1 :
気軽な参加をお待ちしております。:
「銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。」
気軽な参加をお待ちしております。
尚、スレッドの運営・感想・議論などはこちらで行ないます(※次スレに移行している場合があります)。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレその2
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1161403612/l50 スレッドのルールや過去ログなどはこちらです。投稿の際は必ず目を通しておいて下さい。
ttp://www37.atwiki.jp/my-battle-story/
2 :
(^^)エヘヘ:2007/08/31(金) 07:51:08 ID:???
うっさいハゲ
現在確認されている限りでは恐らく世界唯一の人の心を持っている女性型ロボット
“SBHI−04 ミスリル”が経営している何でも屋“ドールチーム”はまだ南方の
“マードカル諸島”にいたりするワケである。そこで既に死んで霊になってもなおドール
に憑依してこの世に留まり、現在ドールチームの一員としてミスリルに面倒見て貰って
いる幽霊少女“ティア=ロレンス”と、通常の生態系とは異なる生命体…すなわち神・
悪魔・妖怪などと言った未だ科学では解明出来ぬ存在を調査する為に遠い宇宙の彼方から
やって来たのだけど、闇雲に探し回るよりミスリルと行動を共にした方がそう言った存在
と遭遇しやすいと判断してドールチーム入りした異星人の少女“スノー=ナットウ”と
共にマードカル諸島の中でも観光産業の盛んな“ペンギーン島”の浜辺でバカンスを
楽しんでいた。ちなみに機械人形のミスリルと呪い人形のティアでドールチームと言う
のは分かるが、異星人とは言え生身のスノーがいるのは矛盾しないか? と思う者も
いるかもしれないが、彼女は人形の様に整った顔をしているので問題は無い。
「ナットウさんは泳がないんですか〜?」
「せっかくの海水浴日和なのよ〜。」
「別に良い…。」
ペンギーン島は地球で言う所のハワイ島の位置付けで一年中暖かい上に海も綺麗な為、
海水浴には持ってこいの地域であり、いつも観光客が耐えなかった。無論ミスリル達も
バカンスに来たのであるからその海で泳ごうと言うのだが、顔以外は見て分かるくらい
ロボットなミスリルと、ドールたるティアの水着姿と言うのはまっとうな人間にとって
異様な物に見えたに違いない。まあ特殊な性癖を持っている奴は別であろうが…。
そしてスノーも一応水着は着ているが、全く泳ごうとせず、用意したパラソルの
作る日陰の中で読書に勤しんでいた。
「あんなに夢中になって読むなんて…私の貸した本がよっぽど気に入ったんですね。」
「…。」
ミスリルが心の底から尊敬している数少ない人間の一人に“シーゲル=ミズーキ”と言う
男がいる。彼は妖怪研究の世界的権威であり、同時に超大物の漫画家でもある。そして
彼が出した“世界妖怪大図鑑(鋼獣書房刊)”をはじめとして様々な書籍や漫画をミスリル
は持っていたのだが、元々そういうのを調査する事が目的でここに来たスノーにとって
とても興味深い物であるに違いない。普段から感情の起伏が殆ど無い無口無表情で何を
考えているのかミスリルとしてもさっぱりな彼女だが、今は相変わらずの無口無表情の
奥に隠された喜びと言う物が何となく分かってしまうような…そんな雰囲気をしていた。
三人はバカンスを満喫しつつ海の家で何故か無駄に高い焼きトウモロコシを食べていた。
「あのさあのさ、明日はソラテーマパークで遊ぼうと思うのです。」
「あー! 私もそれ行きたかったのよ! 生きてた頃は病弱で病院から一歩も外に
出られなかったから…TVや本でしか見た事が無かったのよ。」
「…。」
スノーは無口無表情で焼きトウモロコシを口に運んでいたが、とりあえず頷いてはいた。
かつてこの惑星に栄えていたとされる先史文明を滅ぼした“神々の怒り”と呼ばれる
大災害の際、生き残った一部の人々は“ソラシティー”と呼ばれる空中都市に移り住んだ。
今は亡きディガルド武国と言う軍事国家が猛威を振るっていた大陸の上空に聳えていた物
がまさにそれであるが、ソラシティーは何もその大陸にある物一つでは無い。世界全体で
見ればソラシティーは実に沢山あったのである。その中にはなおもソラシティーとして
存続している物もあれば、逆に戦災で破壊されてしまった物もある。また地上の自然環境
が再生された事を確認するなり早い段階で地上に降りて解体された物、民間に払い下げ
られて空中ホテルとして再利用された物、軍に接収されて空中要塞化された物など様々な
物があったが、ミスリルの言う“ソラテーマパーク”とは、その名の通りテーマパーク
として改造されたソラシティーであり、空中遊園地として毎日多くの人々で賑わっていた。
そしてミスリルの提案で、明日はそのソラテーマパークでパーッと遊ぼうと言う事に
なっていたのである。しかし…
翌日、宿の食堂でソラテーマパークのどんな遊戯施設で遊ぶかなどの計画を練りつつ
3人は食事をしていたのだが、そんな時だった。
「大変だー! ソラテーマパークがいきなりテロリストに占拠されてしまったぞ!」
「な…なんだってぇぇ!?」
他にもソラテーマパークに行こうと考えていたグループは沢山いたらしく、突然の
異常事態に食堂中が大騒ぎとなった。無論それにはミスリルだって慌てる。
「ちょっとソラテーマパークがテロリストに占拠されるってどう言う事ですか!?」
「そんなもん俺が言った通りだよ! とにかくテレビ見ろ! 今中継やってる!」
そしてドールチーム含め、他のソラテーマパークで遊ぶ予定だったグループが
食事も忘れて一斉にTVの前に集結するのだが、確かにニュースで丁度ソラテーマパーク
テロ事件の中継をやっていた。
『本日未明、突如として“蝙蝠の爪”と名乗るテロリストグループによってソラテーマ
パークが占拠されてしまいました。開園前で一般客の被害はゼロですが、パーク内で
働いている従業員数千名の安否が気遣われております。』
「うわぁぁぁ! マジでやってんのかよぉぉ!」
『あ! 見てください! マードカル諸島連合空軍です! 蝙蝠の爪と名乗るテロリスト
グループからソラテーマパークを奪還する為に動き出しました!』
マードカル諸島は、各小島国の連合によって成り立っている。無論それは軍も同様であり、
連合空軍が主力として正式採用してるバスターイーグルからバスターキャノンを外し、
その他様々な部品をオミット、簡易化する事で機体を大幅に軽量化させ、ノーマル機と
同出力のままでも格段に飛行能力を高める事に成功した“イージーイーグル”が
ソラテーマパーク奪還の為に多数出撃していたのだが、ソラテーマパークも民間に
払い下げられて遊園地に改造されてしまったとは言え、その防衛システムは機能している
らしく多数の無人ザバットが迎撃し、ソラテーマパークそのものも強力なバリアシステム
によって防御されて連合空軍は苦戦を強いられていた。
「そ…そろそろやめないか?痛くて敵わないのだが…?」
すりすりと鼻を寄せる竜に女は頼む。数十分もの間この状態が続いた所為だろうか?
女の体には小さな痣が幾つかできてしまっている。
それを竜は見付けると…ずざざざざ!と言う効果音が付きそうな勢いで女から離れ、
すまなさそうにキュウキュウ泣く。
「まあまあ…落ち着け!落ち着け!この程度では人間は死にはしないから。
とにかく…飛べるか?」
その声に竜は首を縦に振り答える。
「女の名はシープ(仮名)本名はフィオリア・リーほがぁ!?」
「ええい!何をカメラ目線で状況を危なげな方向に解説しているっ!
だれも見ちゃいないだろうが!」
「嘘だ…蹴りの射程距離からは離れていたはず…しまったあ!その手があったか!
きてはぁ!?」
必殺ロケットブーツ(仮称)の炸裂した瞬間である。
その後シープは兄と一言も話すことなくブーツを回収し竜の頭部へ飛び乗る。
竜の名はフェ・デ・リュミエール。典型的な語呂重視な名前を持つギルタイプゾイド。
明らかに隠蔽性を考慮していない白の装甲のエッジにパールピンクの意匠の縁取り…
そのコントラストがレースをあしらった戦装束を着た様に見える。
そしてその名を語るに相応しい四枚の光の翼を広げるとゆっくりと大地から離れ…
巨大な光の輪を生み出しかと思うとあっと言う間に音もなく高空へ舞い上がっていった。
「さて…こっちも動かないとね…。出番だよ。」
デスティンの声に答え隠蔽施設の中からエレベーターに乗ってまた竜が姿を現す。
ヴィンケル・ダス・ブリッツ。此方はドイツ語の稲妻の角の意味である。
はっきり言って形容し難い形状の巨大な角を持ったギルタイプゾイド。
件のフェ・デ・リュミエールの親から生まれたギルタイプであり件の兄に当たる存在。
これも珍しく男性のペルソナしか存在しない純粋に戦闘用の存在とも言える。
妹との違いは角の形状と現在のサイズや光の翼の展開時の形状。
何より額に長大なサンダーホーンを持っていたり胸部に超電磁ビーム砲が在ったり、
漢気溢れた装備が自慢?である。
双方本来のギルタイプと比べると装備がランクダウン甚だしいが、
実は全く同じ装備にすると世界を七日で滅ぼしかねないと言う配慮からだそうだ…。
一方その頃俺達はと言うと…果てしなき逃走を余儀なくされていた。
「ぎゃあああああああ!?まだおってくるうううううぅぅぅぅ!!!」
「いいかげんにしてよねええええええええええええ!!!」
非常に情けない悲鳴を上げながら俺と赤熊は森を直走る。
何でそんな事をしているかって?当然の話だ。
この状態の数分前までに居た場所はここ等周辺の水質汚染を洗浄している場所。
そんな所でこの車付き爆弾の群れを爆破させればこの大陸の南側は大変な事になる。
ついでに言えばそんな狭い場所でこいつ等が爆発したら当然…
…俺たちも木っ端みじんこのミトコンドリアだ。
どうも極限状態の所為か?脳内のギャグが薄ら寒いにも程があるが勘弁して欲しい。
それだけの危機に見舞われているということだ。正直助かるかどうか不安だ。
「川を飛び越えたら追ってこないかしら?」
赤熊がそんな事を言う。あまり当てにはできないがやらないよりはまし。
「よし!飛んでみるか!ビー介!ジャンプだ!」
赤熊のレッドマンドリルとビー介は勢いよく川をジャンプで飛び越え対岸に着地。
また逃げ出す。結果なんてものは立ち止まって見る必要は無い。
成功なら何も追ってこないし失敗ならついてくるから結果はその内解るってものだ。
しばらくすると…後を追ってこない訳だが。
とりあえずは撒いたのだろうか?撒いたらしい…。
だがこの行動は別のゾイド乗り達に余計な迷惑をかける原因となってしまう。
しかしそんな事はその時の俺達には知るよしも無いのは当然と言えば当然。
後で確りお叱りは受けるが不可抗力だ。決して俺達は悪くないと思う…。
ー 別所 デッドリーコング&バンブリアンVS巨大バイオライガー ー
「何事でござるかっ!?」
「ちょっ!?自走型ホーミングボム!?」
「なんだこりゃあああああああああ!」
ロンとガラガと謎の侍。ホーミングボムの矛先は彼等に向かってしまっていた。
辛うじてバンブーミサイルで機先を制する事ができたらしく盛大な火柱が上がる。
また別所で火柱が上がる…その状況を見て俺と赤熊は思う。
”やってしまった”と。周囲に存在する凡ゆる動くものが敵として認識されるのであろう。
無差別攻撃用の装備。古今東西この星では敵と味方。
二つしかないと言う考え方が根付いている。それを極端に示すのがあの車爆弾。
普通に考えれば動態識別やら熱感知、エネルギーレベル等で目標を判別できる。
それをして無差別攻撃を指示できるのであるから相当ホワイトオアブラックな思考。
この世の存在を二分したくてたまらない奴が奴等を動かしているんだろう。
吐き気のする思考だ。この時程他人の思考を強烈に否定したくなった事は無い。
普通の自分勝手は自分の目に入る範囲程度でしかえり好みをしない。
だが今のザバットを遣した奴は自分の得に繋がらないものを全て否定しているのだ。
「どうせ…飛んでいったあいつ等を全部叩き落とせたとしても?
また何かやってくるんだろうなぁ。ふぅ…。」
「そうね。ねちっこそうよ。ネチネチネチョネチョの不定形物質みたいな感じね。」
赤熊の同意は結構だがあんたもかなり粘っこい。俺はそう思った。
「離陸しようとした矢先にホーミングボム。全くもう!ギルタイプじゃなきゃ…
木っ端みじんこのミトコンドリアだったね。」
デスティンはロウフェンと同じレベルのギャグをさらりと口に出して言う。
「そうそう…こいつの名前。実はちょっと本来の意味では無いことは秘密。
角とツノを掛けているんだよね…っとネタはこれぐらいにしようか。」
ブリッツのサンダーホーンが白熱しプラズマが迸る。
「プラズマブレス。」
コントロールバーも握らずデスティンはつまらなそうに呟く。
その声を聞きブリッツは一度大きく息を吸うと、
サンダーホーンに蓄積させたプラズマを前方に解放し一気に吐き出す息で吹き飛ばす。
それで終わりだ。ホーミングボム周辺で一度プラズマが弾ければ、
それに釣られてホーミングボムは爆発。それは更に連鎖反応を起こし…
後続のホーミングボムを巻き込み順次爆発していく。
夜を一層明るく染め上げて登場した巨体は王者の風格と威厳を示すもの。
装甲形状こそ通常のギルタイプと変わらないがその全てがリーオ製のスタンブレード。
こんな事はまず気付かないだろう。接近する事さえ困難なのだから。
「うわぁ! 連合空軍弱いです!」
「もっと頑張ってくれよ! 今日俺達もソラテーマパーク行きたかったのに!」
ミスリルやその他ソラテーマパークに行く予定だったグループは口々にそう野次を
飛ばしていたが、TVの向こう側に届くはずもなく、仮に届いた所で何にもなるまい。
結局戦況はテロリスト側有利で進んでいた。
「あ〜あ〜結局ソラテーマパークで遊ぶのは無しなのね〜…。」
会計を済ませて宿を出た三人であったが、なおもソラテーマパークはテロリストに
占拠されたままらしく、ミスリルとティアの顔は暗かった。ちなみにスノーは
相変わらず無表情なので良く分からない。そして3人は失意のまま浜辺からソラテーマ
パークがある方角の海を眺めていた。
「それにしても…何でよりにもよってソラテーマパークがテロリストに狙われるのよ。
しかも開園前で一般客がいない時になんて…ワケが分からないのよ…。」
「そうか! 分かりましたよ! きっとテロリストはソラテーマパークを独占して
沢山遊びたいんですよ!」
「いや、それは無いと思うのよ。」
「いえ! そうに決まってます!」
楽しみにしていたソラテーマパークで遊ぶ予定が台無しにされた怒りか、ミスリルは
冷静さを失ってそんなとんでもない事を言っていた。
「ようし! ならば今直ぐソラテーマパークに突撃して私達も遊びましょう!」
「えええ!?」
確かにソラテーマパークで遊べなくなった悲しみはティアも同様であったが、ミスリルに
比べればまだ冷静な方だ。その為にミスリルの提案に唖然としてしまった。
「さあティアちゃん! ナットウさん! 出撃ですよ! テロリストどもをソラテーマ
パークから叩き出して遊ぶのです! 矢でも鉄砲でも持ってきなさい!」
「ちょっとミスリル落ち着くのよ! スノーからも何とか言ってよ!」
「今日のミスリルは…ちょっとユニーク…。」
「うわぁぁぁん! 二人ともおかしくなっちゃったのよぉぉ!」
ティアはついに泣き出してしまったが、だからと言ってこうなったミスリルは誰にも
止められない。そしてティアとスノーを引っ張ってそれぞれのゾイドを停めている場所
まで超高速で駆け出したのであった。
「さぁ行きますよぉ! 今に見ていなさいテロリストども全滅ですよぉぉ!」
「もう勝手にしてなのよ…。」
「やっぱり彼女は面白い…。」
駐機獣場までやって来たミスリルはティアとスノーをそれぞれのゾイドまで放り投げた後、
彼女の剣となり盾となり脚となる特機型ギルドラゴン“大龍神”に乗り込み、ティアも
仕方なくジェットファルコン“ファントマー”へ、そしてスノーもハンマーヘッド
“エアット”に搭乗して発進する事となった。
「弱い空軍には頼ってられません! 私達の手でソラテーマパークを取り戻すのです!」
「はぁ…分かったのよ…。」
ミスリルは興味無い物には無頓着だが、逆に興味を持った物に関しては例えタダ働きに
なるような事であろうとも自分から首を突っ込みたがる。丁度今の状態がそれだった
のだが、とにかくドールチームはソラテーマパークまで猛スピードで飛んだ。
マードカル諸島の南の空に浮かぶソラテーマパーク。そこでテロリストに掌握された
ソラテーマパークの防衛システムとマードカル諸島連合空軍の戦闘が繰り広げられていた。
しかし戦況はミスリル達が宿で見た時とそう変わらず、連合空軍側が劣勢であった。
決してマードカル諸島連合空軍は弱くない。元々航空技術の発達したマードカル諸島の
空軍であるし、彼等の主力であるイージーイーグルは軽量なボディーと大型かつ強力な
マグネッサーウィングの組み合わせによりノーマルのバスターイーグルに比べて格段の
空戦能力を手にし、最高速度はマッハ2.5にまで上がっている。パイロットだって
良く訓練されているのだが、ソラテーマパークの防衛システムも強い。
主戦力として配備されている無人ザバットはホーミングボムを外す代わりにコンパクトに
して強力なホーミングマイクロミサイルを多数装備する事で機動性を落とさずに対空
戦闘力を強化してあるし、無人機であるが故に死を恐れない突撃が可能な為、本来の
性能以上の戦闘力を発揮出来る。それがまた何百機とソラテーマパーク内に配備されて
いるし、挙句の果てにはソラテーマパーク全周囲を覆う強力なバリアシステムは
ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない。まさに連合空軍の苦戦は目に見える程の
巨大空中要塞なのである。
「友軍の消耗率90%突破!」
「み…味方は一体どれだけ残っている!?」
「クロス=サーヴァー少佐の機体のみです! 他は全部撃墜されました!」
「な…なんと…。」
ソラテーマパークから離れた空域に待機していたホエールキング級マードカル連合空軍
航空母艦“ビグマッコウ”ブリッジ内で艦長とオペレーターが劣勢に唖然としていた。
前線ではマードカル連合空軍のエース“クロス=サーヴァー少佐”が搭乗するイージー
イーグルが獅子奮迅にして孤軍奮闘の活躍を見せていたが、敵の数は圧倒的で苦戦を
強いられていた。そしてついに無人ザバットが10機程ビグマッコウにまで接近して
来たのである。
「敵機接近!」
「回避行動を取りつつ迎撃!」
ビグマッコウは方向転換しつつ対空機銃を撃ちまくるが、パイロットの負担を考慮する
必要が無い為に有人機では不可能な機動が可能であり、またそれを制御するAIも
高性能であった無人ザバットは次々にかわしていく。続けて無人ザバットのビーム砲や
ミサイルが次々にビグマッコウに直撃していくワケである。飛行ゾイドの護衛を受けない
艦程、敵飛行ゾイドにとって脆い物は無い。まさに絶体絶命のピンチ。しかし…
「艦長! マードカル諸島側からアンノウンが3機、音速の3倍以上の速度でこちらに
接近中です!」
「何!? 音速の3倍以上だと!? 我が軍の機では無いのか!?」
突然の事態にビグマッコウ艦長とオペーレーターは焦った。ただでさえテロリストに
掌握されたソラテーマーパーク防衛システムの相手だけでも苦しいと言うのに
さらにアンノウンの出現。これで焦らない奴はいないだろう。
「きっ機体は白いギルタイプ! ジェットファルコン! ハンマーヘッドです!」
「最初の2機はともかく音速の3倍出せるハンマーヘッドって何だよ!?」
勿論そのアンノウン3機の正体はドールチームの大龍神・ファントマー・エアット
なのだが、やはりカタログスペック上では精々マッハ1が限度のハンマーヘッドの中で
あって、エアットの異常な性能を驚かれても無理は無いだろう。そしてこれら3機は
海面スレスレの超低空をマッハ3以上の速度で飛び、衝撃波で海面を抉りながら
ソラテーマパーク目掛けて接近していた。
「うぉ! あの海面スレスレを音速の3倍って…正気か!? ってそんな事言ってる
場合じゃない! そこの3機! お前達は何者だ!? 所属と階級を述べよ!
事と場合によっては君等も敵と判断して攻撃するが…。」
ビグマッコウの艦長はそう通信を送り、それから間を置いてミスリルの返答が帰って来る。
「私達は何でも屋ドールチームです!」
「はぁ!? 何でも屋が何の用だ!? 民間人は引っ込んでろ!」
「あんなテロリストも鎮圧できないザコのくせに何を偉そうな事言っていますか!
貴方達が不甲斐ないから私達がソラテーマパークで遊べないじゃありませんか!」
「な!」
ミスリルにそう怒鳴られたビグマッコウ艦長は絶句するしか無かった。突然介入して来た
第三者に怒鳴られる事もそうだが、敵を鎮圧出来ない事実を突っ込まれたのも痛かった。
「あいつ等は私達が倒します! そしてソラテーマパークで遊ぶのです!」
「あっ! こら!」
ビグマッコウ艦長が呼び止めようとしてもミスリル達は止まらない。と言うか彼等の実力
で単機で戦局を覆し得る力を持つドールチームをどうこう出来るはずが無かろう。
「それぇ! 行きますよぉ!」
「もうどうにでもなれなのよ〜!」
「肝心な時に国家権力が役に立たないのはどこの星でも一緒か…。」
ミスリルの掛け声によって大龍神・ファントマー・エアットの3機が海面を抉りながら
音速の3倍を維持したまま急上昇。一気にソラテーマパークへ突っ込むが、そこを護衛
する無人ザバット軍団のAIが気付かないはずがない。すぐさまに3機はロックオンされ
多数のマイクロミサイルの雨がお見舞いされた。
「うわぁ! ミサイル来たぁぁ! 怖い!」
長い尾を引きながら接近する何十と言うマイクロミサイルにミスリルも悲鳴を上げるが、
それがまるで嘘の様に3機は鮮やかなバレルロールでミサイルの雨をかわしまくった。
「ま…まるで板○サーカスの様な機動でミサイル全弾回避してます!」
「な…何て連中だ…。と言う以前にあんな無茶な機動に耐えられるのか…。」
事を見守っていたビグマッコウ艦長とオペレーターも唖然とするしか無かった。
ロックオンされたミサイルは標的に向けて追尾してくるのだから、その回避は至難の技。
そう簡単に可能な事では無い。その為のECMやチャフディスペンサーなのだが
3機は単純に機動性だけで何十と言うミサイルを回避しているのである。
「ちょ…ちょっと待て! 何だお前等!」
これには最前線で唯一健在だったマードカル連合空軍エース、クロス=サーヴァー少佐も
慌てた。突然第三者が介入して来るのもそうだが、特に有人機では普通有り得ない程の
機動をやってのけていると言う点に突っ込まないはずは無い。この機動、並のパイロット
ならばGで失神、下手をすれば死亡さえしかねない程の物であったが、ドールチームの
3人は普通では無いのだから一般常識は当てはまら無いのである。
「うわぁぁぁ! 怖い怖い怖い怖いぃぃぃぃ!」
「助けてなのよー!」
「あんだけ全弾鮮やかに回避しときながら…何か冷めるよな〜…。」
おひねりが飛んで来ても可笑しくない程の超アクロバットでミサイルを次々に回避して
行く中、それとは正反対に響き渡るミスリルとティアの悲鳴に皆唖然とするしか無い
のだが、ドールチームはテロリストを倒す為に来たのである。何時までも逃げ続ける
ワケにはいかない。
「今度は私達の番ですよぉ! ドラゴンミサイル! シュート!」
大龍神の全身の装甲が開き、そこから現れたドラゴンミサイルが長い尾を引いて無人
ザバット軍団へと吸い込まれて行った。この攻撃で数十機もの無人ザバットが撃墜される
ワケであるが、これでも本命のソラテーマパーク本体に被害を与えない様に手加減して
いる方である。と、そこでスノーの方からミスリルに口を開いて来た。
「後は私が何とかする。貴女達はあの中に突入して中の敵を一掃して。」
「え!? ナットウさん一人で大丈夫…ですよねやっぱり…。」
スノー=ナットウ。彼女はミスリルとしても得体の知れない所があるし、彼女のエアット
もまたミスリルでも理解し難い技術が多数使用されているらしく、下手をすれば大龍神
さえ上回りかねない力を秘めている。そしてスノーはやると言ったらやる人でもある。
「分かりました! ここはナットウさんに任せます! では行きますよティアちゃん!」
「頑張ってなのよー!」
無人ザバット軍団の相手はスノー&エアットに任せ、大龍神とファントマーは全速力で
無人ザバット軍団の包囲網を突破。ソラテーマパークへと突っ込んだ。
「こら! 不用意に突っ込むな! ソラテーマパークには強力なバリアシステムが…。」
「そんなの分かってますよ! まあ見ていなさい!」
ファントマーは大龍神の背後に付き、そして大龍神の両翼と背のビームスマッシャー用の
丸ノコギリが青い光を発しながら高速回転。そこから生み出されるエネルギーが大龍神の
全身を覆い、大龍神は青き光の龍と化した。
「行きますよ! 必殺ブルーライトドラゴン!」
全身に高エネルギーを纏い、青き輝く龍と化して突っ込む。これが大龍神の攻防一体の
必殺技“ブルーライトドラゴン”であり、ソラテーマパークの強靭なバリアシステムさえ
簡単に突破し、さらに無人ザバット発進口から内部への侵入を成功させていた。
「白いギルタイプがソラテーマパークのバリアシステムを突破! ジェットファルコン
共々に内部へ侵入しました!」
「くそっ! 何てバケモノどもだ! しかしもうこうなってしまっては奴等にテロリスト
の相手を任せる他無いではないか! マードカル諸島連合空軍のメンツは丸潰れだ!」
ビグマッコウ艦長は怒りと悔しさの余り座っていた椅子を殴り付けた。自分達が苦戦する
テロリスト達を突然現れた第三者にコケにされるのだから、マードカル連合空軍の誇りも
クソも無くなるのだろう。
大龍神がバリアシステムを易々突破し、ソラテーマパーク内部に侵入した事実は連合空軍
のみならず、ソラテーマパークのコントロールルームから防衛システムを制御していた
テロリストグループ“蝙蝠の爪”のメンバー達も浮き足立たせていた。
「何だと!? 内部に侵入された!? そんな馬鹿な! ソラテーマパークのバリア
システムの防御力は鉄壁のはずだ!」
「それを強引に突破する奴が現れたんですよ!」
「何!? マードカル連合空軍にそんな強力な力を持ったゾイドは配備されていない
はずだが…。何かの間違いでは無いのか?」
「それは私達にも分かりません。しかし突破されたのは事実なんです!」
と、コントロールルームではテロリスト達が大騒ぎとなっていたが、その中にあって
一人笑みを浮かべる者がいた。
「マードカル連合空軍ごときなら我等が掌握した無尽ザバットで十分であったが…
これは嬉しい誤算だ。よし! バルバー=ラザラク! これより出撃するぞ!」
“バルバ=ラザラク”と名乗る、長髪に目が隠れてしまって前が見えにくそうな感じの
美形の男がなにやら嬉しそうに格納庫の方へ走り出した。
「ふっふっふっ! これだ! やはりこうでなくてはな!」
このバルバーと言う男、テロリストの中にあってもゾイド乗りらしく、強い敵の出現に
胸を沸かせていた。
「ゾイドを、ゾイドバトルで破壊して欲しい?」
予想外の話の内容に、俺は飲みかけの冷茶を吹きそうになった。
ここは北エウロペ大陸北部、ミネヴェアの町。中央大陸との海上貿易の要衝として韻宸
を極めている。
ちなみに、へリック共和国のロブ基地からは十キロほどしか離れていない。
ロブ港は軍用施設だから、民間船舶はミネヴェアを含めた周辺の一般港を利用する。ニ
クスとデルポイを結ぶ航海ルートはトライアングルダラスの影響で大きく迂回しながら
エウロペ北岸を横切るルートを取る。自然、エウロペ北岸の港を利用することになる。
また、ロブ基地にいる軍人やその家族は、ミネヴェアの街で買い物や飲食やさまざまな
娯楽を得るためにやって来て、金を落としていく。
俺達がいる店もその一つで、もとは古い倉庫だったのを改造して、ニクス風焼肉の本場
の味を提供する店として賑わっている。
俺達の周囲は木の板で仕切られているだけで防音設備など皆無だが、周囲のブースから
肉を焼くジュウジュウという音と、焼ける音に負けじと大声で会話する声が重なり合って、
やかましい事この上ない。皆が自分達の会話と食事に夢中で、俺達の会話も、隣の連中に
は何を話しているか聞き取ることはできまい。
椅子は4つ。俺の隣にはマッチメーカーのハキム。向かいにはこの街のゾイドバトル組合
の組合長と、その秘書である二十代の男性が座っている。
「そうです。我々も困っておりましてな」
向かいに座るゾイドバトル組合長は、でっぷり肥えたその顔や体から汗を流しつつ、
だらだらと説明を始めた。それを要約すると、こうだ。
最近、この町のゾイドバトルで急に頭角をあらわしたファイターがいる。ヘタノヨコズキ
の典型みたいな奴で、新人選手の踏み台に使われるほどの弱小選手だったのに、ある時
から連勝街道を突っ走るようになった。最初は周囲も、彼もようやく積んだ経験を活かす
術を身につけたか、と考えていたが、事実はそんな甘いもんじゃなかった。
実はその頃、ゾイドバトル組合は治安局と合同で、ある闇業者の摘発にあたっていた。
というのは、その闇業者が「装着するだけで強くなる魔法の箱」を売り込んで、だまされ
て買った馬鹿が治安局に通報したのが事の発端である。実験中のAIという触れ込みで、
治安局が幾つかのゾイドで実験してみた結果では、特に性能の向上は認められなかった。
別件で闇業者を逮捕して残りの在庫も押収して再調査したが、結果は同じだった。
ただし、唯一、性能向上が認められたのが、あの連戦連勝の元弱小ファイターも乗って
いるゾイドだ。ディバイソンである。そして、闇業者がセールストークで「あのゾイド
にも使われている」と言っていたことから、既に口コミで「AIをつけるだけで強くな
れる」という噂が広まってしまっていた。本人も思いもよらないうちに、生きた広告塔
になってしまってたわけだ。
ゾイドバトルはファイター同士が技を競い合うから面白い。ファイターの技量とは関係
なく勝敗が決まるようになれば、ゾイドバトルの魅力は薄くなり、必然的に衰退の道を
辿ることになる。
だが、ゾイドのプログラムを縛る法令がない。ゾイドは人間が操縦するものだという考え
が一般的だ。操縦者に対する法はある。ゾイドに関するスペックや武装といったハードに
関する法令もあるが、ソフトに関する規制はないのだ。使うな、と言うわけにはいかなか
った。
件のゾイドはバトルのたびにレベルアップしており、既にチャンピオンですら勝てるか
どうか分からなくなっている、という。
「そこで貴方に、件のゾイドをAIごと破壊していただきたいのです」
ただ勝つだけでは駄目だ。公衆の面前で完膚なきまでに叩きのめし、「何だ大したこと
なかったな」と周囲に思わせれば、今後は真似する馬鹿も出なくなるだろう・・・
題して「最貧師団列伝」
第307警備師団は警備の名がつくことから分かるように二線級の師団である。
だが、その中核要員はヘリック共和国陸軍において最精鋭として知られる第7機甲師団の人員からなっていた。
第7機甲師団の戦歴は長く、その名は中央大陸戦争の頃から共和国陸軍の基幹打撃戦力の一つに数えられていたほどである。
今次大戦においても早くから西方大陸に出動し、開戦からの泥沼の撤退、奇跡のような反撃
そして暗黒大陸への侵攻作戦にも従事していた。
平時における最大戦力単位である師団は出動する際にその全ての人員を移動させることは無い。
通常は損耗を回復させる為の訓練部隊や事務処理部門の一部を駐屯地に残留させることになる。
第307警備師団はそれらの留守部隊を基幹として新編成された師団であった。
その任務は第7機甲師団が駐留していたクック湾周辺の警備である。
これは同時期に編制された3百桁のナンバーをもつ警備師団も同じであった。
警備師団は母体である常設各師団が出動した後の戦力の空白を埋める為に共和国のあちこちに編制されていった。
もっともこれは平時において師団編制の中にある訓練部隊を中央で一括して運用することにより効率を向上させる為でもあった。
そのため第307警備師団に限らず、多くの師団所属訓練部隊は最上級生のみを師団に配置させた後に
中央軍管区直属の訓練部隊に配置換えされている。
このような事情から留守部隊から編成された警備師団は、師団の名にもかかわらずその戦力は低く、
旅団どころか正規一個連隊にも満たない戦力の警備師団も多かった。
第307警備師団に所属する戦闘部隊はゾイド化機甲大隊一個、歩兵大隊二個に過ぎず、
支援部隊を砲兵を完全に欠いていた。
通常ゾイド化された師団はゾイド一千機、師団兵員二万人を保有するが、警備師団の戦力はその十分の一
いや大規模戦闘に欠かせない砲兵が存在しないことからそれ以下の戦力であると認定されていた。
当然これだけの戦力で常設師団が守備していた範囲をカバーできるはずも無く、穴だらけの警戒網を形成するので精一杯であった。
だが共和国軍参謀本部は当初から警備師団に治安の維持程度しか期待してはいなかった。
暗黒大陸から中央大陸にいたる最短侵攻ルートであるダラス海が
強電磁波地帯トライアングルダラスとして突破不能な海域となっていたからだ。
これにより中央大陸への侵攻ルートは西方大陸を経由したものに限られる。
よって西方大陸に軍を全開出動させたとしても、西方大陸、そして北方大陸でガイロス帝国軍を押さえ込んでおけば中央大陸は安全である
はずであった。
だが安全であったはずのトライアングルダラスを越えたルートを渡ってきたネオガイロス帝国によってこのような常識は打ち砕かれた。
参謀本部や警備師団の思惑とは異なり、第二線級の戦力でしかなかった警備師団は戦闘の矢面に立たされたのである。
時にZAC2101年11月、各地に分散配置された警備師団の多くは圧倒的不利な状況下で戦力をすり減らしていった。
第307警備師団はその中でももっとも不運な例であった。
大龍神とファントマーがバリアシステムを突破して内部へ侵入したとは言え、外部では
多数の無人ザバット軍団が健在である。それを外部に残ったスノー&エアットが相手を
しなくてはならないと言う状況であったのだが、これが中々強いのなんのって。
四方八方から飛んでくるマイクロミサイルを素早いバレルロールでかわしつつ、主翼の
二連ビーム砲で迎撃して行く。マイクロミサイルの性能だって決して悪くは無いが、
スノー&エアットはそれ以上に強いのである。全くあれだけバレルロールしまくって
目を回さないのが不思議な程である。
「ちょっと待て待てぇ! いきなり出て来てお前は一体何なんだぁ!」
最前線において唯一健在だったイージーイーグルがエアットに接近して来た。
そのコックピットに乗るナイスミドルなヒゲ男こそマードカル連合空軍のエース、
“クロス=サーヴァー少佐”なのである。
「何なんだお前は! 関係無い奴はすっこんでろ!」
「関係無くは無い。私達は今日ソラテーマパークで遊ぶ予定だった。」
「だからここに飛んで来たってか!? 冗談じゃない! そういうのは軍人に任せろ!」
「でも貴方達は弱すぎて何時まで経っても奪還出来る雰囲気では無かった。」
「う…。」
クロス少佐は痛い所を突かれて反論が出来なかった。現にクロス少佐機を除くイージー
イーグルは全機撃墜。どう考えても連合空軍側が劣勢なのである。
「だから私達が代わりに彼等を叩き潰す。反論は?」
「くそっ! やりたければやれば良いだろ! ただし我々の邪魔はするなよ!」
「そう…。」
とりあえず成り行きとは言え共同戦線が決まった。そしてエアットはバレルロールで
マイクロミサイルの雨をかわしつつ、お返しのビーム砲やマニューバミサイルで
無人ザバットを次々に撃墜して行く。ノーマルのハンマーヘッドとは比べ物にならない
程にまで強化されたエアットであるが、それを手足の様に操るスノーも強い。それでも
敵機の数は多いのだから直撃を食らう時もあったが、ミスリル&大龍神のTMO鋼さえ
上回るとされる外宇宙金属“スペースアダマンタイト”の装甲には傷一つ付かない。
そしてマイクロミサイルを引き付けた状態で無人ザバットの群れへと突っ込み、己を追尾
するはずのマイクロミサイルで無人ザバットを撃墜すると言う荒技をも見せ付けた。
「くそっ! 何だアイツは! 可愛い顔して…バケモンじゃねーか!」
クロス少佐はもう呆れるしかなかった。とは言え彼も無人ザバットのマイクロミサイルを
何とか回避出来ている。スノーがただ常識外れに異常なだけで、クロス少佐も常識範囲内
と言う意味では相当な実力者と言う事である。まあそんな感じでソラテーマパーク周囲で
大空中戦が繰り広げられていたわけだが、そこでテロリスト側の増援が来るのである。
「面白い! 実に面白い! 私が戦うに相応しい実力者が現れてくれて嬉しいよ!」
テロリスト側ゾイド乗り“バルバー=ラザラク”出撃。彼はレイノスに搭乗していたの
だがこのレイノス、外見は普通のレイノスとそう変わらないが何か違う感じがした。
「ロックオン…。」
新たな敵の出現にもスノーは顔色一つ変えず、マニューバミサイルを発射した。
それに対しバルバーのレイノスは翼を閉じて空気の抵抗を減らした状態で急降下した後、
海面スレスレから翼を大きく広げて急上昇する事で自身を追尾していたマニューバ
ミサイルを海面に撃ち付けてやり過ごしていた。この行動だけでバルバーの操縦技術と
Gに対する耐久性の高さを窺い知る事が出来たが、この柔軟な動き。レイノスにも通常
とは違う処置が施されていると思われた。
「ハンマーヘッドにガチで超音速戦闘をさせられる性能を持たせるなんて凄い技術だと
思うが…この俺のリバースバイオレイノスだって普通じゃ無いんだぜ…。」
「敵機レイノスの関節構造確認…これは…人工筋肉…。」
バルバーの言う“リバースバイオレイノス”は外見上は確かに普通のレイノスとそう
変わりは無い。しかしその関節構造は通常機とは全く異なり、人工筋肉によって稼動
させると言う方法が取られていた。こうする事で通常の機獣化されたゾイドに比べ、
より柔軟かつ素早い動きが可能になるのである。これは装甲は生体的だが、フレームや
関節等の構造は通常のゾイドと変わらないバイオゾイドの逆の思想。装甲やボディーこそ
通常ゾイドとそう変わらないが、各部関節を人工筋肉によって稼動させる事で柔軟性を
高める。“リバースバイオゾイド”とは良く言った物である。
「くそ! これがテロリスト共の本命か!」
やっと登場した純正テロリスト戦力にクロス少佐は苦笑いをしていたが、スノーは
相変わらずに無表情を絶やさなかった。
「敵機は撃墜する…。」
「来いよ! 俺が遊んでやるぜ!」
そしてバルバーは笑った。自身を楽しませてくれる強者との戦いを楽しむかのように…
ソラテーマパーク外周空域でエアット・イージーイーグルクロス少佐機・無人ザバット・
リバースバイオレイノスの大空中戦が繰り広げられていた頃、大龍神とファントマーは
ソラテーマパークの通路を突き進んでその内部へ侵入していた。それにしてもソラテーマ
パークは広い。大龍神の様な大型の機体でも悠々と飛びまわれる程なのだから。その広大
なソラテーマパークの一面に様々な遊戯施設が並んでいるのだから凄い空中遊園地である。
「さぁて! ソラテーマパークを独占して遊んでるテロリストどもを叩き出して今度こそ
本当に遊んでやりますよー!」
「いやぁ…だからそれは無いと思うのよ〜。」
相変わらずテロリストがソラテーマパークを占拠したのは独占して遊ぶ為だと思っている
ミスリルにティアも呆れていたが…
「わ〜い! やっぱ噂に名高いソラテーマパーク! どれも楽しい乗り物ばかりだー!」
「ええええ!!?」
何とまあテロリスト達は本当にソラテーマパークで楽しそうに遊んでいるでは無いか。
ジェットコースターに乗るテロリスト。メリーゴーランドに乗るテロリストなどなど…
まさか本当に遊ぶ為に占拠したとは夢にも思わなかったティアにとてつも無い衝撃が走り、
ファントマーは派手に墜落をかましていた。
「あああ! もう! 何で本当に遊んでるのよ〜!」
「だから言ったじゃありませんか! 遊ぶ事が目的だったんですよ!」
とりあえずファントマーが墜落した近辺にミスリルは大龍神を着陸させていたが、
テロリスト達がソラテーマパーク開園前に占拠したと言う理由も独占して遊ぶ事に
あったのかもしれない。単純にソラテーマパークを占拠して国を強請る事が目的である
ならば、観客の沢山いる営業中を狙えば良い。それをあえてやらず、開園前に占拠した
と言うのは、やはり独占して遊びたかったと言う他に無いのかもしれない。
「くそ! 何者だ! であえであえ!」
流石に大龍神とファントマーの侵入に気付いたテロリスト達は慌ててライフルを片手に
駆け付け、それに対しミスリル&ティアもまたそれぞれの機体から降りた。
「たった二人で我等に立ち向かうとは愚かだな。」
「うるさいです! 朝っぱらからここを占拠するなんて…私にも遊ばせなさい!」
「と言うか遊ぶ為だけに占拠するなんてセコイのよ〜。」
「だまれ! 我々は“蝙蝠の爪”はテロリストだぞ! テロリストがソラテーマパークを
占拠して何が悪い!」
「…。」
もう何が何だか…。それはそうと、ミスリルだってテロリスト達を叩き出して遊ぶ事を
目的にここまで来たのだし、テロリスト達もまたそうはさせぬと歩兵戦力を投入して
来たのであった。
「行け! リバースバイオ兵どもよ! あの二人を殺してしまえ!」
「リバースバイオ兵?」
“リバースバイオ兵”。外見は今は亡きディガルド武国が使用していた戦闘用の機械兵に
似ている様に思えるがその関節構造は違い、人工筋肉によって稼動させる事で柔軟で
滑らかな動きを可能にすると言うまさにリバースバイオな機械兵達であった。
しかし、それを制御するのは既存のAIに過ぎない。残念ながらミスリルの様にAIに
人格を持たせるには至っていない様である。
「……どうして進まないの?」
「いや、俺様、いちどやってみたかったことがあってな」
デイビッド・O=タックとイヴは屈折した通路を下っていった先に、広大な空間の入り口
を見出していた。にもかかわらず、デイビッドが進もうとしない。
「敵は熱源探知に映ってる。向こうからも、こちらが見えるはずよ」
「知ってるナリ。俺様が試したかったことというのはだな……」
二重顎を揺らして発せられる声はしかし、途中でため息に変わった。
「はぁ、あまり時間を無駄にもしていられんか。いやなに、地下に潜っていって広い空洞
があったなら、そこで中ボスが待ち構えているのはセオリーを通り越して当然のことだ。
ゲームだったらこっちがマップに入るまで動かないが、リアルでこういう状況になったら
果たしてボスはどれくらいの間我慢してくれるのかを試そうと思っていたのだよ」
「ホントに時間を無駄にしたわね! もう、行きます」
怒気も露わにイヴがその空間に踏み入ると、観念した様子でデイビッドも続いた。
こうした、騎士が待ち構える空洞は、太古の地底湖の名残である。
枯れた地下水脈を通路に、枯れた地底湖を戦場に。全員が集まっては逆に力を発揮でき
ない騎士たちが、個別に敵を食い止める防衛システムとしてこの構造を利用している。
そして、ここにもまた一人。
「ずいぶん長いこと、入り口で止まっていましたね。できれば、あのまま引き返してくれ
ればいいと思っていたのですが」
やや幼い印象の、少年めいた声。その声が発せられる機体は、淡青色の竜<デスザウラー>。
「僕は戦いを望みません。今からでも、引き返してくれませんか?」
「をいをい、こりゃあ何分待っても出てこないわけだぜ」
デイビッドの声には露骨な嘲りの響きがある。
「いいか、試験管生まれのゆとり坊や。お前が俺たちを見逃してくれるとして、その後に
待ってるのは凍死だ。だいたい引き返した所で地上に続く道はなくなってる。生き残る道
が戦いしかない以上、俺たちが逃げるワケねえだろ」
「ちょっと、もしかして対話の余地があるかもしれないのに……」
イヴが割り込もうとするが、デイビッドは更にそこへ割り込み返した。
「無いね。百パー無し。よく考えてみそ、戦うのが本当に嫌ならなんでコイツは逃げない?
それはだな、コイツの後ろで糸を引いてる神(『くゎみ』と発音するのが通の言い方)
が、ある程度コイツの行動を掣肘できるからに決まってる。つまり俺たちが逃げるのは
自由だが、コイツが逃げることは絶対にない。戦わずしてここを通してくれることもない」
にべもない上に断定的な口調であった。だが、彼の態度にも騎士は折れない。
「たしかに、神は僕たちを支配することができます。けど、僕と戦ったらあなたたちはき
っと……死んでしまう。だからお願いです、僕を戦わせないで」
連綿と続く“オタク”文化の継承者たるデイビッドの中で、致命的な何かが切れた。
「あー、鬱陶しいッ! どこのスーパーコーディネーターだお前は。何が『戦わせないで』
だ、この中二病患者。あのですねぇ、お前ら騎士は全世界の人権ある能力者や、戦いに
巻き込まれた民間人を殺戮して回った時点で第一級テロ集団なんですぅ。だからあらゆる
市民には、騎士との戦いに参加する正当な権利があるワケ。殺す権利もね!」
「あなたは能力者じゃないでしょう!? 彼らの危険性を知れば、必要なことだと……!」
「笑止、勇敢なるファッキン・コメディアン。能力者が巨大すぎるエネルギーを平行世界
から呼び込むのが危険と言うのだろうが、お前たちの力は何だ? 能力者とは違うメカニ
ズムでお前たちの“剣”ほどのエネルギーを引き出せるとでも?」
イヴは瞠目した。これほど語調そのものに毒々しい攻撃性を含ませられる人間を、長い
生涯の中で彼女はほかに見たことがない。
性格の悪い人間はいた。人を騙すことを至上の喜びとするような者も見てきた。
しかし、デイビッドの言葉は過去の記憶にあるどの文言とも違う。
悪意のベクトルが、根本的に異なっていた。
「この剣は神が能力者の脳を解析して得られた、彼らと同じ力を引き出すためのデバイス
です。そう、まさに危険な力ですが、毒をもって毒を制すという言葉があるように」
この期に及んで平和的解決を――相手の都合を考えていないとはいえ――求める騎士。
しかしその言葉は、厚い肉の壁に阻まれて届かない。デイビッドにとって、自身に敵する
者の言葉など、あまねく雑音でしかないのだ。
「しゃらーーーっぷ! シャッツァファックアップ! 弁解そこまで! 貴様の論理は今
致命的な欠陥を晒したのに気づいてないのかマヌケめッ! 詭弁のガイドライン見ろ!
『存在すら許されない力』を消し去るために同じ力を用いるってのはどういう了見だ、
このタコ助ッ! その戦い方自体、じつは宇宙の危機なんて大して迫ってないと言ってる
ようなモンじゃねーか。宇宙のパワーなめてんのか。トイレまでの距離がどんどん伸びる
んだぞ。大方、この程度のエネルギー変位は自分で何とかする機能がまだ働いてんだろ」
騎士の言葉は暴言と断定的推論の洪水に押し流された。濁流は止まらない。
「しかもだー、兵器として作られておきながらそんな古典的偽善キャラに育つお前が個人
的に気に食わねー。ボクちんの半分は優しさでできています、って言いたいのか? 安心
しろ、そんなことアピールしなくても残りの半分は人殺しの道具だ」
すでに言いがかりの域に達した言葉の締めくくりとして、唐突に彼は訊いた。
「で、お前、名前は?」
若き騎士がこの時どのような表情であったか、知る者は居ない。とかく、彼は名乗った。
「……アービス。GX-09、アービスです」
「ほほう、惜しいな。一文字違えば犬っぽいオービタルフレームだったのに……」
だれ一人、彼の言葉がわからない。彼も理解を求めていない。
一人で呟いて、一人で悦に入る。なにか根源的な恐怖を呼び起こされるような、薄気味
の悪さを感じる暴走だった。
デイビッドの機体が―原形をまるでとどめない、恐るべきゴルヘックスが―翼を広げる。
「さて、戦えばきっと俺様を死なせてしまうと豪語したその力、見せてもらおう!」
イヴは正直に言って、あの針山のような機体の性能をそれほど信じてはいなかった。
威圧感はあるが、それはゾイドが哀れになるほどの度を越えた改造が発する邪気のような
もので、実践で役に立つとは思っていなかったのだ。
だが、デイビッドの初撃は、有機ナノマシンの集合体たるイヴの目ですら目視すること
ができない程のものだった。
「え? 速――」
白い光が弾けた。
その中心で、光刃と騎士の剣がぶつかり合っている。波動が広がり続ける。
「……く。くくく」
「!?」
淡青のデスザウラーが剣を振りぬき、デイビッドは自ら後ろへ飛んで衝撃を殺す。
アービスの声色が一変していた。含み笑いだけで、イヴもデイビッドもその変化を感じ
取ることができたほどだ。
「ふふ……ありがとよ、俺はそっちから仕掛けられないと出られねぇんだ。改めて自己紹
介させてもらうぜ――俺はアービスの戦闘人格! ベースになった奴が素質だけのヘタレ
だったもんで、神が戦いのために作った、全てを破壊する……」
「邪気眼キタ――――(゚∀゚)――――!!」
「な……ちょ、おま」
戦闘人格のアービスは知らなかったのだ。この男、デイビッドが、まともに喋らせて
くれるはずなど無いということを……。
「人格交代ネタっすか? 古すぎっすよ? 『グヘヘ』とか言いつつ、ご飯を手づかみで
食ったらお母さんにボコられて消えちゃうような裏人格っすか?
後々思い返して悶絶しないように、慈悲の心を込めてやっぱり今殺してあげちゃうね☆
人生最後の数分間、その胸に刻んでおけ。我こそは――」
アービスは悟った。自分はなにか、とてつもないモノを敵に回しているのだと。
「――我こそは天下無双、絶対無敵、たまにRPGで味方パーティに居るバランスブレイカー!
俺様がこの道に閉じ込められたときから貴様の運命は決していたのだ。そう、この俺様の
――デイビッド・O=タック様の噛ませ犬になるという役割がなッ!」
――そして、このテュルクにおける戦いの中でもっとも凄惨な一幕が始まる。
<続く>
戦線はすでに崩壊していた。いや例え単線の貧弱なものだったとしても戦線を維持できていたのは戦闘開始直後の数時間でしかなかったはずだ。
ファリントン軍曹は、キャノピーを押し上げたスナイプマスターの後部シートから周囲を見やった。
そこには損傷した小型ゾイドやアタックゾイド、それに心や体に生涯消えないであろう傷を負った多くの男たちがいた。
彼らは例外なく東へとゆっくりと歩いていた。
その中には第307警備師団に配備された数少ない大型、中型ゾイドの姿は見えなかった。
目ぼしい機体は全て上陸してきた敵部隊に撃破されてしまったからだ。
軍曹たちが傷つきながらもクック湾から脱出ことが出来たのは、敵部隊が敗残部隊の追撃よりも橋頭堡の確保を重視したからに過ぎないだろう。
―何故こんなことになってしまったのだろうか、ファリントン軍曹は周囲の陰鬱な光景から逃れるためにずっとそんなことを考えていた。
大規模な敵軍が中央大陸に上陸する高い可能性がある。そう暗黒大陸に展開する共和国軍主力部隊から伝えられた時、参謀本部のなかでその情報を完全に信じるものはいなかった。
ガイロス帝国軍は共和国軍暗黒大陸派遣軍と正面から対峙しているはずだからだった。
いまのところ実戦に参加せず後方で待機している部隊も含めれば、確認されているガイロス帝国軍部隊は予想されていた敵戦力に対してやや少ない程度に過ぎない。
予備兵力として温存されている未知の敵部隊があったとしてもそれほど大規模な部隊ではないはずだ。
それに暗黒大陸や、西方大陸、その周辺海域に展開する共和国軍に察知されずに中央大陸に上陸することは大部隊では不可能だった。
しかし後方の撹乱を目的とした少数の特殊部隊の上陸ならば十分に考えられた。
そのような少数の部隊であっても現状の警備体制では共和国に大打撃を与えることも可能だろう。
暗黒大陸派遣軍からの通信がトライアングルダラスからの強電磁波活性化の影響で一時敵に遮断されたこともあって参謀本部はそれ以上の可能性を考えられなかった。
それでも航空部隊による一段の哨戒体勢の強化を参謀本部は指示していた。
その結果はすぐに現れた。それも参謀本部とって予期しない形であった。
新型大型ゾイドを中核とした揚陸艦隊、その戦力は共和国軍の編制に当てはめれば最低でも一個軍団相当
当初は誰もが航空偵察部隊からの情報を信じることが出来ないでいた。
「ザバットが少し戻ってくるね。全くこっちなんかを気にしなければ…
少しは目的を達成できたものを。」
巨大で形状難解な角が放電を始めると直ぐに周囲は青白い電光に包まれる。
「アディオス!バーティカルサンダー。」
角から強力な放電が空中にまき散らされる。先のホーミングボムの爆発と、
プラズマブレスの影響で周囲の電位状況はかなり良好でクリアな状態。
電撃はそこを更に抵抗のない場所を縫うようにジグザクに軌道を執り上空に達する。
それと同じタイミングで降下体制に入った無人ザバットは見事に感電。
連鎖的に電撃は伝播し無人ザバットはグライダー飛行で森の木々の間に順に消える。
爆発等が起きなかったのはバーティカルサンダー自体が自衛用副武装だった事。
ザバットの数が膨大すぎたことが上げられる。
「数が多かった事が此方の助けになるなんて素敵な奇跡だね。」
きっと妹がいたならば…?
”恥ずかしい状況説明禁止!”
と空に光で描かれていたという…。兄に対してはツッコミの鬼だったらしい。
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜…。」
どうやら兄の思考は妹に筒抜けである事が解る。きっとリュミエールとブリッツの二機。
両者の間には特別な意志疎通の能力があるらしい…それで感知したのだろう。
恐るべき野生の力?である。
「…セブンスのハイランダー(特殊ギルタイプ)。二騎も先んじて投入されていようとは。
これはまた増援が必要なようだな。解っているな?」
「承知しております。不詳この執事オットーできればアレを所望する限りでございます。」
「解った。オットーお前にアレを預ける。…最悪わかっておろうな?」
「はい…ゾイドを失ってもどさくさに紛れて奴等の懐深く入り込んでみせます。
協力者として…ですね。」
オットーの去った部屋の中で主は椅子の背もたれに寄りかかり一息つく。
全く以てセブンスの青騎士の注文は面倒過ぎて困る。
並み居るソラシティ指導者の前で名演技をし続ける必要が有るとは思いもしなかった。
まだお嬢様呼ばわりされる彼女にとっては迷惑極まりない。
「困った奴だ。この過小評価の報告書を作るのにどれだけ苦労したことか…。」
実はこの時本来の投入兵力の目算は…今の30倍の予定だったりしたりする。
「よいしょっと。」
長い象の鼻が車爆弾をひっくり返す。
そうしてひょいっとバックステップを華麗に決めるウルファンダー。
「あれで大丈夫なのか?」
「リーダー。御任せを…後は残りのアレが来るのを待つばかり。」
「道は一つ。そしてその道を塞ぐは爆弾か…確かサイコ(以下略)。」
「黙っていても当たりますね。」
「そうそう!アレフちゃん器用〜。」
「先に倒した木を上において間違って上から来ても重みで作動。
博識の美少女フリ・テンの作戦には抜かりはありません!」
作業をしたのはアレフのみだが概ね間違っていない。この狭い谷状に抉れた場所。
巨大に成長し放題の木々が作るアーチは鉄壁で間違って上で爆発が起こっても、
軽い生き埋め程度被害で済む。一見すると追い込まれた形になるが…
以外と広い空間の上に唯一の出入り口は木々で極限まで狭くした。
無敵団の居る場所に侵入できるのは人程の大きさの物のみ。
その入り口がトラップな為どうやっても致命的な一撃は来ない。
ソラの戦力には土弄りを嗜む装備など存在しないという確証からだ。
程なくしてロウフェンと赤熊の視界にまた大判振るまいな火柱が上がる。
更には始めの爆発で難を微妙に逃れたホーミングボムが空中で炸裂する醜い花火。
「た〜まや〜!」
「か〜ぎや〜!」
既に両者は汚い花火を見上げる客の位置にいた。
「虚しいわね。」
「言わんといてください。状況にツッコマまないでつか〜さい。」
俺と赤熊の目からは一筋の涙が流れたという。戦争とは常に切ない物なのだ!
そう俺は勝手に理解して川の反対側で発生する火柱がでなくなるまで…
ここで休憩することに決めたのだった。
「拡声器の電源が入ったままよ?」
「があああああああああああああああああああああん!!!」
何処までも何処までも落ち度が激しいのは寝不足の所為だろうか?
拡声器のスイッチを押すと俺はコクピットの中で丸くなって…泣いた。
ー 高空 ー
「なんだあいつ等?ゾイドを並べて花火見物でもしているのか?
何?突然空中からゾイドが出現!?」
シープの疑問はもっともであるがソラシティ隠蔽用の光学迷彩。
それを使えば至近距離まで音もなく忍び寄ることなど造作も無い。
降り立つゾイドは…?その姿を見て思わずシートからシープは転げそうになる。
巨大な赤い角…長大な尾…巨大というのもちゃちな形容詞の四肢。
胸に3つの回転砲台。腹に輝く白銀の紋章…
リュミエールが弾き出す該当ゾイドの名前には破滅の二文字が良く似合う。
「…偽物だとしてもキングゴジュラス。危ないにも程が有るっ!」
出現位置は丁度ロウフェンや赤熊の真後ろ。完全に撃破確定の間合い。
間に合うのか?そう思いつつシープは最大戦速で地上へダイブを敢行する。
突然格闘レンジへのゾイドの侵入警報。
俺は慌ててシートに座り直し素早く逃げ出した…筈だった。
「ほ〜ら。お二方?捕まえましたぞ!」
レッドマンドリルとビー介は首根っこを猫がそうされるように摘み上げられていた。
背後に見える影は殆どのバイオゾイドと同じく”キョウリュウ”の姿。
しかしその見た目はバイオゾイドのそれではなく一般的なゾイドと変わらない板張り。
巨大な背鰭が火柱の赤に生える墨のような黒。はっきり言って怖い。
どうしてその姿が怖いのかは知らない…だが焼き付けられた記憶のように怖い。
恐怖心の海に標高数千mから突き落とされたような感覚だけがそれをやばいものと語る。
更には普通なら抵抗するだろうゾイド達が完全にびびっている。
人間よりもそう言った感覚に鋭いゾイドが敗北宣言をしている…
俺達に何ができるのであろうか?
きっと逃げる事も頭に浮かばずガクガクブルブル震えているだけだろう。
現に俺と赤熊は突然背後から現れた”キョウリュウ”に捕まってしまっている。
「おやおや?いけませんな?素材こそ略本物ですがコアは唯のゴジュラスのもの。
精巧にできた偽物ですぞ。火器の口径も半分でございます。」
落ち着いた口調で悪戯っぽい声が聞こえてくる。”偽物”でこれかよっ!?
本物だと…心臓発作であの世行きでその時に毛穴が開き金柑頭に成ってしまいそうだ。
「先ずは一機。手筈通りオットーはフェンリルに接触したか。さてと…
今度はウルトラザウルスの真上に。」
ロウフェン達にオットーを嗾けた要領で甲板に突然ゾイドが姿を現す。
「しまった!対空警戒網だけでは甘かったか!」
虚を突かれた形となる迂闊少将だが今回ばかりは彼には何の罪も無い。
光学迷彩とステルス機能。それによって甲板上に陸戦ゾイドを並べ立てる。
この時代ではあり得ない兵力配置方法である。
だが浮き足立つ者はあまりいない。
この時ばかりはジ・烏合の衆であることが幸いしたようだ。
お互いに連絡を取り合うと言う基本的であり重要な行動が執れなかった。
それが偶々混乱の波及を防ぐ事に役立ったからだ。
現れたゾイド達。その姿は小山のようにそびえる類人猿。
体中に火器が針鼠のごとく配置された真っ赤な悪魔。
この星で最も地に足を付けた強さで定評のある大型ゾイド…
アイアンコングPKと昔の人は呼んでいたそうだ。
更にそれを取り巻くのは黒い悪魔。正に言葉の通りのそのもの。
微妙に後ろが抜ける蝙蝠傘。無為に伸びた巨大な二本の爪。
更には左右非対称のバラッツを思い出させる手の大顎。
本来それを持っているだろう体ではないスマートな姿。
ロードゲイル。極点戦力では大型ゾイドですら相手にするのは危険と呼ばれた化け物。
数こそ少ないが混乱に乗じて一気にバイオラプターグイが全滅してしまう。
「始めから空襲支援か!くそっ!ボラー先生は間に合うか?」
ヴォルケーノが起動し周囲の敵を一気に薙払う。
コングは辛うじて攻撃を回避するが練度が低いのだろう。
死神数体がバラバラに砕け散り…また元の形にくっつく。
「再生能力だと…?バラッツの技術はここまで巨大なゾイドを構成できるものなのか?」
持ちうる知識を総動員してザイリンは敵の特長を掴みにかかる。
成るべく早く敵の戦力を理解しなければならない…現状は最悪だ。
今はエレファンダーを失う訳にはいかずバイオゾイド部隊だけで排除する必要が有る。
予め増援要請はして置いたが今真に間に合うかどうかの踏ん張り所となっている。
「全く。こんなときに敵襲ですかい…全く進退窮まっていやすねぇ。」
マサジロウは針山と真っ正面から対峙している。
相手が動く気が無いと言うのが非常に気に掛かるが…後方の混乱も厳しい。
「じゃあいきやすかい!」
バイオスナイパーの尾の先が展開する。
「超収束小口径バイオ粒子砲発射でさあ!」
超長距離射撃に対応した最終貫通兵器。尾の内部構造を徹底的に改造、
尾としての機能を極限まで残して狙撃用の砲身を確保。
ついでにスコープまで内蔵している優れものである。
威力こそ大した事は無いがこと貫通力と射程距離においては並ぶ者は居ない。
寸分の狂いもなく放たれたバイオ粒子砲はコングのビームキャノンを破壊する。
あまりの突然の出来事にコングのパイロットは周囲をキョロキョロ見回すが、
その行為は自分の終わりをいち早く知るだけでしかない。
目前に迫る銀光の騎乗槍。レ・ミィのランスタッグが攻撃回避不能な位置にまで肉迫し、
その後方には完全に退路を絶つ位置にヴォルケーノが居座っている。
程なくして強烈な衝撃と共にコングはハイマニューバスラスターごと右胸を貫かれ倒れる。
「やっと一機…なんなのよ!あのデカ猿はっ!」
丸焼き姫は大層御立腹だった。
「やっぱり動きやせんねぇ?さっきの脅しが効いたようには思えやせんが…?」
情報の伝達が進みマサジロウにもそのゾイドの詳細が届けられる。
「ガンブラスター…何とも恐ろしい。しかし残りの二機は何を背負っているのやら?」
箱を背負った迷彩ガンブラスターは本家同様微動だにしない…と思ったら、
突然くるりと旋回を始める。バイオスナイパーに背を向ける形で静止。
またその後微動だにしなくなった。
「…あっしの気合いが空回りしたのですかねぇ?」
大当たりらしく今度は空から落ちてきたガンブラスターも背を向ける。
「ならあっしはあんた等のお守りをしないといけないのかも知れやせんねぇ?
すいません!もう少し開けます。」
「了解した!高空監視網がザバットを確認した。お前の居る方角から来るぞ!」
「了解しやした!任せてくだせぇ!」
深々と降る雪が周囲の光景を嫌でも暗く見せていた。
クック湾周辺は中央大陸の中でも北方に位置するが、周囲の海流の影響で年間降雪量はそれほどでもないはずだった。
しかし今年は異常気象なのか11月初頭だというのに降雪が始まっていた。
だが、周囲は寒々としているのにファリントン軍曹が乗り込むスナイプマスターの複座はひどく暑苦しく感じた。
スナイパーズシートと呼ばれる複座はファリントン軍曹には理解できない設計思想だった。
スナイプマスターは強襲戦闘隊に所属する量産機としては高機動であるのに、スナイパーズシートに乗り込む乗員は寝転んだ不自然な体
勢で長時間の待機を強いられることになるからだ。
しかも長距離精密射撃用の巨大な光学センサやレーザセンサがスナイパーズシートの頭上や側面に取り付けられている為自然とシートの
設計は狭苦しいものとなった。
スコープ状の光学センサや耳のようにも見えるレーザ対物センサからの情報を統括して表示できるモニター群は確かに高性能ではあった
。
しかしモニターや各種装置から発せられる熱によって上半身は暖められ、逆にいい加減な施工によって隙間だらけになってしまったハッ
チからは冷気が吹き込んでくる。
その結果ファリントン軍曹は頭は暖められているのに、足は冷やされるというひどく消耗する事態におちいっていた。
本来であれば実際に戦闘が開始されるまで狙撃要員だけでもハッチを開けて楽な姿勢を取らせるべきなのだ。
スナイプマスターは幸いなことに狙撃仕様であるからセンサ類は充実している。それに航空偵察によって大体の敵位置も判明している。
だからセンサからの情報にさえ気を配っていれば無理な姿勢で長時間の待機をする必要は無いはずだった。
―しかし待機命令を出してしまった以上はあの小隊長に命令を撤回させることは出来ないだろう。
ファリントン軍曹は思わずため息をついていた。こんな後方もいいところの警備師団に配属されるくらいなのだから優秀な士官など回っ
てくるはずもなかった。
小隊に与えられたスナイプマスターも新型ならば、配属されたばかりの小隊長も新品だった。
一応は士官学校を卒業したことになっているが、こんな中途半端な時期に卒業するということは士官学校もかなりの速成教育になってい
るということだった。
だから小隊長も20代に入ったか入らないか位の歳でしかない。最も年齢に関してはファリントン軍曹だって人のことは言えなかった。
最近では下士官も速成教育に入っている。急速に軍を拡張させる為には中、下級の指揮官が大量に必要となるからだ。
本来であればファリントン軍曹の経験と兵役年数では小隊副官兼分隊隊長などではなく、せいぜいが一個分隊の指揮をとる伍長くらいで
しかなかったはずだ。
そしてそれはスナイプマスターにもあてはまるはずだとファリントン軍曹は考えていた。
いま自分が乗り込む機体も、もっと技術的な蓄積を終えてから配備されるべきなのだと。
「行け! 攻撃開始!」
「うわぁ! 来ました! 怖いです!」
一斉に駆け寄って来たリバースバイオ兵にミスリルは泣きながら逃げ出してしまった。
まあロボットでありながらもワリと可愛らしく作られてるミスリルと違ってリバース
バイオ兵は結構不気味な外観していたし、ミスリルも何だかんだ言って臆病な所も
あったりするので仕方の無い事かもしれないが、ミスリルにも考えがあった様子であり、
またそこまでAIの性能が良くないリバースバイオ兵は馬鹿正直に追撃をかけてきた。
そしてミスリルを追うリバースバイオ兵の一群が一列に並んだ所を確認するなり彼女は
急速反転。拳を強く握り締めた右腕をリバースバイオ兵へ向けた。
「貫かれて下さい! ミスリルパーンチ!」
その叫びと共にミスリルの右腕の肘から先が発射され、リバースバイオ兵の分厚い装甲を
次々に貫く。いわゆるロケットパンチなのだが、テロリスト達にとっては衝撃だった。
「腕が飛んだぞ! 奴は機械の身体を持っているのか!?」
「うろたえるな! 単なる機械よりも人工筋肉で稼動するリバースバイオ兵の方が
運動性は上だ! 接近戦に持ち込め!」
残存したリバースバイオ兵が次々にミスリルへ飛びかかって行くが、この程度の相手は
ミスリルにとっては玩具の様な物。TMO鋼の拳で次々に殴り壊し、さらに両腕を
ガトリング砲に変形させて蜂の巣にして行く。
「そんな馬鹿な! 奴はバケモノか! 我等が苦心して作ったリバースバイオ兵が…。」
「しかし何と言う柔軟な動きだ…。本当に機械なのか?」
テロリスト達が絶対の自信を持っていたリバースバイオ兵を容易く圧倒するミスリルに
彼等は唖然とした。しかし、あえてフォローさせて頂くならミスリルが異常過ぎるだけで、
通常の歩兵戦力が相手ならばリバースバイオ兵の強さは圧倒的であると補足しておこう。
だが異常なのはミスリルだけでは無い。ティアも同様であった。
「切り裂いて! ナノマシンフェザァァ!!」
ティアの背から伸びた純白の翼がリバースバイオ兵の人工筋肉を巻き込み、刃となって
切り裂く。確かにティアが身体として使っている器は元々はただのドールであったが、
ミスリルが何時までもそのままにしておくはずが無い。直接戦闘にも耐えうる様に自身に
使用された技術を一部応用し、強化していたのである。その内の一つがナノマシンを
使用する事で形状を自在に変化させられる翼“ナノマシンフェザー”であり、また
両掌部には光子砲も装備している。そして人間で言う所の心臓部にはティアの霊力を
増幅する為に開発された“アストラルドライバー”があり、基本パワーも上昇していた。
「もう! 遊ぶ為だけに遊園地でテロしちゃだめなのよ〜!」
「くそぉ! このガキも強いぞー!」
ミスリル&ティアがリバースバイオ兵相手に大暴れしていた時、ソラテーマパークの
周囲ではスノーのエアットとバルバーのリバースバイオレイノスの大空中戦が繰り広げ
られていた。
「楽しい! 楽しいぜ! 可愛い顔して俺を楽しませるなんて凄いじゃないか!」
「そう…私は楽しくない…。」
スノーは相変わらずのポーカーフェイスっぷりでエアット共々にリバースバイオレイノス
のレーザークチバシによる突撃をかわし、瞬時に周囲の無人ザバット軍団をロックオン。
「楽しくないから早めに決着を付けたい…。」
エアットコクピット内のモニター一面にロックオンマークが表示され、一斉発射。
中型のハンマーヘッド級にどうやったらこれだけの武装を満載させられるのだ?
