【2次】漫画SS総合スレへようこそpart75【創作】
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──「ブラボー。これもそれなりの修練はいるが目指すところは単純だ。『相手に攻撃を察知させない』。たったそれだけを
実現するため俺は体を鍛えた。いいか。鍛錬そのものが目的じゃない。武術的な機微で相手より優位に立つため鍛えるんだ」
──「突き詰めれば中村。キミと武術の相性は案外いい。最終的には智謀や精神がモノをいう世界なんだ」
(……これだ。2人は武術を通じて俺の頭を鍛えようとしている。ケッ。乗せられるのは癪だが──…)
来るべき決戦で斗貴子の力になれるなら。
「来いよニンジャ小僧。今度は俺がいろいろ試す番だ」
無銘めがけ親指以外で手招きする。挑発的な行為に「何を!」と無銘は憤りそして構えた。
(よし。中村。やっと俺と戦士長の意図を分かってくれたか)
「フ。同時に秋水をも鍛える、か」
「彼に必要なのは人と交わるコトだからな。アイツ自身それを望むようになった。お前との戦いを通して……な」
防人衛。総角主税。戦士と音楽隊。2つの会派の首魁格はただ静かに部下を見守る。
一方、千里の部屋では演劇の脚本がいまだ難航していた。
「文章って難しいね」
「読むのは好きだけど書くとなると……」
のほほんとしたまひろとは対照的に千里は困り果てていた。
いま書き上がっている台本については集結した女性人全員の感想を貰いいろいろ見直したのだが、どうもしっくり来るものがこない。
「締め切りは明日の正午だよ」
時刻は現在そろそろ23時を回ろうかという頃だ。斗貴子としてはそろそろ管理人室地下の特訓に戻りたいのだが……。
(だが演劇発表で負ければ部はパピヨンの天下になる)
台本の出来が悪ければ斗貴子はパピヨンのコスプレでレティクル勢との決戦に挑まなくてはならない。
(それだけは絶対嫌だ!)
顔が青ざめ汗が流れる。ココまで気付かなかったのが不思議なぐらい、当然でおぞましい理屈だった。
「なんとしても書きましょう」
いつにもなく神妙な面持ちで呟いたのは桜花だ。彼女の慧眼は斗貴子の動揺ひとつで台本の重要性を見抜いたらしい。
「書くといっても千里だいぶ疲れてるわよ」
ヴィクトリアとしてはどっちに転んでも構わない。恐ろしい話だが彼女はパピヨンのコスチュームに抵抗がない。ニュートン
アップル女学院の生徒たちを思い出してみよ。みな彼を妖精と思っていたではないか。朱に交われば何とやら、しかもパピ
ヨンを憎からず思っているのだから(負けたら……その……ペアルックってコト?)と内心ドキドキしている。
とはいえ勝てるに越したコトはない。難物な共同研究者の喜ぶカオは見てみたいし、演劇部の全権を任された以上は
矜持にかけて勝利に導きたくもある。
ただ、台本執筆が千里である以上無理はさせたくない。母の面影を持つひどく可憐な少女に無理強いはしたくない。
これがまひろなら壊れたテレビを治すように3発はブッ叩く。叩いた方が却って正常になると冗談交じりに信じている。
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桜花は、ヴィクトリアの機微は分かったが、しかしだいぶ追いつめられていた。
(負ければパピヨンの服……。嫌よそんなの!)
表情こそ笑っているが微妙な引きつりが浮かんでいる。
しかしそこは生徒会長。人間ぞろぞろ(※一部ホム)揃った空間の使い方を心得ている。
「全員で、書きましょう」
みな、息を呑んだ。誰も想像だにしなかった提案だった。
斗貴子だけは呆れたように呟いた。
「桜花。キミひょっとして焦ってないか? 普段のキミならまず創作経験のある者を探すだろ。なのに……全員で描く?」
斗貴子の方がまだ冷静だった。彼女が経験のあるなしを一団に問うと千里の手だけが上がった。
「ほら見ろ。誰も未経験じゃないか。こんな状況で全員に描かすなんて」
「描くのよ」
「オイ」
桜花は斗貴子に詰め寄った。心なしか息が上がり、瞳の奥がグルグル渦巻いていた。
「津村さん。負ければどうなるか分かってるの。津村さん。負ければどうなるか分かってるの」
「分かったから離れろ! というかキミは疲れてる! 落ち着け!」
極度のプレッシャーと特訓の疲れのせいか。桜花は珍しく混線した。
「大丈夫よ! 文章なんてのは、弾みが大事なの。描くときは大作描くつもりで挑んじゃダメなの。『今日は2〜3行でいいか』
ぐらいの軽い気持ちでいくべきなの。そしたらいつの間にか没頭してて40KBぐらい描きあがっちゃってるものなの。昔は
長編基準の60KBが『スゴい量だなあ。自分には決して描けないなあ』とか思ってたのに今じゃたった1回の投稿でその
7割ぐらい軽々フッ飛ばせるの」
「よし分かった桜花! 寝ろ!」
レバーにいいのが入った。桜花メルヘンの世界へ。
「くそう! 腹黒とはいえそこそこ有能な奴が消えた!」
「消した……の……間違い……では」
鐶の突っ込みを涼しい顔で黙殺し斗貴子は一団に意見を求めるべく向き直るが
「そうだね。自分で描こうよ」
「え!?」
頷くまひろに斗貴子驚愕。
「んー。ちーちんばかりに負担かけるの良くなかったね」
「日本語よく分からないけど千里のために頑張るよ」
「ビジネス文書の作成でしたら経験あります」
「物語は分かりませぬが戦いをば妄想すれば実況的側面から或いは何とか!!」
「…………ふふふ……。遂に『わたしのかんがえたさいきょうのすぱろぼ』を解き放つときが……」
「よー分からんけどご主人はやってみるって。つーか……いつになったら眠れんのさ。眠い」
「なんだかヤバいコトになってきた……」
沙織、ヴィクトリア、毒島、小札、鐶、香美……ほか全員の賛成により執筆開始!!
「とりあえずまだみんな描くの慣れていないと思うの。短編から始めましょう」
過酷な現実世界に帰還した桜花は平然たる面持ちだ。いろいろ動揺しているが表面上はいつも通りの生徒会長。
「で、何を描くんだ?」
「お題に沿って描きましょう。いまネットで小説について調べていたらちょうどいいお題があったの」
「ほうほう」
まひろは身を乗り出した。ベレー帽を被りGペンを持っている。斗貴子は(明らかに間違ってる。このコ居る時点で詰んで
るんじゃ)と思った。得体の知れぬ笑みを浮かべる鐶、文字って何じゃんという問題外の香美、既に脳にニトロを充填しいろ
いろ出来上がっているご様子の小札。他にもまひろ寄りの沙織や鬱屈を抱えたヴィクトリア。
(ああ。そうか。なんか見たコトあると思ったら)
斗貴子はむかし目撃した。
ヴィクター討伐がひと段落した頃、錬金力研究所の食堂で戦部やら火渡やら円山やらがアレコレ持ち寄り食卓を囲んで
いるのを。数時間後そこは爆発現場の中心となった。KEEP OUTのテープと野次馬越しに見た食堂……だった空間には
ヒグマの前足やらアーケードゲームの基盤の破片やらゴム手袋、クイックルワイパー、照星の焦げた、黒い額縁つきの遺影、
高笑いを上げる生前の故人にマウントを取られ殴られまくる火渡といったおおよそ食用に適さないものが散らばっていた。
その一角たる暗い赤みのかかった紫の謎粘液は最初食堂の一部分のみ群生していたが、日を重ねるごとに生息範囲を
広げていき、いまでは元食堂から半径400mが立ち入り禁止区域である。
部屋にいる女子たちを見て思う。
(そうだ。思い出した。そっくりなんだ)
(あのとき戦部たちが囲んでいた闇鍋と)
もう斗貴子は笑うしかなかった。極限まで溜まったストレスが、脳の狭まった区域から膿のようにスルスル抜けるカタルシ
スだった。
「だ、大丈夫よ津村さん。描いてもらった作品は、私と、千里さんと、毒島さんでチェックして纏めるから」
「そうか……。桜花と、若宮千里と、毒島が……。良かった。桜花がいなければもっと良かった」
斗貴子はまなじりを拭った。人間の正の部分を垣間見た気がした。
「え? あの、私さりげなく仕事ふられてませんか?」
一番とばっちりを受けたのは毒島だった。
「大丈夫よ。銀成学園に入学した暁には生徒会役員の座を用意するから。会計にしてあげるから」
「仰る意味が分かりませんが」
「桜の花言葉を知ってる? 豊かな教養、高貴、清純よ」
「お。またおかしくなったな桜花」
腰を浮かした斗貴子に桜花は引き攣った笑みを浮かべ進行する。
「と! とにかくまずは慣らし運転! お題はこれよ!」
大雨で洪水になったとき、自分の大切な人を守って避難する
「字数は2000字以内! スタート!」
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5 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:38:45.04 ID:oHmTPIq20
斗貴子。
洪水、か。私たちが斃すべき敵たちは人を喰う。しかも痕跡は必ず消す。
洪水に紛れての食事は正に打ってつけという訳だ。
それだけに、夏ともなると仲間達は洪水区域へ飛び出していく。
中でも欠かせない人は艦長と呼ばれる老年の男性だ。
有能なんだか無能なんだかよく分からない人だが、潜水艦を操る能力を持っていてな。
大河川の洪水区域という、学校など比べものにならない広い区域の住民達を救助するコトにかけては組織一信用できる。
その艦長がある時、あわや死に掛けた。
律儀な人でな。住民達を潜水艦に入れる時は必ず甲板に上り声を掛けていた。
それが仇となったのは風まで強い難儀な日だ。乗り込もうとしていたまだ幼い少女が突風で大きく転び看板から落ちた。
幸い艦長が反射的にキャッチし仲間の乗組員に投げ渡したが、代わりに自分が河の中へ……。
詳しくは話せないが、そのとき使っていた潜水艦は艦長なしでは成立しないものだった。
動かない、どころではない。まぁなんだ。艦長が溺死した場合、乗ってる人たちは確実に全滅する。
迷うヒマはなかった。同じく看板で避難誘導していた私も川に飛び込んだ。
幸い艦長は落ちた場所にいた。ジタバタ平泳ぎして激流に逆らい留まっていた。お陰で救助は容易かった。
しかも上流から流木だの車だの障害物がどんどん流れてくる。
普通なら絶望的だが、私は違う。『武器』さえ使えばどれも即席の足場……30秒とかからず陸に戻った。
ただ計算外だったのは、潜水艦の近くに敵がぞろぞろ現れ始めたコトだ。
洪水を狙うだけあっていずれも水棲型。足ヒレが水溜りにベチャベチャ叩き付けられ不快な音を奏でた。
侵入されたらおしまいだ。一刻も早く知らせなければ……焦る私をよそに潜水艦は潜り始めた。
艦長曰く水中で平泳ぎしている間に出航命令を下していたという。女のコの回収ならびにハッチ閉鎖も。
本当、有能なんだか無能なんだか。敵の侵入もなかったというから安心したが……危機がまた来た。
敵が艦長の顔と能力を知っていたんだ。まぁ台風が来ればまるで祭りを追って北上するテキ屋のように連
日被災地に詰めてる人だ、敵に知れ渡らない方がおかしい。
上陸するや何体かの敵が艦長めがけて飛んできた。何しろ殺せば潜水艦というエサの檻が壊れるからな。
そうすれば水棲型どもが溺れる人たちを生きたまま喰らうのは目に見えている。
そういう意味でこの瞬間、彼は大事な人だった。
当然私は迎撃。飛び掛ってきた敵どもをブチ撒けるとすぐさま艦長の手をとり走り始めた。
敵はおよそ60体。殲滅できない数ではないが雨の中の乱戦となると守るどころか逆に殺めかねない。
私の武器はそういう物……避難するしかないだろう。敵は水棲型でもある。洪水区域で闘うのは得策ではない。
300mは走っただろうか。私ひとりなら武器を使って高速移動できるのだが、艦長を連れている以上無茶はできない。雨で
視界が悪く強風が時おり思わぬ物体を飛ばしてくる環境下であちこち跳ねて回るのは危険すぎた。艦長が死ねば潜水艦
の人たちも死ぬ。だから手を繋ぎ走る他なかった。
そうやって焦れている私に艦長が一言。
「お腹冷えた。トイレに行きたい」
…………フザけるな!!
理屈としては分かる。洪水まっさかりの河に落ちたのだからな。腹部が冷えるのは仕方ない。
だがココでいうか! 私だって敵をブチ撒けたいのを我慢してるんだ!
くそう。潜水艦への影響さえなければ殴れたものを。怒りをこらえ彼を窘める。再び走る。
そこであの艦長よりにもよって転びやがって!
少女か!! いやまあお年寄りだから足腰弱いのかも知れないが状況を考えろ! しっかり走れ! 逃げろ!!
しかもそういう時に限って敵が来る! 前から後ろから左右からゾロゾロと!
やきもきしていると艦長が私の肩に手を置いた。厳かな手つきだった。皺が刻まれ節くれだった手の感触に、沸騰しかけ
た私の心は落ち着いた。さすが年配の人……窘めるのが上手いなと感心していたら彼が一言。
「お腹冷えた。トイレに行きたい」
まだ言うか! とりあえず1時間後仲間たちと合流して安全を確保したが二度と彼とは組みたくない。
6 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:39:30.74 ID:oHmTPIq20
「あらあら。びっくりするほどオーソドックス」
「悪かったな。こんなモノしか書けなくて」
口に手を当て品よく驚く桜花に一抹の棘を感じたのか斗貴子は嫌そうな顔をした。
(というかコレ)
(斗貴子さんの実体験だよね。絶対)
千里と沙織は内心気付いたが口には出さない。
「あ……取られました」
「取られたって何よ……」
がっくりうなだれる毒島にヴィクトリアは呆れた。
「そういえば毒島もあのとき艦内に居たな。すまない。キミの居ない任務を選ぶべきだった」
(認めちゃって……ます)
(波乱に富んだ人生だ!!)
(つーか……眠い…………)
「おお! これはのっけから凄まじい迫真のリアル! 果てして優勝は誰の手に!?」
「優勝って何!? 競う奴なのコレ!?」
沙織は仰天した。肩の輪郭が逆立った。
「ぐ。流石は斗貴子さん! けど優勝は渡さない!」
「なんでそんなノリノリなんだ!」
意気込み戯画的な顔でむふうと鼻息を出すまひろに斗貴子は叫ぶほかない。
まひろ。
ぽてと「大変だ! 大雨で洪水だよ!」
かぼす「むぅ。大雨で洪水だなんて大変だね!」
ぽてと「避難しよう!」
かぼす「そうだよ! 避難は大事だよ! でもあの川の水おいしいよ!!」
ぽてと「わー。みんな避難してるね」
かぼす「みんな考えるコトは一緒だね。早起きすれば良かったよ」
えほん「来たな。遅れると思って整理券貰っておいたぜ」
ぽてと「ありがとう! 見ず知らずの人!」
かぼす「でも今は大変なときだよ。気持ちだけで十分! 私は順番を守る!!」
「え! 終わり!?」
桜花は原稿を取り落とした。まひろはというと憔悴した様子でふぅーふぅー息をついている。
目も全開で血走っている。よほど全力で書いたのだろう。斗貴子は思わず気圧された。
「いま私に描ける最高の作品よ! これなら斗貴子さんにも……」
「無理だと思う。絶対ムリだと思うまっぴー」
沙織は顔をくしゃくしゃにして笑う。
「大雨という極限状態の中でも守られる人間の絆そして倫理! 短いながらも啓蒙に富んだ優しき作品!」
「小札さん。そこまで全力にならなくていいです。まひろたぶん何も考えず描いてます」
千里も困惑気味だがまひろを見る目は優しい。
「思わぬ優勝候補ね」
「な!」
「ええ」
ヴィクトリアに追従する毒島に斗貴子はただただ驚愕した。
香美はというと鼻ちょうちんを収縮させている。それが弾けたのでビックリして起きてボンヤリ辺りを見回した。
「次は…………私…………です」
鐶光、推参。
以上ここまで。
8 :
ふら〜り:2014/03/03(月) 18:58:10.42 ID:5GnwY0MR0
>>1(スターダストさん)
スレ立ておつ華麗さまです! ……ワンシーンコンテスト、第一回と第三回は2本ずつ
出したんですが、第2回はどうしても描けずパスしたんですよ私。実際、作品が集まらなかった
のか、締め切り延期とかしてましたしね。それをこんな形で描いてしまったとは凄い! 流石!
>>スターダストさん
不満も苦労も疑問も苦悩も、斗貴子の為とあらば受け止め、そして乗り越える。いつもながら
健気ですねえ剛太は。そしてその斗貴子、ネタは実体験そのままとはいえ、丁寧かつ疾走感も
ある描写は見事。そういや学校に潜入すれば学業もこなしてて、頭もいいんですよね彼女は。
9 :
作者の都合により名無しです:2014/03/03(月) 23:25:27.30 ID:5Vrtajpb0
10 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:11:01.44 ID:FonIZtvI0
鐶。
Dブレーンの果てより現れた暗斑帝國・ネプツガレ! 突如侵攻してきた彼らに人類は成す術なく追いつめられた!
唯一の希望は葦嶽アマツが父の命と引き換えに受け継いだ可塑型次元城砦……その名も爆燃砦ヴァクストゥーム!
