唯一絶対神ヲ目指シタ理由ガ…。コレダ…コレハソノ為ニ作ラレタノダ…。人ノ身デ
神ニナル方法…ソレハ…人間ヲヤメル事…。人間ノ脆弱ナル肉体ヲ捨テ…強靱タルばいお
ぞいどト一心同体トナル…。コノばいおきまいらコソガ…唯一ニシテ絶対ノ神ノ器…。』
「お…お主…何を言っておるんじゃ…?」
 次の瞬間、バイオキマイラの口腔内から放たれたバイオ粒子砲がキダ藩軍の一角を
吹飛ばした。単なる強力なビーム兵器とは違う。まるで空間そのものを消滅させるそれは
かつてジーンの搭乗したバイオティラノに装備されていた“神の雷”を思わせる物だった。
「何と言う威力…。そうか…これだ…これが連中の目的か! ディガルド残党はこれを
蘇らせる為に現れたのだ! これは何としても倒さねばならない! 平和の為に駆逐
せねばならぬ! でなければかのルージ=ファミロン様の手によって作られたこの平和が
全て無にされてしまう!」
 キダ藩軍は標的をトモエのデスザウラーからバイオキマイラに切り替え攻撃を再開した。
その行動は勇敢だ。しかし…余りにも無策過ぎた。
『ハハハハハ…………ヒレ伏セヨ…愚カナル…人間ドモヨ……。』
 無数のラングタッグが勇敢かつ果敢に攻撃を仕掛けるが、バイオキマイラの巨体から
繰り出されるパワー、鋭き巨角、豪腕と巨大爪、そしてバイオ粒子砲によって次々に
斬り裂かれ、潰され、消し飛ばされて行く。
268ジーンの遺産 10 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:46:39 ID:???
『見タカ! 如何ナル者モ敵ワヌ無敵ノ力…コレコソガ神ノ力…コノ世ニ君臨スル唯一
ニシテ絶対ノ神ノ力ナノダ!!』
 もはやヒトでは無くなったゴッツの不気味な電子音がバイオキマイラを中心にした
周囲に響き渡り、キダ藩軍を恐怖させた。ディガルド戦争時代に大陸全土を恐怖の渦に
巻き込んだジーンの再来であると…。
「何が神じゃ! ただ強力な力に酔っただけの狂人の癖に!」
 どんなに短く見積もっても数千年は生きており、神や魔の領域に関しての知識もある
トモエだからこそその様な事が言えた。それ故トモエにとってはむしろ崩壊した地下工場
に取り残されたキングの方がよっぽど心配だったのだが…その次の瞬間だった。

 バイオキマイラのバイオ粒子砲。そしてバイオキマイラ自身が地上に現出する際に崩壊
した地下工場。そこからさらなる光の柱が天を貫いた。しかしそれはバイオ粒子砲の様な
漆黒の光では無い。燃え上がる様な真紅の光。そして眩いばかりの光が晴れた時………
そこにはキングの本性たる巨大なるゾイド。キングゴジュラスの姿があった。