やっぱ異星技術の力か? とか突っ込みたくなる位に全身から夥しい数のミサイルが
発射されると共にミサイルポット及び主翼・尾に装備されたビーム砲が慌しく上下左右に
稼動し、ロックオンした無人ザバット達を次々に撃破して言った。
「無人ザバットがまたまた大量に撃墜されました…もう滅茶苦茶ですね。」
「くそ! なんてバケモンだ! もう好きにやってくれ!」
後方で戦況を見守るしか無いビグマッコウのクルー達ももはや呆れるしか無かった。
「あの…俺これでも連合空軍のエースなんだけど…忘れないでね…。」
早くも完全蚊帳の外になってしまったクロス少佐も唖然とするしか無かった。とりあえず
彼の名誉の為に言わせて貰えば、彼は弱く無い。スノーが異常なだけなのであしからず。
そして今度は何を考えたかスノーはエアットをソラテーマパークの周囲を回る様に飛ばし
始めた。当然バルバーのリバースバイオレイノスと無人ザバット軍団は後を追って行くが
エアットは止まらない。一周、二周、三週、ソラテーマパークの周囲を何周も回っていく。
「何か考えがある様だな。とりあえず誘いに乗ってあげたけど…何が起こるのかな?」
「それは見てのお楽しみ…。」
その後もエアットは後方から襲い掛かるリバースバイオレイノス&無人ザバット軍団の
砲撃をかわし、弾きながらもなおソラテーマパークの周囲を超音速で何周も回って行くが、
それから何十周も回った時だった。突如無人ザバット軍団が失速し、次々に墜落したので
ある。だがエネルギー切れでは無い。ソラテーマパークの周囲を超音速で何周も回る事で
無人ザバット軍団は目を回してしまったのである。じゃあ何故スノーとバルバーが平気
なのかと言うと…まあ普通じゃないからと言う事で。
「なるほど…そう考えたか…。」
「後は貴方だけ…。」
無人ザバット軍団が沈黙した以上その空域に残るのはエアット・リバースバイオレイノス・
イージーイーグルクロス少佐機の3機のみ。決着の時は近かった。
さてこちらはソラテーマパーク内。戦う場所が子供向けのキャラクターショーをやる事を
前提とした広場だった故にテーマパーク内に大した被害を出さずにミスリル&ティアは
リバースバイオ兵を次々と蹴散らし、ついには全滅させる事に成功した。後は生身の
大して強くない人達ばかりである。
「さあて、貴方達の兵隊は全部やっつけましたし…このままソラテーマパークから帰るの
なら私だってこれ以上何もしませんが…どうですか?」
「まだまだ! こう言う事もあろうかと我々にはまだ温存した戦力と言う物がある!」
「え!?」
するとソラテーマパークの奥にある巨大なテントの中から一機の巨大ゾイドが姿を現した。
それはデスバード。元祖ギルベイダーの開発理由となったデスウィングの以前に飛行を
可能にしていた改造デスザウラー。言わばギルタイプの大先輩とも言える機体であり、
またこれも人工筋肉で稼動させる事で柔軟性を高める改造がされている様でもあった。
「我々の最終兵器! リバースバイオデスバードで貴様を逆に叩き出してやる!」
「ええ!? ちょっと待って下さいよ! ここで戦うんですかー!?」
とりあえず大龍神に乗り込んだものの、ミスリルは戸惑った。こんな場所で巨大ゾイド、
しかも決戦機級同士の戦闘をやればソラテーマパーク内の遊戯施設の被害は計り知れない。
元々ソラテーマパークで遊ぶ事が目的のミスリルにとってそれは何としても避けたかった。
「ね…ねぇ…とりあえず…外でやりません? ね? ね?」
「ここまで好き勝手に暴れておいて何を言うか!」
「キャア! 怖い!」
リバースバイオデスバードの口腔部から大口径荷電粒子砲が放たれた。通常のデスバード
と違って荷電粒子砲をも発射出来る様であったが、その直撃をもろに受けた大龍神は
そのままソラテーマパークの壁を突き破り、外にまで押し飛ばされていた。
「キャァ!」
「我々としてももっとソラテーマパークで遊びたい。壁に穴が空く程度に抑えたのを
感謝するのだな。」
ソラテーマパークに開いた穴から大龍神は海面目掛けて落下して行く。そしてリバース
バイオデスバードもまたその後を追って外に出る。もう一度荷電粒子砲を当ててトドメを
指すつもりであった。
「ああ! ミスリル!」
慌ててティアもファントマーに乗り込み、後を追おうとしたが、そこで突然後方から
サラマンダーの襲撃を受けた。
俺のような流れ者のファイターは、いちいち目的の町に行ってから試合を組んでいたら
効率が悪い。だから事前に手紙などの通信手段でバトルのメイキングを依頼する(大陸間
や国境を越えてのオンライン網の整備は政治上の都合で進んでいない)。今回もこの町の
マッチメーカーのハキムには数日前に連絡を入れて、試合を組んでおくよう頼んであった。
ところが今日到着してハキムのオフィスを訪ねてみれば試合は未定だという。車に乗せら
れ、連れてこられた先でこんな胡散臭い依頼をされるとは思いもよらなかった。
「なにしろチャンピオンも含めて、勝てるかどうか分からないような有様でして」
なるほど、この街の上位ランカーが直に対戦して負けたとなれば、バトル協会の威信に
傷がつく。しかしフリーで流れ者の俺なら、万が一負けたとしても、傷はつかない。都合
のいい捨て駒ってわけだ。
俺の目の前には冷茶の入ったグラスが置かれているが、他の三人のグラスにはビールが
入っている。店に入った直後に「ミスターサージェスはお強いそうで」などと言いながら
組合長がビールを注文したのを制して、俺だけはお茶を頼んだのだ。口には出さなかった
が「ビジネスの話が済んでないのに酒を飲む気はない」と暗黙の意思表示したわけで、さす
がに三人とも意図を察してビールには口をつけようとしない。グラスの外側は汗をかき、
三対七の黄金比率に入れられた泡はすっかりなくなり、気の抜けたような気泡がぽつぽつ
と浮きあがっている。飲み頃はとっくに過ぎている。他の二人は平然としているが、組合
長だけは未練たらしく手元のビールにちらり、ちらりと目をやる。さすがに俺が飲まない
のに口をつけるわけにもいかず、時折のどをゴクリと鳴らしたりして催促している。せめ
て煙草でも吸えれば「まあ皆さんだけでも」と言う気にもなれるのだが、あいにくとこの
店は全面禁煙だとさ!よくもまあこんな不健康な店を選んでくれたものだ。そもそも五分
で終わる話を延々と二十分以上も引き伸ばしてるこの男が一番悪い。そんなわけで俺は
あえて気づかないふりをしてお茶をすすっている。
面倒な内容だ。ゾイドを破壊するだけなら造作もない。倉庫なり駐機場なり、夜中にで
も忍び込んで破壊すれば済むのだから。だが、コロシアムでやるとなれば話は別だ。人間
が乗っているのが大前提となる。いかにパイロットに怪我をさせないでゾイドだけを破壊
するか。最近はゾイドバトルのスポーツ化が顕著化しており、ファイターが入院しようも
のなら新聞沙汰だ。怪我ならともかく殺してしまうと俺も刑務所行きは免れない。しかも、
ただ勝つだけでも困難な相手だときては。
だが、考えるまでもないのだ。いくら困難な内容でもゾイドバトル組合の組合長直々の
依頼となれば断わるわけにはいかない。断われば二度とこの街でバトルは出来なくなるだ
ろう。
だがその前に、俺は確認しておくことがあった
ファリントン軍曹はスナイプマスターがこれで完成形であるとはとても思えなかっ
た。部隊配備の時の説明ではゴドスから急速に機種転換が進んでいるガンスナイパー
の格闘戦能力を引き上げた後継機という話だったが、隊の中でその話を信じているも
のは殆どいなかった。
機体構成を見る限りでは、スナイプマスターはガンスナイパーを簡易化した機体な
のではないかと思われた。ガンスナイパーは簡易とはいえオーガノイドシステムを搭
載し、また種別の違いすぎる火器を複数搭載したことで火器管制系が小型ゾイドとし
ては複雑化しすぎてしまっていたからだ。
確かにガンスナイパーは非常に強力な砲兵装を有する量産小型ゾイドであるといえ
る。また機動性においても、初陣においてブレードライガーの随伴機を務めたことか
ら分かるように多少の無理をすれば高速部隊に配置することも出来ほどの性能を持ち
合わせていた。
同時期に登場したガイロス帝国軍の小型量産ゾイドであるレブラプターが基本的に
格闘兵器しか有さないこと、また実際の戦場で多数存在するのが量産小型ゾイドであ
る事を考えれば、オーガノイドシステムを本格的に取り入れていたブレードライガー
などよりもよほど軍にとって重要な存在であるといえた。
しかし機体骨格や装甲はともかく複雑化した火器管制系は生産性と整備性を多少悪
化させていた。だから複雑化したガンスナイパーを簡略化した機体が望まれたという
ことなのだろう。
だがファリントン軍曹はスナイプマスターはあまりにも簡略化を推し進めすぎたと
考えていた。ガンスナイパーの特徴でもあった多彩な火器は無くなり、たった一つの
火器である尾部の狙撃砲は砲としてみれば非常に優秀な性能を誇っていたが、機動戦
闘で用いることは出来ないから大半の戦闘行為ではデットウェイトになってしまうだ
ろう。
装甲が薄くなっているのは機動力が増したことで敵弾を回避することが出来るため
だというが、そんな神業的な機動はベテランの操縦手で無い限り不可能だろう。これ
では第二線級の部隊に配備されるのも無理は無いと思えた。
ファリントン軍曹達はしばらくそう考えていたのだが、しばらくして整備段列の兵
が後方の技術本部に整備研修を受けたときにある噂を聞いていた。スナイプマスター
は実は簡易チェンジングアーマーシステム、CAS搭載機であるというのだ。
ライガーゼロにおいて本格的に取り入れられたCASは、機体の外装部分を交換す
ることで容易に多様な任務に対応することが可能となるシステムだった。しかし専用
の外装パーツを開発生産するコストは膨大なものであり、今のところライガーゼロ以
外に本格的に取り入れられた機体は無い。
ただしCASの概念そのものはそれほど画期的というわけではない。任務によって
武装を変更して対応するということはそう珍しいことでは無い。そしてどうやらスナ
イプマスターはその武装の変更を当初から考えられてるらしく、ハードポイントを多
数装備することであらゆる武装の搭載を可能としているらしい。
だが肝心の簡易CASとなる武装の開発は本体よりも遅れて始まったらしい。とい
うよりも本来は格闘戦形ガンスナイパーというべき実験機の開発にCASの開発班が
便乗したのだという。だからスナイプマスター本来の専用武装が存在しないのはその
ためであるというのだ。
おそらく武装の開発が終了する前に部隊配備が始まったのは、せっかく生産した機
体を遊ばせておくのを惜しんだか、それとも本格的な生産が始まる前に二線級の部隊
で問題点を洗い出すつもりでもあったのではないか。
そう考えた時ファリントン軍曹は二線級の部隊で危険が無いというのも考え物だと
考えていた。まさかそんな機体で実戦参加することになるとは考えていなかったのだ。
ふとファリントン軍曹が顔を上げるとモニターに敵部隊らしい反応が現れていた。
どうやら航空偵察部隊が発見した部隊に間違いは無いだろう。
だが敵が目前に迫っているというのにファリントン軍曹は、一体旧式のゴドスやガ
イサックで敵を迎え撃つのと未完成の新型で戦うとどちらが生き残る確率が高いのだ
ろうかと考えていた。
「お嬢ちゃんの相手はおじさんがやってあげるよ!」
「わー! また何か出たのよ〜!」
このサラマンダーもまた人工筋肉を使用したリバースバイオサラマンダーとなっており、
それから逃げる様にファントマーは大急ぎで大穴から外に飛び出した。しかしそこで
慌てていた為なのか、リバースバイオサラマンダーのミサイルの直撃を受けてしまい、
墜落してしまった。
「キャァァ! 落ちる落ちるぅぅ!」
まだソラテーマパークから落下中の大龍神はリバースバイオデスバードにとってはカモ
以外の何者でも無い。そのまま荷電粒子砲でトドメと思われたその時…
「キャアア! おじさん邪魔なのよ〜!」
「うお!」
何と先程リバースバイオサラマンダーの攻撃で墜落したファントマーがリバースバイオ
デスバードの背中に激突。その衝撃で照準が狂い、荷電粒子砲の射線はそれて大龍神では
無く海に大穴を空けてしまうだけだった。
「畜生! こういう良い時に何で!」
「今です!」
そこで大龍神は急上昇。慌ててリバースバイオデスバードは全身のミサイルを発射するが
さながら板○サーカスのごときバレルロールで次々かわして行く。
「今度は私から行きますよぉ! ドラゴニックプラズマァ!!」
「うぉ!」
リバースバイオデスバードの真上を取った大龍神は首下に装備された4門の強化プラズマ
粒子砲“ドラゴニックプラズマ砲”を発射。忽ちリバースバイオデスバードの巨体を
飲み込み、消滅させたのである。
「うわぁ! リバースバイオデスバードが! そんな!」
リバースバイオデスバードが撃破されたショックでリバースバイオサラマンダーの
パイロットは浮き足立った。それがティア&ファントマーにチャンスを与える。
「油断しちゃだめなのよ〜! ストライクレェェザァァランスァァ!!」
派手にエコーを利かせたティアの叫び声と共にファントマーのバスタークローから発せ
られたレーザーの突撃槍はリバースバイオサラマンダーをも一突きにしていた。
もはやテロリスト側戦力で残るのはバルバーのリバースバイオレイノスのみである。
「何と…いつの間にか俺だけになってしまったな。」
「いい加減終わりにする…。」
エアットのビーム砲がリバースバイオレイノスへ向けて放たれる。これが今までなら
あっさり回避されていたのだろうが、先程ソラテーマパーク周囲を何周も回った影響が
今更になって出てきたのか、かすかに平衡感覚の鈍ったバルバー&リバースバイオ
レイノスは直撃を受けてしまった。
「何!? うおお!」
バランスを失い、墜落して行くリバースバイオレイノスに向けてエアットが追い討ちを
かける。そしてスペースアダマンタイトの装甲そのものを武器とした超音速の体当たりは
リバースバイオレイノスの身体を簡単に破壊していた。
「ハッハッハッ! 楽しかったぜ! またやろうな!」
「私は嫌…。」
こうして戦力を失ったテロリストグループ“蝙蝠の爪”は白旗を上げた。ドールチームは
たったの3人&3体だけで戦局をものの見事に覆して見せたのである。流石にソラテーマ
パークの外壁に穴が空いてしまったが、テロリスト達は単純に遊ぶ為に占拠していただけ
あって従業員の犠牲者はゼロだった。
「さて…彼女等の処分はどうします…?」
「いや…どうしますって言われてもな…。」
テロリストと連合空軍の戦いに突然乱入したドールチームに対するマードカル諸島側の
お咎めは意外にも特には無かった。テロリストを倒したという栄誉もそうだが、
ここで下手に怒らせたらもっと酷い事になってしまうと悟った為、とりあえず
好きに遊んでもらった後で丁重にお帰り願うと言う道を選んだのである。
勿論テロリスト掃討に貢献したお礼と言う名目で…
「あ〜今日は楽しかった〜!」
「でもテロリストも遊園地で遊びたかったのね〜。」
「テロリストも人の子と言う事…。」
無理矢理営業再開させたソラテーマパークで沢山遊んだドールチームの三人は
悠々と去って行った。こうやって命の洗濯をした後で再び仕事に入って行くのである。
おわり
敵部隊が近づくにつれて徐々にその詳細が判明し始めた。ファリントン軍曹は舌打
ちをしながら情報を映し出しているモニターをにらんでいた。
最初に視界に入ったのは見たことも無い数機のザリガニ形のゾイドだった。どうや
ら水陸両用型らしいが、かなりこの時期には時化っているはずの海域を悠然と航行し
ていることから考えて、かなりの外洋航行能力を有しているようだ。
その後には大型の非ゾイド型通常動力貨物船らしき船影が航行していた。そこまで
確認していたファリントン軍曹はふと違和感にとらわれた。しばらく考え込んでから
貨物船の編成が奇妙であることに気がついた。おそらく中央大陸への揚陸を目的とし
ているのだろうが、その割には揚陸用艦艇が少ない気がする。少なくともビーチング
可能な線形をもつ本格的な揚陸艦は含まれていないようだ。
ガイロス帝国軍もヘリック共和国軍も、ゾイド戦力の拡充に予算がとられた結果、
敵前上陸も可能である本格的な揚陸艦の整備は後回しにされているから揚陸艦が編成
に含まれていないことは異常ではないのかもしれない。だがこれだけの規模の揚陸船
団に一隻も存在していないというのは奇妙だった。
それに揚陸艦が無ければホエールキング級を用いればいいだけの話だ。ホエールキ
ングかホエールカイザーであれば空中移動が可能だから中途半端な揚陸艦よりも一気
に大戦力を投入することが出来るはずだ。
ファリントン軍曹はそう考えたが、違和感の正体はそれだけではなかった。ふと気
になってモニターをにらみつけると疑問はすぐに氷解した。後方の船団との距離、そ
れに貨物船の全長さえ分かれば話は単純だった。船団の前方を航行するザリガニ型ゾ
イドはかなりの巨体を持っているようだった。ホエールキング級ほどではないのだろ
うが、共和国軍のホバーカーゴぐらいの大きさはあるだろう。どうもあのザリガニ型
の新型ゾイドは揚陸艦ゾイドでもあるらしい。
―つまりあのザリガニ型がゾイド部隊を上陸させて港湾を制圧してから貨物船を入港
させるつもりなのだろうか
ファリントン軍曹はふと首をかしげた。確かにこの周辺に展開する共和国軍の戦力
は少ないが、それでも集中すればあのザリガニ型ゾイドに搭載できる程度の戦力に対
抗することは出来るはずだ。
それにこの周辺の港湾は荷役能力が限られているから効率はかなり悪いはずだ。も
しかすると敵部隊が中央大陸の地勢情報を把握していないだけなのかもしれないが。
そんなことをファリントン軍曹が考えているとはるか彼方に見えていた貨物船のう
ち数隻の甲板が急に火事を起こしたかのように燃え上がった、ように見えた。
勿論そんなわけは無かった。瞬く間に警告を促すサインがモニターにいくつも現れ
た。ファリントン軍曹はちらりと映し出されたミサイル警報を見た。どうやらあの貨
物船はミサイルを大量に搭載した火力支援艦に改装されているようだった。戦闘艦で
はなく荷物を運ぶ為だけに特化した大型貨物船だからミサイルの誘導などは不可能だ
ろう。だから命中率はそれほど高いものではないはずだ。しかし発射された数が数だ
から水際に築かれた陣地群はかなりの損害を受けるだろう。しかし射程の長いスナイ
プマスターの狙撃砲をいかす為にファリントン軍曹達の隊は高台に陣取って隠蔽され
ているから不用意な機動をとらない限り目標とされることは無いだろう。
だがファリントン軍曹がのんびりと構えていられたのはここまでだった。さらに一
隻の貨物船が甲板を再び白煙でつつませていた。ミサイルの第二波なのだろうか、そ
う考えるよりも早く弾丸のような勢いで何かが飛び出してきていた。
だがその前に、俺は確認しておくことがあった。
「この街にも“センセイ”がいるだろう。なぜ俺に依頼するより、センセイを使わない」
学校とか塾の先生ではない。この業界の隠語だ。地球製の『時代劇』を見たことがある
だろうか。ちょんまげ生やして腰に刀を吊るした連中が出てくる昔の映画だ。あれで、
賭場なんかでもめ事があると「先生、出番です」とか言われて「どおれ」とか言いながら
奥からのっそり出てくるコワモテのおっさんがいるだろう。ゾイドバトル業界もスポーツ
化してきてはいるが本質はギャンブルだ。なにかと揉め事が多く、それを解決するために
どこのゾイドバトル団体でも荒事の専門家を一人や二人は雇っている。大抵は軍隊上がり
で粗暴だったり性格に問題があったりするが例外なく腕は一流だ。この街にも凄腕が一人
いたはずだった。
「ああ、リー・チャンですな。彼なら先週対戦して負けたばかりですよ」
「何だって!リーが負けた?」
リー・チャンなら俺も以前対戦させられたことがある。年間五二七勝して年間最多記録
を樹立した時だったが、この街に来た俺はチャンピオンとの対戦を要求した。勢いに乗っ
て調子こいていた俺の前に立ちはだかったのがその“先生”だった。鉄製のチェーンと
磁石を巧みに使った戦法に大いに苦しめられ、辛うじて時間切れ引き分けた。生半可な
腕で勝てる相手ではない。
俺は事態の重さに緊張せざるをえない。
「聞くところによれば貴方のコマンドウルフもAIを積んでいるそうですな。いや、分か
っておりますよ、ここだけの話、でしょう」
事情通であることをひけらかしたいのだろうが余計なことを言う奴だ。俺は内心で舌打
ちをした。俺の幼馴染のユーリは幼年学校の時に誘拐され、狂気の科学者にオーガノイド
システムの実験体としてゾイドの中に閉じ込められた。今俺が乗っているコマンドウルフ
がそれだ。だがこのことは一般には公表していない。まさか生身の女の子が生体ユニット
としてゾイドの中に埋め込まれてるなんて言えるわけがない。もし世間にばれれば好奇の
目にさらされるか、実験動物扱いされるか、魔女裁判にかけらけるのがオチだからだ。彼
女の存在はごく一部の人しか知らない。ユーリとの会話を聞かれた場合には「実験中のA
Iを積んでいる」と説明した上で口止めしている。ゾイドファイターが軍やメーカーから
内密に試験を依頼されるのは珍しくないことで、格好の言い訳だった。
この男にも、一本釘を刺しておく必要がありそうだ。
「いやいや“マルズシティのグラスゴー”の二の舞は踏みたくないものですな」
と言うと、太っちょの顔が一瞬、強張る。
「いえいえ、分かっておりますとも」
ますます汗をかきながら引きつった笑いを浮かべる。額やら頬やら、既にハンカチでは
追いつかない状態になっている。
マルズシティの元チャンピオン・グラスゴーの名は、おおっぴらには言えない、ゾイド
バトル業界の闇を暗示する言葉として忌み嫌われている。
この辺が潮時か。丁度通りかかったウェイターを呼び止める。
「ちょっと兄さん、ここにあるグラスを全部下げてくれ。それとビールの冷えたの四つ、
大至急たのむ」
「え?それじゃあ」
「どうやら私でないとつとまらない仕事のようですな。しかしこれはちと難しい。報酬は
弾んでいただきますぞ」
こんな時にはなんとなく時代がかった喋り方になる。用心棒稼業の時はその方が依頼主
に信頼されやすいので自然についた癖だ。俺は報酬額を相手に提示した。相場の倍を吹っ
かけてみたが、相手が即座に了解したのは、よほど交渉する手間を惜しんだか、それとも
上限予想を俺の提示した額より上で見積もっていたのか。まあいい。お偉いさん相手に欲
を出しすぎると後でしっぺ返しをくらうこともある。それと、バトルまでに必要な品々を
いくつかあげたが、それらもすぐに用意する旨、返事があった。秘書が皮製のシステム手
帳に逐一メモしていく。おおまかな条件は新しい冷えたビールが運ばれてくるまでにまと
まり、無事に乾杯する。
マッチメーカーと組合長の秘書には申し訳ないが、細かい契約内容の打ち合わせをして
貰い、俺と組合長はさっそく肉を注文し、焼肉モードに突入した。どうせ飲食代は向こう
持ちだ。せいぜい食事を満喫させていただこうか。
ムスカ(ニクス特有の山羊に似た動物)の肉を、テーブル中央に置かれた焼けた石の上
に置く。香ばしい芳香と共に餅のようにぷっくりと膨らむので、ムスカの内蔵を発酵させ
て作った醤油をつけて食べる。薬味にハビンシ(香辛料の一種)の根を摺って入れると
ピリッとして、また美味である。
テーブルの向こうでは、安堵したのか焼肉の石が熱いのか、会長が顔中びっしょりの汗
を一生懸命に拭いている。
定期ageです。
現在確認されている限りでは恐らく唯一人の心を持つロボットであると言える存在、
“SBHI−04 ミスリル”は何でも屋“ドールチーム”を経営していた。
そして既に一度死んでいるのだが、ドールに憑依してまだこの世に留まり続けている
幽霊の少女ティア=ロレンス(10歳以下で死亡したので、あれからかなり経過した
現在もそのまま)と、通常の生態系とは異なる生命体、すなわち神や悪魔や妖怪と
呼ばれる存在を遥か外宇宙から調査しに来たけど、闇雲に探し回るよりも何故かそういう
連中との遭遇率の高いミスリルと行動を共にした方が遭遇しやすいと悟ってドールチーム
入りした、まるでドールの様に整った顔をした異星人の少女“スノー=ナットウ”
(異星人である事以外が謎)の3人でゴミ拾いから怪ゾイド退治まで様々な仕事を承って
いたのだが、今回はちょっと変わったお仕事だった。
漫画やアニメと言ったコンテンツ系の産業で成り立っている“アッキバ王国”と言う
小さな島国がある。海に囲まれた小国で軍隊も弱小と言う他は無く、また近隣にかなりの
規模を持つ軍事大国があったりして、良く存続していられるな? と思える国であったが、
この国が世界各国に輸出している漫画やアニメは世界中に支持者がおり、その為にどの国
も迂闊に手を出す事は出来ないと言うさり気なく凄い国でもあった。そしてこのアッキバ
王国の首都湾岸にて、世界中からこの手の愛好家達が集まっての大イベントをやると言う
事になったのだが、ここで謎のテロ組織“美国”からのテロ予告が送られて来ると言う
事態が発生。しかし、既に世界各国から愛好家達が集まっている現状でイベントを中止
する事も出来ない。その為に対テロ対策としてドールチームが雇われたと言うワケである。
「…と言う事だけど…あんまりものものしい警備とかやってると、一般客が不気味
がったりするらしいので、私達は一般客に扮して警備とかする事になりました。」
「分かったけど…周りにいる男の人達が汗臭くて我慢出来ないのよ…。」
「…。」
イベント開催を前にして会場前に並んでいる愛好家達に紛れてミスリル・ティア・スノー
の三人の姿があった。別に彼女等だけが警備をやってるワケではなく他にも色々いるの
であるが、ドールチームの三人は実力こそあれど外見的には女の子なワケで、恐らく既に
潜入しているであろうテロリスト達を油断させる目的もかねて一般客に扮しての警備と
なった。それ故にイベント開催を今や今やと待ち構えている愛好家達の中に紛れて並んで
いたのであるが…前も後も右も左もむさくるしい男達ばっかりの状況がとても耐えられる
物では無かった。
「隣の男の人の鼻息が荒くて臭いの! 我慢できないのよ!」
「ティアちゃん我慢して…。けど確かに…気持ちは分からないでもありません…。
今までにも色々な修羅場を潜ってきましたが…今回はそれとはまた異質な何かを感じて
しまいます…。この時点で既に恐ろしい“気”が彼方此方から飛び交っていますし…。」
ミスリルは彼方此方から発せられる恐ろしい“気”に気圧されていた。それがまた周囲に
並んでいるただのデブとかにしか見えない愛好家達から発せられていると言う事態が
さらにミスリルを気圧させる要因となっており、この状況においても無口無表情の
ポーカーフェイスを維持出来るスノーは凄いと思える程だった。
「ナットウさんは本当に凄いですね…この状況でも相変わらずですから…。」
「ねぇ…神や悪魔・妖怪関係の本とかあったら買って良い?」
「良いですけど…お金は自分で出して下さいね…。」
この場のよどんだ空気も相まってスノーの一言はミスリルにとって妙な破壊力があった。
にしてもここの空気はなんとも不思議な物だった。例えば会場の外に並んでいるゾイドに
しても同じ事が言える。何しろどのゾイドも全身にアニメや漫画に登場する女の子の
キャラクターのイラストがデカデカと描かれており、見てるこっちが痛くなって来る様な、
俗に言う“痛ゾイド”が多数並んでいた。以前ミスリルが旅先で知り合ったある漫画家が
ミスリル自身を参考にして作ったキャラクターを使った新作がヒットしたので、そのお礼
にと、ミスリルの剣であり盾であり脚である特機型ギルドラゴン“大龍神”にその
キャラクターの絵を描かれて痛ゾイド化されたと言う事があったのだが、この会場に
並んでいる痛ゾイドの姿を見ていると、大龍神に描かれた絵を消して良かったとつくづく
ミスリルは実感していた。
そうこうしている間についに開催時間が来た。それと同時に並んでいた愛好家達が
我先に会場入りせんと言わんばかりに猛烈なスピードで走り出したではないか!
「わ! わ! わぁぁぁぁ!!」
「ティアちゃんもナットウさんも走って! じゃないと押し潰されてしまいますよ!」
周囲の愛好家達はとても運動をやっている様に思えない男達ばかりだったと言うのに
この時ばかりは誰もが陸上競技者顔負けの物凄い速度で走っていた。それが数百人単位で
襲い来るのであるから、さながら大波の様である。この状況で生き残るのは大波に
逆らわずにとにかく走るしか無かった。この状況で波に飲まれよう物ならば、いくら
チタン・ミスリル・オリハルコン特殊超鋼材、略して“TMO鋼”で身を固めるミスリル
の装甲だって容易く破壊されてしまうかもしれない。それだけ愛好家達の猛進は恐るべき
物だった。
「わぁぁぁ!! わぁぁぁ!! 怖い怖い!」
「とにかく走ってぇ! 走らないと死にますよぉ!」
「私は既に死んでるんだけど…とにかく走るのよ!」
ミスリルとティアは物凄く焦りながら愛好家達の波に逆らわずに走る他は無く、この状況
にあっても表情一つ崩さずに走っているスノーの逞しさに感心してしまう程だった。
嫌な予感がしてファリントン軍曹は、貨物船から飛び出したものをスナイプ
マスターのセンサでサーチさせた。あれはミサイルの第二波などでは無い気が
する。第一波に発射されたミサイルは高角度を持って発射されていたから、一
度上空に打ち上げられて地上に弾頭部を向けてからシーカーを作動させるタイ
プだと思われた。しかし今打ち出されている物体は貨物船の甲板から水平に発
射されたように見えた。
着弾時間を合わせるために発射のタイミングを遅らせたシースキミングタイ
プのミサイルかとも思ったが、そんな高級なミサイルがあるならもっと長距離
で発射してもよさそうなものだった。だがファリントン軍曹の思考はそこで中
断された。高速度カメラが正体を掴んだからだ。それは脚部と背部のスラスタ
ーから激しく噴出しながら海上を機動する純白の大型ゾイドだった。
―ホバリングする・・・ジェノザウラー?
そう思ったのは一瞬だった。確かに全体的な構成はガイロス帝国軍ゾイドの
認識表にあったジェノザウラーの改造型であるジェノブレイカーと同一だった。
ただし各部品に目を向けてみると随分と異なった印象を受けるゾイドだった。
ジェノブレイカーでは背部に大型シールドを装備していたが、このゾイドは肩
からやや小ぶりで赤く塗装された鋭角的なシールドを装備している。鋭角的な
のはシールドだけではなく機体全体のデザインに及んでおり、それがジェノザ
ウラーとはまるで違ったゾイドに見せていた。
その純白のゾイドは、あっという間に貨物船から先行していたザリガニ型ゾ
イドを追い抜いた。同時にザリガニ型のゾイドからは両腕の揚陸艇が一斉に切
り離されていたのだが、誰もがそれには注目していなかった。
まるで呆けていたかのように共和国軍将兵達が高機動するゾイドに注目して
いたのは、それほど長い時間では無かったはずだ。だがミサイルを迎撃するタ
イミングを逃すには十分な時間だった。対空砲を増設したカノントータスが一
斉に火線を上空から急速に接近するミサイルに向けて放ち始めた。
警備師団に配備されているゴドスやガイサックもそれにつられたかのように
対空砲だけではなく、さして対空目標に有効では無い通常火器までも気が狂っ
たかのような勢いで打ち出していた。
その光景を見ても海岸に向けて接近する純白のゾイドは何の反応も示さなか
った。どうやらジェノブレイカーと違ってこの距離で有効な火器は無いようだ。
おそらく帝国のティラノ型ゾイドにとって標準となっている口内の荷電粒子砲
は装備しているだろうが、海上でホバリング中に撃てるほど扱いの容易な火器
ではないはずだ。
純白のゾイドから反応が無いのに安心したのかさらに火線の密度が上昇した。
そしてミサイルが沿岸陣地に立てこもるゾイド部隊に着弾した。
翌朝、
俺はホテルのベットの上で目を覚ました。ベッドの他には簡素なテーブルと椅子、あと
はテレビが一台。典型的なビジネスルームだ。
ユーリ(コマンドウルフ。俺のパートナー)と荷物一切合切はグスタフに積んで、市街地
外縁のゾイド駐機場に待機させてある。ゾイドバトル用とはいえ、武装したゾイドを町中
で歩かせるわけにはいかない。たちまち治安局が飛んでくる。グスタフ級の大型ゾイドを
駐機できるスペースはないから、必然的に市街地の外に停めざるを得ない。
移動中の野宿なら兎も角、町にいる時くらいはグスタフのソファじゃなくて柔らかい
ベッドで眠りたい。という訳で、俺一人は町中のホテルにチェックインしたのだ。
いつもの習慣で、目が覚めたのは夜明け直後。カーテンの向こうは薄暗いが新聞配達の
自転車の音がカラカラと聞こえてくる。
昨夜はそんなに遅くなったわけではない。組合長は一軒目が終わると「医者に制限され
てまして」と早々に帰ってしまい、俺達は秘書の案内で二軒目の店に行った。着飾った女
の子が横に座る店で、綺麗どころがずらりと揃っていた。ゾイドファイター風情の稼ぎで
は気楽に出入りできるような店ではない。一応は俺が主賓のはずが、女の子たちはもっぱ
ら秘書のほうに関心を寄せていた。俺もそんなにモテないほうではないが、くやしいがこ
の秘書には劣ると認めざるをえない。くやしさ半分も手伝って俺はウィスキーのボトルを
三本あけ、二人にも存分に飲ませて帰ってきた。「剣の道を志すものは、酒ごときに飲ま
れてはならぬ」と師匠に鍛えられた俺にとっては、この程度の量はあたりまえ。
寝起きのストレッチで身体をほぐすと、日課の体操をする。主に呼吸を整え心気を練る
ためで、主に腕を動かしながら深呼吸を繰り返していると、臍の辺りに熱い塊が出来る。
次に太極拳のように身体全体をゆっくりと大きく動かす。熱い塊は動きに従って、ある時
は指先、又ある時は太股と、全身を移動する。
二十分ほどの体操で、汗びっしょりになった。
ホテルの朝食の用意ができるまで、まだまだ時間がある。
とりあえずホテルの周囲を散策がてら、一時間ほどジョギングする事にした。朝の空気
が清々しい。
朝食はけっこう美味かった。なんのことはないバイキングだが、海が近いせいか魚介類
を扱ったメニューが多い。特に目を引いたのが、スープである。魚のぶつ切りと野菜を煮
ただけの漁師風鍋だが、海草(地球産の昆布)でダシを取り、魚醤で味付けされたスープは、
骨ごと煮ることで魚の旨味が濃厚でいながら、野菜の甘みが魚の旨味を優しく包んでいる。
これなら朝の胃にも抵抗なく入っていく。まさに海と陸のシンフォニーや!
などと、気が付いたら三杯もおかわりしていた。
皆が会場内に物凄い勢いで雪崩れ込んだ後、各愛好家達はそれぞれ目的のサークルへ
向けて散った為に流れが緩やかになり、ようやくミスリル達も一休みする事が出来た。
「はぁ…死ぬかと思ったのよ…。いや、私もう死んでるんだけど…。」
「まったくです…。今まで色々な戦場を戦って来ましたが…ここはもしかしたらそれ以上
の地獄なのかもしれません…。」
スーパーが付く程強靭なロボットであるミスリルが早くも息を切らしていた時点でこの
イベントの惨状がどれだけ酷い物なのか想像に難く無い。これはもうただのアニメ・漫画
愛好家達の集いのイベントでは無い。戦場だ。世界中から集まった選りすぐりの愛好家達
が己の尊厳とアニメ・漫画に対する情熱と愛情を賭けて戦う…この世の地獄だ!
各サークルで販売されている同人誌を我先に購入せんと血眼になっている愛好家達の
発する殺気の前には…かつてミスリルを大いに苦しめた地獄の火山島戦役やピコマシン
ゴディアス、バイオゴーストさえも霞んでしまう…。過去の強敵達に敬意を払う上でも
これはとても悔しい事だったが、否定する事も出来なかった。
「あ〜…でもウダウダ考えてても仕方ないから…とにかく適当に回りましょう…。」
早くもテンションが落ちるミスリルであったが、今回の仕事である一般客に成りすまして
の警備はやらなければならないので、三人でイベント会場内を回る事にした。
イベント会場内では前述の通り、様々なサークルが多種多様な同人誌を販売しているのが
目に付いた。遥か遠い海外からここでの同人誌を買う為に訪れる者も沢山いるだけに、
プロ顔負けのクオリティーな本を出しているサークルも少なくなかったが、それよりも
目に付くのはやはりここではとても口に出せないアレなジャンルの本だろう。
「人間の男の人って本当にこういうの好きですね〜…。」
とても口に出せないアレなジャンルの本を立ち読みしながらミスリルは呆れていた。
確かに有性生殖生物が子孫を残す為にこの様な感情は必要不可欠である事は、自身の手で
自身の後継機となる新型を開発する以外に子孫を残す手段を持たないロボットである
ミスリルにだって理解は出来る。だからこそこういう男女がアレする様なジャンルの
本の存在を気持ち悪いなとは思っても、そこまで否定するつもりはない。しかし同性で
アレするようなジャンルの本は流石に理解し難い物があった。
「男同士で○×する本なんて誰が喜ぶんでしょう…って私は思いますけど…一応需要は
あるんですね〜…。」
ミスリルが同性で○×するジャンルの本を読みながら呆れる隣で、女性の一般客が次々
その本を購入して行く。こういうのは男性が女性に興味を持つのと同じで、女性も男性に
興味を持つが故と言う事なのだろうが、まあ人にも色んな趣味があると言う事で、
ミスリルもそれ以上詮索はしたくなかったと言う以前に、あえて気にしない様にしないと
自分がそっち方面に染められてしまう危険性があった。
「まあこういうのはまだ同じ人間同士でやってる奴ですから一兆歩譲る事が出来ます…。
しかし…これはダメでしょぉ…。何ですかゴジュラス×アイアンコングだのライガーゼロ
×バーサークフューラーだのゾイド同士のカップリング同人は!」
愛好家達の妄想力はミスリルの想像を遥かに超越していた。何しろゾイド同士でアレやる様なジャンルの本まであるのである。人間同士でアレするとかそういう次元を遥かに超越
している。無論、擬人化などは一切行われていない。普通の機獣の状態でアレやる内容の
本である。真面目に考えた場合、無性生殖生物であるゾイドがアレやる事はあり得ないの
であるが、それを真面目に本にする愛好家達の妄想力は異常としか言い様が無かった。
「これで興奮出来る人ってこれはこれで凄いと思いますよ…。あ〜…何だか頭痛くなって
来ました…。とにかく別の場所行きましょう…。」
これ以上ここにいるとさらに酷い物を目の当たりにする羽目になるかもしれない。危険を
悟ったミスリルはすぐさまにミスリル同様に同人誌にカルチャーショックを受けて読み
耽っていたティアとスノーを引っ張って別の場所へ移動を開始した。
「うわ! 何か凄い所に出てしまいましたよ!」
人込みを掻き分けながら同人誌販売コーナーから出て間の無く、ミスリル達の前に何やら
怪しげな格好をした者達が姿を現した。その誰もがアニメや漫画のキャラクターを模した
格好をしている。どうやら今度はコスプレコーナーに迷い込んでしまった様子であった。
「あわわわわ…オラは見てはいけねぇ物を見ちまったぜよ…。」
「怖いのよ〜…。」
「ユニーク…。」
目の前のコスプレ集団の威容にミスリルも思わず普段のですます口調を忘れてしまった。
それだけ恐ろしい連中だったのである彼等は…。男が男のキャラクターのコスプレをする
とか女性が女性のキャラクターの格好をするとかはまだ良い。女性が男のキャラクターの
コスプレをすると言うのも、男装の麗人と言う感じがしてこれもまあ百歩譲れる。しかし、
問題なのは男で女性のキャラクターのコスプレをしている連中も多いと言う事にある。
勿論女装しても問題無い様な美少年とかそういうのは一人もいない。どいつもこいつも
もう良い歳したおっさんで、それが女性のキャラクターのコスプレをしているのである。
これじゃあハッキリ言ってオカマと見分けが付かない。
「こ…ここも早い所立ち去った方が良さそうです…。」
寒気を感じたミスリルがすぐさま立ち去ろうとした瞬間、それより先にコスプレ男達に
呼び止められてしまった。
「あの〜済みません…。」
「は…ハイィィ!!」
ただでさえ逃げ出そうとしていた時に呼び止められた物だから、ミスリルは思わず
驚き焦ってしまった。そしてコスプレ男達がミスリルの前に集まって来た。
「(ヒィィ! 神様助けて…私はこのままこの気持ちの悪い男達に捕まってあの同人誌の
様なとても口では言い表せないあんな事やこんな事をされてしまうかもしれません…。)」
ミスリルは目を強く瞑り、両手を合わせて神に祈った。自称神に対してはいくらでも
敵対し撃破して来たミスリルであるが、本物の神がいるなら祈りたい。そんな気分だった。
「一体どういう事だ?兵力が全く投入されておらぬではないか!」
「おや?確か兵力は全てのソラシティからまんべんなく投入される…
そう聞いたので余り多くの兵力を投入すると不味いと思い兵力を抑えましたが?」
「むぐぅ…」
ここはとあるソラシティの一室。結構な数のソラシティ代表が揃っており…
どうしてもウルトラザウルスが欲しいらしい。
しかし兵力を実際に動かしたのは非難を受けたソラシティのみだったようだ。
「しかしトロイメアはいち早く”聖杯”に戻り過去の遺物”ヘリック魔道学化施設”。
あれを手に入れたではないか?」
「しかしアレはただの建物です。中は殆ど無く一部残った資料も解析は難しい状況。
それでしたら貴公等が保有している”魔導騎士”や完全な”CNCユニット”。
それを投入できれば少しはましになったものかと…でもそこまで仰るなら。」
じじぃ共の静止を無視して彼女は退席する。
「くくくく…あのジジィ共に礼を後で言わないとな。これで一暴れできるというもの。」
表情がとてもにやけている。
全く以て非常識極まりない彼女の行動は…俺達に壮絶な迷惑を掛ける事となる。
だかそれをまだ誰も知らない。
「…全く。やっぱりコングに乗らなくて正解だったわね。
アウリス・アセンブレイス2よりその他のアセンブレイスユニットへ。
撤退準備よろしく。戦女が降臨するわよ〜。」
「ミオニア・アセンブレイス1。了解…ってあんたいつの間にロードゲイルに?
一応機体価値からいえばコングの方が圧倒的に高いんだから…。」
「え〜…でもぉ…コングの操縦苦手だし。足が遅いし。それにマッチョだし…。」
「おまっ…もういい。でもSNユニットを付けたままでしょ?処分はどうするの?」
「コードBで処分済みだよ。でも複雑な気分。」
「それは当たり前でしょ!
ナンバーの中に自分の魂の欠片を増幅させて入れてるんだから…全くもう。」
「そう言うミオニアもゲイルに乗ってるくせにw」
「言うな。理由はそこまで被ってないが概ね同じだって事解ってるでしょうに。」
「此方ククリス・アセンブレイス4。さっさと帰ろ?」
「今一動きが掴めんな…本当にあのコングを主軸として部隊が動いているのか?」
ザイリンは奇妙な違和感を確りと感じ取っていた。
普通コングが指令を出しているのであればどうせ分裂等で難を逃れられるアレ。
ロードゲイルが身を呈して庇えば済む問題だ。
だが実際にはそう言う素振りを見せたりもするが完全に終わる重要な局面。
そこでその行動を行なわないと言うのは正直おかしいにも程が有る。
更に問題なのはコングには一切のメタルZi装備が無い。
逆にゲイルの武備は全てメタルZiであることは間違いない。
上手いことパイロットの搭乗していない待機中のバイオゾイドを狙い打ち。
そしてそのヘルアーマーを打ち貫いている事を見れば明白である。
「しまった…始めから指揮官機など存在していない!」
近場のゲイルに向けてコクピット直撃コースの攻撃を試みる。
すると素早く分裂して回避行動を執り少しはなれた場所で元に戻る。
各個撃破の指示を出そうとするザイリンを後目に…
ロードゲイル達が少しづつ海に飛び込み姿を消していく。
結局多数のラプターを消費して戦果はコング4体。
完全に読み負けると言う結果となった。
「結局PKはあれで良かったの?」
彼女達は相談していると通信が一本入る。
「お疲れさま。Aユニット部隊は速やかにウルトラ周辺から退避。
ザバットが時間を稼いでくれる筈だから追っ手は無しの筈よ。急いでね。」
「了解しました。議長はこれから一機掛けですか?」
「そう!久しぶりに大暴れして鬱憤を晴らすつもりよ!」
通信が終わると共にAユニットと呼ばれた女性ゾイド乗り達は、
急遽避難するようにこの場から逃げて行く…。
ザバットよりもウルトラザウルスの甲板に居るザイリン等よりも、
自分達のソラシティの議長の一機掛けの方が怖いからである。
紅の機獣紳とまで呼ばれるそのゾイドの前には…
やっとの事で量産開発にこぎ着けたキングゴジュラスイミテイト二小隊以上の戦力。
異世のゾイドと呼ばれるそれはトリニティライガーと呼ばれる存在だ。
ミサイルは短時間のうちに集中して海岸陣地に着弾した。やはり迎撃に対応す
る時間が短かった為かかなりの数の弾着があるようだった。
しかし高台に陣取るファリントン軍曹から見る限りではミサイルの着弾点はか
なり広範囲に広がっているような気がした。迎撃できなかったミサイルの中にも
迷走したのか見当違いの場所に着弾するものも多かった。ひょっとするといまの
攻撃はシーカーを有するミサイルではなく、あらかじめ計算された角度で発射さ
れた無誘導のロケット弾なのかもしれない。高価なシーカーを有するミサイルと
比べれば無誘導のロケット弾はかなり安価に取得することが出来るだろう。
ミサイルかロケットかはともかく着弾点が広がっているというファリントン軍
曹の考えはあたっているようだった。あれだけの規模の攻撃だったにもかかわら
ず海岸陣地には今もかなりの動きが見えた。それに爆発や炎上によって生じる煙
が上がっている様子も殆ど無い。
この様子なら海岸陣地は大半が戦闘可能なのではないか。そう思っていた。そ
れを裏付けるかのように再び海岸陣地から砲火が今度は純白のゾイドに向けて放
たれていた。
この距離になればスナイプマスターのセンサなら純白のゾイドも詳細が分かる
ほどの情報が集まるようになってきていた。
やはりあの新型機はジェノザウラーと同クラスの機体のようだ。海上を高速で
移動しているおかげで恐ろしいほどの高性能に見えてしまっていたが、落ち着い
てみればジェノザウラーでもその程度のことは出来るはずだ。あの速度は脅威で
はあるが、それも装備を変更すればジェノザウラーでも可能だろう。外装式のバ
ックパックやスラスターなどはジェノブレイカーと同様の装備に見えなくも無い。
だがファリントン軍曹は新型機の装備に首をひねっていた。というよりもあの機
体の意味がよく分からないのだ。
純白のゾイドは構成こそジェノザウラーと変わらないが、機体各部の構造はか
なり異なっている。単なるジェノザウラーの改造機などではないはずだ。おそら
く設計思想ぐらいしか共通する点は無いはずだ。つまりはジェノザウラーの生産
施設や生産体制を転用することは出来ない。
しかしそうであるにもかかわらず使用されている技術に極端な差でも無い限り
ジェノザウラーと対して変わらない程度の戦力にしかならないはずだ。いくら戦
争によって技術の進歩が日進月歩になっているとはいえ、一年程度で生産ライン
を完全に変更してまで意味のあるほど強力なゾイドが出来上がるとは思えない。
だとすれば一体あの機体の存在意義は何なのか。一瞬オーガノイドシステムを
完全採用したおかげで扱いづらくなったジェノブレイカーを一般パイロットでも
扱えるようにしたのかとも思った。見える範囲でも純白のゾイドは約一個小隊十
機程度が存在していたからだ。だがその程度の為に生産ラインを完全に変更する
ことは無いだろう。多少性能をは落ちるかもしれないが、ジェノザウラーやブレ
ードライガーのようにオーガノイドシステムを限定的に設定したうえで機体バラ
ンスを整えてやればいいだけだ。
まるで他人事のようにファリントン軍曹は考えていた。この距離からでは高速
移動するゾイドを狙い打つのは難しい。それよりもは純白のゾイドに気を取られ
ている海岸陣地の代わりに次第に接近してくるザリガニ型から分離した揚陸艇を
攻撃した方が効率はいいはずだ。
そう考えている間に純白のゾイドは上陸を果たしていた。
☆☆ 魔装竜外伝第十三話「刻印の戦士、もう一人」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
故郷アーミタに帰還したギルガメス。錦を飾る筈が、待っていたのは母の拒絶。自暴自
棄に陥った少年を、魔女エステルの涙が救った。傷付いた拳を包む温もりの優しさこそ、
二人の絆。少年は思い出を胸にしまい、再び前を向く。
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
純白の皿に盛られたステーキは頑固親父の掌よりも大きい。しかしそれを丁寧にナイフ
で切り落とし、フォークで運ばれた先に待ち受ける唇の何と可愛らしいこと。肌白き美少
女は黙々と頬張る。纏うワンピースも雪のように白く、一目見た限りでは高潔な印象さえ
受けるところ。だがよく観察すればそれが誤解だとわかるのだ。…咀嚼(そしゃく)のた
びに、左右の耳上辺りで束ねた長い金髪が、頬の辺りで微かに揺れる。艶やかなこの障壁
をはね除け、頬に触れる衝動に駆られる男性は後を絶つまい。だがそんなふしだらな行為
を許さぬ武器も彼女は持ち合わせていた。黒目勝ちで大きめの瞳は眩しいまでの銀色。そ
れが鋭利な短剣のごとき残虐な輝きで満ち溢れている。視線が重なった時、眼差しで射抜
かれる覚悟はしておくべきだろう。
さて彼女の目前には、丁寧に積まれた皿の山が幾つも築かれていた。驚くべきことだが、
皿の大きさは彼女が現在口にしているステーキが盛られた全くそれと変わらない。しかも
最上段の皿にはデミグラスソースの残り汁が少々残っており、何が盛られたのか雄弁に物
語っている。
そして皿の山を超えた先には白衣を纏う男性が着席していた。中肉中背、思いのほか造
作は若々しい。髪は軽くパーマを当てている。掛けた眼鏡は牛乳瓶の底のように分厚い。
凡そ鮮烈な印象など残し得ない凡庸な造作なれど、左の頬には火傷の痕が広がっており、
それだけはやけに目立つ。いずれにしろ、目前の美少女との釣り合いを求めるのは酷に過
ぎると言えよう。…只、本人はかの美少女を前にしても照れもせずやけに自信ありげだ。
彼女の目前とは対照的に、テーブルにはコップ一つが置かれるのみ。注がれた水を少々含
み、男性は大食な美少女の食事が終わるのを待つ。
周囲のテーブルには他の研究者が白衣を着たまま食事や休憩をしているが、この奇妙な
アベックには興味をそそられるのか、誰もがちらりちらりと視線を投げ掛けて止まない。
部屋の片隅に設置されたカウンターからも、そしてその奥にある厨房からも。只、それは
意外な彼女の大食のみが理由ではない。というのも、着席する彼女の背後には大人数人分
はあろうかという銀色の獅子が身体を丸めつつ控えていたからだ。今は誠に大人しい。だ
がこの獅子が、目覚めた時には瞬く間に屈強の兵士を屠ったという話しを知る者はいるの
だろうか…。
「肉は…まあまあだな」
不意に言葉を紡いだのは美少女であった。
「恐れ入ります」
男性は微笑み、恭しく頭を垂れた。少々高いトーンを堪えるように落としている。
「貴様ら学者どもはいつの時代も本業に没頭する余り、ジャンクフードばかり喰らってい
るからな。それよりはマシだろう。
だがドクター・ビヨー、この部屋は大いに気に入った」
二人が滞在する部屋はプラネタリウムのように広く、針金を念入りに埋め込んだ強化ガ
ラスを半球状に敷き詰めている。そしてガラスの向こうは…見渡す限り土の荒野。勿論彼
女は呆れる程殺風景なこの風景を褒めたわけではない。荒野のそこかしこには鋼鉄の塊が
佇んでいた。じっと見つめていれば、それらがゆったりと動くのが確認できる。彼らは所
謂金属生命体ゾイドだ。種類も様々で青い奴やら赤い奴やら、二本足で直立したり四本足
で腹這いだったり、角張っていたり丸みを帯びていたりと見る者を決して飽きさせない。
「これだけのゾイド、よく集めた。良い趣味ではないか」
喋りながらも、着々と皿に盛られたステーキの量が減ってきている。ビヨーと呼ばれた
男性は舌を巻いた。
「いえ、私達の研究心と共和国政府の援助があればこそ」
「しかし、一つだけ実に面白くないことがある」
男性はおやと首を傾げた。彼の些細な反応に、美少女は悪戯っぽい笑みを零す。
「『覇王のゾイド』がいない」
一言、喋るたびにパクリと肉を頬張る。その肉の量も大分、減った。
「覇王の…ゾイドでございますか」
男性は傾げた首を今度は捻った。美少女は最後の一切れを噛み飲み干すと、彼の前に右
手を伸ばした。人指し指と中指を立てながら、得意げに。
「王のゾイドはゴジュラスだ。だがこれを繁殖させるのは至難の技。私も多くは求めない」
言いながら、中指を折り曲げた。
「しかし覇のゾイドがいないのは何の間違いだろうな?
私と志を同じくするなら、彼らがいなければ話しになるまい。ドクター・ビヨー、私に
相応しい『覇のゾイド』を用意するのだ」
しかし美少女の表情からは憤る様子は微塵も感じられない。薄笑いが男性の答えを期待
しているのは明らかだ。それを感じ取ったのか、男性も又不敵に笑みを浮かべる。
「わかりました。
『B』よ、それではこれから『覇のゾイド』をお目に掛けましょう」
一転して、暗闇。上空に天体の輝きはなく、下方に街の灯火もない。
そんな中を、鋼鉄の獣二匹が黙々と歩を進める。一匹は銀色の獅子。その背中には主人
たる美少女が乗っていた。跨がるのではなく、両足を獅子の左方に投げ出す形。美しき神
輿を背負う獅子は何とも大人しい。
そんな主従の右側に、銀色の立方体がピタリと寄り添っている。立方体には奇妙な紋様
が描かれており、これが東方大陸伝来の人造ゾイド「ブロックス」のコアであることは伺
い知れる。只、この立方体がゾイドと呼ばれるには欠けているものが多過ぎる。立方体の
側面にはヒレのような手が、下部には人の背丈程もない足が生えてはいるものの、ゾイド
ならば絶対的に備える頭部が存在しない。そして上部にはゆったりとした座席が設置され
ており、ビヨーと呼ばれた白衣の男はそこに座り、トリガーを握っていた。
美少女は背後(つまり獅子の右方)に振り向いた。訝しむ表情。
「何故そんなポンコツに乗る?」
白衣の男が浮かべた笑みは我が意を得たりとでも言いたげだ。
「大抵の小型ゾイドは『覇のゾイド』の前では畏縮してしまいます。ならばブロックスで
…それも感情を持ち得ぬこの位の装備で臨んだ方が却って安全というわけです」
冷めた眼差しで男の話しを聞く美少女。と、不意に絞り込まれた彼女の瞳。鋭利な閃光
と化す銀色の輝き。それと共に尻に敷かれた銀色の獅子も歩を止め、低い姿勢のまま唸り
始める。美少女はさしてなだめようともせず、獅子の睨む先を冷ややかに見つめ、薄笑い
を浮かべた。
暗闇にうっすら浮かび上がった橙色の輝き。深遠の中にちりばめられたそれは無数のフ
ァイヤオパール。もっとも手を差し伸べたところで掴み取ることなど叶うまい。何故なら
宝石の持ち主は、手に届く距離よりも遥か遠くで奇妙な来客の様子を伺っているからだ。
持ち主の一匹が、首をもたげた。暗闇でもこれだけ宝石が輝けばシルエットは十分確認
できるというもの。闇に溶け込みそうな程に黒光りする巨体は、丁度美少女が乗る獅子と
同様、寸胴をバネのような手足で支えている。そして頭部が胴体の半分近くもあるのがこ
の種類の特徴だろう。頬や項にかけて生える鬣(たてがみ)のおかげで一層強調され、ま
るで兜でも被っているかのようだ。首をもたげた一匹は白い鎧を身に纏っている。鎧とは
言うが、所々骨のように隙間が空いた奇妙な意匠だ。
一斉に、美少女らに向けられた橙色の輝き。それと共に暗闇に浮かび上がったそれは、
獲物に飢えた獅子の群れ。だが美少女は、やがてどこからともなく響き渡る低い唸り声を
耳にしても、一向に怯む様子を見せない。薄笑いのまま冷ややかな銀色の眼差しで彼らを
見つめる。
「ほう、ライガーゼロか。よく繁殖に成功させたな」
白衣の男が頷く表情は、自信で満ち溢れている。
「左様! 『覇のゾイド』ライガーはこの部屋のように、暗闇の中で育ててやらなければ
繁殖は困難です。常に気の抜けない弱肉強食の世界に身を置かれることで、初めて彼らの
戦闘能力は開花するのですから」
暗闇の中にはライガーゼロと呼ばれた白い獅子以外にも、無数の獅子が美少女の動向を
伺い、又お互いの足元や視線に注意するのを止めない。その上至る所に、黒い鋼鉄の破片
が散っているのも確認できる(破片と言うが、小さいものでも美少女の五体をも上回る)。
問いかける美少女の表情は当たり前のことを確認するかのように変化に乏しい。
「彼らの餌は?」
「餌は彼ら自身です。たまには与えてやりますが」
つまり、共食いだ。外道も甚だしい。しかし美少女は眉を潜めもせずむしろ納得の表情
で頷いた。
「そうでなければ『覇のゾイド』は育たぬ」
「『B』よ、貴方に相応しいゾイドもこのような環境ならば…」
そう白衣の男が言いかけたところで、二人の上空を飛び越えた影一つ。彼らの目前で着
地と共に走った地響きは不自然なまでに大きい。
美少女を担ぐ銀色の獅子が、初めて吠えた。全身を強張らせ、忠実なる騎士のごとく身
構える様は体格差など何ら問題にしていない。刮目した白衣の男。少なくとも彼の記憶で
は、美少女の前に初めて現れた強敵である。不安もあるが興味が圧倒的に上回った。
彼女は従者たる銀色の獅子の肩を、宥めるように軽く叩く。
「カエサル、案ずるな」
優しげに語りかけるとたちまち大人しくなった銀色の獅子。五体を低く伏せ、主人の起
立を待つ。ゆったりと華奢なその身を持ち上げた美少女。けだるそうに前髪を書き上げる
と、彼女らの上を飛び越した影を凝視。
闇より浮かび上がってきたのは小山程もある赤銅の獅子。大きな鬣(たてがみ)が兜の
錣(しころ)のように首まで覆い、額からは長い一本角が生えている。誠に矢尻のごとき
面構え。その上背中には二枚の翼が生えており、伝説のグリフォンをも彷佛とさせる。
だが美少女は、これ程の威容を目の当たりにしても少しも怯まない。それどころかこめ
かみに指を当て、己が記憶の糸を手繰る余裕すら垣間見える。彼女の堂々たる態度に対し、
白衣の男は顔にこそ出さぬものの、眼差しは興味と不安がない交ぜだ。
「私が生きた時代には存在していないな。何というライガーだ?」
不意に投げかけられた美少女の疑問に対し、我を忘れていた白衣の男。返事はやや慌て
気味だ。
「え…エナジーライガーと、呼ばれております。
かつてのネオゼネバス帝国においては皇帝専用ゾイドとされた強者でございます。公称
では時速六百六十キロとされておりますが…」
「ほう、他のライガーの二倍以上か」
「さ、左様。更に背中の翼を用いて飛行すれば音速をも弾き出します。最速の運動能力を
備えた最強クラスのライガーで…」
男が言い掛けた時、吠えた赤銅の獅子。暗闇に響き渡る雄叫びに、向けられた無数のフ
ァイヤオパール。白衣の男は肩をすくめ、耳を塞ぐ。だがその間にも展開された目前の光
景に彼は目を見張った。
長くしなやかな右の小指で、耳を塞ぐ美少女。投げ掛ける銀色の眼差しは、驚くどころ
かまるで下賤の者を鬱陶しげに見つめるかのよう。
「威勢が良いな。しかし…」
美少女の、緩む口元。裏腹に、ほとばしる眼光は刃のごとく暗闇を切り裂いた。傍らで
耳の次は視界を覆う白衣の男。不意の閃光の正体を探ろうと、恐る恐る指の隙間から美少
女の様子を伺う。
額にくっきりと浮かび上がった金色の刻印。読者諸君なら似たものに見覚えがある筈だ。
同時に両耳上に束ねた金髪が、天使が翼はためかせたかのように左右一杯に広がり、ゆ
らり、ゆらり。金髪だけではない、白いワンピースも彼女の肌の上で波を打っている。何
が起こっているのか、辺り一帯は全くの無風状態なのに。だがそんな疑問など些細なこと。
赤銅の獅子が、咄嗟に膝をついた。頭上から押さえ付けられるのを必死で堪えているか
のようだ。何とかして巨体を持ち上げようとする獅子だったが、抵抗もそう長くは続かな
い。遂にはらしからぬか細い悲鳴を上げてうずくまる始末。
せせら笑う美少女。だが次の瞬間、睨み付けると浴びせる罵倒。
「エナジーライガーとやら、驕るゾイドは下品だ!」
間違いない。赤銅の獅子が悶絶するのも、美少女の金髪やワンピースがなびくのも、全
ては彼女自身の仕業だ。彼女は、非常に強力な念動力を発している(その発信源こそ額に
輝く金色の刻印であり、銀色の瞳だ)。白衣の男は思い出す、彼女を眠りから目覚めさせ
た時の惨劇を(第十二話参照)。あの金髪が自在に動いて屈強の兵士を血祭りに上げたの
と同じ力が今、赤銅の獅子を襲っているのだ。
赤銅の獅子が迎えた圧倒的な劣勢。それは思わぬ…いやこの暗闇なればこそ大いに想定
できる横槍で、敗北にまで進展した。美少女の傍らで伏せていた銀色の獅子が(カエサル
と言うらしい)不意に首をもたげ、闇を睨み低く唸る。
今度は白き閃光が闇を引き裂いた。赤銅の獅子の頭上にたちまち覆い被さったそれも又、
獅子の血族。純白の鎧を纏った巨体は左程珍しくはないが、背中にはその身程もある太刀
が二本、生えている。太刀は翼のごとく左右に広がるとすかさず赤銅の獅子を斬り付けに
掛かった。赤銅の獅子は首を持ち上げ、額の一本角を振りかざす。一本角と、左右の太刀
が交叉。轟音が闇に響き、火花が辺りを照らす。獅子達の攻防は条件が対等ならば好勝負
が期待できたかも知れないが、状況はそれを許さなかった。競り合う角と太刀。悲鳴のご
とき金属音が響き渡る中、赤銅の獅子の顎が高く持ち上がる。そこへ吸い込まれるかのご
とく放たれた前肢の一撃。純白の獅子が放った蹴り込みは赤銅の獅子の巨体をひっくり返
した。地響きなどに驚くこともなく、純白の獅子は仰向けになって露になった腹部目掛け
て襲い掛かる。
「やめい!」
美少女、一喝。凛とした響きに純白の獅子は太刀と前肢の動きを止め、彼女の方角へと
巨体を向けた。背後の赤銅の獅子は、戦意喪失したのか倒れ伏したまま喘ぐに留まる。
彼女の額に輝く刻印が見る間に消え失せ、鋭利な眼光も奇妙ななびきも収まっていく。
「ドクター・ビヨー、このライガーも見たことがない」
既に毒気を抜かれ呆然としていた白衣の男は話題を振られ、慌てて我に返った。
「は、はい。『B』よ、そのゾイドはムゲンライガーと呼ばれております。
同族はガイロス帝国が栄えるよりも前に君臨していた北の大国を葬ったとか。背中のム
ゲンブレード、ムラサメブレイカーは魔獣デスザウラーの装甲を容易く切り裂き…」
男が言い終わらぬ内に、美少女はすたすたと純白の獅子のもとへと歩み寄る。獅子の方
は獅子の方で、緩やかな動作でその身を伏せ、うやうやしく頭を垂れた。
(おや。これはお互い、気に入ったのかな)
美少女の背後でじっと観察する白衣の男。果たして彼の予想は当たるのか。
ぴたり、美少女は獅子の目前で立ち止まった。それにしても、獅子はかの本編主人公た
る深紅の竜と同等の体格を備えているにも関わらず、彼女は何ら怯む様子を見せない。
この時、彼女の背後で銀色の獅子が唸った。美しき主人に何かを伝えようとしているか
のよう。それを察したのか、彼女は一瞥し、笑みを零した。正面を向き直すと。
「ムゲンライガーとやら、殊勝な心掛けではないか」
純白の獅子が微かに頭を上げたかに見えた。待ち構えていたかのように、美少女が浮か
べた憤怒の形相。
「だが、媚びるゾイドは鬱陶しい!」
再びほとばしった金色の刻印、銀色の眼光。金髪が、白いワンピースがなびくと共に、
今度は純白の獅子がバネのようにひっくり返る。想定できていなかったのか、悲鳴は赤銅
の獅子よりも甲高く、聞き苦しい。獅子をばたつかせ、もがく様子は赤子のようだ。
呆気に取られたのは白衣の男だ。こんな結末など獅子達同様、想定などできる筈がない。
力を誇示すれば驕りを断じ、頭を垂れれば媚びだと言い放つ。そして吐いた言葉のままに
制裁を下す。これほど傲慢で恐ろしい女性が世の中にいるだろうか。
暗闇にざわめきが溶け込んでいく。螢のように細かく動く無数のファイヤオパールは、
他の獅子達が動揺し同族の反応を伺う証拠だ。美少女はそれが余程気に入らなかったのか、
苛立ちの表情を見せつつ大喝。
「狼狽えるな!」
暗闇が無理矢理にでも静寂を取り戻そうとする様などそうは見られないだろう。無数の
獅子達は今間違いなく、必死で歯を食いしばっている。
「全く、どいつもこいつもつまらんゾイドだ、つまらんライガーだ。ドクター・ビヨー!」
白衣の男はコクピットの座席上で背筋を垂直に正した。感電でもしたかのようにだ。
「は、は、はい!?」
「もう少しましなライガーを用意しろ」
言い放つと美少女は、右耳上に束ねた髪をかき上げた。闇の中でさえ優美な彼女の姿、
そして裏腹に見せた激情に、白衣の男は悪酔いでもしたかのような目眩さえ覚えた。
雲一つない青空の下に、広がる荒野。蜃気楼さえ浮かばぬ乾いた土の広場に立ちすくむ
男が一人。…男の羽織るマントも水色ならば、そよ風で時折揺れるマントの下に隠れる軍
服も、頭上で傾きもしない軍帽も、この青空同様に透き通った水色尽くし。その上恐ろし
く背が高いため、背景に溶け込んでしまいそうだ。しかしそれ程までに清々しい服装なれ
ど、男は異相と呼ぶに相応しい。馬面にこけた頬。落ち窪んだ上に守宮(やもり)のよう
に大きな瞳。しかし放たれたる眼光は圧倒的な風格と才気を感じさせて余りある。
異相の男は無表情。だが呆然としているわけでもなく、何かを待ち構えているようだ。
不意に渦巻いた風、一陣。舞い上がる軍帽。短く借り揃えた頭髪が露になる。だが振り
返った異相の男は眉一つ動かさない。翻るマント、腰に携えていたサーベルは鞘ごと引き
抜き、両手持ちで縦に構える。
がっちりと、受け止めたのは拳の一撃。圧力はさながら鉄槌のごとく、めきめきと鞘が
軋む。恐るべき剛腕の主を見遣れば、秘技を決める徒手空拳の戦士あり。武術の教本から
飛び出てきたように特徴的な構えだ。…東方大陸伝来の白い功夫服にやはり大陸伝来の竜
神の刺繍が施された粋な風体なれど、これを纏った五体は至って平凡、背丈も異相の男程
高くないが、胸板の厚さだけは隠せない。肝心の容貌だが、張りぼてのお面を被っている
ため全く伺い知れない。只長く無造作に伸びた黒髪だけが戦士の正体を想像する手掛かり。
鞘に掛かる圧力が消失した。と同時に次の、又その次の一撃が襲い掛かる。鞘で受け止
めてみせる異相の男はまさしく紙一重の見切り。だが一方的な防御で収まるわけもなく、
守宮(やもり)のような瞳で冷静に観察。一撃と一撃との僅かな隙を見計らって鞘を持ち
上げる。なれど敵も去るもの、カウンターには流水の動きで半身の躱し。そのまま背を向
け、捻る五体は反時計回り。華麗なる左足での後ろ回し蹴りが鞭のごとくしなり、伸びた。
異相の男も半歩下がって身構えると鞘からサーベルを引き抜く。
交差した、足と白刃。優美な曲線の混じった殺意は、互いの額寸前で静止。
攻防に水を差す、そよ風。先に口を開いたのは異相の男だ。
「相変わらず悪戯が過ぎるぞ、拳聖パイロン」
言いながら鞘を越しに戻す異相の男。功夫服の男が拳を引くのも又同時。
「お久し振りでございます、水の総大将殿」
張りぼての面を外し露になった素顔は思いのほか、若々しい。精悍な顔立ちを無造作に
伸びた黒髪が覆うものの、獲物を狙う眼光と眉間にくっきり浮かんだ刀傷だけは隠し切れ
ない。その上には年齢以上の経験を暗示させる皺が幾重にも走っている。拳聖パイロンと
呼ばれたこの功夫服の男は今までの荒々しい闘いぶりから一転、片膝立てると深々と拝礼。
「水の総大将殿が私めを呼び寄せるとは如何なる一大事で?」
異相の男は腕組みし、長い顎に右手を当てる。
「チーム・ギルガメスの抹殺」
主君の命に応じ、伏せていた顔が重い長刀を引き抜くかのようにジリジリと持ち上げら
れた。功夫服の男の口元には微笑みさえ漂うが、抜き身の刀のような眼差しは憎悪の輝き
がほとばしって余りある。
「御下命、待ちわびておりました。彼奴こそは民主主義の敵。銃神ブロンコ始め破れ去っ
た暗殺ゾイド部隊の仇、必ずや討ち果たして御覧に入れましょう」
「一つ、伝えておかなければいけない情報がある」
異相の男は部下の決意に満足しながらも表情を崩さない。
「情報でございますか」
「半年前、トライアングルダラスを横断する機影を確認した。
…ゾイドコア反応は、ない」(※第十二話参照)
功夫服の男は目を剥いた。地球人にとっては非常識でもZi人にとっては常識的なこと
は幾つもある。輸送手段は典型で、彼らは長い歴史の中で金属生命体ゾイドを使役する術
を身に付けてきた。裏返せばゾイドに頼らない輸送手段は未発達ということでもある(※
本編ではゾイド以外の輸送手段は会話中のものを除けばたった一つしか登場しておらず、
それも決して万能とは言えない)。…つまり前述した事件の首謀者はZi人の常識を超え
た恐るべき技術の持ち主と言えよう。
「ドクター・ビヨーめ、遂に動き出しましたか」
「彼奴らのB計画はまさに詰めの段階に入った。無念至極だ」
「総大将殿よ、御安心下され。B計画が詰めの段階なら、彼奴らも表舞台に現れましょう。
それだけ我らも裏を掻かれにくくなります。今は寧ろ、絶好の機会でございます」
功夫服の男の言葉に大きく頷いた異相の男。
「頼もしい限りだ、パイロン。だが決して侮るな。隠密の遂行さえ守れるなら如何なる手
段を用いても構わん。
必ずやチーム・ギルガメスを抹殺せよ。惑星Ziの!」
「平和のために!」
互いの右腕を胸元で水平に構え、二人は敬礼を交わす。凍り付くような数秒の間の後、
踵を返した異相の男。軽快な足取りで進む姿を功夫服の男は見守る。と、彼の目前で発生
した現象は誠に奇怪。彼の主人が数十歩も進んでいく内に、景色に溶け込んでいく。
あっという間に消え去った主人の姿を、しかし功夫服の男は眉一つ動かさず見つめてい
た。驚く必要などなかったからだ。不意に突風吹き荒れ、男を砂塵が襲う。全身ふらつき、
腕で顔を覆いつつも徐々に空の方へと持ち上がっていく彼の目線。おかしなことに、その
忌わしき容貌を影が覆い被っている。
その一方で、雲一つない青空を底知れぬ闇夜のごとく覆い尽くしたのは鋼鉄の要塞だ。
円盤のような胴体に、ヒレのように生えた四枚の翼。先頭に伸びた小さな頭部には、巨大
なドームが埋め込まれており、それだけでも地方の教会をも上回る。この鋼の要塞こそタ
ートルカイザー「ロブノル」。水の軍団の旗艦は小さな村を軽く呑み込む超巨大ゾイドで
あり、所謂光学迷彩を使ってこの荒野に着陸していたのだ。
悠然と空を泳ぐ鋼鉄の要塞はウミガメのようだ。功夫服の男は踵を返すと黙々と歩き出
した。やはり…彼の姿も荒野の景色に溶け込んでいく。
ここに又一人、刺客が放たれた。我らが主人公の動向については次章で述べるが、この
功夫服の男…拳聖パイロンなる男が、過去に破れ去った刺客以上に肉迫するのは避けられ
そうにない。ならば彼らをそこまで駆り立てる「B計画」とは何か。主謀者とされるドク
ター・ビヨーの目的は。そしてあの無慈悲な美少女は…。いずれにしろ言えるのは、我ら
が主人公に絡み付いた罠の底知れぬ根の深さだ。その事実を彼は、知らない。
(第一章ここまで)
【第二章】
夕暮れ時の坂道に、伸びゆく影。歪んだ時計の針のごとく左右の斜面伝いに後ろへと逸
れ、又足元から伸びていく。無限に続く葬列を追い掛けるように、坂道を進むは我らが深
紅の竜。民家二軒分程もある巨体を今日は狭そうに傾けながら、滑るように駆けていく。
背中には二枚の翼と六本の鶏冠が生えているがそのいずれもピタリと背面に寝かせている
のだからこの竜にしてみれば相当窮屈なのだろう。お陰で自慢の俊足がこの場では鳴りを
潜めている。そういえば短かめの首も鶏冠と共に低く傾け、長い爪の生えた前肢も胸にピ
タリと当てたまま。唯一伸び伸びとしているのは舵を取る長い尻尾のみか。我らが魔装竜
ジェノブレイカー(今は単に「ブレイカー」と呼ばれている)は一応不満の表情を見せず
にこの坂道を下ってはいる。
竜が大人しい原因は胸元のハッチ内にあった。そのすぐ奥に隠されたコクピット。全方
位スクリーンに囲まれた座席上で、肩口から拘束具で胴体をがっちりと固定された少年は
うつらうつらとしていた。全身に掛かる重力は彼の小さな身体ではそこそこ厳しい筈だが、
それが問題にならないとしたら相当疲労が溜まっているに違いない。彼は…ギルガメスの
日焼け気味の肌は、軽く汗ばんでいる。純白のTシャツは早々に取り替えたのか日なたの
香りさえ漂うが、汗が染み込むのは時間の問題だろう。ボサボサの黒髪も濡れそぼってい
る。言わば風呂上がりのような状態で、冷房の効いたコクピット内に長時間着席していた
ら眠くなるのもやむを得まい。
「ギル、寝ちゃ駄目よ?」
囁くような声を耳にして、寝ぼけ眼の少年は肩をすくめた。慌てて首を左右に振り、声
の出所を探る。…全方位スクリーンの左側に展開したウインドウ。その奥ではサングラス
を掛けた面長の美女が頬杖ついてこちらを見つめていた。黒の短髪が勢い良く真後ろへと
なびいている。端正な顔立ちの下には切れ長の鋭利な蒼き瞳が隠れているのは言うまでも
なかろう。
「ああエステル先生、すみません…」
「謝罪はブレイカーに」
「は、はい! ブレイカー、ごめん」
気にするなとでも言いたげに、少年の異形の相棒は一声甲高く鳴いた。美貌の女教師エ
ステルは、この深紅の竜が抱え込むビークルの機上。彼女は見上げて竜の顔を覗き込む。
「ブレイカーも、キャンプまでもうしばらくの辛抱だからね」
竜が打つ相槌は小刻みないななき。このゾイドの少年に対する執着心は余りに情熱的で、
ちょっとでもいい加減な態度を取ろうものなら徹底的に反発する。だが主人の消耗ぶりを、
竜は十分に理解していた。…彼らは試合を終えた後だ。竜の方は負傷も少なく、自力で帰
途につく余力を備えていたが(※実際のところゾイドは元来野生生物である以上、逃走す
る余力は大概備えているものだ)、Zi人はそうはいくまい。ゾイドにしてみれば補食や
縄張り争いの延長に過ぎないゾイドバトルに対し、彼らは全力で取り組む。深紅の竜の相
棒ともなれば単なる操縦者に留まらず、能力を何倍にも向上させる役目を「無理矢理にで
も」担うことになるから尚更だ。
加えて今日は思いのほか暑い。女教師は既に第一ボタンを外していたワイシャツの襟を、
軽く引っ張り首元を覗かせる。短髪をなびかせる程の風が肌にも当たり、何とも心地良い。
「まだ初夏だと言うのにね…」
物語は多少の時間が経過していた。ギルガメスは無念な帰郷を終えて以降(第十二話参
照)、がむしゃらに試合へと挑んだ。それが彼の贖罪であったし、数少ない理解者と心を
通わせる手段でもあった。そこに度々水の軍団・暗殺ゾイド部隊の襲撃が加わるのだから、
少年の青春は苛烈を極めた。…只、厄介なのは今や自ら進んで修羅の道に臨んでいる少年
の気持ちである。極論するなら「戦闘依存症」とでも言うべき心理状態に陥っているので
はないか。
漠然と考えながら女教師はちらり、目前のモニターを覗く。と、その向こうでは少年が
彼女の方をじっと凝視していたではないか。彼は慌てて視線を反らした。…どうやら女教
師の露になった首元に見とれていたらしい。横を向けた表情は何とも情けない。女教師の
口元より溢れる微笑み。
(戦闘依存症、と言う程でもないかしらね)
本当に依存していたら異性に興味など示さない。元々素肌を見られることに抵抗のない
彼女だが、その上自らに注がれた関心を客観的に分析できるのは、成熟した女性ならでは
の余裕だ。だから。
「ギル、貴方も汗が引かないようならよく身体を拭いて、どんどん着替えちゃいなさいね」
敢えて顔を覗き込みながら言うのが彼女なりの配慮だ。覗かれたことを気にするような
仕種はこの内気な少年に却ってダメージを与える。
「あ、はい。そうします」
良かった、見とれていたのはバレてないみたいだ。…ここで胸を撫で下ろしてしまうの
が少年の未熟な所以だ。だからこそひた向きにもなれるのだが。
(情けない、格好悪いったらありゃしない)
ぶつぶつ呟きながら自分の頭を軽く小突き、Tシャツで自分の胸を拭う。彼の心情はお
ぼろげなれど、これだけは確信している。麗しの女性に相応しい男はもっと強く、且つ真
面目だ。少年が戦う理由は徐々に変化していた。Tシャツが汗に濡れて、徐々に光沢を失
っていく。女教師の指示に従い着替えるべく、肩の拘束具に手を当てようとしたその時、
彼は事件に巻き込まれたことを悟った。
全方位スクリーンの左右が唐突に暗転。ネガを反転させたかのように、表示されていた
岩肌が輪郭線のみを残して透けていく。これは相棒が「気配」を察知した合図だ。通常の
映像なら隠れて見えないであろう岩肌の裏側に、竜達を追走する熱源があると赤い光点を
表示して知らせている。
反転した映像の上に、女教師の厳しい表情が上書きされる。
「ギル、そっちでも確認できた?」
「はい、右に一、二、三。左にも一、二、三。計六匹です。一体いつの間に…?」
「間合いを離したままずっと追っていたのでしょう。今はチャンスだから一気に間合いを
詰めた。
ブレイカーは獲物を追うのには向いていても、追われるのには向いて…来るわ!」
赤い光点が突如の加速。流星が引力に逆らうかのように上昇し、暗転した視界を超えた
時には坂道に轟音が谺していた。
ビークルをしっかりと抱きかかえる深紅の竜。頭上に広げた二枚の翼が衝撃に軋む。
衝撃の原因は翼の表面に突き立った銀色の物体を見れば明らかだ。投げ槍や弓矢のよう
に洗練されてはおらぬが、武骨さ故にそれらを上回る破壊力が期待される厄介な代物。弾
丸のような上半身はどこからどこまでが頭部なのかもわからない。その後には数珠のよう
な尻尾が続き、それだけなら竜の胴体程もない。只、徒党を組んでの連携攻撃は御覧の通
りの実力だ。人呼んで鎧虫モルガ。惑星Ziにおいて最も繁殖したゾイドの一種であり、
長きに渡ってゼネバスやガイロスといった帝国軍の主力を担ってきた有名な仇役だ。
竜の懐で傾いたビークルの中、女教師はそんなことなど気にせず愛弟子達に指示を送る。
「すぐに振り落として!」
彼女が怒鳴るのと、銀の弾丸が数珠のような尻尾をくねらせ、絡み付こうとしたのはほ
ぼ同じ。そうなったら大変だ。如何に深紅の竜のごとき優れたゾイドでも、このモルガの
尻尾で関節を縛られたら振り解くのは容易ではない。
透かさず翼広げた深紅の竜。たちまち弾かれる銀の弾丸。だが左右の岩肌に叩き付けら
れた連中を睨んで、少年はハッとなった。…四匹しかいない。残りは何処。
突如、振り子のように揺れる座席は竜のコクピットもビークルも同じ。師弟は左右を見
渡す。右の翼の裏側から付け根に掛けて、銀の数珠が這っている。咄嗟に左腕を伸ばした
深紅の竜。タオルを引っ張るように数珠を剥ぎ取る。もし背中にでも回り込まれたら一貫
の終わりだ、竜の呼吸器官があるのだから。
さてもう一匹はと少年が再び見渡すより前に、竜は上半身を何度も揺さぶり始めた。視
界に敵は映らない。少年はまさかとコントロールパネルを弾く。開かれたウインドウ内に
表示された竜の全身図。首元を見て少年は仰天した。映し出されたのは首輪のごとく絡み
付こうとする銀の数珠のシルエットだ。
一方、女教師は唇を噛むが早いか、ビークルのエンジンを点火。瞬く間に竜の掌から離
れると竜の(つまり少年の)視界に入り込んで指示を送る。
「ギル、ブレイカー、他にもいるわ。辛いけれど…」
「臨むところです!」
間髪入れずの即答。少年の円らな瞳に厳しさはあるが焦りはない。女教師は自信に満ち
た表情を浮かべて頷くと一転サングラスを外し、額に指を当てる。瞬く間に光芒放たれ、
くっきり浮かんだ刻印。モニターと、全方位スクリーンを介して重なり合う師弟の眼差し。
「例え、その行く先が!」
「いばらの道であっても、私は、戦う!」
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調(シンクロ)できるようになるのだ!