父の仇を探し闘う彼は次々と各都市を奪還するが、ネプツガレ四棺原譚の1人、ルヴェリエの卑劣な策謀に嵌り絶対
絶命の危機に陥る。消えるアマツの意識。傷つき、動けなくなるヴァクストゥーム。
危機を救ったのは政府防備軍「瓜生」の道祖神ロボ小隊であった。
思わぬ邪魔に激昂したルヴェリエは専用機・十元弩リーベスクンマーの力で破願滅黯の大雨を降らせ洪水を起こす。
呑まれゆく街の中、道祖神ロボ小隊隊長、黒又山キシタ(28)は、直ちに部下たちに撤収を命令。
自らはいまだ動かぬヴァクストゥームを抱え飛び立った。
黄土色の濁り水が轟々と流れる大河川。その中央を土偶が飛んでいく。ブースターで白い波を蹴立て進んでいく。
薄く黄ばんだ灰色の彼方で稲妻が走った。時おり遠くの空が薄く明滅するのは遠い戦地の砲火のせいか。
長くも短くもない黒髪を無造作に分けた無精ヒゲの男……黒又山は別れた仲間の無事を祈った。
(大事な新型とパイロットだ。回収は俺1機でいい。俺の大仙稜は隊長機。一般機より87分早く避難できる。本部に着ける)
瓜生の主力たる道祖神は土偶ソックリで評判は悪い。
(あとは新型との接触。さっきから連絡送っているが)
ビコビコとアラームが鳴り、コクピット前面のインターフェイスの一点にノイズ交じりの長方形が現れた。
「ここは……?」
「気付いたか。交信成功」
映像は乱れがちだが顔は分かった。短髪でやや神経質そうな少年にこれまでの経緯を説明する。
ひとまず状況説明と自己紹介が終わると少年──葦嶽アマツは唇を尖らせた。
「離せ。瓜生の手など借りれるか」
「1人で親父さんの仇討ちたいのは分かるけどよ。現状見ろよ」
ヴァクストゥーム。細身で、白鳥を思わせるフォルムの機体には右手と左足がない。先ほどの戦いで根元から破断した。
パイプやコードが剥き出しで火花をバチバチ放ってもいる。とても単独行動できる状態ではなかった。
「だが──…」
言葉を遮るようにけたたましい警報が鳴り響いた。真赤な非常灯に染められるコクピットの中で黒又山は左右の操縦桿を
手早く動かしペダルを踏んだ。壊れた白鳥を右手に抱えたまま急加速し蛇行する土偶の周りで、白い水柱が立て続けに数
十本まき起こった。機雷源に迷い込んだような有様に画面の向こうのアマツは不満顔。
「追ってきたし追いつかれた。これだからショボ推力の道祖神は」
「上空7km後方に十元弩リーベスクンマー! 矢ヲタのルヴェリエちゃんござい!」
黒又山が妙に嬉しそうに呟くのと同時に土偶は各所のバーニアを青白く吹かし反転、
左手をガトリングに換装すると高々と掲げ撃ち始めた。
「撃ちながら下がるぜ!」
「下がるったって振り切れるのかよ! ショボ推力の土偶が、ヴァクス抱えて!」
「撒けねえから戦うんだろうが!!」
怒号。ささくれた白い柱の間を猛然と下がる土偶。やがて弾が尽きたと見え銃身は回転はやめる。
「せめて一発ぐらい掠っててくれよ」
「残念。外れよん」
不意の声。緊迫の黒又山が後部モニター越しに見たのは巨大な光の弩弓を構える人馬。
「一気に後ろ取りますか。さすがだが参ったねえ」
明らかに破滅的な力を蓄えた矢が放たれ──…
彼方あらぬ方へ着弾。水のドームを跳ね上げた。
「外……れた?」
ルヴェリエは驚愕した。
「な? ショボ推力だから詰めてきただろ?」
「うるさい。極秘通信などなくても俺はちゃんとやっていた」
ケタケタ笑う黒又山にアマツは仏頂面だ。その愛機ヴァクストゥームの辛うじて残った左手に輝くものがあった。
それは碧い光波のファルシオン。
「終結の型・破断塵還剣! まさか! 接近を見越し発射直前!」
「そ。斬ったのさ。どうするルヴェリエちゃん? その傷でまだやるかい?」
「なんでお前が偉そうなんだよ。やったの俺だぞ」
「囮は俺だしー」
人馬の胸は大きく切り裂かれていた。焼け焦げ火花を上げるコクピットの中で地団駄踏むトリプルテールの少女が見えた。
「きぃー! 両腕もやられてるし! 矢ぁ撃てないし今日はここまで! 宮崎でリベンジするから来なさいよ!」
敵は去った!! そしてこれがネプツガレ戦役を駆け抜ける無敵のコンビの誕生であった! 続く!
11 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:12:02.78 ID:FonIZtvI0
「続き物!?」
「オイ。短編だぞこれは。ちゃんと決着させろ」
「今回は決着しましたし、1000文字……削ってます……よ? 四天王1人……とか黒又山先輩の部下4人……とかも」
読み終えた桜花は絶叫する。斗貴子は怒る。鐶は涼しい顔である。
「……短編でキャラ8人は多いでしょ」
ヴィクトリアは呆れた。
「ちなみに……次回第4話の舞台は宮崎……2機目の可塑型次元城砦……と……ヒロイン…………出てきます」
「知るか!!」
「じゃあ3話目なんだコレ!!」
「全25話……きょうび珍しい……2クール……です。タイトルは……爆燃砦ヴァクストゥーム……です……」
まひろめがけ無表情でブイサインするニワトリ少女。どこまでもマイペースだった。
「物語って表に出ない部分まで作るべきっていうけど。情報量はかなり多い……たった2000文字なのに」
口に手を当て考えこむ千里。何か思うところがあったようだ。
「ちなみに、ご主人言ってるけど……敵は、カイオウセイとかゆートコが、モトネタらしーじゃん。ルヴェリエとか暗斑とか色々」
香美の発言にすかさず反応したのは沙織で
「貴信さんと話できるの? じゃあ聞いて聞いて。四棺原譚だっけ? 四天王っぽい単語はなーに?」
「えーと。メタンとかいう奴らしーじゃん」
「? 携帯電話使ってないのになんで連絡できるの? それにメタン? なんで?」
微かな疑念と思わぬ言葉に目を丸くした。桜花と斗貴子の18歳コンビが講義した。
「海王星が青いのはメタンの影響なのよ」
「そしてメタンは還元端。これ以上還元しない物質だ。化学で習わなかったのか?」
「おー。だから四棺原譚(よん・かんげんたん)」
感心する沙織だが、香美を見る目が不思議に満ちた。貴信とどう連絡しているか気になり始めたようだ。
「ちなみに味方の名前は日本の古代遺跡縛り……です」
「ひかるん物知り!」
まひろは感動した。千里も同じらしくどうすればコレだけ描けるか質問した。
「ロボットアニメ……沢山……みる……コト……です。参戦した作品は…………必ず……チェック……これ基本……です」
「そ、そう。(参戦って何?)」
ぼうっとした顔と返答。眼鏡少女の顔が引き攣った。
「ヴィクトリアさん。何をメモしてるんですか?」
「な、なんでもないわよ!」
毒島の問いに欧州の偏屈ネコかぶりが慌てて何か背中に回した。
こそーっと背後に回ったまひろと沙織は見た。メモ帳を。何かのタイトルと思しきやたら濁点の多い文字列を。
(チェックするんだロボアニメ)
(びっきーてばあのゲームに夢中)
「ヴィクトリアはともかく、課題は短編なんだ。描くなら完結しうる題材を選べ」
「おお。さすが斗貴子さん。愛のある厳しさ!」
「だよねー。何だかんだでやめろとは言わないもんねー。
メモを巡りヴィクトリアと揉みあっていた2人が顔を見合わせて笑うと斗貴子はやや赤面した。
「うるさい! か、描く以上は与えられたリソースの中結果を出すのが責任……って! なに真剣になってるんだ私は!!」
「まぁまぁ津村さん。光ちゃんこういうの好きそうだし、千里さんと一緒に頑張ればきっと台本もできるわよ」
「そう……です……何年かけても…………完結……させます」
「締め切りは半日後ですが」
(((そ う だ っ た ! ! )))
毒島のツッコミに全員が……桜花さえ愕然とした。
「じゃあ……じゃあ…………優勝…………できません……か?」
暗鬱たる碧い瞳の淵に涙がじんわり滲み出た。
「厳しいコトいうけどムリだよひかるん。文章舐めないで。完結は最低条件。優勝するにはそれ以上の努力が必要だよ」
「いや私の見るところ結構……じゃなくて! そもそも優勝自体ないコトにいい加減気付け!」
やや本性を出し棘を刺すヴィクトリアに、斗貴子(そろそろ場の雰囲気に毒されつつある)は言うが誰も聞かない。
「あるよ! 優勝はある! きっとある!」
(ないから。まひろちゃん、絶対ないから)
「無銘くんが見てみたいといっていたロボットアニメの草案ですね! 以前から不肖完結を楽しみにしております!」
「……前から考えてたんだ」
千里は微苦笑した。
「ん」
「次は香美さんね。どれどれ……」
12 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:12:35.44 ID:FonIZtvI0
香美。
「ねむい」
「書けェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」
斗貴子の怒号が轟いた。しかし期待する鐶と桜花。
(ある意味おいしい材料……です)
(さあどう評価するの小札さん! あなたならできる! きっと上手く実況できる!)
他の者の視線を浴びながら小札はゆっくりと立ち上がった。生唾を飲む一同。話す小札。
「……ふ、不肖少しノドが乾きました故ちょっとコンビニへ…………」
「小札さんさえ投げるレベル!!!」
沙織は白目で叫んだ。横隔膜の震える心からの叫びだった。
小札が退室したので執筆一時中断。
「ここで……再攻撃……です」
鐶。
・爆燃砦ヴァクストゥーム
全長22m。重量31t。
Dブレーンの果てより現れた暗斑国家・ネプツガレに対抗するため、葦嶽カツトキ博士が創り上げた可塑型次元城砦。
ネプツガレの急襲により命を落としたカツトキ博士の想いを受け継いだ養子・葦嶽アマツが乗り込み操縦する。
必殺技は概念をAdS空間方面から崩壊させる「終結の型・破断塵還剣」。
さいとばる
西都原マナミの操る劈頭楼ベフライウングとはカールピアソンシステムにより合体が可能。
合体後の例外群像ヴァクストゥーム・ベフライウングは常時量子化しておりその実態は把握不可能。
不確定性原理により実質的に宇宙全域に充満しているためあらゆる物質は勝てない。
ケイサルエフェスも一目置いてるしジ・エーデルさえ見たら泣いて悔い改める。超悔い改める。その改心ぶりたるやモジャ
モジャ金髪のちっちゃい天使たち6体が周囲に現れラッパ吹いて祝福するレベル。だもんで体中から虹色の光の帯が溢
れ出しマザーテレサに転生し西宮あたりで炊き出しして橋元に褒められる。
ペルフェクティオなんぞスナック感覚ですわ。昼下がりに頬杖づいて寝っころがって尻掻いて相棒の再放送みながらサク
サクぅ〜〜サクっ! ですわ。そのサクサクぅ〜〜サクっ! が怖いんで奴は次元の向こうに逃げ去り引き篭もった。もうね、
逃げてからは毎晩毎晩「明日くるんじゃないか、夜中くるんじゃないか」って掛け布団頭まで被ってガタガタ震えてたんで、
手違いでこっち戻ってしまったとき追い返してくれたトレーズやらウェントスやらにはね、もう感謝ですよ。言葉には出せな
いけど毎日感謝ですよ。
だから戻ってから彼らを祀るため日光東照宮ぐらいでっかい寺作って朝夕必ずお百度参りしてる。
冬場は水かぶってやる。吹雪だろうと3m雪積もってようとインフルだろうとやる。凍った石畳の上、裸足でやる。
年喰って孫やら長男の嫁やらが「おじいちゃんそろそろ年だしやめようよ」とか健康気遣ってくれても「いいやここでやめ
たら散っていった恩人たちに申し訳が立たん!」とか生き残った日本軍の老兵みたく頑固に言い張ってケンカして家族会
議になって主治医からドクターストップかかったりもするけど結局家族の目ぇ盗んでやりつづけて皆もうそれが生きる道なん
だって諦めるけど理解してくれて、いつも朝夕帰った時テーブルの上にホッカホカの湯気あげてるお茶と好物の沢庵数切れ
置いてくれてて、そういう暖かな家族を得たのはやっぱトレーズとかウェントスとかが命繋いでくれたお陰だって布団の中で
泣きじゃくって、そんである日、そろそろ梅のつぼみが膨らんできた初春のころ、屋根から、前日の晩珍しく積もった雪が、
暖かい朝日に溶かされ綺麗な雫としてポタポタ落ちてる寺の軒下で冷たくなって横たわってんの。でも死に顔には微笑浮
かんでんの。
それぐらいヴァクストゥーム・ベフライウングは怖いしトレーズとウェントスに感謝ですよ。
(↓イデオンと同じ作品に参戦したときのための裏設定)
まだネプツリブに掌握(ディス・コントロール)されていた頃のヴァクステゥーム・ベフライウングが破願滅黯の雨を降らして
惑黄昏の極洪水(ラグナロック・シンパシー)が起こったとき第六文明人は大事な人を連れて避難するためイデオンを作った。
13 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:13:11.20 ID:FonIZtvI0
「イデオンと同じ作品に参戦したときのためって何!?」
桜花の美しい声が珍しく裏返った。
「念のため……ですよ。念のため……。フフフ……」
紙を差し出しながらドヤ顔し、右コメカミ近くに一等星を浮かべる鐶。
「よく分からないけどまだ完結もしてないのに他の作品とのコラボ考えるの痛いよひかるん」
「というか何だこの文章……。普段と違いすぎる。……ディプレスとかいう師匠の影響か?」
沙織のツッコミ。斗貴子の愕然。死せる両目の自由を!
「四話と思いきや四話じゃなかった……」
(もうファンができてるし)
続きが読めず心から残念そうなまひろに桜花は少し噴き出した。
ババーン! 鐶は控え目な胸を張った。
「そして課題もクリア……です。……大事な人を……連れて……避難……して……ます……!」
「あの、光さん」
「光……で……いいです……よ? 私……いまは……年下……ですし……」
「じゃあ呼び捨てにするけど、光。これじゃお題が申し訳程度よ。ダメだと思う」
諭すような優しい千里の声に鐶は獲物を探すゾンビがごとく両目をうろうろさせた。
「…………。そ……それでも…………二作品描いた……心意気を…………ですね……」
「買えと!? フザけるな! そもそもコレは作品じゃない! 羅列だ! おかしな設定の羅列だ!」
斗貴子がバシバシと原稿を叩くと鐶は今にも泣きそうな、庇護欲をそそる桃色の表情でトテトテ走り桜花の後ろに隠れた。
「あらあらダメよ津村さん。そんな強く言ったら」
「くそう。この場で一番の権力者にすり寄りやがった! 見た目に反して厚かましい!」
ニヤリ。戯画的だが悪い顔で笑う鐶が桜花の背中から一瞬はみ出すのを斗貴子は見逃さなかった。
ヴィクトリアはいうとちょっと瞳が潤んでいた。
「あ、びっきーが泣いてる」
「な! 泣いてないわよ! こんなヘンな話で泣いたりなんかしないわよ!!」
悪友の指摘に顔を真赤にして怒鳴る少女は恥ずかしげである。
(ちょっと本性出てるがいいのか?)
(後半のおじいさんの下りでグッと来たんでしょうか?)
(まぁ、家庭環境が家庭環境だし、家族ネタには弱いのよきっと)
戦士側の女子たちはうんうん頷いた。
(家族、か)
ヴィクトリアでさえホロリとくる話にまったく反応できなかった自分に気付き斗貴子は陰を落とす。
(彼女がしんみりできるのはきっと日常を知っているからだろうな。覚えているからこそ奪った戦団を憎んでもいる)
覚えていないにも関わらずホムンクルスを憎むコトのちぐはぐさ。
斗貴子の煩悶は尽きない。
管理人室・地下。
剛太と無銘。
竹刀を正眼に構えた両者、一足一刀の間合いに入ったまま動きを止めた。
剛太は防具フル着用。無銘は相変わらず素肌。ホムンクルスのため必要ない。
ここまで勝ち続け波に乗っている無銘は、相手が人間というコトもあり、余裕があった。
(我のタイ捨……まだまだ発展途上だが新米戦士程度なら十分翻弄できると分かった。だが彼奴は先ほど何やら早坂秋水
に知恵つけられていたようだ)
ネコ型の香美には劣るが、無銘の耳もまたいい。忍びという自負もあり鍛えたチワワの耳は幸い人間への形状変更を経ても
さほど劣化しておらず(おそらく感覚野の神経的なものが発達したのであろう)、秋水たちの会話は総て耳に入っている。
であるから目論みにも薄々だが気付いている。
14 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:14:03.02 ID:FonIZtvI0
(流れから察するに奴らは我に勝とうとするだろう。この立ち会いを仕組んだ人のうちブラボーさんは戦士側。早坂秋水に
教導をさせそれによって術理への理解、朋輩との連携を深めるつもりだ)
出方を見るように切っ先で軽くく打ち合いながら考える。
(実際に干戈を交えた栴檀どもが言っていたが、あの新米は外観に似合わず切れる男。となればブラボーさんや早坂秋水
の教導の意味するところもまた気付いた筈。鍛えるべきは武技ではなく頭脳面だと。武術の機微……我との読みあいを制す
コトが勝利であり強化だと)
叩きのめすコト自体は容易い。意表を突くタイ捨の技など幾らでも知っている。
兵馬俑からフィードバックしつつある忍法を忍法らしく密かに使えばまず勝てる。
(だが……それをやれば師父の面目は潰れる。母上は悲しまれる。『不肖が両断されたゆえ遺恨を……』と気にされる。
栴檀どもは怒る。鐶に至っては偉そうに説教するだろう)
飛び込んできた剛太の竹刀を軽く払う。それだけで剛太の体は面白いようにつんのめった。
人とホムンクルス。馬力は元より違う。小細工など使わずとも剣道において叩きのめすのも可能だった。
(だが)
茫洋たる影が胸に浮かぶ。
(我には何としても果たしたい望みがある!)
打とうと思えば打てる剛太を敢えて見逃し後ずさる。面の奥から怪訝そうな瞳が見えた。
(いま打っても糧にはならん)
以前繰り広げられた戦士と音楽隊の戦いは結局総角による後者の力の底上げが目的だった。
それは彼らの旅における原則だった。共に旅する総角は何かにつけて部下たちに課題を出し超えさせた。
(いま師父がこの立会いに意義を唱えぬのは原則に反さぬからだ。我が向上しうる機会と見たからだ)
忍びにとって主の命令は絶対である。まだ若輩の無銘ではあるが、それだけに純粋な忠誠心がある。イヌ型なのも作用
しているだろう。目先の、個人的な勝利の陶酔より、総角という主君の利益を第一に考えている。で、あるから勝ち戦でも
深追いはしない。好きな古代中国の軍記ものでは深追いした者は必ず負ける。
(……ココは真っ当な剣道で戦うのが吉。古人に云う。腹八分目に医者いらず。タイ捨の肩慣らしは十分やった。問題点
も洗い出した。これ以上の勝ち星は無意味どころか気を緩める。敗亡覚悟で読み合いの基礎を固めるが後のため)
両者再び一足一刀の間合い。剛太の動きはやや悪い。
「ブラボー。鳩尾無銘は真向勝負で行くらしいな」
「ええ。ですがそれが却って中村の読みを潰しています」
「……だな。フ」
遠巻きに様子を見ていた秋水たちが口々に感想を述べる。
「読みには蓄積が必要です。タイ捨流に限って言えば先ほどまでの立ち会いで型や呼吸、癖といった様々な情報を得た筈です」
「フ。だがそれが白紙になった」
「正々堂々を選んだからこそ、手の内が読み辛くなった。皮肉な話だがある意味恩恵だな」
荒唐無稽な剣法から一転まっとうな剣道へ。
(今の無銘は手ごわい。だが君ならきっと……勝てる)
秋水は無言のエールを、固まり気味な剛太の背中にそっと贈った。
15 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:14:43.20 ID:FonIZtvI0
剛太は仕掛けた。前進しながら右から左から面を打ち下ろすが悉く捌かれる。
(なら小手だ!)
面を見せかけ身長差ゆえ上がりがちな手首を狙って振り下ろすが無銘はスルスルと左開き足で後退。空を切る竹刀。
「剣道でも動けるのか彼は」
「フ。それはもう。俺が手ほどきしましたからね防人戦士長」
「中村は更に踏み込み胴を狙うが」
硬く小気味いい音とともに裏鎬で半ば打ち落とすよう回避する無銘。
一足一刀の間合いから2歩ずつ後ずさったぐらいの距離で両者いったん制止。
ここまでで剛太の方は息が上がり始めている。無銘は平然と正眼に構え待つ姿勢。
「攻めあぐねてる訳じゃなく」
「そうだな。フ。律儀な奴。新人戦士の駆け引きを待っている」
「彼もまた武術的な機微の勝負を望んでいる、か」
一同の思惑は無論わかっている剛太だが、体はそれについていかない。
(駆け引きやろうったって仕掛けるたび軽くあしらわれているんだぜ? そんなんでどうにかできるのか?)