「新たなるバイオゾイド出現!」
「何と言う事だ! この状況…一体どうすれば良いと言うのだ!」
 バイオキマイラに続いてキングゴジュラスの出現。彼等にとってはキングゴジュラスも
またバイオゾイドにしか見えないキダ藩にとって…もはや身動きを取る事さえ出来ない
絶望であった。しかし、キングゴジュラスは彼等の事等構わずバイオキマイラを睨んだ。
『おいてめぇ! 神を自称するのはてめぇの勝手だがよ! お前をここまで連れてった
依頼料を支払ってからにしてもらおうか!? こうなった俺はもう優しくないぞ!!』
 キングゴジュラスは許せなかった。キングとトモエは正当な依頼によってゴッツを
ここまで案内した。だと言うのに依頼主であるゴッツは契約を破ってこの様な手に出た。
もはや許せるはずが無い。
269ジーンの遺産 11 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:48:35 ID:???
『依頼料…? その依頼料ト言ウノハ…コレノ事カァァァァ!?』
 もはやバイオキマイラそのものと化したゴッツの出した依頼料。それはバイオ粒子砲に
よって支払われた。そうだ。彼は先に言ったはずだ。お礼に殺すと…。しかし、何者をも
消滅させると思われたバイオ粒子砲をキングゴジュラスは右掌で受け止め、そのまま右腕
を横向きに振り上げる事でその粒子の流れを変えており、キングゴジュラスによって捻じ
曲げられたバイオ粒子は背後の岩山のみを消し飛ばしていた。
『ナ…ニ…?』
『どうやら戦わなければならない様だな…。正直嫌なんだが…。』
 バイオ粒子砲を弾かれ驚くバイオキマイラに対し、キングゴジュラスは静かに構えた。
この両者の戦い…何と皮肉な事であろうか。ゾイドでありながら魔術的に人間の姿に
変えられてしまったキングゴジュラス。そして人間でありながらバイオゾイドと同化して
しまったゴッツ。この両者の戦いを皮肉と言わずして何と呼べば良いのだろうか…。
「バイオゾイド同士が…戦おうとしている…? どうなっているのだ…。」
 バイオゾイドと通常恐竜型ゾイドの区別の付かぬキダ藩の人間にとって…さぞ異様に
映った事だろう。しかし、それも当人達には全く関係の無い事であった。
「おいキング…今回はわらわもそれなりに手を貸そう…。」
『お前も奴に契約を破られた恨みを晴らそうってか? よっしゃなら一緒に行こう。』
 キングとトモエ。二人の付き合いは長いが、意外にも共に戦った事は殆ど無かった。
だが今回は違う。キングゴジュラスとデスザウラーがそれぞれ隣り合ってバイオキマイラ
と相対する。ゴッツに契約を破られた者同士。今は共に奴を討つ!!
『愚カナ……例エきんぐごじゅらすデアロウトモ…神ニハ敵ワヌト知レ!』
『何が神だ! 残念ながら俺は神クラスの敵とだって戦った事があるんだ!』
 キングゴジュラスは過去に“樹神メルプラント”なる神界樹と戦った事があった。
その他オカルト系の連中との戦いも多々あり、それに比べればただ神を自称するだけの
人造物など怖くも何とも無かった。
『行くぞ!!』
 キングゴジュラスとデスザウラーが同時に踏み込み、バイオキマイラ目掛け駆けた。
270ジーンの遺産 12 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:50:13 ID:???
『神ノ槍ダ…………コレデ串刺シニナルガヨイ…。』
 その巨体に反した俊敏性で迫る両機に対し、バイオキマイラはバイオトリケラから
フィードバックされた巨角、ヘルツインホーンを伸ばした。両機のスピードと重量を逆に
利用して一気に串刺しにしようと言うのだろう。しかし、キングゴジュラスにせよデス
ザウラーにせよただ脚が速いだけでは無かった。高速ゾイド級でも一瞬で串刺しとなって
いたであろうその一瞬、両機はそれぞれに身体を回転させて伸びて来たヘルツインホーン
を横向きにいなし、脇に挟みこんで止めていた。
「ほうほう…こんな遅い攻撃が神の槍とは…笑わせおるな…。っておわ!」
 トモエがせっかく格好付けていたと言うのに、今度はバイオケントロからフィード
バックされたバックランスがバイオキマイラから発射され、まるで誘導ミサイルのごとき
誘導性でキングゴジュラスとデスザウラーに迫って来た。
『神ノ矢ダ………コレヲカワス事ハ出来マイ…。』
『うわ! 何か地味に痛そうな攻撃だな! もう!』
 その鋭く研ぎ澄まされた先端を煌かせ迫るバックランスに対し、とっさにデスザウラー
は頭部ビーム砲を、キングゴジュラスはブレードホーン先端から放たれる電磁砲(そんなの
あったのかよ)を連続発射し、撃ち落して行く他無かった。
『中々ヤルデハ無イカ………ダガコレニハ対抗出来マイ………受ケテミヨ! 如何ナル者
ヲモ抗ウ事叶ワヌ神ノ力!』
 ゴッツがそう叫びし次の瞬間、周囲に展開していたキダ藩ゾイドが次々に狂った様に
同士討ちを始めてしまったでは無いか。
「な! 何だ!? 我々のゾイドが…制御不能! 制御不能!」
「こ…これが…神の力と言うのか…!?」
 バイオキマイラは何もしていないと言うのに勝手にゾイドが狂って行く。その神の
ごとき業にキダ藩の勇敢な兵達も恐怖して行くが………
271ジーンの遺産 13 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:54:56 ID:???
『何が神の力だ! 要するにジャミングウェーブみたいなもんだろうが!』
 そう。キングの言った通り。バイオキマイラのゾイドを狂わせる攻撃とは、実は神の
業でも何でも無かった。要するにダークスパイナーやグランチャーの行うジャミング攻撃
と同様の物であり、未だ電子戦の概念の無いキダ藩側はともかく、キングゴジュラスと
デスザウラーにはお世辞にも通じる物では無かった。そうでなくてもキングゴジュラス
には強力なマルチレーダーも装備され、そこからの逆ジャミングで充分に相殺可能だ。
「本当その程度で神を名乗るとは笑わせるのう! 尺も残り少ないし……一気に決着付け
させてもらおうかのう!」
 キングゴジュラスとデスザウラーは一気に急接近。それぞれの硬爪、ビッグクローと
ハイパーキラークローをバイオキマイラに打ち込んで行く。その一撃一撃がバイオ装甲も
クソも無くその身体を抉り、内部フレームに対しても重い衝撃を与えて行く。
『何ト言ウ事ダ………だめーじ吸収ガ間ニ合ワヌ…。』
『ここで一つバイオゾイドの弱点を攻めてみよう!』
 キングゴジュラスとデスザウラーが次に取った行動。それはバイオキマイラの全身を
覆うバイオ装甲を掴み、一気に引っぺがす事だった。バイオゾイドは共通して有機的装甲
と機械的フレームと言うギャップを持つが故に双方の判別が容易い。その為に次々と装甲
だけを引っぺがして行き、バイオキマイラは忽ちフレームのみの全裸体に剥かれて行く。
「アッハッハッハッハッ! 神様と言えども素っ裸はみっとも無いのう!」
 トモエが笑いたくなる気持ちも分かる。装甲を失いフレームのみになったバイオゾイド
は本来の恐ろしさが感じられない無いと言うか…かなり間抜け。
『オノレ! ヨクモ…ヨクモコノ神ノ美シキ身体ヲ汚シタナ!? 万死ニ値スル!』
 次の瞬間、バイオキマイラの口からバイオ粒子砲。通称神の雷が放たれた。例え装甲が
剥がされようともフレームのみで行動可能なのもバイオゾイドの特徴。無論こうして
バイオ粒子砲を放つ事も容易であった。そして至近距離からその直撃を受けてしまう
キングゴジュラスとデスザウラーであったが………。
『グラヴィティーモーメントバリアー!!』
『何ダトォォ!?』
272ジーンの遺産 14 ◆h/gi4ACT2A :2009/11/25(水) 17:56:11 ID:???
 バイオキマイラの神の雷。それは通常の機体にとっては脅威であっただろう。しかし
キングゴジュラスのグラヴィディーモーメントバリアーはそれを凌駕する防御性能を発揮
する。故に何者をも飲み込むはずのエネルギーを受けながらも両機は傷一つ負わず逆に…
『今度はこっちの攻撃行くぞ! スゥゥゥゥゥパァァァァァガァァァトリング!!』
「わらわの魔力を上乗せした荷電粒子砲…通称魔導粒子砲を受けて見るがよい!!」
 キングゴジュラスの胸部のスーパーガトリングから放たれる数千発にも及ぶ荷電粒子砲、
レーザービーム砲、超電磁砲。そしてデスザウラーの荷電粒子砲をトモエの魔力で強化
した魔導粒子砲なる漆黒のエネルギー。それの同時発射はバイオキマイラの神の雷を容易
に押し退け……逆にバイオキマイラそのものを飲み込んで行く程の威力を見せ付けていた。
『これで終わったな。ゴッツよ…俺達との約束を破ったのがお前の運の尽きだったな…。』
「結局タダ働きと言う奴じゃな…。でも……まだ終わっとらんのう…。」
 これでめでたしめでたしとしたい所だが…残念ながらトモエの言う通り、周囲にはまだ
無数のキダ藩ランスタッグの大軍がひしめいていた。
「全機一斉攻撃! 残存バイオゾイドを駆逐せよ!」
『あらら! まだやる気なのね! 付き合ってらんねー!』
 まだ懲りずに追って来たキダ藩軍に対し、キングゴジュラスとデスザウラーは一斉に
逃げ出してしまったのだが………バイオキマイラの中枢…バイオコアが残っていた事に
気付く者はいなかった。
『我ハ死ナヌ……何故ナラバ………唯一ニシテ絶対ノ……神ナノダカラ……。』

