銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。
過去に埋没した物語達や、ルールは
>>2-7辺りに記される。
ルール
ゾイドに関係する物語なら、アニメや漫画、バトスト等何を題材にしても良いです。
時間軸及び世界情勢に制約は有りません。自由で柔軟な発想の作品をお待ちしています。
例外的に18禁描写はご遠慮下さい。
鯖負担の軽減として【450〜470Kb】で次のスレを用意する事。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレlt;その1gt;
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1108181848/l50 投稿された物語の感想等は此方のスレでお待ちしています。
スレのルール等もこのスレで随時検討中ですので良ければお立ち寄りください。
ルールに追加された重要事項です。
・スレッド一本の書き込み量は一人につき最大100kb前後です。
100kb前後に達し、更に書き込みを希望される方は、スレッドが最終書き込み日時から
三日間放置された時、運営スレッドでその旨を御報告下さい。
この時、トリップを使用した三人の同意のレスがあれば書き込みを再開できます。(※)
又、三人に満たなくとも三日間経過した場合は黙認と看做し、書き込みを再開できます。
再開時の最大書き込み量は25KBです。
反対のレスがあった場合は理由を確認し、協議して下さい。異議申し立ても可能です。
※ 騙り対策のため、作品投稿経験のある方は定期的なチェックをよろしくお願いします。
・スレッド一本での完結を推奨します。
続き物はなるべく区切りの良いところで終わらせて下さい。
・複数のスレッドに跨がって書き込む人は「まとめサイト」の自作を推奨します。
・一行の文字数は最高四十字前後に納めて下さい。
・誤字など修正のみの書き込みは原則禁止します。但し張り順ミスのみ例外とします。
Q&Aです。作品投稿の際に御役立てください。
Q.自作品の容量はどう調べればいいの?
A.全角一文字につき2バイト、改行一回につき1バイト消費します。
一行を四十字とすると、最大81バイト消費します。
そのため自作品の行数×81で概算は導き出せます。
Q.一回の書き込みは何バイトできるの?
A.2KB、2048バイトです。
又、最大32行書き込むことができます。
Q.書き込み時に容量が水増しされてるみたいだけど…?
A.レス番号・名前・書き込み日時・ID・メール欄、書き込まれた文章の各行頭に追加された
空白部分などによって容量が水増しされているようです。
当スレではこの数値は無視し、書き込まれる方の自己申告を尊重するものとします。
Q.トリップはどうやってつけるの?
A.名前の後に#(半角で)、任意の文字列でトリップができます。
1#マイバト擦れ123abc
…とすると、#以降がトリップ表記に変化します。尚、名前は省略可能です。
私の名はレオン・ロンバルト。戦争が始まるまで、美術学校へ通っていたが
絵の才能はさっぱりだった。そして開戦。徴兵された私は、軍の花形である
ゾイド乗りに志願した。一人前のゾイド乗りになるには4年が必要だ。
幾多の兵から選抜され膨大な費用をかけて訓練される。心身ともに極限まで
絞り上げられる4年間。私はこの試練に耐え抜き、偵察部隊へ配属された。
ヘルキャットを与えられた私は次々に戦勲を挙げた。
そう、私の天職は絵描きではなく軍人だったのだ。
2043年、秋。
戦局が一進一退を繰り返す中、私は中尉に昇進した。
それまで各地を転戦していた私は自分の中隊ごと、新たに編成された特殊部隊に
配属された。その任務は帝国の最強部隊の先陣を切ること。新鋭機ゴーレムを
受領した我が中隊は、士気、錬度ともに最高潮に達していた。
2044年、早春。
作戦行動中、敵の待ち伏せにあって本隊からはぐれた私は、美術学校時代の
恩師と再会した。反帝国のゲリラに身を投じた彼と、敵同士として……。
もう五分ほど歩いただろうか。すれ違う人の数が序々に減っていくのが目に見えて…とい
うより、最早道を行く者は自分と案内人の2人だけだ。通路も次第に複雑さを増し、もう
何度か階段を登ったり降りした。果たして今、第何階にいるのかさえはっきり分からなく
ない。殺風景で、取っ手が無ければドアがあることにも気付けないような真っ白な道が続
いている。なんとなく、自分はどこかおかしなところに連れて行かれるんじゃないかとい
う気がしてきた。埃1つ落ちてない、不自然なまでに綺麗な床。淡々と光を供給する蛍光
灯が、この空間を特別な力で支配している。静かだ。不自然なまでに人の声が聞こえない。
さっきから何度か目にした銀のとって。あれは飾りで、その周囲に広がる四角い切れ目の
奥にはただ鉄筋や何かが広がっているだけなのかもしれない。なんとなく気が狂おしくな
ってくる。世界の上下、横と縦。時間さえもが何処へ進んでいるのか分からなくなってく
る。目の前を無言で進む白衣の後ろ姿を睨みつけてみても、これもただ真っ白なだけで、
見つめていると余計に気がおかしくなってくる。…もう我慢できん。
「おい。本当にこんな道で合ってるんだろうな…。人っ子1人見えやしねぇじゃねぇか。」
グラントはようやく口を開いた。それに対し、白衣の男はフッと冷笑を浮かべる。
「…子供?そんなのが居たら大問題だろう。今回の一連に重要な機密も同行していること位
はアンタも知っているはずだ。それを考えれば、人が少なかったり、道が入り組んだりし
てくるのはむしろ当然だろう?むしろ感心してくれたっておかしくないはずだけどね。」
「へ、俺に明かせる程度の秘密にしちゃあ、随分だと思ってな。」
グラントが不満そうに言った。
「まぁ、アンタの場合は特別だからな。ホワイトのメンバーとして社長の方から正式に承認
されているし、大会で十分な腕があることは証明済みだ。秘密を明かすのに相応しい、重
要な人物として見てもおかしくは無い。…まあ、私に限ってはこの先アンタのことを好き
にはなれそうに無いよ。ホワイトの重要人物と認めるのにも悩みを持ったほどにな。」
蛍光灯の明かりを返し、眼鏡が光った。男のささやかな反撃の言葉。
だが、グラントの頭にその部分は全く残らなかった。
「ホワイト、また聞いたな。ここにちょっかい出すようになってから、ホワイトだから、ホワイトだからって。
何かする度にそればっかりだ。ゾイド造んのがここの本業のはずなのに、
なんで護衛団みたいなのが秘密だのなんだのって偉そうにしてるんだ?」
素朴な疑問だった。無視する事も出来たが、メンツの問題で男は何かを言わずに居られなかった。
男は眼鏡の淵を撫でながら横目でグラントを覗いた。
「ホワイトが単なる護衛団ってのはアンタの間違った解釈だ。…確かに表向きにはそういう
ことになっては居るが、実際やることがそれだけなら治安局の連中で事足りるだろう。」
「じゃあ、どうだって言うんだよ。」
「それはなぁ」
男は途中まで言って、言葉を飲み込んだ。この男の口車につい乗って余計な情報まで漏ら
してしまわないとは限らない。確かにホワイトの重要な人物だが、まだ触れて欲しくない
事が無いわけではない。いや、絶対に触れてもらっては困る問題もある。
「勿論?」
グラントが聞き直す。男は良い言葉を探せないまま
「色々だ。」
と短く答えた。明らかに不自然な応答。
「色々ってなんだよ。」
当然、グラントは首をかしげる。
「とにかく色々だ。」
「はぁ?さてはお前、また…」
グラントが拳を天へと上らせた、男は冷や汗が額を伝うよりも早く言った。
「見えた。ほら、あそこ。」
「はぁ?」
グラントは拳を掲げたまま、やや裏返った声を上げて男の指差した方を眺めた。
相変わらず白く、異様な雰囲気を醸し出す通路の奥に、銀色の四角い箱のような物が浮い
ている。この施設に初めて入る時見たカード認識用スロットの隣に、カメラのような物と
1から25まで番号を振ったナンバーキーがある。重要な警備。なるほど、それなりの秘密
を隠し持っている事は間違い無さそうだ。そう思った瞬間、グラントの頭からホワイトへ
の疑問はどこかへ去った。男はなんとかこの場をやり過ごせたようだ。
20mほどの距離、大した時間を要せずにその扉までたどり着くことが出来た。
遠くから見て浮いているように見えた装置は当たり前ながら壁に張り付いていた。
どうも、この純白の配色は軽い幻覚症状を催させるらしい。ふらふらとグラントは額に手
を当てる。ふとカタカタと音がした。見る。思わぬ光景に前髪を掴んだ。
男が目にも止まらぬスピードで番号を押している、十桁、二十桁…これも幻か?
横に表示された秒数カウントが、赤字で残り5になったところでキーの入力を終えると、
男は直ぐに円形のパネルに目を寄せた。ピーっと音が鳴る。ドアが開いた。
「急げ!」
男が叫んだ。腕を引かれ、転がり込むように扉の中へ飛び込むグラント。
プシュッ。耳に軽い音が届くのと同じ速さで、見た目20sはありそうな分厚い扉が轟音
を放って閉じた。上着の端が捕まる。それを引き抜こうとするも、抜けない。力を入れる。
服の方が破けた。僅か2cuほどの面積に対し、なんて力。一体何が…?
「ふぅ。これだから他人と一緒にここに入るのは嫌なんだ。」
さらりと言う眼鏡の男。グラントは、呆気に取られた。度胸は人一倍あると思っていたが、
目の前に次々と起こった出来事は、日常からはあまりにもかけ離れていた。口が達者なだ
けで、頼りがいの無いひょろい眼鏡男。そんな印象しか持てなかった研究員の男に対して、
グラントは言い知れない感情を持った。ZOITEC、やはりただの民間企業ではないらしい。
先程とは対照的に、暗く細い通路。両極端だ。グラントは思った。だが、こちらの方が不
思議と落ち着くような気がし無いでもなかった。赤いランプが1点。25のキーとカードス
ロット、そして角膜認識装置を照らしている。カタカタカタカタ。小気味良いリズムで暗
号を打ち込んでいく男。今度は横に表示されたカウントが青字のまま入力し終えたようだ。
最初の検問と同じように扉が音を立てて開く。通り抜ける。また見える扉。
何重の警備になっているんだろうか。秘密の重要性を示すにはくどい。
8つ目。今までとは変わって部屋全体が明るく、青い検査機が浮いている。
時間をおいて見てみても、やはり居心地の悪い雰囲気が漂っている。
カタカタカタカタカタカタ。見慣れた神業のごときパフォーマンスが終わる。
さっさとおさらばだ。そう言わんばかりにもうお決まりのフォームで扉を滑りぬける。
勢い余り、グラントは危うく目の前に突如現れた銀の柵に激突しそうになった。
「危ねぇ、危ね…。」
なんとか踏みとどまったグラントは、ふと目に入った景色に言葉を失った。
柵の下。狭っ苦しい通路とは打って変わって広大な空間。今度は先程の白と黒とをちょう
ど良く掛け合わせたような銀色の世界だ。巨大な扇風機が音をたてて回っている。コロシ
アムで使うようなビッグサイズのフラッシュが眩い。そしてその風を受け、光を受けてい
る無数のゾイド。ぴかぴかの白い装甲を身に纏った、大中小様々なサイズが深く、大量に
並んでいる。四角い積み木を連ねたようなブロックスタイプが大半を占めているようだが、
どっしりとした体のゴジュラスクラスも、深く続く檀上の格納施設に何段にか渡って整列
している。軽く見積もって、百機。共和国の一個大隊並の戦力はありそうだ。秘密か、な
るほど。こんなものを一企業が保有しているとは。見たところ荷電粒子コンバーターを装
備したジェノや、ミサイルを山ほど積んだゴルドスなど、明らかにゾイドバトルの規格外
と言える実戦的な武装が装備されているものが確認できる。どうやら組み立て直後ほやほ
やの、出荷前の機体というわけでは無さそうだ。
「だが、一体…。」
グラントは暫く黙って考え込んだ。
「結構な秘密だろう?治安局がいくら多めにうちの自衛組織の戦力を見積もったとしても、
流石にこれほどの物があるとは想像し切れていないはずだ。しかも、これが全体のほんの
一割にも満たないという事は尚想像の範囲を越えているだろう。」
腕組みをして座り込むグラントを尻目に、男は得意げに眼鏡を輝かせた。
少々不気味な笑みだ。先程得た不思議な感情。その正体が明らかになりつつあった。
「こんなものが他にも?」
「勿論。ZOITECの力をなめちゃいけないよ。」
「戦争でもおっぱじめようってのか?」
グラントは思いつく限りで言った。男とは対照的に顰めっ面だった。
「そんなつもりは無い。確かに戦争にでもなればZOITECの利益は格段に増すだろうけど、
安全な生活は何にも替え難いからね。言うなれば、その安全な生活を支える絶対的な保障
ってところか。まあ、詳しい話は他の人に聞いてくれ。…こっちだ」
「・・・・・・。」
大した事ではないといった回答だった。グラントは無言で男に従った。
…始めはちょっとした節介心で首をつっこんだだけだった。だが、大会でフランカがグス
タフに完敗し、ゴジュラスが居なくなった辺りから徐々に状況が変わってきた。自分は、
カルロ達は、もしかしたらとんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれない。こ
れから向かう先はどこなのか、そしてそこにあるものは何か?先程の通路のごとく、男の
白衣のごとく、目の下に広がるゾイド達の鎧のごとく、その答えは真っ白だった。
見下ろしても壮観だったゾイドの群。下に降りて、見上げると凄まじいインパクトが有る。
前に見たキーンのグスタフと同じカラーの前に来た。キャノピーを開き、さっさと乗り込
むと、男はコックピットに備え付けられた認識機でまた先程と同じような神業を披露した。
「やっぱこれ、ものによって番号が違うんだな。」
「ああ。」
またも軽い返事。少なくとも、八つの検問と一体のゾイドでこの男は検問を通り抜けてき
た。それも僅かな制限時間の中で(…見た限り、確か秒表示の最大値が30だった)何かを見
るわけでも無しに30近い数のコマンドを一度のミスをもせずに打ち込んで。並々の人間
に真似できる技じゃない。一体どんな脳味噌をもっているのか。まさかZOITECの技術の
粋を結して改造された人造人間か?…まさか。そんなのは映画の中だけで十分だ。
ガクン、とゾイド発進時に起こる特有の揺れが伝わってきた。グスタフが前へと進む。
モニターを除くと、何やら難しい計算式がズラズラと現れていた。文字の色は白だった。
それらが全て通り過ぎると、不意に銀の床が抜けた。
「ここから約一分ほどエレベータで下に降りる。」
男が言った。既に何階に居るのか正確に分からなくなっていたグラントだが、
漠然と地下の深いところへ向かっているのだと言う事は感じとれた。
ガーっと音を立てて下降していくエレベータ。何故かゴジュラスの事をふと思い出した。
薄明かりのみを頼りにしたエレベータ通路を降り切ると、そこはがらんどうな広場になっ
ていた。入り口から遠く、大型ゾイドと小型ゾイドが一機ずつ停めてあるのが見えた。
「降りてくれ。」
指示どおり、コックピットの外へ出るグラント。床がキンと高らかな音を鳴らす。
よく見ると、さっきと色が微妙に違っている。少々褐色を加えた感じだ。
「変な感じがするな、この床。」
「ああ、それはちょっとした新素材を床の表面に使っているから。多分そのせいだ。」
「新素材?」
グラントは質問ばかり、と自分に投げかけつつ言った。
「こっちだ」
さらりと躱す男。無視。だが、グラントは特に何かを言おうとは思わなかった。
さきほどは怒るほどの価値が無いと考えたが、今は別の色々な意味で
怒る気にならなかった。また見える、白衣の後ろ姿。それを無言で追いかける。
銀の階段を登る。どうもこれにはさっきの新素材とやらは使われていないらしく、
足運びに違和感は覚えなかった。その先の扉に、またも検問機が付いていた。
だが、そこはカードを通せば良いだけだったので、例の神業を見ることが出来なかった。
グラントにしてみれば大して見たい物でもなかったので、特に惜しいとは感じなかった。
「あ、来たわね」
扉を開けて直ぐ、白い服を着た大柄な女性。ところどころに青いラインが走り、胸には大
きなZが印象的なZOITECの社ロゴが張り付いている。腰の辺りがキュッとしまり、体に
ぴったり整った服装。今まで共に来たダボダボの白衣とは対照的だ。眼鏡でその奥が良く
見えなかった男と違い、しっかり見開かれた黒く大きな瞳には、力が見漲っている。
「ジェーン・レイナーよ。貴方の事は対ゴジュラスギガ戦での無茶な戦い以来、
色々と注目していたわ。さあ、こっち。リリーとロンがお待ちかねよ。」
軽く握手を交わすと、グラントは従って奥の部屋へと向かった。
眼鏡の男は付いてこなかった。だが、グラントは気にも留めなかった。
「おっ」
部屋に入る。ちょっと奥に進んだ所。ソファーに座る人影が二つ見えた。1人は髪を立てた
青年、1人は褐色の髪を短く整えた少女。男の方は逞しい体つきであるのに対し、女の方は
華奢その物。これが搭乗ゾイドとなると一転する。グラントはそのことを知っていた。
「久しぶりだな」
ロンはソファーから立ち上がり、握手を求めた。グラントがそれを握る。
「まさかお前まで居るとは思わなかったぜ」
互いに手を砕かんばかりに固く握り締めると、開いたもう一方の腕を交わし合った。
両者の風貌からも見て取れる「らしい」挨拶。それを微笑ましく見ていた少女も立ち上がっ
て2人へ近寄った。大きな瞳。その目に厳しさはさほど感じない。
「変わりないわね」
「一ヶ月ちょっとか。そっちの方は随分立派になったじゃねぇか」
「ああ、この服の事?立派って言ってもまだまだ下っ端よ。
実際に、これを貰ったのだってつい三日前の事なんだから。」
リリーは少々頬を赤らめた。白い服。微妙にジェーンのものとは違っているようだが、
恐らくホワイトナイツには白い服を着用する義務があるのだろう。だが、義務といえども
ロンがかつて見たままのラフな格好をしている辺りそれほど強要を迫る物では無いようだ。
「爺さんに逃げられたって聞いたぜ。」
ロンが悪戯っぽく笑った。
「寄る年波には勝てないって言うからな。大方すっぽり忘れちまったんだろう」
グラントは目を閉じ、うんうんと頷くように言った。
「で、私たちに博士のところまで連れてって欲しいってことだけど。」
「おお、そうだった」
グラントはつい今思い出したというように、ポッケに手を突っ込んだ。
紙くず、ガムの銀紙。色々な物に混じったチップを取り出すのには少々手間を取った。
「これだ!」
ようやく探し当てると、グラントは2人の目の前にチップを見せびらかせた。
「これが話に聞く地図か。蟻んこ専用って感じのサイズだな」
「と言っても、このままじゃ読めないみたいだけどね」
「そうらしい。だからカラクリ迷路を通ってまで、遥々俺がやってきたというわけだ。」
グラントはいかにここまでの道のりが大変だったかを語ってやりたいと思ったが、
ちょっと考えてみればこの2人もここに来るまで同じような道を来たはずだった。
わざわざ、あの気持ち悪い通路を思い出してまで話す必要はないのだ。
「…私たちのゾイドの改造と動作確認は終わってるし、話は早いわね。」
リリーが部屋に掛けられた時計を見る。日が暮れるにはまだ大分時間がある。
「長距離の移動が可能かどうかもここじゃ確認し切れないしな。ちょうど良い。」
「ってことは!」
積極的な2人の姿勢にグラントは怒鳴った。
「ああ、直ぐにでも出ようぜ!爺さんには一応礼も言わねぇとならんし、善は急げってな。」
ロンがチラっとジェーンの方を見た。彼女は静かに頷いた。
「話はついたみたいね。三人とも、直ぐに準備に取り掛かるわよ!」
両手をパンっと叩きジェーンが声を張り上げて言った。三人は拳を点へと突き上げ、
「おうっ」と声を返した。グラントは深い安心を感じた。
「報告よ。バハムートに”元”大統領が入っちゃったそうね…。」
面倒臭そうに女性が報告する。30過ぎだろうか?
若さより容姿の端麗、美貌が目立つようになった年頃の顔。
「皮肉だな…ならばリヴァイアサンの方の中味は取ってこないとな。」
威厳の漂う男の声。灯台の明かりが窓に刺し込み…
映ったその顔。知る人が見ればその大統領と見間違う程そっくりな顔。
彼の名はゼクトール=セルシエフ。この場には存在し得ない人間である。
ー 閃光の封印存在 ー
セラエノで大捕物が展開しているその時間…丁度蔽列して…
…とある世界の惑星Ziの海上。に泳ぐ直立四つ足つき型の鯨。
その更に腹の中、そこにマクレガーは居た…。
「シット!海上に出てしまったぞ。援軍は期待できないな…。」
何時に無く弱気なマクレガー。
…その理由とは?真っ暗な腹の中。機械が明滅し不気味さが際立つ。
「…この明かりが消えてしまった時。私の精神は砕け散る…。」
暗所恐怖症…。特殊部隊を引退、退役した原因でもある。
暗闇で見てはならない者を見てしまったからだと人々には囁かれている。
事実彼は…真っ暗闇の部屋の隅よりコマンドウルフが顔を出してきたと証言。
知る人ぞ知る特殊なコアをもち得た者の一つ。通称”ティンダロスの猟犬”。
その血を引いたコアを持つ空間跳躍能力持ちコマンドウルフなのである。
今でも重要な部屋の隅には角を作るな。と言う教えが或る。
その教えはこのケースのように角にゲートを形成して侵入する存在。
邪悪な低級生命体等に襲われたり荒らされたりしない為だったと言う説が有る程だ。
実際には角から機材を使って壁等を破壊して侵入されるのを防ぐ為なのだが…。
そんな教えもあってか?彼のパープルオーガのコクピットもそう言った角がない。
特別受注品である事を知る者は一般に居ないだろう…。
マクレガーは名前を知らないバハムートの体内を移動する。
出口を見付けたいのではない。バハムートを止める術を探しているのだ。
非常に残念な事に元が元だけ有り…人間サイズの物しか入られない場所が多い。
件の角の件も有り最上級警戒状態でマクレガーは中を探索中。
この丘鯨が何故こんな姿なのか?その理由も見付かると彼は考えている。
「…ちょっと昔はこの中を風を切って走っていたのだが?
今思うとかなり無茶をしていたらしい…(涙)。」
光源はパープルオーガに非常用に積まれていた胸ポケットに入れて使えるライト。
それとヘルメットに搭載されたサイドライトの二つ。心細い限りである。
しかもバッテリーの事を考えると片方づつしか使えない厳しい状況。
T字路を右に曲がり…ハッチを開き中にそーっと踏み込む。
「機関室か…しかし監視室だな。ここからでは止める事はできないらしい。
…何だ?この紙切れは?」
埃を被り古びた羊皮紙と随分とそれっぽい物をマクレガーは手に取る。
その数は膨大。どの紙も物々しい姿のゾイドらしき存在が描かれている。
「コイツは…封印戦役のゾイドだな。どれも恐ろしい姿をしている。
針山の様な火器、狂暴な顔、不気味な装甲…恐怖心を煽るのには最高だ。」
以前にヘリックシティで戦闘した機体を思い出すが…
それすらもこの羊皮紙に描かれたゾイドに比べれば可愛いものである。
スケールがでかいだけだったとも言えるが?
嫌な気配。何度も感じていた隙を伺い隠れる存在。
「ちっ!ご大層にガーディアン付きか!?この機体は!」
数十年ぶりに光りに照らされた影。それからにゅるりと生理的に悪寒の走る音。
壁より現れた守護者。出来損ないの人間の姿である。
「ホムンクルスの失敗作か!」
緑がかった不潔な皮膚を見せてそれはマクレガーの後ろに向かい猛然と走り出す。
それをひらりと躱し攻撃しようとして…その手を止める。
ホムンクルスはこの部屋の管理者だったらしい。久しぶりの来客に散らかった部屋。
それを片付けている…唯それだけの様だ。
「ソーリー…散らかして悪かった。」
「いやいやお気になさらず…。誰も居るとは思いませんでしょうし。」
返事が返って来た。見た目とは裏腹に知能が有る。驚くマクレガー。
「どうやら暗いのがお気に召しませんようで…暫く御待ち下さい。」
ホムンクルスは執事口調で掠れた声を出すと壁に消えて行く。
既に部屋は埃一つ無く整頓されていた…。
艦内が明るくなる。それと同時にもう1度ホムンクルスが現れる。
「お客様のご要望は?」
「ああ…この船が陸地へ無理矢理上ると大変な事になる。
何とか止めたい。止めれなくとも上る場所を変えたいのだが…?」
少し首を撚ってホムンクルスは考え込む。ややあって…
「それならブリッジへ。ただし…彼処のガーディアンは暴走しています。」
申し訳なさそうに告げるホムンクルス。
「サンキュー…ベリーマッチョ!そいつを何とかしてみるさ。」
明かりが本来の彼の強さを取り戻させる。マクレガーは一礼すると、
通路を走り出していた。
「他愛も無い…所詮丘鯨とてこのスタッグドレイクの前では敵にも成らん。」
轟音を響かせて海の藻屑と化すもう一気の丘鯨のリヴァイアサン。
スタッグドレイクと呼ばれた機体はクワガタの大顎をガチガチ響かせ…
ゴジュラス系列特有の雄叫びを上げる。背の昆虫の翼が力強くホバリングを続ける。
その手にはスタッグドレイクを超える巨大なゾイドが握られていた…。
「暴走か…火器で何とか成る相手だと良いのだが?やはりここは…
彼処しかないな。急ごう!」
マクレガーは通路を走る。執事型ホムンクルスが言う通り、
周囲には術式の経年劣化で暴走したホムンクルスや化け物が存在する。
それ等を軽く片付け用具室にマクレガーは到着する。
「一応帝国系の艦船。きっと…彼等が有る筈だ!」
そのお目当ての彼等は直に発見できる。彼等とは…刀剣類。
パイロットや水夫達の遊び道具件訓練用のこれ等の物は当然本物。
手持ちのハンドガンやマシンガンでは流石に心細かったのだ。
「あら?ゼクトール?早いわね。あの程度の相手じゃ無理も無いかしら…
メタルZi製のその大顎相手では無理も無いわね。」
さっさと用件を済ませて帰って来たゼクトールに当然と言った言葉を掛ける。
「ふん…所詮人の操縦無しのゾイド。あの程度なら…
嘗てこの星で生まれた人造神ブレングレイーズも大した事無かったのだろうな。」
その言葉を聞いて女性の表情が少しきつく成る。
「気を付けなさい。今回の目的は…それの復活なのよ?
幾ら操縦技術が高くても…魔術の使えない貴方なんて同じ舞台にも上がれないわ。
誰のお陰で魔術を使えるゾイドに乗せて貰えたか?考えて見ることね?」
「失言だったな。レイン…もう1度出る。今度はバハムートに行く。」
女性…レイン=アルバートは直に作業に取り掛かる。
「少し待って…良いデータが取れたからフィードバックさせるわ。」
「頼む。奴は…マクレガーは強敵だ。」
ゼクトールはレインの言葉にそう返した。
調製を受けているスタッグドレイクの後方には…回収された巨大ゾイドの姿。
すっぽり中身が無いそれが巨大な力を持つ事など今は…2人とも知る由は無い。
これでも2人はその組織では下っ端なのだ。
用具室を出るマクレガー。その手にはこの通路の大きさには少々取り回しづらい物。
ハルバートが握られている。
しかし通路が狭い。これがマクレガーにこれを手に取らせた理由でもある。
腰にはもう一つの狙いを見据えてカトラスとアサルトナイフ。
そろそろその真価が発揮されるらしい…。
目の前には暴走してしまったホムンクルス。ハルバートの一閃。
狭い場所では咄嗟に避けた所で被害が広範囲に出る物の攻撃は避けきれない。
黒緑色の血を吹き出してそれが倒れると今度は小型の物が飛び掛かってくる。
ハルバートの間合いを抜け一気にその爪でマクレガーを切り裂こうとするが…
これも失敗。その爪毎肩からカトラスで切り払われアサルトナイフで脳天に一撃。
ハルバートの所為で狙える場所が限られて来る。それに対応した確実な行動。
ゾイドでの戦闘はおろか白兵戦のプロでもあったマクレガー。
腕にさびつきは無い…。
その腕にかかればこの程度の奇襲は有象無象でしかなかったと言う事である。
マリン=バイス(15)は曾祖母の形見とも言えるゴジュラスギガ“カンウ”と共に
旅を続ける賞金稼ぎ兼Ziファイター。カンウはかつて“緑の悪魔”と呼ばれた存在で
あった為、計らずとも“二代目緑の悪魔”となった彼女の前には曾祖母が残した遺恨を
未だに根に持っている者が襲いかかって来たり、大企業間の抗争に巻き込まれたりなど、
様々な事件が起こるが、旅の中で出会った仲間と共に何とか生き残っていく。
時は流れ、ゾイドバトル版オリンピックとも言える“オラップ島バトルグランプリ”へ
参戦する事になったマリンと愉快な仲間達はかつて激闘を繰り広げたライバル達との
再会や、新たなまだ見ぬ強豪との邂逅を果たしつつ、大会開催の日は刻一刻と迫っていた。
一方マリン等は他のチームの皆と別れ、それぞれの練習を開始していた。その練習方法は
それぞれの個人練習の後で、チームプレイ・フォーメーションの練習等だった。
「ふ〜終わった終わった。やっぱこの重量装備付けた状態でやるとキツイな〜。」
その日は食事、休養等を挟みつつ、殆ど練習で終わったが、その後で皆は
マリナンのグスタフの居住コンテナでくつろぎ、休養を取っていた。
「さ〜てと!夕食でも作ろうか?」
と、何気なくマリンが起ち上がった時だった。マリナンが彼女の肩を掴んでいた。
「おっと料理は料理人である僕に任せてくれないかな?」
「私も一応料理人の肩書き持ってるんだけど。」
「でも君はZiファイターであって料理が本業じゃないだろ?」
「お兄ちゃんはZiファイターの肩書き持っててもZiファイター本業じゃないけどね。
まあ良いよ。精々美味しい物作って頂戴よ。」
マリンは再度その場に座り込み、マリナンが厨房の方へ向かっていた時だった。
突然ルナリスも厨房の方へ向かっていたのだ。
「私にも手伝わせてくれないかね?」
「ルナリスさん?」
意外な展開に皆は驚いた。・・・と言うか、引いた。
「皿洗いすらやろうとしなかったルナリスちゃんが・・・。これは絶対明日は
超高出力集束拡散荷電粒子砲(意味不明)が降るよ・・・。」
「ちゃん付けするな。」
ルナリスはマリンを一撃の下にその場に倒していたが、その後で少し顔を赤くし、
恥ずかしそうな顔をしていた。
「何と言うか、私もそろそろ料理とか出来る様になった方が良いかな〜とか思った
わけなんだけど。」
「別にかまいませんよ。僕が色々教えてあげます。」
「ハイ・・・。」
こうして二人は厨房の方へ入って行ったが、ルナリスの変わり様にビルトとミレイナは
唖然とするしか無かった。そしてキシンはマリンの方へ駆け寄っていた。
「姐さん大丈夫っすか?かなり痛そうな殴られ方してましたが・・・。」
「大丈夫大丈夫。あの程度いつもの事だから。」
先程までまるで気絶していた様に倒れていたマリンだったが、今度は何事も無かった様に
立ち上がっていた。そして彼女は腕を組んでこう言ったのだ。
「とにかくこれで私は確信した。あれはお兄ちゃんの一方的な片思いってワケじゃない。」
「って事はやっぱり。」
「うむ。まだ明確にそこまで発展はしてないと思うけど、まんざらでも無いと見たね。」
その時マリンは皆が思わず退く程の不気味な笑みを浮かべ、手招きしたのだった。
「とりあえずみんなこっちに来なさい。」
「え?」
マリン等は居住コンテナから出て、ゾイド格納コンテナに移っていた。そしてマリンは
袖の中から一台のテレビを出したのだ。
「そ!袖の中からテレビが!?」
「細かい事は気にしない!」
「・・・。」
3人は唖然としていたが、マリンは何事も無かったかのようにテレビのスイッチを
入れた。するとそこには厨房で料理を作るマリナンとルナリスの姿が映し出されていた。
「実はこんな事もあろうかとキッチンに隠しカメラを設置したんだけど。」
「こんな事もあろうかとって・・・。」
「マリンさんいくら何でも隠し撮りは良くありませんよ。」
「でも貴女、目はテレビの方に行ってるよね。」
「・・・。」
3人はやはりマリンの行動に唖然としていたが、目はテレビの方を直視していた。
それすなわち、彼等も興味があると言う事である。一方テレビの向こうでは、
慣れない料理に四苦八苦するルナリスに優しく教えるマリナンの姿があった。
しかもその時のルナリスは普段の様なクールさは欠片も見受けられず、普段より
遥かに女の子らしかったのだ。
「何かキャラ変わってませんか?」
「うん。ルナリスちゃんと会った時のお兄ちゃんもアレだったけど、
ルナリスちゃんも少しアレだね。」
「アレって何すか?」
「数が少なくて良かった…まだ正常にハウスキーピング?を、
やってくれて居る者が多くて大助かりだ。」
既に数階層上って来ているが…非常に梯子の位置が解り難く…
言葉が喋れるホムンクルスに道を聞いた事も既に二桁。
その代わり…大丈夫そうな相手に声を掛けたら襲われた事も数度。
結構ドキドキものである。
しかしホムンクルスと言う存在は見た目の菜よなよさに比べて…
圧倒的に力と耐久力が有る。種類も失敗作らしく豊富。
既に人型で無い者も非常に多い。しかしそう言った者程正常で、
人に近い姿の者はシステム異常が在る者が多かった。
執事ホムンクルスも元はあんなに歪じゃなかったらしい…。
途中で遇った子犬の様なホムンクルスの話だ。
今はブリッジの2層ほど前にまで到着したところだ。
しかし…マクレガーの敵はブリッジの化け物等では無かったのである。
「砲撃音!?誰かがコイツに攻撃を仕掛けている!」
マクレガーの知り得る限り…これの砲撃を海上や空中で回避できるのは、
サイカーチスやダブルソーダー級のハイレベルなホバリング能力が必要だ。
それ以下の速度の存在は砲撃で撃ち落とされ、
それ以上の速度の相手には高機動ミサイルの釣瓶撃ちが待っている。
此方のミサイルは最低でもストームソーダーやレイノスクラスの最高速が必要。
しかもそのレベルの機体の剛性では一撃で墜ちる。
砲撃音が鳴り止まない事を考える限り前者である事が解る。
だが余りにも当たらない砲弾が多いので部隊編制している存在でもない。
間違い無く…大型ゾイド級の飛行物体。それもデスザウラーすら上回る装甲を持つ。
姿は解らないが明らかに常識の範疇に当て嵌まらないゾイド。
今の時期で簡単に投入できそうな存在は…
…ベルゼンラーヴェクラスの上級呪装ゾイド以外には考えられない。
間違い無くマクレガーにとって危機である。それだけは確かな事実だった…。
「おかしいわ…1隻が撃沈してからかなり間を置いて攻撃。
それにあの見た目?外側からじゃ閃光を放っていて確認できない。」
こんな事態を海軍が放って置く訳も無い。
結局近場にいたメリー=ピアースの艦隊が状況の確認に来て居る次第である。
「此方のSAMも全く通じていません!装甲強度が圧倒的です!
先端を対装甲徹甲弾頭に交換している筈なのに傷一つ付いて居ません!」
レーダー手からの報告を聞いて眉を顰めるメリー。
「あの”魔術師先生”の機体でもダメージが有ると言うのに…
只今よりあの空中物をアンノウンL”ライトニング”と呼称するわ。
各自出来るだけデータを集めて!本艦を含む全艦隊!緊急潜航!」
この深度では相手の攻撃を略全額で受ける事だろう…。
メリーはそれを考慮して限界深度まで潜航を指示し真下。
海底に向かって撤退を開始した。
「ほう…敵わぬと見たら直に消えたか。流石はあの兄妹。行動が早い。」
スタッグドレイクのコクピットでゼクトールは嗤う。
「だが…当てはしないがもう少し下がってもらおう!」
クワガタ大顎とゴジュラス系の顔の大顎に光が集まり…
スタッグドレイクは海中に向けて巨大な閃光の柱を叩き落とした…。
海を円筒状に割る閃光。周囲を津波と化させ艦隊の一部が一瞬顔を出す。
しかし攻撃はそれで終わりだ。どう見ても直撃の艦隊。
しかし艦船に以上は全く無い…その閃光が齎した現象は海を割る事。
唯それだけである。完全にターゲッティングを特定物のみに固定できる技術。
魔術の成せる背徳の業である。しかも艦隊全艦をすっぽり包む範囲で行なわれた。
現実に生きる真っ当な軍人の出る幕では無い。
ゼクトールの思惑通り撤退して行く艦隊。それを見て満足そうに呟く…
「魔術の力とは偉大なものだ。まあ誰にでも使えるものでは無い…
それも十二分に納得が行く。スタッグドレイク。ご苦労様だ!
後は私に任せておいてくれ…。」
そう言うやいなや一閃。その後バハムートの左肩が胴体より切り離されていた。
“贖罪”――
その言葉に秘められた重さに、その場の空気が重く澱む。期せずしてこんな状況を作っ
てしまったリニアは、責任を感じたように新しい話題を振る。
「そ、それで……この機体は作れるだろうか?」
「難しいでしょうね」
アレックスが冷淡に返す。
「工場は僕が持ってるヤツでいいと思います。資材も集められないことは無い。ただ、コアが
死んでしまってるんじゃ如何ともしがたい。リニアさん、あなたが持ってきたデータは?」
「え? ……ああ、一応データは取ってきてあるが……」
少女からディスクを受け取ると、彼は二つ目のスロットにそれを滑り込ませる。モニターに
重なって現れたデータは、死んだコアを復活させる手がかり――
アレックスの目が、凄まじい勢いでデータを読み取る。
黙々と読み進む。
「……驚いたな、ナノマシンとこれを組み合わせれば、不死の生命体だって作れる」
ポツリ、と呟いた青年の顔は、奇妙なかげりを帯び――
「オリバー君、君の働き次第ではイクスを蘇らせることが可能かもしれない」
表情と、告げた内容のギャップに戸惑ったオリバーだが、次第にその顔が歓喜に染まる。
彼はようやく、待ち望んだ“希望”を手にしたのだ。
――それを見守るアレックスの表情がなおも暗かったのは、これからオリバーがするこ
とを思っての不安だったのだろう。
<地球人め……どこまでも、余計なモノをこの星において行きおる>
重々しく、数十人もの声を重ねたような声。それでいて、人間が聞けば服従したくなる
魔力を持った重低音。しかしそれを聞くアーサーは何の感銘も受けた様子は無い。
彼が人間ではないからだ。
「そうは言いますが、彼らの来訪がなければこの星に繁栄は無かったでしょう」
<フン、人間だけが栄える繁栄など――アーサー、いま恐れるべきは人間だけではない。
『選別』で人間を処理した後のことも考えておかねばな>
今こそ、言う時だ。
「神よ、順番を入れ替えてはいかがです? 人間どもの兵力を利用し、『禁忌』を先に滅する
――人間を扇動するなど、容易いことでしょう。そのように……」
アーサーが目をやったエネルギースクリーンには、マキシミンの工作によっていとも簡単に
活発化した能力者排斥運動の様子が映っている。街角でリンチされる少年、少女……。
<使えるものは全て使え、というわけか。しかし間に合うものか? 『選別』は冬至に行われ
るのだぞ。それを変えることはできない>
「ご心配には及びますまい。よしんば本体を討ちそこねたとて、護衛の数が減れば目的も達成
しやすくなろうと」
<ふむ、その悪知恵は“きさまの元になった人間”の影響か?>
アーサーは答えなかった。どのみち、このイカレた老神はこちらが答える限りいつまでも話
を続けるのだと知っていたからだ。それよりも、自分の目的の為には人間を残しておかねばな
らない。
彼の望み。それは、ルガールという男がこの世に生きた痕跡を消すこと――。
「オリバー君、きみにやってもらう仕事はかつて誰も経験したことの無い物です。何が起
こるかまったく解らない――それでも、やりますか?」
アレックスは目の前の少年が何と答えるか知っていた。これは形式だけの意思確認だ。
「……ああ、もちろん! どんなことだって、やって見せる」
彼の覚悟は本物だ。ならば、自分はそれに答えねば――
「……いいでしょう。オリバー君には、イクスのコアと融合して内部から蘇生させていた
だきます」
セディールが残したディスクの最後に暗号化して残されていた一文。アレックスは一目
でそれを解読した。
『イクスのコアを蘇生させる電気ショックの役割を果たせるのは、オリバーだけだ』と。
すなわちそれは、一時的な生命の復活。しかし僅かな時間でも、コアが生きてさえいれ
ば修復の方法は色々あるものだ。
アレックスはそこに懸けた。コア自体の損傷は少ないのだから、再生してしまえばあと
はゾイド治療用コア活性イオンと自己修復だけで充分だと。
「OK、死んだコアに“能力”を使うわけだな」
できるか? オリバーはその自問に答えないことにした。
これは可能か否かを判断する必要は無い、『やらねばならない』ことだったからだ。
激痛。
はじめに感じたのはそれだった。灰色に石化したコアの中には思ったよりすんなりと
入りこめたが、それは激痛とザラザラした不快感を伴うものだった。
やがて、周囲の光景が黒一色に染まる。例外は、ポツンと置かれている踏み台――
――ああ、またここか。
昨日、いや数日前か? セディールが立っていた台。今は誰も居ない空間を、むなしく
スポットライトが照らしている。
と、台の向こうに誰かが現れた。純白の長髪、身に付けた服も基本は白。
それはオリバーのパーソナルカラーだった色。
「イクス……か?」
精神リンクがあるレベルに到達すると、ゾイドが人の姿を取って精神世界に現れると聞
いたことはある。全てのゾイドはその場合女性の姿をとるというが……少なくとも、目の
前の白い人物は性別の区別が付かないような顔をしていた。
「俺がお前を死なせてしまったんだ、いくら謝ったところで許せとは言えないが……」
「気に病むな、私とお前の仲だろう」
それは神々しくもある外見に似合わぬ、若い少年の声。というより、オリバー自身の声。
――当然のことだろう。俺はコックピットでしょっちゅうシャウトしてたし、大げさに
自己紹介なんかもしていた。コイツが一番よく聞いてた人間の声は、俺の声に決まってる。
人間の声を借りなければ、人間と会話はできないんだから。
「お前の身体を借りてる、ろくでなし野郎の仕業だってことぐらい……解ってるさ」
その言い草は優しく、全てを許すようだった。しかしこの優しさに身をゆだねてはいけ
ない。今は、まだ。
「だが、やったのは俺の身体だ。むしろなじってくれた方が楽なぐらい、悪いと思ってる。
それでも……たとえ今までと違う身体になっても、俺と一緒に戦ってくれるか?」
戦うこと。それが、オリバーの選んだ償い。
コイツは自分が戦闘兵器であることを誇りにしていた。戦うことが好きだった。だから
こそ、思う存分戦わせてやりたい。いささか都合のいい話かもしれないが、これが答え。
その答えは――
「……バカ。ド阿呆。クソッタレ。ファッキン」
「は?」
「ボケ。チ○カス。初心者。お前はそこまで見た目どおりのガキだったか?」
叱責は覚悟していたが、これは罵詈雑言の類だ。
「お前が『なじってくれた方が楽』と言ったんだろうが。それに……身体が変わったぐらい
で見放すようなヤツは、最初からパイロットシートに乗せない。死ぬなら、私のコックピ
ットで死ね。生きてその瞬間を看取ってやる」
「イクス……」
名を呟くしかできない。のどの奥で、声が詰まって出てこない。
「違うだろ。これから新しい身体になるんだ、愛称もつけてない私には新しい呼び名も必
要だろう。 で? 新しい名前はなんて言うんだ?」
――やっぱりコイツは、最高の相棒だ。
自分の心の中なのに、とめどなく溢れてくる涙。その熱さを頬に感じ、オリバーは告げた。
「お前の、新しい名前は――」
「能力者に対する暴行、殺人が増加しているとな……“騎士”はなぜそうしてまで能力者
を抹殺したがる?」
アルフレッドの声は、始めから答えを期待していないことがたやすく読み取れる声色だ
った。ヴォルフガングもそれを承知の上で、答えない。余計なボロは出したくない。
「あの技術屋、どうなっている? なにか解ったのか?」
「いや、サンプルが取れなかったから……」
言いながら、彼は兄が無言の非難を浴びせてくるのを感じていた。グローバリー
を沈めてまで、倒した騎士の機体も持ち帰らずに戻ってきたのかと。
あの状況でそれを判断せよというのは酷だ。だが、彼は反論しない。
自分はしょせん兄の影。彼に従うことを、生まれた時から条件付けられてきた。
「……けど、こんなバレバレの自作自演に引っかかるなんて、民衆ってのは本当に
愚かなもんだと思わないかい? 兄さん」
政府の部隊“星光の鎖”に所属していた能力者による、無差別な虐殺。いや、無
差別というよりは、非能力者の虐殺――
能力者への憎しみを植えつける、騎士の策略。政府はとっくに承知済みだった。
それを止めなかったのは、政府による拘束力では膨大な人民全てを抑えられないこ
とにある。少数のゲリラ的組織ならともかく、無数の暴徒と化した民衆に勝つ術は
ない。
もし大量破壊兵器でも使おうものなら、暴動の鎮圧後に現政権は確実に糾弾される。
「……こんな時代、人々は心の奥底に火種を持っているものだ。点火するなら何でも良
い。それに火をつけたのは騎士、燃料は能力者――」
復興に向かいつつあるとは言え、荒廃した世界を生きる人々は馬鹿ではない。皆それ
なりのしたたかさは持ち合わせている。
大衆は自分自身を心の奥底で騙して、騎士の工作に踊らされてやっているのだ。
「――もっとも、騎士の討伐を表明した以上、能力者への対処も怠るわけに行くまい。
すぐに民衆も暴徒ごっこに飽きて、次に能力者の『人権』を唱えだすはずだ」
最前まで、自分達が蹴りを入れていた若者たちの『人権』をな――嘲笑が浮かぶ。
「そうした時、能力者を保護しなかった政府に矛先が向いては危うい。『保護』と『監視』
をかねて、こちらの施設に収容するつもりだ」
命の危機にある能力者には悪いが、この暴動騒ぎは『悪乗り』だ。彼らを保護したとて、
政府に本気で抗議してくる者は百人も居まい。
「それにだ、騎士が能力者を根絶やしにした後で我々を潰そうと企んでいるなら、非能力
者で構成された烏合の衆など役に立つものか。戦力がなくなっては困る」
熟練度はともかく、一般的には能力者と非能力者の戦力比はだいたい1:15程度。能力ごと
に差は出るものの、彼らは貴重な戦力なのだ。
「少しの犠牲には我慢してもらおう――世界復興のために、な」
キシンは少し気まずい顔になっていたが、丁度その時、二人の会話を聞き取る事が出来た。
『ルナリスさんはマリンと一緒に旅してたんだよね。』
『あ、ハイ、そうです。』
「(あのルナリスさんが敬語使ってる・・・。)」
ルナリスの口調に皆は驚きを隠せないが、二人の会話は続いた。
『マリンやみんなについてどう考えてるか僕に教えてくれないか?僕も兄妹の関係とは
言え、会うのは久方振りだったからね。あの顔の傷みたいに旅の途中で変わった点とか
随分あると思うんだ。言っておくけど別に気を使う必要は無いからね。ありのままの
感想を教えてくれると嬉しい。マリンの性格が無茶苦茶なのは僕も知ってるからね。』
「姐さん。無茶苦茶とか言われてますが。」
「でも言い返せない・・・。」
キシンとマリンは気まずい顔をしていたが、ルナリスは作業を続けながら口を開いた。
『確かにマリンはお世辞にも良い奴とは言えません。私の事何度もちゃん付けで呼ぶし、
呼ぶなと言って何度も殴ってもやめないんですよこれが。他にも何かに付けて私を
おちょくったりするし・・・。私より身長低いくせに胸大きくて腹立つし。他にも・・・』
と、ルナリスはバカ正直にマリンに対する悪口を赤裸々に言いまくり、流石のマリンも
怒りが込み上げ、袖の中から曾祖母の形見である鉄鋼樹製の木刀を取り出していた。
「もう我慢出来ん。ルナリスちゃん撲殺してくる。」
「うわぁ!姐さん落ち着いて落ち着いて。」
キシンは必死に止めようとしていたが、二人の会話は続いており、
マリナンは少し残念そうな顔をしていた。
『そうか。マリンはそんなに・・・。』
『あ!でも別にそんな悪い事ばかりじゃ無いんですよ!』
『え?』
残念そうな顔のマリナンにルナリスは慌てて続けた。
『確かにマリンの奴は滅茶苦茶だけど、そんなアイツと今まで何とかやって来れたのは
良い面もあったって事があるのだと思うのです。アイツは確かにヒドイ時はマジヒドイ
けど、優しい時は本当に優しかったですから・・・。あと、私も以前グレてた次期が
あったんですけど、そこから更正出来た(?)のもマリンのおかげかな〜とか思ったりも
するんですよ。むしろアイツの境遇を見ていると、家出してグレた私が恥ずかしく
なって・・・。正直言うと今でもアイツには感謝してます。アイツと会わなかったら今も
街で不良やってたかもしれませんし・・・。』
『そうか・・・。何だかんだ言ってもやっぱり仲良しなんだね。』
『で!でもマリンには秘密にしてくださいよ!こんな事知られたらまたバカにされそう。』
『ああ。わかったよ。』
マリナンが優しい言葉でそう言うと、心なしかルナリスは赤くなっていた。
一方マリンはと言うと・・・
「ルナリスちゃんくさいセリフ吐いちゃって。全く似合わないっての!」
「マリンちゃんそれは幾ら何でも失礼で・・・!?」
ミレイナがマリンにそう注意しようとした時だった。彼女は強がった笑みを
浮かべながらもその目からは涙を流していたのだ。
「ま、マリンさん?それは・・・。」
「な、何でも無いわよ!とにかく、料理そろそろ出来るみたいだから行くよ!」
「あ!待ってください!」
マリンはテレビを袖の中にしまうとそのままコンテナから出て行った。
彼女は今までもよく泣いていたが、今回の様に涙を見せるのを嫌がっていた事は無かった。
つまり彼女もルナリスの気持ちが実は嬉しかったと言う事を意味していたのだ。
こうして皆は食事に入るワケだが、ルナリスの切った野菜の形が変だとマリンが馬鹿に
した事が原因で食事の後殴り合いになったと言うアクシデントもあったが、これも
いつのもケンカ同様一過性の物に過ぎず、後に遺恨を残す事は無かったりする。
ひょんなことから『赤の国』国防軍高官の令嬢・ハーミットにつきまとわれることになった男。
ブリッツソーダを愛機とする男の名はソウイチロウ。
年齢は20代後半か。面長で、紺色のセミロングヘアを後ろでまとめている。
彼は海岸沿いでハーミットのハーケンを振り切ることに成功し、胸を撫で下ろしていた。
一方、追走むなしく置いていかれたハーミットはスピノサパーで構成された盗賊団に出くわしていた。
「なぁ、お嬢ちゃん。悪いことは言わねぇからさっさと身ぐるみ全部置いていきな」
「・・・ホント、悪役のテンプレートそのままね」
敵は5機。土木作業員あがりの連中に見えた。なら、ハーケンの小回りを生かせばでやれないこともない。
それができるだけの操縦技術が自分にあるかは別問題だが、彼らからは強者のオーラは感じられなかった。
全身の刃を敵に向けて構える。が、ハーケンが必殺の切れ味を見せつけることは無かった。
スピノサパーの一機が突然炎上したのだ。自分が撃ったものではない。
そうこうしているうちに次々と爆発していく盗賊団のゾイド。
そのうちの一機は、実家に所蔵してあった映像記録で見覚えがある飛行物体に追突され、真っ二つとなった。
ヘッドカッター。キメラブロックスの一体、ディプロガンズの標準武装だ。
三大国の中において比較的人口が少ない『赤の国』。その兵力を補うために採用された無人ゾイド。
残った最後のスピノサパーが敗走するのを確認すると、その異形のゾイドは砂浜に着地した。
ほどなくして、ディプロガンズを指揮していたと思われる超小型ブロックスが姿を現した。
ブリッツホーネット。便宜上ワンブロックスと呼ばれ、虫型ブロックス『バラッツ』の原型となった機体だ。
茶色いショートヘアのパイロットはソウイチロウより多少若く見えた。20代前半か。
「危ないところだったね。それとも、余計なお世話だった?」
そのころ、ソウイチロウは併走するパラブレードの搭乗者と押し問答をしていた。
先の一件でソウイチロウと知り合った赤毛の青年だ。名前はリッツという。
どうやら無事新しい機体を受領できたようだ。
「だから、彼女を無事に帰宅させなければ困るんですよ。婚約者の方なんかカンカンで、もう」
「婚約者?あの子フィアンセがいたんだ。だったら早いとこ結婚させて身動きできないようにすればいいさ」
「ええ。ですからもう一度はぐれた場所まで戻って彼女の足取りをつかみましょう。手伝ってください」
絶えることなくスピーカーから聞こえてくる嘆願の言葉。相手のコックピットの様子がありありと目に浮かぶ。
―――しょうがないな。二度とつきまとわれなくなると思えば、か。ソウイチロウは協力を決めた。
同日の夕方。仲間を全滅させられたスピノサパー乗りの盗賊に歩み寄る影があった。
レイコング乗りのアドー、ハンマーロック乗りのサムソー。
先の一件で壊滅させられた盗賊団の生き残りである。
「お前もあの赤い奴のパイロットに仕返ししてぇんだろ?協力してくれよ」
「一泡吹かせてやりてぇのは山々だけどよ、いくら数頼みのキメラとワンブロックスとはいえ
こっちはサパー1機だけだぞ?お前さんらのハンマーロックを合わせても勝てるかどうか」
この3人は敵に複数のキメラと指揮ゾイドが存在するという推測を前提にして話を進めており、
その上ではもっともな意見だ。しかし2人は余裕綽々、表情を崩さない。
「俺らの戦力がハンマーロック1機だけだといつ言った?こっちに来い」
案内された先には幌を被った大きな物体があった。そこから現れた物は―――
「こいつはすげぇ。これならなんとかなりそうだ」
「作戦と物資は俺らにまかせろ。悪いようにはしねぇ」
夕焼けに照らされる3人の笑顔は実に不気味であった。
翌朝。ハーミットは昨晩よりロバートと名乗る青年のラボに案内されていた。
隣接した格納庫内には3体のキメラブロックスが並んでいる。
「海戦機ディプロガンズ、空戦機フライシザース、そして陸戦機シェルカーン。この国が誇る主力ゾイドさ」
キメラ、特に第一世代と呼ばれる無人機は国防軍でのみ運用されている。彼の話によると、
軍の実験エリアなどに放置された残骸から3体分のパーツをかき集め、組み上げたそうだ。
間違いなく違法であるが、助けてもらった手前強く非難できない。
「ねぇ、ロバートさん」
「ロビーでいいよ」
「じゃあ、ロビー。あなたって発明家みたいだけど・・・いつもこんなことをしてるの?」
「趣味と実益を兼ねて。ゾイドをいじることは新しいシステムの開発につながるし、ここのガードマンにもなる」
「実益って、やっぱり軍事目的?」
「まあね。この大陸の人たちにとって、ゾイドは自衛のために無くてはならないものになってる。
だけど僕自身は争いを好まない。相棒のブリッツホーネットを見てもらえたらわかると思うけど、
基本的には丸腰さ。もちろん、むざむざ命をくれてやる理由は無いから最低限の武装を施す場合もあるけどね。
僕がこんな生活をしてるのは、単純に人より上を行きたい技術屋の性さ」
「ふぅん。それで、どうやって生活費を稼いでるの」
「近隣の村々を回って電子機器を修理するんだ。30年はメンテなしで動くようにサービスしてるよ」
ソウイチロウをさらに飄々とさせたような男。そういう印象だった。
一般階級の男性はこういう人間ばかりなのか。そう思ったときである。
前触れも無く砲声が耳をつんざいた。反射的にそれが聞こえてきた方向を向く。
「敵襲、みたいだね。多分昨日の奴らだな」
ロビーが素早い手つきでキメラの起動準備を行う。彼に促され、ハーケンに乗り込む。
2人とキメラ隊を待ち構えていたのは異形の改造ゾイドであった。
レイコングをベースにデモンズヘッドの頭部を移植。腕部には同機の脚部を装備して四つ足に、
ブロックを含む残ったパーツはそのまま尻尾として使用されていた。
「どうだ!こいつが俺らの虎の子、レイコング改『レイドラグーン』だ!」
傍らにはハンマーロックと四連装インパクトカノンに換装したスピノサパーが控えている。
「まぁ、人のことは言えないけどよくやるね。ハーミット、あれ君の知り合い?」
渋々頷く。
「長年寝食を共にしてきた子分たちはみんなお縄についちまった!追っ手の影に怯えながら復讐を誓う毎日!」
「青いフレームの虫型がいないのは残念だけどよ、代わりにてめぇらで鬱憤晴らしさせてもらうぜ」
戦闘開始。シェルカーンと改造コングががっぷり四つで組み合う。
四つ足型に移行したとはいえコングの腕は生きている。パワーではライトブロックと
コアブロック2個分を持つコングが有利だ。ディプロガンズによる砲撃で距離を取らせる。
ハーミットは初の実戦にしてはうまくやれていた。軽快な動きで翻弄し、
2連ブラスト重機銃がハンマーロックの装甲を削る。
対空砲を装備したスピノサパーだが、空中を自在に飛び回るシザースに命中させることができない。
だが、シザースに銃器が装備されていないことが救いだった。こちらにも簡単には近づけさせない。
業を煮やしていた盗賊の男がロビーのホーネットを視界に入れた。
奴を墜とせば!アドーにディプロガンズを抑えておくように指示する。隙ができた。
3門の砲塔で空中のシザースを牽制しつつ、残る1門でホーネットを狙い撃つ。
命中。プラズマブレードアンテナを装備していた右羽が吹き飛んだ。機体が地面に叩きつけられる。
直後、キメラ隊に異変が起きる。命令する者がいなくなったことにより混乱し始めたのだ。
シェルカーンとディプロガンズが破壊される。シザースに至ってはハーケンに攻撃を仕掛けてきた。
追い詰められるハーミット。―――ここまでなのか?
スピノサパーがとどめを刺そうとした瞬間、青い『何か』がサパーを吹き飛ばす。
その右脚は完全に切断されていた。
「ソウイチロウ!」
ブリッツソーダだ。ナイトワイズの翼を無理矢理取り付けて飛行を可能にしているようだ。
遅れてリッツのパラブレードが姿を現す。
援軍の出現とサパーの戦闘不能により、戦力は再びほぼ互角となった。
「ベストタイミングだったみたいだな。シザースは任せろ!」
戦闘機型のシザースとサイカーチス並みの機動力しか持たないブリッツソーダ飛行タイプ。
通常ならとても相性が悪い組み合わせ。だがこのコンビは違う。シザースの一撃をわずかに上昇してかわすと、
すぐさまほぼ真下に急降下。敵機の中枢を貫いた。四散するシザース。
同じ頃、地上でも決着がつこうとしていた。ただし劣勢なのはハーミットたちの方だ。
パラブレードとハーケンによるその場しのぎの連携ではコングらの戦闘力を凌駕することはできない。
「あなたたちが来る直前と状況変わらないじゃない!」
「すみません」
パラブレードの頭部および右腕は破壊され、プラズマブレードキャノンも1門むしり取られていた。
生意気に外の世界を見てこようなどと考えず、一生を温室の中で安全に過ごしていた方が良かったのか?
「今度こそ、お前らの最後だ!」
目を閉じる。だが、来るはずの衝撃はやってこなかった。
目を開くと、コングが小刻みに震えている。まるで毒で麻痺しているかのようだ。
その背中にはホーネットの姿があった。ポイズンニードルがその威力を発揮したのだ。
今こそ絶好のチャンス。リッツが気づくのに時間はかからなかった。
コックピットから肉眼で照準を合わせる。そしてキャノンを撃ち込む。
頭部が完全に吹き飛び、機能を停止するコング。
僚機を倒されうろたえるハンマーロックにハーケンが踊りかかる。
重機銃によって削られた装甲にさらに攻撃が加えられ、小型機としては頑丈な重装甲もついに屈した。
キメラ隊は全滅、パラブレードは中破。苦戦しつつも勝利を手にすることができたのだ。
「お前に何かあったら、色々と厄介なことになるのを自覚してるか?お迎えだ、ちゃんと親元に戻ってくれよ」
パラブレードの後についていく形でその場を後にしようとするハーケン。
彼女らの帰路の安全を心配するロビーに、ソウイチロウはすでに護衛ゾイド中隊を迎えに来させていると説明した。
あと30分もしないうちに合流できるだろう。肩の荷が下りた気分だ。
「これでさよならだ」
そんな彼らの背後で何かがうごめいた。センサーが異変をキャッチする。一同が振り返る。
彼らの視界に飛び込んできたのは暴走を始めたキメラコアだった。四散したパーツが次々に連結されていく。
何とか逃げ延びようとしたスピノサパーをマグネイズスピアが貫く。
パイロットが脱出する時間すら与えられず爆散するサパー。
その残骸すら吸収し、醜悪な姿のモンスターへと変貌していく。砲弾が四方八方に撒き散らされる。
格納庫に逃げ込む2人。よく見るとハーケンもこちらについてきているではないか。
聞けば爆風でパラブレードとは別の方向に飛ばされたのだそうだ。
それに何より、まだ冒険し足りないらしい。彼女の根性に半ば呆れた顔で先導する。
「今から10分後、ラボを中心とした一帯を自爆させて奴を始末する。君たちはこの脱出口を使ってくれ」
「あなたは?」
「捨てるにはまだ惜しいものが山ほどあるんでね、それを取りに行く」
「そんな!外のキメラのことだってあるのに」
「運が良かったらまた会おう」
六本の脚がフル稼働。それでも決して速いとは言えない足取りで、ホーネットは瓦礫の向こう側に消えた。
それから約10分後、ロビーのラボは跡形も無く消し飛んだ。
「ロビー、大丈夫かしら」
「あいつはそうそう簡単に死なないさ」
「リッツとかいう人も逃げ切れたか、心配よね」
「一応連絡はしておいたから大丈夫だろ」
「・・・そういえば、ロビーと知り合いだったの?」
「あいつも『青の国』の出身でね、腐れ縁さ。・・・ところで」
「うん?」
「まだ、ついてくるつもりか?」
「もちろんよ。あなたがそばにいてくれれば安全みたいだし」
「勝手にしてくれ。じゃあ行くぞ。現金やカードは持ってきてるんだろうな?」
行き先は『青の国』有数の都市ブルーシティ。
彼らの旅はまだ始まったばかりである。 (終)
その頃、ハガネはチョコと共に夜の街を散歩しており、ウェンディーヌの足元に来ていた。
「ここに来るのも何十年ぶりかしら。それ以前にも色々あったっけ。」
ハガネはかつてこの街で起こったある事件を思い出し、それを懐かしむ思いで
ウェンディーヌの巨大な柱に手を当てていた。
「風力発電の力だけでこの街全体の電力をまかなえる。100年経ってもそれは
変わらないのか。私もこれまで幾多の超常現象を解いて来たけど、これだけは
結局今になっても解けなかったな〜・・・。世の中まだまだ奥が深いよ。」
と、ハガネがしみじみとしていた時、チョコが彼女の服の袖を引っ張っていた。
「どうしたの?チョコちゃん?」
チョコは無表情のままウェンディーヌを指差していた。
「これ・・・、虎の神様に似た感じがする・・・。」
「え?」
ハガネは首をかしげたが、チョコはそれ以上の事は言わなかった。
「(もしかしてウェンディーヌも神々の部類に入る存在なのかな?虎神に聞けば
分かると思うけど、アレから全く音沙汰無いしな〜。)」
ハガネはそう悩んでいたが、悩みすぎても仕方ないので、そのまま別の方向へ移動した。
「さ〜てと!大会開催もあと少しか〜。マリンちゃん達何処まで実力上げたか楽しみね。」
ハガネが笑顔でそう言うと、チョコは無表情のままそう頷いていた。
商業都市であるポルトはホテルの類も相当な数があり、その中でも特に高級のホテルの
中でもさらにスイートルーム級の高級な部屋をサベージハンマーが泊まっていた。その
一室にてバートンが一人暗い顔をしながらノートパソコンのキーボードを叩いていた。
「ブレードは相変わらずマッハストームを敵視していたが、俺はアイツ等よりむしろ
あの緑ギガのガキをどうにかしたい所だ。しかし奴はあの時よりさらに実力を上げている。
あの時の憂さ晴らしをしようにも、真正面から当っては勝ち目は無い。さあ一体どう
すれば良いか?殺し屋を雇うのも良いが、何かそれも返り討ちにしそうな気がするしな〜。
奴自身じゃなく、奴の肉親を人質に取れば・・・って言う作戦も考えたがこれじゃ〜な〜。」
ノートパソコンの前でブツブツ独り言を続けるバートンの姿は、真っ暗な部屋と
相まって、端から見ると近寄りがたい以前に近寄りたくない雰囲気があったが、丁度彼の
ノートパソコンには一体何処から入手したのか、バイス家のデータが表示されていた。
「アイツの実家・・・、今までも幾度と無く殺し屋、テロリスト、極道、マフィア、
その他モロモロ色々なのの襲撃受けていながら全部返り討ちにしてやんの。
コイツ等バケモン一家かよ。一体どうすれば良いんだよ〜。」
バートンはそううな垂れていたが、だからと言って事が進展する事は無かった。
翌日も大会前の調整を兼ねた練習が進められていたが、ハガネとチョコも同様であり、
二人は実戦形式の練習やゼノンの飛ばした岩をトラグネスが撃ち貫くと言った
射撃練習等、様々なパターンに乗っ取った練習を行っていた。
「ふ〜。それにしてもチョコちゃんは強いな〜。私追い抜かれちゃいそうだよ。」
「そんな事無いです。」
休憩中、ハガネはチョコにそう話し掛けていたが、チョコは無表情でそう答えていた。
事実マリン等も強くなったが、こちらの二人も元々マリン等以上に強い上、この大会に
向けて相当な特訓を積んでいる様子であった。特にチョコはわずか10歳でこの実力の
持ち主である。かつてはイグアンでベテランパイロットの乗るブラストルタイガーを
圧倒した事すらある。今はそのブラストルタイガーを彼女が譲り受けた形を取っているが、
ハガネに追い付かれそうと言う事を言わせる事は相当な実力を秘めている事を意味して
いるのだろう。しかし、これだけの実力がありながら、二人は他チームから全然マーク
されていなかったりする。確かにハガネはこの大会の第一回大会の優勝者であるが、
それも80年前の事である。故に当時の大会を知る者は少ないし、常識的に見れば
ハガネがそんな昔から生きているとは普通思わない(?)故に彼女等はこの大会の
ダークホースとなるであろう。
「よ〜し!練習再開しようかね〜。」
「ハイ。」
二人が息抜きを終えて練習再開しようとした時だった。
「お二人とも久しぶりです。」
そう言って二人の前に現れたのは懐かしい顔だった。
「さてさて…困りましたね。あの光は要注意人物の周辺に闇兵を置く。
その為だったとは…。面倒ですねぇ〜…もう終わりましたが。」
その言葉の主の周囲にはどす黒い血が滴り、
どう見てもこの世界の存在じゃ有りません!と豪語しそうな生き物の遺体。
「…相変らず手の早いこと。それでも助かりますわ。」
メリーは黒い血に塗れた老人に礼を言う。
「いえいえ!ちょっと問題が起こりそうな気配がしたので密航したまで。
それにしても余り警備網が宜しくないような気がしますが?」
その言葉に閉口するクルーを置いてけぼりにしてメリーは答える。
「何時何処で人間魔導兵器の類に襲われるか?
そんな事考慮していたら…タートルカイザー1隻で国が傾きます!
解っていてからかうのは彼等にとって酷ですよ?魔術師セ・ン・セ・イ?」
その言葉に老人は舌を出して許して?的な表情を作る。
格納庫には密航とは思えない程の巨大な半人半獣のゾイドが1機。
帝国の破壊神とまで言わしめた封印戦役の唯一完全状態の生き残り、
人はそのゾイドをベルゼンラーヴェと呼ぶ。艦橋の老人はファイン=アセンブレイス。
そう呼ばれる魔人。幾多の重症の際に色々な魔術媒体を取り込んで再生。
その為地球人ともZi人とも古代ゾイド人にも分類されない位置に達してしまった。
その為にそう呼ばれる様になったのだと言う…。
「もう後退した方がいいでしょうね…。アレをもう1度喰らったとして、
アレのターゲットが艦内の生命体全てに向けられればお手上げでしょう。」
モニターに映し出された機体を見上げて忌々しげに言うファイン。
彼にそう言わしめると言う事は相手が海千山千の怪物。
それも特大最上級の化け物ゾイドと言う事が誰にでも容易に理解できるだろう…。
ベルゼンラーヴェの時点で苦労するシーマッドでは数が居ても役に立たない。
予想しうる情景はサイカーチスやダブルソーダーに追い詰められる地上ゾイド。
それが一番しっくりくるだろう…。それくらいに強い相手。
しかも乗って居る奴も相当の手練。考えるだけ無駄と言う言葉はこの為に或る。
そう言っても過言ではない状況だった…。
「ちょっとちょっかいを出してきます。その間に…距離を稼いで下さい。
格納庫の中のアレ?貴女が使おうとしているのでしょう?」
”格納庫のアレ”と言う単語はこんな状況で使用するからだろう…。
「ええ…偶々見付かったゾイドでしてね。ギル・マリナーと私達は呼んでいますわ。
それはそうと…甲板最上部の射出口を使ってくださいな。
彼処はさっきの攻撃で海底の岩に打つけて穴が開いていますから。」
「了解しました。それではちょっと遊びに行ってきますよ。」
老人の姿はその言葉と共に掻き消えた。空間転移の術を使用したのだろう。
メリーは帽子を深く被り直すと指示を出す。
「全速後退!アンノウンLから距離13400放したらギル・マリナーを発進させる。
ギル・マリナーにはテンペストブラスターを装備させなさい!」
「出て来い…ピアース=マクレガー。貴様との一騎討ちを申し込む!
