1 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :
レシピ
材料
・物語
・雑談
・嘘
・真実
・戯言
・独り言
物語を捏ねて、雑談を混ぜ。
嘘と真実を合わせ調味料にして照り焼きます。
最後に独り言を振りかけて出来上がり。
戯言を添えると見栄えがよくなります。
分量はテキトー。
2 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/12(月) 23:59:44 0
落としてしまったリレー小説を再掲。
申し訳ない。きちんと完結させます>協力してくれた方々
お
4 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:01:11 0
関東では珍しく、雪がちらつき始めた日。
天崎亮太は、僅かに唇を尖らせて、白い息を長く吐き出した。
冬は好きだ。――息吹が目に見え、肌に緊張が走る冷たさが生きている実感をもたらしてくれる。
普通にしていても"なにが面白くないんだ?"と言われる程無愛想な顔は全く変わらないのだが、今、亮太は機嫌が良かった。
帰ったらコタツで丸くなって、先程、書店で買ってきた『クロスワードon』
―中級者向けのパズル雑誌―を読み耽るという、至福の時間を過ごす事が出来るのだ。
そんな、常人にはあまり理解しがたい期待に胸膨らましながら、亮太は足早に一人暮らしの自宅へ急ぐ。
夜には派手なネオン看板が輝くビルが立ち並んだ公道に入った途端、突然、空が暗くなった。
上から迫ってくる圧迫感と背筋を走る悪寒に、亮太は咄嗟に首を上に向けた。
人が…落ちてくる?視界がみるみる狭まる。
避けても良かった筈だった。しかし、亮太は反射的に『クロスワードon』を投げ捨てると、
両手で、しっかりと落下してきた華奢な身体を受け止めた。――全身の筋肉が軋む。
落下エネルギーによる瞬間的な加重だろうと、頭で冷静に分析しながら膝のバネを使って上手く衝撃を散らして耐える。
重かったのは一瞬。すぐに腕の筋肉は、受け止めたモノを軽々と抱き上げた。
空中に白い息を吐いてから、ふと腕に抱きかかえた"人"を見ると
……亮太と同じ年頃の女の子だった。
「……む」
呆然とした表情のまま固まっている少女を一瞥して、怪我が無いと見た亮太は、
すぐにその腕から彼女を降ろすと、何事も無かったように、放り投げてしまった『クロスワードon』を拾い、
再び大切そうに抱えてから、自宅方向へ歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
先程、脈絡も無しに落ちて来た少女に声をかけられ、亮太は怪訝そうに振り返る。
「なんだ?」
愛想も素っ気も無い返答。
「普通、そのまま行く?!」
「怪我は無いようだからな」
「――事情とか聞いたり、助けたりとか!」
「……事情を聞いて助けてほしいのか?」
無表情のまま淡々と、亮太は少女の茶色い大きな瞳を見つめて尋ねた。
5 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:04:31 0
◇ ◇ ◇
なにコイツ?
志野原時雨は、目の前の男が理解できず混乱していた。
自殺してしまおうとヤケになっていた時の、心の昂ぶりはもう無い。
いや、落下途中に走った恐怖を思えば……あんなのはもう二度とごめんだった。
「……事情を聞いて助けてほしいのか?」
時雨を助けた、目の前の少年の瞳も声は、見知っている男のモノとは違っていた。
男が時雨の願いを聞くときは、イヤラシイ見返りを求めるギラつく瞳か、
下心丸出しの目つきのまま、猫撫で声。それが当たり前だった。
「用が無いなら帰らせてもらうぞ」
親切さや同情の欠片も感じさせない態度。
それだけに、なんとなく……いつも人に感じる"嘘"も無い気がした。
同時に、カチンとも来る。
こんな美少女が目の前にいて、その反応は何?…と。
自分は、人前で自殺未遂という大醜態を晒して、助けられた挙句、こんなに混乱しているのに。
理不尽だと解っていても、この憎らしいまでの冷静な男を困らせてやりたくなる。
その気持ちは…先程まで無くしていた―生きる気力―でもある事を、この時、時雨は自覚していなかった。
6 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:06:08 0
「待ちなさいよ!――う、その…貴方の家で話すわ」
時雨自身、考えてもいなかった言葉が唇から飛び出していた。
自殺に失敗して、もう一度飛び降りる勇気も無く、そのまま惨めったらしく一人で街を歩くのがイヤだったのもある。
勝手に離婚を決め、時雨をダシにして醜く言い争う両親が待つ家へ帰るのも真っ平だった。
それ以上に、突然こんな事を言われて、目の前のヘンな男がどう反応するかに興味があった。
予想外の展開に、慌てふためくか。それとも、バカな下心丸見えにしてヤニ下がるか…。
「構わないが……」
しかし、どちらの反応も無かった。彼は、少し考える素振りを見せると、何故か"残念そう"にため息をついて、そう言っただけ。
立てるか?とでも言うように、手を差し出してくる。
いつもチヤホヤしてくる男達とは違う、底の見えない瞳が時雨の心を射抜く。
無意識に手を伸ばして彼の掌を握ると、無骨で硬い指の感触が伝わってきて、とくんと心臓が高鳴った。
(ヘンな…ヤツ)
これが、天崎亮太と志野原時雨の出会いだった。
7 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:07:03 0
名前: テリィ ◆kev5zk0f0o [空から落ちて来たパズル 4話] 投稿日: 2005/12/17(土) 13:03:00 ID:???
「名前は?」
「いくつ?」
「家どこ?」
「一人暮らし?」
「地元の人?」
歩き出して間もなくの道程は、一方的に時雨が質問していた。
こんなことは初めてだった。いつもは同じ質問を男たちが一方的にしてくる。下心を露骨に出して。
「おい…」
「な…なによ……」
亮太が時雨の質問攻めを制止するかのように、口を開いた。
「さっきから、怒ってるのか?」
「お…怒ってなんかないわよ!」
「そうか」
亮太は一人納得したようだが、時雨は今の質問で余計にこの男が分からなくなった。
どうして、私のことを何も聞かないの?名前も知らない女を家に連れて行く気?しかも、あんな出会い方をしたのに…。
時雨は頭の中でこの男がどういう人間なのかを整理しようとした。そして、時雨の記憶の中にこの種の男がいないことを知った。
分からない。一体どういうつもりなんだろう。
この男を困らせてやりたくて「家に行く」なんて言ったのに、実際に今混乱しているのは亮太ではなく時雨自身であった。
時雨が混乱しているのを知ってか知らずか、相変わらず黙って歩き続ける亮太の後ろを、時雨は少し小走りに追っていた。もう時雨が質問することはなかった。
8 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:07:56 0
気まずい沈黙が二人の間に満ちる。
…気まずいと思っているのは自分だけなのかもしれない。
時雨は、無愛想に唇を引き結すんだまま、背筋を伸ばして大股で歩く隣の男を見つめた。
時雨が感じているような居心地の悪さなんて、全然気にしていないように見える。
何を考えているんだろう?
