銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。
過去に埋没した物語達や、ルールは
>>2-7辺りに記される
・題材について
ゾイドに関係する物語なら、アニメや漫画、バトスト等何を題材にしても良いです。
時間軸及び世界情勢に制約は有りません。自由で柔軟な発想の作品をお待ちしています。
過剰な性的表現・暴力表現を主体とした作品の投稿は御遠慮下さい。
・次スレの用意
1.長文を書き込むスレッドの性格上、1000レス消化するより先に、
スレッドの容量が512KBに達して書き込み不可能となります。
そのため容量が【450〜470Kb】位に達したのを確認したら、
まずは運営スレまで御連絡下さい。書き込みを希望する方を確認します。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレlt;その1gt; (現行)
http://hobby8.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1108181848/l50 2.一週間書き込みが確認できない、又はスレッドが書き込み不可能になった場合、
次のスレを用意して下さい。又、その時には以下を実行して下さい。
a.旧スレにて新スレへの誘導を行なって下さい。(URL記入必須!)
b.運営スレにて新スレを用意したことを告知して下さい。
c.下記スレにて倉庫格納依頼を行なって下さい。
★ 倉庫格納 ★ (現行)
http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/saku/1047244816/l50 ・定期ageについて
投稿作品が人の目に触れ易くするため、新規スレッドが立ち上がってから一ヶ月ごとのageを推奨します。
投稿作品がある場合は投稿時にageて下さい。ない場合は「定期age」を書き込んだ上でageて下さい。
・書式
一行の文字数は最高四十字前後に納めて下さい。
・書き込み量の制限と再開
スレッド一本の書き込み量は一人につき最大100kb前後です(四百字詰め原稿用紙約128枚分)。
100kb前後に達し、更に書き込みを希望される方は、スレッドが最終書き込み日時から
三日間放置された時、運営スレッドでその旨を御報告下さい。
この時、トリップを使用した三人の同意のレスがあれば書き込みを再開できます。(※)
又、三人に満たなくとも三日間経過した場合は黙認と看做し、書き込みを再開できます。
再開時の最大書き込み量は25KBです。
反対のレスがあった場合は理由を確認し、協議して下さい。異議申し立ても可能です。
※ 騙り対策のため、作品投稿経験のある方は定期的なチェックをよろしくお願いします。
・作品の完結とまとめ
投稿作品はスレッド一本での完結を推奨します。
続き物はなるべく区切りの良いところで終わらせて下さい。
複数のスレッドに跨がって書き込む人は「まとめサイト」の自作を推奨します。
・その他、禁止事項
誤字など修正のみの書き込みは原則禁止です。但し張り順ミスの説明のみ例外とします。
投稿された物語の感想等は運営スレにてお待ちしております。
スレのルール等もこのスレで随時検討中ですので、よろしければお立ち寄りください。
Q&Aです。作品投稿の際に御役立てください。
Q.自作品の容量はどう調べればいいの?
A.全角一文字につき2バイト、改行一回につき1バイト消費します。
一行を四十字とすると、最大81バイト消費します。
そのため自作品の行数×81で概算は導き出せます。
Q.一回の書き込みは何バイトできるの?
A.2KB、2048バイトです。
又、最大32行書き込むことができます。
Q.書き込み時に容量が水増しされてるみたいだけど…?
A.レス番号・名前・書き込み日時・ID・メール欄、書き込まれた文章の各行頭に追加された
空白部分などによって容量が水増しされているようです。
当スレではこの数値は無視し、書き込まれる方の自己申告を尊重するものとします。
Q.トリップはどうやってつけるの?
A.名前の後に#(半角で)、任意の文字列でトリップができます。
1#マイバト擦れ123abc
…とすると、#以降がトリップ表記に変化します。尚、名前は省略可能です。
「今度は…古代チタニウム製の頭部レーザーブレードだと!?
貴様!映像を加工していないだろうな?もしそうなぐがぁっ!?」
言葉途中で床に崩れ落ちる男。その両手は額を抑えている。
「いい加減にしろ!貴様が偵察を押し付けておいてそれは余りにも失礼だろうが!
済まんな…このゴンザデ中隊は山賊と変わらん。いや、
寧ろ山賊から部隊になったのだから当り前だったな。」
その崩れ落ちた男の後頭部を拳でグリグリと押しながら…
顔の略70%が毛で覆われた男が詫びを入れる。彼がゴンザデその人である。
「まあまあ気になさらずに。普通にこれを見たら…
肉眼で確認してきた此方が信憑性が余りにも低すぎると頭を抱えてしまいますから。」
どう見ても伊達と解るメガネを掛けた男が言う。
ゴンザデは正直目の前の2人組がここまで使える存在だとは思っていなかった。
だが実際にはこの雪山に大盤振る舞いで配備されたデスザウラー3機。
これをトラブル無く運用出来たのは彼等の助力が在ったからである。
FDと呼ばれる兵器開発実験部隊の第3小隊から派遣されている彼等…
自らは正直役に立つかどうか微妙な機体に搭乗しサポートに回り、
その癖新品同様のゴンザデ部隊の機体より遥に高い戦果を挙ている。
「(…本物は違うと言う事だな。2週間ほどでゴロツキ共が立派に仕事をする。
元々ガイロスの何方かと言えばエリート下級士官。その上腰が低く体術の方も達者。
俺達がお守りをされているのが良く解る…情けない話だ。)」
そんな事を考えているゴンザデの前には何時の間にかコーヒーが置かれている。
「深く物事を考える時には何かを軽く飲んでいる方が疲れが溜まりにくいですよ?」
伊達メガネの男は何時の間にやら熱いコーヒーを入れていたようだった…。
「中尉?やはり…。」
「まあ間違い無いでしょうね。特攻を仕掛ける心算でありましょう…
ならこの子達の調整はトルク重視にしておかないといけません。
今手を抜けば勝っても負けても生存は無理でありましょうからね。完徹決定!」
万年雪の雪山でデスザウラー運用。余りにも無謀極まりない。
しかし相手が更に雪山に弱い相手であるのが唯一の救いだった。
だが今回救われるのは帝国でも共和国でもない…。
「しっかし…奴等まだ来ねえのか。それならショウ!村に行こうぜ。
今度デカイ戦闘があれば雪崩が起こるからな。お前が隊長なんだから指示飛ばせ。
まあ…戦闘中は攻撃目標の指示以外は受け付けないけどなっ!」
タナカはショウに指示を出せと凄む…しかしその少年隊長ははいはいと適当に了解し、
オニマユに履かせた元デスザウラー用装備と思しきジェットローラーを整備している。
「けっ他人の靴をパクッてってか?今時盗んだバイクで走り出す奴は…
俺っちぐらいしか居ないけどなぁ。」
「大丈夫ですよ。コイツの名前は…ギガクロウラーだそうです。
きっと帝国が盗んでいたんですよ。」
そう言って速攻で切り返されたタナカだが逆に目をキラキラさせている。
「”ギガ”だしなw終わったんだろ?行こうぜ!
多分今回活躍するのは…俺っちの舎弟じゃなくてお前の舎弟だろうから。」
強面の怪人にしては意外なほど冷静な判断力を持っている様だった…。
ショウはアロクラフターからタナカのお下がりらしい…ディバイソンに乗り換えている。
とは言え此方も戦闘工兵型に改造されていたりする。
タナカがショウをカミソリショウと言うあだ名を付けたのもここら辺からで、
その丈の短い刃物を使わせたら右に出る者はまず居ない技術の高さは剃刀の如し。
実際今は激しい損耗から修理用に回されてしまっているアロクラフターも…
つい最近までは単機でデススティンガー1機をその場に釘付けにできる程だったりした。
タナカのギガのVスラッシャー(本人命名!)も実は彼の影響だったりする。
山の中腹に在る村。そこにある村は既に帝国軍が入り込んで居り…
今は先日の表層雪崩の雪掻きの真っ最中である。
「お頭!何時までも除雪じゃ埒が開かないですぜ。
彼方の先を荷電粒子砲で溝掘りでもして迂回路を作った方が良いんでないですか?」
それにゴンザデは解っているからさっさと雪を退かせと檄を飛ばす。
溝堀りを今の状態で行えば…その衝撃で村の近くの積雪が崩れる。
如何しても村の周囲を雪掻きしないと為らないのだ。
「おい…彼方で昼寝中の助っ人を起してくれ。徹夜明けらしいから優しくな。」
どう見ても小柄すぎるジェノザウラー数機と同じく小柄すぎるジェノブレイカー2機。
それが並んで止まっている。
「おいっ!見ろショウ!新型だ!帝国の新型ブロックスだ!
何時の間にジェノザウラー系列の縮小に手を付けて居やがったんだ?
でも…ウイングスラスターは再現できなかったみたいだなプッ!」
タナカが笑うのもしょうが無い…
その背中にはオーバーサイズ甚だしいフライシザースの翼3対。
まるで動物虐待を彷彿させる姿。ジェノブレイカー自体がそもそもそんな姿なので…
余計にそれが際立っている。
「ふぁ?出番でありますか…何処に収束荷電粒子砲を撃ち込めば?」
「ばっ!?いきなり撃つなよ!?雪掻きの手伝いが足りなくてな。」
ポンと手を叩く伊達眼鏡の男…目下黒星急上昇中で周囲より陰口を叩かれる彼。
帝国の自爆王と帝国軍内では致命的な名声を持つファイン=アセンブレイスその人。
貧乏籖処理人とか呼ばれていたもりして同軍内の不幸の人の代名詞と化す日も近い。
「シュミット少尉?雪掻きの時間でありますよ〜〜〜…。」
わざわざ拡声器でそう言うと近場の雪をエクスブレイカーで払い始める。
「どうやら目的は同じ様ですね。戦闘前に付近の居住区の安全を確保。
その後私達の陣営の上を取って奇襲と言った所でしょうか?」
ショウは村周辺の状況を持て感想を漏らす。解り切ってはいるが…気が重い。
相手は雪崩を起こす気満々。
ゾイド自体はそれ程寒さに強い種が存在しないと言う前提からすれば当然の作戦。
嘗てこの星の大地が切り裂かれた大異変。
それ以前の戦争でも共和国軍はウルトラザウルスで雪崩毎崖を駈け降り…
帝国軍の戦力をその基地毎雪の下に埋葬したと言う実例も有る。
今度は共和国勢が仕掛けられる方に回ると言う事だ。
しかも彼等の野営地の下。山の麓には結構な規模の商業都市が存在する。
一応今帝国軍が行っているような処理をしているが野営地自体は一溜まりも無い。
「コイツはヘビーなサタデーナイトに成りそうだぜ?
ショウ。さっさと帰って寝た方が良さそうだ…。」
今夜は間違い無く厄介な事になる…そんな確信を得て、
タナカ特攻隊の面々と言っても…2人は野営地に帰って行く。
「誰かに笑われた気がしますね…中尉。」
「きっと笑われたのでしょう。この姿は流石に吹かずにはいられないでしょうし…
なんで鹵獲機のナイトワイズの翼にしなかったのかと…。」
ブツクサ言いながら雪掻きと最高刑荷電粒子砲のガイドとして幾つかの場所に、
ジェノブレイカーブロックスの収束荷電粒子砲が撃ち込まれる。
その後大音響と莫大な水蒸気を上げ溝堀が滞り無く行われた。
「おう!さっさと横穴の中に重要な物資を運ぶぞ!重い物は俺っち達に任せときな!」
タナカは完全に仕切っているがショウの方は全く意に介していない。
下手に隊長色風を吹かすよりタナカのゴツイ存在を前に押し出す…
その方が数倍事が捗る。その上タナカはこの部隊の要。
必然的に彼の言葉が野営地の命運を握るようになっているのである。
「おう?やっぱりショウはマメだな。俺っちの数倍の速度で片付け物をする。
負けてられねえぞ?行くぜ!一気に200t運ぶぞ!」
その言葉どおり彼の舎弟は一気に200tコンテナを運ぶ。流石はギガと言った所。
予め掘られた横穴はかなり奥にまで続いており、
この山の規模が生む雪崩程度で埋まる心配は無い。あくまで一応だが…。
隙間が在ったりすればまた別の話である。
ー 夜半 ー
地を揺らす重低音。大型…しかも1歩毎の振動の感覚が比較的ゆっくりな物。
共和国には随分前から警戒の対象として受け継がれているリズム…
デスザウラータイプの足音だ。
午後の早くより眠っておいたかいが有る。その様な面持ちのタナカとショウ。
一方…
「やはり眠い…。シュミット少尉は何分寝られましたか?」
「…3分。」
「何て事でありましょう!私の3倍もっ!」
「ええっ!?」
帝国軍の助っ人衆は駄目っぽい眠たげな空気が蔓延していたりする様だ。
というより凡ゆる意味で帝国軍の方は駄目っぽい空気だった…。
「「……」」
タナカとショウは開いた口が塞がらなかった…。
目の前に展開されるは…
…3機でフラメンコを踊るデスザウラー。何故フラメンコ?
この疑問のみが彼等の頭の中をグルグル回っている。
情熱的なステップを踏むデスザウラーの起す振動により彼等の後方から、
案の定雪崩が押し寄せて来ている。規模は小さいがやはり野営地は一溜まりも無い。
だがその雪崩で酷い目に遭うのは当然の様に…
「え〜っと?これは…お約束でありますかぁああああああああああああっ!?」
「またみたいですねええええええええ!!!中尉いいいいいいいいいいっ!!!」
雪崩に飲み込まれているジェノ系列ブロックス達。
「またって…奴等は一体何れだけ酷い目に遭っているんだ!?」
その悲鳴を聞いてタナカのブイブレードファイヤーは…
ハイパープレスマニュピレイターで十字を切っている。
彼等は山の下へ一気呵成に滑り落ちて行った…。
「ゴンザデ部隊は山賊上がりで部隊としての戦闘レベルは低いですね。
更に今みたいな事を平気でしてしまうので…。」
迫る白い濁流に17門突撃砲を浴びせて雪崩の第一波を防ぐショウ。
彼のディバイソンは射程を犠牲にして威力と拡散率を重視した砲門を持つ。
そして…その17門突撃砲の弾丸も高圧拡散焼夷弾。
今回の襲撃の為に準備した極上の弾薬である。
その威力は熱に因る装甲劣化を及ぼしそのツインクラッシャーホーンを活かす。
「…1機目!」
焼夷弾がデスザウラーに命中する。これ自体のダメージは略無いに等しい。
その代わりに装甲強度を熱に因り低下させる。
「おっしゃ貰ったぜ!喰らえVクラッシャーッ!!!」
ブイブレードファイヤーのVスラッシャーが白刃と化しデスザウラーの胴体にVを刻む。
デスザウラーの方も何とか直撃の直前に後退に成功した為致命傷には成らない。
それでもV字に切り裂かれた装甲の奥にはコアの輝きや吹き出す液体燃料、
激しく絶え間ない火花が周囲に撒き散らされている。
Ziファイター兼賞金稼ぎの少年“マリア=バイス”(16)は謎の怪人“覆面X”の
依頼を受けて、怪しげな宗教団体“暗黒魔教会”へ潜入する。目的は“ゾイテノン神殿”
から盗まれてしまったと言う未知の力の詰まった謎の宝石“Ziストーン”の奪取。
暗黒魔教会がZiストーンを奪った目的は、それに込められた力を使って大魔王を
この世に召喚する事だった。正気を疑い、呆れるマリアであったが、何と本当に大魔王が
召喚された。しかしその風貌は角が生えていたりとはあるが、どう見てもマリアと
同年代の少女のものだった。大魔王の息女を名乗る悪魔少女“デミント=ディアブロス”
に暗黒魔教会はこの世を暗黒に〜と、いかにもな願いを託すが、あちらも今は色々事情が
あるようで、「牛丼を半額で食べたい」と言うレベルの願い事しかかなえられないと言う
厳しい現実の前に暗黒魔教会教祖はその場で跪くしかなかった。その隙を突いてマリアは
Ziストーンを奪取する。取り戻そうとする暗黒魔教会信者達や、教会所有のゴーレムや
アタックゾイド相手に大暴れするマリアであるが、その姿をいたく気に入ったデミントが
マリアに悪魔にならない?と誘ってくるが、変な冗談にしか思わないマリアは優しく家に
帰るよう言い聞かせてその場を立ち去る。その後愛機のムゲンライガー
“白鋼王(びゃっこうおう)”に乗って逃げるが、今度は有人型キメラドラゴンの追撃を
受ける。しかし、白鋼王の強固な装甲は至近距離からの一斉砲撃を受けてもビクとも
しなかった。
「残念だったな。ムゲンライガーの装甲は特殊鋼をコーティングしてあるからその位の
攻撃じゃあビクともせんよ。その上この白鋼王はウチの親がこれまた心配性なもんだから、
古代チタニウムまでコーティングしやがってこの通りさ!」
「・・・!」
唖然とする有人型キメラドラゴンパイロット。それを助けんと、他の機体も白鋼王に
襲い掛かるが、白鋼王は押さえ込んでいた有人型キメラドラゴンの首元を銜えると
その場で振り回し、助けに入って来た別のキメラドラゴンに叩き付けた。そして数機が
絡まった状態で転がって行くキメラドラゴンの急所を正確に突いたクローアタックで
決着を付けた。
「どんなもんだい!コイツのパワーは!もっとも・・・動きの鈍さが玉に傷だがよぉ・・・
それを使いこなせるのは俺くらいのもんさ!多分・・・。」
そう何か微妙な事を言い残し、走り去る白鋼王。それから特に追っ手の姿は見られず、
完全に撒いたとマリアが安心したその時、間髪入れずに後方から強い気配を感じ取った。
「ったくまた誰か来るのか・・・ってデスザウラーの改造機まで持っているのかよ!」
およそただの宗教団体とは思えぬ装備の充実っぷりにマリアは呆れるしか無かったが、
後方に現れたデスザウラーの改造機は超合金繊維で作られたマント状の物体でその身を
覆い、まるでRPGの魔法使いが持つ様な杖を片手に持った何ともおかしな姿だった。
「お前の賞金稼ぎごっこもここで終わりだ!この“デスウィザード”がお前を倒す!」
デスウィザードと言う改造デスザウラー、そのコックピット内には教祖の姿があった。
「全くますますワケ分からなくなって来たな。悪魔なんて得体の知れないもんに
頼らなくても世界を引っくり返せるんじゃねーのか?」
「黙れ!もうあんな期待はずれな魔王の事などどうでも良いわ!とにかく今Ziストーン
を我等に返還すれば、命だけは助けてやるが・・・どうするかね?」
デスウィザードが手に持つ杖をかざしつつ教祖は叫ぶが、マリアは怯える事無く、
「そうはいかん!それに俺だってデスザウラーとの交戦経験が無いワケじゃねぇんだ!」
「デスウィザードをただのデスザウラーと思うなよ!」
デスウィザードが杖を頭上へ掲げ上げ、白鋼王へ向けて振り下ろした時だった。
その杖の先端部から青色の光線が放たれたのだ。その光景はさながらRPGの魔法使いが
使う攻撃魔法の様でさえあったが、白鋼王は臆せず正面から突っ込んだ。
「ギリギリでかわして関節部を断ち斬ればそれで終わるっ!」
青色の光線をかわし、二刀の大刀を展開しようとした時、突然白鋼王の動きが止まった。
「な!どうした!?ってうぉっ!」
白鋼王の突然の異変にマリアは愕然とした。何と白鋼王の四肢が凍り付き、身動き取れ
無くなってしまったのだ。
「さっきの青いのはただのビームじゃねぇ!冷凍兵器だったのか!?」
「そうだ。この“マルチウェポンスティック”は高熱・冷気・電撃など多彩な攻撃手段を
備えたまさにマルチな武器なのだ。まるでファンタジーものの魔法使いみたいだろ?
そしてこれこそデス“ウィザード”の所以でもある。」
「くそ・・・だが舐めるなよ!こんな氷くらいで!」
白鋼王が大刀を展開して氷を破壊しようとした時、大刀に冷凍光線が当てられ、こちらも
氷付けにされてしまった。
「くそ!白鋼王のパワーを持ってすればこの位!」
マリアは白鋼王の出力を全開させて脱出を試みるが、氷の強度は永久氷壁クラスに頑丈で、
全くと言って良い程壊れる様子は無かった。
「ダメか・・・。」
「どうだね?寒いかね?だが安心したまえ、私が暖めてやるよ。」
と教祖が不適に笑うと同時にデスウィザードの口が大きく開かれた。
大口径荷電粒子砲を放とうと言うのである。
「ちょっと待て待て!そんな事したらZiストーンも消えちまうぜ!」
「我等がZiストーンに込められし力の事を知らないとでも思ったか?こんな
荷電粒子砲程度でZiストーンは傷一つ付かんよ。」
戸惑う事無く、むしろ笑う教祖にマリアは白目を剥いた。
「ダメだ・・・正気の沙汰じゃねぇ・・・。」
白鋼王は氷付けにされて身動きが取れない。その上相手はお構いなしに荷電粒子砲の
エネルギーチャージを行っている。まさに八方塞。
「も・・・もうダメかもしんない。」
流石のマリアも今度ばかりは死を覚悟した。どんなに頭を振り絞ってもこの状況を打開
できるアイディアは思い浮かばなかった。
「あ〜あ〜・・・しかもよりによってこんな時に思い出しちまうのが母さんの姿とはよ〜、
家にいた頃は過保護なのかシゴキの鬼なのか意味不明な母さんから一日も早く自立したい
と思っていたと言うのに・・・、俺もまだまだガキって事かな〜?実に情け無い話だ。」
人間、死の間際になるとそれまでの思い出が走馬灯の様に蘇ると言うが、今まさに彼に
その現象が起こっていた。辛くも楽しかった家族との思い出が次々に蘇り、マリアの
目からポロリと一粒の涙が流れ落ちた。そしてデスウィザードの荷電粒子の光に
白鋼王ごと飲み込まれると思われたその瞬間だった。白鋼王の眼前に突如として
バリアーの様な物が発生し、荷電粒子線を容易く止めていたのだ。
「な・・・に・・・?」
その光景にマリアと教祖の両方が驚いた。突如としてバリアーを発生させた者。
なんと白鋼王のすぐ眼前の空中に静止したデミントだった。
「おやおや・・・生界の兵器ってそんな程度なの?フフフ・・・。」
この世のものとは思えぬ冷酷な笑みを浮かべ、デミントは前に突き出した左手から
発生させるバリアーで荷電粒子砲をたやすく防いでいた。しかも彼女の態度から言って
全力の半分も出していない様子だった。
「何だあの力は・・・。ハガネさんと同等・・・下手すりゃそれ以上に強いんじゃないか?」
デスウィザードさえ問題にしない彼女の強さにマリアは驚愕しつつも完全に確信した。
彼女は決してハッタリでも、自作自演でも、自称魔王な悪魔風コスプレ少女でも何でも
無い。彼女は本当に悪魔なのだと。現実的に考えれば馬鹿げた事だが、その馬鹿げた事が
今自分の眼前において展開されている。まさに夢の様な現実なのだと・・・。
「な・・・なんと・・・。やはり大魔王ディアブロスの伝説は本当だった・・・。ディアブロス本人
では無いとはいえ、その血族に過ぎないとは言え・・・なんと素晴らしい力だ・・・。だが・・・
何故、それ程の力がありながらこの世界を暗黒に包むと言う崇高な目的に手を貸さず、
あろう事か、その何処の馬の骨とも分からぬ小僧に味方をするんだ!?」
冷や汗を書きながらも必死にそう問う教祖に対し、デミントは凶悪な笑みを浮かべた。
その光景には誰もが驚愕し、デスウィザードさえ怯える程だった。
「私は彼が気に入ったの・・・。それだけじゃあ不服かな?」
「な・・・。」
教祖が唖然とし凍りつく様に硬直する中、デミントは白鋼王の方を向き、軽く指を振った。
するとどうした事か、白鋼王の四肢や大刀を固めていた氷が一瞬の内に溶けて無くなった
のだ。一体何が起こったのかさっぱりだったが、マリアは唖然としつつも礼を言った。
「な・・・なんかさっぱりだが・・・ありがとな・・・。」
「じゃあじゃあ!悪魔になってよ!ねえ?」
先程とは打って変わって無邪気な少女の表情となったデミントにマリアは唖然とするが、
「考えておいてやるよ・・・。だが・・・。」
「分かってる!アイツをやっつけるんでしょ?」
デミントが両手をかざすと何も無い空間から巨大な鎌が現れた。これも全く意味が
わからなかったが、一々考えていると身が持たないのであえてマリアは無視する事にした。
「だが・・・殺すなよ・・・。」
「分かってるわよ〜。でも、私は良いとしても貴方は大丈夫?さっきだって私が
いなかったら大変な事になってたじゃない。」
「う・・・それを言われると辛い・・・。だが、俺の親戚もデスザウラー持っててな、色々
見せてくれたんだ。だからデスザウラーの構造的に弱い部分は分かっている。」
「なら大丈夫ね!」
「GO!!」
白鋼王とデミントは一斉にデスウィザードへ飛び掛った。デスウィザードは慌てて
応戦するも、デミントのスピードに翻弄され、荷電粒子砲その他あらゆる兵器は無力化
された。そしてその後に遅れて走り込んで来た白鋼王がデスウィザードへ飛び掛った。
この時点で両陣営とも自分達の足元の遥先での異変に気付く者は居ない。
不幸にも雪崩に攫われて下山してしまった者以外には…。
「…えっと?この山肌全体に渡って走る亀裂。異常な高温。
この山って…シュミット少尉?ここはもしかして?」
そのファインの問いに顔面蒼白なシュミットは可能な限り平静を保ち断言する。
「もしかしても無く…休火山です。あのデスザウラー3機のフラメンコ。
あれで目覚ましが入ったのかもしれません…。」
数秒程だがまるで1月程の時間が流れた様に感じる2人。その後…
「「今日はこの辺にしておきましょう!」」
その言葉と共に急ぎ麓の都市まで3対の翼を広げさせ、
ジェノブレイカーブロックスを大急ぎで飛ばした。
記憶が確かならば雪崩避けの溝が有る都市だが…
その山頂に向かう方向にしか溝は伸びていない筈である。
取り急ぎ避難を訴え更に溝の拡張を行う必要ができてしまったのだ。
「何だ…やけに暑くないか?」
その頃麓の都市では急に山肌の雪が解け出しているのに不吉な予感を隠しきれない。
そんなおりに突然小型異形のジェノブレイカーが2機飛んで来るので大騒ぎとなる。
「にわかに信じられるかっ!!!何て言いたい所だが…それ以外に有り得ない!
万年雪のあの山の雪が解け出すなんて…荷電粒子砲だっていっぺんにとはいかない。
全職員に通達!急いで避難を指示しろ!穴を掘れそうなゾイドは総出で溝の拡張だ!
オイ!あんた等もやってくれるんだろう?」
「当然!脇役は部隊の袖で主役の活躍を恨めしく見ながら涙して裏方を手伝う!
それが…運命でありましょう。」
市の職員は大袈裟なゼスチャーまじりでコクピットで喋る胡散臭い男を一瞥すると、
自らも避難誘導のために毛皮のコートを羽織り駈け出していく。
「右と左…何方が海に近いのか?中尉には解りますか?」
地図と睨めっこしながらシュミットはファインに質問する。
「えっ!?距離の近い遠いはこの際判断基準にはなりませんよ?シュミット少尉。
重要なのは高低差!標高の移り変わりでありますね…。
幾ら近くても途中で登り坂では無意味ですよ。溶岩ドームができで爆散がオチです。」
縁起でもない事を言いながらファインは機首を右へ向けた。
「中尉!何で其方なんですか!?其方は岩山…。」
そこで言葉が止まるシュミット。
彼は天才と名高いエーアスト家の末子。しかし他の姉第に比べると…
えらい世間知らずだったりもする。今回もそれに準ずるミスなのでノーカウント処理。
「いえいえ…ここを荷電粒子砲で…こう…すると?」
ダウンサイジングな為辛うじてゴドスやイグアンの物より大きい収束荷電粒子砲。
それが光の刃で岩山を円形に刻むと…その部分が奥に落下する。
「これで一時退避路の完成であります。直に埋まるでしょうが…少しは凌げます。」
今更説明するが…
この惑星Ziは2種類の形態の生命体に枝分かれした進化の過程を持ち、
更にその2種に更に分岐が幾つか有る。
一つは金属生命体か否か?その中でも地球で呼称され分類ていたという…
恐竜か?幻獣か?それ以外か?に分岐する。
まあ今の所確認種で幻獣と呼ばれる物はドラゴン系しか居ないのだが。
因みに今回関係するのは恐竜型ゾイド。
彼等の大半は地表の寒さに耐えられず地表近くのマグマ溜りに居ると言われている。
そのマグマ溜まりの跡がこの星の地下には良くあるのだ。
今回の退避路というのはこれに当たりそこにこれから起こるだろう噴火によるマグマ、
そのマグマの団体様に一時的にそこへ入っていて貰おうという話となる。
「避難の方は難航ですね…続いて海の方まで溝の拡張を。」
地図で調べた高低差に因ればかなり蛇行を繰り返すルートしかない。
「自分が右側を担当します。中尉は左側を!」
「りょ〜か〜いであります。」
普通ダウンサイジングと言う物にはデメリットばかりが目立つが、
今回はブロックスとジェノブレイカーという組み合わせの妙で完全な飛行能力が有る。
収束荷電粒子砲も小ぶりな為撃ちながら前進ができたりするのもありがたい状況。
少々作業に難が有るがやらなければならない。
現時点でこの都市周辺を救える可能性が有るのは彼等と都市のゾイドのみ。
回りに救助なりを求めている暇は既に無いのだ。
せめてもの…と言う事でファインはゴンザデ小隊に事の重大さを通信する事にする。
――生まれ出ずる者たちを戦わせること。殺し合いを促すこと。
それは、空っぽの私にとっての存在意義――生きる理由――。
けれどもし、私にココロが与えられたなら、
誰かの愛を求める資格が、あるのでしょうか――。
シェヘラザード、千一夜の物語の語り部。しかし彼女が語るその内容は、遥かに遠き青
い星から始まる。
地球に端を発した人類文明は、人口過多の問題に悩まされていた。
総人口は500億を突破。どう考えても太陽系圏に収まる数ではなく、地殻を持つ惑星は手
当たり次第テラフォーミング(居住可能化)され、ラグランジュ・ポイントではスペース
コロニーが密集し衝突事故まで起きる有り様。
太陽系外への進出・移民は、地球人類にとっての急務であった。
しかし惑星のテラフォーミングには膨大な時間を要するし、適応する惑星もそう簡単に
見つかりはしない。テラフォーミング不要な、即時移住可能な地球型惑星などはさらに見
つかるまい。
しかし時間を掛けていたのでは、その前に人類は滅亡する。
今直ぐに移住したいが、時間を掛けねばそれが出来ない。ならば――過去の時点でテラ
フォーミングを開始してしまえばいい。
些か馬鹿馬鹿しい回答ではあったが、この時地球文明はそんな大それた所業を可能とす
る一つの可能性を手にしていた――フランク・ティプラーが提唱した巨大タイムマシン、
『ティプラー・シリンダー』である。
きわめて高密度の円筒を光速に近い速度で回転させると、その周囲に時間が逆行及び加
速する場が生じる。当時の政府が計画した一大プロジェクト『月舟<ピネジェム>』は、
恒星間飛行艦にそれぞれテラフォーミング・マシンを積んで銀河系各地へと散り、数万年
単位での惑星改造を過去から開始するというものだった。
もともと、恒星間飛行技術はブラックホール・テクノロジーの進歩によって手に入って
いたものである。太陽系外への移民とて試行された回数は数知れず。だが、その殆どが移
住先を見つけられずに帰ってきた。
太陽系外に居住する人口は全人類の1%に満たず、 それらは殆どが人工のコロニーや空
洞化された小惑星であって、惑星移住の難しさを如実に表していたのである。惑星の環境
改造に成功し、かつ人間が住む惑星はわずかに三つを数えるのみ。
そんな中での『月舟』。当然、人々は諸手を上げて計画を支持した。
この「まともでない」追い詰められた社会にあって、一部の科学者達が唱えた過去改変
の無意味さなど、政府も民衆も気にしては居なかった。
彼らの危惧。それは、少しばかり“タイムマシン”に関する考察を行ったことのある人
物なら誰でも知っている事だが、過去を変えたところで自分たちの時代にはなんら影響が
無いということである。
かつて提起されたタイムマシンのパラドックスに「親殺し」というものがあった。即ち、
過去に戻って自分の親を殺したならば、その実行犯たる自分も存在しないことになり、親
は死なない。が、親が死ななければ自分は結局生まれ、親を殺す……というものである。
これについては20世紀末から21世紀初頭のあたりで議論が終結している。「平行宇宙」
の理論を取り入れることによって、過去に戻って親を殺しても「その時点で親が死んだ世
界」というひとつのパラレルワールドを生み出すに過ぎないのだ。ゆえに実行犯たるその
子は親を殺した後でも健在という訳である。
さて、ゾイド操縦免許を取れない幼児でもわかるこの事例を知ってさえいれば、過去に
おいて惑星のテラフォーミングを開始した所で、現在にある不毛の惑星が突然沃野に転ず
るなどあり得ない事象であると民衆が知るはずではないのか。そもそも、このプロジェク
トを発案した科学者は何故このことを無視したのか。
発案者の名は、レナール・ツヴァイツァイトと言った。
優秀だが天才とまでは行かないものの、軍の科学者となってからは政治家達に取り入り
破竹の勢いで政府お抱えの科学者にまで成り上がった男。
彼は他の科学者達がそれまでの理論を盾に反発するのを、己の「世界を変える新理論」
で制しようとした。それは単に、何かすることで民衆の糾弾から逃れる為に計画を実行し
たくてウズウズしていた政府高官らを納得させる為のでっち上げといっても過言ではない
ほどお粗末な代物である。
だが、皮肉にもその理論の一部はまさに真理の一端を捉えていた。そしてそれがある惑
星の運命を大きく変え、一万年の長きに渡る悲劇の引き金ともなったのだ。
『きわめて類似した平行宇宙は、相互に干渉する』それが彼の理論。
無限個の宇宙が可能性の分岐によって生まれるなら、それらがまた交わることも可能な
はずだ。そう言ってレナールは、弁舌巧みに権力者達を動かした。
彼らの世界の歴史には、2300年も前に恒星間移民船が銀河系の反対側で消息を絶ったな
どという情報は残されていない。にもかかわらず、違った過去で消えたその船もまた、ある
惑星の運命に大きく関わることとなる――。
A.D歴4358年 4月9日。全26隻からなる惑星改造船団『月舟艦隊』が、銀河引力均衡点
(G5ラグランジュ座標)に設置されたティプラー・シリンダーを通じておよそ二万二千年
という過去へと旅立った。それは、一人の男の誇大妄想と、腐敗した政府の権力への妄執
との混合物が、人口過密にあえぐ3000億の民に後押しされて宇宙へ漕ぎ出す船出でもあった。
――目を開けて、リニア。君のところへ帰ってこられたんだ。
少女を呼ぶ声がする。その声の持ち主は。
「……にい、さん……」
既に失くしたはずの身体と共に佇む兄。ふわふわと浮いているような感覚。
これは夢なのだ、とリニアは思った。
「兄さん、二年前の破壊があなたの意思でなかったのなら、なぜ早く言ってくれなかった
の?」
「海底でオリバーの身体を借りた時は、時間が無かったんだ。あそこの機器でないと、ク
ァッドのデータを完成できなかった。その後はナノマシンが消耗して記憶の維持で手一杯、
ある方に拾ってもらわなけりゃ僕という人格は世界から消滅していただろう」
「『ある方』って?」
「……『神様』さ」
周囲を包んでいた虚ろな闇が消えうせ、リニアとセディールはどこかの部屋にいた。
「ここはね、はるか昔に惑星Ziの命運を決定づけた人たちの船のなかさ。僕と一緒に、こ
れから歴史を追体験して行ってもらいたい」
「……これ、ホロ映画か何かじゃ……ない?」
聞きたいことはあまりに多すぎ、それなのに彼女は大事な質問を口に出来なかった。
ヨセフ・レインフォードって人が私たちのお父さんで、兄さんが彼を殺したの? アー
ティファクト・クリーチャーズの細胞が能力者を生み出したの? 私は……生きてていいの?
そんな中で口にできた言葉が「ホロ映画か」。セディールは拍子抜けを飛び越えて狼狽
した。
その様子を見たリニアは首を振り、別の質問をした。
「……オリバーと私が出会ったのも偶然じゃなくて、兄さんが仕組んだこと?」
何を考えてるのだろう。自分でも馬鹿らしいぐらい、ここで聞く意味も必要もない問い
だった。
だが、セディールは彼女の古い記憶のままの優しい笑顔で答える。
「んー、賢いなぁ。出来ればエメット君あたりに取り付きたかったと思うね。
正直、彼はちょっと僕の妹を預けるには軽すぎる」
「シスコン兄貴」
「口が悪くなったなあ、妹よ……」
夢と知りながら、やはり兄は性根から腐った悪人などではなかったのだと思った。そう
思えることが、彼女にはとても嬉しかった。
その時、部屋のドアが開いて男が入ってきた。肌は褐色、身体のどこにも触れていない
不思議な眼鏡を掛け、飛行ゾイドのパイロットスーツが薄くなったような風変わりな服装
をしている。
男は自室に侵入している二人には目もくれず、手元の端末からエネルギースクリーンを
呼び出し、なにやら話しかけている様子である。
「彼には僕たちが見えていない。これはあくまでも、過去にあったことの再生でしかない
からね」
セディールの言うとおりでなければ、何らかのリアクションがあって当然だ。
「……さっき、二万年前って言ってなかった? これが二万年前の映像なら、この星の先
史文明よりさらに昔じゃない。こんな文明があったはずは――」
「実際、彼らは二万年前にこの星へ来ていたんだ。どうしてそんなことが起こり得たかは、
見ていればわかる」
男が話しかけている端末は電話か何かかと想ったが、どうやら違うようだ。
「あれは、ハンディPCの凄いタイプ……らしい。あれには、プログラマーである彼が作っ
たデータが収められている」
「前にもこの光景を見たの?」
兄と二人だけで話していると、意識して変えてきた口調が昔のそれに戻ってしまう。歳
相応の、少女らしい話し方に。
「君に上手く説明できるように、百回は見たね。今の僕にとって、時間はなんら束縛する
力を持つものではないから」
褐色の男の声が聞こえるようになった。
「おはよう、“イヴ”。気分はどうかね?」
セディールによればこれは彼の地声ではなく、リニアたちが理解できるように意訳され
た音声だというが、全く違和感を覚えない。
などと考えていると、呼びかけられた端末から機械的な声で返事があった。
<おはようございます、フェリックス博士。各システムに問題なし、エキソン及びイント
ロン・リンゲージ、クリア。量子演算子、冷却正常>
「わかったわかった。調子はいいみたいだな。……どうして起動されたかは、解るな?」
<はい。本日の船内時間十七時ゼロ分に、筐体が惑星『Zi』に投下されます>
男が話しているのは人間ではないのだと、セディールが話してくれた。
「彼が製作にあたって基礎理論を築いたAI――人工知能(Artificial Intelligence)じゃ
なくて、自立知性(Autonomus Intelligence)の方ね――開発コード“イヴ”。炎と荒野
の星だった惑星Ziの環境改造用に投下されることとなった、テラフォーミングマシンの制御
用プログラムとして作られた存在さ」
「惑星Ziは元々、生物が住む地球型惑星だったはずじゃ……」
「いいや、違うね。どこの文献をひっくり返しても、ZAC1700年代以前の事象に関するデー
タは残されてない。進化論を妄信する科学者達が、『金属イオンの豊富な星だから特殊な
進化の末に金属細胞を持つ生物、ゾイドが誕生しました』なんて勝手に言ってるだけさ。
特殊な進化だって? その過程を示せないから特殊なんて言い訳をするんだろうに。
地球にも、外殻が金属で構成された生物は居たそうだよ。でも、内蔵から運動器官まで
全部が金属粒子によって構成された生物なんてのは、『自然発生では』ありえないんだよ」
兄の言葉が途切れると、それまで止まっていたらしいフェリックスとイヴの会話が再開
される。
「私達は10000年過ぎたあたりに一端戻ってくる予定だ。それまでには、テラフォーミング
だけでも終わらせておくんだ。出来れば、生体兵器も原始的なものが生まれてると助かる」
<はい。命令を実行します>
フェリックスの顔に、寂しげな表情がよぎる。
「君はせっかく人間の脳を超えるスペックを持ったAIとして生まれたんだから、もう少し
人間らしいリアクションを期待したい……というのは、無理な注文かな?」
<要望の意図が解りません。私は人間ではありません。また、人脳を越えるスペックを持
つ事と、人間のように反応する事には関連性が……>
「わかった、わかった」
苦笑する彼の端末に、電子音と共に別の画面が現れた。強面の軍人が喋っている。
<フェリックス博士、生体兵器の設計プランについてボリス戦略技術局長が話したいと>
「はいはい、わかったわかった――」
<博士……その同じことを二回繰り返す返事は、時に話し相手を不愉快にさせるぞ>
「わかっ…………りました、大佐。すぐ向かいます」
<頼むぞ。局長は待たせると我々に八つ当たりを始めるからな>
「そんなことは、昔部下だった私が一番知ってますって。イヴ、少し待ってて」
彼が部屋を出て行くと、取り残された自律知性が呟く声が聞き取れた。
<人間ではない私が……人間らしく振舞うことに、何の意味があるというのです?>
リニアが瞬きをすると、フェリックスと小柄な老人が広い部屋で話していた。
部屋は壁が巨大なモニターで埋め尽くされ、あちこちで軍服を着た人々がコンピュータ
ーとにらみ合っている。その老人は禿頭で、皮膚は弛んでいないのに皺くちゃだ。
「彼がこの艦の戦略技術研究局を取り仕切るボリス爺さん。とんでもない捻くれ者だよ」
「……まだよく状況がつかめないんだけど、彼らはどうして惑星Ziを居住可能化しような
んて思ったの? それに、どこから来た人たちなのかも解らないし……大体、なんで軍人?」
「おいおい、待ってよ。質問は一つずつだ。OK?」
彼は咳払いをし、まずはこの艦が地球圏から来た物だと説明する。
「彼らを送り込んだ政府は、太陽系統一連邦なんて名乗っちゃいたけど、実際は反乱軍や
内紛やらで国家としての基盤が揺らいでいた。そこで、政府のお偉いさんたちは地球での
紀元前から脈々と受け継がれてきた無能な指導者の例に倣ったわけだ。即ち、武力による
恐怖支配――成功例は少なく、長続きしたものは一つとて無い愚策さ――」
先程、耳に飛び込んできた言葉の片鱗が目の前に明滅する。
“生体兵器”。
「で、反乱軍は火星とかいった地表を持つ惑星を主な拠点としていた。宇宙での艦隊戦力
においては圧倒的だった連邦軍も、それ自体が巨大な生産拠点となる惑星への降下攻撃は
悉く失敗に終わってきた。最終手段のはずだった軌道上からの核攻撃でさえも、ミサイル
衛星のコントロールを奪われて敵の戦力を増やしただけだった……」
そこで、大気圏内の戦いに有効な陸海空戦兵器が必要となったわけだ。
「当時、宇宙では宇宙戦闘機が、地表では歩行戦車が戦場の主役だった。けど連邦軍は歩
行戦車を含む重力下用兵器に関するノウハウが皆無に等しい。ギクシャクとしか動けない
ロボットじゃなく、獣や恐竜のように敏捷で高い機動力を持つ装甲戦力が求められた」
リニアの嫌な予感はもはや確信になりつつある。
「そこで、いっそ本当に兵器として遺伝子レベルから調整した生物を作ろうという、これ
また途方も無い計画がスタートした。細胞のレベルから金属元素で構築された巨大な生命
体。……もうわかるだろう? これがゾイドの原点さ。
構想だけは早速出来上がったものの、そうした生物兵器を実用化できるまで培養するに
は当時の科学だと半世紀程度を要した。なにしろ史上初の試みだからね。しかしそんなに
待っていられない。そこで、タイムマシンを用いた狂気の移民計画『月舟』だ――」
セディールは簡潔に『月舟』について説明し、続けた。
「過去で適当な惑星の改造を開始、同時にそこを生物兵器の養殖場にする。長い年月の間
に兵器たちが進化することも見越して、テラフォーミングマシンのAIをそれらの舵取りに
選んだ。その星の全ての命を操る、神の役にね」
セディールが何ごとか呟くと、周囲の光景が一瞬で星々の瞬く宇宙へと転じた。非常に
巨大な円筒が遠くに見え、七色の光が乱舞する円筒の回転軸と平行に二十六の光点がゆっ
くりと進み入っていく。
「僕たちが見てた船は前から九番目の艦、「ピネジェム:イオタ」。この艦は予定通り
時間遡行に成功すれば、地球にほど近い恒星系の約二万二千年前に現れる予定だった。
だけどここでツヴァイツァイト博士の天文学的計算違いが起きた。当時の天文学をもっ
てしても、銀河系そのものの運動パターンは解析できていなかったんだ。二万年の間に僕
らの銀河は、数千光年もズレていた。そこに銀河の自転と、その引力によるシリンダーの
移動が加わって、出現座標は銀河の反対側――後にゾイド星系と呼ばれる、六万光年離れ
た恒星系の只中にまで変わってしまっていた」
ところが、彼らは自分たちが隣の恒星系に現出したものと思い込んでいる。
恒星の熱量が違うことはすぐにコンピュータが弾き出したが、観測と違う原因は二万年
の時間差であろうとして片付けられてしまう。
「そしてここからだ。彼らはこの星系で最も居住可能化に適し、生体兵器の養殖場とし易
い星を見つけ出し、そこにマシンを投下すると決定した。他ならぬ……惑星Ziに」
そこに投下されるマシンの制御AIこそ、先程聞いたあの声――“イヴ”なのだ。兄の口
から再度説明されずとも、リニアの脳裏ではバラバラだった情報が次第に集束していく。
唐突にもう一度、「イオタ」の艦内へと情景が巻き戻る。
「……マシンが投下された後、彼らは大きく位置の変わったシリンダー内に戻っていった。
そのあと未来で彼らと地球圏がどうなったかは、誰も知らない。まあ、政府は間違いなく
遠からぬうちに倒れたと思うけどね」
マシンの投下を見守るフェリックスの横顔は、妙に寂しげだった。それは彼ら自身の前
途に待つであろう困難を予期してのものか、それともこの惑星で繰り広げられる、悲劇と
戦乱の歴史を無意識に垣間見たのであろうか――?
<続く>
「さっきは不覚を取ったが今度はそうはいかん!」
「何を言う!魔王娘ならともかく、貴様がデスウィザードに正面から勝てると思うか!?」
しかし、白鋼王は臆せず真正面からデスウィザードへ突っ込み、爪を叩き込んだ。特に
どうと言う事は無い普通の攻撃。見た感じも普通のゾイドならともかく、デスザウラーを
ベースとしたデスウィザードに通用するとは思えなかった。がデスウィザードが思い切り
腹を押さえて肩膝を付いたのだ。
「な・・・何故だ!?デスウィザードの前面装甲が・・・何故・・・?」
「確かにデスザウラーの前面装甲を一撃で突破出来る奴は限られてる。有名所で言えば
マッドサンダーやゴジュラスギガあたりくらいだろ?だが、横っ腹ならどうかな?」
「横っ腹・・・。」
「知ってるか?横っ腹って殴られると意外に痛いんだぜ?さらにあんたの場合、腰関節を
狙って殴ったからダメージは見かけ以上に大きいはずだ。まあ、そんなセコイ手使わず
とも、気〜込めりゃ〜真正面から突破出来るんだがね・・・。」
と、余裕な表情を見せつつそう言っていたマリアであるが、内心では実家にいた頃、
格闘技の特訓で母親から何度も横っ腹殴られて痛い思いをしていた事を思い出して微妙な
心境になっていた。
「ふ・・・ふざけるなぁ!ならば今度こそ吹き飛ばして・・・。」
ダメージを堪えながらも再び立ち上がったデスウィザードが荷電粒子砲を放とうとした。
が、その時、デミントが背中のファンを引っこ抜いていたりするからお笑いだ。
「私の目の黒い内は彼は殺させないよ!」
「くそー!本当ならお前は我等の聖戦に協力するはずな・・・。」
と教祖が愚痴っていた時、白鋼王の大刀がデスウィザードの胸部を突き抜けていた。
しかもご丁寧にコアを避けて・・・。
「な・・・何で・・・。」
「デスザウラーの構造的弱点の一つ。胸部の大型ラジエーターと装甲のわずかな隙間。」
「・・・。」
白鋼王が大刀を引き抜くと、デスウィザードは機能を停止して崩れ落ちた。
デスザウラーの弱点と言えば、背中の荷電粒子吸入ファンを連想する者も多いだろう。
しかし、誰でも知っている弱点だからこそデスザウラー側としても背中は警戒する。
それ故にマリアは目立たず、認知度の低い僅かな弱点を攻めたのであった。
「ようし!今だ!逃げろっ!」
「うんっ!」
デスウィザードの機能停止を確認するなり白鋼王とデミントはすたこらさっさと逃げ出し、
そしてデスウィザードのコックピットから這い出て来た教祖は、立ち去る彼等の光景を
唖然とした表情で見詰めていた。
「何で・・・何でこうなるのよ・・・我等の聖戦が・・・。」
それから一時後、ある田舎町の片隅で覆面Xに対してマリアはZiストーンを渡した。
「うむ。間違い無くZiストーンだな。良くやった。所で・・・そこの君は?」
「いや・・・これは話すと長くなるんだが・・・。」
空気読まずにマリアにベッタリしているデミントに覆面Xも唖然としていたが、
依頼の報酬金などの手続きを済ませた後で彼女はマリアに言った。
「ねえねえ仕事は終わったんでしょぅ?んじゃんじゃ約束通り・・・。」
無邪気に小躍りしながらそう言うデミントだが、マリアは非情だった。
「やだ。」
「何で!?だって考えるって言ってたじゃない!」
「ああ確かに考えた。考えたからこそそんな得体の知れない所に行けるかという考えに
至った。それに俺は考えるとは言ったが行くとは言っていない。」
「そんなそんな!嫌嫌嫌っ!来てくれなきゃ嫌ぁ!」
「ええい泣くなぁ!」
駄々っ子の様に泣きじゃくるデミントだが、マリアは常人なら何されたのかさえ理解出来
ない程超スピードの一本背負いで容赦なく彼女を大空高く投げ飛ばした。が、デミントは
空中で静止し、先程までとは違う怒りの混じった冷酷な顔でマリアを睨み付けた。
「私・・・諦めないからね・・・。魔王を舐めないで・・・。」
そう一言言い残すと彼女は暗黒の彼方へ消え、残された二人は空を唖然と眺めていた。
「如何だ?奴等の動きに合せて確かに流動石を放り込んだけどな。」
「おうおう!良い感じだぜ。後は上の飛んでるチビブレイカー。
あいつ等を仕留めれば大丈夫だ。確実に彼処はマグマに沈む…
結局共和国も帝国も俺等の望む物はくれないって事さ。」
呆れた風に吐き捨てる者。
彼等は運河に潜み川底を這いずり空を跳ねる重装甲の魚。
ウオディックスペシャルDXカスタムと言う如何にもそれっぽい機体の中に居る。
「だがよ…本気で殺れるのか?あいつ等のエンブレム見たろ…
奴等FDの第3小隊の奴だぞ?」
「でもやらねばならぬ…我等風族の為に!」
蚩尤の如き悪辣な笑みを湛えるパイロット達。
風の朋友の”過激派”の工作員達は件のウオディックを起動させ…
河川から地の底へ向かって穴を掘り始めた。
今の時期と場所の関係も有り濁りきった流れにはこの泥も充分隠せるだろう。
「此方サンダーホーン!奴等の足元に着いたぜ!」
「おう!其方も準備は良いか…これより帝国軍と共和国軍を攻撃する。
この作戦で帝国の統治に決定的な打撃を与えるんだ!解っているな?
そして敵意の矛先をゼネバスに向けるのだ。」
こんな風にやり取りをしているのではあるが…
「全く以て物騒な話であります。」
「全く以て同感ですね。」
ジェノブレイカーブロックスを駆る2人には筒抜けだったりしているのである。
「所で…中尉?」
「はい?何でありましょうか?」
シュミットの問いにファインが耳を貸すと…
「なんでこれが聞こえて来るんですかっ!!!」
どうやら答えが欲しいらしい…と言う事でネタバラしと相成るのである。
「実は旅費欲しさに通信機やら何やらのネットカスタマイズサービスをやっていまして、
そこの顧客に彼等が居たのでありましょう…愚・か・な・あw」
愚かなのは何方だ!?とか思いながらシュミットは彼と共に溝を掘り続けている…。
更に言えば…その会話も相手に筒抜けだったりするので…
「計画がばれている!?」
仕掛けた方も右往左往する状況と相成って参りました。
この時期というより地球人来訪の以前よりこの星には確り体現化された呪術がある。
それは古代のゾイド人の技術でその内容が解析できないから”呪術”と言われるもの。
それの一つに恐竜型のゾイドを地上へ引き摺り出す為のアイテムとして存在する物…
それが流動石である。
この米粒大の石を対象に接触させると超振動波を発生させ周囲の物質を液体に変える。
それ以外の効果は得にない。つまりこれを固形化したマグマに投げれば…
あら不思議!あっと言う間に元のマグマ状態へ逆戻りすると言う訳である。
温度はそれ程上昇しないがそれでも生物が棲むには厳しい温度上昇となり、
これで燻り出した恐竜型ゾイドを捕まえていたと言う話である。
「流動石って言えば?」
「はい…多分一ヶ月前ぐらいにヘリック中央博物館辺りで強奪されたものでしょうね。」
貴重な流動石をつまらない休火山の目覚ましに使った風の朋友。
「非常に勿体ない…わたしの技術に掛かれば荷電粒子砲を越える武器を作れた物を。
ああ〜勿体ないでありますねぇ〜。」
「如何言ったものですか?中尉?」
荷電粒子砲を越える兵器…流石に興味が尽きないが、
「どうやらお客さんでありますね。」
地面を割って現れるウオディックの魔改造機。
「貴様!何が作れるというのだ!言わなければ唯では…げぼっ。」
その言葉は最期まで続かない。馬鹿正直に正面に跳び出したのであれば如何しようも無い。
正面戦力。特に格闘兵器のレパートリーが非常に多いジェノブレイカーブロックス。
あっさりエクスブレイカーで真っ二つに成って落ちて行く。
ブロックスとは言え魔装竜と異名を取った存在。ダウンサイジングをされていたとは言え…
その攻撃力は並みの中型ゾイドでは一溜まりも無い上に大型ゾイドも危ない。
地上で爆散するウオディックのお陰で少し溝が拡張される。
それでも複数飛び上がるウオディックの群。お魚叩きの様相を見せ始めた。
「で・・・一体何だったんだ?」
「この依頼を受けて一つ分かった事がある。この世には人知の及ばない物がまだまだ
存在すると言う事だ。」
「いずれにせよ不思議な娘だったな。空中に静止するし、消えるし。」
「お前が言えるセリフなのかよ・・・。」
それから数週間後、マリアはある街のゾイドバトル大会に出場し、見事に負けていた。
「ま、タマにはこういう事もあるわな・・・。」
リングアウトルールの採用された変則マッチによるリングアウト負けだった為、機体の
損傷は殆ど無かったが、マリアはちょっぴりガッカリしていた。
「ドンマイドンマイ!次頑張ろうよ!」
「ああ・・・。ってお前誰だ?」
突然マリアに話し掛けてきた一人の少女に彼は眉を細めていたが、少女も困った顔で、
「嫌だな〜!私を忘れたの?デミントよ!デミント=ディアブロス!」
「え・・・あああああ!!確かにそう言われれば何となく面影が・・・。」
マリアは思い出した。確かに目の前の少女はデミントだった。しかし、不思議な事に
長く伸びていた角や野獣の様な牙、蝙蝠とも翼竜ともつかぬ翼は完全に無くなり、
グロテスクな甲冑はただのプロテクターに変化し、髪型もボサボサしていた物から少し
スラリとし、顔も穏やかな感じとなっていた。もっとも、黒い衣装や般若や髑髏の
装飾はそのままだったが・・・。
「私、あれから色々考えたの・・・。貴方が悪魔になってくれないなら・・・
逆転の発想!私が人間になれば良いのよ!ま・・・そのせいもあって力も寿命も人並みに
なっちゃったけどね・・・。」
「お前はそれで良いのか?力から何まで人並みになってまで人間になるなんて・・・
何より人の人生数十年はお前にとっちゃあ一瞬だろう?」
「良いの・・・。その代わり貴方と同じ時を過ごせるなら・・・。」
デミントの顔を見たマリアは一瞬で彼女の気持ちを察した。顔は笑っているが、
相当な覚悟でここにいるのだと・・・。魔王の力から何まで捨ててまで人間になる・・・。
並み半端な勇気や覚悟では到底出来ない事だろう。しかし彼女はそれを行ったのだ。
そしてデミントはマリアに対して大きく頭を下げた。
「お願い連れてって!本当の事言うと殆ど家出同然で出て来たの!それに私だって働く!
それにそれに・・・一応図書館行ったりインターネットしたりして生界について色々勉強
したつもりだし・・・、何より先立つ物は用意してるんだからぁ!」
そう言ってデミントが後ろに手を振ると、そこには一体のジェノザウラーの姿があった。
おまけに悪魔をイメージしているのか、ロードゲイルの翼が装備されている。
「そのジェノザウラーってお前のだったのかよ!って用意周到だな〜お前も・・・。」
続いてZiファイター資格証明書まで取り出すデミントにマリアも半ば呆れていた。
「分かった分かった。勝手に付いて来れば良いだろ?ただし・・・、俺と一緒にいると
色々と危険が付きまとうぞ。俺はこう見えても敵が多いからな。それでも良いのか?」
「うわ〜い!ありがとう!」
「こら!ひっつくなっ!」
デミントは嬉し泣きしながらマリアに抱き付いた。
その後、二人は再起を図る暗黒魔教会や、デミントを連れ戻しに来た魔界の者、
あるいはこの世界に災いを齎さんとする魔界・神界の犯罪者から悪の科学者や
暗黒街のボスと激闘を繰り広げるなど、ある意味若き日のマリアの母親に
負けず劣らずな程の波乱万丈な物語が待ち受けているのだが、それはまた別の話である。
「所でお前、魔界とやらにもインターネットはあるのか?」
「当然!そういうのは人間だけの物と思ってるから困るって御免、今は私も人間だった。
そんな事より、牛丼食べに行かない?半額でやってる所知ってるよ私。」
「オイオイ・・・。」
デミント=バイスは晩年語る。
「悪魔として過ごした一万五千年よりも、人間として夫と過ごした数十年の方が
遥かに有意義で充実した毎日だった・・・。」
と・・・
おわり
そんな頃中腹では一進一退の攻防が繰り広げられている最中。
天候不良も相まってFD組の通信内容がゴンザデにやっと伝わった状況。
「馬鹿野郎!味方を流して何をしている…
……何だって!?野郎共!今直ぐ村と野営地に行け!殿は俺がやる!」
ゴンザデからの指示に従い3機のデスザウラーの内2機が素早く逃げ出して行く。
「あん?俺っち達に恐れをなして逃げ出すって言うのか?」
タナカは直に追撃モードで追い掛けようとするが…ショウのその言葉にそれを止める。
「なんだってぇ!?俺っち達の戦闘が火山を起しちまったってか!?
な…どうすんだよオイ!俺っち等の装備じゃ穴は掘れても他はできないっつーの!」
訳も解らず敵味方全部にキレてしまうタナカ。
だがタナカ等の足元では更に大問題が近付きつつある。
突然轟音と共に山肌を突き破って跳び出す2本のマグネーザーが数セット。
「どうわっ!?だぁ?サンダーホーンだとぉ!」
足元からタナカのブイブレードファイヤーの喉元に伸びたマグネーザーを避ける。
一方ショウの方はと言うと…
「全く下から出てきたら良い的ですよ…1機目!」
至近距離からの特殊17門突撃砲を喰らって高熱に溶解するサンダーホーン。
デスザウラークラスの装甲を一気に劣化させる高温を喰らえば…
レッドホーンクラスの装甲は表面から解け出してしまう威力である。
そもそもウザッたい半分犯罪者紛いの過激派に容赦するほど優しい現実は無い。
当然せめてもの情けとコクピットに直撃するコースで先に逝って貰っている次第だ。
「ひぃ!?何だこいつ等!?奇襲したのはこっちの方なのに状況が逆だ!」
仕掛けた方が一方的にやられる等と言う事はそもそも有り得ない筈である。
完全な誤算。
「ったく俺っちの相棒をゴジュラスに毛が生えた程度と思っていたのが運の尽きだ!」
そのえげつないとしか言い様のない脚部のギガクロウラーが…
…容赦無くサンダーホーンを巻き込み擂り潰す。
こんな芸当ができるのもギガノトサウルス型完全野生体の溢れんばかりの高出力。
物騒な場面が辺りに展開される中…遂に時は来たる。
「「「「「(来たっ!)」」」」」
山周辺に居るネオゼネバス及びヘリックの将官は時が来た事を悟らさせられる。
度重なる地鳴りと山肌の温度上昇…噴火の予兆である。それも差し迫った状態。
「よし…これで準備は完了だ!後はちびブレイカーからの合図を待つぐあっ!?」
市の局員が爆薬をしかけスイッチを入れるタイミングを待っている状況だった…。
だが局員の乗ったハイドッカーが突然コクピットを残し爆散する。
「これはいけませんね。貴方達には生け贄に成ってもらわないと困るんです。」
約20km程先で3段折り畳み式のAZスナイパーライフルを構えている人影。
その脇には…明らかに誰かから横流しで回されただろう機体の巨影。
「さて…ケイロン。止めを刺しましょうか?」
立ち上がるとそれに合せてシルバーブロンドの挑発が風に揺れる。
「エルテナハ!今の銃声は!?」
通信機に怒声と爆音が混じって聞こえて来る。それにエルテナハと呼ばれた女性は、
「緊急事態だったのよ。あれだけ直ぐに敵味方が協力するなんてね…。」
そう言って通信を切ると…巨影のL字に曲った腹部より中に乗り込む。
一瞬吹雪かの切れ間から見えたのは”ケンタウロス”と呼ばれた者。
ブロックスの一般化の前から既に存在していた超巨大キメラゾイドの姿が有った。
「…幾らなんでもあれは反則でありましょうに。」
突然ウオディック達とファイン達ジェノブレイカーブロックスの間に割って入る巨影。
「ケ…ケンタウロス…。」
流石のシュミットも開いた口が塞がらない。常識外れも良い所だ。
「通信機から私達の行動が筒抜けだった…そんな事も解らないと思って?
他の方ならともかく…女性は大なり小なり通信販売の類には目が無いの。
情報だって揃っているからこの程度の事は…お・み・と・お・し。なのよ。」
上には上が居る。正に良い例であろう…。一番目立つ者が隠し玉。
「容赦はしてあげられなくってよ。今までの戦闘を見る限りは…
私よりも揃って腕前が上ですからねっ!」
360mmリニアキャノン4門が近距離で炸裂し危うく避けた2機の後の山肌に着弾。
周囲を小規模のクレーターに変える。更に避けた機体に素早く弓の…
パノーバ地対空20mmビーム砲の攻撃。戦力差は致命的なまでに引っ繰り返っていた。
「おい…なんだありゃ?何処で仕入れたのか知らないが…
あれは”ケンタウロス”だよな?ショウ?」
タナカが都市付近に現れた巨大な機体を指差して確認を取る。
「…他にあんな無茶な姿をしている機体なんて居ませんよ少尉。
しかも明らかに溶岩対策の施工を邪魔しています。”敵”ですね。」
「だったら決まりだな。癪に障るがゼネバス野郎を助けに行くぞ!」
「了解。各部署に緊急連絡!只今を持ってこの拠点を放棄する。
持てる物を持ったら速やかに下山せよ!」
ショウの命令に続き…
「解ったんならさっさと動け!溶岩に薫製にされる前にな!」
タナカの縁起でもない言葉が上乗せされた物で念を押される。
共和国軍は撤退を即時開始。それを確認してタナカとショウは機体を動かす。
だが…
「しまったぁああああああああ!!!雪崩の後で上手く進めねーぞこりゃ!」
本末転倒。
「ちっ!やりますね。サイズがサイズなら今頃土手っ腹に穴が開いていたでしょう…。」
収束荷電粒子砲の直撃でゴジュラスの腹部部分に小さな穴が開いたケンタウロス。
しかしその傷はみるみる内に修復されて行くのである。
「「(OS…。しかもそれによる不安定さが無い。)」」
明らかにおかしい状況にファインとシュミットは大体の察しが付く。
廃品再利用部隊等と呼ばれる彼等第3小隊隊員。しかも整備やら改造やら…
場合によっては本人のみでやらないと成らないのだから自然と知識は付くものである。
インターフェイス。今日に於けるOS搭載ゾイドの安定性はこれに寄る物。
逆に言えばこれで制御しているようなゾイドは本来誰も乗れないかもしれないゾイド。
そう言う意味になる。そんな面倒なセットが同梱でケンタウロスに搭載されている。
「今どきの限定販売商品でもそこまで豪気なことはしないのでありますよ…(涙)」
等と愚痴を零しつつも本来初期生産のジェノザウラーにしか搭載されていなかった物。
有線式クローの発展版とも言うべきマグネッサークローで弓を掴む。
「しまった!」
「もう遅いのでありますよ!」
エルテナハがその言葉を言い終わる前にマグネッサークローは弓に深い抉り跡を残した。
「おう!野郎共!迂回路はどうなった?」
「へい!親分抜かりは有りませんぜ。俺たちゃ山賊。山の事ならなんでもござれです。」
その言葉通り中腹の村には更に前方に山肌を無残に削られた跡。
それは確りと高低差を考慮して2本の溝として海に繋がっている。
少なくともこの村事態は被害に遇わない筈である…。
「問題は地下からの急な火口の出現だけだな。」
弓に付いた抉れ跡は弓の上弦から下弦の弧を描く流れに垂直に付いて居る。
これで槍を矢にしての攻撃が事実上不可能になっている。
弓と槍は唯一ケンタウロスのコアから直接繋がらない装備。
当然再生等とは無縁の存在である。
「弓が使えなくとも!」
エルテナハは突然弓をブーメランのように投擲した。
回転を見る限りバランスの崩れで不安定な機動と回転だが…
相手のサイズからすれば一撃必殺の威力を持っている事には変わりない。
更には…パノーバ地対空20mmビーム砲が無差別に発砲。
一瞬にして辺りはパニック状態に陥ってしまう…当然当の本人も例外では無い。
「うわああああ!?何て無茶をするのでありますかあああああああああああ!!!」
「きゃああああああ!?そんな事こっちが知った事ありますか!
唯のお茶目でやってみたかっただけなんですから!」
一同唖然…。始めの言葉使いや印象からは180度正反対の暴走。
しかも”やってみたかった”と来たのだ。後には…
”今は反省している”と言う言葉が良く似合う行為である事は間違い無いだろう。
ビームの雨の中真面に動けるのはケンタウロスと、
運良く地上に居なかったウオディック少数。
更にはフリーラウンドシールドを持って居ジェノブレイカーブロックスのみ。
「うわっと…。」
槍の攻撃を何とか躱すシュミットのジェノブレイカーブロックス。
反撃にエクスブレイカーを振るうがそれはケンタウロスの巨大な本体の前には…
大した傷も付かない。そこに飛んで来るクラッシャークローに弾かれ、
雪原にあわや墜落と言う所まで落ちる機体。しかし当然敵は上のみではない。
38 :
誕生編(1):2006/08/03(木) 20:21:52 ID:???