さもなくば…貴様の乗るバハムートを沈めるまでだ!」
ゼクトールは拡声器を使って彼に聞こえる様に警告する。
マクレガーが居なければバハムート内に或るだろうもう一つの目標。
それを手中に納める事ができる。
よしんば失敗してもマクレガーを葬ってしまえば問題無い。
恐れる事は一つだけ。マクレガーにそれの存在を知られる事だけだった筈である。
「緊急警告!?巨大な術式反応が海中より接近中だと!」
ゼクトールの誤算。それは艦隊内に魔術師が居た事。それだけだった…。
「御指名か…だがその為にはブリッジに行かなくては成らないな。
緊急時に鬱陶しい事だっ!」
マクレガーは通路を直走る。目標はブリッジ。さっきの攻撃で…
館内に有った梯子等の偽装が緊急事態ということで解かれたのだ。
もう直ぐブリッジに到着する。待った無しで突撃して…
一撃で仕留める。それを心に決めてマクレガーは走る速度をまた上げる。
ここぞと言うときに他のホムンクルス等に足止めを喰らうと船と一緒に沈没。
物言わぬ海難事故死者のリストに名前が乗る事になるだろうからだ。
ブリッジの扉を見付けて思いきり飛び蹴りをかますマクレガーだった。
「タリスさん!」
「ドラムカンロボットもいる。」
彼女はあのゾイテック社の技術者であり、ハガネにゼノン=レイズタイガーを渡した
人間だった。そしてチョコにドラムカンロボットと呼ばれたZ−12も一緒である。
一応コイツはゾイテックの誇る最新ロボットなのだが、全然そう見えないのが面白い。
「所でタリスさんがこちらに来たのは・・・また何かあったの?」
「いえ、別にこれと言った事件はありませんよ。ただ我が社の選抜チームでこの大会に
参加していると言う事です。ハガネさんの送ってくれたデータのおかげでこちらも
あの操縦性の問題をクリアし、見事レイズタイガーの量産に成功しました。」
「ほ〜。これは楽しみね〜。」
「ゾイテック社の真の実力お見せしますわ。」
ハガネとタリス。両者は表面上はお互いの健闘を誓い合う様なさわやかな雰囲気を
かもし出していたが、内面では相当なライバル意識を燃やしていた。
『コンドハワタシモゾイドニノッテサンカシマス。ヨロシク。』
「うん。」
ライバル心を燃やす二人に対し、チョコとZ−12は静かにそう握手しあっていた。
その頃、街を挟んで反対側の荒野では、かつてルナリスを襲撃したあの
チーム“MEGA”の練習が行われていた。“MEGA”はズィーアームズ社の
支援を受けたチームであるだけに、その練習方法も相当気合が入っていた。
「対ゾイキュアシミュレーション開始!」
“MEGA”とズィーアームズ社によって独占された広大な土地の真中に
高出力ブースターを積んだ白いデスザウラー“メガデスザウラー”と、それとは対照的に
黒色のカラーリングの施され、なおかつ全身にハリネズミの様に多数の砲塔を備えた
ゴジュラスギガ“ゴジュラスギガ・ジ・メガバスター”が立ち、その周囲から多数の
無人デスザウラー、無人ゴジュラスギガが彼等に襲い掛かっていた。しかし、それも
あっと言う間だった。メガデスザウラーはブースターを使用した高速移動を行いつつ、
荷電粒子砲の連続照射で、ゴジュラスギガ・ジ・メガバスターは全身の砲塔からなる
精密射撃で相手の群をたちまち倒していたのだった。
「シミュレーション終了!」
練習終了後、休憩の為にそれぞれゾイドから降りていたが、メガデスザウラーの
パイロットはあのギャラン=ドゥだった。そして黒服サングラスが手を叩いた。
「いや〜お見事お見事。これなら楽勝ですな?」
「嫌、違うな。奴等の実力はこんなもんじゃ無いよ。」
「そんなに強いのかい?ギャラン。」
彼の前に現れたのは12歳位の年齢で、見たまんま勉強の虫みたいなイメージを持たせる
様な少年だった。しかし、彼こそゴジュラスギガ・ジ・メガバスターのパイロットであり、
その名は“ギルガ=メッシュ”である。意外にゴツイ名前をしてらっしゃる。
「俺は以前連中の片割れと戦った事があるが、相当強かった。あれからさらに腕を上げた
だろうから、その実力は想像も付かない。少なくともあんな戦術AIを積んだ練習相手
なんぞよりかは遥かに強い。先程の俺達の攻撃だって、奴等なら鼻歌交じりで回避
してしまうだろうよ。」
「そんなに凄いのかい?けど、それでも勝たなきゃ。」
「それは決まっているだろう?」
ギャラン=ドゥはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
それからまた夜になり、皆が寝静まった頃、バートンは一人マリン等が寝泊りしていた
マリナングスタフの居住コンテナの前に来ていた。そして彼がゆっくり窓から顔を
覗かせると、コンテナの中では皆がすやすやと気持ち良さそうに眠っていた。
「ふっふっふっふ。寝てる寝てる。」
バートンは不気味な笑みを浮かべ、背中に背負っていた風呂敷を地面に下ろし、
その場に広げると風呂敷にはなんとバナナの皮が満載されていたのだ。
ちなみにこのバナナ、八百屋が捨てようと思っていた古い奴をタダで貰った物らしい。
「ふっふっふ!このバナナをこのコンテナの出入り口の前に敷いておけば、奴等が
外に出る時スッテンコロリンよ。上手く行けばそのまま後頭部打って死亡とかあるかも
しれん。しかしこの事件は事故として扱われ、俺には何のおとがめ無し!
ま、仮に何かあったとしてもその時は“あの方”のお力で何とかしてもらおう。
ふっふっふ!明日が楽しみだな〜。」
バートンは不気味な笑みを浮かべて居住コンテナの出入り口にバナナの皮を仕掛けて
いたのだが、その時、何者かが彼の右肩をポンと叩いたのだった。
「ん?何だよ。今忙しいから後にしろ。」
バートンは左手で右肩を掴む何者かの手を払い落とし、作業を続けていたが、それでも
何者かの手は彼の右肩をポンポンと叩いていた。
「何だっつんだ・・・よ・・・。」
余りにウザったらしかったのか、物凄い形相で後ろの何者かを睨みつけたのだったが、
その直後、彼の声は瞬く間に小さくなり、顔も真っ青になっていた。何故なら彼の
目の前にはパジャマ姿のマリンが上から見下ろす感じでバートンを睨みつけていたのだ。
「ま、マリンさん・・・。な、何で?」
「バナナの皮で相手を転ばせるのは私のお家芸なんですが。貴方は一体何をやってるの?」
「そ、それは・・・。」
マリンの有無を言わせぬ迫力にバートンは思わず後退りしていたが、その後彼は大急ぎで
立ち上がると、上着の裏側に仕込んでいたナイフを手に取り、マリンの心の臓目掛けて
突き掛かって来たのだった。
「こ・・・こうなったら死なばもろともじゃぁ!」
と、ここまでは格好良かったのだが、マリンは顔色一つ変えずにバートンの手首に軽く
手刀を叩きこんでナイフを落とし、そのまま彼の手を掴んでいた。
「あんま人の事バカにすんじゃないわよこの阿呆が!ちょっとジュース買いに行った
だけだわい!」
「って意味が分かりませんがな!」
マリンはどうやら少し寝ぼけていた様だが、バートンはマリンの頭突きを
まともに受け、大流血のまま気絶して倒れてしまった。
「ったくもう本当に私の事バカにしくさってからに・・・。」
と、マリンはそう愚痴りながらコンテナの中に入って行ったが、バートンはその場に
倒れたままだった。こうしてバートンの恐ろしい陰謀はマリンの大活躍によって
未然に防ぐ事が出来たのであった。
「アウチ!!!」
マクレガーの全身に響く衝撃。余りに焦ってバルブ開閉式の扉に蹴りをかます。
当然の結果だった…。数十秒の間彼は扉の前で床を転げ回る羽目になる。
前方不注意とは正にこの事。
「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐ…ガッデム!畜生!サノバビッチ!?」
痛みで既に口から変な言葉が漏れ出すマクレガーだった。
海中より海上を目指すベルゼンラーヴェ。
しかし今回はコクピット内が大変な事になっていた…。
「本気ですか?何も操縦を練習していないのに打っ付け本番なんて…。」
「良いの!!!お爺ちゃんだって帝国最凶のテストパイロットだったって言ってたでしょ?
私は孫よ!その気になれば操縦だってできる!
この子に…って年じゃないけど気に入って貰えればきっと凄い動きができるわ!」
どうやらファインの孫らしき娘が潜り込んでいた模様だ。
彼女の名はエリーゼ=アウローラ。極一部の裕福な存在がたまに行なう、
人工体外受精卵から生まれた両親より生まれた彼女である。
裕福な奴等は自分を中心とする一族の系列より優れた人材を欲する。
その極端な手が有能な?人の能力を取り入れる事。
要するに…試験官ベビー等と呼ばれる血の繋がりは有っても実際には他人な存在。
本来は何の所縁も無い娘である。
しかし縁は無くとも血の繋がりは在る…そう言った形で今日初めて出逢ったのだ。
「え〜〜〜…。何でそっちの方は認めてくれるのに操縦はダメなの?」
首を縦に振らないファインにエリーゼは不満の色を露にする。
「ダメですよ。最悪リンクの係数が高く成ろうものなら…
あの上のクワガタゴジュラスの攻撃のダメージを肩代わりしないと成らない。
そう言う可能性が有ります!
自分の3分の1も生きていない貴女を危険な目には遭わせられませぶはっ!?」
言葉が終わらない内に強烈な肘内を喰らったらしい…。
どうも今日に到っても頻繁にこう言う目に遭う星の元に或るファイン。
しかし幾ら駄目と言っても先に主導権を握られた状態では如何しようも無い。
彼の説得は虚しく空振り。ベルゼンラーヴェは海上に出てしまっていた。
「…なっ!?馬鹿なっ!こんな場所にベルゼンラーヴェだとぉ!?」
海上から空中に跳び出したベルゼンラーヴェに驚愕するゼクトール。
計算違いも甚だしい想定外の緊急事態である。
そもそもゾイドのみが魔術の類が使えてもパイロットが使用できなければ、
宝の持ち腐れも良い所である。だがそれは…ベルゼンラーヴェも同様。
今回はエリーゼがパイロットな為そこら辺がメインから使用出来るか?
それは解らないのである。
「くくくく…間違った魚が掛かった様だが面白い!勝負!」
スタッグドレイクが動く。甲虫の甲羅より放たれる光の矢の群。
「!来たっ!」
身を翻す動作を起こすエリーゼ。ベルゼンラーヴェはその動きのままに回避する。
「?}
ゼクトールは僅かな動きの違いを見逃さなかった様だった。
「(パイロットが違うな。確かあの男はここでは健在だった筈だが?
しかしこれは好機だ…奴が操縦していないのならばメインで強力な攻撃は無い!)」
更にタイミングを微妙にずらしながら光の矢を連射するスタッグドレイク。
遂にその攻撃はベルゼンラーヴェを捉える。
空中に派手な光の炸裂が連続して発生する…。
一方足の痺れに転げ回っていたマクレガーだが漸く立ち直る。
「…今度は確り開けるか。」
バルブをゆっくり回すマクレガー。
確か艦橋を護っている固体が暴走していると言う話を仕入れている以上は慎重になる。
慎重になりすぎるのは別に問題無い。
ただそれで動きを制限されないようにしていれば問題は基本的には無いと言う事だ。
掻き集めた武器を構えてゆっくりと扉を押し開けるマクレガー…
しかし扉が動いた事で中のホムンクルスが不気味な咆哮を上げ扉に体当たりする。
「ぐおぉうっ!?」
どうも防衛場所自体の具体的な部分が消失している模様で、
そのまま通路に跳び出しマクレガーに強力な爪を突き立てようとしている。
明らかに毒な廃液を流しながら中途半端なライオンの様な姿はマクレガーに迫っていた。
何の前触れも無く突如として世界が炎に包まれたその日、人々やゾイドの阿鼻叫喚の中、
炎の中に消えていく街をある母子が見詰めていた。
「ごめんねミスリル・・・。こんな時に酷い事だとは思うけど、大切な用事が出来てね、
行かなきゃならなくなったのよ。それがまたヤバくてさ、もしかしたら生きて戻る事は
出来ないかもしれない。だからさ・・・ごねんね。母さんの我侭・・・許してね・・・。」
「え?ちょっと待って!行かないで!」
少女は泣きながら立ち去ろうとする母親を追う。が、母親は虚空の彼方へ消え去る。
それでも少女はなおも母親を探し続けた。その直後は地割れに飲み込まれてしまい・・・
「ああ!待って!待って母さ・・・夢?」
少女が飛び起きた時、古ぼけた木造の民家の古い布団の中にいた。
「夢か・・・でもどういう意味だったのだろう・・・。それに・・・母さんって・・・。もしかして
失った記憶に何か関係があるのかしら・・・。」
少女は心に深く残るその夢に疑問めいていたが、戸を開けて老夫婦が現れた。
「起きたのかい?ミスリル。随分うなされていた様だが、大丈夫かい?」
「あ、大丈夫。気にしないで・・・。」
神々の怒りと呼ばれる大災害によって高度な科学力を誇った古代文明が崩壊して数千年。
技術は失われても人々は逞しく生き続けていた。そんな時代のある辺境の小さな村に
少女はいた。少女の名は“ミスリル”ピンクのショートヘアーが特徴で、15歳位の
可愛らしい少女なのだが、正確に言うと彼女は村の人間では無い。村の近くの山奥の
洞窟の中で倒れていた所を村の者が助け出して村まで運んで来たのではあるが、一体何が
起こったのか、彼女は自分の名前以外の全ての記憶を失ってしまっていた。その為、
これからどうすれば良いのかさえ分からない彼女を想った親切な老夫婦が引き取り、
彼女は老夫婦のもとで仕事を手伝いながらそこに居候していた。
そんなある日、薪割りを終わらせたミスリルが一息ついていた時、彼女を居候させて
くれている老夫婦がやって来ていた。
「お爺さんにお婆さん!どうしたんですか?」
「ミスリルや。仕事が終わったのならこっちに来なさい。面白い者を見せてあげよう。」
「え?」
ミスリルは老夫婦に連れられ、村はずれの小山に続く長い階段を登っていた。その階段が
あんまり長いのでミスリルはヘトヘトになってしまっていたが、老夫婦は慣れている
のだろうか、スイスイと進んでいた。
「ハア、ハア、この先に一体何があるんですか?」
「何じゃ。若いのにだらしないのう。もう少し。もう少しじゃ。」
ヒイヒイ言いながら何とかミスリルが階段の一番上まで登った時、その先に見えた物は
巨大な龍の石造だった。しかも、あちこちに注連縄が巻かれており、神聖な物として
奉られている事が分かる。
「わ〜大きな石造ですね。こんな物がこの村にあったなんて・・・。」
「これはこの村の伝説に伝わる大龍神様の像じゃ。」
「大龍神様?」
「うむ。伝説によればその昔、世界が闇に覆われそうになった時、白銀の女神様が
大龍神の背に乗って悪魔の軍団から世界を守ったと言う話じゃ。」
そう言ってお爺さんが指差すと、確かに大龍神像の背には白銀の女神を思わせる
勇ましい姿をした女性像が乗っていた。
「へ〜凄い話ですね。それって本当にあったんですか?」
「イヤイヤ、ワシも婆さんも子供の頃におっ父に聞いただけじゃからな。良くは分からん。」
「え〜?お爺さんやお婆さんにも子供の頃ってあったんですか?」
「馬鹿にするでない!ワシ等にだって子供の頃くらい・・・。」
と、その時だった。突然村の方から騒がしい声が聞こえて来たのだ。三人が慌てて村を
見下ろすと、何と村に何処かの国の軍とも思える者達が入り込んでいた。
「何じゃ!一体何が起こったのじゃ!?」
「行きましょう!」
三人は慌てて山を降りた。が、例によって遅れているのはミスリルだったりする。
「肩アーマー、もうちょっと右です。そう……もっと……そこ。ジョイント部をしっかり
締めてください。塗装は……パイロットが起きてきたら聞きましょう」
アレックスが様々な国からかき集めた、最高級のスタッフ。高額の報酬を支払う代わり
に、作っているゾイドについての詳細情報や“用途”は一切知らされない。それは彼らの
安全の為でもあるのだ。
――と、ここで少々問題が発生する。
「……はぁ、四基目のプラズマジェネレーターが資材不足で組み込めない……と。どうし
たものですかね、今更スペックダウンというわけにも行きませんし」
足りないのは、炭素を主な原料とする非常に細いチューブ。製造技術は失われているた
め、売買以外の入手方法は発掘に限られてしまう。が、希少なため単価は法外。このパー
ツは並外れた強度と柔軟性を併せ持ち、重要な内部機関を保護する部位に使う予定だった。
「追加注文……うへぇ、こんな値段に」
この男――アレックス・ハル=スミスという人間は、金に困らない生まれであるためか
金銭欲が異常なまでに薄い。どうせ成金なのだから、という考え方が根底にある。
しかし、それにしたところで最低限の金は残す必要がある。このパーツを追加注文した
ら……しばらくはインスタント食品で暮らす羽目になりそうである。
が、金を惜しんでいては騎士に先手を打たれる。そう決意を固め、追加注文の準備をし
ようとキーボードに手をかけたとき。足元から、独特の声。
「お金に困ってるみたいね。私の個人口座からちょっと援助してあげてもかまわなくてよ」
何度聞いても、外見に似合わぬ声だ――下げた視線の先には、絶妙の角度で首を傾げて
艶やかに笑むレティシア・メルキアート=フォイアーシュタインの姿が。
「あなた、十歳で個人口座もちですか。議長は中々の親馬鹿と見える」
「――『親馬鹿』にかかる言葉が間違ってるわね」
少女が端末から銀行にアクセスし、自身の口座を開いてみせる。
「これは……」
絶句。――確かに、言葉を改めねばなるまい。
映し出された預金額、ゼロの数から推測するにもはや天文学的。ぽつりと呟く一言。
「……訂正しましょう、アルフレッド議長は惑星Zi始まって以来の大親馬鹿です」
「アーサー……」
格納庫らしき空間で騎士の長を呼び止めたのは、かつてマキシミン・ブラッドベインと
呼ばれていた少年である。
「あの白いゾイドに乗ってたヤツは……俺の……何です?」
空白だらけの記憶。空虚で、何もない心。
そこに苛立ちを覚える。誰か答えをくれ。たとえ嘘でもいい――。
「頭から離れないんです。あんな馴れ馴れしいヤツは知らない筈なのに……」
アーサーは少年を哀れに思った。
彼もまた、自分達となんの違いがあろう。単に育ち方が違っただけ――本質的には同じ
存在。同質のモノ。時折フラッシュバックする記憶に悩まされ、苛立つ。
では、記憶に『欠け』のない自分は幸せか?
――違う。“あの男”の記憶など、無いほうが良かった。
「良いか、ブラッドベイン。真実を知ることが、必ずしも幸福とは限らんのだ」
納得はしていない様子の少年を残し、アーサーは与えられた剣――彼の機体に乗り込む。
「……忘れてしまった方が、自身のためだ……」
後方を映すモニターに、立ち尽くす少年の姿が小さく映っている。
――自分に、あの少年を哀れと思う権利など無いのだ。
「能力者を殺せ!」
掲げられた無数のプレートには、多種多様な言語でそう書かれている。
ある者は、その暴動を『正義の粛清』と――
またある者は、『野蛮な虐殺』だと――
しかし真実を訴える小さな声は、自らを騙した大衆の流れにかき消される。
――後世、『殺戮の白い日』と呼ばれることになるその日。
遂に言われなき迫害に耐えかねた能力者たちが蜂起。ゾイドを駆り、反能力者デモを行
っていた民衆に砲撃を加えた。
これを待っていたと言わんばかりに、マキシミンのデススティンガーが出現。始まった
虐殺に手を加え、大混乱の中――市街は戦場と化した。
始めはただ殺戮の対象であった民衆側も、ゾイドに乗り応戦する者が出始める。どんな
ゾイドも飛び越えることの出来ない隔壁の中、閉鎖的な空間での戦争は夕方まで続いた。
それを止めたのは、どちら側の者でもなかった。否――人間では、なかった。
地球の単位にして、時刻21時3分。突如として大地から巨大な何かが出現する。
推定で全長600m、幅106m。アーティファクト・クリーチャーズの一体であった。その
半透明の巨躯にはいかなる攻撃も当たらず、その身に触れた者はたちどころに絶命して。
結局その結末は、ヴォルフガング・フォイアーシュタインによって怪物が討たれたこと
で訪れる。暴動に参加した両勢力の殆どが死亡という形で――!
「予定外に、これまた予定外が加わりましたな。ブラッドベインの独断ですが……」
マキシミンがうまく逃げおおせたことを聞き、パイロットシートを傾けて“神”との交信
を続けるアーサー。片手間に操縦桿を動かし、機体を走らせる。
<能力者なき人類文明など、塵だ。イヴの恩恵を受けられずして、どうして我らに太刀打
ちできよう?>
予定変更、と思ったらその予定を狂わせる事件だ。まったく人間と言うのは予測できな
い生物だ――と、アーサーは思う。
<あの少年はむしろ褒めてやるが良い。しばらくの間は、『禁忌』との戦いに専念できる
だろうからな……ところで>
重低音に憎しみがこもった。
<イヴが“子”との接触を企てておるようだぞ……!>
「それはまた、何のために?」
<自分が直接手を下せぬとようやく知ったのであろうよ。『代行者』を立てるつもりだ>
その時アーサーは、何の気もなしにある少年の顔を思い浮かべた。
白いライガーゼロイクスに乗っていた少年。セディール・レインフォードの残留思念に
取り付かれた存在。名は……オリバー・ハートネット。
『代行者』が彼ならばあるいは、楽しめるかもしれない……。
その頃、村では謎の軍団に村の者全員が一箇所に集められていた。
「我等はディガルド軍辺境方面軍所属、第三部隊だ。」
「ディガルド軍!?」
軍団の隊長と思われる立派な軍服に身を包んだ将校が名乗った時、村人の中にどよめきが
起きた。ど田舎の村とは言え、行商に来た者から外の情報もそれなりに入ってくる。
ディガルド軍と言えばバイオゾイドと呼ばれる異形のゾイドを使って近隣諸国に対し
侵略行為を繰り返す恐ろしい軍団だった。しかし、村の者達は何故ディガルド軍がこの
村に来たのかワケが分からなかった。何故なら村にはディガルド軍の欲しがりそうな物は
何一つ存在しないのだ。
「い・・・一体この村にどの様な用で?」
村長が恐る恐るそう質問すると、隊長は村長を睨みつけて叫んだ。
「この村に我が軍に対する反乱勢力のゲリラが逃げ込んだと言う情報が入った!直ちに
そのゲリラを我々に差し出すなら即刻立ち去るが、匿うのであるならば命は無いと思え!」
「げ・・・ゲリラ・・・?そんなのいたかな?」
村人は誰もが互いに向き合い、皆疑問めいた顔をしていたが、一人の男が言った。
「も・・・もしかして数日前に村の外に傷だらけで倒れていたあの連中じゃないかな?」
「あ!そう言えば・・・。」
「何だ?どういう事だ?詳しく教えるんだ。」
隊長がその男に近寄り、凄い剣幕で問い、男も恐る恐る言った。
「あ・・・あのですね?何日か前に村の外に全身傷だらけの男達が倒れてましてね・・・。」
「そいつらがゲリラに違いない!何処にいる!連れて来い!」
「でもそいつら皆傷が深くて、手当てはしたけど、翌日に皆死んじまったんだよ。」
そう言うと男は村の隅に立つ何本かの粗末な墓を指差した。
「あれがその証拠だ。なあ、早く帰ってくれないかな?」
「本当にそうか?」
「え?」
隊長が下がると、他の兵達が一斉に村人に銃を突きつけた。村人は一斉に慌てふためき、
中には悲鳴を上げる者も現れる。
「あの墓がそのゲリラの物と言う証拠が何処にある?本当はどこかに匿っているの
だろうが!お前達!探せ!」
隊長が一斉に号令を出すと、兵達は村中の各家に突入した。しかし村人はなおも
銃を向けられており、動く事が出来ない。そして突入した兵達が戻って来た。
「報告します!どの家にもゲリラらしき者はいないとの事です!」
「ほら見ろ!なあ、早く帰ってくれよ!」
「うるさい!ならば燻り出してやる。バイオラプター隊前に出ろ。村に火を放て!」
隊長が号令を上げると、村の外の木々を割ってバイオゾイド“バイオラプター”が
現れ、口から火炎弾を発射して村の家々を焼き払い始めた。
「ああああ!オラの家がぁ!」
「やめて!やめてー!」
「やめてくんろー!」
村人は悲鳴を上げるが、何もする事が出来ない。
「はっはっはっはっ!燃えろ燃えろ!ゲリラ共々燃えてしまえ!そしてこれは我々
ディガルドに反発した者に対する見せしめと思え!」
一方、ようやく階段を下りたミスリルと老夫婦は炎に包まれる村を唖然と見詰めていた。
「む・・・村が・・・。燃えておる・・・。」
ショックの余り、老夫婦はその場に跪く。しかし、ミスリルはまるで何かに憑り付かれた
かの様に炎を見詰めていた。
「・・・ビルが・・・崩れる・・・、皆が死んで行く・・・。」
「び・・・びる?こんな時に何を言っておるんじゃミスリル。」
老夫婦は彼女の意味不明な発言に戸惑っていたが、ミスリルの目には村を焼き払う炎以外
の様々な物が見えていた。崩れる高層ビルやその下敷きになって死んで行く人々、
炎に包まれる都市、人々の叫び、悲鳴。その直後、ミスリルは頭を押さえて跪いた。
「あ!ああああ!あ・・・頭が・・・。」
「どうしたんじゃミスリル!何か思い出したのか?」
慌てて老夫婦はミスリルに駆け寄るが、彼女はすぐさま立ち上がり、走り出したのだ。
「こんな事したのはあんた達ね!あの悲劇を繰り返させ無い!」
「?」
ミスリルが向かっている先はディガルド軍の隊長だった。しかし、余りにも無謀すぎた。
「待つんじゃミスリル!危険じゃー!」
老夫婦が慌てて呼び止めようとするが完全に頭に血が上ったと思われるミスリルは聞かず、
そのまま真っ直ぐに隊長へ向かって突き進む。しかし、隊長とてただ威張っているだけの
男では無い。素早く拳銃を抜くと、ミスリルの額に向けて一発撃ち込んだ。
「たった一人で、しかも丸腰で突っ込んでくるとはバカな奴だ・・・。」
隊長は目を瞑り、ゆっくりと拳銃を収めようとした時だった。額を撃ち抜かれて死んだと
思われたミスリルがゆっくりと隊長の方を睨み付けたのだ。
「村は焼き払えてもたった一人の人間は殺せないみたいね・・・って何で私は無事なのよ!」
「それはこっちが聞きたいわ!」
なんと不思議な事にミスリルは死んではいなかった。それには誰もが驚く。今度は
他の兵達が慌てて銃を向け、発砲するが、ミスリルは何事も無くそこに立っていた。
「だから何で私は平気なのよ!」
「だからそれはこっちが聞きたいって!貴様は人間じゃないのか!?」
不可解な事態にディガルド軍は慌てふためくが、ミスリルはなおも突っ込んで来た。
全身を特殊強化服で覆われた強化歩兵が立ち塞がるが、それさえ容易く殴り飛ばし、
投げ飛ばした。今度はバイオラプターが前に出て火炎弾を撃ち込んだ。忽ち炎に包まれる
ミスリル。村をあっと言う間に焼き払った超高熱の火炎弾。普通なら骨も残らないはず
である。当然誰もがミスリルの死を確信した。が、ミスリルはそれにさえ耐え、炎の
中から飛び出して来たでは無いか。しかも、どうした事だろうか。その炎の中から飛び
出して来たミスリルの姿。なんとそれは首から下がメカニックとなっていたのだ。
「な!」
「ミスリル!?」
ミスリルの姿に誰もが驚愕した。確かに首から上は可愛らしい少女の物であったが、
その体は白銀に輝くメカニックであった。しかし、不思議と無骨さは感じられず、むしろ
メカニックながらも、女性的にも思える美しいボディーラインをしていた。そしてこの姿。
過去の文明を知る者ならば誰もがこう答えるだろう。ロボットと・・・。
「な・・・何なんだお前は・・・。」
「さっきの一撃で少しだけ私の記憶を思い出す事が出来たよ・・・。私はスーパー・バトル・
ヒューマノイド・インターフェースシリーズ4号機!“SBHI−04−ミスリル”!」
「何をワケの分からない事を言っている!お前達!さっさとコイツを殺せ!」
兵達が一斉に銃を向け、ミスリルへ向けて発砲した。しかし、ミスリルの全身を覆う
超合金の装甲には細かい傷を付ける事さえ出来ない。今度はバイオラプターが鋭い爪を
振り上げてミスリルを襲う。だがミスリルはその爪を軽々と受け止めていた。しかも・・・
「やぁ!」
と、バイオラプターが爪を振り下ろす力を利用し、柔道の背負い投げで背中から地面に
叩き付けたのだ。受身の取り方も知らず、思い切り背中を打ったバイオラプターは
その場でもがく。ミスリルの右手が腕の中に引っ込と、今度は巨大なガトリング砲が現れ、
それでバイオラプターの装甲と装甲の隙間を正確に破壊した。断末魔の叫び声を上げ
ながら焼け爛れていくバイオラプター。その力は圧倒的だった。とても階段登る時に
老夫婦より遥かに遅れていた彼女とは別人の様である。
「そ・・・そんなバカな・・・。我がディガルドでもあんな小さなサイズであれ程のパワーを
出せる技術は無いと言うのに・・・。まさかソラノヒトが?」
焦る隊長。しかし、村人は恐れつつも関心した表情をしていた。
「あ・・・。凄い・・・。」
「あれが・・・あのミスリルなのか・・・?」
村人は唖然とするばかりだったが、しかし、ディガルド軍は完全に標的をミスリルに定め、
攻撃の手を緩める事は無かった。
「我等ディガルドに刃向かう者は何者であろうと消す!全バイオラプターを出せ!」
隊長が改めて号令を出すと、村の外の木々から次々にバイオラプターが現れ、
ミスリルへ突っ込んで来た。それにはミスリルも慌てて逃げ出す。
「幾らなんでもたった一人であんな数相手に出来ないよ!それに村の皆に迷惑掛けたく
ないし!とにかく村の外に出て被害を最小限にしないと・・・。」
そうミスリルがバイオラプター軍団を引き付けて村の外へ飛び出そうとした時だった。
『目覚めの時は来た。ミスリルよ。今こそ共に戦う時ぞ。』
「誰!?でも・・・何処かで聞いた事が・・・。」
突然彼女の耳に響いた謎の声。そして彼女は謎の声に導かれるまま無意識の内に
あの大龍神の像に前まで走っていた。しかし、バイオラプター軍団の執拗な追撃は終わる
事は無く、一斉に発射された多数の火炎弾が大龍神像を直撃し、大爆発が起こった。
無論大龍神像はたやすく粉々にされてしまう。
「ああ!大龍神様の像が!」
村人が神と崇め、同時に心の支えでもあった大龍神の像が破壊されたと知った村人達は
絶望に打ちひしがれた。が、その時だった。爆煙が晴れた時、なんと崩れ落ちた大龍神の
像の中から一体の巨大なゾイドが現れたのだ。
「大龍神の像が・・・ゾイド?」
大龍神の像の中から現れた一体の巨大なゾイドに村人は驚いた。全身を覆う白く美しい
装甲。何処までも飛んで行けそうな巨大な翼。確かにゾイドである事は分かるが、村人の
知り得るどんなゾイドにも無い神々しい姿をしていた。これが文明崩壊前の人間ならば
こう呼ぶだろう。“ギルドラゴン”と。しかし、目の前のそれは各地の伝承に残る
箱舟伝説に登場するギルドラゴンとは異なり、とても箱舟になりそうな大きさでは無い。
むしろ神々の怒りが起こる時代よりさらに遥か昔、惑星Zi人が最も戦争に明け暮れて
いた時代に開発された“ギルベイダー”。これに似ていると言った方が良いかもしれない。
そして、ミスリルは導かれるままに大龍神のコックピットシートに座っていた。
「何で?このゾイドに乗るのは初めてなはずなのに・・・。何か知っている気がする・・・。」
ミスリルが大龍神に乗り込んだのは初めてであるはずだが、不思議と知っている様な
感覚もあった。良くは分からないのだが、記憶の片隅にそれは存在したのだ。
そしてミスリルのコンピューターと大龍神のゾイドコアがリンクを開始する。
大龍神のコントロール方法がミスリルの頭に直接流れ込み、と同時に眠っていた
大龍神のコアが起動を開始した。
「お前達何をぼさっとしている!さっさと破壊してしまえ!」
隊長が大龍神を包囲するバイオラプター隊にそう命令するが、バイオラプターは蛇に
睨まれた蛙の様にその場に固まっており、中には怯えて逃げ出そうとする者までいた。
そんな中、勇敢なバイオラプターが一体、大龍神に飛び掛るが、大龍神は前足を振り上げ、
そのままバイオラプターを踏み潰してしまった。慌てて全機が火炎弾を発射するが、
大龍神の白く輝く装甲には細かな焦げやシミさえ付かない。
「何が何だか良く分からないけど・・・行くよ!大龍神!」
ミスリルの声に呼応するかの様に大龍神が吼えた。するとどうだとろうか、
バイオラプター隊は一斉に驚きふためき、散り散りになって逃げ出したでは無いか。
「わ!こら!お前達逃げるな!こらぁ!」
逃げ出したバイオラプター隊を追い、隊長や兵達も去って行き、皆は唖然としていた。
ディガルド軍が去った後、皆は大龍神の下に駆け寄っていた。
「まさか大龍神様の像がゾイドだったなんて・・・。」
「それでいても神々しい。だが、それよりミスリルだ。奴は一体何なんだ?」
「イヤ待てよ・・・大龍神様と共にディガルドを追い払ったって事はまさか・・・。」
村人達は一斉に村に伝わる大龍神と白銀の女神の伝説を思い出していた。
「まさか・・・ミスリルの正体は白銀の女神様!?」
「そりゃ大変だー!」
と、村人が勝手に勘違いしてしまった為、大龍神から降りて皆の所にやって来たミスリル
に対し一斉に拝み始めたのは言うまでも無かった。
「はは〜!ありがたや〜ありがたや〜!」
「あの伝説は本当だったんじゃ〜!」
「あの〜・・・何してるんですか?」
いきなり村人達から一斉に拝まれてミスリルも戸惑ってはいたが、まあ無理も無い話なの
かもしれない。科学文明が崩壊し、ロボットと言う概念さえ失われたこの時代。女性型
ロボットであったミスリルと言う存在を目にした時、人々の反応は神と考えるか、
はたまた悪魔や妖怪の類と考えるかのどちらかであろう。そういう意味では、その地方の
伝説に登場する女神に似ていた為神様扱いされたミスリルは幸いだったのかもしれない。
火が完全に鎮火した後、皆は改めて今後の事について検討し始めた。
「村は焼けてしまったが、地下の食糧庫は無事だったし、周囲の山からも山菜が多く
取れるから食糧面はそれ程心配無い。家も皆で建て直せば何とかなると思う。しかし、
問題はディガルドだ。奴等はまた来るかもしれない。」
「そんなの嫌だ!また焼かれるかもしれねぇ!」
「どうすれば良いんだ!」
皆は頭を抱えて嘆き出すが、ミスリルが皆の前に立ちこう言った。
「ならば私が村を出て行くしか無いでしょうね。」
「村を出て行く?そんな事したらディガルドが来た時俺達はどうなるんだ?」
「そうだ!もうオラ達には大龍神様しか無いんだ!」
ミスリルの言葉に村人は口々にそう言うが、ミスリルは表情一つ代えずにこう続けた。
「私の考えはその逆です。むしろ次また連中が来るとするならば、今度は確実に
この大龍神をターゲットに絞ってくるはずです。それに、私はディガルド?と言う者達が
一体どんな連中なのかは良く分かりませんが、あの様なタイプは一度や二度撃退した所で
完全に諦める者達とは思えません。それに、如何に大龍神でもたった一体で連中から村を
守り通す事は無理でしょう。しかし、連中の目を村から反らす事は出来ます。」
「・・・。」
ミスリルの言葉に村人は一斉に黙り込んだ。そして老夫婦が彼女の前に立つ。
「ミスリル・・・お前・・・雰囲気変わったな?」
「あ、まあ私は実は人間じゃなかったし、仕方ないんじゃないかな?」
「嫌、外見の問題じゃない。内面的にも何処か落ち着いてる。以前は何するにしても
子供みたいに一から教えないとダメだったのに・・・。」
「う〜ん・・・確かに少しだけ何か思い出した様な気もするけど、他は特に変わった所は
無いと思うんですけどね。とにかく、私は準備が出来次第大龍神と共に村を出ようと思う。
勿論ディガルドって連中を引き付けてね・・・。それに、もしかしたら旅先でも何か思い出す
きっかけを掴めるかもしれないし・・・。」
完全に決意を固めていたミスリルに対し、村人は複雑な心境だった。
「行ってしまうのか・・・。」
「山奥の洞窟に倒れていたお前を連れて来て数ヶ月・・・やっと村に馴染んだと思った
矢先にこれだからな・・・。状況が状況だけに仕方ないとしても、何か寂しいよ。」
「ミスリルや・・・気を付けて行くんだよ。」
「ハイ!」
村人も辛うじて了解してくれた為、ミスリルは村の建て直しを手伝いつつ、旅立つ準備を
開始した。そして数日、ディガルドの第二波が村の直ぐそこまでやって来ていた。
「ディガルドの奴等もう来やがった!焼けた村もまだ半分も建て直せてないのに・・・。」
「つべこべ言っても仕方あるめぇ。後はミスリルと大龍神様を信じるしか無い!」
そう言って村人は一斉に村から離れた場所にある山の頂上に立つ大龍神様を心配そうな
眼差しで見詰めていた。
一方村に近付いているディガルド軍は、先日村を襲った辺境方面軍第三部隊に変わって
第四部隊が進軍しており、後方の移動司令部に改造されたグスタフから隊長が双眼鏡で
村の方向を見詰めていた。
「第三部隊の報告によればあの村にとんでもないゾイドがいたらしいが、実に馬鹿馬鹿
しい話だ。大方何かを見間違えたのだろう。」
「そんな事言って、バイオラプター・グイやメガラプトルをこんなに用意してるのは
何故ですか?やっぱり隊長も怖いんじゃないですか?」
「そう言う事は言うんじゃない!念の為だ念の為!」
バイオラプターに加え、量産型メガラプトル、バイオラプター・グイ等、様々な機体で
構成されたディガルドの大軍団。当然ミスリルも横からそれを見詰めていた。
「来た来た。とにかく奴等を引き付けて村に被害が出ないようにしないと。」
大龍神のコックピットシートに座っているミスリルだが、その頭には見慣れないゴーグル
付きヘルメットを被っていた。元々は大龍神のコックピット内に置かれていた物なのだが、
不思議な事にミスリル自身初めて見た気がせず、被り心地にも何故か覚えがあった。
しかし、今はそんな事を考えている暇は無い。とにかくディガルドを村から遠ざける事が
第一なのだ。
「よし。まずは相手にこちらを印象付けさせる為の一発。プラズマ粒子砲発射!」
大龍神のコアとリンクするミスリルのコンピューターの指令により、大龍神の胸部に
装備された四連の砲等から細くも強い光を放つ高集束された4本のプラズマが発射された。
長い帯を引くプラズマ粒子線はディガルド軍の一角を切り裂くと、大爆発を起こし、
消滅させた。それには見守る村人達も驚きに耐えなかった。
「すげぇ!ディガルドの奴等が吹き飛んだ!」
「あれが大龍神様の力なのか!?」
一方ディガルド部隊は突然の砲撃に混乱状態が起こっていたが、その攻撃が村の方角とは
異なる側面から来た物と分かれば一斉に大龍神へ向けて進軍を開始した。
「あれです!あのゾイドです!あのゾイドが・・・。」
「何度も言われんでも分かってるっての!とにかくあの白いバケモノを追えぇ!」
第四部隊に現場の状況を伝える為に彼等と行動を共にしていた第三部隊所属の者が大龍神
を指差し、隊長の号令に従って全軍が一斉に大龍神へ向けて駆け出した。
「しめた!こちらの狙い通り!」
ミスリルの予想通り連中の狙いは大龍神であり、村の事は一切無視していた。そうと
分かればミスリルは安心して逃げる事が出来る。一気に山を降りて駆け出す大龍神。
しかし忘れてはならないのは、あくまで連中を引き付けて目を村から反らす事である。
それ故に大龍神は飛ばずにあえて走る。そしてその光景を村人、そしてミスリルが世話に
なった老夫婦が心配そうに見詰めていた。
「ミスリル・・・どうか無事で・・・。」
「逃がすな!何としても奴を破壊しろ!我々は我々の敵になる存在を許さない!」
ディガルド軍は良く訓練されている様であった。寸分違わぬ列を組んで大龍神を追撃する。
そして見る見るうちに差を縮めていく。ミスリルとしてもディガルド軍を引き付け
なければならないと言う思惑があるとは言え、大龍神の走行速度も決して遅くは無い。
しかし、速力で言えば軽量なディガルドのバイオゾイド部隊の方が遥かに速かった。
いち早く接近したバイオラプター・グイ部隊が次々に大龍神へ向けて爆弾を投下する。
多数の爆弾が大龍神の足元に落下して破裂するが、大龍神そのものに対するダメージは
無く、無視する事も出来る。しかしそうしている内についに陸戦部隊も追い付いて来た。
「一斉攻撃開始!やつはデカイが動きはそう速くない!数で押して行け!」
隊長の号令に従い、全機が一斉に大龍神へ向けて攻撃を開始する。バイオラプターと
バイオメガラプトルの火炎弾が、バイオラプター・グイの冷凍弾が雨の様に大龍神に
降り注ぐ。しかし、大龍神のボディーも相当強靭らしく、傷一つ付いてはいなかった。
「なんて装甲だ・・・。奴は我々のバイオゾイドの装甲さえ超える防御力を持っているのか?
だが攻撃を緩めるな!どんな奴でも攻撃し続ければ何時かは倒れる!」
「確かにアイツの言う通りだ・・・。集中攻撃を受ければ戦艦大和だって沈められちゃう
んだ・・・。でも今ここで戦ったら村に被害が出るかもしれない。もっと引き付けないと・・・。
って言うか・・・戦艦大和って何よ・・・。」
無意識の内に出てきた意味不明な単語にミスリル自身もワケが分からなかったが、
ディガルド軍の総攻撃も無視する事は出来なかった。確かに大龍神の装甲は強靭であり、
バイオゾイド軍団の攻撃などもろともしていない。しかし、この世に絶対無敵な者等
存在しない。雨粒も打ち続ければ岩に穴を開けるように、攻撃を受け続ければダメージが
蓄積して大きな物となるだろう。だが、もっと村から引き離さなければ村にも被害が来る
かもしれにないと言うジレンマがミスリルの脳内をよぎっていた。
「これは気力との戦いかもね・・・。」
そう一言言うと、大龍神のスピードを上げた。しかし、バイオゾイドはそれさえピッタリ
と後に付いて来ていた。
「…え〜っと?有り得ない質量が私の上に有りますが何か?」
連続で攻撃を受けたベルゼンラーヴェのコクピット内部。
都合良いぐらいに空間圧縮と膨張の組み合わせで1人乗りコクピットの内部に…
如何見ても30〜100人は入っても大丈夫な空間ができている。
普段は其処らは操縦者が格闘等の衝撃で吹き飛ばされる状況に有る時、
コクピット内壁に打つかって怪我をするとか、機器を破壊するのを防ぐ措置だ。
そんなだだっ広い場所でその端も端に移動していたファインの上に謎の物体。
如何考えてもおかしい話である…。
「不用意に近付き過ぎだ!」
マクレガーの前に迫る獣型ホムンクルスに至近距離から脇腹に蹴りを一撃。
相手も相当痛かったらしく折角詰めた距離を開け構え直す。
と…言う事は蹴った本人もまた…
「アウチッ!何て装甲だ!」
蹴り飛ばした脇腹には何か相当硬い物が入り込んでいたらしい。
良く見れば舵取り用の為に使う古代チタニウム合金製の舵輪の姿が…。
「ガッデム…どうりで自由に動けるはずだ!!!」
仕方なくハンドガンで頭部に2〜3発それも目に撃ち込んではいるが、
物凄い勢いで玉を排除再生をしている。マシンガンでも多分無理だろう…。
「やはり最期に頼れるのは…己の技と力。手に持つ相棒と言う事か。」
借用品のハルバートを八相の構えで持ちホムンクルスの攻撃に備えるマクレガー。
そして…少しづつお互いの距離は縮まりマクレガーは一足一刀の間に入った。
「あああっ!?ご免なさい!ご免なさい!」
ベルゼンラーヴェのコクピット端でファインの上に乗っかっていた超重量が飛び退く。
「やっぱりエクステラ。貴女でしたか…エリーゼをコクピット内に招き入れたのは。
普通にベルゼンラーヴェに乗ろうとした場合に初見の人間が無理に近付くと…
電気ショックを飛ばす様に自己防衛機能を追加して有ったりする。
弱電のショックとは言え当たり所が悪ければ最悪気絶する威力。圧倒的な連射能力。
それを兼ね備えた対人用電磁ショックキャノン砲の雨を掻い潜れる存在と言えば、
自身かベルウッドの様な魔術師もしくは…エクステラの様な特殊な存在だけである。
エクステラ…彼女とファイン等は結構長い仲である。
細かい話は全てすっ飛ばすが彼女は…アンドロイド。人間型のロボットだ。
封印戦役初期の初期に彼等は偶然を装った形で出逢い…
そのままお手伝いさんで馴染んでしまっている。
正式な型番らしき物はSCRーW0Xと言うどうにもいかがわしい形式番号。
Sがスペル、Cがキャスト、Rがロボット、Wがワイズ0Xは何番目か?
0Xと言う訳で試作実験機と言う事になる。
訳せば…”術式使用可能なロボット。賢い試作機”と言う事だ。
世にも腐った型番に同じ類のタイプはどうにも正直+ボケのキャラが付き物らしい。
「まあ…しょうが無いでしょうね。貴女の良い所は始めから疑ってかからない所。
人の良い事ですから。」
頭の後を掻いて照れるエクステラにそう言うとエリーゼの方に向き直る。
「なっていませんねぇ〜?本気であのクワガタを落とす気が有るのですか?
あの程度の中突撃できないで何がベルゼンラーヴェでしょうか?」
実際の所ベルゼンラーヴェには全くダメージが無い。
相手に手加減と機体自体の抵抗力で装甲の極一部が弾けたに過ぎない上…
もうそのギザギザに成った部分も修復済みである。
「あのエンブレム…!!!逃がす訳にはいかないのっ!」
モニターに映るスタッグドレイク。その肩にと甲虫の羽には意味深なエンブレム。
共和国軍の紋章の上にギザギザの爪痕。その後にはシルエットになっている何か?
如何見ても正規の部隊に与えられる代物ではない。
そんな間にももう1度ベルゼンラーヴェはスタックドレイクに向かい飛ぶ。
「そこだ!」
流石に暴走しているだけ有り相手の力量を見て行動すると言う基本を熟せない。
そんなホムンクルスに向けられたハルバートの穂先。それは右肩を抉り裂く。
銃弾の様に一点に負荷を掛けて貫いていく物と違い斬撃は筋肉の鎧では充分に防げない。
筋に添ってしまえば裂けてしまうのは当然の事。それ故に再生速度も遅い。
意外な形でチャンスを手に入れたマクレガーだが…
バハムートの激しい振動により両者は転倒。2足歩行な分マクレガーが不利。
ハルバートを床に杖代わりに突いて何とかやり過す事しかできそうにも無かった。
ディガルド軍に包囲され、四方八方から雨の様な攻撃を受けながらも何とか山を一つ二つ
越えた時、そこに見えたのは先程の山岳地帯とは打って変わって広大な荒野だった。
「ようし!ここまでくれば!」
十分村からディガルドを引き付ける事が出来たとミスリルは確信し、大龍神は左前足を
強く地面に押し付けると、そこを支点にしてグルリと高速で反転。ディガルド軍へ
向けて攻撃を開始した。
「今まで好き勝手やってくれた分のお返しよ!」
本格的に攻撃に出た大龍神の力は圧倒的だった。プラズマ粒子砲が射線上の多数の機体を
次々に消し飛ばし、接近する機体もその鋭い爪で容易く引き裂いた。そしてそれを操縦
するミスリル自身も乗って間もないと言うのに以前から使っていた。そう言う気がして
ならなかった。と、その時だった。爆煙を割って四方八方から量産型バイオトリケラ、
量産型バイオケントロ部隊が姿を現し、大龍神めがけて突進して来たのだ。
「うわ!無茶やっちゃって〜!」
バイオトリケラは次々に大龍神に角を突き立て、ケントロもビーストスレイヤーで
斬り付ける。が、大龍神のダメージは軽微であり、むしろトリケラの角やケントロの
ビーストスレイヤーの方が欠損したり折れたりする程だった。しかし、混成部隊は攻撃を
やめず、それでも大龍神を押し潰そうとする。加えて上から大きくジャンプしたメガ
ラプトルまで多数飛び掛り、大龍神はさながら蟻の大群に群がられた巨像の様にバイオ
軍団の群に埋め尽くされてしまった。
「これでどうだ!いかにデカブツでもこれだけ全身に集らせれば・・・ってえぇぇぇ!?」
次の瞬間隊長は愕然とする。大龍神の恐るべきパワーはそれさえ容易く振り払ったのだ。
「くそ!何だこの強さは!今までのは演技だったと言うのか!?ええい!
だが奴はそれ程速く無い!空からの集中攻撃だ!」
隊長がそう号令した時だった。大龍神が物凄い勢いで舞い上がった。上空を旋廻する
バイオラプター・グイ部隊を体当たりで弾き飛ばし、見る見る内に高高度に達する。
大型超重量級でありながら、そのスピードは小型軽量なバイオラプター・グイを遥かに
凌駕していた。
「何だと!?奴も飛ぶのか?というかあの大きさで?信じられん・・・ってあの速さ・・・
人間が耐えられる物なのか!?」
「人間なら耐えられないでしょうね。人間ならね。」
確かに大龍神のルーツにあたる存在であるギルベイダーも、相当な訓練の末に
強靭な耐久力を身に付けたパイロットが対ショックスーツを着用して初めて操縦出来る
代物だった。そうで無ければ超スピードの急加速急旋回に耐えられ無い。しかし、
初めから人間では無いミスリルにはどうでも良い事だった。
「わ!こ、こっちに来る!」
隊長が仰天して頭から帽子を落とした。大龍神が太陽を背にして猛烈な勢いで急降下して
来たのだ。皆は慌てて散り散りになって逃げ出そうとする。
「ドラゴンナパーム!投下!」
ディガルド軍の上空300メートルの所で地面と平行に姿勢制御した後、大龍神の腹部
から大量のナパーム弾が投下された。その威力たるや、バイオラプター・グイが使って
いた爆弾の非では無かった。たった一発で何体ものバイオゾイドが消し飛ぶ。
「うひゃ〜・・・。これは使い方に気を付けないと大変な事になるかも・・・。」
さながら火炎地獄と化していた地上の様子を見ながらミスリルは少し罪悪感を感じていた。
確かに使い方を間違えれば、大龍神一体で小国相手ならば簡単に滅ぼす事も出来るだろう。
しかし、今のミスリルにそんな事をしようと言う気も無ければ欲もなかった。
「くそぉ!撤退!撤退しろ!一体何なんだ奴はぁ!あの討伐軍の“青いライガー”と言い、
“アンノウン001”と言い、アイツと言い、何で最近になっていきなり意味不明な奴が
続々現れてくるんだー!?」
何とか生きていた隊長が必死に起き上がりながらそう号令を出した時、一人の将校が彼の
肩をポンと叩いた。
☆☆ 魔装竜外伝第七話「竜と群狼と、そして」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
遂に「風斬りのヒムニーザ」によって敗れたチーム・ギルガメス。ギルは一命を取り留
めたものの戦意喪失。エステルは彼を励まし、切り札「魔装剣」の極意を授ける。特訓を
重ね、会得したギルはヒムニーザを再戦で見事撃破。再び当て所ない旅に出る…。
夢破れた少年がいた。愛を亡くした魔女がいた。友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
風呂場よりは広い程度の室内。四方を囲むコンクリートの壁は外界の情報を一切遮断し、
代わりに電灯が煌々と照らす。おかげで今は昼なのか、夜なのかも判然としない。中央に
据えられているのはテーブルと背もたれ付きの椅子四つ。片側二つには主人なく、その向
こうには外へと続く鋼鉄の扉が見える。もう片側二つには…。
若き男女。共に背もたれの後ろに手を回している。両手首は鋼鉄の手枷をはめられ、更
にその手枷も背もたれに鎖で繋がれるという、実に念入りな拘束。いや、男女の氏素性を
考えたらこの程度では甘過ぎると言わざるを得ない。…テーブルより向かって左の男。よ
れよれのパイロットスーツを相も変わらずだらしなく羽織った青年。だが衣服以上に当人
にとって問題なのは背にも届く金色の長髪と見苦しいまでの無精髭。この二つが彼自身の
彫深き素顔を不必要に覆い隠すものだから、鬱陶しげに顔を左右に振ったり、頬を肩に擦
り付けたりしている。人呼んで「風斬りのヒムニーザ」。水の軍団に雇われた伝説的な傭
兵ではあるが、表情からはその面影は伺えない。野獣の眼光もすっかりおとなしくなった
今の姿はどこにでもいる若者のそれだ。
左がヒムニーザなら、右に座る女が誰なのか自ずと決まったようなもの。東方大陸伝来
の白い着流しを纏った肌白き美女。天辺で簡素に結った黒髪は彼女の背中を越え、腰の辺
りまで優美な曲線を描く。それがこの仕打ちを受けてさえ尚良く伸びた不動の背筋に掛か
り、絶妙のバランスで二重線を描く様は隣のヒムニーザとは不釣り合いな印象を与える。
この女剣客スズカも又、扁桃型の瞳に穏やかな黒真珠色の輝きを取り戻し、すっかり清楚
なる乙女の表情に変わっていた始末。
前話・前々話にてチーム・ギルガメスを窮地に追い込んだ二人。だが最終決戦はあと一
歩のところで敗北。チーム・ギルガメスの監督「蒼き瞳の魔女」エステルは二人をリゼリ
ア守備隊に突き出した。彼らは傭兵とは言え、正体不明の水の軍団所属の戦士。彼らの身
柄を引き渡す…つまり情報提供することで、チーム・ギルガメスはゾイドウォリアーには
許されない私闘を見逃された。このコンクリートで囲まれた一室は、リゼリア守備隊が抱
える施設の何処かである。
それにしても、監禁状態にある美男美女がこうも緊張感がないのは如何なる理由か。
「厄介ごとが全て終わりましたら、私がお手入れ致します」
言いながらにっこり微笑むスズカの表情は、実に屈託がない。
「ば…馬鹿言え! 鬚位、自分で剃るわ!」
見る間に赤面するヒムニーザ。歴戦の勇者が、たかが鬚ごときで色めく表情は不満より
照れ隠しが圧倒的に勝る。しかし彼に今まで付き従ってきた美女には全くもって予想の範
囲内。気分良く鼻を鳴らすと優越感と独占欲に溢れた表情で言い放つ。
「いいえ、剃らせて頂きます。それに散髪も。
お館様も験担ぎの下らなさがいい加減おわかりになりましたでしょう?」
「そりゃあまあ、そうだけどな…でもよ…ブツブツ」
どうやらひとたび日常に転じれば、両者の均衡の崩壊ぶりは明白と見えた。
「わかった、わかったよ。元々蹴りがついたら剃る予定だったんだ、お前に任せる。
でもそれもこれも、ここを上手く抜け出してからだぜ…」
そう、ヒムニーザが話したところで、二人の向こうに聳え立つ扉が開く。
ゆっくり、現われたのはくたびれた軍服を纏い、軍帽を被った中年男性。背筋は良く伸
び、両腕を後ろに回し胸を張ってはいるが、特に力まず自然体で歩く姿から役人特有の尊
大さは伺えない。但しトレードマークと言えるちょび髭の手入れだけはしっかり行き届い
ており、まさしく顔が名刺代わりとなる男。リゼリア守備隊長その人である。
「お待たせしましたな、お二方」
ヒムニーザとは対面の左側に回るも、すぐに着席はしない。…彼の後に続く者がいたか
らである。その姿が晒された時、溜まらずヒムニーザは声を上げた。
守備隊長の後に続く者を、多くの人々は薄気味悪く感じることだろう。身長はこの中年
よりは高い程度(ヒムニーザの頭半分程は低い)。興味深いのは体格だ。…細すぎる手足。
華奢という形容が最早受け付けそうにないその姿は、寧ろ鋼鉄の骨格そのものといった雰
囲気を周囲に与える。そしてその肉体を強調するかのようにピッタリした黒一色の上下。
タートルネックが首の長さと姿勢の良さのアピールに一役買っている。そして首の上に据
えられた容貌が又不気味だ。正直なところ、二枚目そのものではある。程よく頬が痩け、
散髪や鬚の手入れも行き届いた優男。しかし只一点、奇怪なのが瞳の有り様。青にも緑色
にも輝くその時点で既に人の持つそれではない。その上、瞬きの一つもせず刮目したまま
の状態を当たり前のように維持している。奥底まで覗き込めば正体が伺えよう。潤いに欠
けた眼球、ディテールの彫り込み。これは義眼だ。
「久し振りだな、ヒムニーザ」
呟きと微笑みとがほぼ同時に出た義眼の男。低く、抑揚のない声は特別意識して押さえ
ているようには聞こえない。
返事の代わりに舌打ちを返したヒムニーザ。視線を義眼の男から守備隊長の方に移し、
浮かべた表情の忌々しげなこと。
「おい、守備隊長さん。こいつが何者か…わかってるんだろうな?」
話しを振られるのは、ちょび髭の男も予想通りといった表情。
「ええ、下っ端の私がこういう方にお会いするのは初めてですがね。
惑星Ziの完全統一、完全民主化の御旗の元に各国を制圧していったヘリック共和国を、
憎々しげに思う者は沢山おります。我らがリゼリア民族自治区も又同じ。来るべき日のた
めに、諸外国と技術や情報など様々な面で協力しあっておりますれば…」
「その中心が、ガイロス公国というわけよ。
シュバルツセイバー獣勇士が筆頭、レガック・ミステル。主君ヴォルケン・シュバルツ
の名代で参った。
ヒムニーザ、一敗地にまみれたお前が逃亡を試みもせず、捕縛に甘んじたのは水の軍団
による口封じを恐れてのこと。雨宿りするなら世間話し位しても良かろう」
「…お代を支払えと、はっきり言ったらどうだ」
ヒムニーザはこの苦境においてさえ不敵な笑みを浮かべてみせる。一方のスズカと言え
ば、目前に着席した義眼の男レガックを一瞥、次いで右方に座った最愛の主人を一瞥。長
年連れ添った男が浮かべる表情の些細な変化など、彼女にはお見通しだ。…余裕と、舌戦
に対抗する程度の緊張が並立できるなら心配はいらない。こういう時、取るべき選択肢は
只一つ。じっと、敵か味方か判断がつきかねる義眼の男を睨み返す。主人が形勢不利にな
らぬ限り口出し無用だ。
「えー…ヒムニーザ、さん。我々は貴方たち二人を裁きかねている」
レガックに代わり、守備隊長が口を開いた。
「貴方たちが水の軍団に雇われ、暗殺ゾイド部隊の一員として沢山の作戦に参加したこと
は我々も把握しています。それを根拠に裁くことは容易いでしょうな。
しかし、それでは根本的な解決にならない。貴方たちの代わりは幾らでも現われる」
「真の敵はお前たちの雇い主だった連中よ。だからヒムニーザ、俺の質問に答えろ。我ら
は連中に関する情報が欲しい。報酬はヴォルケン様が保証してくれる」
息を呑む男女。顔を見合わせる。正直なところ、ヒムニーザ達はこの選択肢を全く想定
していなかった。取り調べと称した陰湿な拷問を受ける可能性を十分考慮に入れていただ
けに、一気に道が開きかけたかに見える。この義眼の男が信用に値するか否か、実際のと
ころはわからないが…。
「口約束で命をやり取りするか、レガック?」
ヒムニーザの問いかけに苦笑を返しながら、義眼の男はタートルネックの襟からやおら
引っ張り出す。…封筒だ。糊付けされた封を切ると中身をテーブルに広げてみせる。
「…受け取るなら戸籍も保証する。北国の寒さに対する文句は受け付けないがな」
パスポートが二册。ガイロス公国発行のもの。帝国時代と変わらぬ竜の紋章入りだ。義
眼の男自ら開いてみせた中身にヒムニーザは目を剥く。いつどこで撮影されたのかもわか
らぬ彼ら男女の写真が貼ってあるではないか。他にはキャッシュカードが一枚。やはり刻
み込まれていた竜の紋章は、ガイロス銀行が発行したことの証し。幾ら振り込まれている
かさっぱりわからぬが…。
驚きの眼(まなこ)のまま、男女は机上をまじまじと見つめる。彼らが現状、所持して
いるパスポートはリゼリア民族自治区発行のそれを精巧に偽造したもの。この地での任務
に都合が良いように水の軍団が用意したわけだが、こうして囚われの身になった今、リゼ
リアのブラックリストには登録済みと考えるべきである。
つまり彼ら男女がリゼリアを出て、ある程度自由に活動したければこの申し出、受ける
より他ない。ガイロスの貴公子ヴォルケン・シュバルツの配下になる条件付きだが。
「…スズカ、これでも良いか?」
問いかけた他ならぬヒムニーザ自身が何とも渋い表情を浮かべている。真意をスズカは、
悟るまでもない。
「あんなに欲しかった戸籍が只で頂けるのでしたら、喜んで。
お館様、いつか落ち着ける日もきっと来ます」
満面の…だが精一杯の笑みに、唇を噛み締めるヒムニーザ。意を決するとレガックら目
掛けて放ったそれは、視線の刃。
入り組んだ塹壕が段々畑にも見えるこの丘の斜面が、一撃又一撃と砲声轟くたびに吹き
飛ぶ。土砂の飛沫は辺りを均していくが、それは歩兵とゾイドの死骸を埋め、戦いの闇に
葬り去る行為でもある。
上空から、徐々に舞い降りる鋼の要塞。円盤状の胴体から生えているのは鰭(ひれ)四
枚、短かめの尻尾、そしてドームが埋め込まれた小さな頭部。とぼけた雰囲気はスケール
不明な大きさにある。だがゆっくり開けた口の中に待機する豆粒のごとき二足竜の群れを
確認した時、この要塞の規模が常識外だと気付く筈だ。人呼んで玄武皇帝タートルカイザ
ー。「ロブノル」という愛称を持った水の軍団の旗艦ゾイドがその正体。
降下を続けるロブノル。大気は地面との挟撃に遭い、軋轢は突風を生み出す。砂が、土
が、鋼鉄の破片までもが舞い上がり、かくしてこの旗艦ゾイドが中空に停止した時。真下
には瓦礫と戦果を隠す影のみが広がり、視線の彼方に丘の頂上を捉えた。絶好の拠点だ。
さて本日のロブノル頭部ドーム内。プラネタリウムのごとく広がる指令室内、円錐状に
盛り上がった中央部分の頂上に、この超巨大ゾイド本来の主人は見受けられない。代わり
に円錐下方・中腹の座席で軍服を着た初老の高官達が、又室内外周には通信士やこの超巨
大ゾイドの操縦要員が着席し、せわしなく動いている。いずれも軍団を象徴する水色の軍
服を着こなした者達。
「総大将殿、第一陣・第二陣共に出撃準備完了しました」
高官の一人が机上の計器類に向かって言い放つ。嗄れてはいるが朗々とした調子が頼も
しい。
彼の声に応じ、埋め込まれたモニターが受信した映像は、一般的なゾイドでよく見られ
る狭苦しいコクピット内。着席する者は本編読者ならばお馴染み「水の総大将」。馬面に、
守宮のごとく大きく落ち窪んだ瞳は才気と闘志に満ち溢れた眼光を放つ。その上短く刈り
揃えた頭髪といい、まさに精悍。しかし決戦に臨むにも関わらず通常の兵士とは異なり水
色の軍帽・軍服を平然と着こなすこの大胆さ。それが常識外れのゾイド操縦技術に裏付け
されたものであることは読者諸君も御承知の筈。…では、彼は何処にいるのだろう。
異相の男がロブノル頭部ドーム内に見掛けない時は、まずロブノルの口内を当たるのが
良い。丁度今はゾイドの群れが待機中だ。鈍い光沢を帯びた黒と銀色を基調とし、人のよ
うに直立する二足竜。ゾイドとしては小柄だがそれでも頭部から足の爪先まで民家二、三
階程度はある。人呼んで「小暴君」ゴドス。水の軍団の主力ゾイドは隊列を組んで微動だ
にしない。鉄の規律が伺えるが他方、耳すませば聞こえる荒々しい息遣いはやはりゾイド
本来のもの。
その、群れの戦闘に立つ一匹だけは他と体色が違っていた。水色を基調としたそれは主
人にそっくり。頭部の半分以上を占める橙色のキャノピー内に「水の総大将」の姿が確認
できる。
「了解した。敵ゾイドの特定、よろしく頼む」
「勿論であり…総大将、頂上に異変が!」
塹壕立ち並ぶ丘の頂上は焼け野原。よもや灰色の空と、彼方の山脈しか描かれぬ背景に
ふと差し込んだ一条の光。瞬く間にもう一条差し込んだ時、光源の正体は誰の目にも明ら
かになった。野原に刻み込まれた輝きは十字の亀裂を描く。岩盤吹き飛び、その下から現
れたるもの。
金色の、爪。人の背丈をも上回る長さ。それが横並びに三本、岩盤削る鈍い音立て亀裂
の淵に根を張ると、一拍の間が空いた直後、左隣に現れし同型の爪がやはり三本。束の間
に張られた爪の根をバネに、淵より飛び出した地獄の使者。
否、それは二足竜。首から尻尾の先までが小川に渡す橋程も長く、その上低く身構え頭
部と尻尾を地面と平行に伸ばした姿勢は所謂「T字バランス」。読者諸君もお馴染みのこ
とだろうが、既視感はここまでだ。小豆色した皮膚の上に、纏うは銀色の鎧なれど、ゴド
スとは対照的に眩しい光沢を放つ。しかし全身は針金のように細いため、傍目には鎧が骨
格そのものにも見えてならぬ。その上胸元には赤い水晶体が埋め込まれており、鼓動する
心臓のごとく緩やかな明滅を繰り返している。各関節部分にはリミッターとなる円形の突
起が見受けられるため、辛うじて金属生命体ゾイドの一種に見えはするが…。
銀色の二足竜が、吠える。天を衝く雄叫びは降り注ぐ太陽光に対する歓喜か、呪詛か。
「作戦開始! 『ロブノル』、砲撃準備。目標、銀色のゾイド!」
怒鳴る、高官。篤く信頼する部下の号令に対し「水の総大将」は無言で頷く。
ロブノルの腹部、肩、そして前肢から伸びた無数の砲台が指差すように向きを定め。
「撃て!」
号令と共に轟く砲声。たちまち爆煙に包まれる銀色の二足竜。煙の勢いはドライアイス
のごとく増殖して辺りを覆い隠すがそれも束の間のこと。モニター越しに攻撃の成果を見
守る水の軍団の面々だったが。
晴れゆく煙の中から差し込んできたのは赤い明滅。そこに銀の光沢が彩りを添えた時、
彼らは思い知った。ロブノルの砲撃が全く成果を上げなかったことを。
だが、その程度でショックを受ける彼らではない。
「鑑識! この結果、どう見る?」
高官の一声に反応した者は、ドーム外周の一角に着席していた。小太りで面皰(にきび)
面、眼鏡の分厚い中年。何故か彼だけ作業服を着ているのは、それが彼の戦闘服に相当す
るから。
「こいつは…」
目前のコントロールパネルを押しては止め、押しては止め。壁面のモニターに映る映像
が巻き戻しと再生を繰り返している。
「わかりました、『流体金属』という奴です。見て下さい」
鑑識官の声と共に高官や「水の総大将」らの凝視するモニター上に映された映像。…弾
丸、命中。この瞬間二足竜の皮膚に確認された現象に対し、誰もが違和感と、そして既視
感を抱いた筈だ。二足竜の皮膚は「揺れた」。それも餅のように柔らかく。そして爆煙が
晴れる頃には皮膚の揺れも元の形状に戻っている。
「御覧の通り、奴の装甲には『弾力』があります。砲撃の圧力も拡散されてしまうのです」
鑑識官の説明に対し、高官始めドーム内の誰もが耳を傾け、視線を壁面モニターへ向け
る。だが驚きの余り手を休めまでして聞き入る者はいない。水の軍団を構成する彼らにと
っては似たような展開は何度も経験済みのこと。
「成る程。では鑑識、銀色のゾイドは砲撃を受けた瞬間も前進しているか?」
モニター伝いに問いかけてきたのは「水の総大将」。質問に応じ、鑑識官は再び映像の
再生を試みる。
「これは…静止していますね。砲撃の圧力を完全に拡散できていないか、それとも…」
「装甲以外の部分に砲撃を受けると困る、だから動けないか、いずれかだろうな。
よし、ゴドス部隊は一陣・二陣とも二体一組に分ける。速やかに降下し、ロブノルの砲
撃直後を狙って二対ずつ『草刈り鎌』を狙う。目標は敵ゾイドの膝」
水の総大将が下した指示は簡潔だが、高官らロブノルの乗組員達にとっては十分だった。
「了解しました。ロブノル、口部ハッチを開け!」
「傭兵は金さえ出してくれれば余計な詮索はしないのが習わしだ。より良い仕事にありつ
く秘訣でもある。
レガックよ。水の軍団の正体だが、正直、俺にもよくわからん。だがお前の想像する
『ヘリック共和国軍の特殊部隊』説、俺も同感だし、内部を見た限りはそう考えざるを得
ない。何しろ彼奴らの抱える設備もゾイドも、ことごとくヘリック製、ヘリック産だ。お
かげでうちのジンプゥの整備には苦労させられた」
淡々と、ヒムニーザは語る。彼が質問に対し素直に答え始めたのは無回答よりはマシと
判断したからだ。但し、全て答えたからと言って命が保証されるわけでもない。逆に用済
みと判断される可能性だってある。だから彼は、話しつつも視線は絶対外せない。相手の
真意を探るために。紛い物の瞳から果たしてどれほどの表情が伺えるが定かではないが…。
「だけどな。一つだけ、どうしても腑に落ちないことがある」
その一言に、義眼の男が訝しむ。
「抱えているゾイドが、どれもこれも古過ぎるんだよ。連中、未だに主力はゴドスだぜ?