――ほんの少しだけ怖い。
周りにいるような男なら簡単にあしらえる。危険なタイプだと思えば、どんな警戒をすればいいか解ってる。
命を助けてくれたとしても、それは危ない男ではないという保障じゃ無い。
恩を売って近づこうとする人だっている事を、時雨は16年間の人生経験(もう少しで終るところだった)で知っていた。
コイツは……どうなんだろう?
時雨の躊躇いが、歩みを鈍らせる。
相変わらずの沈黙。
その時、ビシッと鋭い音と共に、車が弾き飛ばした小石が車道側を歩いていた彼の足に直撃した。
「あっ!大丈夫?今…」
「ん?制服の上だからな」
少しだけ会話が出来た。それだけで何だか妙な安堵を覚える。
そして、ある事にも気付いた。…歩幅、合わせてくれてたんだ。
時雨自身も気付かないほど自然に、歩みを鈍らせても車道側の隣でいられるように。
――再び、沈黙が降りた。
不思議と時雨は、この沈黙を気まずいとは思わなくっていた。
9 :
夢見る名無しさん:2006/06/13(火) 00:09:20 0
名前: 風雷坊 [sage 空から落ちてきたパズル 第6話] 投稿日: 2005/12/18(日) 22:57:20 ID:???
行きがかりとは、いつでも厄介なものだ。
町を歩いていれば、必ず1回は通行人に道を尋ねられる。
迷子になった子供に泣きながら裾を掴まれるのもしょっちゅうだ。
友人の家に遊びに行って、その友人がちょうど出払っていた時に、
お姉さんが急に産気づいたときには少々焦った。
「次は銀行強盗かバスジャックか、じゃねーか?」などとよく笑われる。
明日学校で会ったら、予想が外れた事を教えてやろう。
みんなどんな顔をするんだろうな、空から女の子が降ってきたなんて言ったら。
さすがに少々足腰が痛い。だが、これくらいならまだ運がいい。
目の前で人一人がジャムになるのを見なくて済んだんだからな。
いろいろあって死ぬつもりで飛び降りて死ねなかったわけだから、
彼女はいま冷静じゃいられないんだろう。
乗りかかった何とやらだ、落ち着くまでつきあうくらいはしてやるさ。
慌てることはない、クロスワードは逃げたりしないのだから。
10 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:10:48 0
日用雑貨や食料品を主に扱っている小規模なスーパーの角を曲がると、
亮太が一人暮らしをしているマンションが見えてくる。
6階建ての最上階、3LDKという分不相応に広い部屋へ向かう為に、
共用玄関のロックを解除する為に鍵をとりだして、手際よく自動ドアを開けた。
エレベーターの厚い扉の隣にある丸いプラスチックのボタンを押してから、
亮太は、ようやく落ち着かないように周りを見回している少女に声をかける。
「先程の質問だが」
「―――え?」
「名前は天崎亮太。17歳、家はこのマンションの6階、一人暮らし。
引っ越して2年、地元民とは言えないが、周辺の地理とゴミを出す曜日は把握している」
ゆっくり正確に、道中尋ねられた内容に答えて行く。
――両親が飛行機事故で他界してから2年。亮太は真新しいこのマンションで一人、自炊しながら高校に通っている。
幸い住宅ローンと学費は保険金でまかなう事が出来た。勿論、それで両親を失った代わりになる訳も無いが、路頭に迷わずには済んでいる。
「…一人暮らし、なんだ?」
「ああ」
警戒して帰るとしても、それは妥当な判断だろうと思う。
亮太には欠片もそんなつもりは無いが、一人暮らしの男の部屋で二人きりになる状況は、
女性にとって危険だというのが一般的な認識であることは承知している。
エレベーターが開く。一瞬の静寂。
「……6階だっけ?行くわよ。――それと…私の名前は志野原時雨。よろしく」
「む?」
時雨と名乗った少女は、予測に反して率先してエレベーターに入ったかと思うと、
ワンテンポ遅れた亮太の袖を掴んで引っ張り寄せた。
――解らない。一体どうしてこんな状況になっているんだ?