                 おしまい
273名無し獣@リアルに歩行:2009/12/02(水) 22:50:29 ID:???
定期age
274名無し獣@リアルに歩行:2009/12/03(木) 08:13:13 ID:???
恥ずかしい。
275Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:16:04 ID:???
>>170-175より)

「なんだ? 誰もいない……」
「ステルス機でしょうか?」
 リニアとアレックスが到達した第二の空洞は、セラードと戦った空間よりは
狭いものの、それでも格闘戦という概念の存在するゾイド同士の戦いには充分な
広がりを持っていた。
 しかし、敵がいない。アレックスは奇襲に備えて未来予知の能力を発動状態に
維持し、リニアはほとんど目を閉じて殺気を探る。
 そして――

   <pm r-1>

「……下からか!」
 シャドーエッジが独立攻撃端末“セラフィックフェザー”を二基切り離しながら
飛び退ると、紙一重の差で、直下から二本の竜巻が地を割って躍り出た。
「マグネーザーだと!?」
 ほとんど無意識に、リニアの指がトリガーを引き絞る。
 すでにドライブを臨界させていた荷電粒子砲が放たれ、現れた灰白色の巨体を
直撃する。しかし壁のような頭部装甲が光軸をかき消し、頭上からビームを雨と
浴びせた端末はより強力なビームの返礼を受け、二基同時に蒸発した。
 雷を纏った竜巻は回転をやめ、二本の長大な角となった。その主は悠然と
リニアの前に全身を現す――かつて彼女を救った姿を。
 マッドサンダー。
 思わぬ刺客の登場に、リニアは肌を灼くような悪意を感じずにはいられない。
 この時にはすでにアレックスの機体が姿を消していたのだが、どうしたわけか
リニアがそれを認識することはなかった。
「騎士の機体はすべてデスザウラータイプだと聞いていたが……これは囮か?」
「いいや、本命だとも」
「――!」
276Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:19:05 ID:???
 リニアは一瞬絶句し、次いで憎悪に顔を歪めた。その声――かつて幼い
思慕を寄せ、もう一度聞けたらと願った声。今はただ思い出を汚すだけの、
最も聞きたくない声。
「貴様……アーサー!」
 モニターに小さくウィンドウが開き、ルガールの顔が映った。
「違うな、私はおまえの知っている男だ」
 意味を測りかね、リニアはマッドサンダーのわずかな動きをも見逃すまいと構える。
ただでさえ格闘戦に勝ち目はない上に、こちらはセラードとの戦いで満身創痍なのだ。
応急修理は施したものの、ビームブレードはすべて使用不能ときている。
 防御すら不可能。近づかせれば死。
 いや、それ以前に――機体を変えた理由は測りかねるが、最強の騎士を相手に
今の状態では万に一つの勝ち目もない。切り札の反能力も封じられているのだ。
「まだルガールのふりが通じると思うのか。まがい物め」
 むざむざ各個撃破の的になるよりは、体面など考えずに逃げる。逃走経路の
作り方をあれこれと考えていたリニアだが、そこに一瞬の隙ができたのか。
「真贋の区別に意味はない――そこに差異が存在しないのなら」
 巨体からは想像もつかぬ瞬発力。マッドサンダーが地を蹴った。呼吸の虚を衝く
一瞬の踏み込みに、バーサークフューラーのカスタム機であるシャドーエッジですら
機体バランスを欠いては出遅れた――今度は、紙一重の回避さえできなかった。
 衝撃。雷を纏う二本の竜巻が、シャドーエッジの四肢をただの一撃で削り取る。
「しまっ……!?」
 機体が地に落ちると共に横殴りの振動が襲い、リニアの意識は刈り取られた。
仮にもゾイドに乗るための人工生命である彼女が、本来その程度の衝撃で失神する
ことはあり得ないのだが、それを疑問に思う機会は当分巡ってこなかった。

「驚嘆すべき精神力だな」
 おそらく十数時間は経った。その間を、リニアは考え得る限りのあらゆる苦痛を
与えられながら、片方だけとなった漆黒の瞳に未だ強い光を宿したままだった。
 リニアが自然分娩で生まれた人間であればこうはいかなかっただろう。しかし
彼女もまた人ならざるものであり、その能力をフルに活かすことを拷問の中で学んだ。
277Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:21:03 ID:???
 痛覚神経からの信号カット。血流コントロールによる出血の抑制。表情筋を固定し、
何をされても無反応を貫く。とくに質問されるわけでもなかったのだが。
 ――何が目的だ?

 アーサーはここまでずっと、リニアに責め苦を与えることだけにかまけていた。
 普通ならば、拷問というのは肉体的・精神的苦痛によって情報などの利益を
引き出そうとするために行うものである。しかし今は、まるで拷問そのものが
目的であるかのように、何らの要求もなくひたすら痛めつけられている。
 戦闘用の強化人間が、自由を得てサディズムに目覚めたのか?
 セラードが『発狂』してからのことを思い出したリニアは、自らの置かれた
危機的状況にもかかわらず、笑った。
 もしそうなら――それは弱点だ。有利な状況になればなるほど、敵に逆転の
隙を与える性癖。優秀な戦士とは、最も確実な手段で敵を葬る者であるというのに。

 思いついたように、アーサーが新しい『器具』を取り出した。今更そんなものか
――と嘲笑しながら、リニアは勝利感が心を満たすのを知覚した。
 機体を失ったというのに、私は騎士の最強戦力を半日以上も足止めしている!
 味方がすでに全滅しているとか、アーサーが出るまでもないほど追い詰められて
いるとか、そうした思考は露ほども浮かばなかった。彼女は仲間たちの力に
それほどの信頼を置いていたのだ――騎士ごときには負けぬ、と。

 『器具』が華奢な体に突き刺さり、少量の血が流れ出た。邪悪な笑みを浮かべる
アーサーの顔は、かえってそれがルガールとは似ても似つかぬ存在であることを
少女に教えてくれるものだった。

『ふむ、この方向性でのアプローチは駄目ですか。強靭なことだ――』

   <―reset―>
278Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:23:19 ID:???