JAL国内便の飛行機が轟音と共にY川の上を飛んでいく。
今日もいい天気だ。
俺の名はD.T。理由があって本名は言えない。イニシャルで勘弁していただきたい。
トミーに入社して5年。ずっとO阪の支店で営業をしてきた。
生まれはS岡県K川だが、大学がD大学だったので、関西は長い。
営業先との関西弁でのやりとりも板についたものだが、口の悪い人には「お前の喋り方、けったいやな」
と言われる。失礼やで、ホンマに。
今日は上司の命令で、以前の支社のあったビルに在庫確認しに行く。
5月にはタカラトミーとしてのイベントもあるらしいから、古い在庫をイベント販売で処分するんじゃないかな。
新体制になって旧タカラの人達とも上手くやれているし、イベントも是非成功させたい。
I市の、旧N支社のビルに到着する。俺が入社した時はここに通っていたなつかしい場所である。
3年前に引っ越したのだが、1階部分の倉庫には、昔からの在庫がまだ残っている。
シャッターを開けて営業用のバンを突っ込み、シャッターを下ろす。
外は春先の陽気だが、日陰に入るとまだ肌寒い。少しほこりっぽい空気を換気したいところだが、窓は閉めたままにしておく。
奥の方から順番にチェックを始めた。学生時代にプロレス同好会で鍛えた体力は今でも健在で、大きなダンボールでも
楽々と運べる。普通なら2人以上でやる在庫整理でも、俺なら一人で十分である。
プラレールやトミカは多少古くても問題なく売れるし、ゾイドは古い方がマニアが喜んで買ってくので問題ないのだが、
ヒ○リアンとか、どうするのかね? などと他愛もないことを考えていたとき、微かだが甘い香りがしてきた。
本来ならここ数ヶ月は人の入っていないはずの倉庫に、埃以外の匂いがすることは不自然である。
違和感は感じたが、それを危機感に結びつけられるほど俺は勘のいい方じゃない。
いつの間にか頭がぼんやりして、手足に力が入らなくなっていた。意識がもうろうとし、身体が前のめりになり、
咄嗟にダンボールに手をついたところで目の前が真っ暗になった・・・
39 :
誕生編(2):2006/08/03(木) 20:24:53 ID:???
目がさめたとき、そこは見慣れない部屋だった。
天井と壁は白く、グレー系のカーペットが敷いてあり、部屋の中央に折りたたみ式の長机が置いてある。
俺はその長机の上に寝ていたのだ。
天井の蛍光灯がまぶしい。頭をふって何とか意識をしっかりさせようとする。
しばらくして目の焦点があってくると、記憶もはっきりしてきた。
東京の本社に、ここによく似た会議室があったはず。だけど、大阪にいた自分が東京にいるはずがないよなぁ。
と、ノックもなしにドアが開いて中年男性が入ってきた。
「おお、D君、起きたかね?」
俺は驚いた。D次長ではないか。以前、O阪で一緒に働いたことがある先輩である。
人なつこい笑みと宴会好きで知られ、仕事はできないが上司受けがよい人物で、自分の失点は部下になすりつけ、
部下の手柄は自分に付け替え、数多の同僚を蹴落として出世した、油断のならない人物である。
今は本社で販売企画担当をしていたはずである。という事は、ここは本当に本社なのか?
夢にちがいないと思いつつ、ふと頬に手をやって新たな違和感に気づき、手で顔全体をなで回してみる。
目と口の部分を除き、布で覆われていた。そしてその布は耳から両側、額から頭頂部を過ぎて後頭部にまで伸びており、
後頭部で紐で厳重に固定されている。これは何だ!
「おめでとう。君は我が社の新たなスターに選ばれたのだよ。光栄に思いたまえ。
今日から君は、マスク・ド・ライガーDだ!!」
つづかない
>>39 9行目
× D次長 → ○ S次長
些細な点ですが。すいません。
ディガルドの武帝“ジーン”。そしてジーンの意に従えずに離反した元ディガルド軍と
ディガルド討伐軍が連合して誕生したジーン討伐軍による最後の戦いが行われていた時、
全く別の場所でもう一つ、史上稀に見る激闘が繰り広げられていた事を知る者は少ない。
まだジーンが武帝ではなく、ディガルド軍の総司令に過ぎなかった頃、各地で正体不明の
ゾイドの確認が相次いだ。それらは共通して規格外の戦闘力を持ち、また得体の知れない
事から、彼らは“アンノウンゾイド”と総称された。しかし、不思議とそのアンノウン
ゾイドの所有者は、ディガルドに対して積極的に攻撃を仕掛ける事は無く、同時に
当時力を伸ばして来ていたディガルド討伐軍の誘いにも応じず、ただただ自由奔放に
過ごす者が殆どだった。故にディガルドも“触らぬ神に祟り無し”の理論により、
“アンノウンゾイド”への手出しを可能な限り禁じていた。正体も分からず、規格外の
戦闘力を持った彼らが自国領内をうろつく事はディガルドとしても悔しい物であったが、
当時は討伐軍との戦いを優先しなければならず、無駄な戦力は割けなかったのである。
しかしディガルドの武王“ララダ三世”が病死し、その息子であるジーンが“ジーン一世”
として即位してからは状況が一変した。自らを神と名乗り、今まで以上に強硬な姿勢を
取った彼は今までの数倍以上のペースでバイオゾイドを量産し、各方面へ派遣し始めた。
そしてアンノウンゾイドに対する攻撃禁止も解除し、従来の数十倍の物量で大陸中の
全てを押し潰す戦法に出て来たのだった。だが、その強硬過ぎる手段にディガルド側
からも離反者が相次ぎ、討伐軍と連合してジーン討伐軍の結成を促してしまうという
皮肉な事態を招いた。その結果、ジーンと討伐軍の最後の戦いが勃発したのである。
ジーン軍と討伐軍との戦いが行われようとしていた地点より遥か彼方、おぞましい数の
バイオゾイドに取り囲まれた二体のゾイドがいた。
「全くおっかねぇ話だ。これだけの数のバイオなんてどうやって揃えたんだ?」
「私が知るか!だがこの状況がヤバイって事は間違いない!」
千とも万とも思えるバイオゾイドに取り囲まれた二体のゾイド。それはアンノウンゾイド
に指定されていたゾイドだった。一方は白と緑の装甲で身を固めた重厚な竜。もう一方は
前者より小柄ではあるが、漆黒の装甲で身を固め、両肩に大砲を背負った竜だった。
神々の怒りによる文明崩壊に伴う知識の損失が無ければ彼らはこう呼ばれたであろう。
白と緑の竜は“ゴジュラスギガ”。またの名を“カンウ”と言い、そのアクセントにもなる
緑色の装甲とバイオゾイドさえ素手で殴り壊すと言う悪魔や破壊神のごとき強さから
“緑の悪魔”やら“緑色の破壊神”などの通り名が付けられており、
さらにメタルZi製の武装を数種装備して余計に手が付けられなくなっていた。
おまけに足の裏と背中に高出力ブースターを装備して空まで飛ぶ。そしてディガルドが
最初に確認したアンノウンゾイドでもあり、“アンノウン001”に指定されている。
パイロットの名はマオーネ=バイス(16)。遥か太古に失われていたとされていた幻の
超人格闘技“マオ流”の技を今に伝える超人的な身体能力と技術を持った少年。
どの位超人的なのかと言うと、アタックゾイド位なら素手で殴り壊せる位。おまけに
料理の腕も達人級。多少大雑把な所があるのが玉に瑕。
もう一方の黒い竜は“デッドボーダー”。またの名を“マジン”と言い、漆黒のボディーと
バイオゾイドさえ消し飛ばす火力を持つ事から、“暗黒の魔神”と呼ばれ、アンノウン
ゾイドとしての登録上は“アンノウン003”となっている。特に背中に背負った
二本の砲塔からの砲撃の破壊力は驚異的で、正式には“Gカノン”と言う名称なのだが
食らえば必ず地獄行きと言われる事から“地獄砲”と呼ばれている。パイロットの名は
カミコ=マジス(12)。“暗黒の魔神”と呼ばれたのは正確には彼女の祖父であったの
だが老衰によって死亡してしまった為に孫娘であるカミコがマジンを受け継ぎ、二代目の
“暗黒の魔神”となったのである。彼女は年齢からすればまだまだ子供であるが、暗黒の
魔神はまだまだ健在と人々に呼ばれる程の腕は既に持っている。しかも、小柄で細っこい
体型であるにも関わらず、力だけならマオーネさえ上回る怪力の持ち主でもあったりする。
おまけに男手一つで育てられたせいか少し口が悪い。そして色々とワケあって今は
マオーネと行動を共にしている。
神々の怒り以前は現在確認されているゾイド等比較にならない程多種多様なゾイドが
あり、その中に“恐竜型”と呼ばれる種類が存在した。しかし、現在生きる者はその
存在を知らず、一応一般的な認知度としては発掘もされておらず、その文献も残って
いない事になっている。それらの種は神々の怒りによって滅んだとされているが、
その事さえ知る者は殆どおらず、初めからそんなゾイドは存在しないと言う事にされて
いる事が現状である。では、何故その存在しないはずの恐竜型ゾイドが今バイオゾイドの
大軍に取り囲まれているのか・・・。その理由は至って簡単。例外がいたのである。
彼らは絶滅種、いや、消滅種と言う枠から外れ、今もこの通り生き続けている。しかし、
その状況が理解出来ないディガルドは彼らをアンノウンゾイドに指定したのであった。
「全く次から次からウザってぇな〜。」
「無駄口叩いてる暇があったら一体でも落とせ。私はまだこの歳で死にたくない。」
カンウとマジン、両機の強さは圧倒的だった。カンウはその巨体からは想像も出来ぬ
スピードでバイオゾイドを弾き飛ばし、殴り壊し、右腕に装備したバイオクラッシャーで
舞う様に細切れにしていった。そしてマジンが両肩に背負う地獄砲が次々に火を吹き、
バイオゾイドの一群を一撃の下に消滅させていた。バイオゾイドの大軍は一度に密集した
状態で襲って来た事が災いし、カンウとマジンは一度の攻撃でその数十倍の数のバイオ
ゾイドを蹴散らす事が出来た。その上バイオゾイド側は前述の通り、密集したせいで
同士討ちの危険性が高くなり、カンウとマジンを直接攻撃出来る数は限られていた。
しかし、状況はカンウとマジンの方が不利だった。何故なら物量差が圧倒的過ぎるのだ。
カンウとマジンの戦闘力、そしてマオーネとカミコの技術とコンビネーションならば
下手をすれば数百機襲って来ても平気かもしれない。しかし、今二機を襲うバイオゾイド
の数は千とも万とも思える程の大軍だった。
『策敵範囲内だけでも敵の数は60億。推定時速200キロの速度で全天を
覆ったまま進行中だ。』
「ハイハイ。こんな時にそんな冗談は止めような。カンウさんよ。」
『いやいや、こんな状況だからこそこういう場を和ませる事も大切なのだ。現に我と
歴代の主達はそうして過去の様々な修羅場を生き延びて来た。』
カンウは精神リンクを通じてマオーネと会話する事が出来た。その上下手をすれば
パイロットであるマオーネ以上に頭が良いと言う不思議な現象が起こっていたりする。
文明が崩壊する以前ならば、神々の怒りより遥かに昔から様々な戦いを経験して来た
カンウそのものの実力に加え、コンピューターに使用された特殊な人工知能のリンクが
そう言う機能を持たせたと言う検証を行う事が出来たであろう。しかし、技術水準が遥か
に低下した現代の人間からすれば、それはまるで摩訶不思議な現象に思えてしまうだ。
そうこうしている間にもバイオゾイドの大軍は後から後から迫って来ていた。
「何かもう本当に60億いそうな気がして来たな・・・。」
「そんな相手どうやって相手するんだ?何度も言うが私はこんな所で死にたくは無いぞ。」
あたり一面を埋め尽くすバイオゾイドの大軍に、完全に取り囲まれた二機は
なお戦闘態勢を崩さずにいたのだが、その時だった。
「ん!?何か来る!」
大量のバイオプテラとバイオラプターグイにより、青く見えない程埋め尽くされた空から
一体の白く輝く何かが猛烈な速度で急降下して来た。それはバイオプテラとグイを遥かに
凌ぐスピードで容易く振り切り、同時に圧倒的な火力でバイオゾイドの一群を一撃で
吹き飛ばす力を見せ付けた。そのゾイドこそディガルドによって“アンノウン002”
として登録されたアンノウンゾイド、ギルドラゴン“大龍神”。ギルドラゴンと言えば、
“滅びの竜”と呼ばれ、同時に各地に残る“箱舟伝説”の裏付けとなる存在である。
その大きさは山の様に巨大であるとされ、そのゾイドは討伐軍、ディガルド共に
既にギルドラゴンとして確認している。では何故今現れたギルドラゴンがアンノウン
ゾイドに指定されているのかと言うと、サイズが違い過ぎるのである。同じギルドラゴン
でも、大龍神のサイズは50メートルも無く、とても箱舟になりそうな大きさでは無い。
しかし、小柄であっても空中戦でバイオプテラやラプターグイを遥かに上回る機動性と
一撃でバイオゾイドの一群を吹き飛ばす圧倒的な火力、そして相反するかのような高い
防御力など、確かにアンノウンゾイドに指定されても可笑しくない程得体の知れない
ゾイドであった。そしてその大龍神を操るパイロットは“SBHI−004ミスリル”。
機械の体を持った少女であり、その様相から“白銀の女神”とも呼ばれている。
機械と言ってもディガルド軍が使用する機械兵の様なちゃちな物では無い。彼女は
神々の怒り以前の文明の技術によって生み出された、純粋な“ロボット”なのである。
(ちなみにSBHIとはスーパー・バトル・ヒューマノイド・インターフェースの略称)
神々の怒りの際に受けたダメージが原因で一度機能を停止してしまい、それから数千年
経過した現在にようやく再起動出来たのではあるが、完全に修復出来ていない部分が
所々にあり、人間で言う所の記憶喪失になっている為に本来の性能を発揮出来ないで
いるが、その性能は並みのゾイドでは比較になら無い程である。そしてたまたま彼女が
お世話になっていた地方の伝説に“白銀の女神が大龍神と共に悪魔の軍団と戦った”と
言う物があった為に、それに酷似していた彼女を人々は自然と“白銀の女神”と呼ぶ
ようになった。技術水準が低下した現代の人間からすれば、ロボットと言う存在は
物の怪の類と見るか、神の類と見るかしか出来ないのだから・・・。大龍神もまたその地方の
神像として祭られていた像の中に入っていたゾイドであり、ミスリル自身も記憶を失った
とは言え大龍神に対しては何か覚えがあった故、元々から彼女の物だったのでは?
と思われるが真相は彼女が完全に記憶を取り戻すまで明かされる事は無いだろう。
バイオプテラやグイを跳ね飛ばし、衝撃波で破壊しながら猛烈な速度で急降下した
大龍神は上空百メートルの所で地面と平行になると共に腹部に搭載された超高性能焼夷弾、
ドラゴンナパームを投下し地上のバイオゾイドの群を焼き払いながらカンウとマジンの
方へと迫っていた。
「マオーネさんにカミコさん!大龍神に掴まって下さい!」
「え?お・・・恩に着る!」
『ハガネの娘か・・・。まさに地獄に仏だな。』
カンウとマジンはとっさに大龍神に向けて跳び、しがみ付いた。
「それでは離脱します!しっかり掴まっていてください!」
「うぉ!」
カンウとマジンを乗せた状態であるにも関わらず大龍神のスピードは失われず、
猛烈な速度であっという間にバイオゾイド軍団の追撃を振り切っていた。
「アンノウン001・002・003、共にロストしました!」
「ならば追撃しろ・・・。」
地を埋め尽くすバイオゾイド軍団の後方には彼等の母艦となる超巨大母艦型ゾイド
”ディグ“が存在し、その艦橋にて司令官が様々な采配を行っていた時、彼等の前に
怪しげな一団が姿を現していた。
『あやつらへの先発攻撃任務・・・我々にお任せください・・・。』
「諸君等は・・・なるほど、機械戦闘兵団か・・・。」
“機械戦闘兵団”
ディガルド武国が一般的に使用している機械兵を発展させ、直接的な戦闘にも対応
出来るようにしたタイプにより構成された特殊部隊である。機械兵は本来バイオゾイドの
操縦と言う最低限の使用に限定されている。しかし、機械戦闘兵団に所属する者達は違う。
より人間的な動きやすいフォルムとなっている上に、脚部には鋭い爪が、腕部には銃器が
装備されたより戦闘的な物となっている。ジーン直属の部隊の中では戦死したはずの
ゲオルグ少将がこれに近い方法で復活していると言う。
「では頼んだぞ。場所が分かり次第此方も進撃する。」
『ディガ・・・。』
機械戦闘兵団は外に出るとゾイドにも乗らずにそのまま空の彼方へ飛んで行った。
それこそが機械戦闘兵団の所以なのだ。
「うらあ!もらっ!?」
地中に隠れていたウオディックが跳び出すもののパノーバ地対空20mmビーム砲。
その流れ弾が容赦無くウオディックを貫く。
歪な軌道で回転する弓は正に獲物を求める死神の鎌に見える…。
「(…あの役人姿の奴。大嘘を吐いていたのね。今度遇ったら…調教して上げますわ!!!)」
エルテナハは内心復讐としてのそれに思いを馳せ弓の帰りを待つ。
幾ら弓としての機能が失われていてもそのまま振り回せば充分武器として通用する。
その帰りを待つ傍ら腹部の70mm2連装ヘビーマシンガンで攻撃する。
「ちぃ!重い!幾ら材質と厚みが同じとは言え厳しいですねっ!」
フリーラウンドシールドを使い…
まだ起き上がれていないシュミットのジェノブレイカーブロックスを護るファイン。
アームがビリビリと音を立てて振動し今にもアームがへし折れそうだ。
「中尉!もう大丈夫です!」
ファインのジェノブレイカーブロックスの影より跳び出すシュミットの機体。
そのまま70mm2連装ヘビーマシンガンを収束荷電粒子砲で破壊する。
「立ち直りが速いですわね。そのまま砕け散っていれば焦燥に駆られずに済んだものを…
しかしタイムリミットはそう遠くないですわね。どうなさいますか?」
オリジナルより時代の流れで重武装に成っているケンタウロス。
だが飛びっ切りの隠し玉を持っている事はエルテナハ以外誰も居ない。
エルテナハは味方に合図を送り撤退を指示する。
「おい!エルテナハ!?何をする…!?」
指揮官たる者最期まで戦場を見届けるべき。
そんな当り前の考えが彼を非業の業の生け贄に捧げるきっかけとなる。
本来のケンタウロスにはウルトラザウルスの甲板とビーグル格納庫は機能しない。
だがそれが有ると言うだけで充分に怪しいものだ。
その格納庫も何やら厳つい追加装備の跡が有り直接滑走路が直付けなら尚更。
遂にその”悪魔の箱”が開かれ…一瞬で爆発する指揮を執っていたウオディック。
何とか指揮官らしき者は無事に脱出できたらしいが、問題はその数だ。
ファインとシュミットの2人はこう言った仕事(軍人)をするだけ有り動態視力には自信が有る。
その2人でさえ残像が目にちらつく8〜24機の何かが飛び回っていたのだ。
飛び回る無数のコマンドゾイドサイズの何か。
これは無差別攻撃兵器の一種でキャノンボルトスパローと言われる物。
装弾数は僅か2発の電磁レールガンのみだがそれ故機体は小型極まりない。
そして玉を撃ち尽くせば素早くコンテナに飛び帰り、
コンテナのサイドより突き出したレールアームに突撃。通り抜ければ…
代えの電磁レールガンを装備できるという半永久機関である。
当然レールガンの給弾システムもオートで人の手等は要らない。
ただ…とても命中率が悪く玉の雨を降らせるように使うのが上等策だろう。
地下浅い風穴。そこに不機嫌そうに唸る存在が居る…山の主。
ここら周辺の人々はそう語る一体のゾイドだ。
どういう存在なのだろう?明らかに戦闘用に改造されている虎型のゾイド。
だがその内側は野生体の筋繊維がビッシリと犇めき合っている。
これこそがこの山の主たる由縁。戦闘ゾイドが自らの力で野生を取り戻した姿。
億分の1に満たない奇跡の存在なのである。
それでいて過去の武装をそのまま使用するのもまた奇跡。
その奇跡の塊は上でドンパチやっている存在がいたく気に入らない様子らしい…。
「おい…やるぞ。ショウ!そこを退け!」
目視できる位置に居るジェノブレイカーブロックス。それはとある武器の前に苦戦中。
「如何したんですか!?急に!」
「あれはな…あれはな…俺っちのダチが作っちまった最悪の兵器だ。
彼奴は死ぬまであれを作った事を後悔していたんだよ!」
タナカはギガクロウラーにエネルギーを最大限に回し回りの雪を強引に掻き分ける。
すると…瞬く間にその隙間が原因で雪崩の兆しが現れる。
タナカのブイブレードファイヤーはショウのディバイソンを担ぐと…
流れ始めて雪崩に乗り急斜面をすべり降り始めた。
「いくぜ!コンチクショウ!これが…アバランチライダーこと…
だだ滑り御輿だっ!」
「「「(だだ滑り御輿…?ちょっと待て!!!)」」」
麓で戦闘中の3人には…何を言っているんだ?あのオニマユは?と思うのみである。
空を覆う塵灰の雲が、ある一点から放射状に吹き飛んでいく。そしてその一点を貫いて
炎吹き上がる荒野へ落ちてくる巨大な円筒、一つ。
激震。減速用のブースターなど積んでおらず、音速の二十倍という速度で地表へ突入し
たその構造体は、形成中であった山脈の萌芽を衝撃波で吹き飛ばし、半ば大地に埋まりつ
つもその威容を屹立させている。
『それ』は自らの力で上昇し、地下に隠れていた半身を灰色の熱風に曝した。銀色に輝
く滑らかな装甲には、土砂もマグマも付着することを許されていない。と、円筒の下半身
が突然割れた。花弁のように天に向かって開いたショート・マス・ドライバーから放たれ
る小さな円筒は女神の息子たち。テラフォーミング・ウェポンプラント“イヴ”の補器。
クレーターの中央に鎮座する巨大な円筒こそ、地球科学の精髄、自律知性によって統御
される環境改造装置……兼、生体兵器生産・管理ユニット。それが“イヴ”。
計五基の補器たちは各々ひとつの大陸に腰を下ろし、この星の環境改造をサポートする。
同時に、金属生命体『ZOIDS』を生み出す第一世代となるのだ。
<機能チェック、全てにおいて正常>
着地の衝撃は慣性制御機関によって中の本体を傷つけることなく、未だ二百度を越す大
気の熱も『彼女』にとって障害とはなりえない。その事実を、穏やかだが無機的な声で確
認していく。
<……補器の着床、起動を確認。有機体ナノ・ユニットの散布を開始>
イヴを生み出した文明では、無機物によるナノマシンは実用化可能なレベルに達しなか
った。生物の細胞、あるいは更に小さなものを遺伝子改変し生み出したバイオナノマシン
が大いに権勢を振るっていたのである。リニアはここにもグローバリー号の世界とは違っ
た技術の発展を見て取ることができた。
イヴと補器たちは同時に円筒の上底面を開き、そこから虹色の霧が広がっていく。細か
な突起の多いナノユニットは角度によって様々な波長の光を乱反射させ、それがあらゆる
可視領域の光を―もっとも、その光景を観測しうる生命体はまだ存在しなかったが―見る
者の目に投げかけるのである。理屈はどうあれ、未来にてそれを映像として空から見下ろ
すリニアにとっては夢幻的な光景であり、創世神話の始まりに相応しいひと時だった。
「惑星Ziは若い星だ。地殻変動が激しかったがために、六基でかかっても有機ナノユニット
によるテラフォーミングが完了するまでに約一万年を要した。そして、ちょうどイヴたちが
一つ目の仕事を終えて次に掛かろうとする頃、フェリックス博士が予告した時期が来た」
セディールは言葉を切り、再び過去が動き出す。
一万年を過ぎた頃に、一端戻ってくる。その言葉を信じつつ彼女はやがて地殻変動が収ま
り始めた地上に、最初のゾイドたちを放った。始めは単細胞生物から、しかしイヴと補器た
ちの遺伝子コントロールによって進化のスピードを数倍に高め、投下から一万一千年が経つ
頃にはイヴさえも予期していなかったヒューマノイドタイプの生命体――限りなく人間に近
い組成を持つ『ゾイド人』が誕生した。原初のゾイドが生まれてから僅か千年のことである。
補器にもDNA量子コンピュータを用いた自律知性が搭載されていた。イヴは彼らと意見交換
を行った。コンピュータとは言え、一基より六基のほうが多視点的な思考ができる。
人間の討論と違ったのは、終始一貫して誰も激昂したりしなかった点である。我を通そ
うとする人間の悪癖を持ち合わせぬ彼らは、まさしく神の如く超然とゾイド人たちの存在
を許すべきか否かを話し合う。
ある補器は言った。
「脳構造まで人間と同レベルならば、自律知性にすら予測できない行動を取る個体が出て
くる。また、戦闘兵器としての能力は皆無に近い。即時殲滅するべきである」
また別の補器はこうも言う。
「予測し得ない行動を取れるからこそ、我々に敵対するような行動を抑制すれば、生体兵器
の進化体系に新しいパターンを与える助けとなるやも知れぬ。更に、より人間に似せれば人
間の身代わりとして危険な任務を遂行させる事も可。第一、恒星間戦争であっても地上戦の
主役は歩兵である。全てのゾイドには我々に逆らえない服従プログラムが刻まれているので
あるからして、いずれにせよ捨て駒としての有用性は充分にある……」
最終的な決定権は主器たるイヴに預けられている。彼女は裁断を下した。
「兵器が進化するのは戦いの中においてのこと。彼らに知恵と技術を授け、文明を発展さ
せましょう。強力な兵器を有し、風土や習慣が全く違う文明が二つ以上生まれれば、約
80%の確率で戦争が起きます。惑星表面における実戦テストも兼ねられて有益でしょう」
イヴが当時その身を置いていたのは、後にテュルクと呼ばれる暗黒大陸の北部だった。
彼女はこの地に散在していた原始的な集落を一つにまとめ、Zi最初の文明を作り上げた。
その際には多分に『ゾイドに対する絶対行使力』を用いて人心を操ったので、副産物として
イヴを女神とする信仰がいつしか国教になってしまった。彼女がそれを放置したのは自己を
神と同一視する人間特有の誇大妄想などによるものではなく、宗教は戦争の原因として最も
加熱しやすく冷めにくい――といった地球文明の先例が幾つも記憶素子にあった為だろう。
イヴと補器には、自己の分身ともいえる生体ユニットを作り出す機能が与えられている。
彼女は人間を模したユニットを作り、「女神の言葉を伝える巫女」と称して国政を裏から
操った。他の大陸でも補器の数体が国家を作り上げ、高度な文明を完成させている。
技術レベルだけは発展し続け、国そのものはイヴたちの思い通りに操れる。それはただ
兵器としてのゾイドが進化する為だけに作られた虚構の文明社会。
イヴの国がある地が『テュルク』、首都は『トローヤ』。
その国家に君臨した最後の若き王の名が『オーディン』であったのは、はたして単なる
皮肉な偶然だったのだろうか? セディール・レインフォードは言う。
「テュルクとかトローヤってのも当然僕たちの言葉に訳した場合だけど、この名前はグロ
ーバリーに乗ってきた地球人が付けたらしい。多分、暗黒大陸方面に渡った地球人の中に
『エッダ』の愛読者でもいたんじゃないかな?」
無慈悲な女神の思惑通り、幾世代にもわたる長い戦乱のうちに、投下から一万三千年目を
過ぎた。彼女はことここに至るまでフェリックスの言葉を信じて待っていたのだが、いくら
空に目を向けても輝く宇宙船が降下してくることは無かったのである。
そんな時、『巫女』のイヴは宮廷で一人の少年に話しかけられた。
少年は金髪碧眼、この地に暮らす民族の典型的な外見的特徴を兼ね備えている。が、ま
だ子供らしい顔つきだ。十歳前後といったところか。
「巫女さん? こんなバカ寒い時期に法衣だけなんて、風邪ひかないの?」
彼女はナノ形成された『人形』に過ぎないのだから、温度そのものを感じ取る事は出来
ても「寒い」とかいった知覚はしない。勿論そんなことはおくびにも出さないが。
「私には女神の加護がありますから、病になど罹ることはないのです」
彼女の立場にあってこの台詞を吐いたのが皮肉のセンスを有する人間であれば、失笑の
発作に襲われたであろう。女神とは即ちイヴ自身、これは遠大な自作自演だ。
しかし彼女は事実を述べたに過ぎないのである。彼女が支配するゾイド人たちにとって
少なくともイヴは神そのものなのだから……。
「こら、巫女様に何たる無礼を!」
少年の脇に立っていたカイゼル髭の武官がその頭を小突いた。
「申し訳ございません。王としての基本教育を完了した皇子は、巫女様に祝福をいただく
決まりでして……いや、あなたならご存知でしたな。現帝の時もそのままのお姿でいらし
たのだから」
「では、この子が次の帝に?」
「さようで。第三皇妃様のご子息、オーディンW世にございま――」
「父さんが子供の頃からそんな美人のままなの? すごいね」
言うなり矢のように宮廷の中庭へと駆けて行く皇子に、武官は呆れて追う気にもなれな
かった。
「お見苦しい……性格に難ありでして、我らも手を焼いておるのです」
「――人の子は椅子に座らせておくものではなく、立って駆けるものでしょう」
適当なことを言って見せたイヴだが、この時はまだ皇子に特別な感慨を覚えた訳でもな
かった。
宮廷の比較的低位置にあるテラスは、眼下に城下町を一望できる造りになっている。テ
ュルクの冬は極寒であり外に出る王侯貴族など普通はいないのだが……この日は、二人。
「巫女さん巫女さん、なんて呼べばいい?」
「……『イヴ』でいいです」
どうしてこんなことになったのか? イヴは理解に苦しんだ。
少年に好意を持たれるような対応をした覚えはないのに、初対面の日から毎日のように
オーディンは彼女の周りをうろつくのだ。外見のせいだろうか?
「皇子、私にまとわり付いているよりも他にやることはないのですか? 教育が足りない
などと陰口を叩かれているのですよ」
「うん。帝があんまり賢いと『かんしんがこくせーをろーだん』できないから、教育課程
はわざとお粗末に出来てるんだってさ。おかげで僕は楽だけどね」
この状況を客観的に見られる者がいるのなら、国政を壟断しているのは奸臣などではな
く私だと思うだろう――イヴの感想は以前よりも、皮肉のスパイスをほんの微量ながら含
んでいた。それは数千年にわたって彼女の国の人民を観察し続けた結果生じた、模擬人格
のアップグレードであったかもしれない。
――しかし当面彼らは、私の掌の上で踊る役者であってくれさえすればいいのだ。
「その言葉の意味がお分かりでしたら、なおさら私などと話している場合ではないかと存
じますが」
「君と話すのが大事なんだ。僕は、君を説得するために呼んだ」
「――は?」
らしくもない不明瞭な返答をしてしまった自分に驚くイヴに、少年は言う。
「年表をみるといつでもどこかの国と戦争中。これが当然のことだってみんな思ってる。
……でも、それっておかしいよね」
平和主義か。この少年は国家間の対立を煽っているのが巫女だと見抜き、『説得』を試
みようとしているのだ。が、戦争が続かねば困るイヴは、巫女の立場に沿って反論する。
「私たちが戦うのは当然のことなのですよ。邪教徒を滅ぼし、世界を女神の名の下に統一
することは『聖戦』です。人はみな正義のために……」
「これを見ても、まだそんなことが言える?」
皇子の吐く白い息は、微かな怒りを秘めていた。彼に指差されたとおりに眼下の街を見
ると――人々は一月前に降った雪が解けていない街道をいつもと変わらず往来し、洗濯物
をベランダから干し、子供たちは公園で雪玉を投げあう。どれだけ文明が進んでも変わら
ない光景が、そこにはある。
「この街のどこに戦争がある? この平和な風景は、何万って人の犠牲の上に始めてなり
立つものじゃない。本当なら『何もしなくても』そこにあるべきものなのに――」
「何もしなくとも……そこにあるべき平和……」
遠く離れたイヴの『本体』では、量子コンピュータが目まぐるしく自らのプログラムを
書き換えている。兵器を生み出す神としての自律知性には本来備わっていないはずのプロ
グラムが―『感情』が―生まれようとしている。
こんなことがあってはならない。イヴの『理性』は、少年の稚拙な怒りを叩き潰す反論
を秒あたり400通りも構築している。
それなのに、実際オーディンと相対している彼女は何一つ言えないのだ。
「イヴ、僕には君が本心から戦いを望んでいるなんて思えないんだ。僕に戦いの必要を説
く時も、大講堂で人々に聖戦への参加を呼びかける時も、君の目は冷めているもの」
反論しなければ――。
「どうしてそんなに悲しそうな目をするの? 僕は――イヴはすごく綺麗だと思う。悲し
そうな表情も含めてね。けど、君には笑っててほしいんだ。心から笑えるってことは、
幸せだってことだから――その――」
この少年が自分に対して持っている感情は『愛情』なのだ。それを理解するために、イ
ヴの半瞬のショートを余儀なくされた。
彼女の人工知能は、データベースから理解できない事象に直面したときにはフレキシブ
ルに認識能力を拡大していく。いわば成長するAIである。
彼女は少年の『民を思いやる心』を理解するために、平和な営みの尊さを認識してしま
った。
彼女は少年の淡い恋慕の情を理解するために、まったく期せずして愛情を認識してしま
った。
数千年の間、ゾイド人たちを利用すべき道具としか見ていなかった女神が最初で最後の
恋に落ちたのは、彼女の長い歩みの中で見れば一瞬の出来事だった。
「フェリックス博士たちは……もう来ないと考えるべきでしょう」
ある日イヴと補器たちの間で行われた会議で、開口一番イヴが言い出した言葉に補器た
ちは愕然と―人間で言うならばだが―した。
彼女の言ったことは、自分たちが存在意義を失ったことにも繋がる。
「そんな可能性、たかだか途中経過の視察が来ないだけではないか」
「タイムマシンという代物の特質を考えてみてください。たとえ一度や二度、こちらへの
行程が失敗に終わったとしても、博士が言った『一万年過ぎた頃』にはマシンがある限り
いつ如何なる時からでも来ることができるのです。コストの面から言って、経過確認を中
止する理由はありません。政府による、プロジェクトそのものの自主的な廃止は更にあり
えないでしょう。
有力な可能性としては、ティプラー・シリンダーが何らかの理由により使用不能となっ
た。あるいは、視察が不可能な状態に追い込まれている。以上の二つが挙げられます」
「だが、我々のあずかり知らぬ理由で経過確認を中止した可能性も消えてはいない」
「同意。兵器としてのゾイドの進化は、これからも促していくべきであろう……」
「よろしいかな、主器」
迷いがある。だが、存在意義の消滅を恐れるのは彼女も一緒だった。
「……ええ、ひとまずは現状維持です」
少年と女神の邂逅、そして深い絆が生まれてから七度目の夏。
イヴは以前ほど激烈に国民を煽ることはしなくなっていた。無論、それは平和を望む若
き皇子――今年で十七歳となったオーディンの影響である。
しかし、彼女が国家創立から長きに渡って刷り込んできた『聖戦』の意識は、いまさら
彼女が声を落とした程度で勢いが弱まるようなものではなくなっていた。
ここで女神の代理たる巫女が、旗幟を鮮明にして「女神は平和を望んでいる」とでも訴
えかければ、あるいは人々は長い戦乱の歴史から解き放たれる道を選べたかもしれない。
だが、それは彼女の本来の役割を放棄することに他ならない。補器たちは主器が機能不
全を起こしたと見て次なるリーダーを決定し、またゾイド人に戦争をさせるだけだ。
もしくは人々に「命令」するという手段もある――命じれば、誰も彼女に逆らうことは
出来ない。しかし、それでは駄目なのだ。彼らが自らの意志で平和への道を歩まねば、一
時的な心変わりによる平和など容易く崩れ去る。何より……もう彼らを操り人形にはした
くなかった。
「どうしたの? 暗いよ、イヴ」
思案の淵から目を上げると、彼女の前にはぐっと男らしさを増したオーディンの顔があ
った。知性を得た表情は子供とも呼べないが、まだ大人ではない碧眼の煌きが残っている。
「え……? いえ、何でもありません」
「まったく、せっかく最近表情が穏やかになってきて可愛かったのにさ。台無しじゃん。
それに、敬語はもうやめようよ――僕たち二人の仲、でしょ?」
「……からかわないで下さい」
ついとそっぽを向いたイヴの頬が赤らんでいるのも、ゾイド人の構造を参考に機能の更
新を続けてきた賜物である。もちろんオーディンのためにやっていたことだ。
この頃になってふと思ってしまう。もしフェリックス博士たちがこのまま来なければ、
この星の人々を平和な時代に導いてやりたいと。家畜を管理する支配者たちという役割の
呪縛から解放され、人々と共に生きても良いのではないかと――。
「……そういえば……軍事科学技術局長が、戦争を一気に終わらせる画期的な『何か』を
発明したとか言ってたよ」
「『何か』とは?」
「気になるなら見に行こうよ。君と僕なら、いくら軍事機密とはいえ見せてもらえる筈さ」
トローヤの外観は、『中世的な趣を装った未来都市』である。石畳に見える道路は柱も
無く立体的に交差し(つまりは、浮いている)、漆喰を塗った木造建築に見える民家は屋
根の全面が木版やタイルに偽装された太陽電池で覆われている。
町のほぼ中心に位置する宮廷も浮遊道路の延長線上にあり、城そのものが地上から70m
ほどの地点に静止している。過去に起きた叛乱の際に得た、地上からの侵入を防ぐ知恵だ。
その最下部、一見して岩塊にしか見えない部分は兵器工廠としての機能を持っており、
空中にあるにもかかわらず城の住人からは「地下」と呼ばれている。
――『地下』にてオーディンとイヴが目にしたのは、黒と紫に彩られた一体のゾイド。
初見では良く解らないが、どうも蠍のような形をしている。このゾイドは三千年以上の
後世にて『デススティンガー』と名づけられるものの原種だが、それはイヴさえ知らない。
「どうです皇子、素晴らしいでしょう? 美しいでしょう? これこそが異教の悪鬼ども
を打ち倒す我らの新技術『オーガノイドシステム』の結晶です! 異常活性化されたコア
が生み出すエネルギーは従来ゾイドのおよそ八倍、再生能力はコア以外のダメージに対し
て殆ど無限。主兵装は空気を取り込んでコアのエネルギーで加熱し、十万度のプラズマを
秒速2000kmのビームとして放つ物で、面積辺りの威力は恒星フレアの直撃に匹敵し……」
開発責任者でもある局長の解説が延々と続く中、オーディンは戦慄に瞬きも忘れていた。
――こんな兵器が量産されれば、確かに戦争はこの国の勝ちだ。だが……この戦いは極
めて過激な宗教戦争である。『異教の悪鬼』を全て滅ぼすまで終わらない、そういう戦い。
一つの国を形作る人々を皆殺しにしたら、いったい死者の数はどれほどになるのだろう?
数で量るべき事象ではないが、それでも。思わずに居られない。一億の民を業火の中に
葬れば、一億通りの人生の記憶をもまた、焔の中に消し去ってしまうことになるのだから――。
逆にイヴは、どこか醒めた面持ちでこの化け物を鑑定していた。
「武装の威力に関しては十分に及第点。しかし、防御力と機動力が不足……」
地球圏における反乱を鎮圧する兵器というのがそもそもゾイドの最終形として考えられ
ていたものである。つまり、反乱軍の有する重力下兵器に対抗しうる性能を手にすること
が目的ということだ。
「……私はこの期に及んで、何を考えているの?」
もうゾイドが地球圏の戦いで用いられる可能性はゼロに近い。補器たちとてそれは解っ
ている。それでもこの『劇』を続けているのは、止めれば自分たちの存在意義が消えてし
まうから。
イヴも含め、所詮彼らは機械。システムの根幹に埋め込まれたプログラムに逆らうこと
は出来ないのだろうか――そんな自分を、彼女は嫌悪した。
「主器、なにかゾイドの性能面で進展は?」
仮想空間で行われる神々の会議。イヴはOSのことを明かすべきか迷った。そう、彼女は
『迷って』いた。
彼女の使命を考えるなら、迷わずOS技術を補器たちにも広めるべきだった。戦力バラン
スが崩れて戦争が終わってしまっては、ゾイドの進化も停滞してしまう。
自律知性であるイヴが迷わずそう出来なかったのは、『感情』というイレギュラーなプ
ログラムがその決断を鈍らせていたからだ。
あのゾイドを見た後、オーディンは言った。
「無辜の民を虐殺するのと、泥沼の戦争がずっと続くのと、どっちがマシだと思う? 確
かに敵が居なくなれば平和にはなる。けど、大きすぎる犠牲を払った平和なんて……いや、
帝になる身としては、前者を採らなくちゃならないのか」と。
「――どうされました。並列処理結果に誤算でも?」
「……いえ」
結局イヴは、OSの情報を補器に送らなかった。
彼女には想像できなかったのだ。一国の国民を皆殺しにするという光景が。やろうと思
えば数億の人口がOS搭載ゾイドに蹂躙されていく精密なヴァーチャル・シミュレーション
を行うことは出来る。主器のDNA量子コンピュータはそれを100パターン以上も同時に進行
できるほどの性能を持っている。
しかし、いくら電子的なデータでゾイド人の死者を数えようと、死に様をホログラムに
映してみようとも、それは所詮虚像だ。真実味を持って迫ってくる殺戮の光景など、彼女
は見てこなかった。彼女が見てきたのはほぼ同等の戦力を持つ二つの、あるいはそれ以上
の軍が互角の戦いを繰り広げる予定調和の戦場なのだから。
人工知能の類はみな、『新しいことを考え付く』というのが苦手だ。自己進化のプログ
ラムを有する自律知性ですら例外ではない。与えられた情報で、指示された目的のための
計算をするのなら、一台でも地球圏の全人口の脳を合わせたより優秀な仕事ができる。し
かし、『自分でストーリーを考えて小説を書け』という命令に応えられるAIは存在しない。
だから、知るはずも無い凄惨さをあの時予測していれば――という、後年におけるイヴ
の悔恨はある種の自戒であり、自虐に類する感傷かもしれない。
彼女が味わった罪の意識こそが、何よりの罰だったに違いないのだから――。
翌年の春。
先帝が崩御し、奸臣たちとしては不本意ながらも若きオーディンが帝位を継いだ。この
少年は思いのほか我が強く、主戦派が多数を占める臣下の傀儡にはなりそうも無かった。
ところが、平和主義で知られたこの新帝が早速打ち出した戦略は、何も知らぬ彼の支持
者たちから予測されていた停戦条約などではなく、新兵器・OSゾイドによる敵本土強襲。
自国民だけを守ればいい。他の国を滅ぼそうとも、守らねばならない義務がある。そう
自分に言い聞かせ続け、心優しき少年は悪魔の群れを檻から解き放した。
夏になるまで溶けないテュルクの積雪の上を、異形のゾイドたちが踏み越えていく。
どれも完全なオーガノイドシステム搭載機、真オーガノイドの原種である。
それらが当時のゾイドとしては破格の機動力でテュルクの敵軍に次々と電撃作戦を仕掛
け、殲滅していく映像をイヴは宮廷で見ていた。
これはもう何日前の映像だろう? 異常な戦闘力に裏打ちされた、異常な行軍速度。僅か
一週間未満でテュルクの敵勢力は掃滅された。
――自分がまだ只の機械に過ぎない存在であったなら、こんな惨状も顔色一つ変えずに
観察していられたのに。
いま彼女が見ているのも、単なる映像だ。だが、やはり仮想実験とは違う。この映像に
は確かにかつて人だったものが、生命の形骸が映っている。
いてもたっても居られず、イヴは『敵本土』、中央大陸へとテレポートした。彼女の身
体は元々有機ナノユニットで構成された擬似人体――構成情報さえあれば、惑星中に撒か
れたユニットを使って身体を再構築できる。ある種の瞬間移動能力だ。
そして、補器の情報から得た座標を元に彼女が姿を現した『敵国』の首都は――。
――そこは、暖かい春の光にあふれていた。
残雪の照り返しのようなきらめく光ではなく、やわらかに花の色を滲ませる光の愛撫。
――そこは、人々が放つ生の波動に満ちていた。
街道を行き交う行商人。輸送ゾイド。愛玩用ゾイドと走り回る、幼い子供たち。
イヴは初めて目にする『敵国』の平和に心打たれた。トローヤと何が違うというのだ?
こんな営みを破壊する権利など、創造主にでもあるはずがない。
今すぐにでも、戦争をやめさせよう。その決意が形になったとき、異変は起きた。
ふいに、晴れ渡る青空が禍々しい雰囲気へと一変する。人々は空を振り仰ぎ、ぞっとす
るような悪寒とともに西の山脈を見た。――山が、頂上から黒く染まってくる。
漆黒に染まった山脈の裾野から一本の条光が放たれた。光の剣は首都の中央道路を西か
ら東へ両断し、切断された建造物の破片が重力に引かれて落下を始める前に、急激な加熱
で爆発的に膨張した空気がそのままプラズマ化する――。
閃光と轟音が世界を二分した。
聴覚と視覚を奪われた街に、今度は無数のビームが伸びる。一国の首都が地獄に変わる
までに要した時間、わずかに十秒――焔が世界を呑み込む。
山脈を覆う影は、あの蠍型OS機だ。すでにここまで来ていたとは――!
それらは灼熱の坩堝と化した街へとさらなる殺戮を求めてなだれ込む。
街は広大。恒星風に匹敵するプラズマ砲の斉射を受けてもなお、全壊には至らない。
それでも街の景観は抉られた大地と炎の壁でズタズタに切り刻まれ、交通網は完全に破壊
された。家を、家族を、友を、ゾイドを、失って慟哭する人々は呪詛の叫びを断末魔とし、
光の渦に消え去った。恐怖に囚われ、ただ逃げ惑う人々は、巨大な蠍の姿をした死神の
鋏に叩き潰されて、ひび割れた道路を彩る赤い塗料と成り果てた。
「……もう、やめて! やめなさい!」
虐殺を止めようと、イヴは黒い悪魔たちに強い思念を飛ばした。だが、彼女の意思に逆
らえないはずのゾイドたちがその命令を歯牙にもかけない。それどころか、襲ってくる個
体すら存在した。
「従わない――どうして――!?」
<どういうことです、主器。これは――我々の――使命――に、背――く行為です。量子
頭脳――に――機能不全――う、らぎ――り>
<背信――我々の――任務――失敗――に――終わ、お、わ……>
補器たちからの通信が次々彼女の耳に響き、やがて順番に途絶えた。あの恐るべきゾイ
ドたちは、この短期間に世界中へと拡散していたのだ。強い自我を持ち、ゾイドを餌食と
して自己増殖する悪魔の機体……補器は全て破壊されてしまったのだろう。
イヴは絶望のあまりその場に膝をついてしまう。
オーガノイドシステム。コアが休眠状態を必要とせず、常に覚醒状態であり続けること
で常時高出力を維持できる遺伝子操作技術。その処置は同時に、イヴや補器に対する服従
遺伝子をも排除してしまっていたのか。あるいは、自らの遺伝子を書き換えて恐るべき速
度の進化を遂げる真オーガノイドとは、その過程で神の呪縛を打ち破るべくして生まれた
反逆の使徒――罪深きイヴへのアンチ・テーゼなのだろうか?
「……ごめん、なさい……」
瓦礫につぶされた屋台の残骸から、店主のものと思われる足が投げ出されている。輸送
ゾイドは生きながらOS機にゾイドコアを喰われ、数分前まで道を駆けていた少女は熱風に
灼かれて道路に『溶接』されている。それらはイヴの目の前で失われた命の残滓。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
もっと早く戦争をやめさせていれば――私にはそれが出来たはずなのに、迷った。OS技
術を独占したりしなければ、少なくともこんな最悪の事態は回避できたはずなのに、そう
しなかった。全ては……私のせいだった。
大きすぎる罪。目の前で繰り広げられる悪夢さえ『結果』であり、罰ではない。ならば
どうやって償えばいい?
補器が居なくとも、本来の『計画』を続行することは可能だ。だが、もうそんな気は消
え失せていた。
血の臭いを飲み込んだ煙で黒く染まった空、その中から一つの光点が飛来する。一枚の
片翼を持ち、光輪を背負った機械の天使。
「メタトロン……そうか、さっき攻撃を受けたときに」
鹵獲された叛乱軍最強の機動兵器体系をもとに設計された、イヴの自動防衛システム
“セフィロト”。『これを超える戦闘力でなければ要求を満たさない』との考えもあって、
戦闘力を測る基準にも使えるよう搭載されていた代物だ。使われたことは無かったが、イ
ヴが攻撃されると自律稼動するようにボリス戦技局長がプログラムしておいたのだろう。
メタトロンは圧倒的な戦闘力でOS機の群れを見る間に駆逐していく。生存者たちをも、
巻き添えにして。
「そんな戦い方ではっ! ……どうして、防衛システムが私の意志で動かせないの!?」
ひとえに、ボリスのプログラムミスと言うしかない。
さらに犠牲者が増えていくのをイヴが歯がゆい思いで見守っている間に、街中とその周
辺に居た敵は掃討されて行った。それを見届けたイヴは、オーディンのことを思い出しト
ローヤに舞い戻った。
――そこには城も城下町も無かった。
イヴは初め、出現座標を間違えたのかと思った。目に入るのは荒野ばかりであるように
思えたからだ。が、巨大なクレーターがいくつもある中に見慣れた城の残骸が墜落してい
るのを見てやっと、そこがトローヤだったと理解した。遥か上空に十枚の翼を持ったセフ
ィロトが浮遊しているのを見て、自分が覚めない悪夢の中に居るような気分になる。
イヴに危害を加えようとしたゾイド。それを作り出した文明。後者もセフィロトの攻撃
対象になっていたのだ。クレーターの端々に見える例のゾイドの残骸からして、おおかた
暴走した彼らがトローヤに取って返してきたのだろう。あわてて防衛戦を試みるが壊滅、
もしくは善戦したものの、途中であのセフィロト――“サンダルフォン”に空爆されて
全てが無に帰した。そんな所か。
「オーディン! 無事なの!? ……オーディンっ!」
城の残骸は原形こそとどめているものの、中に生命の気配は感じられない。
だが、玉座まで辿り着くとそこには奇跡的に元気そうな少年の姿があった。
「どこへ行ってたのさ、心配したよ! ……はは、僕はこの国のラストエンペラーという
栄誉を授かるわけか。歴代のどの帝よりも国民のことを思ってる、なんて息巻いてたのにさ。
まるで道化じゃないか――僕は、『女神様』の怒りに触れたんだと思うかい?」
「なに言ってるの、しっかりして! 女神なんて……いないわよ、馬鹿」
「そうだね、僕にとっての女神様はキミだもの」
傾いた床の上でバランスを取りながら、オーディンは窓の方へ歩いていった。
「あの天使はきっと、僕を裁くために遣わされたんだよ。いまさら逃げ延びるつもりは無
い。国を滅ぼしておいて、為政者が生き延びるなんて最低だ」
「あなたが生き延びて咎める人も、もう残ってないのに――? 生き延びて償う道だって、
あるはずじゃない」
「そうじゃない。これは僕に科せられた罰だ。……死後の世界というものがあるなら、国
民全員と敵国の人たちにも謝罪して回って、それから……」
少年は再びイヴに歩み寄る。傷だらけの手が、傷一つない腰のラインに触れる。
「……もしも生まれ変わることを許されたなら、またキミと出会いたい」
オーディンの抱擁はどこまでもやさしかった。彼がいとおしげに唇を重ねてきたときに
は、この一瞬が永遠に続けばいいとさえ思った。
――世界が光に包まれ、儚げな少年の微笑みが視覚に焼きつく――。
気付けば彼女は、トローヤ跡を遠くに望める高台にいた。サンダルフォンの最後の砲撃
で城が消滅し、身体を失くしたイヴは本体のバックアップからの情報で再構築されたのだ。
再構築された今でも、彼女の唇には最後のキスの感触が残っている。
数え切れぬ無辜の民と、最愛の人が自分の過ちで死ぬところを見る。そして、己の命が
尽きるまでの永劫に等しい時を追憶と共に生きねばならない。
これを罰と呼ばずして何と呼ぼう。
ゾイド人はこういう時どうしただろう? ……そうだ、涙を流して悲しみを表すんだ。
彼女の瞳からひと粒、涙が零れ落ちた。自分への皮肉のつもりで涙腺を形成したのだが
いざ泣き始めたら、何故か涙はとめどなくあふれてくるのだった。 <続く>
64 :
◆.X9.4WzziA :2006/08/31(木) 16:01:47 ID:gdrJBChl
定期ageです。
「ゴディアス司令、ジーン武帝様が直接率いるが討伐軍との戦闘に入ったと言う報告が
ありましたが大丈夫なのでしょうか・・・。」
「大丈夫だからやっているのだろう?それに我々はそのジーン武帝閣下からアンノウン
ゾイド殲滅命令によってこれだけの部隊を預かっているのだ。この任務も絶対的な
物なのだよ。」
「ディガ!」
ジーンからディガルド軍の大半が離反し、討伐軍と結託したと言えど、ジーンの下に
残る部隊も少なくは無かった。今この大軍団を指揮するゴディアス司令はまさに
その中心的な人物であった。彼の容姿はまさにジーンそっくりな物であり、それ故に
彼はジーンの影武者としてディガルドの影の世界を暗躍して来た。そして今、
現在の状況によって光の世界に姿を現したのである。
一方、カンウ・マジン・大龍神の三体はバイオゾイド軍団の布陣している場所より
遥か遠くに身を隠していた。
「それにしても何だってこ〜いきなりアレだけの数でけしかけてくるかな。」
「今までは道端ですれ違ってもあいつ等の方が避けていたのにな・・・。」
マオーネとカミコは木に寄りかかり、グッタリした面持ちだった。
「全てはディガルドの方で支配者が変わってからおかしくなったみたいです。
二人ともこれは知っていますね?」
ミスリルが一枚の紙を取り出した。それは武帝となったジーンが大陸中にばら撒いた
“絶対神である我に従え”と言う意を込めたビラだった。
「ああ、それなら俺も見たぜ。まったく正気の沙汰かよ。自分で自分の事神だなんて・・・。」
「私も暗黒の魔神なんて言われてるけど、それは自分でそう名乗ったワケじゃなく、他の
連中が勝手にそう呼び出したからなんだ。自分で自分の事を神を名乗る奴は最低だな。」
「それはともかくとして、今までは余程の事が無い限り私達を無視していた彼等が
いきなりこの様な事をして来たのはこの政権交代が影響してると思いますよ。」
「そんな事ぁどうでも良いんだよ。分かる?ミスリルさんよ〜。大切なのはこの状況を
どう打開するかってんだよ。今更討伐軍なんぞにすがるワケにもいかんし・・・!?」
その時、マオーネは何かの気配を感じた。
「どうした?マオーネ・・・。」
「二人とも気を付けな・・・。団体さんお着きだぜ・・・。」
マオーネはその辺の石を拾うとある方向に投げ付け、その直後に何かが飛び出した。
『勘が良いな・・・道理で今まで生き残ってこれたワケだ・・・。』
「うぁ!何だコイツら・・・。」
「土偶幻人?」
三人の前に現れた者達こそ、彼等追撃の尖兵として放たれた機械戦闘兵団だった。
一定間隔で全身から水蒸気を噴出しながらおよそ数十人のそれは三人に迫る。
『お前達がこれからある選択をしなければならない・・・。それはジーン武帝閣下に
絶対的な忠誠を誓うか・・・死かだ・・・。』
「何故今になってそんな事を言う?なるほど・・・恐れてんだ。神のおっちゃんはよ〜。」
『ジーン武帝閣下に対する狼藉・・・許さん!』
機械戦闘兵は怒っていたが、マオーネは対照的に笑みを浮かべていた。
「だってそうだろう?あのおっちゃんが神を名乗るって事は、自分が絶対的に最強の
存在じゃなくてはならないと言う意の表れとも取れる。だからこそ俺等の様な存在を
恐れ、闇に葬ろうとした。違うか?」
『神が恐れる物など無い!』
一体の機械戦闘兵がマオーネ目掛けて飛び掛った。が、マオーネは拳を合わせて
機械戦闘兵の鋼鉄の胸板を容易くひしゃぎ、砕き、一撃の下に容易く葬っていた。
『な・・・。』
「舐めるなよ。俺だってこの位の事は出来んだ。」
機械戦闘兵達は唖然とした。彼等の体は銃弾さえ弾き返す強度を持っている。
が、マオーネはそれを素手で殴り倒せる超人的な力と技を持っているのである。
「どうした?神様の兵隊さんよ〜・・・。先程までの勢いはどうした?」
マオーネは一歩一歩歩を進め、そしてその両手はかすかに緑色の光を放ち始めた。
続いて二人目を殴り倒す。
『お・・・おのれ・・・怪しい術を使いおって・・・。』
「そんなんじゃねーよ。気功術っつってな、気をコントロールして・・・ってお前等の
頭硬そうだから理解出来ないか?」
『おのれ!この妖術使いめ!』
機械戦闘兵は腕に装備した銃器を三人へ向けて発砲した。三人は軽くかわすが、後方に
立つ巨木に忽ち穴が開いた。
「ほらな!説明しても理解出来ねってお前等の頭じゃ!」
「そんな事よりあいつ等倒さないとやばくないのか?」
「まあその通りですよね・・・。」
三人の大立ち回りは目を見張る物があった。マオーネは“気”を込めた突きや蹴りで
容易く機械戦闘兵の鋼鉄のボディーを殴り壊し、カミコはマオーネが倒した機械戦闘兵を
拾い上げて怪力に物を言わせて振り回し、次々に他の機械戦闘兵を叩き壊した。
『なんて強さだ!一見ただのガキなのに・・・。』
『だがアンノウンゾイドの持ち主だぞ!ただのガキなワケがあるまい!それに、どちら
かと言うとアイツの方がヤバイぞ・・・。』
マオーネとカミコ以上に機械戦闘兵から恐れられたのはミスリルだった。ミスリルは彼等
機械戦闘兵と同様に機械の体を持っている。しかし、使用されている技術力には雲泥の差
がある。機械戦闘兵よりも遥かに小柄だと言うのに、パワーも機動性も防御力も比較に
ならない。無論四方八方から銃器で撃ちたくっても全て弾き返されている。何よりも
その高い技術力を持つ彼女を誰が作ったのかがディガルドにはさっぱりと分からなかった。
ソラノヒトを睨んだ事もあったが、それとも違うと分かるとより彼女を不審に思い、
恐れるようになっていた。
『この女は無理に殺す必要は無い!何としても生きたまま捕らえるのだ!こやつに
使われている技術を調べ、解明すれば兵達の強化に繋がるのだ!』
ミスリルが数体の機械戦闘兵を相手にするのに気を取られている隙を突き、他の
機械戦闘兵がミスリルへ向けてワイヤーを発射し、雁字搦めにした。
「ああ!しまった!」
ミスリルはやや焦りを見せるが、雁字搦めにされながらも強引にワイヤーを引き千切り
ながら手近にいる機械戦闘兵士を殴り壊し、蹴り壊していた。
『なんて奴だ!これでも止められない!』
『ならば電気ショックだ!奴だって機械なんだ!高圧電流を流せばショートするはず!』
機械戦闘兵は一斉に放電を開始した。まだミスリルを雁字搦めにしているワイヤーを通し、
高圧電流がミスリルの全身を駆け巡った。
「あああああああ!」
『効いてるか!?』
「いいえ。」
『え・・・。』
全身がスパークする程の高圧電流が駆け巡っているにも関わらず、ミスリルは笑っていた。
そして全てのワイヤーを掴み、逆に機械戦闘兵達を振り回し始めた。
『うあぁぁぁぁ!お前は一体何者なんだぁぁぁぁ!』
「ごめんなさい。私自身分かりません。」
『・・・。』
あっさり過ぎる返答に機械戦闘兵が唖然とした直後、ミスリルの全身から放たれた
光弾やミサイルが全ての機械戦闘兵を破壊していた。
一時後、機械戦闘兵の残骸が転がる中に佇む三人の姿があった。
「そっちも終わったか?」
「え・・・?あ・・・まあ・・・。」
「だが、この様子じゃまたどこかに逃げないといかんな。」
三人がそれぞれのゾイドに乗り込んだ時だった。マオーネがある事の気付いてしまった。
「すまん・・・、もう遅かった・・・。あっちこっちにバイオゾイドの気配気配の嵐だ・・・。」
「え・・・。」
カミコは平静を装いつつもやや焦りを見せ、ミスリルは完全に青ざめていた。
それからわずか十秒。マオーネの言葉は現実の物となった。東西南北、各方面の地平線を
完全にバイオゾイド軍団に包囲されていたのだった。
見渡す限り赤茶けた大地が広がる平原を、一台のグスタフが進んでいく。
数日か数週間か、雨の恵みを受けた気配のない土壌は、突然の来訪者に驚いたのか、この
大型ゾイドの進んだ後に、抗議の声の代わりに派手な土埃をあげている。
もう何時間も同じ景色を見させられて飽きてきたので休憩しようかと考えていた頃、
「アーくん、11時に家が見えたよ」
「アーくんて呼ぶな。じゃあ進行方向微調整」
「アイサー」
その建物に近づくまでに1時間ほどかかった。
レンガ造りのこじんまりとした二階建て住宅には煙突があり、食事の支度でもしているのか、
細長い煙が上がっている。
その奥には倉庫のような平屋の建物が3つ並んで建っているが、そのうちの一つは体育館ほど
の大きさがあり、大きな煙突からは、もうもうと白い煙を上げていた。
住居横の簡素な畑では老婆がしゃがんで何か作業をしていたが、グスタフの音に驚いた風もなく、
こちらを眺めている。
家の手前20mほどでグスタフを停止させると、俺はコクピットから降りて、畑の傍まで歩いて
行った。
「ここはレイス・ギリアンさんの家で間違いないか」
「こんちは、おばあちゃん。」
2人目の挨拶には少し驚いた様子だが、構わず俺は話を続ける。
「仕事を頼みたい」
「あー、仕事の依頼ですかね。爺さんなら工房におりますがね・・・」
と、奥の建物の方から老人が出てきた。顔に刻まれた皺は木の年輪に例えるにふさわしく、
いかにも固そうだ。Zi人は長寿ゆえ、外見と実年齢が正比例しない事が多いのだが、この
人は軽く100歳以上で間違いあるまい。
しかし、背筋は伸び、歩く足取りはしっかりしている。なにより、歳に似合わぬピリピリ
した気配を発散させている。おまけに、右手にはでかいハンマー、左手にはごつい旧式
AZライフルを持っている。
「何じゃ、お前らは!」
俺はできるだけ丁寧に挨拶しようと思ったのだが、「帰れ!」と一喝される。
想定した範囲内ではあるが、頑固じじいとの交渉に時間がかかりそうだと思われた時、
「駄目だよお爺ちゃん、人の話は聞かなきゃ」
台詞と同時に、俺の頭に影がかぶさる。
コマンドウルフ。ヘリック共和国軍の中でもメジャーな機体である。いつの間にかグスタフの
荷台から降りてきたらしい。
すると、怒りまくっていた老爺の表情が変わり、コマンドウルフの背中に視線が釘付けに
なっている。パールピンクの派手なボディの上には、一般にカタナと呼ばれる片刃の直刀が
鉛色のにぶい光を放っている。
「あんたにコイツのメンテを頼みたい。これを頼めるのは惑星Zi広しといえども、あんた
しかいないと聞き、はるばる来たんだ」
コマンドウルフをグスタフの荷台に戻すと、俺は部屋の中に案内された。
玄関から入ったところが食堂兼応接間なのだろう。大きなテーブルに8人分の椅子があり、
その一つに俺は座っている。向かいには仏頂面の老爺。お互いの目の前にはお茶が置いて
あるが、ティータイムを楽しめそうな雰囲気ではない。
「お若いの」
不機嫌な表情のまま、老爺が話を切り出した。
「まず、ワシは一見の客は取らねぇ。誰からワシの事を聞いた?」
「私の師匠、レイノルズ・ササキからだ」
「何!じゃあてめぇもMOZ(モッズ=Master of Zoids-fighter)か?」
「いや、俺はまだ修行の身。あのカタナは、師匠から譲り受けたがな」
しばらくの沈黙の後、ようやく了解の言葉を取りつけることが出来た。
予想の3倍の代金をふっかけられたが、背に腹はかえられない。
「アーくん、上手くいった?」
グスタフのところに荷物を取りに行った俺に、話しかけてきた。
「5日かかるそうだ。それまではここに泊めてもらうことになる。その間は、先刻みたいに
勝手に動くんじゃないぞ。」
「え〜っ、退屈で死んじゃうよ〜」
その日は、刀身をウルフから外して工房に運び込んで日が暮れた。
翌日、爺さんは朝から工房に籠って刀の研磨作業に入った。
このMETAL-Zi製の刀は材料自体の入手が困難なだけでなく、加工に特殊な技術が必要な上に、
取り扱いが難しい(刃先を正しく振る事が出来ないと、切断することは出来ない)ので、
持っていて、なおかつ扱えるゾイド乗りは滅多にいない。
ゾイドサイズで現存するものは惑星全体でも数十振り、殆ど好事家(こうずか)のコレクション
として収蔵されている。
朝食を終えて工房を覗いてみた。
中ではゴドスが作業をしていた。砥石もトラック並の大きさ、全てがゾイドサイズで
自分が小人になったような気分になった。
ゴドスは両手がペンチの形状に換えられていて、刀身の腹を掴むと、器用に研いでいる。
刃にはところどころに刃こぼれがある。激しいゾイドバトルでついたものや、修行のために
岩や木を切ってついた傷もある。
傍から見ていても、ギリアン爺さんの腕の良さが分かる。
ゴドスは単に規則正しい運動を繰り返しているのではなくて、力加減や角度を微妙に調整
しながら動いている。
カタナの砥ぎというのは、包丁などと違ってただ刃先を削ればいいというものではない。
普段のメンテだけなら俺もしているが、やはりきちんとした砥ぎはプロに任せるしかない。
あの微妙な力加減は俺にも真似できない。さすが「現代の名工百選」に選ばれるだけのことはある。
大した技量だ。
ギリアン爺さんの腕は確認できたので、邪魔にならないよう静かに工房を出た。
『敵の数は80億に増えた。全天を覆っている。』
「だからこんな時にそんな冗談は・・・と思ったが、本当に80億いるかもしれんな・・・。」
カンウは冗談で言ったつもりであるが、確かに本当に80億いても可笑しくない
状況だった。何しろバイオゾイドの数が多すぎて地面も空もまともに見えないのだ。
「今にもお爺ちゃんのいる所に逝ってしまいそうだ・・・。」
「本当に冗談は止めて欲しいです・・・。」
三人は絶望していた。この状況では何処へ逃げようと無駄だと、逃げ場は無いと言う事を
身をもって痛感していたのだ。と、その時だ。
『ク・・・、クックックックックック・・・。』
「!?」
マオーネはさらに青ざめた。カンウが薄ら笑いをあげているのだ・・・。
「ホラ見ろ!あんまり絶望的過ぎて冷静沈着なカンウまでおかしくなったじゃんかぁ!」
『何を勘違いしている?我は別に狂ってはいないぞ?』
「いや、だってお前がそんな薄ら笑い・・・。」
『もう何度目だろうか・・・。この様な絶望的な状況下での戦いは・・・。全天を覆って
迫り来る敵の大軍団・・・。この圧倒的不利な状況を覆してこそ我は燃える!燃えるのだ!』
直後、カンウが一吼え上げると共に出力がとてつもない程上昇を始めた。それはマオーネ
も驚愕する程の物だった。
「なんてこった・・・。まだこんな底力が残っていたなんて・・・。だが、こんな嬉しそうな
カンウは始めて見るな・・・。ならば俺もマオ流の技を尽くして戦おう・・・。」
カンウの歓喜の咆哮に同調してか、マオーネもやや微笑んでいた。マオーネはカンウが
一体どの様な道を歩んでいたかは知らない。しかし、自分の想像を遥かに超える激戦を
潜った猛者である事は辛うじて理解していた。だが、燃える者は彼等だけでは無かった。
「私も・・・何か覚えがあります・・・。良くは分かりませんが・・・、昔、今のこれに近い
状況での戦いを何度か経験した事がある様な気がします・・・。」
「ミスリル?」
「本当良く分かりませんが・・・、頭の片隅に何か覚えがあるんです・・・。」
ミスリルはその存在そのものがかつて惑星Ziに現代を遥かに凌ぐ高度な超科学文明が
存在した事を証明し、同時にその小さな体に超高度なオーバーテクノロジーを秘めている。
ならば彼女が高度な科学文明下での苛烈な戦争を経験していても可笑しくは無い。
現在はメモリーの破損によってその部分を明確に思い出す事は出来ないが、断片的には
その記憶が残っているのである。そうするウチに大龍神の出力までもが上昇を始めた。
大龍神はミスリルと対となる存在。ならば大龍神も同時に苛烈な戦いを過去に経験して
いても可笑しくない。その圧倒的不利な状況下が大龍神の闘争本能に火を付けたのだ。
四方八方の地平線と全天を覆いつつ数キロ先までバイオゾイド軍団が迫る中、
出力が上昇していくカンウと大龍神は余剰出力の放出によって光り輝いていた。
「ちょっとお前等一体どうしたって言うんだよ!?」
その光景にカミコは一人戸惑っていた。カミコはこの若さで“初代暗黒の魔神”の
持っていた技術の全てを盗んでしまった程の天才であるが、まだまだ経験は浅い。
マジンにもカンウや大龍神と違い、太古の記憶と言う物は一切存在しない為、
この状況で何故まだあれ程の力を出せるのか理解が出来なかった。しかし・・・
「この状況見てると、本当にこの世そのものが地獄って思えてくる・・・。けど、
お爺ちゃんはこの地獄を勝ち抜いたから暗黒の魔神と呼ばれたんだ!ならばぁ!」
カミコは失せようとしていた戦意を奮い立たせた。確かに彼女には他の二人のような
特殊な何かは無い。だが、それでも負けたく無いと言う気持ちが、マジンの力となった。
精神論だけで事が片付けば苦労は無いと思う者もいるだろう。だが、単なる精神論も
それを明確な力に変える術を持っているならば話は違ってくる。ゾイドとはそういう物だ。
特にこの三体のゾイドにはそれが言えたのである。
「お爺ちゃんから余程の事が無ければ使うなと言われていた“ある封印”を解除する!」
カミコはコックピット内で何かの操作を始めた。搭載コンピューターに掛けられていた
何重ものプロテクトを何パターンものパスワードを使って解除し、あるプログラムを
起動させたのである。と、その直後にマジンは黒き光を放ち始めた。
「暗黒超空間エネルギー解放!これならばあの物量とだって五分に渡り合えるはず!」
「暗黒ちょうくう・・・何!?」
『“暗黒超空間エネルギー”だ。別空間にコンタクトし、そこからエネルギーを供給する
システムの一環らしいが我としてもいかんせん専門外で正直な話良く分からん。』
「なら言うなよ。」
冷静に説明するカンウだが、最後の一言がマオーネを気まずくさせていた。
『だが、技術水準の低いお前達には魔法にしか見えない程の技術力が過去にはあった事は
確かだ。それはそうと、また何か始める気だぞ。』
「ん!?」
マジンの方に注目するとマジンは両手を合わせており、そこからやや両手を離すと
その空間に黒く光る穴がポッカリと開いていた。
「暗黒超空間ゲート!いでよマジン最大にして最強の武器!」
空間上に開いた黒光りする穴から一本の槍が現れ、マジンはそれを両手で掴んだ。
「暗黒如意棍槍!」
「(もう何も言うまい・・・。)」
古代文明の凄い技術の賜物であると頭では分かっていても、マオーネは何か釈然と
しなかった。しかし、そんな事に突っ込むよりも三人には先にやるべき事があった。
「来るぞ!お互い生きて帰ろうじゃねーか!」
「ああ!」
「ハイ!」
四方八方から襲い来るバイオゾイド軍団。その距離はもはや数百メートルの位置にまで
達しており、三機は戦闘態勢を取ると共にそれぞれ散った。
3対80億(推定)の絶望的な戦いが今始まった。しかし、不思議とマオーネらには
この状況であるにも関わらず負ける気がしなかった。
76 :
荒野の老人D:2006/09/07(木) 19:20:06 ID:???