一瞬弱い考えが掠めたが、それを振り払うのはやはり斗貴子だ。
(弱気になんな俺。ずいぶん負けちまったがそれが斗貴子先輩助ける土台にならないって決まった訳じゃねぇ。武術の機微
とやらが先輩守る術になるなら俺はやる。何度負けようが齧りついてモノにしてやる)
力量差はこのさい言い訳にもならなかった。むしろ駆け引きとは圧倒的な差を埋めるためのものである。ある意味温情的
な──もっとも彼は彼の打算のうえ蹂躙を選ばなかったのだが──無銘さえ知略で出し抜くコトができないならきたる決戦で
剛太はついぞ斗貴子のためになれないだろう。
(剣道型に切り替えやがったお陰でさっきまでの観察がパーだ。読み辛くはあるが、相手の手の内なんざ見えない方が当然
だ。それでも俺は色んな戦いに勝ってきた。ゼロから僅かな手がかりを頼りに見抜いて)
気を静めるべく原点に立ち返る。数々の戦闘で行った駆け引き。それは何故奏功したか考える。
そうしていると、最近闘った、無銘と系統を同じくする相手が浮かんだ。
(……そういやああの出歯亀ニンジャも忍びだったな。忍びってのは任務遂行のため恐ろしく合理的で冷徹だ)
文に起こせば長いが、漠然とした、概念的な考えが剛太の頭を駆け抜けたのは刹那である。
(コイツは読み合いで勝つためにさっきから正攻法で攻めてこない訳だが)
剣の攻めには2つある。有形と無形。体を攻めるものと……心を攻めるもの。
秋水と防人が剛太をして武術向きだと評したのは後者に即しているからだろう。
むろん当人は気付かないが、体術で勝てないという事実が自動的に心理戦を組み立て始めた。
(なぜあのニンジャ小僧は読み合いで勝ちたいのか? ひっくり返して考えてみよう。まず俺が読み合いやろうとしてるのは
斗貴子先輩のためだ。不慣れで負けの多いコトを敢えて選んだのは、そうしてでも先々に役立てたいもんがあるからだ。
となればこのニンジャ小僧にもそういう戦略的な目的がある筈。それは何だ? 小札や鐶を守るためか? 違う)
小札には総角がいる。鐶に至っては戦士6人相手にしてようやく僅差で負けたほどだ。
(目先の勝利を逃してでも読み合いを望む理由。それは昨日聞いたコイツの前歴と繋ぎ合わせれば自ずと見える)
イオイソゴ=キシャク。無銘を犬の体に押し込めた仇敵。
老獪きわまる忍びの大家(たいか)。
(レティクル木星の幹部。恐らく鳩尾にとって俺との戦いは仮想戦。頭使うタイプだがまだ新人でしかも不慣れな剣道をして
いる俺すら出し抜けないようではイオイソゴにも勝てないと……そう思ってやがるな)
16 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:15:14.01 ID:FonIZtvI0
そこまで考えたところで剛太は無銘との決定的な差に気付く。
(アイツとじゃ目的の質が違う。俺は別に勝ちたい敵はいねえ。斗貴子先輩守れさえすればいい。もちろん敵斃せりゃそれ
に越したコトねぇけど、どうしても勝てそうになけりゃ身を挺して先輩守ればいいだけだ。先輩は強いからな。俺が楯になって
隙作りゃ絶対勝てる)
斗貴子さえ守れれば個人的な勝利は別に要らないと思う剛太と。
(絶対に仇敵を斃したいと願うニンジャ小僧)
この局面での読み合いにおける”負け”の重みは必然的に違ってくる。
(俺は別に負けようがいい。掴めるまで繰り返すだけだ。そう決めてる)
けれど無銘は違う。イオイソゴに遥か劣るルーキーへの敗北は確実に自信を揺るがせる。
(つまりだ。俺の動きに敏感なんじゃないか? 過剰といえるぐらい警戒してくる。裏を読む。だからこそ仕掛けるときは内
心疑う。フェイントだと見抜かれるのではないか、と)
忍術とタイ捨。剣道での力押し。剛太に勝ちうるあらゆるカードを捨ててまでイオイソゴに備える無銘だから読み合いには
全力だろう。
(だったら)
(……来る!)
剛太の踏み込みにようやく読み合いの始まりを察知した無銘は平凡きわまる正面を敢えて受け止め鍔迫り合いを挑む。
剛太もそれは読んでいたらしく両者は激しく押し合いだした。もっともそこは人とホムンクルス、馬力の少ない方が面白い
ように押されていく。
そこで剛太が初めて変則的な行為を見せた。後退しつつあった右足を大きく跳ね上げたのだ。
「スカイウォーカーの蹴り!?」
「タイ捨を真似たか!?」
先ほどの特訓を見ていた秋水と防人が驚く中、身を引く無銘は竹刀を返す。頭よりやや高い箇所に柄を引きつけ左半身
を庇った。そこに蹴りが炸裂するかと思いきや、剛太はヘソの辺りまで上げた右膝を急速に下げ倒れこむよう突きを見舞う。
(フェイント!)
(フ。蹴りを使うがゆえ蹴りを疑う無銘をハメる魂胆か)
術理上あまり好ましくない踏み込みを選んでまでした引っ掛けにしかし無銘は掛からない。流れるような手つきで正眼に
構えなおすと、迫りくる突きを緩やかにすり上げた。
「ブラボー。読んでいたか」
「無銘は面に移るようだ
「正攻法だな。フ」
滑らかに剛太の中心めがけ竹刀を戻した無銘が面を振り下ろし──…
決定的な乾いた音が訓練場に響く。
「……」
「予定より遅れた……やっぱ鍛錬必要だわこーいうの」
(読まれるコトを読んでいた、か。さすが中村)
震える剛太。無銘の竹刀はその面に届いていない。あと30cmという所で剛太の竹刀の鍔元に阻まれたのは一瞬のコト、
剛太はまるで無銘を迎えるようにアキレス腱から全身のバネをアップに解放、無銘の打突をすり上げるや面に転ずる。
「表鎬で受けた!」
「フ。面すりあげ面。相手が小柄なほどやりやすい技」
「足のバネ……重力も存分に使っている! ブラボーだ!」
(スカイウォーカー特訓で疲弊した足は核鉄で治療済み! 特にアキレス腱は念入りにやった! 弾性上げるために!)
人間が術理でホムンクルスの高出力を上回る奇跡のような瞬間だが
(だがそれも読んでいた!)
(手ごたえが来ない……? 避けられた? いや!!」
予想に反し会心の打撃を得られない剛太は目を剥いた。
「身長差か」
「同年代なら問題なく当たっただろう。だが小兵である無銘には若干の猶予が与えられる」
17 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:23:31.44 ID:FonIZtvI0
「彼もまた俺の教えを活かしたか」
──『相手に攻撃を察知させない』。たったそれだけを実現するため俺は体を鍛えた。いいか。鍛錬そのものが目的じゃな
い。武術的な機微で相手より優位に立つため鍛えるんだ」
(しまった! そういう優位、小さい奴なりのアドバンテージを忘れていた!)
面すりあげ面が有効なほど小さい相手なのだ。面が届き辛いというコトまで考慮に入れるべきだった……。
剣道初心者ならではのつまらない不覚を悔いる剛太に対し
(見られているからこそ気にも留められぬ要素! それを活かす! 古人に云う、これすなわち陽忍なり!!)
素早く腕を引き突きに移行する無銘。
その顎が上がっているのを見た剛太は咄嗟に竹刀を正眼に下げた。
「小手を取られかねない動きだが」
「フ。突きに全霊込めた無銘は打てないし止まれない」
無謀にも剛太、突きに対し鍔迫り合いを敢行!
(俺なら避けるか小手を取る)
(フ。同じく)
熟練者2人が目を丸くする常識外れだが剛太そのまま突きで浮き足立つ無銘を右後方へ追いやり面を決めた。
「表崩し!」
「無銘……。だから顎を上げるなと…………」
「フ。勝負ありだ」
竹刀を取り落とした剛太は毟るように面を取り激しく息をつき始めた。
「ああクソ疲れた! あちこち痛いし! ホム相手に武術とか二度とやりたくねえ!」
大声で不満を漏らす。だがひとしきり叫ぶと気分は段々落ち着いてきた。
(でも、まあ、アレだな)
様々な読み合いと咄嗟の機転で初めて打てた無銘の面。
(ヤッベ。すっげえ気持ちよかった)
そもそも無銘はかつて斗貴子に敵対特性で以て重傷を負わせた男なのだ。
怨恨を晴らせたという点でも爽快だし、剛太自身先ほど散々痛めつけられた経緯がある。
(そんな生意気なニンジャ小僧に一撃かませたのは悪くねえな。うん)
カズキも一時期秋水ともども剣道に勤しんでいたと言うが、その道でボコボコに出来たら尚いいだろう。
「分かっただろう。剣術とは駆け引きだ」
「早坂……」
座り込む剛太を上から覗きこむ秋水は淡々と呟く。
「君達がやったように、敢えて隙を作る場合もある。敵に攻撃させるんだ。いかな堅牢な構えでも攻めた途端……崩れる。
ほころびが生じるんだ」
「だから敵に仕掛けさせこれを打つ……だな。打たれるコトもある。ソレだけは身に染みて分かったって。今度こそ、な」
垂れ目を覗き込んだ美丈夫は無言で力強く頷いた。それは何よりの太鼓判だった。理解を理解した印だった。
「ところでどうだった中村。剣道は楽しかったか?」
剛太はちょっと目を泳がせた。頭だけはいい少年である。楽しいといえば秋水はそれをネタにグングン来るだろう。聞きた
くもない剣術の話を生真面目な様子で延々と、かつマジメすぎてつまらない様子でやるだろう。
「心底楽しい訳じゃねえよ。いまの戦いでマメできたし足だってまた限界。防具も臭いし相手は厄介だし……なんでお前こん
なのが好きな訳?」
「厳しくない津村に君は魅力を感じるか?」
からかうような、しかし見事すぎる返しに剛太の脳髄は稲妻に撃たれた。
「お前分かってるし俺も分かった!!」
「だろう」
18 :
永遠の扉:2014/03/07(金) 20:24:47.30 ID:FonIZtvI0
微笑する秋水と拳を打ち付けあう。お互いの理解が深まった気がした。
「でも俺にぞっこんでいつも優しい先輩もそれはそれで」
「……あ、ああ」
とろんとする剛太に秋水はちょっと引き気味だった。
「負 け た ! !」
無銘はがくりと膝をついた。
「イオイソゴどころか新人戦士に負けた! 読み合いで負けた!!」
顔は真青、絶望にガタガタ震えている。
「フ。気にするな。勝敗は兵家の常だ。忍びが竹刀でよくやった」
「師父……」
しゃがみこみ頭を撫でる総角に無銘の瞳が潤んだのは嬉しさよりも報えなかった悔しさゆえか。
「そうだ。君は君で十分考えて闘っていた。ブラボーだ。勝ち星の方が多いし負けたのだって僅差。可能性はまだあるさ」
「ブラボーさん…………」
後ろで仁王立ちする防人に少しはにかみながらも無銘はまだ俯いたままだ。
「これで顎さえ上げてなければ勝てたのにな……フ」
(そうだ……。顎。…………早坂秋水の忠告受け入れていれば…………)
四つん這いで落ち込む無銘を防人も総角もそっとしておくコトにした。
(フ、根は素直な奴だ。すぐ立ち直るだろう)
(忍びの本質は正心。俺たちの意を汲み敢えて専門外の剣道で勝負した時点で忍者としても成長している)
石川五右衛門……。風摩小太郎……。
歴史上、悪心を催した忍びはどれほど術技が優れていても滅ぼされた。
無銘が仇敵と狙うイオイソゴ=キシャクもまた悪心の忍びである。
「ナックルダスターでシルバースキン破れ!? 無茶でしょそれ!」
防人の訓練は厳しい。やっと無銘に勝ったと思ったら次なる課題が出された。
「理論上は可能だぞ。硬化再生より早く第二撃を叩き込めば行ける」
「理屈の上ではそうですけど! 仮にアッパー後の密着状態でモーターギア回転させても破壊力は低いんです。シルバー
スキン爆ぜさせるコト自体まず無理ですって」
「ん? 別に殴ってもいいんだぞ?」
「殴るって……。アッパーしてからすぐにですか?」
「その通りだ。そもそも如何なる攻撃であれ一撃で決着するコトは稀だ。仮に致命傷を与えたとしても、最後の悪あがきで
思わぬ反撃が来たりもする」
「剣道でいうところの残心……拳打後に何か攻撃を打てるよう訓練すべきだ」
「俺はどっちかというと遠距離戦向きなんだけどな……」
とはいえ先ほどの戦い、体が思惑通り動かなかった局面が何度かある。
人間形態になって間がなく、剣道にも不慣れで、しかも蹂躙は自重していた無銘相手でさえああである。
接近戦に持ち込まれるや守るより早く斗貴子が傷つけられては意味がない。
「分かったよ。やるよそれも」
大儀そうに目を瞑りながら剛太は答えた。
(フ。つくづく動かしやすい奴)
総角は静かに笑った。
以上ここまで。
20 :
ふら〜り:2014/03/08(土) 14:03:52.70 ID:r15efdWh0
>>スターダストさん
何だかんだで結構楽しそうな女性陣を尻目に、剛太と無銘は真剣に鍛錬に励んでおりますが、
>外観に似合わず切れる男。
まぁ外観なんてのは戦力には関係ないし、むしろ油断させられると思えば高評価だと言えなくも
ないか。無銘が今回は小札と鐶を意識してないのに対して剛太は……男子っぷりを見せてますね。
21 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:19:19.65 ID:itTLlvv00
沙織。
大雨で洪水の街をシェパードが泳いでいました。飼い主を連れて避難中です。
1階建ての家が屋根までつかるほどの洪水でした。たくさんの死傷者が出ました。
シェパードの飼い主さんは、洪水に飲まれたとき、流れてきた、とてもとても重い物の直撃を受け、動けなくなりました。
シェパードは咄嗟に、飼い主さんの長い髪をくわえ、泳ぎだしました。
最初は激しかった洪水も、時とともにだんだん緩やかになりました。
シェパードはときどき、水の中からわずかにのぞく、民家の屋根に上陸しては、ぶるるるっ、体を振るって水を飛ばし、
横になります。今の飼い主さんはとても軽いですが、それでも、水の中、髪をくわえて泳ぐには、十分すぎるほど重いです。
瓦屋根に上陸すると、飼い主さんは必ずといっていいほど転げ落ちるので、シェパードは、困ったなというように、悲しげ
にひと鳴きしては、どぼん、水の中にもどり、飼い主さんの髪をくわえます。
再び泳ぎだすシェパードは、野生の本能で悟っていました。流れに沿って泳いでいけば水のない所に着けると。
そう信じて、ご主人の、長い髪をくわえ、泳ぎます。
シェパードは、少し前、今の飼い主さんに貰われてきました。彼の知り合いの家で予想外に多く生まれてしまったので、
捨てたり、保健所に連れて行くのは可哀想だというコトで、貰われました。
いい飼い主さんでした。ご飯はもちろんおいしいものをくれましたし、散歩も朝夕欠かしたコトはありません。家の中で、
どたどたと格闘するのがシェパードは好きでした。丸々と太った、中年の、女性のご主人が大好きでした。
その飼い主さんの髪をくわえ、泳ぎます。
古くなった家の床を何度か踏み抜いてしまった、かなり太り気味の飼い主さんの髪をくわえて、水の中進みます。
平たい屋根に上がり飼い主さんと一緒に休んでいると、台風一過とでもいうべき青い空から、黒いつぶつぶがいくつも振っ
てきました。カラスです。5話はいたでしょうか。ぎゃあぎゃあ言いながらシェパードと飼い主さんを襲います。生まれて初めて
見る、自分と同じぐらいの大きさの生物の襲来に、シェパードは思わず、水の中へ逃げました。
飼い主さんを屋根に残して。
そうっと水面から顔を出したシャパードは見ました。ご主人を囲むカラスたちを。完全包囲でした。カラスたちは数こそ増えて
いませんでしたが、翼と翼が触れ合うほど密集し、ご主人を逃すまいとしています。黒いクチバシがギラリと光るのを、シェパー
ドはみました。きっとご主人を攻撃するのでしょう。怒りと怖さが同時に頂点に達したシェパードは、わうわう鳴きながらカラスたち
に特攻しました。怒ったカラスたちはシェパードをつつき始めましたが、太く丸い足や、若々しい牙の猛反撃を受け、たまらず撤退
しました。
シェパードはご主人が大好きでした。貰われてからまだ3ヶ月でしたが、いろいろ良くしてもらったので、大好きでした。
だからまだ小さいなりに勇気を振り絞り、カラスたちを撃退したのです。
シェパードは、子犬でした。
飼い主さんの髪をくわえ、泳ぎます。
まだ幼いシェパードはそうするとどうなるか分かっていませんでした。
ただ飼い主さんと逃げたい一心でした。一緒に居たいだけでした。
貰った子犬を一生懸命愛してくれた太り気味のご主人とまた遊びたいだけでした。
何時間泳いだでしょう。
突然、聞いたコトもないけたたましい音が上空からしました。
先ほどのカラスを思い出し、思わず首を竦めるシェパードですが、音は容赦なく近づいてきます。
辺りに波紋が広がり、風もまた強まります。
どうしていいか分からずおろおろしていると、9mほど離れた場所に、カラスたちなんか比べ物にならない、巨大なシルエット
が舞い降りました。
それは自衛隊のヘリで、災害救助のため遠方から駆けつけたものですが、シェパードには分かりません。
ただ怯えて、少しでも早く遠ざかろうと前足をかくだけでした。
ですが、慣れた様子でボートを降ろしあっという間に接近してきた自衛隊の人たちに、とてもあっさりと抱えられました。
「なっ」
3人の自衛隊さんはシェパードがずっと一緒にいたご主人の姿を見ると一瞬言葉を失くし、そして大変悲しそうな顔をしました。
洪水のとき、流されてきた重機のシャベルがご主人の首に直撃しました。
切断されたそうです。後日、ずっと下流で太った部分が発見されました。
22 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:20:09.74 ID:itTLlvv00
「ひいっ!!!」
桜花は絹を裂くような悲鳴をあげた。顔面蒼白だ。読んで浮かぶ情景に耐えかねたのだろう。
「背中に乗せない時点で溺死確定だと思っていたが……こう来るとは」
斗貴子もゲッソリうつむき加減だ。普段の沙織を知るだけに油断していた、思わぬところから攻撃を受けた、そんな表情だ。。
「う。ごめん。本当は子犬と飼い主さんのハートフルなお話描こうと思ったんだけど」
申し訳なさそうに眉を顰めると、沙織はちょっと顔を赤くして目を逸らした。頬もかく。
「でも……まっぴーとかひかるんとか濃かったし、意表つけないかなあって考えたら、こんなコトに……」
「確かにこれ位しませんと優勝は難しいですからね」
「でもさーちゃん。優勝ってそんなに大事? ハートフルなお話犠牲にしてまで目指すべきなの?」
毒島とヴィクトリアは真剣だがズレていた。
「だから優勝はないと言ってるだろ!!」
「…………無銘くんが…………リーダー咥えてる姿が……見えました」
(ははははははは!!!! 僕もそうだ!!! 彼チワワだけど!!)
