自分でバトルストーリーを書いてみようVol.24

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10魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA
☆☆ 魔装竜外伝第十話「引き摺られるギルガメス」 ☆☆

【前回まで】

 不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
 新人王戦に挑んだギル。果てしなく続くバトルロイヤルには狼機小隊・三の牙ザリグ、
四の牙マーガも紛れ込んでいた。死闘の末彼らを倒し、並みいる競合チームをも粉砕した
時、チーム・ギルガメスは優勝した。初めて手にした栄冠。勝利の美酒は、涙の味だ。

 夢破れた少年がいた。
 愛を亡くした魔女がいた。
 友に飢えた竜がいた。
 大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 物語は二十日程前に遡る。絶望に打ちひしがれるより他なかった筈の少年が、身に余る
栄光を手にしたあの日。それより二十日程前の出来事…。

 双児の月は今晩も、山脈を覆う木々の連なりをぼんやりと照らしていた。仲の良い姉妹
の女神は惑星Ziの勤勉なる者に対し、平等に恩恵を授ける。それが例え一個人の誅殺を
目的としているのに過ぎないとしてもだ。
 だから薄闇夜の静けさを、衣裂くような音を上げてかき乱す輩さえ存在し得る。ひとた
び響き渡ればたちまち空気が軋み、地の底を揺らす。それがもう何度繰り返されたことだ
ろう。
11魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:15:47 ID:???
 音の続く先には竹林が広がっていた。緩やかな傾斜は、叩き伏せられた幾本もの青竹に
より一歩踏み入れることさえ危うい。その先で、傍若無人の振る舞いを黙々とこなすのは
弁髪の巨漢。長刀を両手で握り締め一本、又一本と竹を薙いでいく。まるまる肥えた図体
の持ち主なれど、その剣技には僅かなよどみも見受けられない。よれよれのパイロットス
ーツを傍らに打ち捨て、上着は黄ばみ汗で濡れたシャツ一枚のみ。その上からは蒸気が立
ち篭めている。
 人ならば死屍累々と形容すべきだろう、青竹の残骸を太い足で踏み付けやがてふと動き
を止めた巨漢。細く鋭い眼差しの向こうにそびえる竹は一際太く、青い。巨漢は生来の宿
敵に見立てるかのごとく長刀を最上段に構える。
 雲が風に流され、月明かりを隠すがそれも十数秒。再び月が顔を表わし、竹林を青く浮
かび上がらせるや否や巨漢は毬のごとく大地に踊った。
 着地と、袈裟掛けの一刀両断はほぼ同時に起きた。だが巨漢の動きは止まらない。首を
ぐいとひねる。長い弁髪が伸びたかと思えば先端に結び付けられたるは鋭利な刃物。弧を
描いて竹の幹に襲い掛かる。それと同時に巨漢の右腕は長刀から離れ、腰から短刀を引き
抜いていた。
 二本の刃物が続けざまに竹の幹に斬り付けられる。瞬きする程度の時間を経たその脇で、
辺りが軽く揺れた。最初に両断された竹の片割れが、ようやく大地に伏せたのだ。弁髪を、
短刀を引き抜き鞘に戻す巨漢。長刀を構え直すとしばしの残心。身じろぎせず吐いた息吹
で夜の帳がひとしきり震えた後、ようやく辺りは静寂に包まれた。
「群狼剣、お見事」
 巨漢の後方から聞こえた嗄れ声。しかしながら巨漢は何ら驚きの表情を見せない。
「ジャゼン、奥義の盗み見は感心しないな」
 影が伸びるように姿を表わしたのは、パイロットスーツの襟を立てて顔半分を覆い隠す
奇怪な男。猫背の上に両腕が極端に長く、腰には鞭二本を釣り下げている。狼機小隊五の
牙・ジャゼンの登場は誠に神出鬼没。
「デンガン、うぬの剣技を真似できる者などそうはおらぬだろう?」
 ジャゼンにそう呼ばれた弁髪の巨漢はゆっくり長刀を腰の鞘に戻した。狼機小隊一の牙
とも別称される男は背後より聞こえる褒め言葉にも何ら満足した様子を見せない。
12魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:16:36 ID:???
「剣技は、な。だがゾイド戦は如何せん、パワーが足りん」
 歯ぎしりの鈍い音さえ闇夜に響く。チーム・ギルガメス抹殺の密命を帯びた狼機小隊は、
正体不明の鋼の猿(ましら)主従に妨害された。デンガンは生身で、そしてゾイド戦で立
ち合ったが前者はともかく、後者では結局破れ去った(第八話「裏切りの、刃」参照)。
彼は言葉を続ける。
「我ら狼機小隊が乗りこなす狼型ゾイドは機体も軽く、長旅に適している。それがあの時、
裏目に出た。せめて当たり負けせぬパワーを我が相棒が備えていれば、クナイを死なせず
に済んだかも知れぬ…」
 デンガンの細長い瞳が赤い。この弁髪の巨漢、暗殺稼業を営みはするがもともとは気の
優しい好漢なのかも知れない。
 ふと右脇から差し伸べられた長い腕。赤い瞳で掌に掴まれたものを見つめるや否や、彼
は血相を変えて振り向いた。左腕だけの、長く白い手袋。甲の部分全体を覆うように、緑
色に輝く円形の計器が埋め込まれている。
「Ziコンガントレット! こんなものを何故うぬが…!?」
「野暮なことを聞くな。うぬの剣技と同じだろう?」
 剣の達人デンガンは奥義を盗み見られることによって弱点が解明されることを嫌った。
ジャゼンも又特殊な武器(二人の会話を聞く限りそうらしい)の出所が万が一敵に漏れる
可能性を恐れたのだ。もっとも両者の関係に根本的な問題があるとはデンガンと言えど知
る由もない。
「折角手にはしたが、儂の相棒には使い道がない。売り払おうかとも思っていたが、状況
が変わった。儂は万が一を恐れる」
 この時点で三の牙ザリグ、四の牙マーガの双児の戦士はチーム・ギルガメスを打倒すべ
く新人王戦の選手として試合会場に潜入したところだ。彼らが破れたら残る戦士で総攻撃
を敢行せざるを得ないだろう。その時のためにジャゼンは仲間であるデンガンにこそ使い
道のある武器を託した…表向きの理由はそんなところだ。
「かたじけない、恩に切るぞ」
 託された白手袋を握りしめると剣の達人は深々と一礼した。

13魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:18:28 ID:???
 月光を浴びた狼は歓喜の雄叫びを上げた。勿論この狼も金属生命体ゾイドの一種。体躯
は民家二軒分にも達し、黒い体皮の上に鮮明な赤色の鎧を纏った姿は乾いた光沢が眩しい。
背中には奇妙な箱を背負い、その左右には自身の身長程もある長刀と四肢の長さにも匹敵
する短刀の二本が括り付けられている。人呼んで剣狼ソードウルフ。やはり厳重に覆いか
ぶせられた兜の内、額にだけは広がる橙色のキャノピー。覗いてみれば内部にはあの弁髪
の巨漢が鎮座し、レバーを握っているのが伺える。勿論左腕にはあの白手袋…「Ziコン
ガントレット」なるものがしっかり装着されていた。甲を覆う緑色の計器に浮かび上がる
は無数の光点。それらが徐々に右往左往していく。
「アルパ、気持ちはわかるが落ち着け。うぬの体に適合したゾイドはこの通り、一杯おる」
 デンガンは相棒の名を呼びなだめた。彼自身、レバーを握る両腕が少々震えている。ひ
ょんなことから生まれた勝算。勿論確かなものにするため今一度奮闘が必要だが、それで
もつい先程までの絶望感がこうもあっさりと晴れ渡るとは彼自身、想定外のことだ。
 かくて、赤色鎧の狼は山道を駆ける。一方、その勇姿を山頂からじっと見つめる別の狼
の姿があった。鮮明な浅葱色。体格は先程の赤色狼より下回るがそれでも頭部にコクピッ
トを備え付ける程度には大きい。だが何より特徴的なのがその腹部だ。胸の側に車輪が一
枚、下腹部の側にもう一枚、計二枚抱えている。人呼んで重騎狼グラビティウルフ。
 この浅葱色の狼の頭部は鼻先から目の部分まで青いキャノピーに覆われている。内部に
はあの襟を立てた猫背の男・ジャゼンが鎮座していた。
「上手すぎる話しにはもっと注意しておくべきだな」
 ジャゼンは呟くとレバーを握る。それを合図に浅葱色の狼は踵を返した。

14魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:19:19 ID:???
 さて時間は再び物語の現在時間に戻る。
 湯気が立ち篭める狭い室内。シャワーより噴出する湯の暖かさに、さしものエステルも
特大の溜め息をついた。それだけで今日の疲れが吐き出されたが、湯を浴びる内にここ半
年近くの苦労までもが徐々に抜けていくのを実感する。新人王戦の激闘は、直接試合に参
戦できない彼女をも十分に疲労させた。何しろ試合時間中、彼女の愛弟子は常に直接目の
届かぬところにいたのだから無理もない。その上表向き、平静を装わなければいけない立
場だ。愛弟子と連絡を取る時も、周囲と接触を計る時もそう簡単には崩れない女教師。だ
がその裏で、蓄積する疲労は相当なものがある。
 肩にも届かぬ黒髪が、濡れて道標を指し示す。後を追うように湯水が彼女の背中を、胸
元を這い、流れ落ちていく。だが彼女は心地よいシャワーの愛撫に身を委ねつつも、決し
て切れ長の蒼い瞳の輝きまでも濁らせたりはしない。美貌の女教師は汗を流す間も沈思黙
考を決して忘れないのだ。

 一方、やたらと天井が高く体育館のように広い部屋では不肖の生徒がうめき声を漏らし
ている。
「あ〜そこ、そこ。うん、気持ち良いよ。もっと強く…」
 室内の一角にはふかふかのカーペットが十数畳に渡って広げられている。その上では背
の低い少年が上半身裸でうつ伏せに寝転んでおり、その傍らではパジャマを着た背の高い
美少年が正座して少年の背中をまさぐっている。二人とも湯上がりなのだろう、ボサボサ
の黒髪も赤茶けた髪もしっとりと濡れ、全身から湯気が絶えない。
「ギル兄ぃ、この辺はどうよ?」
 徐々に両手を腰の方へと下げていく美少年。彼にその名前を呼ばれたボサ髪の少年は、
その度うめき声を発している。
「うん。そこも結構、効く。はぁ…」
 恍惚の表情を浮かべるギルガメスの向こうで、不粋な金属音が響いてきた。全身に深紅
の鎧を纏った竜がうずくまっている。民家二軒分程もある体格の生き物が、その長い尻尾
を丸めつつも先端のみしこたま床に叩き付けているのだ。それによく耳を済ませば、口元
から風切るような高い音が切れ切れに聞こえてくる。どうやら声を上げて鳴きたいのを抑
えているようだ。
15魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:20:45 ID:???
「ああもうブレイカー、君はしばらく安静にしてるように先生にも言われてるだろう?
 少しは我慢しなよ」
 そう若き主人に注意され、深紅の竜はふて腐れた様子で四肢や尻尾、背中に生えた六本
の鶏冠や二枚の翼を一層丸め込んだ。これでもかつては魔装竜ジェノブレイカーと呼ばれ
畏怖の対象とされたゾイドではある。
「おやぁブレイカーさん、やきもちっすかぁ? ギル兄ぃも中々隅におけませんねぇ」
「フェイ、余りからかわないで…あひゃひゃひゃ!」
 悲鳴ともつかぬ笑い声を耳にして、深紅の竜は首と上半身を持ち上げた。視線の向こう
で展開される光景に堪え切れずピィピィと、抗議の鳴き声を上げる。
 フェイと呼んだ美少年に脇の下をくすぐられ、悶えるギル。それにしてもこの美少年は
顔芸が上手い。甘いマスクの持ち主ではあるが、今まさに浮かべる笑みは婦女子に悪戯す
る中年男性のそれと大差ない。
「や、止めろってばフェイ…ひゃん! ブレイカー、君も静かに…きゃあ!」
 若き主人の注意は全く説得力がない。彼自身が一番楽しんでいるように見える。冗談じ
ゃあないと深紅の竜はもう一方に視線を投げかけた。そこには竜よりもひと回り体格の大
きな鋼の猿(ましら)が胡座をかいている。赤銅色した皮膚の上に纏うは鋼鉄色の鎧。常
ならば右肩に乗せる筈の大砲や、背中に背負い込むミサイルが二本刺さった得体の知れぬ
鉄の箱を足下に置き、その上に長い両腕をだらりと下げ被せている。人呼んで鉄猩(てっ
しょう)アイアンコング。
16魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:22:15 ID:???
 美少年フェイを主人と仰ぎ、彼に「ガイエン」と呼ばれるこのゾイドに対し、深紅の竜
は抗議と同意を求める視線を必死に浴びせかけた。だがこの人によく似たゾイドは意に介
する様子を全く見せない。それどころか大砲を抱えると鉄の箱を枕にしてゴロリと横にな
ってしまった。非常に多くのゾイドにとって、Zi人の営みなど関心のないことだ。だが
このしぐさは少数派である深紅の竜をひどく失望させた。絶対安静を命じられた竜からす
れば、この鋼の猿(ましら)が不埒な美少年に嫉妬し引き離しでもしてくれなければ当分
彼の主人といちゃついているに違いない。竜はますますふて腐れてうずくまり、前肢の長
い爪で鉄の床に「の」の字を書き連ねた。勿論本気で力を込めたら生理的嫌悪感を発する
金属音で主人に又叱られるので相当手加減する辺り、誠にいじらしい。
「みんな、お待たせ」
 少年二人を越えた一角から聞こえた女性の声に、深紅の竜は最後の助け舟がやってきた
とばかりに歓喜で鳴いた。竜の予想通りだ。フェイは立ち上がって恐縮し、ギルは慌てて
上半身を持ち上げTシャツを着始める。
 エステルだ。美貌の女教師は上下を地味な灰色のジャージで包み、まだ乾き切らぬ黒い
短髪をタオルで拭っている。しかし他人なら何とも生活臭溢れる格好でも、姿勢を崩さず
長い両足で軽やかにモデル歩きをやってのけるのが彼女だ。どんな格好でも美女は美女。
「フェイ君、ありがとう。ギルのマッサージまでしてくれるなんて助かるわ」
「いやぁ、大したことないですよ。今日はエステルさんもリラックスして下さい」
 一方ギルは、Tシャツから首半分まで出しながらじっと二人の会話を見つめていた。湯
上がりの女教師は艶やかだ。その上フェイと合流するまでは湯上がりでも素っ裸のまま平
気でキャンプ内を歩いていた彼女が、今は普通に衣服を着ている。やはり彼としては、気
になる女性はそれなりに慎ましやかであって欲しい。そして願わくば、目前の美少年がこ
なしているようにごくごく自然に気持ちを伝えたいものだ。そう、自然に…。
 ふと、後頭部をつつかれたギル。慌てて振り向けば、深紅の竜が長い指を伸ばしていた。
少しは妬ける気持ちがわかったかとでも言いたげだ。ばつが悪そうに、少年は頭を掻いた。

17魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:23:04 ID:???
「さあ、お味はどうよ?」
 フェイの自信満々な問いかけ。師弟は返事する時間さえ惜しいとばかりにパンをかじり、
シチューをすすっている。沈黙こそ、この美少年が披露した料理の腕前に対する確固たる
賞賛の証だ。
「やるじゃない、フェイ君。私なんかより全然…」
「いやぁ、そんなことないっすよ〜」
 もう半年以上も女教師の料理を味わっているギルは、彼女がお世辞など一言も発してい
ないことに気付いていた。驚くべきはバゲットの硬さだ。幸いにして虫歯のない少年は皮
のより硬いパンを好む。女教師が少年の好みを何度も確認して覚えた焼き加減を、この美
少年はいともあっさりコピーしてきた。味わいながらも彼は、美少年に料理の腕前だけで
ない何かが見え隠れしてならない。それはゾイドウォリアーとして、いや広くゾイド乗り
として必要な何かだ。
 ところでゾイドまでも含めた彼らが落ち着くこの無闇に広い部屋は、新人王戦の開催さ
れたアンチブルの、とあるホテルの一室だ。それもゾイド乗り限定だが「スウィートルー
ム」と呼べるレベルの代物である。新人王戦にチーム・ギルガメスが見事優勝を遂げたの
は読者の皆さんも御存知のことだろう。普段不肖の生徒を厳しく叱責する女教師も流石に
鬼ではない。この日の晩はゾイドも雨風に晒さず落ち着いて戦いの疲れを癒すこととなっ
た。ギル達のくつろぐ一角には絨毯が敷かれ、テーブルとベット三つが並べられている。
反対の一角ではゾイドが真っ平の鉄の床で寝転ぶことができる。三人が夕食を続ける一方、
深紅の竜はと言えば二、三畳程もある盆上に煮えたぎる鉄塊を美味しそうにすすっていた。
これは人で言うところの粥に等しい。絶対安静を告げられている以上、自慢の顎で小型ゾ
イドを噛み砕き、喉の消化器官で溶かす…などの芸当は控えねばならない(所謂ジェノザ
ウラーの亜種とされるゾイドで良く見られる荷電粒子砲のことだ)。一方鋼の猿(ましら)
は口を開け、人の数倍程もあるタンクにチューブを差して吸っている。ゾイドの種類が違
えば食生活も全く異なるのだ。
 談笑しながら食事を進める三人。それも終焉を迎えた時、最初に会話を始めたのは女教
師だった。もっとも聡明な彼女らしく、用件は二言三言で済んだのだが。
18魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:24:52 ID:???
「ごちそうさま。フェイ君、今日は本当にありがとうね」
「いえ、こちらこそ。気に入って頂けて光栄です。又いつでも作りますよ」
「期待してるわ。…ギル」
「あっ、は、はいっエステル先生」
「落ち着いたらテラスに上がりましょう。話したいことがあるの」