自殺未遂の少女を助けた、まあ、それはいい。トラブルに巻き込まれるの何時もの事。そんなこともあるだろう。
迷子は親に送り届けて、産気づいたお姉さんは救急車が来るまで持ちこたえれば良かった。
ガラの悪いヤツに絡まれるのはしょっちゅうだが、対処は慣れたものだ。
しかし、これは……上級者用クロスワードよりも難問かもしれない。
11 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:12:22 0
◇ ◇ ◇
目の前に、暖かな湯気の香りが心地いいココア。
スノーマンの素朴な絵柄が可愛い大き目のマグカップを両手で持って唇へ運ぶ。
口に残るほんのり甘い味と、お腹から染み渡る熱が、時雨の心と身体を癒してくれる。
「……美味しい」
思わず、素直な感想が唇から漏れる。
「そうか」
答える声は、相変わらず無愛想。
亮太の家に招き入れられた時雨は、すぐに居間に通されて、コタツとストーブで身体を暖めるように言われた。
お気に入りのダウンダッフルコートを着ていたけれど、飛び降りる前と途中でかいた冷や汗で、身体は冷え切っていた。
部屋は持ち主の性格を顕すように、モノトーンの壁紙とカーテン、シンプルな家具で構成されている。
必要なものが整然と並べられて、あまり…生活感が無い。
いつもハウスキーパーに掃除してもらうまで雑然としたままの時雨の部屋とは全く違っていた。
ただ一箇所、生活を感じさせるのは、ぽつんと、一人暮らし用とはとても思えない大きなコタツ。
その真ん中にミカンが山積みされた籐の籠が置いてある風情は、何故かとても暖かく
…そして、寂しさを感じさせた。
「……おかわりは自由に」
詰襟をハンガーにかけて、緑茶を自分の湯飲みに入れて持ってきた亮太は、
時雨の向かい側にあぐらをかいて座り、そう言った。このヘンな男は、とことん言葉数が少ない。
美味しいココアがお代わりし放題なのは嬉しいけれど。そして、時雨の応えを待つような沈黙。
「あの……ね」
自分から言い出したんだから……助けてもらったんだから、言わないと。
時雨は、懸命に言葉を捜す。そう、自殺未遂の理由は、助けて欲しいのは――。
「ね?……離婚て…どう思う?」
事情説明でも、助けを求める言葉でも無い…そんな言葉が飛び出していた。
なんとなく、この無愛想なくせに親切で、美味しいココアを入れる天崎亮太という少年は、
そんな脈絡の無い言葉でも…"解ってくれる"気がしたのだ。
12 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:14:19 0
名前: 風雷坊 [sage] 投稿日:
少年は、茶をすする。
いかにも男性用の大きな湯呑みから、ぽわぽわと白く湯気が立っている。
今は亮太の手に覆われていて見えないが、湯呑みにはユーモラスな達磨が描かれていた。
そしてその達磨の傍らには「人生一楽」。どういう意味なのか、時雨にはよくわからない。
ただ、一人暮らしの男子高校生が使っているにしては、ずいぶん年寄りじみているとは思った。
少年は、茶をすする。湯呑みの中を覗き込んだまま、時雨の問いかけに応える様子が見られない。
「ちょっと、何とか言ってよ」「ミカン、食っていいぞ」「そうじゃなくて!」
離婚って、どう思う? 時雨にすれば、ようやく発した言葉だった。
他にも言うべき事はあるはずなのに、何よりもまず口をついて出た問いだった。
だがこの朴念仁は、何も答えてくれない。人の飛び降りを阻止した挙句に、自分の部屋に上がりこませておきながら。
ここまで関わりを持ったのなら、もう少し親身になってくれてもいいのに。何だかとても悲しくなってきた。
少年は、茶をすすると、ため息をひとつついて目線を上げた。時雨と目が合うと、おもむろに口を開く。
「いや、正直。どう答えたらいいものかと」
拍子抜けする時雨。何コイツ、今さら何を日和ってるの?
「……何よ」
「離婚一般について俺がどう思っているのか、を言えばいいのか?」
「え?」
「それとも、君の境遇に想像を働かせた上で、思うところを言えばいいのか?」
そう冷静に言われると、時雨も言葉に詰まってしまう。自分は何を聞きたくて、あんな質問をしたんだろう。
「先ほどの聞かれ方では、俺もどう答えていいか分からない。
……つまり君は、そこまで思いが巡らなくなるくらい切羽詰ってるという事だ」
無愛想な少年の口から流れる言葉は、しかしあくまでも穏やかだ。こいつ、顔つきで損してるんじゃないだろうか?
「もちろん、飛び降りをやらかすくらいだから冷静なわけもないんだろうが。ただ、思ったのは」
少年は、また茶をすする。時雨から、目をそらさぬまま。
「君が思い詰めているのは、両親の不仲が大きな理由なんだろうな、と思った。
もしそうじゃないのなら、単に俺が普段離婚についてどう思っているかを述べるとするが?」
13 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:15:41 0
しばらく、湯呑みから伝わってくる熱を掌で楽しむ。
冬の風に晒されかじかんだ指にじわりと感覚が戻ってくるのが心地いい。
目の前の少女――時雨は、亮太の問い返しに、困った顔をしていた。
無意識に人差し指を頬にあてる仕草と、はしばみ色の瞳が特徴的な整った顔立ちが相俟って
一幅の美しい絵になっている。少し感心してから、また茶をすする。
美しい異性だからどう、という事も無い。
この辺りが同年代の少年と亮太の「違い」なのだろうが、本人は全く自覚していなかった。
「ふむ」
「な、なによ」
答えられないことを責められたと思ったのか、バツの悪そうな、それでいて少し攻撃的に睨みつける時雨。
亮太は、その表情の変わりように、小さく笑う。…と言っても、目の前の時雨でさえ変化の解らない、
瞳の色を和らげる程度の笑みでしか無いのだが。
「では、両方の見解を述べることにしよう」
「え…」
「処でミカンは食べないのか?遠慮することは無い」
「いいってば!」
毒気を抜かれた顔で見つめる時雨に、一つ頷くと亮太はミカンの皮を剥きながら言う。
「まず…離婚一般についての所見だな。
結婚というシステムは、家庭という最小単位の相互互助組織を成立させ、
人と人との間、または、地域ごとの文化の違い等で生じざる得ない警戒心を解き、共同体を融合・発展させる為に効率的な条件を備えた契約だと言える。
だが、それだけに、不都合が生じた場合解消可能な余地を残さなければならないだろう。
そこで必要とされるのが、契約を解消させる為の区切り。つまり離婚だ。――古代から異文化交流の為の…」
「……あの」
「なんだ?」
「ナニを言ってるか解らない」
「……むぅ」
14 :
夢見る名無しさん:2006/06/13(火) 00:18:20 0
58 名前: 風雷坊 [sage 空から落ちてきたパズル 11話] 投稿日: 2005/12/30(金) 12:31:55 ID:???
亮太はミカンの筋を丹念に剥いていく。
「まぁ、何だ。実も蓋もなく言わせてもらうなら」
手を止める。
「結婚があるんだから、離婚があったっていい。それだけの話」
これに時雨はカチン、
「そんなのッ」
みなまで言わせず、軽く手を上げて時雨を制する。時雨と亮太と、二人の視線がぶつかった。
「そう、これだと夫婦二者だけの都合」
時雨の目が怒気をはらんでいる。そうだろうなと亮太は思う。
「ここに子供が絡むから、離婚が悲劇になるわけだ」
「わかったような事いわないでよ!」
「でも、事実だろう?」
時雨は固く唇を結ぶ。美形が怒ると迫力がある。
「まだ経済的にも精神的にも自立できていなかった場合、
両親の離婚は子供にとってはまさに死活問題になるだろう」
時雨は何も言わない。肩だけがわずかに震えている。
「帰るべき家を失いたいわけがない。だから子供は、その事態を回避するべく、
ない力を振り絞って、虚しいだけかもしれない努力を尽くす」
顔を伏せる時雨。亮太は続ける。
「………自分が、破綻した家の子だと思いたくない。その一心で」
漏れ聞こえる嗚咽。亮太はミカンを口に入れた。
15 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:20:48 0
名前: テリィ ◆kev5zk0f0o [sage 空から落ちてきたパズル 第12話] 投稿日: 2005/12/30(金) 13:52:15 ID:???