「ねーむーいー」
音楽隊の衝撃はさほどでもない。みな、生首状態程度では死なないのだ。
「……? え、どういうコト? 犬さんも飼い主さんも自衛隊の人に助けられたんじゃないの?」
「まひろ。もう1回読みなさい。2周目だと分かるわ。ずっとどうなってたか」
千里に促されたまひろはしばらく原稿を眺めていたが、俄かに泣きギレした。
「そんな! ひどいよさーちゃん! なんでこんなコトしたの! そんなに優勝したかったの!」
(もう何も言わんぞ。このメンツ相手じゃ何もかもムダなんだ)
内心吐き捨てるように思う斗貴子の後ろで引き戸が開いた。勢いよく。
「不肖恥ずかしながら帰ってまいりました!」
両手にポリ袋下げた主婦丸出しな小札に無言無表情の桜花経由で原稿が渡る。
「一見恐ろしげな結末ですがシェパードどのは飼い主どのの死後の尊厳を非力ながら守り通したのです!! ずばりハートフル!」
さーっと読むや顔色1つ変えず前向き極まる解釈を述べる小札。
(小札さんなに読めば驚くんだろ)
沙織の方がビックリさせられた。感心する反面ちょっと悔しかった。
「残りは毒島とヴィクトリアと、桜花、それから小札か」
「折り返し地点だねー」
小休憩。小札がコンビニでいろいろお菓子を仕入れてきたので食べる。
「……強豪……揃い……です」
真剣に呟く鐶。肩に横から香美の頭が乗り、不自然に跳ね上がる。眠気は限界だが貴信がムリヤリ起こしているのだろう。
(そんなに表に出たくないんでしょうか)
ふと思う毒島だが、ハっと顔を赤くして俯いた。彼女とて顔は出したくない。できればずっとガスマスクで通したい。
「激戦のBブロックだね」
「いつからトーナメントになった。いつから」
楽しげな沙織についツッコむ斗貴子である。
「ね、千里。台本の参考になりそう?」
「うん。みんなのお陰で。どう描けばいいか段々分かってきた」
微笑する眼鏡少女にヴィクトリアはちょっと頬を赤くして笑い返す。あまり見せない表情だが、母親似の彼女に憧憬がある
のだろう。
出揃いつつある文章。次の執筆者は──…
23 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:23:51.14 ID:itTLlvv00
毒島。
ある所に少女がいました。彼女の家は裕福でした。お母さんは女優で、2人いるお姉さんはそれぞれモデルやグラビア
アイドルを務めるほど綺麗でした。しかし少女だけはお世辞にも美人といえない顔立ちだったため3人に苛められました。
家の澱んだ空気が、嫌いでした。
母とお姉さん2人は願っていました。いつまでも若く美しくありたいと。
そこに少年が訪れました。黒髪で、眼鏡をかけた利発そうな顔つきです。彼は言いました。「それは叶う」と。
疑う母たちに彼は魔法の石を与えました。2つもです。どちらも傷をみるみる癒すもので少年の言葉を裏付けました。
3人は喜びました。願いをかなえるため毎月多額の金品を少年に与えるようになりました。
その代わり、一番末の妹の待遇をますます悪くしました。碌なものも食べさせず、学校にも通わせませんでした。
自分が醜いからだ。発育不良に陥り、たった3人の意見がこの世の総てになった少女はますます内気になり──…
不老不死よりも空気を換える力を望みました。
ある雨の夜。ボロボロになった少年が、見慣れぬ少女を連れて現れました。
”妹”と呼ばれる彼女は座敷牢に幽閉されました。活発な人で、内気な世話役に可愛いと言いました。数日で打ち解けました。
身の上話を聞きました。
生き別れの姉を探していた所あの少年に捕まったそうです。
聞けばご両親は離婚、姉妹を1人ずつ引き取ったそうです。
そして父の仕事の都合でとある島に転校した姉は、突如起こった火山活動に巻き込まれ行方不明に……。
死んだと信じたくない”妹”とお母さんは独自の調査の末、少女の邸宅に行き当たりました。しかし少年に見つかりお母さ
んは殺され、”妹”の方は能力が使えるとかで生かされたそうです。
とそこまで聞いたとき、例の少年が血相を変えて走ってきました。そして堅牢な座敷牢を一撃で壊し、”妹”を連れて逃げ出
しました。「待ちやがれ」。野太い声が掛かります。振り向いた少女が見たのは、知らない男性でした。黒髪をいわゆる総髪に
結わえた、カッコイイですが強面の男性で、咥えタバコをメラメラ燃やしています。彼が少女の横を通り過ぎようとしたとき、
天井が崩れ、母と姉2人が現れました。彼女たちは空腹を訴えながら少女の手を、足を、ものすごい力で引き始めました。
絶望に泣き叫ぶ少女を救ったのは火炎でした。赤々と燃える焔が、明らかにもう人間でないと分かる3人を焼き尽くしまし
た。男性の仕業です。お礼をいう少女。母か姉が持っていたのでしょう。魔法の石が1つ跳んできて少女の掌に納まりました。
そこで地響きが起こりました。
屋敷のあちこちが破れ水が流れ込みます。窓の外を見るとどうでしょう。先ほどまで快晴だった世界に未曾有の豪雨が
降っています。どころか高台の筈なのに洪水さえ……。「クソッタレ」。男性は少女の体を乱暴に抱き上げ高く跳びました。
初めて感じる男性の手の感触に少女は真赤になりました。なぜか大事にされているという実感の過ぎる甘酸っぱい避難
でした。焔が何回か上に放たれ、2人は焦げ臭い風穴を抜け、屋根へ。
同時に屋敷は洪水に飲まれましたが、屋根だけはまだ辛うじて残っていました。
それは偶然ではなく、少年が立つためでした。彼は”妹”を強く抱きとめ焔の人を睨みます。
ただならぬ因縁があるのでしょう。咆哮と共に放たれた焔はしかし雨に消されます。後に分かりますがそれは”妹”の能力
でした。いわゆる気象兵器(HAARP)の使い手で、焔の人の天敵で、それゆえ彼女は生かされていたのです。
なおも何発も焔を放つ男性ですが、雨に消され届きません。勝負を賭け全身を焔の塊にした瞬間、もはや極太の水柱と
しか呼べない雨の束が男性に直撃しました。黒煙をあげながら跪く彼。勝機ありとみた少年は”妹”を突き飛ばし、代わりに
その手へ魔法の石を握ります。呪文のような言葉とともに現れたのは戦闘槌。疲弊する男性に殴りかかります。
嫌な空気が満ちていました。少女はずっとそれを祓う力を望んでいました。先ほど握った魔法の石を一瞥し……叫びます。
ガスマスクが現れました。少女はそれがずっと望んでいた能力だと直感しました。
「なんだそりゃ。可愛い面が台無しじゃねえか」
焔の人の思わぬ言葉に、その、テンパった少女は思わず水蒸気を酸素と水素に分解しました。
思わぬ事態に愕然としつつも、少女に狙いを変え槌を振り下ろす少年。
しかし時すでに遅し。酸素供給源を取り戻し再燃した男性に全身を焼かれ昏倒しました。
男性は少年を連行しました。少女と”妹”は男性の所属する組織に保護されました。
24 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:24:22.19 ID:itTLlvv00
「なるほど。これが馴れ初め」
桜花がくすりと笑うと毒島は、それこそ焔がでるほど真赤になった。
「いろいろ再構成しています。実際はもう少し細かな違いが…………」
垂れ目気味な少女の声は今にも消え入りそうだ。
(また体験談……)
(というかはーちゃん、斗貴子さんの仲間だったんだ)
事実は小説よりも奇なりというが、まったく物語を地でゆく戦士たちだ。まひろの友人2人は微苦笑した。
「HAARPの戦士……? もしかして……その人…………」
(赤銅島の関係者、だろうな! あのとき犠牲になった誰かの妹!)
鐶と貴信の疑念は斗貴子も抱いていた。
(間違いない。火渡と闘っていたのはあの……西山とかいうホムンクルス。だが、誰の妹を連れていた?)
一瞬自分の妹かと疑ったが、防人たちから知らされた家族構成にはその様な事実はない。
(島の人間……? いや違う。転校と書いてある。なら都会出身の生徒の…………親族?
そういえばと思い出す。斗貴子が通っていた学校の生徒について。
斗貴子自身の生の記憶なのか、それとも防人たちから聞かされた情報なのか判然とせぬが、確かに都会の生徒はいた。
表向きは出向してきた建設会社の社員の子供という触れ込みだが、実態は逆だった。子供の姿をした人間型ホムンクル
スが、学校に潜入するため、わざわざ建設会社の社員を動物型にし、その子供を装って、やってきた。
(だから都会出身の犠牲者はかなり絞られる。なにせ大半が加害者なんだか──…)
鼓動と共に、ネガ反転した映像が浮かぶ。
がなる声。金属の叩かれる嫌な音。ひしゃげたロッカー。奇怪に捻れた白い腕。
線香花火が激しい炎を上げている。記憶の中のそれは万華鏡のように形を変える。
──「でも、津村さんがウエディングドレスなんて、変よね。絶対白無垢って感じだもの」
頭痛。動悸。火花は橙の髪に転じてべろりと垂れた。紺色のリボンも添えられている。
──「私だったら何が映るのかな?」
(ああ、そうか)
──「私は、自分が将来結婚するなんて、絶対、考えられない」
(キミは両親が離婚したから)
──「パリかロンドンでお洋服のデザイナーをやりたいな」
(そういうコトを……)
まどろみのなか理解した斗貴子はすぐその異常さに目を見張った。
(……。なんだ? 私はいま、どうして納得した? いま浮かんだ言葉は……誰の物だ?)
(少し様子がおかしいわね津村斗貴子。何かあったのかしら?)
ヴィクトリアは訝るが言葉に出さない。まひろが心配そうに眺めているのが目に入ったからだ。任せればいいと判断した。
「なるほど!! できれば正にお名前の如く秘して黙したき大事な記憶を敢えて晒し未来をば導きたいと!!」
「あやちゃんさ……ときどき、おっそろしく鋭いじゃん……」
香美は目をこすりこすり驚く。
(よく分からないが毒島。私を気遣ってくれたのだな。ありがとう。感謝する)
目礼をすると毒島はとんでもないという風に両掌をバタバタさせた。
「しかし……残り3人。また濃いのが残ったな……」
偏狭で傲慢な猫かぶり金髪少女のヴィクトリア。
一見清楚だが凄まじく腹黒の和風美人、早坂桜花。
そして実況においては一種突き抜けた感のある貧相なロバ少女、小札零。
闇鍋のボス格、文章界のヴィクター級3体を相手取るような感覚が斗貴子の胃を軋ませた。
さて管理人室地下。剛太によるシルバースキン攻略の訓練は「今後に期待」というところで終わり──…
25 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:25:02.97 ID:itTLlvv00
いま防人衛は構えていた。
先ほどから秋水と剛太はずっと固唾を呑み彼を見ている。
「なぁ、どうなると思う?」
「分からない。両者勝ちうるからな」
「師父! ご武運を!!」
無銘だけは声を張り上げる。運動会の保護者参加プログラムを応援するような声音だった。
「……フ」
総角主税は例の脇構え。無造作に経ったまま防人を見る。
「首魁格ふたり、ただ見ているだけでは務まりますまい」
笑うようなからかうような口調に防人の頬は裂ける。爽やかだが好戦的な笑みが広がった。
(総角。君そんな口調だったか?)
妙に時代がかった口調の美丈夫に首を傾げる秋水だが人のコトはあまり言えない。
とにかく総角がソードサムライXを装備しているのは大変な事態だった。
「は? 刀一本出してるだけじゃないか」
「彼の場合そちらの方が強い」
「……待て。アイツ確かムーンフェイスの武装錬金使えたよな?」
「分身は本家の8割……24体までしか出せないが脅威であるコトは変わりない」
「それとか、音楽隊の連中のとか、バルスカとか、とにかく色々使えるのに」
「ああ。刀一本握る方が遥かに強い。彼自身そういったし俺もつくづく実感した」
「どんだけだよ……」
剛太は呻きながらこうなった経緯を思い出す。
──「ところでブラボーとそこの音楽隊のリーダー、ガチで武術勝負したらどっちが強いんスかね」
発端はまったくの軽口だった。先ほど武術の醍醐味を味わった剛太だから、目の前の最強クラス2人、果たしてどちらが
強いか知りたくなった。
「ム!」
「フ」
彼らは一瞬瞳を合わせたがすぐに決めた。
「闘うか総角主税!」
「望むところですよ戦士長どの」
「それからまぁ、3分しか経ってない訳だが」
剛太は引き攣った笑み浮かべつつ部屋を見渡す。
部屋はボロボロだった。分かりやすくいえばあちこちにクレーターが出来ていた。
「スンマセン! 俺が悪かったです! スンマセン!!」
何かが、泣いて謝る剛太の耳の傍を轟然と通り過ぎた。次いで壁から起こる激突音。
破滅的な音におそるおそる振り返ると、底とてっぺんの拉げた冷蔵庫が無残に横たわっている。
(危ねー!!!)
あと30cm右に顔をやっていたら今ごろ剛太は死んでいただろう。戦慄しながら見る冷蔵庫は高速道路で正面衝突した
ダンプか10トントラックかというぐらい潰れている。
「すまない戦士・剛太つい蹴りが掠った」
「フ。あとで鐶に戻させておく」
防人と総角は一瞬打ち合う手を止めたがすぐに咆哮し互いを攻撃する。一発衝突するたびに熱波と突風と閃光が部屋を
荒れ狂い剛太の肌がジリジリ灼けた。
「貴信が本物の流星群撃てたらコレぐらい壊すだろうな」
「フフン! 本気の師父とブラボーさんだぞ! お二方の全力を容れるには狭すぎるわこの部屋!!」
周りを見回す秋水は冷静。観戦中の無銘は得意げだ。
剛太は地上への脱出を考えたが、ちょうど梯子の前が戦場のため近寄れない。
26 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:26:11.37 ID:itTLlvv00
そんな3人の頬を衝撃波が揺らした。歯磨き中にブラシを外に向かってめいっぱい広げた位たゆんだ
「ん。また攻撃がぶつかったな」
「フハハ! 心地いい剣気だ!!」
「ちょっとは動揺しろよお前ら!」
武術慣れしている秋水たちと違い剛太は、刀と拳の衝突音ひとつ響くだけで飛び上がらんばかりに驚いている。それだけ
凄まじい音だった。滑走路で大型旅客機の飛び立つ音を聞いているようだった。音や衝撃で寄宿舎が壊れるのではないか
とヒヤヒヤした。そこにすかさずサムズアップして見せる防人。
「大丈夫だ戦士・剛太! この部屋はTNT火薬2トンが炸裂しても壊れないよう作ってある!」
「フ! そこまで極まりましたか! ご趣味の日曜大工!」
「もはや日曜大工のレベルじゃねえ! だいたいそれ所々壊れてんですが!!」
「ム。どうやら火渡にやられたケガで腕が落ちているようだな」
「全然落ちてません! 攻撃力の方は全然落ちてません!」
メチャクチャだった。彼らが打ち合うたび壁にパッとクレーターができる。しかも防人と総角は時々剛太の視界から消える。
超高速の世界で打ち合うのだ。目がいいと自負する剛太でさえ捉えられない速度で縦横無尽に飛び回る。
なにか閃光がバチバチバチーっと弾けるたび「戦士長が一撃多く入れた」とか「それを捌かれるとは! さすが師父!」などと
感嘆するのは秋水や無銘。
(なんで分かるんだよ! この変態の武術オタどもめ!)
まったく防人の身体能力はおかしかった。五千百度の炎を浴びて毒島曰く「以前と同じに闘えるかどうか」とまで言われた彼
なのに、剛太の見るところまったく影響が見られない。
「それについていける音楽隊のリーダーも十分おかしい! 幾ら攻撃してもダメージ通らないはずなのに平然と攻撃している!」
「彼ぐらい強くなればむしろ効かない方が訓練になる」
「師父の目標を知らないのか? 通常攻撃でシルバースキンを破る! だ」
「どんなだよ!! 壊れてもアレすぐ治るんだぞ!」
「いや。可能だ。治る速度より早く刃筋を通せば攻撃は届く。武藤もそれで破っただろう」
「確かにそうだけど。けど」
「けど?」
「素肌に刀届いたら死ぬぞブラボー」
当然の事実だがそれだけに衝撃は大きかった。
防人にどういう訳か懐いている無銘はあわあわしたし、過去、訓練の中とはいえ、実際に逆胴でシルバースキンを破っている
秋水も「制止すべきか」といつもの8割り増しのマジメさでいった。
「大丈夫だ戦士・剛太!」
3人の前に防護服が着地する。防人だった。着地しただけなのに金属質な音が鳴り足元にヒビが入った。
「キャプテンブラボー……」
対決の中止を進言しようとした剛太を、防人は開いた右手で制する。総角はいうと5mほど離れた場所で事の行く末を見守っている。
「3人ともいいか。死の危険があるからこそ人は厳しい訓練をやり抜ける!」
「それはそうですが」
「俺とて戦士・カズキとの戦いで何も学ばなかった訳じゃない! シルバースキンの硬度は俺の精神状態に左右される!
ならばあの時より一層の魂を燃やしに燃やし! 硬度を上げ! そもそも破壊されないよう気をつければいいだけだ!」
防人の声は燃えていた。ごもっともな意見だが、やや過熱した感があり剛太は心配になった。
「それでも破られて刃筋通された場合どーすんですか?」
「……あ」
防護服の中で息を呑む気配がした。帽子の下に吹きだまった影の中、困ったような半眼が見えた。
秋水は悟ったように目を瞑り。
無銘はちょっと驚き。
剛太が軽く呻く中、
「秋水! 無銘! 剛太! 後のコトは頼んだぞ!!」
「死ぬ気!?」
防人は走り出す。笑う総角めがけ走り出す。
「フ。フフフ……フハハハ!! ハーッハッハッハ!!!!」
暗く黒味のかかった紫のオーラを全身から噴出しながら哄笑する総角へ特攻する防人はなんだかアニメのヒキの体現で
だから剛太は思うのだ。
(なんだこのノリ)
「流星! ブラボー脚!!!!」
「飛天御剣流! 龍巻閃・旋!!!」
ミサイルのごとく水平に、互いめがけ特攻した防人と総角を中心に爆発が起こった。
(もう何もいわねえ。何も)
物理的に考えておかしいが剛太はツッコむのをやめた。
27 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:27:34.44 ID:itTLlvv00
「飛天御剣流! 龍巣閃・咬!!!」
「粉砕・ブラボラッシュ!!」
無数の刀と拳の幻影が部屋の中を吹き荒れた。
秋水と無銘がやや必死な形相で刀を振り回して防御するので剛太もとりあえずモーターギアで捌いてみた。
なにか重い手ごたえが後ろに飛んだ。飛んだ先で爆発音。振り返ると、何か直撃したのだろう。先ほどの冷蔵庫が燃えていた。
(どんな攻撃力だよ!!)