いくら品種改良されているとはいえ他にも色々いるだろうに、何故かゴドス一本槍。毛
並みの違うゾイドは暗殺ゾイド部隊でもない限り使っていない。
こんな戦力が共和国軍の切り札だとは、ちょっと思えねえ。『水の総大将』始め優れた
ゴドス乗りが沢山集まっているのを差し引いてもだ」
傍目には惚けたような表情を浮かべつつ、開いたロブノルの口。だがその中より飛び出
したのは地獄からの使者。次々と降下する小暴君ゴドス部隊。爆ぜる地面は水柱のごとく。
それがタートルカイザー「ロブノル」の目前に広がる様は天然の盾といったところ。
しゃがみ込み、姿勢を戻すや否やゴドス部隊は走る、走る。
一方銀色の二足竜。低い姿勢のまま細長い両腕を一杯に広げると、力任せに地を蹴り込
む。単騎で挑む度胸も蹴り込みで立てる土柱の高さも目前の敵達に負けてはいない。
再び、地上目掛けて鳴り響いた雷鳴。ロブノルの砲撃だ。銀色の二足竜は、広げていた
腕を当たり前のように目前で交差。鈍い金属音と共にたちまち辺りを爆煙が立ち篭める。
早々に風が靡き、眩しい光沢と共に二足竜の不死身っぷりがアピールされるかに見えた。
嘲笑の咆哮を上げようとした二足竜。
だが竜が天を仰いだ時、襲い掛かった小暴君二匹。低い姿勢のまま敵目掛けて急接近、
眼前で半身を捻り背を向ける。それと共に蹴り込まれた片足はバネと化した。
嘲笑する筈の咆哮が、悲鳴に変わる。両膝目掛け、ものの見事に食い込んだゴドス二匹
の蹴り込み。軋む音は悲鳴と相まって残酷なるデュエットと化す。これぞ「水の軍団」ゴ
ドス部隊の必勝戦術「草刈り鎌」。所謂「ゴドスキック」の神髄はこの俊敏なゾイドの脚
力を利用した後ろ蹴りにあるが、それが複数で同時且つ正確に放たれればどうなるか、本
来語るまでもない。
無闇やたらに、二足竜は両腕を振り回す。大地を切り裂く程の強力な爪は、しかし無傷
のゴドスを捉えるには至らず、間合いを取られ、透かさず左右に散らばっていく。どちら
に標的を定めようかと、竜が判断する間に再び襲い掛かったロブノルの砲撃。慌てて両腕
を十字に翳せば、その隙目掛けて後続のゴドス二匹が又しても襲い掛かる。この繰り返し
が数度、行なわれた後…。
水色のゴドス「マーブル」の出番が近付く。しかし主従共に、それには至らないと確信
していた。マーブルは低い姿勢こそ戻しはしないし、「水の総大将」もレバー握る掌を緩
めはしないが落ち着いて戦況を眺めている。
「性能に溺れた『お前達』の負けだ。二度目の砲撃、避けていれば展開は変わっていた」
何度目かの草刈り鎌によって、いつしか二足竜の左右にはゴドス部隊の壁が出来上がっ
ていた。その中央で、竜はいつしか膝から崩れ落ちる。依然上半身をばたつかせてせめて
もの抵抗を試みてはいるが、こうなってはゴドス部隊の決して強力ではない銃器でも容易
い。所謂「流体金属」で覆われていない部分を銃撃すれば済む話しだ。
土煙は徐々に収まろうとしている。
ヒムニーザとスズカ、そしてレガックと守備隊長の間を挟むテーブルには掌に載る程度
の機械が置かれている。米粒程のランプが緑色に明滅し、針で氷を突つくがごとき微かな
音が聞こえてくる辺り、音声を記憶するものらしい。そしてそれを追い掛けるように守備
隊長はメモを走らせる。反対にレガックは腕組みしたまま相手の話しに耳を傾けるのみ。
「…次の質問だ」
レガックの声に対し、守備隊長は横目で凝視せざるを得ない。この若者が発する抑揚の
ない声は誠に腹の底が伺えない。目前の無精髭が語る内容に対し、納得できたのかどうか
さえわからぬまま。協力者としても組み辛い相手だ。
「その額に埋め込まれた『人造刻印』。…それも『水の軍団』の手によるものか?」
義眼の男の一言はこの狭い部屋の気温を数度高めた。ヒムニーザの精悍な顔立ちが歪ん
でいる。その有り様をちらり、横目で気付いたスズカ。愛する者の耳元に顔を近付ける。
「…お気遣い、下さいますな」
「そういうわけにはいかんだろうが…えぇい畜生!」
囁き合い、舌打ちし。ようやく、意を決するが表情は誠に苦渋。
「『水の軍団』に雇われるより少し前、とある学者の実験台になった。…この額に刻印と
やらを埋め込んでだ、用意されたロードゲイルに乗って出された仕事をこなしていくって
わけよ。それを一年、続けた」
「学者の、実験ですか…」
守備隊長が唇を噛む。明らかにこの面子の中では部外者と言って良い彼ではあるが、年
長者であるが故にヒムニーザの答えは十分理解できる。…ヘリック共和国による惑星Zi
の完全統一は事実上、達成された。しかし戦乱治まれども貧富の格差は拡大する一方。彼
は何らかの原因で貧困から脱し難い状況にあり、たまりかねてその身を売ったに違いない。
レガックの追及は続く。
「で、その学者とやらの素性は?」
「ドクター・ビヨーと名乗っていた。そこそこ、若かったよ。それ以上のことは知らん」
「報酬は?」
「実験に使ったロードゲイルを只でくれた。ゴジュラスが三匹は買える金とセットでな」
「金は、何に使った?」
ヒムニーザが眉間に浮かべた皺は人差し指が入りそうだ。それ程の不快感を紛らすよう
に浮かべた薄笑い。
「やれやれ、そんな野暮なことまで追及するのか?」
「…何に使った?」
「私を身請けするのに使ったのだ、レガック」
助け舟の主は、スズカ。黒真珠色の瞳からは輝きが失せ、殺気で淀んでいる。
「私にはそれだけの高値がついた。他に理由が必要か?」
レガックの表情に変化はない。潤いに欠けた義眼も。一方重苦しい溜め息を漏らしたの
はヒムニーザだ。スズカの半生は決して名誉ならざるもの(比類無き剣技に加え、本編中
では数少ない「イスルギ」という名字を持った彼女が何故「身請け」されなければならな
いのかお考え頂きたい)。できることならそこに触れたくはなかった。もっとも本人は大
して気にはしていないようだが…。
「…他国に貢いだかと邪推した。許せ」
レガックは謝罪の言葉に至るまで無表情だ。誠意の有無も判然としない。
「俺からは最後の質問だ。水の軍団は『B計画』なるものを恐れている。
何処まで知っているのか、可能な限り話せ」
暗い室内に照明が灯されはしたが、内部全体を明るくするには至らない。いやむしろ、
光源は室内中央に集中されているかのようだ。…だがそれで十分かも知れない。そこに横
たわる、先程まで銀色の二足竜だった鉄塊の放つ光沢はそれ程眩かった。既に両膝は奇妙
な形に折れ曲がり、小豆色に染め上げられた部分には無数の銃創が彫り込まれている。瞳
や胸の赤い水晶体も輝く兆しを見せない。
靴音と共に数名がその場に近付き、やがて止まった。水の総大将ら首脳陣だ。
「このゾイドがいつの時代に生み出されたものかは不明です。しかしこれだけは言えるで
しょう。ゲリラごときに扱える技術ではありません」
「…又なのか」
鑑識官の一言に、高官の一人がついた溜め息は重苦しい。
「ゲリラが得体の知れない技術を武器にテロを仕掛ける事例は急増の一途を辿っておりま
す。何者かが裏で糸を引いているのは間違いありますまい」
「それにしても、一体誰が、何の目的で…?」
「…これも『B計画』の一環だろう」
高官らの会話を阻むかのごとき「水の総大将」の一言に、周囲は見事押し黙った。
「もし『B計画』が達成された場合、封印された数多の技術が自由に活用できることとな
る。…無論『破滅の魔獣』どころの話しではない」
「だから来るべき時のために、ゲリラを実験台に利用しているわけですな…」
「本来『B計画』は絵空事に過ぎなかった。又、絵空事にするべく皆、尽力したのだ。
だが、遂に例外中の例外が野に放たれた!」
一同の表情が強張る。
「かの少年は覚醒し、不完全ながら『刻印』の力を得た。その上魔装竜ジェノブレイカー
を擁し、古代ゾイド人の女が味方についたのだ。『B計画』の材料は揃ったようなもの。
最早猶予はならぬ。我らは片っ端からゲリラを鎮圧して黒幕たる『某国』を封じ込めね
ばならない。狼機小隊始め暗殺ゾイド部隊の面々には火種となるチーム・ギルガメスを何
としてでも葬り去ってもらわねばならないのだ」
「ドクター・ビヨーに雇われた際、その言葉を初めて聞いた。まあ深く追及はしなかった。
そういう契約だったんでな。あとで流石に薄気味悪くなって色々調べたが、わかったのは
国家規模のプロジェクトだってことと、俺の額に埋め込まれた刻印はその氷山の一角に過
ぎないこと。それ位だ」
「連中に雇われていた際、何も聞かなかったのか?」
「聞いたところで俺達は傭兵、部外者だぞ? 只、水の総大将はこんなこと、言っていた
な。…某国とやらの握った機密が相当危険で、チーム・ギルガメスはそれと大きな関係が
あるらしい。それ以上のことを聞いたら『後戻りできなくなる』ってな。あれが多分『B
計画』なんだろう」
ヒムニーザとレガックのやり取りに対し、守備隊長は黙って耳を傾けるより他ない。彼
自身、B計画なる語は初めて聞いたが、室内の淀んだ雰囲気は質問を差し挟む余地を与え
ない。
「…守備隊長殿、今のやり取りは是非、他言無用願いたい」
びくりと肩をすくめると、右隣の席から潤いに欠けた眼差しが投げ掛けられている。
「命の保証は、しない」
守備隊長はこくり、黙って頷くに留まった。
「あとは守備隊長殿の質問に答えてくれ。…本当に助かりたいなら余計なことは考えるな」
「考えるか、馬鹿」
悪態を背にしつつ、義眼の男は部屋を出た。残った三名の内、男二人が漏らした溜め息
は同時。思わず三人は苦笑した。
「よーし、それじゃあ第2ラウンドだな。何でも聞いてくれ」
やけに気軽な口調は、生き長らえることに成功したという確信が生んだものである。
(第一章ここまで)
【第二章】
立ち篭めていた朝もやはあらかた晴れ、辺りに雄大な景色を提供した。足下に広がる青
色のじゅうたんは波模様。彼方に連なるは砂利の岸辺、蜃気楼の山脈。
視点を後方へ思い切り良く引けば、そこにも広がっていた同様の光景。一面の砂利は大
河のうねりをよく鎮め、辺りを程よい静けさで包み込む。
だから今し方、飛沫が舞い上がった程度で雰囲気が掻き乱されることは無かった。いや
飛沫の主が放つ真剣な眼差しは寧ろ辺りに馴染み得る。…畔(ほとり)に立ち、敢然と向
かい合った少年と竜。左方、上流を背負った少年は白無地のTシャツに膝下までの半ズボ
ン。くるぶしから下は水流に浸かっている。決して足の長く無い、そもそも体格小さな少
年だが円らな瞳、ボサボサの黒髪にみなぎる生気の眩しさよ。ギルガメスは自らの両掌に
余るナイフを水平に構え、止まった時間が動くのをじっと待つ。
ギルが時間を待つならば、右方、下流に立つ二足竜がきっと時を動かすのだ。…全身に
深紅の鎧を纏った竜。漁船数艘にも匹敵する巨体が、今や中州となって大河を分水してい
る。二本足で直立し、背を低く屈め、短かめの首と長くしなやかな尻尾を地面と水平に伸
ばした所謂「T字バランス」はこの竜も又同様。それが筒状の鶏冠六本を背負い、その左
右から桜の花弁にも似た半身程もある翼を生やし、雄々しく立つ姿からは気品すら伺える。
人呼んで魔装竜ジェノブレイカー(今は単にブレイカーと呼ばれているらしい)。金属生
命体ゾイドの中でも最強の名を欲しいままにした伝説の保持者。だがこの竜の表情からは
邪気など一切感じられない。頭部を少年の目線にまで降ろし、彼の表情をじっと伺う様子
はひたむきですらある。
竜の、通常は胸元に寄せている短かめの前肢。Y字状に生えた三本指の内、右の内側…
人ならば人差し指に相当するだろう指を大きく振り上げた瞬間、険しくなった少年の眼差
し。竜は指を、勢い良く大河の流れに落とす。愛らしくさえある甲高い鳴き声を上げつつ。
大河のうねりが弾け、舞い上がった水玉の破片。流れは数刻も経ずして元の形へと復元
していくが、そうしていく間にも、少年は握り締めた刃で宙を切った。無我夢中で放った
一撃の正否は無言の竜、唇噛む少年の表情を見ても明らかだ。少年が狙った筈の飛沫は両
断されて辺りに弾け飛ぶことは無く、流れに同化。
「もう一丁!」
ギルが吠える。ナイフを水平に構え直す。威勢良さに竜も呼応。甲高い鳴き声も、爪を
振り下ろすところも先程と同じ。違いは精々、振り降ろした指が左の人差し指だという程
度。…たちまち舞い上がる飛沫。狙い澄まして斬り付けたナイフだが、又しても刃は虚し
く弧を描くのみ。
少年も竜も、同時に首を軽く捻る。
「も、もう一丁!」
三度、四度、五度と水玉は弾け、その度少年は無我夢中で斬り付ける。太刀筋は、決し
て悪く無い。不揃いな石ころが敷き詰められ実に不安定な川底を足場に、これだけ腰の入
った剣技を披露しているのだ。ギルは先頃、水の軍団から送り込まれた刺客「風斬りのヒ
ムニーザ」と戦うに当たってこの「波の飛沫斬り」を会得し、ブレイカー必勝の奥義「魔
装剣」を見事成功させた。…あの夜の出来事から高々一カ月経った程度ではある。だがい
くら何でもここまで失敗に終わるのは不可解だ。
六回目を過ぎた辺りから、深紅の竜は唸っている。元々は甲高いあの鳴き声で不満を押
し殺しつつ。しかし今の少年にそこまでの余裕はない。
「あれ、おかしいな…。ええいもう一丁!」
ピイ、ピイ、ピイと相棒の鳴き声は警笛のごとく。しかしその度、期待裏切る若き主人。
流水弾ける音と風斬る音が虚しく谺し、気がつけば早くも十回目。
まなじり決して竜が、少年が、飛沫上げ、刃を振るう。それで呼吸が合うなら良いのだ
が、現実はそれ程甘くなかった。手応えの無さから失敗を悟った少年。虚空を斬るに留ま
った刃を水平に構え、残心も疎か。ついた溜め息は重苦しい。だが本当に頭の痛い思いを
するイベントはこの直後。
ギルは「瞬間湯沸かし器」という語を知ってはいたが、実物がどんな音を立てるのか、
全く知らなかった。だがそんなことを考える余裕があったならもう少し反省の態度を表に
出すべきだったのだ。
岸辺を囲う堤防、中腹に置かれたビークルが一台。そのすぐ下方でエステルはギルとブ
レイカーの練習風景を右頬に手を当てつつじっと眺めている。…それにしても、足長く背
の高い美女だ。練習用の俗っぽいトレーナー姿でさえ彼女が着ればちょっとしたお洒落に
なる。加えて彫深き面長の顔立ち、肩にも届かぬ黒の短髪の華やかさはまさしく静かなこ
の大河の畔に咲く花一輪。だからこそ、眼光鋭い切れ長の蒼き瞳は今日のように、サング
ラスで覆わなければ場違いも甚だしい。
さて瞬間湯沸かし器の音は彼女の辺りまでしっかり聞こえた。それと共に、岸辺から怒
濤の勢いで砂塵が舞い上がる。堤防まで、駆け上がってきた深紅の竜。左手にむんずと掴
まれているのは大事な筈の若き主人だ。三本指の中央は人ならば親指に相当か。その先端
で襟から釣り下げられ、左右の指は少年の頬をがっちりと挟んでいる。どこのいたずら猫
かと言わんばかりな相棒の態度に、ギルは目をぱちくり。
ピイと怒気高く鳴き、竜は少年を掴んだその左手をエステルの前に突き出す。透かさず
左右の指が左、右と動けば少年の顔も一緒に動く。
「まさかエステル先生に頬を張れって…!?」
言いたいことが伝わった深紅の竜は満足し、ひときわ甲高く鳴くと胸を張った。相棒の
断固たる抗議には若き主人も面喰らうばかり。
「ブレイカー、怒りたくなる気持ちはわかるけど、焦りは禁物よ?」
女教師は苦笑を禁じ得ず、頬に当てていた右手で口元を押さえる。…彼女の反応がその
程度で済んで良かったと、若き主従は理解しているのだろうか。
「うーん、あの日の晩は出来たんだよな。何で今日は上手くいかないんだろう…?」
「切羽詰まっていたからかもね」
「ああ、成る程…」
ポンと少年、合点の手拍子。だが乾いた音は竜という火に注いだ油。主人の右頬に己が
長い頭部をぬっと近付け、再度叱咤の咆哮はこれがゾイドのヒステリーか。主人も溜まら
ず肩をすくめるばかり。
「ギル。貴方ももっと真剣に、気持ちを込めてやりなさい。
飛沫を斬る集中力がいつでも引き出せるようでないと、魔装剣は使いこなせないわ」
サングラス越しに覗かせる女教師の眼差しは厳しいが、怒りや苛立ちによるものでは無
い。不肖の生徒は反射する太陽光の具合から咄嗟に察知し、唇噛み締め頷いた。…何しろ
魔装剣こそは命中しさえすれば九分九厘、敵ゾイドは失神する。「必殺」では無いが「必
勝」と言い切って間違い無い。魔装剣を必要な時に当たり前のように使うことができるな
ら、彼ら二人と一匹の旅はそれだけ穏やかになろうというもの。エステルは成長の兆しを
はっきり見せた弟子に対し、一層の飛躍を求めて止まぬ。
「ブレイカー、ごめん。やり直すよ」
申し訳無さそうに隣の相棒を見ながら少年は頷く。やけにしおらしい態度を見て竜は満
足した様子。この若き主人の襟を引っ掛けた左手中央の指をゆっくり下げたようとした。
が、時を同じくして。
まず竜と、女教師が何ごとか察知したのはほぼ同時。透かさず彼らが向けた視線の刃は
下流の岸辺。…振り向きざまに疾走した女教師。早速後方のビークルに飛び乗り臨戦体勢。
一方竜と言えば、捕まえたいたずら猫が宝物に早変わり。胸部ハッチを開けると早々に中
へと押し込む。
面喰らった少年だが、コクピットに張り巡らされた全方位スクリーン越しに、彼らの視
線の先に何かが近付いてきていることを理解した。…黒い、点だ。それが徐々に大きさを
獲得していく。
「ゾイドが、一匹。…ブレイカーより、でかい!?」
「ギル、気をつけて! 気配を押し殺してここまでに近付くなんて徒者じゃあない!」
ビークルの後方から迫り出す尺長い銃身。AZ(対ゾイド)ライフル。元々は小型ゾイ
ドに携行して使う狙撃兵器だ。その間にもエステルはサングラスを外して胸ポケットにし
まう。代わりにレバーに引っ掛けられたゴーグルを首に釣り下げた。
下流を睨む竜と魔女。近付く影の恐るべきは、巨体に加えてこの砂利道で大した足音を
も響かせぬまますぐそこまで接近してきたこと。今、ようやく陽射しが脅威の正体を明ら
かにしつつある。
抜ける程の青空は、切迫した使命感で心荒んだ男達にも平等に分け与えられた。
四方を岩山や崖で囲まれた、砂埃立ち篭める盆地の中央。王狼ケーニッヒウルフ「テム
ジン」がいる。純白の四脚獣。前後に長い頭部の後方に生えた鋭い耳は、研ぎ澄まされた
聴覚の証。今は首の後ろに倒したスコープは有事には顔の前面に被さり、元々優れた視力
を千里眼にまで高める。五感を極限まで高める真意は獲物を効率良く刈るためだ。十字架
のごとく背負った自らの半身程もある二門の銃器がその切り札。未だブレイカーと直接対
決の機会は無いが、体格は同じ位だ。彼らがぶつかりあった時、如何なる地獄絵図が待ち
受けているのだろうか…。
青空見上げ、吠えたてるテムジン。笛吹くような独特の雄叫びは、必ずしも感情の高ま
りを表現したのでは無い。頭を垂れると額に当たるコクピットハッチが、開く。中から現
れたのは言わずもがな、銃神ブロンコ。トレードマークのテンガロンハットを被ってみせ
た、眼光鋭い中年。相変わらず鼻鬚・顎鬚は丁寧に切り揃えるが眉間の皺の深さも変わら
ない。長袖のシャツとベスト、ジーンズに身を固めた出立ちもいつも通りだ。この場で仁
王立ちし、腕組みすると大喝。
「狼機小隊!」
声に応じ、彼らを取り囲む崖上から昇った土煙が五つ。相当大きなものであることは、
浮かび上がったゾイドの瞳と思しき光点から想像がつく。
磁石に引き寄せられるように動き始めたテムジンの銃身。最初は真後ろに旋回。
「一の牙、デンガン!」
声の主は土煙の中から現れると腕組みして仁王立ち。大柄だが横幅、前後幅も相当なも
の。まるまる肥えた体つきながら、二の腕や腿は良く引き締まり、侮り難い雰囲気を醸し
出す。パイロットスーツのチャックを開け、Tシャツと腹を晒す弁髪の巨漢。腰には長刀
を釣り下げている。
続いて旋回した銃身はテムジンの左方を指す。
「二の牙クナイ、推参」
煙から現れ、片膝ついて恭しく頭を上げたのは、まだあどけなさ抜け切らぬ少年だ。あ
の魔装竜ジェノブレイカーの主人と同世代か。体格も彼よりは大きい程度。しかしながら
十分にくたびれたパイロットスーツに加え、狂気孕んだ眼光からは相当な人数を始末した
ことが伺い知れる。腰に引っさげるのはこれもデンガンとは正反対の短刀だ。
次はテムジンの正面に銃身、旋回。
「『三の牙・ザリグ、四の牙・マーガ。ブロンコ様、お久しゅう』」
二つ並ぶ土煙。その前で、後ろ手にして直立する青年も又二人。背格好がお揃いのパイ
ロットスーツに同じ中肉中背なら容貌も又瓜二つ、頬も艶やかな美声年。生き写しの双児
としか形容できない姿形ながら、腰に釣り下げた武器だけはザリグが分銅、マーガが無数
の鉄串を指した筒とはっきり違う。これらを外されたり交換されたりしたら簡単に区別が
つかなくなるのは言うまでも無いが…。
最後にテムジンの右方に旋回した銃身。
「五の牙、ジャゼン…」
最後に現れた男は猫背。一目で年齢が推測できないのはパイロットスーツの襟をつっ立
てて顔の下半分を隠しているから。だが上半分から覗く白目剥いた瞳の殺伐たること。そ
の上不自然に長い両腕をだらり、降ろした異形ぶり。腰には鞭を二本、ぶら下げている。
これを奇怪な両腕で如何に操ってみせるのか。
デンガン、クナイ、ザリグ、マーガ、ジャゼン。誰の合図も無いまま地を蹴ったにも拘
らず、呼吸は見事に同時。その場から姿を消し去ったのも。
気がつけば、既に五人はテムジンの真正面で勢揃い。横一列に並ぶとこれ又息の合った
動作で一斉に片膝をつく。
頭を垂れたままのテムジンの額から、飛び降りたブロンコ。集結した狼機小隊の面前で
一人、直立。
「諸君、遠路はるばる御苦労であった」
「ブロンコ様、我らを招集するとは如何なる大事で?」
まず口開けたのは巨漢デンガン。その瞳の輝きは使命感と好奇心がない交ぜ。
「既に本隊から情報は得ていると思うが、改めて説明しよう。
不完全ながら刻印の力を操る少年が現れた。名はギルガメス。こいつは古代ゾイド人の
女と魔装竜ジェノブレイカーを味方にし、レヴニア山脈を越えてリゼリアまで逃亡を果た
した。リゼリア以西は民族自治区が犇めいている。言わば無人の野に放たれたのだ。
我ら水の軍団・暗殺ゾイド部隊は精鋭を続々と送り込んだが、既に三匹四人が破れた。
ギルガメスが某国の手に落ちれば『B計画』に利用されること必定。それは惑星Ziを
再び戦乱のどん底に突き落とすことを意味する。一刻も早く彼奴らを始末するのが我らの
使命だ」
「御安心下さい、ブロンコ様。我ら狼機小隊は来るべき某国との戦いを想定し、結成され
た暗殺ゾイド部隊選りすぐりの集団」
断言したのはクナイ。朗々たる声から伺える不屈の闘志。
「『必ずやチーム・ギルガメスを葬り去ってみせましょう』」
ザリグとマーガが揃って宣誓。強い決意を瞳の輝きに託す。
ある種崇高な雰囲気が充満したこの場はしかし、やや乱れた。
「…何奴!」
すぐさま背後を振り向き、殺気をほとばしらせたジャゼン。腰の鞭を引き抜けば、残り
の面々を一斉に得物を手にする。
「つれないですな、ブロンコ様。折角彼の地に起こし下さったのに、何故儂めに御下命、
お授け下さいませぬか」
一陣、風が土煙を吹き飛ばすと共に現れたのは現地の民族衣装と思しきゆったりした服
装の老人だ。皺と怒気で包まれた容貌。頭髪は無く、総入れ歯であることもはっきりわか
る。しかしきびきびと歩き近付く姿勢からは蔑みの元となる衰えは全く感じられない。
「ワッジよ、うぬを呼ばなかったのはリゼリア西部に流れるこのブルーレ川で目を光らせ
るものがいなくなってしまうからだ」
ブロンコは平静を保ちながらも何処か眉を潜めがちだ。叶わぬと見たのか諸手を前面に
押し出し宥める。
「黙らっしゃい! この『川鮫ワッジ』、老いたりとは言え若僧一人ゾイド一匹を始末で
きぬ程衰えてはおりませんぞ。ブロンコ様、狼機小隊の面々を使う前に、まず儂めをお使
い下さいませ」
「わかった、わかった。ワッジよ、まずはうぬの番としよう。チーム.ギルガメスを始末
せよ。惑星Ziの」
「平和のために!」
水の軍団独特の宣誓を果たしたワッジの晴れ渡った表情は邪気も無く子供のようでさえ
ある。直後風が吹き、再び埃が舞ったかと瞬きしたその時、既に姿を消していた。
「…良いのでございますか?」
デンガンが念を押すように尋ねる。
「仕方あるまい。これで彼奴が勝つなら占めたもの」
「破れた場合は?」
「チーム.ギルガメスの手の内もわかる」
ブロンコの真意を理解した一同は押し黙った。
チーム・ギルガメスの面々が視線を光らせる中、近付いてきた巨大なる機獣一匹。…そ
れにしても不可思議な格好だ。見掛けの上では寧ろ人に近いが腕は異様に長く、背を屈め
つつ腕を前足のごとく地につけながら前進する。この人のようでいて人ならざるゾイドが
全身に纏う鎧は黒を基調とし、所々濃い赤を配した地味な配色。だが武装の派手なこと。
右肩に据えるははブレイカーの翼程もある大砲、左肩に見えるハッチはミサイルポッドか。
そして何より背負った馬鹿長いミサイル二本。本当にミサイルを剥き身で晒しているのか
わからぬが…。
「珍しい、アイアンコングだ」
ギルが驚くのは無理からぬこと。鉄猩(てっしょう)アイアンコング。これだけの巨体
にも拘らず大人しく、又知能の発達したこのゾイドは今や惑星Zi全体で見ても珍しい存
在である。かつてヘリック共和国の暴虐に敢然と立ちはだかったゼネバス帝国やガイロス
帝国(当時)でよく用いられた象徴的なゾイドであるがために、共和国上層部はこれを毛
嫌いし、大量に乱獲・屠殺を行なった。現在でこそ保護政策が行なわれているが、今や野
生種は北国ガイロスを始めごく限られた地域で生息するのみだ。
その、アイアンコングが近付いてくる。気配を完璧に押し殺したまま。ふと気がついた
事実にブレイカーは唸り、エステルは息を呑む。歩き方から相当な修羅場を経験したゾイ
ドと伺える。だがその割りには、付近に近付くまでに一遍の殺気さえも感じさせなかった。
一体何を心に秘めて近付いてきたのか。しかし一方、ギルには不可解さが勘でわかっては
いるものの、それを言葉にはできずにいる。
二人と一匹が見守る中、遂に彼らの目前に立ち止まった鋼の猿(ましら)。静けさ故に、
弾ける砂利も砂埃も控えめだ。ゆっくり、右腕を頭に近付けると頭半分が口のごとく開く。
中から現れてきた者を刮目した皆は反応に苦しんだ。
少年だ。…それもあどけなさではギルより若干上回るか。しかし当のギル自身はいささ
かムッとした。アイアンコングのパイロットたる少年は、誰かみたいにどこか玩具にされ
がちな可愛げなど無い、腹が立つ程の美少年だったのだ。何しろ彫り深く、目許も涼しく、
笑ったら歯が光り輝きそうな…。いやそれだけじゃあない。見るからに背が高い。体格も
ギルのように痩せてはおらず、がっしりしている。正直な話し、ギルが嫉妬を抱きそうに
無い部分を探す方が大変だ。そんな彼は、手入れの良く行き届いた黒のジャンバーと赤茶
けた髪をなびかせつつ、相棒の丁寧な動作によって砂利に一歩を踏み出す。
一歩一歩、踏み込む動作も嫌味な位きびきびとした美少年。殺気は…特に感じられない。
当のエステルやブレイカーでさえ、おやと気付き驚く程に。
遂にビークルの目前まで近付くと、立ち止まるとにこり、微笑む。
「初めまして、エステルさん」
静かな岸辺に響く声は、澄み切った鈴の音のように聞いた者の心を貫いた。
「え? あ、ああ、初めまして」
「あの、早速なんですが…」
美少年は何を思ったのだろう、どっかと砂利の地面に両膝をつき、頭を地につけた姿勢
はまさしく土下座。これには女教師も面喰らった様子で、慌ててビークルから降りて彼の
前に立つ。
「ど、どうしたの?」
片膝ついた女教師。顔を、目線を美少年に近付ける。ギルの苛立ちメーターが又上昇す
るが、それを彼女はわかっているのだろうか。
感極まった様子で、美少年は顔を持ち上げた。思い詰めた表情。だが次に彼の口からつ
いて出た言葉には一同、毒気に当てられた。
「結婚して下さい!」
女教師の瞬きは簡単には止まらない。深紅の竜に至ってはポカンと口を開けて呆然。
そして竜のコクピット内で一部始終を見聞きしていた背の低い少年のわななき。茫然自
失、ひとしきり全方位スクリーンを見つめていたがやがて。
「ちょっと待てぇっ!」
竜の胸部ハッチが開くのと少年が吠えるのとはほぼ同時だ。…そして彼が敵意満々で指
差すのも。ゾイドバトルの対戦相手に出さえ余り見せたことのない強烈な意志の体現は吠
えるだけでは留まらす、颯爽と飛び降り猛然と駆ける。
「勝手なことを言う、わぁっ!? ブレイカー離せ、離せったら!」
若き主人の怒りっぷりはさしもの相棒も不味いと思ったのか。先程同様、シャツの襟を
摘むブレイカー。だがギルはじたばたし、荒れる心の内を隠しも押さえもしない。
一方、背の高い美少年は疎ましげにギルを見遣る。
「何だね、君は。人の恋路の邪魔をしないでくれるかな?
エステルさん、僕は三ヶ月程前、皆さんのデビュー戦を拝見させて頂きました」
グレゴルとその相棒・シャドーフォックス「ライネケ」との戦いだ(第四話参照)。だ
が師弟と竜の脳裏によぎったのは水の軍団暗殺ゾイド部隊との険しい戦いの幕開けという
イメージに他ならない。
「ビークル単騎で献身的にチームを支える貴方に、僕は地上の太陽を見ました。
以来ずっと、貴方を追い掛け続けてきたんです。試合場の中でも、外でも、貴方は凛々
しく、美しい…。僕の背中を預けられる人は貴方しかいない!
僕は九歳の頃、トライアウトでデビューして以来、たった一人で今まで戦い続けてきた。
そこのギルガメス君の何倍も経験を積んでいます。経済力だって段違いだ。僕はもっと強
くなれるし、貴方を幸せにもできる!」
美少年の朗々たる調子。対する吊り下げられた少年は、怒りの余り頬が紅潮。しかし瞳
は涙目、半泣きの表情で何か言おうとしているが、最早わななきの余り言葉にならない。
…無理もない。美少年の登場は、彼にしてみれば大切に育てようと撒いた種が次の日の朝
には掘り返されていたようなものだ。
だが当の女教師は何ごとかに気付いたのか、立ち上がると美少年から視線を外しつつ、
頬に手を当て考え込む。呆れる程大胆な告白の後でさえ変わらぬ雰囲気に美少年は訝しみ、
少年はわななきを止める。
くるり、今一度向き直した女教師。切れ長の蒼き瞳に迷いなどない。
「ごめんなさい、貴方の申し出は受けられないわ」
愕然たる表情で、立ち上がった美少年。憎らしいことに女教師と背丈にそう違いはない。
「な、何故…!」
「今は、この子を一人前に育て上げたい…それだけよ」
言いながらちらり、ギルを一瞥する。
反論しかけた美少年。だが女教師の蒼き瞳は氷の刃。心を貫かれた彼が口籠り、無念そ
うにうつむくまで数秒も掛からない。
目前の光景はギルの胸を大いに締め付けた。女教師の一言に息詰まる思いだが、それを
苦しさの余り吐き出す選択などあろう筈もない。彼女と共に過ごした四ヶ月余りを少しで
も疑った己の愚かさ。彼は恥じずにはおれなかった。依然、何故彼女がそこまでしてくれ
るのかわからないのだが…。
ともかく、ギルはホッと胸を撫で下ろす。反対に落胆の色隠せぬ美少年。だが女教師の
続く言葉は彼らを秒刻みで一喜一憂させるものだ。
「でもしばらくなら一緒の旅も、良いかもね。貴方も他に行く宛て、ないんでしょう?」
「は、はい! ありがとうございます…」
ずっと苛立ちっ放しだったギルは、ここに来てようやく目前の美少年に対し、共感らし
き感触を朧げながら抱いた。潤んだ瞳に、満面の笑み。深々と一礼。演技でそこまでの表
情、態度ができるとは、彼には思えない。…だが、よくよく考えてみて(それは思い過ご
しだ!)と自らに言い聞かせずにはおれない。この誠に厚かましい美少年は結局、美貌の
女教師に同行を許されたのだ。そこに気がつくと見る間に青ざめる。よりにもよって、先
生を奪い取ろうとしている奴と同行するのか!
「フェイって言います。後ろの相棒はガイエン。よろしく、お願いします」
ギルの焦りとは裏腹に、フェイと名乗った美少年は屈託ない笑みを浮かべた。
(第二章ここまで)
【第三章】
思いのほか、もっさりとした動作で砂利の岸辺を歩む深紅の竜。いざとなれば電光石火
の勢いで疾走、滑空して鬼神の活躍を見せるこのゾイドだが平和なら別段、しなくても良
いことだ。それに、今日はすぐ後ろに同行者がついてきている。大人しそうに歩調を合わ
せる鋼の猿(ましら)。竜は時折ちらりと横目で様子を伺うが、特に挙動不審な態度は見
せない。この優しきゾイドはアイアンコングの存在自体が生ける伝説だとはっきり理解し
ている。だからこそ警戒もするわけだが現状、それ程の心配はいらないのかも知れない。
寧ろ問題は…。
全方位スクリーンの明るさが覆うコクピット内。中央の座席でギルはいつも通り肩の上
から拘束器具を当てられる一方、額には刻印の輝きが宿った状態。臨戦状態を維持する彼
…の筈だが、ならばこのふてくされようは一体どうしたことか。
「…納得できるかよ」
吐き捨てるような台詞には深紅の竜も困った様子で軽い溜め息をつくに留まった。無理
もない、事件が唐突ならエステルの決定も唐突そのものだ。
(ギル、私達はこれからブルーレ川の上流まで進んで、リゼリアとアンチブルとの国境を
越えなければいけない。アンチブルに入国したら新人王戦が待っているわ)
民族自治区はどこもゾイドバトルが盛んだ。存在自体が人気の高い娯楽であり、且つ強
力な武器ともなるゾイドを管理することは治安向上にも繋がる。勿論、国家の大事ともな
れば格好の徴兵対象と化すのは言うまでもあるまい(だからこそチーム・ギルガメスのよ
うに諸国流浪するチームも跡を絶たないわけだが…)。だから民族自治区は大概、ゾイド
バトルを支援している。中でも新人王戦は若手ゾイドバトルチームの登竜門であり、各民
族自治区の枠を越えて行なわれる。チーム・ギルガメスはデビューから無敗の快進撃が認
められ、招待された。試合に飢えるギルが受けないわけがない…。
(だけど、彼奴は関係ないでしょう!?)
(ギル。貴方も家出してレヴニアに出て来たんじゃなくて?
ブレイカーが貴方のこと、気に入ってくれなかったら今頃どうなっていたのかしらね)
(う…)
(いきなり結婚なんて言われるのも困るけれどね、ふふ…。
まあ、折角だからアンチブルに到着するまで練習相手になってもらいなさい。私は買い
出しに行ってくるから。例え、その行く先が…)
かくして条件反射的に刻印解放の詠唱を済ます羽目になったギル。それは彼女の意見に
同意し、早速練習すると意思表示したも同然だ。…いや正直なところ、練習相手に困るの
は事実だ。移動までに試合の間隔が空くのは良くない。だから彼女の言わんとすることは
大いに納得できるわけだが、肝心の練習相手が問題だ。
「ねえ、ギル兄ぃギル兄ぃ、ちょっと良いかな?」
噂の「問題」が、スクリーンのウインドウを介して話し掛けてきた。
「な、何だよその『兄ぃ』って…」
「いやだって、見るからに僕より年上そうだし…」
「来年、十六になる。君は?」
「十四」
「十四で結婚とか言うのかよ!」
「僕の生まれた村では十三で成人だけど?」
ギルは反応に苦しんだ。このフェイという美少年の真剣な眼差し。決して冗談で結婚を
口走っていない。それがわかってしまって一層、彼を憂鬱にさせる。
「…そ、それより何の用?」
「えっと、兄ぃのその、額の模様。一体何?」
指摘されてギルは初めて額を押さえた。よく考えてみれば刻印とか古代ゾイド人とか、
そういうことに関してまるで知識の無い者(この時点でのギルの認識だ)が同行するのは
これが初めてだ。
「…本気出してるの。ペイントとか覆面とか、ああいう奴」
「ああ、成る程。…あともう一つ!」
「何だよ…」
「いや、これは二枚目の僕の口から言うのは憚られることなんだけど…」
うめくような溜め息が胸のコクピット内から聞こえ、深紅の竜は首をすくめた。
「堤防、上がってどこか適当にキャンプ見つけて、借りてきなよ。上流に行けば行く程キ
ャンプも減っちゃうからトイレ、無くなっちゃうよ」
「ああ、そうか。ありがとう、じゃあ先に行ってて」
鋼の猿(ましら)は右手を軽く上げるとそのまま進路を変え、左方の坂を上がっていく。
額を抱えるギル。自信は己の心の中で一つ一つ積み上げていくものだと思っていたが、
フェイという美少年は心にゴジュラスギガ数匹分もあろうかという巨大且つ堅牢無比な自
信の塔を建てている。そんなものに素手素足でよじ登れと言うのか。
荒野を失踪するビークル。先程とは打って変わってゴーグルを掛けた女教師。…何事か、
黙考しながらハンドルを握るがふと、浮かべた苦笑い。
(プロポーズされるなんて、千と、何年ぶりかしら)
だがすぐに気持ちを切り替え、いつも通りの厳しい眼差しでエンジンを吹かす。半人前
に毛が生えた程度の愛弟子を案じて背後を一瞥するが、未練は早々に断ち切った。フェイ
と名乗った美少年の内に秘めた闇を、勘付かない彼女ではない。しかし無下に追い返した
り、反対につきっきりで監視したりするのは愛弟子のためになるのか。…いつか彼も、独
り立ちしなければならないのだ。
(ブレイカー、頼むわね)
今は主従に一層の成長を期待するのみ。
砂利の岸辺を、徐々に霧が包み込みつつある。今朝、快晴だったのは間違いない。にも
拘らず充満する霧は、着々と現実世界との断絶を計ろうとするものに他ならない。いつし
か辺りは高い渓谷の下、この視界遮る邪気を飼い馴らす牧場と化していた。
「参ったな…」
ギル達主従は首を捻る。ゾイドの操縦練習の問題は結局のところ、如何に練習場を確保
するかに行き着く。ブレイカーのごとき巨大なゾイドともなると、一歩地面を蹴り込むた
び土砂の飛沫が高々と舞い上がるのだ。これを部外者が避けるのは至難の技で、必然的に
ゾイドの練習は人里離れたところで行なわざるを得ない。しかし、彼らが向かった地域は
格好の場なれど、深い霧が見事に妨げようとしている。
土の斜面を這い上がる鋼の猿(ましら)。長い腕を器用に使い、己が身長の数倍もあろ
うかという堤防を平地を駆けるがごとく容易く踏破していく技量はこのゾイド特有のもの
か、それとも…。
数分も経ずして猿(ましら)が斜面を登り切った時。辺りに広がるのは雑草で覆われた
丘。少し先には下りへの斜面が広がっている。それよりも大事なことは、この丘を見渡せ
ばぽつり、ぽつりと旅人のキャンプが点在していること。あるところにはテントや簡易キ
ッチン、仮設トイレなどがひとまとめ。あるところにはそういった生活に必要な要素が一
通り備えられたであろう貨車(当然、ゾイドが牽引する)。チーム・ギルガメスのそれは
ここよりもっと下流のにある筈だ。惑星Ziは人の何倍もある金属生命体ゾイドが闊歩し
ているため、Zi人は住処を選ばざるを得ない。こういった丘陵は野生ゾイドを避けるの
に好都合となる。
さて堤防を登り切った猿(ましら)。キョロキョロと左右を見渡しつつ、丘を横断する
姿の何とも悠然たること。キャンプに居座るゾイド達も一応視線を投げ掛けはするものの、
不必要に遠吠えなどしたりはしない。ところで「二枚目の僕の口から言うのは憚られるこ
と」を済ませに来た筈の本人は今、どうしているのか。
鋼の猿(ましら)のコクピット内は大人が両手を広げて眠れる程、広い。横長のスクリ
ーンが半分を占拠する内部の広がりは、全方位スクリーンに囲まれた深紅の竜の胸部コク
ピット内をも上回る。元々このアイアンコングというゾイドは複座式。二人乗りが前提だ。
人に極めて近い姿をしたこのゾイドをまさに人のごとく操るにはそれだけの人手が必要だ
ったのである。それをフェイという美少年はよりにもよってコントロールパネル上に頬杖
しながら何となく操縦している(室内も単座に作り替えられている)。ゼネバスの英霊が
見たら嘆くのか、それとも末恐ろしさに喜ぶのかわからぬが、それより生理的な苦痛に追
いやられている様子がさっぱり伺えないのは一体どうしたことか。
「ガイエン、僕より彼奴の方が魅力的なところって何だろうな?」
猿(ましら)に返事はない。
目前のコントロールパネルをじっと眺めるフェイ。レーダーと思しき円形のガラス板が
赤い光点を表示する。これが深紅の竜ならばパイロットの求めに応じてスクリーン上にウ
インドウが開くところだ。ことコクピットの設計思想に関する限り竜と猿(ましら)は全
く違った作りになっている。パイロットの求めに応じて必要な情報をスクリーン上で表示
するのが竜のコクピット。猿(ましら)の場合、必要な情報はあらかた、スクリーンやコ
ントロールパネル上で既に表示されている。前者はゾイドとの対話次第でより高精度の情
報収集が可能だが、対話が不調だと外部の映像しか映さぬことにもなりかねない。後者に
そういう心配はないが、情報の精度には限界がある。その分、パイロットに技量が求めら
れるわけだ。
ガラス板の赤い光点が徐々に、円の上方へと向かっていく。
光点が上方へ消えかけたその時。それを包囲するかのように浮かんだ青い光点が六つ。
美少年は今までの怠惰な風が嘘のように豹変。透かさずレバーを握り直し、あの覇気あ
りげな声で下す指示。
「よーしガイエン、影走りだ。彼奴からの通信は無視な」
主人の指示を受けた鋼の猿(ましら)の挙動。肩の凝りをほぐすかのように軽く動かす
と、屈めた背を一層低くし、とった姿勢は腹這いに近い。長い両腕を脱力しつつ後方に流
すと、透かさず小走りに駆け始めた。両腕を引き摺るように疾駆する様は、成る程夕陽を
浴びて伸びた影のよう。
「影走り」の姿勢で丘を軽快に横切ると、颯爽と跳躍した猿(ましら)。しかしそれで土
砂が舞うわけでもなければ、次の瞬間下方への斜面に着地する際、地響きを立てるわけで
もない。そのまま数度跳躍し、瞬く間に斜面を降りていく。…音らしい音を立てずしてだ。
女教師でさえ気付くのに遅れた隠密行動の、これが神髄。
気が付けば、猿(ましら)の巨体は大地を飄々と流れるシミと化していたのである。
「長い! 何やってんだよもう…」
繋がらぬ通信にギルは苛立つ。いくら手洗いを借りるために寄り道しているとは言え、
時間が掛かり過ぎだろう。さっさと用を足すこともゾイド乗りに必要な能力だ。戦争なら
ば屋外で済まさねばならぬ局面も出て来ようがそれが命取りになるのは明らかだ。ゾイド
バトルならそもそも試合中にゾイドから降りた時点で反則負けを取られるから、いやでも
試合前に済まさねばなるまい。
やむを得ないといった表情で、ギルはレバーを握り直した。しゃがんでいた相棒も納得
の表情で立ち上がる。霧が濃くなる一方のこの辺りで練習するのは危険だ。
ところがそう思った矢先。主従の耳に飛び込んできた軋みは精霊の囁きにも似た。…ハ
ッとなって深紅の竜は音のする方を睨み、少年は相棒に追随する。
小舟だ。色など霧に阻まれわからぬが、影を見れば長い櫂で漕いでいる人影がどうにか
判別できる。現地の漁師なのだろうか。
竜も少年も知らぬ内に引き込まれるように影を見つめていた。当たり前のようにゾイド
を乗りこなすZi人にとって、船の類いは珍しい。
影がふと、揺らいだ。ぽちゃり、水面の弾ける音が続き、それさえも辺りに谺した時。
異変に気付き、我に返った主従。
「川に落ちた!?」
息を呑んだギル。心根優しき少年は条件反射的にレバーを入れ掛けたが、寸前でその手
が止まる。…以前、似たような経験をしている。
「ブレイカー、先生呼んで!」
鼻歌混じりでカートを引っ張っていた男装の麗人は、不意のアラーム音にサングラスの
下の眉を潜めた。
「どうしたの、ギル?」
「実は…」
愛弟子から、腕時計型の端末越しに状況を聞く間も歩を止めない。
「…成る程。ところで、フェイは?」
「手洗いに行ったきりです。
それより! 罠かも知れない。タイミング、良過ぎます。でも罠じゃあなかったら…」
愛弟子の言葉を聞いて女教師がついた軽い溜め息は安堵の色。
「行きなさい。私もすぐ向かうわ」
内心ビクビクしていた愛弟子は目を見張るが、早々に我に返ると大きく頷く。
「持てる切り札を有効に使いなさい」
通信を切ると、小走りに先を急ぐ女教師。カートの荷がぐらぐら揺れるが、内心はもっ
と落ち着いていた。
(OK、ギル。罠と疑う落ち着きも、それでも手を差し伸べる真直ぐな性根もね)
「ブレイカー、行くよ。マグネッサー!」
全身に埋め込まれたリミッターが唸りを上げて回転。吹きこぼれる火花を羽衣のごとく
纏うと、両の翼をひと仰ぎ、ふた仰ぎして深紅の竜は大河に赴く。だが何故か、今日のこ
の場に限っては決して勇ましい様子を見せない。水面に爪先を突っ込んだ時、いつもなら
ば塔のごとき水柱を上げる筈だ。しかしたった今、竜が聞かせてくれた音は締め忘れの蛇
口からしたたり落ちる水滴程度。踏み込みがこの程度なら、背の鶏冠六本から伸びる筈の
帚星も遠慮がち。
かくて川を横切る深紅の竜が見せた思わぬ繊細。翼と長い尻尾を水平に伸ばし、低い姿
勢での滑空はいつも通りだが、水面は弾けず、矢尻の紋様浮かべる程度。低速移動の証。
だがこれはやむを得ないのだ。
まだ目標の小舟まで百メートル以上はあるにも関わらず、早々に両足を前方に押し出す。
飛沫が前方に盛り上がり、無形の土手を作り出すと小舟のまさに寸前で、ようやく停止。
波紋が小舟をぐらぐらと揺らす。深紅の竜がしばしば見せる疾風怒濤の動きは、自慢の脚
力で咄嗟にブレーキをかけることで初めて実現するものだ。しかしここは水上。蹴り込ん
での加速も減速も封じられている以上、最初から低速で動かないと小舟を蹴散らしつつ突
っ走ることにもなりかねない。
ふうと安堵の溜め息つく主従。深紅の竜は軽く羽をばたつかせ、いつものT字バランス
の姿勢に戻すと早速目前の小舟を睨む。相棒の得た視覚情報が主人の全方位スクリーン上
に、別ウインドウとなって拡大表示された。…映し出された小舟には網と、櫂位しか見当
たらない。
「ブレイカー、熱源は?」
主従とも迷わず水中を睨む。人体の大きさを考えれば、ぐるり辺りを見つめるだけで熱
源は察知できる筈というのが主従の読みだ。ところが数秒も睨む内に彼らは気付いた。そ
れらしき物体が見当たらないことに。ギルが首を捻ったその時。
「人よりも弱い…微弱な、熱源? ブレイカー、ウインドウ外して!」
求めに応じ視界の広がったコクピット内。前方は先程と変わらぬ水面に小舟の映像。し
かし深紅の竜が小舟を摘む。ひっくり返され、露になった船底を見た瞬間、凍り付いた主
従。張り付けられていたのは、得体の知れない機械。警告と思しき赤いランプが明滅を加
速させている。
霧に覆われた大河に突如立ち上がった、水柱一本。
主従は水中にあった。紺の背景に仰向けで漂う深紅の竜。両の翼を前方に展開、時限爆
弾と思しき機械の爆発は辛うじて防ぎ切ったが、爆風は結構な圧力が掛かった。かくして
水中にまで押し込まれた竜を泡の群れが追い掛ける。
肩で息するギル。相棒を傷付けずには済んだものの、事態を把握し切るには至らない。
額の汗を右手の甲で拭い、円らな瞳は瞬き。乱れた息と視覚を整え始めようとした時、彼
が覚えた殺気。後方を、睨む。全方位スクリーンに映し出された熱源。人の体格程もある
ものが、六つ。しかしそれが人でないのはすぐ理解できた。何しろ六つとも、憎悪で熱く
煮えたぎっている…!
四肢も翼も六本の鶏冠も伸ばしつつ、全身でくねるように泳ぎ、竜は水面へと急ぐ。元
々は培養液の海で育てられたゾイドだ、泳ぐ技術も相当なもの。泡を纏いつつすいすいと
浮上していくが、危機は新手の刺客を放つ。
「熱源、七つ目!?…速い!」
速過ぎる熱源はギルが驚く余裕も与えず、瞬く間に主従の真横をすり抜けていく。鉄色
の、鮫。深紅の竜と同等の体格を備えつつも、四肢のわずかな動きだけで竜を寄せつけぬ
泳力を発揮。だがこの鮫は、奇麗な泳ぎ方に似合わぬ武骨な格好をしている。背負ったブ
ースター二基は洗練された体格には凡そ似合わず、その上頭部の左右に張り出した箱二つ
は重い金槌を被るようだ。
両者が目指す水面は、曇天を反映し薄明かりを水中に注ぐ。浮上していくまでには完全
に竜を追い抜いていた鉄色の鮫。勢い良く跳ねると水上へ消えた。…ギルは唇、噛み締め
るが他に選択肢などない。
波紋描きつつ深紅の竜が水上に脱した時、鉄色の鮫は既に頭上。頭部の金槌が開いたか
と思えばそこから放たれたる幾本もの鉄の槍。竜は咄嗟に翼を頭上へと掲げるが、それこ
そが邪悪な鮫の罠。
水面に浮かぶ竜の足下が、弾けた。…水中から追い掛けてきた熱源六つの正体は、これ
も又鉄の槍。
竜の頭上に鉄の槍が襲い掛かる。掲げた翼で防ぐ竜。だがその間に、今度は浮上した鉄
の槍六本が突き刺さる。見事な挟撃の軌跡は水上に噴射炎でホオズキの実を描いた。
爆煙上げて、水中に没した竜。立った水柱は鮫の作戦が成功した証。その額にはヘリッ
ク共和国軍所属ゾイド特有の橙色のキャノピーが見える。内部にはレバー握りつつほくそ
笑む禿頭の老人独り。ウェットスーツを纏い、首に引っ掛けているのは半ば濡れたタオル。
ギル達主従が術中にはまった切っ掛けは、まさにこの悪らつな老人の手による芝居だ。
「思い知ったかチーム・ギルガメス! これぞ機獣殺法『カガチ』!
川鮫ワッジと我が相棒・鎚頭鮫(ついとうこう)ハンマーヘッド『カッセ』のとってお
きじゃ!」
力失い沈み行く深紅の竜を、鮫の主従は嘲笑う。
「見事なり、ワッジ。老いたりといえども流石は水の軍団・暗殺ゾイド部隊の一員」
デンガンが映像を睨み不敵に笑う。この弁髪の巨漢始め、狼機小隊の面々は既に何処か
にゾイドもろとも潜伏しているようだ。しかしその姿は濃い霧に呑まれ、判然としない。
シルエットを見る限り大小様々な四脚獣の群れがいるように思われるが…。
一方、群れの長のみ表情を変えず、ひたすらモニターに見入っている。
「…ブロンコ様?」
尋ねたのはジャゼンだ。立てた襟越しに漏らす低い声が不気味に震える。
「問題はここから先だ」
「これは異なことを申されますな、ブロンコ様」
「確かに魔装竜ジェノブレイカーは未だに生きております。ですが、瀕死でもあります」
ザリグとマーガ、双児の兄弟が声揃えて言い放つ。顔ではなく腰の武器を見ぬ限り相変
わらず区別がつかぬが。
「俺は彼奴らの特異な強さを恐れる」
「特異な、強さ…?」
反応した、クナイ。使命感に燃える少年の好奇心は、暗殺という歪んだ志の発露。
「チーム・ギルガメスは弱い。事実、水の総大将を始め多くの刺客やゾイドウォリアーが
彼奴らを死の淵まで追い込んだ。しかしギリギリのところで踏み止まり、必ず逆転してき
たのだ。
彼奴らの強さの秘密は、そこに隠されている筈だ」
銃神ブロンコの厳しい眼差しに答えるかのごとく、霧に包まれた四脚獣達は一斉に影震
わす唸り声を上げ始める。
再び紺の背景に、身をゆだねる深紅の竜。先程との決定的な違いは腹部にあった。胸と
腰の鎧を繋ぐ鉄色のこの部分は柔軟に動く反面、鎧に比べて決して丈夫に作られてはいな
い。そこに刻まれた無数の傷口からどす黒い油が血液のごとく流れ出ている。…相棒がこ
れでは若き主人の状態も容易に想像がつくというもの。胸部コクピット内のギルは、激痛
に顔歪める。純白のTシャツに描かれた、鮮血の軌跡は竜の傷口同様。刻印の力によるシ
ンクロの副作用は主従で痛みを共有する。
「十本…」
激痛はギルを肉体的に追い詰めていたが戦意を奪うには至っていない。相棒は水中にあ
ってさえはっきりとした意識で胸部コクピット内の主人を気遣う。
「そうだ、確かに十本だった! あのハンマーヘッドの攻撃、僕には見切れた。
どうしよう、破る方法はある。でも、今の僕は…」
ギルは顔をくしゃくしゃにする。自分の情けなさには涙を堪える術を知らない。朝の練
習で失敗した時、もっと真剣に取り組むべきだったのだ。
「…ひっ!? ぶ、ブレイカー?」
胸を撫でるような奇妙な感触に、思わず悲鳴を上げたギル。恥じらい隠すかのごとく胸
に当てた両手。
深紅の竜は左手で胸を抱えている。そう、若き主人がその身を宿すコクピットの外殻だ。
本気になれば鋼鉄をも握り潰す握力は、絶妙な力加減を施された。感触がシンクロによっ
て伝えるそれは、素肌の温もり。
「ごめん、わかった。必ず、決めてみせる。僕を信じて!」
いつしかギルの胸中に飛来していたのは、真夜中の浜辺で続けた特訓の光景。己が不甲
斐無さに絶望しかけたあの時の気持ちを思い出し、少年は今一度涙を拭う。
「ふん、機獣殺法『カガチ』を受けて、未だ生体反応ありと来たか」
禿頭の老人はコクピット内で舌打ち。魔装竜ジェノブレイカーは川鮫ワッジと相棒ハン
マーヘッド「カッセ」の決めた会心の一撃を喰らってさえ、致命傷には至っていない。
「だが深手は負わせた! 次の一撃でうぬらの最後じゃ!」
水上に漂う濃い霧を海に見立て、悠然と泳いでいた鉄色の鮫は今一度大河に身を投じた。
水柱と共に発せられた怒濤の勢いは瞬く間に泡を纏い、紺の大河を銛のごとく貫いていく。
必勝期した川鮫ワッジ。ギル達主従が選ぶ起死回生の一着は如何に?
