「銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。」
気軽な参加をお待ちしております。
尚、スレッドの運営・感想・議論などはこちらで行ないます(※次スレに移行している場合があります)。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその2
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1161403612/l50 スレッドのルールや過去ログなどはこちらです。投稿の際は必ず目を通しておいて下さい。
「自分でバトルストーリーを書いてみよう」まとめ
ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/
\
::::: \
>>1の両腕に冷たい鉄の輪がはめられた
\::::: \
\::::: _ヽ __ _ 外界との連絡を断ち切る契約の印だ。
ヽ/, /_ ヽ/、 ヽ_
// /< __) l -,|__) > 「刑事さん・・・、俺、どうして・・・
|| | < __)_ゝJ_)_> こんなスレ・・・たてちゃったのかな?」
\ ||.| < ___)_(_)_ >
\| | <____ノ_(_)_ ) とめどなく大粒の涙がこぼれ落ち
ヾヽニニ/ー--'/ 震える彼の掌を濡らした。
|_|_t_|_♀__|
9 ∂ 「その答えを見つけるのは、お前自身だ。」
6 ∂
(9_∂
>>1は声をあげて泣いた。
完
【第三章】
あの日……魔女に敗北の傷を癒された後、ギルガメスは幾許かの月日を獲得した。その
何割かは逃走に費やさねばならないのが辛いところだ。ある時は闇の帳に身を委ねること
ができたが、ある時は残酷な朝日にその身を晒さねばならなかった。
その間にも水の軍団は追ってくる。連中を躱し、蹴散らし何度か背負う十字架に涙も流
して、気が付けば秋風が身体に染みた。心地よい朝日を受け、背伸びをしても小さな五体
にのしかかる気怠さは抜けない。
しかし大事なものはどうにか失わずに済ませることができた。……深紅の竜は少年の前
でしゃがみ込む。両腕の爪を地面に突き立て、田畑でも耕すように削り込んでいるところ。
子供の一人遊びのような作業なれど、竜の巨体ならものの数分で十数メートル四方を掘
り起こせる。終わると一声甘く鳴いて合図。すごすごとその場から立ち退きうずくまった。
少年は如何にも乗り気でない竜の気持ちを汲み、感謝と気遣いを込めて両手を伸ばして
やる。ぬっと降ろしてきた竜の鼻先を抱き止めるためだ。主従は入念にキスを交わした。
人と機獣の仲睦まじいやり取りを、中断させた風斬る音。竜は顔を見上げて甲高く鳴き、
少年が振り向くや否や、目前に迫ってきた大車輪。恐れることなく右手で受け止めた少年
には、それが何かすぐにわかった。朽ちかけた革の鞘。短い刀身は勿論、少年の危機をた
びたび救ったゾイド猟用ナイフだ。
だが襲撃の第二波は、鞘の重みを確かめるよりも早い。少年は左手を鞘に添えた。その
まま横一文字で乾いた音を受け止める。
鞘が受け止めたのは竹箒。それでさえ今の少年には圧倒的な攻撃たり得た。何しろ竹箒
を振りかざしてきたのは紺のジャージに身を包んだ女教師エステルその人だからだ。
少年を続けざまに第三の波が襲い、それはあっさり目的を果たした。円らな瞳に映る女
教師はぐらり傾く。……否、それは少年の小さな身体が横転した証。足首に感じた軽い疼
痛に、少年は足払いをもらったと理解した。
恐るべきは女教師だ。面長の端正な顔立ちは凍える彫刻のように無表情。地に伏せた愛
弟子目掛け、竹箒の先端を矢継ぎ早に打ち込んでいく。正確に攻撃を繰り出すしなやかな
身体は、機獣でさえも及ばない戦闘に特化した自動人形を想像させて余りある。
息詰まる攻防を目の当たりにして、深紅の竜は両腕を眼前にかざし、爪の上からちらり
ちらりと覗き見ていた。魔装竜ジェノブレイカーと畏怖された竜ではあるが、愛すべき師
弟が繰り広げる実戦さながらの光景は胸に痛み、凝視するのさえ苦しい。それでも悲痛な
鳴き声は何とか押し殺して観戦を続ける。
少年は横転を繰り返し、竹箒の殺気を紙一重で躱す。たちまち純白のTシャツが泥にま
みれていく中、少年が何度目かの刺突に見出した好機。振り降ろされた竹箒の先端目掛け、
正確に合わせたナイフの柄頭。竹箒とナイフの柄は蜘蛛の関節のように合わさった。少年
はすぐさま鞘に左手を添え、じりじりと押し返す。
どうにか劣勢を挽回したかに見えた少年だったが、攻防はこのすぐ後、いとも簡単に決
着した。女教師は無表情のまま、不意に首元まで締めたジャージのチャックを掴むや一気
に降ろす。少年は目が釘付けになった。ジャージの下は一糸まとわず、真っ白い素肌のみ
が隠されていたからだ。
そう、認識したときには竹箒の圧力が失われた。少年は押し返すべき力のやり場をなく
し、虚しく柄を突き上げる。と、そこに女教師がしゃがみ込んだ。何気ない正拳の振り降
ろしだが、これを正確というのは彼女に失礼な位、無防備な少年の腹部に見事命中。……
よくよく見れば鮮やかな寸止め。
師弟の顔は二の腕程まで接近していた。女教師は切れ長の蒼き瞳を細め、悪戯っぽく笑
みを投げ掛ける。
「死因はムッツリってところかしら?」
これには少年もふて腐れたが、何も言い返すことができない。女教師は手を差し伸べる。
「柄で受け止めるアイディアは良いわ。受け切ったらすぐに反撃しないと」
すぐ後ろでは相変わらず深紅の竜が、心配げに師弟を見ている。竜にはわかる。女教師
は「蒼き瞳の魔女」とまで呼ばれ、恐れられてきた女性だ。少年が指の長い掌を掴んだ直
後、彼女はきっとすぐに技を仕掛けてくる。少年をあっさり投げ飛ばすかもしれない。或
いは関節を決めてしまうかもしれない。或いは、或いは……。
そうこうしている内に目前で少年の悲鳴が聞こえ、竜はますます視界を閉ざさざるを得
なくなる。
この何とも形容のし難い取っ組み合いこそ、実は女教師エステルの発案によるものだ。
「本当はね、二、三年の内には貴方に剣の基本を教えようと思っていたの。ゾイド操縦の
腕前だけ突出しても、貴方の成長が止まってしまうのは目に見えていたからね。視野を少
しずつ、広げて欲しかった」
今二人と一匹がいる場所とはまるで違う風景なれど、荒れ果て加減だけは大差ない地面
を踏みしめ、二人は向き合っていた。少年の片手に鞘に収められたナイフはあるが、女教
師は全くの素手。
「だけど『B』が……『ブライド』が復活して、そうも言っていられなくなったわ。水の
軍団だけならいざ知らず、あの女まで現れてはね……」
女教師は暫し、沈痛な面持ちを隠さなかった。唇を噛む少年。
剣の修行も、元はと言えば自らの心中に宿った暗殺者に対する恐怖心から望んだものだ。
しかし彼女の視野はもっと広く、先を見据えていた。きっと、数年先も必ず二人で生き延
びてやると決意した上で、彼女は尚地道な成長を望んでいたのだ。しかしそんな彼女の気
持ちなど、剣の修行を願い出たあの時の少年には思い付きさえもしなかった。自分がどれ
だけ幼稚なのか今更ながら、理解できる。
少年も決意を胸に秘める。あの「B」という美少女は少年を辱めたが、事はそれだけで
は済まなかったからだ。
(エステル先生にこんな辛い顔、金輪際させてたまるか)
正直なところ、彼女がどんな未来を描いていたのか想像もつかない。少年も男だから
図々しい事が多少、脳裏をよぎりはする。だが、それよりもっと大事なことがあった。
「……ギル、剣は約束通り、これからも教えてあげる。但し特別なメニューを一つ、追加
するわ」
蒼き瞳に宿る輝きは太古の聖剣にも似た。突き刺さる美しさに息を呑んだ少年。
「め、メニュー……ですか?」
「私は素手でも、貴方を致命傷を負わせることができるわ。
……そうね、十分で百回位は、ね」
つまり六秒で少年を殺す事もできるという事になる。唐突な一言だが、流石に今更それ
で驚く少年ではない。問題は、続く言葉だ。
「毎日十分、私の技を受け切りなさい。その間、もらう攻撃を百回以下に抑えなさい。
そして一回でも私に剣を当てたら合格よ」
彼女の提案に少年は面食らったが、すぐに首を縦に振った。勿論、相手が相手だ。簡単
にできるとは到底思えないが、それでも目標は具体的である。あの「B」という美少女に
一矢も報いることができなかった少年。だが憧れの女性はまず間違いなく「B」と互角の
腕前に違いない(実際の手合わせを目にせずともそれ位は彼にだって実感できる!)。
「B」攻略にはそれ位の領域に近付くことが不可欠だ。
そう、決意するや否やその日の稽古は始まっていた。……三分、持たずして実戦ならま
ず致命傷になる技を百回受け、挙げ句の果てに足腰も立たずフラフラになった。
汗だくだく、息も絶え絶え仰向けに横たわりつつ、少年は改めて女教師の懐深さに恐れ
入った。たった三分でここまで疲労困憊になるとは思わなかったし、そもそも百回「死ん
だ」中で同じやられ方がどれだけあったか。
(これがエステル先生の……領域!)
以降、かような応酬を既に数ヶ月は続けている。未だ五分も持たない自分自身に呆れ返
りはするものの、女教師は決して罵倒もしなければ(叱りはするが)止めようともしない。
大事な練習なのだということはひしひしと伝わってくる。
とはいうものの大事な相棒にはこの練習、極めて不評だ。しばしば大きな爪を真上から
伸ばして二人を引き離そうとする。勿論今日も、視界を閉ざす両腕がしばしばピクリと動
く(その度女教師に睨まれるのはご愛嬌だ)。幸か不幸か、今日に限ってはどうにかその
機会に到達することなく、少年は百回目の攻撃を受けた。
ポケットからハンドタオルを引っ張り出す女教師。足下では少年が大の字。しゃがみ込
んだ女教師は穏やかな……しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「お疲れさま。もう少しで五分の壁は越えられそうね」
少年は苦笑いした。それではまだ目標の半分にも到達していないではないか。だが今日
は、まだこれでは終わらない。
「すぐ風呂に入りなさい。試合場まではブレイカーなら一時間も掛からないけれど、余裕
を持って乗り込みましょう」
少年は飛び起きた。余力が残っていたのも驚きだが、それより今日はこれから大事な試
合なのだ。
「おい、これから支度かよ。大丈夫かよあそこは……」
「ぶったまげた話しだが、あれでいつも勝ってるんだぜ。……おっと」
岩陰に隠れた影、二つ。深紅の竜はその方角をじっと見つめている。
二人組の声や人相は余り問題とならない。強いて言うならベールに身を包んでいた。乾
いた荒野が大半を占める西方大陸では、ゾイドに搭乗せずの移動に不可欠な装備だ。似た
ような風体による似たようなリアクションはそこかしこで見受けられる。
深紅の竜は辺りをじろじろ見つめていたが、女教師はつまらぬものでも見るかのように
諭した。
「大方、賭けの下見でしょう。殺気も感じられないし、放っときなさい」
竜も彼女の推察に同感のようだ。地に付いていた前足を畳み(有事には四肢もろともバ
ネのごとく跳躍する狙いだ)、おとなしく地に伏せた。
ビニール製のカーテンの中にはいつも通りの薬莢風呂。少年は深々と浸かるが、後ろが
つかえていることまで忘れてはいない。
さて第二章でもちらりと述べた「タリフド山岳地帯」に、チーム・ギルガメスは乗り込
んでいる。西方大陸の東端付近に当たるこの地域は、千年を超えるヘリック共和国の歴史
の中でも厄介な問題を一際沢山抱えていた。
事情は簡単だ。ここを超えればデルダロス海岸線に辿り着く。デルダロス海を渡れば中
央大陸……かつてのゼネバス帝国領だ。ゼネバスが滅ぼされた時、ここタリフドには大量
の難民が押し寄せた。又、西方大陸が戦火にさらされた時、中央大陸に脱出できなかった
者達はここタリフドで潜伏するより他なかった。つまり長年の戦火がこの地域を難民の住
む土地にしてしまったのだ。
今、深紅の竜がゆるゆると滑空する辺りは至る所に小高い丘や岩山がそびえている。多
数のZi人が丘の上に住居を建設して暮らしているのは言うまでもあるまい。勿論ゾイド
を恐れてのことだが、農作物は当然ながらこういう土地の上で育てざるを得なくなる。難
民が集まり、土地も有効活用し難い、貧乏そのものと言えるタリフドの住民は大半が貧困
層だ。日頃不満を抱えるこの地域は政策が拙いといつでも暴動が爆発する火薬庫のような
土地だと言えよう。
その分、住民の娯楽に対する関心は高い。
「父ちゃん、あれ、ジェノブレイカーじゃあない?」
とある丘の上で、痩せた畑を耕す親子が鍬の手を止めた。
「おや、チーム・ギルガメスが来たとは聞いていたが、もしかしたらあれが……」
二人は興味深く蒼炎吐き出す鶏冠を見つめていた。
一方、別の丘では。
「ギルガメス−−! ジェノブレイカー−−!」
「頑張れ−−! 必ず勝てよ−−!」
別の親子が声援を送り、手を振っている。深紅の竜はこうした声をくまなく拾い、きょ
ろきょろと左右を向いた。正直なところ「ブレイカー」ではなく「ジェノブレイカー」と
呼ばれるのは不本意だが、声援が圧倒的多数を占めるのは喜ばしい。少しは愛想を振りま
く気にもなる。
「ブレイカー、そわそわし過ぎだよ−−」
竜の胸元・コクピットハッチ内部で少年が呆れていた。それでもニヤニヤしてしまうの
は、この頼れる相棒が自分以外の赤の他人にもそれなりには愛想良く接しているからだ。
タリフドは貧しいが、ひとまず相棒が穏やかでいられる程度の平和は確保できていた。
「私には……声援がないのよねぇ」
全方位スクリーンの左側に開いたウインドウ内には頬杖して溜め息つく女教師が映し出
されていた。凛々しい彼女でもこんなに不満そうな表情を浮かべるのが驚きだ。
彼女も又いつも通り、竜の掌中に抱えられたビークルに乗っている。主などより余程頭
の上がらぬこの女性に対し、竜は鼻先を近付けると戯けて鳴いてみせた。こんなことに張
り合うのが如何にもこのゾイドらしいが、少年としては正直、彼女への声援など無くて結
構である。彼女のような美人への声援はいかがわしい内容に決まっているのだから。
「ギル、どうしたの? そんなしかめ面して……」
いつの間にか、ウインドウ越しに覗き込まれていた。
「あ、その、これは……今日の、対戦相手……」
どうにか誤摩化したつもりだ(切れ長の蒼き瞳はじっと凝視して訝しんだが)。但し嘘
はついてなどいない。こんなに和やかな時でさえ、試合の相手なり水の軍団の刺客なりを
イメージするのはゾイド乗りとして当然のこと。
しかし彼女は事も無げ。自信ありげに拳を握り、浮かべた不敵な笑みがたたえる戦乙女
の凛々しさ。
「大丈夫よ、練習通りにやれば必ず、勝てるわ」
対照的に苦笑いを浮かべた少年。話題を反らすためだけに振った話題なのに、彼女の自
信は愛弟子の抱いたそれをはるかに圧倒する。しかも勝負の厳しさなんて、彼女は知り尽
くした上で断言しているのだ。
不思議なことに、最近はこういった彼女の挑戦的な言葉にも重圧を感じない。勿論気持
ちに応えようと決意を抱くのは当然と、ひたむきな彼女の笑顔をウインドウ越しに垣間見
たのだが……その時、少年はようやく気が付いた。
蒼き瞳は本当に、真っ青だ。時折見せる凄まじい殺気も近寄り難さも、瞳の奥底さえ覗
き込めば本当のところは全てわかる。今、サファイアやラピスラズリかと見紛う眼差しで
微笑む彼女を見た時、少年は改めて、魅入られた。……可愛いなと、思った。
不覚にも口元が不自然に緩んだ。少年は慌てて口元を押さえ、咳払いした。
少年ギルガメスが魔女エステルの笑顔を可愛いと思ったのなら、かの金髪銀瞳の美少女
がたたえる禍々しき眼差しを覗き込んだ時、どんな感想を抱くのであろう。
「ドクター・ビヨー! ギルガメスの所在はまだわからんのか?」
美少女は長いソファーに両腕広げてもたれ掛かる。小柄な身体なれど足を組めば長さが
目立ち、スタイルの良さがはっきりした。ワンピースの裾がはだけて細い脛が、そしてう
っすら脂の乗った腿が露になるが彼女には些細なこと。足下では相変わらず銀色の獅子が
うずくまる。
彼女の目前にはガラス製の膳。左方には白衣の男がノート大の端末を弄っていた。恐る
べき美貌と暴力で鳴るこの美少女を隣に置こうが何ら動じるところが無い。
それが美少女には気に食わなかった。するすると、彼女の両耳上に束ねた髪二本が蛇の
ように伸びていく。首締めなど彼女には手ぬるいこと。瞬く間に長い金髪は男の目や鼻、
口に迫っていく。
「静かにして下さい」
穏やかな口調で美少女の脅迫を迎撃。白衣の男は頗る落ち着いていた。牛乳瓶の底程に
分厚い眼鏡がキラリ輝く。……美少女はますます面白くない。元々この白衣の男、初対面
の彼女に死を迫られた時でさえ、死への恐怖よりも自らの研究結果が正しかったことへの
感動の方が勝ったのだ。蒼き瞳の魔女でさえひどく動揺させる彼女が、ちっぽけな一科学
者風情を手玉に取れぬ事実。苛立ちに転じない訳がなかった。
全てを見透かしたかのように、白衣の男は言葉を続ける。但し分厚い眼鏡の奥底が銀の
瞳と視線を合わせようとしていたかは反射光に遮られてわからない。
「チーム・ギルガメスはタリフド山岳地帯へ逃げ込みました。
タリフドの奥にレアヘルツで覆われた地域があるのはご存知でしょう?」
美少女は髪をスルスルと戻した。苛立ちを抑えるに足りる話題だったからだ。……レア
ヘルツはゾイドを狂わせる。Zi人の叡智をもってしても有効な対処方法は見つからぬた
め、レアヘルツに覆われた地域は大抵、国境として機能していた。
魔女エステルはレアヘルツに覆われたレヴニア山脈の地下深くで冷凍睡眠を続けていた。
今や美少女の相棒となった空色の獅子も「勇者の山脈」の奥底に眠っていた。だから美少
女も平凡ながら皆と同じ疑問を抱かぬわけにはいかなかった。
「……何があるというのだ?」
白衣の男はちらり振り向き、眼鏡の奥底から厳しい眼光を覗かせた。
「惑星Ziに地獄があるとするなら、きっとあそこです。
……おや、今日はチーム・ギルガメスの試合があるみたいですよ」
美少女は身を乗り出してきた。外見相応の驚いた表情は中々新鮮だ。
「馬鹿な! 何ヶ月も日課のように調べてきたが、半年先まで全く予定が掴めなかったと
いうのに……」
「タリフド程の辺境だから情報も伝わりにくかったのかもしれませんね。放送リストに追
加されたのもついさっきですよ。……もう、始まってますね」
美少女は白衣の男から端末をむしり取るとキーボードを乱打。二人の目前に広がるスク
リーンは、大人が両手を広げてようやく足りる程大きい。早速輝きを取り戻した黒い壁は
彼女の意志に恭しく従い、求められるままに映像を浮かび上がらせる。
食い入るように見つめる美少女。白衣の男は微笑みつつ様子を見守るが、口元の緩みは
どこか冷ややかだ。この男は全くもって底知れない。
今日の試合場は何という名前だろうかと考えもせぬ自分に気が付き、ギルは苦笑した。
試合をしては東へ東へと移動しているものの、どの試合場も似たり寄ったりの風景なのだ。
興味が湧かなくなるのは無理もない。
実際、赴いてみればここもすり鉢状の地形を生かした天然の試合場だ。すり鉢の底にゾ
イドが降り、試合をする。外周はリングサイド、関係者が集う(勿論、エステルもここよ
り下には降りることができない)。試合場ごと、サイズやすり鉢の深さなど全くと言って
良い位、同じことがない。貧困者が集うタリフドにおいては当然と言えた。そんなことに
金を掛ける余裕はないのだ。裏返せば、タリフドではすり鉢状の地形にゾイドが二匹降り
られさえすれば試合が成立するのである。
突如警告音が鳴り、少年は咳払いしてかしこまる。女教師エステルからの通信だという
ことはすぐに想像がついた。
「ギル? そろそろ……」
少年が頷くと同時に前方を包む風景に亀裂が入った。否、ハッチが開いたのだ。全方位
スクリーンの真っ正面をも構成するから、風景に亀裂が入ればその隙間より先には外界が
広がっている。
身を乗り出した少年。目前には女教師がいつも通り、覆い被さってきた。
「チーム・テンタクルは死角が少ない相手だわ。
鉄壁の守りをくぐり抜けるのには正攻法では駄目よ」
そう言われて少年は円らな瞳を見開いた。「B」との敗戦が脳裏をよぎらずにはいられ
ない。あの美少女が操る空色の獅子ブレードライガーも死角は限りなく少なかった。僅か
な隙でさえ、オーガノイドユニットなる秘技で無に帰されたのだ。
(そうだ、これは仮想「B」なんだ……そう考えて挑もう)
こくりと頷く少年。負けていい試合など一つたりとてないが、今日の試合こそはいつか
訪れるだろう「B」との再戦に向けて、超えなければならない一つの壁だ。憧れの女性は
言わなくとも自分の中では間違いなく、そうなのだ。
女教師は少年の目の色が変わったことに満足した。実のところ、いつだって色々なこと
を言ってこの愛弟子に奮起を促しているが、今日の手応えはその中でも上々だ。……彼女
はおもむろに、長い指を額に当てる。
「例え、その行く先が!」
詠唱の開始。額に青白く輝く刻印こそ、身震いする戦いの合図。少年も又、決意新た。
「……いばらの道であっても、私は、戦う!」
深紅の竜の胸元より、漏れる閃光の青白さ。胸部ハッチより開いた隙間は竜の両掌が覆
い隠してはいるが、それでも刻印二人分の輝きは太陽光を切り裂いた。周囲に群がる人や
ゾイドは驚いて彼らを見遣る。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
女教師は愛弟子のひたむきな表情を見て自信に満ちた笑みを浮かべた。両者の距離が徐
々に離れていくのは、試合を間近に控えて竜が両掌を引き戻したからだ。只、すぐこの後
少年は不意のことに心臓を打ち抜かれるような思いをした。
離れていく女教師は長い指を自らの唇に当てた。刹那、手裏剣を投げるような仕草で離
してみせつつ瞬き。
投げキッスだ。如何わしいことは何度妄想したか知れないが、これは想像だにしなかっ
た。だからこそ不意打ちの効果は大きい。単に戯けてやってみせただけなのかもしれない
が……出会った当初なら、彼女はこんな難しいタイミングで戯けただろうか?
色々なことが、徐々に変化しているような気がする。少年は胸元をぐいと鷲掴み。
実は同じように、女教師も胸元を鷲掴みにしていた。しかし彼女は背広の襟を掴むと爪
を立て、今にも引き裂かんばかりだ。
咄嗟に顔を伏せ、サングラスを掛ける。面長の顔立ちがどんな表情を浮かべていたかわ
からぬが、切れ長の蒼き瞳を覆う黒レンズの下を光るものが一瞬垣間見えたのは間違いな
い。それをさりげなく彼女が指で弾いたのも。
(「売女」ね。言い得て妙だわ)
彼女の呟きを深紅の竜は聞き止めたようで、ちらり背後を伺った。……竜の分厚いレン
ズに覆われた真っ赤な瞳には、いつも通りの毅然とした古代ゾイド人の女性に見える。竜
は軽く首を傾げてみせた。しかし彼女の表情に変化はない。やむを得ず、竜は正面を向き
直す。優しい竜の行く手には戦場が広がっているからだ。
「何だこれはーーっ!」
中継された少年の表情を食い入るように見ていた美少女は激しくいきり立った。問答無
用で白衣の男からノート大の端末を奪い取ると両腕で高々と持ち上げた。さしもの男もこ
れには溜まったものではない。
「『B』よ、『B』よ、落ち着いて! それはスクリーンです! 『蒼き瞳の魔女』は遥
か彼方です!」
慌てて目前に立ち塞がり、抱きつくように立ち塞がる。美少女は男の言葉を耳にして、
ようやく平静を髪の毛程ながら取り戻した。
「ドクター・ビヨー、スクリーンを良く見ろ。ギルガメスの瞳に生気が宿っている。
次に出会った時には目配せだけで籠絡できる程打ちのめした筈なのに、だ!」
虚空に咲く桜花の翼。背より鶏冠六本逆立てるや吐き出す蒼炎。深紅の竜はふわり浮か
び上がり、すり鉢の下へと滑り降りていく。砂利の華が咲き乱れて後に続くものだから、
女教師は自ら駆るビークルの車体前方を持ち上げて、舞い昇る破片を防いだ。
深紅の竜は底へと降り立つや、反時計回りに巨体を捻る。波打つ砂利、舞い散る砂。ブ
レーキ代わりの回転は小気味良く決まるが、元々竜は道化を好まない。無言ですり鉢の対
角線上を睨む。
チーム・ギルガメスが挑む今日の相手は、砂利の斜面でさえ小刻みに踏み込みながら駆
け降りてきた。おかげで地響きが凄まじいが、太鼓を打ち鳴らすような低い音は軽快と言
うには程遠い。
相手は全身包み込む程の砂を巻き上げるものだから、目視では容貌を確認できかねる。
少年の円らな瞳、そしてガラスに包まれた竜の紅い瞳は、慌てることなく砂嵐の奥をじっ
と見つめる。
すると砂塵の中から太い足をにょきにょきと出してきた。その本数や特徴は大きなヒン
ト。成る程、事前に女教師エステルより知らされていた通り、相手は四脚獣だ。それも深
紅の竜でさえ圧倒される体格の持ち主。四肢だけでも竜の胴程はありそうだが、軽快さが
失われているのは見ての通り。
四脚獣は全ての足を深く折り曲げ、地べたに這う蜘蛛のように滑り降りた。停止と同時
に素早く膝を伸ばし、威勢良く地面を踏み鳴らす。心臓に響く音は圧倒的な迫力を感じる
が、実際は鈍重さを補う技巧の持ち主と見た。少年は気を引き締める。
その風貌、余りに突飛。少年も似たようなものを見た覚えがない。……長い首が、三つ
ある? そんな馬鹿なと、少年が目を凝らせば首らしき箇所の先端にはいずれも顔が付い
ていない。これは触手の類いだ。本当の首は触手の根元より上に巨大な橙色の一つ目を妖
しく輝かせている。あれだけの大きさだ、内部はコクピットになっているのだろう。更に
一つ目の後ろには羽と呼ぶには少々小さいヒダが左右に一枚ずつ、生えている。できれば
背中や尻尾の特徴も知りたいところだが、こういう時巨大な相手は有利だ。全体像を容易
には掴ませない。
「……マンモスとは、こういうゾイドなのか」
深緑の巨象マンモスは触手(※象を知らぬZi人にはあれが鼻や牙に相当することなど
わかる筈もない)を高々と振り上げ、風斬るような雄叫びを上げた。三本の触手の下に口
らしきものがあるようだが、これ程の異様だと安易に口と看做して良いものか、どうか。
「それより問題は、あの触手だよな」
少年は肩を怒らせてみる。肩から押さえつける拘束具はいい具合に彼の小さな身体を固
定していた。満足してレバーを握り締める。ブザーが鳴れば、大決戦の幕開けだ。
(第三章ここまで)
ツマンネ
【第四章】
すり鉢の中に響くブザー。決戦の合図だが今更動じるギルガメスではない。初めて見た
ゾイドを相手にしても、落ち着いた口調で挑むことができた。
「ブレイカー、行くよ」
桜花の翼を今一度水平に広げ、深紅の竜は一歩又一歩とにじり寄る。
それにしてもと少年は全方位スクリーン越しに試合場を見渡す。狭い。すり鉢の縁の直
径が三百メートルもあるか、どうか。底の部分はせいぜい直径二百メートルといったとこ
ろだ。試合場として使うにはギリギリの広さである(※深紅の竜は全長23メートル。つ
まり試合場はその十倍もない)。これだけ狭いと自慢の脚力も余り意味を持たない。深紅
の竜に限らず、神速で鳴らすゾイドの殆どが助走を必要とするからだ。安易に離れれば狙
われる。
只、似たようなシチュエーションは主従も散々直面してきた。どんなに広い試合場・戦
場も様々なチームそして刺客が策を巡らし、密室の処刑場と化してきたのだ。
そして、そんな厳しい戦いを乗り越えることができたのは……少年は両腕のレバーをぐ
いと握り、相棒と気持ちを通じ合わせる。女教師にはウインドウ越しに眼差しを合わせた。
女教師は無言で頷きを返すとコントロールパネルを弄る。たちまちメモ帳程に縮小する
ウインドウ。サングラスを黙秘の仮面代わりにして少年に決戦を促す。
(さあ、貴方の思う通りに戦ってみなさい)
黒いレンズは表情さえ隠したが、彼女の気持ちは却って良く伝わった。今は一瞥だけし
て、少年はレバーを捌く。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
翼の下より双剣、展開。両翼の先端でハサミのように伸びるや否や、竜は瞬き程に素早
く踏み込む。腰を起点に右へ左へと巨体を捻り、双剣の切先で狙い撃つは巨象の腿、膝、
そして足首。
巨大なゾイドといえども関節部分は急所中の急所。中でも足回りを砕きさえすればすぐ
に身動きが取れなくなる。しかし敵も去る者。すぐさま高々左足を持ち上げるや、脛を
高々突き上げる。
鐘つくような響きが二発。塵さえも振るわす斬撃なれど、掲げられた脛には傷一つつか
ない。と、上がった脛が、ふわりと地面に降りる。眼見開いた少年、すぐさまレバーを倒
して相棒に合図を送る。
「来るよ!」
巨象は単に左足を降ろしたのではなかった。たった一歩の……しかし大砲を打ち鳴らす
ような踏み込みは怒濤。寸胴の一歩前進はそれだけで丸太を打ち付けるような圧力だ。
深紅の竜は右へと跳ねた。易々と巨象の全身を受け止めるわけにはいかない。それにこ
れだけ大きく長いゾイド。側面にはきっと隙がある。
竜は右へ、巨象は前進。かくて巨象は竜の左脇へ。敵の懐は隙だらけだ。……そう、い
っぱしのゾイドウォリアーなら誰もがそう判断するところだが、女教師だけは少年主従に
迫る危機を見逃さない。唇が少々動きかけたがすぐに口元を手で押さえる。
(この程度でアドバイスするようではお互い先が知れるわ……)
巨象は三本の触手を花弁のように開いた。地球産の象ならば少々器用な鼻と鋭利な牙に
過ぎないこの箇所だが、惑星Zi産の巨象ならば獲物を搦め取り引きちぎる文字通りの触
手に相当する。
薄気味悪い触手の一本は、左脇に回り込む深紅の竜にまでするりと届いた。短い首へと
巻き付いた狡猾な枷。竜は既に右の翼で斬りつけるべく腰を、足首を捻っていたところ。
思わぬ力に引き寄せられてはバランスを崩さざるを得ない。
上半身を反り上げて仰向けに倒れかかった竜を、今度は別の触手が受け止めた。一見す
ると地面に全身を打ち付ける衝撃が緩和されたかに見えたが、代わりにこの触手も竜の胴
体に巻き付き、巨象の喉元へと引き寄せられていく。
只、今日の試合運びはいささか妙だ。
竜は不安定な体勢の中、胸元に注意を行き届かせる。まだまだ経験に劣る若き主人を案
じてのことだが、竜は激闘の最中いささか首を傾げざるを得ない。
というのも、確かに少年は形勢不利を実感してはいたものの今までのようにむやみに感
情を先行させたりはしない。慌てふためき泣いたり力んだりせず、まるで他人事のように
己が置かれる状況の把握に努めている。相棒たる深紅の竜が不思議がるのは無理もないが、
正直なところやり易いのは確かだ。優しき相棒はだから、若き主人の指示を黙して待つ。
(密着されるとまずいな)
自分より体格の大きな相手にそうされるたら不利は明白。それだけで、弱点に手が届き
にくくなる。
(そうなる前に……)
慣れたレバー捌き。求めに応じた深紅の竜は左右の肘をぐいと曲げる。引き寄せられる
勢いに乗って、相手の嫌がりそうな部位にカウンターを一発お見舞いしてやろう。さあど
こだ、どこだと少年が眼を凝らしているうちに、彼は気付いた。
(ヒダ[※象で言うところの耳と思われる]が、うねってる?)
少年が気付くまでにも、継続されるレバー捌き。
触手の根元に打ち付けられた竜の肘。触手は不意の一撃に緩み、そこに竜がしなやかな
足で前蹴りをお見舞い。脚力をバネに変え、宙返りしつつ間合いを離す。
竜は左右に翼広げ、身を伏せるように着地。じりじりと腰を持ち上げつつ、背負いし鶏
冠を逆立てて威嚇。巨象も負けじと三本の触手を奇妙にくねらせる。前足を数度、地面に
打ち付けヒダを小刻みに揺らして。
少年は目を凝らした。あのヒダ。巨象は何か狙っているのではないか。
「エステル先生、彼奴のヒダ……何か武器でも仕込まれているんですか?」
ビークルのコントロールパネルより不意に問いかけられ、切れ長の蒼き瞳は輝きをその
ままに、少し丸みを帯びる。
愛弟子のたった一言に、女教師は手応えをひしひしと感じた。彼は敵を、己を、そして
次にすべき動作を冷静に、理性的に知ろうと努めている。今までならば絶体絶命の危機に
陥らない限り、中々できなかったことだ。
彼女が強いた特訓は愛弟子を根本から変えつつある。蒼き瞳の魔女という絶対的な「壁」
を相手にし続けた結果、今までになく落ち着いた気持ちで試合に、戦闘に臨んでいる。
彼女は愛弟子の成長を、もっと見たい。だから。
「……武器だとしたら、何故すぐに使わないのかしらね?」
口元に笑みをたたえながら、その実少々嫌みな言い回しだなと女教師は思った。案の定、
モニターに映る少年はいささかムッとしている。しかし彼は、そういう返事もある程度は
想定していたようで、努めて声を押し殺すと。
「わかりました」
一方、全方位スクリーンの左方には再び縮小したウインドウが見受けられる。横目で睨
んだ少年はしかし、すぐさま正面を向き直した。左手で頭を軽く小突く。
(ギルガメスの馬鹿。あれだけ先生と特訓したのにそれ位、観察できないでどうする……)
腹を立てるべきは己自身だ。少年の憧れる女性は、もうそれ位のことは戦闘の最中に見
極められると信じているに違いない。
だからこそ少年は、円らな瞳を努めて凝らす。
深紅の竜は腰を低くしたまま吠え立てる。甲高い雄叫びは威嚇を狙ったものではない。
相手の反応を見極めるためだ。その証拠に、若き主人の視線を受け継ぎ顔や足下、三本の
触手といった各部の動きをちらりちらりと睨んで伺っている。
竜は全方位スクリーンに文字を浮かび上がらせ、次の動作を催促した。観察は不調。だ
ったらもっと、こちらから動いてヒントを得るより他にない。
レバー捌きを重く、小刻みに。主人の求めに応じ、竜は右へ、右へとカニ歩き。巨象も
歩調を合わせるように左回り。
右の翼が宙を舞った。刃影が鮮やかに弧を描く。透かさず巨象は左足を上げて脛での受
け。しかし今度の衝突音は鐘よりも軽い、落ちた空き缶のよう。
重さの乗らない技の理由は、竜が右半身を向いた時すぐ判明した。続く左の翼は先端を
しっかり巨象に向けている。右翼の斬撃に続くは左翼の突き。
巨象も何ら、臆することなく脛、振り降ろし。地面に蹄を叩き込めば、舞う砂塵さえ痺
れ散る。
振り降ろされた脛目掛けて、竜が放った左翼の刃。渾身の突きは縦一文字。鈍い音立て、
脛の中央にしかと命中。
しかし巨象も突進力で鳴る剛の者。脛上げたまま刃の突きをがっちりと受け止める。鋼
鉄の骨が、刃が軋む、軋む。
すり鉢の縁ではたちまち歓声が上がった。力と力の攻防、同体格、そして異型のぶつか
り合い。ゾイド同士の戦いでは試合・戦闘行為の別なく中々お目にかかれない展開だから、
無理もない(きっとテレビ中継を見る一般庶民の盛り上がりはこの場よりも遥かに上をい
くに違いない)。
そんな中、少なくとも二人の女性は盛り上がる展開よりもその先を見据えていた。……
ビークル上より観戦する女教師は片手で頬杖つき。遥か彼方で中継を見る美少女はソフ
ァーの上で片膝つき。凝視しつつ少年主従の「次」の動作を予測していた。
一秒、又一秒と続く競り合い。先に動いたのは深紅の竜だ。左の翼を羽ばたくように払
い除けつつ、その間にも刃を畳むしたたかさ。
音速のつかえが取れ、堰を切ったように脛を振り降ろす深緑の巨象。瞬発力ならば目前
の竜にも勝るのは明らか。砂撒き散らし、三本の触手を全開にし。怒濤の掌と化し竜を掴
みに掛かる。
それこそが少年主従の狙いだ。間を置くことなく右へと踏み込んだ深紅の竜。相手が勢
いよく突進すればするだけ、左右へと回り込み易くなる。……触手の届かぬ懐深くへ、だ。
跳躍力なら竜の独壇場。たった一歩で巨象の尻辺りまで跳ねた(勿論相手の突進力もこ
の成果を後押しする)。満を持して、竜の右翼が弧を描く。折り畳まれていた刃がたちま
ち展開、半円が完成するまでには切先が巨象の尻に命中するだろう……そう、観戦者の殆
どが予想したその時。
「ギル、ガード!」
「馬鹿者、ガードだ」
女性二人が声を上げた時、巨象の短い尻尾はバネのように伸びた。地表と水平というと
ころまで伸び上がるや目映く発火。銃声の怒涛、歓声の波涛。
深紅の竜は咄嗟に左の翼で半身を覆い隠した。立ち籠める硝煙の中、金属の悲鳴が谺す
る。この至近距離だ、圧力が凄まじい。よろめく竜は踵をついて、膝を曲げて跳ね返す。
少年は左手を正拳突きのごとく前に伸ばし、握るレバーを押し出していた。一秒、二秒
と経過する間に、彼は思考を巡らす。
(このまま払い除けて突っ込めば……!)
決断すればあとは隙を捉えるばかり。真っ正面を見渡し巨象の弱点を探らんとしたその
時、少年は妙なことに気が付いた。
巨象の足下……左の後ろ足、踵付近の地面が抉れている。お互い、数歩も踏み込めば地
面を掘り起こす迫力の持ち主だ。足跡など簡単には残るまい。だとすればあの抉れはたっ
た今、作られた代物。銃撃をしっかり浴びせるためには銃を押さえる足下がぐらついては
いけない。なのに巨象の後ろ足は、じりじりと動いた。
銃声が止み、硝煙が晴れた時、再びすり鉢内部に鐘が響いた。吹っ飛んだのは深紅の竜
だ。瞬く間に自らの五匹分程も離され、仰向けに倒れ込む。
竜が吹き飛ばされた原因を、巨象はいつまでも高々と振り上げておくわけにはいかなか
った。左の後ろ足は地面と垂直にまで伸び、重い後ろ蹴りとなって竜を襲ったのだ。成果
は上々、だがこれしきで倒せる相手でもない。すぐさま後ろ足を地につき方向転換。
猛然と間合い詰め、覆い被さり、そして三本の触手を伸ばし。大の字に横たわる深紅の
竜を絡め取り、引き上げ。竜は四肢にも翼や鶏冠にも力はない。かくて竜は巨象に腹部よ
り密着され、抱え上げられた。そのまま締め上げるのか。
「その程度では倒せぬな」
美少女はいつの間にか、ソファーに胡座を掻いていた。スクリーンを睨みつつ頬杖つき、
その実姿勢は中々一定しない。端から見ている白衣の男は苦笑を禁じ得ず我慢に一苦労。
「次の一手がある」
巨象のヒダが、再び揺れ始めた。小刻みに揺れていたものが、徐々にしなやかに。いつ
の間にか溢れ出る光の粒。ヒダの表面で粒同士が重なり合い、やがて眩しき壁になると、
徐々にヒダが内側へと目前の竜を抱え込むように折れ曲がっていく。
Eシールドだ。それも二枚。鉄壁の防御陣が竜の左右に着々と近付いていく。目映い光
量、そして竜の身長に匹敵する巨大さ。押さえ込まれれば竜はどうなってしまうのだろう。
この一部始終を眺めているにも関わらず、この場には余裕の表情で眺めている者が少な
くとも二名、いる。女教師は片手で頬杖ついたまま呟いた。
「ギル、よく受け切ったわね。そして、見抜いた」
声に応じ、少年は頭を掻いた。竜の胴体は地面と垂直になっているためコクピット内は
九十度倒れ込んでいる。汗に濡れた彼のボサ髪も真後ろに伸びっ放し。時折、痺れたのか
両腕をブラブラとさせながらも返事は明快だ。
「隠さなければいけない武器だから、すごく強い。
けれど隙があるのは間違いないと思いました」
「ご名答。一気に決めなさい」
巨象は触手を引っ込めた。よもや自らが放つ光の壁で自分自身の身体を損傷するわけに
はいかない。……だが、それが少年主従にとって反撃の合図になるとは巨象とその主従も
想像だにしなかっただろう。
竜の背より弾けた蒼炎。祭り花火の閃光となって大空へと飛び立つ頃には、光の壁が貝
の蓋のように重なり合い、激しい放電を繰り広げていた。間一髪。だが少年主従は至極、
余裕。
「ブレイカー、ありがとう。
摺り足の跡を見つけて、銃撃の次に蹴りが来るとわかったんだ。
おかげで翼二枚掛かりで防ぐことができた」
そう、少年は巨象の足下にできた抉れを見て、この相手が力を溜め込んでいることに気
付いたのだ。だから後ろ蹴りの追撃には刃を合わせるのではなく二枚の翼でしっかりと受
け止めた。吹き飛ばされてあたかも失神したように見えたのは彼らしからぬ、演技だ。し
かし、演技は必然だった。相手の手の内を探り切るためにも。
果たして巨象は、わざわざ倒れた竜を引き上げた上でEシールドによる圧殺を選んだ。
この瞬間にまでヒダによる技を使わなかったことから見て、抜け道があるのは明白だ。そ
れは例えば……!
深紅の竜は上空高くで翼広げた。後は自由落下の勢いを翼で上手く殺しつつ、狙いを定
めるだけ。
少年は、吠えた。相棒も倣う。
「ブレイカー、魔装剣!」
すり鉢の下では轟音鳴り響き、縁にいる者達を圧倒させた。しかし只一人、女教師はそ
のしなやかな身体をビークルの座席に腰掛け、エンジンを吹かす。……あの轟音は、深紅
の竜が深緑の巨像に馬乗りとなった証。水の軍団やドクター・ビヨーの刺客ならいざ知ら
ず、ゾイドバトルの試合でこの場をひっくり返す猛者は中々おるまい。五秒待ち、少年が
雄叫びを上げて試合終了となればすり鉢の下へも自由に降りられるのだ。真っ先に降り立
ち、祝福してやらねばなるまい。そうしてやれるのは彼女しかいないのだから。
「あ、あ、あの女ぁーー!」
美少女は白い柔肌を溶岩のごとく真っ赤にさせた。すっかり憤った表情を見て、白衣の
男は透かさず手にしていたノート大の端末を弄り(開いていたデータを保存したに違いな
い)、畳み込んで懐に抱えた。美少女の怒髪天は今にもスクリーンに物を投げ込みかねな
い勢いだ。
「『B』よ、落ち着いて、落ち着いて下さい。ギルガメスが復活して何がいけないという
のですか」
銀の瞳が放つ視線の矢。白衣の男は震え上がった。
「ギルガメスは良い。見ただけで欲情する。だがエステルの唾がついている!」
スクリーンの向こうでは、うつ伏せになる深紅の竜が映し出された。中から降り立った
少年は、よもや女教師からハイタッチを合わせられるとは思いもよらず、目を丸く、しか
し感激さえしていた。彼女がサングラスを外すと穏やかな蒼き輝きが露になる。今、こん
な優しげな表情を見せる相手はきっと目前の少年只一人なのだ。
それを横目でちらり見た美少女はふわり、飛び跳ねた。ガラス製のテーブルを飛び越え
るや、鮮やかな飛び蹴りがスクリーンに命中。薄く作られたスクリーンはひっくり返り、
電源が落ちた。
その音で、足下で居眠りしていた銀色の四肢はゆるりと首をもたげる。不自然な音はき
っと主人の怒りが原因に他ならないから。
白衣の男はすっかり困惑していたが、顔を押さえた指の隙間では瞳の濁りがぐらりと淀
んでもいた。スクリーン自体の破損が気にならないかと言えば「大いに」嘘があるが、そ
れ以上に美少女をここまで怒らせるのは何故か、興味を持ったのも事実だ。
「……もしマンモスが別の攻撃を仕掛けてきたらどうするつもりだったの?」
こんなにも上機嫌な女教師を、少年は初めて見た。
屋外には簡素なテーブルが並べられ、師弟は横並びに着席。師は左、弟は右だ。着々と
料理が並べられていくのを目の当たりにしながらの会話。包み込む夜の帳を篝火が引き裂
く。深紅の竜は傍らで首と尻尾を丸め込み、すっかりおとなしくなっている。
タリフドに来てからというものの、しばしば地域の名家に呼ばれるようになった。若き
強豪チーム・ギルガメスの名は少しずつ、だが確実に名声を獲得していたのだ。元々は内
気なギルではあったが、チームの食料事情もある(一番食べるのは彼だ!)。それに人と
の出会いがもたらす転機を少年は十分理解しているつもりだ。だから彼は拒まない。
彼は少考。ブレザーに着替え真一文字に口結んで考える様は今までになく大人びている。
「踏まれそうになったら、足を掴んで手繰り寄るつもりでした。
銃撃はないと思いました」
途端に女教師は難しい顔をし始めた。腕を組み熟考を開始したのを見て、少年は又何か、
まずいことを言ったかと渋い顔をした。
「『ない』と言い切るのはよしなさいね。銃撃の圧力も相当だったわ。もし貴方の狙いが
悟られていたら遠間合いから銃撃に転じていたかもしれない……」
そういうことか。少年は頭を掻いた。彼女との特訓は着々と成果を上げ始めているが、
肝心なところはまだまだ両者に開きがある。
話しを続けているところに、向こうから数名の年寄りが近付いてきた。落ち着いた雰囲
気の民族衣装は彼らなりの礼節なのだろう(共通して、ヘリック共和国のシンボルカラー
でもある青と白を使わない)。早速立ち上がり、深々とお辞儀する師弟。深紅の竜は首だ
けを伸ばし、尻尾の先端を横に振って愛想を振りまく。
「本日はお誘い下さいまして、誠にありがとうございます」
女教師が朗々たる調子で返礼すれば、年寄り達も深々とお辞儀を返した。
「いやいやこちらこそ、試合の後のお誘いでご迷惑をおかけしました。
ごゆっくり、お楽しみ下さい」
かくして淡々と、宴席は進行していく。正直、こういう場に出るのを拒みはしないが苦
手を克服したとはいえない少年だ。適当に頷きを返すに留め、話しの主役が女教師中心と
なるのは致し方ない。
宴席もたけなわとなったところで、彼女はある話題について、どこで切り出そうか考え
ていた。或いは、相手から切り出してくれても良かった。
「……ではエステルさん、次はどちらに向かう予定ですか?」
好機だ。
「とにかく東へと進んでみたいと思っております」
少年は成る程と思った。東へ突っ切れば、いずれデルダロス海へと出られる。海路を渡
れば、中央大陸に渡るという選択肢も生まれてこよう。きっと別の世界が開けてくる。
ところが彼女のたった一言を耳にし、年寄り達は途端に顔を見合わせ始めた。心持ち、
厳しげな表情だ。別の年寄りが口を開く。
「お嬢さん、そのまま真っ直ぐ進むのはいくら貴方達でも無理じゃよ。
なんせ、東には『忘れられた村』があるのでな……」
「『忘れられた、村?』」
今度は師弟が顔を見合わせる番だ。反応を見て、年寄り達は師弟の認識不足をすぐに理
解した。
「エステルさん、貴方ならわかるじゃろう。『忘れられた村』はレアヘルツで覆われた山
と山との間にある。ゾイドなど到底通れっこない」
だがそうなると、この「忘れられた村」の名称はおかしい。
「ゾイドが通れない地域なのに、村があるのですか?」
するとその場を、急に重苦しい空気が流れ始めたのだ。年寄り達は皆、話し辛そうで伏
し目がち。女教師はその反応で状況を把握した。どうやら禁忌の類いに触れたらしい。早
速立ち上がって、深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんでした。失礼な言葉がありましたらお許し下さい」
彼女の右に座っていた少年も慌てて立ち上がり、拙いながら礼を尽くさんとする。尽く
しながら、彼は改めて己が憧れる女性の懐を見た思いだ。
年寄り達もこれには恐縮したようで、両手を掲げてまあまあと二人を宥めた。
「いやいや儂達も、大人げない態度で申し訳なんだ。貴方達は遠方からのお客さんなのだ
から、知らなくて当然じゃ」
「只、深入りはなさらぬ方が良いかと思いますぞ。
エステルさん、貴方のおっしゃる通り、人は住んでおるのです。しかしの、あそこには
流れ者ばかりが集まっておる」
「それだけならまだ良いのじゃろう、ここも似たようなものですからの。けれど、あそこ
の村人達は皆一様に、儂達外界の者の前では必ずベールを被り、決して顔を見せようとは
しないのですじゃ。
何か、何か大事なことを隠すために外とのつながりを完全に断とうとしておる……」
「先生は、どう思いました?」
キャンプへの帰途につく最中、少年はふと尋ねた。
全方位スクリーンの左方には丁度人の顔より大きい位にウインドウが広がっている。そ
の向こうで女教師は心持ち、うつむいたままだ。
翼を広げ悠然と滑空する深紅の竜。その掌の上、ビークルに彼女は着席し、腕を組み。
やがて重々しく口を開く。
「……ベールは刻印を隠しているのかもしれないわね」
少年は押し黙った。やはりという表情だ。……少年の額に輝く刻印は、ちょっとしたパ
フォーマンスとして受けいられてはいる。しかし全ての人がああいうものを受け入れる筈
がないことは承知していた。かつて彼と戦った若者アルンの例を挙げるまでもない(第十
三話・十四話参照)。彼は刻印を知られるのを忌避して常に手ぬぐいを被っていたのだ。
女教師はコントロールパネルに埋め込まれたモニター上より、愛弟子の様子を伺う。返
答に窮するのは想像がついていた。
「ギル、行きましょう。よくよく考えてみれば、全ては貴方の額に刻印が宿ってから始ま
ったこと。
人造刻印のヒムニーザも刻印が勝手に発動したアルン君も、あの『封印プログラム』だ
って貴方の行く道を封じるように現れてきた。今更避けて通るわけにはいかないわ。
きっと『忘れられた村』に全てを知る手掛かりがある。貴方に掛けられた秘密を解く鍵
が……」
切れ長の蒼き瞳はスクリーンの向こうからじっと凝視していた。真摯な眼差し。時に心
臓が凍てつく程厳しいけれど、常に変わらぬこの眼差しだからこそ彼女を信じてきたのだ。
だから少年も、頷くだけで十分だ。
「勿論、です」
深紅の竜は滑空を続ける。もう数百メートルも進めば山道に辿り着く。キャンプへの近
道、そして次の行く先への道は近いか遠いかわからないが、他に考慮すべき要素は見当た
らなかった。
二人と竜をじっと見つめるのは双児の月のみ。ささやかな虫の鳴き声が彩る静けさ。
見つめていたのは月だけではなかった。
別の山からすっくと立ち上がっていた白色の二足竜。曇りがかった頭部キャノピーの裏
側では竜達の動きが完全に捉えられていた。
「見つけたぞ、チーム・ギルガメス……!」
功夫服の男はコクピット内で右腕を水平に構えた。
「惑星Ziの、平和のために!」
軽い跳躍の後、鮮やかに斜面を滑る二足竜。拳聖パイロンと炎掌竜アロザウラー「オロ
チ」のコンビがこの後すぐに追撃に転じるかはわからない。しかし、これだけは言える筈
だ。チーム・ギルガメスが留まることは決して許されないのだ……!
(了)
【次回予告】
「ギルガメスは秘密を探る前に、追っ手を振りほどかなければならない。
気をつけろ、ギル! 外道の獅子は増殖する。
次回、魔装竜外伝第十八話『剣の獅子達対チーム・ギルガメス』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第十七話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)前スレ278-287 (第二章)前スレ289-298 (第三章)3-14 (第四章)16-27
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『砂漠の国の激闘』 蟻地獄獣王アントライガー 登場
キングを乗せたレイノスは広大な砂漠の上空を飛んでいた。
「あらら…トモエの奴を追ってたら砂漠に来ちまったな〜…。こんな所で砂嵐とかに
巻き込まれたら大変だし…ここは早い所飛び越した方が良いな。」
そうやってキングはレイノスの速度を上げようとした時、レーダーが真下からの反応を
キャッチしていた。
「ん!? 真下に反応!? しかも何だこの大きさ! 元の姿に戻った時の俺と同じ位
デカイんじゃねーか!? 一体何が!?」
キングはレイノスのキャノピーに顔を近付け、真下を覗き込もうとした時だった。
突如砂漠の中から巨大なクワガタの牙を思わせる何かが砂を吹飛ばしながら現れたのだ。
「うわ!」
そのクワガタの牙を思わせる鋭い刃物のごときそれは、物凄い勢いでレイノスの脚目掛け
挟み込んで来た。キングは慌ててレイノスを上昇させて難を逃れたが…あんな物をまとも
に食らえばレイノスの脚は瞬く間に持っていかれていたはずだ。
「な…何だ今のは…。ダブルソーダーのそれより遥かにでかいぞ…。こ…この砂漠は
早い所去った方が良いな。さっきのみたいなのがいるんじゃ…。」
キングは少し肝を冷やしつつ、レイノスを飛ばして砂漠から脱しようとした。
それから一時レイノスを飛ばしていると、進行方向上に巨大なオアシスを中心にした
国らしい物があるのを発見した。
「お、オアシスか〜。そこで一休みするのも有りだな。」
レイノスも長い事飛んでいた故、休息も必要。だからこそ、自分自身の休息も兼ねて
そのオアシスへ向けて飛ばしたのであるが…。
キングはオアシスの近くにレイノスを降下させた後、外に出てオアシスの水を少し
飲んだ。砂漠のど真ん中の水とは思えない実にさらっとした美味な水だった。
「お! こりゃ中々良い水じゃないか。この国の連中がここを中心にして住んでるって
のも分かるわけだ。この水はもっと汲ませてもらおう。」
キングはレイノスの機内に装備させている貯水タンクにオアシスの水を補給させよう
としていたのだが…そんな時、突然この国の兵士っぽいのが数人背後から現れた。
「旅のお方…突然の事で申し訳ありませんが…我が城へ来ていただけませんか?」
「何だおっさん達。オアシスの水を貰うにはおたく等の国の許可がいるってか?」
「いえ…そこは大して問題ではありません。しかし…我が女王陛下が貴方様の助けを
必要としているのです。」
「何だと…。一国の女王が俺なんかに一体何の用が…。」
キングは解せない気持ちを持ちながらも…兵達に連れられる形でこの国の城へ向かった。
「へ〜…名も知られて無い小国と言うわりには良く出来た城じゃないか。」
城へ到着したキングは立派な作りの城に少し感心していた。この国の城は金属分を大量に
含んだ頑丈な自然石を綺麗に削り出した物を積み上げ、組み上げて作ったピラミッド状の
物だった。ピラミッドと言えば、銀河の彼方にある地球と言う星においては王の墓と
されているが、この国では王の住居であり、城として使われている様子らしかった。
現に内装は、地球製ピラミッドとは違い、人が住む事を想定した作りになっている。
「ん? 何かさっきまでいた兵隊とかが急にいなくなったぞ。何処へ行った?」
城の作りに感心していた隙に先程までキングの周囲にいた兵隊やその他城に勤めている
家臣等も姿を消し、キング一人きりにされてしまった。
「おいおい…こんなだだっ広い部屋の中に一人きりにすんなよ…何か出そうじゃねーか。」
流石の彼もこれには心細くならざるを得ないが…そこで突然一人の長身の女性が現れた。
砂漠の国に住んでいる者とは思えない色白でスレンダーで、それでいて露出度は高くとも
上品な印象を持たせる様な服装に身を包んだ美女である。
「突然ここまでお呼びして申し訳ありません…。私はこのエジプタル王国の女王…クレオ
と申します。」
「あ…ども…自分はキングって言います。」
何故か思わずキングも女王クレオに対して頭を下げながら自己紹介していたが…そこで
突然クレオがキングの前で跪いたでは無いか!
「お願いします! キング様! 貴方のお力で…エジプタル王国を救って下さい!」
「お! おいおい! 女王様がいきなり旅人に土下座すんなよ! 何があったんだ!?」
キングは戸惑いながらも女王クレオを起こしつつ話を聞こうとし、そして女王クレオは
今にも泣きそうな表情で話し始めた。
「エジプタル王国は周囲を砂漠に囲まれた小国でありながら、この尽きる事を知らない
オアシスのおかげで栄え、豊かで平和な国だったのです。ですが…あのアントライガーの
せいで…。」
「アントライガー? どっかの国が作った新型のライガー系ゾイドか? 近頃は何処も
かしこもライガーライガーなご時世だもんな〜。」
初めて聞く“アントライガー”と言う単語が解せないキングはそう訪ねるが、女王クレオ
は首を左右に振った。
「いえ…アントライガーとは我がエジプタル王国に大昔から伝わる伝説の魔獣王…のはず
だったのです! ただの伝説上の存在に過ぎなかったはずなのに……この最近になって
突如その伝説に伝わる通りの怪物が…アントライガーが現れる様になったのです!
おかげでそれまで我が国にやって来て商いをやっていた行商達も寄り付かなくなり…
我が国は物資不足に陥ってしまいました! お願いで御座います! 貴方の…貴方様の
お力をどうか我々にお貸し下さい!」
女王クレオは目から大量の涙を流しながらキングの手を掴んでいた。
「その言い方…まさか…俺の正体を知っているのか…?」
「ああ…それはわらわが教えたんじゃ!」
「あ! トモエ!」
そこで突然現れたは、キングを弄んで楽しむ悪い魔女“トモエ=ユノーラ”どうやら
キングが城まで案内された事も、女王と謁見出来た事も全ては彼女の口添えの様だ。
「もしかして…俺の正体に付いて…教えたのか?」
「勿論じゃ。」
「良く信じてもらえたな〜!」
キングとしては自分の正体が知られた事よりも、女王クレオがそれを信じた事の方が
遥かに驚きだった。何しろこ世界における一般常識を全て否定しかねない程の明らかに
非科学的な事なのだから。
「ですが…ビースとカントーリにそれぞれ出現した未確認巨大生物を退治したのは
貴方だとか…。お願いします! お礼は好きなだけします! ですから…その力で
このエジプタル王国を救って下さい!」
女王クレオは再び跪き哀願するが…キングは彼女を見下ろし…言った。
「一つ聞くが…この国の戦力でそのアントライガーとやらに立ち向かおうとしたのか?」
「そ…それは…。」
「しなかったのか? この国にもある程度の防衛力はあるだろうに…それでそのアント
ライガーとやらに立ち向かおうとはしなかったのだな?」
「………………。」
女王クレオは何も言わなかった。いや…言えなかったと言うのが正しいだろう。それを
悟ったキングの表情は途端に厳しくなる。
「そうか…ならダメだ!」
「おいお主! この国が大変だと言うのに何じゃその言い草は! ちゃんとお礼も出ると
言っとるのに手を貸さんと言うのか!?」
キングの発言にトモエは思わず自分からキングに掴みかかろうとするが、逆にキングに
叩き払われてしまった。
「痛!」
「黙れ! 何時もお前の言いなりになると思うなよ!? それに女王様とやら!
仮にここで俺がちょっと本気出してアントライガーとやらを倒したとしても…次また
似た様な事が起こった時どうする?」
「!」
「その時には多分俺はもうこの国から遠く離れてて助けを頼む事は出来んぞ! そうだ!
今度はお前等が自力で国を守らなきゃいけないんだ! 自分の身を自分で守れない奴に
一国の国を治める資格など無いぞ!!」
そう言い放つと共に…キングはその場から立ち去り…女王クレオは愚か、普段キングを
弄びあざ笑っていたトモエさえも呆然と立ち尽くすのみだった。
「…………。」
キングが城から離れて一時…女王クレオは一人考え込んでいた。
「済まんのう…奴は何時もならわらわの言う事聞いてくれるんじゃが…。」
何時も他人を見下した態度を取る事の多いトモエも申し訳無さそうに謝るが…
「いいえ…貴女のせいではありません。それに…もしかしたら彼の言う通りなのかも
しれないのです。私達は…自力で自分達の身を守ろうとする意思を欠如していたのかも
しれません。ならば…。」
と、その時…それは起こった。突然凄い音と共に城の床がグラリと揺れたのだ。
そして城の衛兵の一人が慌てて走りこんで来た。
「女王様! 奴です! アントライガーが出現しました!」
「何ですって!?」
“蟻地獄獣王アントライガー”
それはまさに機械の怪獣…機怪獣だった。全身に甲虫のごとき分厚い甲羅を持ち、特に
頭部側面にはクワガタムシを思わせる巨大な鋭い牙が伸びている巨大なライオン型ゾイド。
それは砂漠の砂中を掘り進む力を持ち、頭部のクワガタのごとき牙で全てを挟み潰し、
喰らい潰す恐るべき化物だった。そして…それまでエジプタル王国周辺の砂漠で主に行動
していたアントライガーは…ついにエジプタル王国を直接攻撃して来たのである。
「あ〜…さっき俺っちのレイノスを襲った奴はアントライガーの事だったんか〜。」
エジプタル王国にある建物を次々破壊しながら王城へ迫るアントライガーの姿をやや
離れた位置から眺めるキングは他人事の様にそう言い放っていた。
アントライガーの力は圧倒的だった。その巨体でエジプタル王国の建造物を容易く砕き
崩して行き、人々は成す術無く逃げ回る…かに見えた。突如として王城付近から放たれた
砲弾が数発…アントライガーへ直撃していたのだ。そして、王城からガイサックや
ステルスバイパー、ウネンラギアを砂漠戦に適して作り直したトカゲ型ゾイド・“デザート
リザード”等々の…砂漠戦用ゾイドの軍団。エジプタル王国軍が姿を現したのである。
「全軍に一斉攻撃命令! アントライガーの脅威から我が国を防衛せよ!」
女王クレオの凛々しい声が響き、エジプタル王国軍はアントライガーへの攻撃を開始した。
その時の女王クレオの声はキングの前で涙していた彼女と同じ人物とは思えなかった。
エジプタル王国軍は全力を持ってアントライガーを迎え撃ったが…小型ゾイド中心の
編成であるが故にアントライガーの全身を覆う甲虫のごとき固い甲羅にはまるで
ビクともせず、逆に返り討ちにされて行くばかりであった。やはりエジプタル王国は
アントライガーによって滅ぼされてしまうのか…? と思われた…
「おうおう! 中々やるじゃねーか! 俺の一括が効いたってか!?」
例え分が悪かろうと、自国を守る為に命を懸けて戦うエジプタル王国の戦士達。
その生き様…死に様はキングの心を動かした。いや…彼はこれを待っていたのだ。
そしてキングは駆け出す。次の瞬間、彼の水色の頭髪の中に混じって唯一真紅に輝いて
逆立つアホ毛が炎の様に燃え上がる光を放ち…キングの全身を包み込んだ。
エジプタル王国軍はなおもアントライガーへ砲撃を続けていたが、やはり全身の甲羅を
破壊するに至らない。アントライガーへ纏わり付いて甲羅の隙間を攻撃しようとした
勇気あるガイサックもいたが…それさえ振り払われてしまった。やはりもうダメなのか…
そう思われた時…何か巨大な物がアントライガーの巨体を突き飛ばした。
『お前等の本気は見せてもらった! ここからは俺に任せろ!』
そこに現れたのは頭部に輝く真紅の角を持つ巨大な恐竜型ゾイド“キングゴジュラス”
そして、その口から放たれたのは紛れも無いキングの声。これがキングの本当の姿であり、
普段トモエにかけられた人間化の魔法を自力で何とか振り払う事によって、一定時間内
ならば本来の姿に戻る事が出来たのだ。
「こ…これが…彼の本当の姿…キング…ゴジュラス…。」
キングゴジュラスの姿を見た女王クレオは恐怖にも畏怖にも尊敬にも似た表情でそう
呟き…キングゴジュラスはアントライガーへ向かって行った。
『オラァ!! この蟻地獄野郎!! こうなった俺は他の連中程優しくは無いぞ!!』
キングゴジュラスはアントライガーへ体当たりを仕掛け、そのまま圧倒的パワーに物を
言わせ、エジプタル王国の外の砂漠まで押し出した。そしてアントライガーをうつ伏せの
形で倒した後で上に圧し掛かり、その背に己の鉄拳をお見舞いするのだが…その拳が
ビリビリと震えた。
『うっ! 硬ぇ! まるで特殊超合金だ!』
機械の怪獣…機怪獣はどれも通常兵器を寄せ付けない高い耐久性を当たり前に持っている。
キングゴジュラスを持って初めて対抗出来るのが現状なのだが…そのキングゴジュラスの
パワーと拳を持ってもビクともしない程…アントライガーの甲羅は強固だった。
『ならば連続攻撃だ!!』
キングゴジュラスはやたらめったらにアントライガーの甲羅目掛け拳を連続で叩き付けた。
超強度物質同士の激しい激突は周囲の砂を巻き上げる程の衝撃波を発生させる。これを
やると拳もかなり痛いが我慢した。しかし…そこで突然アントライガーが姿を消したのだ。
『奴が消えた! ち…違う! 砂の中に潜りやがった!』
アントライガーはただ装甲が分厚いだけのライオン型ゾイドでは無く、砂中を自由自在に
掘り進み動き回る事が出来た。そしてアントライガーを見失ったキングゴジュラスが
戸惑っている隙に、背後から勢い良く飛び出し、頭部側面のクワガタのそれを思わせる
鋭い牙でキングゴジュラスの腹部装甲を挟み込んだ。
『うぉ! 砂の中をまるで水中の魚みたいに動き回りやがって…ライオンのくせに…。』
キングゴジュラスは自身の腹部を挟み込むアントライガーのクワガタ状の牙を握り締め、
何とか引き離そうとするが、アントライガーの挟む力が強く引き剥がせ無い。逆にキング
ゴジュラスの絶対鉄壁のはずの装甲が悲鳴を上げる程だった。
「あの紅い角のゾイドがピンチじゃないか!」
「奴でもアントライガーには勝てないのか!?」
キングゴジュラスとアントライガーの激闘を見守るエジプタル王国の者達は口々にそう
言うが、彼らにはもはやバケモノ同士の戦いに割って入る度胸は無かった。
『何時までも挟んでんじゃねー!! 地味に痛ぇんだよ!!』
キングゴジュラスだってマゾじゃないんだから、痛いのは嫌だ。ついにアントライガーの
クワガタ挟み攻撃を強引に外し、勢い良く投げ飛ばした。
『続けてキングミサイル!!』
続けて宙を舞うアントライガー目掛け、自身の口腔部から発射したミサイルをニ、三発
撃ち込み、大爆発と共にアントライガーは背中から砂上に叩き付けられた。
『ケッ! まだ五体満足でいやがるか…ってゲゲェ!!』
突然アントライガーのいる場所を中心に砂が陥没を始め、まるで砂地獄のごとく全てを
飲み込み始めた。そう、それこそアントライガーが蟻地獄獣王と呼ばれる所以。蟻地獄の
ごとく、キングゴジュラスを砂中奥深くに飲み込んでしまうつもりであった。
『こらやべこらやべ! 流石の俺も空だけは飛べん!』
アントライガーの作り出した砂地獄に対し必死に抗うキングゴジュラスだが、どうにも
出来ずに徐々に沈んで行く。と、そうしている内にキングゴジュラス首下のライト部が
点滅を始めた。キングゴジュラスがトモエの魔法を振り切って元の姿に戻っていられる
時間の限界が近付きつつある事を示していたのである。
『くそ! こんな時に限界が!? 全く踏んだり蹴ったりだな!』
彼だって思わず愚痴を零したくなるが、あまり愚痴ばっかり言っても仕方が無い。
『砂に飲み込まれて終わるか…制限時間が来て終わるか…。だが俺はそのどちらかでも
無い!! アントライガー!! てめーを倒してから終わって見せるぜぇぇぇ!!』
直後、キングゴジュラスが自分から砂地獄の奥深く中心にいるアントライガー目掛け
飛び込んだ。これはもはや自殺行為にしか見えないが…
『食らえ!! スゥゥパァァガトリィィング!!』
飛び込みながら胸部の大型ガトリング砲“スーパーガトリング”を撃ちまくった。
照準など最初から付ける気も無い連撃であったが…下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。
さらにその連撃はアントライガーの分厚い甲羅の防御力限界を上回り………砂地獄の
中心部で大爆発を起こし、そこから巻き上げられた砂はエジプタル王国全域に
降り注ぐ程であった。
大量の砂煙にエジプタル王国の国民達は咳き込んでいたが…やっと視界が回復した時、
彼らが見たのは砂漠の彼方此方に四散したアントライガーの亡骸だった。
「アントライガーが…死んだ…。」
「こ…これでエジプタル王国は再び平和になる…。」
「あのゾイドは…あの紅い角のゾイドは…我が身を犠牲にしてエジプタル王国を守った
のじゃ…。せめて…せめて…彼に対して黙祷を捧げようでは無いか…。」
「それじゃあ…黙祷!」
王国の危機を救った英雄に対し、皆は涙ながらにささやかな黙祷を始めるが…
「こらこら! 勝手に殺すんじゃねーよ!」
そこで未だ残る爆煙の中からレイノスが飛び出しており、その足の爪にはキングが掴まり
ぶら下がっていた。
「私は信じていました。貴方は何だかんだ言いつつも助けてくれると。」
「けっ! しょうがねぇな! だが…次何かあった時は自力で何とかしろよ! トモエの
奴も結局何時の間にかどっか行っちまったし…俺ぁもう行くからな!?」
と、キングは何やらツンデレっぽい発言をしつつ、アントライガーを退治した恩賞として
女王クレオから金塊等を受け取った後、レイノスに乗り込み再び旅立ったそうな。
おしまい
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『奴等は星の世界からやって来た』
宇宙海賊ブルースター(地球)星人 バトルアーマー・スカルバイパー 登場
惑星Ziから遥か彼方、銀河中心を挟んで6万光年の先に“地球”と言う惑星があった。
その星に住んでいた人類・地球人は高度な科学力を有するも、星そのもの環境が限界に
達しつつある事を悟った彼等は外宇宙へ乗り出す事を決意し、幾多の移民船が宇宙各地へ
散った。そして、その中の移民船の内の一隻、“グローバリー三世号”が惑星Ziへ到達し、
彼らは自身が持っていた高度な科学力を惑星Zi人へ伝えた。それこそが現代において
一般的に使用されているゾイドの基礎とも言える物であり、地球人は惑星Ziにおいて
唯一公式的に存在が確認された異星人であった。
長い時の中、幾多の戦乱や自然災害等による資料の焼失等によって、地球人の存在や
彼らの伝えた技術の幾つかは何時しか惑星Ziの歴史において忘れ去られていったが…
その間にも地球は発展を続けていた。
事故によって惑星Ziに不時着せざるを得なかったグローバリー三世号を除き、宇宙各地
に散った地球の移民船群は宇宙各地で殖民惑星を開拓。間も無くしてそれら各惑星間での
ネットワークも構築し、本星である地球を中心とした巨大星間国家“ブルースター星間
連邦”を設立していた。惑星Ziにおいて幾多の戦乱や自然災害等…帝国だの共和国だの
ゾイテックだのズィーアームズだのディガルドだの討伐軍だのビースだのダイナスだの
大異変だの神々の怒りだの…その他モロモロによる戦争・平和・発展・滅亡・復興を繰り
返していた中、惑星Ziの及びもしない所で地球はさらに巨大な物となっていたのだ。
確かに地球においても、そこまで発展するまでには幾多の戦乱があった。宇宙と言う
生命の生存し難い環境に阻まれる事も度々あった。しかし彼等はくじけずに障害に挑戦
を続け、一つ一つ克服して行き、その結果として巨大星間国家“ブルースター星間連邦”
を建国するに至ったのである。
しかし、何処においてもはみ出し者の一つや二つはいるものだ。それは当然ブルースター
においても変わらない。“彼ら”は宇宙海賊として宇宙の海を巡り、ブルースター圏内の
各星々で略奪行為を繰り返して来た。“彼ら”はブルースターのお尋ね者だったのである。
そして“彼ら”は犯罪者に対する取り締まりの為に出動したブルースター正規軍の追撃を
振り切りつつ、略奪を繰り返しながら星々巡る中で、地球本星から6万光年の彼方に存在
した一つの星、我等の“惑星Zi”を発見するのであった。
“彼ら”の母船。地球製宇宙艦は惑星Ziの衛星軌道上に固定し、高精度カメラを持って
地表を調査している様だった。
「この様な星がまだあったとはな…。」
「データベースにありました。ブルースター星間連邦発足より遥か大昔…まだ宇宙移民
計画自体が始まったばかりの頃、移民船の一つが不時着した未開惑星との事です。当然
ブルースター星間連邦には加盟していません。と言うか、彼らの技術レベルからして
自分達が住む星以外にも生命がいる事すら認識していないでしょうな。」
「そうか。そんな原始人が相手なら特に策を弄せずとも物資の補給が出来るな。それで
いてこの星は金属分を多大に含んでいる様だ。もしかするならば他の星では手に入らない
レアメタルの類も多数存在するのかもしれない。よし! そうと分かれば全艦降下開始!