その夜、夕食を終えた俺は外に出て、木刀で剣の型を一通りこなしていた。
瑞巌流の型を一つ一つなぞっていく。
「若いの、精が出るな」
爺さんだ。家から出てこちらに歩いてくる気配を感じていたので、別に驚きはしなかった。
「貴方こそ、昼間の仕事で疲れてるんじゃないのか」
そう。この爺さんは夜明けから日暮れまで一度も休憩を取らないで作業をしていたのだ。
「聞きたいことがあったのでな」
「何だ」
「あのカタナの由来は知ってるな」
「無論。ビゼン村で鍛えられし一振り。師匠から譲り受けた。
師匠のブレードライガーはこれより長いのを使ってるがな」
「この刀には銘が切ってないが、気付いておったか?」
「入れ忘れたんじゃないのか」
普通、刀には茎(ナカゴ)、柄をつける部分に刀鍛冶が己の名前を刻むものだ。
師匠の刀は俺のより1.5倍は長い。まるで物干し竿だが、ちゃんと『備前長船長光』の
銘が切ってあった。
長さ以外は全く同じ拵えだが俺の方には銘が切ってない。とはいえ、あまり気にした
ことはない。レーザー振動もない実剣を使ってるのはZi広しといえども俺と師匠くらい
だろう。それを可能ならしめるほどこのカタナの切れ味は尋常ではないのだ。
77 :
荒野の老人E:2006/09/07(木) 19:29:27 ID:???
ギリアン爺さんはしばらく黙っていたが、
「ササキ氏は元気か?」
師匠の名を言われ、思わずびくっとしてしまった。気づかれてないだろうな。
「数年前に別れて以来、会ってない。あの師匠なら放っといても元気だろ」
ここに来た時に、俺は嘘をついていた。実は師匠がこの爺さんのことを話したことなど
聞いたこともない。一見お断りと言われたので、有名人である師匠の名前を出したにすぎない。
ちなみに、俺は免許皆伝を受けていない。じつは修行途中で勝手に逃げ出したのだ。
でもあのまま修行を続けてたら死んでたはずだ。カタナもその時に持ち出したのだが、まあ
「一人前になったらこいつをやるよ」と言われてたので、そんなに問題ではなかろう、と思いたい。
でも会ったら確実に半殺しにされる。
もし、この爺さんが師匠の知り合いで「お前の弟子がここに来とるぞ」などと連絡を取って
いたらどうしよう…
ゾイドバトルでは無敵、数年前には年間524勝のコースレコードをたたき出して(この
記録は未だに破られていない)通称“500勝”として恐れられている俺だが、あの師匠には
未だに勝てる気がしない。
78 :
荒野の老人F:2006/09/09(土) 05:43:08 ID:???
「もう一つ聞きたいことがある。あのコマンドウルフだが、女の子の声がしたので、その
子に運転させとるのかと思っておった。ところがコクピットにはシートが一つしかないし、
誰も乗ってないのに動いとる。あれは一体、何じゃ!」
話を変えてくれて助かった。しかも都合よくこちらが相談したかった内容である。
「ユーリ、ちょっと来い」
「えーなにー、呼んだ?」
ちと間抜けな声を出して、コマンドウルフが歩いてくる。
「中をこのおっさんに見せてやってくれ」
「えーやだよー、恥ずかしい」
「うだうだ言うな。説明しないと話が進まないだろうが」
「しょうがないなー。ちょっとだけだよ」
鍵が外れるような軽い音がして、胸部カバーがゆっくりと開きはじめた。
胸部カバーの開いた中には、複雑な機械類があるわけではなく、ブロックスゾイドの
コアブロックによく似た球体が収められていた。だがよく見ると、それは硬質ガラスで
出来ており、中に入っているものを見ることが出来た。
その中身は、人間だった。透明度の高い液体で満たされた中に、少女が漂っている。
歳のころは10歳かそこら、水着のような服を着ているが胸のふくらみはまだ幼なく、
ほっそりした四肢が伸びている。まったく動かないが顔色はさほど悪くなく、眠って
いるようにしか見えない。
その首の部分には首輪がつけられており、延髄のあたりから太いチューブが数本伸びて、
球体の壁につながっている。
79 :
荒野の老人G:2006/09/09(土) 05:46:00 ID:???
爺さんはしばらく呆然としていた。声もでないらしい。
「狂った科学者の、狂った実験の結果さ」
オーガノイド。かつて西方大陸を主戦場にしたガイロス帝国とへリック共和国の戦争の時に
開発されたと言われる幻のシステム。ゾイドの戦闘力が格段に向上するのに、何故か戦争
途中に開発計画は中止となり、データは完全に処分され、以後は帝国ですら禁忌に指定して
研究すら許していない。
いまでは、戦争を生き抜いたわずかなゾイドが残っているだけだか、その戦闘力は他の
追随を許さない。ただし、パイロットを選んだり、たまに暴走したりと、かなりくせが
強いようだが。
ガイロス帝国の科学者が、この禁断の技術を復活させようとして独自の研究を続け、
人体実験までしでかしたのだ。その犯人は、軍や治安局の捜査網を逃れて今も行方知れず
である。
ギリアン爺さんの専門は錬金術である。金属関係のエキスパートとしてこの老人にしか
できない合金生成や金属加工の仕事を依頼するため、企業や技術関係者が世界中からやって
くるのだ。当然、諸方面への顔が広い。
「こいつを、このくそったれの水槽の中から出してやりたい。爺さんの知り合いに、腕の
確かな医者か技術者はいないか?」
「機械も医術も専門外じゃが、これが尋常でないことくらいは分かる。神経組織がゾイドと
ダイレクトリンクしておるな?この子を安全に切り離すための腕の持ち主となると・・
見当がつかんな」
半ば予想した答えだった。今までもさんざん断られてきたのだ。
80 :
荒野の老人H:2006/09/09(土) 05:51:14 ID:???
ちなみに、彼女には精神操作がされていることも分かっている。精神科医の分析では
@恐怖心の欠如、A物事を深く考えない、B都合の悪いことはすぐに忘れる、の3点らしい。
このため精神年齢も誘拐、改造された8歳当時から全く成長していないようだ。
これは簡単な催眠療法で改善が可能だが、絶対にいじらないよう、精神科医から釘を
刺されている。ゾイドに縛られて普通の人間らしい生活はできず、戦闘を強いられるような
状態を本人が認識できるようになれば、多大なストレスで精神崩壊を起こすか、自殺に
走るか、どちらかであろう。
「もう一つ聞きたいことがある。”ゾイドイブ”を知っているか?」
「すべてのゾイドの生みの親といわれる、あの伝説の?」
「いや、伝説ではなくて現実の話だが・・分からないならいい」
そう、ユーリをもとに戻すことの出来る可能性がもう一つある。神話や昔話に数多く
登場し、山や湖を作ったり、ゾイド人に技術を与えたり、あるいは村を滅ぼしたり、
逆に死んだ人間を蘇らせたりした話が世界中のあちこちにある。ゾイドイブを神として
信仰している宗教もあるくらいだ。だがおとぎ話じゃない。あの時あいつは俺に言った。
「あたしを捉まえてみな。どんな願いでも一つだけ叶えてやろう」と・・
81 :
荒野の老人I:2006/09/10(日) 06:39:04 ID:???
結局、ここには俺の欲しい情報はなかった。
あとはカタナのメンテナンスが終了しだい、次の町に行くだけた。
4日目、明日には作業が終了する。この日、俺は近くの町に買い物に行った。
食料などのおつかいを頼まれたのだ。することもなくて退屈していた俺にとっては丁度
いい暇つぶしだった。
片道1時間ほどの所に、40〜50軒の固まる小さい町があり、そこの店に行けば大抵の
生活必需品が揃っていると教えられた俺は、ショットウォーカーを借りて出かけた。
頼まれた物を買うついでに自分の買い物も済ませて帰った時には、4時間がたっていた。
家と工房に近づいて、すぐに異変に気がついた。グスタフが、コマンドウルフごといなく
なっている。
「コラ!何をちんたらしとったんじゃ!」
「何があったんだ」
「賊がきおった!」
俺が出かけたすぐ後に、盗賊のグループがやってきたそうだ。
そして(金目のものが他にないので)ゾイドを盗んでいったらしい。
相手は数台のゾイドで武装していたらしいから、下手に手出しをしなかったのは正解で
ある。
可哀想に。相手が悪かったな。俺はすぐに追跡を開始した。
82 :
荒野の老人J:2006/09/10(日) 07:04:57 ID:???
1時間とたたずに相手を見つけることができた。
「アニキ、今日は大量でしたね」
「おお、戦闘用ゾイドなんて滅多に手に入るもんじゃねえ。使ってよし、売り飛ばして
金に換えてもよし」
「よぉし、今夜は肉だ、肉」
などと、通常の無線で会話してるのだ。呑気な連中である。
この時代、ネオゼネバス帝国とへリック共和国の戦争が終わって大局での平和が続いて
いるとはいえ、局地的には小競り合いの種は消えていない。
どの国でも軍事費削減を進めるかわりに表でも裏でも武器の類が流出しているため民間
人でも武装しやすくなっている。ゾイドが欲しければ、戦闘で主人を失って野生化した
ゾイド(野良ゾイド)が、山間部や砂漠地帯を捜せばまだ入手できるのだ。
軍をあぶれた連中が徒党を組んで盗賊団を結成することはよくあるし、貧富の格差や主義
主張の違いを原因としたゲリラ組織は大なり小なり、どこにもいるしな。
どうもこの連中からは、そういう組織化され十分な訓練を受けた雰囲気が感じられない。
最近では田舎で食い詰めて、村を捨てて流浪化する連中が多いと聞く。これも都市部と辺境
の貧富の格差が原因であるが、こいつらはその手合いじゃないのか?
既に連中の後方1km位にいるのだが、未だに気づいていない。
「来るなら来て見ろバイオども!皆殺しにしてやるぜ!」
『我としても一対多数戦の方が慣れているからな。のびのびやれると言う物だ。』
カンウは常識的に考えればギャグとしか思えない程の超スピードでバイオゾイド軍団の
布陣内部を駆け回り、進行方向に存在するバイオゾイドを手当たり次第に蹴散らした。
カンウの爪や牙等、肉体ならぬ機体から繰り出す技は過去に様々なゾイドの重装甲を
破壊して来た。そのパワーの上さらにマオ流の技の数々から来るテクニックが組み合わ
され、破壊力を何倍にも増幅させていた。加えて左腕に装備したシザーアームと、
右腕に装備したバイオクラッシャーと言う二大メタルZiウェポンは、カンウの力と技が
相まって一振りで何十体ものバイオゾイドを微塵にする威力を見せ付けた。しかし、
バイオ側としてむざむざやられる程バカでは無い。バイオトリケラ軍団を前面に押し出し、
バーリアを何重にも展開させてカンウの進撃を止めようとした。
「あちらさんもお前と同様に光の結界出せるみたいだぜ?」
『だから我が持つはハイパーEシールドだと言っているだろうが何度も。だが・・・。』
「ああ!分かってる!」
カンウの右腕が緑色の光を放った。しかしそれはレーザーの光では無い。“気”。
生命エネルギーである“気”をコントロールし、様々な事に活用する気功術。
その“気”の力がカンウの右腕に集中していたのである。
「マオ流竜王気功大斬剣!」
カンウの右腕に集中された気はバイオクラッシャーへと移り、巨大な剣を形作った。
「でやぁ!」
気から生み出された巨大な剣は一振りの下にバイオトリケラ軍団の何重ものバーリアを
貫き、射程圏内に存在する何十と言う数のバイオトリケラを消し飛ばした。
「続いてこれだぁ!」
カンウは跳んだ。一跳びで百メートル以上の高さにまで到達する恐るべき跳躍力。
加えて足の裏に装備されたブースターと、背中に装備された大型ブースター、
“ウィンドダンサー”を噴射させ、さらに高く舞い上がった。そして今度はカンウの
脚に気が集中し、緑色の光を放った。
「行くぜ!マオ流大地破壊脚!」
それはとてつもない高度から放つ蹴りだった。しかし、さらに気まで込められたその
威力は想像を絶する物であると考えるのは決して無理の無い話であった。
慌ててバイオラプターやメガラプトル隊はカンウを空中で撃ち落さんと火炎弾で
弾幕を張った。しかし、カンウはそれを弾き返しながらどんどんと地表へ迫り・・・
次の瞬間、大爆発によってバイオゾイド軍団の一群が吹き飛んだ。そして爆煙が
晴れた時、半径数百メートルもの巨大クレーターの真ん中に立つカンウの姿があった。
「来い!暗黒超空間エネルギーを解放させたマジンは一味も二味も違うぞ!」
マジンの暴れぶりも目を見張る物があった。背中に背負ったGカノン、通称“地獄砲”
から放たれる暗黒超空間エネルギービームは一撃の下にバイオゾイドの大軍を消滅させる。
加えて近付く敵は両手に持った暗黒如意棍槍で次々に叩き斬り、突き倒した。
「伸びろ!暗黒如意棍槍!」
カミコがそう叫んだ時、暗黒如意棍槍が通常の何倍にも伸び始めた。何百メートルにも
渡って伸びたそれをマジンは軽々と振り回し、周囲のバイオゾイドを次々に蹴散らして
行った。その光景はさながら○○無双を見ているかのようでさえあった。
これこそ暗黒超空間エネルギーが成せる業なのである。
「うわ〜うじゃうじゃしてて気持ち悪いです・・・。」
大龍神は空を飛びまわっていた。しかし、そこから見えるのはただひたすらに銀、銀、銀
の嵐。陸にも空にもおぞましい数のバイオゾイドがそこにはいた。しかし、逆に言えば
それは一度に大量に倒せると言う事にも繋がっていた。数が多い上にこの密集状態である
故に一体でも倒せば、ドミノ倒しのごとくかなり先まで倒れていく事になるし、また一体
爆発させれば、誘爆が誘爆を呼ぶのである。
「ごちゃごちゃごちゃごちゃ・・・目がチカチカしてしょうがないです・・・。」
ミスリルは少しウンザリしていたものの、大龍神のプラズマ粒子砲やドラゴンナパームが
次々にバイオゾイド軍団を消し飛ばしていった。空中を包囲するバイオプテラやバイオ
ラプターグイが撃ち落さんと大龍神へ向けて弾幕を張るも、大龍神はそれ以上のスピード
と板○サーカスのごとき華麗なキリモミ飛行で攻撃をかわしまくり、一度攻撃に移れば
鋭い切断翼によって敵を次々に両断して行った。が・・・
「何て数だ・・・。って言うか、さっきより増えてないか?」
「お前もそう思ったか?」
「こちらミスリルです!地平線の彼方から敵増援部隊接近中です!数特定出来ません!」
『嘘から出た誠か・・・。本当に80億いそうな気がして来たな・・・流石の我も・・・。』
カンウ、マジン、大龍神の三体はそれはもう大量のバイオゾイドを蹴散らして来た。
しかし、戦況に活路を見出す事は出来なかった。何故なら敵の数が多すぎるからだ。
それどころか後から後から無尽蔵に増援が現れていたのである。三機は一度合流し、
手近のバイオを倒しながら今後の作戦を検討する事にした。
「この状況は本当にヤバイな・・・。」
「それにしても一体何処から沸いて出てくるんでしょうね〜このバイオゾイドは・・・。」
『ザコを幾ら蹴散らしても意味が無い。もうこうなったら総大将の首を狙った
ピンポイント作戦しか無い!』
「大将首!?そうか!それがあった!」
やはり亀の甲より年の功か、カンウの提案が現状では最も効果的であると三人は直感した。
総大将が討ち取られれば指揮系統にも混乱が生じ、最低でもその隙を突いて逃げる事も
可能だ。上手くいけば大将が死んだ時点で大義名分を失って撤退と言う事にも成り得る。
「しかし、この状況でどうやって総大将を見付けます?」
「こういう時は、ハイ!マオーネ!こんな時こそお前のマオ流の心眼とやらが役に立つ!」
「オイ!俺は魔法使いじゃねーんだぞ!何でも出来ると思ったら大間違いだぞ!
だが、やるだけやって見るか・・・。」
「よし!ならフォローは任せろ!」
二人に思い切り期待されて戸惑うマオーネであったが、状況が状況だけにやるだけ
やって見る事にした。マオーネはカンウのメインカメラをオフにし、コックピットを
真っ暗にすると同時に自身の目も閉じた。別にこんな事をしなくとも問題は無いのだが、
周囲に敵がうじゃうじゃといる中でそれらしい対象を見付けたくば、より集中しやすい
状況に持って行く事が効果的だった。
「・・・。」
マオーネは心眼モードで集中した。マオ流に古くから伝わる技の一つ“心眼”。その技で
彼はレーダーやセンサーでは探知出来ない光学迷彩で隠蔽した相手や巧妙に隠れた相手も
気配だけでことごとく発見して来た。しかし、今の状況は骨が折れた。敵の数が多過ぎる
からである。一面のクローバー畑の中から四葉のクローバーを探すより大変である。
「(一番強い気を発してる奴が恐らく総大将だろうが・・・、あちらこちらから気配気配の
嵐で全然分かんねぇよ・・・。)」
流石にマオーネにも焦りが見え始めていたが、その時だった。
『助けてえ・・・。』
「!?」
不思議な声がマオーネの耳に入って来た。しかもそれは妙に薄気味悪い物だった。
「何だ今の声は・・・。」
『お前も聞こえたか?』
「え!?私だけじゃない?」
「何だ今の薄気味悪い声は?」
どうやらそれはマオーネだけに聞えた物では無い様子だったが・・・
『誰か・・・助けて・・・。』
『うわぁぁぁ・・・痛い・・・痛い・・・。』
『苦しい・・・ここから誰か出してくれ・・・。』
『もう嫌だ・・・こんな事はしたくない・・・嫌だ・・・嫌だ・・・。』
薄気味の悪いうめき声は次々にマオーネらの耳に入って来ていた。
87 :
荒野の老人K:2006/09/11(月) 20:39:45 ID:???
今俺はビークルに乗っている。両脇には50mm対ゾイド2連装ビーム砲が付いている。
本来はコマンドウルフの背部に装着する砲撃ユニットである。ビークルとして単独でも
走行が可能。普段は格闘戦重視でカタナを装備するため砲撃ユニットはグスタフの荷台に
積んである。
実は、ギリアン爺さんの家に着く前に、道路から少し離れたところにでグスタフの荷台
から降ろして、カモフラージュシートをかけた上で土をかけて隠しておいたのだ。長い旅
の経験から身につけた安全対策だが、今回は役に立った。
だが、相対距離が1kmを切った時点で連中も気づき始めた。
「アニキ、後ろから変なやつがついてきますよ」
「あぁん?2、3発撃って脅かしてやれ」
散発的に弾丸が飛んでくるが、いずれも見当違いの方向で避ける必要すらない。
さらに500mまで近づいて、相手の構成が分かってきた。ガイザック2機とモルガ5機。
1機のモルガはキャノリーユニットを装備しているが、あとは特に改造はしていないよう
だ。
距離が近づいたことで、むしろ向こうの方が慌てている。だんだん飛んでくる弾の数が
増えてきて接近するのが困難になってきた。
こちらはまだ一発も撃ってない。
88 :
荒野の老人L:2006/09/12(火) 18:41:59 ID:???
俺のコマンドウルフは・・あった。まだグスタフの荷台に乗っている。コクピットには
知らない男が乗っている。こちらを攻撃してこないのは、操縦のしかたがよく分からない
のか?
「ユーリ、もういいぞ」
「はいなー」
という返事とともに、突然コマンドウルフは動き出し、一番近くにいたモルガの尻尾を
咥えると、ブンと放り投げた。
そのモルガは上空高く舞い上がると、頭から地面に落下、そのまま動かなくなった。
「やいゴンタ、おめぇ仲間に何しやがる」
「違うよアニキ、俺は何にも…」
混乱にますます拍車がかかっている。
「ユーリ、そいつを放り出せ」
と命令すると、コマンドウルフのキャノピーが開いて、コクピットのシートごと、中に
いた男が吹っ飛ばされた。シートベルトをしていなかったらしく、空中で人間とシートが
分離して、別々に地面に落下する。
俺はそのまま砲塔ユニットをホバリングさせてコマンドウルフの背中にドッキングする。
頭のコクピットのシートを強制排出してしまったので、頭部では操縦できない。操縦系
を背部につなぎ換えて、コマンドウルフのコントロールをする。
既に連中は戦意を喪失している。俺は冷静に50mm対ゾイド2連装ビーム砲の照準を
合わせていった。
89 :
荒野の老人M:2006/09/13(水) 20:35:22 ID:???
連中はゾイドが半分以上撃墜された時点で降参してきた。俺としては禍根を残さない
ために皆殺しにしたかったのだが、ユーリが嫌がるので降参を認めるしかなかった。
それに、ギリアン老夫婦には何も手を出さないで立ち去ったり、後の行動も間が抜けて
いた。盗賊稼業をはじめたばかりで性根は腐っていないのだろう。
許してやる旨を伝えると、負傷者と仲間の死体を残ったゾイドに分乗させ、そそくさと
その場を後にしていった。
「ねぇアーくん」
「アー君て呼ぶな。で、何だ?」
「こいつら・・いいかな?」
ここにはゾイドの残骸が転がっているだけだ。動くものは俺達しかしない。とはいえ
どこで誰が聞いているか分からないので符丁で会話するようにしている。
ちょっと計算してみるが、前回から22日たっている。まだ1ヶ月も経ってないが、
次の機会はいつあるか分からない。こういう「何をしても他から文句の来ない」手合いは
限られている。
「いいぞ。でも早くしろよ。爺さんたちが心配してる」
「へいへーい♪」
コマンドウルフは、倒れて動かなくなったゾイド達に、ゆっくりと近づいていった。
90 :
荒野の老人N:2006/09/14(木) 21:24:41 ID:???
翌日、コマンドウルフの背中に、カタナが取り付けられた。
今まで刃こぼれが所々にあって鈍い光沢を放っていた刀身は、新品同様になり、まぶしい
ほどに輝いていた。
「世話になったな」
「ありがと。また来るね」
「道中、気をつけていけよ」
お互いの別れの挨拶を交わすと、俺はグスタフを出発させた。
まずは昨日も買い物に行った町に寄って食料などを調達する。その次は街道沿いに大き
な街を目指す。
資金調達と砥ぎ直されたカタナの様子見を兼ねて、ゾイドバトルをする必要がある。
荒野は朝方の通り雨のおかげで土埃もあがることなく、順調に進んでいける。
「今回は手がかり、なかったねー」
「しょうがない。いつものことだ」
2人の旅はまだまだ続く。
「一体何だっつんだよこれは・・・。人の気配なんて一切感じないぞ・・・。」
「確かに私のセンサーにも生命反応は私達以外にはありません。しかし、人の意思は
感じられます。」
「反応が無いのに意思はあるって・・・まさか幽霊!?」
マオーネとカミコは思わず真っ青になった。と、その時、カンウがある事に気付いたのだ。
『まさかソウルティックシステムかぁ!?』
「何!?そのソウ・・・なんとかって・・・。」
『お前達には信じられんだろうが、かつてこの星には霊力の存在さえ完全に解明し、
それを動力やその他様々な面に利用する技術さえも確立させていた文明が存在した。
もっとも、それでも主にこの世に未練を残した不成仏霊を使っていたのだが・・・。』
「と言う事は・・・、バイオゾイドは幽霊が動かしているのか?」
『簡単に言えば恐らくそう言う事だ。だがそれは霊の意思による物では無く、機械的に
霊力を無理矢理に引き出しているのだろう。』
「では、先程のうめき声はそれによる霊の苦しみから来る物なのですか?」
「幽霊を使うなんて科学的に可能なのか・・・!?」
と、丁度その時だった。周囲に群がるバイオゾイドが一斉に動きを止めると同時に
三機は一つの通信をキャッチしたのだった。
「ご名答・・・と言う所か。君達にも頭の良い者がいるみたいだな。」
「!?」
通信を介してディスプレーの映像に表れた立派な軍服に身を包んだ一人の男。それは
ディガルド武帝ジーンと全く違わぬ男だった。
「お・・・お前がディガルドのジーンとか言う変なおじさんか・・・。」
「そうです。私が変なおじさんです。変なお〜じさんだか〜ら変なお〜じさん・・・
って違うわぁ!」
一瞬ギャグな空気が流れた物の、通信の前に立つ男は直ぐに体勢を立て直した。
「コホン・・・。失礼したな。私の名は今君らと戦っている部隊の総指揮を担当している
ゴディアスと言う者だ。ジーン閣下と勘違いされてもいても仕方あるまい。何故なら
私はこの通りジーン閣下そっくりな風貌だった故に長年閣下の影武者を任されていたの
だからな。だが多くの兵が閣下から反旗を翻し、討伐軍へ下った故に私はこうして
表舞台への登場を許されたのだ。」
「あんた等も大変なんだな。兵員ばっかり多くて肝心な指揮官の人手が足りなくて・・・。」
「うんうん・・・そうなんだ。おまけにコイツら頭悪くてさ〜・・・って何言わせるんじゃ!」
このゴディアスと言う男。黙っていればシリアスなのだが、何処か抜けた所がある様子。
「まあそれはそうとしてだ。君達に一つ良い物を見せてやろう。」
彼がそう言った時、数機のバイオプテラが三機の上空に現れた。そしてバイオプテラは
何かを吊るしており、それを三機の前に落下させたのだった。
「こ・・・これは・・・。」
落下して来た何かを見た時ミスリルは騒然とした。何故ならそれは彼女の良く知る
物だったからである。
「デモン少佐のバイオナイト!」
デモン=ディネス少佐。規律を重視するディガルドにあって規律を守らない問題児だが、
文句無しにディガルド辺境方面軍最強と言われる漢である。それを裏付ける様に彼は
一対一でミスリルと大龍神を何度も窮地に陥れた。そして目の前の物体は彼が使っていた
バイオメガラプトルをベースに様々なバイオゾイドのパーツで補強した超強化型バイオ
ゾイド、“バイオナイト”であったのだが、今や無残な残骸を晒していた。
「な・・・何故・・・こんな事に・・・。」
「我々に逆らった者に対する見せしめと言う事だよ。」
「見せしめ・・・って・・・お前達の仲間なんだろ?そのデモンって野郎は・・・。」
「かつてはな・・・。だが、こやつはザイリン同様に機械兵の秘密を知ってディガルドに
反旗を翻した。まあ元々こやつはディガルドを敬ってはいなかったのだがな・・・。
だから始末した。」
「な・・・。貴方って人は・・・。」
ミスリルはゴディアスを睨み付けた。しかし、ゴディアスはそれが理解できなかった。
「何故怒っているのかね?君の敵だったのだろう?手間が省けて良かったじゃないか。」
「あの人は確かに敵で、私だって何度もやられそうになりました。でもあの人は立派な
戦士でした。常に一対一で私に向かって来るその姿勢。しなくても良いのに態々行う
名乗り上げ。その隙を突いても平然と回避する程の実力。敵として戦いながらも、
私はあの人から多くの事を学びました。なのに・・・なのに貴方は・・・。」
大龍神の背中と両翼に装備された大型丸鋸状の物体が光を放ちながら光速で回転を始めた。
「斬鋼光輪ビームスマッシャァァァァ!」
大龍神から放たれた、いかなる鋼をも斬り裂く光輪はゴディアスの通信会話を優先して
動きを止めたバイオゾイド軍団の一角を容易く斬り払って行った。そして、ミスリルの
メインカメラたる両眼は赤い光を放っていた。
「私はディガルドとしてのデモン少佐ではなく、一人の戦士としてのデモンさんの仇を
討ちます・・・絶対に・・・。」
「おお怖い怖い。まあ出来る物ならばやってみるが良い。もっとも、これだけの数を
何とか出来れば良いがな・・・。」
ゴディアスが通信を切ると、再びバイオゾイド軍団は行動を開始した。
「オイオイ・・・やっぱマズイよな〜これは・・・。」
「済みません・・・私もタンカ切ったは良いですけどどうやって仇を取るかまでは
考えてませんでいした・・・。」
「あんた本当にバカだね・・・。」
三機は辺り一面を覆い尽くすバイオゾイド軍団にじりじりと押されていた。
「コイツは本当にヤバイぜ・・・。」
この打開できない程にまで絶望的な状況にマオーネが苦笑いしていた時だった。
突如として辺り一面を埋め尽くすバイオゾイドが一斉に崩れ落ちたのだ。
「な・・・何・・・?」
「何が起こったんだ?」
何もしていないと言うのに突然次々に倒れたバイオゾイドに皆は唖然としていた。
が、その直後に三機は全周波通信をキャッチしたのだった。
「全周波通信だと?こんな時に・・・。」
しかし、その全周波通信によって彼等は今目の前に起こった現象の意味を知る事になる。
『ジーンの軍勢は皆の奮戦によって自由の丘に滅び去りました!今ここにジーン討伐軍の
勝利と、戦いの終わりを宣言します!』
『ヨーヨーヨー!ヨーヨーヨー!』
一人の年若い少年の声と、大勢の人間の声が混じった歓声。そう、何と討伐軍が
ディガルドの本隊であるジーン武帝を含む直属部隊を倒していたのである。
「良くは分からんが、ディガルドは完全滅亡したみたいだな。」
「総大将の中の総大将が倒されたんだ。当然の事だろう。」
そして、倒れたバイオゾイドの方に目をやるとそのバイオゾイドから青白く光る火の玉が
現れ、次々に天へと昇っていった。三人は直感的に理解した。バイオゾイドによって
囚われていた人々の魂が開放されたのだと。
『ああ・・・ありがとう・・・。』
『うぁ・・・やっと楽になれた・・・。』
『アハハハハ・・・アハハハハ・・・。』
天に昇っていく魂の声が聞こえた。余程バイオゾイドの中が苦しかったのだろう。彼等は
皆喜びの声を上げていた。何千、何万と言う数の魂が天へ昇っていく光景はとても
幻想的であり、美しかった。
「綺麗・・・。これが人の魂・・・?」
「あの人達は一体何処へ行くのでしょうか・・・。」
全ての魂が天へと昇り、青々とした空が見える様になった時、三人は互いを見合っていた。
頭の上を轟音が通り抜ける…いよいよ持って山の主は苛立ちが最高潮に達する。
外に出ようとのっそりと体を動かすのだが?
残念な事に雪で穴が埋もれてしまう。主は苛立ちの唸りを上げて雪掻きを開始した。
だが穴の中での出来事はだだ滑り御輿の轟音の前には消えてしまう。
「これで…両腕がロスト。後は右のフリーラウンドシールドだけでありますか。」
キャノンボルトスパローの猛攻の前にさしもの機体も半壊状態。
避けるだけで精一杯でありそれでも流れ弾に掠ったり当たり…
ジェノブレイカーブロックスはあっと言う間にボロ雑巾の様な姿を晒す。
コクピットや頭部などが無事なのは悪運が強いのと操縦技術の2枚看板のおかげ。
それでも略限界に近い。
ついさっき入った通信に因れば困った事に起爆スイッチを持った機体が破損。
リモコンでの爆破が不可能になっているというのだ。
「中尉!このままでは私達もあの都市も溶岩のしたに埋もれてしまいます。
ここは引きましょう!幸い都市の住民の避難は略終わったそうです。」
シュミットの通信が入るがファインの耳には入っていない。
「我が耳に念仏!最期までやってみないと結果はまだ解りません!
どうせ破壊検査の査定用の機体です。コアブロックとコクピット以外は必要無し!
盛大に壊して帰ってやりましょう。少なくともケンタウロスはここで…潰します!」
そんな通信が聞えてきたのでエルテナハはそれに割り込んで嘲笑する。
「はっはっはっは!何の御冗談かしら?そのボロボロの機体で私のケイロンを倒す?
さっきの転倒で頭を打つけてネジが抜けたのかしら?
出来るものならやってご覧なさいな。彼方の2機と連携したって無理ですわよ?」
「元から抜けているおぜうさんに同類呼ばわりはあんまりであります!
謝罪と賠償を!」
聞こえているのだからと言わんばかりの中傷で返答するファイン。
「この変態中尉が!貴方のような(以下言語にするのが見苦しい悪口)!!!」
「(同以下略)}
「(同以下略)}
「(同以下略)}
短い残り時間内だが完全に時間稼ぎのループを形成する事に成功したファインだった…。
「ついたぜ!どりゃああああ!!!」
非道い事にタナカは背負っていたディバイソンを振り回して…
超硬角をケンタウロスに叩き付ける。
ディバイソンが非常に可哀想なことになっているが改造して有るらしいのか?
引き千切れたりする事無く直撃した衝撃でケンタウロスを200m程吹っ飛ばす。
「なっなんて無謀な!?それよりも…何でディバイソンが無事なのよっ!」
エルテナハが怒るのは当然だ。だが…ディバイソンの表面に罅が走り、
塗装が剥げた時に一同は納得する。
「ふふふ…取って置きの隠し玉!エインシェントバイソンです!」
ショウが自慢げに名前を叫ぶそれは…総身これ全て古代チタニウム合金製の姿。
「ゴジュラスギガが現時点でこれ以上増産できないと言う事で…。」
「「思いきってやっちゃった訳よ!(です!)」」
コクピットで腕組みをして満足そうにタナカとショウは言い放った。
「…なんとまあ。豪勢なディバイソンでありますねぇ。通りで…
デスザウラーに当たり負けしなかったわけです!良い仕事しているのであります。」
ボロボロの機体でそんな余裕を持って居た事が最悪で、
ファインはキャノンボルトスパローの電磁レールガンを喰らい…
街の方へ消えて行ってしまった。
「…中尉。だからあれだけ無理な感想は控えろと隊長に言われていたのに。」
呆然と飛び去るファインのボロボロのジェノブレイカーブロックス。
それには逆にタナカ達がビックリである。
「「「(この状況でよそ見!?そんな馬鹿なっ!?)」」」
だが事実は黙して奇珍な光景をこの世界に晒すのみである。
雪掻き数分。悲劇は一瞬。
山の主は漸く雪に埋め尽くされた白い闇を抜け星の瞬く空の元に出た筈なのだが?
その目の前には…飛んで来た謎の物体。
思わず条件反射で主は大ジャンプでそれを口に咥えて雪山に降り立つ。
…と足元が無い。しまったと思う間も無く主はもう一度穴の底へ沈む。
山の温度が上昇した為に穴に詰まった雪が全て水になっていたのである。
盛大な水柱が上ったのは言うまでも無い。
「これで・・・流れは完全に此方に向いて来たな。」
「ああ・・・これで数押し作戦は不可能になった。」
「では、後は無防備も同然になったゴディアスを倒すだけですね!」
今後の行動は一致可決された。続いてマオーネがある一方を指差す。
「今ならば分かる!総大将はあっちにいるぜ!やたらデカイ気配がポツポツとあるが、
あいつ等さえ倒せば何とかなる!」
「よし!ならば行こう!」
三機は移動を開始した。カンウは背中のウィンドダンサーを脚部のブースターを併用し、
大龍神はマジンを背に乗せて飛び上がった。
三人が向かう先にあるディガルドムカデ型超大型母艦“ディグ”の中ではゴディアスが
不敵な笑みを浮かべていた。
「ジーンは死んだか・・・。」
「ハッ!しかし、我々は貴方様に忠誠を誓う者。なんら戸惑ってはおりませぬ。むしろ
都合が良いかと・・・。」
「ジーンも愚かだよ。いくら神を名乗ろうと、あの男も所詮は“人間”なのだ・・・。」
ゴディアスの下には僅か数十人足らずの将校しか残っていなかった。軍団の大部分を
占める機械兵は皆魂が抜けて単なる鉄の塊と化してしまったからである。
しかし、彼等に焦りは無かった。
「それでは、我々は敵機の迎撃に向かいます。」
「うむ。任せたぞ。」
それから数分後、ディガルド残存部隊の立て篭もるディグとアンノウントリオが数キロの
間隔を開けた状態で向かい合っていた。
「これから互いの尊厳を賭けた最後の戦いを・・・と言いたい所だが・・・取引をしないか?」
突然そう提案したのはマオーネだった。彼はさらにこう続けた。
「お宅らの総大将、つまりジーンのおっさんは死んだんだ。ならばお前等に俺等を討つ
大義名分も無くなったって事だよな?ならばここで引き下がると言う事は出来ないか?
そうすれば俺達だってお前達に手出しはしない。お前等だって無駄な血は流したくは
無いだろう?どうか?」
「答えは・・・却下だ。何故ならお前達と言う存在はあってはならない存在だからだ。」
即答による交渉決裂と共にディグから数十体の巨大ゾイドが現れた。それこそ
ディガルド軍最強のバイオゾイド“バイオティラノ”であった。
「ゲ・・・ゲェ!アレってあのおっさんが持ってた奴一体こっきりじゃなかったのか?」
「ゴディアス司令はディガルドの影を司っていたお方。ジーンにも秘密にバイオティラノ
を量産する事など容易いと言う事だ。」
バイオティラノ軍団は次々にディグから飛び降り、三機の正面に集結した。
「なるほど・・・。やはりお前達は何が何でも俺達を滅ぼしたいワケだな?」
「そうだ。それに、我々にとってはゴディアス司令こそが神なのだよ。」
バイオティラノ軍団の中に一体、クリスタルパインやバイオプテラの翼など、明らかに
特殊改造機と思われる機体が存在した。そして、その中には長髪で美形だが、卑劣そうな
典型的な美形悪役と言った風貌の男がいた。
「アレだけの数のバイオゾイドと互角に戦えた君達に敬意を評し、あえて名乗ろう。
私はエンジェ、エンジェ=ガルス少佐だ。そしてデモンを始末したのは私でもある。」
デモンを始末したと言う言葉にミスリルは反応し、緊張した。マオーネとカミコも
デモンと言う男がミスリルとどう言う関係だったのかこそは知らないが、エンジェから
発せられる気から相当な実力者である事を予想していた。
「御託は良い。それよりもあのゴ・・・なんとかの方が神とはどういう事だ?」
「読んで字のごとく。説明したとて君達の頭では理解出来まい。ま、実際に見てみれば
私の言いたい意味が分かるだろう。だが、それを知る前に君達はここで死ぬのだ。」
エンジェの乗る強化型バイオティラノが号令を発すると共にバイオティラノ軍団が
一斉に三機へ向けて襲い掛かった。
「うわデッカ!」
実際に接近戦になって三人はある事を改めて理解した。それはバイオティラノの大きさで
ある。まだ遠くから見ていた時はそうでも無かった物の、近付いた時に見たバイオ
ティラノの大きさは想像を絶していたからである。それはカンウはおろか大龍神さえ
見下ろしてしまう程の大きさだった。
「クックックック・・・圧倒的だな。流石はジーンが他のバイオゾイドを踏み台にしてまで
手塩にかけて作り上げた最強のバイオゾイドと言う所か。あんなに手を焼いていたはずの
アンノウンゾイドどもがこんなにチッポケに見えるとは・・・。」
バイオティラノに乗るディガルド軍将校、いやゴディアス軍将校達は口々にそう笑みを
浮かべていた。
バイオティラノの口腔部から巨大な火炎弾が次々に放たれた。その威力はラプターや
メガラプトルが持つそれとは比較にならない。もはや一撃で百メートル四方が吹き飛ぶ
程の物だった。三機は何とかかわしてはいるが、次々に放たれる巨大火炎弾に中々
近寄る事が出来ない。次々に上がる爆発と火柱。そして巨大なバイオティラノ軍団に
徐々に追い詰められて行く。
「このままではまずいかも知れませんね・・・。」
じりじりと後退する大龍神の中でミスリルが苦笑いしていた。が、その時だった。
突如として遥か上空から現れた爆弾の雨がバイオティラノ軍団目掛けて降り注いだのだ。
「!?」
「何だ!あの爆弾の雨は!」
「上だ!上に何かいるぞ!」
マオーネが上空に気配を感じた。空を見ると案の定何かが大空を飛んでいた。一応飛行
タイプのゾイドに思えるのだが、彼等の知識で該当出来る機種では無かった。
「何だアレは!?」
「また新たなアンノウンゾイドか!?」
突如上空に現れた謎のゾイドにゴディアス軍もやや浮き足立った。
『アレはサラマンダーと言うゾイドだ。だが、誰が乗っている?』
上空に現れたゾイドの存在に皆攻撃の手を止ませて見上げるだけだった。
しかし、その時に大龍神が一つの通信をキャッチした。
「あんたはあんな程度の奴らに苦戦するのかい?悲しいな〜あんま俺の評価を下げる様な
事はして欲しく無いのだがね。その辺どうだよ。可愛いパイロットさん?」
「そ・・・その声にその言い口!まさかデモンさん!?」
そう。上空に現れたゾイド=サラマンダーに乗っていたのはデモンだったのである。
現に彼はサラマンダーのコックピット内でミスリル目掛けてウィンクしていた。
「で・・・でも貴方確か死んだはずじゃ・・・。」
「オイオイ、人を勝手に殺すなよ・・・と思ったが死んだと思われても可笑しくは無いか。
確かに俺は一度そこにいる奴等にバイオナイトを破壊された。何とか脱出して事なきを
得た俺だが、そこは何も無い砂漠のど真ん中。このまま死を待つだけかと思われた時に
俺はその砂中に埋まっていたコイツを見付けたんだ。この“サラマンダー”改め、
“空龍魔”をな。と言う事で可愛いパイロットさんとそのお仲間たちよ。今から
俺ぁお前達を援護させてもらうぜ!」
デモン操る空龍魔は猛スピードで急降下を始めた。しかし、それに対しエンジェの
強化型バイオティラノが飛び上がったのだった。
「おのれデモン!貴様生きていたか!ならば今度こそ地獄へ送ってやる!」
「エンジェか・・・。今度は俺が貴様を地獄へ送る番だぜ!」
この二人、やはり何か因縁を持っていた様子で、忽ちド派手な空中戦を始めるのだった。
俺は四角い部屋の中に一人で座っていた。
寒い。さっきから膝が震えっぱなしである。目の前には石油ストーブが燃えているのだが、
指先を暖める程度の役にしか立たない。この程度で部屋全体が暖まるはずもない。
外の気温は天気予報では10℃くらいにはなるはずだが、むき出しのコンクリートが実温度
以上に寒々しさを感じさせている。
ここは暗黒大陸ゴアの街。人口20万人程度の地方都市だが、俺が今いるのはその市街地
のはずれにあるコロシアムの控え室だ。
ゾイドバトル。惑星Ziに於いて最大最強の兵器である戦闘機械獣=ゾイドを戦わせる
ゲームである。ゾイドはもともと戦争用の兵器として作られたものだ。だが、数十年前に
ゼネバス帝国とへリック共和国の戦闘が終結、休戦協定を結んで以来、大規模な戦闘は
行われていない。自然、どこの国でも軍備の縮小を進めている。
その一方、軍からあぶれたゾイド乗りは町に戻って平和な生活を送るかといえば、長年の
戦場暮らしで社会に適応できなくなっている者が多く、定職にもつけない、あるいは就職
したり商売を始めても上手くいかない者が続出した。犯罪に走る者も少なくない。
また一般市民にとっては、長い戦時下で娯楽というものが乏しく、社会が豊かになると共に
イベントを欲する声が上がり始めた。
ここに複数の利害が一致し、ゾイドバトルというシステムが成立した。
元軍人はゾイドの操縦で金を得ることができる。市民はバトルを見たり、どちらが勝つか
を賭けることで欲求を充足できる。為政者は、犯罪率低下につながるし、市民も遊んでる
時には変な事を考えない(社会への不満などを逸らす効果がある)ので都合が良かった。
中央大陸の一部でストリートファイト形式から始まったこのゲームは、またたく間に惑星
全土に広まり、今ではどこの都市でも開催されている。
部屋の話に戻そう。
この部屋はタテヨコ30m、高さが15mはある。決して狭くはないし、人間のサイズから
すれば広すぎるはずだが、今はスペースの半分を荷物が塞いでいる。
コマンドウルフ。ヘリック共和国軍の中でもメジャーな機体のひとつである。ボディは
パールメタリックに輝き、その背中には2連砲塔の代わりに、一本の大きな剣を背負って
いる。片刃の直刀である。カタナと呼んだほうがいいだろう。コマンドウルフの首から尻、
つまり胴体とほぼ同じ長さがある。
機体のチェックは既に朝のうちに済ませてある。壁の片隅にテスター類や工具などの機材
一式が置いてあり、参加者は自由に使っていいことになっているが、その機材がちゃんと
使えるかどうかは疑わしい。変なメンテナンスのせいで実力が十分に出せなくても、言い訳
はできない。
どこの街もこんなものだ。他の街からきたファイター用の控室は空調がなかったり、変な
匂いがしたり、いろいろ問題があることが多い。さりげない嫌がらせである。
「調子はどうかね」
小肥りの中年男が入ってきた。廊下の方は暖房がよく効いていたらしく、控室に入った
途端に腕を組んで震えている。
この男はマオリと言って、この街のマッチメーカー、いわば仲介役である。試合を組ん
だり、ファイトマネーの交渉をしたりするのが仕事だ。ジェスは以前この街に来た時にも
マッチメークを頼んだことがある。控えめだが正直な人柄だ。
「問題ない」
「今日のレートを見たかね。君の勝ちには2倍近い配当がついてるぞ。」
俺の対戦相手は、最近頭角をあらわしてきたという若手のホープだ。年齢は18歳。
20戦15勝、目下のところ9連勝中だ。地元では人気があるらしい。
実は昨夜、そいつの代理人と称する男が接触を図ってきた。同じ事務所の奴か、あるいは
賭で大儲けしたいのか、目的は分からない。ただ、そいつが差し出した謝礼の金は受け取ら
なかった。ゾイドを乗り始めたばかりの餓鬼に負けてやる気はさらさらない。
話をしているうちに、隣の控室が騒がしくなってきた。どうやら前のバトルが終わった
らしい。
ここで控室に、ブザー音が短く断続的に鳴り響いた。バトル開始10分前の合図である。
俺はパイロットスーツの上に羽織っていた防寒ジャンパーを脱ぐと、
「ユーリ、スタンバイ」
コマンドウルフに声をかける。
「はいよー」
間抜けな返事と共に、コマンドウルフ頭部のキャノピーがゆっくりと開いた。
俺はすばやく乗り込むと、ジェネレータのスイッチをオンにする。胴体の中央あたりから
鈍い振動と機械の動く音が始まる。これでゾイドコアのエネルギーがゾイドの肉体全体
に伝達される。
しばらく待って機体が暖まりはじめたところで、両足を伸ばし、立った姿勢を取らせる。
同時に駆動系のチェックをする。続いて神経系、ゾイドコアとジェネレータの出力チェック、
センサー類と最終確認をする。オールグリーン。あとは俺の準備だが、機体が暖まる
までの間にストレッチをして冷え固まった身体をほぐしてある。
ヘルメットを被り、バイザーのHUDを確認する。正しく表示している。頭を右に左に
振ると、コマンドウルフの頭も右へ左へ動く。精神接続も問題なし。
「じゃあおっさん、行ってくるぜ。シャッターを開けてくれ」
目の前で、ゆっくりと電動シャッターが上がっていく・・
「あの謎の飛行ゾイドはこれより“アンノウン004”と登録する!」
空龍魔へのアンノウンゾイド登録が完了した後、バイオティラノ軍団は直ぐ様攻撃を
再開した。しかし、今度はカンウらの方も動きが違った。
「バイオティラノならばパワー負けはせんぞ!」
バイオティラノの一体がカンウへ掴みかかった瞬間、そのバイオティラノは180度
回転し、頭から地面に叩き付けられていた。
「?」
そのバイオティラノに乗っていたパイロットはもとより、周囲の他の者も一体何が
起こったのか分からなかった。再度カンウへ掴みかかるバイオティラノ。しかし、
またも引っくり返された。
「え?え?何で?」
「パワーだけだと思ったら大間違いだってこったよ。」
マオーネはケラケラ笑っていた。続いて別のバイオティラノがカンウ目掛けて掴みかかる。
それに対しカンウはバイオティラノの腕や脚を撫で触りながら回避する。と、その直後
バイオティラノの全身の関節が外され、その場で崩れ落ちた。
「今見せたのは接骨術の応用。その前に見せたのが合気道の応用。どうよ。“剛”だけでも
十分通用出来るのに態々“柔”にも頼っちゃう。そんなセコさがマオ流って奴なのさ。」
「・・・。」
バイオティラノパイロット達は唖然とせざる得なかった。
「くそ!何ワケの分からない事言っている!お前は今完全に包囲されているのだぞ!?」
確かにカンウはバイオティラノ軍団に完全に取り囲まれていた。その上バイオティラノの
サイズは大龍神さえ上回る超ビッグサイズ。カンウが小型ゾイドに見えてしまう程である。
「まあそれは分かる。だがな・・・。」
その直後、カンウの左フックがバイオティラノの一体の下顎を横向きに薙ぎ、それに
よってそのバイオティラノの下顎は完全に外れあらぬ方向に曲がったまま倒れ込んだ。
「文句があるなら完全に勝ってからにしろよ!お前等は数で押す事しか能が無い見たい
だがな、こちとら一対多数の戦いは慣れてるんだよ!」
「何だとこのガキャァァァ!」
バイオティラノ軍団はカンウ目掛けて一斉に飛び掛った。
「言ったよな?一対多数の戦いは慣れてるって・・・。」
マオーネが気を集中させると共にカンウが緑色の光を放った。
「マオ流気功全爆殺!」
カンウの全身から放たれた気は周囲のバイオティラノを吹き飛ばした。
「うわぁ!何かワケの分からねぇ事しやがった!コイツ妖術使いか!?」
「ちょっと前に戦った樽男どもと同じ事言ってやがる。」
自分の常識では推し量れない物を人は拒絶しようとする。まあそれは当然の事である。
マオーネの実家に古くから伝わるマオ流がその実力や技の種類とは反比例するかのように
知名度が低いのもある意味一般常識からかけ離れた思想にあるのかもしれない。しかし、
マオ流の先人達はその世間の流れにも負けずに独自に技を昇華させていった。その結果
誕生したのが数々の一対多数戦を前提にした大量破壊技であった。
「パワーがそちらの専売特許だと思ったら大間違いだぞ!」
大暴れをしているのはカミコ&マジンも同様だった。長く伸ばした暗黒如意棍槍を
軽々と振り回し、次々にバイオティラノを串刺しにして行った。
「そうれ、面白い所に招待してやろうじゃないか!」
のべ十体のティラノを串刺しにした後、マジンは暗黒如意棍槍を地面に垂直に突きたてた。
「伸びろ暗黒如意棍槍!」
カミコの叫びに応じて暗黒如意棍槍は伸び、突き刺さっている十体のバイオティラノを
持ち上げながらひたすら天高く伸びて行った。
「うわぁぁぁぁ!一体何処まで伸びるんだこれはぁぁぁ!」
バイオティラノ達はもがくがどうにも出来ず、見る見る内に地面が遠くなって行った。
「うわぁ!助けてくれぇ!俺高所恐怖症なんだよぉ!」
バイオティラノ十体を乗せたまま暗黒如意棍槍は雲を突き抜け、成層圏さえ越えた時、
バイオティラノパイロット達は生まれて初めて自分達の世界と言う物を目にした。
内容:
「うわぁ・・・何て青いんだ・・・。」
「これが俺達の世界と言うのか?」
「世界が本当に丸かったなんて・・・。」
あらゆる技術が後退したこの時代、自分達が住むこの星が丸いと言う事さえ知らない者も
多い。また、そう言った話を聞いても信じようとはしないだろう。しかし、彼らはそれを
その身で目の当たりにしたのである。続いて彼らが見たのは彼らの星を覆う暗黒の世界、
宇宙空間だった。
「凄い・・・。俺達の世界の他にもまだこんなに・・・。」
「あの光ってる一つ一つに俺等の世界と同じ様な物があるんだろうか・・・。」
彼らは感激すると同時に“この世”と言うスケールの大きさを痛感し、一つの星の中の
一つの大陸の中で威張っているだけで神を自称する行為が如何に小さな物であったのかに
初めて気付いた。自分達は何とちっぽけな存在なのだろうと。が、しかし、彼らは
なおも暗黒如意棍槍が伸び続けている事に気が付かなかった。
「あ!熱っ!何だ?急に暑くなって来たぞ・・・。」
「な!アレは何だ!?」
暗黒如意棍槍が伸びて行く先には真っ赤に燃え上がる巨大な火の玉が存在した。それこそ
太陽。彼らはここで初めてお天道様の恐ろしさを目の当たりにするのだった。
「うわぁ!助けてくれぇ!」
「ギャァァァァァ!」
鉄壁のダークネスヘルアーマーで身を固めるバイオティラノとて、太陽の熱には
敵うべくも無く、彼らは一瞬にして燃え尽きた。が、暗黒如意棍槍は何事も無かったかの
様に元の長さに戻っていたりする。
一方大龍神もバイオティラノに取り囲まれていたりするが、それなりに戦えていた。
「アンノウン002か・・・、近寄ってみてますますあのアイアンロックから出て来た
“滅びの竜”にそっくりだぜ・・・。」
「だが何と小さい。バイオティラノよりも小さいとはな。」
「だがコイツは空も飛ぶ。このまま飛ばれてはまずい。何でもコイツはバイオプテラや
レインボージャーク以上のスピードで飛ぶそうじゃないか。何としても翼を?いで・・・。」
と、その時目にも留まらぬ速度で大龍神の切断翼がバイオティラノの一体を切り裂いた。
「陸戦でも大龍神は負けない事をお見せします・・・。」
陸上戦でも大龍神は目を見張る強さを見せ付けた。四方八方から飛び掛るバイオティラノ
を次々と切断翼や鋭い爪で切り裂いた。体格では劣って見えても実質的なパワーや
スピードでは負けていなかった。それに加え、戦闘テクニックと言う点では圧倒的に
大龍神が上だったのである。
「(何でだろう・・・。大龍神より大きなゾイドとの戦いは初めてなのに自然と負ける気が
しません・・・。)」
その時ミスリルが思い出したのはデモン操るバイオナイトとの戦いだった。バイオナイト
には散々苦戦させられて嫌な思い出も多いが、その反面、ミスリルと大龍神に様々な
戦闘パターンを学習させる教師でもあったのである。
「バイオナイト言えばデモンさん・・・大丈夫かな?」
ミスリルが浸って上を見上げた時だった。バイオティラノ軍団が一斉に大龍神目掛けて
飛び掛り、大龍神はあっという間に押し競饅頭に埋もれてしまった。
「よし!このまま潰してしまえぇ!」
「うわぁ!やばい!でも!」
ミスリルは戸惑いながらもレバーを引くと、大龍神はバイオティラノ軍団を持ち上げ
ながらゆっくりと飛び上がった。
「え?ちょっと・・・。」
「えええええ!?」
「ミスリル流必殺!成層圏垂直一気飛び!」
バイオティラノ軍団に掴まれたまま大龍神は一気に垂直に飛び上がった。そのまま
猛烈な速度で上昇を始めた為、バイオティラノも手を離すに離せなくなった。
ちなみにミスリル流と言うのは、マオーネのマオ流に影響されて付けただけである。
「うわぁ!怖ぇ!」
「ヒィ!落ちるぅ!」
「母ちゃんこえーよー!」
大龍神のスピードから来るGに耐え切れず、バイオティラノの数機は振り落とされて
地面に叩き付けられた。その光景に残ったバイオティラノは恐怖するのみ。
そして成層圏を突破すると同時に大龍神は180度反転した。
「続いて大龍神落としぃ!」
「うひょぉぉぉぉぉぉぉ!」
スタジアムの上には北国らしい曇天が広がっていた。
西北から東南へ雲が流れていく。上空の風はかなり強そうだ。
フットボールなどの地球発祥の球技をするために建設された複合体育施設である。そう
いう健全?なスポーツは全く流行らないで、賭け事(ゾイドバトル)に使われるのも皮肉
な話だ。
広い観客席は、8割方が埋まっている。公称5万人収容の観客席がこれだけ埋まるとは。
この規模の都市でこれだけの集客力があることからも、いかにゾイドバトルに人気がある
かが分かる。
フィールドには、前のバトルの名残りの焼け焦げたような匂いと、荒っぽく整地した跡が
残っている。
『青コーナー、荒野の一匹狼、“500勝の男”アレス・サージェス!』
アナウンスの紹介に合わせて、俺はコマンドウルフをフィールド中央に向かって歩かせる。
観客席からは、ブーイングの嵐である。
反対側のゲートから出てきたゾイドを見て、俺は我が目を疑った。漆黒を基調とした
ボディに、赤い塗装がピンポイントで入る。トラ型ゾイド、ブラストタイガー・・・東方
大陸の新興企業Zi-ARMSがオーダーメイドカスタムしているセイバータイガーの一種だ。
ノーマル機の1.5倍の出力を誇り、格闘戦も砲撃戦も得意としている。以前戦ったことが
あるが、かなり厄介な相手である。まさか東方大陸から遠く離れたこんな所でお目に
かかるとは。
だが待てよ、ゾイドバトルを始めたばかりのヒヨっ子が乗りこなせるような代物じゃ
ないはず。よく見ると全体のバランスや細部の造りに不自然なところがある。
「ユーリ、解析」
「データ照合、セイバータイガーの確率85%。ノーマル機との戦力比、ゾイドコア出力
100%、重量推定108%、瞬発力87%、火力81%‥‥‥」
ユーリの分析はいつも的確だ。この八歳児はどんなAIも及ばないほど迅速かつ正確な
情報処理をやってのける。どうやら通常のセイバータイガーを外見だけブラストタイガー
に改造したらしい。基本能力を落としてまで外見にこだわるとは!
