自分でバトルストーリーを書いてみようVol.27

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1気軽な参加をお待ちしております。
「銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。 
 長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
 平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
 おりなすドラマはまだまだ続く。

 平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
 そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
 歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
 されど語り部達はただ語るのみ。
 故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。」

気軽な参加をお待ちしております。
尚、スレッドの運営・感想・議論などはこちらで行ないます(※次スレに移行している場合があります)。

"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその2

http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1161403612/l50

スレッドのルールや過去ログなどはこちらです。投稿の際は必ず目を通しておいて下さい。

ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/
 少年は肩を落とした。涙を流す気力さえとっくの昔に失せている。今までは己と愛する
者にのみ危機が及んでいた。それが今回は対戦相手にまで及んだ。陰湿化する水の軍団の
手口。チーム・ギルガメスは対抗できるのか?
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは仕掛けられた罠の大きさに絶句するのかもしれない。
 気をつけろ、ギル! 近付いてくる、宿命の足音…。
 次回、魔装竜外伝第十五話『見えざる包囲網』 ギルガメス、覚悟!」

魔装竜外伝第十四話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)前スレ249-262 (第二章)267-277 (第三章)278-289 (第四章)290-303、本スレ2
魔装竜外伝まとめサイトはこちら ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
現在確認されている限りでは恐らく唯一人の心を持つロボットであると言える存在、
“SBHI−04 ミスリル”は何でも屋“ドールチーム”を経営していた。
そして既に一度死んでいるのだが、ドールに憑依してまだこの世に留まり続けている
幽霊の少女“ティア=ロレンス”(10歳以下で死亡したので、あれからかなり経過した
現在もそのまま)と、通常の生態系とは異なる生命体、すなわち神や悪魔や妖怪と
呼ばれる存在を遥か外宇宙から調査しに来たけど、闇雲に探し回るよりも何故かそういう
連中との遭遇率の高いミスリルと行動を共にした方が遭遇しやすいと悟ってドールチーム
入りした、まるでドールの様に整った顔をした異星人の少女“スノー=ナットウ”
(異星人である事以外が謎)の3人でゴミ拾いから怪ゾイド退治まで様々な仕事を承って
いたのだが、今回はこんなお仕事だった。

「今回も覆面Xさんの依頼と言う事なんですけど…詳しい話は指定された場所でって事
なんですよね。一体どんな仕事なんでしょう…。」
「またロクでもない依頼かもしれないのよ〜。」
「どっちにしても依頼ならばこなすのみ…。」
ミスリルの知り合いに“覆面X”と言う謎の覆面怪人が存在する。彼は良く仕事の依頼を
持って来るのだが…今回の仕事も彼の依頼だった。そしてミスリルは特機型ギルドラゴン
“大龍神”に、ティアはジェットファルコン“ファントマー”に、スノーはハンマー
ヘッド“エアット”へそれぞれ乗って超音速で指定されたポイントへ急行していたが…
「見えてきましたよーって…ゲェ―――――――――!!」
指定されたポイントに存在したある物を見た時ミスリルは思わず叫んでしまった。
そこにはなんと要塞型のギルタイプが多数並んでおり…しかもその中心には要塞型
ギルタイプの数倍は巨大かと思われるキロメートル級のギルタイプも存在したのである。
「アワワワワ…オラは見てはいけねぇ物を見ちまったぜよ…。」
余りにも衝撃的な光景にミスリルは本来の口調さえ忘れてしまっていたが、とりあえず
説明させて頂くと、ギルタイプと言う奴は大きく分けて二種類が存在する。まず一つは
元祖ギルベイダーの延長線上に位置する一個の機動兵器としての戦闘力を重視したタイプ。
ミスリルの大龍神がそうであり、後述する要塞型と差別化する為に“特機型”と呼ばれて
いる。そして二つ目は数百メートル級の超巨大移動要塞として建造されたタイプであり、
“要塞型”と呼ばれている。ミスリル達が覆面Xに指定されたポイントにはその要塞型
ギルタイプが多数並んでいたのだが…さらにその上を行くキロメートル級の超々巨大
要塞型のギルタイプとは一体何者なのであろうか…。
「まったくこんなに要塞型揃えて一体何するつもりなんでしょうかね〜? 世界征服の
お手伝いでもしろって事なんでしょうかね〜。」
とりあえず要塞型ギルタイプが多数並んでいる地点の上空を旋廻しながらミスリルは
呆れてしまっていたが…そこで覆面Xからの通信が来たのである。
『おお来たかミスリル君! とりあえず中心の一番大きなギルタイプに着艦してくれ。』
「覆面Xさん…。分かりました。あの一番大きな奴で良いんですね。」
覆面Xが指定した着艦ポイントとは要塞型ギルタイプの中でも一際巨大なキロメートル級
の超々巨大要塞型ギルドラゴン。もはや大龍神が豆粒に見えてしまう程巨大で、“大”龍神
の意味が無くなってしまうんじゃないかと思えてしまってミスリルもさりげなく泣きたく
なっていたのだが…とりあえずお仕事だからと涙を飲んで指定ポイントに着艦した。

「スペースホープ号にようこそ。」
着艦して早々にミスリル達を出迎えたのはいかにも戦艦の艦長風の風貌をしたナイス
ミドルな男だった。おまけに何故かパイプを銜えている。
「私はスペースホープ外宇宙移民船団の総責任者の“スペンリー=スモコ”です。」
「え!? 外宇宙移民船団!?」
余りにも意外な展開にミスリルは思わず大声を上げてしまうワケだが…
「まさかあれだけの要塞型ギルタイプを用意したのは…。」
「そう! 外宇宙へ乗り出す為ですよ。」
「なんと…。」
確かに要塞型ギルタイプが元々そういう方向へ使われるはずだった事をほのめかす内容の
文献などが若干残っている事はあるのだが…まさか本当に外宇宙に乗り出そうとするなど
ミスリルには信じられない事だった。
「なるほど…スペースホープとは“宇宙への希望”と言う意味…。でも…本当に外宇宙に
行くつもりなんですか!?」
「そうです。ですからその為に私達はあれだけの多数の要塞型ギルタイプを用意し、
また乗り組み員達も外宇宙探査などの訓練をして来たのです。」
どうやらスペンリー達は本気で外宇宙に乗り出すつもりらしかった。確かにスノーが
言うには惑星Ziには既に千年以上の大昔に地球と言う異星文明からの移民を受け入れた
と言う歴史があり、かつ現在使われている技術の大半は地球人が持っていた物の応用発展
に過ぎないし、現存する人類もまた地球人との混血が多数存在すると言う話はミスリルも
聞いていたが…まさか惑星Zi側でもその地球人の様に外宇宙へ乗り出そうとする者が
出るとは衝撃的な事だった。
「で…まさか私達もその移民船団に参加しろとか言うんじゃありませんよね?」
「いやいや違うよミスリル君。」
そこでスペンリーの背後から覆面Xが現れて説明してくれた。
「君達にしてもらいたい仕事はこのスペースホープ外宇宙移民船団が宇宙に乗り出すまで
の護衛。何しろ外宇宙へ乗り出す為とは言えこれだけの要塞型ギルタイプが用意されて
いるんだからね。きっと事情を知らない者からすれば世界征服でもやらかすんじゃないか
とか勘違いする者も現れるだろう。故にその勘違いして妨害してくる輩を駆除するのが
ミスリル君達の今回のお仕事なんだよ。」
「あ…なるほど…そういう事ですか。私達もここの人達と一緒に外宇宙に行けとか言われ
たらどうしようかと思いました。」
ミスリルはホッと胸を撫で下ろした。でも確かに初めてミスリル達がスペースホープ
外宇宙移民船団を見た時、あまりの要塞型ギルタイプの数に本当に世界征服でもやらかす
のかと勘違いした物だ。なら他にも勘違いして攻撃してくる連中がいても可笑しくない。
特に自分達こそ世界の警察だと思ってる大国クラスになればなおさら…
「一応こちら側も特機型ギルタイプをはじめとする艦載機を多数所有しているが…
どれも外宇宙へ乗り出す為の最終調整に入っていて殆どが動かせない状態なんだ。
故に今攻められたらやばい。だから君達に協力を頼んだんだよ。」
「あらら〜…要塞型のみならず特機型まであるんですか?」
「凄いのよ〜。」
確かに格納庫を広く眺めると大龍神と同様に特機型のギルタイプがあれよあれよと
並んでいた…が…どれもメカニックマンが彼方此方調整に奔走しており、中には
装甲や武装が全部外された状態の物もある為、確かに今からの出撃が可能な機体は
殆ど無いと言えるだろう。もっとも、出撃出来たとしてもやっぱりパイロットは
生身の人間なんだろうから大龍神程の性能は出せないのだろうが…
「とりあえず貴方達の護衛任務は引き受けます。ですが…私達三人だけで護衛する
なんて事は無いですよね? これだけの規模の移民船団ですから…妨害するにしても
何個師団分の戦力が投入されてくるか分かった物ではありませんよ。」
「大丈夫だよミスリル君。他にも色んな所から護衛の為に傭兵を引き抜いて来てるし、
いざとなればこの私もジェノブレイカーで出撃する!」
「あ…さいですか…。」
覆面Xは力強くそう答えていたが、何故かミスリルはちょっと嫌な予感を感じた。
7Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 20:44:52 ID:???
「解せないな……まるで理に適わない布陣だ。狭所防衛戦の利点は、戦場を限定すること
で数の不利を封じられる点にあるというのに」
 ヴィクター・シュバルツバルトの疑念は当然のものであった。

 騎士は各々が分散し、迷路のように入り組んだ地下水路のあちこちで待ち構えているら
しい――というのが、囮役となった本隊からの情報だ。
「さっきからそれを言うの、もう三度目ですヨ。考えられる罠の可能性は全てあなたが
挙げたんじゃあないですか。この期に及んでまだ心配なことでも?」
 四基の翼を背負い、秀麗な柄の細工が目を惹く槍を手にしたデッドボーダーが、彼の隣
に並んでいた。搭乗者――暫定政府議長の影武者であるヴォルフガングは、ヴィクターの
懸念に呆れた様子を隠そうともしない。
 しかし今は、この男に何を言われようと、その力を利用しなければならない。彼自身の
力では、GX-00――アーサーを倒すことなど不可能なのだから。

「その機体ならば、対ゾイドトラップなどものともしないだろうな。しかし後続の部隊は
違うぞ。彼らはそいつのように空間障壁など展開できないし、乗っているのは子供だ」
 彼らが率いている50機のゾイドによる部隊。それら全てが、特殊部隊『星光の鎖』から
選抜された能力者の機体である。
「消耗を抑えるのは、用兵の基礎とすら呼べない大前提ではないのか」
「ええ、そうですねェ。ただ、それは駒となる兵士に人権があれば……の話でしょう」
 かつては自ら強化人間の研究などしていたヴィクターですら、歯に衣着せぬこの男の
発現には鼻白んだ。いくら二人の間でしか聞こえていないとはいえ、ヴォルフガングは今
『公然の秘密』である暫定政府の暗部を暴露してみせたのである。

 “ギルド”の解体によって行き場をなくした能力者らを引き取り、衣食住を提供する
代わりに、その圧倒的な力で暴動などの鎮圧に当たらせる。やることは前任者と同じだ。
 だが、どちらにせよ異能を持って生まれた子供たちは、なんらその命を保障するもの
なしに戦場へ向かい、使い捨てられる立場であった。否、“ギルド”にとって彼らは商売
道具だったが、暫定政府にあってはまさに代えの効く兵器でしかない。
 ゾイドという兵器に想像を絶する力を付加する、パーツの一つ。
8Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 20:47:47 ID:???
 それでも彼らは政府の庇護を恃むしかなかった。最低限の生活ができる環境は、この
時代では得がたいものであったし、そもそも帰るべき家や彼らを待つ家族も残っていない
ような子供の方が多かったのだから。

「能力者への反感がこれ以上高まると、彼らを登用している政府もそろそろ危ないです
からねェ。ここらで一つ、『能力者はそれなりに役立つ』ってことを示しておかないと。
 なのに全員生存なんてことになったら、彼らは働いてないもんだと思われてしまいます」
 だから、とヴォルフガングは続ける。
「何人か――欲を言えば半分以上は、最終的に殉職してくれるとイイですねェ」
「貴様、いいかげんにしろ!」
 怒鳴ってから、しまった、と思うヴィクターであったが、相手は気にも留めていない
らしかった。彼の興味の対象は既に、眼前のスクリーンに光点として表示された敵機の
反応に移っていたのである。

 騎士の機体は、移動要塞型ゾイドでも楽に通れそうなほど広くなったトンネルの只中で
道をふさぐように待ち構えていた。
 デスザウラーをベースとしている点は他と変わりないようだが、外装花器が見当たらな
い。代わりに全体的なシルエット、特に上半身はマッシブになった印象を受ける。
 傍らの岩盤に突き立てられた剣は、異常なほどに巨大だった。

「さて君たち、お仕事ですヨ。敵の反応は捉えてますね? まずは、敵がどんな能力を
使うのか見定めます。小隊単位に分かれて交戦に入ってください」
 能力者たちのゾイドがぱっと閃き、各々が固有の能力を発動したことを示す。彼らは
そのまま、統制の取れた動きで騎士に迫る。
 先頭の小隊は増速・加速系の能力者で構成されており、どの機体も高速戦闘を得意と
するゾイドだった。微動だにしない騎士を瞬時に包囲し、巨大な剣の間合いを計るように
付かず離れずの距離を置いてその周囲を回る。
 俯瞰すると、デスザウラーは巨大な光輪の中心に閉じ込められたように見える。周囲の
機体が速すぎて、それが走行するゾイドとは見えないのだ。
「ファンが見当たらないな……荷電粒子砲を排除したタイプか?」
9Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 20:50:33 ID:???
 オリジナルより一回りも大きい巨竜を囲む能力者のうち、一人が呟く。
 それがそのまま、彼の辞世の句となった。

 騎士の機体が、巨大な剣を岩から引き抜く。その動作は包囲を完成させた能力者たちには
あまりに鈍く見え、さしたる脅威とも思われなかったのだが。
 膝を曲げ、巨竜が鈍重な跳躍の体勢に入ったと思うと、既に包囲は破られていた。数秒前
に独語した少年のシャドーフォックスが消え去り、代わりに騎士がそこに立っている。
「何だ!?」
 輪を描くように敷かれていた方位陣の一点に敵が乱入してきたため、消えた機体の後ろに
いたライガーゼロが、勢いそのまま次の目標となった。
 そのパイロットがふと横を見れば、時の流れが遅い世界の中にあって、岩壁に叩きつけら
れて四散してゆくシャドーフォックスがいた。――いったい、どんな攻撃を受ければあそこ
までバラバラになるのだ?
「我々と同じタイプの能力か? だが、速さでライガーに勝とうなどと」
 言い終える前に、ライガーゼロはパイロットもろとも粉砕されていた。全身を構成するパ
ーツの一つ一つがひしゃげて吹き飛ぶ、文字通りの粉砕だ。
 元がデスザウラーとはいえ、あまりに異常なパワーである。

「お……おいおい、通常の四倍速で走るゼロを正面からブチ砕いて、何ともないのかよ?」
 増速の能力は、機体の運動エネルギーを指数関数的に増大させる。その状態で格闘攻撃
を仕掛けるのは有効そうに思えるが、実のところ愚の骨頂だ。
 なぜなら、殆どのゾイドはスペックの数倍ものスピードで格闘戦をすることなど想定さ
れていない。全速力でぶつかれば、確かに敵を一撃の下に葬り去れるであろうが、それを
実行した側にも同じだけの衝撃は返ってくるのである。
 あの騎士の能力が増速の類であるなら、音速に限りなく近いスピードで走るライガーを、
ああも一方的に吹き飛ばすことなどできないはずだ。
「どういうことだ……? 俺たちですら反応できないスピードと、大きすぎるパワー、それ
に異常なまでの機体強度……何なんだ、こいつの能力は!?」
10Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 20:55:22 ID:???
 各々が距離を取り、砲撃の雨を浴びせたが、素体はデスザウラーなのだ。高速機の火力で
は、その超重装甲を傷つけることなど出来ようはずもなかった。
 そしてまた、竜の身体がすっと沈む。
「く、来る――」
 それまで立っていた大地を激しく抉り、騎士の機体が跳んだ。

「どうなっている? 速すぎて何も見えないが……味方機の反応が次々と消失しているぞ」
 数百mの後方から戦況を見るヴィクターは、やはり自分は戦闘に関しては素人なのだと
痛感していた。こういうときに適切な戦術判断ができれば、味方の窮地を救う手立てを
自分の頭で考え出すことができるのに。
「騎士はパワー、スピード、剛性を併せ持ち、強敵。わが軍不利――ってとこですかねェ」
「他人事ではないだろう! なぜ援護を出さない!?」
 実際に指揮を取るべき男は、確実に数を減らしていく味方を助ける気などまるで無い
ようだった。
「アレじゃあ一旦引かせるわけにも行かない、かといって他の部隊ではあの高速戦闘に介入
 できませんから。残念ですが……」

 視線の先では騎士が大剣を振るい、拳を叩きつけ、そのたびにゾイドを粉々にしていく。
弾け飛んだゾイドコアの破片が光を失っていく様を目に映しながら、ヴォルフガングは肩
をすくめ、非情な宣告をヴィクターに突きつけた。
「……先発部隊、全滅です。たった今、ね」

 得物を狩り尽くした虐殺者が、後方で待機していた彼らの方に向かってくる。
「さて、さて、僕としては部下なんて要らないんですが、全員死なせちゃあ指揮官としての
能力を問われますからねェ。おまけに、捨て駒はこの先も必要ですんで……」
 酷薄な科白に対するヴィクターの抗議が聞こえる。彼は無視を決め込んだ。

 デッドボーダーは四枚の翼を広げ、ゆっくりと宙に浮かび上がる。
 翼の一対は黒。揚力を生み出す、骨組みだけのマグネッサーウイング。
 いま一対は銀。ナノマシンの霧を作り出す、シャープな多段ウイング。
「ここいらで肩慣らしと、行かせてもらいますよォ!」
11Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 20:58:24 ID:???
 弾丸の如く飛来した巨竜を、一回り小さい竜が空間を歪めて受け止める。歪曲障壁と
騎士の剣が激しく干渉しあい、荒れ狂うエネルギーを紫電として周囲に放った。
「無駄です、この障壁を抜けられるのはニュートリノくらいのモンですからねェ」

 歪曲障壁とは、前方の空間に隠されたカラビ=ヤウ多様体を次元解凍することで高次元
空間の薄膜を発生させ、あらゆる攻撃を遮断する防御兵装である。
 Eシールドの遠い子孫にあたるこの障壁を破ろうと思うなら、重力子砲などに代表される
高次元空間を経由するエネルギーの兵器、あるいは因果律に干渉する量子兵器を用いる
必要がある。
 四次元宇宙に生きるゾイドが普通に攻撃したとて、弾き返されるのみであろう――
それが、普通のゾイドであるなら。

「馬鹿な……ッ!?」
 信じがたい光景。それは理解を超えた超常の力。
 騎士の巨大な剣が、徐々に歪曲障壁を凹ませ始めていた。
「いったい何だ、これは!」
 ヴォルフガングの頭脳は、敵の本質を見抜くために全力の回転を余儀なくされている。
狼狽に足首を掴まれぬようにするためにも、そうする必要があった。
 しかし、考えたところで情報不足は如何ともしがたい。騎士は増速を発動した高速機を
軽々とあしらって見せた。常識外の機体剛性と、桁外れのパワーも発揮した。
 騎士であれ能力者であれ、一人が獲得できる能力は一つのはずだ。ならばあの剣は、
これだけの効果を一つの能力として発現させているというのか?

 ついには障壁が破られ、目の前に大剣の切っ先が迫る。
「! ……しかし、破れたってねェ!」
 ミリ秒単位の差で、デッドボーダーが姿を消す。この機体はロストテクノロジーの結晶
たる魔槍によって時空を切り裂き、超空間を経由して別の座標へと一瞬で移動することも
できる。
 とはいえ、思考とは別の行動を反射的に実行するパイロットが、いかに戦士として優れ
ているかについては、疑いの余地がない。
12Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 21:00:50 ID:???
 騎士の後ろで空間に裂け目が生じ、黒い竜が飛び出してくる。
「まさか、障壁を破った力……理論上は可能、しかしそんなことが……」
「フォイアーシュタイン! その『まさか』らしいぞ」
 後方にて、防御系の能力者に守られながら敵の分析に努めていたヴィクターからの通信
であった。
「敵の機体は、次元転移も確率干渉もしていない! 奴はただ力任せに剣を突き入れて
来ただけだ――力ずくで歪曲障壁を突破できるほどのパワーを、奴は持っている!」

 そう、原理の上では可能なのだ。もはや指数でしか表せないような、莫大なエネルギー
を注ぎ込めば、通常攻撃でも歪曲障壁を突破することはできる。
 だが、真っ当な物理法則にしたがってそんな力を出そうものなら、どんな物質でも忽ち
自壊してしまうだろう。その不可能を可能に変える因子こそが、騎士が持つ剣だった。

「機体を構成する分子に、たわみが見られなかった。あの機体は、自身が放つ攻撃の反作用
を少しも受けていないようだ」
「運動エネルギーのベクトル偏向……とでも?」
「まだ確証はない。それだけなら、珍しい能力ではないはずだ」
 なにを言う! これだから、デスクワークしかやらない理論屋は――ヴォルフガングは
背後を取られても慌てるそぶり一つ見せぬ敵を注視しながら、ヴィクターの的外れな発言
を内心で嘲った。
 たとえ能力の基礎が凡庸でも、その効果が及ぶ限界値が天井知らずであれば、それは
やはり『異常』な代物ではないか。

 デッドボーダーが再度、空間を跳び越える。
 騎士の頭上に出現した機体が無造作に振るう槍。穂先が虚空に光の弧を描き、それが
宙を飛ぶ刃となって直下の巨竜に襲い掛かる。
 対して巨竜が拳を握り締める。剣を持っていない右手が巨大な拳骨を作り、肘を曲げ、
そして――迫る凶刃に向かって突き上げられた。
13Innocent World2 円卓の騎士:2008/01/31(木) 21:03:22 ID:???
 質量断層の波を用いたヴォルフガングの攻撃は、やはり通常の物質では抗し得ないはず
のものだった。いわば厚みゼロの刃が飛来するようなもので、単分子ブレードをも凌駕す
る切断能を発揮するそれに、斬れないものなど存在しない――理論上は。

 だが、竜の拳は再び理論の壁を打ち破った。
 一本の曲線としか認識できない空間の歪みと、輝く拳がぶつかり合った時、勝利したの
は巨竜の右手だった。何よりも鋭い刃物であるはずの質量断層は、やはり桁外れのエネル
ギーを込められた一撃によって、その歪みを強制的に正され、霧消してしまったのだ。

「発生する力のベクトルを偏向、増幅する能力……」
 ナノマシン兵器をも搭載したデッドボーダー初号機ならば、騎士といえども敵ではない
と侮っていたヴォルフガングは、渋々ながら認めることにした。
 ――少なくとも、退屈するということは無さそうだ。
 自らも意識せぬまま、彼は笑っていた。戦いの中にしか生きられぬ男が、ここにも一人。

                   <続く>
とりあえずドールチームはスペースホープ移民船団の護衛任務を受ける事になった。
それに先立ち、ミスリル達はスペースホープ号の内部を案内してもらうワケだが…
とてもキロメートル級超々巨大要塞型ギルタイプの内部とは思えなかった。
「うわ〜…ゾイドの中に街があるのよ!」
ティアが思わず驚きの声を上げていたその言葉の通り、スペースホープ号の内部には
巨大都市が建設されていたのである。恐らくはあのソラシティーを参考にして、さらに
発展させた物なのだろう。
「なるほど…やっぱり外宇宙を行くのは長い長い旅にもなるかもしれませんからね。
それなら中に街を作っていた方が生活しやすいって事ですか。」
「それだけじゃない…ただ単純に都市を作っただけでなく、農場や森林、各種プラント等
も作られていおり、十分に自給自足の可能な環境となっている。」
スノーの言った通り、都市以外にも様々な施設が作られており、これだけでも十分に
人が生活出来る環境として作られていたのである。と言うか実際に今もスペースホープ
内では沢山の人が普通に生活を続けている。外宇宙に出る以前からこういう環境に
馴らしておけば長い長い旅となっても大丈夫と言う事だろう。
「でも本当に色んな人がいるんですね?」
「ここまで規模の大きな船団なら様々な役職の人間が乗っていて当然。だからこそ
多種多様な職業の人間がこの街で暮らしていても可笑しく無い。」
スノーはこの様に事細かく説明してくれていたが、そこでミスリルは見覚えのある
人間を一人見付けていたのであった。
「あれ…? あそこにいる人って何処かで見た事があるような…ってあ!
そこの貴女…もしかしてハーリッヒさんじゃ〜ありませんか?」
「そう言うあんたはミスリルじゃない!」
彼女の名は“ハーリッヒ=スーミャ”(15)。フリーのジャーナリストで、普通では考え
られない規格外の存在を取材して記事にする事が夢な人物。そしてまたミスリル自身
彼女を“地上最強のジャーナリスト”と言う称号で呼んでおり、ミスリルが一目置く
数少ない人間の一人に数えられている。
「どうしたんですかこんな所で…。もしかして規格外を求めて外宇宙に飛び出すつもりに
なりましたか?」
「いやいや、確かにそれも面白いかもしれないけど…残念ながら違うよ。私がここに
いるのは単純に取材の為なんだから。でも本当に凄いわ〜。ここの人達って本当に
外宇宙に飛び出しちゃうのね〜。きっと宇宙人なんかとも会えたりするんだろうな〜。」
「あ…さいですか…。」
ハーリッヒの性格から考えてスペースホープ外宇宙移民船団に参加していてもおかしく
ないと考えていたミスリルは少々拍子抜けしていたが、そこでハーリッヒはスノーの
存在に気付くわけである。
「あら? そっちの子は初めて見るけど…。」
「ナットウさんの事ですか?」
「私はスノー=ナットウ。通常の生態系とは異なる生命体…すなわち神・悪魔・妖怪等を
求めて旅をしていたが…ミスリルと共にいた方がそれらに遭遇しやすいと考えて彼女と
行動を共にする事にした…。よろしく。」
「へ〜、あんた中々見る目あるじゃない?」
常識的な人間からすれば真面目に超常現象を捜し求める行為は嘲笑の対象になる事が多い。
だからこそスノーの言葉にハーリッヒも仲間と感じて内心嬉しかったのだが、ここで
さらにもう一言入るワケである。
「それにしてもあんた達…ミスリルはロボットで、ティアは幽霊…と来たから…
案外スノー、あんたは宇宙人だったりして〜…。」
「!」
スノーは相変わらず無口無表情無反応だったが、ミスリルとティアは一瞬肝が冷えた。
「…なんてね! それは流石に無いよね! 何か話が出来すぎてるもの! それじゃあ
私は他にも色々取材しないといけないから! またね?」
そう言ってハーリッヒは再びカメラを片手に何処かへ去っていったが、ミスリルとティア
は胸を押さえ、真っ青な顔で震えていた。
「いや〜ヤバかったですね〜。ナットウさんの正体がバレる所でしたよ。」
「別に私はそれでも構わない。」
「あ…さいですか…。」
相変わらず無表情なスノーのクールさにはミスリルも見習いたかった。

それからミスリル達はスペースホープ号の彼方此方を見て回るのだが…その中には
明らかにスペースホープ号の乗組員とは毛色の違う者達も混じっている。それが
覆面Xの言っていたと言う他にもスペースホープ号護衛の為に雇った傭兵と言う事
なのだろうが…
「ゲェ―――――――!! よりによって貴女と共闘する事になろうとは…。」
「は?」
突然誰かがミスリルに対してそう叫んできてミスリルも呆れて首を若干斜めに傾けるが、
良く見るとその誰かもまた見覚えのあるような無かった様な…そんな相手だった。
「何処かで見た顔ですが…貴方は何方でしょう?」
「ゲェ―――――――!! すっかり忘れさられてる! 僕を忘れたんですか!?
アールスですよ! アールス=イオン! エスパリアン機関のエスパーです!」
「はて…そんなのいた様な…いなかった様な〜…。」
彼の名は“アースル=イオン”。超能力の軍事利用の為の研究を真面目に行っている
“エスパリアン機関”から誕生した超能力戦士。主にサイコキネシスを得意とし、
同機関の作り上げた“精神波増幅装置”によって増幅されたサイコキネシスで
ミスリル&大龍神を大いに苦めた事があった。しかしミスリルにとってはもはや
沢山の挑戦者の中の一人に過ぎず、どうも大した印象は持ってなかった様子である。
「でもまあ超能力者なんてハーリッヒさんが聞いたら狂喜乱舞しそうですけど…
こういう時に限ってハーリッヒさんどっか行ってたりしますから世の中思い通りには
いかない物ですね…。」
ミスリルは少々悲しげな目になっていたが、アールスは真剣だった。
「とりあえず今回は共闘する事になりますが…あくまでも僕の狙いは貴女である事を
忘れないで下さいよ! 貴女を倒して超能力はオカルトでも何でもない事を世間に
知らしめるのですよ!」
「ハイハイ…精々頑張って下さい。」
18名無し獣@リアルに歩行:2008/02/02(土) 00:24:44 ID:???
定期age
19人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:36:41 ID:???
夢を見るときに同じ夢ばかりを見る。いつ頃からだろうか?
少しづつ続きが足されていき今では過去に自分が遭った事件ではなく、
その先で更に酷い目に遭う…。
もう少し夢が足されればきっと私は四肢を失うだけでなく、
首を切り飛ばされていることだろう。
…実の祖父に。

今日の寝起きも最悪だ。私は義手と義足をいつもと同じように身に付け、
ベッドからゆっくりと這い出す。
余りに起きるのが遅いときっとジョイスが心配するだろう。
「お嬢様?」
「ああ…ジョイスね。今服を着るから待ってて。」
「辛いのなら私がお召し物を…。」
「いいの。幾ら本物の手足が無くたって私は人形使いよ。大丈夫。
それに何時までもジョイスに私の貧相なスタイルを見られるのは嫌!」
「申し訳有りません。」
「だからいいって…。」
ヘリック共和国の首都ヘリックシティ。その西の端に有る古い砦の一つ。
そこが私…人形使いミレッタの居城。
今日の仕事は無いが代わりに警察署に出頭する必要がどうしても有る。
容疑は…殺人。

「申し訳有りません…ミレッタさん。少しの間拘留しなくては成らなくなって。」
まだ若造と言われたり下から先輩とか呼ばれそうな年代の刑事の男は、
私の義手と義足をゆっくりと私から取り上げる。
「しっかしあんたの爺さんも酷いことをする。」
「ストップ!それ以上は言わなくて良いわ。」
「はいはい…了解しましたでは実験室へミレッタさんをご案内してくれたまえ。」
今度は無礼な語調で部下に指示を出し私をその”実験室”とやらに移送する。
その搬送方法はお嬢様だっこだが彼にも私にも良い事は全く無い。
本来ならある筈のものが無いため何一つ役得が無い男。
それを気にしている私は更にショックを受けて気分は限りなくブルーだ。
20人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:37:53 ID:???
「え〜…警察に出頭ですか?容疑は…殺人。私も随分と悪人に成ったものですねぇ?」
Yシャツに袖を通しボタンをさっさと閉める。
背には巨大な金属の甲羅やら羽根やらよく解らないものが彼の後ろ姿を隠す。
右手の甲には…
不気味なほど透明度の高い水晶体の親玉みたいなレンズが埋め込まれている。
良く見れば繋ぎ目が無いので内側から発生したものだと医学関係者なら解るだろう。
「ぶ〜ぶ〜言わないの!じゃあ僕は学校があるから…逝ってきま〜す!」
「こらこら…wそこは”行ってきます”ですよ。イドさん?」
「解ってる解ってる。じゃあ今日中に帰って来れなかったら…
子犬探しは僕がやっておくね!おじさんも行ってらっしゃい!」
「では私も…行ってきます。」
部屋の見た目は正に三流探偵事務所…世話焼きの少女…異形のボンクラ退役軍人。
しかもそのまま使っている軍服は敵性国家ネオゼネバス帝国と来たものだ。
少女の名はイド・アウェイズ。異形のボンクラの偽名はファイン・アセンブレイス。
本名は廃れて使われなくなって既に久しい。

「「ええ〜〜〜〜〜〜〜!?」」
警察署の地下にある中傷”実験室”。
そこでは偶然の再会が用意して遭ったと言う…。
「「生きてたの!?」」
これまた同じ言葉を口にすると両者の顔は喜びに綻ぶ。
「へ〜…ミレッタさんとあんたは知り合いだったのか?」
「ええ。彼女とは西方大陸で同じ部隊に配属になっていまして…
そろってセイバータイガー1機を失っています。しかしミレッタ少尉が元気だとは…。」
「驚いた?大体こんななりだからコクピットが多少潰れたって無事よ無事!」
「え〜コホン。では状況を説明しますよ〜。」
刑事は事件の状況を二人に伝える。

「むごい仕打ちですねぇ〜。完全に死亡している被害者をミンチにするまで殴打。
しかも凶器はマネキン。ならミレッタさんと私が容疑者に上るのはしょうがない。
人形繋がりでミレッタさん。呪術と言う事で私と…。」
そもそも凶器が動くマネキンという時点で猟奇殺人事件である。
21人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:39:51 ID:???
「っつ〜事でこの実験室の出番なんですよ。」
「意地悪ですねぇ〜エリック警部は〜。」
「まあまあ職業柄知人でしかも協力者であろうとも取・り・敢・え・ず・です。」
「ファイン?あんたの知人はなんでこうも容赦が無いの?」
私は思いっ切り睨み付けるがこの程度は昔からの付合い。
だから対称の本人には軽く流されて逆に周囲の鑑識の人がオロオロするばかり。
でも面白いから良いかと思う。
ものの考え方は可能な限りポジティブにいくべきだ。
ほんの少しでもネガティブに考えれば次の日私は自殺とも他殺とも付かない…
そんな今回のような被害者に成ることだろう。
違うのは確りきっちりバッチリ手を加えられミンチにされないぐらいだ。

当然結果はシロ。彼の魔術とやらが何処までのものかは解らないが、
私共々マネキンを視認せずには動かす事も敵わなかったからだ。
モニターで覗けば?ということでやってみてもやっぱり上手くいかない。
「どうしたもんでしょ?”隠し事”をしないと駄目ですかねぇ〜?ご両人?」
「「はい!(断言)」」
エリックは私達にどれだけの下準備が必要か?聞いてくるので、
「ファイン?ちょっとマネキンの部屋まで行ってきて。」
「了解です。それではぁ〜…」
彼は壁を通り抜けて部屋に直線ルートで向かう。
キモイ映像が拝め気分が悪くなったがこれなら疑われても仕方がないと私は思う。
そうして…彼が部屋に到達したときに私はそれを行なった。

「よっはっと!?突然マネキンが私に攻撃を!?」
「何を為たんですか?一体!?突然元気に動き回っているじゃないですか!」
エリックが目を丸めるのも無理は無い。
いままでものすら持てなかったマネキンが有りもしない関節を動かせるようになり、
ガイロス式格闘術で攻撃を始めたのだから驚くのも無理は無い。
「知人に対して明確な害意を持てばほらこの通り!」
「チョーック!チョーック!タップタップ!ギブアップですよぉおおおおおお!!!」
チョークスリーパーを見事に決めたマネキンの姿は私でも恐ろしいものだった。
22人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:42:44 ID:???
「ふぃ〜…顔が蒼くなる所でしたねぇ〜?」
「「「「充分顔面蒼白だよっ!」」」」
鑑識の人やエリックに突っ込まれてしまう。
それ程血の気が無いのであろうか?取り敢えず鏡を私は覗いてみる…
「これ?誰でありますか?」
「「「「あんただよっ!」」」」
あり得ないボケに遂にエリックが軽く切れてしまい彼の靴が私の後頭部を直撃する。
「あいたたたたた…安全靴でそれは酷いんじゃ?」
そのざまをミレッタはカラカラ笑っていた。

「じゃああんたの場合はどうやればできる?」
今度は私の番と言う事で…
「え〜っと…陰分身!」
取り敢えず陰分身を行ない一人増える。その後…
「トウッ!」
気合い一発でマネキンに化ける。
「もういいですよ…遠隔は駄目だから自分で陰分身を送り込んでってことね。」
何方かというと私の方が現実的で容疑者にされそうである。
でもエリックの言葉はミレッタだけではなく私の無実をも証明する。
「それってこうすると駄目ですよねっ!」
投げナイフの直撃で陰分身が化けたマネキンが倒れ消滅する。
鑑識が目を白黒させていると…
「陰分身は無理に質量を持たせた存在が曖昧な分身なんですよ。
だから突発的なトラブルに見舞われると消えてしまうので殺人は無理でしょうな。
抵抗した後がマネキンに在りますから。」
流石はこう言った事件に慣れているだけはあると言うところだろう…。

結局ファインとミレッタは二日程拘留され事件の進展を見守ることになるが…
案の定二人の拘留期間に立て続けに同じ事件が三件も起こる。
それで完全に容疑者から外れる事になったのだ。
当然本人達は複雑な気分で家路につく事となるが容疑が晴れる間に、
失われた命の数は十二。ペット等も含まれるが九人もの被害が出ているのである。
23人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:45:59 ID:???
「…で?なんでミレッタさんが私の家に上がり込んでお茶を?
しかも私よりも早いじゃないですかぁ!?」
「どうも!オッジャマシマ〜ス!」
妙に他人行儀でかたことな言葉でミレッタに茶化される。
「ようこそ!オッジャマサレチャイマ〜ス!」
そして…イドにまで茶化される始末だった。
「申し訳ございません…どうしてもセットで行動させろと警部が…。」
執事の人が私に頭を下げ非礼を詫びてくるので何時ものように怒れない。
怒るといってもノリツッコミなので大した効き目はないだろうが。
「申し後れました。私執事を務めるジョイス・I・サイバーンと申します。
今後事件の解決までの間ミレッタ様共々ご厄介になります。」
「まあまあ今更詫びなんか入れなくても…
このノリはガイロス帝国弾導強襲部隊シュトゥールヴィントの頃からですから。」
「そうそう!酒持ってこ〜い!肉喰わせろ〜!」
「が〜〜〜〜〜〜!肉は一人300gまでですよ!貴重なんですから。」

とある事情で古ぼけ傾きそうな事務所とは違い、
ビルの中にビルを造るという奇妙な建造物を丸々共和国政府に与えられた私達。
イドの両親がとんでもない金持ちで、
その上両国間に見えないパイプを繋いでくれたお陰で住む所に限ってのみ。
それだけは非常に豪勢だったりする。
元々は廃棄された生物兵器開発用のプラントだったとか言われているが…
実のところもっと悍ましい何かだったらしいことまでは調べを付けてある。
多分ここからの情報の漏洩を防ぐ門番として私は体良く雇われた、
そんな感じの所だろう。
お陰でその日暮らしを半永久的にこの二年ほど続けているわけだが。
残念ながら敵性国家の給料は差し押さえられて久しい。
名義上の不名誉除隊だった筈が状況的に見事な不名誉除隊者+プータロー。
そこで探偵事務所なんて名ばかりの何でも屋をして生計を立てている次第だ。
イドは自分の養育費を切り崩せば良いと薦めてはくれるが、
椅子を喰ってでもその費用にだけは手を付けたくない。
大人としてのプライドまではまだ棄てたくないとほんのり思っている今日この頃である。
24人形 ◆5QD88rLPDw :2008/02/04(月) 08:48:57 ID:???
ここはジャンクアーケードとかサウスウウェストストリートそんな言葉で括られる。
そんなヘリックシティ最大の掃き溜めであり同時に最も経済活動が盛んな地域。
表ばかりでなく裏の経済もここで動いていると言っていい。
普通ここまで来れば軽犯罪は年数十万とか毎日マフィア同士の戦争状態。
そんな風に言われ兼ねないが…
実のところヘリックシティ内では最も年間犯罪数が少ないと評判。
マフィア同士の手打ちは完璧。警察との癒着も万全。
ここまでなら悪い見本だが結果は最も安全な場所として機能している現実がある。
全てが全て一蓮托生であるこの地では抗争地味た行為など起そうものなら…
全マフィアが総動員で鎮圧に掛かる。
そうして鎮圧された犯罪者は警察署の前にとても恥ずかしい姿で縛られ投棄。
証拠なども警察署にリアルタイムで送付されて来るので、
立件から裁判まで非常にスムーズに進むという恐ろしさ。
そう言う見せしめ行為が数度行なわれ暴力団組織の数が半数消えたところで…
この地域は平和になったと言う話。
マフィアと言っても麻薬取引とか偽札作りをしているわけではなく、
各種種族や部族で協力する名目で結成された側面の方が強い。
そのため犯罪に関しては素人よりも酷いのでそんな事はできもしない。
風評が風説を呼びマフィアと言われているだけと言う知れば驚愕の事実だったりする。

そんな場所で猟奇殺人事件が起きたのだから…
翌朝の人通りは酷いものだった。
学校へ向かう生徒たちはそのマフィアの構成員にガードされてビップな当校風景。
何処から襲ってくるか解らないとマネキンは昨日辺りに全て町から排除された。
服飾店のショーウィンドウは既に見るに耐えず、
マネキンの代わりに急遽雇われたモデルさんがポーズを取り、
疲れたら椅子に座ってコーヒーを啜って居たとイドは言う。
「あのね…子犬の捜索だけど。」
被害者の中に入ってしまったと言う事で報酬どころの話ではない。
元々5H$札を握り締めて来た幼い依頼人から報酬を受け取る。
そんな事は元から考えていなかったが被害者になった事で憤りが隠せない。
しかも残念ながらこの事件は単なる猟奇殺人で終わらなかったのである。
高度文明圏の中に位置する大国の中に“ライオ共和国”と言う国家が存在した。
獅子を神聖な動物とし、国旗にも獅子を象ったマークが付けられているその国は
ライオン型ゾイドを主戦力とし、世界で一番ライオン型ゾイドを多く所有する国
として有名であった。そしてライオ共和国軍本部にて、多数の仕官、下士官達が
集められ、ブリーフィングが行われていた。
「えー、これが哨戒任務中のバイトグリフォンが撮った写真である。」
ブリーフィングに集まった士官、下士官達に説明をする佐官クラスの男が
正面モニターに一つの映像を映し出す。それはスペースホープ移民船団の写真だった。
「なんて事だ! 滅びの龍があんなに…。」
「しかも真ん中の奴なんかキロメートルはあるんじゃないかってくらいデカイぞ!」
写真を見た士官達は次々驚きの声を上げた。無理も無い。ギルタイプを“滅びの龍”と
呼び、忌み嫌う傾向にある地域は決して少なくは無い。特に獅子を神聖な動物とする
ライオ共和国にとってなおさらであろう。しかもその要塞型のギルタイプが一機二機では
無く何十機と並んでいるのである。これに騒がずして何をしよう?
「一体誰がどうやってこれだけの数の滅びの龍を揃えたのかは分からないが…
ロクでも無い事に使われる事は想像に難くないだろう。間違い無くあれはこの国…
いや全世界そのものに戦乱の種を振りまく! 滅びの龍は一機で十分に国を焼ける力が
ある以上、あの徒党を組んで並ぶ滅びの龍が世界各地に飛んでありとあらゆる国を
蹂躪する事は目に見えている! だからこそ軍上層部はあれらが飛び立つ前に
先制攻撃を仕掛け、その野望の阻止する事を決定した! これはこのライオ共和国…
いや全世界の命運を賭けた戦いとなるだろう! あの滅びの龍の浮上は何としても
阻止させなければならないのである!」
ブリーフィングが終了した後、その場に集まっていた士官達の中には怖気付く者も
いれば、逆に闘志を燃やす者もいた。そしてさらにその中に一人の若い仕官が
未だ正面モニターに表示されていたスペースホープ移民船団の写真を見つめていた。
「あれが…飛び上がったら…世界中が戦場になる…。」
彼の名は“ルイス=キューブリック”階級は少尉。戦災によって孤児となり、自分の
様な戦災孤児を作り出さない為…人々を守る為に軍人になった。真っ直ぐな瞳を
持った正義感の強い青年だった。
「ああ…あれが飛んだら最後…世界中が蹂躪されちまうだろうな〜。」
「バングラン大尉…。」
ルイスの後ろから現れた一人の中年の将校。彼の名は“バングラン=グレスコ”
階級は大尉。ルイスの直接の上官であり、顔は怖いし訓練も厳しいが、何だかんだで
他人思いな部分もあったりして、ルイスのみならず他の仕官からも慕われる好人物だった。
「とにかくアレをぶっつぶさない限りに俺達に未来はねぇって事だ! 分かるか?」
「あ、ハイ。」
バングランの言葉に軽く返事をするルイスだが、バングランはルイスの頭に手を置いた。
「やっぱ怖いか? 俺もすげぇ怖ぇよ。何しろ相手は軍団規模の滅びの龍だもんな。」
「あ…はぁ…。」
「だがよルイス。お前だって今まで厳しい訓練や辛い実戦に耐えて来たじゃないか!
それに何よりお前はあの誰の操縦も受け付けなかった“セブンズソード”に選ばれたんだ!
だからこそ…自分の力を信じろ!」
バングランはそう言ってルイスの背中を軽く叩く。
「なあルイス…お前ルージ=ファミロンって知ってるか?」
「誰ですか…それ?」
「そいつは100年くらい前の人物でよ、お前みたいに真っ直ぐな瞳をしてたって言うぜ。
最初は何処にでもいるようなガキだったらしいが…そいつもまたある日突然セブンズ
ソードの様な誰の操縦も受け付けない不思議な力を持つゾイドの乗り手に選ばれ、多くの
仲間と共に民を苦しめていた悪党どもと戦う勇者になって話だ。ま、それが本当かどうか
は俺にも分からん。だが何となく思うんだ。セブンズソードはただのゾイドじゃねぇぜ。
こういうの真面目に言うと、オカルトだとか馬鹿にされそうだが…まあ俺もオカルトとかそういうのはあんまり信じない性質なんだが…セブンズソードは別…その昔話のゾイド
みてぇに絶対にすげぇ事をやってくれると思うんだ! ま、そんなの別に意識する必要は
ねぇ! とにかく俺達の出来る事をしようじゃないか! この国に住む多くの人を守る為
にあの連中を叩き潰す! これだろ!?」
「ハイ!」
二人は立ち上がって他の士官達と共にブリーフィングルームを出た。祖国を…ライオ
共和国を守る為の出撃準備をするのである!

スペースホープ外宇宙移民船団周辺の哨戒も終わり、他のチームと交代した後、スペース
ホープ号内部に設けられたドールチーム用の控え室でミスリル・ティア・スノーの三人は
休養を取っていたのだが、そこで何気無くミスリルがスノーに質問した。
「ナットウさん、果たして上手く行きますかね? 外宇宙移民船団なんて…。」
「はっきりと言わせていただくと…かなり無謀に近い。」
「こりゃまた本当にはっきり言っちゃったのよ〜。」
スノーは本当に正直に言い、ティアも驚いていた。
「これだけのギルタイプを集めても無謀なんて…外宇宙ってそんなに危険なんです?」
「その通り…危険が多いのは事実。この星の人間も…かつてこの星への移民に成功した
異星文明の人間もまた…この宇宙に自分達以外の人類はいないと思っていた様だが…
宇宙は広い。何億光年単位での範囲を支配する星間文明や問答無用で襲って来る意思疎通
が不可能な生命体も宇宙ではザラにいる。はっきり言って彼等の粗末な技術で、私の例に
あげた脅威に遭遇する事無くこの星への移民に成功したのは殆ど奇跡に近い。」
「あ…さいですか…。」
かつて千年以上の大昔に惑星Ziへの移民に成功したと言う異星文明(地球)の技術さえ
も粗末と言い切るスノーはさぞかし凄い高度な異星文明出身としか考えようが無かったが、
あまり細かく考えすぎるとミスリルのAIがショートしそうなので、その辺にしといた。
「しかし…彼等のやろうとしている事は凄いと思う。どんなに高度に発達した星間文明で
あろうとも、最初は彼等の様に宇宙に出る事さえ危険な状態から始まっている。だから
こそ私は彼等を応援したい。」
「確かに…ここの人達には頑張って欲しいですね。惑星Ziを代表して外宇宙に旅立つの
ですから…。」
ライオ共和国軍本部の周辺にライオン型移動要塞“ジャイアントスフィンクス”が多数
集結し、各機に国中から集められた将軍、佐官、仕官、下士官、そしてゾイドが次々に
乗り込んでいた。スペースホープ外宇宙移民船団の目的が全世界の蹂躪と勘違いしている
彼等は本気で総力を持ってスペースホープ外宇宙移民船団の発進を阻止するつもりの
様子であった。そしてその中にはルイスとバングランの姿もあった。
「よし。乗艦完了と、後は出撃まで待機ですね。」
「おう!」
ルイスの搭乗機はムゲンライガー。しかしただのムゲンライガーでは無い。標準装備して
いる二本の大型刀に加え、背中にはムラサメライガーのムラサメブレード、四つの脚部
にはそれぞれハヤテライガーのムラサメナイフ&ムラサメディバイダーを装備すると言う
まさに全身が刀と言うべき姿であり、合計七本の刀を持つ事から“セブンズソード”と
呼ばれていた。しかもこのゾイド、ライオ共和国にとっても得体の知れない部分のある
いわく付きのゾイドで、今までいかなるパイロットの搭乗も許さなかったと言うのに
何故かルイスに対してのみは操縦を許すと言う不思議な機体であった。そしてバングラン
はエナジーライガーを搭乗機としている。セブンズソードと違い、至って普通のエナジー
ライガーであるが、バングランと共に幾多の戦場を駆け抜けた百戦錬磨の猛者であった。
「二人とも遅いですよ。私はもう10分も前に乗艦しましたよ。」
「レイア!」
突然二人の前に一人の若い女性仕官が現れた。彼女の名は“レイア=ミスト”階級は少尉。
ルイスとは幼馴染であり孤児仲間で、かつ同時期に軍に入った仲であった。
「レイア、君も行くの?」
「当然! ライオ共和国の存亡が掛かってるのよ! 何もせずにただ滅びの龍なんかに
国を蹂躪されるなんて私は嫌よ! 勿論命令の方も受けてるけど…それとは別に私の意志
でも戦うつもり! このヴァルキリーシーザーで!」
レイアが見上げた先にはヴァルキリーシーザー姿があり、これがレイアの搭乗機であった。
「でも私は死ぬつもりは無いよ。絶対に国にも傷一つ付けさせないし、私自身も生きて
帰るつもりだから!」
「うむ! 良い目をしてやがるぜ。」
レイアの目は本気であり、国を守る為の一世一代の戦いに挑む戦士の目となっていた。
これにはバングランも思わず笑みが溢れ、ルイスの背を強く叩いていた。
「こりゃぁますます負けるワケにはいかねぇなぁ! なあルイス!」
「ハイ、バングラン大尉!」
「よっしゃ! とにかく出撃まで待機だ待機すんぞ!」
こうしてバングランはルイスとレイアを連れて歩き出した。

スペースホープ号艦内の艦長室ではスペースホープ外宇宙移民船団の総責任者にして
スペースホープ号艦長であるスペンリーと覆面Xの二人が互いに向かい合って将棋を
さしていた。チェスでは無く将棋である所がポイントである。
「スペンリー殿、これだけ大人数を引き連れているとは言え、外宇宙へ旅立つのは
心細くはありませんかな?」
「まあ…以前から良く言われる事ですな。確かに不安は無いと言われると嘘になります。
しかし覆面X殿…。逆にこうも考えられるのではありませんか? 今こそ飛行ゾイドが
発達し、惑星Ziの彼方此方を自由に移動する事も難しい事ではありませんが…
かつては島の一つ。国の一つこそがそれぞれの人々にとっての世界の全てでした。
それが飛行ゾイドを初めとする移動機関の発達によってそれぞれの知り得る範囲外の
世界を見て回る事が出来る様になったワケですが…今回の事もそれと同じ事ですよ。
私達は惑星Ziと言う今まで自分達が世界の全てだと思っていた範囲外へ旅立つのです。
不安は確かにあります。しかし…同時に希望もあるのですよ。」
「そうですか。ならば私は貴方達が無事に宇宙へ飛び上がれる様に全力を尽くして守り
通すのみです。では王手と!」
「あああ!」
さりげなく覆面Xはスペンリーへ王手をかけていたが、将棋はそこまでだった。
「では私はここまでで行かせて貰います。この将棋の結果の予想は出来ませんでしたが…
スペースホープ号の外ではスペンリー殿の予想された通りの事が起こっている様です。」
「やはり…勘違いした輩がいましたか…。」
覆面Xは軽く頷く。
「ハイ。そして恐らくは説明しても通用はしないでしょう。しかしスペースホープ外宇宙
移民船団は私達が全力を持って守ります。その為にスペンリー殿は私に頼み、私は各地
から優秀な傭兵を引き抜いて来たのです。」
「頼みますぞ。」
覆面Xは部屋を出ると共にゾイド格納庫へ、スペンリーはブリッジへと急いだ。

「現在接近中の連中は何処の国の奴らだ!?」
スペンリーがブリッジに到着した頃には既にブリッジ待機要員が外宇宙移民船団に
接近中の勢力の割り出しを完了していた。
「現在接近中の艦隊はライオ共和国軍のジャイアントスフィンクス艦隊です!」
「ジャイアントスフィンクス…ライオ共和国のライオン型移動要塞か…。
スペースホープ号及び各艦の艦載機の整備状況は!?」
「整備中の機体が多く、出撃は難しいとの事です!」
「各メカニックマンに通達! とにかく急がせろ!」
「了解!」
スペースホープ号ブリッジに映し出されたモニターには地平線の彼方から接近中の
数百メートル級ライオン型機動要塞ジャイアントスフィンクスの姿が映し出されていた。
だが、迎撃機を飛ばそうにも、スペースホープ号及び、移民船団各艦艦載機の特機型
“ギルドラゴン”“ギルベイダー”“ギルワイバーン”“ギルヒリュウ”“ギルシェンロン”
“ギルドラッヘ”“ギルオロチ”等々の様々なギルタイプバリエーションの大半の整備と
調整が完了しておらず、出撃が出来ない状況であった。
「やはり覆面X殿の集めた者達に頼らざるを得ないか…。頼みますぞ…覆面X殿…。」
時同じく、覆面Xに雇われた多数の傭兵達が出撃の為に格納庫へ向けて走っており、
当然その中にはミスリル達の姿もあった。
「一体何処の連中が襲って来たんですか?」
「何でも聞く所によるとライオ共和国の獣王師団らしいですよ。」
何故かさり気なく近くにいたアールスが親切に説明してくれてはいたが、ミスリルは
少々気まずい顔になっていた。別にアールスに説明された事がどうこうと言うワケでは
無く、ライオ共和国の方が問題だったのである。
「ライオ共和国ですか〜…私ってあちらさんにあんまり良く思われて無いんですよね〜。」
「まあ貴女の場合はともかくとして…あんまり良い印象で見てもない人が多い事は
事実ですよ。エスパリアン機関の方でもライオ共和国に売り込みを行った事があるんです
けど門前払いされました。それがまだ超能力がオカルトで眉唾だからと言う理由なら
こちらとしてもまだ分かるのですが…。売り込みの為に機関の用意した超能力仕様ゾイド
がライオン型では無いと言う理由なんですよ。ちょっと可笑しいとは思いませんか?」
「ま〜…ライオン型は機種が多いですし、人気も実力もある点は否定するつもりは
ありませんが…そこまでライオンに拘るのはちょっとアレに思えてしまいますね。」
流石にミスリルも少しアールスに同情していたりするのだが、近くにいた他の傭兵も
何故か話に加わって来ていた。
「俺の知り合いの武器商人がよ、ライオ共和国に商いに行ったんだが、そこで言われた
らしいんだよ。『次からはグスタフでは無く、ライオン型に台車を引かせて来い』って。
あちらさんのライオン好きは世界的にも有名だけど…あそこまで他種ゾイドを否定される
とはっきり行って引くぜ。」
「表向きには正義の戦いとか謳ってるけど、裏ではかなり悪どい事やってる話も聞くな。
種族浄化とか言って恐竜型野生ゾイド生息地域に乱入して意味も無い殺戮を行ったり、
ライオン型ゾイドを使っていないと言う理由だけで滅ぼされた少数民族もあるとか無い
とか…。まったくおっかない話だよな。どうしよう。俺、ジェノザウラー使ってるのに…。」
「こ…怖いのよ〜。」
と、口々に会話に入り込んで来た傭兵達は誰もがミスリルの知らない者達であったが、
とりあえずライオ共和国はヤバイと言う事だけは辛うじて認識する事は出来た。
「これはもう戦力の出し惜しみは出来ませんね…。久し振りに大蠍神&大砲神にも
参戦願いましょうか…。」

格納庫に到着したミスリル達を含めた傭兵達は次々に各搭乗機へと乗り込んで行く。
そしてミスリルは大龍神、ティアはファントマー、スノーはエアットに搭乗するのだが、
アールスはゴルヘックスに搭乗していた。
「あら、貴方確か以前はゴルドスに乗ってませんでしたか?」
「何時までも同じだとは思わないで下さい。あれからエスパリアン機関も研究に研究を
重ね、精神波増幅装置の小型高性能化に成功したのです。」
かつてアールスは精神波増幅装置と言うアールスのサイコキネシスを増幅させる装置を
搭載したゴルドスによってミスリル達に戦いを挑んだ事があった。その際にゴルドスが
選ばれた理由は、当時はまだ精神波増幅装置の小型化が出来ず、大型機にしか搭載
出来なかった事と、精神波を広域に発射するにはゴルドスの様な電子戦ゾイドが適して
いた事があげられる。そして今ではその精神波増幅装置も小型化され、ゴルヘックスに
搭載出来る程にまでになっていると言う事なのである。しかもゴルヘックスはクリスタル
レーダーの恩恵でゴルドス以上に電子戦に優れたゾイドであるから、以前戦った時よりも
パワーアップしていると言っても過言では無いだろう。ゴルヘックス本体そのものには
特に武装の類は付いていなかったが、アールス本人のサイコキネシスによる戦闘法が主と
なる為に特に必要は無いのだと思われる。そしてそうこうしている間に覆面Xも
ジェノブレイカーに搭乗してやって来た。
「今更こんな事言っても仕方が無いのだが…一つだけ後悔してる事がある。」
「突然どうしたんですか? 覆面Xさん。」
「実は“緑の悪魔”にも協力を頼んだのだが…あちらはあちらで大きな戦いに巻き込まれ
ていて忙しいと言う事で却下されてしまったんだがな…こんな事ならば無理矢理にでも
引き込んでくるんだったよ…。」
「そ…それは確かに私にとっても残念な事ですね。戦力的にも申し分ありませんし…
私個人としても久し振りに会いたいと思ってましたし。」
「“緑の悪魔”って…ミスリルあんた“緑の悪魔”と知り合いなの!?」
今度は突然現れたハーリッヒがそう叫んでいた。ちなみに彼女はスナイプマスターから
スナイプ装備をオミットし、代わりに各種カメラ等を積んだジャーナリスト仕様機、
“スクープマスター”に搭乗している。恐らくはこれから起こる戦いに関しても映像に
残そうと言う事なのであろう。
「でも凄いな〜! “緑の悪魔”って色んな格闘技の達人なだけじゃなくて超能力も
使えるんでしょ!? ミスリルがそんな凄い人と知り合いだったなんて!」
「気功って超能力に入るんですかね〜…。」
一人熱狂しているハーリッヒにミスリルは少々呆れていたが、確かにミスリルの知り合い
の中に“緑の悪魔”の異名で呼ばれるゴジュラスギガとそのパイロットがいた。
彼等なら戦力としても申し分無いだろうが…いない者に頼っても仕方が無い。
「もう敵はここまで来ているんだ。今ここにいる我々だけで何とかするしかあるまい。」
「そうですね。と言う事で…。」
ミスリルは自身の近くにいた他の傭兵に大龍神ごと顔を向けた。
「そこの皆さん申し訳ありませんがちょっとそこ空けてもらえませんか?」
「え?」
「別にいいけど…何するんだ?」
「こうするんです。」
ミスリルは大龍神のキャノピーを開き、他の傭兵が退いて出来たスペースに二つの
カプセルを軽く放った。直後にそのカプセルから白銀のデススティンガーと武装強化型の
セイスモサイルスが現れるワケである。
「ゲェ―――――――!! いきなりデススティンガーとセイスモが出た――――!!」
「ポ○モンか!?」
「違います! “カプセル機獣”です!!」
「ゲェ―――――――!! 何その某光の巨人が持ってそうなの!!」
確かに事情を知らない者が見たら驚くのは仕方が無いだろう。ミスリルはさりげなく
ゾイドを微小化させてカプセルに収納する技術を持っているのだが、それによって二体の
ゾイドを予備戦力として“カプセル機獣”化させていた。その内の二体が先に登場した
デススティンガー“大蠍神”と武装強化型セイスモサウルス“大砲神”である。
これらは元々ミスリルの母親(開発者とも言う)であり、SBHIシリーズの3号機に
あたる“ハガネ”専用機として作られた機体の同型で、ロボットが操縦する事が前提の
設計なので生身の人間では操縦出来ない為に基本的には無人機として使用され、
大規模戦が必要な際に大龍神の支援機としてこれまでもさりげない活躍をしていた。
「大蠍神は地中からの奇襲で敵前線をかき回して! 大砲神はスペースホープ号近辺に
固定して砲台として敵を迎え撃って! おねがいしますね?」
ミスリルが二体にそうお願いすると、大蠍神・大砲神はそれぞれに従い行動を開始する。
「スゲェ! あのロボ女、セイスモはともかくデススティンガーまで飼いならしてる!」
傭兵達は口々にそう驚いていたのだが、いつまでもそうしているワケには行かない。
彼等もまたスペースホープ外宇宙移民船団を守る為に戦わなければならないのである。
「とりあえずこれから出撃しますが…ハーリッヒさん? これからの戦いも取材する
つもりなのは分かりますし、私が止めようとしても無駄でしょう。ですけど…本当に
危なくなったら逃げてくださいよ。」
「当然! 私を誰だと思ってるの!?」
ミスリルはハーリッヒを気遣うつもりで言ったのだが、ハーリッヒは自信満々に
答えるのみであった。ならばもう何も言うまい。このまま出撃するのみ。
「ようし! 総員出撃! スペースホープ号外宇宙移民船団の記念すべき門出を
何としても守るんだ!」
「オオ―――――!!」
覆面Xの号令に呼応し、ミスリル達を含めた傭兵達は一斉にスペースホープ号及び、
各要塞型ギルタイプから発進して行った。
36形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 07:44:03 ID:???
「そろそろ登校時間ですね?今日からは護身用に羽々斬を持って行っていいですよ。
その代わり…金属製ではありませんが立派な小太刀です。
緊急時以外振り回すのは厳禁ですよ。後登校したら…
下校まで職員室に預けるように。」
「は〜い。じゃあ行ってきます。」
「どうぞ。行ってらっしゃい。」
ビップな当校風景にイドが消えるのを確認した後…
三人は警部を交えて情報の整理を開始する。

一時間ほど状況の説明を受けたところでファインがこの話題を振る。
「警部。マネキンを処分したと言いましたが…?それらは何処に?」
「確か接続部からバラして各パーツ毎に別々の倉庫に。
スペースチタニウム合金のコンテナなので破壊して外に出るのは…。」
「やらかしたわね。」
「そうですねぇ…コンテナの型番はなんですか?急ぎです。」
ミレッタとファインが表情を険しくして聞いてきたことで、
エリックにも最悪の状況があり得ることを理解できたらしい。
「NHー54の2107年度制作のものです…って!まさかっ!?」
「ええ!その真逆ですっ!帝国への反抗仕様で内側から開けることが可能です!」
四人は素早く身支度を済ませると外に止めて在るパトローバーに跨り、
海岸線の倉庫街へ急行する事となった。

ライガーゼロイクスの鹵獲。その為に準備されたのがNH−54型の特殊コンテナ。
コマンド兵が内部に潜み重要そうに搬送して帝国が接収するのを待ち…
その後秘かに内部のコマンド兵が展開。それによりイクスを擁する帝国の偵察基地。
それを丸々一つ制圧に成功したことは共和国市民の間でも語り草になる作戦だ。
そこで使われた可能性が或る。それだけで充分最悪の事態が予測できうる。
警察用のパトローバーは最高速度がバトルローバーよりも遅い。
高々20km/h程度のものだがそれでも焦るには充分の速度差である事は間違いない。
しかしその前に事件が起こるのはそこではなかったりする。
正体の解らぬ人形使い?は既に次の手を別の場で講じていた。
37形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 07:46:07 ID:???
「おはようございますイドちゃん。」
「おはようミーちゃんマーちゃんシーちゃん。」
「おっはよ〜イドちゃんミーちゃん。」
「おはよう。イドっちミッチー。」
イドは名前が二文字なので略しようが無い。しかし友達らしい三人はそれぞれ…
略されている。仲のいい証拠だがミーちゃん及びミッチー事ミーナ・ミルトン。
彼女が残りの二人に声を掛けられなかったのは、
単に双子のマリア・デュカリアと同じくシーナ・デュカリアが突然割って入ってきた。
そんな理由からだ。
「おはようございますご両人。今日も元気一杯ですね?」
「そうそう私達から元気を取ったら唯の電波姉妹じゃないw」
「おねぇ!電波は酷いよ!」
シーナがマリアに非難の声を上げるが姉は全く気にした様子はない。
カラカラと笑って逃げている。

本来ならビップ待遇もなく羽々斬をイドが持っていることが無いのが普通の風景。
それを立ち並ぶビルの一つの何処かで当校する学生達に害意の目を向けている。
しかしその存在は、
次の瞬間思わずその場から逃げ出すと言う怪しさ大爆発の行為を執らされた。
「何だ!?あのメスガキ共…真っすぐこっちを見て居やがった!くそっ!
こっちは金を貰って手伝ってるだけだっての!」
舌打ちしながらどう見ても町のチンピラAとか言われそうな男は事を起こす。
その視線が合ったメスガキ共は当然イド達四人の事だ。