 ギルはTシャツの上にパーカーという試合直前と同じ格好でテラスに上がった。それ位
身を固めていても、冬の夜は風呂上がりの体を瞬く間に冷やしていく。背後の窓から下方
を覗き込めば深紅の竜が全身の力を抜き、横たわっている。ごく自然に両者の視線が重な
ると、少年は軽く手を振り、竜は愛想良く尻尾を振った。
「ギル、今日は本当にお疲れ様。そして…」
 傍らで手すりによっ掛かっていたエステル。彼女もジャージの上からコートを羽織って
いる。左手には缶ビールが、右手にはギルが蒸留水をつめる水筒が握られていた。すっと
右手を差し出して告げる。
「おめでとう」
 言いながら缶の底を持ち、ギルの目前に差し出す。少年は女教師の真意を理解すると、
彼自身も水筒の口を缶に近付ける。満天の星空に響く金属音は乾杯の合図だ。勢い良くビ
ールを飲み干していく女教師に対し、少年は少しずつ暖かい蒸留水を呑んでいく。
 それにしても、星空が綺麗だ。天球に思い馳せつつ、手すりにもたれ掛かる師弟。只生
徒の方は、頭一つ以上も負けている身長差が少々悔しい。
「…さて、ギル。呼んだのは他でもないわ」
 女教師の一声は、少年の背筋に電気を走らせた。
「嫌ね、そんな難しい顔しなさんな。怒ったりしないから。
 話しっていうのはね…今後の進路よ。ギル、一度貴方の故郷…アーミタに、戻ってみな
い?」
 目を丸くした少年。今日の試合以上に強烈な不意打ちだ。
19魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:26:02 ID:???
「ジュニアトライアウトを不可解な理由で不合格にされた貴方は、リゼリアのトライアウ
トでは見事合格した。その上、ここアンチブルで開催された新人王戦では優勝までした。
ジュニアトライアウトの汚名など十分返上できたわ。
 だからギル、凱旋しましょう。戻って親御さんや友達に報告したら、ひとまずジュニア
ハイスクールの授業を全うさせましょう」
 ああ成る程と、ギルは理解した。彼は順当に行けば来年の春でジュニアハイスクール卒
業なのだ。今のままだと義務教育を履修し切らずに卒業年齢に達してしまう危険がある。
しかしと、ギルは口籠る。
「帰り…辛いな。何を言われるか…」
 エステルは苦笑し、ギルの肩を軽く叩いた。
「大丈夫。私もついて行くわ。行ってきっちり説明する」
 女教師の眼差しは暖かく、そして頼もしい。常ならば全てを凍てつかせかねない眼光を
放つ切れ長の蒼き瞳が、今は慈愛に満ちあふれている。気が付けば彼女の瞳の奥底にまで
見入っていた少年。二人の間を流れる時間はほんの少しだが、停止していた。
「あ、そうだ。フェイなんですけど…」
 瞳を少々丸くした女教師。
「ああ、そうね。彼にはまだ説明してなかったわ」
「できれば一緒についてきて欲しい。…駄目でしょうか?」
「私にプロポーズする気、満々よ?」
「それは困ります!」
 少々声が大きくなり、少年は誤魔化すように蒸留水を一口含む。
「そうね、やっぱり練習相手は欲しいわよね。じゃあ彼には私が…」
「ぼ、僕から話してみます。これは自分のわがままですから…」
 言うなりもたれ掛かっていた手すりから両手を離す。ぐいと残りの蒸留水を飲み干すと、
小走りにテラスを駆けていく。思い付いたら即実行とは積極的になったなと、女教師は満
足げだ。元々、夢を叶えるために家出までした根性のある少年だから、これが本来の姿な
のだろう。そう言えば心無しか、ひと回り体格が大きくなったような気がすると、彼の背
中を目で追ったその時。
20魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:27:09 ID:???
 不意に、少年の纏うパーカーが揺らいで見えた。思わず数度、瞬きした女教師。最後の
瞬きを終えたその時、彼女は息を呑んだ。
 少年の背中に、重なって見えたそれはもう一つの人影。彼女は凍り付いた。沸き上がる
感情。自ら刻む時間が今、完全に停止している。
 しかし幻は、それを背負った少年の一声でかき消された。
「早速話してみます!」
 再び刻まれ始めた時間。階段を駆け降りていく少年の姿を軽く手を振り、見送る。床を
踏み鳴らす音が遠く離れていくのを確認してから、彼女は缶ビールを握る左手をまじまじ
と見つめた。震えが止まらない。それでも意を決して口に近付けるが、今度は別の箇所が
ほころびた。切れ長の蒼き瞳が見る間に充血していく。臨界に達するのを恐れるかのよう
に胸ポケットからサングラスを取り出し、早々に掛け直す。その上で缶ビールの残りを一
気に飲み干した時、彼女の頬を伝っていったそれは一筋の涙。缶を口元から話すとサング
ラスの中央部を抑え、独り呟く。
「馬鹿ね、エステル。ギルは、ギルよ」
 緩む彼女の口元は、自嘲の微笑みで歪んでいた。

「フェイ! ちょっといい?」
 ギルが室内に戻った時、絨毯の上に美少年の姿は確認できなかった。だが声は、傍らで
胡座をかく鋼の猿(ましら)の方から聞こえてきた。
「どうしたんだよ兄ぃ、そんな大声で…」
 蓋が開くように持ち上がった猿(ましら)の兜。中から顔を覗かせてきた美少年。見れ
ば鼻水がひどいのか、ちり紙を丸めて鼻に詰めている。早速ギルは猿(ましら)の元へ駆
け寄ると大声で女教師の提案、それに自身の意志を伝えた。聞きながら相棒の差し出す掌
に乗って降りてきたフェイは、しばらく腕を組み押し黙っていたがそれも数秒。
「うん、わかったよ兄ぃ。一緒に行こう」
「本当!?」
(これでエステルさんとの愛をより一層深められると言うものだな)
「…何か言った?」
「いやいや、こちらのこと」
21魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:27:49 ID:???
 からかわれているのかそれとも本当によこしまなのかわからないが、ほぼ理想的な返事
が聞けて少年は満足した。だが、美少年の返事はそれで終わらなかった。
「それでさ、兄ぃ。その代わりっていうんじゃあないけどさ、会って欲しい人がいるんだ」
「…どういう人?」
「僕の命の恩人ってところかな。できれば今晩中に会いたいって言ってきてる」
「うん、わかった。どうせ夜が明けたらここを引き払うのだから、すぐに会うよ。それじ
ゃあエステル先生にも…」
「あ、エステルさんには内緒にしておいて」
「えーっ、何でさ?」
「兄ぃの大ファンなんだってさ。だから個人的に会いたいんだって」
 たちまち頬が弛んだギル。彼もまだ年端行かぬ。ファンと言われて嬉しいのは当然だ。
「わかった。それじゃあ会えるようになったら声を掛けてよ」
 少年は又小走りに絨毯の方へと駆けていった。途中、大あくびしていた深紅の竜にはお
休みのキスをちゃんと済ませてから。
 その様子をじっと眺めていた美少年。浮かべた笑みが不意に、悲し気なものに変わって
いたことに彼自身は気付いていなかった。
                                (第一章ここまで)
22魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:29:33 ID:???
【第二章】

 銃神ブロンコの眉間の皺は相変わらず深いが、確固たる自信を見出せつつもある。棺桶
よりは余裕のあるコクピット内、着席する彼の正面一杯に広がる巨大なモニター。写し出
された幾つものシルエット。彼らはこのテンガロンハットを被った中年男性が放つ鋭い眼
光にも、全く臆することなく会話を続けている。
「あいわかったブロンコ殿。して我らは何処に待機すべきか?」
「待機は難しい。日中は大規模なゾイドバトルの興行が催されたのだ。キャンプに滞在す
る選手を警護する名目でゾイドが一帯にひしめいている。当然、獣勇士も暗躍していると
考えられる」
「ならば『集結』でございますな」
「そうだ。警備ゾイドとの接触を避け、ひたすらチーム・ギルガメス抹殺のみを目指す」
「集結時刻は?」
「キャンプの閉門時刻が二十一時だ。夜行性のゾイドは早ければ大概二十二時以降に活発
化する。獣勇士はこの間に作戦を展開するに違いない。
 よって諸君らは、この時間内に集結できるよう調整して欲しい。交戦状態に入り次第、
我らが照明弾を放って現在位置を知らせよう。他に質問はあるか?」
 一名、挙手するシルエットがある。
「例の切り札は、使わないのですか?」
「水の総大将様は既に手を打ってくれた。最悪の事態になれば使おう。他には?」
 今ここで出た「切り札」という語に注意して欲しい。水の軍団の首領・水の総大将が動
いて獲得したというその正体は、本編最後までには明らかになる。
 シルエットは沈黙した。ブロンコは奇麗に切り揃えた鼻鬚や顎鬚を軽く指でなでた。
「なければこれにて解散だ。諸君らの協力に感謝する。惑星Ziの!」
「『平和のために!」
 五月雨のように消えていくシルエット。モニター上にはブロンコ同様狭苦しいコクピッ
ト内に鎮座する猛者二人の姿が写し出された。弁髪の巨漢と猫背の男はいずれもくたびれ
たパイロットスーツに身を固めている。対するブロンコも又いつも通り、長袖のシャツと
ベスト、ジーンズといった出立ちだ。
23魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:30:37 ID:???
「ブロンコ様、無念でございます…」
 最初に呟いたジャゼンの唇は立てた襟に隠され伺えないが、表情とは裏腹な心情の吐露
は残る二人を少々驚かせた。デンガン、そしてブロンコは共に頷くが、自らにも言い聞か
せるように言い放つ。
「仕方がない、ジャゼン。任務遂行のためには我らの誇りなど無意味だ」
「そういうことだ。チーム・ギルガメスは疲労し切っている。千載一遇の機会だ。しかし
獣勇士が加勢するという。ならば彼奴らを封じ込める戦力があれば良い…それだけのこと」
 既に「魔装竜外伝」を何度も御覧の方はおわかりだろう。水の軍団・暗殺ゾイド部隊の
面々は様々な秘術を会得しており、単騎で通常のゾイド部隊の何倍にも匹敵する実力者揃
いだ。そんな彼らだからこそ単騎で仕留められなかった場合の悔しさは計り知れない筈。
だが彼らは今や誇りなどかなぐり捨てて挑もうとしている。テンガロンハットのつばを軽
く持ち上げ、会話を続けるブロンコ。
「幸いなことに、ガイロス公国はともかく『某国』に動きは見られない。今ここでチーム
・ギルガメスを抹殺すれば『B計画』は実行不可能だ。彼らも当分の間動けなくなる。
『某国』さえ封じ込めればガイロスなど蠅のようなもの。いつでも始末できよう。
 だがここでチーム・ギルガメス抹殺に失敗した場合、彼らがガイロスの手に渡る可能性
が限り無く高まる。外交の切り札を手にした彼らが『某国』と手を握ったら…」
 頷く一同。今回彼らの敗北は即、重大な局面に繋がる。それだけは阻止せねばなるまい。
 真夜中の荒野を三匹の狼が駆ける。いずれも双児の月に照らされ金属の光沢を纏ったゾ
イドの一種だ。先行する純白の狼は王狼ケーニッヒウルフ。緑色の瞳をよく凝らして見つ
めれば、主人のテンガロンハットを被ったシルエットがくっきりと浮かんでいるのがわか
る。首の後ろに倒したスコープは有事の際には頭部全面に被さり、もともと優れた視力を
極限まで高めるもの。又、背中には自らの胴体程もある大砲二門が折り畳まれており、両
肩にはミサイルポッドと何とも物々しい出立ち。その上この純白の狼はかの魔装竜ジェノ
ブレイカーと互角の体格を有するのだ。
24魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:31:42 ID:???
 純白の狼の後を鮮明な赤色の狼と、浅葱色した狼が続く。剣狼ソードウルフと重騎狼グ
ラビティウルフだ。両者の瞳を覗き見ればデンガン、ジャゼンの個性的な顔立ちがくっき
り浮かんでいる。
 三匹の後方に伸びる影の尾。足跡と土煙が簡素な装飾を施し、着々と刻まれていくそれ
は地獄への道程だ。

 深紅の竜は顎が外れそうな大あくびをした。若干上半身を持ち上げ十数秒。終わると少
々重い溜め息を漏らす。部屋の片隅のベッドの上に、布団には入らず大の字になっていた
ギルは相棒の眠た気な様子が流石に気に掛かった。
「ブレイカー、大丈夫? 時差ボケ、ひどいの?」
 竜は軽く嘶き、同情を誘った。非常に多くのゾイドは夜行性だ。狩りに都合が良いから
なのだが、Zi人と共に暮らす上でしばしばネックになるのは言うまでもあるまい。その
上新人王戦では早朝から夕方まで戦い続けた。この相棒がいくら伝説的な存在だろうが少
々だらしなく振る舞うのは仕方ないことである。勿論、若き主人もそれは十分承知のこと。
「それじゃあ一緒に寝ようか?」
 望外の戦果だ。竜は小気味良く鳴き尻尾を振った。
 すたすたと近付くギル。小躍りして全身持ち上げようとした深紅の竜だが、主人に「こ
らこら」とたしなめられると改めてうつ伏せ、首と尻尾を行儀良く丸めた。少年もこの相
棒が添い寝を希望する箇所はよく承知している。鼻先に立つと、鉄の床に尻をつけつつも
たれ掛かる。
 少年は胸を、頬を密着させた。鋼の皮膚は冷たいが、しばらくの辛抱だ。
 竜の吐息が、次第に落ちついていく。もしこのゾイドが食べ物以上の好物を挙げるとす
るなら主人の体温であり心臓の鼓動だ。それを鼻先一杯に感じることによって、竜は日中
の戦果以上の満足感を味わっていた。子守唄のリズムで鋼の肌を優しく叩く若き主人。吐
息が、徐々に寝息に変わっていく。
 鋼の皮膚が十分温まった時、少年は身を起こした。巨大なる相棒の寝息は緩く、穏やか
だ。実際のところ完全に寝入っているわけではないが(うつ伏せで寝れば有事には咄嗟に
身を起こせる)、安心振りは灼熱の眼差しから灯火を消してしまえる程だ。
25魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:32:40 ID:???
 その一部始終を、エステルはテラスへと続く階段の上から眺めていた。本当に、良いコ
ンビになったと思う。まだまだ彼女の手助けは必要だが、それでも日常生活ではすっかり
仲良しだ。
「あっ、エステル先生」
 気付いた少年は早速小走りに近付いていく。そう言えば彼女は何故か、星空とはいえ暗
い夜中にサングラスを掛けているが…。
「夜風が目にしみたのよ。それより…そう、それは良かった」
 階段から絨毯へと降り立つ女教師は、テーブルに向かいながら少年の話しに耳を傾ける。
「私からもお礼を言うわ。フェイ君! フェイ君!?」
 足取り軽やかに、鋼の猿(ましら)の方へ向かうが、開かれたままの頭部ハッチから主
人の返事はない。何処に消えたのかと師弟は首をひねる。
「おかしいな、さっきまでガイエンのことを見ていたのに…」
「まあ、いいわ。見かけたら私に教えてね」
 言いながら女教師は気付いていた。鋼の猿(ましら)の様子がおかしい。まるで仮死状
態であるかのように静まり、ぴくりとも動かない。
(装置の大半をオフにしている。こんな夜中にメンテナンス? それとも…)
 嫌な予感が脳裏をよぎる。だが彼女は首を横に振った。
(いくらできる子だからって、それはないわ。エステル、考え過ぎよ)
 一方ギルはギルで、あの美少年は面会を希望する人物を早速連れに行ったのではないか
と推理していた。柄にもなく男と男の約束などと考えていた彼は、自分の考えを女教師に
伝えはしなかった。その判断を責めるのは少々酷なことかも知れない。
 エステルは美少年を待つことにした。テーブルには缶ビールをもう一本、載せている。
祝杯は一本のみと決めていた筈だが、少々自棄に走りたくなっていた。
「ギル、貴方は寝る支度、しておきなさいね」
 少年は生返事しつつ、手洗いに向かう。女教師は新聞をテーブルに広げた。この部屋の
マガジンラックにあらかじめ用意されていた今日の朝刊。当然、日中の試合結果は報じら
れていない。スポーツ面の一角を占める「明日、新人王戦」の見出しを眺めつつ、明日位
は記念に買ってきても良いかもね…と、彼女が何となく考えていたその時。
 ふと、広げた新聞紙の灰色が、橙色に彩られた。

26魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:35:29 ID:???
 普段手を滑らせそうにない完璧な女性が、開封した缶ビールがテーブルに落とした。麦
色の液体と白い泡がぶちまけられ、新聞紙に染み込み、端を伝って零れ落ちる。
 激しい頭痛。エステルは両の掌で頭を抱えざるを得ない。まるで鈍器で殴られたようだ。
 それと同時に、大人しく眠りについていた筈の深紅の竜までもが首をもたげた。急にそ
わそわと周囲を見渡すが、それすら終わらぬ内に女教師同様、頭部を無理矢理丸め込む。
か細い悲鳴を上げつつ耳の辺りを懸命に塞ごうとしているようだ。
 蛍光灯が輝きを失い常夜灯のみで彩られた広い室内に、魔女と竜のうめき声が響く。
「ブレイカー、貴方にも聞こえているのね…」
 女教師は不覚を悟った。古代ゾイド人の五感はゾイドにも匹敵する。だがそれ故に、常
人には聞き取り得ない高周波を耳にしてしまうことだってあるのだ。恐るべきことに今、
彼女と深紅の竜が耳にしているそれは生物を深い眠りに誘う代物。
「催眠音波! 何の、つも、り…」
 蒼き瞳を血走らせ、睡魔を懸命に打ち払おうとする。これは何者かによる奇襲だ。彼女
達が無理矢理眠らされたら残る少年達に太刀打ちできるわけがない。
 愛弟子は何処。そして何故か私を慕うハンサムボーイは。朦朧とする意識を堪え、周囲
を見渡した時、彼女の脳裏によぎった、大胆な仮説。…しかしそれは、愛弟子が猜疑心の
塊になるのを恐れ、彼女自身が頑なに拒んでみせた見解でもある。
 容疑者に抗議と弁明の要求もできず、女教師の上半身はテーブル上に倒れた。直前、投
げかけていた視線の向こうに鎮座するのはあの鋼の猿(ましら)だ。

 足早に戻った不肖の生徒は、滅多に見ない光景を目の当たりにした。悶絶する相棒。全
身を震わせ、短かめの両腕で頭を抱えて必死の形相を見せる。それが得体の知れない睡魔
に抵抗する姿だと若き主人が気付くには、経験がまだまだ浅い。
「ブレイカー!?」
 慌てて相棒の鼻先に駆け寄る。馴染み深い格好と体温を察知し、それだけで深紅の竜は
痛みが和らいだような気がした。健気な相棒は、だから懸命に首をもたげ、若き主人に注
意を促す。己以上に危機的な状態にある女性がいることを伝えなければいけない。
27魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:36:29 ID:???
 しかし竜は、辛うじて傾けた鼻先の向こうを見て凍り付いた。だるい五体を駆使して何
とかして鳴きわめこうとするまで、ものの数秒も掛からない。
 ビール缶が転がり、濡れた新聞紙が広げられたテーブルのみがそこにはあった。少年が
敬愛して止まぬ女性がさっきまでそこにいた筈だ。
「ブレイカー、エステル先生は!?」
「審判団から呼び出されたって」
 たった数秒の間に二度も鼓動が高まった。ギルの背後より忍び寄った声は、もう大分聞
き慣れているが不意打ちとしては十分だ。ばつが悪そうな表情で少年は向き直す。
「フェイ、脅かさないでよ…。それより、審判団?」
「うん、昼間の試合について色々確認したいんだって。迷惑な話しだよな…」
 そう言い掛けたところで深紅の竜が甲高く鳴いた。警笛を吹くような小刻みの響きは断
固たる抗議の意思表示。なれど若き主人はそこに思い当たろう筈がない。
「うるさいよ、ブレイカー。水の軍団の件だよな、やっぱり…だからうるさいってば!」
 若き主人に怒鳴られて、竜はしぶしぶ押し黙った。落胆しているようにも見えるが、主
人は主人で何をそんなにこだわっているのだろうと首を捻る。
「泡喰って出て行ったのかな…仕方ない、テーブルは僕が片付けよう。ああ、ところで
『会って欲しい人』は?」
 ふと背中に感じた微風はギルの問い掛けに応えるかのようだ。彼は背筋をこわばらせた。
さっきまで正面だった方角には誰もいなかった筈なのだ。と、同時に絡み付いてきたそれ
は石鹸の甘い香り。いたいけな少年の心を虜にしかねない誘惑の鎖に、彼は溜まらず背後
を向き直す。
 黒髪を破天荒に結い上げた美女。背丈は少年より拳一つ程高い。少々ふっくらとした顔
立ちに、施された化粧は何とも艶やか。白地に金銀の模様を施した豪勢な着物を纏い、ス
リットから見える太腿は漣(さざなみ)のごとき緩やかな曲線で描かれている。その風貌、
古代の絵画より浮かび上がった天女のごとしと言うべきか。
 ギルは今や敬愛する女性以外の存在が原因で鼓動を高まらせているが、それをを自覚す
るには経験がなさ過ぎた。そんなことだから目前の相手が、拘束具の形状に宝石をちりば
めた首飾りをつけて大事な部分を覆い隠していること自体、気付くわけがなかった。
28魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:37:54 ID:???
 しかし竜は、辛うじて傾けた鼻先の向こうを見て凍り付いた。だるい五体を駆使して何
とかして鳴きわめこうとするまで、ものの数秒も掛からない。
 ビール缶が転がり、濡れた新聞紙が広げられたテーブルのみがそこにはあった。少年が
敬愛して止まぬ女性がさっきまでそこにいた筈だ。
「ブレイカー、エステル先生は!?」
「審判団から呼び出されたって」
 たった数秒の間に二度も鼓動が高まった。ギルの背後より忍び寄った声は、もう大分聞
き慣れているが不意打ちとしては十分だ。ばつが悪そうな表情で少年は向き直す。
「フェイ、脅かさないでよ…。それより、審判団?」
「うん、昼間の試合について色々確認したいんだって。迷惑な話しだよな…」
 そう言い掛けたところで深紅の竜が甲高く鳴いた。警笛を吹くような小刻みの響きは断
固たる抗議の意思表示。なれど若き主人はそこに思い当たろう筈がない。
「うるさいよ、ブレイカー。水の軍団の件だよな、やっぱり…だからうるさいってば!」
 若き主人に怒鳴られて、竜はしぶしぶ押し黙った。落胆しているようにも見えるが、主
人は主人で何をそんなにこだわっているのだろうと首を捻る。
「泡喰って出て行ったのかな…仕方ない、テーブルは僕が片付けよう。ああ、ところで
『会って欲しい人』は?」
 ふと背中に感じた微風はギルの問い掛けに応えるかのようだ。彼は背筋をこわばらせた。
さっきまで正面だった方角には誰もいなかった筈なのだ。と、同時に絡み付いてきたそれ
は石鹸の甘い香り。いたいけな少年の心を虜にしかねない誘惑の鎖に、彼は溜まらず背後
を向き直す。
 黒髪を破天荒に結い上げた美女。背丈は少年より拳一つ程高い。少々ふっくらとした顔
立ちに、施された化粧は何とも艶やか。白地に金銀の模様を施した豪勢な着物を纏い、ス
リットから見える太腿は漣(さざなみ)のごとき緩やかな曲線で描かれている。その風貌、
古代の絵画より浮かび上がった天女のごとしと言うべきか。
 ギルは今や敬愛する女性以外の存在が原因で鼓動を高まらせているが、それをを自覚す
るには経験がなさ過ぎた。そんなことだから目前の相手が、拘束具の形状に宝石をちりば
めた首飾りをつけて大事な部分を覆い隠していること自体、気付くわけがなかった。
29魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:39:21 ID:???
「私が案内して差し上げるわ、ギルガメス君」
 天女の声はやけに低く、野太い。だがこの状況下では、ギルの心臓に十分、響いた。そ
して彼の心に余裕を与えないように、フェイが肩をポンと叩く。
「マリヤード姐さんだ。俺の先輩」
「え、この人もゾイドウォリアー?」
 声の低い天女は応えて囁く。
「そう。私達は貴方に是非、会って欲しい人がいるの。よろしくて?」
 にっこり返す微笑みに少年は吸い込まれそうだ。敬愛する女性とはタイプが少々異なる
が、彼女と少年を隔てる師弟という障壁に相当するものが目前の天女には、ない。それが
彼の心を一層千々に乱そうとしている。
 と、少年は不意に身が軽くなるのを体感した。深紅の竜が無言の内に彼の体を摘まみ上
げたのだ。この若き主人が抗議の言葉を口にするまでにはさっさと胸部コクピット内に突
っ込んでしまう。胸元で喚き散らす主人をハッチ越しに一瞥すると、いかにも血圧の低そ
うな溜め息をつく。その後四肢で身を軽く起こしつつ天女と美少年に向けて顎をしゃくる
のは、さっさと「会って欲しい人」のところへ連れていけという無言の意思表示だ。
「こらっ! ブレイカー、マリヤードさんに失礼だろう!」
「ふふっ、気にしなくていいわ。ギルガメス君、行きましょう。貴方の可愛いゾイドの足
ならここから五分も掛からないわ」
 かくして、この広い一室に星屑の輝きが差し込んできた。ゾイド達が集まる側の壁が、
左右に開いていく。見る間に入り込む冷気にフェイとマリヤードは少々身震いした。
「エステルさんには何とか誤魔化しておくから!」
 背後で友人の声を耳にしたギルは、フェイはそうは言ってくれるけどさてどう誤魔化し
たものかと考えていた。まあ、早めに用件を済ませばどうとでもなるかといい加減な気分
でいたのを後に深く反省することになるのだが。
 天女は夜空に漂うかのように軽い足取りで歩を進める。重い足取りで追随する深紅の竜。
依然胡座を掻いたままの鋼の猿(ましら)の前を通過しようとした時、竜は八つ当たりで
もするかのように尻尾の先端を叩き付けた。黙りこくったままの猿(ましら)は銅鐸のよ
うな鈍い音を立てるに留まる。
30魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:40:44 ID:???
「ブレイカー、どうしたんだ、何やってるんだ。フェイ、ごめん! 僕が厳しく…」
 スピーカー越しに聞こえる声に対し、美少年は何故か返事せず、手を振り見送る。彼ら
の姿はすぐに見えなくなったが、美少年はそれを確認するや否や広い室内に響く程大きな
舌打ちをし、相棒の元に駆け寄った。…そうしなければいけなかった。やはりあの深紅の
竜は歴戦の強者で、守るべき優先順位の最も高い人物の身柄を確保したあと、二番目に該
当する人物を取り戻すべくささやかながら手を打ったのだ。
 鋼の猿(ましら)は何故か、主人が接近しても身振りさえ返さない。美少年の方もそれ
が当然とばかりに相棒の腕を、肩を巧みな体術で飛び乗っていき、瞬く間に頭部まで近付
いた。腕に締めた端末を弄るとようやく猿(ましら)の兜が持ち上がる。
 中身を覗き込んだ美少年はホッと胸を撫で下ろした。…彼の友人が心を奪われつつある
女性は、座席にもたれ、激しい頭痛に苛まれたまま悪夢を見続けている。蒼き瞳の魔女と
まで呼ばれ、恐れられてきたその眼差しを自らの意志で開くことさえできないまま。この
少々とうの立った姫君を目覚めさせるのが己の使命であり、久しく描いてきた夢でもある。