かくて少年の額も眩く輝き、浮かび上がった刻印の輝きは朝日のごとく鮮烈だ。だが一
方で、喉仏を潰されそうな痛みをも覚える。シンクロの副作用で、竜の受ける痛みは早速
少年が肩代わりしている。だがこれは寧ろ好都合。相棒と苦しみを分かち合える、能力も
一層高められる。
両腕で銀の数珠を掴む。めきめきと音を立て、たちまち剥がされた銀の数珠。目前で浮
かぶビークルでは、既に長尺のAZ(アンチゾイド)ライフルが後方より引き延ばされて
いた。物干竿程も長く、人の腿より太い銃より放たれた閃光一撃。銀の数珠に命中するの
と深紅の竜が手放すのは同時だ。どさりと地面に叩き付けられ、もがき苦しむ強敵。だが
二人と一匹はそんなものに構ってなどいられない。
「ギル、ギル、聞こえて? 急いで坂道を降りるわ。いや、いっそ…」
既に魔女の形相と化していた女教師の美貌がウインドウに映る。少年は指示に頷くと慣
れた手つきでレバーを捌いた。再度竜の掌に収まったビークル。もぞもぞと這い近付いて
くる銀の数珠達になど目もくれず、スキップするように駆ける深紅の竜。…いや、これは
助走だ。左右の岩肌が広がったところで竜は屈伸。地を蹴り込み、長い尻尾を呼吸揃えて
叩き付ける。跳躍、グイグイと飛距離を高め、見上げれば空が三分の一は隠れてしまう程
高い岩肌を飛び越えると翼を、背中の鶏冠を目一杯に広げた。鶏冠の先端からたちまち溢
れる蒼い炎は帚星のごとく。かくて竜は、坂道の終点へ向けて急降下と相成った。
竜が着地するまでの数十秒の間に、魔女は懐からゴーグルを取り出した。展開次第では
竜をサポートすべく右往左往する可能性がある。ならばサングラスより勝手の良いゴーグ
ル着用が適切だ。
だがゴーグルを被せながらモニターを睨む内に、魔女が気付いた異変。坂道の終点であ
る平野には続々と、砂塵の軍勢が集結しつつある。
「待ち伏せ…!」
竜は翼をV字形に広げ、銛(もり)が突き刺さるように着地。両腕にはビークルを抱え
ているため両足、次いで尻尾を地面に叩き付ける。しかしこれは何ともバランスが悪い。
着地の瞬間、胸が、腹が、地表すれすれまで接近する。ビークルのコクピット内でうずく
まる魔女。竜の胸元では少年が左右の腕で渾身の踏ん張り。眩い刻印が増々眩く光芒放つ。
全方位スクリーンの目前で呻く魔女を見て、少年は色めいた。
「先生、大丈夫ですか!?」
辛うじて頭を持ち上げる魔女。頭を抱えながらも、ゴーグルの下より睨みを効かせる蒼
き瞳の鋭い眼差し。
「ギル、足元!」
魔女の声にハッとなるも、そこは修羅場をくぐり抜けてきた身。反応しレバーを下げる、
応じて竜が翼を下げる。僅かな間もなく両の翼に突き立った砲撃、数閃。
絶え間ない攻撃を跳ね返し、少年が、竜が目前を睨んだ時には既に彼らを砂の荒波が取
り囲んでいた。…先程の銀の数珠が更に数匹。その上、土埃の中から現れたワインレッド
の四脚獣に少年の視線が釘付けとなる。恐ろしく、無駄のない体つき。耳も短く、鬣(た
てがみ)もないが只一つ、上顎より長々と伸びた二本の牙は闇を引き裂く鮮烈な気迫を感
じさせる。このゾイドこそ人呼んで剣歯虎サーベルタイガー。ゼネバス帝国を始め反ヘリ
ックを掲げた多くの国家が採用した伝統的なゾイドだ。かの少年ギルガメスにしても、ジ
ュニアハイスクール時代にこのワインレッドの虎に憧れなかったわけがない。だからこう
いう形で巡り合わせたことに彼は苛立つ。
「盗賊が使っていいゾイドじゃあ、ないぞ」
立ち篭める埃の中、虎はもう一匹現れた。瞬く間に銃撃再開、少年のレバー捌きに応じ
て踊るように避ける深紅の竜。魔女が駆るビークルのモニターは、後方から先程振り切っ
た筈の六匹の数珠が迫っている。
夕陽を背負った激闘を、遥か彼方でたまたま見掛けたのも又、民家二軒分程もある赤い
二足竜であった。独り、とぼとぼと歩くその体色に果実のような鮮烈さはないが、磨いた
太刀のような輝きが夕陽に照らされ何とも眩しい。だが体色以上に竜の印象を強くするの
は全身に纏った髑髏(どくろ)のような鎧・兜と、その至る所から突き出た紫水晶の色し
た短剣の数々だ。特に胸の辺りには橙色の印が施され、そのすぐ下に自らのそこそこ長い
首程もある剣が一本、伸びている。尻尾は尻尾で巨大な斧が先端で折り畳まれており、物
騒なことこの上ない。しかしここまで過剰な武装を施した竜の両腕は不自然に長く、首や
胴体、尻尾を地面と平行に伸ばす所謂T字バランスの姿勢で歩行した時、だらりと下げた
両腕の様子がくたびれたようにも見えてユーモラスとも言えた。
この赤き髑髏の竜、敗残兵のごとくもっさりとした動きで歩いていたが、不意に立ち止
まり、首をもたげた。人の視力では届かぬ遠方をじっと睨む。
竜の目にした光景は、深い闇の中でゆらりと浮かんだ。落ち着いた声が響く。
「驚いた。ヴォルケーノ、こういうこともあるんだな」
この竜もおそらくは金属生命体ゾイド。きっと身体のどこかにパイロットが登場してい
る筈で、だから竜は首を下げ、己が胸の辺りを見つめて相槌の唸り声を上げる。震えるよ
うな低音はかの深紅の竜とは正反対。
闇の中には幾本ものチューブが伸びている。闇の中央に向かって伸びたそれらの行き着
く先には、球体に手足の生えた奇妙なオブジェが鎮座。…いや、これはパイロットスーツ
の一種だ。球体の頂上からは人の顔が突き出ている。容貌は…かの泣き虫の誰かさんより
もずっと端正で、大人びている。但しお洒落かなのかこだわりかなのか、頭部をバンダナ
ですっぽり覆い隠しているため頭髪の清潔さ加減まではわからない。
右手を上げた若者。応じて闇に浮かんでいた光景が拡大され、より鮮明になる。今まさ
に繰り広げられる激戦を睨み、彼は一声。
「ヴォルケーノ、行くよ」
身構えた髑髏の竜。腿の辺りから後方へ伸びる鶏冠がたちまち光の粒を吐き出す。その
姿勢のまま、スキーで滑るかのように勢い良く飛び出した。これもマグネッサーシステム
の爆発的な推進力の賜物。
髑髏の竜は、砂塵立ち篭める夕陽のもとへと馳せ参じていく。
左右に広げられた翼。深紅の竜はじろり、じろりと周囲を伺う。だが息詰まる間合いの
寄せ合いなど期待できる筈もなく、瞬く間に飛び込んでくる銀の数珠達を辛うじてやり過
ごすのが手一杯。右から左から、背後から足元から。飛び跳ね、忍び寄るその勢いは単体
でならば決して大したことはないが、こうも数が揃っていると鬱陶しいことこの上ない。
いちいち翼で弾き返しているところにあのワインレッドの虎が飛び掛かってくるのだ。い
くら盗賊の類いとは言え、獲物をかく乱した上での攻撃は命中させるのも又容易。
だから、両腕には未だにビークルが収まっている。足手纏いになった自らの状態に、魔
女は唇を噛んだ。
「ギル、五秒でいいわ。サーベルタイガーの攻撃、しっかり受け止めて…」
「無茶を言わないで下さい! 受け止めた時には他の視線が飛んで来るんですよ?
五秒の間に他のゾイドに狙い撃ちされます」
少年の反論はもっともだ。事実、敵の連携攻撃はそれ程までに澱みなく、絶えることが
ない。現状では銀の数珠が十数匹、ワインレッドの虎二匹が外周をクルクルと回り三秒と
待たずに飛び掛かってくる。少年の向上した分析力には褒めてやりたいところだが、今は
それどころではない。
「じゃあ私から狙いに行く」
両肩の拘束具を外し、すっくと立ち上がった魔女。竜は慌てて逆手でビークルを持つ両
掌の爪を立てて防壁を作るが、そんなことなどお構い無しに魔女は後方より伸びたAZラ
イフルを抱え込んだ。物干竿が、ずしりと重い。
「せ、先生、そんな無茶言わないで…」
「無茶でもしなければ抜けられないわ。大丈夫、命綱はちゃんと張ってあるから」
そういう問題じゃあないと反論したい少年だが、そうも言ってはいられない。何しろ会
話の間にも追撃は続いている。既に昼間の試合で相当に疲労しているのだ、ここはさっさ
と脱出しなければいけない。
「ええい、仕方ないか。先生、次の攻撃を受けたら…おや」
全方位スクリーンの上方に、開いたウインドウ。又しても遠方に巻き起こった砂塵を拡
大していく。少年は目を剥き、深紅の竜はこの乱戦の中で注視せざるを得ない。低い姿勢
で滑り込んできた赤き二足竜。髑髏のような風貌に、少年が更なる強敵を予感したのは無
理もない。それにしても、速い! スクリーンに表示された竜の映像はあっという間に上
方で拡大表示したウインドウよりも大きく表示されてしまった。すぐさまウインドウは閉
じられたが、少年は相棒が動揺しているのをシンクロする動悸の高鳴りで感じ取った。
「先生、やっぱりちょっと待って!」
「何言ってるの!? ここでためらったら…」
「あれ見て下さい!」
声と共に響き渡ったブザー音。ビークルのレーダーも髑髏の竜を捉えた。魔女はビーク
ル後と彼女を抱きかかえた深紅の竜と共に同じ方角を睨む。厳しい表情に、上塗りされた
困惑の色。
「何、あれ…」
矢尻のごとく突っ込んできた髑髏の竜。土埃の包囲網に走った亀裂。不意の乱入者に一
瞬挙動が澱んだ銀の数珠達は、だが数秒も経ずして標的を変更した。鋼鉄の弾丸と化し、
バネのごとく飛び掛かる。
命を狙われている筈の少年は、次の瞬間繰り広げられた光景に目を奪われた。見愡れた、
と言って良い。だらり、両腕を降ろした髑髏の竜。肩の力みが完全に失せた無心の構え。
鋼鉄の弾丸が今まさに頭上に飛び込んできた時、羽ばたくように引き抜いた両腕。鋭利な
爪が描いた虚空の三日月。怒濤の勢いで跳躍した銀の数珠達は三日月を、そして髑髏の竜
を横切って地面に着地。埃の糸が後を追う。
数珠達がその長い胴体を引き摺りつつ竜を睨もうとしたその時。連中の被る鋼鉄の兜が
ぐらり、外れた。その下に隠された将棋の駒のような物体こそ、帝国系ゾイドの伝統的な
コクピットだ。そう、鎧虫モルガの高い戦闘能力はこの丈夫な兜があってこそ。これが外
されたら非常に厳しくなるのは言うまでもないが、少年は「どうやって外したのか」に注
目せざるを得ない。…コクピットの埋め込まれた頭部の左右に、くっきり表れた切断面。
間違いない、この部分に例の兜は接合されている。つまり両腕を引き上げたあの時、数匹
まとめて兜の接合部分を切り裂いてみせたというのか。
兜を失い、右往左往する銀の数珠達。髑髏の竜が放つ威嚇の雄叫びの重低音に、動揺の
余り転げ回る。だが連中の仲間が形勢逆転を許す筈もない。背後より飛び掛かったワイン
レッドの虎。危ない、と最早視線が釘付けの少年は声を上げたが、髑髏の竜の動きは少年
の想像を遥かに越えていた。虎が描いた弓なりの放物線を紙一重で避ける竜。すぐその脇
で着地した強敵の背中に覆い被さる。長い腕が首に、胴に絡み付き、爪が顎に、腹にがっ
ちりと食い込んだ。
(押さえ込んだ!?)
素早い返し技に少年は驚嘆。だが驚きはそこで終わらない。虎を押さえ込んだ筈の髑髏
の竜は、すぐさま両腕を思い切り前方に伸ばす。拘束の緩みは次の攻撃に映る合図だ。竜
が右足を踏み込む。その勢いと共に緩めた腕を又ぐいと引き寄せる。…竜の胸元より伸び
た紫水晶の剣が、虎の背中に突き刺さった。悲鳴を上げる強敵など気にも止めず、両腕を
伸ばしては引き寄せる髑髏の竜。人で例えるなら組み付いて膝蹴りを浴びせるような一連
の攻撃は瞬く間に虎の体力、そして闘争心を削り取る。
「…バイオ、ヴォルケーノ」
球体状のパイロットスーツを纏った若者の呟きに応じ、髑髏の竜は今一度、右足を踏み
込んだ。虎の背中にがっちりと組み付き、紫水晶の剣がねじ込まれる。…めきめきと、音
を立ててひび割れる傷口。剣が先端からぱっくり割れるとほとばしる電流。
数秒はもがいていたワインレッドの虎だが、すぐに力を失った。それを確認し、ようや
く両腕の力を弱める髑髏の竜。濡れた雑巾のように、大地に倒れ伏した虎。
(魔装剣と、そっくりだ…!)
少年も、相棒も魔女も目を見張った。髑髏の竜とその乗り手は少年が死に物狂いで掴ん
だ極意を同様に会得したというのか(※第六話参照)。だがそんな詮索をする余裕はない。
「ギルガメス君、後ろだ!」
スピーカー越しの警告に、ハッと振り返る深紅の竜。もう一匹の虎が放つ流星のごとき
前肢の一撃を、がっちりと受けてみせた竜の翼。体重を掛ける虎、負けじと押し返す竜。
だがここまで敵の戦力が弱体化すれば魔女が要求した『五秒受け止める』ことに応えるの
も容易。だから魔女は、競り合う二匹から視線を反らさず小脇に抱えた物干竿を差し向け
た。如何に巨大なゾイドといえども相手は腹を晒している。引き金は一回引けば十分だ。
銃声、破裂音、そして悲鳴と金属が削れる音。魔女が中腰になってビークルを借り、竜
の手元を離れれば、竜も早速足元へ崩れ落ちていく虎へと覆い被さる。少年の額が一際眩
しく輝いた。
「ブレイカー、魔装剣!」
若き主人が吐き出す裂帛の気合い。深紅の竜は上半身を弓なりに反り返し、額に畳んだ
短剣を前方に伸ばす。矢尻はたちまち弓から離れ、目前で倒れ伏すのを堪えるワインレッ
ドの虎へと突き刺さった。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
少年が吠える間に、ビークルは深紅の竜の周囲を旋回。硝煙が後追いする。AZライフ
ルの正確な銃撃は外周から襲い掛かろうとする銀の数珠達を正確に捉えた。足元に、或い
は尻尾に弾丸を貰い、じたばたともがく。魔女は空中から一瞥すると傍らへと振り向いた。
「ギル、ブレイカー、そっちは!?」
「片付きました! 行きましょう!」
「OK。そこの赤いゾイドも、さあ!」
魔女は蝶のように颯爽とビークルを駆ると、髑髏の竜に右腕を振る。深紅の竜とその主
人の方はそこまで気が回っておらず、呆気に取られながら彼女と同じ方角を向いた。
実に躍動感溢れる戦闘をこなした髑髏の竜はこくりと頷く。息切れ一つせず、足元に転
がる鉄塊を踏み越えると今一度、深く腰を落としてみせる。…腿から伸びる鶏冠から光の
粒がこぼれる様に、少年主従は二匹の竜がかなり近い存在であると感じ取った。かくして
深紅の竜も翼を水平に広げ直す。ビークルを今一度両腕に抱え、許せる限りの速度で滑空、
この場を去るのにためらいはない。
かくして地平を滑空する赤き竜二匹。忍び寄る夕闇が彼らを襲った盗賊共への置き土産。
街の灯が遠方に灯り、夜の帳が降ろされた頃。赤き竜二匹は丘の上で腹這いのまま、向
かい合っていた。辺りには薬莢風呂や仮設トイレなど、キャンプに必要な用意がほぼ一通
り揃っている。ここはチーム・ギルガメスのキャンプだ。しばらくはこの地で試合をする
ため、ゾイドウォリアーギルドには返却せずに置いておいたのである。加えて、追っ手が
ここまで辿り着いてもこれ位の高低差があればしばらくの籠城が効く。
腹這いのまま、首を持ち上げたのは深紅の竜だ。胸元を晒してみせると胸部ハッチが開
き、中から少年が現れた。すっかり疲れ切った様子で汗も中々引かず、タオルを首に引っ
掛けている。そして額には、未だに煌々と輝く刻印。高揚した精神状態は中々落ち着かな
い。だがそれでも、彼と相棒は窮地を救ってくれた目前の髑髏の竜とその主人に対する興
味で一杯だ。頭部にコクピットがあるようには思えないが、それではどこから出て来るの
だろう。容姿は。ゾイドウォリアーなのか、それとも軍人か何かか。鮮やかな手並みの秘
訣は。何故自分達の名前を知っていたのか。それから、それから。
髑髏の竜のコクピットハッチは真正面からでは伺い知れなかった。真横から見ればそれ
が腹の辺りに隠されていることに気が付いただろう。だか髑髏の竜の左脇腹よりひょっこ
り現れた恩人の姿に、ほんの一瞬だが少年主従は目を丸くした。彼の着用するパイロット
スーツはまさにボールに手足が生えたようで、ちょっと押したら転がってしまいそうだっ
たから。しかし吹き出すに至らなかったのは、着用する若者の聡明な雰囲気による。額の
辺りまでバンダナで覆い隠しているから髪も乱れず、それが一層雰囲気を際立たせる。
重なり合った、二人の視線。だがそれも数秒のことだ。若者は少年の視線よりも、彼の
額で輝く刻印を凝視していた。少年はそこまでは気付いていない。
「あ、あ、ありがとう、ございました…」
矢も楯も溜まらず駆け寄ると、少年は深々と頭を下げた。背後ではじっと深紅の竜が見
守っている。
若者は、存外素っ気無い。
「いや、無事で何より。では…」
早々に踵を返そうとする。驚いた少年。
「ちょ、ちょっと、待って下さい! お礼がしたい、夕食でも御一緒しませんか?」
そういう権限は本来少年にはないが(食事は準備から片付けまで女教師が一切取り仕切
っているのだ)ここは心情が先に出た。だが、若者の返事は少年の希望通りとはいかない。
「それは駄目なんだ、ギルガメス君。
…エステルさん。この度は対戦を受諾して下さって、ありがとうございます」
踵を返しかけていた若者は一転、頭を下げた。如何にも重そうな球体状のパイロットス
ーツで、可能な限り姿勢を傾ける若者の姿には好感が持てる。 彼の視線は少年の右脇。い
つの間にやら女教師が寄り添っていた。
「こちらこそ、貴方達が助けてくれなかったら今頃どうなっていたか。感謝するわ。
ギル、彼は来週対戦するアルン君。チーム・リバイバーの…」
ああ、そういうことかと少年は合点がいった。このアルンという若者がギル達から謝礼
でも貰ったら、試合前の裏取引と勘ぐられてもおかしくはあるまい。八百長が恥じるべき
行為なのは我々地球人もZi人も変わらない。
「ギルガメス君、怪我がなくて何よりだ。これでお互い百%の力を発揮できる。
いい試合になることを願ってるよ」
若者は再び踵を返した。少年は彼の言葉に気付かされた。…もしギル達が加勢を得られ
なかったら、彼らは来週の試合を満身創痍で臨んでいたかも知れない。下手をすれば不戦
敗もあり得る。極端な話し、アルンという若者がギル達を助けて得することは殆どない。
それでも、彼は加勢した。少年の心に吹くそよ風の清々しさよ。
だから少年も、食い下がる。
「あ、あの! 試合が終わってからでは、駄目ですか…?」
ピタリと静止した若者。今一度振り返った時、彼が見せた笑顔も又清々しい。
「じゃあ、勝った方がおごることにしよう」
今度こそ若者は踵を返し、髑髏の竜の懐へと消えていく。深々と頭を垂れた少年の肩を、
ポンと軽く叩いた女教師。
丘を滑るように下る髑髏の竜。ずっと胸を張り首をもたげていた深紅の竜は、シルエッ
トが小さくなるに連れてようやく首を地面に伏せた。大きな溜め息は相当な緊張感の表れ
でもある。
「…いい試合に、したいです」
少年の口から漏れた言葉に、目を丸くした女教師。だがすぐ微笑みに変わる。彼女は本
当に嬉しかったのだ、水の軍団の幻影に踊らされず、ひたすら己を磨きたいと願った少年
の心情が。
「わかったわ、頑張りましょう。…さあて御飯、御飯。ギルはお風呂を湧かしてね」
師弟と竜は穏やかな夕暮れを迎えようとしている。
(第二章ここまで)
【第三章】
雲一つない夜空にちりばめられた星屑を、じっと眺める深紅の竜。疲労が極限にまで達
したのだろう。横たわり、身体を丸めたまま頭部の右半分を上方に向ける。…この優しき
ゾイドは星屑に、今の平穏がいつまでも続くことを願って止まない。
この深紅の竜にとって下手をすれば生きる理由そのものであるかも知れない少年も、お
揃いでうつ伏せになっている。地べたに簀子(すのこ)を並べ、その上にはビニールそし
てバスタオルを敷く。傍らには女教師が正座。ジャージの袖をまくり、黙々と少年にマッ
サージを施している真っ最中だ。彼女の長い指が少年のTシャツの上を這い、つぼを見つ
けてはぐいと締め付ける。その度にもれる少年の少々情けない呻き声が、彼の疲労の度合
いを象徴していた。女教師のマッサージも相当念入りなものだから、額に脂汗さえ流して
いる。只、彼女は微笑みを浮かべつつも、少年の観察を怠ったりはしない。呻き声を上げ
ながらもどこかボオッとしている彼の表情に視線が向けられる。
「さっきのこと、思い出していた?」
言われた少年は背筋を強張らせ振り返ろうとするが、女教師相手にそんなことが許され
る筈もない。強烈なつぼ押しで少年に悲鳴を要求すると、いとも簡単に彼をうつ伏せに戻
してみせる。
「はいはい、良いからじっとしててね。
ギル、アルン君もジュニアトライアウト、不合格になっているわ」
呻き声が、止まった。
「去年の冬、トライアウトに合格するまで五年の空白期間があったらしいわ。
キャリアだけなら貴方の方が断然上よ」
「ご、五年、ですか…」
少年は押し黙ってしまった。
彼はジュニアトライアウトを不合格に処されてから早々に家出し、それから数カ月も経
たぬ内にリゼリア民族自治区でトライアウト合格、デビューとなった(※既に何度も説明
しているが、ゾイドウォリアーになりたければジュニアトライアウトかトライアウトに合
格しなければならない。ジュニアトライアウトはジュニアハイスクールの最高学年のみが
受験でき、受験費無料、ゾイドも支給される。トライアウトは誰でも受験できるが高額の
受験費用を支払わねばならず、ゾイドも自前で用意しなければならない)。水の軍団に命
を狙われ、両親とも絶縁する羽目になったが、それでも今は家出という選択肢がよりまし
な選択肢であったと確信している。
しかしギルが叶えるのに数カ月掛かった夢を、同様に形にするのにあの若者は五年掛か
った。その間の苦闘は想像に難くない。たった数カ月間でさえ大変な目にあった上に、今
もそれが進行中の身であれば尚更のこと。
ふと少年は気が付いた。彼の背に触れる女教師の指先が静止している。
「気後れしたわね?」
図星の推測にますます押し黙る少年。しかし女教師の指先は強力だ。圧迫力に彼女の愛
弟子は悲鳴を余儀無くされる。
「や、先生、痛い、強過ぎ…!」
「ギル、ああいう子にこそ正々堂々とぶつかりなさい。それが礼儀よ」
女教師の一言に、少年は思い直した。もしアルンが知恵者なら、強敵の弱点を探るため
に敢えて少年達と食事をしたかも知れない。卑劣漢ならこの機に乗じて食事に毒でも盛ろ
うとしたかも知れない。そういう小賢しい真似をしなかったのが彼の本性なのだろう。な
らばこちらもいい加減な気持ちで試合に臨むべきではない。
マッサージは淡々と進む。その間に交える会話も又立派な授業であった。少年にしてみ
れば何しろ隙だらけな状況であり、又女性とは言え大人の腕力に圧倒される瞬間でもある。
だからこそ黙って耳を傾ける。
「あとね…」
ふと言葉を紡ぎかけた女教師。だが会話は続かない。
「エステル先生?」
「いや、又今度にしましょう。はい、お終い」
背中を軽く叩く。それを合図に少年は腕を立てた。傍らでは女教師が目一杯背伸びをし
ている。ひどい、身体の軋みだ。無理もあるまい、日中の試合に加えて先の戦闘だ。疲れ
たのは少年だけではない。なのに彼だけが入念にマッサージを施されている。流石に申し
訳ないと表情を曇らせたが。
「私もマッサージして欲しいな…」
切れ長の蒼き瞳がやけに悪戯っぽく輝いた。
「え!? ちょっと、あの、それは!」
途端に頬を赤らめる。不意打ちは少年に刺激が強過ぎたらしい。
「ふふ、冗談よ。私、もう一風呂浴びるから。貴方は先に休みなさい」
すっくと立ち上がると思いのほか軽快な足取りで薬莢風呂の方へと歩いていく。視線を
釘付けにしていると案の定、唐突に上着を脱ぎはじめようとしたから少年は咄嗟に反らし
た。あの無頓着ささえなければ本当に、完全無欠の女性なのだが。
溜め息ついた少年は立ち上がると背伸びしつつ相棒の側へ向かう。深紅の竜は丸めてい
た首と尻尾をたちまちピンと持ち上げた。待ちわびていた自分の番の到来だ。巨体からは
想像もつかぬ位甘く鳴き、尻尾の先を振ってみせる。その上で鼻先を軽く爪で擦るのは、
キスした時に湯上がり後の主人から体温を奪わぬためだ。
いじらしい相棒の動作に苦笑しながらも、少年はその身を委ねてやった。両腕を一杯に
広げ、竜の鼻先にピタリと密着。彼がそこまでしても尚抱え切れぬパーツではあるが、こ
の巨大な相棒は満足げにしばしの抱擁を満喫。明日も精一杯生きることを誓い合う儀式だ。
「ブレイカー、お休み。…エステル先生、お休みなさい」
既に薬莢風呂の湯舟に漬かっていた女教師。流石に周囲はビニールのカーテンで囲って
あり、お互いの姿は確認できない。
「はーい、お休み。
…ふう。一年で、随分筋肉がついたわ。肩幅も広くなった」
軽い感慨に浸る。一年に渡ってほぼ付きっきりで指導してきたのだ。教え子の成長は手
に取るようにわかる。恐らくそれが、人を導く立場にあるものの充足なのだ。
だが、彼女が本当に満たされたというのなら…。薬莢風呂の水面にぽつり、ぽつりと流
れ落ちた滴はどう説明すれば良いのだろう。
教え子にさえ滅多に見せぬ表情の歪みを、彼女は誰も見ていないのにお湯を被せた。し
ばし両掌で顔を覆い隠し、涙腺が引き締まるのをじっと待つ。
指の隙間から覗かせた蒼き瞳の煌めきは様々な感情が折り混ざってか、やけに禍々しい。
「イブよ、貴方は本当に残酷だわ」
彼女の真意が明らかになるのはまだ先のことだが、もうそんなに時間は掛からない筈だ。
さて夜の恐怖さえ味わえるかどうか疑わしい連中もいた。
丘を背に、ずらり、居並ぶ銀の数珠達。ワインレッドの虎二匹も混ざっている。いずれ
も瀕死とまではいかぬが、それなりに傷付いてはいた。そのいずれもが、頭部ハッチを開
けている。内部にはよれよれのパイロットスーツを纏った男ばかりが仁王立ち。憮然たる
表情で自らが居座るコクピットの下方…つまり搭乗するゾイド達の足元を睨み付けている。
彼らの視線の彼方には白い功夫服の男が立っていた。右手にはトランクを握っている。
居並ぶ猛者達の視線にも動揺する様子は全く見せず、やおら膝をつき、トランクを立てる
と留め金を外してみせた。
トランクの内部には、束ねられた1万ムーロア札がぎっしりと詰まっている(1ムーロ
ア=百円程度)。
「残念でした。本当に、惜しかった。
ですが約束は約束だ。報酬の五千万ムーロアをお受け取り下さい。それでは…」
すっくと立ち上がった功夫服の男。両掌を合わせ、一礼すると踵を返そうとしたが。
「オッサン、ちょっと待ちな」
ピタリ、功夫服の男が立ち止まる。
「依頼を引き受けた時はまさかと思ったのさ。始末しろって言うならともかく、敗れても
同じ金額の報酬を支払うっていうのがな。
しかしあんたは持ってきた。薄気味悪い話しだ。が、上手い話しにも思える」
功夫服の男が浮かべる笑みの邪気は、背を向けているため彼ら盗賊には伺えない。見え
ていれば、これ以上の欲は掻かなかっただろうに。
「強欲ですね」
「おう、当たり前よ。金が欲しいから賊を働くんじゃあねえか!
あんたをダシにスポンサー様から大金を脅し取ればゾイドの修理費も浮くってもんだ。
こいつを捕まえろ!」
一斉に閉じるハッチ。ワインレッドの虎が、銀の数珠達が立ち上がり、或いは車輪をう
ねらせる。深紅の竜を囲むならともかく、生身の人間を囲むのだ。凄惨なリンチの光景が
広がるかに見えたが。
「やれやれ、分をわきまえれば良いものを…」
右手を高々と上げる。盗賊共は彼の挙動などお構い無しだ。
「今更手を上げたって遅いんだよ!」
降参の挙手であるわけがなかった。盗賊達の背後にそびえる丘より、颯爽と跳ね飛んだ
影一つ。尾を引く砂塵が目に止まった時には着地の衝撃で地が響き、空気さえ振動。その
時には銀の数珠が数体、影によって踏み付けられたちまち鉄屑への変貌を余儀無くされた。
めきめきと音をたてる影の着地音を合図に、功夫服が数歩の助走。一度は差し出したト
ランクを早々に掌中に収めると自らも飛び跳ねる。着地点は、影の首元。
星屑に照らされ浮かび上がったのは雲の白色した二足竜。人のように直立し、胸を張っ
た姿はかの暴君竜ゴジュラスを彷佛とさせる。頭部の作りも曇りがかったキャノピーが上
顎一杯を覆うと言う、誠に似通った作り。だが体格はゴジュラス程もなく、精々がかの深
紅の竜と同等かそれより小さい位。それ以外は…意外なまでに、特徴のないゾイドだ。呆
れる程の武骨さもなければ奇異なパーツもない。強いて挙げるならばその飄々たる雰囲気
こそが、このゾイドの特徴と言えよう。
銀の数珠達が、ワインレッドの虎が早速視線を、矛先を雲白色の竜に向け、走る、迫る。
功夫服の男は不敵な笑みを浮かべるや言い放つ。
「コクピットに乗るまでもない。オロチ、やれ!」
オロチとその名を呼ばれた雲白色の竜。声を合図に両腕をぐいと前に突き出し、十字に
交差させるや否やその掌に宿った白色の炎。武術家が十字を切るように、竜も又勇ましく
交差した両腕を引き抜く。居合いのごとき鋭い動作と共に、白色の炎は迫り来る敵達目掛
けて放たれた。
阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことを言うのだろう。雲白色の竜が放った炎は火炎放射な
どという生易しいものではない。辺り一帯に火柱が立ち、銀の数珠が、ワインレッドの虎
が業火に呑み込まれていく。盛んにのたうち回り、全身を地面に擦り付けて炎を消そうと
する彼らではあったが業火の勢いは留まることを知らない。体液である油が引火し、崩れ
落ちるゾイドが一体、又一体。
雲白色の竜の首元で、功夫服の男が見せた虚無の笑み。
「だから分をわきまえろといったのです。炎掌竜(えんしょうりゅう)アロザウラーの秘
技も当然、知らない…」
雲白色の竜は燃え盛る業火に鋼鉄の肌を照らされるものの勝利の雄叫びを上げもしない。
それが暗殺ゾイド部隊に所属するゾイドに施されたしつけ。
「さて、早速隠し撮りした映像の研究をしますか。もう一匹のゾイドの動向も気になりま
すしね。オロチ、さあ」
主人の声に応じ、竜の頭部キャノピーが初めて開く。彼が颯爽と飛び乗れば、竜も首を、
背を下げ尻尾を持ち上げ、所謂T字バランスの姿勢に変わった。それから見せた足取りの
軽快さは言うまでもあるまい。
功夫服の男…かの水の総大将に「拳聖パイロン」と呼ばれた彼の真意はチーム・ギルガ
メスの実力を探ることにあった。しばらくは本編中で、或いは本編の影で、パイロンによ
る探りが入念に行なわれるのだ。我らが主人公はそのことを知る由もない…。
若き戦士達が限りある日々の中で研鑽に明け暮れ、遂に迎えた決戦の日も晴れ渡った。
鋪装の行き届いたコンクリートの上を、深紅の竜はバレリーナのような爪先立ちで歩い
ていた。長いこと荒野での野宿に慣れると、凹凸の少ない床面を歩くのは廊下を裸足で歩
くような居心地の悪さを覚えるらしい。
それにしてもと、深紅の竜は周囲に陣取る他のゾイド達に視線を投げかける(このゾイ
ドの瞳は魚のように細い頭部の左右についているため、首を少々傾けつつちらちら見遣る
のだ)。暴君竜ゴジュラスもいれば鬣獣(りょうじゅう)シールドライガーもいる。神機
狼コマンドウルフもいれば紅角石竜レッドホーンもいる。様々なゾイドがコンクリートの
床に引かれた白線内に行儀良く収まっている姿は、さしずめゾイドの展覧会でも開かれて
いるかのようだ。
「ブレイカー、今日は御機嫌だね?」
胸部コクピット内から語りかける若き主人。勿論だとばかりにこの相棒は甲高く、但し
小声で鳴いてみせた。実際のところ床の居心地悪さはどうしようもないが、仮に周囲に居
並ぶゾイド達が一斉に襲い掛かってきたとしても、叩き伏せてやるぞという覇気が竜には
ある。何しろ胸元には乗り手として若き主人が鎮座しているのだから。
事件はこのすぐ後に起こった。竜の傍らに浮かぶビークルの機上で、女教師が指を差し
て合図。彼らチーム・ギルガメスに与えられた区画だ。そこよりゾイド数匹分も離れたと
ころには金網が張られており、向こうでは一般市民が食い入るようにゾイド達を見守って
いる。最早Zi人の共通娯楽と言って差し支えないゾイドバトルだ。そして賭事の対象で
ある以上、目当てのゾイドが賭けるに値するか品定めをするのも当然のこと。
深紅の竜は女教師の指示に従い、ゆっくりと腰を落とした。腹這いになり首を持ち上げ
る。胸元のハッチが開き、中から颯爽と少年が降りて来る筈だったし彼もそのつもりだっ
た。…突如、サングラスの下で閃いた女教師の蒼き瞳。
「危ない!」
女教師の視線は金網の向こうから竜の胸元へと急転。竜は声に応じて咄嗟に両腕で胸元
を覆い隠す。…内部の少年が異変を認知するのに一拍必要だったが、それさえあれば十分
だった。澄んだ金属音が目前で翳された竜の腕を震わせ、やがてコンクリートの床を不規
則に鳴らしたのだから。少年は息を呑んだ。
「あ、空き缶!?」
だが少年が事態を確認するよりも前に、足元で踏み台代わりになっていたハッチが突如
持ち上がる。相棒の独断は主人を今一度コクピット内に隠すこと。ひっくり返った少年は
溜まったものではないが、流石に付き合いが長いと相棒の真意もわかる。
「ブレイカー、大丈夫だよ。落ち着いて」
だが竜は耳を貸さない。何しろ大事な主人があわや大怪我という事態だ。右腕でハッチ
を覆いつつ、左腕と両膝をついて腹這いだった身を浮かす。持ち上げた首を床と水平に伸
ばし威嚇の方向を金網の向こうに浴びせようとしたその時、立ちはだかったのは女教師だ。
ビークルで竜の眼前に躍り出ると一喝。
「ブレイカー、吠えちゃ駄目!」
一見理不尽な要求に竜は口を戦慄かせたが、彼女の真意は数秒も経ずして明らかになっ
た。金網の手前に、或いはその向こうに、たちまち湧いて出てきたのは人よりは大きい程
度の二足竜。真っ青な体色と案外長い両腕が特徴の、お馴染み墨小竜バトルローバーだ。
整然たる動きで沢山の一般市民に睨みを利かす。乗馬のごとくその背に乗っている警備員
の武装はヘルメットと薄手の鎧、そして電磁警棒と何とも物々しい。
一般市民の側から罵声が飛び交う中、バトルローバーの内一匹が竜の真正面に駆け寄っ
てきた。
「お怪我はありませんでしたか?」
女教師は見るからに実直そうなこの青年パイロットに感謝と余裕の笑みを返した。
「ありがとう、大丈夫です」
「お気を付け下さい。折からの不況で彼らも気が立っています‥」
一礼した彼はその場を離れていく。ある程度視界から遠ざかったところで深い溜め息を
ついた女教師。振り返ると一転、厳しい眼差しで竜に合図。
「ブレイカー、反対を向いて」
竜は見るからに不満そうだが、しかし仕方がないことも承知したようで、女教師同様の
深い溜め息を交えつつ長い足を小刻みに踏んで尻尾を金網の方へと向けた。巨大なゾイド
が神経質な質だったりすると視界の外から先程のような悪戯をされるのが不満だが、この
場はそうも言っていられないだろう。
今度は竜が大事そうに胸部ハッチを両腕で覆う中、ようやく表に出た少年。困惑の表情
を浮かべつつ、降りてきたビークル上の女教師を見遣る。
「先生、何なんですか今のは。僕らが外様だってこと位、わかりますけど幾ら何でも…」
「不況だからよ。ゾイド貿易自由化法の効果てき面ね」
少年は溜め息をついた。その骨子はヘリック共和国製ゾイドを民族自治区内で販売する
際、今まで上乗せされていた関税を大幅に引き下げるというものだ。安価な共和国製ゾイ
ドが民族自治区内に急激に出回ったら民族自治区内のゾイド業は駆逐される。多数の養殖
・販売業者が失業の憂き目にあうのは言うまでもあるまい。余りに急な決定に学生デモも
巻き起こったが敢え無く鎮圧されたのは、第八話で描いた通りだ。
「空き缶を投げ付けるなんて言語道断よ。
でもね、みだりに騒ぐと客も軍の連中も動き出すわ。…暴動、戒厳令、試合中止の三連
続攻撃は嫌でしょう?」
少年は首肯せざるをえない。諸々の不満が、外部から召還した…つまりこの地では悪役
で、且つ成功者となったチーム・ギルガメスにもろに浴びせられたというわけだ。…ちょ
っと前なら精々口汚い野次程度で済んだ。こちらも受け流してどうにかなっていた筈だが、
今日はいきなり投擲の洗礼と来た。いや銃弾でなくて良かったかも知れない。
今日のチーム・ギルガメスの宿敵は、その辺の事情を熟知していたようだ。狭く薄暗い
室内に、球体状のパイロットスーツが開花したチューリップのように前後に割れて鎮座。
若者アルンの上半身は晒されているが下半身はパイロットスーツにすっぽり埋まっている。
黙々と、サンドウィッチをかじる若者。済んだ瞳の輝きは決戦を前にした落ち着きであ
り、内に秘めたる闘志の証。上着は袖のない黒のTシャツ一枚。二の腕や胸元、首元はう
っすら汗ばんでいる。食べながら、彼は額の汗を腕で軽く拭った。額のすぐ上に巻かれた
バンダナも汗を吸い始めている。
ふと室内に鳴り響いたブザー音。若者は待ってましたとばかりにパイロットスーツの上
から手を伸ばし、コントロールパネルに触れた。途端に、輝いた瞳は我らが主人公が時折
見せるそれと同種のもの。…だが事情を承知の者が見たら呆気に取られるに違いない。
薄暗い室内の真正面が明るくなり、映像が浮かび上がる。描かれたのは白衣の男性だ。
軽くパーマを当てた髪、牛乳瓶の底のように分厚い眼鏡、そして左の頬に広がる火傷。
「ビヨー先生!」
「久し振りだね、アルン君。今日はそっちに行けなくて悪かった」
若者の瞳が十才も若返ったかに見えた。我らが主人公を見た時と雰囲気が違う。
「と、とんでもありません! たとえ遠くからでも観て下さるなら嬉しいです。
先生がいてくれたから、僕は地獄に光を見出せた。先生が僕の腕を見込んでこの『ヴォ
ルケーノ』を授けてくれなければ、トライアウトの受験資金を都合してくれなければ、僕
は、今日のこの日を迎えることは到底叶わなかった…」
若者は感極まったかに見える。肩が震え、今すぐ滝のような涙が暴発するやも知れない。
「よしよし。アルン君、泣くのは勝ってからにしようぜ」
よもやこの狂気の科学者が気さくな世話人を演じるとは誰も思うまい。だがかの青年の
前で、彼は間違いなく恩人であり偉大な人格者だ。事実、彼の一声でいともあっさりと、
意志の強い眼差しを取り戻した若者。
「は、はい! 先生、僕はやります。必ずチーム・ギルガメスを倒して先生の偉大な研究
を天下に知らしめてやります」
当事者以外はミスマッチも甚だしく感じる両者の対談は、ものの数分で終わった。…ビ
ヨーが、狂気の科学者が浮かべた表情はネガを反転させたかのように冷たい。彼は何か思
い出したかのように左の頬を、火傷を指で触れる。
「意外だな、ドクタ?・ビヨー。『知恵』のみかと思っていたが、『人情』も自在に操る
とはな」
けだるい響きは、傍らの長いソファーで上半身をもたれる美少女によるものだ。左右の
耳上辺りで束ねた長い金髪が肌白い腕に、白のワンピースに、そして投げ出されて腿まで
露になった細い足に掛かる艶かしさ。無防備と言うより他ない体勢ではあるが、すぐそば
のビヨーが理性を見失ったとしてもあの長い金髪が凶器に転じるだろう。それに彼女の足
元でうずくまる銀色の獅子も容赦はするまい。
白衣の男性はしかし、まるっきり隣を意識していないかのように、テーブルに設置した
ノート型の端末を弄る。返ってきた声は金物を削ったような不快感を抱かせる。
「ククク、ドクタ?・ビヨー、久し振りだな」
端末に表示された若者の姿は物々しい。包帯で顔の半分程も完全に覆っており、空気に
触れているのは碧色の鋭い瞳と高い鼻、それに邪気に満ちた大きな口に尖り気味の両耳の
みだ。只、これは一種のパフォーマンスなのだろう。余りにも清潔過ぎる上に、下顎の辺
りは帯で括られている。恐らく帯を外し、引き抜けばあっさり包帯が取れるに違いない。
「やあドプラー君。君も元気そうで何よりだ。
早速だが『試合』はもうすぐだ。準備は…良いね?」
「任せておけ。『現場』から直々の『ご依頼』だ、すんなり終わらせてやる。
それより、手順に変更はないだろうな?」
「今のところは。君の出番が来る直前までは情報が入り次第すぐに対応する」
「そうしてくれると助かるぜ。それじゃあ、高みの見物と決め込んでくれ」
通信はそれきり、途絶えた。
白衣の男性は肩で息をするとようやくソファーにもたれ掛かった。だが気疲れした表情
とは裏腹に、充実感で緩む口元。それに、月のごとく満ちていく瞳の輝き。触れれば魂で
も抜かれるやも知れぬ危うい光だ。
向かい合った二つの額に、くっきり浮かぶ刻印の輝き。
「良いわね、ギル。中途半端な間合いは絶対に避けて。
間合いを離すなら『翼の刃』が触れる位まで。縮めるならいっそ組み付いて『魔装剣』
で勝負を決めるつもりで。
『ヴォルケーノ』はブレイカーによく似ているわ。でも打撃の間合いは貴方達が有利な
んだから、斬り合いに勝って積極的に組みに行くようにね」
少年の傍らで女教師が片膝をつき、身振り手振りで指示を出している。深紅の竜のコク
ピットは開かれたまま、内部には少年が着席。操縦時に肩から降りる拘束具は、今の時点
では座席の上に持ち上がった状態。…少年は熱心に彼女の指示に頷く。彼は正直なところ、
試合直前のこの時間が好きで仕方がない。ほのかな石鹸の香りに酔うのは男の性によるも
のだが、それ以上に勝利という夢を他者と確かめ合い、共有できるこの時間は気力が充実
していくのがよくわかる。独りだったらこういう気分は味わえただろうか。
「…それじゃあ、先日の恩に報いるためにも、全力を発揮しなさいね」
「はい!」
やけに勇ましく、子供っぽささえ感じる少年の返事。だがよくよく考えてみれば、彼は
試合であろうとなかろうと常に死と隣り合わせだった。今日は久々に、試合らしい試合で
はないか。女教師は清々しい笑みを返すと立ち上がった。
颯爽と飛び下りる女教師。しなやかな跳躍に合わせるかのようにハッチが閉まる。
「ブレイカー、後はよろしくね」
甲高く返事するとおもむろに立ち上がった深紅の竜。すぐ脇のビークルも浮遊を開始し、
試合場へと赴く一行。
少年は左右のレバーを握っていたが、何かを思い出したかのようにそれを離し、両掌で
頬を軽く張った。
「馬鹿だな、ギル。試合なんだぞ、気合い入れろ」
自らを叱咤はするが、やはりいつもの試合との違いは良くも悪くも表情を弛ませる。だ
がそんな気分がほんの数分で消え失せてしまうとは彼自身、想像もつかなかった。
ふと深紅の竜が、首を傾げた。おやと見つめる女教師。
想像だにせぬ通信は、少年を囲む全方位スクリーンの片隅から。試合直前に誰だろうか
かと少年はウインドウを広げさせる。
バンダナで頭部をすっぽり覆った若者こそ、これから対戦する相手ではないか。
「あ…アルン、さん!?」
「君に、見せておきたいものがある」
はらりと、引き抜かれたバンダナ。気高き狼のごとき金髪はそれだけでも迫力十分だが、
それすらも無価値にしてしまうものの存在に、少年は目を奪われた。若者の額に惨然と輝
き始めた刻印の、何と眩しいことか。
「誰にも恥じない成績だったジュニアトライアウトをよもやの不合格にされてから数カ月
後、運送屋のアルバイト中に突如、こいつが額に浮かんだ」
言いながら額を指で突つく若者。
「その時からゾイドの操縦中はバンダナを巻かざるを得なくなった。薄気味悪い病気のよ
うだが、医者に見せてもお手上げだった。
挫折を隠し、病を隠して失意のまま四年過ごした。五年目に入った時だ、ビヨー先生に
出会ったのは」
「ビヨー、先生?」
遠い目をした若者。浮かべる微笑みは思い出に向けられる。
…白衣の男性が運送屋の詰め所に現れた。珍客に目を丸くしたむさ苦しい男達の脇をく
ぐり抜けると、部屋の片隅でバンダナを巻いたまま、テーブルに顔を伏せて仮眠していた
若者の前にすっくと立つ。
『君は選ばれた人間だ、もう一度トライアウトに挑戦してみないか。
軍資金もゾイドも全て私が面倒を見よう』
「…地獄に、仏さ。僕は死に物狂いで再練習して、トライアウトに合格した。その頃だよ、
君の噂を聞いたのは。額に不思議な模様を浮かべながら快進撃を続ける少年がいるってね。
羨ましかった。僕が病気だと思った額の輝きを、君は堂々と晒している。
だがそれ以上に、僕と近い境遇の人間がいることが嬉しかった。君となら、わかりあえ
るかも知れない。僕らはウォリアーだから、そのためには試合しかないけどね」
語りながらバンダナを閉め直すと一転、野獣のごとく厳しい眼差しに早変わり。
「ギルガメス君、お互い全力を出そう」
少年が呆気に取られている間に途切れた映像。彼は不意に、コントロールパネルを何度
も叩く。早々に開かれた別のウインドウの奥では女教師が怪訝そうな顔で見つめている。
「ギル、まだ試合前よ? 呼び出しなんて一回押せば…」
「先生、先生! 先生っ!」
ただならぬ愛弟子の表情に首を捻る女教師。
「ギル…?」
「先生、アルン…さんも刻印、持ってる。どうしよう、どうしよう!?」
(第三章ここまで)
【第四章】
黙々とスープをすする功夫服の男。テーブルにはパンやら肉のソテーやら、不思議な形
をした野菜のサラダやらが広がっており、彩りに劣るところはない。味にしても咀嚼を中
断させぬだけの魅力は十二分にある。…拳聖パイロンは当代一流の暗殺者だが、彼と言え
ども食事はする。だがテーブルに盛られた昼食とは裏腹に、この広々とした食堂内は何と
も閑散としている。
「ああ、そこな給仕よ。昼時なのにこうも客が少ないのは何ゆえだ?」
呼び止められた初老の給仕は悔しそうに語る。
「お客さん、『自由化』のお陰でこの辺も不況なんでさぁ。
昼時にもなりゃあどいつもこいつもさっさと家に引き揚げてだ、安く飯を作って浮いた
金でゾイドバトルの賭けに当ててやがるんで」
成る程と、パイロンは頷く。確かにゾイド貿易自由化法の施行は性急に過ぎた。今や民
族自治区での生活に着々とダメージを与えている。
(だがかの悪法も、施行はやむを得ないのだ…)
「ああお客さん。ゾイドバトル、御覧になりますか?」
給仕に呼び掛けられ、パイロンは我に返った。
「…うむ、そうだな。テレビをつけてくれるか?」
「へい、では早速。…今日のWZBはね、噂のチーム・ギルガメスが出るって話しですよ」
拳聖とまで呼ばれた品の良い男の眼差しに宿った眼光。しかし給仕は気付く由もない。
「ああやっぱり、彼も刻印を持っていたのね」
女教師の返事はあっさりとしたもの。だが少年にしてみればとんでもない話しだ。
「き、気が付いているならどうして教えてくれなかったんですか!」
「今まで差別されていたかもしれないでしょう?」
女教師の返事に少年は言葉が詰まった。彼自身は今まで堂々と額に輝く刻印を晒してき
たのだ。勿論「これはペイントの類い」などと適当にお茶を濁してきたし、それで済んで
いた。他のウォリアーとは一線を画す経歴、所有ゾイド、それに傍らで寄り添う妖艶な美
女…諸々の要素がゾイドウォリアー・ギルガメスの神秘性を演出しており、額の刻印も又
そういった要素の一つと看做されていたに違いない。…ではもし平凡な一個人の額に刻印
のごとき得体の知れないものが浮かんだら、周囲はどう受け取るか。
「気後れした?」
難しい表情を浮かべた少年に対し、女教師は問いかける。
「い、いやそんなこと! でも、やっぱり…」
「一応断わっておくけれど、私も刻印を持ってるわけ。…貴方より長く生きているわ。そ
の経験での判断よ」
少年は目を見開いたが数秒も持たず、全方位スクリーンに広がるウインドウから目を背
けた。…男として時々情けなくなる位、エステルという女性は強く優しい。だが少年と出
会う前どこで何をしていたのか。刻印があるというだけで想像を絶する迫害を受けてきた
かも知れないのだ。
少年の曇った表情に女教師も溜め息をついた。余計なことを言い過ぎたかも知れぬ。軽
い後悔が少し出した舌の先に表れる。
「ギル、ウォリアーなら戦って語り合えば良いじゃない。相手が刻印を持っていようがい
まいが、やるべきことは変わらないでしょう?」
ぺこりと、頷いた少年だが自信半分・不安半分といったところか。刻印の有無どころか、
少年がどんなに惨めな醜態を晒しても見捨てなかった彼女の言うことだ、それ相応の説得
力はある。だが自分に、同じことができるのか。アルンと彼の相棒ヴォルケーノが繰り出
す技の中に地獄が見えた時、少年はそれでも戦えるのか。
さて深紅の竜は落ち着いた足取りで歩いている。試合場へと向かう花道の左右は安っぽ
い金網が竜の二倍程もの高さで設置され、歓声と罵声、拍手と足踏みが入り交じり乱れ打
つ。入り口となる門までは数百メートルもあり、深紅の竜も根が短気だから常ならばさっ
さと駆け抜けてしまうところだ。しかし今日は、そんな空気ではない。見かねた竜は、首
を曲げて胸元に鼻先を寄せようとする。困った時はスキンシップと竜も心得たものだが、
傍らで浮遊するビークルから女教師が無言で手を上げ、これを制した。
(ブレイカー、我慢してね。これは独りで乗り越えていかなければいけないことよ)
竜もこれには溜め息をつくばかり。女教師は黙々とサングラスからゴーグルに掛け直す。
ここバクパラ・スタジアムは狭い。狭いとは言っても四方十数キロはあるのだが、それ
でも魔装竜ジェノブレイカーのごとき疾風迅雷のゾイドなら、端から端まで駆け抜けるの
に二十秒もいらない。床は渇き切った土のみで作られている。外周は土手とコンクリート
の壁で囲まれ、その外側には数本の鉄塔が伸びており、多くの観客はここまで昇って観戦
する。まさに生のゾイドの動きを見るのに徹したスタジアムだ。スポーツや格闘技などの
延長としてゾイドバトルを見るファンには好評だが、御覧の通り客席と試合場が余りにも
近いものだから重火器の使用には大きな制限が敷かれている。戦争の縮小版として観戦す
るファンには今イチ受けの悪い試合場と言えよう。
鋼鉄の門が左右に広げられ、ゆっくりとした足取りのまま入場した深紅の竜。追随した
ビークルの機上で女教師は周囲を見渡す。
外周の壁は、高い。深紅の竜が何匹肩車したら頂上まで達するだろうか。まるで奴隷同
士、或いは奴隷とゾイドを戦わせた古代の闘技場のようだ。そして鉄塔の頂上に据えられ
た円盤状の箱。そこから声にもならぬ雑音が漏れてくる。幸い箱が消音に一役買っている
ようだ。だがいずれにしろ、直に見られているという感覚は他のスタジアムでは味わえそ
うにない。…彼女の視線は更に上空へと注がれる。陽射しは幸い、柔らかい。陽射しに目
が眩んで勝利を逃すといった事件はゾイドバトルに限っては何ら珍事でもないが、今日は
問題無さそうだ。
後方で門が閉まると共に鉄塔がざわつくのが耳についた。きっと「青コーナー、チーム
・ギルガメス所属、魔装竜ジェノブレイカー!」などとアナウンスされているに違いない。
一方、彼らの真正面でも鋼鉄の門が広げられる。女教師の視界では流石に小さく見える
が、竜の視界が拾った全方位スクリーンの画像は続けざまに拡大。赤き髑髏の二足竜、ヴ
ォルケーノは長い両腕で十字を切ってみせる。
髑髏の竜の背後でも門が閉まっていく。少年は己が胸をさすらずにはおれない。異様な
緊張感を拭い切れぬまま、試合開始のブザーが鳴り響いた。
(ああ、鳴った。鳴ってしまった)
呆然となってしまった少年。見かねて声を掛けようとした女教師だが今度は少年の相棒
が手をかざした。…深紅の竜は爪で軽く胸部ハッチを小突く。シンクロの影響で胸元に直
接振動が伝わり、少年は我に返った。
「…ご、ごめん、ブレイカー。エステル先生、まずは様子を見たい」
「それで良いわ、ギル。アルン君も同じ考えみたいよ」
長い両腕をだらりと下げたまま、髑髏の竜はジリジリと右回りを開始。一見して無防備
だがあの両腕が鞭のように敵を叩き、鎖のように絡み付くのは師弟も承知だ。あれが彼ら
なりの構えなのだ。
「よーし、ブレイカー。ゆっくりいくよ」
背負いし翼を広げるや否や、内側より双剣が展開。目一杯左右に伸ばすと一歩又一歩と
右回りの開始。互いの独特な動きは若き剣豪の試合を彷佛とさせる。最も両者とも、長い
尻尾を一歩踏み締める度にくねらせるところだけは大違いだ。T字バランスという姿勢は
前傾姿勢もさることながら長い尻尾で如何にバランスを取るかが大事なのだ。構える時は
変幻自在の動きで相手を惑わし、突撃の際は踏み込みと共に速やかに後方へ伸ばさなけれ
ばいけない。それに、いざという時相手が見え見えのタックルでも仕掛けてきた場合は尻
尾を振り回して叩き返すという手段もある。
薄暗いコクピット内で、若者アルンも目を見張る。
「流石はチーム・ギルガメス。奇襲は許してくれないようだ」
鋼鉄の篭手のような手袋越しに、小刻みにレバーを入れ、引き、倒す。髑髏の竜もそれ
に応じ、ゆらりゆらりと動く様はさながら風に流れる柳か。しかし間合いが狭まると共に
長い両鵜が見せる挙動は虚空に月の輪を描くようだ。
遥か頭上の鉄塔群から少しずつ漏れてくる罵声が大きさを増していく。だがそんなこと
などお構い無しに、二人は、二匹の竜は、爪を、牙を交える機会を伺っている。
「ゾイドバトル? 何だ、それは?」
初めて聞く単語に、金髪の美少女は瞬いた。ようやく見せた外見相応の表情に、ビヨー
は胸を撫で下ろす。
「惑星Ziはヘリック共和国によって天下統一と相成りましたが、戦いたい者は沢山いる
のです。彼らの欲求を満たすべくスポーツとしてルールを整備したのがゾイドバトルです」
「ほう、詳しいな、ドクター・ビヨー。面白そうだ、早速見せよ」
相変わらずソファーでもたれ掛かる美少女の前に、白衣の男ビヨーは両腕で足りる程に
大きなスクリーンを持ち出してきた。滑車で転がし、固定させるとテーブルに設置したノ
ート大の端末を数回入力。スクリーンの方もたちまち鮮明な映像を映し出す。
映像は直前の試合を編集したものだ。青の獅子・鬣獣シールドライガーと赤の角竜・紅
角石竜レッドホーンの鍔迫り合い。離れ際、透かさず一斉放火した角竜に一分の利が合っ
たようだ。青の獅子は掴み掛かる直前で打ち落とされ、そのまま試合終了となった。
「ほう、新兵の訓練風景みたいではないか」
美少女が興味深げに頷く。白衣の男は過激な彼女にしては意外に穏やかな感想だと内心、
苦笑した。もっとやれ、どうしてそこで急所を狙わないのだ…などと怒り出すのを期待し
ていたのは事実だ。
「兵を育てるには『飴一鞭九』位が丁度良いのだ。徹底的に痛めつけて心が折れ掛かって
いるところに『良く頑張ったな』と手を差し伸べてやれば、そいつは簡単になびく」
白衣の男は反応に苦しんだ。これが見掛け十代前半の美少女の言葉である。だが不思議
な彼女もすぐ後、銀色の瞳をぎらつかせた。
整備された試合場の背景に、劇画調の赤い文字が踊る。
『30分一本勝負
最強新人王 チーム・ギルガメス VS 若き死神 チーム・リバイバー』
「チーム・ギルガメスだと!」
テーブルに両手を叩き付け、身を乗り出した美少女。銀色の瞳にほんのり差した赤色は
充血の証。テーブルを押さえた両腕は痙攣している。
スクリーンに映し出された深紅の竜。美少女はたちまちテーブルを飛び越え食らい付い
た。無作法どころではない彼女の行動に白衣の男も慌てて静止しに掛かる。
「『B』よ、落ち着いて下さい。テレビなんですから…」
美少女の興奮は収まらない。白衣の男は彼女が紅潮していることに気付いた。横顔から
見て取れる口元の緩みは淫靡ですらある。よもや劣情を催しているのではないか。訝しむ
白衣の男を余所に、映像は選手を紹介していく。始めにアルンが、次いでギルガメスが紹
介された時、彼女はよもやの行動に出た。
可愛らしい唇が、舌舐めずり。…スクリーンギリギリまで顔を近付けると、映し出され
た少年の顔に唇を、舌を這わす。魔界の女王とさえ形容できる気高い乙女が浮かべるしば
しの恍惚。
だが淫らな光景も長くは続かない。次いで映し出した映像を見るや、美少女は慌ててス
クリーンから離れた。それどころか弛み切った表情が、見る間に引き締まっていくのが見
て取れる。只一つ、戦慄く唇に白衣の男は彼女の激しい憎悪を見た。
「『蒼き瞳の魔女』め…!」
食い入るようにスクリーンを睨む美少女の後ろでは、ずっと寝そべっていた銀色の獅子
が首をもたげている。獲物を、宿敵を見据えた冷徹な眼差し。
残念ながら少年にはくしゃみや悪寒を感じる余裕もない。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
深紅の竜が左足を踏み込めば、土の柱が宙に建つ。舞うように右の翼を薙げば、たちま
ち地上に浮かぶ三日月の眩しさよ。
髑髏の竜も技の美しさでは負けてはいない。
「ブレイズ、ハッキングクロー」
深紅の竜が横薙ぎならば、髑髏の竜の長い腕から放たれる爪の一撃は逆袈裟気味の居合
斬り。二つの三日月が交差するや、たちまち地上に溢れた星屑。
怯まない深紅の竜。透かさず今度は右足を踏み込み、左の翼で狙うは相手の脇腹。
右腕を上げた髑髏の竜。深紅の竜の肩を削る。
(だけど、浅い!)