「…ミーちゃんマーちゃんシーちゃん。走って!」
羽々斬を構えイドは足を止める。腰の少し上辺りから衣服の外に放熱用の極細の糸。
元々大して珍しい風景ではない。部族毎に身体的な違いが有ったりするこの星の人々。
別部族間での交配による新生児の数パーセントの確立で異形が産まれる。
そんな経緯からイドの本来は全く違う意味でのものも特に隠し立てする必要がなく、
当校初日でオーバーヒートを晒したため既に周囲の興味の対称から離れている。
しかしこれの正体は髪の毛程の細さの触腕。放熱ばかりではなく攻撃にも使用可能。
程なく飛んで来た数多の石飛礫を全て羽々斬と触腕で叩き落とした。
38形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 07:50:56 ID:???
「あのガキ!あれだけの石飛礫でも無理なのかよ!
あいつ俺をだましやがったなっ!」
「ほ〜う?誰が坊やをだましたってぇ?」
「なっ!?…あがががががg…。」
振り向いた若いチンピラはその口に銃口を差し込まれて涙を流している。
「これ以上騒ぐと引きたくない引き金を坊やが自分で引かせちまうぜ?」
その銃の先に居るのはそのチンピラと比べれば精悍なチンピラ。
頬に傷があり無精ひげに大口径の大型拳銃と狂犬と言う通り名さえ感じる。
「へい。銀次です全くお嬢と言いアニキと言い…こっちは取り敢えずです。
どうやら本星に金で雇われたバイトらしいんで引き取りに来てくだせぇ。」
「よし…手の者を回す。お前はそのまま学校まで張り付いとけ。
誰かを使って好き勝手にやらせて自分は本命を狙う…
奴も言っていただろ?”力”絡みは広くカバーできんと話にならない。
今回はどうやらエンチャンター(付術師)関係だ油断できない。」
「了解しやしたボス。」
銀次はチンピラを警察に突き出すとそのままゆっくりと通学していく生徒に続く。
不謹慎に手を振る四人の少女に手を振りかえすとビルの陰に消えようとする。

「ちっ!」
その矢先に銀次はその場から最大戦速で逃げ出す。
数秒前まで彼の居た場所にはゾイドの足が在る。
「逃げろっ!リビング・デッド・バタリオンだ!」
何処から仕入れたのか?キメラブロックを応用し、
ジェノザウラーを基本シャーシとした高機動鬼畜兵器。
収束荷電粒子砲さえ無いがその戦闘力はバーサークフューラーにすら匹敵する。
キメラコアとジェノザウラーのコアの相乗出力は凶器とか言う次元を超え、
有人以外の運用は現在制作したネオゼネバス帝国でも禁止されている。
しかし明らかに頭部にあるのは初期の無人種のもの。
今の今まで見付からなかった事を考えても遠隔操作されている事は疑いようは無い。
「くそっ!猟奇殺人の次は大量虐殺を始めようってか!?狂ってやがる…。」
本来護身用程度で弾薬の少ないAZAPマグナムリボルバー。
それを構えて一撃必殺を狙う他は手詰まりの状況となった。
39形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 07:53:34 ID:???
「ねえねえ!あれってゾイドじゃない!?」
シーナが亀顔のリビング・デッド・バタリオンを指差し叫ぶ。
「あれって無人機!」
イドの顔も真っ青になる。
あのタイプは頭部を叩き落としただけでは動きが止まらない。
しかもMJコネクト方式を使ったブロックス兵器なのでその程度なら直ぐ治る。
情報操作で共和国内ではブロックスは戦場でのリカバリは不能と報じられている。
これは個人レベルでのテロリズムや犯罪抑止の為のでまかせであり、
実際に戦場であ〜でもないこ〜でもないとガシガシ扱っていた保護者。
それを知っているので緊張と恐怖心をイドは隠せない。

件のゾンビゾイドは銀次を飛び越え登校する生徒たちを目標に走り出す…
そう思われたが突然つんのめって派手に転倒する。
その右足首から下は何かに撃ち抜かれジョイント部から外れていた。
「この一撃…アニキか!」
銀次の目線はこの区画では一番高いビルの屋上を向いている。

「ふう…間に合ったぜ。ファイン。お前さんに連絡回して助かったよ。」
通信機からパトローバーに跨った状態でその言葉を聞くファイン。
「いやあ〜こっちも大助かりですよ。やっぱり八つ目の異名は相変わらず。
頼りになります…ラグ。いえ今はビックボスですか?」
「よせよ…そいつはお前等のお陰で名乗れるんだよ。それよりも止めを!」
「了解…銀次ですか?急いで頭部を撃ち抜いてください。
後はもう一発こっちから狙撃してショック状態によるシャットダウン。
それで終わりです。」
通信を切るとAZ105oスナイパーライフルを構え狙いを定める。
微かに銃声が聞こえたと同時に引き金を引くと…
遠くで鋭く甲高い金属音が木霊し程なくして、
「アニキ。機能の停止を確認しやした。やっぱり狙撃はお手のものですね。」
「よしてください。誉めても小遣いは出せませんよw」
かくして朝の第一ラウンドは幕を下ろす。
しかしこれが別のゾイドであったら?誰しもそんな事は考えたくも無い。
40形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 07:56:23 ID:???
倉庫街。
昔から如何わしいことは港から…と言う事で警察の監視網は鋭い場所の一つ。
例のコンテナはここの幾つかの場所に分けて置いて在るらしい。
エリックにも何処にどのパーツがあるか?そこらの連絡は届いてなく…
結果として目的である右手と左手のコンテナ。二つを探す作業に入る。

さすがにセット販売での行動には限界があり二手に分かれての行動。
ファインとジョイス。ミレッタとエリックの組み合わせとなる。
「なんで私と警部が?」
「お嬢様しょうがありません。私と警部ではいざというときに手がでない可能性。
私とお嬢様の場合は犯人が居た場合は逃げられる危険性があります。」
「ぷ〜…さあ警部!さっさと行きましょう!」
「はいはい。」
ちょっと不機嫌そうな素振りをして東側に向かうミレッタとエリック。
それを確認してファインとジョイスは西側へ向かう。
その途中…
「ジョイスさん…?貴方は…何か使えますね?
身の熟しで私達同様ガイロス式を使えるのは解ります。
でも他にもまだ扱えるものがあるのでは?」
「いやはや…お目が高い。実は趣味でムエタイと執事式を少し。」
成る程とファインは思う。
執事式と言う奴は特別中の特別な格闘術で、
主人の命と自らの職務を全うすると言う事のみに特化した特殊な技。
右手にトレーを乗せたままで一小隊クラスの特殊部隊を鎮圧できる。
そんな証言がまかり通る特別中の特別なものである。
扱える者は少ないが個人的な認知の範囲で六つほど流派が在るらしい。
そう成ればジョイスの全身は凶器と言って差し支え無い。

「遅かったわね…。もう右手は逃げ出してる。」
右手が閉じ込められていたコンテナは上げ底をこじ開けられ、
ロックを内側から外し逃走した後だった。
残っている右手は時間稼ぎの為のトラップと言ったところだろう。
41形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 08:00:01 ID:???
「どうやらこっちは間に合ったみたいですね。」
丁度今左手の群れがコンテナから這い出てくる最中だった。
「こっちはとはもしかして?」
「ええ彼方は既に逃げ出していたそうです。それで…」
「ああ…来ましたね右手が助けに。どういたしましょう?」
「当然各個撃破です。」
「承知いたしました。では!」
ファインとジョイスはマネキンの左手と右手に襲い掛かる。
とても間抜けな兵士と執事がマネキンしかも腕だけの群れに向かっていく姿。
しかし当の本人達は至極当然の様に大まじめであり、
蠢くマネキンの腕の群れは気味が悪い…だが数分と掛かること無く決着が着く。
始めは真面目に格闘戦を挑んでいたファイン達であったが…
一分を過ぎたところで余りの数の暴力の前にファインが飽き、
銃でコンテナの接続部を破壊し押し潰すと言う暴挙にで片を付けたのであった。

「で…あの右手は放っておいて大丈夫なんですか?」
エリックは動かなくなった右手を持ち上げてミレッタに聞く。
すると…
「私は人形使いよ。普通の付術士程度のエンチャントなんてゴミ同然ですよ!
ちょっと力を充ててやればほら!この通り〜♪」
自信満々に私の言う前でそのマネキンの右手は動くことを止めて床に落ち割れる。
「相手が人形であるなら人形使い同士でないと一方的に勝つのは当たり前。
掛けて後は自動操縦なエンチャントは根本から違いますから…
見た目と基本の術式体系はか〜なり一緒ですけど。」
まだ動ける右手が宙を舞うがそこにはミレッタの左指が弾丸の様に突き刺さる。
「それに人形使いのマリオン(自作人形)は持ち主の力の在る限り…
下手な合金よりも硬くSTGのホーミングレーザーよりも正確無比なの♪」
エリックは拍手をする他ない。
「急ぎましょう多分中核になる令呪は頭部か背中の内側にある筈です。」
「じゃあなんでお二人さんは手を探しに走ったんですか?」
エリックの質問は当然だ。その答えは…
「手が動けば外側から開コンテナをけられるでしょう?物理的に。」
42形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 08:01:56 ID:???
「令呪が胴体か頭にあるですと?」
「はい。偽装するなら樹脂を固めてる最中に…
ある程度の硬さになったら令呪を貼り付けて埋めるんですよ。
そうすれば表側表面はおろか裏側からも発見されません。
そして…この方式でマネキン人形を揃えた場合には…
同じ製造日、若しくは同じ工場で生産されたマネキン人形にコピー令呪を施し、
大量のマネキン人形を一つの令呪で運用可能ですよ。」
走りながらファインはジョイスに大量の物質を同時にコントロールする方法を教える。
しかし少しして…ファインはこんな事ぐらい知っているんだろうな。
そう思いそのまま言わせてくれたジョイスに感謝した。
何か口に出していないと悪い方向へ悪い方向へ考えが向いてしまうからだった。

「おっ?お二人さんもご到着かい!」
微妙に間違ったテンションでミレッタがファインとジョイスを出迎える。
「首尾は?」
「下の下。こっちは逃げられていたわ。そっちの首尾は?」
「同じく下の下です。面倒になって倉庫一つが今後一週間は使えません。」
「あんた達…始末書を書く方の身にもなってくださいよ…トホホ…。」
エリックががっくりと肩を落とすが直ぐに立ち直ると…
「居ますかね?令呪付きか本星?両方居てくれたらラッキーなんですけど。」
「それはこれからでしょうね?お嬢様?マリオンの調子はどうですか?」
「私は大丈夫。マリオンギアームの方はさっき左指を使っちゃったから左は駄目ね。
私はチャージが苦手だから一度使いきるとこの通りだし…。」
そう言ってミレッタが見せた左腕は手首の辺りから下が視覚偽装されていない。
力を使いきったと言う意味がよく解る程力が抜けて脱力し海風に遊ばれている。
「繰り糸の方は確り付いているみたいですけど何か問題でも?」
「大ありなのよ…力が無ければ木彫りに樹脂コート。剛性に難有りで不安。」
「さいですか…なら踏み込むのは私からみたいですねっ!」

倉庫側面の扉を蹴破り素早く倉庫の中央へ駆け込むファインだったが…
その視線の先にはファインは元より人形使いのミレッタでさえ予測が不可能。
そんな事態が起こっていた…ではなく起こっている。現在進行形だった。
43形使い ◆5QD88rLPDw :2008/02/14(木) 08:04:16 ID:???
「お客様ですか?少々お待ちください…もうすぐ後始末も準備もできますので。」
後に付いて入ってきたミレッタ、ジョイス、エリックもその光景に絶句する…。

そこに存在したのは大量の分割マネキン人形とその中心に…女性の様な姿。
非常に露出部分が多い。とか言うより襷状の布束を幾つか肩に掛けているだけ。
しかし直ぐにその襷状の布の意味とそれによって多少隠されていた姿…
それに異常が有ることに気付く。
そこに居たのは現実離れした容姿の女性の人形。
それも人体模型のサイズであり球体関節を隠しもせず何かを行なっているのだ。
「驚きましたか?私の名はアニマ・ハイランド。可笑しいでしょう?
人形なのにファミリーネームまで有って…でも驚くのはそこではないのですけどね。」
優しく笑う人形。ついでに言えば血色まで良く健康体その物。
そして自分の背中をくるりと見せシリアルナンバーと名前を見せる。
「…読み違いが激しいみたい。エンチャンターだと思っていたのに、
出てきたのはマスターレスマリオンなんて…。」
ミレッタの呟きを聞き取ったのだろう、アニマは答える。
「いいえ…私はマスターを失ってなど居りません。そもそもマスターは…
私が動き出した時点で既に居りませんでした。生死も不明ともなれば、
マスターレスというよりもオートマリオン(完全自立人形)と言うべきでしょう。」

アニマがマネキンの竜巻の中に居るため攻撃は当然意味が無い。
手出しができない四人を後目にアニマはマネキンを歪な組み合わせに仕立て上げる。
「何故殺人など行なったのですか?しかも無差別に!」
「それも違います。私は誰の命令も受け付けませんし、自我も殆どありません。
私にできる事は令呪を奪い取り自らを保存することだけです。
お話は終わりですか…?それなら…後始末をお願いしたいのですが?」
殆ど一方通行で話を続けるアニマ。
「邪気…唯の令呪ではなくて呪いの藁人形のデラックス板だったみたいですね…。」
うねり、指を動かし、本来の目を持たないマネキン人形のゴーレム。
それはアニマの拘束を脱すると目の前の四人に襲い掛かる。
空中に浮き停滞していた手足や頭部を惜しげなく飛ばしてくるのだから…
攻撃された方は堪ったものではない。
44ぽよぽよ君:2008/02/14(木) 17:25:57 ID:???
「ああ・・・明るい・・・私は何をしていたのだ?ここはどこだ・・・?」

はるか未来の惑星ZI・・・そこではゾイドを戦闘競技に使用する
「ゾイドバトル」が開かれていた。
現在、ライオン型とティラノ型の機体が優勝を賭けて飛び交っている。

「昔の俺だと思うな!いくぜライガーゼロファルコン!」
「こっちも別物として蘇ったんだ!シュトゥルムテュランの力を見せてやる!」

かつて二年前、同じ舞台で優勝を争った二人がそこにいる。
ビットクラウドとベガオブスキュラ。

「どちらも凄い戦いだ・・・目が付いて行かん」
「あの二体はオーガノイドシステム搭載ゾイド。戦うごとに強くなる。
 ついにここまで化け物じみた強さになったか・・・
 しかし奴らアルティメットXはまだまだ性能を上げ続けるのだ。永遠にな」
「え、永遠・・・」

無限。気の遠くなるようなその言葉は、目にした物を驚愕させるしかなかった。
45ぽよぽよ君:2008/02/14(木) 17:36:25 ID:???
永遠、無限、絶対。
はるか昔の「オーガノイド」という技術により実現したその禁断の力。
その力を余す事無く使いこなす二体のゾイド、ゼロとフユーラー。
そのゾイドの宿すオーガノイドシステムは運命でもあるのだろうか、
何かまた別のオーガノイド的存在と惹かれ合う。

数千年の眠りから覚めた男・・・頂上決戦が行われている場所より遥か彼方にいる彼の存在を目覚めさせたのだ。
「例えようも無い大きな力がぼくを呼んでいる・・・」
科学で証明できない第六感とでも言うべきか。
男は引き寄せられるように至高の決闘が続く地へと足を運んでいった。
自分の体と融合させたゾイドの足で一歩、一歩と。
自分はゾイドなのか人間なのかわからない。
自身は人間の筈だ。しかし意思で動かす体は鋼鉄の竜だった。
もう何が何なのかわからない。
判っている事は、得体の知れぬ大きな力に吸い寄せられるように
独りでに体が動きゆく事だけだった。
46ぽよぽよ君:2008/02/14(木) 17:55:12 ID:???
「ぼくは何を求めているんだ。何故歩くんだ。」
考えてもわからない。ただ一歩一歩知らないものを求め前に進んでゆく。
その時、男の頭に激痛が走った。
ゾイドの力を活性化させるシステムの概念が突如彼の頭を横切ったのだ。
「今のは何だ?妙に懐かしくわずらわしい・・・」
機械か人間かわからない彼は歩き続けた。永遠とも思える無意味な行動。
しかし彼はついに目的地へと辿り着いたのだ!

光り輝くすがすがしい青空のもと。
大勢の観衆が熱狂して叫んでいる。応援、歓声が響き渡る。
英雄を讃えるような賛歌が辺り一面を塗りつぶしている。
その先には今まさに輝かんとする二体のゾイドがひしめきあっていた。

「──────────────────!」
男の脳内に閃光が走った。忘れていた何かを思い出しつつあるのがわかる。
同時に封印されていた自己の闘争本能が突如として沸きあがってきた。
頭の中が溢れ出す情報で埋め尽くされて行く。
男にとって自分は誰なのか、何を求め彷徨うのか、
もはやそのような事は既にどうでもよくなっていた。
今、彼の目の前にあるのは戦いと破壊。

「──────殺せ!!!」

その欲求しか見えなかった。
47名無し獣@リアルに歩行:2008/02/14(木) 19:30:50 ID:???
↑変な小説書いてねえで、さっさと回線切れば?
48名無し獣@リアルに歩行:2008/02/14(木) 19:46:18 ID:???
ぽよ豚=冬厨
49名無し獣@リアルに歩行:2008/02/14(木) 23:47:36 ID:???
あきた ねる
『敵機の出撃を確認! こちらも発進願います!』
ライオ共和国軍ジャイアントスフィンクス艦隊においてその様なアナウンスが流れ、既に
各搭乗機内で待機していたルイス、バングラン、レイアは改めて操縦桿を握った。
そしてジャイアントスフィンクスの巨大な口が開き、そこから日光が差し込む。
「よぉし! お前等出撃すんぞ!」
「了解!」
バングランの号令に合わせ、彼の搭乗するエナジーライガー、ルイスの“セブンズソード”、
レイアのヴァルキリーシーザー、さらにその他もろもろの各機ライオン型ゾイド軍団が
次々に出撃して行った。
「まずは航空隊が先制爆撃し、その後で重砲隊が先行して敵に砲撃を仕掛ける!
それが終わった後で俺達が突撃する! いいな?」
「了解!」
バングランの命令によってエナジーライガー、セブンズソード、ヴァルキリーシーザー、
その他の接近戦用ライオン型ゾイド達はいきなり突撃する様な事をせずに後方で待機し、
重砲隊のライガーゼロパンツァー、シールドライガーDCS、レオストライカーなどに
道を空けて先行させた。その上空をさらに航空爆撃隊のバイトグリフォンが飛んで行く。
「俺達の分も残してくれよー! 全部吹っ飛ばすんじゃねーぞー!」
後方待機の突撃部隊からはその様な声が聞こえていた。

『敵の第一陣はバイトグリフォンが多数! 対空迎撃お願いします!』
『各艦はバリア展開! 爆撃に備えよ!』
スペースホープ外宇宙移民船団側でもその様なアナウンスが響き渡り、スペースホープ号
を含め各要塞型ギルタイプはバリアを展開し、対空戦に秀でた傭兵達が一斉に迎撃に出た。
「策敵範囲内だけでも敵の物量は我々の10倍は下らんか…ライオ共和国め…本気で
スペースホープ外宇宙移民船団が世界征服でもやらかす気とでも勘違いしているな?
だがそうはさせん! そっちが圧倒的な“数”で来るならこちらは数を物ともしない
圧倒的な“質”を用意したのだ! 何としてもここは食い止めるぞ!」
「オオ―――――――――!!」
覆面Xの号令に傭兵達の一斉対空迎撃が始まった。大砲神や覆面Xのジェノブレイカー
その他様々な傭兵が持ち込んだデスザウラーやらバイオティラノやらバイオボルケーノ
やらの粒子砲が火を吹き、空一面に展開する敵バイトグリフォン隊を次々に消して行く。
続けてアイアンコングやディバイソンも弾をばら撒き、次々にバイトグリフォンが落ちて
行く。スペースホープ外宇宙移民船団の周囲は早くも墜落したバイトグリフォンの
起こした爆発によってさながら火炎地獄となっていた。しかしそれでも全てのバイト
グリフォンが落ちたワケでは無い。対空砲撃を避けきった機体が次々に移民船団各艦に
爆弾を投下して行くのである。
「一応バリアで全部防げた様子ですけど…それでも流石に何時までも食らいっぱなしは
不味いでしょうね!」
「そうだ! だからこそ敵が接近する前に叩かなくてはならん!」
移民船団の上空で大龍神・ファントマー・エアットはそれぞれにバイトグリフォンを
各個撃破していたが、またもアナウンスが響き渡った。
『敵の第二陣接近! ミサイルや長距離ビームを主体とした遠距離砲撃と思われます!』
そのアナウンスの通り、前方から多数のミサイルやビームが飛んで来ていた。
ライオ共和国重砲隊の誇るライガーゼロパンツァー、シールドライガーDCS、
レオストライカーによる一斉重砲撃だった。だが…
「そうはさせません! 全ミサイル解放! ドラゴンミサイル! シュート!」
ビームの方は他の者達に任せるとして、ミサイルの方は大龍神が何とかしようとする
つもりらしかった。そして大龍神の頭部から尾に至るまでありとあらゆる場所の装甲が
捲れ上がり、そこからおぞましい数のドラゴンミサイルが放たれたのである!
「お前一体どんだけミサイル持ってるんだよ!」
あんまりど派手すぎる全身ドラゴンミサイル一斉発射に味方の傭兵にさえ突っ込まれる
ミスリル&大龍神であったが、それだけに終わらない。何と発射されたドラゴンミサイル
の一発一発からさらに多数の小型ドラゴンミサイルが放たれ、さらにおぞましい数と
なってライオ共和国重砲隊側のミサイルに襲い掛かり、次々に破壊していたのである。
無論…それでも全て破壊するには至らなかったが、他の者でも十分に迎撃出来る程度しか
残っていなかったが為にそれほど問題では無かった。

重砲隊のミサイルが全て迎撃されてしまった事はライオ共和国側に衝撃を与えていた。
「こちらのミサイルが全部破壊された!? しかもその大半はたった一機のゾイドに
やられただって!? そんな事出来る奴は一体何者だ!?」
バングランは先行していた重砲隊の者に手当たり次第にそう怒鳴り付けていた。
そして重砲隊の者から話を聞いた時、彼の表情が大きく歪んだ。
「何ぃ!? 奴が…奴がいると言うのか!?」
「バングラン大尉! 奴とは!?」
バングラン大尉の狼狽振りは尋常では無いとルイスも思わず焦って問いかける。
「奴ら…一体どんな手を使ったのかは知らないが…あのロボ女を引き込んでやがる!」
「ロボ女…?」
「お前だって聞いた事あるだろうが! 何処の国にも付くわけでなし、個人で滅びの龍を
乗り回して世界中をのらりくらりと混乱させる胸っ糞悪いあの機械兵の出来損ない!
全く腹が立つぜ…ロボット風情が人間様を何だと思ってやがるんだ!?」
「そ…そうだ! 僕も今思い出しました! ドールチームのミスリルの事ですね!?」
「おうよ! まさか奴があちら側に付いていたとは驚きだが…考えようによっては好都合
かもしれねぇ! 何しろ滅びの龍の艦隊とロボ女の両方を一度に潰せるんだからな!」
「ハイ!」
「俺ぁやるぜ! 奴を絶対に倒してやる…ライオ共和国は俺がやっと見つけた安住の地
なんだ…あんな連中などに潰させはせん!」

バングランは元々ライオ共和国の出身では無く、他国から帰化した身である。そして
彼の元々の出身国の軍に所属し、まだ新兵だった頃に彼を厳しくも温かく鍛えてくれた
恩人が…とある戦いでミスリル&大龍神によって殺されていると言う過去があった。
無論それは戦争の一幕に過ぎず、ミスリルとて敵軍側に一傭兵として参加していただけで
ある為に非は無いのだが、バングランはミスリルに対する憎しみを忘れる事は無かった。

「よし! 重砲隊が撤退後、今度は俺達が突撃を仕掛けるぞ!」
「了解!」
「爆撃や遠距離からのミサイル砲撃が効かないとすると…俺達が奴等の懐に飛び込んで
やるしかない! 俺達の責任は重大だぞ!」
バングランの号令に基き、ルイスやレイア、その他突撃部隊に所属する接近戦主体の
ライオン型ゾイド各機が突撃の準備に取り掛かっていたが…
「うわあぁ!」
「ぎゃぁ!」
突然響き渡るライオ共和国軍兵士達の絶叫と爆発音。
「一体何が起こった!?」
「奇襲です! デススティンガーが地中から奇襲を仕掛けてきました!」
「何ぃ!?」
突如突撃前の突撃部隊を襲ったのは大蠍神だった。そして大蠍神は地中から地上へ
出たり潜ったりを高速で繰り返しながら次々にライオ共和国側のゾイドを斬り裂き、
叩き潰して行くのである。
「とにかく奴を何とかしろ!!」
たった一体の大蠍神のせいで早くも戦線は混乱していた。このままフォーメーションが
崩れた状態では敵に突撃を仕掛けても効果は半減となる。何とかして大蠍神に攻撃を
仕掛けようとするが、動きの素早い大蠍神に逆に翻弄されて行くのみ。だが…
地に潜った大蠍神が再び地上に出た時、ヴァルキリーシーザーのブレードが大蠍神を
襲っていた。とっさに大蠍神もシザースで受け止めるが、そのヴァルキリーシーザーは
レイアの搭乗する機体だった。
「許さない…父さんと母さんの仇…忌わしき魔蠍め…私は絶対に許さない!!」
その時のレイアの目は誰の目にも明らかな程憎悪に狂っていた。

大蠍神がミスリルの制御下に置かれる以前は誰にも制御不可能な暴走する悪魔だった。
いかなるパイロットであろうともあっという間に強烈な精神ストレスによって狂わせ、
発狂させ、精神を破壊し、時には脳そのものを破裂させた事もあった。元々ミスリルの
様なロボットが搭乗する事が前提である為に生身の人間の操縦は不可能なのが大蠍神なの
だが、先史文明遺跡から発掘した資料を基に大蠍神を作っただけに過ぎない人間はそれを
理解出来ず、ただいたずらに多くの人を犠牲にした。そして暴走する大蠍神によって
殺された人々の中には…レイアの両親の姿もあった。つまり、レイアが孤児となったのは
大蠍神の手による物なのである。
「どうした!? また暴走して多くの人々を無意味に殺すつもりか忌わしき魔蠍!?」
レイアのヴァルキリーシーザーは超高速で前脚のブレードやカッターで大蠍神を
斬り裂こうと果敢に挑むが、大蠍神は右腕部だけでそれを軽くさばいて行く。
レイアは一方的に大蠍神を憎んでいたが…ミスリルの制御下におかれ、彼自身もまた
ミスリルの為なら例え火の中水の中と言う位にミスリルに心酔している大蠍神にとって
レイアなど眼中に無い。所詮は敵兵A程度でしか見ておらず、彼はミスリルに命令された
敵前線を混乱させると言うミッションを忠実にこなそうとするのみだった。
「待てぇ! 逃げるな! この忌わしき魔蠍!」
「レイア!」
レイアのヴァルキリーシーザーは大蠍神の追跡に入り、ルイスはそれを止めようとしたが、
そこをさらにバングランが止めた。
「あのデススティンガーはレイアに任せよう! 本命はあっちの滅びの龍だろう!?」
「ハイ!」
「心配するな。レイアはあんなのに負けはせんよ! それはお前が良く分かってるだろ?」
ルイスのセブンズソードやバングランのエナジーライガーを含め、フォーメーションを
立て直した各ライオ共和国軍ゾイド達は次々にスペースホープ号へ向けて突撃を開始した。

『敵突撃部隊が接近中! 接近戦を挑むつもりです!』
「迎撃しろ! 何としても各艦に近付けさせるな!」
「了解!」
ライオン型特有の機動性でどんどん距離を詰めてくるライオ共和国軍突撃部隊に対し、
スペースホープ外宇宙移民船団防衛傭兵部隊はデスザウラーを初めとする粒子砲装備型
ゾイドを前面に押し出し、各種粒子砲の一斉砲撃をお見舞いした。数はライオ共和国の
獣王師団が勝るが、質は傭兵部隊の方が上だ。波の様に押し寄せる粒子砲によって
ライオ共和国突撃部隊のライガーゼロやブレードライガー、レオゲーターなどが次々に
消し飛ばされて行く。しかし全てが消滅したワケでは無い。数はライオ共和国側が圧倒的
優位であるが故の人海戦術ならぬ獣海戦術で後から後からどんどん押し寄せて来る。
「あらら〜…まだまだあんなに沢山いますよ。」
「恐らくは本当に総力を挙げて仕掛けて来ていると思われる…。」
上空から敵突撃部隊の様子を見ながらミスリルは呆れ、スノーは冷静に感想を述べていた。

「敵の砲撃に怯むな! スピードを生かして何としても敵に肉薄しろ!」
突撃隊の中でも先陣を切っていたエナジーライガーバングラン機の中でバングランが
突撃隊に加わる周囲の皆に、そして自分自身に言い聞かせるべく大声で怒鳴り上げた。
だがその間にも無情にも多くの仲間達が荷電粒子砲やバイオ粒子砲、プラズマ粒子砲の
渦の中へと消えて行くのである。
「クソッ! よくもあれだけの荷電粒子砲搭載機を用意しやがって!」
「ですが敵に肉薄して乱戦に持ち込めば敵だって荷電粒子砲は使えなくなるはずです!」
「おうよ! だからお前等も何としても奴等に接近しろ!!」
と、その時だった。彼等の上空を多数のミサイルが追い抜いて行き、スペースホープ
外宇宙移民船団各艦に直撃爆発していた。
「お! これは支援砲撃か! よし今の内に突撃だぁぁ!」

一度撤退した重砲隊が弾薬の補給を済ませて再び戦線に復帰、砲撃を行って来ていた。
そして次々にライオ共和国軍側後方のジャイアントスフィンクスの口から次々に
ライガーゼロパンツァーをはじめとする重砲型ライオン型ゾイドが発進して行く。
「やはり雑魚を一匹一匹相手にしていたのでは埒が明かん! おーいミスリル君!
あの敵後方の巨大ライオン型要塞を何とか出来んかね?」
「え? ああ…あの大きい奴ですね? やって見ます!」
覆面Xの頼みに応え、ドールチームは攻撃目標をジャイアントスフィンクスへ移行した。
「大砲神は敵巨大母艦の四肢に砲撃を集中して動きを止めて! 後は私達が接近して
トドメを刺すから!」
ミスリルの指令により、それまで突撃部隊相手の砲撃を行っていた大砲神が標的を
敵後方のジャイアントスフィンクスへと変更。超集束荷電粒子砲を発射し、次の瞬間
細くも高密度に絞り込まれた荷電粒子の塊がジャイアントスフィンクスの内の一体の
右両脚を撃ち抜いていた。

『ジャイアントスフィンクス三番艦が被弾! バランスが取れません!』
『なんとかして持たせろ! 近くにいる二番艦、四番艦にフォローさせても構わん!』
大砲神の超集束荷電粒子砲はジャイアントスフィンクスの右両脚の関節部分を正確に
撃ち抜き、それによってバランスが保てない状態にされた為に近くにいた同型艦に
何とかフォローさせて貰っていた。だが…
『敵機接近! 先程我が軍のミサイルを次々に撃ち落した奴です!』
『何ぃ!?』

「それそれそれぇ! 行きますよぉ!」
大龍神を先頭に、ファントマーやエアット、その他の傭兵が搭乗する飛行ゾイド達が
ライオ共和国重砲隊の対空砲撃や空軍バイトグリフォン隊の迎撃を物ともせずに突撃して
いた。そして先陣を切った大龍神が先程の大砲神の砲撃によって大きくバランスを崩した
ジャイアントスフィンクス三番艦のブリッジの存在する頭部へ、チタン・ミスリル・
オリハルコン特殊超鋼材、略して”TMO鋼“製の破壊爪、”ドラゴンクロー“を突き
立てるのである。TMO鋼の超強度に加え、大龍神の恐るべき大パワーがジャイアント
スフィンクスの重装甲を紙の様に引き裂いて行くが、それだけでは無かった。
「必殺! ドラゴンプラズマクラッシャァァァ!!」
ドラゴンクローから超高圧電流を流し込む荒技、“ドラゴンプラズマクラッシャー”を
放った。忽ちジャイアントスフィンクスの全身がスパークを起こし、さらにエンジンや
全身の武器弾薬に引火、その巨体は忽ち大爆発を起こし、フォローの為に接近していた
二番艦、四番艦にも大きなダメージを与えていた。それでいて大龍神は平然としている
のでますます性質が悪い。主人公とはとても思えんえげつなさである。

『ジャイアントスフィンクス三番艦轟沈! 総員退避!』
ジャイアントスフィンクス三番艦の爆発四散によって飛び散った大量の破片は周囲に
いたライオ共和国軍ゾイドにも大被害を与えていた。数百メートル級の巨体を誇っていた
のだから、その分爆発した際の破片も巨大だ。故にその破片に潰されるライガーゼロ
パンツァーなどが続出し、皆必死になって逃げ回っていた。

ジャイアントスフィンクス三番艦轟沈の報告は突撃中のバングラン達の所にも届いていた。
「何ぃ!? ジャイアントスフィンクス三番艦が沈んだ!?」
「それは本当ですか大尉!」
「ああ…しかもそれをやったのはあの胸っ糞悪いロボット女だ…。全く最低だぜ奴は…。」
「ならこちらもその分のお返しをするべきですね!」
「おう! 奴等の旗艦に取り付いてエンジンに一発刀でもブッ刺してやれルイス!」
「了解!」
バングランのエナジーライガー、そしてルイスのセブンズソードはスペースホープ号を
目標とし、突撃を仕掛けた。

ライオ共和国軍陣地後方ではライオ共和国空軍のバイトグリフォン隊とスペースホープ号
防衛傭兵混成部隊の壮絶な大空中戦が展開されていた。やはり物量面ではライオ共和国が
遥か上。しかし傭兵部隊は質を持って互角以上に戦っていた。
空軍との戦闘は他の傭兵に任せ、ミスリル&大龍神は低空飛行を行いながら対艦戦闘に
勤しんでいたが、そこでジャイアントスフィンクスの巨大な前脚が襲い掛かるのである。
『三番艦は奴に破壊された! 奴は何としても破壊せよ!』
ジャイアントスフィンクスの二番艦と四番艦がそれぞれ巨大な前脚を持って大龍神を
潰そうとする。元々数百メートル級の巨大母艦と言うだけあって爪だけでも大龍神以上
の巨大さを持っていたが、母艦であるが故に内部にいるクルーの安全も考慮してか、
どうしても動きが鈍重になってしまっていた。だからこそ逆にスーパーが付く程強靭な
ロボットであるミスリルが搭乗する事が前提であるが故に生身の人間では危険以前に
即死は必至な急加速急制動が可能な大龍神は簡単にかわしてしまう。そして前脚のクロー
攻撃を回避されたジャイアントスフィンクスはそれぞれバランスを崩して倒れそうになり、
二番艦と四番艦はそれぞれに接触し、激突。そうなれば艦内にいたクルー達も衝撃に
よって放り飛ばされ、艦内の壁に衝突したりともう艦内は阿鼻叫喚となっているかも
しれない事は想像に難くは無かろう。その後で二番艦&四番艦のブリッジを大砲神の
超集束荷電粒子砲が撃ち抜いて行くのだからもう泣きっ面に蜂である。

『二番艦・四番艦も轟沈! 続いて五番艦・六番艦もやられています!』
ライオ共和国軍側にその様なアナウンスが響き渡り、ライオ共和国軍後方は大混乱に
陥っていた。傭兵達は誰もが覆面Xに選ばれた者達だ。だからこそ例え名前が公表されて
いなくとも、誰もがドールチームにも負けない猛者達だったのである。その上彼等は
一見それぞれが好き勝手に戦っている様に見えるが…さりげなく覆面Xに統制され
さながら一個の軍隊としての働きを見せてもいた。

「サイキックミサイルボンバー!」
アールス&ゴルヘックスがさり気なく前線にまで躍り出ており、敵の砲撃は精神波増幅
装置によって何十倍何百倍にも強化した自身のサイコキネシスによって捻じ曲げ、さらに
同じくサイコキネシスによって敵ゾイドを持ち上げ、それを高速で飛ばし、質量砲弾化
させる事でジャイアントスフィンクスに次々ぶち当てると言うこれまたかなりえげつない
戦法を行っていた。
「わーすごいすごい! 超大型艦がゴミの様に破壊されていくわー!」
ハーリッヒ&スクープマスターもある時は後方に、またある時は最前線まで行ったり
来たりしながら戦場の様子を事細かくカメラに撮影していた。その中には当然砲弾が
雨あられと降り注ぐ様な場所もあったし、ライオ共和国側からの攻撃を受ける事も
あったのだが、それでいて少しも被弾していないあたり、流石はミスリルをして
“地上最強のジャーナリスト”と言わしめるだけの事はあった。

ジャイアントスフィンクスがとんどん破壊されて行っている事実は当然なおも
スペースホープ号へ突撃を仕掛けていた突撃部隊にも報告されていた。
「バングラン大尉! 後方が大変な事に…。」
「ふり向くなルイス! 俺達の任務は敵陣への突撃だ!」
「りょ…了解!」
バングラン大尉が歯軋りしている事を通信機を通じてルイスも感じていた。本当は彼も
また後方を救援に行きたいと考えているのだろう。だが、それに耐えて今は突撃を
行っている。だからこそルイスもまたこの作戦は何としても成功させなければならないと
強く心に言い聞かせていた。

大蠍神は地中に出たり入ったりを繰り返しながらの敵への攻撃をなおも続け、それを親の
仇の様に…と言うより本当に親の仇として狙うレイアのヴァルキリーシーザーの追撃をも
まだ続いていたのだが、やはり大蠍神にとってレイア&ヴァルキリーシーザーなど眼中に
入っていない様子だった。
「くそっ! 私を無視するなぁぁ!!」
レイアは物凄い形相となり、ヴァルキリーシーザーの背負うツインインパクトキャノンを
至近距離から大蠍神の頭部へ撃ちまくった。しかし流石に大龍神のTMO鋼製の装甲には
勝るべくも無いが、大蠍神の装甲だって堅い。至近距離からの連撃を平然と受け流し、
その直後にはヴァルキリーシーザーを邪魔だと言わんばかりに右腕で払い除けていた。
「くっ!」
大蠍神の大パワーによって払い除けられれば軽量なヴァルキリーシーザーは忽ちの内に
吹っ飛んでしまうが、それでもレイアはヴァルキリーシーザーを綺麗に着地させ、再び
大蠍神へ突撃させる。だが、親の仇を討つ為とは言え完全に熱くなっているレイアとは
対照的に大蠍神はクールに周囲に展開する他のライオン型ゾイドを次々に切り裂き、
潰し、吹き飛ばし、破壊して行った。
「このぉぉぉぉ!! 私を嘗めるなぁぁぁ!!」

ライオ共和国軍後方に各傭兵で各自に改造したと思われる飛行型装備のデスザウラーや
マッドサンダーが次々に降り立ち、後方で支援砲撃を行っていた重砲隊のライガーゼロ
パンツァーやシールドライガーDCS等を、そしてジャイアントスフィンクスさえも
次々破壊すると言うさながらもう傭兵無双状態になっていたのだが、そこでミスリルに
覆面Xからの通信が来ていた。
「そちら側の戦力も十分充実して来たし、戦闘の方も上手く行ってるからミスリル君達は
そろそろ戻って来てスペースホープ号のフォローを頼む!」
「はい! 分かりました! それじゃあティアちゃんにナットウさん行きますよ!」
「分かったのよ!」
「了解…。」
それまで上空でバイトグリフォン隊と戦っていたファントマーとエアットが大龍神の所
まで戻って来た。そしてそれぞれを大龍神と連結させる。一体何を始めるのだろうか…
「行きますよ! 二人ともしっかり掴まっていて下さい! ここで私とはぐれたら二度と
戻れませんよ! それでは行きます! ドラゴンワープ!!」
大龍神の正面空間が歪み、超空間への穴が開かれる。そこへ飛び込み目標地点にて一気に
跳躍する空間転移こそが“ドラゴンワープ”。大龍神は通常飛行でも滅茶苦茶速いし、
普段ならそれで十分なのだが、本当に切羽詰っている時はこれを使っていた。
と言うか、今まで説明部分でワープの類が可能と言っても実際に使う所は無かったので
ここが始めて使う場と言う事になるのだろうか?
スペースホープ号及び、外宇宙移民船団を構成する各要塞型ギルタイプ周辺にライオ
共和国軍突撃部隊が肉薄し、壮絶な接近戦に移行していた。
「よし! これで奴等は味方の被害を気にして荷電粒子砲は撃てないはずだ!
今の内にスピードを生かして滅びの龍に取り付き…んぎゃ!」
そう言っていたブレードライガーパイロットの一人が愛機ごと傭兵搭乗のバイオティラノ
の脚によって踏み潰されていた。確かにここまで肉薄されてしまえば粒子砲系の大火力
兵器や広域破壊兵器の類は使えない。だが彼等は腐っても覆面Xの選んだ傭兵だ。
格闘戦でも十分に強い。デスザウラーの尾がライガーゼロを数機まとめて薙ぎ払い、
ゴジュラスギガが両手でそれぞれシールドライガーの尻尾を掴んで振り回し、まるで
ヌンチャクの様に別の敵を殴りつけて行く。格闘戦ならスピードに秀でた自分達の方が
有利だとライオ共和国軍兵達は考えていただけに、その予想を裏切る展開にこれまた
阿鼻叫喚の光景が展開されていたのである。確かに数ではライオ共和国に分があるが、
質は傭兵軍団の方が遥かに上であった。これもまた傭兵無双である。

しかし…傭兵無双と化した状況にあってもどうにかスペースホープ号に取り付く事の
出来た者がいた。バングランのエナジーライガーとルイスのセブンズソードである。
そして二機はスペースホープ号の尻尾を伝って背や頭部へ向けて駆け上っていた。
「ここまで来る事が出来たのは俺達だけか?」
「そうみたいですね。他はやられたか下で戦ってます。」
「だが…考えようによってはこっちの方が都合が良いかもしれん。下手に大人数で動く
より少人数の方が敵に発見されにくいだろうしな。味方を囮にすると言うのは少々気が
引けるが…これも滅びの龍艦隊の旗艦を潰す為だ。皆だって覚悟は出来ているだろう…。」
「はい!」
エナジーライガーとセブンズソードは敵に見付からない様にとスペースホープ号の
長大な尾の上を慎重にかつ迅速に駆け上がっていたが、やはり要塞型ギルタイプの
中でも一際巨大なキロメートル級のスペースホープ号の巨大さにバングランとルイスは
圧倒されていた。
「しかしそれにしても何てでかいんだコイツは…。ただでさえ巨大な滅びの龍をさらに
でっかく作りやがって…。」
「でも大きければ良いって物じゃないって大尉はいつも仰ってるじゃありませんか?」
「ハハハ! そりゃそうだ! こんな馬鹿でかい奴でもエンジンに一発ぶち込んでやれば
簡単に落ちるんだ。見掛けにだまされるものかよ!」
二人はそう笑いながらそれぞれの愛機を走らせていたのだが…
「ん!?」
突然二機の正面にある空間が歪み、嫌な予感を感じた二機は急停止した。
「何だこれは!? 何が起こってるんだ?」
二人は何故空間が歪むのかが理解不能だった。しかし、その直後に空間の歪みから
大龍神・ファントマー・エアットが現れるワケである。
「ドラゴンワープ完了! どうでしたか? 短い間でしたけど超空間の旅は!」
「ちょっと言葉で言い表せないけど面白かったのよ〜。」
「その様な原始的な装置で空間転移を可能にするとは流石だ…。」
ミスリル達はその様にマイペースでワイワイとやっていたが、その直後に
彼女等も目の前にエナジーライガーとセブンズソードの姿がある事に気付くのである。
「うわ! ワープアウトして早々に敵さんがいらっしゃるじゃあ〜りませんか!」
「もしかして待ち伏せされたかもしれないのよ〜。」
「嫌…流石にそれは無いと思う…。故にただの偶然であろう…。」
やっぱり相変わらず何時もの三人であったのだが、ワープと言う概念を知らぬバングラン
とルイスの二人は未だにワケが分からないと言った顔になっていた。
「畜生! この胸っ糞悪いロボット女め! いきなり俺達の前に姿を現すってぇ…
妖怪まがいな事をしやがって!」
「大尉の言う通りだ! この滅びの龍の世界蹂躪に協力するお前達を僕達は許さない!」
バングランとルイスの目は真剣そのものだった。自身の正義を信じ、祖国を守る為に
戦う勇者の目であった。が…
「こ…こいつ等真剣に勘違いしてますよ! やっぱり思った通り勘違いしてますよ!」
「アハハハハ! おっかし〜のよ〜!」
「フフフ…ユニーク…。」
ミスリルとティアは思わず腹を抱えて笑い出してしまった。常にポーカーフェイスである
スノーも一見は無口無表情のままに見えても、よ〜く見るとかすかに口に笑んでいる様に
も見えるのだから相当な物である。
「くそ! てめぇら何が可笑しいってんだぁ!!」
バングランのエナジーライガーがチャージャーキャノンとチャージャーガトリングを
それぞれぶっ放すが、大龍神のTMO鋼製装甲はその連撃を全て弾き返してしまった。
「いやですね…今更こんな事言っても戦いは収まらないと思いますが…一応説明させて
頂くとですね…これは貴方達が考えている様な世界征服なんてやらかす為の艦隊じゃ
無いんですよこれが。」
「そうなのよ〜! これは皆遠い遠い宇宙に旅立つのよ〜!」
「それをお前達の様な世界征服でもやらかすのでは? と勘違いして攻撃して来る様な
輩から発進準備中の移民船団を守る為に私達が雇われた…。」
「そうそう! 骨折り損のくたびれもうけって奴よ!」
何故か何の脈絡も無くハーリッヒのスクープマスターまでここに出現して会話に
加わっていたりするが、とにかくミスリル達はそれぞれのペースで説明を行っていた。
しかし…バングランとルイスはその様な事を信じなかった。
「もっと嘘は上手に付くべきだな! 俺がお前等の様な奴の話など信じると思うか!?
第一宇宙なんて行けるワケねーじゃねーか!!」
「そうだ! それに僕はお前達の様な奴から人々を守る為に軍人になったんだ!」
まあ確かにバングランとルイスの二人の言う事も一理ある。何も知らない者からすれば
外宇宙移民船団など夢物語の様に思えても仕方の無いだろう。そして彼等二人にも
ライオ共和国を守る為と言う彼等の正義と言う物がある。しかしそれも、ミスリル達から
すればただの勘違いであるからして、滑稽でしか無いのが実に可哀想である。
「別に良いですよ私は〜。最初から信じるとは思ってませんでしたから〜。」
「そんな分らず屋から移民船団を守る為に私達がいるのよ!」
「彼等の外宇宙への門出を邪魔させはしない…。」
超高速で飛びかかってくるエナジーライガー&セブンズソードに対してドールチームも
それぞれに迎え撃ち、スペースホープ号の甲板上での戦闘が始まった。

一方、地上では…
「よぉく見晒せ! レーザーチャージングブレードってのはこうやって使うんだよ!!」
何時に無くテンションの高い覆面Xの叫び声が響き渡り、彼の搭乗するジェノブレイカー
が頭部のレーザーチャージングブレードをライガーゼロシュナイダーの頭部に突き刺し、
あろう事かそのまま真っ二つにしてしまった。普通に考える限りレーザーチャージング
ブレードの長さでゼロシュナイダーを真っ二つなど不可能なのだが、それを可能にして
しまう覆面Xが異常だとしか思えない。しかし、覆面Xはミスリルにとっても得体が
知れない程であるし、異常な事の方がむしろ普通な為にそこまで問題は無かろう。
「そらそら! こういう事するのって久し振りだから張り切らせてもらうぞ!!」
やっぱり覆面X自身何故か妙にテンションが高くなっているのか、それ以外にも彼の
搭乗するジェノブレイカーは異常な大暴れを見せ付けていた。ジェノシリーズやBF
シリーズはホバーリングによって地面の上を滑る様に高速で移動可能なのだが、そこを
利用し、まるでフィギュアスケートの選手の様に戦場を華麗に滑りまわりながらエクス
ブレイカーで次々にライオ共和国側ゾイドをバッサバッサと斬り捨てて行くのである。
それが後に“死のフィギュアスケート”と呼ばれる事になるが…それはまた別のお話。

大蠍神は乱戦と化した戦場を駆け、その後をレイアのヴァルキリーシーザーが執拗に
追跡を行っていた。だが別に大蠍神はヴァルキリーシーザーから逃げているワケでは
無い。ただ眼中に入れてないだけであり、周囲に展開するライオ共和国軍側ゾイドを
次々に両腕のシザースで切り裂き、叩き潰し、さらに敵機のみで固められ、友軍機の
姿が見えない場所には荷電粒子砲でまとめて薙ぎ払ったりと次々に葬っていた。
「このぉぉぉ!! 何故私を無視するぅぅぅ!?」
完全に熱くなっていたレイアとヴァルキリーシーザーは何度も大蠍神に向かい、
その度に弾き飛ばされた。しかしそれ以上の事はしない。大蠍神は周囲に展開する他の
ライオ共和国機を叩き潰して行く。それがレイアにとって腹立たしい事この上無かった。
「何故!? 何故なのよぉぉぉ!!」
ツインインパクトキャノンを連射するが大蠍神の装甲には歯が立たず、全て弾き返された。
しかも大蠍神はまるで最初からヴァルキリーシーザーの攻撃など無かったかの様に無視
して他の場所へ行ってしまい、報復攻撃さえ無かった。それがレイアにとって悔しかった。
「何故!? 何故なのよ!! あんたは私の家族を…友達を一方的に殺しておきながら…
何故私は無視するのよぉぉぉ!!」
その叫びと共に周囲に展開するライガーゼロパンツァー隊の発射したミサイルの雨が
大蠍神の真上から降り注ぐが、直後に大蠍神の背の装甲が開き、そこから発射された
レーザー砲によって全て破壊され、一発として大蠍神に届くミサイルは存在しなかった。
装甲が開いた隙を狙って突撃してくるブレードライガーもいたが、それもまた全て
受け止められ、至近距離からレーザーによって串刺しにされた。周囲は忽ち火の海と化し、
その中で唯一、殆ど傷も無い状態で銀色に輝く大蠍神の姿は神々しくも不気味だった。
そして…これがレイアの幼少時の記憶にある大蠍神の姿でもあった。

「お父さん! お母さん!」
「レイア! 逃げろ! 早く逃げろ!」
「お願い! お父さんとお母さんの事は気にしないで逃げてぇぇぇ!」
「嫌ぁぁぁ! そんあの嫌ぁぁぁ!」
幼少時代のまだ孤児では無く、両親と共に裕福では無かったが、それも全く気にならない
程幸せだったレイアを襲った突然の悲劇。彼女の住んでいた地域を後に大蠍神と呼ばれる
事になる白銀のデススティンガーが襲った。ミスリルの制御下に置かれる以前の彼は
正真正銘に制御不能の悪魔の兵器。如何なる人間の操縦をも寄せ付けず、その強烈な
精神ストレスによって廃人へと変えた。そして今暴れる彼のコックピット内にも既に
彼の精神ストレス耐え切れずに脳が破裂して即死したパイロットの姿があった。
パイロットが死亡した事により彼の自由意志によって暴れ回る怪物となったのである。
彼が走り回れば建物が破壊され、彼方此方逃げ回る人々が踏み潰され殺されていく。
しかし彼はその様な事を気に留める事はしない。人が歩いている時にたまたま足元に
いた小虫を踏み殺していたとしても気に留めないのと同じ様に…。ただただ自分の
やりたい様にやる。それが彼の考え方だった。
「嫌ぁぁぁ! お父さん! お母さん!」
まだ幼かったレイアは彼の手によって目の前で両親を殺され、炎の中を逃げ惑った。
この日を境にレイアは彼を憎んだ…この世の何者よりも彼を憎むようになった。
彼の手によって不当に大切な者を奪われる…自分の様な者を増やさぬ為に…
68名無し獣@リアルに歩行:2008/03/03(月) 13:53:01 ID:nbhxUvFG
定期age
一方…スペースホープ号を初めとする移民船団各艦では懸命の発進準備が進められていた。
「後何分で発進出来る!?」
「後10分は必要です!」
「ならば後10分は何としても持たせてくれと覆面X氏その他傭兵達に通達を!」
「了解!」
スペースホープ号及び移民船団各艦の要塞型ギルタイプ艦隊は外宇宙を行く為に建造
された機体だ。だからこそ少々の事では壊れない程にまで頑丈になっているし、現に
ライオ共和国軍の総攻撃を受けても一艦として撃沈されるどころか大したダメージを
受けたと言う報告は無い。しかし、気は抜けない。後10分まで控えた発進の時が
大きな隙となるし、後一歩の所で発進不能に…と言うワケには行かない。だからこそ
各艦艦載機の調整作業も終了しないこの状況で、スペースホープ外宇宙移民船団を預かる
スペンリーは傭兵達に防衛を託すしか無かった。
「何としても…頼むぞ…。」

「うおおおおおお!」
スペースホープ号甲板の尾の辺りの上ではルイスのセブンズソードが己の前に立ち塞がる
ミスリル&大龍神への懸命の攻撃を続けていた。セブンズソードが背に持つ三つの刀と
四つの脚にそれぞれ装備された刀…合計七つの刀が煌き、大龍神を斬り裂こうとするが…
大龍神の全身を覆うTMO鋼の装甲を斬る事は出来ず、逆に弾かれてしまう。
「そんな馬鹿な! 惑星Zi最強のメタルZi製の刀が通用しないなんて…。」
「メタルZiが惑星Zi最強の金属…ですか…。でもそれは貴方達一般人の常識範囲内
での話でしょう? 貴方達一般人にその名こそ知られていませんが…もっと強い金属は
沢山あるんですよ! それが世の中と言う奴です。」
メタルZiが惑星Zi最強の金属。確かにそれは世界の常識と言えるだろう。だが…
所詮は一般人にとっての常識範囲内での話である事は否めない。世の中は広い。
常識範囲の外にはメタルZi以上の強度を持つ物質は実に沢山あるのである。
バイオティラノに使用されるダークネスヘルアーマーやバイオヴォルケーノのクリスタル
パインがまずそうであるし、ミスリル及び大龍神の装甲に使用されるTMO鋼もそうだ。
そしてエアットに使用される外宇宙金属“スペースアダマンタイト”に至ってはそもそも
惑星Zi外の金属であるからして、惑星Ziの常識に当てはめる方が無意味な程の性能を
持った金属である。探せば他にも色々あるだろうが…少なくともミスリルが知り得る上
では、彼女が“超人クラス”と尊敬と畏怖を込めて呼ぶ超越者達の鍛えられた肉体が
一番頑丈だったりするだろう。
「ならば装甲の薄い場所を狙うのみ!」
セブンズソードは超高速で背後に回り込むと共に後脚関節に狙いを定めていたが…
次の瞬間に後脚の装甲が開き、放たれた一発のミサイルが逆に吹飛ばしていた。
「何ぃ!? うあぁ!」
とっさにミサイルを刀で切り裂くが、爆発によってセブンズソードの身体は大きく
吹っ飛び、危うくスペースホープの尾から落ちそうになってしまった。
「くそ! あんな所にもミサイルが…。ゾイド乗りならゾイド乗りらしくゾイドの
能力を生かして戦え!」
「刀を七本も持ってるゾイドに乗ってる人に言われたくはありませんよ。それに…
状況に応じて多種多様な武器を使いこなすのが私のスタイルなので〜す。」
「所詮はロボットか…。」
ルイスは憎しみを込めながら呆れていたが、これは人間とロボットであるミスリルの
思想の違いと言う奴かもしれない。ミスリルは生まれながらに全身に多種多様な武器を
装備したロボットであるからこそ、武器を使うと言う行為は至極当然の事であると
考えている。だからこそ戦闘において多種多様な兵器を使った攻撃を行っていたのだが、
この考え方は人間であるルイスには理解出来ない以前に悪徳だと認識されたに違いない。
「あ、ちなみにこれでもかなり手加減してる方なんですよ。あんまりやりすぎて
この船を壊しちゃったら大変ですからね。」
確かにそうだ。今大龍神はスペースホープ号の上で戦っているのだから、そのスペース
ホープ号にダメージを与えない様に戦わねばならない。が…
「それはそうだよな…。コイツが壊れたら世界蹂躪なんて出来ないからな…。」
未だにスペースホープ艦隊の目的を世界征服と勘違いしているルイスには何を言っても
無駄なのかもしれない。

「下がれルイス! コイツは俺がやる!」
ルイスとセブンズソードをフォローするかのごとくバングランのエナジーライガーが
大龍神へ突撃を仕掛けた。そしてチャージャーキャノン&チャージャーガトリングを
高速連射するのだが、大龍神の装甲には傷一つ付かない。
「射撃が効かないと言うのなら…コックピットを一突きにしてやる!」
エナジーライガーはグングニルホーンを煌かせて大龍神の頭部へ突っ込みを仕掛けた。
ミスリルを直接狙おうと言うのである。確かに元祖ギルベイダー初の撃墜もオルディオス
のサンダーブレードによるコックピットへの直接攻撃だった。しかし…
「トラクタービーム照射…。」
「何ぃ!?」
突如エナジーライガーが空中へ持ち上げられ、大龍神への攻撃コースは逸れてしまった。
それはスノーの乗るエアットのトラクタービームによってエナジーライガーが持ち上げ
られる事によって突撃コースが変えられた事によって起こった事であった。
「貴様! 一体何をした!?」
「それは秘密…。」
スノーはバングランの質問に答える気など無かった。どうせ答えた所で信じてもらえる
はずが無いのだから…惑星Zi外技術の一つであるトラクタービームなど…
「ならば貴様等から先に叩き潰してやるわぁ!」
バングランは標的を大龍神からエアットへと変更。エナジーウィングを展開して高く
飛び上がった。しかし、そこから突如エナジーウィング内のマグネッサーシステムを
正面へ向けて急後退するでは無いか。
「あ!?」
「ハンマーヘッドに目を向けさせた隙に横から奇襲なんて手に引っかかると思うか!?」
そう、エナジーライガーが急後退したのは側面からのファントマーの突撃から回避する為
だったのである。そして一時離脱中のファントマーの背後を取り、チャージャーキャノン
とチャージャーガトリングを撃ちまくった。
「子供を撃つのは気が引けるがな…これは戦争だ! 悪く思うなよ!」
バングランの射撃は正確だった。エナジーチャージャーから抽出されるタキオン粒子
エネルギーがファントマーへ正確に吸い込まれて行くが…そのエネルギーはただただ
ファントマーの身体をすり抜けるだけだった。
「何ぃ!? すり抜けただと!? 一体何が起こった。」
バングランは面食らった。それだけでは無い。突如ファントマーの姿がフッと掻き消え、
別方向から新たなファントマーが出現するワケである。
「なるほど…光学迷彩か…超音速で飛行しても映像を維持出来るとは余程高度な物を
使っていると見えるな…。」
「違うのよ! これは“アストラルミラージュ”って言って、“アストラルドライバー”で
増幅した私の霊力を使って幻影を作って幻惑する戦法で、見事におじちゃんはそれに
引っかかっただけなのよ! 別に種も仕掛けも無いのよ!」
ティアはご丁寧に説明しちゃったりなんかしていたが、要するにさらに説明させて頂くと、
ティアは霊力によって身体として使っているドールの身体を動かしている。そこから
さらにミスリルがティア自身を研究して作り上げた霊力を増幅させる事が可能な
“アストラルドライバー”を搭載してより強力な霊力を発揮する事が出来たのだが、それ
でファントマーの幻影を作り出し幻惑すると言うのが“アストラルミラージュ”である。
「ハッハッハッハッハッハッ!」
「おじちゃん何が可笑しいのよ?」
突如バングランは笑い出した。そして不敵な笑みを浮かべながら言った。
「何が霊力だ? 何が幻影だ? 笑わせるな! 悪いが俺ぁそう言うオカルトは信じない
性質でな。どうせただ光学迷彩の所をそういうオカルト的な部分を持ち出して怖気付かせ
ようって腹だったんだろうが…俺にはそんなの通用しねぇぜ!!」
まあ彼の言う事もある意味正論であろうし、これが真っ当な人間の反応と言える。
「霊力は本当なのよ! ほら、私のドールの身体を見れば直ぐに分かる事なのよ!」
「黙れ! それにだって何か仕掛けがしてあるんだろうが!」
バングランのエナジーライガーはファントマーへ矢継ぎ早の砲撃を仕掛けるが、やはり
アストラルミラージュで全て回避されてしまっていた。
「やっぱり信じようとしないのね〜。可哀想なおじちゃんなのよ〜。」
「あの手の人間ならば仕方が無い話…。ならば精々イカサマであると思わせておけば良い。
後で痛い目を見るのはどうせあの男の方だから…。」
ファントマーと並んで飛ぶエアットの中からスノーがそう諭していたが、そんな言われ方
をしたバングランが怒らないはずはない。
74Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:00:26 ID:???
 虚空を切り裂いて、異形の翼を二対背負った竜が飛ぶ。
 短距離ワープの連続跳躍によって敵を撹乱し、死角からの一撃で仕留める。暗殺部隊と
しての必勝戦術だったそれが、この騎士には悉く通じていなかった。
 敵は空間に穴が開くと即座にそれを察知し、死角を見せないのだ。
「これは……能力ではなく、戦士の勘という奴ですか」

 そして、こちらの攻撃も防御もかき消す圧倒的な力。その効果範囲は機体のみに限られ
ているため、騎士がやっているのは単なる格闘攻撃に過ぎないのだが、彼の場合はその一
挙手一投足が致命的な破壊力を有すると来ている。
 ただの怪力かと思いきや、機動性も反応速度もある。クレバーな戦い方とは言い難いが
むしろこれほどの力がある場合、小細工を弄せぬ力押しこそが最強の手なのかもしれない。

 ただ一歩の踏み込みで音速を突破した巨体が、ヴォルフガングに肉薄する。
「空間操作は最強の能力です。そこに、古代文明のナノマシンを加えた僕の機体は……」
 虚空に描かれるは光輪。一回、二回、槍が回るたびに円が出来る。一つ目の円に騎士の
機体が拳を叩きつけ、激しいエネルギーの干渉に七色の光が乱舞する。
 一つ目の円が破壊された先には、すぐさま第二の障壁。天体を砕くために作られた、巨大
な万力のような拳から加えられる力が、空間の歪みを矯正してゆく。
 二つ目の円が遂に壊れる。この間、数秒。しかしヴォルフガングが稼いだ時間は充分に
長い――騎士の機体を取り巻いて、銀色にきらめく霧のようなものがその場を覆っていた。
「……どんなにパワーがあったって勝てませんよォ、強いですからねェ!」

 地球文明のナノマシンはアセンブラとディスアセンブラの機能を兼有する。この霧に
包まれれば、あらゆる隙間から侵入した分子機械群が機体を分子レベルで解体してしまう。
「ほーら、僕は指一本貴様に触れることなく、その機体を粉末にしてしまえるんですよォ」
 砲口、間接部、排気口――ゾイドを喰らう悪魔の霧が忍び込み、騎士の機体を侵して
ゆく。もはや騎士はただ、機体ごと分解されるのを待つばかりの存在。
 ……の、はずであった。
75Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:03:23 ID:???
 巨竜が歩き出す。決して早くはなく、しかしその一歩ごとが恐ろしいほどに重い。
 その歩みは己が身を貪っているはずのナノマシンなど、意にも介していなかった。
「効いて……!?」
「おれはな、相手が誰であれ、何人であれ――」
 唐突に聞こえてきた声は、騎士の機体から発せられている。低い、男の声だった。
「戦えればそれでよいのだ。戦いこそがおれの娯楽、闘争本能こそがおれの理性を律する
絶対者なのだよ。飯も、女も、眠りも不要なほどに」

 何故、ナノマシンによる分解が届いていない?
 運動エネルギーの制御能力を持つ敵とは、当然戦ったことがある。が、そうした相手に
攻撃が通らなかったことはない――通常、彼らの力は攻撃や移動に使われるからだ。
「戦闘狂、ですか……生体兵器が持つ人格としては最適でしょうねェ」
 考えろ。力を発生させる能力で、機体内部に入り込むナノマシンをどうやって防ぐ。
 一気に踏み込んできた騎士の一撃を、間一髪ワープでかわし、彼は分析する。そうする
うち、過去に戦った同系統の能力者の中に例外が居たことを思い出す。
「機体の表面に、斥力場を……」

 斥力場は、正面から飛来するあらゆる物質の運動エネルギーを大きく減ずる。半端な
実弾では装甲に届かず地に落ちるし、ビームでもデスザウラー級の加速性能がなければ
90度偏向されて終わりとなる。自らの能力を、そうして守りのために使った能力者が、
かつて彼の処理した敵の中に存在していた。
 その少年は空間歪曲を利用した前後同時攻撃によって容易に破ることができたものの、
いま向かい合っている騎士は非常な難敵であると認めざるを得なかった。
「極めて質量の小さいナノマシンは、微弱な斥力場でも通り抜けることができない……
だが、内装パーツ一つ一つに至るまでそれをやっていると言うんですか?」
 何という精度で己の力をコントロールしているのだろう。異常なほどに高められた能力
を、限界まで使いこなしている。攻防速すべてに、隙がない。
76Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:10:05 ID:???
「能力者たちやお前のような人間は、固定観念に縛られている」
 戦うために生まれ、戦いだけを求め、戦いを極めた者。その分身たる巨竜から立ち上る、
この破滅的な闘気はなんなのだ。
「ほう、どんな固定観念だと?」
 頭の中であれこれと策を巡らしながら、ヴォルフガングは次々とそれらを切り捨てて
ゆく。破棄されたシミュレートの結果は全て一つに収束している。
 すなわち、彼の敗北である。

「能力者は無意識のうちに『できること』を自分の中で定義し、その枠に沿って戦おうと
する。自分で限界を作り出し、己が力の真価に気づかんのだよ。本来、ヒトに与えられる
能力に優劣などない。根源にある作動原理を正しく理解した者だけが、強者となる」
「自分だけが真理を得た、とでも言いたげですねェ。しかし!」
 槍を敵機に向け、その穂先で空間を二次元面に圧縮。次の瞬間、空間そのものの揺らぎ
が波動となって騎士に放たれる。騎士も大剣から超圧縮した重力波を発し、これを迎撃
する。

 空間のゆがみと重力は同一のものである。ぶつかり合った両者は同心円状に広がる重力
波の形でエネルギーを逃がし、霧消。その余波が周囲の景色を歪ませる頃には、両者は
既に動いていた。自身の運動エネルギーを増幅し、凄まじい加速でデッドボーダーに迫る
騎士と、槍を振り回して虚空を千々に切り裂くヴォルフガング。
「頭使って戦ってんのは、僕も同じ事でねェ!」