防人達は止まらない。
「飛天御剣流・土竜閃!」
「悩殺! ブラボキッス!」
脇構えから巻き上げられた床板がハートマークを纏いながら逆行し総角に着弾したが些細な現象だ。
「まさか飛天御剣流とブラボー技(アーツ)の衝突が見れるとは」
「ある意味夢のようだな」
秋水と無銘は武芸者の誉れとばかり感動しているが剛太にしてみれば悪夢以外の何物でもない。
「つーかブラボーの技って13しかねぇんだよな」
「ああ」
「悩殺とか逃走とかのネタ技入れて13ぽっちだぜ? 長期戦になったら先に尽きるんじゃ」
「その心配はない」
無銘の言葉を合図にしたように防人と総角はにわかに動きを止め相対する。互いの距離は8mほど。
「終わりか?」
「いや」
期待する剛太を裏切るように、総角は正眼に、防人はベーシックな突きの構えをそれぞれ取る。
「勝負だ。師父の技は恐らく」
飛天御剣流・九頭龍閃。一撃必殺の刀技を9か所同時に叩き込む総角もっとも得意の技。
「戦士長の方は無論」
一・撃・必・殺! ブラボー正拳。かつてカズキにも使用した切り札。その攻撃力は13のブラボー技最強。
「どっちが勝つ?」
「分からない。九頭龍閃は確かに強力。シルバースキンさえ破壊しうる」
「だが発動前に切り込めば発動は防げる。ましてブラボーさんの技は一・撃・必・殺! ブラボー正拳」
「実際ぶつからなきゃ分からねえってコトか」
固唾を呑む剛太をよそに防人は駆ける。総角もまた翔け始め──…
まず異変に気付いたのは秋水だった。
「違う」
「え」
秋水の視線を追った剛太は気付く。総角の構えが正眼から変わっているのを。
刀を、右足に沿って下ろす構え。それは。
(脇構え!?)
そして始まる攻撃。
変則的な九頭龍閃だった。秋水との戦いで使った物と劇的に異なっていた。
通常、相手の頭上(唐竹)への斬撃を「壱」とする九頭龍閃と違い、右下……右切上が「壱」だった。
(成程! 脇構えは師父がもっとも得意とされる物!)
(それだけに剣速は増す! 考えてみればなぜ使わなかったのか不思議なほど当然の選択!)
この瞬間、総角の攻撃力はシルバースキンの硬度を上回った。
8条のプラズマが防人を襲撃したと見るや銀のヘキサゴンパネルが舞い散った。露わになる防人。
(マズい。このまま師父が振り抜かれれば間違いなく)
(直撃!)
危惧はまさに刹那の物だった。秋水は見た。「玖」すなわち胴体への突きだけが通らず停滞しているのを。
(まさか!)
動体視力では他2名に劣る剛太にさえ見えるほど防人達の速度は落ちる
やっと見えた両者の激突に剛太はただ仰天した。
防人の右拳、そこだけはまだ防護服のグローブに覆われた拳が、ソードサムライXを殴りつけたまま震えているではないか。
(刀をパンチで受け止める、だと! ふつうは無理だ絶対不可能!!)
無銘は驚きながら興奮した。子供の脳では「なんかすごいカッコイイ」としか思えなかった。
(そうか! 一・撃・必・殺! ブラボー正拳は攻撃力に特化した技!)
(速攻技の直撃・ブラボー拳に比べればスピードは遅い! 最初から九頭龍閃を発動前に叩こうとは)
(思ってなかった!)
代わりに防人は受け止めるコトを選択したのだろう。
28 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:28:32.07 ID:itTLlvv00
(あとはこのまま拳を振り抜けば。……っ!?)
秋水は見た。腰を低く落としたまま左拳を繰り出す防人を。
(もう一撃!? 一・撃・必・殺! ブラボー正拳に続いて……更に!?)
聞いたコトもない、まして初めて見る防人の動きに皆が驚愕するなか裂帛の気合が重なり合い──…
「フ。お互い新技を試していたと」
「そのようだな」
訓練室に大の字になって寝ころぶ総角と防人がいた。激突からまだ数分だ。
にも関わらず両者ぜえはあと息を吐き寝転がっている。よほど精魂尽きたのだろう。
「師父。先ほどの技は?」
「フ。俺なりのアレンジだ。秋水に負けて以来あれこれ考えた」
総角の話によれば、九頭龍閃を最も得意とした飛天御剣流の継承者は自分なりの型を持っていたという。
その名は……。
「九頭龍閃・極?」
「そうだ。飛天御剣流の基本技にはさまざまな派生がある。龍巻閃系統なら「凩」「旋」「嵐」。双龍閃なら「雷」。他にも龍巣
閃・咬、龍鎚閃・惨……枚挙に暇はない」
「そしてその文法で編み出されたのが」
「九頭龍閃・極。ま、俺なりのアレンジを加えていくがな」
起き上った総角は得意げに微笑する。無銘はそんな得意げな師父がやっぱり大好きで誇りだった。
一方。剛太と秋水は。
「で、さっきの技、何だったんですか?」
「重ね当てのように見えましたが」
確かに見ていた。切っ先を受け止める右拳を左拳で殴り抜き剣速を半減させる防人を。
結果、総角の九頭龍閃・極は、訓練用とは違う、「ミサイルでも爆ぜない」戦闘状態のシルバースキンを爆ぜさせたが、
ダメージを与えるには至らずそのまま防人の背後に流れて行った。両者曰く引き分けで決着という。
防人はからから笑った。
「あれぞ13のブラボー技14つ目の技……渾・身・爆・砕! ブラボー重ね当て!」
(13のブラボー技14つ目の技)
(13のブラボー技14つ目の技)
2人はキョトリとしながら瞬きしそして思った。
((なんだソレは!?))
カッコいいのか悪いのか分からない位置づけだった
「長年研究しているんだがまだまだ未完成でな。しかし戦士・カズキに一・撃・必・殺! ブラボー正拳を破られ、俺自身も
また戦線離脱を余儀なくされた今、レティクルとの決戦が迫る今、何もしない訳にはいかないだろう」
よって総角相手に試したという。
「……。十分実戦レベルだと思います」
「総角の今の技、俺と戦った時より格段に強くなっています。初見で捌けただけでも……」
スゴいと思う剛太と秋水だが、防人はやや不満顔だ。
「いや、まだ甘いな。本当はソードサムライXを粉々にしたかったが……見ろ。総角の刀はまだ健在だ」
「……」
秋水としてはあまり気分のいい話ではない。複製品といえど愛刀を粉々にするしないの話は心底嫌だ。
「ちなみに手合わせして分かったが、彼の複製したソードサムライXの強度は戦士・秋水のそれより劣る」
「?? それって当然じゃないんスかキャプテンブラボー。だってアイツの武装錬金って基本劣化コピーでしょ?」
「フ! フ!」
なにやら変な声がしたので見る。唇の前で拳を作る総角が見えた。どうやら咳払いらしい。
(なにその咳払い)
「……。まあ、彼の機嫌はともかくだな、さっき聞いた話によれば、特性……エネルギー関係こそ本家本元には劣るが、
武装錬金自体の強度は、複製時の秋水のものと何ら遜色ないらしい」
秋水は防人の話が分かりかねた。そういう話ならとっくに知っている。
「だが武装錬金の硬度は創造者の精神状態によって変わる。俺のシルバースキンみたくな」
相変わらずよく分かっていないという様子の秋水をまどろっこしそうに見ながら剛太。やや早口で。
「それってつまりアレですか? 早坂の今の武装錬金はコピー当時より頑丈だと?」
「そうだ。だからこそかつての総角との戦いで九頭龍閃を砕けた」
やっと腑に落ちた秋水は一瞬言葉を失くしたが
29 :
永遠の扉:2014/03/10(月) 20:29:06.56 ID:itTLlvv00
(そう、だったのか。だからあの時俺は──…)
手を握りそこを見つめる。剣道に限らず術理を求める物にとって成長とは心地よいものだ。
誰かの言葉ではなく、自分自身の納得で実感できるというのは、幾つになっても嬉しいものだ。
「だからこそ……まぁいいか。戦士・秋水の前で言うのは良くないな」
防人は口を噤むが大体の見当はついた。
(古く脆い早坂の武装錬金に2発も叩き込んで壊せねえとありゃ、そりゃ落ち込むわな)
(斬撃と拳撃の違いだってある。俺が、刀が弱点とする横方向からの攻撃をしたのもある。だがそれでも)
総角と違い、防人はまだ起き上れずにいる。
もともと重傷というコトもあるだろう。だが、もっと深刻な、術理よりももっと奥に潜んだ部分が彼をまだ起き上れないまま
にしている……秋水はそう見た。
「でも改良の余地はあるのではないか!?」
まろぶように駆け込んできたのは鳩尾無銘である。防人を気に入っているだけあり、落胆されると落ち着かないようだ。
防人は機微を察したのか笑った。ホムンクルスといえど子供は好きらしい。
「そうだな。大戦士長からは心理的な物が原因ではないかといわれている」
一瞬差した影を秋水は見逃さなかった。総角も見たようだが
「フ。そういえば飛天御剣流の剣士にも居たっけな。贖罪の答えを見つけたからこそ、文字通りの新たなる一歩を踏み出し、
奥義を一層極め、仇敵との戦いにケリを付けた奴が」
あえて触れず解決に向けた具体的な例を持ち出すあたり彼らしい。
秋水は防人に肩を貸し、起こす。彼との様々な記憶が過ぎる。特訓での励まし、無銘に勝てた経緯、脇構えの教導、武術
指南…………。恩義の重さは剣の師にも匹敵する。
「何か……ないでしょうか?」
「ム?」
防人は一瞬首を傾げたが、すぐ言わんとする言葉を察したようでニカリと笑う。
「まぁ、あるだろうさ。メンタル的なコトだからな。些細なきっかけでどうにかなる」
数多くの戦士を育ててきただけあり、解決方法は分かっているようだ。
だが7年前の赤銅島は些細なきっかけで乗り越えられるものだろうか?
「俺自身、戦士・カズキとの戦いで考えを改めた。あとはまあ、残された日々の中でどうするか、だな」
「……ですね」
心因的な者は結局当人の意志によるしかない。秋水自身、かつての戦いで自らの本当の望みを引き出すまで恐ろしく
遠回りしてしまった。本当に寄るべき物。人はそれを分かっているようで分からなくなっている。
総角は笑う。
「フ。まあアレだ。疲弊した状態で心正すのは難しい」
「なに言ってんだよお前は」
鬱陶しそうな顔つきの剛太に音楽隊首魁は「やれやれ」と手を挙げた。
「知らないのか? 心は体と相違ない。休息し、刺を抜き薬を塗り暖めて、滋養をくれてやらねば治らない。時を掛けてな。
一瞬で劇的に治るともいうが俺に言わせればまやかしだ。そう言った者はただ完治に気付いただけだ」
「完治に?」
秋水の相槌に総角は頷く。
「そうだ。既に両足が治り立てるようになってる者が、立ち上がるコトを恐れるあまり折角回復した機能から目を背けるよう
な行為だ。過去の失敗ゆえ自らを過小評価し、やっと諸々の事象が治してくれた心という黄金の機構から目を背け現状維持
に甘んじていたものが、最後のきっかけでやっと完治を直視したにすぎない。フ。ま、俺は心理学の専門家じゃないから、
実際と合っているかどうかは分からんが……心など本来どうとでも言えるのさ」
「で、師父。結論は?」
無銘がいうと総角は
「要するに休憩だ。休み、食事を採り、入浴し或いは寝る。そうやって心満たす行為をしてやらねば再起も何もありえないのさ」
という訳で一同管理人室へ移動。
秋水は信じていた。罪科と懊悩の果て見つけ出した”答え”は絶望の日々の数だけ人に力を与えると。
だから立ち直った防人は、たとえ身体の傷が深くとも、より一層強くなり多くの人を守れると。
その時は必ず、絶対に。
失った物さえ取り戻せると。
だから秋水は彼の助けになりたいと強く強く思っている。
九頭龍閃・極はゲーム(再閃)より。重ね当ては没案から。以上ここまで。
訂正
>>27 防人の右拳、そこだけはまだ防護服のグローブに覆われた拳が、ソードサムライXを殴りつけたまま震えているではないか。
(刀をパンチで受け止める、だと! ふつうは無理だ絶対不可能!!)
↓
防人の右掌、そこだけはまだ防護服のグローブに覆われた掌が、ソードサムライXを制したまま震えているではないか。
(刀をパーで受け止める、だと! ふつうは無理だ斬れるから!!)
>>28 確かに見ていた。切っ先を受け止める右拳を左拳で殴り抜き剣速を半減させる防人を。
↓
確かに見ていた。切っ先を受け止める右掌を左拳で殴り抜き剣速を半減させる防人を。
申し訳ないです。
32 :
ふら〜り:2014/03/13(木) 19:36:04.52 ID:PEBjMNHm0
>>スターダストさん(私は一つも描けなかった洪水話をここまで……流石!)
ちょっとしたトリック&ホラーだったり、バトルだったりと脚本トーナメントも盛り上がって
ますが、やはりリーダー同士の一騎打ちが熱かった! 双方、得意技を更に一歩進ませて進化、
激突して相討ち。部下たちもいろいろ学び・悟りがありましたし、実り多い特訓でしたね。
33 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:07:19.61 ID:96DPB/aW0
ヴィクトリア。
エイゲート川流域は肥沃の大地と知られている。秋は麦畑が金色に輝くため「レパートエスチュアリ」と呼ばれている。
ある夏のこと。レパートエスチュアリは葡萄の実の色に染まった。何年かに一度の大雨が降り洪水に見舞われたのだ。
もっとも一帯が肥沃を極めているのは定期的にくる”これ”のお陰だ。農夫たちは慣れた様子で避難を始めた。
目指すはガーディニアヒル。登ればまず大丈夫といわれている。
農夫の列の中、落ち着きなくあたりを見回す少女がいた。名はフィグ。この辺りではそこそこ大きな畑を持つ家の次女で
今年で9歳になる。磨き抜かれた黒曜石のような髪を右半分だけ伸ばしている少女が手を取る祖母を見上げ問う。
「ポピーいないよ」
ポピーとは最近レパートエスチュアリにやってきたスペイン系の移民の8女だ。赤茶けたベリーショートとそばかすと笑う
と必ず覗く「みそっ歯」は、それさえ描けば如何に下手糞な似顔絵といえど彼女として成立する。要領は悪いがフィグ始め
多くの友人を持つポピーの姿がいまはない。異変はあっという間に伝わった。
「後ろには居ねえぞ!」
「前にもだー!」
荒くれた男たちの大声がやかましい雨音をふっ飛ばす。木霊の不気味さにフィグは震えた。
「家族気付いてなかったのか」
「奴んとこは乳飲み子含めて11人ガキがいる。避難も初めてだからな。慌てていて気付かなかったのだろう」
ひそひそと囁きあう若い男たち。だが立ち止まる時間はない。ガーディニアヒルまでの行程はまだ半分といった所だ。
「仕方ない。誰か泳ぎと走りの達者な者に探しに行かせる。フィグ。アイツの行きそうな場所は──…」
村長の問いかけと、フィグが走り出すのは同時だった。
きっかけは単純だ。何かの童謡の歌詞だった。フィグの口ずさむ歌詞の合ってる合ってないでケンカになった。といって
もポピーはすぐ自説を引っ込めて「フィグのが多分正しいよ」と納得したように笑ったのだが、そこが妙に大人ぶっている
ようで気に入らず、ついフィグはアレコレとまくし立ててしまったのだ。
以来、1週間ほど口を利いていない。ポピーはフィグを見かけるたび嬉しそうに笑って話しかけてくるのだが、色々言って
しまった手前どうも普通に応対できない。歌詞は結局フィグので合っていたし、だからどうしても謝れなかtった
祖母は時間が経てば仲直りできるといった。だが、洪水がきた。もしポピーが呑まれたら? ケンカしたままお別れになった
ら? 川が人を殺すものだとフィグは知っている。小さい頃、友達のお兄さんが避難中、鉄砲水に飲まれ死んだ。明るい少
年だった。なのに居なくなった。人はそうなってから後悔する。大切さに気付き、報えなかったコトを悔いる。
息せきかけて走っていると足元がどんどん泥水になってきた。思わず呑まれそうになりながら川沿いの道をひた走る。エイ
ゲート川は凄まじかった。赤茶けた濁流が異様に白い泡を立てながら橋のカケラや舟をごうごうと流していく。
分かれ道。村方向に曲がる。エイゲート川に続く小さな川沿いに2分全力疾走すると水車小屋が見えた。屋根にいる人影も。
名を叫ぶと人影が手を挙げた。赤茶けた髪は雨中でも十分見えた。更に走り水車小屋に登る。ホっとしたが腹も立った。
「馬鹿! どうして避難しなかったのよ!」
「ご、ごめん。この前一緒に挽いた小麦、持ってこうと思って……」
屋根の上でポピーはしょげた。大事そうに抱えた麻袋はすっかり雨に湿っているがフィグにその愚直を責める権利はない。
すぐ仲直りしパンの1つでも焼けば避けられた事態だ。
「小麦守れて良かったー。またパン焼こうね」
みそっ歯を覗かせた。愚かだが嫌いにはなれない暖かな笑顔を見た瞬間、フィグは思わず彼女を抱きしめていた。
「良かった……。無事で本当に良かった……」
嗚咽が漏れた。泣きながら色々なコトを謝る。ポピーは無言で艶やかな黒髪を撫でた。
ややあって彼女の手を取り丘に向かって駆け出す。川沿いの道に出た瞬間それは来た。鉄砲水だった。かつて知り合いの
少年の命を奪った事象が巨大な蛇よろしく口を開け2人に襲い掛かった。
竦みながらもポピーを守るよう抱えるフィグ。だがどういう訳かいつまでたっても水は来ない。
恐る恐る目を開けると、男が立っていた。見慣れぬ男だった。2mほどある体は筋骨隆々で、斧を持っていた。
「逃げろ。俺が食い止める」
水は男の前で止まっている。不可思議だがフィグたちはお礼をいい走り出した。
洪水から少女2人を救ったこの人物は今でもレパートエスチュアリの英雄として祀られている。
34 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:07:50.83 ID:96DPB/aW0
「……結局コレお父さんの話よね?」
「架空だよ? 英雄の、お話だよ?」
桜花の問いにヴィクトリアはニコニコと答える。見事な猫かぶりだった。斗貴子は得心の風で呟く。
「成程。普通の少女の話を描いていたが、オチの付け方が分からず取り敢えずヴィクターで誤魔化した訳だ」
笑顔が凍った。汗もかいた。
(だってしょうがないじゃない。音楽隊の副長に完結させろっていった手前、オチ付けないといけないじゃない。でも字数が
足らなかったのよ。状況説明していたらもう残り少なくなって…………。パパ、ごめん)
笑顔のまま内心ぶーたれて窓を見る。月が見えた。ヴィクターもまさかカズキとの戦い真最中に、娘に、ダシにされると
は思っていないだろう。
「まあでもそうね。ヴィクトリアさんに限らず、津村さんたちも最後の方けっこう尻切れトンボ」
桜花が誰ともなく呟くと、まひろが腕組みしながらウンウン頷いた。
「分かるよびっきー。途中で文字が足らなくなったんだよね。私もさっきそうだった」
「キミの作品メチャクチャ短かったが」
「10行でした」
斗貴子・毒島といった実体験組は、まひろを否定しながらも、分からなくはない」という顔である
「話の前提を書くと動きの描写がおざなりになるな。どうしても」
「ええ。火渡様も実際はもっと色々動かれていたのですが、字数の都合上、割愛せざるを」
虚ろな目の少女が鳥型ゆえか嘴を挟んできた。
「そう……です。私も……リーベスクンマーの特殊能力とか……破断塵還剣のエフェクトとか……割愛しました…………」
「お前はお前で凝り過ぎだ!」
「本当ロボット好きだねえひかるn」「大好きぞなもし!」
沙織を遮るよう溌剌と叫んだ鐶はつい地を露出した自分に気付き真赤になる。
千里は女性陣の意見を聞きながら何やらメモを取っていたが、突然面をあげ友に問う。
「沙織はどうだった? やっぱり最後足りなくなった?」
「逆かなあ。むしろコレで1000文字いけるのかなって不安だった」
ちょっと思い返す表情をしてから決まり悪げに返答する沙織。
そんな様子を見ていた桜花がにこりと、しかし意味ありげに笑うのを斗貴子は見逃さなかった。
更に驚く。彼女はまだ原稿を書いていた。一瞬単なる遅筆かと疑ったが、桜花ほどの、有能で、しかも凄惨な体験なら
戦士に負けず劣らず有している筈の元・信奉者が、いまだ何も書かずにいるのは不可解だった。
(……まさかと思うがコイツ)
ちょっと考えてから驚くべき速度で書き出す桜花。斗貴子は昔そんな表情を見たコトがある。森林地帯で、行く手を阻む
無数の植物をバルキリースカートで伐り払って道を開けてやった先輩戦士が今の桜花の表情だった。厄介事を先達に
処理させて楽な道行く奸物の顔だった。
(間違いない。桜花。この腹黒……)
(私たちを捨て石にしやがった!!)
