いじめに関するよくある勘違い

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1観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA
虐めに関するよくある勘違い

その1「虐められる側にも原因がある」
"原因の追究"を途中で止めた時に陥る典型的な錯誤で、怠惰な親や教師の責任放棄の逃げ口上としてもしばしば使われる。虐められる側にあるのは、あっても「不快にさせる要因」であり「虐めの原因」ではない
虐めの原因は、虐める側の慈愛心(包容力、想像力、表現力、忍耐力、思いやり)の欠如、即ち「行為者の心(の狭さ)」である。相手の非を理由に己の行為を正当化する心の弱さ・貧しさこそ、唯一の「虐めの原因」である
被害者側に如何に酷い非や落ち度や欠陥や欠点があろうと、数ある選択肢の中から虐めることを選択しているのは行為者自身。行為者が虐め以外の対処さえすれば、虐めは起こらない
被行為者に己の行為の原因を転嫁するのは行為者の甘えでしかない。これはあらゆる犯罪や虐待、差別、嫌がらせ、更には思考(解釈、期待、信頼、妄想等)にも言える
以下は、上記を理解できない者に多い勘違い
@「いじめの原因」と「いじめ前後に起きた別の事象の原因」とを混同している
A「苛める理由・動機」を「苛められる原因」に摩り替えている
B理由(主観)と原因(客観)の区別が付いてない
C不快感の原因がそれを感じる者自身にあることを理解していない
D己の非(思いやりや想像力の欠如)に無自覚

その2「学校を何度変わっても虐められる。これは虐められる側に原因がある証拠だ」
この場合、本当の原因は「どの学校にも、多様な個性を受け入れられず自己表現の拙い未熟者がいる事」である。「多数派は正しい」という安直な誤謬を盲信してはならない

その3「虐められる側が変わったら虐めが止んだ。これは虐められる側に原因があった証拠だ」
この場合、本当の原因は「虐める側に虐める動機がなくなったこと」である。表面的な事象のみで理解したつもりになるのは、「祈ったら病気が治った。治ったのは祈ったことが原因だ」等と同類の思考停止である

続く
2観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:23:23 ID:W2xYE6rw0
その4「虐めは人格に問題がある者を矯正する手段」
人格矯正に必要なのは広く豊かな経験や知識であり、虐めは却って人間不信・社会憎悪を増しかねず逆効果。この場合、矯正すべきは「短絡的に虐めを肯定する者の人格」である(躾と称した虐待や体罰も同じ)

その5「弱いから虐められる。強くなればいい」「この世は弱肉強食」
論点のすり替えである。「強くなる」は一時的回避策としては必ずしも間違いとは言えないが、これによって「虐めの原因」が無くなる訳ではない
なお弱肉強食は生物界の一側面に過ぎず、共生など異生物間でさえ相互扶助している例は幾らでもある。虐めは、己を脅かす存在を排除しようとする行為即ち免疫力・抵抗力・包容力の低さの現れであり、「弱者の証明」に他ならない

その6「相手に不快感を与えたのだから虐められても仕方がない」
不快感の原因はそれを感じる各人の固定観念であり自己責任。他人のせいにするのは筋違いである(虐められた不快感も同様)

その7「虐めは本能」「虐めは必要悪」
本能とは呼吸・睡眠・摂食のように「生命維持に欠かせない行動」をいう。「誰かを虐めてないと死ぬ」という人間は実在しないので本能ではない。強いて言えば、虐めによって優越感という名の快感を得る仕組み・メカニズムが、本能である
またいじめは無くても全く誰も困らない(必要としない)ので必要悪ではない

その8「苛めは無くならない」
主張者が「無くし方を知らない」というだけである。確かにいつの時代も成長途中の人間は存在し得るが、感染症の病原菌等と同じで「理に適った正しい無くし方」を施せば確実に無くなる
また多くの名も無き人々の不断の努力により人知れず無くなって(解決して)いる事例は幾らでもある。大きく報道されることだけが全てではない

その9「いじめをしたら厳罰に処すればよい」
飲酒運転と同じで、安易な厳罰化や一時的な対処は問題の陰湿化・冗長化を招くだけである。虐めは脳が未成熟な証拠。日頃のストレスが背景にある事も多いので、非難や制裁以前に監察や教育を施すべきである

その10「虐められる側を助けるべき」
緊急時はさておき、真に救うべきは”愛に飢え想像力が欠如した”虐める側。加害者を救えば被害者は自動的に救われる。被害者のみを救って満足するのは偽善である