 星空の下、荒野を歩む二匹の行軍は中々奇異な光景だ。先頭は言わずと知れた魔装竜ジ
ェノブレイカー…いや、今は只のブレイカー。そして後に続くのは全身紫色に彩られた石
竜(※とかげのこと)。四つん這いの姿勢故に全高だけ見れば人の数倍程度に過ぎない。
しかし背中には黒光りした巨大な帆が何本も立ち上がり、威風を倍増させている。加えて
この帆に施された精細な意匠。これが風に揺れる様子を眺めていたら夢幻の世界に引き摺
り込まれてしまうだろう。人呼んで「幻扇石竜」ディメトロドン。非ヘリック系地域では
魔獣デスザウラーと並び、至る所で英雄譚が伝えられる伝説的なゾイドだ。…ギルは通っ
ていたジュニアハイスクールで、アイアンコングらと並び絶滅危惧種だと教わっている。
「ガイエンと言い、最近珍しいゾイドによく会うよな…」
31魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:41:28 ID:???
 ぽつりと呟く。と、頭上で歯車が軋む音が聞こえてきた。現在ギルは、刻印を発動して
いない。彼がそれを、己自身で発動できないのは再三述べてきたことだ。だから彼はシン
クロにより相棒と心を通わせることができない。しかし流石に、相棒の苛立ちがピークに
達しつつあるのは気付いていた。軋む音の正体が歯軋りだということ位、彼は察している。
「ブレイカー、ごめん…」
 取り敢えず、謝ってみる。深紅の竜はようやく気持ちが伝わったのかと軽く尻尾を立て
たが、喜びはものの数秒で裏切られた。
「その…眠いところを起こしちゃって…」
 両手位余裕で広げられるコクピット内に金属音が谺した。竜は余程主人の鈍感振りが頭
に来たのか、両の親指で胸部ハッチを突つきまくる。少年は溜まらず耳を抑えた。
「ち、違うのか…。ブレイカー、いい加減教えてくれよ。本当にわからないんだ」
 胸元のハッチを覗き込むと、竜は寂し気に溜め息をついた。
 コクピット内を取り囲む全方位スクリーン。その右手の辺りで開いたウインドウにギル
は首を傾げた。無理もない、そこに写し出された映像は映りの悪いテレビ同様、嵐のよう
なノイズが走っている。
「ブレイカー、これじゃあわからないよ…」
 主人に言われ、竜は一声悲しく嘶く。あの得体の知れない音波のお陰で、竜は一時的で
はあるが視力にさえダメージを負っていた。
(でも…何かあったのは確かだ。こんなにムキになるんだものな)
 ギルはレバーをしっかり握った。シンクロできない今、これだけが相棒と一体となる唯
一のカギだ。
「よーしブレイカー、用件を済ませたら早く帰ろう」
 言われて竜は不安ながらも気丈に鳴いて、応えてみせた。背後をちらり、一瞥。今はと
にかく、用件が済み次第ホテルのスイートルームが見えるところまで戻りたい。
 それにしても、殺風景が続く。五分程しか経過していないが、辺り一体は見渡す限りの
荒野だ。もっとも、時速二百キロ程度の脚力でも五分で16キロは歩く計算になるから妥
当な状況ではある。それに案内役の紫色した石竜は既に竜の遥か後方にある。体調が優れ
なくともそれ位の健脚は発揮できた。
32魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:42:13 ID:???
「優しいのね」
 不意に、あの天女が映像伝いに囁いてくる。少年は虚を突かれ、たじろいだ。
「友達ですから」
「そう。…ああ、そろそろよ」
 主従は目を凝らし、前方を睨む。民家一軒程度にも満たないゾイドが一匹、星明かりを
背にして仁王立ちしているようだ。
「ギルガメス君。あの先にゾイドが一匹、見えるでしょう?」
「ああ、はい」
「会って欲しいのはあのゾイドのパイロットよ。それじゃあ悪いけれど、私はこれで…」
 言うなり小刻みな動きで進行方向を反転させる紫色の石竜。ギルは驚いて声を掛けるが。
「一対一でお話しがしたいんですって。だからごめんね」
 きびきびと歩を進め、石竜は遠ざかっていく。ギルは首を捻ったが、ここまで来て会わ
ないわけには行くまい。意を決し、星空の向こうへと歩を進めていく。
 夜のホリゾントは星屑に彩られ寧ろ青白いが、その中央には黒い影がくっきりと浮かび
上がっていた。深紅の竜は近付くにつれ、全身を強張らせる。星明かりの加減でようやく
浮かび上がってきた影の正体は、小豆色した二足竜。深紅の竜に極めて良く似たT字バラ
ンスの姿勢なれど、小柄な体躯はその半分程もない。しかしその風格その異様は全くの互
角だ。頭半分を無機質な兜で覆い、下から覗かせたるは緑色の瞳。両腕の三本爪は、うち
二本が包丁のように幅広い。両足には鉤爪のごとく異常発達した親指。そして背中には、
死神の鎌をも連想させる三日月状の刃が二本、左右に広がり翼ともつかぬ形状を為す。
 全身研ぎ澄まされた刃で身を固めたこの小豆色した二足竜。ギルは既視感こそあるもの
の、どこで見たのかとなると答えようもない。と、相棒が全方位スクリーンを介して教え
てくれた。「喪門小竜」レブラプター(喪門は地獄、喪門神は死神の意味)。その名前を
目にした時、ギルは合点がいった。ジュニアハイスクールの教科書にこんな奴がいた。確
かガイロス公国の伝統的なゾイドだが、これも絶滅危惧種の一種ではなかったか。
 深紅と小豆色、二色の竜が今まさに対峙を果たした。
 ギルは自らが搭乗する相棒がひどく緊張していると、肌で感じていた。シンクロしてい
なくとも、感じ取る材料は十分にある。この広いコクピット内の至る所から伝わってくる
軋みは最早、歯軋りのみに留まらないからだ。
33魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:43:50 ID:???
 それ故、次に彼が取るべき行動の選択肢は限られていた。コントロールパネルに口を近
付けると軽く咳払い。
「えー、安全のため、コクピットを開けぬ無礼をお許し下さい。ギルガメスと申します」
 声に応じたのか、全方位スクリーンの真正面に、ウインドウを開いて良いか打診するグ
ラフィックが描かれる。手動操作でウインドウを開いたギルはノイズの激しさに顔をしか
めつつも、フェイ達が「会って欲しい」という人物の正体を見極めんとじっと目を凝らす。
 相手のコクピット内と思われる室内は、やけに暗い。…いや、これは本当にコクピット
なのか。例え電気をつけなくとも計器類やモニターなどの発する光が咲き乱れる筈だ。そ
してそんな明るさの失われた室内であるにも関わらず、中央で腕を組む男は目を細めるこ
ともなく余裕綽々とこちらを見つめている。その表情を一目見た時、ギルは何故映像の向
こうがあれ程薄暗いのか何となく理解した。全身黒尽くめ、程よく頬がこけ、散髪や鬚の
手入れも行き届いた優男の唯一奇妙な造作はその眼差し。これだけは青や緑といった様々
な色に変化する上に、瞬きすらせずこちら目掛けて刮目を続けている。少年は義眼という
ものを初めて見た。
「いやいや、私もいきなり呼び出しして申し訳なかった。
 お初にお目にかかるよ、ギルガメス君。まずは新人王戦、優勝おめでとう」
 深々と一礼した義眼の男。ギルは相手も意外な物腰の柔らかさに驚きを隠せない。
「あ、ありがとうございます! それより、貴方は一体…」
 義眼の男は笑みを絶やさぬ表情を浮かべ、語り始めた。
「私はレガック・ミステル。ファーム・ワイバーンのオーナーだ」
 ギルは息を呑んだ。ファーム・ワイバーンの名前を知らぬ者などゾイドバトルの世界で
はモグリと言える。ファーム・デュカリオン、ファーム・ニューヘリックらと並ぶ名門中
の名門。今や惑星Ziの至る所に強豪チームを派遣し、一大勢力を誇っている。
「な…何故ワイバーンのオーナーが僕なんかと…」
 映像越しに見える義眼の男は少々目を丸くした。
「ははは、ギルガメス君。君はもう少し自信を持った方が良い。
 私はフェイのオーナーでもあるんだ。彼も私がスカウトした」
 その一言に、ギルの脈拍が上がっていく。直感が彼を身じろぎさせた。
34魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:47:07 ID:???
「単刀直入に言おうか。ギルガメス君、君をファーム・ワイバーンにスカウトしたい」
 密閉された室内であるにも関わらず、ギルの全身を冷気が襲った。冷や汗とも言う。

 星空は少年の宿敵に対しても平等に道標を与えた。荒野を失踪する狼、三匹。舞い上が
る土煙は小山を、丘を駆け登る度、時折飛行機雲のように鋭い軌道を描く。
 モニターに展開された的確なナビゲーションは、次の山を越えれば宿敵の拠点まで目前
と知らせた。意気上がる三匹とその主人。しかし試練が下されるのも平等だ。最初に銃神
のコクピットが、次いで残る二人のコクピットが振り子のごとく、揺れた。訝しみはした
が動揺することなくブレーキを入れる三人。 ここまで全力疾走してきた三匹は、停止の
際も全力だ。前肢を揃え、滑り込めば横薙ぎの土煙が虚空へと突き上がる。百メートルも
滑っただろうか。並みのゾイドなら制御など聞かず数百メートルも滑り込んだ挙げ句、転
倒でもしそうなところ。
「デンガン、ジャゼン、お前達もか?」
 銃神が左右を振り向けば。
「制御系統に急激な負荷が掛かっています…ほらアルパ、しっかりしろ!」
 相棒を叱咤するデンガンだが、主人の意に反してぴくりとも動かない。彼の相棒のみな
らず、水の軍団が誇る狼型ゾイド三匹が皆一様に、腹這いになったまま動作を拒んでいる。
…いや、彼らの四肢が左右に震え、爪が地面を傷つけているから動作する意志があるのは
間違いない。
「こっちもだ、デンガン。急に何故…むぅ、これは」
35魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:48:54 ID:???
 首を捻るジャゼンの目前、ナビゲーションの示す地図には本拠地を示す赤い光点の付近
に紫色した光点がぼんやり、浮かび上がっている。
「成る程、電子戦ゾイドだ」
 眉間に皺を寄せる三人。目下、彼らの宿敵の下には所謂決戦ゾイド一匹と汎用性に優れ
た大型ゾイドが一匹、控えているのみの筈だ。
 勿論、それしきで動じる彼らでもない。
「そういうことならこちらにも考えがある。デンガン、ジャゼン。…、…」
 部下に指示を送るや否や、不思議なことが起こった。十秒か、二十秒か、経過した後突
如、立ち上がった三匹。早速失踪を再開するが、奇妙なのは先程までとは動作があまりに
ぎこちないこと。この種類のゾイドならではの優美な動きがいつの間にか失われているが、
思いのほかしっかりとした足取りで大地を踏み締めてもいる。この状況を読者の皆さんも
しっかり目に焼きつけておいて欲しい。たった今、かの魔装竜ジェノブレイカーを持って
しても防ぎ切れなかった妖し気な術が、彼らによっていとも簡単に破られたのだ。
「獣勇士め、味な真似を。だが猿知恵の代償は自分で購え!」
 三方に別れ行く狼、三匹。お膳立てが整うのは時間の問題だ。
                                (第二章ここまで)
36魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:50:20 ID:???
【第三章】

 栗色髪の若者が、溜め息を続けている。成人したかどうか微妙な位、幼い顔立ち。なれ
どしかめ面の中に見える瞳の輝きは穏やかに過ぎ、それが外見以上の強靱な意志と豊富な
経験を感じさせてならない。
 若者はゆったりとした民族衣装を纏い、腕組みしつつ広いソファに着席している。衣装
の袖は誠に広く、振れば翼のようにも見えよう。だから互いの腕を袖の中に入れ交差させ
ている。その姿勢のまま時折前後に体を揺らす。ゾイド将棋の次の一手に悩むかのようだ。
「あのー、申し訳ないんですがー」
 周囲をぐるりと見渡す。誰もいない…どころの話しではない。この広く清潔な一室、よ
く観察してみればドアというものがないのだ。見渡す限り純白の壁、壁。一応手洗いは存
在するが、室内の隅に切り開かれたそのスペースにはドアがない。その上天井だけはやけ
に高く、吹き抜けのような構造になっている。見上げてみれば、天井付近の外周は完全な
ガラス張り。それなりの体術を駆使でもしない限りこの部屋から脱出は不可能だ。勿論、
張り巡らされたガラス内には何本もの針金が通されているため、叩き割って簡単に脱出で
きるようなレベルでもない。
「テレビ、見たいんですよー。今日は新人王戦ですから、せめてスポーツニュース位…駄
目ですかー?」
 情けない声を上げているようには見えるが、彼が正体を隠そうとしているのは懸命な読
者の皆さんなら御存知だろう。それはこの男もお見通しだ。
「新人王戦の結果は君の期待通りの結果に終わったよ、ヴォルケン・シュバルツ君」
 声の主は頭上の窓ガラスからぬっと、上半身だけ覗かせた。全身水色の軍服・マント、
そしてベレー帽に身を固めた男。馬面と形容できる長い顔。短く刈り揃えた頭髪は誠に精
悍。その上頬はこけ、落ち窪んだ瞳は守宮(やもり)のように大きく、禍々しいまでの覇
気や才気をほとばしらせている。
 ヴォルケンと呼ばれた若者は頭上を見上げ、圧倒的な威圧感を発する男の声に耳を傾け
たが、すぐに不満げな表情に変わった。
37魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:51:06 ID:???
「ちょっと待って下さいよ、『水の総大将』さーん! 開口一番結果をばらすなんてあん
まりじゃあないですかー」
「連続テロ事件首謀者の嫌疑が掛かった君に、必要以上の情報を与えるわけにはいかん」
 異相の男は若者の調子に合わせるつもりなど微塵も伺えない。若者がついた溜め息は呻
き声に近い。
「いやー、それも濡れ衣ですよー。大体、幾ら僕がシュバルツ家の生まれだからと言って、
そんな無意味な争い事を引き起こしたりなんか…」
「しないだろうな。私もそう、思う」
 異相の男の切り返しに若者は初めて、目を見張った。
「テロリズムごときで世界を混乱に陥れることはできよう。だが、その先にある筈の恒久
的な平和には、辿り着くことなどできまい。テロは、どこまでもテロでしかない…それが
君の持論である筈。お陰で他の留学生諸君には相当嫌われていたそうじゃあないか」
 若者は乾いた笑いを浮かべた。この御仁との会話は、心の潤いなどあっさり枯れ果てる。
「カリスマ失格、動機不十分な僕を捕らえたわけですか…」
「そしてあと数日もすれば、釈放される。君は無実を訴えるのかも知れない。それによっ
て法務大臣が赤恥を掻くかも知れない。だがそんなことは、どうでも良いのだ。
 名より実を重んじる君に、あれを渡すわけにはいかないからな!」
 異相の男は守宮のような瞳を一層大きく見開いた。飄々とした若者も流石にそれを軽く
いなすには至らず、冷や汗を苦笑で誤魔化すに留まった。

「ぼ、僕を…ファーム・ワイバーンに…」
 ギルガメスは武者震いを体感し、思わず右手で左胸を抑えた。
 過去にも度々登場したこの「ファーム」という語について解説しておこう。直訳すれば
「牧場」。その多くが零細・個人事業であるゾイドバトルチームの内、特に見込みのある
者をスカウトし、集めた巨大な企業体のことを指す。
38魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:53:10 ID:???
 全てのゾイドウォリアーは資格を獲得したら即、ゾイドウォリアーギルド(第四話など
参照)に入会し、試合を斡旋してもらうことができる。但しギルドは組合の一種であり、
全ての所属選手に対し、なるべく平等にチャンスを与え、平等に拒否権を与える(例えば
極端なミスマッチを受ける必要はない!)。そのため限られた人間が莫大な利益をあげた
り大損したりすることは少ない。これがファームだと、優秀な選手には過剰なまでにチャ
ンスや拒否権を与えられることとなる。つまり平等主義がギルドであり実力主義がファー
ムだ。但し行き過ぎた実力主義はしばしばひどい商業主義となる。芸能活動や「広告模様
のゾイド」、果ては八百長など、ファームがゾイドバトルを歪めてしまう例も少なくない。
 さてギルがスカウトされたということは、彼に優秀な選手であるとの評価が下されたこ
とを意味する。田舎町でゾイドウォリアーを目指した挙げ句、一度は挫折した少年にとっ
てそれは望外の栄誉だ。
「契約金だが百万ムーロア(1ムーロア=百円程度)用意しよう。年俸も百万。締めて二
百万ムーロアの三年契約でどうだろう」
「ちょちょ、ちょっと待って下さい! そんな、いきなり言われても…」
 義眼の男が事も無げに述べていくものだからギルはすっかり慌ててしまった。大体、日
中行われた新人王戦の優勝賞金が約五万ムーロアだ(内一万程は深紅の竜が「食べた」)。
あれ程厳しい戦いに勝ち残ってもこれ位しか貰えない。それにこうして獲得した賞金の大
半がゾイドの維持費に消えてしまうことは間違いないのだから、義眼の男が提示した金額
は破格も良いところである。
 だが、彼の提示した契約内容はこれには留まらなかった。
「…それだけじゃあない。フェイから聞いたが、今まで君は練習相手を探すのさえ苦労し
ていたそうじゃあないか。ならば契約期間中はパートナーとして彼をつけよう」
「えっ、フェイもファーム・ワイバーン所属なんですか?」
「そうだ。彼以外にも我がファームには若く優秀な選手が沢山所属し、各地に派遣されて
いる。君は今後、対戦相手の傾向に応じて練習相手を変えることができる。…何より沢山
の友人が、できる」
39魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:54:11 ID:???
 ギルは目を白黒させた。パニック状態とも言える。この半年に感じた悲壮なまでの孤独
感が嘘のようだ。彼はにわかに全身が軽くなり、フワフワと飛んでいくような感触を覚え
始め、一抹の不安さえ抱きつつある。…だがそれでも、心の片隅では(話しが上手すぎる
だろう!)とちゃんと言い聞かせる自分がいた。
 そんな少年の円らな瞳を覗き見たのか、一息入れた優男は義眼を増々妖しく輝かせる。
しっかりした口調は切り札を使う自信そのもの。
「そして何より、君の名誉を回復させたい。
 聞くところによれば、君は不可解な理由でジュニアトライアウトを不合格に処されたそ
うじゃあないか。実戦テストで三戦全て一本勝ち、筆記ほぼ満点、健康に異常なし。文句
の付けようがない成績を上げたのにも関わらず君は不合格となり、しかも理由は全く説明
されずじまいだとか。
 そういうことならファーム・ワイバーンのオーナーである私が直接ゾイドバトル連盟に
働きかけようじゃあないか。君が望むなら法廷に持ち込んでも良い。君に擦り付けられた
人生の汚点を、私が拭い去ってみせる」
 最後の一言に、ギルは生唾を呑み込んだ。押さえられたTシャツの左胸がくしゃくしゃ
になっていく。その付近に決して癒されることのない精神的外傷が刻まれているのかも知
れない。
 もし少年がジュニアトライアウトを不合格に処されてさえいなければ、今日までの修羅
場をくぐり抜けることはなかった筈だ。あの事件は人生を百八十度変えた。彼の名誉はは
く奪され、金銭に恵まれることもなく只ひたすら負け犬としての人生を全うする以外に選
択肢を与えられなかった。絶望を乗り越えるために彼がどれだけの努力をし、又さらなる
苦難に見舞われたか「魔装竜外伝」を御覧の読者ならばおわかりであろう。
40魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:55:30 ID:???
 ギルの息遣いが、荒い。今や彼の脳裏は雪色にかき消されてしまい、決断も覚束ない。
そんな中、頼んでもいないのに思い浮かんだ一場面。…自分の部屋の片隅に、叩き付けた
不合格通知。布団に包まって一晩中泣きわめき、それでもジュニアハイスクールに登校し
なければいけなかった夏のあの日。目の下一杯に隈を浮かべた少年が通り過ぎる時、誰も
が押し黙った。ひそひそ話しする必要さえなかったのだ。彼の努力は並々ならぬのかも知
れない。だがその過程でいつしか高くなった天狗の鼻がものの見事に叩き折られ、それが
傍目にはどうにも治しようがないと発覚した時、周囲は一斉に嘲りの眼差しを投げかけた。
あの瞬間が、皮膚感が、ついさっきの出来事のように思い出されていく。少年は鷲掴みし
た胸に爪を立て、痛みを代価に記憶の復活を阻止しようとするが、その程度では止む気配
を見せない。
 だがその奥底に、それでも相棒の囁きは届いた。…思わず天井を見上げたギル。全方位
スクリーンに囲まれたコクピット内に相棒の姿は映らない。だがその声は確かに聞こえて
きた。深紅の竜はいつしか胸部ハッチを不安げに凝視し、何度も首を傾げる。現在若き主
人とはシンクロしていないが、それでも彼がすっかり息を乱していること位、容易に理解
できることだ。ピィピィと、囁くように鳴いて主人を気遣う。堪え切れず苦笑した彼は、
我に返ったことを自覚した。
「レガックさん、すみません。この話し、なかったことにして頂けませんか」