手頃な場所へ降りて物資補給を開始する!」
「了解!」
“彼ら”の艦は惑星Ziへの降下を開始した。宇宙海賊たる彼らの言う“補給”とは
“武力による略奪”の事を指す。“彼等”はそれまで自分達が他の星々で行って来た様に
惑星Ziにおいても略奪を繰り返そうとしていたのだ。
外宇宙からの侵略者に狙われている等知る由も無い惑星Ziの人々は、小規模な扮装や
小競り合いをしながらも概ね平和に暮らしていた。そして、その中の一つの都市の隅に
ある一軒のラーメン屋にキングとトモエの二人の姿があった。
「一体何を企んでいる?」
「いきなり何を言うんじゃ? そんな事より早く喰うが良い。」
味噌ラーメンを食べているトモエに対し、テーブルを挟んで向かい側に座るキングは
自身の正面に置かれたとんこつラーメンに手も付けずにトモエを睨み付けていた。
「何って! お前が自分から態々俺にラーメン奢るなんて何かまた変な事企んでる以外に
何かあると思うか!?」
「まあそう言わずに喰え。麺が延びるぞ。文句なら喰ってから聞いてやる。」
「くっ…。」
何だかんだ言いつつ、トモエに弱みを握られているキングはどうにも彼女に逆らえない。
不本意と思いながらもキングはとんこつラーメンを食べる事にした。
ラーメンの麺と具を全て食べ終わり、後はスープを飲み干すのにとなった所でキングは
再びトモエに訪ねた。
「で…お前が態々俺にラーメンを奢った理由は何だ? また何処かで“機怪獣”の類でも
出たりしたのか?」
“機怪獣”
一般的に機械化されたゾイドの事を“戦闘機械獣”と呼ぶが、それとはまた別系統の未知
の生命体を機械の怪獣…“機怪獣”と呼んだ。常識を超越している事がむしろ当たり前な
能力を持っている機怪獣は、少なくとも現時点においてはキングゴジュラスをもって唯一
対抗可能なまさに怪物だった。トモエがキングに自分からラーメンを奢って来たのは
その機怪獣退治をやらせようと言う魂胆なのでは? とキングは考えていたのだが…
「うんや。 そんなの何処にも出ておらんぞ。」
「はぁ?」
トモエの言葉にキングは首をかしげた。ならば何故態々ラーメンを奢ったのかと…
「じゃあ他に頼みたい事があるってか?」
「うんにゃ。別にそんな話は無い。」
「じゃあ何でラーメン奢ったんだよ!」
「わらわがお主にラーメンを奢っては悪いか?」
「…………。」
どうにもトモエの考えが読めないキングは一時黙り込むしか無いが、その後で再度問う。
「だってお前の性格からしてこういう事をするのは絶対裏があるとしか思えんから…。」
「まったく…わらわも見くびられたものだのう…。わらわだって時にはお主に何か
してやりたくなる事だってあるわ。言うなればお主への愛故じゃ…。」
そう言って、明らかに彼女らしくない優しい微笑を向けるトモエに対し、キングは悪寒が
感じ、真っ青になった。
「こら…寒気がする様な事言うな…。大体お前の言う事は信用出来ねっつの。」
「なら何で寒気を感じるんじゃ? 冗談と分かってるならそうなる必要はあるまい?」
トモエの発言が本気か冗談かは別として、概ね街は平和だった。しかし…
トモエは本当にラーメンを奢ってくれた様で、キングの分も代金を支払ってくれた。
そうして二人で店から出た直後にそれは起こった。
「うあー! みんな空を見ろー!」
「何だあれはー!」
突然街を歩いていた通行人達が揃って空を指差し、大騒ぎを始めたのだ。
「ん? 何だ? 何が起こった?」
「まったく食事も終わったばかりだと言うのに何が起こったと言うのじゃ…。」
トモエは愚痴を言いながらもキングと共に上を見上げるのだが…
「うわぁ! 何じゃあれは!?」
何時も他人を見下してる様にさえ思える様な余裕満々の笑みを絶やさないはずのトモエが
今度ばかりは本気でビビッていた。何故ならば…街の上空に明らかに見覚えの無い巨大な
艦が浮遊していたからだ。全長数百メートル…と言うか明らかにキロメートルさえ超えて
いそうな程巨大で、全体が鏡面の様にツルツルした金属に覆われた巨大戦艦である。
「何だありゃぁ!? ホエールキングよりデカイじゃねーか!」
「わらわはこれでも世界中の軍隊の装備について把握してるつもりじゃが…あんな
タイプは見た事が無いぞよ! と言うか…設計思想が違い過ぎる!」
「まさか巨大戦艦型の機怪獣とか!? それなら何かありそうじゃね!? 以前も
ビースでブロックスの塊みたいな機怪獣が出た事もあったんだし!」
「う〜む…機怪獣ともまた違う様な気がするのじゃが…。」
キングとトモエの二人がそういうやりとりを行っている中も、巨大艦は街の真上を
我が物顔で浮遊しており、街の人々は呆然と巨大艦を眺める者やパニックを起こして
逃げ出す者等様々な反応を見せていた。しかし彼らは知らなかった。この巨大艦こそ、
今まさに惑星Ziをその毒牙にかけんとしている宇宙海賊ブルースター(地球)星人の
艦であった事を…
「あ! 見ろ! 何か出て来るぞ!」
巨大戦艦の口が開き、その中から何かが現れる。それは大型ゾイド並の体躯を持ち、
なおかつカーキ色の鉄兜・軍服・ライフル・アーミーナイフ等を装備した一般的に
持たれている戦闘歩兵のイメージをそのまま機械化させた様な…人型機動兵器だった。
“バトルアーマー・スカルバイパー”
惑星Ziにおいて戦闘機械獣ゾイドが戦闘から作業まで様々な分野で活用されている様に、
ブルースター圏においては“バトルアーマー”と言う人型機動兵器が一般的に使用されて
いた。その内の一機種“スカルバイパー”は戦闘歩兵をイメージさせるデザインと、その
バランスの良さで正規軍から“彼ら”の様な宇宙海賊まで様々な場所で広く使われていた。
「うわー! こっちに降りて来るぞー!」
五機のスカルバイパーで構成される一小隊が群集のど真ん中へ降下して来た。当然人々は
慌てて散り散りになって逃げ出した。だが、それだけでは無い。今度は全身にパワード
スーツの様な物を装着した歩兵隊も降り立っていたのだ。
そして…殺戮と略奪が始まった。スカルバイパーが周囲の建造物を叩き壊し、潰し、
歩兵隊が携帯していた光線銃で街の人々を撃ち殺しながら各商店等へ突撃し、食料品等を
初めとする各物資の強奪を行っていた。
“彼ら”は同じブルースター(地球)星人同士でも構わず殺戮と略奪を行える者達だ。
それ故“彼ら”にとって惑星Zi人は土人以下、虫ケラも同然であり、例え何をしよう
とも罪悪感の欠片も感じないのであろう。
「うわぁ! 何だあいつ等の持ってる銃! 一発で人が骨だけになりやがった!」
「普通、光学兵器と言えば精々照射面を焼き切る事しか出来ないと言うのに…
あそこまで可能な程小型高性能化させられる技術は一体何処から…。」
キングとトモエは物陰に隠れて事のあらましを見ていたのだが…“彼ら”の得体の知れ
なさに呆然とするのみだった。しかし技術と歴史のリセットを繰り返し、技術発達が
停滞がちになっている惑星Ziと違い、地球…ブルースター圏は発展を続けていた。
惑星Ziでは不可能とされる技術も彼らにとっては出来て当たり前と言う程にまで技術
水準に差がありすぎた。実際…惑星Zi人に近代技術を授けたのは地球人に他ならない。
こうしている間も“彼ら”は街の人々を無差別に殺害し、物資の略奪を行っていた。
街の人々は成す術無く逃げ回り、撃ち殺されるしか無い。“彼ら”の持つ光線銃を受けた
人間は忽ち全身の肉が削げ、吹き飛び、骨だけにされてしまうのだ。まるでSF映画の
様な光景である。そう、その昔地球人と言う異星人によって技術を授けられたと言う
事実がすっかり忘れ去られて現代の惑星Zi人にとって、宇宙人が攻めて来る等SFだけ
の事だった。しかし、今それがまさに現実の物となったのだ。
「こりゃ不味いのう…んじゃわらわはもう帰る。お主も死なない様に頑張るんじゃぞ?」
「あ! こら待て! 俺を置いて行くなよ!」
この状況に命の危機を悟ってか、トモエは魔術的にワープの類を使って一人何処かへ
転移してしまった。無論キングを置いてである。ラーメンを奢ってくれたくせに、
こう言う時は置いて行く辺り、やはりトモエも何を考えているか分からない存在と言えた。
「畜生…ついでに俺も連れてってくれりゃ良いのに…心細いな〜まったく…。」
と、キングも愚痴の一つや二つ言いたくもなるが…その時だった。ついに“彼ら”に捕捉
されてしまったのだ。
「うわ! やべぇ!」
間髪入れずに光線銃で狙って来た“彼ら”の歩兵隊に、思わずキングは横に跳んで
逃げ出した。街の人々を無差別に襲っている“彼ら”は勿論キングに対しても平等に襲う。
それ故にキングは逃げ出すしかない。今の状態で彼らの光線銃を食らっては一溜まりも
無いからだ。
「くそっ! この野郎が!」
キングは護身用に携帯していた拳銃を取り出し、“彼ら”の歩兵隊へ向けてぶっ放した。
しかし…“彼ら”が装着しているパワードスーツは銃弾さえ弾き返すのだ!
「うわぁ! こっちの銃が効かないなんて不公平だぜ!」
これはもう逃げる他は無い。その間も彼らは容赦無く光線銃を撃ちまくり、周囲にいた
他の人々が巻き添えになって殺されて行く。まさに絶対絶命。
このまま“彼ら”の殺戮と略奪が続くと思われたが…そこでやっと軍隊が出動して来た。
シールドライガーやコマンドウルフを中心に編成された、最近ありがちな猛獣部隊が
バトルアーマー・スカルバイパーへ、歩兵隊が“彼ら”のバワードスーツ兵へ向けて
攻撃を開始するが…まるで歯が立っていなかった。
機動性を生かしてスカルバイパー小隊へ接近戦を挑むシールドライガーやコマンドウルフ
だが、至近距離でライフルを撃ち込まれ、ナイフで切り裂かれ、次々と崩し落とされた。
歩兵隊に関してもやはり銃弾がパワードスーツに弾き返され、光線銃で次々と骨にされて
行くしか無かった。
ここでもブルースター(地球)星人と惑星Zi人の技術水準の差が露となった。“彼ら”の
バトルアーマーは単なる人型の機動兵器でありながら、まるで生物の様な柔軟で滑らかな
動きが可能であり、装甲も武装も馬力も並のゾイドの非では無かった。無論歩兵の装備に
関しても同様であり、これが発展と衰退を繰り返した惑星Ziと、止まらず発展を続けた
ブルースター(地球)の絶望的とも言える技術差であった。
「まったく…どいつもこいつも…まるで役に立たねーじゃねーか! まあ相手は未知な
連中だから既存の戦術が通用しなくて苦戦ってのは仕方ないだろうけど…。」
次々と倒されて行く正規軍にキングは歯がゆさを感じていた。せめて民間人が非難する
までの時間稼ぎ位はしてくれても良いのだが…それさえ出来ない程の圧倒的戦力差が
あったのである。
こうなってしまえば再びキングが狙われるのは目に見えている。しかし…こうまでされて
黙っていられるキングでは無かった。
「くそ! 結局俺が尻拭いせにゃならんのか! ったくしょうがねぇなぁ!!」
キングは逃げず、逆にスカルバイパー隊へ向かって駆け出した。そして頭部に逆立つ真紅
のアホ毛が炎の様に燃え上がり、そこから発せられる真紅の輝きが彼の全身を包み込んで
行き…キングゴジュラスへと姿を変えた。
“キングゴジュラス”
これが彼の真の姿。普段はトモエの魔法によって人間の男の娘(誤植では無く仕様)に
姿を変えられてしまっているが、トモエの作為的な物なのか一定時間内ならば自力で
魔法を振り払って元の姿に戻る事が出来たのだ。
『オラァ!! こうなった俺は他の連中程優しくは無いぞ!!』
キングゴジュラスはアスファルトの地面を抉りながら駆け出した。彼自身が言った通り、
こうなった彼は優しくは無い。地面に大穴を空けようが、行く先に市民や正規軍の歩兵が
いようがお構い無しで突き進む。目標は一番手近な位置にいたスカルバイパーである!
『オラァ!! キィングナックル!!』
次の瞬間、キングゴジュラスの咆哮と共に巨大な拳がスカルバイパーの分厚い胸部装甲を
撃ち貫き…その直後、機体内部に流し込まれた高エネルギーによってスカルバイパーの
一機が内部から破裂…四散していた。通常キングゴジュラスの腕部攻撃はビッグクローと
呼ばれる巨大な爪によって引き裂く攻撃となっているが、今の彼は違った。トモエの魔法
で人間にされた事によって拳を使った戦いをせざるを得なくなった影響で、こうして
キングゴジュラスに戻ってもついつい拳を使った攻撃をしてしまう様になってしまった。
キングゴジュラスの登場に街の一般市民、正規軍、そして彼らにとって未知の敵である
“彼ら”ブルースター(地球)星人はそれぞれ浮き足立った。しかしキングゴジュラスは
お構い無しだ。続けて別のスカルバイパーへ突撃する。無論、残存する四機のスカル
バイパーは揃って右腕に持つライフルをキングゴジュラスへと発砲して行くが…
キングゴジュラスの装甲も常識を遥かに超越しており、まるで通じるはずも無い。
『てめぇ!! こそばゆいんだよぉ!!』
キングゴジュラスの重厚な外見と乱暴な言葉遣いとは対照的に声色は男の娘(誤植では
無く仕様)らしい女性的な物なのがどうにもシュールさをかもし出すが、強さには一切
影響は無い。再びキングゴジュラスの巨大な拳がスカルバイパーの胸板を貫き…その後
さらにスカルバイパーを貫いたまま別のスカルバイパーに拳を打ち込み、四散させた。
『残るは二機だけだぁ!!』
餓えた獣のごとき目のキングゴジュラスに臆してか…残存する二機のスカルバイパーの内、
一機はやや後退してライフルを構え、もう二機はキングゴジュラスの背後に回り込み
格闘戦用のナイフを構えていた。
『お! 前後から挟み撃ちと来たか?』
恐らく“彼ら”は惑星Ziにおいて自分達に対抗しうる力を持った者がいるとは夢にも
思わなかったであろう。だからこそ友軍機をわずかな時間で三機も失ったスカルバイパー
二機のパイロットの緊張が機体を通して伝わって来る程だった。もはやこうなっては
キングゴジュラスの方が完全にヒールだ。いや、この戦いに正義も悪も無いのだろう。
片や惑星Ziに殺戮と略奪の嵐を巻き起こそうとする宇宙海賊…片や天下無敵の破壊神
キングゴジュラス。この街の一般市民にとってはどちらも迷惑この上無い存在だった。
キングゴジュラス正面のスカルバイパーが発砲した! 右手に持つライフルだけでは無い。
機体本体に内蔵されたバルカン砲や多弾頭ミサイル等の各種武装が矢継ぎ早に撃ち出され
て行く。そのどれもが惑星Ziでも一般的に使用されている様な通常弾丸やミサイル等の
実体弾だが、惑星Ziとは比べ物にならぬ高度な科学力が脅威的な破壊力を生み出す。
周囲のビルは次々に吹き飛び、直撃を全身に受けたキングゴジュラスは忽ち巨大な爆煙に
よって見えなくなった。しかし、例え爆煙によって目視出来ずともスカルバイパーには
対象の動きを事細かに確認可能なセンサーを持っていた。そして今度は背後のスカル
バイパーが動く。右手にナイフを構え、ナイフによる白兵戦を挑む戦闘兵のごとく
キングゴジュラスへ突撃した。目標はキングゴジュラスの首筋。装甲の隙間にナイフを
突き刺して一撃で決めるつもりらしかった。しかし…
『そうは問屋が卸さないぜ!!』
スカルバイパーの一斉砲撃による爆煙の中から、無傷にも等しい姿を現したキング
ゴジュラスが背鰭でナイフの斬撃を受け止めていた。背鰭とナイフの衝突は激しい火花を
散らせるが…削れて行くのはナイフの方。これには一瞬スカルバイパーも浮き足立ち、
次の瞬間にはムチのごとくしなったキングゴジュラスの長大な尾、クラッシャーテイルの
一撃を横腹にモロに受け、そこから真っ二つにされてしまっていた。
確かに“彼ら”は惑星Ziの技術水準を遥かに超えた物を持っていた。しかし、キング
ゴジュラスもまた常識を遥かに超越した怪物であった。
『残るはテメーだ! これでも食らっとけ! キングミサイル!!』
スカルバイパー最後の一機もまた、キングゴジュラス口腔部から発射されたTNT火薬
数百トン分にも及ぶ威力を持つキングミサイルによって破壊されるのみであった。
『さて…後は上のだけど…あれ…どうするんだ?』
スカルバイパー隊を全滅させた後、キングゴジュラスは上を見上げた。街の真上に浮遊
している“彼ら”の宇宙戦艦。スカルバイパー隊が全滅した今、何かしらのアクションを
起こすと思われていたのだが…その通りだった。突如として艦全体を覆うツルツルした
鏡面状の装甲からレーザー砲が雨のごとく降り注いだのだ。対象はキングゴジュラスだけ
に留まらない。街全体を焼き払うかのごとき容赦の無い殲滅であった。
『うわ! アチチ! 物を盗めないと知るや否や無差別攻撃かよ!』
全身に降り注ぐレーザー砲が地味に熱くてキングゴジュラスも戸惑い足踏みするが、
その間も“彼ら”の宇宙戦艦のレーザーの雨は街を…人を焼き払っている。これは
キングゴジュラスとしても見てて痛い光景であったし…
『うっ! やべ! タイムリミットが近いじゃん!』
首下のライト部が赤く点滅し、キングゴジュラスとしての姿を維持出来る時間の限界が
近い事を告げていた。この状態で人間に戻ってしまえばひとたまりもない。そうなる前に
宇宙戦艦を破壊しなければならないのだ。
『こうなったら…やるしかねぇ! スーパーサウンドブラスター!!』
キングゴジュラスの叫びと共に、口腔内に装備されたスーパーサウンドブラスターの
安全装置が解除され、超音波砲が使用可能な状態となる。通常、これは単純な咆哮を
増幅して放射する代物なのだが…
『ゴォォォォォッ○!! ラ・○ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
お前は何処ぞの古代文明の遺産か!? と叫びたくなる様な叫び方となっていた。
まあ確かに今と言う時代においてはヘリック共和国も立派な古代文明なのだから…
あながち間違ってはいないが、色々な意味で激しく危険な叫びだ。しかし…威力には
関係無い。何億倍にも増幅された超音波は忽ち本家ゴッ○ボ○スのごとく、“彼ら”の
巨大な宇宙戦艦をも飲み込み…分子間結合そのものを崩壊させ…粉々に粉砕していた。
戦いは終わり…焦土と化した街に転がる瓦礫の上で…人間の姿に戻ったキングは一人
呆然と立っていた。
「あいつ等…結局何だったんだ?」
民間人・軍人共に多大な負傷者・死傷者を出した今と言う状況において、“彼ら”が
何者であったのかを調べる術は無い。陸に降りて略奪と殺戮の限りを尽くした“彼ら”の
兵隊達は宇宙戦艦のレーザー砲の雨による無差別殲滅によって跡形も無く焼かれて
しまったし…その宇宙戦艦もまたキングゴジュラスのゴッドボ…じゃなかったスーパー
サウンドブラスターによって跡形も無く消し飛んでしまった。
「機怪獣と言い…さっきの変な連中と言い…何なんだ? 今と言う状況は…。明らかに
変だ。明らかに今までとは違う何かが起ころうとしている…。何かが…。」
キングは一人天高くを見上げ…そう呟いた。
おしまい
帰ってきた再貧師団戦記、今度は短編・・・か?
やはり今日もまったく同じ場所に、同じ様な姿勢でロードゲイルは街道を見渡す監視哨
に陣取っていた。
また監視哨よりも一段低い街道脇には無人のキメラブロックス達が配置されていたが、
キメラ群の配置場所も変化した様子は無かった。
荷車を引いたディノチェイスに乗った男は、街道をゆっくりとギナム市に向かっていた。
周囲には同じ様な商人や、野良仕事に向かう農夫達が小型ゾイドや乗り合いゾイドで
大勢行き交いしていた。
ギナム市は500年の伝統を誇る古都だった。かつての第一次中央大陸戦争で一度市街地
の全てを焼き尽くされたが、大災害後の復興にあわせて、戦前を上回る規模で拡大を続け
ていた。
ゼネバスとへリックの最前線になったことからもわかるように、ギナム市は中央大陸を
統一したへリック共和国にとって旧両国を結ぶ結節点となりえたからだ。
戦後の復興期にはかなりの資本や資材、人員が旧共和国領から旧帝国領へ、あるいはその
逆へと移動した。ギナム市はそのルートの結節点のひとつとして発展を続けていたのだ。
そしてその重要度はネオゼネバス帝国が中央大陸を電撃占領してからも変わることは
無かった。いや、ますます高まったともいえた。
ネオゼネバス帝国が乏しい兵員を割いて、指揮用有人機ロードゲイル数機とキメラ
ブロックスで編制された一個中隊を街道の監視に配置しているのがそのひとつの証拠だった。
だが男に言わせればそれは穴だらけの監視体制だった。戦力や探知能力が劣っているとい
うわけではない。むしろ無人のキメラブロックスは有人機と遜色ない性能のセンサを有して
いたし、指揮官機であるロードゲイルはそれらの情報や無人機の操作を一元的に管理制御で
きるだけの性能を持っている。
しかしあらゆるシステムは運用する人間しだいである事を、へリック共和国情報局執行
部隊に所属する男は知っていた。
男はディノチェイスの行き先を街道から外れさせた。周囲の人間達は誰もその姿を不審に
思わなかったようだ。
このあたりも最近では治安が悪化している。ヘリック共和国が崩壊して以来、新たな税制
や警察組織が有効に機能していないからだ。これまでヘリック共和国の高級官僚として国家
体制を形作ってきたのは風族や海族出身者が多かった。
彼ら高級官僚の多くをネオゼネバス帝国は断罪してしまったのである。そして風族や海族
が占めていた地位に暗黒大陸から従ってきたものや旧ゼネバス領の地底族や火族をすえたの
だった。
しかし新たに高級官僚となったものたちの多くがその職責をこなすことが出来なかった。
それも当然だった。官僚組織をスムーズに機能させるには、経験と能力を併せ持つ存在が
必要不可欠だからだ。いきなり高級官僚の首を挿げ替えてもうまく機能するはずが無い。
ネオゼネバス帝国首脳陣はどうやら風族や海族たちが不正な権力でその地位を占めている
と判断したらしい。だがそれは早計だった。確かに官僚組織の中で出世していくにはコネも
必要だが、それ以上に難関試験を突破しなければ幹部候補となることは出来ないからだ。
風族と海族が高級官僚の多くを占めたのは、彼らがかつての王制時代からのレベルの高い
教育機関で学んだからだった。実際、大災害からの復興が一段落し、高級教育機関が各地に
建設されネットワーク化されてきたここ十年ほどは風族や海族以外の中からも各官僚機関の
幹部候補試験を合格するものも増えてきていた。
だがネオゼネバス帝国はヘリック共和国政府のそれらの努力を無視して自分達を支持する
かどうかだけを基準として官僚を挿げ替えたのだ。
勿論、首を挿げ替えられたのは高級官僚のみで、実働部隊となる中、下級の官吏達は特に
ネオゼネバス帝国への非難を口にしない限りは従来どおりとしてはいた。だが彼らの多くも
口にしないだけで、急にトップだけを挿げ替えるという安易な方法をとるネオゼネバスに対
する反感を覚えていた。それ以上に無能な上役が官僚組織を停滞させていた。
しかしネオゼネバス帝国はこのような現状に対して積極的に是正しようとする姿勢を見せ
なかった。もしかすると彼らは官僚組織に期待などしていないのではないのか、強力な軍隊
の存在を前提とした武断統治しか知らないのかもしれない。
そう考える根拠はいくつかあった。ネオゼネバス帝国の極上層部を除く構成員のほとんど
はガイロス帝国の下級将兵出身者だった。
ゼネバス系を蔑視するガイロス帝国では高級軍人となる道は閉ざされているが、かといっ
て民間でコネも無く成功することはさらに難しかったからだ。
だから彼らの多くは高級教育を受けておらず、軍隊という狭い視界からしか物事を考える
ことが出来なかった。これが官僚組織への軽視に現れているのかもしれなかった。
そして軽視された官僚組織の中には警察組織も含まれていた。警邏用の小型ゾイドを没収
され、上層部を挿げ替えられた警察組織は急速に無力化、腐敗化していった。
中央大陸にネオゼネバス帝国によって誕生した大量の失業者達を構成員とする山賊たちが
大挙して出現するのも自然なことだったかもしれない。
山賊といっても旧共和国軍の遺棄されたゾイドを使用する本格的な武装集団も多かったか
ら弱体化した警察組織では相手にならなかった。
ネオゼネバス帝国は山賊たちを無視するつもりは無かったが、彼らの多くはネオゼネバス
が脅威に思うほどの勢力ではなかったし、それ以上に地下に潜った旧共和国軍の探索に数少
ない主力部隊を割いていることもあって、山賊の討伐は遅々として進まなかった。
こうして悪化した治安体制下で旅する商人たちの多くはネオゼネバスの監視哨や基地の
周辺で休息や野営をすることが多くなっていた。少なくとも軍隊の近くで襲撃を行なう山賊
はいないからだった。
だから男が街道を少しばかり離れてディノチェイスをとめても気にとめるものは居なかっ
た。男の目的が休息ではないことにネオゼネバスのパイロットも含めて誰も気がつかなかっ
たのだ。
リバセン参戦歓迎age
【前回までのあらすじ】
アレス・サーシェスは一匹狼のゾイドファイターである。
彼は北エウロペ大陸北部、ミネヴェアの町のゾイドバトル組合からの依頼で、
バトルの最中にゾイドを破壊することになる。
相手は正体不明のAIを積んでいると云う。
さらに、そのAIを狙って各国や企業のスパイが街に入っているらしい。
そんな中、アレスは病院を訪れる。
【登場人物】
アレス・サーシェス・・・本編主人公。地球源流の剣法にゾイド躁法をミックス
した「瑞巌流」の達人。リングネーム”五百勝のアレス”
ユーリ・・・・アレスのパートナー。子供の頃、狂気の科学者の人体実験にされる。
現在はコマンドウルフに有機的に接続されている。
デイリー・・・ミネヴェアの町のゾイドバトル組合の組合長。今回の依頼人。
秘書・・・組合長の秘書。元ゾイドファイター。組合長の甥と称しているが・・・
ハキム・・・マッチメーカー。
リー・チャン・・・ゾイドバトル組合でトラブル解決の専門家。「センセイ」と
呼ばれる存在。元特殊部隊工作員。今回のターゲットの
ディバイソンと戦い、負傷して入院中。
マーガレット・・・正体不明の女。定期的にアレスの前に現れる。
「ふざけたことぬかすな!あいつは、俺が軍にいた時から、ずっと一緒だったんだ!お前
みたいな若造が生まれる前からだ。あの戦争が始まる前からだ。三十年だぞ三十年!
分かるか?お前ごとき若造に好きにされてたまるか!」
「だが、放っておいてもいずれあのコアは死ぬ」
「分かってる!だが・・・」
俺にもその気持ちはよく分かる。共に生死をくぐってきた戦士とゾイドの間には、友情
以上に強い絆が生まれる。時にそれは血肉を分けた親子兄弟以上の強い絆となる。
俺は黙って、懐から小さい箱を取り出す。20本入りの紙巻きタバコ。どこの自販機でも
買えるありふれた銘柄の箱を二つ、リーの目の前に置く。初老の男は怪訝そうな顔をしな
がら封を切り、一本取り出すと火をつけずに鼻のところに持っていき、くんくんと匂い
をかぐ。
そのまま火をつけずに箱にしまい直すと、
「病室は禁煙だ。場所を変えるぞ」
と言うと、同室の男にことわって、病室を出て行く。松葉杖をついているとは思えない
早さだった。
俺達はエレベーターで病院棟の屋上に移動した。天気もいいし風も穏やかで、日光浴を
するのによい頃合だが、さいわい他には誰もいない。
俺達はもっとも開けた場所の真ん中に座った。これなら誰にも立ち聞きされる心配がない。
床にどかっと腰をおろすと
「あの男、カタギの人間じゃないだろ」
と俺が言う。
「分かってる。俺の入院した次の日に入ってきた。食品会社に勤めてると言ってたが、
気配が普通じゃねえ。さっきも聞いてないふりして耳はこっちに向けてやがった」
おそらく、どこかの諜報部員だろう。バトル組合のセンセイに貼りついていれば、組合
サイドから何か情報が得られると思ったのだろう。まったく、大した連中だ。
「それはそうと、こいつは一体何だ」
とリーが聞いてきた。目が据わっている。迂闊な答えは許さないぞ、という気迫が満ち
溢れている。常人ならその気迫で金縛りにあいそうなほどの激しさ。
「どう、って、そのまんまさ。あんたの相棒の値段としては悪くないと思うがね」
と俺は敢えて涼しい顔をしてみせる。さすがだ、一発で中身を見抜きやがった。普通の
紙タバコに偽装してあるが、タバコではない。メヒタマモノというキノコである。南米の
ギアナ高地という地域の洞窟で発見されたキノコで、二二世紀にこのキノコの発光物質を
精製した薬が、遺伝子変異を起こした細胞の不活性化を正常に戻すことが判明した。遺伝
子変異の細胞、つまりこいつは癌の特効薬だ。地球人によってZiにもたらされたこの
キノコは、気候風土の合った東方大陸の山岳地帯の一部でしか栽培できない。だがそこは
現在、非政府主義ゲリラの巣窟となっており、彼らの重要な資金源として独占栽培されてる。
市場にはわずかしか出回らないため、容易には入手できない。これ一箱で家一軒が買える
ほどの価値がある。俺はあまり公にできない経緯で入手したため金に換えられなかったが、
この親爺なら売りさばくルートを持ってるはずだ。
レティシア・メルキアート・フォイアーシュタインは、暫定政府本部ビルの前に居た。
議長である父、アルフレッドに直接掛け合う。そして、ニクスへ向かった部隊にオリバー
達との共同作戦を打診させるのだ。
「ふ……古典的な潜入法なのに、有効なのね」
彼女は本部の構造を知悉している。自身の体型なら、排熱孔から中へ入れることも
計算済みだ。
平時であれば、そこは熱くて人間には通れない場所である。しかし、今は暖房をつけて
いてさえ寒い時だ。パイプは外からも冷やされ、前から吹いてくる埃っぽい温風を我慢
すれば、快適な温度といえた。
もっとも、かさばる防寒着を着たままではいくらレティシアでも通れないため、今の
彼女は保温下着の上に作業着のようなものを着込んでいるのみである。
「……やっぱ、寒いわね」
甘やかされて育ったお嬢様であるはずの彼女だが、狭い排熱孔を進むうちに服や体が
汚れていくことは、気にもしていない様子であった。
むしろ、楽しんでさえいるようだ。
「エレベーターはこの辺りね。動いてるの?」
空調設備の裏から廊下に出ると、少し左にエレベーターのドアが見えた。暖房が
働いているのだから、それも動くのではないかと期待してみる。しかし、現在どこの階に
停まっているかを示すランプが点いていない。
ボタンを押してみるも、やはり反応せず。このエレベーターは動いていない。
「この調子じゃ、どこも同じか。50階分も階段で上るの……」
面倒くさい、という考えが浮かぶ。しかし、そんなことを言っている場合ではない。
ニクスでは今も、一分一秒を争う戦いが行われているはずなのだ。
観念したような表情で、しかし決然たる覚悟を秘め、レティシアはなるべく人目に
つかない階段を探した。
足が重い。まるで鉛のようだ。
喉が渇く。自販機でも探しに行きたいところだが、稼動しているかわからない上に
誰かに見咎められる危険もある。
何より、一度足を止めてしまえば、もう一度踏み出すことはできない気がする。
レティシアの運動神経は実のところ、良好と言っていい。それは天賦のものだったが、
鍛えていたわけではないため、持続力が致命的なまでに欠けていた。
肩で息をしながら、ルーチンワークと化した踏み出しを続ける。一歩一段、そのリズム
を崩さぬように。しばらく前から、もう階数は見ていない。
ただ、誰か近づいてくる足音があれば逃げるなり隠れるなり対応できるようにと、
耳だけは澄ませてある。――いや、むしろ捕まえてくれれば楽なのだが。
いくら人のいないところを通ってきたとは言え、最初の廊下に出たときから彼女の姿は
監視カメラに映っていたはずである。こんな幼女に警報を鳴らさないのはまだ解るが、
警備員の一人も寄越さないのは、さすがにセキュリティが杜撰と言わざるを得ない。
……それとも、見逃されているのだろうか?
ふと顔を上げると、48階だった。絶妙のタイミングだったと思う。目的の階を通り
過ぎてから気づいたのでは、労力の無駄もいいところではないか。
50階。ドアに耳を押し当てて廊下の人気を探る――静かだ。
ドアを少し開き、目で確認。片側には誰もいない。続いて身を乗り出し、反対側も
確認する。……やはり、誰もいない。
この階には彼女と、アルフレッドの私室がある。父は部屋にいるだろうか? それとも、
こんな時だから他所で仕事をしているだろうか?
父の部屋の前に立つ。ドアは電子ロック式で、カードキーとテンキーで開けるか、
中から開けてもらうかしなければ入れない。
パスワードは知っていたものの、彼女はカードを持ち出していない。いろいろと小細工
を思案した挙句、シンプルな手段を採ることにした。
コンコン、とドアをノック。
「お父様、レティシアです」
中に誰もいなければ、それはそれでいい。アルフレッドが中にいるなら、彼女を
抱きしめるにせよ、叱責するにせよ、このドアを開けるはずだ。
しばらくして、返答の代わりにしゅっと音を立てて扉がスライドした。
「ずいぶんお暇そうにしてらっしゃるのね」
入室するなりレティシアが言った、再会の挨拶であった。わざとらしく敬語など使って
みせるのは、もちろんこんな時に自室で死んだ魚のような目をしている父を皮肉る意図が
あったのに相違ない。
アルフレッドは娘を認めると僅かに生気を取り戻したようであったが、それも長続きは
しなかった。
「レティシア……私を見限って、能力者の少年と駆け落ちしたと聞いていたのだがな」
「お父様の口から、そうもロマンティックな冗談が聞けるなんてね。でも安心して、
実の父親を捨てるほどの親不孝者には育ってないつもりだから」
「ほう。では、賢明なる我が娘は何ゆえここへ戻ってきたのかな」
「いくつかの質問と、一つの頼み事をしに、よ」
彼女は雑談の中で質問の機を探ろうなどとは思っていなかった。訊きたいことは
さっさと訊くし、頼みたいことは明確に伝える。
「まず一つ、どうしてこうなる前に本気で騎士を討とうとしなかったのか」
「質問の意味が解らないな。我々は全力で……」
「お父様」
年齢に不相応な少女の覇気が、この時は父さえも圧倒しているようだった。
「外へ出た私に、『政府は全力を挙げていた』なんて空言が信じられると思って?」
白を切り通すべきか、寸時、彼は迷ったように見えた。しかし過保護ながら娘をよく
見てきた父親だから、それが不可能だと解るまでも早い。
「……浅はかだったのだよ」
自分と、暫定政府そのものの愚鈍を糾弾する科白だった。
「騎士など単なる武装カルト宗教くらいにしか考えていなかった。その力は大きかったが、
この世界の、少なくともこの大陸の人々を纏め上げるのに利用できると……」
「政治利用できると踏んでたのね?」
「大破壊に、デス・メテオ事件。秩序は破壊され、破壊と戦乱が地上を覆っている。
大戦前の水準まで人類が社会を回復できるかどうかが、まず解らんほどだ。
そこら中でゾイドを乗り回し、紛争に明け暮れている連中をどうにかしなければ
ならなかった。最も簡単な方法は、共通の敵を作ることだ――」
丁度いい時に、強大な力を持ったテロリストが現れてくれたというわけである。
「けれど、騎士が敵としていたのはあくまで能力者よ。全世界の敵に仕立て上げる
相手としては、主張の過激さが足りないんじゃない?」
いっそ「世界よ滅べ」と言ってしまうような狂信者の集団であればよかったのだが、
現実はそう都合よく動かないものだ。
アルフレッドは娘の言葉に首肯した。
「そうだな。だから、工作が必要だった」
「まさか、騎士の仕業に見せかけた自作自演のテロをやった、なんて言わないでしょうね」
「我々もそこまで馬鹿ではないさ。ただ、保護の名目で能力者をチェーンアーツに編入し、
そして彼らにはこう指示した。『騎士は何を考えているか解らない危険な集団だ。いつ、
どこに攻撃してくるか判らない。民衆を守るため、市街地・居住区を重点的に警護せよ』と」
民衆の中には、当然アーツに属さない能力者もいる。彼らと周囲の人々への被害を防ぐ
というお題目で警備を配したところで、誰に文句が言えよう。
「仕方の無いこととはいえ、守る方も能力者。騎士の襲撃は逆に誘発され、激しい戦い
の末に、能力者も非能力者も甚大な被害を受ける……ってわけね」
「そうだ。能力者の保護、そして襲撃後の復興支援に迅速な対応をしていけば、能力者
擁護論者から来る政府への批判も勢いを削げる。排斥論者は……喚くだけならそれもよし。
騎士に共感して事件でも起こそうものなら、見せしめに厳罰をくれてやればいい。
能力者たちはまだ若者だ。彼らを守る政府と殺す政府、大衆がどちらを支持するかなど
火を見るより明らかだからな」
レティシアの表情は、家の鍵を忘れて玄関の前に立ち尽くす子供のようであった。
「呆れた……平和を再建するために、敵を投入するなんて」
「私達が作ったわけではない。湧いてきたから、利用しただけだ」
「同じことよ。それに、結局利用どころじゃなくなったじゃない」
こう言われれば、父は黙すしかなかった。騎士はただのテロリストなどではなく、
有史以前から存在する悪意の生み出した恐るべき存在だったのだから。
娘は次の話題へ移ることにした。
「ここで、二つ目の質問。ニクスに送った部隊だけど、勝算はあるの?」
「無論だ。通常戦力で編成された本隊が敵を引き付けている間に、最精鋭で組まれた
別働隊が敵の中枢を叩く。私の弟――ヴォルフガングは、絶対に負けんよ」
レティシアは前々からブラコンであろうと確信していた叔父の機体についても興味が
あった。オリバーらの話を聞く限り、明らかに大戦前のテクノロジーが多く使用されて
いる。そんな代物の、出所はどこなのか。
「叔父様の機体、あれは一体なに?」
「ベースはデッドボーダーだ。とは言っても、数千年も前にファースト・ロットが
ロールアウトされたときの先行試作機だがな。どうも別の宇宙をさ迷っていたらしい。
アーティファクト・クリーチャーズを研究する過程で、超空間<バルク>から突然現れ、
当時の“ギルド”能力者部隊を相手に大暴れして、捕獲されたのだそうだ」
超空間では時間の流れ方が違う。数千年前の機体が現代に蘇ってきたとて
何ら不思議はない――しかし。
「待ってよ、それって第一次ヘリック-ガイロス戦争の時代でしょ。その頃にもう
空間操作能力を持ったゾイドが開発されてたの?」
「いや、どうやらこの星で最初に興った文明の遺産が使われていたらしい。
当時のガイロス軍は開発した新型の試作品の一機目にそれを装備し、その結果
恐るべき怪物を作り上げてしまったというわけだ」
「無茶苦茶だけど、ガイロス帝国なら仕方ないわね」
ヘリック共和国が存在した時代には、戦乱の中で常軌を逸した兵器が多く使用された。
古代文明の技術をろくな安全確認もせずに実戦投入することなど、珍しくもない。
「そんな狂気の時代に造られた機体だが、パーツを現用の物に変えるだけで充分に
通用する。かのセディール・レインフォードと同じ力を誰もが振るえるゾイドだ、
我が弟に任せれば無敵の機体ともなろう。加えて、グローリー・マウンテンから
回収したナノマシン技術も加えた改修を施してある。総合性能ではデス・メテオすら
凌駕するはずだ」
「たった一人で世界に挑んだ狂気の男、セディール……」
レティシアは窓に歩み寄り、眼科の町を埋めてゆく雪を見ながら父に問うた。
「けれどお父様、騎士の力が彼をも超越していたなら……そのときは、どうするの?」
<続く>
考えたら師団じゃないよね
小さな窪地の一つにもぐりこむ様にして停車すると、男はディノチェイスから荷車を外し
た。荷車には何本かの鉄パイプと何らかの部品に見える鉄塊が積まれていたが、男は迷うこ
となく細長い鉄パイプと鉄塊をいくつか取り出した。
まず男は鉄塊を組み立て始めた。窪地の底で作業していたから人目につくことは無かっ
たが、その動作はごく自然なものだった。男の表情はリラックスしたもので、緊張したとこ
ろは無かった。誰が見ても売り物の金属加工品の出来を確認する商人か職人にしか見えなか
ったはずだ。
しかし、いくつかの鉄塊をくみ上げた時点で男の雰囲気ががらりと変化した。周囲に目線
を向けると、監視者が居ないことを確認してから最後の部品を取り付けた。それは巧妙に偽
装されていた小銃の部品だった。そして鉄パイプは一見そうは見えないが、高級素材を一級
品の技術を用いて加工された最高級の銃身だった。ライフリングは銃口部分に詰め物をする
ことで偽装していた。
男は組みあがった物を満足げな目で見た。それは情報局執行部隊が暗殺、潜入部隊用に戦
前から開発していた偽装、分解式の狙撃銃だった。
「なんとまあ・・・・“剣聖”レイノルズ・ササキもたいした弟子を持ったもんだ」
耳に痛いが、聞かなかったことにする。だいたい、それ相応のものを積まないと納得
しないだろうと思って虎の子を持ってきたのに、侮辱されるとは心外である。
「これはあんたにとってもいい話だ。あんたのゾイド、このままだと無駄死にだ。だが、
助かる方法が一つある。記憶を、他のゾイドに移すんだ」
「何だと!そんなことができるはずが・・」
「できるんだよ。俺のゾイドなら、な。聞いたこと位はあるだろ、俺のコマンドウルフは
特別だって」
「・・・にわかには信じられんが・・・」
俺にとっては死にゆくゾイドに対する同情とか、そんなことじゃない。もっと現実的な
問題があった。
相手のディバイソンのデータが足りないのだ。相手は対戦の度に爆発的にレベルアップ
している。試合状況を映したビデオだけでは参考にならない。昨日、マーガレットから貰
った記録も、レベルアップ前のものだ。現物を一目でも見ることができれば、ある程度の
力量を測ることできる。ユーリに見せることができればなおさらだ。だが、肝心のゾイド
もファイターも姿をくらましてどこにいるか分からない。
となれば、最も最近、直接戦ったゾイドの持っている記録が欲しかった。ゾイドコアは
データレコーダーより遙かに精細かつ膨大な情報を記憶として持っている。ゾイドコアは
それ自体がエンジンであり、制御装置であり、記録媒体でもある。
今の技術ではゾイドコアの記憶を抜き出すことなど不可能だ。普通なら。だが、ユーリ
ならゾイドコアの記憶をまるごと吸収することが出来る。正確には、他のゾイドから情報
を抜き出し、コマンドウルフのコアにコピーするのだ。いわば人間の脳に二人分の記憶を
詰め込むようなもので、常識ではあり得ない。受け側のゾイドコアが暴走するのが普通で
あるが、ユーリにはそれを制御出来る。これなら、リーのベアファイターの記憶を全て
移植することが出来る。
対戦相手は未知数。確実に勝つためには、より正確なデータが不可欠だった。
「どうせあのゾイドコアは死ぬ。だったら無駄死にさせないのも、あんたのつとめじゃ
ないのか」
「・・・・わかった。あんたに預ける」
長い長い沈黙の後、ようやくリーの口から出た言葉だった。
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『閻魔の復活』
君にも見えるヘリック共和国♪ 遠く離れて未来に一人♪
機怪獣退治を押し付けられて♪ 燃える街に後わずか♪
轟く叫びを耳にして 帰ってきたぞ♪ 帰ってきたぞ キングゴジュラス♪
キメラ機怪獣エーマーゴ 登場
とある綺麗で静かな花畑をキングが歩いていた。辺り一面に咲く綺麗な花弁を構わず
踏みしめて行くキングの表情は険しい。何故ならば…
「見付けた! 見付けたぞコラァ!!」
彼の睨み付ける先には、花畑の上に敷物を敷き、その上に座り込んでのんびりと空を
眺めているトモエの姿があったからである。
「おおお主か。そんな怖い顔するで無い。お主もこっちに来て座れ。」
眠そうな程のんびりした表情でそう手招きするトモエだが、キングは構わず迫る。
「ふざけるな! 今度と言う今度は言わせてもらうぞ! もういい加減に…。」
キングはそうやってトモエに怒りをぶつけようとするが、トモエには物ともして無い
らしく、表情一つ変えやしない。
「まったく…何時も何時もそんなカリカリしおって。お主も少しは心にゆとりを持ちぃ。
せっかくの綺麗な自然の風景が台無しでは無いか。じゃからお主もこっちに来て座りぃ。
こうして自然に目を向けてば心が落ち着くぞ? 話はそれからでも遅くはあるまい?」
「く…。」
トモエに弱みを握られている事もあり、何だかんだでキングはトモエに逆らえなかった。
それ故に不本意ながらもトモエの敷いた敷物の上に腰を降ろし、周囲を見渡した。
「これで良いんだろう!?」
「そうじゃなぁ…。」
キングが座り込んだ直後、突然トモエはキングに寄り添う様に寄りかかって来た。
「うわ! 何をしやがる!?」
思わず離れようとするキングだが、逆にトモエの方がキングを抱き締めて来た。
「何じゃお主は。酷いのう。わらわはこんなにもお主を愛しとるのに…。」
「それが気持ち悪いっつんだよ! と言うかお前の言う事は信用出来ん!」
「信用出来んのならそんなに戸惑う事は無いじゃろう? それにお主はどうにも冷静さに
欠けとる。もっと冷静に事を運べなければ…いずれお主は負けるぞ?」
「う…。」
痛い所を突かれてしまった。これには流石に彼も反論は出来ない。元がキングゴジュラス
なだけにどうにも冷静になる事が苦手だったからだ。何をするにしても熱さは必要だが
冷静さも必要だ。今までの彼の戦いはそれを欠いたが故に勝つには勝っても周囲に無駄な
被害をもたらしてしまった。トモエはそこについて言いたいのだろう。
「じゃからここで自然でも眺めながら…心にゆとりを持つ練習でもしたらいいんじゃ。」
「仕方ないな…。」
キングは逃げるのを止め、とりあえず今はトモエの言う通り自然でも眺めてみる事にした。
トモエはやはりキングに寄り添うように寄りかかったまま。そして、周囲に広がる花畑は
風にそよぎ、静かで穏やかな時が続く…と思われた。突如として土砂を切り崩し、岩を
削る様な聞き苦しい騒音が響き渡って来たからである。
「何だ!?」
「何じゃ何じゃ!? せっかく人が良い気持ちに浸っとったと言うのに…。」
キングとトモエは不機嫌な顔で音の響いた場所へ行って見ると、何とそこでは土木作業
ゾイドが多数集まり、何かの建設の為に木を切り倒し、土砂を花畑ごと抉り取っていた。
背にアームを付けたブレイブジャガーや火器を排除したハードベアー等で構成されており、
恐らくビース圏の建設会社の類と思われる。
「まったく! こんな所まで開発の波は押し寄せておるのか!」
「おいおい冷静になれよ…。」
トモエは不機嫌そうに地団駄を踏み、今度は逆にキングに抑えられる事になっていたが、
そこで向こう側から何の団体が大勢やって来ていた。
「ちょっとあんたら! こんな所で工事なんて困るべ!」
「そうじゃそうじゃ!」
どうやら彼らは地元の人々の様で、直接抗議に来ていた様だった。
「あんたら困るな! この土地は既に我が社が正式に買い取ったんだぞ! それにここ
にはこれからレジャーランドを建てるんだ! そしたら村おこしにもなるし、悪い話で
無いと思うがな!」
建設現場を仕切る現場責任者がそう言って対応するが、そこで地元の人々は揃ってある
方向を指差した。
「じゃが…あれ! あれだけは絶対に壊しちゃなんねぇ!」
地元の人々が指差した先には、全身に鎧を着込んだ竜を思わせるゴジュラス程の大きさは
あろうかと思われる石像が立っていた。
「あれ…? あのボロっちぃ石像の事か?」
「ボロっちぃとは何ごとか! あれは神様の像なんじゃ!」
「神様ぁ? 竜なんてどう見ても悪魔の使いなのに神様なんて…プッ。」
流石はビース圏の建設会社の人間と言った物。地元の人々にとっては神様として崇め
られていても、彼らにとっては竜と言うだけの理由で悪魔の使いになってしまう様だ。
「あんたらそんな事を言っとると神様の罰が当たるぞ! それにじゃ! この神様の像
には言い伝えがあって、何千年もの大昔にエーマーゴっつーおっそろしぃ怪物が現れて
彼方此方を荒らしまわっとったのをクーゴっつー偉い神様が退治してこの地に封印した
らしいのじゃ! ここで神様の像に変な事をしたら封印が解けてしまうぞ!」
地元の人々は真剣だったが、建設現場の責任者はまともに聞いてはいなかった。
「科学万能の現代にそんな話…子供でも信じないっつの。それに神様の像ならこんな
竜じゃなくて獅子か何かにするだろ? っつー事であれは工事の邪魔になるから壊させて
もらうからな!」
そう言って、現場責任者は部下に命令しようとした時…
「あいや待った! ちょっと待った!」
そこで何を考えたか首を突っ込んで来たのがキングである。
「何だいお嬢ちゃん? 突然出て来て。」
「残念だったな。俺ぁ男だ。」
キングは俗に言う“男の娘”と言う人種に例えられる程の女顔故早速女性と間違えられて
いたが、そこは彼としても慣れていたのか構わず続けた。
「こう言うのは考古学的価値があるから壊さず博物館か何かに送るのが筋って物だろ?」
「今はそんな余裕は無い。それに“竜”を思わせる物は例え考古学的価値があろうと
壊さなければならないのがビース流でな?」
「なんだと…ビース…だと?」
ビース共和国の一切の恐竜の存在を許さないと言う理念は、この建設会社にも及んでいた。
そして現場責任者の命令により、建設作業用ハードベアーが数機集まって神様の像に爪を
叩き込み、切り崩し、叩き壊してしまった。
それは歩兵師団などで使用される汎用性を高めた長射程で高威力の自動小銃でもなければ、
後方警備や補給部隊の自衛用火器として使用される有効射程を犠牲にしても貫通力を保持さ
せた機関短銃でも無かった。
軍の特殊歩兵部隊や警察組織などで使用される極限まで精度を高めた狙撃銃とも違ってい
た。精度よりも分解時の偽装性を最優先に設計されているからだ。
分解している状態では、単純な機械部品であるように偽装するために、わざわざ何の機能
も持たない配線やボルトを取り付けるためのネジ穴まであけられているほどだった。だから
擬装用の付属品をつけたそれぞれのパーツだけを見ても狙撃銃の一部であると判断するのは
難しいはずだ。
だからといって精度を犠牲にしているというわけでもなかった。各パーツの偽装性を最優
先にしながらも組み立てた完成品状態でのバランスも考慮して設計されている。外装こそ酷
く安っぽく見えるが、中身の部品精度は軍用狙撃銃よりも警察用の狙撃銃に近い精度を持っ
ている。また、一見して鉄塊に見える機関部やストックとなる部品は実際には軽量かつ強度
の高い樹脂素材を多用して軽量化につとめていた。
また銃身も構成素材や部品精度を高めているだけではなく、外部の熱や圧力の影響を避け
るために機関部以外と接触しないフローティング方式を採用している。
男は自分が手にする狙撃銃と、自身の狙撃スキルに自信を持っていた。おそらく標的への
狙撃は成功するはずだった。
「ああ〜! 神様の像が〜!」
恐らく地元のシンボルだったであろう神様の像を壊されてしまった地元の人々は、途方に
暮れ、中には泣き出す者さえいた。
「あ〜あ〜…勿体ね〜な〜。」
キングはそこまで悲しむ事は無かったが、それでも勿体無さを感じて頭を掻く。
「それの撤去を済ましたら直ちに作業再開だ!」
現場責任者はそう言って各作業員に命令を下そうとしていた時…突然地面が揺れ始めた。
「うわぁ! 地震だ!」
突如として起こった地震に皆は戸惑い、キングも思わず片膝を付くが…そこで地面が
地下から大爆発を起こしたかの様に吹き飛び、巨大な何かが姿を現したのだ!
「うわぁ!! 怪物だぁぁ!!」
「何だあれはぁぁぁ!!」
地面を吹き飛ばし、地下から現れたのは巨大なゾイドだった。ロードゲイルを巨大化させ、
肥大化させた様な物で、そこからやはり巨大化されたシェルカーンの両腕に巨大な剣と
巨大な盾を装備し、全身には分厚い鎧で覆う等、まるで仏教世界において死者を裁くと
言われる“閻魔大王”を思わせる様相を持った恐るべき怪物ゾイドであった。
キメラ機怪獣エーマーゴの出現である!
「エーマーゴじゃー!! 言い伝えは本当だったんじゃー!! 神様の像を壊すから
罰が当たってエーマーゴが蘇ったんじゃー!!」
閻魔大王を思わせる様相の怪物ゾイド…“キメラ機怪獣エーマーゴ”の出現に地元の
人々も建設会社の人々も関係無く逃げ回る。しかし、エーマーゴは構わず手当たり次第に
自身の目に映る動く物体を狙い、破壊して行く。まず先に建設現場のブレイブジャガーや
ハードベアー等の建設作業ゾイドが狙われ、まるでゴミクズのごとく破壊されてしまった。
「あらら〜…何か凄い事になっちまって…。」
暴れ回るエーマーゴと散り散りになって逃げ回る人々の姿を、キングは他人事の様に
見つめていたのだが、そこで遅れてトモエがやって来た。
「今度はこの土地に封印されとった機怪獣まで蘇ったか〜。愚かにも自然を破壊するから
罰が当たったんじゃな〜。」
「そこは分かるが…何か違うんだよな〜。どうにも奴の目的が解せん。まるで破壊の為の
破壊をやっているかの様だ。」
確かにキングの本当の姿であるキングゴジュラスを初め、破壊の権化とも言える様な
超強力な力を持ったゾイドは他にもいる。しかし、そのいずれもが何かしらの“目的”を
成す為の“手段”として破壊を行っているに過ぎない。だが、エーマーゴにはそれが
一切感じられず、キングの言った通り“破壊の為の破壊”をやっている様でさえあった。
「あれはどう見てもキメラゾイドが機怪獣化した物じゃ。キメラゾイドに思想も何も無く、
ただただ破壊する事しか頭に無い。故に破壊の為の破壊に走ってもおかしくは無い。
と言う事で…お主行って来い! 今奴に対抗出来るのはお主しかおらんからのう。」
「え〜? 結局俺が戦わなきゃならんのかよ〜?」
トモエに押されて、キングは渋々エーマーゴへ向けて駆け出した。そして彼の水色の
頭髪に混じって逆立つ真紅のアホ毛が燃える様な真紅の輝きを発し、キングがそれに
包まれたと思った直後、彼はキングゴジュラスへと変身した!
『オラァ!! 今度は俺が相手だぁ!! ってデカァ!!』
格好良く颯爽と駆けつけて早々…思わずキングゴジュラスは退いてしまった。何故ならば、
間近で見たエーマーゴは余りにも巨大であったからである。先程までは遠くから客観的に
事を見ていたから分からなかったが、キングゴジュラスとして接近して初めて相手の
巨大さが痛い程分かった。デスザウラーより一回り大きいはずのキングゴジュラスよりも
さらに一回りも二回りも巨大であったからだ。
『体格で劣ってもパワーでは負けんぞ!』
負けじとキングゴジュラスは拳を硬く握り締め、右フックを叩き込むが…エーマーゴの
長く巨大な左腕に持つこれまた巨大な分厚い盾で受け止められてしまった。盾の強度は
元より、それを持つエーマーゴ本体の力と強度も半端な物では無かった。
『うっ! ギルタイプだって一発の拳なのに…流石は機怪獣と言った所か…。』
衝撃で逆にビリビリと痺れる右拳を思わず左右に振るキングゴジュラスだが、今度は
エーマーゴが右腕に持つ巨大な剣を振り下ろして来た。決して上手とは言えないパワーに
任せた単純な振り下ろしであり、キングゴジュラスも難無く回避出来たが、外れた斬撃を
受けた地面はまるで地割れが出来たかの様に数キロ先まで切り裂かれてしまった。
『うわ! 怖! こんなの食らったら一溜まりもねぇ!』
五百トン以上あるキングゴジュラスが踏みしめても沈下を起こさない程丈夫な地盤でさえ
こうなってしまう。これは流石のキングゴジュラスの装甲でも不味いかもしれない。
幸いエーマーゴはキメラゾイドがベース故、“破壊の為の破壊”以外の事を考える事が
出来ず、ただただ闇雲かつ力任せに剣を振り回すだけであった為に回避も難しい物では
無く、キングゴジュラスは一度距離を取って口腔内に装備されたキングミサイルを何発か
撃ち込んだ。しかし…エーマーゴの胸部を覆う鎧からラジエーター状の物体が開き、
そこから展開されたEシールドによってキングミサイルを防がれてしまった。
『オイオイ! TNT火薬数百トン分のミサイルをよりによってEシールドで防ぐな!』
思わず突っ込みたくなるキングゴジュラスだが、エーマーゴの方にそれに対応出来る
知能などあるはずが無い。強固で巨大な脚で大地を抉りながら接近し、再度剣を振り回し
始める。エーマーゴはキメラゾイドと言う破壊しか頭に知能の低さ故、他の機怪獣と
比べても格段に性質が悪かった。
『この! 力任せに剣を振り回すしか能が無いのかよ!』
エーマーゴが剣を振り上げる際にガラ空きになった腹部に左拳を叩き込むも、やはり
胴体部を覆う強固な鎧に弾かれるのみだった。
キングゴジュラスがエーマーゴに苦戦を強いられる中、何とか安全な場所まで逃げ切る事
が出来た地元の人々や建設会社の人々は、遠くの高台からキングゴジュラスとエーマーゴ
の戦いを呆然とした面持ちで見守っていた。
「うわぁぁ!! あの小さいゾイド頑張るぅぅ!!」
「小さくねーよ!! あれデスザウラーよりデカイんだぞ!!」
中にはそう叫ぶ者達もおり、それが両者の体格差を表現していた。
なおもひたすら力任せに剣を振り回しまくるエーマーゴに対し、キングゴジュラスは
相手の腕を払う等上手く対処しつつ腹部へ拳を撃ち付け続けた。しかし、幾ら戦術的
思考が取れる程の知能も無いエーマーゴと言えども、今目の前にいる破壊対象=キング
ゴジュラスが幾ら攻撃しようとも倒れない事実は面白くないのか、新たな手を使って来た。
左腕に装備している巨大な盾をキングゴジュラスに軽く押し当て、一瞬怯ませた直後に…
その口を大きく広げ…至近距離から大口径荷電粒子砲をぶっ放した!
『何!? コイツこんなのまで持って…。』
エーマーゴは人型に近い形状を取っているとは言え本質的にはキメラゾイドなのだから、
キメラ特有の遺伝子吸収能力によってデスザウラーの遺伝子でも取り込んで荷電粒子砲の
力を得ても可笑しい話では無い。その上エーマーゴの恐るべき出力かつ至近距離である。
如何にデスザウラークラスの荷電粒子砲にも平然と耐え切るキングゴジュラスの装甲を
持ってしても…厳しいのかもしれない。キングゴジュラスは両腕を前面へ構え、ガード
ポジションを取るが…エーマーゴの口腔から放たれた荷電粒子の渦はキングゴジュラスの
巨体の全てを飲み込んで行くのみであった…
目を覚ますと…彼は何時の間にか人間の姿に戻った状態で花畑の上に寝そべっていた。
「あれ? 確か…俺ぁ確か機怪獣と戦っていた真っ最中のはずなんだが…。」
何故突然人間の姿に戻り、しかも花畑の上に寝ていたのか分からずキングも困惑する。
「タイムリミットが来たってんなら事前にそれを知らせる様に出来てるし…は!
まさか…俺…死んじまったのかぁ!? で、ここは実は天国だったーとか!?」
キングは頭を抱えてしまった。結局エーマーゴの荷電粒子砲に耐え切れずに死亡して
しまったのだと考えいたのだが…そこで突然何処からか一人の老人が現れた。ボロボロの
衣装を纏ったみすぼらしい格好ではあるが…不思議な風格を感じさせる小柄な老人。
「すまんのう…ワシが不甲斐無いばかりに無関係なお主に尻拭いさせる事になって…。」
「な…何だ? 爺さん…突然現れて…。」
いきなり見ず知らずの老人に話しかけられて戸惑うキングだが、老人は言った。
「本当にすまんのぅ…ワシの力が足りんかったせいで奴を…エーマーゴを封印する事で
精一杯だったせいで…お主を巻き込んでしもうて…。」
「な…何だ? どういう事だ?」
突然申し訳無さそうに謝り始める老人にキングも戸惑うが、同時に意味ありげな事を
言っていた事に関して気になってもいた。そして、老人は語り始めた。
「その昔…エーマと言う名の一人の科学者がおった。エーマは自然の摂理に反した技術…
遺伝子操作を駆使し、複数のゾイドの遺伝子を同時に兼ね備えた“キメラゾイド”を
作り上げた。最初から単体で複数のゾイドの能力を同時に兼ね備えているのみならず…
後からさらに他の遺伝子を取り込む事によってその能力を得る事が出来ると言う自然物
では決して有り得ないその能力に酔いしれ、溺れたエーマはキメラゾイドを使って世界を
征服しようと企んだのじゃ。しかし、その途中で奴は気付いたのじゃろう。如何にキメラ
ゾイドが様々な生物の能力を同時に持ち得る完璧に近い超生物と言えども…それを作った
エーマ本人はただの人間じゃと…。」
「ま…まさか…。そのエーマとか言う奴は…。」
キングの言葉に老人は軽く頷く。
「そう。お主の考えた通りじゃ。奴は永遠に生きる為…キメラに支配された惑星Ziを…
キメラの王として統べる事を目的に…自分自身をキメラと融合させる事を考えたのじゃ。
そして、エーマは自分自身の新たな身体に相応しい最強のキメラゾイドを作り上げた。
その形態は元々人間たるエーマが違和感無く動ける様にと人型として作られ、エーマに
とってキメラゾイドの最高傑作の一つであったロードゲイルを基に、奴の考え得る限りの
ゾイドの遺伝子を持たせた最強のキメラゾイドじゃ。その上さらにエーマの頭脳が加わる
のじゃ。奴もさぞかし酔いしれたであろう。じゃが…奴はそこで爪を誤った。キメラの力
はそれを作ったエーマの想像を遥かに超えておったのじゃ。キメラと言う最強の肉体を
得るはずじゃったエーマは…逆にキメラに肉体のみならず意識までもが取り込まれ…
エーマーゴが誕生したのじゃ。」
「なるほどね…奴はそういう経緯で誕生したのか…。」
やや長い話にはなったが、老人の話によってエーマーゴ誕生の秘密について、ある程度
キングも理解出来た。
「エーマを取り込んだとは言え、エーマーゴに人間の持つ理性と言う文字は無い。
ただただ破壊の為の破壊を行う悪魔のゾイドじゃ! 当時、まだ童に過ぎんかったワシは
エーマの野望を阻止する為、仲間達と共にZiソウルの力の限りを尽くして奴と戦った…。
しかし…このワシの力を持ってしてもエーマーゴを倒すには至らず…封印する事で精一杯
じゃった…。そして、その封印も今…解かれてしもうた。再び解き放たれた奴を倒せる者
がいるとすれば…エーマでさえもその遺伝子を手に入れる事が出来なかった惑星Zi最強
のゾイド…キングゴジュラスのみじゃ!」
「だが…その俺ももう死んじゃったしな〜。」
キングは半ば諦めの表情と共に花畑に寝そべるが、老人は眉を細めながら言った。
「別にお主は死んでおらんのじゃが…。」
「マジ!? でもほら…シチュエーション的になんかあの世っぽいじゃんか!」
「確かにワシは既に死んだ人間じゃが…お主はまだ死んではおらん。今と言う状況も
ただワシがお主の心に直接語りかけておるだけじゃ。」
「本当だろうな〜?」
まだ疑いの目を向けるキングだが…老人はキングの目を見つめ言った。
「すまんのう。本当なら奴を…エーマを止めるのはZiソウルの力を持ったワシの役目の
はずなんじゃが…。もはやワシにそれが出来る力は無い。じゃからこのワシに代わって…
奴をキメラと言う名の無限地獄から解放してやってくれ…。お主こそ…惑星Zi最強の
ゾイドと君臨しておるキングゴジュラスこそが…多種多様なの生物の遺伝子を取り込んだ
遺伝子操作のバケモノ…キメラに対する唯一のアンチテーゼなのじゃから…。」
『はっ!』
気が付くと、彼はキングゴジュラスとしての姿に戻っており、エーマーゴの荷電粒子砲に
よって焦土と化した大地の真ん中でガードポジションを取って立っていた。装甲表面に
多少の焦げ付きは見られるが、あれだけの荷電粒子の嵐の中を健在でいられたのは流石
キングゴジュラスと言う他は無い。だが、彼にとってはそれ所では無かった。
『今のは…何だったんだ…夢? それとも…。』
キングゴジュラスは先程まで自分が見た物が一体何なのか…分からなかったが…その時、
なおも健在であったキングゴジュラスを破壊せんとエーマーゴが突撃をかけて来た!