続く
3観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:24:05 ID:W2xYE6rw0
その11「いじめを大人にチクるのは卑怯」
より多くの人とありのままの真実を情報共有化することは正しいことである。また自らの苦悩を第三者に告白することは勇気が要る。逆にプライドや見栄に拘って黙り通したり、保身から見て見ぬふりをしたり、陰でこそこそ嫌がらせをすることの方がよほど卑怯である

その12「親が悲しんだり先生が事を大きくするので、相談しない方がいい」
親が悲しむのは寧ろ自分が子供に頼りにされてないと分かった時であり、それを悲しまない親は親の資格がない。また事を大きくして欲しくなければ、相談した際にその旨をきちんと依頼すれば余程KYな大人でない限り配慮して貰える

その13「学校は虐めを隠そうとするので、先生を頼ってはいけない」
確かに学校は管理不行届を責められることを恐れ隠蔽したがるが、全ての先生がそのような保守的な考えを持っている訳ではない。例え相談した100人が全員頼りなくても、101人目が理解ある教師の可能性もある

その14「苛められたくらいで自殺する方が悪い」
この発言は「自殺したくなるほどの酷い虐めを受けた経験が無い者」や「出来事の背景にある諸事情や当事者の心境への想像力・思いやりが欠けた人生経験の浅い者」に多い
仮に客観的に大したいじめではなくても、自殺するということは少なくとも本人にとって余程の苦痛があったと見るべきで、他人が当事者の苦痛の度合いを分かるというのは傲慢である

その15「いじめ自殺の原因は自殺者本人にあるから、いじめた者に原因はない」
自殺に直接的関与が無くても「自殺するほどまで精神的に追い詰めた原因」はいじめた者にある。「いじめていなくても自殺した」事を証明できない限り、いじめた側に原因がないとは言えない
この手の発言者が勘違いしたまま成長すると、自分の行為を相手のせいにして反社会的な行動を正当化する可能性があるため注意を要する

続く
4観念は具現化する ◆3PwDX5T6IA :2010/03/10(水) 18:24:46 ID:W2xYE6rw0
その1の補足1「いじめられる側がいじめられたと感じて初めていじめが発生する(感じなければいじめではない)」
第三者が見て明らかにいじめであっても、被害者が鈍感だったり気付かなかったりすれば必ずしも「いじめられた」とは感じない。このように「当事者の認識の有無」は、「それがいじめであるかないか」を決める必要条件ではない
「虐待された乳児が虐待と認識しなければ虐待ではない」「事故で意識を失った被害者が事故にあったと認識しなければ、事故が発生したことにはならない」などという理屈が通用しないのと同じである

その1の補足2「殆どの場合どちらにも非があるのだから、虐めの原因は加害者・被害者の双方にある」
如何に非や欠陥や落ち度があってもそれは「いじめていい理由」にはならない。それを「いじめていい理由」にしているのはいじめる側である。つまり「いじめの原因」はその行為者である加害者にある

その1の補足3「性格が悪いからいじめられる。いじめる側を批判する前に自分の性格を直すべき」
正しくは「性格が悪いからいじめる」のである。いじめられる側を批判する前に自分の性格の悪さ(いじめに頼ってしまう心の弱さ)を直すべきである

その1の補足4「幾ら説得しても直らない場合は、苛め(られ)るのは仕方ない」
仕方なくはない。先ずはより説得力に長けた者等に相談すべきであり、もし説得の限りを尽くしても理解出来ない場合は相手の学習障害等、先天的脳疾患を疑うべきである
いずれにせよ「相手に理解力がない」は「いじめ(られ)て仕方ない理由」にはならない

その1の補足5「いじめられる人はいじめられる要素を持ってるからいじめられる」
正しくは「いじめる人がいじめる要素を持っているからいじめる」のである。何が「いじめられる要素」かは個人の主観に過ぎない。そもそも行為は能動態。受動態で表現すること自体が勘違いの元
この事は、貶す、馬鹿にする、軽蔑する、侮辱する、騙す、脅す、勘違いする、拒否する等の行為の他、愛する、慕う、尊敬する、感謝する、信頼する等にも言えることである。「何が行為する要素か」は、行為者自身が決めている

続く
5少年法により名無し:2010/03/10(水) 19:01:33 ID:YG7pCAZJ0
続きキボンヌ^^
6ストーカー ◆4ylvJGMRpTop :2010/03/10(水) 21:02:31 ID:KJ9Wd52b0
連続投稿規制はここは3回か?
7あこがれ ◆AKOGAREouE :2010/03/10(水) 21:34:14 ID:+1erDejc0
('A`) ブォラぁ〜♪
 ノヽノ) =3 'A`)ノうぁ〜
  くく  へヘノ