教皇の存在に不審を抱き聖域を離れジャミールに住むムウは、黄金聖闘士とはいえ
まだ7歳の若輩者である。その為ムウは、たびたび五老峰を訪れては老師に教えを
乞うていた。
季節は春。穏やかに晴れた日だった。
ムウはいつものように大滝付近を到達点としてテレーポートすると、思いもよらぬ
光景に出くわした。
大滝の前に座した老師が、赤ん坊を抱いてあやしているのだ。
「老師!? どうしたのです、その赤ん坊は!?」
「おお、ムウか。この子はの、可哀想にこの廬山に捨て置かれておったのだ。
先程見つけて連れて来たのだが……ほれ、見てみるがよい、可愛いじゃろう?」
でれ〜ッと、表情を崩して老師が言った。
言われるままに、ムウは老師の腕の中ですやすやと眠る赤ん坊を覗き込んだ。
ぷっくりとした唇も、ほんのり赤いほっぺも、見るからに柔らかそうで。
ムウは思わず手を伸ばしていた。
指先でそおっと触れてみると頬はすべすべの肌触りで、軽く押すと指先にふにっと
した感触が伝わってきた。
「可愛いものですね」
初めて触れる赤ん坊の想像以上の愛らしさに、ムウの表情も弛んだ。
その様子に、老師は満足げに頷いた。
「そうじゃろう、そうじゃろう。それでな、この子の名前だが、春麗と名付けよう
と思うてな」
「さすが老師。いい名前ですね」
「ほっほ。いいじゃろう? 今日のこの麗らかな日和にちなんでみたんじゃよ。そ
れにな、まっすぐな心根の優しい子に育ってほしいという思いも込めてあるんじゃ。
もちろん美しく育ってほしいという願いも込めておる。でもやはりあれじゃな、健康
に育ってくれればそれでよいのだが……、のう、ムウよ?」
返事がないのに気付いて老師が顔をあげると、ムウはいなかった。