『うぉ! そんな考え事してる場合じゃない!』
巨大な剣を振り下ろして来たエーマーゴに対し、キングゴジュラスは両腕のビッグクロー
で挟み込み受け止めた。真剣白刃取りである。しかし、ただ受け止めるだけに終わらない。
『んぎぎぎぎ…おりゃぁ!!』
剣を挟みこんだ両腕に力を込め、エーマーゴの剣を横向きに圧し折ったのだ。これには
忽ちエーマーゴも怯み尻餅を付いた。
『今だ! キングミサイル!』
続けて追い討ちのキングミサイルが口腔部から放たれ、TNT火薬数百トン分に及ぶ
大爆発がエーマーゴの全身を飲み込んで行く。しかしそれだけに終わらず、今度は
キングゴジュラスが自ら大爆煙の中へ飛び込み、爆煙の中心にいるエーマーゴ目掛け
激しく拳を何度も打ち付けた。
『オラオラオラ! 何がキメラだ! 俺はキングゴジュラスだっつの!』
それは大きく広がった濃い爆煙が振り払われ、晴れてしまう程にまで激しい連撃だった。
キングゴジュラスの拳がエーマーゴの全身へ次々打ち込まれ、何度も蹴り上げられ、
掴まれては何度も投げ落とされ、大地に叩き付けられた。こうまでされてしまえば流石の
エーマーゴもダメージが蓄積し…動きが鈍ってしまう。
『ハッハッハッ! もうグロッキーか!? じゃあそろそろトド…。』
キングゴジュラスが最後のトドメに入ろうとした時だった。突如としてエーマーゴが
立ち上がり、キングゴジュラスの左肩へ噛み付いたのだ。
『悪あがきを! てめぇの牙で俺の装甲は破れんぞ!』
キングゴジュラスはエーマーゴを引き剥がそうとしたが…そこで彼はエーマーゴの体が
変化している事に気付いた。ただでさえ巨大だったエーマーゴの体が、さらに肥大化
しようとしているのだ。
『ハッ! てめぇ! まさか俺の遺伝子まで取り込むつもりか!?』
エーマーゴはキメラの力を駆使し、キングゴジュラスの遺伝子を取り込んでその力を得る
事によってさらなる進化を遂げようとしてた。ただでさえ強力だったエーマーゴがキング
ゴジュラスの力を得れば…それは間違い無く世界の終わりだ。しかも、こういうピンチの
時に限ってキングゴジュラスとしての姿を維持出来る限界が近い事を知らせるタイマーの
役目も兼ねるガンフラッシャーが点滅を始めていたのである。
『くそ! 万事休すか!? ん!? 何か様子がおかしいぞ!?』
そこでさらに意外な事が起こった。突然エーマーゴが苦しみ始めたのだ。それは自分から
キングゴジュラスから離れのた打ち回る程であり、明らかに普通では無かった。
『一体何が起こった!?』
「奴は今まで様々な生物の遺伝子を取り込んで来た。それによって様々なゾイドの力を
得ていた奴じゃが何事も限界はある。恐らく既に奴は飽和状態にあったのじゃろう!
そこからさらにキングゴジュラスと言う強力すぎる遺伝子を取り込めば…奴とて強くなり
過ぎる自身に耐え切れずに自壊してしまうのは目に見えておる!」
それは人間としてのキングがあの時見た老人の声だった。一体何処から話しかけている
のかは分からなかったが…今が逆転のチャンスである事は分かった。
『ようしやるなら今だ! そぉぉりゃぁ!!』
キングゴジュラスの掛け声一発! 自身より一回りも二回りもあるエーマーゴの巨体を
高々とリフトアップすると共に…
『キングハリケーン!!』
そう叫んでエーマーゴを天高く放り投げた。何時の間にそんな技作ったのか!?
と突っ込みたくもなるが、“キングハリケーン”の名が付く通り、エーマーゴは竜巻の
ごとく高速回転をしながら宙を舞った。それに対しキングゴジュラスは胸部の巨大な
スーパーガトリング砲を高速回転させながら狙いを付け、直後に数千発にも及ぶ高出力
荷電粒子の弾丸が矢継ぎ早に放たれた。キングハリケーンによって高々と投げ飛ばされ、
回転中のエーマーゴはそれを防御する事も回避する事も出来ず…荷電粒子の弾丸は次々に
エーマーゴの全身を撃ち抜き…飲み込み…消し飛ばして行くのみであった…。
太古の昔、キメラゾイドを持って世界の支配を企んだエーマの作り上げた最強のキメラ
ゾイド…。その最期もキングゴジュラスの前では泡沫の夢のごとく……………
「ありがとう…。これで…これでワシの役目は終わった。遥か彼方…地球からこの星に
やって来て…ゾイドと出会い…エーマとの戦いから始まったワシの長い旅は…ここで
終わったのじゃ…。エーマとの決着はワシの手で付けたかったが…ありがとうな…。
キングゴジュラス…本当にありがとう…。」
全てを見届けた謎の老人…クーゴは…人知れず何処へと消えて行くのみだった…。
戦いは終わり、キングは最初の頃の様に花畑の上に敷いた敷物の上にトモエと共に
座っていた。
「けっ! あいつ等まだやってるぜ。」
「あんな事があったのに懲りん連中じゃのう…。また罰が当たっても知らんぞよ。」
キングとトモエの見つめる先には、エーマーゴによる騒ぎが最初から無かったかの様に
作業を再開して野山を切り開く建設会社の作業用ゾイド群の姿があった。
キメラ機怪獣エーマーゴ…あれは一体何だったのか。キングが出会ったあの老人とは、
地元の人が言っていたエーマーゴを封印したと言う神様の事なのか…それはもはや
今となっては知る術は無い。だが、これだけは言えるのでは無いか? どんな災いが
降りかかろうとも懲りずに開発を続け、自然を破壊し続ける人間こそ…機怪獣以上に
恐ろしい怪物なのでは無いかと………
おしまい
80 :
インストラクション・コード 49:2008/11/12(水) 22:20:46 ID:CUXoIMXn
「それにしてもお前ぇ、いつまでふらふらとゾイドファイターを続けてるつもりでぇ。
どうだひとつ、ここらでひとところに落ち着いたら」
「どういう意味だ」
「俺の跡を引き継いでもらいたんだがな」
「なんだって?」
と俺は聞き返す。多少は驚いたが、別にこのテの話は初めてじゃない。
「俺ももうあと五六年は出来ると思って、後継者を用意してなかった。とりあえず、昔の
つてで軍から引き抜いたのが一人いるんだが、ゾイドの腕はともかく、裏社会のことには
とんと疎い。この仕事は裏の世界にも顔がきかないと仕事にならねぇ。お前さんなら明日
からでも務まるんだがなぁ」
「あいにくだが、俺はあちこちで恨みを買ってる身でね。一週間と同じとこにいられない
んだよ。知ってるだろう」
「その筋には、俺が掛け合ってもいい。なあ、頼むよ」
「やけに熱心だな」
「俺がこの病院に入院してて何か変だと思わなかったか」
「普通のゾイドファイターは、瀕死の重傷でも入院なんてしないわな」
「そうだ。病院で寝てりゃ金をとられる。うちで寝てる分には金がかからんからな。で、
何で俺が病院で寝てられるかといえば、この町にはゾイドファイターでも入れる保険が
あるのよ。他の町にはこんな結構な制度はないだろ。保険屋にしてみりゃ怪我するのが日常
茶飯事のゾイドファイターなんぞに保険に入られたら、金がいくらあっても足りゃしない。
実は組合長さんが、父親を説得して港湾労働者用の保険をゾイドファイターにも適用できる
よう、掛け合ってくだすったおかげよ。あの組合長さんは地味な人柄だが、一生懸命、
ゾイドバトルが良くなるよう頑張っていなさる。今までの組合長は威張り散らしてふんぞり
返るだけで、何もしない人ばかりだったのにな。あんな人は俺は初めてみた。あの人の
ためだったら、俺は何でも出来るね」
俺は小さくうなずく。その気持ちは分からないでもないが、こちらはこちらの都合がある。
だが、この男にそれを全て説明するわけにはいかない。
「まあ考えておくよ。今はバトルのことで頭がいっぱいだ」
「本当に考えておいてくれよ」
なかなかにしつこい。思わず苦笑する。と、ふいにあることに気がついた。
「そういえば、病室に花が飾ってあったな。奥さんからかい?」
と言うや、意外や意外、このいかつい男が顔を真っ赤にしたではないか。
「所帯を持てるような身分かよ。ただ・・・行きつけの飲み屋の女将が俺が入院したって
聞きつけて、見舞いにきやがるのよ」
「ほう、あの花の状態だと、入院初日に来てそれっきり、ってわけじゃなさそうだがな。
旦那ももてるじゃねぇか」
「年寄りをからかうもんじゃねぇ。そりゃまあ、ここんとこ毎日きやがるけどよ。おまけに
俺が「もうゾイドに乗れねぇ」って愚痴を言ったら「それならうちの店の用心棒に雇って
あげようか」などと抜かしやがって・・・」
「酒場の用心棒か。それもいいんじゃねえか」
俺は心の中でその状況を思い描いてみる。戦いに明け暮れた男、どうせ皿洗い一つ満足
にできまい。そんな不器用な男に寄り添う女のいる店。
「うん、悪くない」
青い空を見上げて、もう一度つぶやいた。
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『バイオゾイドじゃない!』 襟巻機怪獣ジュラース登場
キングがレイノスに乗ってやって来たのは低文明圏のとある大陸。かつて“ディガルド
武国”と呼ばれた軍事国家がバイオゾイドを持って荒らしまわっていた地域である。
もっとも…それは今となっては百年も前の昔の事になるのだが…
「さて…どっかで飯でもするか…。」
キングはレイノスのキャノピーごしに地上を見下ろし、たまたま目に付いた村へと
レイノスを降下させた。無論目的は食事の為である。しかし…
その村は小さくとも、それぞれの人々の営みが良く分かるのどかな村なのであったが…
キングの搭乗するレイノスが降りて来て早々…
「うわぁぁぁ!! バイオゾイドが攻めて来たぁぁぁ!!」
「へ!?」
彼等はレイノスの姿を見るなり次々にそう叫び、逃げ惑い始めたのだ。
「ちょっと待てあんた等! レイノスはバイオゾイド違うぞ!?」
「助けてくれぇぇ!! バイオゾイドに殺されるぅぅ!!」
慌ててレイノスから降りたキングが説明しようとするも、村人は泣き叫びながらそれぞれ
の家の中へ逃げ込み、戸を固く閉めてしまった。
「い…一体どうなってんだこれ…。」
キングは意味が分からなかった。どうやら村人はレイノスをバイオゾイドと認識している
様子なのだが…レイノスは決してそうでは無い。そうで無くても今のキングは腹が減って
いるワケで、話せば分かってもらえると村の中にあった食堂っぽい場所へ移動して戸を
叩くのであるが…
「おい開けてくれよ! こっちはちゃんと金持ってんだぞ!」
「うるさい! バイオゾイドに乗ってる奴に出す物なんて無いよ!」
結局問答無用で門前払いされてしまった。
「な…何でこうなるんだよ…レイノスはバイオゾイドじゃねーっつの…。」
思わず愚痴を零し、途方に暮れるキングであったが…
「旅の人…腹が減っとるのか?」
突然背後から話しかけられ、ふり向くとそこには一人の老人の姿があった。彼方此方が
土で汚れた様な白い服を着ている老人である。そして老人はキングに対し頭を下げる。
「すまんのう。この辺りの人間は何よりバイオゾイドを恐れておるし…通常の恐竜・翼竜
型ゾイドとバイオゾイドの区別が付いておらんのじゃ。」
「そ…それまた何で…。」
「ここで話すのも何であるし…それにお主は腹が張っている様でもあるし…飯を食いたい
なら…代わりにワシが出してやるからこっちに来なさい。」
「あ…それはすんません…。」
地獄に仏とはこの事。どうせこの村の他の連中は当てにならない故、とりえずはこの
老人を信じてみる事にした。
老人の名は“グ=ラン”と言い、村から離れた山の麓の小屋に一人住んでいた。そこで
キングはグ=ランから山菜料理をご馳走になり、それを食べながら彼から話を聞いた。
「昔…この大陸ではディガルド武国と言う国があってな、バイオゾイドと言う恐ろしい
ゾイドを使って恐怖で支配しとったんじゃ。そのディガルドも結局滅んでしもうたが…
この大陸の人々は今でもバイオゾイドを恐れておる。何でも使う人間の問題だと思うの
じゃが…ここの連中はそうは思わんのじゃ。バイオゾイド=悪じゃと思っておる。」
「ああ…そういう話は聞いた事ある。」
「それにこの大陸は何故かバイオゾイドを除く恐竜型がおらんでな…。他の大陸の人間
なら通常の恐竜型ゾイドとバイオゾイドの区別は付くが…この大陸ではそうはいかん。」
「なるほど…あの村の連中がレイノスをバイオゾイド呼ばわりした理由はそこか…。」
グ=ランからの話を聞いて初めてキングは状況が理解出来た。最初から恐竜型と言う
存在が認知さえされていないと言うのなら、レイノスをバイオゾイドの一種と混同して
しまっても可笑しくない。それに、バイオゾイドも今では他大陸でライセンス生産が
行われていても、他大陸には他にも強いゾイドはゴロゴロいる為に“多種多様なゾイドの
中の一カテゴリー”としての感覚でしか捉えられていないが、この大陸においてバイオ
ゾイドは正真正銘の恐怖の象徴である様子だ。もっとも…キングや他の恐竜型ゾイドを
使う者にとっては迷惑な話であるが…
山菜料理を食べ終えた後、キングは何故か農具を手に持ち、グ=ランの家の隣にある畑で
農作業をしていた。
「別にそんな手伝わんでもええのに…。」
「どうもタダ飯と言うのは癪だからな…少し位手伝っても罰は当たらないだろう?」
そんなワケで、キングはグ=ランの畑で農作業を手伝っていたのだが…そこで突如として
大きな地響きが響き渡った。
「何だ!?」
キングは農具を思わずその場へ置き、慌てて携帯していた対ゾイド荷電粒子銃を手に
取って身構えた。どうやら地響きの正体は地震の類では無く、何か巨大な生物の歩行に
よって発生した物の様子だったのだが…そこでグ=ランがキングの手に持っていた銃に
軽く手を添え、下ろした。
「奴は大人しいから大丈夫じゃ。銃は収めてもええぞ。」
「え?」
大して戸惑いもしないグ=ランにキングは疑問に思うが、直後に現れたのは一体の巨大な
ゾイド…なのだが…少し様子が違った。何と首の周囲にパラボナアンテナを思わせる形状
の襟巻の生えたゴジュラスなのだ。しかも特に暴れる様子も無く、むしろ大人しい素振り
でグ=ランへ歩み寄っていく。
「何だこの襟巻の生えたゴジュラスは!? ってか恐竜型いるじゃねーか!」
「たまに例外もあるんじゃ。このジュラースもその内の一頭でな…。」
グ=ランが“ジュラース”と呼んだ襟巻ゴジュラスがグ=ランの位置まで姿勢を低くし、
そしてグ=ランがその鼻の部分を優しく撫でる。そこでもゴジュラスらしからぬ大人しさ
が良く分かる。
「コイツは本当に大人しい奴でな…この通りワシに懐いておる。じゃが……この大陸に
おける常識ではジュラースもバイオゾイド扱いじゃ。じゃからワシ等はこうして人里から
離れた場所に住んでおるのじゃ。」
「なるほどな…。」
それから、キングは食事代代わりにグ=ランと共にジュラースの身体を洗浄を手伝う事に
した。横に寝転んだジュラースの背に上り、グ=ランと手分けしてジュラースの身体を
雑巾やタワシを使って磨いて行くキングなのだが、ジュラースはゴジュラスらしからぬ
大人しさでじっとしている。普通のゴジュラスからは到底考えられない。
「本当に大人しいなコイツ…。」
「そうじゃろう? だからこそ…ワシはコイツが不当にバイオゾイド扱いされて殺される
のが嫌なんじゃ。」
「ああ…。」
男は周辺の植生に合わせた偽装網を、最後に隠していた荷車の下から取り出すとそっとか
ぶってからくぼ地の稜線までじりじりと匍匐した。稜線にはあらかじめ選定してある狙撃ポ
イントがあった。狙撃ポイントは稜線上でわずかに鞍部となっているのだが、標的の位置か
ら見ると丘の背後面と重なって、偽装網を被った男の姿を識別するのは困難なはずだ。
だが、男はおそらく偽装の必要性は無いだろうと考えていた。少なくとも対人の必要は無
いだろうと。監視哨につめるネオゼネバス帝国軍将兵の錬度、士気はひどく低かった。おそ
らく直接的な戦闘行為となる可能性の低い街道の監視任務を軽視しているのではないのだろ
うか、それに将兵の数も少ないから単純に考えても監視網には穴があることになる。ネオゼ
ネバス帝国軍はまだ人手不足だから監視任務に多くの兵を貼り付けるわけにはいかないのだ
ろう。
その少ない人員数をカバーするために無人のキメラブロックスを多数導入しているのだが、
どんなにキメラ機が高度なセンサーを持っていたとしても結局、収集した情報を分析、判断
するのは最終的には人間の役割となる。
それにキメラブロックスの制御AIは戦闘行為以外の容量は極端に少ないはずだ。ロード
ゲイルが指揮するキメラブロックスは一個小隊から一個中隊程度が基本だった。ロードゲイ
ルのパイロットは自機を操作しながら、三十機もの機体に命令を与えなければならないこと
になる。経験をつんだ士官の少ないネオゼネバス軍将兵にとってはこれはかなり難しい作業
であるはずだ。
だからキメラブロックスにはある程度の判断基準を与えた上で後は自動で戦闘が可能であ
るようにプログラミングされていると考えられていた。この場合、戦闘行為や戦術判断に容
量が食われて、監視業務のように高度な判断が求められる行動のプログラミングは軽視され
ているはずだ。そこまで求めていくと戦術AIの開発、維持だけで膨大な予算が必要となる
からだ。
男はだから安心して狙撃銃の照準をロードゲイルのコクピット、正確にはコクピットカバ
ーのやや上、パイロットが立ち上がったときに胴体が来るであろう場所に合わせた。
ロードゲイルのパイロットはまもなくコクピットをあけて立ち上がるはずだった。
キングはグ=ランの気持ちが良く分かった。キングも元はキングゴジュラスなのだ。
彼だって恐竜型と言うだけの理由で勝手にバイオゾイド扱いされて攻撃されるのは嫌だ。
しかし…残念ながらその思いは、この大陸の風土とは相成らぬ物だった…
キングとグ=ランがジュラースの身体を洗っていると、突然爆発音が響き渡ったのだ。
「何だ!?」
キングとグ=ラン、そしてジュラースはそれぞれ爆発音の響いた方向を向く。すると
どうだろうか。この大陸で運用されているバラッツやコマンドウルフ、セイバータイガー、
エレファンダー等が木々をなぎ倒し現れたのである。そして、それらゾイドの足元には
農具を武器として両手に持った村人達の姿があった。
「バイオゾイドをぶっ壊せー!!」
「バイオゾイドを持ってる人間も同罪だー!!」
どうやら彼らは恐竜型を問答無用でバイオゾイドと認識し、破壊すべき物として捉えて
いる様子だった。だからこそジュラースを破壊しようとしているのだろう。
「かの英雄ルージ=ファミロン様は討伐軍を従えてディガルドの野望打ち砕いたんだ!!
我々だって…力を合わせればバイオゾイドを滅ぼせるんだ!!」
バラッツやコマンドウルフ等各ゾイドがジュラースへ砲撃を浴びせ、全身に直撃を受けた
ジュラースは苦しみのた打ち回る。そしてキングとグ=ランには暴徒と化した村人達が
寄って集って来たのである。
「バイオゾイドを使う愚か者を殺せー!!」
「うわ! 何をする!」
キングはグ=ランを守ろうとするが多勢に無勢、集団で押さえ込まれ、グ=ランにもまた
暴徒化した村人に集られ揉みくちゃにされ始めた。そして…一人の村人がグ=ランに対し
農具を大きく振り上げ…
「バイオゾイドを使う者は誰であろうと殺せー!!」
「止めろ!! 爺さんを殺すなぁぁぁぁ!!」
キングの叫びも空しく…グ=ランは村人達に殺された。元々先の短い老いた身であった上、
さらに村人から全身を農具で突き立てられてしまったのだ。
「……………!!」
キングとジュラースは衝撃の余り、声が出なかった。それに対し村人は歓喜の声を上げる。
「バンザーイ!! バンザーイ!! バイオゾイドを使う愚か者を殺したぞー!!」
「皆で力を合わせて平和を守ったんだー!」
「て…てめぇらぁ!!」
キングは怒りの余り対ゾイド荷電粒子銃を抜き、発砲しようとしたその時だ。先程まで
バラッツやコマンドウルフ等の砲撃を受け、虫の息だったはずのジュラースが天まで届く
かの様な悲痛な叫び声を上げて立ち上がったのだ。それだけでは無い。グ=ランを失った
怒りがそうさせたのか…ジュラースの身体がより巨大に肥大化して行くのである。
その光景はかのエヴォルトに近い物であり…ジュラースは大人しい恐竜型ゾイドから…
凶暴な襟巻機怪獣へと姿を変えていた。
「うわぁぁぁ!! バイオゾイドが蘇ったー!!」
「殺せ! 何としてもバイオゾイドを殺せ!!」
機怪獣へ生まれ変わったジュラースはもはや先程までの彼とは全く違った。暴徒化した
村人達の使うゾイドによる一斉砲撃を物ともせず、逆に叩き潰し、踏み潰した。そして
パラボナアンテナ状の襟巻から放たれる熱線でコマンドウルフ等を暴徒化した村人ごと
焼き払って行くのだ。
「た…助けてくれぇぇ!! お願いだからアイツを大人しくしてくれぇぇ!!」
ジュラースの破壊によって全身血だらけにされた村人の一人が、地面を這いながらキング
の足を掴みそう哀願するが、次の瞬間キングに蹴り上げられた。
「勝手な事を言うな。元々大人しかったジュラースを凶暴な機怪獣にさせたのは
てめぇらだ。まるでグ=ラン爺さんの怒りが乗り移ってる様だぜ。」
キングはなおも怒りに狂って破壊を続けるジュラースを見上げる。その場にいたバラッツ
やコマンドウルフ等を破壊したジュラースは、今度はここから離れた村へと歩き始める。
そう、最初にキングを門前払いにしたあの村である。恐らくグ=ランの敵討ちとばかりに
破壊しようと言うのだろう。
「ま…勝手にするが良いさ…。思う存分恨みを晴らして来るんだな。」
キングはジュラースに対し特に何かするでも無く、ただただ見送るのみだった。
「うわぁぁ!! 巨大なバイオゾイドが攻めて来たぁぁ!!」
「助けてくれぇぇ!!」
案の定ジュラースは村に攻め入り、怒りのまま破壊の限りを尽くした。しかもそれは、
直接家々や人々を踏み潰す陰惨な物だった。その気になればパラボナアンテナ状の襟巻
から放たれる熱線で焼き尽くす事も容易い事であろうに…あっさり滅ぼしてしまっては
グ=ランを失った悲しみは晴れないと言う事なのだろうか…。無論、そうなってもなお
キングは何もしない。今まで成り行き的にキングゴジュラスとして機怪獣と戦って来た
彼だが…この村人の為に戦う気にはなれなかった。通常の恐竜型ゾイドとバイオゾイドの
区別すら付かず、挙句には何もしていないジュラースやグ=ランさえ殺した村人を
恐竜型ゾイドであるキングゴジュラスたる彼が…救うはずが無い。
キングは何もしなかった。ただぼーっと…その場に佇むのみ。
「どうせ一通り暴れれば落ち着いて戻って来るはずだ。」
そう考えていた。後は心無き暴徒化した村人達に殺されたグ=ランをどう供養しようか
と言った事を考えていたのだが…ジュラースは戻って来る気配を見せない。
「変だな…。奴が戻って来ない。」
元来大人しく、またグ=ランに懐いていたのだから、一通り暴れて満足すれば…死んだ
グ=ランの遺体を気にして戻って来るはずだ。しかしこの通り…戻って来ない。
「ちょっと様子を見に行ってみるか…。」
少し気になったキングはレイノスに搭乗し、ジュラースの様子を見に行く事にした。
レイノスはジュラースの向かった村の上空までやって来た。村は文字通りの焦土と化し、
生存者も絶望的と思える程にまでの惨状となっていたのだが…ジュラースの姿は見えない。
「変だ。奴の巨体と特長的な形状なら目立っても可笑しくないのに…。」
キングはレイノスの背に装備されたレーダーを使い、ジュラースの足取りを追う事にした。
元々首にパラボナアンテナ状の襟巻が付いただけのゴジュラスに過ぎなかったジュラース
だが、グ=ランを失った怒りと悲しみにより機怪獣へエヴォルトした今のジュラースは
機怪獣故の常識的を超越した高い出力を持つ。それ故に発する熱量も半端な物では無く、
レーダー探知も容易であった。そしてジュラースを発見するキングであったが…
「あ! アイツ全然関係無い所まで破壊してるじゃねーか!!」
そう。ジュラースはグ=ランを殺した暴徒の村とは無関係な…別の街にまで侵攻し、破壊
を繰り返していた。
「おい! やめろ! コイツ等は関係無い! 無意味な破壊はそこまでにするんだ!」
キングの搭乗するレイノスは低空まで降下すると共にジュラースの周囲を旋回しつつ
そう呼びかけるが…ジュラースは破壊を止める様子を見せない。
「おい! やめろ! それ以上の破壊はグ=ラン爺さんだって望んではいないぞ!」
キングが幾ら呼びかけようともジュラースは破壊を止めない。しかもそれだけでは無く…
「そこの未確認バイオゾイド! 止まれ! 我々はキダ藩空軍!」
「ん!? この大陸の空軍か!? ってかレイノスはバイオゾイドじゃねー!」
突如として天高くから数機のレインボージャークが現れ、レイノスとジュラースへ向けて
発砲して来た。ジュラースの暴れぶりから考えて正規軍が出張って来るのは仕方が無い事
であるが、他大陸に比べて飛行ゾイドがかなり希少とされるこの地域で良くもレインボー
ジャークを数機も調達出来た物である。だが、そんな事はキングにとってどうでも良い。
むしろ彼らにとってもレイノスとジュラースがバイオゾイド呼ばわりである点の方が
遥かに気になった。
「そこのバイオゾイド!! これは警告では無い!! これは…。」
「だからバイオゾイドじゃねーっつってっだろ!! って言うか邪魔だ!」
キングのレイノスはレインボージャークの突っ込みを軽く宙返りで回避しつつ背後を
取り、三連ビーム砲の連続掃射で次々に撃ち抜いて行った。余りにもあっけない結末だが、
レイノスをバイオゾイド扱いした罰が当たったという事で…
「ったく邪魔が入っちまったな…ってかジュラースの奴まだ暴れてるし…。」
地上には恐らく正規軍の物と思しきランスタッグが展開し、ジュラースへ攻撃を仕掛けて
いるのが見えた。だがそんな事をしても倒せるはずが無いし、むしろ火に油を注ぐ行為も
甚だしい。
「やめろ! てめぇらの戦力じゃジュラースの怒りの炎にガソリンぶちまける様な
もんだ! 攻撃をやめろぉ!!」
キングは全周波通信で攻撃中止を呼びかけるが…彼らがそんな話を聞くはずも無く…
「バイオゾイドを使う者が何を言うか! 未だにバイオゾイドを使う貴様の様な奴が
いては…かの英雄ルージ=ファミロン様と討伐軍の勇士達の戦いが全て無駄になって
しまうでは無いか!」
逆にそう言い返されてしまった。そう、これがこの大陸における正義。恐竜型ゾイドと
言う存在が認知されていないこの大陸では通常の恐竜型とバイオゾイドの区別も付いて
おらず、ビース共和国同様に恐竜型は滅ぼすべき存在としてしか見ていなかった。
「こ…この…この下衆野郎共がぁぁぁぁ!!」
キングは切れた。今でこそトモエの魔術によって人間の姿へ変えられているが…元々は
恐竜型ゾイド…キングゴジュラスである彼にとって…この大陸の正義を認めたく無かった。
キングの怒りが頂点に達すると共に、水色の頭髪の中に逆立つ真紅のアホ毛が光を発し、
炎の様にメラメラと燃え上がり輝き始めた。そして真紅の輝きがキングの全身を包み込む
と共に…キングゴジュラスへ姿を変えた。
「新たな巨大バイオゾイド出現!!」
「うろたえるな!! 攻撃しろ!!」
正規軍のランスタッグ隊はキングゴジュラスにも攻撃を加えるが…そんな物がキング
ゴジュラスに通用するはずが無く…
『だからバイオゾイドじゃねーっつってっだろカス共がぁぁぁぁ!!』
キングゴジュラスの口腔部から放たれたTNT火薬数百トン分の破壊力を持つキング
ミサイルにより…ランスタッグ隊は瞬く間に全滅させられた。機怪獣に対しては牽制に
しかならないキングミサイルも通常ゾイドに対しては圧倒的であった。
『さて…そろそろもう良いだろう? グ=ラン爺さんの所に戻ろう?』
キングゴジュラスは火の海と化した街を闊歩するジュラースへ歩み寄り、肩に手を
置こうとするが…ジュラースはそれを振り払い、あろう事かパラボナアンテナ状の
襟巻から発する熱線をぶち当てて来た。
『うわっちちち!!』
想像を絶する熱量。キングゴジュラスでなければ蒸発は必至な程であり、何とか耐えた
キングゴジュラスも熱線に押し流され、数百メートル先へ倒されてしまった。
『てってめぇ! 何しやがる! ってうぉ!』
慌てて起き上がろうとしたキングゴジュラスだが、間髪入れずにジュラースに飛び掛られ、
その豪腕に装備された鋭い爪を思い切り打ち付けられてしまった。しかも一発のみならず、
キングゴジュラスの顔面へ何発も打ち込んで行くのだ。
『こ…コイツ…怒りで…完全に…我を…失ってやがる!』
そこでキングゴジュラスは悟った。もうあの大人しかったジュラースはいないのだと…
今目の前にいるのは…怒りによって全てを破壊する事しか考えられなくなった機怪獣に
過ぎないのだと…
『てめぇ!! 目的と手段をすり替えてどうする!! てめぇが破壊をしていたのは
グ=ラン爺さんの仇討ちを成す為の手段に過ぎなかったんじゃないのか!? 今てめぇが
やってるのは破壊と言う目的成す為の手段にグ=ラン爺さんの仇討ちと言う理由付けを
しているだけに過ぎない!! そんな事をしてもグ=ラン爺さんは喜ばねぇぞぉ!!』
キングゴジュラスはジュラースの打撃を押し退けつつ立ち上がり、そう訴えかけるが…
ジュラースは大人しくなるはずも無く、なおも攻撃を続ける…。
『ば…馬鹿野郎がぁぁぁぁぁ!!』
直後、キングゴジュラスの拳がジュラースの分厚い胸板に打ち込まれ、装甲を大きく
凹ませると共に数百メートル先にまで吹っ飛ばした。しかし、それでも致命傷には
至らないらしく、パラボナアンテナ状の襟巻をキングゴジュラスへ向け、熱線を放射
しようとするが…
『そうはさせる物かよ!!』
すぐさま接近したキングゴジュラスが両手でジュラースの襟巻を掴み…引き千切った。
忽ち上がるジュラースの絶叫にも似た咆哮。やはり襟巻を奪われた痛みは凄まじいのか…
ますますキングゴジュラスへ怒りを向ける。それに対しキングゴジュラスは足元へと
引き千切った襟巻を捨て、真っ向から突撃して来るジュラースを迎え撃った。
決着は一瞬だった。キングゴジュラスとジュラースが超高速ですれ違った時、キング
ゴジュラスのビッグクローからなる手刀がジュラースの腹部を斬り裂き、ジュラースは
口から血ともオイルとも取れる様な…真っ赤な液体を流しながら…崩れ落ちた。
『…………結局こうする事しか出来なかった…俺って一体何なんだ…。』
キングゴジュラスは空しさを感じながら…襟巻をジュラースの首へそっと戻した。
かつて人里離れた山の麓…グ=ランの家があった場所に小さな墓が作られた。
『ゾイドを愛した一人の男と…その男を愛したゾイド…ここに眠る…。』
そして、小さな墓の前にキングが悲しげな表情で立っていた。
「すまねぇな…俺にはこの程度の事しか出来なくて…爺さんには飯食わして貰ったって
のに……本当に…すまねぇ…。」
キングは余りにもグ=ランに対し申し訳無かった。しかし…今となっては何が出来る
だろうか…もはやこの様に供養してやる他は何も出来ない。キングは今程自分の無力さを
思い知った事は無かった。
「本当に悪いのは…破壊を成してしまったジュラースなのか…俺なのか…はたまたバイオ
ゾイドと通常の恐竜型ゾイドを混同し…差別するこの大陸の常識なのか…。何なんだ…。」
キングは胸の内にやるせなさを感じながら…再び旅立った。
おわり
その夜、俺達はとある倉庫にいた。俺とリー・チェン、ユーリ(コマンドウルフ)である。
俺達の目の前にはかつてベアファイターだったものがある。だが、こいつを見て
もとが何だったか判別できるやつはまずいまい。
リーの怪我は外出許可がとれるほど軽くはない。消灯後にこっそり抜け出してきたのだ。
見るも無残である。かろうじて丸みをおびた頭部のシルエットが残っている。あとは
前腕両肘についていた円形シールドが真っ黒ではあるが原形をとどめている。リーが「戦場で
二十年かけて鍛えた」と豪語するだけのことはあり、単純な鉄製でありながらMetal−
Ziの武器すら弾き返す強度を持つ。咄嗟にシールドでコクピット部分をカバーしたから
頭部だけ残ったのだろう。下半身は真っ黒こげの金属の塊で、これでは屑鉄として
再利用することもできない。よほどの火力が短時間に集中しないとこうはならない。
ゾイドバトルのレギュラーマッチでこれだけの損傷は普通はありえない。ディバイソンの
十六門砲ならではの破壊力だが、いかに短期間に精密な攻撃が行われたかの証左である。
「あー、これ、おじさんに来てもらって良かったね。この子、まだおじさんと戦いたいっ
て言ってるよ」
とユーリが言う。事情を知らないリーは、コマンドウルフが喋ったことに対して驚く。
しかも幼い女の子の声だ。俺は秘密厳守、と釘をさす。リーも一般人ではない。余計な
ことは言わずに二つ返事で了解した。
ともかく、ユーリのおかげで、なぜベアファイターのゾイドコアが休止状態にならない
のか判明した。この親父を連れてきたのも正解だった。記憶移植には拒絶反応を伴う場合
があるが、近親者がいるとゾイドが安心するのか、成功率が高くなるので連れてきたのだ。
「うぇっ」
リーの無骨な喉が奇妙な音をたてる。俺はさりげなくおっさんに背を向ける。彼にとっ
てもこのゾイドはかけがえのない相棒なのだ。いい年こいたおっさんの泣くとこを見る
趣味は俺にはない。
「ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれや」
そう言いながら、鼻面のあたりを優しく撫でてやる。すると、ひび割れた胴体からまば
ゆい光があふれ、明滅している。
「かわいそうな子。おじさんに別れが言いたいんだね」
そう言いながらユーリはコマンドウルフを残骸に近づける。口で隙間をこじ開け、未だ光
っているゾイドコアを口にくわえる。明滅はますますはげしくなっていく。コマンドウルフ
は微動だにしない。
やがて、
ベアファイターのゾイドコアがひときわ強く輝き、次の瞬間にふっと光を失なう。
「ダウンロード、完了」
リーはこちらに背をむけたまま。その肩は微妙に震えている。
「アレス、それとおじょうちゃん・・・コイツの分まで、存分に戦ってくれよ」
がらじゃないが、また一つ、俺の戦う理由ができちまった。
待機していたのはそれほど長い時間ではなかった。狙撃銃に取り付けたスコープの視界で
ロードゲイルのコクピットカバーがあけられた。そしてのんびりとした表情でシートから立
ち上がったパイロットの姿がスコープのクロスラインにおさまった。
スコープをのぞいていない目にはもう一機のロードゲイルが近づいてくる様子が見えてい
た。
街道の監視にあたるロードゲイルの交代はいつも決まった時間だった。男や情報局員達が
調べる限りその時間のずれは誤差範囲といえるほど小さかった。そしてこの時間につめる
ロードゲイルのパイロットはコクピットカバーをあけて交代するパイロットと談笑する習慣
があった。
交代したパイロットも付き合ってコクピットを空けるが、次の交代時間にはそのような事
はしていないから、今当直のパイロットだけの習慣なのだろう。男はその習慣を利用してパ
イロット達の狙撃を試みようとしていた。
そして交代するロードゲイル同士が数メートルほどの距離で停止すると、コクピットカバー
を開けた。男はスコープを覗き込んだまま監視哨のポールに掲げられたネオゼネバス帝国国旗
を確認した。本来精密狙撃に必要な観測手を男は欠いていたが、その代わりとして綿密な事前
調査によって地物を最大限利用することが出来た。ネオゼネバス帝国の国旗も周囲の風速と
旗のはためき具合を事前に観測しておくことで風速と風向きを確認する指標とすることが出来た。
勿論、狙撃ポイントとロードゲイルとの距離も確認済みだった。男はほんの少し風による
影響を考慮して照準を修正すると、特に気負った様子も見せずにトリガーを引いた。
修正値は適正だった。男はスコープ越しに、胴体に銃弾を受けたロードゲイルのパイロット
が衝撃でコクピットから倒れこむように落ちるのを見た。今の射撃でパイロットが絶命したの
かどうかは分からなかったが、命中したのは確かだった。それにロードゲイルのコクピット位
置高さは10m以上あるから、そこから落ちたのなら、銃傷とあわせれば行動不能は免れない
のではないだろう。
男は一射目で最初のパイロットを無力化したと判断するとボルトを引いて次弾を装填しなが
ら銃身を僅かにずらして照準を変えた。ボルトハンドルを上下運動させる必要のないストレー
トアクション方式だから、銃は跳ね上がることなく水平を保ったまま、素早く再装填された。
次の標的はもちろん交代先のロードゲイルパイロットだった。パイロットたちの談笑する時
間はロードゲイル同士の位置関係もほぼいつも変わらなかった。だから男は素早く照準を合わ
せることが出来た。
スコープ越しの光景に男は思わず苦笑を漏らした。交代パイロットは、突然血飛沫を上げな
がらコクピットから落下した同僚の姿が信じられないのかおろおろとしているだけに見えた。
目の前の状況に拘泥するあまり、どこかに連絡をしたり、自機や指揮下のキメラブロックスの
センサで周囲を走査しようとするそぶりも見せなかった。
男が完全に照準を合わせる前に、唐突に交代パイロットもようやく狙撃の事実に気が付いた
のか周囲を見渡し始めた。だがコクピットカバーを開けたまま自分の目で見渡すだけで、連絡
する様子やセンサを活用する様子はやはり見られなかった。
ふとその視線が男が陣取る丘の稜線に向けられた。男は引き金を引く直前に交代パイロット
と目が合ったような気がした。
男は狙撃を終えるとスコープ越しに二機のロードゲイルを観察した。パイロットを共に失った
ロードゲイルは微動だにせずにさっきと同じ姿勢のまま突っ立っていた。それは指揮官を失った
周囲のキメラブロックスたちも同じだった。数百メートル越しでだいぶ減音しているとはいえ
ゾイドの敏感なセンサには銃声も捕らえられたはずだが、指揮官によって最後まで索敵・攻撃
モードにされなかった無人機は、新たな命令が与えられるまで自立稼動しようとはしなかった。
おそらく軍用の小型ゾイド程度の脅威でも現れない限り待機モードは自動解除されないのだろう。
それとは対照的に突然二人のパイロットが落ちてきた街道では民間人たちが右往左往していた。
彼らはみな係わり合いを避けるためにそこから逃げようとしていた。誰も二人のパイロットの
生死を確認しようとしたり、介抱しようとはしないようだった。その様子に男は思わず苦笑い
をしていた。今の光景がネオゼネバス帝国と中央大陸の住民達との距離感を示しているような
気がしたからだ。
ようするに彼らの多くは、ネオゼネバス帝国を共和国軍に代わる武力組織としか見ていない
正確には国家としては認識していないのだ。他の大陸からの侵攻勢力に対する用心棒くらいに
しか考えていないのだ。少なくとも旧共和国領の民心はまだヘリック共和国に向いているとい
えるのではないのか。
なんにせよ逃亡を図る男にはこの状況は有利に働くはずだった。男は偽装網と狙撃銃を荷車
の上に捨て去ると資材類の中に隠して設置されている自爆装置のスイッチを入れた。自爆装置
は振動爆弾になっており、ネオゼネバス軍の捜索部隊が不振な荷車を探索したときに爆発する
ように意図していた。
次に男はディノチェイスに乗り込むと逃げ出す民間人達でごった返す街道に走らせた。やは
り誰もあせったような顔で逃げ出す男に不信感を抱くことは無かった。
ヘリック共和国情報局執行部隊は、同情報局が有する戦闘部隊であるが、その実態は闇に包
まれている。何よりも情報局は国内外の情報の収集、分析を業務とするのであって、公式には
実戦部隊は存在していないことになっている。だが彼らが存在するのは確実である。いくつか
の公にならない作戦に彼らは従事し、戦果を上げているといわれている。
彼らの多くはヘリック共和国軍の情報旅団や特殊歩兵部隊の出身者であり、両者と情報局執
行部隊は密接な関係にあるといわれている。
実際のところ情報旅団はともかく、特殊歩兵部隊や執行部隊はその編制には不明な点が多い。
いずれも軽ゾイド程度に支援された精鋭軽歩兵部隊であることは間違いない。
ZAC2106年初頭、情報局執行部隊を含む非対称戦に特化した特殊部隊や彼らに訓練を
受けた地下抵抗組織が中央大陸全土で一斉に蜂起、ゲリラ戦が開始された。
ネオゼネバス帝国軍はこれに対応して各都市部の守りを固めた。ゲリラ部隊に呼応して中央
山脈に潜んでいるヘリック共和国正規軍が旧共和国領の奪還を決行すると考えたからだ。
しかしこの蜂起は陽動にすぎなかった。共和国正規軍はこの後一年をかけて中央大陸から西
方大陸や東方大陸に脱出し、大型ゾイドの生産配備、再編制を行なう余裕と聖地を得た。
これをもって中央大陸の戦闘はネオゼネバス帝国軍による正規軍の残党に対する掃討戦から
軍民共同の地下抵抗組織によるゲリラ戦へと推移していった。
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『戦え! ビース&ダイナス』
適当機怪獣テキトーウルフ ビース共和国猛獣師団 ダイナス帝国凶竜師団 登場
古代ヘリック共和国の後継者を自称するビース共和国。ビーストをもじって命名された
この国は、その名の通り猛獣型のゾイドを主に使用している。それだけなら別に大して
問題は無いのだが…実際はそうでは無い。彼らは恐竜型ゾイドの高い闘争心は危険だと
称し、世界各国に対し恐竜型ゾイドの廃絶を呼びかけているのである。彼らが神聖視する
ヘリック共和国こそ数多くの恐竜型ゾイドを所有する恐竜大国であったのだが…単純に
知らないのか、はたまた彼らの理念に反する故に秘匿とされているのかもしれない。
無論他国には恐竜型ゾイドを使用している国は多く、内政干渉だとビースを批判している。
だが、それらの国をビース共和国は危険分子として自国の擁する猛獣師団を持って排除
して行っていると言うのが実情だった。そう、今やビース共和国は恐竜廃絶と言う目的の
為ならば何だってする恐怖の軍事国家と化していたのである。しかし、そんな彼らに
最強の敵が現れた。その名もキングゴジュラス。ビースの憎む恐竜型ゾイドでありながら
ヘリック共和国最強ゾイドを自称するキングゴジュラスはビース共和国にとって忌むべき
存在であり、何が何でも倒すべき脅威であった。
ビース共和国の隣にダイナス帝国と言う国家が存在した。ダイナソーをもじって命名
されたこの国は、その名の通り恐竜型ゾイドを主に使用している。そして、ビース共和国
とは逆に恐竜型ゾイドの保護を訴えており、それ故にビース共和国とは犬猿の仲であった。
そんなダイナス帝国の皇帝は純国産の最強のゾイドを作る事を夢見ていた。今この瞬間も
ダイナス皇帝が直接陣頭指揮を取った最強ゾイド開発が行われてもいたのだが、ある晩
ダイナス皇帝は自室に置かれていた大人の全身を丸ごと映し出せる煌びやかな大鏡に対し、
こう訪ねたのである。
「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番強いゾイドはだ〜れ?」
『ハイ、それはキングゴジュラスです。』
「何ぃぃぃ!! 自国のゾイドじゃねーじゃん!!」
自国で生産される恐竜型ゾイドこそ最強だと信じていたダイナス皇帝は大ショックを受け、
早速軍にキングゴジュラス討伐命令を出した。ダイナス帝国の誇る恐竜型ゾイド群こそ
世界最強だと証明する為に…。
一方その頃、ビース共和国とダイナス帝国。惑星Ziに名だたる二大国家の陰謀が
渦巻いている等とは夢にも思わず、キングはキングゴジュラスへ変身して機怪獣と激闘を
繰り広げていた。常識を超越した力を持つ機怪獣に対抗出来るのは、同じく常識を超越
した力を持つキングゴジュラスのみであり、実際キングゴジュラスは今まで多くの機怪獣
を成り行き的に駆逐する形となっていたのだが、そのせいで今やキングゴジュラスと
機怪獣の戦いは惑星Ziの風物詩の一つとなってしまっていた。
今回キングゴジュラスが戦う機怪獣は“適当機怪獣テキトーウルフ”その適当すぎる
ネーミングもさる事ながら、外見的にも狼型野生ゾイドにキングゴジュラス以上の体躯を
持たせた様な、これまた適当臭い物だった。しかしそれだけでなく…
『うわっとととと! そんなデカイ図体で走り回るな! 近所迷惑だろうが!』
500トン以上の重量を誇り、なおかつそれを支えるパワーも他のゾイドを超越している
キングゴジュラスを吹飛ばす巨体とパワーを持ち、なおかつ近所迷惑になる程素早いと
言う実に適当な強さをも持ち合わせていた。
キングゴジュラスとテキトーウルフの戦いの舞台となっているのも、やはり適当な何処か
の都市のど真ん中であり、しかもテキトーウルフが近所迷惑等一切考えずにその巨体と
パワーとスピードを持ってビルを薙ぎ倒しながら駆け回るもんだから、既に彼方此方が
瓦礫と化しており、余り周囲の迷惑を考えない方なキングゴジュラスでさえも戦いに
巻き込まれた都市の人々が哀れに思えて来る程であった。
『分かった分かった! お前が巨体でも素早いってのは分かったから! 無闇に街破壊
してないでこっちに打って来いよ!』
キングゴジュラスはそう言いながら両手で自身を仰ぎ、テキトーウルフを挑発し、気を
引こうとしていたのだが…彼は知らなかった。既にキングゴジュラスとテキトーウルフの
両者を…ビース共和国軍の誇る猛獣師団と、ダイナス帝国の誇る凶竜師団が包囲していた
事を…。
「キングゴジュラスは未確認巨大ゾイドと戦闘中!」
「よし! ならば奴が未確認ゾイドとやらに気を引かれている隙に全軍接近し、一網打尽
にせよ! 猛獣師団全軍出撃! ビースの誇る正義の獣の力…見せてやれ!」
ビース共和国軍猛獣師団を指揮するアニ=マール将軍の指令の下、ビース共和国の誇る
ブレイブジャガー・ハードベアー・ハリケンホークの三大猛獣型ゾイドの大軍団が
大津波のごとくキングゴジュラスとテキトーウルフの激戦の続く都市へ雪崩れ込んだ。
無論その都市に住む人々の事等一切考えはしない。彼らにとってキングゴジュラスを
倒す事こそが第一であり、都市の犠牲はお構い無しであった。
「キングゴジュラスは未確認巨大ゾイドと戦闘中! それと…我等の仇敵、ビース共和国
の連中までもが大軍を率いていますが…。」
「構わん! キングゴジュラスもろとも飲み込んでしまえ! 我等ダイナス帝国のゾイド
こそが最強だと思い知らせてやるのだ!」
ダイナス帝国凶竜師団を指揮するキョウ=リュウ将軍の指令の下、ダイナス帝国の誇る
ラプトイェーガー・ステゴガンツァー・ブラキオラケーテの三大恐竜型ゾイドの大軍団が
大津波のごとくキングゴジュラスとテキトーウルフの激戦の続く都市へと雪崩れ込んだ。
無論その都市に住む人々の事等一切考えはしない。彼らにとってキングゴジュラスを
倒す事こそが第一であり、都市の犠牲はお構い無しであった。
猛獣師団と凶竜師団が雪崩れ込んで来ている事も知らぬキングゴジュラスは目の前の敵、
テキトーウルフとの戦いに集中していた。
『ダブルキャノンの連続発射で砕けて死ねぇ!!』
キングゴジュラスは胸部のスーパーガトリング砲の両側面に装備されたダブルキャノンを
テキトーウルフへ撃ち込む。しかし、テキトーウルフはそれを適当に身体を捻らせ、回避
して行く。ただ単純に足が速いだけでは無く、身のこなしに関しても適当に凄い物を見せ
ていた。
『くそ! 直撃させさえすれば!』
キングゴジュラスはムキになってテキトーウルフの動きに合わせ、自身の方向を変えつつ
ダブルキャノンを矢継ぎ早に連続発射して行くが、それさえもテキトーウルフは軽やかに
回避して行くのみだった。
キングゴジュラス胸部から連続発射されたダブルキャノンの砲弾はことごとくテキトー
ウルフに回避されてしまったが、その弾丸は消滅してしまったワケでは無い。当然の
ごとく、ダブルキャノンから発射された何百何千と言う数の弾丸は流れ弾となり…周囲に
飛び散って行くのだ。そして…
「うわぁぁぁ!! 何だぁぁ!?」
「ウギャァァァ!!」
都市の周囲の彼方此方で絶叫と大爆発が響き渡った。何故ならば、テキトーウルフに回避
されたキングゴジュラスのダブルキャノンの超高熱弾何百何千発が流れ弾となり、周囲を
包囲していたビース・ダイナス両軍へ降り注いでいたのである。その一発一発が巨大級
ゾイドさえまとめて消し飛ばす程の威力と広大な破壊範囲を持ち、彼方此方で阿鼻叫喚の
地獄絵図と化していた。機怪獣が圧倒的に非常識過ぎてどうにも強さが実感しにくい状況
であったが、やはりキングゴジュラスは間違い無く地上最強のゾイドだった。
「キングゴジュラスの攻撃で友軍が早くも多大な損害を出しています!」
「くそ! 単機でアレだけの破壊をやってのけるとは…何と言う事だ! 何としても破壊
せよ! あれはあってはならない物だ! あんな物が存在しては世界の軍事バランスは
一変する! 何よりあれだけの強力すぎるゾイドがいては…貧弱な装備で健気に頑張って
いる一般兵士達が哀れ過ぎるでは無いか!」
ビース共和国軍アニ=マール将軍は単機で戦局をも覆しうる力を持つキングゴジュラスに
危機感を感じ、残存機に一斉チェンジマイズ命令を出した。キングゴジュラスのダブル
キャノンの雨あられの中で何とか生き残ったブレイブジャガー・ハードベアー・ハリケン
ホークがチェンジマイズ合体し、バイトグリフォンへ姿を変えて行く。強大な力を持つ
キングゴジュラスに対抗する為に、ビース側も強大なチェンジマイズ合体ゾイドで勝負を
かけようと言う事なのだろう。って言うかそのキングゴジュラスを苦戦させる機怪獣の
方は無視なのか?
「キングゴジュラスのパワーは異常すぎます! 通常砲撃でさえあれだけのパワーを…。」
「おのれ! あんな奴がいては我がダイナス帝国は何時まで経っても最強ゾイドを作れぬ
では無いか! そんな事はさせんぞ!」
ダイナス帝国軍キョウ=リュウ将軍は単機で戦局をも覆しうる力を持つキングゴジュラス
に危機感を感じ、残存機に一斉チェンジマイズ命令を出した。キングゴジュラスのダブル
キャノンの雨あられの中で何とか生き残ったラプトイエェーガー・ステゴガンツァー・
ブラキオラケーテがチェンジマイズ合体し、グランドラーゴへ姿を変えて行く。強大な力
を持つキングゴジュラスに対抗する為に、ダイナス側も強大なチェンジマイズ合体ゾイド
で勝負をかけようと言う事なのだろう。って言うかそのキングゴジュラスを苦戦させる
機怪獣の方は無視なのか?
『くそ! 何で当たらねぇんだよ! 相手は俺よりデカイんだぞ!』
キングゴジュラスはなおもダブルキャノンを撃ちまくるが、その都度テキトーウルフに
回避され、さらに流れ弾がビース・ダイナス両軍と未だ避難を終えぬ都市の人々を次々に
吹飛ばして行くのみだった。戦いにおいて常に攻撃が敵に命中するとは限らぬ事はキング
ゴジュラスとしても分かっているが…全く当たら無いのは腹立たしい事この上ない。それ
も自分より大きな相手に…。まあそのおかげで自分を狙うビース・ダイナス両軍がキング
ゴジュラスへ攻撃を仕掛ける前に次々やられて行くと言う事にもなっていたのだが、最初
からビース・ダイナスなど眼中に無いキングゴジュラスにとってどうでも良い事である。
しかし、テキトーウルフとて何時までも回避に回っているワケでは無い。ダブルキャノン
を回避しつつ、キングゴジュラスへ向けて口を開くのである。
『ん!?』
テキトーウルフの口腔内から大熱量を感じた直後、テキトーウルフの口から熱線が放射
された。外見的には巨大な狼型野生ゾイドたるテキトーウルフにその様な器官が存在
するのが驚きであるが、この手の熱線系攻撃は機怪獣においては当たり前と言う見方も
出来る。その為、これもまたある意味適当だと言えた。
『くそ! その程度の熱量で俺を焼き尽くせると思うな!?』
並のゾイドなら蒸発は必至な熱線であるが、キングゴジュラスにはそうは行かない。
両腕を正面に出し、両掌部で熱線を受け止めた。超高熱量の熱線はキングゴジュラスの掌
で拡散し、そこを中心にして周囲に飛び散って行くのみだった。
さて…キングゴジュラスが掌で受け止めた事によって拡散した熱線がどうなったのかと
言うと…勿論のごとくそれもまた流れ弾となり…
「うぎゃぁぁぁぁ!!」
「お母さーん!!」
と、キングゴジュラスとテキトーウルフを包囲するビース・ダイナス両軍へ降り注ぎ
阿鼻叫喚となっていましたとさ。合掌。
掌で熱線を受け止め弾いたとは言え、キングゴジュラスのダメージもゼロでは無かった。
『うわっちちちち…フーフー!』
やはり熱い物は熱く、思わず自分の掌に息を吹き掛けていた。何しろ他のゾイドの様に
ゾイドに搭乗したパイロットによって操縦されている物では無く、キングゴジュラス
そのものである為、機体のダメージはそのまま本人のダメージとなってしまうのである。
そうしてなおも軽い火傷に近い状態となった掌に息を吹き掛けていたキングゴジュラス
だが、それはテキトーウルフにとって大きな隙となり、絶好のチェンスとばかりにその
大口を開けて飛びかかって来たでは無いか!
『うお! 危ね!』
キングゴジュラスは掌に息を吹きかけながら身を低くして回避した。巨狼の牙…それも
相手は機怪獣なのだから、一度噛み付かれてしまってはかなり辛いのである。
一方、ビース共和国軍後方のアニ=マール将軍は前線からの報告に苛立ちを覚えていた。
「何故だ!? 何故敵を包囲しておきながら未だ接近出来ずにいるんだ!?」
「キングゴジュラスのみならず、それと交戦中の未確認巨大生物もかなり強力である為、
迂闊に近寄る事が出来ないとの事です。後…ダイナス帝国軍の妨害等も…。」
「おのれ…ダイナス軍めぇぇぇ!」
流れ弾と化したキングゴジュラスの砲弾やテキトーウルフの熱線が、彼方此方を包囲する
ビース軍を吹飛ばして行っている事もさる事ながら、同じく戦線に展開するダイナス軍
との戦闘も勃発しており、彼らは中々接近出来ずにいた。
一方、ダイナス帝国軍後方のキョウ=リュウ将軍は前線からの報告に苛立ちを覚えていた。
「何故だ!? 何故敵を包囲しておきながら未だ接近出来ずにいるんだ!?」
「キングゴジュラスのみならず、それと交戦中の未確認巨大生物もかなり強力である為、
迂闊に近寄る事が出来ないとの事です。後…ビース共和国軍の妨害等も…。」
「おのれ…ビース軍めぇぇぇ!」
流れ弾と化したキングゴジュラスの砲弾やテキトーウルフの熱線が、彼方此方を包囲する
ダイナス軍を吹飛ばして行っている事もさる事ながら、同じく戦線に展開するビース軍
との戦闘も勃発しており、彼らは中々接近出来ずにいた。
キングゴジュラスとテキトーウルフの激闘が行われていると同時に、各地でビース軍と
ダイナス軍による死闘が行われていた。猛獣師団対凶竜師団。何十何百と言う数のバイト
グリフォンが空を駆け、同じく何十何百と言う数のグランドラーゴの重火器が火を噴く。
それだけでは無く、両軍ともにネオブロックスを主力としている為か、破損した機体が
それぞれ無事な部分同士でチェンジマイズ融合し、様々な形状を取って戦闘を継続する
姿も見られていたのである。
キングゴジュラスは大口を開けて噛み付いて来るテキトーウルフから逃げ回っていた。
『こんなのに噛まれたら一溜まりも無いだろ! 黴菌とかも付いてそうだし!』
これがコマンドウルフやケーニッヒウルフ程度なら問題は無いが、相手は機怪獣なのだ。
その体躯はキングゴジュラスを超え、パワーも油断出来ぬ程凄まじい。キングゴジュラス
としてもそんなのに噛まれたくは無い。しかし、テキトーウルフはそんな事はお構い無し
に本気で噛み付いてくるべく何度も飛び付いて来るのである。
『ええい! 鬱陶しいんだよ!』
ただで噛まれるキングゴジュラスでは無い。テキトーウルフの突撃を正面から受け止め、
それと同時に故意に背中から倒れつつ、テキトーウルフの腹部を思い切り蹴り上げた。
言うなれば柔道の巴投げに近い体勢となってテキトーウルフを投げ飛ばしたのだ。しかし、
それだけに終わらない。キングゴジュラスは直ぐに立ち上がり、両腕を高々と上げる。
『俺の新技を受けて見ろ!』
キングゴジュラス頭部に輝く真紅のブレードホーンがスパークを起こし、そこから放出
されるエネルギーがキングゴジュラスの両手へ流れ込んで行く。そして両手を合わせ、
先程の巴投げで体勢を崩していたテキトーウルフへ向けて振り下ろした。
『キィィングギロチン!!』
そう叫ぶと共に円形状の刃と化したエネルギーの塊がキングゴジュラスの両手から発射
された。それはギルタイプが両翼と背に装備しているビームスマッシャーに酷似していた。
それもそのはず、彼が“キングギロチン”と呼ぶ技はビームスマッシャーに影響を受けて
編み出した技だったからだ。しかし、キングゴジュラスの絶大なる出力から放出される
それは本家ビームスマッシャーの威力を遥かに凌駕しており、テキトーウルフが身を
翻した事によって完全に倒す事は出来なくとも、巨体に似つかわしくないスピードを生み
出していた強靱なる後脚の片方を斬り落としていた。後ついでに射線上にいたビース・
ダイナス両軍ゾイドもまたキングギロチンの餌食にされた。脚を斬り落とされた事に
よってテキトーウルフは絶叫にも似た咆哮を上げ、キングゴジュラスへ向けて怒りを
剥き出しにして襲い掛かってくるが、後足が片方無くなってしまったが故にそのスピード
は半減してしまっていた。
『新技はキングギロチンだけじゃないぜ!』
テキトーウルフの突撃を容易く回避しつつキングゴジュラスは跳んだ。500トン以上の
超重量を全く思わせぬ軽やかなジャンプ。もはや数百メートル上空にまでジャンプして
おり、そのままテキトーウルフへ急降下して行き…
『キングゴジュラス流星キィィィック!!』
“キングゴジュラス流星キック”これは単なる跳び蹴りなのだが、キングゴジュラスの
パワーによって繰り出されるその威力は想像を絶するはずである。そして、その通り
だった。キングゴジュラス流星キックは背に直撃を受けたテキトーウルフの身体を大きく
抉っていたし、しかもその落下の衝撃は辺り一面の大地を砕き、発生した衝撃波と共に
周囲に展開していたビース・ダイナス両軍のゾイドを次々に吹飛ばしていた。
「うわぁぁぁ!! 地震かぁぁ!?」
「恐るべしキングゴジュラス!」
「戦いは数と言うが…こんな奴がいたんじゃ何千何万いても勝ち目無いじゃないか!」
もはやビース・ダイナス両軍の力を持ってしてもどうにかなる問題では無かった。
キングゴジュラス流星キックによって発生した衝撃により、両軍ゾイドが次々に破壊
されて行く中、彼等は恐怖しながら逃げ惑う事しか出来なかった。
キングゴジュラス流星キックによって身体を抉られたテキトーウルフはダメージの余り
その場に苦しみのた打ち回っていた。
『あれだけやってまだのた打ち回れる元気があるってか? 大したもんだ。』
テキトーウルフの耐久力にキングゴジュラスも感心するが、そこで彼の首下のライト部が
点滅を始める。彼がキングゴジュラスとしての姿を維持出来る時間に限界が近付いている
証明。それ故に一刻も早く決着を付けなければならない。
『ならば最後のトドメはこれだ!』
キングゴジュラスは両掌で頭部のブレードホーンを挟みながら掴み、テキトーウルフ
目掛け投げ付けた!