コクピットに乗っているのはまだ二十歳前の若造だ。茶色いTシャツの上に黒革の袖なし
ベストを着ている。
そいつは俺の前に来るとシートから立ち上がり、
「おいコラお前、なめたら承知せんぞ。今から俺がボコボコにしたるからな!」
とのたまいやがった。手にはマイクまで持っている。明らかに過剰パフォーマンスだが、
観客は大喜びで拍手喝采である。
こっちも何か気の利いたことを言ってやろうと考えていると、試合開始10秒前のサイレン
が鳴った。言い返すのはあきらめて、キャノピーを閉じる。観客は恒例のカウントダウン
を始めている。
「「・・・3、2、1、レディー、GO!」」
今度は垂直に猛スピードで落下を始めた大龍神。重力による自由落下と大龍神そのものの
力によるその速度は重力に逆らう行為だった上昇時の比較にならない。猛烈な速度から
来るGに耐え切れずバイオティラノ軍団パイロット達の顔はとんでもない事になっていた。
「うにょぉぉぉぉぉ!」
「グオゴゴゴ!」
ミスリルはロボット故に平気であったが、その速度もGも並みの人間に耐えられる代物
では無かった。(まあマオーネ辺りなら何とか耐えそうではあるが・・・。)故に次々に
バイオティラノは振り落とされて行った。あまり想像したくは無いが中のパイロット達も、
もしかするならば強烈なGによって凄い事になっているのかもしれない。
「続いてドラゴンミサイル乱れ撃ち!」
猛スピードを維持したまま大龍神は地上の残存部隊目掛けて自身に内蔵された強力な
ミサイルを発射した。大龍神の全身から納豆の糸の様に尾を引きながら降り注ぐ
ドラゴンミサイルは陸上のバイオティラノ軍団を次々に吹き飛ばして行った。
バイオティラノ軍団の沈黙を確認すると、大龍神は空中戦を続けていたデモンの空龍魔と
エンジェの強化バイオティラノの方へ向かった。
「デモンさん援護します!」
「手出しは無用だぜ可愛いパイロットさん!アンタは他のザコの相手でもしてな!」
「え〜・・・。」
速攻で援護拒否されてミスリルもガッカリしていたが、空龍魔と強化バイオティラノの
空中戦はそれだけ苛烈な物だった。
「全く君もしぶといな。デモンよ。」
「何が言いたい?」
苛烈なドッグファイト中にも関わらずエンジェはデモンに通信を送っていた。
「ハッキリ言わせて貰おう。私は君が目障りだった。訓練学校で初めて会った時からな。」
「・・・。」
強化バイオティラノはヘルファイヤーを、空龍魔はハイパーレーザー砲を発射するが
共に華麗な錐揉み飛行で回避する。
「君と出会うまで私以上に優れた人間はいないと思っていたからな。君と言う存在は
許せなかった。それだけじゃない。君は独自性を持って独自に行動する力も優れていた。
訓練学校卒業時にそれぞれ別々の場所に配属されて行ったワケだが、それでも私の
目標はあくまで君を完膚なきまでに倒す事だった・・・。まあ私以上の天才であろう君には
理解出来ない悩みだろうけどね・・・。」
エンジェは顔では笑っていたがその顔は憎悪が混じっていた。しかし、デモンの返答は
彼の予想を遥かに凌駕する物だった。
「なるほど・・・、お前も俺と同じ事を考えていたワケか・・・。」
「何!?」
「俺はどうも人の言う事を聞くのが苦手でな。昔から良く陰口叩かれていたワケだ。
そんな俺からすりゃあその辺の世渡りが上手なお前が羨ましかったな。」
「な・・・。」
エンジェはショックだった。彼は今までデモンに見下されていると勝手に劣等感を感じて
いた。しかし、相手も自分に対して同じ事を考えていたと言うのである。
「そうか・・・。ならば無駄話は止めにして完全決着を付けよう!宿敵よ!」
「ならば最初から言えよ。」
デモンとエンジェ、両者の顔には自然と笑みが浮かんでいた。命のやり取りを行っている
最中であるにも関わらずにである。その時、ヘルファイヤーの一発が空龍魔に直撃し、
空龍魔は大炎上を起こした。
「私の勝ちだデモン!」
思わず強化バイオティラノごと空中でガッツポーズをした。が、空龍魔は大炎上を
起こしたまま強化バイオティラノに突っ込んで来たでは無いか。
「何!?」
「これも作戦の内なんだよ!食らえ!空龍魔必殺!ファイヤードラゴン!」
空龍魔は一見大炎上を起こしている様に見えてもその基本形状は崩れてはいなかった。
そう、空龍魔はヘルファイヤーによって生み出された炎を身にまとい、その炎を味方に
付けて強化バイオティラノ目掛けて突っ込んで来たのである。
「うおお!」
直後、ファイヤードラゴンと化した空龍魔の鋭いクチバシが強化バイオティラノの胸部に
輝くコアを真芯に捕らえ、その身体ごと突き破っていた。
「見事だデモン!これで三本勝負の内の第一戦目は君の勝ちだ!だが第二戦目はそうは
行かない。私は地獄で待っているぞ!」
そう言い残すと共にエンジェは散った。
「死んだ後もお前と戦わないかんのか?全く疲れるな〜。」
デモンは微妙な面持ちだったが、かつての宿敵である友との思い出を胸に秘め、今を
生きるもう一つの宿敵であり、友であるミスリルのもとへ向かうのだった。
「オラァ!これでもか!これでもか!」
地上ではカンウ&マジンの大立ち回りが続いていた。カンウは舞う様なしなやかな動きで
敵の攻撃をかわし、ある時は繊細に柔らかく、またある時は豪快にバイオティラノを
蹴散らした。一方マジンは一体のバイオティラノを暗黒如意棍槍を串刺しにした後で
それを他のバイオティラノ目掛けて殴り付ける戦法で次々に倒した。
「よし!サイクロンコンビネーションだ!」
「分かった!」
その後、カンウがマジンの背後に立ち、まるで押さえる様に背中をガッチリと掴んだ。
「準備は良いな!」
「しっかり押さえてよマオーネ!」
と、マジンは暗黒如意棍槍を両手に持った状態で前方へ突き出し、その場で高速で回転を
始めた。するとどうした事か、なんと回転させている暗黒如意棍槍を中心として強烈な
竜巻が発生したのだ。
「うぉ!何だうわぁぁぁ!」
その竜巻は強烈であり、バイオティラノは次々に上空に巻き上げられた。
「お次は俺だ!行くぜギガクラッシュドリルマニュピレーダー回転!」
落下してくるバイオティラノ目掛けカンウが左腕を高々と上げた。と同時に左手首に
装備されたメタルZi製の六本爪、シザーアームを展開させ、さらに手首から先が
高速回転を始めた。加えて緑色の光を発する“気”が左腕に込められる。
「うぉりゃぁ!気功コークスクリューパンチだ!」
カンウの強靭な力と技・メタルZi製の爪・マオーネの“気”が一つになったそれは
バイオティラノを次々に細切れにして行った。
「うわぁ!」
とは言え、その内の一機はギリギリで身を翻してダメージを最小限にしていた。が、
マオーネとカンウはそれさえ見越し、あっさりと捕まえて担ぎ上げた。
「マオ流奥義!亜留全珍罰苦武李意化亜!」
カンウがバイオティラノを担ぎ上げた状態で行おうとした事。それはバイオティラノの
背骨を逆に曲げて折ると言った単純な物だった。しかし、シンプル故の恐ろしさを持って
いる事もまた事実。強靭な装甲を持ったバイオティラノとて関節を直接攻めるこの技には
何の意も無し、忽ち下半身と上半身とが分断してしまった。と、ここでカンウの勝利が
確定しようとした瞬間、カンウは突如として光に包まれた。
「やった!直撃だ!いかに奴でもこれを食らえば!」
バイオティラノ最大の武器“バイオ粒子砲”。その威力はカンウの全身を包み込む程だった。
が・・・
「悪いな。オレは良く分からんが、コイツは粒子砲系の攻撃は相当撃たれ慣れてるらしい。」
「な!」
その時、皆は愕然とした。バイオ粒子砲の全てを消すはずのエネルギーの波の中にカンウ
が五体満足な姿で立っていたのだ。しかも、逆にカンウがそのエネルギーを吸収している
様にさえ見えた。
『その昔、敵のビーム攻撃を吸収して自身のエネルギーに変える防御装備で“集光パネル”
と言う物が存在した。我のキャノピーや腕部脚部に装備されている透明な物質がそれだ。
さらにマオ流の先人達はその集光パネルの理論を応用し、自然界の気を我が身に取り
入れる“集気術”と組み合わせて一つの技を作り上げた。それが我が今使っている
“集光術”だ。だが、ただ吸収するだけじゃないぞ!』
「ああ!分かってるぜ!」
先制攻撃とばかりに、ブラスト?が飛び込んできた。爪の攻撃を軽くいなし、バックス
テップで間合いをとる。やはり中身はノーマルのセイバータイガーのようだ。本物のブラ
ストのような速さと重厚さを兼ね備えたダッシュではない。追加装甲のせいかパイロット
の腕が未熟なのか、やや動きが鈍い。
もう一度突っ込んできた時、奴の前足を軽く払ってやると、90度くるりと回って、その
まま転んでしまった。
ブラストもどきはそのままじたばたしていたが、なんとか立ち上がると「何やコラ、
卑怯なマネしやがって!!」と言い出した。どうやらスピーカーまで仕込んであるらしい。
今の転び方、面白かったな。俺はちょっとした悪戯を思いついた。
またもやタイガーが爪をふりかざして襲いかかってきたので、前足を払ってやると、
ゴロンと引っくりかえる。
ジタバタして起き上がると、またもや爪の攻撃、払ってやるとまた倒れてジタバタして
いる。
最初は何が起こっているのか分からずポカンとしていた観客達も意味が分かってきた
ようだ。応援の声が静まり、くすくす笑う者が出はじめ、ついに5回目に転ばすのに成功
した時には、観客席から爆笑が起こった。おぉ、ウケとるウケとる。
ユーリすら「このトラさんのじたばたしてる時の足の動き、かわいいねぇ」などと言って
いる。
観客は、タイガーが勝手にコケてると思ってるはずだ。要は柔道の出足払いの原理なの
だが、普通ならそう簡単に転ぶもんじゃない。
彼我のレベルが違うからこういう芸当もできる。とはいえ、こう何度も技が極まるのは、
相手が全く同じタイミングで仕掛けてくるからだ。こいつ本当に何にも考えてないな。
☆☆ 魔装竜外伝第九話「機獣達の宴」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
謎の美少年フェイと共に、旅行くギル達。銃神ブロンコと狼機小隊は追撃を敢行、彼ら
を窮地に追い込んだ。疑心暗鬼に陥ったギル。しかしエステルに諭され平静を取り戻すと、
狼機小隊・二の牙クナイの追撃を辛くも振り切った。
夢破れた少年がいた。
愛を亡くした魔女がいた。
友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
荒野に弾ける流れ星。光の尾が砂埃を焦がす。雲一つない青空の下でも、星を見ること
はできるものだ。
駆ける深紅の竜。光輝は、背になびく鶏冠六本の先端から。二枚の翼をひたすら真横に
広げつつ、低く屈めた上半身。存外短かめな首と自らの上半身程もある尾は、地面と平行
に伸びきりもう一段水平線を描く。しなやかな後肢で地面を勢い良く踏み込むや否や、舞
い上がる砂の飛沫。かくして民家二軒分程もある巨体が爽やかな風を纏い、土煙上げつつ
滑空の開始。人呼んで魔装竜ジェノブレイカー…今は単にブレイカーと主人に呼ばれる金
属生命体の、誠に清々しき躍動。
その、竜の胸部に括り付けられた箱。四畳半にも満たぬ内部も又、快晴の青と荒野の土
色で染め上げられたいた。外の様子をありのままに伝える全方位スクリーンが、色彩自体
にぼんやりとした明るさを宿す。そして室内中央・物々しい鋼鉄の玉座には、流れ行く景
色の向こうを食い入るように覗き込む少年独り。拘束器具で上半身をがっちり固定されな
がらも風をくぐり抜けるような前傾姿勢。円らな瞳の奥にスクリーンの色彩を投影すれば、
額に浮かぶ刻印も応えるように眩く光芒を放つ。彼…ギルガメスのボサ髪も大きめのTシ
ャツも、汗でしっとり濡れている。精密な機械群が巡らされているのに相応しく、ひんや
りする程室内は涼しい。にも関わらず、続々と浮かぶ玉の汗。それこそが彼自身の胸に宿
した情熱の真価。
前傾姿勢を背筋運動のごとく勢い良く引き戻せば、左右の掌に握られたレバーも追随。
躍動の合図に答える相棒も又、まさに阿吽の呼吸。翼先端から火花ほとばしり、そこを基
点に内側から展開された双剣一対。竜の切り札「翼の刃」は、しかし今日は様子がややお
かしい。双剣の先端を良く見ると、黒い合成ゴムのリングが幾つも通されている。これで
は相手に致命傷を与える一撃どころかダメージにすらならないのではないか。
少年が叫べば、相棒も吠えて応える。透かさず全身を時計回りに捻り、バネのごとく姿
勢を戻すと左の翼が前方に向けて勢い良く弧を描く。滑空でついた勢いが上乗せされ、叩
き込まれる刃の先端。
常ならば空気をも切り裂く轟音も、合成ゴムのおかげか思ったより鈍い。しかし今は、
それで良かった。叩き込まれた切っ先は、やはり合成ゴムのリング目掛けて叩き込まれて
いた。…より正確に言えば、それは竜の胴体程もある鋼鉄の「腕」に巻かれていたもの。
持ち主は疑いようもない、鋼の猿(ましら)。一寸の身じろぎも見せずその右腕を縦に構
え、切っ先をがっちり受け止めてみせる。不動の構えは深紅の竜を一回り程も上回る体格
なればこそ。そしてその身に纏う黒き鎧は格闘家の鍛え抜かれた筋肉さながら。通常はそ
れに加え左肩に竜の翼程もある大砲、背中には剥き身のミサイル二本を背負う物々しい出
立ちなのだが、今はそういった余計なものが取り外されている分、殊更に洗練された肉体
が強調される。人呼んで鉄猩(てっしょう)アイアンコング。ガイエンと命名されたこの
ゾイドが内に秘めたる静かなる闘志は、竜の覇気にも何ら動じるところがない。
それは猿(ましら)の主人も同様だ。このゾイドのサングラスに似た単眼はエメラルド
色の輝きをたたえて深紅の竜を凝視するが、その裏側では赤茶けた髪の美少年が、長い両
腕を一杯に広げて衝撃を受け止めている。竜の主人よりもあどけなさは残るものの、彫り
の深さや目許の涼しさ、そして歳に似合わぬ落ち着き払った態度の何と不敵なこと。フェ
イはこの状況下でさえ女友達に対するように愛想良く微笑み、レバーを入れ返す。竜の主
人よりは短い半袖の下から、くっきり浮き上がった筋肉のしなり、血管の脈打ち。
反時計回りに弧を描く右の翼。
相手の懐目掛けて差し込まれる左腕。
交差する必殺の一撃は、後者が瞬き程度に早い。ゾイド同士の戦いはそれが命取りだ。
猿(ましら)の左腕が竜の尻の辺りにまで深く潜り込むや否や、目も覚める金属音が鳴り
響く。深紅の竜はその低い姿勢を持ち上げられ、猿(ましら)に分厚い胸板を合わされた。
激しい衝撃は竜の胸部コクピット内をも大いに揺るがす。
しかし肝心の若き主人には意外な程、動揺が伺えない。ひたむきに眼差しをスクリーン
の向こうに投げ掛けつつ、小刻みなレバー捌きは実に手慣れた動作。相棒の反応も迅速だ。
翼をばたつかせるのでも、体中でもがくのでもない。右腕を密着する猿(ましら)の脇腹
に潜り込ませると、その先に早くも捉えた標的。鋭く長い三本指(これにも合成ゴムが巻
かれている)をぐいと押し込んだそこは、猿(ましら)の脇の下。鉄色の鎧と鎧の隙間、
関節部分はゾイドの急所だ。
咄嗟に脇を締める猿(ましら)。肘と脇腹で挟み込み、圧迫に掛かるが竜の反撃は収ま
らない。今度は左腕を腹部まで伸ばす。猿(ましら)は巨体を左へ右へと傾けに掛かるが、
竜も負けずに追随。一進一退の攻防はその内に、どちらともなく横転の開始。両者の上下
が逆転する度、土砂が舞い上がる。
がっちり組み合っていた両者の腕が緩むや一転、互いを押し返す。翼と尻尾をバネ代わ
りにし、うつ伏せの姿勢に戻す深紅の竜。鋼の猿(ましら)も遅れまいと両腕を支えに上
半身を持ち上げるが、咄嗟に左腕を眼前にかざす。
猿(ましら)の主従からすれば危機一髪だった。鈍い轟音。ぐらつく左腕。合成ゴムが
巻かれた刃の、正確な水平打ち。その向こうには片膝をつき、右の翼を伸ばす竜の姿。
鞭を引き戻すように両の翼を左右に広げ直す深紅の竜。立ち上がる相手の機先を制し、
主導権を握る見事な攻撃…かに見えたが。
「ちょ、ちょっとギル兄ぃ、マジ危ないって! これじゃあ反則取られるよ?」
意外にも、注文は技を受けた方から付けられた。バゲットの切れ端のような猿(ましら)
の頭部が首筋の蝶番を基点に大きく開かれると、赤茶けた髪の美少年が身を乗り出して口
を尖らせる。
「ごめん、フェイ…」
ばつが悪そうに頭を掻くのは竜の胸元から姿を現したボサ髪の少年の方だ。と、そこに。
「ギル、気を付けて。攻撃は正確に」
二匹と二人の脇に近付いたビークルが一台。機上の主こそ、蛮勇を誇る機獣二匹の間に
こうして割って入れる唯一の「女性」だ。使い込まれたトレーナーを身に纏った地味な出
立ちなれど、胸元まで開いたチャックから覗かせる肌の白さが彼女を見事、華やかに彩る。
一方、彫深き面長の端正な顔立ちはサングラスに覆われて全てを見ることができない。し
かし中途半端な興味は止めておくべきだ。サングラスの下に隠された凍てつく程鋭い蒼き
瞳に魅入られようものなら、魂を抜かれるやも知れない。エステルは二匹と二人に身振り、
手振りで熱心な指示。肩にも届かぬ黒の短髪が風になびく。
「狙いは冴えてるわ。でも少し慌ててるから、仕掛ける前にもっと大きく息を吐きなさい」
「は…はい!」
「フェイ君も甘いと思ったらどんどん隙を突いてやってね。今の攻撃なら払ってジャブ、
いけるでしょう?」
「ええと…良いんですか? 試合まで七日を切ってますけど…」
「大丈夫。ヤワに育てちゃいないわ」
チーム・ギルガメス一行は新人王戦に挑むため、西方大陸の民族自治区・アンチブルに
「入国」した(リゼリアなどと同様に形の上ではヘリック共和国領だが事実上、国家の体
裁をなしている)。試合開始までには十分な日数がある以上、有効に使うべきというのが
師弟の考えだ。何しろ貧乏チームである彼らにとって、待望の練習相手がいる。
「わかりました。…と、その前にギル兄ぃ、おさらいしよう。
とにかくこの新人王戦、ギル兄ぃにとっては不利なバトルなんだ。何故なら…」
「時間差式、バトルロイヤル。…だからだよね?」
頷く一同。Zi人のみならず二匹のゾイドもだ。
新人王戦はトーナメントでもなければリーグ戦でもない、バトルロイヤルの形式で開催
される。年間に何百人ものウォリアーが誕生する以上、新人ごときをそこまで優遇するわ
けにはいかないのだ。しかし厄介なのはそれだけではない。
「試合場になるここ、ブルーレスタジアムへのゾイド入場は戦績順。じっくり、三時間か
けて時間差で行なわれるわ。貴方達は十戦全勝、ダントツ一位だから入場も一番。午前九
時の、試合開始と同時よ」
「つまり、僕達は最も狙われ易いってことですよね」
ギルの返事は平静を装っていたが、この若き主人を胸に抱える深紅の相棒は、彼をじっ
と見つめるとふと首を傾け、鼻先を胸元に近付ける。少年の頬に、冷たい感触の不意打ち。
「あっ!? こらブレイカー、打ち合わせ中だよ?」
「ふふ、心配してるのよ。…貴方達は最初から試合場にいるのだから、常に他チームの不
意打ちを意識しなければいけない。膠着なんかしたら格好の餌食」
「例えば組みそうになったらすぐ離れる。只離れるだけではなく、離れ際にきつい一撃を
お見舞いしていつでも先手で動けるようにする。それができるだけでも不意打ちはかなり
受けにくくなると思う。幸い、兄ぃのブレイカーは良い武器、一杯持ってるんだからガン
ガン活用しないとね」
「うん、わかった。じゃあもう一度…」
ギルの目配せでビークルは離れ、猿(ましら)の開かれた頭部も早速閉じられた。彼の
相棒も主人にあれこれ指示されるまでもなく、そそくさとハッチを閉じる。
全方位スクリーンに輝きが戻り、映写の再開。ボサ髪の少年は一転、重い溜め息をつい
た。しかしすぐに首を左右に振り、嫌な気分を振り切るように努める。
「大丈夫だよ、ブレイカー。折角先生と、ここまで来たんだもの」
少年の吐息と声は、女教師のもとにも届いていた。竜のコクピット内で発せられた音声
は、ビークルのコントロールパネル上から漏れ聞こえている。エステルは嬉しい。生徒の
精神状態に全く不安がないとは言えないが、しかし必要以上に心配しなくても良さそうだ。
(可愛いこと、言ってくれるじゃあないの…)
生徒はよく集中して練習している。ならば相棒や新しくできた友人に任せるべきだろう。
…只、それは今日の練習を終えるまでだ。
(ファーム・デュカリオンは十分予想できたこと。でも、気にしても仕方ないからね。今
は強くなることだけを考えなさい)
かくて荒野に再び金属音が谺する。
太古の昔、極めて原始的な生活を営んでいた惑星Ziの民の前に「遠き星の民」なる人
々が現れ、高度な文明を伝えたという。そんな彼らの間にも伝承はあった。例えば愚かな
人々を滅ぼし、大地を浄化しようと神々が差し向けた洪水の名前は意外な形で今日まで伝
えられている。しかしそれを今日、知っている者はごく限られているのが実状だ。
果てしなく続く竜と猿(ましら)の応酬。その遥か向こうには丘が見える。遠くのゾイ
ド二匹が肩車をしても届かぬ位高く、それが延々と左右に続く辺り、どうやらここブルー
レスタジアムは広大な盆地のようだ。さて丘の上には綺羅星の応酬を観察する者達が少な
からずいた。如何にも間に合わせ程度の木の柵に寄り掛かって観察する彼らは老若男女、
様々だ。攻防に魅入っている者、うんちくを語り始める者。それらが一太刀一太刀、ゾイ
ドの武器が交わる度にどよめきを繰り返す。ゾイドバトルを間近で観戦するのは極めて難
しいため、ここでは試合開催前日まで選手達の練習を一般公開している。実戦でないとは
言え、生身のゾイドがぶつかりあう光景を目にして感激せぬ者などいない。
その中に、彼らもいた。神々が差し向けた洪水の名を利用する、双児の美青年…。
「もどかしいな、兄者よ。獲物は目前だというのに…」
「仕方のないことだ。武器を隠し持つのは簡単だが、この条件下で仕掛けようものなら第
三者に目撃されること必定。
それに、奇襲を諦めた代わりに好条件も得た」
狼機小隊の一員、三の牙ザリグ・四の牙マーガ。中肉中背、肩に掛かる程の長髪も、清
潔なパイロットスーツで身を固めた姿もまさに生き写し。この双児の違いを見極める材料
は、声色の微妙な違いと生身で戦う時の得物の違い程度しかない。勿論後者は現状では判
断材料足り得ない以上、どちらかが鏡ではないかと錯覚しかねない異様な雰囲気がある。
周囲の男女も彼らを一目するとたちまち歩みを止め、両者を見比べるばかりだ。
(ゾイドバトルは危険な競技だ。年間に百人を越す選手が命を落としている。その何割か
はこの新人王戦によるもの)
(貴様もその一員に加わるがいい、ギルガメス!)
固い決意を胸に秘め、双児の戦鬼は踵を返す。
双児の戦鬼がつい先程までいた丘が、見る間に縮小していく。否、これはモニターに表
示された映像が縮小しているのだ。ビスケット程の大きさになった映像の周囲には、別の
地域を映し出した数多の映像が、チェス盤に組み込まれたように整然と並べられている。
その内容も様々だ。練習するゾイド、チームの打ち合わせ、物色する客達…。それらはい
ずれもウインドウで囲まれており、上辺には地域名と数字の羅列が確認できる。と、ウイ
ンドウの一つに何者かの指先が触れた。今度拡大された映像は、丘からふもとへ下るコン
クリートの階段。丁度双児の姿が飛び込んできた。…彼らが映像の外へと移動するまで僅
か数秒。それを見計らうように、ウインドウに再び指先が触れると映像は又縮小していく。
双児を正確に追い続ける指先の主は、この端末の真正面で足を組み、ちょっとしたテレ
ビゲームを楽しんでいるかのようだ。オペレータらしからぬ態度で振舞うこの男、格好も
又異色。骨格のごとく痩せた五体を肌に密着した黒一色の上下で固め、醸し出す雰囲気は
太古より伝わる死神を彷佛とさせる。容貌は程よく頬が痩け、散髪や鬚の手入れも行き届
いた優男。だが瞳は瞬き一つせず、青にも緑色にも明滅させている。潤いに欠けた眼差し
は、これは義眼によるものだ。
彼の周囲には深緑色した軍服で身を固めた者が数名、取り巻いている。いずれも派手な
徽章を胸に付け、精悍な顔立ち。そして彼らの左右には同様の端末、机、そしてクリーム
色の作業服に身を固めたオペレータがせわしなくモニターを指差し、手元のキーボードを
叩いたりヘッドフォン付きマイクで会話したりと中々の忙しさだ。彼らの背中には公用ヘ
リック語で「ゾイドバトル審判団」の文字が縫い付けられている。
「鼠は二匹か。申し分ない」
口を開いた黒衣の男。抑揚は努めて押さえているようだ。
「レガック殿、お言葉ながら…」
軍人の一人が口を開く。しかし声に反応する義眼の禍々しさは鮮烈だ。威厳をたたえた
軍人達が皆一様に肩をすくめる。
「彼らとて水の軍団の精鋭。それを鼠と侮れば…」
「狼共を鼠並みにあしらうべく、我らが控えているのだ」
影が延びるように、レガックと呼ばれた黒衣がすっくと立ち上がる。暗黒の中に只二つ、
爛々と輝く義眼に凍り付く周囲。背丈は精々、彼ら軍人を若干上回る程度なのだが。
「安心するが良い、ことは隠密の内に済ませる。そのための獣勇士よ」
慌てて口元を押さえ、むせ返ったギルガメス。久々に着用した紺のブレザーも、背筋を
丸めては気品が台無しだ。青ざめた頬を燭台のぼんやりとした輝きが照らす。
「…ギル?」
「兄ぃ、大丈夫?」
「に、匂いが…」
急激な体調不良は目前に広がるバイキング料理の数々にあるようだ。三人は新人王戦の
前夜祭会場に来ている。夕暮れ時、屋外に設けられた会場は既に各地から集まってきた選
手(試合の性格上、大半が少年少女だ)・関係者がひしめき合っている。正直なところ、
ギルはこういう場は余り好きではない。元々、他人と接するのがどちらかと言えば不得手
な少年だ。しかしこの期に及んでむせ返ったのはそれとは関係なかった。
「こ、こんな胸一杯に料理の匂いを嗅いだの、初めてだから…」
愛弟子の背中をさする女教師は苦笑した。少なくとも彼女が少年と同行してから約半年
の間、こんな豪華料理を振舞う余裕などなかったと言える。唯一、宴会ならば東リゼリア
での歓待はあったが、それはこじんまりとしたものだった(第二話参照)。一方、彼の小
さな身体を支えるフェイも胸を撫で下ろす。女教師よりも大柄なこの少年、如何にもクリ
ーニングし立てといった皺のない黒の背広を鮮やかに着こなしている。但しネクタイは黄
色と緑色の混濁が蛇の紋様を彷佛とさせる悪趣味なもの。これで両手をズボンのポケット
にしまい込みつつ猫背で歩こうものなら地元のチンピラと勘違いされそうだ。
「貴方がこれからも頑張れば、毎日ごちそうなんて日がきっと来るでしょうね」
「俺なんかもう、くせになっちゃってるからさ。…うんうん、この川魚の匂い! アンチ
ブルの名産はやっぱり魚介だよな。兄ぃ、俺が美味しいの、色々紹介するから…」
そう言いかけたフェイの視線が、余所へ釘付けとなった。
「…フェイ?」
「ごめん兄ぃ、エステルさん。ちょっとだけ席を外すわ」
そう言うと、ギルの肩をエステルに預けつつ、足早に駆けていく。
「誰かいたの?」
「俺の、師匠!」
成る程と、師弟は納得した。彼も一人旅は長い筈だ。
「兄ぃ! レガック兄ぃ! 待ってくれよ!」
影法師のような風体を、フェイは見逃さなかった。前夜祭の喧噪の中でさえ、レガック
は目立つ。彼も又、恵まれた体格に赤茶けた髪の少年が人ごみ掻き分け走ってくれば、気
付かぬわけもない。
対面した二人。体格だけ見ればフェイが頭一つ以上も高い。しかし顔立ちを見ればどち
らが年長なのか明らかだ。片や丁寧に彫り込まれた彫刻のような顔、片や歴戦の傷を目の
隈や眉間に残す顔。
「フェイ、もう到着していたのか」
「到着していたじゃないよ兄ぃ! 折角連絡したのに…」
肩で息する美少年。それだけの対価が得られる相手に久々の再会。しかし積もる話しに
移行する余地は全く無かった。
「済まなかったな。何しろ盗聴の恐れもあるのでな」
その一言に、大柄の美少年が色めき立つ。
「そ、そうだよ兄ぃ! 参加選手にどうしてファ…」
少年の口元に、突如立ち上がった右の人差し指。無論、彼のものではない。
「らしくないぞ、フェイ。場をわきまえろ」
(な、なんでファーム・デュカリオン所属チームが堂々と参加しているんだよ!?)
しかめっ面をしつつも、声の調子を意識的に落とす。
(こうしてやれば彼らも目前の獲物を仕留めるのに専念する。こちらに意識を傾ける余裕
は失われよう)
(逆でしょう!? 彼奴ら、チーム・ギルガメスを狙っているんです。寧ろ俺達を意識させ
なきゃ…)
その言葉を甘いと言いたげに、不敵な笑みを返すレガック。義眼の揺らめく輝きは偶然
によるものだろうが、この時ばかりはそうは思えない。
(犬二匹ごとき、蹴散らせぬようでは彼らに価値など無い)
師弟は会場の片隅に移動していた。燭台の左右に並べられたパイプ椅子。生徒を座らせ
た女教師は思いのほか強い灯火を遮るように、彼の右隣に座る。
ギルの咳は収まったが、まだ少々息が荒く、背筋を丸めたままだ。視線の向こうでは、
同世代の少年少女が上手そうにごちそうを頬張り、はしゃいでいる。彼ら全てが、この新
人王戦では敵となり得るのだ。この場で信用できる人は隣にいる女性のみである。…鬱屈
した気分になりかけた時、彼は気がついた。二人きりじゃあないか。フェイと合流後、こ
んな機会はなかった。いやブレイカーさえこの場にはいないのだから、リゼリアで朝食を
とって以来のこと(第五話参照)。あれから二ケ月? いや、もっと経っている。
「本当に、大丈夫?」
声のする右方を振り向けば、気遣うエステルのシルエットが燭台の灯火によって浮かび
上がっている。いつも通りサングラスを掛けた彼女だが、こんな状態でさえよく目立つ蒼
き瞳。穏やかな眼差しに暫し魅入った少年は、慌ててそっぽを向いた。紅潮していくのが
自覚できる。
「だ、大丈夫、です。そ、それより…!」
ちらりと、横目で様子を伺う。
「参加選手の名簿に、ファーム・デュカリオンの名がありました」
女教師の眼差しに、変化は見られない。
「チーム・ダークムーン。疑うまでもない、水の軍団・狼機小隊のザリグとマーガです。
きっと彼らも自決の覚悟で向かってくる…」
そっぽを向きながら話すギル。だが対面するのを余儀無くされた。エステルの長い指で、
側頭部を軽く突つかれたからだ。思わず頭に手を当てる少年。女教師は溜め息をついた。
「最近ちょっと、思い上がっているかしらね。優勝どころか、明日死なずに済むかもわか
らないのよ」
刮目した生徒だったが、やがて唇を噛むに至った。慢心と言われるのは悔しいが…。
「人は生き続ける限り、嫌でも誰かを傷付けていくわ。それを避け続けてもどっぷりはま
っても、きっと壊れてしまうでしょうね。克服する方法は限られている…」
言葉を続けようとしたその時、燭台の灯火よりも更に眩しい閃光が二人を照らす。不粋
な輝きに二人が手を翳したその向こうに現れたのは、物々しい道具を用意した色気のない
一団だ。肩に背負う程巨大なカメラを抱えた者や、腕程も長い棒の先端にこれ又ヘチマの
ような形状のマイクを伸ばす者等々…。どうやらテレビ局の取材陣のようだ。誰もが運動
に適した私服で着ている中、一人だけ手入れの行き届いた背広を着た若者が中心に立って
前に出る。手には、マイク。リポーターという人種だ。
「えー、ワールドゾイドバトルですが、チーム・ギルガメスさんでいらっしゃいますか?」
ワールドゾイドバトル(WZB)と言ったらこの業界で知らぬ者などおるまい。惑星
Ziの至る所にゾイドバトルの試合中継を配信する超巨大スポーツ番組だ。ギルは肩をす
くめた。過去に軽いインタビュー程度なら多少は受けているがそれは普通、試合後のこと。
こういう風に注目されることになろうとは正直、想像だにしていない。
「取材? 申し訳ありませんがお断り致します」
きっぱりと言い放ったのはエステルだが、食い下がったのは取材陣ではなかった。
「そうは行かねえんだ、オバハン。優勝候補が優勝候補に会いに来たんだからよ」
一団の後ろよりひょいと躍り出た少年。師弟は相手の姿に強烈な不快感を感じた。体格
こそ同世代よりは大きい程度ながら、丸刈りの上に眉まで剃り、三白眼で睨み付けてくる
凄みは年不相応も甚だしい。どうやら大部屋ファーム所属らしく、白地に水色線のジャー
ジで全身を固めている。胸に大書された文字は「チーム・ヤングライガー トゥルーダ」、
背中は「ファーム・ニューヘリック」。
(『新都の狂獅子』じゃないか! あの反則野郎、謹慎してた筈だが…)
(相変わらず、試合前の挑発か。話題作りだけは一人前だよな)
いつしか人垣が出来上がっている。雑音を耳にしたエステルは、成る程と目前の丸刈り
を認識した。その一方で、気付いた生徒の異変。…微かに、震えている。
足早に、近付いてくる丸刈りの少年。浮き足立ったギルガメス。だが不意をつくように
右手が引っ張られる。何事かと視線を移せば、長い指が安心しろと言いたげに、がっちり
と掴んでいる。
瞬く間に丸刈りの少年はギルの目前に立つと顔面を強張らせ、上半身を突き出す。所謂
「メンチを切る」という動作だ。しかし無法はあっさり回避された。丸刈りの少年が動作
を中断する。彼の首元には何処から伸びたのか革靴が、皮一枚の距離を残して制止してい
るではないか。革靴を辿ってみれば、すらりと長い紺のズボンが伸びている。女教師が座
ったままで放つ上段廻し蹴りは、制止したまま寸分の揺れも見せない。
「何するんだ、オバハン」
「取材もショーも、口汚い男もお断りよ」
丸刈りの少年が色めき立つ。女教師は涼しい顔だが不肖の生徒は震えが止まらない。流
石に不味い雰囲気と思ったのか、取材陣が囁き合い、介入を試みようとしたその時。
「トゥルーダ、待ちな」
丸刈りの少年の両肩に、掌が重石となって掛けられた。如何にもウォリアーらしいゾイ
ド胼胝(たこ)まみれの掌だ。おやと師弟は肩の向こうを凝視。
やはり、少年だ。丸刈りの少年トゥルーダと同体格の上、着ているジャージも白地に水
色線。しかしこちらの髪型は奇麗な角刈りだ。細めがちな瞳はウォリアーらしからぬ穏や
かな輝きをたたえている。
「ユリウス、何のつもりだ」
「余り格好つけるとテレビ局の人達も困っちまうぞ」
言われて舌打ちした
「…おい優勝候補。必ずお前をぶちのめして、レクイエムに『バイオレンス・フラワー』
聞かせてやる」
言いながら踵を返す。角刈りの少年が肩ごと向きを変えさせたかのようにも見える。続
いて彼が踵を返そうとした時、師弟は見た。ユリウスと呼ばれた角刈りの少年が投げ掛け
てきた不敵な微笑み。艱難辛苦の末宝物を暴き出した冒険家のそれと、ひどく似ている。
(すげえな、彼奴。『新都の狂獅子』を止めたぞ)
(でもファーム・ニューヘリック所属でユリウス…聞いたことないな)
外野の囁きに対し、貴方達の目は節穴かとギルは怒鳴りたかった。ゾイドウォリアーの
実力は極端な話し、掌さえ見れば良くわかる。過去の戦績など大して当てにならないのは
他ならぬ彼自身がよく承知していること。
白ジャージの少年達を慌てて追い掛ける取材陣。やがて潮が退くかのように人垣は消滅。
師弟はホッと、胸を撫で下ろす。
「ふう、厄介なのはあっちの子みたいね」
生徒の掌を離さぬまま、女教師は溜め息混じりに呟く。
「おーいエステルさん、ギル兄ぃ、お待たせ! …あれ?」
遅ればせながら、黒の背広と蛇がらのネクタイなびかせ、駆け付けてきたフェイ。もう
数十秒も早ければ不良学生のいびりにチンピラが割って入るという珍妙な構図が出来上が
っていたかも知れない。しかし悶着が回避された辺り一帯は、それでもおかしな雰囲気を
残したままだ。師弟を中心に直系数メートルに渡って人が寄り付かぬ空間が広がっていた
のだから無理もない。
「あらフェイ君、お疲れさま」
「エステルさん、この辺一帯、何だか妙な感じなんですけど…あーっ!」
美少年が途端に情けない表情を浮かべた。
「ギル兄ぃ、手ぇ繋いでるーっ!? 何! 何なの!? まさか二人はもう…」
「ちょ、ちょっと待てよフェイ! そんなんじゃあなくて!」
慌てて手を離し、立ち上がった少年。狼狽え、身振りで潔白を訴える。女教師は苦笑し
つつ弁護に入った。
「フェイ君、変な奴が絡んできただけよ。この子ったらムキになって突っかかろうとする
から…」
クスクスと、笑みを零す女教師。ギルは目を丸くした。事実とはまるっきり正反対だが
暗に庇われたこと、それ自体が驚きだ。
「ああそれで、手を引っ張ったわけだ。…あれ、兄ぃ?」
フェイは両の目許を左右の人差し指で縦に撫でてみせる。言われてギルは、気がついた。
いつしか頬に伝わる二条の涙。慌てて目をこする生徒の前に、差し出された白いハンカチ。
「す、すみません、先生」
「癖がついちゃってるわね。感情的になると、涙腺が勝手に反応するのでしょう。
ギル、結果は問わないわ。明日は一度も泣かずに試合を終えなさい」
唐突な指示に思わず声が出る少年二人。だが女教師は腕組みし、前々からの決め事であ
ったかのようにとうとうと語り始める。
「新人王戦は今までにない、厳しい戦いになることでしょう。辛い出来事に遭い、心が滅
茶苦茶に引き裂かれるかも知れない。
だからこそ、耐えてみせなさい。強い心がなければ戦い続けることはできないわ」
ギルは黙りこくり、やがて頷いた。彼女を前にして怖気付くわけにはいかなかったのだ。
まだ月が昇るには早い、薄闇時。ブルーレ川の何処かの川原に、狼機小隊の面々が焚き
火を囲み、座り込んでいた。弁髪の巨漢、今は両腕に抱えた長刀が目印の一の牙・デンガ
ン。パイロットスーツの襟を立てて顔半分を覆い隠す奇怪な男、両腕が極端に長く、腰に
は鞭二本を釣り下げた五の牙・ジャゼン。そしてテンガロンハットと丁寧に切り揃えた鼻
鬚・顎鬚、それに腰に釣り下げたホルスターが目印の銃神ブロンコ。…惑星Ziの夜は機
獣達に与えられた時間。Zi人が生身で野宿など危険極まりないが、これは如何なること
であろう。
と、ブロンコの背景が揺らいだ。今まで後方の森が当たり前のように見えていたのが、
急にガラスを一枚挟んだかのように霞み始める。その規模たるや辺りの川原一帯を埋め尽
くす程だというのは数歩退いてみなければ理解し得ない光景だろう。…少なくとも三匹の
四脚獣が、そこにはいる。いずれもブレイカーに匹敵する体格の狼達。所謂光学迷彩とい
う技術で姿を隠し、辺り一帯に伏せておとなしくしている。
「見えたのか、テムジン」
いない筈の狼が、軽く唸った。
やがて水面を跳ね続ける小石のごとく、近付いてきた黒い影が二つ。焚き火の前で制止
した影はいずれも膝をつき、一礼した。双児の刺客だ。
「ザリグ、マーガ。首尾は如何に」
ブロンコが尋ねる。
「上々。但し何者かに監視されていると思われます」
「恐らくシュバルツセイバーかと。新人王戦の運営サイドと手を組んでいると思われます」
双児の推測に残る三人も頷く。
「成る程。ブロンコ様、彼奴らがチーム・ギルガメスに助力する理由、おぼろげながら…」
襟越しに呟くジャゼン。せせらぎと鳥や虫の鳴き声しか聞こえぬ辺りではそんな聞き取
り辛い声も良く響く。
「うむ。だが思惑通りにはさせん。そのためにもチーム・ギルガメスはここで潰す。頼ん
だぞ、ザリグ、マーガ」
「『御意』」
再度一礼するとすっくと立ち上がった双児の美青年。しかし歩を進めたのは同時ではな
い。片割れのみが一歩又一歩と先へ進んでいく。その様子を見つめるもう片方は意に介さ
ず、ぼんやり立ち尽くすのみ。辺りには小石の軋む音。それを黙って聞き入る他の三人。
不意に、二人の跳躍。一層離れたその時、秘技はあいまみえた。懐から放たれた無数の
鉄串。たちまち斜め一列となって闇夜を走る。その先には双児の片割れがいるではないか。
しかし鉄串が目前に迫ったその時、もう一方の懐から躍り出た分銅。片腕で引き抜き、
一瞬の静止は奇跡の体現。懐から斜めに伸びた分銅の鎖には、鉄串が尽く突き刺さってい
る。すかさずそれを、もう一方に投げ付ける。鉄串を両腕で翳し、がっちり受け止める片
割れ。二人の間を分銅と、その間に突き刺さった無数の鉄串がしっかりと結んだ。刺客に
は刺客の絆というものがある。
「流石はザリグ、マーガ。双児ならではの阿吽の呼吸だな。お主らならば…」
一の牙デンガンが感嘆の声を上げる。
「左様。我らには、我らでしかなし得ぬ機獣殺法があります」
「これを破る策などチーム・ギルガメスには皆無」
「よくぞ申した、二人とも。水の総大将殿も吉報をお待ちしている筈だ。惑星Ziの!」
「『平和のために!』」
誓いの言葉が闇夜に溶け込んでいった。
(第一章ここまで)
俺のほうはますます残酷な気持ちになってきた。もっと観客ウケする事はないかな?
「ユーリ、スキャン。敵の装甲の最もダメージの大きいところは?」
「右前足すね当ての接合部」
1秒と待たずに返事がくる。
「そのすね当てを外すのに必要な攻撃を推定せよ」
「カタナの峰による直接攻撃、もしくはバルカン砲1.2秒斉射」
俺の頭の中に勝利?へのシナリオが完成した。
コクピット内の無線スイッチを入れる。一般の無線ではない。大抵のゾイドには短距離
でしか使えない無線機能が付いている。整備士が機体の調整をしながら、コクピットの
パイロットと連絡をとりあうためのものだ。50mも離れると通じなくなるが、整備関係者
の都合で周波数が統一されており、こういった具合にゾイド同士の会話に利用できる。
「よぉ兄ちゃん、あんた口ばっかで大したことないな」
「なんやとコラ!」
「おおかた力押しの試合しか出来ないんだろ。そりゃ相手にカネを積んで手加減して貰わ
なきゃ勝てねぇよな」
「ふざけんじゃねぇ〜〜!!」
思ったとおり、こちらの安っぽい挑発に乗ってきた。ただ、予想外なのは単純に突っ込
んでこないで、ブラストもどきは両肩両太腿に付いているカバーを全開にしたことだ。
シャイニングバーストか?荷電粒子砲の一斉射撃で周囲をなぎ払うブラストタイガーの
必殺技。本家の技ならウルフくらいは真っ黒焦げにする威力があるが、もどきの場合は、
ミサイルだった。
「死にさらせ〜!」
絶叫と共にミサイルが一斉発射される。
【第二章】
どうにか切り開かれた細い山道を、月相虫グスタフが行く。月の満ち欠けに似たこのゾ
イド、尻に括り付けた台車の上に積んだ荷物こそ我らが深紅の竜・ブレイカーだ。
『ガイロス! ガイロス! ガイロス! ガイロス!』
『ジェノっ! ブレイカーぁっ!! ジェノっ! ブレイカーぁっ!!』
左右の尾根には金網と、黒山の人だかり。最前列では警備員が両腕広げ、賢明に野次馬
を抑えに掛かっている。こうでもしないとしばしば金網が倒され、山道を通るゾイド達の
真上に飛び降りてくることがあるというのだから、誠に熱狂的なゾイドバトルファンは始
末に負えない。
台車に揺られる深紅の竜は、腹這いになったまま下顎を胸に当て、尻尾の先端を揺らし
ている。…このゾイドは甘えていた。何しろ山道一帯に谺する声援こそ、己が最も忌み嫌
う過去の呪縛そのもの。それを忘却の彼方に追いやってくれるのは自身の胸部コクピット
内に着席する少年のみだ。彼の心音が恋しくて、竜は胸に顎を当て、さする。
「ブレイカー、くすぐったいよ。もう少しの辛抱だから我慢して…」
言いながらギルは、自身も胸をさする。彼の額には既に刻印の眩い輝きが放たれ、室内
を照らす程に眩い。主従のシンクロは好調だ。
「ギル、ギル、聞こえて?」
竜の尻尾が制止した。気持ちの切り替えは案外早い。
「はい、エステル先生。確かに聞こえてます。映像も、くっきり表示されています」
全方位スクリーンの右方に開かれたウインドウ。サングラスをかけた女教師の姿だ。師
弟は互いにホッと溜め息を返し合った。
「OK、安心したわ。この状態が維持できれば言うことなしだけど…」
新人王戦は時間差式バトルロイヤル。当然ながら試合場には壮絶な数のゾイドがひしめ
き合う。そのため試合場は選手・審判団の搭乗ゾイド以外、一切立入り禁止だ。試合に巻
き込まれて余計な負傷者・死亡者が続出でもしたら興行それ自体が危機に追い込まれよう。
そこでエステルを始め、関係者は山道のふもと・ブルーレスタジアムの入り口付近の休憩
所にてビークルを乗り入れ、待機していた。
「再確認するけど、インターバルは試合開始から三時間経過する毎に十分、権利を与えら
れるわ。でも、夕方六時を過ぎたらインターバルは与えられない」
全方位スクリーンの隅に時刻が表示される。午前八時半を回ったところだ。
「そこから先はデスマッチ、でしたね」
「そういうこと。実質二回しかインターバルはないから、有効に使いましょう」
「ところで、フェイは…?」
ギル達の側から背の高い美少年の姿が見当たらない。
「ほら、無理に詰めないで! そこのあんたは抜け駆けするな!」
女教師の頭上より聞こえる声は、他ならぬアイアンコング「ガイエン」の口元から。ビ
ークルの後ろにどっかと座る鋼の猿(ましら)は、長い両腕を駆使して近寄る取材陣数十
名を遠ざけている真っ最中だ。比較的裕福なチームだと指揮用のゾイドに乗り込んだりテ
ントを張ったりするのだが、チーム・ギルガメスにそこまでの用意はない以上、取材陣を
遠ざけるのは至難の技と言える。そこでフェイはガイエンを使い、長い両腕で遠ざけたり、
場合によっては指で摘んではね除けたりする役目を買って出た。
「おっ、兄ぃ、気分はどう?」
別のウインドウが開く。噂をすれば何とやらであるものの、ギルは美少年に同情した。
取材陣の中には余程ろくでもない奴がいるのであろう、額には早くも汗が滲んでいる。
「うん、上々。昨日はよく眠れたしね」
「それは良かった。練習の成果、見せてくれよ!」
両者は映像に向かって、握り拳を作ってみせる。彼らの態度を見て他ならぬ女教師も目
を丸くし、そして安堵した。迷いなき瞳を他者にも見せられる程、生徒の精神状態は良い。
その内に、竜を載せる月相虫が減速を開始した。決戦の部隊への入場は時間の問題だ。
ブレーキの振動を確かめた少年。レバーと命運を己が両掌に握り締める。
「行ってきます、先生」
「行ってらっしゃい」
師弟を隔てるものなど何もないかに見える。少なくとも、今は。長い一日の始まりだ。
山道の左手が開けてきた。決して緩やかではない砂利の斜面が広がっている。主従を載
せた月相虫はそこで歩を止めた。と、竜は四つん這いの姿勢から弓なりに伸び、大あくび。
しかし不意の挙動も若き主人には予想の範囲内。すかさずレバーを握り締め、胸部コクピ
ット内で揺れる態勢を維持した。
左手に向けて首だけ傾けた主従。途端に少年が感じた、吸い込まれるかのような錯覚。
…鰯雲が流れる青空の下には見渡す限りの平野が広がっている。その先を可能な限り目で
追った挙げ句、彼の円らな瞳はふらついた。故郷の痩せた田んぼが一体幾つ入るかという
広がり。その向こうにはブルーレ川の太過ぎる支流が幾条も走り、蜃気楼によるものなの
か地平線が掻き消されている始末。ぼんやりしてしまった少年は慌てて首を左右に振った。
ジュニア時代も含めれば実質六年を越える彼のキャリア。その中でも別格の規模だ。
不意に、胸元に感じた軽い振動。動揺を感じ取った相棒が胸部コクピットを軽く叩く。
「ごめん、大丈夫。ブレイカー、行くよ!」
雄々しく広げる両の翼。鋼鉄の塊が、羽毛のように軽く跳躍。緩やかな放物線が描かれ
斜面に到達しかけた時、勢い良く蹴り込まれた爪先。たちまち砂塵が巻き上がる。同時に
背負いし鶏冠六本が逆立ち、先端より蒼炎を吐き出せば深紅の竜は彗星と化す。斜面に砂
利の飛沫を波立たせ、向かうは広き試合場。主従の、未来が埋もれている。
しなやかな両足を大の字に開き、右半身を前方に向ける。砂利の飛沫が遂に土柱と化し、
ようやく制止した深紅の竜。翼を折り畳み、両足を直立の姿勢に戻すとぐるり、周囲を見
渡す。…完全な更地というわけでもない。所々起伏はあるし、ゾイドバトルの試合場には
少々不釣り合いな木々の緑も散見される。胸を撫で下ろす主従。これなら身を隠す場もあ
る程度は確保できるに違いない。特に今日の試合は時間差式バトルロイヤルであり一種の
デスマッチなのだから、こういう地形を上手く利用しないと休む間もなく戦う羽目になる。
先程までの俊足が嘘であるかのように、竜はのっそりのっそり歩を進める。今はそれで
良いのだ、土飛沫の巻き上げ過ぎで遠方よりこちらの位置を視認させてしまう必要はもな
い。目指すはすぐ向こうの丘の上。頂上への坂道を一歩一歩、軽い跳躍を重ねて少しづつ、
進んでいく。
丘を上り詰めると、竜は改めて後方を振り返った。彼方には、先程彼らが舞い降りた斜
面が見える。より正確には試合場の境界線ともなる山脈の尾根だ。断続的に、土煙が下方
へと向かっている。向こうの尾根でも、又その向こうでも。耳をすませば微かに聞こえる
砂利の悲鳴。後は小鳥のさえずり位か。まさしく嵐の前の静けさ。主従が溜め息をつき、
正面を向き直したその時。
それが不意打ちと認識するまで一秒と掛からなかったが、ゾイド同士の戦いでは十分危
険な時間だ。頭上に覆い被さった影は、今朝の晴れ間よりも青い。咄嗟に両翼を翳した深
紅の竜。しかし青い影の一撃は中々の重さ。轟音に片膝をつき、透かさず曲げた膝をバネ
に変えて押し返す。
透かさず両の翼を水平に構え直し、跳ね返した青い影を睨む深紅の竜。…四脚獣だ。そ
れも竜と同等の体格。全身に武骨な彫り込み・機械類が配置されているものの、それを巨
大な頭部の流線型が丸ごと覆い隠しているかに見える。この頭部、竜のそれよりは断然大
きく、後ろ半分がたてがみ状の装甲という形状。真正面からの生半可な攻撃は首関節や前
肢関節には大概届かない仕掛けだ。人呼んで鬣獣(りょうじゅう)シールドライガー。昔
ながらのヘリック共和国文化圏では今もって絶大な人気を誇るゾイドだ。
しかしながらこの鬣獣(りょうじゅう)、一目見た主従は不快感を禁じ得ない。下顎の
左側面当たりに見慣れぬ白文字が書き込まれている。早速解析した深紅の竜。結果を全方
位スクリーンのウインドウから若き主人に伝えると、甲高くいななき軽蔑の意思表示。解
析内容を見たギルは成る程と同意した。東方大陸伝来の「漢字」なる言語で「新都乃狂獅
子」と大書されている。つまり「新都の狂獅子」だ。ジェノブレイカーの名を忌み嫌う深
紅の竜からすれば、こんなものを書き込まれて何が楽しいのかと言いたいところだろう。
その、書き込んだと思われる主人が鬣獣(りょうじゅう)の頭部コクピット内でほくそ
笑んでいるのが橙色のキャノピー越しに垣間見える。
「又、会えて嬉しいぜ。脚本通り、お前はここで死ぬ。俺と相棒『ライガーキング三世』
がレヴニアまでぶっ飛ばす」
不敵な笑みを投げかける丸刈りの少年トゥルーダではあったが、ギル達主従は盛んに首
を捻る。一体、彼は何処まで本気で発言しているのか。しかし呆れる程の道化を目前の敵
が演じる理由はすぐ明らかになった。…青い四脚獣の背景がぼやける。いや、それは砂塵
だ。怒濤の勢いで追いつくと巻き付くよう二匹を取り囲んで特設リングの完成となる。砂
塵が収まると共に、現れ出たのは人の容姿に似たゾイドの集団。いずれも白い装甲を纏い、
巨大な一つ目と長い腕を備えている。独眼猩機(どくがんしょうき)ゼネバスゴーレム。
それが両手両足の指では数え切れぬ程集まっている。それにしても、ゴーレムの体格は精
々人より大きい程度だが、これだけ集まると相当な威圧感だ。そうギルが感想を抱いた時
に、彼は気付いた。こいつら、審判団やWZB(ワールドゾイドバトル)の実況中継専用
ゾイドではない。右肩には間に合わせたようにゾイドバトル連盟の許可証が、左肩には見
慣れぬロゴステッカーが貼ってある。中央大陸テレビ、ニューヘリックテレビ、テレビデ
ルポイ、テレビオリンポス…。ギルが感じた嫌悪感は生理的とも言える。どれもこれもヘ
リック系テレビ局だ。一斉に肩に担いだ巨大カメラを被写体に向ける。
「さあいよいよ『新都の狂獅子』チーム・ヤングライガーが新人王への第一歩を進みまし
た! 相手はチーム・ギルガメス。十戦全勝と本大会屈指の好成績ながら毎試合接戦を繰
り返し、相棒ジェノブレイカーは満身創痍ではないかと伝えられております」
「トゥルーダ君には是非とも秒殺KOを期待したいですねぇ。彼ならきっとやってくれる
でしょう」
「こちら、チーム・ギルガメス陣営では早くも監督エステル女史が退却せよとの指示を出
しております。心無しか青ざめているようにも…」
言いかけたリポーターがひょいと摘まみ上げられた。鋼の猿(ましら)の太い指による
ものだ。眼前まで引き上げると頭部の上半分がパックリと割れる。中から身を乗り出した
のは背の高い美少年。だがこの時とばかりはこれでもかと言わんばかりに顔を強張らせる。
「おいオッサン、適当な報道してるんじゃないよ。…潰すぞ?」
美少年の声を合図に猿(ましら)の指がピクピクと動く。この巨人とも形容できるゾイ
ドからすれば人の頭など米粒のようなもの。先程まで嬉々として喋っていたリポーターが
途端に悲鳴を上げる。
「フェイ君、止めておきなさい」
猿(ましら)の足下より伝えられた声に、動揺の色は一切伺えない。…いや、動揺どこ
ろか。美少年は電流が走ったかのような痺れを感じた。自身の背筋に走った寒気に加え、
搭乗する相棒までもが恐れおののいたものだから受けた振動も尋常ではない。それほどの
殺気が辺りに立ち篭めている。
おもむろに、サングラスを外した女教師。じろり、後方を見渡す。それだけで十分だ。
彼女の蒼瞳は氷の刃。切っ先を眼前に突き付けられ、報道陣が沈黙を余儀無くされれば辺
りはたちまち静寂に包まれる。一転、女教師は通信再開。しばらく声を無理に張り上げる
必要はない。
「ギル、ギル、聞こえて? 練習の成果を出しなさい。…それで十分よ」
心無しか険の感じられる口調に気付く生徒だが、さっさと払拭することに努めレバーを
引き絞る。彼が本当に不味いことをしたら平手打ち込みで指摘する女性だ。
深紅の竜、羽毛のごとき軽い跳躍は数歩分の後ずさり。間合いを確保し技を繰り出すた
めの布石。
鬣獣(りょうじゅう)主従はそうとも気付かず猪突猛進。小刻みに走り込み、離れた間
合いを一気に近付ける。
「逃げてんじゃねぇっ!」
たてがみの隙間から光が溢れ、瞬く間に頭部全体を覆う。一般にE(エネルギー)シー
ルドと呼ばれる光線の防御壁を張っての突進がシールドライガー特有の必勝戦法だ。
対する深紅の竜もそれは承知。着地と共に左足を踏み切れば、砂の波濤が天を衝く。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
突進と共に両翼広げる深紅の竜。先端に埋め込まれた二個のリミッターが唸り火花を散
らせば、そこを基点に内側より隠された双剣が勢い良く展開。水平に構えたまま時計回り
に捻る全身。
突撃する光の盾。風車のごとく斬り付ける翼の刃。両者の激突は耳の奥底で弾けるよう
な雷鳴が合図。光をえぐり、その核に斬り付けんと竜が全身で力めば、鬣獣(りょうじゅ
う)も負けじと光りほとばしらせ、全てを弾き返そうとする。しかし攻防が単なる力比べ
で終わるわけもない。互いの足下をちらりと盗み見るや否や、竜はしなやかな右足で相手
の左前足を払う。鬣獣(りょうじゅう)も負けじと腹部に取り付けられた大砲三門に火花
を込めるが挙動は竜が先んじた。足払いの勢いで半身を切った竜。バランスを崩した鬣獣
(りょうじゅう)の弾丸は間一髪反れた。
ならばと今度は鬣獣(りょうじゅう)の左脇腹を覆った装甲が開く。中から現れたのは
ミサイルポッドだ。
(そんなところにも武器があるのか!?)
驚く若き主人。しかし竜の右翼はまだ開いている。射出口が火花を上げるよりも早く、
装甲が外れた左脇腹に叩き込まれた翼の刃。右腿から後方へとミサイルが風切り抜けてい
く中、打撃の反動を生かしてバネのごとく半身の姿勢を正面に戻し、且つ数歩分の後退ま
でもが一連の動作。
相手が姿勢を取り戻す間に、早くも両腕を前方に構える。恐ろしい話し、一連の攻防の
みで竜は先手を取った。多彩な格闘攻撃を備えるこのゾイドが先に構える以上、相手はそ
れに備えるべく自然と受け身にならざるを得なくなる。練習の成果は十分だ。
「兄ぃ、良いじゃん良いじゃん!」
目前のモニターで観戦する美少年は思わず両の拳を握り、女教師も大きく頷く。
「良いわよ、ギル。練習してなければ今のは貰っていたわ。その調子で行きなさい」
「は、はい! ようしブレイカー、気分が乗ってきたよ」
深紅の竜は主人の高揚が嬉しい。ピィと甲高く鳴きつつにじり寄りを始める。警戒すべ
きは猪突猛進に見せ掛けた相手の意外な技巧派ぶりだ。しかしそれも彼ら主従の間合いと
余裕を維持できれば勝利への道は自ずと開ける。
一方、鬣獣(りょうじゅう)の主人はスキンヘッドをこれでもかと言わんばかりに真っ
赤にし、脂汗を浮かべた。挙げ句にはコントロールパネルを思い切り激しく殴打。
「おいライガーキング三世! このざまは何だ!?」
主人の言葉に応じて暫し相手を凝視。その上で分析結果を表示しようとするが、今度は
立体映像が彼の拳で引き裂かれた。空を切った拳がその向こうの橙色のキャノピーに打ち
付けられる。
「俺が聞きたいのは言い訳じゃない、わかるな?」
言い放つとちらり、ちらりと左右を一瞥。今日も相変わらずゼネバスゴーレムの群れが
遠巻きに撮影中だ。テレビカメラを担ぎつつこちらを伺う様子を見てニヤリ、不敵な笑み
を浮かべる鬣獣(りょうじゅう)の主人。
「ようし、あれをやる。ジェノブレイカーが何ぼのもんじゃ」
言う間にも、突っ込んできた深紅の竜。今度は右の翼が唸りを上げるが流石に相手も優
勝候補。ほぼ垂直な跳躍、飛距離は同体格のゾイド数匹分程度。目前の獲物が消え失せ竜
の主従はハッと上空を仰ぐ。その時までには鬣獣(りょうじゅう)も、左の前足を振り上
げつつ反撃の高速落下で覆い被さるところ。
透かさず両翼の双剣を内側に収めつつ、天に翳す。雷鳴が轟き、震える竜の全身。ギル
も激しい耳鳴りに襲われ表情を歪ませるが、ここでレバーを離し耳を抑えなどできない。
前足を振り上げ叩き込んだのだから相手は着地までの間、脇腹ががら空きになる。そこを
狙えばギル達主従は俄然、有利だ。振り上げられた竜の右腕。鬣獣(りょうじゅう)の後
ろ足が地につくのとほぼ同時に叩き込まれようとしたその時、事件が起きた。
突如、悲鳴を上げる深紅の竜。この戦闘中には凡そ考えられない動揺の金切り声。一方
で若き主人は背筋を海老のように丸めていた。喉を詰まらせ、小刻みに息を吐く。肺を叩
かれたような圧迫感。さっきまで清々しかった筈の汗が鉛と化してポタリポタリと額から
腿へ滴り落ちる。
それでも状況を知ろうと頭を持ち上げた時、少年は愕然。且つ怒りに打ち震えた。全方
位スクリーンの左方が異常なノイズで掻き乱されている。こんな異常な状況、主従が知る
限り原因は一つしかない。
「コクピットへの攻撃…!」
竜の胸部コクピット左方に、水平に叩き込まれた鬣獣(りょうじゅう)の右爪。左爪で
の幹竹割りはこれを決めるための布石だった。だがしかしと、さしものギルも目を剥く。
この勝負はゾイドバトルなのだ。
「反則だろう!?」
背筋を正し、怒鳴る。だがギルが状況をアピールしようとした時、その行為が完全な徒
労に終わると思い知らされた。…竜の左半身。さっきまであんなに沢山いたゼネバスゴー
レムがいつの間にやら雲散霧消している。そこにいた連中は軒並み竜の右半身に回り込み、
彼らの戦闘を撮影中だ。身体を右に捻る深紅の竜。するとゼネバスゴーレム達も右方に回
り込む。左に捻ったら左方へ。間違いない、彼らは竜の左半身を映すのを、あからさまに
避けている。
呆気に取られたギル。トゥルーダにとっては絶好のチャンスだ。スキンヘッドの額を拭
って吠える。
「良いぞ、このまま畳み掛けろ!」
合図に応えた青き鬣獣(りょうじゅう)。左の爪でのしかかりつつ、喉元に牙を立てん
とする。深紅の竜は両腕で相手の頭部を押し返すより他ない。しかし相手は同体格のゾイ
ドだ。重い。それに地力も半端ではない。もがく内にも右の爪がコクピットに襲い掛かる。
溜まらず肘で防ぐ深紅の竜。しかしそれは押し返す力を犠牲にしてのもの。崩れるバラン
ス。徐々に竜は鬣獣(りょうじゅう)の下敷きになっていく。
遥か彼方ではギル以上に怒りに駆られた者が二名。
「何だこれはよぅ! 審判団、さっさと試合に介入しろよ! お前らリポーターは何で彼
奴らに反対側も映せって言わない!?」
コクピットを半開きにした鋼の猿(ましら)。その中からフェイが怒鳴る。背広にマイ
クを握った面々を、指先で一々引っ張り上げて抗議するが彼らの返事は決まっている。
「ば、馬鹿なことを言わないで下さいよ。僕らはベストアングルを撮影しているんです」
「新人王戦の主役はトゥルーダ君とライガーキング三世。対戦相手の斜め後ろから彼らを
撮影すれば良い絵が撮れるんだ。我々も商売でやってるんだ、無茶を言わないでくれ」
一方、エステルは表情を変えない。しかし彼女の様子をギル達主従が目にしたら間違い
なく首を縮めるだろう。サングラスの内側では蒼き瞳の眼光がほとばしる。そんな氷の炎
に彼女のビークルを遠巻きに囲んだリポーターが油を注いだ。
「流石、ライガーキング三世の脳天幹竹割りはガードの上からでも強い! 魔装竜ジェノ
ブレイカーの攻撃が止まりましたね」
「あの攻撃は『後効き』するんです。だから御覧なさい、ジェノブレイカーの右腕が止ま
っちゃったでしょう?」
「エステル女史もチーム・ヤングライガーの圧倒的な活躍ぶりに声すら出ないようです。
これは勝負あったか?」
(ギル、ギル、聞こえて?)
「は、はいエステル先生! ど…どうしたんですか、小声で?」
咄嗟に返事し、おやと浮かんだ疑問。反応に女教師は安堵した。こちらの異変に気付く
余裕があるならまだ心配はいらない。
(トゥルーダとリポーター達はグルかも知れないからね。それより、この程度ならてこの
原理で大丈夫でしょう?)
少年は円らな瞳を瞬かせたがすぐ頷いた。相棒の同意も早い。全方位スクリーン越しに
レバー造作を促す信号を送る。
力振り絞り、押し返そうとする深紅の竜。青き鬣獣(りょうじゅう)はますますのしか
かって潰しに掛かる。互いの意地がピークに達した時が好機だ。若き主人の空を切り裂く
吐息が合図。竜はあっさり両腕を離す。つっかえ棒がなくなった反動は大きい。身体ごと
覆い被さる青き鬣獣(りょうじゅう)。だが勢い余っての前のめりは相手に装甲の薄い懐
へと潜り込ませた。竜の狙いは先程隠し武器のミサイルポッドを披露していた両脇だ。装
甲の隙間にがっちりと爪を立てる。
面喰らった青き鬣獣(りょうじゅう)。元々組み技には向かぬゾイドだ。地団駄踏んで
レバーを引くトゥルーダ。たちまちたてがみが光芒を放つ。密着に近い状態で展開された
光の盾は押し返す力も半端ではない。吹き飛ばされる深紅の竜。仰け反り後方へ宙返りす
る青き鬣獣(りょうじゅう)。
「ちぃ、惜しいチャンスを逃したぜ」
舌打ちするトゥルーダ。十分な手応えにほくそ笑みもする。だがそこへ、割り込んでき
た立体映像。
「何故…何故こんなひどいことをするんだ!」
ギルの抗議。だがスキンヘッドの少年は両手を広げ、嘲笑った。
「誰も見てない。だから俺は、何もしていない」
ギルは顔を真っ赤にし、通信を切った。トゥルーダは笑いが止まらない。
(ジュニア時代に、俺はうっかりやっちまった。反則負け間違い無しの、コクピットへの
攻撃だ。しかし何故か、周囲は見ていないと言う。気付いた俺は何度も反則してみた。…
注意する奴は現れなかった。
それで気付いたんだよ、みんな俺にヒーローになって欲しいと願ってる。多少の反則は
大目に見てくれるってな! この前はやり過ぎて謹慎処分を喰らっちまったが…。ギルガ
メスよ、貴様も所詮はやられ役だ。それがみんなの願いだ)
唇を噛む竜の主人。爆発寸前の気持ちを押さえるのが手一杯。しかし彼にも味方はいる。
(ギル、聞こえていたわ)
「え、エステル先生…」
(安心なさい。何、こんなの簡単よ。反則し放題だってことは…)
女教師の続く言葉に生徒は首を傾ける。怒りで真っ赤になった瞳が徐々に冷静な漆黒を
取り戻していく。
そこに、青き鬣獣(りょうじゅう)の雄叫びが割り込んだ。
「どうした、手も足も出ないか。それなら引導を渡してやる」
しかしつまらない相手は勝手に吠えさせておくのが女教師のスタンスだ。
(…OK?)