 そこに刻まれ輝く軌跡は、何者をも断つ質量断層の刃。なおも繰り出される刃は、空間
を歪めてあらゆる方向から騎士を襲う。
 死角は皆無、凶刃の絶対包囲。
「回避もガードも不可、とくれば――」
 この攻撃で仕留められるなら楽だが、そうもいかないだろう。ヴォルフガングはその先
を読むべく、騎士の挙動を注視する。

 敵がその場から動かず防御しようとすれば、勝負はそこで付いていた。しかし巨竜は
前方に突進し、大剣のひと薙ぎで包囲を突破すると、そのままデッドボーダーに向かって
来た。包囲は完成される前に突破するのが最善の対処法だ。
77Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:13:21 ID:???
「やはり一点突破! しかし、せめて僕の方に来ないだけの分別があればねェ――」
 読みは完全に的中した。騎士と彼の間にある大気が、陽炎のように揺らぐ。それは空間
転移に用いるゲート。勢いのままその中へ飛び込んだ騎士が、出てきた先は。
「チェックメイト、と言わせてもらいますよォ」

 そこは、限界まで狭まった質量断層の包囲陣中。完成した包囲の中に、敵を直接放り込む
空間操作能力ならではの荒業。
 確実に決まった――そう思った。いかに騎士の力が常識を逸脱したレベルにあっても、
あの密度で迫る質量断層の刃は防げない。
 ロジカルに考えたのが、彼の失敗だったかもしれない。

「解らんのか。『限界を定義するな』とは、自分が定めた枠の中であがく事ではないと」
 白い光の一閃――
 空間を伝播する全ての歪みは正され、強烈な衝撃波が洞窟内を駆け巡った。壁や天井
が、一斉に爆破されたように吹き飛び、剥がれ落ち、岩塊の雨を降らす。
 ヴォルフガングは歪曲障壁でそれを防いだが、後方で戦況を見守っていたヴィクター
たちの防御フィールドをも、その波動は軋ませた。

「なんだ……今の攻撃は? フォイアーシュタイン、無事か」
「機体はまったく問題ありません。が……つくづくバケモノですねェ、騎士ってのは」
 質量断層の網がぎりぎりまで近づいたところで、超強力な斥力場を瞬間的に発生させ
全ての空間歪曲を中和する。こんな芸当ができるほどの力は流石に出せないと、高を括って
いたのか。いや、そもそも思いつきさえしなかったのだ。
「それが僕の……想像力の限界だと、そう言いたいのか」
「能力者や騎士の領域――ゾイドを介して、意志の力でエネルギーを操る者同士の戦いは
想像力が全てを決すると言っても、決して過言ではないぞ。
 おれに出し惜しみなどするな。撃って来い、お前の最強の技を」

 皮肉にも、ヴォルフガングに覚悟を決めさせたのは、敵の口から出たその言葉だった。
「……いいでしょう。情報収集のつもりでしょうが、後悔しますよ」
78Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:18:52 ID:???
「フォイアーシュタイン! 奥の手を見せるにはまだ早いと思うが」
 ヴィクターはそれがどんな技か知らない。が、ここで敵に手の内を晒しすぎては、後々
別の騎士との戦いで不利になるかもしれない。ヴォルフガングには、GX-00を倒してもらわ
なければならないのだ。
 が、議長の影武者は意味深に笑う。
「大丈夫です。この技を受ければ、誰にも情報を送ることなどできない……!」

 それはもともと、暗殺のために編み出した攻撃だった。助けを呼ばせず、証拠も残さず、
相手を完全にこの世から消してしまうための技。
「おれは天変地異さえ起こすこの剣の力を全て解放する。お前の攻撃がそれを封じられない
ならば、その後でおれは向こうにいる連中を殲滅するまでだ」

 行くぞ――静かに宣言した騎士、亜光速に達する速度で突撃。発生する猛烈な衝撃波は
いまこの時においてはあまりに遅く、まるで白いさざ波。
 予備動作と殺気の発散からその突撃を見切っていたヴォルフガングは、亜光速の敵機が
動くのを確認する前に槍の力を発動していた。彼の前に現れたのは、光を跳ね返さない
暗黒のドーム。飛び込んだ騎士は、その中に封じ込められている。

「全球状にゲートを作り、原点対称の位置と繋げる。まずは、脱出を封じてと」
 巨竜はクラインの壷に閉じ込められた。どの方向へ動いても、球の反対側から内側に
戻ってしまうのだ。ならばと剣の力を使い、再び空間歪曲を破壊することを試みる。
 だが、ヴォルフガングが用いる文字通りの『必殺』はそこで終わらない。
「脱出される前に、こうする!」

 ゲートを介して球の中心に槍の穂先を転移させ、そこで空間をねじ曲げる。それまでの
攻撃とは比較にならないほどの歪みに、甚大な重力偏差が生まれる。
「空間の曲率と重力の強さはイコールです。では、曲率が無限大になると……?」
 騎士はヴォルフガングの狙いに気づき、重力偏差を斥力場で打ち消そうとした。が、
一歩遅かった――空間の曲がりが破綻し、四次元時空に『穴』が開いたのだ。
「そうです。そうなんですよ、ブラックホールが出来ちゃうんですねェ」
79Innocent World2 円卓の騎士:2008/03/16(日) 18:20:44 ID:???
 物質としての限界に迫るほど速く動くことができても、事象地平面の内側でブラック
ホールの重力から逃れることは不可能だ。そのためには、リノーのように光速を越える
しかない。しかし、この騎士の力はそれを可能にするものではなかった。

「所詮おれも、限界に縛られたモノか」
 自嘲的に哂う彼の心中には、セラードたちのように己の過去が去来することも無かった。
彼は今の『兵器として生まれた自分』に納得していたし、疑問も持たなかったのだ。
 戦いへの渇望だけが突き動かしてきた身体。中心へ近づくにつれ、潮汐力で原子レベル
に分解されながら、その役目を終えようとしている。

 なかなか意外な攻撃で幕切れとなった。なるほど、これは自分の剣ではどうにもならない。
正面から突っ込まなければ勝機は十二分にあったが、まあ面白かったからいい。
「だが、これでも“王”に勝つことは不可能だな」

 意外なほどに明るいブラックホールの中で、燦然と輝く一つの光がある。あれが特異点
というやつなのだろうか。
 騎士となってからはワッドと呼ばれていた彼は、最後に自分が人間だったことを思い出し、
当時の名前を思い出そうと試みたが――やめた。
 同じ人間が、二度も死ぬことはあるまい。

 機体が特異点に触れる。怯懦も焦燥もなく、騎士ワッドはこの宇宙から消滅した。

   <続く>
「貴様等ガキの癖に生意気な事ばかり言いやがって! てめぇらだって同じ人間のくせに
偉そうな口が叩けると思ってるのかよ!」
「違う…。私達は貴方達大多数の人間とは違う…。」
「何ぃ!? そりゃどういう事だ…。」
「でもそれを知る時…貴方はこの世にはいない…。」
直後、ファントマーと並んで飛んでいたエアットが編隊からそれ、エナジーライガーへ
急突撃を仕掛けた。それに気付いたバングランは対空迎撃を行うが、エアットの全身を
覆うスペースアダマンタイト製装甲には意味を成さずに弾かれるだけだった。
「くそぉ! 何だあの装甲は!」
バングランは肝を冷やしながら何とかエナジーライガーを急上昇させてエアットの突撃を
回避した。エアットの強靭な装甲と超音速から来る突撃を受ければ木っ端微塵にされる
のはエナジーライガーの方だからである。まあそれも当たらなければどうと言う事は
無かったのだが…
「おわっ!」
突如不意打ちのごとく飛んで来た鉄の塊がエナジーライガーのチャージャーガトリングに
打ち付けられ、砕かれた。しかも良く見ると友軍のシールドライガーの脚では無いか。
「僕にも見せ場を下さいよ!」
いつの間にかアールスのゴルヘックスがスペースホープ号上空まで戻って来ており、
しかもサイコキネシスによってエナジーライガーと同じ高度で制止していた。さらに
同じくサイコキネシスによってライオ共和国側ゾイドの残骸がゴルヘックスを護るかの
様に周囲を旋廻していた。
「な! 何だアイツは…ゴルヘックスが浮いてる!? しかも俺達の仲間の残骸が…。」
「ちなみに彼は超能力者でサイコキネシスを使ってあの様な事が出来る。」
スノーはご丁寧にアールスについて説明していたのだが、バングランは鼻で笑った。
「ハッ! 馬鹿馬鹿しい! 超能力なんてあるわけねーだろうが!」
「そんな…僕の超能力を直に見ても信じない人がいるなんて…。」
確かに超能力だって世間一般から見ればオカルトだろう。そのイメージを払拭するべく
アールスの所属するエスパリアン機関は日夜戦っていたのだが、最初は信じていなくても
直接超能力を見せれば信じる様な人は沢山いても、バングランの様に直接見せても頑なに
否定する者はアールスとしても珍しいパターンだった。
「そちらが超能力を否定するのは勝手。しかし彼がやっている事はどうやって説明する?」
「そりゃアレだろ? 糸で吊ってるんだろうが! 俺ぁ騙されねぇぜ!」
「で、その糸は何処から吊っている?」
「何処からって…………。」
これはバングランとしても痛い所を突かれた。ここは大空のど真ん中であるし、糸を
吊るせる場所などあろうはずもない。かと言って超能力の存在を信じたくは無かった。
「うおらぁぁぁ! 霊力だの超能力だのワケの分からねぇ御託を並べやがってぇぇ!
あのロボ女の胸っ糞悪いが、お前等も胸っ糞悪いんだよ! 何がオカルトだ!
馬鹿馬鹿しい! なら俺が普通の人間の底力と言う奴を見せてやる!」
「確かに貴方は何の特殊な力も持たないただの人間だ。しかし…そんな貴方が
もし仮に私達に勝てたとすると…その時点で…貴方はただの人間では無くなる。」
「う………。」
スノーの指摘にバングランは気まずくなった。確かに怪物を倒した時、その者も怪物と
なっていると言う話がある様に、仮にティア・スノー・アースルらに勝てた時点で
明らかに普通の人間では無くなっているに違いない。確かに普通の人間のままである事
には間違い無いのだが…それでもやはり普通では無いのである。これは普通の人間で
ある事を美徳とする考えの者にとって致命的と言える。
「ええい黙れ黙れ! とにかくお前達は死ぬべきなんだぁぁ!」
もはやバングランは余計な事を考えるのをやめた。ただ一人のライオ共和国軍人として
目の前の敵艦隊発進阻止の為の戦いに集中し、エナジーライガーは再度飛びかかった。
「たぁ! やぁぁ!」
スペースホープの尾の上ではセブンズソードが駆け回り、七つの刀を振って大龍神へと
斬り付けていたが、大龍神も両翼のTMO鋼製の切断翼“ドラゴンウィングカッター”で
受け止め弾き返していた。
「くそっ! 何故だ!? 何故斬れない!? あんな魂のこもってない相手を!」
「多分そんな事ほざいてるからだと思いますよ?」
真剣かつ必死に叫ぶルイスをミスリルが呆れ眼で諭した。
「あ、もしかして貴方の国では“物にも魂が宿る”って考え方は受け入れられて無いって
事ですか? なら仕方ないでしょうね。貴方の国では獅子以外はカスって考え方なんです
って? アイタタタ…そりゃ確かに無理な話ですね。」
ミスリルは故意にルイスを怒らせる様な言い回しで煽って見た。こうやって相手を怒らせ、
冷静さを失わせる事は戦術の常套手段であるし、実力を見ずに機械と言う理由だけで
見下す輩には少し痛い目を見てもらおうと言う思惑もあった。そして純真と言うか…
割と直情な感じのルイスは物の見事に引っかかってしまった。
「くそぉ!! 血の通って無いロボットごときが偉そうに!! 人間を舐めるな!!」
「出ましたぁ! 人間を舐めるな発言! ミスリルにそのセリフは敗北フラグです!」
さり気なく高速で飛び出して来たスクープマスターの中からハーリッヒがその様に
叫んでいた。せっかくルイスが人間の尊厳を賭けた必死の主張をしていたと言うのに
同じ人間であるハーリッヒに馬鹿にされてしまえばルイスが怒らないはずがない。
「くそぉぉ! お前人間のくせにロボットの肩を持つのかぁ!?」
「その通り! 私はただの人間に興味はありません!」
「黙れぇぇぇ!!」
ルイスは目から涙を飛び散らせながら操縦桿を必死に前後左右に動かし、それに合わせて
セブンズソードも七本の刀を高速で振り回しスクープマスターに襲い掛かるが、スクープ
マスターには一刀も当たってはいなかった。
「ちょっとちょっと! 私はただのジャーナリストであって戦士じゃないんですよ!
私なんか斬ったって何の得にもなりませんよ〜!」
「うるさい黙れぇぇ!」
ハーリッヒの一言一言がルイスにとって腹立たしかった。それに続けてハーリッヒを
守る為に大龍神が前に出るのである。
「とりあえずハーリッヒさんは下がってください。戦いは私の仕事ですから。」
「ミスリルありがと。」
そうしてスクープマスターは一時撤退し、後方から撮影を再開していたのだが…そこで
スペースホープ号の尾を伝ってまた何者かがやって来ていた。
「あれはルイス少尉のセブンズソードじゃないか! 援護するぞ!」
それは10機のライガーゼロフェニックスで構成された小隊だった。続けて彼等は
大龍神へ向けて突撃する。
「四方に散って多方向からの同時攻撃を仕掛ける!」
「了解!」
小隊の真ん中にいた隊長機と思しき機が他機に指令を送り、他の9機がそれに合わせて
大龍神の四方を取り囲んでいた。
「護衛対象であるこの艦のダメージを気にして奴も派手な攻撃は出来ないはずだ!
今の内に一斉にかかれ!」
「了解!」
一斉にそれぞれの方向から大龍神へ飛びかかるライガーゼロフェニックス隊。だが…
「四方からの同時攻撃…ですか? でも…ドラゴンニードル発射ぁ!!」
「うごぉ!?」
次の瞬間…大龍神の全身から飛び出したTMO鋼製のニードルが全機のライガーゼロ
フェニックスを串刺しにし、瞬時にニードルを引っ込めると共に彼等は全機崩れ落ちた。
ちなみに何処にそんなニードルの収まるスペースがあるのか? と突っ込んではいけない。
「ザコは引っ込んでろ!! って一度言ってみたかったんですよね〜!」
ニカニカと笑うミスリルであったが、これがルイスにとって余りにも腹立たしかった。
「貴様ぁ! ロボット三原則を知らないのかぁ!」
「そんな物は知りません。」
ロボット三原則。要するにルイスはロボットごときが人間様を傷付けるなと言う事を
言いたかったのだろうが、ミスリルのルーツであるSBHIシリーズは元々殺人用の
ロボット兵士。それの発展に当たるミスリルにそんな物知ったこっちゃ無い。

大空ではバングランのエナジーライガーがティアのファントマー・スノーのエアット・
アールスのゴルヘックス相手に奮戦していた…が、まだまだ余裕を残している三人と
違ってバングランの方はもはや限界に近かった。
「な…一体何なんだこいつ等は…ワケのわからねぇ事ばかりしてきやがってぇぇ!!」
攻撃を行えばファントマーのアストラルミラージュによって作り出す霊力幻影のせいで
一発も当たらず、逆にエアットのトラクタービームによってエナジーライガーが持ち上げ
られ、ゴルヘックスのサイコキネシスによって質量砲弾化されたライオ共和国側ゾイドの
残骸がエナジーライガーの全身を打ち付ける。もはやバングランもエナジーライガーも
ボロボロだった。
「何故だ…幾多の戦場を駆け抜けた俺が…何故こんなワケの分からん奴等にやられる…。
いやダメだ! そんな事になってはいかん! 落ち着け! 落ち着け俺! 死中に活を
見付けるんだ! 今の様な追い詰められた状況にこそチャンスがある! そして勝利を
確信し、奴等が慢心した所に隙が出来るはずだ! そこを突けば逆転出来る!」
バングランはそう自分自身に言い聞かせる事によって己を奮い立たせた。しかし…その
直後に突如としてファントマーがエナジーライガーの背中に付き、強制的に合体を行って
来ていたのである。しかも一方的に操縦系がファントマーへ乗っ取られて行くでは無いか。
「何ぃ!? クソ! 一体どうなってるんだ!?」
「おじちゃんごめんなのよ〜。」
「うおわぁぁぁぁ!!」
思わずバングランは真っ青になって叫んだ。無理も無い。正面コックピットモニターから
ティア(本体である霊体)が出て来たのだから。しかもこのシチュエーションが何処かの
ホラー映画みたいであり、オカルト否定派のバングランだって恐怖の余り腰を抜かし、
失禁し、口から泡を吹いて失神してしまった。
「あらあら、おじちゃんって意外とだらしないのね〜。それじゃ操縦はこっちに代わらせ
てもらうのよ〜。」
ティアはバングランの体たらくに呆れながらファントマーコックピット内のドール体へ
再憑依し、エナジーファルコン化したエナジーライガー&ファントマーの操縦に入った。
「わぁ! 噂には聞いていたけど凄い出力なのよ!」
ただでさえ出力の高いエナジーチャージャーがファントマー=ジェットファルコンと
合体する事によってより強力な出力を発揮する。そしてこの有り余る超パワーを
逆に利用してやろうとティアは考えていたのである。
「さ〜て! 何処に撃ち込んじゃおうかな〜?」
エナジーチャージャーのエネルギーをバスタークローへ流し込みながら照準を定める。
目標は可能な限りライオ共和国軍ゾイドだけで固まっている一団。
「それぇ! 吹っ飛んじゃうのよ!」
二本のバスタークローからタキオンエネルギーが放たれた。一本分でもデスザウラーの
大口径荷電粒子砲級の威力を持つ極太の粒子線は射線上にいたライオ共和国側ゾイドを
薙ぎ払い、消し飛ばした。直撃は免れてもその周囲にいただけで吹き飛ぶ者もいる始末。
しかもこれはライオ共和国軍側のエナジーライガーによる攻撃なのだから彼等の精神的
動揺は凄まじかろう。
「あれはバングラン大尉機のエナジーライガーじゃないか! 何故友軍を攻撃する!?」
「大変です! バングラン大尉のエナジーライガーが敵ジェットファルコンに乗っ取られ
我が軍を砲撃しています! バングラン大尉からの応答はありません。」
彼等の言う通りバングランからの応答は無かった。何故ならエナジーライガーの
コッククピット内部で気を失い、しかも失禁もしていると言う情け無い姿を晒しているの
である。しかも操縦系は完全にティア&ファントマーに乗っ取られている故に通信も
出来なかった。

「バングラン大尉! どうしたんですか!? 応答して下さい!」
エナジーライガーがファントマーに乗っ取られた事はルイスも知った。だからこそ
大龍神の全身から矢継ぎ早に飛び出しては引っ込められるドラゴンニードルをセブンズ
ソードと共に必死にかわしながらバングランへ通信を送っていたが、応答は無かった。

その間にもエナジーライガーを乗っ取ったファントマーはバスタークローからのタキオン
粒子砲で次々に空中からライオ共和国側ゾイドを薙ぎ払っていたが、ついにエネルギーが
空になっていた。確かにエナジーライガー単体で稼動させるよりもジェットファルコンと
合体したエナジーファルコンになった状態の方がより効率良い稼動が可能であるが、
これだけタキオン粒子砲を撃ちまくっていれば直ぐにエネルギーは無くなるわけである。
「あらら、意外とだらしないのよ〜。それじゃあおじちゃんさようなら…。」
ティアはエナジーライガーのコアをオーバーロードさせると共にファントマーと分離させ、
ライオ共和国軍部隊が大勢で固まっている場所へと放り込んだ。そうなればどうなるか
誰でも想像が付く。要するにエナジーライガーは自爆し、大爆発を起こして彼の友軍を
次々に吹飛ばすワケである。エナジーチャージャーのエネルギーは空である為にそこまで
大きな爆発にはならなかったが、機動力は高くとも打たれ弱い機体の多いライオ共和国軍
ゾイドは誘爆が誘爆を呼び、次々に破壊されて行った。そして…エナジーライガー内部の
バングランもまた気を失ったまま愛機と運命を共にする事となる。
「バングラン大尉ぃぃぃぃぃ!!」
その瞬間ルイスは大切な者を一つ失った。確かにルイスが新兵だった頃、バングランには
本当地獄と思える厳しいしごきを受けた物だ。だが…その日の晩にクタクタになった
ルイスに笑いながら焼肉を奢ってくれ、ただ厳しい人では無い事を彼は理解した。
ルイスにとってバングランは厳しくも温かい親父さん的な存在だった。しかし…その
バングランもルイスにとって忌むべき者達によって殺されてしまった。
「うおおおおおおおお!! このロボットがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バングランを失った怒りか、ルイスは涙目になりながら物凄い形相でセブンズソードと
共に飛びかかった。が…次の瞬間、大龍神のドラゴンニードルによってコアを貫かれた。
「余計な事を考えずに敵として私に向かってくるならともかく…ロボットが人間様に
敵うはずが無い…なんて腐った根性で向かって来るのが不味かったですね。だってそう
でしょう? 人間がこの世で一番偉いんですか? 本気でそう思っているのなら…
貴方はどうあがいても私に勝つ事は出来ません。まず上には上がいる事を知るべきです。」
上には上がいる。この世は科学では説明も付かない領域がある事を知っているミスリル
だからこそその様な事が言えた。だが、コアを貫かれ、動く事も出来なくなったセブンズ
ソードはただただスペースホープ号の甲板上に寝転がるのみであった。
大蠍神はなおも高速で地上〜地下を出たり入ったりしながら戦場を駆け回り、行く手に
存在するライオ共和国側ゾイドをシザースで斬り潰し、荷電粒子砲で吹飛ばした。
一見無造作で乱暴に見え、かつての様に暴走しているんじゃないのか? と思えるそれも
友軍には一発として当てていないだけ彼が理性的である事を伺わせた。
「こらぁぁぁ! 待てぇぇ!」
むしろヴァルキリーシーザーと共に大蠍神を狙うレイアの方が理性的では無かった。
大蠍神は彼女にとって親の仇である事は仕方ないにしても、その目は憎悪に狂うと共に
真っ赤に充血し、涙を滝の様に流しながら必死の攻撃を仕掛けていたが、怒りが逆に
彼女の冷静さを奪い、太刀筋も甘く、一撃とて大蠍神への有効打を与えられずにいた。
そして大蠍神もまたレイアを眼中に入れていないとは言っても、完全に無視しているとは
言っておらず、彼女のヴァルキリーシーザーの突撃をその都度かわし、弾いていた。
その結果、未だ煌びやかに輝く白銀のボディーを維持する大蠍神に比べ…レイアの
ヴァルキリーシーザーはもはやボロボロで動いている事の方が奇跡と思える程だった。

「スペースホープ号及び各艦の発進準備が整いました!」
「何!? それは本当か!? ならば覆面X氏に連絡! 今すぐに急いでこの場から
退避せよと!」
「了解!」
ついにスペースホープ外宇宙移民船団各艦の調整が完了し、発進準備が整った。
そしてその連絡を受けた覆面Xは各地で戦っていた傭兵達にその報告をするのである。
「スペースホープ外宇宙移民船団がまもなく発進する! 皆はこの場から退避せよ!」
「了解です!」
覆面Xの指令によって傭兵達は各自スペースホープ号から撤退して行く。無論ドール
チームもそうなのだが、とりあえず大龍神はスペースホープ号の足元で支援砲撃を
行っていた大砲神を元のカプセルに戻してから撤退し、続けてミスリルは大蠍神にも
撤退命令を出していた。
「大蠍神もそろそろ撤退おねがいね!」

「ん? どうしたんだ? 連中が逃げて行くぞ?」
スペースホープ号から撤退して行く傭兵達の姿を見てライオ共和国軍は面食らっていた。
「だが、今がチャンスと言える! 今の内にがら空きになった滅びの龍を撃てぇ!」
ライオ共和国軍残存部隊は一斉にスペースホープ号及び移民船団各艦のギルタイプへ
突撃を仕掛けた。が、次の瞬間には各艦発進時の噴射に巻き込まれ吹飛ばされていた…。
「も…もう…終わりだ…。」
スペースホープ外宇宙移民船団各艦が空高くへ飛びあがった時、ライオ共和国軍は誰もが
呆然と息を呑んでいた。未だに彼等の目的を惑星Zi全土の蹂躪だと勘違いしている彼等
にとってそれはもう絶望だったに違いない。

「うああああ!」
大蠍神の右腕部の一振りで吹飛ばされたレイアのヴァルキリーシーザーは岩山に強く
叩き付けられ、四肢の関節は完全に逆方向に折れ曲がる等もうダメージは限界まで
来ていた。ツインインパクトキャノンで大蠍神を狙おうとしてもエネルギーが無い。
もうヴァルキリーシーザーもレイアもこれ以上戦えなかった。
「は…はは…殺せ! お前の勝ちだよ! さっさと殺しなさい!」
レイアは笑いながら叫ぶが…大蠍神はこれ以上攻撃を行う事は無く、撤退を開始していた。
「な! 何故だ!? 何故お前が私の命を助ける!? 私の家族や友達を殺したくせに…
今だってこうやって私達の仲間を次々に殺したくせに何故! 何故私だけを助ける!?」
必死に叫ぶレイアも空しく、大蠍神はただただ撤退して行くのみだった。彼は別にレイア
を見逃したワケでは無い。ただただミスリルの撤退命令を優先しただけの事であった。
「そん…な…。」
そして、次の瞬間にはレイアの体力は限界に達し、気を失っていた。
スペースホープ外宇宙移民船団は空高くへ飛び上がり、宇宙へ昇って行く様を遠くへ
退避した傭兵達が見つめ、皆は手を振っていた。
「頑張れよー!」
「俺達がここまで頑張ったんだ! 宇宙で全滅なんてするんじゃねーぞー!」
デスザウラーやらバイオティラノやらがそうやって外宇宙移民船団に手を振る様は
かなりシュールな物だと思えたが、その場にミスリルと大龍神の姿は無かった。

宇宙へ昇って行くスペースホープ号の甲板上にただ一体ライオ共和国側のゾイドが
残っていた。それはルイスのセブンズソードである。と言っても、先の大龍神との戦闘で
コアを貫かれ動けない状態にあるそれはこのままスペースホープ号から落下するのは
時間の問題であろう。
「動け! 動いてくれ! お願いだから動いてくれセブンズソード!」
ルイスは必死に操縦桿を動かし、ありとあらゆるボタンを押し続けるが…それでも動く
はずは無い。しかし、ルイスは涙を流しながら必死に動かそうとしていた。
「おねがいだ! このままこいつ等が飛び立ったら世界が焼かれてしまう! 僕みたいな
孤児が世界中で生まれるんだ! そんなの嫌だ! 僕は僕みたいな孤児を作らない為に…
力無き人々を守る為に兵士になったんだ! だからお願いだ! あと少し…ほんの少し
でも良いから動いてくれ! お願いだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その時だった…明かりの消えたコックピットに灯が灯り、機能が回復して行くのである。
これはどうした事であろうか。だがそれだけでは無い。セブンズソードの全身が赤く
燃え上がり、その全身を変質させてしまうのである。
「え? え? これは…え?」
ルイス自身も何が起こったか理解出来なかったが、それはまさしくエヴォルトの光だった。
かつてルージ=ファミロンと名乗る男が使っていたムラサメライガーもエヴォルトの力に
よってコアを破壊された状態から復活したと伝えられる。すなわちルイスのセブンズ
ソードにも同じ事が起こったのである。しかしここからが違う。同じ赤く燃え上がる様な
エヴォルトを行っていてもハヤテライガーへ変身するのでは無い。まるで全身が炎の様に
燃え上がっている様な姿。そしてコックピットモニターにも“火炎”の文字が表示された。
「火炎? そうか…そう言う事なんだな…ならば行こうカエンライガー! こいつ等の
世界蹂躪を防ぐ為に…その力を僕に貸してくれ!」
“カエンライガー”となったセブンズソードはスペースホープ号甲板を駆け出した。
目標は頭部に存在するブリッジ。そこを破壊して内部に侵入し、内側からエンジンを
爆発させてしまおうと考えていたのだが…
「ハッハッハッ! これは凄いですね! 流石の私もエヴォルトは初めて見ました!」
「お前は!」
ルイスとカエンライガーの前に立ち塞がったのはミスリルの大龍神であった。
確かに既にスペースホープ号が成層圏にまで昇っている以上、現時点でカエンライガーと
戦えるのは単独大気圏突入離脱が可能な大龍神以外に無いのかもしれない。
「あくまでも最後まで邪魔をすると言うのかロボット!」
「まあそういう事ですね。その為に雇われたのですし…。」
ルイスの問いに対してミスリルが軽く答えると、次はスペースホープ号へ通信を送った。
「後は私がやりますんで、貴方達は宇宙への旅立ちに集中してください。」
「ああ、頼むぞ!」
スペースホープ号からもスペンリーの軽い返事程度に過ぎなかったが、今は戦闘中。
だからこそ手短な返答で十分だった。
「やはりお前は人の心を知らないバケモノか! こいつ等の世界蹂躪に手を貸すなど!」
「何とでも言いなさい…。私はただの雇われの身ですから…。」
「その生意気な口…二度と叩けなくしてやる!」
カエンライガーは大気圏離脱時の高熱も物ともしないどころか、逆に高熱を味方に付けて
大龍神へ飛び掛り、真っ赤に燃え上がった刀を振り上げ襲い掛かった。が…
「ドラゴンフリーザァァ!」
大龍神の口から冷凍エネルギーが放たれ、カエンライガーは思わず横に跳んでいた。
「高熱には冷凍兵器って昔から相場が決まってるでしょ!?」
「くそ! そんな物も持っているのか!? だが…ならばそんな物でも凍らせられない
様な熱い攻撃を行うのみだぁぁぁ!!」
ルイスの叫びに呼応するがごとく真っ赤に燃え上がる刀さらに巨大化し、そこから激しく
振り下ろされる一刀は大龍神を吹飛ばす威力を見せ付けた。
92 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 01:53:48 ID:???
☆☆ 魔装竜外伝第十五話「見えざる包囲網」 ☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 八百長の濡れ衣を着せられたギルガメス。激昂は憧れの人を傷つける事態にまで発展し
た。再戦に勝利したのは冷静さを取り戻したからだ。一方対戦相手のアルンは敗北の後、
水の軍団に暗殺された。彼の額にも刻印が輝いていたのをギルは覚えている…!

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 双児の月が今日もこの星を淡く照らす。…月が二つも浮かぶのは、昼が苛烈を極めるか
らだ。愛も自由もあっさり踏みにじられるこの星で、綺麗事を呟けるひとときは唯一夜の
平穏のみに与えられる。慈愛の輝きは、一つでは足りない。
 そんな穏やかな光の下を、滑るように進む竜が一匹。…姿勢は読者の皆さんも良く知る
ところだろう、背を屈め、尻尾を後方に伸ばす所謂T字バランス。なれど、纏う鎧は色も
形も全く違う。張りぼてのように角張った鎧は薄い菫(すみれ)色。それが全身を見事な
までに覆い尽くしている。その上背中には自分の首程もある箱が乗っているという何とも
角張った風体。但し惑星Ziの自然界は調和を崩すのもお手のもの。箱の左右には鶏冠が
一対、傘を折り畳んだような奇妙な銀色の突起が一対生えており、この張りぼてのような
竜に見事生気を宿すのだから不思議だ。
93魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 01:56:24 ID:???
 張りぼての竜は短かめの両腕で腹部を固め、両足は大の字に広げたまま。足元には土煙
が立ち篭める。爪先の辺りを見れば地面よりひと一人分程浮き上がっているのがわかる。
この竜によく似た種類も時たま使うホバリングという移動方法。さしたる助走もせず当た
り前のように行なう辺り、生半可な自力の持ち主ではないことが伺い知れよう。
 さてこの張りぼての竜が行く道は、いつしか獣道のように狭まっていた。左右は切り立
った崖で覆われ、月光も届き難い。それでもこの竜の体格を考えれば、決して狭い道では
ない。何しろ竜の上顎内には比較的ゆったりとした作りのコクピットが埋め込まれており、
筋骨隆々たる男がゆったりとした姿勢で乗り込んでいる。彼と竜の体格とを比べればそ
の大きさが伺い知れるというもの。
 さてこの男、頬は茹で蛸のように赤い。右手がふとレバーより離れると、脇のコップ立
てに乗せられた茶色い瓶を掴む。口元に寄せてぐいとひと呑みするや深く息吐くその仕種。
泥酔とまではいかないものの、酔いを自覚できる位には呑んでいるに違いない。
 ふと、男の眼差しが途端に鋭く瞬いた。飲みかけの茶色い瓶を無造作にコップ立てに乗
せると両肩を怒らせる。レバー握り締め、全身で重力を受け止めるのを合図に、張りぼて
の竜も軽く前傾。踏ん張ったところでようやく進行が止まり、浮き上がった両足が接地す
る。途端にもうもうと舞い上がる土煙。しかし酔っ払いの見つめる大きめのモニターは土
煙の向こうをしっかりと映し出していた。
 雲の白色した二足竜。人のように直立し、胸を張る。上顎を曇りがかったキャノピーが
覆い尽くした風貌以外、さしたる特徴はない。強いてあげるなら小さく、しかし少々長い
両腕を肘で曲げ、腰の辺りに構える独特な姿勢位か。飄々とした雰囲気漂わせる何とも不
思議な二足竜だ。
 ゆっくりと持ち上がったキャノピー。立ち上がった者は東方大陸伝来の白い功夫服を着
た男。隈取りの紋様を描いた張りぼてのお面を被っているため表情は伺えない。但し頭髪
は黒く、そして無造作に長い。面を被ったところで彼の正体など想像が付くのは言うまで
もあるまい。朗々たる調子で面を被った男は言い放つ。
「チーム・ジャイアントクローのヴォゾン殿とお見受けした」
94魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 01:57:45 ID:???
 張りぼての竜の上顎も持ち上がる。酔っ払いは驚く程身軽にその身を持ち上げるや厳し
い眼差しを功夫服の男に向ける。
「そうだとしたら?」
「『刻印』持ちの腕前、お見せ願おう」
 酔っ払いは薄笑いを浮かべた。
「成る程、最近ゾイドウォリアーばかり襲う辻斬りが出ると聞くが…」
 茶色い瓶を今又手にし、ぐいと呑み干すとおもむろに腰を落とせば、それが合図である
かのように閉じる上顎。それまでには二足竜のキャノピーも閉じられていた。いずれかが
文字通り棺桶の蓋となるのだ。
 酔っ払いの天井が上顎で覆われるや否や、コクピット内が眩く照らされる。光源はこの
部屋の壁一杯に敷き詰められた計器類によるものではなかった。
「用があるのはこの額か、洒落臭い!」
 酔っ払いの額には不規則に明滅する妖しげな紋様。その輝きに瞳が照らされ、澱みが完
全に失せた。力一杯レバーを引き絞れば、たちまち張りぼての竜の足元より立ち上がる土
砂の柱。左足を一歩大きく踏み出せば傘のような銀色の突起一対が前方にすらり。
 右足を踏み出せば、突起の根元がぐいと伸びる。触手だ。さしずめ長剣を握った蜘蛛の
足。この蜘蛛のような触手は節々を妖しくくねらせ、突起を振り回しながら目前の二足竜
目掛けて突きに掛かる。右から左から、頭上から足元から。一回り小さな二足竜を包囲す
るかのように、あらゆる角度から繰り出される突起。先端は錐のように回転し、悲鳴のよ
うな金属音を立てて月夜を切り裂く。
 変幻自在の竜の攻撃を前にして、しかし白色の二足竜は一向に慌てる仕種を見せない。
柳が風に流れるかのように左へ右へ。頭を下げて仰け反って。傍目には全く手が出せない
ようにも見えるが、やかましい金属音はこの白色の二足竜からは一切発せられないまま。
 操る功夫服の男も小刻みにレバーを捌きつつ、息を切らしも乱しもしない。
「ドクター・ビヨーの眼力は大したものだな。ゾイドの選定も、ウォリアーの実力も。
 ガイロス帝政時代の『BF』を間近で見れたのも驚きだが、これを自在に操ってみせる
のだからな」
95魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 01:59:04 ID:???
 敢えてマイクを通して呟いてみせる功夫服の男。音声を拾った酔いざめの刻印の戦士は
血相を変えた。…功夫服の男は酔っ払いが駆る張りぼての竜の出自は愚か、誰が彼に授け
たのかまでズバリ言い当ててみせたではないか。
「貴様、一体何者…!?」
 一層加速する戦士のレバー捌き。応えた張りぼての竜、ひと吠えするや、左右から強敵
を抱え込みに掛かる突起一対。真正面からは顎を、そして短かめの前足を揃えて伸ばす。
しめて三方からの肉迫。…ここまで、動揺の表情は浮かべても手が止まらぬのだから流石。
 しかし彼ら主従の不幸は強敵の出自など全く知らぬことにあった。正面から、そして左
右から空気切り裂く風の音を耳にしても白色の二足竜は恐れる様子を見せず、影が這うよ
うに前のめり。
 モニターから一瞬、敵の姿が消えた。刻印の戦士は目を見張ったが、直後、全身を襲っ
た衝撃に敵の居所を瞬時に察知した。懐だ。張りぼての竜の、懐深くに飛び込んだ二足竜。
挙げ句に相手の腹をまさぐる。この敵の弱点を見つけるだけなら簡単だ。腹部だけは薄い
菫(すみれ)色が覆っておらず、蛇腹状の鉄の皮膚のみで守られているに過ぎない。しか
しここを狙うのは困難を極めよう。T字バランスの姿勢は腰が低く、腹部を完全に覆い隠
している。…そんな腹部に難なく飛び込んでみせたのがこの二足竜と主人の実力だ。
 慌てて伸ばした両腕を引き戻す張りぼての竜。二足竜の小さな身体を掴みに掛かる。し
かし二足竜は低い姿勢を一層低くし、容易に身体を掴ませない。ならばと張りぼての竜も
膝を、足首を曲げに掛かる。自慢の脚力で身体を持ち上げる狙いは、しかし二足竜にあっ
さりと看過された。…戦士の左足に走る激痛はシンクロの副作用。相棒の左の爪先には二
足竜の右足が杭のごとく打ち込まれているではないか。身動きの取れぬ相棒を目の当たり
にして、戦士の脳裏に後悔の念がよぎる。
96魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 01:59:57 ID:???
 かくして勝敗はあっさりと決まった。張りぼての竜はひとしきりもがいていたが、やが
て膝から崩れ落ちた。布団でもひっくり返すように払い除ける二足竜。仰向けになった張
りぼての竜の腹は真っ赤に焼けただれていた。金属生命体ゾイドの生命の源であるゾイド
コアがゼリーのように溶け掛かっているのが遠目からでもはっきりと確認できる。…だが
二足竜の暴虐はこれで終わりではなかった。焼けただれたゾイドコアになど目もくれず、
長い両腕で張りぼての竜の頭部を掴む。上顎のハッチは開き掛かり、中から戦士が胸まで
飛び出し脱出を計っていたところ。だがこの二足竜には容赦する余地などない。
 程なくして、覆った両腕の隙間から漏れ出した火花、煙。両腕を離した二足竜。掴まれ
ていた張りぼての竜の頭部は鎧の部分こそ無傷ではあるものの、目やハッチ部分など鎧と
鎧との隙間に当たる部分はすっかり炎上し、飴玉のように溶け掛かっていた。
 直立の姿勢に戻った二足竜。強敵にとどめを差した両腕を腰にまで引き戻すとゆったり
と身構える。勝利しても雄叫びなど上げる素振りも見せない。
 頭部コクピット内に乗り込む功夫服の男も又、平静そのもの。コントロールパネルを弾
くとキャノピーに複数のウインドウが浮かび上がる。
「作戦終了。皆の協力に感謝する」
 浮かんだウインドウに表示された者、三名。いずれもシルエットのみ。それでも髪型や
体格がまちまちなのは確認できる。
「つまらないよ、パイロンさん」
「協力と言っても俺ら見張ってるだけじゃん」
 シルエットの内二名が不満を並べ立てる。いずれも声が若い。それを残る一名がたしな
めた。こちらは功夫服の男より嗄れ、重みもある。
「馬鹿なことを申すな。お前達に出番があるようでは作戦失敗の危機ではないか」
 彼らは何処にあるのか。…この獣道を囲む左右の崖の上に声の主はいたが、しかしその
配置まではわからない。いずれもゾイドに搭乗しているが、互いの位置は周囲を見渡した
だけではわからない。だが、それで良いのだ。結集したのはいずれも遠距離を攻撃するの
に長けたゾイド。
97魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:00:55 ID:???
 一匹はT字バランスの姿勢を崩さぬ灰色の二足竜。所々配された大人しめの青が、そし
て上顎を覆う橙色のキャノピーが派手な印象を与える。上顎の後ろからは耳とも角ともつ
かない突起。背中には二本の鶏冠と思いのほか過剰な装飾。尻尾は百足の節のように折れ
曲がり、先端には銃口が。今回は火を吹かなかったが、その銃口こそ巨大な敵を屠る武器
なのだ。人呼んで砲竜ガンスナイパー。
 別の場所で佇む二足竜も又、灰色の二足竜と同様のT字バランス。なれどこちらは全身
白一色。一方で背中の鶏冠も短く、頭頂部には短かめの角一本のみと装飾は少ない。一方
で両腕の爪は不自然に大きく、又尻尾は小銃のように真直ぐで却って奇異な印象を与える。
この尻尾もガンスナイパー同様、殺傷力の高い武器。人呼んで弩竜(どりゅう)スナイプ
マスター。
 残る一匹は腹這いの上に、四本足は極端に短い。地球で言うところの亀によく似ている。
全身濃い緑色で染め上げられ何とも地味なことこの上ないが、只一つ背中には自らの身長
程もある大砲が積まれ、体色に似合わぬ威容が黙っていても発せられる。人呼んで轟鼎
(ごうてい)カノントータス。
 三匹は異なった位置にいても、その尻尾なり大砲なりは皆、先程の戦闘地点に向けられ
ていた。崖の上へと飛び越えようものなら尻尾の物騒な二匹が狙撃し、落下地点目掛けて
大砲積んだ亀が砲撃する算段だったのだろう。功夫服の男はキャノピーに浮かび上がる鳥
瞰図を目にし、表情を変えず呟く。
「相手が未熟だったのがもっけの幸い。もし一目散に逃げ回りでもしたら我が相棒『オロ
チ』では追いつけなかったに違いない。
 ともあれ、これでようやく十人屠った」
「刻印の戦士が十人も見つかかったのは驚きですが、ことごとく葬ることができたのも奇
跡的です」
 声の重いシルエットが返事するが。
「…チーム・ギルガメスがいる」
 その名を耳にしては三人とも黙りこくらざるを得ない。
「連中の台頭はB計画の遂行に都合が良い。だからドクター・ビヨーもここぞとばかりに
刻印の戦士を育て上げ、野に放し、そして殺し合わせようとした。
98魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:01:52 ID:???
 だからこそ、もしビヨー子飼いの刻印の戦士が『それ以外の要因で』尽く敗れたのなら、
奴も決断せざるを得なくなる。計画の修正か、もしくは計画に邪魔なものを排除するか、
いずれかだ。その時が勝負よ」
 白色の二足竜は夜空を見上げる。双児の月は今も曇ることなく大地を照らすが、足元よ
り立ち篭めた煙はそんな淡い輝きを遮断する。…敗者が業火により燃え盛って上がる煙だ。

 ヴォルケン・シュバルツは溜め息を突きっ放しだ。幼い顔立ちは目を見張ったりしかめ
たりと忙しい。…彼が胡座を掻くテーブルの上にはノート大の端末が展開され、そこには
奇妙な画像が幾つも表示されている。そのいずれもがゾイドの一種であろう金属の光沢を
放っていたが、描かれたものは我々地球人の目からしても奇異な印象を受けるものが多い。
「バイオヴォルケーノか。ビヨー氏の趣味丸出しだね。『独月抄』、レガックは読んだこ
とある?」
 広いが薄暗い個室。カーテンが張り巡らされているために外の様子は伺えない。さて絨
毯の敷かれたこの部屋の床の上に、座る者はこの若者一人。なれど室内にはもう一名の気
配あり。
 その者の気配を若者は十分把握していた。だが気配の発せられる場所は奇妙。何しろ天
井に足を付け、逆さにぶら下がっているではないか。全身黒の衣装を身に纏い髪も真っ黒
なこの男、頬も適度にこけ見掛けには優男とさえ呼べる風貌。しかしその瞳だけは青に緑
にと妖しげに明滅を繰り返している。レガックと呼ばれたこの男は落ち着いた、しかし極
めて機械的な口調で答えに応じる。
「はい。月が一つしかない世界とはいささか突飛ですが、戦いに身を委ねる者からすれば
興味深い話しも多数見受けられます」
「その、『独月抄』にしか出てこないゾイドを用意できるなんてね。彼のパトロンも物好
きだよ。
 それでもって、今度は『BFー02』と来たか。元はと言えば僕達ガイロスのゾイドじ
ゃあないか」
99魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:04:20 ID:???
 栗色髪を掻き上げる若者。彼の頭上でぶら下がる優男の表情にも少し主人の憂い顔が伝
染したかに見える。…旧ガイロス帝国産ゾイドの中には共通の思想の下で品種改良が施さ
れたグループが多々ある。その一つがBF(バーサークフューラー)シリーズと呼ばれる
もので、優秀な性能故に長年に渡ってガイロスを守護してきた。その技術も「最後の大戦」
でヘリック共和国に敗れてからはゾイドは尽く安楽死させられ、技術資料は没収となった。
 ガイロス公国の貴公子ヴォルケンからすればこれ程口惜しい話しはない。祖国の権勢を
回復させるために必要なゾイド技術をどこぞの職業戦士にポイとくれてやるのだから勘弁
して欲しいところだ。
「『独月抄』に『BFー02』、超古代技術にユニゾン、もう何でもありだなぁ。
 ビヨー氏にとってゾイドバトルはさしずめゾイド技術の実験場だ。少なくとも、そうい
う側面はある」
「ですが、只の実験ではございますまい。先程も御説明しました通り、これら全てのゾイ
ドの搭乗者が額に刻印を備えていることを確認済みです」
 ぶら下がる優男は両の拳を握ってみせた。
「…内、二名はチーム・ギルガメスと試合し、敗北後水の軍団の襲撃を受けて死亡しまし
た(※第十四話参照)」
 右の人差し指と中指を広げる。
「又、内二名はチーム・ギルガメスに野試合を仕掛け、敗れたところをやはり水の軍団に
襲撃され死亡。残る六人は水の軍団に直接襲撃されて死亡」
 右の薬指と小指、そして残る親指と左の指全部を広げる。
「占めて十人。刻印の戦士が倒れました。
 手駒である筈の刻印の戦士同士を戦わせるのは誠に不可解ですが、もしドクター・ビヨ
ーが『某国』なるものの要人であり、彼の率いる刻印の戦士が『B計画』と関係あるとす
るなら、水の軍団の度重なる横槍を阻止するために何かしらのカードを切ってくるに違い
ありません」
 正しい重力の下で胡座を掻く若者は腕組みした。ゆったりとした祖国の民族衣装がふわ
りとなびく。
「こちらも色々手を打たなければいけないね。間に合えば良いけど…」
100魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:06:57 ID:???
 双児の月の下で穏やかな夜更けを迎える者達もいた。
 小高い丘の上にはテントが二つ、横並び。貯水タンクや簡易キッチン、仮設トイレやカ
ーテンに囲まれた薬莢風呂などが弧を描きつつ立ち並ぶ。奇妙な調和の雰囲気。これらの
道具を借りてきた者達は予め望ましい配置を決めているようだ。
 布が揺らいだ左のテント。中から現れた者は灰色のパーカーを羽織っている。下半身は
膝下で切れた半ズボン、素足でスニーカーを履く出立ち。パーカーの頭巾の中から現れた
顔は円らな瞳とはみ出たボサボサの黒髪が目立つ。ギルガメスは軽く息を吸い込み、そし
て吐く。…幾分、吐息が白いのはやむを得まい。見渡す限りの荒野だ、彼らを暖めるもの
など他には見当たらない。
 少年は簡易キッチンに足を忍ばせる。音を立てぬ歩き方はどこか遠慮勝ち。冷たい水で
顔を洗い、タオルで拭うとじっと月夜を見上げる。…同じ月夜の下で、もしかしたら惨劇
が繰り広げられているのか。彼は重い溜め息をつくばかり。だがそれも数秒、この平等な
のは輝きだけの残酷な女神にそっぽを向くと、思いのほか軽い足取りでキャンプの輪から
出ようとする。
 と、振り向いた真正面にはいつの間にやら壁が立ち塞がっていた。しかし少年は不意の
出来事に驚きはするものの、それ以上の動揺は見られない。何しろ目前の壁は、彼自身が
今まで見慣れてきた竜の相棒だから。民家二軒分程もある巨体から近付けてきた鼻先は、
雨戸よりも広い。魔装竜ジェノブレイカー、今は若き主人に単にブレイカーと呼ばれる深
紅の竜は背負いし六本の鶏冠、二枚の花弁翼を広げつつ、常ならばT字バランスの姿勢を
幾分丸めて宙に浮かんでいる。これでは地響きも立てないから少年も気が付かないわけだ。
 深紅の竜は不安げに少年を見つめている。微かに漏れる息遣いは鳴き声を押し殺してい
るかのようにも聞こえる。このゾイドにとって夜は狩りの時間だが、Zi人にとっては眠
る時間だ。だからこそ、突如夜更けに起き出した少年の挙動には動揺せざるを得ない。
 だが少年は小さな身体を思い切り広げてみせた。両腕一杯、左右に。
「狩りはおしまい? お腹は一杯になったの?」
101魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:09:34 ID:???
 若き主人の声を受け、深紅の竜は鼻先を少年の胸元に寄せた。少年も二度、三度と頬ず
りしてやると意志の強そうな眼差しを向けてやる。
「ちょっと、走ってくる。ブレイカーはエステル先生をお願い」
 深紅の竜は押し殺した息遣いのままピィと一声、甲高く鳴いた。
 遠くで、足音が聞こえる。丘を駆け降りる音だ。その方角を凝視しつつ、深紅の竜は翼
を一回、柔らかく羽ばたく。鋼鉄の巨体が羽毛のように舞い降り、音も立てぬ奇跡。それ
でも風圧の影響だけは避けられず、正面のテントが風に揺れる。竜は子犬のようにうずく
まると首をもたげ、足音の方角をじっと見つめていた。金属生命体の五感は常人では計り
知れないが、なまじ心情豊かだと不意打ちも受けるものだ。
「大丈夫よ、心配しなさんな」
 落ち着いた女性の声を耳にして、竜は肩をすくめ、真正面に向き直した。…テントの片
割れから上半身だけ出してきた彼女の瞳は切れ長で、鋭く輝く氷の蒼を帯びている。面長
で端正な顔立ちなれど、流石に就寝中だったのか肩にも届かぬ黒の短髪は若干乱れがちだ。
彼女…エステルは寝巻きの上にコートを羽織る出立ちのまま、竜が凝視していた方角を見
遣る。
「自分で乗り越えようとしているんだからね」
 女教師はあくびの出そうな自らの口元を押さえた。…深紅の竜にああやって言い聞かせ
はしたものの、愛弟子のことが全く心配でなければ嘘になる。ギルガメスは自分と同じ境
遇に陥っていた者が他にもいると知ってしまった。ジュニアトライアウトを不可解な理由
で不合格に処された者達。その中の一部は刻印の力に目覚め、ドクター・ビヨーなる人物
より見たこともないゾイドを授けられた。彼らは恩人たるビヨーに報いるために、或いは
同じ境遇であるギルガメスとわかり合うために対戦を望んだ。但し、一つだけ違っていた
のはエステルが傷付いたギルガメスを労ったのに対し、ビヨーは容赦なく切り捨てたこと。
102魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 02:11:04 ID:???
 少年とて仲間が欲しい筈だ。苦しみを分かち合える仲間が。生真面目なアルンはギルと
気が合ったかも知れない。なのに現実は、対戦後に水の軍団の襲撃にあって死亡と来た
(第十三話・十四話参照)。エステルは監督としてすぐに決断した。契約中の全試合のキ
ャンセル。対戦相手の中に刻印の戦士が紛れ込んでいたら前回のような悲劇は繰り返され
るからだ。…だがビヨー配下の刻印の戦士は執拗に、チーム・ギルガメスに接近してきた。
如何にもゾイドウォリアーらしい方法でだ。
 かくして、放浪の旅を続ける二人と一匹がいる。水の軍団のみならず、刻印の戦士の追
撃を振り切るための旅路は厳しい。…只、少年は一年程前よりは遥かに逞しくなった。あ
の頃はテントの中で泣いていた。それを考えれば無我夢中で走るのは見違える進歩だ。
「ブレイカー、ギルを守ってあげてね。
 私は…彼の呪いを解く手掛かりを、何とかして見つけ出すわ」
 深紅の竜は甲高く鳴いた。眠る者がいない以上、遠慮はいらない。女教師は切れ長の瞳
を細めた。
                                (第一章ここまで)
103魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:09:27 ID:???
【第二章】

 夜が明けた。残酷な朝が今日も幕を開ける。
 一部のゾイドにとって朝はお休みの時間。これもイブの配剤。かように巨大な肉体の持
ち主が昼に夜に暴れ回っていたら、Zi人は文明を築き得なかったに違いない。
 我らが深紅の竜も微睡んでいた。首と尻尾を丸めてうずくまり、大きな爪で顔を隠して
こくり、こくり。非常に多くのゾイドは瞼を備えていない。弱肉強食の世界に適応した結
果かも知れぬが本当のところはどうか。いずれにしろ熟睡するには視界を遮った方が効率
が良さそうだし、今はそれ位やっても許される筈だ。
 図体に似合わず可愛らしい寝息を立てる深紅の竜。このゾイドを背にしながら入念にス
トレッチを繰り返す師弟。いつも通りの練習風景だ。
 それにしても、少年の身体は柔らかい。股を割りつつ尻餅つけば、両足は左右一杯に広
がる。そこに加えて女教師がグイグイと背中を押すのだ。常人では悲鳴が上がるところを
少年は無難にこなす。流石にゾイドウォリアーになる程の少年がこれしきのことで音を上
げたりはしない。
 そんな中、彼が想定していないことが起きた。次の姿勢に変えようとした隙のことだ。
不意に彼の口が開く。出掛かった、軽いあくび。咄嗟に口を覆った手。しかしその行為自
体が少々微妙な「間」を作った。若干引きつる口元。
 女教師は表情を変えず、しかし手は動かしながら呟く。
「寝不足?」
 少年は内心舌を巻いた。彼女はこちらのちょっとした変化をちゃんと見ているのだ。そ
れは時に頼もしいが、時に後ろめたい気持ちにもさせられる。
「え、ええ、中々寝付けなくて…」
「仕方ないかしらね。ここしばらくトラブル続きだもの」
 言いながら、黙々と少年の背中を押す。意外な無反応に少年は却って狼狽えてしまった。
深く追及されるものだとばかり思っていたから余計にだ。
 女教師は愛弟子の動揺を知ってか知らずか、黙々と背中を押し続けるのみ。
 少年は困ってしまった。彼女の真意が計りかねる。いっそ怒鳴ってくれた方が気楽。
 ふと、止まった彼女の手元。彼の心情を察したのか。
104魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:10:13 ID:???
「教師って、人を導くのが仕事よ。でも…」
 言葉を選ぶために、口をつぐむ。数秒も経たぬ間の重苦しさ。耐えかねた少年はくるり、
振り向く。
「でも…?」
「道は、結局のところ一人で進まなければいけないのよ」
 視線が重なる。少年の円らな瞳、女教師の鋭い瞳。投げかけられたものを視線で受け止
めると、彼はうつむき、もとの柔軟体操の姿勢に戻さざるを得ない。
 取り敢えず、彼女が全てお見通しだということはわかった。その上で咎めるつもりがな
いことも。少年を多少なりとも認めているからこそ口喧しくは言わなかったのだ。しかし、
彼女が心配しているのも明らかだ。でなければさっさと彼女なりに用意した正解を言う筈
である。急がなければいけない…少年は考える。
(そのためにも、もっと強くなりたい。強く、強く、強く…)
 少年が念じ始めた時、ふとアラームが朝の静けさを掻き破った。ビークルから発せられ
たものだ。女教師は立ち上がると早速駆け寄っていく。きっと、近場のゾイドウォリアー
ギルドからだろう。興行でも持ち掛けてくるのではないか。少年は彼女が離れようが関係
なく練習を続けるのみ。
 しばらくの応対の後、すぐさま掛け戻ってきた女教師。少年の背中に回り、しゃがみ込
むと何事もなかったように練習の再開。しかし本題はこのすぐ後切り出された。
「ギル。一日教師でも、やって見る気はないかしら」

 背筋を弓のように反り返した深紅の竜。大あくびすると二枚の翼を水平にぐいと広げ、
軽いステップを数歩も踏めば滑空の開始。武骨な巨体に似合わぬ軽快な足取りは、このや
んちゃなゾイドの気分そのもの。
 竜の後ろからはビークルがエンジンを吹かしながら近付いてくる。年代物のこの機械で
も追いつける速度だ。ゴーグルを掛けた女教師がレバーを傾ければビークルは竜の胸元当
たりへと宙を滑り寄っていく。竜の方も心得たもので、頃合を見計らって両腕をぐいと伸
ばせば鮮やかに、ビークルは竜の掌中へ。かくして竜は宝物を抱えるようにビークルを両
腕で抱え、何事もなかったかのように疾走を継続。
105魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:11:06 ID:???
 竜の胸部コクピット内では少年が座席の後ろに回り込んでいる。着替えの真っ最中だ。
全方位スクリーンシステムはその性格上、コクピットを大きめに作らざるを得なくなる。
これは少年にとって非常に都合が良かった。例えばこのように、室内で着替えも容易くで
きるのだから。
 Tシャツの上に卸し立てのワイシャツを着るが、ネクタイを巻くのは後回し。膝下まで
の半ズボンを脱ぎ、ブレザーのズボンに代える手際は妙に早い。こうしている間にもウイ
ンドウが開かれ、ある意味全く空気を読まない女教師に覗かれるのは御免だからだ。自分
の裸身を晒すことに全く抵抗のない彼女が相手だから分が悪い。
「…もう良いかしら?」
 突如、スクリーン中央に開いたウインドウ。幸い「SOUND ONLY」の文字が中央に巡ら
されている。流石に女教師も心得たもので、それなりに配慮しつつ計ったかのようなタイ
ミングで通信を試みてきた。
「は、はい。もう…大丈夫です」
 言いながら、着席する少年。拘束具は未だ肩の上に上がったまま。脱ぎ捨てた着替えを
まとめて席の下にある棚に突っ込むと、早速ネクタイを締め始める。一番時間が掛かる作
業は後回しだ。
 ウインドウには今度こそ映像が浮かび上がった。ゴーグルを掛けた女教師の黒髪が風に
なびく。
「…嫌がるかしらと思ってたのよ。どうして話しを受ける気になったの?」
 もっともな話しだ。多分、一年も前なら断わっていた筈だと彼自身も思う。
「わからないです。でも受けた方が良いんじゃあないかって…その、閃いて」
 真顔で聞いていた女教師はふと口を押さえた。声こそ立てないものの、笑っている。
「御免、悪かったわ。…良い閃き、だと思う」
 少年は頭を掻いた。心持ち、頬も赤い。
「僕の故郷でもウォリアー志望者向けにゾイド操縦を教えるのは専ら先生だったんです。
田舎だったから近場で試合を見ることもできなかったし…。
 僕なんかの技術でも役に立つなら嬉しいかなって。閃いてから、そう思いました」
 少年の一言一句を聞く度、女教師は何度も頷く。
106魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:13:00 ID:???
 深紅の竜はそんな師弟のやり取りを己が胸元を見つめて見聞きしながら小首を傾げてい
た。このゾイドは相当に利口な部類だが、「一日教師」などというちょっと捻った言葉は
わからない。このすぐ後で少々後悔する羽目になるのだが、今の時点では若き主人の前向
きな姿勢に満足していた。ゾイドが生きていく上で主人の成長が大きな楽しみであるのは
紛れもない事実だ。
 ワイシャツの上に拘束具が降りる。しっかりと握った操縦桿。目前には防風林に囲まれ
た山道が。この程度、駆け登ることなど深紅の竜には容易いこと。
 山道の先には小型の二足竜が数匹、繋がれている。不意の珍客には驚いたようで天を見
上げていななき始めた。鬱陶しげに睨みながらその身を伏せる深紅の竜。
 ここは「ゾイド溜まり」だ。目前には深紅の竜二匹分はある土手が更に広がっている。
目的地の村はこの先に広がっているに違いない。Zi人とゾイドが共存するには限界があ
るため、小さな村にはこうしたゾイド溜まりが必ずと言って良い位、用意されている。
 抱えていたビークルを丁重に地面に置く深紅の竜。颯爽と降り立つ女教師。ゴーグルを
外すとサングラスを掛け直す。粒の胸部ハッチが開くとブレザーの上着を着用しながら彼
女の愛弟子が降り立ち、駆け寄る。
 程なくして、土手の先から数名の人影が駆け上がってきた。いずれも、中年の域に差し
掛かった大人。但しある者はジャージを着、ある者はブラウスの袖をまくるといった身体
を動かすには楽な格好。師弟は一目見て、彼らが今回依頼してきた者達だと確信した。こ
の先の村にあるジュニアハイスクールの教師達だ。
「お呼び立てして申し訳ございません。私、リガス・ジュニアハイスクールの…」
 最年長と思われる腹の少々突き出た男性が汗を掻きつつ深々と頭を下げる。と、その後
ろで上がった歓声のやかましいこと。
「すげー! ジェノブレイカーじゃん!」
「本物だよ、本物! あそこに立ってるのがギルガメスじゃねえ?」
107魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:13:52 ID:???
 いつの間にか、土手の上に駆け上がっていた少年少女。ざっと二、三十人といったとこ
ろか。年格好は少年とほぼ互角。中には明らかに彼より背の高い者もいる。只、いずれも
瞳の輝きは純真無垢で、幾つもの修羅場を凌いだ少年の瞳がたたえる凛とした輝きとは好
対照だ。弱った教師達は振り返って怒鳴りつける。
「静かに、静かに! 早く土手から降りなさい!」
 顔を見合わせた師弟は笑いを堪え切れない。特に少年は確信していた。数年前にこうい
う場面があったらきっと同じようにはしゃいだに違いない。
「先生方、丁度良いですから今日のメニューを発表されては…」
 笑いを堪えつつもしっかり助け舟を送る女教師。
「あ、ああ、そうですね。では…。
 えー、今日チーム・ギルガメスの皆さんにお越し頂いたのは、みんなにプロのゾイドウ
ォリアーの技を学んでもらうためです。
 ギルガメス先生にはバトルローバーに騎乗しての基本動作をみっちり教えて頂きます。
さあ、みんな先生に…」
 言いかけた時、素頓狂な声を上げる者がいた。いや、これはゾイドの鳴き声。師弟は聞
き慣れた声を耳にして振り返る。
 深紅の竜だ。前肢をついて身を乗り出し「本当か」とでも言いたげに師弟の顔を覗き込
む。少年は狼狽えたが女教師は冷ややかだ。
「ブレイカー、大人しくなさい。
 3Sクラスゾイド(※人よりは大きい程度のゾイド)の操縦は基本中の基本よ。貴方に
出る幕はないわ」
 口を大きく開けてみせる深紅の竜。威嚇の矛先は自分の出る幕に対してではない。愛す
べき主人が他のゾイドに触れることに対してだ。大体、この馬鹿でかい竜は自分の何分の
一もない少年と毎日スキンシップして暮らしているのだ。あれこそが竜の生き甲斐。あの
暖かい肌が他のゾイドに触れるなんて冗談じゃあない。
 しかしこの場は、抗議する相手が悪過ぎた。女教師はサングラスをつまむと軽く下げる。
切れ長の蒼き瞳が一層強く輝き。竜を睨み付ける。周囲の人間は彼女が背を向けているか
ら何が起こっているのかわからないが、異様な雰囲気だけは理解できた。唯一この一方的
な攻防を察知した少年はバツが悪そうにそっぽを向かざるを得ない。
108魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:15:18 ID:???
 数秒も経ずして深紅の竜はがっくり項垂れた。おずおずと身体を引っ込め、丸くなる。
容赦のない女教師は一転して笑顔を浮かべた。
「そんなに時間は掛からないから、大人しくしてなさいね」
「ブレイカー、ごめん」
 両手を合わせる少年の申し訳なさそうな表情を見て、さしもの深紅の竜も少し溜飲が下
がったのか健気に軽く鳴いてみせる。…鳴いて、彼らを見送ることにしたこの竜は、ボオ
ッと後ろ姿を見つめている内に、妙な鳴き声が聞こえてくるのに気が付いた。耳慣れない、
そして不快な鳴き声だ。

 土手を越え、そこら中に広がる防風林を越えた先に案内された。取り壊し寸前の旧家と
言い張れば通りそうな程、老朽化した小さな校舎が一棟。その目前に広がる校庭も、深紅
の竜のごとき巨大なゾイドを数匹受け入れれば一杯になってしまう程度の規模だ。
 しかし情熱は、古びた校舎などものともしなかった。よく整備された校庭の中央には人
だかりが出来上がっている。勿論その大半は子供達の寄り集まりだ。大人達は彼らの外周
で見守るように囲んでいる。
「ああ、あの鳴き声ですか? あれは輸入ノルマ絡みで、村で買ったローバーの声ですよ」
 腹の出た教師は苦笑い。女教師は事情を察した。ヘリック共和国議会は満場一致でゾイ
ド貿易自由化法を制定(第八話参照)。周辺各国や民族自治区に自国産ゾイドを売り付け
ようとしたものの、思惑通りには行かなかった。そこで議会は各国・民族自治区にゾイド
輸入ノルマを突き付け、これを了承させるに至ったのである(第十四話参照)。
 報道では自治体レベルにまで徹底されるとのことだったから、リガスというこの辺境の
村にまで共和国産ゾイドが飼われていてもおかしくはあるまい。もっとも、歓迎されてい
るかどうかとなると話しは別だ。
「随分と神経質そうに鳴きますね」
「ええ、村の誰にも中々懐きませんもので。ひとまず我が校の厩舎で預かっているのです
が、今後はどうしたものか…」
109魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:16:03 ID:???
 談笑する二人の十数メートル先では少年と子供達の掛け合いが繰り広げられていた。青
く透き通った体皮の二足竜・バトルローバーは人よりは若干大きい程度なので居住区内も
出入りできる。ジュニアハイスクールで飼われるのも当然と言えた。三匹程横に並んでい
るが興奮気味なのか、落ち着きなく周囲をキョロキョロ見渡している。
 右端のローバーの前に立ったギルガメスは周囲を見渡す。好奇心で輝きが溢れてきそう
な瞳の群れに少々圧倒されるが怯んでもいられない。
「ええと、とにかく大事なのはスキンシップ…です。ゾイドは寂しがり屋が多いんだ。ど
んな時でも優しくしてあげて。こんな風に…」
 首元を撫で、頬を寄せてやる少年。幾ら小さなゾイドとは言え体格の小さな少年には十
分に大きい。だから思い切り背伸びするが、相手のローバーは少年の息遣いを耳にするや
嬉しそうに腰を下げ、頬を寄せてきた。何しろ少年の頬擦りは大胆だ。体格差をまるで恐
れず官能的なまでに濃厚に触れ、撫でてやる。これも深紅の竜を相棒としてきた経験から
為せる技。おかげでこの一匹はあっさりと少年に懐き、低く屈んでみせる。少年を背の上
に受け入れる準備は万端だ。
 注目していた子供達の一部からは黄色い悲鳴が上がる。女生徒のものだ。男子は一様に
溜め息をつくが、中には表情が緩み切ってしまう者もいた。
「何かエッチっぽいよ〜」
「ギルガメスさんって彼女にもそんな風にしてるの?」
 不意をつかれた質問に赤面を堪え切れなかった少年。ちらり、移した視線の先にはこち
らを真剣な眼差しで見守る女教師の姿が映る。彼女が気付かぬ内に視線をすぐさま戻すと。
「ば、馬鹿、変なこと聞くなよ! それより優しくするのは誰に対してでも同じだろ?
 さあ、みんなもやってみて」