(第三章ここまで)
【第四章】
光彩揺らぐ水色を天井に、潜行する鉄色の鮫。川の上は濃霧が蔓延しているが、それで
もブルーレ川の深い底よりは明るい。
目標たる深紅の竜は川底へ真っ逆さま。暗い背景にくっきり浮かび上がる体色の鮮明さ
も、着々と紺の闇に呑み込まれようとしていた。だが翼を大の字に広げた竜の体はぴくり、
ぴくりと動き始めている。
鉄色の鮫は魚雷と化した。背負ったブースターから噴出する泡の軌跡は水中の飛行機雲
か、瞬く間に竜の脇を追い抜いていく。早々に川底まで先回りすると竜に向けた武骨な背
中。…ブースター二基の接続された辺りから尾ヒレに掛けて、彫り込まれた三個二対の幾
何学模様。否、それは鉄の槍を収めた蓋の列。機械の華麗さと共に次々と開き、かくして
射出された必殺の刃が描く泡六条。
「…来た! ブレイカー、行くよ!」
待ってましたとばかりに天井を向く深紅の竜。二枚の翼を折り畳み、全身をくねらせる
と軽快に泳ぎ浮上していく。
逃げる竜。追う鉄の槍が六本。それを確認した鉄色の鮫は首を持ち上げ、自らも浮上を
開始。…機獣殺法「カガチ」の極意はたった一匹で挟撃の体勢を作ること。神速が持ち味
の魔装竜ジェノブレイカーといえども水中では並みのゾイド。分の良いハンマーヘッドが
この技を決めるのは容易い。
「機獣殺法『カガチ』は不敗じゃ! もう一度喰らえ、ジェノブレイカー!」
水面目指す深紅の竜を、追い抜き浮上した鉄色の鮫。先程と全く同じ局面だ。
鮫に続き深紅の竜、浮上。荒々しく飛沫立てると共に翼を水平に伸ばし、姿勢をT字バ
ランスに戻すと早々に身構える。翼の内側から双剣、展開。頭上には、既に鉄色の鮫が首
傾けて待ち構えている。
老獪、悪らつな笑みと共に、しわくちゃの指がボタンを押す。それを合図に開放された、
鮫の金槌頭。射出される鉄の槍は右側二本、左側二本。
続けざまに水面から浮上した六本は、川底から追って来たもの。弾け乱れる飛沫。白条
の檻が竜を包囲せんとホオズキ状の檻を形成し始める。
「やはり、十本!」
腹の底から息吐くギル。全身の力みを無理矢理に抜きつつ。
竜の頭上へと襲い掛かる四本。
「一、二!」
近付くより前に、振りかざされた翼の刃。まずは槍二本を左翼、右翼と薙ぎ払う。
「三、四!」
薙ぎ払われた二本が彼方へ飛ばされ爆発する中、突っ込んで来た次の二本は爪長き両腕
で捌き。
「五、六、七、八!」
爆風に継ぐ爆風をかいくぐり、竜の腹部へ襲い掛かる鉄の槍は六亡星の包囲網。しかし
その時までには構え直した翼の刃。左後ろ、右後ろと薙ぎ飛ばせば、左前、右前は左右の
爪先で回し蹴って槍を側面から吹き飛ばし。
「九、そして十っ!」
懐寸前にまで飛び込んで来た二本。右の肘で一本を払い除け、その勢いで鶏冠六本の内、
左三本を噴射。体ごと時計回りに円を描き、左から飛び込んだ最後の一本は尻尾で横薙ぎ。
弾き飛ばされ、暴発する鉄の槍目掛け、今一度浴びせかけた鶏冠の噴射。同時に頭上目掛
けて首伸ばし、翼広げて全身身構えれば、槍の爆風を壁とした一気呵成の加速が実現。
爆煙と蒼炎背負い、鉄色の鮫目掛けて狙う、深紅の竜の体当たり。
「馬鹿な!? カッセ、全弾撃ちまくれ!」
鮫の頭部やヒレに備え付けられた銃器が火を吹くが、加速する竜の前には狙い定まらな
い。若き主人の四肢や頬に再現された傷でさえ引っ掻き傷程度。しかしそれは時間稼ぎ、
開き始めた鮫の頭部左右の金槌。
竜が、少年が、吠えた。鋼と鋼の激突は霧も水面も震わす程に轟き、かくて肩口から体
当たりを浴びせた深紅の竜。鉄色の鮫が圧力で吹き飛ばされるよりも早く。
「ブレイカー、魔装剣!」
肩口からの体当たりはこれを決めるため。頭部の鶏冠が前方に展開、必勝の短剣振りか
ざしつつ、鮫の懐目掛けてしなる首。鮫の首と胴の接合部に短剣突き立て。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
魔装剣を抜き払うと溢れたエネルギーのほとばしり。それが糸を引いたのは、鉄色の鮫
がブースターの炎を失い、水面に落下したから。
立ち上った水柱は今日何度目か。それが収まり波紋と化すと共に、浮かび上がった鉄色
の鮫は痙攣を繰り返すがそれも長くは続かなかった。
「カッセ、どうした! 我らが勝利は目の前じゃぞ!」
老人はレバーを何度も振り絞るが、鮫としては長年付き従った主人の命令といえどもこ
ればかりは聞けなかった。必死で応えようとしていたのは明らかだったが。
鮫の痙攣が収まり、水面で横倒しになったまま鉄色の鮫は動かなくなった。深紅の竜は
依然濃い霧漂う天を仰いでひと吠えし、若き主人は肩で大きく深呼吸した。
「やるじゃん、兄ぃ」
堤防に張り付いて身を潜め、首だけ出した鉄猩アイアンコング「ガイエン」。フェイは
よりにもよって、コントロールパネルに両足を投げ出している(流石に靴は履いていない
ものの)。この赤茶けた髪の美少年、両腕広げて大きく背伸びするとどっかと座り直す。
一方、狼機小隊の面々は呆然たる表情で各自の目前を見つめている。
「馬鹿げた攻略法だ…」
忌々しげに吐き捨てたのはクナイ。それを聞き付けたデンガンがたしなめる。
「いやクナイよ。機獣殺法『カガチ』を破る上でこれは十分、あり得る手段」
「そういうことだ。俺とテムジンでも似たようなことをする。それより、問題は…」
銃神ブロンコの声を合図に濃霧に包まれた影六つが一斉に、同じ方向を睨む。ぎらり、
浮かんだ機獣の眼光。
息をどうにか整えたギル。少々焦り気味なのは、これより後のことが想像つかないから
だ。やがて意を決すると、若き主人はマイク伝いに言葉を紡ぐ。
「僕達は、もう行きます」
悔しいが、今のギルにはそう言うのが精一杯だ。ひたすら己の夢を追求して来たこの少
年は、使命に燃えて襲い掛かる彼らに対し、どんな言葉を投げかければ良いのか未だに答
えらしい答えが見つかっていない。…又も彼ら主従を巻き込んで、自決を目指すのかも知
れぬ。それは理解し難いことだが、今の彼は大事な仲間のためにも下手なことはできない。
翼を数度はためかせると竜はくるり、踵を返した。主従が向けた視線の彼方に、砂利の
岸辺が見える。…しかしこの時、霧の中に谺した声。それは勝者を無理矢理にでも釘付け
にしようとした敗者の断末魔。
「ブロンコ様、無念であります。願わくば、我に最後の使命を!」
まさかと、息を呑んだギル。身構え、翼を前方に展開した深紅の竜だがそれは無意味な
動作だった。
岸辺の先、堤防の上から発せられた一条の光。ブルーレ川の水面を抉り、瞬く間に鉄色
の鮫を貫く。
「惑星Ziの、平和のためにぃ!」
一気に赤熱化した鮫が、爆発するまでにものの数秒も掛からなかった。水柱、吹き飛ぶ
破片、そして爆風。不意の一撃にはさしもの深紅の竜も対処のしようがない。背中から押
され、慌てて鶏冠六本を点火した竜だが姿勢制御もままならず、結局は体ごと吹き飛ばさ
れる。コクピット内では拘束具でしっかり固定されている筈の若き主人も滅茶苦茶にシェ
イクされ…。
岸辺に頭を叩き付けた深紅の竜。そのまま前転二度、三度。ようやく受け身をとって仰
向けになると、竜は肩で何度も息をするが、それは主人も同じこと。
「…又、処刑かよ」
やり切れない気持ちを隠すべく、ギルは汗まみれの両掌で顔を覆う。だが流れ出る感情
は、少年の気持ちをさらけ出すべく頬を伝うのを止めない。理不尽は、又しても一命を奪
った。
「破れた戦士が処刑されるのは当然だ」
濃霧の中から浮かび上がった影、一匹。純白の四脚獣。洗練された五体に背負った二本
の武骨な銃身には見覚えがある。そうだ、やはり敗北した破戒僧グレゴルを遠方から狙撃
し処刑したあのゾイドだ。深紅の竜は透かさずその身をひっくり返すと翼は水平に構え、
両腕は前方で交差。不意の銃撃を防ぎつつ、いつでも反撃に転じられるようにするためだ。
その上でようやく片膝立てる。
「ま、負けたら又頑張れば良いじゃあないですか!」
「暗殺の任務は君の人生のように上手くは行かないのだよ。弱点を晒した者に戦士として
の価値など欠片もない。
そう言えば君と面と向かって話すのはこれが初めてだったな。俺は人呼んで銃神ブロン
コ。これなる相棒はテムジン。お初にお目にかかるよ、ギルガメス君」
砂利を踏み鳴らしつつ、姿晒した王狼ケーニッヒウルフ「テムジン」。…いや、この場
にいるゾイドはそれだけではない。よく目を凝らせばテムジンの右から、左からうっすら
影が浮かび上がる。気配は真横からも、背後からも。砂利音がそこかしこから聞こえた時、
ギルはようやく悟った。包囲されている。
「水の総大将殿はお怒りだ。B計画を阻止するために、君たちには今度こそ死んでもらう。
行け、狼機小隊!」
途端に谺した狼達の遠吠え。身の毛がよだつ殺気に、遅れ取るまいと残る片足を起こし
た深紅の竜。だが身構えるよりも早く、背後から急接近する突撃の足音。竜が、少年が振
り向けばそれは既に目前。瞬く間に飛翔し、右前肢を振りかざしたのは黒い体皮の上に、
竜より鮮明な赤色の鎧を纏った狼。体格はブロンコの相棒とほぼ同じだが、背負った箱は
右に長刀、左に短刀が折り畳まれたまさしく二刀流。装甲に覆われた頭部の内、額にはキ
ャノピーが広がっている。搭乗するのは弁髪の巨漢。
「我は狼機小隊『一の牙』デンガン! 剣狼ソードウルフ『アルパ』の刃、受けてみろ!」
このまま右前肢を振り降ろされれば如何に竜が纏いし鎧といえども只では済まない。透
かさず地面を一歩蹴って後退するが、そこでデンガンが見せた不敵な笑み。
バックステップした深紅の竜を狙い済ましたかのように、狼の背負った右の長刀が前方
に向けて展開。切っ先は丁度竜が後退した辺りだ。…謀られた! 咄嗟の判断でレバー引
き絞った少年、応じて深紅の竜が両の翼を頭上に展開。だがそれすらも、この巨漢主従の
計算内。渾身の剣技をどうにか受け止めた竜だったが、跳躍によってのしかかる重力は防
ぎ切れず、あっさりと片膝つく。
「さあ皆の者、我に続け!」
デンガンの檄を合図に、狼達が次々と濃霧の影から現れる。次は濃い緑色したやけに体
格小さな狼だ。長い尻尾は刃そのもの。そして何より胴体の作り。黒色と銀色の立方体群
が連なって出来たそれはまさしく人造ゾイド・ブロックスだ。視線に狂気孕んだ少年が吠
える。
「狼機小隊『二の牙』クナイだ。これなる相棒は忍狼ジーニアスウルフ『ヴィッテ』!」
体格に似合わぬ跳躍力の狙い目は深紅の竜の喉笛だ。右腕で薙ぎ払おうとするが、却っ
て捕まれ、伝われる。残る左腕で懸命に払おうとするが、今度はその長き爪に噛み付いて
離れない。
圧倒的劣勢を更に追い込む無数の光弾。獣達の攻防を中心に二手に分かれ、竜の左右か
ら銃撃浴びせる狼二匹。目前の剣狼よりは小さな体格ながら、敏捷さには見劣り無し。一
匹はくすみが掛かった白い体色、もう一匹は光沢鮮やかな紺の体色。白き狼は背中に機銃
二門、右足に矢尻を備え、紺の狼は背中に長尺の大砲二門を備えている。
「神機狼コマンドウルフ『ゲムーメ』と『ゼルタ』!」
「我ら狼機小隊『三の牙』ザリグ、『四の牙』マーガ!」
双児の美青年が名乗り上げた時には既につけた、絶妙のポジション。ワッジ戦で受けた
傷口目掛け、非常且つ正確に放たれる光弾、無数。ダメージは遂に若き主人の身体にも反
映。ゆりかご機能で閉じかかっていた傷が開き、流血を再開していく。
最後に躍り出た狼は鮮明な緑色。神機狼とほぼ同体格、なれどこちらはやけに武骨。腹
部には得体の知れぬ車輪が自転車のごとく収められている。しかし敏捷さに開きなどなく、
身動き取れぬ深紅の竜目掛けて一気に疾走、そして跳躍。その最中に折れかけた襟を正す、
猫背の男が見せる余裕。
「狼機小隊『五の牙』ジャゼン。重騎狼グラビティウルフ『プシロイ』の秘技だ」
翼も両腕も封じられた竜の背中に飛び乗るのは容易い。だが緑色した狼の技はこれから。
竜の背中には「口」がある。空気中の荷電粒子を取り込む口が。
狼の胸部。車輪支える基部が、下方へと展開。地表ならばまさに車輪として使われる筈
の円盤は、竜の口をこじ開けんとするノコギリ二枚と化した。濃霧に響く悲鳴は金属を削
る音。思わぬ異物の混入にはさしもの竜も悲鳴を上げる。それを反映し、身を反り返して
苦しむ少年。だが彼を取り巻く状況は、痛み和らげることすら許さない。本来ならば彼を
衝撃から守るための拘束器具が、その行為を妨げているからだ。
かくして鋼の狼五匹、深紅の竜を完璧に拘束。
「見事なり、狼機小隊。チーム・ギルガメスの強さは不屈の闘志にあり。
何度劣勢に追い込もうが透かさず挽回を試みる。ならばその隙、与えなければ良い」
身構えた、テムジン。後頭部から前方に覆い被さったスコープは、正確無比な射撃を達
成するためのもの。背中の銃身二本が見せる細かな動きは、竜達主従の腹部に狙い定め、
射抜くための最終準備。
「今度こそ、終わりだ。安らかに眠れ!」
狙い定まった照準。満を持してトリガーを引かんとする銃神。だが彼には大きな誤算が
あった。…彼より約一秒も早く、トリガーを引いた者がいたのだ。
光弾が二発、三発。何処からか放たれたそれはテムジンを、狼機小隊の面々を思いのほ
か正確に狙撃。見事に射抜く筈だった弾丸は竜達の頭上に逸れ、虚しく光の軌跡を残す。
獲物の包囲に失敗した他の狼達は何事かと射出された方角を睨みつつ、目前の竜と間合い
を確保。
「む。熱源、なのか?」
モニター睨むブロンコ。しかし認識はあっさりと覆された。たちまちレーダーに具現化
した紋様はまさしくゾイドの体温。出現した方角を見上げれば、両腕高々と持ち上げつつ、
濃霧切り裂き飛び降りたそれは鋼の猿(ましら)。
「待て待て待て待て、待てぇい!」
スピーカー越しに怒鳴り付ける主人の声と共に、軽快に走る。上半身を屈めて両腕を後
方に伸ばす「影走り」の姿勢に、狼の群れは予想外の新手を確信。一斉に銃撃を開始する
が、猿(ましら)は左右且つ小刻みに揺れて光弾の雨を寸前で見切る。たちまち竜の付近
まで躍り出ると豪快に振り回した両腕。風車のごとき一撃にはさしもの狼達も竜から離れ
ざるを得ない。包囲体勢は維持しつつ、小さな円が転じたそれは大きな広がり。
円の中心には傷付き倒れ伏す竜と、それを庇うように両腕を八の字に広げる猿(ましら)
の姿が。
「兄ぃ、何が起こってるのか良くわからないけど、遅くなってごめん」
全方位スクリーンの左方に広がるウインドウは、あの小憎らしい美少年の顔を映してい
た。申し訳なさげに両手を合わせている。ぷいと、目を背けたギル。
「…ここから、逃げるよ」
「あ、ああ、わかった。で、こいつら一体なんなの?」
「知るか!」
一転、ウインドウを介して吐いた罵声。拝んでいた美少年は溜まらずその手で耳を塞ぐ。
「な、なんだよ薮から棒に!」
「話しは後。…僕よりランキング、高いんだよね?」
美少年はガキ大将の笑み浮かべて親指を立てた。
一方、狼達はジリジリと間合い詰める。
「まさか彼の地で『影走り』を拝めるとは思いもよらなんだ」
「気をつけろ、あのアイアンコングは相当な手練。もう一度、1?1?2?1か?」
驚くデンガン、警戒を促すブロンコ。奇妙な数字の羅列は仕掛ける匹数と順序を表す。
「いや、2?2?1で行かせて下さい」
進言したのはクナイ。見れば彼の相棒は正体随一の小柄にも拘らず、今にも飛び掛から
んといきり立ち、何度も後肢を蹴り付け合図を待っている。
「良かろう、2?2?1だ。まずはアイアンコングに手傷を追わせろ」
「了解!」
そう叫ぶが早いか、早々に疾駆を始めた濃緑色の狼。赤い狼が慌てて後に続く。
「馬鹿、逸るなクナイ」
「デンガン様こそ遅れるなかれ」
小僧、生意気なと舌打ちしつつ、内心笑み浮かべるデンガン。目前の獲物に最も年齢近
い少年暗殺者が見せる闘志に、一層の成長を期待せずにはおれない。
剣狼が、忍狼が、空に舞う。巨大なる鋼の猿(ましら)をも飛び越す跳躍力は、濃霧を
掻き分け見事な放物線を描く。
鋼の猿(ましら)はその軌道をじっと見つめるばかり。だが二匹の狼が放物線の頂点に
達した時、遂に起こした挙動は奇妙。…背中に、右手を回す。
「ミサイルを握った!」
「投げ付けるのか!?」
右手で引っ張り上げた剥き身のミサイルが引き抜かれた時、その場に居合わせた誰もが
見掛けで判断する危険性を感じた筈だ。ミサイルの噴射口と思われていた部分に穴はなく、
代わりに繋がれていたそれは鎖。
たちまち薙ぎ払われた狼二匹。透かさず受け身取って立ち上がるが、主人達は猿(まし
ら)の獲物に目を点にする。長い両腕で背中から引き抜いたものを持ち直してみせた猿
(ましら)。…左右の掌に、一本ずつ真横に収められたミサイルは、それぞれの噴射口部
分が長い鎖で繋がれている。猿(ましら)は左手を離し、右手でこの武器を肩に担ぐ。次
いで振り降ろし、更に引っ張り上げ、又担ぎ。数回繰り返す内に跳ね上がる速度。いつし
か風車のごとき加速を得、悪戯っ子の瞳を輝かせた美少年が勢いで叫ぶ怪鳥音。
「いくぜ! 大根ヌンチャク!」
振り降ろす右腕。美少年に大根呼ばわりされた鉄棒が、唸り上げて狼二匹に襲い掛かる。
跳躍し左右に分かれた二匹を断絶するかのごとく、砂利の岸辺に彫り込まれた楕円形のク
レーター。砂利と濃霧が混ざり合うその間にも、猿(ましら)はヌンチャクを左右に素早
く振るう。今度は狼二匹の足下を捉え、見事薙ぎ払いの成功だ。
「ザリグ! マーガ!」
中断された攻撃をブロンコが促す。怒声が耳に飛び込み我に返った双児の美青年。透か
さずレバーを引けば白き神機狼が低い跳躍で猿(ましら)の喉元を狙う。青き神機狼は高
く跳躍しつつその身捻らせ、猿(ましら)を頭上から射撃。
交差する光弾と牙。だが決して接触はせず、丁度狼の胴幅の分ずらしての攻撃は流石に
双児ならではの連携技。しかしそれすら猿(ましら)の動きを前にしては霞むばかり。砂
利跳ね上げ前転するも、逆さまの状態で動き止めた巨体。残る左腕一本で地面を叩き、ぐ
いと手首・肘・肩伸ばして完成させた片腕逆立ち。
ヌンチャク持った右腕が透かさず上下に、左右に。たちまち叩かれる神機狼二匹。
「洒落臭い!」
残る猫背の男・ジャゼンが忌々しげに吐き捨てれば、ノコギリ抱えた狼が跳躍。さしも
の猿(ましら)も逆立ちでは防御は疎か。不味いと顔引きつらせたが、それは杞憂で済ん
だ。狼の脇から飛び掛かったそれは深紅の竜。翼を前方に展開しての体当たりは渾身。こ
うなれば易々と弾き飛ばす。
着地した深紅の竜。左腕をバネに天地戻した鋼の猿(ましら)。砂利が爆ぜ、気がつけ
ばお互い、背中を合わせている。
「やるじゃん、兄ぃ」
フェイは親指突き立て健闘讃える。だがギルのふんと鼻を鳴らすと又もウインドウから
目を反らした。少年の、軋む奥歯。嫉妬、羨望、恩義、疑惑…様々な気持ちがいやでも胸
中に沸き上がり、彼は胸掻き乱したい衝動にかられた。ゾイドを通じて背を預け合いはし
たが、惨めな気持ちは背後に分厚い鉄壁を感じずにはおれない。
「…囲み、突破しよう」
ギルの一声に待ってましたと頷くフェイ。だが少年が声をどうにか、腹から絞り出した
のを美少年の方は理解しているのかどうか。
翼広げた深紅の竜。双剣を展開し直し、鶏冠六本は既に逆立て、長い尻尾は舵取らんと
繊細にうねる。いつでも疾走を開始する低い姿勢を維持すれば、鋼の猿(ましら)は中腰
になり、右腕のヌンチャクを軽快に回す。残る左腕を後方に引き摺るそれは、いつでも影
走りの姿勢に転ずる準備。
だが敵も去るもの、早々に姿勢を直すと再び維持した包囲網。一斉に唸る狼の群れに、
闘志の衰えなど一向に伺えない。
「三匹ずつ、挟撃だ。どちらかが殿(しんがり)になるのは明らか。まずは片方、叩くぞ」
頷いた狼機小隊の面々。一斉に歩み始めた狼、六匹。砂利音の不気味な規則性に、ギル
もフェイも、次なる突撃を覚悟する。
「…掛れ!」
地を蹴り疾駆、或いは跳躍した狼の群れ。気がつけば完成していた挟撃態勢。竜と猿
(ましら)の脱出は、彼らを薙ぎ払えるか否かに掛かった。二匹が、少年二人が身構え表
情強張らせたその時。
空気弾ける音が数発。たちまち狼達を包み込む爆煙。何者かの攻撃は牽制と呼ぶには余
りにも正確で、狼数匹が転び、残りも慌てて銃声の彼方を睨む。
「貴方達、急ぎなさい!」
堤防の上から急降下するビークルは言わずもがな、蒼き瞳の魔女が駆るもの。後方から
伸びる銃身はAZ(アンチゾイド)ライフル。本来ならば小型ゾイドに搭載される筈の武
器を自在に操り、いとも簡単に狼達の包囲網を解いた。
「フェイ、先に行くよ」
少年の声と共に高々と爆ぜる砂利。翼を水平に広げ、背の鶏冠に蒼炎宿らせつつ深紅の
竜は助走の開始。堤防の坂を一歩又一歩と蹴り込んで勢いと舵を取り、竜は颯爽と滑空、
駆け上がる。目前に魔女のビークルを確認すると伸ばした両手。スイカ大のボールを抱え
るようにしっかり掴み、後は一気に駆け上がれば半ば逃走成功だ。
「わっ、待ってくれよ兄ぃ!」
ヌンチャク二本を右腕で束ね、握ると早々に背負い直した鋼の猿(ましら)。あとは上
半身を屈め、両腕を後方に伸ばして「影走り」を実行するのみだ。竜のように砂利は爆ぜ
ぬが、目に余る程遅いというわけでもないのは前述の通り。猿(ましら)も又竜を追う影
法師のごとく立ち去っていく。
「ブロンコ様、追います!」
宣言したのは二の牙クナイ。相棒を立ち上がらせると早速疾駆を開始しかけたが銃神の
望むところではなかった。
「待て、待たぬかクナイ」
「し、しかし…!」
「単騎での無闇な追撃に勝算は低い。今は部隊を立て直すのが先だ」
地団駄を踏む小柄な狼。そうこう言う間にも二匹のゾイドは濃霧の彼方に消えていく。
確かにこのまま追撃をしても振り切られるのが落ちかも知れぬが、しかしとクナイは目前
のコントロールパネルを叩き八つ当たり。
憎々しげに小柄な狼は遠吠えした。深紅の竜は一瞥するが、知ったことかと向き直しつ
つ、先を急ぐ。
堤防の上を軽やかに滑空し続ける深紅の竜。気が付けば下流には到達していた。旅人達
のキャンプがちらほら見える。それにしても竜の足は早く、はた迷惑だ。何しろ舵取りや
助走のたびにあの太い足で蹴り込むため、高々と爆ぜる土砂の目立つこと。他のキャンプ
を守護するゾイド達が驚き、一斉に頭を持ち上げ見守る始末。もう少し遠慮できないこと
もないが状況が状況ならば致し方あるまい。
全方位スクリーンの向こうに、見慣れたテント二つと薬莢風呂が見えてきた。元々移動
中だったこともあって、仮設トイレや簡易キッチンは見当たらず、資材も特に広げられて
はいない。竜は辺りに近付くまでには既に蹴り込みを止め、翼を前方に向けていく。徐々
に減速し、遂にキャンプの脇で砂塵巻き上げ着陸成功。それにしても、地面に彫り込まれ
た深い傷の生々しさよ。
竜は翼を数度はためかせて息整えると、腹這いの姿勢に移行。両手で抱えたビークルを
そっと地面に置いた。この賢いゾイドは休息の時間は余りないことを十分承知している。
だから腹這いにはなってももたげた首を下げたりなどしない。
「ブレイカー、ありがとう。ちょっと休んでいてね。ギルは大丈夫なんでしょう?」
ビークルから降りた女教師。ゴーグル下げて裸眼を晒すと案の定、まずは片付けが面倒
なテントを畳に掛かる。
後方ではようやく土蹴る音が聞こえて来た。鉄猩アイアンコング「ガイエン」。鋼の猿
(ましら)も流石に追手を振り切ったと安堵したのか、影走りもやや足並み乱れての到着。
「は、早過ぎだってば兄ぃ…」
猿(ましら)の頭部が開く。巨大な掌に乗り移り、地面に降り立った美少年は肩で息し
ていた。気が付いた女教師はテントを畳みながら、ささやかに労いの言葉。
「フェイ君、ごめんね。連中に追いつかれる前にすぐこの場を離れるわ」
「い、いえ…。あ、そうだ、大事なこと…!」
何事か思い出した美少年。小走りに向かった先は腹這いで待機する竜の目前。何のつも
りかと訝しむ視線を竜は投げ掛ける。だがこのフェイという美少年、民家二軒程もある無
敵のゾイドを前にして、何ら動じる様子を見せない。
「ギル兄ぃ、ごめん。本っ当に、ごめん」
竜の胸の前で手を合わせる。これには竜もきょとんとなった。主人の様子を伺うべくピ
ィと軽く鳴き、己が胸を見つめてみるが。
胸の、ハッチが開いた。中から現れた少年の姿に、さしもの慇懃無礼な美少年も息を呑
む。…シンクロの副作用で竜の傷が再現されたギルの身体。ゆりかご機能のおかげであら
かた出血は収まっているが、純白のTシャツに染め込まれた痕跡までも消し去ることはで
きない。今だ呼吸落ち着かぬまま、ふらふらと降り出るギル。危なっかしさには相棒もハ
ラハラ。ピィピィ鳴きながら見守り、両手を彼の脇に添える。
孤高の少年は真一文字に口閉ざし、只ひたすら目前の、背の高い美少年を見上げていた。
「あ、あいつら一体、何者? 随分悪そうに見えたけど…」
フェイの言葉にピクリと、ギルの口元が歪んだかに見える。
「…水の軍団、らしい。因縁つけられて、迷惑してる」
「ああ、そうか、そうなんだ。あれが噂の…。それは確かに迷惑だよな。
わかった。ギル兄ぃ、旅する間、力になるよ」
掌の汗をズボンで拭き、すっと差し伸べたフェイ。ギルの円らな瞳は瞬きもせず、睨む
ように美少年の涼しげな瞳に視線を投げかける。
まるでそれが大事な決断の合図であるかのごとく、ギルは意を決し、力強い動作で握手
に応じる。比類なきゾイド二匹の主人が交わした共闘の誓い。
「ギル、フェイ君。もう少し掛かるから休んでいてね」
「あ、はーい。じゃあ兄ぃ、僕は行くよ」
美少年は颯爽と黒いジャンバー翻し、相棒の元に駆け寄っていく。
だが少年の方はじっと、彼の姿を目で追うばかり。
「ギル? 貴方も戻りなさい」
少年は答えない。
「もう、どうしたの?」
「…いいえ」
視線を合わせず、踵を返そうとした。だが振り返る瞬間、女教師は確かに見た。愛弟子
の腫れた目許、潤んだ瞳を。
とぼとぼと、歩いていく少年の頭上にすっぽり被せられたバスタオルは日なたの温もり。
思わぬ不意打ちに立ち止まった少年。いやそれより彼を驚かせたのは、両肩に添えられた
指のしなやかな感触だ。
「よく我慢したわね。戦闘も…彼のことも」
バスタオル越しに、少年の耳元に顔を近付けていた彼女。
(疑うことに、負けないで。辛いだろうけれど)
囁いた女教師はくるり、向き直すと元のきびきびとした挙動で片付けに戻る。…向こう
には畳み掛けのテントが、そしてその先には鋼の猿(ましら)の姿。立ち止まることなく
凝視する彼女。今、少年の気持ちを代弁するにはそれで十分であろう。テントの辺りに戻
るまでには視線をサングラスで覆い隠した。
数秒、立ちすくんだ少年はバスタオルを被ったまま、相棒の元に駆け寄っていく。ピィ
ピィと心配そうに鼻先近付ける相棒とは念入りにキスを交わし、再び胸部コクピットへ。
「ブレイカー、しばらく電気、消しておいて」
着席はしたが、肩に拘束具は降りていない。…暗闇に、少年の啜り泣く声。あのフェイ
という美少年、とぼけた態度ながら彼こそ水の軍団の刺客かも知れない。友達面してギル
達に近付き、疲弊した頃合を狙って一網打尽にする…。そう、疑いたい。疑いたくて仕方
ないのは、今日の余りに出来過ぎた救援の仕方があればこそ。なじりたかったギルは、し
かしそれでも我慢した。もし彼が刺客でなかったら、彼の罵声はフェイをいたずらに傷付
けることになる。家出した自分を少しも疑わず、受け入れてくれた相棒や女教師のことを
思えば、それはできない。でも、ではもし彼が刺客だったら…。
バスタオルにほんのり漂う女教師の残り香。少年はすがりつきたい気持ちをこの布切れ
一枚に託すしかなかった。
「ばれちゃったかな…」
呟くフェイは、軽快にコントロールパネルを弾く。モニターの向こうで起きた師弟のや
り取りを横目で見つめながら。
その、映像が切り替わった。
「どうした、フェイ。定時連絡までは随分、時間があるぞ」
声の主は黒のタートルネックを着た、義眼の優男。低く抑揚の無い声を、筆者も読者諸
君も既に耳にしている筈だ。
「すまない、レガック兄ぃ。しばらく連絡できなくなりそうでさ」
「…接触、出来たのだな?」
「まあね。でもって、水の軍団にも早速ぶつかっちまった。…驚いた、狼機小隊だよ」
「それはそれは…」
心無しか、レガックの声に抑揚が感じられる。そもそもフェイを前にした時には表情に
生気が宿っているのだから不思議なものだ。
「でさ、兄ぃの予想通り、あいつアンチブルの新人王戦に向かうってことだから。ついて
いって任務遂行するよ。魔装竜ジェノブレイカーを操る若き英雄ギルガメス! 見事誕生
させてみせるさ」
「うむ。頼んだぞ、フェイ」
「任せてくれよ、兄ぃ。あと報酬の件だけど、ヴォルケン様には改めてよろしく伝えて」
優男の義眼が細まる様子は案外、貴重かも知れない。
「…お前、本当に本気なのか」
「うん、本気も本気。もう告白したし」
吹き出した義眼の男。口を押さえ、腹抱えて笑い出す。
「何だよ兄ぃ、こっちは真剣なんだ…。正直、じかに話してみて胸がときめいたよ。彼女
は最高の姉さん女房になる。
どうせ英雄ギルガメスが誕生したら、彼女は必要無くなるんでしょ。だったら僕にくれ
よ。よろしくお願いします、この通り!」
「ああ、わかった。頼んでみるさ。…それでは獣勇士フェイ・ルッサよ」
言ったレガックも聞いたフェイも、たちまち表情を強張らせる。
「必ずやチーム・ギルガメスを守れ。…ガイロスの翼!」
「再びはためく、その日まで!」
モニター越しに宣誓の拳を合わせる両者。
「ではアンチブルで落ち合いましょう。獣勇士筆頭レガック・ミステル殿」
交わした敬礼を合図に、途切れた映像。フェイは脱力し、座席にもたれ掛かった。
依然、腹這いになったままの狼達。赤い狼や白い狼の肘や膝は、リミッターの回転テス
トが何度も繰り返されている。この器官が機能しないと、ゾイドが全力を発揮する際その
部分に余計な負荷が掛かり、最悪の場合自壊する。現象が確認された場合、戦闘中でなけ
れば是非調整したいところだ。
「…よし、正常な回転を確認した」
「こっちも大丈夫だ」
狼機小隊の一同は胸を撫で下ろす。こうなったのも、魔装竜ジェノブレイカーを援護す
る「蒼き瞳の魔女」が放った銃弾のおかげだ。あの射撃は正確過ぎた。被弾箇所によって
はリミッターが吹き飛ばされており、予備が必要となったのだ。それ自体は常に携行して
いるから良いようなものの…。
「わかったか、クナイ。こういうこともある」
狂気孕んだ少年に、銃神が諭す。
「はい、ブロンコ様。でも、悔しいです。あと一歩のところで…」
「それは俺達も同じことよ」
口々に言い放つ小隊の面々。この時、鳴り響いたアラーム音は王狼ケーニッヒウルフ
「テムジン」から発せられたものだ。表情引き締まり、背筋を正す一同。
「狼機小隊諸君。首尾は如何」
一同を代表して一歩前に出た銃神。
「はっ、水の総大将様。先程交戦しましたが、思わぬ妨害を受けました。これから追撃
を再開します」
「思わぬ…妨害?」
「アイアンコング一匹ながら、相当な手練です。得体の知れぬ武器に不覚を取りました」
「…諸君らを翻弄し得るアイアンコングなら、心当たりがある。シュバルツセイバーだ」
一同、納得の表情を浮かべる。
「彼奴らも又、B計画の恩恵に預かろうというのでしょうか」
「わからない。だが魔装竜ジェノブレイカーを配下に収めるだけで十分かも知れぬ。連中
にとっても特別なゾイドだからな。
ともかく、シュバルツセイバーが手を貸したのなら急がねばならぬ。彼奴らの手に渡る
前にチーム・ギルガメスを潰せ! 惑星Ziの!」
「平和のために!」
声揃え、宣誓した六人。高々と上げた右腕にはそれぞれの得物が握られている。長刀、
短刀、分銅、鉄串、鞭、そしてAZ(アンチゾイド)マグナム。
大分霧は晴れ、代わりにぼやけた夕焼けが堤防の向こうに燃える。宣誓した六人の様
子は影となってくっきり浮かんだ。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスを追撃する狼達は、この世の習わしに翻弄されるのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 心無き獣の仕掛ける罠は…!
次回、魔装竜外伝第八話『裏切りの戦士』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第七話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)70-83 (第二章)84-84 (第三章)95-105 (第四章)106-120
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「よう隊長!元気?」
「デモン少佐!こんな時に今まで何をしていたんだ!」
「昼寝してた。」
「な・・・。」
デモン=ディネス少佐。ディガルド辺境方面軍きってのエースパイロットである。
ディガルドは一人一人の個性を押し殺し、軍団全体での画一性を優先する傾向が強いが、
その中にあってデモン少佐は特異な存在だった。先の昼寝発言や上官を敬わない言動など、
問題行動が多い。しかし、一度戦いに出れば数々の功を上げており、彼の活躍に救われた
機会も少なくない為、不思議と皆逆らう事は出来なかった。
「なあ隊長よ。あのゾイド・・・。もしかして“滅びの龍”じゃねーのか?」
「滅びの龍?何だそれは・・・。」
「以前軍本部の資料室で見た事がある。だが、形は似ていても大きさは全然違う。
俺が資料室で見た資料によると滅びの龍は山の様に巨大だったはずだ。しかし、アイツは
50メートルも無い・・・。完全に別物なのか?もしくはその亜種か?だが・・・面白い!」
そう言うとデモンは駆け出した。それを隊長が呼び止める。
「何処へ行くデモン少佐!撤退命令は既に出ているのだぞ!」
「ならば俺がしんがりに出よう!それなら問題はあるまい!」
「う・・・。」
そう言ってデモンは立ち去り、隊長もそれ以上何も言えなかった。
ディガルド軍は撤退して行くが、ミスリルは去る者は追わなかった。敵が生存して本隊に
自分にやられた事を報告すれば、敵はまたこちらにやってくる。そうすればそれだけ村
から連中の目を反らす事が出来ると彼女は考えていた。
「ま、これからが大変だけどね・・・特に私・・・。一体何処に行こう。」
ミスリルはこれからの事を考えて不安な面持ちで正面のパネルに寄りかかっていた。
と、その時だった。ふと前を見ると、一体のバイオゾイドが大龍神の正面に躍り出ていた。
「あらら?何か面白そうなのが出たね〜。」
目の前のバイオゾイドはそれまで戦っていた物とは全く違っていた。確かに基本的形状は
バイオメガラプトルなのだが、右腕にバイオケントロのビーストスレイヤーを、左腕には
バイオティラノの頭部そのものを盾として装備し、全身にも追加装甲や鋭い角や棘が
あちこちに装備されていると言う実に禍々しい物となっていた。
「やあやあ我こそはディガルド辺境方面軍所属少佐デモ・・・。」
と、強化バイオに乗っていたデモンが名乗り上げを行っていたが、途中で大龍神が
プラズマ粒子砲で吹き飛ばしてあっけなく勝負を決めていたりする。
「ハ〜・・・逃げるなら皆逃げて欲しいよ・・・。」
ミスリルは気の抜けた表情で正面パネルに寄りかかりながら溜息を付いた。が・・・
「オイオイ困るだろ?まだ名乗り上げの途中じゃないか・・・。」
「!?」
その直後、ミスリルは背後に気配を感じ、閉じかけていた目が大きく見開いた。とっさに
後ろを振り向いた時、なんと大龍神の背に乗りかかった強化バイオの姿があったのだ。
「な!?」
「へ〜、意外と可愛らしい奴が乗ってんだ・・・。俺はデモン=ディネス。よろしくな。」
「何で!?あれを避けたの!?」
とっさに大龍神が身を大きく振り、強化バイオを振り払いつつ、超高速の翼チョップで
切り裂こうとした。が、強化バイオはその無骨な形状からは想像も出来ない程のさながら
忍者の様な動きで軽々とかわし、大龍神の上空に跳んでいた。
「コイツの名はバイオナイト。以後よろしくな。可愛いパイロットさん!」
強化バイオ=バイオナイトが口から巨大な火炎弾を発射した。忽ち大龍神に直撃し、
大爆発を起こす。火炎弾の威力もノーマルのメガラプトルとは比較にならない物が
あったが、例によって大龍神のボディーにはこれと言ったダメージは特に無かった。
「おやおや。何て硬い奴なんだい君は・・・。」
デモンは苦笑いしながらバイオナイトは大龍神の正面に着地する。直後に大龍神の前足が
バイオナイトを襲うが、それをすれすれでかわし、カウンターでビーストスレイヤーを
打ち込む。しかし、それもガキンと言う音と共に弾かれた。折れる事は無かったが、
ビーストスレイヤーはバイオナイトの右腕ごとビリビリと振動していた。
「やっぱり硬いか・・・。」
追い討ちで来るニードルガンをかわしつつ、デモンは苦笑いしながら顔を掻いていた。
しかし、ミスリルは内心焦りが見えていた。
惑星Ziには、ZAC歴創始以前より語り継がれる一つの伝承がある。
この星の全ての生命の始まりとされる始原のゾイド、『ゾイドイヴ』が存在するという
内容のものだ。
この伝承が根強く息づいているせいか、ZAC歴にして5000年以上の時が経った今でも
殆どの宗教は『女神』を祀っている。
しかし実際にゾイドイヴと接触した者は、公式記録に残されていない――。
「どう思う、兄さん」
「どうって」
元はデスザウラーであっただろう機体が二機、荒野を疾走する。しかし地に足をつけぬ
ホバーによる悪路の無視はむしろジェノザウラー以降のT-REXタイプのそれだ。
それもそのはず、この二機はデスザウラーと言う優秀な兵器を新たな技術によって
リファインした、正統進化形とでも言うべきものなのだから。
「オリバー・ハートネットだよ! 一番おもしろそうなのに、『ゾイドが完成する前に殺せ』
だなんて……僕は、ちょっとザンネンだなぁ」
武装が少なく、動きやすい設計の“弐号機”は、元々赤であった部分がやや明るいオレンジに
変更されている。そのパイロットの声は――幼い。
そして答える“壱号機”、青いカラーリングで巨大な長距離砲を背負ったもう一機にも
同じく幼いパイロットが乗っている。
「脅威になる前に叩いておかなかったことをあとで後悔するよりは、ずっといいだろ」
にべもなく正論を吐かれ、黙り込む弐号機のパイロット。兄の言葉の意味を痛感するのは、
これから数時間の後である。
「おぉ、これが……」
乗り手となるオリバーさえも唸らせるゾイドが、完成に近付いていた。
原料集めに一週間。パーツ製造に三日。組み上げに五日。世界最高レベルの技師を雇い
前代未聞のスピードで造り上げられた、オリバーの新たな力。
データベースじゃ『クァッドライガー』とか言ったか。
スペックを見せられたオリバーが、めまいさえ覚えたほどの能力。こんなものを扱える
のだろうか。俺は特別な能力者じゃないのに?
ここまで考えて、以前にも同じようなことを考えたと思い出す。ここを二度目に訪れた
日のことだ。
――『一本のナイフであろうと、荷電粒子砲であろうと、使う者がその在りかたを決める』
「そうだな、私もそう思う」
回想がそのまま口に出ていたのか、聞いていたらしいリニアが彼の肩に手を置く。
「アレックスがどうして私財を投げ打ってこれを作ったかわかるか? どうして私がおまえを
必死になって助けようとしたかわかるか? ……お前を信じたから、だ」
「私の財産で能力者の命が救えるなら、安いモンでしょう」
これまたいつの間にか来ていたアレックスもわざとらしく言ってみせる。
自分は期待されている。信頼されているからこそ、期待されているのだ。
「……っ、みんな」
プライドばかり高くて幼稚な俺を。クールを装ってもすぐに泣く俺を。
みんなに頼ってばかりで、友達がいなくなっても一人じゃ何もできない俺を。
信じてくれて、ありがとう。
「世界のため」なんて安いロープレの主人公みたいなことは言わない。
ただ守りたい人がいる。助けたい友がいる。倒したい、敵がいる。
戦う理由はいつも個人的なものだ。――それでいい。
「俺……できる限りのことをするよ」
と、工房の警報が鳴る。続いてエメットの声がスピーカーから飛び出す。
<市街の外から接近する熱源二つ、大型です! ラジオ放送でも聞こえますか――>
即座にアレックスが回線を切り替える。市街の公共放送が敵の正体を告げている。
<……どうやら外壁からの映像によると、デスザウラータイプが二機ということですが……>
「騎士か!」
先日の事件で、市街の防衛戦力は半減している。下手をすればその二機だけで市街を
焼き尽くしかねない。あるいは――
「……堂々と市街へ侵攻してくるなら、ヴォルフガングが動くはずです。あえて市街の
中心部まで誘い込んで、彼に討たせるという手もありますが……」
オリバーが殴られたような顔になった。
「なに言ってる、市民が死ぬ!」
「そう来なくちゃな。外壁で迎え撃つぞ」
リニアとアレックスは各々がゾイドに乗り込む。修復を終えたシャドーエッジとエナジ
ーライガーが飛び出していく。
<お前はそいつの最終調整に付き合え! 未完成で出てこようとか考えるなよ!>
まさに図星、やろうとしていたことを言い当てられると実行しにくいものである。
「ま……未完成で勝てる相手でも無いか」
仲間が彼を信じてくれるように、彼もまた仲間を信じる。今できることといったら
それしかないのだから――。
「……! なんなんです、この雪はッ!?」
「日を追うごとに酷くなってるな……貧弱な骨組みの家は、もう潰れているらしい」
外に出た途端、足を取る積雪に驚く二人。飛行能力があったから良かったものの、そう
でなければ動くことさえままならなかったであろう。
しかしこれでは、クァッドが完成しても戦えないのではないか?
「とりあえず、政府の通常部隊が迎撃に出てますが……能力者でも相手にならないんだ、
彼らじゃ足止めにすらならない」
その言葉どおり、駆けつけてみれば外壁はまるで先日の虐殺が再現されたようだった。
緑に塗装されていたはずの壁は飛び散ったオイルが血のように赤く染め、ゾイドの残骸
があたりに転がる。そして現在進行形で二機のゾイドが虐殺を続けている。
一機は明るい赤、一機は青――形態は確かにデスザウラーに近い。
「なんてことだ、彼らはまだ“剣”を抜いてすらいないのに!」
リニアが独立機動ビームポッド“セラフィックフェザー”を放つ。本来は遠くアウトレ
ンジからの拠点攻撃目的で設計されたと言う武器だが、種類自体は地球圏の戦争で使われ
たというものに酷似している。それが地上でも使えると言うだけの話だ。
驟雨のように降るビームに、敵は一瞬動きを止めた。
「下がってください! 長距離砲撃部隊と、チェーンアーツの出動要請を!」
思わぬ乱入に戸惑う防衛部隊にアレックスが呼びかける。流石に統制の取れた動きで
退きはじめるものの、帰ってくる通信は暗澹たるものだ。
<チェーンアーツはダメだ! この間の事件で死んだ奴が多いし、残りは隔離されてる!>
誤算だった――アレックスの計算が狂う。同時に、自分への嘲笑。
戦力となる能力者の激減を計算に入れなかった。これでは敵を追い返すどころか、市街
への侵入を防ぐことすらおぼつかない。なんて間抜けなミスを!
「せめて……マイナス分は、私が埋めましょう!」
アレックスの身体が、沈む。エナジーライガーの輝きは“能力”発動の合図。
それに呼応して“剣”を抜こうとした騎士の機体は、それができずに戸惑ったようだ。
しかしその一瞬の躊躇いが、天頂より急降下してくるリニアに先制の機会を与える。
「反能力の有効範囲なら……私の優位は動かない!」
限界まで落下スピードを乗せたシャドーエッジの『かかと落とし』が炸裂する。
通常ならデスザウラー級の機体でもまずフレームが衝撃に耐え切れない。しかし赤い方
の敵機は後頭部への直撃に耐え切り、反撃に備えてリニアは距離を開ける。
「やはりな、ラインハルトの機体もそうだったが……」
騎士が使用する、多種多様なデスザウラーのカスタム機。それらに共通する機構がただ
一つ見つかった――『可変機構による二重骨格フレーム』である。
通常の二倍以上の耐久性を容易に実現したこのシステムは、原理こそ簡単だがゾイドの
拒絶反応によってこれまで不可能とされてきた技術である。まして気性の荒いデスザウラー
がそんなものの搭載を許すとは。かといって、『vessels』などのプログラムで自我を焼き
消されたゾイドではこれほどの戦闘力を発揮できまい。一体どうやって――?
<リニアさん、青い方にも注意してください!>
目の前の赤いヤツを観察することに集中するあまり、もう一方からの砲撃を危うく避け
損ねる所だった。気を引き締め、ビームブレードを展開する。
――自分がやられては、敵も“剣”を使ってくる。そうなればアレックスに勝ち目はない。
青い機体は再びアレックスのエナジーと交戦に入った。あちらにも気を配りつつ、まずは
この赤い機体を片付けることにしよう。
赤い方――タイラント・デスザウラー弐号機のパイロット、ポルクスは幼い顔を歪めて
衝撃に耐えた。
直上からの一撃は機体へのダメージこそ軽微なものの、コックピットをダイレクトに揺
さぶられるパイロットとしてはあまり受けたくない攻撃だ。
「このッ! コイツは――コイツの動きは――『完璧すぎて面白くない』!」
奇しくもラインハルトと同じ感想を漏らす。
弐号機が繰り出す爪は掠りもせず、代わりに一発ビームブレードの一撃をもらってしま
った。わずかな衝撃を伴って、コックピット寸前を通り抜けた光の刃は頭部の砲塔を斬り
飛ばす。あと刹那退くのが遅ければ、死。
<相手に乗せられてるぞ! あえて連携を取らずに各個撃破に来たということは、僕達の
戦法の真髄を読んでいるんだ。あるいは、無意識の内に感じたか――>
兄・カストルの声がスッと頭を冷やし、ポルクスは大きく機体を跳躍させる。その先に
はカストルの砲撃を避けながら走るエナジーライガーの姿があった。
「くっ、二対二に持ち込むつもりか?」
空中からの攻撃をいなし、アレックスは距離を開けつつ通信を送る。
<リニアさん、赤い方は格闘特化タイプで青い方は射撃特化タイプのようです。連携を挑
んで来るのであれば、無理矢理にでも崩さなければ危険な組み合わせです>
縦に並んだ敵に対し、横へ散って左右からの攻撃を試みるリニアとアレックス。エナジー
の翼から光が迸り、エナジーチャージャーが最大出力の稼動を始める。
<これは改良型ですが、最大出力ではもって三十分です。それで勝負が決まらなければ
市街戦をやる羽目になります――行きますよっ!>
600km/h超。超高速のトップスピードを維持したままでアレックスは攻撃に出る。
ゾイドと一体になっている今、Gの心配はいらない。問題は上手く当てられるかだ。
すれ違いざまにエナジーウイングで叩き斬らんと突っ込む。が――
炸薬の破裂音とは違う、炎なき爆発音。
「ちぃッ、衝撃砲……!」
衝撃砲は貫通弾や散弾による実体攻撃とも、ビームなどの光学兵器とも違う。極端にエ
ネルギー密度の高い衝撃波に指向性を持たせ、集束して放つ武器だ。そしてそれは敵機の
内部にダメージを与え、あるいは吹き飛ばして間合いを取る用途で用いられる。
青い機体――タイラント・デスザウラー壱号機が放ったのは、極めて口径の大きな衝撃
砲だった。そして体勢を崩した所で、アレックスは迫り来る巨大な爪のビジョンを『視』る。
自分の身体をそうするように機体を思い切り捻るが、直撃は免れえず。
大きく飛ばされ、派手に土煙を上げたエナジーの翼からは眩い輝きが失われていた。
「アレックス!」
叫ぶリニアも彼の様子を見に行く余裕はない。今や、二体の敵は標的を彼女に絞った。
ざらつく通信回線に、場違いな少年の声が割り込む。
<さて、僕たちの連携に耐えられるかな? “ブーストキャンセラー試験ロット01”……
――いや、リニア・レインフォード!>
(続く)
ゼクトールは正直下らない方向に急転直下のベルゼンラーヴェの中の状況に困る。
筒抜けにして半分痴話喧嘩紛いの言動の数々。
その中にちらほらとベルゼンラーヴェのスペック情報が漏れている。
更にはそのスペックには如何足掻いてもスタッグドレイクでは勝て無い…
そんな物もちらほら。
「確か報告書に有った常套手段だな。相手の行動を事前に縛り上げる…
そうして残った選択肢に賭ける相手を悠然と迎え撃つか。
嫌味もここまで来れば清々しくて呆れるしかないな…。」
相手が攻めてこないのなら…当然こちらも攻めないだけの事。
迂闊に突っ込んで来た孫娘の操縦を軽く捌きもう1度海に叩き落とす。
沈んで行くベルゼンラーヴェがゼクトールの目には酷く滑稽に映った…。
当然…この一撃がバハムートを激震させた原因。
マクレガーの起死回生のチャンスを握り潰した元凶で有る事は当の本人は知らない。
「全く…今日はバッドオーメンな日だ!何でこうも問題が山積に!」
またしても仕切り直しとなった現状だがマクレガーの顔に焦りは無い。
これだけの時間が過ぎても相手はこの船を沈めない…
つまりは沈めたくても沈める事ができない訳が或る。
そう思った矢先に艦内に聞こえて来るその会話。
「…マスター。こんな所で孫娘と痴話喧嘩ですか?
相変らずこの手の話に尽きない人だ。くくくくく…。」
呆れ半分安心半分。沈めれない理由がこれなら多分相当長い間大丈夫だろう。
「さて…もう1度始めようか!」
ハルバートを振りかざして走り出すマクレガーに合せ矢の様に跳ぶホムンクルス。
勝負の別れ目に今到達しつつある…。
「ええええええええ!?結局それですか〜っ?」
エクステラの頭には大きなたんこぶ。熾烈な言い争いは喧嘩となり…
その煽りを喰らった形でいま状況は収束する。決めては…エクステラのグローブ。
インパクトポイントに強力なゴムでコートされた超重装甲のビット。
当たり所の問題でエリーゼ、ファイン共にピクピクと痙攣しながら失神していた…。
エクステラはおろおろしながらも…とりあえずベルゼンラーヴェを如何にか為べく、
エリーゼの体を操り人形を直に動かすかのようにして体制を立て直す…。
「ぶうっ!?」
その余りにもなベルゼンラーヴェのポーズに驚きを隠せないゼクトール。
どう見ても…メインパイロットの意識は無い。
力無く重力に靡いている頭部を見れば一目瞭然だ。
更に膝下と肘下がフラフラと惰性で揺れている。
「幾らなんでも…そのノリは却下だ!!!」
スタッグドレイクを矢の如く動かしゼクトールはもう1度ベルゼンラーヴェを沈めた。
「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜…。駄目なんですか〜〜〜〜?」
そのエクステラの非難の声も波間に沈み消えて行くのみだ。
「…やっぱり”上”は漫才になっているわね。」
やっと出撃の準備が整ったギル・マリナー。背に背負ったテンペストブラスター。
双方発掘兵器である。テンペストブラスターは正にビームスマッシャの代わり。
ギル・マリナーの背のその場に見事に収まる形と成って居るのだからしょうが無い。
同じ場所で発見された事も考慮すればそう成るのだが…?
しかし実際は上手くいく訳でもなく本来有った筈の欠損部。
それの詳細と修復にはメリー自身が入隊してから今の今になるまで終わらなかった。
要するに修復し立てホヤホヤと言う事だ。
頭部はツインメーザーの形状が明らかに違い良くある龍の角に成っている。
これで先端から合計3対6門の個別目標にメーザーを発射可能という無茶を熟す。
限界角度こそ有るが前方や後方に自由に発射できると言う点では、
オリジナルを越える性能を持つ。更に威力も元の物と同等の単純3倍。
長い尾には鮫や海豚を思わせる尾鰭が十文字に生えており、足には水掻き。
どう見ても水中戦を考慮した姿。だがバランス取りが大変で、
一昨日まで彼女自身が必死に調製したいた虎の子なのである。
テンペストブラスターは海水と言うよりこの惑星特有の金属イオン過多の水。
それを媒体に放つ超高帯電イオン水鉄砲と言う単純且つ驚異の威力を持つ物。
少々の耐電装備ならその片方一射で内部機構が黒焦げの超兵器に仕上がっていた。
「コイツ尋常じゃないよ・・・。こんな隠し玉があったなんて・・・。」
彼女が取り戻した記憶も全体からすれば断片的な物でしか無く、その為自分自身の力も
完全には発揮出来てはいないと言う点を踏まえても、彼女を圧倒するデモンの強さは人間
離れと言う次元さえ超越していた。
「イヤイヤ本当に硬いな君は。だが、俺は弱点を見抜いたぜ。」
バイオナイトは間髪入れずに飛んで来たプラズマ粒子砲をかわし、大龍神の正面に
躍り出た。と言っても決して踊っているワケではない。
「それは・・・。お前さん自身だ!!」
バイオナイトの狙いは大龍神のキャノピーだった。常套手段であるとは言え、かつて
ギルベイダーもここを狙われてやられたとされる程成功すれば効果のある攻撃。
しかも未だバイオナイトの動きを見切れぬミスリルにはそれをかわせる力は無かった。
「あ・・・。」
超高速で突っ込んでくるバイオナイトに反応する事も出来ずに呆然と見詰めるだけだった
ミスリル。しかし、その時だった。バイオナイトの姿が何かと重なって見えた。バイオ
ナイトなど比較にならない程グロテスクで禍々しい何か。今のミスリルにはそれが何かは
分からない。しかし、不思議と見覚えがあった。そしてさらにその直後、ミスリルの
頭脳であるコンピューターの演算処理速度が急激に上昇。今まで全く見えなかった
バイオナイトの動きがかすかに見えるようになった。それ故に眼前に迫っていた
バイオナイトの存在に気付き、ミスリルは驚嘆する。
「うわぁ!怖い!」
バイオナイトが右腕のビーストスレイヤーと左腕のトリケラの角を大龍神のキャノピーへ
向けて突き込もうとした瞬間、大龍神は首を横に振ってかわし、さらに背中のノコギリを
高速回転させ、バイオナイトの体を浅かったとは言え切り裂く事に成功した。
「な・・・何だと?今までとは動きが違う・・・。」
「私も良くは分からないけど・・・、何かやらなければならない事があったのかも
しれない・・・。だから、ここであんたに負けてられる余裕なんて無いのよ!」
「くっ!」
再び飛び掛るバイオナイト。しかし、今度はミスリルの目にも何とか捉える事が出来た。
そして大龍神の両翼に装備された大型ノコギリが高速回転しながら光を放った。
「斬鋼光輪ビームスマッシャー!」
「何!?」
大型ノコギリから発射された光輪、ビームスマッシャーがバイオナイトを襲った。
バイオナイトは右腕のビーストスレイヤーと左腕に装備したバイオトリケラの頭部を
使用した盾を交差して防御しつつ、空中で身を翻して何とか回避しようとするも、ビーム
スマッシャーの威力の前には威を成さず、容易く両腕を持っていかれてしまった。
「何と・・・。こちらの装甲の防御限界を超える力があると言うのか!?面白い!
だが・・・今日の所はここまでだ。友軍は完全に撤退した。つまり、俺のしんがりとしての
任務は成功したと言う事だ。では、さらば!可愛いパイロットさん!」
デモンは不敵な笑みを浮かべ、そう言うとバイオナイトの全身から煙幕が噴出し、
その煙幕が晴れた時、バイオナイトの姿は完全に消え去っていた。
「あらら・・・。もう何が何だか・・・。」
ミスリルはまるで崩れ落ちるかの様に正面パネルに寄りかかった。様々な事があって
考える暇も無かったが、ミスリルの頭の中には様々な疑問が浮かび上がっていた。
自分は一体何者なのか?大龍神と自分の関係は?今この世界では何が起こっているのか?
あのバイオナイトと言うゾイドと重なって見えたのは何者なのか?そもそも大龍神に
乗り込む前に聞こえたあの謎の声は何だったのか・・・?
「ま・・・良いか・・・。記憶にしても、いつか忘れた頃に思い出すでしょきっと・・・。」
ミスリルはヘルメットを取り、シートを横に倒すとゆっくりと寝転び、すやすやと
眠りに付いた。
一方、撤退した友軍と合流する為、バイオナイトが荒野をひた走っていた。
「ふ・・・ふふ・・・。実に面白い奴だ・・・。奴と相対した時のあのゾクゾク感・・・。俺が初めて
出陣した時以来の衝撃だ。それにあのパイロット・・・何となく俺の好みだ!」
と、デモンが好敵手になり得る存在と出会った事による喜びと、好意に値する様な人と
出会った喜びの二つの意味が込められた笑みを浮かべ、独り言を呟きながらバイオナイト
をひたすら走らせていた。しかし、この男。そんな事言ってミスリルの正体を知ったら
卒倒するんじゃなかろうか?
そして、コックピット内で熟睡しているミスリルに同調したのか、大龍神もその場で
眠っていたのだが、その光景を上空から監視する者達がいた。
「これまた大変な事が起きた物だ。まさかあの“白銀の大龍神”まで目を覚ますとはな。
後は見ての通りだ。ディガルドの奴等また奴に手を出して余計な損害出すぞ。そんな
事されて見ろ!我々に対するレッゲルの納品だって遅れるかもしれん。今の内に何か
手を打っておく事を提案するが・・・。」
「いや、あのまま泳がせておいても良かろう。考えても見ろ。あの“緑色の破壊神”に
対しても現在は手出しを禁じているんだ。ディガルド風情と言っても何時までも
馬鹿の一つ覚えのように攻撃を続けて余計な損害を出し続ける程阿呆では無いよ。
もっとも、あの大龍神が“緑色の破壊神”同様にディガルドに対して積極的に攻撃を
しなければ・・・の話だがな・・・。」
「悠長な事だ。今はそれで問題無くても、あの人形が完全に覚醒したら・・・。下手をすれば
あの人形の方が大龍神より恐ろしいぞ。いつか痛い目にあっても自分は知らないからな。」
その後、大龍神はディガルド武国によって“アンノウン002”と呼称される事になる。
また、ミスリル自身も行く先々で様々な厄介事に巻き込まれるのだが・・・、それはまた
別の話である。
お わ り
「問題は…あのアンノウンLが黙って喰らってくれるか?これに尽きるわ。
ゴジュラスクラスの体躯にダブルソーダー級のホバリング性能…
その気になれば音速越えもやってきそうな相手。
まあとにかく今は外に出るべきね。ギルマリナー発進する。」
ゆっくりとメリーの操作で動き出すギルマリナー。
上部ハッチが展開し注水が開始される…大体外に出るまでは2分程。
ベルゼンラーヴェと違い高さと全長、更に両翼展開の幅。
全てに於いて最高クラスのかさばるゾイドだけに発進は慎重に行われる。
当然の話だろう。
「△□×●dokfiwq!!!」
非常に耳に厳しい断末魔の悲鳴。
マクレガーのハルバートは完全にホムンクルスの中心を捉え…
真っ向唐竹割りと言う程見事に両断。その代償にマクレガーには黒い血。
夥しい量のそれは空気に反応して嫌な臭いを上げる。
素早く反応してそれを拭い取るマクレガー。その体からは白い煙が立ち上る。
「シット!強アルカリ性の溶液かっ!」
その素早い対処が功をそうじて全身溶解の危機を脱するが…
「オウッ!服が!服が!バッドオーメン!今日の運勢は暗剣殺!」
全身を覆う服は異臭という悲鳴を上げながら溶け揮発していく。
古代チタニウム合金の舵輪を掴むと矢の様に衣服のある場所へ駈け出す。
もし誰かカメラマンが居たのなら世にも珍しい元大統領の奇行が納められただろう…。
「さて…何十年ぶりですかね。ここに居るのは?」
暗い空間にスポットライトが当たるように彼と彼の孫娘。
この殺風景な壁。間違い無く嘗て歩いたベルゼンラーヴェの意識の中。
更に向こう側に見える存在。
「よう!数十年ぶりっ!それにしても随分可愛い孫じゃないか!」
本人の方から迎えに来てくれていた様だ。
「いや〜照れますね。でもこう見えて狂暴で…。」
此処での時間の流れは解り切っている。相当長居しても実際には2〜3分長くて10分。
「誰が狂暴ゴリラ女ですって!?」
「なんでそこまで飛やぐがぁあああ!?」
最早問答無用。彼の言葉は大抵間違った意味で取られ、
その結果無為の暴力に屈する羽目になる。今回も例外では無い。
「今日の運勢は…と言うか事女性の関係する事に関しては暗剣殺ぉぉ!?」
ファインはもう諦めていた。そう…もう彼にとってはこの程度小さな事だ。
「…とここは?」
漸く現実を直視してこの状況に戸惑うエリーゼ。そこに語りかけるのは…
「さて…如何するね?」
人を模した獣は特にこの状況を気にする事無くエリーゼに問う。
「如何しようか?」
質問に質問で返すエリーゼ。状況が読めない時にはとりあえずボケる。
これがエリーゼの会話の仕方。何も分からずこれを聞けば間違い無く…
疑問符の流星が脳内宇宙を舞うことになるだろう。
遠く戦況を見守る影。それは月の光を纏い薄く儚く輝く。
だがその輝くき裏腹にそれ自体の姿は力に充ち溢れている。
荒立つ海の水面に四肢を置きそれを足場としている異質な存在。
揺らめく鬣を全身に湛え容易にそれの中味が伺い知れない状態。
それはじっと目の前の状況を伺うのみ。今は手を出す気はさらさら無いと言う所だろう。
「動くに動けん…ベルゼンラーヴェを沈めたのは失策だったか。」
静かに揺れる水面を覗きゼクトールは呟く。
目の前に敵が居ない。本来なら正に我が時来たりと言った所だろう…。
だが敵を完全に排除したわけでもないのでそこが深刻な問題となってしまっている。
巨大な不安という枷。次の瞬間ベルゼンラーヴェが水中から跳び出して、
無防備なスタッグドレイクの更に無防備な部分を貫きかねない…。
先を読もうとすれば読もうとする程に数々の可能性が予測出来る。
相手が戦闘に置けるタブーを平気で冒す魔術師達とその相棒たる呪装ゾイド。
幾つもの選択がある時に有り得ない選択から切り捨てるのが常識と言う物。
それが無い相手がどれだけ恐ろしいか?
それを知らない者や知ろうとしない者にはこの場で生き残る事ができない。
逆に知る者や知ろうと足掻く者も同じく度を超えれば変わりない状況である。
バハムート内部。マクレガーは自らの駆るパープルオーガの隣り…
そこにゼクトール達の求める”それ”が有る事には気付いていない。
何とか着る事ができる服を見付け着替えている際にもそれは目の前に見えている。
しかし何故それが求められているか?そんな事は当然知らない。
そこに有る長大な爪。錆色に燻んでいるがそれは微妙な瘴気を放っている。
「?寒気がするな…だがこう言った船だ。この瘴気も艦内の空気なんだろうな…。」
過ぎたるは及ばざるが如し。正にこの言葉が今のマクレガーには良く似合う。
彼は舵輪を持つともう1度艦橋へ走る。
「質問に質問を返すとは。まあ良いか…とりあえず貴様の祖父はこう言いたいのだ。
私を本当の意味で操るという事は逆に貴様の命運を私に預けると言う事だとな。
当然私の方は一行に構わん。寧ろ大歓迎!
コイツが逝ったら私の体を整備する存在が居なく成ってしまうからな。
後は…貴様次第だ。だが中途半端で場当たり的な行動なら止めておけ、
私を棺桶に火葬されるだけだ。」
ベルゼンラーヴェはファインの首根っこの辺りで腕を回し抱き込んでエリーゼに言う。
しかしその脅しにしか聞えないそれを以てしてもエリーゼは止まらないらしい。
「絶対に許せないの…!それに奴等の手掛かりを持って居るのは同じエンブレム。
それを持ってる機体だけ。保護区のゾイドを無意味に刈り取った奴等。
この手で殴ってやらなきゃ気が済まないのっ!」
青く若く熱い正義。物凄く危ういがそれは神聖で犯す事のできない正しき怒り。
「了解した。見習いと言う事で良しとしよう!頑張れよ。新人!」
その世界は揺らぐように消え失せて行く。
「ああ!良かった…てっきり殴り殺しちゃったかと心配しましたああ…。」
ろくでもない事を言うアンドロイド。言葉こそ悪いがその顔は大泣きの状態。
「大丈夫!エクステラさん。今度は何とかしてみせるから…って?えっ?」
エリーゼが驚くのも無理は無い。気が付いた彼女の体は元々着ていた服を着ていない。
黒一色の大きな肩当てを身に付け体には同じく墨を流したような黒にアクセントとして…
一部金糸と銀糸の刺繍をあしらった法衣を身に着けていた。
「それって…バリアローブ!エリーゼさん!凄いですよっ!」
この色合いこそ地味だがデザイン自体はかなり派手なそれを見てエクステラが驚く。
「ふ〜〜ん。見習いだの止めろだの言っていた割には…
奴もノリノリだったみたいですねぇ〜。」
ファインはそのエリーゼの姿を見てほくそ笑む。
「えっ?えっ?えっ?」
まだエリーゼの方は事態を把握しきれていない。その手足には…
操縦用のトレースレバーの形状が変化して物理的な繋がりが消失し、
体が動かし易い状態に変わっているそれがピッタリと腕と足にセットされている。
更に事態を把握しきれていないエリーゼは闇雲にベルゼンラーヴェを動かす…。
「がはっ!?何が起こった!?」
何かの直撃を喰らいぐらりとスタッグドレイクの姿勢が崩れる。
甲虫の翼に損傷。その場所は確かに何かの炸裂で丸い穴が開いている。
バハムートの砲撃や共和国軍艦体の総攻撃にも揺るが無かったそれが1発。
ゼクトールは直に目星を付けるが残念ながらそれの姿は海の底。
予想しうる最悪の事態に直面する事に成ったのだ。
「ちっ…もう少し遊べると思ったがそうでもなさそうだ。」
確かな危険信号を察知したゼクトールは機体を大きく移動させる。
だがそれを嘲笑うかの様にもう1発腕部に被弾。
「ゲイボルクミサイル!?」
人によってはストレートミサイルと言ったりする自己誘導ロケット弾。
小口径のそれが空間を跳躍して確実な命中成果を上げる。
威力の低さを補うゲイボルクの言霊。それの意味は古の醜悪で残酷な槍。
とりあえず…刺さる事が確定し道筋が後から付いて来ると言う姑息な業の賜物である。
「執念はその形を槍と変える。必中の約束を持つゲイボルク。」
初手で使用した術式がこれと言う事はエリーゼの素養が明らかに成ったも同然。
「ハンターですか。随分と執念深い素養を持っていますね。」
獲物を狩る狩猟者。それがエリーゼの戦闘スタイル…
道を究めたときにはその手から逃れる術は無い世界すら越えて獲物を仕留める。
その反面直接戦闘には向いていないと言うのも特徴だったりする…。
携帯電話の画面。
映し出されているのは、救援依頼のメールの文面だ。
「あちゃー…何ヘマカマしてんだよ、壊滅って。ディバイソン配備したばっかじゃなかったか?」
サウードは横からその画面を覗き込んでため息をつく。
「文句言ってる暇があったらとっととスタンバって来い。お前のワイツはねぼすけなんだから」
「へいへい」
面倒臭そうにワイツウルフの下へ走って行った。まあその気持ちは分からんでもない。
俺も思う。不正規兵に基地が一つ落とされたから助けてくれって、バカかお前らはと。
「でも仕方ないか。状況が状況だ」
でも文句は言ってられない。ここで介入しないと、またZi-Armsの思惑通りに事が進んでしまう。
その戦域を蹂躙している部隊に、Zi-Armsの新型であるデカルトドラゴンが含まれているからだ。
そうでなければ、サウードだって嬉々としてワイツウルフに乗り込んだことだろう。
元々彼はゾイド乗りだから、ゾイドに乗れることに喜びを感じないはずがないのだ。
「なんつーか…茶番だよな」
とは言ってもそれは語られない裏の事情であり、
表向きは不正規部隊の暴走を食い止めるため援護に向かうと言うことになっている。
きっとその戦闘はテレビ中継され、多くの人がまた今日もそれに興奮するのだろう。
全く。
無知であるっていうのは、本当に幸せだ。
予定調和の戦争。あるいは、平和な戦争。
最近のゾイドバトルを、俺以下ZOITEC社員はそう皮肉る。
限定された戦域で。一般人の暮らしとは無関係に行われ。
そしてその内容は派手な部分が抽出されてテレビで放映され。
実態はゾイドバトルが軍隊規模で行われるようになっただけ。
…そんな戦争。
ルールはない。
モラルもない。
最初はなくてもなんとかなった。新鮮だと好評だった。俺もそれに異論はない。
しかし、Zi-Armsがそれを自分達の"商品"を売り込む場として利用し始めてから、おかしくなりだした。
平和なはずのゾイドバトルに、血が流されるようになった。
しかも人はそれに嫌悪する事はなく、むしろ熱狂した。
平和ボケした人たちには、それは娯楽の一としてしか受け止められなかったのだ。
歓迎されこそすれ、止めようとする動きはない。
もっと派手に。そんな声を後ろだてに、Zi-Armsは新兵器を次々と開発、ゾイド乗りに売り付けた。
Zi-Armsは、それによって莫大な利益を挙げるようになった。
困ったのは、ZOITECである。
基本的にゾイドバトルには消極的立場をとっていた(つまり押し売りはしないという事である)
ZOITECだったが、Zi-Armsの暴走を目の当たりにし、行動を起こさざるを得なくなってしまったのだ。
しかし、その立場でいるからこそできていた商売もあり、
態度の転換はそちら方面のコネを切ってしまうことにもつながった。
さすがのZOITECも、商売を捨ててまで社会に貢献する勇気はなく、
かと言ってZi-Armsを止められるのも今のところはZOITECしかいない。
結局、素性を隠して直属の部隊を編成し、新規参入するという形をとる事でなんとか直接行動にこぎつけた。
俺ことアレクシア・ウェルフは、その中の一部隊の隊長であり、部隊とZOITECのバイパスの役割を務めている。
「さて…俺も行くか…」
俺の乗機は凱龍輝・真。本来ならZOITECのフラッグシップとして大々的に売り込むはずだったのだが、
戦場がこの有様ではそんな事は当然できない。今のままでは、恐らく半永久的に。
商売的にも、社会的にも、この状況は歓迎できない。俺も、こんな現状はイヤだった。
コクピットに乗り込み、コンバットシステムを立ち上げる。
「よし…アレックス、凱龍輝出るぞ!」
大会を前に、ポルトの街を舞台に様々な人間のドラマが繰り広げられていたのであるが、
ついにオラップ島バトルグランプリが開催される事となった。
各チームは大会委員会の用意したホエールキングやホバーカーゴにそれぞれの
ゾイドを載せ、ポルトを離れて南の海に浮かぶオラップ島へ移動し、その浜辺近くに
設けられた広場にそれぞれ各チーム別に整列させていた。無論その中にも
マリン等の姿もしっかり存在し、しかもハーデスの背中にはかつてズィーアームズ社との
抗争の際に高度な空戦能力を持たせるパーツとして大活躍したダブルウィングスラスター
が装備されていた。ここしばらくの間は己を鍛えると称して使用しなかったこのパーツ
だが、やはり大会の厳しさを予想したのか、このパーツを復活させていたのだ。
まあ、カンウの強化型バスターロケットを意識したと言う事もあるのだが・・・。
いずれにせよこれで超高度飛行ゾイドとしてのハーデスは復活した事になる。
まあ、テラティックレールライフルは外されたままであったが。
「これがオラップ島か〜。一見何の変哲も無い島に見えるけど・・・。」
「だがその裏ではこの大会の為の様々な仕掛けが用意されているんだ。頑張らんと。」
「男キシン=ガンロン。姐さん達の為に頑張ります。」
「僕も初めての公式戦だから頑張るよ。」
「俺もバリバリ行くぜベイベー!」
「私もイエ〜イ!」
皆、それぞれ大会に対しての意気込みを言っていたが、全チームが広場に整列した後、
彼らの前に設けられた大きな台に、治安局ゾイドが見守る中、大会委員長である老年の
男が立って、演説を始めるのだった。
『あーあー!本日は晴天なり!ただいまマイクのテスト中!』
と、ちょっとお決まり?なパターンを披露した後、彼はすぐさま本題に入った。
『えー!各ゾイドバトルチームの皆さん。本日はこのオラップ島バトルグランプリに
良く参加して下さいました。今大会もお陰様で80周年を迎えます。
皆様には80周年の名に恥じない様、ルールに乗っ取った上で激しい戦いを―――。』
「(月並なパターンだけど、長くなりそうだな〜・・・。)」
マリンの予感は当った。大会委員長の演説は長時間に渡り、各チームの選手と、
付き添っていた監督やスタッフ等はうんざりしていたのだ。トイレ行きたくなった者や
キャノピーから差しこむ強い日差しに耐えられず日射病になった者、立ちっぱなしが
疲れて倒れたゾイドなど、もうワケ分からん滅茶苦茶な事になっていた。
「彼の演説・・・少し長すぎない?」
サベージハンマー側で、チームの総監督として付き添っていたサンドラは
真っ白な猫を抱きつつ、平静を装いながらも眉間にはシワを寄せていた。どうやら
流石の彼女もご機嫌斜めな様子である。しかし、そんな状況でもブレードは
「小さい事だ。」
と、RD等の要素が絡まない限り、彼は沈着冷静であった。
『―――――であるからして―――――――。』
こうしている間にも大会委員長の演説は続いていた。そしてついには演説を聞く事無く、
その場で会話に勤しむ者やジャンケンや○×ゲームする者まで出てくる始末であった。
『――――と言うわけで、皆様には是非とも悔いの無い戦いをして欲しいと
思います・・・ってうぉわぁ!ななな何があったとですかー!?』
演説に夢中になっていた委員長は気付かなかったが、演説が終わった頃にはその場に
整列していた全員がぶっ倒れていたのだった。
『コラコラ!君達そんな所で寝ると風邪ひいてしまうよ!って治安局の
諸君等まで寝るんじゃない!』
「(誰のせいだと思ってるんだよ。)」
自分のせいだと自覚しない委員長に皆は殺意を覚えていた。
「…なあ、サウード」
「あん?」
「アレの開発に着手したって最初に報じられたのいつだっけ?」
「半年前だな」
「…こんな事、有り得るのか?」
「さあな。けど現にそこにいるわけだし、信じられないなんて現実逃避は無用だぜ」
「当然」
鈍色の化石。
そんな機体が、敵部隊の中にいた。
流体金属をもとに開発した、点を面に広げる装甲であるヘルアーマー。
それを用いて開発されたゾイド第一号。名前は確か―
「バイオメガラプトル…まさかこんな短期間で実戦投入までできるようにするとはな」
なんだよ、不正規とは名ばかりじゃないか。きっちりZi-Armsが肩入れしてるし。
「でもよかったじゃん。どうせスピードタイプなんだしさ」
「まあ、それが唯一の救いか」
以前からバイオゾイドが投入される事を見越していたZOITECは、
対バイオゾイド用に既存の兵器を改造したものをいくつか用意していた。
今装備しているスピードユニットも(厳密に言えばエヴォフライヤーだが)、その一つだ。
改造されたのはラピッドガンで、中〜近距離ならばヘルアーマーを貫き得る貫通力を有する。
一応スピアレーザーライフルと呼称されているが、今のところ商品化の予定はない。
ちなみに対バイオゾイド用の武装や機体は、こういう形で戦場に介入する前から開発が行われていて、
たとえば現在開発中のレイズタイガーには対バイオゾイド用の専用武装が初めからオプションで用意される。
メタルZiが実用段階に持っていけるようになるのはもう時間の問題だから、あまり心配する必要はなかった。
「それにしても、問題が山積しすぎだよ…過労死しないか本気で心配」
「中間管理職はツラいな」
「他人事みたいに言うな」
「だって他人事だし。自分の事みたいに言ったらお前に失礼だよ」
気を使ってくれてたのかよ。
それにしても、こちらの予想を上回るペースでバイオゾイドが戦場に投入されてきているのも問題だ。
戦闘が終わったら、開発のペースアップを上申してみよう。
「はぁ…積もる話は山ほどあるけど、考えてても何も先に進まないし。やるか」
「そうさせてもらおうぜ」
余計な考えを二人合わせてため息と共に吐き捨てる。
「じゃあ、始めるぞ!」
その声と同時に、サウード以下友軍が前へ出る。
それを確認しながら、俺は荷電粒子砲のトリガーを引いた。
「ほれ」
サウードが缶コーヒーを投げてよこして来た。片手で受け取る。
…冷たかった。
「ホットじゃないのか」
「お前はこんな暑い日にホットを飲むんですか?」
「お前は俺にいつもホットを投げてよこして来るだろうが。…必要に迫られれば飲むぞ」
バイオメガラプトルには逃げられてしまったが(それは想定内)、意外にあっさり片付いた。
デカルトがあっさり撃墜できたのを考えると、やはり不正規は不正規だったようだ。
「しかし、ヘルアーマーがまさかあんな防御力を持ってるとはなぁ…」
「さすがに元子会社だな」「正直、鳶に油揚げな気分だぜ」
「全くだ」
ワイツウルフの足に背を預け、サウードは缶コーヒーを一口飲む。
「それにしても、バーサークフューラーってとんでもない機体だったんだな」
「こいつの荷電粒子砲のことか」
「俺バスターフューラー用にデチューンされる前の性能知らないからわかんねーんだけどよ」
「…俺なら知ってるみたいな言い方だな。何年前の話だと思ってるんだよ」
「身を以て分かってんじゃん。こいつはそれに掛け算B-CASで威力上乗せだろ?」
どんな殲滅兵器だよ、とジョークを飛ばす。
「まあ、元はあのゼネバスの精鋭部隊の旗艦機体だったわけだしな」
俺も頷いた。
バーサークフューラーの兄弟機で、足し算のB-CASを用いた機体―世間一般における凱龍輝の説明だ。
恐らくゾイド乗りならほとんど皆知っていることだろう。
しかし、凱龍輝にも掛け算のB-CASが用いられたタイプが一機だけあったことを知る者は、
ZOITEC社内でもごく一部の人間しかいない。
まあ当然と言えば当然だ。つい最近、それこそこういう形でゾイドバトル市場に参加するまでは、
ZOITEC社内に封印されなおかつ機体の情報についてはトップシークレット扱いになっていたのだから。
それの原形が完成したのは、一番最初である。それこそ、足し算仕様が完成する前だ。
チェンジマイズを応用し、BLOXをゾイドに合体させて戦闘力を高める事を目標に、
CASの発展型として開発が進められていたB-CAS。
ゾイドコアへのストレスの関係上、これを用いられる機体は完全野性体ベースのものに限られていたが、
複数ゾイドコアを持つことが可能になると言うことによる戦闘力の飛躍的な上昇は確信できた。
そして、それを用いた第一号機として、バーサークフューラーの素体からティラノサウルス型ゾイド―
凱龍輝の開発に着手したのだ。
実は、その時点で後にフェニックスとして結実する掛け算のB-CASの概念は既に生まれていた。
接続することで出力を付加する足し算と、共鳴させることでボトムアップをはかる掛け算。
本格的に凱龍輝を完成に持って行くにあたり、どっちを取るかでちょっとした議論をかもし、
そこで試しにゾイドコアと三つのBLOXコアをくっつけてそれぞれ出力を調べてみようと言うことになった。
そこで出た実験結果に、携わったスタッフは驚愕する。
足し算の方は問題なかったのだが、掛け算の方が恐ろしい数値を叩き出したのだ。
それは、当時のBLOXのハード的限界を遥かに上回っていた。
後にこの時の経験もフェニックスに繋がっていくのだが、それはまた別の話。
しかもゾイドコア暴走の可能性も示唆されたため、適用するシステムはひとまず足し算に決定。
足し算仕様の機体を凱龍輝として量産、共和国軍に配備。
掛け算システムで開発が進められていた試作機は大事をとって封印という事態になった。
―月日は流れて去年。ZOITECが、ひそかにではあるがゾイドバトル市場への参加を決定する。
そしてZi-Armsのゾイドバトル市場での暴走に際し、
封印していたその凱龍輝を戦線に投入する事を決意した。
フェニックス、ジェットファルコンの開発で共鳴に耐え得るBLOXを完成させていたZOITECは、
それを用いて封印していた凱龍輝を改修。"完成品"兼ZOITECのフラッグシップとして戦線に投入した。
その性能はどちらかと言えば旧型に属するにもかかわらず最新型と比較しても勝るとも劣らず。
バーサークフューラーの素体をほぼそのまま用いているため、
荷電粒子砲は集光パネルとゾイドコアとのハイブリッド仕様。
飛燕、月甲、雷電のBLOXコアと共鳴させてフルパワーで放った時の威力は、
理論上はゼネバス砲にも匹敵するとまで言われている。
さらに、この機体のB-CASは全て掛け算システムのため、
追加でBLOXを合体させると出力がどんどん跳ね上がっていくという恐ろしい一面も持っており、
普段はゾイドコアヘのストレスを考慮して共鳴を制限するリミッターがかけられている。
そのシステムと素体の性格故乗り手を選ぶという、足し算の凱龍輝とは一戦を画する性能の機体が、
何を隠そう今俺が乗っている凱龍輝・真なのだ。
「お前がいい人でほんと助かるぜ」
事あるごとにサウードにそう言われてしまう。
まあ使おうと思えば都市国家一つは軽く消し飛ばせてしまう兵器なのだから、
善人の手になければいけないのは当然のような気がするのだが。
サウードが言うと、どうも違和感を覚える。恐らく普段の言動のせいだろう。
「ああ、そうそう。ダブルハックソードとバイオクラッシャーの試作品が完成したってさ」
報告書代わりのメールに珍しく返信があったので、内容を確認したらそうだったことを伝える。
「マジか?よっしゃ、これで俺もお前に少しは追いつける見込みが出てきた」
ちなみに彼のフルネームはサウード・ヴェナス。大陸内でも特に気候の厳しい地方の生まれで、
生きる術としてゾイド操縦の技術を習得した生粋のゾイド乗りだ。
一念発起して都市国家に裸一貫で飛び込み、技術を見込まれてZOITECへスカウトされたらしい。
それ以上の過去を、俺はよく知らない。
搭乗機体であるワイツウルフは、古代核を用いて開発されたゾイド第一号で、
改良B-CASのテストベッドとして三機作られたうちの一機だ。
レイズタイガーが「よりオリジナルに近い姿の」(開発陣談)第二号にあたることから、
恐らくワイツウルフにも虎系の核が用いられているのだろう。B-CASを合体させて虎にする予定のようだ。
しかし三機の中で本物の古代核が用いられているのは一機だけで、
残りの二機はそれのクローン体を使ったイミテイトらしいのだが、
どれがどれかまで知っているのは社内でもごく一部だけだ。俺は当然その中にはいない。
そしてワイツウルフは古代核を現代に蘇らせることを念頭において開発されたため、
他の機体に比べて少々火力が貧弱な面がある。そのため、戦線投入後すぐ追加武装の開発が始められた。
ダブルハックソードもその中の一つで、対バイオゾイド戦を考慮して材質がメタルZiになっている。
さらにそれを基に開発されたのが、汎用型メタルZiブレード、通称バイオクラッシャーだ。
どうやら俺用に回してくれるつもりのようだけど、こっちはスピード改で充分間に合っている。
「バイオクラッシャー、要るか?」
「くれるんなら欲しいな。B-CAS完成しても、俺は着ける気更々ないし」
汎用型ならワイツにも装備できるだろ、とサウードは笑った。
「決まりだな。じゃあ、戻るか」
「そうさせてもらおうぜ」
互いに頷きあってから、俺は部隊の撤収を指示した。
つぶつ言っているファインを横目にその言葉の意味を思案するエリーゼ。
だが答えは呆気なくエクステラから聞かされる事となる。
「ハンターの素養は誘導に関する力を色濃く持つ物ですよ。
本来直線軌道しか執れない物を空間毎捩じ曲げて誘導させたりできます。
でも、その反面格闘戦に関する術式の効果が平均値より低いですから気を付けて。」
その説明に…
「ありがと…はぁ…。」
得意な格闘が仇になる素養にテンションが急激に落ちるエリーゼ。
「でもできないよりはましですよ?そう言うタイプでここを怠って異常に脆い…
そんな相手も過去には沢山居ましたからね。」
ファインの言葉にほっとする一方物凄く痛い発言であることを確認するエリーゼ。
「…化け物。」
エリーゼはファインに向かって毒吐いた。
「戦況が動いたみたい。エリーゼちゃんやるじゃない?」
やっとの事で海中に出たギルマリナー。
今更種明かしも妙な話だがエリーゼとエクステラを予め船に乗せていたのはメリー自身。
エリーゼはファインの所有する私有地の一つで森で道に迷っている所を保護。
そのまま同じく用が有った場所へ…そこでエクステラと合流。
そして…抗術弾頭コンテナに抗術弾と共に隠れさせ今に到る。
何時までもエロジジイにデカイ顔をさせては成らないと嗾けたのだった。
「妙に安い物件を買い漁っていた過去から調べていた価値は有ったわ。
全く…敵地のど真ん中に”秘密基地”なんて真面な精神状態なら作らないわよ?