「…虚しい?」
嗚咽詰りに時雨が呟いた。
「あたしが死のうとしたことも…虚しいってことね」
亮太はすでにことばを続けてはいなかった。ただ目の前で首をたれる彼女を見ていた。
「なによ……」
「……」
「あんたに何が分かるっていうのよ!」
時雨はそのことばと同時に、飲み終わったココアのカップを投げた。咄嗟に出た行動がそれだった。
そんな簡単に死のうと思ったんじゃない。こいつは何も分かってない。
そんな思いが、コップを投げるという行動にうつさせたのだ。
しかし、そのコップは亮太にすんなりと受けとめられ、それが時雨の怒りを倍増させる。
「こんな大きなマンションで、ぬくぬくと育ってるあんたにはあたしの気持ちなんて分からないのよ!
どうせ親の援助でしょ!両親は仲良くて、離婚の『り』の字も出ないんでしょう!」
時雨はこたつ布団を力いっぱい握りしめながら、叫んだ。その目には、涙がとめどなく流れている。
「離婚なんて他人事だから、そんな冷静に言えるのよ!
幸せな家庭があってよかったわね!そうやって優越感にひたればいいわ!!」
そう言い終わると、時雨はわあっと声をあげて泣いた。部屋には時雨の泣き声だけが、響き渡っていた。
16 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:21:39 0
名前: テリィ ◆kev5zk0f0o [sage 空から落ちてきたパズル 第12話(続き)] 投稿日: 2005/12/30(金) 13:54:39 ID:???
それから、どのくらいの時間が過ぎたのか。おそらく、そんな長い時間ではなかったであろう。亮太が口を開いた。
「気は済んだか?」
「ええ。あんたなんかに相談したあたしがバカだったわ」
そういうと、時雨は立ち上がり出ていこうとした。もう涙は流れていなかった。
「帰るのか?」
「ええ。虚しい自殺を助けてくれてありがとう。
二度とあんたの顔なんて見たくないわ」
「言い忘れていたことがある」
亮太は、二個目のみかんの皮を剥きながら言った。
「君の慰めになるか分からないが、俺の両親は死んだよ。」
「え?」
「だから、君の言う通り離婚するなんてことはないだろうね。
でも、君の場合、たとえ離婚したとしても、もう二度と会えなくなるわけじゃないだろ。
だったら、君が死ぬ必要はない」
時雨は自分の耳を疑った。そして、この時初めて一人暮らしには広すぎるマンション、
亮太には似合わない湯呑みやこたつの意味を理解した。
自分はなんてひどいことを言ってしまったんだろう。
「そんな……あたし最低……」
時雨はその場に立ち尽くすしかなかった。
17 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:22:25 0
激情から一転、自己嫌悪の言葉を呟いて真っ青になる時雨に、亮太は変わらない鉄面皮で語りかける。
「いや、根本的には、俺の境遇は関係ない。
俺の言葉で君が傷ついたのなら、やはりそれは嫌われるに相応しい言動なのだろう。
それに――俺自身、家族の離婚という状況に遭遇したことが無いのも事実だ」
あくまで動揺の無い、冷静な声。
実際、亮太は時雨の言葉をひどいとは思ってなかった。的を射ているのだから反論する内容でも無い。
ただ、あのままでは彼女がもう一度自殺を試みかねないと考え、境遇を話し感情に訴えてみた。
その点、やはり自分は最低なのではないか。…と、思う。
「……なんで、あんたはそんな…」
「…ん?」
泣き顔のまま呆然とする時雨を不思議に思い、亮太は首を傾げる。
そのまま出て行くのかと思っていたのだ。
もう少し話しても良いという許可だろうか?と考えて、再び口を開く。
「思うのだが……離婚というのは本質的な問題では無い。
結婚している両者の間で、心が通わなくなる。関係が悪化する。嫌悪の感情を抑えきれなくなる。
それらが問題であって、離婚は悪感情をエスカレートさせ無いための解決手段でもある。
子供にとっても、仲違いしたまま生活を続けて、いがみ合う姿を見せ続けられるのは辛いだろうとも思う」
これらは、全て実体験で得た経験ではなく、机上の知識。
それだけに正論で容赦がなく……そして、"正解"では無いことを亮太は知っていた。
こんな理屈を捏ねず、同情して一緒に泣いてみるのが正解なのだろうか?
多分、そうして共に泣き、互いを思いやることで自然と"答え"を出し、頑なな心を解くことの出来る人は大勢いるのだろう。
それはきっと、正解だ。
……けれど、亮太には出来ない。
無理に演じることは出来たとしても、それは"似ている"だけで、きっと正解では無いだろうと思うからだ。
だから、亮太には不器用に論理を組み立てて、出来る限り誠実に思う処を言う事しか出来ない。
18 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:24:43 0
「どうして……そんなに…」
再び時雨が声を絞り出す。
亮太は、剥きかけのみかんをコタツの上に置いて彼女の言葉を待った。
「……平気な顔出来るの?あんな酷い事言われて、たった一人で暮らして……」
酷いことを言われた自覚は無い。一人で暮らしてることは、前段と何か関係があるのだろうか?
多分、彼女が言いたいのはそういう事では無いのだろう。では一体…?
「あんたはきっと、強いんだね。――自殺しようなんて思ったこと無いでしょ?」
「確かに無いな。それが強いのかどうかはともかく」
「私ね、死ぬことがあんなに怖いなんて知らなかった。バカみたいだよね?
私が死んじゃえば、二人とも喧嘩してたことを後悔すると思ったんだ。それで、私のこと……ぅぅ」
後はもう言葉にならない嗚咽。それでも懸命に泣くことを我慢しているのか、必死に声を抑えている。
『後悔はするだろうが、問題は全く解決しない』と言葉に出す前に、なんとか止める。
「……泣いて、喚いて、虚しい努力をしても何も変わらない。
解ってる!解ってるんだから――あんたなんかに言われなくたって!