『ブレードホーンラッガーだ!! これで斬られて死ねぇ!!』
キングゴジュラスの頭部から離れたブレードホーンは高速回転をしながらテキトーウルフ
の全身を駆け巡り、ブーメランのごとくキングゴジュラスの頭部へ戻った。そしてその
直後、テキトーウルフの首が綺麗な断面を残しながら斬れ落ち…他の前後の脚…胴体等
身体の各部が次々に綺麗な断面を残しながら細切れになって行った。
テキトーウルフを倒した事を確認したキングゴジュラスは、人間…キングとしての姿へ
戻り、彼の使うレイノスに回収して貰うと共に何処へと飛び去った。
キングが去った今、そこに残されたのは見るも無残な焦土と化した都市と、肉片と化した
テキトーウルフ、そして幾千にも及ぶゾイドの残骸と兵士の死体の山だった。しかし、
その状況にあってなお戦う者の姿があった。
「お前の! お前等のせいでこうなったんだ!」
「何を言うか! お前等が邪魔したせいだろうが!」
それはビース共和国軍猛獣師団を指揮していたアニ=マール将軍と、ダイナス帝国凶竜
師団を指揮していたキョウ=リュウ将軍。キングゴジュラスを倒す為に出動したはずが、
キングゴジュラスと機怪獣の戦闘の余波によって軍団を失い、唯一生き残る形となった
彼らは涙目で半ば発狂しながら殴り合っていたのだった。しかし、彼らは気付いて
いなかった。現地住民の生き残りに取り囲まれていた事に。
「お前等がビースとダイナスの将軍か!?」
「お前等のせいで俺達の街は滅茶苦茶だ! 責任取ってもらおうか!?」
こうして、アニ=マール将軍とキョウ=リュウ将軍は現地住民に袋叩きにされたそうな。
愚か者の屍拾う者無し。
おしまい
かつてこの大陸では戦争があった。そしてつい先ごろも戦争があった。
西方大陸がガイロス帝國とヘリック共和国軍との間で戦われた第二次大陸
間戦争序盤の部隊となったのはそれほど昔のことではない。だが、西方大陸
の、とくに北部で戦われた戦争の爪あとは大きく、それに比例して詳細な資
料や、書物も数多く発行されている。
それに比べると第二次西方大陸戦役とも呼ばれる先ごろのネオゼネバス帝
国と、ヘリック共和国・ガイロス帝國・エウロペ諸国家連合軍との戦闘はあ
まりにも資料が少ない。
戦闘の終結から間が無く、詳細な動きが判明していないこともあるが、両
軍あわせて計30個師団相当の戦力が動いたにしては資料が語ることは少な
い。
果たして本当にネオゼネバス帝国は巷で噂されているように中小国家群の
実験機Xゾイドの偵察のために貴重な海洋戦力を犠牲にするような投機的な
作戦に手を出したのか。
本当にヘリック共和国軍の試作ゾイドによって戦局は好転したのか。
ネオゼネバス帝国と連合軍との戦闘が再び中央大陸へと移った今こそ、真
実の西方大陸の戦闘が語られるべきである。
ZAC2108年、エウロペ・ディフェンス・ウィークリー特別号
「第二次西方大陸戦役史」より
定期age
書きたいと思った時が吉日
第一章 開戦経緯
「ネオゼネバス帝国の場合」1
第二次西方大陸戦役を勃発させたのは間違いなくネオゼネバス帝国だった。
この時期中央大陸を全面的に支配していたネオゼネバス帝国だったが、その
支配体制は磐石とはとてもいえなかった。帝国の支配者層はガイロス帝國に
わたった旧ゼネバス帝国関係者やその草(支援組織)として中央大陸に残置
されていたもの達で占められていたからである。そのため支配者層と民衆と
の乖離は無視できず、特に旧ヘリック共和国領においてそれは顕著であり、
旧共和国関係者や支援者によって頻発するテロという形で表面に現れていた。
国家体制は、ネオゼネバス帝国二代目皇帝ヴォルフ・ムーロアによる独裁
体制が確立されており、軍高官等が皇帝を補佐している。ネオゼネバス帝国
にとって政治とは強力な軍隊による軍政が基本思想であり、現在中央大陸を
まとめているのはネオゼネバス軍の存在であるといってよい。
その反面、文官組織はきわめて貧弱である。共和国議会府は解散し、各政
府機関も軍による監視体制の元で活動を鈍化している。
政府組織の弱体化は旧共和国時代と比較しての税収の減収、公共サービス
弱体化によるの民衆の離心という形でネオゼネバス帝国に暗い影を落とそう
としている。
ネオゼネバス帝国をまがいなりにも国家として纏め上げているのは強力な
軍隊である。ネオゼネバス帝国軍の主力は無人運用が可能なキメラブロック
スである。通常編制では、ロードゲイル一機にキメラブロックス二十九機で
一個中隊を編成する。それ故に部隊規模からするとネオゼネバス帝国軍の兵
員は恐ろしく少ない。他国の一個師団がゾイド千機、兵員二万人程度が標準
であるのに対して、ネオゼネバス帝国軍一個師団はゾイド千機、兵員千人程度
でしかない。これがほぼ旧ゼネバス帝国関係者のみという少ない兵員で百個
師団弱もの部隊をそろえることが出来たからくりであった。
兵員の数が少ないものだから昇進も早く、三十台の将官や二十台の佐官で
すら珍しいものではなかった。特にゾイド乗りは実質上任官時から中隊長を
任されることになる。
「ネオゼネバス帝国の場合」2
キメラブロックスによる無人化によって少ない兵員で大部隊を揃える事に
成功したネオゼネバス帝国だったが、そこには弊害も存在した。
兵員の削減はまず柔軟な運用を阻害している。まともな歩兵部隊の数が少
ないことから警備任務は向いておらず、現実にネオゼネバス帝国軍は強力な
部隊を多数保有しながらテロ攻撃を押さえ込むことが出来ないでいる。
また高級士官教育を受けた将校の数の少なさは致命的なレベルにあり、一
部の旧ガイロス帝國軍軍人にかかる負担は非常に大きくなっている。自然と
ネオゼネバス帝国軍の作戦立案能力は低くなっており、この傾向は新設され
た士官学校や軍大学校がまともに運用されるようになるまで継続されるだろ
う。ただし、これらの教育機関の教官陣も手探りで教育体制を構築している
段階であることは明記しておく必要がある。
ネオゼネバス帝国最大の懸念事項は、中央大陸から撤退したヘリック共和
国軍の再編成にあった。自軍の兵員不足によりヘリック共和国軍の大多数の
将兵は中央大陸からの脱出に成功していた。彼らの多くは西方大陸、あるい
は東方大陸へと逃れ、その地で再編成を開始していた。ヘリック共和国は、
中央大陸では軍の特殊部隊や政府機関の秘匿組織による非正規戦闘によって
ネオゼネバス帝国の国力を削ぎつつ、西方大陸に正規軍の根拠地を設け再編
成を行なう事を基本方針としていた。
とくに西方大陸の重要性は大きく、安全に正規軍を再武装させる聖地と化
していた。この西方大陸戦争から中央大陸防衛戦にいたる七年もの戦争によ
る損害から復活しつつある正規軍の存在は、ネオゼネバス帝国にとって実態
以上の脅威になっていた。中央大陸の非正規戦闘を継続するものたちにとって
強力な正規軍の存在がより所になっていたからである。軍事的に考えても、
正規軍であるネオゼネバス帝国軍を弱体化ではなく、完全に打破しえるのは
正規軍であるヘリック共和国軍のみである。
また西方大陸産の、中央大陸や暗黒大陸と比べ強力な種の多い野生体ゾイド
はヘリック・ガイロス連合に強力なゾイド部隊の編成を可能とさせていた。
「ネオゼネバス帝国の場合」3
このようにネオゼネバス帝国にとって、西方大陸に陣取るヘリック共和国
軍は何としても撃退したい対象だった。中央大陸でのテロ攻撃に対する対処
が後手に回っていることが帝国首脳陣にその傾向を強めさせていた。彼らは
西方大陸ヘリック共和国正規軍野戦部隊を排除することによってテロ攻撃を
継続する旧共和国関係者達の士気を削ぐ事が出来ると考えていたようだ。
しかし前述のとおりネオゼネバス帝国が中央大陸を支配することが出来て
いるのは強力な帝国軍の存在があってこそだが、そもそも中央大陸の民衆に
とってネオゼネバス帝国軍は他大陸からの脅威に対する共和国軍にかわる盾
と認識されていた。だがこの民衆からの軍への期待が、同時に帝国軍を縛り
付ける鎖ともなっていた。
つまり中央大陸の民衆からすればネオゼネバス帝国軍が大陸防衛の任務か
らはなれ、他大陸への攻勢作戦をとることは一種の背信行為であると考えら
れていたのだった。
これによりネオゼネバス帝国軍は、政治的な要因から自由な作戦行動を阻害
されていたのである。
ネオゼネバス帝国首脳陣は、共和国軍を排除するために西方大陸に上陸す
ることの出来る、民衆に納得させることが出来るだけの大義名分を欲してい
た。ZAC2107年、彼らはその対象を西方大陸諸国家の試作・実験ゾイ
ド群の総称であるXゾイドに定めた。
「西方大陸諸国家がガイロス帝國と反動主義勢力(旧共和国勢力を指す)に
対して強力なXゾイドを提供している。彼らの最終的な目的はガイロス帝國
と反動主義者をそそのかし、中央大陸に攻撃を仕掛けることにある」
ネオゼネバス帝国は、ZAC2107年初頭からこのような内容の宣伝を
盛んに中央大陸中に流し始めていた。中央大陸の民衆に配慮し、旧共和国勢
力を慎重に主たる対象とはせず、西方大陸諸国家が元凶であるとの主張によっ
て西方大陸への出動を正当化しようとしていた。つまりはあくまでも「中央
大陸」への脅威となる西方大陸諸国家への懲罰戦争であると中央大陸の民衆
に納得させようとしていたのだった。
勿論ネオゼネバス軍の目標はたいした脅威でもない西方大陸の中小国家で
はなかった。またヘリック共和国より返還されたニクシー基地に西方大陸派
遣軍を駐留させているガイロス帝國も慎重に対象からはずされた。ネオゼネ
バス帝国に二正面作戦を行なう余裕は無いからだ。目標は西方大陸に陣取る
共和国軍野戦部隊に限定されていた。
ネオゼネバス帝国にとって、第二次西方大陸戦役は、あくまでも劣位にあ
る中央大陸の対テロ戦を優勢へと持ち込むための支援作戦に過ぎなかった。
そのはずであった。
「どうしたものか…?」
整備兵達は頭を抱えていた。
ここはネオゼネバス帝国のとあるゾイド生産工場。
デルポイに帰還できた事により嘗ての小型ゾイドの再配備を検討している場。
そんなおりに問題が発生したと言う事で相変わらず彼の男が送り込まれた。
「マルダーですねぇ〜。で?どんな状況なんでありましょうか?」
「いやあね、何か個体毎のスペックの差異が激しいなんてものじゃなくて…。」
工場長は後頭部を掻きながら平謝りの繰り返しである。
「…ちょっと差異の激しい機体で高性能な方を確認させて貰えますか?」
小さな眼鏡を手で激しく上下させながら男は息を巻く。興味津々らしい…。
殆ど強引に性能の高いマルダーの前に来るなり彼はコアをそっと取り出した。
「これは…マルダーのコアじゃありませんねぇ。」
「はぁ!?」
その場に居る関係者が一斉に素っ頓狂な声を上げる。
「見た目じゃ判断できないんですけどね。」
その瞬間その場に居たノリの良い整備兵や開発陣営の人員がズルッと滑る。
「このコアはマルダーに使われる蝸牛野生体の亜種の一つダイオウマイマイのコアです。
この子等は通常マルダーに搭載される程度の経過では見た目に差異はありません。
でもここからダイオウマイマイは更に大きく見た目も変わるんですよ。」
何言っているんだ?このトンチキ中尉は?的な空気が流れるが…
彼は全く気にせず先を続ける。
「過去の配備記録でもダイオウマイマイを使用したマルダーはかなり存在しています。
その殆どは指揮官機や武装実験用のテストヘッドとして戦場を駆け抜けたそうです。」
そうして彼が徐ろに背負った袋から蝸牛型野生体らしき物を取り出す。
「これがそのダイオウマイマイさんです。」
確かに見た目が全く違っていた。青いサザエの様なヤドを背負った茶色の体。
常に放電している危ない野生体である。
その日、工場は一体の野生体の力で機能を完全に停止したのであった…。
ー トンデモゾイドグラフティ マルダー編 おしまい ー
「…とまあこう言う経緯でこのゾイドは闇に葬られたと…。」
タブロイド誌に応募するレポートを書き終えた新人記者は筆を置く。
「なあ?お前これを本気で応募する気なのか?本当のことだぞ?」
友人らしき男が心配そうに言う。
「大丈夫大丈夫!これが真実なんて見抜ける奴は居な…。」
そこで彼の言葉は遮られてしまった。
「対称Aを確保。Bの処遇の指示を仰ぐ。」
突然部屋に飛び込んで来た武装集団に彼等は取り押さえられてしまった。
「唐突だが…私の名前は〇ッ〇ク・バウアー。本当に済まないと思っている。」
その男はレポートを取り上げ内容を確認する。
「…成る程成る程。見れば見るほどにドスゴドスの事だな。」
ドスゴドス。聞き慣れない名前だが歴とした共和国軍のゾイドである。
その存在は厳重に抹消され都市伝説程度にその名前が囁かれていた機体。
言わば小型のキングゴジュラスと言って問題無い存在だったらしい。
「よくもまあこれだけ正確な情報を手に入れられたものだ…
誰にこの情報を与えられた?返答次第では命を奪う必要も有るのだが?」
ジャックは記者に迫る。だが次の瞬間彼は目も充てられない惨事を見る事になるのだ。
「これは…とんだじゃじゃ馬さんですねぇ?でも!気に入りました!」
件のゾイが平然と彼等の隣を駆け抜けて行ったのである。
「おっ追え〜っ!ドスゴドス?を逃がすなっ!!!」
秘密なんてものは契機があれば幾らでも露見する…そんな良い例であった。
ハウンド部隊のコマンドウルフは必至にドスゴドスを追う。
しかし1ランク上の機動性に最新のマグネッサー技術で…
小型のバーサークフューラーと化したドスゴドスの影すら踏めなかったという。
因みにその次の日のヘリックシティのメジャーな新聞の見出しには、
テロリストの乗る大型ゾイドをキックで粉砕するドスゴドスの勇姿が有った。
一方別の新聞ではハイパービーム砲で狙撃を行なう姿も確認されたていたという…。
この事件が契機で過去の戦役の情報公開をヘリック共和国は迫られたと言う噂もある。
ー トンデモゾイドグラフティ ドスゴドス編 おしまい ー
ここに一枚の記念写真が有る。
そこにはデスザウラーの腹部コクピットから救出された農夫が、
ヘリック共和国軍のパイロットと握手している。そんな写真。
過去のネオゼネバ帝国がデルポイ全域を統治していた時期の話では…
OSによる急速分裂、急速成長によって生まれた多数のデスザウラー。
その八割程が何かしらの欠陥を抱えている事が報告されている。
あくまで帝国側はそんな事実は無いと公言しているがヘリック共和国軍、
つまりこの写真を撮った人物の居る共和国では証拠を確り握っているのである。
当時大量の欠陥機はフリッケライドラグーンと言う部隊の特殊装備搭載機に成るか?
そうでなければ民間に無償で村等の単位で支給されたのだという。
この写真に写る機体は農耕に使用されていたデスファーマーと呼ばれるタイプである。
しかしこれを快く思わない者達が居た。
ヘリック共和国軍のデルポイ敗残兵やら山賊、野盗である。
彼等にとってデスザウラーと言うだけで既に問題であり大口径荷電粒子砲云々ではない。
所詮高速で撃ち出される放射型の火器でしかないそれよりも…
対中型小型ゾイド用の細々とした火器が体中に装備されているのが問題なのだ。
ハイパーキラークローで畑を耕し専用の種蒔き機や農薬散布機を搭載した機体。
そして細々したビームガン等が村と田畑を守る…理想の自治兵器の姿。
それが更に彼等の心に怒りをおぼえさせる原因だったのである。
結果夜の闇に乗じてデスファーマーに乗り込み村を焼き払う等という犯罪が多発。
結果としてネオゼネバス帝国の統治体制は何時まで経っても確立しなかった。
そんなオチがあるが、現在でも共和国が失地回復した村でも今まで通り…
彼等の勇姿が覗ける場所がかなり存在する。
農耕を行なう死竜の姿はものは使い様という言葉を見事に体現している。
最近では積極的に大型ゾイドの払い下げを考える軍関係者は…
安全性と整備性を考慮して対称を選定しているらしい。
ー トンデモゾイドグラフティ デスザウラー編 おしまい ー
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『襲来! 宇宙大機怪獣 前編』
宇宙大機怪獣ファビスター 装甲機神スペースカイザー 登場
無限に広がる暗黒の大宇宙。そこから“彼等”はやって来た。数万光年の彼方から…
光速を遥かに超越した速度で惑星Ziに迫る二つの発光体。それはまるでお互いに敵対
しているかの様に何度も激突を繰り返し、行く手にある小惑星を砕きながら…まるで
惑星Ziに吸い込まれるかの様にその大気圏へ突入して行った。
とある晩、キングは小さな町の民宿に泊まっていた。しかも今回は何故かトモエが一緒に
いる。前回・前々回で出番が無かっただけに出番が欲しかったのか、普段キングに追われ
ている側の彼女が逆にキングの所に押しかけて来ていたのである。
「まったく…こういう事されると逆にどう反応して良いか分からんじゃないか…。」
「まあそう固い事言うで無い。ゆっくりTVでも見ようじゃないか。」
と、キングが逆に困惑している事も構わずトモエはTVのスイッチを入れる。そしてTV
に映されたのは、この町の近辺で行われている何かの中継だった。
『これより我が国初の人工衛星ゾイドの打ち上げが始まります! ブロックスを基にした
人工ゾイドコアで稼動する人工衛星ゾイドであります!』
「人工衛星ゾイド〜?」
TVの中継では、恐らくこれから打ち上げると思われる人工衛星ゾイドを内蔵した巨大な
ロケットを背にしたテレビ局のレポーターが、人工衛星ゾイドについて説明をしていた。
「全く程度の低いロケットだな。ギルベイダーとかはそういう補助推力無しの単独で宇宙
に上がれるってのに…。」
「まあそう言うで無い。ギルタイプは何処の国でもホイホイと持てる様な代物じゃ無いの
じゃぞ。それに、この国ではアレが最先端なんじゃ。無粋な事は言いっこ無しじゃ。」
TVの人工衛星ゾイド打ち上げ中継について、キングとトモエはそれぞれにそう言って
いたが、中継現場では色々と作業が進んでいる様子で、既に発射までのカウントダウンが
行われるまでになっていた。
『3・2・1・0! 発射! 発射です! ついに人工衛星ゾイドを乗せたロケットが
発射されました!』
妙にテンションの高いレポーターの実況と共に、人工衛星ゾイドを乗せたロケットは
ぐんぐんと大空へ向けて飛び上がって行くが…
「あ!」
何気無く漠然と見ていたはずのキングとトモエが思わずTVに注目した。何故ならば、
宇宙へ向けて上がっていたロケットが、突如天高くから飛来した謎の発光体に貫かれ、
空中で爆散していたからだ。
『あー! 何と言う事でしょうか! ロケットが…我が国発の人工衛星ゾイドを乗せた
ロケットが…隕石の様な物の直撃を受けて…爆発してしまいましたー!!』
レポーターが悔しさを露にしながらも必死にそう実況し、同じく現場にいた他の者達も
突然のアクシデントに戸惑っている様子だった。
「とんでもねー事になっちまったな…。」
「まったくじゃ…。」
キングとトモエも呆然とTVを見つめそう言い合っていたのだが…突然窓の外から強烈な
光と共に轟音が響き渡った。
「な…何じゃ!? 何が起こったのじゃ!?」
思わずトモエが窓のを開けて外を眺めてみると、町にいた他の者達も外に出て大騒ぎと
なっていた。
「大変だ大変だ! 近くの山に隕石が落ちたぞ!」
「まさかTVでやってたロケットに衝突した隕石か!?」
「多分そうなんじゃねーか!?」
町の人々は口々にそう叫ぶ。現に山の方に目を向けると、何かが爆発したかの様な火の手
と煙が上がっていた。
「それにしても良かったな…隕石が落ちたのが人のいない所で。」
「じゃが…可笑しいとは思わぬか? お主も知っておるはずじゃ。隕石の破壊力を…。
普通なら隕石が落下した時点で、この町ごと吹飛ばす程の爆発が起こっているはずじゃ。」
「う…それもそうだな…。」
キングはトモエの魔術で人間に姿を変えられたキングゴジュラスである。かつて隕石群の
飛来を経験していたからこそ、隕石の恐ろしさを知っていた。であるにも関わらず、今回
のそれは明らかに被害が少な過ぎる。これは彼でも可笑しいと思わざるを得なかった。
翌日、キングとトモエは町の近くの山に落下した隕石の事が気になり、隕石が落ちたと
言う山へ登ってたのだが、その道中明らかに隕石目当ての人が沢山登っているのが見えた。
第一章 開戦経緯
「ヘリック共和国の場合」1
ネオゼネバス帝国の勃興によってヘリック共和国が失ったのは領土である
中央大陸だけではなかった。新機軸の電子戦ゾイド、ダークスパイナーによっ
て主力部隊は壊滅し、多くのゾイドが放棄された。直接攻撃された機体が少
なかったため兵員の損害こそ少なかったたものの、多くの師団が壊滅状態に
なったことにまちがいはなかった。
そして何よりも国家指導者たるルイーズ・エレナ・キャムフォード大統領
を、首都攻防戦のさなかに行方不明という形で失っていた。
ZAC2107年現在、ヘリック共和国の指導者はルイーズ大統領の息子
であるロブ・ハーマン大統領代行が勤めている。ロブ・ハーマン代行はルイ
ーズ大統領とその夫である前共和国大統領であるヘリック三世との間に生ま
れた一人息子である。だが彼は大統領の子息であるという身分を明かさぬま
ま陸軍に入隊。第二次中央大陸戦争勃発前までに大尉の階級と独立機甲大隊
隊長であり、また共和国軍内でも数少ないゴジュラスパイロットという立場
を得ていた。
暗黒大陸戦役の際には、中佐に昇進して暗黒大陸派遣軍参謀の任務を帯び
ており、ガイロス帝國との停戦交渉に活躍した。また、この頃はルイーズ大
統領の息子であるというのは公然の秘密とかしていた。
ネオゼネバス帝国の蜂起、大統領の行方不明後は軍首脳、および脱出に成
功した政府関係者の説得と要請をうけて大統領代行職に就任したロブ・ハー
マンだったが、政府関係者は当初は代行ではなく正式に大統領として就任す
るように考えていたらしい。だがハーマンは大統領が公式には行方不明であ
るため、それを固辞し、代行職を設けたという。
ヘリック共和国軍はハーマン大統領代行指揮の元、西方大陸、東方大陸に
おいて急速に再編成を行ないつつある。だがかつての共和国軍と違って、現
在の共和国軍はいくつかの集団に分かれている。
ひとつは勿論、西方大陸戦役初期から戦闘を継続している大陸派遣軍であ
る。派遣軍は暫時中央大陸防衛部隊などから兵力を補充しつつ、西方大陸か
ら暗黒大陸、そして失敗に終わった中央大陸奪還作戦まで戦い続けたもっと
も実戦経験を持つ集団である。派遣軍としての編制はとかれたが、派遣軍に
所属していた師団は動員解除されていないため、将兵の大半は戦闘経験が豊
富である。中央大陸での戦いで多くのゾイドを失ったため、各師団には新規
生産ゾイド多数が配備されつつある。大陸間戦争で大きな被害を被ったとは
いえ元々正規軍の大半が所属していたこともあり、兵員の質量ともに新生共
和国軍の主力である。問題があるとすれば所属兵員の高齢化が進んでいるこ
とである。西方大陸戦役初期から8年もたっているから当然でもある。彼ら
の多くは下士官以上に累進しており、兵の多くは西方大陸や中央大陸から脱
出してきた若者層に代わりつつある。
第2の集団は西方大陸移民組である。かつて中央大陸から西方大陸に移民
した彼らは祖国に忠誠を示す絶好の機会と今回の戦役をとられており、多く
の若者が新生共和国軍に志願している。まだ将校となるものは少ないが、新
生共和国軍で実際に手足となる兵の多くは彼ら移民層で成り立っている。ま
た現在の代理首都が移民国家群の中心都市であるニューヘリックシティとさ
れているため現在の共和国において大きな発言力を持っている。
「どいつもコイツも考えるのは一緒って事か?」
「単に珍しい物見たさかもしれんがのぅ。」
そうして、キングとトモエの二人は他の隕石目当ての人々に混じって隕石の落下跡を
探し登っていたのだが…そこで突然山の上から一人の男が下りて来た。
「皆さん! これ以上進んではなりません! 危険ですよ!」
「!?」
突然進路を妨害するべく立ちはだかる行動を取った男に皆は驚いた。この男、キングとは
また違った意味で女性的な顔立ちをした長身の美男子であった。その髪は背まで伸びる
銀色の長髪で、首から下と低い声色を考慮に入れなければ女性と勘違いされても可笑しく
ない程であった。
「何だお前は! 邪魔するな!」
「俺達は昨日この当たりに落ちた隕石を見たいんだ!」
進路を妨害する男に対し、隕石探しに来た他の者達は口々に文句を言う。しかし…
「貴方達はあれをただの隕石とお思いでしょうが…それは違います! そもそもあれは
隕石では無いのです!」
「じゃあ何なんだよ! アレが隕石以外の何だってんだ!?」
やはり、隕石見たさで態々登って来た他の人々は男に対し文句を言う事を止めない。
「アレの正体は…宇宙の彼方からやって来た恐怖の機怪獣…宇宙大機怪獣ファビスター。」
直後、人々は忽ち大笑いを始めた。
「アッハッハッハッハッ! 何を言うかと思えば…。」
「お前絶対テレビの見すぎだって! 頭可笑しいんじゃないか!?」
「あ! こら! やめなさい! これ以上進んではならない!」
人々は笑いながら男が止める事も構わずに山を登り始めてしまった。無論男は後を追う
べく走り始めようとするが、そこでキングとトモエに止められた。
「ちょっと待てよ…宇宙大機怪獣って…どういう事だ?」
「機怪獣は宇宙にもおるのか?」
他の物と違って真剣に受け止めるキングとトモエに対し、男は逆に驚いている様子だった。
「どうやら貴方達二人は信じてくれた様ですね。」
「ま…今まで色々ととんでもない物を見て来たからな。俺の名はキング。そしてこっちが
トモエだ。あんたは…?」
「私はご覧の通りの風来坊です。名前は…そう…カイザ=ホシノとでもしときましょう。」
「……………。」
カイザ=ホシノと名乗る自称風来坊の男にキングとトモエは不信感を感じながらも…
とりあえずは信用して見る事にした。
「互いの自己紹介が済んだ所で…お前がさっき言った宇宙大機怪獣とは…?」
「ぶっちゃけ機怪獣と言う奴は、野生から発生した奴…既存の生物が環境の変化により
突然変異を起こした物…果てには悪魔や妖怪変化の類と言った風にまさに何でもアリ
じゃが…。宇宙にもそんな奴がおると言うのか?」
「宇宙大機怪獣ファビスター…。その名の通り宇宙と言う極限の環境が産んだ脅威の
生命体です。ファビスターはその脅威の力で幾つもの星々を滅ぼし、ついにはこの星に
まで魔の手を伸ばして来ました。先日打ち上げられた人工衛星搭載ロケットを破壊し、
この山に落ちた隕石こそファビスターが擬態した物。通常隕石が落下すれば、その被害は
かなりの物になりますが、そうならなかったのはファビスターが地表との衝突の直前に
自分の意思で減速したからなのです。」
「………………。」
カイザの説明にキングとトモエは驚き声が出なかった。もし彼の言っている事が本当
ならば由々しき事態であるが、同時に疑問に思う点もあった。
「(こいつ…風来坊と名乗っているが…本当にそうか?)」
「(ただ者では無いな…。)」
今はカイザの詳細についてとやかく考える場合では無いと分かっていても、やはり
彼に付いて気になる所があった二人だったが…
「うわぁぁぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇぇ!!」
「!?」
突然山の奥から響いた悲鳴。それはカイザの制止を振り切って山の奥へ登って行った
人々の物であり、三人は慌てて声の飛んで来たへ向かった。
「ほら言わんこっちゃない! 私の警告を無視したからこうなるんだ!」
「今更そんな事言っても遅いだろ!」
「とにかく現場に行って見ない事にはどうにも出来ん! 行ってみるのじゃ!」
カイザを先頭に、その後をキングとトモエが追う形で山の上へ駆け上った後…
三人は見た。血相を変え、慌てて山を駆け下りて来る多くの人々の姿と、山の奥に隕石
落下時の衝撃によって出来たと思われる直系約300メートルのクレーターと、その中心
に立っている巨大な生命体と思しき物体だった。
「あ…あれが…あれが…。」
「そ…そうです。あれこそ強大な力で宇宙を荒らし回る宇宙大機怪獣…ファビスター!」
「で…でも…何か…とてつもなく…可愛らしい姿をしとるのう…。」
トモエのコメントの通り、ファビスターはカイザの説明からは想像も出来ない程…
可愛らしかった。身長は30〜40メートルと、キングゴジュラスより巨大であるが、
その外見はフクロウを二頭身かつおにぎり体型にした様な風貌に思えるが翼は無く、
その代わり頭部の左右に大きな耳が生えている。そして人懐っこそうな愛嬌のある二つの
円らな瞳と丸っこいクチバシ状の口、全身に生えた柔らかそうな灰色でフサフサの毛並と、
何故かそこだけが他の場所と毛色が異なり桃色のポッコリ膨らんだお腹が何とも言えない
可愛らしさを見せていた。ちなみに…ファー○ーと呼んではいけない。
『ボク、ファビスター。』
「うぉ! しゃべった!」
「やだ! 我慢出来ん位可愛い!」
挙句には、いかにも人懐っこそうな声で喋るファビスターにトモエは興奮気味になる始末。
「あの可愛らしい外見に騙されてはいけない! あの風貌に騙されて滅ぼされた星は
数知れ無いのです!」
「本当にそうか〜?」
「あんなに可愛らしいのに…そんな事するはずが無かろう。」
危機感を訴えるカイザに対し、キングとトモエは早くもファビスターの可愛らしい姿に
微笑ましさを感じてしまっていたのだが…
『ボク、ファビスター。ボクトアソボウヨ。』
直後、ファビスターの円らな両目から破壊光線が放たれたでは無いか。
「何ぃ!?」
カイザ・キング・トモエの三人は慌てて横に跳んで何とか回避したが…その射線軸の中に
入っていた他の人々は光線をモロに受け…跡形も無く消滅していた。
「いきなり撃って来やがった!」
「だから言ったじゃないですか! あの可愛らしい外見に騙されてはいけないと!」
ここに来てやっとファビスターの危険性に気付いたキングとトモエだが…もう遅い。
二人の他に隕石目当てで山に登っていた多くの人々がファビスターの円らな瞳から
放たれた破壊光線で、山に生い茂る多数の木々もろともに焼き尽くされてしまったからだ。
そしてファビスターは歩き出す。鳥類のそれと似ている様で異なり、人間の足の指を三本
にした様な雰囲気にも思える二本の足で一歩一歩地面を踏みしめ、前へと進む。それの
進路上には、山の麓から何も知らずに隕石目当てでやって来た他の人々の姿があり、また
ゾイドに乗って山へ登っている者や、TV局関係の人々の姿もあった。ファビスターは
それへ襲い掛かって行ったのである。
「うわぁぁぁ!! 怪物だー!!」
「可愛いけど恐ろしい怪物だー!!」
忽ち山は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。ファビスターはなおも円らな瞳から放たれる
破壊光線で山の木々を…人を…ゾイドを焼き払って行く。可愛らしい外見からは想像も
出来ない凶暴性…凶悪性…。むしろ可愛らしい外見だからこそ、余計に恐ろしく見えた。
「くそ! アイツ人里へ下りるつもりか!?」
「そんな事になったら麓の町はタダじゃ済まんぞ!」
キングとトモエは慌ててファビスターを追い駆けた。そしてキングは対機怪獣用を想定
して携帯していた特殊拳銃“荷電粒子ガン”を抜き、トモエは自身の魔力を駆使して掌の
上にソフトボール程の大きさはあろうかと思われる火の玉を作り出し、それぞれを
ファビスター目掛け放った。弾丸状に集束されたコンパクトながらも強力な荷電粒子の
塊と、超高熱の火の玉がファビスターの背に着弾するが、ファビスターはまるで動じては
おらず、体毛を燃やす事さえ出来なかった。恐るべき耐久力である。
「予想は出来ていたが…この程度の武器じゃ通じんか…。」
「こうなったらお主行けぇ! お主の本当の力を宇宙の怪物に見せてやるんじゃ!」
「…………。」
ファビスターを指差し、キングを嗾けるトモエにキングは無言で睨み付けるが…今そんな
事をしている場合では無いし、既にこういう事はもはや何時もの事なので、結局彼は
行かざるを得なかった。
「くそ! しょうがねぇなぁ!!」
「おう! 頑張るんじゃぞー!」
ファビスターを追い、山を駆け下りるキングをトモエはのん気に手を振って見送っていた
のだが、そこで彼女はある事に気付く。
「おや? あのカイザとか言う男は何処に行ったのじゃ?」
トモエの言った通り、カイザがいない。左右を見渡して見ても、それらしい影は見えない。
「もしや…あの宇宙大機怪獣の破壊のゴタゴタに巻き込まれて死んでもうたか…。全く…
意味ありげな登場のしかたをしておいて…あっけない奴じゃ…。」
トモエは呆れていたが…カイザは本当に死んだのだろうか…………
山を下り、人里に現れたファビスターは町を破壊し始めた。円らな両眼から破壊光線を、
口からは高熱の火炎を吐き、目の前にある全ての物を破壊し燃やして行く。そして
ファビスターがその二本の足で一歩一歩前へ踏み出せば、進行方向にある建物が踏み
潰されて行くのである。
「これより未確認巨大生物へ攻撃を仕掛ける!」
「ラジャー!」
ファビスターの出現にやっと出動して来た正規軍の戦闘機ゾイド、ハリケンホークの
小隊がファビスターの周囲上空を飛び回りながらミサイルを撃ち込んで行くが、やはり
ただ爆煙が上がるだけでファビスターは平然としていた。
「くそ! なんて奴だ!」
「可愛らしい姿のくせになんてバケモノなんだ!」
ハリケンホーク隊は一度ファビスターから距離を取って再度攻撃にかかろうとしたが…
『ボクファビスター、ボクトアソボウヨ。』
ファビスターの可愛らしい声と共に光線が横向きにハリケンホーク隊を薙ぎ払っていた。
「うわぁぁ! 軍隊が負けた!」
「逃げろぉぉぉ!!」
正規軍のハリケンホーク隊が全滅した事実は町の人々の恐怖を煽った。忽ち散り散りに
なって逃げ始め、町は大パニックと化した。しかし、その中にあって逃げる事無く逆に
ファビスターへ向かって行く者の姿があった。キングである。
「どけどけどけぇぇ!!」
逃げ惑う群集を押し退けながらファビスターへ向かって行くキングの頭に逆立つ真紅の
アホ毛が燃え上がる様な輝きを放つ。そしてその真紅の輝きがキングの体を包み込むと
共に…彼はキングゴジュラスへ変身していた。
『こうなった俺は他の連中みたく優しくは無いぞ! てめぇ宇宙じゃ大した暴れぶりを
見せていたらしいが…この星には俺がいるって事を教えてやるぜ!』
キングゴジュラスはファビスターの正面に立ちはだかり、ファイティングポーズを構える。
『ファー、ボクファビスター。』
ファビスターは新しい遊び相手が出来た子供の様に嬉しそうにキングゴジュラスへと
向かって行く。ファビスターは確かに恐ろしい機怪獣なのだろうが…精神的には幼い
子供の様なあどけない一面を持っている様である。しかし、考え様によってはそれは
恐ろしい事だと言える。無邪気だからこそ、容赦をしない破壊も可能と言えるのだから。
『くそ! 何時もの事とは言え…コイツも俺よりデカイってのが腹立つな…もう!』
キングゴジュラスが愚痴った通り、ファビスターは巨大だった。何しろファビスターは
身長40メートルと言う巨体を持つ。しかも単に身長が高いだけでは無く横幅も太い。
それでいていかにも人懐っこそうな可愛らしい外見を持っているのだからシュールとしか
言い様が無い。だから恐ろしい。
『貴様が幾ら可愛いかろうが容赦はせん! この拳で砕けて死ねぇぇ!!』
キングゴジュラスはファビスターへ駆け寄り、その腹部へ渾身の右拳を打ち込んだ。文句
無しの綺麗な一撃。しかし…ファビスターはまるで動じてはいない。それどころか…
『ファー,コチョコチョヤダー。』
『な!? コチョコチョだと!?』
キングゴジュラスは愕然としてしまった。渾身の鉄拳がファビスターにはくすぐった程度
にしか感じられなかったのだから仕方が無い。
『くそ! こうなったら効くまで殴ってやるぞ!!』
キングゴジュラスは再度ファビスターへニ発、三発、四発と拳を打ち込んで行くが、
やはりファビスターの分厚い皮下脂肪と強靱な体毛に弾き返される。
『コチョコチョ、ヤダー。』
ファビスターの目が細くなり、やや嫌がっている様な素振りを見せたその直後、頭部に
生えた二つの大きな耳がまるで翼の様に羽ばたき始めた。するとどうだろうか。忽ち
強風が発生し、500トン以上のキングゴジュラスが吹飛ばされて行くのである。
『うおわぁぁぁぁぁ!!』
宇宙大機怪獣ファビスターはカイザの言った通り、真に恐るべき怪物であった。
『流石は宇宙大機怪獣…可愛い顔して半端じゃねーぜ…。』
絶望感の余り逆に笑いたくなるキングゴジュラスだったが、ファビスターは無邪気である
が故に非情だ。先の強風攻撃で体勢を崩したキングゴジュラスに対し、両眼からの破壊
光線を放って来たのである。
『うぉ!』
とっさにガードポジションを取って防御しようとするキングゴジュラスだったが…その時
彼は見た。突如として上空から飛来し、ファビスターの正面に立ち塞がると共に破壊光線
を受け止めた謎の巨人。全身を強固な重金属の鎧で覆い、右手に巨大な斧、左手に分厚い
盾を携えた、まるでバイキングを思わせる姿の鋼鉄の巨人…。
「宇宙大機怪獣ファビスター!! これ以上無関係な星々を巻き込む事は私とこの
“装甲機神スペースカイザー”が許さん!!」
『その声は!』
鋼鉄の巨人…“装甲機神スペースカイザー”から放たれた声は…紛れも無く、行方不明に
なったと思われたカイザ=ホシノの物だった。
ファビスターの前に突如出現した装甲機神スペースカイザー。これには山の上から様子を
見守っていたトモエもまた戸惑いを隠せなかった。
「何じゃあれは! わらわに気配を悟らせずにあそこまで…。しかし…ゾイドコアの反応
を感じる…。ブロックスならともかく…人型のゾイド等あるのか!? ん…嫌待てよ…
昔、ゾイドコアが幾つか外宇宙に持ち出されたと言う事があったな…。まさか…………。」
トモエの予感は正しかった。遥か昔…ヘリック共和国とガイロス帝国による第一次大陸間
戦争を終結させ、キングゴジュラスにも瀕死の重傷を負わせた大隕石群の飛来。そこで
死ぬはずだったキングゴジュラスはたまたまそこを通りがかったトモエに回収され、今に
至るのであるが、その最中、密かに惑星Ziを脱出する船の姿があった。遥か6万光年の
彼方からやって来た地球の移民船“グローバリーV世号”である。そして、その中には
ゾイドコアの幾つかが積まれていた。それが後に地球の超高度な科学力により、地球製
ゾイドとも言える“装甲機神”として生まれ変わる事となる。惑星Zi人と違い、兵器を
人型に作るのが好きな地球人の改造により装甲機神は人型として作られ、その内の一機に
“マリンカイザー”と言う機種が存在した。マリンカイザーはその海の皇帝と言う名が
付く通り水中用に作られた機体だが、それを宇宙でも運用可能な様に、かつ単体で恒星間
航行も可能な様に改造されたのがこの“装甲機神スペースカイザー”であった。
スペースカイザーは右手に持つ斧を振り、ファビスターへ向けた。
「さあここからは私が相手だ! お前にこれ以上好きな様にはさせないぞ!」
『そ…その声は…まさかカイザ…てめぇか!?』
「そ…その声は…キング君かい!?」
これにはお互いが驚いた様だ。だが今はそんな事をしている場合では無い。今は双方に
とって倒すべき敵…宇宙大機怪獣ファビスターが目の前にいるのだ。
「詳しい話は後だ! 今度こそ決着を付けるぞファビスター!」
スペースカイザーは右手に握り締める巨大な斧を振り上げ、背のブースト全開で突撃を
かけた。ゴジュラス級の巨体が膨大な煙を巻き上げ、ファビスターへ向けて斧を力一杯
振り下ろすが…
『ファー、ブルスコファー。』
ファビスターはその様な事を呻きつつ耳を翼の様に羽ばたかせて飛び上がり、スペース
カイザーの突撃をかわしていた。ファビスターとすれ違う形となったスペースカイザーは
そのまま正面のビルへ突っ込み、ビルを砕き瓦礫へと変えていた。
『くそ! 巨体のくせになんて素早い動きだ! だがこれならどうだ!?』
キングゴジュラスは飛行中のファビスターへ向け、胸部のスーパーガトリングを向けた。
そして白銀の砲塔が高速回転を始める。
『食らえ!! スーパーガトリング!!』
「ファビスターにエネルギー兵器を撃ってはいけない!」
突如キングゴジュラスに対しスーパーガトリングの中止を叫んだのはカイザだった。
しかし、キングゴジュラスは構わずにファビスターへ向け数千発にも及ぶ荷電粒子弾で
構成されるスーパーガトリングの連射をファビスターへ叩き込んでいた。が…
『何!?』
通常兵器の通じぬ機怪獣の強固な体をことごとく撃ち砕いて来たスーパーガトリング。
しかし、ファビスターはなんとそれに耐える所か…桃色でポッコリと膨らんだ腹部で
受け止め吸収し、自身のエネルギーと変えてしまっていたのだ。
『きゅ…吸収しやがっただと…冗談じゃねーぞ…。』
「ファビスターは自身に撃ち込まれたエネルギーを吸収する力があるんだ! あれでは
ファビスターにダメージを与える所か逆に力を与えてしまったも同然だ!」
『それを先に言えぇぇぇ!!』
ファビスターそっちのけでスペースカイザーに搭乗するカイザと喧嘩が始まり兼ねない
勢いのキングゴジュラスであったが、ファビスターはスーパーガトリングのエネルギーを
吸収してもなお満足しないのか、キングゴジュラスへ向けて突っ込んで来たでは無いか。
『モグモグ、モットー!』
『何!?』
思わず両腕を前に突き出し防御するキングゴジュラスだが、ファビスターの圧倒的大質量
かつ大パワーの前には意味を成さず、吹飛ばされ…転がされ…あろう事か踏み付けられた。
「やめろ! これ以上この星の者を巻き込むな!」
うつ伏せの状態でファビスターに足蹴にされているキングゴジュラスを助けるべく、
スペースカイザーが斧を振り上げて襲い掛かるが…先程吸収したスーパーガトリングの
エネルギーを使用したであろう大出力の熱線がファビスターの口から放たれ、とっさに
左手の盾で防御するも吹飛ばされ、後方のビルに叩き付けられていた。
『ファー、ブルスコファー!』
キングゴジュラスとスペースカイザーの両方を圧倒し、勝利を確信したのかファビスター
は歓喜にも似た様な咆哮を天高く上げ、そして耳を翼のごとく羽ばたかせ飛び上がり、
空の彼方へと飛び去って行った…。
『ま…待て…。』
既に彼がキングゴジュラスとしての姿を維持出来る限界が近付いている事を知らせる首下
のライト部の点滅が激しくなっていたキングゴジュラスは…残る力を振り絞り…立ち上が
ろうとするが…それも空しく力尽き…人間としてのキングの姿に戻ってしまっていた。
「く…ダメージがこんなにも……。」
スペースカイザーもまた、ビルに衝突したダメージは大した事は無いが、先程吸収した
スーパーガトリングのエネルギーを使用したファビスターの熱線を受けたダメージは
カイザとしても想像出来ない程の物だったらしく、これ以上ファビスターを追う事は
出来なかった。
「な…なんと…宇宙大機怪獣とはこれ程の物なのか………。」
山の上で事を見守っていたトモエもまた…信じられないと言った顔で呆然と立ち尽くして
いた。今までの様に、何だかんだでキングゴジュラスが勝利すると信じていただけに…
彼女のショックは想像を絶する物だったのである。
キングゴジュラスが敗れた。果たして宇宙大機怪獣ファビスターを倒す事は出来るのか?
キングゴジュラスと装甲機神スペースカイザーの再起はなるのか? 風来坊を自称する
カイザとは何者なのか? 何故装甲機神スペースカイザーなる物に乗っていたのか?
様々な疑問を残しつつ…ここで一度物語は幕を閉じる。
後編へ続く
「誇りが聞いてあきれるぜ、帝国軍人さんよ!」
年季の入った木製の丸テーブルへ、罵声とともに父は拳は叩きつけた。
薄明かりの下でもそうと判るほど白く握り締められている。
若い士官は、顔色ひとつ変えずに父の顔を見つめていたが、その時微かに顎を引いてい
たようにサーシャには見えた。
――ZAC2050年 春
中央大陸西部 トビチョフ城近郊
「無血開城といえば聞こえはいいさ。ああ、井戸に毒投げ込んで軒並み火ぃつけて、女子
供を掻っ攫っていかれるのに比べたらどれだけマシかなんてのは、俺だってわかってるん
だ。どんな無様な負け戦でも愛する臣民を巻き込まんと、潔くその高貴なるケツを捲くら
れた、偉大なる皇帝陛下の御代に幸あれかし!」
父はまくし立てると、コップの中身を一気に煽った。ろくに飲めもしない酒を。
「だがな、残されてくほうはたまったもんじゃねぇんだ。ストラウ……なんだ?」
「ストラウス少尉です、ロブーシン団長」
「いいかストラウス少尉」仰々しい音を立ててコップを置くと、父は亀のように首を伸ば
した。「このロブーシンとてな、陛下の心意気を思えばこそ、せめて銃後を預かろうと奮い
立った。外のシーパンツァーを見たかい。あいつもあんたがたのお仲間が、宿と飯と、そ
れから鉄と燃料の代わりにおいてったもんさ」
吐きつけられるアルコールまじりの息にも、ストラウスと呼ばれた軍人は眉ひとつ動か
さぬまま静かにうなずいてみせる。
・・・・・・城内に基地を、その東南には工廠をもつトビチョフとその近隣町村が、軍にとっ
ての補給拠点として機能するようになったのは自然の成り行きだった。工廠が昼夜火を灯
し続け、帝国の楔となるデスザウラーを生産すれば、北東や西部から送られてくる資材の
仲介を賄う。市場の人々と談笑する兵士や、白亜の城門をくぐってゆく小山のようなアイ
アンコングの姿は、サーシャが物心ついたころには当たり前のように広がる風景だった。
大河の恩恵を受けた肥沃な土地、加えて共和国へと通じる北国街道の存在が、その後年
にますます軍を大きくトビチョフに依存させる。デスザウラーを前面に押し立てた大規模
な東部進攻だ。帝国軍は膨大な量の各種物資を買いつけ、時として旧型化した小型ゾイド
をその代金に残して、北国街道の向こうへ進んでいったのである。
それから約8年。かつて大陸全土への覇を唱えながら踏み鳴らした道を、帝国軍が西へ
西へと引き返している。傷ついた兵とゾイドを抱え、その背後に共和国軍を引き連れて。
完全な敗走だった。
そして今夜、サーシャたちのキャンプへやってきたストラウス少尉もまた、東から撤退
してきた部隊の一員だった。そのストラウスへ、このキャンプの長であるサーシャの父、
ロブーシンは唾を飛ばし続ける。
「街を守るために俺たちは自警団を組織した。ひとつでも多くの家族を逃がしてやるため
の殿なら、喜んで引き受ける気のいい連中ばかりさ。だがその先は俺たちの仕事じゃねぇ。
ましてやあんたら、軍のケツモチなんざお断りだ。バタ臭いヘリック野郎まで引っ張り込
んでおいて、自分たちはさっさと逃げ出しちまうわけか」
「それは」端正な口元を開きストラウスは答える。「正しい認識だと小官も考えます」
ふん、とロブーシンは蹴りつけるようにして足を組んだ。あとは遠くに流れる、トビチ
ョフ川の音ばかりである。絶えかねて食器台のポットに手を伸ばしたサーシャに向かって、
「こんな奴に茶など出さんでいい!」とロブーシンは怒鳴った。
大陸西域への離脱支援。一言でいえば、ストラウスの依頼はそれである。
ロゴーシンの言うとおり、本来ならトビチョフ基地に駐留する正規部隊の仕事だった。
が、現実としてそれが不可能な状況に追い込まれていることをサーシャは知っている。
トビチョフ基地は戦わないのではなく、戦えないのだ。北国街道から逃走してくる友軍
を城内に入れるまでの段階で、すでに過半数のゾイドを損耗している。長期にわたる敵国
領の統治を賄うため、政情の安定した西部の駐留戦力を縮小させていたことも裏目に出た。
ばつの悪い顔をしたサーシャと、ストラウスの視線がかち合った。目礼してくる瞬間、
翡翠色の瞳を縁取る睫毛が長いことに気づいてどきりとする。銀色の髪が襟にまでかかり、
頬をうっすらと無精髭が覆ってはいたが、帝国士官の気品は少しも失われていない。
少なくとも敗軍の兵の顔ではないと、サーシャは思う。
ストラウスは再びロブーシンに向き直った。
「だからこそ、この先に待ち受ける事態も考えていただきたい。あなた方の家族を無事送
り届けるのには残されたトビチョフの戦力が……そして残された西域を守り続けるには、
ひとりでも多くの兵士とゾイドを、無傷のまま送り出すことが必要なのです」
そのためには、トビチョフ流域に点在する幾つかの橋を守らねばならない。
さらに最後の部隊が撤退したところで橋を落とし、追走する共和国戦力を足止めする。
そのための戦力を帝国軍は求めていた。流域近隣の自警団はもとより、反帝国を標榜する
民族ゲリラにまで接触したという噂も流れている始末だった。
そして、最後の1枚を切り出すようにストラウスは告げた。
「……軍の指揮の下、一般市民の脱出はすでに始まっています」
「軍の指揮の下、か。ものは言いようだな、少尉殿」
ロブーシンの茶色い瞳が、ねめつける。
少し目を伏せてから、ストラウスは口元を引き締めなおして言い放った。
「あなたたちの家族は、すでに我ら帝国軍の手の中にあるということです」
手袋に包まれ、ズボンの横で揃えられた少尉の指先が震えている。
「へ、最初からそう言えばいいんだよ」
最後の部隊が橋を渡りきるまで3日。
その最終日の正午までが俺たちのくれてやる時間のすべてだ、とロブーシンは告げた。
サーシャがロードスキッパーを駐機場から引っ張ってくると、ストラウスは礼を言って
手綱を受け取った。3つの月が青白く輝く、静かな春の夜である。
「あ、あの。少尉、殿」
「ん?」
月光に照らされた横顔にサーシャがおずおずと話しかけると、ストラウスはやわらかい
笑みを浮かべてこちらを向いた。
「父ちゃ……父の無礼を、どうか許してください。工兵崩れの親分が祭り上げられてるだ
けで本当はどうしようもなく怖いんです、だから」
「誇りが聞いてあきれるぜ」
あふれ出しかけたサーシャの言葉をさえぎって、ストラウスは唐突に言った。
「僕が君のお父上だったら、たぶん、いや確実に同じことを言うだろうな。理不尽にも程
があるのに、それしか方法はないんだ。仲間や君にも危険が及ぶ。それが解っているから
こそ、ロブーシン団長はあんなに怒っているんだろう」
「でも、それを少尉にぶつけるのだって理不尽です」
「憤懣をぶつける相手がいないのが一番しんどいと、隊長がぼやいてたよ」
ははは、と気楽そうに笑いながらストラウスはサーシャの頭を撫でた。
「僕は何の力にもなれないまま。隊長は山脈越えで流れ弾に当たって、こっちに戻ってくることはできなかった。だからさっきみたいに怒鳴られるくらいでちょうどいいんだ」
平原を包む闇のかなた、トビチョフ城の光がかすかに瞬いている。
ずいぶん寂しくなってしまったな、とサーシャは思う。その最後の灯火も3日後には潰
え、トビチョフ城内は無人の街となるのだろう。
「……泣いてるのかい?」
「ふぇ!? え、あ」
手袋越しに伝わってくる熱を感じながら眺めていたサーシャは、涙がこぼれていたこと
にはじめて気づいた。カッと頬が熱くなる。この熱で涙が乾いてしまえばいいと思った。
「サーシャちゃんはいくつだっけ」「サーシャでいいです。15です」
顔を隠すように袖口で目元をぐしぐしと拭いながら、サーシャはぶっきらぼうに答える。
「サーシャもここに残るつもりなのかい。お父上と一緒に」
「いられるだけ、ここにいたいなって思っただけです。誰よりも、1秒でも長く。気持ち
半分はもう、ここで死んじゃってもいいやって感じかも」
ストラウスが息を呑む音がした。
さらりとそんな事が口にできてしまう自分に、内心サーシャも驚いている。トランプを
目隠しでめくるように現れた言葉でも、そう、半分は本心だ。
「この町で生まれて、この町で育って、母ちゃんが死んで、父ちゃんと二人で……だから、
ここから先なんてもう、全然想像もできなくて。もし今何もしないでいたら、気が狂っち
ゃってたかもしれません」
「ここから先……か。考えもしなかったな」
ストラウスは軽く背伸びをすると、詩でも読むように口ずさんだ。
ここから先、ここから先。
何度か繰り返した後、彼はもう一度サーシャの髪を撫でた。肩で切りそろえられた艶の
ある黒髪。母から受け継いだ、サーシャのひそかな自慢の髪だ。
「綺麗な髪をしているね。伸ばしたらきっと美人になる」
「本当ですか?」
「帝国軍人だからね。嘘はつかない」
ロードスキッパーに乗り込み、サーシャがこっそり食料を詰めた鞄を受け取ると、スト
ラウスは力よく告げた。
「だから……もうひとつだけ約束する。
君たちは僕らが必ず西へ送り出す。捨石なんかには、絶対させない」
敬礼。サーシャも返す。
ストラウスを乗せたスキッパーは、鬱蒼とした森の広がるトビチョフ川の上流へと走り
去っていった。
「ふわぁ……」
サーシャは息を呑んだ。黒い竜が、太陽に向かって頭を伸ばしている。
東と北東の山中、ふたつの水源から注ぎ込んだ流れがトビチョフ城の正面で合流する。
上空から見ればYを横に寝かせたようなその川に架けられた無数の橋、そのひとつをいま、
帝国軍のグスタフが通り過ぎようとしていた。
直結したトレーラー3台にまたがって仰臥するデスザウラーは、それでもなおシーパン
ツァーのコクピットからは圧倒的な威容として眼に映る。だがその首元には、熱と質量を
持った何かに大きく抉られた、痛々しい跡が広がっていた。この傷を刻んだゾイドが、そ
れを引き連れた共和国軍が、やがて中央山脈を越えてやってくるのだ。
「感謝する、自警団の諸君!」
「ご無事で何よりであります!」
サーシャたちの乗るシーパンツァーは、重戦仕様である。
作業用に取り外されていた回転砲塔を再び増設した。そのガンナーシートから立ち上が
り、仲間たちを従えて敬礼するロブーシンの髭面に、3日前のやさぐれた面影は微塵もな
い。愚痴はこぼしてもいったん腹を決めたらとことんやる。そんな父の性格を慕うものは
決して少なくないし、サーシャ自身も好ましく思っている。
「しかし、君たちだけでよく守ってくれている」
デスザウラーの下で小銃を抱えていた兵士のひとりが、心底驚いたという風情であたり
を見渡した。トビチョフからの本格的な撤退が始まって3日が過ぎ、道を固める石畳にも
生々しい機銃掃射の痕が残っている。それでもトビチョフからの部隊は順調に橋を渡って
いた。一般市民は、昨日の段階ですべて川を越えている。
「蓋を開けてみりゃ時々プテラスが豆鉄砲を撃ちに来るだけですからね。それも今朝はお
休みときた。共和国の連中、ほんとに中央山脈を越えてるんですかい?」
「すでに山裾に前線基地が設けられている。君たちを襲ったプテラスも、恐らくそこから」
「なるほど。トビチョフが航行距離ぎりぎりってとこですか」
なら、この穏やかさはなんだろうとサーシャは思う。
自分たちの知らないところ、見えないところから、誰かに守られているような感覚。約
束すると告げたストラウスの声、決意に満ちたエメラルドの瞳が浮かび上がり、そこへ重なるようにして兵士のひとりがつぶやいた。
「高速戦闘隊だ。あいつらが後ろで、頑張っているんだ」
「コウソクセントウタイ?」
「向こうにいたとき話を聞いたことがある。共和国首都のデスザウラー大隊に、新型ゾイ
ドで構成された支援部隊があるってな。こいつは」兵士は頭上の竜を指差した。「コクピッ
トだけ潰されていたところをなんとかここまで回収してきたんだが、もしかしたら一緒に
戦ったことがあるのかもしれない」
「トビチョフの後ろで戦ってる人たちがいるんですか!?」
たずねたサーシャの声は、驚きで半ばひっくりかえっていた。とてもではないが、ロブ
ーシンの提示した刻限……今日の正午には間に合わないだろう。
「山脈を北の端から越えてきたんだ。今は飛行場や後続の輜重部隊を片っ端から襲ってる」
「あいつらも、最初から渡るつもりはないんだろう。前線の基地という基地を荒らしまわ
って、最後まで共和国を足止めするつもりらしいよ」
話を聞いたロブーシンは黙って戦闘帽を脱ぐと、胸元できつく握り締めた。
『……なんてこった』
『俺たちだけじゃ、なかったんだな……』
他のシーパンツァーから漏れる感嘆をスピーカー越しに聞きながら、サーシャは空を仰
いだ。もうじき故郷と呼べなくなってしまう場所で、まだ戦っている人たちがいる。
「……おしゃべりは、ここまでにしましょうや」
湿り気を帯びた空気を振り払い、帽を被りなおしながらロブーシンが言った。
「仕事に戻るぞ野郎ども!」
「応ッ!!」
男たちの野太い声に混じって、サーシャも張り上げる。
次にストラウス少尉に会ったとき喉ががらがらになっていたら嫌だな。ここから先のこ
となんてわかりもしないのに、そんな事を考えられる自分が不思議だった。
それからさらに3つの部隊を見送った。
太陽はすでに真上に差し掛かりつつある。
刻限の正午を迎えるまであと30分を切った時、最初に異変をキャッチしたのはカミン
スキのシーパンツァーだった。サーシャ/ロブーシン機に通信が飛んだのと、街道脇の森
林からレッドホーンが飛び出してきたのはほぼ同時のことだ。
対空ミサイルは銃座ごと潰されていた。その小豆色の装甲を銃弾が擦過し、サーシャは
レッドホーンの頭上で死神のごとく飛び回るプテラスを睨んだ。
飛行場の機能が回復したということだ。頬がぴりぴりと引きつって震える。
「父ちゃん!」
『わかってらぁ』無線越しにガンナーシートのロブーシンが答える。『カミンスキ、このま
ま見張れ! ティマリーはプテラスを追い立てろ!』
『合点だ!』
『オラこっちだ走れ走れェ――ッ!』
自警団のシーパンツァー3機は、レッドホーンへの道を開きながら散開する。
ティマリーの絶叫とともに次々と放たれた弾頭。扇を広げたように水平な軌跡を描いた
のもつかの間、次々とピンク色の煙を宙に噴出した。煙幕弾。一帯に広がる。プテラスは
大回りな軌道を描いて避けたが、そうして視界の開けた先にはサーシャ/ロブーシン機の
対空砲が銃口を光らせていた。
『野郎、これでも食らえッ!』
地響きのようなレッドホーンの足音が通り過ぎていく中、ロブーシンの気合とともに放
たれた鉄鋼弾がプテラスの翼を射抜いた。バランスを失い、頭上を木の葉のようにきりも
みしながら通り過ぎていく。
『さっすが親方!』
『ふふ、射撃には自信があるのよ。なんせ俺ぁサーシャだって一発で……』
冗談でも実の娘の前で言うセリフか、こら。顔をしかめたサーシャが口を開きかけたと
き、地を滑るように飛来したそれは、轟音を上げて橋の下を掠めた。
砲撃。吹き上がる水柱の向こうでレッドホーンが叫びをあげた。
シーパンツァーの中でも、半ば悲鳴と化した声を上げてカミンスキが告げている。
『じゅじゅ、11時方向に大型ゾイドの反応あり! 川の向こうから、敵が来るッ!!』
川の向こう。
サーシャの鼻の奥で、つんとした不気味な緊張が走る。
「父ちゃん、これって……」
『上の橋を獲られちまったんだ、畜生もう少しだってのによ!』
共和国軍はロブーシンに歯噛みする暇さえ与えなかった。
北西の橋を渡ってきた黒い機体が、蹄をかいてこちらを見据えている。ディスプレイに
投じられた拡大画像に、牛だ、とサーシャは呟いていた。従軍経験のあるロブーシンたち
も含め、ディバイソンというそのゾイドの名を知る由もない。
その背中に17本の野太い砲塔をぎらつかせ、その喉元にありったけの死を満載して、
3機の鉄牛は平原にその姿を現した。レッドホーンの首を射落とさんばかりに、橋の周囲
に次々と砲弾の雨を降らせる。もしかしたら橋のひとつくらい、落としてしまってもいい
と考えているのかもしれない。
サーシャは機体の向きを変えて、操縦桿を押し込んだ。
『親分、ここももう持ちませんよ!』
大急ぎで橋を渡ったシーパンツァー隊が丸腰のレッドホーンを囲んで応戦する中、カミ
ンスキの悲痛極まりない具申をそれでもロブーシンは一蹴した。
『んなことできるか! あと7分で正午だ、それまでもたせるって俺は約束しちまったん
だよあの青ビョウタンと!!』
『叩き返すことはできなくてもさ。あの牛どもをここで縛り付けておけば、みんなが少し
でも遠くへいけるんだろ? よし終わった!』
二機のシーパンツァーの陰で、レッドホーンの足元を馴らしていたティマリーが叫ぶ。
大地にできた瘡蓋のように捲れ上がった石畳を高硬度マニュピレーターが放り投げると、
レッドホーンは障害物のなくなった地面を踏みしめて駆け出した。
ディバイソンも散開して猛然と加速する。大きく右翼を広げてレッドホーンを追おうと
する1機の足元へ、ティマリーのシーパンツァーが滑り込むように挑みかかった。
『馬鹿野郎、引き返せ!』
「ティマリーさん!」
ロブーシンとサーシャの悲鳴が重なる。
禍々しい曲線を描いて突き出したディバイソンの角が、果敢に振りかざされた高硬度マ
ニュピレーターを無慈悲に跳ね上げた。ともすればデスザウラーの足すら止めるへリック
の鉄牛を前に、シーパンツァーのそれはあまりにも脆い。
そのまま掬い取り、首の動きひとつで根こそぎ引きちぎる。
舞い上がったティマリーのシーパンツァーを、背中の砲門から浴びせられた至近弾が吹
き飛ばした。ハンマーで殴られたように拉げた機体は、火花をまとって爆散した。
『ティマリィィィ――――――ッ!』
ロブーシンとカミンスキの絶叫がこだまするコクピットで、サーシャは紫色の唇を噛み
締めている。少しでも力を緩めれば、この狭い空間でかろうじて固化しているものは間違
いなく決壊する。ストラウスの約束も、あの夜彼に語った自分の言葉も、同じ空の下で戦
っている顔も知らないゾイド乗り達のことも、母のことも、ティマリーのことも、その瞬
間すべてが嘘になってしまう気がした。
あんな大砲がなんだ。そんなもので消し飛ばされてしまうほど、わたしがトビチョフで
過ごした15年は軽いものじゃない。これは駄々かもしれないとサーシャは思う。誇りが
聞いてあきれるぜ。最後の最後にしがみつくのは、こんなにもちっぽけな感情で、けれど
もそのたったひとつのために、震える手は操縦桿を手放そうとしないのだ。
『サーシャ、いけるか!?』
「……誰の娘だと思ってるの?」
『へ、違ぇねぇ!』
サーシャ/ロブーシン機とカミンスキ機、2匹のシーパンツァーが並んで前進する。
猛然と迫るディバイソンの鼻先とクラッシャーホーンの輝きがディスプレイいっぱいに
広がったとき、ロブーシンの合図に合わせてサーシャとカミンスキは操縦桿を握り締めた。
帝国軍のD−day上陸作戦で始めて運用されたシーパンツァーは、沿岸部への上陸と橋
頭堡の確保、さらには野戦築城を続けざまに行って戦端を開いた生粋の工兵ゾイドである。
その両腕の高硬度マニュピレーターが大きく振動し、地面に叩きつけられた瞬間、地表の
砂礫はさながら天へ落ちる怒涛となって吹き上がった。
突如巻き起こった粉塵の中でディバイソンのコアは敏感に反応した。前足の蹄を上げ、
シャーシを怯えで浮かび上がらせる。ロブーシンとカミンスキの照準は、その首元を狙っ
ていた。ビームキャノンと鉄鋼弾を放ち、そのままシーパンツァーは散開する。
砂煙が晴れ上がる。
真下からコクピットとコンバットシステムを焼かれて横たわった2機のディバイソンを、
荒い息をつきながらサーシャが睨み付けたとき、ふたつのアラートが同時に鳴り響いた。
1200。
撤収刻限を告げるサインと、そして、
『親分、サーシャお嬢さん!』
もうひとつが照準の存在を告げるそれだと気づいた時には、カミンスキ機がサーシャ/
ロブーシン機を押しのけている。そのコクピットに一条のビームが、深々と突き刺さって
いくのをサーシャは見た。
「嫌ぁ――――――ッ!」
『カミンスキ……どいつもこいつも!』
顔を覆った指の隙間から、それでもサーシャは目の前の現実を手繰り寄せる気丈さを失
わなかった。崩れ落ちたカミンスキのシーパンツァーの向こう、橋を挟んで街道沿いまで
広がる森林を押しのけるようにして、共和国軍のゾイド部隊が鼻先をのぞかせていた。
白狼がいる。蒼獅子がいる。
高圧電流を帯びた牙を光らせたけだものたちが、橋へ、そして西域へと続く石畳の道を
踏みしめて近づいてくる。サーシャはシーパンツァーを、その真正面へと相対させた。
「父ちゃん」
『なんだ、サーシャ』
「わたし、最後まで父ちゃんの娘だからね」
『……よせやい』
ロブーシンはそれだけ答えると、ぶつりと無線を切った。
シールドライガーの1体が飛び上がる。
その全身がディスプレイと装甲化されたキャノピーと、その向こうに広がる空を覆いつ
くし、高々と振り上げられた前足の爪が、父ともども、自分の心臓を刈り取っていくのを
サーシャは待った。
……もっとも、レーダーサイトに眼を見開いていたところで気づきはしなかっただろう。
時速320キロでこちらへ接近してくる、銀色のゾイドがいたことなど。
シールドライガーが殺戮の爪を振るうより速く、そのゾイドは地を蹴った。
装甲に任せたストレートな頭突き。揺らぎなく一直線に持ち込んだ速度を質量に掛け合
わせて生まれた衝撃は、ライガーのコクピットを大きく揺さぶり、ひと回りは大きいその
巨体を横っ飛びに吹き飛ばしたのだった。
『……パンツァー、シーパンツァー聞こえるか』
コンソールに帝国の共通回線が開かれるのを、サーシャは見た。
「無事です! わたしも、父ちゃんも」
『サーシャ!? 無事なんだね? 怪我は無いかい?』
聞き覚えのある優しい声。
シールドライガーの横腹を踏みしめ、その頭をもたげると、ゾイドは周囲の共和国軍を
悠然と一瞥した。銀色の疾風、帝国の獅子だ。
『こちらはゼネバス帝国陸軍、エイベル=ストラウス少尉であります』
ヘッドホンの向こうでがちゃりと音がした。
外部スピーカーへ出力を切り替えて、ストラウスは続けた。
――共和国軍に告ぐ。
貴君らの祖国を蹂躙せしめたデスザウラー大隊はここにいまだ健在なり。
高速戦闘隊の雄、ライジャーの牙を恐れぬならかかってこい!