その上ばれても問題無い状態を維持。晩年になって余った私財を湯水の如く。
何処の悪の総帥だか?」
くすくす笑いながらもソナーを見ると…機影が4機。
「他にもお客さんが伏せて居るらしいわ。でもそれでは隠れているとは言えないわね!」
6機のメーザーが最も遠い位置に居る何かにそれが命中。
エネルギー反応が一気に増大。居場所がばれたことで行動を開始したらしい。
だが敵が増えてしまった事に強烈な手違いな感が拭えないメリー。
それは泡を立てて水中を一直線にギルマリナーに迫りつつあった。
「っ!」
月の気配に気付き表情を変えるファイン。さっきまでの緩さはそこには無い。
「何?この何か無理矢理に血沸き肉躍る感じ…?」
エリーゼの方は無理矢理に沸き立つ血の滾りに異質感を感じたようだ。
月は古来より魔力を持っているとされその満ち欠けで体調が変わる…
科学的な部分では月の位置で微妙な重力バランスが変異して何かが起こる。
だが魔力的な物はもっと劇的で術の威力から性格の変容まで引き起こす。
獰猛な野生の部分が騒ぐのだ。
ギルマリナーに向かって移動していたそれは偶々海上近くに居る機体を目にする。
最重要監視対象…ベルゼンラーヴェ。
思わぬ獲物との遭遇にそれは急遽行動方針を変更する事にしたらしい。
彼等は欠片一つが残れば問題無い存在。進行方向を修正し海中を突撃。
思いきりベルゼンラーヴェに体当たりを喰らわせる。
「ぎょえ〜!?」
「きゃあっ!?」
「くっ!?」
3者3様の反応。上段がファイン、中段がエリーゼ、下段がエクステラ。
エクステラは脚部内蔵のマグネットアンカー機構で耐える事ができたが…
そんな物が無いファインはシートに後頭部を打ちつけ、
エリーゼはコクピットの内壁近くまで飛ばされている。
バリアローブの効果で激突こそ免れたが初めて喰らう強烈な一撃は結構厳しい物。
だが月の獣の攻撃はその速度を増して迫ってくる。
「させないわよっ!」
目標を移しギルマリナーに対しての警戒が全く無くなっていた月の獣。
思いきり尾をギルマリナーに噛まれそのまま海上に引き摺り出される。
「ぬおおうっ!?」
驚くのは当然ゼクトールである。予期せぬ事態は予想を遥斜め上。
出て来た敵も違えば更にその敵が加えている月の獣。完全に虚を突かれる形となる。
月の獣を投げ当てられ更に操縦を一時的に交代し海上に現れたベルゼンラーヴェの一撃。
スタッグドレイクは上空を抑えられ渾身の踵落としを喰らう形と成った…。
所変わって、ZOITEC擁する某所の基地。
「で、どーだったよハウンドは?何かエネルギー制御が不完全だとかなんとか言われてたけど」
「ああ、確かに少しばらつきはあったけど、ありゃ誤差の範囲内だよ」
「ったく…いつも大袈裟に言ってくれんのな、あのバカ」
「誰だって完全を目指したいでしょ。まぁ、アレは少しやりすぎだけど」
先程の戦闘は、復活を終えたばかりのハウンドソルジャーの実戦テストも兼ねていた。
結果は上々だったので、報告書を受理次第、BLOX仕様のデチューン版が量産を開始するはずだ。
テストパイロットを務めていたのは、今サウードと言葉を交わしている好青年で、
名をアラム・リーバスと言う。元々戦闘要員ではないので戦場でも後方支援担当だが、
どんなゾイドでも人並み以上に乗れるという、ある意味特殊な技能を持っており、
その関係で搭乗機体が毎回違う。ちなみに前回はヘビーライモスだった。
出撃直前も、レイズタイガーのテストにあたっている。確かまだ終わっていなかったはずだ。
「…あ!そう言えばレイズのテスト途中で放り出して来てたんだった!」
自分でそれに気付いたらしく、アラムは慌ただしくさっき来た道を走って戻って行った。
「…忙しい奴だな」
アラムの後ろ姿にため息をつくサウード。
「復活が調子よく進んでるのはいいことだけど…人手不足はなんとかして欲しいな」
俺も相槌をうつ。
大戦や大変動でロストした機体の復活は、ZOITECの大事な仕事の一つだ。
最近復活した機体がザバット、ライモス、モルガ、カノンフォートというのには疑問を禁じえないが、
とにかくプロジェクト自体は順調に進んでいた。
対して完全新規ゾイドの開発は、Zi-Armsがその中心だ。
こうした住み分けはゾイドバトル市場で衝突する以前から成立しており、現在でも守られている。
ただ古代核ゾイドの開発に関しては、それが復活か新規開発かと言う事で激しい論争を招き、
結局有していた古代核の一つを譲渡(に名を借りた強奪に対する事後承諾を)する事で決着した。
思えば、その頃からZi-ArmsはZOITECを潰す機会を狙っていたのかもしれない。
「……?」
と。
携帯電話が、着信を告げていた。取り出すと、通話の呼び出しだった。
「はい、こちらアレックス」
「落ち着いて聞いてくれ。…ワイツ一号機が盗まれた」
「いつだ?」
「ついさっきだ!畜生、なんだってこんなことに!」
「いいから落ち着け」
開会式の段階で凄いアクシデントがあったが、大会は何の問題も無く開催された。
『まず大会一日目は大会委員会より配布される地図に書かれた第一チェックポイントへ
向かいます。また、その地図には様々なゾーンの存在も入力されているので、詳しくは
そちらを見てください。』
と、こうして各チームに一枚ずつ大会委員会から地図データの入力された
フロッピーディスクが手渡されていた。
「このフロッピーディスクはミレイナが持ってくれ。」
「ハイ分かりましたイエ〜イ!」
マリンのチームでは電子戦に秀でたミレイナがそのフロッピーを受け取っていた。
そうして、全てのチームにフロッピーが行き渡り、スタート準備が完了した後、
大会スタートのカウントダウンが始まったのだった。
その頃、ポルトの街の広場にて、大型立体映像と言う形でオラップ島の様子が
映し出され、観客がその様子を観戦していた。さらに同時刻、惑星Zi全土に
おいても大会の様子が24時間テレビ以上のビッグスケール規模で生放送されていた。
「お!始まった始まった。」
「マリンさん達はまだ映らないかな〜?」
フィスリルタウンのマリンの実家では、料理店とゾイド修理工場の中のテレビで
マイル&サリカと従業員&客が大会の様子を見守っていた。しかも中には
ドサクサに紛れてマリンが帰省して速攻襲ってきた不良軍団までいる始末。
その頃、さらにルードシティーのバッハードコンツェルン本社でも、ルナリスの
祖父と父、そして一般社員等もテレビを観戦していたりする。
「我が娘の出番はまだかー!」
「社長落ち着いてー!」
何故かルナリスの親父は妙に熱くなっていたりする。
その他も、ミライロや覆面X、ゾイテック社長や旅のジャンク屋の皆様、
また、マリン等によって刑務所送りにされた犯罪者等、とにかく今まで登場して、
きちんと存命している全ての人、ゾイドがテレビを介して大会の様子を見守っていたのだ。
まあ、死んでる者も、もしかしたらあの世から見てるかもしれないし、幽霊になってまで
観戦してる可能性もあるのではあるが・・・。
『10!9!8!7!6!』
一方、オラップ島ではついにスタートカウントダウンが残り数秒の所まで来ていた。
スタートラインには大小様々なゾイドが並び、各チームではそれぞれのZiファイターが
操縦桿を握り締めていた。
『5!4!3!2!1!スタート!!』
その直後、各チームが一斉にスタートした。
『ついに始まりました!オラップ島バトルグランプリ!数百数千にも及ぶゾイドの
中で、一体どのチームが優勝するのでありましょうか!』
『楽しみですね〜。これはもう女房を質に入れても見届けなくては行けませんね。』
轟音と膨大な砂埃を立てながら爆走するゾイドの波の上空には一機のダブルソーダが
中継を行っていた。しかもそのダブルソーダーに乗っていたのはやっぱりあの
イチロウ=フルタチ&シテツ=ヤマモトの史上最強実況解説コンビだったりする。
『凄い爆音騒音です!十人十色の各ゾイドが入り乱れております!』
各チームのゾイド編成はチームごとによって様々だった。全機同じゾイドで編成している
チームもあれば、逆に全く統一感の無いチームも存在する。所属するZiファイターも
老若男女からおかま、おなべ、ゲイ、女装男装、コスプレ魔、覆面、等など
様々な人間がおり、その様なごちゃまぜ感もまたこの大会の醍醐味だったりする。
『さあ第一の関門は“広大な平野”とそのまんまな名称ですが、ここは一見進みやすい
反面、毎大会において激しいバトルロイアルの始まる恐ろしい難関でもあります!』
『早速始まりましたよフルタチさん!』
彼等が下を見下ろすと、早速各チームの潰し合いが始まっていた。
先程にも増して恐ろしい爆音騒音が、重金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き渡り、
激しく舞い上がる土埃、砂埃に一体何がどうなっているのか分からなくなる程だった。
『凄い音です!さあ一体この難関を最初にクリアするチームは何処なのでしょうか!』
一方、地上では様々なチームの激しいバトルロイアルが続いていた。そして多くの
チームがここで脱落していくのである。さらに突破する者も、圧倒的な力を持って
強行突破するチームや、素早く相手をかわして行くチームなど様々だった。
ハンガーへ走ると、慌てた顔で白衣の男が出迎えてきた。
彼の名前は知らない。サウードは常にバカ呼ばわりだし、彼の名前が話に出ることも全くない。
基本的に「彼」としか呼ばれず、面と向かっても名で呼ばれない、しかしそれで皆に通じてしまう。
そんなちょっとマッドが入ったサイエンティストチックなZOITEC兵器開発部主任が、彼である。
ゾイド開発にあたり常に名言を残すため、普段は「○○発言の人」と形容されることが多い。
便宜上、ここでは白衣の男と呼ぶことにする。
「で、どうなってるんだ?」
「状況はさっき伝えた通りだよ。ああもう、何てことをしてくれるんだよ…」
「いや、盗まれた以外何も聞いてないんだが」
頭をかきむしるのをぴたりとやめ、驚いた顔で振り向く。
「…聞いてない?君が?」
「いやだから、連絡したのはアンタでs」
「ああ何と言うことだ!誰だ社内をここまで混乱させているのは」
「いやだからアンタだって」
「そうかそうかすまないな、じゃあ近況を手短に伝えよう。
レイズタイガーを、追撃に向かわせたよ」
落ち着いた声で言ってきた。全く、初めからそうしてく―
「―待て。今、レイズって言ったな?」
「うん。聞き直すまでもないだろう?」
「まだソウルバグナウとレーザーネストが未完成じゃなかったか?」
「うん。そうだよ」
「それで追撃に向かわせたのか!?」
「仕方ないだろう、あれに立ち向かえるのは同じ古代核ゾイドと、君の凱龍輝くらいだ。
二号機は今故障中だったし、凱龍輝はそんなに無理はさせられないし」
話しているうちに落ち着いてきたのか、口調がいつものものに戻ってきた。
「安心しろ、レイズの戦闘力はワイツのそれとは比べ物にならん。
レーザーネストがなくとも、ワイツとは十分渡り合えるさ」
彼は人格には些か問題があるが、技術者としては優秀だ。
彼の、殊にゾイドの性能に関する言葉は、信用に値する。
「…分かった。ダブルハックソードと、バイオクラッシャーの装備は済んでるな?」
「十分前に。要望通り、クローフラップのオミットも済ませた」
「よし、ならいい。俺達も援護に出る」
「頼む」
「ほんとに、戦域ど真ん中突破すんのか?」
「時間がないから仕方もない」
「ひえぇ」
数分後、整備も既に終えられていたワイツと凱龍輝が、再び戦場に躍り出た。
今度は、奪われたワイツの追撃及び奪還の任務を帯びて、だ。
「この火線をどうやってかいくぐれってんだよ…全く、上も無茶言いやがるぜ」
今通ろうとしている地帯は、現在戦域として使用中の所で、
しかも戦っているゾイドがガンブラスターとガンスナイパーWWの大群と言う、
極めて楽しい状況だった。…本当に、もう笑うしかない。
「ま、俺は空を進めるから問題ないんだけどな」
ちなみに凱龍輝はさっきの装備のままなので、空が飛べる。
「俺は大ありだよこの薄情者」
諦めるように吐き捨てて、サウードは機体を加速させる。
俺は機体の高度を上げ、サウードを援護しながら進んだ。
「…おい、それってありなのか?」
思わず口にしてしまう。それくらい、目の前の状況は信じられないものだった。
今僕ことアラムの乗るレイズの目の前には、黄色い機体が立っている。
シルエットは、どう見てもワイツウルフだ。しかし、顔は虎だった。
つまり。
「ワイツ、タイガー…?」
すいません。誰か、嘘だと言って下さい。
「サビンガはまだZOITECでも完成してないのに…どうやって…」
これがZi-Armsの仕業であることは大体分かる。
サビンガ自体も、そうする予定であったことを隠していたわけではない。
けど、どうやってサビンガの設計図を入手して、いつの間に完成させたのか?
その疑問は、どうしても解決しなかった。…まあ、いいや。
「目の前にある以上、現実逃避は無用…だったっけか」
サウードさんの言葉を引用して、心を落ち着ける。今重要なのはそこじゃない。
あれからいかにして、パイロットを排除するか。それが無理なら、いかにして撃破するか。
今やらなければいけないのは、それだけだ。
深呼吸一つ。テストに立ち会う際に聞かされた性能の話を思い出す。
「…フルに、活かせるかな?」
レーザーネストがない以上、射撃戦は控えた方がいいだろう。
ワイツもどちらかと言うと接近戦型だから、多分格闘戦になる。
…好都合だ。
次の瞬間。
鋭い金属音が、辺りに響いた。
「あー…ありゃ空飛ぶメカボニカか?」
こんな状況でなかったら、俺は迷わずずっこけていただろう。
「何年前の話だよ」
「いや俺さ、あーゆー骨みたいなゾイド見るとつい、メカボニカ連想しちまうんだ」
おいおい。
だが、その気持ちは分からないでもない。なぜなら。
前方に、バイオゾイド。今度は二体。メガラプトルと、
「形からして…ありゃプテラかな?」
「随分と古風だな。ステレオタイプっつーか、なんつーか」
俺達の、ワイツウルフと凱龍輝の前に、立ちはだかっていたからだ。
「って事は…ワイツ強奪は、かなり計画的に行われたって事か」
「違いねーな。偶然っつーには出来過ぎだ。…有り得ないとも、言い切れねーけど」
全くZi-Armsもえげつないぜ、とまたため息のサウード。
この仕事につくようになってから、明らかにため息の回数が増えていた。
多分、俺もそうだろう。こんなことを考えながら、今またため息をついている。
…さて。
「まあ、偶然か必然かはこの際どうでもいい話なわけだが」
「…だな。俺達の邪魔だっつーのは変わんないんだし」
いずれにせよ、やることは一つだ。
「押し通るか」
「そうさせてもらおうぜ」
ワイツはメガラプトルに。凱龍輝はプテラに。それぞれ別れて、突撃をかけた。
ワイツウルフはビーム砲で牽制しつつ、ソードを叩き込める間合いまで接近をはかる。
しかし、相手はヘルアーマー装備だから、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。
対するメガラプトルは、口から火球のようなものを吐いて応戦してくる。
ワイツウルフは軽量化の代償として装甲が薄めだから、当たれば致命傷になりかねない。
防御力に関する埋まらないその差が、また詰まらない間合いの原因でもあるようだった。
「ったく、とんでもねぇモノ作ってくれやがったぜ…」
一旦間合いを自分から離し、左の短刀を横に展開。そして一気にブースターで加速。
「はあぁあぁっ!」
短く気合いを込め、すれ違いざまに斬撃を叩き込もうとした。
しかし、やはりあからさまに突っ込むのでは効果がなかった。
メガラプトルは短刀を突き込むように走り込んだワイツと逆方向に動くことでかわし、
逆にワイツの背後を取った。
「しまっ…!」
そこで、素早く思考を切り替えるサウード。慌てるのも一瞬なら、逡巡も一瞬。
さらにブースターで加速し、突撃した勢いそのままにメガラプトルから逃げる。
ワイツを狙った火球は、追いきれずにワイツの後ろに着弾した。
ワイツは反転し、ブースターで以て慣性に対抗する形で減速する。
「ふぅ…危なかったぜ…」
今度はそのまま前進せず、相手の様子を窺うように間合いを維持する。
ついでに、相手に対して通信をつないだ。
ゾイドバトルのルールでは、戦闘用ゾイドは統一規格で開発することが義務づけられている。
外見こそ従来の機種と異なるが、この戦域で戦っている以上、それはバイオゾイドにも当てはまるはずだ。
Zi-Armsだって、そこまでルール違反を侵すほどアウトローな企業ではない。
案の定、きちんとつながった。
「…よう」
画面には、なかなか男前な外見の男の上半身が映し出されていた。
服からは、何やら怪しげなコードのようなモノが数本、左右対称な位置から伸びている。
コクピット内も、妙に暗かった。
「何の用だ」
「いや、何の挨拶もなく斬り合ってぶった斬ってはいおしまいじゃ味気ないと思ってさ」
いつもの調子で声をかけてみたが、あまりいい反応はしてくれなかった。
どうやら人格も外見通り、クールなやつらしい。
「それが戦場というモノだと思うが。敵に情けは無用…それが戦いだ」
「…ちぇ。ノリ悪いやつだな。
…でもそれもまたよしか。遠慮なく殺りに行ける」
そのサウードの言葉に、メガラプトルのパイロットは初めて笑みを漏らした。
「…ふむ。面白い奴だな。名くらいは聞いておいても、損はなさそうだ」
別に奇をてらったつもりはないんだけどな、と苦笑するサウード。
「やあやあ我こそは、ってか?それも悪くないけど…ここは簡単に、名前だけでいいか?」
「構わん。…して、名を何と?」
「サウード・ヴェナスだ」
サウードの答えに彼はちょっとだけ目を見開き、
「…砂漠の民か。道理で戦い方が攻撃的だ」
そんな事を言ってきた。
「知ってんのか。そりゃ光栄だな。アンタは?」
「カイ。カイ・ルーシだ。苗字には聞きおぼえがあろう」
カイの言葉に頷くサウード。
「…海の民ね。なるほど、どっちもどっちだったってわけか。…ってことは、目的も同じかな?」
「だろうな。全く、本来なら敵対する者同士ではないのだがな」
「いや、んなもんはどこにもねーよ。だってさ…
それが、戦いだろ?」
「ふむ、確かに…違いないな。それでは、そろそろ再開と行こうか」
「オーケー、馴れ合いは終いだ。正々堂々、きっちりはっきりケリつけようぜ」
「…カイ・ルーシ、いざ参る!」
通信がアイドリング状態に入ると同時に、メガラプトルは飛び掛かってきた。
「何をしておる」
唐突にかけられた言葉に、ラインハルトは飛び上がってドアのほうを見た。
開かれたドアの外では、この部屋を警備していたはずのガードマン二人が倒れている。
そして部屋に片足を踏み入れているのは、貧弱そうな老人――。
しかしラインハルトは知っている。この老人ならば、ガードマン二人程度を昏倒させる
のは造作も無いことだと。なぜなら……。
「何を、って……セラードは報告しなかったのか? 俺はグローバリーに居たんだぜ」
なぜならこの老人は、騎士の中で最も特殊な能力を持つ存在だから。
「あのうつけ者、お前を見逃したのであろうよ。自分にしか興味の無い男だからの。それ
より……何故脱出せんのだ? 騎士であるお前なら、このような囲みを突破することは容
易なはず。それどころか、“天使”と例の少年をまとめて始末することも可能――」
「で、何しに来た?」
訊かれたことに答えないラインハルトに、相手は苛立ちを隠しもしなかった。
「お前の救出、あるいは抹殺。ついでに別働隊の双子が“天使”を引き付けている間に、
例の少年も抹殺する。――さて、どうする、ラインハルト?」
「なに言ってやがる、俺は……」
……俺は、騎士だ。世界の真実を知る、一握りの存在。
真実を知っている以上、能力者に肩入れなどできるわけが無い。それなのに……。
「まあ、いい。先にあの少年と、機体を破壊させてもらう。地球の技術は、神を脅かしか
ねないのでな」
そうだ。俺たちの目的のためにはそれが正しい。――いつもそうだ。コイツが言うこと
は論理的に正しいのだ。まるでコンピューターが弾き出した計算のように完璧な思考。
だが――。
「ちょっと……待て」
あいつは、ゾイドのために涙を流した。ゾイドのために命を懸けた。
そんなことのできるあいつは能力者だ。それを滅ぼすのか?
「どうした、決心がついたか?」
“神”への恐れが、どす黒い冷水のように心の奥底で淀んでいる。だが。
――あいつは何より……俺に似ているんだ。
「ああ、たった今!」
ラインハルトの右手に炎が渦巻き、その炎と同じ色の鞘に収められた剣が現れる。
迷いを振り捨て、彼は深紅の魔剣“レーヴァテイン”を抜き放つ。
「やはり――裏切るか、ラインハルト!」
斬り付けるラインハルトの太刀筋は炎の尾をひいて老人に迫る。が、相手は外見から予
測することもできない速さで金色の剣を抜くと、一刀のもとに攻撃を弾いてしまう。
「私は確かにチャンスを与えた。己の選択を悔やめ!」
「ケッ、最初からこうなるのも予測済みだったんだろ? それにな、“レーヴァテイン”
って名前は裏切りの象徴なんだぜ」
精一杯、虚勢を張ってやろうと剣を構え直す。が、双方共にわかっているのだ。この勝
負の結果を。それを告げたのは、己の勝利を知る者。
「のう、ラインハルト。解っておるのだろう……お前では、『私には絶対に勝てない』」
「重々承知ッ! これが俺の――」
――これが俺の、贖罪だ。
「裏切りの使徒が十三番目であるとは、限らぬものよな」
その老人、プロフェッサー・イレヴンの剣が輝いた。
「“ブーストキャンセラー”だと……?」
言い終えると同時に敵が襲い掛かってきたので、その呼び名についてリニアが熟考する
機会は先送りとなった。
橙の弐号機が走って接近する。と見せかけ、ジャンプしたその機体が半瞬前まで居た空
間を貫いて巨大な実体弾が飛来する。
うっかり上に逃げたり、砲弾を防御しようものなら飛び掛った弐号機の餌食となる。単
純ながら効果的な連携だ。この場合の問題は、その連携のタイミングがまるで同一人物か
機械が行っているように正確であること。
――以上の分析をコンマ一秒以内に済ませたリニアは、冷静に横へと回避運動を取る。
しかしその動きを敵が予測しない筈はなかった。相手は騎士なのだ。
「読めてるぞ――!」
壱号機の手に掲げられた短砲身ショックカノンが火を噴く。回避先を正確に予測し放た
れた射撃はシャドーエッジの足をほんの刹那そこにとどめた。そして、それで充分だった。
空中で身体を捻り――どうやらこの二機は関節を増やして、より自由に動けるらしい――
方向転換の時間を省略した弐号機が、シャドーエッジの真後ろにつけている。
「!? 重力下での慣性方向転換などと――スラスターも無しにか!」
九枚の翼状スラスターのうち左側の四基だけを爆発点火し、シャドーエッジを急激に回
転させる。一方左はビームブレードを展開――彼女が得意とする、高速旋回と同時の攻撃。
オミットされた粒子砲の分の荷電粒子エネルギーを注ぎ込んだ弐号機のクローと、神速
の旋回ビームブレードが激突する。
重量で劣るリニアの方が競り負け、吹っ飛ばされた。というより、自らエネルギーの反
発を利用して離脱したと言うほうが正しい。彼女が『離脱』した直後、横手から放たれた
集束レーザー砲が数mも積もった雪を一瞬でプラズマ化させ、弐号機の眼前で地面が爆ぜた。
味方が敵と格闘中のところに砲撃をぶち込むのは素人か、あるいはよほど射撃に自信が
あるかという二択しかない。そして、この相手が前者であるはずも無かった。
(アレックスの機体は駆動系をやられたのか、動かない……こいつらの連携は私のセラフ
ィックフェザーと同じぐらい正確、むしろそれ以上だ……どうする?)
オリバーが機体を動かせれば形勢は逆転するだろう。もう一人の刺客を知らない彼女は
そう思っていた。しかし大地を割って現れた救世主は、彼女が待ち望んだ者ではなかった。
濃紺と暗緑色に身を包んだゴジュラスギガが、地球時代の怪獣の如く地割れとともに地
中から姿を現した。
同時に市街の隔壁を飛び越え、色と武装の分けられた三機のバーサークフューラーが飛
び出す。
それらの機体、特にギガはリニアの脳裏に焼きついた存在のひとつだ。狂気に取り付か
れた兄との戦いの中、ナノマシンの機能を停止させ戦況を逆転させた助力者。
――そのパイロット、オレーグ・カーティスは、記憶の中そのままの笑みでモニターを
ひとつ占領した。
<このあいだの暴動じゃあ、化物のせいでろくな戦果は挙げられなかったが、今回は同じ
轍を踏む気は無い。助太刀させてもらうぜ――ルガールの助手さん>
言い終える前にタイラント壱号機は砲口を新たな敵に向け、その新たな四機は左右に散
って回避した。弐号機がオレーグのギガを追い、壱号機は左方に逃れた三機を圧倒的な火
力で追い立てる。
一見して連携を崩したように見えるが、双子の機体は常に絶妙の間隔を置いて背中合わ
せの位置関係を保っている。どちらかの敵が隙を見せたら、すぐさま相互支援してそちら
を叩けるギリギリのライン。
ふと、オレーグがリニアの方に意識を向けた。
<なあ、連中の力を封じるのはいいが俺たちまで能力が使えないんじゃ戦力ダウンだぜ。
俺たちも反能力の対象から外してくれよ>
「え? ああ、すまない――」
リニアが味方の四人に精神を集中しようとしたその時、アレックスの館の方角を源とす
る閃光が空を覆う暗雲に反射し、辺り一帯を真夏日の昼間のような明るさにした。
次に隔壁を乗り越えてきた衝撃波は、風向きすら変えてしまうほどの
威力だった。
ラインハルトは周囲を見まわした。
もとは館の一角であった部分は、二階の床までしか残っていない。自分がここの壁や
天井と同じ運命を辿らなかったのは、ひとえに騎士として強化された肉体と“レーヴァ
テイン”の防御フィールドのおかげである。
が、目の前の老人がその気なら今の一撃でとっくに終わっている。過程よりも結果を
重んじる彼にしては珍しい行動だが――少なくとも、寿命が何秒か延びたことは確かだ。
イレヴンはもはやひ弱な老人ではなくなっていた。3mはあろうかという黒い鎧に身を
包み、その鎧には赤く輝く細長い双眸や背部から突き出した『爪』がある。
プロフェッサー・イレヴンの“剣”――“アポカリプスエッジ”は、ゾイド一体を剣
の中に封じて己が力とすることができる。“神”に貰い受けたデスザウラータイプのう
ち一体を生身の自分に鎧として装着し、能力者とは別の意味で『ゾイドと一体となる』
のだ。
装備したゾイドの力はそのままこの醜悪な鎧に封じ込められている。つまりこの老人は
現在、デスザウラー級の腕力と防御力をも持ち合わせているということだ。
加えて、騎士の特殊な能力が加算されて彼は飛行能力までも手にしている。
「歪んでしまったな、ラインハルト。早過ぎた進化の生んだ怪物たちに取り込まれて使命
を放棄するとは。だが、心配は要らん。お前が居なくとも、“大選抜”は間近に迫った」
ラインハルトの背筋が冷えた。確かに兆侯は見られる――いつ始まってもおかしくない。
しかし、どうすればいいというのか。生身で使うレーヴァテインではこの超重装甲に傷
ひとつ付けることはできないだろう。かと言って、時間稼ぎもできそうに無い。
イレヴンが腕を上げ、対ゾイド用のビーム砲を自分に向けた時、ラインハルトは今度こ
そおしまいだと確信した。が、その時、地響きと振動が三回。
「ゾイドの足音……? ぬぅ、あれは!」
<ラインハルト、伏せろ!>
壁と天井の吹っ飛んだ部屋の上半分を薙ぐようにして、銀色の巨大な爪が通過した。
「あれは……完成したのか、例の機体が」
床に身を投げ出したラインハルトと弾き飛ばされて滞空するイレヴン。彼らは同じゾイ
ドを見て一様に驚愕の表情を浮かべる。
青と白のボディ。金色の追加外部フレーム。およそ洗練されているとは言えない無骨な
形状をした、未知のライガータイプ。
その機体の名を、クァッドライガーといった。
始めにオリバーが異変に気付いたのは、館の一角が轟音と共に吹き飛んだ時だ。
「誰だ、あいつ!? ……クソッ、陽動か!」
なんだか良く解らないが、窓から見たところパワードスーツのような物で武装した大男
がラインハルトと戦っているように見える。
自分が生身で助けに行ったところで、パワードスーツ相手ではどうにもならない。勝つ
ためには――ゾイドが要る。
未完成で出るな、とは確かに言われた。しかし残っている作業は操縦系の調整だけだ。
おもむろにキャットウォークからコックピットに飛び込み、文句を言う技術屋たちの前
で閃光と共にオリバーの姿が消える。(あとで彼らの給料を少し水増ししてやるべきだ)
<“能力”で動かすから、操縦系統は後でいい!>
それだけを一方的に言ってしまうと、繋がれたいくつものケーブルや拘束具が弾け飛ぶ
音とともに、クァッドライガーは一面純白の銀世界へと飛び出していったのだ。
「動いてしまったか! だが、初の戦闘で満足に動かせるか――」
急降下し襲い掛かったイレヴンは、突如出現した光の壁に頭から突っ込んで弾き返され
た。それは超高温のプラズマで構築されたフィールドであり、生身であれば蒸発している。
壁が消えてみると、クァッドの頭部装甲の一部が展開している。機体全周を取り巻くよ
うに配されたプラズマフィールド・ジェネレーターは、精神リンクで繋がったオリバーと
三次元センサーからの情報を頼りに連動展開され、実弾もビームもある程度の質量及び出
力ならば完全にシャットアウトしてしまうエネルギー壁を生成する。高速機ということで
装甲の軽量化をはかった結果、防御力を増すために装備された物だ。
さすがにダメージは無かったものの、見たことの無い防御システムに驚いたイレヴンは
上空へ舞い上がると、胸部を開いて荷電粒子砲を放つ。
出力は元の機体と同等ながら、火線の直径が30cmにまで集束された荷電粒子砲は常識
を破壊するエネルギー密度で光の壁を破らんと突き刺さる。が、フィールドを傾けること
で粒子が逸らされ、除雪車で集められた雪が堆く積まれた空き地に吸い込まれ――
大気が振動する、巨大な水蒸気爆発が起きた。環状に周囲の窓が粉々になっていく。
なお、数km離れたリニアたちが見たのはこの光である。
オリバーが後に評する所では「宇宙空間でも音が聞こえそうだった」とのことだ。
当然、生身で衝撃波を受ける羽目になったラインハルトは剣の防御フィールドで必死に
身を守る。さっさと立ち去らないと、戦闘の余波だけで光にまで分解されてしまいそうだ。
館のシェルターに飛び込もうと中庭を走っていく際、手が届きそうなほど低い雲と雪の
カーテンを引き裂いて飛来したシャドーエッジが視界の端に映った。
敵の“剣”を封じる為に戦場に居なくてはならないリニアがあえてこちらに戻ってきた
のは、アレックスの戦線復帰とオレーグたちの覚悟があってのことだった。
数分前、閃光と衝撃を何かの異変と感じたリニアに対し、アレックスが機体の復調を告
げた。同時に、オレーグは素早い頭の切り替えでリニアの決断を促す。
<アンタ、オリバーのところに戻ってやったほうがいいぜ。敵が“剣”を使ってこようが、
俺たちも能力を使って何とかするさ>
「だが……」
<信じろよ。悪いが、アンタとは踏んできた場数が違う。付け焼刃の強化人間風情に負け
やしないって。アンタが居てくれればこっちの勝ちは鉄板だが、それで向こうがやられち
ゃ意味が無い>
「……わかった。向こうで何事もなければ、すぐ戻る」
シャドーエッジの離陸を見送ると、オレーグはまだ雪を被ったまま動かないエナジーを
見やって呟いた。
「おい、復調したんじゃなかったのか」
するとアレックスは不敵に笑み、人差し指を立てた。
<敵とドッグファイトをやるだけが戦闘ではない――とだけ、言っておきましょうか>
その意図を理解したオレーグもまた、同じ様な微笑を唇の端に浮かべた。
「師匠か! こいつ、アタックゾイドより小さいけど――破壊力は本物だ!」
<オリバー、そいつは私が引き受ける。お前はアレックスたちの援護に向かえ>
「……『たち』?」
<説明は後でする――さっさと行け!>
選手交代を見て取ったイレヴンは、メインターゲットの登場に嬉しそうな咆哮で応えた。
「ようこそ、ヒトの叡智がつくりし紛い物の天使よ! お前を人間に変えてくれる女神な
ど居ないと知りつつ、なお望まずには居られぬ哀れな怪物よ――!」
オリバーが新たな相棒と共に外壁を飛び越えるのに十二秒。戦場に姿を現すまでには、
二十三秒の時間を要した。そして、戦場は二極の様相を呈している。
青い機体ととシヴァ、イフリート、ラムウの三人が繰り広げる戦いはまさに苛烈な撃ち
合い。ダイヤモンドのうちに煌く光のようにマズルフラッシュが連鎖したかと思えば、そ
れすらかすむ眩さの荷電粒子砲が大気をイオン化させる。
対してオレーグと橙の機体は戦いの殆どを膠着状態で過ごしている。時折お互いの目が
醒めるような一撃の応酬はあるものの、組み合いに発展することなく距離を離す。
オレーグが警戒するのは“剣”だ。
地下での戦いにおいて、目の前の青い機体を観察する余裕は無かった。しかし騎士が持
つ“剣”が軽視できないものであることは、ジークフリートとの戦いで身に染みて解って
いるのだ。
「まず何とかして、敵の能力を見極めなければならない」
その方法はいくつかある。確実なのはあえて隙をさらし、敵の攻撃をギリギリで回避す
る事――だが、最初の一撃で致命傷を負わされる確率も高い。
全身の火器は重量の関係であまり高威力の物はない。フルバーストの直撃ならば、熱線
の集中でデスザウラー級のゾイドなど簡単に蒸発させられるが……それを撃つ隙がない。
背中のバスターキャノンにしても、せいぜい敵の体制を一瞬崩すのが精一杯だ。
「……とはいえ、格闘能力は制式以下だからなぁ」
敵は格闘特化型。殴り合いが続けば、負ける。
彼の選ぶべき道は一つのようだ。
メガラプトルの動きが、先ほどまでとは打って変わって肉食恐竜然としたものになった。
名乗ったことと、相手が誰であるかはっきり分かったことがあるのだろうか。
赤熱化した爪が、ワイツの体目がけて振り下ろされる。
その動きも、さっきより数段速い。
「ぐっ!」
間に合わないと判断したサウードは、長刀を爪に合わせるように突き出すことでそれを防いだ。
鈍い衝撃と、上からの物凄い力。痩せ気味な体躯に似合わず、かなりのパワーだった。
「基本の部分は平均以上、しかも相手は俺の同類…。
手の内知れてるだけに対処方がないってのも、変な話だぜ」
何つー骨だよ、と文句を言えるだけまだ余裕があることを確認し、
上から押さえ込む力がわずかに緩んだのを見逃さず、素早く長刀を引き抜いて間合いをとる。
押さえ付けられたままでは、いずれソードの基部がやられてしまいかねなかった。
火球を放ち、それに追いすがるメガラプトル。
ワイツはそれをうまく見切り、相手が前へ出た分だけ下がった。
大きく詰められれば大きく離し、小さく近づかれれば小さく下がる。
微妙なコントロールで巧妙に攻撃をかわすワイツに、放つ火球の数が次第に増えていった。
なんら前触れ無く、ギガの巨体が“発動の光”を放った。偏光機能を備えたレンズの前
では目くらましにもならないが、光度を調節する数マイクロ秒のうちにオレーグは行動を
始めている。
ギガが強靭な脚力を生かして後方に跳ぶ。同時に、着地を待たずして全身の火器が全方
位にばら撒かれ――ミサイル、レーザーを問わずその火線は急激に歪曲し敵へと集中する。
オレーグの能力“ジェノサイドゾーン”は、一定の範囲内において自分が放った砲撃を
自由に曲げることの出来る力である。
ギガの機動力で敵との距離を離しつつ、必中の歪曲砲撃を嵐のように撃ちまくる。そし
てこの場合、弾に限りのある実体弾よりもコアのエネルギーに依存する光学兵器が望ましい。
情報屋、デイビッド・O=タックが『ガン逃げホーミング弾戦法』と呼ぶこの戦い方で、
敵機のオーバーヒートを狙う。絶え間なくレーザーやビームを受け続ければ、排熱が間に
合わなくなり機能停止するのは目に見えているからだ。
「ラムウ、前に出て敵の攻撃を受けろ! 接近すれば、俺が……!」
色違いのフューラーを駆る三人組は、各自の能力を活かした連携攻撃を仕掛けている。
『絶対防御』の能力を持つラムウは敵の攻撃から味方を守る盾に。
『超再生』のシヴァは、追加された専用のユニットで味方のダメージを回復。
『防御無視』のイフリートが他の二人からサポートを受けつつ攻撃の要となる。
その強力な三人が集まってもなお、壱号機は彼らの手に余る存在だった。問題となるの
は壱号機の有する“剣”。
今の今まで、まだそれは発動していないと思っていた。が……違う。四人は殆ど同時に、
その戦慄すべき事実に気付いた。
<お前ら、何でここに!?>
最悪のタイミングでオリバー・ハートネットが乱入してくる。オレーグは力の限り叫ん
だが、遅かった。
「待て、近付くな――!」
<ようこそ、オリバー。さっそくだけど君は既に僕たちの『テリトリー』に足を踏み入れた
――そして、生きて出ることは無いと知れ――!>
続く
「どんどん撃ってくれるのは構わんけど、どっちに向かってるのか、ちゃんと見えてるかな?」
サウードは静かに言い、激しくなった射撃を避けながら、また飛び掛かって来るのを待つ。
同時に、さっきの爪による攻撃を受けた長刀の損傷を素早く調べる。
特に歪みも異常もない。一時的に温度はかなり上がったようだが、それも冷めつつある。
(これが冷めきるまでは反撃に出られねーのか…あー、辛い)
メタルZiも金属の一種だから、熱にやられれば最悪熔ける。扱いが悪ければ錆びたりもする。
恐らくメガラプトルの爪は、敵の装甲を熔断することでダメージを与えるものなのだろう。
それならば、メタルZiにも対応可能だ。もし相手が剣でも、峰や鎬を狙えば折る事もできる。
(なるほどね、外装火器が積めないなら基本武装を底上げすればいいわけか)
ヘルアーマーを全身に纏い防御力を高め、犠牲になった火力は軽量化で補う。
確かにそれは、戦闘用ゾイドに長年求められてきたものだった。
悔しいが、総合的なスペックは明らかに相手の方が上だ。
しかし。そこにこそ、逆転のチャンスがある。サウードは、そう見ていた。
(果たして、乗ってきてくれるかどうか…?)
「あらよっとっと〜!こう言う所は昔と変わらないね〜!」
ハガネのゼノン&チョコのトラグネス、チーム名“アンチオオツキ”は人込みならぬ
ゾイド込みの中を進まず、手際良く各ゾイドを足場代わりにして踏み越えていくと言った
戦法で楽々進行していた。一見間抜けに見えても、かなりのテクニックを要求される事は
想像に難くない。そして踏み越えられた各チームの人は、
「俺を踏み台にしたー!?」
とか次々に叫んでいたりする。
「うわ!怖!危ねぇ!」
「オイオイしっかりしろよ!こんな所で脱落したら洒落にならないだろ?」
マッハストームも、このゾイド込みの中を、何とかギリギリで進んでいた。
シズカ&ベンケイ、チーム“ゲンジ”はと言うと、ベンケイの愛機であるマッドサンダー
“ヒエイザン”の背中にシズカの“シャナオウ”が乗る形でゾイド込みの中を強行突破
していた。しかし、やはりマッドサンダーの様な大型機は目立つのか、周囲の皆が一斉に
攻撃を仕掛けていた。強者が真っ先に狙われるのもバトルロイアルの宿命か。
「うおぉぉぉぉ!あのマッドサンダーを落せぇぇ!」
各チームは一斉に二機に襲い掛かった。しかしシズカは表情一つ崩さず、
「ベンケイは構わず進め。ここは私が何とかしよう。」
「は!」
シャナオウがヒエイザンの背中から後方へ飛んだ。周囲のチームのゾイドが一斉に
襲い掛かる。が、シズカは全く余裕の表情を見せ、シャナオウが何かの呼吸法と思しき
ポーズを見せた。と、その直後だった。シャナオウが美しい舞を見せると共に各チームの
ゾイドが一斉に宙に高く舞い上がり、そのまま地面に叩き付けられて機能停止して
しまった。その後でシズカは何事も無かったかのようにベンケイと合流していた。
「ん?あの戦い方は・・・。」
シズカの戦いを遠目から目の当たりにしたハガネは眉を細めた。
その他にも様々なドラマがあったが、無限に広がる広大な戦場で一つ一つを描写する
事など、不可能であろう。そしてついに第一関門の広大な平野を突破出来たチームを
フルタチが確認し、早速実況していた。
『早速突破者が出ました!あれはチーム“アンチオオツキ”だー!』
『別の方向にはチーム“ゲンジ”の姿も見えますよ。』
アンチオオツキとゲンジの2チームはそれぞれ別々の方向だったとはいえ、ほぼ同じに
平野を突破しており、そのまま走り去っていった。それから一時後に、他のチームも
少しずつ突破している様子だった。
『先程の2チームに続いて次々突破者が現れました!“サクイの民”“マッハストーム”
“サベージハンマー”“ワールドバスターズ”“エンターティナーズ”等です!』
『続いて“獣王教団選抜”“ゾイテック選抜”“ズィーアームズ選抜”“MEGA”
“ヘルレーサーズ”“治安局選抜”などなど・・・とにかく様々なチームが進んでいますよ。』
と、もはや一つ一つ解説するのが面倒になる程、次々に各チームが突破していた。が、
何故かその中にマリン等の姿が見えなかった。
『おや?チーム“ふたりはゾイキュア”の姿が見えませんが一体どうしたのでしょうか?』
『さて、まさか第一関門で速攻脱落してしまったのでしょうか?』
フルタチとヤマモトはダブルソーダの操縦席から身を乗り出してマリン等の姿を探した。
すると何とマリン等はスタート地点に突っ立っており、その場から動いていなかったのだ。
『おおおっとぉ!チーム“ふたりはゾイキュア+γ”の姿がスタート位置で
立ち往生しております!一体何があったのかー!』
『マシントラブルですかな〜?』
と、フルタチとヤマモトはダブルソーダをマリン等の方へ進めていたが、その後で
「ちょっと待て!+γってなんじゃ!+γって・・・。」
「+αじゃなかったのかよ!勝手にチーム名にするだけじゃなく改名までしやがって!
+αの次と言う事で+βなら百歩譲れるがいきなり+γまで飛ぶとは・・・。」
と非難轟々で、挙句の果てには石を投げられてしまうなんて事もあったが、ミレイナは
「本当にこんな事して大丈夫なのかイエ〜イ?」
と心配していた。しかし、マリンとルナリスは余裕の表情を見せていた。
「空が飛べても、マッハが出せないとダメか…」
さっきから目ではきちんと追えているのだが、凱龍輝はそれに見合うスピードが出ない。
元々空中戦用ではないから、スピード改を装備して空は飛べてもマッハは出せない。
レーザーも弾速が高すぎて、マッハで曲線軌道を描きながら飛ぶプテラにはなかなか当たらない。
帯に短し、襷に長し。汎用性が高いというのも、いいことばかりではない。
「これじゃいつまで経っても終わらないじゃないか…レイズの援護に行けない」
いかにして、射程圏内を一秒以上飛ばさせるか。プテラを倒す方法は、それしかなかった。
しかし、今のままでは半永久的に無理だ。さて、どうしたものか。
「…それにしても、撃破する気ないのかな?」
救いは、プテラの攻撃により凱龍輝が被るダメージが著しく低いことだった。
基本的にカマイタチで攻撃する機体らしく、さっきからこちらの機体をかすめて行くだけで、
攻撃らしい攻撃は今のところかけてこない。もちろん、何か隠している場合もあるのだが。
「なんで自分からばらすかな…これじゃバレバレじゃないか」
いずれにせよ、時間稼ぎも目的であることは簡単に推測できた。
「あーもう、気付いたら余計苛立ってきた」
ということは、俺はその作戦に乗せられていることになるのと同義だ。
しかし、ここで熱くなっても仕方がない。冷静に、対策を考えないと。
「……」
落ち着いて、プテラの飛ぶ軌道を目で追う。
プテラは、S字を繋げたような軌道をとりながら、隙を見て直線で突っ込む飛び方をしている。
戦闘機同士のドッグ・ファイトでも、時折使われる飛び方だ。
さて、となると。
「一撃で…殺るか殺られるかだな」
荷電粒子砲を使えば活路が見出だせそうだ。しかし、あの速度で動く敵に対して口を開くのは、
弱点見せますからここを狙ってください、と言っているに等しい。
それを誘うために荷電粒子砲を撃つのだが、本末転倒になっては無駄だ。
「―よし机上の空論終わり」
だが、こうやって迷っている時間の方がもっと無駄だ。これは所謂前座、本来の任務ではない。
だから、さっさと終わらせる。
「―リミッター、解放。
出力限界点、消去。
B-CASリンク、中和停止。
荷電粒子砲、安全ロック解除」
出力を一気に上げる。キャノピーに隠れた目が、紅く光を放ち始める。
「―荷電粒子、縮退確認。
荷電粒子砲、ドライブ!」
凱龍輝の口が、強い光を放つ。そして、縮退した荷電粒子をその圧力で以て一気に放出した。
触れたモノをことごとく蒸発させる粒子ビームの光条が、プテラに迫る。
だが、プテラはそれをかわす。さすがに難無くとはいかなかったようだが、とにかく避けた。
そして、その光を背にしながら凱龍輝に向かって突っ込む。狙いは予想通り、凱龍輝の口。
「…はい、チェックメイト」
ニヤリと笑うアレクシア。荷電粒子砲の発射状態はそのままに、限界まで拡散させる。
指向性を失った荷電粒子が凱龍輝の前方に散らばり、荷電粒子のプールを作り出す。
プテラは、それに真っ向から飛び込む形となり、荷電粒子に全身を焼かれ、バランスを失った。
その間、わずか一瞬。しかし、完全に予測通りに事が動いているのだから、一瞬でも十分だった。
言うまでもなく、光速は音速よりも、遥かに速いのだから。
すかさずそこにレーザーを撃つ。レーザーは過たず、プテラの両翼の付け根を撃ち抜く。
翼を失ったプテラは、そのまま放物線を描きながら墜ちていった。
「やっぱ音速とか光速勝負ってのはダメだな。早く勝敗が決しすぎて、面白くない」
墜落を確認しながら、俺は機体の高度を下げた。
「この、ちょこまかと…っ!」
カイは、焦っていた。さっきから、ワイツがヘルアーマーの隙間を狙って攻撃してくるのだ。
しかも反撃のために放つ火球は、完全に軌道を読まれて回避されてしまう。
(くそ、いつ気付いた?)
メガラプトルは、ヘルファイアー以外に火器がない。ヘルアーマーのせいで、装備できないのだ。
だから、それの軌道が読み切れれば、射撃によってダメージを被ることはほとんどない。
長所は、ときに短所を暴露する。サウードは、発想の転換で状況を見事にひっくり返したのだ。
さっきまで逃げ続けていたのは火球の軌道を読むため。だから、遠めの間合いを維持し続けた。
当然、今の間合いはさっきと違い、ワイツの長刀が一本入るのにちょうどいいくらい。
いくらメタルZiを折れる爪があれど、近づかなければ届かないし、
折れるといってもメタルZiだから、ヘルアーマーにとって脅威であることには変わりない。
踏み込まなければ斬れないが、踏み込めば斬られてしまう。
そのギリギリの間合いで立ち往生すれば、否応なしに精神は擦り減る。
だから後は、焦れて突っ込んでくるのを待つだけ。
それが、サウードの最大の狙いだった。
程なくして、その瞬間は訪れた。
メガラプトルは一気に間合いを詰め、ワイツウルフの両肩を両手で抑える。
そしてコクピットに狙いを定め、火球を放とうとした。
作戦の内とは言え、撃たれれば死ぬ。それこそ、ほんの数秒後には、という状況だ。
しかし、それでもサウードは余裕の表情を崩さなかった。
「…掴む場所、間違ってるぜ」
バイオクラッシャーを展開し、右肩を切り落とす。長刀を展開し、左肩を切り落とす。
そのまま右に機体をずらし、火球を回避。そして長刀二本をしまい、短刀を展開。
「悪いが…了いだ」
前へ倒れ込む機体の懐へ潜り込むようにして、腰からメガラプトルを横に断割した。
支えを失った上半身が、真下へ落ちる。下半身は、そのまま弧を描いて倒れた。
サウードは、アイドリングになっていた通信を復帰させ、カイに声をかける。
「…とまあ、こんなわけだわ」
画面は、かなり乱れている。結構な高さから落ちたのだから、内蔵機器は破損して当然である。
「…負けた、か」
静かに言うカイ。悔しさをこらえているのが、何となく分かった。
「いやいや、俺の勝ちだよ。アンタは、俺の手の中で踊ってただけなんだから」
「…何?」
「信じられねーか?…じゃあアンタ、俺が初めから狙って通信つないだの、気付いてたか?」
「!?」
―いや、いきなり斬り合ってぶった切ってはいおしまいじゃ味気ないと思ってさ―
「あれが…フェイクだったと言うのか?」
信じられない、と言う顔で呟くカイ。サウードは、相変わらず余裕の表情だ。
「相手の顔が分かるとな、人って―それが敵であっても―安心しちまうんだよ。
別に、あの時言ったことは嘘じゃない。むしろその逆、紛れもない本心だった。
だが、考えてもみろよ。本心と目的の間に、因果関係は存在するか?ましてや戦いだぜ?」
確かにあの時、サウードは気持ちを述べただけで、目的に関しては口にしていなかった。
と言うことは、目的は話すことではなく、通信をすることそのものだったのか。
ゾイドに乗っている間は、連絡手段は通信しかない。だからゾイド乗りは、必ずそれに応じる。
サウードは、それを逆手に取ったのだった。
「で、アンタは俺が砂漠の民であることを知って、言ってみりゃ安心してかかって来たわけだ。
ほんとに、見事に引っ掛かってくれたよ。
…言ってたのにな。敵に情けは無用。それが戦いだぜ、って」
どんなに性能が良くても、パイロットが悪かったらフルに性能は発揮できない、とよく言われる。
しかし、僕ことアラムは、自分の事を良いパイロットだとは、とても思えないでいた。
性能は、フルに発揮させられる。話さえ聞けば、上手い操り方くらいはすぐに分かる。
だけど、僕の場合はそれより先がない。自分で言うのもなんだが、戦い方が素人なのだ。
元々使う側ではなく作る側、売る側だった僕は、そういう訓練をほとんど受けていない。
だから、いつも思うのだ。性能を引き出せるのは、良いパイロットの条件なのだろうかと。
今戦っているワイツタイガーのパイロットは、僕の駆るレイズを見て、
僕のことをどう思っているのだろうか。ちょっと聞いてみたい気もした。
「…まぁそんなこと呟いてる暇はないんだけど」
言いながらレイズを狙って繰り出される爪を再々度かわす。
さすがは古代核ゾイド、今まで戦ってきた機体とは段違いの性能だ。
相手はコアが二つと言うのも、多分その理由だろう。
デカルトドラゴンには、B-CASとは全く違った方面からのアプローチによる、
全く新しい合体システムが採用されている。
デカルトドラゴンを構成する二機のゾイド―デスレイザーとパラブレードは、
どちらも完全野性体ベースの機体ではないから、恐らくそれでも使える類いのものなのだろう。
となると、今ワイツウルフに合体しているサビンガは、ZOITECのものと見た目こそ同じだが、
その技術を以て完成させられた、全く別仕様の機体と言うことになる。
未完成だが、この機体―レイズタイガーの背中に装着されるレーザーネストには、
飛行ゾイド―プテロレイズ(仮称)への変形機構が搭載される予定になっている。
あのサビンガに使われている技術を用いれば、さらに戦闘力の向上が望めそうだ。
「まあ、とりあえず動きを止めるのが先か」
相手が飛び上がったのを見計らって機体を一気に前へ突進させる。
ワイツの懐に潜り込み、そのまま四肢の破壊にかかるが、
ワイツはレイズを踏み台にすることで攻撃を回避した。
ちょっと期待したが、やはり、そう楽はさせてくれないようだ。
しかし、ZOITEC製古代核ゾイドだというのに、よく御しきれている。
「と言うことは、Zi-Armsも古代核ゾイドを完成させたのか…?」
その呟きの、次の瞬間。
それに答えるかのように、レイズにあさっての方向から攻撃が撃ち込まれた。
「心配する事は無いよ。まだ大会は始まったばかりだからね。」
「それに大会一日目は地図に指定された場所へ行く事が目的だ。そこへ行く為だけで
一位になった所で優勝には関係無いからな。それに、その地図も目的地が指定されて
いるだけで、どう言う道順を通るかは各チームの自由の様だし。」
「なるほど。この大会は長丁場になるから無駄な戦いはしない様にってワケですな?」
キシンが納得した口でポンと手を叩いていたが、カンウとハーデスは右方向へ向いた。
「とりあえず平野をまっすぐに進まず、右側の浜辺の方へ迂回して進もう。一見遠回りに
見えても相手チームとぶつかる危険性は低くなるだろうから、結果的には近道に
なるかもしれない。」
「それで決まりですね。じゃあ行きましょう。」
「おっしゃ!バリバリ行くぜベイベー!」
こうしてマリン等はなおも激しいバトルロイアルの続く正面を進まず、
右方向へ迂回し始めたのだった。
その頃、サベージハンマーの凱龍輝、ロードゲイル、マトリクスドラゴンの3機が
草原の上を飛んでいたが、その中でバートンは一人クスクスと笑っていた。
「フッ!フッフフ。」
「バートン何思い出し笑いしている?」
「いや?別に?何でもありませんよ!」
「何か気持ち悪いな〜・・・。」
マトリクスドラゴンのナイスミドル3人組はバートンを不気味がっていたが、彼は
なも笑い続けていた。
「(幾多の罠を突破した奴も、今度ばかりは終わりだな・・・フフ。)」
ちなみに補足すると、大会が始まるまでにもバートンはあのバナナの皮戦法以外に、
様々な戦法を行って来ていたが、全て破られていたと言う悲しき過去があった。
そしてマリン等の乗る各機は浜辺をトボトボと歩いていたのだが、その浜辺は
平和そのもので、とても大会中とは思えないのどかさだった。
「今日だけで一体何チームが潰れるのだろうな?」
「さあね。所で次はどう言ったルートを通る?」
と、その様な平和な会話が行われていた時だった。
「いた!いたぞいたぞ!畜生見付けるのに苦労したぜ!」
そう言った声と共に、浜辺の内陸側の崖の上に巨大な金棒を背負った10機の
アイアンコングの集団が現れたのだ。
「あっら〜。見つかっちゃったよ〜。無駄な戦いはしたくなかったんだけどな〜。」
マリンはカンウ共々頭をポリポリ掻いていたが、アイアンコングの集団は次々に
崖を駆け下りていた。
「俺達はチーム“ブラッディ”お前達はここで終わりだ。」
そう言って彼等のコングは一斉に背中に背負っていた金棒を両手に構えた。
「良いかお前達。あの緑色のゴジュラスギガを集中して攻撃するのだ。奴さえ倒せば
ここで負けてしまっても、莫大な金額をあの人から貰えるのだぞ。」
「おお!分かってますよ勿論!」
チームブラッディはカンウの方を睨みつけつつその様な会話を行っていたが、
彼等の会話が聞こえていたマリンは少し眉を細めていた。
「(はは〜ん。これまたバートンのセコイ罠ね?セコイ戦法は私のお家芸って何度も
言ったのにいい加減にして欲しいわね〜?)」
と、マリンがそう考えていた時、ブラッディの各コングが一斉に金棒振り上げて
襲い掛かっていた。
「死ねよやぁぁぁ!」
凄い剣幕で襲い掛かってくるコング10体。しかしマリンは全く戸惑う様子も見せず、
「天導山おろしスペシャル!」
「あら〜!」
自重の数倍の敵をことごとく投げ飛ばして来た天導山おろし。その上、今のそれは
大会の為の猛特訓により、他の技術と並行して以前の数倍にも強化されている。
可哀想にブラッディのコング10体は全部まとめて一瞬にしてお空の星になって
しまいましたとさ。
「んじゃ行きましょか行きましょか。」
と、マリン等は何事も無かったかの様に進み始めた。
その後、チームブラッディがどうなったかと言うと・・・、
「あららららら〜!」
「ってうぉわぁ!」
「いきなりアイアンコングが降って来やがったぁ!」
何故かサベージハンマーのすぐ近くに落下していたのだった。突然の事に戸惑う
バートン達だが、その後でブラッディの者達はロードゲイルの方へすがり寄った。
「あんたぁ!話が違うぜぇ!?」
「やめてよね。本気でケンカして俺達があんなバケモンに勝てるワケないだろ?」
どうやら彼等をけしかけさせたのはバートンである事は誰の目にも明らかであり、
彼のロードゲイルは凱龍輝とマトリクスドラゴンの二機に睨み付けられていた。
「何か知っている様ですが、何があったのですか?」
「・・・。」
バートンは気まずい顔で黙り込んでいた。が、その直後、すぐに彼はこう言った。
「私は何も知らんね。」
「そうか。ならば行こう。」
「ええ!?」
こうしてサベージハンマーは何事も無かったかの様に目的地へ向けて進み始めたが、
バートンにすっとぼけられたブラッディの皆様はショックの余り気絶してしまった。
「おわあっ!?なんじゃこりゃああ…と言い出しそうな硬さ。
踵が…踵がヒリヒリしますね。」
海中に叩き落としたスタッグドレイクの無茶な硬さに踵をさすりながら操縦を交代。
しかし…ファインはサブのシートに戻らずコクピット端で親指を噛んでいる…。
「何をして…って!?亥・辰!?口寄せの術っ!?」
「えいっ。」
エリーゼの確認とそれを阻止しようと動くのだが既に口寄せを行ってしまっている。
もう何かが出てくることは確定。
白い靄に包まれて何かが出現する…それが何か?それはまだ解らない。
エクステラの方は何が現れたか解っているようで目をキラキラさせている。
「高レベルの事象干渉波っ!?このクラスの威力と周囲に何も起こる事が無い!
招喚かっ!」
ゼクトールは予想しうる最悪の事態を想定する…
その1:特殊な短距離転移生物によるコクピット内に対する白兵戦を挑まれる。
その2:使い魔の招喚。者に因るが大抵厄介な存在ばかり。
その3:知り合いを呼び寄せる。
どれも状況が悪いが特に3の知り合いが一番問題である。
裏の筋での交流が盛んな男の呼ぶ者…ピンからキリまであるが、
その存在によっては人質だったり珠玉の古強者だったりと枚挙に暇がない。
とりあえず邪魔な月の獣を引っ剥がし少し離れた場所から海上に頭を出す。
「ほう…久しぶりのコクピットだが?随分と広くなっているじゃないか。
くくくくくくくく…ははははは…真逆くだらん用ではないだろうな?」
「あ…れ…?アドレスを間違えたみたいですね…あだだだだだだだ!!!
痛い!痛い!痛いですって!どうどうどうっ!!!」
その体から考えてもどう見てもスケールオーバーな輝く義手。
肩から分岐しているクレーンアームでファインは頭を挟まれてギリギリされている。
その奥に光る赤い眼。その表情は心底嬉しそう…
エリーゼは現れた男の事を聞いた事が或る。”死を運ぶ紅き狂風”と呼ばれた者。
「高名な大魔導士センセイが出前の間違い(口寄せ失敗)とは恐れ入る。
だがそのお陰で久しぶりに貴様をじっくり締め上げられる訳だ!」
「だから痛いですって!このままじゃ腐ったトあだだだだだだだ!!!」
「不謹慎で不潔な言葉を発するな!キャラが被るっ!」
今を持ってしてその狂気には陰り無し。
歴代共和国軍潜入工作員最凶の名を欲しいままにしているこの男。
「被る訳が無いでしょう!いい加減あだだだ!じでぐださいっ!!!」
地上最強のいじめっ子ザクサル=ベイナード。失敗所が大損害であった…。
海上でそれを聞いていたゼクトールは完全にやる気を失っている。
「茶を濁す…と言う話は良く聞くが泥団子を放り込むとは。
如何しようも無さが漂って今までの空気が台無しだな。」
ベルゼンラーヴェ等のタイプに分類される操作系統のゾイドにはとある特徴が有り、
操縦者が入れ替わるだけで劇的に行動が変わってしまう。
本人の体捌きによって千差万別の変化を持つのだ。
更にベルゼンラーヴェのみに焦点を当てれば…事実上3日間はぶっ続けで行動可能。
機体内で再生産できない燃料が非常に需要が低い為に実現する驚異の経戦能力。
随時操縦者が変わって戦闘を続ければ直接のダメージが無い限り止まらない。
偶然生まれた機体特色だが…
それが真価を発揮すれば操縦者が1人のゾイド等到底敵う訳が無い。
ガン逃げ一つで全てが終わるのだ。ただそれができないから苦労をしていたのだが。
「月の獣はそれでも動くか…少しの間休ませてもらうとしよう。」
スタッグドレイクはまた海中に潜航していく。
「あら?ご苦労様。わざわざこっちに来てくれるなんて。」
表情こそゼクトールには見えないだろうがメリーは満面の笑みを浮かべている。
「テンペストブラスター発射!」
海中が煌めくイオンの輝きに瞬きそれを纏う光の帯がスタッグドレイクに直撃する。
一応結界発動機を持つスタッグドレイクは自動的に威力を計算し結界シールドを張るが、
それを易々と貫く2つの帯はスタッグドレイクのゴジュラスタイプの両腕を消滅させる。
「くっ!必要防御属性が多過ぎたかっ!?」
威力もさることながらその多種多様な攻撃属性は結界やシールドを易々貫くのだ。
目を疑った。
虎が、もう一匹いる。
黒い装甲、赤い目に、所々黄色がアクセント。色合いは悪くなかった。
外装火器が、腹の衝撃砲とおぼしきモノ以外見当たらない。
さっきの攻撃は実弾、しかも三発どころではなかったから、まだ他にも内装火器があるのだろう。
そして、その姿には見覚えがあった。
「おいおい…こっちからもらった設計図まるまる流用って、アンフェアだろ…」
古代核ゾイド第三号。ワイツのように"分割"ではなく、レイズのような"循環"でもなく、
"放出"によってその膨大なエネルギーを制御するシステムを搭載された、
ある意味三機の中でも最悪の仕様の機体。開発開始時の名前はブラストルタイガー。
「全部中に詰め込みやがったのか…Zi-Arms」
当初は外装火器を増設して"放出"のシステムを搭載する予定だったが、
Zi-Armsによって核が強奪されてしまい、計画が中止されていた機体だ。
ZOITECがわずかばかりの賠償の代わりに事後承諾と設計図の譲渡を行い、
開発それ自体をZi-Armsに引き継がせるという体裁をとることで、
かねてからあった古代核ゾイド開発に関する対立の激化は免れるという事態になっていた。
…まさか、名前まで同じとか言うんじゃないだろうな。
形勢が、一気に変わった。
ワイツとブラストルが、レイズをじわじわと追い詰めはじめる。
ワイツが接近戦を仕掛け、ブラストルが圧倒的な火力で砲撃をかける。
レイズは必要最小限の動きでかわし、さばき、受け流す。
アラムの技術が高いのと相手の動きが緩慢なのとで、一気に不利になるということこそないものの、
やはり二対一になったこととさっきまでの戦闘による疲労は、彼に重くのしかかってきていた。
「くそ、どうする…?」
レーザーネストがないとブラストル級の火力とは正面から渡り合えない。
(となると…?)
まずはさっきからしきりにちょっかいを出してくるワイツを何とかしないといけない。
アラムは頭を切り替え、今まで考えていた作戦をすっぱり切り捨てた。
さっきまでは捕獲を考えていたが、こうなってしまっては仕方がない。
生ぬるいやり方で、命の危険にこの身をさらすのはやはり嫌だ。
「やっぱり、撃破しかないのか。まいったな」
牙の安全ロックを解除し、エネルギー配分を手動で素早く変更する。
基本設定でのエクスプロードバイトでは、恐らく古代核のキャパシティをオーバーできない。
最小限の回避行動を続けながら、アラムはチャンスをうかがい始めた。
全速力でレイズを援護に向かう、凱龍輝とワイツウルフ。
「くそ、手間かけさせやがって…」
サウードがぼやく。どんな戦闘になったのかは知らないが、苦戦はしていたようだった。
「間に合うかな…」
「既に戦闘は始まってるとは思うが…どうだろうな」
もし一号機が本物の古代核のワイツだったら、アウトだろう。
いくらアラムの技術をもってしても、逃げきられてしまう可能性が高い。
イミテイトならまだ望みはあるだろうが、さてどっちか。
「レーダーにゾイドの反応を確認…!?」
サウードが、驚きの声をあげる。つられて、俺もレーダーに目をやった。
「三機、か…レイズとワイツと、あと一機は何だ?」
反応は三機。しかも二対一。多分一がレイズだろう。
細かい動きを繰り返しているのを見ると、激しい攻撃をかいくぐっているのが推測できた。
通信のコール。アラムからだ。つなぐと、小刻みに揺れている画面に、アラムの姿。
「大丈夫か?」
「全然ダメだよ。ワイツは虎になるし、ブラストルは駆け付けて来ちゃうし」
疲れたような声。心なしか、焦っているようにも聞こえる。
「ブラストルだと?」
「ああ。やっこさん、いつの間にやら完成させていたみたいだ」
「…仕事速いな、全く」
しかもワイツが虎になったということは、サビンガも何らかの手段で完成させていたのか。
しかしサビンガって、確かZOITECの機体じゃなかったか?