どの作品(香美除く)にも真先に品評を下していた生徒会長。それは全員執筆を呼び掛けた張本人ゆえの責務だと思っ
ていたが、……やっと気付く。彼女は様子を見ていたのだ。1000文字の短編という、ある意味長編より難しい課題にどう
取り組めば、楽に、且つ、失敗を犯さず優勝できるのか……斗貴子たちの作品から学んだのだ。
(くっ。道理で最後まで動かなかった訳ね)
ヴィクトリアも気付く。彼女がラス3になったのは単純にオチに悩んだせいだ。日本語に不慣れなのが拍車をかけた。
(最後に出さないのは小札さんが控えているから)
毒島は納得する。小札はイメージ的に強烈なのを出しそうだ。ラス2はそれに霞まず、かつ、先達が確立したノウハウを
上手く活用してそこそこの物を出せる絶好のポジション。
桜花の腹黒さに3人は唖然。そして出るヴィクトリアへの寸評。
「よく分からないけど、私こういうの好きだよ」
「そうね。私ももっと読みたい。ヨーロッパって雰囲気が好きよ」
友人2人の好意的な意見にヴィクトリアは「そ、そう?」と上目遣いではにかんだ。
「友達っていいものですね」
「なに言ってるのはーちゃん。私とはーちゃんもトモダチだよ!」
しみじみ語る毒島をまひろはぎゅっと抱きかかえた。
「みんな……仲良し…………です」
(いいコトだ! ああしかし僕も訓練場に残ればよかった! 他の男性陣はいまごろきっと友誼を深めているだろうに!)
香美は両目をガッと見開いている。血走った白目がただならぬ様子である。眠気すでに限界である。
「これもまた美しき少女たちの友情! 恐らくヴィクトリアどのにも秘して語れぬどなたかへの想いがあるのでしょう!」
残り2人。
35 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:08:22.43 ID:96DPB/aW0
桜花。
…………。はっ! 私いま気絶してた! 気絶してた!!
まったく機雷撒くなら撒くって言ってよ! 5mよ5m、ものっそ近いところで突然バーン! って破裂音したから驚いて気絶
しちゃったじゃないのさ! ちょ、返事しなさいよ無愛想ね! あとまた後ろから土人形飛んできたわよ迎撃して!
おお。今度は大剣。う。振り向きもせず8mクラスの土人形を腰の辺りから切り上げ真っ二つ。さすが《武器創庫》、強い!
千の武器自在に使えるってウワサ伊達じゃないわね。敵? ミルクコーヒーみたいな色した川にドボリと白い水柱あげて落
ちたわよ。不便よねアイツら。激流の中走れる癖に攻撃あびたら土に還って流されるんだから。
ま、大雨で洪水な川の上、逃げるの選んだあんたの戦略勝ちってトコロかしら。何しろ私捕まえてた奴らってば300体近く土
人形持ってたもん。普通に街逃げたら絶対手間取ったし被害も出た。
お、今度はガトリング! 遠巻きに見てた土人形どもの四肢・胸・腹が食い破られて土が飛ぶ! これで残り約20!
しかしあんたの乗ってるスクーターもどき便利ね。タイヤの変わりに反重力装置ついてて浮けて飛べる!
「捕まえた! これでドンの遺産70億ゲット!」って! 私めがけて飛んできてもムダなんだってば! 遺産のありか聞くた
め私の精神抜いたのあんたらでしょ。《武器創庫》の後ろにいるの映像って気付きなさいよ。これ投影してる特殊メモリー、
4時間以内に遠方の体に戻さなきゃ死ぬ訳で、だから護衛頼んで避難中。
うわ《武器創庫》。私の虚像をすり抜けた今の敵、バグナグで屠っちゃった。つーか片手でハンドル握ったまま無造作に振っ
て河に投棄!? そりゃ私は大事な依頼者(成功報酬は遺産の半額!)だから全力で守れつったけどさ、そこまでガチだと
なんか怖い、超怖い。本当前評判どおりの殺人マシーンね。喋らないし。
激闘でバックミラー壊れてるんで私が後ろを監視中。ハイまた土人形飛んできた。
《武器創庫》あんた気合入ってるわねー。火炎放射器で迎撃って! いま風速何mか知ってるの? いや私も知らないけど、
川沿いにあるぶっとい松の林がさっきから誰も彼も土下座するよう、しなってる。そこで火炎放射器って自分焦げない?
ミサイル! 煙吹きながら乱れ飛ぶ10数本が敵に着弾! ちっ、ガードされた。速度あげて炎と煙くぐり抜けた。
しかし武器をとっかえひっかえ良くやるわね。某国の軍が作った人間武器庫って噂ホントかもねえ。確か右手が特殊な液体
金属でナイフからICBMまで何でもござれだったかしら?
……ちょ! 蛇行すんのやめな……あ、ボンボン飛んできた敵避けるため? 残り少ないせいかアイツらヤケね。手近な
仲間投げ始め──…《武器創庫》さん!? なんで爆導索なんて出してるの! げ、何か重りのついた先端沈めた。やばい
コレ包囲の構えだ。ほら、端の一点沈めたままスクーター加速した! ワイヤーが巻尺かってぐらいグングン伸びる! 50cm
間隔で括りつけられた爆薬入りの筒が雨に当たってばらばら鳴る! そんで大きく右にカーブし、元来た道と逆走してカーブして
河の流れに沿って曲がって遡行して綾なすは鋼線の結界、飛び交う土くれどもは囲まれた。
ちょ、でも私らそのド真ん中! ちょ、やめ、ここで着火はやめ、あ、世界が白っ──…
ぶはっ! また気絶してた!! 機雷なんか比にならない爆発だったわ! あ、敵! よかった残り1体──…
アレ? あいつドンドンでかくなってない? え? さっきまで斃した敵の土を吸収してる? ってソレ予測できなかったの
《武器創庫》?! え、最後はやっぱりデカい奴とやらなきゃ盛り上がらない? 意外にバトルマニアね! てか40mぐらい
に膨れ上がった土人形が一気に大股で距離詰めてきてるっていうか拳振り下ろしてきたんだけど! っと! アクセルを
吹かし軽くカーブしつつ避けた! さっきまでいた位置に巨石ぐらいある拳沈むのゾっとす……浮いてるスクーターよろめか
すほどの大波が立った! やばい! 姿勢制御がボロボロ!水落ちしたら《武器創庫》の胸ポケに入ってる私の本体、メモ
リーが死ぬ! なのに拳の追撃追撃! ひえええ! かわしてるけどこのままじゃ当たr……うおい! 《武器創庫》が運転
を放棄し身を反転! 高く跳躍するや敵に躍り掛った! 拳に紺碧の光が収束し敵の腹にめり込み……ゲ、傷口から四方
八方に光出たと思ったら爆発! あのデカブツを一撃で!?
……素手のが強いってどういう……え? うるさい? 男の癖にうるさい?
あんたこそ女の癖に物騒すぎだし愛想なさすぎだし。とりあえず敵全滅したし体の元へ行きましょう。
36 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:09:00.37 ID:96DPB/aW0
「後発の強みか」
読み終えた斗貴子は嘆息した。確かに自作より動きが多いのは認める。情景も状況もそれなりだ。
しかし何と言うか色々な思慮が透けて見え、あまり好きにはなれなかった。斗貴子たちを上手く先行させ良いとこ取りした
のもある。しかしそれ以外にも──…
「アレですよね……。実況じみたコトしてるのって小札さん対策ですよね? 」
「ああ。次に控えるアイツの十八番……。その新鮮味を削ぎにかかっている」
小札の文章を見た訳ではないが、十中八苦実況とみて間違いないだろう。斗貴子は断言し断定も重ねる。
「同時にこれは栴檀香美対策でもある」
「香美さんの?」
小札が寸評を放棄するほどひどい作品だったとはいえ、すでに提出しているではないか。
首を捻る毒島に斗貴子は説明した。
「もし万が一ココで奴が書き上げた場合の対策をもやってやがる。アイツはアイツで一人称……こういった勢いのある文章
を描くだろうからな。そちらに票が流れないよう敢えてこういう形にしたんだ」
「確かに……文章は先に書いたもの勝ちですからね。似たような形式だと「またか」となります。私自身、津村さんの後に
体験談を出すのは抵抗ありましたし」
なんと腹黒い奴だろう。桜花を見る斗貴子と毒島の目は軽蔑よりむしろ恐れが交じっていた。
まひろたちの反応は良好だ。アクションの多さ、最後の意外性、全体的な臨場感といった部分を、単純で純粋な彼女らは
褒め称えている。いや、2人ほど褒めない者がいた。
(……。どれほど優勝したいのよアイツ)
片方はヴィクトリア。何と言うか嫉妬していた。パピヨン監督の劇の脚本を、いささか恣意的なやり方で手がけるのは何だか
ガマンならなかった。他の者ならいい。文に慣れないなりに懸命に描いたものが採択されるならまだ納得できる。
「あ゛ー、あ゛ー」
「なんかゾンビがいるんだが」
もう1人を斗貴子が指差すと、鐶がひょこりと振り返った。
「私……ですか?」
「あ、もう1匹居た。じゃなくて! 栴檀香美のカオが凄いんだが」
ネコ少女は変貌していた。頬がこけ、乾いて全開なアーモンド型の瞳に浮いたひび割れのような無数の血管は青紫に変色
している。
「あ゛〜〜〜〜、あ゛ーーーー!」
そして鳴きながら、さっきからずっと、箱ティッシュに手を伸ばし何度も何度も食べている。
「眠いのねよっぽど。でもガマンしてる」
千里が呟く中、
「あー……。あー…………です」
鐶もマネし始めた。香美と交互にティッシュを食べ始めた。
「あ! ゾンビごっこだ! 私も!!」
「するな!」
参戦表明のまひろを鋭く制する中、小札は。
「まさに流麗、執筆者ご本人の佇まいをば映したがごとき作品! 不肖的にはもう非の打ち所がありませぬ!!」
めっちゃ純真な笑顔で絶賛し、ぱちぱちと拍手をした。
桜花の顔が少し曇った。
(良心が傷んだようです)
(いい気味だ。せいぜい優勝するがいい! そして一生呵責に苦しめ!!)
冷徹な毒島。怒りながらもどこか楽しそうな斗貴子。ヴィクトリアは。
(残りは音楽隊のロバ型だけ。早坂桜花を上回ろうと思ったら相当の破壊力が必要だけど──…)
小札が原稿を取り出したとき、一座みんなが息を呑んだ。
37 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:09:39.72 ID:96DPB/aW0
小札。
洪水が人を連れて避難していました。飲み込んだ訳ではありません。それが証拠に、アワで包まれた人が先ほどから川面
をプカプカプカプカ漂っています。
まったくコレは一体どうしたコトでしょう。包まれているサラリーマン風の男性も半信半疑という風に外を眺めています。そこ
に流木が直撃しましたが、アワに弾かれどこかへ流れていきました。アワに傷はありません。男性も無事です。
ある夏、奇妙なウワサが立ちました。洪水に呑まれたにも関わらずソックリそのまま以前のままな街がある、と。
そんな馬鹿な話はない。大学で教鞭を振るう建築の専門家も41年水害救助に携わってきた自衛隊員もアトランティスの
末裔もそれから普通の人たちも、みんな笑って首を振りました。
しかし年が経つにつれ、だんだん彼らは顔色を変え始めました。まず異変が起こったのは、超大型で非常に強い勢力の
台風が直撃した海抜ゼロメートル地点の街です。ビルがぽつぽつ頭を出しているだけの壊滅的な水害区域から水が引くと
どうでしょう。鉄筋コンクリートのビルはおろか築89年の木造の家すらカラカラでサラサラでした。水に浸かっていたはずの
八百屋さんの店先にあったトマトさえ齧れば瑞々しく、電器屋さんの商品だって全部問題なく使えました。似たようなコトは
続発しました。いろんな洪水区域がそうでした。
これは一体どういうコトだろう。流されてもすぐアワに包まれ浮かんでくる被害者たちを数多くみた消防署の人や自衛隊の
人は沢山沢山くびを捻りました。洪水が、大雨で洪水の中、大事な人を連れて避難しているようにしか見えなかったのです。
調査が始まりました。
まず水害区域にダイバーがいっぱい放たれました。潜った彼らがまずビックリしたのは、酸素ボンベとか色々つけている
にもかかわらず、アワが、ブワっと周囲を取り巻き浮かし始めるのです。洪水が人を避難させようとしている……ありえか
らぬ事象ですが、実際体は浮いていきますし、勇気を出して、口についてる呼吸用の何とかという器具を外しても息可能
でした。しかもアワは、ダイバーが例のシュコーシュコーをあげていると「ははんお前さては潜れるな」という感じでふわりと
消えて潜らせてくれるのです。水が人類を拒んでいる訳ではありませんでした。だから水没区域の調査はおどろくほどスム
ーズに進みました。
「沈んだ建物ゼンブ、アワに包まれているのか……」
報告を受けた総理大臣は絶句しました。どの写真もそうでした。アワは頑丈で、激流を駆って飛び込んでくる電柱さえ防ぎ
ました。だからダイバーは侵入できませんでしたが、ならばと勇気ある人が、敢えて洪水前から建物に居座ってみたところ、
濁流に呑まれても空気は相変わらずありました。きっと八百屋さんのトマトや電器屋さんの大事な資産もまたこうやって守
られたのでしょう。不思議なコトにアワの中では酸素その他人体の呼吸において必要と認められる物質の増減はありません
でした。幾ら吸っても酸素は減りませんし、幾ら吐いても二酸化炭素は増えません。世界各地から招かれた一流の研究者
たちがアワに原因ありと睨みアーデもないコーデもないと分析しましたが今だ結論は得られていません。
とにかく洪水が人を連れて避難するのです。
いつだって人類の敵だった筈の洪水が何故……。みな驚きましたが、しかしこんな声もまた上がります。
「果たして本当に洪水は敵だったのだろうか?」
確かに洪水は数々の痛ましい被害を出してきました。人の命を奪い、財産を脅かし……。
ですが洪水のもたらした発展もまたあるのです。古代エジプトでは、ナイル川が氾濫したからこそ、肥えた土が下流に
溜まり農業が発展しました。測量や幾何学が発展したのは、農地を支配するためです。同時に、人々が、農地を守るべく、
ナイル川の氾濫時期を予測せんと挑んだ結果、太陽暦が生まれました。天文観測の基礎もまたココからです。
四大文明を見ても分かるように、人類が発展したのはいつだって川の傍です。川がなければ農業はできませんし、水も
飲めません。だからこそ、洪水の被害も受けやすかったのです。
「規模が大きすぎるから、ついうっかり人間を巻き込んでいただけかも知れない」
そんな声もあがります。
洪水は決して害意を持って人を襲っていたのではありません。
超ミクロの世界では温度や圧力といった概念は一切ないといいます。
それと似たようなものでしょう。人体の70%ぐらいは水です。7割同じならほとんど洪水の仲間でしょう。
なら助けてくれても当然じゃないか。みんな笑って異変を受け入れました。
38 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:10:14.65 ID:96DPB/aW0
「発想のスケールで負けた……」
うなだれる桜花。
「実況無しだと。しかも何だこの着眼点」
「予想外でした」
戦士2人も豆鉄砲を食らった鳩だ。
(競う気まるでなしね…………。それでいて全員上回っている)
最近、嫌悪していた錬金術に融和せんと務めているヴィクトリアだから、こういう、偏見を解こうとする文章にはつい「そうか
も知れない」と頷いてしまう。
「柔らかいね」
「ウン。柔らかいねー」
「題材をいい意味で裏切ってる……。たまにはこういうのも必要、と」
友人2人がほのぼのした意見を述べる横で千里はマジメにメモをする。
「実況してませんが……ところどころ……小札さん…………でした。無銘くん……喜ぶ……でしょう……か」
鐶は携帯を取り出し、文章を、驚くべき速度でピコピコ打って送信した。送られた彼の顔を想像したのだろう。双眸が虚ろ
ながらもしばらく嬉しそうに口元を綻ばせていたが、ある一瞬を境に沈みこんだ。いろいろ、フクザツなのだろう。
協議の結果、優勝者はなしとなった。(元々そういう制度自体なかったが)
「みなさんご協力ありがとうございました。お陰で台本のイメージが膨らみました」
千里は座ったまま深々と頭を下げた。闇鍋的な面子の作品はいい刺激になったようだ。
「ちなみに今夜は徹夜なのか?」
「時間ありませんから。でも夜更かしは勉強で慣れてますし大丈夫です」
「えー。せめてお風呂入ってからにしようよ」
まひろは背筋を伸ばした。バキバキと凄まじい音がした。沙織は机にバンザイして突っ伏している。桜花の疲弊がひときわ
濃いのは地下での特訓あらばこそだ。いったん疲れを取るべきなのは明らかだった。
「そ! そういう話なら僕と香美は退散する! いろいろ不快な思いをさせそうだし!!」
「まあそれが懸命だな。というか小札と鐶も…………ん?」
部屋のガラスをビリビリ震わす大声に斗貴子、眼を点にする。毒島はあわあわと口を開いた。緊迫する桜花。
「あれ? 貴信せんぱい、いつの間に?」
異変を決定的な異変にしたのは沙織の一言だった。
千里とまひろは感嘆符と疑問符を同時に頭上に浮かべた。
寄宿舎に来た当時、彼の声を聞き出所を気にしたコトのあるヴィクトリアは(そういうカラクリ。変わってるわね)とだけ思う。
「あれ!?」
栴檀香美の居た場所で、その飼い主たる貴信はただでさえ裂け気味な瞳をメリメリ見開いた。
(ぎゃあああああああああ!!! 香美どの! 香美どのがお眠りになったゆえ!)
(貴信どのが前にーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!)