少年も竜もそう感じたし、事実そのままの勢いで翼を薙ぐ。しかしそれこそが誘いの隙。
脇腹に決まる筈の切っ先が、それより先に流れた。刃の腹では切れるものも切れない。
と同時に、主従が感じた引力。…深紅の竜の肩に、がっちり引っ掛かった髑髏の竜の爪。
強敵を勢い良く引き寄せるや否や、地面を削る踏み込み。勢いと共に胸元より伸びた紫水
晶の剣が獲物目掛けて襲い掛かる。
咄嗟に組み付いた深紅の竜。紫水晶の剣は辛うじて脇腹を掠めた。そのまましばらくも
つれ合うが、二匹の竜は互いに両腕で押し合い、間合いを離す。万全の状態で組み合って
はどちらも決め手に欠けるのは自明のこと。かくして二匹は水平に翼を伸ばし、或いは両
腕をだらりと下げて構え直す。
「凄い、あれ位でも簡単にあしらわれる」
少年の額には既に汗が浮かんでいる。
遥か後方、外壁付近に浮かぶビークル。あくまでセコンド扱いである以上、深紅の竜に
近付いてのアドバイスは許されない状態だ。
「ギル、ギル、聞こえて? 間合いを詰め過ぎよ。首や肩、それに腕とかを狙いなさい」
「は、はい!」
一方、若者の方も確かな手応えを感じていた。握った拳の微かな震え。
「ヴォルケーノ、簡単には組ませてもらえないようだ。もっと踏み込むぞ」
髑髏の竜は低く唸って相槌。低い腰を更に一段、落としてバネのごとく力を溜める。
再び昇った土の柱。深紅の竜が、髑髏の竜が、怒濤の踏み込み。
切り掛かる翼は今度は左。髑髏の竜はさっきと同じ要領で逆袈裟気味に弾き返す。若者
は感じた…痺れが、弱い。
「フェイントか!」
気が付いた時には返す刀で右の翼を繰り出していた。深紅の竜が鮮やかに弧を描けば、
刃の一撃は髑髏の竜がかざした右腕の内側に命中。腕を叩っ切られこそしないものの、髑
髏の竜は上半身がグラリ、揺れる。
ぐいとにじり寄る深紅の竜。髑髏の竜は片足を引き、半身で防御の姿勢を敷く。
「ブレイカー、良いよ、良いよ」
いつしか少年の瞳に迷いは消えていた。刻印の輝きも一際眩しく、それが相棒をも安心
させる。…ビークルの機上でも、女教師が安堵の表情を浮かべている。
「ギル、私がOKを出すまではこの調子で良いわ。ダメージを与えることに徹しなさい」
若者は、にやりと不敵な…しかし彼らしからぬ笑みを浮かべた。
「ヴォルケーノ、凄い相手だ。このまま受け続けたら数合も持たない。…あれを、やる」
応じた髑髏の竜は又も一段、腰を低く下げる。
少年は目を見張ったが、すぐに気を取り直した。やるべきことは只一つだ。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
今度は相手の顎目掛けて。軽快に右の翼を薙ぐ深紅の竜。
切っ先が髑髏の竜の頭部へと襲い掛かった時、相手の罠が発動した。低く溜めた身体を
更に下げ、刃の切っ先を交わすや否や溜め込んだバネの力を開放。
不意に起こった金属音の禍々しい響きにさしもの女教師も片手で耳を塞ぐ。だがそれよ
り、愛弟子と相棒を襲った反撃の狼煙に瞳は釘付け。
竜の刃が、動かない。髑髏の竜の背中より生え揃った紫水晶の刃が数本掛かりでくわえ
込んでいるではないか。
レバーを揺さぶる少年。相手の力は想像以上だ、何しろシンクロの副作用は背中の筋肉
にまで響いている。
もがく深紅の竜を余所に、若者が相棒に下した指示。
「ヴォルケーノ、スパイン・スクリュー」
髑髏の竜の奇怪な動き。長い首をすぼめ、尻尾を腹まで引き寄せるや途端に前転。てこ
の原理をゾイドで応用すると膨大な力が発揮される。深紅の竜もその餌食だ。真後ろに転
倒、したたかに背中を打ちつける。少年は息を詰まらせ、程なく胃液を吐き出した。
喧嘩して相手に一方的に殴られ、転倒した時の感触によく似ている。それにしたって一
年以上前の記憶だ。だが彼が挑んでいるのはゾイドバトル。明日を賭けた闘いだ。
「早く、立ち上がらないと…!」
髑髏の竜はそんなことなど許さない。青空を背景に赤黒い影がのしかかる。馬乗りにな
ったらすべきことは限られている。…両腕を振り上げ、めった打ち。腹部に、胸部に、首
や肩に。深紅の竜は払い切れない。何しろ相手の攻撃は正確だ。一撃を腕で払ってももう
一撃が払い除けた隙を狙う。しかも決まった攻撃は鋭く、重い。少年の身体にも青く、細
長い痣が着々と刻まれていく。
「どうしよう、どうすれば良いんだ!?」
「ギル、落ち着きなさい!」
今が少年の動揺を抑える好機だ。女教師は心得ている。
「…良い、ギル? その体勢なら『バイオ・ヴォルケーノ』もできないでしょう?」
師弟のやり取りなど構うことなく、髑髏の竜は切り掛かる。しかし一際大きく振りかぶ
った時を、深紅の竜は逃さなかった。振り降ろされた時には透かさず差し込んだ右腕。ス
ルスルと手繰り寄せ、瞬く間に上半身を持ち上げる。目を剥く若者。
「読まれていた!?」
「『バイオ・ヴォルケーノ』を決めるには引き寄せなければいけないからね。
ブレイカー、魔装剣!」
敵の好機はこちらの好機でもある。竜の額に寝かせた鶏冠が前方に展開。一撃必殺の短
剣が狙うは首元。
「そう易々と負けてたまるか!」
髑髏の竜も紫水晶の鶏冠をかざす。魔装剣のような破壊力はないが、翼の刃を押さえ込
む程の強度だ。首元を襲う短剣を鮮やかにに弾けば辺りに幾重もの火花が溢れる。少年の
焦がれる胸。技と技、力と力の攻防はいつしか彼に我を忘れさせようとするが。
「ギル、魔装剣で斬り合ったら体力を消耗するわ。離れて!」
女教師の一声は地獄から引っ張り上げる程の効果がある。我に返った少年は透かさず両
腕のレバーを前に倒した。強敵をはね除けた深紅の竜。すぐさま手を、膝をついて立ち上
がる。髑髏の竜は尻餅をついたがこちらも尻尾をバネに、体勢を立て直した。
四つん這いともつかぬ姿勢の深紅の竜。この状態で真正面から斬り合えば低く構えた翼
の刃が足元を切り裂く筈だ。
髑髏の竜は左半身の構え。右腕をぐいと引き寄せ、左腕を一杯に伸ばす。弓矢を引き絞
るような姿勢にようやくパイロットの個性が垣間見えた。
若者は右腕を見つめる。依然痺れが止まらぬのはシンクロの副作用の為せる技。だが彼
は嬉しい。この治まらぬ震えこそ、好敵手の証だ。
少年の方は胃液で汚れた口元を拭った。…スパイン・スクリューに類似する技を教わっ
たことも喰らったこともない。だから彼にはわかる。相手は独学で相当な修練を積み上げ
てきた筈だ。彼はちらり、後方を一瞥。ビークルの位置を見定めれば十分、気力は回復す
る。ちゃんと生きて戻ればあの切れ長の蒼き瞳は柔らかく弛むのだ。
「僕にだって大事なものはある。積み上げてきたものはある。
ブレイカー、もう一度行くよ!」
若き主人の気合いに応え、雄叫び上げる深紅の竜。
佳境に差し掛かったかに見えた闘いは、しかし不意のブザー音が台無しにした。警告の
合図でもある音に死闘を繰り広げる二匹が、三人が首をもたげる。…レーダーが反応を捕
らえるよりも早く、女教師が察知した危機。
「ギル、避けて!」
声を掛けた直後、女教師は自分の舌足らずを悟った。無理もないが、未だ少年は「試合」
をしていると思い込んでいる。
「…真上よ!」
言葉を続けた時には降り注がれていた。深紅の竜の真上から襲い掛かる長剣、四本。咄
嗟に両翼を頭上に広げるが続けざまの圧力には抗い切れない。潰されたように腹這いにな
ると、それでも横転して危機を凌ぐ。よもやこんな奇襲攻撃を備えていたのかと髑髏の竜
を睨むが、相手は寧ろ動揺し、周囲をきょろきょろ伺っているではないか。
「ぎ、ギルガメス君、大丈夫か!?」
「アルンさんの攻撃じゃあ、ない…?」
突如、試合場に終了を告げるブザー音が鳴り響く。少年は唖然。
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ試合は終わってない!」
「俺が終わらせた」
声の主は二匹の頭上から。飛び降り、地響きと共に表れたこれも真っ赤な竜だ。体格も
似通ってはいるが、深紅の竜や髑髏の竜とは姿形が全く違う。姿勢こそ彼ら同様のT字バ
ランスを維持するものの、全身を包み込む鎧は蛇皮のよう。緑色の瞳を宿した頭部は銛の
ように鋭く、長い尻尾は自在に曲がる上に先端にはサソリのような刺が一本生えている。
両腕より伸びた三本の爪は死神の鎌を彷佛とさせる形状。だが何よりの違和感は、先程地
面に突き刺さった四本の長剣だ。蛇皮の竜が降り立つとふわり、浮き上がって主人のもと
へと戻っていく。主人の受け皿は…背中だ。背中に突き立った四本の長剣は如何にも翼の
ようだ。
少年は蛇皮の竜の主人が言い放った通り、試合が終了したと直感した。…乱入者だ。人
や小動物程度なら一時試合を中断し、追い出す程度の措置で済むだろう。だがこれ程の規
模のゾイドが乱入したら、最悪の場合形勢逆転どころでは済まない。完全な、無効試合だ。
「ふざけるな!」
ギルガメスは吠えた。涙ながらに吠えた。今日まで積み上げてきたものが下らない理由
で崩れ落ちた。憤らずしてどうしろと言うのか。
しかしアルンの方は、呆然としている。少年はその事実に早く気付くべきだった。試合
をぶち壊されたのは自分達だけではない筈なのに、何故怒りが先に立たないのか知るべき
だったのだ。
主人の怒りを受け止め、深紅の竜が上げた雄叫び。地響き立て、猛然と走り込んで斬り
掛かる。
だが蛇皮の竜は落ち着いていた。両腕を大きく広げると、背中に突き立つ四本の長剣が
ふわりと浮き上がる。それ自体が魂でも持ったかのように切っ先を向け、放たれた速度は
銃弾と見紛う程。
四本の剣は深紅の竜の脇を掠めた。それだけで十分だ。息を整えぬまま踏み込んだので
はちょっとしたバランスの崩壊で転倒を余儀無くされる。深紅の竜が見せた再度の四つん
這いにバネのごとき溜めはない。
「そこのゾイド、待ちなさい! …一体、どういうつもりよ!?」
後方からスピーカーで怒鳴り付ける女教師。
彼女の声を受け、首を曲げる蛇皮の竜。額が持ち上がるとそこにはコクピットが隠され
ていた。…中から立ち上がったのは包帯で顔の半分程も覆った男。碧色の鋭い瞳と高い鼻、
邪気に満ちた大きな耳に尖り気味の両耳のみが空気に触れている。
「さるお方からの依頼でな、試合をぶち壊させてもらった。ここから先はショーだ」
「さる…お方?」
包帯男は下顎に掛かる帯に手を掛けた。たちまちスルスルとほどける包帯。露になった
顔を見て、師弟も深紅の竜も呆気に取られた。…容貌にさしたる傷はない、寧ろそのまま
でも美男子として通用する。問題は彼の額だ。コクピットハッチの影を払い除けるかのよ
うに、ほとばしる刻印の輝き。
「俺はドプラー。依頼の内容は『刻印の戦士を育てること』だ。
戦士を育てるには殺し合えば良い。アルンとやら!」
髑髏の竜が首をもたげた。腹部コクピット内では若者が目をぱちくりさせるばかり。
「お前もドクター・ビヨーに認められたいのなら、妬ましいこ奴を先に始末しないか?」
「どういうことだ、ドクター・ビヨー! 試合ではなかったのか!?」
美少女がスクリーンを指差し怒鳴る。だが白衣の男は落ち着いていた。
「まあまあ、お静かに。ゾイドバトルは興行でもありますから、時にはこうやって民心の
不満を一心に背負うようなイベントが必要なのですよ」
「そ、そういうものなのか…?」
「左様。今は不景気ですから、そこから目を反らすに足りる悪者が必要というわけです。
それがあの乱入したデスレイザー(※蛇皮の竜)の役目。もっとも…」
白衣の男の眼鏡が閃光を帯びる。美少女は初めてこの男の深い闇に触れた気分だ。
「もっとも?」
「そもそもりんごは、熟した方が美味しいでしょう?」
浮かべる笑みの不敵さに、美少女も唇を緩めた。野獣の本能が宿る笑み。
「なんだよドプラー、又しゃしゃり出てきやがって!」
初老の給仕は口惜しげだ。功夫服の男は客以上に観戦を楽しんでいるこの男に内心苦笑
したが、氏素性を尋ねるのは忘れない。
「へい、ドプラーって言いましてね。やたら強いんだけどああやって人の試合をぶち壊そ
うとするんです。その上いつだって罰金止まりなものだから、皆から嫌われてるんでさぁ」
水の軍団のようなものだと功夫服の男は思う。社会から嫌われることそれ自体が使命の
ような男だ。そうでなければ本来、罰金止まりでは済むまい。
だが落ち着き払っていた彼も、ドプラーなる男が包帯を剥がした時に見せた輝きを見逃
しはしない。
「ドクター・ビヨーめ、こういう場を使ってB計画を推進するか!」
ビークルのコントロールパネルを弾く女教師。だが軽快な指捌きがはたと止まる。…モ
ニターに浮かぶステータスはAZ(アンチゾイド)ライフルの起動確認。イエスと応えれ
ば生半可な大艦巨砲を凌駕する援護の発動。しかし彼女は躊躇った。試合は事実上の終了
だが、無闇に使って良いものではない。彼女のビークルはサポート用に過ぎないから試合
場に乗り込めたのだ。的確な援護でもしたら、今度は彼女達が疑われる。「申請していな
い武器の使用」俗に「凶器の使用」という奴だ。
だが、早々に決断しなければいけない。試合場に審判団のゾイドが入り込むまで数分は
掛かる。それまでに愛弟子主従が倒される可能性は極めて高い。
ジリジリと接近する蛇皮の竜。一方髑髏の竜は仁王立ちかそれとも茫然自失か。
間に挟まれた深紅の竜。立ち上がるが足元は覚束ない。長剣のダメージは予想以上。
少年は唇を噛む。やるべきことは只一つ。だがあの包帯男が言い放った一言がズシリと
重くのしかかる。
『妬ましいこ奴』
(僕の知らないところで、何かが起こっている…)
陽射しは着々と傾き、試合場には外壁の影が落ちる。
右を、左を振り向く深紅の竜。挟撃の体勢に呑み込まれてしまうのか。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスは心を鬼にしなければいけないのかも知れない。
気をつけろ、ギル! お前の認める相手は絶望に負けた!
次回、魔装竜外伝第十四話『赤き竜達の決闘』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第十三話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)73-84 (第二章)85-98 (第三章)99-111 (第四章)112-124
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「あの〜済みません。貴女は一体何のコスプレをしていらっしゃるのですか?」
「へ?」
予想外のコスプレ男達の言動にミスリルは戸惑った。確かにミスリルは頭部こそ人間で
言う15歳位の美少女型に作られているが、頭髪の色はピンク色と普通では有り得ないし、
首から下は白銀に輝くTMO鋼製のメタルメカニックボディーが目立つ。その上に
TMO鋼繊維製の服を着ているのだから、目の前のコスプレ男達にとっては何かの
コスプレに見えても可笑しくは無かった。
「あ〜…別に私はコスプレをしてるワケじゃ無いんですけど…。」
「え〜…? じゃあその腕とか脚とかは…?」
「私…ロボットですから…。」
「え…。」
その瞬間男達が一斉に黙り込んだ。直後にミスリルはまた退かれてしまうんだなと悟った。
人は人を超える存在を恐れる動物であるし、人間達の一般的な常識ではロボットが自我を
持つなどありえない事なのだから。しかし…
「うおおおおおおおお!! ロボッ娘萌えぇぇぇぇぇ!!」
「えええええええええええええ!?」
何と言う事か、コスプレ男達はミスリルがロボットであった事に恐れる所か狂喜乱舞した
では無いか。確かにハーリッヒなど、ミスリルがロボットであったが故に興味を持った
者も少なからずいるが…流石にこの様な反応は初めてだった。
「ロボッ娘萌えぇぇぇ!! ロボットだから歳を取らないロボッ娘萌えぇぇ!!」
「ヒィィィィィィ!! 怖い怖い怖い怖い!!」
コスプレ男達のミスリルに対して持つ異様な感情にミスリルも思わず悲鳴を上げるしか
無い。そしてこの状況でコスプレ男達がティアにまで目を付けるのは必然だった。
「もしかしてこっちは新ジャンルのドールッ娘って奴か!? こっちも萌えぇぇ!」
「嫌ぁぁぁ! 怖いのよぉぉぉぉ!!」
「やめて! 私には何をやっても構いませんからこの子には手を出さないで下さい!」
ティアにまで迫るコスプレ男達の異様にティアは泣き出し、ミスリルは大慌てでティアを
抱きしめコスプレ男達から庇った。で…この状況でスノーはどうなのかと言うと…
「ここの人達…実にユニーク…。」
「ナットウさん! そんな事言ってないで助けて下さいよ!」
スノーは一人距離を置いた場所でまるで他人事の様に事を傍観していた。これには
ミスリルも絶望した。普段ならこういう苦しい状況にこそスノーが頼りになるだけに
あの体たらくはミスリルも我慢出来なくなっていた。
「あ〜何か私の方がよっぽどテロしたくなって来ました〜…。」
テロ防止の為の警備で雇われたのに本末転倒かもしれないが、ミスリルはこのまま一気に
ミサイルでも発射してコスプレ男達を吹き飛ばしてやろうと考えていた。それだけ追い
詰められた状況である事は想像に難くない。しかし、そんな時に一人のコスプレ男が
ミスリルに対し何冊かの本を差し出したのである。
「あの〜…まさか…と思ったんですけど…貴女はこの本のモデルになった人ですか?」
「へ?」
とりあえずミスリルは差し出された本を読んでみるが、その直後に卒倒してしまった。
「ああああああ! 何ですかこの本はぁぁぁぁ!!」
その本はミスリルと思しきと言うか、どう見てもミスリルですなロボットの女の子が
ギルドラゴンタイプの翼やら角やら生えた美青年にとても口では言えないアレな事を
あれこれやられると言うとんでもない内容だったのである。しかもタイトルを良く見ると
“ミスリル×大龍神(擬人化)”とか思い切り書かれてしまっている。だがそれだけでは
無い。他にもミスリルが全身に多彩な装備を持っている事を逆に利用してダッ○ワイ○
機能まで持ってたと言う設定にしたアレな同人誌などもあった。
「だ…誰だぁぁぁ!! こんなふざけた本を描いたのはぁぁ!!」
怒りの余りミスリルの両眼は赤く輝いた。これこそジェノサイダーモード。“良心”と
言う名のプロテクトが外れ、ミスリルの凶悪かつ残虐な本性が露となる状態。
ジェノサイダーモードの発動したミスリルは大量殺人さえも辞さないのである。
「この本を出したサークル名はぁぁ! “マスク天国”!? マスク天国のサークルは
何処だぁぁぁ!? ティアちゃん今直ぐ地図出せぇぇぇ!!」
「は…ハイなのよぉ!」
ミスリルのジェノサイダーモードの恐ろしさに関して既に理解しているティアであるが、
やはりこの状態のミスリルが怖いのは変わらない。とにかくこの状態になったら変に
自分に被害が来ない様にするしか無い。そしてティアの渡した地図を見て“マスク天国”
と言う名のサークルの場所を探した。
「あったぁ! この場所かぁ! それじゃあティアちゃんにナットウさん行くぞぉ!」
「は…はいぃぃなのよぉ!」
「今の彼女…ちょっと怖いけど…そこがまたユニーク…。」
「突撃じゃぁ!」
ミスリルはティアとスノーを引っ張ってマスク天国のある場所まで猛烈な速度で
飛んで行ったが、その場に残されたコスプレ男達はミスリルの変わり様に驚愕するかと
思われたのだが…
「怖い…でも…そこが萌え!」
「あんなロボットの女の子に僕も罵ってほしい!」
何故か意外に好評だった。
「うおおおおおおおお!!」
ティアとスノーを引っ張ってマスク天国まで突撃するミスリルであったが、周囲の一般客
に迷惑がかからない様に空中を飛んでの突撃をしていたのはジェノサイダーモードに
おいても純粋な悪にあらず、まだ良心の残った部分があるのかもしれない。地図に
書かれていたサークル“マスク天国”の場所に降り立ち、ミスリルの抗議が始まった。
「健全な内容ならともかく! 私を題材にこんなアレな内容の同人を描きやがってぇ!
責任者出て来いぃぃぃ!! って…。」
ミスリルの目の赤い輝きが失われ、忽ち絶句した。何しろマスク天国でミスリル×大龍神
などの同人を売っていたのは、ドールチームに良く仕事の依頼を持って来るお得意様で
ある謎の覆面怪人“覆面X”だったからである。しかし、彼もまたミスリルに対し驚いて
いる様子であった。
むかしむかしのことじゃ。大金持ちのモンベルさんという人がおって、この辺一帯の土地
はみんなその大金持ちの持ち物だったそうな。
その屋敷の後ろには大きな楓(カエデ)の木があったので、近在のもんは皆、『楓屋敷の楓
長者』とよんでおったそうな。
その長者さんには息子が二人おった。長者さんは「わしが死んだら兄弟で仲良ぉ分けぇよ」
と言っていたけれど、父親の長者さんが亡くなると、欲張りな兄貴は「お前は阿呆じゃけ、
これだけあれば十分じゃ」と言って、弟には小さい家と僅かの畑を与えて、屋敷からも追い
出してしまったそうな。
ある雨のふる夜、初老の女性が楓屋敷の門を叩きました。
「旅の者ですが、雨が降って困っております。一晩、泊めてもらえないでしょうか」
強欲な兄貴は、旅人がみすぼらしい格好をしているのを見て「お前みたいな汚いやつは
泊めちゃらん」と言って追い返しました。
初老の女性は今度は弟の小屋に行きました。「旅の者ですが、雨が降って困っております。
一晩、泊めてもらえないでしょうか」
弟は「こんな狭い家で、私と妻の寝るところしかありゃせん。納屋でもよけりゃええよ」
と旅人を中に入れてあげました。
そして、暖炉に火を入れ、奥さんは暖かいスープをすすめました。
旅人は心からのもてなしに感謝して「旦那さん、ありがとうございます。お礼に何かひとつ、
願いを叶えてあげましょう」といいました。
弟は笑って「わしら夫婦は連れ添って二十年以上になるが、未だに子供が出来ん。そんなら
ひとつ、子供を授けてもらえまいか」と言いました。
旅人は自分の背負っていた荷物から干菓子を取り出すと、二人にすすめて、自分は納屋に
入ってしまいました。
二人は半信半疑ながら干菓子を食べてみました。するとどうでしょう!
弟はへその下にかつてない力強さを感じました。思わず隣の妻を見ると、頬のあたりを
赤く染め、うるんだ瞳で夫の方を見ています。
こんな気分になるのは何年ぶりのことでしょう。
二人はもつれ合うようにベッドに倒れ込むと、服を脱いでお互いの体をむさぼり始めました。
外の雨はますます激しくなり、雷も鳴っています。その雷鳴はゾイドの雄叫びに似ていま
したが、それに気付かないほど、二人は久しぶりの行為に夢中になっていました。
翌朝、弟夫婦が起きてみると、昨夜の雨はすっかり上がっていました。旅人の姿はどこにも
ありません。
外に出てみて、弟はびっくりしました。兄の屋敷がどこにもありません。行ってみると黒
焦げになった楓の木と、屋敷の残骸が残っているだけでした。夜中に雷が落ちたのにちがい
ありません。
それから弟は兄の持っていた土地を相続し、大きな屋敷を立てました。子供も生まれ、家は
ますます栄えたそうな。
おしまい
「み…ミスリル君では無いか! 一体こんな所で何をしているのかね?」
「それはこっちが聞きたいですよ! 何で覆面Xさんがこんなふざけた同人を売ってるん
ですか!?」
「ふざけた同人とは失礼な! これは私が描いたのだぞ! それに今回のイベントだけで
既に100冊以上売れているのだ!」
「ええええええええ!?」
なんと言う事か、覆面Xはただこの同人を売っているだけにあらず、執筆者でもあったと
言うのである。これにはミスリルも愕然とするしか無かった。
「それだけじゃないぞ! “Ziマーズ”とか“セイバータイガーの穴”とかの店でも
委託販売を行って、もう国から税金払えって言われるくらいに儲けてるんだぞ!」
「えええええええ!? って事は何ですか!? もう既に大勢の人に私がアレな事される
漫画が出回ってるって事ですか!?」
「そう言う事になるな…。ま、良いじゃん。漫画だし…同人誌だし…。」
「…。」
ミスリルは呆れて声も出なかった。と同時にこの瞬間、ミスリルの中での覆面Xの
評価がガクッと落ちてしまったのは言うまでも無い。ミスリルがいくらロボットだと
言っても精神面は立派な女の子なのであって、当然恥じらいだってある。そんな彼女が
自分の知らない所で大勢の男達のオカズにされるなどとても耐えられる物では無かった。
「酷い…酷いです…。」
「まあ良いじゃないか…。キミの存在を否定する連中に比べれば…。」
「いや…むしろ否定される方が分かりやすくて良いです…う…う…。」
ミスリルはもう泣きそうになっており、ティアも心配そうに見つめていた。
「ミスリル元気出してなのよ…。」
「とにかくミスリル君…元気出したまえ…。」
覆面Xもミスリルの肩をポンポン叩くが、ミスリルにとっては傷口に塩を塗り込むも同然
の行為だった。何しろミスリルが泣きそうな原因は覆面Xにあるのだから…。
「誰のせいで私がこんな目にあってると思ってるんですか…。慰謝料として売上げの
半分を私に下さいよ…。」
「半分!? それは高すぎる! せめて一割!」
「それは安すぎます! もっと頂けないと私の傷付いた心は癒されません!」
と…そんなこんなでミスリルの女としての尊厳を賭けた(?)覆面Xとの商談(?)が
行われていたりしたのだが、そんな時にそれは起こった。
「貴様ら全員その様な下らない事は止めろ!」
突如として会場内に数十人にも及ぶ謎の武装集団が突入して来たのである。
それには会場内の愛好家達も驚き騒ぎになった。
「わー! 何だ何だ!?」
「騒ぐな! この会場はこれより我等テロ組織“美国”が占拠し…。」
と…、武装集団の中心にいたリーダーと思しき男がそう宣言しようとした瞬間に
ミスリルの脚がその男の顔面にめり込み、そのまま地面に押し付けられていた。
「わぁ! 何だいきなり!」
「タダでさえ勝手に私を題材にしたアレな内容の同人とか出されて腹立ってる時なのに
いきなり現れるんじゃねぇぇぇぇ!!」
テロ組織美国の襲撃は予め予告されていた事だが、取り込んでいる最中にそれが重なった
事がミスリルの逆鱗に触れる物だった事は言うまでも無い。それ故にまたもミスリルの
目は赤く発光し、ジェノサイドモードを発動させて本来の残虐さを全開にさせた彼女は
足蹴にしていた美国のリーダーっぽい男の頭部をそのまま踏み潰してしまった。
「あああ! リーダー!」
「このガキィ!」
慌てて美国のテロリストが手に持っていた機関銃の銃口をミスリルに向けた。
しかし次の瞬間、ミスリルの全身からTMO鋼製のニードルが飛び出し、テロリストの
身体を串刺しにしていた。
「う…うわぁ! バ…バケモノ!」
「貴様らこんなタイミングで仕掛けてきやがってぇ…タダで済むと思うなよ…。」
「ヒィ!」
ジェノサイドモード発動ミスリル特有の情け容赦の無い殺戮が始まった。
はっきり言ってこのタイミングで仕掛けて来た美国の連中が災難だと言えるだろう。
それでも一般客に対しては被害を出していなかった。それがジェノサイダーモードに
おいても若干良心が残っていたのか、はたまた一般客に対して気が配れる程度に
ジェノサイドモードを調節出来るレベルの怒りだったのかは分からないが、とにかく
一般客の被害はゼロに留める事が出来た。そうして遅れて他の場所でテロ警備を行って
いた者達が駆け付けて来た。
「美国とか言うテロリストの連中は何処だ! って…もう全滅してるじゃないか…。」
「ああ遅かったですね…。」
彼等が辿り着いた頃には既にミスリルの周囲に血まみれのテロリストの死骸が転がる
のみに過ぎず、その惨状には他の警備の者達も驚愕する程だった。
「…にしても…ちょっとやり過ぎじゃないか? 一般客には怪我人は出てないみたい
だけどさ…ちょっと…。」
「ごめんなさい…。私って怒りがある一定のレベルを超えると見境が無くなってしまう
んです…。でも…殺すなとは別に言われてませんからかまいませんよね?」
「ま…まあな…。と…とりあえずこいつ等の死体に関しては死体処理班に連絡してやって
もらうとして…お前は…このモップで血まみれになった床を拭いてくれ。」
と、そう言われてミスリルはモップを渡されてしまった。
「え!? ちょっと待って下さい! 何で私がやらなくちゃいけないんですか!?
私はテロ警備の為に雇われはしましたけど…掃除までは頼まれてませんよ!」
「うるさいな! テロリスト皆殺しにして辺り一面血まみれにしたのは誰だよ!
死体を直接処理するのに比べれば血を拭く位楽だろうが!」
「は…は〜い…。」
仕方なくミスリルはモップを手に取って周囲に飛び散ったテロリスト達の血痕を
拭き取り始めた。そして周囲もテロリスト達が瞬時にミスリルに全滅させられた事も
あってパニックになる程の騒ぎにはならなかったが、それでもジェノサイダーミスリルの
情け容赦の無い殺戮には誰もが驚愕するだろうなとミスリルは考えていた。が…
「うおおおおお!! 全身武器なロボッ娘萌えええええ!!」
「ええ!? マジでぇ!?」
予想外な好評ぶりにミスリルも焦った。人が数十人単位で惨殺されてるのに不謹慎だぞと、
それをやった本人でさえ呆れてしまっていた。とはいえ、それでもミスリルはモップで
血を拭き取り続けていたのだが、そこでやっと遅れてティアとスノーが駆け付けて来た。
「ミスリルいきなり飛び出していくんだから! で…何やってるの?」
「見ての通りです。テロリストの血を拭き取ってるんですよ。」
「あら〜テロリストもうやっつけちゃったの!? 速攻過ぎるのよ〜。」
テロ組織“美国”のあっけ無さにはティアも呆れていたが、スノーにとっては違った。
「まだ終わっていない。さっきの連中は恐らく先発隊。これから本当の襲撃が来る。今度
は歩兵による突撃では無く、ゾイドを使った破壊工作を行ってくる。私ならそうする…。」
「え…?」
こう言う場合スノーの冷静な勘は当たる事が多い。そしてミスリルも嫌な予感を感じて
自身の出力を上げてハイスピードで血を拭き取るなりモップを持ったまま外に走る。
「あ…。」
案の定その通りだった。イベント会場の外ではどう見ても愛好家達が持ち込んだ痛ゾイド
とは別のゾイドが徒党を組んでイベント会場を取り囲んでおり、誰がどう見てもこれから
ここでテロする事は明白な程だった。
「あらら〜。」
そんなにテロしたいのなら気付かれない様に爆弾でも仕掛ければ良いのに、先程イベント
会場に直接突撃して来た連中と言い、今イベント会場を取り囲んでいるゾイド集団と言い、
何故こうも分かりやすい真正面からの攻撃に拘るのか理解し難い状況だった。
「どうするの?」
「どうするのって言われても…ねぇ…。」
純白のゾイド一個小隊は機動しながら次々と警備師団のゾイド部隊を攻撃し
ていた。それは旧式化したゴドスやガイサックには追いつけない速度で展開し
ていた。
だがそれだけだった。
ファリントン軍曹は、純白のゾイドが派手に戦っている見た目ほどには脅威
となっていないと思っていた。おそらくあのゾイドはジェノザウラーの進化系
であることは間違いないだろう。だとすれば仮想敵は大型機であるはずだ。
ジェノザウラーや共和国軍のブレードライガーなどの大型に分類される両軍
の新型機は何れも対大型機戦に特化しているところがあった。レッドホーンな
どが全身に小火器を満載して対小型ゾイドに対して要塞のように振舞うのとは
正反対に、ジェノザウラーは口内の荷電粒子砲や背部の大型レーザ砲のように
大型火器で敵大型機を駆逐することを主目的としているのだ。
ジェノザウラーの場合は、おそらく西方大陸戦争初期に帝国軍後方に出現し
て大損害を与えた共和国軍機動部隊に対抗するのが目的だったのだろう。この
機動部隊は当初シールドライガーにコマンドウルフ、後に近接戦闘に特化した
ブレードライガーや砲撃戦闘が可能となったシールドライガーDCSなど比較
的大型のゾイドのみで編成されていた。その機動性もさることながら、軽ゾイ
ドが主力の主力部隊が対抗するのは難しかったのだ。
だがジェノザウラーは高機動性と、大型機相手に有効な火器を装備している。
これは足を止めての戦闘となってしまえば、装甲の薄さから意外なほどの脆さ
を示してしまう高速部隊にとってかなり戦いづらい相手だといえた。
つまりジェノザウラーとは高速部隊や敵主力となる大型ゾイドを狩る駆逐ゾ
イドなのだ。
しかしジェノザウラーは確かに強力なゾイドではあるのだが、その火器は多
数の小型機を相手にするにはやや不利なものがあった。小型機の群に対しては
大型機には有効ではなくとも小型機に対しては十分有効な小火器を多数搭載す
る従来どおりの設計機の方が有利となることも多いだろう。
そして純白のゾイドはジェノザウラーの駆逐ゾイドとしての性質をさらに特
化した機体のように見えた。一対一の近接戦闘ともなればその真価を発揮する
ことも出来るだろうが、今の状況では牛刀を以て鶏を割くようなものだ。
だからその派手な機動にくれべれば警備師団の被害は少なかった。
おそらく敵の目的は、純白のゾイドで撹乱する間に安全にザリガニ型ゾイド
から発進した揚陸艇を無事に海岸に上陸させることにあるのだろう。このまま
では敵軍はその意図を成功させるだろう。大した脅威とはなっていないとして
も海岸陣地は純白のゾイドに対処するので手一杯だからだ。
しかしこれまで隠匿され続けていたファリントン軍曹達のスナイプマスター
はまだ敵に気付かれていない。いまはスナイプマスターの狙撃砲の存在があり
がたかった。これで海岸陣地の主力部隊の代わりに揚陸艇を攻撃することが出
来る。ファリントン軍曹はそう考えていた。
箱を背負ったガンブラスターの目が空を行くザバットの群れを捉える。
すると背のその箱は待っていました!とばかりに回転しその凶暴な力を披露する。
「こいつはまた豪勢で…しかし心強い事この上ないでさぁ。」
箱の左右がひっくり返るとそこには三段に分かれた箱毎に水車が三つづつ。
その水車の先には同じ口径の連装リニアミサイルランチャーが顔を覗かせている。
もう一機も箱を開くとそこにはただ一門の巨大な大筒。
大筒を迸る紫電は凶悪なプロトンを物質に付加するビットガン。
夜空に放たれるそれ等に通常のガンブラスターのハイパーローリングキャノン。
バイオスナイパーのヘルファイヤーも加わり派手な花火を描き始める。
「しかし旗色が悪いようですね。擦り抜ける奴等も結構居ますぜ!」
実際の所マサジロウはガンブラスターの撃っている場所を追って射撃。
つまり後手の後手をいっているのであるからしてどうしようもない。
幾ら拡大望遠が利いても闇視スコープが付いていないのではどうしようも無いのである。
「もし?お二方?」
「はい。なんでせうか?」
「はい。なんでせう?」
キングゴジュラスイミテイトに襟首を掴まれている俺達は微妙な言葉を吐いて答える。
「そこまでかしこまらなくても…今離しますので…全力でお逃げなさい!」
「「え〜?」」
「いや上から音速を越えて突撃する機影が有りますもので。」
妙な風切り音と衝撃発生音が聞こえてくるに至りそれの不味さを実感する俺達。
「それでは参りますぞ!」
かなり手を抜いて振り上げて俺達のゾイドを手放してくれたらしいが…
結局その速度たるや時速200km/h。見事なアンダースローだった。
弾丸のように小高い丘を横切り巨木にあわや突き刺さる勢いだった。
「勘弁してくれよ…リリースは上手くしないと魚はまた釣れないんだぜ…。」
「何の比喩よそれ?」
「優しい捕まえた獲物の放し方だ。」
「そう…。」
小高い丘が光に消えていく。落ちてきたものは一体何だったのだろう?
「どうやらまだ本調子でないようですね。ゾイドに疲労の色が見えますぞ?」
「その声はトロイメアのサー・オットー・グランバレルか。厄介な…
あそこはAユニットの存在で殆ど男のパイロットが居ないという。
その少数も大した実力は持ち合わせていないが貴様だけは別格と聞くぞ?」
「これはこれは…随分と過大評価をなされているようで?
私の技術などはAの力を持つものなら当たり前。ゾイドとの相性だけですよ。
パイロットの質だけで言えば先に逃がした彼等の方が私より上でしょう。」
そう言いながらオットーはビッククローを振るう。
かつて暴虐の限りを尽くし国一つを爪一つで滅ぼしかけたとまでされた破滅の攻撃。
威力こそ落ちてはいるがリュミエールの現在の体力と実際の装甲強度。
そこから考えれば喰らえばそれでおしまいなのは間違いないが、
地上すれすれでも構わず行なったダッチロールで華麗にその爪を躱す。
光の翼は揚力の発生位置の調整を目で行う為の目安。
質量は殆ど存在しないので地中にめり込んだとて関係ない。
更には地表にそって正確に折れ曲がっているのでその心配すらないのである。
それだけでは終わらない。
「リュミエール!翼を大地に突き立てろ!クイックターンだ。」
シープの声に答えてリュミエールは自慢の翼を伸ばし大地に穿つ。
それと同時にシープの操作で斥力を互い違いに発生させ翼を軸にターン。
本来は脚部にパイルバンカーやターンピックを持つ者のみに許された行為。
それを空を飛ぶ者がやってのけるのだ。
パイロットへ掛かるGの負担は有るがそもそもが重力制御を行なえるゾイド。
コクピット内に掛かるベクトル操作等はお手のもの。
マッハ4にも達する速度でパイロットが正確な戦闘行動が執れるのはこれのお陰で、
一般的な最大戦速程度なら問題無い。
敢えて方向感覚を失わないために遠心力程度の感覚が残る程度に納めている。
「ほう?光を操る竜が居るとは聞き及んでいましたが光の質量まで操作できるとは。
興味深いものです。…と言う事は勝負は決しましたな。」
「私の勝ちだ。少し寝ていてもらおうか?」
180°ターンから光の翼でキングゴジュラスイミテイトを切り抜ける。
外観やゾイド自体にはダメージは無いが重力と斥力を操作され派手に転倒したのだ。
朝食を終えて町外れのゾイド駐機場に様子を見に行くと、ユーリはまだ寝ていた。正確
には、ユーリを内部に擁いたコマンドウルフが寝ているということになる。腹部のカバー
を開けると、直径二メートル弱の球状の水槽の中に漂うユーリの姿を確認できるのだが、
普通はカバーを閉じているので確認できない。両脚を畳んで腹を地面に着けている。前脚
を揃え、頭をその上に載せた状態で、何時までもジッとしている。ユーリの呼吸および冷
却のために行う空気循環の音が呼吸音のように規則正しくスースーと聞こえてくる。俺が
目の前に立っても全く反応がない。このお姫様は放っておけば何十時間でも眠り続ける
“特技”を持っている。普通の人間は脳の三割しか使うことはできないが、ユーリの場合
は百パーセント使うことができる。その分脳に負担がかかって長い眠りが必要になるらし
いのだが、俺にはグータラしているようにしか見えない。
(そのくせ、不審者の接近には反応するので、盗難などに遇ったことは一度もない)
耳元に近付いて「蛙」と囁くと、ビクッと痙攣する。
「ミミズ」と囁くと、ビクビクッと痙攣する。
頭をモソモソと動かすと
「・・シャウトのいじわる。にいちゃんが死ぬわけないじゃないか・・むにゃむにゃ・・・」
また動かなくなる。
どんな夢を見てるのかね?
次に、ゾイドバトル組合の事務所に行く。ゾイドバトルは最も人気のあるゲームだけの
ことはあって、市街中心部に立派なビルが建っている。受付に行き、名前を告げて最近の
対戦データの閲覧と映像データの貸し出しを申し込む。
アポイントは取ってなかったがすぐに会議室の一つに通された。案内してくれたのは昨
夜の秘書だ。これにはちょっと驚いた。ボトル一本以上は飲ませたはずで、普通の人間な
ら宿酔いになっててもおかしくないのに、平然としている。相変わらず、男にしておくに
はもったいない、秀麗で整った貌立ちをしている。
昨日の打ち合わせの中で俺が提示した条件の一つに、対戦相手の過去の戦闘記録の閲覧
があった。メインの試合は地元ケーブルテレビでも放送されるが、それとは別にコロシアム
各部に設置されたモニターが試合状況を録画している。誤審などの問題を防ぐためで一般
人は閲覧不可だ。その話をしたのが昨日の夜。どうせ用意は出来てないだろうが用意できる
時間を確認して出直すつもりで来たのだが、どうやら相手を甘く見ていたようだ。昨夜か
今朝早くか、事務所に来て資料を準備したらしい。昨日の酒の残ってる様子は全くない。
いや、よく見ると目元にわずかにくまが出来ている。それがまた妙になまめかしく、
目があった時にどきっとしてしまった。
会議室には機材一式も用意してあって「好きなだけご利用下さい」という念の入り
ようである。
ドールチームは“美国”のテロ防止、もしくは“美国”の壊滅を依頼された身であるが、
流石に既にイベント会場を包囲された状態で攻撃を仕掛ければイベント会場そのものや
イベントに参加している愛好家達にどの様な被害があるか分からない。とりあえず現在
イベント会場内の係員がパニックに陥っていた愛好家達を治めて避難誘導に勤めていたが、
それでも戦闘が始まればイベント会場に被害が出るのは必至。そうなれば本末転等も
甚だしい事態である。さてどうするべきか…。幸い“美国”の物と思しきゾイド部隊は
どれも砂漠迷彩で市街戦やるつもりですか? と突っ込みを入れたくなる程装甲そのもの
に砂や土を被せた様な泥臭い仕様であり、そういう意味ではイベントに参加している
愛好家達が持ち込んだ痛くて華やかな痛ゾイドとの区別がしやすい状況にあったが…
「そこの不審ゾイド集団! 何が目的だ!?」
とりあえずイベント会場に予め配備されていた防衛部隊のガンスナイパー隊が出動して
“美国”のゾイド部隊とにらみ合う形を取っていたが、“美国”の連中はイベント会場で
テロを行う事は明言していても、テロする目的までは未だ明らかにしていなかった。
「さて…彼等がどの位持ちこたえてくれるかですね…。」
残念ながらこの手の防衛部隊は大して役に立たないやられ役に終わる事が多い。
だが、ミスリルが今後の対策を考える時間を稼ぐ位の役には立ってくれる。
「何とかしてイベント会場から引き離す事が出来れば良いんですけどね…。すぐ隣が
海ですし…そこに放り込んでしまえば殆どが陸戦型な連中の大半は何とか出来ますが…。」
「ねぇミスリル…アレを使って見るのはどうなのよ?」
「アレ?」
「この間ミスリルが新開発したとか言って嬉しそうに大龍神に積んでたアレなのよ。」
「ああ! その手がありましたか! ティアちゃん頭良いですね!」
ティアの提案により、何か思い付いたミスリルはティアとスノーを連れて走り出した。
なおも美国のゾイド部隊とイベント会場防衛部隊が睨み合っていた。イベント会場内の
愛好家達の避難は未だ完了していない。この状況で戦闘が始まってしまえば市民に
多大な被害が出るのは必至であったが…そんな時だった。
「ドラゴンジャミングァー!!」
「!?」
突如上空から響き渡ったその声と共に美国のゾイド部隊が全身からスパークを起こし
ながら倒れこみ、動かなくなった。これには防衛部隊も唖然とする。
「何!? 何が起こった!?」
「あ!」
防衛部隊が上空を見上げた時、そこにはミスリルの操縦する大龍神の姿があった。
「ドラゴンジャミングァー!!」
ミスリルのその様な叫び声と共に大龍神の角から放たれる電磁波が美国のゾイド部隊を
次々に行動不能にして行った。
「本来の使用用途とは違いますけど…こんな使い方もあったんですね〜。」
“ドラゴンジャミングァー” ミスリルが何気無く特撮ヒーロー番組を見ていた時、その
番組の主人公のヒーローが必殺技を放つに先立って、その必殺技を確実に当てられるよう
にと敵の動きを止める技を行っていたのだが、これに似た物を大龍神にも搭載させれば
大龍神の各種超兵器の確実性が増すとばかりにミスリルが作った代物であるが、技術的な
面に関して言えばダークスパイナーのジャミングウェーブを参考にしていたりする…。
「ドラゴンジャミングァー!!」
またもミスリルの叫び声が響き渡り、大龍神の角から放たれる電磁波が美国のゾイド
部隊を沈黙させていった。しかしそれも電磁波による一時的な物であるが故に時間が
経てば元通り動ける様になってしまう。だが、その後の事もしっかりミスリルは
考えに入れていた。
「ハイ! それじゃあ海に捨てますよ〜!」
「わかったのよ!」
「了解…。」
大龍神に続いてティアのLBアイアンコングMK−U“ゴーストン”とスノーの駆る
ハンマーヘッド“エアット”が出動した。そして三機はそれぞれ行動不能にされた
美国のゾイド部隊を次々海に投げ捨てていくのである。大龍神は超強靭な両前脚を持って、
さながら熊が川で魚を取る時の様に次々に美国ゾイドをイベント会場の隣にある海に
弾き飛ばして行き、ゴーストンは直接運んで海に落として行く。で、エアットはと言うと
機体下部からトラクタービームの様な物を発射して美国ゾイドを浮き上げて海まで運んで
行くのである。通常のハンマーヘッドにそんな物は搭載されていない以前にそこまでの
技術が現在確認されている限りは惑星Zi自体に存在しない。と、考えればやはり
スノーの持ち込んだ外宇宙の技術と考える他は無かったが、そこまで追求していられる
状況では無い。とにかく敵機が行動再開するまでに全て海に捨てなければならない。
と、そんな中、突然イベント会場内の愛好家達が再び騒ぎ始めた。
「おお! あの白いギルタイプに乗ってるのってさっき全身からトゲ見たいなの出して
テロリスト数十人を串刺しにしたロボットの女の子じゃないのか!?」
「おお! すげぇぇぇぇ!!」
「ロボッ娘頑張れぇぇぇ!!」
「あ…あれ? え? ええ?」
と、なにやら愛好家達が応援し始めたでは無いか。これにはミスリルも戸惑った。
ロボットだからと言う理由で人から気味悪がられると言う事は度々あって、既に罵倒の
類にだって慣れていたミスリルであるが、この様に応援される事は殆ど無かったのである。
「ま…まあ応援されるのも…悪くないかな?」
応援されるなんて今後殆ど無いだろうし、とりあえずここは愛好家達のご厚意を
受け取っておこうとミスリルは考えていたのだが…
「ウホッ! いいロボッ娘!」
「あのロボットの女の子は俺の嫁!」
「ギルタイプに乗るロボットの女の子ハアハア!」
「よーしパパ今度のイベントではあの女の子の同人とか描いて出しちゃうぞー!」
「…。」
確かにミスリルはメカ部分に目を瞑って考えればかなりの高水準の美少女の部類に入るし、
そりゃ過去にもロボットでも構いませんからと求婚してくる男だってていた。しかし、
あんな感じの事言われるのは初めてであるし、ミスリルとしてもちょっと気持ち悪かった。
「ねぇ…ティアちゃんにナットウさん…。何か私もテロしたくなっちゃいましたけど…。」
「ダメなのよ! 確かにあのおじちゃん達気持ち悪いけどそんな事しちゃダメなのよ!」
「そんな事をしてはいけない…。けど…気持ちは分かる…。」
ティアとスノーもとりあえず間違いを起こそうとしていたミスリルを止めていたが、
それでも愛好家達も気持ち悪さは二人も自覚していた様子であった。と、そうこう
しながらも何だかんだで美国のゾイド部隊を海に沈め、その後で大龍神のドラゴン魚雷
(何かすげーやり投げな名前)で未だ行動出来ずに溺れていた美国ゾイド部隊を次々
一網打尽にしていた。
「ふぅ…これで終わりですね?」
「まだ終わって無い。第三波が来る。」
「え!? またですか!?」
スノーのさり気ない一言にミスリルとティアがそれぞれ身構えた時だった。
「畜生!! アレだけやってまだ制圧出来ないのか!?」
「え!?」
イベント会場からやや離れた場所から突然全身に鎧の様な物を着込んだアイアンコングが
現れた。ただでさえ重装甲のアイアンコングにさらに装甲を追加しているのだから、
さながら“アーマコング”とでも呼んだ方が良さそうだ。
「もしかして貴方が隊長機ですか!?」
「ああそうだよ! そこの白いギルタイプ!!」
今度のアーマコングは先程のゾイド部隊と違って問い掛けに答えてくれた。それ故に
他の防衛部隊の準備が整うまでミスリルは色々質問をしてみて時間を稼ぐ事にした。
二時間後、
「いかがでした」
若い秘書の声で我に返る。頭の中ではさきほどビデオで見たバトルのリプレイが続いて
いた。
「強いな」
想像していた以上だった。殆どの試合の所要時間が六〜七分。つまり十分以内に決着し
ている。
「それに、隙がない。最近まで全く勝てなかった弱小ファイターとはとても思えん。だが、
癖がある」
「ほう、どんな」
「開始五分間は、相手に全く攻撃を仕掛けていない。相手の力量を見るためか、攻撃パタ
ーンのデータを取るためなのかは分からん。だが五分を過ぎると攻撃に転じて、一気に相
手をたたみかける」
一点集中で火の出るような攻撃はこのゾイドの特性を活かした戦法ではあるが、それな
らバトル開始直後にやったほうが効率的だ。なぜ最初は一方的に攻められて回避行動をと
る必要があるのか?
それと、ビデオを連続して見てると分かるのだが、二戦目と三戦目、三戦目と四戦目と
比べても、明らかに動きが違う。いや、正確にはバトルの最中、五分間と五分後で、動き
の早さというか、体のキレが良くなるのだ。戦うたびに確実に強くなっている。
「五分間は学習タイムか?どっちにしろ、開始五分間は攻撃し放題だから、その間に倒せ
ば済むわけだ」
「これもお気づきでしょうが、最近のバトルで対戦した相手もそのことに気づいて、開始
早々にラッシュをかけて、それでも倒されてしまいましたが・・・」
「てめぇ、俺を誰だと思ってやがる」
「もちろん、存じ上げております。五三七勝の年間最多勝記録保持者。瑞巌流の達人でゾ
イドを降りて生身でも無敵と噂される、アレス・サージェス様」
フリーの身でゾイドファイターとして食っていくためには、虚飾も含めて名声が必要不
可欠だ。少々照れくさいが、男とはいえ美人から言われると、悪い気はしない。
そして、さりげなく俺の前に置いてあるコーヒーカップにコーヒーのおかわりを入れて
くれる。無駄のない動きだ。ここで俺はようやく、ある事に気づく。
「あんた、ゾイドファイターの経験があるのか」
優男の秘書は指も細長くてしなやかだったが、人差し指の第二関節にタコがあった。典
型的なトリガータコだ。
「ええ、我ながらいい線いってたんですが。あのディパイソンと戦った時に負傷してしま
いました。ご覧になったでしょう。第五戦目」
「ああ、あのライトニングイサイクスか」
俺はさっきまで見ていたビデオを頭の中でリプレイする。開始八分後、ディバイソンの
弾幕をかいくぐって懐に飛び込み、クラッシャーホーンに串刺しにされたサイクス。
「あの時に足を挟まれてしまって、今ではこのありさまです。これではもうゾイドには乗
れません」
と言いながら、若い秘書は右足を上げてみせる。右足首はほとんど動かないらしい。
そういえば歩くときにもびっこを引いていた。
「勿体無いな、いい腕だったのに」
俺は本心から言った。
「ありがとうございます。でも、バトル組合の組合長が私の叔父だったおかげで、こうし
て秘書をさせていただいております」
あのデブのおっさんとこの美青年に血縁関係があるという話は意外だった。DNAとい
うやつは時にこういういたずらをするものらしい。
「あなたなら、きっとあの悪魔のゾイドを倒してくださるでしょう」
と言いながら、そっと俺の手を握ってきた。その途端、ピリッ、と俺の指先に軽い刺激
が走った。
「データは預からせてくれ。もう少し研究したいから。なあに、俺が引き受けたからには、
ウルトラザウルスに乗った気でいて結構!」
内心の驚きを外には出さないようにして、ゆっくりと手を離す。今の静電気みたいな衝
撃は何だったんだ?目の前の美青年は、相変わらずこちらを見ている。その瞳はなんだか
怪しい光を放っているようだった。
「貴方達は何故こんな所でテロをするんですか!? テロするなら国家の首脳がいる場所
とかの方が効果はあるでしょ!? 私ならそうしますよ! なのに何でこんな気持ちの
悪い連中しかいない場所でテロするんですか!? それこそお金の無駄使いですよ!」
「それはそこにいるオタどもが気持ち悪いからだ!」
「えええ!?」
確かにミスリルだって既に愛好家達を気持ち悪いとは言ったが、まさか美国の連中まで
気持ち悪いと言うとは思わなかった以前に、気持ち悪いと言う理由だけでテロをするとは
あまりにも予想外だった。
「ちょっと! それだけの理由でテロしたんですか!?」
「それだけとは何だ! あの気持ち悪いオタどものせいでどれだけ沢山の人が迷惑して
いるのか分からないのか!?」
「え?」
美国の隊長と思しき男の主張は真剣そのものであり、ミスリルも驚いた。
「貴様はあのオタ達について何も思わなかったのか!? 数百人数千人単位で集まって
いる性犯罪者予備軍を!」
「性犯罪者予備軍とまで言いますか!?」
「そうだ! 連中が出している猥褻な本を見ればそれは一目瞭然! あんな事を現実に
やられでもしたら大変な事になるぞ! 子供の教育に良くないし、害も及ぶ!」
「そこで子供の教育とかそう言う話になりますか!?」
美国の隊長の主張にミスリルは呆れてしまっていたが、彼はやはり真剣だった。
「元々漫画やアニメと言うのは子供の為の物だった。しかし現実を見て見ろ! あそこに
いる気持ちの悪いオタどもが変な要素を持ち込んで猥褻な物に変えてしまった!
それを子供が間違って見てしまったらどうなる!」
「う〜ん…間違っては無いでしょうけど…そこまでして怒るのはどうかと…。
だってそういう本って、あらかじめ大人向けの本として扱われているでしょうし、
18歳以下禁止の指定だってされてますよ。子供が間違って見るなんて事は
有り得ないのでは無いかと…。」
「有り得る! とにかくそういうのは子供の為に良くない! だからこそ我々
“美国”は全世界の子供達をオタの性犯罪から守る為に立ち上がった!
我々はあそこにいる薄汚いウジ虫どもを皆殺しにし、あのウジ虫どもを生み出す
原因である漫画やアニメを作り出し、世界中にばら撒いたアッキバ王国も滅ぼす!
そしてここに新たな国を作るのだ! 子供が笑って暮らせる美しい国を!」
「う〜ん…何か凄い事言っているような…そうでないような…。でも貴方達の組織名の
“美国”の由来は分かりましたよ。美しい国を作るから美国なんですね…。
でも一体何を基準に美しい国と定義するのかちょっと分かりませんが…。」
何か壮大なのか壮大じゃないのか分からない美国の目的にミスリルも少し呆れていたが、
その時だった。突然アーマコングが大龍神を指差した。
「言っておくがな! 貴様も我等の美しい国建国の為の抹殺対象に入っているんだよ!」
「な…なんですってぇぇ!?」
イベント会場のテロからアッキバ王国壊滅にまでスケールが大きくなったのも束の間、
何故かミスリルまでターゲットに入っている事態にミスリルは驚愕した。
「貴様…何でも“機械仕掛けの女神”とか言われてるんだって!?」
「は…はぁ…周囲が勝手にそう呼んでるだけですけどまあ…。」
「それがダメなんだよ! 機械が人間並の自我まで持ってる時点で異常だと言うのに
女の子型の形状までしやがって! お前と言う存在がどれだけ気持ちの悪いオタどもの
妄想を掻き立てる原因になっているのか分からないのか!?」
「え…ああ!!」
ミスリルははっとなった。イベント会場で売られていたミスリルを題材にしたアレな
同人誌…とまあアレは覆面Xが描いた物だが、他にもミスリルを“ロボッ娘萌え”とか
言っていた愛好家達等、心当たりが十分にあった。
「その上、新ジャンルのドールッ娘だと!? ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけてなんか無いのよ! 私はもう死んじゃって、元々の身体は焼かれちゃったから
お人形さんを身体の代わりに使ってるだけなのよ!」
「うるさい! 死んだのならそのまま成仏してろ!」
何かいつの間にかティアまで話に入れられており、ティアも怒っていた。
「とにかく! お前らと言う存在がオタどもの妄想を掻き立ててしまっている以上
お前達も排除しなくてはならない! そして美しい国を作り上げるのだ!」
と、美国の隊長は何かまるで自分に酔っている様子であったが、その時突然スノーの
エアットがまえに出て来たのである。
「少し待った…。貴方の主張には間違った所がある。」
「何!?」
「ナットウさん!?」
「貴方の言うアレな本が出回っている国とそうでない国とでは…前者の方が遥かに
性犯罪率が少ない…。貴方達の言うアレな本が無い国こそが美しい国がと言うのなら
おかしいのでは無いか? なのに何故アレな本のある国の方が発生率が少ないのだ?」
あまり信じられない事であろうが、これは意外にも事実だったりするのである。
要するに欲望の捌け口になる物があるか否かの問題である。かつて酒が治安を乱すと
酒を禁止する法律を定めた国があったが、規制が厳しいからこそ逆に酒を取引する
マフィアなどが横行し、余計に治安が乱れたと言うデータも存在する。
「それだけではない。もし漫画やアニメと言った物を全て無くした場合、それまで
その分野で生計を立てていた者達は職を失う事になる。また、その漫画やアニメを
世界各地に流通させる仕事をしていた者達も打撃を受けるだろうし、その他にも
執筆する為の文房具や紙を製造して売る業者、執筆された原稿を印刷する業者も
打撃を受ける。そして何より、彼等も人間であるからして食事をしなければならない。
とすると、彼等が打撃を受ければそれだけ彼等に食料を供給していた食品会社も打撃を
受ける。この様に打撃の連鎖が起こるのだが…貴方達はそこまで頭が回っているのか?」
「おおー! 何か良く分かりませんけどナットウさん頭良い!」
スノーの主張にミスリルとティアが思わず拍手をしていた。
「それに…実際に性犯罪が発生した時、アレな人だった場合に限りマスコミが大げさに
取り上げているからアレな人が皆性犯罪者予備軍と錯覚されるだけで、件数と言う点で
見るならば、アレな要素とは無縁な一般人の方が遥かに多い。」
「おお! 何か良く分かりませんけど凄い説得力です!」
特にスノーの場合、言っている事も確かに理知的なのだが、特に常に無口無表情な
ポーカーフェイスかつ真顔でそれを言うのだから、それが本当か否かは別として
かなりの説得力を与える事が出来た。しかし、その様な事は美国にとっては逆に
都合が悪いのは言うまでもない。
「うるさい! 美しい国を作る為に多少の痛みが生じるのは仕方の無い事だろうが!」
「多少どころの騒ぎではない。これは多大で致命的な痛みが生じる。」
「うるさいうるさい! とにかく貴様らには消えてもらうんだぁぁ!」
言い返す事が出来なくなってしまった美国隊長の乗るアーマコングが苦し紛れに
突撃を仕掛けて来た。が、むしろ素直過ぎる突撃はミスリルにとって都合が良かった。
「ドラゴンアンカー!」
「何!? うおお!」
大龍神から発射されたTMO鋼製のアンカーがアーマコングを捕まえた。そして大龍神は
アーマコングを振り回しながらイベント会場横の海に放り投げてしまった。
「くそ! 我々まで沈められてたまるか!」
アーマコングは背中に装備されたブースターを全開させ、海中からの脱出を図ったが
それも束の間、なんと大龍神そのものがアーマコングの上に乗りかかったでは無いか。
「何ぃ!? コラ! 邪魔するな!」
「その邪魔をする為に雇われたんです。文句言わないで下さい。」
アーマコングの上に乗りかかった大龍神は自身を上下に揺らしながらアーマコングを
海中に沈めようとするが、そこでアーマコングの両肩の装甲が開いた。
「くそぉ! まだまだだぁ!」
アーマコングの両肩の装甲からミサイルが放たれた。標的はイベント会場。ミサイルを
持ってイベント会場を吹き飛ばそうと言う思惑であったのだろうが、ミサイルが
イベント会場に着弾するより先にイベント会場横の湾岸に待機していたゴーストンと
エアットのビーム砲撃がミサイルを全弾撃ち落していた。
すでに揚陸艇はスナイプマスターが装備する狙撃砲の射程に入っていた。
だが小隊長からの射撃命令はまだ下されていなかった。
ファリントン軍曹は焦りを感じながら小隊長機を見やった。まだ海岸から
離れて深度があるうちに揚陸艇は撃破しなければならなかった。揚陸艇が搭
載しているゾイドが大型機であれば、浅瀬ならば容易に突破されてしまうか
らだ。主力となる小型歩兵ゾイドであっても十分な時間さえかければ海岸に
たどり着くこと事態は可能かもしれない。
しかし小隊長機の狙撃砲はぶれることなく一点を狙い続けていた。その様
子を見る限り小隊長は照準を移動する揚陸艇に追随させるのではなく、揚陸
艇の移動コースを予想して一点を狙っているようだ。おそらく射程距離ぎり
ぎりで狙っても命中率が低下することを恐れているのだろう。
スナイプマスターが装備するロングレンジスナイパーライフルは機長兼狙
撃手を配置したことでガンスナイパーの同様の狙撃砲と比べて運用性が向上
している。そのせいで小型ゾイドであるにもかかわらず二人乗りになってし
まい、量産が見送られているのは皮肉としか言いようが無いが、ファリント
ン軍曹達に配備された先行量産型以降のロットは操縦席からの狙撃砲の管制
を前提としたアーキテクチャーが構築されているらしい。
狙撃砲のハードウェアとしての性能も優れているといえた。従来は歩行時
のカウンターウェイトや砲撃時の補助脚としての価値しか持たされていなか
った小型ゾイドの尾部を下記の搭載スペースとして転用するというアイディ
アそのものはガンスナイパーと変わらないが、ガンスナイパーでは歩行時の
柔軟性を維持する為に伸縮、分離式だった砲身が、スナイプマスターでは完
全に固定されている。
これは移動の容易さよりも砲の安定性を重視した為だった。理想では砲身
はフローティング状態であった方が狙撃精度は向上する。支持架によって砲
身に余計な荷重がかかってしまうからだ。しかし狙撃砲ほど大口径になって
くると巨大な反動を制御するのが難しくなるし、長砲身による方向近くでの
重力によるダレ量も無視できない。
さらに狙撃砲が打ち出すのは実体弾であるから、長距離狙撃を行うと発砲
から着弾までのタイムラグも大きくなる。現在の距離でも着弾まで五秒程度
かかるから、発砲と同時に高機動を取れば容易に回避されてしまうだろう。
揚陸艇程度の機動なら無視できるかもしれないが、対ゾイド戦闘において狙
撃砲が主力となれないのはこの辺りにも原因があった。
これにくわえて、144ミリ砲弾の重量はAPFSDS弾の弾芯だけでも
9kg近くあるから、海岸地帯に特有の風向きを読みづらい強風によってどれ
だけ弾が流されるのか把握するのは難しかった。
おそらく小隊長は奇襲となる初弾の命中率を重視しているのだろう。それ
ならばそれでかまわない。そうファリントン軍曹は思った。少なくとも小隊
長の方針が間違っているとは思えない。
いつの間にか小隊長に習うかのように愚直に照準を揚陸艇の動きに追随さ
せていた小隊員たちも照準点を固定するようになっていた。
だが揚陸艇が照準に捉えられるまでの数秒がファリントン軍曹には永遠に
も等しく思えていた。
「これは…端からゾイドへのダメージではなく私のシャットダウン狙い。
流石にこうなるとキングゴジュラスと言えど豪華な棺桶でしょうね。」
そもそもキングゴジュラスと言うゾイド。
その装甲板には機体の外側から掛かる現象を弾くだけでなく、
内部に発生した不都合も装甲内に流れる物質固有振動波を整流。
それを機体内外に与える事で重量崩壊さえ無理矢理押さえ込む。
どんなゾイドにも存在するZEPフィールドシステムの力が特に強い存在だった。
それ故に辛うじて拾う事に成功した地球との通信記録にこんな話が有ったという。
”光速で地球に激突し、地球共々無事だった”と言う記録。
それもZEPフィールドの効力が桁外れだったと言う事の現れである。
通常の機体ではマグネッサーの補助程度の事しかできないので、
この差は正に神と微生物程の差にも匹敵する。
「どんなにそいつが無敵でもパイロット自体は無敵ではない!
弱いところから叩くのは戦略の基本中の基本だ。」
リュミエールは一気に上空数百mへ上昇しキングゴジュラスイミテイトの上を取る。
「光子爆雷散布!」
翼と角、そして尾に或る閃光の輪から光の雨が降る。
本来なら小粒でも大型ゾイドを行動不能にし得る威力を秘めた炸裂弾。
それですら装甲表面で弾けそれまでのキングゴジュラスの装甲。
だがその衝撃自体はコクピットに届く。
(さて…そろそろ頃合いですかな?竜一騎は充分に引きつける事ができましたぞ。)
オットーの口元がにやける。
「馬鹿な!?このタイミングで甲板にまた増援だとっ!?」
ザイリンが驚くのもまた無理もない話。
目下猛爆撃を受けている甲板に先ほどと同じ要領で赤い獅子が現れたのだ。
「お初にお目にかかる。ザイリン・ド・ザルツ。
私の名はヴァレリア・アーデルハイド。トロイメアの議長を務めるものだ。」
赤の獅子はその言葉が終わるが早いかその場に居るバイオトリケラを襲撃。
一瞬で全てのバイオトリケラをボロ雑巾に仕立て上げてしまった。
斬撃はともかくビーム弾をヘルアーマーはおろかバーリヤすら防げなかったのだ。
「…大したものだ!刃はおろかビームまでもがヘルアーマーをものともしない。
だがヴォルケーノは止められるか?」
トリニティライガーの背後を瞬時に取り尾の一撃を喰らわせるザイリン。
面白いように弾みながら遠くへ飛ぶライガーをザイリンは逃さない。
「見え見えだよ!喰らったふりをして受け身を取り次の獲物を屠ろうだと?