「いつどこからサビンガの設計図が漏れたんだよ?あれ結構厳重に保管されてたぞ?」
「さあ。分かるのは漏れたのがかなり前だってことと、完成度がうちのより高いってことだけだ」
しかも仕様まで違うらしい。今日は、信じられない事態のオンパレードだ。わーい。
「…やれやれ。今日も山のような報告書確定か」
しかも上への文句と謝罪とも込みだ。どれだけの枚数になるか。
…あー、やだやだ。
「お疲れ様」
「俺のことを気遣う暇があったら、さっさと自分の問題を解決しろ」
「はいはい」
通信が切れる。…少しは、気晴らしになっただろうか。
「…今のアラムの話、聞こえてたか?」
「バリバリのバッチリだけどさ…ほんとなんつーか、傑作だよな」
「全くだ」
課題がさらに追加されたのを確信する。ただでさえ山積状態なのに。
過労死がそろそろ現実問題になってきそうなのを感じ、
俺はサウードに分からないようにそっとため息をついて、レバーを握り直す。
あれだけ戦っていたはずなのに、いやに冷たく感じられた。
マリン等はなおも浜辺を進行中だった。そうして一時進行していた時、正面に島内部へ
続く一本の道が確認された。
「あの道はどう?」
「あの道なら目的地である山へ続くよイエ〜イ!」
と、こうして軽いノリを持ちながらも的確なミレイナの指示で、次の進行方向が決まった。
が、その直後だった。キルベリアンのレーダーとマリンの気配探知センサー(笑)が
ほぼ同時に敵影を捕らえたのだった。
「みんな下がって!目の前の道から大きいのが来るよ!」
「ん!」
マリンの支持に皆が一斉に後方に飛び退いた直後だった。彼女の言う通り、目の前の道
から真っ黒なホバーカーゴが現れたのだった。
「黒いホバーカーゴ!?」
「黒いトゲ付き鉄球のエンブレムマーク!あれはブルーシティーチャンピオンチーム、
“ブラックインパクト”っすよ姐さん!」
「ハッハッハッ!その通りだよ君達!」
その様な活気あふれる笑い声と共に、黒いホバーカーゴのカタパルトからこれまた
黒いブレードライガーが三機飛び出して来たのだった。
「いや〜君達本当に運が無いね〜。このブルーシティーのトップチームである
我等ブラックインパクトとこんな所で鉢合わせするなんてね〜。」
三機のブレードライガーの先頭に立つイケメン男であり、ブラックインパクトの
リーダー兼エースである“ラスターニ”はキザったらしい態度で格好付けていた。
『おおおっと!こちら浜辺ゾーン!ふたりはゾイキュア+γ対ブラック
インパクトの試合が始まろうとしております!』
『これは注目の試合ですよ〜。』
これまたフルタチ&ヤマモトの二人がダブルソーダに乗って何処からとも無く沸いて
いたが、マリン等は突っ込む気力も無く思いきり無視していた。
「ストライク!!レーザークロー!!」
「うわー!やられたー!」
別ゾーンではマッハストームが普通に試合を進めていたが、一段落付いた後、
マスクマンがRD等に通信を送っていた。
「どうやらマリン達のチームがブラックインパクトと当った様子だ。」
「本当かマスクマン!?」
RDはコックピット正面ディスプレーをテレビ映像に切り替えた。するとそこには
マリン等とブラックインパクトの姿が映し出されていた。
再び視点を浜辺に戻すと、ハーデス一機がブラックインパクトの前に出ていた。
「ここは私一人で十分だろう?」
「わー!ルナリスさんガンバレー!」
と、マリナンは一人陽気に応援していたが、その様子はブラックインパクトにとって
腹立たしい事この上無かった。
「相手は一機だけでやる様ですが・・・。」
「舐めているのか?」
「ならばその舐めた根性が間違っている事を教えてやろうではないか!」
黒いブレードライガーは素早く三方向へ散開し、ハーデスの周囲を取り囲んだ。
「僕達のチームプレーを見せてやるよ!」
「おうおうあの時の格好付けたがりがどこまで男を上げたか見てやろうじゃないか!」
三機のブレードライガーは一斉にハーデスへ飛びかかった。そのスピードは確かに
普通のチームが相手ならトップチームになれても可笑しくない物だったが、
生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜けていたルナリス&ハーデスに対しては荷が重過ぎた
のかもしれない。勿論言うまでも無くハーデスは楽々そのトリプル攻撃をその場から
殆ど動かずに回避していたのだ。
『おおお!凄いぞー!ブラックインパクトのコンビネーション攻撃を楽々回避だー!』
『マリン選手&カンウもそうですが、ルナリス選手&ハーデスも前にも増して
技が磨かれております。』
「そ・・・そんなバカな・・・。相手は別にユニゾンゾイドでも・・・、戦術AIを積んでいる
ワケでも無いと言うのに・・・。どう言う事だぁ?」
ラスターニの顔は真っ青になっていた。しかしハーデスの中でルナリスは笑っていた。
「やっぱり兄ちゃん昔と一緒だな〜。普段やたら格好付けたがるくせに相手が自分より
上手と見ると途端に弱気になりやがる・・・。」
「な!何を言うんだ!と言うか昔って何だ!?僕は君の様な奴は知らないぞ!」
なおも真っ青のままブルブル震えるラスターニに、ルナリスはあざ笑うかの様な笑みを
浮かべて彼を見下ろしていた。
「事象の全容を知れ――そうすれば自ずと、貴様にもすべきことが見えてくるはずだ」
「何だっ? 何を言っている、貴様は!」
シャドーエッジは機敏に空中を駆け回るが、相手は体躯の小ささゆえ小回りが効く。運
動性能で上回られているのだ。そして、パワーも――。
「クソッ、こんな能力が……シャドーエッジが、パワードスーツもどきに押し負ける!?」
「お前は自分の出生について、どれほど知っている?」
「なんだと?」
藪から棒に、イレヴンは攻撃の手を休め彼女に問いを投げかけた。
「能力者とは何か、反能力者とは何か、“レインフォード”の名は誰のものか……お前は、
知っているのか?」
「知ったことか、少なくとも貴様には関係な――」
「自分が何の為に生まれたか、知りたくは無いか?」
「……!!」
「そして、何故死なねばならないかも教えてやろう」
シャドーエッジは振り上げた光刃をそのまま留め、戦闘は一時的な膠着に入る。シェル
ターから顔を覗かせるラインハルトが不審に思うほど、二機のゾイドは微動だにせず滞空
していた。
暗黒の鎧を身に纏いし老人は語る。
「既に二十年も昔のこととなった大戦――そのなかを生き抜いた兵士の一人に、科学者を
志した男が居た。男の名は“ヨセフ・レインフォード”――奴は大戦の中、妻を亡くした」
「どういうことだ、“テリトリー”って……」
「コイツらの“剣”の能力は――俺と同じ、特定の領域内を効果範囲とするタイプの力だ!
やってくれるぜ、俺の目の前にいる野郎はついさっきまで――」
雪を蒸発させながら飛んでくるビームが、ギガのシールドに弾けて派手な粒子を撒き散
らす。
それを撃ったのは下部装甲を青く染めた機体、壱号機。
「――ついさっきまで、向こうで俺の部下と戦ってやがったんだ!」
イフリートの機体は、懐に飛び込んで格闘を仕掛けようとした矢先、突如入れ替わった
敵機にカウンターの拳を叩き込まれて吹き飛んだ。あばら骨がイカレたかもしれない。
「……!? こういうことか、こいつらの能力は二つで対になっているんだ!」
二振りの剣――カストルの“イダス”とポルクスの“リュンケウス”。その力は、一定
の距離を保っていれば自由に相互の位置を入れ替える事ができるという対の能力。直接戦
闘の為だけに与えられた力だ。ただ能力者を殺すために――。
<初見でコックピットを外させる反応速度は流石としか言えないね、もっともそれは能力
者としての神経融合が成せる業だから、凄いのは君じゃなくてそのゾイドか――>
「ほざくな、外道が! ……ラムウ、シヴァ!」
「「了解!」」
ラムウの機体が弐号機とイフリートのシュトゥルムの間に飛び込み、壁となっている間
にシヴァが回復を担当する。剣と盾と癒し手は三位一体の連携で敵に追撃の間を与えない。
……しかし。
<連携で僕たちに勝とうなんて>
<無理な話さ。たとえ、三人居ようともね>
灰色の空。動かぬ二機の頭上を、雪が覆い始める。
「妻は最期まで子供を欲しがっていた。だから、ヨセフは妻の遺伝子を保存しておき、そ
のDNAデータをもとに子供を『造ろうと』考えた。
時は流れ、奴は世界政府の兵器開発局に務める身となっていた。そして奴はまず最初の
発見をする――アーティファクト・クリーチャーズの母体、“エニグマ”を掘り出してし
まったのよ。それが地獄の扉を開く行為とも知らず、あの愚か者は増殖を始めたそれらを
生物兵器として利用する事を提案した」
警戒を解かないつもりでいるリニアだが、しだいに集中力が薄れていくのが解る。あれ
ほど知りたいと望んだ己の失われた時間を知る者が、どういうわけかここに居る。
ギルドの施設から脱走する前のことは殆ど何も覚えていない。あそこに居た頃の兄は優
しかった――ただそれだけの記憶しかないのだ。
「今やお前も知るとおり、あれらの怪物はヒトの制御を離れあらゆる物質を喰らう餓鬼と
化した。奴らの体組織を構成する“多重世界転移細胞”はきわめて密度の高い負のエネル
ギーであったから、量子利息の増大によって自壊するのを防ぐため、常に正物質を吸収し
続けねばならなかった……フフ、専門的な話は置いておこう。とかくこの怪物どもが能力
者とお前、さらには我々円卓の騎士の誕生にも深く関わることとなるのだ。
終戦の後、 技術の復旧に全力を上げていたヨセフの元に異常な報告が入ってきた――
ある富豪の息子が、わずか二歳であるにもかかわらず、ゾイドを自在に操ってみせたと言
うのだ。この幼子、アレックス・ハル=スミスこそが……世界最初の能力者であった」
「どうしてそんなことを知っている? 貴様は何者なんだ?」
老騎士は軽く体を傾け、肩に積もった雪を振り落とした。
「私は騎士、“イレヴン”だよ。ただ造られた時には十一番目のナンバーを振られていた
からイレヴンであるに過ぎない……名前などはさして重要なことではないのだ」
再び、ラムウの眼前に青い機体が舞い戻った。
「!?――うわっ――」
超至近距離。コックピットの二メートル前で放たれた800ミリ径の衝撃砲。
機体の装甲やフレームには絶対的な強度を持たせられても、コックピット内部の慣性ま
では制御できない。したたかに額を打ち付けた少年、コンソールに血飛沫がかかる。
ラムウと戦う敵は皆、そうしてきた。ゆえにこの能力は、ある意味で最も危険度の高い
諸刃の剣でもある。
「大丈夫か――くそ、入れ替えが早すぎて対応できない!」
「ボスは大丈夫なの?」
その『ボス』は――。
「何ボケっと見てんだ、手伝えよコラ!」
めまぐるしく位置を入れ替えながら襲ってくる双子の変則的な攻撃に、対処しきれない。
格闘を仕掛けようとすればそれを得意とするポルクスが、距離を離せばカストルが激烈な
砲撃を加えてくる。
木偶の棒のように突っ立っているオリバーの機体に怒声を浴びせながら、彼は思う。
――見縊っていた……やはり騎士は騎士、どんなに幼く見えても恐るべき敵なのだ。
「この幼子はゾイドとのシンクロ(精神同調)率が異常に高いことが解り、原因を解明し
ようとヨセフはあらゆる検査を行った。結果、脳の一部に通常の人間では――通常の生物
では見られない細胞が検出された。それは、アーティファクト・クリーチャーズのみが持
つ“多重世界転移細胞”だったのだ。
ヨセフはある仮説を立てた。この細胞を持って生まれた人間は、多重世界転移細胞の特
質をその身に宿しているのではないかと。――そこで彼は『究極のパイロットを製造する』
という軍の計画をかさに、かねてよりの夢……妻が望んだ自分の子供を造ることにした。
奴は自分と妻の遺伝子をベースに人工子宮で胎児を培養、その脳に例の細胞を投与した。
細胞の量が多すぎた為、成長してからその個体は精神不安定になったが、戦闘能力はまさ
に最強と呼べるものだった。まずはそれが、お前の兄セディール・レインフォードだ」
不快さのあまり寒気がし、身体が震える。
――兄が、全ての能力者が、あのおぞましい生物の一部を持っているというのか!?
「あ、ああ……わかった」
敵の双子が見せるあまりに完璧な連携に見とれてさえいたオリバーは、生返事で答えた。
とは言っても、機体をチェックしてみると――。
「何だこりゃ、火器がない? アレックスは火力も万全だって――アレックス!」
「はい、何でしょう」
物腰柔らかに答えるアレックスだが、機体はいまだ雪をかぶって動かぬまま。
「クァッドの火器はどうしたんだ? 確か、戦闘中でも換装可能だって……」
「ああ、はい。ホロ・モニターの『WEAPON』欄を触れば武器のリストが出ますから、横の
テンキーで番号を入力、『決定』にタッチしてください。そうですね、まずは……No.140
の武器とか」
「一、四、ゼロ……で、決定? これでいいの?」
「オリバー、何やって――早く――しろ!」
使い方の説明を受ける間にもオレーグが叫んでいる。まあ、叫ぶ余裕があれば大丈夫だ。
「はい。そうすると武器が『転送』されます」
指示通りオリバーが一連の操作を終えると、機体の真横に細長い直方体が出現した。直
方体は光を反射しない暗黒色で、黒と言うより「そこだけ見えない」と言うべきか。
「うわ、何だこれ!?」
「落ち着いてください。それは一切の光、音、その他あらゆるエネルギーの干渉を遮断す
る一種のエネルギーフィールドです。そろそろ武器が――」
言い終える前に黒いフィールドは解けるように消え去り、機体の側面には数秒前まで無
かったスマートな白い八面体―片方が細く引き伸ばされている―がマウントされていた。
「――届きましたね。グローバリーでエナジーを持ってくるのに使ったアーティファクト
を改良して、機体に組み込んでみたんです。これを使うと、どこに居ても好きな武装を選
択して換装することができます。ちなみにその武器は」
「すっげぇ! 何だよそのファンタジーかメルヘンみたいなシステム!? ……よーし。
今援護するぞ、オレーグ!」
トリガーのカバーを外すと、純白の八面体の「細長い方の半分」が上下に割れた。その
隙間に紫電が走りだす。
「! 待ちなさい、タイミングを見ないとその武器は――」
アレックスの制止、時すでに遅く。クァッドの脇から雷神の息吹と見紛うほどの巨大な
電撃が迸った。
「セディールが完成するまでにも、世界各地で能力者が生まれ始めた。ヨセフはまた仮説
を立てた。アーティファクト・クリーチャーズは何らかの目的で細胞サイズの極微細な分
体を無数に生み出し、それらは空気を通じて人間の胎内に侵入、胎児の脳に根を下ろすの
だと。
怪物どもの場合、多重世界転移細胞は電子のように無限の可能性事象としてありうる場
に同時に存在する。が、それは同時に『何処にも存在しない』ことを意味する。
そして無限の平行宇宙のなかでただ一つの世界にのみ、吸収してきた正質量と同質量の
『本体』が―正しくない呼び方だが便宜上こう呼ぶ―存在する。そのただ一つの本体を置
く行為は『呼吸』だと考えられた。また、本体は数秒の周期で平行宇宙間を移動する……」
頭の痛くなるような話だったが、あの幽霊のような存在に科学的な裏づけがなされるの
はどこか滑稽にも思える――もはや警戒することも忘れて、リニアはその話に聞き入った。
オレーグとカストルが『それ』を避けられたのは単に偶然でしかない。
「なんだ!?」
<馬鹿な、こんなエネルギーを一体のゾイドで出せるはずが……!>
カメラが機能不全を起こすほどの、閃光。
天を裂く轟音。
駆け抜けた雷は遥か遠方までの雪とその下にあった大地を抉り、巨人が爪で引っ掻いた
ような傷跡を大地に刻んだ。
「……な……なんだ、コレ? アレックス?」
振動でずれた眼鏡を直しながら、名を呼ばれた男は冷静に解説する。
「その武器は“プロトニックドライバー”、イクスに搭載されていたエレクトロンドライ
バーの進化型ですよ。『正極性落雷(スプライト)』の原理を応用し、放出する電撃は従
来の百倍に相当するエネルギーを持つ。ですから、本来は出力を絞って使う物ですが……」
「オリバー、てめえ! 俺まで殺る気だっただろう!」
「い、いや、そんなこと……アレックスがもっと早く説明してくれれば良かっ」
「…………」
眼鏡越しの冷たい視線に射すくめられ、オリバーは責任転嫁をやめた。
イフリートら三人とポルクスも同様にその「誤射」に気を取られていたが、一足先に正
気を取り戻したのはシヴァだった。
「イフリート、今なら!」
「……よし!」
ブースター全開。強烈なGに耐え、初速=最高速で突っ込んだシュトゥルムにポルクスは
反応が遅れる。弐号機は回避運動の途中で、エクスブレイカーに左腕を叩き斬られた。
<この――やってくれたな!>
右腕のカウンターはしかし、ラムウの機体に阻止される。
「シヴァ! コイツの排熱口に――コネクターを突っ込んで――」
返事の変わりにシヴァはそれを実行した。本来は自分の能力、ゾイドの再生能力を異常
活性化させることでどんなダメージも修復する力を、味方機に分け与える為のコネクター。
しかしそれを敵に使用、シヴァが普段セーブしている能力を解放することで攻撃に転ずる。
すなわち、過剰回復によるダメージ。ポルクスが最初に見たのは瞬時に再生していく機
体の左腕であり、次に見たものは再生した後も肥大化し続ける左腕と内部からの圧力に耐
えかねて破損していく装甲だった。そしてそれは、左肩から全身へと――。
<うわあぁぁぁぁ!! 助けてぇぇぇぇぇ!>
死が目の前に迫り、ポルクスが発した声は外見どおりの幼い子供の絶叫だった。
そして次の瞬間には抑え付けられていた弐号機が一号機と取って代わり、接触回線のモ
ニターに映る顔が、泣き叫ぶ弟から憤怒を漲らせた兄へと変わる。
離脱の隙を与えない、密着状態でのフルバースト。全身の重火器はただの一発も無駄弾
を生まず、三機のフューラーを塵芥の如く薙ぎ払った。
――誰一人として動けるものがいない。
三人が三人、パイロットのダメージが深刻でゾイドとの融合が解除されてしまったのだ。
結局またロクな戦果は挙げてないな――そんなことを考えていたイフリートだがやがて、
暗いまどろみの中へと転がり落ちていった。
イレヴンの舌は滑らかで、滞りを知らない。
「しかし能力者はその能力を更に進化させた。すなわち、無限に存在する平行宇宙から膨
大なエネルギーを引き出す力を得たのだ。直感的にヨセフは悟った――怪物らの目的はこ
れだ、人間を利用して自分たちの進化を促すことだったのだ、と」
「この力はエネルギー保存則など容易く粉砕して無限のエネルギーをこの世界に流入させ
る。この力があれば、もう彼奴らは正物質を吸収するために惑星上を駆け回らずともよい。
好きなときに好きなだけ、別世界から正のエネルギーを補給できる……。
しかし、宇宙に存在するエネルギーの総量はビッグバンによって放たれたそれに等しい。
能力者は本来この宇宙に存在してよいエネルギーの許容限界を超えて莫大なエネルギー
をこの世界に呼び込む。そうなれば、エネルギーの均衡が崩れて宇宙が崩壊するやも知れ
ぬ。それを恐れたヨセフはセディールの二年後に、今度はもう一体の“娘”に手を加え、
能力者の反存在となるべく多重世界転移細胞の反粒子を脳内に保存する有機体電離ユニッ
トを仕込んだ。結果、生まれてきた娘は能力者の力を見事に打ち消せる力を得た――。
それがお前だ、リニア・レインフォード。お前は、崩壊へ向かう宇宙の希望だった」
「私の、中に――何が――入っていると――?」
「言ったであろう、転移細胞の反物質だ。それを組み込まれたお前の脳は期待通りに能力
を進化させ、反能力を得た。……だが、待ち望んだ子供との生活も長くは続かなかった。
お前の力は非常に不安定であることが次第にわかってきたからだ。
反能力は発動実験の際に数々の不可解な現象を誘発した。ある時は壁の一部が削り取ら
れ、またある時は研究員が丸ごと一人消えたこともあった。通常ありえない物質である転
移細胞の、更に反粒子となるようなモノを力の源としたせいで、辺り構わず周囲のエネル
ギーの状態を変化させてしまう力を得たのだ。
その力の原理? ……『単一性観測者へのシフトによる意識的波動関数の崩壊』などと
言ってもお前には理解できまい。とにかく『そういう力』だった。
ヨセフはここで初めて息子と娘が共に危険な存在であると認識させられた。だがその後
セディールは父親の研究資料を読み、やがてヨセフが自分達を危険視していることを悟り
……ヨセフ・レインフォードは、息子と思い育てたセディール・レインフォードに殺され
た。
危険と知ってすぐにお前たち兄弟を廃棄処分としなかった情の甘さが、奴に破滅をもた
らしたのよ」
「そして残された娘、リニアは兄の助けで施設を脱走……その罪でセディールは人格矯正
処置を受け、精神分裂の兆候が現れるようになったが、能力自体はゾイドに乗っていなく
ても使えるほど強力であった為、“ギルド”に徴用され――あとはお前の知る通りだ」
リニアはもう何も考えられなかった。
おそらく冷静に聞くことができれば理解はできる。しかし、今は彼女の脳がこの事実を
考えることを拒絶している。
以前オリバーに訊いた。私はどこまでが造られた存在なのだろう?私は人間なのか?と。
……そんな生易しいものではなかった。私はこの老人の言うとおり『怪物』なのだ。
たとえ能力者を『怪物』としても、それなら私などは『存在すら許されぬモノ』だった。
戦意を喪失したリニアの前で、イレヴンが胸部のアーマーを開く。
「哀れよな、愚者であれば『嘘だ』と喚くこともできようものを。真実を見る目の聡さ故
に、私の語ったことが真であると理解してしまっておる。」
荷電粒子砲のチャージが始まっても、リニアは動こうとしない。否、目の前の光も見え
ては居ないのか。
「これが私の最後の仕事だ。さらば、“エリスの娘”よ」
天使を貫かんと、光の矢は放たれた――。
続く
ワイツの攻撃が、急に当たらなくなる。レイズが、ワイツの動きをトレースし始めたのだ。
それは、わずかな隙をものにするべく狙う、虎の姿そのもののようにも見える。
相手には知られていなくて当然だが、アラムは数合渡り合うだけで、相手の動きを完全に読める。
単に記憶力が高いだけの話なのだが、そのレベルは普通に高いと形容される域のものではない。
なにせ、一度話を聞いただけでその要旨を完璧に理解し、そして記憶できるくらいなのだから。
だからこそ、ZOITECでテストパイロットの役目を一手に引き受けられるのだ。
性能が理解できれば、それを最大限発揮する操縦の方法も自ずと見えてくる。
「…今だ!」
そして、最後の一合。
性能を完璧に把握した素人と、それができていないプロの差が、勝負を決した。
ワイツの爪を左に払いのけ、同時に組みついて牙を右脇腹に突き立てる。
間髪を入れず、トリガーを引くアラム。
自らのエネルギーゲインが低下してしまうほどの膨大なエネルギーを、一気に叩き込んだ。
牙が突き立った所から、ワイツの体が一気に赤熱化する。
駆動系が完全に破壊され動きを止めたのを見計らい、レイズが跳び退く。
次の瞬間、閃光が辺りを包み込んだ。
―前方に、巨大な爆発が見えた。
「なっ!?」
サウードが驚きの声をあげる。声はあげないものの、俺もやはり驚いた。
「今の、まさか」
「ああ。誰か、撃破されたってことだな」
刺激しては悪いと思ったので、努めて普通に答えたら、
「…そんな平然と答えてくれんなよ、ったく」
ため息混じりにこう返されてしまった。全く、人の気も知らないで。
「驚いてはいるよ。声に出さなかっただけだ」
「そんなに気遣ってくれなくても、一応俺は冷静だぜ?」
「落ち着いては、いないようだけどな」
その言葉に、サウードは何故か答えてくれなかった。
煙が晴れないうちに、ブラストルの攻撃が再開された。
狙いの甘さを威力で補うことができるブラストルは、こういう時都合がいい。
とりあえず大まかなあたりさえつけば、そこに連続して攻撃を撃ち込んでいるだけでいいのだから。
「くそ…ブラストルのエネルギーって、底無しだったか?」
反対に、レイズにとってはかなり都合が悪い。
そういう用途に使える射撃武装はないし、レーザーネストもないから機動性にも不安がある。
そのうえ、さっきのエクスプロードバイトでエネルギーがかなり低下してしまっていて、
まともに戦える状態でもなかった。
「…くっ!」
射撃の回避に気を取られてしまい、アラムはレイズを煙の中に突っ込ませてしまう。
同時に、警告アラームがけたたましく鳴り響く。
「…し、正面だと!?」
相手も動けることを、アラムは完全に失念していた。
レイズの真正面、しかもほぼゼロ距離の位置。
全砲門を展開したブラストルが、待ってましたとばかりに構えていた。
この距離では、相手がミスしてくれない限り、回避することはまず不可能だろう。
アラムも、この瞬間はさすがに死を覚悟した。
「何やってんだそこおぉおぉぉおっ!!!」
その時。聞き慣れた叫び声とともに、衝撃波がブラストルに直撃した。
それによってブラストルはバランスを崩し、わずかながら狙いがそれる。
その隙を見逃さず、レイズはブラストルの射線から機体をずらした。
直後、ブラストルの一斉射によって煙が吹き飛ばされ、視界が一気に開ける。
「アレックスに…サウードさん」
剣を三本背負ったワイツウルフと凱龍輝が、そこにいた。
「悪い、足止め喰らってたもんでな。遅くなっちまった」
「いや、間に合っただけでも御の字です。…ガンカタですか?それは」
「こいつのことか?ま、似たようなもんだぁな」
「そうですか」
「…さて。形勢が完全に逆転したわけだが、どうするよ、ブラストルくん?」
通信をつなぎ、軽い調子で声をかけるサウード。…当然ながら、応答はない。
しかし、問いに答える代わりに、きちんと行動はしてくれた。
あっさりときびすを返し、かなりの速さで離脱していく。
「…どうするよ?」
サウードが聞いてくる。答えは分かりきっているはずだから、これは儀礼的なものだろう。
「背中を撃ったらルール違反だ。おとなしくしておくしかない」
ここでブラストルを後ろから撃つことはできない。エネルギー云々の問題ではない。
ルールに於いて"エンターテイメント性に欠ける行為"として禁止されてしまっているのだ。
非公式とはいえ、指定された戦域内での戦いだからゾイドバトル扱い。
どこで誰が見ているか分からないから、ルール違反をするわけにはいかなかった。
「…明日から、地獄を見る羽目になりそうだな」
小さくなっていくブラストルの後ろ姿を見ながら、サウードが苦々しげに呟く。
「俺は今日から地獄だよ…」
そう答えて、見上げた空は快晴。
それが、今日は何とも皮肉に思えて、大きくため息をついてしまった。
―全く。
無知であるというのは、本当に幸せだ。
次の日から、状況が一変した。
Zi-Armsの息のかかったチームや部隊が明らかに増え、戦域を浸蝕し始めたのだ。
何故雨後の筍のような有様になったのか、理由は今のところはっきりしていない。
だが、ZOITECに対する当て付けが含まれていることは、火を見るよりも明らかだった。
恐らく、ゾイドバトルに関する既得権益の保護をちらつかせ、扇動したのだろう。
ゾイドバトルを主催する都市国家の中には、Zi-Armsと懇意にしているところもあると聞く。
Zi-ArmsがZOITECを追放して何をするつもりかはこの際どうでもいいことだが、
このまま放って置いたら社会はゾイドバトルの激化につれて荒廃していく一方だ。
戦いと人の死と血による社会の繁栄には、どうにかして歯止めをかける必要があった。
「…つかさ、いつの間にかZOITECがゾイドバトルに介入してるのが公然の秘密と化してないか?」
とサウード。確かにいつしか、ZOITEC対Zi-Armsという構図が出来上がってしまっている。
大々的に取り沙汰されないのを見る限り、一般大衆にはまだ知られていないのだろうが、
少しでもゾイドに詳しい人間が見たらすぐ分かってしまうだろう。
わずか一日で、そんな状態にまでなってしまっていたのだ。
しかも、ここへZOITECは増援を送り込めない。ZOITECの存続問題に発展しかねないからだ。
戦域でZi-Armsに抵抗するZOITEC製ゾイドのチームは残りわずか。
それが戦域から消えた時点で、Zi-Armsのゾイドバトル市場独占が事実上完了してしまう。
時間の猶予もなく、手段もない。まさに、八方塞がりの状況だった。
…いや。手段なら、ないことはない。さっきから、一つ考えついている。
だが失敗すれば、最悪ZOITECは潰れる。企業としては残るだろうが、社会的に抹殺されるだろう。
「……」
これは、言うまでもなく一社員が独断でできる選択ではない。
成功すれば、問題はない。だが失敗した時の企業規模の責任を、独りで負いきれるか。
それは、今から考えようがその時考えようが誰が考えようが分かるはずもないことだった。
「……冗談」
呟いて、自嘲する。
―後ろ向きな思考は、このくらいにしておこう。考えるだけ無駄だ。
「どーするよ、隊長?」
サウードが聞いてくる。答える代わりに、俺はアラムに声をかけた。
「Zi-Armsのネットワークに潜って、ブラストルが所属するチームの情報を可能な限り集めてくれ」
「…なるほどね。その手があったか」
頷くアラム。頭の回転が速いと、こういう時助かる。
「それができたら、TV局に情報をリークしてくれ。民間がいいな。多少脚色してくれても構わん」
「オーケー。…ついでに、バラッツの売り込みもやっとくか。いい機会だし」
「ついでにやるのはいいけど、ボロは出すなよ」
「分かってる」
アラムが部屋から走って出ていく。同時に立ち上がるサウード。表情に明るさが戻っていた。
「なるほどね、公式のゾイドバトルなら誰も口出しできないって逆説か…」
「そういうこと。じゃ、ハンガーに行くぞ」
「最初に注意しておく。この形態での荷電粒子砲は一発までだ」
白衣の男からの注意を聞きながら、俺は凱龍輝を見上げる。
デストロイユニットに加えて、両腕にキメラコアごとストームガトリングを移植した特別仕様だ。
ブラストルに釣り合うだけの火力を叩き出すべく急遽改修したものだが、
やはり急ごしらえだけあって耐久性に問題あり。全てのゾイドコアを共鳴させて荷電粒子砲を放つと、
キャパシティを完全にオーバーしてしまうのだという。
「その一発で仕留められなかったら、負けと思った方がいい。
悔しいけど、野性体は古代核には劣るからね」
本当に悔しそうに言ってくれるのが、むしろ清々しかった。
「まあ、乗るのが君だから心配はしなくていいんだろうけど、一応、言っておかないとね」
「おーい、そこのバカ!」
俺が男の言葉に頷くのとほぼ同時に、サウードが駆け寄ってきた。
「ワイツのことでいくつか頼みがあるんだけど、いいか?」
「こちらで可能なことなら何でも。あれはもう君専用機だしね」
「そうじゃなかったら頼まねーよ。で…これなんだけど」
「ふむ。お安い御用だが…私を何だと思っているんだ?君は」
「バカだ。それ以外には考えつかん」
「頼む相手をバカ呼ばわりか。君はもうちょっと常識を学んだ方がいいんじゃないか?」
「なんだとコラ」
そんないつものやりとりを横目に見ながら、凱龍輝の足元に立ち、体に手を当てる。
…ドクン…ドクン…ドクン…
鼓動が、聞こえてくる。聞いた感じ、調子はかなりいいようだった。
……久しぶりに、面白くなってきた。
「…教えてやろうぜ凱龍輝。Zi-Armsは、知らずZOITECの逆鱗に触れたんだってな」
「い〜や。昔会った事あるんだよこれが。ほら、金持ち同士の集まるパーティーで、
お前が一人の少女に不敵にも格好付けながらナンパしかけて来たものの、逆にボコボコに
されたって事覚えていないか?」
その時、ラスターニはさらに青ざめた。
「な!何故その事を・・・って・・・は!!」
そう、かつて金持ち同士の集まるパーティーでナンパ仕掛けてきたラスターニをボコボコ
にしたのは他でも無いルナリス自身だったのだ。
「う・・・うああああ!!まさかお前はあのバッハードの・・・も・・・もうやめてくれぇ!!」
『おおおっとぉ!ラスターニ選手、ブレードライガー共々頭を抱え始めたぞー!』
『これはもう試合続行不可能かもしれませんね〜。』
「くそ!リーダーを惑わすんじゃない!」
他の二機のブレードライガーが慌ててハーデスに飛び掛っていたが、ハーデスは手刀で
その二機の持つレーザブレードを易々叩き折っていた。
「ジャッキー!!ビリー!!」
仲間を目の前で倒されたラスターニは目に涙を浮かべた。が、その光景をルナリスと
ハーデスはあざ笑うかのように不敵な笑みを浮かべていた。
「ほ〜らザマァ無いね〜。」
「き・・・貴様・・・。」
もうここまで来るとルナリス完全に悪役である。しかし彼女は元不良であり、マリンと
共に旅立つ以前は悪役で売っていたZiファイターなので、別に悪役でも問題無かった。
「うわ〜。キッツイ表情のルナリスさんも素敵だ〜!いや〜本当に力強く、美しい!
そこが痺れる憧れる!僕も彼女に罵られたい!」
「ハイハイお兄ちゃん勝手にやってなさい・・・。」
ルナリスに対し目をハートマークにさせていたマリナンに、マリンは顔を手で覆い隠し、
呆れた顔をしていたが、一方ラスターニのブレードライガーは立ちあがり、ハーデスへ
攻撃を仕掛けていた。
『おおおお!ラスターニ選手復活だー!!』
「うおぉぉぉぉ!!これがラスターニスペシャルだぁぁぁ!!」
レーザーブレードを展開したブレードライガーはEシールド、ブースターの両方を
全開してハーデスへ飛び掛った。しかし、その一撃をハーデスは上半身を後方に倒して
回避する、通称“マト○ックス避け”で軽々回避し、両側のレーザーブレードを
指で弾いて叩き折っていた。
「何!?うおおおおお!!」
体勢を崩したブレードライガーは思い切り浜辺に叩き付けられた。
『起死回生の必殺技も不発に終わったぁ!もう絶対絶命かー!?』
「もうギブアップする?」
ハーデスの両手を腰に付け、上半身を前に傾けた状態でルナリスはそう言っていた。
しかし、ラスターニはブレードライガーのコックピットから大急ぎで這い出ると
ホバーカーゴの中へ走って行ったのだ。
「あら?ちょっとー!こいつ等置いて帰るのかよー!お前酷い男だなー!」
『仲間と愛機を置いて逃避したラスターニ選手!お前は最低男かー!?』
ラスターニの行動に皆呆れていたが、その直後、ホバーカーゴの側面ハッチが開くと、
そこからこれまた真っ黒なゴジュラスギガが現れたのだ。
「ハッハッハッハッ!この大会の為にパパが用意してくれたゴジュラスギガだ!
これなら君達も敵では無いぞー!そもそも君が僕を圧倒できたのは圧倒的な性能差が
あったからなんだ!ならば僕も同等のゾイドに乗れば、トップチームであるこの僕に
勝る者は無いんだよ!」
『おおお!!ブラックインパクト凄い隠し玉を持っていたー!!』
『以前言っていた秘密兵器とはこの事だったんですねー?』
二日後の昼休み。
新型のライガータイプ開発の手伝いから戻る所で、アラムと鉢合わせした。
「あ、アレックス。探したよ。例のライガーの開発に立ち会ってるんだって?」
アラムは、書類の束を小脇に抱えていた。紙媒体で持ってきた…ということは。
「どうもうまくいってなかった。あれだと、もう半年くらいかかるんじゃないか?」
どちらからともなく、空の部屋を探し始める。道すがらの話の内容は、真っ当な世間話だ。
ちなみにサウードだと、こういう時は逆にあからさまに話題に出す。
「サウード、呼んでくる?」
部屋に体を半分滑り込ませながら、アラムが聞いてくる。
「いや、俺が呼び出すよ」
俺が答えながら携帯を取り出したのを見ると、アラムは頷いて部屋に入っていった。
「…サウード。"レポート"、上がったぜ」
「相変わらず仕事速いな…まあいいけどな。今どこだ?」
「三階の小会議室」
「了解。すぐ行く」
「ケントロとトリケラねぇ…今度は重量級なわけか」
数分後。
俺達三人は、アラムの作成した数字と文字がびっしりと羅列されたリストの束を囲んだ。
記されているのは、Zi-Arms最新鋭機種の性能に関する詳細情報だ。
アラムは元々広報・プレゼン担当、所謂宣伝部長だから、情報戦に関してかなり長けている。
ハッキング技術も高く、このくらいのデータならすぐに盗み出してこれる。
もちろん、ゾイドの開発に使うためではない。この書類の用途はただ一つ。
Zi-Armsとの"正式な"ゾイドバトルで、相手をこてんぱんにすること。
Zi-Armsに対して正式にゾイドバトルを申し込むという、ある意味暴挙を謀ったのだ。
それが公式バトルなら、例え相手がZOITECだったとしても誰も異議を唱えられない。
アンダーグラウンドでの戦いと違い、公式バトルはあくまで"娯楽"だからだ。
さらに、ここでZOITECがZi-Armsに「完勝」(辛勝ではない。ここ重要)出来れば、
"新規開発に躍起になるZi-ArmsよりもZOITECの方がレベルが上"ということを世間に知らしめ、
なおかつ公衆の面前でZi-Armsのプライドを叩き潰す恰好の材料にもなる。
しかし、敵のことを何も知らなければ、この壮大な茶番劇の演出はできない。
そこで、違法ではあるがハッキングという手段を用いて、相手の情報を入手したのだった。
「これは剣と盾と銃…って感じだな。コンビネーションさせたら手に負えなさそうだ」
「当然、サシ×3だろ?」
「…だね。これだと」
「じゃあこのケントロは俺がやるわ。剣同士の戦いってのも一般受け良さそうだし」
サウードはバイオケントロに関する資料を束から抜き取り、読み始めた。
「アレックスはどうするの?後ろから一気に吹っ飛ばすとか?」
「アラム、ハンガー見てこい。今の凱龍輝にフルバーストやらせたら俺らもチリだ」
「そうでなくても一対多数でフルバーストはやらんよ。…一応、ブラストル担当の予定だ」
「…えー?大丈夫なの?中身は違うかもしれないけど旧型だよ?」
「最新型で最新型倒したって、それは当たり前にしか見えないだろ。
旧型で最新型を倒す…茶番だからこそ、やらなきゃいけないことなんだよ」
相手がルールを逆手にとるなら、こっちはルールに則って相手を潰す。
当然負けは許されないが、言うまでもなく負ける気はもとよりゼロだ。
「それに、このマッドサンダーもどきの盾を打ち砕くにしても俺じゃ見栄えしないしな」
「…そうかな?」
「それは確かじゃねーけど、アラムがやった方が間違いなく派手だ」
言いながら、手の書類をシュレッダーにかけるサウード。…速いなオイ。
「…決まりでいいか?」
「別にアレックスがいいなら。腹は括ってるしね」
221 :
◆.X9.4WzziA :2006/04/06(木) 13:56:19 ID:dDqDGFl+
バトスト投稿しようとしている者ですが、少し質問が。
既に他のサイトとかに投稿しているのでもよろしいのでしょうか?
>>222 失礼な言い方ですがその為の運営スレです。運営スレで質問しなおしてください。
“悪魔の遺伝子”の時代から20年以上先の未来。いくら未来と言っても20年や
そこらではそう極端に変わる物では無い。確かにその約20年の間様々な波乱もあったり
はしたが、それでも人々の生活にはなんら変化は無い。犯罪やテロ等も起きはするが、
社会全体から見れば小さな事件に他ならず、かつてヘリックやガイロス、ネオゼネバスと
言った勢力が群雄割拠していた時代に比べれば遥かに平和で安定している時代だと言えた。
そんな時代、人々の娯楽の一つとして当たり前の様に開かれるゾイドバトル大会の会場に
一人の少年の姿があった。彼の名はマリア=バイス(16)、言うまでも無いだろうが、
こんな名前でも一応男である。もう一度言う。名付け親の正気を疑いそうな気もするが、
男である。とにかく、マリアはこれからのゾイドバトル界を背負って立つ漢(になる予定)
の若きZiファイターであった。そして彼は今日も試合場へ向かう。彼の愛機は
ムゲンライガー“白鋼王”(“びゃっこうおう”)。
マリアが生まれるより昔、“ガンロンコーポレーション”なる中小企業がある一体の
ゾイドを開発し、売り出した。“ムラサメライガー”である。とても中小企業が作ったとは
思えぬ高いポテンシャルに加え、背中に背負った最大の武器となる大刀は漢達の憧れと
なった。とは言え、当時レーザーブレード等のエネルギー式格闘兵器が隆盛を極めた
その時代に置いて、エネルギーの付加を一切行わない純粋な実剣であるその大刀は
使いこなす為にはそれ相応の腕を必要とする為、
「ブレードライガーやゼロシュナイダーの方が使い勝手が良いのでは?」
と評論家からの評価は低かった。それでも何時の時代も漢はサムライに憧れるのか、
“ムラサメライガー”は売れた。確かにゾイテックやズィーアームズ等の大企業が同時期
に売り出したゾイドに比べれば、その売り上げや世間的な普及率や知名度は遥かに
劣っていたが、それでも中小企業として見た場合、相当な物であった。
その後もガンロンコーポレーションは大企業とはまた違うユニークな発想を持った
ゾイドの開発で、地味な人気を現在も維持している。特にムラサメライガーは様々な
バリエーションも生み出された。スピードを重視した“ハヤテライガー”。ステルス性を
重視した“シノビライガー”。いずれも地味に人気を博し、地味に売れたゾイドであった。
そしてパワーと装甲を重視した形態、それがムゲンライガーであった。従来のそれを
上回る頑丈さと巨大さを誇る大刀を二刀備え、特殊鋼をコーティングした強化型装甲に
より高い防御力を誇る。特にパワー面ではライガー系随一の物だった。だが、その代わり
機動性運動性は大きく低下してしまった為、高速戦闘こそ我が心情とする多くの
高速ゾイド乗りには不評な声が多い。と言っても逆にあえてパワーを重視した
はっちゃけ具合に惹かれると言う者も地味にいるのだが・・・
何故マリアがそのムゲンライガーを持っているかと言うと、それは彼の実家が何故か
ガンロンコーポレーションとのコネを持っていた為ガンロンコーポの商品を安く購入
出来た事もあるが、何よりマリアの母親がこれまた親馬鹿なもんで、あっさりと彼に
買い与えてしまって今に至ると言う事であろうか。ちなみに何故ムゲンが選ばれたのかと
言うと、マリアの「男ならやっぱパワーでしょ」と親馬鹿な母親の「あんまり怪我して
欲しくないから防御力の高いムゲンにしなさい」と言う利害が一致したからに他ならない。
とまあそんな親馬鹿な母親だったが、何か物を教える時は対象的に厳しく仕付ける
タイプだったと言う実におかしな人間であった為、マリアは立派な漢になれた・・・と思う。
気を取り直して、これから彼の試合が始まる。相手はバーサークフューラー。
試合開始早々フューラーはバスタークローを高速回転させて突っ込んでくる。
しかし、白鋼王は岩の様に動かない。そして瞬く間に距離を詰めたフューラーが
バスタークローで勝負を決める・・・と、観客の誰もがそう思った瞬間、白鋼王が右前足で
フューラーの脚部を軽く殴った。ホバーリング中だったフューラーはその超スピードに
よる勢いも相まって前のめりになり、思い切り頭から地面に叩き付けられた。
「…本当に、行っちゃうんだ」
「ああ。決めたよ」
―心配そうなアイツに、俺は背中で答えた。
「これ以上、こんな場所を増やすわけにはいかないからな」
荒涼とした、濃い血の臭いのする大地でそう語ってから、もう何度目かの春になる。
「……」
置いてきた仲間は、今どうしているだろうか。元気で、やってるのかな。
俺がまだ子どもだった頃植えた桜は、そろそろ花が咲き始めてもいい頃かもしれないな。
そういえば、桜を肴に真っ昼間から酒を飲むなんて、あの頃は考えもしなかったな。
太い枝に跨がって酒を片手に桜を眺めながら、そんなことを回想する。
「……はは」
笑っちまう。
そもそも、桜がこういうものであると知ったのだって、都市国家に出て来てからだってのに。
最初に見たときは、本当に衝撃だった。
まさか、あの時植えていた木が、こんな綺麗な花を咲かせるとは、夢にも思わなかったのだ。
「……」
過酷な環境が普通だった俺にとって、樹はそれが拡大するのを防ぐ一手段でしかなかった。
だから、なんでそんなものを植えるのか、その時は分からなかった。
それ故に、花を見て全部分かった。……これが、爺さん達の見せたかったものなのかと。
かくいう自分は、どうだろうか。
ZOITECに入社できたのはこれ幸いだった。
自分に課した「殺さない戦い」も、どうにかこうにかやれている。
ゾイドバトル市場の拡大を防ぐべくZi-Armsに挑戦状を叩きつける、そこまではこぎつけられた。
しかし、何かそういう、「形あるもの」を残せているだろうか。
ゾイドバトルの激化が治まったところで、それによって失われた自然や生命は戻らない。
俺達砂漠の民がきっかけを与えた所で、それがちゃんと自然として結実するかも分からない。
やらないで後悔するのとやって後悔するのとだったら後者の方がいいのだろうけど、
やって後悔する場合、状況は最悪になっている。おそらく隊長―アレクシアも、それを悩んだだろう。
「……ふう」
やれやれ。いつから俺は、こんなペシミストになっちまったんだか。
都市の空気は、こういう精神変革も助長してくれるらしい。
でも、「あがくか諦めるか」と聞かれたら、今のこんな俺でも「あがく」と答えるだろう。
どうも悪い所は直っていないようで、頭では分かっていてもやっぱり頑張ってしまうのだ。
「お前らが、本当に羨ましいよ…」
答えてくれるはずはないと分かっていたが、つい桜に呼びかけてしまった。
あまり真似はしたくないが、このくらいの潔さは欲しかった。
「…ま、言うだけなんだがな」
しかし、どうせそれも言うだけだ。俺は諦めが悪いことで小さい頃から有名だったし、
言ってたって状況は良くならない。いやがおうなしに戦いに放り込まれていくのは変わらない。
…そういえば、桜の樹を最後まで見守ってたのも、
「確か俺だったっけか…あ」
…なんてことだ。口で色々言ってはいるが、結局俺って何も変わっちゃいないんじゃないか。
「はは、安心」
なら、話は別だ。とことんまであがいてやろうじゃないか。
―俺は、諦めが悪いんだ。
「サウード。"レポート"、上がったぜ」
「相変わらず仕事早いな…まあいいけどな。今どこだ?」
さて、独りでごちゃごちゃ考えるのは、そろそろやめにしようか。
アレクシアが、呼んでるし。
「三階の小会議室」
「オーケー、すぐ行く」
満開の桜の枝から飛び降りる。
来年もここに来るかもしれないけど、そん時はよろしく。
また、俺のつまらない愚痴でも聞いてくれ。
白鋼王はすかさずフューラーに寝技を仕掛け、仰向けになる様に押さえ込み、
最後はそのまま白鋼王がスリーパーでフューラーを絞め落として勝負を決めた。
「うわぁぁぁ!しょっぱい!しょっぱい試合だー!」
「つまんねぇ!つまんねぇぞー!」
「てめぇの背中の大刀はただの飾りかぁぁ!」
観客席からのヤジが飛ばないのもまあ無理な話だった。やはりバトルは巨体と巨体の
ぶつかり合いや、高速で攻撃が飛び交う派手な試合の方が観客が喜ぶ傾向が強い。
しかし、マリアが行った戦法はそういう観客の好みとは逆の方向性だった。あまりにも
地味過ぎる。と言うか、ライガー系ゾイドで寝技をするとは観客も想像は付かなかった。
「お前来る所間違ってるぞこの野郎!」
「母親同様にせこい戦い方ばっかしやがってぇ!似るのは顔だけにしろ!」
とまあこういう調子なもんだから、マリアは勝率は良くても人気は無かった。
しかし、罵声には慣れてる彼は表情一つ崩さずに退場する。
「俺に刀を使わせたかったら、使わせてくれるような相手を連れて来いっての。」
軽く愚痴りつつ白鋼王から降りるマリアであったが、そんな彼を一人の男が出迎えた。
その男は首から下はピシッとスーツを着てはいるが、顔には「X」とデカデカと書かれた
布袋の様な覆面を被っている実に正気の沙汰とは思えぬ姿だった。
「いや〜君の試合、拝見させてもらったが実に素晴らしい。君のお母上の若い頃を
髣髴とさせたよ。それにしてもどうしてカンウは君を受け入れなかったんだろうね〜。」
「覆面Xか・・・言っておくがおだてたって何も出ないぞ。それにカンウは母さん一筋だ。
俺なんか操縦させてくれないよ。」
マリアの母親も今の彼と同年齢位の頃、ゴジュラスギガに搭乗して世界中を旅して回った
と言う、当然マリアもその頃の話を昔から良く聞かされて育った。もっとも、暗黒社会の
大物と戦ったとか、異次元からの侵略を人知れず阻止したとか、宇宙人と戦ったとか
今冷静に考えてみるとマユツバな話が多かったが、その母親と彼女のギガの強さは直接
格闘技の手ほどきを受けたマリアが一番良く知っていた。なのに公式試合における
タイトルには全く恵まれていないと言う“無冠の帝王”だったと言う今でも不思議に
思うな点もあったり・・・と言うか料理大会優勝のトロフィーの方が目立つと言う不思議な
現象が起こっていたりする。そういう事もあり、マリアも幼少の頃からギガの操縦に
憧れていた。しかし、ギガは彼の操縦を受け付ける事は無かった。彼の母親がムゲン
ライガーをあっさり買い与えた背景にはギガに乗れなかった彼に対する「これで我慢して」
と言う励ましの意味もあったのである。もっとも、ギガが受け付けないのは操縦だけで、
遊び相手やゾイド戦の特訓相手等、その他の事に関しては快く受け入れてくれたのだが・・・
「それはそうと覆面X。また何か仕事の話でも持ちかけて来たんだろ?話して見ろよ。」
「ああその事だがな・・・。ここでは何だし・・・場所を変えよう。」
覆面X・・・。彼の素性や経歴等は一切が謎に包まれている。分かっている事はわずか二つ。
一つ目は、世界情勢や国家機密、暗黒社会の情報から世間話の内容まで様々な事情に
精通し、相手の下着の中身まで見透かした何時プライバシー侵害で訴えられても可笑しく
ない程の情報網を持っている事。二つ目は、主に賞金稼ぎ等に関して仕事を持って来ると
言う事である。やっかいな仕事が多いが報酬金額は大きく、賞金稼ぎ業界では覆面Xに
仕事の指名をされる事は凄腕として認められた証拠となると言う事で、かなりの
ステータスとなった。そして覆面Xはマリアの母親とも知り合いで、そのせいもあって
マリアにとっても幼少の頃から良く見知った相手だった。もっとも、こうして仕事が
入るようになったのはごく最近の事だが・・・。
「私は、迷い続けてきたわ」
不思議と、懐かしさを覚える声。
「ただ傍観者で居ることが、干渉しないことが、彼らのためになるのだと思い込んできた
……一万年以上もの間よ、信じられる?」
“彼女”は告白する。ただ静かにその言葉を受け止める、少年の意識に。
「でも、私は責任から逃げていた。この星の全ての命に対して、私が本来追うべきだった
責任……おかしいわね、私がエゴイズムに基づいて行動するなんて、興味深いわ」
肉体<からだ>を失くした少年は問う。
「僕に話すようなことですか? あなたは――僕たちの“神”なのに」
「『神はヒトが作り出すもの』――そう言ったのは、はるか昔の哲学者だったかしら?
けどね、私は神様にはなれないわ。どんなにヒトを真似てみても、しょせん『作り物』が
ヒトの温かさを得ることはないのよ。……人間って、偉大だわ」
「あなたも人間に生まれていたなら、そんな考えは浮かびもしないでしょうに……行くの
ですね。贖罪のためですか? それとも……」
「何のためと言ってみても、結局それは自分のためだってことを学んだの。だから、これ
も自分のための戦い。――エゴに従って生きるって素敵ね、充実感に溢れてるわ」
紅色の稲妻が荒野を駆ける。
クァッドの異常ともいえる攻撃力の前に、騎士二人が逃げの一手だ。
「あんな武器に当てられては、この機体といえどそうは持たない!」
エレクトロンドライバー、プロトニックドライバーの類は広義において電磁砲に分類さ
れる。電磁砲の利点は、着弾の際に高電圧の電流が装甲表面から内部へと伝播しダメージ
を与えることである。
当然ながら戦闘ゾイドには標準的に対電撃防御のための絶縁体が要所に仕込まれている
が、如何せん兵器としての機能を維持する為には防御を施せない箇所があるのも実情。
そうした部位を破壊するのに際し、電磁砲はまだまだ実用性の高い武器と言えるだろう。
「形勢逆転だ! ここで仕留めるぞ――」
また、絶縁処理が不可能な部位に関しては「電流を一定方向へ誘導する」ことでダメー
ジを回避する方法もある。しかしPドライバーには通じない。何故なら、電荷が逆である為
マイナスの電流を流すことを想定して設計された導体の中を逆流してしまうためだ。
新兵器の強みは、高確率で敵が有効な防御手段を持っていないことにもある。オリバー
は今、その強みを最大限に発揮していた。
敵は片方が左腕をパージ、もう一方は排熱がイカレたらしく、身に纏っていた重武装の
半数を棄ててしまっている。
これならいける――出力を上げ、Pドライバーを発射しようとしたオリバーだが、
『CAUTION:砲身過熱』
の文字を見て思いとどまる。
もともと砲身の負担が大きい武装の強化型だ。出力が上がれば当然、負荷も大きくなる。
「アレックス、コイツはもう撃てないぜ」
「では新しい武器を転送してください。……危ない!」
細く、強力なビームがクァッドの寸前で光の壁に阻まれて空へ吸い込まれる。オレーグ
の怒声がまた飛んできた。
「お前! 慣れてないのは解るが、戦闘中に足を止めてカタログショッピングはやめろ!」
〔どうした。新しい身体の性能に頼りすぎて、感覚がなまっているんじゃないのか?〕
一体となった相棒からも手厳しい批判を加えられ、オリバーは恥じ入って手早く武器を
選択した。どうやらブレードタイプ、格闘用の兵装。
黒い直方体が再び出現し、Pドライバーを覆い隠す。その隙を狙って攻撃してくる敵は、
オレーグのギガが防ぐ。彼もこの勝負の行方がオリバー次第であることを理解しているの
だ。
暗黒のエネルギーフィールドが解け去り、現れたのは鈍い光沢を持つ暗灰色の刀身だっ
た。見たところレーザーブレードの類でもないように思えるが……。
〔やけに重い武器だな。左右のバランスが崩れそうだ〕
ぽつりと、クァッドの擬人化された精神が漏らした。
「とにかく、換装は完了だ! ……オレーグ、援護頼む!」
「よし、突っ込め!」
ギガが神仏の後光の如くビーム、レーザーを放ち、それらが全て敵へとホーミングする。
そして降り注ぐ光の雨の中でライガーが暗灰色のブレードを振り上げ、虹色の残像を残し
ながら突進する。それは幻想的な光景ですらあった。
「兄さん下がって、格闘なら僕の方が!」
「待て、手負いの機体では――それにヤツの武器が違う――」
兄の反論に構わず、ポルクスは走り来るライガーと相対する。たしかに側面に装備され
た灰色の剣は、先程は存在しなかった。
が、“剣”があるのはこちらも同じ。先程の恐怖に満ちた叫びを振り払うように、精神
のリミッターを外す為の絶叫が迸る。
「ぅうおおおおおオオオォォォォッ!!」
暗灰色と橙色の剣が交差する。大気を振動させる衝撃波は一打ちごとに発生し、大地を
削りながらその波紋を広げてゆく。
敵の剣は重く、正面から打ち合えば押し負ける。だがその分、取り回しは悪いはずだ。
「速さで攻めれば勝てる! 僕の格闘センスをなめるなよ――!」
「くっそ、適当に武器選んだら失敗した! なんなんだこのクソ重いブレードは!?」
〔だからさっき重いと言っただろう……〕
大質量の実体剣『M-BLADE』。ビームブレードなどが全盛の今、そんな代物を使うのは
騎士ぐらいのものだろう。が、騎士の剣はいずれも扱い方の為か重そうには見えない。
しかしこの前時代的な兵器は、いったい何のためにクァッドの武器として登録されてい
たのだ? その疑問を氷解させたのはやはり、兵装転送システムの発案者たる彼だった。
「オリバーさん! その武器は騎士の剣に対しては効果を発揮しません、何とか本体に当
ててください――武器を変えてる暇はありませんよ!」
そんなことは、百も承知だ。このレベルの敵になると、僅かな隙を見せただけでも致命
傷を与えられる。プラズマフィールドも騎士の剣を防ぐ助けになるかはわからない。
正直、基本性能では互角に近い二機だ。たがいに二重骨格フレームを持ち、各部のエン
ジン出力もほぼ等しい。あとは操縦者の腕と武器の性能が勝負を分ける。
そしてポルクスは戦うために生み出された強化人間である。能力者がゾイドと完全に同
一化しラグの無い操縦を実現できるとはいっても、充分に対応可能な程度のものでしかな
い。加えて彼には“素体”の特性である天才的な格闘センスがあった。
手数の差でクァッドを追い詰めていくタイラント・デスザウラー。輝くプラズマの壁を
貫き、その切先が遂にクァッドのコックピットを捉える。
その瞬間、突然の振動により突き出された剣は空を切った。
三十秒ほど前に遡ることになる。
傍目には機能停止しているようにしか見えないエナジーから、オリバーへの指示が飛ん
だのだ。
「オリバーさん、敵をこちらへ上手く誘導してください。エナジーはもう動けます」
「一種の奇襲か……敵が乗ってくれるか?」
「奮戦しながら後退してきてくれれば、敵は自分が優勢だと思い込んで攻め立ててくるで
しょう。彼は焦っています。勝利を目前にして、冷静に罠の可能性を見極められはしない」
「で、冷静な青い方は……」
あちらはオレーグと派手に撃ち合っている。ホーミングレーザーの弾幕が、上手い具合
にこちらの戦況を隠してくれているようだ。
「チャンスは一瞬です。上手くやってください」
――そしてポルクスはアレックスの予言どおり、功を焦り原始的な戦術に掛かった。
機能停止していたはずのエナジーライガーが突如エナジーチャージャー全開で突っ込ん
できて、グングニルホーンで右腕を貫かれたのだ。
腕部神経を切断され、剣を落としてしまった。そこに白い方のライガーが飛び込んでく
る。
死。そのイメージが身体を駆け巡る。今度は声を出すこともできずに、ただ迫り来る死
神の鎌から目を背けることしかできない。
だが、死神が彼を連れて行くことはなかった。
アレックスの突撃で体制を崩し、剣も落とした目の前の敵。
「今です、M-ブレードを!」
大質量の剣がそのコア目掛けて突き入れられる。しかし、その寸前で敵の輪郭がぼやけ
たかと思うと、オレーグと撃ち合っていたはずの青い機体がそこにいた。
しかし回避も反撃もする暇は無く、そのまま灰色の剣が壱号機のコアを貫いた。カスト
ルは弟の身代わりとなったのである。
「に、兄、さん……?」
「ふっ、弟の危機ぐらい……察知できなきゃ……兄として、失格、だ、ろ」
ポルクスが兄の言葉を聞いたのはこれが最後になる。
次の瞬間、ブレードが叩き込まれた腹部から装甲に放射状の亀裂が広がっていき、次に
放射状の赤熱化が始まった。さらにひび割れた装甲が赤熱化した部分に引き寄せられるか
のごとく動いていき、壱号機の残骸が徐々に縮小していく。
「お、おい、何が起きてるんだ?」
「その武器は物理的な装甲に対して一撃必殺の攻撃力を持つ『磁気単極ブレード』……敵機
を構成する原子に磁気単極を打ち込み、大質量のそれが周囲の原子に大きな衝撃を与える力
を利用したものです」
簡潔に原理を説明するアレックスも、目の前の光景には戦慄を覚える。
「構造体に侵入した磁気単極は、原子の大きさを決定する外殻電子を弾き飛ばし、原子核と
連結……原子が縮小するにつれて間隔は狭くなり、密度が上昇。物質はやがてその形を保っ
ていられなくなり、連鎖反応によって中性子星に近い超高密度の物質へと変換されていきま
す。その結果が……アレです」
彼らの前には今、赤熱した小さな物体が敵の残滓として残っているのみ――。
ポルクスの慟哭は、通信が届く限り全ての者に聞こえた。
十数秒前に自分を『弟』と呼んでくれていた存在は、今や搭乗していた機体もろとも圧
縮され、ねじくれた縮退物質の塊と成り果てていたのである。
続く
それから一時後、マリアは町外れの古ぼけた民宿に宿を取った。
「で、改めて聞くがその仕事の内容は何だよ。」
「ああそれだがな、マリア君。君はゾイテノン神殿をご存知かな?」
「ああ、あの観光名所だな?俺も一度行った事あるぜ。」
ゾイテノン神殿。名前こそ地球の“パルテノン神殿”に似てはいるが、位置付けとしては
“法隆寺”に近い物であったりする。
「ではそのゾイテノン神殿にはご神体として“Ziストーン”と言うのが祭られてる
のは知っているな?」
「ああ、あの丸っこい水晶玉みたいな奴ね?それがどうかしたのか?」
「実はそれが盗まれてしまったんだよ。」
その直後、マリアは畳に頭をぶつけた。
「オイオイ!何だよそれっ!ただの宝石泥棒じゃん!俺が出る幕じゃないだろ!」
「だがなマリア君。笑い事じゃないんだよそれが。そもそも“Ziストーン”ってのも
ただの宝石じゃない。未だ研究中の未知の塊なんだよ。」
「なぬ?」
眉を細めるマリアだったが、覆面Xは語り出した。
「確かにZiストーンそのものはそれこそ大昔からゾイテノン神殿にあった。そして
ゾイテノン神殿は今まで様々な戦災や自然災害で焼け落ちているんだが、その中にあった
にも関わらず、そのZiストーンには一切の傷も付かなかった。最新技術をフルに
駆使した調査によると、現在確認されている如何なる物質とも異なり、かつ強固。さらに
何かの力波の様な物が常時発せられていると言う不思議の塊だそうだ。あんまり凄いもん
だから、大自然の神秘だの古代文明のオーバーテクノロジーだの言う研究者もいる。」
「俺にとっちゃああんた方が未知の存在だけどな。」
何だかんだ言いつつも、聞き入っていたマリアの顔は真剣そのものになっていた。
「もしZiストーンを現在の価値に換算するとしたら、デスザウラー級のゾイドを50機
揃えてもおつりが来る程の金額になるとされている。」
「だ・・・だが・・・なぁ?俺に探偵の真似事なんて無理だぜ?」
「安心しろ。一応Ziストーンを盗んだ組織の素性は割れている。」
「何か都合が良くないか?」
あっさりし過ぎた話にマリアも唖然としていたが、覆面Xの話は続く。
「Ziストーンを盗んだ犯人は“暗黒魔教会”と言う宗教団体、早い話がサタニストだ。」
「何かそのまんまだな・・・。」
「だが、表向きにはごく平凡なサタニスト集団だが、裏では麻薬の密売等、非合法な事に
も手を染めている。大方盗んだZiストーンをどこかに売って莫大な活動資金にしようと
考えているんだろうな。」
「だがよ、そこまで分かってるんなら治安局踏み込ませればそれで済むんじゃないのか?」
マリアがそう言った直後、覆面Xはため息を付いた。
「は〜・・・それがダメなんだ。治安局には踏み込めない理由があるのだ。確かに
Ziストーンを盗んだのが暗黒魔教会と言う目星は付いているが、証拠が無い。
かと言って強制捜査と言うのもちと治安局の範囲では難しいもんがあるんだ。」
「何やってんだよ国家権力・・・。そんなだから官僚が天下りしたりするんだよ・・・。」
「それにだ。その点お前なら“不良少年の暴力事件”でカタが付く。いざとなれば私が
裏からもみ消してやる。」
「オイオイ大丈夫なんだろうな・・・。」
マリアはやや心配な所があったが、この件についての依頼を承諾する事にした。
「そうか。やってくれるか。ならば頼んだぞ!」
覆面Xはそう良い残すとその場からフッと消えた。
「きっ消えた!」
覆面Xは消えた。本当に消えたのだ。立ち去ったとか、高速移動とかそういう次元では
無い。本当にその場から掻き消えるように姿を消したのである。呆然とするマリア。
「アイツが直接行った方が良いんじゃねーのか?」
それから数日、マリアは暗黒魔教会本部の近くまでやって来ていた。サタニスト集団の
集まる場所だけあって、それは街から遠く離れた森の奥深くに存在した。
「ったく不気味な所だなまったく。何か出てきそうだぜ・・・。とりあえずこう言う状況での
潜入する方法は一つだ。」
マリアは教会の近くをうろついていた信者と思われる全身を布で覆い隠した男を襲い、
信者に成りすまして教会内部に潜入した。しかし、潜入して早々可笑しな事が起こった。
他の信者と思われる者達が黙り込んだまま礼拝堂の様な場所に集まっていたのだ。信者に
成りすましたマリアも正体がばれる事は無かったが、そのまま引っ張られる様に礼拝堂に
連れて行かれていた。だが、暗黒魔教会とZiストーンの関わりを調べる為にもここは
大人しく信者の振りをしている方が良いと考え、大人しく従った。
礼拝堂に集結し、整列した信者達は正面の祭壇の後ろに存在するまるで悪魔をイメージ
したと思われるグロテスクな銅像に祈りを捧げ、同時に気味の悪くなるような怪しげな
歌を歌い始めるのだった。
「(なんだこいつ等は・・・何考えているんだ?)」
それ等が一通り終わった時、祭壇に教祖と思われる男が現れた。その教祖が右手に持って
いた物。それは間違い無くゾイテノン神殿から盗まれたZiストーンだった。
「(ビンゴッ!覆面Xの言った通りだ!だが・・・)」
Ziストーンが見付かったのは良いが、今のそれは彼らの手の内にある。それ故マリアは
様子を見て奪還するチャンスを待つ事にした。
「我が暗黒魔教会を信望する選ばれし信者達よ!時は来た!今私のこの手には
Ziストーンがある!このZiストーンに込められし力によって今こそ魔界の大魔王
“ディアブロス”を復活させ、この世を暗黒に包み込もうでは無いか!」
教祖の言葉に呼応し、信者達は熱狂する。しかし、マリアには気が知れなかった。
「(大魔王ディアブロスだと・・・?何考えているんだこいつ等は・・・。つか正気か?)」
“大魔王ディアブロス”、惑星Ziで魔王と言えば誰もがこのディアブロスの名を連想する。
地球で言うサタンに相当し、漫画やゲーム等の敵キャラにも多様されていたりとかなり
メジャーな存在である。無論マリアもその名は知っていたが、あくまで人間が考えた
想像上の存在でしかないと考えていた為、彼らの行動は信じられなかった。
「(ったくこの世にそんなもんいるわけねーだろ?第一どうやって呼ぶんだ?)」
すると教祖はZiストーンを祭壇の上に掲げ、何やら古ぼけた本を手に取った。
「今でこそゾイテノン神殿の観光の目玉になっているZiストーンだが、この古文書に
よると太古の昔、人々はこのZiストーンに込められた力によって神や魔との交信を
行ったと言う。それが本当ならば大魔王ディアブロスを召喚する事も容易い・・・。」
「(オイオイオイ!そんな昔話真に受けるなよ!)」
マリアは内心そう突っ込んでいたが、教祖は怪しげな呪文を唱え始めていた。その時だ。
突然Ziストーンから紫がかった光が放たれ、魔方陣の様な物が現れたのだ。
「おおお!現れるぞっ!大魔王ディアブロス様がぁ!」
「(オイオイオイ!マジかよ!?)」
一斉にざわめき始める信者達と焦るマリア。そして魔方陣から何かが現れる。
それはとてもこの世の物とは思えぬおぞましき存在だった。
頭に生えた二本の長い角、野獣の様な鋭い目、長く鋭い牙、背中に広がるコウモリの物
とも翼竜の物とも思える漆黒の翼、両肩や手、足に装着された金属とも甲殻類の甲羅とも
甲虫の外骨格ともつかぬグロテスクな甲冑、漆黒の衣装に髑髏や般若を象った装飾、
まさに悪魔、特に予備知識が無くともこれは悪魔だと一目で分かる様な恐ろしい姿だった。
ただ一つ、マリアと同年齢位と思しき少女だったと言う点を除いては・・・。
「(な〜んだ。ただのこいつ等の自作自演か。魔王役が女の子な時点でハッタリじゃん。)」
マリアは内心安心した。と言うより、この状況では無理矢理そう言う事にして安心する
しか無かった。が・・・
『私を呼んだのはお前達か・・・。』
「(・・・!)」
悪魔っぽいハッタリの効いただけの少女と思われた彼女の声、それは地の底から響いて
来るかのように低く、恐ろしい物だった。刹那マリアは恐ろしい気を感じ、身震いした。
「(何だ!?今さっき感じたとてつもない気は・・・。)」
マリアはまるで蛇に睨まれた蛙の様に硬直していたが、教祖は恐る恐る少女へ近寄った。
「あ・・・貴女様が大魔王ディアブロス様ですか・・・?」
『そうだ。私は魔界はディアブロス王朝の王女デミント=ディアブロス・・・。』
「お・・・おお!召喚成功だ・・・やった・・・。ディアブロス様本人は呼べなかったが、その王女
と言う事は貴女様もかなりの力をお持ちのはず!」
教祖はデミントと名乗ったそれの言葉に対して汗びっしょりで身震いをしながらも
喜んでいたが、マリアの顔は真っ青になっていた。
「(お・・・オイオイ!マジかよ・・・。ハッタリだよな。いや、ハッタリであってくれぇ!)」
ひたすらマリアはデミントと名乗る少女がハッタリである事を祈った。しかし、デミント
の全身から放たれる漆黒のオーラの様な物と、そこから来る“気”に気押されていた。
『私を呼んだと言う事は何か目的があるのだろう?』
「ああその件ですが、貴女様のお力でこの世を暗黒へ・・・。」
『それはつまり生界を滅ぼせと言う事か?』
「そ・・・そうです!その通りです!貴女様のお力を持ってすれば容易い事でしょう!?」
『それの願いは聞けんな・・・。』
「な・・・何故です!?生きとし生ける物を滅ぼすのが悪魔では無いのですか!?」
「だぁからダメなもんはダメだって言ってるでしょぉ!」
「!?」
その時誰もが唖然とした。その時のデミントの声はそれまでの地の底から響きそうな声
とは打って変わって少女然とした物に変わっていたのだ。そしてマリアは完全に
「(よっしゃ!やっぱハッタリだった!)」
と、内心安心した。
「ななな何故です!?何故ダメなんですか!?」
「だって考えても見なさいよぉ!生界を滅ぼすなんて事したら神連中も黙ってないよ!