大気を震わせ、赤眼の獅子が吼える。
弾痕にまみれ、サーボモーターを軋ませてなお、一歩も怯むことはない。
続いて現れた3機のライジャーが、サーシャたちを守るように取り巻くと牙を剥いた。
『よく最後まで守り抜いてくれました、ロブーシン団長。倒れた同志たちが、安らぎに満
ちた神の御許へ向かわれることを』
『おまえ……高速戦闘隊って……』
ロブーシンの声も震えている。
『サーシャ、最後までよくがんばったね。君たちが最後の脱出部隊だ』
「最後って、少尉たちはどうなるの? それに、上流の橋はもう……」
そうだ。橋がひとつでも敵の手に落ちた以上、今からここを渡ったところで、シーパン
ツァーが追いつかれるのは時間の問題である。
「だから少尉、わたしたちも一緒に」
『耳を澄ませて』
風のない草原を思わせる、穏やかなストラウスの声が耳を打つ。
それを合図に、遠くから地鳴りのような音が近づいてくるのをサーシャは感じた。
やがて座席の下からも伝わってきた振動は、次の瞬間、橋を飲み込むほどの波濤となっ
てサーシャたちの目の前に姿を現したのだった。
まさに堰を切ったような濁流。上流から次々と押し寄せてくる。
轟き渡る瀑音に、ライガーとウルフの群れもじりりとわずかに後退した。
『この流れに乗れば、シーパンツァーなら一気にウラニスクまで行けるはずです。上流ダ
ムの駐留部隊を黙らせるのに時間を食ってしまいました。ロブーシン団長、コクピットへ
移ってください』
「おまえらはどうすんだ、えぇ少尉!」
ガンナーシートから半身を乗り上げたロブーシンが、ライジャーへ怒鳴った。
トビチョフ川は岸壁を削り、勢いと水かさを増していくばかりだ。
「少尉、どうしてあなたがそこまでしなくちゃいけないの!?」
キャノピーを開いてサーシャが立ち上がっても、ライジャーが二度と振り返ることはな
かった。
『中央山脈を越えたとき、軍人としての僕の魂は死んだ。けれど、僕はまだ生きている。
僕はまだ戦える。戦って戦って戦い続けて、いつか必ず、僕はあの雪の下においてきた魂
を取り返しに行くんだ。そうだろう、サーシャ』
悲壮という言葉を、これほどサーシャは憎んだことはない。
傷だらけのライジャーの背中を美しく染め上げているのは、そうとしか言いようのない
凄絶な決意に他ならないからだ。
けれども――とサーシャは思う。
どんな状況でも、人は「あした」とか、「いつか」とか、ここではない「どこか」を夢に
見る。それが幼き日に見た、そしてやがて失われゆく故郷の風景であれ、これから出会う
誰かの横顔であれ、そこにはどんな恐ろしいゾイドをけしかけられても、決して奪えない
何かがきっとあるはずだ。
ここから先には。
「……できるわ。少尉なら、きっと」
力をこめて答えながら、サーシャは操縦桿を握り締める。
キャノピーが閉ざされ、再びの暗がりの中にコンソールとディスプレイが蛍火を灯した。
『ありがとう、サーシャ。この流れの先に、よき出会いがあらんことを』
「貴方の魂に、神々の御加護のあらんことを」
別れは、言わなかった。
サーシャは操縦桿を押し込む。
仕込んだ炸薬で砲塔を廃したシーパンツァーが、濁流の中へ身を躍らせた。
4匹のライジャーからなる高速戦闘隊が、共和国軍の西部進攻部隊と交戦に入ったのは
ほぼ同時のことだが、それから先の彼らのことを、サーシャは知らない。
ただ、コクピットのサーシャは決して見ることはかなわなかったが。
シーパンツァーがトビチョフの流れへ飛び込んだとき、その真上には虹がかかっていた。
ストラウス少尉のライジャーはもしかしたら、その上を走って、はるかな空の彼方を目指
しているように見えたかもしれない。
☆☆ 魔装竜外伝第十八話「剣の獅子達対チーム・ギルガメス」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
ギルが「B」に受けた辱めを解き放ったのがエステルなら、新たな疑問を植え付けたの
も又エステルだ。彼女と「B」との因縁に、何故自分が絡むのか。知りたいが、今はもっ
と大事なことがある。更なる強さ、そして刻印の秘密……。
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
ギルガメスの寝付きは今日も良かった。首より下を寝袋ですっぽり埋め、仰向けのまま
立てる寝息はすやすやと静かなもの。
決して白くはない少年の頬に、一筆走ったかのような淡い輝き。月光は悪戯っぽく撫で
るように少年の頬を、瞼を照らす。それが少々鬱陶しかったのか、少年は軽く眉間を歪ま
せ、咳払い。月の女神は慌てて初心な少年を弄るのを止めた。
再び穏やかな闇夜に抱かれ、少年は眠りの海の深層へと落ちていった。
闇の裏側で、軽く溜息が漏れた。
テントが小さく見える程、背の高い美女が帳を背に忽然と佇む。紺のジャージにサンダ
ルという凡そ華美とは縁遠い格好ではあるが、彼女の上背を持ってすればドレスをまとっ
ているかのようにも見えるから不思議だ。
肩にも届かぬ黒の短髪は、双児月の悪戯な輝きを浴び、却って眩しい。ふと口元を緩め、
安堵の表情を浮かべた面長で端正な顔立ち。なれど切れ長の蒼き瞳が零す鋭いほとばしり
は彼女の本意とはかけ離れ、月夜を切り裂く程眩しかった。
稀代の魔女にして一介の女教師エステルは、愛弟子ギルガメスの小柄な身体を、今一度
夜の女神に引き渡した。大丈夫、今の少年ならば暗闇の甘さに誑かされることもあるまい。
エステルは胸を撫で下ろす。彼女の所行が少年を眠りの海から引き上げずに済んだこと
もさることながら、愛弟子とは言え異性の寝顔を覗き見る行為に罪悪感がなくもない。し
ばしば己が醸す色気に対して無頓着を装う彼女ではあるが、多感な年頃の少年を弄るのも
程度問題である。
ふと彼女の真っ正面に、瑞々しい赤色の鉄塊が近付いた。……それより続く巨体を見れ
ば鉄塊の正体はすぐにわかる。大柄な彼女の上背よりも長いそれこそ竜の鼻先。すぐ後に
は体格から見比べれば短めな首、そして細長い胴体へと続き、全貌を見渡せば丸々民家二
軒分程にはなるという有り様。
首と長い尻尾を地面と水平に伸ばすT字バランスの姿勢のまま地表に伏すが、それでも
丁寧に背中で折り畳んだ桜花の翼と六本の鶏冠を考慮すれば、彼女が見上げただけでは視
界にも収まり切らない。それ程までに巨大な竜の纏いし真っ赤な鎧は、双児月に照らされ
て鮮烈な果実の赤色に幽玄の雰囲気を漂わせる。
神々しいこの深紅の竜こそ、魔装竜ジェノブレイカー。金属生命体ゾイドの雄。なれど
目前の美女の前では誠におとなしく畏まる。只、近付けた鼻先で虫の羽音程にか細く鳴く
と目前の美女を気遣いつつ、己が愛して止まぬ若き主人の様子について説明を暗に求めた。
エステルは竜の心情を察し、すぐさま微笑を浮かべてみせた。目の前にこれだけ迫力の
ある鉄塊が横たわっていても、彼女にとっては子犬が戯れるのと大差ない。
「大丈夫よ。びっくりする位、よく寝てる。安心なさい」
女教師の落ち着いた声を耳にし、竜も安心したようだ。鼻先を彼女の顔近くまで一層寄
せてくる。
いつもは愛弟子がするのと同様に、女教師は竜の鼻先に頬を寄せた。しばしの、愛撫。
甘えてくる竜を、始めの内は女教師がしっかりと受け止めていた。だが双児月の前を無粋
な朧が横切る間に、両者の力関係は微妙な変化を見せた。いつしか竜の鼻先に、墓石を撫
でさするようにすがる女教師。押さえ切れぬ肢体の火照りを、撫でさすって冷まさんと試
みるかのようにしがみつき、打ち震え。
声になど出さぬが紛れもなき激情を、だからこそ深紅の竜も黙して受け止めた。無粋な
双児月は容赦なく女教師の仕草を闇夜に晒すが、彼女は意に介する素振りなど微塵も見せ
ない。かくて時間は刻々と経過していく。
女教師の頬に、いつ涙が伝ったのだろう。それは彼女が小刻みに震えると共に、散り飛
んで大気中に霧散した。引き金は微かなものだ。
(あの日の晩も、朧月夜だったかしらね……)
何かを思い出すまでにも着々と、時間は経過していく。
戦乱に明け暮れる世界の歴史書が本当に信用できるものなのか、疑う余地は大いにある。
だがひとまず信用するならば、それは人の一生を十も連ねる程の昔。
薄闇の中をなびく黒髪は、はるか頭上の鉄格子より投げ掛けられる月光を浴び、辺りに
星屑を散らしていく。双児月は時折黒雲に呑まれたり鉄格子に遮られたりして投げ掛ける
輝きを閉ざされるが、黒髪はいつのまにか月光を蒸気のごとく吸い上げ、霧のごとく発散
していた。
この神秘に彩られた黒髪の持ち主は、面長で端正な顔立ちではあるが「絶世」と形容す
るには未だ若干の磨き込みが必要だろう。しかし蒼き瞳は既に尋常ならざる迫力をたたえ
たまま、目前に広がる暗黒を切り裂き懸命に駆けていく。この時、彼女……エステルの上
下は素っ気ない水色のパジャマ。その上、素足。
頬や額ににじむ汗。真っ白な吐息は黒髪を懸命に追走する。止まればきっと凍えかねな
い空気の中、しばしばめくれて素肌がさらされる程の薄着で彼女は疾走を続けた。薄闇は
依然変貌する兆しも見せぬまま、はるか頭上の鉄格子が時折月光を投げ掛けるだけ。どこ
まで続くのか、いつ晴れるのか。彼女がどこまで承知しているのか傍目にはわからぬ。だ
が切れ長の蒼き瞳はかっと見開き、闇の奥を見渡すのを決して止めようとしない。
不意に、疾走の終わり。膝に手を当て、肩で息し。したたるとまではいかぬが汗が数滴、
床に垂れた。だがそれもほんの数秒。持ち上げた顔立ちは決意がみなぎる。
彼女を取り囲む闇はほんの僅かながら、星空のごとく瞬いた。それらは全て、金属生命
体ゾイドの瞳。不意に現れた美少女を目の当たりにしたが、それらはすぐさま輝きを自ら
消し去った。
僅かも気に留めることなく、エステルは眼差しを振りかざす。……薄闇の中に溶け込み、
懸命に息を堪える巨大なる鉄の獣達。彼女は鼻で笑った。きっと薄闇の中から一斉に連中
が飛び出せば、ちっぽけな彼女などひとたまりもない筈だ。だが闇に隠れる獣達に、そん
な無謀を試みる者など一匹もいない。
一向に意に介さず、再び進み始める彼女。逸る気持ちが促す早歩き。目指すところに辿
り着くと歩を止める。
月光は林檎色した桜花の翼を淡く彩り、静寂を奏でる。この場にも、深紅の竜はいた。
巨大な身体を丸め込み犬猫のようにうずくまったままだが、美少女の気配を感じるやひょ
いと小首を持ち上げ、尻尾の先端を立て振って歓迎の意思表示。
エステルは呼吸を乱しつつも、この巨大なる友の愛らしい仕草に屈託のない笑みを浮か
べた。僅かな迷いを断ち切るかのように一息大きく吐いて呼吸を整えると、ぽつり呟く。
「ブレイカー、約束通り来てあげたわ。
……とは言うものの、信用できるゾイドなんて貴方しかいないのだけれどね」
驚くべきことだ。悠久の時を経て、突如額に刻印を宿した少年が友に授けたのと同じ名
前を、既に彼女は命名していた。しかもその呼び方が当然であるかのごとく、深紅の竜は
美少女エステルに鼻先を近付けてきたのである。
慣れた手つきで人の身長以上もある竜の鼻を受け止め、頬で撫でてやる。美少女と竜は
ほんの数秒だが、肌触れ合いじっと染み入った。その僅かな時間も程々に、名残惜しみな
がらも先に離れたのは美少女の方。
切れ長の蒼き瞳は月光を吸い込む程に鋭いが、色白の頬は却って蒼白を浮き彫りにする。
「後悔、しないわよね?」
すると竜の鼻先はエステルの手から離れた。うつ伏せのまま首をもたげて畏まると、お
もむろに開いた胸部コクピットハッチ。
無言の招待が本当に嬉しかった。彼女は力強く頷くと、ハッチの中へと飛び込んでいく。
ハッチと胴体部が密着すると、すぐさま全方位スクリーンが構築されて薄闇を描く。そ
れと共に左側に開いたウインドウ。着席し、横目で睨んだエステルは苦笑いを浮かべた。
「呆れた。封印プログラムが効いていた振り、していたのね?」
ウインドウ内にはログが延々と流れている。文武両道を極める彼女には内容など一目で
理解できた。ログは竜に無理矢理インストールされた沢山の封印プログラム(※人に使役
するゾイドに施し、行動を制限する。第十二話・十五話など参照)が消去され、代わって
精巧なダミープログラムが構築され偽装されていく過程を克明に描くものだ。しかも流れ
る日付を見れば、少なくとも今日や昨日、実行したものでないことは一目瞭然である。
この利口なゾイドは今乗り合わせる彼女以外には相当、反抗的な態度を取り続けていた
のだろう。だから封印プログラムを厳重に仕込まれたのだが、ログを見れば何の意味もな
かったことがよくわかった。深紅の竜は表向き従順な態度を取りつつ、美少女エステルの
決起を待ち望んでいたのかもしれない。
ログが流れる一方、彼女の両肩に被さり始めた拘束具。だが彼女は右手を上げてこれを
制した。コクピットの外で竜は小首を傾げる。
「貴方も私も、共和国の実験動物。だけど、助平科学者どもの言うことを聞いていれば取
り敢えず、生きていけるわ。
それより、ここを出て行ったところで……いや出て行けばこそ、永久に誰かを傷付ける
ことになる。追っ手を追い払い、時には始末しなければいけないことになる。本当に、そ
れでも良いのね?」
深紅の竜は胸部に鼻先を近付け、ピィと一声、甲高く鳴いてみせた。エステルは深く頷
き微笑みを浮かべると、右手を降ろす。
早速降りてきた拘束具。彼女の上半身を完全に固定すると、彼女は額に指を当てた。
……刻印の青白い輝きは全方位スクリーンに照りつけ、狭い室内を眩く輝かせる。
「封印プログラムを無効化した今、一番手っ取り早い脱出方法は……」
竜は天井を見上げる。薄闇の彼方に浮かぶ鉄格子から、依然降り注がれる月光の淡さ。
自由の身であるこのゾイドにとって、天井をぶち破ることなど雑作もためらいもない。
「貴方の脚力なら簡単だけど、そこからが勝負よ」
桜花の翼を水平に広げる。六本の鶏冠が寝かせたままなのは余力を蓄えておくためだ。
竜はT字バランスの姿勢で立ち上がるとジリジリと腰を落とし、膝を、足首を曲げて力を
貯め始めた。
双児月の舞踊は時折朧に絡み付かれても尚、地表を、このうっそうと茂る樹海をあでや
かに照らす。だから針葉樹林の狭間に広がる施設群の上空に、硝煙と火花が無造作に彩る
有り様も、その崖の上からは容易に確認できた。
そこには人よりは大きな二足竜バトルローバーがおとなしくその身を伏せていた。背中
には自らの身長程もある長尺の銃器が括りつけられてはいるが、そこまで重くないのか疲
弊した素振りは見せない。
やはり、異変は気になるようだ。首だけはもたげてじっと見つめる。透き通る蒼い皮膚
は月光を反射し、立ち上る煙を映し出す。
二足竜の傍らには、ボロ切れにくるまった何者かが横たわり、岩のようにじっとしてい
る。不思議なもので、ボロ切れがくの字に折れ曲がっているのだから中身が人であること
は明らかだ。にも拘らず、バトルローバーの美しい体皮の側に並ぶと石ころのように消え
入ってしまう。
ボロ切れは傍らのバトルローバーがにわかにそわそわし始めたのに応じ、芋虫のように
うごめいた。やがて持ち上がった先端。ボロ切れがめくれると、中から古びた強化プラス
チック製のヘルメットが現れた。フェイスガードで口も塞ぎ、視界もゴーグルで覆われた
重装備。すっかり禿げ上がった塗装、無数の小さな傷は歴戦を暗示。
「……まだ群れが来る時間には早いぞ?」
ボロ切れは低い声で呟くと、おもむろに懐から両腕を伸ばす。ジャンバーを着た腕も身
体も分厚いのだから相当な厚着だ。熊の手のような手袋は双眼鏡を握り締めると、己が相
棒の気にする方角に向けて覗いてみた。
深紅の竜は滑空を続けていた。背負いし桜花の翼は水平に広げ、六本の鶏冠は一杯に広
がり蒼炎を吐き出し。赤と青の絵の具が折り混ざり、樹海のキャンパスに描かれた一直線
の筆致は荒々しい。だが枝をかき乱し葉っぱを散らしはしてもそれ以上の速度を出せない
のがもどかしいところだ。
エステルは難しい表情を浮かべた。
「空高く飛べば格好の標的、森は凸凹。承知してはいたけれどね」
上空を飛び立ったら簡単に捕捉されるのは言うまでもない。森はそれ自体がゾイドの歩
行を容易に妨げるものであり、長さのまちまちなものを上手く組み合わせて植林なり手入
れなりすれば、深紅の竜のように滑空を得意とする巨大なゾイドにはそれだけで立派な障
害になる。
だから彼女のレバー捌きも実に小刻みなもの。五秒も数えぬうちに右へ左へと傾ける。
その都度、眩しく全方位スクリーンを照らす額の刻印。黒の長髪が乱れて眼差しと額を隠
すが、すぐさま彼女は頭を揺さぶり鮮烈な輝きを髪の隙間から覗かせる。
「あと五分、凌げば森から……!」
この樹海から出られる。髪留めする間も惜しんでの逃走に一区切りがつける。そう考え
た矢先、かき鳴らされた警告音。彼女は厳しい眼差しを一層厳しく、斬り付けるように睨
んだ。
全方位スクリーンの左方。鳥瞰図のレーダー中央赤い光点の後方より、接近する白い光
点が三つ。エステルは眉をひそめ、深紅の竜は忌々しげに低くうなる。
木々を鮮やかにかき分け疾走するのは、深紅の竜を二周りも小さくした四脚獣。いずれ
も白い鎧が月明かりを受けて妖しく輝く。顔の一部が赤く塗られ、隈取りのようだ。おま
けに全身にはゴチャゴチャと、金色の銃器が取り付けられている。人呼んでキングライガ
ー、瞼譜鬣獣(れんぷりょうじゅう)。シールドライガーから連なる所謂ライガー系と比
べても小さい「なり」だがれっきとした同系統のゾイドだ。
「……捉えた」
「のっぽ女と泣き虫竜だ」
ヘルメットを被った兵士達はモニター越しに目配せ。押し入れのように狭苦しいコクピ
ット内。スクリーンにはもう一名、別の兵士がウインドウを広げ割って入った。
「さっさと横転させて、腹のゾイドコアにプログラム弾を叩き込むだけだ。なぁに、ジェ
ノブレイカーとは言うが気の弱いゾイドだ。
それより『上』からだが、作戦予定時間内なら『少々、教育しても構わない』そうだ」
三人は目を細めた。曲線が下品極まりない。
「前言撤回。森を出てからが勝負所かしらね」
彼女は鼻を鳴らした。とにかく森を抜けるまでは、相棒が秘める自慢の俊足は使えない。
できる限り木々の幹や枝に引っ掛からないようにして、今の速度を維持するしかなかろう。
その樹海も、目前の崖を駆け上れば終点に達する。崖の先を下る展開になれば何の気兼
ねもいらず、全速力の滑空で振り切ることは可能だ。
深紅の竜もそれは承知だ。こくりと頷き、一層の前傾。木々で覆われた斜面が間近い。
主従の思惑は只一つ。
「斜面で加速をつけて、一気に滑り上がる!」
細かなレバー捌き。それを受け、長い尻尾が微妙に動きながら一直線の伸びを維持する。
丹念な舵取りを重ね、今六本の鶏冠は蒼炎の開花を見た。
急加速。先程までの低速度(とは言っても時速300キロはゆうに超えている)が嘘で
あったかのよう。こうなれば千メートルの斜面でも二十秒も必要としない。エステルは重
力と共に、竜の逸る気持ちを体感した。鼓動の速さは自分と同じだ。
ようやく、千切れ始めた朧。崖の頂上が、地平線のように見えてきた。朝焼けを装う星
屑。竜の短めな首がぐいと伸びる。あと少し、あと……。
そう、主従が考えた矢先。発せられた重火器のオーケストラ。深紅の竜は振り向きなが
ら翼、翻し。
銃声、砲声の雨、あられ。余すことなく受け止めた代償は大きい。深紅の竜は確かに崖
を上り切ったが、着地の鮮やかさを問うどころではなかった。土の地面を削りながら、自
らの意思とは全く反する仰向けの姿勢で滑っていく。
それでも桜花の翼を水平に広げ、尻尾を後方に伸ばして。どうにか勢いを殺していく最
中、竜は前肢の爪を勢い良く地面に突き立てた。鮮やかに宙返りを決めて腹這いになるも、
T字バランスの姿勢へと戻すのには躊躇した。
先程駆け上がってきた崖が目前に広がる。低く見える双児月を背負い、隈取りした獅子
三匹がふわりと降り立つ。キングライガーだ。
その中でも中央の一匹は、何の飾りかと言いたくなる位金色の銃器が全身に取り付けら
れている。周囲に漂う硝煙を見る限り、竜を狙撃したのはこのゾイドだ。キングバロンと
いうその名前をエステルが初めて耳にしたとき、失笑が堪え切れず施設の軍人に鉄拳を食
らったものだ(※古代ゾイド人の彼女には「遠き星の民」の言葉が理解できる)。
大体、どちらも王の名を頂く割には集団で畳み掛ける小型ゾイドの戦法が得意な「名ば
かり」の奴らである。しかし名付け親はZi人であり、ゾイド自身にとってはどうでも良
いこと(深紅の竜は全く正反対だが)。この晩も任務を忠実に遂行すべく、特徴に見合っ
た戦法を用意してきた。二匹が左右に散り、残る一匹が真っ正面に陣取り。手並み見事な
三角包囲網は竜が立ち上がるまでには完成されていた。
エステルはここに至って、肌白い頬を蒼白にまでした。唇を軽く噛む。隈取りした獅子
達と竜の間には精々竜二、三匹分の距離しかない。
「間合いが、悪すぎるわね……」
今ここで魔装竜ジェノブレイカーならではの神速を発揮しようとしても、獅子達との距
離が近過ぎる。後ろ足を踏み込んでバネとする頃には銃撃なり飛び掛かりなりが仕掛けら
れるだろうことは自明だ。
竜を狙撃したであろう装飾過多の獅子から、スピーカーの雑音が聞こえてきた。
「RR01、エステルよ。投降せよ、今ならまだ間に合う」
高圧的な響き。そして不自然な抑揚からは意地汚い感情が垣間見える。エステルは忌々
しげに息を吐いた。
「作戦時間を超えたらレイプできないものね、変態親父の皆さん?」
三匹のスピーカーは一斉に下卑た笑い声を漏らした。
「こうも辺鄙な施設勤務では女もとんとご無沙汰でな。なぁに、古代ゾイド人である貴様
を女扱いしてやるのだからありがたいと……!」
言うなり、飛び掛かってきたのは左右の二匹。深紅の竜は透かさず膝を落としてやり過
ごす。二匹が空中で交差した頃には真っ正面より弾けた火花。装飾過多の獅子が放つ光弾
の雨あられ。
咄嗟に竜は、翼をかざす。先程の二匹の仕掛けを受け止めなかったのは、この一匹が見
舞う銃撃を予測できていたからだ(受け止めていたら銃撃への防御が間に合わない)。
凄まじい圧力はまんまと深紅の竜を釘付けにした。勿論、このままでは今頃両脇で着地
に成功した獅子二匹の追撃をもらう。さっさと銃撃を受け流して次の動作に移らねばなら
ないが……。
(右か、左か、退くか、それとも真っ正面から切り掛かるか……?)
刻印輝く眩しき額に汗がにじむ。エステルは迷った。左右に行くならキングライガーの
どちらかを相手にしなければいけない。退くのは簡単かもしれないが、射程距離から逃げ
切るまでは的にならざるを得ないのだ。銃撃を続けるキングバロンーー装飾過多の獅子に
突っ込むのは体当たりが銃撃を打ち負かせるか否かに掛かってくる。勝てるなら全速力で
逃げるだけだが、相殺ともなったら一番惨めだ。残る二匹の仕掛けは防げない。
レバーを握る両手が、震える。主従の命運がこの両手に掛かったのだ。
乱れる呼吸。何とか落ち着かせ、一転、肩を強張らせた彼女。
「ええい、ままよ……!」
苦渋の決断は、結果としてそれ程の意味をなさなかった。……銃声、三発。それと共に
左で、右で、真っ正面で獅子がよろめく。ほんの数秒だが、確かに時間が止まった。
深紅の竜は後方へと飛び跳ねる。もうもうたる砂塵が後を追った。両足のみでの跳躍だ
が、それでも包囲網を逃れるには十分。二、三匹分が五、六匹分と離れただけで、深紅の
竜が発揮できる力は段違いだ。
エステルは己が両手を見遣った。緊張の余り、レバーを握り締めた指が硬直してしまっ
ている。彼女は苦笑いを浮かべた。これではどんな判断をしてもひどい目にあったかもし
れない。
それにしても誰が助けを差し伸べたのか。彼女は全方位スクリーン越しに周囲を見渡す。
竜の後方、百メートルも離れてはいない。すっかり朧が晴れ渡った夜空の下、満点の星
屑を背負い、すっくと立った小さな二足竜。透き通る蒼い皮膚は星の輝きを取り込んで自
らを宝石と化してみせた。
そして、騎乗の戦士。ボロ切れをまとい、ヘルメットを被っているから何者かわからな
い。それでも、この場では味方であろうことだけは確信できた。脇に抱える長尺の銃器は、
銃口より硝煙を漂わせている。
装飾過多の獅子が吠えた。マイク越しに低い声でパイロットが威圧する。
「民間人よ、見逃してやる。今すぐこの場から立ち去れ」
エステルは透かさず、耳をそばだてた。
からからと、笑い声が聞こえてきた。肉声だ。しかし、静かな夜にはよく響く、心持ち
甲高い声。
「女の子がひどい目に遭ってるのに助けないわけにはいかないだろう? ヘリックの軍人
さんよぅ!」
エステルは顔が引きつった。そんな安直な理由で私を助けたのか。いやそれより、あん
なことを言ったら格好の挑発だ。
「そこの人、助けてくれてありがとう。早くお逃げなさい!」
ヘルメットは彼女の呼びかけなど気にも止めない。低く屈み、跨がるバトルローバーの
脇腹を軽く叩けば一目散に疾走開始。長い槍のような首は獅子達の方角へと向かっている。
「そ、そんな無茶な……!」
「ええい小賢しい、共和国軍の精鋭にそんな痩せゾイドが叶うか!」
透かさずの散開を試みる三匹。判断は迅速だったが、行動には容易に移せなかった。獅
子達は一斉に悲鳴を上げた。目を剥いたエステル。獅子達の肘や肩は……。
「リミッターが、撃ち抜かれている!」
その間にも突き進む二足竜。騎乗の戦士は揺られながらも手綱らしきものを引き、鞍上
に立ち上がる。恐るべき平衡感覚。この凹凸激しい崖上で、かような軽業をこなすのだ。
だが軽業は序の口に過ぎなかった。
二足竜はあっという間に獅子の一匹へと近付いた。深紅の竜から見て右手。リミッター
を痛めた前足付近まで近付いた時。
星空をボロ切れが舞った。
獅子の白い装甲の上に着地するや怒涛の勢いで駆け上がっていく。足下には放電が確認
できた。厚手の長靴はマグネッサーシステムを仕込み、獅子の装甲に張り付いているのだ。
痛んだリミッターは肩の辺り。そこにまで、瞬く間に駆け上がる。ボロ切れを翻し、抜
き放ったのは何の変哲もないゾイド猟用のナイフだ。大人の足裏よりも大きいそれで、リ
ミッターを斬り付けた。
ボロ切れは再び宙を舞った。着地点には二足竜が見事駆け付けていた。それと呼吸を合
わせるかのように、獅子はがっくり跪いた。このゾイドは痛みで立ち上がることすらまま
ならない。
エステルと深紅の竜はこの激戦の最中、自らがしばし惚けていたこと自体気付かなかっ
た。それ程までに鮮やかな手並み。だが二足竜が獅子から離れていった辺りで我に返った。
二足竜目掛けて他の二匹が銃口を差し向けている。
それを承知か否か、手を振ったボロ切れ。
「今だ!」
別段そんな合図など待ってはいなかったが、結果として深紅の竜は絶好のタイミングで
前へと跳ねた。目前で駆ける二足竜を両手ですくい上げる。その場に電光が瞬く間に着弾。
土が、砂が爆ぜるまでにもうひとっ飛び。
桜花の翼を、六本の鶏冠を広げて。深紅の竜が駆ける星空。
獅子の主人達が怒鳴る。
「撃て! 逃がすな!」
如何に大空舞ったとはいえ、せいぜいゾイド五、六匹分の間合いから離れたのに過ぎな
い。翼に、鶏冠に、手足や尻尾に銃撃がかする。
眉を潜めたエステル。果たして振り切れるのか? 一匹でも倒してから逃げた方が確実
なのではないか。
そこに、響いたのはあの心持ち甲高い声だ。
「あと三十秒、耐えるんだ!」
思いのほかコクピット内に響いたため、エステルは顔をしかめた。全方位スクリーンの
下部には二足竜を抱えた相棒の爪六本が映っている。
「三十秒? 何よそれ、どんな根拠が……」
「いいから!」
強引なボロ切れの言い分にエステルは少々苛立った。だが続いてウインドウが左方に開
くと、彼女はまじまじと見つめ、やがてこくりと頷いた。
獅子の二匹は銃撃を続ける。何しろ弾薬にはゆとりがある。撃って撃って撃ちまくれば、
伝説の魔装竜ジェノブレイカーといえどもただでは済まない。……それは事実、その通り
だ。しかしすぐさま飛び込んできた警告音に三人と三匹は目を剥いた。
向こうの崖下から、砂塵が立ち籠めてくる。こんな遠くで砂塵が確認できるとしたら原
因は一つしかない。
「野生ゾイドの、群れだ!」
三十秒はとうに超えていた。崖下を睨むエステル。百メートルも離れぬ地上では、大小
さまざまな野生ゾイドの群れが崖に沿って駆け抜けているのが見て取れる。獅子達がどう
なったのか想像もつかないが、案じてやるいわれもない。
「言った通りになったろう? あそこは獣道。ゾイド猟にはうってつけさ」
飛び込んできた声。ボロ切れは既に二足竜から降り立っていた。二足竜はおとなしくそ
の身を伏せている。
ボロ切れが被るヘルメットはゴーグルが真上に向いている。エステルはこの者の視線が
自分より遥か頭上に向いていることに気が付いた。頭部にコクピットがあると思っている
のは明らかだ(深紅の竜のコクピットは胸部だ)。
突如、開いた胸部ハッチ。ボロ切れの丁度、目の前だ。そこにハッチがあるなどとは露
知らず、のけぞるボロ切れ。
ハッチ内部は全方位スクリーンのおかげで明るい。肩の拘束具が持ち上がると、冷たい
風に長髪をかき乱されながらエステルは長身を乗り出した。
彼女にとって意外だったのはボロ切れが自分より頭一つ分も背が低いことであった。も
っと逞しい体つきをしていると予想していたからだ。しかしそれ自体は全く大した問題で
はない。だから。
「本当に助けてくれて、ありがとう……」
深々と、頭を下げる。偽らざる気持ちだった。一時は只のお邪魔虫かと思っていたが、
気が付けば常人ならざる挙動に心までも奪われていた。
ところがボロ切れの方は、しばし硬直を余儀なくされていた。只でさえ向かい風が強い
というのにたじろぎもしない。
「あの……どうしたのですか?」
「い、い、イブが……」
にわかに首を傾げる彼女。
「イブが現れたのかと、思った」
地球の言葉に訳すなら「天女さまが現れた」とでもすべきか。ともかく、エステルは吹
き出した。押さえ切れず、咄嗟に口元を押さえる。
「何よそれ、お世辞にしても大袈裟過ぎよ……」
二人は笑った。屈託のない笑みを浮かべたのはいつ以来か。だからそう仕向けてくれた
目の前の人物に、勇気を持って一歩踏み出せた。
「私はエステル。……貴方は?」
ボロ切れはヘルメットを外した。星屑がボサボサ髪をシルエットに変える。
あっという間に駆け巡った思い出。我に返った彼女が見上げた夜空は朧月夜のまま。
女教師は両手で軽く、自らの頬を張った。
「エステル、忘れてはいけないわ。あの子は、あの子よ。
私は罪を償っている」
その言葉に、真っ正面で鼻先近付けていた深紅の竜は悲しげにか細く鳴いた。彼女は再
度、頬を触れてやる。愛おしげに、何度も。
「ブレイカー、貴方はあの子の味方でいてあげて。私は……」
深紅の竜は一層物悲しく鳴いた。朧月夜はまだ続く。
(第一章ここまで)
【第二章】
普段きりりと締まった唇がだらしなく開いたら、誰しも格好が悪いと思うだろう。唇が
女教師エステルのそれであれば尚更のこと。努めてさりげなく長い指で押さえ隠した彼女
だが、真っ正面のギルガメスは円らな瞳を一層丸くした。……彼女の生あくびは、傍らの
ビークルより流れるラジオニュースを一瞬だが遮った。反動で小さな音声が却って大きく
聞こえる。
折しも朝食のひと時である。稜線の向こうより投げ掛けてくる朝日が眩しい。丘上に小
さなテーブル広げ、大概は黙々且つ手早く食事を進める二人。だが少年の目玉焼きは八割
型食べ終えているのに、彼女のそれは黄身が半分も欠けていない。焼き立てだったバゲッ
トも半分程しか減っておらず、バターも溶け切り染みてしまっていた。
あくびに加え、らしくもなく手首で涙で充血した瞼をこすっていてはこれだけ差がつい
て当然というもの。少年が心配しないわけがなかった。
「エステル先生、大丈夫ですか? 眠れなかったんですか……?」
女教師はばつが悪そうに苦笑いを浮かべる。
「ちょっとね。……考え事していたら目が冴えちゃったわ」
口元を押さえつつあくびしながらの返事に、少年は合点がいった。彼らの置かれる立場
が依然、微妙だということに変わりはない。水の軍団に加え、「B」と呼ばれる謎の美少
女が所属する一団の追撃は苛烈を極めている。何とかして振り切り、その一方で少年自身
も徹底的に鍛え抜かないといけない。「彼女に一太刀でも浴びせてみせる」という課題は、
しかし依然として達成の目処が立たぬまま。
又、彼らはここ「タリフド山岳地帯」より更に東の山奥に隠れているという「忘れられ
た村」へと乗り込まなければいけない。村人は刻印を持ち、ベールでそれを隠しているそ
うだ。少年の額に宿った刻印の謎を探る手掛かりがあるのではないか。……彼らは急いだ。
だが村は、レアヘルツで覆われたゾイド不毛の山間にあるという。他にも様々な難関が待
ち構えているだろうと容易に想像がつく。
課題は山積みだ。考えが容易にまとまらず睡眠不足に陥るのは当然だろうと、少年は考
えた。問題は、彼女が悩んでいるだろうことの大半が、多かれ少なかれ少年自身に原因が
あるということだ。
「すみません、至らなくて……」
少年はうつむく。表情を曇らせる。彼が直面する問題は、どれも瞬時の解決など見込め
ない。如何に超人的な努力をしようが、それ以上の困難が彼らを押し潰してしまうかもし
れない。他に何を言えば良いのか。
愛弟子の沈痛な面持ちを覗き込んだ女教師は、眼差しを食卓の方へと戻した。
「貴方、指に胼胝が増えたでしょう?」
そう言われて、少年は思わず声を上げた。実のところ、彼は無意識のうちに胼胝に触れ
るのを避けながらバゲットを手にしていたのだ。
彼女の言う通り、少年の手や指には胼胝が増えた。ゾイド胼胝だけではない、ゾイド猟
用のナイフを握ったおかげでできた胼胝もある。だがそんなもの、彼女に見せたことなど
一度もなかった。
「実力がつかないと胼胝もできないわよ。
まあ、そういうことだから、課題の方は期待してるわ」
言いながら女教師は横目で目配せ。いつになく柔和な笑みだ。彼女を気遣うつもりか、
いつの間にか逆に気遣われてしまっていた。しかも彼女は少年の胼胝を見抜く程、少年の
ことをよく見ている。彼は嬉しかったし、彼女の評価それ自体が彼の抱く罪悪感を幾分軽
減した。他にも問題は山積しているが、取り敢えず今、急がなければいけないことは順調
に進んでいるのだ。
さてビークルを隔てた側では、深紅の竜が犬猫のように丸くうずくまって眠りこけてい
た。明け方から正午までは眠りのひととき。師弟のやり取りも安眠を妨げるものではない。
そんな中、師弟のやり取りに割って入ったラジオニュースの話題。
「又、赤いゾイドが襲われました。次のニュースです」
師弟は揃ってビークルに眼差しを投げ掛けた。一方、竜は眠たげに、だが決して寝ぼけ
ずに頭を持ち上げる。
「……昨晩未明、タリフド市郊外で赤いゾイドの死体が横たわっているのを巡回中の自警
団が発見しました。搭乗していた男性は、発見後病院に運び込まれましたが間もなく死亡。
現在身元の特定を急いでおります。
自警団の発表によれば、死体には複数のゾイドによる切り傷が見つかりました。又、部
品や金品などの盗まれた形跡が全くないことから、怨恨による犯行の可能性もあると見て
詳しく調査しております。
タリフド市では一昨日から、赤いゾイドが襲撃される事件が相次いでおります。付近住
民で赤いゾイドに乗っている方は警戒を怠らないよう、自警団は呼びかけております」
女教師は黙して、且つ聞き漏らさぬよう注意深く耳を傾けていた。咀嚼の音も立てぬ徹
底ぶり。
一連の事件は彼女ら師弟を付け狙う何者かによる犯行に間違いあるまい。もし彼女らが
町村にでも潜伏していれば、どういう形であれそこから出て行かざるを得なくなるだろう
(赤いゾイドが一定期間そこにいたというだけで、住民に迷惑をかける可能性がある)。
更に考えを巡らそうとしたその時、女教師は向かいに座る少年の異変に気が付いた。
バゲットを握る右手。小刻みに、寒さで凍えるように震えている。清々しい朝にも関わ
らず、ラジオの音声を耳にしただけで表情はすっかり青ざめていた。
震えを止めたのはぬくもりだった。右手の甲に、すっと添えられた長い指。……女教師
は感じ取った。愛弟子の体温は、震えとは裏腹に一気に沸騰している。
「落ち着いて」
覗き込む蒼き瞳。高潔な理性の眼差しに見入られ、少年は我に返った。しかし震えは簡
単には収まらぬようだ。唇が、上手く動かない。
「これは……何の、嫌がらせですか……」
女教師はため息をついた。
「まだ私達に関係があると決まったわけではないわ。
今はとにかく情報が少な過ぎる。何でも頭ごなしに決めてかかるのは危険よ」
唇を噛む少年。全く納得していないのは見て取れる。だが別の意志は、二の句を継ぎた
い少年の口元に厳しい枷をはめた。手の震えも体温の上昇も、先程までと比べれば抑えら
れていた。……本人が懸命に我慢しているようだが、だとすれば良い傾向だ。
女教師は、ゆっくり差し伸べた手を戻す。バゲットをちぎりながら、言葉を紡いだ。
「……この事件がどうつながってくるかは、わからない。
けれど、貴方達と似た人物やゾイドを敢えて狙うようなやり口は、今後も起こり得るで
しょうね」
女教師の言葉に、少年は息を呑んだ。動揺は隠し切れないが、依然我慢する意志は衰え
ぬ円らな瞳の輝きから伺えた。彼女は言葉を続ける。
「強くなっても良いことばかりじゃあないわ。
強者を倒すために、しばしばどんなに卑怯な手段も許されることになる。
他人を巻き込まないように、自然と人との距離が離れるわ。もっとも……」
女教師はビークルの先に眼差しを投げ掛ける。少年もそれに次いだ。
二人の視線は眠たげな深紅の竜もすぐに気が付いた。うずくまったまま小さく鳴いて、
小首を傾げる。
「貴方にはブレイカーがいるものね。
心を揺さぶられるようなことがあった時には、常にこの子を思い出しなさい」
こくりと頷いた少年。……絶対に裏切らぬ相棒。それ故に、自らの動揺が相棒を傷付け
ることになるのはもう何度も経験してきたことだ。彼女の言葉は重い。気が気でないが、
今は黙って従うのみだ。
ところで女教師は、先程飛び込んできたニュースがチーム・ギルガメスを狙う何者かに
よる可能性は十分にあると考えていた。
(偶然、赤いゾイドだけが狙われた可能性はまず置いて。
水の軍団か、それとも「B」(彼女曰く『ブライド』)か。この辺りで試合しても連戦
連勝なんだから、余所のチームやら何やらに恨まれてもおかしくはないわ。もっとも……)
元通りの静かな食卓が続く。少年は内心、我慢を言い聞かせながらバゲットをかじって
いるに違いない。女教師はその光景を見て安堵しつつ、心の奥で策を巡らす。
(メリットが少ないわね。確かに一時的にはギルも辛くなるだろうし、住民から嫌がられ
る可能性もある。
でも、いくら何でも目立ち過ぎるわ。発覚した時のリスクも大きい)
だから水の軍団の可能性はまずないだろう。女教師はそう考えた。上記の問題に加えて、
無駄が多過ぎる。この調子では弾薬補充やら何やら、現地調達でもしなければなるまい。
こんなにも面倒くさい展開にはしないだろう。
同じことは「B」についても言える筈だとも考えた。水の軍団以上に得体の知れない連
中なれど、台所事情は大差あるまい。
(……なんて、ギルに説教した私が決めて掛かるのもどうかしらね。
もしどちらかによるのなら、打つ手がなくなってきていると考えられるわ。やるだけや
らせておいてさっさとこの地を離れましょう。目指すは『忘れられた村』。連中に付き合
う必要はない)
一悶着のあった朝の食卓も終わりが近付いている。このあと、午前中は愛弟子をみっち
りしごき、午後は移動の予定だ。こちらにも都合はある。
蒼き瞳の魔女が立てた予想は、半分は正解であり、半分は間違っていた。……もっとも
彼女の予想には大きな盲点があるのだが、その辺が明らかになるのはもう少し先の話しだ。
さて同じ朝を、拳聖パイロンも迎えていた。小川の縁にしゃがみ込み、両掌で水をひと
すくい。精悍な顔立ち、幾重もの皺、そして眉間の刀傷が洗われていく。水の軍団・暗殺
ゾイド部隊の精鋭は、それ故にチーム・ギルガメスらと同様、野宿を選ぶことが多くなる。
傍らでは雲の白色した二足竜も腹這いになっていた。上顎を曇りが勝ったキャノピーが
覆い尽くす、ヘリック共和国産ゾイド独特の風貌は彼の地では珍しい。人呼んで炎掌竜ア
ロザウラー。「オロチ」なる名前がついている。
キャノピーより、突如鳴り響いた警告音。パイロンが立ち上がって白い功夫服を翻せば、
東方大陸伝来の龍神の刺繍が空を舞う。
すると途端に、止んだ警告音。
「パイロンだ」
彼は懐より取り出したタオルで顔を拭きながら独り言のように応えた。
『パイロン様、おはようございます。ご依頼の件ですが……』
警告音と同じ位の音量で響いた音声。パイロンは……功夫服をまとったこの男は、それ
が当たり前であるかのように会話しながらタオルを首に引っ掛け、二足竜の頭部に近付く。
音声が若干小さくなっていくのだから不思議なものだ。恐らくは相棒たるアロザウラー
「オロチ」がコントロールしているのであろう。
『抜け道は、確かにございます。入り口までは大きく遠回りしなければなりませんが、そ
こを通り抜けさえすればあとはくぐり抜けるだけです』
「協力に、感謝する。抜け道までの地図を送ってくれ」
功夫服の男が二足竜の頭部真横に立つと、キャノピーはひとりでに開いた。不思議なも
ので、男が飛び跳ね、コクピット内部に乗り込むまでに、音声は人の会話より大きい程度
までに小さくなっている。このゾイド、流石に良く飼いならされているだけあって、ちょ
っとした音量調整など指示されずともやってみせるわけだ。
着席した功夫服の男。キャノピーが被さると内壁にウインドウを描く。描かれた鳥瞰図
をまじまじと見つめ、男は呟いた。
「ギルガメスよ、『忘れられた村』へ辿り着けば、全ての謎は解決するだろう。
だが、本当の苦しみはその時から始まるのだ。それまで命は預けてやる」
拘束具が肩に降りる。男がレバーを握り締めれば、白色の二足竜に起立を促す合図とな
る。……アロザウラー「オロチ」は人のように直立した。針金細工のように繊細だが、し
なやかな二本の腕を腰に当てるその姿、古の武道家のような佇まい。足取りも軽やかに、
この二足竜は地を駆け始める。休息十分。主人は空腹だが、それはコクピット内で解決す
れば良いだけのことである。
拳聖パイロンはチーム・ギルガメスの動向に関心は持っていても直接的な行動はとらな
かった。ならばもう一方の陣営はどうか。
薄暗く狭苦しい部屋は金属生命体ゾイドの躍動とは凡そかけ離れた印象を与える。だが
確かに彼らはそこにいた。
長机の上に雑然と並ぶ実験道具、工具に書物。その一辺、背もたれのない丸椅子に「B」
は両腕を組んで座っていた。漂白剤で濯がれたように真っ白い頬が二つ。その中央にぐい
と一本、通った鼻筋。なれど顔立ちにはにわかにあどけなさが残る。左右の耳上に束ねた
金の長髪、黒目勝ちの銀の瞳は薄暗い室内をこれでもかと言わんばかりに照らしつける。
今日は白のワンピースの上に黒のレザーコートを羽織っているからそれ程ではないが、一
枚脱いだ上に魔女エステル同様の刻印を解き放ったら室内は眩しくてどうにもならぬかも
しれない。
金髪銀瞳の美少女は時折足を組み、又戻す。今度は足の組み方を変え、又戻す。その度
に裾がはだけ、細い脛とうっすら脂の乗った腿が晒されては隠れることの繰り返し。苛立
ちはとっくの昔にピークに達しているようだ。……もっとも、すぐ足下では大人数人分は
あろうかと言う銀色の獅子(オーガノイドユニット)「カエサル」がまるっきり意に介せ
ずうずくまり、寝そべっているから彼女の苛立ちも大したことが理由ではなかろう。
事実、狭い部屋の片隅に置かれた事務机の主は美少女の動向などさして気になどしてお
らず、黙々とノート大の端末を弄っている。いつも通り白衣をまとったこの男は中肉中背、
軽くパーマを当てた髪型は至極平凡。牛乳瓶の底いた程に分厚い眼鏡を掛ければ表情さえ
伺い知れぬ。だがそれ故に、左の頬に広がる火傷の痕は却って目立ち、見る者は彼の生い
立ちを想像せずにはおれない。
美少女は白衣の男をじろりと睨み、努めて声を押し殺して呟いた。
「ドクター・ビヨー。飽きたぞ」
その名を呼ばれた白衣の男はしかし、全くの無反応だ。美少女はいささかムッとした。
「ドクター・ビヨー。飽ーーきーーたーーぞーー」
上品な出で立ちが全く以て台無しの子供染みた問い掛けに、反応するかのように白衣の
男は端末を折り畳んだ。たったこれだけで美少女の表情がパッと明るくなるからおかしい。
だが、男の対応は思いのほか素っ気ない。
「『B』よ。私は久々の講演を行うために学び舎に戻ったのです。ご理解下さい」
「私は一刻も早くギルガメスを捉えたいのだ。跪かせて、徹底的に媚を売らせて……」
言い掛けたところで、分厚い眼鏡の一瞥。
「今のギルガメスで満足なさいますか?」
声を遮られた美少女は、それ自体には腹を立てることもなく、顎に指を当てて考えた。
答えは速い。
「正直なところ、まだ熟し切っておらん。もう少しどうにかならんかとは思っている」
「そのためにも手勢を向かわせました」
美少女の目つきはにわかに艶かしくなっていく。
「……『殺せ』とは伝えてあるな?」
「ええ。手加減しては熟しませんからね」
くすくすと、笑みを零した美少女。床に水滴が弾けるように、薄暗い室内に染み入る。
「さっさと講演とやらを済ませてこい」
白衣の男はすっくと立ち上がるとノート大の端末を小脇に抱えた。長机は美少女の座る
側の反対を通り、ドアを閉め直した時に恭しく礼をした。
一人と一匹が取り残された時点で、彼女は口に指を添えると大あくび。そのまま散らか
った長机の上で両腕を組み、顔を伏せた。
ゾイドアカデミーは惑星Ziの最高学府である。通常の学問もさることながら、この学
校では名前に冠する通り、ゾイド全般に渡る研究で第一人者的な地位を保ち、政府や軍部
に多数の人材を輩出している。ゾイドアカデミーは惑星Ziの政治にさえ少なからず影響
力を発揮する存在なのである。
それ程の勢力だから、校舎の規模も圧倒的だ。……複数の校舎が団地のように軒を連ね、
それが一面に広がっている。少々の高台に上って地平線に視線が伸ばしてみても、アカデ
ミーの敷地より外は確認できない位だ。
その校舎は年季の入ったレンガ作り。戦乱に明け暮れた惑星Ziの中にあってこんな建
物が残されているのだから驚くべきことだ。校舎内の講堂は実に広々としており、ひな壇
には今やぎっしりと学生がひしめいている。
惑星Ziで学問を志す者の大半が「良家の子弟子女」だ。学費を潤沢に確保できる家で
ないと進学など考えられない(ギルガメスがゾイドウォリアーを志したのも結局は「貧し
いから」に過ぎない)。
だからこそ彼らの中にヴォルケン・シュバルツもいた。栗色髪の若者はひな壇の中央に
混ざってはいるが、祖国ガイロス公国(約五十年前、ガイロス帝国はヘリック共和国との
「最後の大戦」に敗れ、帝政の放棄を余儀なくされた)独特のゆったりとした民族衣装を
羽織った上に、微妙に幼い顔立ち、それでいて淀みない物腰から遠目でも一目で分かる。
(まあ、教育には洗脳の意味もありますよね。洗脳教育)
若者が示す諦観は内心のもの。かつては祖国も学問が充実していたが、それらはヘリッ
ク共和国に敗れた際、あらかた同国に都合の良いものへと改められた。暴虐はそれに留ま
らず、最終的に祖国のゾイド技術は軒並み没収されたのだ。彼はガイロスの名門シュバル
ツ家の三男坊にして、国費留学生。体の良い人質。だが彼には祖国に失われたゾイド技術
を再生させるという使命がある。かつて配下のシュバルツセイバー獣勇士を陰で操り魔装
竜ジェノブレイカーの強奪を計ったのも、全ては彼の置かれた立場がそうさせたのだ(第
十話・十一話参照)。
若者は、だから今日も授業を受ける。厄介なのは彼の左右・前後の机から甘ったるい香
りが漂ってくること。何のことはない、香水の匂いだ。この若者のあるところ、自然と女
学生が寄り付いてくる。
若者は熱い視線を、涼しげな目元で受け流した。適当に遊ぶことはあるが、熱中するわ
けにはいかない。
(それに今日は、アカデミーの風雲児ビヨー講師久々の授業ですから。B計画の首謀者と
目される人物の授業、この目に焼き付けなければね)
ひな壇の最下部、右手の引き戸が開いた。白衣の男がすっと、表れる。若者の興味は完
全に男の方へと注がれていた。
授業は取り立てて事件もなく終了した。
ビヨーは惑星Ziの置かれた環境を考えたら中々先進的な思想を持っている……それが
ヴォルケンの感想だ。
そうした一面は授業のすぐあとにも垣間見えた。
『シュバルツ君、お茶しましょうよ』
前後左右からの女学生からの誘いを、今日は丁重に断りつつ彼はノートを書き続けてい
た。そんなところに、教壇の方から白衣の男が近付いてくる。
若者は咄嗟に立ち上がると深々と一礼した。白衣の男は両掌を前に広げて制した。
「まあまあ、そんな丁重にならずとも。シュバルツ君、中々熱心ですね。私も自分の授業
でそこまでしてくれる学生を見かけると嬉しいですよ。
ところでシュバルツ君、君は人とゾイド、どちらが大事だと思う?」
唐突な質問に驚く若者。彼は額に指当て、少々考え込んだ。
「……ゾイド、と言いたいところですけれど、大事なゾイドを生かすには人の方がしっか
りしていないといけません。
だとすれば、人が大事。だけど優秀な人が沢山いても、優秀なゾイドがいなければ生か
せません。結局は両方大事で、局面によって比率が変わるんだと思います」
若者の説明に、白衣の男は熱心に聞き入った。
「ご名答。こういう逆転の発想はいつでも必要なんです。
シュバルツ君もいずれは祖国に戻って勉強の成果を発揮することでしょう。するとこう
いう考え方を常に思い出し、生かしていかないといけません。例えばゾイド技術の発展ば
かりこだわって人的資源の開発を無視したらどうなるか……」
若者は成る程と頷いた。学問以前かもしれないが、一々納得できる話しだ。この段階で
は余裕の若者だったが、男が次に発した言葉は動揺の余地が大いにあった。
「ゾイド一匹手中に収めることに、こだわってもいけない」
若者は思わず息を呑みそうになるのを堪えた。なまじ物腰の柔らかい者が下手に感情を
乱せば周囲に疑われる。
「祖国の歴史に鑑みると、色々と思い当たる節があります。良いヒントになりました」
「又機会があったら、講演を聴いて下さいね」
男はひな壇を降りていった。
若者はおもむろに腰掛ける。ノートをまとめつつ、思い返すは今のやり取り。
(ジェノブレイカー強奪失敗を、ドクター・ビヨーは知っている……。それどころか知っ
ているという事実を、僕に知らせにきたのか)
だとすれば、これは相当な牽制である。容易に情報を入手し得る力を持っているぞ、簡
単に暗躍などできないぞと暗に言っているのだ(それが彼自身によるものか彼の支援者に
よるものかはひとまず置いておく)。
ことここに至って、若者ヴォルケンはドクター・ビヨーの背後に控える者の存在を理解
できた。学問の話しはさておいて、大きな収穫だ。
(まあ牽制はあくまでも牽制。適当に受け流しつつ、既に振り上げた拳はそのまま降ろす
のが弱小国家の戦法ですよ)
ノートをまとめた若者はすっくと立ち上がった。軽やかな足取りでひな壇を上がってい
く。目指すはアカデミー内部の学生寮。自室に戻れば暗躍のつとめが待っている。
(第二章ここまで)
【第三章】
陽はすっかり昇り切り、あとは下降を待つばかりであった。
深紅の竜は悠然と、荒野を泳ぐ。T字バランスの姿勢のまま、桜花の翼を水平に広げ、
尻尾を地面と平行になるようピンと伸ばして。背負いし鶏冠六本を広げない辺りが現状の
余裕。時折スケートを滑るように地面を蹴り込み、勢いを維持するだけで十分間に合う。
胸部コクピット内も一応、和やかではある。若き主人は水浴びでもしたのか黒のボサ髪
がしっとりと濡れ、Tシャツや膝下までの半ズボンも皺が寄るのを丁寧なアイロン掛けが
拒絶している。こざっぱりとしているのに、彼はやはり浮かぬ顔だ。もっとも、今の時点
での悩み事は陽性と言えるもの。
ギルガメスは肩にのしかかった拘束具の隙間から手を伸ばし、背中をさする。
「受け身に失敗したかな……」
彼は今日も剣の手ほどきを受けた。直接的には来たるべき「B」との決戦に備え、最終
的には自らの弱き心を克服するための特訓は継続中だ。そして特訓の締めも相変わらず。
……「B」に辱めを受け這々の体で逃げ延びたあと、女教師が突き付けた課題を依然、少
年は達成できぬまま月日が経った。
『毎日十分、私の技を受け切りなさい。その間、もらう攻撃を百回以下に抑えなさい。
そして一回でも私に剣を当てたら合格よ』
彼女の課題は今までギルが被った受難とは系統が異なる。少なくとも死の恐怖とは無縁
だ。それどころか、この課題は楽しい。今までゾイドウォリアーになるために死に物狂い
でこなしてきた練習とは明らかに一線を画していた。何故そんな気持ちでいられるのかわ
からない。只……取り敢えず今日は、五分近くまでタイムを伸ばした。
今朝も深紅の竜は遠くでうずくまりながら、長い爪で自らの顔を覆っていた。時折爪と
爪の隙間からちらりと覗いては見るが、空気が震えるたびに隙間を狭め、頭を抱え込むに
留まる。……又、空気が震えた。
革の鞘と竹箒の鍔迫り合いは鈍い軋み。但し交点は、革の鞘側から見れば額の辺り、竹
箒側から見れば胸元という有り様。無理もない、竹箒の持ち主は背丈は、革の鞘の持ち主
より頭一つ程も高いのだ。だから競り合うというよりは押さえつけと跳ね返しの攻防と言
えなくもない。
ここ数日の内に、こうやって膠着状態に持ち込む場面が若干だが増えた。僅か十分以内
という制限を考えたら時間の無駄である。だが少年は、それでも鍔競り合う。彼は女教師
が見せる変幻自在の動きをもっと盗みたかった。
女教師の頬や額には、既に汗が幾粒も浮かんでいる。それでも切れ長の蒼き瞳は思いの
ほか涼しげに、ゆっくりと目線を落とす。
その先に垣間見えた少年はすでに汗びっしょり、Tシャツもぐっしょり濡れている。凧
を追うように見上げる円らな瞳はこもった気合いで若干潰れ気味。
両者間それ自体は二本の棒を介しても三十センチと離れていない。爛々と輝く少年の瞳、
高さは女教師の胸元辺り。黒の光沢は、この偉大な師匠が放つ蒼き輝きを眼前にしても一
度たりとて反らすことはない。……僅かな変化を探る、執念の眼差し。
女教師は口元ほころばせ。
「我慢強くなったわね」
「ええ、まあ……」
愛弟子は流石に返事が精一杯。褒められて嬉しくないわけがないが、今は一撃を狙う気
持ちが勝った。この麗しき師匠はどこに視線を投げ掛けるか。息を吸うか、吐くか。競り
合う腕は力を入れるか、抜くか。全てを見抜かんと、コンマ一秒以下の単位でチャンスを
探る円らな瞳。
ふと、女教師の唇が微かに動いたかに見えた。微かな動きの連続。しゃべる彼女の唇さ
え、スローがかって見える集中力。……だが未熟者の集中力など、熟練者の力抜けた動き
には叶わない。
向こうで、一際丸くなった深紅の竜。賢いゾイドの挙動が告げる形勢の激変。
少年の大きく踏み込んだ右足に、突如走った電気。だがそれを自覚し切るまでに、彼の
小さな五体は宙に浮いていた。足払いだ。時計回りに傾く地平線。受け身を取ったかどう
かでさえ定かではない。……只、仰向けに転ばされた頃には竹箒で瞬く間に全身を突かれ
ていた。一撃一撃に痛みなどないが、この特訓が失敗となる「もらう攻撃を百回以下に抑
える」条件を一気に満たすのには十分だ。
少年は仰向けのまま虚空を仰いだ。硬直した両腕は鍔迫り合いの構えが解けぬまま。そ
こにぬっと、少々意地悪な蒼き眼差しが映り込む。ようやく彼は、今日も特訓が失敗に終
わったことを悟った。
「上達してるわ。そこらのチンピラが束になって殴り掛かってきても負けない位にはなっ
てる。あとは……経験かしらね」
全方位スクリーン左方のウインドウが開き、風になびく黒の短髪が微笑みを投げ掛けて
きた。例によって深紅の竜は、女教師の駆るビークルを両腕で胸元に抱えている。ウイン
ドウには彼女の後方に竜の鼻先が見えた。ピィピィとか細く鳴きつつ鼻先を近付け、彼女
に抗議の意志を伝えているのだ(魔装竜ジェノブレイカーといえども主人が傷付くのは御
免である。もっともそんなことに動じる「蒼き瞳の魔女」ではないが……)。
「経験、ですか……」
言いながら、少年はため息をついた。無理からぬことだ。彼が剣技の稽古で培ってきた
数ヶ月など、女教師が積み上げてきたであろう何年にも渡る実戦経験の前では塵芥にも満
たないと理解していた。
ビークルのモニター越しでも少年の落胆は見て取れる。女教師は苦笑い。
「そう焦りなさんな。『この前』みたいなことにならないためにも地道にやりましょう?」
少年はついたため息を早速呑み込んだ。全くもってその通りだ。『この前』の「B」と
の初戦で完敗を喫したのはとどのつまり自分が未熟だったからだ。今は地道に経験を積み
上げて、いずれ訪れるであろう再戦の時に備えるべきである。
表情をコロコロと変える愛弟子。女教師は彼が何を考えているのか手に取るようにわか
る。だから彼女はモニターで一通り目にした上でひとまずは腕を組み、顎に手を当て……。
その上で、ぽつりと呟いた。
「あとは自信が足りないかしらね」
背中をさすり続けていた少年がその一言に手を止め、目を見開くまでに一秒もいらない。
「じ、自信ですか!? そんな、課題もクリアできない自分なんかが下手に自信なんか持っ
たら……!」
女教師の言葉は少年には突飛過ぎた。未熟だったから敗れたのに、未熟なままどうして
自信を持たなければいけないのか。そんな気持ちを抱いていたら、又安易に「B」と再選
した挙げ句、今度は辱めを受けるだけで済まされるだろうか。
愛弟子が浮かべる千変万化。映し出すビークルのモニターは、右方から小さなウインド
ウを浮かび上がらせた。鳥瞰図だ。女教師はそちらをちらり、一瞥すると顔を見上げた。
頭上に位置する深紅の竜の顎を見て。
「ブレイカー、東北東に進んで」
同じ鳥瞰図は全方位スクリーン内の下方に映し出されていた。図の中央、赤い光点が彼
ら一行。東へ東へと移動中だ。そこより東北東2、30キロ程先には村が確認できる。少
年は円らな瞳を瞬いた。
「え……!? エステル先生、ちょっと待った!
あんな事件が起きてるのに村に寄り道してどうするんですか!」
深紅の竜も怪訝そうに胸元を見つめ、指示者の意図を確認する。勿論、その程度で意に
介する女教師でないのは皆さんもご存知であろう。
「ブレイカー、東北東よ」
渋々と、深紅の竜は顔を見上げる。
胸部コクピット内では体勢が左方に揺れた。呆気にとられた少年だがすぐに我に返った。
「馬鹿、ブレイカー! 方向、戻せよ! いくら先生の命令だからってあっさり従うな!」
スピーカーより聞こえてきた少年の怒声。女教師がすぐにコントロールパネルを弄れば、
それも蚊の鳴くような音量へと落とされる。彼女は顎に手を当てたまま、ビークルの座席
に寄りかかった。
左手には丘という形容さえ申し訳ない気分にさせる小山がこんもり。目測では深紅の竜
の上背より三倍程は高いものの、あれで野生ゾイドの群れを凌げるのだろうか。
小山の麓ではよちよち歩きの子供が自分の数倍もある四脚獣と戯れ合っていた。子供は
手が隠れる程長い防寒着に、毛糸の帽子と手袋を着込んだ出で立ち。四脚獣はバトルロー
バーと似たように透き通る青い肌が美しく、足は短いものの兜のような襟巻きが中々勇ま
しい。只、子供を前にしては襟巻きを介して互いに撫で合うに留まる。
そんな様子を、がっしりとした体つきの男性が遠目で眺めていた。子供同様の防寒着に
毛糸の帽子、手袋という出で立ち。子供が転びそうになると遠くからでも咄嗟に手を伸ば
す辺り、親子だと一目で納得できる。
不意に四脚獣が立ち止まった。首傾ける方角を子供も親も見遣る。
深紅の竜が小刻みに、地を蹴り始めている。水平に広げた桜花の翼が傾き始めると、神
速でなる竜も徐々に速度を落としていった。戦闘中ではないので失速を強靭な脚力に頼る
必要もない。……竜が立ち止まった場所は親子連れより数百メートルも離れていた。だが
これで十分だ。間近に止まったら巨大さ故に、却って警戒させることにもなる。
おもむろに腹這いとなった深紅の竜。行儀良く畏まったのを尻目に、ビークルは竜の手
を離れて飛び立った。常人なら抱くであろう警戒を解くためにも、彼女はなるべく丸腰で
近付かなければならない。
子供の方は目を輝かせているが、親の方はまだ首を傾げている。只彼の抱く疑念は、ビ
ークルに搭乗した女教師のたった一言でもろくも崩れ去った。
「すみませーん! お手洗い、貸して頂けませんかー!」
いつも通りの紺の背広、ゴーグルは掛け放しのまま(彼女の裸眼を唐突に晒したら視線
が鋭過ぎ却って警戒されてしまうだろう)片手を垂直に立てて拝んだ。……竜の胸部コク
ピット内でずっこけた少年。どんな方法で疑念を晴らすのか内心ハラハラしていただけに、
何とも言えない気分になった。
親は小山の方を指差し、女教師に向けて丁寧に説明している。機上のまま会釈し、ビー
クルを飛ばす彼女を見て少年は馬鹿馬鹿しくなった。前屈み気味だった姿勢を思い切り座
席へと押し付けた、そんな時。
「すげーっ、ジェノブレイカーじゃん!」
子供が目を輝かせ、とことこと駆けてきた。親と四脚獣が慌てて後を追っていく。
「こら、気をつけないと転んじゃうぞ!」
親はすぐさま子供に追いつき、後ろから両手で抱えるや二人諸共四脚獣の背中に乗り移
った。けらけらと笑う子供を膝に敷き、親は四脚獣のレバーを握り締める。深紅の竜の目
前に近付くまで大した時間はいらない。
腹這う竜の左前方に、四脚獣はやって来た。少年は(ああ、警戒されているな)と感じ
た。真っ正面に立ったら竜が首をそのまま伸ばすだけで噛み付かれてしまう。左右前方な
ら僅かでも身体をそちらへ振ってやる必要があるのでその分、躱し易いという考えだ。
おとなしく腹這う四脚獣から降り立った子供。続いて降り立った親は駆け出そうとした
子供の両肩を早速押さえた。
「ほら、挨拶なさい」
「じぇ、ジェノブレイカーさんこんにちはーっ」
子供は大袈裟に、だが精一杯のお辞儀。深紅の竜は腹這い、顔まで地につけてそっぽを
向いた。「ジェノブレイカー」と呼ばれるのは本意ではないから無理もない。少年はスピ
ーカーのスイッチを入れた。
『ブレイカーって呼んであげて』
音声を聞いた子供はもう一度元気良くお辞儀。
「ブレイカーさんこんにちはーっ」
竜は腹這いながら首をちらり、子供の方に傾けた。主人の入れ知恵が少々不満な様子だ
ったが、結局はやむを得ないとでも言いたげにもっさりとした動きで首をもたげ、右手の
指を伸ばす。子供の目前にまで近付けた爪は握手の求め。子供は嬉々とした表情で爪の先
端を握り、盛んに上下に振った。
少年は事態が収まったことに満足した。女教師を手洗いに受け入れてやった親にも礼を
言わねばならない。胸部コクピットが開き、少年は灰色のパーカーを翻しつつ降り立った。
相手は女教師程ではないが少年の頭半分を越える上背はある。竜の腕を頭上に仰ぎつつ、
少年は深々と頭を垂れた。
「ありがとう、ございます」
明朗な調子は荒野でもよく響いた。それが親を安心させたようだ。張り詰めていた空気
を抜くように溜め息するとにっこり微笑んで。
「もしかしてギルガメスさん? ゾイドウォリアーの……」
「は、はい」
こんな辺鄙なところでも、名前や顔が知られているのが嬉しい。少年は返事こそ吃るも
のの、円らな瞳は混じりっ気のない輝きを放つ。
一方、親は怪訝そうに首を傾げた。
「この先に進んでも何もないぞ?
東タリフド山脈が連なって行き止まりだ。レアヘルツも出ているし……」
目的地を耳にして、少年の表情が幾分、強張る。
親はそれに気が付いたのか、遠方を指差してみせた。竜の右前側、遥か彼方にはぼんや
りと稜線が浮かぶ。
「籠るんだったらもっと北の方角だ。尾根伝いに進めば、その内盆地が広がってくる。レ
アヘルツは麓にまで広がっているから気をつけてな。
東へ行くのは止めておきなさい。我々も近寄らない位だ」
「どうして、ですか……?」
「西の町で話しを聞かなかったか? 山脈を超えた先には『忘れられた村』がある。
尾根を東に伝っていくと村への抜け道があるらしい。だからあの辺には顔をベールで覆
った連中をよく見かける。どうすればレアヘルツを抜けられるのかさっぱりわからんが……。
とにかく、決して関わりにならぬことだな」
少年は一々頷いた。それに足りる情報を得たのは事実だ。難度は別にして、目的地には
近付いている。
それより不思議なことだが、この男は少年一行が山籠りでもするものだと考えたようだ。
確かに武芸者の類いが山籠りするのは惑星Ziも地球も大差ないことかもしれないが……。
「何故、僕らが籠ると思ったんですか?」
親は苦笑した。
「こんな辺鄙なところにわざわざやってくるゾイドウォリアーなんて、山籠りしか考えら
れんよ。
それより、赤いゾイド目当てで辻斬りが流行ってるそうだ。道中気をつけなさい」
赤いゾイドという言葉に少年も深紅の竜も反応はした。……したが、この親の前では
「気をつけろ」の一言で終わってしまった。背筋に緊張が走る間も与えられなかったこと
に、呆気にとられた少年。山籠りと言い辻斬りと言い、少年の心配はこの親によって全て
取り越し苦労に変換されてしまったのだ。拍子抜けにも程がある。
そこへ、丘の方からビークルが砂塵巻き上げやって来た。機上の女性はやけに爽やかな
表情で手を振っている。
「地元の人がそう言ったのなら、いきなり行かない方が良いでしょうね。下手に刺激を与
えるべきではないわ」
再び深紅の竜が滑空を始めた時、背後では親子が四脚獣に跨がりつつ見送っていた。子
の大袈裟な手振りはけなげだ。先程までと同様に竜の胸元に抱え込まれたビークルの機上、
女教師は言葉を続ける。
「……このまま尾根伝いに進んだら、ひとまず私一人で山を登ってみましょう。レアヘル
ツが発生している以上、古代ゾイド人の遺跡は機能しているわ。内部に入り込みさえすれ
ばレアヘルツを止めたり山脈内部を潜ったり、色々できるかもしれないからね」
只、この場合色々な問題が考えられる。抜け道と古代ゾイド人の遺跡しか村に通じる道
がないとしたら、村に潜り込んだとしても行動は相当制限されるだろう。村人は抜け道し
か知らないだろうから、ギル達一行を発見し次第、侵入経路を厳しく追及する展開もあり
そうだ。遺跡内から村の様子を把握して、それから作戦を練り直すしかないのだろうか。
師弟の思案は続くが、結論は出なかった。取り敢えず彼女の案を実行することで意見の
一致を見て一息つく内に、少年は彼女に尋ねたいことがあったのを思い出した。
「ところでエステル先生、本当のところお手洗いには用があったんですか?」
「貴方……女性にそういうことを聞くものじゃあないわよ」
ウインドウ越しに睨まれた。蒼き瞳はそれだけで凍てつく眼光を放つ。肩をすぼめる少
年。もっとも女教師も狙い澄ましていた様子で、反撃図星の成功に口元を押さえて笑みを
浮かべた。
「嫌みを言われたりとか、全然なかったんでしょう?」
「はい。でも、どうしてなんだろう……」
盛んに首を捻る少年。
しげしげと、モニターの向こうを眺める女教師。口元は押さえたまま、ひとしきり愛弟
子を眺めた蒼き瞳はふと、左に流れた。光の粒が後を追って零れていく。
少年が気付いたのは、それが凍てつく眼差しなればこそ。彼がウインドウを見遣った時、
女教師はどこか遠くを見つめるようにして。
「死に物狂いで生きてきたんだから、少しは自分の顔に自信を持ってもいいのよ」
少年が透かさず自分の記憶の糸を手繰り寄せたのは、彼女が視線を合わさずに何かを話
したことがどれ程あったかということだ。だが手繰り切るよりも前に彼女の言葉を脳が解
析し、彼はたちまち紅潮した。
「か……顔だなんて! そんな、別に格好良くなったりとか……」
「そうじゃあなくて。滲み出るものってあるでしょう?」
言葉は続けるものの、決して重ならぬ視線。だが少年にとってそれはもうどうでも良か
った。寧ろ視線が重ならなかったからこそ、全方位スクリーンの微妙な曲面が映し出す己
が容貌に引き寄せられた。
見つめてはみたものの、何が滲み出ているのかさっぱりわからない。……尚も観察を試
みたその時。
容貌を覆い隠すように開かれた鳥瞰図のウインドウ。中央に輝く赤い光点を西方から追
いかける青い光点。
再びウインドウを見遣る。女教師が投げ掛けてきた眼差しには精緻な理性が込められて
いた。無闇な激情を凍てつかせる絶対零度の眼差しが告げた風雲急。
深紅の竜は、見た目には至極軽快に滑空を続けていた。只、少しずつ進行方向が逸れて
いく。まばらに岩山が隆起し始めたところで竜はくるり振り向いた。一杯に広げた桜花の
翼、六本の鶏冠。腹這う程に低く身構え、上下の顎を一杯に広げて威嚇の唸り。
「ここらで姿を現したらどうだ」
忌々しげに呟く少年。
竜の真っ正面。岩山と岩山の間から、影が走り抜けていく。次々に移動し、あっという
間に百メートルも離れぬ間合いにまで近付いてきた影は、竜と同体格の青い獅子。
少年は背筋が凍り付いた。よもやこのタイミングであの忌まわしき強敵ブレードライガー
と「B」がやって来たのか。だが数秒も掛からぬ内に、獅子がブレードライガーと異なる
……いや寧ろ、もっと悪意に満ち満ちた存在だと認識した。矢尻のような面構えに広がる
鬣(たてがみ)は眩い金色。頭部は笠のような黒いキャノピーが覆い、その下に橙色の鋭
い瞳が見え隠れする。背中にはやはり太刀を背負うも、己が胴体以上もある剛刀が一本。
東方大陸でよく用いられるものを彷彿とさせる意匠だが、奇妙なことに刀身は後方に向け、
代わりに前方へと突き出した柄の先端には銃口が見える。
この笠を被った不気味な獅子を前にして、少年は思い出した。ジュニアハイスクール時
代に図書室で読みふけった「独月抄」。……天下統一成ったヘリック共和国は民主化政策
のもと、同国に批判的な教科書や歴史書、子供向けの小説に至るまで同国に批判的な見解
が含まれるものを規制していった。独月抄は「月が一つしかない世界」の物語。つまり惑
星Ziとは別の世界を描くことで、巧みに規制をかわした戦記小説だ。彼ならずとも、同
世代の少年少女が貪るように読みあさったのは言うまでもない。
目前に躍り出た笠被りの獅子は、その主役ゾイドにそっくりではないか。少年の口から
も自然に名前が出てきた。
「ムラサメ……ライガー。
悪趣味なのは水の軍団か、それともドクター・ビヨーかどっちだよ」
戦記小説から飛び出した獅子の主人は大音量で笑い飛ばした。
「アッハッハ! ぷれぜんとハ気ニ入ッテ頂ケタカナ、ちーむ・ぎるがめすノ諸君!」
ヘリウムを吸ったような声に聞き覚えがあった。かつて辺境の村リガスの郊外でチーム・
ギルガメス一行を襲った四つ目の獅子・ライガーゼロフェニックスのパイロット(第十五
話参照)。その正体が水槽に漬かった胎児の姿をしていたのを少年は思い出し、たちまち
背筋が凍り付いた。もっとも、あの時の胎児は炎上する四つ目の獅子と共に業火に包まれ
たのだから、同じ個体ではあるまい。
脳裏に駆け巡った記憶が少年の心に一瞬で怒りを沸き上がらせた。だがその矛先に自制
を求めるかのように、竜の両腕に抱え上げられたビークルから声が放たれた。
「悪趣味な上に、下らない作戦だわ。私の生徒はあの程度では揺さぶられない。
それより方々に足跡を残すような真似をしても良いのかしら?」
朗々たる女教師の響きを耳にして、少年は我に返った。嫌がらせに動揺などしないと固
く信じていた彼女の言葉は耳に痛かったが、それより。言われてみれば、確かに不自然だ。
秘密結社的な性格を持つ組織のやることではない。
ヘリウム声はせせら笑う。
「バレルノハ大歓迎ヨ。ソレガどくたー・びよーノ望ミダ!」
その言葉に師弟はウインドウを介して目を合わせた。図らずも明らかになったドクター・
ビヨーの意図。彼らのような人道にもとる存在が世間の目に晒されて良いとでも、言うつ
もりか。いや、そもそもヘリウム声の言っていることは正しいのか。
見合った数秒は数分にも数時間にも感じられた。閉ざす口を先に開いたのは少年の方。
「エステル先生、戦わせて下さい」
円らな瞳が発する強烈な意志はモニターの向こうからも強く解き放たれた。女教師の蒼
き眼差しにも決して屈せぬ輝きを、彼女はまじまじと見つめる。
「……でたらめを言って挑発しているだけかもしれないわよ?」
「構いません。
それより先生、僕は大事なことを忘れていました」
小首を傾げた女教師。
「大事な……こと?」
「僕が原因で被害者が出たんです。僕にはその芽を摘む義務がある。
彼奴は僕を惑わせるだろうけれど、全ては果たすべき義務を果たしてからにします」
やや寂しげに、だが瞳の輝きは決して失わず、首を縦に振った。これからの人生に安穏
はないだろう。だが、例えば目前に立つ笠被りの獅子に襲撃された赤いゾイドの持ち主達
は、もしかしたらさっき出会った親子のように人の面一つで信用してくれる優しい人達か
もしれないのだ。そんなことがあってはいけない。
女教師はにこやかに微笑むや一転、ゴーグルを持ち上げ、蒼き瞳を鋭利な刃物のように
輝かせた。強靭な意志の発露と共に、額に燦然と輝く青白き刻印!