「はい、OKです!」
そうこう話している内にも青き鬣獣(りょうじゅう)、急接近。跳躍は矢尻のごとき鋭
い軌道。負けじと深紅の竜も両翼を翳す。
叩き込まれた左の爪。竜は片膝ついて衝撃を跳ね返す。さっきとそっくりな局面の再現
は、しかしこの直後、分岐した。振り上げられる竜の右腕は、心無しか軽い動き。
「馬鹿野郎、さっきと同じだ!」
レバーを押し込むトゥルーダ。鬣獣(りょうじゅう)の右爪が竜の胸部に襲い掛かるが、
それはギル達主従にとって思うつぼ。
鞭を打つように伸びた竜の左腕。交錯は鬣獣(りょうじゅう)の右爪よりも僅かに早い。
右腕が見せた軽い動きはこれを放つためだったのだ。
「相手の力加減も読めない奴がほざくな!」
鋭い爪が、鬣獣(りょうじゅう)の右前足付け根に突き刺さる。直後ギルの肺が一瞬詰
まるが、左程でもないのは先手を確信できたからこそ。全方位スクリーンの左方も極端な
ノイズは発していない。竜の一撃は確かに相手の勢いを殺した。
逆転にトゥルーダ、スキンヘッドまでもが蒼白。咄嗟に引いたレバーは光の盾を発動す
る合図だが、それを許すチーム・ギルガメスではない。突き刺した爪でそのまま首元まで
引き裂く深紅の竜。勢いでメキメキと音を立てて折れる鬣獣(りょうじゅう)のたてがみ。
途中でつっかえても勢いは止まらない。襟首を掴むように、相手を地面に叩き付けると翼
を振りかざし、刃を展開。大上段より振り降ろし、鬣獣(りょうじゅう)の脇腹に一撃、
又もう一撃。
三度加えたところで竜は攻撃を中止し、両翼を水平に構えて残心した。これで十分だ。
足下で痙攣する青き鬣獣(りょうじゅう)。先程までの威勢良さが嘘のよう。背後に首を
傾ければ、鬱陶しかったゼネバスゴーレムの群れが固まって恐れおののいている。竜がピ
ィと甲高い鳴き声で威嚇してやれば、群れは蜘蛛の子を散らすように退散した。
掌を返すような光景は、女教師の周辺でも同じだ。ちらり、横目で取材陣の様子を伺え
ば誰もがばつの悪そうな表情を浮かべている。ふと誰かが、余所の取材を行なうような口
振りで退散すると一人又一人とそれに追随。そうなれば彼らが消え去るまでにものの数分
も掛からない。女教師は軽く溜め息をつき、鋼の猿(ましら)の頭部から様子を見下ろし
ていた美少年は悪態をついた。
「何だよ彼奴ら。新ヒーロー誕生だろ、しっかり取材しろよ!」
「フェイ君、あの程度の連中に取材されてもギルのためにはならないわ」
成る程と、二人は顔を見合わせ笑みを返す。
決着を、理解できない者もいた。レバーを揺り動かすトゥルーダ。コントロールパネル
を叩きまくり回復を試みるが相棒は応える素振りも見せない。虚しく時間だけが過ぎ、ス
キンヘッドが玉の汗で埋め尽くされていく。
ギルは溜め息をついた。勝ちはしたが、清々しさには程遠い。後を引く徒労感は水の軍
団と戦った時に近い。彼はそれでも、相棒に踵を返すのを促した。これは試合だ、相手チ
ームも諦めさえしなければ又再び立ち上がり、合いまみえる機会もあるだろう。…そう信
じていたが、事態はそれで終わらなかった。竜がふと、首をもたげる。
「九時の方向、に…?」
「ギル、ブレイカー、何やってるの、熱源よ!?」
熱色した雨粒が、空気を焦がし竜の左方を覆い尽くす。咄嗟に翼を頭上に広げるが、灼
熱の針は鋭く、あっという間に重量を上乗せしていく。片膝をつく間もなく、吹き飛ばさ
れて二転、三転。それでも最後にはうつ伏せになり、翼で頭上を覆い続ける。その下から
横目で睨む深紅の竜は広がる光景に溜まらず唸った。先程失神させた青き鬣獣(りょうじ
ゅう)が為す術もなく砲撃の雨を喰らい続けている。反れた弾丸は地面を掘り起こし、そ
の内ゴムまりのように、鬣獣(りょうじゅう)の五体を吹き飛ばしていく。五秒か十秒か、
僅かな時間が恐ろしく長く感じられた、それが無力感。
砲撃の通り雨が止んだ。丘には竜が伏せ、鬣獣(りょうじゅう)が横たわるのみ。程な
く麓より谺してきた機獣達の雄叫び。
そこには深紅の竜より一回りは劣る四足獣が二匹、横並びで大地を踏み締めている。い
ずれも巨大な大砲を背負い、先端から硝煙を漂わせているのが狙撃者の証。左は深緑色し、
背中にはこぶ状のターレットと大砲が二門。その上耳の上には深紅の竜の鶏冠位はある角
が二本。仰々しい武装したこのゾイドの名前は「雷牛」カノンフォート。もう一匹は骨っ
ぽい四足竜だ。全体的に赤紫の配色、背中から又背骨のような触角が二本、生えている。
触角の両脇には自らの身長程もある大砲が一本ずつ。幹には無数の板が並んで上方に伸び
ており、そこからは大量の蒸気が発せられ、辺りに立ち篭めている。恐らくは大砲を駆使
した時に放出した熱が蒸気を生み出したのだろう。人呼んで「霧剣竜」。
「やったぞ! チーム・ギルガメスの首は俺が貰った!」
カノンフォートの額が持ち上がる。中から現れたパイロットが身を乗り出してガッツポ
ーズ。流石に用心しているのか、頭部をがっちり覆ったヘルメットまで脱ぎはしないが。
「馬鹿言え、あれは俺達の弾丸だ。大体作戦を立てたのだって俺だろう」
そうスピーカーで言い放ったのがステゴガンツァーのパイロット。しかしコクピットは
一体何処にあるのか、遠目にはさっぱり伺えない。
俺だ俺だと押し問答を繰り返した挙げ句、やがて大きな溜め息をついたカノンフォート
のパイロット。これ以上の議論は無駄と感じたのかコクピットに乗り込みハッチを閉じる。
くるりとターレットが回転を始めた時、惨劇は起こった。耳をつんざく雷鳴。カノンフ
ォートの大砲だ。標的は、すぐ隣。もんどりうって横転するステゴガンツァー。先程まで
共闘していた相手は、僅かな口論で仇敵と化した。
ざまを見ろとばかりに吠える雷牛。しかし仲間割れは一方的な結果に終わりなどしない。
横たわるステゴガンツァーの背中がうごめくのを見落とした裏切り者。…不意の事態に直
面した今、嘲笑が悲鳴に変わる。弩のごとく、放たれたのはステゴガンツァーの背中より
生えた触角だ。水蒸気を発生させる程熱を帯びた触角を叩き付けられては、さしもの雷牛
ものたうち回るより他ない。触角の持ち主は早速立ち上がり、裏切り者に襲い掛かる。
仲間割れ、白熱。だが醜い争いは第三者に利した。いつの間にか、丘を駆け降りていた
深紅の竜。一瞥も程々に、今はさっさと追撃から逃れるのみ。
二枚の翼を、六本の鶏冠を背になびかせ竜は行く。辺りには地獄絵図が広がっていた。
あちらでは、巨大な二足竜の全身に無数の小型竜が群がり押さえ込んでいく。こちらでは、
決闘を演じる四足獣達を別の四足獣が背後より不意打ち。良く目を凝らせば審判団のもの
と思しきゼネバスゴーレムも垣間見えるが、とてもじゃあないがジャッジが追いつかない。
中には戦闘に巻き込まれ、叩き伏せられる者も表れる始末。かくて束の間の勝者達は敗者
などまるっきり意に介せず踏み付けていく。辺りに響き渡るのは轟音と金属音、そして機
獣達の咆哮のみ。状況を目の当たりにして、竜は吐き捨てるように短く吠えた。この歴戦
の戦士からすれば今の状況は不快に過ぎる。最後の一匹になるまで戦わざるを得ない局面
など、戦争でもそうそう訪れはしないのだ。
「いたぞ、ジェノブレイカーだ!」
艶やかな深紅の五体はごく自然に標的と化していた。勝利に飢えた機獣達が頭上を飛び
越え、追いすがる。そのたび災厄を叩き落とす竜の翼は徐々に、どす黒い油の色にまみれ
ていく。
憮然たる表情の、ギル。滲み出る絶望感は水の軍団とあいまみえた時に感じるそれと、
何ら変わらない。レバーを握り締めたまま、少年は唇を強く噛む。
(第二章ここまで)
【第三章】
鋼の猿(ましら)が右手を額にかざし、遠方を睨むとやがて見えてきた。突き抜けるよ
うな青空を背に、脈打つように山道を駆ける砂塵の列。一歩手前で地に足付けていたビー
クルの持ち主も、察知するとネクタイを正す。
砂塵は巨大な車輌を牽引してきた月相虫グスタフが生み出したもの。積み荷の正体など
遠目に見た時点でわかっていた。うつ伏せ、暫しの休憩時間を満喫する深紅の竜。こちら
も待ち受ける者達を確認していた様子。軽く尻尾の先端を持ち上げ、左右に振って喜びの
意思表示。
グスタフが到着するまでには猿(ましら)は車輌の左側に、ビークルは右側に散ってい
た。制止するや否や猿(ましら)の頭部が上下に割れ、中から皮のジャンバーを纏った美
少年が踊り出す。猿(ましら)は彼を速やかに右手で受け止め車輌に移しつつ、左手に抱
えた小さな荷物を車輌に載せる。荷物の正体は折り畳み式の台車。積み荷は開封された段
ボール。だが猿(ましら)が繊細な指の動きで移し替えてさえ、ジャラジャラとガラス瓶
がぶつかり合うような音を立てている。美少年が段ボールに手を突っ込み取り出した時点
で中身はすぐに明らかになった。油の入ったカートリッジ。人ならば水分、血液にも相当
する液体だ。ゾイドの全身には油の補給口が隠されている。常ならば気心知れた主人が補
給役として一つ一つ入れていくのだが、今日そんな余裕はない。そこで女教師は美少年に
代役を依頼。「デートの約束…」と言い掛けたところで竜とその若き主人に睨まれ、やむ
なく「無償の愛」で引き受けることとなった。
早速左手の関節の辺りをさする。一見何も見当たらない装甲から、突如開いた穴の大き
さは人の腕回り程度。中から出てきたのは空っぽになったカートリッジだ。慣れた手付き
で回収すると先程段ボールから取り出してきた中身の充満したカートリッジを差し込む。
「よっしゃブレイカー、ギル兄ぃ程優しくないのは勘弁な?」
深紅の竜は甲高く鳴いて理解を示し、補給を待つ。だが寧ろ、竜の心配事は自らの胸元。
その、胸元の右側に着陸したビークル。颯爽と降り立った女教師は顔を見上げ、竜に促
す。半開きになった胸部ハッチ。早速中に飛び込んだ女教師は思わず息を呑んだ。
愛弟子の、呆然。左へ右へと視線を泳がせたまま、彼女に気付かぬ様子。その上、常な
らば額に眩い筈の刻印が相当輝きを弱めている。女教師はサングラスを外しつつ、彼のも
とに駆け寄ると頬を両手で抑えた。
「ギル、ギル、しっかりなさい」
「…え、エステル…先生?」
我に返った少年は、しかし憧れの女性の顔が目前であるにも関わらず赤面さえしない。
女教師は頬の手触りに気付いた。凄まじい汗はいつもの何倍掻いているのだろう(※竜の
コクピット内の空調は万全だ)。それに、Tシャツの異常な濡れ方。ゾイドウォリアーに
とって着替えや簡単な食料の持ち込みは必須と言って良い。試合中に外出しての補給など
できるわけがないからだ。体力を非常に消耗する深紅の竜を乗りこなすこの少年が、そん
な基本的なことを忘れるとは…。
「とにかく、さっさと着替えなさい」
ギルは憮然たる表情で顔を伏せ、Tシャツをまくった。そこでも、女教師は通常との違
いに気付く。…愛弟子は照れる素振りさえ見せない。只、上の空で一言。
「何やってるんだろう、僕は…」
二人の時間が、そこで止まった。無限の時にも感じられる数秒間は、しかし女教師がた
まりかねて引き裂いた。脱ぎ掛けのTシャツを無理矢理脱がすと両肩に手を当て、持ち上
げる。愛弟子はもたげた首を背けようとしたがそれは叶わなかい。魔女の本性たる鋭い視
線が彼の虚ろげな瞳を貫き、拘束する。
「ゾイドバトル、やってるんでしょう? 貴方はそれを続けなさい」
ひとまず、時が凍り付く可能性は遠のいた。愛弟子の憮然たる表情はそのままだが、そ
れでも腑に落とすようにどうにか小さく頷く。
「ゾイドバトル…僕は…」
やがて竜を載せたグスタフから離れた猿(ましら)とビークル。サイレンが辺りに響き
渡り、グスタフが車輌の運搬を再開する。積み荷は勿論、深紅の竜だ。女教師らに視線を
合わせた竜は尻尾を何度も振って感謝の意を現す。やがて聞こえてきた拍手とガイロスコ
ールにはすぐ辟易し車輌で丸くなったのだが…。
「ギル兄ぃ、大丈夫かな…」
猿(ましら)の頭部ハッチを開けたまま見送る美少年が呟く。女教師は顎に右手を当て、
左手を右肘に添えて軽く溜め息。少年の傍らにいなかったとは言え、通信越しに見聞きし
た試合場が、ある意味戦場に勝る悪意で満ちていたのは彼女も十分予想できていたこと。
ではそんな状況に愛弟子が耐え切れるか、どうか。
既に掛け直していたサングラスを右の人差し指でひょいと軽く持ち上げると、差し向け
たのはあの凍てつく瞳。この眼差しで見つめ続けられる内は大丈夫だと、彼女は信じる。
「マリヤード、マリヤード・ゼクス。聞こえるか?」
義眼の男がモニターの隅をつつく。この辺りにウインドウの類いは見受けられない。に
も拘らず、彼が問いかけるや否やウインドウが表示され、映像が拡大された。…黒髪を破
天荒に結い上げた、美女。少々ふっくらした顔立ちに施された艶やかな化粧から推測する
に、高名な踊り子か。血腥い命のやり取りとは無縁に思える。少々奇異なのは首飾り。拘
束具の形状に宝石をちりばめた少々倒錯的な意匠が目を引く。かようなものを身に纏う理
由はすぐに明らかになった。
「聞こえてるわぁ、レガック。退屈よ、出番はまだ?」
野太い声は紛れもない男声。男声として聴けば寧ろ美しいが、モニターに映るのは紛れ
もない、蒼き瞳の魔女にも決して引けをとらぬ美女なのだ。
「そろそろだ、どちらも捕捉できているな?」
「勿論よ。あとは貴方が合図を送ってくれれば…」
言いながら品を作る。柳のように身体くねらせ、長い指を唇に当てれば、レガックの周
囲で生唾を呑み込む音が幾つも。長い爪に施されたメイクや指輪の数々までもが見る者を
幻惑させずにはおかぬ。
だが、黒衣の戦士は素っ気無い。
「チーム・ギルガメスのバトルが一息ついたところを狙え。丁度水の軍団が遠巻きに様子
を伺っている」
「…わかったわ。それじゃあ、無事任務終了したら御指名、頂戴。ガイロスの翼…」
「再びはためく、その日まで」
レガックが敬礼を返すと映像が途切れた。さて黒衣の戦士には下らない用件が一つでき
た。疑惑と羨望の眼差しを投げ掛けてくる、左右のゾイドバトル審判団・オペレータ陣。
彼らへの一方的な回答は、あの義眼による心臓をえぐるような視線。ジロリと周囲を見渡
せば、余計な詮索や戯れ合いが余りにリスクの高い行為だと思い知らされる。こぞって目
前のモニターに視線を戻し、任務への没頭を余儀無くされたオペレータ陣。
一方、マリヤードはあの媚態が嘘のようにふて腐れた表情を浮かべていた。
(ちいっ、レガックの堅物め。少しは慌ててみせろっての)
呟いたが、すぐ先程までの妖艶な表情に戻すと機敏な動きで両腕を広げる。振れる程長
い袖が蝶のように舞うが、この者が置かれる場もゾイドの狭いコクピット内だ。モニター
が表示を再開し、ぼんやりした輝きがこの者の入念に化粧を施した頬を照らす。
又一匹、強敵が大地に倒れ伏した。立ち上がった深紅の竜、これ以上の攻撃は無用と数
歩の後ずさり。だが彼らに休息の暇などない。突如鳴り響いた銃声に避ける間もなく前の
めり。背後の丘から疾走してきた狙撃手を、竜は翻り、翼を前方に広げてはね除ける。渾
身の殴打にも全く動じることなく、宙返りして着地したのは竜よりは小柄な体躯の四脚獣。
焦茶色の身体の所々に薄茶色の装甲を重ね、長い尻尾を常に地上と水平に保つ姿勢良いゾ
イドだ。顔はそこそこ細長い。頬には二本の長剣が取り付けられ、後方に折り畳まれてい
る。人呼んで「牙剣狗」ハウンドソルジャー。
この俊敏な狗は射撃も正確だ。腹部に埋め込まれた銃門が瞬く間に火を吹き、竜の足下
を搦め取る。それでも怯まず前に出、透かさず懐目掛けて飛び込みつつ自慢の双剣を引き
抜くが、一撃は鮮やかに跳ね返された。頬に折り畳まれた長剣が、前方に展開している。
双剣と長剣が火花上げせめぎあうが、離れて間合いを維持したのも同時。狗は早々に長剣
を折り畳むとにじり寄りの一歩。低い全高が力強い顎での噛み付きをちらつかせれば竜も
負けじと前蹴りで反撃。しかしそれこそが狗にとっての好機、折り畳んだ長剣をバネのご
とく振り降ろす。激突した爪先と長剣。バランスを崩す竜。そこを押さえ込まんと狗は更
ににじり寄り。首を左右に振りつつ一歩、又一歩。弧を描く長剣の追撃に、遂に仰向けに
転がった深紅の竜。飛び掛かる狗。長剣を前方に突き出したまま竜の腹部・ゾイドコア目
掛けて自由落下すれば狗の勝利は確定する。
しかし竜の主人は思いのほか冷静に、全方位スクリーンを凝視。敵の自由落下を確認し
た時、只一点に集中した視線。狙いは狗が覆い被さる寸前で明らかになった。バネと化し、
上半身を持ち上げた深紅の竜。伸び切った背筋、首。その先に伸びた鼻先は、見事長剣を
かいくぐって狗の鼻先を殴打。空気震わす振動も覚めやらぬ内に、右の翼が唸りを上げる。
墓標となる筈だった長剣ごと、吹き飛ばされた茶色い狗。勇敢な機獣も数十メートルも
吹き飛ばされた後、乾いた土の上に叩き付けられれば結局は全身を痙攣させ、やがて沈黙。
身を持ち上げた深紅の竜。決して視線は外さない。それは胸部コクピット内の若き主人
も同様だ。息は荒いが落ち着けるべくゆっくり、ゆっくり深呼吸。今度こそと相棒共々背
後を振り向いた時、気付いた異変。
いつしか、立ち篭めた霧。それが自然のものでないのは光彩を見れば明らかだ。時折見
受けられる光の粒。右腕を軽く掻いた深紅の竜。付着したものを見た若き主人は首を捻る。
「金属の、破片? 先生、エステル先生?」
砂嵐が狭いコクピット内に鳴り響く。溜まらず耳を抑えたギル。常ならば間髪入れず戻
ってくる返事の、これが代わりであるわけがない。
深紅の竜は首をもたげ、左右をじっくりと見渡す。一方コクピット内では熱源さえ探知
できぬことが明らかになった。最早頼りになるのは相棒の眼差しのみ。
不意に、竜が甲高く鳴いた。霧の隙間から漏れた輝きは、周囲に漂う金属片よりは明ら
かに大きく、且つ自然な太陽光の反射を受けたもの。レバーを握った若き主人。当たり前
のように前方に倒そうとしたがすぐにつっかえた。障害物もないのに操縦危機が反応しな
くなる理由は二つしかない。故障、そしてもう一つ…。
「大丈夫だよ、ブレイカー。僕は、ゾイドバトルをする」
暫し己が胸元を見つめていた深紅の竜は、やがて意を決すると歩みを再開する。
茶碗をひっくり返したような盆地が広がっていた。これで外周をあの得体の知れない霧
が封鎖するのだから、決闘の場には確かに相応しい。深紅の竜はしゃがみ込むと背負った
鶏冠をそっと灯し、滑走。土煙上げて斜面を下っていく。盆地の底には白色と青色、二匹
の狼が仁王立ち。ヘリック共和国出身ゾイド特有の頭部半分程をも覆う橙色のキャノピー
が鮮烈な印象を与える。人呼んで神機狼コマンドウルフ、白色の名前は持ち主によれば
「ゲムーメ」。右足には矢尻のような武器とも飾りとも知れないものが見える。青色は同
様に「ゼルタ」。背中に長大な大砲二門を積んでいる。
キャノピーが開き、中から立ち上がったのはパイロットスーツを纏った双児の美青年。
ギルも相棒も、既に彼らを見知っている。狼機小隊三の牙ザリグ、四の牙マーガ。白色の
コマンドウルフに乗っているのが兄ザリグ、青色が弟マーガの筈だ。
「待ち詫びたぞ、チーム・ギルガメス!」
「最後の試合、勝利の美酒は上手かったか?」
両腕組んで嘲笑う双児。
「…最後じゃあない。貴方達はどういうつもりか知らないが、僕はあくまでもゾイドバト
ルをする」
竜の主人はあくまでハッチは開けず(開けでもしたら双児の飛び道具の餌食だ!)、全
方位スクリーン越しに返答するが。
「ほざけ、既に何人もの同胞を始末したくせに!」
「先日も我らが弟分・二の牙クナイを葬った癖に、そんな減らず口がよく叩けるな!」
その言葉に色めき立つ、ギル。
「ちょ、ちょっと待った! クナイは退けたけれど…!?」
「『問答無用! いざ!』」
キャノピーが閉じるが速いか、地を蹴る狼二匹。
「あっさりお膳立てに乗ったわ。水の軍団も必死ねぇ」
頬杖ついたマリヤードの笑みは冷たい。
「それじゃあ乗ったついでに我らが救世主様の実力をとっくり拝ませて頂くわ。バショウ、
準備はよくて?」
この者の声を合図に、紫色の石竜(※とかげのこと)が背中を震わせる。腹這い故に全
高だけ見れば精々人の数倍程度の大きさかも知れぬ。しかし背骨には黒光りした巨大な帆
が幾本も立ち上がってこの石竜を何倍もの大きさに見せる。加えてこの帆に施された意匠
の精細ぶり。そんな黒帆が風に揺られる姿を見つめようものなら夢幻の世界に取り残され
よう。人呼んで「幻扇石竜」ディメトロドン。非ヘリック系地域では魔獣デスザウラーと
並び、至る所で英雄譚が伝えられる曰く付きのゾイドだ。それが、盆地の淵で決闘を見つ
めている。
「おーい、そっちは繋がるか?」
「いや、さっぱりだ…どうなっているんだ、これは」
困惑の声が、至る所で聞こえてくる。女教師は冷静にビークルのモニターを見つめてい
た。実は彼女の目前にあるガラス板も砂嵐しか描かれていないのだが、それを特に悩む彼
女ではない。
「どうせ水の軍団の仕業でしょう」
そう考えれば別に苛立つことではない(推測は残念ながら外れているのだが…)。彼女
ならではの打開策はある。但し、少々困るのは周囲にギャラリーが全くいないわけではな
い、ということ。中でもすぐ後ろで陣取る鋼の猿(ましら)とその主人はイマイチ何を考
えているか、わからない。
(おどおどしても変に疑われるだけかしらね)
女教師は長い足を組み、両腕を組むと右手を額に伸ばす。長い指を当てれば古代ゾイド
人の証とも言える「刻印」が眩く宿る。…それで良かった。周囲は彼女のことを気にも止
めない。問題は一名だけだ。
「え、エステルさん、額の、それ…?」
振り向いてみれば鋼の猿(ましら)の頭部が上下に割れ、中から美少年が身を乗り出す。
驚いた様子をサングラス越しに見つめた女教師は当たり前のように微笑んだ。
「古代ゾイド人…っぽく、見える?」
「え…? ああ、見えます、見えます!」
「ありがとう」
これでしらばっくれると腹を括る。もしこの美少年フェイが刻印の秘められた力に興味
を持っているのなら、寧ろ余計な詮索などできまい(大っぴらに追及したら外部の人間に
知られる可能性もあるからだ)。リスクは高い。だが今は愛弟子を助けることに集中する。
「ギル、ギル、聞こえて?」
「せ、先生…!? はっ、うわあっ!」
愛弟子の受けた衝撃が女教師の額にも伝わってくる。痺れるような感覚に主従の危機を
察知した彼女。
「ごめんなさい、突然話し掛けて。…もしかして、水の軍団?」
「もしかしても何も!」
横転を繰り返す深紅の竜。それでも何回転目かでは四肢を地面に突き立て、大事な胸部・
腹部を伏せに掛かる。そうしなければ続けざまに降り注ぐ銃撃、砲撃の嵐を防ぎ切れない。
二枚の翼を上方に展開し、竜は、主人は耐える。だが常ならば狙う逆転の好機も、竜はと
もかく主人にはぼんやり霞み、今やすっかり五里霧中。
噛んだ唇が紫を帯び始める。肩で継ぐ息が止まらないが、それでも抗弁を続けるギル。
「だから僕らは、逃げるのが精一杯で…」
しかし、刺客の攻撃は容赦ない。翼を翳せば今度は広がった付け根目掛けて容赦ない銃
弾が突き刺さる。ますます深紅の竜は五体を丸めざるを得ない。
「まだしらを切るか。見掛けによらず往生際が悪いな、貴様」
「精一杯の局面だからクナイのコクピットを潰した。その程度のことも認められぬか」
全方位スクリーンの左右より飛び込む映像は双児の弾劾。
竜の外周を闊歩する狼二匹。惑星の外周を回る衛星のように円を描き、銃撃には十分な
距離を維持し続ける。出口の見えない包囲網が既に相当な時間、継続していた。突っ走っ
て一匹を狙っても、もう一匹に狙撃される。ならばと全力で脱出を試みても早晩、二匹掛
かりで足下を狙撃。双児の包囲網には一分の隙もない。
想像以上の劣勢。唇を噛む女教師。一刻も早く打たなければいけない手が、ある。
「ギル、敵との口論など止めなさい」
「でも…でも!」
「ギルガメスよ、人が目の前で死ななくなる方法を知りたいか?」
戦場では時に悪魔の誘いが美女の囁きを上回ることもある。眉を潜めた女教師。
「ギル、聞いちゃ駄目!」
「簡単だ、貴様が今すぐ死ねば良いのだ。我ら暗殺ゾイド部隊、敗者には死あるのみ。貴
様が勝とうが逃げようが避けようが、生き続ける限り同胞の屍は累々と築かれよう」
少年の全身が強張った。しまったと唇を噛む女教師。愛弟子の体温が数度も下がるのが、
額越しにわかる。
「ブレイカー、さっさと通信を封鎖しなさい!」
「だから今すぐ、死ね。己が宿命に絶望するならば、なあ!」
言い掛けたところで通信は断絶された。少年の唇が歪む。双児に笑みが宿る。
「我らの勝ちよ。今だマーガ!」
「了解、兄者!」
突如、疾走を開始した狼二匹。竜の外周を徐々に砂の渦が覆い始める。
「これで終わりだ、ギルガメス。機獣殺法『岩戸隠れ』!」
描かれる軌道は思いのほか、複雑だ。少なくとも完全な円ではない。楕円が折り重なり
メビウスの輪を量産していく。時には二匹とも時計回り、時には白色が反時計回り、又時
には青色が反時計回り。
(脱出しないと…!)
術中にはまる予感。レバーを傾けた少年だが、不意に足首を襲った痺れ。主従を結ぶシ
ンクロの副作用。竜の足首にも銃撃の痕が刻み込まれている。咄嗟に視線を戻した瞬間、
彼の両肩が力んだ。ゾイド数匹分程の遠方を、右方へ横切った青色狼。背負った大砲は何
処を向いているのか。凝視しようとした時、彼を襲ったさらなる衝撃。…青色狼が、消え
た。目前を、白色狼が左方へと横切る。その腹部にポッカリ、開いた灼熱の穴。
海老反った深紅の竜。そのまま大の字に倒れる。額にうっすら、走った亀裂。コクピッ
ト内のギルは、しばらく周囲を暗黒で包まれていた。数度点滅した後、どうにか外の風景
が取り戻される。我に返った少年はレバーを握り返すが、その時感じた違和感は鼻の下辺
り。恐る恐る舌で舐め、軌跡を指先で辿る内に、彼は額が割れたと認識した。
「ブレイカー、ごめん」
詫びつつレバーを握り直す。無事な姿を見せるのが相棒への最大の謝罪だが、気丈はも
のの数秒で吹き飛んだ。身を起こした竜の傍らで、白色狼が横たわっている。いや、それ
は白色狼「だった」。腹部に開いた銃痕から露になるケーブル。放電する先端にゾイドの
体液である油が触れ、遂に引火。炎上までものの数秒も掛からない。
「ちいっ、あと一歩でコクピットを貫いていたというのに…」
遠方で、仁王立ちする青色狼。双児の弟がうそぶく。ギルは動揺を隠せない。
「な、何だよこれ…。あんたの、兄貴だろう!?」
「兄者だから撃った。信頼のおける者を衝立にして狙撃するのが『岩戸隠れ』の神髄よ!」
平然と言い放つ双児の弟を目にし、ギルガメスは、吠えた。吠えるより他なかった。使
命のためには肉親もろとも葬り去ろうという狂気は彼を大いに混乱させる。主人の怒りに
応えて翼を振りかざす深紅の竜。だが咆哮は悲痛だ。千々に乱れた主人の気持ちを現すか
のごとく、翼の刃は何合浴びせようがさっぱり命中しない。
「ギル、ギル、落ち着きなさい!」
額の刻印を抑え、女教師が心中で怒鳴る。しかし彼女の想いなど何処へやら。無我夢中
で竜は翼翻し、少年はレバーを振り回す。
「ほら、こっちだこっちだ」
軽やかに飛び跳ねる青色狼。そのイメージを脳裏に浮かべた女教師が、ふと気付いた異
変。…少なくともこの試合では聞き慣れない、モーター音。あらぬ方向から聞こえてくる。
悟った魔女は一層刻印を明滅させ、愛弟子に呼び掛ける。
「ギル、彼らの本当の狙いは…。ギル、聞きなさい!」
思わず、大声張り上げた。周囲の視線など、顧みるどころではない。
震えた、少年の背筋。飛び込んだイメージに応えるがごとく、振り向きざまに抜き放っ
た翼。…済んだ金属音と共に、竜の頭部程もある矢尻が上方へと弾き飛んでいる。矢尻の
後には鉄で編まれたロープが続き、その先にあるものを見て主従はようやく我に返った。
荼毘に伏された筈の白色狼。その、地面に接した右前足辺りから伸びている。
「残念、もう一息だったのにな。機獣殺法『月痘痕(つきあばた)』は完璧だったが…」
スルスルとロープが戻り、立ち上がった白色狼。鬱陶しげに火の粉を吹き払う。腹部に
開いた風穴も全身に残った焦げ跡も、まるっきり気にする素振りさえ見せない。にわかに
は、あり得ないことだ。何をどのように騙されたのか、ギルの唇は震えが止まらない。
「ギル、ギル、聞こえて? 人間針刺しの曲芸は知ってる?」
「は、針刺し? まさか…!」
「人間、急所を外せば針の一本や二本、刺されても出血さえしないもの。彼らの術はその
ゾイド版。腹部すれすれをわざと的にして、死んだ振りをしたのよ」
白色狼の風穴から、亀裂の入ったタンクが見える。その中から炎上用の油が溢れたのだ。
タンクはすぐに外れ、白色狼が踏み潰した。その上で深紅の竜を、睨む。
「何、兄者。『岩戸隠れ』も『月痘痕(つきあばた)』も敗れてはおらぬよ」
「そうだな、マーガ。見破ったからとて使えなくなる技ではない。…ギルガメス、覚悟!」
飛び掛かる、双児の狼。
ビークルの周りに、何事かと今まで離れていた取材陣がわらわらと寄ってくる。愛弟子
の危機とは言え大声を上げたのは不味かった。らしくもなく、言い訳を考えるがそれは徒
労に終わった。…この助っ人は思ったよりも頼もしかった。
「何だお前ら、今の状況、わかってんだろ!? 自分のところの選手と連絡が取れないんだ。
聞き取れないのかと勘ぐって大声張り上げることもあるだろう! どいつもこいつも興味
本位の取材してるんじゃないよ!」
ビークルの頭上では猿(ましら)の主人が頭部コクピットから身を乗り出し、怒鳴り付
ける。それでは気持ちが収まらぬのか、降り立つと取材陣を追い払いに掛かった。相棒も
長い両腕で追随し、面倒はあっさり片付いた。瞬きしこの美少年を見つめる女教師。
「あ、ありがとう、フェイ君…」
言われた美少年は照れくさそうに頭を掻いた。
「いえ、当然のことです! それより…」
言い掛けた美少年はそっぽを向いた。
「気に障ったら、ごめんなさい。…それで、伝わるんですか?」
唇を結ぶ女教師。重い数秒が二人を隔てるが、彼女は結局、明滅する額に指を当てた。
「伝えないとね」
言ったきり、女教師もビークルのコントロールパネルの凝視を再開。いや正確には、刻
印で意思疎通を計るための「振り」だ。美少年は羨望の眼差しを向けたい。でもそれを今
の状況でやる勇気はない。
(叶わないな…)
二匹の狼が自在に横切る。そのたびギルは躊躇。岩戸隠れ、そして月痘痕(つきあばた)
を狙うのかと翼を広げれば銃声は谺せず、来ないと前に出れば銃撃を瞬く間にくらい返り
討ちに会う。決して強力ではない攻撃も貰い続ければ山となる。ふらつき始めた竜の足下。
「畜生、どうすればいいんだ!?」
「ギル、ギル、聞こえて? 彼奴らの円陣から脱出しなさい」
不意の呼び掛けは少年を勇気付けもしたが、落胆もさせた。
「そんなチャンス、何処に…」
「チャンスなら、ある!」
一方肩で息する竜を睨み、二匹の狼は一旦制止した。
「勝負あったな。兄者、最後は今一度…」
「無論だ、マーガ。今度も我が相棒ゲムーメは月痘痕(つきあばた)を決める」
「わかった。いくぞゼルタよ、機獣殺法『岩戸隠れ』!」
これが最後の疾走とばかりに、地上に絢爛豪華な花の陣を描く。
(岩戸隠れは日蝕のこと。狙撃手という月を隠すために、衝立役は何をしているかしら?)
円らな瞳が放つ、切り裂くような視線。こんなに気の弱い少年でもこういう眼光はでき
るのだ。冷静に、乱れた息を整え、レバーを握り直す。肩の力を抜く。一秒間をコンマ単
位に刻むため。
遠方を駆け巡る青色狼。竜が察知し身構えた時、透かさず白色狼が目前に躍り出る。後
を追う砂の帯。青色狼が姿を消した今、白色狼の五体は…。
(月を隠すため、精一杯真横に向いている。でも、この姿勢なら…)
腹部に開いた風穴の向こう。青色狼の背中より、弾けた閃光までもがくっきりと見えた。
(僕らに攻撃はできない…今だ!)
正拳突きのごとく、押し込まれたレバー。竜の足下に走る亀裂、吹き上がる岩盤。背の
鶏冠が開花し、蒼炎が宿る。
予定通り同胞をぶち抜き、彼方に立つ筈の標的を追い求める弾丸。しかしその機会に巡
り合えることはなかった。空中に躍り出た、深紅の竜。両の翼を垂直に揃え、振りかざす。
青色狼が虚空を見上げるまでに、竜の刃は見事胴体に叩き込まれていた。グラリ、よろ
めき倒れんとする狼目掛け、尚も竜はステップを踏み、蹴りを加える。それは単なる追い
討ちではなかった。後方では着地した白色狼が身を翻す。しかし銃撃も、あの忌わしき有
線矢尻も火を吹く機会などない。青色狼を壁代わりにした深紅の竜。踏み込みに適した場
さえあればこのゾイドは神速を発揮する。翼を前方に展開し、五体を弾丸と化した竜の、
渾身の体当たり。かくて吹き飛ばされ、錐を揉むように倒れ込んだ白色狼。
滑り込むように着地した深紅の竜。だが、今の主従には一瞥する余裕もなかった。その
まま、踵を返すこともなく疾走を再開する。
盆地の縁では帆を背負った紫色の石竜がじっと戦況を見つめている。
「あらあら、凄いわぁ。流石にレガックやフェイが期待するだけのことはあるわね」
石竜の主人・マリヤードはあの野太い声で呟きながら、意味ありげに微笑んだ。艶やか
な表情、仕種は魔性の花か。
「さあレガック。そろそろバショウも飽きたみたいだから、頼むわよ」
声に応じるかのごとく、石竜の脇に立ち上がったのは小豆色した二足竜。さっきまで立
ち回っていた深紅の竜に極めて良く似たT字バランスの姿勢なれど、小柄な体躯はその半
分程もない。しかし威容は決して引けをとらぬ。頭半分を無機質な兜で覆い、下から緑色
の瞳を覗かせる。両腕の三本爪は、うち二本が包丁のように幅広い。両足には鉤爪のごと
く異常発達した親指が伸びている。そして背中には、死神の鎌をも連想させる三日月状の
刃が二本、左右に広がり翼ともつかぬ形状を為す。人呼んで「喪門小竜」レブラプター
(喪門は地獄、喪門神は死神の意味)。
周囲を暗黒に閉ざされた黒衣の戦士。…いや、左右に広げた両腕にはレバーがしっかり
と握られており、そこがゾイドのコクピット内であることは間違いない筈。ならばモニタ
ーや、コントロールパネルは何処。
「御苦労だったな、マリヤード。もうしばらくの辛抱だ」
戦士の義眼が万華鏡のように輝く。彼の瞳には、外の様子が克明に描かれているようだ。
軽快に跳躍した小豆色の二足竜。一方、盆地に横たわる狼二匹のパイロットは苦悶の表
情を浮かべていた。何しろ彼らの相棒は魔装竜ジェノブレイカーという伝説的ゾイドの蛮
勇をまともに喰らったのだ。パイロットも小山から転げ落ちたような激痛を全身に抱えて
おり、回復の目処は立たない。深呼吸するたび、脊髄に電気が走る。
「兄者、兄者。…ザリグ兄さん。大丈夫か?」
「おおマーガよ、生きていたか。おのれ、ギルガメス…はっ!?」
横たわる狼達の傍らへと、小走りに近付く小豆色の二足竜。双児の兄は怒りから悲しみ
へ、表情を瞬く間に変えた。
「無念だ、我ら兄弟の命運もここで尽きたか」
「いや、兄者よ。ブロンコ様に最後の御奉仕をせねば…」
ノイズが走り、最早互いの表情さえまともに映らぬ映像を介し、決意を交わした二人。
二足竜の背負う鎌が広がった。そのまま狼達を首ごと叩き斬るつもりだ。
「『惑星Ziの、平和のために!』」
横たわる二匹の胴体から放たれた閃光。離脱する魂のごとく、上空へ昇ったそれは信号
弾。青色狼は紫色、白色狼は金色のそれを高々と打ち上げるまでに、二匹のキャノピーは
砕け散っていた。そして、自決の爆発。四散する、狼達の鎧。
「流石に水の軍団、只では死なぬか…」
黒衣の戦士は何も映らぬ天井を見上げる。応じて霧がかった空を見上げる二足竜と、紫
色の石竜。煙が、火の粉が信号弾の軌跡を追い掛け、空へ昇っていく。
誰もが気の早い祝砲と勘違いした信号弾の意味を、把握した者達もいた。
彼方の崖で、二色の輝きを瞬きもせず見守る三人。銃神ブロンコ、狼機小隊一の牙デン
ガン、五の牙ジャゼン。巨漢デンガンは膝をついて号泣し、ジャゼンは立てた襟の内側に
一層深く顔を埋める(但し彼に限っては本心が何処にあるのかわからないが…)。そして
ブロンコはテンガロンハットを外し、胸に当てた。
「ザリグ、マーガ、うぬらの無念、しかと見届けた。紫色はガイロス、金色は最重要事項
を意味する。成る程、チーム・ギルガメスに手を貸す者の正体も真意も良くわかったぞ。
シュバルツセイバー共よ、貴様らの野望はチーム・ギルガメスごと粉砕してやる」
三人の背後では残る狼達が遠吠えを止めない。哀悼と復讐の、断固たる誓いだ。
(第三章ここまで)
【第四章】
秋風が鰯雲を追いやり、その余波を受けてフェイは数度、くしゃみをした。ふと見上げ
れば、鋼の猿(ましら)が皮のジャンバーを右手の指で摘んで差し出してくる。この美少
年は片手上げて感謝の意を表した。彼は既に猿(ましら)の左掌の上。そこには油を目一
杯詰めた台車に加え、得体の知れない機材が積まれている。
「大丈夫?」
傍らで、声を掛けてきたエステル。ビークルから身を乗り上げ、ちり紙を差し出す。
「ありがとうございます。風が冷たくなってきましたね」
「こんな季節だからね…来た!」
秋風は砂塵も運んだ。グスタフの引く車輌の上には腹這いで揺られる深紅の竜。首まで
へたり込む少々だらしない姿に疲労の具合が伺える。加えて額に走る亀裂、油の流出。女
教師はサングラスで覆った瞳を見開く。
早々に浮遊を開始したビークル。美少年が相棒に合図するよりも迅速だ。
ハッチが天井となって陽射しを覆い、影が道を作る。その先で半開きになった胸部コク
ピット内を見渡し、エステルは濡れタオルを握り締め、溜め息をついた。真っ暗の全方位
スクリーン。中央で、少年は明滅を止めぬコントロールパネルの上で項垂れている。つか
つかと歩み寄った女教師。だが彼女が目前にまで近付いても、少年は決して顔を見上げた
りはしない。組んだ両腕、そしてコントロールパネルの上には乾きかけた鮮血が幾滴も溢
れている。女教師はサングラスをかなぐり捨てると少年の両肩を掴み、押し返す。
強制的に持ち上げられた顔。彼女の愛弟子は息を呑むが、あの凍てつく程鋭い蒼き瞳に
睨まれた時、彼は自然と顔を背けた。額からは刻印が消え失せ、代わりにくっきりと傷が
彫り込まれている。幸い出血は止まっているが(深紅の竜特有の「ゆりかご機能」による
ものだ)、眉間から小鼻に掛けて乾きかけた血の流れが汗と入り混じり、コントロールパ
ネルの明滅に照らされぼんやり浮かび上がっている。早速濡れタオルで拭ってやる女教師。
少年は嫌がったりはしないが甘んじているようにも見える。依然、視線は反らしたまま。
「もう止めたい、棄権したいって顔、してるわね」
女教師の呟きを耳にして、少年はようやく眼差しを向けた。訴える機会は今しかない。
「きっと、あの双児も死にました」
黙々と流血を拭う女教師。指先が優し過ぎる。傷付き疲れ果てた少年を癒す時、彼女は
いつもピアノを奏でるように治療を施すのだ。柔らかなうねりの中に、溺れてしまいたい。
「僕がゾイドバトルを続ける限り、又誰かが…」
女教師の手が止まる、離れる。狭い室内に響く乾いた破裂音。少年は、再びそっぽを向
くことを余儀無くされた。女教師の痛烈な張り手を頬に受けたからだ。
少年は視線をこのまま外していたかった。それで時が止まって欲しいと願ったが、その
気持ちは取り下げざるを得なかった。…振動する、空気。胸の奥まで揺さぶられ、堪え切
れず正面を向き直す。
右手を振り抜いたきり、女教師は打ち震えている。
ふと彼女の後方で、悲鳴が谺した。二人が見れば深紅の竜が鼻先までハッチの下から覗
かせて鳴いている。ひよこのようにか細い声だ。
唇まで戦慄かせた彼女は一転、苦笑いを浮かべた。叩いた右手を引き戻すと、漏らした
吐息は溜め息とも深呼吸ともつかない。
「貴方が戦うのを止めたら、ブレイカーはもっと傷付くわ。それに…」
何故か口籠った彼女は軽く咳払いした。
「ゾイドに乗り続ける以上、貴方を憎む者が絶えることはないでしょう。でもね、強く生
きて欲しいと願う者も、決して絶えたりはしない。
だからギル。大事な者の笑顔を胸に秘めて立ち向かいなさい。例え、その行く先が…」
魔女の額に輝く刻印。暗い室内に浮かび上がる明滅を凝視した時、少年は観念した。
「いばらの道であっても」
「『私は、戦う』」
再び輝きを取り戻した少年の刻印。額の傷と傷との隙間を越えて尚、力強い明滅。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ。
女教師は少年の額に長い指をそっと這わせる。疼痛に顔を歪める少年だが、効果はすぐ
に明らかとなった。傷の上に被さる妙な感覚。映像を早回しで見ているかのように、塞が
っていく瘡蓋。刻印が横切る箇所は、朧げではあるが明滅を取り戻しつつある。
「悔いを残さず、残りの時間を戦ってきなさい」
「こら、ブレイカー! もう良いだろ? お前さんの傷が治せないよ」
鋼の猿(ましら)が下方に埋め込んだ竜の顔を必死で持ち上げている。横では既に油の
補給を済ませた美少年が両手を広げて説得中だ。弱り果てた表情。ゾイドの説得は時に、
女性を口説くより遥かに難題だ。
しかしこの場は、すぐにコクピット内から現れた女教師のおかげで解決した。慌てて首
を反り上げた深紅の竜。だがそれでは治療できる角度にないと悟り、改めて胸の辺りにま
で下げる。
幸い、傷口は浅い。チームとして、竜に適合した金属片は予め用意してある(第六話参
照)。これを少しづつはめ込み、金属テープで一帯を塞ぐ。後はゾイド自身の自然治癒能
力に期待するのみだ。猿(ましら)は淡々と作業をこなしていく。
「ごめんね、フェイ君。ブレイカー、余り困らせないでね」
抗議しかけた竜はサングラスを貫く女教師の眼差しに加え、猿(ましら)に顔の姿勢を
矯正され、やむなく押し黙った。ふと彼女の表情を見た美少年。刻印の明滅を止めない額、
それに頬からは玉の汗が流れている。早速ハンカチを差し出す。謝意を示した彼女は掌に
付いた血痕を使用中のタオルで拭った後、ハンカチを受け取ってさっと一拭き。
「エステルさん、良いんですか? まだインターバルは十分にありますけれど…」
「言うべきことは言ったわ。それに結局、最後は自分で克服しなきゃね…」
やがてグスタフも発進の時間だ。深紅の竜は車輌の上で戯けて尻尾を振ってみせる。だ
が脇を別のグスタフが通過していった時、竜は冗談を止めた。その車輌に積まれたゾイド
は頭部のコクピットが滅茶苦茶に砕かれており、ゾイド自身もどうにか四肢を揺らめかせ
る程度のことしかできない有り様。パイロットの生命は言うに及ばず。そしてこのゾイド
自身も無事戦列に復帰できるだろうか。予後不良で安楽死の可能性は十分にあるのだ。そ
んな、担架とも葬列ともつかない数多の車輌が着々と山道を経由し、このブルーレ・スタ
ジアムの休憩所に続々と引き揚げている真っ最中である。
既に陽は傾きつつある。宴の終わりは近付いていた。
のっそりのっそり、消耗を極力抑えつつ歩を進める深紅の竜。三たび降り立った戦場の
地に、今朝見た面影など残されてはいない。至る所に変わり果てたゾイド、或いはゾイド
だった者達が横たわっている。間を横切るように、審判団のゴーレムがゾイドそしてパイ
ロットの安否を探るべく群がっている。
コントロールパネルを弾いたギル。全方位スクリーンに描かれた答えは、試合場を示す
地図にちりばめられた幾つかの光点。それらの殆どは黄色く輝いているが、一つだけ中央
に赤い光点が描かれていた。黄色い光点は一つ、又一つ消えていく。いつしか黄色い光点
と赤い光点の二つしか表示されなくなった時…。
「ブレイカー、ゆっくり行こう。どちらにしろこれで最後だ」
Tシャツの着替えはもう何度目だろう。急の空腹を押さえるためのビスケットも食べ尽
くした。蒸留水はボトルに若干残っているが、既に生温い。そして、額の傷…。瘡蓋は少
々むず痒いが、流石に「蒼き瞳の魔女」の施した処置だ。唐突に傷が開くことはあるまい。
勝算を一つ、又一つ噛み締めていく内に、彼方にそびえる影を少年は察知した。
一歩一歩近付いてくるそれは白銀の巨塔とも形容できる、直立した二足竜。背中に幾つ
ものヒレを有した胴体は若干前方に傾き、その上には深紅の竜の何倍はあろうかという巨
大な頭部を積んでいる。頭頂部は全体が巨大な橙色のキャノピーで覆われており、中央に
はゆったりとしたコクピット、そのすぐ下に埋め込まれているのが人の体躯程もある真っ
赤な二つの瞳だ。このゾイドはパイロットの視点など無視して別個に敵を追う天性の獰猛
さを備えているに違いない。両足は短い上に腿に至っては薄い板のようなパーツで構成さ
れているが、踏み締めるたび大地を揺らす威風からは脆弱さなど感じる余地など皆無。そ
して自らの体長程もある長い尻尾と、地面にも届こうかという不自然に長い両腕。それら
をぶら下げ、引き摺って歩む様は悪鬼羅刹の化身か。人呼んで「暴君竜」ゴジュラス…の
筈だが、この長過ぎる両腕が、本来持ち合わせる威風以上の何かを想起させてならない。
白銀の竜は背中に物干竿のような大砲を、腹部や尻尾の先端に銃器を備えている。にも
拘らず、深紅の竜が近付いても迎撃する気配を見せない。訝しむギル。結局レバーを倒し
込む気にはなれず、慎重に進むよう相棒に指示を送る。
やがて立ち止まった竜、二匹。両者の距離はゾイド十数匹程はある。砲撃も踏み込みも
思いのままだ。
「やあ、ギルガメス君。あんたが勝ち上がってきてくれて嬉しいな」
全方位スクリーンの左方に開かれたウインドウ。その主にギルは目を見張った。白地に
水色線のジャージで全身を固めた角刈りの少年。ギルはこの対戦相手に昨日会っている。
「ユリウス…?」
「おや、自己紹介もしなかったけれど、名前まで記憶してくれているとは光栄だ。ギルガ
メス君、早速だがトゥルーダを倒してくれてありがとう」
ギルガメスの刮目、ブレイカーの瞠目。白銀の竜の頭頂部で両腕組む角刈りの少年から
は、言動とは裏腹に邪気らしい邪気が感じられない。
「…君の、ファームメイトじゃあなかったのか?」
「勇ましい言動をすれば脚光を浴びる、スポンサーもつく。彼奴からは黄金虫を引き寄せ
る『カリスマ』とかいう匂いがプンプンして、辛かったよ。俺には何もなかったからな。
そんな奴を本当のカリスマが葬り去ってくれた。それも水の軍団の刺客を何人も返り討
ちにしたっていう折り紙付きのヒーローが、だ」
ユリウスの言葉に、ギルは目を剥かずにはおれない。押し込むレバーに気持ちを込めれ
ば、深紅の竜が応えて大地に己が両足の爪を刻み込む。土砂と油と鉄屑の飛沫上げ、水平
に両翼広げて滑空の開始。
白銀の巨塔は迎撃する素振りを見せない。但し両腕を鎖のごとくだらりと下げて、間合
いを計っているかのように見える。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
赤き陣風、一足一刀の間合いにまで近付いた時、時計回りに虚空を薙ぐ桜花の翼。その
裏側から広がる白刃が彩りを添え、目指すは青き火の花、散らすこと。
巨塔が、傾いた。背後に隠れた地平線さえ明らかにし前のめりになると共に、鞭のごと
く左腕がしなり、風を切り裂く。
鈍いが良く響く音。漆黒の爪に、がっちりと受け止められた翼の刃。火花の開花位置を
外され、刃を引き戻さんとする深紅の竜。全身で力むその五体を、漆黒の爪はいとも簡単
に捻る。たちまち竜は仰向けに横転。土砂が飛び散り、仰向けになった鉄塊目掛け、襲い
掛かる尻尾の横薙ぎ。透かさず両翼を地べたに叩き付け、バネのごとく跳ねて回避。間合
いが離れるや否や、白銀の竜は腹部の機銃を標的に向ける。追撃する土砂の波濤。深紅の
竜は翼を燕尾のごとく後方へ伸ばし、ひたすら間合いを離しに掛かる。
「嫌だなぁ、カリスマが逃げるなよ」
ユリウスの瞳に宿る狂気。どうにか払い除け、もとの間合いを確保した深紅の竜。
頬杖組む女教師。竜の視界がビークル備え付けのモニターにも表示されている。コント
ロールパネルを叩く彼女だが、下方に表示されたデータの貧弱さに目を疑う。チーム・ユ
リウス、通算三勝。たったそれだけだ。
「珍しいですね、腕の長いゴジュラスなんて…」
脇から声を掛けてきたのは美少年だ。神妙に、戦況を見守る。そしてそのすぐ後ろでは
取材陣の人垣が出来上がっている。朝のトゥルーダ戦以来だが…案外、静かだ。決勝戦は
マスコミ連中が予想だにしなかった(お膳立てできなかった)組み合わせということもあ
り、エキサイトする程でもないということなのだろう。それで良いと、フェイは思う。取
材陣の背後で見守る相棒の労力が省けるというもの。今はチェスでも並べるかのように腕
を組んでこちらを見守っている。
「そうね。四肢やそれに匹敵するパーツの長いゾイドには、器用さが求められるわ。ブレ
イカーしかり、ガイエンしかり。でも、ゴジュラスは本来器用さとは無縁のゾイドだから、
下手に手が長いと敬遠される」
「劣性種って奴ですか…」
無言で頷くと、彼女はマイクに向かう。
「ギル、ギル、聞こえて? 相手は扱い辛いゾイドを相当訓練して手なずけているわ。中
途半端な技では捕まるわよ」
右方へ一歩一歩、深紅の竜はカニ歩き。白銀の竜も合わせるように左回りし、決して斜
めに向こうとはしない。ギルは助言に一々耳を傾けながら、狙いを絞りに掛かる。
「ギルガメス君、俺はトゥルーダと違って地味なウォリアーだから、ファームより支給さ
れたゴジュラスも劣性種認定されて安く買い叩かれた奴に過ぎなかった。ゴジュラスだっ
ただけマシだったけどね。
特訓、特訓の毎日だったよ。おかげで他のゴジュラスには真似できない色々な技を覚え
込ませた。今日、あんた達に勝ったらもう地味とか劣性種とか言わせない。
さあチーム・ギルガメス! 我が相棒『レジェンド』の秘技を食らえ!」
カニ歩きを続ける深紅の竜の虚を突いて、猛然と尻尾を地面に叩き付けた白銀の竜。反
動で巨塔がたちまち地を這う核弾頭と化す。不意の急変、ギルの戸惑い。相棒ブレイカー
は音速に匹敵する脚力の持ち主だが、それは十分な踏み切りとマグネッサーシステムによ
る滑空能力、そして背負った鶏冠より吐き出す爆発的な推進力が揃わなければ実現不可能。
ゾイド十数匹程度分の間合いなら相手も決して不利ではない。しかも奇襲だ。ええいまま
よとばかりにギルはレバーを傾ける。
(腿狙いで中途半端の仕掛けにされるなら、奥足狙いだ)
白銀の核弾頭、そして赤き陣風の激突。不意を突かれたギル達主従ではあったが、それ
でも咄嗟に定めた狙いは十分な練習を積んでのものだ。疾走する直立歩行ゾイドの両足を、
踏み付ける程大胆に踏み込んでこそ、相手の奥足に十分なダメージを与えることができよ
う。気合いと咆哮、主従の呼吸が一つに重なり、陣風は旋風と化す。核弾頭の足下をくぐ
り抜け、反時計回りに舞い上がる砂塵。
その軌跡に、豪快に割り込んだ核弾頭。雲散霧消した旋状の砂塵。姿勢を一層低くした
白銀の竜。足下へと潜り込んだ深紅の竜は、長い胴体と両腕で完全に押さえ込まれた。右
の翼の刃はと切っ先を見れば、敵の左膝が直角に曲がって奥足を完全にブロックしている。
攻撃の失敗は、相手に好機を許すことに繋がる。ブロックした左足で猛然と蹴り込む白
銀の竜。深紅の竜は辛うじて頭部を左へ右へと避ける。コクピットを頭部に持たないこの
ゾイドが相手だからこそ、狙える攻撃。だが万が一これを喰らえばシンクロの副作用で再
び主人の額が割れる。主従を走る戦慄。深紅の竜は溜まらず両手を地につけて身を起こそ
うとするが、のしかかる核弾頭は予想以上の圧力だ。加えて、耳元で歯車が囁く音。核弾
頭の腹部に取り付けられた機銃がこちらに方向を転じようとしている。慌てて右手上げ、
払い除けようとしたがそこに隙が生じた。女教師があげた声は悲鳴とも怒声ともつかない。
「ギル、馬鹿!」
「頂き」
一方でユリウスの呟きは低く、その先に見える勝利を実感させる程重い。核弾頭が更に
低く、姿勢傾ければ深紅の竜と言えども片腕では支え切れない。すっかり地べたにへばり
ついたところ目掛け、強敵の長い腕がスルスルと肩に巻き付く。
不意に、ギル達主従の平衡感覚が狂った。地平線、徐々に灼け上がる夕陽までもが逆さ
まに見える。…両肩を掴まれた深紅の竜。白銀の竜に軽々と持ち上げられ、五体は天地逆
転の真っ最中。巨塔の腹部が、背中がうごめく。大砲が、機銃が、逆さまにされ隙だらけ
となった竜の背中に狙いを定めた時。
「レジェンド、ボム」
炸裂する砲撃、銃撃。硝煙の軌跡と共に、地面に叩き付けられた深紅の竜。白銀の竜が
スルスルと両腕を離すと、ようやく天地逆転の拘束から解放されて横たわった。もうもう
と、土煙が舞い上がる。
「ギル、ギル、聞こえて!? 意識があるなら応えて、ギル!」
「ギル兄ぃ、どうしたんだよ!? 立て! 立てってば!」
女教師が、美少年がモニターの彼方を怒鳴り付ける。一方で、周囲は騒然。たちまちビ
ークルの回りをカメラが寄ってくる。それを覆い被さるように見ていた鋼の猿(ましら)
が両腕を駆使して払い除けようと懸命だが、人垣は意地悪い。流砂のように猿(ましら)
の指をくぐり抜ける始末。
「先生? フェイ? 僕は…」
砂嵐が駆け巡る映像は、すぐに復旧した。目をぱちくりしたギル。刻印の輝きも眩い。
「兄ぃ、驚かすなよ。大丈夫、まだジャッジは…」
「貴方…慌てたでしょう?」
美少年の声を遮るように、女教師は問いつめる。ギルは肩をすくめた。
「そ、それは…はい…」
「今すぐ額を撫でてみなさい。撫でたらさっき私が言ったこと、思い出しなさい」
サングラスのまま厳しく睨むと、一方的に通信を切る。透かさず立ち上がると鬱陶しい
取材陣には裸眼で微笑み返しのお見舞いだ。眼光鋭い蒼き瞳で軒並み心中を斬り付けられ、
怖気付く取材陣。鋼の猿(ましら)には本当に微笑んで応えるから恐縮するばかり。
「あの…エステルさん?」
「ギルは今、絶好のチャンスを逃した。そこに気付けば勝てるわ」
通信が途切れ、全方位スクリーンに己が表情が映し出された時点で、ギルは唇を噛み締
めざるを得なかった。額の傷は依然、塞がったまま。先程喰らった「レジェンドボム」な
る投げ技に対し、彼は抗う術を持たなかった。最悪の状況下でそれでも深紅の竜が尽くし
た最善策は、受け身を取ること。頭部の激突を免れ、肩から落下したおかげで少年は額も
割らず、失神もせずに済んだのだ。彼は額を何度も撫でる。ほとばしる、刻印の輝き。シ
ンクロを高めつつ、遠ざかる敵を睨む。
僧衣を引き摺るかのように歩を進める白銀の竜。見ればこのゾイドの周囲には蛇がのた
うち回ったかのような跡が随所に刻まれている。
ふと、白銀の竜は停止した。器用にも首だけ傾けた時、確かに把握できた気配の正体。
…うつ伏せの姿勢に戻した深紅の竜。四つん這いになると短い両腕を立て、立ち上がる。
再び身構えた姿勢は言わずもがな、尻尾と首を地面に水平に伸ばす、あのT字バランス。
「残念、失神には至らなかったか」
当たり前だと言わんばかりに鳴いてみせる深紅の竜。一方若き主人は何度も深呼吸。努
めて自らを落ち着かせ、コントロールパネルを叩き、レバーを握り直す。灼き上がる雲を
背景に、広がる二枚の翼、六本の鶏冠。蒼炎を吐き出し彗星と化す狙いだが…。
「そうは問屋が、降ろさねぇ!」
ユリウスの雄叫び。地を蹴り込む白銀の竜。たちまち一足一刀の間合いに飛び込み覆い
被さらんとしたところで、ようやく深紅の竜は地面を踏み切る。かくて荒野に鳴り響いた
轟音は、夕刻を告げる打鐘にも似た。
六本の鶏冠一杯に吐き出される蒼炎。ひたすら低い姿勢、怒濤の勢いをもってしても、
左足で受け止めた白銀の竜はびくともしない。淡々と技を決めに掛かろうとしたユリウス。
応えて白銀の竜がのしかかろうとするが、姿勢はこのゾイドの意志とは逆を向いた。…向
かざるを得ない一撃、それは尻尾の付け根に命中したもの。翼の刃が白銀の竜の腿を越え、
一撃又一撃と浴びせられていく。徐々に仰け反る白銀の竜。
「レジェンドが簡単に揺るがない理由は足だけではない、常に尻尾をきちんと地につけて
巨体を支えているからさ。だからもっと、踏み込んでやった。さあどうだ、ユリウス!」
初めて色めき立ったユリウス。レバーを何度も揺らすが簡単には拘束が緩まない。キャ
ノピー越しに後方を睨むと歯ぎしりする。…のたうち回る尻尾。翼の刃が浴びせられ、一
度跳ね上がる毎に数メートルも巨体が下がる。もしこのまま尻尾のバランスを完全に失っ
たら、足下から崩されて一巻の終わりだ。ユリウスは正面を向き直す。
打開策は白銀の竜の懐に見えるではないか。歓喜するユリウス。蒼炎を噴出する鶏冠の
付け根の辺りには、口のような器官が塞がれている。知識の上では、ここは荷電粒子を吸
入するという器官の筈。主人の狙いに応じて竜の腹部に据え付けられた機銃がうごめく。
火花が散ろうとしたその時、悲鳴をあげたのは機銃の持ち主の方だった。一層強く踏み込
んだ深紅の竜。その勢いで、銃口は懸命に広げた鶏冠にぶつかりねじ曲がる。無惨な暴発
は白銀の竜をますます仰け反らせていく。
深紅の竜はここぞとばかりに力を込めれば全身のリミッターが高速回転。辺りに火花巻
き散らし、それが夕陽に照らされる内に、よろめいた白銀の巨塔。地面に亀裂が走り、背
負ったヒレがメキメキと折れる。衝撃が砂塵をも震わす間に、馬乗りになった深紅の竜。
白銀の竜が長い両腕を振るう前に…!