   <pm a-1>

 瞬く間さえなかった。
 地中から飛び出したマグネーザーが、すでに重傷だったアレックスの
機体を真っ二つに引き裂いたのだ。コアが砕かれると同時に、彼は激痛を
伴ってシンクロ状態から弾き出された。
「覚えているかな、スミス。お前が私にくれた機体だ」
 残骸となったエナジーライガーを見降ろし、マッドサンダーが壁のように立つ。
コックピットを開けて外へ出ようとしたアレックスは、同じく飛び降りてくる
敵を認めた――と、その姿が消える。
 世界が残像と化した。
 後頭部に衝撃を受けたのだ、ということを理解するかしないかのうちに、
アレックス・ハル=スミスの意識は闇に包まれた。

 ――なぜこんなことを。
 アレックスは拘束され、モニターで埋め尽くされた部屋にいた。
 すべての画面は違う場所を映していたが、同じものを映している。未だ雪が
やまぬ天空より、白い軌跡を曳いて飛来するミサイル――。
 モニター群が次々と、白い光を発する。
 過負荷を掛けられ、崩壊するゾイドコアが放出する膨大なエネルギー。
それを利用して、ミサイルから散弾状に飛び散る小弾頭ひとつひとつが
ゾイドコアの臨界反応による大爆発を起こす。ミサイル一発の被害は、
同サイズの反応兵器を軽く凌駕するものとなる。
 それが数百発。
 惑星Zi全土の都市に降りそそぐ――世界の終焉。
「こんな切り札を隠していたのか……だが、なぜ今になって」
 アレックスは滅びの日を目にさせられているのだ。守りたいと思ったもの、
自分が生きてきた場所、そのすべてが氷と炎の中に消えてゆく瞬間を。
 それなのに、心は奇妙なほどに凪いでいる。
 決して穏やかな平静さではない。ただ、虚ろだった。
279Innocent World 2 円卓の騎士:2009/12/28(月) 18:25:41 ID:???
「どうしたことだ。こんなにも、心が動かない。諦めていたというのか――
 いや違う、これは。そうだ、理由がないんだ。それが理由だ」
 彼は狂おしく笑った。
「私は――空っぽだったんだ――そんな者が、守るための戦いなど!」

 “最初の子供”。
 “第一能力者”。

 研究機関で大事に育てられ、家族というものを終ぞ持たぬままに少年時代を
過ごした。周りにいたのは、自分と付かず離れずの距離を保って接してくる
大人たちばかり。決して辛い環境ではなかった――しかし、愛もなかった。

 生まれ持った才覚からか、“ギルド”でもその崩壊後も、金に困ることは
なかった。だが、物質的な豊かさは必ずしも精神的な豊かさを約束しない。
 親しくなった人々はいた。だが、自分の中にはいつも壁があった。
 その壁の内側まで入り込んでくるような存在は、彼の人生になかった。

 そんな人間が、なにか大切なものを守るために戦っている他者の真似を
したところで、それが何だというのか――戦力として必要とされている、
ただそれだけのために来たようなものではないか。
 世界との間に断絶を持つ者が、世界を救おうなどと……!
「私がここへ来たのは何のためだ!? リニアさんやオリバー君たちに、
 失望されたくないからか? そんなもの――学生の連れションじゃないか!
 いい子でいるために戦うなんて、違う、私が求めていたのは」

 画面の中で、“市街(シティ)”が消える。その光景は彼の心に
決して小さくはない絶望を投げ落としたが、それすら遠くに感じるのだった。

『なるほど。これは簡単なものだ』

   <―reset―>
280魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:03:20 ID:???
☆☆ 魔装竜外伝第二十二話「ギルガメス、暁に死す」 ☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 ギルガメスの知らぬところで勃発した政変。時を同じくして迫り来た「B」の脅威。二
つが一線につながった時、少年はB計画の真実を知った。しかし彼は怯まない。どんな運
命にも屈しないとエステルの前で誓うつもりだ。彼女の心情など何も知らないまま……。