「例え、その行く先が!」
笠被りの獅子の背中でジリジリと、銃口と化した太刀の柄が竜達に照準を定め始める。
そんなことは師弟も先刻承知だ。
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
負けじと叫んだ少年の額にも青白き刻印が決意を発露。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
柄の銃口が、発火。
桜花の翼を広げた竜は右方へ半歩。その勢いで投げ飛ばすように爪から放たれたビーク
ルは左方へ。禍々しき熱源は両者を引き裂くように間を通過。しかし身体は離れていても、
気持ちのつながりは揺るがない。
「ブレイカー、いくよ!
先生、援護お願いします!」
「任せて!」
ウインドウを介した視線の触れ合いは見られない。掛け声一つで互いの気持ちなど十二
分に理解し合えた。
深紅の竜はそれが嬉しい。気持ちが充実した若き主人を胸元に乗せ、決意の雄叫び、そ
して踏み込み。
笠被りの獅子も怯むことなく荒野を蹴った。双剣と剛刀の激突、決着は如何に。
(第三章ここまで)
【第四章】
深緑の鳥瞰図が描くバームクーヘンのような等高線。長く、ゾイド胼胝で晴れ上がった
指が端末を弄れば無数の線は瞬く間に減っていき、最終的には数本の太い曲線のみが支配
する画像に変貌を遂げた。右方を下から上へと抜けていく落雷のような太い白線。上方で
Uターンするように左方へと続く。それより奇妙なのは白線よりも右方、そして上方。真
っ赤に彩られており、それ以外の点も線もさっぱり判別できない。
と、鳥瞰図が急に銀紙のような彩りを添えた。航空写真だ。とはいえ、写真も鮮明さに
は乏しい。幾何学模様が下方、そして中央付近に確認できる。その順に差し示した指が再
び端末へと戻ったところ、銀紙は鳥瞰図から消え失せた。
「予想通りとはいえ、余り役に立たなかったな」
「仕方ないだろ、レアヘルツにやられたら墜落してしまう。
祖国が用意してくれただけでもありがたいと思ってくれ」
低く落ち着いた男性の声に対し、甲高くぶっきらぼうな少年の声がスピーカーを介して
応じた。そこに割って入ったのは淑やかな女声。こちらは生声だ。
「状況は十分把握できました。大助かりですよ、感謝します……おや」
女声は若干低くなった。
「光点、赤青共に停止しました」
「おっ始めやがったか。どれ、急ぐか。
そこと……そこが気になるな」
再び差した指は複雑な地形を示す白の輪っかに触れていく。
立ちのぼる土の柱、立ちこめる砂煙。
深紅の竜は水平に桜花の翼広げつつ、一気呵成の間合い詰め。翼の裏側に仕込んだ双剣
が命中するギリギリの距離にまで近付ければ、好機を得る機会は一気に増えるというもの。
だが笠被りの獅子が放つ応手は単純さで竜を遥かに上回った。疾走の最中、振り降ろす
ように前方へと向いた背負いの太刀。ぎらり、日光を浴びて輝く刀身に狂気が宿る。
透かさずレバーを弄るギルガメス。求めに応じ、駆ける竜は右方へと足を伸ばし、左の
翼はぐいと胸元にまで引き寄せ。動作が完成する頃には澄んだ鐘の音と共に火花が弾けた。
左の翼を肩の辺りで、盾のごとくかざす竜。狂気の刀身は肩口へと抜けたが、背負う獅
子はそのままのしかかってくる。鍔迫り合い。翼が、刀身が軋む。爆ぜる火花は早速竜と
獅子の五体に飛び火。両者の全身に埋め込まれたリミッターがたちまちの明滅、高速回転。
吹き零れる火花が攻防に彩りを添える。
今の状況、互いの左前に強敵が位置していた。少年は全方位スクリーンの下方を睨む。
画像は竜の視界を通じ、獅子の姿を全面に映し出している。その腹には三門の大砲がち
らりと見えた。このまま押さえ込む力を増すつもりだろう。負けじと竜が組み合いに応じ、
正面に躍り出た時こいつが火花を上げるに違いない。
「そうは行くかよ。
翼のぉっ! 刃よぉっ!」
右の翼を勢い良く広げ直せば裏側より双剣が躍り出す。早過ぎる立待月は彼の地に昇っ
た。青白き刃が襲いかかるは獅子の左後ろ足。
鍔迫り合いは好機へと転じた。切先は左後ろ足の付け根に命中。鐘の音は一層澄み渡り、
死闘を艶やかに奏でる。
たまらず後方へ半歩、仰け反り跳ねる笠被りの獅子。一方、軽快な動きを追う円らな瞳
は獅子の背中が見せた動きを見逃さない。
「刀身が、後ろに戻ったーー」
霹靂を轟かせ、弾ける銃口。横っ飛びする深紅の竜を追いかけて、銃口と化した刀身は
反時計回りに旋回。竜の刃が地上の月ならさしずめこちらは日輪か。軌跡が虚空に朱(あ
け)の円を描こうとするが、そうは問屋が降ろさない。
何発目かの銃声が、他の角度からのそれに置き換えられた。
獅子の背後、日輪の更に外周を飛び回る年代物のビークル。機上するエステルの後方か
ら伸びる銃身は物干竿か。黒の短髪なびかせる魔女。額の青白き刻印を一層強く輝かせれ
ば、風貌はまさしく戦場を駆け巡る戦乙女。
忌々しげに後方へと振り向いた笠被りの獅子。そんな好機を少年主従が逃す筈がない。
両の翼を大の字に広げ瞬く間に間合いを詰める。
竜の挙動をひと睨みして、魔女エステルはゴーグルに手を掛けた。
(次の手を迫った? いつの間にあんなことができるようになったのかしら……)
魔女を驚かせたのは、少年主従が間合いを詰めても敢えて攻撃を即座に繰り出さないこ
とにある。この局面で即座に攻撃したとしても常に効果があるとは限らない。ならば間合
いを詰めたまま、相手に次の動作を迫る。そうすることで、苦し紛れの相手に隙を見出し、
あわよくばより正確なダメージを追わせる狙いだ。
(それを自在にやってのけるには相手の動きがよく見えていなければいけないわ)
積み上げてきた特訓が、こんな形で発露した。この瞬間、少年は魔装竜ジェノブレイカー
の心の目を司ったのだ。魔女はこくりと頷いた。この戦い、何としてでも勝利したい。生
死の境を乗り越える程度で満足してはいけない、それ以上の水準でこの優しき愛弟子に自
らの成長を実感させてやりたい。
膝上のコントロールパネルを睨む魔女。モニターの向こうに映る笠被りの獅子にじっと
合わせる照準。
(左右に跳ねるか、それとも背中の太刀を使うか……)
いずれが来ようとも、一発銃撃をお見舞いするつもりだ。一瞬の足止めが、必ずや少年
を援護する。
少年は獅子の背中越しにビークルを確認した。最高の援護に一層心強くなる。だから雄
叫びも一層大きく甲高い。
「さあ、来いよ!」
この局面での挑発は、強烈過ぎる圧力だ。並みのパイロットが相手ならば、苦し紛れの
動作を繰り出した挙げ句あっさり自滅したことだろう。しかし、相手はそもそも人と形容
して良いか疑わしい存在である。
どちらにしろ、獅子は脚力を溜めにくる筈。師弟はそう睨んだからこそ、獅子が繰り出
した反撃策は彼らの予想を超えた。
突如、宙に舞った笠被りの獅子。馬鹿なと師弟は呆気に取られる。存外に固いこの包囲
網を切り崩すには所謂ライオン型ゾイド特有の瞬発力が欠かせないと決めて掛かっていた
のだ。この笠被りの獅子は前後の足の力だけで宙に舞った。
只、当然と言うべきか跳躍の成果は精々、深紅の竜の頭上より高く飛び跳ねる程度。滞
空時間も長くはない。魔女は照準を合わせるよりも先に愛弟子に向けて叫んだ。
「ギル、避けて!」
凛とした響きが少年を我に返らせた。透かさずレバーを一杯に引き絞る。
小さな放物線は竜の足下付近へと落ちた。右の前足を振りかざす四脚獣独特の爪の一撃。
しかしそれも少年主従には読み筋の内だ。
深紅の竜は跳ね退きざま、右半身に転じた。離れた間合いはゾイド一匹分もない。続け
ざま、左半身に転じる。既に笠被りの獅子は背中の太刀を風車のように回していたが、竜
の巨体らしからぬ軽やかな動作が一歩上。切先は獅子の頭半分も届かない。風車が回り切
るまでには厳しく竜が踏み込んでいく。
桜花が舞った。双剣が閃いた。右、左と斬り付けて、虚空に月光羽の胡蝶を描く。
襲いかかる刃を肩で受ける笠被りの獅子。巨大な装甲がよく受け止めてはいるが、続け
ざまに受けては反撃もままならない。二撃目を受け切るや否や、獅子は海老のように真後
ろへと跳ねた。丁度己が一匹分。深紅の竜は尚も踏み込む。獅子は更に海老の跳ね。
竜の堂々たる剣戟が、着々と獅子を追いつめていく。背負いの太刀で突いたり振り回し
たりと仕掛け方を変える笠被りの獅子だったが、竜はことごとく受け止め、かわし、反撃
の刃を浴びせ。その上で大の字に桜花の翼広げ、素早く間合いを詰めること三度、四度。
獅子の応手が難しい。結局は苦し紛れに跳躍し、前足の爪の一撃を浴びせるに留まる。
しかし同じ技を何度も目の当たりにして見切れぬ深紅の竜ではない。半身を切っては透か
さず踏み込み、刃を一閃。獅子は這々の体で海老反りに後退するばかり。しかし一方的な
後退は、竜に一発又一発と追撃を許す。
死闘巻き起こる渦の外周で、旋回を続けるビークル。魔女は渦の中心を睨む内にはたと
気付いた。援護の狙撃はさっきの一発以降、全く発射していなかったのだ。それ位、少年
主従の戦いぶりは危なげがない。
膝上のコントロールパネルを数度、叩いた。たちまちモニター下方でウインドウが開き、
大きめの文字サイズで四桁の数字が何行か、表示される。……現在時刻、そして戦闘が始
まってから現在に至るまでの時間。先程、ようやく二分経過したのを確認して目を丸くし
た魔女。恐るべきハイペースだが、彼女は首を傾げた。
(おかしいわ。いくらギルが成長しているとはいえ……)
速過ぎるだろう。互いに死力を尽くしたとはとても思えない。これは何か落とし穴があ
る。再びコントロールパネルを弄った魔女。頭を下げ、スピーカー越しに策を授けるつも
りが、逆に声が聞こえてきた。
「エステル先生、何かおかしいです。
不自然に、攻撃が決まるんです。なんだか罠に誘い込まれているような……」
モニターに映った少年の円らな瞳。
魔女は確と見つめた。曇りも濁りも見られない、さりとて無闇にぎらつかせたりもしょ
ぼつかせたりもしない。大丈夫、この子は落ち着いている。
「ギル、ギル、聞こえて?
カウンターを狙う時は注意して」
ゴーグルの下からでさえ強烈な凍てつく眼差し。なれど戦う上では最高の気付け薬。少
年は深く頷きじっと真っ正面を見据える。
突っ込んできた笠被りの獅子。背負いの太刀で一直線。
十字に重なる桜花の翼。中央にねじ込まれる刀身の輝きは、しかし二枚の翼にがっちり
と受け止められた。吠え立てる深紅の竜。全身力めば肩口に抜けた刀身が徐々に持ち上が
り、遂には刀身ごと獅子の上半身を持ち上げ、押し返す。
バランスを崩した笠被りの獅子。土柱上げて突っ込んだ深紅の竜。
獅子はこの体勢でも躊躇しない。両手両足地につけ、バネのごとく跳躍。
全方位スクリーンの遥か上方へと昇っていく獅子の姿。それさえもスローが掛かって見
えた。既に何度もかわした攻撃に、彼の目も慣れてきている。心が躍りかけた時、少年の
脳裏で再生された魔女の声。
《カウンターを狙う時は……》
刮目。円らな瞳が、一層大きく。
右半身に転じた竜。
獅子は右前足の爪を振りかざす。このまま右方へ飛び込みつつ刃を振れば、完璧なカウ
ンターだ。エステル先生がアドバイスした、注意すべきカウンター。
そう、思ってハッと息を呑んだ時、円らな瞳にくっきりと浮かび上がった。……光った
のは、獅子の左前足。
レバーを引き絞る。たちまち広がる六本の鶏冠。右足の踏み込みと共に鶏冠の先端から
吹き出す蒼炎。飛び上がり、低い放物線を描く獅子の真下をくぐり抜ける。
勢いさえつけば神速を発揮するのが深紅の竜だ。あっという間にゾイド数匹分も駆け抜
け、くるり振り向いた時。背後でどさりと音が聞こえた。
笠被りの獅子を見れば、左前足が動かずもがいている。前腕の裏側辺りで鈍く輝くもの
が見えた。少年は睨み見て正体に仰天。
「パイルバンカーを隠していたのか……!」
獅子の左前腕裏から伸びた杭は、固い岩盤を貫いていた。それが抜けなくなってしまい
もがいていたのだ。
ゾイドの中には高速移動中、地面に杭を打ち込んで大胆に方向転換する種類もいる。笠
被りの獅子ムラサメライガーもその一種だ。……もし深紅の竜が、獅子の爪の一撃を左に
かわしざまカウンターを決めたとしても、獅子は着地時に竜の爪先にこの杭を叩き込めば、
完璧な足止め+シンクロする少年への強烈なダメージとなる。
(エステル先生の言う通りだった……)
少年は流石に息が切れる思いだ。既に額から方にかけて幾状もの汗が流れている。しか
し勝利への手応えが全てを吹き飛ばした。
依然もがき続ける獅子の背後より、一歩又一歩と踏みしめる深紅の竜。
「悪いけれど、行かせてもらう。ブレイカー、魔装剣!」
息吹と共に、レバーを握り締める。少年も、胸元に抱える深紅の竜も、外周を回る魔女
さえもが勝利を確信した、その時。
不意に、コントロールパネルが騒ぎ立てる。警告音に膝上を見遣った魔女は思わず息を
呑んだ。
「ギル、後方より熱源!」
言うが早いかビークルを急旋回。熱源に照準を合わせる。
「熱源、二つ……四つ!?」
口走りながらも正確に手を動かすのが魔女の器量。狙い易い大きなものから順に狙撃す
るが、それも精々二発が限界。
振り向く魔女。左右を抜けていく熱源。蒼き瞳にくっきりと焼き付いたそれは笠被りの
獅子同様、東方大陸でよく使われる太刀の意匠にそっくりではないか。二発は軌道をずら
せたが、残る二発は。
翻った桜花の翼。十字の受けはがっちりと二発、又二発と浴びせられた刀身を辛うじて
受け止める。
教会の鐘を力任せに殴りつけたような音が辺りに鳴り響いた。踏みしめる岩盤が削れる
ものの、どうにか堪え切った竜。しかしこの瞬間、本来戦っていた相手について忘れるよ
り他なかった。だから。
不意に襲った激痛。右の脇腹に少年は手を当てる。ぬるりとした感触。純白のTシャツ
が朱に染まる有り様など目に留めもせず、彼はレバーを引き抜いた。
竜が放った右肘打ちの標的も当然ながら背後。背負いの太刀で脇腹を抉った獅子の顎を
正確に打ち抜いた。横転する獅子を睨みつつ右半身となるが襲いかかるわけにもいかない
のが辛いところ。
竜の左半身側に浮かぶビークル。機上の魔女は遠くからでも見て取れる凄まじい殺気を
放ち、熱源が放たれた方角を睨む。
砂塵の中より四脚獣の影が、二つ。そのシルエットから見てムラサメライガー同様、ラ
イオン型ゾイドだ。……二匹とも、面構えは笠被りの獅子にそっくり。但し色が違う。一
匹は赤、残るもう一匹は白。赤い獅子は背中に短刀のような羽根を生やす。白い獅子は短
い触手が生えている。と、そこに先程放たれ熱源と化した刃が飛んでいった。短い二本は
赤い獅子の両前足側面に接続、長い二本は白い獅子の背中に生えた触手が掴む。
大音量の嘲笑は遠方からでもよく聞こえた。青い笠被りの獅子同様、ヘリウム声。
「アッハッハ! モウ少シ警戒スベキダッタナア、ぎるがめすヨ!」
「にゅーすデハ『複数ノぞいどニヨル切リ傷』ト言ッテイタダロウ?」
横目で睨む少年は、嘲笑以上に新手の格好を目の当たりにして腹立たしくなった。二匹
の獅子も又、独月抄に登場するゾイドそっくり。ハヤテライガー、そしてムゲンライガー。
不可解な力でムラサメライガーから変貌を遂げると書かれているが、それはどうでも良い
ことだ。子供のヒーローの姿を借りて殺戮を繰り返した外道振りが許せない。
にも関わらず、この局面で投じられた魔女の言葉は非常に厳しいものだ。
「ギル、逃げるわよ?」
「……はい」
魔女エステルからしてみれば、愛弟子ギルガメスさえ生き延びれば良いのだ。逃走はこ
の場面での最善策。……少年は返事までにやるせない溜め息をついた。たった一秒にも満
たないが、気持ちを整理する時間。以前ならばそれすらできず、無謀に挑んでいたところ
だろう。そうしなかったのは大したものだが、相手は溜め息すら許さない。
少年がレバーを弄るまでには猛然と向かってきた二匹の獅子。
押し込まれたレバー。竜の曲げた膝が伸び、鋭い爪先が岩盤を砕き割る程に蹴り込まれ
る。開き、蒼炎をほとばしらせる桜花の翼、六本の鶏冠。だが怒涛の脚力を以て宙に浮く
までに追いついてきたのは赤い獅子だ。
ハエを叩くように赤い獅子は跳躍。その両前足より伸びたる刃が襲いかかる。咄嗟に膝
を曲げて盾とする深紅の竜。膝の装甲は獅子の前足を真っ正面から跳ね返した。どうにか
獅子の追撃を弾き返すも、折角の跳躍がこれで失速。バランスを崩して落下、辛うじて膝
立てつつ着地。間を置くことなく立ち上がろうとした時、襲いかかってきたのは白い獅子。
ハエ叩きの次は菜箸。二本の太刀を十字に重ね、深紅の竜を頭上から押さえ込む。白い
獅子の背より生えた触手は実に器用。竜は翼を掲げてはね除けんとするが、その余りに無
防備となる真っ正面。そこを爪で払い、突くだけの単純な攻撃が厳しい、かわし辛い。
そこに追い討ちに加わろうとする赤い獅子。阻止せんと急旋回するビークル。だがモニ
ターは背後よりの機影を察知。魔女が両肩怒らせ、ゾイドよりは遥かに小さな機体を右へ
左へと倒せば、そのたびに左方、そして右方より躍り出たる青い獅子。
「先生っ!?」
愛する女性の絶体絶命。己が危機に弱音を吐く余裕さえなかったのに。だが少年の惚れ
た女性は容赦ない。
「馬鹿! 自分とブレイカーのことを気にしなさい!」
怒鳴りながら、懸命のレバー捌き。綿埃が舞うようにふわり、ふわりと。勿論それで息
切れする青い獅子ではない。執拗な爪が、跳躍が続く。
最早猶予などない。機上の魔女は額に指を当てた。燦然と輝く青白き刻印。これの力で
奇跡を起こすより他あるまい。だが命を削る程の労力の代わりにゾイド一匹を足止めする
のが関の山だ。三匹、止めるとなったら自分の身体はどうなってしまうのか。
「……なんて、考えている場合じゃあないわね」
自嘲気味に微笑んだ。左手はレバーを握り締め、右の指でぐいと押し当て。振り絞る決
死の覚悟。少年が悲鳴を上げた、その時。
頭上で、拍手が聞こえた。無理矢理強く、激しく。銃撃だ。見上げて確認する余裕など
ない、そんなことをしている間に死ぬ。ビークルを傾けた魔女。額に当てた指を戻しつつ、
爆風を体感して避けるより他あるまい。
だがそこまでする必要は全くなかった。目前で暴虐を働く邪悪な獅子共の頭部や背中に、
降り注がれた銃弾の雨あられ。数十発も当てられてはさしもの獅子達も、身をよじらせる
より他あるまい。
すんでのところで猛攻を振りほどいた深紅の竜。太刀を払い除けるや後方へひと跳ね、
間合いを取って敢然と身構える。ちらりと細長い頭を左右に傾け、もしかしたら新手かも
しれぬ空爆の仕掛人を見遣るのも又同時。
見る間に、少年の両腕が強張った。殆ど同じタイミングでシンクロが竜の悪寒を背筋に
伝えてきたのだから、主従の慄然たるや伺い知れる。
仕掛人は鳶のように上空を何度か旋回しながら、やがてゾイド数匹分程度の高度で静止
した。……少年はそのシルエットに見覚えがある。余りに苦い思い出と一揃えだ。
人のように二本の両腕、両足を備えて直立するも、背中には茶色い二枚の翼、尻からは
そこそこ長い尻尾の生えた悪魔のような出で立ち。体色は黒を基調とするも随所に人の火
照った肌にも似た橙色が配色され、禍々しいことこの上ない。首のない頭部は逆三角形の
兜を被り、額にはエメラルド色の水晶が禍々しく光芒放つ。右腕にはハサミ状した二本の
刃、その間には銃身二本。左腕には槍が二本。……少年の記憶と合致した。間違いない、
この異形の両腕によって少年主従は大敗を喫し、一時は生死の境さえもさまよったのだ。
だから少年は、無理矢理に感情を押し殺すようにして呟いた。
「ロードゲイル……!」
黒衣をまとった悪魔の胴体。覆う装甲の隙間より見える黒と銀の立方体群の隙間から零
れる輝き。これこそ東方大陸伝来の人造ゾイド・ブロックス特有のもの。人呼んで風王機
ロードゲイル。
不意に全方位スクリーンの左方に開かれたウインドウ。若干のノイズとともに姿を現し
たパイロットの風貌は以前とは変化が見られた。精悍な顔立ちは男前なれど、以前に見ら
れた金の長髪や無精髭は完全に刈り込まれ、こざっぱりとしている。着込んだパイロット
スーツまでも卸し立かと見紛う程。
金髪の男の背後に見られる後部座席にも見知った者がいた。東方大陸伝来の白き着流し
を身に纏い、肌白く彫り深い美貌はかの「蒼き瞳の魔女」に勝るとも劣らない。しかし彼
女の瞳は黒真珠色に彩られた扁桃型。その上黒の長髪は天辺で簡素に結い、残り髪が背中
にまで伸びる。
「よう、ギルガメス君。元気にしていたか?」
「風斬りの……ヒムニーザ!」
途端に円らな瞳は凄まじいまでの険しさを帯びた。
一方金髪の男は至極、陽気。
「まあそんなに怖い顔をするなって。今日はお前達を助けにきたんだ」
息を呑んだ師弟。全く想定外の言葉に少年は愚か、魔女でさえも戸惑いの色を隠せない。
そこに飛び掛かってきた青い獅子。表情の変化を好機と見たか。魔女は咄嗟に握り締め
たレバーを捌く。そんなギリギリの攻防でさえも、今この時間だけは不自然に緩やかな流
れへと押し戻された。
今度は誠にわかり易い爆音だ。青い獅子の背後を捉え、正確に着弾。魔女は転げ回る強
敵に注意を行き届かせつつ、獅子を襲った射手を睨む。
ほんの一瞬だけ、遠方には人影が見えたかと思った。膝上のモニターが早速の拡大表示。
確かに人の形状には近いが、頭部が大きい上に腕が異様に長く、右腕は肩に回し、残る左
腕を前足のように地につけ駆ける動作が奇妙。まとう鎧は黒地に赤。腕で押さえる右肩に
大砲、左肩にはミサイルポッド。背中には前腕程もあるミサイルらしき棒が二本、突き刺
さっている。人呼んで鉄猩(てっしょう)アイアンコング。ゼネバス帝国やガイロス帝国
(当時)では象徴として讃えられた鋼の猿(ましら)。
途端にモニター上にウインドウが割り込んできた。映像の向こうでは、赤茶けた髪の彫
り深き美少年が、歯が輝く程の笑顔で手を振ってきた。屈託ない表情は見覚えがあり過ぎ
る。座席が小さく見える上背やがっしりした体格も、Tシャツに一枚引っ掛けた黒のジャ
ンバーもかつて出会った時のまま。
「エステルさーん! お久し振りでーす!」
「あら……フェイ君?」
魔女は吹き出すのを堪えた。いくら先程までこの場面では部外者だったとはいえ、美少
年フェイの表情はすっかり口説きモードの柔和な微笑みをたたえている。
金髪の男が更にモニターへと割り込んできた。
「フェイ、遅せぇぞ」
「無茶言うなって。それより、説明したのかよ」
金髪の男の背後より、着流しの美女がぬっと顔を出してきた。
「お館様、詳細は戦いが終わってからでもできます。
『蒼き瞳の魔女』よ、二匹までは我らに任せよ」
「スズカ……」
扁桃型した黒真珠色の瞳は魔女の蒼き瞳にも全く怯むことなく彼女を見つめてくる。ヒ
ムニーザをよく補佐する(それ以上の関係だろうことは間違いあるまい)美女スズカ。機
獣斬りの太刀「石動」を携え魔女エステルと死闘を演じたこの女性が口を開いたことで、
魔女は初めて頷いた。
「わかったわ。赤いのと白いの、お願い」
「うむ。お館様……」
背後から促されても振り向くまでもない。金髪の男は肩を怒らせた。
「よっしゃあ、赤いのと白いのだな? フェイは白いの頼むぜ」
「へいへい。……それじゃあ、エステル先生、見ていて下さいね!」
一瞬モニターが焼け付く程輝かしい笑顔を残して閉じられたウインドウ。
魔女は一転して深紅の竜を睨む。
「ギル、ギル、聞こえて? さっさと、終わらせましょう」
すっかり呆気に取られていた少年は目を何度も瞬かせていた。だがこうなってしまった
以上、やるしかあるまい。
「は、はい! ブレイカー、いくよ!」
黒衣の悪魔ロードゲイルは三角定規の辺をなぞるように急降下。
対する赤い獅子ハヤテライガーは何ら臆することなく跳躍を開始。背よりたちまち広が
る羽根は短いが誠に鋭利。その上、背より弾ける赤い炎。
空中で一閃。快音が空気引き裂く。急上昇し、途端に停止した黒衣の悪魔。赤い獅子の
方は着地し、滑り込む巨体を鮮やかに回転させ、背後に向く。青い獅子ムラサメライガー
同様のパイルバンカーがこのゾイドの前足にも仕込まれていた。この動きが本来の使い道。
「アハハハハ、どくたー・びよーカラ聞イテイルゾ! 人造刻印ノ被献体ひむにーざ!
所詮ハ我々ノ出来損ナイ、大シタコトハナイナ!」
黒衣の悪魔は左の翼へと注意を向かせた。茶色い翼には切り傷と零れる火花が確認でき
る。だがこれしきのことで動じる金髪の男ではない。
「お前さんは経験したことがなさそうだが、ジワジワ来る痛みってぇのがあるんだぜ?」
「ナ、何ィ……ぎゃあっ!」
赤い獅子の翼が突如、欠け落ちた。それと共に(いやそれだけで)のたうち回る赤い獅
子。金髪の男は何度も頷いた。
「刻印か……話していた通りだな。だが頼り過ぎだ。スズカ、もう十分よ」
「はい、お館様。機獣殺法!」
「風斬り十字!」
男女が言い放った時には太陽を背負っていた黒衣の悪魔。左腕を赤い獅子に向ければ長
槍が射出。唸りを上げて左右に散りつつ、瞬く間に挟撃を開始。
中腰になった赤い獅子。両前足の側面に取り付けられた太刀をかざしての防御は完璧か
に見えた。途端に突き立った長槍二本はドリルのように回転して襲いかかる。それを懸命
に堪え、赤い獅子がようやく弾き飛ばした時。
既にゾイド一匹分程近くまで急降下してきた黒衣の悪魔。左腕のハサミを前方にぐいと
伸ばし、長槍を弾いて背中ががら空きになった獅子の胴体をがっちりと捉えた。
獅子の悲鳴。それをかき消すかのように谺する銃撃は勿論、ハサミの間に仕込まれた銃
口によるものだ。
黒衣の悪魔と赤い獅子が今まさに火花散らさんとした時、鋼の猿(ましら)アイアンコ
ングと白い獅子ムゲンライガーも激突。
鋼の猿(ましら)が背後に手を伸ばせば、引き抜かれる背負いの棒。二本あるそれを左
右水平に持てば、両端が鎖で結ばれているのが明らかになった。
「大根ヌンチャク!」
吠える美少年。センスの無い命名だが、名前とは裏腹に白い獅子の二本太刀による剣戟
を鮮やかに弾き、叩き返す。全く寄せ付けない猿(ましら)の技に苛立ちの唸りを上げる
白い獅子。一歩後退するやすぐさま飛び掛かり、菜箸状に交叉させた二本太刀。
深紅の竜が押さえ込まれた技も、しかし気力充実した鋼の猿(ましら)主従には他愛の
無い攻撃であった。交叉した刃目掛けて解き放ったヌンチャク。鎖ががっちりと絡まり、
両腕で棒を水平に持てば二本太刀は全く動かずミシミシと音を立てるばかり。
美少年は鼻で笑った。
「あんた、工夫が足りないね」
「ホザケ、むげんらいがーノ力ハあいあんこんぐニモ引ケハ取ラン!」
押し返してきた。一転、美少年は迫真の形相で睨む。
「こういうゾイドに乗ってると、尚更技が大事だって思うようになるんだよ」
急に、鎖が緩んだ。白い獅子は咄嗟の出来事に対応できず前のめり。鎖と刃がかすれ合
い、火花散らし、柄の部分に到達した時、鋼の猿(ましら)は二本の棒を両手でまとめ、
背を向けた。魚を釣るような体勢はまさしく一本背負い。
背中からたたき落とされた白い獅子。のたうち回る醜態。悲鳴を上げたヘリウム声に構
うこと無く、鋼の猿(ましら)はヌンチャクを背に戻し、白い獅子を両腕で抱え上げた。
「コングブリーカー!」
背中に差し戻された二本の棒がミキサーのように回転。鋼の猿(ましら)が抱え上げた
獅子を両肩に乗せ、背中の棒で串刺しにしながら締め上げればあっさりと技の完成だ。
次々と助っ人(と、今はあっさり信用すべきではない)の勝利が全方位スクリーンのそ
こかしこで表示される中、少年だけはじっと満身創痍の青い獅子を睨みつけていた。険し
い表情のまま、ぽつりと呟く。
「君は……誰の子供なんだ?」
青い獅子の主はヘリウム声の音程を極限まで引き上げ、薄気味悪く笑い始めた。
「馬鹿メ、兵器ニ親モ子モアルカ! 未ダニ我ラヲ赤子ト思ウか、愚カナリぎるがめす!」
奥歯を噛み締めた少年。苛立ちを自分の腿に殴りつけると。
「ブレイカー、魔装剣!」
地を蹴った深紅の竜。額の鶏冠が逆立ち、短剣となって前方に伸びる。
相打ち目指さんと背負いの太刀を伸ばす青い獅子。なれど一足一刀の間合いを少年主従
は完全に見切っていた。だからこそ悟ったのだ。この青い獅子ムラサメライガーの主が間
合いの確保を怠ったのは、自決を決めていたのだと。少年の心に傷を残す有力な手段だ。
いともあっさりと右方へ抜けた深紅の竜。獅子の左脇腹に、突き刺さる魔装剣。
「1、2、3、4、5、これで……どうだ」
剣を引き抜いた数秒後には自爆するだろう。今は優しき相棒を傷付けないためにも速く
逃げよと自らに言い聞かせる。
陽はまだ傾く素振りを見せない。
小高い丘には深紅の竜が忽然と腹這っている。もっとも胸を精一杯張り、短めの首をも
たげた姿勢は凡そ休憩の格好には見えない。というのも、その胸元では男女五人が起立し
た状態で会話を続けていたからだ。……先程加わった男女の駆るゾイド二匹は丘の下でお
となしく座っている。誰が言い出したわけでもないが、旧知の間柄とはいえ命のやり取り
を経験した、とてもじゃあないが仲間とは呼べない関係だ。だから今は闘う意志がないこ
とを態度で示したと言えよう(美女スズカはに至っては太刀一本手裏剣一本たりとも携帯
していないと深紅の竜に匂いを嗅がせて明らかにした)。
金髪の男ヒムニーザは意外なまで饒舌に、近況を説明した。今はガイロス公国に雇われ
ていること、ガイロス公国でもB計画の正体について探っていること、などなど……。貴
重な情報も相当に含まれていた。
「ドクター・ビヨーはゾイド・アカデミーの科学者?」
顔を見合わせた師弟。
「『国立』だからな。奴が共和国軍の施設に出入りしているのも確認済み。雇用関係にあ
るとまでは断定できないがな。間違いないのは『B』もお前達が苦戦したあのガキ共も、
そんな共和国の庇護を受けた一科学者が世に放ったことさ」
「あんたもだろ」
美少年が口を挟む。今日は使わなかったが、金髪の男の額には人造刻印とでも言うべき
機械が埋め込まれている。彼の心中は別問題だが、とにかくドクター・ビヨーなる人物は
実に様々な研究をしていたのだ(それだけではない。かつて銃神ブロンコがヒムニーザに、
或いはシュバルツセイバー獣勇士の頭領レガック・ミステルが少年に語ったB計画を企て
る「某国」の正体が判明したかもしれない。……だが単純明快な推理には往々にして大き
な落とし穴があるもの。これについては次回以降のお楽しみだ)。
「まあ俺もだな。ここまでは雇い主ヴォルケン・シュバルツの受け売り。本題は……」
一斉に師弟と竜が覗き込む中、金髪の男は続けた。
「俺とスズカ、そしてフェイが受けた依頼はあんたらを護衛しつつB計画を調査、あわよ
くば潰すこと。水の軍団だけでも厄介なのに他の軍事勢力がこれ以上力をつけたらガイロ
スも暗躍できなくなるからな。
だから俺達はあんた達に同行したい。信用できないと思うのはもっともだ。色々あった
からなぁ。しかしさっきの奴ら位なら見ての通り。悪い話しではあるまい。
それに俺はドクター・ビヨーの面がわかる。そこら辺も踏まえた上で検討してくれ」
魔女は額に指を当てて考え込んだ。少年は腕組みしつつ。
先に口を開いたのは少年の方だ。それだけのことだが、女教師は鋭い眼差しを見開いた。
「……いつまで、僕達を護衛するんですか?」
金髪の男の傍らで、重く口を閉ざしていた美女が呟いた。
「まずは半年。状況に応じて延長。どんな形であれ作戦が終了したら、ガイロスに連絡し
なければいけない。今はお館様も同国に雇われる以上、みだりに戦うことはできないのだ」
連絡。その言葉に少年は深く頷いた。隣の女教師に目配せしつつ。
「エステル先生、受けてみますか……?」
神妙な愛弟子の表情。それだけのことだが、女教師が笑みを返すには十分な理由だ。
「思い切った決断ね。どうして?」
「作戦が終わったからといって即、手の平返すというわけではなさそうです。少しは……」
女教師は細長い指を少年の口元に立て、こくりと頷いた。愛弟子はきっと「少しは人を
信頼したい」とでも言いたかったのだ。その気持ちは汲み取ることにしたが、交渉の場で
言ってはならないことだ。彼女はくるり、振り向き言い放つ。
「わかったわ。貴方達を信用します」
金髪の男は胸を撫で下ろした。思いのほか大袈裟なリアクションは、美女も美少年も笑
みを浮かべるのに十分だ。
釣られて浮かべた愛弟子の笑み。真横で見た女教師がハッと息を呑んだことに、彼は気
付かなかった。振り向いた時には既に視線は向こう正面。何故か咳払いする彼女を見、少
年は怪訝そうな表情を浮かべた。
青は青でも空色の獅子は忽然と、荒野に降り立つ。矢尻のような面構え、頬に広がる鬣
(たてがみ)は白。頭部には眼光鋭い橙色のキャノピー、背王は黄金の太刀二本。獅子の
王者ブレードライガーは周囲を睨む。
キャノピー内では肌白き美少女が相変わらずワンピース着用のまま搭乗していた。苛立
ちも一緒だ。
「ドクター・ビヨー、さっさとしろ。貴様の誘いだろう?」
「はい、もうすぐです」
キャノピー内壁に浮かぶウインドウより白衣の男が示唆した。それと共に彼方では聞こ
え始めた地響き。息を呑む美少女。見る間に宿る笑みの邪悪。
余り低くはない地平線の向こうで、立ち籠める土埃。キャノピーにもう一枚広がるウイ
ンドウ。そこに描かれたのは骨のような鎧をまとった獅子の群れ。ざっと百匹はいる。
「ライガーゼロか。よくこれだけ繁殖させたな」
「『B』よ、このゾイドなら貴方の手足に相応しいでしょう。只……パイロットは必ずし
もそう認識してはおりません」
認識。その語故に美少女は合点がいったようで、何度も頷いた。この骨鎧の獅子ライガ
ーゼロの搭乗者も又、きっとヘリウム声を発するのだ。
「面白い。しばらく退屈だったからな」
獅子の群れは着々と近付いてくる。
「『B』ダ」
「がきダ」
「叩キ潰セ」
「犯シテシマエ」
口々にヘリウム声は呟き、それと共に群がってくる。気が付けば包囲網が完成していた。
ひと睨みで追える程度にまで近付くや一斉に吠え立て、走る獅子の軍団。目指すは空色の
獅子、下克上。
この身の程知らず振りが美少女には嬉しい。邪悪な笑みには恍惚さえ伴う。
「まとめて相手してやる。来い!」
空色の獅子が夕日を浴びる頃には、新たな屈強の軍団が出来上がる筈だ。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスは優しき魔獣と枯れ果てた飼い主に出会うのかもしれない。
気をつけろ、ギル! 拳聖が挑む決死。
次回、魔装竜外伝第十九話『絶望の惑星Zi』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第十八話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)156-169 (第二章)170-179 (第三章)180-191 (第四章)192-208
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「ヘリック共和国の場合」2
第3の集団は一つ目の集団から分派して東方大陸に向かった部隊である。
東方大陸は地球人系企業のゾイテック社による企業独裁体制にあり、ゾイテ
ック社は現在の共和国軍のスポンサーでもあった。そのお膝元である東方大
陸に駐留しているため、この部隊は共和国郡の中でも最も給養状態が充実し
ていた。その反面、東方大陸では大災害の影響で大型ゾイドが死滅状態にあ
るため大型ゾイドの供給が困難であった。ゾイテック社初の大型ゾイドであ
る凱龍輝も、素体は暗黒大陸及び西方大陸から、技術は中央大陸から脱出し
てきたへリック共和国出身技術者やガイロス帝國軍技術本部の協力でようや
く開発に成功したほどだった。
それゆえにこの部隊は従来型のゾイドをほとんど持たず、大型ゾイドは最
大でも凱龍輝しかなく、ほかはすべて半ブロックスゾイドであるエヴォフラ
イヤーなどのゾイテック社の第二世代ブロックスで編制されている。
第4の集団は東方大陸諸国家の部隊である。だがこの部隊はもっともまと
まりが悪い。何故ならばそれぞれ独立している東方大陸の諸国家から一個連
隊程度の義勇部隊を募り、共和国軍に編入しているものだからである。各連
隊同士の連絡はしばしば途絶し、二線級部隊から引き抜いた将官を指揮官に
すえつけた師団司令部は各連隊の統制に四苦八苦していた。
それでも義勇東方師団はZAC2107年初頭で四個師団を数えるまでに
なっており、全て東方大陸北方で警備任務についていた。つまりこの時点で
は二線級の拠点となっていたロブ基地周辺の守備である。
最後にガイロス帝國派遣軍が共和国軍の中で異彩を放っていた。ガイロス
定刻軍は、この時点で共和国軍より返還されたニクシー基地に、西方大陸派遣
軍約10個師団を周辺地域の疲弊している共和国軍の肩代わりに治安維持任務
を行わせるために駐留させていた。
それとは別に常時装甲師団を含む三個師団、一個軍団を共和国正規軍に組
み入れていた。彼らは西方大陸から動くことはなく、実質上ガイロス帝國が
同盟関係を証明する為の差し出した人質となっている。もっとも現在の共和
国軍にこれだけの戦力を遊ばせておくだけの余裕がないのも事実であり、西
方大陸内部での治安維持任務や訓練時の仮想敵部隊などに借り出されること
も多い。
例外的な存在として第442旅団のみが実戦任務についている。第442
旅団は、ガイロス帝國に残留したゼネバス系人兵士で編成された唯一の部隊
であり、彼らは暗黒大陸に残る家族や同胞たちの潔白を自らの地と汗でもって
証明し続けていた。
中央大陸の戦闘にも第442旅団は参加しており、ガイロス帝國とヘリック
共和国の疑いの目のなか、大きな戦果と、同じく大きな損害をこうむってい
た。
この時期、第442旅団はヘリック共和国正規軍と共に西方大陸への撤退
が完了しており、ロブ基地周辺で中央大陸で受けた損害から回復すべく新兵
の配属とゾイドの配備を受けていた。
第二章 上陸作戦
「海が三分!」
ZAC2107年2月19日、遂にネオゼネバス帝国軍による西方大陸上
陸作戦が決行された。上陸地点はロブ平野北部のロブ基地から200kmほ
ど離れた海岸だった。
このとき周辺地帯の防衛にあたっていたのは第3義勇東方師団だった。第
3義勇東方師団は、海軍や沿岸を航行していた商船からの情報を得て出撃準
備を行いつつあったが、準備状況は各連隊でまちまちであり、肝心の上陸日
に海岸地帯に展開可能だったのはわずか一個大隊規模の警戒部隊のみだった。
もちろん第3義勇東方師団も上級司令部も警戒部隊には積極的な戦闘は避
けて、接触を継続するように命令していた。
もっともこの時点では共和国軍側ではそれほど危機感はなかったといわれ
る。おそらく敵の上陸は一時的なものであり、共和国軍の対応能力を探る為
の威力偵察であろうと判断されていたようである。
しかしながらネオゼネバス帝国軍は、ヘリック共和国軍の予想を裏切って、
複数の師団を一気に上陸させようとしており、警戒中の共和国軍将兵は驚き
慌てて上級司令部に報告した。
「船が七分に海が三分」
敵部隊が大規模であることを強調する為に、ヘリック共和国軍の一兵士が
このように通信を送っていた。
しかしながら実際は共和国軍兵士が思っていたほどネオゼネバス帝国軍が
大軍を投入できていたわけではなかった。
ネオゼネバス帝国軍は上陸作戦に対して機甲師団8個、歩兵師団3個相当
(2個師団と2個旅団)、空中機動師団2個、特殊戦師団1個の計14個師
団の戦力投入を企画していた。だが、実際に第一波として上陸したのは8個
師団に過ぎず、残りの師団は中央大陸で輸送待機中だった。また第二派以降
の増援部隊も計画されていたが、増援部隊に指定された部隊には出師準備す
ら命令されていないような状態だった。
このように輸送計画が混乱していた背景には西方大陸遠征軍の編成に皇帝
が口を出したことがあったようである。具体的には皇帝直卒部隊であるはず
の近衛を参加させようとしたことである。
ネオゼネバス帝國近衛師団は、お飾りに過ぎなかったかつてのガイロス帝
國軍近衛部隊と違って軍の最精鋭としての地位を誇っていた。現在は機甲、
高速機動、歩兵の三兵科ごとに1個師団、計3個師団を数えていた。
このうち歩兵師団である第3近衛歩兵師団は実質上の皇宮防衛部隊だった
が、第1近衛機甲師団「アイゼンドラグーン」及び第2近衛機動師団「幻影」
の2個師団はネオゼネバス最精鋭部隊として知られていた。
特に第1近衛機甲師団はかつてのネオゼネバス軍そのものの名を冠されて
いるほどであり、あらゆる点で他の部隊よりも優遇されていた。その装備は
ゼネバスの象徴であるデスザウラーを中核としており、師団隷下の9個機甲
大隊、及び師団司令部に各一機、計10機のデスザウラーが配置されていた。
それ以外も他部隊より優遇されており、ダークスパイナーはもちろん、バー
サークフューラーなども多数所属していた。砲兵部隊には制式化されたばか
りのセイスモサウルスが定数一杯まで配備されていた。
その最大の特徴は他の師団が無人のブロックスゾイドで構成されているの
に対してほぼ有人ゾイドのみで構成されている為に柔軟な対応が可能である
点だった。
また単純な部隊規模も大きく、通常3個機甲あるいは歩兵連隊で1個師団
を構成するのに対して、第1近衛機甲師団は、3個機甲連隊の他に1個機械
化歩兵連隊という4個目の連隊が所属していたのである。
だが近衛第1機甲師団は、その部隊規模の大きさと近衛であるが故に大混
乱を巻き起こそうとしていた。
「新年早々これか…。」
正直困ったものである。
何に困っているのかというと…目の前の板っ切れ装備の散乱である。
事戦時であろうと無かろうと二足歩行型ゾイドの特に恐竜型ゾイド。
彼等は二足歩行という事で旋回能力に優れているのであるが…
どうしても湿地帯やら足場の悪い場所ではバランスを失いやすい。
そもそもゴジュラスやらデスザウラーですらそれを装備しているという事は?
当然それよりサイズが小さくなるジェノ系以下は或る意味必須と言える装備である。
その日共和国軍と帝国軍は湿地帯での戦闘を行なっており、
その為か主力のゾイド達が放棄したそれらが湿地帯にこれでもかと散らばっている。
溜め息を吐いた将官はそれの回収作業に来たのである。
ガイロス帝国から譲り受けたヘルディガンナーですいすい集め始める。
「アシストバランサーは後デスザウラーとゴジュラスギガの物だけか。」
しかし幾ら探そうとそれらは見付からない。
その後沼地から河川へと流れ下流でようやくそれを発見するのだが…
目を疑う状況が目の前で繰り広げられていた。
「はいは〜い!良品質アシストバランサーですよ〜!
新年特価30万H$であのゴジュラスギガの物とデスザウラーの物がセットです。
今を逃すと一生出逢えないかもしれませんよ〜。」
「ちょ!?あんた火事場どろ…ぼ…う?って!あの〜?中佐?何を?」
何と目の前では彼の上官がハリセンで台を叩くあの光景、
アシストバランサーの叩き売りをしていたのである。
「お!回収してきたか?今回の作戦は我が部隊の資金難を乗りきるためのなんだよ。
真面に話すと手伝ってくれなかっただろ?曹長?」
「はぁ…。」
結果はどうか知らないが取り敢えず曹長の苦労は報われたらしい…。
ー トンデモゾイドグラフティ 二足歩行ゾイドのアレ編 その1 おわり ー
「私が率いる!」
ネオゼネバス帝国軍第1近衛機甲師団は、実は名目上ネオゼネバス皇帝が
直卒することになっていた。実質上の指揮官は副師団長(通常の師団では設
けられない役職)がとっていたが、書類上は皇帝が師団長だったのである。
つまりネオゼネバス皇帝ヴォルフ・ムーロワが西方大陸遠征軍に第1近衛機
甲師団の参加を参謀本部に命じたということは、すなわち自分に遠征軍の指
揮をとらせろという事に等しかったのである。
勿論、西方大陸遠征を企画していた参謀本部は反対の声を上げた。この作
戦は建前上西方大陸の都市国家への懲罰行動であったし、ロブ基地に駐留す
る共和国正規軍のいくつかの師団を撃滅することで共和国軍の士気を下げる
という本来の目標にしても、皇帝による直卒とするには話が違いすぎるのだ
った。
このような作戦にいちいち皇帝が指揮を執っている様ではネオゼネバス帝
国の国家としての格が疑われてしまう。参謀たちにこう説得されてしぶしぶ
自身の参加を取りやめることに同意したヴォルフ・ムーロワだったが、その
代わりとして第1、第2近衛師団の作戦参加を参謀本部に厳命してしまった
のだった。
参謀本部はこれはこれで途方にくれることになる。第1近衛機甲師団の指
揮官に誰をすえつければいいのかそれが問題だったのである。この作戦に限
りヴォルフ・ムーロワは第1近衛機甲師団師団長を名代に任せるとしたのだ
が、一体誰が皇帝陛下の名代に相応しいのか。それなり以上の格がないと皇
帝名代とはなりそうになかった。
結局参謀本部が選んだのは、このとき参謀本部総長であったズィグナー・
フォイアー大将に他ならなかった。ズィグナーは長年ヴォルフ・ムーロワの
副官を務めていた直参の家臣であったし、軍歴も豊富だった。
だが、ズィグナーの第1近衛機甲師団師団長職への就任は別の問題を引き
起こした。いくら強力とはいっても、第1近衛機甲師団はどこかの軍団の下
につけるしかないし、遠征軍の指揮下に入れるしかない。だが、ズィグナー
の上に立てるほどの指揮官が存在しないのも確かだった。第1近衛機甲師団
が遠征軍に参加し、その指揮官がズィグナー・フォイアー大将に任命されて
しまった以上、遠征軍の指揮官もまたズィグナーが勤めるしかなかった。
軍隊というのも官僚の一つに過ぎない。その実例が示されることになった。
ズィグナー・フォイアー大将はかくして西方大陸遠征軍−東部方面軍−第1
軍団−第1近衛機甲師団というライン上の四つの指揮官職を全て兼任するこ
ととなったのである。
そして第1近衛機甲師団の起こした問題は人事上のものにとどまらなかっ
たのである。
「定員オーバーだ」
第1近衛機甲師団は前述のとおりネオゼネバス帝国軍内のみならず、各国
軍の中でも一番の重装備師団であることは間違いないだろう。その戦略輸送
は困難を極めた。基本的に第一陣上陸部隊は空中輸送を企画していたからだ。
ネオゼネバス帝国が保有するホエールキング、ホエールカイザーの内九割を
用いて迅速に数個師団を上陸させることで心理的奇襲を行おうとしていたの
だ。しかし全ての師団を空中輸送することは第1近衛機甲師団の参加で不可
能となった。デスザウラーを空中輸送するために必要な輸送機の数は莫大で
あり、試算結果から見ても第一陣の上陸に必要な輸送機を確保することが不
可能だったのだ。
空中輸送計画は練り直されることが決まった。結局、第1近衛機甲師団の
うち重装備のみの半数が船舶輸送されることとなった。それでも師団の残り
半数だけで他の一個師団並みの輸送機を必要とした。
もっとも問題だったのは本来第二陣以降の部隊の輸送に使用されるはずだっ
た貴重な大型高速輸送船が第一陣部隊のために使用されてしまうことであった。
当初の計画では、第二陣の部隊は第一陣の空中輸送が開始されると同時に
護衛艦艇と共に出港する予定だった。第一陣による上陸が成功し、その後の
戦闘によって複数の師団が展開することが可能なほど橋頭堡が確保された頃
に第二陣部隊を上陸させることが可能だと考えられたからだ。
このとき第二陣の輸送の際に、兵站参謀の一人がキメラブロックスをパー
ツ単位で分解し、分解して船倉に搭載する事で輸送量を増大させるというア
イディアを提出した。これによって船倉内のスペースを最大限活用すること
ができるため、最小限の民間輸送船の追加徴用によって第二陣部隊を輸送す
ることが可能となった。もっともこの輸送法は確かに輸送量は増大させるこ
とができたが、輸送船の積載量は明らかに超過しており、船速の低下は免れ
なかった。さらに一度パーツ単位まで分解した一個師団分のキメラブロック
スを再度組み立てるのに一週間以上の日にちが必要とされていた。この間は
橋頭堡の確保が絶対条件となった。
しかしながら、もっとも問題だったのは、第二陣輸送船団護衛艦艇の手当
がつかなくなってしまったことであった。本来輸送船団を護衛する戦力がそ
のまま第1近衛機甲師団の海上輸送護衛にまわされてしまったからである。
第二陣部隊の派遣は、第1近衛機甲師団を護衛した艦隊が帰還するまで伸
ばされることとなった。特にキメラブロックスばかりで歩兵戦力に乏しいネ
オゼネバス帝国軍機甲師団の欠点を補うために独立して編成されていた二個
歩兵師団が後送となたことは、遠征軍司令部参謀たちに上陸直後の戦闘に大
きな懸念を抱かせることとなった。
第一資料:ネオゼネバス西方大陸遠征軍戦闘序列
ttp://ueno.cool.ne.jp/rockwood/zoids/Z5F01F.pdf
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『襲来! 宇宙大機怪獣 後編』
宇宙大機怪獣ファビスター 装甲機神スペースカイザー 登場
外宇宙の彼方から惑星Ziに飛来した宇宙大機怪獣ファビスター。過去に幾多の星々を
滅ぼしたとされるファビスターは、そのファー○ーの様にも思わせる可愛らしい姿からは
想像も出来ない程の恐るべき力を持ち、キングゴジュラスさえ凌駕する怪物だった。
そしてファビスターを追い、同じく惑星Ziに飛来した宇宙用改造マリンカイザーこと
装甲機神スペースカイザーとそれを操る自称風来坊の謎の男…カイザ=ホシノ。彼は
果たして敵か味方か………。ファビスターに敗れ去ったキングゴジュラスことキングの
再起はなるのだろうか……。
宇宙大機怪獣ファビスターの前にキングゴジュラスは敗れ去った。既にファビスターは
耳を翼の様に羽ばたかせ何処へ飛び去ってしまったが、キングゴジュラスはトモエに
かけられた魔法的な都合によるキングゴジュラスとしての姿を維持する時間限界により
人間としてのキングの姿に戻る形で倒れていた。そして、同じくファビスターに戦いを
挑んだスペースカイザーもまた、キングゴジュラスのスーパーガトリングのエネルギーを
吸収したファビスターによって放たれた熱線のダメージにより、ファビスターを追う事は
出来なくなっていた。後はファビスターの破壊によって焦土と化した町やその他残骸が
残るのみ…。と、そこに一体の小型ゾイドが現れた。
「まったく…わらわが尻拭いするハメになってしまうとは…。」
それはトモエがさり気無く所有していたゾイド。それはデスザウラーをゴドス以下の体格
に縮小かつ三頭身にデフォルメ化した特殊な物で、通称“ミニザウラー”と言う。しかし
デスザウラーの特長である大パワー・大火力・重装甲は失われておらず、小柄でむしろ
可愛らしささえ感じられるユーモラスな姿からは想像も出来ない力を発揮する…と思う。
ちなみにトモエ仕様のそれは操縦システムが通常のそれとは異なり、操縦桿の部分が
レバー状の物では無く水晶玉の様な物となっており、トモエの魔力を持って操縦すると
言う一般常識なんて最初から知ったこっちゃねーと言わんばかりかつ如何にも魔女仕様?
になっていた。そして、トモエの操るミニザウラーはその手で気を失ったキングを掴み
上げつつ、瓦礫と化したビルに横たわるスペースカイザーの方へ近寄った。
「さて…お主は動けるか? このまま寝とったら他の連中が来て大変な事になるぞよ。」
「現時点で再戦闘は無理ですが、移動だけなら可能な程度にダメージの自己修復は
出来ています。今は貴女の言う通りに逃げた方が良いでしょうね…。」
「そうか…なら逃げよか。」
カイザの言葉からして、スペースカイザーには自己修復システムの類が装備されている
様子であり、ダメージの類もファビスターの戦闘時に比べると若干回復している様にも
見えた。こうして、キングを抱えたミニザウラーとスペースカイザーは他の人が来て
騒ぎにならない内に町から一時退散する事にした。
ミニザウラーとスペースカイザーは町から離れ、人のいない山奥へ逃げ込んだ。そこで
トモエとカイザは状況の整理を行っていた。
「とりあえず…お主はやはりただの風来坊では無かったな?」
「いえ…風来坊である事は変わりませんよ。もっとも…このスペースカイザーと共に
星々を渡り歩く宇宙の風来坊ですがね。」
「なるほどのう…やはり思った通り宇宙の者か。そしてあれは宇宙の技術で組まれた物
なんじゃな?」
納得して頷くトモエだったが、カイザは何処か驚きに近い顔をしていた。
「ワリとあっさりと信じてくれるんですね? ファビスターの事を警告した時に私を頭の
おかしい人扱いした他の人とは偉い違いです。」
「今と言う時代ではすっかり忘れ去られてしもうとるが…既に何千年も前にこの星は
異星人の移民を受け入れ、彼等の技術で発展した時期があったからのう。なら別に
そこまで驚く事では無い。」
「コイツの言う通りだ。コイツは一見すると魔女っぽいコスプレしたガキにしか見えない
が、実は何千年も生きてるらしい凄い婆さんだからな。コイツを本気で驚かせるのは
並大抵の事じゃ無理だぜ。」
「おお…お主目が覚めたかって誰が婆さんじゃ!」
何時の間にか目を覚ましていたキングだが、早速トモエのゲンコツをモロに食らっていた。
「痛ってぇな〜…。」
「ハハハ…。所で先程ファビスターと戦っていた巨大メカは一体何処へ行ったんです?」
「ああ…ありゃ俺自身だ。俺の体はちょいとワケありでな。ああいう姿に変身したり
出来る様になってる。ま…信じられないだろうがな。」
「なるほど…あの星雲の巨人達みたいなもんですね。」
「何だそりゃ。」
「まあ宇宙には色々なのがいると言う事ですよ。」
あっさり納得したカイザにキングは逆に疑問めいた顔になっていた。
とりあえず、お互いの素性についてを把握し合った所で、本格的にファビスターを
どうするかについての話題へ移る事にした。
「なるほど…お主のスペースカイザーとやらからゾイドコアの波動を感じたのはやはり
昔、宇宙に持ち出されたゾイドコアを基にしとったからか。にしても…これ単体で宇宙を
彼方此方飛び回れるんじゃから、お主は相当科学が発達した文明の出身の様じゃな。
しかし、そんなお主等の基準でも恐るべき敵と認識されている宇宙大機怪獣ファビスター
はそれだけ恐るべき敵と言う事になるな。」
「そうです。ファビスターはブルースター星間連邦(地球系星間国家)でも首に賞金が
かけられている程で、賞金ついでにファビスターによる星々の被害を食い止める為に
装甲機神スペースカイザーと共に飛び回り、この星に来たんですが…結果はこの体たらく。
我ながら情けなくて…実に申し訳ありません。」
ファビスターを取り逃がした事が悔しかったのか、カイザはうな垂れてしまっていた。
「まあそう悔やんでも仕方が無い。今はどうやってファビスターを倒すかじゃ。」
「だが…俺達は…ファビスターを倒せるのか? 考えても見ろ。奴は可愛い顔して幾多の
星々を滅ぼして来たというじゃないか。その中にはこの星を遥かに凌ぐ技術を誇った文明
もあったろうに…。はっきり言って奴は桁が違う。今までの機怪獣とはワケが違うんだ。」
「お主…?」
キングはトモエさえも心配になる程にまで弱気になっていた。無理も無い。機怪獣と言う
イレギュラー的な存在を除き、この惑星Ziにおいて絶対的に最強と言えるゾイド。
キングゴジュラスもファビスターの前には敗れ去ってしまった。キングゴジュラスその
ものであるキングが…ファビスターに恐怖感を抱かないはずが無かった。
「なら…お主は何もせずにこのままファビスターに殺されるのを待つと言うのか? お主
らしくない。昔…この星を襲った大隕石群に捨て身で立ち向かった度胸を持ったお主は
一体何処へ行ってしまったのじゃ!?」
「あの時と今とでは状況が違う。あの時はヘリックU世プレジデントが一緒だったから
死ぬ事も怖くは無かった。だが…今は…一人きり…。だから俺は怖い。あのファビスター
が怖いんだよ!」
キングはその場に座り込み、頭を抱えて蹲っていたのだが…次の瞬間トモエに殴られて
しまった。しかも何故かハリセンで。
「ええい! ウジウジ悩むな! そんなのお主のキャラじゃ無いじゃろうが! それに
お主は自分を一人きりと申したが…そんな事は断じて無いぞ! 何しろ今のお主には
このわらわ…トモエ=ユノーラがおるのじゃからなぁ!」
トモエはキングの再起を信じていた。本来ならば死ぬはずだったキングゴジュラスの運命
を変え、人間のキングとして様々な試練を与える事になったのは彼女の責任でもある。
それ故に、トモエはキングに心を折って欲しくは無かった。
「あの…一応…このカイザ=ホシノも一時的に加えてもらえませんか? ファビスターが
この星に飛来してしまったのは私の責任でもありますし…少しでも力を合わせる事が
出来ればファビスターを倒せる可能性も高くなります。」
カイザもそう言い、気落ちしているキングを何とか立ち直らせようとしていたのだが…
「もう少し…考えさせてくれ…。」
キングは座り込んだまま…そう呟くのみだった。
「…………………。」
あれから一時、キングはその場に座り込んだまま…山奥から見える風景…森に生い茂る
木々や山々…そして野性動物を眺めていた。一体何の考えがあるのかは分からないが、
トモエとカイザは彼をそのままにしていた。いずれにせよキングが精神的に立ち直ら
なければ話にならないし、カイザとしてもスペースカイザーが再度戦闘可能な程に
回復するにはある程度の時間が必要だった。
「とりあえず…ファビスターは今頃どうしているのじゃろうな?」
トモエは自身の纏う漆黒のマントの中から子供用ドッジボール程の大きさの水晶玉を出し、
なにやら念の様な物を込めると、それが忽ちTVの様に映像の様な物を映し出し始めた。
「へ〜。面白い事が出来るんですねぇ。」
「いいからちょっと黙っとれ。」
トモエは興味深々そうなカイザを一時黙らせた後、TVの役割をする様になった水晶玉に
さらなる念を込める。恐らく、そうやってTV電波の受信を行おうとしているのであろう。
その結果、水晶玉が映し出したのは何処かのTV局のニュース番組だった。
『こちら現場はとても言葉では言い現せない事態になっております! 巨大生物です!
突如として出現した未確認巨大生物によって街は火の海となっております!』
番組のレポーターがマイク片手に必死の形相で現場の状況を伝える。そして、彼の背後
には燃え盛る街を我が物顔で歩き回るファビスターの姿があった。
『恐ろしい! とても恐ろしい事であります! 可愛らしい姿をしながら…なんとも
恐ろしい怪物であります!』
「こうしてはいられない!」
水晶玉から映し出される映像を見たカイザは立ち上がった。
「これ以上宇宙のイザコザにこの星を巻き込むワケには行きません! 私は行きます!」
「ちょっと待ちぃ! お主の機体はダメージの回復がまだ完全では無いのでは…。」
「大丈夫。装甲機神スペースカイザーは伊達ではありません。それにいざとなれば…
ぶつけるまでです!」
カイザの顔は笑っていたが、その手は震えていた。恐らく彼も恐ろしいのだろう。しかし、
同時に恐ろしくともやらねばならない事がある事を彼は知っていたのである。そして、
カイザはスペースカイザーへ乗り込み…飛び上がった。見た感じでは飛行装備の類は
見当たらないと言うのに、その辺の飛行ゾイド等足元にも及ばない凄まじい速度であった。
それに対し、トモエはなおも座り込んだまま黙り込んでいるキングの肩を掴んで揺すった。
「おい! お主も行け! アイツ一人じゃ無理じゃ!」
「…………………。」
だがキングは動かず、黙り込んだまま。これにはトモエも思わず拳が震え出し…次の瞬間、
キングの顔面を思い切り殴り付けていた。
「この意気地無し! お主なんか嫌いじゃ! もう勝手にするが良いわ!」
トモエは目に涙を浮かばせてミニザウラーに乗り込み、スペーズカイザーの後を追った。
彼女はキングゴジュラスの再起を信じていた。しかし、キングは動かなかった。それが…
余りにも彼女には信じられなかったのだろう。だが…それでもキングは動かず…ただただ
その場に座り込み…黙り込んだままだった。
ファビスターの無差別破壊は続いた。無論各国軍も出動し、ファビスターへ攻撃を仕掛け
ていたが、キングゴジュラスでさえ敵わなかったファビスターに正規軍の装備で歯が立つ
はずが無い。通常砲弾はその強靱な肉体に弾き返され、荷電粒子砲も吸収されて逆に
ファビスターのエネルギーにされてしまう始末。万国共通で子供達のヒーローとなって
いたライオン型ゾイド乗り、通称“ライガードライバー”と呼ばれる者達もまた…
アニメの様に都合良く行くはずも無く、ファビスターの前にその若き命を散らせていた。
しかもファビスターはただでさえ強力な上に無邪気かつ無計算に破壊を続けている為、
その行動には法則性が無く、それが逆に攻略を困難としていた。しかし、それでも各国軍
はファビスターに攻撃を仕掛けるが…ファビスターの全身を覆うフサフサの毛を焼く事
さえ出来なかった。もはや惑星Ziもまた他の星々同様にファビスターの餌食となって
しまうのか…? そう思われた時…まだファビスターと戦える者は残っていた。
燃え上がる街の中…装甲機神スペースカイザーがファビスターの前に立ちはだかるべく
現れ、右腕に持つ斧を振り上げ襲い掛かった。
「ファビスター! これ以上はやらせない!」
カイザは愛機の出力を全開させ、斧でファビスターへ向けて斬りかかるが……
『ファー!』
斧が振り下ろされるより先にファビスターがスペースカイザーに体当たりを仕掛け、
スペースカイザーは背後に建っていたビルへと吹っ飛ばされ、またも瓦礫の下敷きと
なってしまった。スペースカイザーは決して弱くは無い。動力源こそゾイド同様にゾイド
コアを使用してはいるが、惑星Ziを遥かに超えた高度な技術によって作られ、スペース
カイザー=宇宙の皇帝の名の通り、宇宙でも屈指の戦闘力を持つ強力な機動兵器のはずで
ある。しかし、それを持ってしても歯が立たない力をファビスターは持っている…。
真に恐るべきは、ファビスターを生み出した宇宙と言う名の大自然の神秘!
「まだまだぁ!」
スペースカイザーは瓦礫を吹飛ばしながら立ち上がり、再度ファビスターへ向かった。
「カイザとやら! わらわが援護するぞよ!」
スペースカイザーを追い、トモエの搭乗するミニザウラーもまた現場へ到着していた。
そしてこの大破壊の中、幸いにも損壊を免れたビルの屋上に立ち、その口を開いた。
「これはただの荷電粒子砲では無い! わらわの魔力を込めた魔導粒子砲じゃぁ!」
ミニザウラーの口腔部から放たれた、トモエの魔力によって増幅された漆黒の光が
ファビスターへ向けて突き進んで行くが…それさえもファビスターには吸収されるのみ…
「なんと! わらわの魔力まで吸収してしまうと申すか!?」
科学的なエネルギー兵器の類はおろか、トモエの持つ魔力さえ吸収するファビスターに
トモエも愕然とせざるを得なかったが、直後、ファビスターはスペースカイザーを無視
してミニザウラーへ向けて歩み始めたでは無いか。
「うわ! やばい! あんなのに攻められたらわらわだってお終いじゃ!」
トモエは慌ててミニザウラーを走らせ、退避しようとするが間に合わない。ファビスター
は既に熱線の発射体勢に入っていたからだ。ファビスターの口腔内で恐ろしい程の高出力
エネルギーがチャージされ…ミニザウラーへ向けて発射…と思われたその時だった。
突如として上空からビームやミサイルの雨がファビスターへ降り注いだ。ダメージは微々
たる物であったが、それのおかげでファビスターの気は反らされ、トモエとミニザウラー
は無事退避する事が出来た。そしてトモエの危機を救った者こそ、キングと、彼の操縦
するレイノスであったのだ!
「この俺が相手だ! 宇宙大機怪獣!」
レイノスと共にファビスターへ突っ込んだ直後、キングの頭に逆立つ真紅のアホ毛が
燃え上がる様な真紅のオーラを発し、キングは…キングゴジュラスへ変身した!
「お…お主! やはり迷いを吹っ切ったのかぁ!?」
ファビスターと相対して構えるキングゴジュラスに対し、トモエは怒りと喜びの混じった
様な表情でミニザウラーを駆け寄らせて問いかけるが…
『正直な話! 凄い怖い!』
「あらら…。」
格好良く怖がられてしまって、トモエはミニザウラーごと転んでしまうが、彼の言葉には
続きがあった。
『だが…幾ら相手が怖かろうが…俺は俺だ! キングゴジュラスだ!!』
そう叫んだ直後キングゴジュラスは高々と跳び上がり、ファビスターの脳天に必殺の手刀、
“キング唐竹割り”が打ち込まれた! だがそれだけに終わらない、相手が怯んだ隙に
着地し、今度は首元に“キング水平チョップ”を食らわせていたのである!