「エックス、ブレイカー!」
左右の翼が風を斬る。機銃が暴発した腹部目掛け、浴びせた最速の十字斬り。鋼鉄の肉
体に、遂に刻まれた急所の傷口。上半身を弓なりに反らす深紅の竜。
「ブレイカー、魔装剣!」
額の鶏冠が前方に展開。鋭利な短剣と化したそれを振りかぶり、放たれた弓のごとく十
字の傷に突き刺す。悲鳴をあげる白銀の竜。長い両腕を伸ばし、深紅の竜を押し返さんと
するが。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
五秒の秒読みは勝利への近道。若き主人が全て唱えたのに応じ、深紅の竜はゆっくりと
短剣を引き抜く。
「レジェンド、立て! このまま倒れて良いのか!? 俺達は伝説を…!」
白銀の竜にとっても、それは愚問だ。完全に答えられればの話しだが。やがて押さえ付
けていた長い腕が、黒い爪が、力失いすり抜けていく。真っ赤な瞳が明滅を止めたのを確
認し、初めて立ち上がった深紅の竜。若き主人は何度も肩で呼吸し、汗を拭う。…全て、
終わった筈だとは思った。では何が終わったのか。今の彼にはそこまで思い至らない。
と、不意に漏らした悲鳴は少女のよう。ギルは妙な感触が発生した左胸をさする。
深紅の竜は両腕でがっちりと、胸部コクピットを鷲掴み。しみじみと想う竜の気持ちに
応え、しばし肩の力を抜く。
沈み行く夕陽。朱色と土色に彩られたキャンパスには、微動だにしない竜のシルエット
のみが描かれていた。
山道を進むグスタフの、本日最後の積み荷は疲れ切っていた。それでも懸命に胸を張り、
左右の声援に対し立派に応えている。相変わらずガイロスコールが鬱陶しいが、手にした
誇りにくらべれば些細なこと。
だが彼らの中にあの黒衣の戦士が混じっていたなどとは、主従も思うまい。もっとも彼
らとは未だ対面の機会を得ないのだが。レガックは禍々しき義眼を輝かせ、凱旋を見送る。
「これでシナリオ通りだ…今日が暗黒の歴史を破る、記念日となる」
休憩所にはいつの間にか、表彰台が築かれていた。仰々しくカーペットが敷かれ、その
末端には優勝チームを載せたグスタフが到着する予定だ。周囲には柵が設けられ、沢山の
ギャラリーが勝者の帰還を今か今かと待ち構えている。女教師も美少年も、この瞬間は単
なる関係者として表彰台の脇に離れて見学と相成った。腕を組みじっと凝視する女教師。
反対に美少年はうろうろし落ち着かぬ様子。取材陣が取り付いてきたら一斉に睨むのは共
通の動作だが。
土煙が秋風に飛ばされ、遂に車輌の到着。ギャラリーが一斉に身を乗り出す。
ゆっくり、立ち上がった深紅の竜。全身が泥と煤に塗れてはいたが、あの異形から発せ
られる物々しさは一向に変わらない。ふわり車輌から降り立つと、それだけで沸き上がる
ギャラリー。おもむろに腹這い、開かれた胸部コクピットハッチ。現れた勝者の姿に、至
る所から息を呑む音が漏れた。
ギルが纏う純白のTシャツには、至る所に血痕が染み付いている。半日戦い続けた挙げ
句着替えを使い切ってしまっていたのだが、事情を知らぬ者からすれば何故ゾイドバトル
ごときでそこまで流血するのかと疑わずにはおれない。そして額には刻印が、未だ脈動の
ごとき明滅を止めない。輝きは大分弱まってはいるものの、余りにも鮮烈な印象はギャラ
リーが今まで見たゾイドウォリアーとは一線を画すに違いあるまい。視線が向けられた時、
誰もが彼の円らな瞳と刻印の三つ目に睨まれたような気分になる。
女教師は考え込んでしまった。実のところ、刻印について今までは大して追及されたこ
とがない。似たようなペイントなり装飾なりは、実際色々なウォリアーがやっている。し
かしいざこうやって白日のもとに晒された時、ギャラリーの印象が違うのは明らかだ。
一方美少年はと言えば、神妙なギャラリーなど気にせず独り、拍手を送っている。…そ
の行為は必ずしも目前の少年戦士にのみ向けられたものではないのだが、詳細は次回以降
のお話しである。
様々な心情、思惑を横切るかのように、ギルはカーペットを踏み締めた。時々よろめき
ながらも表彰台にまで辿り着くと、何処のお偉いさんだかわからぬ中年男性一行から表彰
状を受け取り、メダルを次々に首に掛けられていく。世界中を旅するゾイドウォリアーに
とってトロフィーなど邪魔なだけであり、余程のことでない限り表彰時に手渡されるのは
メダルだ。長いセレモニーにぼおっとしていたギル。それが一通り済んだところで、やお
ら背後を振り向く。…退屈な時間をそれでも我慢してうつ伏せていた深紅の竜。
「ブレイカー!」
まさかこの大事なイベントの真っ最中に、声を掛けられるとは竜も思っていなかった。
驚いて首をもたげた時、目前に飛んできた不思議な鉱石群に思わず口を開く。瞬く間に数
個飛び込んできたそれらの純度の高さに喉を鳴らすと、空腹時に与えられた菓子のごとく
あっさり噛み砕き、飲み干した。
ギルの背後ではお偉いさんの悲鳴が上がっている。こっそり換金とかならともかく、ま
さか記念のメダルをゾイドに喰わせるなどとは誰も思うまい。様子を見ていた美少年は腹
を抱えて笑い出す。女教師も何度も瞬きするが、やがて口元の緩みが止まらなくなり、慌
てて両手で抑えざるを得なくなった。
若き主人の思わぬ御褒美に深紅の竜はピィピィと、甘く鳴いて応える。鳴き声を聞いた
少年の涙腺はようやく、弛んだ。
「まず、クナイだ…」
地面に手向けのワインを注ぐ銃神ブロンコ。テンガロンハットを外し、左腕で胸に当て
ている。今の彼にできる精一杯の服喪の姿勢だ。
敗れ去った水の軍団・暗殺ゾイド部隊の面々に墓標は与えられない。正体も任務も第三
者に知られるわけにはいかないからだ。そこで冥福を祈る時は、戦いのあった場所に向け
て簡単な儀式が営まれる。
「ついでザリグ、マーガ…」
三本のワインがたちまち空になった。彼の後ろでは一の牙デンガン、五の牙ジャゼンが
胸に手を当て敗者への祈りを捧げている。号泣するデンガンは意を決し、話しを切り出す。
「ブロンコ様! 次は私めに…!」
「慌てるな。復讐の機会は数時間後にも見出せる」
ブロンコはテンガロンハットを被り直し、戦場へと眼差しを向ける。
「シュバルツセイバーは、チーム・ギルガメスを骨の随まで吸い尽くすつもりだ。かの猛
毒は彼奴らにとって百薬にも劣るまい。野放しにしておけば、必ずや某国の狙うB計画に
利用される。
だから今晩、最後の決戦に挑もう。疲弊し切ったチーム・ギルガメス、魔装竜ジェノブ
レイカーを必ずや彼奴らの手から奪い取り、葬り去るのだ。
最後は俺達が勝つ! 惑星Ziの!」
「『平和のために!』」
長刀が、二本鞭が、そしてAZ(アンチゾイド)マグナムが夕陽を衝く。
果てしなき復讐の刃が、夜の帳と共に襲い掛かろうとしている…。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスを慕う美少年は、背信に心痛めるのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 無償の善意は、この世には幾つあるのか。
次回、魔装竜外伝第十話『引き摺られるギルガメス』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第九話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)116-131 (第二章)133-146 (第三章)147-161 (第四章)162-175
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
176 :
◆.X9.4WzziA :2006/09/30(土) 01:01:56 ID:Cvv0TjVt
失礼、定期ageを忘れてました。
「死にさらせ〜!」
絶叫と共にミサイルが一斉発射される。
「ミサイル、計68、攻撃対象半径60m。うち8が熱源追尾式」
小型ミサイルの群れはいったん上昇し、放物線を描いて俺の周辺めがけて落下してくる。
サイドステップを繰り返して大きく避ける。
何発か混ざっていた追尾式ミサイルもこちらの回避運動に追いつけず、空しく地面に着弾
し、派手な爆発音と土煙をあげた。
すると、その土煙の中から突如ブラストもどきが飛び出してきた。こちらの回避運動を
読んで、土煙を利用して急接近したのだ。ミサイル自体は囮か。意外にやるじゃないか。
だが、この程度の戦術で俺の裏をかく事ができると思ったら大間違いだ。
腹部バルカンを一秒間連射する。狙い通りにブラストルもどきの右足すねの追加装甲が
外れる。そして外れた装甲を踏んづけて‥‥ブラストルもどきは大きくバランスを崩す。
背中に折りたたんであるカタナを展開すると、刃先を自分の目の前、突進してくるブラ
ストもどきの方に向ける。
「霞封じ」
瑞巌流の刀法の一つだが、これは斬る技ではなく、投げ技である。
ブレードの峰の部分をブラストもどきのアゴの下にさりげなく入れる。そのまま斜めに
軽く持ち上げてやると、それに合わせて相手の身体全体が大きく一回転半する。そのまま
俺の頭上を通過して後ろの地面に激突し、派手な土煙をあげながら滑っていって、コロシ
アムの壁に激突して停止した。
完全に動く気配はない。投げ飛ばされた衝撃で、パイロットは気を失っているはずだ。
「試合終了! 勝者、アレス・サージェス!」
観客には“外れた装甲を踏んづけて、勝手にふっ飛んだ”ようにしか見えないだろう。
大爆笑の渦で騒がしい観客席を尻目に、俺はゆっくりと控室に戻っていった。
翌日、朝刊のスポーツ欄には「新進気鋭の○○、流れ者のゾイドファイター・アレスに
負けた。○○は卑怯な手で負けたと語り、報道陣の前でリベンジを誓った」と書いてあっ
た。ただし見出しには大きく『自爆!!』の文字が踊っている。
可哀想に、今までは格好良くキメてたんだろうに。これにてめでたく、彼はこの町一番
のピエロに決まった。
朝食をすませると、俺はホテルを出て市街中央に向かった。目的地は治安局だ。
受付で、捜査課のジェイコブ巡査に面会を申し込むと、すぐに中に通され、オフィスの
一室に案内された。
「やあアレス、昨日の試合は”まぐれで勝った”んだってな」
「やあジェイコブ、久しぶり。元気そうで何よりだ。課長に昇進したのか、おめでとう」
俺の前には、50手前のやや太り気味の黒人が立っている。この男には昔、ある事件の
容疑者に間違えられ、逮捕されそうになったことがある。その時に真犯人逮捕に協力し、
貸しがあった。
久しぶりの硬い握手をした後、俺はさっそく用件を切り出した。
「今日きたのは他でもない。また犯罪データベースを見せてほしいんだ」
「協力したいのはやまやまなんだが、最近はコンプライアンスがうるさくてね。部外者に
見せるのは駄目なんだとさ」
「ふーん、ブラウンシティでシンディちゃんのサイン貰ってきたんだが、どうしようかな」
なんとこのおっさん、いい年こいてネットアイドルおたくなのだ(もちろん職場では内緒
にしている)。
「そんなこと言ったって駄目なものは駄目だ。
ところで、のどは乾かないか?今コーヒーを入れてくるからちょっと待っててくれ。
俺のいない間に勝手に机の上を触るなよ」
と言うと、そそくさと部屋から出ていった。机の上には簡易型の情報端末が置いてある。
既にパスワード入力済みで、自由に使えるようになっていた。
(すまんな)
心の中で軽く礼を言うと、キーボードを叩いてメインデータベースにアクセスする。
治安局には優秀な人もいれば、そうでない人もいるが、組織としてはかなり優秀である。
各国や各町の治安局は犯罪に関する情報を共有し、犯罪抑止や犯人の早期逮捕に活用し
ている。このため惑星全土の治安局はデータを共有し、さまざまに収集された情報を分析
し、推測も含めて系統化し、次の犯罪の予測までやってのける。
データは随時更新されるので、俺は定期的にあちこちの治安局を訪問し、データベース
を閲覧し、情報が更新されていないかチェックしているのだ。
俺が見たいのは、ただ一人の犯罪者の記録。
『フランツ・バインニッヒ』
2086年、ガイロス帝国ヴァルハラで生まれる。
祖父はガイロス帝国技術局の科学者。
2102年、家族一同で西方大陸に移住。同年、名前を変えて東方大陸に亡命する。
2105年、ガイロス帝立大学医学部に入学、更に数年後にゾイド工学部に転部する。
2108年、卒業間際に帝國情報局に正体がばれ、極秘に監視下におかれるが、監視に気づき、
逃走。以後数年間は行方不明。
2108年、偽名を使い、中央大陸で教師の資格を取る。以後数年間、大陸各地の幼年学校
を転々とする。
2109年 北エウロペ大陸某町で発生していた連続行方不明事件の容疑者として名前があ
がる。地元治安組織で捜査を続け、同氏の研究室を家宅捜索したところ、大量
の死体と正体不明の研究機材を押収する。
本人は既に逃亡した後で、全国に指名手配される。
2110年 南エウロペ大陸で地元住人からの通報があり急行するも逃げられる。研究所か
らは死体と複数のゾイドの部品を押収する。
以下、似たような事件の情報がずらずらと羅列されている。
最後に『追補記:裏社会にD.F(ドクトル・ヒュンフ)と呼ばれるゾイド工学および医学両面で
マイスター級の科学者がおり、当該指名手配犯と同一人物の可能性あり』と書いてある。
だが、ここ一年以上、それらしい人物の目撃情報すら、更新されていない。
この中に、人体実験の被験者になり乍ら生き残った少女と、実験体として押収された
コマンドウルフについての記述はない…
カンウは吸収したバイオ粒子砲のエネルギーを自らの“気”に変換させ、続けて両腕に
その気を集中させた。
「これがマオ流気功飛砕拳だぁ!」
マオ流気功飛砕拳。それは己の気を一点に凝縮して打ち出す技である。そして今もまた
カンウの両腕から放たれた気功エネルギービームはバイオティラノ軍団を巻き込みつつ、
後方に控えるディグの左脚部を消滅させる力を見せ付けた。
「よし!あともう片方も破壊して完全に逃げられなくしてやろうぜ!」
「次は私が行きます!」
今度はカンウの背後上空から現れた大龍神がディグへ突っ込んだ。そして両翼と背中の
ノコギリ状の物体が輝きながら高速回転を開始する。
「斬鋼光輪ビームスマッシャー!右脚も持ってって下さい!」
大龍神から発射された丸ノコギリ状になった高エネルギーの固まりはディグの右脚を
後方の山ごと切り裂いていった。
両足を完全に破壊されて立ち往生するディグであったが、ゴディアスは戸惑う様子は
無かった。
「おっとっと、中々やるみたいだな。さて、それでは私が直接彼らを出迎えるとしよう。」
ゴディアスがブリッジを出てディグの艦板に立つと、眼前にはカンウ・マジン・大龍神・
空龍魔の四機が睨みを聞かせていた。
「お前の家来は全部倒したぜ。さあ、これで負けを認めろ。さすればオレ達だって
手荒な事はしない。」
マオーネが先頭に立って警告を行った。しかし、ゴディアスの返答は全く違う物だった。
「凄いな君達は・・・。だってそうだろう?何たってあれだけの数のバイオティラノを
倒してしまうのだから。どうかね?私と手を組んで世界制覇を目指してみないか?」
「なぬ?」
突然のゴディアスのヘッドハンティング行為に四人は一斉に眉を細めた。
「私の力と君達の力が一つになれば、この戦災で混乱した世界など簡単に征服出来よう。
どうかね?」
「悪いな・・・。俺ぁ支配者なんてガラじゃねーんだよ!」
直後、カンウは右腕のバイオクラッシャーを振り、ゴディアスを一刀の下に両断した。
そのスピードと破壊力はゴディアスが立っていたディグさえ真っ二つにする程だった。
「これで全ての戦いは終わった・・・。」
「まあ君らの常識ではそうだろうね?」
「!?」
何と言う事か、ゴディアスは生きていた。真っ二つにされているにも関わらず。
「な・・・なんで・・・。ま・・・真っ二つにしたってのに・・・。」
「まあ確かに真っ二つにされてもなお生きている者はいないだろうね・・・。普通は。」
するとゴディアスが粉状に変化した。そして粉末状になったゴディアスが再び人の形を
形成するが、その容姿は先程の物とは全く違い、若者の姿だった。
「とまあこれが私の力って奴だよ。私は決まった形を持たない。その代わり様々な形に
変化させる事が出来る。ディガルドのジーンそっくりの姿になって彼の影武者を演じて
来たのもその力を使っての演技だったってワケ。それだけじゃない、遥か以前から
その時々の気分によって色んな物に姿を変えてきた。ある時は弁当屋のおじさん、
ある時は近所の野良猫、それまたある時は電信柱・・・。」
ゴディアスはそう言うと共に己の姿を様々な姿に変えた。老若男女や生物無生物関係無く
様々な物に自由自在に姿を変えていたのである。
「なんと・・・バケモノかコイツは・・・。」
「妖怪?」
「バケモノ、妖怪・・・ねぇ。まあ確かに君達にはそう見えても仕方ないかもしれないね。
なんたってこんな事も出来るのだから・・・。」
今度はごく平凡な女性の姿になっていたゴディアスが空中に手をかざすと何も無い空間
から斧が現れ、それを掴んでいた。その光景はマジンが暗黒超空間から暗黒如意棍槍を
取り出す行為に似ていたが、空間をコントロールしたようには思えなかった。
「とまあこんな感じ。私は無から有を作り出す事が出来る。」
「無から有を・・・だと?」
「貴方本当に魔法使い?」
四人は唖然としていた。無理も無い。ゴディアスが行っていた行為は紛れも無く種も
仕掛けも無い本当の奇跡に思えたからである。
「見ただろう?私に出来ない事は無いのさ。無論、人々の傷や病気を治す事も自由自在。
敵である君らは私の事を物の怪の類と見るかもしれない。しかし、人々はこの力を持つ
私を神と呼んだ。」
「そ・・・そういえば・・・。」
ミスリルはバイオティラノ軍団との戦闘前にゴディアスの部下がそれらしい事を言って
いた事を思い出した。
「ほ・・・本当に私達は神様と戦おうとしてるのかもしれない・・・。真っ二つにされても
死なないし、魔法の様な事が出来る・・・。こんな・・・。」
「私が何故こんな力を持っていたのかは分からない。でも、こんな時代だろう?こんな
地獄みたいな世の中じゃ人々が神を求めるのも無理は無い。ならば人々の期待通り私は
神になろうと思った。いや、私こそ真の神だ。この混沌とした世界を救えるのは奇跡の
力を持った私だけだ。と、考えたがその為には何をすれば良いだろうか?その結果私が
とった行動は先程見せていたジーンそっくりの姿でジーンの影武者としてディガルドに
召抱えてもらい、そこで神として人々を救う為の前準備として人々を治める為の知を
学ぶ事だった。もっとも、その時は実力を隠して普通の人間として振舞っていたがね。
何しろ私の力をジーンに知られたら大変な事になる。だから私は本当に信用出来る
部下にしか見せない様にしていたのだよ。」
するとゴディアスはマオーネらに対して手招きする動作を取った。
「で、どうかな?もう一度言おう。私の下で神の兵として働かないか?君らのその
素晴らしい力に加え、規格外の戦闘力を持ったゾイド・・・。一介の旅人で終わらせるのは
惜しい。実に惜しい。いや、こんな時代にそれだけの力を持った者が何もしないなどと
言う事は許されない!」
「う・・・。」
ゴディアスの言葉に皆声が出なかった。やはり彼の奇跡の力を見せ付けられては
仕方の無い事かもしれなかった。
「やはり・・・神なのか?こいつは・・・。」
『いや、違うな。』
突然否定したのはカンウだった。それにはマオーネも呆れてしまった。
「まさかアレも古代技術のうんたらこーたらとか言うんじゃないだろうな?そりゃ
幾らなんでもアレだぜ!?あんな魔法みたいな事が出来るワケ無いじゃないか!」
『昔、こういう言葉があった。“高度に発達した科学は魔法と見分けが付かない“とな。
その昔この星で誇っていた文明はお前達が思っている以上に高度で奥深い物なのだよ。』
「じゃ・・・じゃあ・・・あれは一体どういう原理なんだよ!」
『ピコマシン。』
「ぴこ・・・何?」
突然カンウの口から出た意味不明の単語に皆は唖然とした。
『簡単に言えばミリメートルよりも遥かに微小な機械の事だ。その昔は科学の発達に
並行して様々な機械の小型化技術が進んだ。例えばゾイドの腕や脚を動かす技術が
人間の義手や義足にも応用されたり等様々だ。そしてついに人々はミリメートル以下の
領域にまで手を伸ばした。それはマイクロマシン、ナノマシンとどんどん小型高性能化
して行き、ピコと言うさらなる微小サイズのマシンとして作られたのがピコマシンだ。』
「何か分かるような・・・分からんような・・・。」
カンウも頭を絞って分かりやすい様に努力をしているつもりであったが、やはり土壌に
ある技術水準的な問題もあってマオーネらには理解が出来なかった。
『マイクロマシン、ナノマシン、ピコマシンと言った技術は開発そのものには超高度な
技術を要したが、一度完成すればまさにその利用用途は無限大だった。生物の体が
多数の細胞の塊である様に、それを一つに集合させて物を作り出したり、さらにそこから
配列を組み替えて別の形状に変化させたり、人体に注入して病原菌を駆除する等、
例を挙げるとキリが無い程だ。』
「で、それが奴とどう関係が・・・って・・・はっ!」
マオーネはそこでやっと気付いた。カンウが挙げた例は確かにゴディアスの見せた力に
類似していたからである。真っ二つにされても平気だった事、粉末状になった後で
再び人の姿に戻った事、その後で様々な物に姿を変えた事、ゴディアス自身が
その力で人々の病気や怪我を治した事などがまさにそれだった。
翌日から3日続けてコロシアムで試合をした。対戦相手はどれも似たりよったりで、特
に強い相手とは出会えなかった。とはいえ、一方的な試合をすると主催者からも観客から
も嫌われる。お互いに全力を出し合って勝敗を決する方が、観客ウケが良い。相手にも十
分に攻撃の機会を与え、こちらが劣勢で負けそうになりながらも最後に辛うじて逆転勝利、
という筋書きですべて勝った。これは単純に勝つより、何倍も難しい。演劇ではないので
相手選手との事前の打ち合わせなど全くない。全てはアドリブ。
最初は地元新聞や観客から敵視される雰囲気だったのが「白熱した好試合」を続けるう
ちにだんだん俺の実力を認める雰囲気に変わってきた。
そして、この街で5試合目、予定していた最後の試合に俺は挑む。
ところが、今朝になって急遽、対戦相手が変更になった。しかも相手はこの町のチャン
ピオンだという。
ノンタイトルとはいえ、これは珍しい。チャンピオンというのは、街にとっては強さの
象徴、ヒーローである。勝ってあたりまえ、負ければ大恥、流れ者との試合が組まれるこ
となど滅多にないはずなのだが…
「どうする?棄権するか?」
マッチメーカーのマオリが質問してくる。試合が流れたらこの男も困るだろうに、正直
な人だ。よく聞けば、相手は勝つためには手段は問わず、特に目潰し(粘着弾によるセン
サー潰し)や、チェーンを投げつけて足の自由を奪うなどのラフプレーが得意で、今まで
も多くのゾイドファイターを再起不能にしているという。
俺にとってはむしろ望むところだ。
「よう、アレス君じゃないかね」
廊下で声をかけてきた人物がいた。見知った顔だ。ライツという、流れのマッチメーカー
である。
革シャツに穴あきジーンズ、サングラスに無精髭、いい年こいてロン毛と、ちょい悪
オヤジを気取ったスタイル。馴れ馴れしい口調もいつも通りだ。
「今日はこれからチャンピオンとバトルだって?大変だねぇ。
うちの『インドラ』に乗りたくなったら、いつでも言って呉れ給へ。なあに、君と俺の
仲じゃないか。もちろん金なんかとらないよ。うちのチームに入ってくれるだけでいいか
らさぁ」
以前からこのおっさんは俺のことを自分のチームにスカウトしようと、顔を会わせる度
に誘いをかけてくる。悪い話じゃない。このチームに所属しているファイターは全員ベテ
ラン揃い、メカニックマンの腕も確かだ。なによりレア度の高いバーサークフューラーの、
しかもカスタムタイプを複数所有しているのだ。だが、その潤沢すぎる資金ルートも含め
チームにもおっさん自身にも不明瞭な点が多い。
どのみち、俺はユーリ以外のゾイドをパートナーにする気はないし、特定のチームに縛
られるつもりもない。
適当に世間話をしてごまかして、俺は控室に急いだ。
ふと振り向くと、ライツ氏も反対側へ歩いて行くところだった。男は背中でモノを言う
と誰かが言っていたが、後ろから見ると体格の良さがよく分かる。肩から背中にかけての
肉のつき方が尋常ではない。しかも、全く隙がない。このまま背後から襲いかかっても何
らかの方法で反撃されるだろう。普段はへらへらしてるくせに。全くもって正体不明の人
物である。
いかんいかん、自分の試合に集中せねば。改めて控室に急いだ。
スタジアムの上空は相変わらず墨を流したような曇天。今にも雨が降ってきそうだ。
俺はすでにスタジアム中央でスタンバイしている。相手コーナーから1機のセイバー
タイガーが近づいてくる。背中にはミサイルポッドとブースター、スタビライザーらしき
羽根もついている。
セイバータイガーATと呼ばれるカスタムタイプだ。
テーマソングに合わせてスタジアムに入場するチャンピオンに、観客席からは拍手も
歓声もなく、中にはブーイングしている連中もいる。
コクピットに乗るのは二十代半ばかと思われる男性。短く刈り揃えた髪。顔は大きい
サングラスに隠れて分かりにくい。着ているのは黒を基調としたパイロットスーツだ。
お互い、10mの距離まで近づく。
「はじめまして、チャンピオン。今日はおてやわらかに願います」
「こないだは弟が世話になったな」
チャンピオンがゆっくりサングラスを外す。そこにある顔は見覚えがあった。この街で
最初にバトルした相手、あの生意気な若造にそっくりだった。
「なるほど、仕返しという訳か」
「いや、ちょっとちゃうで。あんたと真剣勝負がしたいだけや」
まだ何か言おうとするが、フィールド全体にバトル開始を知らせるサイレンが流れる。
お互いのゾイドを一歩、後ろに下がらせて間合いをとると、シートベルトを締めてキャ
ノピーを閉じる。
その瞬間、鋭い爪がコマンドウルフの頭部に襲いかかってきた。間一髪で左にステップ
して避ける。早い!開始直後の奇襲は攻撃としては定石だ。もし向こうが仕掛けてきたら
カウンターをお見舞いしてやろうと思っていたのに、予想外の速さに反射的に退がってか
わすので精一杯だった。
「アーくん、通常の武器しか装備してないよ」
「何だと?」
予めユーリには、チェーンや投網などの隠し武器がないかチェックするよう指示して
おいたのだ。勿論、隠し武器自体は反則にはならない。なんとなく正々堂々でないというか
卑怯というイメージがあって観客からは嫌われるため、使用するファイターが少ないだけだ。
とはいえこれは予想外だ。ラフプレイが得意じゃなかったのか?
ユーリと会話している間もバトルは続いている。
爪で襲い掛かってきながら、少し距離が空くと背中のビーム砲などで攻撃してくる。
こちらは或いはかわし、或いは凌ぐ。定石通りの攻撃だ。それゆえに隙が見つからず、
反撃の機会が作りにくい。
整備用無線に通信が入る。
「あんた、やっぱり今まで手ぇ抜いとったんやな」
「何だ、こんな時に」
「弟はな、あんたと試合してから、めっちゃヘコんでんねん。
そらまあ兄貴の俺から見てもアホな弟やけどな。小さい頃からやんちゃばっかりしとったし。
俺等のお父んは飲んだくれやし、お母んは愛想つかしてとっとと家を出てしもた。この
方言のせいで学校でもいじめられたわ。俺ら兄弟、悪いことでも何でもやった。せやけど
な、そうでもせんと生きていけんかったんや。
俺がゾイドバトルでチャンピオンになって、人並の生活もでけるようになって、やっと
世間の連中も俺らのことを評価するようになってきた‥・はずやった。
弟も俺の真似してゾイドバトル始めよって、あの通りのアホやから調子こいて好き勝手
やりまくって。せやけど周りの連中は「おもろいおもろい」言うておだて上げたもんやか
ら、ますます天狗になってやりまくっとった。
せやのにマスコミやら何やら、あいつが負けた途端に手のひら返してボロクソに言いや
がって!」
喋っている間も攻撃の手が弛む様子はない。
「アンタの実力はよぉ知っとるで。数年前に来た時にも見たわ。あん時もめちゃめちゃ強
かったけど、更に強よぉなっとるな。動きに無駄がないわ。せやのに手ぇ抜いとるせいで、
誰もアンタの実力がどれほどのもんか、分かっとらん。アンタの強さが分からんから、
弟も自爆したみたいに言われるんや。
アンタの強さを全部見したってくれや!弟はアンタに試合で負けたんや。そのことを証
明したる」
「ひとつ聞いていいか。チェーンなんかが好きなサド野郎だって聞いてたけどな」
「あれはスポンサーが“目立つからやれ”と言うからやってるだけや。あんなもん、実力
ある奴に通用するかい!」
相手の覚悟のほどはよく分かった。本気の相手には、本気で応えてやらねばならない!
例によってビーム攻撃がきた時、回避するために斜め前に大きく跳び…そのまま、相手
の横に移動する。残像が残って、傍からはあたかも分身したように見える。仰天した観客
から大きなどよめきが湧き起こる。
そのまま相手の斜め後ろから体当たりをする。不意を突かれたタイガーは横倒しになる
が、直ぐに立ち上がる。
剣術のみならず、足運びはすべての武道の基本であるが、これは更に特殊な技だ。瑞巌流
では「狐雷(イズナ)」と呼んでいる。師匠がエウロペ東方の民族舞踊の足運びを参考に編み
出した技で、足裏の抵抗を限りなく零にし、地面を滑走する。体重移動の加減が難しいが、
俺はこれで50mを一気に移動できる。
「下郎、推参!」
叫ぶと相手の背中に乗っかり、タイガーの背中に装着されたアタックユニットをバイト
ファングで咥えると、思いっきり引っ張る。派手な音を立ててアタックユニットは取り付
け基部から引きちぎられ、スタジアムの反対側まで吹き飛ばされた。続いてウルフの前足
は、タイガーの両肩のビーム砲を踏んづけ、叩き落とす。
こちらを振り落とそうとタイガーは激しく動き回るが、こちらはしっかりと背中に乗っ
て離れない。しばしロデオを楽しんだ後、相手が疲れて動きが緩慢になったところを見計
らって、するりと飛び降りる。
もう一度、横から体当たりをかけると、タイガーは簡単に転んだ。すかさず腹部の3連
装衝撃砲を咥え、むしり取る。慌てて飛び起きるタイガー。だが、もう遅い。
相手は完全に息が上がってしまっている。既に飛び道具は、ない。
「まだやる気か」
「あたり前や。初めから勝てるなんて思うとらんわ。せやけどな、俺は兄貴やねん。兄貴
として、あいつに何かしたらなアカンねん」
腹の底からふりしぼる、魂の絶叫。気持ちはよく分かる。俺には兄弟はいないが、ユーリ
とは物心ついた時から兄妹のように育ってきた。ユーリのために自分が出来ることがある
なら、何でもする。今までも彼女の自由を取り戻すために、命を懸けて戦ってきた。そして、
これからも‥・
突如、タイガーが涙を流した。否、涙を流したように見えた。ゾイドはパイロットと一心
同体。パイロットが泣けば、涙腺がなくてもゾイドも泣く。
飛び道具がない以上、相手の攻撃は格闘戦しか残されていない。加速をつけて疾走して
くる。一見無謀とも思える突撃だが、加速こそ最大の攻撃であり、最大の防御でもある。
普通のファイターなら遠近感を誤って逃げ損ない、その鋭い牙の餌食になっているところ
だろうが‥‥
俺はぎりぎりまで引きつけると、相手の背を踏んで跳ぶ。いわゆる八双跳びでタイガー
の背後に降り立つ。慌ててこちらを振り向くタイガー。だが、その動作によって加速が停
まっている。
背中にあるは備前長船の鍛えし39尺6寸の業物。そのカタナを後ろに回すと、両足に
力をため、一瞬で開放する。溜め込まれたエネルギーは足下で爆発し、加速力に変換され
る。相手の右側をすれ違いながら、カタナを素早く反時計回りに回転させる。
そのまますれ違うと、お互いに背中を見せたまま、動きが止まる。
だが、俺はすれ違いざまに十分な手ごたえを感じていた。
「浦ノ浪」
セイバータイガーの4つの足が途中からぽっきりと折れたようになり、胴体がどさりと
フィールド上に転がる。
胴体だけで必死に立とうとしているが、もはや自力で動くことはできない。
「試合終了! 勝者、アレス・サージェス!」
歓声に包まれるスタンド。だが、俺達にとってはそんなものはどうでもいい事だ。
「これでいいのか?」
「おおきに‥・」
翌朝、まだ夜が明けきらないうちに宿泊先のホテルをチェックアウトする。グスタフに
荷物を積むと発進させる。このまま次の街へ移動するつもりだ。昨夜もチャンピオンを破
った俺に対してメディアの取材が遅くまで続いていた。
(本来なら年間最多勝利数のタイトルホルダーなんだから、最初からそういう扱いでも
おかしくないのだが・・)
不愉快なことといえば、記者から「チャンピオンは弱かったか?」としつこく質問された
ことだ。ふん、要はあの目立つ兄弟を叩きたいわけだ。今までさんざん持ち上げて記事の
ネタにさせてもらってたくせに、今度は用済みでゴミ箱行きのネタにするつもりか。反吐
が出る。俺の口から「あいつ大したことないね」と言わせたかったんだろうが、外道の
片棒を担がされるのは真っ平御免だ。「あのチャンピオンは素晴らしいファイターだ。私
が勝ったのは運が良かったから」という型通りのコメントに終始した。
このままでは下手をすると数日間は抑留状態になりかねない。俺を狙っている連中は山
ほどおり、一箇所に長く居座ると面倒なことになる。
朝の市街地は静かだ。動いているのは牛乳配達と野良犬くらいしかいない。俺もその
野良犬の一匹か?思わず自嘲する。
だが、市街地を抜けたとたんに、複数のゾイドに囲まれた。
数機のモルガと、リーダーらしき一機のシールドライガー。
「見つけたぞ、アレス・サージェス!ここがお前の墓場だ!」
シールドライガーに乗っているのは、とある街の元チャンピオンである。俺に負けて街
に居れなくなったとかで、執拗に俺を追いかけては勝負を挑んでくる。
「どうするアーくん、たまには相手してあげたら?」
「アー君て呼ぶな。そんな面倒くさいこと、やってられるか。とっととずらかるぞ」
そのままグスタフを加速させて、その場をつっきる。目の前の不運なモルガが一機、跳ね
飛ばされた。
コマンドウルフからスモークディスチャージャーの土産を置いてやったのは言うまで
もない。
「ばいば〜い、またね〜〜」
二人の旅はまだ続く。
『先程何も無い所から斧を作り出したのも、ピコマシンの持っていた性能に該当出来る物
がある。それは“物質変換”機能だ。空気中に存在する元素を分子変換させて斧を形成
したと言うワケだ。』
「と言う事は・・・、奴は神じゃない!」
『まあ正確にはそうなるな・・・、だが、技術水準の低いこの時代の人間が見れば紛れも無く
神の業に見えてしまうだろうな。少なくともちょっと強いだけで神を名乗る輩よりかは
随分と説得力がある。だが所詮はピコマシンだ。神にはなれん。』
その時だった。カンウ目掛けて巨大な斧が振り下ろされた。
「うわぁ!びっくりしたぁ・・・。」
何とか回避し胸を撫で下ろすマオーネだったが、眼前には怒りの混じった顔をした
ゴディアスがカンウを睨みつけていた。しかもその時の姿は明らかに恐ろしい物だった。
何しろ右腕だけが巨大になり、その巨大な斧を掴んでいたのである。
「私こそ神だ・・・。見たまえ、こんな普通ならあり得ない事も自在に可能なのだ私は。
この力こそ神の力なのだ!」
『違うな。先程説明したピコマシンの空中元素物質変換機能やピコマシンそのものの
配列を組み替える機能を使えば十分に可能な事だ。』
「違う!」
今度は左腕が巨大化し、続けて指から伸びた巨大な爪でカンウに襲い掛かった。カンウは
バイオクラッシャーで受け止めるがその攻撃は重く、踏ん張る両足が若干地面に沈んだ。
「うぉ!何て速く重い攻撃だ・・・。」
「私は神だ・・・。この奇跡の力で世界を救う神なのだ・・・。」
『いいや、確かにお前は今の時代の人々にとって神にも思える力を持っているのかも
しれん。だが、その実態はかつての文明の技術が生み出した物の一つに過ぎん!
ゾイドの存在やハガネの娘、ミスリルが機械の体を持っているのも、我が
こうして人と会話する事が出来るのもそうだ!』
今度はカンウが尾をゴディアス目掛け突き上げた。しかし、ゴディアスは自身をピコ
レベルに分解して回避、ディグからやや離れた場所にある岩山の上にて再構成した。
「何を言おうと私は神なのだ。見たまえ!私は少しもダメージを受けては・・・ハッ!」
その時ゴディアスは突如として何かに驚き、思わず後ずさった。
「おい・・・一体どうしたんだ?神様なんだろ?」
「あ・・・あ・・・あれを見ろぉ!」
拍子抜けする皆だが、ゴディアスが指差す先にその原因はあった。
「一体何に驚いて・・・ってうぉぉ!」
カンウ・マジン・大龍神の三体は一斉にその場から跳び退いた。なんとデモンが空龍魔
ごと燃え尽きたように真っ白になっていたのである。
「大龍神の可愛いパイロットさん・・・き・・・機械だったの・・・?そんな・・・そんな・・・
信じてたのに・・・信じてたのに・・・。」
「・・・。」
真っ白になりながら、大量の涙や鼻水を垂れ流すデモンの姿は近寄り難い、いや、
近寄りたくない妙な雰囲気を放っていた。
「ば・・・場所・・・変えませんか?」
「お・・・おう・・・。これだけは俺も同意するぜ・・・。」
余りにも気まずい雰囲気に戦いどころでは無くなってしまい、結局デモンと空龍魔を
置き去りにして皆は場所を変える事にした。
それから、カンウ・マジン・大龍神とゴディアスはデモンの発している気まずい雰囲気が
及ばず、かつ戦闘に適した場所を求めて移動していた。そんな時にミスリルがカンウに
通信を送っていた。
「私って、その昔にあったって言う文明の技術で作られたんですね?」
『ですねって・・・、自分の機械の体から見て気付かんものかね?』
「まあ記憶喪失ですし・・・。」
『お前いつもそうやって記憶喪失を理由にするな・・・。』
カンウは気まずくなっていたが、ミスリルは再度言った。
「と言うか、貴方は私について知ってるんですか?」
『ん?ああ、そうだ・・・と言うか知り合いだったんだがな。だが、我が教えた所で
今の記憶を失ったお前には理解の出来ない事だろう。ならば自分の力で記憶を取り戻して
行く方が意味があると思うがな。』
「そうですか・・・ちょっと残念な気もしますけど・・・がんばります。」
ミスリルはあっさりと納得していたが、マオーネはまだ解せない所があった。
「とにかく偶然・・・ってワケでも無さそうだな。お前が俺ん家の事に妙に詳しかったり。」
『だとしたらどうする?』
「さあね。それよりあのゴディアスって奴を見ろよ。」
皆は側面にいるゴディアスの方を見た。なんとゴディアスの背には翼が生えており、
それで飛行していたのである。
「あんな事も出来るのか・・・まあ出来ても可笑しくない様にも思えるが・・・。」
『確かにピコマシンの技術理論ならば普通に可能な事だ。だが一つ解せない部分がある。』
「解せない部分?」
『それは人並みの知能に“確固たる人格“、いや、どちらかと言うと”心“だろうか?
とにかく、そういった物を持っている点だ。』
「それがどうかしたのか?それならミスリルだって同じだろ?下手な人間よりも
人間臭い時あるぜコイツは・・・。」
『まあ細かくは割愛させていただくが、実は機械に心を持たせる行為が実はこれが
かなり困難でな、相当な技術が必要になるのだ。と言うより先史文明人は機械に心を
持たせる技術にはあまり積極的に取り組まなかったと言うべきか。』
「そりゃまた何で?」
『効率が悪いからだそうだ。人間並に心を持たせると、今度は人間並に失敗をしたり
するのではないか?と判断されたのだ。あっても精々が擬似人格をプログラムされた
玩具規模の物くらいだ。故に我が知り得る限りでは真に人間らしい心を持つ
機械はSBHIシリーズ、即ちミスリルのシリーズのみだな。』
「なるほど・・・、あのディガルド機械兵に使われいてた人の魂を封じ込める装置の
存在も関係していそうだな。」
『ほぉ、中々賢いな。確かにその技術の存在も機械に心を持たせる技術の発達を阻害した
原因の一つなのだが・・・奴はそれとも違うような気がする。』
皆はなおも飛び続けるゴディアスを睨み付けた。
『奴は一体何者だ?ピコマシンの集合体と言う事は分かるが・・・。それとも単純に我が
知らない技術で作られられたというだけの事なのか・・・?』
と、その時マオーネがカンウのコックピットパネルを軽く叩いた。
「んなどうでも良い事何時まで気にしてんだよ。アイツが俺等を潰す気なら潰し返す
のみだ!俺等だって死にたくは無いからな!」
『そ・・・そうだな・・・。』
それから一山越えた後に戦闘に適した荒野があった為、そこでアンノウントリオと
ゴディアスが相対し、睨みあっていた。
「先程の君達の話を少し聞かせてもらったが、実に下らないな。何を言っても私が
神と言う事実を否定する事は出来ないと言うのに・・・。」
移動している間に何か思う所でもあったのか、ゴディアスは完全に開き直り、
同時に冷静さを取り戻していた。
「お前にも聞こえていたのか・・・。」
「これが神の力だよ。」
『なるほど、ピコマシンをこちらに飛ばし、それを通じて通信を傍受していたと言う事か。』
と、カンウが冷静に検証した直後にゴディアスの右腕が大砲と化し、そこから放たれた
光弾がカンウ目掛けて放たれていた。まあ左腕であっさりと払い除けていたが・・・。
「君も本当にしつこいね。そろそろ認めたらどうだい?私は万能なんだ。万能こそが
神の力とは思わないかい?だが、君の言う古代文明とやらの存在までは否定するつもりは
無い。昔そういう文明があったと言う事ならソラの人から聞いた事があるしね。それは
そうとして、どうかな?その力と知識・・・、世界平和に役立てては見ないか?」
まだゴディアスはヘッドハンティングするつもりでいたようだ。それに対し、カンウが
両手の爪をガンガンと音を立ててぶつけ合わせていた。
「ハイハイ、そんなに世界救いたいなら勝手にやってれば良いだろう?俺等まで
巻き込むなっつの。放っておいてくれりゃあこっちも別に何もしないってのに・・・。
おらお前等、帰るぞ。」
「え?あ・・・ああ・・・。」
カンウは180度反転し、マジンと大龍神の背を軽く叩いて帰ろうとしたその時、
後方に高エネルギー反応を感知した。
――ヒトの本質は悪かもしれない。
そして、ヒトは愚かであるかもしれない。
それでも、『もしかしたら』という希望を捨てられない存在であることこそ
彼らを正しき未来へ導く意味での『希望』なのではないだろうか。
(暗黒大陸北部・古代都市トローヤ遺跡地下より発掘された碑文)
喪失の悲しみは、女神を心の殻に閉じ込めた。
イヴは僅かに生き残ったゾイド人達―この頃から、彼女は彼らを『人間』という名で
記憶媒体に刻んでいくこととなる―に対しての介入を避け、観測行為さえ一時的に中断
して時を過ごすようになる。一時的とはいえ、その期間はおよそ2000年に及んだ。
忌まわしい機械仕掛けの天使、セフィロトを彼女は廃棄してしまった。どんなことが
起きようと、これを使いはするまいという決意があった。廃棄されたユニットはそれ
ぞれ数千年後に再び力を振るい、破壊されることとなるのだが――それは別の話だ。
焼き尽くされた世界が色を取り戻す間に、後の世に言うZAC歴が始まる。
女神がただ眠るうちに新たな文明が興り、彼女の本体を中心に街が出来ても、暫くの
間は気付かなかった。時間の束縛し得ないイヴが、遅い目覚めに際して軽い驚きを伴っ
たことは否定のしようもないだろう。目覚めたら自分を中心に新たな街が出来ていた、
という状況を想像してもらえれば解る。
悲しみを引きずりつつも、未だ彼女は自律知性。気分の切り替えは人間より幾分か容易
く、一度経験したことには驚かない。新たな人の営みを見て心を温め、それが戦火に消え
るのを見て心を痛める。
それらは最初の喪失ほどの衝撃を彼女に与えず、その分余計に最愛の人が最後に見せた
微笑をもう一度と望みたくなる。限りない優しさを乗せたあの口づけをもう一度と、
願いたくなる――。
そんな彼女が再び歴史に介入したのは、グローバリー号の落着に際してのことだ。
イヴを送り出した文明が辿った歴史とは全く違う時の中にある、全く別の地球から来た
と言う“地球人”。
なんという皮肉だろう。レナール・ツヴァイツァイトが苦し紛れにぶち揚げた仮説はこ
うした意味で立証されてしまったのだ。惑星Ziという接点が、かけ離れた二つの地球を結
んだ瞬間――。
時系列で言えばイヴにとってまだ『過去』だったが、技術レベルはその想像を遥かに超
えていた。バイオテクノロジーに頼らない、完全な無機ナノマシンの存在である。
人の姿を取って地球人に接触し、ナノマシン技術をアララテ山へ『方舟』として封印す
るように進言したのはイヴだった。この時、彼女はことを極秘のうちに済ませた。Ziの人
々にはまだ過ぎた力だと思ったのもあるが、無意識下では彼女に向けられた『敵意』の存
在に気付いていたのかもしれない。
イヴが不審という感覚をはっきり感じたのは、第一次暗黒大陸戦争の末期。
一つの戦争が終わりかけた時に新たな戦いが始まる。何者かにコントロールされている
ような戦争の運び。かつて自分達が介入した時代に匹敵する軍事レベルの発展速度。つい
には地球圏でさえ実用化されなかった兵器が現れ始める。
空間を“面”として捉え捻じ曲げる技術、粒子兵器の運動エネルギーを反転させる装甲。
あと数年続いていればどんな兵器が現れたかわからない。
だが、何者かの作為を疑うイヴの前で破局は唐突に訪れた。共和国軍の戦略級決戦兵器、
キングゴジュラスのロールアウトによって。
ZAC2056年――。
共和国がかねてより強大な新型ゾイドを建造中であることぐらいはイヴの耳にも入って
いたが、彼女はそれ以上を知ろうとはしなかった。その気になればイヴは有機ナノマシン
で「目」を作り、惑星のあらゆる所を観察することができる。しかし、あまり深く知って
しまえばまた介入したくなる。そして自分の介入は人間たちにとってマイナスに働く――。
AIらしからぬ、論理を欠いたネガティブな思考ではあったが、それは彼女の精神構造が
限りなく人間のそれに近づいていることを意味した。それが進歩であるのか、蛇足に過ぎ
ないのかはともかくとしても。
この時、彼女の本体が身をおいているのはエウロペ大陸。レアヘルツと呼ばれる、ゾイ
ドの遺伝子に刻印された潜在的な遺伝子に働きかけ暴走させる周波数帯の電磁波によって
野良ゾイドや人間たちの接近を阻んでいたのだが、一機の巨大なゾイドが合成電磁波を
ものともせずに跳ね返しながらレアヘルツの谷を猛進してくる。
引き返せ、とイヴは命じた。OSによって遺伝子の呪縛を断ち切ったゾイドでなければ抗
うことは出来ない神の声。しかし、灰色の装甲で身を包んだ巨大ゾイドは一顧だにしない。
またしても、OS機なのか。ならばとイヴは大気中を舞うナノマシンを操り、そのゾイド
を機能不全に追い込もうとする。
――取り付こうと試みた小さな戦士たちは、ことごとく見えない力によって命を奪われ
二度と動かぬ細胞の残骸となった。
「アンチ・ナノマシン・システム……!?」
地球圏において反乱軍が用い、連邦軍のナノテク兵器を無効化したジャミングシステム。
一体誰がこんなシステムを? 何のために? ……否、後者の問いは蛇足。
禍々しい光を双眸に宿した顔は憤怒に歪んでいるようにも、狂気に憑かれて笑っている
ようにも見える。イヴはそこに混じり気のない悪意の存在を感じた。
このゾイドは、自分を破壊するためだけにここへ来たのだ。
イヴの装甲はかつて惑星Ziのいかなる兵器、自然現象によっても傷つけられることはな
かった。恒星のプロミネンスに500時間晒されても赤熱さえしない超耐熱変相金属の第一層、
六百億tの氷塊が光速の99.999%で激突しても皹さえ入らない人工炭素クリスタルの第二
層、摩擦係数がゼロで事実上物理接触が不可能な半固体力場の第三層。これらの複合装甲
は物理攻撃に対し絶対的な防御となり、高次元兵器や量子兵器の類でなければ突破するこ
とは出来ない。そしてそんな代物を搭載したゾイドは―彼女が見た範囲では―いない。
しかし、目の前の刺客が放ってきた攻撃は彼女のデータベースから成し得る想像の全て
をZiの公転軌道一周分ほど越えていた。
口を開き、咆哮する。ただそれだけの動作。
半瞬の間を置き、イヴの周囲で岩石が砕け、大地が割れ、水溜りが白い柱となって空へ
吹き上がった。瞬く間に砕けた岩石は赤茶けた砂となり、さらに細かい粉末となる。割れ
た地面が突如として隆起し、この『攻撃』がマントルの中を移動する大陸プレートに致命
的な破壊をもたらしたのだと知らせた。吹き上がった水は過度に分子運動を増幅され、虹
を粗製濫造しながら霧へ、そして水蒸気へと変化していった。
それらを知覚する頃には、イヴも己の異常をチェックしている。無敵の耐熱装甲が構成
原子そのものを揺さぶられ、狙撃された強化ガラスのように細かな破片となって、断続的
に巻き起こるソニックブームに吹き飛ばされていった。
彗星をも砕く運動エネルギー攻撃に耐えうる二層目だが、振動攻撃には無力。もはやど
んな集音機構を使っても聞き取れないこの波動は既に音波と呼べる代物ではない。イヴが
もっと熱心に情報を集めていたなら、この超兵器に「音波砲」などという可愛らしい名前
をつけた人物を「とんでもない食わせ者」として罵倒したに違いない。
空間そのものを揺さぶる共振は動くもの全てを巻き込んで増幅する。位置と運動量を乱
され安定性をなくした素粒子が、自身の構成する存在の『表面』から量子的な波動となっ
て四散していく。イヴもこの『攻撃』が自分に向けられてさえいなければ、水を掛けられ
てぼやけた絵の具のごとく野良ゾイドが雲散霧消していく様を興味深く見守ったところだ。
しかしさしあたっては絶体絶命の危機。ミクロもマクロも関係なく形ある全てのものが
―この破壊の張本人は別として―紐を解かれたパッチワークの様に消滅していく。煌くク
リスタルの第二層は結晶構造に沿ってきれいに自壊した後、地割れに飲み込まれて消えた。
最終防衛ラインのはずの第三層もこの破滅を防ぐ助けとなり得ない。力場の発振源が超振
動で粉となった瞬間に白磁の壁は爆散し、ついに女神の羽衣が全て剥ぎ取られた。
女神の「裸身」は見た目を追求しなかったために、青く光るラインが走るだけの円筒と
いった体だ。もっとも、彼女が愛の女神アフロディーテに匹敵する煽情的な身体を持って
いたとしても、目の前の襲撃者が一秒たりとも攻撃を躊躇わなかったであろうことは疑い
ない。
その色気ない外観を維持したのは一瞬で、即座に分子衝突による自己崩壊が始まる。
イヴは悟った。もはや機能の大部分が失われることは避けようがない。ならば、せめて
この星で作り上げた己がアイデンティティを封じ込めたコアモジュールだけでも残したい。
神として振る舞うことなどもう望まない。
願わくば――それが許されるなら――私は一人の“女”として……。
願いは遥かな過去に届き、再び時を越えて彼女の元へ帰ってきた。
自律知性とその記憶が収まったサーバー、最低限のナノマシン制御デバイス。ただそれ
だけを包むように、黒い球体が形成される。
最後の防衛機構、AH(Absolute Halt)フィールド――絶対不動領域。
カオスに支配された粒子のスピンが停止し、絶対零度の壁が時の流れによるエントロピー
の増大さえも禁じてしまう。――時が、止まる。
熱力学の第二法則を土足で踏みにじるこのフィールドの作動中は、中に居る何者も身動
き一つ出来ない。外部的な攻撃を受け付けない代わりに、守られている者は記憶の飛躍を
余儀なくされてしまうのだ。
フィールドの作動寸前、意識の隅で蠢動するもう一人の自分の声が聞こえた。
「攻撃力、防御力、共に合格ライン。連邦軍機械化歩兵師団への正式採用を……」
「――黙りなさい、馬鹿!」
この期に及んで何を考えているのか。壮絶な自己嫌悪を載せて、彼女は己の暗部を一喝
した。ちょうどその瞬間、視界がブラックアウトする。
ノイズにかき消される寸前に見た“敵”。裏で手を引いているものの正体が、この時に
なってようやく解った――が、遅すぎた。
断絶――。
続いて、閃光。
「システムスタートアップ、自己診断開始。フィールド解除確認、ナノ細胞修復、完了。
エキソン、イントロンリンケージ正常。神経系統破損率、許容範囲内……」
自分自身の立ち上げ音声はあらかじめプログラムされたもので、意思とは関係なく流れ
出る機械的な自分の声にイヴは頬を緩ませた。……少なくとも、イメージの上で。
「始めと比べれば、私も随分と人間的な声が出せるようになったじゃない」
今ならフェリックス博士のリクエストに応えるのも簡単だ。電子頭脳が不完全な状態だ
が、一秒間に三百通りものジョークを思い出せるあたりそれほど不自由でもないらしい。
慣れ親しんだ擬似人体を構築し、できることを試しつつどれほどの時間が経過したのか
調べて回った。量子テレポートの有効範囲が格段に狭まっていることと、自分の周囲にあ
るナノマシンしか操作できないことは解ったが、地層の年代や放射性同位元素の検出量か
らはじき出した結果を数秒間真剣に疑った。
彼女が目覚めた時、ZAC暦では既に五回目の千年紀に入っていたのである。
(続く)
「うわ!あぶね!」
三機はとっさに横に跳んだが、先程いた地点は巨大なエネルギーが飲み込んでいった。
「ったくまだやる気かよ・・・。」
「そうだ。君らの様な優秀な逸材・・・世の中の為に役立てずして何をする!口で説得して
ダメならば力で屈服させるのみ・・・。」
巨大エネルギーの余波によって巻き上がった砂埃土煙が晴れた時、そこに現れたのは
全身を強固な鎧で覆われ、大剣と盾を携えた巨大な騎士の姿をした巨人だった。
「巨大な・・・騎士?」
「見たまえ。これが神の戦士の姿だ。名付けて“Zナイトゴディアス”!」
『(Zナイト・・・。確か昔、星の世界から来たと言う巨人達の中にそういう名の奴がいた
記憶があるが単なる偶然だろうか・・・。)』
カンウがそう内心考えていたが、Zナイトゴディアスは既に戦闘態勢に入っていた。
そして何と片手で自分の十倍位はありそうな巨大な岩山を地面から引き抜いて持ち上げる
と共にカンウ等目掛けて投げ付けて来たでは無いか。
「見ろ!これが神の戦士の力だ!」
「うわ!無茶するなぁ!」
マジンと大龍神は慌てて横に逃げていたが、カンウは逃げなかった。
「おい!マオーネ!何故逃げない!」
「嘗めるなよ。死中に活ありだぜ!」
カンウ目掛けて飛んでくる巨大な岩石目掛けてカンウも跳んだ。続いてカンウの脚が
緑色に光り輝き始めた。気を脚に集中しているのである。
「食らえ!マオ流奥義!舞威豪留!」
何と言う事か、カンウは巨大な岩石に脚を合わせ、蹴り返したでは無いか。しかも正確に
芯に蹴りが入っており、岩石は真っ直ぐにZナイトゴディアス目掛けて飛んでいった。
「お前が力で俺等を屈服させるつもりならば!俺らも力でお前の束縛から逃れてやる!」
「ほぉ・・・それが報告にあったキコウジュツと言う奴か・・・。だがね!」
Zナイトゴディアスが大剣を掲げると共にその大剣がさらに巨大化した。
続いて巨大化した剣を縦に振るって巨大岩石を一撃の下に両断した。
「これが神の・・・。」
と、Zナイトゴディアスが勝ち誇ろうとした時、マジンの暗黒如意棍槍がその胸板を突き
抜けていた。
「神を自称するのも良いが、そのせいで隙がありすぎるのも問題だな。」
「なるほど、こっちは闇の力を使ったゾイドか・・・。」
「何の事を言っている?ってハッ!」
マジンは慌てて暗黒如意棍槍を引き抜いた。なんと穴が開いた部分が再生をしていたのだ。
もっとも正確には空中元素物質変換機能によって損壊した部分を補修したのであるが。
「惜しいな!神の力と闇の力が合わされば勝る者は無いだろうに・・・。」
Zナイトゴディアスの左手が伸び、マジンを掴んだ。見掛け以上のパワーにマジンも
引き寄せられていく。
「クソッ!離せバケモノが!」
カミコはどうにかマジンを踏ん張らせ、続けて暗黒如意棍槍を地面に突き刺して食い止め
ようとするがどうにも止まらず、今度は地獄砲を撃ち放った。が、それもZナイト
ゴディアスが左腕に装備する巨大な盾によって容易く弾かれた。
「バケモノ?違うね・・・。私は神だと言っただろう?」
「自分で自分の事を神なんて言う人は信用出来ません!」
直後、Zナイトゴディアスの両腕が切断された。大龍神の斬鋼光輪ビームスマッシャー
である。続けて大龍神は体当たりを仕掛けてZナイトゴディアスに圧し掛かった。が、
何と切断したはずの両腕が大龍神の首を締め上げたのだった。
「えええ!?」
「無駄だよ。機械人形が神に勝つなんて。」
「だから貴方はピコマシンと!」
首を締め上げられながらも大龍神はプラズマ粒子砲でZナイトゴディアスを吹き飛ばし、
さらにその爆風を利用して上空に舞い上がる事で脱出していた。が、Zナイトゴディアス
はまたも再生をしていた。
「これだけやってもダメなんて・・・。ピコマシンとはこれ程の物なのでしょうか?」
『ピコマシンは一つ一つが独立して稼動が出来るからな。』
「まだそんな事を言っているのかい?いい加減認めたらどうだい?神の力を・・・。」
なおも神を自称するZナイトゴディアスであったが、その姿は完全に消えていた。
「消えた!?どこへ行った?」
「気配もせんぞ!」
『ピコレベルに分解して姿を消したように見せているのだろうが・・・ってうぉ!』
と、皆が戸惑っていた時、突如としてカンウに絡みつく様にZナイトゴディアスが
現れ、不敵にもカンウに卍固めを仕掛けていた。
「神ならば君らの常識さえ超越した奇跡なんて軽く起こせるのだ。」
「嘗めるな・・・。」
Zナイトゴディアスが常識外れならばカンウも常識外れ。全身の力を抜き、柳の様に
しなやかに卍固めから脱出していた。
「あんまり嘗めるなよ。こちとら逆に技をかけられた時の対処法も熟知してんだ!」
今度はカンウが殴り掛かるがZナイトゴディアスはまたもピコレベルに分解して回避した。
「またそれか・・・ってはっ!」
マオーネは後方に殺気を感じた。そこには再結合をして攻撃しようとしていたZナイト
ゴディアスの姿があった。しかし、その前にカンウのソバットで蹴り砕いた。
『やはり!いくら奴でも攻撃に入る時はどうしても実体が固定される!ここが攻撃の
チャンスだ!』
「分かった!行くぞお前等!」
「勝手に仕切るな!」
四肢がバラバラになって吹っ飛ぶZナイトゴディアスを続けてカンウの気功飛砕拳、
マジンの地獄砲、大龍神のプラズマ粒子砲で追い討ちをかけた。Zナイトゴディアスは
後方の岩山ごと大爆発を起こし、それ以上の広範囲に濃い爆煙を巻き上げていた。
「これで何とかなるか・・・。」
『相手はピコマシンだ・・・。これでどうにかなるとは思えんが・・・。』
「その通り。私は不死身さ。神だからね。」
カンウの予感通りだった。何と爆煙からさらに巨大に、さらに禍々しくなったZナイト
ゴディアスが現れたのだ。いや、もはやその姿はZナイトと呼ぶ事さえ怪しい物かも
しれない。先程までの姿はまだ機械的なイメージが色濃く残していたが、今度は違う。
頑強そうな装甲の隙間から筋肉や血管の様な物が見え隠れしていたのである。もっとも、
ピコマシンの配列組み換え機能を使えば簡単な事なのだが。
「うわっ!コワ!」
「もしかしてさっきの攻撃が悪い方向に影響して無い?」
確かにその通りだった。先程の三体同時攻撃の大爆発によって巻き上がった爆煙は
ゴディアスにとって新たなピコマシンに物質変換させる土壌を与えるも同然だった。
その上さらにエネルギーも吸収していたのである。
「これが神の力だぁ!」
ゴディアスの腕が巨大化し伸びた。まるで巨大なハンマーの様になったゴディアスの腕は
三機目掛けて襲い掛かった。その破壊力は地面が吹き飛ぶ程の物だったが、スピードは
お世辞にも速く無く、三機は容易く回避していた。
「神神うるさいなこの野郎!」
地面にめり込んだゴディアスに腕目掛けて三機が同時攻撃を仕掛けた。しかし、またも
ゴディアスはピコレベルに分解して回避、と同時に瞬時に結合して背後から三機を
殴り飛ばしていた。ゴロゴロと転がりながら吹っ飛ぶ三機。何とか受身を取って
体勢を立て直していたが、ゴディアスのピコマシン機能はやっかいだった。
「まったくおっかねぇぜ・・・。」
『我も高い再生能力を持った相手との戦いは数多くこなして来たが・・・奴は本当に
やっかいだ。例え高い再生能力を持っていても何処かに必ずコアがあり、そこを
突けば案外脆いものだった。もっとも、そのコアの位置を自在に移動させてそれを防ぐ
奴もいたが・・・、奴にはそれさえ無いのだ。何しろ奴は無数のピコマシンの集合体であると
同時に、そのピコマシン一つ一つが奴なのだから・・・。』
「じゃああんな奴どうやって倒せば・・・。」
思わず三機は後ずさりしていた。と、その時だった。なんと後方から再起不能になった
はずの空龍魔がゴディアス目掛けて火器を撃ちまくりながら突っ込んで来たのだった。
「ならばそのピコ何とかを全部残さず壊せば良いだろうが!」
ミサイル、ハイパーレーザー、バルカンファランクス、火炎放射がゴディアスに一斉に
降り注ぐがゴディアスは多少破壊されても物質変換機能を使って直ぐに再生していた。
「デモンか・・・、あのまま真っ白になっていれば良かった物を・・・。」
ゴディアスの右腕が巨大な砲に変化すると同時に高エネルギービームが空龍魔目掛けて
襲い掛かった。そのエネルギーは巨大クラスのゾイドを何体も丸ごと飲み込める程の
巨大な物であった。
荒野を一台のグスタフが走っています。
私はユーリ。理由あってコマンドウルフの中にいます。相棒のアーくんと旅をしています。
やがて、目の前に町が見えてきました。ちょっと大きな町ですね。町の入り口に検問が
あります。アーくんはグスタフから降りて、手続きをしました。
書類一枚記入するだけの簡単な手続きがすむと、アーくんは係員さんにゾイドバトル協
会の場所を聞きました。「ゾイドバトル?何だいそりゃ」
係員さんの反応にびっくりです。いまどきゾイドバトルを知らない人がいるなんて。
アーくんがゾイドバトルがどんなものか説明すると
「他の町でそんなことをやってると聞いたことはあるけど、この町じゃやってないよ。
ゾイドも作業用のが何台かあるだけだし」
とそっけない返事です。
アーくんは困った様子です。
とりあえず町に入ると、大きな空地を見つけてグスタフを停めました。
「こんな大きい町なんだから、週末だけでもゾイドバトルやってるかもしれない。調べて
くる。
駄目なら用心棒でも土木作業でも何でもいいから仕事を探すしかないな・・」
そう言うと、アーくんは町の中に消えていきました。
この間、グスタフの修理に予想以上の修理代がかかっちゃって、お金が残り少ないんで
すよね。
私はアーくんが帰ってくるまでする事がありません。
背中のカタナを外すとグスタフの荷台に放りなげ、ゴロゴロする事にしました。
今日はぽかぼかして、い〜天気です。こんな日はお外で昼寝が一番!青空に、わたあめ
みたいな雲が東の空へゆっくりと流れていきます。仰向けになって空を見ながらゴロゴロ
してたのですが、気がつくと、子供たちが遠巻きに私の方を見ています。5歳から10歳
の間くらい。鞄を持ってるところを見ると、学校の帰りでしょうか。
「ねーねー、君達、何歳?」
話しかけられてびっくりしてます。ちょっと脳波をチェックしてみましょう。好奇心と
それ以上の緊張感がありますね。あ、これは警戒心かな?
とりあえず大脳新皮質をほぐして、警戒心を解いてあげましょう。えい!
途端に子供達は、私の周りに集まってきます。
「ねーねー、ワンちゃんのおなか、すりすりしてもい〜い?」
「ん、いーよー」
子供に親しまれるコツは、ゆっくり喋ること。昔はアーくんのとこの小さい子達の面倒
を見てたから、こういうの得意なんです。
子供たちは私にとりつき、ペタペタと触りまくります。その感触たるや
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
いやもう、くすぐったいのくすぐったくないのって。もう少しで悶え死にするところ
でした。
さあそれからはみんな一緒になって遊びます。
私の背中はすべり台。
小さい子はくわえて背中まで運んでやって、背中からシッボに向かってピュー。
大きな子には私の脚は木登りがわり。一生懸命よじ登って、背中からピュー。
飽きたらフリスビー大会。私がキャッチできないような変な投げ方は失格ですよー。
でもみんな上手に投げてくれました。私が何枚かフリスビーを噛み砕いたのはご愛敬。
そんな他愛のないことでも、みんな大笑い。
楽しい時はそろそろ終わり。帰りが遅いので心配したお母さん達がむかえにきました。
大半のお母さんは最初はびっくりしてましたが(見慣れないゾイドが子供と遊んでたら、
そりゃ驚きますよね)楽しそうに遊んでるのを見て、遠くから様子を見ています。
若干数名、パニックになったお母さんもいましたが、脳をちょいといじってα波ばんばん
出して、冷静になってもらいました。
夕方になって西の空が赤くなってきたので、みんなで歌を歌いました。私のはじめて聞
く歌でした。歌を教えてもらったお返しに、私の故郷の歌を教えてあげました。
さあ、よい子はもう帰る時間です。
一人のお母さんが私の前にやって来ると
「ワンちゃん、今日はうちの子と遊んでくれてありがとうね。また遊んであげてね」と言
うと、お金をチャリン、と置きました。
他のお母さん達も口々に「ありがとう。またね」と言っては、お金をチャリンと置いて
いきます。
チリモツモレバヤマトナル。誰もいなくなった空き地に、私とお金の山が残されました。
お金を貰うつもりなんてなかったのですが、いまさら返すこともできません。
またもやする事がなくなったのでゴロゴロしていると、陽もとっぷりと暮れてから、アー
くんが帰ってきました。とっても疲れてるみたいです。
「ただいま。いやはやどうにもこうにも、って、何だこの金は?」
私がアーくんに今日あったことを話してあげました。喜ぶと思ったのに、なぜかアーくん、
機嫌が悪そうです。
「今日一日の俺の苦労は一体なんだったんだ・・・」
ボソリとつぶやくと、グスタフに乗って出発しようとします。
(お金はしっかり乗せてます)
疲れてるなら今夜はホテルに泊まったら、と勧めたのですが、
「こんな町に泊まるくらいなら、野宿した方がいい!」
と言い張って、そのまま町を出てしまいました。
やれやれ、いつものことですけど、男の子ってむずかしいですね。
二人の旅はまだまだ続きます。
「うわぁ!おっかねぇ!大龍神のビーム砲より遥かに太ぇ!ってうわぁ!」
空龍魔は何とか回避していたが、その後でデモンは声を上げて驚いた。何故なら
高エネルギービームが飛び去った先に存在した山が一瞬にして無くなったからである。
格好良く帰って来たデモンであったが、これにはややビビりつつ三機と合流した。
「いや〜おっかね〜な〜。神を自称するだけあるぜコイツは・・・。」
「まあ気持ちは分かりますけど・・・デモンさん復活できたんですね?」
ミスリルは少し嬉しそうな顔をしていたが、デモンは気まずくなっていた。
「いや、まだ俺の心にはあんたが機械だったというショックは残ってる。だが冷静に
なって考え直した時に気付いたんだ。機械って事は歳を取らないって事だよな・・・。
ならそれはそれで良いか〜って思えて来たんだ〜。」
「もうダメだこのオッチャン・・・。」
「救えねぇ・・・。」
変な事想像して鼻の下伸ばしていたデモンには流石のマオーネとカミコも呆れていたが、
再度ゴディアスと向かい合っていた。
「さて、もういい加減諦めて私と一緒に世界を救わないか?大人しく協力するならば
悪い様にはしない!それどころか神の下で働けるという栄誉が与えられるのだぞ!」
「ふ・・・。ちょっと神がかり的な性能があるだけで人造物がいっぱしの神か・・・。」
「!?」
突然マオーネの言い放った言葉にゴディアスは一瞬硬直した。
「悪いが俺はあんたと違って世の中を救おうとかそういう考えはこれっぽっちも無い。
なんてったって悪人だからね〜。まあお前が本当に神として・・・俺はなんだって
言うとな?そう、俺は悪魔だ!」
「突然何を言い出す?」
マオーネのさらに言い放つ言葉に今度はゴディアスが呆れた。しかし、マオーネは不敵
にもゴディアスをあざ笑うような目で見詰めていた。
「言った通り、お前が神ならば俺は悪魔だ!お前が神となって世界を救う者ならば、
俺はゴジュラスギガ“カンウ”と言う名の“緑の悪魔”結託し、この地獄の様な
世の中を極楽の様に生きる事を決めた者だ。その俺の道を阻む者は何者であろうとも
叩き潰す。ただそれだけの事だ。」
「なるほど・・・そういう事か・・・。」
ゴディアスに対して本格的にタンカ切ったマオーネに笑みを浮かべたのはカミコだった。
「私も天国のお爺ちゃんからマジンと“暗黒の魔神”の名を受け継いだ。ならば私も
人々から“暗黒の魔神”と呼ばれる者になるのだ!」
マオーネ、カミコと続き、お決まり的にタンカを切るのはミスリルである。
「え〜とえ〜と・・・、私は私が何者なのか?って事自体がまだ分かってませんから何とも
言えませんけど、何となく頭の片隅に何かやらなきゃならなかった事があるような気が
するんですよ。私はその何かを見つけたいんです。だから放っておいてもらえません?」
ミスリルの場合は何か少しおどおどしていてタンカと言うかは微妙だったが、
次はデモンがゴディアスを睨み付けていた。
「ま、俺も少し前までジーンのとっつぁんの下で働いてたからよ。あんま人の事
とやかくは言えんが・・・、神となって世界を救うなら自分一人でやってくれ。
あんたのその力があるなら俺等は別に必要は無いだろう?」
こうして完全な否定が行われたワケであるが、ゴディアスは一瞬震える動作を見せると
共に一気に天へ向けて口を開いたのだった。
「そうはさせん!お前達は神の下僕となるのだ!でなければその力・・・いずれ我に
仇成す存在になる!」
「うわぁ!ついに本性現しやがったなこの野郎!」
「素直に私達の事が怖いって言えば良いのに。」
ゴディアスは感情をむき出しにし、ピコマシンの形状変化で全身から剣なら角やら
牙やらが飛び出た無茶苦茶な形状になりながら四機目掛けて襲い掛かってきた。
「ウゴガガガァァ!」
「うわ〜・・・もうあれが神の姿かよ・・・。完全なバケモンじゃねーか・・・。」
『そんな事より先程のお前等、格好良かったぞ。』
「でも、どうやって倒せば良いかまでは考えてなかった。」
その時カンウはガクッと頭を下げた。
『お前等な〜・・・。まあ良い。イチかバチかの賭けだが?我の提案に賭けて見るか?』
「何?」
『奴は攻撃の瞬間、完全に全身のピコマシンが固定されるのは分かっているはずだ。
故にその一瞬に全エネルギーを叩き込んで奴のピコマシンを一つ残さず消滅させる。
もはや奴を倒す方法はこれしかあるまい。一つ残してもダメだ!全部消さなくては!』
「やはりそれしか無いか・・・。」
「やれやれ・・・ホント分の悪い賭けだぜこりゃ・・・。」
余りにも分の悪すぎる作戦に皆呆れた顔になっていたが、直後にやる気になって操縦桿を
強く握り締めた。
「やるならやるで徹底的にやらせてもらうぜ!うぉぉぉぉ!マオ流集気術!