そうなったら戦争よ・・・私まだ死にたくなぁい!まだ一万五千三百六十五歳なのに・・・。」
「し・・・しかし!今までの歴史の中にも悪魔がこの世を滅ぼそうとした事実を裏付ける
文献とか結構ありますし、どうしてもダメなんですか!?」
「ダメなものはダメ!確かにあんたの言う通り、昔ちょくちょく生界に手を出したり
した奴がいたらしいけど、みんな逮捕されて牢屋の中よ!あんた達生界の者は
知らないでしょうけどね!今の私達と神連中は和平結んでて、生界には規定範囲以上の
干渉はしない決まりになってるの!分かる?ああ、でもね、干渉そのものがダメなワケ
じゃないのよ!生界に大打撃を与えるような事がいけないだけでね。例えば、牛丼を
半額で食べたいとかそういう願い事なら聞いてあげる!ってあれ?どったの?」
「・・・。」
余りにも厳しすぎる現実に教祖は無言のままその場に跪いた。
「ハッハッハッハッ!とんだ茶番だったなぁ!」
今がチャンスとばかりにマリアは布を取って祭壇の前へ躍り出た。そして素早く
Ziストーンを奪い返す。
「な・・・何者だ貴様はっ!」
「コイツを奪還するよう依頼を受けた賞金稼ぎさ!んじゃあこれは返してもらうぜ!」
「こらぁそれ返せ!ディアブロス様の召喚が終わったら何処かの金持ちに高く
売り捌こうと思っていたんだぞっ!信者達よ!奴を取り押さえろっ!」
信者達が一斉にマリアに襲い掛かる。しかしマリアは表情一つ崩さず、一瞬のウチに
五人の男を殴り倒した。
「舐めるなよっ!一対多数のケンカは日常茶飯事だぜ!」
「ええい怯むな!何としても取り押さえろ!」
襲い掛かる信者達に対しマリアは大立ち回りを繰り広げる。その様はまるでテレビの
時代劇を見ているかの様でさえあった。
「うわぁ!このガキ強ぇ!」
「どんなもんだい!だが何時までも長居はしてられねぇ!さら・・・。」
と、マリアが「さらば」と言い残して格好良く去ろうとした時だった。突然何者かが
マリアを物凄い力で引き戻したのだ。
「だっ誰だぁ!良い所でこんな事するのはぁ!」
「ねえねえ!貴方凄いじゃない!」
その犯人はデミントだった。マリアはそれに一瞬戸惑う。
「(こ・・・コイツ・・・俺に気配を悟らせなかった?)」
「ねぇねぇ貴方!悪魔にならない!?」
「はぁ!?」
デミントの脈絡の無い突然の意味不明な発言に、マリアの目が点になった。
「な・・・何を言っているのかね君は・・・。」
「さっきの大立ち回り拝見させてもらったけど、貴方人間なのに素晴らしい力を持ってる
みたいじゃないっ!しかも、まだ直接見せてない部分にも凄い物を感じるし・・・。
人間でそれだけの力がある貴方が悪魔になれば高位クラスも夢じゃないよ!」
「お嬢ちゃん・・・、ちょっと良いかな?もうそういう話はやめてお家に帰ろうな?」
と、マリアは適当になだめて立ち去ろうとした。が、デミントはなおも引っ張る。
しかもその力はおよそ少女の物とは思えぬ相当な力だったのだ。
「(うぉっ!何だこの力は!)」
「ねぇねぇ〜!」
まるで無邪気な子供の様にデミントはマリアを引き付けようとする。と、その時二人は
背後に気配を感じた。とっさに振り向くとそこにはゴーレムの姿があったのだ。
「もうこれで終わりだぁ!」
「ったく何がなんだか分からない事態だなこりゃー!」
ゴーレムのハンマーナックルがマリアを襲った。しかしマリアはそのハンマーナックルを
かわし、逆に柔道の一本背負いでゴーレムを倒すと、そのまま走り去って行った。
「お兄ちゃんは大切な仕事があるんだ。それじゃあまたな!」
「えええぇ!?うっそぉ!?」
常識で考えるならあり得ない光景に信者達は唖然とするが、デミントはその姿を見て
「素敵な人・・・人間にしておくには勿体無い・・・。」
そう言い残し、やや赤面しながら走り去るマリアの姿を見詰めていた。
「ったくコイツはマジでただの宗教団体じゃねーぞこれはぁ!」
Ziストーンを片手に出口へ走るマリアであったが、その途中にも暗黒魔教会が所有する
アタックゾイドが攻撃を仕掛けて来た。しかしマリアは超人的な力で次々殴り壊し、
蹴り壊し、投げ飛ばして走り去った。
「ダメですっ!アタックゾイド級では歯が立ちません!冗談みたいな強さです!」
「アイツは本当に人間かぁぁ!?ってあれ?所であの女は何処へ行った?」
「あ!そういえば何処にもいません!」
彼等の言う通り、デミントの姿はまるでかき消す様にその場から消えていた。
「もう良い!あんな役立たずは必要無いっ!そんな事よりZiストーンだ!」
マリアは教会からやや離れた地点に待機させていた白鋼王を呼び寄せ、素早く乗り込むと
発進した。無論行き先は覆面Xとの合流地点だ。が、その時背後から数機の有人型キメラ
ドラゴンが現れ、白鋼王へ襲い掛かって来たのだった。
「やっぱただの宗教団体じゃねーよあいつ等ぁ!あんなもんまで持っていやがる!」
「Ziストーン反応はあの白いゾイドからだ!あのゾイドを狙えっ!」
空中から急降下して襲い掛かる有人型キメラドラゴン。しかし白鋼王は振り上げた前足を
一体に叩き込み、地面に叩き付けた。
「うわぁぁ!」
「お前等と本気で戦争するのが目的じゃねーんだからほっといてくれねぇかなぁ?」
白鋼王に押さえ付けられた有人型キメラドラゴンは脱出する為にありったけの火器を
白鋼王へ向けて撃ちまくった。忽ち上がる煙と爆音。しかし、煙が晴れた時そこには
傷一つ無く白く美しい装甲を輝かせ続ける白鋼王の姿があった。
オリバーは必死で吐きたい衝動をこらえた。
“ギルド”の初任務の時でさえ、こんな気分にはならなかったのに――。
<あとは一人です。連携さえ崩してしまえばただの改造機に過ぎません>
エナジーライガーが翼のような残光を残して橙色の機体に向かっていく。
彼は深呼吸をして落ち着こうと試みた。
相手は人間ですらない。戦うために生み出された戦闘マシーンである。だが、そんな存
在が仲間の死を嘆くか?
「……なにを今更考えてんだろうな、俺は」
武器をまた入れ替える。威力は確かでも、使うたびに吐き気のするような武器はご免だ。
俺は“美しく、クールに”戦う。たとえやっていることが血生臭い殺し合いであっても。
「転送、『インアヴォイデンス・カノン』」
悪魔の剣が黒い直方体に覆い隠され、次に表れたのは緑と褐色に彩色された砲身だった。
「武装の特性は……『敵が前方にいる限りほぼ確実に命中、ただし単体への攻撃に限る』
……命中率重視ってか。いいぜ、少しはまともな武器だ」
既にオレーグとアレックスが敵を追い立てており、戦意を喪失したように弐号機の動き
が鈍くなっている。今なら仕留めるのは容易――。
「悪いな、すぐに兄貴に会わせてやることを、せめてもの償いと言うことにしてくれ!」
クァッドライガーは後方の雪をプラズマフィールドで水蒸気爆発させ、もうもうと立ち
昇る霧の中から文字通り『爆発的な』加速を得て飛び出した。
「むう――邪魔が入ったか――」
荷電粒子砲は確かに発射され、シャドーエッジを貫くはずであった。リニアは回避も防
御もせず、機体にはクァッドのような自動防御システムもない。
勝った。そう確信した瞬間、シャドーエッジは横手からの砲撃で吹き飛ばされ射線を外
れた。勝利は老人のしなびた手をすり抜けていったのである。
その『横手からの砲撃』は、雪を吹き飛ばしながらホバー移動してくるガンブラスター
の背から放たれたものだった。
<リニアさん――しっかりして下さい、大丈夫ですか!?>
<嬢ちゃん、返事をせい! ……くそっ、状況が良く解らんがどうやら嬢ちゃんは行動不
能らしい。親切なご婦人のおかげで目先の危機は回避できたが、まだ安心はできん>
<まず、あの騎士を撃退しないと!>
ガンブラスターの傍らに付き添っていたライトニングサイクスが、ブースターを全開に
して飛び掛ってくる。イレヴンは無造作にその突進を片手で払いのけると、動かないリニ
アにさっさととどめを刺そうと向き合った。
が、その時。彼の身体に纏った鎧が動かなくなった。
「!? ジャミングか――?」
そうではなかった。ガンブラスターとサイクスも、同様に動きを止めている。
何が起きたのかと訝しがるイレヴンの目に、地上から自分を見上げる一人の女が映る。
「まさか――そんな、馬鹿な」
イレヴンが数秒掛けてやっと口にした言葉は、ありふれた陳腐なものだった。
その女は背中の中ほどまで伸びる、流れるような金色の髪がまず強く印象に残る。次に
毅然とした表情のなかに憂いを隠した、美しいながらもどこか人間味の薄い顔が目に焼き
つく――そして間違いなく、身体が動かない原因はあの女にある。
それは傍から見ればなんら裏づけのない確信だった。だが、理屈で説明が付かずとも、
その場に居合わせた者ならばそれが事実だと異口同音に言うはずである。更に、イレヴン
はその女が何者なのかに一目で見当をつけていた。
雪の振る中、周囲の雪よりなお白いブラウスしか纏っていない女は、“神”がそうする
ように老騎士の頭の中に直接語りかけてくる。
<今は退きなさい。あなたの仲間を連れてね――それから、『不肖の息子』によろしくね>
忌まわしい。イレヴンの意思に関係なく、一体となったゾイドがヤツの命令に抗えない
のだ。
“ゾイドに対し、絶対的な行使力を持つ存在”。
「ふん……人間への介入は止めたと聞いたのだがな。心変わりも貴様のプログラムの内か」
捨て台詞を残し、黒の鎧は身を翻して彼方へと飛び去った。
「さ、さっきの女の人?」
「むう……あのご婦人、どうやらただの通りすがりだったわけではないようだな」
街の反対側を守っていたエメットとワンがリニアの危機に駆けつけることができたのは、
戦闘が始まる前に通りかかった女性から『南側に騎士のゾイドが来てるそうよ』と言われ
て飛んでいったからだった。すぐにラジオからニュースが流れ出しその情報を裏付ける。
しかし確かに深く考えてみれば、彼女は何故騎士の接近を察知できたのか?
「あの、あなたは?」
問い掛けるが返事はない。エメットはコックピットを降り、女に近付いていった。
オリバーは、トリガーを目にも止まらぬ速度で引き続ける自分をイメージした。そのイ
メージどおりに敵機を着弾の衝撃が襲い、後退る形で市街から遠ざけていく。
インアヴォイデンス・カノン。惑星Ziで言うところのビームとは粒子砲を指すことが多
いが、この兵器は発射寸前でまず射出する粒子の存在属性を量子論的な『可能性の波動』
へと置換。広範囲へと広がっていく波動は、ロックオン対象に触れた瞬間に波動関数の集
束を引き起こし、そこで初めて粒子砲としてのビームが顕在化する。
これが不可避たる理由は二つ。光に近い速度で広範囲へと拡散する波動に、掠りでもす
れば顕在化したビームに撃たれること。そして、命中まではそもそもビームが存在してい
ないのであるから、砲口の臨界から発射までの僅かなタイムラグを利用して回避すると言
う方法が取れないこと。
そして蓄積したダメージで崩れ落ちた敵は、最後の反撃に出ようともしなかった。
<戦意を喪失していますね。とはいえ……>
<殺すのが一番確実で安全な方法だ>
オレーグ機が全身の砲門を開く。
<あばよ、騎士>
ハリネズミの針のように全方向へと放たれたレーザー、ビームが軌道を曲げ、螺旋を描
いて天空へと集束していく。一筋の太い光条と化したそれらが、ヘアピンのようなカーブ
を描いて地上の目標へと落ちていく。巨人を葬らんとゼウスが放った電光であると、古代
の地球人に見せても信じそうな眩しさ。
その輝きはしかし、敵を撃つことなく地を灼いて――。
すべては一瞬の出来事だった。
<不本意だが、これ以上いたずらに戦力を減らす訳にも行かぬのでな>
地表もろとも蒸発するはずだった敵機が爆風の中から飛び出し、不自然な体勢で空高く
飛んでいく。イレヴンがその巨体を掴んでぶら下げているのだと、理解できたのはオリバ
ーのみ。
全力の一発を撃ってしまったギガはオーバーヒートを起こして砲撃ができず、クァッド
の放ったビームは殆ど残骸と化した巨体を削るばかりで肝心の運び手に届かない。アレッ
クスのエナジーはすでに最大稼働時間を過ぎ、今度こそ機能を停止していた。
万事休す――彼らはなす術なく、敵が空の彼方へと消えていくのを見送るしかなかった。
「初めから、彼らに全てやらせるつもりだったのか?」
「いえいえそんなァ。連中が市街の中でドンパチやるなら出るつもりでしたけど、隔壁の
外でしたからねェ」
「三人目は『隔壁の中』だったぞ!」
ヴィクター・シュバルツバルトは珍しいことに声を荒げた。
「それも何をやったかは知らないが、あの黒いフューラーが戦闘不能になるような危険な
ヤツがだ! どうしてすぐに出なかったか、納得のいく言い訳を聞かせてもらおうか」
「僕たち“死者の槌鉾”の本業は暗殺部隊だし、市街の防衛なんて正規軍にやらせておけ
ばイイでしょう。……それにアナタ、僕に命令する権限は与えられてないと思いますがネ」
ヴォルフガング・フォイアーシュタインの視線はまるで氷のナイフだ。突き刺すように
鋭く、凍りつくように冷たい。その目から逃れるように展望室を後にしたヴィクターは、
何の気もなしに格納庫へと足を運んでいた。
「こいつは……奴のデッドボーダーか」
槍を手にし、二対の異なった翼をもつ、禍々しい機体。キャットウォークから見下ろす
形で他のゾイドと見比べると、案外小振りな機体だと言うことがわかる。
――あの男は、悪魔だ。
兄である議長以外は味方も信用していない。圧倒的な力に裏打ちされたようなサディズ
ムが思考を支配する、危険な男。
そんな男と手を組んだ自分は、さしずめ悪魔と契約したファウストか。
「シャルロット……お前が今の私を見たら、たぶん何も言わずに頬を張るんだろうな」
こんなこと、彼女は望まない。解ってはいるが、なお止まらず。
「だが、私には気持ちの整理が付けられないんだ。ヤツを……GX-00を討つこと以外には、
お前の愛情に報いる方法が思いつかない」
俯き、爪が皮膚を破るほど強く拳を握り締めるヴィクター。そんな彼を、目の前の黒い
悪魔は静かに見ていた。
アレックスの館付近、雪が吹き飛ばされた十字路。戻ってきたオリバー、アレックス、
オレーグと部下三人が目にした物は、力なく滞空するシャドーエッジだった。
「師匠!師匠!! どうしたんだ、機体に損傷はないのに」
「内部機関も無事です。音波砲などによる、パイロットダメージかもしれません……」
「おい、あっちに居るのはお前らの仲間じゃないのか」
オレーグの指す先を見ると、エメットとワンの機体が少し離れた所で雪を被っている。
「なあ、爺さん! 師匠が……」
言いかけたが、彼はそこで言葉を切った。ゾイドが歩行に支障を来すほどの豪雪の中、
路上に立つ二人と――もう一人を目にしたからだ。
「あの、あなたは?」
答えを得られなかったエメットは、雪のなか女の近くへと苦労して歩いていった。彼の
掻き分けた雪の道をワンも続く。
充分に近付き、話しかけようとしたまさにその時、相手から逆に話しかけられた。
「彼女は……大丈夫よ。お兄さんが話しに行ったもの」
「え?」
“彼女”が誰を指すのか。一瞬考え込んでしまったエメットの前で、ハッとしたように
女は空を振り仰ぐ。そして、小さな声で呟くのが聞こえた。
「この感じ……“オーディン”? そんなはず、ない……彼は、私が――」
そして、呼びかけようとする少年の眼前で女は消失してしまったのだ。まるで空間に溶
けていくように――。
「どういう……ことでしょうか?」
「さあな。じゃが、助けてくれたのはどうやら『通りすがり』ではないらしいな」
そうこうしているうちにオリバーの新しい機体が走ってきた。
「あれ、さっきもう一人居なかったっけ?」
「いえ……居たんですが……」
「消えてしまいよった」
「は?」
後ろから、アレックスたちがぞろぞろと雪を掻き分けてくる。
「なんです? こんな寒い所で少年とご老体が外に出てるなんて」
「若社長よ、さっきまでここにそりゃあ綺麗なご婦人がおったんじゃよ」
「げ……元気ですね、ワンさん……」
「――で、師匠は?」
オリバーがそう言わなかったら、シャドーエッジは推進剤が切れて墜落していただろう。
工廠に運び込まれたシャドーエッジだが、やはり機体にダメージは見受けられず。検査
を受けた当のリニアも、身体機能に異常はないとのことだった。
「精神攻撃か……? 騎士なら、どんな力を使ってきてもおかしくはないからな」
「いいや、少なくとも俺の知る限りじゃ、そういう力を使えるヤツは今回の襲撃に参加し
てねえな」
そういえばコイツも元々騎士だっけ――うなされているように歪むリニアの寝顔を見て
いるオリバーには、それがひどくぼんやりとした思考に感じられた。
「なあ、お前と戦ってたパワードスーツみたいなのも……」
「ヤツも騎士だ。特別な名前は名乗らず、ただ『イレヴン』と呼ばれていた」
リニアのフィジカルデータを纏めて、アレックスが出てくる。
「診断結果を一言で言えば……『解離性人格障害の一歩手前』です。彼女はなにか精神的
なショックを受け、それから逃れる為に自分の精神を心の内側へと隠してしまった。通常、
こうなると代理の人格が形成されたりして多重人格者となってしまうことの方が多いそう
ですが……彼女の場合、自らを深い眠りに落とし込むことで外界との接触を断っています」
エルフリーデが椅子に腰掛け、眠れる少女の頬にそっと触れた。
「リニアさんほどの強い人が、こんな風になるなんて……」
彼女にとって、リニアは越えられない壁のような存在であったかもしれない。オリバー
と最も近い人、綺麗で強い人。
そして同時に、尊敬の対象でもあった。目標とすべき高みだと思った。
だからこそ信じられない。彼女が、心にそれほどの傷を負うことを。
「それで、なにか治療法は?」
オリバーの問いに、アレックスはまず首を振って応じた。
「これは通常の深い眠り、『ノンレム睡眠』と呼ばれる状態に似たパルスが確認できてい
ます。しかし、同時に脳内では精神活動が見られる――ノンレム睡眠では、夢を見ないは
ずなのですが……こんな症状、前例がない」
「なら……どうすればいい?」
「――眠らせてあげることね。彼女は今まさに、夢を見ているところよ」
全員が、その声のした方にバッと振り返った。
ドアは開く音も閉める音もしなかったのに、そこには白いブラウスを纏った女が静かに
佇んでいる。エメットとワンの反応は、警戒するその他全員と大きく異なった。
「あ、さっきの人!」
「これ、人を指差すモンじゃない! ご婦人、あなたは?」
二時間程度前までは吹雪に近い天候の中にいたのに、着衣や髪は乾いている。そもそも
そんな薄着で氷点下の屋外に居たこともおかしい。
警戒していない訳ではなかったワンの言葉に、女は歩み出しながら答える。
「私の何を訊いているの? 敵か味方か、といえば私はあなたたちの敵ではないわ。警戒
して当然だとは解ってるけど、ひとまず後ろ手に武器を抜いておくのは止してくれないか
しら……アレックス・ハル=スミスさん?」
小電磁銃を手放したアレックスは、ワンの質問を形を変えて繰り返した。
「そうですね、さしあたっては貴女の目的が知りたいものです。よろしければお名前も」
彼女はアレックスの横まで歩いて来た。
「目的――あなたたちに手を貸すこと、とでも言えばいい? 名前は……」
そして通り過ぎ、リニアの前に立つ。
「……“シェヘラザード”って呼んでね」
オリバーとエルフリーデが、殆ど同時にシェヘラザードに詰め寄った。
「師匠の症状について何か知ってるんだな、教えてくれ!」
「リニアさんを助けられるんですか?」
「まあ落ち着いて頂戴。オリバー君、最近になって頭がスッキリしてきたってことはない?」
「え? まあ、確かに……それが、何の関係が?」
「あなたの脳の一部を利用していた、セディール・レインフォードのナノマシンがいなく
なったからなの。私が彼の意識を、別の媒体に移し変えた……」
「なんでそんなことまで知って――」
重大なことをさらりと言ってしまう彼女を遮ろうとしたが、オリバーの試みは徒労となる。
「エル、彼女は私たちが何もしなくとも戻ってくるわ。彼女を連れ戻す役割は、大馬鹿の
兄に任せておいたから」
「どういう……ことです?」
「オリバー・ハートネットの脳から取り出したセディールの意識を、リニアの内部に送り
込んだわけ。彼は妹に知りうる全てを教えて戻ってくるでしょうから、私もあなたたちに
本当のことを話しておかなければならないでしょうね」
背後でエメットが息を飲む音がした。
「『お兄さんが話しに行った』……こういうことだったんだ!」
「どういうことです――貴女、一体『何者』なんです?」
「これから話すわ。長くなるから、眠い人は先に出て行くことをお勧めしておくけどね」
続く
252 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:17:44 ID:sIpQVxyQ
☆☆ 魔装竜外伝第八話「裏切りの戦士」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
アンチブルに向かうチーム・ギルガメス。その途中、謎の美少年フェイに出会う。一方
銃神ブロンコは「狼機小隊」を召還。ギル達を窮地に陥れるが、フェイの援護に助けられ
る。しかし彼の正体がシュバルツセイバー獣勇士の一人だとは、ギル達も知らないこと…。
夢破れた少年がいた。愛を亡くした魔女がいた。友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
辺り一面見渡す限りの深緑色を、長年赤土を見ることに慣らされたZi人が見れば誰も
が羨むだろう。樹海と形容して良い規模ながら、いささか奇異な印象を受けるのは縦横に
巡らされた細い路地で一帯が区画されている所為だ。空高くから見下ろせば田んぼのよう
に見えるかも知れない。さてこの樹海を覆う漆黒には少しずつ白絵の具が混入され、薄い
ねずみ色へと徐々に染め上げられていく。パレットは地平線の彼方。暁は真実を晒すと言
われるものの、実際には橙色に依っていることを誰もが忘れ勝ちだ。
樹海の間から、路地にひょっこり、現われた者が一人。それなりに若者の持ち得る立派
な体格。しかし出立ちの奇妙なこと。服装こそブラウスにジーンズというごく一般的な学
生のそれだが、口には手拭い、目はゴーグルで覆い、頭部にはゾイド操縦用のヘルメット
を被っている。彼が何者なのかこの状態で見極めるためには体格と肌の色、そして声色位
しか手掛かりがない。
若者が不意に、手を上げる。握られていた懐中電灯の明滅を合図に、樹海のそこかしこ
から現われ、集まってきた者が数名。格好・背丈に差異あれど、共通しているのは口にし
た手拭いやマスク。一目には何者か判別できぬ格好の彼らが、お互いを即座に認知したの
だ。そうするためには事前に綿密なる打ち合わせをしなければ不可能である。
253 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:19:14 ID:sIpQVxyQ
(首尾は…?)
(上々)
囁き合う若者達。口を隠したおかげで一様にくぐもった声。
(ヴォルケンを、呼ばなくて良かったのかな…)
一人が心細げに呟くが、他の若者達は皆一様に舌打ちし、鼻を鳴らした。
(彼奴は、腑抜けだ)
(そうだそうだ。始終、回りに女を侍らしていやがるし、授業がなければ旅行三昧、放蕩
三昧と来た)
(おまけに今回の作戦なんざ、やる前から無駄骨とか決めつけやがる。あんなのが由緒正
しきシュバルツ家のお坊ちゃんだなんて世も末だぜ)
(でも彼奴、かなり『切れる』ぜ。レヴニアのテロも顛末までピタリと当てたし…)
そう言い掛けた別の一人の胸ぐらを掴んだのは、先程の懐中電灯を翳した若者だ。
(じゃあこの作戦、降りるか!? 彼奴みたいに遊び呆けてそれでも留学生を気取るか!)
静まり返る一同。手拭いの下からでも十分に響き渡る怒声が、辺りの空気をたちまち張
り詰めさせる。
(俺達が立ち上がるのは、留学生でなければできないことだからだ。
見てろよ糞教師共、洗脳教育など無意味だって教えてやる!)
そうこう話している内にも、細い路地のあちこちから人が湧いてくる。いずれも前述の
若者達同様、口や頭部を隠した出立ち。無言の内にも彼らは合流していく。行く先に見え
るは大通り。本編の主役ゾイドであるやんちゃな竜が陣取るには少々狭苦しいが、若者達
の群れが膨れ上がり、太い幹を作るには十分だ。
彼らの中心には巨大なゾイドの張りぼてが十数体、置かれている。ビークル二台程度の
大きさを備えたそれらの形状は、いずれも都会では中々見掛けない珍しいゾイドを模した
ものばかりだ。そしてこれらの側面にはスローガンが公用ヘリック語で書かれている。
《ゾイド貿易自由化反対!》
《アカデミーは政府に手を貸すな!》
今、同様のスローガンを書いた幟(のぼり)やプラカードが立ち上がる。垂れ幕が複数
の手によって掲げられる。
そしてスローガン通りの歓声が辺りに鳴り響いた時、目覚めた鳥達は羽ばたき逃げ去っ
ていく。彼らに道を拓くがごとく陽が昇った時が作戦開始の合図だ。
254 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:20:25 ID:sIpQVxyQ
薄暗い一室にも陽と、怒声は届いた。窓ガラスとサッシと、カーテンの三重装甲をも貫
いたそれは見事に部屋の主人を目覚めさせたのである。まだ皺も寄らぬパジャマを着用し
た、栗色髪の若者だ。噂の青年ヴォルケンは、如何にも眠り足りなげにベットから起き上
がるとくしゃみを数発。
「放蕩とか野次られるけど、寄ってくるのは僕の家柄目当ての娘ばかりなんですよね。ま
あ仕方ないか…」
しばらくうつらうつらして陽や怒声に嬲られた後、諸手上げて背伸びする。ベットの右
方、絨毯一枚分程先には使い込まれた机と手垢にまみれた本棚、そして本棚の最下段には
小型のテレビが設置されている。枕元のリモコンを手に取ると電源を入れ、ベットの上で
胡座を掻く。
こんな時間帯にテレビ番組など何も放送されていないのは、彼も承知の上だ。…テレビ
のモニターに延々流れ続けているのは退屈な風景映像。その下には字幕が流れていた。記
事の内容に似合わぬ穏やかなペースだ。
《政府議会は各自治政府にゾイド関税大幅引き下げを求める『ゾイド貿易自由化法案』を
満場一致で可決。自治政府の反発必至》
「本当、唐突に決まったよね。皆が怒り出すのは無理もない。ゾイドは商品である前に、
民族の誇りだというのに。でも…」
呟きながら手元のリモコンを弄ぶ。ガイロス公国の飛竜紋章があしらわれたものだ。
「もう少し、穏便にできなかったものかな」
膨れ上がった群衆が進む大通りの先に、やがて立ち塞がった鉄格子の門。城壁のごとく
そびえ立ち、左右を殺風景なコンクリート塀の連なりで固め、地平線を覆い隠すさまはま
さしく鉄壁の守り。門柱に掲げられた表札は人の背丈程もあり、公用ヘリック語で「国立
ゾイドアカデミー西方第三校舎正門」としたためられている。
さて門柱の下部に見えるのは警備員の詰め所だ。まだ夜も明け切らぬ時間、受付に座る
中年の警備員はそれが日課とばかりにうつらうつらしていたが、ふと寝ぼけ眼で気付いた
目前の異変に慌てて飛び起きるに至った。すぐさま手元のスイッチを叩けば一帯に鳴り響
くサイレン。
255 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:21:43 ID:sIpQVxyQ
「正面大通りにデモ隊! 正面大通りにデモ隊! 至急、警察部隊に出動要請を…」
そう、マイクで怒鳴る警備員を吹き飛ばした爆風。
『ゾイド貿易自由化、反対!』
『アカデミーは政府に、手を貸すな!』
張りぼてに掲げられたスローガンを叫びながら突進する群衆。二度、三度とこだました
号砲の発信源は張りぼての先端、左右に目のごとく開けられたマンホール大の穴の中から。
火花弾け、硝煙が後方へと流れていく。間違い無い、張りぼての中には武装した何かが潜
んでいる。
かくて水を得た魚のごとく勢いを増す群衆。しかし張りぼてに遅れまいと追随する若者
達がふと、朝焼けに垣間見た異変。
空より走った亀裂、数度。余りに規則的な発光・軌跡は気象現象とは全く相容れない代
物だ。と、それを群衆が疑問に思うまでには、既に彼らの足下に投擲(とうてき)されて
いた数個の球体。林檎程の大きさに、スポンジのごとく無数の穴が開いた表面。と、突如
その穴から噴出した煙。たちまちの蔓延に皆ゴーグルや手拭い、マスクを押さえ、苦しみ
を訴える。変装用の小道具程度では全く役に立たない、この毒性は異常だ。辛うじて空を
仰いだ者達は、彼らの足下を見事に掬ってみせた悪魔の正体をそこに見た。
再度、朝焼けに走った亀裂。円形の影が徐々に浮かび上がる様子は、それが光学迷彩に
よって先程まで潜伏していた証だ。
「た、タートルカイザー!? 水の軍団か!」
「いや、ちょっと待て! 幾ら水の軍団だと言っても到着するのは速過ぎ…まさか!?」
悶え苦しむ若者達の間に突如、浮かんだ疑念。彼らが恐慌状態に陥って潰走するのは時
間の問題だ。
「密告通り、だったな」
プラネタリウム程の広さはあるドーム内。外周には無数のモニターとコントロールパネ
ル、そしてそれらを操作し、或いは注意深く見守る乗組員達がひしめき合う。部屋の中央、
小山程も盛り上がった円錐の頂点に主人は着席していた。馬面に痩けた頬、落ち窪んだ上
に守宮のごとく大きな瞳。水色の軍帽・軍服を折り目正しく着こなした風格十分の男。左
手には鞘に収められたサーベルが握られている。
256 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:23:00 ID:sIpQVxyQ
異相の男は視線を上方に向けている。天井付近に映し出された映像はまさしく地上の地
獄絵図だが、その上に被さるように映し出されたのは士官の姿。もうそろそろ中年の域に
差し掛かろうかという雰囲気は、あと少しの経験次第で立派な軍人と称せられる素質が感
じられてならない。そしてそれを裏付けるように軍服の胸元・首元には勲章と思しき装飾
を幾つか施してある。
「御協力、感謝致します」
スクリーン越しに深々と一礼する士官に対し、異相の男は片手を翳し、制止した。
「チーム・ギルガメスを始末できぬ現状、B計画に少しでも歯止めをかけるため、我々の
作戦参加は当然だ。
それより、作戦地域に複数の巨大な生体反応を感知している」
その一言に、顔色を変える士官。「巨大な生体反応」が何を指し示すのか、本編読者な
らばおわかりの事であろう。
「わかりました、引き続き作戦遂行、よろしくお願いします」
彼が再度敬礼すると、途切れた映像。再び地上に繰り広げられる地獄絵図を映し出す。
と、今度は又別の映像が拡大される。…鳥瞰図だ。緑線で規則正しく並べられた長方形の
群れこそが「ゾイドアカデミー西方第三校舎」なる地域を表し、その南端に巨大な水色の
光点と無数の小さな赤い光点が確認できる。そして辺り一帯に着々と包囲網を完成しつつ
あるのが白の光点だ。
「第二方面軍司令官、か。中々実直な手腕だが、少々緊張が足りんな」
そう呟くとすぐさま右腕を水平に広げて大喝。
「ロブノル、降下!」
合図には室内の誰もが咄嗟に反応した。室内外周の乗組員達が、円錐中腹の座席に付く
高官達が、速やかに機械を操作し、指令を出す。
「『ロブノル』乗組員に告ぐ! 『ロブノル』乗組員に告ぐ!
本機は午前5時00分、交戦開始。これより攻略地点上空百メートル以内に降下する。
すぐに着席し、手摺に掴まること。繰り返す…」
「『ロブノル』、降下しつつ口部ハッチを開け! ゴドス部隊、出撃準備は良いな!?」
高官がつく座席のコンソールに、早速描かれた映像はゾイドのものと思しき狭いコクピ
ット内だ。
「第一陣五機、いつでも行けます!」
257 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:25:17 ID:sIpQVxyQ
覇気ある声で宣言した若きパイロット達の返事に高官は満足し、円錐上部に着席する彼
らの長に無言で指示を仰いだ。こうなれば阿吽の呼吸だ。サーベルを引き抜いた異相の男。
「出撃開始! 惑星Ziの!」
「平和のために!」
樹海に次々と飛び込んだ銀色の二足竜。着地の瞬間、人のようにしゃがみ込めばへし折
れる木々が悲鳴を上げ、たちまち水柱のように木の葉が舞い上がる。本来の直立姿勢に戻
した竜達は人の姿にも似るが、何しろ二?三階建ての建物にも匹敵する巨体だ。おまけに
頭部の半分を占める橙色のキャノピー部分は異常発達した一つ眼のごとく、ギロリと視線
を周囲に投げかける。目の当たりにした群衆は蜘蛛の子を散らすように逃亡せざるを得な
い。これぞヘリック共和国軍が生んだ名機中の名機「小暴君」ゴドスが醸し出す威圧感と
いうもの。
ゴドス部隊は差し当たり、攻撃を一切仕掛けるつもりは無い。只、周囲を睨みつつじっ
くり歩を進めれば良いのだ。それだけで烏合の衆との力の差は歴然である。
「馬鹿野郎! こんなところまで来て逃げるな! 校舎に乗り込め!」
「仕方が無い、ガーニナル隊をここで使う」
正門付近にまで接近していた張りぼて達がたちまち、脱皮する幼虫のごとく真っ二つに
なる。と、中から姿を表すよりも前に放たれた閃光。しかし異変にはゴドス部隊の面々も
咄嗟に反応していた。軽いステップで躱す二足竜達の動きにはもう一拍の余裕すらある。
だが閃光の破壊力は恐れるに足りた。数条の光の刃はたちまち森を焦がし、進んだ道を業
火で包み込む。
戦況を見つめていた異相の男が刮目し、関心を寄せる。
「ほお、ガーニナルか。珍しいものを」
張りぼての中から現われた箱型の鉄塊は樹海に溶け込む深緑色。人の身長に毛が生えた
程度の体高ながら、その後方(ゴドス部隊に向けた部分)には尻尾のような長い大砲が備
え付けられており、それらを考慮すればゴドスすら上回る体格の持ち主だ。おまけに前方
部分には頑丈そうな兜と幾つもの銃器を備えた、攻守に渡って安定した能力を伺わせるこ
の鉄塊こそ「鎧砲虫(がいほうちゅう)」ガーニナル。分類上は元々完全人工のゾイドコ
アをベースに生み出された「ブロックスゾイド」の一種だ。その数、十か、二十か。
258 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:28:15 ID:sIpQVxyQ
「ゴドス部隊は接近戦を展開せよ。連中の切り札は自ずと絞り込まれる」
指示を確認した二足竜達は次々と前傾姿勢をとり、尻尾を地表と平行に伸ばすが速いか
怒濤の蹴り込み。木片が、土が高々と舞う。所謂T字バランスの態勢で疾走、開始。背中
に搭載した銃器で威嚇射撃しつつ一気に間合いを詰めていく。だが周囲で逃げまどう群衆
からすればこの世の地獄だ。どうにかゾイドの移動ライン中から外れたとしても折れ砕け
た木々がたちどころに襲い掛かってくる。ゾイド達の足下はまさに地獄絵図の様相を呈し
つつある。
尻尾の大砲を次々と連射するガーニナル達。しかし命中率の差は歴然だ。二足竜達は疾
走しながらの威嚇射撃でさえ敵機に対し正確に命中させていくが、ガーニナル達は強力な
光の刃を放ちつつも尽く、照準を反らす始末。両者の間合いが数メートル以内に縮まるま
で、何ら攻防を差し挟む余地が無い。
「ええいっ、奥の手を使う!」
深緑色した鉄塊のパイロットが言い放つ。狭いコクピット内で両手のレバーを思い切り
良く引けば、ふわり浮遊、上昇を始めた鉄塊。その底部には足と称するのが適当かどうか
すら疑わしい無数の突起が二列に渡って生えている。これらが見せる有機的な波打ちと共
にこのブロックスゾイドが浮遊を開始し、バランスさえ取っているのは間違いない。
「いいぞ、餌は…向こうだ!」
鉄塊のパイロットが大喝すれば、地表に平行に浮かんでいた筈のこのブロックスゾイド
が突如、見せた行動。次々とバネのごとく飛び跳ね、ゴドス部隊にのしかかろうとする。
その底部、前述の突起と一緒に見えるのは橙色にぼんやり輝く不気味な明滅の繰り返しだ。
しかし思わぬ奇襲も歴戦の勇者揃いである水の軍団の前では大して効果を為さなかった。
透かさず片足を軸に半回転するゴドス。背中を見せたかと思えばその時にはもう伸び切っ
ていた残る片足で渾身の後ろ蹴り。所謂ゴドスキックの正確な一撃は呆気無くガーニナル
達を吹き飛ばした。地表に叩き付けられ、勢いで木々が折れ重なっていく。仰向けに昏倒
したこの鉄塊の、露になった底部は突起群が懸命にもがき、その中央、例の橙色した明滅
の正体が明らかになった。
259 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:31:05 ID:sIpQVxyQ
黒い球体の、露出。所々、穴が開いてあってそこから輝きが漏れている。間違い無い、
これはこのブロックスゾイドのコアブロック。ゾイドの中には体の一部を他のゾイドに接
触させて養分を吸収し、あまつさえゾイドコアを支配しようとする種類が少なからずいる。
このガーニナルも同様に、ゴドス部隊に心臓部ごと無理矢理接触してエネルギーを吸収し
ようとしたのに違い無い。
折角の切り札をいとも簡単に封じられては、さしものガーニナル達も後退を試みるより
他ない。しかし退路にはゾイドアカデミーの長大な塀が控えている。最早進退は極まった。
「よし、敵は怯んだ。第二陣、第三陣、続け!」
異相の男が放つ号令と共に、タートルカイザー「ロブノル」の口部ハッチから出撃を開
始するゴドス部隊。彼らの背中には箱のようなものが括りつけられ、そこに五、六名程の
兵士が乗り込んでいる。いずれも白と青で彩られた鋼鉄の鎧で身を固めており、降下完了
と共に次々と地上に降り立つ。目標は言わずもがな、今や集団の維持に失敗し、散り散り
になった若者達を押さえ込むこと。
ゴドスの頭部・コクピット内ならば地平線の彼方に見える朝焼けの眩しさも良く見える。
作戦終了は時間の問題だ。
依然、寝ぼけ眼(まなこ)のヴォルケン。だが眠りから冷めて少々時間が経つというの
に、却って憮然とした表情。…彼を目覚めさせた筈の怒号は随分小さくなってきている。
声質の変化も著しい上に、破裂音の方が圧倒的に多くなった。
「密告の成果だね。そうでなければ神出鬼没のロブノルでも不可能な作戦だ」
現実問題として「国立ゾイドアカデミー西方第三校舎正門」なる地形の上空で、ロブノ
ルは相当な長時間待機し続けていた。本来ならば水の軍団の旗艦にそこまでの行為を、ア
カデミーも共和国政府も許可しないだろう(かような事件が発生しなければ水の軍団の住
居不法侵入は明らかだ。前話までを御覧の通り彼らには超法規的な側面があるが、それで
も権限の見直しが生まれるのは必然と言える)。電撃的な掃討作戦を実現させるためには
やはりそれなりの支援者が必要なのだ。
260 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:34:58 ID:Juc9Odg8
やおらリモコンを拾い上げると、彼はテレビの電源を落とした。そのまま、大の字に横
たわる。…数秒か、数分か、意識が飛びそうな時間を経た後、ばねのように上半身を跳ね
起こす。
「スーパーゾォィドッ、ターイムッ!」
おどけた表情で再度リモコンのスイッチを押せば、お目見えした映像はまさに子供向け
に作られたヒーロー番組だ。
『ゴジュラースッ!』
共和国軍の制服を着た若者が怪しげな道具を天に翳すと、光の中から現われてきた巨大
な銀色の二足竜。リモコンのスイッチを再度押し、チャンネルを変えるヴォルケン。
『ライガー、変身!』
こちらはゾイドのコクピット内にいると思われる若者の声を合図に、青い四脚獣が疾走
を始める。すると神秘的な描写で瞬く間に外装を変化させていく。ニコニコしながらチャ
ンネルを変えるヴォルケンだが、その瞳の奥には確かに映っていた。映像の端に、入った
テロップ。
《ゾイド貿易自由化法案撤回を求め、国立ゾイドアカデミーの学生が各地で暴動》
《ゾ大暴動は五時未明、共和国軍により鎮圧。死亡者多数》
ひとしきりチャンネルを変え続けたヴォルケンは、ふと肩で溜め息をついた。そのまま再
度、ゴロリとベットに横たわる。
(凄い洗脳振りだよね。あんなに凶暴なゾイドが今や子供のヒーローなんだから。
近い将来、嫌でも各自治区が共和国政府に頭を下げざるを得なくなるだろう。それだけの
政策を連中は着々と積み上げてきた。なのに何故、今になってゾイド貿易自由化法案など強
行したのだろう?)
流石の彼も、にわかには閃かない。やむを得ず身を捻り、掛け布団を引っ掛ける。疑問が
解決しないのも、二度寝するのも実のところ、予定の内だ。数時間後には共和国軍の連中に
叩き起こされるだろう。アリバイがあろうがなかろうが、先程の事件について取り調べを受
けるのは確実だ。それがシュバルツ家に生まれた者の宿命なのだ。
(もうしばらくは、馬鹿を演じなければ駄目だろうね。はぁ…)
261 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:36:31 ID:Juc9Odg8
「成る程、『時』が来たのですな…?」
周囲の大半を占めるキャノピー。外に見える映像は双児の月に照らされた夜更けの川原。
周囲には所謂地球で言うところの「狼」に姿・形が良く似たゾイドが占めて、五匹。
「『刻印の少年』が現れたのは望外の幸運。手詰まりに陥っていたB計画だが、これで一
気に実現の目処が立った」
キャノピーに映像は表示されない。代わってスピーカーから聞こえる声の印象は実に、
落ち着いたもの。かといって老いを感じさせるものでもない。例えるなら「老成」。元か
らの聡明さと若くして積み上げた数多の経験とが融合することで初めて発せられる声色。
「先立って決定した『ゾイド貿易自由化法案』も全ては『時』を無効なものとするため。
しかし、そうは行かぬ。既に本隊はもう一つの『B』について、在り処を突き止めてあ
る。無事これを発掘すればあとは『刻印の少年』を引き合わせれば万事、上手く行く。そ
のために我々は長年、研究を続けてきたのだ。
指令を与える。一つ、水の軍団を内部から突き崩せ。差し当たり、君が所属する部隊を
全滅させよ。二つ、シュバルツセイバーに『刻印の少年』を渡すな。既に獣勇士が彼に近
付いている。
君は漁夫の利を得るのだ。二つの使命が達せられれば、あとは本隊がやってくれる」
「わかり申した…」
映像すらないにも関わらず、聞き手は恭しく一礼した。
「目先の平和にばかり気を取られ、真なる惑星Ziの繁栄を理解できぬ愚か者は地獄に落
ちるが良いのだ。それでは君の吉報に期待している」
声は、ここで途切れた。
聞き手だった者はキャノピー越しに周囲を伺う。恐るべきことだ。陣型を維持しながら
疾走を続ける五匹の狼が彼らのやり取りに何ら関心を示してはいない。これはつまり、機
上の主のみが確保する通信手段があることを意味する。水の軍団は内通者を得て留学生の
暴動を未然に防いだが、彼らの中にも内通者が潜んでいた。しかも今や「刻印を持った少
年」抹殺の最前線に立つ者達の中にだ。
彼を含めた六匹の狼は月夜を掛ける。その月夜を描いた漆黒のキャンパスにも下方から
紺の彩りが添えられ始めていた。夜明けの、そして作戦開始が近付く印だ。
(第一章ここまで)
【第二章】
チーム・ギルガメスの面々が今朝の事件をすぐに知ることはなかった。…多分、知った
ところで嫌な事件として記憶の片隅に留まる程度だったろうが。
「ぎ、ギル兄ぃ何だよ、急にそんな大声出して…」
フェイは困惑していた。並みの大人以上の背丈と体格を持ち、彫り深く目許涼しい赤茶
けた髪の美少年。トレードマークの黒ジャンバーは腰に巻き、上はブラウス、下はジーパ
ンという出立ち。朽ち横たわる巨木に腰掛けた彼はかつて経験したことのない非難に狼狽
え、その身を仰け反らた。左腕につけた腕時計型の端末を弄ろうとしていたようで、右腕
で左手首を押さえたものだから受け身が取れない。…彼の背後では小山程もある鋼の猿
(ましら)が透かさず右腕を伸ばし、壁を作る。
「あ…ガイエン、ごめん」
忠誠を誓う若き主人にその名を呼ばれた猿(ましら)の腕は、自らの胴よりも長い。黒
を基調とし、所々に濃い赤を配した地味な体色。だが武装の豪華さは体色とは正反対。右
肩には小型ゾイド程もある大砲、左肩にはミサイルポッドを有し、共同浴場の煙突程もあ
ろうかという剥き身のミサイル二本を背負う(これの正体は前話「竜と群狼と、そして」
参照)。人呼んで「鉄猩(てっしょう)」アイアンコング。かつてのゼネバスやガイロス
といった帝国の象徴であったがために、ヘリック共和国の手によって乱獲された悲しき種
族である。
その、アイアンコング「ガイエン」が主人の身を支えながら、首を捻っている。元々大
人しく又知能が良く発達しているが故に、主人が困惑する原因を目の当たりにして違和感
を隠せない。鋼の猿(ましら)は己が真正面、「原因」の更に背後で畏まる深紅の二足竜
に対し、注意を促す軽い鳴き声を上げた。
深紅の竜は目前の鋼の猿(ましら)程ではないが、それでも民家二軒分程もある巨体の
持ち主。今は腹這いだが必要ならば直立し、背を、短かめの首を、長くしなやかな尻尾を
地表と水平に伸ばす「T字バランス」の姿勢で疾走する。その際には背中より生えた巨木
のごとき鶏冠六本と桜の花弁のごとき翼二枚を広げ、艶やかに舞うに違いない。人呼んで
魔装竜ジェノブレイカー(現在、主人には単に「ブレイカー」と呼ばれているらしい)。
金属生命体ゾイドの中でも数多の伝説に名を列ねるこの二足竜、目前の猿(ましら)に劣
らぬ知能の持ち主ではあるが、何しろプライドの高いゾイドだ。返事はせず、只一瞥し、
その胸元でしゃがみ込む己が若き主人に鼻先を近付けてみる。
「だからラジオ、聴くなって言ってるんだ…」
蚊の鳴くような…しかしこの朝もや漂う川原一帯にはどうにか響く声。ギルガメスは朽
ち木に座るフェイの真正面で仁王立ち。肩で息をし、消耗し切った小柄なその身を無理矢
理拡声器と変えたが、成果は今一歩だ。白無地のTシャツに膝下までの半ズボンというい
つもの出立ちの上には大きめのパーカーを羽織り、フェイのすぐ向かいに立つ。それにし
ても、汗が酷い。ボサボサの黒髪までがしっとりと濡れている。そして…円らな瞳の、充
血。瞼の腫れようも尋常では無い。もう二言、三言、なじったら爆発するのではなか。
ギルの左肩から、鼻先を近付ける深紅の竜。若き主人の心身を案じてか、囁くような甘
い鳴き声でスキンシップを求める。
思わぬ横槍に一瞬眉を潜めるギル。だがそれを相棒の駄々と認識すれば、たちどころに
表情を緩め、求めに応じる。しかし、その動作。…己が瞼をひたすら竜の冷たい鼻先に押
し当て、じっとしたまま。いつもなら大概、頬や唇を重ね合わせるところだろうし、相棒
の熱烈さ加減に圧倒されていることの方が普通だ。この賢い竜は、彼と愛撫を重ねながら
も助言を求めて周囲をちらちらと見渡す。
ギルと彼の相棒が見せる不自然な動作に、フェイも気付いた。まずは怒鳴られた原因た
る腕時計型端末のスイッチを落とすのが先だが、次にすべき動作は決定している。努めて
音程を下げつつ…。
「兄ぃ…きついの?」
ギルは、答えない。
しかしそれ故に、フェイにはギルが消耗した原因も大方、察しがついてしまった。彼は
この一晩、仮眠も取らずに相棒ブレイカーを操縦し続けたに違いない。
チーム・ギルガメス一行はアンチブルで開催される「新人王戦」に参加するため、ブル
ーレ川を遡って上流のリゼリアとアンチブルとの国境を目指していた。途中この不思議な
美少年フェイそして相棒ガイエンと、ひょんなことから合流したギル達一行。その数時間
後には恐るべき水の軍団「狼機小隊」の襲撃を受けたが、彼らの協力でどうにかその場を
脱出、昨晩夕方から今朝に至るまで凡そ半日逃げ続けてきた。しかし代償はそれなりに大
きく、本来の進行方向に繋がっていたブルーレ川を大きく迂回する結果となった。
さてひとまずは、ブルーレ川の支流付近に辿り着いた一行。しかし狼機小隊はいつ彼ら
に追いつき、襲撃を掛けるかも知れぬ。その上、水の軍団が送り込む刺客が連中のみであ
る保証もない。今彼の目前にいるフェイにしても、余りにタイミングの良過ぎる登場故に、
ギルは相当疑っている。様々な事象を孤独な少年が意識し始めた時、彼が必要以上に警戒
し、疲弊するのは無理からぬこと。…しかしブレイカーの「ゆりかご機能」による強制睡
眠さえ拒絶したのは流石に無茶し過ぎではある。
「黙ってたら、わからないじゃん…」
「…あのさ、ラジオを聴くなんて連中に居場所を教えるようなものだろ」
「それなんだけどさ…いや、そうじゃなくて!」
「二人とも何を揉めてるの?」
割って入った男装の麗人。彼女の一声に、少年二人は慌てて背筋を正す。凹凸の激しい
川原を何とも軽快に歩いてくる女性。紺の背広を纏った肢体は背丈高く足長く、遠目にも
映える。その上肩にも届かぬ黒い短髪、面長で端正な顔立ちには誰もが溜め息漏らすこと
間違いないが、今朝は唯一のマイナスポイントやも知れぬ切れ長の鋭利に過ぎた蒼き瞳を
も晒している。…エステルは両手をタオルで拭いながら戻ってきた。
一行唯一の女性がひとまずこの場を離れていた理由は手洗いのためだ。彼女には少々誤
算があった。今回の移動で簡易トイレをゾイドウォリアー・ギルドから借りてはいない。
半日程度でアンチブルに到着する見通しだったからだが、狼機小隊という思わぬ強敵の出
現で予定を大幅に狂わされた。彼女はやむを得ず一旦小休止の時間を設けたのである。
「あ、エステルさん。ギル兄ぃがラジオを聴くなって…」
助け舟にホッとした表情のフェイ。対するギルは苛立ちを隠す素振りも見せない。
「だから音立てて聴いたら連中に気付かれるだろう!? もう少し音量、絞れよ!」
「ギル、貴方の声も大きいわよ?」
「は、はい…」
途端に、肩を落とす。彼の消耗振りは感情の起伏にまで影響を与えている。良い状況で
はない。些細なことが原因で彼の心が揺り動かされ、正常な判断の妨げになるからだ。エ
ステルは軽い溜め息をついた。
「休憩には適当な場所を選んだつもりよ? これだけ視界が広ければ水の軍団が近付いて
もすぐにわかるし、身を潜ませての狙撃も難しくなるからね。
それにね、どうせ彼らもすぐに追いついてくるでしょう。だから済ませるべきはさっさ
と済ませてここを発とうと思うの。…貴方達も、お手洗いは済ませたわね?」
頷く少年二人。それができるのも、この付近に流れるブルーレ川の支流にどうにか辿り
着けたおかげだ。
「じゃあ、クッキーでも摘みながら天気予報位、聴いておきましょう」
エステルは別に、ピクニック気分で提案しているのではない。この状況では下手に朝食
をとった挙げ句、戦闘中に腹痛を起こしでもしたら悔やんでも悔やみ切れない。だからと
言って、何も喰わないまま戦闘中に腹が鳴るのもまずい。そこで消化の良いものを軽くか
じりつつぬるま湯を口に含んで、最低限の飢えは凌ごうという考えなのだ。
渋々ギルは、首を縦に振った。しかし悄気る彼の表情はすぐ又憮然たるものへと変わる。
「ああそれと、兄ぃ、ちょっと調子が良くないみたいです」
気を遣ったつもりのフェイの一言だが、ギルにしてみれば余計なお世話だ。腫れた瞳を
見開き睨む。思わず肩をすくめるフェイだが、突き付けられた矛先は鮮やかに逸れた。
「…ギル。仮眠、取らなかったのね?」
「う…」
「何故、休める時に休んでおかなかったの」
今度は彼が肩をすくめる番だ。女教師の視線は元々本人が気にする程厳しく、それが一
層鋭さを増す。氷の刃を浴びせられた時、途端に浮かべた眉間の皺・口元の歪みは悔恨の
証。彼女の右腕が、しなる。ギルは歯を食いしばり瞼を伏せる。両手で視界を遮ろうとす
る深紅の竜。フェイとガイエンは思わず息を呑むが。
ギルの頬の寸前で、エステルの平手は制止していた。そのまま手首を返し、甲を彼の頬
に当てる。…ブルーレ川の水で洗い、冷えきった手の甲だ。
「ひゃっ!?」
思わず飛び退くギル。目を丸くし、慌てて両手で左の頬を押さえる。
「あっはははは…」
エステルは口元を押さえ、意外な程楽しげに笑う。ギルの赤面は熱した鉄のよう。しか
し彼の動揺を何よりも誘ったのは、目前に立つ女教師の笑顔だ。不意打ちもさる事ながら、
彼女がこんな年端もいかぬ少女のような表情を浮かべて笑うことを、ギルが今まで知るこ
とはなかった。それが彼の頬を、耳を一層熱し、鼓動を昂らせる。一方、眺めるより他な
いフェイとゾイド二匹は呆気に取られるばかり。フェイに至っては口を半開きにしたまま
何度も瞬き。
笑い転げた女教師は、しかしやがて笑みを軽い溜め息に変えた。
「反省する気があるんだったらせめて今は、休みなさい」
諭す口調は手玉に取れてしまうことに対し、寧ろがっかりさせられた風にも聞こえる。
女教師は踵を返した。彼女がクッキーも積んでおいたビークルは、今のやり取りですっか
り脇に追いやられた深紅の竜の、更に左脇だ。
残り香がふわり、漂う。残された少年二人も含めて皆少なくとも一日以上は風呂に入っ
ていない筈だが、彼女に限ってはそんなことなど関係なさそうだ。しかしギルには妖精が
残す鱗粉を前に嘆息せざるを得ないのに対し、鼻を二度三度と鳴らし、胸一杯に吸い込も
うとするフェイの大胆なこと。流石に目前から放たれる強烈な眼光を感じたものだから、
慌てて顔を伏せ、左手首の端末を弄り直す。極力音声を絞ることとしよう、番組も無難な
ニュース番組に合わせないと、何しろ兄ぃの音楽の好みも良くわからない。一方ギルはギ
ルで、舌打ちしつつ顔を背けた。ふて腐れる以外の動作を狙ってできる程、彼は器用では
ない。
ひとまずこの場から緊張は解消された。ギルは頬杖つきながら、フェイはラジオのチャ
ンネルを合わせながら共に朽ち木に座って待つ。丸く収まれば彼らの相棒も一安心するの
は自明だ。かくして流れ始めたかに見えた穏やかな空気はエステルがクッキーの包みと水
筒を持参することで完成する筈だった。エステルがまさに少年とゾイドで構成された輪の
数メートル以内に近付いた時。
彼女の視界の何百メートルも向こうで、朝もやが揺らぐ。隙間から溢れた光沢の、鈍さ。
…鈍さ?
「伏せて!」
エステルが叫ぶのと、朝もやの向こうで死神の手拍子が数度谺したのはほぼ同時だ。そ
して恐るべきは、ゼロコンマゼロ数秒程遅れながらもフェイも又殺気に気付いたこと。慌
てて己が長身をうつ伏せる。彼らに続いたのがゾイド二匹だ。慌てて少年達を守るべく両
腕を降ろし、防壁を構築しようとする。
ギルガメス只一人が、反応に遅れた。どうにもならないことだが。
川原にクッキーの包みが、水筒が打ち捨てられるや否や、たちまち輝く魔女の額。刻印
発動と共に全身身構え両手を突き出した時、屈む動作も途中だったギルの数十センチ以内
で揺らいだ空気。…彼の目前で伏せたフェイには、見えてしまった。黒光りする物体が原
子の粒と化していくさまを。それからやや遅れて(それでも数秒以内での出来事だ)、完
成したゾイド達の壁の向こうで数発、金属音が響く。心無しか、二匹の口から漏れ聞こえ
た苦悶の呻き声。この攻撃にはそれだけの破壊力がある。
早速鋼の猿(ましら)が右腕を肩の大砲に添える。突如の襲撃に対し狙い定めんとする
が、それを制止したのがほかならぬ深紅の竜だ。甲高い鳴き声上げて注意を促すと朝もや
の向こうを睨み付ける。主旨を理解したのか大砲を持ったまま、ぐっと力を堪える猿(ま
しら)。…そうしなければいけない理由ははっきりしていた。
「そうだガイエン。この殺気、一人じゃあない。迂闊に乱射したら分散されて後手に回る」
伏せながらもフェイは、相棒に指示を送る。先程までとは一転した凛々しき表情を、ギ
ルは頭を両腕で抱えながらまま呆然と見つめるより他ない。
そこに額の刻印を消しつつ、ようやく到着できたエステル。この応酬の前では僅か数メ
ートルが異様な長距離と化す。身を臥せる二人の脇で片膝つくのは、ゾイド二匹の腕で構
成された障壁越しに、敵の動向を伺うためだ。
「ギル、フェイ君、大丈夫?」
「勿論ですよ、エステルさん! この通りピンピンしてます」
「エステル先生、これってまさか…」
「そのまさか、みたいね」
笑顔の客人、憂い顔の生徒。対照的な二人の少年が無事であるとはっきりすれば、残る
は敵を正確に把握することのみだ。ちらり、壁の向こうを覗いてみれば。
朝もやの中、影が揺らぐ。立ち上がる人物は、しかし一人では済まない。
「こいつは驚いた! よもやブロンコ様の狙撃を察知するとは…」
最初に立ち上がったのは紙一重の差で失敗した襲撃に対し、本気で感心する風な口ぶり
の男。大柄且つ良く肥えた体つきながら二の腕や桃は良く引き締まった弁髪の巨漢。今日
はパイロットスーツのチャックをしっかり閉じ、腰には長刀をぶら下げ仁王立ち。
「その上、AZ(アンチゾイド)マグナム弾を破壊する超常の力。流石は『蒼き瞳の魔女』
と呼ばれるだけの事はありますな」
次いで立ち上がったのは見るからにギル達と同世代であろう少年だ。しかしくたびれた
パイロットスーツと狂気を孕んだ眼光、そして腰に引っさげる短刀の柄を握って離さぬ隙
の無さから相当熟練の腕前だと見て取れる。
「しかし我が策は二段、三段構え。ここからが本番」
次に立ち上がったのは猫背の男。パイロットスーツの襟をつっ立て顔の下半分を覆い隠
している。上半分から白目剥いた瞳で遥か遠方を睨み、不自然に長い両腕を腰に当てれば
透かさず抜き放たれた二本鞭。
三人の影の後方で、更に立ち上がる影が三つ。中央の人物は最早お馴染みであろう、銃
神ブロンコ。トレードマークのテンガロンハットを被り、この追撃作戦においてでさえ鼻
鬚・顎鬚は奇麗に切り揃えた粋な中年。但し服装は周囲の奇人同様パイロットスーツを纏
っている。その布地の裏側にどんな悪意が隠れているのか。一方彼の周囲には中肉中背、
頬も艶やかな美青年二人が護衛する。彼らの容貌は鏡のごとき生き写し。それぞれの得物
である分銅、鉄串を外されたら簡単には区別がつくまい。
「既に古代ゾイド人の超能力は散々見せつけられているからな。これ位では驚かん。ジャ
ゼンの言う通り、ここからが本番なのだ。…狼機小隊!」
銃神ブロンコの号令は低く、だが良く通る。身構える六人。
「ギル、フェイ君。…見えるわよね?」
ゾイドの腕越しに頭を覗かせる師弟と客人。ギルは充血する目を細めつつ、フェイは数
メートル先にあるものを見るかのごとく自然に頷く。
「五…六人…って昨日の奴らか! 気配を殺して近付くために敢えてゾイドに乗らず近付
いたんだな」
忌々しげにフェイは言い放つ。
「でも、この距離からだと逆に狙撃しかできないんじゃあ…」
「それはちょっと甘いかしらね。…いや」
首を捻るギルの背中に、載せられたエステルの右掌。左掌は無論フェイの背中だ。
「ごめんね、ギル、フェイ君。甘かったのは私の見立て。…貴方達、合図したらすぐこの
子達に乗りなさい。ブレイカー、ええとガイエン? 頼んだわよ」
ゾイド二匹は低い唸り声で返事に代えたが、肝心の少年一名のみは未だ事態を飲み込め
ずにいる。
「え? 先生、それってどういう…」
「質問はあと!」
実のところ、エステルが詫びた「見立ての甘さ」は、ブロンコの恐るべき銃の腕前、そ
して魔女の超能力をもってさえ気付くには至らなかった狼機小隊の潜伏能力だけでは無い。
…彼らの真の恐ろしさは数秒も待たずにはっきりした。
地を蹴る、人影。
「今よ!」
打ち合わせ通り、左右で身構える相棒の胸元に駆け寄るつもりだった少年二人は、しか
しその間にも注意深く観察していた影の動きに愕然となった。
人影の背後から、発せられた光の粒。それを境にフィルムを早回しするかのように巨大
化する影。…いや、それは目の錯覚にも程がある。奴らは生身の人間ではあり得ない速度
で空を駆け、接近しているのだ。影の先陣は弁髪の巨漢と狂気の眼差しで睨む少年の二人。
「うわっははは、これぞマグネッサージャケット! 一の牙『デンガン』だ!」
弁髪の巨漢が長刀を引き抜き、吠えれば。
「これのおかげでデンガン様でもレッドホーン並みの脚力が持てるというもの。二の牙
『クナイ』、参る!」
狂い眼の少年は短刀を引き抜き逆手で構える。
「ほざけ、クナイ!」
「デンガン様こそ遅れるなかれ!」
影の急接近に青ざめる、ギル。舌打ちするフェイ。
「あ…あんなに小さなマグネッサーシステムがあるのかよ!」
「ギル兄ぃ、いいから走って!」
一方エステルが駆るビークルは三人の遥か後方だ。それでも彼女の脚力なら十秒も待た
ずに到達できる距離ではあるが、急展開の数々に見舞われ動揺する不肖の生徒を前にして、
それが実質数百メートル程も延長された。そうこうする内にも刺客二名は急接近している。
「ギル、急ぎなさい! …ええいっ!」
やむなくエステルは大地を蹴る。そうしなければ生徒を襲う災厄は遠ざけられない。
「死ねぇっ、ギルガメス!」
吠えるクナイ。若き刺客がゾイド達の腕の壁に到達すれば、彼らが壁だった腕を持ち上
げ払い除けようとするのは当然の流れだ。しかし動きの緻密さではこの小さな若武者が上
回る。腕を勢い良く持ち上げた深紅の竜。若き刺客が巨大なる腕に払われる目前で宙返り
すれば、数秒前まで厳然と存在した壁が消滅している。
してやったりと、飛び込むクナイ。非常識な敵の攻撃に慌てふためき、足がもつれるギ
ルの頭上へと切り掛かる。
後ろをちらちら気にしていたフェイ。だが遂に止まってしまった退避の疾駆。
「ぎ、ギル兄ぃ!?」
うつ伏せに転倒したギル。溜まらず頭を抱え、円らな瞳を瞑る。覚悟を決める余裕すら
無い場面で、しかし少年は運命の女神に守られた。
狂気孕んだ少年の両腕を、がっちり掴んだエステル。お互いの五体が拮抗する力故に震
えている。
「ええい、女! その腕、離せ!」
「あら失礼ね、離して欲しかったら『お姉さん』って呼びなさいな。ギル、立って!」
目をぱちくりするギル。女教師の叱咤にどうにか我を取り戻し、身を起こしに掛かる。
遠目にも力が籠る攻防に胸撫で下ろすフェイ。だが刺客は彼の目前にも迫っている。
「小僧、少しは自分の心配をしたらどうだ!」
長刀振りかざし、飛び込む弁髪の巨漢。今度はガイエンが腕を持ち上げる番だが、巨漢
の…いや正確には彼が羽織ったマグネッサージャケットの速度が勝る。巨大なる剛腕を越
えるや否や、背の高き美少年の頭上に振り降ろされる長刀。
「フェイ君!?」
若き刺客との力比べの真っ最中だったエステルも、流石に安否を気遣わずにはおれぬが。
しかし彼の美少年の秘めた能力は、居合わせる誰の想像をも越えていた。想定の範囲内
なのはきっと相棒たる鋼の猿(ましら)のみだったに違い無い。…仰向けに転倒したフェ
イ。だがそれは防御の秘技へと移行するための予備動作。振り降ろされる長刀目掛け、放
たれた両足。
がっちりと、両足は長刀を左右から挟んだ。足を使った真剣白刃取りの完成だ。
「ぬおお、味な真似を!」
「いや、そうでも…ないよ。足は手の三倍の力はあるって言うからさ。
エステルさん、ギル兄ぃは!?」
渾身の力比べの最中にも、他人を気遣う余裕を見せる。やはり力比べの真っ最中である
女教師にとって、フェイの活躍は嬉しい誤算だ。
「大丈夫よ、貴方も急いで」
「わっかりました…おっと!」
両足を離すや否や、後方へとんぼ返り。格好をつけたわけでないのはデンガンが同時に
仕掛けた次の一手から見て明らかだ。太い首をひと回しする巨漢。長い弁髪の先端には短
刀が結び付けられているではないか。暗殺の刃を間一髪躱しつつ、身を起こしてフェイは
身構える。
「小賢しい、猿のような奴!」
美少年をなじりつつも追撃を緩めぬ弁髪の巨漢。その勢いを殺したのは頭上から振り降
ろされた鋼の猿(ましら)の鉄拳だ。すぐに察知したデンガン、長刀をくわえるや否やフ
ェイ同様に魅せた後方へのとんぼ返りは彼の体躯では考えられぬ美技。早速身構え、もう
一太刀とばかりに踏み込まんとするが、流石にそれは叶わなかった。
振り降ろされたガイエンの鉄拳は、振り上げる時には若き主人をその掌に載せていた。
してやったりとばかりに舌を出し挑発するフェイ。…だがデンガンは不敵に笑った。指を
くわえ、口笛を吹き響かせるや否や遠方から砲撃のこだま。正確な射撃はガイエンの背中
に命中。不規則に揺れる巨体。掌の主人は面喰らってその指にしがみつく。
朝もやの中から現われたのは黒い五体に鮮やかな赤色の鎧を纏った狼。深紅の竜より一
回り程小さな体躯なれど、背負った箱は右にその身程もある長刀、左に短刀を折り畳み、
両の前足にはそれぞれ機銃を備える重武装の持ち主は人呼んで「剣狼」ソードウルフ。装
甲に覆われた頭部の内、額にはキャノピーが広がっているが、パイロットの姿は見えない。
…何故なら本来の主人は今まさに、美少年主従に肉迫しているからだ。
「これぞ『主従分身の術』! いいぞアルパ、今は遠巻きに砲撃だ!」
言い放つやデンガンの背中が眩く輝く。パイロットスーツにはアコーディオンのような
パーツが背筋をなぞるかのごとく埋め込まれており、そこから光の粒を吐き出す。これが
マグネッサージャケットの正体だ。跳躍と共に鋼の猿(ましら)の掌目掛けて食い下がる。
若き主人を覆い隠すように握りこぶしを作るガイエン。消極策は急に動き出したらそれ
こそ主人の体を壊しかねないからだが、しかし巨漢が放つ長刀の一撃に溜まらず呻く。恐
るべき破壊力はこの鋼の猿(ましら)の指にくっきりと傷をつけた。もう片方の掌を振り
上げて追い払おうとするガイエンだが弁髪の巨漢はちょこまかと逃げる上に、遠方からは
彼の相棒・剣狼ソードウルフ「アルパ」の援護射撃が着々とダメージを与えていく。
一方、魔女と若き暗殺者との攻防も予断を許さない。光の粒を飛ばすクナイ。空中から
力を込めて掴まれた腕を振り払おうとするが、エステルがあっさりそれを許す筈もない。
舌打ちすれば、たちまち額に現われた刻印の輝き。倍増される力に加えて、目前で放たれ
た光芒がクナイの狂気孕んだ瞳に襲い掛かる。不意の攻撃は彼に瞼を閉じるのを強要した。
「ギル、急いで!」
女教師の声を合図に、身を起こすのに成功した不肖の生徒。ギルは声にもならぬ返事を
上げて走り出す。目指すは相棒ブレイカーの胸元。いや、叶わなければ掌でもいい。
若き主人の意図は、深紅の竜もすぐに理解した。攻防から離れたギルを確認するや否や、
ブレイカーはその身を覆い被せる。両腕で作った囲いの上に胸で天井を作り、首と頭で蓋
をすれば鉄壁の守りはひとまず完成だ。大事な宝物を取り返した竜は、歓喜の余りピィー
ッと甲高く鳴く。
「良くやったわ、ブレイカー。ギル、早くコクピットに…はっ!?」
竜の方角に気を取られた隙に、走った激痛。右腕に加えられた一撃が、目前の若き暗殺
者では発せられそうにない代物であったことは痛みの性質から理解できた。身を斬るよう
な痛みの後、グイグイと引き絞る陰湿な締め技へと変わっている。視界の方角に怒れる眼
光を放てば。
クナイの右脇から放たれた、それは鞭の一撃。やはり宙を舞う戦士はパイロットスーツ
の襟を立てその上から白目を剥く。放たれた鞭は左腕から放たれたものだが、振り上げた
右腕にももう一本、残されている。
「じゃ、ジャゼン様!」
「この一撃で怯まぬとは、流石に『蒼き瞳の魔女』と呼ばれるだけのことはあるな」
「…スズカ(※第五話・六話参照)の時もそうだったけど、みんな何故その名前で私を呼
ぶのかしらね」
「宿命、以外の答えが欲しいなら、我らを倒してみるがいい」
振り降ろされる、ジャゼンの右腕。伸びる鞭が女教師の左腕に絡み付き、かくて挑まれ
た力比べは流石に彼女には不利だ。その鋼鉄の意志をもってしても、クナイの腕を掴んだ
握力が徐々に緩むのは避けられない。
「今だ、クナイ。ギルガメスを追え」
「はっ! ありがとうございます、ジャゼン様!」
信頼のおける先輩の援護を受け、感極まった若き暗殺者。満面の笑顔は年相応の無邪気
なもの。だが彼の感謝の証は殺戮によってのみ、形となるのだ。
「待てぇっ、ギルガメス!」
背中のアコーディオンから光の粒を吐けるだけ吐き出し、深紅の竜に急接近。だが竜は
既に囲いを作った後だ。この奇襲を防ぐには己が巨体に自然とできる隙間をできるだけ塞
いでしまえば良い。かくしてますます首をすぼめる深紅の竜。
さて囲いの中。ギルの目前でこの頼れる相棒の胸部ハッチが開き、扉が降りる。乗って
しまえばひとまず安心だ。息せき切ってハッチの扉を駆け上るが、しかし彼はその最中、
見てはならないものを見てしまった。…ブレイカーが埋めた筈の隙間から、両腕が、頭が、
胴が、徐々に隙間を縫って入り込んでくる。
「ば、化け物…!」
「失礼なことを言うな! 関節を外したのだ!」
慌ててコクピット内に乗り込むギル。思わぬ敵の体術に慌てて首と肩を擦り合わせよう
とする深紅の竜だが、僅かにできる隙間は簡単には塞がらない。そうこうする内にも五体
を囲いの内に潜り込ませた若き暗殺者。今まさに閉じられようとするハッチの目前にまで
駆け寄ると、透かさず両腕をねじ込む。
本来ならば、ハッチが完全に閉まると同時に暗い室内を全方位スクリーンが明るく照ら
す筈だが、それも当然阻止された。室内に差し込む光は、今や迫り来る若き暗殺者が放つ
禍々しき眼光一条のみ。着席して深呼吸しかけていたギルの心臓は不意の事態に壊れんば
かりに高鳴る。密閉される筈だったハッチの接合部から、伸びる両腕、振り回される短刀。
「う、うわぁっ!?」
ギルガメス、顔面蒼白。無我夢中で目前に伸びる両腕を蹴り込むが、敵もさるもの。ギ
ルのでたらめな攻撃を自在に躱しつつ、着々と接合部からその身をねじ込んでいく。…ハ
ッチの外より差し込む眼光は殺意の具現化。ギルの心をも切り刻まんと刃を振るう。
「ギル…!?」
悲鳴を耳にした女教師はその身を馳せ参じようとするが、その意志は別の力が阻んだ。
二本鞭の力を強めるジャゼン。その後方より見えてきた二人の影は先程まで銃神ブロンコ
を護衛していた双児の美青年。やはり背中のアコーディオンより光の粒を吐き出しながら、
一人は分胴を振り回し、もう一人は鉄串を両の指に数本づつ挟み込んで急接近。
「三の牙、ザリグ」
この緊迫した事態にも全く表情を変えず、今まさにエステルの両腕を縛るジャゼンと対
照の位置につくや否や、振り回していた分胴を投げ付ける。放たれた鎖は魔女の両腕に絡
み付き、遂に完成したか、磔刑の図。
「見事なり、ザリグ」
「あとはマーガ、頼むぞ!」
「お任せあれ、ジャゼン様、兄者。四の牙、マーガだ」
拘束が完成するまでには、陰険にもエステルの後方に回り込んでいた美青年の片割れ。
両腕を翼のごとく広げるや否や、たちまち放たれた無数の鉄串。この武器は言わば近距離
用の散弾銃。一度に何本も持ち放つことができるため、広範囲に攻撃が可能だ(この特性
故か、「千本手裏剣」とも呼ばれる)。勿論、下手な鉄砲とばかりに出鱈目に撃つのは誤
った使用法だ。
襲い掛かる無数の串を、流石に気付かぬエステルではない。左足を軸に、後方へ右足を
伸ばし、捌く。羽を繕う鶴の首か、軽やかな足技がたちまち鉄串を弾き飛ばすが、その隙
を狙われ両腕の拘束に掛けられる負荷。溜まらず舌打ちする魔女だが、鉄串の攻撃は留ま
るところを知らない。徐々に正確さを欠き始め、足捌きよりも身をよじり、捻る動作が増
えていく。
その隙に、砲撃の谺。揺れる大地にさしものエステルも踏み締める左足がよろめく。だ
が刺客の攻撃は容赦ない。ジャゼン、ザリグがそれぞれの拘束を強めれば、倒れ込んで鉄
串の的から逃れる切っ掛けも与えぬ。遂には彼女の髪を、頬を掠め始める鉄串の雨。
砲撃の正体は魔女の右手側、苦闘を続ける深紅の竜のさらに後方。現われたのは二匹、
魔女に迫る双児と対だ。まず一匹はくすみが掛かった白い体色、もう一匹は光沢鮮やかな
紺の体色。白き狼は背中に機銃二門、右足に矢尻を備え、紺の狼は背中に長尺の大砲二門
を備えている。人呼んで「神機狼」コマンドウルフ。やはり主人をコクピットに抱えず単
独での行動はソードウルフ「アルパ」同様の「主従分身の術」だ。
コマンドウルフの砲撃は本来ギル達主従を狙ってのものだが、空気すら震わす振動はこ
の場で只一人地に足付ける生身の女性にとって十分な脅威だ。何しろ相手は奇怪なるマグ
ネッサージャケットを纏うものだから、多少の振動を喰らってもすぐ浮遊の姿勢を取り戻
してしまう。
「ゲムーメ、ゼルタ、そのままジェノブレイカーを釘付けにするのだ」
「とどめはブロンコ様とテムジンが刺してくれる」
双児の声にエステルが、ギルが、フェイがハッとなる。狼機小隊の面々が続々と現れ出
た正面の方角からは満を持して、飛んできたテンガロンハットの銃神。流石にマグネッサ
ージャケットには相当不馴れな様子で、狼機小隊の面々程の速度は出さないが、人の駆け
足には十分上回る。その遥か後方から、ようやく姿を表した王狼ケーニッヒウルフ「テム
ジン」。深紅の竜と互角の体格を備えた純白の狼。前後に長い頭部の前面に降りたスコー
プは仮面のごとく、後方に伸びた鋭い耳は研ぎ澄まされた聴覚の証。背中には自らの半身
程もある銃器二門を伸ばし、いつでも狙撃可能にある。
テムジンだけではない。エステル達の後方から現われた狼二匹。濃緑色の小柄な狼と、
その二倍程の体格を持った鮮明なる緑色の狼だ。小柄な狼は刃のごとき長い尻尾を持ち、
黒色と銀色の立方体群でその身が構成された人造ゾイド・ブロックスの一種。明緑色の狼
は腹部に得体の知れない車輪を抱えている。前者は忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」、
後者は重騎狼グラビティウルフ「プシロイ」だ。
余裕をもってエステルの真正面に着地したブロンコ。二、三十メートル程はあるが、魔
女の超能力を察知するには十分。邪魔するゾイドも砲撃の釘付けとなれば、これ位でも狙
撃するには目と鼻の先の距離と言える。
「見事なり、狼機小隊。完璧な包囲網だ。二度とジャケットは着たくないがな」
薄笑いを浮かべながら、ゆっくりAZマグナムを引き抜く。
しかし、薄笑いを浮かべるのはかの絶体絶命に陥った魔女も同じことだ。如何なる勝算
があるやもわからぬが。
「本当に、見事なお手並みね。気配を消すために生身で近付き、続くゾイドと併せて二重
の包囲網とは勉強になったわ」
「だが、学んだことが役に立つ機会は二度と来ない。…死ね」
二人掛かりの拘束、一人の攻撃に見舞われる中、今まさに兇弾AZマグナムの標的にさ
れようとする女教師。不肖の弟子とその相棒は狂い眼の少年の襲撃を追い払えぬまま。身
軽な美少年に至っては気がつけば相棒のコクピットにすら乗り込めぬまま。
三人と二匹の命運や、如何に!?