『モルスァ!』
意味は不明だが、少なくともファビスターにダメージがあった事は確実だった。
『キングミサイル!!』
キングゴジュラスはやや後退しながら口腔内に装備されたTNT火薬数百トン分に相当
する“キングミサイル”をファビスターへ撃ち込み、手近なビルをも巻き込む程の大爆風
がファビスターを飲み込んで行く。
『思った通りだ! コイツエネルギー兵器は吸収出来ても質量兵器は吸収出来ねぇ!』
だが、これだけで倒せる程甘い相手では無い事はキングゴジュラスにも分かる。そして
次に彼が取った行動は、瓦礫の下敷きになったスペースカイザーのサルベージだった。
「あ…ありがとう…。キング君…。」
『礼は後だ! 俺とお前で協力して何としても奴を倒すぞ! 正直言うと俺がこの姿を
意地出来るのは数分間しか無い! その前に奴を倒さなければこの星は終わりだ!』
「分かった! そして済まない…。元々無関係な君を巻き込む事になって…。」
『だからそういうのは後だと言っただろうがぁ!!』
「そうだね!」
直後、キングゴジュラスとスペースカイザーは同時に駆け出した。目標は未だ巻き上がる
大爆煙の中に潜むファビスター。“王”の名を持つキングゴジュラスと“皇帝”の名を持つ
スペースカイザー。王と皇帝の共闘だ。
『ファー!』
爆煙の中から姿を現し、可愛らしくも恐ろしい雄叫びを上げるファビスターだが、次の
瞬間キングゴジュラスの助走を付けて勢いを増した正拳付きが腹部を直撃していた。
『モルスァ!』
かつては通じなかったはずの攻撃だが、今のキングゴジュラスは勢いに乗っているせいか
ファビスターは怯んだ。だがそれだけでは無い。ファビスターが怯んだ隙を突きスペース
カイザーが右手に持つ巨大な斧を振り上げ、地面と垂直に振り下ろしたのだ。
『ファーブルスコファー!』
ファビスターが苦悶の表情を浮かべ苦しみ叫んだ。スペースカイザーの斧がファビスター
の腹を切り裂いたのだ。まるで青汁の様な緑色の体液を撒き散らし、自身の毛を染めた。
『うわ! 緑色の血なんて…流石は宇宙機怪獣。この星の生物とは違うぜ!』
ファビスターの緑色の体液に改めて感心するキングゴジュラスであったが、その直後…
『ファ―――――!!』
ファビスターの円らな瞳が細くなり、その口から放たれた熱線がキングゴジュラスと
スペースカイザーを飲み込み、押し流していた。そう、先の攻撃も所詮はファビスターの
怒りを買うだけに過ぎなかったのである。そして、数百メートルに渡って吹飛ばされた
キングゴジュラスとスペースカイザーは装甲表面が焼け付いた姿で倒れていた。
『アチチチチ…。』
「あれだけやってまだこれ程の余力が…やはり…奴を倒す事は出来ないのか…?」
何とか立ち上がる両機だが…先程までの格好良さが嘘の様に弱々しい。だがそんな事も
構わずファビスターは一気に畳み掛けようとドタドタと音を立てて接近して来るのだ。
『ファー!』
『くそぉ! こうなったら…ダメもとでやってやる!! スーパーガトリング!!』
突撃して来るファビスターの正面に立ったキングゴジュラスはその胸部に装備された
スーパーガトリングを撃ち放った。数千発の超高出力エネルギー弾丸がファビスターへ
襲い掛かるが…それもやはりファビスターの腹部で吸収されてしまうだけだった。
「もう忘れたのかい!? ファビスターにエネルギー兵器の類は…。」
『そんなの分かってる!! だがな…どんな大食いチャンピオンだって食い続ければ
何時かは腹を壊すんだ!! 奴だって無限にエネルギーを吸収する事は出来ないはず!
俺のエネルギーが尽きるのが先か…てめぇの限界が来るのが先か…勝負だぁ!!』
キングゴジュラスの狙いはそこだった。正直勝算は無い。下手をすればファビスターの
エネルギー許容量はキングゴジュラスのエネルギー総量さえ遥かに超えているかも知れ
ないからだ。だが、今の彼にとってこれ以上に良い方法は浮かばなかった。
『うおおおおおおおおおおおお!!』
キングゴジュラスは力の限り叫び(ただし、スーパーサウンドブラスターはOFF)
持てる限りのエネルギーをスーパーガトリングへ注ぎ込み、ファビスターへ撃ち込んだ。
そうなれば当然ファビスターもスーパーガトリングのエネルギーを吸収して行くが…
『モルスァ!』
ファビスターが口から煙を吐いて後退し始めた。キングゴジュラスの予想通り、
ファビスターにも限界があった。そして、キングゴジュラスのエネルギーはそれに
打ち勝ったのだ。しかしキングゴジュラスの消耗も半端な物では無く、忽ち片膝を付く。
だがそれでもキングゴジュラスはファビスターを指差し叫んだ。
『カイザ今だぁ!! その斧で奴をぶった斬れぇぇぇ!!』
「分かった!!」
ファビスターが許容量以上のエネルギーを吸収し、弱った今しかチャンスは無い。
スペースカイザーは残る力の全てを懸け、突撃した。直後、頭部に輝く二本の角から
放たれた稲妻が斧をスパークさせて行く。
「食らえファビスター!! サンダァァァァトマホォォォク!!」
スペースカイザーの稲妻の力を付加した斧による渾身の一撃は…ついに…ついに…
ついにファビスターのその強靱な身体を切り裂き…両断していた………………。
しばらくして…キング・トモエ・カイザの三人は最初に出会った山の上にいた。
「ありがとう。そして申し訳ありません。ファビスターを倒す為とは言え、結局貴方達の
力を借りてしまう事になって…。特にキング君はかなりの怪我をしてしまったのでは?」
「大丈夫! どうって事はねーよ! 鍛え方が違うんだ!」
「何を言うか! 一々怪我を治すわらわの身になって見るが良い!」
キングゴジュラスの状態で負った損傷は人間の身に戻った後も残る。並の戦力が相手なら
小さな傷も負わないが、機怪獣との戦いとなるとそうは行かない。キングゴジュラスと
言えども傷を負う事は度々あり、それを後でトモエが魔術的に治療したりと言った
アフターケアが行われていたのだが、今もやはり服を脱いで上半身裸になったキングの
背にトモエが手を当てて治療なんかしていたりした。
「それでは私はもう行きます。二人ともお元気で。」
「ああ。お前こそ、宇宙で迷子になったりするなよ。」
「達者で暮らすんじゃぞー。」
スペースカイザーに乗り込むカイザに対し、キングとトモエは手を振って見送る。そして
スペースカイザーを起動させたカイザは、その頭部のカメラを通して二人を見つめた。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません。何時か…何かしらの方法で
恩を返したいと思います。それでは……さようなら。」
「ああ。期待しないで待ってるぜ。」
キングとトモエに見送られる中、スペースカイザーは浮き上がる様に飛び上がると共に
天高くへ昇って行った…………。
「長い戦いもやっと終わったな……。」
「終わった? わらわとしては始まったんじゃと思うがのう。」
「何?」
「考えても見るが良い。今回の事で宇宙にも機怪獣がいる事が明らかになったのじゃ。
もしかしたらファビスターと同等…もしくはそれ以上の宇宙機怪獣が飛来する可能性は
決してゼロでは無いと思うがのう…。そういう事はあって欲しく無いが……………。」
「………………………。」
キングゴジュラス&スペースカイザー対宇宙大機怪獣ファビスターの戦いは終わった。
それはキングゴジュラスが初めて体験した宇宙機怪獣との死闘であった。
しかしこれは本当に終わりと言えるのだろうか? トモエの予感した通り……
宇宙機怪獣との戦いの始まりを告げているのでは無いのだろうか?
もしかしたら…新たな宇宙機怪獣が惑星Ziのすぐ側まで迫って来ているのかもしれない。
真実は…神のみぞ知る所である。
おしまい
定期age
乙
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『古代の指紋』 岩石機怪虫グランドワーム 登場
それはとある荒地の上空を通りがかった時だった。突然キングの搭乗するレイノスが
何者かからの対空砲撃を受けたのだ。
「うわ! 何だ何だ!?」
慌ててキャノピーに顔を近付けて陸の方を見下ろして見ると、そこには多数のゾイドが
レイノスへ向けて砲撃を繰り返しているのが見えた。ガイサックやステルスバイパー、
モルガ等の小型ゾイドで編成されてはいるが、軍隊の様に統率されているわけでは無い。
そう、彼等は良くある野盗の類だった。
「撃て撃て! 多少壊れた所でレイノスともなりゃそれなりに売れるってもんだぜ!」
と、如何にも野盗と言った風な言葉を吐き捨てる者まで現れる始末。しかし、キングとて
そうやすやすとやらせる男では無かった。
「カスどもが…俺を狙った事を後悔させてやる!」
キングはレイノスを急降下させ、地を這うガイサックを胸部の三連ビーム砲で蜂の巣にし、
脚部の鋭い爪でステルスバイパーを掴み上げ、切り裂き持ち上げると共に高空から落とし、
破壊した。力量的には野盗よりキングの方が遥か上。だがその慢心がキングに心の隙を
作った。
「うわっ!」
やたら滅多に撃ちまくる野盗側のゾイドの砲撃の一発が低空飛行中のレイノスの翼に直撃
していたのだ。それでも当たりは浅く飛行不能にはならなかったが、体勢は大きく崩れ、
次に攻撃が来たら回避出来る様な物では無かった。
「うわまずった!」
慌てて操縦桿を力一杯引き、レイノスを上昇させようとするキングだが時既に遅し、
「レイノス一丁上がりー!」
ガイサックが大きく減速したレイノスへ向けて飛び掛っていた。万事休すか? そう思わ
れたその時…何処からか放たれた一撃がガイサックを撃ち抜いていた。
「何!?」
これには野盗のみならずキングも驚かざるを得ない。しかし、その後さらに野盗側の
ゾイドが次々に撃ち抜かれて行ったのである。
「くそ! 仲間がいやがったのか!? 退け退けぇ!」
野盗側のリーダーと思しき男が慌ててそう叫ぶと共に、野盗側のゾイドは忽ち逃げ出し、
キングは呆然としながらもレイノスを着陸させていた。
「助かったのはありがたいが…一体何が起こったんだ?」
キングは呆然としながら地平線の彼方へ逃げ去って行く野盗のゾイド達を見つめていたが、
そこで突然背後から話しかけられた。
「大丈夫だった?」
「うわ!」
驚いて思わずレイノスごと驚いて飛び退いてしまったが、そこにはステゴガンツァーの
ロングガンツァーキャノンをライフルの様に左腕に装着した“LBゴジュラスMK−U”
とサビンガをベースに首と胴体をブロックス一個分長くしてフェレット型に作り直した
さしずめ“フェレッツ”とでも呼ぶべき二体の姿があった。
一時して、近くの岩山の陰にキングのレイノスと、彼等を助けてくれたLBゴジュラス
MK−Uとフェレッツの姿が見られた。
「いやぁ…本当済まんな。あんた等が助けてくれなかったら危なかったぜ。」
「なに…困った時はお互い様だよ。」
「そうそう。そゆこと。」
ここで会ったのも何かの縁と、キングは知らず知らずの内に相手と話をしていたのだが、
フェレッツとLBゴジュラスMK−Uの一行は古代遺跡発掘の旅をやっている様子だった。
まずフェレッツに乗っていたのは旅の考古学者で“ユナイト=スクーラ”と名乗った。
学者と言っても机に向かうよりも直接発掘作業をやったりする方が好みなタイプらしい。
金髪と緑色の瞳を持ち、キングとはまた違った意味で女性的な顔をした美男子。そして
彼が使うフェレッツも、探索用でレーダー・センサー・情報処理コンピューターに関して
かなり高性能な物を積んではいたが、戦闘用では無いらしく武装の類は見えなかった。
続いてLBゴジュラスMK−Uに乗っていたのはユナイトの助手兼ボディーガードで
“ナナ=ハイター”と名乗った。細身でありながら大きめなライフルを平然と携帯して
いたりする等、何気に豪快な女性。彼女も彼女で腰まで伸びた栗色の長髪の美人なのだが、
ユナイトが男なのに女性的な顔してるせいで結構普通に見えていた。なお、先程野盗に
襲われた時に助けてくれたのはナナの操縦するLBゴジュラスMK―Uによる精密な
射撃による物との事。
そこでキングはユナイトとナナの二人と話をする中で、二人が世界中に点在する古代遺跡
発掘の旅をやっていると言う事を聞いた。
「遺跡発掘の旅ね〜。でも遺跡の類なんて昔から発掘され尽くされてるんじゃないのか?」
「そんな事は無いさ。確かに君の言う通り世界中の遺跡の多くが既に発掘されてはいる
けど、それが全てじゃない。まだ発見されてさえいない古代の遺跡は沢山眠ってるはず
なんだ……多分。」
「どうでも良いけど多分はやめてくれ…。」
最後の一言が余分過ぎてキングも呆れてしまう程だったが、それでも二人の熱意が本物
だと言う事は理解出来た。
「まああんた等には助けてもらった恩もあるし…俺はお前等を応援する事にするぜ。」
キングは立ち上がり、隣に立つ岩山に手を当てて寄りかかった。と、その時だ。突然
岩山のキングが掌を押し当てていた部分がまるで押されたボタンの様に沈み込み、地面が
若干振動したかと思うとそこから地下道の様な物が現れたのだ。しかもその地下道は
どう見ても自然物では無く、人工の物だった。
「な!? なぬ!?」
「こんな所に古代遺跡の入り口が…?」
「にしても…何かご都合主義過ぎない?」
余りにも突然すぎる事態にキングは愚か、ユナイトとナナの二人も呆然とするばかり。
「し…しかし…棚から牡丹餅と言う言葉もあるからね…。世の中には何気無く穴を掘って
いたら温泉が湧いたり石油が噴出したりで一夜にして大金持ちになった人だっているんだ。
それみたいな事が起こったと言う事なんだと思う…。」
「う〜ん…。」
とりあえず世の中には何が起こるか分からない。そういう事である日突然遺跡を発見して
しまっても可笑しくは無いと言う事にして、三人は地下道の入り口から遺跡へ入った。
三人は灯りを灯しながら地下道を進んでいたが、その地下道は金属分を多大に含んだ岩石
を綺麗に削り出して作った様な物で、明らかの古代人の技術力の高さを思わせる物だった。
「この遺跡は…恐らく第一文明人の物だね。」
「第一文明人?」
ユナイトの口から発せられた“第一文明人”と言う言葉にキングは首を傾げた。
「惑星Ziの文明には大きく分けて三つの文明があるんだ。まず俗に“神々の怒り”と
呼ばれる大災害以降に復興し栄えた現代の文明。それを僕達学者達の間では“第三文明”
と呼んでいる。そして、第三文明以前に存在した、地球と言う異星文明の技術を取り
込んで栄えたけど、神々の怒りによって滅んでしまった文明…“第二文明”今一般的に
使われているゾイドや技術の大半は第二文明の遺産でもあるんだ。」
「なるほど…。(確か似た様な事を以前トモエの奴が言っていたな。)」
「そして…さらにそれ以前にあったとされる文明。俗に“古代ゾイド人”と呼ばれる
者達が作り上げた文明…それが第一文明。彼等は第三・第二文明を遥かに凌ぐ文明を
持っていたとされているんだ。」
「話には聞いた事があるが…そんなに凄いのか!? 第二文明だって異星人の技術を
取り込んで発展したんだろう?」
実質的に第二文明最強の兵器であり、同時に地球人の技術が最も使用されていると言える
キングゴジュラスたる彼としては、古代ゾイド人が作り出した第一文明についてかなり
気になる所があった。
乙!!
期待なんだが厨くさい機体は出すなよ・・・
既存機体でやってくれ
頼む><
「第二文明まではある程度解明が進んでいるけど、第一文明の研究はまだ大して進んで
いないんだ。第一文明の遺産に関しての研究は第二文明の頃にも行われていて、それが
オーガノイドシステム等と言う形で今の時代…第三文明にも受け継がれているけど、
それでも第一文明の全てを解明するには至らなかった。だからこそやりがいがあるんだ。
高度な文明を誇った第一文明の遺産は今の時代になっても何処かで眠っているはず。
それを発見し、解明する事が出来れば人々の生活を良くする事だって出来るじゃないか。」
そう語るユナイトの目は本物であり、熱意が感じられた。しかも彼だけで無く…
「そうだね! 私もユナイト君に何処までも付いて行って、その夢をかなえるお手伝いを
してあげたい!」
「ありがとう! ナナ!」
「あ〜…お熱いこって…。」
手を取り合って目を輝かせているユナイトとナナの二人にキングも呆れてしまうが、
そこで彼はある物を発見した。
「ん…これは…。」
「古代の…壁画かな…?」
三人の正面の壁に描かれたのは古代の壁画だった。古代遺跡には必ずと言って良い程良く
あるパターンであるが、それだけに重要な古代のメッセージが隠されている要素でもある。
それはゾイドと思しき巨大な生物が街と思しき建造物を焼いている壁画。他の者ならば、
第一文明人の間にも戦争はあり、その事をイメージした壁画と考えるのだろうが…
キングにとっては違った。
「これは…機怪獣…じゃないのか…?」
壁画に描かれた街を焼く巨大な生物…それがキングには機怪獣に感じられた。確かに
通常ゾイドの中にも街を焼く事は可能な物もある。ましてや第二・第三文明を超える
技術を持っていたとされる第一文明人なら強力なゾイドを幾つも持っていたに違い無い。
だが、それを踏まえてもなおキングには機怪獣の気配を壁画から感じ取っていたのだ。
「しかし…この壁画に描かれているのが機怪獣としたら…第一文明の時代から既に
機怪獣の脅威はあったと言う事になる…………。」
確かにキングは以前“魔牛機怪獣ディバタウロス”と言う機怪獣と一戦交えた事があった。
これもトモエいわく“第一文明人でも完全に滅ぼす事が出来なかった”らしく、キング
ゴジュラスとしても次元の彼方へ吹飛ばすしか対処方法は無かった。しかし、それさえも
氷山の一角に過ぎず、第一文明人は多数の機怪獣の脅威に苛まれていたと考えると…
流石のキングも寒気がして来ていた。
「だが俺が元いた時代…第二文明の頃に機怪獣の類がいたと言う話は聞いた事が無かった。
でありながら最近になって突然機怪獣が次々現れ始めたのは…何かあるんじゃないのか?
何かの…何かの前触れでは…………。」
キングはユナイトとナナの事などすっかり忘れて考えに耽っていたのだが…そんな時、
突然地面が揺れ始めたのである。
「うわ!」
「地震か!?」
地震と思しき謎の振動は特別大きい物では無かったが、間違って古代遺跡が崩れてしまう
事になれば三人が生き埋めにされてしまうのは必至。故に遺跡調査を中断し、慌てて外へ
駆け出した。
地面の揺れによって走り難い中、三人は何とか遺跡の外へ脱出する事に成功した。が、
そこで三人はある光景を目の当たりにするのである。
「あ…あれは?」
「あの時の野盗じゃないか! また俺達に仕掛けて来たってか!?」
「でも…何か様子が違わない?」
遺跡の外に出た三人が見た物とは、先程レイノスに乗ったキングに襲い掛かって来た野盗
のゾイド軍団であった。しかし様子が違った。彼等はキング達に仕掛ける事は無く、別の
何かと戦っている様に思えたのである。だが、彼等が戦っていると思しき相手の姿は
見えない。これには首を傾げる三人であったが…その時またも地面が揺れた。
「さっきの地震だ!」
「あ! あれを見て!」
慌ててユナイトがある方向を指差した時、三人は愕然とした。何故ならば、地面の下から
巨大な芋虫の様な巨大生物が姿を現し、野盗のゾイド達を襲っていたのだ。一見すると
野性モルガに見えなくも無いが、その身体を覆う外皮はまるで岩石の様にゴツゴツとした
物となっており、特に体長は五十メートルはありそうな程の巨体だった。あえて名を
付けるならば…“岩石機怪虫グランドワーム”とでも呼ぶべきか?
「何あの巨大な芋虫は!」
「あんな物が暴れ出したらこの遺跡も一溜まりも無く崩されてしまうじゃないか!」
ユナイトとナナの二人は機怪獣の類を見るのは初めての様子であり、かなり戸惑っていた
のであるが、直後にキングが二人の前に出た。
「お前等! ここは俺が何とかする! 今直ぐゾイドに乗って逃げろ!」
「逃げろって言ったって…君も逃げないと!」
ユナイトは慌ててキングの手を掴み引っ張ろうとするが、それをキングは払い除けた。
「俺の事は良いからお前等だけで逃げろ! 奴は並の戦力でどうこう出来る相手じゃない
んだ!」
「確かにあれは見るからに並の戦力じゃどうにも出来なさそうだけど…だからこそ
なおさら君も逃げないと危ないじゃないか!」
「そうだよ! だからキング君も逃げなきゃ!」
ユナイトとナナの二人は心配そうな眼差しでキングを見つめるが、キングはかすかに
笑みを浮かべていた。
「俺の事心配してくれてんのか…ありがとうよ…。だが…あんた等にはあの時助けて
貰った恩がある。だからこそお前等には傷一つ付けさせねぇ! 今度は俺がお前等を
助ける番だ!」
「助ける番って…あんな怪物相手に一体どうすると言うんだい!?」
「こうするんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
直後、キングの水色の頭髪の中で何故かそこだけ真紅に輝き逆立つアホ毛が真紅のオーラ
の様な物を発しながら燃え上がった。そして真紅のオーラはキングの身体を包み込み…
彼はキングゴジュラスへ変貌を遂げていた。
「うわあああああああああ!!」
「キング君が何か大きなゾイドになったぁぁぁぁぁぁ!!」
ユナイトとナナの二人はそれぞれの美貌が台無しになってしまう程にまで物凄い顔で叫ん
でいた。無理も無い。目の前でキングがキングゴジュラスへ変わる様を見せられては…。
『詳しい説明は後だ! 俺が奴を引き付けている間に逃げるんだ!』
キングゴジュラスは驚愕する二人に構う事無くグランドワームへ突撃した。
岩石機怪虫グランドワームはなおも野盗達の乗るゾイド…ガイサックやステルバイパー、
ヘルディガンナー等を無差別に襲っていた。
「うわぁぁぁ!! バケモンだぁぁぁ!!」
「母ちゃん助けてぇぇ!!」
怖い物無しの荒くれ揃いのはずの野盗がまるで子供の様に情け無い悲鳴を上げて行く。
それだけグランドワームは常軌を逸した怪物だった。中にはそれでも必死に応戦する
勇気ある野盗とゾイドもいたが…グランドワームの全身を覆う岩石状の頑丈な外皮に
通用するべくも無かった。
『どけどけどけ! コイツは俺の獲物だぁぁ!!』
そこで現れたのがキングゴジュラス。大口を開けて野盗のゾイドを丸呑みにしようとして
いたグランドワームにショルダータックルを仕掛け、大きく怯ませていた。
『さあ来い! こうなった俺は他の連中程優しくは無いぞ!』
別に野盗を助ける義理は無いが、このままグランドワームが暴れ続ければユナイトとナナ
の二人にも被害が及ぶ。それだけはキングゴジュラスとしても防がねばならなかった。
二人はキングにとって恩人なのだから…。
『そらぁ!』
キングゴジュラスは続けてグランドワームの岩石状の外皮に拳を撃ち付けめり込ませる。
しかし…まあ何と言うか…何時もの事なのだけどね…決して通じていないワケでも無いの
だけども…特別決定的と言うダメージを与えられているワケでも無かった。
『く…毎度の事だが…機怪獣って奴ぁ何てタフネスだよ…。』
超重装甲だろうがヘルアーマーだろうが簡単に打ち砕けるキングゴジュラスの拳を持って
しても決定打になり得ない機怪獣のタフネスにはウンザリする程だったが、愚痴った所で
事態が好転する物では無い。キングゴジュラスは一度退いて体勢を立て直そうとするが
グランドワームはそうはさせまいと体当たりを仕掛けて来た。
『うぉ!』
全長五十メートルと言うキングゴジュラスを超える体躯と、芋虫の様な形状からは想像も
付かない俊敏な動きでヘビの様に身体をくねらせ、まるでモルガの様に頑強な頭部を
キングゴジュラスの腹部へ向けて叩き付けて来た。とっさに両腕でグランドワームの頭部
を掴み受け止めるが…その勢いまでは止められず、後方にあった岩山にまで押し出され
叩き付けられてしまった。幸い古代遺跡のあった岩山では無かったが、崩れた岩石が
雪崩の様に押し寄せ、キングゴジュラスは岩石の下敷きにされてしまった。
『だぁぁぁ! ふっざけんじゃねぇぞぉ!! 俺がこの程度で死ぬかぁぁ!!』
機怪獣が常識を超えたタフネスを持っている様に、キングゴジュラスのタフネスもまた
常識を超えている。岩石の下敷きにされた程度で死ぬはずが無い。逆に岩石を吹飛ばし、
グランドワームへ岩石を打ち付けつつその場を脱し、一度下がって体勢を立て直した。
『まああちらも岩石打ち付けた所でダメージにはなってないし…さてどうするか…。』
ファイティングポーズを取りつつ次の手を考えたいキングゴジュラスだが、何時までも
グダグダと悩んでいる性質では無いし、そんな暇も無い。考えている余裕があるなら
行動するべしである。
『ええい! こっちの攻撃だって決定打にならないだけで通じて無いワケじゃないんだ!
ならば決定打になるまで攻撃あるのみだ!』
キングゴジュラスは再度攻撃に移るべく跳んだ。510トンの超重量からは想像も
出来ない軽やかなジャンプによって忽ち数百メートルの高さまで上昇し、そこから落下の
勢いを加え…
『食らえ! キングゴジュラス流星キィィィック!!』
必殺“キングゴジュラス流星キック”をグランドワームの背に叩き込んだ! そうなれば
キングゴジュラスの強靱な脚がグランドワームの背に深々とめり込み、グランドワームは
口から大量の体液を吐き出し苦しみのた打ち回り始めたでは無いか。
『よし! これはダメージ大と見たな!』
キングゴジュラスはさらに畳み掛けんとグランドワームの岩石状の外皮へ向け拳を何発も
打ち付け続けて行く。しかし…直後、グランドワームは口から黄色く変なブツブツの
混じった様な体液をキングゴジュラス目掛け吐き散らした。
『うわ! 汚え!』
グランドワームの吐き散らした液体が何とも汚そうだった故、キングゴジュラスも思わず
その場から飛び退いてしまうが、それが大きな隙となった。今度はグランドワームが
まるでヘビの様にキングゴジュラスの身体に巻き付き、締め上げ始めたのだ。
『しまった!』
当然キングゴジュラスは自身に巻き付いたグランドワームを跳ね除け、脱しようとするが
腕ごと巻き付かれてしまっている故にどうする事も出来ない。その上からさらに物凄い
力で締め上げて来るのだ。キングゴジュラスの強固な装甲が忽ち悲鳴を上げる。しかも…
『うっ! もうタイムリミットなのか!?』
キングゴジュラスの首下のライト部…ガンフラッシャーが点滅を開始した。彼がキング
ゴジュラスとしての姿を維持出来る時間に限界が近付いている証拠。もしこの状態で
人間の姿に戻ってしまえば敗北は必至。だが、グランドワームは情け容赦無く締め上げ
続けている。万事休すか…そう思われた時…突如何処からか放たれた一発の砲弾が
グランドワームの片目に撃ち込まれたのだ。
『何!?』
一体誰が…キングゴジュラスも思わず戸惑うが…砲弾の来た方向を見ると…そこには
宙を華麗に舞うナナのLBゴジュラスMK−Uの姿があった。
『こら! お前等逃げろっつったろうが!』
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!?」
余程コンパクトにして高性能なマグネッサーシステムを積んでいるのであろう、ナナの
LBゴジュラスMK−Uは、その重武装からは想像も出来ない程にまで軽やかに宙を舞い、
かつその状態から正確にグランドワームの目へ砲弾を撃ち込んで行ったのだ。頑強な
グランドワームとて目は急所と行っても良い。忽ちグランドワームの両目は潰され、
苦しみのた打ち回る。そうしている間にキングゴジュラスも脱出する事が出来た。
「あの巨大芋虫の外皮は頑丈だ! だから関節部分を狙うんだ!」
今度はユナイトの声が響き、攻撃ポイントがキングゴジュラスのコンピューターへ流れ
込んで行く。恐らく…それが二人の役割なのだろう。ユナイトが敵の分析と攻撃地点の
指定を行い、そこをナナが攻撃する。そういう意味では二人はそれぞれお互いにとって
必要な存在なのだろう。
『よっしゃぁぁ! ならば食らえぇぇ! ブレェェェドホォォォォン!!』
キングゴジュラスはユナイトの指定した攻撃ポイント…グランドワームの頭部と胸部を
繋ぐ首関節部分に頭部に輝く真紅の角…ブレードホーンを渾身の力で突き刺した。
頑強な外皮を持つグランドワームも関節部分は脆く、苦しみもがき始める。だがそれさえ
構わずキングゴジュラスはグランドワームの首関節にブレードホーンを突き刺したまま
大きく抱え上げ…
『ブレェェェドホォォォォン…サンダァァァァァァ!!』
ブレードホーンから超高圧電流が流し込まれ、グランドワームの全身が忽ちスパークを
起こして行く。そしてブレードホーンを引き抜きつつグランドワームを天高く放り投げ…
『これでトドメだ! スゥゥゥパァァァガトリング!!』
キングゴジュラスの胸部に輝く巨大なガトリング砲…スーパーガトリングから放たれる
数千発の荷電粒子砲・超電磁砲・レーザー砲がグランドワームの全身へ降り注ぎ、
その巨体は木っ端微塵に粉砕されていた……………。
戦いは終わり、古代遺跡の隠されていた岩山の麓にキングとユナイト・ナナの三人の姿が
あった。
「すまんな…結局またあんた等に助けられちまった。情け無い話だ…。」
「そんな事は無いさ。最終的には君のパワーが無ければあの怪物は倒せなかった。」
「そうそう。お互い様って奴だよ。」
キングとしては二人を助けてくれた恩返しとして何としても助けたかったのだが、結局
またも助けられる形になってしまったのが内心情けなく思えていたのだが、ユナイトと
ナナは落ち込みそうになっているキングを色々フォローしていた。
「すまん…本当にすまん…。だが…あんた中々の腕と見た。何しろ飛行ゾイド顔負けの
速度で飛び回りながら正確に機怪獣の目に砲弾を撃ち込んだんだからな。」
「そうかな?」
ナナのLBゴジュラスMK−Uが飛行出来た件に関しては、コンパクトにして強力な
マグネッサーシステムを積んでいるのだろうと言う事で特に突っ込みは入れなかったが、
そうやって高速で飛行しながらの正確な射撃は相当の腕が無ければ不可能な事だ。
「軍に入ればエースになる事も夢では無いと見たな。」
「いや…夢では無いんじゃなくて…ナナは元々軍のエースだったんだよ。」
「な!?」
あっさり言ってのけるユナイトにキングは唖然とするばかり。流石にこれは斜め上の展開
過ぎるとしか言い様が無い。
「もうユナイト君ったら〜! それはもう昔の話だよ〜!」
「そうか…。」
軍のエースならもっと良い生活が出来たであろうに…何故こんな自称考古学者な青年と
共に行く道を選んだのかは分からないが…二人にも色々あるのだろう。それ故にキングは
これ以上とやかく言わない事にした。
「んじゃ…俺ぁもう行くわな。」
「でも僕達はもう少しこの遺跡を調査して見る事にするよ。」
「じゃあキング君も気を付けてね。」
キングは遺跡調査の為に残ったユナイトとナナの二人に見送られながら、レイノスへ
乗り込み、この場を飛び去った。
飛行中のレイノスのコックピットの中でもキングは、古代遺跡の中で見た壁画…第一
文明人の都市を焼く機怪獣を描いた壁画が心に強く残っていた。
「古代遺跡の壁画と言い…突然現れた巨大芋虫と言い…やはり何かある。最近になって
突然機怪獣が出現する様になっているのは絶対何かがあるんだ…。」
ここ最近の機怪獣の多発はキングにさらなる不安を掻き立てる。何しろキングゴジュラス
たる彼を持ってしても苦戦は必至な程の戦闘力を持っているからだ。
「これは…もっと強くなる必要があるのかもしれんな…今よりさらに…。」
キングは…さらなる戦いの予感を胸に秘め…レイノスは空の彼方へと飛んで行った………
おしまい
定期age
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キングの大冒険の始まり始まり!
『樹神の神罰』 樹神メルプラント 登場
「おいキング! 森林浴せんか!?」
「なぬ!?」
それは実に突然だった。とにかくトモエが突然キングの前に現れ、森林浴に誘ったのだ。
「いやのう、お主だって事あるごとに戦わされて大変なんじゃ。身体的にはともかく
精神的な意味での疲労は溜まっとるじゃろう?」
「そりゃそうだが…誰のせいだと思ってるんだよ。」
キングが事あるごとに戦わされる原因の殆どはトモエにある。確かにここ最近各地で
多種多様な機怪獣が出現する様になり、また実質機怪獣に対抗出来るのはキングの
本性であるキングゴジュラスのみである事も大きな理由となっている。だが、大抵は
トモエがキングの背を押して初めて戦いが始まる様な物であり、そう言う意味では
やはりトモエこそキングの疲労の最大の原因であった。
「まあその辺はわらわも反省しとるんじゃ…。本当にすまん。」
「それっぽい態度を取っても俺は信じねーかんな。」
「口で言っても分かってもらえん事はわらわも良く分かっとる。じゃからこれから
行動でそれを示すんじゃ!」
「わ! こら! 何をする!?」
トモエは急にキングの腕を掴み、引っ張った。こうしてキングはワケの分からぬまま
トモエが何故か用意していた複座型バリゲーターに乗せられ、出発するのであった。
それから、川を緩やかに下るバリゲーターの姿があった。その操縦席ではトモエが鼻歌
交じりにバリゲーターを操縦していたのであったが、後部座席ではキングが不愉快な
顔で不貞腐れていた。
「おい…一体なにをする気だ?」
「何って…森林浴をしに行くに気まっとるじゃろう?」
「森林浴って…この辺りにも森はあるのに…一体何処へ連れて行く気だよ!」
確かに今こうしてバリゲーターが下っている川の周囲にも多数の木々が生い茂っている。
単純に森林浴をしたければ、こういう場所でも可能なのだろうが…
「違う。違うのじゃ。今わらわが向かっておるのは“ビューティフォレスト”と言う地域
でな、あそこの自然の美しさはそんじょそこらの森林とはワケが違うぞ。実際病気の人の
療養なんかにも抜擢されとるからのう。そういう場所で森林浴をすれば、お主のギスギス
した心も癒される事間違い無しじゃ。」
「へ〜…そうかい…。」
一応トモエは真剣にキングに森林浴して欲しい事は分かった。だが、キングとしては
たかが森林浴程度でどうにかなるとは信じられず、不本意なのは変わらなかった。
それから一時、トモエはなおもバリゲーターを“ビューティフォレスト”と言う地へ向け
進ませていたのだが…そこで不本意そうに外を眺めていたキングがある事に気付いた。
「おい…この辺妙に枯木が目立たねーか?」
「ん…そう言われればそうじゃな…。」
現在バリゲーターが進んでいる地域にも沢山の木々が立っていたのだが…どれも葉が全て
抜け、朽ち落ちた様な枯木ばかりが目立った。それ所か、地面さえも水分がまるごと抜き
取られたかの様にヒビ割れていたのだ。
「おい…お前の言うビューティフォレストとやらは近いんだろ?」
「う〜む…何か嫌な予感がして来た。とにかくスピードを上げるぞ。」
周囲の風景を見て焦り始めたトモエは慌ててバリゲーターの速度を上げた。
「…………………………。」
トモエはしばらく物も言えずにその場に立ち尽くしていた。
「おい…トモエ……聞こえてるのか?」
「聞こえとる…じゃから少し黙っとれ…。」
二人を乗せたバリゲーターは確かにビューティフォレストの地へ到着した。しかしそこで
二人を待っていたのは、森林浴に打って付けな世にも美しい大自然では無く…辺り一面に
広がる不毛の地であった…
「おい…これのどこが心の休まる美しい森林で評判のビューティフォレストだ?」
「だぁぁぁ!! わらわだってショック受けとるんじゃ! ちったぁ黙っとれ!」
「ぐへ!」
トモエは逆切れし、涙目になりながらキングの首を締め上げていた。そこからだけでも
トモエがどれだけビューティフォレストの変わり様にショックを受けていたのかが分かる。
「ま…何はともあれ…仕方ないよな。最近はどこもかしこも開発開発。美しく生い茂った
広大な大森林程伐採の対象になりやすいもんだ。」
「じゃが…開発伐採にしては…少し様子が違う様な…。」
トモエの言った通りビューティフォレストの変わり様は、ただ単に人の手で伐採された物
とは少々様子が違った。人工的に伐採されたのならば、もっと彼方此方穴だらけにされて
いても可笑しくは無いし、その伐採した後に建物の一つや二つ建てられているはずだ。
だが、そう言った様子は一切見られない。まるで森林のみが姿を消した様な雰囲気…
「おーい! そこの人―! ここは一体どうしてこんなんなったんじゃー!?」
とりあえず、トモエは現地の人に尋ねて見る事にした。やはりビューティフォレストの
森林を失ってショックを受けているのが分かる程暗い顔をしたおじさんの口から、衝撃の
事実を聞かされるのである。
「アレだよアレ。数日前に突然生え出したアレのせいでビューティフォレストの木々は
次々に飲み込まれて…あろう事か当たり一面の地面の養分さえ取られてもう滅茶苦茶さ。
ありゃ一体何なんだぁ?」
「アレ…?」
「ってうわぁぁぁ! 何だありゃぁぁぁぁ!!」
おじさんの指差した先を見て、二人は愕然とした。何故ならば…ビューティフォレスト…
不毛の大地の中心部に巨大かつグロテスクな植物が一本生えていたからだ。周囲は不毛の
大地と化しているのにも関わらずその植物だけは青々とした緑色の茎をしており、それが
逆に不気味だった。
「こ…これは樹神メルプラントでは無いか! な…何故こんな所にメルプラントが生え
とるんじゃぁ!?」
「メルプラント!? 何だそりゃ!?」
突如としてトモエの口から発せられた“樹神メルプラント”という単語にキングも困惑
するが、そこでトモエは語り始めた。
「樹神メルプラント…。これは本来この世界に存在する植物では無いのじゃ。」
「ああ…確かにな。こんなバケモノじみた植物は聞いた事が無い。まるで植物版機怪獣だ。」
「それもそのはず。コイツは樹神の名が付く通り…神界の植物なのじゃからな。」
「神界!? まさか神さん所の世界の植物とでも言うのか!?」
「うむ…その通りじゃ。」
普通の人間からこの様な事を言われてもキングは信じなかったであろう。だがトモエは
違う。彼女は魔女。キングゴジュラスを人間の男の娘(誤植では無く仕様)に変えた術を
初めとし、科学では説明の付かぬ魔術を使いこなす彼女ならば、神々の世界についても
知っていても何ら不思議な事では無かった。
「これで全ての謎が解けた。ビューティフォレストを不毛の大地へ変えたのはこやつ…
メルプラントじゃ。一体誰がメルプラントの種をこの地に植えたのかは知らぬが…奴が
この地に生い茂る森林を取り込み…土地の養分を全て吸い尽くしてここまで巨大になった
のじゃ。これは由々しき事態じゃ。奴をこのままにしておけば、いずれ惑星Zi全土に
広がり、土地の養分は吸い尽くされ全ての植物は枯らし…この星まるごとがゴキブリも
生存できぬ不毛の惑星へ変えられてしまう!」
「そ…そんなおっかねぇ植物なのかよ!?」
「そうじゃ。今はまだ幼体じゃからこの程度で済んでおるが…この後さらに成長して花を
咲かして種を散らそう物なら…世界は終わりじゃ。」
「なんだと…。」
トモエいわく、ビューティフォレストの広大な自然を不毛の地へ変えたアレでさえまだ
幼体だと言う。なんと言う恐るべき樹神メルプラント。
「これが神界ならば…土地の養分から何もかも神レベルなのじゃから大した問題には
ならぬが…ここは生界じゃ。一体誰が生界にメルプラントなど蒔きよったか…?」
トモエが顎に手を当てて考えていた時、そこで正規軍と思しきゾイドの大軍団が現れた。
火炎放射器を積んだセイバータイガーやらコマンドウルフやらの最近良くある猛獣系主体
のゾイド部隊。そして、責任者と思しき男がマイクでビューティフォレストにいた民間人
に退避を呼びかけていた。
『これより我々が怪植物を焼き払います。皆様は安全な場所まで退避をお願いします。』
「さあ、作業の邪魔にならない様に下がってください。」
部隊の中で、民間人の避難誘導を担当した隊員がキング・トモエの二人を含めた他の人々
をの避難誘導を進めて行く中、各ゾイドはメルプラントを取り囲んで行った。
「放火開始!」
メルプラントを包囲した各セイバータイガーやコマンドウルフは、それぞれ背中に装備
された火炎放射器から高熱の火炎を一斉にメルプラント目掛け放射して行った。忽ち
メルプラントの巨樹が炎に包まれて行く。
「あれだけ激しく燃え上がっちゃぁ樹神とやらもお終いか…?」
キングや他の者達は安心した面持ちで見守っていたが…トモエの表情は晴れなかった。
「いや…あの程度でメルプラントを焼き尽くせれば苦労は無いぞよ…。」
「何?」
トモエの言った通りだった。突如として轟々と燃え上がる炎の中から一本の植物の蔓が
伸び、その鋭く尖った先端がセイバータイガーの一機を刺し貫いたのだ。しかし、それも
惨劇の始まりに過ぎなかった。炎の中から次々に蔓が伸び、他のセイバータイガーや
コマンドウルフを次々に刺し貫いて行く。そう。これはメルプラントの蔓。あの炎の中に
あってもなおメルプラントは死ぬ事は無かった。それ所か、自身を燃やそうとした人類に
対し強烈な敵意を燃やしていたのだ。
「うわぁぁぁぁ!! 助けてくれぇぇぇ!!」
「バケモノ植物だぁぁぁ!!」
ついにメルプラントの蔓はゾイドのみならず、他の人々にまで及んだ。金属分を多量に
含む強固さも併せ持つ蔓は、動く物を素早く狙って行く。当然散り散りになって逃げ出す
人々がその標的となり…ビューティフォレストは忽ち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
「これはもう森林浴ってレベルじゃねーぞ!」
「まったく…一体誰がメルプラントを生界に持ち込みよったか!」
正規軍の各ゾイドや、兵員・民間人問わずに多くの人々がメルプラントの蔓に刺し貫かれ、
体液を養分として吸い取られて行く中キングとトモエの二人は結構普通に生き延びていた。
キングは対機怪獣用に携帯していた荷電粒子銃でメルプラントの蔓を撃ち落し、それでも
撃ち漏らした分は己の手刀や、ブレードホーンの名残である真紅のアホ毛で切り落して
おり、トモエも自身の魔術を駆使して作り出した火炎で蔓を焼いて言った。
「このままじゃ埒が明かん。とりあえずわらわはメルプラントの種を撒いた奴を探る。
ここはお主に任せたぞ!」
「まったく…何時もこれだ…とは流石に言っていられないな。仕方が無い。任せろ!」
「よし!」
メルプラントを撒いた者の正体探りに関してをトモエに任せ、キングは樹神メルプラント
と戦うべく駆け出した。
「うおおおおおおお!! 樹神だか何だか知らねぇが…俺の目の黒い内は好き勝手な事は
させねぇぞぉ!!」
メルプラントへ向けて駆けるキングの水色の頭髪の中に逆立つ真紅のアホ毛。ブレード
ホーンの名残たるそのアホ毛が燃え上がる様な真紅のオーラを放ち、キングの体を包み
込んで行く。そして…真紅のオーラが晴れると共に…キングゴジュラスが姿を現した。
『こうなった俺は他の連中みたく優しくねーぞ!!』
キングゴジュラスは炎の中から姿を現したメルプラントの巨樹へ向けて突き進む。
トモエからはまだ幼体と言われたとは言え、メルプラントは今の状態でも十分にキング
ゴジュラスを上回る体躯となっている。それでいて植物と動物の特性の両方を併せ持つ
かの様に茎や枝、蔓をヘビの様にくねらせるメルプラントの姿はグロテスク極まり無い。
『この野郎が! 気持ち悪ぃんだよ!! んなもん引き千切ってやる!!』
キングゴジュラスは自分からメルプラントの蔓を掴み、次々に引き千切って行く。
しかもそれだけでは無く…
『伊達や酔狂でこんな頭してんじゃねーんだ! ブレードホーン!!』
頭部に輝くブレードホーンを赤熱させ、自身の体ごと振り回す気持ちでメルプラントの
茎を切り裂いて行く。切り開かれたメルプラントの茎から緑色の液体が噴出し、忽ち
キングゴジュラスの装甲を緑色に染めて行く。しかしキングゴジュラスはメルプラントを
切り裂く事を止めないのだ。
『植物の生命力の強さは承知! 何しろ中には切り株だけにしても、そこから新たな芽が
生える奴もいるんだからな!』
植物の再生力の高さは動物より強い。だからこそキングゴジュラスはそれを踏まえた上で
再生不可能な程にまで徹底的にメルプラントを破壊するつもりらしかった。
一方、メルプラントがキングゴジュラスに気を取られている隙にトモエはメルプラント
からやや離れた位置にある丘へ向けてバリゲーターを走らせていた。
「この嫌な気配…間違い無い。メルプラントの種を撒いた者はこの近くにおる…。」
既に説明している通りトモエは魔女である。だがそれは決して“魔性の女”としての
意味では無い。確かにトモエは魔性の女と言えない事も無いが、それ故に魔女と呼ばれて
いるワケでは無い。もっと単純な話である。彼女は普段の服装からして一般的に考えられ
ている黒衣の魔女スタイルに身を包んでいるし、何より科学では説明不能の魔術が使える。
その力を駆使し、トモエはメルプラントの種を撒いた者の居場所を突き止めていた。
トモエの目指す丘の上。そこには一人の農夫然とした格好の若い男が一人立っていた。
そこにトモエの乗るバリゲーターが現れ、コックピットからトモエが飛び出して来た。
「おい! 神様が生界への不必要な干渉するのはルール違反では無いのか!?」
トモエは有無を言わせず、己の掌から魔術的に発生させた火の玉を農夫然とした男へ
投げ付けていた。当然炎に包まれる農夫だが…炎が消えた時、そこから煌びやかな衣服に
身を包んだ一人の美男子が姿を現した。
「そちらこそ…魔女が人間に肩入れするのかな?」
「わらわとてこの世界に生きる者の一人じゃ。世界そのものの危機の際には協力するわ。
じゃが可笑しいのはそっちの方じゃ。神々が生界に対して不必要な干渉をする事は禁じ
られとるはず。精々個人が牛丼を半額で食べたい程度の願いまでしかダメなはずじゃ。
なのにお主は神のくせに樹神メルプラントなぞ持ち出して…一体何が狙いじゃ!?」
話が読めて来ないが…どうやらトモエと相対している煌びやかな衣服に身を包んだ美男子
は神々の領域の存在らしい。だとするならば…先の農夫然とした姿及び今の美男子の姿を
取っているは、もしかするならば人間社会に溶け込む為の擬態なのかもしれない。
「何って…神罰さ。」
「神罰…じゃと?」
神は笑みを浮かべた。
「本来数多くの緑に覆われていたこの世界の自然…植物を破壊したのは何者だ? 人類と
それに使役されるゾイドに他ならない。だからこそ私はこれより樹神メルプラントを
持って神罰を与える。分かったかな?」
「だからそういう生界への干渉は神々のルールに違反するでは無かったのか!?」
トモエはそう訴えかける。確かに神の言う通り、過去に様々な罪を重ねて来た人類は
罰せられて当然であろう。しかしトモエが言うには、神々の中にもルールがあり、不必要
に干渉する事はそのルールに違反する行為らしい。だが…神は聞く耳を持たなかった。
「それにじゃ…可笑しいとは思わぬか? ここ…ビューティフォレストには元々美しく
広大な大森林が存在したのじゃ。そこを不毛の地へ変えたのは人間では無い! お主と
お主の撒いたメルプラントじゃ! お主は自然を破壊する人類を罰すると言ったが…
お主こそこの世界の自然を破壊しておるでは無いか! 幾ら神と言えどもそんな事を
する様な奴は信用ならん! それにメルプラントとて…奴が…キングゴジュラスが
倒してくれるわ!」
「ああ…星の異邦人の技を持って作られた人造破壊神か…。君は随分とあれに肩入れ
している様だけど…果たしてメルプラントに勝てるかなぁ?」
神は不敵とも言える笑みを浮かべたまま…メルプラントへ目を向けるのみだった。
キングゴジュラスとメルプラントの戦いは続いていた。
『これで吹き飛べ! キングミサイル!』
キングゴジュラスの口腔内に装備されたTNT火薬数百トン分の威力を持つミサイルが
連続発射され、メルプラントの茎や枝…葉を爆風で吹飛ばし、焼き尽くして行く。しかし
それを持ってしてもメルプラントの生命力は途切れない。再生力が尋常では無いのだ。
メルプラントが種を撒かれたのはほんの数日前。その短期間の内にキングゴジュラス以上
の巨体に育ったメルプラントの凄まじい成長力は、同時に凄まじい再生力を与える。
恐るべきは植物。ここまでの強烈な生命力は動物には不可能な芸当であった。
『くそ! 後から後から!』
メルプラントの蔓は、例えキングゴジュラスのパワーを持って引き千切ろうとも、
赤熱したブレードホーンを持って切り裂こうとも、直ぐに再生し伸びて来る。
その異常な再生力にはウンザリ来ていたのだが…ここで油断大敵!
『うお! うわわわわわ!!』
メルプラントの蔓が次々にキングゴジュラスの腕や脚に巻き付き、動きを封じて行く。
キングゴジュラスの装甲を貫くには至らないが、それでもその辺のワイヤーを遥かに
超える強度を持つ。
『くそ! 俺の動きを封じようってか! ってうわぁ!!』
キングゴジュラスは慌てて自身の脚や腕に巻き付いたメルプラントの蔓を引き千切ろうと
するが…そこで突然メルプラント本体が丸ごとしなった。するとどうだろうか。キング
ゴジュラスの巨体が浮き上がり、振り回し始めたのだ!
『ウワワワワワワワ!!』
メルプラントは再生力のみならず、パワーまで凄まじい物を持っていた。何しろキング
ゴジュラスの四肢に蔓を巻き付けて動きを封じるのみならず、この様に派手に振り回して
見せていたからだ。
「きっ…キング!!」
メルプラントにキングゴジュラスが振り回される光景を見たトモエは思わず叫んでしまう
のだが…次の瞬間、神の平手打ちによって頬を打ち付けられていた。
「あれに気を取られて大丈夫なのかな?」
「くっ…。」
キングゴジュラスがメルプラントに苦戦を強いられている様に、トモエもまた神に苦戦を
強いられていた。何しろ相手は人間が神を自称するのとはワケが違う。正真正銘の神。
人類とゾイドに神罰を与えようとする神であった。流石のトモエでも相手が悪かった。
メルプラントはなおもキングゴジュラスを激しく振り回し、あろう事か硬い地面へと投げ
落とし、叩き付けて行った。頑強なキングゴジュラスがその位で潰れる事は無かったが、
ダメージは決してゼロでは無い。むしろ大だ。
『畜生…このままじゃ…このままじゃ…。』
キングゴジュラスは目が回りそうになるのを必死に耐えながら、何とか蔓を引き千切る
べく腕や脚に力を込める。だが、口で言う程上手く行かない。これが静止状態ならば
簡単に引き千切る事は可能だ。しかし、今は何度も何度も振り回されているのだ。
そしてついにキングゴジュラスの首下のライト部…ガンフラッシャーが点滅を始めた。
彼がキングゴジュラスとしての姿を維持出来る時間に限界が近付いてたのだ。
「馬鹿な!当らないだと!」
ライガーゼロイクスのパイロットは驚愕の声を隠せなかった。
光学迷彩で身を隠した後にエレクトロンドライバー。必中の筈であった。
しかし目の前に居るコマンドウルフACには掠りもしない。
「今度こそ…なんだって!?」
今度はエレクトロンドライバーの発射体制を執る前に…
アタックユニットからのキャノン砲の直撃を受けたのだ。
砲撃により右のスタンブレードが脱落する。
もう勝負は決していた。イクスには全くと言っていい程勝ちの目は無い。
イクス強盗犯は特に大きな被害を出すことなく御用となり事後処理が行なわれている。
イクスを強奪したまではよかったが取り押さえに来た相手が悪すぎたのだ。
「いやあ。またまた手伝わせて本当に悪かったと思っている。」
「…もういいですよその台詞。今後もきっと悪かったと思っていないでしょうし。」
「しかし消えっぱなしの奴の居場所なんて解るのかい?」
ジャックは眼鏡の男に尋ねる。
「ああ…昼間ですし。それに映像処理が難しい場所に逃げ込んだのが運の尽き。
リアルタイムでの投影映像の予想演算処理には限界もありますよ。」
ここはヘリックシティの旧市街。排ビル街に難民が作り上げたコロニーの一角。
縄に吊るされ、若しくは掛けられた洗濯物の林である。
動いてしまえばそこである程度の居場所が分かってしまう光学迷彩。
そこにこれだけの動きが不規則なものが大量に有れば無理も無いのである。
「カオス理論を知らない人には光学迷彩を使用した戦術は無理。
そう言う話ですよ〜。動いてはいけません。でも立ち位置を間違えても駄目。
昼夜や気象状況も確り把握して運用するからこそ暗黒の雷帝と呼ばれた訳ですから。」
「バウアー!」
先をいわせないように名字(偽名)で突っ込むが彼も同じ思いだった。
その間違えた運用が無ければきっと今の自分の職場は無かったのだから。
ー トンデモゾイドグラフティ ライガーゼロイクス篇 おしまい ー
カオス理論:数学の理論で予測できない複雑な様子を示す現象を扱う理論。
『くそ! もう時間だと!? 何とかしなければ! 何とかしなければぁぁ!!』
キングゴジュラスが真剣に焦り始めた時…奇跡は起こった。
「ん…雨?」
トモエは、自身の服に付いた水滴から雨が降り始めた事に気付いた。
「たかが雨程度で動きを止めて良いのかな!?」
この隙を突いてトモエを畳み掛けようとした神であったが…そこで彼もある事に気付いた。
「ん!? どうした!? どうしたメルプラント!?」
雨が降り出した途端…メルプラントは突然苦しみ始めた。それによりキングゴジュラスを
振り回す蔓の動きも鈍る。しかし一体何故…。そこでキングゴジュラスのコンピューター
が雨の成分に関して分析していた。
『こ…これは…酸性雨!?』
「そうか! 神界は生界と違い自然破壊や公害が無い! じゃから同時に酸性雨も存在
しない! そう言う意味ではメルプラントにとって酸の含んだ雨は初めてのはずじゃ!」
先程降り始めた雨が酸性雨だと悟ったトモエも思わずその様な事を叫んでいた。
樹神メルプラントと言えども…酸性雨は初めての経験だった。人類の科学文明の発展と
自然破壊によって発生した酸性の雨。これは公害の類の存在しない神界で誕生した樹神に
とって衝撃だった。元々惑星Ziに原生する植物ならば、既に酸性雨にある程度慣れて
いるが…メルプラントはそうは行かない。酸の含んだ雨を吸い込んだ事により、流石に
溶ける事は無いにせよ苦しみ始めていたのだ。自然環境を破壊する人類に神罰を与える為
に降臨した樹神メルプラントが、環境破壊によって発生した酸性雨によって苦しめられる
とはなんとも皮肉な話である。
『今だぁぁぁ!!』
メルプラントが苦しみ、動きが鈍った隙を突いてキングゴジュラスは両腕両脚に力を込め、
自身の動きを束縛していた蔓を引き千切り脱出した。
『よっしゃぁぁぁ!! こうなりゃこっちのもんだぜ!!』
自由の身となったキングゴジュラスはメルプラントへ肉薄し、両腕のビッグクローを
メルプラントの生える根元の地面へ突き刺した。そして…
『そぉりゃさぁぁ!!』
何と言う事か、キングゴジュラスはメルプラントの巨体を根っ子から丸ごと全てを地面
から引き抜いてしまったのだ。そしてそこで改めてメルプラントの巨体が分かった。
地面から見えているだけでもキングゴジュラスを超える体躯だったと言うのに、根っ子を
含めると…その二倍…いや三倍はあったのだ。真に恐ろしい話である。
『うわ…伊達にトモエに世界を滅ぼせると言わせてるワケじゃねーぜ…おっかね〜…。』
メルプラントのおぞましき根っ子にキングゴジュラスも恐れを抱いていたが、何時までも
そうしているワケには行かない。キングゴジュラスは大急ぎでメルプラントの巨体を
天高くまで放り投げた。
『そりゃぁぁぁぁぁぁ!!』
キングゴジュラスの恐るべきパワーにより、メルプラントの巨体が数百メートル以上の
高さにまで舞い上がって行く。そしてキングゴジュラスは自身の胸部に装備された
スーパーガトリング砲の照準を上空のメルプラントへ向け…
『これでトドメだ!! スゥゥゥゥパァァァァガァァァァトリングゥゥゥ!!』
キングゴジュラスのスーパーガトリング砲から放たれた数千発の荷電粒子砲・超電磁砲・
レーザービーム砲の雨は…メルプラントの巨体を瞬く間に飲み込み…貫き…打ち砕いて
行った…………………。
「よし! 流石はキングゴジュラスじゃ!!」
「そ…そんな馬鹿な…樹神メルプラントが…人造物に敗れたと言うのか!?」
キングゴジュラスがメルプラントを倒した事により、トモエは思わずガッツポーズを
取り、逆に神は打って変わって弱気になっていた。だがここで…
「動くな! 我々は神界警察だ! 生界過剰干渉の罪により貴様を逮捕する!」
「な!? そ…そんな〜…。」
突然現れた警官っぽい格好をした男達に神は取り押さえられてしまった。どうやら彼等も
神々の一員で、また神々の世界にもルールと言う物があり、メルプラントの種を撒いて
惑星Ziを滅ぼそうとしたのは結局彼の独断かつ違法行為だったと思われる。
「ども! ご迷惑おかけしましたー!」
「そ…それはどうも…。」
神々の世界の警察と思しき男達はトモエに対して軽くお辞儀をすると共に、拘束した神を
引き連れ、天へ登って行った。その光景は流石のトモエも呆然と見送るしか出来なかった。
メルプラントは消滅したが…メルプラントによって失われたビューティフォレストの
自然は元には戻らない。神が生界に対し干渉しない事は、同時に救いも差し伸べない事を
意味する。しかし、それは生界に生きる者の可能性を信じての事だろう。人類は幾多の
戦乱や災害を受けながらもその都度復興を果たして来た。現にメルプラントの消滅した
ビューティフォレストの地面から一本の植物の芽が伸びていたし、生き残った人々が率先
して植林を開始していた。そしてキングゴジュラスに破壊され、飛び散ったメルプラント
の破片が新たな肥料として土地の養分となる。この調子ならば、後数十年を待たずして
ビューティフォレストの地は元の様な美しい森林を取り戻すに違い無い。
おしまい
定期age
☆☆ 魔装竜外伝第十九話「絶望の惑星Zi」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
エステルの記憶に眠る人物のことなど、ギルガメスが知る由もない。ドクター・ビヨー
の卑劣な追っ手に心をかき乱されながらも、弾き返す強さは着々と身につけていた。ヒム
ニーザらガイロス公国の援軍に、見え隠れする思惑を受け入れる余裕もある。
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
のたうつ群雲に絞り汁のような夕陽が溶け込み、今日の終わりを告げた。
地上では、命の営みがまだ続いている。夕陽と同じ橙色の焚き火が煌煌と辺りを照らす。
やがて灰に染まり、闇夜に溶け込んだ時、ここでも一日が終わる。
焚き火の上には、ポットハンガーに吊るされ吹き零れる飯ごうが三つ。湯気立てて泡が
滴る表面は、黒の塗装などとうの昔に剥げ落ちている。
男が二人、左右に立って鉄の吊るし棒を引き上げた。呼吸合わせつつ、思いのほか慎重
な手並み。
一人は卸し立てかと見紛う地味なカーキ色のパイロットスーツの上に、更に地味な濃緑
色のジャンバーを着込んでいる。
顔立ちは精悍、金色の頭髪は刈り込まれてこざっぱり。日中よりは伸びてきた頬や顎の
髭も、眩しい焚き火の炎に照らされたら全く目立たない。
もう一人は骨張らず線の細い顔立ち故、美少年と形容するのが相応しかろう。
派手なTシャツの上には黒の革ジャンバーを引っ掛けた。前方に投げ出した両足に合わ
せて、伸びるジーパンの細さが足の長さを一層際立たせる。
赤茶けた頭髪は掻き上げられる程度に伸びているため、整った目鼻立ちは髪をかき分け
決して自己主張を止めようとはしない。
男が飯ごうの弦から金属の棒を引き抜いている間に、美少年は地べたにしゃがみ込んだ。
ジーパンのポケットからハンカチを取り出し、飯ごうの蓋を開ける。
飯ごうの中身はよく透き通った金色のスープ。だが美少年はこれに手をつけず、飯ごう
の縁を鷲掴み。
縁を持ち上げれば、勢い良く吹き出す水蒸気。それと共に炊き立ての米飯の臭いが充満
する。美少年は胸一杯に吸い込み、それだけでご満悦だ。
気が早い美少年の行動に、男の方は呆れ顔だ。
「まだ蒸れてないだろう。焦ってんな」
「匂いだけだよ、に、お、い、だ、け」
一方、残る焚き火の上には三脚と山折型のパン焼き網が組み上げられた。三脚にはやか
んが、輪切りのバゲットが斜めに立て掛けられる。
男衆とは焚き火とパン焼き網を挟んで反対側には、折り畳み式の小さな椅子が三つ。
うち、一番左に座るのは彫り深き美女。白い肌が焚き火に照らされ眩しい。じっと焚き
火の向こうを見据える扁桃型の瞳は黒真珠色。
彼女の黒髪は、天辺で簡素に結い上げ残り髪を背中に垂らす。東方大陸伝来の白い着流
しをまとい、まさしく質素を旨とした女剣客の風貌。先程の男と揃いの濃緑色のジャンバ
ーを羽織ること自体は結構なミスマッチだが、それだけで彼女の清潔な雰囲気が薄まるこ
とはない。
着流しの美女は焚き火の向こうで繰り広げられるやり取りに目を細めていたが、一転、
焚き火を挟んですぐ手前に目を遣った。
そこには、やはり折り畳み式の小さな椅子が二つ。右は空席。左の者に視線が止まると
彼女は深々と一礼する。
「エステル、先に支度させてくれて申し訳ない。礼を言うぞ」
今まさに金属のコップにスープの粉末を振りまいていた目前の者。凡そ砂臭い野外には
相応しくない紺の背広を隙なく着こなすから、遠目には男性のように見えなくもない。
だがそれは思い込みも甚だしい。すらりと組んだ長い足は、それだけで浮かび上がるし
なやかな曲線が周囲に色気を充満させる。足から胸へと視線を移しても、曲線は伸び切る
ことなく絶妙な緊張感を維持し続けた。
緊張は面長の端正な顔立ちにまで登り詰めるに至り、最高潮に達する。切れ長の鋭い蒼
き瞳はサングラスの下に隠れてはいるものの、焚き火が黒いレンズの下からでも涼しげな
魔性を浮かび上がらせて止まない。肩にも届かぬ黒の短髪が時折のそよ風で微かに揺れて、
どうにか張りつめた空気を解きほどくのが救いか。
名前を呼ばれたこの女性は微笑みをたたえた。思いのほか容姿と声質には温度差がある。
「気にしないで。ご飯は蒸らす時間があるからね。
それにあの子もほら、時間掛かってるでしょう?」
彼女の向かい、着流しの美女を飛び越えざっと十数メートル程、先。
その方角は、林檎よりも赤いカーテンが完全に視界を遮断している。カーテンは勿論、
鋼鉄製。距離を離して目を凝らさないと、それが金属生命体ゾイドの畏まる姿だとは気付
くまい。
そのゾイドは言わずもがな、深紅の竜。腹這いの胴体だけでちっぽけな一軒家程、もた
げる頭と猫のように丸くなった尻尾を伸ばせば二軒分には容易に達する。
背中には胴体よりも広く嵐も凌げそうな桜花の花弁状した翼が二枚。それらの付け根に
割り込むように、煙突のような鶏冠が六本伸びる。
人呼んで魔装竜ジェノブレイカー。金属生命体ゾイドの中でも極めて荒々しい深紅の竜
は、この場ではやけにおとなしい。だが胴体に比べれば小顔の頭部を、決して地に伏せよ
うとはしなかった。レンズで覆われた赤く細長い瞳は、黒の短髪なびかせる男装の麗人と
その周辺にずっと釘付け。
一方、腹這う竜の胸元に抱え込んだ両腕付近では、何やらもぞもぞと灰色の布切れがう
ごめいていた。
布切れはパーカー。まとうのは小柄な少年だ。フードは被らないからボサボサの黒髪が
あらわ。円らな瞳はくるくると、ある時は目前に立ちはだかる赤い鎧に、ある時は頭上で
凛々しく伸ばす首へと向く。
彼ことギルガメスは、竜と比べるのが馬鹿げている位小さななりだが立派な主である。
少年は、自らの胴体程もある布袋を両肩にそれぞれ引っ掛けている。右は大分膨らんで
いるが、左は大分少ない様子。それでも彼が左の袋に手を突っ込めば、ジャラジャラと音
がした。
中から取り出したるは金属製の筒。陸上競技のバトン位はあるだろう。ゾイドの大好き
な油が詰まったカートリッジだ。
赤い鎧の隙間には、濃緑色の皮膚が見える(勿論身を守る上では十分硬い金属質だ)。
少年が適当な辺りで撫でてやると、ポロリと筒が出てくる。そこに少年が手持ちの分を挿
してやるのだ。 これだけ巨大なゾイドだ、油をがぶ飲みしたところで簡単には全身に行
き届かない。だからゾイドの全身には油を吸収する穴が隠れている。野生のゾイドは油の
溜まりに浸かって吸収するが、この竜の場合、しばしばその役目は主人である少年が負う
ところとなる。
少年は肩を鳴らすような仕草で、両肩のバランスを確認していた。もう大分、この巨大
だが可愛げのある相棒に油を与えてあげた筈だ。
何しろつい先程の激闘で、自分も相棒も大いに渇いた。腹が減った。……ドクター・ビ
ヨーの送り込んだ刺客はムラサメライガーら三匹の獅子。運動能力で競り合うゾイド三匹
を同時に相手にしては、消耗も又相当なもの。彼もどうにか生き延びた後の蒸留水たった
数百mlが、又しても美味しかった。
同じことは相棒にも言える筈だ。実際、いつもなら一本挿してやるごとにだらしない位
の鳴き声を上げるところ。
ところが今日の竜は、驚く程おとなしい。本心の告白は、丸めた長い尻尾の先のみを立
て、上品に振るだけに留めた。
健気な竜の仕草が少年にはいじらしく見える。だが苦笑を禁じ得ないのも確かだ。
何しろ竜達の十数メートル程先で焚き火に当たる者の内三人は、かの深紅の竜とその主
人らを一度は倒した手練の者。
金髪の男は「風斬りのヒムニーザ」と名乗る。元は宿敵水の軍団が雇った傭兵であり、
一時はギルガメスとブレイカーを死の淵にまで追い込んだ恐るべき実力者。
着流しの美女はスズカ。自身はゾイドに搭乗しないが剣の名手であり、常にヒムニーザ
の傍らに寄り添い彼を手助けする。彼女の剣技には体術自慢のエステルも相当な苦戦を強
いられたものだ。
そして赤茶けた髪の美少年はフェイ・ルッサ。ガイロス公国率いる特殊部隊シュバルツ
セイバーの一員である。ギルガメスらに近付き魔装竜ジェノブレイカー共々、祖国への拉
致を計った。やはりギルガメスに一度は苦杯を喫させた恐るべき若者である。
ヒムニーザとスズカはチーム・ギルガメスに敗れて後、投獄と引き換えにシュバルツセ
イバーに入隊した。フェイを加えた彼ら三人は公国の名門シュバルツ家の三男ヴォルケン
より密命を受けたのである。任務はチーム・ギルガメスの警護。
魔装竜ジェノブレイカーこそは旧ガイロス帝国が生んだ技術の結晶。即ち落ちぶれた同
国再生の手掛かりと言って良い。それ故にかつては拉致を企み、今度はヒムニーザらを派
遣した。
強敵による警護は、結局のところギルガメスらの拉致を全く諦めていないことを意味す
る。この深紅の竜が警戒を解こうなどという気持ちにならないのは当然だ。
……当然ではあるが、それにしてもこの竜が選んだいくつかの行動は神経質に過ぎた。
ギルガメスは餌を獲ってくるよう促したが、テコでも動こうとはしない。監視の手を緩
めるつもりはなさそうだ。
いつもなら竜を叱る女教師エステルも、今回ばかりは流石にすぐ諦めた。竜の態度は純
然たる忠誠心から来る。ここで安易に注意しては竜のやる気が削がれるというもの。
だから代わりに、すっくと立ち上がって手を振った。
「ギル、そろそろ!
