1989年、宮野裕史、小倉譲、湊伸治が襲われ41日間監禁され約100人ぐらいのオカマから強姦、朝から晩まで暴力と陵辱。
(実行者は古田純子様)ヤクザ顔負けのリンチで、天井にも宮野裕史、小倉譲、湊伸治の血が飛び散ってた。古田純子様は後に何回殴ったかわからないと笑っていらっしゃる
極寒の真冬に宮野裕史、小倉譲、湊伸治が裸でベランダに出され、肛門に3センチの鉄の棒を何度も強引に突っこみ、宮野裕史、小倉譲、湊伸治の性器や尻穴を破壊。口をタバコの灰皿代わりに。肛門にライターを入れられ、点火し、火あぶり
鉄アレイを顔面や身体に投げ落とされ、顔に熱いろうそくをたらされ、陰毛を剃り、ライターで手足、チンポを焼き全身にオイルをかけ点火し火だるまに、
肛門に瓶を挿入、蹴る、無理やり立たせ、古田純子様が左右から肩や顔に回し蹴りを数十発、
大量の経血、尿、牛乳、酒等を強引に飲まされ、シンナーを吸わされ、父親は死んだと惑わし
鉄球付き鉄棒で顔面や身体を数十回殴打、手拳での殴打、痙攣、硬直、口鼻等から多量の出血してもさらに殴打、火あぶり
宮野裕史、小倉譲、湊伸治の悲鳴(絶叫)はとても人間とは思えぬものだった。
このことを知ってた古田純子様の友人は計100以上いるが誰も通報しない。そして最後の日は古田純子様による2時間にも及ぶリンチ後絶命した。(なぶり殺された)
宮野裕史、小倉譲、湊伸治の死体遺体は血だらけ、髪の毛はほとんど残っておらず、脳は溶けていた、宮野裕史、小倉譲、湊伸治の顔面は陥没、変形がひどく
頬は鼻の高さまで腫れており目の位置がわからないほど、全身や手足は多数のヤケド、膿み、殴打による損傷の跡
チンポはヤケド、損傷等がひどい状態、宮野裕史、小倉譲、湊伸治の肛門にはオロナミンC10本、それぞれ入っていた。
宮野裕史、小倉譲、湊伸治は殺害される前あまりの暴行に耐えかね、助けてではなく、殺して!と哀願した。