私の我侭なんだって、私がバカなんだって。泣いても何も変わらないことくらい、解ってるんだから!」
涙声でそう言うと、時雨は座り込んでしまう。
それでも涙を見せまいとしているのだろう。俯いたまま、華奢な肩を震わせている。
そんな時雨の姿が、両親と永遠に会えなくなった事を知らされた夜の自分に被る。
あの時、亮太は泣くことが出来なかった。――泣いても何も変わらないことを知っていたから。
「確かに、泣いても何も変わらない。……だから、泣いても良いのだと思う」
本当はあの時、泣いて良かったのだ。何も変わらないから、こそ。
「う…ぅわぁぁぁぁぁぁ…ひっく、ぐす…バカ、なんで――そんな、こんな時だけ…泣かせるような…こと」
「すまん」「謝らないでよ!…ぅ…ぅぅ、バカ」
「――洟を拭くちり紙なら、ここにあるぞ」
「……うう"…ぁぁぁん――ぐすっ…」
「……むぅ、服が」
時雨に襟元を掴まれたまま泣かれ、亮太は少し躊躇い…そっと肩に手を置いた。
当分、泣き止みそうに無い。
19 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:26:40 0
静寂。
どこかのお土産品らしき、切り出した樹の年輪をそのままデザインとした時計の音だけがカチカチと響く。
時雨の嗚咽も収まってはいるものの、未だに、亮太の胸に顔をうずめたまま動かない。
ふと見ると、耳朶が真っ赤になっている。寝てしまった訳では無さそうだ。
彼女のそんな姿を見ていると、何故か胸に暖かいものが染み渡るような感覚に襲われる。
――恐らく顔を埋められている為、彼女の体温が伝わっているのだろう…そう考えて自己完結する。
奇妙な偶然から生まれた、暖かなこの時間は…なんとなく、心地いい。
亮太がそう思い始めた時。
ガチャッ。
突然、居間と玄関を隔てる扉が開いた。
「やほー、亮太!また辛気臭いパズルやってんでしょ?香織姉ーさんが遊びに来て…あ……げたぁぁぁぁ!?」
元気な声と共に若い女性がズカズカと入って来て……二人の姿を認めた途端、驚愕の声をあげて固まった。
ショートカットにシャギィを入れた髪と大きな棗型の瞳が活発なイメージを醸し出している、なかなかの美人。
ジーンズに赤のブルゾンをひっかけたラフな格好も似合っている。
――天崎香織。22歳大学院生。父の親友の娘。
10年前からの知り合いで、2年前に、同じマンションに引っ越してきた。
亮太が両親を事故で失った後、後見人を自負して勝手に部屋にあがりこんでは、亮太の家の冷蔵庫を漁ったり、
クロスワードパズル雑誌を取り上げて外に引っ張り出す……困った姉のような人。
一応、本当の後見人である父の親友の代理でもあるので、世話になることも多い。その為、合鍵も持っている。
時々、亮太がクロスワードに夢中になっている事を見越してこっそりと入ってくる事も多い。今回もそれだろう。
唖然として亮太と時雨の二人を眺めている女性の情報が、亮太の脳に浮かぶ。
浮かんだからと言って、この状況がどうにかなる訳では無いが。
「誰…その子?」
妙に怖い声で尋ねられる。いつもの快活な光を湛えている香織の瞳は、睨みつけるように二人を見据えていた。
20 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:27:39 0
名前: 風雷坊 [sage 空から落ちてきたパズル 16話] 投稿日: 2006/01/05(木) 22:15:53 ID:???
夜陰。かつてそう呼んでいたものは、いつからかなくなっていた。
人の巷は、夜から闇を追い払うかのように、あるいは満天の星空を地に召喚するかのように、
街を人工の光で埋め尽くした。夜を、闇を、そして眠りを忘れんが如きの所業である。
滑稽な話だ、と“苦門竜”は思う。天に太陽ふたつなくば、夜が昼にはならぬ。
闇にどれだけ篝火を焚こうとも、陰は深みを増すばかり。屹立する冷たき塔の群れは、巨大な墓場を思わせる。
もっとも、だからこそ。人が闇を払う愚行を重ねるからこそ。
結果としてよりねっとりと残る陰―――すなわち死角に、彼は隠れ続けていられるのだが。
とあるビルのひとつ、その屋上。煌々と照るネオンライトの看板の陰に、その鬼はいた。
静かに目を瞑る彼は今、とある娘の思念と同調していた。彼が「ノイズ」を食った少女。時雨の思念である。
彼は人の「ノイズ」を食すのだ。人の心は波のようなもの、常に揺れ動いて不定である。
だが、その波はまったく千々に乱れているわけではなく、ある程度の周期と形をもった波長として、ほぼ安定する。
人は自らの心を安定させるべく、内心に潜む様々な心の動きを、知らず知らずのうちに統制しているからだ。
そして心の波は、自らが最も望む形に調整される。できあがる波形は、比較すればまだシンプルな方になる。
人一人が孕む心の動き、無数に立つ心の波は、もし全てが一度にそのままに表れれば、
もはや形をなしすらしない、荒れ狂う波濤となる事だろう。そうなるともはや、人は自分の心を御することはできなくなる。
自らが自らでいられるように、人はその時に最も望む自分の波に整えているのだ。
21 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:28:19 0
名前: 風雷坊 [sage 空から落ちてきたパズル 16話・続き] 投稿日: 2006/01/05(木) 22:16:24 ID:???
その波形には現れない、或いは弱められ或いは抑えられた、小さな波がある。
表面に出される事のない、表れることを望まれない感情や欲望。
ふとした折にわずかにノイズとして走る、普段意識されない心。
“苦門竜”は、気まぐれのように屋上から地上を覗き込んでいた、時雨のそれを食したのだ。
ノイズを食われた者は、言ってしまえば、ためらいがなくなる。
時雨の場合は、単純な行動として表れた。何だ、死にたかったのか。彼は呆気に取られたものである。
だがどういうわけか、娘は死に損なったらしい。ノイズを食した相手の意識は、しばらくの間追跡できる。
暇つぶしのつもりで眺めていたが、何やら複雑な事になっているようだ。
「若いとは、いいものだな。」
誰の目にも止まらぬ現代の夜陰に潜む鬼は、感情のこもらない声で、そう呟いた。
22 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:30:33 0
名前: のん太 ◆N2PL7MMx1E [空から落ちてきたパズル 17話] 投稿日: 2006/01/06(金) 00:16:13 ID:???