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 激闘を終えたその日の晩も、適当な丘の上にキャンプを張っての夕食と相成った。
 湯上がりで少々のぼせ気味のギルガメスの前に,盛りつけられた皿が次々に並べられて
いく。焼き立てのパン、よく煮えたシチュー、新鮮な野菜のサラダ……。そのたびに唾を
呑み込むが、それ以上に少年の興味を引きつけたのが皿を並べていく女性の後ろ姿。ジー
ンズ履きのすらりと長い足で、軽快なステップを踏んでテーブルと簡易キッチンとの間を
往復している。彼女も又湯上がりだ。朱に染まった頬が襟の幾分はだけた白のブラウスに
よく映える。それが少年の円らな瞳を嫌でも釘付けにしてしまうため、彼は時折濡れたボ
サ髪をタオルで拭くようにして誤摩化そうと努力せざるを得なかった。
281魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:06:21 ID:???
 彼女……エステルは、余程のことがない限り、料理の手間をかけることを惜しまない。
例え宿敵との対決を終えてヘトヘトになっていたとしても、それなりの時間が空き、準備
さえ整えられるなら、彼女は特に躊躇うこともなく調理に取りかかる(しかも決して愛弟
子の手を借りない)。今日の夕食も、あれ程の激闘を終えた後であるにも関わらず、決し
て豪華ではないが充実した食卓を一人で作り上げた。
 程なくして対面で座った師弟は食卓に祈りを捧げた。その折、ギルガメスは食卓に普段
は余り見掛けぬ瓶や缶がいくつも並んでいることに気が付き、怪訝そうな表情を浮かべた。
「先生……これ、全部呑むんですか?」
 エステルは如何にもばつの悪そうな苦笑で返す。
「フフッ、たまにはね。
 さあ! イブに祈りを……」
 食卓は、ひとまず咀嚼と舌鼓の音に包まれた。少し濃いめな味付けはいつもとさして変
わらず、それがギルガメスを一層安堵させたが、気になることもあった。
 真っ正面で喉を鳴らす音が響く。最初は少年も気にせず目前のシチューに視線を向けて
いたが、音が何度も繰り返されるものだから、流石にチラチラと上目で様子を伺い始めた。
……エステルが、次々に酒瓶を開けていく。プラスチックのコップに注いでは一気に飲み
干し、次いでは飲み干し、合間にシチューをすする有り様。切れ長の蒼き瞳は潤み、心な
しかフラフラ泳いでいるようにも見える。もしかして、もう何杯か飲み干したら前後不覚
の泥酔に陥ってしまうのではないか。そんな危うい輝きに少年はハッとなって、彼はます
ます目を伏せて食事に集中する振りをした。
(こんなに酔ってる先生、初めて見た……)
 ギルガメスは困惑の表情を浮かべた。いくら昼間、激闘を凌ぎ切ったとはいえ、憧れの
女性が酩酊する理由になるとは思えなかったからだ。何しろ相手は宿敵「B」。約三十分、
粘りに粘ってどうにか引き分けに持ち込んだのである。それも彼女が命がけで援護した上
に、シュバルツセイバーのフェイの加勢という幸運が重なった結果だ(前話参照)。当事
者としては都合良く解釈する気には到底なれなかった。
 だからチラリ、上目遣いに呟いた。
「エステル先生、その……お酒なんですが……。
 昼間の戦いは、どうにか助かったってだけですから……」
282魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:09:34 ID:???
 少年の言葉に女教師は目を丸くしたが、すぐ一笑に付してこの殊勝な愛弟子の額を長い
指で軽く押した。
「馬鹿ね! それ以前の問題よ。
 貴方とブレイカーがどうにか生き存えた、それだけで喜ぶ十分な理由になるわ」
 彼女の声に応えるように、向こうから聞こえてきた甲高い鳴き声。深紅の竜ブレイカー
は民家二軒分程もある巨体を丸めてうずくまったまま、短めの首をもたげている。傍らに
は人の大きさ程もある鉄塊が転がっている。少年の相棒も相当に腹を空かしていた。鉄塊
は近くの小村で頂いてきたもの。本来なら夜な夜な小型の野生ゾイドを狩りにいくところ
だが、激闘はこの竜に対し、夜の帳が降りるまで我慢することを許さなかったのだ。
 ギルガメスは苦笑するとパンを置きつつ右手を振ってやった。竜はもう一度甲高く鳴い
てから、食事を再開する。無我夢中で鉄塊にかじり付く相棒を横目で見遣りながら、ギル
ガメスは溜め息を漏らした。
「やっぱり僕は未熟だ。
 謙遜してるつもりでも、どこかで驕りがある」
 エステルは微笑むと首を横に振った。泳いでいた筈の蒼き瞳は急に焦点が定まる。
「一生懸命やったことだもの、結果には自信を持ちなさい。
 彼奴をどうにかするには力が足りないなんてわかりきってるんだから、又明日から頑張
れば良いわ。
 ……お酒はね、プライドの高い彼奴なら夜襲なんて仕掛けて来ないと考えたからよ」
 ああ成る程と、ギルガメスは合点がいった。同時にそこまで考えがいかないことには恐
縮しきりだ。但し、それはそれ。
「でも先生、程々にして下さいね。敵は『B』だけじゃあないんですから」
 エステルは無闇に開放的な笑みをこぼし、何度も頷く。その挙動には隙がやけに垣間見
えるものだから、ギルガメスにはたまらない。心臓が、一々反応する
「大丈夫よ、適当なところで止めておくわ」
 言いながら、空のコップを差し出してきた。少年は少し呆れながらも酒瓶を掴み、注い
でやる。
 コップ一杯に張り巡らされた泡を見てエステルはにこにこと微笑む。ところが縁に口を
つけようとしたその時、ふと首を傾げた。
「ギル、ラジオをつけてみて。ローカルニュースが聴きたいわ」
283魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:15:34 ID:???
 少年は特に訝しむこともなく立ち上がると、食卓の側に置かれたビークルに向かった。
ビークルやゾイドのコクピットから公共放送は受信可能である。スイッチを入れてチャン
ネルを合わせると、音量を上げていく。タリフドの地元放送に合わせて少年が食卓に戻ろ
うとしたその後ろで、耳にしたニュースは彼をハッと振り向かせるのに十分であった。
『次はスポーツ・ゾイドバトルコーナーです。
 現在チーム・ギルガメスがここタリフドに遠征中ですが、今日の彼らは大きなハプニン
グに襲われました』
 少年の表情が見る間に強張っていく。その表情のまま、彼はテーブルの方を向いた。
「まさか……!?」
 エステルの蒼き瞳はすぐに厳しい眼光を放ちつつ、右の人差し指を口元に立ててみせた。
『対戦相手・チームGGは試合開始直前、ライガータイプのゾイドに襲撃を受けました。
 GGのゾイド・ゴジュラスギガは頭部切断の重体(※ゾイドの真の頭部は胴体内のゾイ
ドコアが司るため、頭部切断即死亡とはならない)、襲撃したライガーは試合場にも乱入
してギルガメスのゾイド・ジェノブレイカーを襲いましたが、守備隊が駆け付けて追い払
われました。
 このライガーは現在も逃走を続けています。守備隊では付近住民に厳重な警戒を呼びか
けています……』
「まさか、報道されているなんて……」
 ギルガメスが驚いたのは、昼間の激闘がこうして報道されていることそれ自体であった。
「水の軍団は失脚したけれど、ドクター・ビヨーは権力を掌握するには至ってないようね」
 今まで、ギルガメスらの受けた襲撃が大っぴらになることはなかった。水の軍団が厳し
く検閲を行なってきたからだ。
 ギルガメスは何度も頷きながら食卓に戻ってきた。着席すると腕組みしてしばし黙考。
今度はエステルが怪訝そうに見守る中、少年はぽつりと呟いた。
「先生、もし……もしも『B』を倒して、それで捕らえることが出来るなら、テレビやら
新聞やらに呼びかけて、連中の見てる前で守備隊に突き出す……ってのは駄目ですか?」
 エステルは目を丸くしたが、すぐに大きく頷いてみせた。
「成る程、報道を使って『B』を白日の下に晒すってわけね。
 ……面白いじゃない? 中々の名案よ。でも、私達にも結構なリスクがあるわ」
284魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:18:38 ID:???
 ギルガメスの円らな瞳が若干、細まった。
「晒されるのは私達も同じよ? しかも今度は、あの『B』を倒したギルガメスだってこ
とになるわ……」
「そ、それ位、どうってことないです!」
 身を乗り出してエステルを遮った大声は、底知れぬ不安に脅かされて吃った。発した本
人を襲う震えが、立ち尽くす彼の全身を強張らせたのだ。
「これで牽制になるんだったら、やらないよりやった方がマシです」
 エステルはまじまじと少年の瞳の奥を覗き込んだ。……意志の強い輝きは、泥まみれで
尚解き放つ力強さを帯びている。到底、何も知らぬ子供では発せよう筈もない。
 切れ長の蒼き瞳の目尻が下がった。
「わかったわ。何とかしましょう」
 強く、大きく頷いた愛弟子。女教師はあくまでも自然を装った。

