矢吹健太朗のBLACK CAT★黒猫 No.70

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ところで、真空にさらされた人体に何が起きるかという問題で昔からよく話題になったのは、真空中では血液が瞬時に沸騰するのではないかとか、身体がフーセンのように膨張、破裂するんじゃないか、あるいは、超低温で瞬間的に凍りつくんじゃないか、なんてことだった。でも、これらはどれも、基本的には起きないんだよね。
たとえば、日の当たらない真空の宇宙は確かに非常に涼しい(マイナス百数十度くらい)けれど、真空中は放射冷却しかしないので、冷えるには時間がかかるだろう。
また、血液も沸騰はしない。なぜなら、体温を37度Cとして、そのときの水の蒸気圧は47mmHgだからだ。つまり、気圧がこれ以下なら水は沸騰するけど、血液の場合は血圧(正常血圧の人で拡張期85mmHg、収縮期130mmHg)がかかっているから沸騰しようがないのだ。
また、体がフーセンのように破裂することもない。なぜなら、皮膚はかなり丈夫だし、それほど大きな力もかからないからだ。
真空にさらされたとき、何が体を膨らませようとするのかというと、それは呼吸していた空気じゃない。肺と消化管などに多少空気はあるけど、肺の空気は吐き出さればなくなるし、消化管のガスはさほど多くないから、ほとんど無視できる。すると残るのは、血液などの体液が沸騰して気体になったときの圧力しかない。それは結局、体液の蒸気圧と真空との圧力差だから、47mmHgでしかない。 だから、真空に投げ出されたとき、すぐに体が破裂する心配はないわけだ。

これらの問題より深刻なのは、果たして真空中で、どれくらいの間、意識が保てるかということだ。
炭坑などのガス突出で、酸素が全く含まれていないガスを吸い込むと、ほとんど瞬間的に意識を失う。人間の呼吸は、通常は一回あたり、肺の容量の3分の1くらいしか換気しないんだけど、無酸素の気体を吸い込むと反射的に深い呼吸をして、肺の内部を完全に換気してしまう。すると直ちに無酸素の血液が脳に達して、昏倒してしまうのだ。
NASAの宇宙飛行士が14秒で昏倒したのは、これと同じことが起きたのだろう