 マリヤードが浮かべる笑みは、みだりに手を触れれば火傷する小悪魔のような可愛らし
さがある。この天女は二足竜の主人二人のやり取りを、遠方で耳を澄ましながら聞いてい
た。もっとも耳代わりは彼女(彼)の相棒である、紫色の石竜が背負った稲穂のごとく揺
れる扇が務めているのだが。幻扇石竜ディメトロドン「バショウ」は会談を邪魔する者を
早急に察知すべく電波の網を一帯に巡らしているところだ。
「ふふふ、レガック。初心なガキは金や名誉じゃあ案外釣られないものよ?」
41魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 17:56:20 ID:???
 同僚が迎えつつある意外な窮地さえ、この天女にとっては娯楽でしかない。だが耳を済
ませる一方で、モニターや各種コントロールパネルへの注意を怠ることはない。そんな彼
女の表情が一変した。察知した状況の急変に対し、極めて男性的に瞠目する。
「バショウ、何よこの熱源は!? 一体いつの間に…」
 今まで映し出されることのなかった赤い光点がモニターに描かれている。会談する二人
のすぐ近くだ。すぐ後に表示された分析結果を見て、天女は気色ばんだ。
「何てこと…! レガック、レガック!」

「ちょ…ちょっと待ってくれ、ギルガメス君。私は君に対し、十分満足して頂ける条件を
提示したつもりだ。金銭面だけではない、精神面でも凡そ考え得る妥当なものを用意して
みせたと自負している。君の誇りを取り戻すことさえ誓ってみせたではないか。
 一体、何が不服だと言うのか? 教えてくれ」
 義眼の男の冷静な表情に、初めて動揺が垣間見えた。だが少年にしてみればそんなこと
は察知していないし、したところでどうでも良いことだ。彼は彼なりに誠実な回答をする
こと以外、考えていない。
「不服とか、そういうんじゃあないです。その…上手く言えないんですけど、僕には大事
な仲間がいます。彼らとは地獄さえ分かち合いました。
 気が付けば僕は、彼らに報いるために戦っていました。この気持ちだけは譲れない。…
レガックさん、半年前、ジュニアトライアウトを不合格にされた僕をもし見かけたら、無
条件でスカウトしてくれましたか?」
「そ、それは…勿論だ! 今の君の実力を考えれば、片鱗を感じられない筈が…」
「でも、貴方と出会うことはなかったんです。こればっかりはイブの配剤とでも言うしか
ありません。申し訳ありません、本当に…」
 ギルがスクリーン越しに深々と頭を垂れたその時、事態は風雲急を告げた。今やはっき
りと苦悶の表情を浮かべたレガック。彼を一層苛立たせたのは、義眼に描かれた映像の左
下に、割り込むように展開されたウインドウだ。
「ちょっとすまない、ギルガメス君…どうしたマリヤード!」
「やたら小さな熱源が、そっちに向かっているわ。ちょ…ちょっとこれ速過ぎる!」
42魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:02:01 ID:???
 義眼を剥いたレガック。映像の右下にウインドウが開かれたのはほぼ同時だ。普段なら
ゾイドに匹敵し得ない小動物として割り切ってしまいそうなその熱源を凝視した時、彼の
経験が正体を見抜いた。
 銃声が数発、響いたのと「伏せたまえ、ギルガメス君!」と義眼の男が叫んだのはほぼ
同時だ。
 ギルは一発目の銃声を耳にした時、彼のゾイドバトルのキャリアでも中々経験したこと
のない異変に見舞われた。突如輝きを失った全方位スクリーン。少年が眼を開いた時、星
屑の煌めきが薄暗いコクピット内に入り込んできた。にわかには理解しがたい状況を、追
い掛けるがごとくこの暖かな室内に飛び込んできたのは鋭い冷気。彼は事態をようやく理
解した。コクピットハッチが、勝手に開かれ内部を晒そうとしている!
 慌てて両腕を伸ばす少年。その勢いに圧倒的な重力が上乗せされる。拘束具で上半身を
完全固定されたギルだが圧迫感の厳しさには歯を食いしばるより他ない。
 不意のアクシデントをどうにか防ぎ止めたのはやはり深紅の竜であった。短かめな両腕
と首でコクピットを覆いつつ、荒野に倒れ込む。竜の頬を、肘や二の腕を尚も数発の銃声
が襲い掛かるが、更にその前に竜の翼が覆い被さり、ひとまず奇襲は防ぎ止めた。ギルは
必死で息を整えようと肩で息する。それと同時に半開したハッチはどうにか閉まり、全方
位スクリーンが輝きを取り戻した。少々ノイズがひどいのはやむを得まい。
「ブ、ブレイカー、大丈夫?」
 主人の声に応じて開かれたウインドウ。内容を見た時、彼は奇襲の仕掛人を直感した。
相棒の胸部や腕部に刻まれた小さな、しかし鋭い傷はAZ(アンチゾイド)マグナムの正
確な銃撃によるものだ。深紅の竜は胸部を凝視して主人の無事に安堵し、次いで銃撃の方
角を睨み付けた。その動きに合わせるかのように、小豆色した二足竜も視線を投げかける。
 星空を背にした銃神が、ゾイド数匹分も離れた位置で立ち塞がった。マグネッサージャ
ケットを羽織り(第八話「裏切りの戦士」参照。背中にマグネッサードライブが埋め込ま
れており短時間ながら高速飛行可能)、自慢のテンガロンハットを被り直す余裕を見せる。
「じゅ、銃神…ブロンコ!」
「不用心だな、坊主。まさかゾイドの中なら安心だとでも思ったのか?」
43魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:03:00 ID:???
 正直なところ、彼は内心少々悔しい。一瞬ではあるが使命達成の好機は確かに掴みかけ
ていたのだから。だが本番はこれからだと心中で言い聞かせると、慣れた手つきでAZマ
グナムのシリンダを開け、空薬莢の排出と弾込めを計る。
 一方レガックは記憶の糸を辿り、あの鬚面への見覚えを自覚していた。所謂ブラックリ
ストを彼らも当然まとめていたのだ。その上で、舌打ちし掛かった口元を押さえると一般
人を装おうと努める。
「ブロンコだと? 水の軍団の暗殺者か! 私達に何の…」
「茶番はその程度にしたらどうだ、ファーム・ワイバーンのオーナー・レガック。
 いや…シュバルツセイバー獣勇士筆頭、レガック・ミステル!」
 銃神の吐いた言葉に義眼の男は唇を噛み、少年は後頭部を殴られたような衝撃を受けた。
シュバルツセイバーと言ったらかつて民主主義の御旗の下に各地を侵略して回ったヘリッ
ク共和国に対し、最後まで抵抗したガイロス帝国(当時)が誇った精鋭部隊の名前ではな
いか。既に歴史の教科書中にしか存在しない筈のものなのだから、日常会話で耳にしたら
当然鼻で笑うところだ。しかしこの言葉を用いた本人は、幾度となく少年を窮地に立たせ
た水の軍団・暗殺ゾイド部隊の刺客なのだ。それ故に宿敵の言葉は異様な説得力がある。
 だから少年は、問い掛ける相手を選んだ。
「…レガックさん、これはどういうことですか」
「い、言い掛かりも甚だしい! ファーム・ワイバーンはゾイドバトル連盟に正規の認可
を頂いた組織だ。シュバルツセイバーだとか、お伽話みたいなことを…!」
 銃神はAZマグナムを握った右手の甲で鬚を撫でると鼻で笑った。
「そうだな。貴様らは正規認可を受けたファームとして勧誘した。
 しかしその真の狙いは、チーム・ギルガメスの拉致だ!」

 民族衣装を纏った若者は、努めて無表情に頭上をの窓ガラスを眺める姿勢を維持してい
た。今はとにかく、情報が欲しい。たとえそれが宿敵の言葉であろうとも。
 窓ガラスの向こうでは、馬面した異相の男が若者に劣らぬ不動の姿勢で覗き込んでいる。
やがて彼は、とうとうと語り始めた。意外にも神妙な表情からは何らの思惑も感じ得ない。
44魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:03:48 ID:???
「シュバルツ家と言えばガイロスの名門じゃあないか。三男坊とは言え帝王学を学んで当
然の者が、ヘリック共和国が誇るゾイドアカデミーに敢えて留学した。私は君の履歴に感
動さえ覚えていたよ。母国に不足しているものを本当によく理解している。
 敗戦後、民主化の名の下に弱体化したガイロス公国において、ファームが結成されるこ
とをゾイドバトル連盟は…ひいてはヘリック共和国は容認した。かくして結成されたファ
ーム・ワイバーンは優秀なゾイドバトルチームを幾つも輩出し、母国に外貨獲得や兵士育
成の機会を与えた」
 若者は諸手を左右に広げ、苦笑と溜め息で応えた。
「いやだな…それを言ったら共和国にも他の民族自治区にもファームは沢山あります。有
事には真っ先に徴兵対象になる彼らの存在を、貴方達はいずれも黙認しているではありま
せんか」
 異相の男は若者の挑発的な姿勢などさして気にも止めない。
「それで事足りるから、黙認しているのだ。
 諸君らには、技術がない。何しろ『最後の大戦』のガイロスはじめ敗戦国は、共和国軍
にゾイド技術の大半を接収されたのだからな。中でもガイロスが抱えていたオーガノイド
システムは垂涎だ。ゾイドの繁殖・改良に至るまで、共和国が二千年に渡っても尚到達で
きなかったレベルに諸君らは千年前、既に到達していたと言うではないか。もっとも我々
は、その延長上で発覚した某国のB計画を恐れ、オーガノイドシステムの封印を決断した」
「へえ、B計画はオーガノイドシステムと関係あるのですね?」
 若者は再び腕を組み、感心した風を装ってみせた。半ば本心だ。頭上に見える異相の男
…水の総大将は余りにも事情に精通し過ぎている。それ自体は収穫だが、相応の覚悟はし
た方がよさそうだ。
「何を今更。トップレベルのゾイド工学者ならドクター・ビヨーの悪魔の研究を知ってい
るだろう。
 話しを戻そう。諸君らはB計画以前の問題としてゾイド技術が慢性的に足りない。そん
な時、現れたのがチーム・ギルガメスだ。あの少年が駆る魔装竜ジェノブレイカーこそは
オーガノイドシステムをもっとも体現したゾイドだ。これ以上はない最高のサンプルを、
諸君らが手にしようと思わない筈がない」

45魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:05:06 ID:???
 戦慄くギルガメス。唇の震えが止まらない。憤りと悲しみがない交ぜとなり、それらが
融合して爆発するのを抑えるべく必死で拳を握り締めて堪えているが、遂に意を決した。
 土砂舞い上がらせた深紅の竜。勢いのまま旋回、踵を返すと瞬く間に翼を広げ、背負い
し鶏冠から蒼炎を吐き出す。主人の堅い意志に従うこの相棒は、背後の宿敵も客人も顧み
ようとはしない。まずは第一段階成功とばかりに不敵な笑みを浮かべる銃神。反対に義眼
の男は予想を越えた展開に苛立ちを露にする。
「ど、どこへ行くのだギルガメス君!」
 少年は全方位スクリーンでのみちらり、横目で見ると吐き捨てるように呟いた。
「決まっているでしょう、貴方達より余程信頼できる人のいるところです!」
 言い放つとレバーを引き絞る。竜が数歩、地を蹴り舞い上がらせるだけでスクリーン上
に表示される走行速度は時速三百キロに達した。急激な重力を全身に叩き込まれ、少年は
身を反り返し歯を食いしばる。刻印を発動していないがために、相棒がこの程度の速度を
発揮しても主人には相当な負担が掛かるのだ。だから気休めとわかっていはいるが、竜は
両腕で胸元をひしと抱き締める。今、このゾイドにできることは相棒の心に刻まれかけた
傷口を塞ぐべく、ホテルに戻って真相を確認することだけだ。
 ほくそ笑む銃神。だが危機を察知するや否や、腰のベルトに手を当てる。埋め込まれた
スイッチに反応し、ジャケットの背中に埋め込まれたアコーディオン状のパーツが光の粒
を噴出開始。その場に叩き込まれた鉈状の巨大な爪を軽やかに飛び跳ね、回避する。
 爪の正体は無論、小豆色した二足竜・レヴラプターのもの。頭部コクピット内で主人が
吠える。
「折角の商談をよくも滅茶苦茶にしてくれたな…!」
「商談? そんなものが御破算になろうが拉致はできよう。準備も整えてきたのではない
か?…しかし!」
 AZマグナムの銃口を天に向ける銃神。解き放たれた銃声は思いのほか軽いが、直後一
帯を包み込んだ閃光に義眼の男は歯ぎしりすることしきり。これは照明弾だ。と、同時に
辺り一帯に叩き込まれた銃弾、砲弾。西方からは王狼ケーニッヒウルフ「テムジン」が、
東方からは剣狼ソードウルフ「アルパ」そして重騎狼グラビティウルフ「ゼルタ」が疾駆
の開始。
46魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:05:58 ID:???
 ところで先程ディメトロドン「バショウ」による秘術により半ば操縦不能に陥っていた
彼らだが、どうやって危機を脱したのだろうか。
 コクピット内で滅多矢鱈にレバーを弄り、ボタンを連打する巨漢デンガン。だがその手
つきは明らかに正確さを維持している。
「高周波金縛りの術にはマニュアル操作で返すのが定跡だな!」
 奇怪なる男ジャゼンも鮮やかな手つきは同様に、襟の下で不気味な笑みを浮かべる。
「我ら暗殺ゾイド部隊相手に仕掛けたのが運のつきよ」
 電子戦ゾイドが不気味な秘術で敵を窮地に陥れるのは、ゾイド自身がZi人を遥かに越
えた超感覚を備えているからである。例えば耳の良いゾイドはそれにしか聞こえない催眠
音波に翻弄されるわけだ。こうした秘術を封じるには、パイロットがゾイドの操縦を殆ど
引き受けてしまえば良い。モニターも介さず裸眼で戦況を見つめ、己が耳で敵の足音を察
知する。如何なる敵の動きにも自らのレバー裁きで決着をつける。「マニュアル操作」で
電子戦ゾイドの秘術は相当、破ることができるのである。だがこれが如何に危険な技術か、
読者の皆さんも御理解できよう。作戦を実行するためにはゾイドが操縦の権限の殆どをパ
イロットに委任しなければいけない。言わば仮死状態に陥るわけで、ゾイドとパイロット
の絶対的な信頼感系がなければ実現不可能である。更に、実現できたとしてもゾイドに任
せてきた要素をパイロットが一手に引き受けるため、負担は尋常ならざるものとなる。ま
さに秘術は秘術をもってでこそ、初めて破れるのだ。
 二足竜のいる辺りを瞬く間に爆炎が包む。流石に極限までのマニュアル操作で正確な射
撃が望めないのは前述の通り。だがそれで良い。彼らの真の目的は…!
「見えるか、ジャゼン!?」
 頭部ハッチを開き、怒鳴るデンガン。応じてジャゼンもハッチを開ける。弁髪が、立て
た襟が突風になびき倒れる。
「無論だ! あの邪悪なシルエット、まさしく魔装竜ジェノブレイカー!」
 義眼の男も負けてはいない。舌打ちすると義眼を禍々しく点灯させる。
「マリヤード、第一段階は失敗だ!」
 ノイズのひどい映像が天女のモニターにも届く。
「仕方ないわね」
47魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:06:45 ID:???
 唇を噛み締めた天女は義眼の男の求めに応じ、コントロールパネルの操作に踏み切った。
途端に石竜が四肢を踏ん張り、身構える。背負いし黒帆がゆらゆらとはためき、紋様をな
ぞるように青白く明滅。
 相方の様子を上半身をもたげて確認するや否や、弓のごとく舞い上がった二足竜。蠅の
ごとく動き回る銃神目掛けて両腕振り上げ、襲い掛かる。たちまち大地に刃が刻み込まれ、
土砂が跳ねる。
 最早、言うまでもないだろう。義眼の男も怒濤の勢いでレバーを捌き、コントロールパ
ネルを叩いている。相方の秘術は彼ら主従も少なからず損害を被るため、あらかじめマニ
ュアル操作していたのだ。だがその軽やかな身のこなしは、明らかに従来のマニュアル操
作とは一線を画すもの。対する銃神も羽毛が舞うがごとく際どい動きで振り降ろされる爪
をかわす。
「成る程、貴様が義眼である理由、噂通りだな。オーガノイドシステムのシンクロ技術を
復活させるべく自ら実験台になるとは敵ながら見上げた根性!」
 二足竜の背中を砲撃が襲う。爆風に銃神は左方に、二足竜は右方に吹き飛ばされるがい
ずれも心乱すことなく立ち上がる。
 遂に容易に視認できる距離にまで達した白き狼。立ち止まると二足竜の影を踏むように
ジリジリと回り込み、狙撃の開始。こちらはマニュアル操作どころか、完全な自動操縦だ。
明らかに動きは鈍く、これだけの近距離であるにも関わらず狙撃精度が甘いが、それも主
人を回収するまでだ。銃神は待ってましたとばかりに相棒への接近を急ぐ。しかしその目
前で、又しても飛び散る土砂。マグネッサージャケットの光の粒がたちまち弧を描く。
 黒光りする機体が星屑に照らされ、浮かび上がった。石竜が短かめな四肢を大地に踏み
締める。卵やピーナツを彷佛とさせる楕円形の頭部はそれ自体が半透明のパーツであり、
その下から血走った瞳を浮かび上がらせる。背中には短かめの銃器を背負い、又その周囲
には臓器にも似たチューブが自らを拘束するように至る所へと走っている。まるで解剖図
のようなグロテスクな五体から、長剣のように細く真直ぐな尻尾が伸びるこの異様。人呼
んで「骸頭石竜(がいとうせきりゅう)」ヘルディガンナー。これでもれっきとしたガイ
ロス原産であり、もっとも一般的なゾイドだ。
48魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:07:32 ID:???
 半透明の頭部中央にはパイロットスーツを着た若者が鎮座している。深紅の竜の主人よ
り更に年長なのは、スーツ一杯に膨らみ発達した筋肉から伺える。伸び放題の長髪を悪鬼
のごとく振り乱し、右の瞼から頬に掛けて縦に割るような刀傷が刻まれている。
「レガック兄ぃ、待たせたな」
「グラントゥ! 済まないな、手を煩わせる」
 悪鬼はらしからぬ笑みを満面に浮かべた。彼自身は今この場に参戦する条件がギルガメ
スの勧誘失敗だとハッキリ理解しているようだ。
「所詮、魔装竜の主人とは住む世界が違ったってことさ」
「ふん、これから同じ空気を吸わせてやる」
「勿論だ。…姐さん、作戦は次の段階だろう!? 術を掛けたまま後退してくれ!」
「グラントゥ・トーイ、頼んだわ」
 骸骨頭の黒蜥蜴が帆を背負った石竜と入れ代わっていく。低い姿勢で滑るように地を這
う黒蜥蜴。視線の彼方に見えるは樹に乗じて合流を果たした銃神主従の姿。
 駒のように旋回する黒蜥蜴。長剣のごとき尻尾は己が身長以上はある。周囲を丸ごと薙
ぎ払うような尻尾の一撃に対し、白き狼は間一髪跳躍して難を逃れた。
 黒蜥蜴の脇に、小豆色の二足竜が並び立つ。これで二対一だ。
「さすがは獣勇士、あとからあとから精鋭が湧いて出てくる」
 身構えるや否や始めた疾走。王狼ケーニッヒウルフ最大の武器であるデュアルスナイパ
ーライフルは敵との間合いを離してこそ威力を発揮するからだ。そうは行くかと小豆色し
た二足竜が、黒蜥蜴が地を駆け、追随を計る。