 食事を早々に終えたギルガメス。落ち着いた後はしばし、ブレイカーを構ってやってい
た。横たわるこの巨大な相棒の頬の辺りをさすってやれば、気持ち良さそうに喉を鳴らす。
 その間にも、少年はチラリチラリと食卓の方に視線を向けた。憧れの女性も既に食事を
終えていたが、相変わらず酒瓶をコップに傾けている。……やがて相棒にお休みのキスを
してやった時、テーブルにうずくまる彼女の姿が横目で見えた。
 ボサ髪を掻きながら、ギルガメスは傍らにまで近寄った。やけに深い寝息が耳に入って
くるものだから、彼は先程とは別種の溜め息をつかざるを得ない。
「先生、そんなところで寝ていたら風邪ひきますよ。……先生?」
 誰よりも鋭敏な感覚を備え、敵襲もいち早く察知する彼女だが、未だに寝息を止める気
配もない。
 ギルガメスは複雑な表情を浮かべた。完全無欠の女教師が見せる僅かな隙はやけに間抜
けで、それは少年をホッとさせたりもするのだ。只、彼女がこうして寝入ってしまった責
任の一端は、少年の力量にもあるのだ。
 彼は羽織っていたパーカーを脱いだ。寝入る女教師の肩に引っ掛けてやろうとする。と
ころが自然と飛び込んできた光景を目の当たりにした時、彼は息を呑んだ。
285魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:24:34 ID:???
 ブラウスのはだけた襟の下に垣間見える、白磁のようなうなじ。その奥底に,呑み込ま
れるように視線が伸びてしまう。慌てて視線を下げたギルガメス。だがうなじより下を覆
うブラウスは、肩に、脇に、胸に密着し、緩急を織り交ぜた艶やかな曲線を描いていた。
かき乱し、壊したくなってしまう衝動に駆られる。
 ギルガメスの両手が震えた。何度も生唾を呑み込んだが、結局は視線を大きく反らし、
当てずっぽうでエステルの肩にパーカーを被せた。無難に引っ掛かってくれたのは幸いだ。
少年はそれを横目で確認すると一目散にテントの方へと駆けていった。
 テントの中へと飛び込んだ少年は、そのまま寝っ転がると寝袋を抱き締めたまま、ゴロ
ゴロとのたうち回った。
「ああもう、ギルガメスのスケベ! 変態!
 本当に欲しいのは、そんなんじゃあないだろう!?」
 彼はひとしきりのたうち回るとすぐに身を起こし、寝袋を広げに掛かった。とにかくさ
っさと寝てしまおう……余計なことを考える前に。明日、必ずやあの憧れの女性から一本
奪うのだ。それだけが「B」を倒すに足りる強さの証であり、彼の決意を面と向かって言
い切るに足る資格なのだ。

 深紅の竜ブレイカーは、しばし眼差しをテント内の熱源に注いでいた。触れればやがて
冷たい自分の鼻先を温めてくれる36度5分の熱。立てる聞き耳はないが、聴覚器官は頬
の後ろに備わっている。……聞こえてくる心音、呼吸の単純なリズムは主人の無事を表す
もの,それがこのゾイドには実に心地よく聞こえるものだから、首を傾け、しばしテント
をじっと眺めていた。
 深紅の竜はやがてそっと巨体を持ち上げた。主人が安らかに眠りのひとときを迎えられ
るのであれば、あとは自分の欲求を満たすのみ。竜は狩りに出掛ける(とは言ってもこの
丘を降りた外周に潜む野生の小型ゾイドを捕まえて餌とするだけだ)。主人はそれなりに
餌を用意してくれるし、それである程度は満たされるが、やはり生き餌が一番なのだ。そ
れに余裕のある時に食い貯めておけば、一ヶ月程は餌を取らなくてもどうにかなる。
286魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:30:51 ID:???
 只、今日ばかりは音も立てずに抜け出さなければならない。そうしなければいけない理
由があった。見掛けによらず繊細なこのゾイドには、それ自体は容易いこと。……今は間
違いなく、絶好のチャンスだ。
 翼も背中の鶏冠もぴったりと折り畳み、抜き足、差し足。爪先立ちの竜はキョロキョロ
と、周囲を見渡す。若き主人が夕食前にしっかり油を注してくれたから、関節は全く軋ま
ない。これは、いける。小走りに駆けてさっさと丘を降りてしまおう。竜がもう一歩を踏
み出そうとした、その時。
「ブレイカー、狩りに行くのね?」
 翼が、背中の鶏冠が、尻尾までもが垂直に逆立った。そんな馬鹿なと足下に視線を投げ
掛けてみれば、そこには仁王立ちしたエステルの姿が。若き主人が引っ掛けたパーカーを
肩に掛けたまま、腕組み。竜は足下を見て、すぐに後方の食卓に首を傾けた。……いつの
間にやら、食卓には彼女の姿が消えている。
 それだけではない、足下の彼女は酔った素振りも見せず、いつも通りの余裕綽々。ZI
人の呑む「酒」なるものは、摂取した者に対して時に激しい眠気を誘う筈ではなかったか。
 絶句する竜の驚愕が、エステルには読めている。彼女は苦笑しつつ呟いた。
「又すぐに、敵が来るかもしれないものね。早く済ませた方が良いわ」
 竜はホッと胸を撫で下ろした。まさかこのまま先を通してくれるとは思いもよらなかっ
たからだ。ぶつぶつ呟くようにか細く鳴いてとぼけると、彼女から逸れて、先へ進もうと
試みる(跨ごうとすると踏み潰してしまうかもしれないので、必ず脇に寄るのが賢いゾイ
ドの証だ)。
 しかし竜が安心するのは速過ぎた。
「でも行く前に、ログを見せてくれると嬉しいわね」
 思わずピィと甲高く鳴いてしまい、竜は慌てて口元を両手で塞ぐ。
「『B』と戦っていた時のギルの様子が知りたいわ。それだけ確認させて?」
 竜は口を両手で塞いだポーズのまま、凍り付いてしまった。……それだけは、それだけ
は応じるわけにはいかない。この場は、さっさと逃げてしまおう。そう,心に決めると足
下のエステルからプイと顔を背ける。
287魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 10:33:56 ID:???
 内心、竜は彼女に叱られるのが怖くて怖くて仕方がなかった。それに、今逃げても一時
しのぎでしかあるまい。それでも、今この竜に出来ること・思い付くことはそれしかなか
った。覚悟を決めて地を蹴ろうとしたその時。
「やっぱり……刻印、自力で発動させたのね」
 振り上げかけた右足が硬直した。ガタガタと震えたまま爪先を立て、ゆっくりと踵を降
ろし。そしてその場で腹這いとなった深紅の竜。翼も鶏冠も萎れた花のように地に伏せ、
非常時なら宿敵を噛み切る強靭な顎でさえも地面につけながら、すきま風のように悲痛な
鳴き声を上げて哀願を始めた。
 エステルは申し訳なさそうに竜の鼻先に近付くと頬を、長い指を触れてやる。
「ごめんね、意地悪なことを言って。
 貴方にとって,本当は嬉しいことなのにね……」
 竜の敏感な鼻先のセンサーが、僅かな水分を感知した。若干塩分の混じったそれの正体
を竜はよく知っている。人は悲しい時、辛い時、それを分泌させるのだ。竜は彼女の本心
を知り、か細く鳴いた。この時程、同じ機能を備えていない自分自身を呪ったことはない。