そんな事はさせんっ!」
ブースターを吹かせ一瞬でその間合いを詰めると素早い連続攻撃を繰り出す。
「ふふん…確かに一級品だがっ!」
三枚の盾の一枚が開きバイオトリケラを引き裂いたビームガンが素早く顔を出す。
閃光。この間約2秒だが至近距離での戦闘では充分効果のある時間帯だ。
光が消え獅子の前に姿を現すヴォルケーノは全くの無傷。
クリスタルスパインから蒸気が上がっているのみ。
「あの距離で受け流す余裕がまだ在るか…大したものだ。」
「お褒めにあずかり光栄だ!」
足払いを放ちそれを避け宙へ逃げたトリニティライガーにザイリンは必殺の一撃を放つ。
「バイオ粒子砲を喰らえっ!」
今度は獅子が閃光に隠れる…。
「それでは…拙者の仕事はここまでと成った。決着が着かぬのは残念だが、
まあ縁も在ればまみえる事も在るでござろう。さらばでござる!」
バイオライガーは一方的に戦闘行為を中断するとそのまま恥ずかしげも無く尻を見せ、
そのまま走り去る。
「あっ!逃げた!」
ガラガはあっけに取られたため追撃などできる筈も無い。ロンの方を見ると…
「まあ良いんじゃないかな?このままじり貧で負けるのに比べれば。
それにしても強かったねえ…二度と遇いたくないよ。」
周囲は無残に引き裂かれた木々が並びそのどれもが焼けて炭化している。
「ドカチュウが来る前に行こうぜ!ロン!」
「それはちょっとストレートすぎないかい?」
「良いんだよ!解りやすい方が!」
相変わらずのコンビは森を駆け出す。
切り傷が増えたゾイドを走らせロウフェンらを見付ける為足早にその場を離れた。
「さて…ヴァレリア殿が居なくなったところで本題に入るか。」
「そうしましょう。いやはやあの跳ねっ返りぶりは肝を冷やしますわい。」
とあるソラシティの一室。紅一点が退室したため爺臭い黒一色に染まった、
正にそこは黒い陰謀を画策するに丁度良い場所である。
「では全会一致と言う事で…お変わり有りませぬな?」
「ソラ憲章に抵触する行為ですが仕方がありますまい。」
全員疲労の色が濃い…そこまでして欲しがるウルトラザウルス。
そこに何が有るのかは彼等のみが知っている。
「天亀正を投下する。」
この名前こそ仰々しいが実のところ特別装備を施したタートルシップの事である。
「ち!彼方の方が忙しいようでやすね!」
バイオ粒子砲の直撃を持ってしてダメージのない獅子にピンポイントで狙撃。
バイオスナイパーのヘルファイヤーは確かにトリニティライガーを捉えた。
だが驚くことにその地獄の炎すら鬣の回転で消し飛ばしてしまったのだ。
「なっ!?バイオ粒子砲はともかくとして後方からのヘルファイヤーさえ耐えきるのか!?」
「狙撃兵?彼方の意思での援助でしょうがトリニティライガーの前では無意味!
しかしこのままでは埒が空かない。」
もう一度今度は長い時間ビームをヴォルケーノに放つ。
クリスタルスパインからまた派手に蒸気が上がるがそれを無視しての長時間照射。
そう…ヴァレリアはヴォルケーノの隠された弱点を知っている。
無尽蔵に放たれている様に見えるバイオ粒子砲。
しかし貯蔵庫が確り有るのである…クリスタルスパイン。
ここに使用限度を超え流体と結合性両方を失ったクリムゾンヘルアーマー。
その屑をクリスタルスパインは溜め込む機能が有る。
しかしこの吸い殻のごとき粉末は非常に保存が難しく少々の温度変化で消滅してしまう。
その為クリスタルスパインはヘルアーマー以上の硬さを持つ水晶体で作られている。
だが幾らクリスタルスパインが硬かろうと熱を素通ししてしまうのは改善の余地は無い。
見る見る内にバイオ粒子砲に使用されるヘルアーマー屑は空っぽになり、
クリスタルスパインの内部は夜の色に染まってしまったのである。
「どこまで此方の手札を知っているんだ…情報漏洩どころの話ではない!」
ビームガンと言い四肢の爪や牙と言い特に特別な装備は無い。
だが確かにそれら全てがバイオゾイドを傷つけ致命傷を与えうる。
「そろそろカラクリには気付いているようだが、ならば少し!
学のない領域への飛躍を許そう…メタルZiとリーオの違いを。」
突然この近辺に存在するゾイドに爆発的な容量の情報が叩き込まれる。
その殆どは情報の上書き程度で済むが…そうでないものを受信したら?
当然一時的にその処理の為に一部の機能が麻痺してしまうのである。
情報を投げて寄越す代わりにゾイドの行動に不具合を与える情報爆弾。
ライブラリーボムの一撃である。
しかしトリニティライガーはそれを満足げに見ているだけだ。
絶対の自身と実績はこの機に乗じて全てを殲滅するに足る存在ではない。
そう誇らしげに見下していると言うように見える筈である。
メタルZiとリーオ。そもそも同じ鋼材の事を指している。
誰もがそう思っていたのだが、実は明確な違いが有った。
それは鋳造と鍛造の違いである。
一般にメタルZiは鋳造された状態。対してリーオはそれを打ち鍛えたもの。
純然とした違いが有ったのである。
何時しかどちらかの単語が消滅し一般には何方かで事が済んでしまう様になる。
そうして忘れられてしまったその差はそこに眠る力の差をも忘れさせたと言う事だ。
リーオには力がある。ヘルアーマーをいとも容易く切り裂き貫く力。
圧力には限界があるようだが基本的にそれ以外のダメージを無効化する。
それを何故いとも容易く撃ち抜けるのであろうか?
周囲の物体の固有振動係数に干渉を掛け全ての物質をリーオの進む方向へ。
他の物質の固有振動を止める力があるのだ。
そしてそれはヘルアーマーの特性を完全に潰してしまう効果を持ち…
結局の所唯の濃い金属イオンの液体と化したヘルアーマーは鱠の如く裂かれる。
更にそれはビーム等にも影響し同じ出力の砲や口径ならリーオの砲身、
それを持つ方が威力も射程距離も格段に変わってしまうのである。
更には固有振動を潰された物質は回りに影響を齎し結果またヘルアーマーを貫く。
つまりはそう言う事だったのである。
そこら辺のメカニズムが膨大な情報として流れ込んで来ていたのだ。
ゾイドバトル組合事務局のビルを出ると、俺は大きく深呼吸をした。
何だか分からないが、タチの悪いものに出会った気分だった。昔、ヒッチハイクで女の
子を乗せたことがあるが、後になってその場所が心霊スポットだと聞かされた。その時み
たいな妙な感じだった。
マッチメーカーのハキムの事務所に行ってみたが、不在だった。昼飯でも食いながら打
ち合わせをしようと思っていたのに、あの暢気者め、二日酔いで寝てるんじゃなかろうな。
自宅の場所を知らないから連絡のとりようがない。予定が狂ってますますイライラが募る。
懐から煙草を出し、一本くわえてジッポーで火をつける。すうっと吸うと紫煙が肺を満
たしていく・・あまりうまくない。二三口吸って通りかかった橋の上からぽいと投げた。
半分も吸われてない白筒は文句も言わずに放物線を描きながら川に落ち、落下時にじゅっ
と音を立てる。青空を映した川面をぷかぷかと漂いながら、相変わらずの無口で川下へと
流れていく。
「気分転換を兼ねて、ちょっと遊んでいくか」
※※※※※※※※※※※※※※※
俺が向かったのは、港に近い地区で倉庫が並んでいる地区だった。クラシックな煉瓦倉
庫なども見られる旧来の町並みの中に、質素だが豪奢な二階建の建物がある。一見金持ち
の屋敷のように見える建物だが、表札はかかっていない。俺はかまわず門をくぐると中庭
を通り、ノッカーを叩いて返事も待たずに分厚い扉を開ける。
「あら、ミスター・サージェス、いらっしゃい。今日あたり来てくれると思ったわ」
出迎えてくれたのは年の頃は七十ほどか。中世の貴婦人を思わせるシックなドレスに身
を包んだ太っちょの婦人が迎えてくれた。
「ごぶさただな。マダム・ペンデルトン」
実はここは「黒猫館」という。娼館である。知る人ぞ知る店で、並みの娼婦を買う金の
倍以上の金をとられるが、女性は全てオーナーであるマダムが厳選した上に礼儀作法や知
識をみっちり仕込まれているので才色兼備の粒揃い。一般人ならもっと安い、普通の店に
行く。ここに来る連中は金持ちが多い。
「俺がこの町に着いたのは昨日の夕方だぜ。一体誰に聞いたんだ」
「こんな商売やってるとね、耳だけは達者になるのさね。今週末のゾイドバトルの組合せ
を知りたがる、かまびすしいマニアはごまんといるからねぇ」
そう、俺がここに来たのは性欲を満たすためだけじゃない。裏の世間の情報収集しよう
と思えば、酒場と娼館と相場が決まっている。酒場の開いてる時間ではないから、選択肢
は娼館しかないじゃないか。
「畜生! 何故邪魔をする! 何故あのオタどもの味方をするんだ!」
「確かに私だって彼等を気持ち悪いとは思いますよ…。でもそれとこれとは話は別です!
私達は彼等を守る為に依頼された何でも屋ですよ!」
「ち…畜生…チクショォォォォォォォォォ!!」
美国隊長の断末魔の叫びと共に大龍神のドラゴンクローがアーマコングの重装甲を
容易く紙の様に斬り裂いていた。
「さ〜て! これで終わりですね。」
「い〜や…まだまだだな…。」
「え〜? また何かあるんですか〜?」
先の攻撃部隊を全部殺してしまった事もあって、敵とは言えこれ以上殺しすぎるは
どうかなと思ったミスリルはこの美国隊長だけは生きたまま逮捕して後はアッキバ王国の
法の裁きに任せようとしていたのだが、そんな美国隊長の口から出た言葉にミスリルは
呆れていた。が…
「フ…フフ…。お前達はやってはならない事をした…。もしかしたら我々に潰されて
いた方が遥かに幸せだったのかもしれないぜ…。」
「な…まだ背後にとんでもない物が控えてるとかですか?」
「そうさ…だがもう遅い。アレはもう発射されてしまった…。何しろ私のコングが
機能停止すると共に発射される様にセットしていたからな…。」
「え!? 発射されるって…。」
「ま…精々頑張る事だな…。」
そう言って隊長はアッキバ王国警察に連行されて行ったが、彼の言った事は一体
どういう事であろうか…。ミスリルが湾岸から空を眺めていると、そこでスノーが
小さなノートパソコンを片手に現れた。
「どうしました? ナットウさん?」
「まだ戦いは終わってはいない。」
「え?」
「彼等は最後にとんでも無い物を用意していた。」
まるで指が消えてしまったかのように錯覚させる程の超高速タイピングでスノーは
ノートパソコンを操作し、ディスプレイにアッキバ王国周辺の地図と、そこに接近して
いる大型の物体を表示していた。さらにその大型の物体を拡大された結果、ホエール
キング級のゾイドが接近している事が明らかになったのである。
「何だ。ホエールキングじゃありませんか。大した相手ではありませんよ。」
「それは違う。ただのホエールキングでは無い。このホエールキングの内部には
大量の爆薬が敷き詰められているし、コアもオーバーロード状態になっている。」
「え!? って事は…。」
「そう…。このホエールキングは言うなれば超巨大なミサイル。」
「ええ!?」
ホエールキングは通常ならば巨体を生かした輸送ゾイドとして使用される事が多い。
しかし、現在アッキバ王国に接近しているホエールキングは通常輸送の為に使用される
スペースに爆薬を敷き詰め、ゾイドコアそのものも自爆を前提にした臨界稼動が行われて
いる。もしこれが爆発すれば都市一つ二つが吹っ飛ぶ所の騒ぎでは無い。確かにミスリル
の大龍神にもメガトン級の威力を持つ兵器が一つ二つ存在してはいるが、このホエール
キングミサイルの破壊力はもしかするならギガトン級の物になるかもしれない。
ミスリルは忽ち真っ青になり、大急ぎで警察に連行されていた美国隊長の所まで走った。
「貴方が先程仰っていたのはまさか今ここに飛んで来てるホエールキングをまるごと
ミサイルに改造した奴ですか!?」
「お? どうやってそれが分かったのかは知らないが…まあその通りだ。我々がこの国を
占拠して美しい国に作り変える事が出来なかった際に作動し、この国を吹き飛ばす為に
用意した我々の最終兵器。“ホエールキング・ザ・アトミック”。だがそれを知った所で
もう遅い。既に発射されたのだからな。さあどうするかな? 無理に攻撃すれば満載した
爆薬に引火して大爆発を起こすぞ。この国の外の海上で爆発させたとしても、こんな
小さな国くらい簡単に飲み込める大津波を発生させられる程の爆発がな。」
「それだと貴方もまとめて死にますよ?」
「構う物か! どっちにせよこの国の汚物どももまとめて葬る事が出来るんだ!
この国が無くなれば世界は美しく生まれ変わるのだぁぁぁぁぁ!」
「あ…さいですか…。」
美国隊長はミスリルが呆れる程大笑いしながら連行されて行ったが、ミスリルはとにかく
自身のスポンサーであるイベントの主催者にこの事を連絡し、イベントに参加していた
愛好家達や周辺の市民をシェルターへ避難させるようお願いした。現在アッキバ王国に
接近中のホエールキング・ザ・アトミックの爆発力はシェルター程度でどうにかなる
レベルを超越しているが、それでも無いよりはマシ。とにかく市民をシェルターに避難
させる事でパニックを抑えようと言うせめてもの考えであったが、その後でミスリルは
大龍神に搭乗し、ホエールキング・ザ・アトミックが接近している方角の湾岸に移動した。
「どうするの? ミスリル。下手に攻撃したら爆発するんでしょ?」
「いや、まだ手はありますよ。こう言う状況こそ“四連縮退消滅砲”の出番です。」
「え? 何それ…。何か聞き覚えのある名前だけど……あっ!」
「ティアちゃん思い出しましたか? そりゃそうですよね。これを使うのは初めて
ティアちゃんと出会った時以来なんですから…。」
“四連縮退消滅砲”
通常のギルタイプがGカノンを装備している場所に装備されている武装。Gカノンが
超重力によって対象物を押し潰す物であるのに対し、四連縮退消滅砲は高速射出した
マイクロブラックホールを直接相手にぶつける事で空間ごと消滅させてしまう。
そういう意味では理論上どんな物質であろうとも防御不可能と思える装備なのだが、
初めて使用した相手が本体がアストラル体であるが為に物理的な破壊が無意味な
亡霊ゾイド“Zゴースト”(現ティア)であった為、大した成果はあがらなかった。
しかし、ホエールキング・ザ・アトミックは明確な物質世界に存在するゾイドだ。
だからこそこの四連縮退消滅砲で爆風もろともにこの世界の空間から消滅させる。
これがミスリルの考え得る最良の作戦だった。が…
「でも…まだ問題はあるんですよね〜…。」
理論上どんな物質も消滅させられる四連縮退消滅砲にも欠点はある。それは効果範囲の
狭さにある。対象を消滅出来る範囲が精々一発で小型ゾイド一機分にしか無いのである。
この場合、数百メートル級のホエールキング・ザ・アトミックを完全消滅させるには
何十発…いや…何百発と直撃させる必要があった。
「さて…オーバーヒートは覚悟するとして…エネルギーが持ちますかね…。」
マイクロが付くとは言え、人工的にブラックホールを発生させるのは粒子砲系の武装
以上にエネルギーを食うワケで、それを数百発発射するとなれば大龍神としても相当な
負担が掛かるのは必至だ。しかし、そこでゴーストンとエアットが隣に付くと共に
コードを伸ばし、大龍神と直結させたのである。
「ティアちゃんにナットウさん!?」
「これで少しはエネルギーの足しになると思うのよ!」
「その様な粗末な装備で人工ブラックホールを発生させられるとは流石だ…。」
スノーのコメントがちょっと余計だったが、まあ彼女の場合は惑星Ziの基準と一緒に
考える方がナンセンスなので仕方が無かった。
「よし! それじゃあ四連縮退消滅砲行きますよ!」
「うん!」
「エネルギーリンク…開始…。」
ゴーストンとエアットのエネルギーが大龍神へ送り込まれ、大龍神もまた両翼の
四連縮退消滅砲へエネルギーを集中させた。
「四連縮退消滅砲!! シュート!!」
「勇者様は最初こそ弱いものの、最終ステータスは全て高レベルでバランスよくまとまっ
ちゃう素晴らしい成長を見せてくれるのが王道ですなぁ。こいつも始めはジャンク同然の
ゴルヘックスだったが、今や見るがいい、ほれ!」
全身の突起がわさわさと動き、スライドし、割れ、回転し、次々と現れる奇奇怪怪な
武装の数々。どこにそんなスペースがあったのだ――とは、恐らく訊いてはいけない。
「この、森羅万象的(中略)最強ゾイドはッ! 我が技術力と経済力の全てをつぎ込んだ
圧倒的厨武装……げふんげふん、もとい超武装で身を固めているのだ!」
「武器が多けりゃ強いのは、格下相手の話だ。 俺の“剣”を見てもまだ、余裕こいて
自己紹介を続けられるか!?」
アービスの掲げた剣が鳴動を始める。唸るような低音から、耳を貫くような高音へ――
そして、可聴領域を超えて超音波へと高まっていく。
「個体は粉砕され、液体は気化する……『神哮』!」
不可視の波動が枯れた地底湖を駆け巡り、床を、壁を、天井を破壊し始めた。
「音波攻撃!? これは……キングゴジュラスのサウンドブラスターと同じタイプの!」
「音か。しかし効かぬよッ!」
ゴルヘックスの周囲に展開される、球状のシールド。目を凝らせば、それが二重になっ
ていることが見て取れる。
シールド内に量子テレポートしたイヴは、内部からは外の音声がまったく聞こえないこ
とに気づく。
「なにをしたの? 音を遮断する力場なんて、聞いたことがないわ」
「音波とは何らかの物質を伝わってくる振動だ。二重に張ったフラクタルバリアの内部を
減圧し、超高真空の空間を作り出した。媒質が無ければ、どんな騒音も届くまい」
「でも、Eシールドや電磁シールドでは空気の流入を遮断できないはず……」
「まあなんだ、バリアに触ってみなさいな。害は無いぜ」
言われたとおり、イヴが半透明の球面に触れると、そこには確かな手ごたえがあった。
その防壁は何もない空間に展開されたにもかかわらず、堅い実体を持っていたのである。
「なに、これ!?」
「いいねぇ、女神さまが驚きっぱなしだ。……これぞ光子力研究所式・『割れるバリア』
であるッ! Y田R雄的にはガラスの中にプラズマ詰め込んでるとかいうシステムらしいが、
コイツのバリアは超弦理論に基づき折りたたまれた高次時空に干渉(中略)……こうして
見事に半球形で、光ってて、叩けばガンガンいうし、過負荷が掛かればパリーンと鳴って
割れるバリアの出来上がりだ! 崇めるがいい!」
荷電粒子砲が飛んできた。光速にまで達した強大なエネルギーの奔流が球状の障壁にぶ
つかると、バリアにひびが入り始める。しかしデイビッドはむしろ目を輝かせて言う。
「見とけッ! 来るぞー、来るぞー、バリア割れます! 割れちゃいますゥ! アッー!」
盛大な音を立てて砕け散るバリア。大気に溶けるかのごとく消えていく光の欠片の中を
ゴルヘックスは稲妻のように飛び回った。
「すすす、す、素晴らしいッ! まさにこれこそ夢! そうそれは現を蝕む夢ッ!」
量子テレポートで逃れたイヴはと言えば、もはや絶句するほか無い状況である。
「どういう技術レベルなの? 二十年前の大戦以前は、かつてない超技術が栄えたと聞く
けれど……これは異常だわ。“ピネジェム”のレベルを越えてるなんて」
味方ですらこうなのだから、彼を敵に回したアービスの精神が加速度的に追い詰められ
ていくのは必至であった。
「何なんだ? あのイカレ野郎がどんな武装を使ってるのか、まったく解らねえ!」
ならば砕くのみ――巨竜の手にした剣“ティアハング”が、再び唸りを上げる。
そこへ迫るデイビッド。翼持つハリネズミ(またはウニ)の後光が何と眩しいことか。
「鳴らして攻撃するしか能のない楽器なんざで、武力の象徴たる剣を名乗るんじゃあない!」
「侮ったな、このティアハングの力をただの音波攻撃だと――そしてテメーは敗北すんだ
よォォ、この俺になァ!」
刹那、光の球が二対のゾイドを包んだ。
プラズマの塊は半瞬と経たぬうちに膨張する爆発へと転じ、それを見ていたイヴの全身
を熱線が灼く。
身体を再構成しながら、機械仕掛けの女神は敵の能力を分析する。
「巨大な電子レンジかなにかで加熱されたように、空気が瞬時にプラズマ化した……一体
どういう力? 音波攻撃と、熱攻撃。共通するものは……振動……分子振動……」
この間、イヴはデイビッドの心配などまるでしていない。するだけ無駄なことが徐々に
わかってきたためである。
「振動子のエネルギーを高める剣なの……? だとしたら、かなりの強敵ね」
「関係Nothingナリよぉ!」
やはり、というか何というか、デイビッドの機体は輝くプラズマの中から傷一つなく
飛び出してきた。
「俺様のスペリオルで究極な機体がこの程度の攻撃で倒れるとお思いですかボケがァァ!
世界中で発掘された大戦前のパーツをネット競売で落としまくった我が愛機は、攻撃力と
防御力が非常に、非ッ常に高レベルで纏まっているのである! 喰らうがいい!」
次の瞬間、アービスは理解しがたいものを見た――ゴルヘックスの前足が、炎を吹き上
げて『飛んできた』のだ。
対応の遅れは一瞬、しかしそれは致命的な時間。飛来した前足が、デスザウラーの顔面
を強打した。その衝撃は予想を遥かに超えて大きく、竜の巨躯が宙を舞う。
「決まったッ! 決まっちゃったよ父さんロケットパンチだよ兄さん! 運動エネルギー
ベクトル偏向装置を組み込んだ前足は、全運動エネルギーを一分のロスもなく敵へと伝達し
反作用として後方に発生するはずの力を反転させることで威力は二倍にもなるのDEATH!」
しかし、まさに絶頂を維持していたデイビッドの昂揚に翳りが差す。
「む――ロケットパンチが戻ってこない。絵的にはカッコ悪いが必須のアクションだと
いうのに。一回限りの隠し技なら、舞浜シャイニングオーシャンパンチと叫ばなければ」
本来なら敵を殴り飛ばした後で後ろ向きに戻ってくるはずの前足が、忽然と消えてしま
っていた。
「ふう……トンデモ兵器に驚かされたが、何のことはない。実用性を考えずに騎士と戦おう
なんて、マヌケなことを考えやがったな。テメーの足は今頃、よく解らん液体になって
その辺に飛び散ってるはずだぜ」
起き上がるアービスの機体は、さすがにフレームからして頑丈で損傷が見当たらない。
彼はインパクトの瞬間、吹き飛ばされながらも剣をひと薙ぎし、飛んできた左前脚を
加熱、融解させていた。
「そして、足が戻ってこないのを訝ってる間にテメーの機体はガタガタだ!」
「む? なんと、壁面からフォノンメーザーを!?」
フォノンメーザーは、乱暴な言い方をすれば『音のレーザー』である。音といっても
可聴領域を超えているから耳には聞こえないし、目にも見えることはない。しかし威力は
それなりのもので、対象物の分子を激しく振動させることで、急激な加熱や共振破断など
を引き起こすことができる。
粒子の振動を支配する“ティアハング”は、伝播する振動の媒質となる物体であれば
いかなるものをもフォノンメーザーの砲身に変えてしまえるのだ。
デイビッドは呆けたように沈黙し、ゴルヘックスも微動だにできない。
「じっくり削ったからな、さすがに気づかなかったか? とにかくその機体は、もう動く
こともままならねえ。身体の芯から震えて、砕け散れ!」
アービスの剣が宙に浮く針山へと向けられ、激しく鳴動した。彼の眼前、モニターの中
でゴルヘックスが身をよじり、悶え、フォノンメーザーで脆くなった間接部から崩壊して
いく――完全な勝利。しょせん、能力を有するわけでもない子供などに強化人間が負ける
ことなどありえないのだ……。
次の瞬間、モニターがレッドアウトした。
機体の異常を知らせるエラーウィンドウが一斉に出現し、画面を埋め尽くしたのだ。
続いてスピーカーから聞こえる、不気味で醜怪な笑い声。
「っふ、くっふふふふふふふ、ふはははは……」
全ての画面に光が戻った。そこには、画面いっぱいに下卑た笑みを広げる少年の顔。
「フヒヒ、いやぁこんなにも鮮やかに引っかかってくれる奴が相手だとなんだか清々しい
なぁ。お前、噛ませ犬になるべくして生まれてきた男を名乗っていいぞ。来世でな」
「何だ!? テメー、いつ攻撃してきた――?」
自分の勝利を一度は確信していたアービスは、あまりの自体に認識が追いついていない
様子だった。
そんな彼を見るデイビッドの目には、侮蔑・嘲弄・憐憫・優越――あらゆる
悪意が楽しそうに光っている。
「俺様のロケットパンチは特別製でな。殴ると同時に、神経形成された装甲や武装から
こちらの意のままに偽の信号をコアへと送り込む分子機械を叩き込むのだよ。
視覚情報のフィルタリングを解いた。見よ、我が愛機の左前脚は無事ぞ」
視界を戻されたモニターの中で、依然として宙に静止する敵機はまったくの無傷。
「おわかりか? 貴様はあの瞬間から、俺様の手の中で踊り狂っていたに過ぎんのだ!
壁からのフォノンメーザーには感心したが、それも実際は見当違いの方向に撃っていたの
では効くはずも無かろうなぁ。何もない空間に剣をブチ込んで勝ち誇る姿はなかなかに
愉快だったぞ。録画しといたから、あとで動画投稿サイト経由でZちゃんねるに流して
おこう。動画のタイトルは……そうだな、『キ○ガイ、見えない敵と死闘す』
こんなところでどうかねぇ? いやか? 反論は認めない。ざまぁwww」
雷に打たれたようなアービスの前で、光の翼を背負った悪魔が動き出す。
「では、そろそろ宴の時間も終わりだ……見せてやろう! 最終必殺兵器発動コード
『大いなる遺産』承認、ゆうに二分半は掛かるのにその間は敵が攻撃できない変形バンク
タイムスタート! ちゃららー♪ ちゃっちゃらー(地獄のような約一分間を中略)
……変形完了! そして時は動き出す――焼き付けろ、この勇姿! これが、ATフィールド
だろうがアリシア人の精神防壁だろうが瞬時にブチ抜いてあらゆる物を光にまで分解して
くれちゃう俺様の切り札――『全宇宙共通・漢の浪漫ドリル 〜人々の喜びに、捧げられし犠牲〜』
……で、あるッ!」
頭部の真上にあった突起が想像を絶する変形を果たし、気づけばそれは巨大なドリルと
化していた。
翼の光を照り返す螺旋は神々しくもあり、それでいて禍々しく。
「モニターがエラーメッセージで埋め尽くされた瞬間の貴様の表情と来たら、もう、ごめん
テラワロスwwwwwwうはwwwwwwww永久保存版wwwww
どんな気分かね? 確実に勝っていたはずの戦いが全て夢で、現実は己の紛うことなき
敗北であると知ってしまった気分は?
どれほどのものかね? 自分が敵の手のひらの上で踊っていただけだと教えられた絶望は?
おっとレスは返してくれなくて結構! 貴様には自分の人生のエンディングテーマを
聞く暇も、スタッフロールを見送る時間も与えん 死ねぃッ!」
そして輝く奇形ゾイドが放った一撃を、言葉に表すことなど誰にもできなかっただろう。
ドリルの回転が加速していくにつれ空間は歪み、時の流れは泥濘を泳ぐ魚のように遅く、
全ての光が螺旋の頂点に向かって『落ちて』ゆく。
一瞬は引き伸ばされた永劫と化し、奇怪な幻影が乱舞した。あるはずのない雲を割って
龍が雷の吐息を吐き散らし、どこからともなく降ってきた隕石が居るはずのない恐竜を
絶滅させる。
ドリルの直撃を受けた騎士アービスは、機体もろとも素粒子レベルまで分解され、
天と地がねじれる世界の中で『見えるはずのない』地平線の彼方へと消えていった。
デイビッドが敵のコントロールを掌握してからの一部始終を静観していたイヴは、存在
していた痕跡ひとつ残さず消し去られた敵手に、憐憫を覚えずにはいられない。
「きっと、あのアービスって子が騎士の中で一番ヒドい死に方をしたでしょうね……」
<つづく>
「今の時間なら何人かいるけど、どの子にする?なんだったらあたしがお相手してあげて
もいいわよ」
「そりゃ光栄だ。だが俺程度のお相手をして貰うのにマダムじゃ勿体無いよ。もっとレベ
ルの低い子が俺様にはお似合いさ」
「ふふん、世辞を言うならもうちょっとましなことを言いな。そっちの方はあんたのお師
匠さんの足元にも及ばないね。まあいい。ちょうど先週入った子がいるんだけど、その子
でどうだい」
「マダムの目に適う子なら俺に文句はない。まかせるよ」
「時間はどうする?もちろん朝まで、だろ」
「実はまだすませてない用があってね。すまないが三時間で頼む」
「野暮だねぇ」
俺だってできればゆっくり楽しみたい。逆に、女を抱くだけなら一時間もあればいい。
ひと時の愉楽の後、女の子に腕枕しながらいろいろな話を聞くには、最低でもその位の時
間は必要なのだ。
金を払って部屋の鍵を受け取る。やたらと大きなキーホルダーで、部屋の名前が書いて
ある。階段を昇って二階にいき、一応ノックをしてから鍵を開けて中に入る。
「いらっしゃいませ、旦那様」
中には、齢の頃は二十代半ばか、金髪でやや背の高い美女が中世の貴婦人を思わせる
ボリューム感のあるロングスカートを両手で軽く持ち、優雅にお辞儀してみせる。
「・・やっぱりお前か」
そんな予感はしたんだ。俺を見て花のような微笑みを見せる美女とは、初対面ではない。
マーガレット・オハラ、それが彼女の名前だそうだ。女優みたいな名前?あたり前だ。
大昔の地球の映画から取った名前だ。偽名に決まっている。だがその容貌と相まって、
それらしい雰囲気を醸し出している。
本業は娼婦じゃない。諜報部員、ひらたく言えばスパイだ。本当の名前は不明、年齢不
詳、そもそも、彼女を雇っているのが誰か、国か企業かフリーか、それすら俺は知らない。
知り合ってから二、三年になるが、二、三ヶ月おきに向こうから接触を図ってくる。い
つも突然でこちらの予想を超えた登場のしかたをしてくれる。
「お前か、とはずいぶんね。私に会えるのを心待ちにしてる人達は大勢いるってのに」
「はいはい『俺も君に会えてとても嬉しいよ』これでいいか」
「ぜんぜん感情がこもってないわね。まあいいわ。昨日の今日でここに来たってことは、
何か知りたいことがあるんじゃないの」
相変わらず、回転の早い女だ。そんなところも彼女の魅力だ。
「手っ取り早くて助かる」
片翼にそれぞれ二門。合計四門の砲から加速された人工ブラックホール弾が超高速で
空の彼方へ突き進み消えて行った。目標は現在アッキバ王国へ向けて接近している
ホエールキング・ザ・アトミック。そしてまず第一射目が着弾した。着弾と同時に
ホエールキング・ザ・アトミックの機首部分にそれぞれ四つの球状の穴が空くかの
様に抉り取られた。しかし爆発はしない。効果範囲こそ狭いが空間ごと対象を
消滅させる事が可能な四連縮退消滅砲が故の特性。だがやはり効果範囲の狭さは
今回においてネックだ。実際機首部分のほんの少ししか消滅させる事が出来ていない。
その間にもアッキバ王国目掛けて進行中であり、かつ数百メートル級のホエールキング・
ザ・アトミックを完全消滅させるには四連縮退消滅砲を何百発とぶつける必要があった。
「四連縮退消滅砲!! シュート! シュート! シュート!」
周囲に無駄にエコーがかけられたミスリルの叫び声が何度も響き渡り、その度に
大龍神は四連縮退消滅砲を未だ目視距離には存在しないホエールキング・ザ・アトミック
へ発射し続けた。確かに着弾の度にホエールキング・ザ・アトミックの巨体が抉り取られ
空間ごと消滅していくが…それでも前述の理由によって完全消滅とは程遠い。
このままではホエールキング・ザ・アトミックがアッキバ王国に着弾してしまうのは必至。
例えほんの少し残っていたとしても一度爆発してしまえば周囲の被害は計り知れない。
それを防ぐ為には四連縮退消滅砲によって爆発させずに空間ごと消滅させるしか無いの
だが、少しは人工ブラックホール弾を何百発と生成して発射しなければならない大龍神の
身にもなってくれ。人工ブラックホールを発生させるのは荷電粒子砲とはワケが違う
くらいエネルギーを喰うんだよやっぱり。それを何百発と発射するのはそりゃ超大出力の
大龍神を持ってしても重労働。ゴーストンやエアットの協力を加えても焼け石に水。
ホエールキング・ザ・アトミックを完全消滅させるまでエネルギーが持つか分からない。
そうなってしまえばホエールキング・ザ・アトミックが起爆してアッキバ王国は消滅し、
大津波が発生して周辺国家も巻き添えを受けてしまうだろう。もはや万事休すか…
そう思われた時だった。
「うおおおおおお!! 何か良く分からんけどあの可愛いロボッ娘ちゃんがピンチだ!
こう言う状況で俺達が助けないでどうする! 皆は行かなくても俺は行くぞ!」
「馬鹿野郎! 抜け駆けするな! 一人だけ良い格好はさせんぞ!」
何と愛好家達が立ち上がり、彼らの乗る痛ゾイド達が大龍神の方へ殺到して来たのである。
「後が騒がしいですね? ってキャア!」
「何か一杯来たのよ!」
「汗臭い…。」
いきなり大量の痛ゾイドが殺到して来てミスリル達も戸惑いを隠せずにいたが、彼らは
次々にコードを伸ばして機体同士を直結させ、大龍神にエネルギーを送り込み始めた。
「エネルギーが足りないなら俺達のエネルギーも使え!」
「何か良く分からんけどエネルギーが必要なんだろ!?」
「え!? あ…ハイ…。」
予想外の展開にミスリルもやはり戸惑っていたが、とにかくエネルギーを大量に供給する
事が出来たのは助かる。そして各愛好家達の痛ゾイドから貰ったエネルギーを持って再び
四連縮退消滅砲を高速発射した。
「四連縮退消滅砲!! シュート!!」
「行けぇぇぇ! 巨大ミサイルを吹っ飛ばせぇぇ!」
「いや、吹っ飛んだらダメなんだって…。」
アッキバ王国を守る為…多くの人々の命を守る為…何よりアッキバ王国の誇るコンテンツ
文化を守る為に愛好家達の心が一つになり、彼らからエネルギーを預けられた大龍神は
四連縮退消滅砲を持ってホエールキング・ザ・アトミックを少しずつ消滅させて行った。
話としても盛り上がるし、格好良くかつ感動的な光景であったが…やはり大龍神の周囲を
囲むアニメや漫画に出てくる女の子のキャラクターのイラストなどがデカデカと描かれた
痛ゾイド達の姿は何とも異様だった。そして何より…彼らを汚物と考える美国の者達に
とってこれ程目障りな物は無いだろう。
「何か飲む?」と聞かれたので「何でもいい」と答えたら、紅茶が出てきた。午前中は
コーヒーばかり飲んでたから丁度よかった。正直、アルコールの方がよかったのにと思いな
がら一口飲んで驚いた。セイロン産の一級品である。デルポイ大陸の南方に浮かぶこの島
は地球産のお茶の栽培に適した気候で、特産品のお茶のPRのために、島の名前まで変え
てしまうほどの力の入れようである。
さらに淹れ方も絶妙である。俺は師匠から「武士のたしなみ」としてテーブルマナーや
料理の仕方まで叩きこまれ、当然ながら茶道も教わった。やや違うように思われるが、基
本は温度管理とタイミングにつきる。湯が熱すぎれば香りは飛んでしまうが温すぎては味
も風味も出てこない。早すぎれば茶葉が開かず十分な味は出てこないが長すぎると余分な
苦味がでてしまう。彼女の淹れ方は完璧だった。独特の甘みと微かな苦味、それに何より
この優雅な香り。
そんなわけで俺は紅茶を楽しみつつ、彼女の鳥のさえずりのような声を聞いていた。
「デイリー・オズボーンがゾイドバトル組合長に就任したのは一年半前。父親のバクスター
・オズボーンは港湾組合の組合長をしているわ」
このミネヴェア港がニクスとデルポイを結ぶ海上交通の要衝にあるのは既に話した通
り。その港湾組合となれば、ゾイドバトルとは比べ物にならない利権が絡んでくる。おそ
らくこの町で五本の指に入る権力者だ。
「なるほど、親の七光りか」
「一応、選挙はしてるけどね、投票権のある理事達は全て父親の息がかかってるから出来
レースには違いないわね。もともと、組合長にはお兄さんがいて、父親はお兄さんの方に
期待してたみたい。でも二年前に急に亡くなって。急遽、普通に会社員をやってた次男を
呼び戻して、後継者にするための勉強として、まずはゾイドバトル組合の組合長に据えた、
というわけ」
ゾイドバトル関係組織のトップといえばどの町でも偉そうにふんぞり返ってるものだ
が、妙に腰が低いと思ったら、そういうことだったのか。
その後も、彼女はゾイドバトル組合や組合長の内部事情についてこまごまと教えてくれ
た。どうやらあの組合長はやや軽く見られる傾向があるものの、組織の運営はうまくやっ
ているらしい。
「それと、若い秘書には会ったわね」
「会った。たいそうな美人だな。男に美人という形容があってるかどうかは分からんが。
組合長の甥だそうだな」
「祖母の従姉妹の結婚相手の妹の子、だから親戚には違いないけどね」
「・・・随分と離れた親戚だな。殆ど他人じゃねぇか」
「そうね。噂では組合長に体を売って今のポジションを手に入れた、って話よ」
「ちょっとまて!体を売るってのは・・・臓器売買とかそういうことじゃなくて」
つい、デブの中年親父と若い美少年の絡みを想像してしまってゲンナリする。
「そういうことじゃない方よ。実際、単なる噂じゃないわよ。二人が一緒にホテルに入っ
た証拠も幾つかある。彼の実家は貧乏でね。高校も奨学金を貰って卒業してる。つてを頼
ってこの町に来たのはいいけど、上京してきた当初は生活費にも困る有様だったみたいね。
彼のゾイドバトル用のゾイドなんかも、組合長が手配してるわ。遠縁の親戚を援助するに
しては、あまりにも高額すぎるわね」
「ああ、あの若さでライトニングサイクスなんて高価なゾイドに乗ってるからおかしいと
は思った。だが、俺もビデオで見たけどあの腕は本物だぜ」
「ええ。高校の通信簿も見たけど、全ての教科がAかSばっかりよ。特にゾイドの操縦技
術はずば抜けてたみたい。まさしく文武両道ね」
「ちょっと待て、通信簿?」
「ええそうよ。それが何か」
「いや、何でもない。話を続けてくれ」
どうやって手に入れたか知らないが、この女の底知れない情報収集力の一端を見せつけ
られて、ちょっと寒気がしたのだ。
「ゾイドバトル通算十一ケ月で十七戦十五勝二敗。“音速の貴公子”と呼ばれ、女性から
の絶大な人気もあって将来のチャンピオン候補、だった。最後の一戦で負傷するまでは」
びっこを引くほどの怪我をしてはゾイドバトルで戦うことはできない。
「でもゾイドファイターを引退して正解だったかもね。組合長の秘書としてまだ数ヶ月だ
けど、既に頭角を顕しはじめてる。頭はきれるし、下の者に対する気配りも出来てる。若
い職員には慕われてるみたい。特にOLの中には「彼のためならどんな事でもする」とい
う熱狂的信者が山ほどいるわね。ただ、年配の幹部連中からは嫌われてるわ。「尻ひとつ
で今の地位を買った」と馬鹿にしてるわね。実力だけ見れば数年後には幹部になり、将来
は組合長になってもおかしくないけど、前途は多難みたい」
「なるほど、あいつも苦労してんだなぁ」
「ところで、最近勝ちまくってるディバイソンがいるらしいなぁ」
さりげなく言ったつもりだったが、マーガレットは微笑んでみせた。
「やっぱり、今回のターゲットはあのディバイソンなのね。この情報は高くつくわよ」
「構わない。代金はいつもの報酬から引いといてくれ」
と言って、俺はジャケットのポケットから五センチ四方の黒っぽいカードを出す。
これが彼女が俺に接触を図ってくる理由だ。俺が出したのは記録ディスク。これ一枚で
新聞に換算すると百年分のデータが保存できる。この中には、俺が最近数週間の間にゾイ
ドバトルで対戦した相手のあらゆるデータが入っている。ユーリがコマンドウルフのセン
サーから読み取ったデータはもちろん、行動記録とそれに伴う行動予測シュミレーション
まで入っている。彼女がなぜそんなものを欲しがるのか、何に使うのか、俺は全く知らな
いが、定期的に現れてはデータと交換に大金を置いていく。それが俺達の習慣になってい
た。タイミングからしてそろそろ現れる頃だと思って、最近の対戦データをダウンロード
して持ち歩いていたのだ。
「オーケイ、サービスにしといてあげてもいいけど、それじゃ貴方も納得しないでしょう」
「オットー・マーチン。二八歳。戦績は五年間で十三勝五七敗三引き分け。ただし、五ヶ
月前にゾイドを乗り換えてからの戦績は十勝○負。バトルネームは“駄牛”(ユースレス)
から“狂牛”(マッド・オックス)に変わったばかり」
と言いながら、彼女は傍らの文机の引き出しを開けて、書類の束を出して俺に差し出し
てきた。最初の紙には小さい写真が貼ってあり、男の個人情報が書いてある。要は履歴書
だ。二枚目以降にも男の個人情報に関する書類のコピーが添付してあり、内容に沿って彼
女の口は歌でも歌うかのように滑らかに、立て板に水を流すかのように説明が続く。
こいつ、俺がここに来ることを予想してやがったな。
「それとこっちが、ディバイソンのデータ。貴方の“彼女”なら、これを参考に対策が立
てられるんじゃなくって」
と言いながら、俺が渡したのと同型のカードを出してきた。
「これは何だ」
「何、って?ディバイソンのデータに決まってるじゃない」
「とぼけるな!基本的なデータは対戦記録のビデオからでも取ることは可能だ。そんなあ
りきたりのものをお前が用意するわけないだろうが!」
「察しがいいわね。それは対戦した相手のゾイドから抜き取ったデータよ。それともう一
つ、整備工場でディパイソンをメンテした時にとったデータもあるわ」
俺は唖然とした。確かに、近距離で正対した状態なら、より詳しいデータが取れる。俺
から買ってるのと同じ要領で、対戦経験者からデータを買ったのだろう。しかも、整備工
場で取った記録なら、精度の高さは折り紙つきだ。
「何故だ…何故そこまでしてあがく! 貴様らはゴミだ…汚物だ…性犯罪者予備軍だ!
貴様らを生み出したこの国の文化などあってはならない! 消さなければならない!
なのに何故…何故皆我等の邪魔をするのだ!?」
「そりゃ〜…誰だって自分の好きな物を消されるのは嫌だし…。まあそんな事よりも
君も私の書いた同人誌買わんかね?」
既に警察に取り押さえられていたが、それでも必死に叫んでいた美国隊長の言葉に
そう答えたのはさり気なくその場にいた覆面X。そしてその間にも痛ゾイド達は大龍神に
エネルギーを供給し、それを元に大龍神は四連縮退消滅砲を撃ち続けていた。
「ミサイルが見えて来たぞー!」
愛好家の中の一人が叫んだ。彼の言う通りついにホエールキング・ザ・アトミックが
目視距離にまで接近していた。既に四連縮退消滅砲を何発当てたか分からない位当てて、
あちらも全身が穴ぼこだらけになっていたが、それでも飛び続けている。なんと言う
耐久性。あれでは爆発力もかなりの物を維持しているに違い無い。皆は真っ青になり、
ミスリルも慌ててひたすらに四連縮退消滅砲発射ボタンを押しまくった。
「ヤバイヤバイヤバイです! 早く! 早く消さないとぉぉぉ!!」
「エネルギーはこっちも一杯一杯だぁぁぁ!」
とにかく大龍神はひたすらに四連縮退消滅砲をホエールキング・ザ・アトミック目掛けて
撃ちまくった。だがホエールキング・ザ・アトミックは装甲部が全て消滅させられ、骨組
だけにされてもなお飛び続けている。やはり骨組もろともに全てを消さなければ不味い。
非常に不味い。少しでも残っていればその爆発によってアッキバ王国が多大な被害を被る
のは必至。ホエールキング・ザ・アトミックを完全に消滅させるべく大龍神は四連縮退
消滅砲を撃って撃って撃ちまくり、消滅させ消滅させ消滅させまくった。そして…
「ど…どうなった…?」
「ホエールキング・ザ・アトミックの反応無し。空間ごと完全消滅した…。」
「え…。」
「…。」
スノーの状況報告と共に皆が一瞬沈黙した。だが、その直後に一斉に騒ぎ出したのである。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うひょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
周囲に人々の歓喜の声が響き渡った。これで美国の野望は全て失敗に終わり、
アッキバ王国及び周辺諸国を襲った最大の危機は回避されたのである。
「ハイチーズ!」
「………。」
戦いが終わった後、ミスリルは記念写真責めを受けていた。今回の事で何かかなり
愛好家達に気に入られてしまったらしい。だが、その時の愛好家達が余りにもアレ過ぎて
ミスリルも苦笑いする事しか出来なかった。これはむしろ戦いより辛い。
「せ〜の…ロボッ娘ミスリルたん萌えぇぇぇぇぇぇ!!」
「ヒィィィィィィ!! こんな人達に気に入られるなんて嫌ぁぁぁぁぁぁ!!」
ミスリルは頭を抱えて叫ぶしか無かった。こんな人達に好かれるくらいなら、自分を
ロボットだからと言う理由だけで恐れて拒絶する者の方がまだマシだと…むしろ否定して
欲しかった。やはり世の中とは上手く行かない物なのであろう。
「是非次のイベントの時にも来てねぇ!?」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
今回の事件をきっかけとして愛好家達のアイドルにされてしまったミスリルであったが、
むしろこの愛好家達こそが後々超強力な味方になろうとは今この時夢にも思わなかった。
他にもイベントの締めとして何故か歌まで歌わされたりしたのだが…
『私は〜ミスリル♪ スーパー・バトル・ヒューマノイド・インターフェース♪』
「ワー! ミスリルたーん!!」
「おめー結構ノリノリじゃん…。」
多数の愛好家達からの声援を浴びながら大龍神の頭の上でノリノリに歌うミスリルの
姿を見つめながら覆面Xは気まずい顔で呆れていたと言う。
その頃、打倒ミスリルを狙って日々戦っているけど勝てた試しの無いとある軍隊が今日も
また打倒ミスリルの為の作戦を練っていた。
「新しい作戦を思い付きました!」
「おう! 何だ言ってみろ!」
「ミスリルを題材にした陵辱ものの18禁同人誌を描いて今度のアッキバ王国イベントで
大々的に売り出すのです! これは奴にとってかなりの精神的ダメージになりますよ!」
「それはひょっとして本気で言っているのか…。」
おわり
「ありがとう。ところで俺はフリーだぜ。彼女ってのは誰の事だ。お前さんがパートナー
になってくれるってンなら、願ったり叶ったり、だがな」
彼女がユーリのことをどれだけ知ってるかは不明だが、この得体の知れない女に教えて
やるほど俺はお人好しではない。
「それもいいかもね。でも、まだ話は終わってないわよ。このディバイソンに使われてい
るというAIには、各国、各企業ともに非常に関心を寄せているのよ。既にこの町には何
人もの諜報部員が入り込んで活動してるわ。私が掴んでるだけでも二十人以上。ゼネバス
陸軍情報局の“朧”スタンリー大尉、ガイロス外務省特別局の“白鉄の梟”ロイド少佐、
へリック内閣調査室の“顔無し”ヘンリー課長などなど、有名どころが部下を連れて自ら
乗り込んできてるわ」
「聞いたことがない名前ばかりだな」
「当たり前よ。一般に顔や名前が売れてたら諜報の仕事なんか出来ないわよ。まあ、スタ
ンリー大尉やロイド少佐なンかは、意図的に自分の顔と名前をアピールすることで注目を
引いてるの。部下達が諜報の仕事をしやすいようにね。こういう大物も含めて、企業やフ
リーや、全部あわせたらどれだけの人間がこの町に入り込んでるか、見当もつかないわね」
お前もその一人だろう、と心の中では思うが言わないでおく。
「それで、そのAIとやらに関する情報は?大体、本当に機械がゾイドを動かしてるのか」
「それについてはどの筋も詳細を掴んでないみたい。AI自体は売ったものも含めて全て
治安局が回収、売人は逮捕されて取調べ中。本当にAIが動かしてたのか、誰がそのAI
を作ったかも含めて、全く不明」
「厳密にいえば、この星にはゾイドに使えるAIなンて一つも存在しないから、“それ”
をAIと呼ぶのは間違ってるけどな」
「システム概念の定義についてここで議論するのはやめましょう」
その通りだ。ここで理屈をこねても仕方がない。あまりにスムーズに話を進めるから、
ちょっと話の腰を折ってみたくなった、それだけのことだ。
「全く酷いことをする。あれだけの情報を与えられたらどれだけ動けなくなることか?
それにしても抑えてザバットがこれだけとは…手加減しているからといってもね、
流石にこの数は酷いんじゃないかな?」
上空から聞き慣れない声がウルトラザウルスに降りてくる。
「早いな青騎士。だがどうする?ここで雷撃を見舞うと全てに影響が出るぞ?」
ヴァレリアが空に向かって言うが声の主はふふんと鼻を鳴らすと、
「僕を誰だと思っているんだい?七つのソラシティが連なるセブンスの一つ。
最も到達が難しいとされるブルーシティの守護神様なんだよw」
ザバットの群れを割って甲板へ速やかに降りたつ竜。
その頭部は異様歪な左右対称の角。
「これでおしまいさ!…ボルテックレイン。」
ブリッツの角に向かって恐ろしい勢いで雷が落ちる。
当然その降り立つ神の怒りはザバットを全て貫いて降りて来ている。
「流石に大量虐殺の趣味は無いんでね…気絶で手を打っておくよ。」
その言葉の通りトリニティのコクピットのコンソールには、
”ALL ZOIDS SYSTEM DOWNTIME”
即ち全て機能停止と言葉通りの表示が成されている。
雷の翼をたたえトリニティと対峙するギルドラゴン”ブリッツ・ダス・ヴィンケル”。
「私はお前とお喋りする為にここに来たわけではないのだがな?」
「ぼくだって議長の期間中愛も恋もお預けの女傑を軟派する気は無いさ!」
ブリッツが突然か敷く。なにかを喰らったらしい。
「それ以上言うと…喰うぞ?」
「ご免なさい。」
(直ぐそれかよっ!!!)
この思いは周囲の人間全ての心の声であることは言うまでもない。
斜め上甚だしい両者の挨拶は周囲をドン引きさせるのには十分の威力。
場が急速にしらけつつあることだけは確かだった。
「おのれ…ヴォルケーノさえ動けばこんな滑った漫才を聞く羽目には成らなかったのだが。
口惜しい…。」
「心中お察ししやす…。」
ライブラリーボムの効果範囲はバイオスナイパーの居る岬まで届いているようだった。
そんな漫才が甲板で繰り広げられている中…
足を引き摺り巣に帰る俺の相棒と何故かそれに同行するルージ・ファミロン。
やはり本質が心優しい彼には相棒が他の者より痛々しく見えるらしい。
しかしそれをこれから利用しようと企む俺の相棒にとっては良いカモ。
本来もっと速く動けるだろうに更に速度を落とし途中止まってみせたりと…
かなり本気の演技を披露している模様。
巣とは言っても俺の部屋の隣のハンガーであり、
俺の自室は整備用区画の事務所的な場所である。
俺の相棒はかなり古くからのデータを知識として納めていたのか?
彼の話ではライブラリーボムの影響を全く受けていなかったと言う事だ。
相棒は徐ろにコードを体内から引っ張り出しそこらの端末に繋ぐ。
筈だったが上手く行かない。それに気付いたルージはそれを代わりに行なう。
すると…
「オチコムナ。他ノゾイドニ乗レナイノハオ前ノ所為ジャナイ。
俺達ゾイドガ野生ノ大半ヲ失ッテシマッタダケダ。」
「え?それは…?俺を慰めてくれているのか?」
「ソウソウ…ソウ言ウ事デダ。一ツ頼ミヲ聞イテ欲シイ。」
「何?何をすれば?」
普通に考えれば端末繋いだだけでモニターに読める文字を出すとは、
随分と芸が細かいことだ。だが今はそんな事どうでもいい。
「ノラナイカ?」
ここで俺なら間違いなく”うほっいいゾイド”とお茶を濁すのだが、
ルージに限ってそう言う反応はないだろう…。
かくして即興で相棒inルージのコンビが誕生した瞬間であった。
当然乗っただけでは相棒の怪我(故障)は治らない。
だが、相棒とルージの間には一つ試せることが有る…
…それはエヴォルト。彼は状況に合せムラサメライガーを自由にエヴォルトさせ、
解放軍を勝利に導いた自らを一度解体し、再構築するシステム。
それの発動に賭けてみたのだ。
現在確認されている限りでは恐らく唯一人の心を持つロボットであると言える存在、
“SBHI−04 ミスリル”は何でも屋“ドールチーム”を経営していた。
そして既に一度死んでいるのだが、ドールに憑依してまだこの世に留まり続けている
幽霊の少女“ティア=ロレンス”(10歳以下で死亡したので、あれからかなり経過した
現在もそのまま)と、通常の生態系とは異なる生命体、すなわち神や悪魔や妖怪と
呼ばれる存在を遥か外宇宙から調査しに来たけど、闇雲に探し回るよりミスリルと
行動を共にした方が遭遇しやすいと悟ってドールチーム入りした、まるでドールの様に
整った顔をした異星人の少女“スノー=ナットウ”(異星人である事以外が謎)の
3人でゴミ拾いから怪ゾイド退治まで様々な仕事を承っていたのだが、今回は休暇を
取ろうと言う話になった。
辺り一面に広がる広大な海の上空を三体のゾイドが超音速で飛んでいた。先頭を飛ぶのは
ミスリルの剣であり盾であり脚である特機型ギルドラゴン”大龍神”、その後を続いて
ティアのジェットファルコン“ファントマー”、スノーのハンマーヘッド“エアット”が
飛んでいた。
「本当に本当なの? この先にあるフォーレスって国は本当にバカンスに打って付けの
国なの?」
「本当ですよ。十年前に一度行った事がありますが、フォーレスは本当に綺麗な所ですよ。
海は青いし…緑も多いし…、身体を休めるには丁度良い所ですよ本当。」
「それは興味深い…。」
“フォーレス”辺境の田舎国家であるが、ミスリルが説明した通りに自然の美しさは
類稀なる物がある国であった。しかし…
「え?」
「ミスリル…これが綺麗な国なの?」
「どうやら何時の間にかに様変わりしていた様子…。」
現地に到着した三人は開いた口が塞がらなかった。何故ならばフォーレスの誇っていた
青い海はヘドロの海へ、豊富な緑は様々な工業地帯へ姿を変えていたのである。
確かにミスリルが十年前に訪れた際のフォーレスは海は青く、緑は豊富な自然の宝庫とも
言える国であった。しかし…現在再度訪れるまでの十年間の間に産業革命が起こり、
森は切り開かれて工場が建てられ、海にはヘドロの様な排汚水が流され汚染されて
しまった様子であった。
「そんな…そんな…楽しみにしていたのに…そんなぁぁぁぁぁ!」
フォーレスの自然を楽しむ事を楽しみにしていたミスリルはショックの余りその場に跪き、
目から涙を滝の様に流しながら泣き出してしまった。まあ泣くだけならまだ良いのだが…
「畜生!! こんな汚れまくった国は丁度新開発したばかりの“龍神四式反応弾”の
テストもかねて跡形も無く全部吹飛ばしてやるぅぅぅぅ!!」
「あああああ! ミスリル落ち着くのよ落ち着くのよ!」
「ミスリル…気持ちは分かるが…少し自重した方が良い…。」
と、自然を破壊された怒りの余り大龍神でフォーレスを丸ごと滅ぼしてしまおうと言う
暴挙に走ってしまいそうになっていた。勿論ティアとスノーが止めていたが。
それはそうと…龍神四式反応弾とは如何なる兵器…如何なる威力を持っているのか…。
その武器を持ってこの国を滅ぼそうとしていただけにメガトン級の力がある物と
見た方が良かろう。
「ミスリル元気出すのよ…この国はもう昔の様な豊かな自然は消えてしまったけど…
別の所に行けばきっと良い所も見付かるのよ…。」
「バカンスに相応しい場所はここだけにあらず。ここは早めに切り上げて他を探そう。」
「う…う…そうですよね…やっぱり…そうですよね…。」
ティアとスノーは何とかミスリルを励まし、三人は失意のままフォーレスを後にした。
フォーレスの領空から出てから一時間もした頃に突然何者かが通信を送って来た。
「こんな時に何ですか? まったく…。」
ミスリルは不貞腐れながら通信に対し応対を行うのだが、相手は何とドールチームに
良く仕事の依頼を持って来るお得意様である謎の覆面怪人“覆面X”だった。
「覆面Xさん…どうしたんですか?」
「ミスリル君大変だ! 今直ぐにフォーレスに引き返してフォーレス国議会堂まで
来てはくれないか!?」
「何かあったんですか?」
首を傾げるミスリルであるが、覆面Xの言動からして何かフォーレスに問題があった事は
明白。とりあえずこれをドールチームへの依頼と受け取ったミスリルは気持ちを切り替え、
フォーレスへと引き返すべく三機は反転した。
再度フォーレス国の領空に入った時、予め待機していたと思われるフォーレス国空軍の
プテラスがフォーレス国の政府中枢に位置する議会堂までの先導を引き受けていた。
そのプテラスの先導に追随する形で進む大龍神・ファントマー・エアットの三機だったが、
ここまでやるとなるとフォーレス国政府が直々に依頼を行わねばならぬ程の問題が
この国に起こったのだと解釈するしか無かった。
議会堂に到着した時、案の定覆面Xのみならずフォーレス政府のお偉いさんと思しき
スーツ姿の中年男が群れて出迎えていた。議会堂の奥で待ってるのかと思えば、
大龍神ら三機が着陸した議会堂前の広場で既に待機していたのだからよっぽど切羽詰った
状況である事は想像に難くなかった。
「で、一体何があったんですか?」
内心まだフォーレスの自然が破壊されまくった事に不貞腐れながらも、それを表に
現さない様に真面目に訪ねるミスリルであったが、そこで政府側の人間が大型モニターを
ミスリル達の前に移動させて来た。
「まずこれを見て欲しい。」
覆面Xはそう言ってモニターを操作すると、一つのある映像が映し出された。
「ゲェ―――――――! 何か気持ち悪いのがいる――――!!」
映像を見たミスリルは思わず驚愕した。何しろ巨大なヘドロの塊が工場地帯を我が物顔で
動き回っているのである。しかもそのヘドロの通った後はまるで濃硫酸でもぶっ掛けた後
の様にありとあらゆる物が溶かされているのであった。
「本日突如出現したこの怪ゾイド。これを何とかして欲しい。」
「え!? これゾイドなんですか!?」
覆面Xの口から出たゾイド認定発言にミスリルはまたも驚愕。何しろ映像の向こうにいる
それはどう見てもヘドロの塊に過ぎず、生物と言う印象は感じられなかった。
「しかし、あれは自らの意思を持って行動している様にしか見えない。これはもう生命体
と認識する他はあるまい。」
「恐らくは海の底で眠っていたゾイドコアが工場廃水などに含まれた多種多様な化学物質
と反応を起こし、あの様な怪物へ突然変異を起こしてしまったのだと思われます。
あえて命名するならば…“Zポリューション”とでも言った方が良いでしょうか…。」
「Zポリューション…つまり公害ゾイドと言う事ですか…。」
その場にいたフォーレス国側の科学者と思しき男がその様に説明していたのだが、
まったく何と言う事であろうか。確かに今のフォーレス国の様に自然環境を度外視した
開発によって環境が破壊され、汚染されると言うのは中途半端に科学技術を発達させた
所が必ず通る道と言っても過言では無いが、まさかZポリューションの様なバケモノを
生み出す程の事になろうとはミスリルも呆れて物も言えなかった。
「実は既にフォーレス国軍の方で何度か攻撃を仕掛けたのだが…。」
そう言って映像が切り替わると、フォーレス国軍のゾイドがZポリューションに砲撃を
仕掛けるが、砲弾はZポリューション体内で溶かされ、ビーム砲撃で穴が開いても
Zポリューションは平然としており、あろう事か飛び散ったヘドロに触れたゾイドの
装甲がまるでクリームの様に溶かされて撤退と言う散々な物だった。
「奴はもはや通常の戦力でどうこう出来る相手では無い。その為に君達を呼んだのだ。」
「お願いします! このままでは我が国が! ようやく工業国として歩み始めた我が国が
滅茶苦茶にされてしまいます!」
「まあこの手の怪ゾイド退治なら今までにも幾度かありましたから別に構いませんが…
でも…凄く臭そうですよね…。」
「何か汚いのよ〜…。」
「一体何種類の化学物質が交じり合えばあの様な物になるのか理解に苦しむ…。」
覆面Xからの正式な要請に続き、半泣き状態で哀願するフォーレス国政治家であったが、
やっぱり何だかんだでZポリューションの様な気持ち悪いのとは戦いたくないのか、
ミスリル達は三者三様の愚痴をこぼしていた。しかし、これがあくまでも依頼と言うの
ならば話は別。しっかりと割り切りドールチームとしてZポリューション退治へ出撃した。
Zポリューションがいると思われる現場…即ち湾岸工業地帯へ到着した時、現場は酷い
有様だった。多種多様な化学物質が交じり合う事によって高い溶解力を持つヘドロに
よって工業地帯の様々な設備が金属・非金属に関係無く溶かされ、さらにヘドロから
発生する有毒ガスによって人々は倒れ、あろう事か白骨化している者達までいた。
「あわわわわ…オラは見てはいけねぇ物を見ちまったぜよ…。」
あまり酷いもんだからミスリルも思わず普段の口調さえ忘れてその様な事を言い出す始末。
しかし、その惨状の原因であるZポリューションを何とかしなければならない為、気を
取り直してZポリューション退治へ行動を開始した。
「それじゃあ行きますよ! まずはミサイル発射!」
「分かったのよ!」
「了解!」
まずは手始めにと大龍神・ファントマー・エアットの三機がZポリューションの周囲を
旋廻しつつそれぞれのミサイルを撃ち込んだ…が…ミサイルは一応は直撃するのだが、
Zポリューションの身体に沈み込むのみで爆発せず、結局溶かされてしまった様子だった。
「うわぁ! ミサイルもダメなんですねこれ!」
一時Zポリューションから距離を取ろうとするがその時、Zポリューションのヘドロの
身体が波打ち、大龍神らに向けてヘドロが飛び散って来たでは無いか。
「うわ! 汚い!」
「臭い!」
やはりああ言う汚い物には触れたくないと言うのが本音。三機は慌てて回避運動を取るが、
それでもヘドロの塊が大龍神の右翼に付着し…
「ゲェ――――――――――!! 大龍神の装甲が…溶ける―――――!!」
「うそぉ!!」
何と言う事か、Zポリューションの体を構成するヘドロは大龍神の全身を覆うチタン・
ミスリル・オリハルコン特殊超鋼材、略して“TMO鋼”さえ溶かす力を持っていたでは
無いか。忽ちの内にヘドロが付着した部分の装甲が溶け、内部の骨組みが露出していた。
翼の装甲が溶かされれば当然速力が落ちるワケで、大龍神は慌てて陸に降り立つ。
山下清
「話を戻すけど、治安局が変に優秀なお陰で誰も詳細を掴みかねているの。買収工作や恐喝
を図った連中もいたけど、全く通用しなかった様子ね。捜査状況を知ってるのは、治安
局員を除けば、局長と仲のいいゾイドバトルの組合長くらいじゃないかしら。ねえアレス、
あなた組合長から何か聞いてるんじゃないの」
「さあ、俺みたいな流れ者のファイター風情に組合長様が腹を割って話をしてくれるわけ
ないよ」
「どうかしら。俺は知ってるぞ、って顔に書いてあるわよ」
ちょっとドキッとするが、たぶんブラフだ。ここは知らぬ顔の一点張り。
「お前の知らないことを、俺が知ってるわけないだろうが」
「ねえ、アレス」
マーガレットがいつになく険しい顔で俺を睨んでくる。そんな表情もまた妙に可愛く、
どきまきする。言い忘れたが、俺達はベットを椅子代わりにして、並んで座っている。
当然、横を向けば相手の息を感じ取れるし腕を伸ばせば肩を抱ける、それほどの至近距離。
「あなたさっきから私のことをお前、お前、って呼んでるけど、私の名前を忘れたわけじゃ
ないでしょうね」
「忘れたわけじゃない。ただ、喉のここまで出てるんだがそこからなかなか出てこない」
「あらあら、そんな悪いお口さんには、お仕置きが必要ね」
彼女の顔が真近に迫る。彼女の唇が俺の唇に重なる。そのまま長いような短いような
数秒が経過する。
「どう、思い出した?」
「うーん、ここまで出かけたんだがなぁ、びっくりしてまた引っ込んじまった」
「・・・どうすればいいのかしら?」
「もう少し強い刺激を与えてやる、というのはどうかな」
「・・・意地悪ね」
今度はゆっくりと顔を近づけあい、ふたたび唇を重ねる。彼女の細い肩を抱き、そのまま
ベッドに倒れこむ。
遠くで百舌の鳴き声がした。
俺は夕暮れの町を一人で歩いていた。町には人影があふれ始めている。学校帰りの学生
で満員になったバスとすれ違う。西の空は茜色に染まり始め、夕暮れにはまだ時間がある
が、もうすぐ街灯にも灯がともる頃合いだ。
マーガレットはいい女だった。どこもかしこも柔らかく、それでいて芯には折れること
のない弾力を秘めている。ひとときの逢瀬を楽しんだ後だけに、一人で歩いていると妙に
肌寒さが身にしみる。別にこれが始めての関係ってわけじゃない。今日、なんとなく名前
を呼ばなかったのは、偽名だと分かってるからだ。肌を合わせるような関係だってのに、
本当の名前も教えてくれないなんて、寂しいじゃないか。子供っぽい理由だと自分でも思
うが仕方ない。
ともあれ、時間があれば朝まで二人でベットの中でしっぽりしていたかったのが本音で
はあるが、理性の方はむしろこれでよかったと言っている。女に溺れていい身の上じゃな
い。まして得体の知れない女と同じ枕で寝るなど、油断もいいとこだ。殺されても文句は
言えない。
「そんな…悪霊の王の猛攻にも耐え切ったTMO鋼がこんな簡単に溶かされるなんて…。」
「多種多様な化学物質が混ざり合う事によって偶然それ程までの溶解力を持つ物質に
なったと思われる。いずれにせよ恐ろしい事だ。」
Zポリューションの身体がここまでの物だと分かった以上格闘戦は挑めない。まともに
そんな事になったらこっちが溶かされる。
「ならばゾイドコアを見つけ出し…ピンポイントで撃破する。」
そう言ってスノーがエアット搭載コンピューターを操作してZポリューション体内の
ゾイドコアを探そうとするのだが…そこでまた恐ろしい事実に気付いた。
「何!? こちらの透視光線を受け付けない!? なるほど…これも多種多様な化学物質
が混ざり合った結果か…やはり恐ろしい事だ…。」
Zポリューションの様々な化学物質の交じり合ったヘドロの身体は電波の類さえ遮断する。
これではゾイドコアの位置さえ分からない。ビーム系の攻撃で貫いたとしてもゾイドコア
を射抜かぬ限りは平然としているであろうし…もはや万事休すか…
「もう! せめてあのドロドロの身体さえ何とか固められれば良いのに!」
「そ…それですよ!」
何気無く発せられたティアの愚痴からミスリルはある作戦を思い付いた。
「ようし! ドラゴンフリーザー発射!!」
すぐさまに大龍神の口腔部から冷凍砲ドラゴンフリーザーが発射され、忽ちの内に
Zポリューションのヘドロの塊は凍結されてしまった。
「やった! これで流石の奴のドロドロもカチカチに早変わりですよ!」
「それで後はどうするの?」
「こうするんですよ!」
完全に凍結しているZポリューション目掛け大龍神は猛烈な速度で突撃した。
「行きますよ! 大龍神ぶちかましぃぃぃ!!」
次の瞬間、大龍神のパワー全開の体当たりが凍結したZポリューションに叩き付けられ、
その全身を砕いていた。凍結しているとは言えまだ強い溶解力を持つヘドロは大龍神の
装甲さえ溶かしてしまうが…それでもまだ液体状の時によりかは遥かにマシ。
大龍神の装甲の損傷も先の翼をやられた時に比べれば少ない。そして粉々になった
Zポリューションの身体の奥に白銀に輝く球状物体…即ちゾイドコアを発見するなり
ミスリルは大龍神のコックピットから飛び出した。
「これでトドメ! 行きますよぉ!」
ミスリルは己の右腕を天高く掲げ上げると、直後に右手首から先がミスリル本人よりも
巨大なマグネーザーへ姿を変え、高速回転しながらZポリューションのゾイドコア目掛け
突っ込んだのである。
「ミスリルゥ! マグネイズゥ! ブレイクゥァァァァァァ!!」
「ゲェ―――――――――!! どっかのドリルロボみたいな技で決めた――――!!」
TVからの映像を通して戦いの様子を見守っていたフォーレス国の政治家や軍の将軍達は
目を飛び出させながらその様に叫んでいたが、何はともあれミスリルはZポリューション
のゾイドコアを砕いていた。とは言え…
「うわっちちちち!!」
と、少々ミスリルも外装を溶かされそうになって痛がっていたのだが…
「やった! これで工業地帯は守られた! ありがとう!」
Zポリューションが倒された時、フォーレス国の政治家達はその様に大喜びをしていた。
しかしミスリル個人は素直に喜べないのが現状だった。何故ならばZポリューションが
誕生する原因を作ったのはフォーレス国が環境を度外視した開発を行い、有害排水や
排気ガスで海や空を汚した事なのだから…。一体あの自然の美しかったフォーレス国は
何処へ行ってしまったのか…。
「これからはもっと自然の改善に関しても勤めた方が良いと思いますよ…じゃないと
また第二…第三のZポリューションが現れてしまうかもしれません…。私は嫌ですよ。
もうあんなのとは二度と戦いたく無いです。」
報酬に関しての手続きを済ませた後、ミスリル達はそう言い残してフォーレスを後にした。
別に科学技術を発達させる事が悪いとは言わない。そもそもミスリル自身が超高度な
科学力の産物である訳で、科学技術の否定は自らを否定すると言う本末転倒な事に
成りかねない。しかし自然環境とのバランスも考えた方が良いと言うのが彼女の考えで
あった。フォーレス国が他の高度文明圏に追い付こうと必死になって工業を発達させよう
としたが故に自然破壊ってレベルじゃねーぞと言わんばかりに環境は汚染され、挙句の
果てにはZポリューションの様な怪物を生み出す事になった。もしこの後もフォーレスが
考えを改めずに汚染を続けるのならば…Zポリューションと同等…下手をすればさらに
恐ろしい怪物が誕生しないとも限らない。そう考えると流石のミスリルも思わず身震いを
してしまう。願わくは…フォーレスがもっと自然環境に関しても考えに入れた開発に
切り替えてくれる事を祈るのみである。
おわり
そんな感傷をひきずりながら、港近くの倉庫街から繁華街を抜けて俺はやや薄汚れた方
に向かって歩いていく。いわばダウンタウンの一角のとある建物、もとは運送会社の建物
だったそれは一階の倉庫兼車庫を改造してとある目的に使われている。それは後で説明す
るとして、その横にある階段を上がって、二階のオフィスに行き、ドアをノックする。
返事を待たずにドアノブを回す。鍵はかかっていない。かまわず中に入ると、部屋中央
部の応接セットのソファにだらしなく寝転んでいる中年男が一人、目についた。
「おい、もう夕方だぜ、いつまで寝てるつもりだ」
「うるせーな、ほっとけ」
と無造作な返事が返ってきた。起きるつもりはないらしい。構わず近づくとソファに蹴
りを入れる。
「てめえ、何しやがる!」
と半挙動で飛び起きると、こちらにパンチをかまそうとする。その拳が空中でピタリと
止まる。
「あ、アレスさん、あんたかい」
「誰と勘違いしたんだ?いやなかなかいい動きだな、殴られるかと思ってひやひやしたぜ。
今でも現役でいけるんじゃねぇか」
「冗談はよしてくれ。あんたに俺のパンチが届く前に、右腕ごと切り落とされちまうよ」
「それにしても、こんな時間まで寝てるとは、どういう了見だい」
というと、目の前の男はじろりと俺を睨んできた。
「あんたのせいだろうが」
「は?俺?何のことだい」
予想はつくが、わざととぼけてみせる。
「きのうの夜、あんたのペースで飲んだおかげで、まだ二日酔いがおさまんないんだよ!」
そう、ここはマッチメーカーのハキムの事務所だ。今度の試合の件で細かい打ち合わせ
をするために来たのだ。昼間にいてくれればこんな二度手間しなくてもすんだし、今頃は
ベッドの中で第二ラウンドに入ってたのに。とそう思えば怒りたくなるのはこっちの方だ。
とある国家間戦争状態にある国のある市街地の中に歩兵部隊が潜んでいた。彼等は
歩兵部隊と言うだけあってゾイドは一体として所有していない。だが彼等は、建物の
入り組んだ市街地と言うゾイドにとって動き辛い地の利を生かしたゲリラ戦法で
大型ゾイドさえ撃破する方法を既に熟知しており、また貧弱な武装の歩兵戦力のみで
強大な大型ゾイドさえ打ち倒せる事が彼等の誇りだった。しかし…
彼等の潜んでいた市街地は忽ち火の海と化した。敵国が空爆によって市街地ごと
彼等を焼き払う作戦に出たのである。対空戦力を保有しない彼等は空からの空爆に
対しては無力に等しかった。建物の中に隠れようとも建物ごと吹飛ばされてしまう。
しかしそれ以上に恐ろしい事は彼等の頭上にあった。普通ならこれだけの猛空爆をやる
ならば空を覆う飛行ゾイドの大部隊がいても可笑しくは無い。だが…実際に空に見える
のはたった一機のみ。それはたった一機のみで広大な市街地を丸ごと焼き払う事が可能な
火力を持つ程の恐ろしいバケモノだった。彼等の知る限りその様に強力なゾイドを敵国が
所有していると言う情報は無いと言う以前に、敵国が正式採用しているゾイドとは明らか
に設計思想が異なり過ぎている。恐らくは正規軍のゾイドでは無く、外国からの傭兵が
個人的に持ち込んだ物なのだろう。そう考えるしかあるまい。
『ドラゴンクラスター!!』
炎から逃げ惑う歩兵達を見下ろしながら上空を旋廻するギルドラゴンタイプゾイドから
その様な少女然とした叫び声が響き渡った。まさか女が操縦しているのか? 名も無き
歩兵の一人がそう思うが、その間にも少女然の叫び声に呼応するがごとくギルドラゴン
タイプゾイドは腹部から多数のクラスター爆弾を投下して行った。しかもその弾数、
一発一発の威力共に彼等の知り得るクラスター爆弾の威力を遥かに凌駕していた。相手は
本気だ。本気で市街地ごと歩兵隊を殲滅するつもりだった。
「うおおお! 畜生! 畜生!」
勇敢な歩兵の一人が上空を悠々旋廻するギルドラゴンタイプに向けて携帯していた
アサルトライフルを撃ちまくった。だが、対人用の銃でその様な事をした所で当たる
はずが無いし、当たった所で傷も付かないのは明白。そして次の瞬間には彼の直ぐ近くに
クラスター爆弾の一発が落下し、爆発によって吹飛ばされていた。
『ドラゴンクラスター!!』
またも少女然とした叫び声がエコー付きでギルドラゴンタイプゾイドから響き渡り、大量
のクラスター爆弾が歩兵隊に降り注いだ。もはや彼等は散り散りになって逃げ惑うしか
無く、その地はさながら阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
それから何分も経たずに市街地は忽ち何も無い焦土と化していた。地面は真っ黒に焦げ
上がり、ついさっきまで歩兵隊員達だった肉片が散らばっている。しかし、奇跡的に生き
残った歩兵達も少なからずいたのであった。
「しっかりしろ…傷は浅いぞ…。」
生き残っていると言っても殆どの者が重症。何とか他の者達を励まそうとしている者も
全身が傷だらけであり、先の爆風によって吹き飛んだ土を全身に被って真っ黒になり、
その全身も動けるのが信じがたい程の激痛に襲われていた。それでも彼等は何とか
携帯していたライフルを杖代わりにして立ち上がろうとしていたのだが、彼の直ぐ近くに
この地を猛空爆したギルドラゴンタイプが降り立っていた。
「ハ〜イ! こちら“SBHI−04 ミスリル”。こちらのお仕事はひとまず終了!