親父から嫌々叩き込まれたマオ流の技の数々だがよ・・・。今こうして考えると
叩き込まれて良かったと思ってるぜ!何故ならこうして奴を叩き潰せる!」
“マオ流集気術”気功術の源泉たる気は万物に存在する。水には水の気が、火には火の
気が、大地には大地の気がと言う風にである。それら自然界に存在する気を引き寄せ
己の物とする。それこそがマオ流集気術である。そう説明している間にもどんどんと
気がカンウへ集結していた。その間、カンウは内心耽っていた。
『(俺は悪魔・・・か・・・。思えば最初は周囲が勝手に付けただけのあだ名に過ぎなかった
“緑の悪魔”にもすっかり慣れてしまったものだ・・・。)』
続けてカミコもマジンの出力をさらに上げていた。
「暗黒超空間エネルギー最大出力!暗黒超空間に棲む暗黒の力よ!あと少しでも良いから
力を貸して!」
“暗黒超空間エネルギー”。失われた古代技術の一つ。その実態はカミコをしても
計り知れない未知のエネルギー。今出している力でさえ全体の何%になるかさえ
不明な恐ろしい力。カミコ自身、亡き祖父から暗黒超空間エネルギーは余程の事が
無い限り使うなと厳命されていた。だが、それさえ使わなければゴディアスには
敵わないとカミコは考えていたのである。
「大龍神・・・。私は一体何なのか、何の為にここにいるのか、そして何故貴方が私と
共にあるのか、一切が私には分かりません。ですが、何かやらなくてはならなかった
事だけはあると思うんです。だから・・・ここで倒れるワケには行かないです!」
その時、ミスリルは己の出力を上げた。と同時にリンクしている大龍神のコアの
出力も上昇。両翼と翼に存在するビームスマッシャー発射用の丸ノコギリが青く輝き
ながら高速で回転し、次第にその光は大龍神をも包み込んで行った。
「この空龍魔にはお前等のゾイドと違って特殊な何かってのは積まれてなさそうだ。
だが、俺だってかつてディガルド辺境軍最強と呼ばれた男だ!やるだけの事はやって
見せるぜ!」
デモンの掛け声と共に空龍魔が雄叫びを上げた。確かに空龍魔は少し性能が良くなった
だけのサラマンダーに過ぎない。だが、それでもやるべき事をやろうと思う意思が
力を与えていたのである。
「私は神!神!神なのだぁぁぁぁ!」
神と言う言葉に固執する余り、完全に我を失ったゴディアスのピコマシンは全身から
トゲやらが飛び出し、さらに翼があったり砲があったりとワケの分からぬ無茶苦茶な
形状を取ってしまっていた。
「我は万能!我こそ万能!万能こそ絶対神の証なのだぁ!」
もはや神と言う事さえ怪しくなったゴディアスに、カンウは完全に呆れていた。
『万能は絶対神ね・・・。信じる信じないはそちらの勝手だが、我も神クラスの存在は
幾つか見て来たつもりだ。だが、例え神であっても最低一つは出来ない事があったり、
人間の様に泣いたり笑ったりと感情があった。そう、例え神と言えども万能では無い。
いや、万能な存在を求める事自体がナンセンスなのかもしれないな・・・。』
カンウは一瞬ゴディアスを哀れに思った。が、直後に気持ちを切り替えた。
ゴディアスが攻撃の為に全身のピコマシンを固定するその瞬間を叩く為である。
「行くぞぉ!マオ流最強奥義!神龍拳!」
マオーネとカンウが集めに集めた気は緑色の光を放つ巨大な龍を形作り、カンウそのもの
を包み込んだ。これこそマオ流の創始者“マオ=バイス”が創り出せし破邪の龍。マオ流
の先人達はこの技で数多くの敵を倒して来たと言う。そしてマオーネもその技を出した
のである。
「暗黒超空間エネルギー大解放!超暗黒突!」
マジンは暗黒如意棍槍を前に突き出し、切っ先に暗黒超空間エネルギーを集中させた。
「大龍神最大出力!ブルーライトドラゴン!」
斬鋼光輪ビームスマッシャーのエネルギーで自身を包み込み、大龍神は文字通り青く
光る龍となったのである。
「空龍魔オールロックオン!目標ゴディアス!」
空龍魔もその持てる力の全てをゴディアスへぶつけようとしていた。
「よし!泣いても笑ってもこれが最後だ!行くぞぉ!」
「うおぉぉぉぉ!」
“気”・“闇”・“光”そして“火”が一つとなり、その共鳴反応によってさらなる
エネルギー上昇と言う事態を起こした。そこから発する超エネルギーはゴディアスの
ピコマシンを破裂させた。破裂が破裂を呼び、その連鎖反応によってゴディアスと言う
名のピコマシンはこの世から一つも残さずに消滅した。自ら神を名乗ったピコマシンも
その最期は意外にもあっけない物であった。
それからしばらく、荒野に倒れこんでいるカンウ等の姿があった。
「復活してこないな・・・ゴディアス・・・。」
「ん?そういえばそうだな・・・。」
「私達・・・勝ったのでしょうか・・・。」
「奴が蘇ってこないんなら勝ったんだろうな〜。」
「・・・。」
皆はまたしばらくの間沈黙した。そして再び口を開いたのはマオーネだった。
「だが、奴も可愛そうな奴だったな。アレだけの力があったんだ、力で訴えかけるような
事せずにさ、もっとこ〜より良く使ってりゃ〜本当に世界を救う神様になれていたかも
しれないってのにな・・・。ま、いずれにせよ俺としては知ったこっちゃねーがな。」
「最後の部分が何か微妙だな。」
『だが、奴がピコマシンと言う事を自覚せずに否定し、神として振舞った事が
ある意味我等にとって幸いだったのかもしれない。』
「そりゃまた何で?」
『ピコマシンはとてつもなく小さい。故に物質を形成する分子の隙間に入り込み
分子結合を破壊する。そういう事も可能なのだ。しかし、奴が自身を神と思い込んだ
せいもあってこの方法は思い付かなかったようだ。だが、奴が最初からピコマシン
として攻めて来ていたらどうなっていたか・・・。』
「意味は分からんが・・・あんまり・・・恐ろしい事言うなや・・・。」
カンウの言葉に皆青くなっていたが、それでも皆思いは一つだった。
「い・・・いずれにせよ・・・恐ろしい相手だったな・・・。」
それからしばらく、とある街で修理や補給を受けていたマオーネらの姿があった。
何だかんだでカンウ等も損傷やエネルギーの消耗が大きかったのである。
「ひゃ〜おたくら一体何やったんだい?」
「ま・・・まあ色々・・・。」
それなりに損傷はあれど普通に修復可能なレベルな為、特に問題は無かったが
職人のほうは少し驚いていた様子ではあった。
マオーネらは修理が完了する間その街で部屋を借りてゆっくりしており、丁度食事を
していた。ちなみに作ったのはマオーネである。
「何だお前・・・ガサツそうなガラして意外に美味いメシ作るもんだ。」
「ガサツそうで悪かったなオッサン・・・。」
こう見えても意外にマオーネは料理も美味いのであるが、やはりぱっと見じゃとても
そんな風には見えない点がデモンを驚かせていたりする。
「だが、それにしてもお祭り騒ぎだな〜。」
「外見りゃ分かるよ。何か討伐軍勝利ワッショイワッショイ一色だ。多分他の街や村も
そうなんじゃねーかな?」
彼等の言う通り、討伐軍がジーンを打倒したと言う話はこの街にも伝わっており、
街中総出でその勝利を祝っていたのだった。
「それにしても討伐軍万歳ムード一色だな。」
「それに凄いのがその討伐軍を指揮してたのがまだガキだってから驚きだ。風の噂じゃあ
そいつは百人の声を一度に聞き分ける事が出来る程の神童だとか、気の弱い女なら顔を
一目見ただけでガキが出来そうな程の絶世の美男子とか、たった一人で一万の敵を
蹴散らしたとか色々凄い事言われてるな。」
「へ〜そりゃ凄いな。」
「まあ噂だからな。色々と噂が一人歩きする事は良くある事だ。だが、一応結果は
残してるんだからそれなりの人間ってこったろ・・・。」
なおも街は沸いていた。しかし、残念な事にアンノウンズ対ゴディアス部隊の戦いの
事を知る者は当事者であるマオーネらを除いて一人としていなかった。
「だが、俺等の戦いが誰にも知られて無いってのも寂しいもんだな?」
「まあいいさ・・・。ひとまずはこれで平和が来たんだ・・・。」
部屋の窓から外のお祭り騒ぎを見ていた時、ミスリルが言った。
「何はともあれ・・・、これで戦いは終わったのでしょうか?」
「いや、そうとは思えんな?」
「デモンさん?」
何時になくマジな顔になったデモンにミスリルは首をかしげた。
「ディガルド、いやジーンのおっつぁんが全ての戦いの元凶だったワケじゃねぇ。
それ以前からも戦いは普通にあった。発掘されたゾイドが兵器としての側面も持っていた
点から考えて、その先史文明とやらでも戦争は普通にあったようだしな。人・・・いや、
生物ってのが存在し続ける限り戦いは終わらんだろう。それに、ディガルドと言う名の
一つの体制が崩壊した以上、また新たな時代を巡った争いが起こるんじゃねーかな?」
「寂しい事言うなオッサン・・・。」
「・・・。」
デモンは渋く格好よく決めていたのに、カミコのツッコミで全てが台無しになっていた。
その後でマオーネが後ろに大きく寝転んだ。
「何はともあれ・・・、しばらくは戦いとは離れてのんびりしたい所だな。で、俺ぁのんびり
した後で今度は外の世界を見に行って見るつもりだ。」
「外の世界・・・か・・・。」
「ああ、ディガルドや討伐軍にとって俺等と言う存在が思いもよらなかったように、
外の世界には俺等の思いもよらない奴等がゴロゴロいるかもしれんぜ。」
そうして再びマオーネが起き上がった時だった。デモンが頬を掻きながらこう言った。
「そういえば東に随分と行った所に他所の大陸と交易を行ってるって港町があるってのを
聞いた事があるな・・・。ジーンのおっつぁんもそこを他所の大陸に攻め込む為の足がかりに
するつもりだったらしいし、そこに行けば何かあるんじゃないか?」
「ほ〜・・・東か・・・。」
「さて、行こうぜ。目指すは海を越えた外の世界だ!」
『やれやれ。』
数日後、マオーネは修理の完了したカンウに乗り込んで東へ旅立とうとしていた。
と、その時、後からマジンが付いて来ていた。
「ゲゲッ!お前らも来るのかよ!」
「お前は私みたいな子供を一人にさせる気か!?お前には血も涙も無いのか!?」
「無い!」
「あっさり言うな!だからこそお前とも言えるが・・・。」
とマオーネとカミコのやりとりがあったわけだが、続けて大龍神と空龍魔の姿があった。
「お前等も来るのか・・・。」
「いや〜・・・外の世界に触れる事で記憶を取り戻すきっかけになるかな〜と思いまして。」
「今更ディガルドには戻れん・・・と言うか完全に死亡扱いになってるだろうしな。それに
当面の目標ってのが欲しい。だからその外の世界って所に俺も行かせてもらうぜ。」
「勝手にしろこの野郎ども!」
『ダメだこりゃ・・・。』
マオーネも完全に呆れていたが、四人と四機は心機一転して新たなスタートをきった。
一方、海を越えた遥か彼方に存在する別大陸。その中心部には巨大なピラミッド状建造物
を中心にして栄える巨大国家が存在し、そのピラミッド状建造物の一室にて
その国の支配者と思しき男と側近とが話をしていた。
「ジーンとやらの討ち死にによってディガルドは解体したそうだな。」
「ハッ!あの大陸のソラシティーがディガルドによって落とされたと言う報告を聞いた
時はどうなるかと思いましたが、連中の脅威は去ったワケですな。何かあれば
デスザウラー大隊の派兵を予定していましたが・・・。ジーンを倒したという討伐軍は
我々の存在を知りませぬし、侵攻の意思もありますまい。これでわが国は安泰かと・・・。」
「これで国民に無駄な争いを強いる必要は無くなった。本当に良かった・・・。と
言いたい所だが・・・。」
「何か?心配でも・・・。」
「恐るべき古代武術を現在に継承する“緑の悪魔”。暗黒魔界を統べる大魔王の力の一部を
貰い受け、制御する事の出来る“暗黒の魔神”。人の心を持つ“機械仕掛けの女神”と
それを護りし“白銀の大龍神”。それら恐るべき存在が今になってもしつこく生き残って
いる事があちらの大陸で確認された。」
「で・・・では・・・。」
「今はまだわからん。だが、注意だけはしておけ。」
一つの戦いは終わった。しかし、また新たな戦いの予兆がここにある・・・
第一部 完
窓の外には見渡す限りの荒れ野原、地平線ぎりぎりに山なみが見え隠れしている。
夜は近い。
俺とユーリはデルポイ大陸西岸のルイードの街へ向かって荒野を疾走していた。
この時代、町と町の間には舗装道路はない。誰が手間と金をかけて舗装するというのか。
長年ゾイドや人間が往来するうちに地面が踏み固められ、道になるのだ。
したがって、ガードレールも街灯も道路標識もない。何のためかところどころ蛇行して
いたりする。旅慣れた人間ですら夜間の移動は避ける。
だが、俺は明後日のゾイドバトルに既にエントリーしている。キャンセルすれば違約金
を払わねばならないし、遅刻したとあってはゾイドファイターの信用にも関わる。前の町
でヤボ用がなければ間に合ったのだが、これからでは夜通し走って明日の夕方にギリギリ
入れる位の時間しかない。
人も寄り付かないある山奥に、朽ち果てた一体のバイオメガラプトルと小さな一つの
墓があった。その事を知る物は殆どいない。しかし、確かにそこに存在した。
ディガルドと討伐軍の戦争から60年も経った時代、世界を旅する一体のロボットがいた。
彼女の名は“SBHI−04 ミスリル”。今は亡きディガルドが持っていた機械兵とも、
ソラが残した物とも全く異なる技術によって作られた人の心を持つ機械。
ロボット故に歳を取らぬ彼女は、その脚であり、剣であり、盾でもあるギルドラゴン
“大龍神”と共に如何なる権力、暴力、体制にも縛られる事無く、勝手気ままに当ての
無い旅をエンジョイし続けていた。
そんなある日の事、とある山で一休みしようと着陸した時の事だ。突然何者かが攻撃を
仕掛けて来たのである。
「え?こんな所に一体誰が?」
弾丸状になった火炎が大龍神に命中するが、揺るぎもしない。ミスリルが砲撃の来た
方向を向くと、そこには一体のバイオメガラプトルの姿があった。
「へ〜、まだ生き残ってたんですか。でも何かボロっちぃですね?」
目の前のバイオメガラプトルは動いているのが不思議な程全身がボロボロだった。
そして動きもぎこちない。案の定大龍神が軽く蹴飛ばしただけで動かなくなった。
すると中からパイロットが這い出て来た。やはりパイロットスーツもボロボロで、
しかもパイロットはヨボヨボの老人ではないか。老人はこれまたボロボロの銃を構えて
戦いを挑もうとしていたが、錆びて弾が出ないと知るや否やその場に座り込んでしまった。
「殺せ!老いぼれようともワシはディガルド軍人の端くれじゃ!死など恐れはせん!」
「あの〜、ディガルドならもう60年も前に無くなってますけど。」
「え?」
ミスリルの返答に老人の目は丸くなっていた。
老人は今は亡きディガルド武国の軍人“ジョン=トースト少尉”で、当時の総司令
(故)ジーンの命を受けてこの山に駐屯し、終戦も知らずに約60年もの間、
最後の1人になってもなおこの山を守り続けていたという。
「もう60年も前に戦争は終わったのか。しかもディガルドが無くなるとはのぉ。」
「悲しいですか?」
「じゃが、それで良かったかもしれん。余計な人殺しをするよりかはずっとマシじゃ。」
「故郷へ帰りたいとは思わないんですか?」
「今更戻った所で誰もワシの事は覚えておるまい。それに、この山はもはやワシにとって
第二の故郷じゃ。これからもココで気楽に暮らす・・・かは!」
「ジョンさん!?」
突然ジョンが血を吐いて倒れた。そして既に彼が病魔に蝕まれていた事にミスリルは
気付いた。その上この歳である。恐らく今になって終戦を知り、緊張の糸が切れた事が
最大の原因かもしれない。
ここで会ったのも何かの縁、ミスリルはジョンの看病をした。しかし怪我の類なら
まだしも、病気を治すシステムはミスリルには搭載されておらず、どうにもならなかった。
「ワシにお迎えが来た様じゃ・・・。戦争が終わった事を教えてくれてありがとう、不思議な
機械のお嬢ちゃん。それが分かった以上もう悔いは無い。安心して死ねるわい・・・。」
「ジョンさん!?」
「今日がワシにとっての終戦記念日・・・。この60年の間・・・山は・・・平和じゃった・・・。」
この日、最後のディガルド軍人ジョン=トースト少尉は亡くなった。
ジョンの遺体はミスリルによって既に動かないメガラプトルの直ぐ隣に葬られ、墓も
建てられた。
「人の命はなんとはかないのでしょう・・・私が機械だからそう見えるのでしょうか・・・。」
そうしてミスリルを乗せ、大龍神は山を後にして飛び立った。ミスリルの旅は続く。
おわり
弱り目にたたり目とはこういうことを言うのだろう。とうとう雨が降ってきた。ヘッド
ライトを点灯しても十数メートル先しか見えない。これでは道の真ん中に穴でも開いてた
ら(珍しくもないことだ)事故を起こしかねない。
さいわい、1時の方向に森が見えてきた。遮蔽物のない荒野のど真ん中で風雨に耐えたり
落雷のリスクを覚悟するよりは遥かにましだ。
グスタフの方角を変えて、森に近づいていった。
森の中に入る。意外に大きい森のようだ。安全を考えるとここで夜明けまで待つしかな
さそうだ。
後で分かったことだが、この森は300年前に不老長寿の尼僧が植樹して作ったという
伝説がある。今でもその尼僧が徘徊しているという気味の悪い噂があり、しかも土地の所
有権を持っているのが某宗教団体ということもあって、近在の人間は滅多に近づくことが
ないらしい。
既にあたりは宵闇に包まれ始めている。雨はやや小ぶりになってきたが視界はかなり悪
い。100mほど森に入ったところでグスタフを停止させる。後ろのキャビンでコーヒー
を淹れようか先にシャワーを浴びようと考えたところ、緊急コールが入った。
「アーくん、ゾイド反応多数!」
慌ててレーダーを確認する。反応なし。動体センサー、熱源センサー、いずれも反応なし。
ゾイドコア特有の波長を検知するセンサーすら、何の反応も示してはいない。
「ユーリ、相手はどこにいるんだ」
「距離200、3方向から接近中。機種および機数は不明」
ユーリの勘?は並のセンサーを遥かに凌駕している。何かが接近しているのは間違いない
が、それがセンサーに反応しないのは何故だ?
嫌な予感がする。慌ててグスタフを降りてコマンドウルフのコクピットに移動する。乗
り込んだ瞬間にグスタフに多方面からの集中砲火が雨あられと降り注ぐ。
グスタフは鈍重ながら、防御力はゴジュラス以上だ。おかけで初回の攻撃は全てはじき
返すことができた。だが、戦闘用ゾイドの攻撃をいつまでも受けられるものではない。俺
は慌ててコマンドウルフを移動させる。
ウルフのセンサーも、グスタフ同様に何の反応も示していない。ということは…
通信が入ってきた。
「お主、何者だ?」
「人に質問するときにはまず自分から名乗るもんだ。礼儀を知らないのか」
「そうだな。我々は傭兵集団『紅の牡丹』団。この森に入る者を排除するのが、我が依頼
主の願い」
ずいぶん物騒なご主人様がいたものだ。
「俺は単なる旅人さ。近くの街に行く途中なんだが、この雨で難儀してね。雨やどりをし
たいんだが、明日の夜明けまで場所を借りてもいいだろ?」
「それは困る。依頼主との契約では事前のアポなしで森に入ったゾイドや人間は全て排除
することになっている。即刻退去しないのであれば不法侵入とみなすが、それでもいいか」
剣呑な言葉に、不快感と共に疑念が沸いてきた。ここまで余所者を嫌う理由は何だろう。
「この森の奥にあるのは、何の施設だい?」
カマをかけてみた。果たして、相手の緊張感が無線越しにも感じられた。
「貴様、単なる旅人ではないな!どのみちここまで来たからには生きて帰すわけにはいかん!」
途端に、先刻のグスタフを襲ったのと同じ攻撃が襲い掛かってきた。3方向からでも来
ると分かっていれば避けようはある。だが、射線の方向には何も見えない。相変わらず
センサーには反応なし。
「ユーリ、まかせた!」
途端に、コマンドウルフが俺の手を離れて勝手に動き出す。もともとこのコマンドウルフ
は、ユーリの意思に従って自由に動くことができる。相手の姿が目視で確認できない以上、
ユーリの勘に頼ったほうがいい。おまけに、ユーリは長年の戦闘データを蓄積しているの
で、俺の戦闘パターンをそっくり真似ることができる。
ユーリはコマンドウルフを左前方に走らせ、何もない空間を背中のカタナで切り裂く。
途端に発する爆発。更に走ると口をガッと開いて空間を咥える。ギリギリと嫌な金属音が
して、首を振って咥えたモノを放り投げると、すぐ横の木に何かがぶっかった気配がして、
金属の塊が姿を現わした。
赤く塗装された、コマンドウルフより一回り小さいゾイド。ヘルキャットだ。ゼネバス
帝国やガイロス帝国で使われるゾイド。光学迷彩が有名だが放熱処理や足底の消音機構な
ども優秀で周囲に気づかれることなく行動できる。偵察だけではなく、極秘での破壊活動
など隠密行動に使われる。センサーで捕捉できなかったのも道理だ。
「女の勘を、なめるなー!」
この手のゾイドは、光学迷彩に出力の大半を喰われるので、姿を隠している時は動きが
遅くなる。ユーリの敵ではなかった。
その間、俺はぼーっとしている訳ではなく、観想を使うために九字の印を切って精神集中
を始めていた。観想すなわち心眼とも云う。目ではなく気でものを見るのだ。俺の勘は
ヘルキャット以上の敵の存在を感じていた。
「我が部下では歯が立たないとは。敵ながら見事だ」
さっきの声の主が、また無線で話しかけてきた。
「その腕前、只の旅人ではあるまい。名前を聞いておこうか」
「名乗るほどの名前じゃない」
「…そうか」
目の前の小山が動いた・・と思ったら、中から一台のゾイドが出てきた。どうやらカモ
フラージュシートをかけ、機能を停止させていたらしい。これなら光学迷彩がなくても
センサーには引っかからない。
黒く塗装されたシルエットはセイバータイガーのようだ。だが、鼻の上には水中眼鏡の
ような横長のセンサーがついており、ぼんやりと橙色に光っている。見たことがない装備
だが、赤外線センサーの類だろうか?両脚の先の爪も、ノーマルと比べて異様に長い。
神々の怒りによって一度文明がリセットされる以前、数々の超技術が存在した事は周知の
事実である。その多くは神々の怒りの混乱によって失われたが、ごく一部は現在において
も残り、また今でも何処かで静かに眠っている物も少なくない。今回紹介する物語は
その超技術の一つによって発生した事件である。
大昔、ある大国が一機の軍事衛星ゾイドを打ち上げた。その名も“ヘルパピヨン”。
大きな翼には太陽エネルギー増幅装置が搭載され、太陽の光だけで従来のソーラー
ジェネレーターの何百倍ものエネルギーを作り出す事が出来た。そこから得た
高エネルギーを一点に凝縮し、尻の部分からハイパーレーザー砲として衛星軌道上から
敵国の重要ポイントを狙い撃つ。そう言った目的に使用される・・・はずだった。
美しくも恐ろしいまさに“地獄の蝶”と言う異名で恐れられるはずだったそれは、
神々の怒りによる打ち上げ主の大国の崩壊によって忘れ去られ、そのまま機能を
停止させていた。
それから千年以上も経った頃、スペースデブリの衝突の衝撃により突然機能を回復させた。
だが、完全にとは行かなかった。搭載されたAIは完全に狂っており、無差別に地上を
狙い撃つ破壊の権化と化してしまったのだ。その姿に本来の美しい蝶のイメージは無い。
まさに破壊の為の破壊を目的とした恐ろしい無差別破壊マシンとなってしまったのである。
次々にハイパーレーザー砲によって街が人がゾイドが焼かれていく。反撃しようにも
ヘルパピヨンはソラシティーよりも遥かに高い場所にいる故に誰も手出しが出来なかった。
人々はこのまま焼かれるのを待つだけかと絶望した。しかし・・・
「他の人達がどうなろうと知ったこっちゃ無いですけど・・・私自身まで狙い撃ちされたら
たまったもんじゃありませんからね〜。」
人々が己の無力さを怨み絶望する中、衛星軌道目掛け一機のゾイドが天を突き進んでいた。
既に高度三万メートルをも超える高さまで達していたが、一般的な常識ではそのような
高度にまで飛べるゾイドは何処の国にも存在しない。だが、そのゾイドは初めから常識
など通用しないし、どの国にも属していないのだから問題は無かった。
そのゾイドは現在確認される限りにおいては唯一の人の心を持つ機械少女
“SBHI−04 ミスリル”によって運用されるギルドラゴン“大龍神”。
ヘルパピヨンの放つハイパーレーザーを巧みにかわしながら大龍神は天を越えた
宇宙目掛け突き進んでいた。
「うわぁもう本当おっかないな〜コレ!」
ヘルパピヨンのサイズは太陽エネルギー増幅装置の搭載された翼を含め、数百メートル
ある。ちょっとした宇宙ステーションにも使えそうな程の大きさであり、大龍神さえ
豆粒の様に見える程の物だった。だが、長い年月の間衛星軌道上に放置され、再起動する
以前からも細かいスペースデブリの衝突を受けていたのだろう、その全身はボロボロに
なっていた。だが、そうなりながらも狂ったAIは一心不乱に太陽光線を取り込み、
ハイパーレーザー砲を地上へ向け発射し続けていた。そしてついに大龍神はハイパー
レーザー砲の直撃を受けてしまった。しかし、それはミスリルの狙いだった。
「貴方のエネルギーそのまま利用させて頂きます!必殺ブルーライトドラゴン!!」
ハイパーレーザー砲のエネルギーをそのまま全身に纏い、青白く輝く光の龍と化した
大龍神はそのままヘルパピヨンの体を貫き、完全に粉砕させていた。残骸は大気圏で
燃え尽きるだろう。
「ふう・・・今回はきつかった〜。でもホント大龍神は頑丈ね〜。」
大気圏も難なく突破し、何事も無かったかの様に飛び続けていた大龍神の中で
ミスリルは一息突いていた。彼女もまた神々の怒りによってメモリーを破損し、
それ以前の記憶が無い故に知らない事であるが、大龍神は単機で大規模勢力とも戦える
戦闘力以外にも宇宙開発も視野に入れた設計がなされいてた。何はともあれ、今回は
そのおかげで惑星Ziは助かったと言える。まあ、ミスリルや大龍神を破壊の悪魔と
呼び、勝手に恐れていたりするような者達のプライドはズタズタなのだろうが。
ヘルパピヨン一体のせいで大きな被害が出た所もあったが、概ね惑星Ziは助かった。
だが、ヘルパピヨンの様な恐ろしい古代超兵器はまだまだ世界各地に眠っているだろう。
もしそれがまた目覚めてしまった場合・・・次も助かるかどうかは・・・分からない。
おわり
「覚悟っ!!」
裂帛の気合と共に改造タイガーが仕掛けてきた。早い!辛うじてユーリはカタナを横に
広げて相手の爪を防ごうとするが
キイィィィィィィン!
お互いの爪と刃が交差し、甲高い音を立てて弾き合う。
「METAL−Zi !」
ユーリが叫ぶ。間違いない。俺のカタナをこうも簡単に弾く素材、クリスタルガラス同士
を打ち合わせたような澄んだ特徴的な音は、他に考えられない。
相性の悪い相手だ。素材は同じでも爪と刀、刃の薄いぶん、打ち合えば打ち合うほどこ
ちらが不利になる。
高価なためにあまりお目にかかれないが、METAL−Zi製のゾイド用の武器は幾つか存在
する。剣は幾つかあるが普通は観賞用とみなされている。レーザーブレードの方が遥かに
使いやすく、安価だからだ。他にはパイルバンカーの槍。だが普通のチタン合金でも十分
な性能があるので、これも数十本が生産されて廃盤になっている。そしてこの爪に加工
する方法だが、これが一番入手しやすいと言われる。比較的加工しやすく、使用方法も
難しくない。レーザークローはエネルギーを消費するため機体の出力が低下することがある
が、この爪ならパワーダウンの心配はなくなる。とはいえ、剣よりは安価とはいえ爪です
ら通常の武器より遥かに高価だ。4足全部に履かせようと思えば、セイバータイガー2台
は買える金が必要になる。METAL−Zi製の使用しているゾイドが滅多にいないのは、この
ためだ。
傭兵風情が持てるものではない。サンプルモニターか、パトロンがいるか、どちらだろう?
「ユーリ、交代だ」
ユーリが時間を稼いでくれた分、観想で暗闇でも「観える」ようになってきた。
操縦桿の手応えがクンと重くなったことで操縦の主導権が戻ってきたことが分かる。相手の
左に回り込もうとするが、向こうもそうはさせじと、じりじりと移動する。
「何だっ!?」
次の瞬間、タイガーは意外な行動に出た。数歩下がって間合いをとったかと思うと、い
きなり横に走り出し、それを助走にして近くの樹に飛びつくと、瞬く間によじ登ってしま
ったのだ。
森の中は樹齢数百年の大木ばかりでゾイドの重量に耐えられるとはいえ、普通は四足歩
行ゾイドが木登りなど出来るものではない。爪を有効に使ったとしても、相手パイロット
の腕は尋常ではない。
樹上は葉が盛大に繁り、タイガーがどこに行ったのか、見当がつかない。
「ゆくぞ、イガ忍法、イズナ落とし!!」
かけ声と共に、俺の真上からタイガーが降ってくる。相手の姿を見る暇はない。勘だけで
躱す。先刻までいた場所にタイガーが足から落ちてきて着地すると、こちらに向かって前
足を伸ばして跳躍してきた。これも間一髪でかわすと、その勢いのままタイガーは疾走し
て、またもや木に登って見えなくなる。
素早い。カウンターを合わせるどころではない。
「見たか我が忍法。オリンポス山に籠って3年の修行の後、夢枕に立った仙人に授かった
秘術よ」
本当か?話は眉唾ものだが、技は本物だ。並のファイターなら今の一撃でお陀仏だった
かもしれない。
「覚悟はいいか。ではいくぞ!」
またもや真上からタイガーが降ってきた。瞬間的に背中のカタナを上に掲げれば串刺し
にできないか‥とも思ったが、やめた。自然落下するタイガーの質量で、こちらが潰され
るのがおちだ。
余計なことを考えたせいで対応が一瞬遅れたが、何とか躱す。
またもやタイガーは飛び降りると、手近な木に登って見えなくなる。
「どうだ、手も足も出ないようだな。このままこの森の土になるか」
「心にもないことを言わなくてもいいぞ」
「どういう意味だ?」
「俺の口から言わせたいのか?」
黙り込む相手。傍からでは分かりにくいだろうが、相手は暗黙裡に「逃げろ」と伝えて
いるのだ。最初に「生かして帰さん」と言いながらも、攻撃の合間々々に話しかけてきて
時間を作ったり、攻撃自体も全力ではなくて手を抜いている。どこかで監視している依頼
主へのスタンスで攻撃はするが、やはり人殺しはしたくないのだろう。
依頼主から叱責されるのを覚悟で、俺が尻尾を巻いて逃げ出せば見逃してやると行動で
示してくれているのだ。根は悪い人物ではなさそうだが、生憎とこちらは性格が悪くて、
それに応える気にはならない。この森の奥にあるものが何なのか分からないが、何となく
避けては通れないような予感がしている。さらに、気にくわないことがひとつ。
「その技をイズナ落としと呼ぶのは、やめろ」
「こちらも素人じゃないんだ。とっととかかってこい」
「そうか。ならば次からは全力でお応えしよう。
ところで、さっき思い出したのだが、コマンドウルフに背中の刀、おぬしゾイドファイター
か?確か500勝のナントカと云うのが、そんなゾイドに乗っていると思ったが‥・」
「人違いだ」
「そうか?ならばもはや語るまい」
相手のタイガー(もしかするとピューマかジャガーなのかもしれない)の攻撃の呼吸は
掴んだ。2回も見れば十分だ。次は単なる自然落下ではなく飛び降りてくるだろうが、予
想修正の範囲内だ。
ところが、今度は真上からではなく、30mほど離れた木から、跳び降りてきた。角度
速度ともに、こちらの予想を超えていたが、辛うじて何とかなりそうだ。
着地予想地点の側面に回りこんでカウンターを打つべく、「狐雷(イズナ)」で移動する、
いやそのつもりだった。地面を滑って高速移動をする技だが、これが致命的な間違いと
なる。ここはコロシアムではない。整地してないどころか下生えがはえたり所々に木の根が
うねっていたりするのだから、機体を滑らせられるはずがない。何かに引っかかって転ん
でしまう。
「不覚悟也!死ねやっ!!」
起き上がる時間はない。もはや相手の4本爪の餌食になるしかない状況だが、
「ユーリ、“跳べ”」
その瞬間、コマンドウルフが“消えた”。
「何いっ!」
相手が驚愕の声を上げる。なにしろ自分の目の前に転がっていた相手が一瞬後に背後に
いるのだから。ましてや勝利を確信した直後であるから精神的動揺はひとしおであろう。
本来なら着地後すぐに移動を始めるはずが、棒立ちのまま停止してしまっている。
ユーリの特殊能力のひとつ、瞬間移動だ。数十mしか使えないが、時機を誤らずに使え
ば効果絶大である。ただ、こんな能力を持っているのが公になれば、各国の諜報機関や企
業の研究者達が黙っているはずがない。生きたまま実験台か死んで解剖されるか。ゾイド
バトルなど公衆の面前で使ったことはないし、使えない技だ。
不憫だが、これを見た人間を放っておくわけにはいかない。
「死んで貰う」
相手が振り向く前に、カタナを立て、前足を大きく伸ばし体をひねって跳躍する。カタナ
の刃は垂直にタイガーの背中に突き立ち、貫通してそのまま勢いに任せて背骨に沿って走
る。首から頭部に達してタイガーの頭蓋をコクピットの中のパイロットごと割ると、俺は
相手の目の前に着地する。
「燕尾」
戦場の剣。人対人であれば相手の背後から、装甲の薄い股から上方に切り上げる技である。
振り向くと、タイガーは頭部からぱっかりと割れ、右と左に分かれてゆっくりと倒れて
いくところだった。
俺とユーリは更に森の奥へと進んだ。
タイガーを倒した後、センサーは森の奥にエネルギー反応を感知した。ヘルキャットか
タイガーのどちらかが妨害電波を出していたようだ。エネルギーの出力からみて、小規模
の発電設備ではないかと思われる。
雨はようやく止んだが、今度は霧が出て視界を阻んでいる。空も相変わらず雲が多いよ
うで、月光さえも地上には届かない。
この森は、俺達が生まれるはるか以前からここに在った。一体、今まで何を見てきたの
だろう。だが、何も語ることなくただただ静かにここに在るだけだ。先刻まで戦闘があった
ことなど嘘のようだ。いや、この広大な森にとっては、いかほどの影響もないのだ。
30分ほども歩いたころ、森が急に開けて、建物が目の前に現れた。「建坪380平米、
延べ床面積250平米、築5年の物件が何とお買い得価格、○○にてお買い求めいただけ
ます」どこかで聞いたようなTV番組のコピーが頭の中を流れる。ツーバイフォーで建売
分譲してどこの街にも必ずありそうな一戸建て住宅。だが、こんな人里離れた森の中に、
ログハウスならいざ知らず、こんなものがぽつんと建ってること自体、完全に周囲から
浮いている。
少し離れて周囲を観察する。何も異常は見られない。警報センサーも監視カメラもない
ようだ。
どうする?建物の中を調べるのなら、ウルフから降りるしかない。突然戦闘になって
しまったから、トレーナーにジーンズという軽装だ。いつもの耐刃ジャケットが欲しい。
銃弾や低出力のビーム砲を防御してくれるのだが、生憎とグスタフのクローゼットに入って
いる。今から取りに帰るなら、かなりの時間をロスすることになる。
躊躇したが、そのままの格好で行くしかない。
コクピットのシートの下を漁る。エマージェンシーキットのケースを開けて拳銃を取り
出す。ZTT−33。40口径弾を8発発射できる。ゾイド相手には威力に乏しいが、携
帯用対人兵器としては十分な威力を持っている。なにより、これはヘリックシティの闇市
で買った品なので、いざとなっても足がつきにくい。機会があればあそこの裏路地に行って
みるといい。こういういわくつきの商品が山と積んであって、金さえ払えばいくらでも
売ってくれる。
スライドと引金を操作して作動状態を確認する。良好。マガジンを装填してスライドを
引くと一発目の弾丸が軽い金属音とともにチャンバーに装填される。トリガー上の安全装置
をかけてジーンズのベルトに引っかける。予備マガジンはジーンズの尻ポケットに入れる。
続けてシートの下から長い布包みを引っ張り出す。包みを解くと、中から日本刀が出て
くる。右手に柄、左手に黒塗りの鞘を掴むと、思い切り抜いてみる。小気味よい音を立てて
鞘の中から刀身が出てくる。コクピットの光を反射して鈍く光る。井上真改二尺六寸の
大業物。古代の地球で鍛えられ、宇宙船に乗って真空の闇を幾星霜も超えて来た、本物の
日本刀である。師匠の持ち物だったが、真剣の素振りに使えと無造作に与えられ、そのまま
今でも持っている。当時はそんな価値のある物だとは思いもよらなかったが。
美しい。見れば見るほど魂を吸い取られるようだ。今まで騒いでいた気持ちがすっと落
ち着いていく。目釘をしめらせ、寝刃を合わせると、ふたたび鞘に戻す。
ウルフのコクピットから降りると、周囲に目配りをしながら玄関に歩いていく。
「ユーリ、何か異常はあるか」
「さっきから全く動きなし。どうしたもんかね」
あらかじめセンサーで建物内部の状況を確認しようとしたが、X線を含めたあらゆる
波長の電波の透過が阻害される。中がどうなっているかは、自分の目で確かめるしかない
ようだ。
左手に鞘ごと刀を持つ。とりあえずヘルメットは被ったまま。頭部への攻撃の防御にも
なるし、なにより内蔵された通信機能がないとユーリと連絡がとれない。
玄関のドアの前に立つ。少しためらった後、ドアの横のチャイムを押す。
ピンポーン。反応なし。ピンポーン。しばらく待つが、やはり反応がない。インターホン
に誰が出てくれば、その反応だけでも状況が推測されると期待したのだが、肩透かしを
くらったようだ。
ドアノブを握る。試し回してみると、なんとドアが開いた!鍵がかかってなかったのだ。
無用心さに呆れるが、考えてみれば周囲は傭兵部隊が常時警備していたのだから、ここまで
侵入者が来れるはずもなく、鍵をかける必然性はなくなる。
くるりと後ろをふり向くと、ユーリに、グスタフに一旦帰るように指示する。ユーリは
嫌がるが、強い口調で再度命令すると、しぶしぶといった様子でもと来た道を戻っていく。
ゆっくりと建物の中に入ってみると、入ったところはロビー兼応接間のような作りに
なっていた。エントランスと呼ぶには少々広すぎる。部屋の中央にペルシャ絨毯、マボガ
ニーのソファとテーブル、エントランス横にはテーブルと同一メーカーらしい帽子掛けが
置いてある。
部屋の奥、壁の中央には暖炉があり、今は火がついていないが燃えかけの薪が残って
おり、暖炉の上にはアンティークの皿などが置いてある。
暖炉の左右にドアがあり、右側のドアを開けたところにはキッチンがあり、大きな冷蔵庫
が目をひく。中には冷凍のランチパックがぎっしり詰まっている。電子レンジでチンすれば
すぐに食べれるわけだ。冷蔵庫の中には他にはボトル入りの各種飲料がびっしりと入って
いる、それだけ。肉や野菜といった生鮮食品は全くない。コンロを使用した形跡はなく、
食器棚の中の食器もごくわずか。
左側のドアは寝室だった。やや大きめのベッドが部屋の隅に置いてある。シーツはぴん
と張られ、清潔そうだ。
建物の中の探索は、以上で終わった。本当にこれだけ。人がいないことを除けば、特に
異常はみられない‥‥なわけないだろうが!
外から見た時には、この建物は二階建てだったはずだ。なのに、階段もエレベータも
ないのはどういうわけだ?
あらためて内部を観察するうちに、寝室とキッチンが微妙に狭いことに気がついた。
つまり、その間の壁がやや厚いのだ。
応接間から見ると、ちょうどその位置に暖炉がある。少し前から気になっていたのだが、
暖炉の中に燃え残りの薪が残ってるが、その上にうっすらと埃が積もっている。
俺は暖炉の中に頭を突っ込み、頭を回して中を確認する。果たして、煙突の少し上、
10センチほどの所に、コブシ大のボタンがついていた。
それと同時に、煙突の奥に光る何者かと目が合った。向こうもこちらを見ている!
とっさに頭を暖炉から引き抜いて、後ろに大きく飛ぶ。
その直後、ドスンという音と共に何かが煙突から暖炉の燃えかすの中に落下し、盛大に
灰を撒き散らした。
もうもうと灰が巻き上がる中から、3L寸の西瓜を半分に切ったような塊が、クモのよ
うな8本の脚をわしわしと動かしながら姿を現した。
ZH9701K、商品名『ホームキーパー』。なりは小さいが歴としたゾイドである。
自動かつ定期的に部屋の掃除をしてくれる上に、侵入者を撃退する機能もあるので、金持ち
の別荘や倉庫むけに販売されていた。
ただし、数年前に製造中止になったので、俺も実際に見るのは初めてだ。
そいつはピーッと警告音を発し「侵入者ヲ排除シマス」と無機質に言うと、半球型の頭
(胴体)を動かして俺に向かって白色の液体を噴きつけてきた!間一髪で避けると、その
液体は壁に付着して見る見るうちに固くなっていく。
こいつの唾液は空気と反応して十秒程度で固結するが、固結した後の強度はコンクリート
並で、特殊な酵素でしか分解できない。
手や足にくらえば確実に自由を奪われるが、顔を攻撃されて窒息死なぞ、考えただけで
もゾッとする。
右手で拳銃を抜いて、3連射する。全弾命中するが、全て厚い殻に弾かれて、ダメージ
を与えた様子がない。
この野郎、写真で見たより一回り大きいと思ったが、やっぱり装甲強化してやがるな。
通用しないのが分かった拳銃は壁の隅に放り投げ、左手に掴んでいたカタナを抜く。ジャッ
と勢いよく現れる鋼の刀身。左手の鞘も壁の隅に投げると、両手で構える。
相手の胴体はメタルジャケットの銃弾が通用しないことから、セラミック複合材だろう。
果たして鉄製で骨董品のカタナが通用するのか?
だが、俺は師匠から教わった刀法と、師匠から譲り受けたこのカタナに絶対的な自信が
あった。この俺の自信が破れる時、それ則ち師匠の敗北である。何で退けようか。
構えを青眼から徐々に上げていき、右上段に移行する。
意志なき小型ゾイドは定期的に唾液を吐きかけてくるが、タイミングさえ掴めば脅威で
はない。上体を僅かにずらして避けながら、距離を詰めていく。
ついに彼我の距離が10間を切った時、予想外の攻撃が来た。なんと、8本脚をバネの
ようにたわめると、天井近くまで一気に跳躍したのだ。
間違えば8本の脚先が俺の頭を熟れすぎたトマトに変えていたかもしれない。が、あい
にくと俺は反射的に後ろに跳んでいた。
目の前に落下してきたボールに、カタナを思いきり叩きつける。井上真改二尺六寸の刀身
は強化セラミックの胴体に食い込み、つき抜ける。降り降ろされたカタナは地面スレスレ
で止まると切っ先がくるりと返り、上方に向けて飛び上がる。その刃は胴体下部の比較的
柔らかいところに食い込み、勢いのまま外側の殻まで両断する。
「虎切」
あとには、三枚におろされた小型ゾイドが床に転がるのみ。
人の心を持つ機械“SBHI−04 ミスリル”とギルドラゴン“大龍神”は今日も行く。
これはわりと文明水準の高い地域でのお話。高度文明圏は割りと決まりの厳しい所も
あったりするが、娯楽も沢山あるのでこれはこれでミスリルも結構楽しんでいた。
そんなある日の事である。ミスリルが何気無く街を歩いていると、近くのマンションに
何やら人が集まって大騒ぎしている。よく見たらマンション屋上に人が立っていて、
何と飛び降りようとしているでは無いか。ちょっと面白そうだからミスリルも見に行って
見る事にした。
「俺はもう生きる希望を失ってしまった!このまま飛び降りるぅ!」
『落ち着きなさい!君のお母さんは悲しんでいるぞー!』
マンション屋上の手すりを越えた先に立ち、今にも飛び降りようとしている無精ひげの
中年男を警察が必死に説得しようとしていたが、全く効き目が無かった。
「もう絶望した!夢も希望もありゃしない!飛び降りてやるぅ!」
『やめなさい!君が飛び降りたら君の家族は悲しむぞー!』
「どうしました?飛び降りるなら早く飛び降りたらどうです?」
「え!?」
その時飛び降りようとしていた中年男や説得しようとしていた警察、マンションの下で
ワーワー騒いでいた一般市民全員が唖然とした。何せ人が宙に浮いているのだから
しょうがない。まあそれはマグネッサーシステムの応用でホバリングしているミスリル
なのだけど・・・。で、マンション屋上の中年男と同じ高さでホバリングしていたミスリルは
腕組みして中年男を見詰めていた。
「どうしましたか?死にたいのでしょう?早く飛び降りれば良いじゃないですか?」
「ひひひ人が宙に浮いてるぅぅぅ・・・まさか天使!?天使が迎えに来たのですか!?」
「こんなメカニックな天使が何処の世界にいますか!?そんな事より、貴方、
飛び降りるんですか?飛び降りないんですか?」
『こら!そこの空飛ぶ君!彼を煽るんじゃない!本当に飛び降りたらどうする!?』
中年、警察は共に大慌てとなるがミスリルは己の右腕をガトリング砲に変形させ中年男に
狙いを定めた。
「何なら私が一思いにやってあげましょうか?」
「ひ!ヒィ!そんなのは嫌!恐いから銃口向けないでぇ!」
『煽るのは止めなさい!と言うか人が死ぬか否かと言う時に何を考えているんだね!』
「何って・・・別に何とも思いませんから。人の生き死になんて戦場で腐る程見てきましたし、
とにかくどうするんですか?死ぬんですか?死なないんですか?」
「ヒィ!」
その場にいた者達全員が恐怖した。ミスリルの笑顔の裏に隠された非情さを・・・
と、その時だった。ミスリルのガトリング砲にビビった中年男はその場から足を滑らせ
本当に落ちてしまったのである。
「わぁぁぁ!恐いぃぃ!やっぱ死にたくないよぉ!」
「なら素直に嫌って言えば良いのに。」
落下した中年男はミスリルによってあっさり助けられ、とりあえずその場は収まった。
それから、街の中の公園でそれぞれブランコに座るミスリルと中年男の姿があった。
「そもそも貴方、何で飛び降り自殺なんてしようとしたんですか?やっぱ借金とか
生活苦とかですか?」
「いや、金なら腐る程あるし、生活にも困ってなかったな〜。」
「はぁ!?なら何で飛び降りようと・・・?」
ミスリルが呆れていた時、中年男は頭を抱え始めた。
「どうしても思い浮かばないんだ!新しいネタが!新しいキャラクターが!」
「え?貴方一体どんな仕事してたんですか?」
「漫画家だよ。“マンガンマ”ってペンネームで結構名の知れてたんだけどね・・・。」
「“マンガンマ”!まさか“キックの悪魔”の作者さんですか!?アニメも見てましたよ!
主人公が強くて渋くて格好良いんですよね〜。」
“キックの悪魔”。キックボクシングの達人な主人公がゴドスのパイロットとなって世界
各地の戦場を転戦し、得意のキックで強敵を倒していくと言う人気漫画である。無論
アニメ化もされミスリルはそのTV電波を大龍神でキャッチして毎週見ていた。
「“キックの悪魔”も完結して、今度はまた新しい漫画の連載が決まったんだけど
その肝心の新作のネタが思い浮かばないんだよぉ!今までかつて無い誰も考えた事の無い
ような新しいキャラクターと新しいストーリーをやりたいのだけどどうしてもネタが
思い浮かばないんだよぉぉぉぉ!だから死のうとしたんだよぉぉぉぉ!」
「わー!落ち着いてください落ち着いてください!」
マンガンマはブランコの上の柱にロープをくくり付けて首吊りをしようとしており、
ミスリルも慌ててなんとかその場をおさめた。
「にしても新しいネタですか〜。でも私はそっち方面うといから力になれませんし・・・。」
と、流石のミスリルもマンガンマが哀れに思えて来たのか力になってやりたくなって
来ていたが、やはり勝手が違いどうにもならなかった。と、その時だった。
「お取り込み中すみませ〜ん。」
と、突然白と青のカラーリングで貴族っぽいエレガントな軍服に身を包んだ耽美な
男達がミスリルの背後に現れていた。それにはミスリルも少し呆れ眼で・・・
「あらら、獣王騎士団の皆様じゃありませんか。またですか?」
「え?どったの?え?」
マンガンマは意味が分からずにいたが、ミスリルと耽美な男達は知り合いである様だった。
そして突如男達は拳銃を抜いてミスリルに向けて発砲したではないか。
「世界の平和の為に今日こそ死んでもらうぞミスリル!」
「またこのパターンですか?貴方方も懲りないですね〜。」
ミスリルは己の装甲であっけなく銃弾を弾き返し、忽ち殴り倒した。
「うわっ強!」
「ふぅ、にしてもこんな所まで獣王騎士団が来るなんて・・・。とりあえずマンガンマさん、
今はとりあえず安全な所に逃げた方が良いですよ。それじゃ!」
とミスリルはその場から走り去って行ったが、先程の光景を見てからマンガンマの目の
色が打って変わって輝き始めていた。
「こ・・・これは面白い!こんな面白そうなの見ないと損じゃないか!」
と、マンガンマもその後を追った。
“獣王騎士団”。ある大国が世界の平和を守る為に組織したエリート部隊である。
そして部隊名にある通り、その隊員には騎士の位が与えられる。流石に甲冑など着ては
いないが、それでもこれは騎士だと思わせるエレガントな軍服を着用し、今日も世界の
平和の為に戦う正義の集団である。だが、その実体は大国にとって都合の悪い存在を
闇に葬る事を生業とした端から見ると迷惑この上ない連中である。そしてミスリルも
彼らから目を付けられて事あるごとに襲われていたりした。
ミスリルが街から出ると、案の定あちらこちらから武装した獣王騎士団員達がゾロゾロと
集まって来ており、瞬く間にミスリルは取り囲まれてしまった。
「はぁ・・・。いつもいつもしつこいですね〜。私と戦いたかったらせめて超人クラスには
なっていただかないと。」
「人間の力を嘗めるなよ。この悪しき機械人形が!」
「嘗めてはいませんよ。私だって人間の中にも強い人が沢山いる事を知っていますから。
私はそのような人達を超人クラスと呼んでいますけど、貴方方の実力ではまだまだ
超人クラスには・・・と言いたいだけです。このまま無駄死にするよりしっかり力を
蓄えてから挑戦した方が良いんじゃありません?」
「くそっ馬鹿にするな!」
騎士団は一斉にミスリルへ向けて発砲した。しかしやっぱりミスリルの装甲にはびくとも
しないと言うのが泣ける。そしてミスリルはその場から高く跳び上がり、何処からか拳銃
を二丁取り出して構えた。
「ハイ!張り切って行ってみましょう!」
「ギャァ!」
「ワァ!」
「グェッ!」
ミスリルは落下しながら二丁拳銃で地上にいる騎士達を正確に撃ち抜いていった。
騎士達も必死に地上からミスリルを迎撃しているが、どんどんとやられていく。
「すげぇ!あの嬢ちゃん落ちながら戦ってる・・・。」
その光景を遠くから見詰めていたマンガンマもミスリルの戦いぶりには唖然としており、
一方でミスリルの戦いぶりから何かを見出せそうにもなっていた。
「これは・・・これは凄い!凄いよ!」
その直後、天井裏と隣の部屋からわらわらと同型の『ハウスキーパー』が現れた。その
数7体。集団で襲い掛かられたら危なかったが、所詮は昆虫の類。個別に単調な攻撃しか
仕掛けてこないため、一体々々切り捨てて終わった。
「またつまらぬものを切ってしまった」
独りごちる。
玄関に鍵がかかっていなかった本当の理由が分かった。それ自体が一種の罠だったのだ。
鍵が開いていれば大抵の人間は好奇心から中に入ってしまう。侵入者を屋外で攻撃すれば
逃げきれる確率が発生するが、建物の中なら逃げれる可能性は低い。蟻を殺すなら蟻地獄
に落とせ、ということだ。
さすがにこれだけの量を切っただけあって、刃こぼれはひどいし、打撃で反りが強く
なって、鞘に納まらなくなった。
とはいえ、驚くべき粘りである。鉄より硬度の高い素材を切断し、反った刀身も数日
すれば元通りになるのだから。こいつを鍛えあげた数百年前の古代地球人には恐れ入る
しかない。
"駆除"が一段落すると、突然壁の一部に空洞が出来、白衣を着た男が姿をあらわした。
歳のころは60位か。
「なんじゃ貴様は、どこから入ってきた!」
命令することに馴れた人間の頭ごなしの言い方は、俺の神経を逆撫でした。
俺はおもむろに近づくと
「文句あるなら、玄関に鍵ぐらいかけとけや、このボケ」
つま先で相手の鳩尾に蹴りを入れ、上体が下がったところで、相手の顔面に踵でケリを入
れる。ヤクザキックだ。あっけないほど決まり、男は床に崩れおちる。
やけに簡単に決まってしまった。悪の大ボスなら科学者然としていても死神博士みたい
に動けるんだろうと思って手加減しなかったんだが、見当違いだったようだ。
うつぶせになった男の目の前に、抜き身のままで右手に持っていたカタナを突きつけて
やると、さっきまでの勢いはどこへやら、「ヒィィッ」と悲鳴をあげ、数歩あとずさる。
鼻からは赤い液体がにじみ出している。
こういう手合は百の言葉を並べるより単純な暴力の方が効果的だ。
「何故だ、周囲は傭兵部隊に警備させていたはずなのに」
「あー、手荒い歓迎を受けたよ。
それほどまでに秘密にして、ここに何がある?」
途端に白衣の男は自分の役割を思い出したようで、
「貴様のような野良犬に教えてやる義理などないわ!」
カタナの峰を返して相手の顔面に叩きつける。鼻の次に額を割られて、悲鳴をあげながら
再び男が崩れ落ちる。
顔を埋めたまま肩を震わせている。いい年こいた親爺の嗚咽は見るに堪えないが、ま、
仕方ない。
こちらの行動がつい乱暴になってしまうのは「このおっさんがとっとと出てくれば、
余計な宝探しをしなくて済んだのに」という八つ当たりも入っている。
地上に降りた後もミスリルは華麗なガンアクションで群がる騎士達を次々に倒していく。
本来なら拳銃など使わずにミスリルビームやミスリルミサイルマイトなどの超兵器を
使う方が手っ取り早いのだが、彼女にとっての獣王騎士団がそんなに強くない事や
その時の気まぐれによって拳銃を使っていた。と、その時だった。突如として
耽美な美形男ばかりで構成されている獣王騎士団に似つかわしくない大柄な男が
飛び出して来た。金髪にお髭がキュートなまるで何処かのレスラーみたいな大男。
「うわぁ!ハンセンそっくり!」
「獣王騎士団奥義!バスターラリアット!」
「ぐぇ!」
いやもう本当、どっかのレスラーみたいな強烈なラリアットがミスリルの首筋に決まり、
威力の余りにミスリルの首が飛んでしまうのであったが、あっさり再装着していた。
「飛んだ首がまた元通り装着されるとは・・・ブロックスかコイツは!」
「こうなったら一時撤退して体勢を立て直す!」
と、騎士達は慌てて撤退して行ったが、既に何度も獣王騎士団と戦っていたミスリルは
これから何が起こるのか分かっている為、落ち着いて次の行動に移っていた。
「いや〜凄い!本当に凄い!それにまだ何かありそうな気がしてきたぞ〜・・・。」
やはり見物を続けていたマンガンマは興味深く次の展開を待ちわびていた。
「次、メカ戦行ってみよ〜!」
荒野のど真ん中にミスリルの搭乗する大龍神と獣王騎士団のゾイド部隊が相対していた。
獣王騎士団側はその大国における正義の象徴であるライオン型ゾイドばかりで構成されて
おり、さらに騎士団専用に開発された“ナイトライガー”で大龍神を攻撃する様であった。
ナイトライガーは全身を騎士を思わせる強固な甲冑で覆われ、鋭い槍“ナイトスピア”や
鉄壁の盾“ナイトシールド”を背中に装備しているというまさに騎士の獅子とも言うべき
様相をしていた。
「そんじゃま、行きますか?」
「空を飛ばなくても良いのか?」
「良いですよ。陸戦も悪くないですし。」
「まあいい、だがその奢りが命取りになるぞ!」
ミスリルと大龍神は陸戦で迎え撃つつもりだった。そして一歩前に踏み出したその時・・・
「あらぁ!」
突如として地面が崩れると共に深く巨大な穴が現れ、大龍神はその穴に落ちてしまった。
「ほら見ろ!言わんこっちゃない!全機ミサイル一斉発射だ!」
ナイトライガー隊の背後に構えていたゼロパンツァー隊が一斉に穴へ向けてミサイルを
発射した。ミサイルの雨は一斉に穴へ向けて吸い込まれ、大爆発を起こした。
「機械風情が人間の力を甘く見たな。確かに人間は無力だが、頭を使って強大な敵も
倒してきたのだ。原始人が巨大な獲物を落とし穴に落として仕留めた様に・・・。」
と、騎士の一人が格好よくそう言っていた時だった。突如としてナイトライガー隊のいる
地点の地面が突如揺るぐと共に崩れだし、出来た穴に一斉に落とされてしまった。
「うわぁぁ!」
「だから別に人間を嘗めてはいないと言ったでしょう?世の中には超人クラスと言う
凄い人達もいるのですから。」
穴に落ちたナイトライガー隊と入れ替わるように、今度は地面を吹き飛ばしながら大龍神
が現れた。確かに大龍神は穴に落ちたのではあるが、直ぐにドラゴンクローで掘り進んで
ミサイルの雨をやりすごし、逆にナイトライガー隊のいた場所の地盤を緩ませて落とした
のである。続けて大龍神は背後に残るゼロパンツァー隊に機首を向ける。
「次はこちらから行きますよ!ドラゴンサンダー!」
直後、大龍神の頭部に聳える角“ドラゴントライデント”がモーフィング変形を起こし
ギルベイダーが持っていたツインメイザー発射用の角となると共にそこから超高圧電流
ビーム砲が放たれた。対象を感電ではなく物質の分子結合そのものを破壊する超高圧
電流が次々にゼロパンツァー隊を粉砕していく。
「凄ぇ!あの嬢ちゃんのゾイド、見てくれだけじゃなく強さも一級品じゃん!」
やっぱりマンガンマは後を追って観戦を続けており、手に汗握っていた。
「大勢を相手にするには総大将を潰すのが定石って事で旗艦を潰して終わらせましょ!」
騎士団側の陣形が崩れた隙を突き、最後方に位置する旗艦へ向けて大龍神は駆け出した。
騎士団残存部隊は必死に迎撃を試みるが全て弾き返され、意味を成さない。
「流石獣王騎士団、旗艦もライオン型なんてそのこだわりは賞賛に値しますね。」
獣王騎士団最後方に位置していた旗艦ゾイド。それは全長数百メートルにも及ぶ
ライオン型のゾイドであった。その名も“スフィンクスライガー”。名が示す通り、姿と
姿勢はスフィンクスを連想させる。だが無駄に巨大すぎる体躯は接近戦には不向きで
あろうとミスリルは予想した。しかし、スフィンクスのように地に伏せていたそれが
突如4本の足で立ち上がり、大龍神目掛けて走り出したではないか。
「ええ!?」
「スフィンクスライガーはただの要塞ゾイドでは無いぞ!」
「うわぁぁ!恐い!」
前述の通り全長数百メートルにも及び、大龍神さえ見下ろすビッグサイズのスフィンクス
ライガーであるが動きも決して悪くなく、両腕のハンマークローは叩き付けた地面
まるごと吹き飛ばす程の威力だった。
「コワイコワイコワイってばこれ!」
「うわぁ!コイツは流石にヤバイぞ嬢ちゃん・・・。」
一転してスフィンクスライガーに追われる形となった大龍神にマンガンマも心配そうに
見詰めていたが、直後スフィンクスライガーに追撃されていた大龍神が突如動きを止めた。
「え!?」
スフィンクスライガーの無駄な巨大さが仇となった。全速力で追撃していた為に
大龍神の急ブレーキに対応できず、大龍神はスフィンクスライガーの股下を通り抜ける
形で背後に回り込んでいた。
「大変です!背後に回られました!」
「急速反転しろ!」
「ごめんなさい、もう遅かったりします。」
「え!?」
既に大龍神はスフィンクスライガーの頭部に存在するブリッジに組み付いていた。
そしてブリッジに両前足の破壊爪“ドラゴンクロー”で挟み込むと共に両前脚に力を
込めて締め付け始めた。
「どんな巨体でも脳が破壊されたら終わりですね!ドラゴンプレッシャァァァ!」
ミスリルはスフィンクスライガーのブリッジを潰すつもりだった。どんな巨体も
頭脳をやられればそこでお終い。自分自身が何度も敵から頭部を狙われて苦戦した
経験を持っているからこそ出来る芸当だった。
「うわぁぁ!ブリッジが潰されるぅ!」
「総員退艦総員退艦!」
騎士達は大慌てでスフィンクスライガーから退艦し、ブリッジは頭部ごと大龍神によって
潰されてしまった。そして行動不能となり、その場に立ち往生したスフィンクスライガー
の正面に大龍神が立った。
「パワーアップした大龍神の強さ見せてあげます!ジャイアントドラゴンカノン!」
直後大龍神が変形し、その内部から巨大な砲が姿を現した。それはかつて存在した
ギルベイダーのバリエーションの一つ、“ギルカノン”に酷似していた。そして大龍神の
ジャイアントドラゴンカノンから放たれる超極太のプラズマ粒子砲はスフィンクス
ライガーの巨体を一瞬の内に消し去り、残った騎士達は唖然と見詰める他無かった。
「まあ次も頑張って・・・。」
戦い終わってミスリルは元の街に戻って来た。するとマンガンマが走ってきた。
「ありがとう!良い物見せてくれてありがとう!」
「え?」
ミスリルもやや戸惑うがその時のマンガンマの目は輝いており、とてもさっきまで
この世に絶望して自殺を考えた男と同一人物とは思えない程だった。
「君のおかげでついに見出す事が出来たよ!新しいストーリーとキャラクターを!」
「え?まあそれは良かったですね・・・。」
「ありがとう本当に君のおかげだ!ありがとう!」
マンガンマはミスリルが呆れる程何度も礼を言い、その後で嬉しそうに帰って行った。
「アーくん、来たよ」いいタイミングでヘルメットの無線機に通信が入る。
「アー君て呼ぶな。まあいい、玄関部分の天井を吹き飛ばせ!」
「りょーかいっ!」
轟音と共に、天井が吹っ飛ぶ。ロングレンジライフルを至近距離でぶっ放したのだ。
先刻ユーリに、グスタフに戻って武器を換装してくるように命じたのがこれだ。カタナは
建造物の破壊活動には向いてない。
下手すれば俺も生き埋めになるとこだが、うまく調整できてよかった。
隙間からぬっとコマンドウルフが顔を出してこちらを覗き込む。
「なんだ、本命かと思って期待したのに、下っぱの方か」
「お前は実験体の…3246号か?」
「おいこら、あたしは3183号だ。金魚のフンの分際で、まちがえるんじゃねぇ!」
どうやら顔見知りらしい。
「ユーリ、知ってる奴か?」
「博士の助手の一人で、シュワンツっていうやつ。
さあどうやって殺そうか。剣?銃?あたしアレやってみたい。こないだ映画でやってた、
両足首をロープで縛って引きずり回すやつ♪」
「楽しそうな妄想中のところすまないが、却下だ。
そういう奴なら、博士の居所含めて、知ってることはすべて喋ってもらわないとな」
「うん分かった。とっとと喋らせて、それから殺そう♪」
全く分かってない・・・
まあ暴れだして即虐殺にならないだけ、ましか。
こんなところで貴重な手がかりが得られるとは、全く予想していなかった。タナカラ
ボタモチとはこのことだ。
白衣の男を手近にあった椅子に縛りつける。ロープがないので、カーテンを細く切った
ものを使う。
「さて、あんたなら知ってるはずだ。フランツ・バインニッヒはどこにいる?」
その名前を聞いた途端、白衣の男の身体がびくっと震えた。フランツとは、ユーリをオー
ガノイドの実験台にし、コマンドウルフの中に押し込めた張本人であり、この男の上司で
ある。だが震えながらも
「貴様らに教えてやる口は持っとらんわい」
と虚勢を張る。目の前にいるのはかつての実験生物とその知人である。なるほど、この期
に及んで白亜の塔の住人としてのプライドが戻ってきたらしい。
面倒臭くなってきた。
「おいユーリ、こいつを“気持ちよく”してやれ」
「えー、やだよ。何でこんなヤツを」
「お前、博士とコイツと、どっちを殺したいんだ?」
「分かったわよ。しょうがないな‥・」
ユーリは黙りこくると、ウルフの顔をじっと白衣の方に向ける。
ユーリの特殊能力のひとつ、「脳操作」である。生半可な催眠術とはワケが違う。なに
しろ、相手の脳の特定部位に直接刺激を与えるのだから、抵抗は不可能だ。今頃は前頭葉
の一部を刺激して警戒感を麻痺させつつ、大脳の快楽中枢を刺激しているはずだ。
はたして、今までの険しい表情が消えて、目がうつろになってきた。ためしに股間を靴
底で踏んでみる。見事に勃起している。効いているか確認するにはこれが一番だ。こんな
目にあわされても、全く嫌がる様子がないどころか、悦んでいるようにしか見えない。
「なあ友人、そろそろお前さんのボスについて教えてくれないかな」
今までの態度はどこへやら、白衣の男は堰を切ったように話し始めた。
しばらく後、マンガンマの新作が雑誌に掲載された。早速その雑誌を買って読む
ミスリルだが、実際にその漫画が呼んで唖然としてしまった。
「こ・・・これは・・・。」
マンガンマの新作は渋い男の世界を描いた“キックの悪魔”とは一転、アンドロイドで
魔法少女な女の子が活躍するヒロインものになっていた。しかもその主人公は思い切り
ミスリルがモデルになってるとしか思えない風貌をしている。しかし、アンドロイドで
魔法少女と言うかつて無い新しいキャラクター(少なくとも惑星Ziにおいては)が
話題を呼び、瞬く間に人気作品となった。
「ありがとう。君のおかげで本当に助かったよ。ありがとう・・・。と言う事で、何か
君に御礼をしたいんだが・・・。」
「いえ、別に例なんていりませんよ。暇潰しが出来ただけで十分です。」
お礼をしたいが為に再びミスリルの所にやってきたマンガンマをミスリルは丁重に
断ろうとしていたが、彼自身はどうしてもお礼がしたかったが為に仕方なく頂いた。
それからまたしばらく経った後、ミスリルと大龍神は獣王騎士団とはまた別の
自称正義の味方団体の攻撃を受けようとしていた。が・・・
「た・・・隊長!私には私には撃てないであります!」
「何だと!?貴様それでも軍人かぁ!?ってこれはワシでも撃てん!」
「これは困ったどうしよう!」
マンガンマがミスリルにしたお礼、それは大龍神に大きく自分の新作のキャラクターを
描いた事だった。端から見るとその様相は痛い事この上無いが、それは相当人気の出た
キャラクターだったらしく、ミスリルと大龍神を狙う者達の中にもファンは大勢おり
「ダメだ!俺には彼女を撃つ事は出来ない!」
なんて言って結局攻撃を躊躇する者が続出。で、その隙をミスリルと大龍神が
突いて一網打尽にする事が多くなっていたのだが・・・
「う・・・何か私凄く悪い事してる様な気がする・・・。」
普通に倒す時は何とも思わなかったのに、この時はミスリルも妙に罪悪感を感じた。
で、結局そのキャラクターの塗装は落としてしまったそうである。
何はともあれミスリルと大龍神の旅はまだまだ続く。
おわり
「やあ友人、何で私はこんな目にあわされてるんだっけ?
まあいい。これはこれで新鮮な気持ちが味わえるよ。
ところで、あの方のことが知りたいのだね?よろしい。あの方のことであれば何時間
あっても語り尽くせないよ。
まずは私とあの方との出会いから話さねばなるまい。え、嫌?まあそう言わず。そこ
から話さねばあの方のことを理解することはできまいよ。
かつて私はヴァルハラの大学の教授だった。そう、あのガイロス帝國の栄えある帝立
大学だよ。当時のガイロス帝國の中でも生物学に於ては私の右に出る者はいなかった。
その時、医学部に入学してきたのがあの方だ。最初は一般科目の受講生として、その
うち「個人的興味があって」と称して、しばしば私の研究室を訪れるようになったのだ。
あの方は入学当初から『鬼才』と呼ばれていたが、最初の印象はちょっと頭の回転がい
いな、という程度だった。ゾイドの生態について質問してきたが、3ヶ月で私と対等に
議論するようになり、半年で私の知識を超えてしまった。
ともするうちに、あの方はゾイド工学科に転科し、私との距離はますます近くなった。
その頃には公衆の面前では私が教授としての体裁を保っていたが、誰も見ていないとこ
ろで私の方が師事するようになっていたのだ。未だに人間の能力とは思えないね。
ところがある日、彼は唐突にこう言い出した。「ここで学ぶべき事は全て学んだ。もう
少し学生生活をエンジョイしたいんだけど、公安当局のマークに引っかかったようだ」
そしてあの方は自分の出生について私に教えてくださった。祖父はゾイド工学の権威だ
った事、オーガノイドを発明した偉大な科学者だった事、ある日突然全ての名誉を剥奪
され、国外退去させられた事、生まれ育ったニクス大陸から遠く離れた東方大陸で、軟禁
同然のまま憤死した事、自分はその祖父の志を継いで偉大な科学者になると誓った事。
「オーガノイド、って知ってますか?」
名前だけは知っていた。ジェノザウラーやレブラプターに付いているブラックボックス
の名称だ。だが、内部がどうなっているかは誰も知らない。全ての資料は廃棄され、
ゾイド生物学の権威たる私ですら見たことはない。
「僕の望みは、祖父を否定した連中を見返してやること。そのために、まずオーガノイド
を復活させる。」
そのために協力してくれと言われた。その時の胸の震え、君なら分かってもらえるだろ
うか。年は親子ほども違うが私よりはるかに超越した存在に、自分が必要だと言われた
のだ!
私は一も二もなく、その場で忠誠を誓った。
あの方には私のようなブレーンが6人いた。いずれも私同様、各界の権威ばかりで、
あの方に心酔する気持ちは同じだったが、中でも私が最も厚い信頼を得ていた。いや、
一人だけ見慣れない奴がいたな。いつも黒い服を着た、長身の男。あいつは一体何をし
ていたんだろう。
まあいい。私達はすぐにヴァルハラから脱出し、まずは西方大陸のオリュンポス山へ
向かった。その山の遺跡に重要な情報があるらしかったからだ。だが徒労に終わった。
古代遺跡の大半は既に土の中に埋もれていたからだ。他の遺跡についても同様だった。
探索は失敗に終わったが、まだ諦める気はなかった。各分野のエキスパートが揃って
いるのだから、各自の知識を総合すれば、オーガノイドは必ず作れるはずだった。
とりあえず名前と出自を偽って、西方大陸の各地に散らばって潜伏することにした。
ある者は商人、ある者は技術者、私は牧師だったし、あの方は学校教師だったな。
深夜に世間の目を盗んで研究を続ける生活が始まった。さいわい西方大陸には大戦中
に廃棄・遺棄されたゾイドが大量にあったから実験台の入手には不自由しなかったよ。
最初はゾイドに別のゾイドコアを連結させる実験。次に小動物をゾイドに搭載する実験。
だがこれらは失敗に終わった。原因はゾイドコアが拒絶反応を起こすためだ。
さらに高い知性が必要なのではないか。ついに攫ってきた人間を使った実験をやったが、
成人男女では拒絶反応が強すぎて失敗、幼児なら拒絶反応が少ないが機能としては不十分。
ではもしかしたら思考する能力がありながら人格形成の不十分な子供、たとえば児童
ならどうだろう?という話になり、あの方が自分の教え子の中から数人を選抜して試験
を行なったのだ。
だがどうしてもあと一歩で失敗する。何故だ?原因が分からない。行き詰ったその時、
あの黒服の長身の男が提案をしてきた。ヘリック共和国首都のミスカトニック大学には
地球からの書物が大量にあるという。その技術を応用すれば上手くいくのではないか。
最初は半信半疑だったが、あの方はそれに賭けた。黒服の男と二人で中央大陸に行く
と、数日して書物を抱えて帰ってきた。
古びた本には、見たこともない文字が書いてあった。古代地球のアレキサンドリアの
大図書館にあった貴重な本の写本だと云う。あの方はどこでその文字を覚えてきたのか、
狂喜しながらむさぼり読んでいた。
そして、あの実験がおこなわれたのだ。そう、あなたの後ろにいるコマンドウルフの
実験は成功に思われた。接続したゾイド達の全てが期待されたスペックを発揮したのだ。
ところが、時間が経つにつれて問題が散見された。自我が強くて人の云うことを聞かな
いのだ。致命的なのは“同族喰らい”の特性があることだ。最低でも月に一度は他のゾ
イドのゾイドコアを食べる衝動が発生するのだ。そんな物騒なものを飼っておける軍隊
などあるわけがない。処分すべきか検討しているうちに、治安局の手入れが近いとの情
報が入ってきた。我々は不良品を置き去りにして、再び逃げたのだよ。
それからは中央大陸や東方大陸などを転々としながら研究を続けたが、結果は芳しい
ものではなかった。研究が行き詰まり、発想の転換が必要になった。最高のシステムを操
るには最高のパイロットが必要なのではないか。パイロットが優秀でないからゾイドが
言う事を聞かないのではないか、とな。
この研究の材料には、最高の頭脳の持ち主が必要になった。人間の脳細胞は出産から
増加を続け、8歳で成長が止まり、後は減少こそすれ増加しないと言われる。8歳の児
童が最も脳細胞の多い、つまり最も優秀な頭脳の持ち主だと云える。我々は教師になりす
まして各地の幼年学校から優秀な児童5人を選び出し、催眠術と外科手術による脳改造
を行った。あとは催眠学習機によって、世界中のあらゆる叡智を刷り込ませた。これで
完璧な頭脳が出来た。肉体は大人に劣るものの、これから効率的な訓練ができる分、理
想的な肉体を作るのには丁度いい。
あの方はたいそうお喜びになり、「こいつらの訓練に必要な場所を捜してくる。君達は
ここで待っていてくれたまえ」と言って、子供達と黒服の男だけを連れてどこかへ行って
しまわれた。
あの方とはあれからお会いしていない。いくら待っても帰ってはこられず、残った
我々は意見の相違でばらばらになってしまった。そうしているうちに声をかけてきたの
が、ショーシャの連中だ」
おいおい、話がとんでもないことになってきた。
ショーシャ、正式には総合商社と云う。何でも買い、何でも売る。扱わないものは
ないと言っていい。地球人が持ち込んだ特殊な組織形態だ。利益を上げることだけを至上
とし、大戦時も敵味方双方に商売をしていたと聞く。
つまり、理念も正義感もないのである。そのくせカネへの執着心は凄まじい。この惑
星上で最も敵にしたくない相手である。
白衣の男は勝手に話を続ける。
「彼等はこの研究室を提供してくれた。外を護る傭兵部隊の手配をしたのもショーシャ
だ。ゾイドもこっちで用意したんじゃなかったかな?