 双児の月は少し傾いていた。その下を、そっと深紅の竜が駆ける。竜は何度も丘の上を
気にして振り向いていた。
 狩りに出掛ける竜を見送ったエステルは、寂しそうに微笑むと踵を返す。肩に引っ掛け
たパーカーがずれ落ちそうになるが、彼女は難なく掴んで肩に掛け直す。
 深い寝息はテントの外からでもよく聞こえた。
 その中に差し込んできた月光が、寝袋を、包まった少年の顔を照らす。寝息の主たる彼
はその程度の明るさでは目を覚ます兆しは微塵も伺えない。
 月光はすぐに閉ざされた。少年が目を覚ましていたら月の女神が舞い降りたと思ったか
もしれない。
 彼女は肩に掛けていたパーカーを、寝袋の上に被せてやった。
 依然、寝息の深い少年の顔を、彼女はまじまじと覗き込んだ。そのたった数秒が気の遠
くなる程に長く感じられる。
 彼女はやがてぽつりと呟いた。
288魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 12:12:30 ID:???
「馬鹿ね。本当に馬鹿。
 まあ、私もなんだけどね……」
 蒼き瞳は込み上げるものが抑え切れず、すぐに立ち上がるとテントから逃げるように出
ていった。

 朝霧に頬を撫でられてギルガメスは目を覚ました。知らぬ間にパーカーを被っていたの
は憧れの女性がしてくれたものだと容易に推察できた。彼はすぐに普段通りのTシャツ、
膝下までの半ズボンに着替えてパーカーを羽織る。
 外はまだ暗い。傍らで眠りについているブレイカーを見掛けると、これもいつも通りに
キスしてやる。今朝の深紅の竜はやけにしつこく、少年にはそれが少々気掛かりだったが、
まあそういう日もあるのだろうと考えた。
 入念な準備運動、ストレッチ。何度かのくしゃみ。その上で丘を慎重に降りて、そして
駆けていく。平時の日課だ。
 只、ギルガメスは自分自身が軽い緊張に襲われていると自覚していた。……自覚できる
のは大きな進歩でもあるのかなとも思ってはいた。今日はきっと、平凡な一日に終わらな
いし、終わらせるつもりもなかったのだ。
 すっかり陽が昇り、丘の上に戻ってきた少年を出迎えたのは生あくびして丸めていた首
をもたげた竜と、昨晩と同じ白のブラウスにジーンズ履きのエステルだった。彼女はエプ
ロンをしている。
「おはよう、パンが焼けてるわ」
 黙々と、二人はパンをかじり、スープをすすり、スクランブルエッグやサラダをフォー
クでつついた。その間にも、ビークルの方からラジオ放送が流れる。昨晩動揺のローカル
ニュース。スポーツコーナーでは相変わらずチーム・ギルガメスの活躍が報じられていた
が、それ以上の新報はない。
 朝食を終え、ごちそうさまの挨拶を済ませたギルガメスは自分のテントに戻る。ゴロリ、
横になるが、すぐに起き上がって寝袋を畳む。その面持ちはやけに神妙。微妙な、実に微
妙な空気の変化は、自然と少年の脳裏に様々なイメージを抱かせる。剣戟の、それも自ら
を勝ちへ勝ちへと近付けていくイメージの連続こそが、空気に呑まれまいとする少年の集
中力だ。
289魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 12:16:46 ID:???
 寝袋を畳み、わずかな日用品も袋にまとめてしまう。その中から只一本、外に引っ張り
出していたのがゾイド猟用のナイフだ。古びた革の鞘から刀身を半分程引き出せば、鈍い
輝きを放ち、少年の円らな瞳を映し出す。
 初めてブレイカーと出会った時、ギルガメスはよりにもよってこの竜に立ち合いを挑ま
れた。どうにかこうにか一太刀浴びせはしたものの、その代償に瀕死の重傷を負ったその
時、エステルが現れたのだ。あれから、もう三年近く経った。その間には要所要所でこの
ナイフに命を助けられたことを思い出す。
 その内に、もしかしたら明日など二度と来ないのではないかと、彼は妙なことを考えて
いた。まるで走馬灯を見てるみたいじゃあないか。
(確かに、課題をクリアしたからって「B」に勝てるわけじゃあない。
 けれど僕にだって、この目で見たい未来があるんだ……!)
 気持ちを刀身に込めながら鞘に戻す。ギルガメスはすっくと立ち上がった。テントから
表に出た時、聞きつけた風切る音に、ハッと鞘を身構える。
 乾いた音と共に、軽い衝撃を感じた。次いですぐに聞こえた土の囁き。その方角で、こ
ろころと転がる小石の飛礫。
 それが何を示すものか、少年はすぐに理解した。……理解した通りのイベントが確かに
続いたのだ。いつの間にやら、彼の真っ正面に迫り来た女教師。竹のほうきを振り上げ、
大上段から振り降ろす。
 激突の音は鈍い。少年は右手に柄を、左手に鞘の先端を持ち、がっちりと受け止める。
ひびの入ったほうきを女教師は尚もぐいぐいと押し込んでいく。頭一つ分以上も違う二人
の身長差からくる圧力は見た目以上に重い。パーカーの下で、筋肉が震えているのが少年
にはわかる。
 女教師エステルは両手でほうきを押し込みながら微笑んだ。若干、恍惚の入り交じった
艶やかな笑みにギルガメスは思わず息を呑む。想い人に再会した乙女のそれにも、好敵手
に出会った戦士のそれにも受け取れる。これが女教師の本気の表情か。
290魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:04:31 ID:???
「ギル、今日こそ一本、取れるかしら?」
 不敵に囁く。蒼き瞳は生気に満ち溢れている。
 少年も負けてはいない。
「今日こそ取ります、先生!」
 砂利が舞う音と共に、離れる二人。すぐさまお互い、得物を構えて睨み合う。
 テントの先ではブレイカーが頭を抱えた。遂に始まったのかと言いたげに。そして、今
度こそ本当に終わってくれるのか、終わってくれよと、竜は願う。二人と一匹、思惑の行
き着く先は何処。
                                (第一章ここまで)
291魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:06:39 ID:???
【第二章】