 紫色に腫れた唇。苦々しい気持ちで一杯のギルガメスはそれでも、一縷の望みを託して
レバーを引き絞った。ゾイドでの移動故、徒歩ならば何十分も掛かる距離が瞬く間に縮ま
っていく。既に街の灯は見えていた。あの少々派手なネオンが自分達の滞在するホテルに
間違いない。
49魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:08:42 ID:???
 だが視界は、いともあっさり塞がれた。赤と緑、二匹の狼が宿敵との再会に歓喜の雄叫
びを上げる。
「現れたな、ギルガメス! ここで会ったが百年目!」
 吠える弁髪の巨漢。声に応じ、跳躍した赤色狼。深紅の竜はそれを確認してようやく長
い両足を地面に突き立て、両の翼を頭上に掲げる。シンクロも果たせず、さりとて極限ま
でのマニュアル操作ができるわけでもない少年の、円らな瞳が赤い。些細なことが原因で
置かれた余りの劣勢に、彼の心が折れ砕かれようとしている。
 赤色狼が放った前肢の一撃を、辛うじて受け止めた深紅の竜。胸部コクピット内は凄ま
じい振動で揺れるばかり。肩を強張らせて受け止めたギルは、だが揺れが収まった直後不
覚をとった。はらり、溢れた一筋の涙。
『ギル、結果は問わないわ。明日は一度も泣かずに試合を終えなさい』
 少年の胸の内に、聞こえぬ筈の声が谺した。
『強い心がなければ戦い続けることはできないわ』
 新人王戦の前日、敬愛する女生徒に約束したではないか。少年は唇噛み締め片手で拭う
や否や、己を鼓舞すべく腹の底から雄叫びを上げる。意外な主人の反応が、相棒は嬉しか
った。今一度両手で胸部を握り締めると掲げていた翼を左右に広げ、中腰で身構える。
「ほう! シンクロ不可能、マニュアル不可能でこれだけの覇気をまき散らすか」
 奇怪なる男が襟の下で驚きの声を上げる。それは弁髪の巨漢も同じだ。
「そうでなければつまらぬわ。今まで破れた同志を弔うためにも、貴様らには本気の力を
出してもらう。もっとも高周波金縛りの術を受けてそれができるとは思えぬがな!」
 二匹の狼が疾駆の再開。たちまち間合いを離した後、急接近の狙いは左右からの挟撃。
深紅の竜は短かめの首を左右にちらりちらりと動かし様子を伺う。
                                (第三章ここまで)
50魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:15:17 ID:???
【第四章】

 狭く、暗い室内には一瞬、橙色の輝きが差し込んだかに見えたがそれも又すぐ止み、暗
闇を維持した。
 闇の中には魔女が座席に横たわり、眠りについている。…いや、彼女が睡眠を強制され
ていることは時折眉間に浮かべる深い皺で明らかだ。悪夢にうなされ、時折脱出を計るが
それには至らず、又もとの闇に引き摺り戻されることの繰り返し。
 赤茶けた髪の美少年は、憮然とした表情で座席に覆い被さった。これから眠り姫を目覚
めさせる王子の役を演じるのだ。だがしかし、と彼は拳を握り締める。所詮、役柄に過ぎ
ない。卑劣な自分の本性に当てつけるがごとく力込めた両腕を震わせる。
 彼がどんなに己を責めようが、それでも視界には、魔女の肢体が入り込んだ。地味なジ
ャージの隙間より生白い肌が、へそが露になっている。美少年は不覚にも生唾を呑み込み、
又も発覚した己が本性に一層不機嫌な表情を浮かべた。
 十才の頃には、彼の身長は170センチを越えていた。十三才にして180だ。恵まれ
た体格故にシュバルツセイバーに買われた美少年は、激しい訓練を乗り越え獣勇士に抜擢
された。それは彼が必要以上に「大人として」振る舞うことを強制されたことを意味する。
秘められし己が性を自覚し、嫌悪感を抱く余裕さえあるのがその証左ではないか。
 だからこそ彼は一層研鑽を重ねた。真に受け入れてくれる存在を得るために。
 さて美少年は、魔女を文字通りの眠り姫として手中に収めた。しかし彼女は熟睡には程
遠い。それもその筈、ゾイドの動きをも封じる幻扇石竜ディメトロドンの高周波を、彼女
は古代ゾイド人ならではの超感覚を使ってまともに聞いてしまったのだ。彼女は今や、深
い催眠状態に陥っている。暗示にかけることも十分に可能だ。例えば己の愛すべき存在を
すり変えることも…。
51魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:16:15 ID:???
 所詮これが自分の運命かと、フェイはやるせない気持ちで一杯だ。ギルガメスという存
在はこの眠り姫エステルの中では余りにも大きい。ゾイドの操縦技術から何から鼻で笑っ
てしまう程劣るあの少年を、彼女は何故か必死で守り、育て続けた。逆に何もかも優る美
少年に対しては、だからこそと言うべきか、それ程の干渉はしてこなかった。愛を求める
ために磨いた己が秘術の数々が、かえって己の首を締めたとしたら何とも皮肉だ。彼は結
局、最も卑劣な手段をもって任務達成と己が光明の獲得を目指すより他なかった。
 不意に、軽く寝返りを打ちかけた眠り姫。美少年は思わず覆い被さった両腕を伸ばし、
その身を離す。そのままの姿勢で、彼女の肢体をまざまざと凝視。…改めて観察するまで
もない。地味な灰色のジャージは柔らかな皺をくっきりと浮かび上がらせている。彼と眠
り姫とを隔てる要素は、布切れ只一枚だ。
 息を潜め、ジャージの裾に手をかける。めくり上げれば、あとは既に何度も体験してき
たことではないか。
 そう言い聞かせ、美少年が意を決したその時。彼は呪文を耳にした。決して、聞いては
ならない呪文。…その言葉は眠り姫の乾いた唇からぽつり、溢れ落ちた。
 硬直した美少年の両腕。釘付けとなった眼差し。たった二文字の呪文は時間さえ止めた。
「…さん、エステルさん! しっかりして下さい!」
 裾に掛けていた両腕は、気がつけば彼女の肩を揺さぶっていた。苦悶の表情を浮かべつ
つ、瞼を持ち上げた眠り姫。鋭利に過ぎた蒼き瞳が暗い室内を照らす。
「あれ、フェイ君。ここは…痛っ!」
「すみません、ひどくうなされていましたから…」
 エステルは両掌で頭を抱えながら、如何にもばつが悪そうに苦笑した。
「ありがとう、フェイ君。…ギルは?」
「ギル兄ぃは用事があるからって、ブレイカーと外に出ました」
 酔いが覚めたかのごとく瞳を見開いた魔女。バネのごとく上半身を持ち上げるが全身を
得体の知れない激痛が襲う。
「ああっ、まだ安静にして」
「そうも言っていられないわ。ブレイカーも今頃、ひどく体調を崩している筈よ。どこか
らか…ゾイドの耳にしか聞こえない強力な催眠音波が流れている。水の軍団かも知れない」
 彼女が発した最後の一言に、美少年はこの上ない罪悪感を覚えた。
52魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:17:03 ID:???
「わかりました、それじゃあ…」
 言いながら、真後ろに手を伸ばす。本来の搭乗時なら真正面に見える筈のコントロール
パネルに指を伸ばし、軽快に叩く。一息つく程の間を空けた後、室内に橙色の輝きが差し
込んできた。
 美少年の後方に、近付いてきた鋼の掌は絨毯一枚程もある。魔女の視界にも入り込んで
きたその時、彼女が体感した宙に舞うような感覚。周囲を見渡した時、実は余り経験した
ことのない状況に軽い当惑を覚えていた。美少年の右腕に彼女の背中が、左腕に膝がすっ
ぽりと収まっている。姫君を抱きかかえるような格好のまま、彼はコクピットを降り、掌
へと伝う。
 無機質な動きで、地面へと降りる鋼の掌。その間、魔女を抱えた美少年の両腕は微動だ
にしない。魔女は内心、舌を巻いた。背の高過ぎる彼女を抱きかかえられる男性などそう
はおるまい。それに、白状するなら今の彼女の体重は60キロを越えている(身長180
センチ以上あるのだからどんなに身体を絞ろうがそれ位にはなる)。それだけの重量を抱
え上げる美少年に驚きの表情を隠せない。だが流石に、その身がソファの方角に向かおう
とした時、彼女は我に返った。
「ああ、ビークルの方に。お願い」
「だ、駄目ですよ、まだ安静にしていなくちゃ…」
 魔女は意外にも頷いてみせた。
「うん、落ち着いたらすぐに行くわ。フェイ君、悪いけれどあの子達を…ガイエンは、大
丈夫なんでしょう?」
 無言で、頷きを返す。
 朦朧たる意識を懸命に跳ね返し、魔女はビークルに着席した。だがその次のステップに、
いつ移行できるのか。座席にもたれ掛かるや脳裏に襲い掛かる激痛。負けじと頭を抑え、
身を起こし、手を伸ばした先には操縦桿が待っていた。だが震える手でそれを握ろうとし
ても、するりと彼女の長い指から逃げてしまい、そのままコントロールパネルに倒れ伏せ
る。乱れる呼吸、玉のように流れ落ちる汗。それでも彼女は両腕を精一杯に広げ、倒れ込
んだ上半身を持ち上げようと計る。この苦境にあってさえ、蒼く輝く魔女の瞳。
53魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:18:28 ID:???
 奮闘を尻目に、再び相棒のコクピットに乗り込んだ美少年。芝居がかった動きで両腕を
交差させるとピアノを演奏するがごとく、レバー捌きとパネル弄りに転じた。最早説明す
るまでもあるまい。彼はまだ年端も行かぬが、それでも獣勇士なのだ。マニュアル操作な
どできて当然である。
 極めて機械的な動きで、歩行に転じた鋼の猿(ましら)。ゆっくりと開くシャッター。
冷気の侵入に室内の絨毯がなびき、空き缶が転がっていく。星空の彼方に時折見えるのは
眩い閃光。破裂音も耳に届き始めてきた。スウィートルームの向こうに広がる荒野は既に
戦場と化していた。