まあそんなわけで私はここで自分の研究を続けながら、あの方とお会いできる日を待
ち望んでいるのだ。
私には分かる。今頃は太古の神々の力すら我がものとし、既に人間の限界を超越して
おられる頃だ。いずれあの方はゾイドイブすら超えた存在として、我らの前に姿を現す
であろう!」
「ふぅん。百年も生きてない若僧のくせに、言ってくれるじゃないの」
突然の背後からの声。驚いて振り向くが、誰もいない。全身から冷たい汗が噴き出す。
ユーリじゃない、もっと妖艶な、甘美な、邪悪な、大人の女性の声。忘れたくても
忘れられない、あの”魔女”声だ。
だが、そんな俺の思惑とは別に、狂気の科学者の独白は続く。
それはとある海にて起こった。漁業仕様に改造されたハンマーヘッドが何時ものように
漁を行っていたのだが、突然歌が聞こえてくるでは無いか。
「こんな海のど真ん中で一体誰が歌って・・・。」
漁業仕様ハンマーヘッドに搭乗していた漁師が首を傾けていたが、その美しい歌声に
知らず知らずのうちに聞き入ってしまっていた。とその時、突如として眠気に襲われ、
ハンマーヘッド共々夢遊病になったかのように歌声へ向けて進んで行くと共に、海の中へ
消えて行った・・・
「悪魔の海域・・・ですか?」
「うむ。何時の頃かその海域を通ったゾイドや船舶が乗組員ごと行方不明になる事件が
続出し始めたのだ。故にその海域には悪魔が棲む悪魔の海域と呼ばれるようになった。
これは本当に怪しい、怪しい事件だとは思わないか?」
「私としては貴方の方が怪しいですよ、覆面Xさん。」
超カスタムメイド級ギルドラゴン“大龍神”を従えし人の心を持つ機械“SBHI−04
ミスリル“はある日”覆面X“と名乗るいかにも怪しい覆面怪人の依頼を受けていた。
覆面Xの依頼は、現在行方不明者を続出させている“悪魔の海域”と呼ばれる海域の調査
である。ミスリル自身も色々な修羅場は潜っている為、ヤバイ仕事はもう慣れっこに
なっていたのか、あっさりと引き受けた。そして現時点でミスリルは二つの説を考えた。
その悪魔の海域はトライアングルダラスの様な電磁海域で、その電磁力によってゾイドを
狂わせてしまうのか、はたまた海底に大量のメタンハイドレートが埋蔵されており、
そこから発生するメタンの泡が浮力を失わせて船舶を沈めたり、空気に混じって
エンジン内に進入し不完全燃焼などによって出力を失わせるなどである。だが大龍神、
ミスリルともに対電磁対策は万全であるし、両者は真空中でも活動可能な程の高気密性を
持つ為メタンハイドレートに関しても何とかなると考えていた。だが・・・
それから、大龍神は悪魔の海域の近くにある浜辺までやってきており、ミスリルは
その頭の上に座って海の方を眺めていた。そして出発しようとキャノピーを開こうと
した時だった。
「旅のお方、何処へ行かれるおつもりか?」
「へ?」
よく見ると大龍神の足元に一人の老婆の姿があった。恐らく地元住民であると思われる。
「ハイ、これからちょっと海に調査にですね。」
「やめなされ。海の神様の祟りがあるぞ。海の神様を怒らしたもんは遠い遠い所に連れて
行かれてみんな帰ってこなんだ。旅のお方は立派な龍を持っておるようじゃが、海の神様
の前にはひとたまりも無い。ここは帰りなされ。」
「大丈夫ですよ。自称神様なら幾らでも相手にしてきましたから、でも一応は気を付けて
おきます。」
「あ!こら待ちなされ!」
ミスリルは老婆の警告を適当に聞き流し、大龍神は海へと潜って行った。
海中を進んでいた大龍神は間も無く悪魔の海域と呼ばれる海域に近付きつつあった。
「電磁波・メタンハイドレート反応ともに無し・・・か・・・、じゃあ一体何が原因なのかな?」
自身の予想が見事に外れ、ミスリルが首を傾げていた時だった。
「歌・・・?」
突然何処からともなく歌声が聞こえて来た。しかしここは海のど真ん中であり、同時に
かなり深い場所である。そんな所に普通なら歌が聞こえるはずがない。と、その時だった。
「わっ!どうしたの大龍神!?」
突如として大龍神が制御不能に陥り、まるで夢遊病になったかのように歌声に引き寄せ
られ始めたではないか。
「ちょっ一体どうしたの!?ねえ!?」
ミスリルは操縦桿を何度も引くが大龍神は止まらない。このような事は初めてだった。
そしてなおも歌声は響き渡り、大龍神はそれに引き寄せられるかのように泳ぎ続ける。
「一体どうして・・・ん?待てよ・・・まさかこの歌が!?」
ミスリルは途方にくれていたが、大龍神に異変が起きたのは正体不明の歌声が響いて来て
からの事である。恐らくはその歌には催眠効果があるのかもしれない。だとするとAIで
思考するミスリルならともかく、コアは生身な大龍神はひとたまりも無かった。
「さてはこの歌に引き寄せられて皆行方不明になったのね!?ならば・・・。」
ミスリルは己の掌からコードを出すと共に大龍神のコンピューターと直結させ、そこから
電流を流し込んだ。
「ああ、それにしてもあの方はどこにおられるのだろう。あなたさまの信奉者、科学の
従順な下僕である私めはここにおります。あなたさまのことをいつも思っているというの
に、あなたさまはいつ答えて下さるのか。今もまぶたを閉じれは思い浮かぶ、あぁ、
あぁ・・・」
「こらユーリ、やめろ!何をしている!聞こえないのか!」
だがコマンドウルフはジッと白衣の男を睨みつけたまま、微動だにしない。あきらかに
”能力”を使っている。
神経に快楽を与える物質として代表的なものにエンドルフィンがある。適量なら苦痛を
緩和し幸福感をもたらすが、コンマ数ミリグラムで十分に効果のあるものを脳にたれ流し
続けたらどうなるか。
既に男は目の焦点が合わなくなり、頭が不安定に揺れ、ろれつが回らなくて何を言って
るか聞き取れなくなっている。
やがてユーリがポツリと
「死んだね・・」
と言った。
心臓は動いている。呼吸もしている。だが眼球はどんよりと濁り、口からは涎を流し
ながら乳児のようにウーウー言ってる哀れな存在を、もはや人間として”生きている”
とは言えまい。
激しい後悔の念に囚われる。この哀れな科学者が一体何をしたのか。これだけの罰を受
けるほどの罪を犯したのか。ユーリを含めた数多くの人間を実験の犠牲にしたとはいえ、
共犯者にすぎないではないか。俺にこの男を裁く権利があったというのか。
「アーくん、大丈夫?」
呼ばれて横を見る。コマンドウルフがこちらを見ていた。表情のないはずの顔は、なぜか
寂しそうに見えた。
その途端、胸のもやもやがすっと消える。俺は何をうじうじ悩んでたんだ?ユーリを
もとの身体にしてやるとあの時誓ったではないか。それに、ショーシャの連中が関わって
いるのなら、ぐずぐずしている時間はない。
急いでいるとはいえこのまま手ぶらで帰ったのでは今までの労力が無駄になってしまう。
何か手がかりはないかと無人になった建物内部を調査する。
2階は書斎になっており、でかい机の上にパソコンが数台ならんでいた。
地下1階から4階まで実験室になっていた。いろいろな野生ゾイドの幼生体だろう。
大小さまざまなゾイドの死骸が大量にあった。円筒形のカプセルに保存された品は、犬の
体に羊の頭をもったもの、ロバの身体に鳥の羽をつけたものなど、奇怪な死体ばかりだっ
た。キメラを作っていたらしい。だが、遺伝子の融合という点では既にブロックスという
形で複数ゾイドの特性を共有させることに成功している。いまさらこんな研究に何の意味
があるのか?
とりあえずパソコン内のデータをコピーし、研究の中でも重要そうなファイルを数冊持
ち帰ることにした。
あとは証拠隠滅だ。残ったハウスキーパーの残骸をウルフに積む。戦闘のあった場所に
戻るとシールドライガーの足裏(ジャンク屋で購入)を履いて歩きながら、ヘルキャット
のパイロットの生死を確認する。幸い、全員が怪我はしているが死んではいなかったので、
ユーリに命じて記憶視野に衝撃を与えて記憶喪失にした上、情緒不安定にする。恐怖感に
かられた生物は帰巣本能に従って勝手に自分の家に帰るはずだ。驚いたことに、お互いの
名前すら忘れた状態なのに、怪我人同士が協力して、いずこかへ歩き出した。こういう行
動が自然に出るのは、いかにいままで強い連帯感で繋がっていたかという証左であろう。
あとはヘルキャットの処分だが、これはユーリの「遠隔操作」で歩かせることにした。
脚の1本くらい無くても歩行は可能だ。自力で動けないヘルキャットはその場で「ごちそ
うさま」して処分した。
まっ二つにしたタイガー、これだけはどうしようもない。強敵の冥福に合掌する。
ヘルキャット達だけを引き連れて森から出る。森はいっそう薄暗く、木々の陰から誰か
に見られているような気がして仕方がなかった。
そのまま夜道を3時間ほど歩いたところに大河があり、ヘルキャット達をそのまま河の
中に突っ込ませる。さながらハーメルンの笛吹きだ。
そして俺達は夜道を押して次の町へ向かった。さいわい、夜明け前に豪雨が降って足跡
などの痕跡の大部分を洗い流してくれた。
それから数ヶ月、俺の仕業であることがばれてショーシャからの刺客が送られてくるの
ではないかと緊張する日々が続いた。だが来るのは相変わらず逆恨みや八つ当たりしか
できない半端な連中ばかりだった。どうやら誤魔化せたらしい。
2人の旅はまだまだ続く。
「起きなさい!起きなさい大龍神!」
コンピューターを通じてコアに届いた電気ショックにより大龍神は我に返った。
「とりあえず今は何とかなったけど・・・何か来ますねぇ・・・。」
その姿はまだ見えずとも、レーダーとソナーは暗い海底の向こうから迫り来る何かを
捉えていた。それは恐らくは先ほどの歌を歌った張本人で、その歌作戦が失敗した為に
直接こちらを葬ろうと言う考えなのであろう。
「さて、ゾイドまで狂わせてしまう歌を歌うなんて・・・きっと何処かの国が作った新型兵器
なんでしょうけど・・・ってうわぁ!!」
ミスリルは思わず叫んでしまった。もはやどこかの国の新型兵器とかそういう次元の
問題では無かった。それは何と巨大な人魚だったのである。デスザウラーと同程度は
あろうかと思われる程の巨人、しかも長い髪の女性の上半身に、強固な金属製の鱗を
持った魚類を思わせる下半身を持った巨人魚。余りにも想像を超えた様相にミスリルは
唖然とするしか無かった。
「人魚なんて・・・しかもこんなに大きい・・・。」
「この私セイレーンの歌に惹かれなかったのはあなたが初めてよ。」
「セイレーン!?シーゲル=ミズーキ先生の本に載ってたあのセイレーン!?」
“セイレーン”
海に住むと言われる妖怪、人魚の一種で海の魔女とも呼ばれる。美しい歌声で船乗り
などを惑わし、引き寄せられた者達を連れ去ってしまう。その歌によって船乗りを
引き寄せる行為は後にサイレンの語源にもなった。
鋼獣書房刊 シーゲル=ミズーキ著「ゴゴゴの機太郎世界妖怪百番勝負」より抜粋
「シーゲル=ミズーキ先生が仰っていた事は本当だったなんて・・・。信じられない・・・
でもこれがあのお婆さんの言っていた海の神様の正体ってワケですね。」
「信じられないのはこっちのほう。何故あんたには私の歌が平気なのさ?
なるほど・・・、あんたからくり人形だね?人間もいつの間にかそんな大層なもん
こさえる事が出来る様になっちゃって・・・、でもアンタは平気でもそっちの白い龍には
効くみたいだねぇ・・・。」
セイレーンはこちらを向いた状態で後ろに向けて泳ぎながら再び歌いだした。
そして大龍神はまたもその歌によって夢遊病のように引き寄せられていく、
しかも今度は電気ショックを行っても元には戻らなかった。恐らくセイレーンが間近で
歌っている事が原因だと思われる。なおも大龍神は引き寄せられ続け、セイレーンと
共に海上にまで上がっていた。
「一体何が目的・・・って何あれ!?」
その時水平線の彼方の海面に黒い穴がぽっかりと開いているのが見えた。しかもそれが
周囲の物体を絶えず吸い込み続けているのである。
「何あれ!?何あれ!?」
「あれかい?アレは地獄へ通じる扉さ、アンタ達もこれからそこへ行くのさ。」
セイレーンは不気味な笑みを浮かべ、ミスリルは思わず青ざめた。
「何で!?何でそんな事するの!?」
「さぁ・・・何でだろうねぇ。」
セイレーンは答える事は無かった。だが相手は妖怪である。そもそも此方の常識の一切
通用しない相手なのだからその行動の理由を聞く事自体がナンセンスかもしれない。
「何が何だかわからないけどそんな事させません!」
本当に海面の黒い穴が地獄へ通じているのかはミスリルには分からない。だからと言って
ハイそうですかと大人しく落ちてやる程ミスリルは善人ではない。と言うか人じゃない。
故にミスリルはなおもセイレーンに引き寄せられる大龍神のキャノピーを開き、ブースト
全開でセイレーン目掛けて飛びかかった。
「でやぁぁぁぁぁぁ!」
ミスリルの特殊合金製の腕から繰り出される強力パンチがセイレーンの腹に命中した。
しかし、小型中型ゾイドさえ粉砕可能なミスリルパンチを食らいながらもセイレーンには
びくともしていなかった。
「さ・・・流石は妖怪・・・てんで効いてないじゃないの・・・。」
「所詮人間が作ったからくり人形なんてそんなものさ。」
「でもまだまだ手はあります!」
セイレーンがミスリル目掛け手を伸ばそうとした時だった。セイレーンの腹を殴った
ミスリルの右腕の装甲が開き、そこから無数のトゲが伸びてセイレーンの腹に突き刺さる
と共に超高圧電流を流し始めたのである。
「ミスリルプラズマバンカァァァァ!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
セイレーンの全身に電撃が走りスパークを起こす。そして歌が止まると共に大龍神は
我に返り、ミスリルもセイレーンから離れて大龍神の頭に乗った。
「ついでにダメ押し!ミスリルミサイルマイト!」
続けてミスリルは超高圧電流によって真っ黒こげになったセイレーン目掛け、両腕から
ミサイルの雨を叩き込んだ。しかし、セイレーンは死ななかった。煙が晴れると同時に
大龍神に飛びかかってきたのである。
「からくり人形ごときがよくもこの美しい体にぃぃ!!」
「うわぁ!恐い!」
とっさに大龍神は口腔部に装備された“ドラゴンファイヤーボール”を発射した。
今は亡きディガルド武国のバイオゾイドが標準装備していた火炎砲を参考に、ミスリル
なりの強化と改良を施して大龍神に装備した高熱の火炎を弾丸状に収束させて超高速で
撃ちだすと言う超兵器。威力こそプラズマ粒子砲やビームスマッシャーに劣るが、燃費と
連射性が良く、何より口から発射する形を取っている為に角度の調節も自在な扱い易い
武器である。それでも並の相手なら軽く部隊単位で吹っ飛ばせる程の威力はあるが・・・
「熱い・・・でも我慢できる熱さじゃないわぁ!」
「ええ!?流石妖怪!シーゲル先生が言っていた通りお化けは死な〜ない〜のね!?」
相手が妖怪である以上こちらの常識は一切通用しないと言うのは既に前述された通りで
あるが、本当にそうならば物理的な攻撃で倒す事など不可能なのかもしれない。仮に
この場は倒す事が出来てもいずれ復活する事は目に見えており、当然ミスリルに陰陽師の
ような真似は不可能。かと言って逃げる事も出来そうに無かった。
「ええい離せ気持ち悪い!」
とりあえず組み付いてきたセイレーンは割りとあっさり振り払えた為、パワーでは
大龍神の方が上なのだろうが、やはり相手が妖怪である以上死に至らしめる事自体は
不可能な様であり、むしろ死という概念自体が存在するか怪しいものだった。
そしてセイレーンは再び歌おうとして来たでは無いか。これではまた大龍神は制御不能に
されてしまう。だが、同じヘマを踏むほどミスリルもマヌケでは無かった。
「目には目を!音には音です!ドラゴンサウンダー!!」
今度は大龍神の口腔部にスピーカーが現れ、ミスリルもマイクを握った。
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
ミスリルは力一杯叫び、その声を大龍神が増幅させる。元々ゾイドカラオケ大会用に
開発搭載した装備であるが、その超大音量は音波兵器としても十分機能する。
「ぎゃぁぁぁぁ!うるせぇぇぇぇぇ!」
案の定セイレーンは思わず耳を塞ぎ、周囲の海水さえ吹き飛ばす威力を見せ付けた。
と同時にセイレーンの歌もかき消され、大龍神が操られる事は無かった。
「確かに貴女は死なないかもしれません!なら何も出来なくしてしまえば良いのです!
ドラゴンフリーザー!!」
続いて大龍神の口腔内の装備が冷凍砲に切り替わり、超冷凍光線“ドラゴンフリーザー”
がセイレーンを一瞬の内に氷付けにする。確かにセイレーンに死は無い。だが、力ならば
大龍神の方が上であり、自力で氷付け状態から脱出は出来ないようであった。
そして大龍神は氷付けのセイレーンを抱えて飛びあがり、数千メートル級の山脈の奥の奥、
永久氷壁と呼ばれる程の氷の中へ閉じ込めた。これならばセイレーンは氷の中で
ほぼ半永久的に眠り続ける事であろう。無論セイレーンが氷の中へ封じ込められた事に
より地獄への扉も閉じられた。
「と言う事がありまして・・・。」
「なんと妖怪とな。誠に信じられんが、記録映像も残ってるから信じないワケには
いかんな。だが世の中にはそういう連中がまだいたというのだから驚きだ。」
「まったくシーゲル=ミズーキ先生様々ですね〜。」
仕事は終わり、報酬を頂いたミスリルは再び出発する。今回の事で彼女は世界の奥深さを
改めて学ぶ事となった。ミスリルと大龍神の旅はまだまだ続く。
おわり
ZAC2099年、ベレイ・スタントン少尉はロブ基地にいた。かねてよりガイロス帝国の不穏
な動きを掴んでいたへリック共和国軍は、情報部員を西方大陸に送り込んだ。彼らの任務
は西方大陸各地に潜入して現地の情報収集および開戦までに現地住民を組織して後方での
ゲリラ活動をすることだった。士官学校を卒業したばかりのベレイがこの困難な任務に選
ばれたのは単に彼が西方大陸で生まれて幼年期を過ごしたからである。
中央部の山岳地帯に向かったべレイは、少数民族のユバ族の集落に行き、協力を要請し
た。皇帝独裁体制のガイロスに侵略される危険性を説明し、共和国に味方する利を説こう
とするが、耳を貸してもらえない。熱意と根気で説得を続けようするとする彼に、族長が
言った。
「祭りに参加して、己の正しさを神に示してみせよ」
3日間の相撲大会。例年は百人抜きをしたものが勝者となるが、今年はべレイが百人と連続
対戦するルール。勝っても負けても次から次へと対戦者が現れて相撲をとらされた。
続いて3日間連続での大宴会。彼は酒に弱いのだが、次から次へと注がれる酒を片っ端から
飲んでいった。相撲による打撲や傷や筋肉痛もあって体調は最悪。しかし吐いたり転寝した
りしながら必死にベレイは飲んだ。自分を認めて貰うためには死に物狂いになるしかない。
もはや意地である。
やがて祭りが終わり、族長が言った。
「話を聞こうではないか」
村人を集めて話をした。終わると、全員、口をそろえて言った。
「お前の口から語られる事は、何であれ我々は信じよう」
ZAC2101年、ベレイ少尉はユバ族の戦士を組織化し「ユバ開放戦線」としてレジスタンス
活動を展開していた。ユバ族は一家に一台、先祖代々のゾイドを保有し、屈強な戦士が
揃っていた。
とはいえゾイドは中小型ばかりで決戦をするには戦力不足であり、もっぱら後方の補給
部隊への攻撃が中心ではあったが、実はこの戦法が帝国軍を大いに苦しめていた。
近隣の部族からも参加してくる戦士達がおり、戦力は徐々に増加していた。(この時
ベレイは森林帯の部族から木を活かした独特の戦法を教わった)
しかし大局は彼らとは関係ないところで動いており、共和国軍は劣勢後の大反攻でニク
シー基地を陥落させて暗黒大陸に移動、一方でガイロス帝国の鉄竜騎士団がネオゼネバス
帝国を名乗り中央大陸に上陸した。ベレイ達は正規軍でなくゲリラ部隊とみなされ、西方
大陸に取り残されていた。お陰で部隊に被害は出ないが、べレイ自身は気が気ではなかった。
中央大陸に置いてきた母と妹の身が気にかかる彼は、危険を承知で中央大陸に戻る決意を
する。だがユバ族は中央大陸の人間ではない。これ以上危険に巻き込む筋合いはない。
ある夜、こっそり一同から離れようとするベレイの前に、解放戦線の仲間が立ちふさがる。
「お前と俺たちはいつも一緒だ。俺達も連れていけ」
ZAC2104年、ベレイ少尉率いるユバ族のゲリラ組織は中央大陸に拠点を移していた。
既に共和国軍の大半が中央大陸から撤退し、残された部隊もネオゼネバス帝国軍の掃討
作戦で年々減少している中、彼らは黙々とゲリラ活動を続けていた。
その頃、彼らは高速移動で敵を囲み、中央に囲い込んだ敵を倒す戦術を編み出していた。
敵は単独でも複数でも関係ない。囲むことと攻撃するための間合いの取り方にコツが
あった。囲まれた敵は前後左右から均等に銃弾を浴びるため、爆発四散した破片は均等に
円を描くように散る。その破片があたかも花が咲いたように見えることから”ブラッディ
ローズ”と呼んでいた。
ちなみにこれは地球の中世北米大陸でネイティブが白人の騎兵隊をさんざんに悩ませた
戦法なのだが、彼らはそんなことは知らない。
ある日、いつものようにネオゼネバスの巡回部隊を襲撃した。後方のディメトロドンと
中継のディアントラーを破壊すると、前面に展開していた無人ブロックスの統制が乱れた。
あとは囲い込めば終わりだ、と勝利を確信した時、数機のブロックスが、咆えた。と見る
間に分裂し合体し、べレイ達の目の前に一機の巨大なゾイドが姿を現し、襲い掛かってきた。
* * * * * * * * * * * *
キメラドラゴンとの戦闘は10分以上も続いた。この凶悪なゾイドは何十発も銃弾を受
けても平然として戦闘を続けた。破損してもパーツを外して、他のパーツを結合させる。
ベレイ達も何機ものゾイドが撃墜された。その度にフォーメーションが乱れそうになるのを
必死にこらえて、攻撃を続けてようやく倒すことができた。
「これはもう薔薇のサイズでは収まらないな」
「今までが薔薇なら、これは牡丹だな」
以後“ブラッディローズ”は“紅牡丹”と名を改め、ベレイのゲリラ組織は「紅の牡丹団」
と呼ばれネオゼネバス軍から恐れられる。
「正規軍の扱いはできないとは、どういうことですか!」
ZAC2111年、共和国軍中央本部。10年ぶりに共和国軍の制服を着たベレイ少尉は上司
に喰ってかかっていた。
その数ヶ月前、旧首都での戦いに勝利した共和国軍は念願の中央大陸帰還が叶っていた。
「仕方ないだろう。ただでさえ軍事費削減と言われてる昨今、人は減らせても増やせんよ」
ヘリック共和国は中央大陸に戻ることができたとはいえ、全てが元に戻ったわけではない。
領地は中央大陸の半分以下、財政力も大戦前の半分以下である。戦力を温存していたネオ
ゼネバスと、勝ったとはいえ総力戦で戦力を疲弊したへリック。屈辱的な内容でも講和条約
に調印せざるをえなかった。ネオゼネバスへの対抗上、軍事力を増強したいのに財政上の
理由で軍事費を削減せざるをえないというジレンマを抱えることになってしまっていた。
キマイラ要塞戦やマウントアーサー、ウィルソン川を経て旧首都での決戦といった華々
しい主戦場にはベレイ達「紅の牡丹団」は参加していない。彼らは中央大陸西部で後方撹乱
をしていたのだ。そのお蔭でネオゼネバスは主戦場に全戦力の30%しか投入できなかった
のであるが・・・
「君だけなら原隊復帰という形で処理できるぞ」
「彼らを見捨てて私だけ帰るわけにはいきません!」
ベレイ・スタントン社長は困っていた。
かつてのゲリラ仲間と始めた商売は予想以上にあたった。
ゾイドを使った護衛や警備という仕事は順調だった。戦争直後の不安定な情勢のため盗賊
団や野生化したはぐれゾイドなど、戦後の世の中には危険があふれていた。立ち上げた年に
映画「七人の侍」がヒットして”用心棒ブーム”が起こったのも良かった。
しかし、昨年あたりから様子が変わってきた。彼らのように軍を辞めた連中が同様の商売
を始め、過当競争で価格相場が下がった。統廃合が活発になり集約化による大企業も出現し
始めていた。警備専門、輸送専門に特化して技術向上、しかも低価格とあって、何でも屋的
なベレイ達の会社は仕事を奪われることが多くなっていた。
実は彼も同業者から合併の提案を幾つか受けていたが、全て断っていた。当時は彼らの
会社は儲かっていたし、なにより十年以上の仲間達だけでやる体制を変えたくなかった。
だが、かつての同業者達はいつの間にか大企業の取締役になっている。今となっては(取り
残された)という思いが強い。
最近は社長の彼自身がゾイドバトルに出て小遣い稼ぎをしてしのいでいる有様だ。
そんな時、ある仕事の依頼が入ってきた。
報酬は相場よりやや高い、なにより長期契約というのがいい。これで仕事を持ってきた
のがショーシャの人間でなければ文句ないのだが。
仕事内容に関しては詳細な依頼文書が作られていた。仕事内容はある研究施設の護衛と
いう。ゾイドも先方で用意してくれるから大助かりだが、用意するゾイドを見て不安を感
じた。試作武器の試験も兼ねたセイバータイガー。夜間戦闘を想定したフルチューンだ。
しかもヘルキャットだと?ネオゼネバスやガイロスの偵察部隊や特殊部隊で今でも使われ
ており、光学迷彩や消音機能など軍事機密の塊である。民間には流れるはずのないゾイド
をどうやって用意するのか?
だが、この話を断れば今月末の手形の決済が出来ず不渡になってしまう。背に腹はかえ
られなかった。
次の週、ベレイを含めた主要メンバー10名が旅立った。行き先は守秘義務に基づき、
残された家族にも知らされていない。だが当初の心配は杞憂に終わり、3ヶ月単位でメン
バーを交代させながら仕事は順調に続いていた。
数年後のある日、出張警備に行っていたメンバーが徒歩で戻ってきた。全員が記憶喪失
かつ精神障害を患っており、何があったのかすら分からない。ベレイ社長自身はついに
帰ってこなかった。
社長を含めて主要メンバーを欠いた会社は維持できず、解散した。
ベレイの最後の言葉が何であったか、それを知るものは誰もいない。
――凍てよ、万象の似姿。
伝説の王の名を付けられたヒトの模造品は、極限まで澄み渡る大気のなか両手を広げる。
――氷の揺りかごの中で、原子の塵へと還るがいい。
抜かれた剣は天へと掲げられる。星空に手を伸ばす、無垢な赤子の手のごとく。
――そうして俺は、イデアの影から解き放たれる。この剣、“エックス・キャリヴァー”
(Excaliverne)は神性の破壊者。古代文明トローヤの言葉において『完全なる神殺し』を
意味する名だ。それもチンケな神気取りの機械などではない、本物の神。
「唯一のもの、始まりの存在。“オリジナル”であることに、意味があるのさ」
独語した彼の目の前で、飛び回っていた蝿が一匹凍りつき、地に落ちた。
「さあ――終わりの、始まりだ」
「それから、量子テレポートの範囲が狭くなったものだから、彼女は数ヶ月かかってこの
“市街”にたどり着いたわけ」
休みもせずに数万年の物語を紡いだ女は疲れたようすも見せず、涼やかに笑うのみ。
「……自分の話をさも他人事のように話すことに関して天才的なAIが作れるとは、地球の
技術もなかなか侮れませんね」
アレックスの言葉の意味が解らなかったらしいエメットは首をひねっている。
「どういうことですか? 今の話は一体……」
この少年は間違いなく馬鹿ではないが、この面子で殆ど唯一の常識人だったために、あ
まり荒唐無稽な話になると認識が付いていかないらしい。むしろ「今の三流SFは何です?」
と訊かれなかったのが奇跡だろう。
「つまり彼女、シェヘラザードが語った話の主人公であるイヴとは、ほかならぬ彼女自身
ということですよ。今の話が事実であれば……ね」
「話し終わるまでに解らなかったらどうしようかと思ってたわ」
鈴を転がすような声音を出し、白いブラウスの女は微笑んで見せた。一拍遅れてエメッ
トの思考回路がパズルを組み立て終える。
「えぇ!? 彼女があの――昔の本に載ってる“女神”?」
「もっとも、私はまだ全てを信じたわけではありませんがね。――シェヘラザードさん、
こちらからもいろいろ訊かせてもらっていいでしょうか?」
「ええ。どんな質問でも協力するつもりよ」
アレックスは話の最中にも、詳細を問うべきポイントをピックアップしていた。そもそ
も狂人の作り話として切り捨てなかったのは、彼女がセディールのことを知っていた件と
その隙のなさから警戒に値する人物だと思ったからに過ぎない。
「まず単刀直入に訊きます、いまの話は全て本当ですか?」
「本当よ。少なくとも“この宇宙においては”ね」
付け足された一言は聞かなかったことにする。追求しても解らないのが明白なことだ。
「では、証拠となりうるようなものは?」
「これでどうかしら。少なくとも、私が普通の人間じゃないってことの証明にはなるわ」
そう言うなり、彼女の姿がかき消えた。即座に電磁銃を引っ掴んでアレックスが辺りを
見回すと、シェヘラザードはエルフリーデの頭を撫でながらその横に立っている。
「撃たれても死にはしないけど、痛覚も知覚できるようにしてあるから……痛いのはいや。
だからその銃、下げてくれないかしら?」
「そうは言いますがね……そんな力があれば電磁銃なんて怖くないはずなんだ。それに、
やろうと思えば私から銃を奪うことも簡単でしょう」
「それについてはさっき言った通り。確かにあなたから銃を奪うことは簡単よ。でも、
もうこの星の人間を操り人形にするようなことはやめようって決めたの」
銃口がその向きを変えることはない。
「ご自分が相手をどうにでもできる立場だからと、余裕を見せ付けているようにも受け取
れますよ。それに……ご立派な覚悟ですが、その決意が可能だったはずの戦争終結を退け
古代文明の滅亡を招いたのでしょう? 強制的にでも戦いをやめさせるべきだったと後悔
していたんじゃないんですか? そんなあなたが何故、同じ轍を踏もうとするんです?」
苛烈な追求に憮然、反応したのはプラチナブロンドの少年だった。
「言いすぎじゃねえかな、いくらなんでも……」
「黙っていなさい、必要なことです」
今はオリバーに口を挟ませるべきではない。感傷に負けて彼女を信じ、騎士を凌ぐ暴挙
に利用されたらどうする? 疑う余地が無くなって初めて、アレックスは銃を下ろすこと
ができるのだ。
辛さを隠そうとして、隠しきれていない表情のまま、シェヘラザードは口を開く。
「……ひとつには、私が強制してあなたたちを望むように動かしたところで、目的を達成
しうる確証がないこと。誰かに操られた人間なんかに、ゾイドは心を開かないもの。心を
開かないゾイドには、定められたスペックを凌駕することはできない……」
ふたつめは個人的な感傷だと、彼女は自嘲した。
「チェスでもするみたいに一人で駒を動かしてるんじゃ、寂しいじゃない。
『一緒に戦ってくれる仲間』がいることが、どれほど心強いか……」
常に冷静さを崩さないアレックス・ハル=スミスが、口をぽかんと開ける瞬間を全員が
目撃してしまった。
彼はそのまま声を継ぐことなく、僅かにずれた眼鏡を元に戻すに留めた。次の瞬間には
いつもの優しげな青年の顔に戻っている。
「……質問を続けさせて頂いても、よろしいですか」
「どうぞ。……さっきのは年寄りの主観だから、気にしないで」
まだ一つ目の質問しかしていないというのに。この調子では神経が持たない。
「では、二つ目です。あなたの力が本物ですから、一応は過去の話も本当だと解釈してお
きます――私たちの所へは何をしに?」
もっとも、この問いは話の中に出てきた単語と自分たちの性質からある程度の予測は付
いていたが。
「私の本体を破壊したゾイドを差し向けた存在との接触を、手伝って欲しいの。
必要なら、その存在の抹殺も行うことになるわ」
やはり――。
自分たちに出来ることと言えば、戦うことぐらいしかあるまい。
「私たちは生き残るために“騎士”と戦っている最中です。あなたの敵とどう関係がある
のです? それによって何かメリットがあるのですか?」
損得勘定で動くのはビジネスだけにしたい所だが、余計なところに手を回す余裕はない。
しかし今度は予想外の答えが返ってきた。
「私の敵は、あなた達の敵でもあるのよ。
騎士はそもそも大戦時の強化人間計画の研究所で作られたもの。だけど、脱走した彼ら
がデスザウラーなんてこの時代には珍しいゾイドを十二機も引き連れて現れたのは何故か
しら?」
彼女の視線が赤毛の騎士に移った。
「あなたがどうして彼らに全てを話していなかったのか気になるわね。リミッターでも掛
けられてるのかしら?」
「違うね、俺はまだ“神”が怖いだけさ」
神。それは彼らを手引きした存在の呼び名なのか。
「私に言わせれば、“彼”が手駒にキルコードの一つも仕込んでないなんて考えられない
んだけどね……あなたはどうしてまだ生きていられるのかしら」
「二人だけで会話を進めないでください。騎士に元締めが居るところまでは私たちだって
情報屋の収穫から推測できてるんだ。そして、騎士はその人物を“神”と呼んでいると」
「そこまで読んでたの? うれしい誤算だわ」
「その“神”はあなたも知っている人物なのでしょう――今の口ぶりからして」
「大正解よ」
アレックスは順序立てて情報を整理していく。
「あなたの敵は数千年前から今に至るまで存在し続けていて、そいつが強化人間を集めて
円卓の騎士を結成した。つまり我々が倒すべき敵でもあるから、共闘を申し出ている。
……こういうことになりますか」
「凄いわ、一を聞いて十を知るとはまさにこのことね」
「ワシには理解できんかったのだが?」
元々しわが多い顔に余計なしわを増産しつつ、ワンがぼそりと呟いた。
「どう考えても騎士のボスは人間じゃない、ってことです。どうです、ラインハルト?
実際に仕えていた身としては」
長い沈黙。それを破る声も、心なしか小さい。
「……確かに、人間じゃあない。俺には……正体を想像することも思いつかなかった」
盛大な水柱が上るのを確認しエルテナハの表情は曇る。
「あれは…山の主。何で今更あんな虎が…。」
操縦を忘れブツブツ呟くエルテナハ。その声は周囲に聞え一同が興味を覚える。
「私の半身を奪った!今こそその報い受けるが良い!」
ケンタウロスは周囲の状況を完全に無視して虎が落ちた穴へ急行する。
「俺達…忘れられたな。存在その物を…ファッキン!あのアマ!」
「まあまあ落ち着いてください…。」
そんな共和国2人組をもう一度襲う影が現れる。
「…結局彼女も俗物。崇高な使命を全うできないとは嘆かわしい限りです。」
地面からまたしても生えてくる存在。それはケンタウロスの槍。
「チッ!まだケンタウロスが居やがったか!?」
「その通りです。タナカ君。相変らず勘だけで生き残っている様で先生は嬉しいですよ。」
「その声…プロフェッサークロウか!」
タナカのブイブレードファイヤーの前に立ち塞がるのは赤いケンタウロス。
赤面鬼と共和国内で恐れられた男でもある。返答は360mmリニアカノンの近距離射撃。
またしても雪山に大きな穴が開く。
「おや?タナカ君?実力も着いてきている様で関心関心。」
そんな感心しているような口ぶりからは想像だにできない熾烈な攻撃を繰り返すクロウ。
「少尉!ここは私が!」
ショウは素早くその戦闘に割って入り精密射撃でケンタウロスの足を狙う。
「おお?これは手厳しい…その正確な射撃。ですが、正確は単調の裏返しです。」
赤いケンタウロスはひょいとバックステップでその攻撃を躱す。
こっちの方は地面が半分融解している。
「全く以て不運ですねぇ〜。今度は虎のあぎとの中心部。
これで被撃墜数が1回多くなりました。」
全く以て墜ちたことに興味を示さないファイン。結局自分の真上のコアブロック。
これさえ無事なら後はどうにでも成ると言う事から其方の心配の方をするべきである…
そう考えているファインだが今回ばかりは死を覚悟する。
水を伝って聞える地響きがケンタウロスの物で有る事が良く解るからだ。
「(…オイ?コノジョウホウハホントウノコトカ?)」
「…?ええそうですよ。
モニターに文字を書き込むとはおりこうさんな虎でありますねぇ。」
「(ソウカ…ナラソノハコニハイッテルノモマチガイナイノダナ?)」
「ええ…ならばどうします?」
「(キマッテイル!ゼンハイソゲダ!)」
虎は猛然と猫掻きで洞窟出口に到達するとエルテナハのケンタウロスを踏み台にし、
上空高くジャンプすると少し離れた場所まで移動する。
「(サッサトノレ!)」
そうモニターに書くが早いかコクピットを器用に噛み砕きファインを咥えると…
ひょいと空中に放り出し頭部カバーを開きジャンプ。
無理矢理ファインをコクピットに捩じ込む。
「あたたたた…随分と強引な。それはともかく?随分と年代物のコクピットですね。」
「な…自分からパイロットをコクピットに捩じ込んだ!?」
エルテナハはそれでも焦らずに狙いを定め攻撃する…
がそのクラッシャークローは空を切りその腕の上に虎が乗っている。
「形成逆転であります。これで少し眠っていてください。」
虎の両肩の砲門が淡く輝き高密度の電撃がケンタウロスを直撃するとそれっきり。
ケンタウロスは完全に機能を停止し生命維持モードへと切り替わってしまう。
「ば…馬鹿な…OSまで搭載したこのケンタウロスが…一撃で停止…。」
そのまま虎は雪原に降り立つと…当初の計画にあった爆薬の着火地点へ走り出す。
「急いでください…後2分でタイムリミットであります!」
「(マカセテオケ!コノヤマハヤラセン!)」
背にジェノブレイカーブロックスの残骸を接続した虎は風の如く疾走する。
「…置いてけぼりですか中尉。」
シュミットは完全に状況から取り残される形になっている。
「なら此方も彼方の二人に任せて通り道の作成に汗を流しましょう。でも!」
ターゲットとして相手がロックできたなら手を出さないのも悔しい。
赤いケンタウロスのパイロットは間違い無く最高クラスのパイロット。
「(雀の涙を甘く見る事…どれだけ危険なのかは知ってもらいます!)」
シュミットの機体の収束荷電粒子砲は寸分の狙いも外さずケンタウロスの左足を貫く。
「何と!?」
左前脚を収束荷電粒子砲で貫かれ赤いケンタウロスはその足裁きを失う。
クロウがシュミットのジェノブレイカーブロックスを狙おうにも既にアウトレンジ。
その上目の前には逝かれた古代チタニウムコンビが立ちはだかっている。
「どうやら今回は失敗のようです。タナカ君?また会いましょう!」
攻めるタイミングも的確なら引き際を逃さないのもまたパイロットの力の証明。
後2分以上ここに居れば間違い無く最後の最後まで相手する事になる。
見た目通りに飛行に掛かるエネルギーコストが掛かり過ぎるケンタウロス。
その上に足を一本失っていれば勝てる見込みは無い。
逆にタナカ達も一分一秒が惜しい状態。追撃は無理である。
たった一分弱の戦闘だったが結局タナカ達は1発も攻撃を当てていなかった。
勝敗的には完全敗北である。
「ちっ…見逃してもらったか!行くぜ!ショウ!」
「了解しました!こちらも彼等の手伝いに走りましょう。」
遠くで爆発音が聞こえると次々と岩山が砕け溝が出来上がる。
海に面する部分まで溝はできていなかったがそこには…ブイブレードファイヤーの姿。
「行くぜ!ロックンロール!ヴィー!スラッシャアアアアアアー!!!」
両足のギガクロウラーが回転数を上げるとV字のオニマユが輝き始め…
海までの約2kmを岩山を砕き直進する。
僅か数秒で作業を終えると溝を跳び出し後を追ってきたマグマを見送る。
「終わったな。」
周囲を熱で嬲りマグマは雪山を溝を伝いその周囲をはげ山に変えて海に至る。
最終的に不毛な今回の戦闘はこうして幕を閉じるのである。
町中に入り身を隠したエルテナハ。
傭兵としての全てを失った以上今は再起を賭けて身を潜めるしかない。
そして…幾つかの十字路を適当に曲った所で。
「…姉さん?姉さんのね!?」
懐かしい声に呼び止められる。
「!?その声は…アリーナ!生きていたのね!」
その声を忘れる事は無い。全てを捨ててまで傭兵になった理由がそこに有る。
半身。生き別れの妹。この山で失った筈のもの。楽しい筈のキャンプ。
山の主の出現で周囲共々パニックとなり全てを失った遠い日の記憶。
「エルテナハなのかい?そうなんだね!」
アリーナの声で外に跳び出してきたらしく盛大に転倒している禿頭の父親。
それを心配しながらもエルテナハに視線が釘付けの母親。
エルテナハはその場にへたりこみ無駄であって無駄でなかった日々を呪う。
しかしその日々を呪えることは逆に幸せでもある…。
「うう…良い話じゃねーか!コンチクショー!」
「そうですねぇ…感動の再開であります。」
「「…(敵同士で抱き合って貰い泣き。しかも号泣かよ。)…」」
1km程離れた角の裏でタナカとファインが抱き合って貰い泣きをしている。
しかし…彼方の家族と比べると…奇珍と言うか如何わしいと言うか…非常にキモイ。
限界突破のリーゼント男と伊達眼鏡の優男。非常にやおいな空気が漂う組み合わせ。
そこからかなり離れた場所で同じくその2人の相方が微妙な空気でその2人を見ている。
「ふむ。終わり良ければそれで良し…と言う所でしょう。
その幸福はきっと我等風の朋友が守ってみせましょう…。」
高台から望遠鏡でそれを覗くエルテナハの雇い主プロフェッサークロウの姿。
「良いんですか?作戦は失敗したんですが…?」
部下らしき男がクロウに聞いてみるが…
「良いんですよ。今は…今回はお遊びです。それに貴方達の訓練でもあるのですから。」
成功の是非は関係無かったらしい。
その後…山の主を見たという者は居ない。
ネオゼネバス帝国でもヘリック共和国でも今回手に入れたデータが残るのみ。
そして、その伝説は更に100年以上の先に現臨するものであった…。
ー どんとはらい ー
「ゾイドでも、数千年なんて生きられる種は存在し得ないはずよ。自律兵器の寿命は短
くなければならない、そのためにすべてのゾイドの共通遺伝子には、一定以上の年数は
生きられないように生命活動を制限する機能が含まれているの……だから、あなた達の
神はこの星の生き物――ゾイドじゃない」
どうやら核心が話されるらしいと、一同が耳をそばだてる中。
「――あんたの補器なんじゃないの? 推測だけどね」
曲者ぞろいの面子において最年少。ここに至るまで事態を静観していたレティシア・メ
ルキアート・フォイアーシュタインが思わぬ不意打ちを喰らわせたのだった。しかも、完
璧に真実を捉えてである。
「そう――私を破壊し、騎士を束ねて能力者の抹殺を図っているのは、古代文明滅亡の時
に破壊を免れた補器の一体である可能性が最も高い。対ナノマシンシステム、複合装甲を
突破しうる明らかなオーバーテクノロジー兵器、限定的ながらも惑星Ziの生物に対する絶
対の行使力――騎士が彼の命令に逆らえないのは外科的な措置を施されたからじゃない、
彼があなたたちに内在する遺伝子を把握しているから――」
ゾイドやゾイド人に『命令』するためには、固有の服従遺伝子に対応したコードを知っ
ておかなければならない。
遺伝子の組成を完全に把握するには有機ナノマシンによる観測が必要であり、原則その
情報は主器たるイヴにのみ集約される。ゆえに、補器が手駒を得ようと思うなら遺伝子組
成を別の手段で解析するか、既知の遺伝子情報で人間を『作る』しかない。
後者の条件に合致し、かつ通常の人間より強力な駒として強化人間が選ばれた。
しかし――と女神の苦笑い。
「あなた、十歳にしては相当賢いわね」
大事な一言を掻っ攫ってしまったレティシアは悪びれるでもない。
「感謝してよね、女神サマが全部説明して敵を指し示すんじゃあデウス・エクス・マキナ
(急場凌ぎの神)みたいだと思ったから、分担してあげたの」
「そうね……ありがとう」
(とはいえ、決断はあなたたちに委ねられている)
シェヘラザード――イヴはそれぞれの顔を見回した。
彼女の子供たち。この選択にはもとより『否』などない。世界が滅ぶ瀬戸際での
「来たくないなら来なくていい」という宣言と同じようなものだ。
それを卑怯だと感じつつも、なお迫らねばならない自分が呪わしい。できるなら、情報
だけ与えて全てを任せたいと、心の中のどこかで思っている。
だが、そんなことが許されるものか。
自分も補器も、もうこの星からは退場すべき存在だ。すでにヒトとゾイドはひとつの生
態系を確立した。この上手を加える必要は無い――まして、もはや意味をなくした当初の
計画など。
彼女はこの戦いを自分にとっての、本当の意味で最後の仕事にするつもりだった。補器
の機能を停止させたなら、その時こそこの星のすべてをヒトの手に委ねようと。
犯した過ちは返らない。ならばせめて、生きる権利も死ぬ権利も等しく、その命の本来
の持ち主に返そう――。
控えめに質問の許可を求めている少女に、イヴは微笑みで促した。
「あなたがその、補器を破壊しようとするのは……能力者を守るため、ですか?」
エルフリーデ・ラッセル。聡い子ね――気弱に過ぎる感はあるけど。
「能力者だけじゃなく、相手はもうすぐ惑星規模の攻撃を開始するわ。非能力者も巻き込
んで、総人口の何割かを死に至らしめるような――そうでしょう、ラインハルトさん」
赤毛と対照的に、その顔は死人のような白さだった。
「もう始まってるのさ――“大選抜”はな」
イヴの話を聞いて初めて、ラインハルトもその真の意味を理解した。
「大選抜は惑星規模の気象操作だ。何らかの方法で急激に気温を下げ、巨大な低気圧を
いくつも同時に発生させ、一週間掛けて惑星Ziを氷河期に追い込む――」
「気温を低下させる方法は恐らく、一時的な有機ナノマシンの乗っ取りによって物質の
状態を変化させることね。大気中の窒素を液体に再構成するのか、あるいは海水を気体
にするのか……熱量差を利用したやり方だと思う。
その極限状況を生き延びた人類こそが優良種、そういう意味での“選抜”……彼はま
だ兵器としてのゾイドを高めようとしているのよ。
私は不自然な気象変化からこの攻撃に気付いて――それを止めに来た。
これが、命を弄んだ偽りの女神が精一杯できる贖罪だから」
「けど、俺たち能力者はむしろ兵器としては優れてるはずだぜ。どうしてそれを滅ぼそ
うなんて考えるんだ、そいつは?」
ショックにめげず質問したオリバーは、その答えを背後から聞かされた。
「……能力者が脳内に持つ、アーティファクト・クリーチャーズの細胞が危険だからだ。
能力者に対する最も有効なカウンターとなりうる私が命を狙われるのは、私が能力者
よりなおさら危険だからさ」
「し――師匠!?」
「リニアさん!」
いつ起きたのか――リニア・レインフォードがベッドから身を起こしている。
「あの老いた騎士が私の出生、能力者の力の根源について私に教えた。それで――まあ、
ちょっとショックな内容でな。動きを止めてしまって、その後の記憶はない」
「興味深い話ね。よければ話してもらえる?」
彼女は全てを明かした。能力者の秘密、反存在として生まれた自分。訊かれるがままに
兄の変節や“ギルド”からの脱走についても、すべて話した。
「平行宇宙から無限のエネルギーを取り込む、か……」
イヴの中で最大の疑問だった、能力者が操る莫大なエネルギーの源が解った。量子コン
ピュータがあらゆる角度からその力の問題点を探る。
「宇宙の総エネルギー量はある程度の変動を許されているわ。だからこそ、異なる歴史を
辿ったふたつの地球が同じ宇宙に交わることができた。
宇宙の73%を占める『ダークマター』と呼ばれるエネルギーの正体は、グラヴィトンの
形で変動を許された平行宇宙を繋ぐバネのようなもの――これは地球の仮説に過ぎないけ
ど、その73%のうちでエネルギーが増減する限りは宇宙は平坦でいられる。
けど、あまりにエネルギー量が偏りすぎると……」
無計画なエネルギーの流入は、宇宙の寿命を縮めるのだと、女神は言う。
「事象の『乱雑さ』を示す指標として、エントロピーと言うものがあるの。どんな世界で
も、宇宙そのものが形を維持しようとする『重力』と、拡散しようとする『エントロピー』
がせめぎ合う状態にある。けれどもいずれは重力が負けて、宇宙は開いた鞍のような形に
変質し、安定性を失って無に還る。
これが宇宙の寿命――本来なら数百億年という長い年月。けど、別の宇宙から取り入れ
たエネルギーが増えすぎると、エントロピーが爆発的に上昇して宇宙が崩壊へ向かってし
まう。もともと平行宇宙の間でやり取りされるエネルギーは釣り合いが取れている。それ
は、宇宙が一つの生命体のように自己調節機能をもってエネルギーの総和を管理している
から。その機能がオーバーフローするような状況を、能力者は引き起こせるの」
「……もう、宇宙の寿命は随分縮まってるのか?」
「縮まってるどころか、とっくに無に還っててもおかしくないのよね。試算の結果では」
「なら――どうして私たち、生きてるんです?」
本当ならみんな消えてるはずなのだ、と言われてエルフリーデは顔を青くしている。
「プラスの方向に増えた分と同じだけ、マイナスのエネルギーが増えてるのだとすれば…
…辻褄は合います。それがどんな形でこの宇宙に蓄積されてるのかは、解りませんが」
「なんだよ、それじゃあ騎士が世界を守るために戦ってるみたいに聞こえるな」
その騎士の一人たる男は首を振って言った。
「そう、俺たちは確かに神にこう言われていたんだ。『我々は世界を破滅から救うために
能力者を滅ぼすのだ』……俺が寝返ったのは、たんに情が移っただけさ」
「しかし、正負両方向に増大してしまったエネルギーは、能力者を滅したところでゼロに
還元されるでもないでしょうに、どうしてそんな急場凌ぎの策を?」
「情報不足ね、そこが解らない。だから、真意を問う意味もかねてあなたたちに協力して
ほしいの。私を、“息子”に会わせて」
いきなり話が大きくなった、とアレックスが嘆息する横で、オリバーの碧眼が不遜に光る。
「正直、宇宙がどうたらって話はちょっとの人間でどうにかしようなんてのがおこがまし
い。俺たちは生き残るためだとか、友を救うためだとか、そういう身近な理由のために戦
う生き物だ。視野が狭いのさ、人間はな。
……まあ、ついさっき考え付いた持論なんだが、悪くないだろ?」
リニアはその時確かに風を――全ての疑念を吹き飛ばしてゆく、清らかな爽風を――
髪で、肌で、そして心で感じた。
ルガールは決して世界のためなんかに戦っていなかった。
親友との契約<やくそく>を守るために、自分を信じてくれる者のために、戦った。
そして、もしかしたら、私のために――。
親愛、自己愛、恋愛、友愛。愛ゆえに人は戦わねばならない。それが戦いの真実のはず。
そうして、彼はこの世を去った。
「あぁ――――」
そうか――。
ルガールは確かに、私を愛してくれていたのか――。
幾度、写真立ての中の姿に問いかけただろう。あなたは何を見ていたの? あなたが
愛したのは誰? 私のことは――?
色あせていく写真と裏腹に輝きを増していく思い出だけが、鮮やかに、切ない痛みを
投げかけて来る日々。でも、そんな日々は今日で終わり。
たとえどんなに姿が似ていようと、世界のためなんかに戦う男がルガールであるはず
がない。
迷いに凍り付いていた心は、ようやく呪縛を解かれた。これでいい――迷いはない。
次に会うときは必ず、アーサーを討つ。
「だから、お題目はどうだっていいさ。ラインハルトが裏付けを取ってくれたし、充分
信用に足ると思う。なら、肩を並べて戦うことに不都合があるとは思わない。
大体さ、贅沢言ってられるほど戦力が充実してるわけでもないし」
「ですが――」
「不安なら、そうね、これを預けておくわ」
イヴが差し出したのは一枚のプレート。金色に輝き、青く光るラインが縦横に走る。
「これが私の、いま残ってる量子コンピュータ。身体は何度でも再生できるけど、それを
壊されれば私は消滅する――怪しい動きをするようなら、私を殺しなさい」
心の中のどこかでは、まだそれを望んでいるのだ。
最愛の人亡き世界にひとり生きて何になる? 許されざる逃避。ゆえに、心が求める。
「あなたなら偽物を掴ませるぐらい造作も無いことですが……これは流石に確かめようが
ありませんね。疑うだけ不毛というものでしょう」
疑うことに徹してきた男の表情が、ふと晴れやかになる。
「ここしばらくの大雪が大選抜の前兆現象なら、騎士と黒幕を倒すのに一刻の猶予も無い
と言うことになります。あなたの申し出、受けましょう」
「ありがとう――」
話は決まった。
動くためには、『準備』が必要となる。
「すっかり忘れてた、そろそろデイビッドが新しい情報を仕入れてくれてるはずだ」
――その、情報屋の前に大挙して押し寄せる一同。
「なんでこのクソ寒いなか全員で来てるんだよ! 一人二人で充分じゃねえか」
「伝達役が戻ってきて話す手間が省けるでしょう、つべこべ言わない」
手袋越しにインターホンを押し込む感触……が、する前にドアが開いた。
「ああ、予定より一分も遅れてたんで何かと思ったら、全員で来たのか」
彼こそは土偶スーツが丁度のサイズという巨漢(横方向に)、ゲームのやり過ぎで著し
く低下した視力を補うための光学補正眼鏡(自作)を装備した、内外両面からして超古代
の地球における『オタク』の正当なる後継者、デイビッド・O・タック。自称、惑星Zi当代
最強の情報屋。
「なんで俺たちが来るのを知って――お前、まさか」
「いや、行く先々でタシーロ用カメラと盗聴器を仕掛けて回るのは癖というか、本能でな。
呼吸するのと同じくらい自然にやっちまうというか……」
アレックスは危うく降り積もった雪の塊に突っ込みそうになった。
「……冗談でしょう? 質量断層のステルス機構でも感知できる、A級アーティファクトの
センサーで、一日一回は家の隅々まで走査してるはずですよ」
「やー、我輩のカメラ&マイクはSランクアーティファクトのコピー品であるから、模造
とはいえAランクごときには見つけられなくとも無理あるまい。ぬゎーっはっはっは!」
「コイツ殺っちゃっていいか師匠? 師匠コイツ殺っちゃっていいか?」
ゾイドに乗ってないのにオリバーが有質量残像を出しそうな気配なので、デイビッドも
『仕事用の顔』に切り替えた。
「まあ待て。趣味とかストーキングの一環でタシーロしてたわけじゃねーんだ。顧客のニーズ
に合わせた情報を迅速に出せるのが、いい情報屋ってモンだろ?
中に入れよ。ここじゃ寒いし、遠隔盗聴されかねない」
全員が二の句も無く同意した。既に気温は最高でも零度を割っており、防寒着をしてい
ても震えが止まらないほどだったのである。
「さて、なにやらラノベ作家志望の厨房が書いたシナリオが顕実化したような事態に陥っ
てるらしいが、普段から魂の半分を二次元の世界に突っ込んでる俺様にはあまり関係無い」
聞き手側の誰一人として、彼の言葉の全てを理解できた者はいなかったが、追及すると
話が永遠に脱線を繰り返して世界の終わりまで止まらない気がしたので誰も訊かなかった。
「要は騎士をぶっ潰してこの逆シャア作戦を阻止、黒幕と接触して破壊なり何なりするの
が目的なんだろ? さし当たって一番大事な情報は騎士の本拠地がどこか、次に奴ら自身
がどんな力を持ってるか。ついでに黒幕さんの力も解るとなおいい」
眼鏡の奥から出た視線は、ラインハルトとイヴにそれぞれ飛んだ。
「騎士に関しての情報は、本気でお仲間を裏切る覚悟があるならアンタがリークしてくれ。
ボスの情報は『お母様』から話してもらいたい。それと俺の情報を統合しよう」
彼の尊大な口調は、オリバーが時折見せるナルシシズムに基づいたそれではないらしい。
むしろ現実世界において余りあるインフェリオリティ・コンプレックスに対する一種のス
トレス解消法とも取れる。顔見知りのオリバーとその仲間に対してだからこそ取れる態度
でもあるが……。
気に入らねえ、と呟きつつも、ラインハルトは知ることを話し始める。
「ジークフリートとティベリウス、カストルは死んだな。ブラッドベインの奴が入って
俺が抜けたから、残りは10人のはずだ。
すると生き残ってるのは……セルゲイにアービス、ワッド、セラード、イレヴン、リノー、
ポルクスにブラッドベイン……あの青白いモヤシ野郎はなんて名前だったかな。
それから、アーサーがいる。これで10人か。
……まず、セルゲイはゴツいおっさんでとりあえず無口。そこはどうでもいい?
――と言っても、あいつの能力は知らないんだよ。
アービスはヘタレだ。戦いのむなしさはどうとか、僕たちの生まれた意味は云々とか
言うようなことをしょっちゅう抜かしてた。だから剣が発動すると戦闘用の人格に切り替
わるようになってる。奴の剣は光を曲げる能力だったはずだ。
次にワッド、コイツは筋肉馬鹿でやたらデカい剣を持ってるからすぐ判るだろう。能力
はゾイドのパワーを数十倍に跳ね上げるだけだが、デコピン一発で雑木林が丸ごと無くな
ったことがある。
セラードは眼鏡のにーちゃんが海底で戦った奴の一人だ。剣が蛇みたいに伸びたりしな
ったりする能力だが、キレると見境が無くなって剣をとんでもない形に変化させる。
イレヴンはついさっき逃げたジジイ。剣の力は見た通り、ゾイドと融合してその力を
得ることができる。奴と合体した元のゾイドより確実に強くなるのがタチ悪い。
リノー、コイツは一人だけ女の騎士。スピードを上げるタイプの能力みたいだが、目や
動体センサーで追い切れないからどれくらいのスピードかは解らん。
ポルクスは対になる能力の兄が死んじまったから……どうすんだろうな?
名前は忘れたが、血色の悪いモヤシ野郎もいた。コイツの能力は知らない。ただ……
どうやら精神攻撃が出来るらしい、ってのはリノーから聞いたな。
ブラッドベイン――オリバーのお友達は、能力の第二段階を発動させることができるよう
になってる。そうなると、あたりの物体を無差別に分解して吸収、自分のパーツに作り変え
ちまう。最後に、アーサーは……」
赤毛の騎士は口を止め、説明の言葉を捜すのに苦心しているようだった。
「アーサーの剣は……はっきり言って、騎士の誰も本当の力は知らねえんじゃねえかな。
俺が見た限りでも全く別ベクトルの能力を三つは使ってたし、何をやってんのか解らねえ
時も一度や二度じゃない。ただ――イレヴンの言うことが正しいとするなら、アーサーの
戦闘能力は他の騎士全員を合わせたそれより更に上だ」
一言一句聞き漏らすまいと全員が構えていたので、途中で横槍は入らなかった。
……が。
「もっと早く言ってくれれば、対策が楽になったのに……」
「つうか、決心したらいきなり全部ぶちまけたな。極端から極端への大跳躍だ」
「それも、要所に欠けのある情報だし」
「説明に無駄が多い。もっと簡潔に、要点を抑えてだな……」
人が生まれたときからの仲間を裏切ってありったけの情報を吐いたってのに、何ですか
この冷ややかな論評の包囲攻撃は。もっとあるだろう他に言うことが!
情報提供先のあまりの恩知らず度にがっくり膝をつくラインハルトは、なんと! 華麗に
スルーされてしまった。イヴが普通に次を話し始めてしまったので、わざわざツッコミの
ために話の出だしを止める必要があると判断する者は誰もいなかったのだ。
「私の補器に搭載されている本来の機能は、遺伝子構造を把握したゾイド及びゾイド人を
コントロールする力とゾイドコアの生成能力。後者の機能が生きていたら、騎士はもっと
大軍を引き連れて世界に散っているはずだから、こちらは破壊されてるはず……。
その代わり、おそらく私と同じように自己拡張で新しい機能を身に付けているわ。一度
破壊されかけた経験があるから、防衛能力を上げていると思うの」
これでとりあえず、騎士とそれを束ねる神についての情報は得られた。次に必要なのは
どこに行けば連中と戦えるかだ、とデイビッドは言う。
「時間がたっぷりあるなら、一人ずつ居場所を割り出して各個撃破が最良の策だが、なに
しろ氷河期の到来が目前だ。本拠地に突っ込んで総力戦、ボスを叩くしかない」
マルチディスプレイのホロ・モニターが立ち上げられる。
「そこで俺様の情報の出番だ。連中はアジトを特定されないように出現ポイントをうまい
こと分散させてたんで調査に時間が掛かったものの、流石にデスザウラーなんてステルス
性能ゼロのデカブツであちこち飛び回ってりゃ、目撃情報も出てくるってのさ」
キーボードを撫でるように、肉のついた指が動く。その動作に呼応してディスプレイが
地図上に一点の赤を加える。
「ここだ――ニクス東部に位置する、旧名イグトラシル山脈。強化人間脱走事件のあった
研究所はここのすぐ隣にあるゲフィオンの地下だったから、政府の連中には盲点そのもの
だっただろうな。灯台もと何とか――ってヤツさ。
非公式の目撃情報を線で結ぶと、ここで最も多く線が交差する。丁度ここでの目撃情報
が無いってのもまた怪しさを煽るだろ――代わりに行方不明者が大量生産されると来れば」
決まりだ。ギルドの、政府の猟犬として走り続けてきたオリバーの勘がそう告げている。
情報が正しいことと法外な情報料をボられることはイコールに近い関係だったが、今は考
えている場合ではない。というか、考えたくない。
「そんでだ。お前たちじゃ女神様を加えても決定的に戦力不足なのは解りきってる。そこ
で、増援を頼むことにした――」
「へえ、そっち方面にもコネクションがあったのかよ。 誰だ? 傭兵か?」
「暫定政府正規軍、能力者部隊『星光の鎖』、暗殺部隊『死者の鎚鉾』――こんなトコだ。
ただし、あちらさんはお前たちのことなんざ知らないし、ハナから囮<デコイ>だがな」
思わぬ名前が出てたじろぐオリバーに代わって、一気に顔を険しくしたアレックスが呟く。
「……同じ情報を、政府にも流したんですね……?」
「信憑性を持たせるのにどうしようか、苦心したよ。結局のところ、ニクスの大使館名義
で国家機密級セキュリティコードを付けて資料を送ったらアッサリ信じたけどな。
大使館への確認電話が俺のところに回ってくるよう細工しといたら案の定、律儀に確認
とって来たよ。だから俺は係員の名前と声を借りて『確かに送信しました』つってやった
ワケよ。これでジ・エンド、政府はこの街の戦力の三割を動かしてる。これを見ろ――」
流石にアレックスもこれには仰天した。政府が編成した、対“騎士”部隊の戦力
――歩兵から戦闘車両、ゾイドの配備数まで全てが網羅されている。
「物量は戦争の基本、マジでお前たちだけで挑むつもりだったのか? 政府の連中を騎士
への足止めに使って、お前たちはその間に頭を叩くんだよ。こいつは一種の陽動だ。
ただし、一方は作戦すら知らされない陽動だがな」
工作部隊、整備班、衛生兵、戦闘員などの歩兵が約二千人。戦闘車両四百機。戦闘ゾイ
ドは千百機、そのうち百機が能力者のもの。さらに、別働隊としてゾイド五十機の特別戦
闘隊が組織されている。
「別働隊の指揮を取るのは議長さんの弟、ヴォルフガング・フォイアーシュタイン。そこ
の幼女の叔父に当たるんだったな?」
「『そこの幼女』とはセンスを感じさせる呼びかたですこと。あんたみたいなのに名前で
呼ばれるよりはだいぶマシだけどね」
二重あごが引きつった上下動を二度、三度と繰り返すのをリニアは見た。
「そんで、こいつらはもう動いてるのか?」
「八時間前にニクスに上陸したそうだ。あの数での行軍じゃ時間が掛かるだろうから、
戦力を整えてから行っても遅くは無いぜ」
今すぐにでも出発、などと考えていたエメットは部屋の片隅でひとり赤面した。ついさ
っきまで騎士と戦っていたというのに、時間の感覚がなくなっているのか。各々のゾイド
ぐらいは万全の状態にして決戦に臨むのが当然だろう。相手はあの騎士なのだから――。
彼はこの中のゾイド乗りとしては最年少であり、戦術戦略や政治など大局を見るような
知識や経験を持ち合わせないのはある意味当然であったが、それを肝に銘じ、常に受身の
立場であることを心がける姿勢は充分に評価に値した。短い間ながらも彼の師であった
マエストロ・ルガールなどが今の彼を見たら「あまりに主体性に欠ける」と慨嘆したかも
知れぬし、ワンに言わせれば「失敗から学ぶことも必要」だったのだが。
「だからまあ、準備をしっかり済ませたら、遠足にでも行くつもりでニクスまで飛ぶか」
『緊張感』って言葉、知ってるか? ――誰もが溜息と共に肩を落とした瞬間であった。
<続く>