 同じ朝日を、あの禍々しい竜の亡骸も浴びていた。ティラノサウルス砲……かの深紅の
竜と同様にT字バランスで姿勢を維持するゾイドの亡骸から四肢を切断し、巨大な台車の
上に据え付けた代物。レアヘルツに狂わされるのはゾイドだけということから(※調整す
れば古代ゾイド人相手にも同様の効果がある。前話参照)、ゾイドの戦闘能力のみを流用
した実に合理的且つ非人道的な超兵器である。
 それが横並びになって何台も並んでいる姿は誠に異様だ。例えて言うなら「死神の葬列」
か。この星ではゾイドが兵器の代名詞であり、だからこそ「かつてゾイドであった」この
鉄の塊は、見る者に対してゾイドとは全く別種の不気味な威圧感を放って止まない。
 さて何台もあるティラノサウルス砲の中央の一台。その真下・台車の中央部の装甲のほ
んの一部が、ブラインドのように開いた。隙間から内部を覗いてみれば、やはりあの頬に
火傷の痕を残す白衣の男がいた。ドクター・ビヨーは大きく背伸びすると、牛乳瓶の底ほ
ども分厚い眼鏡の傾きを直す。狂気を孕んだ眼差しも、今は深い感嘆に満ち溢れている様
子ではある。
「素晴らしい朝です。……B計画の総決算には誠に相応しい」
 じっと動かぬ砲台の群れ。目前には迷路のような岩山の連なりが広がっている。その、
遥か向こうにそびえ立つのがタリフド山脈であり、越えたすぐふもとに隠れているのが
「忘れられた村」だ。
 ドクター・ビヨーはこの「忘れられた村」に多数潜伏する、「刻印」が発動する可能性
のある者達を捕縛するためにここタリフド山脈までやって来た。彼ら同士の交配は勿論の
こと、彼らと古代ゾイド人とを「交配」させれば、より刻印の発動し易い子孫を増やすこ
とが出来る。それらを利用して今までZi人には扱えなかった超兵器を扱おうというのが
ヘリック共和国大統領の思惑であり、ドクター・ビヨーは表向き、大統領の特命を受けて
ここに乗り込んだのである。
292魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA :2009/12/31(木) 18:10:34 ID:???
 ところで山脈及びその近辺には所謂「レアヘルツ」が飛び交っており、これを浴びたゾ
イドは例外なく狂ってしまうのは再三、述べてきた通りだ。
 ティラノサウルス砲なる禍々しき代物が用意されたのは、この厄介なレアヘルツの山脈
を真っ正面から突破する狙いがあった。ゾイドコアこそ持たないものの、口腔部に装備さ
れた荷電粒子砲は、かの深紅の竜に勝るとも劣らない。岩山の連なりも、山脈さえも大砲
の数十発で破壊し道を作ってしまおうというのだ。何とも単純、且つ傲慢なアイディアで
はある。
 勿論、用意された兵力はティラノサウルス砲だけではなかった。
 その後ろには、白い骨のような鎧をまとった獅子の集団がでたらめに居並び、伏せて次
の指令を待ち望んでいた。人呼んでライガーゼロ、かつてヘリック共和国が暴虐の限りを
尽くした時に大活躍したゾイドも今や希少種の扱いであった筈だが、ここにひしめく獅子
達は百匹やそこらでは済まないだろう。何しろティラノサウルス砲の背の上から見渡して
も地平線の真下はすぐに骨の鎧が確認されるが、左右に乾いた土肌の覗くところはさっぱ
り見当たらない。
 その威容は、真横に並べられたいくつものスクリーンによって、様々な角度から映し出
されている。ブラインドはそれらのすぐ上だ。さてスクリーンは複数あれど、それぞれの
前に着席する者は誰もいない。それもその筈、座席には大人が両手で抱え切れる程度の水
槽がいくつも設置されていた。内部は液体で一杯に満たされ、その中にはプカプカと浮か
ぶ肉塊が見受けられる。
 肉塊を、心臓の悪い者が凝視すべきではない。これは胎児そのもの。いずれもが刻印を
発動し、高度な兵器を自在に操る。ある種の生体コンピュータであり、B計画のおぞまし
き副産物だ。彼らもドクター・ビヨーの配下によって「量産」された被害者と言えばそう
なのだが、当事者にそのような自覚がある筈もない。只ひたすら浮かび続け、無数に繋が
れたチューブやコードから栄養や電気信号を受け取るのみである。
293魔装竜外伝第二十二話 ◆.X9.4WzziA
 ドクター・ビヨーは、このティラノサウルス砲の直接的な操縦に関してはほぼノータッ
チを決め込んでいるようだ。何しろこの横に長い室内には責任者たる彼が着席しそうな座
席が中央部分(彼の目の前だ)にあるものの、そこにもそれ以外の各所にも操縦桿やレバ
ー・スイッチなどの入力装置が全く見受けられない。彼はひたすら指令するのみの様子だ。
「さてこの記念すべき日に、貴方がこうも不機嫌なのは残念ですよ」
 くるりと後ろを向き、蔑むような視線を投げ掛けた。
 彼の足下に、光る糸が無数に散乱している。まるで豪奢な金の絨毯を敷き詰めたようだ。
それらが蛇のようにうねって、やがてむくむくと盛り上がった。……光る糸と糸との間に
垣間見える銀色の瞳が打ち震えている。
「ほざけ……それもこれも、全て貴様が……!」
 光る糸が言いかけたのも束の間、ドクター・ビヨーはすっと懐に右手を差し入れた。そ
の動作だけで光る糸は縮み上がり、彼がすぐさま差し出したのを合図に光る糸は痙攣。再
び床に倒れ伏し、のたうち回る。
 もがく光る糸の隙間から、すぐに白のワンピースが姿を覗かせた。鼻筋の良く通った白
磁の顔立ちも露になるが、その容貌は苦悶を浮かべ、折角の美貌が台無しだ。
 ビヨーの掌には得体の知れない機械が握られている。そこから発せられているのはレア
ヘルツ。古代ゾイド人にも有効になるよう調整されたものだ。このスイッチ一つで、この
美少女……「B」ことブライドは耳をつんざくような超高音が聞こえ、ここまで悶え苦し
むこととなったのだ。
 ビヨーは火傷の痕が残る頬のみをピクリと動かした。侮蔑の微笑みが美少女に投げ掛け
られる。
「『B』よ、こと戦闘ならいざ知らず、色恋沙汰については貴方も案外疎いところがござ
いますな」
「な……な……何だと!?」
 美少女は銀色の瞳で睨みつけるが、輝きには濁りが混ざり始めた。
 それをビヨーも察知して、得意げに話を続ける。