 狼二匹と深紅の竜との激突は、後者が圧倒的劣勢のまま佳境を迎えつつある。
 振り降ろされた大剣を、左の翼で覆い受け止める。軋む空気、飛び散る火花。渾身の力
比べは、しかし少年主従に分が悪い。両足一杯に踏ん張る深紅の竜。ちらり盗み見た弁髪
の巨漢、不敵な笑みを浮かべるや否やあっさり緩めた左右のレバー。たちまち覆い被さっ
た大剣が持ち上がり、反動で深紅の竜は上半身をまるまる持ち上げてしまう。赤色狼はす
かさず前肢の爪で竜の胸部を横殴り。両腕を縦に構え、辛うじて防戦する深紅の竜だがた
ちまち姿勢はふらついた。
 姿勢を戻そうとしたところを今度は右方から迫る地響き。浅葱色した狼の戦法は、腹部
に抱えた車輪二枚を広げ、二輪車のごとき走行によって突撃するという代物。だがこの戦
法の真骨頂は、一足一刀の間合いに入る瞬間。…突如持ち上がった上半身。前輪を掲げ、
後輪のみでの疾走に関わらず姿勢は崩れない。土砂まき散らし、このままの姿勢でふらつ
く深紅の竜目掛けて一気の接近。このまま前輪を回転ノコギリのごとく叩き付けるか、そ
れとも宙を舞い、竜を飛び越し幻惑するか。判断に苦しむ竜の主人。しかし迷いは既に術
中にはまった証。竜の頭部に前輪、直撃。
 もんどりうって倒れ込んだ深紅の竜。何度も横転した挙げ句、ようやく地面に突き立て
た四肢。うつ伏せの姿勢を懸命に維持。これならば若き主人が即死する危険は圧倒的に少
ないが、それ位の劣勢である証とも言える。取り敢えず両翼は左右に広げ、背負いし六本
の鶏冠と長い尻尾は極力伏せた。この場を脱出するためにはこれらの爆発力を温存せねば
なるまい。
54魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:20:21 ID:???
 中々やるなと、弁髪の巨漢は内心舌を巻いた。こちらが優勢なのは明らかだが、敵の主
従は実に諦めが悪い。シュバルツセイバーのお膳立ては結果としてこの少年達の切り札で
ある刻印を封じた。にもかかわらず彼らは一向に敗北を覚悟する素振りも見せない。
 巨漢は己が左腕を見遣る。あの白手袋…「Ziコンガントレット」の、甲を覆う緑色の
計器を徐々に光点が横切っていく。自然と溢れた笑みは不敵だ。
 颯爽と地を駆ける赤色狼。背負いし大剣を前方に倒した突撃体勢はシンプルだが、それ
故に深紅の竜はうつ伏せから反撃に転じる余裕もない。左腕を上げ掛かったが躊躇し、結
局二枚の翼で前方を覆う。
 がっちりと受け止められた狼の大剣。轟音と火花がほとばしる様を見るや否や奇怪なる
男とその相棒が加勢しようとするが、それを止めたのは意外にも巨漢の側だ。
「ジャゼン、上から来るぞ!」
 一瞬発生した奇妙な「間」を竜の主人も察知した。どこからか、予想だにしない方角か
ら攻撃されるのではないか? もしそれがあるとすれば…。
 翳していた両翼を払った深紅の竜。つっかえを失った赤色狼だが元々この展開を想定し
ていたのか、前のめりにはならず軽やかに後方へ跳ね下がる。巨体を横転させる深紅の竜。
主人の予想は適中した。さっきまで竜が身を伏せていた辺りに叩き付けられた物体。土砂
が撒かれ、空気が淀む。回転して逃れながら、少年は横目で彼らの死角…上空から攻め込
んできた物体を観察する。竜の胴体程度の鉄塊。小さな翼を備えている辺りゾイドの一種
らしい。しかし目を凝らした少年は慄然した。本来ある筈の頭部や胴体が全く無い、単な
る装甲と武装の塊。それがうねるように荒野に突き刺さった身体を引き抜く。
「翼刀獣サビンガの成れの果てよ。我が相棒にはゾイドコアは馳走となり、残る部位は武
装として役に立ってくれた。見よ、『ゆにぞんの術』!」
 鉄塊、四散。身を伏せる深紅の竜。飛び交う鉄塊は、しかし竜を飛び越えその先にいる
赤色狼のもとへと群がった。何が起こるのかと首捻る少年だが、すぐさま喝破した相棒が
異変を知らせてくれた。全方位スクリーンの左方に小さく広がるウインドウ。凄まじい数
値の高まり、これは竜が普段滑空する時に発揮する力と同種のものだ。
55魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:21:10 ID:???
「そうか、これはマグネッサー出力!」
 中腰で踏ん張ろうとする竜。後肢の爪を一杯に開き、かかとの爪まで降ろし。左の翼を
前方に翳し、隙間から覗いた先に見えるのは、変貌を遂げていく赤色狼の姿。鉄塊は狼の
四肢を、胴体を固めていく。奇怪なのは背中にナイフを何本も逆立てたような小さな翼が
生えたこと、そして何より太々しくなった容貌。最早狼の類いではない、凶器の塊だ。
 今度は別の数値がウインドウで弾き出された。凶器の塊が発する体温の上昇は凄まじい。
相棒の低いうなりを耳にし、シンクロを果たせぬ若き主人はこのゾイドが相当な不快感を
感じているのを理解した。ゾイドは一概に、熱を嫌う。
 背中のナイフを逆立て、凶器が跳躍を開始。風船のごとく長い浮遊が、唐突に熱弾の速
さへと転じた。深紅の竜は大袈裟に跳躍しこれを回避。戦う気があるなら間合いの維持を
考えるところだが、元々そういう目的でこの場にいるわけではない上に、この異常な高体
温だ。しかし退避の糸口は、一層門を閉ざそうとしている。
「素晴らしい、これなら魔装竜ジェノブレイカーとも対等に渡り合える!」
 ほくそ笑む弁髪の巨漢。ふと白手袋に嵌めた緑色の計器が無数の光点を描き出した。豪
放磊落に巨漢は笑った。既に勝利を確信したかのようだ。
「ジャゼン、我らが同志が近付いてきておる。この距離なら十分後だ!
 魔装竜ジェノブレイカーも獣勇士も、我ら水の軍団が葬り去ってくれる!」
 声に応じ、依然ノイズが止まないモニター越しに頷いた奇怪なる男。しかし立てた襟の
下で浮かべた笑みは如何なる種類のものだったのだろう。

 野を越え山を越え、至る所から共和国製ゾイドが疾走していく。小暴君ゴドスが、神機
狼コマンドウルフが、鬣獣シールドライガーが、あるいは名も知られぬゾイド達が。彼ら
は徐々に荒野へと集結、支流は太い濁流へと姿を変えていった。彼らも又水の軍団・暗殺
ゾイド部隊の面々である。銃神ブロンコの出撃要請を受け、ここアンチブルの隣国リゼリ
アを始め、各地から集まってきた。全てはチーム・ギルガメス打倒のために、B計画阻止
のために。そして獣勇士粉砕のために。
56魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:22:08 ID:???
「『韋駄天ウィーダ』、久し振りだな」
「『切り刻みのセンゾウ』うぬも元気そうで何よりじゃ」
「各々方、これは同窓会ではないぞ」
「おお、これは『鉄壁のドバ』」
「我らの決起、全ては水の総大将様の悲願のため。
 チーム・ギルガメスも獣勇士もここで葬り去れば、この星は又少し、平和になる!」
「そうだったな。では皆の衆、いざ往かん! 惑星Ziの!」
「『平和のために!』」
 集結したゾイド達が一斉に咆哮を開始。星空に照らされた荒野が今やもうもうと砂塵で
包まれていく。しかしこの状況下でも、彼らを直接招いた照明弾はくっきりと見えていた。
「見よ、ブロンコ殿の合図だ。急げ!」

 振り降ろされる鋼の爪。翼広げて受け止めようとする深紅の竜。落下の角度に合わせて
全身で踏ん張ろうとするが、それよりも速く爪は叩き込まれた。竜は潰れた空き缶のよう
に姿勢を崩す。すぐさま両腕をつき、T字バランスの姿勢に戻そうとするが、凶器の塊と
化した狼は真正面から体当たり。背負いし無数の刃が前方に逆立つ。
 膝をつき受け止めた竜。主人はスクリーン越しに敵の表情を伺う。探るは力振り絞って
跳ね返す好機。だが凶器の塊となった狼は唸ることもなく、今度は背中に折り畳んだ大剣
を振りかざした。敵の背後から伸びる刃に、反応した竜の次の一手は仰向けに転ぶこと。
今はそれしかないのだ、相手の圧力は先程までとは比較にならない。刻印の力が使えない
ことが原因で、よもやここまでの劣勢になるとは。焦る少年。今や赤色狼だった強敵は相
棒の上にのしかかり、圧殺せんと目論んでいる。それに、この異常な高体温。相棒の、深
紅の装甲に覆われていない部分が煤け始めている。
 とにかく今はここを脱出しないと。少年は念じ、相棒は翼を、尻尾を地面に叩き付ける。
強敵の馬乗りには今まで何度もこれで跳ね返してきたが、それを許す相手でもない。残る
浅葱色した狼が翼に噛み付く。背中の鶏冠を点火しようと徐々に広げてみれば、今度は前
足で踏み付けてきた。
「まさか今までの戦闘データを顧みないとでも思っていたか!」
57魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:22:52 ID:???
 してやったりと、弁髪の巨漢は笑みを浮かべる。このままのしかかり、竜の刃や爪で切
り刻むも良し、同志に食いちぎらせるのも良し、だ。
 徐々に勝利を確信しつつある巨漢。このままレバーを振り絞ろうとしたその時。
 数発の砲声。標的二匹に命中。横転する己が巨体同様、狼達の勝利はするりと手から溢
れ、深紅の竜はどうにか姿勢を中腰に戻した。
「ギル兄ぃ…お待たせ!」
 鋼の猿(ましら)だ。右肩に背負いし大砲が硝煙を上げている。砲身に添えられた左腕
を離すや否や、背を屈めつつ両腕を前足のごとく地面に打ち付け竜の元へと接近開始。
 よろめき立ち上がろうとする竜の元に、猿(ましら)の右腕は差し伸べられた。一瞬躊
躇した竜。その心情は寧ろパイロットである若き主人の方に根強い。
 疑心暗鬼に陥りかけた少年。だが我に返ると自らの頬を両手で張った。…以前、この美
少年を疑った挙げ句、彼の心を深く傷付けてしまったではないか(第八話参照)。違うよ、
違う。きっとあのレガックとかいう男と知り合いだったとしても、何か大きな行き違いが
あったに違いないんだ。
「…どうしたの、兄ぃ?」
「ありがとう、フェイ。その、ほっとした…」
 自分にそう、言い聞かせるのが本心だった。レバーを押し込み、相棒に腕を伸ばすよう
促す。よろめきつつも、竜の姿勢はようやく回復。
 かくて実現した両雄の並び立ちも、長くは続かない。電光のごとく、二匹の間を突き抜
ける浅葱色の狼。着地もそこそこに反転し、狙い定めた標的に飛び掛かった。鋼の猿(ま
しら)の方だ。もつれ合い、転び合う猿(ましら)と狼。
「デンガン、この小僧は儂に任せよ! うぬはチーム・ギルガメスを、同志の仇を…!」
 奇怪なる男の一声に、弁髪の巨漢は俄然の奮起。荒々しく咆哮、そして刮目。
「かたじけない、ジャゼン。チーム・ギルガメスよ、ここが貴様らの墓場だ!
 機獣殺法『群狼剣』、受けてみよ!」
 凶器の塊が身構える。本来の姿である狼の荒々しさを越えた狂気が、にじり寄る足下に
も唸り声にも垣間見える。

58魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:25:37 ID:???
「畜生、離せ! 離せっての!」
 フェイの怒声は駄々っ子のようにも聞こえる。
 声のままに、浅葱色の狼と鋼の猿(ましら)は組み合いながら転がっていく。竜達の決
闘とどんどん離れていく距離。
「…獣勇士の坊主、うぬらもジェノブレイカーが欲しいのだろう?」
 襟に隠れて見えないジャゼンの笑みは不敵さを増している。反対にフェイは息を呑んだ。
「ちょ、ちょっと待てよ。水の軍団はギル兄ぃ達を始末したいんじゃあなかったのかよ!」
「要らぬなら何も言うまい。欲しいなら儂らと組み合え」
 言いながら、浅葱色の狼は顎でしゃくり上げた。…星空の向こう。意味するものがわか
らず猿(ましら)の主人は首を捻ったが、ふと気付いた異変に口をつぐんだ。それが場合
によっては殺害も辞さぬ相手と戦いを「演じた」理由だ。

 この咆哮、この爆音、この明滅。銃神ブロンコが召集した暗殺ゾイド部隊の面々は皆一
様に死闘を確信し、戦友の勝利を信じた。砂塵を一層高く巻き上げながら、彼らは戦場へ
と急ぐ。
 彼らの背負う星空の彼方で、星が流れた。一条、二条、そして三条。
「おい、ブロンコ殿は空戦ゾイドの使い手を召集したか?」
「聞いていないぞ…まさか!」
 流れた筈の星は、乾いた光沢を皆一様に浮かび上がらせていた。三匹はいずれも灰色の
体皮。うち二匹は骨のような翼竜。残る一匹は深紅の竜の翼面積にも対抗し得る猛禽。
 流れ星が百鬼夜行の上空を通過した後、その場に広がるは阿鼻叫喚の地獄絵図。足踏み
鳴らして生み出していた砂塵は、油に引火して発生したどす黒い煙に変わった。先程まで
殺気みなぎらせていた集団はことごとく鉄塊に変わり、動くものさえいない。

 吠える狼。身構える深紅の竜。裂帛の気合いに対する用心は、この時ばかりは気合い負
けに繋がる。
 凶器の塊がまず放ったのは背中の大剣。身構えてさえいなければ軽やかに回避を試みる
ところだろうがそれは不可能だ。深紅の竜は翼を十字に交差させる。爆音と共に受け止め
られた大剣。しかしマグネッサーシステムの力により射出された大剣の圧力は凄まじい。
一歩、又一歩とよろめき、後ずさり。
59魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:26:33 ID:???
 この絶好機を逃さぬデンガンではない。凶器の塊、肩を怒らせて突進。背中に生え揃っ
た無数の刃を前方に逆立てる。
 目を剥いたギル。圧力に屈してはならぬと力振り絞る。主人の助勢を得て大剣を吹き飛
ばした深紅の竜。だがその瞬間、出来た隙目掛けて突き立てられた無数の刃。仰向けに転
倒した竜、覆い被さった凶器の塊。透かさず前肢で竜の翼を押さえ付け、後肢で足を押さ
え付ける。無数の刃が竜の両腕に突き立てられれば、残る首で狙うはたった一ケ所だ。
 胸部コクピットハッチを噛み砕かんと狼の顎が迫る、牙が触れる。払い除けんと両腕を
伸ばそうとするが、突き立てられた刃が食い込み、僅かながら弾くに留まる。
 ふと竜の主人は己が不自然なまでに汗ばんでいることに気付いた。…相棒とのシンクロ
中でも普通に汗は掻くが、それとは明らかに種類が異なる。…これは、外気がゾイドの空
調を脅かす程熱いからだ! 全方位スクリーンの至る所に目を配った挙げ句、少年が抱い
ていた不倒の決意は追い詰められた。相棒の皮膚は至る所が焼けただれ始めている。勿論
それは彼を守るコクピットハッチの装甲とて同じだ。つまり逆転の好機を探るようでは彼
ら主従は確実に、死ぬ。
「冗談じゃない、ようやく道が開けてきたっていうのに! え…」
 敬愛する者の名を口にしかけ、思わず少年は唇を噛んだ。このままくたばって、合わせ
る顔があるかと己が両の腿に拳を打ち付ける。
「ブレイカー、魔装剣!」
 全方位スクリーンの前面に、開かれたウインドウは半透明。それは無理との相棒の意思
表示だが。
「今は奥義が使えないってことくらい僕でもわかる。でも、シンクロしなければ只の飾り
ってわけでもないだろう?」
 意を決した深紅の竜。頭頂部から背中に渡って生えた鶏冠の一本が前方に展開。鋭い短
剣を振りかざし、のしかかる狼の首目掛けて何度も何度も突き立てる。シンクロ時に発動
した魔装剣の破壊力は読者の皆さんも御存知だろうが、現状ではあれ程の効果を望めない。
それでも、竜は短剣を突き立てる。
 弁髪の巨漢は苛立った。敵の主従はこの絶望的な状況下でもまるっきり、諦める素振り
を見せない。
「ふざけるな糞餓鬼! アルパ、このままコクピットを噛み砕け!」

60魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:27:19 ID:???
 只一匹、激闘に背を向ける石竜がいた。滑るように駆けるこのゾイドが黒帆を背負って
いるとお察しの方も多いだろう。
「バージェスの勇者よ、バージェスの勇者よ。こちらマリヤード、作戦は残念ながら第二
段階に移った。至急応答されたし」
 天女が鎮座する目前のモニターだけは、ノイズなど混じらぬ鮮明な代物。流石は電子戦
の雄ディメトロドン、自ら発した高周波に侵されるようなことはない。故に送信先の広々
とした室内も計器類が埋め込まれた壁も目を凝らすまでもなくくっきりと見えた。
「こちらバージェスの勇者。どうした姐さん、よもやレガック兄ぃが不覚か?」
「可愛い英雄は意外と、擦れてなかったってことよ。私は、さっきグラントゥと代わった。
フェイ達の機影も確認してる。作戦は大詰めよ、急いで。
 それとね、南方より大量の熱源が集まってきたわ」
 警戒を促そうとした天女は自らもモニター上に別のウインドウを開き、様子をじっと凝
視。この石竜の目を介するなら、それ程の遠目も効く。…だからこそ、状況の急変をも理
解した彼女。ウインドウに広がる映像は怒濤の砂塵が一瞬にして火柱と硝煙に変貌する様
子を見せた。
「ああ、こちらでも確認してる。畜生、まるっきりの正反対だ…おい姐さん?」
「…訂正するわ。暗殺ゾイド部隊の援軍が、全滅した。
 何よあの熱源。誰が呼び寄せたの!? それとも…」