そろそろそっちの方の加勢とか行きますからね〜!」
ギルドラゴンの足元で桃色の髪をした一人の少女がそう何者かに通信を送っていた。
それは歩兵達にとって衝撃だった。こんなたった一人の少女によって多くの仲間達が
虐殺されたのかと…。
「貴様…よくもぉ!」
次の瞬間歩兵の一人は少女に銃口を向けていた。相手が外に出ていると言うのならば
これで十分。これで多くの仲間の仇を取るのだとばかりに彼は引き金を引くが…
「何…。」
少女は死ななかった。確かに彼の撃ったライフルの弾は少女の額に命中した。だが…
まるで重装甲に向けて撃ち込んだがごとく弾丸は弾かれてしまったのである。
「あらら…まだ生き残りがいたんですね〜。貴方には恨みはありませんが…貴方達を
全滅させよと言う依頼を受けた身ですから…悪く思わないで下さいね。」
少女は歩兵達の存在に気付くなり彼等に近寄って来た。慌ててライフルをニ発、三発と
撃ち込むが…やはり少女には通用しない。全て弾かれた。一体何者だと言うのか…。
と、その時だった。少女が一歩踏み出した時、その少女の足元を中心に大爆発が
起こった。恐らく先程彼女のギルドラゴンタイプゾイドがばら撒いたクラスター爆弾の
中に不発弾として残った物があって、それでも踏ん付けて爆発させてしまったのだろう。
自分のばら撒いた兵器によって吹き飛ぶと言うまるで一昔前のコントの様な展開に
歩兵達も思わず噴出すしか無かったが…
「今…笑いましたね? 笑いましたねぇ〜?」
「!?」
その爆煙の中から何事も無かったかのように少女が姿を現したでは無いか。何と言う事で
あろうか。大型ゾイドさえ吹飛ばしかねない爆発だったと言うのに…。だが、近付くに
つれて歩兵達は少女がただの人間では無く、機械の身体を持つと言う不可解な存在で
あった事に気付く。だが、かと言ってあれだけの爆発に耐えられるとは異常過ぎる。
そして目と鼻の先にまで接近された時、歩兵達の目には笑顔で彼等を見つめる少女の
存在がおぞましいバケモノの様に映った。
「あ…バケモノ…。」
「バケモノ? 違いますよ私は破壊女神ですよアハハハハ!」
次の瞬間、少女の特殊合金製の右拳が歩兵の一人の脳天を容易く潰し、残った者達を…
「ミスリルミサイルマイト!」
左腕から放たれる小型ミサイルの嵐が跡形も無く消し去っていた…。
おわり
亀田史郎
現時点で本来戦闘に巻き込まれているはずだったゾイド。
シーパンツァーの姿が甲板には見えない…どこに居たかというと?
当然海中である。
カリンの目の前には巨大という形容詞が幾つも必要な程大きな海藻の森。
そこに絡まって動けなくなっている異形のゾイド達を目にしている。
「…あの?助けます?」
「お願いしますっ!ぜひっ!」
トリニティライガーの出現にあわせ海中へ離脱したロードゲイルの群れがそこに居た。
「あれ?すいません機体が動かないんですけど?」
カリンはコクピット内で首をかしげている。
Aユニットの面々はライブラリーボムの発動を確認していたためがっかり。
結局の所海藻に絡まった状態を抜け出すには更に30分待つことと成ったのだった。
「いつまでも…でかい面してんじゃねーよ!」
トリニティライガーに光の雨が降る。
「エレファンダー?成る程。確かに情報処理能力が高いゾイドなら復帰も速いということか。」
「説明ご苦労さんだが俺はまだ諦めたわけじゃない!」
遊撃隊のエレファンダーが次々咆哮をあげ立ち上がる。
「おい!お前等はさがっとけ。今度は俺だけで充分だ…。」
かつて幾度も仲間を失ったハックにとってはもう仲間を失うのはごめんだと言う思いがある。
「たった一機で止められるとでも思うのか?」
トリニティライガーも雄叫びを上げ臨戦態勢を執る。
ハックのエレファンダーもそれにこおうするかの様に鼻先をレーザーブレードに変え構える。
「弱者は地に這いずっていればいいものを!」
「這いずるは十八番かもしれないが今はそんな時じゃない!舐めるなよ!」
爪の初撃を軽くレーザーブレードで弾きそのまま突きをするエレファンダー。
しかしその一撃も鬣に阻まれ両者は一旦距離を取る。
だが続けざまにトリニティライガーの頭上からはミサイルの雨。
正面からはいつの間にか尻を向けたエレファンダーからの銃撃。
ソラシティに伝わっていた武器データを実物にしたアサルトガトリングユニット。
それを生かし前もってミサイルを発射して置いた賜物である。
それらは鬣では防ぎきれずトリニティライガーの各部にまんべんなく命中する。
更にはミサイルの爆風に紛れてエレファンダーはぶちかましを敢行。
ミサイルと銃撃の複合攻撃で四肢の支えを揺さぶられた末に超重量の激突。
さすがに受け身を取ることもできず吹っ飛ばされるトリニティライガー。
今回ばかりはダメージを受けず済むことは無かった。
「つうっ!?味な真似を…だが運用に隙は無いようだな!
喜べ!君は私を本気にさせたぞ…エヴォルトだ!トリニティライガー!」
(エヴォルトだと!?)
それは折角訪れた反撃の狼煙を見事に吹き飛ばす威力を持った言葉だ。
その場に固まったまま動けないゾイドは元よりエレファンダーが本能的に吠える。
咆哮は間違いなく自身の折れそうな精神を奮い立たせ持ち堪えるため。
その咆哮に我に返るハックの目の前には凶悪な姿となった獅子が立つ。
「EV。」
そのヴァレリアの声に答え新たな姿となったトリニティライガーは、
鬣を回転させ巨大化したビーム砲をエレファンダーに向けて発射する。
その光条はエレファンダーが展開させた二重のEシールドを貫いた所でやっと消える。
「どう言う威力をしてるんだ!?化け物め!」
鼻の付け根のビーム砲で攻撃するも今度は鬣の一つにある巨大な刃に阻まれる。
その時瞬間的に刃が光っていた事を見逃さない。
「野郎…光の刃を持ってやがるのか。」
「退けハック!今お前が倒れたらこっちは総崩れだ!」
ザイリンが叫ぶがその言葉は聞き入れられない。
「なんだ?じゃあお前等がなぶり殺しにされるのを黙って見てろ?
ふざけるな!もう俺は”仲間”が無意味に倒れるのを見るのはごめんなんだよっ!」
二度にわたり壊滅を喫した遊撃隊。本心から仲間を失う事の痛みを知る男。
絶対に引けないと言う思いは変えようが無い。
しかしその思いはハックの乗るエレファンダーも同じだ。
振り上げレーザーブレードを形成する鼻から伸びる光は通常の倍以上。
ゾイド乗りとゾイドの人獣一体の真価はカタログスペックを鼻で笑い蹴飛ばす。
「つくづく面白い!勝負だ!」
フォトンカッターを構えるトリニティライガーEVとエレファンダーは動きを止め時を待つ。
狙うのは後の先?それとも先の後?もしくは先の先?はたまた後の後?
どこまで突き詰めてもこの四つが生み出す二通りのいずれかしかない。
リーチ的にはシンクロニティの影響が濃いエレファンダーに分が有る。
器用さもそれを持つのが鼻ということでエレファンダーにやはり分が有る。
だが相手は俊敏さと足回りの柔軟なライガー系のトリニティライガーEV。
凶悪な外見の隙間から見える胴体は殆ど装甲が無く小回りも見た目以上、
(なら…待つ。奴が動くまで。)
ハックは肩の力を抜きながらも油断無く次の動作のための姿勢を正す。
一方のヴァレリアの方も考えは同じらしい。
(迂闊に動けば奴の思うつぼだ。痺れをきらすまで待つか?
それともあえて踏み込んで隙を誘うか?)
そんな考えが交錯する中乗機の二体はじりじりと半円を描きながら…
ほんの少しづつ間合いを詰めていく。
お互いが引っ込み気味となったため何かの契機が無ければもう動くことができない。
そんな状況に成っていた。
「…煮詰まったみたいだね?それなら契機を与えてやろうかな?」
事の成り行きを傍観していたデスティンだがそろそろ暇を持て余してきた。
ブリッツに放電でもさせようか?と準備をしていたところ…
レーダーに一瞬だけ怪しい影が出現する。しかもサイズはブリッツすら凌ぐ巨大な物。
「っち…余計な横槍が入りそうで残念だ。」
その言葉が契機となる。
”邪魔が入る”と言う言葉にヴァレリアが過剰に反応したのだ。
予想外の好敵の出現が彼女を焦らせたのであろう…ライガーは宙を舞う。
それに応える様にエレファンダーも鼻を下に下げ振り上げで応戦する構えを執る。
しかし、ハックの目の前には光学迷彩を解きつつある巨大な影。
それがライガーの後ろから猛然と迫っているのを捉えたのだ。
「畜生!こんなときまでついてないっ!うおおおおおおおおおお!」
エレファンダーはその狙いをライガーから巨大な影に移す。
ほんの些細な時間の間の出来事だがヴァレリアにとってもハックにとっても、
異様に長く感じたことだろう。
その些細な時間は無情にも周囲を通り抜ける…。結果は当然望まない形。
フォトンカッターの直撃に崩れ落ちるエレファンダー。
鼻先に在ったレーザーブレードはトリニティライガーEVの後方の影に突き刺さり、
激しい火花を上げ光学迷彩が一気に解けていく…。
更にそれの砲撃はエレファンダーの両耳を削いでいた。
「っ!?なん…だと?」
呆然とした呟きと共に直前までの熱い昂ぶりが急激に冷めていく。
思い切りが良かった分エレファンダーの傷もかえって浅くパイロットも無事だろう。
だがこの結果はヴァレリアの望んだ物ではない。
自らの後方から月に照らされ影を作る存在にゆっくりと向きを返る。
そしてさっきまでの昂ぶりとは別の熱い物が吹き出してくる。
「きさまあああああああああああああああああああああ!!!」
激昂と共に怒りを爆発させたヴァレリアはEVを巨大な影に躍り掛からせる。
「天亀正とは随分とご執心らしい。だがそれを出したからには…
この場限りとは言え全面戦争を挑む気満々らしいね。」
ブリッツの角に紫電が走り出す。
「威力最低…範囲選択…周辺全ゾイド。拡散率98に固定…サンダードーム!」
ブリッツを中心に半円のドームがウルトラザウルスの甲板を包む。
本来はこの電撃のドーム内では強烈な電位差などの影響で周囲を吹き飛ばす攻撃。
だが威力を極限にまでそぎ落とせば眠ったゾイドを叩き起す目覚ましにも成る。
その間にもサンダードームの影響で帯電したEVは爪を突き立て影を攻撃。
巨大な切り傷を刻みつけていた。
「…何とか動いた!でも外は大変だ!急がないと!」
ソウタは急ぎ道を戻っている。もう少し行けば…
ザイリンがどこからか調達してきたムースハルベルトに辿り着く。
ランスタッグをそのまま一回り大きくしたようなゾイド。
リーオのハルバートを持ちランスタッグが子鹿を指すならそのまま親鹿と言って良い。
サイズに合せ四連ショックキャノンが大型化している分制圧能力も高い。
素早くコクピットに飛び乗ると恐ろしい勢いでウルトラザウルス内部を駆ける。
「間に合え!間に合え!」
流石の彼も焦りの色は隠せない状況だった。
(くそ…こっちにも来たのか!)
アレフは焦りを隠せない。
彼自身はロンなどと同じくソラシティから地上に来ている人間だ。
彼の所属はセブンス特務陸戦部隊。焦臭い空気を気にして派遣された身で、
ディガルドが起こした戦役が終結した今その途中で管理者が墜落。
空から監視する者がいなくなったことで新たなソラシティがここに手を伸ばす。
それを牽制する意味でも留まって情報を収拾している。
今回の騒ぎはどの陣営も越権行為気味だが反セブンス側はそれが甚だしい。
「なあ?ソラの兄さん…逃げた方がいいみたいだね?」
ア・カンの突然の通信に我に返る。
「解ってました?」
「服を見れば大体。色合いや細々した所が違うけどロンと同じ感じだからね。」
「…なら逃げましょう。相手は広域破壊竜デスギガントを持ち出したみたいです。」
デスギガント。名前を聞けばこの大陸以外の者はぴんと来る厄介者。
デスザウラーの系統に属する破壊兵器である。
「良いのか?あの塞まで破壊して?数世紀は死の大地と化すのだぞ?」
さすがに全領域制圧は考えていなかったらしく一部の代表が不平を漏らす。
「何を言っているのかね?ここまで事が大きくなれば目撃者の消去は困難。
成らば証拠を先送りに出来る様に細工をするのは当然でないかな?」
議長らしき老人はそう質問をかえす。
そうすると誰一人として反論をかえせる者は居ない。
「では終末の始まりを空の高みから眺めようではないか…。」
覚悟などの問題では無く本気でソラ同士の関係に亀裂を入れてしまった瞬間でもある。
「シープ!いい加減にしろよ。もうおっさんは動けないぜ!」
「ロウフェンか?確認したのか?」
「いんや…でも王様が動けない以上は気絶してなきゃ最悪ミンチだ。」
「そんな…幾ら何でもミンチには小一時間遠いはず!」
「おい…さらりと試してみたような物騒なことを言ってるが?マジ!?」
「冗談だ。」
「笑えないわね…。」
「あちゃ〜…ガラガ。どうやらもっと厄介なのが降りてきたみたいだ。」
「なにぃ!?バイオティラノ?いやもっとデケェぞ!」
何を隠そうデスギガントの大きさはデスザウラーの四倍以上の大きさ。
その腕は大型ゾイドをも握りつぶし踏みつけられれば余程の事が無い限り、
つるぺったんのガラクタと化すだろう。
「あ!狼煙だ!彼方にロウフェン達が居るらしいよ。」
「急げ!奴が動き出す前にあつまんねぇと正直終わりだぜ!」
デッドリーコングとバンブリアンは森を急ぎ駆け抜ける。
「おっさん!大丈夫か?」
「いやはや…みっともない姿で申し訳ない。足をやってしまったようでございます。」
「うわっ…骨折してるぞ!やっぱりやりすぎじゃないか!?」
「すまん…って言うかロウフェン!お前が背を丸めて捕まっていたのが悪いんだ!」
「なにを…?やるのか?」
「ちょっ!ちょっと!待ちなさいよ二人とも!今は叔父様を助けるの!
其方の方が重要じゃないのっ!」
俺とシープはよりによって現場に居る最も血の気の多い赤熊に窘められた。
相当テンパッていたらしい…情けない限りだ。
そうして落ち着いた俺達は手際よくオットーをコクピットから降ろし、
可能な限りの手当てをする。応急処置ではあるがしないよりは遥かにまし。
当て木を添えるだけでも折れた骨が余計な損傷を内側から作るのを止められる。
間違ってへんにくっつく原因を減らすことだってできるのだ。
十分程過ぎただろうか?降りてきたデカブツはまだ動く気配がない。
何とか周辺戦力の合流に成功し後から来た無敵団+α。
ガラガ、ロンのコンビが目を丸くしている。
「ロウフェン!?お前喰われてなかったのか!?(ヤバイ意味合いで)」
「簡単に喰われてたまるか!って開口一番がそれかいっ!」
ガラガに向かってシナリオンの棒を投げ付けそうになるのをロンに止められる。
「集まったのはいいけど…どうも相手ができそうなのは…
シープのフェ・デ・リュミエールとあそこに横になってる王様だけかな?」
困った顔でロンはため息を吐いた。
レーダーに現れた機体にデスティンは顔を顰める。
「…この場だけでなく本気で事を構える気みたいだね。しかし!
地上の人々はお前達の奴隷でもなきゃ地図に有る記号でもない。
帰ったら報告書を纏める必要が有るようだ。しかも迅速に。」
苦虫を食い潰した様な微妙な声にヴァレリアも反応する。
「奴等…獣の一体を落としたというのか!?どこまでも馬鹿げている!」
獣。忌み語でありこの星で作り出された破壊する事、
それ以外の用途には全く使えない欠陥ゾイド達のことである。
あのバイオゾイドでさえ自身レッゲルを蓄えの輸送する事ができる。
それ以下の毒でしかない存在をソラの住人達は獣と呼び忌み嫌っているのだ。
「相当のいかれた奴が現れたらしいな?」
やっと復帰したヴォルケーノでザイリンは、
ハックのエレファンダーを運びながらデスティンとヴァレリアに言葉を掛ける。
「その通りだ。こっちのデカ亀と違ってかつてのお前の友。
ジーンのバイオティラノより弱いかもしれんが融通が利かん奴だ。」
「全く困ったものだ。ソラの連中は俺達より賢いのではなかったのか?」
全くやれやれな話である。頭が良ければそれでまた問題を抱えてしまう。
人の本質はどこまでもお馬鹿と迂闊が抜けないらしい…。
「となれば…だ。あの横たわった王様に誰かが乗る必要が有る。」
ロンはキングゴジュラスイミテイトを見上げて言う。
しかしその後視線が集中する先に居たのは…何で俺?
「決まってるよ。この場にホイホイゾイドを変えて乗れるのは君だけ。
大体戦闘記録を見せてもらったけどマニュアル無しで赤熊とチャンバラして…
生きているじゃないか。普通の人間なら今頃真っ二つだよ。」
「そうそう!一見野暮ったいように見えて繊細なゾイド捌き。
それぐらいの実力がなきゃ前にコマンドを相手にして全滅なんてあり得ないわ。」
誉められている筈だが俺は正直嬉しくない。
ビー介だって大変だったんだ!その上今度は全く操縦感覚の違うゾイド。
しかも間違えばとんでもない事態を引き起こす正真正銘の化け物に乗れと言う。
絶対に俺の身の安全なんて考えていないと思うのだが…?
そう考えたら自然と目から熱いものが流れてきたのは言うまでも無い。
俺に乗れ!と言う包囲網はまだ完全でない…
そう信じて逃げ出そうとし向きを変えたところに丁度件の御方の顔。
俺が乗せてやろうって言うのにテメェは不服か?ああん?
的に見えてしまった…嘘だ!絶対にそんな事…。
等と怯んだのが年貢の納め時。俺はガラガと赤熊に捕らえられ、
有無も言わさず御大のコクピットに放り込まれてしまった。
既に俺の扱いは物以下な気がして成らないのは気のせいなのだろうか?
「頑張れよ〜。」
「貴様なら大丈夫だ!サイコ流(以下略)。」
「大丈夫ですよ!あいつをやっつけちゃってください!」
「このフリ・テンの見立ては完璧です。」
「大丈夫よん。軽く捻ってきてね〜。」
無敵団からの黄色い声援?も俺の耳には何故か白々しく聞こえるのだった。
天亀正の各部が展開し針山のごときミサイルポッドが姿を現す。
それを一斉発射すれば大概の存在を吹き飛ばせることだろう。
甲板程度の損傷は既に気にしていないようである。
一斉発射が迫っていると思われた直後左側のミサイルポッドが派手に爆発する。
「間に合ったぁ!たああああ!」
甲板に躍り出たのはムースハルベルト。
続けざまにハルバートで砲門の一つを素早く切り倒し駆け抜ける。
「ギンちゃん!」
レ・ミィが歓声を上げる。だが砲門一つとミサイルポッド一つ。
その程度では二十分の一も火力は減っていないのである。
しかしその残りも一対多の包囲状況では先制できない限り爆破用の火薬そのもの。
更に直後到着した増援のバイオラプターグイの爆撃で派手に炎上する。
しかしそれですら天亀正を止める事はできない。
炎を振り払うかのようにもう一度展開した内部から換えの火器がせり出し、
一瞬でグイ部隊を火達磨にしてしまう。
「くそ!バーティカルサンダー!」
針山から飛び出したミサイルを何とか潰すことに成功するが、
厄介な鈍亀はまたしてもマイペースに攻撃を開始しようとしている。
「ま、仕事の話は後でメシでも食いながらゆっくりするとして、とりあえず下に行こうや」
「下?まあいいけど、お前さんももの好きだな」
そう言いながら、まんざら嫌でもない顔をしている。二人で階段を下りる。
倉庫を改造した建物の一階は、扉を開けたとたんにむっとする気配が漂ってきた。片側
にはベンチプレスをする者、ランニングマシンで走る者など、各種器械運動をする者達が
おり、その傍らではサンドバッグを叩いたりスクワットをする者をいる。その辺だけ見る
と格闘技のジムのように見えるが、この建物の大半の部分には何も置いてない。無機質な
地肌がむき出しになっている。そして、その奥の壁面には幾つかの、人間より大きく、
シルエットも異なる影が佇んでいる。ゴーレムにバトルローバーにロードスキッパー、いず
れも小型ゾイドの代表格ばかり。大型ゾイドはサイズ的に練習に使うのは問題があるから、
普段の練習ではこういう小型ゾイドで感性を磨くのだ。
ここはゾイドファイターのトレーニングジムだ。
こういうジムは、どんな町にも一つや二つはあり、この町にも十以上はある。ハキムに
とっては俺みたいな一匹狼のバトルの仲介は副業で、自分でファイターを育てて、その
試合を組むのが本業である。
「どうだい、元気のいい若いのが揃ってるだろう。このジムは今はまだまだ無名に近いが、
いずれ天下に並びなきジムになるぜぇ」
さっきまでの不機嫌や宿酔いはどこへやら。子供のように目をキラキラ輝かせてやがる。
ハキム自身、以前はゾイドファイターだった。若い時に西方大陸戦争が始まり、なりゆき
で兵士になり、戦場で戦い続けた。大国が正規部隊を西方大陸から引き揚げた後も、西方
大陸では植民地や属国同士の代理戦争が続いた。十年かかって戦争が終結すると、西方大
陸で現地採用されていた彼のような兵士の大半は軍を追い出された。退職金代わりに古女
房のゾイドを支給されただけの彼等には、一般社会での生活のたつきなどなく、なし崩し
にゾイドバトルの世界に入っていく。そこは良かった。戦っていれば金が入ってくる。し
かも戦場とは違って生死を賭ける必要もない。純粋に今まで培ってきた戦闘技術をぶつけ
合うことができた。
だが、ゾイドバトルが市民権を得て、新規のファイターが参加するにつれて、彼等戦場
あがりの古参兵の居場所はなくなっていく。オジサンより若くて見栄えのいいファイター
の方が世間の人気が出る。評判が良ければいいスポンサーもつく。少しずつ、年配のファ
イターは試合を減らされ、一人また一人と隠退を余儀なくされていった。だが、戦うこと
しか知らない彼等が戦う場所がなくなっても、他に行く場所などない。
ハキムは市内にゾイドファイターの養成所を作った。自分のできなかった夢を若者達に
代わって掴んでもらいたいのだ。ここで練習している若者達は、ゾイドが好きで、ゾイド
バトルで一攫千金を夢見る連中だ。昼間は仕事をし、夕方になって仕事を終えるとやって
来て、週末のバトルに向けて練習している。地球人の言う“アメリカンドリーム”って
やつだ。
その中で、俺は一人のファイターに目をつけていた。今はロードスキッパーに乗って、
黙々とスクワットを繰り返している。
俺は黙って壁際に並ぶ小型ゾイドの群れに向かって歩き、同じく一台のロードスキッパー
に乗り込む。
「おい、何する気だ」
ハキムが声をかけてくるが、無視する。イグニッションキーを捻ると、簡単に起動する。
俺の普段から着ているジャケットはゾイド操縦用にセンサーが仕込んである。ついでに言
えばトラブルの多い俺のためにケプラー三七六を耐熱繊維で包んだ特別仕様だ。あとは
サングラス式の脳波センサー兼通信機とグローブを装着すれば、一通りのゾイド操縦が
可能になる。
サングラスの視界の隅にゾイドの状況が簡単に表示される。脳波リンクとの接続は良好。
試しに屈伸運動をさせてみる。関節の具合は悪くない。よく整備されているようだ。
ロードスキッパーを歩かせる。黙々とスクワットを続けているロードスキッパーの近く
まで行くと、さすがに相手もこちらを意識して
「何ですか」
スクワットを中断して聞いてきた。まだ十代だろうが日に焼けた精悍な顔立ちをしてい
る。ヘルメットは着けずに額にバンダナを巻き、服は簡易操縦用のツナギを着ている。
「いやあ、元気のいい兄ちゃんだなと思ってね。ひとつ稽古をつけてくれないか」
若者は思わずハキムの方を見る。この奇妙な闖入者の正体が分からないのと、勝手な私
闘は許されてないのだろう。よく教育されている。
ハキムはなにやら言いたげに手をぶんぶん振り回していたが、やがて諦め顔で
「まあそのなんだ・・・サダム、うちのジムの凄さを、そこの無礼者に教えてやれ」
「了解、ボス」
サダムと呼ばれた男は、承認を得て、がぜんやる気になったようだ。俺の方を向いて
「三分一ラウンド、一本でいいか。まあ三分も保てば、の話だけどな」
「結構だ」
周囲では縄跳びをやっていた若者がストップウォッチを持ってくるなど、勝手に準備を
進めている。
俺達はジムの中央に設けられた空き地に移動し、二間の間合いをとって対峙する。足下
は舗装されてるように見えたが、硬質ゴムが貼ってあった。陸上競技場などでも使われる
アレだ。練習中の転倒で人間が怪我をしたりゾイドが壊れるのを緩和するためだろう。
普通はただの土の地面だ。ここまで気をつかってるジムはあまりない。
「用意はいいか」
「いつでも結構」
「それでは始めます。三分一本勝負、レディー、GO!」
いきなり、ぶちかましが来た。硬い鉄板を貼った頭部による頭突きだ。定番の攻撃とい
える。腕のないこのゾイドでは、頭突きと体当たり、後は足を使った攻撃に限定される。
素早い頭突きだった。決して悪くない。だが俺は相手の頭部の横に俺のロードスキッパー
の頭を滑り込ませる。
「よいしょ」
相手のロードスキッパーは横へ大きく跳ね飛ばされる。
「な、な、何だ今のは一体」
合気道の要領である。相手の勢いを利用して投げたのだが、相手は何をされたのか分か
ってないようだ。
「ほらほらバトルの最中にぼさっとしてるなよ」
近づいていって、相手の腹部にがしがしと蹴りを入れる。さほどのダメージではないが、
シートベルトで固定された若者は大きく揺さぶられることになる。
「うわわわ・・・」
俺が蹴りを中断したところを見計らって、慌てて立ち上がる。その立ち上がり方を見るかぎり、そんなに腕は悪くない。
「この町のルールでは転倒した相手への攻撃は禁止されてるが、他の町では珍しくない。
それに、勝つためには違反覚悟で仕掛けてくる相手だっているだろう?油断してンじゃ
ねぇぞ」
「は・・・はい・・」
若者はロードスキッパーを立ち上がらせたのはいいが、肩で息をしている。転倒して起
き上がるのは、意外に体力を消耗するものだ。
「どうした?そっちが来ないのなら、こっちから行くぞ」
今度は俺の方が動いた。
ビーッ!倉庫を改造したジムの中にブザー音が響く。
「終了です」
俺にとってはあっという間だったが、このサダムという若者にとっては、無限に等しい
時間だったのではないか。
三分間に、投げられること四回、足払い三回、ハイキック二回、フィニッシュはかかと
落としだった。
手加減はしたから、ロードスキッパー自体は関節に負荷がかかった程度。一昼夜もあれ
ば自動修復するだろう。だが、パイロットの方は汗びっしょり、息が荒い。転んでも立ち
上がって最後の礼を交わしたあたりは褒めてやってもいい。
その横でハキムは苦々しい顔をしている。
「どうした、旦那。弟子が貴重な経験したってのに、嬉しそうじゃねぇな」
「そりゃまぁ、こうなるのは分かっとったさ。これで自信を失うンじゃないか、それが心
配なンだよ」
「杞憂じゃねぇか、信じてやれよ。あンたの育てた弟子だろうに」
俺の方は気分爽快、すっきりしていた。やはりバトルはいい。こういう男同士の技と力
のぶつかり合いの魅力は女子供には分かるまい。
「あ・・あんた一体・・・何者だ」
「俺もゾイドファイターさ。“瑞巌流”アレス・サージェス、聞いたことあるだろ」
「ずいがんりゅう・・・?」
何だか不得要領な顔つきだ。
「“五百勝(ザ・ファイブハンドレット)”だよ、サダム」
「ええっ!じゃあ“五百勝のアレス”ですか!うわあすげえ、そんな人を叩きのめすつも
りでいたなンて。俺っちのレベルじゃあ負けて当たり前だ」
俺としてはちょっと複雑な気分だった。俺自身は流派である瑞巌流で通したいのだが、
世間一般は五百勝のニックネームがまかり通っている。すごい記録であるのは間違いない
が、必要に迫られてバトルしてるうちに結果的に年間五百勝以上してしまっただけで、狙
って作った記録でなし、当時のことはあまりいい思い出でもない。
216 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:51:01 ID:???
「天馬の翼」(1)
ZAC2051年3月
赤く染まった海が、冷めていく銑鉄のように光を失っていく。大陸から静かに忍び寄る
宵闇が、海も、そこに浮かぶ島も、飲み込もうとしている。一日の終わりに訪れる、美し
い情景。だがその様を見る彼には、その情景は美しいとは程遠い、空恐ろしいものに思え
た。なぜならそれはただの一日の終わりではないから。闇に沈んでいくその島、ニカイド
ス島で、ひとつの帝国が暗闇に飲み込まれていく。ゼネバス帝国が、滅びていく。
「正体不明のゾイドと交戦中」
ニカイドス島攻略軍からもたらされたその一報から、異変は始まった。次々と届けられ
る報せは、どれも信じられない、信じたくないような内容だった。つい昨日まで一方的な
勝利を収め続けていた攻略軍が、一晩で崩壊していく。ニカイドス島は、救援を求める共
和国兵士の叫びで満たされた。一体何が起きているのか、敵はどこからやってきたのか、
誰も知らぬまま攻略軍は撤退した。
まるでこの事態を予知していたかのような司令部のあまりにも早いニカイドス島放棄決
定に対して、将校たちの中には不信感を口にする者も少なくなかったが、それは的外れな
批判であったろう。ニカイドス島放棄は大統領命令であり、その本当の理由は、ヘリック
大統領にしか分からなかった。
モニター上の輝点が、島へと迫っていく。何もレーダーでなくても、肉眼でその姿を確
認できるかもしれない。薄気味悪いほど巨大な飛行ゾイド、ホエールカイザーが着水しよ
うとしているのだ。あれほどのゾイドが一体どこからやってきたのか、彼には何も知らさ
れていない。しかしそれが中央大陸から来たのではないことは、間違いなかった。とすれ
ば、やはり。彼は部隊内でまことしやかに囁かれている噂は事実なのではないか、と思わ
ざるを得なかった。恐怖の軍団が、再びやってきたのだ、と。
共和国軍が撤退した翌日、ニカイドス島は再び叫び声に震えた。それはゼネバス帝国兵
のものだった。歓声、そして、悲鳴。大陸沿岸で島の通信を傍受していたゴルヘックスは、
その叫びを傍受していた。
騙された。騙されたのだ。
217 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:51:33 ID:???
「天馬の翼」(2)
「多数の帝国ゾイドを確認。乗船する模様」
望遠カメラを備えた偵察機仕様のサラマンダーが、島の様子をモニタリングしている。
これで3機目だ。間違いない。あれは奴隷船だ。帝国軍という、優秀な奴隷たちを連れ去
るための。
「セシリア1よりハミングバードへ。兵器使用許可を要請する」
「セシリア1、交戦規定を遵守せよ。防空圏外だ。許可できない」
無線機からサラマンダー乗りたちのやり取りが聞こえてくる。司令部は正体不明の軍団
に対する、一切の攻撃を禁じていた。中央大陸沿岸に引かれた防空圏内に侵入しない限り
は、連中に豆鉄砲ひとつ撃つ事もできないのだ。
「了解」
セシリア1、空対空ミサイルを搭載したサラマンダーのパイロットが、苛立たしげに通
信を切る。共和国空軍自慢のサラマンダーの力を持ってすれば、空飛ぶ標的のようなホエ
ールカイザーを墜とすことなど、造作もないことなのだ。だが、それは許されない。彼ら
に今できるのは、目前で繰り広げられる奴隷狩りをただ眺めていることだけだった。鉄の
翼竜たちは紫色をした薄暮の空を、ただ漂う。ゾイドと兵士を満載したホエールカイザー
が、夕焼けに染まる海から離水しようとしていた。
「千里眼よりハミングバード。対象に異変」
ホエールカイザーを監視していたサラマンダーが、不意に管制機に報告する。
「発砲している」
「全機、警戒せよ。ただし交戦規定に変更はない」
編隊に緊張が走る。眼下に、かすかに光が走るのが見えた。ホエールカイザーのビーム
機銃座から放たれたのに違いない。その光は、まるで水面をなめるように伸びて、薄暗い
海を一瞬だけ焦がした。
「新たな対象を確認。発砲はその対象に向けてのものと思われる。対象は健在」
彼は心中で喝采した。あの鯨野郎に一矢報いた奴がいるのか。一体何者だろう。交戦規
定に縛られ手出しできなかった彼は、それを聞いて溜飲が下がる思いだったが、それも束
の間だった。輝点が、こちらへ近付いてくる。やる気なのか。
「対象判明。レドラーだ」
敵機だ。
218 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:52:09 ID:???
「天馬の翼」(3)
翼竜たちは夕闇の空を滑る。管制機仕様のサラマンダーを除き、各機は高度を下げてい
く。レドラーは超低空、ほぼ海抜0メートルの高度で突き進んでいた。管制機が監視して
いなければ、見失ってしまうかもしれない。レドラーを示す輝点は、まもなく防空圏内に
差し掛かろうとしていた。
「ハミングバードより各機へ。兵器使用自由。兵器使用自由。統制射撃開始する」
俺に出番はないだろう。彼は操縦桿を握りながらそう考えていた。管制機による統制射
撃に死角はない。管制機は、編隊各機をまるで空飛ぶミサイルランチャーのように誘導し、
ミサイルを放つ。ミサイルは強力な管制機の誘導波によって、敵機へと迫っていくのだ。
かつては各機個別に標的をロックし、放ったミサイルを誘導していたため、目標への重複
攻撃も多く、目標自体を見失うこともしばしばだった。それが今では、敵機を目視する遥
か以前に撃滅してしまうことがほとんどだった。
「セシリア1、ミサイル発射した」
ミサイル母機のサラマンダーから、セミアクティブ・ホーミングミサイルがたった1発、
撃ち出された。レドラーは海面すれすれを飛行している。高空から降りかかってくるマッハ
5の矢をかわす術など、あるはずもなかった。
あのレドラー乗りは、どんな男だろうか。彼は脳のほんの片隅で、後数秒で四散するで
あろう敵機のパイロットについて思考する。あの鯨に襲い掛かるくらいだ。当然『正体不
明』の連中ではあるまい。だとすると、あれが最後のゼネバス帝国空軍所属のレドラーか
もしれないな。モニター上でミサイルの輝点がもうひとつの輝点に猛然と迫り、そして消えた。
輝点は相変わらず、こちらへと近付いてくる。
219 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:52:41 ID:???
「天馬の翼」(4)
「セシリア2、ミサイル発射した」
「セシリア1、発射」
再びミサイルが放たれる。今度は2発まとめてだ。群青の空に排気炎が引く帯が伸びる。
彼は、共和国軍人としてあるまじきことを密かに期待している自分に気付いた。ふたつの
輝点がレドラー目がけて喰らいつく。三つの輝点はやがてひとつになり、そして消えた。
彼の期待はしかし、裏切られることはなかった。モニター上に再び赤い点滅が現れたのだ。
レドラーは生きていた。
「ハミングバードより各機へ。統制射撃を断念。全機突入せよ」
「セシリア1よりロデオ1、出番だ」
ミサイル母機のサラマンダー隊一番機が、彼を呼んだ。もはやレドラーは防空圏を侵し、
中央大陸上空まで達しようとしている。セミアクティブ・ホーミングミサイルの最低射程
距離、その内側にまで接近していたのだ。
「了解、セシリア1。久しぶりのショーを見せてやる」
スロットルレバーを全開にする。彼の愛機の真骨頂だった。スラスターノズルからあら
ん限りの推力を絞り出し、わずかな残照に光る空を駆け下りていく。キャノピーいっぱい
に赤銅色に鈍く光る鉄の大地が広がった。
「大尉、気をつけろ。奴は1発目をかわさずに真正面から撃ち落した化物だぞ」
サラマンダーのパイロットからの忠告は、彼の耳には届いていなかった。彼の耳に聞こ
えるのは愛機、レイノスの雄叫びのような風切音だけだった。無意識のうちに喉を鳴らす。
あらゆるものが赤く染まる夕闇の中で、どんなものよりも鮮明な深紅の翼竜、レドラーが
そこにいた。
220 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:53:03 ID:???
「天馬の翼」(5)
親鳥たちは空を舞い、小鳥たちは地を舐める。まるでじゃれ合うように。橙色の空と海
の間で舞う、鉄の翼。翼竜たちは、男たちの命を糧にして舞う。水平線の彼方へ沈んでい
く夕日の最後の瞬きに照らされて、金属の羽根がきらめいた。
レドラーは亜音速を保ったまま、赤錆びた岸壁がそそり立つ海岸線を這うように緩旋回
していく。その後ろを追う彼は、そのレドラー乗りの力量を推し量る。急旋回や急上昇を
伴うマニューバではレドラーに勝ち目はない。奴が速度を維持したままドッグファイトを
挑んできたのは、スラスターノズルにより大推力、高機動を実現したレイノスの能力を、
体で学び取っている証拠だ。高速度を維持したままの一撃離脱を信条をするレドラー乗り
なら、当然選ぶ機動だろう。だが。
彼は旋回Gに耐えながら、冷静にレドラーを追う。瞬く間に両機は海岸線から離れ、淡
い褐色の海を掠めていく。失われていく光と引き換えに漂い始めていた宵の冷気と金属イ
オンを、黒と青の翼がかき乱した。
このまま旋回し続ければ、彼は操縦桿を握りながら思う。高度はほぼゼロ。降下によっ
て、位置エネルギーを機動力に換えることはできない。いかにレドラーが強力な推進力を
持っていようとも、いつかはレイノスに追いつかれるのは目に見えていた。レドラーはそ
の前に次のマニューバに移らなければならないのだ。その時が、彼は射るような視線を黒
い羽根に投げた。奴の最期だ。
221 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:53:23 ID:???
「天馬の翼」(6)
その兆しを、彼は見逃さなかった。レドラーはMHDによる推進力を生み出す翼をわず
かに動かした。新たな機動を始める気だ。間髪入れずに彼もまたレイノスを操った。レド
ラーはその黒い翼の前縁を持ち上げ、推力を殺しつつ空気抵抗を利用して減速した。少し
でも操縦を誤ればそのまま海面に激突しかねないほどの急減速。レイノスをオーバーシュート
させようとしているのだ。そしてその機動は、彼を落胆させた。お前は間違いを犯した。
彼は意識の片鱗で相手のパイロットに宣告した。だから、死ぬのだ。
ドッグファイトにおいて、推力を絞る機動など論外だ。相手をオーバーシュート、つま
り後方の敵機に追い越させてそのさらに後ろに回り込みたいのなら、横転するか、螺旋を
描く機動、バレルロールを行うべきなのだ。一度推力を失ってしまえば、再び回復するま
でには少なくとも数十秒かかる。刹那の勝機をつかみ合う空中戦で、数十秒とは永遠に等
しい時間だ。
彼はレイノスをバレルロールさせ、急減速したレドラーのさらに後ろへと追いすがる。
宵闇に沈む海をキャンバスに描かれる、螺旋の軌跡。彼は目の前の赤い翼竜を操る男の命
を摘み取るため、3連装ビーム砲のトリガーに指をかけた。
「……!」
しかし声にならない叫びを上げたのは、彼の方だった。レドラーは突然機首をぐるりと
持ち上げ、まるでバック転でもするかのようにその頭をレイノスへと向けたのだ。コブラ
か。
222 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:54:06 ID:???
「天馬の翼」(7)
レイノスが横転するのとほぼ同時に、レドラーがビームを放った。閃光が走り、残光の
みが焦がしていた空を染めた。彼は、生きていた。間一髪で敵機の奇手をかわしたのだ。
この状況で無茶苦茶なマニューバをしやがって。レイノスを再びバレルロールさせながら、
彼は内心苦笑いしていた。貴様はドッグファイトより、空中サーカス向きだな。無理な機
動により失速寸前のレドラーの背後に迫りながら、彼は今まさに殺し合いを演じている敵
パイロットに心中で語りかけていた。
ゼネバス帝国の最期の夕暮れに、たった1機で我々に挑んできたお前は、一体何を考え
ているのだろう。自暴自棄になってしまったのか。それとも帝国に殉じて死ぬつもりなの
だろうか。しかしどうもお前は。彼は思う。お前に似ている奴を知っている。俺の僚機の
パイロットだ。奴はまるで空で舞うためだけに生まれてきたような男だ。勝利も敗北も、
ともすれば己の命も空の彼方に置いて来てしまいそうな男だ。お前もそうなのだろうか。
彼には、今日は機体不良で泣く泣く引き返した奴が、レドラーに乗ってやってきたような
気がした。
だがお前は戦闘中に、音楽は聴かないだろうな。
しかし彼のその思いは、ただ彼の脳裏を過ぎっただけであり、それもほんの一瞬だけの
ものだった。彼のゾイド乗りの本能はレイノスを操り敵機を墜とすために、どんな機械よ
りも正確に働いていた。速度も推力も全く足りないレドラーに、もはや打つ手は何もなか
った。わずかなマニューバをするだけでも失速し、白い波頭に飲み込まれてしまうだろう。
彼らが赤く染まる空で出会ってから、まだ数分しか経っていない。そのたった数分という
時間が、一人の男の命を、積み重ねてきた数十年の人生を、飲み込もうとしていた。
223 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 15:54:32 ID:???
「天馬の翼」(8)
今度こそ。レイノスは敵機の真後ろに回り込み、ビームを撃とうとする。今度こそ、終
わりだ。レドラーに異変が起きたのは、その時だった。赤い翼竜は最後の力を使い果たし
てしまったかのように高度を下げると、足を水面に接触させて水飛沫を上げた。失速か。
金属イオンが溶け込んだ海面に足を取られ、レドラーは完全に制御を失い、横転して今
度は翼が水面に突き刺さった。こまねずみのように海面を跳ね回るレドラーを、レイノス
が追い越していった。終わった。
彼は息をついた。奴をこの手で撃ち落せなかったのは心残りだが、この高度ならあのパ
イロットを救出できるかもしれない。どんな男だろうか。彼はふとバックミラーに映って
いるであろう、レドラーが水没していく様に目をやった。血のように赤い残照に色付く空
と、その下に横たわる錆色の大地。溶けた水銀のように鈍く光る海と、点々と残る白い泡
沫。その飛沫をたどった先にレドラーが。
彼は今度こそ絶叫していた。飛沫をたどった先にレドラーが、いない。いや、レドラー
はいたのだ。翼をはばたかせ、彼の背後に迫ってきていた。馬鹿な、あの状態から機を立
て直すなど。彼は瞬きする間にやってくるであろうその時を背中に感じつつ、叫んだ。不
意に襲う失速、そして墜落。そこから制御を取り戻すことなど、いかなるゾイドにも、パ
イロットにも不可能だ。
何て奴だ。彼は今この刹那、迫り来る死よりも、レドラーのパイロットの技量に恐怖し
た。先ほどの失速も、故意的に行ったマニューバだと言うのか。わざと失速して、海面を
転がり回って、また飛び立ち機位を取り戻すだと?不可能だ。そんなことはできようはず
がない。だがレイノスの真後ろには、レドラーがいた。コクピットにロックオンされたこ
とを知らせる警報音が鳴り響く。それは彼にとってはもう警報ではなく、葬送曲同然だった。
ドッグファイトは、終わった。もう終わりだ。
224 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 16:11:57 ID:???
「天馬の翼」(9)
太陽は水平線の向こうへ消えて、後にはわずかな赤い輝きだけが残された。海は静かに、
白く泡立つ波紋を揺るがす。空には急降下するサラマンダーたちの咆哮が響く。その先に
は沈んだ太陽が置き忘れていったように真っ赤なレドラーが、波間を滑るように進んでい
た。そしてもう1機。
彼は自分がまだ生きていることに気付いた。そう、気付いたのだ。警報音はいつの間に
か止んでいる。サラマンダーのパイロットたちが無線で彼を呼んでいた。そして編隊無線
とは別に遭難時に使用する緊急用周波数で、彼を呼んでいる者がいた。
「こちらロデオ1」
彼は静かに応答した。レイノスは彼を載せて、水面の上に薄い影を落としながら飛び続
けていた。
「こちらは、貴機のすぐ後ろにいる」
「ああ、知っているよ」
彼はバックミラーを一瞥する。先ほどの失速などなかったかのように、レドラーは黒い
翼を広げて悠然と羽ばたいていた。
「なぜ撃たない。君はまだ戦えるはずだ」
2機はランデブーでも組んでいるように、静かに寄り添うように、闇の中を進んでいく。
「そうだ。まだ戦える」
言葉とは裏腹に、その声に敵意は感じられなかった。ひどく静かで、悲しげな声だった。
「私は誰にも負けていない。しかし私の祖国は、消えてしまった」
空に残った最後の輝きは、気付かぬ間に闇に消えた。帝国最期の日は、いつの間にか暮
れてしまっていたのだ。
「私は亡命を希望する。貴機に案内してほしい」
彼はレドラーのパイロットの言葉を、ひとつひとつ噛み締めるように聞いていた。大陸
が冷めていく。夜の闇が辺りを支配しようとしていた。ゼネバス帝国が滅ぶ。今、この場
所で。
「了解、ドラゴンライダー。共和国へようこそ!」
225 :
赤羽浩々:2007/12/23(日) 16:12:38 ID:???
「天馬の翼」(10)
サラマンダー隊に知らせねばならない。早くしないと、連中はこの亡命者を撃ち殺して
しまうかもしれないからな。彼はヘリック共和国空軍大尉として、先ほどまで死闘を演じ
ていたレドラー乗りの亡命を受け入れたのだった。
「君を武装解除する。当機の前方へ出てくれ」
「了解、ロデオ1。貴機の配慮に感謝する」
レドラーがレイノスを追い越し、無防備な背中を見せる。聞きたいことがたくさんあっ
た。先ほどの失速はわざとなのか偶然なのか。海面に接触してから制御を回復できる確信
はあったのか。もし亡命を断ったら、俺を撃ったのか。しかしそれらの疑問をうまく言葉
にすることはできず、彼はただレドラーを標準器に捉えたまま飛ぶことしかできなかった。
闇が海も空も大地も包み、ちっぽけな2機のゾイドなど深い闇の中に消えてしまいそう
だった。しかし、レドラーの赤だけは光輝いているように見えた。赤い光が翼に照り返り、
ほのかに燃える。ああ、そうだな。彼は思った。
赤い翼というのも、いいかもしれないな。
終
「ええと、サダム君、だったな。なぜ俺に負けたか分かるか」
「そりゃもちろン。経験不足、ですよね」
「それだけじゃアない。質問をかえよう。ゾイドを上手く動かすために必要なものは何か」
「ゾイドをより上手く動かすこと、ゾイドとのシンクロです」
「そうだ。普段君達がここで練習で使ってるゾイドと、バトルで使うゾイドは違う。普段
からバトル用のゾイドで練習できれば一番だが、実際にはあんな大きいものを練習で動か
すことはできない。日々の練習は小型ゾイドでやるしかない。だが、小型ゾイドを使うの
にも利点がある。小さいゆえにゾイドの微妙な感覚まで分かることが出来る。
たとえば、さっきゾイドでスクワットをやってたよな。ゾイドの動く感覚を身につける、
軍の教本にも載ってる地味だが効果的な練習法だ。だが、ワンランク上を目指すなら、そ
れだけじゃ駄目だ」
俺は再び、ロードスキッパーの操縦席に座る。そして、左足を持ち上げて片足立ちになる。
「これができる奴」
半分の若者が手を上げる。
「じゃあこれができるのは?」
その片足のまま、ゆっくりとスクワットを始める。周囲から「おお」と驚嘆が漏れる。
「ざっとまあ、こんなもんだ。やってみろ」
言われて数人の若者が試そうとするが、片足で立つことが出来る者も、ヒザ関節を曲げ
た途端にバランスを崩して転倒する。
「なぜ出来ないのか?このゾイドは二本足で歩くことを前提にしている。お前等も自分の
足でなら片足スクワットくらい出来るだろ。それが出来ないのはゾイドのバランス感覚と
自分のバランス感覚にギャップがあるからだ。どこでバランスが崩れるかはゾイドが教え
てくれる。ゾイドの声に耳を澄ますんだ」
何人かはバトルローバーも動かして夢中になって片足スクワットを始めていた。
俺にとって予想外の収穫は、このサダムという若者が、対戦相手のディパイソンのパイ
ロット、オットー・マーチンと同じ職場で働いているということだ。
昼間は港の荷揚げ場で、船の荷物の積み下ろしをしていると云う。仕事でもゾイドを使
ってる連中は、いいファイターになれる可能性が高い。
だが、そのオットーは、全く職場に顔を出さなくなったと云う。
「最近様子がおかしくなって、先週から無断欠勤してるんです。全く連絡が取れないって
親方もカンカンですよ」
とある諜報組織がディパイソンを強奪しようとして失敗し、パイロットはゾイドごと姿
を隠している、これは昼間にマーガレットから聞いた情報と一致する。できればこの目で
ゾイドやパイロットを見ておきたかったが、残念ながら、それができなくなったわけだ。
その後、俺とハキムは近くの居酒屋で食事をしながら俺のバトルの打ち合わせをした。
酒のつまみは魚である。さすが港町、ダウンタウンでの酒場でも安くて美味い魚料理が出
てくる。練った白身魚を野菜と混ぜて小判状にし、油で揚げたものが特に美味かった。
試合は三日後、週末のメインイベントになったらしい。この町の慣習で、バトルの組み
合わせは前日まで発表されない。昨日言っておいた装備などの手配も終えてあった。モノ
によっては到着が試合前日になるものもあるが、急場のことゆえ仕方ない。それと、食事
をしながらこの町のことについていろいろハキムから聞いたが、内容は全て今日の昼に娼
館で仕入れてきたことばかりで、目新しいものはなかった。
228 :
名無し獣@リアルに歩行:2008/01/01(火) 21:51:42 ID:xm5PLF8j
1ヶ月ごとの定期ageだっけ? やっときます
上の戦況がやばくなって来ていることを知るルージだが…
実は困っていた。
エヴォルト発動の兆しは有るのだが、彼自身が相棒をどう変えるか?
そのイメージが決まらないのだった。
瞬時にムラサメライガーを多段エヴォルトさせることができるルージ。
イメージさえ出れば後は簡単な筈だがコマンドウルフというゾイド。
それに対して彼が持っているイメージが希薄だったのだろう…。
中々成果は上がらないようである。
「アッチヲ見テミロ。」
さすがに助け船が必要と感じた相棒はそう文字を出す。
「え?」
それに釣られたルージは広い空間に色々と雑然に置いて有る作業用車両。
それらが彼の目に留まる。
「あれは…?」
かつて自力で色々な大型作業道具を設計していた彼の目には、
とある物が魅力的に映る。それはフロートシーカーと呼ばれる乗り物だった。
そして…彼の脳裏にフロートシーカー+コマンドウルフと言う青写真が完成する。
「ムラマサウルフ!?そう!ムラマサウルフだ!」
それこそが彼が俺の相棒に求めた姿となる。
俺は少々見たこと無い文字で色々明滅しているコンソールに困る。
「またかよ!」
思い切りスピーカーで拡声された声はうるさく周囲の奴等に届く。
「どうしたんだ〜い?」
ロンが叫んでいるのでボリュームを下げて怒鳴る!
「文字が全く読めん!文盲に何をやらせたいんだよっ!」
「おお!?しまった!その事を忘れていたよ。」
ポンと手を叩いてごめんと言う感じでゼスチャーを送るロン。
程なくしてロンがオットーから聞いてきた手順を行ない文字を読める物にする。
だが…またしても…
「だから!固有名詞の森は止めれっつ〜のぉお!!!」
残念無念。またしても意味その物が不明の言葉の山だった。
「よっこいせ…っと。無理矢理乗せられたものの以外と挙動が良い。
流石はソラ様々と言ったところか?しっかしなぁ…どうすりゃいいんだ?」
とりあえず最初の一歩を踏み出そうとしたのだが?
途端にロックオンされたと警報がうるさく響く。
その後程なくしてとんでもなく太い光が直撃する…
と思ったら機体表面で物凄い勢いで光が打ち消されているのを確認する。
「おお〜〜〜〜〜っ!?なんか凄いぞ!殺れる気がしてきた!」
振動がビリビリして目の前がチカチカするがそれ以外はなんということない。
「結局武器関連が解りゃしない!突撃だオルァ!!!」
俺!駄目人間確定!元からそう思われがちだが今回ばかりは否定もしない!
「ウ〜ラララララララララララララララララララ…!」
微妙な勝鬨を上げて俺はキングゴジュラスイミテイトを突撃させる。
キングサイズの足が常軌を逸した加速でデスギガントへ向かう。
その姿はなんたらホーテとかいう騎士を思い浮かべる奴も居るかもしれない。
しかし気分的にはもっと悲観的かつ投げやりであることに気付く者は一杯。
通信機越しに聞こえる声援は更に俺をてんぱらせる…
ここまで墜ちたならもうどうでもいいや!そんな気分だった。
輝く光が消滅すると足の傷を殆ど修復し外側からギブス的な装甲を被った相棒。
基本的な見た目は殆ど変わらず尻尾の付け根付近に空力制御用のリアウイング。
何よりも変わったのはインパクトカノン回り。中央部分が背に有るが…
残りの剣付き砲塔は左右二組がフロートユニットとして独立。
フロートユニット自体は元から付けていたビークルが変異したらしい。
「これって…?」
どうやら青写真と差異が合ったらしく剣の振り方がよく分からなかったが、
振り回してみるとその場や相棒の目の前で振り抜いたりと…
接続肢となるパーツが無いため無理無い斬撃が打てるようである。
「行こう!」
その声に相棒が大きく遠吠えして答えると、
ムラサメライガー同様のスピードで軽やかに走り出す。
数分も必要なく現場へ到達するだろう。
翌日、俺はいつものように夜明けと共に起き、トレーニングをし、うまい朝食をたらふく
食い、町外れのゾイド駐機場に行く。
例によってユーリは居眠りをしていたが、叩き起こして昨日ゾイドバトル組合から借り
てきたデータを見ておくよう指示する。そして、今後の予定を簡単に相談すると、図書館
に向かった。
御存知の通り、俺はゾイドバトルで食ってるわけだが、あくまで生活のためであり、
本来の目的は旅をしながらユーリを元の普通の人間に戻してやる方法を捜すことにある。
手がかりは三つ、ひとつは優秀な医者か科学者を見つけること、一つはユーリの手術を
した狂気の科学者を見つけること、最後はある女性を探し出すこと。彼女はときおり人前
に現れては不思議な能力を発揮し、多くの人々から“ゾイドイブの化身”と呼ばれている。
俺に言わせれば女神どころか魔女なのだが「どんな願いでも叶える」と言ったし、信頼に
足る能力を持っている。
政治的事情で情報統制の厳しいこの世界では、自分の足で歩き回って情報を得るしかな
い。地球では自宅にいながら世界中の情報が手に入るらしいが、そんな便利なシステムは
ない。魔女については、奇妙な現象が起こった記事はないか、狂気の科学者については、
人体実験のために(特に子供を)さらっている可能性が高く、そういう行方不明の事件が
頻発してないか、各地の地方新聞などを地道に調べていくしかない。
だが、半日がかりで一年分の新聞や雑誌を調べたが、この地域ではそれらしい事件は起
きてないことがわかった。だが、がっかりはしない。いつものことだ。
午後からは、市内のとある建物に向かう。ミネヴェア総合病院だ。十三階建て三棟の立
派な造りだ。ここに目的の男がいる。
受付で相手の部屋を確認し、エレベーターに乗る。外科病棟八階のとある病室を開ける
と、三人部屋の奥のベットに、褐色の肌に蓬髪の初老の男性が寝ていた。こちらを見ると
すぐに
「おう!何でぇ!」
と言ってきた。ゾイドバトル組合職員、リー・チャンである。いや、正確には職員では
ない。普段は何もしてないからだ。だが、いざ揉め事があればあれば顔を出して解決する、
裏の仕事専門の人間である。関係者は敬意と畏怖を込めて“センセイ”と呼ぶ。
だが、こうして病院のベットに寝ているところを見ると体格はいいが只の中年オヤジに
しか見えない。さきほどまで同室のサラリーマンらしい男性と世間話でもしていた様子で
ある。
「てめぇ何しに来やがった、まさかこの老いぼれをからかいに来たわけじゃあるめぇな」
「なに言ってんだ、見舞いだよ見舞い。年取ると被害妄想がひどくなっていけねぇな」
と俺は左手に提げた果物かごを見せる。果物にしようか花にしようか迷ったのだが、花
ってガラでもなかろうと思ったのだ。ちょうど花瓶には花が飾ってあったから、だぶらな
くて良かった。
「それにしても、こっぴどくやられたようだな」
「面目ない」
と妙にしおらしい。俺達のような男にとって、自分の強さこそが全てだ。入院するほど
痛めつけらけれたことで、彼のプライドは大きく傷つけられたのだろう。
「足のほうは大したことない。ただの捻挫だ。ギブスは来週には取れる。だが、ここは」
とトントンと自分の肩を指差す。腕が上がらず苦しそうだ。
「肩甲骨にひびが入ってやがる。場所が場所だけにギブスも出来ねぇ。全治三ヶ月。医者
の見立てでは、治っても腕は肩より上には上がらなくなるとよ」
「それじゃあ・・・」
「ああ、ゾイドファイターとしてコロシアムに立つことはもうできねぇ。ゾイドに乗れな
いんじゃア、仕事の半分はこなせねぇ。この仕事も廃業だな」
俺はちょっと意外だった。まさかこんな寂しそうな顔を見ることになるとは思ってなか
ったからだ。
この親爺とは過去に一度だけ、顔を合わせている。数年前、当時連戦連勝だった俺の連
勝記録にストップをかけたのがこの親爺だった。瑞巌流の奥義を極めたと思い込んで驕っ
ていたのは認める。油断していたとはいえ、見たこともないトリッキーな動きに翻弄され、
押されまくりながら辛うじて三十分の時間切れ引き分けに持ち込むのが精一杯。実質的に
は負け、である。
バトルが終わって呆然としている俺の背中をバーン!と叩いて「若けぇもんは、もっと
背筋伸ばしてしゃきっとしな!」と言いながら可可と笑いながら立ち去る中年男。後でそ
の時の男が対戦相手のリー・チェンで“センセイ”と呼ばれる特殊な人間だと知った。上
には上がいるものだ、といたく感心したものだ。
戦うことで自分を誇示してきた人間が、戦えなくなったらどうなるか、その生きた見本
がここにある。いや、他人事ではない。いずれは俺も通る道だ。
甲板は炎の渦に巻かれている。
ばかでかい亀、天亀正の無差別砲撃で勢いの酷い所では金属製のフレーム。
それがわずか一分と保たず蕩けるほどのものだった。
ミサイルポッドから飛び出すミサイルの数が膨大すぎ対空砲火では捌ききれない。
所詮ヘルファイヤー程度では連射性能が追い付かない。
陸地から3種のガンブラスターとマサジロウのバイオスナイパーの援護が有るにせよ、
甲板に居るゾイドで対空装備があるのは遊撃隊のエレファンダー。
それと素人さんのバイオケントロのみ。
炎に包まれた状況では電位状況が読めず正に役立たずとなったギルベイダー。
ヴィンケル・ダス・ブリッツの姿も有る。
「これは…手詰まりだね。なんとか飛び立てれば役に立てるものの、
これ程の乱れではサンダーウイングが形成できないよ。とほほ…。」
唯一無二の弱点それは電位状況如何ではでかい的であること。
今真にうどの大木が出来上がってしまっているのであった。
「全く!こんなときに…策士策に溺れるとはこの事だ!大馬鹿野郎が…っぷ」
「なにも言い返せません…がくっ…。」
ヴァレリアの言葉に完全敗北するデスティンであった。
「しかし多少の溜飲は下ったが…亀…私の邪魔をしたらどうなるか?
思い知るがいい!」
2連ブラスターの猛放火が天亀正に吸い込まれる。
しかし適度な爆発の後に現れるのは無傷の本体。
いい加減にイライラしてきたのだろう…ヴァレリアは更なる力を呼び覚まさせる。
「トリプルブラスターモードだ。サイクロンシュート!」
残り二枚の鬣が光り輝くとその形状を一瞬で2連ブラスターに変換させる。
激しい鬣の回転と共に螺旋を描き出した6本の光線は天亀正を捕らえると、
さっきの数倍もの爆発を起こし天亀正が初めて揺らぐ。
追い打ちをかけるため鬣全てをブースターにエヴォルトさせるトリニティライガーEV。
「ギガンティックヘッドハンマー!」
大聖が揺らぎ微妙にライガー側が浮いた天亀正の腹に高速頭突き。
見事に天亀正をひっくり返したのであった。
「あ…ひっくり…返すとやばいのでは…?」
ヴァレリアのその行動が終わった後に正気に戻ったデスティンの言葉。
時既に遅し…甲板に派手に大量のミサイルポッドが激突し、
大爆発を起こしながら天亀正は甲板を転がり始める。
ほんの数秒の出来事だったが甲板から海に落ちるまで、
天亀正は近場に居たゾイドをとあるスポーツの置物の様に弾き飛ばす。
もし落ちる場所が海でなかったなら周囲に火事が飛び火したかもしれない。
更には乗っていたゾイド乗り達の命も無かった事だろう…。
転げると言ってもその速度が遅かったのも幸運だと言える。
既に旧ディガルド勢の援軍であるバイオラプターグイの搭乗者は全滅。
それだけでも人的被害は相当のものと成っている。
これ以上被害の拡大は避けたいのだがそうは問屋が卸さない…
その言葉はこの為にあったと言う出来事が起こる。
なんとかハックのエレファンダーを避難させようやく戻ってきたザイリン。
彼の目の前にはかつて亀であったものの細長い姿を確認する。
「亀の甲羅に篭もっていた?お約束は…大概にして欲しいものだ!」
長大な体躯を誇る蛇がその姿を見せつける。
「知らんぞ!天亀正にあんな細工がして合ったとは!?」
長大な蛇となった天亀正にソラの指導者たちは口々に言をあげる。
「始めからケモノを使うと言ったではありませんか?静粛に…。」
仕掛人らしいジジイは口元を歪ませて辺りを見回す。
所詮は利害関係のみで繋がった彼等に信頼は勿論信用も有ろう筈がない。
喧々囂々と罵倒が周囲にたちこめる。
しかしその喧噪はいつの間にか静かになっていた。
噎せ返る血の匂い…各ソラシティの代表達は口から血を吐き倒れている。
「やっと効果が出たか…今後使用には注意せんとな。
肺を塞ぎ生物を窒息させるナノマシン錠剤。堰止め君の扱いには…
ふふ…ふふふふ…は〜っはっはっは…!?ぐほぁっ!?」
「残念でしたw貴方も確り飲んでいますよw堰止め君w」
最後の代表も倒れる。もっとドス黒い裏が今回の件にはあったらしい。
「ガ…ガルド…貴…様…な…ぜ…?」
「お解りに成りませんか?貴方の時代は終わった。唯それだけです。
ですがご安心を。貴方の意思はこのガルド。テラガイスト…
即ちゼネバス帝国が後を引き継ぎます。それでは…地獄で会いましょうw」
「クッ…クロ…ン…ご…………。」
世界はもう一度繰り返す。間違いの原点が排除されない限り何度でも…。
「さて…では始めるとしよう!我らに勝利を!花火は盛大に!
悲鳴は高らかにっ!我ら85のガルドの前に跪くのだ。ゼネバスに栄光を!」
85人のクローンガルド。真性クローンでは不可能な複製を、
他者の遺伝子で補った85人の兄弟が世界に飛び散る。
本当の意味でのケモノは消された歴史の檻から野に放たれてしまったのだった。
「ククククク…ハハハハハ…アーハハハハハ!遂にやった!
遂に我らの時代が来たのだっ!!!」
デスギガントから声が聞こえてくる。
「誰だ!?」
「ククク…すまんねフェンリル。私はガルド。ガルド41だ。」
ファンリルとは俺のことを指しているらしい…意味はよく解らない。
しかし大手を振って喜べるような響きではなかったのは確かだ。
「喜びたまえ!君は我ら新生テラガイストの最初の生け贄に選ばれたのだ!
しかし君が死ぬ必要は無い。まあ死んでも構わんが…
我らが欲しいのは貴様の血だ。この劣悪な環境を蹴飛ばす命の力。
それの提供を惜しまないのならば命は勿論後の世の将来も約束しよう!
まあ…君が了承する筈は無いだろうがね。はっはっはっは!」
…話の途中までは乗り気だったのは秘密だ。
後で殺されかねないから余計に。
デスギガントはまたしても口から閃光を放つ。
「端っからもう目的のものを持ってるみたいじゃないか?