 歓声はゾイド溜まりにまで届いてきた。防風林しか隔てていない上に、ずば抜けた五感
の持ち主であることが災いした。声が耳に届く度に深紅の竜は肩をすくめ、悲しそうにす
きま風のような我慢の鳴き声を発する。
110魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:17:42 ID:???
 すぐ側で繋がれていたバトルローバーの群れは、既にこの竜が滅法寂しがり屋であるこ
とに気が付いていた。だから竜が身体を動かす度、ひそひそ内緒話しでもするかのように
鳴いてみせる。深紅の竜が睨み付ければひとまず黙るのだが、既に底は知れていた。竜が
しゃがみ込むと今度はさっきよりも小さく囁き合う。竜は最早怒る気にもなれない。…あ
の小さな主人のことだ、自分自身に対するのと同じように熱心なスキンシップを重ねてい
るに違いない。竜の心の奥底で嫉妬の暗い炎が巻き起こるがどうすることもできず、仕方
なく地面に「の」の字を書き始める始末。自慢の爪で書くのだからマンホールの蓋のよう
に大きな「の」の字だ。
 だが情けない深紅の竜も流石に気付いた異変。さっきから聞こえる鳴き声が激しさを増
している。危機を訴えるかのような悲痛な叫び。

 校舎の裏手には厩舎が広がっている。その一番右端より、鳴き声は聞こえてきた。その
バトルローバー、見掛けの上では周囲の二足竜とさして違いが見当たらない。なれど先程
から狭い厩舎内を前に後ろにと動き回り、天井を見上げては甲高く吠え立てる。この奇妙
な行動、師弟がここに到着した頃から続けていたとしたら、もう一時間以上は繰り返して
いることになる。
 近くのローバーはうんざりした様子でうずくまっていた。仕方ないことだ、彼らが幾ら
吠え返そうがこの迷惑な隣人は奇行を止めようとはしない。だがそんな彼らにも待望の援
軍が現れた。
「折角ゾイドウォリアーの方が来て下さってるのにやかましいったらありゃしない」
「余りしつこいようなら引っぱたくしかありませんか」
 二、三人の教師が駆け足で向かってきた。問題児の前に立つと早速怒鳴り立てる。
「うるさい、静かにしろ!」
 問題児は吠えるのを中断して教師達をじっと眺めたが、数秒も持たない。それどころか。
 揺れる、厩舎。響く、轟音。力任せに叩き付けた鐘の音のよう。
 教師達は尻餅をついていた。当たり前だ、轟音を真正面から受け止める羽目になったの
だから。そして、轟音は繰り返される。音源は今まさに厩舎を構成する鋼鉄の柵に向かっ
て何度も何度も、Zi人よりは明らかに大きい自らの五体を叩き付けている。徐々に、だ
が着々とひしゃげ始める柵の意外な脆さ。
111魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:18:39 ID:???
 一方、ギルガメスの熱心な授業は着々と進行していた。根が生真面目な彼の教え方は、
とにかく実例を自ら示し、それを生徒達にも試してもらうことで一貫していた。
「僕らとゾイドは対等なんだ。だからゾイドに何かしてもらう時はお願いするつもりで。
例えばほら、そこの林檎を掴んで欲しい時はこうやって…」
 騎上で前屈みになると、ローバーの首の後ろから何か囁く。レバーは軽く握るのみだ。
声に応じたにわかな相棒は黙々と手を伸ばした。コンビの前方には女教師。林檎を頭上に
乗せ、両腕は後ろ組み。その上に被さるにわか相棒の長い指は布を被せるように柔らかい。
 林檎はにわか相棒の長い指に吸い付くかのように摘まれた。女教師は微動だにしない。
無理な力が掛からなかったから、彼女の身体が揺れる余地など全くなかったのだ。余りに
も繊細な技を目の当たりにし、子供達も彼らの教師達も皆一様に溜め息を漏らす。少年は
そんな彼らをぐるり、見渡すと適当に指差し。
「…君、やってみる?」
 段々、少年の教え方もさまになってきた。女教師は表情こそ崩さないものの、内心御機
嫌だ。愛弟子はもともと長男坊。その上あのわがままな深紅の竜を手なずけたのだ。面倒
を見る素質はあったと看做すべきかも知れない。
 そんな少年の隠された一面が見え始めた時、事件は起きた。
 轟音は校舎の裏側から。師弟は咄嗟に気付いた。ゾイドが滅茶苦茶に体当たりでもしな
い限りあんな音は響かないと。しかし彼らが轟音の方角を向いた時には、既に発信源は怒
濤の勢いで向かってきたところだ。
「『避けて!』」
 叫ぶ師弟。左右に散ると麦穂を分けるように子供達の前に両腕広げ、自ら柵となる。そ
の中央を突っ切っていく暴れ馬ならぬ暴れローバー。災厄は弾丸のように一方通行ではな
い。砂塵巻き上げ急旋回すると再び子供達目掛け向かってきた。
 両腕広げたままくるり、振り向いたギルガメス。怒濤の勢いで突っ込んでくる暴れロー
バーを前にして、意を決した。
「何を考えてるんだよ!」
 自ら前に走り出す。向こう見ずな行動に上がる悲鳴。冷静に状況を観察できたのは女教
師だけだ。
112魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:19:53 ID:???
 少年、身軽な跳躍。両腕で首に掴まると間を置かず、右足を塀に引っ掛けるようにロー
バーの背中に伸ばす。いともあっさり背中に乗った少年。あとはレバーを握り、宥めつつ
操縦するだけ…その筈だった。女教師でさえそこまでは確信していたのだ。
 少年は首元に頬を寄せる。さっき皆の前で見せたように話し掛けたところ。
「押さえて、押さえて…う、うわぁっ!?」
 不意に、高らかに背を伸ばしたローバー。バネのように上半身を振り上げると辺り一帯
を飛び跳ね始めた。まるでボールを地面に叩き付けたようだ。
「ギル、村の外に誘導しなさい!」
「は、はいっ!」
 子供達の前に出て両腕広げる女教師。彼女の目の前を、暴れローバーは飛び跳ねながら
迂回していく。校門の方へと抜けていくのを確認すると息つく間もなく皆の前に振り返り。
「すぐに戻ります。皆さんはしばらく待っていて下さい」

 すっかりしょげて丸くなっていた深紅の竜は、不意の事態に首をもたげた。少年の声が
聞こえる。それだけではない、異様な雰囲気のローバーまでもが一緒だ。
 竜が首をもたげた時、既に真正面を突っ切っていたローバー。その異様にポカンと口が
開く。この竜自身、今までに様々なゾイドを見てきたつもりだ。ではあの体格であそこま
で早く走れたゾイドは果たしていただろうか。…だがそんな些末なことで驚くわけにはい
かない。もっと大事なことがある。
 ローバーの後を猛然たる勢いで追い掛けてきたのは女教師だ。背も高ければ手足も長い
彼女がしなやかに躍動するから遠目にも目立つ。彼女が竜に指示を出すのとビークルに飛
び乗るのはほぼ同時。
「ブレイカー、追うわよ!」

 防風林に囲まれた山道を、波でも描くように駆け降りていくローバー。尋常ならざる勢
いに騎上の少年もしがみつくのがやっと。だが頂上の村を出たことで作戦の幅が広がった。
(エステル先生が来てくれれば、刻印が使える…!)
 ふもとに着いたところで、頭上を影が覆ったことに気付いた。こんなに大きな影に心当
たりは一つしかない。
113魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/01(火) 23:20:44 ID:???
「ブレイカー!?」
 両の翼広げた深紅の竜。魚のように空を泳ぐ。両腕にはビークルを大事そうに抱えてい
た。と、同時に少年の右腕に嵌めた腕時計型の端末が警告音を発する。名刺並みに小さな
画面に映し出された女教師の冷静な眼差し。
「ギル、ギル、聞こえて? 刻印を発動させるわ。
 ローバーにシンクロ(同調)して、暴れる原因を突き止めなさい! 例え、その行く先
が…」
 詠唱を終えた時こそ、刻印の光芒が二人の額より放たれる時。
 ギルガメスが刻印の力によって深紅の竜ブレイカーとシンクロを計るのは熱心な読者の
皆さんなら御存知であろう。この愛らしい相棒が鬼神のごとき活躍を果たすには、己が痛
みを我がことのように受け止め感じてくれる者が必要なのだ。
 この暴れローバーをコントロールする試みも原理は同じだ。シンクロして、このゾイド
が暴れる原因を突き止めれば良い。
 少年は頬をローバーの首元にすり寄せる。頭上で深紅の竜が嫉妬の鳴き声を上げるがそ
れどころではない。
「ブレイカー、うるさい! 頼むから静かにして!
 …ねえ、君はどうしてそんなにムキになって暴れるの? 辛いことや、悲しいことがあ
ったの?」
 頭上では女教師が額に指を当てていた。刻印の明滅が激しさを増している。シンクロを
試みる少年の意識を彼女も探る狙いだ。
 暴れローバーの意識を探る少年。明滅していた額の輝きは急激に弾け、恒星のように輝
きをほとばしらせた。それは女教師の額も同じことだ。
《刻印反応アリ。拒絶セヨ、拒絶セヨ…》
 二人の意識に鳴り響く機械的な音声。
「刻印の、介入拒否!?」
「エステル先生、これは…一体どういうことなんですか!?」
 頂上では師弟を案じて子供達や教師達が砂塵を目で追うが、彼らの受けた衝撃まではわ
からない。
                                (第二章ここまで)
114魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:46:10 ID:???
【第三章】

 さてその頃、あらゆる陣営を振り回す問題人物一行は何処にあるのか。
 そこも地平線の見えない風景だった。天を幾重にも貫く山の連なり。穂先には鮮血の代
わりに万年雪が彩りを添えている。だから空は傷付くことなく雲一つなき真っ青な姿を保
っていられた。
 しかしふもとに住む者達にとって、この山脈は余りにも苛酷な障壁となって立ち塞がっ
ていた。それはかのヘリック共和国・正規軍に対しても同じこと。
 辺りは固い岩肌で覆われ、所々隆起している。頂上付近の美しさに比べるならば差し詰
め地獄の入り口と言ったところか。その上、辺りには白色又は青色の金属がそこかしこに
転がっている。…いや、これは金属生命体ゾイドの死骸。艶やかな金属の光沢の下からど
す黒い油が流れている。燃料が燻り煙を発しているものもある。どうやらさっきまで、こ
こでは血なまぐさい戦闘が繰り広げられたようだ。
「ドクター・ビヨー、これ以上無茶なことは言わないで欲しい。
『勇者の山脈』がレアヘルツで覆われていることは偉大な科学者である貴方なら御存知の
筈だ。
 レアヘルツの完全遮断がアカデミーでも共和国軍でも依然として実現していない以上、
この山脈の中心部へ侵入することなど夢の又夢というもの」
 その場には軍人と思しき人物が数名、立っている。中央に立つ者が指揮官且つ最年長な
のだろう。ヘリック共和国謹製の白い軍服・軍帽を折り目正しく着こなしている上に、眉
間の皺も胸に付けた勲章も相当な数だ。彼の左右は白いヘルメットに白いチョッキを着た
一団に囲まれている。いずれも小銃を肩に下げ、指揮官の一歩後ろで微動だにしない。
 この見るからに有能そうな軍人達を前にして、全く怯む様子を見せない白衣の科学者が
独り。左の頬に火傷の傷が広がるこの科学者は、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡を軽く持
ち上げて言い放つ。
「勿論です。その、従来戦力では不可能ということを実証するために皆さんの御協力をお
願いしたまで」
 指揮官らの肩ごしに遠方を見つめる白衣の科学者。先程までの戦場に対してでさえ、実
験動物でも見るような好奇の視線を投げかける。
115魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:47:21 ID:???
「…いくら無人ブロックスゾイドとは言え、ですよ。
 最新の対ジャミング処置を施した百匹がこの『勇者の山脈』ではあっけなく暴走し、同
士討ちを始めるという報告も無いようではキャムフォード宮殿(※ヘリック共和国大統領
官邸のこと)の理解は得られませんからね」
 指揮官も兵士達も声にこそ出さないものの、一斉に不快そうな表情を浮かべた。所謂レ
アヘルツが発生する地域への侵攻は長年に渡って禁忌とされてきた。ゾイドが暴走し、全
く制御できなくなるからだ。…だがそれは、Zi人にとって「当たり前」のことでもあっ
た。当たり前だから隣国に行く時は発生地域を迂回した。各国軍も天険の防壁と看做した
ため発生地域での戦闘は自ずと避けられてきたのである。かの「蒼き瞳の魔女」エステル
が千年の深き眠りにつくことができたのも彼女が隠遁したレヴニア山脈がレアヘルツ発生
地域だったからだ(第一話参照)。
 兵士達にしてみれば、この白衣の科学者ドクター・ビヨーの要請は馬鹿げていた。キャ
ムフォード宮殿からの勅命さえ無ければ断固拒否していたところだ。
「ドクター・ビヨー、ブロックスも立派な国の礎(いしずえ)であることに変わりない。
百体も無惨に命を散らすに至った理由をお聞かせ願いたい」
 指揮官が語気を努めて押さえながら言い放った時、白衣の科学者の背より聞こえた大あ
くび。数歩後ろでは、大人数人分はあろうかという銀色の獅子が行儀良く巨体を伏せてい
る。勿論この凛々しい獅子が不謹慎な真似をする筈もない。
 獅子の背の上には肌白き美少女が口を押さえていた。肌が白ければ纏うワンピースも雪
のように白い。金色の長髪を左右の耳上辺りで束ね、それが柔らかな太陽光を浴びて乱反
射する艶やかさ。なれど、眠たげに開けた黒め勝ちの大きな瞳は刃のような銀色。眼光は
薔薇の刺よりも鋭利に違いあるまい。
「ドクター・ビヨー、茶番は飽きたぞ。さっさと私に相応しい『覇のゾイド』を掘り出せ」
 美少女は眠たげに言って捨てた。
116魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:48:06 ID:???
 彼女こそ兵士達を一層苛立たせる原因でもあった。凡そ最前線には相応しくない人形染
みた美少女。それがあくまで人形然としているならまだしも、大人達を顎でこき使うよう
な傲慢な態度で振る舞うのだ。それを大人しく聞く白衣の科学者も不快だ。変態科学者め
と罵倒してやりたいのが共通の感想である。
「『B』よ、世の中には段取りと言うものがございます。それも全て整いました。ほら…」
 顎でしゃくるように、背後を見る科学者。向こうでは土煙が立ち篭めている。指揮官も
兵士達もしばらく土煙の発生源を見極めんと睨んでいたが、その内に一人、又一人、息を
詰まらせるような声を漏らした。…漏らさざるを得なかったのだ。彼らが見たものはZi
人も我々地球人も変わらずグロテスクなものと看做すに違いない。
 巨大な台車の上に、竜が腹這いになっている。…いや、これは最早「竜」と言えるのか。
竜らしい部分は短かめの首とT字バランスの姿勢ならスマートに見えるだろう胴体、そし
て台車からはみ出た長い尻尾のみだ。それだけならばかの深紅の竜に似通っていたし、サ
イズもそう大差なかった。が、この竜には手足がない。無惨にも切り落とされ、付け根の
辺りを拘束具で固定されている。それだけではない、両目はくり抜かれ、巨大な顎でさえ
も拘束具で固定された状態だ。
「ドクター・ビヨー、一つ言っても良いか?」
「何なりと」
 指揮官の震える声に対し、事も無げに返事する科学者。
「これは…人道に反するのではないか」
「軍人である貴方の口から出る言葉とは思えませんが…」
「そうかもしれない。だができる限り守らねばならない筈だ!」
「人道は科学の敵」
 冷笑する科学者。彼の口元だけ弛んだ表情に指揮官も兵士達も背筋が凍り付く。
「…まあ御安心下さい。あれは既にゾイドではありません。所謂『ガイロス産ティラノサ
ウルス型野生体』の消化器官を兵器に転用しただけの代物。ティラノサウルス砲とでも申
しましょうか。
 この大砲で勇者の山脈を貫通させ、内部に隠されたレアヘルツの発生源を破壊します。
その上で皆さんに突撃して頂きます。レアヘルツから身を守るには、要はゾイドを使わな
ければ良いのです」
117魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:48:50 ID:???
 ところで白衣の科学者以外に、かの禍々しいティラノサウルス砲を至極冷静な眼差しで
見つめる者がいた。他ならぬ、肌白き美少女だ。忠実なる銀色の獅子の鬣を撫でながら、
その背の上で不敵な笑みを投げかける。
(つまらぬ世界だと思っていたが、少しは面白くなってきたではないか。
 ドクター・ビヨー、貴様の思い描く『新秩序』を形にしたいのなら、一刻も早く私に相
応しい『覇のゾイド』をよこすのだ。それがあの売女を葬る一番の近道でもある…)
 台車の左右より、杭が落ちる。百足が地を這うようだ。想像を絶する反動が掛かると予
測される以上、台車の固定は不可欠である。
 さて読者の皆さん、「魔装竜外伝」本編において深紅の竜ブレイカーが荷電粒子砲なる
光の息吹を放ったのはわずかに二度。その内一度はやけくその一発であったにも拘らずレ
ヴニア山脈の稜線を変形させた(第一話参照)。ならば全く同型のゾイド(正確には「ゾ
イドであったもの」)が純粋に破壊のみを追求して発射したらどんな結果が得られるのか。
 その答えは間もなく得られようとしている。胴体各所より集まる光の粒。それと共に口
腔にほとばしる輝き。砲台の遥か後方で科学者が、美少女が、そして指揮官らが見守って
いる。

 物語を本編に戻そう。
 蒼く透き通った体皮の二足竜・バトルローバーは依然、荒野を疾走中だ。背中には少年
を乗せながら。頭上より追い掛けるは深紅の竜。掌中に収まるビークルの座席では、女教
師がコントロールパネルを睨んでいる。
 暴れローバーの背にしがみつく少年の耳元には無機質な声が響き渡っている。
《刻印反応アリ。拒絶セヨ、拒絶セヨ…》
 一方、額に指を当てる女教師。刻印の明滅、加速。数メートル下方で奮闘する少年の意
識をこの超能力で感じ取り、解析する狙いはひとしきりの無言の後、やがて確かな確信と
なった。
「…これは、封印プログラムよ!」
118魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:50:10 ID:???
 腕時計型端末と脳裏の両方より聞こえてきた音声に顔をしかめる少年。だが女教師の下
した結論には耳を疑った。…人に使役するゾイドは法を守るために全てこの「封印プログ
ラム」をインストールされている。地球における犬や猫などとは違い、無闇に民家に侵入
でもされては大変なことになるからだ。そこで封印プログラムをインストールし、その中
に記述された法律は遵守させるのである(深紅の竜はインストールされた振りをしている。
破ろうと思えばいつでも破れるのを我慢しているのに過ぎないのは第十二話参照のこと)。
 だからこそ、少年は首を捻った。法律を遵守させるのが封印プログラムなのに、何故に
刻印反応の拒絶という法律とは何ら関係ない行動を遵守させられているのか。
「ギル、ギル、聞こえて? そちらに飛び移るわ」
 唐突な女教師の声。腕時計型の端末には喋りながらサングラスを外し、胸のポケットに
しまう彼女の姿が映し出される。
 思わず見上げる少年。だがそのタイミングは良くなかった。頭上に本来飛んでいる筈の
深紅の竜を遮るように、大の字に手足を広げた女教師の姿が飛び込んできた。
 不意に背中を押され、息が詰まる。少年の小さな身体をクッション代わりにして女教師、
着地成功。体格で劣る少年の身体に背後よりしがみつき、すっぽり覆い包む形。少年は息
苦しさ以上に、背中に触れた柔らかな存在に全身強張らせて狼狽えるが。
「ごめんね。我慢してて」
 言いながら女教師は首を少年の右肩から伸ばしに掛かった。頬に触れる黒の短髪。石鹸
の甘い香りに一層顔しかめる。ちらり、横目で表情を探るが彼女は一向に意に介さない。
それ以上に晒された裸眼の何と厳しいことか。
 照れを恥じ、視線を戻した少年。恐る恐る。
「…どう、しますか?」
「封印プログラムを消すわ。私の、刻印の力でね。ギルはこの子の操縦、お願い」
 更に首を伸ばす彼女。少年の頭上にまで柔らかなものが触れているが、そんなことを気
にする暇はない。僕がへまをしたらこの暴れローバーに振り落とされるかも知れないんだ。
 暴れローバーの首に女教師の額が触れる。刻印の眩い輝きが、透き通った体皮青いを鮮
やかに彩る。
119魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:50:57 ID:???
 子供達はずっと、丘の上から事態を見守っていた。時折巻き上がる砂塵に一々悲鳴を上
げる。だが肝心な部分はその上に覆い被さる深紅の竜が隠してしまうので、状況は掴み切
れていない。
 腹の出た教師は意を決した。
「自警団を呼んできて下さい。駄目なら守備隊。私は追います」
 そう言って練習用に引っ張り出していたローバーを屈ませる。背中に乗って追い掛ける
つもりだったが、しかしその主旨はローバーが立ち上がるまでに少々変わった。
「…ジェノブレイカー、こっちに戻ってくるよ!」
「ローバーも見える。あれっ? …普通に走ってらぁ」
 その場に居合わせた皆はひとしきり砂塵の方を凝視し、やがて安堵の溜め息をついた。
 深紅の竜に手を差し伸べられ、飛び移った女教師。その掌伝いにビークルに案内される。
 少年は彼女の無事を横目で見届けると暴れローバーだったこの二足竜のレバーをぐいと
握り締めた。すっかり大人しくなり、落ち着いて走り出したかに見える。

 師弟と一匹がリガスに戻ると圧倒的な拍手が待ち構えていた。如何なる方法を使ったの
かは不明だが、ともかく常人では手がつけられないゾイドを容易く手懐けたのだから無理
からぬこと。少年は驚き、照れる表情を隠さない。既にゾイドウォリアーとなって一年を
経過するが、こうした歓待には依然、慣れぬままだ。
 この後、何事もなかったかのように授業が再開された(嫉妬に燃える深紅の竜が少年に
熱烈なキスの雨を注いだこと、及びそんな光景に女教師の雷が落ちたことは今更書くまで
もあるまい)。少年はゾイドを操縦するコツを丁寧に説き、何度も実演してみせた。彼の
熱心な姿勢を一歩離れた位置で見守る女教師。意外にあっさり取り戻した冷静さには彼女
も内心驚き、又嬉しかったものだ。
 只、そんな彼の円らな瞳の中に陰りを感じてしまったのは果たして気のせいだろうか。
 結局、授業が終了したのは陽が大分傾いてからであった。生徒も教師も非常に熱心だっ
た証だ。ずらり、整列した教え子達。
「『ありがとうございました!』」
 一斉の礼に、少年は狼狽えっ放し。只々頭を掻くに留まる。
 腹の出た教師が一歩前に出る。見た限り親子程も年が離れている両者だが、彼は丁重に
頭を下げた。
120魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:51:43 ID:???
「本日はわざわざお越し下さいまして、ありがとうございました」
「い、いえ、こちらこそ…」
 少年も深々と頭を下げた。それにしても、何故この教師はここまで礼を尽くせるのか不
思議ではある。
 彼の疑問に答えるように、教師は言葉を続けた。
「…これからあの子達はふるいに掛けられます。最終的にジュニアトライアウトに受験で
きるのは十数名程になるでしょう。その内二、三人程度が合格できれば奇跡かも知れませ
ん。殆どの子供達は夢を一度は諦めなければいけなくなります。
 しかしそれでも、今日の出来事は得難い経験になったことでしょう。たとえ挫折を味わ
っても、良い思い出さえあればきっと次の夢を見つけ出せる筈です」
 少年はようやく教師の考えを理解できた気がした。プロフェッショナルの技を見せてや
りたいという気持ちは勿論あっただろう。だがそれ以上に、青春の記憶が苦虫を噛み潰し
たようなものばかりになることを嫌ったのだ。…それは少年自身がよく承知していること
だ。わざわざ家出までしてゾイドウォリアーの道を志した自分の思い出を、美化しようと
したところでたかが知れていたではないか。

 滑走する深紅の竜。その掌の上にビークルが宝物のごとく抱えられるのは往きの光景と
同じだ。機上の女教師は荒野を薄闇が覆い始めていることに気付いた。そこらの小石も伸
ばす影が鋭利になっている。夕暮れは近い。
 ひとしきり、腕を組んでいた女教師。やがてついた溜め息は重さを極力押さえ込んだか
に聞こえる。意を決してコントロールパネルを弄ると、据え付けのモニターには
「SOUND ONLY」の文字が。
「…仮定の話しに過ぎないのだから、余り深く考え込まないようにね」
 映像が映らないよう設定したというのに、作り笑いを浮かべることに迷わなかった。
 一方少年は、黙々とコクピット内でブレザーを脱いでいた。手早く且つ丁寧に畳むと座
席下部のポケットにしまい込む(汗を掻いてもすぐ着替えられるよう、ここには着替えを
複数突っ込んであるのは今までにも何度か書いた)。純白長袖のTシャツにトランクス一
丁となれば後は膝下までの半ズボンを履くだけ。革靴からスニーカーへの履き替えは最後
で良い。
121魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:53:14 ID:???
 着席、拘束具が肩に降りる。少年も又、作り笑いを浮かべていた。しかしどうしても陰
りが出る。そんな自分の情けなさ故に折り混ざる自嘲の色。
「はい、そのつもりです。…本当のことだとしても、今更どうにもなりませんから」
 愛弟子の言葉を耳済ませた女教師は流石に嘆息した。気に病むなという方が無理かと思
い、腕組みしつつ言葉を探す。
「刻印の持ち主を排除しようと企む者が、ヘリック共和国の上層部にいるのでしょう。そ
う考えれば説明できることも多いわ。
 例えばギル、貴方は一年以上前に似たような仕掛けの施されたゾイドに出会ってる筈よ。
…ジュニアトライアウトでゾイドバトル連盟が貸し出したゾイドには、恐らく『刻印排除
の封印プログラム』が仕掛けられていた。たとえ貴方が持ち前の実力でこのゾイドをコン
トロールし切っても、あちらは試験が済んだらゾイドからログを拾ってしまえばいい。
 一方、通常のトライアウトでは受験者に高額の受験料とゾイド持参を義務付けた。今ま
ではこのやり方で刻印の持ち主をゾイドから遠ざけることができたのでしょうね。ジュニ
アトライアウトに落ちた子供が大金を手にしてゾイドを買うなんて不可能だもの。
 だけど…貴方が現れて、状況が変わったわ。排除された筈の貴方が包囲網をくぐり抜け
て、ウォリアーになったのよ。困ったこの何者かは『ゾイド輸入ノルマ』を取り決めて、
『刻印排除の封印プログラム』の施されたゾイドをばらまいた。…第二第三のギルガメス
を世に送り出さないようにするためにね。
 水の軍団も恐らくは、この何者かが操る軍隊なのよ。彼らがあんなにしつこく貴方の抹
殺を目論むのもそう考えれば納得できるわ」
 淡々と語る内に、コクピット内の息遣いさえ拾うマイクから音が聞こえてこないことに
気付いた。女教師は恐る恐るコントロールパネルを弄る。モニターに表示された
「SOUND ONLY」の文字が消える。
 映し出されたコクピット内で、項垂れる少年。
「ギル…?」
「先生、その何者かが刻印の持ち主をそこまで嫌う理由って、何なんですか。
 刻印のお陰で僕はブレイカーとシンクロできる。…だけど、それだけなんです。人より
はちょっとゾイドが扱い易くなったというだけで、ここまで虐げられる理由が僕には全く
わからない」
122魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:54:10 ID:???
 円らな瞳はきっと虚ろに彷徨っているに違いない。女教師はしばし顎に手を当て、考え
ていたがやがてぽつりと、呟いた。
「刻印が、重荷なの?」
 囁きに、少年はハッと首をもたげた。ウインドウの向こうから覗き込む女教師。鋭い眼
差しが瞳の潤いで乱反射しているようにも見える。陰りを添える夕焼け。
「そ、そうじゃあないんです…!
 確かに刻印のせいでひどい目にも遭いました。けれどブレイカーにも、先生にも出会え
た…だからこそ、僕は真実が知りたい。はね除けなければいけないものがなんなのか、知
りたいんです」

 荒野を進む深紅の竜達を、遥か彼方の岩山より見守る者がいた。功夫服の男が立つのは
何処の山か。独り忽然と立ち、両手でも余る双眼鏡で獲物を、そして撒き餌ともなる一行
を睨む。すぐ後ろでは、腹這いとなって控える白色の二足竜。昨晩ひと一人、ゾイド一匹
屠ったとは思えぬ大人しさ。
「そろそろ息苦しさに我慢できなる頃とは踏んでいたが…さて、どう出るか」
 飄々たる男は双眼鏡を覗きつつ思案を巡らす。彼の見立てではギルガメスは齢こそ若け
れど経験は十分だ。不利に置かれた熟練の戦士は、動こうとする。最悪でも打開策のヒン
トを探す。
 双眼鏡での観察は余念が無い。深紅の竜をひとしきり睨むと今度はその行く先に視点を
移動。その先へその先へと視点を移す内に、止まった男の手。ひとまず双眼鏡を降ろした
時、男の表情に余裕が消えていた。双眼鏡の脇に並んだボタンを弄ると再度双眼鏡を覗く。
 双眼鏡から覗き込んでさえ、素人には土煙がうごめいているようにしか見えぬだろう。
しかしこれを見つめる男は水の軍団が送り込んだ刺客なのだ。改めて双眼鏡を降ろすと男
は只ならぬ表情を浮かべて踵を返し、背後の相棒に手振りした。白色の二足竜は求めに応
じて曇りがかった頭部キャノピーを開ける。

 ところで深紅の竜は、黙々と道なき道を進んでいた。流石に胸元で繰り広げられる師弟
のやり取りには動揺を隠せず、ちらりちらりと何度も下方に首を傾ける。
 左方から正面にかけて、錆びたナイフで切ったような絶壁が広がりつつある。ここを右
伝いに進めばキャンプへ戻る近道が切り開かれているのだ。竜の軌道が絶壁に沿って緩い
弧を描こうとしたその時。
123魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:55:14 ID:???
 金属生命体が殺気を感じ取ることができるか? 議論の余地がある命題だが少なくとも
今、深紅の竜は殺気を歴戦の嗅覚で嗅ぎ分けていた。土柱が上がるのと、ビークルを抱え
た両腕を胸部ハッチの真下にまで引き寄せるのはほぼ同時。重力の反撃に遭い落下する土
の雨をかいくぐって横っ跳び。
 その間に、ビークルのモニターにも少年を囲う全方位スクリーンにもレーダーの割り込
み。危険な存在を示す光点が、レーダーの外側からこの絶壁付近まで押し寄せるさまはさ
ながら彗星のごとく。見せつけられた師弟は悟った。悩む一時を今は諦めなければならぬ。
 横っ跳びを着地した時、流し目で睨んだ竜は見た。…先程まで滑走していた辺りに突き
刺さった真っ白な矛。土煙が立ち篭める中、距離を取りながらもこの殺気の持ち主の正体
を探る。
 幸い、殺気は熱の塊でもあった。照射された赤外線がシルエットをウインドウに浮かび
上がらせる。…四本足で立つ獣だ。手足長く、奇妙に細身。なれど全身には隙間だらけの
鎧を纏っている様子。骨の鎧とでも言ったところ。
 少年が記憶の奥底を掘り下げるよりも先に、女教師が唸るように呟く。
「BF-01!? 何で、こんなゾイドが…」
 少年はほんの僅かな時間だが呆気に取られた。というのも、彼はこのゾイドを実物こそ
見てはいないものの、テレビの子供向け番組で散々目にしている。ライガーゼロ。暴君竜
ゴジュラスと並びヘリック共和国軍の象徴とも言えるゾイドではないか。だからこそ、全
く別の名前を口にした女教師の反応には驚いた。
「ら、ライガーゼロ、ですよね、先生…」
 指摘されて女教師は照れくさそうに咳払い。
「ヘリック共和国は余所の国からゾイドを散々略奪して自国の戦力に加えていったわ。あ
れもその一種よ。旧ガイロス帝国で『バーサークフューラー01』と呼ばれたゾイドを奪
い取って…」
 言い切らぬ内に、骨鎧の獅子は奇妙な動作に打って出た。右の前足で数度、地面を叩く
わざとらしさ。それが跳躍のタイミングを計っていることは師弟も竜もすぐに気付いた。
124魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:56:48 ID:???
 放たれた白き矛。跳躍は竜の頭上を、夕焼けさえも遮るように。竜の手からビークルが
離れたのが暗黙の合図。少年は両腕を振り絞った。着地点たる後方へ向けての方向転換で
さえ、今の彼の状態では凄まじい重力を与える。小さな身体を震わせつつ振り絞ったレバ
ーを手綱のように押し込めば、竜は地面を高々と鳴らして踏み込み。
 獅子の着地点に重なるように、滑り込んでいく深紅の竜。翼を構える余裕もないが、渾
身の体当たりは見事獅子を跳ね飛ばした。バネのように吹っ飛んだ獅子は惑うことなく空
中で一回転。何事もなかったかのように着地してみせる。
 一方、深紅の竜はようやく翼を水平に広げた。当然だ、胸元に控える若き主人が全力を
発揮する体勢にない以上、自重せざるを得ない。只…竜はまるで込み上げてくるものでも
あったのか、弦をかき乱すような呻き声を上げた。
 浮遊するビークルの機上で、もしやと気付いた女教師。
「ギル、ギル、聞こえて?」
 モニターに向けて問い掛けながらも骨鎧の獅子に注意を怠らない。だがあちらはあちら
で上半身を揺さぶる奇妙な動作。まるで、相手を嘲笑うかのような…。なんてふざけたゾ
イドなのか。女教師でさえ苛立ちを感じたその時、モニターの向こうから怒鳴り声。
「先生! エステル先生!」
 女教師は目を見張った。映し出された愛弟子は寧ろ落ち着きさえ感じさせる。だが円ら
な瞳の奥底は深い怒りでぎらついている。
「…そのゾイド、リガスの村を人質にでも取ったつもりです」
 まあそうだろうなと女教師も同意した。だがそれなら、先程の如何にも狙って下さいと
でも言いたげな跳躍は一体何だったのか。
「そのくせ行くぞ行くぞと見せ掛けて、反応した僕達を笑うなんて…。
 人の運命までも弄ぶやり方は許せない!」
 少年が相手を断罪するような台詞を口にしたのを初めて聞いた気がする。卑劣極まりな
い相手に対して素直に怒れる者がそこにいた。
125魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/02(水) 23:57:32 ID:???
「ギル、そのBF-01はきっと刻印の謎を解く鍵を握っているわ。握っているからこそ、
こちらを挑発してる…例え、その行く先が!」
 詠唱の開始は愛弟子に戦いを促す合図。運命を、はね除ける戦いの。
「‥いばらの道であっても、私は、戦う!」
 女教師に最初の一言を告げられれば少年は二句目を返すのみ。二人にしかわからないや
り取りこそ決意の共有。と同時に少年の額が眩く狭いコクピット内を青白く照らす。
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
 輝きに照らされる額の汗を手の甲で拭うや否や。
「ブレイカー、行くよ! エステル先生、援護を…」
「任せて!」
 ビークルは骨鎧の獅子の後ろへの回り込みを目指す。深紅の竜は声高らかに吠え立てる
とたちまち逆立った背の鶏冠。先端から青白き炎を吐き出すや否や、轟音立てて地面を蹴
り込み。全身に埋め込まれたリミッターまでもが雄叫びを上げる。
 骨鎧の獅子は待ちくたびれたかのように地を蹴り込む。矛先は本来狙うべき相手に向け
てだ。果たして少年はこの奇妙な獅子との攻防に何を見出すのか。
                                (第三章ここまで)
126魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:07:29 ID:???
【第四章】

 白色の二足竜が足音も立てず、丘から丘へと伝っていく。直立の二足竜が惑星Ziの生
物体系の中で生き残ってこれたのは緻密な動作が可能なことにある。実際、この二足竜は
音も立てずに決戦の場に近付いてみせた。とある丘からキャノピー半分程を突き出し、激
戦の模様を探る。
 功夫服の男はその内部で首を捻ることしきり。目前で繰り広げられる攻防は彼の予想と
は大分違うからだ。
(おかしい。これがBF−01本来の動きとは思えないのだが…)

 事実、深紅の竜は冷静に、だが着々と主導権を握っていった。
 骨鎧の獅子の動きは思いのほか、単調だ。左右に跳ね飛び撹乱するのはともかく、攻撃
の一手が跳躍からの爪の一撃一点張りでは今の深紅の竜とその主人には通用しない。高く
跳躍すれば竜も翼を掲げて体当たりのお返し。低く跳躍すればしなやかな足での蹴り上げ、
回し蹴り。どうにか着地して腹部に備え付けられた銃器を発射しようとも、その頃までに
竜は左右に回り込み。炸裂する翼の刃は重い。一撃、又一撃と獅子の肩を、腹を痛めつけ
る。だからこそ、師弟も竜も、そろそろ首を傾げていた。
(淡白過ぎるわね)
(水の軍団の刺客ならもっと陰湿な攻撃をする筈…何だろう、この手応えの無さは)
 それでもこの骨鎧の獅子はせせら笑う。数歩程も離れていない間合いでこの仕種をして
くるのだから腹立たしい。少年は熱くなるのを堪えるので必死だ。
 女教師はふと思い立った。額に指当てるや刻印が一層眩く輝く。
「ギル、ギル、聞こえて?
 魔装剣は使わないで。打撃だけで倒しなさい」
 耳を疑ったのは少年主従。全方位スクリーンの映像が左右に揺れる。真意を正すべく深
紅の竜が振り向いたからだ。少年も真意が理解できない。
「エステル先生、無茶を言わないで下さい。あいつは見た目以上にタフです。
 さっさと魔装剣で眠らせないことには…」
「それが、誘いの隙かも知れないのよ」
 女教師の言葉に、少年は目を見張った。竜の額の鶏冠に眠る魔装剣。確かに命中さえす
れば五秒で敵を完全に失神させる。しかし五秒の間、深紅の竜は完全に身動きが取れなく
なるのは事実だ。
127魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:08:16 ID:???
「でも誘いの隙だと言うなら、どうやって…」
 言いかけたところで、骨鎧の獅子はこちらの様子を伺いながらも後退り。又しても、リ
ガスの村を狙うつもりか。ギルガメスが吠える。
「調子に乗るな!」
 相手の跳躍にぴったり噛み合ったレバー捌き。深紅の竜が地を蹴るや、瞬く間に骨鎧の
獅子は墜落した。
 真横に倒れ、滑る骨鎧の獅子。砂塵舞う中、立ち上がろうと懸命にもがく。
 これ以上はない絶好の機会だ、覆い被さらぬ深紅の竜ではない。馬乗りの体勢で跨がる。
だが流石に女教師の言葉が引っ掛かった。馬乗りのまま一秒、二秒…。
 少年の戦慄。女教師も息を呑んだ。骨鎧の獅子は意外にも無抵抗。なれどその橙色の眼
差しは不敵にも竜の赤い瞳に向けられている。無抵抗を装った不敵な態度、もしや誘いの
隙に、乗せられた…!
(もしこの体勢で刺客が僕らを倒すとしたら…)
 円らな瞳が動く。蒼き瞳が睨む。右、左、そして…。
「上か!」
 朱色に焼ける雲の波間に、そいつはいた。夕陽に照らされキラリ輝くと一転、爆発する
恒星のように弾け放った流星雨。
 竜の背に襲い掛かる流星雨はまさしく光の針。立ち上がり、その場を離れる余裕はない。
見上げるや否や両の翼を掲げた竜。桜花の盾二枚の表面に咲き乱れたそれは熱弾炸裂の華。
 それは骨鎧の獅子にとっても挽回の好機だった。頭上に注意が向いた竜の腹を、前足で
横殴りするなど造作もない。深紅の竜、横転。それを尻目に立ち上がり、間合い放す骨鎧
の獅子。またも上半身を揺さぶるあの仕種。
 腹這いの姿勢に戻した深紅の竜は両手をついたまま。向こうで嘲笑う獅子を、そして頭
上からの刺客をちらりちらりと睨みながら体勢の立て直し。
 一方、雲の波間より輝いたそれは竜達の頭上を旋回しつつ舞い降りてきた。徐々に形の
判明したそれに師弟と竜は息を呑んだ。
128魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:09:44 ID:???
 灰色の、猛禽。広げた翼は深紅の竜と同等の大きさを誇る。師弟と竜はそいつをよく覚
えている。シュバルツセイバーに拉致されかかった彼らに割って入った上に、狼機小隊や
銃神ブロンコといった恐るべき…しかし気高い強敵を不意打ちで葬り去ったあの猛禽だ
(第十・十一話参照)。
「久シ振リダナ、ちーむ・ぎるがめすノ諸君!」
 猛禽から発せられたヘリウムでも吸ったかのような異様に甲高い声も、あの時と同じだ。
「そう言えば、あの時言っていたわね。『B計画成就のため』とか何とか」
 女教師の黒い短髪が風になびくさまは怒髪天をつく有り様をも彷佛とさせた。翻弄され
たあの時を思い出す彼女の眼差し、まさしく魔女のごとし。ゴーグルの下からでも蒼き瞳
の眼光は鈍らない。
「ソウイウコトダ。ぎるがめすヨ、君ニハ避ケ続ケテキタ『最終てすと』ヲ受ケテモラウ」
 言うや否や、猛禽の全身より光がほとばしった。これはマグネッサーシステムが発する
光の粒だ。羽根が、首が、足や尻尾が瞬く間に分離していく。
 それを合図に、骨鎧の獅子も水滴を弾く犬猫のように全身を揺さぶった。たちまち弾け
飛ぶ白き鎧。骨鎧の獅子は黒光りする鋼鉄の獅子へと変貌。だがその姿も数秒と持たない。
 バラバラになった猛禽のパーツは光を帯びつつ鋼鉄の獅子の全身に鎧と化してへばりつ
いていく。深紅の竜は背中より生えた翼故に異形と恐れられたが、この獅子はどうか。猛
禽の羽根に当たる部位は、獅子の背中より生える翼のように変貌を遂げた。
 最後に、獅子の頭部を守るように猛禽の上顎がへばりつく。四つ目の、獅子。翼を大袈
裟に羽ばたくと勇ましく夕焼け見上げ、吠え立てる。
「人呼ンデ『らいがーぜろふぇにっくす』。どくたー・びよーノ自信作ヨ!
 ぎるがめす、我ト戦エ! 選択肢ナド認メナイ!」
 少年は円らな瞳でスクリーンの先を睨む。レバーを握り締める両腕に感じるのは震えか、
軋みか。だがこの期に及んで迷ってなどいられない。深紅の竜は決意に応え、両の翼を水
平に広げる。
129魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:10:35 ID:???
 その頃、野望のためには道を踏み外すことなど構わぬ一行はことの成り行きを興味深く
見守っていた。…指揮官の駆る青い獅子シールドライガーを含む数匹の四脚獣は、かのグ
ロテスクなティラノサウルス砲を取り囲んでいる。その中には背中にゴンドラを乗せた神
機狼コマンドウルフの姿が。問題人物一行はこの上だ。
 ティラノサウルス砲が光の槍を吐いた時、白衣の男も肌白き美少女も不敵な笑みを浮か
べた。…そんな表情が自然に出たのは彼らだけだ。
 山脈を覆う岩肌が、弾ける、溶ける。内部のどの辺までを抉ったのかは、見た目にはわ
からない。只、十秒、二十秒と待つ内に山脈の彼方から地響きが聞こえるのは確認できた。
それと共にほくそ笑む白衣の男。
 続けて角度を変更し、放たれる光の槍。何度も、何度も。
 さてゴンドラ内部はちょっとした管制塔だ。横並び二人掛けの座席前には様々な計器が
埋め込まれている。その中央に陣取るモニターの上にはは真っ赤な円が無造作に並べられ
ていた。それが至る所で風船が萎むかのように小さくなり、徐々に本来の姿を表わしてい
く。真っ赤な円の下に広がっていたのは遥か彼方で広がる「勇者の山脈」の鳥瞰図ではな
いか。
「さあ如何ですか、『B』よ。レアヘルツの低下、観測できるでしょう?」
 肌白き美少女は笑みを浮かべた。鼻で笑うようにも聞こえたのは気のせいか。
「成る程、大したものだなドクター・ビヨー」
 指揮官はことの成り行きに溜め息をついていた。あの白衣の男にこうもあっさりと禁忌
が破られる現実を、彼は恐れた。だが彼とて軍人だ。与えられた任務はあくまで淡々とこ
なすのみ。
「…作戦は予定通り決行する。私の後に続け」
 獅子が、狼が野に放たれる。ゴンドラの上でそれを見送る男と美少女。
 ふと、どこからともなくアラームが鳴り響く。男は目を見開いて足元を探った。無造作
に置かれた鞄から引きずり出した、ノート大の端末。折り畳まれたそれを45度程開くと
覗き見て、男はほくそ笑む。
 相変わらずの奇妙な笑みはさしもの美少女も気になり、横目で様子を伺った。
「このイベント以外にも面白いことがあるようだな」
 白衣の男は全く意に介さず、端末を畳む。
「林檎が赤みを帯びてきました」
130魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:11:24 ID:???
 途端に劣勢に追い込まれたギルガメス。
 四つ目の獅子は羽虫のように自在に舞う。上下に、左右に。その度、全身からこぼれる
光の粒。翼の下から双剣を展開した深紅の竜。振りかざし、追いすがるが獅子の五体には
かすりもしない。そもそも少年とて今は立派な百戦錬磨。刃の一撃は努めて大振りを避け、
確実な一撃を狙っているつもりだ。なのにそんな、渾身の一撃が尽く当たらない。
 反対に四つ目の獅子は余裕綽々、機を見て背後に、左右に回り込むや途端の爪撃。まこ
とに躱し辛く、竜はその度転がるように避けざるを得ない。
 劣勢の原因ははっきりしていた。深紅の竜は速度を高める際、しなやかな両足を踏み込
んで加速するが四つ目の獅子は今やその一手を必要としない。それもこれも、あの灰色の
猛禽が取り付いたからだ。猛禽は合体能力の余剰エネルギーを利用して、獅子に爆発的な
運動能力を与えている。
「どうしよう、どうすればいいんだ!?」
 少年は懸命にレバーを捌きながら模索の一手。とにかく相手の動きを止めなければ話し
にならないが、相手は縦横無尽に飛び回るのだ。
 それは二匹の外周を旋回するビークルの操縦者とて同じこと。竜と獅子との激闘を見つ
める切れ長の蒼き瞳。隙あらば背後より引き出した長尺の対ゾイドライフルで援護したい
ところだが、目下の強敵は動きが止まる徴候さえ見られない。ひとしきり攻防を睨んでい
たが。
(ギルは不利ながらも相手の動きについていけている。防御の一手ができないだけ…)
 一転、モニターに向けて囁く魔女。
「ギル、ギル、聞こえて? そいつは真後ろに引き付けなさい」
 耳を疑った少年。
「ま、真後ろ…ですか?」
「何も翼で薙ぎ払う必要はないわ」
 円らな瞳と切れ長の瞳が合図を交わす。
 レバーを軽く揺さぶる少年。それを合図に深紅の竜は刃を戻し、翼を折り畳んだ。今ま
での摺り足から爪先立ってステップを踏み始める。
「刃ヲ捨テ、五体ノミデ我ヲ捕ラエルカ。小賢シイ!」
 ヘリウム声が嘲笑う。四つ目の獅子は空に浮かんだまま右に、左に。釣られるように深
紅の竜も首を伸ばし、噛み付きに掛かる。
131魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:12:18 ID:???
 その様子が獅子にしてみれば滑稽に見えた。成る程、弧を描く翼の一撃よりは、標的に
向けて最短距離を行く噛み付きの方が素早いのは自明。しかし、余りに単調だ。
「ドンナニ素早カロウト、攻撃ガ予測デキレバ裏ハカケル!」
 その言葉通り、怒濤の一歩で前のめりになった竜の真後ろへと回り込む。
(ブレイカー、今だ)
「死ネェッ!」
 突撃、四つ目の獅子。竜は鶏冠を逆立て、爪先で踏ん張る。途端に、弾けた鶏冠の先端。
青白き炎の洗礼。竜が音速を発揮する際の動力源をもろに浴びては四つ目の獅子と言えど
ひとたまりもない。吹き飛ばされ、地に落ちた五体は青白き炎がまとわりついたまま。
「熱イ、熱イィィィィ!」
 その言葉に師弟はハッとなった。ゾイドが受けたダメージをそのまま全身で感じるパイ
ロット。この獅子の乗り手も刻印の持ち主なのか。
「…なんて、考えている場合じゃあないわ!」
 対ゾイドライフルを構える魔女。一発、又一発。標的は獅子の背中にびっしり並ぶ立方
体だ。元々は猛禽の胴体だったそれこそブロックスゾイドの動力源。あれが獅子に異常な
までの運動能力を与えていたに違いない。命中する度、身悶えする獅子。
 振り返った深紅の竜。主人はしばし呆然。強敵とは言え酷い光景だ。情が湧いたのを少
年は自覚する。
「エステル先生、そろそろ魔装剣で眠らせます」
 言うなり一気に間合いを詰めようとしたその時、魔女は怒鳴った。
「待ちなさい!」
 肩をすくめた少年、そして竜。ひっくり返っていた獅子はそんな僅かな好機を狙ってい
た。前足を地面に打ち付ける。途端に、背より弾けた猛禽の翼。四散すると円盤のように
回り始め、竜の上下左右から襲い掛かる。刮目する魔女。
「ギル、避けて!」
 彼女が怒鳴ったその時までには、翼の断片は竜の肩へ、腿へと突き刺さっていた。光の
粒を帯びたそれが始めた高速回転。堪え切れず竜は吠える。シンクロが少年の肩を、腿を
鮮血で染め上げる。
 そこに立ち上がった獅子の体当たり。仰向けになった竜にのしかかる獅子。呆気無い形
勢逆転だ。
132魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:13:05 ID:???
「アハハハハ! ぎるがめすヨ、君ハ甘イナ!
 ソコノ売女ニ嬲リ殺サレル我ラヲ黙ッテ見テイレバ良カッタモノヲ!」
 覆い被さり、牙を立てる。顎を首へ、或いは胸部ハッチへ。竜は両腕で顎を掴み、はね
除けんとする。だが突き刺さった翼のパーツが回転し、食い込んでしまえば入る力も入ら
ない。今や牙が五体に触れるのを堪えるのみ。
「ギル、我慢してなさい!」
 魔女のビークルがエンジンを吹かすが、それさえも獅子にしてみれば予定通り。弾け飛
んだ翼の一部が唸りを上げてビークルに襲い掛かる。ゾイドに劣る運動能力でこれを避け
るのは容易ではない。対ゾイドライフルの照準を定める余裕もなく、追撃を逃れて右往左
往するのがやっと。
 光景をちらり、横目で見て獅子は主人と共に嘲笑を始めた。
「ぎるがめすヨ、貴様ニ『B』ノ相手ハ勤マラン! 己ガ甘サ故ニ、死ネ!」

 曇りがかったキャノピー内部で、功夫服の男は唇を噛んだ。
「よもや銃神ブロンコを葬った奴が助太刀するとは…!」
 あの灰色の猛禽こそ偉大なる同志の仇なのだ。男は眉間に皺寄せ、自問自答。
(どうする、パイロン。このままいけば宿敵ギルガメスは確実に死ぬ。ひとまずB計画は
頓挫する。
 なれど、やつはブロンコの仇。それにギルガメスが死ねばこの先いつ『B』が表舞台に
現れるか…)
 意を決し、レバーを握り締めた功夫服の男。決断は早い。

 流血する肩、そして腿。だが一度とて顧みることなく、少年は歯を食いしばり、策を巡
らす。
(こうも密着されたら技が使えない。少しでも引き離さないと…)
 しかし四つ目の獅子は容赦ない。体重を掛けられるだけ掛け、その上拘束具と化した翼
の断片が竜の全身を押さえ付けるのだ。何か、隙を作りたい。だけど、どうすれば…。
「待ってなさい、私がやるわ」
 全方位スクリーンの真正面を、占拠したウインドウ。魔女は努めて涼しい顔で頷いてみ
せた。
133魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:15:17 ID:???
「せ、先生!? それは無茶です!」
「生徒の不手際は、先生である私の不手際よ」
 魔女はビークルの舵を取る。やるべきことは簡単なのだ、獅子の周囲にまとわりつけば
良い。注意を反らせば、今の愛弟子なら十分打開できる。
 しかし問題は、今や彼女の駆るビークルが猛追を受けていること。翼の断片は今もビー
クルの上を、下をくぐり抜けているところだ。
(それでも、構うものか…!)
 身を屈めた魔女。一か八か、エンジンを吹かして急接近するために。
 だがその時、身を屈めたため目前に広がるモニターが、弾き出した別の光点。熱源だ。
深紅の竜の速度を見慣れていては決して素早いとは言えないものの、それは確かに怒濤の
勢いで近付いてきた。
 少年も開かれた別のウインドウを見て熱源の接近を察知した。今度は何者かとちらり、
近付いてくる左方を睨んだ時形勢は逆転していた。
 覆い被さる獅子の腹部に、突き刺さったそれは小さな腕。白色の、二足竜の腕だ。鍵の
ように腕を構え、そのまま獅子の腹を抉る。鋼色の胴体が凹み、数秒も立たぬ内に焼けた
だれていく。…少年は目前の現象に心当たりがある。刻印の戦士アルンが非業の最期を遂
げた時、その場には火の海と焼けただれたフレームのみが残されていたではないか。
「チーム・ギルガメスよ、今だ」
 深紅の竜の頭上で、白色の二足竜がこちらを振り向く。師弟は我に返った。すかさず対
ゾイドライフルの照準を合わせた魔女。都合四発の狙撃を終えるまで十秒も掛からない。
獅子が胴体を持ち上げて障壁が消えた今、竜の肩や腿に突き刺さった断片を外周から狙撃
するのは彼女にしてみれば造作もない。背後より迫る断片をも狙撃する余裕さえあった。
 少年は全身が軽くなったように感じた。早速レバーを捌けば深紅の竜は巨体を捻る。渾
身の、肘打ち。四つ目の獅子の顎を捕らえた。ぐらり、ふらつく獅子の足元。
 二足竜はそれを合図と決めていたかのように突き刺した腕を引き抜く。丸見えの内部機
構からは火花が弾け飛ぶ。
「ブレイカー、魔装剣!」
134魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:16:03 ID:???
 若き主人が合図を送れば、額の鶏冠を怒髪天のごとく逆立てる深紅の竜。前方へと展開
したそれは短剣へと変貌。獅子の巨体を両腕でがっちり掴み引き寄せ、その勢いで上半身
を反り上げる。そのまま焼けただれた腹部目掛けて渾身の一突き。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
 ほとばしる電流。獅子はもがき、しばし両腕で竜の肩を叩いていたが、無駄な抵抗が終
わるまで大した時間は掛からない。
 やがて獅子は力を失い、竜にもたれ掛かるようにして意識を失った。
 そっと、強敵を脇に降ろして立ち上がる深紅の竜。ここからが、いつもとは違っていた。
竜は胸元が何やら騒がしいことに気付く。
「ブレイカー、そいつのコクピットを開けて。自爆とかするかも知れないから、急いで!」
 竜は第三者の意見を取り入れるべく、周囲を見てビークルを探す。
 ビークルを着陸させた魔女は切れ長の蒼き瞳でまじまじと、四つ目の獅子の頭部を見つ
めている。全方位スクリーン上からでも視認できる位眩い輝きだ。
 竜の方を見遣った魔女はぽつり、呟いた。
「ギル、覚悟は良い?」
 覚悟? 少年は魔女の真意がわからず、首を捻った。確かに相手は抵抗するかも知れな
い。だけど、この馬鹿げた戦いを終わりに近付けるために相手を知るのは避けられない筈。
「やめておけ。後悔するぞ」
 別の方角から声がした。曇りがかった頭部キャノピーを開ける白色の二足竜。相棒の腕
に乗り、地上へと降り立つ功夫服の男。少年は目を丸くした。まさか宿敵にアドバイスを
受けるとは思わなかったのだ。軽く溜め息をつくと。
「…後悔ならもう沢山したよ」
 言いながら、ハッチを開ける。そのまま深紅の竜が獅子の頭部まで近付くと上顎の辺り
で飛び降り、手を翳して合図した。左手で囲いを作り(今日は助けてもらったとは言え後
ろには本来の宿敵が控えている)、右手で獅子の頭部を掴もうとしたその時。
「アハハハハ! ぎるがめすヨ、コノ怖イモノ知ラズメ!」
 声と共に、開いた獅子の頭部ハッチ。
 少年が覗き込んだ時、一瞬だが陽射しを浴びた海水のような柔らかな輝きが放たれた。
…ほんの、一瞬だ。
135魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:17:10 ID:???
 コクピットには人の、胴体程もある水槽が鎮座していた。内部で浮遊するものを見た時、
少年は呻いた。呻いた挙げ句、膝をつく。胃袋は空っぽなのに、この想像を絶する嘔吐感
は何なのか。
 水槽内で浮遊するそれは人のような形をしていた。いや、それはまだ人として完成して
などいない。昔、ジュニアハイスクールの教科書で見た。人の、胎児の姿だ。
 胎児が水槽内で浮かべた笑みは邪悪。それと共に、輝く額。…少年の額に浮かんでいる
ものと同じ、刻印だ。
「サアドウシタ! モット近クデ、我ノ姿ヲ見ルガイイ!
 オマエノ知リタカッタ刻印ヲ解ク鍵ガココニアルゾ! アハハハハ、アハハハハ!」
 そう言われても、最早全身がすくんで全く動かない。
 少年が掛けられた恐るべき呪いを解いてくれる者がいたことを、彼は心底感謝した。冷
たい手の感触が少年の円らな瞳を覆う。首元で感じる息遣い、背中で感じる鼓動。どれも
これも良く知っている、彼が憧れる女教師のものだ。彼女は見上げるや深紅の竜に目線で
合図を送る。
 竜はそっと、左手を鷲掴み。女教師と彼女に背中を抱かれた少年を胸部ハッチまで引き
寄せた時、目前で火花が弾けた。竜が翼を前方に広げた時、四つ目の獅子だった鋼鉄の塊
は爆発、数度。炎上するにはしばらく時間を要した。
 二重の囲いとなった竜の爪を、透視でもするかのように睨む女教師。ふと、生暖かい感
触を左の甲に感じた。少年の、ゾイド胼胝ですっかり腫れた小さな左手。
「す、すみま、せん…もう、大丈夫、です」
 女教師は手をそっと離した時、湿り気を掌に感じ取っていた。少年の、汗? いやそれ
だけではない、これは少年の涙。明らかに人の胎児の姿をしたあのパイロットは如何なる
出生を経て、如何なる一生を終えたのか。深い絶望感は堪え続けてきた涙腺を遂に緩めさ
せた。
「ギルガメスよ!」
 遠くからの声に師弟は思わず顔を見上げた。
「ギルガメスよ、そして蒼き瞳の魔女エステルよ。
 銃神ブロンコの仇を見事討ち滅ぼしたことに免じて、今日はこの場を退いてやる。
 いずれ『B』が降臨するその時が貴様らの最期だ」
 白色の二足竜は仁王立ちし、両手を地面に向けた。照射される炎。煙が辺りを包む頃に
は二足竜の姿も消失していた。
136魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:18:16 ID:???
 女教師は知らず知らず、残る右腕に力を込めていた。抱き締められた少年はそれがこの
先降り掛かる苦難の厳しさだと理解できる。全身を委ねてしまいたい気持ちを抑えるべく、
少年は彼女の右腕に手をかける。振り解くのはしばし祈りを捧げてからだが。
 夕陽が死者を弔い、深紅の竜は目前で頭を垂れる。

 ゴンドラを積んだコマンドウルフは今ようやく、掘り開けられた山肌をくぐり抜けたと
ころだ。外は既に満天の星空。何しろ指揮官は慎重に慎重を期した。自ら先遣隊となり、
内部を伺ってから工作部隊を少しずつ、送り込む。それだけで日が暮れてしまった。やむ
を得ないだろうとゴンドラ内の白衣の男も考える。学問とて姿勢は同じだ。しかしだから
こそ、彼は無茶を言ってのけた。当面、彼が欲しいものは一つしかない。それさえ掘り当
てればひとまず撤収して構わないと。
 幸い、内部は白衣の男が想像した通りだ。鋼鉄が張り巡らされた室内は暗く、広い。目
下ゾイド自身が放つ光源だけが便りだ。そして壁面には至る所に扉が設置されている。
「目的のものは、この奥です」
 ゴンドラより指示を送る白衣の男。と、その時又しても足元で鞄がアラームを告げた。
一通りの指示を送った後、男は無造作に鞄よりノート大の端末を引っ張り出す。
 隣に座る美少女は男の表情の変遷に興味を持った。最初彼は、明らかに落胆の表情を浮
かべていたのだ。だがそれは徐々に歓喜へと移り変わる。
「林檎は、熟したのか?」
 ふと口走った彼女をちらり見て、男は頷く。
「熟しました。狩り取ろうとした者の頭上に落ちてきたようですが」
「ははは、何だそれは…」
 口を抑え笑う美少女。男の真意を知っているのかどうか。
『ドクター・ビヨー、見つけましたぞ。貴方の指摘通りだ』
 モニターに割り込んできた指揮官の無粋な顔。白衣の男は大いに頷く。
「『B』よ、いよいよ貴方に相応しい『覇のゾイド』をプレゼントできるでしょう」
 ゴンドラを乗せたコマンドウルフが行く。他のヘリック共和国軍所属ゾイドも追随する。
目指す闇の中で何を見つけ出したのか、それは次回に譲りたい。
                                      (了)
137魔装竜外伝第十五話 ◆.X9.4WzziA :2008/04/04(金) 01:20:40 ID:???
【次回予告】

「ギルガメスは花嫁の残虐非道に戦慄するのかも知れない。
 気をつけろ、ギル! 『B』が駆るのは友の宿敵。
 次回、魔装竜外伝第十六話『花嫁が誘う(いざなう)地獄』 ギルガメス、覚悟!」