亮太は先ほどの香織からの問の答えを探しながら時雨を見た。
時雨はすでに顔をあげているが、後ろを振り返らずに目のあたりに腕をあてている。
亮太が口を開かずに時がほんの少し経っていたが、亮太の返事が遅かったり、返事そのものがないことがあるのは、香織はよく知っていた。もっとも普段なら構わず一方的に話し続けるが…
「彼女は時雨。さきほど偶然出会い、相談に乗っていた。」
「はぁ?!」
亮太の返事に対してかんぱつ入れずに出た、香織のはぁ?!は年下がタメ口を使ったからではない。2人は奇妙な関係だ。
「なんで?」
香織の口から出たその一言は、自分の判断で先ほどまでのできごと語るべきではなかろう。と決めた亮太をまた沈黙させるのに充分な言葉だった。
23 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:31:23 0
時雨は、一つ――息を吸った。そして、意を決して振り返る。
年上、結構綺麗、服と髪型は似合ってる、センスもいい。一瞬で相対する女性の"評価"を終える。
恐らく向こうも同じように品定めしている。そう考えて、涙で緩んでしまった表情を出来る限り"臨戦態勢"に持って行く。
向こうから、一番綺麗に見える角度に自分の位置を調整して、少しだけ微笑んで、余裕を持って。
「この人は、誰?…亮太」
ピキッ。
時雨がわざと亮太を呼び捨てにした瞬間、空気が凍りついた。
「彼女は、天崎香織。俺の後見人代理だ」
微妙な雰囲気を読めているのか読めていないのか、変わらぬ口調で亮太が答える。
自分の質問に割り込まれた香織の方は、今まで以上に不機嫌な顔で睨んでいた。
「天崎……?初めまして『小母様』。私、志野原時雨といいます」
「おば…?!」
勿論、これもわざと言っている。暖かな雰囲気を邪魔されたこと、亮太に対して馴れ馴れしい態度がカチンと来る。
何より、本能的に"敵"だと直感した為、容赦が無い。
――ピキィィン。更に緊張感の糸が張る。
24 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:32:06 0
「いや、彼女は姓は同じだが、父の親友の娘で血縁関係は無い」
どうやら、凍りついた空気を少しは感じたのか、答える亮太の口調も若干訝しげになっている。
しかし、まだなんでそうなっているのかは理解していないようだ。
(コイツ、鈍い?)
時雨は、今更ながら、亮太の朴念仁ぶりに呆れる。
「それで、アタシの質問にはいつ答えてくれるかな?亮太」
香織の怒りを湛えた声。無理に浮かべている笑みが怖い。
時雨は、亮太をそっと覗くように見る――まさか、言うんじゃ無いでしょうね?と。
「相談内容は時雨の許可が無い限り、口外することはしない。
香織姉さんの質問に答えると、相談内容に触れる可能性がある。その為、言うことは出来ない」
「くっ…そうね、亮太はそーいう性格よね。って、何で亮太まで彼女のこと呼び捨てにしてるのよ!?」
「"時雨"というのは、良い名前だからな。呼び易く解り易い」
「あー、はいはい。その辺りは男友達でもそーだったね」
時雨は、複雑な気持ちのまま亮太を見つめる。
――名前を誉められて嬉しい反面、香織との親しさも見せ付けられているようで悔しい。
(って、何考えてるの?別に私はこんなヤツ……そりゃ、不器用だけど優しい……のは本当みたいだけど)
25 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:33:46 0
「そうすると…ああ、こういう聞き方をすれば良かったんだ。
"亮太は時雨さんと恋愛関係にあるの?""相談は恋愛に関すること?"」
何故か、香織は質問を区切って聞いている。
「恋愛関係には無い。それは、時雨対して失礼な質問では無いかと思う。相談は恋愛に関してでは無い」
淡々と質問に答える亮太。
時雨は、その二人のやり取りを見て……――そういえば、『この島には嘘つきと正直者がいます。
さあ、正直者を見分けるにはどんな質問をしたらいいでしょう?』みたいな謎々を紹介された時、
こんな感じの問いかけが正解だったな。なんて考えていた。
この場合、絶対に亮太は正直者役だ。
「よろしい。なるほどね〜……亮太が"相談"に乗れるなんて成長したものね」
なぜか、香織がしみじみと言う。
「それはどういう意味だ?」
「そのまんま。あんた、人の相談に乗るのどうしょうも無く下手糞だったじゃない。
出てくるのは、容赦の無い正論と原則論。同情していてもそれを見せないし。他人が自分と同じくらい強い事を前提に話すでしょ?
それが…こんな可愛い『お嬢ちゃん』に胸で泣かれる位になるとはね〜」
「お嬢ちゃ……っ」
先程の"小母様"発言へのお返しなのだろう、時雨がきっと睨み付つけると、
香織はニヤニヤ笑いを浮かべたままひらひらと手を振ってみせる。先程までの余裕の無さはもう見られない。
「時雨は俺と同い年位だろう。その呼び方は適当では無いと思う。相談に関しては…返す言葉も無い」
時雨の小母様発言をいさめた時と同じ調子で亮太がフォローを入れる。
そしてバカ正直にしょぼんと自分への評価を受け入れてる。
その言葉に、亮太の融通の利かなさが表れているように思えて、時雨はクスッと笑ってしまう。
コイツ、本当にヘンなヤツ。
26 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:35:01 0
「はい、りょーかい。……さて、それじゃアタシは帰ろうかな。先客アリじゃね。
まだ相談中だったんでしょ?あ、そーそー、くれぐれも、不純異性交遊は慎むようにね〜」
「なに、言ってるのよ!そ、そんな」
肩を竦めてから、ニヤリと笑う香織に、時雨は慌てて言い返す。
最初の"小母様"発言で得た優位は、あっという間に覆されて、いいようにからかわれてしまってる。
「そうだぞ。そのようなことする訳が無いだろう」
冷静に答える亮太。
(……そうハッキリ言われると、それはそれで頭に来るわね)
時雨はつい、亮太まで睨み付けてしまう。
「あはは、その分なら大丈夫そうだね。ま、今日は亮太を貸しておくよ。またね、時雨」
香織はそう言うと、手をひらひらと振ってから、玄関へ向かった。
パタンと扉の閉まる音と共に、再び静寂が戻ってくる。
27 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:35:45 0
「……なんか、にぎやかな人…ね」
勿論、また仕切り直し、と抱きつく訳にも行かず、時雨は少し顔を赤らめて話を振ってみる。
そうしないと、この無口男はずっと黙っていそうだし。
(って、何で私が気を使わなきゃならないのよ)
「ああ、全くだ。――さて、相談は…どうする?役に立てる事があれば協力もしよう。