小札は頬を押さえムンクになった。深夜、女子たちの中に男子が1人…………いろいろヤバイ状況である。
「貴信さん…………。ばんわー……です」
「平常心!?」
のん気に手を挙げる鐶にみんなまた仰天だ。
「コンビニのはコンビニので……意外と……おいしい…………です……。むぐむぐ」
オールドファッションドーナツを口にくわえると、彼女はひたすらぼーっとした。
39 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:10:45.95 ID:96DPB/aW0
管理人室地下。
休憩をかねて上に登るコトになり、身支度を整える一同。
さきほどまで剣道をしていた剛太はまだ防具を付けているコトに気付いた。
脱ごうとする。視線を感じた。振り返ると秋水が居た。
「なんだよジロジロ見て」
「俺はずっと試合中君を見ていた」
「え゛っ!?」
美しい顔が真剣な眼差しを送ってくる。正直ドキリとした。見ていた? 何故?
(い、いいや、訓練の行く末を、ってコトだろ。アレだ、見ていたのは技だ技。きっと技だ)
「君の体をずっと見ていた」
「ハイ!!!?」
とんでもない文言が飛び出した。もちろん剛太はノーマルである。斗貴子という心に決めた女性がいる。
「お、お前な! なに突然いってんだ! だいたいあの激甘アタマの妹はどうした!!」
「?? なぜそこで武藤さんが出てくる?」
秋水は分からないという顔で近づいてくる。鼓動が跳ね上がった。トキメキ、というより、妖しいものに対する恐怖に。
そして手を伸ばす彼。剛太は思わず眼を瞑り──…
ひらっとした感覚が脇の方でした。ひらっ? 脇? 不可解な感触に眼を開くと、秋水は、
「防具からアロハシャツが出ている。そこをずっと見ていた」
ちょろりとはみ出た布切れをいじっていた。
( ビ ッ ク リ し た あ )
ホッと胸をなでおろす剛太であった。
初心者らしく適当な付け方をしたのが悪かった。防具からはみ出た衣服を秋水を真剣に見る。
「なんだよ。お前ひょっとしてコレ直したいのか?」
「……着衣の乱れは精神の乱れだ。正直言って直したい」
「いや今からだな」
「そのシャツ……直していいだろうか?」
「でも今から脱ぐんだぜ? 無駄だろ?」
「それは分かっている。分かっているが」
はみ出たアロハを秋水はじーっと眺めている。剛太は腹が立ったので
「てい!」
キャストオフ。胴を脱いでどうだとばかり(ダジャレではない)秋水を見る。
「………………」
端正な顔に寂しさと無念さが去来した。
「お前どれだけ直したい訳!?」
つくづくマジメな男だった。
管理人室へ。
「休憩といってもココじゃなんだな。風呂へ行くか」
防人は一同を見回す。みな、汗がひどかった。意外にも総角がもっともかいていた。
(そりゃああれだけ暴れりゃなあ……)
防人との激しい打ち合いを思い出し剛太は顔を引き攣らせた。
「フ。風呂か。風呂といえば貴信だな」
「?」
「あやつはドラ猫と体を共有しているが故、ときどき役得にありつけかける」
もっともそういう時は念入りに攻撃して気絶させるがな……無銘は黒く笑う。
「まさか先輩と……いやいやいや、いまみんな台本のチェック中だ。ある訳が」
秋水もそうだなと頷いた。
「彼なら大丈夫だ。仮に入浴しても覗き見たりはしない」
40 :
永遠の扉:2014/03/13(木) 23:14:26.26 ID:96DPB/aW0
「フ。無銘よ。ところでどうしてお前、防人戦士長どのがお気に入りなんだ?」
湯加減を確かめるとかで先に上へいった彼を思い浮かべながら総角。
「戦士についちゃ従えと言われればしぶしぶ協力するレベル。秋水相手なら嫌悪丸出し。なのに彼だけ……どうしてだ?」
「ブラボーさんはヒーローなのだ」
無銘といえば総角に傅く忍びで、だから敬語を使う印象が強いが、この時はどちらかというと「えらく担任の先生好きじゃ
ないか、何かあったか」と聞かれた子供のような口調でハキハキ答えた。
「特殊な服! まっすぐなご性格! 無駄がなく且つ、カッコいい動き! どれをとってもヒーローなのだ!」
「フ。子供に好かれるタイプだしな」
「特に服がお気に入りなのだ! そうだ師父! ずっと前、鐶めが送ってきた写真があるゆえご覧下さい!」
無銘が取り出した携帯電話を見る総角。なるほど確かにシルバースキンが映っている。サービス精神旺盛な彼らしく、
いろいろなポーズを取っているが……それらをしばらく見ていた総角、あるコトに気付く。
(この写真の日付……。たしか6人の戦士を足止めするよう命じた時の)
それはかつて、鐶が日付を操り、大交差点で搦め手を使い斗貴子たちをさんざんと苦しめた日だった。
(……鐶お前、任務中に何やってんだ)
いくら鳥型とはいえ光モノに目を奪われすぎだと思った。、
「じゃあ秋水は嫌いか?」
名前を出されただけで無銘はむくれた。
「嫌いなのだ。奴めは我が斬りかかっても、こうすれば上手くいく上手くいくといちいち教導するのだ。舐めているのだ」
「フ。真剣で攻撃されてそうしてくれるのは有り難いと思うがな。それとも的外れな指南か?」
無銘はちょっと考えてから渋い顔をした。
「…………やってみると上手くいくのだ。上達するとあやつ嬉しそうに頷くのだ」
「フ。いい先生じゃないか」
「でも嫌いなのだ! 母上を真っ二つにした過去は消えんし、いつか勝たねばならんし…………」
「そんなに嫌なら俺から言っておくか? もう無銘を指南するなと」
少年忍者に動揺が走った。それはそのと口ごもり始めた。
(フ。塾通いが嫌だ嫌だと愚痴っているがいざ辞めていいと言われれば戸惑う小学生、みたいな)
一方、千里の部屋。
「そうなんだ。悪い人たちのせいで」
「はい!! 元はネコたる香美どの! しかし恐るべき存在の陰謀によって飼い主たる貴信どのと1つの体に押し込められ
いまは戻る手段を模索中!! けして怪しき者ではございませんし、まして夜半の異性集う部屋へと二心の元やってきた
のではありませぬ! 総ては香美どのに普通の暮らしを送って欲しいという親心あらばこそなのですっ!」
「いい話だね……。貴信せんぱいやっぱりいい人だった……」
小札が貴信の体質について洗いざらいブッちゃけると、沙織はハンカチを眼に当てて泣いた。
(オイいいのか! あれじゃ奴が人間じゃないって半ばバラしたようなものだぞ!)
(いいんじゃない? この学校の人たち大らかだし。「変わってるな」程度で済ますわよきっと)
(そういえば鐶さんが生徒の方々胎児にした件も何だかんだで許してましたね)
小札たちを指差し泡喰う斗貴子。現実的な意見を以て慌てぬ桜花と毒島。
(……)
ヴィクトリアは思う。もし自分が素性をバラしたとき、友人たちはどういう反応をするのかと。
視線を感じたのか、”彼女”は落ち着かせるように笑う。
「あ。気になるよねやっぱり。大丈夫。斗貴子先輩が一緒にいるなら大丈夫だから」
千里の微笑……やや勘違いしながらも、「ネコと体を共有する」いささか常識はずれ、客観的に見て人ならざる気配が
濃厚な貴信について太鼓判を押すその笑顔にヴィクトリアの胸はチクチクする。
(私は……津村斗貴子と一つ屋根の下にいながら)
かつて食人衝動に見舞われた。他ならぬ千里に”もよおして”しまった。
(私が、そんなバケモノで、そんな過去があるって知っても…………友達で居てくれる?)
不安に瞳を眇める。真意を知らぬ千里は大丈夫大丈夫といいながらヴィクトリアの頭を抱えて髪を撫でた。
心地良かった。いつまでも続けばいいと思った。
しばらくすると香美が仮眠を取り終え復活。後ろにいった貴信に沙織は相変わらず話しかける。
まひろは眉をいからせて叫ぶ。
「よし! 香美先輩も戻ってきたしお風呂行こう!!」
貴信(さん/せんぱい)がいるのに!? みな驚くが天然少女、まるで意に介さない。
マズい。栴檀貴信はガチで青ざめた。彼女らのためどうすれば回避できるか汗だくで考え始める。
かくて男女とも風呂へ!
以上ここまで。
42 :
ふら〜り:2014/03/15(土) 18:49:57.94 ID:I9ahIJyy0
>>スターダストさん
おつ華麗さまでした全員分! 各々の個性を出しつつよくもこれだけ……そてその仲でも、
やはり小札は格が違った! という感じです。思えば実況というのは、即興の一人称創作
そのものですしね。普段からの鍛錬の賜物か。そしてこの人数での風呂! これまた楽しみ。
43 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:08:46.24 ID:34erlVTH0
(困った)
闇の中で栴檀貴信は困り果てていた。辺りは熱い。噎せ返るような湿気も立ち込めている。香美はといえば、すっかり適
応したらしく座って鼻歌をフンフンやってる。いま表にいるのは彼女で、貴信は濡れた髪の中にいる。
(入ってきてしまった!!)
女風呂の浴槽の中で貴信はただただ戦慄していた。
再会した男たちは殺気をみなぎらせていた。
爆薬を用意する男。刀を振る男。戦輪を唸らす男……。
貴信は一瞬本気でマレフィックという敵の幹部が来たのかと思った。それだけの殺気だった。
「ほう。女性陣も入浴か。それはそれは……。フっ!」
浴場に続く扉の前で出くわした総角は引き攣った笑いと共に黒死の蝶を右手に浮かべた。護送に際し核鉄を没収された
音楽隊。しかし特訓に必要という防人の判断により今は総て返却されている。認識票で従前どおりニアデスハピネスを複
製するなど容易いのだ、総角は。だから嫉妬と怒りが深く混ざった警戒色で香美を射抜き貴信を睨む。
(あ、ああ! やっぱりこうなった! 香美が女風呂行く時かならず僕は気絶させられるんだ……! それが最善とはいえ
痛いのは嫌だ!! 怖い! 気絶すべきなんだけど怖い!!)
ひどい話だが総角の身にもなってみよ。男グループの中で貴信1人がヌケヌケとおいしい思いをするのだ。
一糸まとわぬ想い人のいる場所へ、自分の手は届かぬ空間へ。
他の男をやる!
どれほどの屈辱であろうか。まして何ら拘束の手立てを講じぬとくれば耐えられよう筈がない。
無銘は睨んだりはしなかった。その代わり背中を向けて忍者刀を降り始めた。何やらブツブツと早口で言っていたのは摩
利支天の真言で、だから貴信は怖かった。闇の宇宙を思わせる黔(くろ)い紫煙を漂わせながら何度も何度も刀を振る姿に
つくづく怯えた。でもきっとそれは鐶を思えばこその行為で、本人に教えたらきっと喜ぶだろうなあと思った。
剛太はモーターギアを取り出した。「じっとしてろ。気絶させる」。物騒な言葉とは裏腹に双眸は涙で濡れていた。無念が
にじみ出ていた。斗貴子と入浴できる貴信を心底羨み絶望していた。
(そ!! そうだ!! 僕が表に出れば、男風呂に行けば済むんだ! 香美……体を……!!)
貴信だって女性陣と入浴はしたくない。本音をいえば見たい。少年なのだ、見たくない訳がない。だけれど香美という女
のコに張り付いて見るのは違うだろう。
(ももももっとこう、普通にお付き合いしたコがモジモジしながら「いいよ」って言ってくれてやっと成立するんだこーいうのは!
ムリヤリやっても多分後味良くないし後で何でやったんだって後悔するし女性陣も傷つくし!!)
貴信は自分の容貌ぐらい弁えている。ロシアの殺人鬼のようだと鏡で見るたびため息をついている。
総角のような二枚目でもなければ無銘のような可愛い系でもない自分に裸を見られる!
小札や桜花たちは傷つくだろう。
(それは嫌だ! したくない!)
見たいという欲求だけなら、青年向けかつ非18禁の、ソフトな露出のグラビアで晴らせばいいのだ。
あと純粋に女体が怖い。近くにリアルな肉感があるというのは怖いのだ。嬉しいより怖い。ちょっと勇気を出して買ったえっち
な本でさえ黒線で隠されていた部分は未知だからこそ怖い。もし万が一目にしてしまったらと内心ガタガタ震えている。ともすれ
ば価値観が崩壊しそうで、女性という物に抱く美しさの幻想が砕けそうで。
興味がない訳ではない。でも怖い。見てドキリとする自分より、見て幻滅する自分に幻滅するのが分かっていて、だから怖い。
矛盾しているようだがそれが貴信の真実なのだ。
だから香美と交代して男風呂に行こうとした。しかしココで思わぬ邪魔が入る。
「彼なら、大丈夫だ」
怯える貴信──厳密にいえば、急に敵意むき出しになった総角たちに目を三角にしウーウー唸る香美──の前に、見目
麗しい青年が立った。言わずと知れた秋水である。
「戦ったから分かる。彼は覗きなどという卑劣な手段は使わない。いま栴檀香美が前に出ているのはきっと疲れているから
だ。彼の特訓も激しかったからな」
(えっ!?)
貴信は目を剥いた。秋水は何を言っているのだろう。嫌な予感がした。
「だから何もせず入浴させてやろう」
好意と信頼に満ちた意見だが、しかしそれが却って貴信を窮地に追い込む。
「彼を信じて欲しい。責任は俺が取る。だから痛めつけるのはやめて欲しい。彼は何もしていない。これからもしない」
44 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:09:16.79 ID:34erlVTH0
男性陣は渋々ながら武器を引っ込めた。が、無銘だけは唇を尖らせた。
「……貴様。そういってもし姉やら武藤まひろやらの裸形を見られた場合どうするんだ」
「貴信を殺して俺も死ぬ」
(爽やか笑顔で何言ってるの!?)
悪意も殺意もない透き通るような笑みだからこそ貴信の全身にあぶくが立った。
さすが桜花の弟だけあり、笑顔は魅力的だが底は見えない。
総角たちも絶句している。そこでやっと秋水は「いや、冗談だ」と訂正したが笑いは起きない。
(マジメで、変わろうとしてるんだろうけど、そーいう分かり辛い冗談はやめて欲しいぞ!!)
「あ、いた! 香美さーん! もう! そっちは男風呂だ……」
やってきたまひろが秋水を見た。秋水もまひろを見た。両者しばらく固まり、
「こ、こんばんわ。秋水先輩」
「あ、ああ」
少しギクシャクした雰囲気を漂わす。
頬を染めて照れ照れと見上げるまひろ。
表情を硬くし心持ち目を背ける秋水。
「フ」
総角は肩を揺すった。
「え、ええと。香美先輩借りてくね。その……えーと。お風呂、だから」
言ってからまひろは香美の手を取り駆け出した。ピョロリー。足元がナルトになる古典的走法だった。
(そ! そういえば! 彼女、告白みたいなコトしてっけ! だから顔も見れないんだ!!)
桜花から聞いた(彼女も告白の場に居合わせたヴィクトリアから又聞きしたに過ぎないが)、情報を思いだす貴信は色々
悲しい。
(くぅ……!! いいなあ! 青春って感じでいいなあ!!)
と内心えぐえぐ泣いてたせいで、暴走するまひろにまったく抵抗できず、結果はなし崩し的に連行された。
女湯という楽園あるいは監獄に連れ込まれたのである。
目をつぶったまま湯船に浸かる。香美はときどき水面にじゃれつくが、基本的には肩までトップリ、くつろいでいる。
(小さい頃からお風呂好きだなあ)
ネコだった頃から香美は風呂が好きだった。ネコらしくない話だが、シャワーを背中に当てるとグルグルと喉を鳴らし、
やめると不満げに貴信を見上げマオマオ鳴いていた。
(……そういう姿を知ってるのは僕だけだなあ)
普段はモノローグでさえ大声な──どうも口調というのは思考にも伝染するらしい。一度この件を何気なく鐶に漏らしたら、
「私も……です。考えてる時も……愛媛弁じゃなく……この口調……です」と言った──貴信にしては珍しく静かな口調(モノ
ローグ)である。入浴したせいで副交感神経が優位になっているのであろう。要するにリラックスしていた。
とにかく香美は風呂が好きなネコだった。週に一度は貴信と一緒に湯船に浮かんでいた。モコモコしたノルウェージャン
フォレストキャットの変異種(掛かり付けの獣医曰く”よく似た雑種”らしい)なネコの香美はでっかい毛玉のようだった。
(で、しばらく入ってると眠りこけて)
舟を漕いでいた今の香美が湯に鼻を沈めた。しばらくブクブクあぶくを吹いていたが俄かに「ぶはあ!」と声をあげ飛沫
をあげ面をあげる。何事かとあたりを見回していたが、やがて眠っていたせいだと気付き、またひたる。心地よい湯にまた
ひたる。
(ははは。姿が変わっても変わりないなあ)
ネコ時代とまったく同じリアクションに和む貴信。娘を見守る父のような心境だった。
(…………)
まぶたの裏の瞳を寂寥に揺らめかす。両親と死別し友人も居なかった灰色の季節。
けれど香美がいたからこそ、彼の生活は楽しかった。ささやかだが満たされていた、何てコトのない日常。
それを貴信と香美はある日突然壊された。
(元の生活に戻りたいな……)
ネコの香美を膝に乗せて、暖かな縁側でくつろぐ。
(たったそれだけだ。それだけでいい。僕たちが取り戻したいのはそれだけ、なんだ)
今は1つの体に押し込められている貴信と香美。だが元に戻る手段がない訳ではない。
ディプレス=シンカヒア。レティクルエレメンツ火星の幹部の分解能力を使えば願いは叶う。
45 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:09:47.43 ID:34erlVTH0
.
──「俺ァ細かいこと大嫌い! 60兆総ての細胞ぜんぶキチンと分離? そらアレだよなあ。精密動作だよなあ。
──今のテンションじゃ間違いなくしくじる!! そしたら兄弟たち死ぬぜ!」
──「でも理論上はできる!! 実現できるのはきっと……俺の憂鬱が全部回復するぐらい熱い戦いをやった時だ!」
──「だから俺と戦え兄弟!! 俺を満足させろ!!」
──「でねーと分解しくじってよー!! ぶっ殺すハメになる!!
7年前、ふたりを今の体に押し込めた当事者の1人たる彼はそう言い残して姿を消した。
以来、逢っていない。
(いずれ来る決戦。僕は彼と戦わなくてはならない)
元に戻るため、だけではない。様々な理由はあるが、ありていに言えば弱かった自分へのケジメをつけるために。
ディプレスと戦わなければならない、貴信はそう考えている。
(……緊張しすぎているかな。僕)
──「フ。まあ慌てなくていいさ。惨劇に見舞われたのは昨日の今日……お前の精神は、いままだ困憊の中にある。そのう
──え残酷まで引き入れたら身が持たん」
今の体になってすぐ。貴信は総角と出逢った。
──「……まあアレだな。人生の岐路という奴だ。疲れてもいる。メシを喰い睡眠をとり風呂に入る…… いまお前に求めら
──れているのはそういう、平生の判断を取り戻すための努力だ。勢い任せの決断は後々損だぞ?」
彼は絶望し困惑する貴信を諭した。心のありようを説いた。
(あまり根を詰めるのも……良くないな)
総角には感謝している。無力ゆえに被害者の立場に甘んじ、武装錬金を手にしながらも悪意ふりまく2人の敵を結局止
められず逃がしてしまった事実は貴信の心に深い影を落とした。ディプレスたちが新たな被害者を生んだら? その被害者
に出逢ってしまったら? 考えるだけで胸が苦しくなる。けれど総角はその答えの導き方を教えてくれた。教えながらも無理
強いはせず休息を勧めた。
息を吐く。せっかくの入浴中なのだと気分を変える。
(入浴中!?)