魔装竜外伝第十五話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)92-102 (第二章)103-113 (第三章)114-125 (第四章)126-136
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「あいた〜…今までで一番効きましたよ。」
「どうだ!? これが人間の力だ! 人間は想いを力に変える事が出来るんだぁぁ!」
カエンライガーはさらに追い討ちを仕掛けるべく大龍神へ突撃した。大龍神もドラゴン
ウィングカッターで火炎刀を受け止めるが、押されて行く…。
「どうだ! どうだ! どうだぁぁぁ! これが! これが! これが人間だぁぁ!」
ルイスは何度も叫んだ。これはライオ共和国を守る為の戦いでもあるが…それ以上に
人間の尊厳を賭けた戦いであると信じていた…が…
「確かに貴方は人間ですね。だって…それだけ打ち込んでも大龍神の装甲にヒビも
入れる事も出来ないんですから…。超人への道はまだまだ遠いと言う奴ですよ。」
「え…。」
「ドラゴンミサイル! シュート!」
大龍神の側面部の装甲が開き、そこから一斉に多数のドラゴンミサイルが発射され、
側面方向へ飛んで行くと共に180度反転してカエンライガーへ叩き付けられていた。
「うおわぁぁぁ!」
「別に私は人間を見下してなんかいませんよ。生身の人間の中にも徒手空拳だけで
私の身体を破壊出来る凄い人がいる事を知っていますし…。もっとも…そこまで行くと
超人の領域なんですけどね…。」
「ふ…ふざけるな…。そんな人間がいるワケないじゃないか! そんなのはもう人間
じゃない! 怪物だ! 僕は人間だ! そんな怪物にはならない! 人間で十分だ!」
カエンライガーはドラゴンミサイルのダメージにも屈する事無く大龍神を体当たりで
スペースホープ号甲板上から叩き出していた。そして外宇宙移民船団全体が既に宇宙空間
に出ていた事もあり、大龍神とカエンライガーの二機もまた宇宙空間に放り出されていた。
「これが宇宙か…。僕は宇宙に出てしまったのか…もしあの時にこの力があれば…
僕は家族や友達を失う事も無かった…あの忌わしいヘルパピヨン事件のせいで…。」
「へ?」
「お前だって知っているはずだ! 衛星軌道上の巨大ゾイドが無差別にレーザー砲を
大地に向かって発射した事! ヘルパピヨン事件と呼ばれている奴だ! 僕はあの事件で
家族や友達を失って孤児になった! その後何者かによってそれも破壊されたらしい
けど…僕はあんな不当な暴力によって僕の様な者を増やさない為に…ヘルパピヨン事件を
解決させた謎の救世主の様に人々を守る為に軍人になったんだ!」
「ヘルパピヨン事件…? ああ! 何年か前にありましたねそういうの! 懐かしいな。
今思えば宇宙空間まで飛んで行くのはその時以来ですね!」
「どう言う事だ!?」
「だってそのヘルパピヨンを破壊したのは私ですもの。」
「…………!」
ルイスは声が出なかった。ヘルパピヨン事件。先史文明によって造られた数百メートル級
の蝶型攻撃衛星ゾイドが突如覚醒暴走し、ハイパーレーザー砲で地上を無差別に破壊した
事件である。結局それを破壊したのは単独で宇宙に昇れるミスリルの大龍神であったの
だが、そうとも知らずに救世主と憧れていたルイスにとっては屈辱でしか無かった。
「そんな…じゃあ僕はずっとお前なんかに憧れていたと言うのか!」
「そうなりますね。あ、でも私は別に貴方達人間を守る為にヘルパピヨンを破壊した
ワケじゃありませんから。だって私だって死にたくないんですもの。」
「黙れ! お前の様なロボットなどにぃ!」
「何でそんな怒るんですか!? 感謝こそされど恨まれる覚えはありませんよ。」
「黙れぇ! ロボットがぁ!」
カエンライガーは全身を真っ赤に燃え上がらせながら大龍神へ突撃した。ちなみに
真空の宇宙で火は燃えないと突っ込んではいけないらしい。
「この一刀でぇ! 今度こそ終わりだぁ!」
カエンライガーが火炎刀を大きく振り上げ、大龍神に襲い掛かるが…
「そっちが人間の力と言うのなら此方も見せましょう…機械のクソ力と言う奴を…
エネルギー充填150%! 超斬鋼光輪ドラゴンスマッシャァァァァァァ!!」
「何ぃ!?」
大龍神の両翼と背にある強化型ビームスマッシャー“超斬鋼光輪ドラゴンスマッシャー”
がカエンライガーの火炎刀の基部を正確に斬り裂き、カエンライガー本体と火炎刀を
分断していた。だがそれだけに終わらない。
「続けてドラゴンサンダァァァ!!」
大龍神の角から放たれる対象の分子結合さえ破壊する超高圧電流がカエンライガーの四肢
を粉砕していたのである。
「くそぉ! コイツ一体幾つ武器を持っているんだ!?」
だが、刀だけでなく四つの脚を失ってもなおカエンライガーは立ち向かおうとしていた。
「だがぁ! まだカエンライガーには牙がある! これさえあればぁ! お前を倒し!
あいつ等の世界蹂躪を防ぐ事は出来るんだぁぁ!」
「あらあら、あれを見てもまだそんな事が言えるんですか?」
「何!?」
大龍神がある方向に顔を向けると、そこではスペースホープ外宇宙移民船団各艦が
外宇宙へ旅立つ為に次々ワープを行っていた。
「何をやっているんだ? 世界中に散って各地を破壊するんじゃないのか?」
「彼等は超空間航法へ入ったのです。そして一度に何光年も先へと跳躍するのですよ。」
「え…?」
その時のルイスは驚愕し、真っ青になっていた。
「まさか…本当にこいつ等は最初から外宇宙とやらに旅立つつもりで…。」
「だから最初から言ってたじゃありませんか! 彼等は外宇宙移民船団であって、貴方の
言う世界征服なんてする気は無いって!」
ミスリルは呆れ笑いをしていたが、ルイスは愕然としていた…。
「そんな…それじゃあ…僕達がやっていた事は…。」
「そう! 全ては骨折り損のくたびれ儲けって奴ですよ! この戦いで亡くなった貴方の
お仲間さんには悪いですが…最初に仕掛けて来たのは貴方達ですから文句は無しですよ。」
その時のルイスの受けた衝撃は何者にも勝る物だったに違いない。ただただスペース
ホープ外宇宙移民船団を世界征服を企む艦隊と信じ、祖国ライオ共和国と世界を守る為の
正義の戦いが全ては自分達の一方的な勘違いによる無駄な戦いだったのだから…
「そ! それじゃあ皆の死は! バングラン大尉の死は何だったんだ!」
「ま〜それはご愁傷様で…南〜無〜。」
ミスリルは何処からか数珠を取り出して仏式の拝み方をし始めていたが、ルイスの悔しさ
は消えるはずが無い。
「でもでも、これって本当勘違いした貴方達の方が悪いんですよこれが。私達はただ
貴方達の様な勘違いして攻撃してくる連中から守る為に雇われただけの傭兵ですし!」
「そん…な…………。」
信じていた者を全て否定されたルイスの受けたショックは想像にし難い物があるだろう。
そしてカエンライガーもエヴォルトが解けて元のセブンズソードへ戻り、大気圏へ突入
して行く。カエンライガーの状態であるならばそれにも耐える事は出来たであろうが…
通常のセブンズソードに大気圏を突破する耐久力は無いし、仮に出来たとしても減速する
事が出来ずに地表へ叩き付けられて爆散していたに違いない。
「彼も壮大な勘違いに踊らされた被害者だったって事ですね。南〜無〜…。」
大龍神は大気圏に突入しようとも平然としていたが、逆に燃え尽きて行くセブンズソード
の姿を見送りながらミスリルはまたも数珠を手に掛けて仏式の拝み方をしていた。
その頃、スペースホープ号及び移民船団各艦は超空間を移動中だったが…そこで突然
スペースホープ号にスノーからの通信が来ていたのである。通常空間とは異次元に存在
する超空間に通信など一体どんな手を使ったのかは分からなかったが…スノーは
彼等の問いに答える事は無く言った。
「宇宙は君達の想像を絶する様々な障害が多数存在する…。多種生命体に問答無用で
襲い掛かる生命体…数億光年単位の範囲を支配する星間文明…。その他もろもろ…。
君達が宇宙を行くと言う事はこれらとの戦いの始まりを意味する…。気を付けるに
越した事は無いだろう。以上が外宇宙から来た者としての忠告だ。幸運を祈る…。」
「え…外宇宙から来た者…?」
スペンリー及びスペースホープ号クルー達は一瞬唖然とするが、スノーの通信は
そこで切れていた。後は、彼等自身の力で宇宙を進まなければならないのである。

レイアが目を覚ました時、彼女はライオ共和国の軍病院の病室のベッドの上だった。
そこで今回の戦いの全容を聞かされ、彼女は開いた口が塞がらなかった。
無理も無い。祖国を…世界を守る為の正義の戦いと信じていたと言うのに実態はただの
勘違いであり、かつ彼女達にとって正義だと信じていたライオ共和国の方が惑星Zi
史上初の外宇宙移民船団の発進と言う歴史的瞬間を妨害したと言う悪者にされていたの
である。TVでもそこに関しての問題などが報道され、勘違いで多くの犠牲を出した
軍や政府の責任等が厳しく追及されていた。
「そんな…そんな…そんなぁぁぁぁ!」
レイアは悔しさの余り涙が止まらなくなった。無理も無い。こんな事の為にルイスや
バングランは死んでしまったのである。そのくせ自分は生き残った。自分の家族や友を
殺した大蠍神に見逃される形で…。それが恥かしく悔しい事この上無かった。
そして勘違いで大軍を動かし、莫大な軍事費と兵の命を無駄にした今回の事で、
ライオ共和国は経済的にも内政的にも外交的にも大きく傾いたと言われる。
「スペースホープ外宇宙移民船団の記念すべき門出を祝って…乾杯!!」
「乾杯!!」
スペースホープ外宇宙移民船団防衛戦を生き残った傭兵達は覆面Xを中心に
焼肉パーティーと洒落込んでいた。無論ドールチームやハーリッヒ、アールスの姿もある。
「それにしても何かライオ共和国の方は大変みたいだな〜。」
「勝手に勘違いしたあいつ等が悪いのさ! 自業自得って奴だな!」
「違いねぇ! ハッハッハッハッハッ!」
傭兵達は口々にそう笑いながら焼いた肉や野菜を口に運び、アールスは他の傭兵に
無理矢理酒を飲まされて酔った勢いで大道芸的にサイコキネシスを披露したりして
大騒ぎになっていたが、ミスリルは一人空を眺めていた。
「ミスリルどったの?」
ハーリッヒが隣に座って訪ねると、彼女はこう答えた。
「いや…あの人達は今どこを飛んでるんでしょうかね〜って思いまして…。」
「さぁね。宇宙は広いんだから私達の想像も付かない場所を飛んでるに違いないわよ。」
「そうですよね…。」
「でもさ、彼等が何処かに良い星を見付けて移住して、そこで代を重ねた彼等の子孫が
元々はこの星がルーツって事も忘れてこの星に侵略してきたりなんてありそうだよね!」
「ハハハハ! 結構ありそうですね! 何百年先になるか分かりませんけど!」
ミスリル達はそうやって笑っていたが…この間にもスペースホープ外宇宙移民船団は
宇宙の何処かを飛んでいるに違いない。願わくは…彼等の望み得る良い星を見付けられる
様に…。今はそう祈るしか無いだろう。
                    おわり
144Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 15:49:07 ID:???
「なぁ、ここってお前たちのアジトだったよな……」
「そうだな」
「じゃあ、なんで道が分からなくなるんだよッ!?」
 クァッドライガーのコックピット内に、オリバーの叫びが反響する。
「し、仕方ねーだろ……俺はいつも格納庫のカタパルトから直接出てたんだから」
 申し訳無さそうに答えるのは赤毛の騎士・ラインハルトである。
「とにかく、下っていけば最深部には着くんだからそれで良いじゃねーか」
 そう言いながら、もう何分歩き続けているだろう。確かに、下へ下へと潜っているのは
間違いないのだが、海抜を示す計器が使い物にならなくなって久しいのに、敵に遭遇する
気配が一向にない。

 そのうち、彼らは開けた空間に出た。恐らくは地底湖なのであろうが、あまりに水が
汚濁しているために初見では湖と判らない。
 水が濁っている原因は、湖面が見えないほどに堆積したゾイドの残骸であった。
「なんだ、ここは……ゾイドの墓場か」
「オイルが流出して、ひでぇ状態だな。しかし何だってこんなものが?」
 やはり敵の姿はない。単に、地上でこの近辺に踏み込んで破壊されたゾイドの残骸を
廃棄しているだけなのだろうか?
 何かが引っかかる。オリバーは脳裏を掠めていくイメージを掴むことができず、苛立ち
を覚えていた。

「向こうにまた穴があるぜ。こんな気味の悪い場所はさっさと抜けて、行っちまおう」
 彼らが死せる機獣たちの上に数歩を踏み出した、その時。
「そうか――これは全部、『あいつ』の為の!」
「どうした、オリバー」
 少年はようやく目当ての記憶を探り当てた。それは、破壊されたゾイドの残骸を吸収
して姿を変える敵。

「走れ、ラインハルト! ここには敵がいる!」
145Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 15:51:56 ID:???
 水底に沈む累々たる屍は、全て“餌”なのだ。敵の正体を悟ると同時に能力を発動、
クァッドが身構える。
 オリバーがここへやって来たのは、この相手と戦うためでもあった。戦って、彼を救い
出すためでも。それはかつて、固い絆で結ばれていた親友。

 唐突に、足下の水面が割れた。飛び出してきた巨大な鋏がクァッドの脚を掴み、オリバー
は即座にプラズマフィールドを下方へ展開。その反発力が機体を自由にする。
「お、おい――そいつは――」
「先に行っててくれ、ラインハルト。こいつとは一人で戦う」
 全容を現した敵機は、深緑のデススティンガー。幾多の戦場で、少年がその背を任せた
機体だ。そして、そのパイロットも――。
「大丈夫なのかよ。お前の友達なんだろ……いざって時、やれるのか」

 オリバーが『彼』を助けるつもりでいるのは充分解っている。それでも助けられない
ようなら、その時は討つ覚悟があるか――と、騎士は訊いているのだ。
「考えたくも、ないけど……」
 弱気な言葉とは裏腹に、決意を秘めた口調で。
「もし、あいつの魂がもう取り戻せなくて、身体だけが操られてるんなら、そのときは
俺以外の誰かに任せるなんて、できない。だから」
 それが現実とならないことを祈りつつ、彼は誓う。
「もしそうなったら、俺がやる。心配しないで行ってくれ」

 その瞬間、デススティンガーの背から強烈な衝撃波が放たれ、会話は打ち切られた。
オリバーの意志を無視してでも加勢してやるべきか、ラインハルトは最後まで迷ったが、
結局は彼を信じることにした。
 ゾイドの墓場に残ったのは二人。二手をかわしたオリバーは、装甲に覆われた敵機の
コックピットを睨みながら呟く。
「……必ず助けてやる。必ずだ――マキシミン」
146Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 15:55:57 ID:???
 通信回線は開いていない。聞こえていても、マキシミン・ブラッドベインは答えなかった
だろう。
 だが、まるでその呼びかけに応えるかのように深緑の機体が輝く。能力発動の輝き――
そして本来は砲門があるべき尾の先端に、血の色をした剣がせり出してきた。

 オリバーは大きく弧を描きつつ、深緑の機体に迫る。クァッドライガーの踏み込みは
強化されたフレームを通じて地面に伝えられ、元はイクスのものであったコアの出力から
は想像もできない脚力を発揮するのだ。

 対するマキシミンはスラスターを前方に向け、高速で後退しながらの砲撃。接近戦が
不得手な機体ではないが、ライガー相手ならば射撃戦の砲が有利と考えての対応であろう。
 しかし、放った弾は全てクァッドの寸前で光の壁に弾かれる。プラズマフィールドは
ゾイドの意志で発動され、強化された荷電粒子砲でさえ弾き返す堅牢なる防壁。
 無数の残像を中空に残して、獅子の爪が蠍に叩きつけられる!
「まず一発!」

 ――機体を機能停止させ、それからマキシミンを引っ張り出す。
 単純明快、それが彼の考える救出のシナリオであった。引っ張り出したとて洗脳を解く
方法が解っているわけではない。それは、彼を助け出した後で考えることだ。
 それ以前に、マキシミンの実力を誰より知る身としては、余計なことを考えていては
彼に勝てないであろうことが解っている。

 高速機らしからぬ重さを持ったレーザークローの一撃だが、デススティンガーの重装甲
を破るほどではない。すぐに反撃のシザースが飛んでくる。
 これはプラズマフィールドでは防げない。敵の頭を踏み台にジャンプし、斜め下へ放つ
プラズマキャノンの反動で距離を開ける。
「転送システム作動、スプライト・ドライバー!」

 ライガーの側面に、スマートな白い砲身が現れる。上下に割れたそれの、中央のスリット
が粒子加速器だ。
147Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 16:02:01 ID:???
 正極性落雷の原理を応用した超高電圧ビーム。通常の対電磁防御では防げないこの兵器
なら、出力を絞って使うことで敵機を麻痺させることが可能なはず。
 紫電が二度、澱んだ湖面に反射した。直撃――駄目だ、Eシールドに弾かれた。
 出力を上げつつもう一度、今度は三連射。これも防がれた――荷電粒子砲をも防ぐ
シールドである。抜けないのも当然といえば、当然か。

 ならばとテンキーに指を滑らせ、武装を瞬時に付け替える。現れるのは対ゾイド仕様
フレシェット・ライフル。
 超硬炭素クリスタルで出来た鋭く巨大な針を、計6000発同時に発射する。散弾銃の進化系
とも言える兵器で、主に装甲目標への面攻撃で用いられるのだが、実弾をも防ぐタイプが
主流となったEシールドに対し、広範囲に高圧力かつ無数の弾体が接触することにより、
一瞬にして過負荷を掛けられる兵装でもあった。
「ジェネレータを一発でダウンさせるには全弾命中、つまり至近距離の射撃!」

 得体の知れない武装を警戒したマキシミンが、残骸を割って水中に消えようとする。
そうは問屋が卸さぬとばかり、クァッドの頭部装甲が展開。鬣が蒼く輝く。
 プラズマフィールド全開。瞬時に蒸発した大量の湖水が爆発となって噴き出し、深緑の
機体を空高く放り上げた。あの機体のスラスターでは、空中で満足に制動は出来まい。
 落下地点に先回りしたオリバーは、落ちてくる機影の中心にピタリと照準を据えている。

 言葉も無く、絞るトリガー。煌く楔の雨が大蠍の見えざる甲殻に突き刺さり、機体が
スパークに包まれる。電光が消え去った後、Eシールドの薄い輝きは拭い去られていた。
 そのまま落ちてきた巨体をかわし、至近から一射。去りしなにもう一射。合わせて
二万本近い炭素結晶の棘を浴びせられたデススティンガーが怒りの唸り声を上げている。
 装甲を抜くには威力不足だが、間接にでも弾が挟まってくれれば儲けものだ。
 左腕の装甲が開き、リニアキャノンが連射される。オリバーはフレーム強度に任せて
機体を振り回し、残骸の山を飛び渡って火線を回避した。

「あいつ、政府本部で見せた能力を使ってこないな」
『誘っているな』
148Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 16:06:01 ID:???
 相棒の声が意識に直接語りかける。彼も同意見だった。
「いくら別人に仕立てられたとはいえ、俺を相手に小細工とは……」
『らしくない、と思うか?』
「いや、あいつは『敵』に対してはあんな感じさ。俺と模擬戦なんかやる時は、互いに
真っ向勝負してたけど、実戦になると慎重だ……お前も知ってるだろ」
『そうだな。つまり、いまのお前は彼にとって、紛うことなく敵というわけだ』
「わかってる!」

 残骸の陰から飛び出したオリバー、機体をスライドさせつつプラズマキャノンを斉射。
シールドを失った装甲の表面が溶かされるも、デススティンガーは反撃のレーザーを薙ぐ
ように撃ってくる。プラズマフィールドで爆発させた水の勢いに乗ってジャンプし、敵機
の横へ。更に前脚でブレーキを掛け、テールスライドターン、後ろに回りこむ。
 長大な蠍の尾がしなり、その先に伸びた赤い剣で斬り付けてきた。毒針ではないが、
受ければいかにクァッドとて脚の一本は持っていかれる。
 それなら、と空いた方の側面に新たな武器を高速転送。超剛性金属・メタルZi製の
ブレードを展開し、血のような刃を受け止める。
 一瞬の鍔迫り合い。弾き、また剣がぶつかる。刹那の剣戟は、デススティンガーの剣が
赤い輝きを放ったところで終わる。
 剣の“能力”が発動したのだ。

「俺を巻き込むつもりか!」
 周囲に堆く積まれたゾイドの亡骸が舞い上がり、切り結ぶ二機に殺到してきた。
 以前オリバーが見た、マキシミンの剣の力は『周囲のゾイドのパーツを吸収、同化』
するものだった。恐らく生きたゾイドからは奪えないのだろうが、このまま密着していて
は強化された機体と殴り合いを演じることになる。
 飛び来る残骸をプラズマの壁で灼き消し、フレシェットを放つと同時に後ろへ飛ぶ。
至近からの散弾に仰け反る深緑の機体を、雪崩のように押し寄せたパーツが覆い隠す。

 ここからが怖いところだ。オリバーは前回のことを思い出す。
 残骸の吸収によって、マキシミンの機体はまったくの別物に変化する。火力も、格闘能力
も、機動力も。
149Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 16:09:17 ID:???
 デススティンガーは制御が効くならば名機と呼ぶに相応しい機体だが、真オーガノイド
のコア出力を十全に生かすスペックは持っていない。そのため同コアを用いたより強力な
機体の設計プランがいくつも組まれた――デスマンティスなどはその一例である。
 これは同時に、真オーガノイドコアの異常に高い適応能力をも示していた。このコアは
どんなボディに搭載されても、拒絶反応を出すことなく神経形成を始めるのだ。

 そんな機体だからこそ、ボディをどれだけ外部的に拡張しても拒絶反応を起こさない。
デススティンガーは、マキシミンの能力を最大限に発揮しうる機体といえた。
「けど、俺だって前と同じじゃない!」

 クァッドからも、赤い光が発せられた。能力の第二段階、質量を持つ残像の発生能力。
攻防に威力を発揮するこの能力と、生まれ変わった愛機の性能が。そして、あの時より
確実に腕を上げている俺の力が合わされば――
 その後に続くべき思考は、「勝てる」ではなかった。そんなことは当たり前だ。今は
もっと難しい課題に挑むときである――即ち、「救える」。

 ジャンクの塊に包まれていたマキシミンの機体が、ついにその禍々しき繭を破って姿を
現した。もはや海サソリ型の原型を留めていない――胴体は装甲や火器が上乗せされた分
一回り大きくなり、腕と尾はそれぞれ二本ずつ増え、いずれも元のパーツより長大である。
特に尾は全長の二倍以上あり、両脇の二本は先端に荷電粒子砲と思しき砲門が見える。

 かなり巨大化した敵機を前に、オリバーは流石に口元を引きつらせた。
「おいおい、前回よりえらく強そうだな」
『進化していたのはこちらだけではない、ということだ』
 三本の尾のうち二本がオリバーを向き、その先端が光った。荷電粒子砲が二門、それを
同時に斉射するというのか。
 迸る二つの火線は、巨大な光の剣となってゾイドの墓場を縦横に切り裂く。両脇の武装
を可変ブースターに換装したクァッドは、交差する火柱の隙間を疾風のように駆けた。
「まだ撃ってられるのか!? なんて照射時間だ、砲身の耐久力はどうなってやがる」
150Innocent World2 円卓の騎士:2008/04/27(日) 16:10:46 ID:???
 悪態をつきながら、避ける。避ける。もうすぐ避け切れなくなると言うところで、漸く
荷電粒子の暴風が止んだ。
 すかさず装備をスプライト・ドライバーに戻し、出力を50%にセットする。
「ちょっと友達相手にやり過ぎだぜ、マキシミン!」

 その時、スピーカーから予期せぬ声が聞こえた。
「……せっかくの機会だ。お前も本気で来いよ」
 同時に、異形の機体が背部と腕に隠された無数の砲門を開く。
「!? マキシミン、お前、まさか――」
 オリバーの声はしかし、地底の暗がりを照らす光の雨によってかき消された。


 <続く>
151名無し獣@リアルに歩行:2008/05/01(木) 00:07:45 ID:???
定期age
152民間軍事会社アルカード 1 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/20(火) 23:07:20 ID:???
惑星Ziは争いの絶えない星である。惑星全域を巻き込んだ世界大戦等は流石に起こって
いない物の、地域紛争レベルならば彼方此方で起こっている。そのせいかむしろ戦闘は
日常となっており、その状況下で人々は…
「あ〜またやってる。それにしても良い天気だな。」
とのん気に平和に暮らしていた。それ故か、戦闘行為そのものを生活の糧にする者達も
いた。俗に言う所の“傭兵”と呼ばれる連中がそうである。国の軍に所属する事無く、
戦闘が起こった場合にのみ金で雇われ、その金に応じた仕事をする傭兵は世界中にいた。
その規模も組織立った大規模な物から個人レベルまで様々。そして今回スポットを当てる
のはその戦闘を承る傭兵チームの一つ。“民間軍事会社アルカード”中小零細企業の癖に
何気に雷神マッドサンダー“ライゴーン”を所有し西へ東へ、各地の戦場を戦う傭兵野郎
共であった(?)

とある紛争地域にある一つの小さな駐屯地。そこの司令官と副官が腕組して地平線の
彼方を今か今かと待ちわびる様な目で見つめていた。
「苦境の打開を傭兵に頼むのは軍としても恥かしい事だが…それで敗北して死亡して
しまう方がよっぽど恥だ。と言う事で民間軍事会社アルカードと言うのは本当に信用
出来る連中なんだろうな?」
司令官が半ばいらだった表情で副官を睨み付け、その後で副官は答える。
「その辺は大丈夫らしいです。民間軍事会社アルカードは社員数十名以下と言う中小零細
企業ですが、社長兼パイロットのゴルド=アルカードは世界中のマッドサンダー乗りの中
でも有名な存在らしいですし、何よりも“男が惚れる漢”と形容するに相応しい凄い男
と言う話です。彼ならばきっと何とかしてくれるでしょう。」
「そうか? なら期待して良いのだな?」
副官の説明に司令官も一体どんな渋くて凄い男なのだろうとやや期待をして笑みが浮かぶ
のだが、地平線の彼方から一体のゾイドがこの駐屯地に近付いているのが見えた。通常
グレーで塗装された上面装甲の端の淵の部分が黒く、他が銀色に塗られたマッドサンダー。
153民間軍事会社アルカード 2 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/20(火) 23:08:23 ID:???
「あれです! あれがアルカードの所有するマッドサンダー“ライゴーン”です!」
「おおやっと来てくれたか! どんな凄い奴なのか楽しみだな!」
民間軍事会社アルカードの所有するマッドサンダー“ライゴーン”の登場に司令官は
胸を躍らせた。彼らならば苦境に立たされている戦況を打開してくれると信じて……

ライゴーンが駐屯地に到着し、停止した後で背中の中央コントロールブリッジが開き、
三人の男達が現れた。筋肉隆々の巨漢の男と、正反対にスマートでメガネをかけた
いかにもインテリそうな感じの美形優男と、二人に比べて小柄だが何やら明るく調子の
良さそうで、俗に言うコメディーリリーフっぽい感じの男の三人。
「どうも、私が民間軍事会社アルカードの副社長兼経理の“ベルダ=グレン”。ライゴーン
では中央コントロールブリッジのブリッジ長兼砲手をしてます。」
と、筋肉隆々の男がまず司令官に対して自己紹介をする。続いてスマートな優男が
「私はメカニック担当の“マルス=サージェス”。ライゴーンでは作戦参謀や情報分析
なんかもやらされてます。」
最後は小柄で調子の良さそうな感じの男の自己紹介。
「私が営業の“トメキチ=ショウゾウ”です。レーダー監視係なんかもやってます。」
「そ…それはどうも…。」
それぞれに異なったタイプの三人に司令官と副官もやや困惑気味だが、それを束ねると
される社長兼マッドサンダー“ライゴーン”パイロットのゴルド=アルカードがどんな
凄い漢なのかと言う期待に比べればどうと言う事は無かった。
「あの…所でおたくの社長さんはどちらかな?」
「あ…そう言えばまだ下りて来てないっすね?」
と、三人もそれに気付いてライゴーンのコックピットの存在する頭部を見上げるのだが…
そこで突然マイクで増幅された音声がライゴーンから響き渡った。
『ごめーん! コックピットハッチが重くて出られないんだけどー!』
「ああああ!! そりゃ大変だ! 待って下さい! 今行きます!」
と、その様な音声にベルダとトメキチが慌ててライゴーン頭部の方へ登って行くのだが
音声に関して司令官はどうにも疑問深そうな顔をしていた。
154民間軍事会社アルカード 3 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/20(火) 23:10:21 ID:???
「女の子の声…何で?」
「女性スタッフもいるって事では?」
副官がフォロー(?)を入れ、司令官もやや安心しかけたのも束の間………
「ふぅ…やっと出られたよ…。もう重いのなんのっても〜。」
「それにしても…これはコックピットハッチに関して改良が必要っすね〜。」
ベルダとトメキチが力を合わせてやっと開く事に成功したライゴーンの固く分厚く重い
コックピットハッチの中から現れたのは一人の少女だった。脚まで伸びた綺麗な黒髪に
眠たそうなとぼけた顔。額にはゴーグルをかけ、半袖のジャケットの下にはTシャツ、
ジーパンの半ズボンと言ったラフな格好をしていた。そしてベルダとトメキチに手伝って
もらってやっと地面に降りたその少女が司令官の前に立ち、やはり眠たそうな顔のまま
笑顔で敬礼し…………
「初めまして! 私が民間軍事会社アルカード社長兼パイロットの“シズミ=アルカード”
16歳です! よろしくお願いします!」
「え………女の子………。」
シズミと名乗る少女に司令官は一瞬呆然とした。そして直後に副官に掴みかかるのである。
「くぉら副官! アルカードの社長は“男が惚れる漢”“ゴルド=アルカード”じゃぁ
無かったのか!? ええ!?」
「それは私が聞きたいですよ!」
司令官も副官も相当に困惑していた。だがまあ無理も無い。とにかくどんな凄い漢が来る
のかと楽しみにしていたら、来たのは十代半ばっぽい少女だったのだから。これで困惑
しない方がむしろ可笑しいであろう。だが、ここでシズミは言ったのだ。
「あの…ゴルド=アルカードは私の父です。」
「へ…? って〜事はあんた娘さん?」
呆然とシズミの方に注目する司令官と副官だが、シズミはやはり眠そうな顔で続ける。
「実は…父は先週食中毒で亡くなってしまいまして…私が会社を継ぐ事になりました。
まだ色々と未熟な所もありますが…会社を守る為に精一杯頑張りたいと思います!」
「えええええ!? 食中毒で死ぬなよぉぉぉぉぉぉ!!」
155民間軍事会社アルカード 4 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/20(火) 23:12:07 ID:???
シズミが彼女なりに精一杯抱負を述べたのに司令官が突っ込みを入れて全て台無しに
なってしまった。だが、司令官はなおも突っ込みを続ける。
「畜生! 期待して凄い損しちまったじゃねーか! これじゃあ苦境を打開する所か
負ける可能性の方を高める結果になっちまう!」
「そんな〜酷いです。」
司令官の言い草にシズミも眠そうな表情のまま泣きそうになるが、司令官はベルダ、
マルス、トメキチの三人を指差しなおも叫ぶ。
「お前等もお前等だ! マッドサンダーをこんなガキに預けるなよ! それに関して
何とも思わないのか!? あ〜あ〜いるんだよな〜! こう言う前社長の子供って
だけで新社長に就任したりする無能が親の財産を食い潰すんだよ!!」
まあ確かに司令官の気持ちも分からんでも無い。そして彼はベルダ、マルス、トメキチ
の三人も同じアルカードの血筋と言うだけでアルカード新社長に就任したシズミに
関して不信感を持っているだろうと考えていたのだが………
「お嬢さんの事をあんま悪く言わんで下さい! いくら司令官殿でも……。」
「ストーップ! 副社長抑えて下さい! 相手は一応雇い主なんですよぉ!」
と、まるで自分の事の様に怒り出し司令官めがけて殴りかかろうとしていたベルダを
トメキチが慌てて組み付いて止めようとすると言う光景が見られた。(ちなみにマルスは
何もして無い)そして何とか落ち着いた所でベルダは胸を張って言った。
「司令官殿が何を考えているかは分かりませんが…我々はお嬢さん…いや社長を信じて
います! ハッキリ言って社長は見かけはこの通りですが、前社長を超える人…………
だと思う。多分。」
「思うって何だよ! あと多分って!」
せっかく格好良い事言っていたのに最後の一言が余計になって説得力が無くなっていた。
だが、ここでシズミがやはり眠そうな顔で締めにかかる。
「まあ私はこの通り女ですし…まだ子供ですし…プロの軍人さんが不安がるのも仕方の
無い事です。ですから今は細かい事は考えずに与えられた仕事をこなすのみです。」
「ああ…そう言えば戦力増強の為にお前等雇ったの忘れてた。」
ここで本題を思い出した司令官は気まずい顔で頷くしか無かった。
156民間軍事会社アルカード 5 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/24(土) 00:00:56 ID:???
やっと本題に入る事になった。民間軍事会社アルカードがこの駐屯地にやって来たのも
そもそもこの紛争において苦境に立たされているこの駐屯地の司令官に助っ人する為。
アルカードの面々はそれによる説明をこれより受ける事となった。
「この駐屯地から東へ約二百キロ先に敵の陣地があるワケだが、そこの防衛網がそれは
もう強力でな、陣地に入った者を素早く狙うミサイル砲台が各地に設置され、さらには
セイスモサウルスまで待機している。それを何とか潜り抜けても高速隊に肉薄され
一網打尽にされてしまうと言う恐ろしい防衛網となっている。これの為に我が軍は一体
どれだけの友軍を失った事か…。と言う事でこれを何とかして欲しい。」
「あらら…これは何か手強そうな感じですね〜。」
会議室の机に置かれたこの周辺の地図と、それに描かれた敵の陣容を目の当たりにして
シズミもちと腕組みをするが、そこで司令官もやはり彼女に不信感を持っているのか
はたまた気を使ってか、こう続ける。
「別に無理に敵を壊滅させよとは言わない。せめて第一陣のミサイル砲台だけでも沈黙
させてくれれば此方も攻め易くなるんだ。何とかならないか?」
「分かりました。まあ何とかしてみせましょう!」
シズミはおっぱ…胸を張って答え、ベルダ達を連れて作戦室を後にした。その光景を
司令官と副官がやはり不安そうな面持ちで見送っており…
「だ…大丈夫なんでしょうかね?」
「いや…無理だろう? あんな子供じゃな〜。」
と、まだシズミに関して否定的だった。

シズミ達アルカードの面々が配置に付き、マッドサンダー“ライゴーン”は駐屯地を
発進した。そして背のローリングチャージャーをゆっくりと回しながら約二百キロ先の
敵軍陣地までのしのしと歩いていた。
「もうすぐ敵軍陣地に入るけど…敵の動きは?」
『現時点ではレーダーには何も…。』
157民間軍事会社アルカード 6 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/24(土) 00:02:04 ID:???
頭部コックピットで直接ライゴーンの操縦を担当しているシズミも一応正面モニターを
用心深く見張ってはいるが、目に見えない所に敵が隠れている可能性も捨て切れない為
中央コントロールブリッジでレーダー監視を担当しているトメキチにも状況説明を要求
したが、レーダーとしても何の反応も無いらしかった。
「ふぅ…ライゴーンのレーダーの探知性能は結構強力なんだけどな〜。本当に誰もいない
って事か。敵がいないのに越した事は無いけど…このまま敵と遭遇せずに敵軍駐屯地を
制圧…なんてのも凄く味気ない気がするし…。」
とか半ば愚痴も混じった独り言を相変わらず眠そうな顔でしていたシズミであったが…
『うわ! 来ました来ました! ミサイル攻撃ですよ! 凄い数です!』
「え!?」
拍子抜けしていたのも束の間、トメキチからの報告にシズミはやはり眠そうな顔なまま
慌てて上面モニターに目を向けるが、彼の言った通りライゴーンの正面上空から数十発
にも及ぶ多数のミサイルがこちらへ接近しているのが見えたのであった。
「副社長! 迎撃お願い!」
『あいよ!』
シズミの号令に合わせ、ブリッジ長兼砲撃手のベルダがライゴーン背部大口径衝撃砲及び
ビームキャノンを上空のミサイルの雨へ向け発射した。それによる大型衝撃波と高出力
ビームがミサイルを次々落として行くがそれでも微々たる物。ミサイルは後から後から
飛んで来る。
「マルスさんローリングチャージャーの出力を20%から50%へ上げて!」
『分かりました!』
今度はローリングチャージャー出力担当でもあるマルスへ命令が送られ、それまで
巡航様に20%の出力で回転していたローリングチャージャーが50%にまで出力上昇。
そうなれば当然ローリングチャージャーの回転速度も上がり、物凄いパワーがライゴーン
全体を駆け巡る。そしてシズミがコックピットからコントロールしてマグネーザー回転
エンジンへ送り、マグネーザーが高速回転させるのである。
158民間軍事会社アルカード 7 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/24(土) 00:05:22 ID:???
「マグネーザードリルハリケーン!!」
シズミの声優でも食えたら良いなと思える高い美声がマイクで増幅された形で響き渡り、
高速回転したマグネーザーを中心に二条の巨大な竜巻が発生。次々にミサイルの雨を
飲み込み、また弾道を曲げて行くのである。しかしそれでも全てのミサイルを飲み込んだ
ワケでは無い。衝撃波やビーム、竜巻さえ潜り抜けたミサイルが幾つもライゴーンの
足元に着弾。大爆発を起こしていたのであった。
「うわぁ! 全く恐ろしいったらありゃしない! ってキャァァァァァ!!」
絶え間無いミサイルの雨に愚痴ったのも束の間。ついにライゴーンがミサイルの直撃を
受けた。そうして怯んだ隙を突き、他のミサイルが次々にライゴーン目掛け殺到し、次の
瞬間にはまるで連射砲のごとき爆発音の連続と巨大に広がる爆煙が舞い上がるのみだった。

何十…下手をすれば何百にも及んでいたかもしれない物凄い数のミサイルの雨もついに
撃ち止めなのか、先程までの猛爆が嘘の様に静かになった。そしてミサイル攻撃の凄さを
物語るかの様な巨大な爆煙がまるで山脈の様に天高くまで舞い上がっており…………
その中からライゴーンが何事も無かったかの様に現れた。
『ヘヘ…これで撃ち止めみたいですなぁ。』
「あれだけのミサイルを用意するのに一体幾らお金を使ったんだか…。」
『まったくもってその通りですね。社長。』
何と言うライゴーンの頑丈さ。あれだけのミサイル攻撃を受けてまるでビクともして
いないでは無いか。確かにマッドサンダーの装甲は強固だが、その範疇さえ超えている
様に思えたが、シズミは構わずライゴーンを前進させた。ミサイル攻撃が来た時点で
敵が近くにいる事は間違い無い。敵のミサイル攻撃第二派が来る前にミサイル砲台を
見付け出し沈黙させる。現時点での第一目標の為動き出した。
159民間軍事会社アルカード 8 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/24(土) 00:07:06 ID:???
『副社長見付けました! 敵のミサイル砲台です!』
『任せろ! 直ぐに破壊してやらぁ!』
レーダー班のトメキチとブリッジ長兼砲撃手のベルダの叫び声がそれぞれマイクを
通じてシズミのいる頭部コックピットに届いて来る。それに合わせてシズミはベルダが
砲撃をし易い様にライゴーンをコントロールするのである。そしてライゴーンは敵陣
目掛け前進しながら背の大口径衝撃砲とビームキャノン砲を左右へ回塔させ、発射。
各地に置かれたミサイルトーチカを次々に沈黙させ、敵陣地の奥深くへ潜り込んだ。

こうしてライゴーンは第一関門ミサイルの雨を突破した。だがまだ安心は出来ない。
何故ならば第二関門セイスモサウルスが控えているのだ。現時点ではレーダーにも
それらしい反応は無いが、セイスモサウルスならば間違い無くこちらのレーダー範囲外
からゼネバス砲を撃って来る事は間違い無い。そして…その通りだった。
「来た!!」
正面が一瞬キラッと光った瞬間、細くも集束された粒子の塊がまるで重い槍のごとく
ライゴーンの頭部反荷電粒子シールドへ直撃した。
「うっ!」
まるで強く殴られた様な衝撃がライゴーンの全身を駆け巡るが…直後に粒子線は消滅する。
『完全防御成功! ダメージ軽微! まだ行けます!』
いかにマッドサンダーの反荷電粒子シールドと言えども相手は超高密度に圧縮集束された
ゼネバス砲では完全防御は難しい。面には強い防御シールドも点の攻撃には貫かれる事も
ある。それでいて何故ライゴーンが耐えられたのかと言うと、それは通常グレーで塗装
された部分が銀色に塗られている所にかかってくる。これは単なる装飾目的での銀色では
無く、“シルバーコート”と言う一種の耐ビーム処理で、それによりライゴーンの反荷電
粒子シールドをさらに強化する役割をしている。それでいてかつ、シズミの操縦により
シールドの向きを横に傾け、ゼネバス砲の着弾角度を浅く取る事によってダメージを
最小限にした点も防御出来た所以の一つであった。
160民間軍事会社アルカード 9 ◆h/gi4ACT2A :2008/05/28(水) 22:49:48 ID:???
『ですが流石に何時までも耐え続けるワケには行きませんな?』
『ゼネバス砲が来た時点で敵にはこちらが捕捉されてます。』
「よし! ならばローリングチャージャーの出力を50%から80%に上げて!
マグネイズサイクロンでジャミングをかける!」
『了解!』
シズミの命令によりマルスがさらにローリングチャージャーの出力を上げた。それに伴い
マグネーザー回転を担当するエンジンの出力も上がり、マグネーザーは高速回転。
さらにそのマグネーザーがスパークを起こし、激しい電磁嵐を巻き起こしたのである。
これこそ“マグネイズサイクロン”。本来は竜巻で敵にダメージを与える技であるが、
電磁嵐によるジャミングと言う効果もあった。そしてこれが効いているのか、ゼネバス砲
の第二射が来る事は無かった。
「よし! 成功!」
『しかしこのまま近付くのは得策じゃありません。レーダーが使えずとも手動照準で
狙って来る可能性は高いです。』
マルスの助言の通り、確かにジャミングをかけたとは言えこのまま闇雲に近付くのは
得策では無いし、何よりライゴーンは防御には定評があるが脚が遅い。手動照準で
狙われては元も子も無いのである。
「ならば見付からない様に近付くまでだよ!」
シズミはやっぱり眠たそうな顔のまま勢い良くそう言うと共にライゴーンのマグネーザー
を地面へ向けた。そして高速かつ力強く回転したマグネーザーが固い地面を豆腐の様に
砕き抉り取りながら穴を開け、その穴の中にライゴーンは入って行く。そう。地中から
敵陣後方にいると思われるセイスモサウルスへ接近すると言う作戦であった。
一方敵陣のセイスモサウルスはと言うと…
「敵反応消失!」
「臆するな! 何かの方法を使ってレーダーを無力化しただけだろう。だからと言って
完全に姿を消したワケでは無い! 敵が顔を出した所を手動照準で狙い撃て!」
「サーイエッサー!」
ライゴーンが反応を消した事に戸惑っていたセイスモ頭部操縦担当者を背のコックピット
に搭乗していた機長に諭され、落ち着いて正面の地平線を見つめ直していた。
「(ようし…地平線に顔だけでも出そうものなら直ぐに吹飛ばしてやる…。)」
ゼネバス砲照準と発射を担当する頭部操縦者は正面モニターを注意深く見つめながら
内心そう呟いた。ライゴーンが地中から接近している事も知らずに…。

地中の奥深く、マグネーザーを持ってセイスモの真下まで掘り進むライゴーンの姿が
あった。そしてセイスモの真下まで来たと判断した後で地上へ向けて掘り上げる。
「ようし! このまま真下からセイスモちゃんのどてっ腹ぶち破っちゃおうじゃない!」
シズミは顔は眠そうだが力強い口調でそう良い、レバーを力いっぱい前へ押した。
それに合わせてライゴーンもマグネーザーの回転速度を上げ、ついに地上へ出るのだが…
「あら!?」
「んあ!?」
シズミとセイスモ頭部操縦担当者のとぼけ声が同時に響いた。何故ならば、ライゴーンが
出た場所はセイスモの真下では無く、セイスモの正面100メートル先だったのである。
「…………………。」
「…………………。」
これにはライゴーン側もセイスモ側も互いに目が点にならざるを得無かった。ライゴーン
側としては真下からセイスモのどてっ腹をぶち抜く予定であったし、セイスモ側も地平線
の彼方からライゴーンが顔を出すと考えていた故、互いに予想外過ぎてどう反応して良い
のか分からなかったのである。
「馬鹿! 撃て! 早くゼネバス砲撃てぇ!」
「は! サーイエッサー!!」
最初に我に返ったセイスモ機長に怒鳴られ、頭部担当者は慌ててライゴーンへゼネバス砲
の照準を向けた。ここまで至近距離で放たれては非常に不味い。
「うわぁ! やばい!!」
シズミは思わず叫んだ。だがこの状況にあってもなお顔は眠そうなのだから流石としか
言い様が無い。が、次の瞬間ライゴーンの背の大口径衝撃砲から放たれた衝撃波が
セイスモの首の根元を直撃し、その巨体を大きく怯ませていた。確かに相手も超重装甲
クラスの装甲を持っているからして、如何に100メートルの近距離から放った大口径
衝撃砲であろうとも撃破は難しい。しかし、ゼネバス砲の照準をライゴーンから逸らす
事ならば出来た。そしてセイスモの口腔から放たれたゼネバス砲の粒子線はライゴーン
上空の遥か虚空へ空しく消えるのみだった。
「ナイス副社長!!」
ベルダのとっさの機転に感謝し、シズミはライゴーンをセイスモへ向け全速前進させた。
それで十分だった。次の瞬間にはライゴーンのマグネーザーがセイスモの首の根元に
ねじ込まれ、首と胴体を容易く分断していたのだから…。ゾイドコアを破壊するには
至らなかったが、首と胴体を分断するだけで十分だった。こうなればゼネバス砲も
撃てないし、何よりもメインコントロールを担当する頭部からの操縦が出来ず、実質
行動不能も同義。そして力を失って倒れるセイスモを尻目にライゴーンは悠々敵本陣を
目指し前進を再開させた。

第二関門セイスモサウルスを突破したライゴーン。敵本陣は近い。しかしまだ安心は
出来ない。雇い主の司令官はさらに高速隊が控えていると言っていた。ならばセイスモを
倒した時点でその高速隊とやらが出動してもおかしくは無いワケで、レーダー監視担当の
トメキチは改めてレーダーと睨み合い、シズミも注意深くライゴーンを敵陣奥深くへ
前進させていたのだが………そこで案の定レーダーが敵の反応を察知した。
163美女と機獣 1/5◇ ◆VBSC4xi3LA :2008/05/31(土) 22:34:07 ID:???
 これは、本当に帝国軍のゾイドなのだろうか。
 帝国軍特務部隊拠点、ゾイド格納庫。四肢を分解され、体中に何十本ものパイプを咥え
させられている機体を見上げ、タリス=オファーランド少尉は考えていた。
 確かに、灰色と赤を基調とした機体色はヘルキャットのそれを髣髴とさせるし、そもそ
もこの基地の中で整備を受けている以上、疑いの余地はない。
 それでも納得できない。このゾイドには、色や機体コードよりも遥かに信憑性の高い、
共和国軍のものであることを示唆する証拠がある。
 それは、見た目。空気抵抗を減らし、コクピット周辺を守るための立派な「たてがみ」
を持つ、どこからどう見てもライオン型だった。
 帝国軍が、共和国軍の象徴とも言えるライオン型ゾイドを作るなんて。まず有り得ない。
しかし、整備兵が言うところには間違いなく帝国オリジナルの機体らしい。帝国といって
も、「ガイロス」ではなく「ゼネバス」だが。
 ライジャー。今は亡きゼネバス帝国が旧大戦中に開発した、中型高速ゾイド。
 一度この基地を出発してから帰還するまでに、タリスの帝国軍人としての人生は大きな
転換点を迎えていた。レッドラストでは真オーガノイド――デススティンガーに遭遇し、
ミューズ大森林では上官たちの卑劣な振る舞いを目の当たりにし、プロイツェンナイツを
脱隊して正式に特務部隊の一員となった。
 そして、そのデススティンガーの消息を追う任務の途中、帝国ゾイド強化計画の一環と
してライジャーを操縦していたテストパイロットに出会った。暴走して動かなくなってし
まったから基地へ連れて行って欲しい、何ならそのまま部隊で使ってくれても構わないと、
この機体を譲り受けた。
 弾丸のように丸みを帯びた細長い体躯。後付けのブースターに頼らない、純粋な速さを
極限まで追求した結果だと分かる。
 一目見た瞬間、誤解を恐れずに言えば、タリスはライジャーに恋をした。恐るべき性能
を誇るデススティンガーと対峙したときでさえ、内心は早く基地に戻りたい、戻ってライ
ジャーをじっくり観察したいなどと不謹慎な想いを巡らせていた。
 面白い本を見つけて、早く家に帰りたい、帰って本の続きが読みたいと、授業もろくに
聞かずにそわそわする子供のように。
164美女と機獣 2/5◇ ◆VBSC4xi3LA :2008/05/31(土) 22:35:23 ID:???
「どうした、タリス?」
 背中越しに名前を呼ばれ、振り返る。
 ガイロス帝国建国当時からの由緒正しき軍人貴族、オファーランド家の生まれであるタ
リスを不躾に呼び捨てる人間は、惑星最大の軍組織においても二人しかいない。そのうち
の一人、タリスの実兄は数ヶ月前、オーガノイドシステムの実験中に命を落とした。
 最後の一人、レイハルト=ギリアン隊長もまた、いつそうなってもおかしくない立場に
いる。隊長のゾイド、ジェノブレイカーは、兄を死に追いやったジェノザウラーを更に強
化した機体なのだ。
「いえ……、何でもありません」
「ライジャーを見ていたのか」
「はい。……隊長は、高速ゾイドがお好きだと仰っていましたよね」
「ああ。特務部隊に来て初めて乗ったゾイドがセイバータイガーだった」
 タリスの隣に立ち、故ガーデッシュ=クレイド大尉の副官時代の出来事を語り始める。
隊長のこんなに穏やかな笑顔を見るのは久しぶりだ。
 初めてのゾイドには、自然と思い入れも強くなる。タリスも隊長と同じ。士官学校の実
戦演習で初めて乗ったゾイドがヘルキャットで、それ以来、高速ゾイドに対して特別な感
情を抱くようになった。
 ナイツへ入隊し、アイアンコングを操るようになってからも、あの乗り心地を忘れた日
はなかった。ああ見えてコングは速い。ナイツ仕様の改造コングなら、ヘルキャットと並
走することだってできる。けれど、コクピットに伝わる小気味良い振動、風を切るような
爽快感は、四足歩行の肉食獣型にしか出し得ない。
 そして今、四足歩行の肉食獣型ゾイドがタリスの目の前にいる。結果的には大型ゾイド
にも匹敵する性能を持つに至ったが、元々のコンセプトはヘルキャットの後継機。さぞか
し、乗り心地も似ているのだろう。
 乗りたい。風を、切ってみたい。
 湧き起こる衝動を必死で抑える。好きだから乗りたいなんて我侭が許される世界ではな
い。ここは遊園地でもなければゾイドの搭乗体験施設でもなく、軍の基地なのだ。
「この調子なら、今日中には整備も終わりそうだな」
 しかし。独り言のようにそう呟いた後、自身の部下の目をまっすぐ見据えて隊長が告げ
た一言に、タリスは耳を疑った。
「明日、ライジャーに乗ってみてくれ」
165美女と機獣 3/5◇ ◆VBSC4xi3LA :2008/05/31(土) 22:36:32 ID:???
 隊長は超能力者なのだろうか。そんな突拍子もないことを考えてしまう。乗りたいなん
て、一言も口にしていないはずなのに。
「あのテストパイロットに返すにしろ、部隊に編入するにしろ、誰かに試し乗りしてもら
う必要がある」
 そんな疑心感を見透かされたか、先ほどの説明不足を補うように隊長は言った。
「それは、そうですけど。……なぜ私が」
「こう見えても、部下の要望にはできる限り応えるように心がけているのでね」
 と、隊長は意地悪そうな笑みを浮かべて首を傾ける。
「あれだけ『乗りたい』という顔をされたら、叶えてやるしかないだろう?」
「……」
 どうやら、それも見透かされていたらしい。

 翌日。
 四肢を接続され、体中のパイプも外され、ようやく生き物としての体裁を取り戻したラ
イジャーのコクピットにタリスは乗り込んでいた。
「まずは時速一〇キロメートルで歩行。そこから徐々に速度を上げ、五分後には限りなく
最高速度に近い状態で走ってもらいたい。いいな?」
「了解しました。タリス=オファーランド少尉、発進します」
 と、起動スイッチを押した刹那、思いがけずタリスの体は強く椅子に押し付けられる。
まだ具体的な命令を下していないにも関わらず、突然ライジャーが走り出したのだ。
 ブレーキを踏んでも止まらない。並のパイロットならパニックを起こしていただろう。
しかし、タリスとてコネで少尉になりナイツに入隊した訳ではない。ライジャーの感情の
波を突いて命令を無理やり捻じ込み、基地の壁にぶつけて動きを停止させる。
「大丈夫か、タリス?」
「すみません。今までのゾイドと勝手が違ったので」
 尤もらしい弁明をしつつも、心の中で「嘘」と呟く。
 このライジャーの操縦席は、後継機の名に相応しく、タリスも良く知るヘルキャットの
それと瓜二つ。勝手はむしろ、同じすぎるほど同じはずだった。なのに。
「何て、自我の強いゾイドなの……? これじゃあ、まるで」
 オーガノイドシステム。この世で最も忌み嫌う単語を脳裏に浮かべた次の瞬間、再びタ
リスの体に激しい重圧が襲いかかった。
166美女と機獣 4/5◇ ◆VBSC4xi3LA :2008/05/31(土) 22:37:47 ID:???
 時速三〇〇キロメートル。
 ZAC二〇五六年の惑星大異変によって多くの技術が失われた現在、陸上をこれだけの
速さで走ることのできるゾイドは両軍を合わせても三種類しかない。それさえも、ブース
ターとオーガノイドシステムという助けを借りてのこと。
 そんな、陸上の音速とも呼ばれる領域に、ライジャーはいとも簡単に辿り着いてしまっ
た。基地の壁を突き破って外へ飛び出し、尋常でない量の砂埃を巻き上げながら加速し、
タリスがメーターに表示された数字に目を見開く。その間、わずか一〇秒。
 先刻の危惧は、どうやら杞憂だったらしい。直感で分かる。たとい限定的であっても、
この機体にオーガノイドシステムは搭載されていない。コクピットに座っていると、精神
に負担がかかるどころか、むしろ気持ちが楽になってくる。憎しみではなく、喜びが伝わ
ってくる。
 ひょっとすると、ライジャーは思う存分に走りたかっただけなのかも知れない。外見か
らして、速く走るためだけに生まれたようなゾイド。なのに、最初は砂漠の真ん中で故障
してしまい、次は基地の中で何日もメンテナンス。起動した瞬間、溜まりに溜まったその
フラストレーションを一気に吐き出したのだ。
 不満を粗方ぶち撒けた今、このどうしようもない暴れ馬はタリスの命令に驚くほど忠実
に従ってくれている。操縦桿を右に切れば右に、左に切れば左に、引けば加速、押せば減
速。そうした挙動のどれを取っても、ヘルキャットよりも速く、正確である。
「すごい。……もっと、もっと速く、ライジャー!」
 声に反応したのか、ライジャーは本当に速度を増した。再びメーターを見る。時速三三
〇キロメートル。操作マニュアルに書いてあった最高速度を一〇キロも上回っているが、
機器のどこにも異常をきたしていない。この調子なら、陸上ゾイドはおろか、サイカーチ
スやダブルソーダも追い抜けるのではないか。
「お楽しみ中のところ、申し訳ないが」
 もっと速くよ、と更に煽りをかけようとしたとき、笑いを噛み殺したような隊長の声が
耳に届く。
 今はテスト走行の最中で、無線もずっと繋がったまま。そんな当たり前のことをようや
く思い出した途端、小さな穴の空いた風船のように高揚感は萎み、タリスの顔は真っ赤に
染まった。
167美女と機獣 5/5◇ ◆VBSC4xi3LA :2008/05/31(土) 22:39:07 ID:???
「どうやら、ライジャーの調子は上々のようだな」
「……はい。実戦でも、問題なく、運用できる、……かと」
 今すぐ無線を切りたい。このままライジャーに乗って、どこか遠くへ走り去りたい。
 マイクの向こう側にいるのは、おそらく隊長だけではないだろう。オペレーターや整備
兵、今まで幾度となく共に死線をくぐり抜けてきた仲間。下手をすれば両手の指でも数え
切れないほどの人たちに、新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃぐ様を聞かれ
てしまった。聞かせてしまった。
「そのことについてだが、タリス」
 と、それまでの和やかな雰囲気を吹き飛ばし、隊長の声が唐突に低くなる。
「ライジャーを我が部隊に編入しようと思う。ついては、君をパイロットに任命したい」
「えっ」
「脱隊した以上、いつまでもナイツ所属のゾイドには乗れまい」
 ナイツの、ひいては帝国軍の象徴と言っても過言ではないコングから、高性能とはいえ
中型の高速ゾイドに乗り換える。見方によっては降格とも受け取れる。
 ――降格? とんでもない。
「もちろん、引き続きコングに乗りたいというのであれば、私の方から」
「いえ」
 無礼にも上官からの通信を遮り、いつもの凛とした調子でタリスは告げた。
「私はナイツであることを辞めました。これから先はライジャーへ搭乗し、第二小隊隊長
としての任務を全うさせていただきたく存じます」
「……期待している」
 そう言い残し、隊長は無線を切った。切ってくれた、と形容するべきか。
 基地を示す白い点が、レーダーの端に辛うじて映る。いつの間にか、随分遠くまで来て
いたらしい。
「全速力で帰るわよ、ライジャー!」
 タリスは今日、かけがえのない恋人を手に入れた。容姿、性格、それら全てがタリスの
好みであり、幸い、相手もタリスのことを気に入ってくれている。
 兄の死。隊長の心と体に起きつつある変化。真オーガノイド。私利私欲に走る人間に踏
みにじられようとしている帝国。どれもこれも、一日や二日では解決しそうにない。
 けれど、きっと何とかなる。推測ではなく、確信だ。操縦桿も握っていないのに、言葉
通り基地へ向かって全力疾走を始める。
 このライジャーと一緒なら、きっと。
『正面から敵が来ます! 機種はラプトイエーガー!! 数は多数!』
「うわぁ! 本当にワラワラ来たー!!」
トメキチの報告通り、ライゴーンの正面の木々や岩山の陰からワラワラウヨウヨと
飛び出して来ましたが敵軍ラプトイエーガー隊! しかもコイツ等がまた伊達に第三関門
では無いのか良く訓練されており、かなり素早いんだわこれが。
「副社長! 迎撃!」
『やってます! けど中々素早い!!』
砲撃担当のベルダは大急ぎで大口径衝撃砲及びビームキャノンを持ってライゴーン周囲を
素早く走り回るラプトイエーガー隊を迎撃しようとするが、当たらない。これがミサイル
等ならば、まだ弾道が直線的故に動きも読めるが、ラプトイエーガー隊は動きが素早い
上にトリッキーで動きが読めないのである。左へ動くと思ったら右へ動き、突撃して来る
と思えば後退する。これは明らかにエース級の動きであり、伊達にセイスモの後に控えて
はいなかった。
「キャァ!」
『社長! 大丈夫ですか!?』
「大丈夫! でもこのまま受けっぱなしじゃ不味いよ!」
『ハイ! 連中…まあお決まりのパターンではありますがライゴーンの装甲の隙間に
狙いを絞ってる様です!』
確かにラプトイエーガー隊の動きは素晴らしいが、だからと言ってライゴーンの装甲を
撃ち抜けるパワーを持っているかと言うと話は別。故にベルダが言った通り装甲の隙間の
弱い部分を狙っていたのだ。現時点では特にダメージは無いが、いずれその様な事にも
なりかねない。これは何とかしなければ…。
「マッドサンダーなど所詮は大艦巨砲主義時代の遺物よ! やってしまえ!」
挙句にはそうのたまう奴まで出てくる始末。これはアルカードの面々にとって何よりの
屈辱だ。
「ウキー! よくも言ってくれたね!? ならやってやろうじゃないの!!」
口調では怒ってる様に聞こえるものの、やっぱり顔は眠たそうなのでイマイチ怒ってる
感じがしなかったシズミではあるが、彼女なりに考えがあった。その考えとは…
「こうなったら構わず敵陣へ突貫!!」
『了解!!』
「あ! こら! 待てぇ!!」
何とまあラプトイエーガー隊を完全に無視し、そのままライゴーンを正面に見えて来た
敵本陣目掛け突貫させてしまったでは無いか。これはラプトイエーガー隊にとって非常に
不味い。そもそもライゴーンを徹底的に翻弄して戦意を挫いてからジワジワと弄り殺すと
言う作戦だったのだが、この様に完全に無視されてしまっては元も子も無い。
「こら! 待てぇ!!」
とにかくライゴーンの気を引こうと各ラプトイエーガーが両腕のマルチプルランチャーを
撃ちまくるがライゴーンは構う事無く敵本陣への突撃を続けるのみ。
「奴を止めろ! 何としても本陣に近付けるな!」
今度はラプトイエーガー隊が慌てる番だった。
「うおおお!! 止めろ! 止めろ! 何としても止めろぉぉぉ!!」
次々にラプトイエーガーがライゴーンに飛び付いて行くが、やはりライゴーンは構わず
後から後から集って来るラプトイエーガーを引きずってまでただひたすらに敵本陣目掛け
突貫を続けた。まるでラグビーかアメフトの試合を見ているかの様である。

一方、敵本陣では司令官が余裕タップリに食事中だった。
「フッフフ…。今日は少々頑張れている様だが…一体何処まで頑張れるかな? だが
どちらにせよ無駄な事だ。この基地は各種特殊合金及びコンクリート等でブロック
されている。核シェルター並の防御力だ。並の攻撃で破れる物かってうああああ!!」
別に誰か他にいるわけでも無いのに半ば説明同然にその様な事を言っていたのも束の間、
何とまあ彼の部屋の壁を突き破ってライゴーンのマグネーザーが姿を現したでは無いか。
彼の言う核シェルター並の防御力もライゴーンの前には無意味だったと見える。
「な…何じゃこりゃぁぁぁ!!」
突然の事態に慌てて箸とお茶碗片手に逃げ出す司令官だが、ライゴーンはやはり背に
組み付いたラプトイエーガーを数機引きずったままマグネーザーを高速回転させ、
敵本陣の防壁を、各種施設を破壊しまくった。
「それやれー!! ライゴーン!! 全部破壊してしまえー!!」
シズミも何時にもましてテンションが上がっていたのだが、やっぱり顔は眠そうだった。
もはやこうなってはラプトイエーガー隊もどうにも出来なかった。本陣はライゴーンに
よって容易く蹂躪され、浮き足立って動きが鈍った所を一気にビーム砲撃で薙ぎ払われて
しまったのだから………。

さてさてその頃、アルカードに敵本陣攻略を依頼した司令官はと言うと、どうせシズミが
脚を引っ張りまくって全滅しただろうと勝手に思い込んで次の攻撃作戦を練っていたり
したのだが…そこで電話がかかって来て副官が受話器を取った。
「司令官。」
「何だ?」
「アルカードから敵基地を落としたとの報告が…。」
「マジ!?」
副官の淡々とした報告に司令官は思わず副官の方を向くが、副官はやはり淡々と…
「マジらしいです…。」
「なんと………………。」
部屋中に何とも言えない気まずい空気が流れた。
それから一時して、敵本陣の対処に関して別働隊に任せ、ライゴーンが悠々と帰還した。
「ほ…本当に落としたのか…。ま…まぐれだ…。」
やはりどうにも司令官はこの戦果が信じられなかったのだが…ベルダは力強く言った。
「だから言ったでしょうが! 社長は前社長を多分超えると思う人だって!」
「だーかーらー! その“多分”とか“思う”ってのが微妙なんだよ!」
結局微妙な発言のせいでどうにも説得力が欠けていたのだが…何はともあれシズミ社長
率いる民間軍事会社アルカードは仕事を果たした。しかし紛争は世界各地で起こっている。
そう、彼らのお仕事は他にもまだまだ沢山あるのである。

「皆様お疲れ様。それではまた次の機会に会いましょう!」
と、全ての手続きを終えた後で、最後にシズミが眠そうな顔のまま元気良く挨拶をして
物語を締めくくりつつライゴーンは駐屯地を後にするのであった。
                  おしまい
172名無し獣@リアルに歩行:2008/06/01(日) 19:41:06 ID:???
定期age
173ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:27:33 ID:???
「くそっ、まいったぜこりゃあ」
銃弾が太い幹を打ち据え、木の葉をたたき落とす。
その陰に背中を預けて身を隠しながら、デビッドマン軍曹は毒づいた。
確認出来た時間はほんの僅かなものであったが、確実に中隊規模の敵部隊がそこにいた。

彼の所属する部隊に課せられた任務は、この小さな砦の占拠。
ゾイドを中心とした部隊がまずは一当たりし、威力偵察を行うと同時に、その陰で歩兵
部隊が隠密偵察を行う・・・というシナリオだった。
だが、現実は厳しい。
事前に得ていた情報とは全く違う敵戦力に、囮である機動部隊は即座の撤退を余儀なくさ
れた。歩兵部隊も合図と共に散り散りになり、撤退を開始している。
そして今、敵は彼の目の前にいた。すぐ傍では着弾の音が鳴り響く。
歩兵の小銃であるからまだマシなものの、ゾイドが出てくれば、頼みの綱の大木ごと彼の
体はバラバラ、人生はおしまいだ。
彼の頼みとする愛機、コマンドウルフは残念ながらこの森を抜けた先だ。今頃、もう帰ら
ないかもしれない主人を待っていることだろう。
撤退の合図だけはなんとか出せたものの、おかげで彼自身はこの通りだった。
「・・・ああ、オレの人生短かったなぁ」
デビッドマン軍曹は匍匐後退。
おそらく、最も多くの敵の情報を得たのは彼だろう。想定外の敵戦力の情報を、なんとか
自軍に持ち帰らなければならない。
軍曹は邪魔な装備は全て放り出して、ほうほうの体で逃げ出した。

一分の隙もなくガイロスの制服を着こなした小柄な女性将校が、覗き込んでいたコンソー
ルから体を起こして勢いよく振り返った。その拍子に軍帽からこぼれ出た長い栗色の髪を、
少し慌てた様子で乱暴に中に押し戻す。
オペレータが捜索班からの報告を復唱する。
「偵察兵の捜索? いいわ、そんなの放っておきなさい。逃げた方向を中心にレドラーを」
174ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:28:09 ID:???
自分の声が上ずっていないかを確かめつつ、彼女はそう命じた。これから、彼女にとって
初めての実戦が行われるかもしれないのだ。
連絡のあった共和国部隊が偵察であったなら、それなりの規模の部隊が近くにいる。
まさかこんな辺境の砦に大部隊を送りつけては来ることはないだろうが、実際に敵部隊が
現れた以上、この辺りが共和国のなんらかの作戦予定に組み込まれたのかもしれない。
もしもその予測があたっているとするなら、可能性は否定出来ない。
そこまで考えて、彼女は思考を止めた。
なんであれ、この砦を守ることが彼女の任務である。
彼女の経歴に箔をつけるためだけに、ここに送り込んだ者たちからすれば青天の霹靂であ
るだろうが、彼女自身は、今の自分を試すチャンスであると考えていた。
この砦を揉みつぶせるような部隊なら、陽動などというまどろっこしい作戦をとったりは
しないだろう。こちらと同規模の部隊と考えれば、防ぐ手立てはある。
「増援の要請を。今からじゃ間に合わないだろうけど・・・」
攻撃を受けるまで相手の存在に気付かなかった。辺境の、僻地の砦とはいえ、錬度に問題
があったとは思っていない。むしろ、相手の隠蔽術を認めるべきだろう。
他の駐屯地とは離れすぎている上、この砦を狙っていること自体が陽動である可能性も捨
てきれない。もっと大きな目的への布石として。
「総員、警戒配置に。交代での休息も忘れないで。それと・・・」
オーレリア・リン大尉の指揮下、小さな砦は厳戒態勢に移行した。