ブレイカー、彼もお腹ペコペコよ?」
その名を呼ばれた深紅の竜は少々不満げに低く鳴いたが、納得はしている様子だ。
少年は竜の左腕、指の付け根辺りで油のカートリッジを交換している。これで全て終わ
りだ。それを見計らって竜は鼻先を胸元付近にまで近付けてきた。指関節を開閉して滑り
良さを確認すると、指先で鼻をこすり、両肩の布袋を掛け直した少年に近付けてくる。
感謝と少々ヒステリックな不安が入り交じったキスに、少年は快く応じてやった。
深紅の竜はZi人達の食事風景を始終、注視していた。
だが、監視の目はそれだけでは足りない。焚き火を飛び越えてずっと先にはかつて竜に
手傷を負わせた憎き強敵が二匹、控えている。黒衣の悪魔ロードゲイル、そして鋼の猿
(ましら)アイアンコングだ。
前者は茶色の羽を畳み、おとなしく腰掛けている。人造ゾイド「ブロックス」である以
上、感情に乏しい筈だがやけに風格のある佇まいが空恐ろしいものを感じさせる。
後者はごろりと横たわり、左腕を立てて枕にしている。竜と視線が重なっても勝手にし
ろと言わんばかりにそっぽを向いた。ふてぶてしい態度に竜はかすかに歯を噛み鳴らす。
そんなゾイドの思惑とは裏腹に、食卓は静かに時を刻んでいた。
師弟と三人は焚き火を挟んで黙々とパンをかじり、スプーンでかき込む。
ギルガメスは一口運ぶたびに周囲を見渡さざるを得ない。かつての強敵が援軍となって
現れたのさえにわかには信じがたいこと。当然ながら共に食卓を囲むなど想定できる筈が
ない。パンをちぎる自分の右手がかすかに震えていることに気付けただけマシか。
それに比べれば、左に座るエステルは何とも堂々としたものだ。平然とパンをちぎり、
かじり、プラスチックのコップに口をつける。その間に周囲を見渡す素振りさえ見せない。
これがきっと、場数と言う奴なのだろう。少年は、結局彼女に膠着した雰囲気の打開を願
うより他なかった。
皆の腹ごしらえが済んだ後、話しを切り出したのはやはり彼女である。
「まず改めて、ここまで……『忘れられた村』の近くまで来ることができたのはみんなの
おかげです。慎んで、お礼を言わせて下さい。ありがとう」
すっくと立ち上がった彼女。少年は慌てたが、真意はすぐに理解できた。すぐに追随す
ると二人並んで、深々とお辞儀する。
意外な丁重振りに、まあまあと金髪の男が手を上げた。
「まあ座ってくれ。俺達もエラい連中の命令で動いただけだ、気にすることはない。
それより、『忘れられた村』には具体的に何をしにいく?」
もっともな質問だ。一同は頷く。特に少年は円らな瞳を凝らして、この頭一つ高い女教
師の端正な顔を覗き込んだ。
周囲をちらりと見渡した女教師。おもむろに腰を下ろす。少年が慌てて追随する間に、
彼女は呟いた。
「リーダーに会いにいきます」
少年が座り終えるのと凝視を再会するのはほぼ同時だ。女教師エステルの蒼き眼差しは
力強い。サングラスの上から見てもはっきりと確認できる。
数秒の間を置いて、ちょこんと右手を上げた者がいる。フェイだ。
「エステルさん、それって……村に協力を仰ぐとか、そういうことですか?」
「協力を仰いで、匿ってもらったりというのはガイロスとしては都合が悪いんでしょう?」
女教師の逆質問。赤茶けた髪の美少年は図星の様子で頭を掻いた。
彼女は微笑みながらも首を左右に振った。
「いいえ。村が組織としてどの程度のものかわからないけれど、そういう目的ではないわ。
多分……この村のリーダーはかなり重大な秘密を握っている」
彼女の考えはこうだ。
タリフド界隈でのいくつかの証言から、村人はギルガメスのように額に刻印が浮かび上
がると見て間違いない。それ故に彼らは言われのない差別・虐待を受けた経験があると思
われる。
だが一方で、刻印が持つゾイドとのシンクロ能力は強大な軍事力たり得る。ゾイドなし
には暮らしてはいけないZi人であればすぐに気付く筈だ。
では何故、彼らが「村」と称される位に寄り集まったのに武装蜂起も何もしないのか。
「……刻印にはシンクロだけではない、何かもっと重大な秘密があるのかもしれないわ。
わざわざレアヘルツで覆われたタリフド山脈の向こうに、大挙して住み着いているのは
それを何とかして隠し通したいからなのでしょう」
エステルが一息ついたところでヒムニーザが口を開いた。
「つまりこういうことか? 村の連中は真実から目を背けたおかげで生き長らえた。
ギルガメス君は真実に近付いているから命を狙われる、と」
我が意を得たりとでも言いたげに、女教師は頷いた。
皆が会話している間に焦げ付いた薪が何本か、折れた。火の粉がその都度、ふわりふわ
りと舞い上がる。だが皆、それに視線を投げ掛けこそすれ、過敏に反応する者はいない。
着々と夜は更けていく。
ヒムニーザは立ち上がると元々高い背を一層伸びした。フェイも追随し、一斉にあくび
をする。この二人、容姿どころか髪の色さえも全く違うのに、だらしない仕草は兄弟のよ
うに瓜二つだ。
「明日も早い。さっさと寝るとするか……」
「エステルさーん、おやすみなさーい!」
この美少年、無闇に爽やかな笑顔は相変わらずといったところ。それに釣られてむっと
するギルガメスも相変わらずだ。しばし睨みつけると相棒のもとへと向かう。
最後に立ち上がったスズカ。太刀を小脇に抱え直すとエステルに問いかけた。
「お主ら、寝床は?」
「テントを張るわ」
「そうか。我らもだ、あの坊主を除いてな。
『ジンプゥ』は優れたブロックスだが、旅するにはコクピットが狭過ぎる」
ぼやく着流しの美女。成る程と、二人して微笑んだ。何日にも渡る持久戦の末、居住性
の悪さ故にパイロット自身が参ってしまった例は枚挙に暇がない。ロードゲイルは強いが
その辺は決して優秀ではないと言える。
二人が会話している最中、少年の声が聞こえた。女教師は立ち上がり、着流しの袖の向
こうを覗き込む。
深紅の竜は首のみ立てて腹這いのまま。只、両手で何かを囲んでいる。
よく見れば、エステルが搭乗する年代物のビークルを鷲掴みにしている。
その目の前で、ギルガメスは途方に暮れていた。
「ブレイカー、頼むから手をどけてよ……」
両手を合わせて頼み込む少年。
深紅の竜は首を左右に振って拒絶。
そこにエステルがやって来た。
「どうしたの、ギル?」
ようやくの助け舟だ。少年は口元をほころばせはしたが、しかしすぐに歪んだ。
「テントをビークルから出そうとしたんですけど、ブレイカーがビークルを……」
サングラスを掛けたまま、女教師はじろりと睨む。すると深紅の竜は、首を下げて丸ま
った。ビークルを抱え込んだ姿は大切な玩具を隠そうとする子供のようにいじらしい。
成る程と、女教師は何度か頷いた。
「ブレイカー、私達の寝床は?」
彼女の問い掛けを聞きつけるや、深紅の竜はすかさず首を起こし、右手をビークルから
離した。コンコンと、胸元のハッチを小突く。
女教師は吹き出しそうになった口元を押さえ、少年は見る間に顔を引きつらせた。
「成る程、彼ら(※ヒムニーザ達)に寝首を掻かれるのは御免だと。そういうことね?」
深紅の竜は甲高く鳴きつつ、首を大きく縦に振った。血相を変えたのは少年の方だ。
「ちょっと! ブレイカーの言いたいこともわかるけれど……」
女教師はニコニコ微笑みながら呟いた。
「代案は? ブレイカーが安心できるものを挙げてね」
少年は深々と溜め息をついた。深紅の竜が師弟を案ずる気持ちはよくわかる。大体、向
こうでそれぞれのゾイドの近くへ戻っていった連中は、かつて深紅の竜とその主人らを壊
滅の危機に追い込んだ奴らなのだ。竜が主人を目の届くところに確保しておきたいのは当
然と言えば当然である。
だから渋々と、少年は呟いた。
「消臭剤、撒いてきます。時間を下さい」
鋼の猿(ましら)アイアンコングは主人の帰還を目にすると早速尻餅をつき、右手を伸
ばした。
人が何十人も乗れる手の平に、飛び乗ったフェイ。頭部は手の平が近付くと頭蓋の上半
分が前からぱっくり割れた。単座を中心とした空間は美少年が長い両腕を広げても届かな
い位、だだっ広い。もともとこのゾイド、性能を存分に発揮するためには操縦者が二人は
必要とされる。それを敢えて端座で乗りこなす辺りが彼の力量だ。
長い足を伸ばした美少年。着席する。頭蓋が閉じる。暗い室内には電灯がともり、目前
には横に長いスクリーンが広がっている。と、画面上に開いたウインドウは瞬く間に映像
を拡大。
映し出されたのは依然腹這う深紅の竜の姿だ。その胸元で、ハッチの中から首を伸ばす
ギルガメス。するとエステルが近付き、中に入ろうとしているではないか。美少年は座席
より立ち上がり、ウインドウを指差した。
「あーっ!? 何だよそれ! ギル兄ぃのスケベ! 変態! ひょっとして二人はもう……」
わざわざスピーカー伝いで聞こえるように言うものだから少年は飛び出して怒鳴り返す。
「うるさいよ! 何でも下ネタに結び付けるな!」
すぐ隣でしゃがみ込む黒衣の悪魔ロードゲイルの足下では、この相棒の眼光を明かりに
テントを張る男女がやれやれとでも言いたげに見上げていた。
「お邪魔しまーす」
嬉々とした表情で乗り込んでくる女教師。背広のまま、小脇には寝袋とパジャマ代わり
の紺のジャージ、それに替えの下着や靴下を入れたビニール袋を抱えている。
魔装竜ジェノブレイカーのコクピットは単座式としては極めて優秀で贅沢な作りだ。室
内は全方位スクリーンを採用している関係上、半球に近い作り。しかも思いのほか広く、
両腕を広げてどうにか届く位。天井はエステル程の長身になると屈まなければ厳しいが、
平均的な体格の持ち主には全く問題にならない。
その上、操縦に直接関係ない部分で非常に装備が充実している。中央の座席下部には棚
が隠され、着替えや食料などを収納できる。短期間のキャンプ生活も決して不可能ではあ
るまい。
さてギルガメスは背筋がむず痒く、何とも落ち着かない。
コクピット内は彼が降りた状態で、洗浄液らしきものが噴出して汗や流血を洗い流しだ
か分解だかしてくれているらしい(その辺のテクノロジーは彼にもわからない)。今日も
入ってみればさっきの戦闘で滴った流血は雲散霧消しているが、そうは言っても所詮は男
の部屋である。
ハッチが閉まる。密閉するとハッチの内壁が全方位スクリーンの一部となって映像を描
画するが、少年はその目の前で消臭剤の噴霧器を後ろ手に突っ立っていた。
エステルは座席を挟んで左手に回ると靴を脱ぎ揃え、ゆっくり腰を下ろして正座を組ん
だ。その姿だけで、少年はハッと息を呑んでしまう。ピンと伸びた背筋に柔らかな腰つき
が被せられた姿は、妖艶な名刀の佇まい。ますますばつが悪そうにする彼に向かって。
「ギル、貴方も座って?」
少年は頭を掻くと、座席の右側に回って胡座となった。彼女の視線を避けるように身を
屈めると、座席の下の棚を開け、寝袋とおしぼり入れを取り出す。旅の前には事前に何本
か用意しておき、こういう水回りの不便な局面で使うのである。
「……先生、これ」
「ありがとう」
少年は座席の上におしぼり入れを置いた。銭湯の壁越しに石鹸でも渡すように。だが湯
煙もなく、武骨ながら特別高くもない座席を介したものだから、少年はつい魅入ってしま
った。
肌白き背中、肩、そしてうなじ。抱き締めれば両断を覚悟すべき名刀の曲線を帯び、切
先には面長な横顔が待ち構えていた。サングラスは既に外していたから、端正な造作が計
器類の輝きに照らされくっきりとシルエットを浮かび上がらせる。
黙々とワイシャツを、ズボンを脱ぎ、畳む横顔。
少年は吸い込まれるように蒼き眼差しを見つめていた。瞳には半ば惚けた初心な表情が
映り込んでいる。……例えようのない衝動が、彼の心臓を何度も小突いた。
息を吸い込んだ少年。そうしなければ彼の心臓が押し潰されるか、衝動が心をも小突き
回していたことだろう。
どうにか視線を外した彼は、ぷいと背を向けた。そのまま、極力身を屈めつつ上着を脱
ぎ始める。
一方、女教師は既に全身を紺のジャージで固めていた。足下には手際よく畳まれた背広
とワイシャツ、それにおしぼり入れや着替え済みの下着や靴下を突っ込んだビニール袋が
置いてある。寝袋を広げるとスルスルと潜り込んだ彼女は酒に酔っているかのように上機
嫌だ。右方に寝返りを打つと笑みを浮かべ。
「ギル、お休みー」
ところが彼女の端正な顔は見る間に不機嫌そうに変わっていった。
それもその筈、座席を挟んだ右手には、本来ならば愛弟子の寝顔がなければいけない。
今、そこにあるのは寝袋の尻尾だ。彼女は寝袋から両腕を伸ばすと尻尾をつかみ、問答無
用で弄る。
「何これ? ちょっとどういうつもり? 説明しなさいよ」
少年の無言の抵抗は呆気無く崩壊した。合成繊維越しながら足の裏を徹底的にくすぐら
れ、やむなく彼は身体を彼女と同じ向きに直す。
天井から見れば、座席を介して左に少年、右に女教師が寝袋を並べる、さしづめ「川」
の字のような光景。
再び上機嫌で横になる女教師。少年は如何にも迷惑そうな表情で、只、視線だけは合わ
せまいと床に反らしていた。
女教師は目的の達成に満足したのか天井を見上げると、ぽつり、声を漏らす。
「ギル、昼間の戦い方は良かったわよ」
声を受けて、少年は視線を戻した。端正な横顔に釘付けとなる。
女教師の口元はほころんでいたが、眼差しは力強い。
前話にて,少年主従はドクター・ビヨーの刺客ムラサメライガーに対し、徹底的に間合
いを詰めて攻撃を迫った。苦し紛れの反撃はことごとく潰し続け,敵の援軍が来るまでは
優位を守ったのだ。
「……技に,自信が裏打ちされた。これなら、剣を練習して正解だったわね」
「先生より恐い敵なんてそうそういないですから。それは自信もつきます」
愛弟子の思わぬ反撃。二人は顔を見合わせ,くすくすと笑い合った。室内に朗らかな雰
囲気が宿ったところで女教師は会話を再開した。
「頑張って,私から一本取ってよね。
強い心と確かな技で,その場の空気を完全に支配できるなら、どんな敵にだって負けや
しないわ。
じゃあ,お休み……」
少年は感銘を受けた様子で深く頷いたが,それまでに女教師は寝返りを打って仰向けに
なっていた。
(そうか、強い心と確かな技……。そして,空気を支配……)
彼も又仰向けに寝返ると天井に向かって「ブレイカー,お休み」と告げた。それを合図
に室内の光源はごく僅かな計器類を除き,あらかた消灯した。
深紅の竜は、自信の胸元で繰り広げられたやり取りを確認すると,ようやく大事な宝物
を隠すように顔を伏せ,尻尾を丸めてうずくまったのである。
(第一章ここまで)
【第二章】
エステルは暗い天井をぼんやり眺めていた。
決して寝付けないわけではない。今日は敵の追撃もあれば、意外な人物との共闘も実現
した。疲労は十分蓄積した。これで寝るなと言う方に無理がある。
寝付くに至らない理由は彼女自身,薄々と自覚していた。寝袋にくるまったままちらり、
右隣を横目で見遣る。座席を隔てて横たわる寝袋がもう一枚。
ギルガメスは既に深い眠りに入っているようだ。相変わらずそっぽを向いてはいるが,
寝息は思いのほか深く,敢えて寝顔を確認するまでもあるまい。
年頃の少女だった頃,友達はゾイドしかいなかった。だからきっと、仲の良い友達の家
に止まりにでも行く時,こういうふわふわした気分になったに違いないと想像がついた。
そこに思い至った時,急に彼女は,胸を締め付けられるような感覚に襲われた。郷愁な
どどこかに吹き飛んでしまっていた。
今,彼女と少年との間にどれ程の隔たりがあるのだろうか。座席一つで事足りるのか。
性別は,年齢は,経験は。いや,そもそも自分は何故この坊やと共に旅をする気になった
のか。
締め付けられた胸が地響きのように揺れ軋み,彼女は唇を噛んだ。零れる涙は誤摩化せ
ても,嗚咽まで誤摩化すことはできそうになかったからだ。
懸命に堪えたのが功を奏したのか,ようやく眠気が激情を覆い隠した。……かと思えば、
脳裏にはすすけた映像が徐々に鮮明と化していった。昨日(前話参照)に続いて,又もか。
エステルは寝袋から両手を出し,頭を抱えた。懐かしいが,思い出すには辛い記憶の断片。
ヘリック共和国の施設を脱出したエステル、そして魔装竜ジェノブレイカー(彼女は
「ブレイカー」と命名していた)。だが最高級の生きた実験材料を、むざむざ野に放つ共
和国軍ではない。彼女と竜に追っ手が迫る。
しかし執拗な追っ手はたまたま居合わせた……居合わせはしたが,最凶の共和国軍ゾイ
ドにも恐れを知らない人物の助力により,振り切ることに成功した。出会いが,彼女に幸
運をもたらしたのである。
最初に出会った時,彼はボロ切れをまとい,顔はヘルメットとフェイスガード、ゴーグ
ルで覆っていた。寒い夜空も凌げる重装備。それらを外すとボサボサの黒髪とやや骨張っ
た容貌、そんな目鼻立ちには若干不相応な円らな瞳が現れた。全体的に精悍な出で立ちの
若者だ。
エステルは若者に対しは名乗りこそしたものの,流石に氏素性を語るのには強い自制心
が働いた。不思議なことに,警戒心は特に感じてはいなかった(味方に見せかけた敵なん
て,そんな手の込んだ罠を仕掛ける場面ではなかろう)。
それより恐れたのは、語ってしまえば秘密を共有したことになる点だ。それによって彼
女を表沙汰にはしたくない共和国軍に命を狙われる危険がある以上,本来無関係な人物を
言葉一つで巻き込むわけにはいかなかった。
口籠りうつむく彼女に対し,若者は思案を余儀なくされた。そもそも、年頃の女性にど
う話しかけるべきかわからぬようで,子供のように首を捻る。捻った末に,彼はぽつりと
呟いた。
「村に、来ないか?」
陽射しが乱反射する荒野の下で,若き男女と,彼らを乗せた大小のゾイドはとぼとぼと
歩いていた。
深紅の竜は尋常ならざる脚力の持ち主である。ひとたび野に放たれさえすれば,ヘリッ
ク共和国軍の精鋭ゾイドでも容易には追いつけない。手の平に透き通った青色の二足竜バ
トルローバーを抱えたまま、竜は山を幾つか越える程の距離を、いとも軽やかに滑走した。
十分な距離を取ったと確信したところで,朝焼けが彼方に見えた。彼らは消耗を押さえ
るべく徒歩での移動と相成ったのである。だが眩しい朝日は思いのほか,彼らを疲労させ
た。黄色い輝きが唐辛子のように目にしみる。
全方位スクリーンはパイロットに負担をかけさせぬよう映像を補正するが,それが追い
ついていない。やむを得ずの彼女がコクピット内で手をかざしている内に,スクリーンは
その長い指では流石に収まり切らないなだらかな丘陵を映し始めた。
丘陵には余り背丈の高くない広葉樹と古びた土塀の民家がまばらに立っている。当然の
ようにふもとにはゾイド溜まりと鎖につながれた小型ゾイドが、途中には幾重にも組み敷
かれた塹壕が見える。
村人の多くは貧しい農民だ……スクリーンに広がるウインドウ越しに,若者は説明した。
丘上のわずかな畑を耕しつつ,時折野生ゾイドを狩ってはそれを売って生活していたのだ。
彼はあの晩もご多分に漏れず,狩りに出ていた。
さて帰還した若者を待ち受けていたのは歓待と,猛烈な冷やかしであった。村人は彼が
自分たちが住む民家よりも余程大きな深紅の竜を引き連れてきたことに感嘆した。だがそ
の胸元から神々しいまでの美少女が現れるや、溜め息と少々下卑た視線が若者に集中した。
「彼奴はゾイドどころか嫁まで狩ってきた」
「狩ってきたってことは花嫁泥棒か、これはけしからん!」
氏素性の追及はさておいてやたらと二人を結び付けようとする住民の声にはさしものエ
ステルも若者も閉口した。特に彼女にとって、思い描ける未来など明日しかない。それも、
任務か,訓練か,それとも休息か。その程度である以上、冗談半分に花嫁など言われても
答えようがなかった。
一方若者は冷やかしなど適当に受け流し,早々にキャンプの中にエステルを引っ張って
いった。
この時,彼女は気が付いた。……若者は、自分より頭半分程も低い。
だが握り締める手の平は分厚い。肩も背中もがっしりとしている。いや骨格や皮膚・筋
肉以上に、掴んだり,掴まれたりしたらほっと落ち着いてしまいそうな不思議な雰囲気が
背中から滲み出ていた。彼女はいつしか,若者に負けじと早歩きでついていったのである。
さて村の中央、結局は深紅の竜の体格には及ばないが、それでも周囲に比べれば一番大
きな民家の門。中から顎ひげを蓄えた老人が現れた。エステルは一目見ただけで村長だと
理解できた。
若者は老人に,狩り場の向こうの森林に共和国軍の施設があることを伝えた。そしてエ
ステルを,共和国軍にかどわかされたのを抜け出してきたと紹介した。村長は若者の言葉
に一々首肯した上で,彼とエステルに告げた。
「お嬢さん,あんたさえ良ければこの村で暮らしてみては如何かね?」
鋭い眼差しを丸くしたエステル。共和国軍に追われる自分は疎んじられると思っていた
からだ。
「なあに,困ったときはお互い様じゃよ。
気が引けると言うなら,水汲みを手伝ってはくれんかのう。お嬢さんのゾイドならそれ
位,朝飯前じゃろう?」
エステルは数秒程沈黙したが,すぐに首を縦に振った。厚意を実感するのにそれだけの
時間が必要だった。
翌朝、深紅の竜は森林の上空すれすれを滑空していた。元々奇妙な格好で取沙汰されが
ちなこのゾイド,今日はとりわけおかしい。全身至る所にドラム缶が括り付けられている。
両腕は言うに及ばず,桜花の翼にも,頭や背中の鶏冠にもだ。
村のある丘陵を下り,もう一つ先の山を越えると大きな湖があるという。バトルローバ
ーのような小型の二足竜なら往復で半日は掛かる距離を,村人は毎日行き来して水を汲ん
でくるそうだ。
地球人が聞けば何とも馬鹿げた話しと思うだろうが,巨大な金属生命体ゾイドが跳梁跋
扈し、挙げ句に恒常的に戦乱に明け暮れていた惑星Ziでは、水道や道路などといったイ
ンフラが呆れる程育たなかった。この村にしても水を汲める場所を押さえてあるだけマシ
と言うべきだろう。
さていつしかエステルは、全方位スクリーンの中でさえ澄んだ水の香りとひんやりとし
た気候を感じ始めていた。相棒が備える様々なセンサーが反応し,それをシンクロによっ
て彼女に伝えているのだが、こうも爽やかな感覚はかつて感じた覚えがない。
そんな時,スクリーン越しに声が届いた。竜の両手の平に乗った若者からだ。彼の指差
す方角を見て,エステルは溜め息ともつかぬ声を漏らさざるを得ない。
森林の先に開けてきた湖は,そう呼ぶには余りに広過ぎた。昔演習で見た浜辺に印象が
近い。只,水面は波打たず、遠方の山が鏡のごとく映り込んでいる。海と比べれば余りに
静かで,彼女自身声を出すのをためらった。
深紅の竜はそんな主人の心情に配慮するように,砂利の水辺を踏みしめるようににそっ
と着地した。まず爪先で砂利の表面に立て,徐々に足裏、踵を降ろしていく。石ころ同士
が擦れ、潰れる音が何秒も続いた後、竜は恭しく腹這いになった。
若者は一足先に竜の手の平から飛び降りた。続いて胸部ハッチが開く。本物の陽射しは
スクリーンよりも遥かに眩しく,エステルは溜まらず手をかざした。そのまま竜の手の平
に移り,砂利を踏みしめる。
ふと、そよ風がなびいた。彼女の長髪を揺らし,昨晩村人の厚意で譲り受けた男物のブ
ラウス,ジーパン(彼女の背丈に合う女物がなかった!)を突き抜けていく。
傍らでドラム缶を降ろしていた若者と竜は,不意に聞こえてきたすすり泣きにギョッと
なった。若者は慌ててエステルの真っ正面に回り込み,その様子を頭上から竜が見下ろそ
うとする。
エステルは長い指で顔を覆っていた。涙の脱出はそれでは収まらず,手の平から容赦な
くこぼれ落ちていく。若者は混乱の様相を隠せない。年頃の若い娘が流す涙にしどろもど
ろになりながらもひとまず深呼吸。彼なりに言葉を頭の中で選び,息継ぎして切り出した。
「ど、ど、どうしたんだ? 何か嫌なことでもあったのか?」
エステルは首を横に振ると覆っていた両手を外した。只,目許は何度も両手の甲でこす
りながら。
「嬉しかったの。外の世界がこんなに奇麗だったなんて……」
若者は何度も頷いた。彼女が受けた仕打ちはわからないが,それでも若者が日頃見慣れ
ているものにさえ心動かされてしまう程、閉じ切った世界で生きていただろうことは間違
いあるまい。
彼は深呼吸を繰り返し,掛けるべき言葉を一つ一つ選んでいった。
「奇麗なところは他にも一杯あるさ。今度,俺が色々なところに連れていってやるよ」
エステルも又,何度も頷きを返す。若者はほっと胸を撫で下ろすと彼女の両肩をポンと
叩いた。
「そういえば水浴び、していくんだろ? 俺はブレイカーと一緒に水を汲んでいるから、
そっちで……」
左に首を向けて促した。ふと額に手の甲を当てるとじんわり汗ばんでいることがわかる。
彼にとって異性との会話は難易度においてゾイド猟を遥かに上回った。だが異様なスリル
はここで終わらなかったのである。
若者は,エステルが左方に向かってそちらで服を脱ぐとばかり思っていた。深紅の竜が
間に入って衝立てとなればこちらからは何も見えない。それで全て事足りると思っていた
から,次に彼女がとった行動に仰天した。
彼女は,何ら躊躇することなく身にまとうブラウスのボタンを外している。目の前に起
きた出来事は余りに唐突で、若者は声も,我も見失った。……彼女の胸がはだけたかと思
うと早々にブラウスが翻る。真っ白な肌と年齢以上に発達した乳房が露になったところで、
若者は両腕をかざしたまま,素っ頓狂な声を上げた。
「ば、馬鹿馬鹿馬鹿! 何やってるんだよ!」
エステルは急に大声を上げた若者の真意がまるで理解できないらしく,不審げに首を傾
げた。
「何って……服を脱いでるのだけど」
「そ、そういうのって、好きな人の前でしか見せちゃあいけないものだろう!?
彼氏とか彼女とか,親兄弟とか……」
彼女は切れ長の瞳を大きく見開いた。
「……そういうものなの?」
「そういうものなの!」
若者が言い放つと,彼女は何やらひどくしょぼくれた様子でうつむいた。雰囲気の変化
に気付いた若者は,ようやくかざした手の平の隙間から彼女の面長な顔立ちを見つめる余
裕を得た。依然,それより下に視線が流れる誘惑から懸命に耐えながらではあるが。
彼女はうつむいたまま呟きを続けた。
「ごめんなさい,迷惑だった?
施設では,毎日の身体検査の時も見張られていたから……」
ああ成る程と,若者は珍妙な格好のままどうにか合点がいった。だが、ふと気が付いた
ことがあって,にわかに後悔の念もこみ上げてきた。……もしかして,自分が「お前は大
事な奴じゃあない」と言っているように聞こえてはいまいか。若者は慌ててフォロー。
「め、迷惑だなんて,そんな! そうじゃない、そうじゃなくって……。
俺達、出会ったばかりだろう? 好きとか嫌いとか,まだ全然わからないよ。
そういうのはもう何年かしてから決めても遅くはないだろう?」
目隠ししながら,一気にまくしたてる。
彼女は若者の懸命な語り口を聞くに及び,再び瞳を大きく見開き,やがて優美なつり目
を作り上げた。
「わかったわ。今は,隠すようにするわね」
そう告げるなり,彼女はブラウスを右手に引っさげ踵を返し、すたすたと竜の首の下を
くぐり抜けていった。黒の長髪がそよぎながら後に続く。やけに気分良さげなステップを
背後から見つめ,やれやれと若者は尻餅をついた。
一方,深紅の竜は自分の首の下をくぐり抜けていく美少女を見送ると、若者に鼻先を近
付けてきた。気遣うように,ピィピィと小さく鳴いてみせる。若者は疲れ切った表情のま
ま気丈に微笑んだが、少々口元が引きつり気味だ。
(『今は,隠す』ってどういう意味で言ってるんだ……)
エステルにもこの若者にも想像のつかない未来が開けてきたのは間違いない。
こうしてエステルと深紅の竜ブレイカーは村の水汲みを任されるようになった。もっと
もこのゾイド程の体躯では余りに容易く,数日おきにやれば事足りる仕事だ。そこで暇な
時には買い出しや届け物の手伝い,それに畑を耕したりと様々な仕事に狩り出された。そ
のいずれもがこの竜には簡単で……なのに,村人達は必ず感謝の言葉をかけてくる。
深紅の竜はこんなにも沢山感謝の言葉をもらった記憶はなかった(かつては敵からも味
方からも憎まれ口ばかりを叩かれたゾイドだ)。だからそのたびに尻尾を振り,時には村
人達にまで鼻先を近付けてきた。
そんな竜の愛嬌を傍らで眺め,エステルは微笑んだ。こんなにご機嫌な相棒の姿にはお
目にかかった覚えがなかったからだ。
穏やかな日々はエステルにも訪れた。この日を境に,何も仕事がない時は若者と二人で
遠出するようになった。山を,川を,付近の村を見て回ること。それだけで彼女は幸福な
気分になれた。広がる世界に感動し,それを手伝ってくれた若者に感謝した。彼の前では
彼女の鋭い眼差しも穏やかになれたのだ。お互いがお互いを意識し合うのは時間の問題で
あった。
エステルは頭に添えた両手をそっと外した。頭痛は少し落ち着いたようだ。
(あの人は,私に外の世界を見せてくれた。未来を,与えてくれた……)
寝袋に入ったままごろりと右を向き,隣を伺う。相変わらずそっぽを向いたまま寝入る
愛弟子。彼が立てる深い寝息には聞き覚えがあった。……それだけではない。
(顔つきも,体つきも,あの人に似てきている。赤の他人の筈なのに……)
頭痛と睡魔の相乗効果でぼんやりした蒼き瞳。幻影を,追いかけるように左手を右に伸
ばす。座席が邪魔だが,それさえ越えてしまえばあの人は目の前だ。
長い指がギルガメスの方に触れようとした時,熟睡していた筈の少年は軽いくしゃみを
した。エステルの背筋は凍り付いた。慌てて左手を引っ込める。
やがて暗いコクピット内に再び寝息が聞こえ始め,彼女はほっと一息ついた。と同時に,
寂しげな微笑みを隠せない。……かつて若者がしてくれたように愛弟子の未来を切り開い
てやった時,その先には何が待っているのだろう。暗いコクピット内に慣れてしまった眼
差しと同様に,彼女にはよく見えているのかもしれない。
さて翌朝,清々しい青空の下でエステルは生あくびをした。口は押さえても間抜けな吐
息はよく聞こえる。
深紅の竜は恭しくビークルを両腕で抱えている。その機上で彼女は腕組みし,右手を頬
に添え、自嘲気味の溜め息をついた。背広の内ポケットをまさぐって,折り畳み式の手鏡
を取り出す。……少々,瞼が腫れぼったい。年甲斐もなくはしゃいだ結果がこれだ。
さて深紅の竜と残り二匹は黙々と,迷路のような岩山の連なりを縫うように歩いていた。
大体ゾイドのスペックを額面通りに受け取ると馬鹿を見るものであり、この場面でもそれ
は言えた。これだけ入り組んでいると竜の脚力は無意味だし,黒衣の悪魔ロードゲイルが
得意な飛行しての移動などは目立ち過ぎる。のんびりとした徒歩での移動は半ば必然では
あった。
どのゾイドも,どことなくそわそわしている。エステルの頭上は影が被ったり陽射しが
入り込んだりと落ち着かない。これは単に入り組んだ地形だけが理由ではなかった。
「レアヘルツが近いようね……」
如何なるゾイドも浴びれば発狂する、それがレアヘルツだ。次元の異なる脅威を恐れる
のは当然と言えた。
不意に,コントロールパネルがアラームを鳴らす。発信源は彼女のすぐ後ろ。エステル
は首を傾げながら端末に触れる。
埋め込まれたモニターに映し出された愛弟子の表情は冴えない。眉間に皺を寄せ,額に
手を当てている。昨晩はなんだかんだと不平を漏らしつつも熟睡していた筈だが……。
「どうしたの、ギル?」
「頭が,重いんです」
エステルは目を見張った。愛弟子は小さななりだが頑健だ。それに仮病の類いは一切使
ったことがない(大体,家出までしてゾイドウォリアーを目指した少年が自分の選んだ道
に背を向けたりはしないものだ)。
「風邪でも引いたのかしら?」
「わかりません。熱も測ってみたけれど平熱だったし……」
ちょっと待っててとエステルは声を掛け,立ち上がる。背後を向くのと竜の胸部ハッチ
が開くのはほぼ同時だ。竜の腕伝いにハッチへ乗り込む。
内部のギルガメスは侵入者の顔を見て心なしか表情が緩んだ。エステルは愛弟子を座席
に固定する拘束具を持ち上げると、額や頬,首筋の辺りを入念に撫でる。手触りに,彼女
はますます首を捻った。体温も平熱,腫れている風でもなく、冷えていたりひどく汗をか
いていたりという風でもない。
「レアヘルツの危険区域までもうすぐよ。それまで操縦はブレイカーに任せなさい。
着いたら『ゆりかご機能』。消耗は押さえた方が……」
言い掛けた時,警告音が鳴り響いた。全方位スクリーンの左方にウインドウが開く。
師弟の視線は釘付けとなった。鳥瞰図には無数の光点が,深紅の竜達を示す白い光点を
包囲しつつある(恐らく百以上はある)。だが光点はいずれも奇妙に小さい。顔を見合わ
せた師弟。
今度は右方よりウインドウが開かれた。ヒムニーザだ。
「気付いてるよな? 熱源は人ばかりだ。どうやら……」
師弟は頷いた。辺り一帯の地勢に詳しい連中だろう(この時点で「忘れられた村」の住
人なのか断定しかねるが)。レアヘルツ発生地帯が控えている以上,迂闊にゾイドを起用
すれば巻き添えを受けるかもしれないからこその作戦であろう。
ならばと、ギルガメスはしかめっ面ながらも姿勢を正す。
「エステル先生,会って話してみますか? それとも……」
そう言い掛けた時,破裂音が数度、谺した。竜は透かさず胸部を覆う。短めだが頑丈な
竜の腕は金属音など反響させなかったが,辺りの岩だか土だかが鈍い音を立てているのは
容易に聞こえた。
やれやれとでも言いたげに,エステルは両手を上げた。
「一応,話し掛けてはみるけれど……強行突破の時間稼ぎにしかならないかもね?」
半開きとなった胸部ハッチ。中からそろり,抜け出したエステル。竜もそれに呼応し右
の前腕を伸ばし,架け橋を作る。
銀の爪の隙間からビークルに乗り移ると,つぼんだ爪は花咲くように開いた。
すっくと立ち上がったエステル。腕を組み,片膝立てて。
「いきなり威嚇射撃なんて,それが遠方よりやってきた者に対する挨拶の仕方なわけ?
……『忘れられた村』の方!」
朗々たる響き。もっとも内心、ビークル単騎でこっそり侵入しようとしている者が言う
台詞じゃあないけれどねと彼女は舌を出していたのだが、それも束の間。
再び響く破裂音。彼女は咄嗟にしゃがみ込んだ。後を追うように竜の爪が盾となって覆
い被さる。
岩と岩の隙間から,怒鳴り声が谺してきた。
「『ギルガメスよ! 成功者は,去れ! 災厄の源は,去れ!』」
前者はギルガメスが同じ刻印の持ち主ながら、ゾイドウォリアーにもなり結果を出した
ことに対する妬みの気持ち。後者は……少年らが水の軍団に追われているから、巻き込ま
れるのを恐れて言うのだろう。彼は溜め息をつきかけ,慌ててそれを呑み込むと頭を軽く
小突く。
(聞き流せ,ギル。聞き流して次に打つ手を考えよう)
鋼の猿(ましら)が,黒衣の悪魔が、竜と背中合わせになるように陣形を組んだ。きょ
ろきょろと周囲を見渡す。
アラームとともに,ビークルのコントロールパネルにはフェイが鼻を鳴らしたげな表情
で映し出された。
「エステルさん,どうします? こいつら、正気の沙汰じゃあない。
弾痕を確認した限り,連中が撃ってるのは只のライフル銃ですよ……」
彼の声とともに,映像が送られてきた。鋼の猿(ましら)が辺りの地面をひと睨みして
撮影したものだ。成る程,岩肌に彫り込まれた弾痕の大きさは握り拳程もなく,深く抉ら
れてもいない。
エステルは目を丸くした。ゾイドを銃で狙い撃つなら、最低でも対ゾイドライフルを使
わなければ話しにならない。威嚇とは言え,それすら使ってこないというのはセオリー無
視どころの話しではなかろう。連中は物資がないか,そうでなければどうしようもない只
の素人だ。
「……ギル,気分は?」
話しを振られた愛弟子の答えは一つしかない。
「大丈夫です。我慢できます」
エステルはギルガメスの表情をモニター越しに確認すると,一安心した様子で微笑んだ。
多少無理はしているようだが,今までの戦いと比べたら遥かに落ち着いている。
「このまま待機しましょう。あっちが本当に素人なら,調子に乗ってどんどん近付いてく
るわ。そうしたら……」
連中を岩山もろとも飛び越える。あとはレアヘルツの危険区域ギリギリまで一気に近付
いて,ビークルで侵入だ。そうなってしまえば機動力で劣る連中は簡単には引き返せまい。
果たして光点は、彼女が話している間にもふらふらと近付いてきた。皆がモニターを,
ウインドウを凝視し、レバーを握り始めたその時。
不意にぐらぐらと,地響きが聞こえてきた。
地震かとギルガメスは訝しんだが,そうでないことは鳥瞰図がはっきりと示していた。
竜達三匹と村人らしき歩兵との間に広がる平地の部分に,うっすらと浮かび上がった赤い
輝き。徐々に色濃くなると共に,平地にくっきりと地割れが走った。
「先生! これ、まさかゾイドの熱源……!?」
「そのようね。地中を掘り進んでるみたいよ」
めきめきと音を立て,岩盤が隆起。そして砕けた。揺れは激しく、さしもの三匹も身構
え、踏ん張って転倒を防ぐ。竜はビークルをがっちりと握り締めたが、その中でさえエス
テルの身体は派手に揺れた。……揺れながらも彼女はモニターを凝視し、この唐突な闖入
者の観察を止めない。
もうもうと撒き上がる埃。粉々になった岩盤が辺りに飛び散り、現れ出たのは漆黒で塗
り固められた竜の頭部だ。だがその大きさたるや、上下の顎だけで深紅の竜の胴体程はあ
るだろう。びっしりと並んだ牙に至っては一本一本が爪の長さに匹敵する。
ギルガメスは勿論、彼の味方達もこの竜の頭部に既視感を感じていた。真っ赤に輝く眼
差しを分厚いガラスが覆い隠した風貌たるや、かの深紅の竜にそっくりではないか。
深紅の竜にそっくりで且つ、胴体並みはある頭部。そんなゾイドがいるとするなら、ギ
ルガメスがハイスクールの授業で勉強した「あれ」しか考えられない。
「デスザウラー!? なんですか……?」
「デスザウラーよ。はったりでも何でもない、正真正銘。
何でこんなところにいるのかわからないけれど……」
漆黒の竜の頭部は両陣営に牽制でもするかのように、きょろきょろと周囲を見渡した。
丁度時を同じくして。
岩山の連なりだけを見ればギルガメス一行の現在位置と大差ない風景が、ここにも広が
っていた。
その隙間を縫うように,一匹の二足竜がトボトボと歩く。炎掌竜アロザウラーの白き装
甲は長旅故かすっかり薄汚れていた。
突如,銃声が鳴り響いた。薄汚れた二足竜はそれに反応することもできない。銃弾は対
人用だったようで,二足竜の鋼鉄の肉体は傷一つ着かない。だが甲高い金属音が反響する
と,二足竜はそれきりピタリと,歩行を止めてしまった。
二足竜はおもむろに腹這いになった。下顎まで地面に着けると上顎を覆う曇りが駆った
キャノピーが開く。中から現れた男も又いつも通り白い功夫服を身にまとってはいたが,
すっかりよれよれだ。上顎が左に傾き,それと共に男は飛び降りた。蒼白の頬には生気が
まるで感じられない。やがてふらふらとよろめき,倒れ込むように土下座した。
「盗賊の方,どうかご堪忍下さい! 私めは無一文の身。
既に食料も尽き,これなるゾイドまで奪われてはどうすることもできません……」
男の声が辺りに響き,静寂に呑み込まれた。しばしそれが続いた後,岩山の上から何人
か滑り降りてきた。十を構えたまま男の前に一斉に群がる。皆,ボロ切れをまとい顔や頭
をタオルで覆い隠している。
「盗賊ではない,安心なされよ。
それより、ここが何処か承知しているな?」
一人の問いかけを受けて,男は顔を見上げた。長い頭髪に隠れてはいるが,額には大き
な十字傷がついているのが確認できる。
「もしや……もしやここが『忘れられた村』への入り口……!?」
「そう、その『もしや』だ。
貴殿も刻印がもとで迫害を受けたようだな……」
男は感極まって泣き崩れた。
「はい……はい,左様でございます。
額に刻印が浮かび上がってからというもの,周囲は私を化け物扱い。
額を傷つけ掻き消しても化け物扱いは止まず,ここまで逃げてきた次第にございます……」
「あいわかった。表を上げられよ。
我らは刻印がきっかけで迫害を受けた者を受け入れる準備がある」
「ははっ、ありがとうございます……」
男は狂喜し,一目もはばからず泣き続けた。
向こうで,地響きが聞こえた。それと共に,とある岩山の壁面がふすまのように開かれ
ていく。中には,これが大自然の中に隠されていたとは到底考えにくい,金属の光沢で彩
られた床や壁が広がっている。この薄暗いが艶やかな地下道路はアロザウラー程度の体格
なら一度に二、三匹は侵入できる規模の代物だ。
数人が先導し,二足竜が後に続く。
上顎のキャノピー内では功夫服の男……水の軍団の刺客・拳聖パイロンが泣き顔のまま、
内心してやったりとほくそ笑んでいた。
(卑しいものだ,迫害された者のみを受け入れようとするから付け入る隙を与える)
男は足下を見遣る。……中身の詰まった麻袋が一枚。表面が脈動している。
(エクスグランチュラ72共よ,行け)
声は全く聞こえないが,麻袋の中身は十分,呼応した。拳程もある蜘蛛がたちまち数十
匹もワラワラと這い出してきた。キャノピーの隙間をくぐり抜け,二足竜の身体を伝って
地面に降り立っていく。
キャノピー内のモニターには無数の光点が散らばっていった。不思議なもので,鳥瞰図
は現在地点付近しか映し出さない。これもレアヘルツの効果か,それともこの薄暗い道路
の壁面を構成する金属故か。
(それもこれも,我々が出口に到着すれば解決することだがな)
蜘蛛のある一匹は,二足竜の後ろ姿を追いかけるように立ち止まった。他の数十匹は群
れと悟られぬように散開している。だが数百メートルも二足竜が進んだ頃には再び別の一
匹が立ち止まった。まるで、目印をつけるかのように。
奇妙な動きをする鋼鉄の蜘蛛達。拳聖パイロンの秘策は一体?
(第二章ここまで)
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【第三章】
ギルガメス一行と謎の歩兵達との間に割って入るように、地の底から現れた漆黒の竜デ
スザウラー。かつてのゼネバス帝国、ガイロス帝国では聖獣として祀られたこのゾイド、
「最後の大戦」決着と共にヘリック共和国軍によってことごとく安楽死させられたとされ
ている。
だからこそ、何故こんなところに現れたのかがわからない。
ヒムニーザは金髪を掻いて唸った。
「フェイ、俺は外様だが一応はガイロス国籍ってことになってる。どういうことか説明し
てくれねえか」
質問された本人もお手上げの様子だ。
「馬鹿を言わないでくれよ。デスザウラー一匹確保できただけで、祖国の技術力はどれだ
け跳ね上がると思ってるんだ? そうなったらブレイカーを拉致しようなんて、考えもし
ないよ。
そんなことより、もっと大事なことがあるんじゃあないの?」
フェイの質問返しにヒムニーザは今一度、モニターの先にうごめくゾイドを睨まざるを
得ない。
「ああ、そうだな。こんな訳のわからんゾイド、一体誰が操ってるのか……
エステルさんよ、あんたの見解は?」
「今、連中が教えてくれるわよ」
彼女はそう呟きながらビークルの座席に深々と座り込んだ。両腕君で余裕綽々。只、眼
差しは厳しくモニターを見つめている。
(殺気が、感じられないわね……おや?)
ビークルがブレイカーの巨大な爪で囲われているのにリアルタイムで映像を見ることが
できるのは、このゾイドが目にした映像を受信しているからである。映像はエステルに奇
妙な印象を与えた。乱れなどは特にないが、やけに左右に傾くのだ。
「ギル、画像がさっきからフラフラ傾いてるけれど大丈夫なの?」
「わかりません。只、さっきからシンクロが妙な感じで……」
こちらはちゃんと画面が動かずに表示されたギルガメスも、首を捻っている。
「妙な感じ?」
「はい、なんだか落ち着かないんです。ブレイカーが戦う気分じゃないみたいな……」
師弟が話し合っていると、不意に傾きっ放しの映像が固定された。視線は一歩下がり、
岩山の頂上付近を映し出した。
岩山ではボロ切れをまとった者達が何人か、身を乗り出してきた。エステルは首を捻っ
た。連中は、彼らにとって唯一に近い「地の利」を否定する行為を何故あっさりやっての
けてしまうのか。だがそんな疑問は連中の口走った言葉によってあっさり氷解した。
「デッちゃん! メナー先生! 邪魔するのは止めてくれ!」
漆黒の竜に与えられた愛称に、さしもの「蒼き瞳の魔女」も吹き出すのを余儀なくされ
た。デスザウラーだからデッちゃんなのか。随分と親しみ深い聖獣もいたものだ。
デッちゃんと呼ばれた漆黒の竜は岩山に向けて威嚇するように大きく顎を開くとひと咬
みした。それだけで、辺りの空気が痺れるように震えた。岩山の連中もギルガメス達も一
斉に耳を塞ぐ。
「馬鹿者、お主ら狭量にも限度というものがあるぞ」
音声は漆黒の竜の頭部から響いてきた。一喝を済ますと同時に、竜はゆっくりと、首よ
り舌を地面から引っ張り上げた。……その巨体とは裏腹に、まるで蛇のようにしなやかな
動き。全身を包み込む装甲も蛇やトカゲのようにウロコが幾重にも連なり、柔らかな印象
を与える。一方で手足の爪は金属の光沢で鈍く輝き、やはりこの竜も戦闘機械獣ゾイドの
一種だと伺い知れる。
やがて陽射しに晒された巨体。ギルガメスは溜息を漏らした。竜の頭部を目線で追って
いくうちに、全方位スクリーンの天井付近まで見上げていた。すぐに首を下げてみたら映
し出されたのは腹部辺り。どうやら竜の体格は相棒の倍程もある。
漆黒の竜は猫背気味の姿勢からおもむろに腹這いへとなった。それと共に頭部を覆う装
甲が鼻っ柱を起点に二枚貝のように開いた。
中からひょっこり顔を出したのは頬のこけた老人だ。毛糸の帽子を被り、地味だが清潔
な茶色のセーターを着用。膝上にはカーキ色のトレンチコートを被せて暖をとっている。
この老人の相棒が頭部の左側面に手を添えると、ゆっくりだが比較的しっかりとした動作
でコクピットを跨ぎ、乗り移った。
老人はコートを翻すと深紅の竜をじろりと見上げた。温和な表情だが、眼光の鋭さ加減
はかの女教師に勝るとも劣らない。少年は目を見張った。見るからに戦闘とは無縁な風体
でもこのような眼差しを放つことができるのか。
一転、老人はにっこり微笑むと言葉を紡いだ。
「魔装竜の主人よ、良かったら少しだけ、君の相棒のわがままを聞いてみては如何かね?」
話しかけられた当人は目を丸くした。会話を切り出されることも想定はしていたが、内
容はその範囲を越えていた。
「エステル先生、あのおじいさん、ああ言ってますけど……」
「殺気は感じられないわ。私が注意してるから……」
深紅の竜はビークルをそっと地面に置いた。機上のエステルは岩山の方をキッと睨みつ
ける。牽制の眼光は効果十分、ボロ切れをまとった連中はそれだけで足下がすくんだ。
ギルガメスは師の安全を確認してから、両手をレバーから離す。するとどうだ、相棒は
小走りに駆け出した。目標は腹這う漆黒の竜。岩山から聞こえるどよめきを余所にピタリ
と左側面に着けると、ピィピィと甲高く鳴いて、漆黒の竜の眼前に鼻先をしきりに近付け
てきたではないか。
二匹の竜はまるでつがいか親子であるかのように意気投合した。互いの鼻先を、頬をこ
すりつけ合う。しかし哺乳類なら仲睦まじい光景もやっているのは金属生命体だ。まるで
激しい格闘戦のような轟音が辺りに響き渡る。師弟も仲間も、岩山の連中も一斉に耳を塞
いだ。
只一人、漆黒の竜の主人らしき老人だけは手の平の上でからからと笑っている。
「姿かたちは違えどもゾイドじゃのお。遺伝子同士は惹かれ合うようじゃ」
エステルは轟音の中でも老人の言葉を聞き逃さなかった。ゾイドについて、それなり以
上に知っている。烏合の衆を一喝した人となりと言い,様々な話しを切り出すに値する相
手だ。
一行はこの不思議な老人と彼の相棒……「デッちゃん」こと漆黒の竜デスザウラーの後
に付き従うこととなった。
最初に案内された岩山の連なりは、一見して先程までと大差ない風景に見えた。ところ
が漆黒の竜が正面に立つと、突如鉱石を引きずる音と共に、岩肌がふすまのように切り開
かれたではないか。
ふすまの向こうはどっぷりと深い暗闇が広がっている。覗き込み目を凝らすと、壁も床
も鋼鉄で覆われた廊下が緩やかな下り坂となって、奥まで続いている。深紅の竜どころか
かの「デッちゃん」も背を屈めさえすれば楽々と進める廊下だ。Zi人如きが一目で視界
に収められる筈もない。
漆黒の竜は目を眩しく輝かせ、ゆったりとした調子で闇の奥を先導する。そのすぐ後を
深紅の竜が鴨の雛のように小走りで追随。珍妙な後ろ姿を、残るビークルと二匹の主人が
苦笑しながらついていく塩梅だ。スピーカーに届く笑い声にギルガメスは少々むっとした
が、この見かけによらずシャイな相棒の心情を考えたらやむを得ないと思っていた。
さて目前の光景に対して、ギルガメスは強い既視感を抱いていた。如何にも第二第三の
竜や魔女が眠っていそうな得体の知れない雰囲気が奥から伝わってくる。もう二年程も昔
のことだが、レヴニア山脈の地下深くに眠る遺跡での出来事が記憶の底から甦るようだ。
不意に全方位スクリーンの左下にウインドウが開いた。SOUND ONLYの表示と共に、
老人が話しかけてきた。
「タリフド山脈の地中深くには、この手の地下通路が幾重にも張り巡らされておる。壁面
はレアヘルツも完全遮断する未知の金属製じゃ。もっとも、全貌は儂とてまだまだわから
ぬことだらけじゃがのう」
ウインドウが開いていたもののすぐ右隣りにも追加された。エステルの表情が映し出さ
れる。
「村の人達は、自由に行き来しているのですか?」
「自由というわけにもいかんよ。これだけ広ければ簡単に迷う。
それに、ゾイドなしでの移動は厳しかろう?」
もっともな話しだ。だがと、エステルは思った。彼女が眠っていたレヴニア山脈の遺跡
には移動用のビークルを始め、様々な設備が整っていた。それらが動いていない(少なく
とも活用されていない)ということは、設備の大半が眠っているか死んでいるかといった
状態ではないだろうか。
ゾイドでの歩行とは言え一時間か、そこらか。それ位は歩いた末、ようやく登り坂を歩
き始めると、前方より扉を開く地響きと共に、太陽光の眩しい差し込みが届いてきた。
再び陽射しを浴びた一行は次々に溜息を漏らした。緩やかな斜面がふもとまで行き着く
と辺りには民家が密集しており、それを輪で囲むかのように麦畑が広がっている。その又
更に外周は一面の荒れ地だ。麦畑だけでも人よりは大きな3S級ゾイドが散見できるから
相当な規模だ。更に荒れ地を耕したら結構な農地に化けるであろう。惑星Ziにおいては
農地確保が深刻な問題であることを考えると、この辺り一帯は絶大な可能性を備えている。
何しろ邪魔となる野生ゾイドは、レアヘルツのおかげで一切侵入できないのだ。
老人の住居は集落から大きく外れた荒れ地に構えられていた。古びた木造の一軒家だ。
すぐ近くに漆黒の竜がうつ伏せに丸く寝そべった。それを見た深紅の竜も丸まり寄り添っ
たものだから、さしものギルガメスもコクピット内で溜め息をついた。ゾイド相手に嫉妬
するというのは余り覚えのない経験である。
住居内に案内された一行。玄関をくぐり抜けると応接間が広がっており、中央に長机と
ソファが設置されている。ソファには師弟が着席。残り三人はすぐ後ろで折り畳みの椅子
が用意された。鉄格子で覆われた窓の外にはすっかりおとなしくなった竜二匹が見える。
奥から出てきた老人は人数分のティーカップを盆に乗せてきた。立ち籠める湯気。女性
陣二人は匂いを嗅いで男性陣に安全を知らせる目配せをした。それ自体は誠にさり気ない
仕草であったが、老人は察しが良かった。
「さっきのようなことがあっては疑われてもやむを得まいな。申し訳ない。
自己紹介がまだじゃったな。メナーと申す。少しは、学問の心得があるつもりじゃ。
ギルガメス君、君の活躍は儂もテレビでよく見ておるよ」
それを聞いて、少年の表情は幾分晴れた。深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「儂でも知っている上に将来有望な君が、こんな僻地の『忘れられた村』を訪れたという
のか……」
「それは……」
ちらり、左隣りに座るエステルの様子を伺う。彼女は力強く頷いた。メナーと名乗った
老人は察しも良ければ度量もある。様々な疑問をぶつけても問題はなかろう。それに、彼
女は愛弟子が自ら説明しようという意志を抱いていることが嬉しくもあった。
女教師の頷きを確認して、少年は改めて畏まる。
「メナーさん、僕は……『刻印』のことが知りたくて、ここまで来ました」
ギルガメスは過去の出来事を話し始めた。……ジュニアトライアウトを不合格になった
こと、家出してレヴニアまで辿り着いたこと。ブレイカーとエステルに出会ったこと、今
は追われている身であること。決してしゃべることの得意ではない少年が懸命に、言葉を
選んで語り続けた。ゾイドバトルのように体力を消耗するわけでもないのに、いつしか額
には汗を浮かべていた。
一部始終を聞いたメナー老人は腕を組み、考え込んだ。辺りに重苦しい雰囲気が漂う。
「……儂の、若い頃の話しを少ししよう。今から五十年以上も昔の話しじゃ」
老人はティーカップに手を触れた。濃い紅色の茶に映り込む眼差しに、遠い過去の記憶
が見えるのか。
「新米の科学者に過ぎなかった儂は、Zi人の進化について研究を続けておった。
儂らの先祖に当たる古代ゾイド人は、刻印を使ってゾイドとシンクロすることができた。
究極的にはコクピットなど使わず、思うがままにゾイドをコントロールできたのじゃ。
現在の我々Zi人は、刻印を持たない。何故かはわからぬが、退化してしまったような
のじゃ。
しかし、Zi人がゾイドとの共生なしに、ここまで文明を発達できなかっただろうこと
は間違いあるまい。そこで我々の体内に眠る刻印を呼び覚ますことができるなら、今まで
以上の発展が望めるのではないか……そう、儂は考えていた。
じゃが当時は『最後の大戦』の真っただ中にあった」
当時、民主主義による天下統一を目指すヘリック共和国と諸外国との戦争は激化の一途
を辿っていた。所謂「最後の大戦」である。
惑星Ziにおける戦争は、ゾイドの開発競争でもある。だが行き過ぎた開発は、しばし
ばZi人の手に余るゾイドを誕生させた。それが原因で多くの国家が滅亡した。共和国で
さえもそういう危機を何度も被ってきた。
「そこで誰かが考えたのじゃ。必要なのは最強のゾイドではなく、どんなゾイドでも完全
に制御し、極限まで能力を発揮できる『最強の兵士』ではないか、とな。
儂らは共和国軍に徴用された。一刻も早く刻印の力を呼び覚ます方法を見つけ出せ、見
つけ次第兵士に適用し、最強の兵士を作り上げろ。……それがお上の厳命じゃった。
お恥ずかしい話しじゃが、悪い気はしなかった。環境は良かったよ、予算など学府の何
倍も用意されたしの。それに、儂らが頑張って最強の兵士を作り上げることができたなら
戦争は早く終わるとさえ、考えていた。
……そちらの金髪の方。貴方、人造刻印が額に埋め込まれてるね?」
尋ねられたヒムニーザはハッとなって額に手を当てた。
「これがわかるのか、爺さん……」
「大体の理論はその頃出来上がっておったのじゃよ。手術痕に気付けば見ただけで、わか
る。こういう人工的な方法も多数、模索されておった。
しかし幸か不幸か、研究半ばというところで『最後の大戦』は終わった。
戦争が終わるとお上は手の平を返した。刻印に関する研究は隠匿された。儂らの生命こ
そ保証されたものの、研究は共和国政府の厳正な監視下に置かれることとなった。……何
故じゃと思う?」
ギルガメスは首を傾げつつ、呟いた。
「やっぱり……危険な力だと判断したからですか?」
「まあ誰もがそう考えるところじゃろうな。刻印を持つ戦士はそれだけで十分、脅威じゃ。
しかし実際はそれだけでは済む話しではなかった。
共和国政府は、民主主義が根本から揺らぐのを恐れていたんじゃ」
もしZi人に「ゾイドとシンクロできる者」と「できない者」の二種類が存在すること
を共和国政府が認めてしまったら、身体の特徴・能力などによる決定的な差異が存在する
ことを認めることになる。Zi人にとってゾイドは切っても切り離せない関係にある以上、
この差異を黙殺できる者はそう多くあるまい。
「連中は打てるだけの手を打った。
既に刻印の力を備えていると看做された者は幽閉され、極秘裏に始末されていった。
ゾイドウォリアーを志願する学生にジュニアトライアウトを課し、試験用のゾイドに封
印プログラムを仕込んだのもこの頃じゃよ。刻印が覚醒する可能性のある者は、大概ゾイ
ドを操るのにも手慣れておる。ウォリアーなど最高の職業じゃろう。そこで志願者の中で
引っかかった者を「不合格」に処した。一方、学生でなくとも受験できる通常のトライア
ウトは志願者にゾイド持参を義務づけさせる。こうすることで長期間、若者をゾイドから
遠ざけさせて覚醒を妨げたのじゃ」
師弟は顔を見合わせた。リガスの村で封印プログラムを施されたゾイドに出くわした時、
エステルが立てた仮説はこれではっきりと裏付けされたことになる(第十五話参照)。ギ
ルガメスがジュニアトライアウトを不合格に処されたのも共和国政府の仕組んだ段取り通
りに過ぎなかったのだ。
「流石に儂は行き過ぎを感じた。国民に何も知らせず、訳のわからない理由で始末された
り、将来を閉ざされたりしてしまうのじゃからのう。何か行動に打って出なければいけな
い、そう考えたのじゃが……決意は簡単に折れた」
そう呟くと、メナーは被っていた毛糸の帽子に手をかけた。
するりと降ろされた帽子の下には禿げ上がった頭頂と、額に巻かれた包帯が露になった。
メナーは更に包帯をほどいた。その下には鋭利な刃物で斬り付けたような傷が幾重にも刻
まれているではないか。
「何度傷をつけても、ゾイドに接すると浮かんでくるようになった。罰が当たったんじゃ
なぁ……」
一同は息を呑んだ。中でもギルガメスは素っ頓狂な声を上げた。
「浮かんだんですか!? 何故……」
「全てのZi人に刻印が覚醒する可能性があるかどうか……そこまではわからん。じゃが、
少なくとも儂には可能性があって、それが目覚めてしまった。
何しろ儂は研鑽を積んだ学問の性質上、沢山のゾイドを乗りこなしてきたからのう。ギ
ルガメス君、君のようにジュニアトライアウトを志願する学生とそう大差はないよ。後は
切っ掛けだけじゃ」
ギルガメスは嘆息を漏らした。……何故自分の額に刻印が浮かんだのか、全て理解した。
理解した上で、自分の思い描いた夢に、歩んできた道に掛けられた「業」の鎖が、今やも
がいても決して振りほどけぬ位に彼を雁字搦めにしている事実に対し、投げ掛けるべき視
線の種類がわからなかった。ジュニアトライアウト合格のために奮闘したこと、不合格に
諦め切れず家出したことは、かけがえのないゾイドと大切な女性に出会う切っ掛けとなっ
たが、同時に生涯決して終わらぬだろう修羅の道に足を踏み入れた挙げ句、とっくの昔に
後戻りできぬところまできてしまったのだ。
メナーは今一度ティーカップに口をつけ、喋るのを休めた。心なしか、カップの中を覗
き込む時間が長くなっている。
「逃げ出した儂は流れるまま流れてタリフドに辿り着いた。自暴自棄のままタリフド山脈
を徒歩で登り、遭難した儂を救ったのが『デッちゃん』じゃった。あの子は儂を古代ゾイ
ド人の遺跡に、そして山脈を越えたこの辺り一帯に案内してくれた。ここには儂同様に刻
印が覚醒してしまい、さまよった挙げ句ここに流れ着いた者がいたんじゃ。
それで儂は決心した。生きている限り、この地に留まって儂ら同様に政府から逃げてき
た者を受け入れていこうとな。
さて最初の十数年ばかりは辿り着いてきた者もそこそこ、おった。じゃが、それも徐々
に減っていった。幸か不幸か、政府が芽をことごとく潰したおかげで、刻印の覚醒した者
自体、減少していったようじゃ。いつしか刻印は架空のものと看做されるようになった。
……ギルガメス君、君が刻印を開けっぴろげにしても誰も問題にしないじゃろう? もっ
とも、先程の馬鹿者どもはそれが我慢ならなかったのじゃろうが……」
少年は頷いた。彼の刻印はファンの間ではちょっとしたはったりと認識されている。地
方によってはこれによってヒーローとも、又悪役とも扱われるわけである。裏を返せば
Zi人にとってそれだけ刻印が縁遠い存在になったのだ。迫害を知っている者からすれば
妬ましい話しかもしれない(何より、彼は成功者なのだ)。
メナーが一息入れたところで、挙手した者がいる。ヒムニーザだ。
「気になることがあるんだが、良いか?
爺さんの話しの中に、出てこなかった奴がいる。……ドクター・ビヨー、爺さんはこい
つについて何か知らないか?」
彼の言葉に、老人の眼差しは見開かれた。
「ビヨーは、儂の弟子じゃ」
老人を除く五名は一斉に互いの顔を見合わせた。騒然たる雰囲気は老人も容易に察した。
「有能じゃった。儂がこのようなことにならなければ後継を任せるつもりじゃったよ。
……成る程、ビヨーがお主の額に人造刻印を埋め込んだわけか」
「五年程前、俺は東方(大陸)の共和国軍で雇われていた。負傷した俺に、軍の研究者だ
った彼奴が話しを持ちかけてきたのさ。無料で、しかもブロックス一匹のおまけつきさ。
なあ、妙な話しじゃあないか? 爺さんの話しだと共和国は刻印の存在をこの世から抹
消したがっている。だが共和国内には、ビヨーみたいな奴も平然と活動しているんだぜ?」
応接間は再び静まり返った。……メナー老人の話しだけなら状況は案外シンプルだ。極
端な話し、共和国は「刻印が目覚めた者は皆殺し」を目指している。しかし共和国内では、
刻印絡みの研究を積極的に押し進めているドクター・ビヨーが暗躍しているのだ。相反す
る二つの思想が並立する理由は何なのか。
「ひょっとして……共和国の上層部は分裂状態にあるのかもしれないわね」
エステルがいつものように右手で頬杖をつきながら呟く。隣りのギルガメスは彼女の思
慮に期待した。
「どういうことなんですか?」
「簡単よ、連中は刻印の扱いを巡って二派が対立しているのよ。メナーさんの話しを念頭
に置くなら刻印『皆殺し』派と、ビヨーが属する刻印『利用』派ってところ……ああ、も
しかしたら!」
エステルは不意に頬から手を離した。
「『某国の』……」
「『B計画』!」
ギルガメスが、他の者が一斉に声をついた。「某国のB計画」かつて少年に立ちはだか
った水の軍団の刺客が皆、口にした言葉だ。連中は少年らを葬らなければ阻止できないと
言っていたではないか。
「つまり上層部の分裂を隠さなければいけないから『某国』と伏せられたわけですか……」
「そう。分裂が発覚したらそれだけでもまずいし、『何が原因?』という話しにも及ぶわ。
……刻印の話しは、ばらせないでしょう?」
ギルガメスは腕組みして頷いた。自分が何故ここまで追い立てられるのか、腑に落ちな
い部分が大分落ちた思いだ。追跡者は余りにも強大だったのだ。だがそうなると、ますま
すわからないことがある。
「じゃあ……B計画って一体何なんでしょうか。僕を捕まえて『B』みたいな変態女まで
駆り出してきて、おまけに水の軍団は何とかして阻止しようとしている。僕でなければい
けない理由って、一体……」
又、室内が静けさを取り戻した。面子は腕を組んだり頬杖をしたりして首を傾げる。そ
の間にメナーは目前のギルガメスに対しじっと視線を投げ掛けている様子だ。それに少年
自身が気付いた瞬間、老人は口を開いた。
「ところでギルガメス君。手洗いは、大丈夫か?」
「え? あ、あの……」
実のところ、全然問題はない。だがゾイドウォリアーが手洗いと言われて躊躇すること
はあり得ないだろう。試合中に催しでもしたら大変なことになるからだ。(もしかしたら
行った方が良いのかな?)そう、思案せぬわけがなかった。
「ギル、先に済ませておきなさい」
そこにエステルが追い討ちをかけた。それだけではない。
「フェイ、お前も大丈夫か?」
ヒムニーザが今まで話しの輪に入り辛くしていた弟分に切り出してきた。少年の背後で
はあからさまに目配せをしている。
「あ、ああ……ちょっと行きたいかなって考えていたところ。ギル兄ぃ、一緒に行こうぜ?」
「玄関を出て、ぐるりと一周すればあるからの。ゆっくり済ませてきなさい」
背丈の高いフェイに付き添われながら、ギルは玄関を出た。出ながら振り返り、エステ
ルに目配せする。女教師は笑顔で右手を振った。左手が背広のズボンを鷲掴みにしていた
のは少年には見えなかった。
足音を耳にした大人達は胸を撫で下ろす。やはり話しに入り辛かったスズカが(とは言
っても元々出しゃばるのを嫌う女性だ)耳を澄ませ、眉間に軽く皺を寄せる。
「大丈夫です。メナーさんの仰った方角へと向かってます」
「それは良かった。……エステルさん、すまなんだな」
メナーは軽く咳払いした。その僅かな時間の間にも、エステルは少々身を乗り出してい
た。両手で背広のズボンを鷲掴みにしながら懸命に自制しているのがはっきり見て取れる。
「お願いします。B計画とは、一体?」
「ビヨーが加担しているとするなら、B計画とは……」
手洗いはメナー宅の裏側、勝手口の隣りに設置されていた仮設トイレだ。ギルガメスも
遠征時にレンタルするので見覚えがある。「忘れられた村」と言われるだけあって、水道
などは引かれていないようだ。
そのすぐ近くで彼は背伸びをしていた。結構な時間、話しを聞いたから身体が凝った。
不意に手洗いの内側から、戸を叩く音が聞こえた。ギルガメスは早速寄ってみる。
「どうしたの、フェイ?」
「ごめん、もうちょっとだけ待っててくれよ。長旅のおかげで便秘気味でさー」
「構わない、ゆっくりでいいよ」
すぐに出て来れないとしたらどうせそんなところだろうと、ギルガメスは考えていた。
只、言い訳していた当の本人は便器(形状は地球の洋式便器とそう大差ない)に蓋をした
ままその上に腰掛け、じっと腕時計型の端末を睨んでいた。液晶画面には時刻が映ってい
る。五分か、十分か。それくらい引き延ばせば事足りるだろうか?
(悪いね、ギル兄ぃ。でも爺さんのあの様子じゃあ、結構厄介な話しみたいだぜ……)
まさか内緒で話しが進められているとも知らず、ギルガメスは小さな身体を持て余して
いた。ふと、今日はまだ剣の練習をしていないことに気が付いた(できる余裕はなかった
が)。彼は両手を握って柄を夢想し、縦に横にと振りかぶった。
そんな時、不意に額を衝撃が襲った。頭の奥で地響きするようだ。ギルガメスの足はも
つれた。
「何だこれ、朝の時より重いぞ……」
両手で頭を抑える。転倒しての強打は避けねばなるまい。片膝をつき、よろめきながら
うずくまった。
予定の時間を消化したフェイは慌てふためいた。トイレから出てみたらよもやギルガメ
スがうずくまっているなど、想像できる筈がない。