しかし、香織姉さんが言っていたように、俺は相談者としては向いていない事も確かなのだが…」
生真面目な顔で時雨を見つめている亮太の瞳。それはとても真摯で……。
「あのさ。亮太……」
香織への対抗心で呼び捨ててしまった名前。
今度は、意識して――言って見る。
「なんだ?」
全く気にしていない亮太にほっとして、言葉を続ける。
「ありがと。まだ言ってなかったよね?」
「……ふむ」
「…あのねー、お礼を言ってるんだから、もうちょっと反応しなさいよ」
「了解した。どういたしまして」
「何、その定型文は」
「いや、そうは言われてもだな。こう返すのが普通だと思ったのだが」
「もっとアドリブ利かせなさいよー」
楽しい。
(なんだろ、こんなバカな会話出来るのが、なんだか……嬉しい)
28 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:36:46 0
「んー。それじゃ、行きましょうか」
時雨は、ふっと息を吐いて立ち上がる。
もう、大丈夫。
なんでだろう?人に話しただけなのに、ただ泣いただけなのに。
――すごく重かったものが、軽くなったような気がする。
勇気が出てくる。ほんの少しだけだけど。
「……行く?」
亮太が不思議そうな顔をする。
そんな朴念仁に向かって、時雨はにっこりと笑ってみせる。
「相談はもういいよ」
「…む、そうか…」
何を誤解したのか、がっくりとした表情をみせる亮太。
ぱっと見はいつもの無表情。
けれど、彼は、瞳の色や僅かな仕草で、顔には表さないだけで、注意深く見れば
亮太なりに色々表現をしていたことが、今では少しだけ解るようになった。
「亮太はもう、私を助けてくれたから」
「――??」
顔をあげて、時雨を見つめる亮太の瞳の色は、本気で混乱しているようだった。
やっぱり表情はあまり変わってないけれど。
癪だから謎解きはしてあげない。
「でも、助けてくれるなら。一ついい?」
「……ああ、協力すると約束したからな」
頷いた亮太に、時雨は…。
29 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:37:53 0
「私ね――。パパとマ……え、と。両親に言おうと思うんだ。私の気持ちを素直に、全部」
亮太の前で宣言する。自分が逃げないように。
「ふむ」
案の定、亮太は、ただ相槌を打って頷くだけ。
それだけなのに、妙に力強くて、時雨はほっと息をついた。
そして、肝心な言葉を口にする。
「その時、亮太に一緒に来て欲しいんだけど…」
「……?!」
さすがに驚いたのか、鉄面皮にすらそれが微かに表れてる。
時雨は心の中で、クスリと笑って誤解を解く。
「勿論、途中まで。話すのも会うのも私一人。でも……話す前と話した後は、傍にいて。いい?」
まるで愛の告白のようで、頬が熱くなる。
そうじゃない。ただ、弱みを見せていい相手が亮太だけだっただけで…。
心の中で懸命に理由を挙げてみせる。
「了解した。…しかし、それだけで協力になるのか?」
不思議そうな朴念仁の表情に、時雨の心にわだかまっていた恥ずかしさが溶けてゆく。
混乱していても、誠実に対応しようとする亮太の態度は……心地いい。
打算の無い真っ直ぐな言葉は、それだけで時雨の心に芯を通すような力強さをくれる。
「それだけで、充分」
時雨は、とびきりの笑顔で微笑んで見せた。
30 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:38:28 0
――二つの白い息。
亮太と時雨は夕方特有の僅かに赤味がかった日差しの中、揃って歩いている。
(どうして、こんなことになったのだろうな。……俺がいて何の意味が?)
表情を変えないまま、時雨の隣で亮太はむっつりと考え込んでいた。
彼女は、自分に両親の説得を頼むわけではないらしい。
それは自分のような若輩者の部外者が間に入るべき話ではない為、当然の判断だと思う。
(しかし、それでは何故だ?俺を連れて行くのは、どのような観点から考えても無意味だ)
解けないパズルを前に頭を絞っている。そんな気分で歩き続ける。
それでも、時雨の歩みに歩幅を合わせるのは忘れない。
これは、死んだ祖母と母に女性と一緒に歩くときの鉄則だと教わって以来の習慣だった。
レディーファーストという概念は全く理解できない亮太だが、一緒に歩く人間の歩幅に合わせることは、
一人では早足になる自分に必要な事だろうとは認めている。
その点で、祖母と母の価値観に同意しているのだ。
(そういえば、そこだけは褒められたな…)
31 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/13(火) 00:39:22 0
「ね?亮太」
「……む?なんだ」
「来る時も思ったんだけど。あんたって、歩幅、私に合わせてくれてるよね?」
「――ああ。その方が、効率的かつ互いの総合的な疲労度が低い」
「やっぱ、そーいう理由か」
なぜか満足そうにクスクス笑う時雨。…やはり理解できない。
笑われるような事を言っただろうか?
再び無言で歩く時間。
40分程歩いたな。亮太がそう目算した時。
「さーて。もう少しで私の家だ」
時雨が立ち止まった。
そして、じっと亮太の顔を見て、小さく笑う。一瞬だけ…その表情に見惚れてしまう。
(確かに彼女は顔立ちが整っているな)
そういった感想しか思い浮かばないのが朴念仁の朴念仁たる所以なのだが、亮太は自覚していない。
「ここで待っていてね?絶対だよ?」
時雨が両手で、亮太の手を握る。
――冬の大気で冷やされたその指は華奢で冷たい。
しかし、握る力が強かったせいだろうか?熱さすら感じる感覚を覚えて、
はっと時雨の目を見る。
縋るようなその瞳に促されるように、亮太はゆっくり頷き言った。
「ああ。約束は守る」
ここまで。
――ここで、落ちてしまい書き込めず…。
続きは必ず。
33 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/14(水) 21:13:26 0
同じような設計の家が立ち並ぶ住宅街では殊更目立つ、和風の大きな家。
一本の大木から切り出した柱を用いた門は、いつも気軽にくぐっている場所にも関わらず、
今は、気後れするほどの立派さが威圧的に見えた。
時雨は、自分の家の大きな門をきっと睨み付けると、大きく息を吐いた。
冬の寒さが呼気を白く彩る。
「――がんばるから、ね」
小さな手を握り締めて誰にとも無くつぶやいた。
◇ ◇ ◇
いつものように広い庭を敷石から外れることなく歩み、
いつものように鍵を開けて、玄関で靴を脱ぎ、家の中へ。
けれど、今日はいつものように「ただいま」は言わない。
(それに、自分の部屋に「逃げたり」だってしない!)
