「戦場神経症並びに犯罪について」
(昭和13年4月 上海第一兵站病院 予備陸軍軍医中尉 早尾乕雄)
第三章 戦場に於ける犯罪に就て
今時の事変中将兵中に頻発せる犯罪事件は其の数極めて多く其の原因につきても種々講究
するの要を感じ命により法務部及び憲兵隊と連絡をとり調書、司法書類、被告人等につき
調査を実施せし結果により得たる所を左に記述せんと欲す。
(略)亦憲兵隊の手に触れさる犯罪者は実に枚挙に暇なし、是等を全て
中間者の行為とせんか軍隊は中間者の巣窟と言ふへきのみ、此の言や決して
適切ならす、今事変に見る犯罪の種類は悉く内地に於ては重罪のもとに処刑せらるへきものなり。
(略)
官憲の取締行き届かざりし頃は放火、掠奪、殺人、窃盗、強奪、強姦等凡ゆる重犯行為思
ふがままに行はれつつありしが取締厳となると共に放火は漸次数を滅したるを見たり。必
要上の放火よりは遊戯的放火の少からざるを見たり。殺人行為も減少せり。姦したる後に
是を殺したる例も其の目撃者より聞けり掠奪、強奪も見られたるも漸次減少しつつあり。
反之奇異なる現象は休戦期間の続くと共に戦友間の傷害が目立ちて多くなり支那人強姦例
は殆ど数を挙げ得ざるほどの多数に上り詐欺、脅迫、強奪、服飾潜用等の如き犯罪をも見
るに至れり。犯行は次第に在留邦人にも向けらるるに至れり。
就中傷害犯の多きこと而も是か皆飲酒の上に行はるる事に就ては
兵の精神教育の不徹底を疑はさるへからさる所なり。彼等は酒を
飲めは戦功を誇り高名話を競ふ傾あり。是に就きては何等怪しむに
足らさるも其の結果は必す銃剣を抜き相手を威嚇する者甚だ多し。
其の終局は傷害を来すものなり。亦徒に衆人を前にして日本刀を抜き
虚勢を示し支那人を何人切りし等高言を吐く将校も幾人か目撃せり
在留邦人は飲酒の上剣を抜き威嚇なすは軍人の常の如く考ふるに至り
陸軍軍人を猛獣の如くに怖れつつありとの文句さへ読みしことあり。
(略)
上海は実に日本軍人の犯罪都市と化したる観あり。南京亦是に次かんと
する有様なり。実に日本軍人の堕落と言はさるへからす。