「・・・そろそろ一時間か?」
どれ程の時間がたっても。争いのなくならないこの世界を嘆くかのように、いくつも口を
開けたクレバスのその陰で。
しつこく飛び回っていたレドラーの姿が消えてから一時間近く、彼らは身を潜めていた。
ジョナサン・キッド大尉は、愛機であるブレードライガーの前足に背中を預けたまま、我
慢していた煙草に火をつけた。
「どうします?当初の予定通り、西側から仕掛けますか?」
副官であるハミルトン少尉が、乗機であるコマンドウルフのコクピットから降りてくる。
「待て待て、焦るんじゃねえよ。司令部の返答待ちだ。力押しはこっちもいてぇから元々
好きじゃねーんだよ。軍曹、お前が見たのは?」
175ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:28:37 ID:???
「確認出来ただけでレッドホーン1体、セイバータイガーが何体か。あとはレブラプター
が・・・たくさん。なんか聞いてた話と違うんスけど」
跪いて何やらブツブツと呟いていたデビッドマン軍曹が、再度、報告を上げた。どうやら
神のご加護に感謝を捧げていたらしい。
「ほらな。予想と実際が違うってのはよくあるこった。・・・にしても、こんな辺境の砦
にレッドホーンとセイバータイガーねぇ」
キッドは半眼で軍曹に目をやると、肺いっぱいに吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出した。
セイバータイガーの高速戦闘で敵を追いつめレッドホーンで止めを刺す、ガイロスの基本
戦術の一つはオーソドックスながらも、強力な機体の組み合わせと単純であるが故の強さ
を誇る。地の利を捨てていきなり打って出てくるとは思えないが、面倒な相手であること
に違いはない。
「ここに何かあるってのは、間違いないってことか」
僅かに垣間見える空に向かって、立ち上っていく煙を見上げる。
正直、あまりいい予感がしない。

情報では、この砦の元の戦力はイグアン三個小隊に、モルガが数体。これだけならば、司
令部での評価は戦略的価値のない、単なる辺境の砦の一つに過ぎなかっただろう。
上層部を動かしたのは、近頃になって戦力が増強された可能性がある、との報告だった。
これにより、情報部が掴んだ、とある情報が信憑性を帯びてきたのだ。
但し、話ではヘルキャットが数機にゲーター、ディメトロドンという、警戒や待ち伏せに
特化した増強のはずだったのだが・・・。
フタを開けてみれば、帝国の誇る動く要塞に、帝国高速部隊の主戦力と来た。基礎構造こ
そ旧式ながら、マイナーチェンジを繰り返して磨き上げられた性能は、開発当初とは大幅
に異なる次元の物となっている。それは共和国も同じことなのだが・・・。
どこかに攻め込む作戦予定でもあったのだろうか。そう勘繰りたくなるような純粋な打撃
戦力の強化である。
「対するこっちは、バスタートータス3体にコマンドウルフ8体、そしてオレ、か」
もちろん、電子戦ゾイドは厄介な存在だ。だが、砦を攻めるという点のみを考えるなら、
発見されることを前提に作戦を立てればいい。つまりは、予定しいた正面突破だ。今の戦
力なら、その自信は十分ある。・・・いや、あった。
176ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:28:57 ID:???
だが相手がセイバータイガーとなると、コマンドウルフでは一対一では辛い相手だ。レッ
ドホーンに至っては、正面からぶつかることの出来るゾイドは、己のブレードライガーし
かいない。
増援のアテはない。
一部司令部の強硬な主張のためだけに集められた部隊だった。信憑性が高まったとはいえ、
確実ではない情報で動かせる戦力はこれが限度だったのだろう。いや、大盤振る舞いと言
ってもいいかもしれない。
「司令部からの出直しの許可は・・・ないようですね」
通信機の傍に立ったハミルトンが、吐き出されてきた暗号通信文を手に取り、ヒラヒラと
振って見せた。どうあっても、司令部は戦わせたいと見える。
これで後には退けなくなったか。
キッドは決断を下した。
「伝えろ。明朝0500作戦開始。朝駆けだ!」
「アイアイ」
デビッドマン軍曹が、旗を2本もって離れていった。
残されたキッドは、その姿を見送った後、ハミルトンに尋ねた。
「・・・ウチ、手旗信号なんて採用してたっけか?」


戦闘は、バスタートータスの長距離砲撃から始まった。
かなりの遠距離からの砲撃は、しかし、見事に砦の門を粉々に打ち砕く。
元々攻城戦を見越して編成された部隊だった。もはや様子見はない。キッドは最初から手
持ちの全ての戦力を投入した。砦内での戦闘開始の混乱に乗じて、合図と共に歩兵部隊が
占拠に乗り出す手筈となっている。当然ながら歩兵にとってゾイドは厄介に過ぎる相手で
あることに違いはない。どこまで機動部隊が敵ゾイドを撃破、あるいは引き付けられるか
が、作戦の成否に大きく影響するだろう。
キッドは自身、愛機を駆って真っ先に正面から飛び込んだ。コマンドウルフたちが次々と
それに続く。
レブラプター他の小型ゾイドの相手は部下に任せた。彼が狙うのはやはり、中核であろう
と予測される、セイバータイガーとレッドホーンの姿なのだ。
177ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:29:29 ID:???
「ブレードライガー!」
まさかこんな小さな砦にOS搭載機をぶつけてくるとは。
50年前の戦いで現れたライガーゼロに、高速ゾイドの代名詞の座こそとって変わられたが、
それは性能的に明らかに劣るからというわけではない。単純に、量産性とパイロット確保
が困難だったからだ。ゼロより扱いが難しいその機体が与えられているということは、敵
はエース級のパイロットと考えて間違いないだろう。
・・・だからといって、怯んじゃダメ!
自分が逃げ腰でどうして部下がついてくることがあろうか。
彼女が守らなければならないものはこの砦と、彼女の大切な部下たちだ。今はもはや、こ
の砦が彼女の家であり、部下たちは家族のようなものだ。少なくとも、帝都にいた頃より
ずっと、ここは彼女にとって快い場所だった。
「ミハエル少尉、ランバルト少尉のセイバーはそのまま隠蔽状態で待機。私が引きつける
わ。攻撃タイミングの判断は任せます。頼んだわよ」
両機からの返答が返ると、通信を閉じ、深呼吸を一つ。
レッドホーンの装甲強度は50年前の戦争から比べれば、技術の進歩で格段に向上している。
あのジェノブレイカーを相手とした戦闘実験では、エクスブレイカーでさえ容易く破るこ
とが出来なかったほどだ。
「敵はブレードライガー。でも、この子の装甲も伊達じゃない。がんばれるよね・・・?
うん、がんばれあたし!」

何体目かのレブラプターが光を帯びた刃に切り裂かれる。
まだ動く機体もあるが、この場合、必要なのは敵の無力化であり完全破壊ではない。
「どきやがれってんだ、雑魚ども」
口ではそう言いながらも、キッドは内心舌を巻いていた。
こんな僻地の砦だというのに、練度は高く、兵の士気は旺盛。半OS搭載機であるレブラプ
ターを、きっちりと乗りこなしている。
この砦の司令官は余程出来た人物か、それとも訓練狂いの戦闘バカかだ。
そして、引っかかることが一つ。
「出てこねぇだ・・・? うぉ!?」
また一体、レブラプターを仕留めようかという、その時だった。
178ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:30:18 ID:???
建物の中から発射されたリニアキャノンの砲弾がブレードライガーの左側面を襲った。
激しい振動に見舞われながら、キッドは体制を維持、一旦間合いをとるために大き低く、
そして複雑な回避運動をもってブレードライガーを数度跳躍させた。
舌打ちを一つ。損傷が少なかったのはそのおかげであると言えるが、左のブレードを持っ
ていかれた。
建造物を破壊しつつ、中から現れたのは予想通りの相手だった。
「お出ましかい。てめぇのウチごとってなまた、豪気だねぇ」
軽口を叩きながら、キッドは赤い小山のような標的を見据えた。

同じ頃。
「敵の圧力が増した・・・? 増援か? いや・・・これは・・・」
レブラプターの砲撃を軽やかにかわしつつ、ハミルトン少尉は周囲の気配を読んだ。
「いや少尉カッコつけてないでたすけブ」
3体のレブラプターに飛び掛られたデビットマン軍曹のコマンドウルフが擱坐する。
しまった、と悔やんでももう遅い。間に割って入られ、見る間に距離が遠ざかる。こうな
ると、もう余裕はない。自分のことだけで手一杯だ。心の中で望みの薄い無事を祈りなが
ら、後ろ髪を引かれつつも己の直感を信じて、ハミルトンは行動を開始した。

「仕留め切れなかったっ! つ、次の手は」
レッドホーンの姿は、動く要塞の異名に相応しく堂々たるものだったが、中のパイロット
の方はそう落ち着いているわけではなかった。
リン大尉は、ともすれば震えだしそうになる両手に力をこめて、相手との間合いを計る。
レッドホーンと同じく建造物を隠れ蓑に、2機のセイバータイガーが機会を窺っている。
後は、相手をどれだけ自分に集中させるかが、勝負を決めるだろう。
目の前のブレードライガーが、獲物の隙を窺う本物の獅子よろしく、低い姿勢をとりつつ
ゆっくりとその体を移動させる。先ほどのダメージを感じさせないその動きに同調し、レ
ッドホーンもじりじりと姿勢と、その向きを変えた。睨み合っていた時間は僅かなものだ
ったが、リン大尉には永遠にも等しく感じられた。
そして、先に動いたのはブレードライガーだった。
179ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:33:56 ID:???
高速の踏み込み。ライガーゼロからフィードバックされた、ストライクレーザークロウが
風を巻いてレッドホーンへと襲い掛かる。
リン大尉は、その頭部に突き出た、その名前の由来ともなったレッドホーンの最も強固な
武器、クラッシャーホーンで立ち向かう。衝撃に身構えながら、反射的にいくつもの攻撃
パターンを頭の中に展開。次に備える。これはもう無意識のものだったが・・・。
衝撃がこない。不信から確信に変わるまでは、刹那の間。
今の攻撃はレッドホーンへの一撃ではない。そう気づいた時には、既に遅かった。
「読まれたっ!ランバルトッ」

「隠蔽工作には時間が足りなかったようだなっ!」
不自然な場所に張られた巨大な天幕に狙いを定め、キッドはショックカノンを撃ち放つ。
案の定感じた手ごたえ。
しかし敵もさるもの、キッドの狙いに気づいていたのか、そのセイバータイガーは大した
ダメージを受けた風もなく、正面から逆にキッドのブレードライガーに突撃してくる。
キッドはニヤリと野太い笑みを刻み、眼前に突き出されたストライククローの一撃を機体
を沈めてかいくぐるような形で避けると、ブレードライガーの最も分厚い装甲をもつ場所、
頭部で敵の腹を側面から突き上げた。転倒こそしなかったものの、衝撃とバランスへの対
応で手一杯になった敵機に出来た隙を見逃してやるほど優しくはない。今度こそ、キッド
はその刃を振るった。胴体部コア付近に斬撃を受けたランバルト少尉のセイバータイガー
が、破片を撒き散らしながら地に臥した。
加勢すべく飛び出したが、間に合うことの無かったミハエル少尉のセイバータイガーが、
友の仇を討つかの如く、僚機を葬ったブレードライガーへと砲撃を加える。
しかし、既にキッドのブレードライガーは再度の大跳躍。同時に展開したロケットブース
ターの大出力が、空中で力任せにキッドを蹴飛ばした。
予想外の空中機動に、セイバータイガーの反応が遅れる。そしてその遅れは致命的なもの
だ。着地と同時にブースターを展開させたまま、ブレードライガーが慌てて回避行動をと
るセイバータイガーに肉薄する。
「おせぇよッ」
180ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/20(金) 02:34:19 ID:???
そのままの勢いで体当たり。残った右側の刃がセイバータイガーの足を切り飛ばし、胴体
まで達した。それだけでは済まない衝突の威力に、セイバータイガーは建物にたたきつけ
られると、そのまま、崩れてきた壁と瓦礫の中に埋もれて消えた。

レッドホーンのコクピットで、リン大尉が呆然としていたのは、していられたのは一瞬に
過ぎない。
あっという間に無力化された部下の安否を気遣う余裕もなく、彼女は震えていた。
・・・勝てない。
ミハエルやランバルトは自分よりも遥かに腕の立つゾイド乗りだ。だが敵はこちらの策を
読み、逆に不意をついてランバルトを倒し、ミハエルを全く寄せ付けなかった。
一対一で、勝てる要素がどこにある?
今の彼女の目には、ブレードライガーはまるで不定形の青い魔物のように歪んで見える。
その魔物が、ゆっくりと振り返る。目が合う。次の獲物は自分だ。ミハエルやランバルト
のように、自分もあの魔物に殺されるのだ。
思考が負の連鎖に陥りかけた、その時だった。
通信室を中継点として、一本の戦況報告がレッドホーンに届く。
「敵、後方部隊及び歩兵戦力の排除に成功!これより援護に向かう、だからもう少し頑張
ってくれ!」
砦を守る、いや奪われないための布石。
敵の攻撃開始を合図として、砦の外に放り出した2体のセイバータイガーと、最初から砦
の外で伏せさせておいたレブラプター隊。レドラーと共にあたらせた『別働隊』は役目を
果たした様だ。報告に混じって通信室の歓声も聞こえてくる。
それとほぼ同時に、一本の直接通信。
「お嬢、面目ねぇ。動けそうにないが、まだ火器は生きてる。支援くらいはいけますぜ」
生きていた。この上官を上官とも思っていないような口のきき方はランバルト少尉だ。
思考が戻る。なんでも悪いように考えて、自縄自縛に陥ってしまう悪い癖はまだまだ治ら
ないが、ここ数ヶ月で切り替えが早くなったという自信くらいなら、ある。
両手で自分の頬を叩き、ほんの一瞬目をつぶって、それからもう一度前を見た。
目の前のブレードライガーは、もう歪んでいない。
181ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:25:54 ID:???
同様の報告は、キッドにも届いていた。
手持ちのゾイドを全て前線に出したのが裏目に出たようだった。いや、裏目ではなく必然
か。複数いるはずのセイバータイガーが表に出てこない、その時点で作戦を変える必要が
あったのだ。

砦を守る方法として、考えられるものは二つ。一つは地の利を生かして総力で当たること。
もう一つは、相手の「砦を占拠する能力」を失わせることだ。これは殲滅目的の場合意味
がないが、今回の彼らの『目的』からしてみれば、そのものズバリ、してやられた気分だ
った。そう、彼らの目的からすれば。
バスタートータスだけでは、接近戦に持ち込まれればまず、セイバータイガーは倒せない。
護衛にコマンドウルフをつけることも考えたが、それでは前線の戦力が足りなくなる。そ
う考えて、ある意味、砲撃後のバスタートータスは囮として扱ったのだが・・・。
レブラプター。この小型ゾイドの数が明暗を分けたようだった。
砦の外で合図を待っていた歩兵部隊は、別働隊として配置されていたこれらの奇襲に遭い、
壊滅した。これで、作戦の続行は不可能。
そして、
「・・・これで二本とも持っていかれたか」
先ほどのセイバータイガーへの体当たり。セイバーの足が宙を舞ったのは、彼が狙って切
断したからではない。その逆、セイバータイガーのパイロットが自分から足を一本犠牲に
して、ブレードライガーの象徴たる刃、それを根元から叩き折ったのだ。
もっとも、キッド自身はレーザーブレードをそれほど当てにしていない。それどころか、
ブレードライガー乗りに関わらず、この変則的な位置にある武器の使用がどちらかという
と苦手だった。
かつて、とある英雄はこのレーザーブレードで荷電粒子砲を正面から切り裂いたというが、
そんな非常識な伝説も彼は信じていない。その英雄は、ブレードライガーでデスザウラー
を葬り、果てはプロトタイプとはいえ模擬戦でゴジュラスギガを軽くあしらったというの
だから、これはもう「英雄」を作り上げるための、当時の共和国のプロパガンダの一つだ
ったのであろうと思っている
182ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:26:19 ID:???
閑話休題。
それは即ち、彼の戦闘力自体には影響がないということなのだが、
「負けだな、こいつは」
歩兵部隊が役目を果たせなくなった時点で、もはや砦を占拠するという目的を果たす手立
てはなくなった。・・・いっそのこと敵を殲滅するか?・・・いや、これ以上の戦いは、
完全な消耗戦になる。いたずらに犠牲を増やすばかりでなんの益もないだろう。歩兵部隊
の部下たちには、『最初から』状況を自由に判断して、『逃げろ』と命じてある。ならば、
被害の軽いと予想される今のうちに出直した方がまだマシだ。だが・・・。
目の前のレッドホーンに先ほどまで見られなかった、強い闘志のようなものを感じる。相
棒もそれを感じ取ったのか、コアの唸りが強くなったようだ。
「ハミルトン。撤退だ、指揮は任せた。オレは手を放せねぇ。急げよ」
短く命じると、
「さて、流石に手ぶらじゃ帰れねぇからな。仕留めさせてもらうぜ、赤角さんよ!」

リン大尉は操縦桿を一度握りなおして、汗ばむ手のひらに新しい空気を入れた。
改めて、幾分余裕を得てみると、ブレードライガーは無傷ではなかった。だがその滑らか
な動きからは相変わらずダメージの程度までは見て取れず、またそれは、並大抵の乗り手
が見せることの出来るものでは、決してない。
敵部隊は引き上げの様相を見せ始めていた。このブレードライガーは、殿を買って出たも
のらしい。逃げるなら見逃すつもりだった。というより、追撃する余力はもう無いと言っ
た方が正解だっただろうか。
だが、敵は逃げる気配を見せなかった。正直、戦いたくなど無いが、退いてくれないなら、
やるしかない。

リン大尉が覚悟を決めた、その時だった。
183ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:26:40 ID:???
全く何が起こったか分からないまま、先ほどまでブレードライガーをとらえていたはずの
視界には、鮮烈なブルーをたたえる空が映っていた。
・・・あれ?
遅れて意識がとらえた、轟音と閃光、そして耐えられないほどの衝撃。
リン大尉の意識は、そこで途切れた。

それを避け得たのは、キッドの技量とは関係がない。視界の端に感じた光は、刹那の後に
はレッドホーンに直撃。運だけが互いの明暗を分けた。
今、眼前に広がる光景は、ほんの一瞬前と様相をまったく異にしていた。砦の中枢を担っ
ていたであろう建物は、跡形もない。直撃を受けたと思われる個所には、大地を抉って大
穴が口を空けている。ただ、飛びのいたその足元には、レッドホーンの頭部のみが屍を晒
していた。おそらくこの衝撃ではパイロットも生きてはいまい。
キッドはブレードライガーを跳躍させる。方向や場所など考えていない。最優先は、一秒
でも早くこの位置から離れること。
直前までキッドが立っていた場所を、光が通過。沸き起こった衝撃波に、ブレードライガ
ーが翻弄される。足から着地できたのはこれもまた運だろう。
だが、神頼みはここまでだ。
「・・・なんでここに、こいつらがいやがる」
キッドは愛機にその光の降ってきた方を向かせると、一言、唸りとも呻きともつかない声
をもらした。
太陽を背に、逆光に浮かぶいくつもの機影。
その背には、一見骨で出来た翼のようにも見える、一対の強大な爪。
地を這うような姿勢は、次の一撃への力をため込むためだろうか。
「帝国」の誇る、竜の群れ。ただし、今まで相手にしていた帝国ではなく、もう一方の。
それは、間違いなく10体以上に及ぶであろう、バーサークフューラーの姿だった。
184ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:27:20 ID:???
その集団の中心、一際目立つ深紅に塗られたフューラーが、天に向かって咆哮を放った。
それが合図だったのだろうか。バーサークフューラーたちが、一斉に大地を蹴る。
そして巻き起こる、破壊の嵐。
残っていた建物を打ち砕き、大地を引きはがし、そしてゾイドを噛み砕く。それはもはや
戦闘ではなく、一方的な虐殺だ。
一機のコマンドウルフが儚い抵抗を試みるも、巨大な爪に刺し貫かれ、高々と抱え上げら
れた後、ゴミのように投げ捨てられる。その隣では、レブラプターが、鋭い牙を持つ顎に
つかまり、粉々に噛み砕かれて無惨な屍をさらしていた。。
帝国の兵士もろとも、踏みにじられ、蹂躙されていく部下たちを目の前にしながら、キッ
ドは身動きがとれずにいた。

深い血の色の装甲で全身を固め、他のバーサークフューラーとは明らかに一線を画すその
存在感。隊のエンブレムか、その肩には太陽をとりまく星々が意匠化されて記されている。
背負う二本の刃が、深紅の光を放って揺れる。巨大な壁のごとき絶対の威圧感を持って、
それは、そこにいた。
今動けば、殺られる。
確信に近い直感が、キッドの動きを封じていた。それは相棒も同じことで、普段なら暴走
するように強烈な闘志が、今は微塵も感じられない。
目の前のバーサークフューラーは、悲しいが明らかに自分よりも強い。それは、機体性能
によるものだけではなく。
185ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:27:47 ID:???
「・・・ヤバそうな気を発してやがる」
キッドの目には、その赤いフューラーを取り巻く漆黒の瘴気のようなものが映っていた。
もちろん、実際に物理現象としてそんなものは存在しないが、しかし、その瘴気が、キ
ッドの体を縛り付けて離さない。
だからといって、いつまでもこうしていては状況は悪化するのみである。何かきっかけが
ほしい。この状況から抜け出すためのきっかけが・・・。
そんな一念が通じたのか。
突然、キッドのすぐそばの建物が倒壊した。瓦礫の山となって、それはキッドと深紅の
バーサークフューラーを隔てるように雪崩落ちる。
・・・今しかない!
キッドはブレードライガーを反転させると、ロケットブースターを点火。浮き上がりそ
うになる機体を力ずくで大地に押しつけ、余すところなくその力を足に伝える。相棒も
それに応えるように、今まで見たこともないような勢いで加速する。・・・その中に、
強い無念の思いを残して。
下手な牽制は全くの無意味。完全に背を向けてその場から遠ざかった。
そして聞こえる魔竜の咆哮。背後からの荷電粒子砲の追撃は・・・しかし、来ない。
一瞬だけ振り向いたキッドのその目に映ったものは、キッドからすれば明後日の方向に
放たれた光の束が、その余韻を空に残して散る瞬間だった。それからこちらに目を向け
た深紅の化け物は・・・ニヤリと、嗤ったように見えた。
186ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:28:29 ID:???
数刻の後。
あらかじめ決めてあった集合場所に、三々五々、部隊員たちが集まってきた。
どの姿も無事な様子はない。互いに支え合うようにして、なんとか歩ける、といったとこ
ろだった。レブラプターの群れから逃げ切ったかと思えば、その先に待っていたのはバー
サークフューラーによる無差別破壊だ。その時の部隊員の心情や、察して余りある。
「・・・ちっ。これだけか」
無茶な機動でやられた肋の痛みをこらえながら、キッドは紫煙を乱暴にはき出した。折れ
てはいないが、ヒビくらいは入っただろうか。
「あの状況では、これでも被害を押さえたほうかと・・・冷たいようですが」
答えるハミルトンも右腕をつり下げ、肩と頭にも、血の滲んだ包帯が巻かれていた。
「デビッドマンのバカもやられたか。悪運だけは強い野郎だったのによ」
「・・・」
黙り込むハミルトンの、無事な方の肩にキッドは手を置いた。
「助かったぜ。お前があの建物の基部を打ち抜いてくれなかったら、俺は多分死んでた。
部下たちがこれだけ生き残れたのも、お前のおかげだろ?」
あの時倒壊しかけていた建物にとどめを刺したのは、ハミルトンのロングレンジライフル
だった。あのバーサークフューラーは、ハミルトンに向けて粒子砲を放っていたのだ。
直撃こそ受けなかったものの、かすめた高エネルギーにコマンドウルフは大破し、最後の
力で放り出されたハミルトンも傷を負ったのだという。
キッドは素直に感謝を口に出した。ハミルトンは、この上官のこういうところが気に入っ
ている。気取らない、思ったところを真っ直ぐに表に出す性格が、部下たちを惹き付ける
のだろう。
「いえ。私がもっと早く気づいていれば・・・と思うほど自惚れても若くもないつもりで
すが・・・」
後悔したところで、死んだ兵士たちは帰ってこない。報いるにはこの敗北をどう生かすか、
それだけだ。
187ZAC2159 とある僻地の砦にて ◆Tf5s0gDxvk :2008/06/21(土) 00:28:52 ID:???
「ここには何があるというのです? 辺境の一砦にはおかしいほどの物量、そしてゼネバ
ス帝国まで現れる。大体ゼネバスの奴らは一体どうやってこの地まで・・・いくら国境線
が曖昧になっているとはいえ、ここまで来るには共和国と帝国、どちらかの領土を通るし
かない。そして司令部も、ここの奪取を強硬に主張すると来る・・・。私には分からない
ことばかりですよ、今回の作戦は」
「なんにしてもウチの隊はこれでしまいだ」
妙にさばけた口調でいうキッドに、一抹の不安を覚えたが、
「変な顔するな。あきらめちゃいねぇよ。ヤツにはきっちりとオトシマエつけさせてやる。
俺も相棒も、次は絶対に・・・負けねぇ」
キッドの顔にあるのは決意の表情。ふと、一瞬の思案の後、
「そうだな。降格される前に、閃光の推薦状書いてやる」
ハミルトンが驚きの表情を浮かべた。たたみかけるように
「俺の古巣だ。悪いようにはならねぇよ。・・・今度は同僚かもな」
ハミルトンの痛む方の肩を叩いた。

その日。
正式に、ゼネバス帝国が共和国、ガイロス両国への宣戦を布告した。
これにより、Ziの歴史が始まって以来の、何度目かの大戦は、混迷の度合いを増すことに
なる。
188名無し獣@リアルに歩行:2008/07/01(火) 14:14:09 ID:???
定期age
189魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:51:48 ID:???
前々スレ再利用分のアーカイブ(本話はこの続きから)
ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/archive/20080705/117c0ae67ec405fce71c29d9c46e5bcf
190魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:52:46 ID:???
 鬼百合の花が萎れた頃には、竜達の外周は向日葵の花弁のごとく包囲されていた。いず
れも、人の二、三倍程度の体格した3S級ゾイド…コマンドゾイド、アタックゾイドとも
言われる小兵。それらが地表に、或いは空中に整然と陣型を構築している。両手の指では
到底数え切れない。小兵ゾイド達の胴体や頭部に据え付けられたむき出しのコクピット上
には、武骨な水色の鎧で身を固めた兵士が騎乗して突撃の号令を今か今かと待ち構えて両
腕を強張らせていた。
 ギルガメスは周囲を睨んだ。追随して深紅の竜もきょろきょろと見渡す。少年が深紅の
竜に搭乗する胸部コクピット内・全方位スクリーンも又、容易ならざる包囲網をくっきり
と浮かび上がらせていた。
「水の、軍団か…!?」
 一斉に、兵士が薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。明らかに人を十名以上は殺しているだ
ろう狂気の入り交じった笑みを耳にし、少年の額には脂汗が浮かぶ。
「ギルガメス、覚悟!」
 地震など起きてもいないのに、稲妻のごとき亀裂が地表に走る。先陣を斬るのは槍の穂
先に短い四肢が生えた、見た目には如何にも鈍重なゾイドの群れ。人呼んで雷鰐(らいが
く)ネプチューン。もっとも四肢は舵取り程度の役目しか持たない。深紅の竜同様、マグ
ネッサーシステムの恩恵を受けて地表を鮮やかに滑り駆けるからだ。水晶の皮膚が時速を
伴い、低空に走る青き閃光!
 深紅の竜は跳躍した。どれほど跳べばいいか悩んだのだろう。自分の背丈程飛び上がり、
着地した時のバランスの悪さ。胸部コクピット内で首を捻る若き主人。まだシンクロして
いないにも拘らず相棒の苛立ちが素肌で感じ取れる。
「ブレイカー、どうしたの? 何をためらっているの?」
 全方位スクリーンの中央にたちまち広がるウインドウ。青い鰐達の背中が拡大表示され
て、少年はすぐさま理解できた。このゾイドは…いや、このゾイドに限らない、3S級ゾ
イドの群れはコクピットがむき出しのまま。攻撃は苛烈だが、防御能力は0に等しかろう。
だがそれこそが深紅の竜が悩む不本意。あっさり連中を払い除けて、無闇に殺生せよとい
うのか。
191魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:53:40 ID:???
 竜の心情などお構いなしに、矢継ぎ早に地表を駆け巡る青い鰐達。左腕のビークル機上
で女教師も檄を飛ばす。
「ためらったら駄目! ギルを守れないわ!」
 怒鳴り声が終わる頃にはビークル目掛けて雷撃がほとばしった。透かさず片手で抱え込
む深紅の竜。女教師が伏せるのも同時だ。
 しかし雷撃は、彼女の頭上をかすめると風斬る音と共に金属質の光沢を帯びつつうねり
をあげる。見紛ったのは彼女の身長をゆうに越えた鋼鉄の槍と、マグネッサーシステムが
放出する光の粒。透かさず流れを追う蒼き眼差しも又、電光石火。
 槍の持ち主は、虚空に舞う菫色(すみれいろ)の蛾。胴は金色の球体、その上にはやは
りむき出しのコクピットが据え付けられている。人呼んで槍翅蛾(そうしが)スピアウイ
ング。鋼鉄の槍は自らの羽根の一部だ。人工ゾイド・ブロックスの一種なだけに、合体・
分離攻撃はお手のもの。
 頭上の槍は、再び女教師に狙いを定め、襲い掛かる。彼女は怒鳴った。
「ブレイカー、握力、緩めて!」
 言うが早いか、爆音立てて飛び立つビークル。残された深紅の竜の指に、槍は命中。幸
い竜の身体の中でももっとも固い部分の一つだ、それらしきダメージは見られない。竜は
虫を払い除けるように両腕を左右に振る。
 しかし深紅の竜もその主人も、連中の力量に早く気付くべきだった。手を払う度に銃撃。
跳躍する度に銃撃。四方、八方。頭上より、或いは足下より。間隙を縫うこの正確さ。無
数のスズメバチが取り囲み、毒針の好機を伺っているような状況だ。
 外周を旋回するビークル。女教師が透かさずコントロールパネルを操作すれば、たちま
ち後方より伸びてきた長尺の銃身。
 AZ(対ゾイド)ライフルの照準を定め、女教師は竜にまとわりつく害虫を狙撃、又狙
撃。なれど敵もさる者。ふらふらと、電灯に集まる虫のごとく竜の外周をふわり、ふわり。
この嫌らしい動作はしばしば女教師の狙撃をためらわせる。竜の鎧はAZライフルの狙撃
といえども弾き返すが、関節や急所はその限りではない。
(やり辛いわね、どうしたものか…)
(こんな連中と戦う位ならもっと大きなゾイドの方が…)
 女教師が、少年が辟易していたその時、事態は急変した。
192魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:55:54 ID:???
 コクピット内が上下に揺れる。拘束具で上半身を頑丈に固められて尚、少年は背後より
鉄棒で殴られるような衝撃を全身に感じる。
 衝撃の主は、先程から竜の周囲に纏わりつく連中と比べれば桁違いに大きい。それも竜
に比肩する体格の持ち主が、背中より覆い被さっているのだ。純白の二足竜アロザウラー
「オロチ」が伸ばす両腕は絡み付く蛸のよう。深紅の竜は首根っこを掴まれた。
 宿敵の喉笛に狙いを定めるべく、二足竜の首が上下左右に揺れる、揺れる。その頭部・
曇りがかったキャノピーの奥で、刮目するは功夫服の男。暴れ馬を自在に乗りこなす余裕。
「ギルガメスよ、休息は十分か?」
 全方位スクリーンの中央に割り込んできたウインドウ。勿論、気の効いた台詞を言い返
せる少年ではない。
「そんなこと、関係ないだろう!」
 功夫服の男は目を細めた。
「十分のようだな。それ位、威勢が良くなければ獲物は…」
「ギル!」
 女教師のウインドウが押し退ける。蒼き眼差しの訴えを、少年は即座に理解した。
「例え、その行く先が!」
 威勢の良い声を聞けた。女教師は微笑み頷くと、たちまち額に宿る刻印の輝き。
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
 少年にも宿る額の刻印。スクリーンを介してはいるが、それでも二人は閃光で繋がれた。
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無くシンクロ(同調)できるようになるのだ!
 不意に、少年の首に襲い掛かる重圧。今まさに首を絞められる深紅の竜のダメージを、
シンクロによって少年が肩代わりしているのだ。だがそれは望むところ。痛みを分かち合
える人がいれば、力も倍増するのが魔装竜の神髄だ。少年は吠える。
「マグネッサー!」
193魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:57:01 ID:???
 透かさず逆立てた背の鶏冠、三本二列。不意の挙動に背中にしがみつく二足竜も虚を突
かれた。巨体をくねらせ、どうにか鶏冠と鶏冠の列の間に潜り込む。強敵の奇妙な動作を
余所に、鶏冠の先端が蒼炎を吐いた。桜花の翼を水平に広げるや、地を強く蹴り込んで助
走をつける。突如咲いた土砂の花には群がる3S級ゾイド達も翻弄され、浮遊する機体は
そのバランスを一斉に崩した。
 只一機、魂持たぬビークルのみは予想でもしていたかのように空中高く逃げ延び、機上
の女教師は左手でレバーを、右手でコントロールパネルを操作する。モニターに映し出さ
れた地図。幾つかの光点の内一つを指差すと。
「ギル、ギル、聞こえて?
 西の坂道に向かいなさい。その先は盆地よ!」
 それは短時間なら他者を余り気にせず戦い得る場所を意味する。どうしてそんな場所を
把握しているのかと少年は首を捻ったが、相手は自分が絶対に頭の上がらない女性(ひと)
だ。それに、そんなことよりもっと大きな問題がある。
「エステル先生は!?」
「目処が立ったらそっちに向かう!」
 言いながら、ウインドウの向こうで目配せしてみせた。口元に浮かぶ微笑みの凛々しさ。
ちょっとした動作までもが絵になるのが女教師エステルだ。
 だから少年主従も安心して頷いた。勿論、彼女単体での恐るべき戦闘能力を承知の上で
のこと。だが彼女の本心をどの程度承知しているかとなると少々疑問である。
(…さて。魔女の面を被りましょうか)
 背を屈め、照準定め、そして狙撃。そこに行き着くまでに五秒も…下手をすれば三秒も
いらない。魔女の背後よりほとばしる雷撃。AZライフルの銃口が指し示す先には瞬く間
に炎上・大破する3S級ゾイドの姿が地表に、空中に。
 不意に真横をかすめる機影。菫(すみれ)色の蛾が横切ったその背後目掛けて片腕を伸
ばせば、敵はまるで目に見えない巨大な手にでも包み込まれたようにひしゃげ、バランス
を崩して墜落していく。
 水色の鎧を着込んだ暗殺者達は皆口々に、驚きの声を上げ始める。
「これが古代ゾイド人の戦闘能力か…!」
194魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 08:58:00 ID:???
 浮遊するビークルの周囲を、蜂のように旋回する3S級ゾイドの群れ。取り囲まれた魔
女の端正な顔立ちからは温もりが見る間に失われ、彫刻のように冷たくなっていく。死の
女神が放つ凍える美しさはにわかには近寄り難い。
「あの子達を行かせてくれたお陰で…やり易くなったわ」
 鬼神のごとき戦いぶりに愛弟子が、深紅の竜までもが凍り付いてしまうのだけは避けた
かった。その可能性を当面断ち切れたのが本心だ。
 拘束具で押さえられつつ前屈みの姿勢のまま、右手はレバーを握り、左手は水平に構え
た。掌で弾ける放電の神秘。魔女の本領発揮。

 ところで惑星Ziは未だ平和の時を迎えず、各地で紛争が絶えないのは読者の皆さんも
御承知だろう。そんな紛争の中でも特に手に終えない輩に対してヘリック共和国が誰を差
し向けているのかも。
 この人物がめくる写真の数々は、常人が見れば滲み出る狂気に卒倒しかねない筈だ。少
なくとも惑星Ziの住人ならば…。
 写真には巨大な台車の上で腹這いになる竜が映し出されていた。尻尾のみは台車からは
み出ており、その規模はすぐ側に写る全身白を基調としたヘリック共和国の軍人が十何人
も数珠つなぎにならないと拮抗しそうにないから相当な大きさである。
 もっとも…これを「竜」と呼称すべきか、どうか。何しろこの竜、手足を切り落とされ
た挙げ句付け根の辺りで拘束されている。両目に至ってはくり抜かれ、巨大な顎でさえも
開けっ放しの状態で固定されたまま。生きたまま標本にされるような酷さが写真からは感
じられてならない。
 写真を一枚一枚、じっくりと見つめる者の真正面で、今一度背筋を正したのが白い軍服
・軍帽を折り目正しく着こなした年輩の軍人だ。
「水の総大将殿はお疑いになるやも知れませんが、そちらに写る『ティラノサウルス砲』
こそが『勇者の山脈』の岩肌を破壊し、結果レアヘルツの発信を抑えたのであります
(※第十五話第三章参照)」
「魔装竜ジェノブレイカーは高々やけの一発でレヴニア山脈の頂上を砕いた」
195魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/05(土) 09:00:06 ID:???
 軍人は恐縮し、軽く頭を下げた。先程から写真を見る頭一つ程も高いこの者はまさしく
異相。馬面にこけた頬、落ち窪んだ大きな瞳は守宮(やもり)を彷佛とさせる。しかし放
たれる眼光からは圧倒的な風格が漂い、きっと敵対意識のない者が安易に睨み合ったら足
がすくんでしまうのではないか。辛うじて水色の軍服・軍帽、そして水色のマントだけは
この者に感情の在り処を指し示すと言えた。
「貴重な情報だ。提供に感謝する。
 時に貴殿、『勇者の山脈』はこの一件以来…」
「ええ、レアヘルツを発信していたと思われる装置は跡形もなく破壊されてしまいました。
まだここ付近から国境越えを目指す愚か者どもが増加している程度ではありますが…」
 レアヘルツはゾイドを発狂させる。だからこそ発信源付近は聖域化され、国境の成立に
一役買った。それが消失状態にあるということは、それだけで最悪の場合国家・民族自治
区間での紛争に発展しかねないのである。そういう意味で「勇者の山脈」付近に赴任した
共和国軍人の前途は暗いと言わざるを得ない。
「事態急変の際は我が部隊からも援軍を約束する。
 貴殿からも本国には説明するのだ。議員連中を動かせ」
 水色と白、二人の軍人は敬礼を交わした。…プラネタリウム並みに広い円形の室内、壁
に埋め込まれた沢山のモニター。沢山の兵士は彼らのやり取りを気にすることなく黙々と
作業に取り組んでいる。ここはタートルカイザー「ロブノル」の頭部・指令室。中央は円
錐状に盛り上がり、通常はこの頂上部分に「水の総大将」と呼ばれる異相の男が着席する
筈である。
「パイロンと至急連絡を取れ。彼奴は近日中に作戦行動を開始する予定だ。
 我々も『ロブノル』で向かう(※水の軍団旗艦ゾイド・タートルカイザーのこと)」
(ドクター・ビヨーめ、欲深い者は手が早い。こちらも急がねば無駄に戦力を浪費する…)
 内心呟く異相の男だが、最早この男をもってさえも、事態の急変は止められぬ領域に入
っていた。それを知るのはもうしばらく後のことである。
                                (第二章ここまで)
196魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:36:30 ID:???
【第三章】

 深紅の竜は桟道を見定めた。左右に森林が広がっており、この先に格好の戦場が広がっ
ていることは容易に想像できた。
 少年はスクリーン下方に映し出された数値を睨む。既に時速300キロを越えた。それ
に、最初の襲撃から十分程度しか経過していない。つまり50キロ程走ったことになる。
この数字は人ならともかくゾイドには精々という程度の重みだ。
 彼は続いて天井を見遣った。流石に全方位スクリーンというだけあり、背後より絡み付
く純白の二足竜が映し出されている。何十トンもの重量の持ち主を背負っているが故に深
紅の竜には相当なハードルが課せられているわけだが、それをもってさえこの機動力。大
丈夫。ひとたび振り解き、手傷を追わせた上で引き返せば十分もしない内に憧れの女性の
元へと馳せ参じることができる筈だ。
「ブレイカー、急ごう!」
 相槌を打つかのようにいななく深紅の竜。そこにウインドウが早速割り込んできた。
「そうはいかない。ここが貴様の…」
 言い終わらぬ内に少年は通信を遮断した。勝手にほざけと言わんばかりだ。
 キャノピーに映し出されたウインドウが突如消失。功夫服の男はほくそ笑む。
 既に深紅の竜は桟道の半ばを越えていた。功夫服の男は頷くと、左右のレバーを手早く
引き抜く。
 合図に応えた純白の二足竜。宿敵を拘束していた両腕をするり、解くや上半身を持ち上
げた。その勢いで振り上げた両腕は、上半身が伸び切ると同時に深紅の竜の背筋を叩く。
 前のめりになった深紅の竜。更に繰り出された二足竜の追い撃ちは、先程まで宿敵の脇
腹を抱えていた両足での蹴り込み。バネのように弾けた二足竜は軽業師を連想させる宙返
り。追随する長い尻尾がこの晴天に三日月を描いた。
 強敵の奇襲にまんまと嵌まり、哀れ深紅の竜は頭から転倒、坂道を転げ落ちる。一方二
足竜は腹這いの姿勢で着地に成功。坂上から宿敵が転落する様子をじっと凝視。
197魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:37:25 ID:???
 胸部コクピット内は阿鼻叫喚とまでは行かなかったが、それでも理性を保つのが極めて
難しい状況に晒されていた。相棒が転げ落ちるのだから、コクピット内も同じように数秒
おきに天地がひっくり返る。重力の補正をかける余裕もない。その上、シンクロの副作用
が少年の全身に打ち身のダメージを負わせるのだから皮肉なものだ。
 だが、少年も決して慌てふためくばかりではない。
「ブレイカー、翼を目一杯広げて!」
 接地面積を広げてやり、摩擦による減速を計る。言うのは簡単だが実行するには難い。
何十度目か、背筋を地面に叩き付ける際に広げた桜花の翼。格好の受け身は見事に回転を
封じたが、今度は仰向けのまま坂道を滑り落ちる始末。少年が見せる小刻みなレバー捌き。
少考しては小気味良く刻み、又少考しては…の繰り返し。
「両腕も、両足もだ!」
 四肢を大の字に広げ、爪を地に逆立て。ますます減速していく転落。ふもとに到着する
までにはどうにか、完全に勢いを殺すことができた。
 深紅の竜は四つん這いになって身構える。自慢の翼に傷一つ出来ないのは大したものだ
が、すっかり泥まみれだ。少年は後方を…坂の中腹に睨みを効かせる。
「あのアロザウラーめ…はっ!?」
 純白の二足竜を視界に捉えるよりも早く、中腹を埃が埋め尽くす。耳をつんざく爆音の
おまけ付き。深紅の竜は四つん這いのまま地を蹴り、たちまち坂道より距離を取る。
 それが切られた決戦の火蓋であるかのように、繰り返される爆音、爆音。目前で咲き乱
れる土砂の、火柱の花。灰色に朱色が彩りを添え、深紅の竜の後を追うように開花、開花。
 爆風には呑み込まれまい。深紅の竜はひたすら駆ける。駆けながら、周囲を伺わんとち
らり、ちらり。
 …擂り鉢状の地形は辺り一面木々に覆われている。そこかしこより漏れる橙色の眼光、
うっすら漂う硝煙。何ということか。竜の歯軋りはそのまま少年の心臓に響き渡った。
「僕らは裏をかかれたのか…!」

 爆音は孤軍奮闘する魔女にも聞こえた。彼女は未だ、浮遊するビークルの機上。空に、
陸に繰り広げられる3S級ゾイドの包囲網の隙間をぬって、轟いてきた爆音の方角は西。
しかし魔女が目を剥いたその瞬間も容赦なく敵は襲い掛かってくる。
198魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:39:22 ID:???
 眼光ほとばしらせ、額の刻印を輝かせ。すれ違いざま左手を掲げれば羽根の生えたそい
つはバランスを崩し、地面に叩き付けられた。徐々に上がってきた肩。疲労の証を押さえ
るべく懸命に腹に力を加えるが、それは彼女を取り囲む有象無象も承知のこと。
「ふふふ、始まったな」
「ギルガメスもジェノブレイカーも蜂の巣だ。貴様も後を追うがいい」
 水色の鎧を纏った戦士達は一斉に嘲笑う。薄気味悪いことだが、彼らの内数人は既にこ
の蒼き瞳の魔女エステルの手によって敢え無く死んだ。しかし同胞数名程度の死によって
怒り狂う様子など微塵も伺えない。彼らは自らの死によって確実に彼女を消耗させている。
駒が駒らしく役目を終えるならば命を惜しみもしないのだ。
 勿論、その程度のことで心かき乱されるエステルではない。額に浮かぶ玉の汗を右手の
甲で拭う。
「…目当ては私達だけでは、ないわよね?」
 言い放ったその時には目前に躍り出た蝗(イナゴ)一匹。エンジンの炸裂は見られない
が両足は伸び切っている。跳躍力だけでこの空高く躍り出たのか。その機上では戦士がラ
イフルを構えている。魔女は咄嗟に操縦桿を右に倒した。
 機上の戦士がトリガーを引いた時、狙い定めた魔女の位置にはビークルの車体が逆さに
なって待ち構えていた。宙返りしたまま、火を吹いた銃口。瞬く間に鉄塊となった蝗(イ
ナゴ)。地に落ちるさまを後追いする爆煙。
 ビークルの姿勢を戻した時には次の数匹が作戦を繰り広げようと動き始めていた。女教
師は彼らの無言を返事と判断した。ここまでやるからにはきっと何か、企んでいる。
(とにかく今はここを抜け出さないと…!)

 擂り鉢状の地形中央では、今まさに深紅の竜がたった一匹で見えない敵を相手に動き回
っていた。至る所から響き渡る銃声、砲声。森林の影に潜む彼らこそ、拳聖パイロンが呼
び寄せた精鋭だった。
 あそこに隠れているのは針葉樹の葉の色した猛牛。背中のこぶからは無数の大砲が伸び、
景気の良い乱射を繰り広げている。勿論、不意に深紅の竜が突っ込んでくるのも想定して
いるのだろう。数発の発射を終えるまでは仁王立ちだがそれが終わればすぐさま右前足を
心持ち浮かし、踏み込みの準備を決して怠らない。人呼んで鋼牛ディバイソン。
199魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:40:23 ID:???
 又あそこでは、水色の四足竜が傾斜にへばりつくような姿勢で射撃を繰り返す。背中に
は長身且つ種類の違う大砲が幾つも積まれているため、銃口は七色の艶やかさを発してい
た。大砲の外周には刺が並んでおり、時折明滅している。ここより外敵より身を守る光の
壁を生み出すのだ。これも不意の突撃に備える秘策。人呼んで銃鎧竜(じゅうがいりゅう)
ガンブラスター。
 その他にも銃撃・砲撃をもって鳴る数多のゾイドがそこかしこに隠れ潜み、深紅の竜目
掛けて狙撃を試みている。勿論、その中には前回登場した轟鼎(ごうてい)カノントータ
ス、砲竜ガンスナイパー、弩竜(どりゅう)スナイプマスターといった面々も参加してい
るのは言うまでもあるまい。
 只一匹、純白の二足竜のみは坂道を軽快に上がっていく。最早「公開処刑」の様相を呈
しつつあるこの戦場にて射撃能力の低いこのゾイドが参加するのは無謀と言えた。
「残念だが、作戦の都合上やむを得まい…」
 少々口惜しげな功夫服の男。暗殺ゾイド部隊の重鎮としては単騎での決着を望みたかっ
た。だが相手の実力に加え、今回の作戦の重要性を考えたら格好つけることは許されない。
「パイロン様、『B』の反応をキャッチしました。
 ドクター・ビヨーの本隊も活動を始めています」
「映像、寄越せ」
 キャノピーの中央に広がるウインドウは二枚。左のウインドウ・南西の方角に写るのは
この盆地付近に接近中の光点。ゾイドコア反応を示すものだ。右に写るのはこの盆地より
半径100キロ以内。先程の光点より遥か後方に黒い大きな四角形が浮かび上がっている。
光点でない理由は拳聖パイロンも十分承知だが、実際目にすると何とも首を傾げるばかり。
「ゾイドコアなしでこれほどの物体が動くというのか…」
 ドクター・ビヨーがゾイドに頼らない移動・輸送手段を用意していることは既に彼も承
知のことだ(※第十三話参照)。これによってゾイド相手だからこそ通じる沢山の対抗手
段が相当数、無効化されたのは事実である。パイロンは予め、斥候を放って彼らの動向を
伺っていた。斥候は急速に移動するビヨー一派を確実に追跡したのである。
(切り札フェニックスをも葬ったギルガメスは言わば熟し切った真っ赤な林檎。我々に切
り落とされる前に収穫せねばと考える筈だ)
200魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:43:00 ID:???
 事実、この黒い四角形は着々と接近しつつある。但し並みのゾイドと比べても明らかに
緩慢だ。パイロンとしてはそこが狙い目である。
(まずはチーム・ギルガメスを葬り、返す刀でのこのこ現れたビヨー一派を仕留める。そ
のためにも砲撃・接近戦の両方に長けたゾイドを用意した。接近戦に勝るジェノブレイカー
は徹底的な砲撃で倒し、動きの緩慢なビヨー一派は接近戦で一気に殲滅する)
 他の手段は考えにくかった。もしギルガメスを早々に始末してしまえば、ビヨー一派は
再び潜伏してしまうだろう。反対にビヨー一派のせん滅を優先したらその時間を利用して、
ギルガメスらは遠方へと逃亡することになる。決戦の好機は今しかあるまい。

 依然、右往左往を繰り返す深紅の竜。狙撃が弛むことはない。その上、狙いの何と嫌ら
しいこと。全速力で駆け抜けようとすればすぐさま目前に弾幕を張って封じ込める。なら
ばと右や左に旋回しようとすれば、向き直した方角目掛けて弾幕が張られていく。竜の動
きに合わせて勝手に生成される見えない迷路がこの盆地内には構築されているようだ。し
かも迷路の壁に触れれば無傷では済まされない。
 深紅の竜はそれでも百戦錬磨。未だ疲労の色は伺えないが、若き主人の額から頬に掛け
て幾条もの汗が伝い、それを拭う余裕すらもない。その上細かなレバー捌きを何分も要求
され続けるものだから次第に息が上がっていく。
(これだけ狙いが正確だと、ジャンプ程度では自ら的になるようなものだ。斜面に向かう
こともできない。畜生、一体どうすれば…)
 少年は唇を噛み締める。思い浮かばぬ打開策。若さ故の経験不足が今日も、彼の首を締
め付けるのだ。…女教師に策を乞おうにも、既に通信は妨害され復旧の目処は経たない。
刻印の持ち主ならではのテレパシーも届く距離にない。この段になって少年は彼女と分断
された理由に納得し、心底悔やんだ。彼は自らの腿をしきりに叩く。
「もっと考えるんだ、ギルガメス! 他に策はないのかよ!」
 そうやって自分自身に檄を飛ばした筈だ。奮起せねばならない筈だ。なのに、少年の視
界には余り想定していないものがぼんやり映し込んできた。
201魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:43:59 ID:???
 微笑み浮かべる女教師の姿がすぐ、目の前に。憧れる女性の頬は麦の胚芽のようになだ
らかな曲線。触れたらどんな感触がするのだろう。掴んだら、自らの頬でさすってみたら。
 気がつけば、手を伸ばしていた。幻は爆音が掻き消した。敵の殺意に感謝するなどそう
はないだろう。
(な、何を考えてるんだ! ギルガメスの馬鹿、馬鹿!)
 鏡などないが赤面しているのは自分でも良くわかる。彼は両手でふしだらな己の頬を何
度も張った。張った挙げ句、顔を抑え、じっと数秒。
(エステル先生、僕に力を! 教わって、ものにできた技はこれしかないけれど…)
 抑えた両腕を除けるや。円らな瞳に宿った意志の強い輝き。
「ブレイカー、波の飛沫を斬るよ!」
 深紅の竜は走りながら、自らの胸元に鼻先を向ける。
 少年は右手で操縦しつつ、左手で椅子の下部ポケットからタオルを取り出した。余裕は
自然に生まれた。
「君は斬れそうな弾を見つけて。それと、方角。…あいつらは大勢で包囲しているんだ、
大して動く必要はない。だから逆に、どこから撃ってくるのか予想もできる。
 先生の助けを待つ位なら、この場を何としてでも切り抜けて先生を助けに行く!」
 彼の相棒は甲高く鳴くと胸元を軽く小突いた。シンクロが彼の胸元をむず痒くする。若
き主人としては相棒にからかわれるのは少々不本意だが、安心もした。僕自身が余裕なら、
この子にも余裕が生まれる。
 瞬く間に、全方位スクリーンの左右にウインドウが幾つも開かれては閉じていく。映し
出されたのは敵弾の画像。深紅の竜が赤い瞳に焼き付けたものだ。必死の回避を繰り広げ
る中で観察するものだからブレがひどいものの、竜は着々と自らの経験と照らし合わせて
判別し、狙い易い弾丸を選別していく。
 選別には三十秒程掛かった。ひたすら逃げ回り、転げ回ったため何倍にも感じられた。
気の遠くなるような刹那の間に、スクリーン中央に表示された分析結果のウインドウを少
年はじっと睨む。
 やがて東の方角から、放たれた敵弾。スクリーン正面より拡大されるウインドウ。すぐ
さま別のウインドウが横並びとなり照合の開始。二つのウインドウが提示した決断に、少
年は乗った。
「東か。撃ったのは…ディバイソンだな、良し!」
202魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:45:17 ID:???
 少年のレバー捌きに応え、深紅の竜は盆地を踏み均す。あらゆる方角を睨むが、東には
最大限の注意を行き届かせる。
 待つべき敵弾は、東の斜面から。翼を今一度、水平に広げた深紅の竜。予めその下から
双剣を展開。深呼吸して自ら落ち着かせようとした少年に合わせ、竜も中腰になって力を
溜める。
 敵弾は、速い。自らの走行速度など易々と越える。だが緊張感に耐えかねる心配が無用
なのは有り難い。そうこう考えている間に目前まで来た。…弾丸は群れて襲い掛かる。し
かしそれすらも望むところ。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
 群がる弾丸は絡み合う毒蛇の群れ。唸りを上げて襲い掛かるそいつらの、先頭さえ切り
裂けば良い。
 竜の首筋目掛けんと、弾丸が飛び掛かってきたその位置こそが一足一刀の間合い。
 巻き上がる土砂。桜花の翼は反時計回り。むせる虚空にたった一条、浮かんだ弦月の鮮
やかなこと。
 弦月の眩しさを、掻き消すように誘爆する弾丸の群れ。返す刀で深紅の竜は時計回り。
左の翼を盾とかざし、襲い掛かる爆風を跳ね返す。
「今だ!」
 少年の合図はそれで十分だ。優しき相棒は背負いし鶏冠を逆立てる。三本二列の先端に
蒼炎宿り、再度の蹴り込みが添える泥の花吹雪。
 かくて深紅の竜は地上の流星と化した。目指すは弾丸の群れを吐き出した真正面の方角。
包囲網突破を阻止せんと上下左右から弾幕、追走。追いすがる爆風を躱し、振り切り、真
正面に広がる斜面に向けて、竜は伸びやかに跳躍した。

「馬鹿な、そんな方法が…!」
 功夫服の男でさえも少年主従の機転には驚嘆を隠せない。彼らが過去の実戦で迫り来る
誘導弾を弾いたのは先刻承知のことだ(第七話参照)。その実力を封じ込めるためにも包
囲して多方向からの狙撃を試みたのだが、真正面から叩き斬った挙げ句に爆風を恐れず翼
かざして突っ込んでくるとまでは想定していなかった。包囲網は無効化したのだ。彼は深
紅の竜の行く先をすぐさま目で追い、怒鳴る。
「ウギド、そっちに来るぞ!」
203魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:53:20 ID:???
 鋼牛ディバイソン…針葉樹の葉の色した猛牛も、標的は己自身だとすぐに気がついた。
橙色した瞳の奥、両腕を目一杯広げて相棒を操る中年男性。無精髭と頬に刻まれし無数の
傷が生々しい歴戦の刺客、ウギドと呼ばれたこの戦士は望むところと息巻いた。
「洒落臭い、返り討ちだ!」
 魔装竜ジェノブレイカーと鋼牛ディバイソンの打ち噛まし(ぶちかまし)はいずれに軍
配が上がるか。ゾイドファンなら誰もが興味を抱くだろう垂涎の攻防は、しかし寸前で実
現せずに終わった。

 作戦指揮者にとっても天王山であるこの攻防に、横槍を入れられる者などいるわけがな
い。功夫服の男は、だから激突の行方を見据えた上で他の戦士に指示を送るつもりだった。
恐らく両者の鍔迫り合いは互角。鋼と鋼とが軋み合う数秒間の内に下す指揮が決戦を制す
るに違いない。
 その機会を奪い去る者は南西より訪れた。もっとも彼が出現に気付いた時にはとっくに
目前を駆け抜けていたのである。

 両肩怒らせ、前傾姿勢は拘束具さえも逆らって。死地に見出した唯一の好機に少年は全
てを賭けた。だからこそ思惑とは全く別の箇所から鳴り響いた警報は彼の背筋に零下の冷
や汗を掻かせた。自然と吐いた雄叫びの太さにさえ気付かなかったのに、だ。
 …左方に突如開かれたウインドウを見遣る。盆地という名の包囲陣の外から、音速を越
えて突っ切ってきた灼熱の槍、一条!
 悲鳴を上げた少年。その声がなければきっとレバーを右に傾けることなどできなかった
だろう。
 竜と、牛とが視線を合わせたその時には背後の…西の盆地は打ち砕かれていた。目前の
敵まで数百メートルというところで少年がレバーを傾けた時、竜を遥かに凌駕する高速で
左方を駆け抜けていく灼熱の槍。槍はそのまま、斜面に突き刺さった。
 瞬く間に、そこから広がりゆく輝きの何と真っ白なこと。少年は、最初それが爆発であ
ると認識できなかった。だから数秒も経ずして相棒の目の前にまで輝きが押し寄せた時、
レバーを更に傾けることなどできなかった。
204魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 21:54:27 ID:???
 かくて深紅の竜は吹き飛ばされ、斜面に叩き付けられ、森林の絨毯が敷かれたそこを転
げ落ちる。ふもとに達してからも勢いは衰えず、平地で十数度はひっくり返り、失速の機
会を見出せぬまま。その間にも木々の破片が吹き飛び、輝きと共に深紅の竜に追い討ちを
掛けていく。
 激痛と振動に数秒も全身を揺さぶられ、おまけに天地の感覚をも失って。そこまでのダ
メージを負って初めて少年は我に返った。咄嗟に引き絞るレバー。奥歯を食いしばる。
 必死の牽引を胸元に感じ、深紅の竜も我に返った。十何度目かの前転が完成する間際、
伸ばした両腕、左右一杯に広げた桜花の翼。うつ伏せになった瞬間腹部を強打はしたが、
転倒の痛みに比べたら大したものではない。何しろ痛みを肩代わりしてくれる者を胸元に
抱えているのだ。ここが踏ん張りどころ。
 少年がひどく咳き込んでいる内に、相棒の滑走は終点を迎えた。景色の急転が止んだ全
方位スクリーン。周囲に散らばる木々の破片には引火しているものもある。もっと状況が
知りたい。
 若き主人の求めに応じ、深紅の竜はやおら手をつき、巨体を持ち上げる。短かめな首で
周囲をぐるりと見渡した時、この優しき相棒は思わず己が胸元をぎゅっと握った。
 さっきまで、彼らを取り囲んでいたのは決戦の場には相応しくない緑の盆地だった筈だ。
それが至る所で抉れ、そこを中心に炎が着々と燃え広がっている。いやそもそも、斜面が
抉れているとしたら削り取られた部分はどこへ行ったのか。そしてあの辺りに潜んでいた
刺客達は一体…。
 まさかと思った少年。だがそれより速く、相棒は己が見識をウインドウ上に広げてみせ
た。…竜のシルエットが中腰になり、首から背中、尻尾まで地上と水平に伸ばしてみせる。
そして広げた大きな口。その画像が表示される間、投下できる文字が画像の上に覆い被さ
っていた。「sealed off」つまり「封印」。
「…荷電、粒子砲なのか?」
 相棒がちょっと使ってみせただけで山脈の稜線を吹き飛ばしてみせた、あの攻撃だ(第
一話参照)。だがあの時は、凡そゾイドの気持ちなど顧みない少年にうんざりした竜が苛
立ち紛れに使ってみせただけ。破壊力は比べ物にもなるまい。これを発射したゾイドは手
加減などせず、本気で殺しに掛かったのだ。
205魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:22:41 ID:???
 それが証拠に、少なくとも少年主従を狙撃していた連中の気配は大方消え去っている。
全て「消された」というわけではなかろうが、作戦を続けるには無理がある位には間引き
されたであろう。
 ということは、少年主従は助けられたのか?
 一層締め付けられる胸元に、少年は悪意を予感した。相棒をこんなに辛い気持ちにさせ
る援護には、何らかの意図があるに違いない。

 純白の二足竜も腹這いの姿勢でいた。もっともこちらは爆風に吹き飛ばされまいと、う
つ伏せた上での動作だったが。竜が腰低く立ち上がった時、目前に広がる光景に主従は凍
り付いた。
 その場は…桟道の頂点は盆地を見渡すのに十分だった。だがほんの数分程前に見た光景
と比べてその激変たるや。南西から北東へ掛けて、敷き詰められた燻る道は幾本も。そし
て木々の緑を着々と覆い隠そうとする炎の赤。宿敵の墓場になる予定だったその場は同志
が叩き落とされる奈落と化した。
「ウギド、ロギノフ、返事をしろ! マドゥス、ゼルバ、ジェイド!」
 功夫服の男が怒鳴る。上半身を覆う拘束具に逆らいながら。キャノピーに展開されたレ
ーダー上には先程まで無数の光点がちりばめられていたが、今やたった二つしか見受けら
れない。つまり己自身と、深紅の竜だ。それでも怒鳴ったのはレーダー自体が破損した可
能性もあるからだ。そうとでも考えなければこの状況、歴戦の戦士といえども容易には受
け入れられない。
「…パイロン様」
「何だ!?」
 割り込んできた声が斥候によるものだと気付くのさえ数秒掛かった。苛立ちの表情を隠
さぬまま、別個に展開したウインドウを見た時、功夫服の男は胃袋から絞り出すような声
を上げた。だから語彙も貧困だ。
「これは…一体…」
 深紅の竜ならば五、六匹は格納するだろう鋼鉄の棺桶。形を見ればそれが先程斥候がレ
ーダーで捉えた物体に近似しているのは明らかだ(あれから斥候は映像で捉えられるとこ
ろまで接近できたのであろう)。しかし胃袋が絞られたのはそこではない。
 箱の真正面はぱっくりと割れ、中から竜の顔が覗いている。…深紅の竜にも良く似た細
長い面構えには流石に功夫服の男も目を剥いた。
206魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:23:52 ID:???
「…斥候、これはゾイドではないのか!」
「レーダーでは、ゾイドコア反応が未だに検知されません。されないのです…」
 悔し涙を押し殺すような声が伝わってきた。それが証言の信憑性を物語っている。
(つまりビヨーはゾイドコアを使わない高出力・長射程の荷電粒子砲を完成させたという
のか? だったらこの形状は…)
「み、水の総大将様から打電、です」
 別の斥候が、割り込んできた。功夫服の男の脳裏によぎった嫌な予感。
「ティラノサウルス砲に、気をつけよ。長距離砲は最早ゾイドの専売特許にあらず」
 最後まで聞き終わらぬ内に、コントロールパネルに拳骨を叩き付けた功夫服の男。向け
る矛先のわからぬ怒り。勿論、水の総大将も尊敬するひとかどの武将なれば、情報収集し
てすぐに連絡してきたと確信できる。だからこそ、それが何の意味も為さなかったこの状
況が腹立たしい。
「斥候はいましばらくその張りぼてを追え。…3Sゾイド部隊!」
 既にキャノピー内には無数のウインドウが開いていた。その一つ一つに功夫服の男は一
々目を遣る。
「パイロン様、一体何が起こったというのですか!?」
「全員、私と合流せよ。…作戦は失敗だ」
 ウインドウの向こうが一斉にざわめく。
「『蒼き瞳の魔女』は倒していません!」
「まだまだ、戦えます!」
 予想通りの返事を押さえ込むためにも、功夫服の男は鉄面皮を装った。
「ジェノブレイカー包囲網は、壊滅した。残った戦力では『蒼き瞳の魔女』は倒せても
『B』は倒せない。残る手立ては…わかるな?」
 功夫服の男は撤退のに文字を口になどしてはいない。僅かな戦力でも次回につなげる方
法はあると確信しているからだ。
207魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:26:33 ID:???
 屠った数も十を越えた後は数えることなど忘れた。測定するのも馬鹿げていた3Sゾイ
ド部隊の群れは、しかし着々とその数を減らしていく。…己が消耗と引き換えながら。魔
女エステルは鋼鉄の女。ゾイド一匹屠るということはゾイドとパイロットの命二つを屠る
こと。なれど彼女は断末魔の叫びでさえそよ風のごとく聞き流した。非情の決意はしかし、
鮮烈なまでの母性に裏付けられたもの(そこに気付くつもりも更々ないが)。彼女は実に
爽やかに、心を鬼にする。
 それ程の女性ではあるが、西の方角に轟いた爆音には流石に眼差しが流れた。焼け付く
閃光が空を焦がした時、彼女はすぐさま己が経験と照らし合わせた。事象には彼女の背筋
さえ凍り付き、血の気を引かせて余りある。但し、理由は少々複雑であった。
(あれは…荷電粒子砲の発光! まさかブレイカーがやったの? いや、そんなことは…)
 最初は愛弟子の相棒がたまりかねて使ったのではないかと考えた。あの子も自分に似て、
見境のないことをするからだ。
 疑いが晴れるまではしばし時間を要した。苦し紛れの銃撃に対し、ビークルの車体を軽
く傾けあっさり切り返したその時、敵が作戦を変更したと確信した彼女。
 案の定、車体を戻した頃には潮が退くように遠ざかっていく3S級ゾイド部隊。追撃を
避けるための威嚇射撃だったのだ。散り散りの退却に、西の盆地へ向かうのではないこと
もすぐ理解できた。
 気がつけば玉の汗が額を、頬を伝う。魔女はジャージのチャックを一気に降ろした。露
になったのは黒無地のタンクトップ一枚。その下ですっかり抑圧されていた乳房が微かに
揺れる。僅かな開放感の内に呼吸を整え、彼女は愛弟子のもとへ馳せ参じるつもりだった。
 不意に、襲い掛かった耳鳴り。堪え切れず、両耳を抑えて前屈み。額に輝く刻印の青白
き輝きが不自然に明滅を繰り返す。
 先程までは、どんなに苦しくとも余裕を維持していた面長の端正な顔立ちが歪む。未だ
愛弟子には見せたことのないその表情は恐れ。魔女とも戦乙女とも形容できる凛々しき表
情が、揺れる柳に腰を抜かす少女のそれに変貌している。
「待ってよ…何でこの気配、感じるのよ! ギル、ギル、聞こえて!?」
208魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:27:38 ID:???
 コントロールパネルに向かい怒鳴る魔女。雨粒を叩き付けるような音の激しさに、耳を
抑えた両腕が離せない。