舐めるのも大概にして置けよっ!」
俺が適当なトリガーを引くとキングゴジュラスイミテイトの胸が唸り、
回転を始めた砲から別々の輝きを持つ光が放たれる。
閃光がぶつかり合い俺の目の前で更に輝きを増して弾けた。
鱗状の装甲を逆立てて亀顔の巨大な蛇がうねりだす。
逆立てた鱗の裏には振動する何か…直ぐにそれの正体は解る。
突然鱗の裏から爆炎をあげ上空へ飛び上がる蛇。
「無人だと思ったかね?残念だったな。私が乗っている…
このガルド63がな。ヴァレリア殿、そしてデスティン殿。
貴公等の国は我らがゼネバスの名の下に平定する。なので?
黙って潰れてくれないか?」
「ガルド…だと?首輪の付いた複製風情がほざくものだ。
私の獲物を奪った事を後悔させてやろう…あの世で悔やむが良いわっ!」
「う〜ん…それは家の指導者に言ってくれないかな?
しかし勝負事を仕掛けるなら乗ろうじゃないか?飛べない竜と侮るなら…
その身に雷撃の紋章を刻めばいいよ!」
トリニティライガーEVとヴィンケル・ダス・ブリッツは、
縮みきったバネが思い切り跳ねるように空中へ飛び上がる。
唯のジャンプだがその高さは呆れる程勢いが良く、
加速装置を使っていないとは到底考えられない高空へ舞い上がっていった。
「言わせておけば…もう我らは首輪など付けてはいない!」
ウルトラザウルスの上空で三機の常識を蹴飛ばす化け物が激突する。
触れれば紫電舞う雷鳴の刃。
三刃に光を振るう赤き修羅。
巨大を現す悪の蛇神。
無理矢理格好を付けるとこうなるだろうか?
それらが空中で繰り広げる格闘戦はこの世の終わりさえ彷彿とさせる。
だが現在の所この三機の間に入ってまで戦おうとする者は居ない。
下手に砲撃を行なえば素早く動き回る暫定同盟の二機に当たる確立の方が高い。
撃った瞬間にその場に当たるような武器でないと意味が無いのだ。
偏差射撃が基本であるゾイドの火器では簡単にできる事ではない。
ビーム等が光速などという理論は間違い。
粒子砲である限りどんなに速くても亜光速が限度であり誇大広告。
特殊相対性理論の理論上撃った後で回避ができる攻撃は光速には達し得ない。
逆に光速の火器はデカブツには大したダメージを瞬間的に見込めないのである。
光が失せると俺の目の前にはデスギガントの足が目前まで来ている。
「飛べ!転がれ!地を這いずり回れ!」
そんな言葉の来る以前に俺は馬鹿でかい足に践まれるものかと、
限界までキングゴジュラスイミテイトの体制を倒し駆け抜けさせる。
「ファンリルだかフェンリルだか知らないが勝手に人に通り名付けるなよ!」
素早く回り込んだデスギガントの後ろ。
太い尻尾を掴むと無理矢理引き摺り倒す。
「なんと!?腐ってもキングゴジュラスか!?だが中身はそうではあるまいっ!」
尾の付け根に有る装甲板が勢いよく跳ね上がり大量のミサイルが発射される。
だが上空より舞い降りた光の戦輪に切り裂かれて勢いよく爆発する。
「獲物はそいつだけではない。私が居ることを忘れてもらっては困るな?」
シープのリュミエールから援護射撃が行なわれたらしい…
しかし戦輪型の光を飛ばすなんて危ない武器だ。
「空と陸からの挟み撃ちか…面白い受けて立つ!」
「あのバカチン共w正々堂々と正体を現さなくても良いのにwどうする?」
ガルドはもう一人のガルドに聞く。
「放っておけ。どうせ頃合いを見て我らは退却が容易だ。
無駄にクローンの際に遺産を使われた訳ではない。私達もだ。」
「あ…そうかwじゃあ…」
「だが!32!お前は駄目だ!」
「そんな殺生な〜…。」
個人単位でクローン補助に使われた素体が違うためか体躯や性別まで違う彼等。
しかしとりあえずのベースと成った技術と遺伝子は破滅的なものを作り上げた。
「十二のソラシティの併合は順調だ。餌が幾らでもあるから後二つ残すのみ。
祖父様共が技術の融和や物資支援を好まなかった賜物だな。」
天才的な頭脳と謀略計略。鉄の意思が通う彼等は順調に動く。
ソラが大きく二つに割れることは避けられない事が確定しるだろう。
「祖父様共が配置するコマを間違えたらトロイメアを手に入れるのだけは失敗だ。
もう少し賢いと思ったのだがな?はっはっはっは…。」
随分と余裕がある事を感じさせるゆっくりな笑い声が響く。
「さて…祖父様達を葬儀に出さないとw盛大に祭り上げちゃえw」
「…。」
海底で停止しているシーパンツァー。
その中で考え事をしているカリンの姿がある。
「どうしたの?」
Aユニットの一人が通信を入れると…
「えっと…さっきのガルドって人の話してくれましたよね?」
「ええ…そうだけど?」
「私拾い子らしいんです。それで…そのガルドって人がしているバイザー。
私の所持品に有ったそうです。今は帽子の日除けになっています。」
「「「「えええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」
「じゃあ私は何番目のガルドさんなんでしょう?」
「そんな事聞かれても解りません!」
「ほう?14は生き延びて野生化していたのか…。」
嫌な声が聞こえてくる。
「待っていろ。直ぐに不良品は始末だ…
まあ連れ帰っても利用できることは有る。」
どうやら話が微妙な方向にずれ始めている。
どうやら俺達の目の前の危機はまだ脱してはいないらしい…。
解決の糸口が辛うじて見え始めた。
その程度でしかない事だけはボンクラな俺にでも解る。
ー 墜ちてきたソラの獣 終 ー
とまれ、本当に見舞いだけに来たわけではない。
「ところで、あんたの戦ったディバイソンのことだが・・・」
「ほう!組合長はお前さんに白羽の矢を当てなすったのかい!」
と、まだ話を切り出す前に意外なことを言う。
「・・・まだ何も話してないぞ」
「いや、組合長からは誰がいいか相談されたからな、お前さんを含めて何人か、候補を挙
げといたんだ」
「そうか、こんな面倒な依頼が舞い込んできた原因が、ここにあったわけか」
「まあそう怖い顔しなさんな。お前さんには悪いが、今のこの町のファイターでアイツに
敵う奴はいねぇよ。俺ならなんとかなるかと思ったが、このていたらくだ。生半可な奴で
はあいつのレベルアップの餌にしかならねぇ」
「レベルアップか・・・あの“噂”、本当だと思うか」
「ほぼ間違いない。あのおっとりした餓鬼に、あんなバトルが出来る筈がねぇ」
俺は隣のベットをちらりと見る。同室のサラリーマン風の男はテレビを見ている。ちょ
うどこちらに顔を背けた格好になる。こちらの話には関心がないように見える。
“噂”と俺が言ったのは、ディバイソンに付けられたAIのことだ。だが、その話はな
るべく広めたくない。内密に処理したいのがバトル組合と治安局の意向だ。
「そこでだ、頼みがある。あんたのゾイド、俺に譲って欲しい」
「何だって!!」
彼のゾイド、ベアファイターはとある倉庫にある。軍にいた時は特殊部隊にいたという
来歴の通り、独特のカスタマイズがされている。両肩に装着された半球状のシールドと、
腹部二連衝撃砲の一つから射出される鎖を使った独特の戦法には、俺もさんざん悩まされ
たものだ。
だが、今やその勇姿をみることはできないほど無残な姿となっている。装甲の殆どが焼
け落ち、砕け、内部駆動系もガタガタ。辛うじてゾイドコアだけは生きている。むしろそ
ちらの方が問題だった。本来ならこれだけのダメージを受ければコアも休眠状態に入る。
人間が重症を負うと意識をなくすように。そのほうが体への負担が小さいからだ。なまじ
コアが生きていると、破損箇所を修復しようてしまうのだ。自動修復できるような生易し
い破損状態ではない。新たなボディにコアを移殖できればいいのだが、ベアファイターは
生産数が少ない。交換部品ですら市場には出回らない。結果、ゾイドコアは砂漠に水をま
くように、治らない損傷を治そうとエネルギーを浪費しつづている。早晩、コアは蓄えて
いたエネルギーを全て消費して、死ぬことになる。
普通なら特定の信号を打ち込むことでコアを休眠状態にできるはずだ。だが、このゾイ
ドコアはその信号を受け付けないと云う。技術者達も頭を抱えている。
現在確認されている限りでは恐らく唯一人の心を持つロボットであると言える存在、
“SBHI−04 ミスリル”は何でも屋“ドールチーム”を経営していた。
そして既に一度死んでいるのだが、ドールに憑依してまだこの世に留まり続けている
幽霊の少女“ティア=ロレンス”(10歳以下で死亡したので、あれからかなり経過した
現在もそのまま)と、通常の生態系とは異なる生命体、すなわち神や悪魔や妖怪と
呼ばれる存在を遥か外宇宙から調査しに来たけど、闇雲に探し回るよりミスリルと
行動を共にした方が遭遇しやすいと悟ってドールチーム入りした、まるでドールの様に
整った顔をした異星人の少女“スノー=ナットウ”(異星人である事以外が謎)の
3人でゴミ拾いから怪ゾイド退治まで様々な仕事を承っていたのだが、今回は何を
するかというとそれは愉快な傭兵稼業であった。
「山の中に謎のゲリラが潜んでるんですか?」
現在絶賛紛争中の地域のベースキャンプの中、むさくるしい軍人達とはまた別世界の
存在であるかの様に華やかな印象を持たせるドールチームの三人は雇い主である国の
将校から説明を受けていた。何でもベースキャンプの近くにある山に輸送部隊等が通る
道が存在し、そこに棲み付いた何者かがその道を通る輸送部隊を襲撃しているらしく、
おかげで物資が届かなくて大変なのだと言う。当初は山賊の類でも棲み付いたと考えて
いたのだが、前述した輸送部隊が襲撃される事件がたて続けに起こり、流石に放っては
おけないと捜索の為に山に入った部隊等も結局帰って来る事は無かったりと言う事で
やっと軍も敵のゲリラが潜んでいるのでは? と考え始めたと言ういきさつであった。
「何より敵のゲリラはかなりの偽装術を持っている様子で、一体何処に潜んでいるのかも
分からない。無論レーダーにも反応させてくれない。これまでも多くの捜索部隊が山に
入ったが誰一人帰って来る事が無く、かつ麓からでは戦闘が起こった様な痕跡さえ
見せないと言うのは相当な物だ。手っ取り早く連中の潜んでる山林を焼き払うと言う手も
あるが…そんな事をすれば自然保護団体が黙っちゃいないしな〜。どうしようかな〜って
ワケであんた等を呼んだんだ。と言う事でせめて敵が山のどの辺りに潜んでいるか?
と言う位だけでも良いから調べられないか?」
「了解。丁度そういうミッションにお誂え向きのゾイドを作ったばかりだったんですよ。」
「お? そりゃどんなゾイドなんだ?」
ミスリルの発言に将校は興味をそそられた。ミスリルには彼女の対であり剣であり盾で
あり脚である特機型ギルドラゴン“大龍神”を筆頭に、普段予備戦力として微小化させた
状態でカプセルの中に収納されているデススティンガー“大蠍神”とセイスモサウルス
“大砲神”と言う合計三体のゾイドが所有されている事は地味に広く知られていた事で
あるが、ミスリルが新しく作ったゾイドとは一体何なのか?
「気になるな〜。ちょっと見せてくれよ〜。」
「別に構いませんけど…。」
興味がそそられ、いてもたってもいられなくなってる将校にミスリルも呆れるのであるが
それでもまあ結局ミッションがスタートすれば嫌でもそのゾイドを出さねばならないので
今ここで公開する事になった。
「それじゃあ見せますよ。大龍神、あれを射出して頂戴?」
ミスリルがそう大龍神に命令すると、大龍神の首下のプラズマ粒子砲用の四つの砲塔の
さらに下にあるシャッター部から何かが射出された。それはどうやらブロックスの部品で
あり、それが空中で一体のゾイドへと組み上がってベースキャンプの広場に降り立つ。
それはサビンガ(ムササビヘッド)から装甲を外し、首と胴を長くする事によって
イタチ型に組み上げ直した代物であった。
「サビンガをベースにしてフェレット型ゾイドなんて作っちゃいました。フェレットって
分かりますか? イタチの仲間でペットとかで人気のある奴ですよ。可愛いでしょう?」
「………。」
自慢げに紹介するミスリルだが将校は無言で唖然としていた。
「おや? どうしました?」
「いや〜…その…ほら…やっぱあんたのゾイドだからどんな凄い化物ゾイドかな〜?
とか思ってたんだけど…ねぇ…。」
将校はミスリルが既に所有している三大神に負けない凄いゾイドだろうと期待していた故、
目の前に出されたサビンガベースのフェレット型ゾイドに拍子抜けしてしまうのは
ある意味仕方の無い事だったのかもしれない。しかし将校の反応がミスリルにはどうも
お気に召さずに少々不貞腐れていた。
「そうは言いますけどね、今回みたいなミッションにはこういうのの方が良いんですよ。」
「そうなのかい?」
どうも将校は不信な目をしていたが、ミスリルは説明を始めた。
「確かに武装は背中に装備した二門の小型ビームガンくらいで、大龍神達に比べると
戦闘力で遥かに劣るのは否めませんけど…それでも構わないんです。最初から探索用
として戦闘力は二の次に考えてますからね。実際頭部は高性能カメラ、各種センサー、
高性能コンピューター等が積まれてます。装甲は無いにも等しい…って言うかブロックが
むき出しになってますけど、その代わりに軽量化になって機動力を高めてますし、
動力はネオコアブロックを三つも積んで見かけ以上に高出力出せます。まあその分操縦性
ピーキーになってますけど、ほぼ私専用機の扱いなので問題は無いですけどね。その他
スモークチーズはあるかい? じゃなかった…スモークディスチャージャー、チャフ発生
装置、工学迷彩、ECM、バリアシステム、etcetc……とにかく私の考え得る技術の粋を
集めてサバイバリティーの高い機体に仕上がってるんですよ。多分…。」
「そ…そうなのか…? って言うか多分ってのは何だよ…。まあ良いけど…。」
まあミスリルもなんだかんだで真剣に説明してくれたので将校も完全にとは言わないが
それでもとりあえずは信用してみる事にした。
「じゃ…じゃあコイツの名前は何て言うんだ? もしかしてフェレットだけにユー…。」
「それ以上言ってはいけません!」
「ええ!?」
話の途中で釘を刺されて将校も驚くが、ミスリルは真剣な顔で将校を睨み付けた。
「何で!? だってフェレットと言えばユー…。」
「だからそれ以上言ってはいけないと言ったでしょう!? 確かに私も一度はそれも
考えましたけど、やっぱ色んな意味でヤバいでしょう!? 版権とか…。それでも言う
なら例え貴方でも殺しますよ!」
「おわ―――――!! 分かったからキャメルクラッチはやめい!!」
ミスリルが将校の背に乗りかかってキャメルクラッチかますからもう大慌て。
「わ…分かったよ…。じゃあ何て言う名前を付けたんだい?」
「フェレットをもじって…“フェレッツ”と命名しました。」
「これはこれで安直な気もするが…まあこの場合そっちのが無難だろうな…。」
ミスリルがキャメルクラッチを解いてくれたので将校は腰を痛そうに摩りながらも
何とか立ち上がる。
「それじゃあ早速行って来ます。」
「行ってらっしゃいなのよ〜。」
「気を付けて…。」
とまあこうしてミスリルはフェレッツに搭乗し、山中に潜むと思われるゲリラ探索
ミッションの為に出撃した。なお、ティアとスノーはベースキャンプでお留守番である。
ミスリルの搭乗したフェレッツはゲリラが棲むとされる山の奥深に進入し、高々と
生い茂る木々の間を高速で駆け上がっていた。
「うんうん。良い感じ。」
装甲が薄いと言うか、ほぼ無いに等しい分ネオコアブロックを三つも積んで出力を上げ、
それによる高機動化でカバーする様に仕上げられたフェレッツであるが、ただ機動性が
高いだけでは無く、山岳地等悪路の走行も難無くこなせている様子であった。
またフェレット自体一般的には愛玩種の印象が強いが、その一方で狩猟用としても
使われてもいる為、こういう場所にも強かったりするのだろう。
「とりあえず走行に関しては良いとして…問題はこれからなんですよね〜…。」
先の将校への説明の際には言わなかった事だが、フェレッツには重大な欠陥があった。
それは…今のフェレッツはとりあえず組み上げただけの代物で、当然テストもまともに
やっていない故に本当に予定された通りの性能が発揮出来るかはミスリルも分かって
いない事であった!
「ま…まあ良いか…今回のミッションをテスト代わりって事にすれば…。」
ちょっとそういう事を今更思い出して苦笑いするミスリルであったが……その行き当たり
ばったりな根性が仇になってしまう事になるとはその時のミスリルには想像出来なかった。
何故ならば一時山中を歩いていた時に物の見事にゲリラと思しきゾイド部隊と遭遇して
しまったからである。敵は全身に葉や木の枝等をくっ付けて山中の風景に溶け込める様に
偽装されたヘルキャットの一個小隊。戦力的にはお世辞にも強そうな感じはしないが、
これまでの実績やその偽装技術の高さから見てかなりの実力を持つと見て良いだろう。
「(ゲ…ゲェ――――――――!! やっぱりテストしてなかったのが仇になったの
かしら…。ここまで接近するまで気付かなかった何て…。それとも連中がそれだけ凄腕
と言う事…? いずれにせよ敵の実力を考え直した方が良いって言うか今はそんな事
考えてる暇無いですよぉ!)」
ミスリルは焦り眼で心の中でそう叫んでいたが、その間に敵のヘルキャットの一体が
フェレッツに近寄って来た。恐らくは侵入者として殲滅する気なのだろう。が…
「あ〜! フェレットさんだ〜! 可愛いな〜!」
「(え…ええ―――――――!?)」
有無を言わせぬ攻撃が来るのかと思いきや、余りにも意外過ぎるゲリラの反応に
ミスリルは愕然とした。そしてゲリラの内のヘルキャットの一機が近寄って来る。
「ほらほら、おいでおいで? フェレットさんおいでおいで。」
「大変だー! 隊長はフェレットが我を忘れる程大好きなんだー!」
「落ち着いて下さいよ隊長! あれどう見ても敵のゾイドでしょう!?」
「ええい黙れ黙れ! フェレットさんはそんな事しねーよ!」
他のヘルキャットのパイロットの精神は正常である様子だが、隊長はフェレットが
相当好きらしく、ヘルキャットのコックピットを開いて自らの姿を現した状態で
己の部下を怒鳴り付けていた。とりあえず隊長が大のフェレット好きだった事が
ミスリルにとってはある意味幸いしてくれたが…この隊長と来たら…
「(うわ…ゲリラって言うより…モロに山賊の親分みたいな…。)」
何しろこの隊長、絵に描いた様なヒゲモジャでマッチョと言う山賊の分かりやすい
イメージ例みたいな感じだったのである。それでいてフェレット大好き人間と言うの
だから余りにもギャップが凄過ぎる。
「ほらほら、おいでおいで? ユー○君おいでおいで。」
「うわ! 隊長もうアレに名前付けちゃったよ!」
「馬鹿野郎! フェレットと言えば○−ノ君ってのは常識だろうが!」
またも隊長は部下に怒鳴り付ける。普段は怖いが大好きなフェレットに対しては人が
変わると言うタイプなのだろう。そして直ぐに振り返るなり隊長は再び目の前の
フェレットを手懐けようとまた何か始めるのである。
「俺としてはノ○イみたいな怖いイメージしか無いけどな〜イタチって…。」
「馬鹿! そんな事隊長に聞かれたらぶっ殺されっぞ!」
後にいる他のヘルキャットのパイロット達はそう口々に言い合っている様子であるが
今こうして隊長がフェレットに夢中になっているのはミスリルにとって好機である。
「ほらほら、おいでおいで。ユー○君! ○ーノ君! ユ○ノ君!」
「あんまりそういう事言うと大変な事になりますよ…版権とかね…。」
「あ………。」
次の瞬間フェレッツの背に装備された二門の小型ビームガンが敵ゲリラ隊長の搭乗する
ヘルキャットへ連続掃射されていた。お世辞にも威力の乏しい平凡な小型ビームガンで
あるが…それでも装甲の薄いヘルキャットに至近距離からぶつければ忽ち穴だらけに
なるのは当然。そしてゲリラ隊長もろともヘルキャットは崩れ落ちた。この男…まともに
戦えば恐らくはかなりの実力者だったのであろうが…我を忘れる程フェレットが大好きな
性格が災いし、見ての通り何も出来ずに愛機と運命を共にする形となったのである。
「ああ隊長がやられた!」
「ほら言わんこっちゃない! やっぱり敵だったんじゃないか!」
「曲者だであえであえ!」
「ゲ…ゲェ――――――――――!!」
隊長がやられれば他のヘルキャットも怒り心頭でフェレッツを攻撃して来るのは
当然なのだが…それだけでは無い。何と言う事か今目の前にいるヘルキャットのみならず
山林の彼方此方からも多数のヘルキャットが飛び出して来るのである。それをレーダーや
センサーのみならずミスリル自身の“勘”と言う名の気配探知にも反応させなかったとは
もう冗談の様な偽装術である。
「怖い怖い! これはもう逃げるしかありません!」
「皆の者! あの淫獣を討ち取れぇ! 隊長の敵討ちだ!」
「こらぁ! 淫獣って言うな!」
大急ぎで逃げ出したフェレッツを敵ゲリラは一斉に追撃を始めた。しかもその間にも
次々と山林の彼方此方からまるで忍者の様にゲリラのヘルキャットが新たに飛び出して
来るのである。怖いと言う以前にもうワケが分からない。
☆☆ 魔装竜外伝第十四話「赤き竜達の決闘」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
チーム・ギルガメスの危機を救ったアルンと相棒ヴォルケーノ。今度の対戦相手でもあ
るアルンに親近感を抱いたギル。しかし試合直前、明かされた秘密には動揺を隠せない。
アルンの額にも刻印が輝いていたからだ。そして刻印を持つゾイド乗りは他にもいる…!
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
乾き切った地面に伸びる影、三本。長さを競う鋭利な矛先は、後方より忍び寄る暗雲を
勘付いているのだろうか。
視線を持ち上げた時、辺りに広がる光景は三つ巴の死闘の幕開け。…いや、これが果た
して純粋な戦闘行為と言えるか、どうか。渦中の彼らは混迷の中、周囲に、互いに視線を
飛ばし、様子を伺っている。
中央で挟まれているのは深紅の竜。皮膚を包み込む金属の光沢が眩しい。常ならば低い
姿勢のまま背筋や首・尻尾を地面と水平に伸ばすT字バランスの姿勢を保つところだが、
局面の混迷には中腰のまま胸をもたげ、如何にも浮き足立っているかのよう。背中より生
える翼二枚と鶏冠六本もそれは同様。鶏冠を小刻みに上下左右と動かすのは変化に即応す
るためだ。翼は左右一杯に広げ、それぞれの裏側からは双剣をピンと伸ばして牽制の構え。
我らが魔装竜ジェノブレイカー(今は単にブレイカーと呼ばれている)は短かめの首をち
らりちらりと左右に振って好機を伺う。だが微妙な後ずさりからは、この竜が背負う伝説
相応の余裕がまるで感じられない。何しろ竜の左右には無類の強敵が待ち構えており、右
に退けば左に近付き、左に退けば右に近付く有り様である。
動揺隠せぬ深紅の竜の、向かって右手。ここにも赤い竜が立つ。深紅の竜よりはもっと
鈍い、錆(さび)のような赤色だ。常ならば深紅の竜と同様にT字バランスの姿勢を保つ
であろうが、今は胸を斜め四十五度まで持ち上げての仁王立ち。一方、武装は何とも過剰、
且つ贅沢だ。全身には髑髏(どくろ)にそっくりな鎧・兜を纏っており、しかもその至る
所から紫水晶の刃が突き出ている。胸元には橙色の印、そのすぐ下には自らの首程もあろ
うかという剣が一本。長い尻尾の先端には巨大な斧。このきらびやかな武装の持ち主は長
い両腕をだらりと下げて脱力してはいるが、鋭い三本の爪を擦り合わせる仕種からは旺盛
な闘志が存分に発せられてならない。ヴォルケーノと呼ばれるこのゾイドは冷静に、目前
の深紅の竜を、そしてその先に垣間見えた未知なる強敵の様子を伺っている。
左手に位置する竜も赤い。T字バランスの姿勢までも似通っている。全身に纏う鎧は蛇
皮のようにきめ細かく、逆立てれば鋭利なことこの上ない。眼差しは緑色を宿し、三匹の
中では最も低い姿勢で戦局をじろりと睨む。地面と水平に伸ばした長い尻尾の先端にはサ
ソリのような刺が一本、短かめの両腕は胸元に寄せ、鎌のごとく長い三本の爪を妖しくう
ねらせる幻惑の構え。そしてこの竜が放つ違和感の最たるものこそ背中より伸びた長剣四
本。これがよもや持ち主の意志に従って自在に浮遊し、敵を刈ろうなどとは想像できまい。
デスレイザーという名称らしいが、果たして学名なのか、愛称なのか。只一つ言えるのは、
このゾイドが放つ不気味な迫力に、狭い戦場は呑まれ掛かっているということだ。
そうはさせじと、竜達三匹の外周を旋回するビークル一機。搭乗するは男装の麗人。紺
の背広に身を固め、肩よりも短く切り揃えた黒の短髪が風になびく。面長で端正な顔立ち
なれど、切れ長の蒼き瞳のみは凍てつく程の殺気を放つ不釣り合い。もっともゴーグルを
掛けて眼光を和らげているため禍々しさは幾分遮られてはいるが…。エステルは上半身を
固定させたまま肩を怒らせつつ、愛機を自在に駆って戦況を伺う。
今日の試合は、中止が確定した。チーム・ギルガメス対チーム・リバイバー…或いはブ
レイカー対ヴォルケーノという好カードは、たった一匹のゾイドが乱入したことよって無
効試合と裁かれた。魔女はあの蛇皮の竜に対し、蒼き瞳の眼光で一瞥する。彼女としても
誠に腹立たしい限りだが、まだ全ての問題が片付いたわけではない。試合は中止したが、
渦中の三匹が激突する余地は未だに残されているからだ。審判団が介入し、彼らを完全に
分断するまでこの場を凌ぐ必要がある。
「ギル、ギル、聞こえて?」
「…はい、エステル先生」
ビークルのコントロールパネル越しに呼び掛ければ、早速埋め込まれたモニターより表
示されたボサ髪の少年。額の刻印は相変わらず燦然と輝くが、円らな黒め勝ちの瞳は目許
が腫れている。
勿論、少年の居所は深紅の竜の胸部コクピット内からだ。ギルガメスが不意の乱入者に
向けて発する感情は憤り、そして苛立ち。今日のこの日まで流した汗が水泡に帰すのだ。
優しい彼といえども腹が立たずにはいらればい。…だが状況は、彼に一時の感情で押し流
されることさえも許さない。左右に居並ぶ竜の主人達は思いも掛けぬヒントを握っている
かも知れないのだ。少年が命を狙われる理由、そして大事な師匠や相棒とを繋ぐ絆とも言
える額の刻印に隠された秘密を。
(僕の知らないところで、何かが起こっている…)
ヒントを与えてくれる人間が一人だけならいざ知らず、二人も現れた。不自然なものを
感じずにはおれないが、ヒントはヒントだ。怒りを爆発させるわけにもいかない。それが、
若い彼には辛い。
しかし少年の涙目を見て、女教師は寧ろホッと胸を撫で下ろした。怒りに我を忘れてい
たら指示を送るどころではなくなる。
「良い? 審判団が来るまで、逃げなさい」
「に、逃げ…!?」
目を剥いた少年だが女教師は黙って右の人差し指を唇の前に立てる。
「刻印の持ち主がいきなり二人も現れるなんて、出来過ぎた話しじゃない?」
少年は剥いた目で女教師の蒼き瞳をゴーグル越しに見張るがそれも数秒、すぐさま開い
た瞼を緩めた。これは罠かも知れない。
「…それにね、あと二、三分で審判団に分けられる試合よ? 下手に突っかかって疑われ
るよりは、潔白を証明し易い方が後のためになるわ」
「再戦、ですか…?」
頷く女教師。眼差しに自信を添えて。軽く息吐く少年の表情には、心に掛かったもやが
僅かだが晴れ、落ち着きが戻ってきた。
もしA対Bという試合でAが何らかの不都合を生じ(例えば怪我など)、試合を無効に
したいとしよう。そこでCと結託・乱入を依頼した場合、Cの作戦は二つ考えられる。一
つは依頼者であるAと小競り合いすること。勿論ダメージを与えないように行ない、審判
の介入まで粘れば目的は達成できる。…エステルは愛弟子主従がAのポジションに看做さ
れることを恐れた。現実問題としてデスレイザーなる蛇皮の竜が繰り出す四本の長剣は、
深紅の竜を翻弄こそすれ、ダメージらしいダメージを与えていない。これだけでも意図的
と受け取られかねないのだから下手な接触は避けるべきなのだ。残るもう一つの戦術は…
それは本編を見てのお楽しみである。
「ブレイカー、それで良いよね?」
少年の呼び掛けに、深紅の竜も胸部コクピットを見下ろしつつ小声で鳴いて頷いた。本
来意地っ張りなゾイドではあるが、この成り行きにはとっくにやる気を削がれている。だ
ったら大人しく作戦に従ってさっさと休もうという腹づもり。
二、三歩後じさりした深紅の竜。左右をちらり、ちらり、用心深く一瞥すると不意に踵
を返す。広げる翼、地面を叩く尻尾。両爪先の踏み込みも相まって土埃が足元を中心に弾
ける。跳躍・飛翔の予備動作。魔装竜ジェノブレイカーなるゾイドは神速で鳴るが、発揮
するためには準備が必要なのは皆さんも御存知だろう。
若き主人はレバーを捌きながら全方位スクリーン越しに左右を伺う。万が一の警戒は当
然のことだが、この直後の出来事は彼ら師弟の想像を超えていた。
「こちらチーム・ギルガメス、チーム・ギルガメス…」
深紅の竜が退却の予備動作をする間に、コントロールパネルに向かって囁く女教師。勿
論、通信相手は今日の対戦者だ。彼らも愛弟子同様、邪魔な乱入者と小競り合いせず退却
してしまえば、一連の騒動で裁かれるのはこの乱入者及びその陣営のみだと看做されるだ
ろう。厄介物には、関わらなければ良いのだ。
何度も囁く女教師。相手に返事はない。すぐに語気強く、甲高く話し掛ける彼女だが変
わらぬ無言。まさかと色めくが時、既に遅し。
地面を強く蹴り込み跳ね飛んだ深紅の竜。その足元で右から左へと駆け抜けていったの
は他ならぬ髑髏の竜だ。呆気に取られた師弟。かの女教師は心に隙の多い少年を見事に制
御するが、彼女に比肩する存在を髑髏の竜の主人が帯同しているわけではなかった。
「アルン君!」
「あ、アルンさん!? 行っちゃあ駄目だ!」
その名を呼ばれた若者は師弟の呼び掛けに耳など貸さず、声高らかに吠えた。雄叫びは
狭いコクピット内の闇を切り裂く。球体に手足と幾本ものチューブが伸びた奇妙なパイロ
ットスーツを纏う若者の造作は少年よりずっと端正で大人びている。但し頭部を包み込む
バンダナの下には短かめの金髪と、何より少年と同様に眩く輝く刻印が隠されているのは
この場で戦う者のみが知ること。今や若者アルンの怒りを押さえられる者はいない。肩を
怒らせ、レバーを握り締めれば相棒たる髑髏の竜もますます姿勢を低くし怒濤の疾走。腿
の辺りより後方へ伸びる鶏冠から吐き出される光の粒。赤と黄色に彩られた流星と化して
深紅の竜を隔てた先へと向かっていく。
「ビヨー先生が、お前みたいな奴を認めるか!」
全身より伸びる紫水晶の刃が鮮やかに光芒を放ち、三色が折り混ざった地上の流星は標
的へとまっしぐら。瞬く間に命中すれば、鈍く心臓震わす金属音が試合場に響き渡る。
髑髏の竜と蛇皮の竜、二匹は互いの右肩でがっちり相手の突撃を受け止める。槍の穂先
きと見紛う頭部が金属の鎧に突き立てば、空気が軋み、たちまち咲き乱れる火花。震える
空気が土埃を真横に揺さぶり、肉迫にノイズを掛ける。
怒り心頭に達する髑髏の竜の主人に比べ、蛇皮の竜の主人は余裕綽々。ゾイド用として
は平均的な狭いコクピット内で、顔に包帯を巻く手付きは慣れたもの。ドプラーの容貌は
たちまち碧色の鋭い瞳と高い鼻、そして尖り気味の両耳を残してすっぽり覆われる。この
男、顔にはさしたる傷もなく寧ろ美男子と言える位だが、額には他の竜の主人同様に刻印
の輝きが弛まない。自らの額に刻み込まれた厄介な代物をさっさと隠すと男は一喝。
「俺みたいな奴だから認められたのさ。無論、お前のこともな!」
肩で組み合う二匹の竜だが、懐では地味な攻防が継続中だ。爪で爪を叩き合う。或いは
組み合う。握り合うかに見えたところで素早く引き抜き、又叩く。見た限りは実力伯仲の
両ゾイドだが、上手い具合に相手の腕を逆手に捻り上げれば一気に形勢が傾く。但しパイ
ロットの実力差を無視した場合の話しだ。
既に陽射しを隠せる位置にまで跳躍していた深紅の竜。その胸部コクピット内で目を見
開いた若き主人。
「アルンさん、後ろ!」
既に蛇皮の竜の背中からは四本の長剣が射出されている。蛸が獲物に覆い被さるような
角度。組み合った髑髏の竜の背中へとまっしぐら。少年が、竜が右手を伸ばすがそんな動
作で援護などできよう筈もない。
鈍い音を立て、髑髏の竜の背中に突き刺さった長剣四本。正確に、紫水晶の剣と赤い鎧
との隙間に命中している。
喀血した若者アルン。球体状のパイロットスーツを着用しているため外見からでは伺え
ないが、深紅の竜の主人同様に相棒の受けた傷が身体に再現されているのは間違いないこ
と。彼も刻印の戦士だ。
膝から崩れ落ちる髑髏の竜。それでも辛うじて両腕を地面に衝いて支えようとするが、
相対する蛇皮の竜に両肩を押さえ付けられたのも同時。
かくして宿敵に両肩から引っ張り上げられた髑髏の竜。息を呑んだのはギルガメスだ。
若者主従をどうにかして助けたい。憧れの女教師の命令を無視してでも助けたい。だが蛇
皮の竜は傷を負わせた髑髏の竜を肩から引っ張り上げるや、少年主従の目前に翳してみせ
るではないか。盾とあしらわれた髑髏の竜には意識こそあれど四肢に左程の力はなく、喀
血した若者の方も咳き込み、消耗がひどい。少年は、躊躇。
痛恨とはこういう局面をさして言うのだろう。…もしA対Bの試合でAが何らかの不都
合を生じたため、Cと結託・乱入を依頼した場合、Cが採るべきもう一つの作戦はBを血
祭りに上げることだ。当たり前の、実に簡単な作戦だがこれではAが疑われて当然である。
何しろ彼は全く傷付かないのだから…。だからこの作戦は前者よりは下策と言えるが、そ
れも時によりけりだ。
今の時点でチーム・ギルガメスが血祭りに上げられた対戦者チーム・リバイバーを傍観
していたのは紛れもない事実である。
「ギル、突っ込みなさい!」
怒鳴る女教師。今のままではこの蛇皮の竜達主従との結託を疑われる。打開するには髑
髏の竜を助ければ良いのだが。
「つ、突っ込めって言われても…どうしよう、どこから…」
少年はきょろきょろと視線を移し、蛇皮の竜の隙を伺う。まともに向かっていったらそ
れこそ盾とされた髑髏の竜を血祭りにしかねない。頭を押さえた女教師。術中に嵌まった
悔しさに、唇を噛んで堪えるのみ。
少年の躊躇が十数秒程度ですんだのは彼の精神的ダメージを多少なりとも和らげること
になっただろうか。相対する竜達の背後で門が開く。ゾイドを入場させる程巨大で丈夫な
鋼鉄の門だ。上げる悲鳴は物悲しい。そしてそれを遮るがごとくけたたましい雄叫びが幾
重にも聞こえてくる。審判団のゾイドが群れを為してのお出ましだ。
花道をとぼとぼと戻り行く深紅の竜。常ならばピンと張るであろう首は項垂れ、尻尾も
引きずり気味だ。両腕には女教師が駆るビークルを逆手ですっぽり抱えているが、その仕
種もなけなしの小銭を抱える貧乏人のようにみすぼらしい。しかしチーム・ギルガメスが
受ける仕打ちはまだこれから。
投擲は、予想できていた。左右の客席からはポップコーンの入った紙コップが、飲みか
けの缶ビールが、応援用の鳴り物が、次から次へと投げ込まれる。舞い散る桜花の翼も瞳
を覆う澄んだガラスも低俗な怨念によって汚される無惨。…本日屈指の好カードにして絶
好の賭け試合が僅か数分でふいになった。今頃券売所では払い戻しを要求する客でごった
返しているに違いない。すぐに換金できぬ者は代わりにこうやって鬱憤を解消する。
「馬鹿野郎、塩っぱい試合やってるんじゃあねえ!」
「折角五百ムーロア(※1ムーロア=百円程度)賭けてやったんだぞ!」
酔客もそうでない者も皆関係なく、滅茶苦茶に物を放り投げるのが凡戦への礼儀だ。
『危険ですから! 花道に物を投げ込まないで下さい!』
顔まで覆ったヘルメットと薄手の鎧、そして電磁警棒を握る警備員が花道を囲ったスタ
ンド席の最前列で声を枯らして怒鳴るが投擲が収まる兆しは見えない。
外部の騒然が全方位スクリーンに映し出される中、憮然たる表情を浮かべるギルガメス。
勝ったら喜べば良い。負けたら泣けば良い。しかし勝ちも負けもせず、その上徒労感のみ
が残った試合の後は、どんな表情を浮かべれば良いのか。
「…ブレイカー、シンクロ率は下げなくていいよ。音量も、映像もこのままでいい」
少年の呟きを胸部コクピットより耳にして、深紅の竜は弱り気味にか細く鳴いた。相次
ぐ投擲もこのゾイドにしてみれば、鬱陶しいがダメージは大したことはない。しかしオー
ガノイドシステムが備えるシンクロ機能の副作用は主人たる少年の身体に投擲のダメージ
を再現していく。それとて擦り傷・切り傷程度かも知れないが、浴びる罵声と共に大事な
主人をいつまでも傷つけるのは、仕える竜としては堪え難いものがある。
一方竜の掌の中で、頬杖しつつ眉間に皺を寄せていたのがエステルだ。ビークルの機上
で愛弟子の声を聞き、途方に暮れる。今回、かように釈然としない決着となった原因の一
端は自身にもある。彼女の所感として、愛弟子は相当に短気だ。それを日々叱責したり諭
したりすることで、どうにか戦士として最低限の度量を備えつつあるところ。只、彼女の
誤算は愛弟子が底辺だと思っていたことだろう。今日の対戦相手・アルンがあそこまで逆
上するなら別の方策を選択すべきだったが、全ては後の祭り。
しかし厄介なこの祭り、人によってはまだ終わっていなかったのだ。
「この…八百長野郎っ!」
投擲と共に浴びせられた罵声にギルが、他の群衆が反応した。伏せがちだった顔を少年
は持ち上げる。群衆の罵声は小波(さざなみ)のようなざわめきに変わる。
「だってそうだろう! あそこでこいつらが逃げなきゃ、ドプラーなんかさっさと追い払
えるじゃねえか。二対一だぜ!?」
「ギルガメスとドプラーは、グルだ!」
「アルンに怖じ気付いたギルガメスは、ドプラーに試合潰しを頼んだんだ!」
少年は円らな瞳を右に、左に。群衆が一斉に噂を口にする様子が全方位スクリーンより
映し出されては狼狽えざるを得ない。
「違う! 違う、僕らがそんなことするわけが…」
「ギル、落ち着いて!」
コントロールパネルより飛び込む音声。翻る女教師。深紅の竜は両の掌を逆手で抱えて
ビークルを抱えているから、振り向いた彼女のすぐ頭上には竜のコクピットハッチが見え
ている。鋼鉄の扉を隔てながら焦る師弟。
「八、百、長!」
女教師も竜の爪の間から左右の群衆をきょろきょろと見渡すが、小波が波涛に変わるの
に、そう時間は掛からない。
『八、百、長! 八、百、長! 八、百、長! 八、百、長!』
唇を噛む女教師。投擲に代わって巻き起こった罵声の波涛を忌々しげに聞くより他ない。
女教師が恐れていたことが現実となった。それもある意味、彼女の失策によってだ。しか
し罵声を浴びているのは事実上、彼女ではない。取って代わってやることのできないこの
歯痒さ、この悔しさ。
少年はコクピット内で独り、戦慄く。全方位スクリーンに映る群衆が、男女の顔が皆一
様に真っ白な骸骨のように見える。…敗者を地獄へ誘う死神の顔。
主人の変調を感じ取った深紅の竜は、心配げに鼻先を胸元に近付ける。ピィピィと甘く
鳴く仕種は赤子をあやすよう。だが若き主人の激情は竜の、そして女教師の想像を超えて
いた。
空気が抜ける音。密閉されていたコクピットハッチが開放された合図だ。深紅の竜は主
人の行動に呆気に取られ、女教師は色めき立ち上がる。
ハッチの中から、躍り出た少年。額の刻印は明滅の乱れがひどい。
「ギル!? 何してるの、早く中に…」
少年の円らな瞳には、女教師の鋭い蒼き瞳は映っていない。
「八百長なんか、するわけないだろ! 勝手な事を…」
「この馬鹿!」
すぐさま竜の掌から跳ねた女教師。頭上に降りたハッチに飛び移ると少年の真正面に躍
り出るや、肩をがっしりと掴み、揺さぶる。
「危ないでしょう! 貴方の訴えに耳を貸してくれるわけないでしょう! そんなことも
わからないの!?」
わかっているのは間違いない。だが少年は視線を重ねもしない。よくよく考えてみれば
ゾイドウォリアーなりたさに家出までする向こう見ずな彼である。覆い被さる女教師を払
い除けるように顔を出し、尚も続ける女教師の抗議。
「勝手な事を言うな! 悪いのは全部…」
思わぬ投擲が、少年の頭上で命中した。鈍い音だ。背筋に走る悪寒。…自分自身が痛み
を全く感じない理由は、掴まれた肩から握力がすっと失せた時に理解した。円らな瞳の目
前で、面長の端正な顔立ちが、鋭くも麗しい蒼き瞳が崩れ落ちていく。左眉の上からは吹
きこぼれていく鮮血は薔薇の花弁が散るように。
足元で女教師が両手をついた時、さしもの群衆も黙りこくった。不穏な静けさ。
少年は憧れの女性に呼び掛ける事もできぬまま、跪いて彼女の肩を揺さぶろうとする。
だが掴もうとしたその時、少年の手首の方ががっちりと掴まれた。それを支えとして立ち
上がった女教師。群衆の方へと振り向くまでには魔女の憤怒が具現化していた。流れ落ち
る鮮血など気にも止めず、額には刻印の輝きを浮かべ、蒼き瞳の眼光で群衆を斬り付ける。
たちまち十数人の群衆がドミノ崩しのように倒れ始めた。右も、左も。一目見た限り、
負傷者は見られない。だがそのいずれもが、完全に気を失っている。蒼き瞳の魔女エステ
ルの眼光が視線を重ねた者を片っ端から圧倒しているのだ。一睨みするたびに群衆が倒れ
る不可解に、にわかに呼び起こされる恐慌。ざわめきが、悲鳴に変わりかけようとした時。
不意に魔女の背後から、掴み掛かった両腕。温もりと乱れた息遣いを背中越しに感じ、
我に返った魔女。女教師の冷静な表情が垣間見える。
「…ギル!?」
憧れの女性を背後より抱き締めた少年はそのまま座席へと尻を落とした。丁度彼の膝に
女教師が座るような格好だ。彼女を抱き締めたまま怒鳴る少年。
「ブレイカー、行って! 早く!」
深紅の竜も又我に返ると両腕と抱えたビークルをハッチの正面に掲げる。投擲が再開さ
れる中、ハッチを閉じた深紅の竜はそのまま軽く地面を蹴り上げ。ふわり、浮かび上がれ
ばマグネッサーの発動だ。花道を「罰金」を取られぬ程度の速度でさっさと駆け抜けてし
まうのが得策と竜自身が考えたのだ。
『八、百、長! 八、百、長! 八、百、長! 八、百、長!』
再び野次の波涛が再開し、そこに投擲が加わる。しかし今度は、コクピット内には届か
ない。全方位スクリーンも暗闇と、竜自身の速度や体調、レーダー反応など最低限の情報
のみを映し出している。若き主人を思う竜の、ささやかな抵抗。
その想いは、通じたかも知れない。
流血する眉の上をハンカチで押さえる女教師。無表情だが時折走る痛みにはどうしても
唇が歪む。
ふと彼女の背中で、啜り泣く声。背と腹の辺りで感じる震え。彼女は愛弟子が未だに自
身を抱き締めている事に気がついた。乳房の真下当たりで組まれた彼の両腕に、流血では
汚れていない右手を差し伸べる。
「ごめん。ちょっと、カッとなったわ…」
震えが、ほんの少しだが止まった。しかしそれも束の間、再開された震えは一層強く、
鳴き声は哀れを誘う。
「僕が悪いんです…ごめんなさい、ごめんなさい」
少年は気がついた。彼女と肌が触れ合う時、いつも醜態を晒している自分。情けなさに
溢れる涙が止まらない。
赤き竜達が繰り広げる死闘を冷徹な眼差しで見つめる者もいた。
例えばこの肌白き美少女はずっと腕組みしつつ、ソファに着席しつつも背筋を正して観
戦していた。僅かな攻防の綾で戦局が変わるたびに左右の耳上辺りで束ねた長い金髪が頬
の辺りで揺れ、大きな銀色の瞳がぎらつく。だがそれも、審判団の介入が映し出されると
頬に掛かった金髪を掻き上げ、ソファにもたれ掛かった。勢いで金髪が、白のワンピース
のスカートがふわり、舞う。両腕を一杯に伸ばす様子からは外見相応の飽きっぽさが伺え
てならない。
「ドクター・ビヨー、もう良い、消せ」
傍らで、その名を呼ばれた白衣の男は無言のままテーブルに並べられたノート大の端末
を弄る。両腕で足りる程大きなスクリーンはたちまち輝きを失った。
興味深げに美少女の表情を伺う白衣の男。左の頬に広がる火傷の痕を撫でながら。
「『B』よ、退屈でしたか?」
牛乳瓶の底程も分厚い男の眼鏡。そこに映る美少女は如何にもけだる気。
「いや、十分堪能した。感謝する。
それにしても、彼奴も進歩のない女だ…」
不可解な言葉に対し、白衣の男は軽くパーマを当てた髪を掻くに留めた。だが会話はこ
こで終わらない。
「ドクター・ビヨー。さっさと私専用のゾイドを用意するのだ」
「は!? はいっ」
白衣の男は慌てて起立し、敬礼を返す。不思議なものだがけだる気な彼女の態度とは裏
腹に、声色は低く物々しかったのだ。
「いいか、ライガーだ。『覇のゾイド』だぞ。貴様の言う通り熟したりんごを奪いに行く
のに相応しいゾイドを用意するのだ…」
言いながらソファでゴロリ、横になる。呆れる程不作法、その上隙だらけ。なれど、ソ
ファの後ろでゆらりと立ち上がる者もいる。のっそりのっそりと、現れたのは大人数人分
はあろうかという銀色の獅子。彼女の足元で丸くなると大あくび。見事な忠誠心にさしも
の白衣の男ドクター・ビヨーも苦笑した。もっともこの獅子を差し置いてふしだらな事を
やらかそうとしたところで、目覚めた彼女がどれほど残虐な反撃に打って出るか想像に難
くないのは前回まで読まれた方なら御承知だろう。
死闘を冷静に見つめる者は彼女らだけではない。
「ああもうがっかりだ! ギルガメスめ、ドプラーに幾ら払ったってんだ…」
初老の給仕が喚く。だが一通りのメニューを平らげた客の方は落ち着いていた。東方大
陸伝来の竜神の刺繍が施された白い功夫服を纏った胸板の厚い男。黒髪は無造作に伸び、
精悍な顔立ちに刻み込まれた眉間の刀傷そして歳不相応な幾重もの皺から凄まじい戦歴は
想像に難くないが、見た目には穏やかな雰囲気が決してそうだとは感じさせない。水の軍
団暗殺ゾイド部隊の刺客・拳聖パイロンは変わらぬ落ちついた表情で部屋の天井隅に据え
付けられたテレビを見つめていた。
「ギルガメスは謀られたな」
給仕は口をへの字に曲げた。
「へぇっ、冗談を言っちゃあいけませんぜ、旦那。
見ていたでしょ? 彼奴め、ドプラーを追い出すどころか逃げ出しやがって…」
「良く考えてみろ、無効試合は決まっていたのだぞ? 無理に戦う必要はない。再戦に備
えるなら尚更だ。
ギルガメスはそう、監督に説得されたのだろう。しかしアルンには指導者がいないから、
カッとなったら止める者がいない。そこを上手く突かれたのさ」
給仕は男の話しに耳を傾ける。落ち着き払った口調についつい頷くが、どうも釈然とし
ない表情だ。
「そういうもんですかね…」
「ギルガメスの監督は女だろう? 女は損得で動く。男は名誉で動く。
お前さんの女房も『馬鹿な喧嘩はよせ』って言うだろう?」
「あっはっは、仰る通りでござんす」
給仕は初めて合点がいった様子で笑顔を見せた。
濁声だが気持ちの良い「毎度あり」の挨拶を背に受け、功夫服の男は店を後にした。少
々苦笑いを浮かべつつ。
(『読み』をあっさり喋るようでは、俺もまだまだだな…)
そうは言うが、悪い気はしない。崇高な理想は、こうした他愛無い声を何度も耳にする
事で築き上げられるのだ。
それにしても、あのドプラーなるゾイドウォリアーは何故、ギルガメスの試合に乱入し
たのだろう。男は懐に手を伸ばす。腕時計型の端末はギルガメスらが良く使っているもの
と大差ない。左手で鏡を見るように持ちながら右手で端末を叩く。
やがて表示された情報に、男は合点がいった様子で頷いた。
「悪法なれど、感謝せねばならぬか…」
彼が何を知ったのかはひとまず置いて、本編を進めたい。
(第一章ここまで)
「キャ――――!! 怖い怖い! 誰か助けて下さいよぉ――――!」
ミスリルは涙目になりながら助けを求めていたのだが、そこで突如何処からか放たれた
一条のビームがヘルキャットを数機丸ごと撃ち抜いた。それが飛んで来た方向を
向くと、大木の枝から枝を跳び移りながらこちらに近付いてくるティアのLBアイアン
コングMK−U“ゴーストン”の姿があった。だがそれだけでは無い。今度は別の場所
から木々を薙ぎ倒しながら現れた何者かがヘルキャットを叩き潰していたのである。
そちらは本邦初公開! スノーが普段使用しているハンマーヘッド“エアット”とは別に
陸上戦力としてさり気なく所有していたカノンフォート“リクト”である!
「ティアちゃんにナットウさん! 助けに来てくれたんですね!」
「だってあそこまで派手にやれば誰だって分かるのよ!」
「ゲリラを燻り出せたと言う意味では貴女の行った事は正しい…。」
これまでゲリラが恐れられていたのは戦闘の痕跡さえ消す隠蔽力の高さにある。
しかし、今の様に一斉に大勢で姿を現して山中を駆け回れば麓からでもその位置を
特定されて当然であり、こうなれば普通の戦力と大して差は無いのであった。
「畜生! 他の連中に知られる前にあの三機まるごとやっちまえぇ!」
「了解!」
「ゲェ――――――!! 攻撃が余計に激しくなっちゃいましたよぉ――――!!」
こうして山中で激しい戦闘が勃発した。
「あーもう怖い怖いったらもう勘弁して下さいよまったく!」
やっぱりミスリルは涙目であったが、それでも何だかんだでフェレッツは高い機動性と
ステルス性で敵陣をかき回しながら小型ビームガンを撃ちまくった。
「姿を見せればこっちの物なのよ!」
ティアのゴーストンはアクロバッティングに木々を跳び移りながら右肩に装備した
ビームランチャー、左腕のパルスレーザーガン、そして右腕に格闘装備として装着した
“チタン・ミスリル・オリハルコン特殊超鋼材”、略して“TMO鋼”製のクロー
“TMOザンクロー”を炸裂させ敵を引き裂き叩き潰した。
「リクト…テンミリオンパワー全開…。」
リクトはエアット同様にスノーが持ち込んだTMO鋼を超える強度を持った外宇宙金属
“スペースアダマンタイト”製の重装甲で身を包み、敵の砲撃を物ともせずに突撃すると
共にビームホーンでヘルキャットを串刺しにし…背の大砲で吹飛ばした。とまあこんな
感じで毎度おなじみのドールチーム無双が繰り広げられていたのだが……………
もうゲリラってレベルじゃねーぞって位に後から後からヘルキャットが湧いて出てくる
のである。それ故に次第に戦況はグダグダのゴタゴタでもう何が何だかと
目を疑いたくなる様な物へと変動して行き、結局その状況を収束させるべく、
大龍神に搭載された非核型超広域破壊兵器”龍神四式反応弾”が山に撃ち込まれ…
「おわ――――――――――――!!」
龍神四式反応弾の大爆発によってゲリラは山もろともに消滅した。そのくせドールチーム
の三人とそれぞれの搭乗機はしっかり生還してやがる。
「あ〜あ〜…山が無くなっちまったよ…。」
龍神四式反応弾によって吹き飛び、無くなった山をベースキャンプから見つめ、将校は
呆然としていた。と、そこで彼の部下と思しき下士官が飛び出して来るのである。
「大変です! 自然保護団体の連中がベースキャンプ前に殺到して猛抗議してます!」
「何ぃ!? って言うか早!」
まあ戦闘で山が吹っ飛んだのだから、自然保護団体が怒って抗議して来るのはある意味
当然と言えば当然なのであるが、余りにも早過ぎる登場に将校も呆れ半分で慌てていた。
将校が実際外に出てみると、物の見事にベースキャンプの前に物凄い数の自然保護団体の
大軍団が殺到し、『自然破壊反対!!』とか『自然を守れ!!』とか書かれたプラカードを
掲げて猛抗議を行っている真っ最中であった。そして彼等は一斉に将校の方へ詰め寄る。
「あんたかいここの責任者は! 良くも取り返しの付かない事をしてくれたね!?」
「どう責任を取ってくれるんだ!?」
「え…あ…その…。」
物凄い剣幕で将校を問い詰める自然保護団体のおじさんおばさん方に将校も慌てふためき、
全身から大量の汗が吹き出し、震わせながらある一方を指差したのである。
「わ…私じゃない! これは全てあの連中がやったんだ!」
将校が指差したのは当然実際に山を吹飛ばした張本人であるドールチームの三人。
しかも彼女等は丁度ベースキャンプに帰還してそれぞれのゾイドから降りた所であり、
自然保護団体の皆様は一斉に彼女等へ殺到した。
「あんた達なのかい!? 山を吹っ飛ばすなんて事したのはぁ!」
「ええ!?」
「何なのよ!」
いきなり大勢のおじさんおばさん方に詰め寄られてミスリルとティアは慌てた。
まあスノーは相変わらずの無表情のポーカーフェイスのままだったが…。
「全く良くもまあ取り返しの付かない事してくれたねぇ! ええ!?」
「親の顔が見てみたいよ! どういう育て方したらこうなるんだい!?」
「え…あ…その………。」
なおも凄い剣幕で問い詰める自然保護団体の皆様方にミスリルとティアも思わず後ずさり。
はっきり言ってこれは怖い。怖すぎる。過去にも幾多の恐ろしい連中を相対して来た
ミスリルではあるが、自然保護団体のおじさんおばさん達の団結力と気迫はそれとは
また違った意味の恐ろしさを感じさせていた。しかもそれだけでは無く…
「う…う…僕達の自然を…返してよぉー!」
「私達の自然を返して下さい!」
「えーんえーん!!」
「これを見ろ! お前等はこの様な小さい子供まで泣かせたんだぞ!? お前等はこれを
見て何とも思わないのか!?」
「ええぇ!?」
とか、小さい子供を使った泣き落とし戦法までやってくる。もはやミスリル自身が使う
残虐ファイトさえ普通に見えるえげつ無さであった。
「この鬼! 悪魔!」
「山を返せ! 山林を返せ! 自然を返せぇぇぇぇ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
挙句の果てにはミスリル達を罵倒しながら号泣まで始める始末。これは非常に気まずい。
そしてついには………
「かーえせ! かーえせ!」
「かーえせ! かーえせ!」
「かーえせ! かーえせ!」
とかついには『かえせコール』まで始めてしまった。これに対しミスリルはついに……
「だぁまれ人間どもぉ!! そないな何度も言われんとも分かるんじゃぁ!!
あんまりロボット舐めてっとぶっ殺すぞぉぉ!!」
ミスリルの両眼は赤く輝き、普段“良心”と言う名のプロテクトが掛けられた彼女の
凶悪残虐な本性が露となる“ジェノサイダーモード”が起動してしまった。
これによりミスリルは両腕を変形させたガトリング砲と両眼破壊光線ミスリルビームを
自然保護団体の皆様方に情け容赦無く浴びせ始めたのであった!
「うわぁぁぁ!!」
「ギャァァァァ!!」
「アヒィィィ!!」
こうなったらもうお終い。誰もミスリルを止める事は出来ず、現場は忽ち阿鼻叫喚の
地獄絵図と化すのであった。これに対しティア、スノー、そしてベースキャンプの将校や
下士官達は何をしたのかと言うと……
「もう知〜らないっと! とばっちりが来る前に逃げるが勝ち!」
「右に同じ…。」
「この場合そうやった方が良さそうだな。」
「こういうのはもう何て言うか…しらばっくれるのが一番ですね……。」
次々と自然保護団体の皆様が蹴散らされるミスリル無双が展開され、ついには大龍神まで
使って大暴れを始めていた中を尻目に、ティア達は肩を揃えて安全な場所まで退避
しましたとさ。めでたしめでたし。
おしまい
【第二章】
夕暮れの荒野を駆ける深紅の竜。但し、本来の神速には程遠い。中腰で滑走するのだが、
氷上をスケートで滑るような強い蹴り込みは愚か、翼を左右一杯に広げたりも背中の鶏冠
六本を広げたりもしない。
尋常ならざる身体能力を押さえる理由は言うまでもなく胸部コクピット内にあった。時
折小首を傾げるような仕種で竜は気遣う。…その甲斐はあった。いつしか聴覚装置に聞こ
えてくる泣き疲れた若き主人の微かな寝息。そして彼を案じる美女がついた安堵の溜め息。
胸部コクピット内には依然として定員を越える二名が乗り込んでいる。竜にとってはそ
れだけでも胸元が息苦しい上に、若き主人は膝の上に妙齢の女性を乗せ、背後からしがみ
ついた状態で眠り込んでいる。これでは拘束具も肩に降ろせない。しかし竜にとっては問
題にならなかった。あの後味の悪い結果を踏まえるなら、多少自分が息苦しくても、主人
が気落ちして腐るよりかは断然良い。
それは美女も同意見だ。魔女とも恐れられる彼女は、だから傷付いた眉の上をハンカチ
で押さえるのは左手で行ない、右手は背後よりしがみつく愛弟子の腕を握り続ける。…弛
みかけた理性のたがを、はめ直してくれた腕だ。
小高い丘の上へと数歩跳躍。深紅の竜もこの程度なら今のコンディションでも軽やかに
動いてみせる。ようやく到着したチーム・ギルガメスのこじんまりとしたキャンプ。
二つのテント、簡易キッチン、資材や仮設トイレなどが居並ぶ中、片隅に広がる空き地
が竜の寝床だ。腹這いになると首を持ち上げ胸を張る。早速開いた胸部コクピットハッチ。
美貌の女教師が差し込む陽射しを手で防ぐ必要はなかった。夕陽は竜が背負ってくれた。
「ギル、着いたわ。…ギル?」
背後にもたれる少年は返事の代わりに寝息をこぼす。女教師の浮かべた苦笑い。唐突に
少年の手の甲をつねる。
寝入っているものだから悲鳴を上げるわけでもない。只、背後から一層強くしがみつい
てくるものだから彼女は少々閉口した。だからつねる指はそのまま、愛弟子の意識が戻る
のを待つ。…案の定、しがみつく両腕は振り払われた。振り返らなくともわかる、今の彼
はきっと、頬は愚か耳まで紅潮させているに違いない。
「!? せせせ先生、すみません!」
「いいわ、気にしないで。私も図々しかったわ」
ゆっくり、腰を持ち上げる女教師。当たり前のように立ち上がるかに見えた目前の美女。
ふらつく姿は麦が風に薙がれるようだ。
咄嗟に立ち上がった少年。どうにか掴んだ両肩の位置は、彼の頭のてっぺん辺り。…ズ
シリとのしかかってきた重さ。先程まで膝上に乗られた時には感じられなかった。大事な
ものはこんなにも、重いのか。それが両腕から滑り落ちるよりも前に、二人の目前を巨大
な鋼鉄の爪が塞いだ。
「ブレイカー、ありがとう」
首を傾け自らの胸元を伺う深紅の竜。少年の礼に軽く鳴いてみせる。胸部と肩を押さえ
られてどうにか倒れずに済んだ美女。依然、眉上を押さえる左手は止血よりも貧血による
頭痛に苦しむ意味合いが強い。
「ギル、ごめんなさい、肩を貸して…」
少年は彼女の右手に回り、肩で担ぐ。それを合図に徐々に指を引いていく竜。つっかえ
棒の前進に合わせて歩む二人。タラップとなった胸部ハッチを降り切ったところで竜は左
手を二人の前に差し出し逆手にひっくり返す。乗れという合図に少年は甘えることにした。
両手で箱を作りながら、竜はふわり地を離れる。マグネッサーシステムは何も疾風迅雷
の機動力を発揮するためだけにあるのではない。資材もトイレも吹き飛ばすことなく、二
つのテントの前に降り立つ竜。地面に両手を差し出し、ようやく師弟の帰還と相成った。
少年が右肩で大事な女性を担ぎ上げると、竜はテントの扉を開いてやる。一畳半程の内
部には簀の子(すのこ)の上に絨毯が敷かれている。その上に雪崩れ込んだ二人。内部に
は寝袋と女物の着替えが数枚、奇麗に畳まれ置かれるのみ。そして…むせ返る程に、甘い
香り。少年は鼻がむず痒くなった。テント内とはいえ女性の部屋に入ったのはこれが初め
てのことだ。
倒れ込んだまま仰向けになる師弟。少年が先に立ち上がるのを見た深紅の竜は、ようや
く安堵したのか浮き上がって踵を返す。
竜が自らの寝床である広場に戻っていくのを尻目に、少年は竜がテントの側に置いたビ
ークルへと駆け寄る。トランクから救急箱を取り出し戻るまでに、呻くような女性の悲鳴
を聞き付け少年は青ざめる。
テントの扉を開けた時、女性は左の眉を強く押さえていた。上半身を持ち上げ、長く美
しい両足は靴を脱いだまま投げ出している。そして額にぼんやり宿る刻印の輝き。
「ちょっと傷口が額に近過ぎたわ…」
女教師は苦笑する。刻印が宿る額のすぐ左下に傷口があるのだから、痛みを感じるのは
無理もない。しかし案外屈託のない彼女に比べ、少年の何と物憂気なことか。唇を真一文
字に結ぶと彼女との視線を外し、傍らに尻を着いて救急箱の蓋を開ける。中身を早速物色
するが、しかしこういうことに手慣れているのは明らかに女教師の方だ。少年が見定める
よりも早く、彼の手元から薬品や包帯を拾い上げていく。これでは少年も手を出す余地が
ない。それだけでも情けない気持ちで一杯になるのだが、女教師が2?3センチ程はある
切り傷に薬品を塗る段となると悔恨の表情を滲ませ、結んだ唇を噛み締めざるを得ない。
滲みる痛みに彼女が時折呻くたび、それは一層強く。
女教師は己が手当てを進めながらぽつり、呟く。
「…ごめんね。判断、誤って」
少年は息を呑んだ。憧れの女性を傷付けてその上謝罪までさせたくせに、自分は満足に
手当てしてやることすらできない。大袈裟な挙動で首を左右に振ると。
「あの時、試合は終わってましたから、その、妥当、だと思います。
本当に謝らなければいけないのは僕の方です! 負けても傷付いてもいないのに野次に
踊らされて、一体何をやってるんだろう…」
いつしか俯く。震える声は息が詰まる。いっそ窒息でもしてしまえば良いのだ。
女教師が頭部に包帯を巻き終えた頃、少年はすっかり黙りこくってしまった。思わず溜
め息をついた彼女。あの白魚のように艶かしい指をそっと彼の顎の下に差し伸べてやり、
化粧師のような手付きで彼の顎を持ち上げて。
「それ位にしておきなさい。取り返しのつかないことになったわけではないでしょう?」
憧れる女性の眼差しはあれ程の負傷を負った割にはなんとも涼し気で、それだけでも少
年が視線を反らさざるを得ない十分な理由たり得た。少年の変わらぬ胸中を察した女教師
は流石に苦笑い。彼の顎から指を離す。
「今日はもう休みなさい」
言いながら、くたくたになった背広を脱ぎ捨てる。続いてネクタイを引き抜き、更にワ
イシャツのボタンを外し始めたところで少年の表情が急変。沈鬱だった表情がたちまち赤
面、引きつると救急箱を落とし、テントの出口まで尻をついたまま後ずさり。
女教師のはだけた胸元から、漂ってきた甘酸っぱい香り。狭いテント内に充満して少年
を手招きするかのようだ。彼女は何ら恥じらうこともなく、当たり前のように肌を晒す。
もう一年の付き合いだがこの性癖だけはついていけない。それもよりによって、何でこの
瞬間に脱ぎ始めるのか。
「ふ、風呂湧かしてきます!」
尻から先にテントから出て、素足を無理矢理厚手の運動靴に突っ込むと這う這うの体で
駆けていく。女教師は慌てた有り様をテントの中からちらり、見遣る。誠に微笑ましいで
はないか。
惑星Ziを観光するなら、繁華街には余り期待しない方が良い。戦乱の続いたこの星で
は標的になりそうな高層ビルは迂闊には建てられない。当然建物は低くなり、夜のネオン
も抑え気味になる。…それでも、栄えないことはない。夜中はゾイドが闊歩するこの惑星
Ziで、娯楽の源となる繁華街はどうしても必要なものであった。
さてそんな繁華街のとある酒場。薄暗い店内は中々の盛況だが、片隅で独りテーブルを
占拠する者がいる。包帯で顔の半分程も覆ったあの男だ。傍で見ても特に大柄という程で
はなく、筋骨隆々でもない。よれよれのパイロットスーツを纏った風体は、どこででも見
られるゾイド操縦を生業とした者の出立ちだ。やはり尖り気味の耳や鋭い眼光が包帯から
飛び出ていると奇妙な印象を周囲に与えるのかもしれない。
包帯男はグラスを一息に傾ける。痛飲と言うに値しないのは依然絶やさぬ眼光から見て
も伺えるもの。テーブルの上には既に幾種類もの酒瓶とつまみ皿が並べられていたが、乾
いたグラスが何故かもう一つある。それ以外はどこででも見られる酒場の光景だ。
さてこのテーブルを考慮しても、店内は誠に平穏であった。この男とて、無闇に逆鱗に
触れなければ暴発などするまい。だが世の中には他人の都合をわきまえない者は幾らでも
いる。その者は店内に入ると辺りを物色したが、標的を見定めた途端、脇目も振らず彼の
テーブルへと近付いていく。包帯男同様、よれよれのパイロットスーツを纏った若者。頭
部にはバンダナを丁寧に巻いて固定している。
テーブルの前に立ち止まるなり、呟いた声は鈍器で殴るように重苦しい。
「話しがある」
ギルガメスと出会った時は至極冷静だった若者アルンも、つい先程己が試合を潰した本
人を目の前にしては平静を保ってなどいられない。
首を持ち上げると不敵な笑みを浮かべた包帯男。
「俺も、話しがある」
乾いたグラスをテーブルの向いに差し出すと、早速傍らのビール瓶を注ごうとする。そ
れを遮った若者の声は怒気交じり。
「あんた、ビヨー先生とどういう関係だ!?」
鼻で笑う包帯男。注ぎかけたビール瓶をひとまず置くと、その指で己が額をトントンと
軽く小突いてみせる。
「だから言っただろう、こういう奴だから認められたとな。俺も、お前も…」
周囲では他の客がおっかなびっくり、彼らのやり取りを見守っている。しかしそれは誠
に理解し辛い。小突いた指が本来なら古代ゾイド人にしか見られない刻印を意味するなど、
誰がわかるというのか。
「それだけで認めるわけがあるか! あんたのように卑劣な奴と、つながりを持つとは思
えない。大体あんた、本当にビヨー先生と関係が…」
若者が言いかけたその時、周囲の客が途端にざわめき始めた。不可解な現象に二人は客
達の視線の彼方を睨む。…若者がやってきた方角、そして包帯男の向かい側。
白い功夫服の男だ。顔には隈取りの紋様が描かれた張りぼてのお面を被る酔狂なれど、
長い黒髪が全くなびかぬゆったりと歩の進め方は飢えを凌いだ猛獣を思い起こさせる。包
帯男も若者も、功夫服の男が徒者でないことはすぐにわかった。だらりと下げた両手の甲
には拳胼胝(たこ)が、反対に掌にはゾイド胼胝が隆起している。
「…おい、収穫祭には早くないんじゃあないのか」
包帯男が喋る相手は若者か、それともこの功夫服の男か。だが言われた当の本人は全く
意に介さない。彼は若者の数歩後ろにまで近付くと立ち止まり、面を下から少々めくる。
露になった口が落ち着いた声で言い放つ。
「ドクター・ビヨーは二つの密命をこの男…ドプラーに託した」
功夫服の男の声は低い。傍らで聞いた若者は首を捻る。
「密…命? ビヨー先生が、誰から?」
「わからぬか? 奴は『国立』ゾイドアカデミーの教授なのだぞ」
若者はまさかと口籠る。
(…ヘリック共和国の、密命!?)