 鬱陶しい。怒りを露にした弁髪の巨漢。己が相棒の首に何度も突き立てられた短剣は、
それだけなら小型ゾイドの蹴り一撃にすら匹敵し得ない。だがそれが、しつこい位繰り返
される。…彼はしかし冷静に、対策を考えた。少し相棒の身を持ち上げて躱せば良い。突
っ返が取れてしまえば相手の首は伸び切ってしまう。そこを噛み切ってしまえば唯一の切
り札は失われよう。
「小賢しい奴。小細工には…!」
 上半身を浮かせた凶器の塊。空振った鶏冠の短剣。少年は息を呑んだ。
 この瞬間、密着していた両者は若干だが離れた。仰向けのまま首だけ伸ばした竜。巨体
に跨がり、上半身を反り上げた凶器の塊、或いはさっきまで狼だったゾイド。その頭部コ
クピット内で、一瞬開けた視界に飛び込んできた異物を見て巨漢は絶叫した。
61魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:28:27 ID:???
 吹き飛ばされた凶器の塊。何度も横転し、その度全身を覆う武器や鎧、銃砲が飛び散っ
ていく。その挙げ句、ようやく立ち上がった姿を竜の目を通じて見た少年は不条理に破れ
た敗者の末路を見た。狼だったゾイドは今一度、元の狼への変貌を余儀無くされた。だが
それは燃え盛る炎のシルエットによる。赤色狼は炎に焼けただれた狼となり、一歩、又一
歩。再度の飛翔を目指すがそれは叶わず、やがて音を上げて崩れ落ちた。体液である油が
引火し、爆発・炎上を続けている。
 生き長らえた主従は仰向けのまま、しばし惚けていた。星空をキャンパスに、弧を描い
てみせる者達がいる。空戦ゾイド三匹。彼らが弁髪の巨漢・狼機小隊一の牙デンガンと剣
狼ソードウルフ「アルパ」に地獄の業火を浴びせたのだ。
 疲れ切った巨体を今一度起こした深紅の竜。助けられたのかと少年は首傾げるが、そう
ではないとすぐに確信した。何故ならあの空戦ゾイド三匹はそのまま星空を泳ぎ、禿鷹の
ごとくこちらの様子を伺っている。助けたというのならこのノイズ混じりの状況でも通信
位入れてくる筈だ。
 主従はお揃いで、押し殺すような溜め息をついた。疲れてはいるが、それを自覚せぬ程
度にお互い力を抜き、こちらは本当に助けてくれた友を探すべく首を振る。

 もつれ合うことを繰り返していた浅葱色の狼と鋼の猿(ましら)。だが赤色狼と深紅の
竜との激突が終焉を迎えた時、同時に間合いを離した。
 奇怪なる男は戦いの最中でも襟に手を添え、笑みを押し殺そうとしている。謀略は、そ
れ程までに図星の成功を収めた。
「愚かなりデンガン。あれ程の高熱を発していたらずっと遠くからでも狙える…」
 一方、猿(ましら)の主人は肩で息をしていた。相手の言い分が信用ならない以上、気
は抜けない。だが半信半疑の中、結局は五分に及ぶ戦いを「演じた」。
「どういうつもりだ…」
 堪え切れず、切り出した美少年。奇怪なる男は、応えない。
「どういうつもりなんだよ! あんた、仲間を見殺しにしたんだぞ!?」
「うぬもジェノブレイカー欲しさに儂と謀っただろう」
62魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:29:11 ID:???
 美少年は歯ぎしりした。この数分間、危機に陥っていたあの主従の危機に対し傍観して
いたのは事実だ。しかし、それでも最悪の事態には相棒の肩に背負いし大砲で援護しよう
と様子を伺っていた。それだけは、認めたくない。
「違う、その方が有利と考えただけだ!」
「まあ良いわ。獣勇士は小僧といえども腹黒い。よくわかった…」
 身を翻す浅葱色の狼。片腕を伸ばして制止しようとする鋼の猿(ましら)。
「待て、待てよ! オッサン、何を考えて…」
「B計画」
 手を伸ばした姿勢のまま、猿(ましら)は凍り付いた。浅葱色した狼は腹部に畳んだ車
輪を広げ、この場を離れていく。
 呆然と、見守っていたこの主従はやがて意を決したかのごとく、踵を返した。視線の向
こうには彼らを探す深紅の竜がいる。

「フェイ、フェイ! ありがとう、助かった。君が来てくれなければ…」
 息せき切って、駆け寄る竜。胸部に身を潜める主人も全力疾走後のような息切れが止ま
ない。主従を、美少年は黙って迎えた。
「さあ、急いで帰ろう。エステル先生に怒られる前に…」
 主人の声に合わせるように、進路を転換した深紅の竜。その短かめの首の向こうに、街
の灯が見える。すっかりくたびれていた両の翼も心持ち軽くなったのか、どうにか水平の
姿勢を取り戻した。とぼとぼと、疲れ切った足取りながら、それでもさっきよりはずっと
余裕もある。
 ギルは…軽率さを反省した少年は、彼ら主従の後に友人主従がついてくるものだとばか
り思っていた。彼らは一向に踵を返そうとはせず、制止を決め込んだまま。
 深紅の竜と鋼の猿(ましら)はお互い、背を向けたまま立ち止まった。頭上を流れ星が
哭いたことさえ彼らは気付かない。
「…何も、聞かないの?」
 美少年の呟き。ギルはコントロールパネルを叩きかけたが、何やらバツが悪そうに苦笑
いを浮かべると音声だけの通信に留めた。
「後にしとく」
「聞いてよ」
「だから、後だってば。落ち着いてからゆっくり…」
「今聞いてくれないと、困るんだよ!」
63魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:30:10 ID:???
 鋼の猿(ましら)は背負った箱に突き立てたミサイルによく似た二本の棒を引き抜いた。
「大根ヌンチャク」と美少年が戯けて命名した棒は勢いよく引き抜かれ、真後ろの竜の首
目掛けて絡み付く。両端を繋いだ鎖が食い込み、竜は苦悶の鳴き声を上げた。
「な、何をするんだ、フェイ! 離せ、離せってば!」
「聞けよ! 『何で僕らを拉致しようとしたか』って! そう怒鳴ってなじれよ! 裏切
り者って罵れよ!」
「な、何か事情があるんだろう? お互い様じゃあ…」
「家出少年と獣勇士を同列で語るな!」
 鋼の猿(ましら)の何たる剛腕! 竜の首を鎖で縛り上げたまま、釣り竿を投げるよう
な姿勢で肩越しに引っ張る。脳天から叩き落とされた竜。地面に突き立てられた首を基点
に、うつ伏せに倒れ込んだ。通常のゾイド戦なら今の一撃で失神、最悪パイロットごと死
亡するだろう。しかし相手は魔装竜ジェノブレイカーだ。四肢をピクピクと痙攣させつつ
も、懸命に起き上がろうともがく。
 そんな隙は鋼の猿(ましら)が許さなかった。透かさずヌンチャクを背中に挿し戻すと
竜の側に駆け寄り、両腕でひょいと担ぎ上げる。
「コング・ブリーカー!」
 担ぎ上げた竜の胴体を、そのまま背中の棒目掛けて突き立てる。それだけで貫通してし
まう程竜の装甲は柔らかくないが、次の極悪な攻撃を貰うことを考えたら貫通した方がマ
シとも言えた。背負いし箱に差し込まれた棒が、そこを基点にたちまちの高速回転。耳を
つんざく金属音、そして衝撃。悶える深紅の竜。少年は口を抑えるが、激しい振動は立ち
所に目眩を起こし、そして嘔吐を余儀無くされた。
 数秒担いだ後、猿(ましら)は竜を荒野に降ろした。その動作だけは大事な者を労るか
のごとく穏やかだ。足下で竜はぐったりしている。それでも僅かながら全身を使ってうご
めいてはいるが、失神は時間の問題と言えた。何故ならこのゾイドの生きる理由はその胸
元で、一足先に意識が遠のいていたからだ。

64魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:31:00 ID:???
 銃神ブロンコと獣勇士二名との激突は終わる糸口が見えない。
 跳躍する小豆色の二足竜。小刻みに身体を左右に揺さぶるその姿勢に、白き狼は一瞬釘
付けにならざるを得ない。理由はこのゾイドが落下地点に達するまでに明らかになる。背
中より翼のごとく伸びた鎌。それが果たして右から来るのか、左から来るのか。僅かな揺
さぶりの大きさを判断材料に、白き狼は地面を蹴り込む。鮮やかな幻惑攻撃は、しかしそ
の後に続く黒蜥蜴の狙撃の前触れに過ぎない。それにしてもこのヘルディガンナーなるゾ
イド、素早さとは駆け離れた体躯であるにも関わらず現実に発揮する俊敏な動きは脅威だ。
おそらくはあの地面にへばりつくような低い姿勢と、あらゆる角度をフォローする半透明
の頭蓋骨にあるのだろう(いやゾイド解剖学的にはあれこそが巨大な目玉なのかも知れな
い)。あらゆる角度に回り込もうが、振り向くよりも速く狙撃を敢行し、或いはあの棒の
ような長い尻尾で足払いを仕掛ける。体格では圧倒的に優る白き狼も、小型ゾイドとは言
え獣勇士の精鋭二名が相手では分が悪い。
(だが、それで良いのだ。こやつらをこの場で釘付けにすればチーム・ギルガメスは一対
二での戦闘を余儀無くされる)
 銃神ブロンコの狙いは、しかし思わぬ展開により崩壊の認識を迫られた。何度目かの連
携を計る獣勇士。向い来る二足竜の一撃を躱し、次に来るであろう黒蜥蜴の攻撃を見抜か
んと目を凝らした時、それが徒労に終わったことを理解した。黒蜥蜴目掛けて飛び掛かっ
た浅葱色の狼。振り切ろうとする黒蜥蜴。懸命に牙で食らい付いた狼だが、流石に相手の
尻尾の長さは脅威だ。胴を打ち、背中を打ち、そして足払い。ひとまず噛み付きを解き、
間合いを離した浅葱色の狼。
「ジャゼン、デンガンはどうした! チーム・ギルガメスは…」
「デンガンは破れました」
「何ぃ!」
「しかし、チーム・ギルガメスも今頃意識を失ってございます」
 二人の会話を余所に、暗殺ゾイド部隊と獣勇士、精鋭二匹同士が睨み合う。ゾイド戦で
はお互いの視線もさることながら、踏み込みを探るのが極めて重要だ。異なるプロポーシ
ョンを持つ者同士の戦いとなれば、動作の予兆は全く異なるからだ。
「それに、何故援軍は来ない…むぅ?」
65魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:31:59 ID:???
 上空を、あの得体の知れぬ空戦ゾイド三匹が弧を描いて飛び交っている。ブロンコは煮
え返るはらわたをどうにか抑えて言い放った。
「獣勇士よ。随分の多勢だな。恐れ入るぞ」
「何を言うのか、水の軍団。あれは、貴様らの同士ではないのか?」
 怪訝そうに、返事した義眼の男。
 お互いが、不気味な事実を直感した。チーム・ギルガメスを巡って水の軍団でもシュバ
ルツセイバーでもない、別の勢力が暗躍している。
 そこに、砂塵挙げて駆け付けてきたのはほかならぬ、鋼の猿(ましら)だ。疾走と言う
には程遠い。だが十分驚嘆に値した。何しろこのゾイドは深紅の竜を肩で担ぎ、この場に
走ってきたのだから。
 我先に第一声を上げたのは、意外にも黒蜥蜴の主人だ。
「よう、フェイ。やるじゃん。見直したぜ。誑し込んだ女の面ぁ、見せて…」
「うるさい!」
 下品な笑いを浮かべていた悪鬼は一転、両耳を抑える。フェイは二枚目が跡形もない位
憮然としている。
「フェイ、古代ゾイド人の女を人質にする話しでは…?」
「してませんよ、レガック兄ぃ。
 過程がどうあれ、チーム・ギルガメスを捕らえれば結構とお聞きしましたが?」
「仲間割れはそれ位にしてもらおうか」
 二匹の狼が、獣勇士の面々に割り込んできた。
「まさか担いでお持ち帰りとは恐れ入った。そのためのアイアンコングか?
 しかしどこまで連れていくつもりかね?」
 白き狼は身構えた。背中の砲身が鈍い音を上げ、猿(ましら)の担ぐ竜へ向けて照準を
定める。彼としては、別にその身が地獄の業火に灼かれても良いのだ。チーム・ギルガメ
スさえ葬り去ることができれば。
「勿論、対策は用意してある」
 そう義眼の男が言い放った頃、彼が操る小豆色した二足竜の背後で爆音が聞こえ始めた。
雷雲の襲来にも似た爆音の足取りは思いのほか、速い。

66魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:33:25 ID:???
 ビークルの機上で只一人、蒼き瞳の魔女は端正な顔立ちを歪めていた。取り敢えずあの
灰色のジャージの上にコートを引っ掛けサンダル履きという凡そ追撃には似つかわしくな
い格好だが、なり振り構ってなどいられない事態であるのは間違いない。あの激し過ぎる
頭痛はさっきよりは落ち着いてきた。恐らくは仕掛けてきたゾイドが遠ざかったからだろ
う。だが苦しいことに変わりはない。それでもと、唇を真一文字に閉ざし操縦桿を握り締
める。愛弟子とその相棒、そして彼らの友人の足跡だけはくっきりと荒野に刻まれている。
それが彼女の堅い決意を後押しし、自然とビークルも加速していく。
 朦朧とした眼差しでふと星空の彼方を睨んだ魔女は、はたと声を失った。地平線の向こ
うより、黒いシミが近付いてくる。いや、肉眼でシミと例えられる程の大きさということ
がどういうことなのか、不調を極める彼女でもすぐ理解できた。これは空中を浮遊する輸
送ゾイドだ。更に目を凝らした彼女はシルエットと己の記憶が合致し、思わず上半身を持
ち上げた。
「アノマロカリス! まさか、ギル達は…!」
 ビークルのエンジンを吹かす。そして歪む己が頬を二度、三度、すうっと撫でる。徐々
に平静を取り戻す面長の美貌。腫れた頬は冷やされ、氷細工のような厳しさが垣間見えて
きた。それが魔女本来の表情。他人に恐れられるのを気にしてはいるが、愛すべき者を守
るためにイブより授かった彼女の切り札でもある。

 空中を浮遊する輸送ゾイドは一概に胴体が長い。星空の彼方に現れたそれも同様だが、
このゾイドはそれに加え、奇妙な意匠を備えていた。頭部と思しき先頭より長く伸びた二
本の牙。それに、格納口は先頭ではなく頭部の真下にヒマワリのような形で据え付けられ
ている。加えて、長い胴体はことごとく蛇腹。人呼んで「具足王虫」アノマロカリス。ガ
イロス公国が暗黒大陸の険しい山脈を回避するため伝統的に育て上げた輸送ゾイドである。
 アノマロカリスの機影を背負うに至り、獣勇士の三名は勝利を確信したかに見えた。だ
がそれで諦める銃神ブロンコでもない。
「それが貴様らの切り札か。ならばこちらも切り札を使おう」
「何だと…?」
「そろそろ、二十三時だ。どんなに貧乏な国でもニュース位、流すぞ?」
67魔装竜外伝第十話 ◆.X9.4WzziA :2006/12/31(日) 18:36:38 ID:???
 義眼の男は銃神の発した言葉の意味を予想できていたのか、舌打ちしつつスイッチを入
れた。美少年と悪鬼は半ば首を捻っていたが、スイッチを入れた瞬間一様に硬直した。
「共和国軍広報部は先程、今日までにヴォルケン・シュバルツ氏を連続テロ事件の首謀者
として逮捕し尋問中であると発表しました。シュバルツ氏はガイロス公国からの国費留学
生であり、一連のテロ事件を始め様々な学生運動との繋がりも噂されております。
 一部学生や市民の間では抗議の声が広がっており、再び暴動の可能性も…」
「水の総大将様による、この日のためのお膳立てだ。
 さて、どうする獣勇士。技術を選ぶか、それとも次代の頭脳を選ぶか?」
 睨み合う五匹はいずれも相手の出足を伺っている。
 それを余所に、彼方から向かってくるアノマロカリス、そしてビークル。
 蒼き瞳を閉じる魔女。やがて額を、頬を玉の汗が伝い、そして浮かんだ額の刻印。眩い
輝きは凍える表情の裏に隠れた闘志とも見て取れた。…女の、闘志だ。
「待っていなさい。ギル、ブレイカー、フェイ君!」
 魔装竜ジェノブレイカーを、翻弄される少年ギルガメスをその手で受け止めるのは誰か。
そして謎の空戦ゾイドの正体は? 待て次回!
                                      (了)

【次回予告】

「ギルガメスは容赦なき大義を認めはしないのかも知れない。
 気をつけろ、ギル! 銃神は、決着を願っている。
 次回、魔装竜外伝第十一話『魔女の小指で、たぐる糸』 ギルガメス、覚悟!」

魔装竜外伝第十話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)10-21 (第二章)22-27,29-35 (第三章)36-49 (第四章)50-67
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