 肌白き美少女がコクピットに着席する姿は超一流のピアニストを彷佛とさせた。ピンと
張った背筋。流れるような腕捌き、指捌き。決して澱むことのない動きは、橙色のキャノ
ピーに囲まれた周囲を隠してしまえばそこがコクピットだとは、にわかには気付きにくい。
 只、もしそこが金属生命体ゾイドのコクピットだとするなら、彼女の格好は極めて不自
然である。そもそも服装からして相変わらず白のワンピース。金の長髪は相変わらず左右
の耳上当たりに束ねたまま。人形がそのまま着席しているようにしか見えない。それでも
銀の瞳にはキャノピー上に展開された様々なウインドウが映り込み、姿形とは裏腹に操縦
を自然にこなしているのが伺い知れる。
「ドクター・ビヨー、少しやり過ぎではないか?」
 殊の外、神妙な表情。キャノピーの向こう、そしてウインドウが映す様々な風景は先程
盆地一帯を襲った白い閃光の成果を克明に伝えていた。
 別のウインドウはドクター・ビヨーなる男の表情を映し出していた。思いのほか造作の
若い男。但し牛乳瓶の底並みに分厚い眼鏡は凡そ戦場には似つかわしくない。一方左の頬
には火傷の傷が何かを覆い隠すように広がっている。ウインドウには映らぬが、この下は
大概、白衣で包まれているのだ。
「ゾイドコア反応は消えていないでしょう? 大丈夫ですよ。貴方の獲物は図らずも終生
の敵が良く育て上げた」
 その言葉にむっと不貞腐れた美少女。反応が楽しいのだろう、白衣の男はクスクスと微
笑みを浮かべた。真意がわかるから、彼女には尚更不愉快だ。
「作戦に入るぞ。ジャミングを頼む」
「わかりました。それではお楽しみ下さい」
 忽ち、幾つかのウインドウを掻き消す砂嵐。美少女は意外にも肩をすくめた。この妨害
電波は彼女の遥か後方、南西より発せられたもの。ドクター・ビヨーの科学力は底が知れ
ない。
 だがと彼女は心を切り換える。これできっと、あの売女は慌てふためいている筈だ。
「…お楽しみだ」
 舌先が覗き、唇に沿って左に、右に。這い回るさまはそれだけで余りにも淫微。
209魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:28:51 ID:???
 深紅の竜は低い姿勢のまま立ち上がると、首を左右に。胸部コクピット内では少年が相
棒の伝える映像を頼りに方角を割り出そうとしていた。あれだけのゾイドが死んだことか
ら辺りを凄まじい磁気嵐が包み込んでいる。
「わかった。ブレイカー、こっちみたいだ。…先生、エステル先生?」
 ウインドウは開かれるや否や砂嵐を吐き出してきた。耳障りな音に少年がしかめ面する
と、たちまちウインドウは消失する。
「磁気嵐に、ジャミングか。仕方ない…」
 少年は額に指を当てた。刻印の青白き輝きは明滅を徐々に速めていく。刻印を介しての
テレパシーは若い彼を無闇に消耗させるから女教師には止められているし、自身もここが
使いどころと踏んだ。しかしこの自重は余り良い結果をもたらさなかった。
「先生、エステル先生…聞こえますか?」
『あんな年増女のどこが良い?』
 割り込んできた女声に、少年は目を見張った。口調は若く、声質には憧れの女性のよう
な落ち着きが全く伺えない。明らかに、別の何者かが発したものだ。しかも発する悪意の
何と圧倒的なこと。少年は思い出した。
(女の刺客が現れた時は、逃げて。どんなことがあっても…)
 女声の主が発した開口一番の挑発こそ一日の長。憧れの女性(ひと)を年増呼ばわりさ
れた時点で、少年は容易には退けなくなっていた。何者なのか、その面を見極めでもしな
い限り簡単には退けるものか。
「先生じゃあ、ないな!?」
『私と踊りなさい。楽しませてあげる』
 激情したのは少年只一人に過ぎない。深紅の竜はくるり、南西の方角を見遣るや否や摺
り足で身構えた。桜花の翼は左右に広げ、鶏冠は空高く逆立てて。只ならぬ雰囲気はさし
もの少年もすぐに気付いた。
「ブレイカー…震えてる?」
 でも逃げ出そうとは考えないのか。少年は訝しんだ。己が相棒は気位こそ高いものの、
ここ一番というところでは主人の生命を最優先にする。頭の良いゾイドなればこそ、恐怖
してしかも逃げないのには何か理由がある筈なのだ。
210魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/08(火) 23:29:56 ID:???
 すると不意に、真っ白になった全方位スクリーン。少年が驚くよりも早く球内状のキャ
ンパスには水彩絵の具が塗りたくられた。赤に青に黄色に、極彩色が入り乱れ、混じり合
っていく奇妙な映像を少年は忘れもしない。相棒が…深紅の竜ブレイカーが辛い過去を映
像で語ろうとした際、最初はこんな、奇妙な映像を描いてみせたのだ(第二話参照)。
「君が…昔の記憶を思い出すって一体…?」
 若き主人が相棒の思いを確かめ、又相棒がいよいよ答えようとしたその時、映像は現実
に立ち返った。向こうから聞こえてくる足音は鋼鉄の音色。がしゃり、がしゃりと軽快に、
だが物々しく周囲に響かせてそいつはやってきた。斜面を彩る木々の緑も炎の赤も、切り
裂き突き抜けてみせる空のような青。
 目を凝らす主従。いや、釘付けになったと言うべきか。その青は足の太い四脚獣。矢尻
のような面構え。頬に広がる白き鬣(たてがみ)。良く見れば青で塗られた部分は面と背
中、肩、足の付け根と尻尾の先端位。あとは武骨な…底知れぬ不気味な黒が大半を占める。
それがきっと、本性だ。だがこの青い四脚獣は着々と近付くに連れ、深紅の竜にさえそこ
に目を遣らせぬ威圧感を放ち始めた。頭部を覆う橙色のキャノピーは余りにも眼光鋭く、
その上背中に乗せた黄金の太刀、二本。間違いない、この四脚獣が占める闇に目を奪われ
たら眼光か太刀に斬り付けられる。
 ふもとに辿り着いたところで四脚獣は走るのを止めた。青空を見上げるとおもむろに、
低く吠える。対して歯軋りで堪えるのは深紅の竜。易々と挑発に乗せられたら負けだ。利
口なこのゾイドは確信している。
 しかし若き主人の方は見る間に気持ちを昂らせていた。伝聞ではあるものの、この四脚
獣を彼も少しは知っている。ヘリック共和国の英雄が、或いは諸外国にとっての悪魔が乗
りこなした悪夢のゾイド。
 突如開かれたウインドウが、少年の拙い知識を明確に肉付けした。型番はどうでも良い。
通称の部分を睨んだ時、自然に腹の底からひねり出された声の軋み。
「ブレード…ライガー!」
 それが優しき相棒でさえも恐れるゾイドの名前だ。
                                (第三章ここまで)
211魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:40:14 ID:???
【第四章】

 降臨した空色の獅子に少年は目を見開くばかり。何しろその姿形は絵本やテレビの子供
向け番組ばかりでしか目にしたことがない。そういったものは多分にヘリック共和国のプ
ロパガンダ的なものばかりなので、彼も物心ついた時には辟易していた。伝説によれば連
中の英雄が愛し乗りこなしたゾイドで、駆け巡っただけでゼネバスやガイロスといった諸
外国の守護神が無様に粉砕される。…彼だってヘリック人ではない。あからさまな筋書き
の数々にうんざりしないわけがなかった。
 そんな、誰もが知っているが目にしたことなどないゾイドが今や目前に立ちはだかって
いる。感慨は、ない。あるとすればはったりに対する強烈な不快感のみだ。大体つい先程
まで戦場であり、さっき葬儀場に変貌を遂げたこの地にゆったり乗り込む根性がどうかし
ている。だから。
「誰だよ、あんた!」
 努めて感情を押し殺して、スピーカー越しに少年は言い放つ。但し若さが貧困な語彙を
反映した。
 無粋な差し水。雄叫び止めた空色の獅子。ひとしきり、深紅の竜を睨んだところでうっ
て出た次の動作に少年主従は呆気に取られた。
 獅子の頭部・橙色のキャノピー内から、聞こえてきた笑い声。…少女の、笑い声だ。気
品があるのは聞いていればわかる。口元をきっと、抑えている。だがこの場で笑みが溢れ
ることは、こちらを、そして死者を余りにも舐め切った行為ではないか。
「何がおかしい!?」
「ふふふ、千年前もギルガメス、千年過ぎてもギルガメス、か。
 げに魔女の業は恐ろしい…」
 女声の主が投げかける言葉の数々は少年の知的欲求を刺激して余りある。…「年増女」
「千年前」「魔女の業」そして、そして。
(僕の名前を知っている! 僕の知らない僕自身さえも、良く知った口振りだ)
 憧れの女性(ひと)が決して話してはくれない何かを、女声の主は知っているのだ。思
えばこの時点で誘惑に挫けようとしていたことに気付くべきだった。
 しかし話術巧みな女声の主は、少年に気付く隙を与えない。
「ギルガメスよ。エステルは『旨かった』か?」
(何…だって?)
212魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:41:32 ID:???
 言葉が何を意味するのか、すぐに理解できなかった。真っ白に吹き飛んでいた脳裏に憧
れの女性(ひと)の面長の顔を思い浮かべ、次いで「旨い」…「食べる」と連想して。そ
こで少年は、初めて顔色を変えた。沸騰するような赤色を瞬く間に通り越して紫色にまで。
連想から続いて浮かび上がった良からぬ妄想が脳裏を駆け巡る。
「ふ、ふ、ふざけるな! 僕に何のようだ!?」
 上擦った怒鳴り声を耳にし、美少女が浮かべた微笑みのなんとも淫猥なこと。口元、え
くぼの浮かび具合に比べて銀色の冷ややかな眼差しは、交尾の際につがいを喰らう昆虫の
メスのよう。
「驚いた。あの売女が何もせぬとは」
 空色の獅子が畏まる。頭部を地上と水平に保つと、徐々に開かれたキャノピー。下から、
上に。開かれた棺桶の中より持ち上がった拘束具。その後ゆっくりと立ち上がった美少女
の姿に少年は目を見張った。…まだ幼いがよく鼻筋の通った顔立ち。左右の耳上に束ねた
金の長髪。黒目勝ちで大きめの瞳から発せられる銀色の眼差し。そして全ての要素を清楚
に調和させる白い袖無しのワンピース。明滅激しい額の刻印以外、憧れの女性(ひと)と
は明らかに系統の異なる、だが間違いなく美女と呼べるものの姿がそこにあった。
 調和は、しかしいとも簡単に崩れた。美少女は両腕を後ろに伸ばす。相棒の集音装置は
ボタンを外す音さえ拾い聞いてしまう。
「ギルガメスよ。女は、旨いぞ」
 ワンピースの肩掛けを左、右と外せばそれが唯一の突っ返棒だとわかった。はらり、勢
い良く落ちた時、露になった一糸纏わぬ裸身。
 不覚にも、少年の円らな瞳は釘付けとなった。但し、幸か不幸か彼の好みからは相当に
外れてはいた。未発達の乳房と言い、細いが容貌相応に短い足と言い。だがあの白かった
肌が、上気していく様には動揺が隠せない。鮭の切り身のような薄い桃色。うっすら滲む
汗の艶。この美少女は戦場と化したこの地にあって余りにもふしだらなことを考えている。
「お前と出会えただけで、私の身体はほら、こんなに。さあ、早く…」
「いい加減にしろ!」
213魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:43:23 ID:???
 少年は吠えた。言い付けのことなど完全に忘れたし、思い出しかけたそれを脳裏で押し
退けた。彼にも誇りがあった。今までに良からぬ妄想を全く考えたことがないと言ったら
嘘になる。だが決してそんな下品な気持ちだけで今まで頑張ってなどいない。彼女は、信
じてくれた。見捨てなかった。いつだって、こんな不様な僕を。
 深紅の竜も姿勢低く身構え、ひと吠え。若き主人の感情がゾイドコアに流入してくる。
震撼していた竜の気持ちを激しく熱する少年の思いは嬉しかったし、心底応えてみせよう
と決意できた。…只、両者が主従でない、人同士のように完全に同格ならば、経験豊富な
深紅の竜は若き主人の気持ちにまで応えただろうか。
 そんなことは考えるまでもなく、地表に咲いた土の鬼百合。桜花の翼広げ、鶏冠を逆立
て。背には蒼炎、全身咲き乱れるリミッターの火花。怒りが、竜を艶やかに彩る。
 地表に砂のカーテン掲げ、殺意は瞬く間に距離を詰めた。
 ふしだらな美少女は一糸纏わぬまま、ふわりと腰を降ろした。何ともいかがわしい微笑
み浮かべ。拘束具が降り、キャノピーが降り。
 それまでに、深紅の竜は怒濤の肉迫。もうひと呼吸もすれば一足一刀の間合いだ。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
 きっとその一撃は、彼の短い人生の中でも会心と言って良いに違いない。若き主人の気
迫を受け、竜は腰を落とした姿勢のまま、左足を杭のごとく踏み込み。土砂飛び散らせ、
反時計に回ったつむじ風。翼の裏側から双剣展開。目も醒める三日月の先に、捉えた空色
の獅子の顎。
 悲鳴は、放電の音。
 渾身の一撃を弾かれたと気付くまでに、少年は相棒諸共二度、三度と地を転がり回らな
ければいけなかった。四度目に達するまでには竜も翼を広げ、うつ伏せて態勢を立て直す。
 竜は地に突いた両腕を掴んで離さない。単なる警戒だけではない、強烈な感情が胸元に
伝わってくる。勝ち気なこのゾイドにそこまでさせる動機を、少年は視線を一つにするこ
とで探ってみた。
 矢尻のごとき鬣(たてがみ)を広げる空色の獅子。隙間から無数に放出される光の粒。
そしてこの悠然たるゾイドを取り囲む、それは透けた金色の盾。余りにも高い熱量故か、
所々で放電し、きな臭い匂いを発している。舞い上がる砂塵が触れて、焦げているのだ。
214魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:44:22 ID:???
「E、シールド? なんて反発力だ…」
 美少女が口元を釣り上げる。邪悪な笑みは外道の手応え。
「王者の盾だ。お前達の攻撃など乳房を吸うようなもの」
「うるさいよ、このスケベ女!」
 スピーカー越しに、少年は怒鳴る。美少女は目を丸くした。
「一撃返された位で、何をそんなに取り乱す? もっと、落ち着いて…」
「うるさいったらうるさい! この変態、スケベ、お前なんかエステル先生の足下にも及
ぶものかよ!」
 少年は涙目で怒鳴り散らした。一々並び立てられる破廉恥な言葉の数々が腹立たしい。
 美少女は悪意に満ちた笑みを絶やさない。
「だから、私を味わってみよ」
 深呼吸するようにレバーを降ろせば、空色の獅子も金色の盾を発したままゆっくり一歩
を踏み出す。擦れ合う金属音に、重い地響き。そして、風が震えるような電子音。不気味
な音色を発しながら、徐々に間合いを詰める空色の獅子。
 先程は深紅の竜が疾風迅雷の動きで詰めた距離を、今度は空色の獅子が牛歩の動きでに
じり寄る。…一歩一歩の、重苦しさ。矢尻のような頭部に埋め込まれた橙色のキャノピー
は依然、うつぶせる竜の五体を睨むのを決して止めない。
 もしやと竜は、少し右腕を浮かした。案の定、突き刺さる視線。少年の指先が痙攣し始
める。相棒の爪さえも、ちょっと動かせば完全に行動を読まれてしまうのではないか。
 気が付けば、コクピット内に響く呼吸音。浅い、速い。胸が苦しい。何十枚もの布団を
被せられたよう。ひどい過呼吸だ。
 少年は震える腕のまま、両のレバーを振り降ろした。相槌を打つように、地面を蹴り込
む深紅の竜。先程と比べれば大した距離ではない。助走は乗らぬが、主従合致の気迫が後
押し。
 土砂が高々と舞い上がる。三日月一閃、刃の打撃は時計回り。反発力の放電にも、屈す
ることなく返す刀で反時計回り。左右、又左右。放電が辺りに飛び散る中、今度は左右の
回し蹴り、引っ掻き、肘打ち、そして頭突きの横殴り。機関銃のごとき乱れ打ちが一発決
まる度に恐怖を打ち払うと、主従は固く信じていた。
 舞い上がった土砂が地に落ちるまでに、叩き込んだ打撃は十数発。決まる度に弾ける火
花は決して淀まず、止まず。金色の盾を叩き破るまで食い下がるかに見えた、その時。
215魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:45:31 ID:???
 不意に、鮮明な空色を浮かべた獅子の鎧。否、もやが消えて見えるようになった。外周
を取り囲む金色の盾が消失したからだ。…さては、一連の攻撃がついに「王者の盾」を破
ったのか?
 それがひどい勘違いであることは、盾が消失した瞬間、受けた衝撃によって明らかとな
った。
 鈍い音を聞いた少年。痛みは、遅れてやってきた。左の肩を襲う打撲は骨の随まで染み
渡る。少年は悲鳴を上げた筈だが、声にすらならない。拘束具で押さえられたまま上半身
がよじれる。
 深紅の竜はまさしくくの字に腰が折れた。左肩を守る鎧がぐしゃり、いびつに変形して
いる。鎧を凹ませたのは獅子の右前足。大した技術でもない横殴りなれど、振り抜いただ
けで竜はくの字に折れ曲がったまま、足下から崩れ落ちた。
 右に倒れたまま、少年は声にならない悲鳴を上げた。見れば、純白のTシャツの左袖が
奇妙に腫れ上がっているではないか。シンクロの副作用が伝える獅子の強さが、少年に意
識を失うよう迫る。
 対する美少女は恍惚の表情を浮かべていた。素っ裸で着席したしなやかな体は一層赤い。
「快楽は、苦痛と紙一重。…おや」
 美少女は疼痛を右腕に感じた。見れば右の甲がざっくり割れている。彼女は傷の深さを、
次いで浴びせてきた攻撃の正体をひと睨み。
 痛む左肩を抑えながら、立ち上がった竜。太刀を構え直すように左の翼を水平に伸ばす。
展開した双剣が一撃の正体か。
 少年は左肩をさすりながら下唇を噛んだ。
「調子に乗るなよ、スケベ女…」
 美少女は割れた甲から流れる血をペロリと舌舐めずり。己が血液でさえ良く味わいなが
ら不敵な笑みを浮かべる。
 獅子の頭部キャノピーが開いた。コクピットに着席したまま、右手をかざす美少女。
 彼女の流血を目にして、少年は大きな成果を確信した。竜の倒れ際に、隙を見計らって
打った左の翼切りは見事、獅子の右腕を弾いていたのだ。だが、少年は何故今彼女が露出
したのか理解できない。
 美少女はふと空を見上げた。黒煙が着々と汚す空。
「カエサル!」
216魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:46:24 ID:???
 彼女が怒鳴るや否や、空いたキャノピーのすぐ後ろ。矢尻の額に鎮座する、それは彼女
の数倍程もある銀色の獅子。美しき主人同様、空を見上げて吠え立てるや矢尻に溶け込む
ように消えていく。
 それと共に、獅子の右前足を光の粒が包み込んだ。…少年は声を失った。幻想的な例え
は通じない。このゾイドは新陳代謝の速度を急激に高めている。
 瞬く間に光の粒が弾け、露になった獅子の右前足には傷一つ残っていない。
 彼女の右手も、血の滴以外は何もなかったかのように消え去っている。
「オーガノイド・ユニット『カエサル』の力だ。
 フルに使えば痛みさえ、忘れる」
 少年は声を失った。白状するなら、相棒と痛みを分かち合うのは時に、ひどく辛い。だ
が目前の強敵は相棒とシンクロを果たした挙げ句、相棒が受けたダメージをあの銀色の獅
子が修復させるばかりか、パイロットの五体に再現させずに済むというのだ。…それは少
年が、相棒と培ってきた絆を鼻で笑い切れる代物。
 キャノピーを降ろすと、再び始めた空色の獅子のにじり寄り。
「ギルガメスよ、魔装竜ジェノブレイカーよ。…荷電粒子砲を、使え」
「な…!?」
 少年は息を呑み、深紅の竜は首をもたげた。
「うるさい!」
「荷電粒子砲を使わなければ、私達は倒せない」
「黙れ、黙れ!」
 威勢は良いが、主従共に腰が引けていた。後ずさりしていた。荷電粒子砲…深紅の竜が
口腔より発する光の槍程の破壊力がなければ、全ての攻撃はEシールドに弾かれるか、命
中しても瞬時に修復されてしまうだろう。しかしあれを安易に使うことは、友との誓いを
破ること。辛い殺戮の日々を理解してやれたからこそ、主従は共に痛みを分かち合い、外
道の技を捨て切れたのだ。
 美少女はふと、寂しげに笑みを零した。ひどくがっかりしたようだが、次の瞬間羽ばた
くようにレバーを捌き、コントロールパネルを乱打した。
 再び金色の盾に包まれていく空色の獅子。頬や肩を覆う青き鎧が次々と逆立ち、背負い
し黄金の太刀は翼のごとく脇腹より開き。だがその過程を完全に見届ける猶予はなかった。
ゴム毬が跳ねるように勢い良く跳躍したからだ。
217魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 11:48:53 ID:???
 青空に舞った獅子。見上げた竜の背丈の何倍か。頂点に達した瞬間、錐を揉むような大
回転。
 避け切れない。深紅の竜は両翼掲げ、足腰力ませ。
 突き立った、矢尻。桜花の翼にめり込むや、火花飛び散らす渦と化した。力む竜の両肩。
翼の下から両腕で差さえ、懸命に押し返す。ひび割れる地表。地面に食い込む両足の爪。
 主従が虚しい抵抗と悟るのには数秒もいらなかった。めきめきと、鋼鉄が折れ曲がる音。
見上げる竜は、己が眼前を覆う桜花の翼が、よもや杭打たれるような穴を開けられるとは
思いもよらなかった。そんなことだから、翼をこじ開け飛び込んできた矢尻を躱す術など
持たない。
 矢尻の突き立ったそこは喉。仰向けに、ひっくり返された深紅の竜。いつもの鬼百合と
は違う、もやもや立ち篭めていった埃は竜の転倒によるものだった。
 咳き込みがひどい。少年の小さな身体は痙攣が止まない。それでも、一縷の希望を求め
るために全方位スクリーンを見渡した時、彼は死より恐ろしい絶望を知った。
 スクリーンに映る画像が電波障害のごとく乱れ、突如光を失ったコクピット内。一瞬の
暗黒。少年が目を見張ったその時、差した光。時同じくして胸元に感じたナイフを突き立
てられたような痛みは、コクピットを守るハッチが「こじ開けられた」から。
 少年の眼前に、飛び込んできた全裸の美少女。彼女が淫らな笑みを浮かべるや、両耳上
に束ねた金髪が蛇のごとく踊り出す。
 音速にも耐えてみせる拘束具がめくり上げられた。か細い右腕で掴まれた首は、縄で締
め上げられたように苦しい。叫んで抵抗することもできぬまま、少年は引き摺り出された。
 竜が仰向けになったとしても、地上より数メートルはある。全裸の美少女が額の刻印を
明滅させるや、ふわり、鳥の羽根のように柔らかく落ちた。少年の首を掴んだまま地に足
をつけると、すたすたと竜との距離を離していく。
218魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 12:03:25 ID:???
 美少女に引き摺られた少年の視界が広がっていく。…遠ざかっているのだ。涙目に、飛
び込んできた。仰向けに倒れた深紅の竜の真上に、空色の獅子が五体で押さえ付けている
姿。首は噛まれ、両腕両足は爪で押さえ付けられ。竜はじたばたともがくが、空色の獅子
は一向に動じる様子がない。きっと獅子が意を決すれば、この優しき相棒は喉笛噛み切ら
れ、四肢を八つ裂きにされてしまうだろう。
(ブレイカー!? ごめん、ごめん…)
 竜の全体が見えていくにつれ、少年は敗北の味を噛み締める。だがそれで終わりなどは
しない。
 固い地面に、叩き付けられた少年。足下に、仁王立ちとなる全裸の美少女。咳き込み、
もがく少年に馬乗り、両肩を押さえつける。
 あれ程咳き込んでいたのが、見る間に止まった。魅入られた。少年の円らな瞳に映り込
んだ白、金、銀。しばし釘付けになった視線を否定すべく、少年は顔を背けた。
 容赦なく、少年の頬を掴んだ白磁の腕。背けた顔が真正面にと戻される。
 まじまじと、美少女は少年の顔を覗き込んだ。クスクスと、外見相応の微笑み浮かべて。
「本当に、良く似ている…。
 ギルガメスよ、もっとも無惨な敗北は知っているか?」
 少年は円らな瞳を潤ませながらも、その奥に憎悪の炎をたぎらせる。八つ裂きにされる
のかも知れない。消し炭と化すのかも知れない。だが、どんな目にあっても心だけは折れ
るわけにはいかなかった。この場を脱出する手掛かりを捜すためにも。
 その激しい気持ちが数秒も経ずしてひび割れ砕け散るなどとは彼自身、想像だにしなか
った。
「敗北の最たるものは、憎い仇(かたき)に溺れることよ…」
 少年の眼前に、覆い被さる美少女の顔。銀色の瞳が迫ったと、そう認識した時、少年の
唇に蛇が這った。
 出掛かった声。それが隙だ。蛇は上下の唇を選り分け、無理矢理ねじ込み、少年の舌に
絡み付いた。上に、下にと弾き、吸い付き弄ぶ。苦しい、息ができない。なのに、何故こ
うもぼんやりとしてしまうのか。
 遠くで、甲高い悲鳴が谺した。深紅の竜が上げる悲鳴を耳にし、少年は今や理不尽な暴
力に屈し掛かっていると悟った。美少女の淫らな拘束を振り解くため、少年はもがく。両
腕を叩き付ける。
219魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 13:10:03 ID:???
 だが全ては、虚しい抵抗に過ぎなかった。体つきに反比例した美少女の腕力。その上、
両耳上に束ねた金髪が少年を拘束していく。唇の奥も、全身までも、蛇の群れが縛る悪夢
は快楽の淵。円らな瞳より、溢れ出る涙が視界を曇らす。最早彼の脳裏に打開策の糸口は
全く見出せない。
 しかし危機は、不意に一時、解き放たれた。…銃声が一発、又一発。一発目が鳴る頃に
は少年の口腔内より逃げた蛇。もう一発が鳴った時、美少女は少年の身体を踏み台にして
鮮やかに跳躍。
 虚ろな眼差しで、少年は首を傾ける。彼方に見えるのは見慣れたビークルだ。パイロッ
トは席上で背筋をピンと張り、物干竿程も長いAZ(対ゾイド)ライフルを両腕で抱えて
込んでいる。その勇姿に依然、拘束されたままの深紅の竜は歓喜の鳴き声を上げた。
 魔女、推参。いや、少年にとっては絶望の淵から引き上げる女神の降臨。…只、肝心の
彼女は肩で息していた。頬には玉の汗浮かべ、黒の短髪でさえ濡れそぼり。上半身は紺の
ジャージを脱ぎ捨て、黒無地のタンクトップ一枚という有り様だが、遠目にも彼女の白い
肌に汗でへばりついているのがわかる。だがそれでも、切れ長の蒼き瞳は全く衰えを見せ
ない。
 美女と美少女。或いは二人の魔女が対峙。
 少年の視界を遮るように、美少女は仁王立ち。自身も浮かべていた恍惚の表情は、見る
間に強張っていく。口元だけは不敵に弛むが、瞳の眩い銀色が、くねらせる金の長髪が圧
倒的な殺気を充満させる。
「千年振りだなぁ、エステル。…蒼き瞳の魔女よ!」
「…『ブライド』。どうやってトライアングルダラスの永久監獄を抜け出したのかしら?」
 美少女は天を見上げ、笑い始めた。
「それはこっちの台詞だ。とっくに野垂れ死んだと思いきや、とんだ尻軽女もいたものだ!」
 仰向けに倒れたままの少年は依然、意識朦朧。魔女達のやり取りさえしっかりとは聞き
取れない。それは少年にとって幸いだったか、どうか。只それ故、彼は憧れの女性が浮か
べる稀有な表情だけははっきりと目に焼き付いた。
220魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 13:12:56 ID:???
 五才は、若返ったかのように見える。面長の端正な顔立ちからは、常にどこかしら漂う
大人の余裕が消え失せていた。重い罪悪感に苛まれるのか、唇の戦慄きが止まらない。こ
の瞬間だけは、抱き締めてやらないと守れそうにないか弱き女性がそこにいた。
 美少女はそんな美女の浮かべた表情に満足げだ。足下の少年に指を差し。
「堪能したわ、ふふ。次は抜け殻の身体を戴く。その後、貴様を屠ってやる」
 くるり、踵を返す。銀色の瞳は既に相棒に注がれていた。
 ひとしきり、深紅の竜を押さえ付けていた空色の獅子は両の前足を離す。竜は離れ際を
攻め立てんと顔を、腕を持ち上げかけたが、若き主人を胸元に乗せない今、技の切れはな
い。あっけなく顎を前足で払われ、再び崩れ落ちた。
 肌白き身体が宙に舞う。建物ならば何階建てかという獅子の頭部・キャノピー内にあっ
さり収まる。この相棒は雄叫びで勝利の凱歌を謳い、そして悠然と背後を見せた。まさし
く勝ったと確信していなければできない余裕のまま、獅子は前足を踏み出す。
 嵐の退散。魔女は…女教師は、彼らが簡単には翻らぬ位置へと遠退くまで、視線を釘付
けにするるより他なかったのである。ずっと、肩で息したまま。

(早く、早く行ってくれ…)
 少年も獅子の足音が遠ざかるのを心より願っていた。彼の経験でも大丈夫だと判断でき
る位小さくなってから、おもむろに転がり、うつ伏せる。
 ひどい悪夢を見たような気分だ。未だ、頭がぼんやりとしている。
 そして、舌や唇の痺れるような感覚も。
 少年は滴が落ちる地面を見て、流す涙がまだ残っていたと悟った。…きっと異性との接
吻をこの年齢で経験でもしていたら、家出もしていないだろう。未熟な心は、だから憧れ
の女性を強く意識していた。時々悶々とした夜を過ごすことだってある。そんなよこしま
な心は固い決意でいつも断ち切っていたのだ。もっと強くなって、あの女性(ひと)に認
めてもらえたら、その時は、その時は…。
 右腕の甲で、唇を拭う。べっとり、付いていた桃色の紅。これが現実だというのか。
「ギル!?」
 顔を持ち上げかけて、少年は気付いた。…口元には犯された証がこびり着いているのだ。
敗れた上に堕した自分はきっと惚けている。見せたくない。見せられない、絶対に!
221魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 13:13:50 ID:???
 少年は亀のようにうずくまった。
 そのもとへ駆け寄っただけで、女教師の息は上がっている。彼女は立ったまま膝に両腕
付いて、辛うじて息を整えた。頭を持ち上げると又元通りの、颯爽とした美女の顔つきに
戻っていた。
「無事…みたいね。良かった、本当に…」
 半径一メートルも切ったその時、突如少年はうずくまったまま、声張り上げた。
「来ないで!」
 一喝に、さしもの女教師も全身がすくむ。差し伸べた手が止まる。
「ギル…?」
「来ないで、見ないで…」
 嗚咽は声にもならない。この傷跡だけは、絶対に見せたくない。
 女教師は差し伸べた手を硬直させた。折れ曲がり、震え止まらぬ愛弟子の背中をひとし
きり、見つめ。
 意を決したかのように、拳を握る。
 整えかけの呼吸が、少年の頭部に近付いてくる。
 女教師は右手でポケットを探り、左手で腰の水筒を探り。
 全てを閉ざしたその身でも、額に軽く飛沫が飛んでくるのがわかった。
 女教師の右手にはタオルが広げられている。水筒の蓋は地に落とし、蒸留水を惜し気も
なくタオルに浴びせ、そして絞り。
 うずくまった愛弟子の前にしゃがみ込むとそっと、タオル越しに手を差し伸ばす。
 冷たいタオルが頬に触れた。ひんやりとした手触りに、少年は背筋を強張らせる。
「ごめんね、私が浅はかだった」
 鼻をすする音が、硬直の魔法を解いた。心持ち、少年の顔が上がる。未だ無様な表情を
見せたくはないが、それでも差し伸べられた冷たい感触を受け入れることはできた。それ
に、彼は知りたかった。何故この強い女性が鼻をすするのか。
「『女の刺客が現れた時は、逃げて』だなんて。貴方が今更、逃げるわけないものね…」
 最後の方は声にもならない。それが辛い。
222魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 13:18:32 ID:???
 少年は当てられたタオルに頬を預けた。あの美少女の接吻が淫らな悪夢を見せたという
なら、きっと目前の女性は触れただけで安心できる。彼女が手を休めたら、今度こそ顔を
上げよう。きっと彼女の端正な顔立ちを笑顔に戻すには、そうしなければいけないのだ。
それ位、意識してもいい筈である。
 傍らでは深紅の竜がうつ伏せたままじっと待つ。
 再起の手掛かりが立ち上がるのをずっと、ずっと。
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは自分より辛い境遇の人達に出会うのかも知れない。
 気をつけろ、ギル! 憧憬の眼差しに、早く気付け。
 次回、魔装竜外伝第十七話『忘れられた村へ』 ギルガメス、覚悟!」

魔装竜外伝第十六話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章?第二章途中)ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/archive/20080705/117c0ae67ec405fce71c29d9c46e5bcf
223魔装竜外伝第十六話 ◆.X9.4WzziA :2008/07/12(土) 13:20:11 ID:???
(第二章続き)189-195 (第三章)196-210 (第四章)211-222
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224王の名を持つ者 1 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:26:15 ID:???
その昔、“キングゴジュラス”と呼ばれるゾイドが存在した。
ありとあらゆる時代…次元…並行世界…全てを通じて惑星Zi史上最強と呼ばれる
ゾイドであるが、その知名度の割りに実際にそれを目撃した者は少ない。しかし…
間違い無くキングゴジュラスは実在するのだ………………。

現在確認されている限りでは恐らく唯一人の心を持つロボットであると言える存在、
“SBHI−04 ミスリル”は何でも屋“ドールチーム”を経営していた。
そして既に一度死んでいるのだが、ドールに憑依してまだこの世に留まり続けている
幽霊の少女“ティア=ロレンス”(10歳以下で死亡したので、あれからかなり経過した
現在もそのまま)と、通常の生態系とは異なる生命体、すなわち神や悪魔や妖怪と
呼ばれる存在を遥か外宇宙から調査しに来たけど、闇雲に探し回るよりミスリルと
行動を共にした方が遭遇しやすいと悟ってドールチーム入りした、まるでドールの様に
整った顔をした異星人の少女“スノー=ナットウ”(異星人である事以外が謎)の
3人でゴミ拾いから怪ゾイド退治まで様々な仕事を承っていたのだが、類は友を呼ぶと
言うのか他の変わった奴と出会う事もあるのである。

ミスリル達がとある宿場町の喫茶店でゆっくり休憩と洒落込もうとした時の事…
「おやおや、誰かと思えばおたく等は悪名高きドールチームとやらじゃあ〜りませんか?」
「ハイ?」
見せに入って早々に突然誰かが話しかけて来た故、その方向に向くとそこには椅子の上に
ドッシリと偉そうに座り、麦茶の入ったグラスを片手に持った十代前半位の美しくは
あるが妙に目付きの悪い少女だった。しかも頭髪の色は水色なのだが、何故か頭頂部に
重力に逆らって立っている、俗に言う所の“アホ毛”と呼ばれる毛のみ真っ赤と言う
可笑しな所もある。
「悪名高きなんて…聞き捨てなら無い…と言いたい所ですが…かと言って否定も
出来ませんね…。まあそんな事は良いです。とりあえず貴女は一体何方ですか?」
ミスリルは怒りたい気持ちを抑えつつ、目付きの悪い少女に尋ねると…
225王の名を持つ者 2 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:27:02 ID:???
「俺ぁキングってんだ。よろしくな。」
「は…はぁ…。女の子なのに“キング”なんですか? “クイーン”じゃなくて?」
女でありながら“キング”と名乗るこの少女。この矛盾にミスリルもやや首を傾げるが…
「残念だが俺ぁ男だぞ。」
「え!? 男の人なんですか!?」
「女の子かと思ったのよ〜。」
キングは何と男だった。しかし先程ミスリル達が彼を少女と見間違えた事を証拠に
その顔は余りにも少女然としていた。顔だけを見れば目付きの悪さも相まって俗に言う
ツンデレ系美少女(しかもかなりの高水準)の様でさえあるし、声も声優で食えたら
良いなと思える程。なのに彼は男だったのである。神のいたずらとはまさにこの事か?
「なるほど…いわゆる一つの“男の娘”って奴ですね?」
「何だそりゃ…でもまあとにかく俺ぁ男だ! 分かったな!?」
このキングと言う少年。確かにその外見は既に上げた通り美少女顔で、ミスリルが
“男の娘”と表現した通りなのだが…いかんせん口調も性格も言動も何もかもが
下品…と言うかかなり野郎じみており、全てが台無しになっていた。椅子にドッシリと
腰掛けて偉そうに脚を広げているし、特にワイングラスに麦茶を注いでいる所等格好悪い
と言う他は無い。そもそも男の娘と呼ばれる人種は外見のみならず、性格も何処か女々
しい所があったりする事が多いのだが…彼にはそれは当てはまらない様子だった。そして
彼は構わず言うのだ。
「おたく等三人とも随分他の連中とは変わってるらしいじゃないか? ロボットに人形に
憑いた幽霊に、宇宙人だって? 本当面白い連中だなお前等。だがな…変わり者度なら
この俺だって負けちゃいねぇ自信があるぜ!」
「は…はぁ…まあそう言う事言われずとも見て分かる位変わってると思いますよ貴方。」
キングの言動にミスリル達も呆れざるを得ないが、キングはそれに対し手を左右に振る。
「いやいや、そう言う意味で変わってんじゃねぇよ。俺ぁ本当変わってるんだって!」
「へ〜…じゃあどう言う意味で変わってるの〜?」
ティアが首をやや斜めに傾けながらそう訪ねると、キングな自信満々な表情で…
226王の名を持つ者 3 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:28:12 ID:???
「良いか? 聞いて驚け? 俺ぁな…悪い魔女に魔法をかけられて人間のオスに姿を
変えられてしまったキングゴジュラスだ!」
「おじさ〜ん! オレンジジュース3本お願いしま〜す!」
「ってコラ聞けよぉぉぉぉ!!」
キングがせっかく格好付けて言ったのにミスリル達に完全に無視されてしまい、涙目で
組み付くしか無かった。
「何で無視するんだよ! ええ!?」
ミスリルの胸倉を掴み、涙目で叫ぶキングであるが、ミスリルは呆れた表情で…
「確かに私達は今まで色んなとんでも無い物を見て来たつもりですが…それはいくら
何でも無いでしょう? あんまりぶっ飛びすぎてもギャグにしかなりませんよ?」
「ギャグじゃねーよ! 本当に悪い魔女に魔法で人に姿を変えられたキングゴジュラス
なんだよ!」
なおも必死の形相で訴えるキングであったが、そこでまた別の奴が会話に加わって来た。
「キングゴジュラスね〜。私は世界最強のゾイド乗りを目指している男だが…やはり
キングゴジュラス位倒せなければ世界最強になり得ないだろうね〜。」
「何この人…。」
何か椅子に寄りかかり、テーブルに脚を乗せたガンマン風の格好をしたキザっぽい男に
ミスリル達は愚かキングも呆れてしまう。
「お前馬鹿じゃねーの? お前ごときが俺に勝てるワケねーじゃん!」
「はてはて君は何を言っているのかな? あんまり大人をからかうもんじゃないよ?」
「おー! ケンカか!? ケンカか!?」
「もう何が何だか…。」
今度はキングとキザっぽい男が一触即発の事態になり、他の客もそれを止める所か
逆に喜び出す始末。あんまりカオスな状況にミスリル達も呆然とするばかりだったが…

「ウギャァァァ! 助けてくれぇぇぇ!!」
「え!?」
突然喫茶店の外から爆発音と人々の絶叫が響き渡り、その場にいた誰もが外へ飛び出した。
227王の名を持つ者 4 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:29:29 ID:???
「あ!」
外では既に多くの人で騒ぎになっており、また町の外では謎のバイオゾイド軍団の姿が
あったのだ。
「何だぁ? あのグロいのは?」
「おいおいあんたバイオゾイド知らないのか? モグリじゃん。」
と、キングはバイオゾイドを初めて見るらしく、そのせいでキザっぽい男から馬鹿に
されると言う事もさり気無くあったりしたが…町の外のバイオゾイド軍団は何処か
貧相でボロっちい感じがした。そして、バイオゾイド軍団のさらに後方には、かつて
ディガルド軍で使用されたムカデ型巨大母艦ディグの姿もあり、そこから恐らくは
バイオゾイド軍団を率いていると思われる軍服の男が現れた。しかしこれがまた
何故か彼方此方がツギハギだらけでみすぼらしい。
『我々はネオディガルド軍! この宿場町はこれより我々が接収する!』
「ゲェ―――――――――――――!!」
スピーカーで増幅された声が町中に響き渡り、その上ミスリルお決まりの驚きセリフが
人々の恐怖心をかき立て町は忽ちパニックになっていた。
「嘘ぉ! ディガルドってもう百年も昔に滅んだんでしょう?」
「まさか生き残りがいたとは驚きですね〜?」
騒ぎの最中の人込みにもまれながらもさり気無く冷静に状況を分析していたミスリル達で
あったが、その昔…とある大陸で“ディガルド武国”と言う軍事国家が猛威を振るって
いたのだが、反抗勢力の反撃によってあえなく滅んでしまったと言う事があった。
228王の名を持つ者 5 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:31:18 ID:???
その際、かつてはディガルドに属していたがディガルドの支配者“ジーン”にはこれ以上
従えないと反抗勢力に寝返った者が大勢いた事が大きな理由の一つとなっているのだが、
全ての者がジーンから離れたワケでは無い。中には熱烈なジーン派の者もおり、こうして
ディガルドが滅んだ後も大陸外へ亡命し、百年経過した今でもディガルド再興を狙って
いたのであった。しかし、そうは言っても豊富な資源力を誇っていたかつてのディガルド
と違い、生産拠点を一切持たない彼らはさながら盗賊まがいの真似をせざるを得なかった。
今だってこうしてネオディガルド軍と格好付けていても、やっている事は大して力を
持たない宿場町を狙った略奪行為であるし、使用しているバイオゾイドも百年前の
大戦時に使われていた奴を騙し騙し使っている代物だった。
「しっかし…百年も経ってるのに凄い根性してますね〜あの人達。」
「だが…この町が危ない事は事実。町の自警団では到底対抗出来まい。」
やっとセリフの機会がやって来たスノーの言葉通り、確かに大した戦力を持たない
この町の自警団にネオディガルドのバイオゾイド軍団を撃退する力は無い。
だが、そこでキングが言うのである。
「よっしゃ! ならここは俺に任せてもらおうか? 俺が嘘吐きじゃねぇって事を
教える事も踏まえてな!」
「え〜?」
自信満々なキングに対し、信じられないと言った表情を取るミスリル。しかしキングは
その自信を崩さない。
「まあ良いから。騙されたと思って見ててくれよ。」
「何をするかは分かりませんが? そこまで言うのなら見てあげますよ。」
「ありがとうよ! それじゃあお前等ちょっと俺の周りの半径三十メートルから外に
退避してくれ!」
いきなり半径三十メートルから退避しろと言われて皆はワケも分からないと言った顔を
するが、そこでキングはただでさえ悪い目付きをさらに悪くして言った。
229王の名を持つ者 6 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/29(火) 23:32:47 ID:???
「おいおい! 退避しねーと大変な事になっぞ? 死んでも良いならそれでも
構わないが……。」
「ええ〜? 死ぬ位大変な事なんですか〜?」
そこまで言われたら仕方が無いと皆はイソイソとキングの周囲三十メートルから退避した。
「それで良い。それで良いんだ。じゃ…行くぞ!」
その直後だった。キングの水色の頭髪とは全く違う真っ赤なアホ毛が天へ向かって逆立ち、
そこから燃える様な真紅のオーラがキングの全身を包み込んで行く。さながら何かの
イリュージョンの様でさえあり、皆は思わず見惚れる程であったが、その真紅のオーラは
さらに巨大に広がって行き……………
「ゲ…ゲェ――――――――――――――――――――!!」
またもミスリルお約束の叫び声…なのだが、今回はその場にいた全員(スノーを除く)で
叫んでいた。何故ならば真紅のオーラが晴れた時、そこには何とキングゴジュラスの姿が
あったのだから………
「ゲェ――――――!! 男の娘がやたらでっけぇゾイドに化けちまったぁ!!」
「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」
「いやいや! キツネかタヌキの仕業だべぇ!」
余りにも衝撃的な光景に周囲にいた名も無き町人が顔から汗を噴出しながら大騒ぎ。
『だから言っただろうが! 俺ぁ悪い魔女に魔法をかけられて人間のオスに姿を
変えられちまったキングゴジュラスだってな! だがその魔法も完璧じゃねぇみたいで
こうして三分間だけ元の姿に戻る事も出来るんだ! …って言ってる場合じゃねぇ!
もう三十秒も経っちまってるじゃねーか! そんじゃ! ちょっくら行ってくらぁ!』
「三分って…どっかの光の巨人かよ…。」
キングゴジュラスへ姿を変えても、彼の言う自分を人へと変えた魔女とやらの魔法の
影響なのか、人語を話す事も可能でかつ声もエコーが付いているとは言え少女然として
おり、キングゴジュラスとしての姿とのギャップが激しすぎてシュールでさえあった。
しかしキングゴジュラスは構う事無く悠々と町の外へ向かって前身していくのみだった。
230名無し獣@リアルに歩行:2008/07/31(木) 11:15:56 ID:???
エヘヘの代わりにキンタロス
231名無し獣@リアルに歩行:2008/07/31(木) 14:34:34 ID:6yJbIJ1O
ちんぽチャーハン喰わせりゃ解決
(`・ω・´)キャオラッ
ちんぽチャーハン喰わせりゃ解決
すめらぎおっぱいでけぇな
ちんぽチャーハン喰わせりゃ解決
パイズリさせろや
ちんぽチャーハン喰わせりゃ解決
ズギャアアァァッ
鼻兎!紫彩乃!夢乃春香!
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232王の名を持つ者 7 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/31(木) 21:51:53 ID:???
町の外では出動した自警団をネオディガルドのバイオゾイド軍団が蹴散らすと言った
光景が繰り広げられていたのだが…町の中から姿を現したキングゴジュラスの参戦に
よって流れは大きく変わる事となる。
「うわぁ! 何だあの巨大なのは!?」
「一体何処のゾイドだよ!?」
案の定、キングゴジュラスの姿を見た途端にネオディガルドの者達は慌てるのだったが…
『あーもー! もう一分経過してんじゃねーかぁぁぁぁぁぁぁ!!』
と、憂さを晴らすかの様な有無を言わせぬスーパーサウンドブラスターが放たれ、
キングゴジュラスそのものの叫び声をそのまま増幅した超音波がまるでゴッド○イスの
ごとく正面に展開されていたバイオラプター・バイオメガラプトル等を次々に吹飛ばした。
「うおわぁぁぁ! 何だ!? 一体何が起こったんだぁぁ!?」
「と…とにかく奴だ! 奴が何かしたんだ!」
ネオディガルドの者達にはスーパーサウンドブラスターが理解出来なかった。しかし、
キングゴジュラスが何かして、それで友軍が部隊単位で吹き飛んだと言う事は辛うじて
理解する事が出来た。故に彼等は攻撃目標をキングゴジュラスへ切り替えるのである。
ここまででキングゴジュラスに残された時間は一分四十秒。
『包囲等させる物かよ! スーパーガトリング!!』
今度は胸部に装備された大型各種ガトリング砲、スーパーガトリングを撃ちまくった。
それもまたキングゴジュラスの武装の名に恥じない冗談の様な威力でバイオゾイドどもを
次々に消し飛ばして行く。バイオ装甲もクソもへったくれもありゃしない。だがこうして
圧倒的な力を見せ付けている物のキングゴジュラスも必死だ。何しろこうしてキング
ゴジュラスとしての姿に戻れるのは三分が限界。それを過ぎれば、彼の言う“悪い魔女”
とやらの魔法が影響して非力な人間へ変わってしまう。そうなれば敗北は必至。一体
どのような経緯でこんな事になってしまったのかは不明であるが…とにかく現時点での
残り時間一分三十秒の間にネオディガルドを壊滅させねばならなかった。
233王の名を持つ者 8 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/31(木) 21:52:59 ID:???
キングゴジュラスの冗談の様な暴れぶりは誰もが呆然と見つめる他無かったのだが、
そこでティアがある事に気付く。
「あ! そう言えばこう言う時にはミスリルお決まりのセリフがあるはずなのに…。」
確かに彼女の言う通り。今までならこの様な突き抜けた展開があるとミスリルは決まって
『アワワワワ…オラは見てはいけねぇ物を見ちまったぜよ!』
とか言ったりしていたのだが…今回はそれが無かった。
「どうしてあのセリフを言わないの? ってああ!!」
ティアがミスリルの方を向いた時、そこには腰を抜かしてその場にへたり込んだミスリル
の姿があるのみだった。
「どうしたの!? ミスリル?」
「………………。」
「ミスリル!? どうしたの!?」
ミスリルは返事をする事は無かった。ただただ恐怖に打ち震えた表情のまま…黙り込む
のみ。明らかに普通じゃない。これには一体どうした事だとティアも慌てる他は無かった。

かつてヘリック共和国やゼネバス帝国、ガイロス帝国と言った大国がひしめいていた時代、
キングゴジュラスはヘリック共和国技術陣の手によって生み出され、その絶対無比な力を
当時戦争状態にあった敵国軍へ振るった。その日以来、帝国の流れを汲むゾイドの全てに
“キングゴジュラス恐怖症”と言うトラウマが植え付けられた。それはキングゴジュラス
を直接知らぬ後の世代へも受け継がれ、また直接的に帝国製では無いにせよルーツを
辿れば帝国の流れを汲んだ技術系等によって作られているミスリルにも…その本能、
深層心理の中にキングゴジュラスに対する恐怖心が刷り込まれていたのだ。そしてこれは
彼女の剣であり盾であり脚である特機型ギルドラゴン“大龍神”も同様かもしれない。
234王の名を持つ者 9 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/31(木) 21:54:16 ID:???
と、こうしてキングゴジュラスは各種強力な武装を持ってバイオゾイド狩りに精を出して
いたのだが、その最中に……
「キングゴジュラスだ! キングゴジュラスを倒せば俺は名実共に世界最強の男だ!!」
とまあこんな感じで喫茶店でキングと一触即発になっていた世界最強を目指すキザっぽい
男がシールドライガーDCSで背後からキングゴジュラスへ奇襲をかけようとしていた。
キングゴジュラス同様共和国の流れを汲むシールドライガーならば、キングゴジュラス
恐怖症によって戦うまでも無く萎縮する様な事は無かったが…
『お前ちったあ場の空気読めよ!』
今はお前の相手等していられはしないと言わんばかりにキングゴジュラスは尾で軽く
叩き落すのみだった。

キングゴジュラスに残された時間は一分を切っていた。残された時間で効率良く敵を
壊滅させるべくキングゴジュラスが取った方法は敵旗艦へのピンポイント作戦。
すなわちネオディガルドの母艦であり司令塔であるディグへの攻撃であった。
そうしてディグへ向けてスーパーガトリングを向けた時だったが…そこで突然
バイオティラノが立ち塞がったのだ。
『オイオイ! これまたグロいのが来たなおい!』
これには思わずキングゴジュラスも後ずさりしてしまう。どうやら流石の彼もバイオ
ゾイドは苦手の様子だった。もっとも、戦闘力では無くグロテスクなビジュアルに
だが…。そしてバイオティラノは両腕と背の副腕を左右へ展開させ、キングゴジュラスを
威嚇するポーズを取っていた。
「やあやあ我こそはディガルド武国屈指の武将と称えられたバル=サァン!!
ジーン閣下の成し遂げられなかった悲願である世界制覇を成し遂げ凱旋するまで
貴様ごとき相手に躓くわけには…フガァ!!」
せっかく格好良く名乗り上げを行っていたのに、入れ歯が外れて全てが台無しになって
いた。この男、既にネオディガルドでも数が少なくなった百年前のディガルド戦争当時
からの古株なのだが、それ故に既にかなりの高齢となっており、こうしてバイオティラノ
のコクピットに座って戦場にいる事自体が奇跡だった。
235王の名を持つ者 10 ◆h/gi4ACT2A :2008/07/31(木) 21:56:28 ID:???
『何だこりゃ? 爺さんが乗ってるのかよ。もう歳なんだから無理すんなよ。』
「黙れぇ! 貴様ごとき小娘に敗れたとあってはディガルド男児の名がすたるんじゃ!」
『小娘じゃねぇ! 俺ぁキングゴジュラスだ!』
先にも既に説明した通り“悪い魔女”とやらの魔法の影響なのか、キングゴジュラスと
しての姿を一時的に取り戻してもなお男の娘らしい少女然とした声で人語を話す事が
出来る。それ故バルには少女がキングゴジュラスを操縦していると認識していた。
「相手が小娘であろうと容赦はせん! 地獄へ落ちるがいい!!」
バルは再び入れ歯が落ちそうになっている事も構わずバイオティラノをキングゴジュラス
へ向けて突進させた。その強靭な脚力によって忽ち地面を抉り取りながら肉薄するが…
『ええい気持ち悪いんだよ!!』
「んべ!」
悲しいかなキングゴジュラスの掌底による張り手で簡単に叩き落され、そのまま頭から
地面にめり込んで動かなくなっていた。幾らバルが高齢だとは言え、逆に言えばベテラン
であり、かつバイオティラノの性能も相まって並の戦力が相手ならばほぼ負けは無いと
言えたであろうが、いかんせんキングゴジュラスに喧嘩を売るには力不足過ぎた。しかし、
バルに構っていたおかげでキングゴジュラスに残された時間は三十秒を切っていた。
『ゲゲェ!! 後三十秒しか無いじゃん! 早い所勝負をかけな!』
キングゴジュラスは慌ててディグへ向けて駆け出した。旗艦への直接攻撃を狙っていると
悟った他のバイオゾイドが次々に立ち塞がるが、キングゴジュラスを減速させる事さえ
出来ずに弾き飛ばされ踏み潰されるのみ。その光景はさながらラグビーやアメフトの
試合を見ているかの様であった。そしてディグまで目と鼻の先にまで接近した所でキング
ゴジュラスはその巨体からは想像も出来ない程の脚力で大きく跳んだ!
236王の名を持つ者 11 ◆h/gi4ACT2A :2008/08/01(金) 23:07:50 ID:???
『残り時間十秒! 行けるか!? ブレードホーン!! こちとら伊達や酔狂でこんな
頭をしてんじゃねーんだよ!!』
キングゴジュラスは頭部に輝く真紅の角ブレードホーンを煌かせ、ディグへ物凄い勢いで
突っ込んだ。この時点で残り時間五秒。しかしそれで十分だった。ブレードホーンが突き
立てられた瞬間、ディグは真っ二つになっていたのだから。当然忽ちの内にディグは崩れ
落ちて行き、キングゴジュラスはディグ後方へ格好良く着地して………
「ハイ、時間切れ。」
と、キングゴジュラスはキングと言う名の男の娘としての姿に戻っていた。これにて
戦闘は終了と思われていたのだが…このゴタゴタの中、奇跡的に生き残っていたネオ
ディガルド兵士の一人が傷だらけの身体を引きずりながらキングへ向けて銃を向けていた。
「あのバケモノはどうした!? ったく…貴様の様なガキ一人にネオディガルド軍が
壊滅させられるとは…なんたる屈辱……貴様には地獄すら生ぬるいんだよ!!」
「うわぁ! やべぇ! まだ生き残りがいやがった!」
ネオディガルド兵士はキングの事をキングゴジュラスのパイロットとして認識している
らしく、その手に持った銃で射殺しようとしていた。これはキングにとって非常に不味い。
今は脆弱な人間なのだから。かと言ってキングゴジュラスに再変身するにはある程度の
時間経過が必要。まさに絶体絶命のピンチ…と思われていたのだが………
「主人公は私なんだから少しは見せ場を下さいよ!!」
「んべ!」
ネオディガルド兵の頭上からミスリルが降って来てチタン・ミスリル・オリハルコン特殊
超鋼材、略して“TMO鋼”の脚がその頭部を踏み潰していた。キングゴジュラスが
戦っていた時は“キングゴジュラス恐怖症”を発症させ行動不能になっていた彼女では
あるが、人間としてのキングに戻った状態では平気らしかった。何はともあれキングが
取りこぼした分はミスリル達が掃討し、戦闘はこれにて終了した。
237王の名を持つ者 12 ◆h/gi4ACT2A :2008/08/01(金) 23:09:02 ID:???
戦闘のゴタゴタの後片付けは町の自警団に任せて、ミスリル達とキングは町外れにいた。
「と…とりあえず…貴方が嘘を付いていない事は分かりました。」
「そうだ。分かれば良いんだ分かれば。」
若干謝るミスリルに対しキングはさり気無く所有していたサラマンダーの足下に立ち、
腕組みしながら偉そうな態度で応対していたのだが、そこでティアも会話に加わって来た。
「でも性別と性格は男の子なのに顔だけ女の子なんて複雑な体質は不便じゃないの?」
「まあ確かにそうだな。だが何も悪い事ばかりじゃない。少しは良い事もあるんだぜ。」
「え…良い事…。」
ミスリルとティアは首をかしげた。スノーは無反応だが。そもそも男の娘と呼ばれる
人種は、自分の性別と顔のギャップに何かしらコンプレックスを持っている物だが、
キングは良い事もあると言う。それは一体何なのかと考えていたのだが…
「本屋で少女漫画コーナーに入っても怪しまれないからな!」
「あ……さいですか………。」
想像の斜め上を行く発言にミスリルとティアは揃って呆れる他無かった。まあこの状態に
あってスノーは全く動じていないのだが。
「んじゃぁ俺ぁもう行くわ。俺に変な魔法かけて人に変えやがった魔女を捻り上げて魔法
を解いてもらわにゃならんからね。と言うワケで…。」
そこでキングは何か一枚の紙をミスリルに手渡す。その紙には電話番号とメール
アドレスが記載されていた。
「それが俺の携帯の番号とメールアドレスだ。魔女っぽいの見付けたら連絡してくれ。」
「あ…さいですか…。」
238王の名を持つ者 13 ◆h/gi4ACT2A :2008/08/01(金) 23:09:53 ID:???
何か強引にこう言うの押し付けられても困るんだけどな〜と言わんばかりの顔でミスリル
も呆れるしか無かったが、キングは構わずサラマンダーに搭乗し発進させ新たな旅へ
出発していた。そしてキングが夕日へ消えるまでミスリル達は見送る。
「それにしても…本当に変わった人でしたね。」
「そうなのよ。」
「…………。」
まあ世の中本当に色々いると言うお話。だが、ここでミスリル達の背後から何かが
物凄い速度で飛び出し、キングを追うかの様に走り去って行った。それはキザっぽい男が
乗っていたシールドライガーDCSだった。
「キングゴジュラスだ! キングゴジュラスを倒して俺は世界最強の男になるんだ!」
キザっぽい男はまだその様な事をほざきながらキングの後を追っていたが、ミスリル達は
その姿にやはり呆れていた。
「あの人…まだ生きていたんですね…。」
「生きてたのね…。」
「………………。」

キングゴジュラスを人へ変えた“悪い魔女”とは如何なる存在なのか、はたまた如何なる
魔法なのか? キングは元のキングゴジュラスとしての身体を取り戻す事は出来るのか?
様々な謎を残しつつ…先の激戦が嘘の様に静寂に日は暮れて行った。
                   おしまい
239 ◆.X9.4WzziA :2008/08/01(金) 23:47:59 ID:???
定期age
240名無し獣@リアルに歩行:2008/08/04(月) 15:51:57 ID:???
ドキドキ愉快リュウタロス
241 ◆.X9.4WzziA :2008/08/31(日) 22:18:57 ID:???
定期age
242使いと糸無し ◆5QD88rLPDw :2008/09/02(火) 05:15:30 ID:???
「うわああっと!危ない危ない…へぎっ!?」
思わずミレッタ、ジョイス、エリックを纏めて抱き締めダイブしたファイン。
しかしどうやら触ってはならない場所にお触りをしてしまったらしい…。
「そう言うときは事前に声を掛ける!でも助かったわ。」
彼等数秒ほど前に居た場所はマネキンの手刀の突き刺さった跡。
その場に居れば間違いなく串刺しだっただろう。

「ねえ?確か魔銃を持ってなかったっけ?あれ使えば一発でしょ?」
「すいませんねぇ…実は数日前にレッサーデーモンとの戦闘でバレルが…。」
「ばれる…が…?」
「裂けてしまって本国からの支給待ちなんですよ。申し訳ない。」
「…こんなときに限ってですか。」
ミレッタは駄目だこりゃなゼスチャーを執りながら溜め息を吐く。
「しかしおかしいですねぇ?令呪は無くなりましたがマネキンは動いています。
動くだけなら兎も角として少なくとも私達はついさっきまでは気概を加えていません。
それなのにこれだけ恨まれるような状況は明らかにおかしくありませんか?」
ファインが勿体ぶって回りくどく喋ったのには意味が或る。
刑事であるエリックと執事のジョイスはその意味をある程度予測しに入っているが、
肝心のミレッタがまだ真意に気付いていない様子だった。
そんなこんなしている間にもマネキンゴーレムは距離を詰めて来ている。
それ程時間的猶予は無い…。

「…銀次?聞こえますか?アレの所在を知りたいのですが?」
「へい…やっぱりアニキ読み通りのようで。居やした!スパイナーです。」
「ダークスパイナー!?なんでこんな場所に?」
銀次とファインの通信にミレッタは目を白黒させる。
「解りませんか?事件の失敗を減らすためには手段を選ばない…
その場合なら簡易令呪を随時送信できる電波塔が必要不可欠。
その上自衛能力が高い物となればそれは自動的に限定されてしまうと言う事です。」
「銀次!ライトブリンガーをなるべく早く持ってきてください!」
「了解ですアニキ。」
243使いと糸無し ◆5QD88rLPDw :2008/09/02(火) 05:16:54 ID:???
「すいませんエリックさん緊急事態ということで…火薬使用取締法。
アレを一時的に解除してくれませんか?」
「え〜…またですかぁ?しょうがありませんねぇ…。」
ファインの要請にエリックはしぶしぶ了解する。
「それでは了解を頂いたと言う事で!」
ファインはいち早くマネキンの怪力でベコベコに凹み歪んだコンテナに飛び乗る。
その後次々とコンテナを飛び移りマネキンの攻撃を避けながら…
丁度ミレッタ達とマネキンゴーレムを挟み撃ちの状況に置く。
「いけますね?ミレッタさん?」
「合点承知!クロスファイアオペレーションね!」

ファインはズボンのポケットをごそごそ探り無許可での使用がご法度の獲物を、
ミレッタは義手の繰り糸を引き肘から上の部分に有る複数の穴をマネキンに向ける。
「さて…祭を始めましょうか?」
「そうですね。始めましょう始めましょう。」
二人のノリと声は妙に明るくはあるが目は全く笑っていない。
獲物を狙う猛禽類のごとく鋭い眼差しをマネキンゴーレムへ向けている。
「「クロスファイア!」」
掛け声が全く同時に発せられるとマネキンゴーレムもそれをさせじと動き出す。

「おっと?狙いは正確であることが重要なんです。でも偏差射撃ができていませんね!」
マネキンのパーツの弾幕をあっさりと躱しファインは指先に摘んだ物を一斉に投げる。
それは数回転した後マネキンゴーレムへ向けて加速。
キャンディーの様に見えたそれは超小型パンツァーファウスト。
「スティックファウストですか…おつな物を使いますね♪」
そう言ってミレッタの上腕二等筋辺りが伸縮運動をすると多数の何かが発射される。
「相変わらずアームバリスタを愛用しているようで。怖い怖い…。」
戦力の差は圧倒的技量差で覆されそれを示す爆音が倉庫街に響き渡る。
マネキンゴーレムは中枢部を完膚無きにまで破壊され焼ける樹脂の嫌な匂いを上げる。
その匂いは爆発の影響で割れてしまった窓ガラスから外へ流れていく…。
取り敢えずだが殺人マネキンの駆除には成功したと言えなくもない。
244使いと糸無し ◆5QD88rLPDw :2008/09/02(火) 05:45:57 ID:???
「アニキ!動き出しやした!スパイナーの野郎が!」
勝利の美酒に酔いしれる暇は与えられないらしい。
それどころか証拠物件の確保も難しい状況になってきた事も解る。
「逃げましょう!少なくともこの区画から出ないと危ない所の話ではありません!」
エリックは可能な限り撮影機材でマネキンを映しながら器用に逃げる。
「それって一体!?」
ミレッタが唖然としながらエリックに尋ねると…
「これがヘリック共和国の警察機構の秘術の一つ逃げ撮りの一つです。」
「他にも或るのっ!?」
流石のミレッタもびっくりな情報だった。

スピノサウルス種の咆哮が倉庫街に響き渡る。
子飼いのマネキンを失ったことへの怒りか苛立ちかは本人のみ知るところだろう。
立ち上がったダークスパイナーは手当たり次第に近場の倉庫をマシンガンで撃つ。
十秒ほども待たずにその凶弾は一行が居た倉庫を瓦礫に変え更に迫る。
「ライトブリンガーは間に合いそうもないですねぇ…うわったたた!!!」
エリックを抱えファインは全速力で脇の倉庫に身を隠す。
ミレッタとジョイスは完全に反対方向の倉庫へ身を潜ませやり過ごす構えを執る。
しかし狡猾な彼の背鰭は直ぐに彼等の居場所を突き止めるのだが、
一行に攻撃に移ることが無い。それもその筈である。