「良い手並みだった。共和国議会は天下の悪法『ゾイド貿易自由化法』推進のために、民
族自治区にゾイド輸入ノルマを突き付けるのを満場一致で可決した。…君達の試合中にだ」
ゾイド貿易自由化法とはヘリック共和国製ゾイドを民族自治区内で販売する際、今まで
上乗せされていた関税を大幅に引き下げるというものだ。安価な共和国製ゾイドが民族自
治区内に急激に出回ったら民族自治区内のゾイド業は駆逐される。多数の養殖・販売業者
が失業の憂き目にあうのは言うまでもあるまい。
しかし共和国の思惑通りには必ずしも上手く行かなかった。民衆にとってゾイドは単な
る道具ではなく、象徴とさえ言える存在なのだ。地域が異なれば象徴の種類も変わる。ヘ
リック産ゾイドを好き好んで輸入する自治区など大して増えなかった。ゾイド輸入ノルマ
はそれを踏まえての決定だ。
「自由化法制定時は各地で巻き起こったデモを鎮圧するのに手を焼いたが(※第八話参照)、
今回は思ったよりも平和裏に事が運んだ。…ゾイドバトルのスタープレイヤーが不祥事で
世間を騒がしてくれたお陰でな」
目を丸くしながら聞いていた若者は、やがて忌々し気に鼻を鳴らした。
「馬鹿馬鹿しい、言い掛かりにも程がある。ヘリック人はみんな役人の犬だとでも?」
「ならば魔装竜ジェノブレイカーとも互角に渡り合えるゾイドを、ビヨーが所有していた
のは疑問に思わないのか」
若者は押し黙った。初めてあのヴォルケーノなる髑髏の竜を預かった時は風変わりなゾ
イドだなと、その程度にしか感じなかった。いざ乗りこなしてみた時、かつて経験したこ
とのない運動性能に舌を巻いたのは事実だが、それとて一般的なゾイドと乗り比べてみて
の感想でしかない。…所詮、二十歳やそこらの若者が抱く浅い考えだ。
包帯男がテーブルを軽く叩いたのは若者が押し黙ったのとほぼ同時。
「面を外せ」
功夫服の男は勿体ぶった手つきでゆっくりと面を外し、テーブルに置いた。露になった
精悍な顔立ち、眉間の刀傷。見上げるような視線で睨む包帯男目掛け、眼光の切り返し。
だがそれも数秒にも満たない。
「もう一つの密命はそいつの口から聞くことだな」
踵を返すと又もとのゆったりとした足取りで歩いていく功夫服の男。包帯男も若者も、
他の客もしばし視線が釘付けのまま。やがて向こうでドアの開閉する音が聞こえた時、包
帯男はテーブルに乗せられた面を手にとり、ひっくり返す。面の裏側には東方大陸語が毛
筆で記されていた。…見事な筆致は達筆と言って良い。
『水の軍団参上』
見るなり面を両手で押し潰した包帯男。一体何を見たのだろうと若者は訝しむが。
「アルンと言ったな。合格した筈のジュニアトライアウトを落とされたのは、何もお前や
ギルガメスだけじゃあない」
潰した面を丸めながら呟く。染みるような口調に若者はようやく合点した。
「あんたも落とされたというのか、ジュニアトライアウト」
「既に終わった筈の人生が面白くなるなら、俺は幾らでも卑劣な真似をしてみせるさ。
アルン、ドクター・ビヨーは最強の『刻印の戦士』を所望だ。だが過程は問われてはい
ない。…だったら俺は、まずいつの間にか成功者になったギルガメスを殺す!
お前とやり合うのは、その後だ」
グラスに注がれたビールを一気に飲み干すと、すっくと立ち上がった包帯男。
若者は、出ていく包帯男の背中を見つめるより他ない。やや猫背気味のそれは、何かが
うごめくようにも見える。
功夫服の男は相変わらずゆったりとした足取りで夜の繁華街を抜けていく。ずっと大通
りを進んでいたのがやがて細い路地裏へと入り込んだのには誰も気付かない。それ程、自
然な挙動だ。汚い路地裏にはひっくり返ったゴミ箱くらいしか見当たらない。
「伝令。総大将殿にだ」
声を合図に、薄暗い物陰には転がるダイヤのような輝きが二つ。
「パイロン様、何なりと」
喋るダイヤ。いや、時折見受けられる明滅は誠に不可解。これは瞬きによるものか。
「ギルガメス以外に刻印の戦士を二名確認。ドクター・ビヨーの影ありとな」
「やはりドクター・ビヨーでございますか」
ダイヤの輝きは落ち着いた口調なれど僅かながら上擦った。
「総大将殿の仰る通りB計画は大詰めということだ。ならば策は一つ」
「了解しました」
ダイヤの輝きは流れ星のように物陰を泳ぎ去った。不思議な様子を目で追いもせず、功
夫服の男はもとの大通りに踏み出す。かくして刺客は東方大陸出身の風変わりな男へと戻
っていく。
「ビヨー先生、ドプラーという男について御存知ありませんか?」
暗闇に鎮座する球体のオブジェ。頂点に生えた生身の頭部は切羽詰まった表情を浮かべ
ている。この若者、ポーカーフェイスは苦手なのか、それとも相手が相手だからか。
「…ええ、彼も私の研究したゾイドのテストパイロットです」
闇の中に浮かび上がった白衣の男は能面のように表情を変えない。…若者アルンはにわ
かには信じ難い。少しは驚きの表情を浮かべると信じていたからだ。だから彼は、思わず
声を荒げた。
「何であんな奴を雇ったんですか!」
全く動じない白衣の男。却って微笑を浮かべる。
「素質を見込んだからです、君と同様。
アルン君、何をそんなに怒っているのかわからないけど、勝者にしか発言権が与えられ
ないのは君もジュニアトライアウトの件で承知している筈だ。だったら勝ってみせたまえ」
ところで若者を主人に持つ髑髏の竜は腹這いのまま大人しくしていた。背中の鎧の隙間
に受けた傷は自己修復が進んだようで継ぎ目が出来上がっている。但し時折パチパチと火
花が弾けている辺り、もうしばらく安静が必要だろう。すぐ側にはバクパラ・スタジアム
を囲むコンクリートの高い壁がそびえ、警備員の搭乗する人が背中に跨がれる程度の二足
竜バトルローバー十数匹が点在する。壁の頂上からはサーチライトの光が照らされ、バト
ルローバーは青く透き通った全身を輝かせながら警戒中だ。今晩も既に二十二時を回った
が、取り敢えず安静するだけの余裕はありそうだ。
ふと、自らの腹部ハッチが開いたことに気付いた髑髏の竜。そこそこ長い首を傾け様子
を案じる。かの深紅の竜のように、いきなり鼻先を寄せたりといったふしだらな真似は流
石にしない。
そして主人の態度も違う。球体状のパイロットスーツをコクピット内に脱ぎ捨て、代わ
りに黒のTシャツの上によれよれのパイロットスーツを纏って出てきた若者は、ぽつりと
呟くのみ。
「ヴォルケーノ、俺が敗れたらどうする」
返答に窮した髑髏の竜は、長い首を項垂れた。
それぞれの一夜が明けた。暖かい朝、眩しい陽射し。
深紅の竜は胸の辺りまで川に浸かっている。すっかり御機嫌な様子で四肢を、頭部や尻
尾を伸ばし、その度だらしない鳴き声を上げるのがおかしい。惑星Ziには奇麗好きなゾ
イドもいればそうでないゾイドもいる。深紅の竜は間違いなく前者だろう、その鮮烈なる
体色で獲物を圧倒する必要から汚れていない方が望ましい。加えて、昨日はビールやポッ
プコーンを浴びせ掛けられた。竜としては早く身綺麗にして主人といちゃつきたいところ。
「ほら、ブレイカー。大人しくして」
若き主人が裸足で川に踏み込みながら、長いデッキブラシを掲げている。膝下までの半
ズボンは裾が水面に触れる。深紅の竜が動いて水面を揺らす度、デッキブラシを川底に突
いてどうにか姿勢を維持している状態だ。深紅の竜はそれを察してか大人しく鼻先を近付
けてきた。早速少年はデッキブラシの先を当ててやる。
川幅の広さはどうにか竜が二匹は入れる程度だ。潜って全身を浸せる余裕はない。だか
ら竜は、時折右に、左に巨体を傾けて痒い鶏冠や翼の根っこ当たりを水に浸してやる。赤
い装甲は浸したところで少年に差し出し、デッキブラシを当ててもらうことにした。これ
だけでも少年は一苦労だが、操縦技術だけがゾイド乗りの価値を左右するものではない。
それに、少年にとってこれ以上はない朝の運動だ。
やがて陸に上がった深紅の竜。鶏冠を、翼を一杯に広げて甲羅干しと相成った。少年が
左腕の腕時計型端末を見た時、時刻は既に正午を回っていた。のんびりと河原で丸くなる
竜の傍らに、少年はビニールシートを敷く。びしょ濡れのTシャツとズボンを脱ぎ、バス
タオルで身体を拭くとごろりと横たわって大きく伸び。ゾイドの洗浄は生半可な練習より
も遥かに骨が折れるものだ。竜は主人の献身に満足すると軽くあくびした。普段なら今頃
は寝ている時間だ。
しかし竜の安眠も長くは続かない。Zi人を遥かに上回る聴覚が感じた気配に、ひょい
と首をもたげる。主人はと見てみれば早々に微睡んでいるではないか。日に照らされた腹
を爪でちょいとつついてやる。
「…ブレイカー? どうしたの、さ」
寝ぼけ眼を擦りつつ、相棒の視線の先を見つめた時少年は凍り付いた。土手の上には昨
日挑戦を受けた若者が二足竜の背にのってこちらを見ているではないか。
「あ、アルンさん!?」
若者は無言のまま二足竜を駆って土手を滑り降りると、少年主従のもとへと近付いた。
昨日の事について何か言うに違いない。だが、内容はなんだろう。罵倒か、それとも。と
もかく、ひとまずは挨拶だ。
「お、おはようございます…」
「ギルガメス君、君に聞きたいことがある」
若者は二足竜から飛び降りもしない。騎乗したまま上から投げかける視線の厳しさ。乗
っているのはバトルローバー、バクパラ・スタジアムの所有を示すステッカーが胴体に張
り付いている。彼本来の相棒はもうしばらく安静を余儀無くされているようだ。
「…何故、逃げた」
少年は息を呑んだ。罵倒されるのは覚悟していた。というよりは寧ろ、罵倒されるもの
だとばかり思い込んでここに立ち尽くしていたのだ。
若者の問い掛けが昨日の試合終了の出来事にあるのは言うまでもあるまい。だから少年
は、吐くべき言葉を脳裏で探す。…幾つもの単語が浮かんでは消えた後、最終的に残った
言葉を彼はかき消したかった。しかし、かき消したら脳裏に大事な人が浮かぶのだ。この
人に被害が及ぶわけにはいかない。
「僕の、判断だ」
嘘をついた。言葉を紡ぎながら少年は視線を背け、項垂れる。直視できる図々しさを持
ち合わせてはいない。
両者の間に訪れる沈黙。せせらぎと、深紅の竜の物悲しい息遣いのみが辺りを支配する。
若者はそれが許せなかった。
「次にぶつかる時は試合と思うな」
二足竜は踵を返すと土手を駆け上がっていく。土手の先へと下っていく姿まで見たとこ
ろで少年は崩れ落ちた。両手をつき、顔も上げない。主人の気持ちを案じ、竜はその大き
な鼻先を寄せていく。物悲しい息遣いはいつしかか細い鳴き声に変わっていた。
(第二章ここまで)
【第三章】
青空の下、小高い丘の上にはテーブルに二人分の御馳走が並べられたところだ。腕を振
るった女教師は軽く背伸びした。白のタートルネックにジーンズの長いスカート。休息時
は彼女も女性らしい格好を選ぶ。額に巻いた包帯だけは誠に痛々しいが、それさえなけれ
ば昨日の出来事などまるでなかったかのよう。
くるりと乙女のごとくひと回りし、颯爽と椅子に座ると足を組む。それにしても長い足
で、腿から膝、そして爪先へと綺麗なへの字を描いている。元々大柄な彼女はふと頬杖を
つき、物思いにふけった。
彼女の思案はものの数分も経ずして中断された。向こうでは赤い物体が土埃を上げて近
付いている。
「アルン君と会った?」
女教師は心持ち、眼を見開いた。対する少年の伏し目勝ちなこと。おまけにそれきり、
何も話せずにいる。テーブルに着いて向かい合ったきりこんな状態だ。ああ成る程と、女
の勘が働く。
「自分の判断だって、言ったんでしょう」
図星の言葉。反論もできず、ますます顔を伏せる。焼き立てのバゲットを摘むこともで
きない。とぼけた方が良かったかと、女教師は溜め息をついた。
「私が指図したって、答えて良かったのよ?」
「そ、そんな! そんな返事するのは…」
少年は慌てて顔を持ち上げる。それが女教師には少々可笑しい。
「…逆らったけれど、監督命令には従うしかなかったって。事実でしょう?
こう見えても私は貴方の保護者なんだから、作戦を誤った批判は甘んじて受けなければ
いけないわ。アルン君が納得するかはわからないけれどね」
少年は再び黙りこくってしまった。…仮にも自らを導いてくれた人物であり、面と向か
っては言えないが憧れの女性だ。矛先を向けるように仕向ける真似などできるわけがない。
しかし当の彼女は矛先を自らに向けさせろと言う。
向かいの愛弟子が見せる困惑の表情。女教師はちらり、スープが冷めないか伺いながら。
「例えばね、貴方とブレイカーはどうしてシンクロするの?」
いきなりな質問だ。少年は憮然の色を表情に織り交ぜる。傍らではうずくまる深紅の竜
が首をもたげ、尻尾の先を振っている。
「…共に痛みを分かち合うため、です」
「それだけ?」
切れ長の蒼き瞳と、分厚いガラスの下に埋め込まれた赤い瞳が釘付けになる。女教師は
微動だにしないが竜の方は少々苛立っているのか長い前肢の爪をトントンと叩いている。
少年は舌足らずに気付いた。
「共に痛みを分かち合って、勝つためです」
「御名答。分かち合うだけなら単なる依存だものね」
その通りだと言いたげに竜は甲高く鳴いた。師弟は微笑みを返してやるが、生徒の困惑
は依然、拭えない。
「でも、それってこの話しとどういう関係が…」
「わからない? 貴方達でさえ、そこまでやってようやく互いを理解しているのよ?
赤の他人と理解し合うのにはもっと手間と時間が掛かるわ。関係がこじれたら尚更ね」
女教師はそう言うとおもむろに両手を組む。昼食前のイブへの祈りを捧げ、問答無用で
会話を中断。少年は追随せざるを得ない。
(でもエステル先生、本当にそれで良かったと言うんですか)
祈りなどそっちのけで、内心問い掛ける。
(それで先生に怒りの矛先が向くようなことにでもなったら、僕は…)
不意のブザー音が祈りの静けさを引き裂いた。早速ビークルの方へと駆け寄る女教師。
「もしもし、チーム・ギルガメスです。はい、はい…」
トーンを一段階上げ、代わりに心持ち遅めに語る様子は既に何度も耳にした、彼女の商
談口調だ。おまけにすぐには切り上がらない。少年はすぐにピンと来た。相手はゾイドウ
ォリアーギルドの職員だ。恐らくマッチメイクを持ち掛けてきたのだろう。
「わかりました、本人に確認を取りますので済みましたら折り返し、御連絡致します」
ビークルから降り立ち歩いてくる女教師は顎に手を当て、何やら悩まし気。うって変わ
ってゆったりした足取りでテーブルに戻ると。
「ギル、アルン君と再戦したい?」
単刀直入な一言に少年は声と腰を上げた。
「さ、再戦ですか!?」
「但し、ドプラーを交えて三すくみだって。巴戦ではない、あくまで三チーム同時に戦う
ことが提案されてるわ。それに、試合は三日後だって」
滅茶苦茶な話しだ。一瞬上がったボルテージも急降下し、それと共に着席を余儀無くさ
れる。そもそも試合が成立するのだろうか。表向きには二チームが手を組んでしまえばと
てもじゃあないが試合など成立しそうにない。あくまで手を組めばの話しだが。
「何だか見せ物みたいです」
「そうね…」
女教師も顎に手を当てたまま着席する。興味本位な思考が先行しているのは明らかだ。
三すくみで試合を成立させるのは非常に難しい。本当に興行として成功させるならルール
始め、事前の打ち合わせを何度も重ねる必要がある。それを敢えて短期間で強行しようと
いうのだ。
「ギル、止めておきましょう」
目を剥いた少年。無言が真意を糺す。
「恐らく刻印の持ち主同士で戦うことを望んでいる奴がいるわ。それも試合ではない、修
羅場に近い闘いを見たがっている。そのための乱入であり三すくみなのでしょう」
女教師の推理は半ば正解と言えた。ドクター・ビヨーなる人物については認識していな
いが、アルンやドプラーの影に暗躍する者がいること位は容易に想像できた。何しろ刻印
の持ち主という明確な接点があるのだから、そこに付け入ろうとする者も出てきて当然だ。
只、見せ物が本当に見せ物として機能していたということまでは、残念ながら思い付かな
かった(第二章・拳聖パイロンの発言参照)。流浪の旅を続けるが故の世事に対する疎さ
があったのかもしれないが、もっとも気付いたところでどうにもならなかっただろう。そ
の辺は次回で明らかにされるが、本編ではひとまず置いておきたい。
少年は腕組みしたまま押し黙っていた。迂闊に返事はできない。女教師もそれがわかる
から、顎に手を当てたまま。
妙な雰囲気に、反応した者がいた。深紅の竜は心配げにピィ、ピィと囁くように鳴き始
める。尻尾は振らず、小首を傾げたまま師弟の様子を伺うのみ。
ふと、少年は相棒の眼差しに視線を重ね合わせた。生気に満ちた黒目勝ちの瞳を見るこ
とができて嬉しかったのか、竜は腹這いに姿勢を正し、尻尾を振ってみせる。
「ブレイカー、友達、欲しい?」
甲高く鳴いて応える深紅の竜。少年は満足な答えが得られた様子で頷き返すと、腕組み
解きつつ蒼き瞳を見つめ直し。
「エステル先生、やらせて下さい。お願いします」
おやと女教師は少し魅入った。愛弟子は僅かながら眉間の皺が失せ、吹っ切れた印象を
受ける。少しだけ良い表情になった。
「理由を、聞かせてくれないかしら?」
「僕はゾイドウォリアーです。試合するのが仕事です。…気持ちを、守り通してみせたい。
果たせるなら、それがアルンさんへの謝罪になると思うんです。裏でコソコソしてる奴
らへの牽制にもなる。
それに、あの時は悔しくても先生の指示通り、逃げることはできました。それに比べた
ら戦う方が断然楽です」
最後の一言に苦笑した女教師。別にこの年齢で悟りの境地にでも達したわけではなさそ
うだ。一方、少年は少々別のことを考えていた。
(それ位、自然にこなせないといけないんだ。怒りに任すのはもう止めだ)
包帯が巻かれた彼女の額をちらり、上目遣いに見ての決意だ。
月日が経過するのは早い。
鋼鉄の門が開く。颯爽と降り立った深紅の竜。見上げれば今日も空は青い。その恩恵で、
バクパラ・スタジアムの土は相変わらず良く乾き、踏み心地も上々だ。竜は胸元に鼻を近
付け、胸部コクピット内の若き主人に懇願する。少年の額にまだ刻印は宿っていない。だ
から彼は、肩から降ろす拘束具の具合を確認した上でコンソールを軽く突つき、合図した。
ゴロゴロと横転する深紅の竜。少年は眼を見開くが、それも最初の一瞬だけ。…竜は痒
がっている。何しろ先日までの新人王が今日は八百長の嫌疑を掛けられた悪役にされたの
だ。食べ物、飲み物の投擲に桜花の翼はそこそこ汚れた。だから転がって砂で洗う。その
間、少年は両腕を踏ん張り重力の逆転と平衡感覚の狂いに耐えた。一見わがままこの上な
い竜の行動だが、竜が痒いままシンクロしたら少年の全身にもそれが反映されることにな
る。だからこれも相棒なりの気遣いなのだ。
重力が安定したところで肩の力を抜く。平衡感覚がしばらく揺れて落ち着かぬ間に、全
方位スクリーンのウインドウが開いた。飛び込んできた切れ長の蒼き瞳。額の包帯は依然、
厳重に巻かれたまま少年に決意を要求し続ける。
「ギル、一つだけ注意して欲しいことがあるの」
「ドプラーの攻撃ですか?」
眉を潜める少年。だが女教師は首を横に振っている。他に何かあるのだろうか。
「確かに彼らの攻撃には未知の部分も多いわ。でもね、それよりもアルン君が逆上した時
の方が要注意よ」
そういうものなのかと、少年は首を傾げる。
「…わからない? 貴方だってジュニア(トライアウト)を落とされたから家出したんで
しょう? きっと誰も、予想できなかったでしょうね」
「成る程…。確かに、この前の試合を考えたらいつ逆上してもおかしくはないですね」
「貴方も冷静にね。そういうことまで対等になる必要はないわ」
平衡感覚が気持ちの落ち着きに追い付いてくる。大丈夫ですよと、少年は内心呟く。そ
の包帯を見て我慢できないなら男が廃るというものだ。
女教師が着席するビークルは地上に降り立ったままだ。外周には鉄柵が敷かれ、外から
十数台ものカメラが被写体の様子を伺っている。試合場の外側では審判団を始め、運営サ
イドの職員やゾイドが右往左往していた。ビークルもその中に混じっている。今日の快晴
で反射光を恐れていたが、コンクリートで仕上げられた外周の壁は上手い具合に影を落と
してくれている。そこまで神経質にならずとも済みそうだ。
今日の試合はある種の懲罰試合だ。名目上は「公平を期すために」事実上チーム・ギル
ガメスに敗北を喫してもらうために、ビークルによるサポートも禁じられた。「仕方ない
わね」と女教師も渋々応じざるを得なかったが、今の体調ではサポートにも無理が生じる
可能性がある。少年が動揺する可能性を考えればこれで丁度良いのかもしれない。
向かいの門からも長い影が伸びてきた。最初の一本目は周囲が紫水晶の透過で彩られた
艶やかな影。足元より見上げてみれば、思いのほか緊張感のない足取りでゆっくり入場し
てきた髑髏の竜にお目にかかる。雄叫びも何かしらのパフォーマンスもない無愛想な登場
の仕方は却って不気味だ。
「ギル、ギル、聞こえて!?」
突如、一度は閉じた筈のウインドウが開く。女教師が、今度は額に鮮烈な刻印の輝きを
解き放ちながら。
「例え、その行く先が!」
急な早口と共に、全方位スクリーンの左方でウインドウが開く。試合場の外から急速接
近する熱源、四つ。事態の急変を悟った少年。ならば阿吽の呼吸で求めに応えるのみ。
「…いばらの道であっても、私は、戦う!」
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調(シンクロ)できるようになるのだ!
詠唱を済ませるや否や、唇噛み締める女教師。それだけで眉間に寄る皺、頬にはうっす
ら滲む汗。癒え切らぬ傷の痛みを隠すべく、懸命に浮かべる作り笑いを垣間見て少年の胸
が軋む。戦う理由はそれだけで十分だ。
たちまち眩く額の刻印輝かせれば、渾身のレバー捌きで虚空に十字を描く。応じて中腰
に身構える深紅の竜。背負いし桜花の翼を前方に展開すれば、熱源が投げ槍のごとく突き
立てられるまで数秒も掛からない。…四本の長剣。鋼鉄と悪意で鍛え上げられた禍々しき
形状は死神の肋骨のよう。
桜花の翼を翻す深紅の竜。身構えたまま両腕を前方にぐいと伸ばせば、吸い込まれるか
のように飛び込んできた赤き弾丸。否、蛇皮の鎧纏いし二足竜が放つ渾身の頭突き。
頭部を掴まれた蛇皮の竜は尚も顎を開き、噛み付かんとにじり寄る。鼻先には深紅の竜
の胸部コクピットハッチが。鎌を備えた両腕を振り上げる蛇皮の竜。相手の胴体に突き刺
されば一気に形勢傾くが、そうはさせじと少年主従も雄叫び上げると掴んだ両腕で強敵を
首ごと投げ飛ばす。
意外にも、紙のごとく軽々と放り投げられた蛇皮の竜。しかしそこは相手も手練、宙返
りしながら軽やかな着地を目指す。少年主従は強敵の着地点を睨むが、追撃の手は思わぬ
横槍で緩めざるを得なくなった。深紅の竜の左翼から、飛び込んできた赤き弾丸・二発目
は髑髏の竜が放つ肩口からの体当たり。どんなゾイドも真横からの攻撃には弱いものだ。
呆気無く横転する深紅の竜。転がる先目掛けて髑髏の竜が跳躍する間に蛇皮の竜も腹這う
ように着地に成功、中腰に姿勢を正し、次なる追撃目指して土を蹴り込む。
女教師は憤った。かの蛇皮の竜が長剣四本を放った時点で真っ当な試合になどなるまい
と覚悟はしたが、ここまであからさまな奇襲を仕掛けてくるとは。コントロールパネル上
から口角泡を飛ばして怒鳴り付ける。
「審判団、反則取りなさいよ! 試合開始してないでしょう!?」
だがそんなことに聞く耳を持っていたら、今回のようなマッチメイクはあり得なかった
筈だ。審判団用ゾイドが介入する代わりに、試合場を包み込んだのは試合開始を告げるブ
ザー音。呆れたことに、それが鳴り響いてからようやく入場門の閉門が開始される体たら
く。女教師は歯ぎしりすると、スイッチを押してモニター表示を切り替えた。
飛び込んできた黒め勝ちの円らな瞳は思いのほか、冷静に戦況を見つめていた。ホッと
胸を撫で下ろす女教師。
「ギル、これでは公平なジャッジは期待できないわ」
モニターの向こうの少年はちらり、こちらを一瞥すると微笑み浮かべる。この事態で作
り笑いする余地などない筈だから、屈託のない笑顔は却って眩しい。
「そっちの期待はしてませんよ。それよりサポート、お願いします!」
「OK、まずは離れて。いつも通り、ブレイカーに有利な間合いを維持なさい」
女教師の指示がいつも通りの落ち着いた声で聞こえてきた。刻印解放の詠唱よりは遥か
に低いトーン。これを聞きたかったし、これからも聞きたい。彼女の胸を焦がさぬために
は、まず自分自身が落ち着くことだ。
若き主人の心の声を聞き付けたかのように、深紅の竜は構え直した。翼を水平に広げ、
両腕は脇を締め直して。吠えるのではなく躍動感で相手を威圧する。間合いはなれた宿敵
二匹がにじり寄ろうが問題になどしない。
先程までソファで横になり大あくびまで掻いていた肌白き美少女は、試合中継が始まる
と一転、姿勢正しく身を起こした。巨大なスクリーンの向こうに深紅の竜が映し出される
と銀色の瞳が一層眩しく輝く。
「動きに迷いがない。三日前とは偉い違いだな」
一瞬、惚れ惚れとした表情を浮かべたがそれも束の間、何ごとにも不愉快な銀色の眼差
しに立ち戻っていた。そもそも誰がかの少年主従を立ち直らせたのか。そこまで想像を巡
らすとたちまち腹立たしさが上回る。
その傍らで、白衣の男がノート大の端末を弄り続ける。ふと、何かしらの情報を目にし
た男は指を止め、しばし端末の液晶モニターを凝視。情報に満足したのか不敵な笑みを浮
かべて立ち上がる。彼の妙な態度は美少女も気に掛かった。
「ドクター・ビヨー、如何がした?」
「…貴方に相応しい『覇のゾイド』について、一つ手掛かりを見つけましたよ」
男の笑みは不敵さもさることながら、常から濁り勝ちな瞳が砂糖も入れないコーヒーの
ような闇色に染まっている。しかし不思議なもので、その上から牛乳瓶の底のように分厚
い眼鏡を掛けているため、却って黒真珠のように美しくも見えるのだ。
「『B』よ、これから出かけましょう。試合は録画してあります」
不敵な笑みには、不敵な笑みで返す。美少女は闇色に染まった瞳の奥を覗き込む。
「無駄足は御免だぞ」
「大丈夫、貴方にもきっと満足して頂ける筈です。何しろかの『ヘリックの英雄』に愛さ
れたゾイドですから…」
美少女は一笑に付した。銀色の瞳に宿る輝きは鈍い。
「面白いことを言うな、お主は。歴史は表裏一体だぞ?」
「勿論、そう解釈されるつもりでお答えしております」
真顔で応える白衣の男。美少女は数度、頷くとすっくと立ち上がる。足元で丸まってい
た忠実なる銀色の獅子も即座に追随。白衣の男は端末を弄りスクリーンの電源を落とした。
「おや、旦那。先日はどうも…」
暖簾をくぐった功夫服の男を目にし、初老の給仕は深々と頭を下げた。裏表の無い笑顔
には功夫服の男もホッとする。普段が余りに血塗られた生活を送っていると、何気ない一
般庶民の態度にさえ好感を抱いてしまうものなのかもしれない。もっとも汗腺の僅かな緩
みでさえ表面に出し手はならぬのが水の軍団・暗殺ゾイド部隊の戦士に課せられた掟だ。
「この前と同じものを頼む。それに、テレビもつけてくれないか」
男が何を言わんとしているのか給仕はすぐにわかった。当然チャンネルもわかる。リモ
コンを弄り、天井隅に括り付けられたテレビが映像を映し出す。WZB(ワールドゾイド
バトル)の放送はメインイベントの時間を迎えた。丁度、劇画調の赤文字が踊ったところ。
『60分一本勝負
チーム・ドプラー VS チーム・リバイバー VS チーム・ギルガメス
疑惑の新人王に正義の鉄槌が下される…!』
最後の一文には功夫服の男も苦笑を禁じ得ない。流石に笑っても何ら詮索されぬ筈だ。
給仕は給仕で呆れ顔。
「この前の試合以来、どいつもこいつもギルガメスの悪口ばかりでさ。旦那に言われなき
ゃあ、あっしも同類になってたかも知れませんがね…」
「そういうものだろう。人を褒めるは難く、貶すは易いものさ。しかし払拭するには本人
が頑張らねばな。どれ、坊やのお手並み拝見といくか」
功夫服の男は給仕の用意したテーブルに着く。流石に店を切り盛りするだけあって近す
ぎず遠すぎず、角度も正面、良い席だ。おまけに折からの不況につき店内も閑古鳥。それ
事態は決して褒められたものではないが、店内の雰囲気は却って落ち着いている。標的の
腕前を観察するにはもってこいの環境だ。
「翼のぉっ、刃よぉっ!」
全身翻れば翼の裏側から双剣展開。地上の旋風と化して蛇皮の竜に襲い掛かる。少年主
従は標的をあの包帯男とそのゾイドに絞り込んでいた。一足一刀の間合いから放つ渾身の
一撃は、華麗に敵の顎に命中したかに見えた。しかし赤き鎧の目前には、鈍い太刀の輝き
が躍り出た。髑髏の竜だ。全身強張らせ、無数に生える紫水晶の剣をいきり立たせる。翼
の刃をがっちりくわえ込み、深紅の竜の巨体を捉えた。
「スパイン・スクリュー」
若者が丁寧にレバーを捌けば、髑髏の竜は早速の前転。民家二軒分程もあるこのゾイド
が同じく二軒分程もある深紅の竜を道連れに転んでみせる。辺りに弾ける土煙、だるまの
ごとく後転を余儀無くされた深紅の竜。シンクロの副作用で少年の背中にも電気が走る。
しかしこの痛みは単なる殴打とは違い電気のように激しい。それもその筈、二匹の攻防を
遠目に見れば、ひっくり返った深紅の竜の翼の根元は一杯にまで広げられている。関節を
逆に曲げられればこういう痛みにもなろうというもの。
痛み堪えて少年はレバーを捌く。応じて深紅の竜は片手と片方の翼を地に伸ばす。髑髏
の竜がすぐ側で転がっている間に立ち上がる算段。なれど、巨体が持ち上がるよりも前に
頭上で鈍い赤の閃光が。その間に咄嗟に横転してうつ伏せになる深紅の竜。つい先程まで
暖めていた土の床が、鎌のごとき長い爪でかき乱される。蛇皮の竜が仕掛ける追撃は執念
深い。透かさず長い尻尾を使っての廻し打ち。深紅の竜は休む間もなくうつ伏せから仰向
け、又うつ伏せへと横転を繰り返す。
肩・腿・脛の側面から、光の粒を吐き出し深紅の竜は転げ回る。同じ横転でもマグネッ
サーシステムの推進力を用いれば速さは段違い。蛇皮の竜の追撃を振り切り立ち上がり、
翼を水平に構え直して間合いを維持するが、奇妙な展開に少年は首を傾げた。
「先生、これはもしかして…」
「もしかするわね。もう一度仕掛けて御覧なさい。なるべくデスレイザーの側面からよ」
成る程と頷く少年。今、二匹の竜は横並び。左に髑髏の竜、右には蛇皮の竜が。ならば
と地を蹴る深紅の竜。目指す角度は蛇皮の竜から見て左側面。唸る右の翼、展開する双剣。
蛇皮の竜が反応するよりも早く、双剣の一撃の前に躍り出たのは髑髏の竜だ。又しても
全身より生えた紫水晶の剣をいきり立たせると双剣をがっちり受け止め、そして前転。深
紅の竜は巻き込まれて後転、背中を打ち付けられる危機の到来。しかし流石に少年は予想
通りといった表情でレバーを捌く。残る左の翼と左腕が広がり、背中を打ち付けた時には
十分にダメージを拡散した。綺麗な受け身が成功すれば続く追い討ちへの対処も速い。間
を置かず立ち上がるとその頃には降ってきた蛇皮の竜に対しても、相手の手首をがっちり
掴んで投げ飛ばす。
土砂の柱が立ち、埃が舞う。その中心には横倒し去れた蛇皮の竜の姿。形勢逆転の好機
かに見えたが、夢を見るのはまだ早い。今度はすぐ傍らで前転を決めた髑髏の竜が懐に飛
び込んできた。少年は戦慄。髑髏の竜に一方的に組まれたら、待っているのは。
「『バイオ・ヴォルケーノ』狙いかよ!」
長い両腕を前方に伸ばす髑髏の竜。強敵の胴体を抱えれば形勢は一気に傾く。そうはさ
せじと深紅の竜、両腕で相手の両肩をがっちり掴み、引き寄せる。翼を水平に傾けると側
面で相手の両腕、両脇を乱打、乱打。頑強なゾイドの身体も側面には隙が多い。長い両腕
をじたばたともがき始めた髑髏の竜。支え棒が役に立たなくなれば押し返すのも楽だ。短
い両腕を一杯に伸ばす深紅の竜。己が身長の数倍程も後方に追いやられた髑髏の竜は、そ
れでも後方に転ぶことなく構え直す。その後ろでは、既に蛇皮の竜が立ち上がっている。
辺りに砂塵立ち篭める中、再び翼を水平に構え直す深紅の竜。今度はより低く身構える。
身体能力の爆発を溜め込む姿勢は容易ならざる形勢を思ってのこと。
少年はやるせない気持ちで一杯だ。蛇皮の竜デスレイザー目掛けての仕掛けは二度が二
度とも髑髏の竜ヴォルケーノに阻まれた。その上でデスレイザーの反撃に繋がっている。
そして、彼らが牙を交えることはない。三すくみではない、二対一なのは明らかだ。
「アルンさん、どうしてドプラーなんかと組むんですか!?
僕達の試合を潰した張本人でしょう!」
「言った筈だ、『次にぶつかる時は試合と思うな』と」
若者が応えるまでにはレバーを捌き終えていた。髑髏の竜が中腰のまま両腕をだらりと
下げれば、腿より生えた鶏冠よりたちまち放出される光の粒。重心を前方に乗せれば赤き
槍と化して深紅の竜目掛けて体当たり。紫水晶の剣が至る所より生えた物々しい槍だ。
少年主従は反応が遅れた。ずっと足元に注意を配っていたのだ。同等の体格ならばそれ
なりの踏み込みを決めるに違いないと思い込んでいた。だからあっさりと懐に潜り込まれ
た。上から押さえ付ける髑髏の竜の感触は、痛い。シンクロの副作用で掌が、両腕が灼け
付くように熱い。しかしこの後、髑髏の竜が低い突進姿勢を持ち上げ、あの長い両腕で絡
み付いてきたら…。
(『バイオ・ヴォルケーノ』の餌食だ!)
だから少年は懸命にレバーを左右に揺さぶる。相手の体勢を崩し、地面に叩き伏せれば
必殺技の餌食から逃れられよう。そう思った矢先。
全方位スクリーンの真正面から、襲い掛かってきた巨大な斧。柄の部分より下が長い尻
尾だと気付く頃には、深紅の竜の額に命中していた。
髑髏の竜は長い尻尾を反り返し、先端に括り付けた斧を深紅の竜の額に浴びせた。鮮や
かな奇襲攻撃に仰け反る深紅の竜。両腕の力を容易く失い、仰向けにひっくり返る。鶏冠
の付け根にはZi人の腕が入る程深い傷が刻まれた。シンクロの影響が少年の額にもくっ
きり浮かび上がる。…刻印を両断した流血。鼻を、頬を伝うまでの時間は思いのほか遅く、
それが少年に敗北の足音を連想させてならない。
「よーし、そこまでだアルン! 後は俺に任せろ」
長い両腕を振りかざした髑髏の竜の背後から、声は上がった。両腕を交差する蛇皮の竜。
低い姿勢で祈祷師が天に捧げるような溜めを作ると一転、羽ばたくように開いてみせる。
一方、少年は止血に務めんとタオルを額に当てる。当てながら、足元の先に広がる光景
を懸命に注視(※深紅の竜は仰向けに倒れ、その足より先に強敵が控えている)。全方位
スクリーンは機能していればこんな時でさえ相手の状況が見えてしまう優れものだ。
蛇皮の竜が纏いし赤き鎧が一枚、又一枚と剥がれ落ちる。しかし欠片は地には落ちず、
突風に飛ばされる屋根瓦のように吹き飛んだ。無数の欠片が髑髏の竜の頭上を越えて深紅
の竜へと襲い掛かる。
深紅の竜は透かさず四肢を地面に付けて身を起こそうとするが、そんな余裕など全く許
されない。うつ伏せになるまでには巨体の上に、貼り付いてきた赤き鎧。そのいずれから
も光の粒が溢れている。まさかと少年は目を疑った。デスレイザーなるゾイドは、本体の
みならず鎧までもがマグネッサーシステムで空中浮遊が可能だというのか!?
「B?CASというのだそうだ。もっとも貴様さえ倒せれば名前などどうでも良いがな!」
瓦礫の下敷きになったかのようにもがく深紅の竜。しかしのしかかる赤き鎧は微動だに
しない。反撃の糸口は何処。
(第三章ここまで)
【第四章】
全く、無様なものだ。若者アルンは鼻を鳴らす。…彼を取り巻く闇の真正面に浮かび上
がるのは、深紅の竜ブレイカーが今まさに全身を拘束され、苦痛に呻いているところだ。
人・ゾイド関係なく対戦相手の悲鳴に溜飲が下がる思いを抱こうとは。
ふと、額に感じた違和感。闇がぼんやり明るくなったから、原因はすぐにわかった。後
頭部に手を回し、弛んだバンダナを締め直してやると、又元の闇へと立ち返った。刻印の
輝きがバンダナの下から漏れていたのだ。らしからぬ百面相でも演じて眉や額を動かした
のか。自分の性根を垣間見たようで、若者は憮然となった。今は一時的に共闘するあの包
帯男とゾイドの技を観察してやろう。
両腕をだらりと下げた髑髏の竜を背後に控え、蛇皮「を纏っていた」竜は両腕を振りか
ざす。長い鎌のような爪を羽根のように広げ、又波打つようにくねらせる。赤き鎧を全て
脱ぎ捨てた竜は全身銅色の地味な出立ち。矢尻のような兜を被った頭部は高僧のごとく丸
みを帯びた上に一回り小さくなり、先程までの迫力はない。にもかかわらず、一層の殺気
を放っているのは奇妙な両腕の動きにあるのだろう。己が纏いし赤き鎧を操っていると思
われるその挙動は邪気を放って呪いをかける祈祷師のよう。
頭部コクピット内では包帯男が嘲笑う。
「痛かろう! 重かろう! 数百キロの鉄の塊が、音速の半分程もの速度で全身に襲い掛
かるのだからな! その上『刻印』のシンクロ機能で…ギルガメス、お前は骨まで悲鳴を
上げている筈!
このままゾイドもろとも再起不能に追い込んでやる!」
うつ伏せに倒れた深紅の竜の四肢を、五体を赤き鎧の欠片が締め上げる。拘束の圧力は
欠片が放出する光の粒で伺えた。帚星の勢いにも決して負けぬ長い尾が、深紅の竜の全身
から噴出されているかに見える。奇妙な彩りさえ感じさせる光景は、しかし現実には、ギ
ルガメスとブレイカーの主従を合法的に葬り去ろうという邪悪の開花。
深紅の竜の胸部コクピット内では、少年が悲鳴を上げている。肩から降りた拘束具を越
えて、全身に覆い被さる重力の嵐。…ジュニアハイスクール時代、上級生に逆らってマッ
トにくるまれしこたま殴られたことがあったが、あんなものの比ではない。関節の至る所
まで自由が利かず、逆手に捻り上げられるかのようだ。レバーさえ、まともに握り切れな
い。激痛と脂汗が滑らせる。
「どうしよう、どうすればいいんだ!?」
懸命に歯を食いしばる少年。脱出の好機を何とかして見い出さんと苦痛に身悶えしなが
らも全方位スクリーンを睨む。
「ギル、ギル、聞こえて!?」
女教師の声と共にスクリーンの左側面に開いたウインドウ。女教師の懸命な呼び掛けに
対し、飼い馴らされた犬のように反応する少年。
「エステル…先生…」
「ギル、まだ攻撃を受けていない部位があるわ。ドプラーは必ずそこを狙ってくる」
「攻撃を受けていない部位って…ああ、成る程!」
一方、鎧を纏わぬ蛇皮の竜は両腕を奇妙に動かしながらにじり寄ってくる。包帯男のほ
くそ笑み。
「咄嗟にうつ伏せになったことは褒めてやろう。ゾイドコアの直接攻撃は困難だ。
…だが、的は絞り易くなった!」
鎌のような爪を振りかざす。そのまま降り降ろせば、深紅の竜ブレイカーは絶命すると
誰もが思った。…蛇皮の竜の狙いは深紅の竜の背中。鶏冠に阻まれてはいるがそのすぐ下
に荷電粒子吸入口が隠されている(通常は固い獲物の消化を消化するためそこから粒子を
吸入する)。ここを突けばゾイドコアまで一気の貫通は間違いない。
しかし狙いはあからさまだ。だから師弟はその瞬間を狙っていた。
「ギル、今よ!」
自由が利かぬ身体で、それでも懸命にレバーを引く。神速を誇る深紅の竜は肺活量も半
端ではない。もし蛇皮の竜が手を突っ込もうとした瞬間、深呼吸したらどうなるか? 帯
電した無数の粒子と共に手を引き込まれることになる。ゾイドといえども火傷どころでは
済まない。
だが思惑を、見抜く者もいた。
「待て、ドプラー」
若者アルンが呼び止める。蛇皮の竜は寸前で指を止めた。目前で、流星群が落ちるよう
な無数の光の粒が流れた。鎌のような爪にはたちまち火花が咲き乱れ、熱湯に指を突っ込
んで引き抜くかのように見悶える。…それでも尚、助言は有効だ。コクピット内で包帯男
は唇を歪める。握っていたレバーを離し、火傷で腫れ上がった指を揺さぶる。だが痛がっ
てはいても不敵な笑みには何ら変わりがない。
「荷電粒子か。危うく逆転するところだったぜ」
一方、女教師は思わぬ作戦の失敗にがっくり肩を落とした。一気に血の気が引いたのか、
コントロールパネルの上に肘を立て、辛うじて額を押さえる始末。秘策中の秘策が破られ
た今、愛弟子が敗北する姿を指をくわえて見守るより他ないのか。
彼女の思いなど無視したまま試合は佳境を迎えつつある。
包帯男が早速レバーを押し込めば、蛇皮の竜はしなやかな足で深紅の竜を踏み付ける。
何度も、何度も。背中を、胴体を、腕を、足を。そのたび、少年が上げる悲鳴。勢いは苛
烈を極め、その内にこの強敵に貼り付いた鎧の欠片の上からグイグイと踏み込み始めた。
細めた目は卑しい者を蔑む嫌らしさに満ち満ちている。
「刻印を持っているくせに、堂々と表舞台で活躍する身の程知らずをこの手で始末できる
とはな!」
包帯男の言葉に少年は耳を疑った。全身を激痛が襲い、しかも打開策が見当たらない中、
彼は手掛かりを敵の言葉から探ろうと試みる。
(身の…程…? まさか『表に現れない』刻印の持ち主がもっといるのか?)
「刻印を持っているというだけで、どいつもこいつも化け物扱いだ。ドクター・ビヨーの
実験台にでもならなければ白昼堂々歩くことさえできなかっただろう。
だが、お前は『成功』した! 刻印の持ち主が皆欲しがっていたものをいとも簡単に手
にした挙げ句、平気で見せびらかしやがる。妬ましいことこの上もないわ。
だからギルガメス、お前のような奴は日陰者の恨みを一身に背負ってくたばれ!」
全てを聞き及んで、少年の奥歯が鈍い音を立てた。腹立たしさに歯ぎしりしたのだ。包
帯男ドプラーの直面した闇など知る由もないが、僕が成功者だと本気で思っているのか。
しかし少年が怒鳴るよりも前に(実際にはそんな余裕などなかったが)、蛇皮の竜の背
後から呼び掛ける者がいた。
「実験台とはどういうことだ?」
髑髏の竜の主人だ。若者アルンは只ならぬ形相で闇に浮かぶ二匹の姿を見つめている。
それが包帯男には滑稽に映ったらしい。狭いコクピット内に響く程腹を抱えて笑い始めた。
「な、何がおかしい!?」
「お前もそこのガキに負けず劣らず、身の程知らずだな。
ドクター・ビヨーが慈善事業で俺やお前にゾイドを与えたりするとでも思ったのか?
あの狂った科学者が欲しがっているのは、最強の『刻印の戦士』たった一人だ!
最強ならギルガメスだろうが俺やお前だろうが誰でも構わないのさ!」
髑髏の竜が地を蹴ったのは包帯男の嘲笑が終わったのとほぼ同時。深紅の竜にダメージ
を与えるのが手一杯な蛇皮の竜に、避ける余力はない。蛇皮の竜の背中に覆い被さった髑
髏の竜。剣のような翼をかき分け、切り札である胸元の紫水晶を敵の背中に密着させる。
「馬鹿野郎、離せ!」
「デタラメを言うな! ビヨー先生は、僕の…!」
「恩人か。恩だけ感じて他は何も見なかったことにするつもりか!?」
それだけは、言われたくなかった。認めたら今まで築き上げてきたささやかな幸福が、
全て壊れてしまう。だから若者はレバーを絞り込む。握力がめきめきと音を立て、頬に伝
うものを掻き消していく。
かくて抱え込んだ蛇皮の竜を締め上げる髑髏の竜。鎧を失ったゾイドの身体を壊すのは、
砂場の城を叩くようなもの。胸元より生えた紫水晶がいともあっさりと茶色の体皮を突き
破る。懸命にもがいて振り解こうと試みる蛇皮の竜。
意外にも包帯男は冷静だ。鬱陶し気に舌打ちすると、相棒の背でかたかたと揺れる骨の
翼。覆い被さる髑髏の竜の腕をすり抜けるや、釣り針のような放物線を描いて真っ逆さま。
髑髏の竜の鎧の隙間に突き刺さり、噴出するどす黒い油。両足がもつれるも蛇皮の竜をそ
の腕から離さず、かくて二匹は横倒れ。
盛大な仲間割れは少年主従にとって逃げかけた好機が戻ってきたようなものだ。
(踏みつけが止んだ。拘束も緩くなった。今なら…)
女教師もモニターの向こうでそれを察した。肘を外すとコントロールパネルに両手を打
ち立て、じっと愛弟子の状態を観察。
「…ギル、痛む?」
ウインドウに表示された憧れの女性の容貌に少年は息を呑んだ。すっかり青ざめた挙げ
句、頬には珠のような汗が浮いている。さては額の傷が熱を帯びたのか。原因を悟り、彼
の胸は張り裂けそうだ。しかし、気丈な彼女は目許だけは依然涼しく、向こうから蒼き瞳
の輝きを投げ掛けてくる。だから。
「死ぬ程、痛いです」
苦笑いを浮かべてみせる。気丈には気丈のお返しだ。
女教師は逆転を確信した。痛みのひどさは諸刃の剣であるシンクロが十分機能している
ことを意味する。
「シンクロ率を極限まで高めて、深呼吸なさい。
ブレイカーの代謝能力を引き上げれば、後は…ね?」
瞬きして愛弟子に奮起を促す。最近角が取れたものだと自分でも思う。
少年は安堵した。それに、嬉しかった。女教師が秘策を鬼気迫る形相で語ってこなかっ
たということは、まだその程度のピンチだ。レバーをぐいと握り直す。要領は心得ている。
波の飛沫を斬る特訓で会得した極限の集中力を得るために、今までしてきたことだ。肩の
力を抜き、呼吸を深く、又深く。
深紅の竜の全身至る所にはエラが仕込まれている。背中の荷電粒子吸入口や鶏冠六本は
言うに及ばず、肩・腿・脛、踝や翼の裏側などなど、至る所から磁気を吸い込み、そして
吐き出すのだ。
深く吸って、吐いて。又深く吸って、吐いて。危機的状況であるにも関わらず、気持ち
が落ち着く。いつしかスクリーン中央には照準が表示されていた。必勝の技を繰り出す時
に使うものだ。シンクロ率を引き上げるには技を決める時と同様の気合いを発すれば良い。
これも相棒の気遣いだ。
その相棒たる深紅の竜はうずくまったままじっと堪える。それで十分だ。エラを塞ぐ赤
き鎧の欠片が一つ、又一つ外れていく。そのたび土砂に突き刺さり、鈍い音を立てて。
古の武術の達人がギルガメスなる少年の呼吸を見た時、どんな評を下すのだろうか。そ
んな興味が浮かぶ程まで、深い息吹き。いつもこんな調子で試合ができれば良いのにと、
苦笑いを浮かべる辺りがまだ若いのだが。
エラを塞ぐ欠片が落ちた時、すっくと立ち上がった深紅の竜。両腕で肩を書き、両の翼
をはためかせる。かさぶたのように、ことごとく地に落ちた鎧の欠片。
裏切りにもつれ合う二匹の竜も又、迎えた佳境。横倒れになるも、蛇皮の竜の背中に覆
い被さったままの髑髏の竜。その背中には長剣と化した骨の翼が突き刺さっている。ダメ
ージが再現されて唇を噛む若者アルンだが、それでも勝利を確信していた。
「バイオ・ヴォルケーノさえ決まれば…!」
そう、相棒たる髑髏の竜の胸元より生えた紫水晶の剣はとっくに相手の背中を突き破っ
ているのだ。だから彼は、レバーを引く。…それで十分な筈だった。鍵をこじ開けるよう
に、胸元の剣が二つに割れようとするが、技の完成はあくまで予定だ。
今一度、背中を走った激痛。目を剥く若者。背後を睨む。闇の中に浮かんだ映像は蛇皮
の竜の長い鎌のような爪を表示しているではないか。よく見れば、爪は手首より上がない。
「B?CASは鎧や翼だけだと思ったのか? お人好しが!」
嘲笑する包帯男。蛇皮の竜は左腕から先が消失し、辺りには光の粒が浮かんでいる。
「それ、もう一本!」
残る右腕が放電音を立てながら外れていく。それを為す術もなく見守りながら、若者は
恐慌状態に陥った。相棒の両腕を捌けば辛うじて右腕や長剣の攻撃を払い除けることがで
きるだろう。だが千載一遇の勝利は文字通り掌からすり抜けてしまうに違いない。迷いが、
さらなるダメージを負った。髑髏の竜の背中に鉈のごとく突き刺さるもう一本の鎌の爪。
一転砂を掘るように抉り始めれば、若者は堪え切れず悲鳴を上げた。この強敵に突き立て
た筈の紫水晶も分割が止まる。
意識が、朦朧としてくる。闇に彩られた部屋がぼんやり明るみを帯びてくる。
(このまま終わってしまうのか…嫌だ…嫌だ…)
頬を伝う涙。若者が呟いた時、浮かんだのは映像なのか、意識の底に眠っていたものか。
『ヴォルケーノは、切り札を持っています』
白衣を着た恩人の姿だ。分厚いレンズの下は眩しくて表情が伺えない。
(切り札…?)
『絶体絶命の危機に及んだ時はそれを使いなさい。良いですか、『絶体絶命』ですよ…』
ずり落ちたバンダナ。すっかり輝きが落ちていた刻印は輝きを失いかけた蓄光塗料のよ
うだ。それが再び輝きを取り戻した時、若者の眼差しに宿っていた狂気。輝きを失ったま
ま薄笑いを浮かべ、レバーを掴み直すといともあっさり、レバーを引いた。
さしもの包帯男も敵のコクピット内に起きた異変までは気付かない。
「この甘ちゃんを片付けたら、泣き虫のガキもさっさと始末してやる。ドクター・ビヨー、
悪いがあんたの思惑通りには…な、何だ!?」
不意に発生した熱源がモニターに表示され、若者は声を失った。相棒の背後、今や瀕死
の宿敵からだ。と、それを認知した時には背中が焼けるように熱い。
「馬鹿な、『バイオ・ヴォルケーノ』は封じた筈だ!」
それが最後の言葉となった。
髑髏の竜が抱え込んだものは懸命にもがきながらも見る間に白熱化していく。爆音が響
き、そして四散。しかしそれだけで事態は済まなかった。熱波が試合場の土を削り、遥か
向こうでそびえるコンクリートの壁にまでぶち当たる。
狭い試合場内に響く爆音。命中半径は我らが深紅の竜の体格程度しかないが、破壊力に
対する言い訳になどならない。辺りには硝煙が立ち篭め、そして光が差し込んでくる。…
熱波はここバクパラ・スタジアムのゾイドバトルに耐え得る強固な壁をぶち抜いたのだ。
むくりと起き上がった髑髏の竜。両腕に抱えた残骸を打ち捨てる。鉄屑が濛々と土埃を
巻き上げる中、背中を掻き、突き刺さった長剣や爪を払う。
その傍らでは、深紅の竜が息吹を吐いて立ち上がっていた。
かたや、艱難辛苦を堪え切ってみせた竜。
かたや、狂気の武器を手にした竜。
二匹の赤き竜が見合って済む時間などそう長くはない。
ブザーが鳴る、サイレンが響く。前者は試合終了の合図だ。チーム・リバイバーのゾイ
ド・髑髏の竜ヴォルケーノは試合に使用するには余りに過ぎた武器を使用した。レギュレ
ーション違反での反則負けという奴だ。そして後者は…避難の合図。女教師は周囲を見渡
す。辺りには早くもきな臭い匂いが漂ってきた。周囲を取り巻いていたマスコミ共は我先
にと退避していく。何しろここは試合場のすぐ外なのだ。コンクリートの壁を貫通する武
器の使用が確認されたため、ここは一転して危険地帯と化した。
「ギル、ギル、聞こえて? 試合は終わったわ。貴方の勝ち。だから逃げて」
女教師はきっぱりと告げた。無用な闘いを避けるのは前回とも変わらない。そもそも今
までそういう闘い方を愛弟子に勧めてきた。例え水の軍団が相手でも…いや相手だからこ
そ、生き延びることを優先させた。絶体絶命の危機に及んでも「逃げろ」と告げるのが彼
女だ。今の状況も同じこと。試合は終わってしまった。愛弟子に八百長の濡れ衣を負わせ
た者は既に黒焦げだ。前回、ひどい目にあった対戦相手はそもそも正気でいるかどうかも
疑わしい。これ以上、関わる必要はない。
しかし愛弟子は彼女の意志をいともあっさりと、そして少しだけやんわりと拒否した。
「いや、まだ終わってません」
言いながら、少年はレバーを捌く。応じて地を蹴る深紅の竜。横っ跳び、転げ回り。先
程まで足を付けていた箇所に着弾するや、たちまち土が爆ぜ、墓穴がいくつも掘られる。
熱波を連発する髑髏の竜。無法な攻撃の発射口は胸元の紫水晶。
「あっははは! これが『切り札』ですか、ビヨー先生!」
闇に包まれたコクピット内に咲く狂気の華。若者の額にバンダナはなく、代わりに刻印
がデタラメな色や形に変貌し明滅を繰り返している。トリガーを滅多矢鱈に引きまくれば、
そのたび髑髏の竜の全身より伸びた紫水晶が発光。胸元の紫水晶は開放され、内部より白
い熱波が放出される。凄まじい反動故、放出のたびに髑髏の竜は後方へ滑るが、今や若者
アルンにはそれしきの重力など問題にならない。
「これが実験台の実力ですよ、見ていてくれてますか! …ギルガメス!」
紙が舞うように跳ねる深紅の竜。四肢を付き、翼を水平に広げて着地し身構える。
「アルンさん?」
「ブレイカーは荷電粒子砲、持ってるんだろう? 撃ってこいよ、ほら!」
背筋に感じた悪寒。今の主従には考えられぬ選択肢をいともあっさりと投げ掛けてくる。
ふと、スクリーン右方にウインドウが開く。表示されたのは髑髏の竜の足元だ。土を抉
る踏み込み、そして反動の後ずさり。少年は映像だけ見て直感した。ヴォルケーノなる強
敵が放つ攻撃の「隙」だ。彼の大事な相棒はこれを提示することで、かの若者の挑発に対
し無言で抗議したのだ。
「大丈夫だよ、ブレイカー。僕も考えは同じ。…エステル先生」
眉間に皺を寄せていた女教師は急に呼び掛けられ、モニターに顔を近付ける。
「十五秒よ。それ以上掛かったら承知しないから」
しかめっ面が左方のウインドウ一杯に広がる。少年は申し訳無さそうに頭を掻くと一転、
レバーを握り直す。今や主従一体となった深紅の竜は折り畳まれたバネのごとく身構え、
両足に力を溜める。
髑髏の竜は再び仁王立ち。全身の紫水晶、発光。こじ開けられる胸元の紫水晶。白き熱
波の放出。
「ブレイカー、行くよ!」
発射されたその瞬間、呼吸揃えた主従。怒濤の蹴り込みが土砂の柱を打ち立てれば、一
転して超低空からの滑り込み。狙うは反動で後ずさりする髑髏の竜の足元。この瞬間、強
敵は何もできないからだ。
六本の鶏冠から吐き出される蒼炎。翼を左右一杯に広げ、土埃の飛沫を上げるもそれら
は熱波に掻き消される。ひりひり痛む少年の背中。シンクロの副作用がそこまで感じさせ
る程、深紅の竜は熱波のギリギリ真下をくぐり抜けた。
そして、足元への頭突き。反動を堪えるのに精一杯な髑髏の竜はいともあっさり後方へ
と倒れ込んだ。もしアルンが正気を保っていればこれさえも鉄壁のスパイン・スクリュー
で弾き返していたかもしれない。
熱波の残照が上空へと流れ、試合場上方にそびえ立つ鉄塔を掠める。内部にある客席の
悲鳴がこちらまで聞こえてきた。
もがく髑髏の竜を押さえ付け、のしかかり、そして。
「ブレイカー、魔装剣!」
引き絞った弓のごとく全身反り返すと、額の鶏冠は前方に展開。鋭利な短剣と化すや否
や、竜の巨体は放たれた弓と転じた。急所は敵の胸元で輝く紫水晶の根元。寸分の狂いも
なく突き刺さるとたちまち眩しいエネルギーの放出。辺りに飛び散る稲妻。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
短剣を引き抜いた深紅の竜。後方へと宙返りしての着地。両腕、両翼を広げて反撃に備
えるがその必要はなかった。
髑髏の竜が腕を伸ばす。再び深紅の竜を抱え込むため。だがその夢も露と消えた。上半
身を僅かながら浮かせたものの、やがて力なく崩れ落ちる。
若者の周囲から闇が失せた。と、むき出しになった金属の壁。我に返れば彼を取り囲む
のは鋼鉄の牢獄に過ぎない。若者は茫然自失。取り返しのつかないことをしたと、自覚す
るにはまだ時間が掛かるのか。
強敵の沈黙を確認すると、深紅の竜は無言で踵を返した。とてもじゃあないが、それ以
上のことはできそうにない。少年は思う。一歩間違えればそこで倒れ伏す若者主従と同じ
運命が待ち構えている。それを防いでくれる存在がいて、今の彼は本当に幸せだ。
幸せはいつも通りの低く落ち着いた声でモニターから呼び掛ける。
「ギル、東門から出てきなさい。後の始末は審判団に任せて、さあ」
気がつけば、マスコミは愚か運営サイドの職員もゾイドもすっかり失せていた。一瞥す
ると、女教師はエンジンを吹かす。
抜けるような青空に、美少女は手を翳した。ずっと室内にいた分、自然光は厳しく感じ
られた。
彼女を先導するように白衣の男が進む。二人の左右にずらり並び立って固めるのは純白
の鎧を纏った屈強の戦士達。ヘリック共和国軍の兵士だ。彼らは鋪装された広場を歩く。
辺りには嵐飛竜ストームソーダーや閃竜レイノス、小翅竜プテラスなど名だたる飛行ゾイ
ド群が居並ぶが、彼らが目指すのはそのいずれでもない。
鋼鉄の棺桶がぽつり、鋪装された地面の中央に佇んでいる。てっぺんからは二本の細長
い翼が伸びており、奇妙な形のゾイドばかりを見慣れてきたZi人なら却って奇異な印象
を受ける。白衣の男がこれを「ヘリコプター」と呼んでいるのは第十二話で御覧の通りだ。
「お待ち下さい、ドクター・ビヨー」
呼び止められた白衣の男。振り向けば将校と思しき制服の男性が駆け寄ってきた。
「如何が致しましたか?」
「チーム・リバイバー、チーム・ドプラーが敗れました」
白衣の男は無表情だ。但し数秒間は言葉を選んでいるかのようにも見えた。
「わかりました。早速次を手配しておきましょう」
一礼する白衣の男。敬礼して返す将校。周囲の兵士に敬礼しながら戻る彼の背中を見て、
美少女は呟く。
「あの坊やか…」
白衣の男はこの期に及んでさえ、表情が変わらない。
「坊やはまだ沢山抱えております」
美少女はクスクスと笑い出した。
「ははは、そうか。私に釣り合う坊やが出てきたら面白いな」
功夫服の男が食事を終えた時、既に試合それ自体は終了していた。深紅の竜ブレイカー
対髑髏の竜ヴォルケーノの決着は、最後のスープをすすり終えた時点で決まった。
傍らでは給仕も立ち見しつつ共に観戦していた。不景気続きで食堂は閑古鳥故、他に大
して来客はなかったからだ。試合が決着すると給仕は「おお」と唸り、戦闘が決着すると
「大したもんだ」と驚いた。
「流石に男の子でしたね、旦那。今度は逃げないどころか正面から見事ぶつかった」
「男ならかくありたいものよ。さて…」
やおら立ち上がる功夫服の男。伝票を手にしつつ。
「今日も美味しかったぞ。又いつ食べに来れるかわからんが…」
「えっ、そんな、つれないことを言わないでおくんなさい」
「旅をしながら仕事をしているのでな。又立ち寄った時は寄らせて頂こう」
言いながら伝票と代金、そして妙な紙切れを渡す。ゾイドの定期便切符並みに小さな指
二本文程の紙切れだ。
「おや、これは…」
「チップだ」
威勢の良い「毎度あり」のかけ声を背に、暖簾をくぐる功夫服の男。
給仕は紙切れの正体を一目見て賭けゾイドの投票券だとわかった。額面を見て目を丸く
する。賭けの内容は先程の試合。あの男は迷うことなく勝者をチーム・ギルガメスと予想
してみせた。成る程、言うだけのことはあった。だが問題は賭け金だ。額面を見て素頓狂
な声が上がる。
「せ、千ムーロア!?(※1ムーロア=百円程度) 倍率は…」
中継に耳を傾け、給仕は声を失った。
「いつの間に百倍、越えてた…おーい、母ちゃん! 当たっちゃったよ!」
腹這いになった深紅の竜。胸を張ってみせると胸部コクピットが開き、中から少年が降
りてきた。額にはタオルを当て、止血に務めている。痛々しい表情を見兼ねたのか、それ
とも単純に甘えたくなったのか。深紅の竜は鼻先を近付けてきた。少年は呆れながらも快
くキスに応じてやる。
そこに、群がる報道陣達。何しろ先程の惨事でこれより後の試合は中止が確定した。ま
ともに取材できるチームが彼らに限られてしまった以上、食い下がるのは当然のことだ。
しかしそこは保護者二名が許さなかった。車体を四十五度に傾けての旋回滑り込みで、
華麗に割り込んできた女教師。周囲を見渡すと一転、切れ長の蒼き瞳で睨み付ける。これ
だけでも失神する者など出そうだが、深紅の竜が鼻息荒く、左腕で師弟の前に囲いを作る。
竜の意図をすぐに察した女教師。早速ビークルの車体を反対に傾ける。その向こうでもう
もうと舞い上がる砂埃をあっさり防御した。報道陣はもろに砂埃を被って退散と相成る。
愛弟子の元へと近寄っていった女教師。深紅の竜と見合わせると口元抑え、ぷっと吹き
出す。少年は目を丸くするが、満面の笑みとまではいかない。女教師もそれを察したが、
出る言葉は厳しい。
「アルン君はゾイドバトル連盟本部まで連行されて、尋問に掛けられるわ。
内容次第では刑事事件として告発されることでしょう」
「そうですか…」
結局は浮かない顔をする少年。女教師は溜め息をついた。
「最後の最後まで、試合をやり通したでしょう? 貴方は精一杯気持ちを伝えたわ。
あとは、受け取る側の問題でしょう。それとね…」
おもむろに、少年の両頬を押さえる。ひんやりした指の感触に何事かと急激に心臓が高
鳴ったが、すぐにそれが気の迷いだと思い知らされた。両頬に走った電撃、見事につねら
れた。いささか、ムッとしているようだ。
「ハラハラしながら見てる人だっているんだからね?
対戦相手以外にも、少しは気を使いなさいよ。ねえ?」
最後の呼び掛けは頭上で見守る深紅の竜に対してのもの。竜も頷きの嘶きで返すものだ
から、少年は頭が上がらない。それでも、今日はこのままで終わって欲しかった。
月相虫グスタフが試合場内まで乗り入れる。搬送用のトレーラーを引っ張りながら。そ
の上に、ぐったりとなった髑髏の竜が小型ゾイド数匹掛かりで引き上げられる。問題のパ
イロットは傍らで、医師数人に介抱されているところだ。あの球体のようなパイロットス
ーツは既に脱がされており、Tシャツとトランクス一丁の状態で担架に乗せられている。
若者アルンは呆然たる表情のまま。意識の有無は、いやそもそも生きているのか。
「アルンさん、アルンさん、聞こえますか?」
声に応じ、ゆっくりと眼差しを広げる。青空が眩しい。
「ここは…」
「バクパラ・スタジアムですよ。
貴方をこれから病院まで移送します。先程の試合について体調が回復したら尋問を受け
ることになるでしょう。ですが入院中は一切の面会を拒否することができます」
「…ありがとう。ヴォルケーノは?」
「連盟の格納庫に搬送され、治療と検査が行なわれることでしょう。
危険な武器は取り外されます。貴方の処分次第で引き渡しなどの処置は決まるでしょう」
ゆっくりと担架が引き上げられる。患者はグスタフのコクピット内へと収められる。ト
レーラーに積まれた相棒は生死の見当もつかない。だがふと、ピクピクと動いた腕の爪。
若者は朦朧たる意識の中、相棒の命に微かな望みを抱いた。それが頬を伝って流れ落ちる。
例え禍々しい武器を備えていたとしても、共に戦い抜いてきた相棒なのだ。
もし自分があの時、狂気に駆られたまま勝ちを収めたとして、少年に同じ気持ちを抱か
せることができただろうか?
まだ再戦など口にはできない。いやそもそもゾイドウォリアーの免許を剥奪されるかも
しれない。だがそれでも、もう一度彼の前に立ちたい。
西門をグスタフがくぐり抜ける。対戦相手に見守られることもなく、彼らはゆっくり搬
送されていく。荒野に出て、グスタフが加速を開始。重力を感じ始めた時、若者は天井を
まじまじと見つめた。真っ白な天井。彼が目にした最後の情景は、天井が瞬く間に焼けた
だれていく様子だ。
「チーム・リバイバーが襲われたって!?」
声を聞き付け、二人と一匹が背筋を強張らせる。顔を見合わせると少年は立ち所に胸部
コクピット内に乗り込み、女教師はビークルに飛び乗る。西門の方角。なら出れば目前に
荒野が広がっている。見渡すだけで一目でわかる。
案の定、爆炎が上っていた。グスタフも、トレーラーに積まれた髑髏の竜も燃え盛って
いる。…ゾイドの体液は油だ。火が燃え移ったらどんな事態になるのか、読者の皆さんに
も想像はつくだろう。小爆発を繰り返し、辺り一体が火の海になるのに時間は掛からない。
少年は吠えた。
「アルンさん! アルンさん!?」
女教師の駆るビークルが上空からの旋回を試みる。しかし爆風の激しさは彼女と言えど
も容易には近付けない。モニターを睨みつつ、彼女は首を横に振らざるを得なかった。
「ゾイドのフレームまで焼けただれてるわ。これでは、もう…」
「ええい、それなら…!」
若き主人の固い決意が伝わり、深紅の竜も意志を固めた。自らの傷もひどい。引火の危
険だってあるが、そんなことは言っていられない。
上空へ躍り出る深紅の竜。真上から狙いを定める。グスタフの頭部コクピットに見定め、
急降下したその時。
頭部コクピットの遥か前方より吹き上げてきた火炎放射。竜の尻尾程はある太さ、そし
て圧力。たまらず上空へとUターンを余儀無くされる。
「な、何者!?」
ゆっくりとした足取りで、火炎放射の主は現れた。グスタフのコクピットまで辿り着く
と足で踏みつぶしてみせる。…雲の白色した二足竜。人のように直立するも他は曇りがか
ったキャノピー以外、何の特徴も見られない。只一つ、胸元に突き出した両腕には炎が宿
っており、先程と同等かそれ以上の火炎放射を繰り出すに違いない。炎掌竜アロザウラー
の推参。新たな敵の予感だ。
「ギルガメス君、君達はすぐには殺さない。いや、ここまで事態が進行したら殺せないの
だ。芋づるという奴でね」
「何を…言っているんだ?」
キャノピー内でレバーを握る功夫服の男は予想通りの反応とでも受け取った様子だ。
「人呼んで拳聖パイロン。これなる相棒はオロチ。…水の軍団・暗殺ゾイド部隊所属だ」
少年は激しい憤りに駆られた。全方位スクリーンを睨み付けるとウインドウを開かせ、
女教師に呼び掛ける。
「先生、刻印を!」
「馬鹿、あれだけ消耗した後に刻印なんて無茶を言わないで!」
あっという間に怒鳴り返される。それすらも功夫服の男には予想通りとでも言いたげで、
思いのほか紳士的な笑みを浮かべた。
「『何がおかしい?』」
「私はね、より勝算の高い戦闘を目指すのですよ。そして今はその時ではない」
言うなり、白き二足竜の両掌から吹き出した火炎放射。深紅の竜が旋回して避けた時、
白き二足竜は地平の彼方へと駆け抜けていく。しかし追うという選択肢はない。ないもの
の…どうすることもできなかった。グスタフもトレーラーもスクラップと化した上に燃え
盛っている。