(第二章ここまで)
【第三章】
朝もやの中から突如仕掛けられた奇襲。今やパーティーのリーダーは両腕を拘束され、
背後からは鉄串の雨、真正面からは今まさにAZマグナムの餌食になろうとしている。追
随してきた少年二人も依然、逆襲の好機を見失ったまま。
「蒼き瞳の魔女」エステルには大きな誤算があった。銃神ブロンコ以下狼機小隊の面々
は、彼女が持つ古代ゾイド人の超能力を相当に警戒していた。そこでギル達パーティーの
数百メートル先で完全に気配を消してみせ、まず先手を取った。そして彼女に実力を発揮
させる機会を与えぬための「主従分身の術」。…敵と人畜無害な野生ゾイドとを見極める
方法は簡単だ。人が搭乗しているゾイドは野生ゾイドより体温が高い。しばしば必要以上
の運動を主人に要求され、又頻繁に意思疎通を計るからだ。これを逆手に取って相棒達を
野生ゾイドに偽装。ゾイドに乗らない不利をマグネッサージャケットで埋め、遂に魔女の
拘束に成功したのである。
ブロンコはゆっくりと、だが無駄のない動作でAZマグナムを構えんとする。ゾイドを
も屠るこの武器最大の欠点は、破壊力がもたらす莫大な反動。だから仁王立ちし、深呼吸
と共に姿勢を整える。それで何の問題もない、惑星Ziの平和を脅かさんとする邪悪な魔
女の命運は彼と同志の手中にある。一方その姿を確認した四の牙マーガは鉄串の乱れ撃ち
を中止し、腰の筒に戻した。しかし気を抜いて手を離すような愚かな真似を見せる気配も
なく、右に数歩の摺り足はAZマグナムの射程から外れるため。
エステルは微笑み絶やさず、しかし凍てつく眼光も弱めず横目で周囲を伺う。
フェイはアイアンコング「ガイエン」の手中で一の牙デンガンの奇襲を凌いではいる。
しかしこの巨漢、美少年の相棒が何度残る左腕で払い除けようが蠅のごとく執拗にまとわ
りつき、スズメバチのごとく凶刃を振り翳す。間合いを確保すべく跳躍を試みたがそれは
すぐに不可能と悟った。相棒の手中で慌てて指にしがみつく美少年だが、それでも滅茶苦
茶に揺さぶられる。しかし頭部コクピットハッチを開こうとすれば、巨漢の凶刃に加えて
彼の相棒ソードウルフ「アルパ」が遠方から正確に砲撃。決断を渋る内にも砲撃の五月雨
は着々と彼らの動きを殺しに掛かっている。
不肖の弟子に至ってはどうにか胸部コクピット内に搭乗できたものの、二の牙クナイは
閉じ掛けのハッチに両腕をねじ込み潜り込まんとしている始末。内部に潜入されたら一巻
の終わりだろう。何しろかたや若いとは言えプロの暗殺者、かたや生身では完全な素人と
来た。そして浴びる砲撃はガイエン以上。二匹のコマンドウルフ「ゲムーメ」「ゼルタ」
の放つ砲弾が深紅の竜の背中を、足を嬲る。
その、不肖の弟子が血相変えて両足を踏み付けている。恐るべき刺客を追い出さんとせ
めてもの抵抗を試みるが、その内にふと、足に感じた鋭い痛み。…ざっくりと、両の脛か
ら開かれた傷口は暗い室内でも鮮やかな朱の色。声にもならぬ悲鳴を上げ、ギルは飛び退
く。クナイはしめたとばかりに両腕を室内に叩き付けた。あと数十センチ程も潜り込ませ
れば、彼の勝利はほぼ確定する。
恐怖に怯えるギル。迫り来る絶望に、堪え切れず両掌で視界を遮ろうとするが。
(落ち着きなさい、ギル!)
両掌の動きが止まった。指の隙間から現実を垣間見る。憧れる女教師が脳裏に響く。
(え、エステル先生!?)
(ギル、ナイフを使いなさい。一太刀受けたら大声上げて)
「流石に弟子の最期は気になるか」
ブロンコの低い声が、魔女のテレパシーに水を差した。…その効果に彼が気付いていた
ら、形勢は揺るがなかったに違いない。
「あの子は生き残るわ」
「ほざけ」
引き金に指を掛けた銃神。
ギルガメスは悲鳴を上げつつ、座席真下の蓋を開けて中をほじくる。何十枚もの着替え
やタオル、非常用のクッキーらの中に、それは隠されていた。ゾイド猟用のナイフ。少年
の、尊厳を証すもの。古びた鞘から引き抜かれた刀身は、暗いコクピット内をぼんやり照
らす程研ぎ澄まされている。写り込んだ己が身を睨み、整える呼吸。その間にも刺客の五
体は暗い室内にねじ込まれていく。完全に入り込んだ瞬間。
「死ねぇっ!」
(一太刀だ!)
目を細めたギル。彼にはそれで、十分だった。剣技は素人なれど、波の飛沫を斬る特訓
で必勝の技・魔装剣を会得した少年だ。
一呼吸も置かず振るわれた刺客の短刀。宿敵を惑わす考えなど微塵もない、クナイの狙
いは首筋一点。
だからこそ、暗い室内に谺した金属音。ギルの眼前で、見事に受け止められた刃。反動
は二人を襲ったが、ギルには次の一手が決まっている。
「今だ、ブレイカー!」
声を合図に、開かれたハッチ。放り込まれた鋼鉄の爪がよろめくクナイをむんずと掴む。
勝鬨上げる、深紅の竜。右腕を高々と翳せば、そこには捕縛されたクナイの姿が。
神機狼二匹の追撃が、止んだ。…止めるより他、ない。
「ば、馬鹿ぁっ! 砲撃、止めるな! 私が死んでも構わん、撃て、撃てぇっ!」
そんなことを言われても困るのが、主人の判断を仰げぬ今のコマンドウルフ達の心情だ。
止んだ砲声、飛び交う怒声。さしもの銃神もトリガーを引く指が止まる。
「何事…はっ!?」
怒鳴り付けんと横目で睨むブロンコだが、視界に飛び込んできたものは彼の想像を遥か
に越えていた。パイロットスーツを纏った少年が、唐突に朝もやをさえぎる。地べたに叩
き付けられる銃神。必殺の銃撃が虚しく天に放たれた時が反撃の合図。
「『ぶ、ブロンコ様!?』」
三人掛かりで魔女を拘束していた三人が素頓狂な声を上げる。驚愕は拘束を緩めさせた。
エステル、大喝。激しい息吹と共に、彼女の額に現われた刻印の輝き。空中より引っ張
り上げられていた両腕を伸ばせば、その方角に刺客二人が浮遊している。瞬時に放たれた
念力の標的は彼らの腹部。たちまち襲い来る激痛に、狂うバランス。ジャゼン、ザリグ、
墜落。川原に五体をしこたま叩き付ければ、刺客達も得物をその手から離さざるを得ない。
やはり必勝を帰していたはずのマーガも青ざめた。慌てて腰の筒から鉄串を放つがそれ
は無意味。既に身を捻り、両腕の拘束を解いたエステル。振り向きざま、後方の敵に向け
て両腕翳せば悪意の針、空中にて停止。もう一声、魔女が大喝すれば鉄串は押し返され、
本来の主人を襲う。これには乱れ撃ちの名手も即座に倒れ込んで回避するしかない。
エステルは返す刀で両腕を翳す。やはり危機の最中にあるフェイ達の方角だ。
ガイエンの指で組み上げられた壁に、依然斬り付けていたデンガン。その巨体がぐらり、
揺らいだ。魔女の念動力といえども遥か遠方の敵にそこまでの力を発揮はできないが、こ
のケースでは十分な援護射撃。小うるさい蠅を追い払うように、薙ぎ払われるガイエンの
左腕。どうにかかいくぐって姿勢を取り戻すデンガン。だが敵を守っていた筈の巨大なる
右拳も又、視界から消えている。…亀のように巨体を丸める鋼の猿(ましら)。遠方から
の砲撃には尻を向けて防ぎつつ、主人を頭部に近付ける。
(い、今のが…古代ゾイド人の念動力?)
猿(ましら)の指の隙間から一部始終を覗いていた美少年。だがそれに気を取られてい
る暇はない。転がるようにコクピット内へと乗り込む。
「よっしゃあ! ガイエン、たっぷりお返ししてやろうぜ!」
彼の檄に呼応して立ち上がる鋼の猿(ましら)。しかし今度は巨漢が姿を消す番。何処
にありやとキョロキョロ動く猿(ましら)の首。…それは隙だとばかりに乱射してきた遠
方からの砲撃で、巨漢の居場所は察知できた。腕を十字に構え受け止め、睨んだ方角には
赤い鎧を纏った狼が接近してくる。しかしながら一目散に猿(ましら)目掛けて襲い掛か
ったりはできないだろう。マグネッサージャケットで逃げ戻る主人の回収が先だ。
ならばと右肩の大砲を構えんとする猿(ましら)だが、闘志の爆発は中止と相成る。
「フェイ君、行くわよ!」
スピーカーから聞こえた声はエステルの、腕時計型端末から発せられたもの。一度は薙
ぎ払った刺客達に鋭い蒼き瞳を投げ掛け警戒しながら、後方のビークルまで急ぎ駆ける。
早速マーガが起き上がって鉄串を乱れ撃つが、それは魔女の予想通り。後方に手を翳し見
えない壁を作って弾き返すが、その最中に垣間見えた。…この刺客達の首領がよろめきな
がらも立ち上がる姿。鉄の意志で任務を遂行するブロンコならば、立ち上がるだけで済む
わけがない。両掌でAZマグナムを握り占め、問答無用に引いたトリガー。
ゾイドの装甲にさえダメージを与える兇弾と魔女の念動力のいずれが勝るか…興味深い
テーマは、しかしこの場で立証されることはなかった。澄んだ金属音と共に、二人の間に
割って入った果実のように赤い翼。
「ギル、ブレイカー、ありがとう」
深紅の竜が築き上げた文字通りの鉄壁は、魔女が余裕をもってビークルに搭乗するチャ
ンスを与えた。…それは彼ら主従の真価を導き出す上で格好の切っ掛けともなる。竜の胸
部コクピット内、全方位スクリーン上に突如映し出された魔女の…いや女教師の決意みな
ぎる表情、額にくっきり浮かんだ刻印の輝きは、不肖の弟子に奮起を促す。蒼き瞳と円ら
な瞳が視線を重ね合わせた時。
「例え、その行く先が!」
「いばらの道であっても!」
「『私は、戦う!』」
弟子の額にも浮かんだ刻印。全方位スクリーンを一層明るく照らす。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ。
「ブレイカー、行くよ! 先生、しっかり掴まっていて!」
若き主人の声を合図にビークルを両腕に抱え、翼広げる深紅の竜。川原の砂利をぶちま
ける程の強い蹴り込みは憤激と、竜より小型ゾイド一匹分も離れた位置で昏倒から立ち上
がろうとする刺客の面々への追い討ちも兼ねた。
「ちょっとギル兄ぃ、待ってよ!」
遅れて鋼の猿(ましら)が続く。低く身を屈め、極端に長い両腕を後方に伸ばすその名
も「影走り」の姿勢に移行しつつ。
少年二人の脳裏には、既に奇襲に対する突破口は浮かんでいた。今まで彼らの後方に位
置付けていた二匹の狼…ジーニアスウルフ「ヴィッテ」とグラビティウルフ「プシロイ」
目掛けて突っ走る。ヴィッテは小柄な体格に相応しく竜の蹴り込みに反応、疾走の開始。
駿馬のごとく上体を持ち上げ、腹部から車輪を引き出したプシロイがあとに続く。
ばねのごとく跳躍したヴィッテ、腹部の車輪を猛回転させるプシロイ。天地双撃の猛攻
なれど、怯むことなく一層強く大地を蹴り込み、二手に別れる竜と猿(ましら)。弾ける
砂利をものともせず着地し、押し退けた狼二匹だが、着地点で後方を睨んだ時に後悔する
羽目となった。…一目散に駆け抜けていく深紅の竜。あとに続く鋼の猿(ましら)は疾走
しつつ半身を捻って左腕を伸ばしている。握られているのはいつもは右肩に載せた大砲だ。
数発の砲撃に足下をすくわれ、転倒する狼二匹。
さて狼機小隊の面々で最初に立ち上がったのは、ギルをあと一歩のところまで追い込ん
だ狂い眼の少年だ。瞳に映り込んだのは不甲斐無くも宿敵の放った牽制に這いつくばった
相棒らの姿。頬を烈火のごとく染め上げると、早速ゾイドに負けじと砂利を蹴り込む。
「おのれ、ギルガメス!」
「馬鹿者! クナイ、今その武装で追撃できるか!」
蹴り込みと共に腰のベルトに手を当てる。マグネッサージャケットを起動させんとする
クナイだったが、一時中断を余儀無くされた。傍らで膝をついたブロンコにむんずと掴ま
れた足首。AZマグナムを使いこなす握力にはさしもの向こう見ずな少年も抗い切れない。
「ならばヴィッテで、追います!」
「ブロンコ様、私も行きましょう」
傍らより届いたスピーカー越しの音声は赤い鎧の狼ソードウルフ「アルパ」から。巨漢
デンガンはどうにか相棒への搭乗を済ませ、追撃できる態勢にある。
「頼んだぞ、デンガン。我らも、すぐにあとを追う」
アルパの額・橙色したキャノピー越しに、敬礼を返す巨漢。早速の追撃開始だが、彼の
一番手は早々に奪われた。狂い眼の少年がマグネッサージャケットを使って向かったのは
相棒ジーニアスウルフ「ヴィッテ」の方角。早々に背中のキャノピーを開き、コクピット
に搭乗すると勇気百倍とばかりに遠吠えする緑色の忍狼。パイロットの存在がゾイドの精
神的支柱になるのはブロックスでも同様だ。たちまち開始した疾駆は先程までとは打って
変わった怒濤の勢い。先を行くアルパを早々に追い抜く始末。目を丸くする巨漢デンガン
だが、頼もしげに笑みを浮かべると自らも一層強く操縦桿を握り締める。
「全く、呆れたものだ。根性は大いに評価するが…」
両手をついて、立ち上がるブロンコ。たちまち視界から遠ざかった狼二匹の有り様に口
元が微妙な緩み方をする。
「あの坊主、いつもあんな感じか?」
「左様、生来の向こう見ず故、我らの手を焼かせることもしばしばでございます」
ブロンコに引き続き立ち上がったジャゼンの相槌。そこに割込んだのはザリグだ。
「しかしブロンコ様、彼奴の場合やむを得ぬ理由がございますれば…」
「ほう、理由とは?」
ザリグの話しに耳を傾けるブロンコら一同。
「面白い、チーム・ギルガメスを叩き潰すにはそれなりの動機がなければ勤まるまい。
彼奴の奮戦に期待しよう。我らもすぐに追うぞ! 惑星Ziの!」
「平和のために!」
砂利の飛沫を巻き上げながら、竜と猿(ましら)は緩やかな坂道を駆け抜けていく。左
右には防風林が延々広がり、そこに朝もやが絡み付き、かくて築き上げるは夢幻の隧道
(すいどう)。しかし山神の悪戯が潰えるのも時間の問題だ。空を見上げるまでもなく、
着々と周囲が明るくなっている。陽が昇った時にはこの鬱陶しい霞も晴れよう。
だが、心中に掛かった霞が全く晴れそうにない者も一名。
(これで…二度目だ)
右の親指の爪を噛むギルガメス。もし周囲が全方位スクリーンとコントロールパネルで
囲まれていなかったら容赦なく怒鳴り散らし、物でも投げ付けて八つ当たりしていた…そ
う考える程度には冷静だが、それで頭が一杯でもある。
狼機小隊の面々は、二度に渡ってギル達主従を完全に包囲し、奇襲を成功せしめたのだ。
何故そんな真似ができるのか。そう考えた時、疑わずにはおれない人物が一名いる。しか
もその者は、よりにもよって彼ら主従の背後を懸命についてきているのだ。
「…ギル兄ぃ、何か言った?」
全方位スクリーンに開かれた小さなウインドウ。疑われた本人の呼び掛けからは全く他
意を感じられない。が、ギルは声を鼓膜に届けるのを拒絶した。嘆息するフェイだが、相
手の気難しい反応が何を原因としているのか依然として思い当たらず首を捻ることしきり。
(出来過ぎだ! なんでこんなにあっさり追いつかれる? 包囲される?)
「二人とも、ごめんね」
ギルの思考を遮るかのように映し出された女教師の表情は、思い掛けず暗い。しかしそ
れは、生徒の苛立ちを一層かき立てるものだ。
「私の考えが甘かったわ」
「そ、そんなことないですよ、エステルさん! きっと悪い偶然ですよ…」
(君が言うか、君が!)
フェイの朗らかな声とは裏腹に、ギルの心の叫びがそのままエステルに伝わりはしない。
彼の刻印は不完全だ。
「アンチブルまであと三、四時間は掛かるでしょう。小休止する唯一の機会を失った以上、
もう到着まで走り続けるしかなくなった」
空のキャンパスに水色の絵の具が徐々に加えられていく。しかし皆の心を晴らすには至
らない。竜が、続いて猿(ましら)が土煙上げて急停止。足下を見下ろした二匹が唸る。
切り拓かれた防風林の向こうには、一面に広がる急傾斜。角度を目測しようとしたギル
はすぐに断念した。この頂上部から見ると辺り一面に森が生い茂り、その合間をぬって岩
山が不規則に点在している。複雑な地形に腹を立てる位ならさっさと下った方がましだ。
コントロールパネルを睨む女教師が安堵の溜め息をつき、しかしすぐ表情を引き締める。
「この辺一帯がリゼリアとアンチブルの国境よ。一気に下っていけば、遠からずアンチブ
ル国境警備隊の駐屯地に到着する。…もう一息だからね」
「は、はい!」
「はい…いや」
若き主人が返事するや否や、深紅の竜が身震いした。振動は竜が抱えるビークルにも伝
わり、女教師は慌てて操縦桿を握る。
たちの悪い悪寒の発信源は胸部ハッチ。竜は胸元を、女教師は頭上を覗き込む。
「先生は、先に行って下さい…」
全方位スクリーンの光源に照らされた少年の表情は険しい。が、一歩も後ろには引かぬ
強い決意を眉間の皺に滲ませてもいる。
「…ギル?」
「ギル兄ぃ、どうしたの…?」
「君は黙ってろ!」
不意の罵声に耳を塞ぐフェイ。怒りの振動はスピーカーを介して鋼の猿(ましら)の広
々としたコクピット内を反響させるに至り、この背の高き美少年はようやく目前の兄貴分
が見せる心の変調に気付いた。しかし彼も若者とすら言えぬ年齢だ。
「い、いきなり頭ごなしになんだよ! ひどいじゃないか!」
精一杯怒鳴り返すが、最初に怒鳴った方は寧ろ冷静だ。スクリーン上のウインドウに美
少年の表情を確認しても、表情を変えずにそれを消し、別のウインドウを開かせる。
「エステル先生、お願いです」
女教師は生徒が抱えた心の闇を察知した。しかしあっさり聞き入れる彼女でもない。
「理由、聞かせてくれないかしら?」
溜め息は流石に漏れた。しかしそれ以上は努めて表情を変えず、極力穏やかに問い掛け
てみる。生徒にはそれが悔しい。舌打ちしつつレバーを握り締め、相棒に気持ちを伝える。
竜のか細い鳴き声からは困惑の表情がありありと伺えたが、しかしこの相棒も又意を決し
た。ゾイドにとって、主人こそが世界の全てだ。
左の翼を広げる深紅の竜。内側から双剣を前方に展開させるとそれを翻すように伸ばし
てみせる。その先に見えるのは…。
「な、なんだよ兄ぃ!? 何の冗談だよ!」
竜の翼は後方に向いた。刃の切っ先は猿(ましら)の鼻先に突き付けられている。
「いい加減正体を表せよ、水の軍団」
美少年、絶句。何かしら、疑われることはあると踏んでいたが、これは青天の霹靂に等
しい。そもそも彼が獣勇士筆頭レガック・ミステルより授かった任務はチーム・ギルガメ
スを護衛することにあるのだから、彼の使命感は根底から揺さぶられた。
「何で二度も、あっさり包囲される? 簡単な話しさ、手引きする奴がいるからだ。
さっさと蹴りをつけようじゃないか。三度も囲まれるのはごめんだ」
「ギル、ちょっと待ちなさい! 貴方、自分で何を言ってるのかわかってるの!?」
竜の掌中で発せられた女教師の怒鳴り声は打ち震えている。もし彼女が武芸百般など縁
のない只の女性ならば、きっと慟哭している。
フェイはモニター越しにまじまじと、刃の切っ先を見つめていた。だがふと、がっくり
項垂れ、寂しげな笑みを浮かべる。荼毘に付される肉親の亡骸に別れを告げるように。
鋼の猿(ましら)が真後ろに振り返った。さっきまで、駆け上がってきた川原の方角だ。
隙だらけの姿勢に、さしものギルも緊張がやや弛んだ。小首を傾げ、相手の次の一手を
予測しようとするが、それは全く無用だった。
鋼の猿(ましら)はそのまま右腕を持ち上げる。左右に振ったのは別れの合図。
「フェイ…?」
「さよなら、兄ぃ。短い間だけど、楽しかったよ」
もっさりした動作で踵を返す鋼の猿(ましら)。しかしそれは、後ろ足でのみ地面を踏
み締めているから。一転、両腕を足下に叩き付けるとたちまちできた砂利の噴水。それを
合図に、猿(ましら)は今来た道を下っていく。
ギルは心の準備が既にできていたつもりだ。相手とは至近距離だ、打ち合いより殴り合
いで戦闘開始だ、初手は右腕か、左腕か、こちらから先手を取れるか、取れるなら翼の刃
か、爪か、蹴りか、尻尾か…。しかし全く予想だにしていない一手を、今目の当たりにし
た。レバーを握る掌が汗で滲み、力んだ肩が心臓をも圧迫するが、緩めることができない。
「…ギル、先に行ってなさい。ブレイカー、離して」
少年の呪縛を解いた、女教師の一声。ハッと気が付いた深紅の竜。ビークルを握る爪の
握力を緩めようとするが、それは中途で停止。体内に走った微弱な電流が許さない。
「せ…先生!? 何処に行くんですか!」
竜の胸元が開く。中から現れた生徒の形相をまじまじと見つめた女教師。刻印輝く己が
額に指を当て、一際深く嘆息。
「決まってるでしょう? あの子を連れ戻しに行くわ」
「先生、彼奴は水の軍団の…!」
「証拠は?」
言い放った女教師の蒼き瞳が突き付けられた時、生徒は気付いた。微かに潤んだ瞳の輝
き。眼光で射抜かれると覚悟していた彼だが、罪悪感はその苦痛を遥かに上回る。
「でも…二回も、ですよ。こんなにあっさり襲撃されたら…」
「回数の問題なの? じゃあ私やブレイカーは当然、水の軍団ね?」
「そ、そんなこと…!」
「自分の顔を、鏡で見なさい」
竜に微笑む女教師。気付いた竜はハッとなって握力を解いた。
猿(ましら)のあとを疾駆するビークル。しかしギルはそれを目で追う余裕すらないま
ま暫し呆然。…ふと、雲間から差し込んできた暁。思わず手をかざしうつむいたが、その
時彼は見た。目前のコントロールパネルのメタリックな質感。そこに映り込んだ己が容貌
のぶざまなこと。目の下には隈ができ、常ならば輝きを失わぬ円らな瞳はどろりと濁って
いる。疲労、睡眠不足だけが原因ではない、これは…恐怖に怯える者の表情だ。安息の代
償になるなら何だってする、敗者の姿がそこにある。
目前に垣間見えた地獄からギルが目を背けた時、突如遠方より谺した。心臓の奥まで響
く重低音、鼓膜を破らんとする破裂音。
(作戦、失敗だ! これじゃあレガック兄ぃにあわせる顔がない…)
フェイの端正な顔が歪む。元々がエステルをも上回る身長ということもあって大人びて
見えるが、実際はギルよりも若いのだ。本人の予想だにしない喜怒哀楽が滲み出た時、化
けの皮は剥がれた。紅潮した頬に大粒の涙が彩りを添えると、顔がくしゃくしゃとなる。
いつしかコントロールパネルに覆い被さり、顔を埋めた美少年。呆れる程の大声で泣き
喚く姿は運命の場所で告白し見事失恋した男子生徒と何ら違いがない。
(何が黒騎士の再来だ! 何が英雄ギルガメスの誕生だ! あんなにちっぽけな度量で主
役どころか、「木」の役だって勤まるかよ! 全く、兄ぃの馬鹿、馬鹿、馬鹿!)
しかし少年が慟哭する権利は一瞬にして奪われた。己が相棒目掛けてたちまち降り掛か
る砲弾の雨に、さしもの獣勇士が気付かぬわけもない。透かさず放棄していたレバーを握
り直し、全体重を掛けて押し倒せば相棒は軽やかに地を蹴り、身を伏せる。透かさず砲撃
された正面を睨めば。
道を覆う左右の林から姿を現した狼二匹。左からは赤色の鎧を纏った巨大な狼。右から
は緑色の鎧を纏った小型の人造狼。
「おや、魔装竜ジェノブレイカーはどうした? シュバルツセイバーよ…」
無線を通じ、美少年に呼び掛けてきたのは弁髪の巨漢。デンガンは鎌を掛けた。
「ふ、ふん、知るかよ。
オッサン、人をシュバルツセイバーだなんて決めつけるのも大概にしな」
フェイの心に傷がなければここはしれっと言い放っていたに違いない。
「声がうわついてるぞ、坊主」
「な、なんだと…!」
(デンガン様、かような雑魚など放っておいてギルガメス一行を追い掛けては…)
同行するクナイの提案だが、それに応じるデンガンではない。何しろこの狂い眼の少年、
腕こそ立つものの苛立ちを声色から隠そうともしないようでは前方で立ち塞がる猿(まし
ら)の主人と何ら大差ない。
(なあに、ここは急くな。邪魔者は一人ずつ刈り取っていくが確実)
言うが早いか赤色狼、脚力一気の爆発。たちまち猿(ましら)の目前まで詰め寄ると頭
上への跳躍。全身弓なりに反り返りつつ、振り上げた左の爪。しかしこの狼の背中には分
類名や徒名にある通り、大剣を畳んであるのだ。爪は大剣を浴びせるためのフェイクか、
それとも大剣を警戒させて爪を突き刺す狙いか。
身構える鋼の猿(ましら)。敵の最終目標は彼ら主従の遥か後方。ならば神速の一撃で
仕留めようとする筈。
頭上で空振りする狼の爪。両腕振り上げた鋼の猿(ましら)。駆けに勝ったとフェイの
表情に宿る笑み。そのまま狼の背中から繰り出される大剣を白刃取りで受け止めに掛かる。
しかし、フェイの笑みが歪む。ゼロコンマゼロゼロ秒単位で敵の攻撃を見切る戦士だか
らこそ、彼には見えた。狼が、相棒の懐近くに落下。その間、瞠目して伺う必勝の機会。
…しかし、外れた彼の読み。大剣は、目前で急な放物線が描かれるまでに少しも動かぬ。
そのまま赤色狼が懐に着地した時、変わって頭上に現れたのは緑色した人造狼。慌てて掴
み掛かった長い両腕をくぐり抜け、喉笛に喰らい付く。
猿(ましら)の悲鳴は金切り声。金属生命体にも色々あって、良く吠える獣もいれば声
帯自体が存在しない獣もいる。人に最も近いこのゾイドは元々寡黙。だからこそ、上げる
悲鳴に込められた苦しみは相当なもの。
五体を栓抜きのように捻り上げる人造狼。バランスを崩され、昏倒する鋼の猿(ましら)。
両腕を首筋に掛けようとするが、左腕は成功、右腕は阻止された。手首には赤色狼ががっ
ちり噛み付く。振り払おうにも、自らの半身以上に匹敵するゾイドの噛み付きだ。こうな
っては短い両足をばたつかせ、残る左腕で叩き、払って首筋に食い込む大過を取り除くの
み。しかし人造狼は自在に小柄なその身をくねらせ、反撃を躱し顎の力を強めていく。
レバーを何度も入れては戻す。しかし猿(ましら)の動きは、握力は反比例するかのよ
うに失われていく。美少年に人を喰った雰囲気は既にない。
(獣勇士フェイ・ルッサがこんなにもあっさりと土俵を割るのかよ…)
血の気が引いた頬は蝋燭のよう。全ての現実から逃避すべく両腕の握力を放棄し、その
まま顔に当てて視界を閉ざそうとした、その時。
数発の銃声。首筋付近、右手首付近を正確に捕捉、標的と化した狼二匹は彼らを上回る
理不尽な攻撃に身をくねらせる。続く音速の体当たりで地獄送りの連携攻撃も崩壊した。
(ましら)から吹き飛ばされる狼二匹。雷雲なくとも響く雷鳴、砂利の飛沫が防風林に叩
き付けられ、無数の木の葉が、枝が舞い落ちる。
「フェイ君、大丈夫?」
「フェイ、大丈夫か!?」
堂々、割って入った深紅の竜。両の翼を広げ、庇うは猿(ましら)の巨体。その傍らに、
寄り添うようにビークルが近付く。
「え…ぎ、ギル兄ぃ!? エステルさん!」
猿(ましら)は締め上げられた首筋に左腕を当て、右手首を何度も揺さぶる。一方、翼
を一層広げた深紅の竜。転倒から身をよじらせ、立ち上がる狼二匹を眼光で斬り付ける。
「おのれ、今一歩のところで!」
毒づく弁髪の巨漢だが、一方で狂い眼の少年は、意外にも不敵な笑みを浮かべている。
「しかしこれで望むべき展開となった。…デンガン様、ギルガメスめは私が殺します!」
折角掴みかけ、失った勝利を嘆く素振りも見せず、不敵に笑う二人。
「エステル先生、ひとまず戦うしかないのでしょうか」
「…振り切れる程度にはね。フェイ君は大丈夫?」
女教師の呼び掛けに美少年は凛々しき微笑みを返す。
「任せて下さい、エステルさん!」
二人のやり取りが無線を通じて飛び込んでくる。しかしギルは、多少意識的に深呼吸す
ると視線を全方位スクリーンに向けた。今はそれで十分だ、疑惑も嫉妬もあとでいい。…
あとでもきっと何とかしてくれる女性が、ゾイドが、彼の味方だ。
「ブレイカー、行くよ! フェイ、足引っ張るなよ?」
「言ったなギル兄ぃ!」
背負いし鶏冠を逆立て吠える深紅の竜。鋼の猿(ましら)は両腕で胸を乱打、乱打。向
かうは目前の狼二匹。
(第三章ここまで)
【第四章】
かたや深紅の竜、鋼の猿(ましら)に魔女が駆るビークルを加えた混成部隊。かたや赤
色鎧の狼と、緑色した人造狼の二匹。異色の対決は現状、細い坂道に二匹が鮨詰めになっ
ている分、前者が圧倒的に不利だ。幸い、この混成部隊と目前の狼二匹との間にはゾイド
五、六匹分程の距離がある。さっき竜が体当たりで吹き飛ばした成果だ。
だからギル達主従の選択肢は、既に決まっている。
「先生、行きます。フォローを…」
後方で猿(ましら)の頭上につけたビークル。女教師がOKと返事するまでには、深紅
の竜はしこたま砂利を踏み付けていた。それを合図に上昇するビークル。飛び散る砂利を
避けつつ援護射撃の狙いだ。既に長尺のAZ(アンチゾイド)ライフルが機体後方より伸
びており、狙撃準備は万端。
竜の突撃は、相対するデンガン主従にとっても望むところ。この禍々しき敵が音速の猛
威を振るうには、もっと助走距離が必要なのだ。ゾイド五、六匹分の間合いなら、体格で
一回り劣る剣狼ソードウルフ「アルパ」でも打ち噛ましに遅れはとるまい。赤色鎧の狼も
突撃、開始。
「クナイ、うぬは忌々しいアイアンコングを…」
言いながらキャノピーに描かれたレーダーを睨んだ時、大声を上げた弁髪の巨漢。人造
狼を示す光点が、己が頭上にて奇麗な放物線を描いているではないか。
「ギルガメスーっ!」
「ば、馬鹿者! クナイ、うぬは奴らの援護を潰さねば…!」
小柄なゾイドは狭い地形では大いに頼りになる。俊敏な動きで地形の隙間を自在に切り
抜け、相手に接近できるためにしばしば強力な遠距離攻撃となるからだ。しかしこの狂い
眼の少年がとった選択肢は定跡無視も甚だしい。
頭上より襲い掛かる災厄の牙。忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」の噛み付きを察知し
た深紅の竜は、敢えて両腕を翳した。がっちりと歯を突き立てる緑色の人造狼。渾身の一
撃かに見えたが、狭い視野で臨んだ狂い眼の少年には想像だにしないアクシデントが待ち
構えていた。…赤色鎧の狼が、今さら打ち噛ましの助走を止められるわけもない。低い姿
勢の突撃で、肩が竜の胸元に命中。仰向けに吹っ飛ぶが、しかし動作の大袈裟なこと!
滑るように倒れた深紅の竜。だがこの瞬間、ビークルや鋼の猿(ましら)と赤色鎧の狼
との間に障害物は一時、消滅。一方打ち噛ましを決めた時の衝撃で、赤色鎧の狼には姿勢
を戻すための隙が生じている。
「先生! フェイ!」
狙撃を促すギル。吹っ飛んだかに見えた深紅の竜は、両の翼をできる限り広げてしっか
り受け身をとっていた。はめられたことに気付いたクナイは顔面蒼白。
「OK、ギル!」
「よっしゃあ、ギル兄ぃ!」
大砲を、AZライフルを連射、連射。ビークルは徐々に弧を描き、赤色狼の右方に回り
込みつつ。鋼の猿(ましら)は大砲を右肩に背負いながら。横殴りに吹き荒れる銃弾の雨
あられには赤色狼も抗い切れず、無理矢理左方の防風林に巨体をねじ込まざるを得ない。
横転と共にメキメキと木々の幹が折れ、緩やかな波を形成する。
「で、デンガン様!? ええい、ギルガメスよ!」
牙を食い込ませる人造狼。竜の両手首に突き刺さり、それがギルの両腕にも反映されて
紫色に腫れ上がる。シンクロのマイナス効果だ。少年は手短かな通信で打開を試みる。
「フェイ、その子を逸らせてくれ!」
モニターの片隅に開いたウインドウ。必死の形相を目の当たりにすれば美少年にそれ以
上の説明はいらない。砲撃の手は緩めず、着々とレバーを傾け相棒たる鋼の猿(ましら)
に道を開けさせていく。
「ブレイカー、行くよ! 先生、僕らは有利な地形に移動します!」
仰向けになった深紅の竜が、ブリッジするように反り返った。否、背負いし六本の鶏冠
が広がったのだ。弾ける蒼炎、その上で両の翼を地面に叩き付ければたちまち加えられる
マグネッサーの推力。
風を感じたギルガメス。これもシンクロ機能を備える深紅の竜ならでは。腕に人造狼が
食らいついたまま、仰向けの姿勢で砂利道を駆ける。反対に未経験の重力をまともに喰ら
ってクナイは悶絶。急激な加速が加えられ、やがて防風林が開けた時、一面に広がる急傾
斜。生い茂る森、点在する岩山。しかし並みのゾイドならば絶体絶命の危機なれど深紅の
竜には翼がある。マグネッサーがある。
「ブレイカー、宙返りだ!」
巨体を反り返らせる深紅の竜。しなやかな動きは弓か三日月か。背負う蒼炎も後押しし、
鮮やかに決めた背面宙返り。七百二十度より掛かる異常な重力にはさしもの人造狼も噛み
付く力を失い落下の中途で墜落。次いで竜が、森の固い絨毯に腹這いに着地。木々が根元
から引っこ抜かれ、出来上がった形状はクレーター。その上をすっくと立つ。背を低く屈
め、尻尾を地面と平行に伸ばすT字バランスの姿勢は無傷の証。
緑色の人造狼も腹這いで着地していた。竜よりは小規模な凹みを森に刻み付けて立ち上
がったが、全身を襲う痺れは相当だ。四肢を揺さぶりダメージを軽減させる。
ゾイド単位では数え切れぬ程、広がった両者の間合い。高低差は坂道を敵より先に着地
した人造狼に分があるが、元々凸凹した地形だ。思いのほか、アドバンテージは少ない。
狂い眼の少年が荒い呼吸を整えつつ、禍々しき眼光をキャノピー越しに浴びせ掛ける。
「おのれ、ギルガメス! 貴様はこの場で倒す!」
「…君も『B計画』阻止のために、僕らを殺すと言うのか?」
耳にしたクナイは目を丸くしたが、一転して薄気味悪い笑みを浮かべる。
「それ以前の問題だ。貴様のように、全ての不幸を背負った面をしている奴は許せない!」
竜の外周をジリジリと歩き始める人造狼。まだ痺れは抜け切らない筈だが闘志は衰えを
知らない。それに合わせるように深紅の竜も横歩き。一歩、一歩進める毎にお互いの眼を、
爪先を、武器を睨んで牽制の繰り返し。やがて二匹の挙動が同時に中断した、その時。
木の葉が、枝が、垂直に舞い上がる。深紅の竜が、人造狼が疾駆、疾駆。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
若き主人の声を合図に広がった翼。裏側から双剣が展開すれば、あとは斬撃の間合いに
入るのみ。しかし人造狼の疾駆も無策によるものではない。
一呼吸の間にも急接近した両者。しかし竜が刃の間合いまであと数歩というところで、
跳躍した人造狼。U字磁石のごとき洗練された軌道は雲にも届かんばかりに高く。
咄嗟に右足を前に伸ばし、滑り込む深紅の竜。
右前足を振り上げる人造狼。ギルは読む。これは同じ体型のゾイドならばよく見られる
爪での一撃狙い。ならばカウンター。災厄に恐れることなくスクリーンを凝視、透かさず
レバーを引く。しかし敵の技が一枚上手。
「喰らえ、忍狼兜割り!」
狂い眼の少年が吠える。合図と共に放たれたのはゾイドの常識を超える代物。…外れた、
狼の右腕。惑星Ziの重力に魅入られたかのごとく急加速。
ハッと気が付いたギル。透かさず左方のレバーを前方に押し込めば、左の翼で出来上が
る盾。震えんばかりの金属音は、しかしギル達主従にとっては反撃の合図。受け止めた右
腕を払い除け、残る右の翼から刃を展開、迎撃に打って出る。しかしその時までには目前
に迫っていた。人造狼の牙が、残る左腕の爪が。
交錯する刃、一対。
「部隊を分けるべきだと?」
コクピット内でブロンコが問い返す。元のブラウスにジーンズの出立ち。座席後ろには
マグネッサージャケットやパイロットスーツが放り込まれている。相当嫌だったのだろう。
「左様、ここより先は細い一本道。我らが一斉に向かっても団子のように詰まるばかり。
これでは数の有利も失われてしまいましょう」
嗄れた声で告げるのはジャゼンだ。この不気味な体躯の持ち主は正反対にジャケットの
襟を立てたまま、表情を隠して話し続ける。
狼機小隊の後続一同は坂道のふもとを前にしていた。周囲をさえぎる防風林が鬱陶しい。
「ここは敢えて、各ゾイドが単騎で林を突っ切り、駆け上がるべきです」
「ジャゼン様、木々の海を進めと言うのか!」
双児の片割れザリグが怒鳴るが、当然とばかりにジャゼンは頷く。
「ザリグ、まさかコマンドウルフで獣道を見極められぬと言うわけでもあるまい?」
「むむ…」
「あいわかった、ジャゼンよ。ザリグ、マーガ、お前達は林を突っ切れ。コマンドウルフ
ならそれも容易い。俺とジャゼンはこのまま坂道を駆け上がる」
「御意…」
二人の口論に割って入ったブロンコの指令。ザリグは不満げだが、一方で銃神ブロンコ
に腕前を期待されている証拠だとも認識できた。それに、ブロンコが駆るケーニッヒウル
フ「テムジン」は深紅の竜と互角の巨体故、林をかき分けるのは困難だ。そして…。
「『プシロイ』にはこれがあります。先に彼奴らに追いつき、信号弾を打ち上げましょう」
重騎狼グラビティウルフ「プシロイ」の腹部から引き出された二枚の車輪。他に何の特
徴もない緑色した狼の切り札は、これを回転させて地面を高速で滑走すると言うもの。魔
装竜も顔負けの異形振りながら、平地での追撃に限れば狼機小隊一の速度を誇る。
「くれぐれも手柄を独り占めしないで下さいよ、ジャゼン様」
双児の弟マーガが戯けるように言う。
「言わずもがな。チーム・ギルガメスは水の軍団暗殺ゾイド部隊の精鋭を尽く退けてきた。
抜け駆けなどできぬ相手よ」
馬のごとく身を反り上げると再び姿勢を戻した時には腹部の車輪でのみ、大地に立つ。
プシロイ発進、砂塵と共に坂道に一本の溝が刻み込まれる。それを確認するまでもなく、
ブロンコが繰り出す次の指令。
「ザリグは左、マーガは右から行け。俺はジャゼンの後を追う」
体格が勝れば有利というものでもない。ギルガメスが何度も体験したことだ。それを今
回もまざまざと思い知らされつつある。深紅の竜が放つ翼の刃を鮮やかにかいくぐった忍
狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」。竜の喉元にこの人造狼の左腕が突き立っているがそれ
は流石に両腕でがっちりと受け止めた。ジリジリと押し返し、跳ね返す。後方に跳躍した
人造狼が軽やかに着地すると木々の絨毯に打ち捨てられた右腕が引き寄せられていく。禍
々しき技は円らな瞳の少年に悪寒を感じさせて止まない。
「驚いたか、ギルガメス? これぞ東方伝来、ブロックスゾイドの暗殺術だ。貴様のよう
に惑星Ziの平和を乱す奴らを滅ぼすための、な」
黙って聞いていれば、滅茶苦茶な言い分だ。気色ばむギル。
「き、君も言うのか! 僕の何がそんなに邪魔なんだ!? 嫌なんだ!?」
「ふん、貴様…アーミタの出身だってな。片田舎の農村だ。ゾイドウォリアーになれない
ならなれないで大人しく百姓になっていれば良かったのだ。
俺の故郷イカロガイにはハイスクールは愚か田んぼさえなかった。…無くなってしまっ
たんだよ、ゲリラに荒らされてな。滅びた故郷を捨てて難民となった俺を、召し抱えてく
れたのが水の総大将様だ。俺は御恩に応えるため暗殺術を必死で学んだ」
人造狼が繰り出す軽快なステップ。右へ左へと体を振りながら着々と間合いを近付ける。
身の上話しを仕掛けてくる相手は得てして好機を伺っているものだと、ギルは女教師に習
っていた。深紅の竜にも摺り足での横歩きを促す。軽快ではないが、腰を落とした姿勢の
維持は一撃に秀でるこのゾイドらしい。
「総大将様の平和を願う志は、本物だ! 惑星Ziの平和を維持するために自ら進んで汚
れ役を買っているのだからな。俺は総大将様が殺せと言えば殺す、それだけのこと」
地を蹴る、人造狼。小柄な体を揺さぶりつつの突進にギルは迷う。右か、左か。それと
も先程のように跳躍するのか。
たちまち詰まった二匹の距離。あと数歩で一足一刀の間合いというところまで接近した
時、悟ったギル達主従。先程の「忍狼兜割り」のごときカウンター崩しは、来ない。そん
な技を繰り出せる間合いではない。最早迷わぬと、右翼の刃を横殴りに浴びせた深紅の竜。
正確な一撃は完璧に敵機を捉えたかに見えた。
深紅の竜、左足を軸に九十度、回転。それが百度を超えた辺りで主従が感じた強烈な違
和感。百五度、百二十度となっていく内に青ざめる少年。百八十度、即ち半身を切るまで
に一秒にも満たぬが…。
(はめられた!)
幾ら相手の体躯が小柄でも、打撃が命中したら無反動で旋回など出来はしまい。人造狼
は消滅した。それも、瞬時にだ。半身の姿勢を戻しつつ周囲を睨み見渡す深紅の竜。
「ふふふ、何処を見ている?」
地の底から響き渡る声。いや待て、発信源は確かに…!
竜の足下には散乱していた。バラバラになった人造狼の五体が、へし折れた木々と共に。
…黒と銀の立方体群を良く見れば、彫り込まれた溝が妖しく明滅している。
「掛かったな、ギルガメス! 機獣殺法『骸(むくろ)固め』!」
クナイの声を合図に、バラバラの五体がピクリとうねり、跳ね上がる。各部に開けられ
た穴の部分から光の粒を吹き出し、竜の胸元目掛けて急加速。
深紅の竜、咄嗟の判断はともかくも胸元を防御すること。両腕を交差してコクピットを
遮るが、牙が、手足が容赦なく突き刺さり、立方体群がへばりつく。竜の艶やかな皮膚に
密着した立方体群は彫り込まれた溝が一層輝きを増し、穴から放出される光の粒が竜の巨
体へと染み込んでいく。
一見美しい光景。だが内部で繰り広げられているのは惨劇。ギルの全身を駆け巡る電流。
心臓を、脊髄を襲う急激な圧迫に全身が反り返る。立方体群から発せられるマグネッサー
が、竜の体内に染み込んで引き起こされた変調をシンクロで伝えているのだが、だとすれ
ばこれはある種の拷問だ。
堪え切れず膝を落とす深紅の竜。全身を揺り動かして振り解きたくとも力が入らない。
その眼前に、躍り出たビークル。前面をキャノピーで覆ったそれは、紛れもない人造狼
の背負うコクピット。ブロックスゾイドのコクピットはビークルとしても運用可能だ。機
能最優先の設計故、大概迷惑な位置にコクピットが据え付けられているからだ。
キャノピーの中から狂い眼の少年が浮かべる邪悪な笑み。
「あっはっは、ギルガメスよ、相棒の死が即ち貴様の死に直結するとは羨ましい。このま
ま主従共々ショック死してしまえ!」
砲撃、銃撃と斬撃との攻防は佳境に達しつつある。弾丸の雨あられをまともに喰らった
赤色狼は依然、防風林の絨毯にその身を預けたまま。このまま際限なく敵の弾丸を喰らい
続ければ命が危ない。
「ええい、アルパよ! 一か八かだ!」
狼の腰の辺りから噴射される光の粒。三本の尻尾となり、手にした味方の名は推力。竜
が背負う鶏冠のような爆発力はないが、今の劣勢を打開するのは十分だ。横倒しのまま突
き進む赤色狼は背負いし大剣を前方に展開。木々が紙のように切り払われ、突っ込む先は
鋼の猿(ましら)の足首だ。地を這い進む大剣にさしもの猿(ましら)も横転し身を躱す。
そのまますり抜けていった赤色狼。光の粒が拡散した時、再び離れた二匹の間合い。
「フェイ君、大丈夫…はっ!?」
猿(ましら)の主人の身を案じた魔女だが、時同じくして彼女の心に届いていた。生徒
の全身に走る激痛が、心の叫びとなって彼女の心臓奥深くにまで響く。
「だ、大丈夫ですよエステルさん…エステルさん?」
危機に転じても愛想良く振舞う猿(ましら)の主人。だがその微妙なタイミング故に、
彼は気付いた。憧れる女性の心が向く先に。
一方、僅かながら生じていた心の空白にハッとなる魔女。
「ああ、フェイ君、ごめんなさい。大丈夫ね?」
「ギル兄ぃから、ですか?」
美少年は尋ねながら少々後悔していた。
「…ちょっと、ヤバいみたい。急ぎましょう」
魔女は魔女で、お茶を濁した。まさかテレパシーなどとは言えまい。
「わっかりました。それじゃあ…」
互いに立ち上がろうとする猿(ましら)と狼。先に立ち上がったのは狼の方だ。キャノ
ピー越しに外周を睨む弁髪の巨漢。強敵を見定めると早速身を捻り、助走も程々に。
「シュバルツセイバー、覚悟!」
赤色狼、跳躍。最早矢尻と例えるべき軌道を描き、大剣を振りかざす。
遅れて立ち上がった鋼の猿(ましら)。しかしこのゾイドに後手番は左程不利にあらず。
力士の仕切りのごとく両腕を地面に打ち付ければ、弾け飛ぶ土砂。全身バネに変えて跳躍。
空中で二匹、激突。…いや、掴まれたのだ。狼が、猿(ましら)の両腕に。たちまち失
速、さば折りの姿勢で横転する二匹。
「我らの技が、見切られた!?」
「見切っちゃいないよ、でも技を潰すだけならこれで事足りる」
主人同士の応酬と共に二転、三転。遂に動きが止まると今度は猿(ましら)が我先に立
ち上がる。次の一手は遅れて立ち上がろうとする赤色狼の巨体を両腕で抱え上げること。
バーベル扱いされ赤色狼はじたばたするが、こうなっては術中にはまった。ついた膝をジ
リジリと伸ばし、高々と掲げる。
もと来た坂道を睨むフェイ。既にふもとでは微妙な輝きが見て取れる。
「やっつけるよりこっちのほうが時間が稼げるよ、な!」
坂道の脇、延々広がる防風林目掛けて猿(ましら)は真っ赤なバーベルを放り投げた。
「おのれシュバルツセイバー! 今度出会った時は…!」
木々の海を転がり続け、やがて霞の中に消えた声。これしきでくたばる程剣狼ソードウ
ルフが柔だとは思えないが、ともかく時間は稼いだ。英雄候補の弱虫を助ける時間だ。
坂道の先を振り向く鋼の猿(ましら)。視線の向こうにはビークルがいる。座席に見え
るのは右手上げて発進を促す憧れの女性の姿。
「ギル! ギル! 聞こえて!?」
全方位スクリーンの左方に展開されるウインドウ。ギルの意識は辛うじて保たれた。
急傾斜の頂上付近に馳せ参じた一機と一匹。うつ伏せて悶え苦しむ深紅の竜は、助け舟
の登場に頭をもたげ、歓喜の鳴き声を上げる。
「え、エステル先生…」
「ギル兄ぃ、大丈夫!?」
こっちの声は嫌さ加減で意識が保てそうだ。
(うざいのも来たな…)
「なーんだと、兄ぃ」
「あら、私?」
「い、いやエステル先生! 先生じゃあなくて…」
内心舌を出していた女教師だが、生徒の反応には安心した。勝算は十分にある。
「こ…これは何としたことか。デンガン様が退けられたというのか」
一オクターブ程も高い声を上げた狂い眼の少年。しかし彼にも勝算はあった。
「しかし無駄な足掻きだ。魔装竜ジェノブレイカーに取り付いたブロックスパーツを取り
払うには誤射を覚悟で腹部を狙わねば…」
「ギル、お腹ね?」
ゴーグル越しに照準を定め始める女教師。狂い眼の少年などお構い無し。
「よっしゃあ、兄ぃ、腹だな?」
鋼の猿(ましら)も右肩の大砲を両腕に抱える。
目を丸くしたギル。いつの間にかこちらの希望も、覚悟も伝わっていた。
「貴様ら、外せばギルガメスも魔装竜も一巻の終わりだぞ!」
「ブレイカー、ちょっとだけ我慢しよう。僕も…我慢する。それっ!」
ピィと甲高い鳴き声を合図にゴロリ、仰向けになった深紅の竜。
放たれた銃撃、砲撃。僅か数発だがそれで事足りたのはひとえに彼女らの熟練した射撃
技術によるもの。
快音と共に、立方体群が一つ、又一つと弾け飛ぶ。
「馬鹿な…! ええいヴィッテ、先にそいつらを…!」
声を合図に方向転換した手足のパーツ。パイロットを積まぬ浮遊武器だ。ふわり浮かん
で発射されれば、あり得ない動きと加速でさしもの女教師達も翻弄される。
「行けぃ!」
「行かせないよ!」
あわや射出されかかった手足のパーツを、横殴りに払った深紅の竜。木々の海に人造狼
のパーツが打ち捨てられる。…竜の胴体には既に立方体群はない。女教師達の正確な射撃
が竜達主従の危機を救ったのだ。
「ありがとう先生、…フェイ」
微妙な間はあったが、女教師は胸を撫で下ろし、美少年は照れくさそうに微笑んだ。
「おのれギルガメス。まだだ、まだだ!」
吹き飛ばされた立方体群が、手足のパーツがビークルの下に再集結の開始。
「決めなさい、ギル」
「はい、先生。ブレイカー、魔装剣!」
深紅の竜、突進。勢いと共に額の鶏冠を前方に展開させれば、あとは必勝の奥義「魔装
剣」を振るうのみ。ゾイド数匹分もない短距離にも拘らず背の鶏冠六本に蒼炎宿らせ、肩
口から渾身の体当たりを決めれば、人造狼の結合しかけた五体が揺らぐ。接合面が開かれ、
見えた銀色の立方体こそ強敵のゾイドコア。
鞭のようにしなる首。剣の切っ先を突き刺して。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
ゆっくり引き抜く。低く沈めた巨体を離し、身構える。水平に伸ばした両翼はまさしく
この竜ならではの「残心」の構えだが、そこまでしなくとも、勝利は確定していた。
魔装剣の横槍が解かれた後、ようやく再生を果たした人造狼の五体。しかし威嚇のうな
り声を上げ、左の前足を振り上げた時、ガクリと膝から崩れた。
「馬鹿な。ヴィッテ、立て、立て!」
レバーを何度も揺さぶるが反応はない。敵ゾイドを完全に失神させるのが魔装剣だ。
敗者の呆然を見届け、翼を畳んだ深紅の竜。傾斜の頂上に首を向けると一転、甲高い鳴
き声で女教師らに追随を促す。
「クナイ…っていうの? 再戦は、いつでも受けて立つよ」
らしからぬ捨て台詞を敢えて残してギルがレバーを引けば、踵を返す深紅の竜。背の鶏
冠をやや遠慮がちに広げ、蒼炎宿らせ後続を待つ。
傾斜を下ってきた鋼の猿(ましら)。不自然に身を屈めた姿勢は「影走り」のポーズ。
脚力に劣るこの系統のゾイドならではの走行姿勢だが、常ならば後方に伸ばす両腕はがっ
ちりとビークルを抱えている。少し前ならギルも相当に腹を立てていたかも知れない。
両翼を広げ、深紅の竜、疾駆再開。鋼の猿(ましら)も後に続く。
「…あんな捨て台詞を言うなんて、どういう風の吹き回し?」
ビークルの席上でようやく腰を落ち着けた女教師が、教え子に尋ねる。
不肖の生徒が浮かべた笑みはどこか寂しげ。
「彼奴も水の軍団なら…自決するかも知れない。でも、それはうんざりだ。僕はそんなこ
とを繰り返すために家出したんじゃあない。
僕を憎むのが生きる理由になるなら、その方がマシかなって。…思い上がってますか?」
モニターに映った生徒の表情を目の当たりにして、女教師は少々意地悪そうに首を捻る。
「うーん、ちょっとね」
「えー…」
「もっと強くなりなさい。願いを叶えたければね」
師弟の様子をひとしきり、コクピット内で聞いていた美少年。深い溜め息をついた。込め
た感情が複雑を極めた分、誠に重苦しい。
(思ったより割って入る隙がないよな…)
「フェイ、フェイ?」
「う、うわっ! 何だよ兄ぃ!?」
隙を伺う相手の顔が、不意にモニターの左下角に映し出された。
「新人王戦のスパーリング、改めて頼むよ」
「え? あ、あのぅエステルさん…」
「私からもお願いするわ」
右下角には女教師の御辞儀が。鋼の猿(ましら)のモニターは外周半分にも満たないた
め、開かれるウインドウは小さい。しかしお願いする彼女の声が聞けた、表情が見れた、
それだけでもフェイは嬉しかった。それこそ任務抜きでだ。
「も、勿論です! 任せて下さいよー」
「それとさ、フェイ。…新人王戦、終わったら故郷の話し、してよ」
神妙なギルの表情。思わずにやけるフェイ。
「なになになに、急にどうしたんだよ兄ぃ?」
「真面目に聞けよ。…僕も話すから」
円らな瞳の真直ぐな輝きを見て、自然に宿った清々しい笑み。
「わかった。でもそれは『終わったら』じゃあない。『優勝したら』だよな?」
微笑み合う少年二人。だが意味合いの違いを理解しているのは一方のみだ。
(まあ、英雄になることに納得してもらうためには東方の話しもした方が良いよな)
様々な思いを乗せて、二匹のゾイドは傾斜を駆け降りていく。木々の青々とした匂いを
嗅覚センサーで十分に感知しながら。…アンチブル国境警備隊の駐屯地まで、もうすぐだ。
慟哭するクナイ。コントロールパネルの上に顔を埋め、泣き止む兆しは一向に見えない。
相棒たる忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」も失神し、意識の回復する兆しは伺えぬまま。
その足下目掛けて、絹を割くような音が近付いてくる。否、それは木々の海を踏み付け
る車輪二枚の音。凡そ惑星Ziには不釣り合いな道具の持ち主は、重騎狼グラビティウル
フ「プシロイ」の腹部に埋め込まれたもの。
「如何致した、クナイ」
コントロールパネルから響く嗄れ声。ハッと飛び退く狂い眼の少年。遅れてきた味方の
声を耳にして、立ち所に涙腺が引き締まる。
「じゃ、ジャゼン様!? 良かった、良かった…」
「うぬ、敗れたのか」
感情を排した嗄れ声に一転、少年の小柄な体が震え上がる。
「も、申し訳ございませぬ、ジャゼン様…。
しかし! しかし、彼奴めには手傷を負わせました。今すぐに追撃を敢行すれば、或い
は仕留められるかと…」
「そうだな。それでこそクナイだ」
嗄れ声と共に一歩、又一歩近付く車輪の狼。
「…ジャゼン、様?」
追撃の態勢は愚か、この歩の進め方はどうしたことか。信号弾は、仲間を呼ぶ遠吠えは。
「他の者では手傷どころではすまぬと内心、ハラハラしておった。
これで『B計画』の切り札は生き長らえたのだ。うぬが非力に、感謝する」
キャノピーの真上に振りかざされた前足を視認して、初めて狂い眼の少年は悟った。己
が同志と信じてきた者の中に、志を異にする者が潜んでいたことを。
この少年の無念は、水の軍団の決意の言葉さえ吐けぬまま全てが終わることだ。キャノ
ピーが砕ける。人造狼を構成する立方体群が次々と破裂する。
「信号弾!? デンガン様、急ぎましょう」
ひょいひょいと、軽快に林の中を歩んでいくのは光沢鮮やかな紺色の狼。神機狼コマン
ドウルフ「ゼルタ」が後方を振り向けば、ついてくるのは足を引き摺った赤色狼。剣狼ソ
ードウルフ「アルパ」の惨めな姿だ。
「先に行け、マーガ。あの若僧一人でどうにかなる相手ではない。…嫌な予感がする」
ゼルタの主人は双児の美青年の弟。マーガは疲労困憊する弁髪の巨漢デンガンの表情に
意を決した。彼の不安は十分理解の範囲内だ。彼とて共に死線を乗り越えてきた兄がいる。
「では…御免!」
木々を掻き分け、頂上部に到達した紺色の狼。だが足下に見えたのは、無惨。
胴体部分を完膚なきまで砕かれ、炎上した人造狼の成れの果て。その脇で、車輪の狼が
寂しく遠吠えを始める。
「な、何ということだ…。ジャゼン様、これは如何に!?」
「見ての通りだ、マーガ。我が相棒の脚力をもってしても、間に合わなかった」
紺色狼の後には同体格の白き狼、銃器を背負った白き狼、そして手負いの赤色狼が続く。
「ば、馬鹿野郎、俺より先に逝きやがって…」
デンガン、慟哭。人目を憚ることなく、コントロールパネルに何度も拳を叩き付ける。
「ジャゼン、死因は自決か?」
銃神ブロンコが襟立てた戦士に向けて、モニター越しに問い質す。
「いや、上方から何度も踏み潰されております」
「成る程、遂に奴らの尻にも火がついたというわけか…」
既に何度もギルガメスに敗れた暗殺ゾイド部隊の面々を処刑してきた男だからこそ、そ
う推測する。あの少年はいつもとどめを差すのは躊躇してきた。それが遂にとどめを差し
たということは、精神的余裕を完全に失ったことを意味する。…ブロンコの推測はある意
味、正しい。報告の根本的な問題に気付いていなければの話しだが。
「ザリグ。マーガ。次はうぬらの番ぞ。必ずやチーム・ギルガメスを葬り去れ。クナイの
死を無駄にするな」
決意を胸にし、頷く双児。
「御安心召されよ、ブロンコ様」
「我ら兄弟の機獣殺法は不敗。たとえブロンコ様でも、水の総大将様でも…」
一転して浮かべた笑みは殺戮を楽しむ者のそれだ。
「確かに、あれを破るのは至難の技。期待しているぞ。惑星Ziの!」
「『平和のために!』」
遠吠えする狼五匹。果てしなき追撃の手が緩むことはない。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスに追いすがる双児は、秘術の限りを尽くすのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 心通わせた者同士にしか、できぬ技とは?
次回、魔装竜外伝第九話『機獣達の宴』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第七話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)252-261 (第二章)262-277 (第三章)278-290 (第四章)291-304
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「…止めましょうよタナカ少尉?はずいっすよ…。」
その言葉に振り向く怪人。
「あんだぁ〜?俺っちのブイブレードファイヤーに文句をつける気か?
やっと口五月蠅い上を押さえ込んで仕立てたのに元に戻せってか?
…じゃあ聞くが………
……素のギガで帝国の(規制!とても酷い言葉の数々な罵詈雑言)とやりあえってか?
奴等は目が肥えてるんだよっ!!!もう普通の見た目じゃ警戒すらしやがらねえ。
見ろ!この血の様に赤い勇姿を!そして感じろ!輝く勝利の刃をっ!」
リーゼントタナカと人はその怪人を呼ぶ。
如何やって仕上げたのか?そのスーパーロングハイグレードリーゼント。
額から間違い無く50cmは離れているだろう髪…
入浴以外では絶対に外さない特製サンバイザーで支えている奇珍な特攻服姿。
その背には…”愛国真鬼 剛波来迎”と意味不明な漢字が刺繍されている。
「もう良いです少尉…でもこれだけは意地を貫かせてもらいます!」
タナカにくって掛かった少年兵はそう言うと背を向けて…
何やら巨大な靴っぽい物をアロクラフターでオニマユに取り付け始める。
「なっなっなっ!?ショウ!てめえ俺の舎弟に何履かせてやがる!?」
少年兵の名はショウ=ウヅキ。タナカにカミソリショウと勝手に通り名を付けられていた。
”タナカ特攻隊”
この部隊は自然とそう呼ばれる様になったそうだがその経緯は大方予想が付くだろう…。
尚…ショウの階級は大尉だったりする。特攻服姿の少年大尉。
この不釣合いのコンビのみの小隊が完全に崩壊しかけた戦線を護る驚異の存在。
帝国軍からはバッドガーダーと呼ばれて忌々しがられているのだ。
「シュミット少尉…帰りましょう。
アレを見せてまだ襲撃する気なら骨を拾う覚悟はしていた方が良さそうでありますね。」
「…目に痛いファイヤーパターン。もう見飽きましたよ中尉?
義理とは言えゴンザデ中隊の殿役はそろそろ勘弁して欲しいものです…。」
音も無く小高い丘から消えるネオゼネバスの群服の影。
殿どころか遂に偵察まで兼任しなければならなくなったこの2人組に幸は無い。