「ゴジュラスギガ!こんな倉庫街に何故配備を!?」
これには全員が大いに驚く。元来こう言ったオカルティクスな事には疎い共和国。
特に軍部とも成ると端から信じる様子は無く数式で現せない物は畑違い。
そう言って取り合ってくれない事が決まり事だった。
それなのに迅速過ぎるゴジュラスギガの配備は充分驚くに足りる事であった。
旗色が一気に悪くなったダークスパイナーは逃げの一手を打つのだが、
更に驚くことにその退路を防ぐように突然倉庫の瓦礫を突き破り飛び出す影。
桜色に染まったケーニッヒウルフは既にヘッドギアを付け終えており、
自慢の牙を瞬時にダークスパイナーの首筋に突き立てていた。
「エレクトリックファンガー!これで決まりね!」
その言葉通りにダークスパイナーは膝を突き動かなくなった。
245帰ってきたキングゴジュラス ◆cIvjGgItu. :2008/09/05(金) 23:12:55 ID:???
その昔、惑星Ziを巨大隕石群が襲った。隕石は惑星全土に降り注ぎ、あらゆる物を破壊
して行った。その最中、一体の巨大ゾイドが隕石を破壊すべく奮闘していたが…惑星Zi
の被害を最小限に食い止めるのが精一杯であり、最強と呼ばれたそのゾイドの力を持って
しても巨大隕石には敵うべくも無かった。隕石との戦闘により、致命的ダメージを受けた
巨大ゾイドは鎮座し、間も無くして搭乗者の手によって自爆させられた。しかし、炎の
海の中へ巨体を沈めていくはずだった巨大ゾイドの前に一人の少女が現れ…

         「フフフ…お主の命…わらわが預かったわ…。」

     『帰ってきたキングゴジュラス』   ブロック機怪獣ブロットン 登場

ヘリックもゼネバスもガイロスも…その様な大国は既に遥か過去の物となった時代。
その時代の惑星Ziは大小高低多種多様な文明が息付いていた。この時代になってもなお
争いの種は尽きる事は無かったが、惑星全土を巻き込む様な大戦にはなっておらず、
そういう意味では概ね平和だった。

とある小さな町の大衆食堂。老若男女様々な人々が食事を楽しんでいたのだが…そこで
一人の少年が現れた。外見的には十代前半位だが、実年齢は不明。先には少年と表記した
ものの、その顔は実に美少女じみており、俗に言う所の“男の娘(笑)”要するに…
「こんな可愛い子が女の子なワケ無いじゃないか!(笑)」
と言った様相をしていた。加えて水色の頭髪と、頭頂部にのみ一本だけ重力に逆らって
立つ真っ赤なアホ毛や妙にツンデレキャラっぽい雰囲気を感じさせる目付きの悪さと
言った特徴があった。そして、“キング”と名乗る彼は“男の娘”と形容される程の
美少女顔が無意味になる位にズカズカと店主へ不敵に歩み寄った。
「おうオヤジ! この店に魔女っぽい女がいるって聞いたがそれはマジか!?」
男の娘と形容される者は、外見的のみならず、内面的にも何処か女々しい所がある物だが
彼…キングには当てはまらないらしい。まあ声は少女全とした美声であったが…。
「魔女っぽい…女? もしかしてあっちで味噌ラーメン食べてる人かな?」
店主が店の隅っこを指差すと、そこには真っ黒い帽子に黒マントと言う如何にもと言うか、
明らかにわざとらしい位にまでの魔女的ファッションの少女の姿があった。そして闇を
思わせる深く漆黒の頭髪と瞳を持ち、美しさと共に恐ろしい雰囲気を放つ。それでいて
普通に大衆食堂で味噌ラーメン喰ってるんだからシュールとしか言い様が無い。
「アイツだ! 間違いねぇ! オラオラ! ここであったが千年目だ!!」
今度は魔女っぽい少女に対してズカズカと歩み寄るキング。
「なんじゃぁ誰かと思えばお主では無いか。まあ待っておれ。わらわは今味噌ラーメンを
食している最中じゃ。」
「早くしろよ。」
この魔女っぽい少女。外見的にはキング同様に十代前半と言った所の美少女であったが、
その口調は何と言うか…かなり今時とはかけ離れた物だった。まあ待てと言われて大人
しく待つキングもキングだが…。

味噌ラーメンを食べ終え、勘定も済ませた魔女っぽい少女とキングは町外れまで移動した。
「では…お主がわらわに何の用じゃ?」
魔女っぽい少女がキングを見下す様な美しくも冷酷な眼でそう訪ねた時、突然キングが
彼女の首を掴み、締め上げた。
「てめぇ! ついに捕まえたぞ! さあ俺を元に戻しやがれ!! てめぇが俺にかけた
変な魔法とやらを解きやがれ!! じゃなきゃ殺す!!」
憎悪をむき出しにして力一杯魔女っぽい少女の首を締め上げるキングであったが、少女は
全くと言って良い程動じてはいなかった。
「ええのんか? ええのんか? わらわが死ねばお主にかけられた魔法は永遠に解ける
事は無いぞよ。まあ、お主に殺される程柔な身体はしとらんがのう。」
「くっ…。」
首絞めによる脅しが通じないと見るや否やキングも手を解かざるを得ないが、魔女っぽい
少女はやはりキングを見下す表情のまま言った。
「第一わらわ…この“トモエ=ユノーラ”こそ遥か昔に死に掛けていたお主の命を救って
やった恩人だと言うのに何じゃこの仕打ちは? それだけじゃないぞ。お主に人間として
生きる術を教えてやったのもわらわであるし…お主が今使っとるゾイドをプレゼントした
のもわらわじゃ。感謝される覚えはあっても恨まれる覚えは無いはずじゃがのう。」
「そこは確かに感謝してるが…だからって人間の雄に姿を変える事は無いだろうが!?
何でこんな事するんだよ!」
「何って、面白いからに決まっておろう?」
「俺は面白く無ぇんだよ!! いいから戻せ!!」
また首を締め上げ始めてしまうキングであったが、魔女っぽい少女…“トモエ=ユノーラ”
はやはり動じてはいなかった。

“トモエ=ユノーラ”
彼女は単なる魔女のコスプレをしただけの少女では無く、正真正銘の魔女である。だが、
その詳細は謎に包まれている。外見は十代前半の少女の物であるが、実際は数百…
いや数千年の時を生きていると言われる。そして、科学では説明する事が出来ない魔術を
駆使し、遥か大昔においてキングに“とある魔法”をかけており、それがキングの弱みに
なっているらしいのだが…この通り、キングはどうにも彼女に勝てないらしい。

「元の姿に戻してやらん事は無いがのう? 条件さえ満たせばな?」
「何だ!? どんな条件だよ! 言って見ろよ!」
首を絞めたまま問い詰めるキングに対し、トモエはニヤリを微笑みながら…
「わらわの男として一生涯わらわの為に働くつもりなら戻してやらんでも無いがのう?」
「ふざけるな!! 俺に指図して良いのはヘリックU世プレジデントだけだ!!」
「ほ〜そうかそうか…。」
直後、トモエはキングの首絞めから容易く脱すると共に、まるで浮き上がる様に軽やかに
後方へ飛んだ。
「わらわに会ういたくばビース共和国へ行くが良い。わらわはそこにおる。」
「何だと!?」
再びトモエへ掴みかかろうとするキングであったが、その時にはトモエはフッとその場
から消え去っていた。それはグラヴィティーホイール搭載機が持つワープとはまた異なる
全く異質の転移方法だった。これも彼女の魔法の力と言うのだろうか?
「くそ…ビース…共和国か…。」
早速キングはビース共和国へ向かった。トモエの言う通りにするのは癪ではあるが、他に
手がかりが無いと言うのなら仕方が無い。早速彼はさり気無く日常の足としてトモエから
譲渡されていたレイノス(前回…“王の名を持つ者”ではサラマンダーに乗っていた気も
するが、気にしない方向で)に搭乗し、高度文明圏の位置する国家の一つ“ビース共和国”
へ赴くキングであったが……

「ありのまま、今起こった事を話すぜ。俺はトモエの奴を追ってビース共和国へ行ったと
思ったら何時の間にかに逮捕されて牢獄に入れられていた。な…何を言っているのか
わからねーと思うが…俺も何をされたか分からなかった。頭がどうかなりそうだった…。
トンデモだとか超展開だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。もっと恐ろしい物
の片鱗を味わったぜ…。って事でオッサン! 何で俺が逮捕されなならねぇんだ!?」
キングはビース共和国へ到着するなり、速攻で逮捕されていた。勿論理由は分からない。
それに関し、キングは牢獄の鉄格子を握り締めて看守へ問い詰めていた。
「何故逮捕されたかだと? それはお前が使っていたゾイドに問題がある。」
「ゾイドに問題? あれは至って普通のレイノスでヤバイもんは何も積んではいないが?
まあ多少強化はされてるみたいだけどな。」
「レイノスだからだ。我がビース共和国では恐竜型ゾイドの一切が禁止されており、
無論所有も認められていない。貴様が逮捕されたのは当然の事だ。」
「何だその無茶苦茶な法律…ってかレイノスは翼竜型であって恐竜違うぞ。」
「どっちも一緒だ! 古代ヘリック共和国の後継者であるビース共和国は恐竜型の一切を
認めていない! であるにも関わらず恐竜型ゾイドを持ち込んだ貴様は重罪だ!」
「ヘリック共和国の後継者だと…ハハハ…笑わせてくれるじゃねーか。寝言は寝て言え。」
「重罪人が何を言う!! 子供とは言え容赦はせんぞ!?」
看守は思い切りキングの収監されている牢獄の鉄格子を蹴り付け、周囲に鈍い音が響く。
「おーこわ。ならもう一つ聞かしてくれ。ここの国は何故そうまで恐竜型を嫌う?」
「恐竜型ゾイドは危険だからだ。闘争本能の高すぎる恐竜型ゾイドは我がビースには
不要…いや…もはやこの惑星Ziそのものに存在してはならない存在なのだ!」
「何故そうなる? 恐竜型にも大人しい種はいるし、逆に哺乳類型や昆虫型にも
凶暴で扱いにくい奴とかいるだろ? なのに何故恐竜型のみピンポイントなんだよ。」
「つべこべ言うな重罪人がぁ!!」
またも看守は鉄格子を蹴り付け、鈍い音が響いた。
「おーこわ。でもまあこの国が色んな意味でヤバイってのは分かったわ。」
「ヤバイだと? 貴様の様な考え方の方がよっぽど危険だ! と言っても…牢の中では
そうやって文句を言う事しか出来まい。それに我がビース共和国は全恐竜型廃絶運動を
全世界で実施する予定だ。」
「何だと? そんな…他の国が黙ってると思うか?」
「何を言っている? 恐竜型が存在してはならない様に、恐竜型ゾイドを擁護する国も
また存在してはならないのは当然だろう?」
「そうか…。(ダメだこりゃ…典型的な独善だなこりゃ…。)」
看守の余りの独善的な言葉にキングも呆れる他無かった。ビース共和国が本当に彼の
言う通りの国ならばそれはもう救いようは無いし、キングとしても何時までもこんな
所にいるつもりは無い。
「それじゃ…俺はそろそろ行くわな。そもそもこんな鉄格子なんてその気になれば…。」
キングは鉄格子を両手で掴み、力を込めた瞬間ひん曲げてしまった。男の娘らしからぬ
馬鹿力である。そしてキングは悠々と脱獄する。
「な! 貴様!」
慌てて警棒を構える看守だが、その時にはキングの拳が腹にめり込み、気を失っていた。

牢から出たキングは早速レイノスを奪還し、脱出した。しかし、彼の行為は完全な脱獄で
あり、ビース共和国軍が黙ってはいなかった。
「脱獄囚は禁止ゾイドによって逃亡中!」
「脱獄の上に禁止ゾイドまで…これはもはや極刑ものだぞ!」
「逃がしてはならん! 他の者に対する示しの意味も込め、奴を捕らえろ!」
キングが飛行ゾイドであるレイノスで逃亡した事もあって、ビース共和国もまた空軍の
鳥類型飛行ゾイド、ハリケンホークによって追撃を開始した。

「あれがハリケンホークね…。何っつーか…サラマンダーのモロパクリじゃねーか。
なのに何であっちが良くてこっちがダメなんだよ。ビース共和国ってワケ分かんねーな。」
ハリケンホークの形状がサラマンダーに極めて酷似している事に関して疑問を持ちながら
降りかかる火の手を払う為にキングは自身のレイノスを反転させた。

キングのレイノスはトモエから貰った物である。トモエが何処でレイノスを調達したのか
は不明だが、今はそれをとやかく考えている暇は無い。
「悪いな! 俺ぁここでやられるワケにゃ行かないんだ! それに俺だって遊んでる
ワケじゃねぇ!」
ビース空軍の主力戦闘機ハリケンホークはレイノスと比較して数世代先に存在する機体で
あるが、だからと言ってレイノスも決して負けてはいない。むしろレーダー性能は
レイノスの方が遥か上であり、素早く敵機の位置を把握して的確にビームを命中させ、
次々に落として行った。性能はもとより、キングの操縦技術に関しても目を見張る物が
ある。これも実はトモエの言っていた“キングに教えた生きる術”の一環として含まれて
おり、そこを考えると、普段キングを振り回しているトモエのおかげで、キングが今と
言う状況を生き延びる力を付ける事が出来たと言うのは実に皮肉な話である。

こうして、ハリケンホーク隊を迎撃していたのだが、そんな時…それは起こった。
「ん…? 何だ?」
ハリケンホーク隊とのドッグファイト中にレイノスのレーダーが新たな機体の反応を
キャッチした。しかしビース共和国軍の増援の類では無い。別の巨大な何かが今キングの
レイノス等がいる空域の真下、ビース共和国の都市群を破壊していたのである。
「あ! ありゃ何だぁ!?」
思わずキングは叫んでいた。何故ならば、ビース共和国の都市群を破壊していたのは
巨大な丸い岩石の彼方此方にフジツボが生えている様な…そんな奇怪な形状の正体不明
物体。とりあえずレイノスのレーダー&コンピューターが、その正体不明物体に関し、
数百数千と言う数のブロックスが一つに融合してあの様な形を取っていると言う分析結果
を出し、少なくともゾイドであると理解出来たが…余りにも無機質過ぎて生命体らしさが
感じられなかった。しかも、それがゴロゴロと転がりながら行く手に存在する都市の
ビル群を踏み潰して行っているのである。
「お?」
そこで先程までキングのレイノスと空中戦を演じていたハリケンホーク隊が反転し、
フジツボ状のアンノウンへ向けて攻撃を開始していた。脱獄囚の追撃よりも、未確認物体
から自国の都市や民間人を守る事の方が優先順位が高いと言う事である。他にも地上を
見ると、ビース共和国陸軍のブレイブジャガーやハードベアーと言った面々が出撃して
おり、フジツボ型アンノウンへの攻撃を行っていた。
「さてさて、ビースさん所のお手並み拝見とさせてもらおうか? お前等が本当に
ヘリックの後継者となり得るか…。」
とかなんとか、格好良い事言いながらレイノスと共に上空を旋回しながら眺めていた
のだが…何と言うか…やはりと言うか…全然歯が立っていなかった。

「あらら…ダメだこりゃ。だがこの場合あれが強いと考えるべきか。一体何なんだ?」
キングはますます首を傾げる。レイノスのコンピューターによる分析でも、多数の
ブロックスの集合体によるゾイドと言う点以外は分からなかったが…
「あれはブロック機怪獣ブロットンじゃ。」
「うお!?」
いきなり直ぐ隣から離しかけられて思わずレイノス共々に驚くキングだが、そこには
なんとホウキに乗った状態でレイノスと並んで飛んでいるトモエの姿があった。
明らかに物理法則を無視した様な光景であるが、これに関して彼女いわく…
「魔女がホウキで飛んで何が悪いのじゃ?」
と言う事らしい。何か滅茶苦茶だが、最初から彼女に物理法則を押し付ける方がよっぽど
愚かな行為。だからこそ、キングも彼女はそういう事が出来る程度にしか考えない様にし、
先程彼女の言った言葉に対する質問をする事にした。
「機怪獣って…何だ? 機械獣じゃないのか?」
「機械の獣では無い。機械の怪獣…機怪獣じゃ。最近世界各地で出現する様になった
正体不明の連中でな。きゃつらは並の攻撃では歯が立たん。」
「正体不明? お前でも分からないのか?」
「うむ…。そりゃわらわにも分からない事の一つや二つあるわ。それはそうと、見てみる
が良い。ビース共和国とて決して弱くは無い。じゃが…全くと言って良い程歯が立って
おらんであろう? まるで怪獣映画の様な光景じゃ。」
確かに彼女の言う通りかもしれない。彼女が“ブロック機怪獣ブロットン”と呼んだ
フジツボ型の“機怪獣”はビース共和国の誇る猛獣師団の総攻撃を受けてもなお平然と
しており、悠々と街を破壊し続けている。さながら怪獣映画の様である。
「ハッハッハッ! ざまぁ見ろだ!! 恐竜廃絶なんて考えるから罰が当たったんだ!」
ブロットンに破壊されるビースの都市を尻目にほくそ笑むキングであったが…
「まあ確かにお主の言う通りじゃな。じゃが…このままにしといて良いのかのう?
きゃつはビースを破壊した後は他国にも攻め込むであろうな。そうなれば当然お主にも
降りかかって来るぞよ?」
「う…。」
痛い所を突かれ、キングも黙り込んだ。トモエの言う通り、これは人事では済まない。
とすれば…降りかかりそうな火の粉は今の内に振り払っておくべきである。
「全くしょうがねぇなぁ…。あ、その前にちょっと待った。奴について…ブロックスの
集合体だからブロック機怪獣ってのは分かるが…ブロットンって名前の由来は何だ?」
「わらわがさっき考えたんじゃ。」
「あ…そうかい…。なら行って来る…。」
何か微妙な気持ちになったが…それでもキングは操縦桿を倒し、レイノスをブロットン
目掛け急降下させた。
ブロットンはなおも岩石状の巨体を転がしながらビルを倒し、行く手に存在する物全てを
踏み潰していた。無論ビース共和国の猛獣師団の攻撃もまるでビクともしていない。
陸からのブレイブジャガーやハードベアーの砲撃、空からのハリケンホークのミサイル
攻撃もまともに意味を成さない。むしろブロットンの各部に存在するフジツボ状の物体
から放たれる光線により、逆にやられて行く始末だった。
「オラオラ退け退け! カス共がぁ!!」
そこへ急降下して来たのがキングの乗るレイノス。そしてブロットン目掛けミサイル・
ビーム等各種武装の連射を叩き込むが…やはりこちらもビクともしない。
「やっぱり効いてないでやんの…。こうなったら仕方が無い!」
ブロットンのフジツボから放たれる光線を回避し、一度上昇した後でレイノスの
コックピットを開き、キングは飛び降りた。一見すると単なる自殺行為でしか無いが…
ブロットンへ降下して行くキングの頭頂部に生えた真紅のアホ毛が燃える様に輝き始め、
その輝きが彼の全身を包み込み…巨大な何かへ変化して行き……………

『よぉく見さらせビースのカス共!! これが俺の本当の姿! ヘリック共和国が作った
史上最強のゾイド! キングゴジュラスだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
燃える様な真紅の輝きの中から現れたのは間違い無くキングゴジュラスだった。
デスザウラーよりも頭一つ抜き出た巨体。全身を覆う重装甲。胸部の巨大なガトリング砲。
そして頭部に輝く真紅のブレードホーン。これは紛れも無くキングゴジュラスの持つ特長。
しかも、そこから放たれる声色は若干電子音風にアレンジされてはいるが、紛れも無く
キングの物だった。
これこそトモエがキングにかけた魔法だった。かつて巨大隕石群の迎撃によって大きな
ダメージを受けた上に搭乗者であったヘリックU世によって自爆させられ、そこで
彼の命は尽きるはずだった。しかし、その場をたまたま通りかかったトモエによって
回収され、さらに魔法によって人間の雄へ姿を変えられ現在に至るのである。一体何の
思惑があってトモエが彼を蘇生し、人間にしたのかは不明だが、キングゴジュラスが
今の時代も健在である事は紛れも無い事実。そして、トモエ自身の作為的な物なのか、
はたまた魔法も完璧では無いのか、一時的に自分の意思でキングゴジュラスとしての
姿に戻る事が出来た。

『オラァ!!』
キングゴジュラスの巨大な拳がブロットンへ叩き込まれ、フジツボの一部が砕け散り
そこから数十のブロックス欠片へ姿を変えた。通常兵器の一切通じぬブロットンの身体も
キングゴジュラスの大馬力から繰り出される打撃の前には一溜まりも無かった。
『キングミサイル!!』
間髪入れる事無くキングゴジュラスの口腔部から放たれる一発のミサイルがブロットンの
別のフジツボを撃ち砕く。まさに圧倒的。キングゴジュラスの力は圧倒的だった。

「……………………。」
ビース共和国軍の者達は呆然とキングゴジュラスとブロットンの戦いを眺める事しか
出来なかった。双方共に何の脈絡も無く登場した余りにも住む世界の違いすぎる怪物故、
恐怖の余り泣き叫ぶ事も出来なかったのである。だがそんな時、一人のビース共和国軍
将校が呟いた。
「おい…後から現れた方の化け物…自分の事をヘリック共和国の最強ゾイドとか言って
なかったか? ヘリックって…あのヘリックの事だろ?」
「まさか…。そんなはずはない。我等ビース共和国の前身たる古代ヘリック共和国が
あの様な恐竜型ゾイドを作るはずがない。」
「そうだ。奴は我々を混乱させようとしているだけだ。」
ビース共和国において神聖視されているヘリック共和国もキングゴジュラスを初めとし
様々な恐竜型ゾイドを作っていたのだが…その後継者を名乗るビース共和国の者達は
恐竜型の一切を拒絶する風土で育った為か、その事を一切信じる事は無かった。
『うぉら! でゃぁ!!』
キングゴジュラスとブロットンの激闘は続いていた。やはり戦況はキングゴジュラス優勢。
ブロットンが巨体を生かして押し潰そうとのしかかって来ても、逆に投げられ、尾で叩き
付けられる始末であった。しかし…
『これで砕けて死ねぇ!』
キングゴジュラスが再度拳をブロットンへ叩き込もうとした時、拳が直撃するより先に
ブロットン自身が分散してしまった。元々ブロットンは数百数千と言う数のブロックスの
集合体。故に自分で分離したと言う事なのだろうが…その後が違った。何と分離した
ブロックスの一つ一つが散弾のごとくキングゴジュラスの全身へ撃ち込まれていたのだ。
とは言え、キングゴジュラスの装甲も固く、軽く目をくらませる程度にしかなら無い。
だが、そう思った直後にブロットンはキングゴジュラスの背後で再度一つに融合。
フジツボの穴から発射した光線をキングゴジュラスの背中に叩き込んでいた。
『うわっとっと!』
ダメージそのものは皆無だが、光線に押し流される形で手近なビルへ倒れこみ、そのまま
ビルを瓦礫へと化えてしまった。そうなればビルの近くにいた民間人やビース共和国軍
ゾイド等にも瓦礫が降り注ぐワケで……阿鼻叫喚となっていましたとさ。
『うわ…やば…………知〜らないっと。』
結局キングゴジュラスは知らない振りして立ち上がり、ブロットンとの戦闘を再開した。

力量的にはキングゴジュラスの方が圧倒的に分があるのだが、ブロットンのトリッキーな
戦法の前には予想外の苦戦を強いられた。そうこうしている内に…突然キングゴジュラス
の首下に存在するライト部が点滅を始めたのだ。
『うわ! やば! もうタイムリミットが近いってか!?』
彼がキングゴジュラスとしての本来の姿を維持出来るのにも限りがある。その制限時間を
超えた時、魔女トモエが彼にかけた人間の雄へ変える魔法によって人間としてのキングへ
戻ってしまう。そうなれば…彼は負けたも同然である。
『これは非常に不味い。何とかしなければ…。』
「それそれどうしたどうした? お主の力はその程度かのう? フッフッフ…。」
何時の間にかキングゴジュラスの耳元にトモエの姿があり、まるで馬鹿にするかの様に
囁く。それはキングゴジュラスにとって何よりも耳障りな事だった。
『ムカッ! ならやってやるよ! 貴様共々なぁ! スーパーサウンドブラスター!!』
本気で怒ったキングゴジュラスが口を大きく開けた時、口腔部からスピーカー状の
物体が現れる。それこそキングゴジュラスを象徴する超兵器スーパーサウンドブラスター。
本来ならそこでキングゴジュラスの咆哮を増幅させ放射するのだが…
『ゴォォォォォッ○!! ラ・○ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!』
魔女トモエに人間にされ、人間として暮らす中で人の文化に触れた影響か、色んな意味で
危険な叫びになっていましたとさ。だがいずれにせよ強大な破壊力である事は間違い無い。
その威力たるや緑の悪魔と恐れられたゴジュラスギガ“カンウ”の“竜王咆哮破”や
“機械仕掛けの女神”の対である特機型ギルドラゴン“大龍神”の“ドラゴンサウンダー”
を遥かに超越しており…さしもの融合機怪獣ブロットンも数百数千と言う数のブロックス
の一つも残さずに消滅していた…。

キングゴジュラスがブロットンの消滅を確認した時、あの超音波の渦の中を何事も
無かったかの様にトモエが耳元で囁いていた。
「お主もちょいと冷静になりぃ。わらわを殺してはお主にかけられた魔法は永遠に
解けぬと申したはずじゃが?」
『あ! 忘れてた!』
ちっとばかしカッとなっていた故、本気で殺す気でスーパーサウンドブラスターを
放っていた為にキングゴジュラスは大切な事を思い出していた。
「じゃが…それ以上に大変な事があるぞ。周りを見てみぃ…。」
『え……うっ!!』
キングゴジュラスは周囲を見回して初めて気付いた。先のスーパーサウンドブラスターの
余波によって、辺り一面が焦土と化していた事に…。恐らく効果範囲内にいた者達…
軍人や民間人を問わず、多くの人が巻き添えになってしまった事は間違い無い。
『……………。』
これにはキングゴジュラスも非常に気まずくなり…
「俺知―らね! 知―らね!!」
人間の男の娘としてのキングに戻るなり大急ぎで戻って来たレイノスに回収してもらい、
そのまま何処かへ飛んで行ってしまいましたとさ。これには流石のトモエも呆れる他は
無かったと言う。
「ダメだこりゃ…。」

こうして完全にビース共和国を敵に回してしまったキング。しかし、同じヘリック共和国
をルーツに持つ者とは言え、恐竜型を完全否定するビースとは決して相成れぬ存在。
結局敵対する事になるのは必然なのかもしれない。

ビース共和国は本気で惑星Zi全土から恐竜を抹殺するつもりなのか? キングは
キングゴジュラスとしての身体を完全に取り戻す事は出来るのか? 機怪獣とは一体
如何なる存在なのか? 魔女トモエって実はさり気無くツンデレなんじゃないのか? 
等々…様々な問題を残しつつ、物語は一度ここで幕を閉じる。

                  おわり
258糸無し人形姫 ◆5QD88rLPDw :2008/09/13(土) 04:38:58 ID:???
「おや?あの声は…確か…ラブルマン大尉殿ですか。」
桜色のケーニッヒウルフから聞こえてくる声を聞いたファインが呟く。
「ざ・ん・ね・ん・で・し・た!中尉です!」
かなり憤りと言うか怒りの篭もった声がケーニッヒウルフから帰ってくる。
「あんたか!俺達に極太荷電粒子砲を事実関係上ぶっ放したのは!」
ゴジュラスギガの方からも非難の声がファインに飛んで来る。
しかしながら件の張本人からすれば別の物を狙って撃った荷電粒子砲。
その射線上に居ただけなのでその事実すら初めて聞く話である。
「ま…まあまあ落ち着いてください。とにかくそのスパイナーを。」
「あ…忘れてた。えい♪」
不謹慎に楽しそうな声が響くとダークスパイナーの頭部が首から切り離される。

「取り敢えず!ライトブリンガーは禁止!」
コクピットから飛び降りてきたリエット・ラブルマンはイエローカードを出す。
「高々デスステ1機の投入をそこまで嫌わなくても…。」
「シャ〜〜〜〜〜ラ〜〜〜〜〜〜ップ!!!あんなヒーロー然としたのは駄目!」
「なんかとても酷い理由ですねぇ……。」
そんな折りに件のライトブリンガーが到着したのだから間が悪すぎる。
そのリエットの言葉に壮絶に拗ねてしまったらしく丸くなってごろごろ転がっている。
「ほら!拗ねてしまったではないですか!謝罪と保証を!」
「何処かの国の人みたいなことを言わない!」
その後小一時間ほど下らない言い争いが倉庫街の静寂を乱していたらしい。
隣で寂しそうに転がっているデススティンガーの姿が更に非現実感を強調。
他にも伏せていたらしい2機のゴジュラスギガも到着して…
非常に混沌としたロケーションを生み出していたのは言うまでもない。

「笑っている?楽しんでいる?」
自分の表情が崩れている事に気付き遠くから顛末を覗いていたアニマは驚く。
”笑い顔”こんな高度な技術が人形である自分に搭載されていた事に…
そして自覚の全くない感情を生み出した自身に疑問を抱く。
「(少々私は特別な人形のようですね……。)」
この場は既に危険地帯。急ぎ姿を眩ますのだった。
259糸無し人形姫 ◆5QD88rLPDw :2008/09/13(土) 04:42:43 ID:???
結局今回は伏せっていた特殊部隊に拘束されて帰宅の途に就く一行。
「なんで…他の人は手錠とかなのに私は簀巻きで逆さ釣りな訳ですかねえ?」
「あら?あなたの故郷での男の逮捕者はそうなるって話を聞いたけどぉ?」
「それは謝った情報ですよぉ!」
どこでそんな話が広まったのかはこの際関係ない。
ファインが理解できるのはリエットの嫌がらせであるという事。唯それのみ。
「しかしハウンドまで借り出されているとは思いもしませんでしたね。」
唯一お縄を逃れていたエリックがリエットに尋ねる。
「今回教えられるのは…
今度の無差別殺人と帝国ゾイド密輸事件が繋がったと言う事だけね。」
逆さ釣りにされているファインと義手と義足を外されたミレッタの表情は曇る。
今回の事件は絶妙に彼等帝国系の移民に弊害を与える問題。
唯でさえ過激な民族浄化組織が蠢いている共和国領内でこの事件。
風当たりは更に酷くなることだろう。

ファインの事務所に戻ってきたのだが一行の人数は更に膨れ上がっていた。
特殊部隊ハウンドのメインスタッフが4人。更に関係者が多数。
事務所の本来ファインの座っている椅子にはその長官さんらしき人まで居る始末。
「よっ!お久しぶり!」
長官らしき男は深く被った帽子をとって挨拶をする。
「ああ…あなたまで。後おせっかい焼きのおじさんが一人加わればフルメンばぁ!?」
「そう言う事だ。くくくくく…。」
突然寒気が襲ったかと思うとファインは仰向けに床に倒れており、
首筋には共和国特殊潜入部隊愛用の極端に肉薄なナイフの刃が宛てがわれていた。
「あ…相変わらず酷い扱いをされますねぇ…とほほほほ…。」
共和国軍最凶の懐刀。サーベラス・ライエンとザクサル・ベイナード。
敵に回したら確実に人生が終わる二人が一ヶ所に揃っているという異常事態だ。
「私達は三日後生きていられるのでしょうかね?」
「さ…さあ?」
ファインとミレッタは顔を合わせて深い溜め息を吐く。
本当に幸せが逃げて行きそうな思いだろう。
260糸無し人形姫 ◆5QD88rLPDw :2008/09/13(土) 04:51:32 ID:???
「それでは私はイドのお迎えに行ってきます。留守番を…」
「ほう?私に留守番を押し付ける気か?いい度胸だな。」
「その手は喰いませんよ。安い挑発にノリで乗る気はありません。」
ギスギスした空気を漂わせながらファインとザクサルのやりとりが終わり、
ファインとザクサルがイドを迎えに。
ハウンドのメインスタッフはヘリックシティ内の帝国ゾイドの動向監視。
ミレッタとエリック、サーベラスが連続殺人事件の洗い直しと言うシフトが執られる。
午後の昼下がりでまだ夕刻までは遠い時間だが…
何故か行動開始までの間夕御飯のメニューで揉める。
どことなく変な空気が漂う結果となっていた。

やはり一緒に歩いていると雑多な人込みが真っ二つに割れてしまう…
そんなファインとザクサルの二人組。
端から見るとこれから果たし合いをするために人目の付かない場所へ向かう。
そんな風にしか見えないのだろう。
「解るか?」
「解らいでか…この気配はレッサーデーモン級。数は4。」
「級?つまりは気配が安定していないという事か。」
「ええ。どうやら人形騒ぎから目を背けたい…
そんな一心で招喚でもやらかしたと言う所でしょう。」
「で。失敗か。」
「多分。」
会話が終わると同時に両者は我先にと走り出す。
幾らなんでもこの人込みの中でレッサーデーモン級が現れたら目も充てられない。
道を開いてくれる通行人の方々に本当にお礼を言いたいぐらいである。

「来ますね。マテリアライズが発生します!」
「ちっ!この段階で少しは数を減らせないのか?へっぽこ魔術師!」
「やってますよ!最終的な実体化が失敗すれば帰っていきます。先ずはっ!」
シュレーディンガー波動関数を乱す関数変換で実体化しようとした数体が消える。
しかしその間に実体化したのがその数10体。招喚者の生命の安否が疑われる状況。
失敗とは言ってもその結果が過剰招喚とはついていなかった2人である。
261糸無し人形姫 ◆5QD88rLPDw :2008/09/13(土) 04:54:11 ID:???
ー 十数分後 ー

「面倒でしたね。」
「だな。さっさと迎えに行くぞ。」
幾ら魔族とは言え下級種。下手をすれば小型ゾイドさえも素手で破壊する…
そんなザクサルの凶悪な格闘能力の前では荷が重すぎる。
一方魔術師としての才能に他所様からすれば多分恵まれているファイン。
こっちの方は相性問題で通常の人が与えるダメージが100%とすると、
彼の発生源から来る一撃は彼等に対して4000%に匹敵する。
そんな重たい攻撃に複数回耐えられる程の耐久力はレッサーデーモンには無い。
人込みから離れたビルとビルの隙間には無残な肉塊が出来上がっていた。
しかしそれも実体化の期限が過ぎ霧の様に消えていく。

こう言った性質のために共和国の科学者達には眉唾な話なのだ。
しかもこの世界で死亡しても彼等は本来居た場所では無傷だったりする。
結局失われたのは招喚者の体力や活力、スタミナ、精神力だけ。
その為か魔術師の間でも招喚術は難易度の割に実用性が無いと言われている。

「…やはりシャドーサーパントでなければこのザマか。
でもシャドーサーパントでは人相が割れてしまうから奴等の足止めは無理だな。
しっかしレッサーデーモン10体が10分耐えられないとはどう言う戦力だよ。」
足止めを頼まれたらしい招喚士は足を引き摺りながらビルの闇に消える。
「その程度しか稼げんのか?」
その最中すれ違った声に招喚士は飄々と答える。
「最悪の組み合わせだよ。俺だけでなくあんたにとってもな。
奴が同区画に居るだけで招喚の成功率が下がるって余程優先順位が高いんだろ。」
「優先順位まで奴等の手の内か。それは厄介だ。」
声の方は招喚士の言葉には大して動じていない様子だった。
「まあ約束は守ろう。それが貴族というものだ。」
「気前いいねぇ。もしまた入り用なら声を掛けてくれよ。」
その会話が終わると声と招喚士の気配がじわじわと消えていく。
ある種の察知に気付かれ難くする為の定差転移の術を使用したと思われる。
262糸無し人形姫 ◆5QD88rLPDw :2008/09/13(土) 05:00:16 ID:???
「招喚士の方は追わないので?」
「どうせ金で雇われた傭兵の類だ。死んでも口を割らんだろうな。」
気配の消え方に違和感を感じたザクサルとファインはその場に到着した。
しかし既に術の完成が終わった後では介入は無理。
敵対思惟の存在する術なら抵抗を試みたりそれ自体の完成の阻害をできる。
しかし移動に関する術式は殆どの場合自身に掛けるもの。
相手に対してのアクションが無い為取っ掛かりが無いと言う事である。
取り付く島が無ければ動きようが無いと言う話だ。
その上主犯でないなら捕まえて吊るし上げたところで意味も薄い。
更には傭兵ともなれば圧倒的なチップを積み上げでもしない限り依頼主を売りはしない。
全く以て無駄の大安売りなのでさしものサディストも手を伸ばす気は無いようだ。

露店でちょっと買い食いをしながら歩く共和国軍の軍服と帝国軍の軍服。
目立ってしょうがない風貌の男達がイドの通っている学校へ付くのはまだ先の話。
彼等は徒歩で迎えに行くという基本に忠実な行為を行なっていたからだ。
一人だけお車、おゾイド等という贔屓は教育上宜しくないからである。

「ないですね。私が入っていた箱が…
清掃業者など入る筈もないのに?どういう事でしょう?」
アニマは自分の入っていた箱が消失している事に違和感を覚えた。
アレに入ればもう一度休眠状態に入る事ができる。
その上前に接触した人間に自分の出生を調べてもらえるかもしれないと言う狙いも有った。
あてが完全に外れてしまい途方に暮れる状態となったアニマ。
ここはまさにありきたりな古い洋館。
この周辺に住んでいた者なら嘗てその場所が人形館と呼ばれていた事を知っているだろう。

ー 第一夜 終 ー
263魔牛大騒動 1 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/29(月) 23:24:11 ID:???
その昔…惑星Ziに降り注いだ隕石群との戦闘で致命的な傷を負い、搭乗者であった
ヘリックU世に秘匿の為自爆させられた悲劇の最強ゾイド・“キングゴジュラス”
本来ならばそこで彼は炎の海の中にその巨体を沈めるはずだった…。しかし、そこを
たまたま通りがかった正体不明の悪い魔女“トモエ=ユノーラ”に魔法をかけられ、
命を救われたのは良いけど、同時に人間の男の娘(誤植では無く仕様)“キング”に
姿を変えられ、千年以上の時が流れた未来へ放たれてしまった。正直それは彼にとって
かなり困るワケで…自分をこんなにした魔女トモエを締め上げ、元に戻して貰う為、
トモエから貰った強化型レイノスを駆り、世界中をノラリクラリと食べ歩くトモエを
追って西へ東へ、キング君の大冒険の始まり始まり!

       『魔牛大騒動』   魔牛機怪獣ディバタウロス 登場

キングはさり気無く所有していたレイノスに乗り、“カントーリ”と言う牧畜の盛んな国へ
やって来ていた。この国の特長は何と行っても国土の大半を占める巨大牧場で育てられる
大量の牛型ゾイドにある。その牛型ゾイドがディバイソンやカノンフォートのベースと
され、また牛肉として国の内外の肉屋に並び、牛乳を元にした乳製品も多く作られている。
で、トモエ追跡のついでにここで一休みしようとキングは考え、レイノスを降ろすので
あったが…

「おお! 丁度良い所にお主がいるでは無いか! ちょっと聞いてくれ!」
「うわぁ!」
いきなり何の脈絡も無くお探しの魔女“トモエ=ユノーラ”の方から現れ、キングは逆に
驚いた。確かに彼女は魔女なだけに神出鬼没であり、キングでも得体の知れない様々な
力を持っている。こういう事も別に今まで無いわけでも無いのだが、お探しの相手の方
からやって来ると言うのは驚かざる得ない。
「実はのう! わらわはここカントーリ名産の牛肉を食べようと思ったんじゃ! なのに
牛肉は出ないと言われたんじゃ! 何でも今カントーリ中で牛型ゾイド泥棒が横行してて
それで牛型ゾイドが不足がちになっとるんだと! これは由々しき事態じゃ!」
「い…いきなりそんな事言われてもな…。」
264魔牛大騒動 2 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/29(月) 23:24:53 ID:???
有無を言わせず強引に話を進めるトモエにキングも退かざるを得ない。
「このままでは牛型ゾイドの供給が断たれ、ディバイソンやカノンフォートも作れなく
なるし、その他牛肉や各種乳製品不足に陥るのは必至じゃ! そうなれば市場原理に
よって他の分野においても打撃の連鎖が襲うであろう! そうなればこの星の経済は
終わったも同然じゃ! ここはお前が何とかせい!」
「ええ!? 何とかせいって…どうするんだよ!!」
何かいきなり説明めいた事を言われた上に無理矢理この事件を解決させる事を押し付ける
トモエにキングもやはり戸惑うばかり。だが…
「何、簡単な事じゃ! 牛型ゾイドを盗んでる輩を捕まえれば良いんじゃ!」
「全然簡単じゃねーよ!」
確かに口で言うだけなら非常にシンプルであるが、それを実践するとなると大変な事だ。
キングとしてもいきなり色々言われて状況が読めないと言うのに、その上何処からどんな
方法を使って牛型ゾイドを大量に盗んでいるかも分からぬ相手を捕らえろとは…そんなの
出来るか! と誰でも叫びたくなろう。しかし、トモエはキングの弱みを握っていた。
「おやおや…お主が牛型ゾイド泥棒を捕まえて、元通り牛肉が食べられる様になれば…
わらわもお主にかけた魔法を解く事を考えても良いのじゃがのう…。」
「何ぃ!? それはマジか!? やる! やらせてもらうぞウラァ!!」
これこそトモエの握っているキングの弱み。キングを人間の男の娘へ変えたのはトモエ
自身であり、またその魔法を解くのもトモエ以外には無い。だからこそ、それを解いて
貰う為には嫌でも引き受ける他は無かった。

で、結局トモエの頼みを引き受けたキングは牛型ゾイド泥棒を捕まえる為、レイノスに
乗ってカントーリの上空を見て回っていたのだが…そんなカントーリ中から牛型ゾイド
を大量に盗み出す様な派手な事をしてのけそうな奴など見付かるはずは無かった。
「ってか…今になって冷静に考えてみれば…そんな派手な奴は警察の方が先に見付ける
んじゃねーのか…?」
と、キング自身もそう疑問に思う始末であった。
265魔牛大騒動 3 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/29(月) 23:27:26 ID:???
そうこうしている間に夜にった。キングは牧場近くの草原にレイノスを降ろし、カップ
メンを食いながらやはり牧場の方を眺めていた。
「何かこうしてると…俺の方が牛型ゾイド泥棒と疑われそうだな…。」
等と呆れ眼で独り言を言っていた時…レイノスのレーダーが上空から迫り来る巨大な
熱源をキャッチした。
「ん!? 何だ!?」
キングはカップメンを食いながらもレイノスのサーチをその巨大熱源へ集中させる。
その直後だ。上空の濃い雲の中から光り輝く円盤状の巨大物体が現れていたのだ。
「えぇ!? あれってまさかUFO!? やべぇ! UFO見ちまったよ俺!」
キングが戸惑う中、円盤状の巨大物体は円盤底から光を牧場へ向け放射した。すると
どうだろうか。牧場中の牛型ゾイドが次々吸い上げられて行くのである。
「うわ! キャトルミューティレーションだ! キャトルミューティレーションだ!
俺初めて見たよ! UFOのキャトルミューティレーション!」
衝撃的な瞬間を目撃してしまったショックで一人興奮していたキングであったが…
レイノスのレーダーは現在牛型ゾイドを吸い上げている円盤状の物体の正体を割り出した。
「何!? あれUFOじゃなくてタートルシップ!? アホくさ…。」
あの円盤状物体の正体がUFOでは無く、ネオタートルシップの前身たる巨大亀型輸送
ゾイド・タートルシップであった事が分かるなり、キングは呆れてうな垂れてしまった。
確かにネオの付かない初代タートルシップは円盤状の形状をしており、またマグネッサー
システムを応用したトラクタービームも搭載していた。犯人はそこを利用してUFOの
仕業に見せかけようとしていたのだろう。そして、一通り牛型ゾイドを吸い上げ終えた
タートルシップは上昇し、再び雲の中へ潜って行った。
「あ! こうしてる場合じゃねぇ! あれ追わんと!」
牛型ゾイド泥棒の正体がタートルシップを駆る者達である以上、追わねばならない。
キングは大急ぎでカップメンの残った中身を全て口に放り込み、大急ぎでレイノスを
飛ばし、タートルシップを追った。
266魔牛大騒動 4 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/29(月) 23:29:15 ID:???
レイノスはタートルシップを見失わない程度に距離を取って追跡していた。そもそも
タートルシップの中には多数の牛型ゾイドが捕らえられている故、迂闊に攻撃は出来ない。
とりあえずタートルシップが何処に牛型ゾイドを持ち帰っているのかだけでも分かれば
後はどうにでもなる。それ故キングはレイノスをタートルシップから離しつつ追った。

一時飛んだ後、タートルシップが高度を下げた。そこは周囲を高山に囲まれる形で出来て
いたカルデラ地帯だった。そのカルデラ地帯にまるで地上絵の様な巨大な円形の線が引か
れており、タートルシップはその中心部へ降りて行く。
「カルデラか…こんな場所があったとはな…。」
キングも続けてレイノスを降ろして行くが…そこで気付いた。そのカルデラ地帯に
描かれた円形の線の中に多数の牛型ゾイドが犇めき合っていた事を。無論タートルシップ
の中からも多数の牛型ゾイドが降ろされていた。
「盗んだ牛型ゾイドはここに捕らえられてたんだな!?」
犯人が何を考えてここに牛型ゾイドを多数集めたのかは分からないが、とりあえずは
タートルシップ以外に戦力らしい戦力が無い事を確認した後でキングは中心部目掛け
レイノスを急降下させた。

「オラオラァ! そこまでだ牛泥棒!!」
レイノスを急降下させると共にタートルシップの推進部分を対地ミサイルで破壊し、
行動不能にさせた後でタートルシップの近くにいた犯人と思しき男達の所へ向かった。
しかもその男達、これだけの大規模な事をやるにしてはやけに少人数で…かつまるで
カルト宗教団体みたいな怪しげな真っ黒い時代がかった服装をしており、さらには
これまた趣味の悪い装飾のされた祭壇に向かって何かしている様子だった。
「あの…おたく…何やってんの?」
これにはキングも思わず犯人逮捕を忘れて問いかけざるを得ないが…彼等は余裕に溢れた
怪しい笑みを浮かべていた。
267魔牛大騒動 5 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/30(火) 22:05:38 ID:???
「フハハ! 大方我々を牛型ゾイド泥棒として逮捕しようとして来たのであろうが…
今更来てももう遅いわ! もう直ぐ我等の悲願は成就される! ここに集められた全ての
牛型ゾイドを生贄とし…大悪魔ディバタウロス様が復活される!! 平和と言う名の
混沌によって乱れた社会を正す救世主の復活だぁ!!」
「はぁ!? 何言ってんだおっさん達!?」
彼らが牛型ゾイドを多数盗み出した件に関して、そうやって盗んだ牛型ゾイドを別所に
横流しして荒稼ぎするとかそう言った目的があるのかと思いきや、なんとまあ彼等はその
牛型ゾイドを生贄にして悪魔を召喚するという実に漫画チックな目的を持っておられた。
確かに彼らの格好はいかにも悪魔を崇拝してそうなサタニスト風の物であったし、今に
なって冷静に考えるとカルデラ地帯中に描かれた円形状の線も魔法陣の様にも見える。
だが、キングにとって彼らは頭の可笑しい人達でしか無かった。
「悪魔だか神だか分からんが牛型ゾイドを盗んだ罪は償ってもらうぜ!!」
彼らを捕まえ、牛型ゾイドを取り戻せばトモエに認められて自分にかけられた魔法を
解いてもらえる。それ故にキングも必死だ。そしてレイノスのキャノピーを開いて
彼らを捕えるべく飛びかかろうとしていた時だった…。
「うぉ!?」
開きかけていたキャノピーが突然閉じ、レイノスは自動で飛び上がってしまった。
「こら! 何をする!?」
突然のレイノスの勝手な行動にキングも怒りかけるが…その直後だった。カルデラ地帯の
円形状の線が漆黒の光を放ち始めたのは…
「な…何だ? ってうぉ!?」
キングは見た。円形状の線から発せられた漆黒の光がカルデラ地帯中に広がり…そこに
集められた牛型ゾイドはもとより、タートルシップや祭壇で何か色々やっていたカルト
教団っぽいサタニスト風の男達をも飲み込んで行ったのである。そこで初めてキングは
理解した。レイノスの行動はこれを野性の勘か何かで察知しての物だと…
「なるほど…そう言う事か…ありがとな…。」
キングはレイノスに軽く礼を言い、安全そうな高度まで上昇させて行ったが…なおも
漆黒の光はカルデラ地帯中で怪しい光を放っている。
268魔牛大騒動 6 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/30(火) 22:06:47 ID:???
「にしても…これ…何だ?」
キングとしても得体が知れず、恐怖せざるを得ないが…そこでレイノスのセンサーが
カルデラ地帯の中心部からの高エネルギー反応を感知していた。
「ん!? 何かいる!?」
数百匹にも及ぶ牛型ゾイドやタートルシップ、サタニスト風の男達の全てを飲み込んだ
漆黒の光の中から逆に何かが這い出て来る。
「な…な…何だありゃぁ!?」
キングは思わず叫んだ。何故ならば…漆黒の光から現れたのは野性ディバイソンのそれを
さらに禍々しくさせた様な頭部を持ち、全身にグロテスクに思える程の隆々な筋肉と
言う名の鎧を纏った牛面巨人だったのだから………

それこそ、悪魔信仰のカルト教団がカントーリ中の牧場から盗み出した多数の牛型ゾイド
を生贄にして召喚した悪魔…“魔牛機怪獣ディバタウロス”であった!

翌朝、魔牛機怪獣ディバタウロスはカントーリの市街地を破壊していた。誰かが制御
しているのでは無く、彼自身の意思による破壊。何しろカントーリ牧場の大量の牛型
ゾイドを生贄にしてディバタウロスを召喚したカルト教団の者達はどさくさに紛れて
牛型ゾイドもろともに生贄にされてしまった様子であるし、そうでなくてもきっと
ディバタウロスは彼らの言う事等聞いてはくれないだろう。

「あ〜あ〜…どうすっかな〜これ…。」
ディバタウロスの都市破壊により、人々が逃げ惑っている光景を遠くから呆れた表情で
途方に暮れていたキングであったが…そこでトモエが現れた。
「おいお主! これは一体どういう事じゃ!? 一体何が起こったと言うのじゃ!?」
「あー…。」
流石のトモエもこれには戸惑っている様で、キングに組み付いて問い詰めていたのだが、
キングは呆れた表情で嫌々ながら答えた。
269魔牛大騒動 7 ◆h/gi4ACT2A :2008/09/30(火) 22:08:03 ID:???
「例の牛型ゾイド泥棒の正体は何か変なカルト教団っぽいので、そいつ等の目的がまた
牛型ゾイドを生贄にした悪魔召喚で、その結果があの馬鹿でかい牛面の巨人ってこった。」
「悪魔じゃと!? そのカルト教団とやらは何か名前を言っておらなかったか!?」
「あー…確かディバタウロスとか言ってたな〜…。」
「ディバタウロス…じゃと?」
そこでトモエは一度キングを掴んでいた手を離し、やや下がってから語り始めた。
「魔牛機怪獣ディバタウロス…。惑星Zi第一文明人…今の人間達が古代ゾイド人と
呼んでおる連中が栄えた時代に突如この世に降臨した恐るべき魔界ゾイドじゃ。お主を
生み出した文明…第二文明や、現代…第三文明を遥かに凌ぐ文明を誇っていた第一文明人
でも苦戦し、撃退する事は出来ても完全に滅ぼす事は出来なかった程の相手じゃ。現用
兵器では一切歯が立たんであろうな…。」
トモエの言う通り、カントーリ国防軍が出動してディバタウロスへ攻撃を仕掛けているが
全くと言って良い程歯が立っていなかった。
「このまま奴をのさばらせておけば…この国だけの問題では無い。全世界が危機に陥るで
あろうな…恐らく現時点でディバタウロスに対抗出来る存在があるとすれば…。」
「あるのか? あの牛のバケモノに対抗出来る方法…。」
と、とぼけ顔でキングが訪ねた直後、トモエの拳が彼の脳天に打ち付けられていた。
「痛ぇ! 何しやがる!?」
「お主! 自分の立場が分かって言っとるのかそれは!? 自分が一体何者なのか…
よく考えてみぃ!」
「え!? って事は…奴に対抗出来るのってまさか…。」
「そう! そのまさかじゃ! 分かったらさっさと行って倒して来い!」
「え〜?」
トモエに強制されるまま、キングは嫌々ながらなおも街を破壊し続けるディバタウロスへ
向けて走り出した。
270魔牛大騒動 8 ◆h/gi4ACT2A :2008/10/01(水) 23:21:26 ID:???
「オラオラどけどけぇ!!」
ディバタウロスの無差別な破壊によって崩れるビル。わけも分からずただただ泣き叫び、
逃げ惑う人々。それらを掻き分けるかのようにキングはディバタウロスへ向けて駆けた。
一見すると単なる自殺行為にしか過ぎないが…直後にそれは起こった。キングの水色の
頭髪の中に何故か存在する真紅のアホ毛。それが燃え上がる様に真っ赤な輝きを放ち、
キングの全身を包んで行く…そして…真紅の輝きは彼を一体の巨大なゾイド…その名も
キングゴジュラスへと変えていたのだ!

キングゴジュラスとしての姿こそが、彼の本当の姿。普段はトモエにかけられた魔法の
影響で人間の姿となっているが、彼も伊達にキングゴジュラスでは無い。ある一定時間内
ならば自力で魔法を振り払い、キングゴジュラスとしての姿に戻る事が出来たのだ。

『オラァ!!』
変身して早々にキングゴジュラスの鉄拳がディバタウロスへ叩き込まれた。爪では無く
拳で攻撃している点がミソである。流石の古代の悪魔ディバタウロスもキングゴジュラス
のパワーの前には倒れざるを得ない。一緒に周囲に建っていたビルとかも崩れてしまうが
気にしない事にしよう。
『悪魔だか何だか知らねぇがこうなった俺は他の連中と違って優しくないぞ!』
キングゴジュラスは倒れたディバタウロスへ追い討ちをかけるべく上から覆い被さり、
そのまま頭部の二本の角を掴んで捻り折ろうとするが、直後にディバタウロスに
腹部を蹴り上げられ、今度は逆に倒されてしまった。相手も中々強い。しかもディバ
タウロスの両手足は人間の様な五本の指を持っているのだが、その指の一本一本の先端が
牛の蹄の様になっている為、地味に固く痛いのである。
271魔牛大騒動 9 ◆h/gi4ACT2A :2008/10/01(水) 23:23:06 ID:???
『うぉ!』
キングゴジュラスを完全に敵と認識し、牛の鳴き声をさらに低く禍々しくさせた様な
咆哮を上げながら突進して来るディバタウロスに対し、キングゴジュラスは大急ぎで
立ち上ると共に大きく跳んだ。デスザウラーより一回り巨大な躯体からは想像も出来ない
軽快なジャンプでそのままディバタウロスを飛び越え、逆にディバタウロスは突進の
勢いを止められず、忽ち何かの工場へと突っ込み、工場の大爆発に巻き込まれてしまった。
『ハッハッハッ! 文字通りの自滅って奴だな!』
思いの外あっけない幕切れにキングゴジュラスも笑わざるを得ないが…
『なな!?』
巨大な爆炎を上げながら燃え上がる工場の中から…何か巨大な物が姿を現した。話の流れ
からして、あの爆炎の中でもディバタウロスが死ななかったと見るべきなのだが、それを
踏まえても明らかに異様だった。何故ならば…ディバタウロスの体が全身を金属の装甲で
覆った物へ変化していたのだ。強いて言うならば…ディバイソンを無理矢理人型にした
様な…そんなイメージ。特に頭部はそのままディバイソンのそれだった。
『ま…まさか…牧場の牛型ゾイドだけじゃなく…ディバイソンまでもを取り込んだ…
とか言わないよな?』
そこでキングゴジュラスは初めて気付く。ディバタウロスが突っ込んだ工場は、この国で
育てられた牛型ゾイドをディバイソンへ改造する工場だった事に。それから考えるに、
ディバタウロスは工場にあったディバイソンを取り込んだと見るべきだろう。非常識な
事であるが、相手はそもそも魔界の悪魔。常識が通じる方がむしろ異常だ。
『だが所詮ディバイソンだろ!? 恐れる事はねぇ!』
再度キングゴジュラスはディバタウロスへ接近しようとするが…そこでディバタウロスの
胸部の装甲が開くと共に中からディバンソンの十七連突撃砲を思わせる十七門の砲が現れ、
キングゴジュラスへ一斉砲撃を開始したでは無いか!
272魔牛大騒動 10 ◆h/gi4ACT2A :2008/10/01(水) 23:24:48 ID:???
『おわ!』
十七門の大砲から矢継ぎ早に連続発射された砲弾はキングゴジュラスの全身へ次々着弾し、
忽ち巨大な爆煙に包まれていく。ディバタウロスの悪魔としての魔力とやらが影響して
いるのか、その威力は本家ディバイソンの十七連突撃砲を遥かに凌ぐ破壊力であった。
『これはたまらんな…我慢出来ない事も無いが…地味に辛い…。さてどうするか…?』
ディバタウロスがなおも撃ち続ける砲に耐えながら、キングゴジュラスは反撃の機を
伺っていたのだが…その時だった。キングゴジュラスの首下にあるライト部が音を立てて
点滅を始めたのだ。
『うわ! やばい! もうタイムリミットが近いってか!?』
残念ながら彼は何時までもキングゴジュラスとしての形態を維持出来るワケでは無い。
一定時間が経てば、トモエの魔法が再度発動して人間の姿に戻ってしまうのだ。そして、
首下のライト部の点滅こそがそれを伝える合図だった。
『くそ! こうなったら一刻も早く何とかせんと!』
キングゴジュラスは何とかしようと考えるが、辛い状況なのは変わらなかった。そもそも
相手はトモエが第一文明人と呼び、世間一般が古代ゾイド人と呼んでいる現代を遥かに
凌ぐ文明を誇ったと言われる超古代文明人でさえ滅ぼすに至らなかった魔物だ。それを
どうやって倒すのかとキングゴジュラスも悩みそうになったが…
『そうだ! 発想の転換だ! 奴を倒す必要は無い! 元の魔界とやらに強制送還すりゃ
ええんじゃないか!! 奴はあのカルト教団が沢山の生贄を使って召喚して初めて
現れたワケだから…自力でこっち側に来る力は無いんだ!』
その様な考えに至ったキングゴジュラスは右手を強く握り締め、構えると共に突撃を
開始した。その間もディバタウロスの胸部の十七門の砲塔が次々に火を吹き、キング
ゴジュラスの全身へ撃ち付けているが…気にしない! そしてディバタウロスへ肉薄した
キングゴジュラスは己の渾身の右拳を叩き込んだ!
『食らえ!! 超次元拳!! ディメンション…パーンチ!!』
そんな武器あったの!? って突っ込みたくなる気持ちを抑え、ディバタウロスへ叩き
込まれた拳は忽ちディバタウロスの巨体を天高く吹っ飛ばした。だがそれだけでは無く…
273魔牛大騒動 11 ◆h/gi4ACT2A :2008/10/01(水) 23:26:53 ID:???
『牛のバケモノめ!! 次元の彼方まで…吹っ飛びやがれぇぇぇぇ!!』
直後…空間に裂け目が生じ、まるでガラスが割れるかの様に空間に穴が開いた。
それこそこちらの世界と別次元を繋げる次元の穴。ディバタウロスは…それを突き破って
向こう側の世界の彼方まで…飛ばされて行った……………。
『ふぅ…。』
ディバタウロスのロストを確認したキングゴジュラスは…元の人間としてのキングに
戻ると共に、遅れて駆け付けて来たレイノスに掴まって何処へ飛び去った。

それから一時し、カントーリの片隅の草原にトモエとキングの姿が見られた。
「なるほどな〜。もうこれ以上牛泥棒が来る事は無いであろうが…盗まれた牛型ゾイドは
戻って来ぬか…。」
「で…俺を元に戻す事を考えてくれるって話は…やっぱダメだよな。結局牛型ゾイドは
取り戻せなかったからな〜。」
「お主も分かっておるでは無いか。その通りじゃ。ま、牛型ゾイドを取り戻せたとしても
あくまでも考えるだけじゃからという理由で元には戻さなかったじゃろうがな…。」
「おい!」
ちょっとトモエを殴りたくなったキングだが、それより先にトモエは歩き出した。
「まあ良いわ! カントーリ名産のビーフステーキはこの国の復興が完了するまで我慢
って事で…さて次の場所へ行くぞ〜!」
「こら待てよぉぉ!! このアマァァァァ!!」

こうして…時は正午になりつつある中、二人はカントーリを去った。

                 おわり
274鉄獣28号 ◆h/gi4ACT2A :2008/10/02(木) 21:33:59 ID:???
定期ageを忘れてましたorz
275白い走狗 ◆5QD88rLPDw :2008/10/10(金) 03:44:55 ID:???
「何でまたこんな目に遭っているんでしょうね?」
慣れない共和国製のコクピットの中でファインは質問する。
「本当にすまないことをしたと思っている。」
心の奥で絶対に”すまない”と思っていない人間の言葉である。
本来依頼が有った子供の集団消失事件の情報収集を行なっていた筈が…
パイロットの不足という状況でコマンドウルフを駆っている始末。
共和国警察機構特殊追機構。通称ハウンド。
根っこは共和国軍特殊部隊ストレイハウンドを元とする部隊。
「お名前は?」
「そちらも偽名だろう?なら此方もジャック・〇〇〇ーで頼む。」
堂々と過去の映像作品の主人公を名乗る辺り別の意味で大物過ぎる。

元々警察機構からの依頼ということも有って断りきれなかった。
しかしこのコマンドウルフは追跡行動にかけてはかなりの性能を持ち、
その上集団戦法を得意とする風族の盟友ゾイド。
人探しのローラー作戦には正に打って付けのゾイドである。
「やっぱり途中で反応が途切れていますね。ここら辺から閉じ込められて移送。
この街でならば…モルガ辺りでしょうね。」
モルガの反応が無いかウルフに探させると直ぐに複数の反応が現れた。
「ジャックさん。此方ハウンド2です。途中でモルガに積まれた模様。」
「流石は軍人さんだけある。急いで不審なモルガを洗い出せ!」
通信のやりとりを確認する限り犯人の目星はもう立っているのだろう…。
取り敢えずウルフが何かをしきりに気にしているのでソレを咥えさせると、
ファインは素早くウルフの口元に移動しソレを回収した。

モルガ達は全て盗難の被害届があったものであり、それぞれ…
北東と南西に分かれて移動していった事までが解る。
「北東は港。南西は帝国の勢力圏へ街道に乗ってと言う感じですね。」
ファインはぼそっと呟く。
「なら港が妥当だろうが彼方には沿岸警備隊が居る。街道筋に直行する。」
ジャックは素早く判断しコマンドウルフ全機に撤退指示を出だした。
276白い走狗 ◆5QD88rLPDw :2008/10/10(金) 03:48:09 ID:???
「ソレは…?」
「これはハウンド2が発見したものです。ヘアコームですね。」
「被害者のものか。匂いとかは確認できたのか?」
「当然ですよ。雨が三日降ったぐらいなら匂いを記憶していれば…
そのためのコマンドウルフでしょう?」
ファインの言葉にジャックは胸を張り答える。
「そうだな。とりあえずはアシスタントブースターを全機装着だ。
一気に追い付く。こっちが本命ならば勢力圏ギリギリまで近付く事になる。
気を引き締めていけ!」

一方その頃誘拐犯側。
「どうしましょう?結局身代金を要求できる親が居ないんですけど?」
「じゃか〜しい!なら人買いに売ればいいだろ!売・れ・ば!」
「お頭?じゃあどうして共和国のブラックマーケットに売らないんで?」
「知るか!犬っころが動いてんだ!足が付くだろうが!」
部下は思う。モルガ泥棒をした時点で足が付いているような気がする事を。

「…非常に残念な会話ですねぇ?」
「…本当に残念だ。交渉の余地が全く無いとはな。」
地面の下にいれば大丈夫と考えたのだろうか?
因みにハウンド部隊は既に誘拐犯側の直上に布陣を張り終えていた。
地下20m程度ではコマンドウルフの耳で拾えない音など無いのだ。
各種気管を戦闘ゾイド化で引き上げられた結果今でも現役で使えうる数少ない存在。
それはモルガにも言えることだが今回は分が悪いだろう。
総勢4機のコマンドウルフが囲みをじりじりと狭めていく。
人質の体力の関係でもう地面に潜ったままでの移動は無理だろう。
そしてそれ以前に彼等が暗い地面で何時までも耐えられる程忍耐力が強くない。
それも織り込み済みで作戦を開始する。
前足の肩に付けている2連衝撃砲が一斉に地面に対して掃射されたのだ。
激しい振動が中心を液状化させ大きな泥柱を上げ始める。
一斉掃射が一区切り付く頃には街道のど真ん中が泥の池と化していた。
そして…そこで溺れる憐れな盗難モルガ達の姿が悲壮感を生む。
277白い走狗 ◆5QD88rLPDw
その後あっさり御用となった誘拐犯と最大で一ヶ月拘束されていた子供たち。
その内の一人がジャックにおどおどしながらこう言う。
「あの…すいません…。私の…ヘアコーム…。知りませんか…?」
「はい。お嬢さん。探し物はこれだね?」
ジャックは接収していたヘアコームを女の子に返してしまう。
「良いんですか?一応証拠物件は半年ぐらい保管しなければならないのに?」
ファインの小声のツッコミにジャックはにやけてこう答える。
「いやあ?紛失届がもう出てる筈なんだが?」
悪怯れも無くそう答えるジャックにファインは呆れ顔でこう返事を返した。
「いやあ!自由の国は良いですね。不正もしたい邦題で…。」
そこにジャックも負けずにこう答える。
「まあこれは責任問題だが落としたのは協力者の君だし?
俺には全く問題が無いからね〜。」
「酷っ。」
そんな話の脇でコマンドウルフ達は泥に塗れたモルガを綺麗にしようと奮闘中。
転げ回り逃げるモルガを必至に追いかけ回しているのであった。

その姿がハウンド部隊やファインの目に映ったとき、
やっと緊張の糸が切れたのか?一斉にその光景を大笑し始める。
しかし直ぐに港側で大捕物が始まり彼等はもう一仕事するハメになったのだった。
「お役所仕事は大変ですねぇ…。」
「同感だ。本当に済まないと思っている。」
「絶対にそう思っていませんねw」
「なんだ。ばれていたかw」

ー おしまい ー