人肌の温もりが欲しい。
そんな下賎な欲求など、抱いているつもりはなかった。
国王陛下、太陽王と呼ばれたあの精力に満ちた神の代理人の次代の後継者にしては、
いささか心繊細なお孫様…いうなれば、聞き分けの良い未来の絶対君主、にお仕え
するようになってから、何年経ったことか。
国務に関わる地位を手に入れ、最高権力者の座のお膝元にいと近しく在る私、
ヴィスタン・デ・ラ・ラグドゥルーにとっては、「欲求」と名の付けられるこの世のすべての
望みは、ほんの少し手を伸ばせば、容易に手が届く、ありふれた果実に過ぎない。
そう、私は思っていた。…あの侍女に「誘惑」されるまでは。
…火刑には処せられまい。おそらく、内密に毒殺、というところだろう。
彼女は、陛下の最も新しい、そして、お気に入りの「愛人」だった。
私としたことが、なんという愚かなことを。おそらくあの方は、私という存在
そのものを、未来永劫、消し去られることだろう。そういうお方だ。
…だが、彼女から誘惑してきたのだ。あの目つき、あの微笑み、あの肌の香り…
あれが誘惑でなくて、何だろう。私はただ、その無言の欲望に、応えてやっただけなのだ。
「おい、そこの、…。食事の時間だ、食え。」
バスティ−ユよ。私はこの世から、その名誉、地位、財産、いや、すべての存在の証と共に
消される。だから、どうかお前だけは、この血を、王国の南から運ばれた赤い宝玉の液体を
飲み下した私が吐く、この後悔と自嘲とを、忘れずにいてくれ。