時雨は唇をかみ締めて、自室がある二階への階段を無視して、真っ直ぐ両親のいる居間へ向かう。
言い争うような声が漏れてくる。
今日、開業医である父の病院は休診日…看護婦である母も同じように休み。
だから、時雨は今日ずっと外にいるつもりだった。二人の諍いをみたくないから。聞きたくないから。
時雨が夜中に帰ってきたって、二人は何も言わない。
相手のせいにして喧嘩するだけ。
早く帰っても遅く帰っても…辛いのは同じ。
この家はもう、時雨の安息の場所では無かった。
(…でも、私は)
時雨は、居間へ続く扉前で一旦立ち止まった後、意を決してノブへ手を伸ばした。
34 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:29:06 0
とりあえず保守がわりに。
別の場所で発表している作品の一部を。
35 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:30:32 0
「ささやかな物語」
村の中央にあった大きな老木。
それが――今、静かにゆっくりと燃えています。
緑の美しい山々は炎に包まれて、大切に育てられた麦畑は無残に踏み荒らされたまま、
手入れをする人もいません。
戦火。
平和だった小さな村を襲った災厄は、瞬く間に村人達の穏やかな日々を、
ささやかな日常を燃やし尽くしました。
老木のその大きな姿が少しずつ燃え崩れる様子を、
一人の少女が泣きながら見つめています。
隣には、慰めるように少女を抱く母親の姿。
その瞳にも涙が浮かんでいます。
――次の日。
戦場となる村から離れることになった少女は、
生まれた時から見守ってくれた老木の元へ駆け寄ります。
今はもう、灰となって崩れてしまったその無残な姿へ。
36 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:31:49 0
幼い日。
木漏れ日の中で眠り込んだこと。
大きな幹に寄りかかって歌ったこと。
その逞しい枝に登って村を見渡したこと。
友達と喧嘩した時、抱きついて泣いたこと。
共に過ごした想い出が心を過ぎります。
少女は泣き顔のまま、それでも無理に微笑んで。
炭と化し、横たわっている老木の根元にそっと……小さな指輪を置きました。
これは、持ち主に一度だけ、ささやかな幸せをもたらすと言われてる指輪。
その指輪を貰い、ささやかな幸せが訪れた人が、また他の人に指輪を譲るのならば、
一人では途切れてしまう幸せも、
世界のどこかでささやかに――でも、ずっと続いてゆく。
世界の人全てにこの指輪が行き渡ったなら……
きっと奇跡はおきて。通わぬ心が通い、争うことも無くなる。
そう、母に教えられ持っていた指輪。
ささやかな幸せをもたらす指輪の力でも、人の争う心は止められませんでした。
けれど、戦火にはぐれた少女が母に再び会えたのは、
この指輪のおかげなのかもしれません。
だから、少女は。
祈りを込めて――指輪を老木に贈りました。
37 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:33:28 0
少女がこの地を去り数ヶ月。
戦火はまだ燻り、荒れたこの地へ来る者はいません。
静かに、時が過ぎ去ってゆきます。
ある、春の暖かな日。
倒れた老木の根元から、小さな芽が顔を出しました。
その芽は土と太陽の恵みを受け、すくすくと育ってゆきます。
住む者の無いその地で、ゆっくりと流れる時間の中。
芽は、親である老木を苗床として幼木となり。
しっかりと大地に根を張ります。
そして。
どのような偶然が働いたのでしょう?
その枝には――小さな指輪。
少女が老木に贈った指輪が陽の光を反射して、優しく輝いていました。
38 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:34:33 0
それから十数年経ちました。
もう、戦火の爪跡はすっかり緑に覆われ。
若い木々が春の訪れを歓迎するように、新緑の葉を風に揺らしています。
昔、小さな村だった地。
今は、新緑に囲まれた森。
そこへ。
――軽やかな足音が響きます。
遠くから、子を呼ぶ母の声。
優しい顔立ちの幼い少女が森を駆けています。
少女は、森の入り口にある若く逞しい樹の前で足を止めました。
昔、老木があった場所。
今は、この若い森の中で一番大きな樹の前で。
木漏れ日の下。
目を細めて樹を見上げます。
心地よい風が吹きました、歓迎するような木々のざわめき。
枝がゆらゆらと僅かに揺れて。
光が……落ちてきました。
少女は不思議そうに、その光の落ちた場所へ手を伸ばします。
小さな指先に触れたのは、小さな指輪。
39 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/17(土) 12:35:38 0
そう。
それは――。
母の声が近づいてきます。
少女は、今拾った可愛らしい指輪を見せるため、
母の元へ再び駆けてゆきました。
満面の笑みを浮かべ、
「大きな樹さんから貰ったんだよ」と嬉しそうに話す娘。
昔、少女だった母は、驚きに瞳を見開き……静かに微笑みました。
その頬には一筋の涙。
そして――。
木漏れ日の下。
幼い娘に、ささやかな物語を語ります。
優しい老木の話と、小さな幸せを運ぶ不思議な指輪のお話を。
「ささやかな物語」終了。
…実は、題名は仮だったりする。良い題は無いものか(悩
あと。
「空から落ちてきたパズル」の続きを書く時は、アンカーをつけるかな。
通して読むと、解りにくい…(今頃気づいた)>別作品
奈緒美クン
42 :
陽 ◆juVgYu1zW6 :2006/06/19(月) 00:39:00 0
>>41 今のところ奈緒美クンというキャラはいません(違)
長谷川京子が主演の小説を書いてほすぃo(´□`*o)ぽんぽんっ!
ルーピン先生大変です
>>43 芸能人には疎くてね。
特徴を文章で書いてくれい。
>>44 現在、ルービン先生は留守にしているようです(ぇ
……書けない。
理由は把握してる。
気力が削られ、物語に入ることが出来ないから。
出来るだけ相手を思いやり、自分がそうされたら嬉しいと思うことをしてる…。
が、裏目に出る。
うーむ。
わからない。
いくら考えても、解らない。
しかし、自分なりに筋道立てて意図を質問すると、更に状況は悪化する。
どうしたものか…。はふっ。
感情を制御。
リセットして理性で整形。
これで、明日書けるようになるか試してみよう。
基本。
−ゲシュタルトの祈り−
私は 私のことをします
あなたは あなたのことをしてください
私は あなたの期待に応えるために生きている訳ではないし
あなたは 私の期待に応えるために生きてる訳ではありません
あなたはあなた、私は私
お互いの心が通じ合うことがあれば、どんなに素晴らしいことでしょう
けれど、心が通じ合わなかったのならば、それはそれで仕方の無いことです
何故なら、私とあなたは、独立した別々の存在なのだから