やっと現実に帰る。あまり気は休まりそうにない。
(だっ……大丈夫なんだろうか女性陣! 嫌がってたらそのすぐ出てチェンジしてもりもり氏たちと合流だ!)
相変わらず目をつぶっている貴信。
湯船は広い。両断したひょうたんを思わせる変わった形状で、その気になれば3ダースほどの生徒が同時に入れるだろ
う。そんな湯船の壁際に香美は居るから、貴信が直接他の女子を見るのは不可能だ。
ただ──…
「え? 香美さんの見ている物も見えちゃうの?」
『そ!! そうなんだ! 僕たちは元より体を共有している身! それは思考や感覚だって例外じゃない! 視覚や嗅覚、
聴覚! 香美の得る情報は全部僕に筒抜けなんだ!! だからその! 体チェンジして男風呂行くべきだ僕らは!!』
入浴前。沙織にあたふたと何もかも説明した。他の女性陣もそれは聞いていた。
「滅茶苦茶潔いわね」
46 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:10:18.38 ID:34erlVTH0
桜花は珍しく驚き同時に思い出す。秋水から聞いた話を。
──『僕は貴方が光球を受け止めている間に、光球をもう一つ撃ち放つ!』
──『それも正面からではなく、香美の機動力で貴方の死角に回り込み、本命となる二発目を放た
──せてもらう!! むろんこちらは外部からのエネルギーではなく、僕たちの全精力を込めて撃つ
──から当てれば僕の勝ち! 当たらなければ貴方の勝ちだ!!』
最後の激突のとき。あろうコトか彼は手の内を明かした。言わなければ確実に勝てたにも関わらず、敢えて明かした。
正々堂々真向からぶつかったのだ。
(気に入ってる訳ね)
鎖と刀。エモノこそ違えど共に武術を嗜む貴信に秋水はひどく親近感を覚えているようだ。
桜花としてはもちろん嬉しい。弟が自分の知らないところで人との絆を得ていくのは心から嬉しい。
(けど)
見知らぬ誰かと縁を紡ぐたび姉弟の間隔が離れていく気もして桜花は寂しい。
寂寥の主因は無自覚だ。
「よく分からないけど大丈夫!!」
まひろは眉をいからせ鼻息を吹いた。
(いや貴方! 大丈夫じゃないのだが! というか香美と一緒にお風呂入りたいだけじゃ……!)
「ここまで説明する人なら、覗いたりしない……わよね?」
「貴信さんは誠実な方ですから。信じてよいかと」
「そうであります!! 貴信どのは卑劣卑怯な手段をば用いる方にありませぬ!!」
千里と毒島と小札は同意。この時点でまだ服は着ていたので貴信は彼女らを見るコトができた。
(…………)
ちょっと泣きそうになったのは、彼女らが白い大きめのバスタオルを小脇に抱えていたコトだ。
「巻いて入るの!? ガード固っ!」
沙織はびっくりした。びっくりするというコトはつまりその、隠さぬ訳で、貴信は細っこい体から慌てて目を背けた。
「私は入らないぞ。核鉄を手放してみろ。何をされるか分かったものじゃない」
「斗貴子先輩もガード固っ!」
「というかアタックが手堅い……」
千里は感心したような呆れたような顔だ。この時点で大体どういう仲か察したらしい。
「えー。一緒に入ろうよ。このまえ銭湯で一緒にお風呂した仲じゃない」
斗貴子はまひろに袖を引かれるが、頑として動かない。
そして見る。無言で笑いかけてくるヴィクトリアを。
壮絶な顔だった。爬虫類のようにスリットが大きな冷たい目でねめつけるように見上げ、口は耳たぶの辺りまで裂けて
いた。
(見 た ら ど う な る か 分 か っ て い る わ よ ね ?)
(ひいっ!!!)
強烈に眩いホライズンブルーの炎を背後でギンギラギンギラ焚きながら威圧する彼女の顔は、気迫ゆえかどんどん膨れ
上がるように見えた。視線が貴信の下から上へ登っていき、とうとう彼を押し潰しそうな巨岩サイズに到達した。
「私は……服も……タオルもなしで……入ります…………。気を……落とさないで……下さい……」
鐶が袖を引いた。香美がそちらを見ると、無言でブイサインを繰り出した。
仲間っていいなあ。貴信はしみじみした。
「ねーどうしてひかるん服着たままお風呂入ってるの?
「……これは…………羽……です……。私の体の一部……です」
声が聞こえる。鐶はいつものジャケットとミニスカートらしい。
(ですよねー!!!)
着衣はつけていない。裸だ。羽毛とて素肌、裸であるコトは間違いない。
ウソは言われていないのだが、何だか貴信は、悲しくなったk。
『そういえば湯垢の大半占めてるのって人間の垢じゃなくて石鹸カスなんだよな!!』
貴信にはウソをつくとき豆知識を披露する妙な癖がある。いまは別にウソなどついていないが、鐶のそれがキッカケになり
ついつい誰ともなく披露してしまった。
47 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:10:49.40 ID:34erlVTH0
独りが長い人間というのは、ときどきおかしなタイミングで独り言を呟くものだ。風呂でリラックスしているせいか、彼はつい
無防備に呟いてしまった。油断だった。女風呂にいてしかも香美が見聞きした情景が筒抜けだと宣言したのだ。これで近づく
女子はいない。ゆえに独り(厳密にいえば香美がいるが)過ごしている時のテンションで、ついつい言葉を発してしまった。
それが、貴信の命運を狂わせていく。
「えっ。そうなんだ!」
『そう!! 実に71%が脂肪酸カルシウム!! 水分中のカルシウムと石鹸カスの化合物だ!!』
「他には?」
『タンパク質が10.8%! 次が遊離脂肪酸で6.2%! 垢はわずか5.9%に過ぎない!!』
「すごいね。貴信せんぱい物知り」
とぷりという音がした。とぷり? 香美経由でそれを聞いた貴信はさあっと青ざめた。
(まさか)
「ねーねー。他には? 他になんか面白い話ある?」
不意の声。そちらを向かんとする香美。点滅するレッドアラーム。やめろ、やめろ、そちらを向くな。焦燥の貴信。ブレーキ。
条件反射。眠そうに首を動かす香美。心の叫び。砕けるブレーキ。視覚。色の薄い髪。動く。ツインテールの遡行、たどり着く
前髪、濡れた眉毛。
胸の前で両手を固め話をせがむ沙織が目に入った瞬間、貴信は全力で香美の顔を前に戻した。ゴキリという音に一拍遅れ
出てきた香美の抗議。聞く余裕はない。すさまじい動悸が終戦記念日のアブラゼミの合唱がごとく貴信の世界に木霊した。
(え! なんで! なぜ僕の隣にこのコが!!)
本能が映像を突き付ける。ときどき総角がからかい気味にそのテの、ギリギリだが露骨ではない、際どさゆえにどこか
上品で芸術的な写真を見せてくるがそんな感じだった。世界のちょっと下劣な部分が純朴を軽く小突く現象だった。男性的
本能が、誠実で小心な貴信の理性をおちょくった。記録したての情景をボンボンボンボン投げてきた。
桜色の肩。未発達な鎖骨。小さな顎から落ちる雫。そして腕の隙間からわずかに見えたささやかな膨らみ。
もうそれだけで目を回して倒れそうな貴信だが辛うじて持ちこたえる。
(落ち着け! どうやら彼女はしゃがんでいるようだ!! 見えたのは肩とその周囲だけで──…)
致命的な事態に気付いたのは、文句をひとしきり言い終わった香美が、湯船の、人のいない部分をぼんやり見た瞬間
だった。気付く。湯垢うんぬんを言いだしたきっかけを。入浴剤が使われていないからだ。湯は透明なのだ。だからある一点
にたまる湯垢が見えた。離れた場所のそれが見えるというコトはつまり。隣も。
映像が巡る巡る。水の中の様子が巡る巡る。白い光のように入射する細腕。軽く浮く肋骨。新鮮なししゃものように引き締
まったお腹。おへそ。それから、それから……。
(ギャアアアアアアアア!! なぜ透けてるお湯ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
水面の揺らぎと煌めきゆえ重大な部分は見えなかったが、それでもすぐ横に全裸の少女がいるという事実は卒倒モノ
だった。女性にまったく免疫がない訳ではない。鐶や小札とは何とか普通に話せる。ただ、知り合って間もない少女が、
まったく無防備、総てをさらけ出した状態で傍にいるのは、ドキリを通り越してズキリとする。人見知りなのだ、貴信は。
「ねーねー貴信せんぱい。他にはー」
一瞬タヌキ寝入りを決め込もうかと思ったが、そうなった場合、何をされるか分からない。腕を取り肩を揺する……。いず
れもマズい。裸の女子に接触されたら(たぶん僕、心臓が爆裂して死ぬ!!)と思ったので、おずおずと答える。
『そ、その!! ハイジのおじいさんは人殺し、とか!!?』
「本当なのソレ!!?」
(喰いつくんだ!!!?)
貴信もまた驚いた。というのも、まだ人間だったころ、会話の糸口を作るため、同年代にこのテの豆知識を何度か披露した
のだが、残念ながらさほどウケなかった。だからこそ沙織も白け早急に遠ざかると踏み、披露したのだが、しかし逆効果だった。
(い、いや!! 話するために色々仕入れたのだから思惑通りといえばそうなんだけど!! けど!! ここでってのは!!)
焦る。
あとハイジのじいさんは軍隊にいるころケンカで人殺っちまったそうですよ。ソースは原作。
.
48 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:11:20.68 ID:34erlVTH0
沙織は話をせがみ始めた。何というか貴信はもう引き返せない。心中ひそかに香美へ沙織を見ぬよう命じると
『円グラフを発明したのはナイチンゲール!!』
「おお!!」
『電子レンジの両親はレーダーとチョコレート!』
「良く分からないけどスゴイ!!」
『死体のヒゲは伸びる!!』
「怖い!!」
どんどん行く。
「フ。戦場で死ぬ奴より野戦病院で死ぬ奴の方が多くてな。ナイチンゲールはそれを円グラフ……正確にいえば鶏頭図に
まとめ、衛生改善を訴えた。彼女は統計学の開拓者でもあるのさ」
「確か……ロンドン統計学会初の女性メンバーでしたね師父」
「貴信の話か」
「声でけえからこっちまで丸聞こえだ」
「フ。奴めどういう訳か披露しているな。得意の豆知識を」
男性陣は並んで体を洗っていた。
「電子レンジの件はあれだ。軍事絡みだ。1945年、アメリカのレイセオン社でレーダーの研究中、研究者のポケットに入っ
ていたチョコレートが、マイクロ波で溶けたのさ」
「それを食品加熱に転用した、か。ムム。我が龕灯の性質付与に利用できないものか」
「あと、死体のヒゲが伸びるのは怪奇現象でも何でもないぞ」
「戦士長」
防人が男性陣の後ろに立つ。引き締まった体。腰にタオル1枚巻き付けている。
「毛穴に残っていたものが、皮膚の弛緩により出てくる。それだけだ」
「詳しいスね」
「むかし戦団にブラボーな検死官が居てな。火渡や他の戦士たちと一緒に何度か講義を受けた。石榴由貴。知ってるか?」
「いえ」
最近戦士になったばかりの秋水なので分からない。剛太も首を振る。
『カタツムリの歯は6000〜1万5000!!』
「「「「「!?」」」」」
轟く貴信の声にみなビックリ。
縦60〜100列。横100〜150列。
おろし金のように小さな歯が口の中にビッシリ並んでいる。
『そんな生き物を石器時代の日本人……食べていた!!』
「ぎゃー!! あ、でも、フランス料理でエスカルゴってあるよね?」
『あれは日本のとは種類が違う! むしろ貝に近い奴だ!!』
「せせせ石器時代の人なにやってるの! 選ぼうよ食べ物!!」
「なあ」
剛太は壁を指差した。銭湯のように上の部分が空いており向こうの声は丸ぎこえ。
「そうだな。学校の施設だぞ。いいのか?」
秋水は別な部分を心配した。寄宿舎に来て間もない。こんな破廉恥の土台を知ったのはつい最近らしくまだ割り切れない
様子だ。剛太はガクリとうなだれた
「そうじゃねえよ。栴檀貴信。アイツなんか絶好調じゃね?」
「いい傾向だと思うが。俺が言えた義理でもないが、学校生活を楽しめていない様子だったからな。あれ位がちょうどいい」
「なにを悠長な。あの少女や姉が裸を見られるかも知れないのだぞ」
無銘がぶすりと釘を刺すが、返る言葉は「大丈夫。彼はそんな事などしない」。まったく取り合われない。
「フ。奴にも春が来るのかな」
みんな一緒に頭をシャー。背後で防人、重ね当ての素振り。
.
49 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:11:52.14 ID:34erlVTH0
髪をアップにまとめた桜花は肩まで湯船につかっている。その隣の毒島はバスタオルを巻いているにも関わらず、鼻先まで
潜水中。素顔を見せるのが恥ずかしいらしい。
ともすれば子供と保護者に見えるが2歳しか違わないペアを声が貫く。思いやりに基づく怒りの声が。
「斗貴子さん! お風呂ちゃんと入らないと疲れ取れないよ!」
「母親か! いい! 入浴なら後でする! 今は鐶たちを監視する!!」
目も三角な斗貴子はセーラー服姿。鐶のように羽で作った訳ではない。普通の繊維でできた普通の服である。
のっしのっしと肩をいからせ浴場内を練り歩く斗貴子に桜花は声をかける。
「あらあら。公衆浴場の係員さんみたいね」
「うっさい! だいたい桜花お前、戦士の癖に油断しすぎだ!」
「え……」
同じく戦士な毒島が振り返る。
その目は潤んでいる。責められたように感じたのだろう。そんな自分では火渡の役に立てぬと傷ついたのだろう。
しまったという顔の斗貴子。桜花も首を曲げ両者を見比べる。気まずい沈黙が立ち込めているが平然と微笑む。
「役割分担よ。ねえ毒島さん。お風呂上がったら監視交代、津村さんが入ってるあいだ今度は私たちが音楽隊見張る……
それだけじゃない。そもそも休むのも仕事よ。津村さんだってさっきそう言ってたでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。毒島も疲れているだろうし今はいい」
普段なら「口が減らない」と怒鳴る腹黒い躱し方だが、さすがに気弱な少女が関わるとあっては矛を引く斗貴子だ。
「それに武器なら持ってきてるけど?」
水中からザバリと取りだす核鉄。毒島も、顔を沈めつつ同じ仕草。
(抜け目ないわね)
一連のやり取りに感心するヴィクトリア。戦士は嫌いだが、桜花の聡明さには目を見張る。
そんな彼女は目で礼をする毒島にこう言った。
「ところで毒島さん。来年生徒会で会計を……」
「フ。あの声で会計か。フ」
「師父。どうしました師父」
千里は少し呻いていた。湯気で曇った眼鏡もそのままに呻いていた。
桜花。そして香美。ついでにまひろ。
芸術的な彫刻のような美しい曲線を彩る妖しくも甘い影。
大自然の息吹を感じさせる瑞々しい豊かな果実。
少女らしいあどけなさと健康な成育を兼ね備えた奇跡のような青春美。
「ぐむむ……」
バスタオルの下に押し込められた慎ましさを思い再び唸る。
瞠目せずには居られぬ女性の象徴の持ち主に限って、一切隠さぬのだ。
桜花が湯船から出る。白い質量が振動した。
香美が伸びをする。鎖骨の下で水がぶるりと弾け飛んだ。
まひろは湯船の底に両手をついてワニの真似。重力に引かれた母性の証が密着し黒い稜線を描いた。
カキリ。千里は敗北感にうな垂れた。
50 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:17:50.94 ID:34erlVTH0
「フフン」
剛太の股座を覗き込んだ無銘は得意げな顔をした。
「なんだコレは……!!」
秋水の股座を覗き込んだ無銘は眩い光に仰け反った。
「相も変わらずご立派」
総角の股座を覗き込んだ無銘はかしずいた。
「大人だ! すごいぞコレは! マンモスなのだ!!」
防人の股座を覗き込んだ無銘は興奮して叫んだ。
「……千里」
ヴィクトリアは友人に密着していた。
バスタオル越しにそっと胸へ手を伸ばす。
いやいやをする眼鏡の少女の耳が唇に触れた。軽く噛む。甘い吐息が跳ね上がった。
同時に抱きすくめた体がビクリと痙攣し力もまた拡散する。
タオルの隙間から手を入れ膨らみを探し当てる。
下からなぞり上げただけでもう千里は息を荒げグッタリとする。
「やっぱり。私より大きいじゃない」
手に力を込める。掌全体で質量を確認する。そこは桜花たちを羨むほど乏しくはない。
どころか標準よりやや上だ。だがそれを恥じる千里をヴィクトリアは非難しない。
むしろ彼女らしい慎ましさに愛しさがこみ上げる。
そしてヴィクトリアは千里の太ももにかかるバスタオルを跳ね除け──…
(……。なに考えてるのよ私)
湯船に顔面をつけブクブクするヴィクトリア。
明らかに自分より”ある”千里がそれ以上のランカーどもを羨んでいるのがムっときた。
なので脳内で仕返ししたのだが予想以上に桃色な報復になって恥ずかしい。
(たぶん私が一番……)
毒島の目もまた赤い。キツく巻いた筈のバスタオルがひょろひょろとズリ落ちるのだ。
何度直しても落ちてくる。大変悲しかった。
ヴィクトリアの肉体年齢は13。毒島は16。だが9cm負けているのだ。
欧州人と日本人の人種的な壁の前に負けているのだ。
(やっぱり……男の人は……大きい方が…………いいので、しょうか…………)
鐶は真剣に考えていた。目がいいので大体分かった。
ヴィクトリア以上千里以下というところだ。
やっと最近、女性としての体裁が整い始めたそこに手をあて考える。
(考えても仕方ありません……実行あるのみです)
「無銘くん…………おっきい方が好きですか?」
「し! 知るか! というか覗くな!!」
壁に上りひょっこり顔だす鐶に無銘は怒鳴る。非常識だった。
「うわわわわわわわわわわわわわわ!?」
剛太はおののいた。目が虚ろすぎて生首の幽霊に見えたらしい。
51 :
永遠の扉:2014/03/18(火) 00:18:21.57 ID:34erlVTH0
「で、お前ら、大きい方がいいのか?」
防人がニヤリと笑って一同に問う。
「戦士長。ここからでは向こうに丸聞こえですが」
秋水は粛然と返す。あと無回答。
(言わなくても分かるでしょ戦士長)
鼻の辺りに一文字の傷引くジェスチャアの剛太。
「ノーコメント」
無銘は顔を背ける。
「愚問! 小札であれば何でもだっ! フ!」
大声の総角。
(勇者だ)(勇者だ)(筒抜けなのに勇者だ)
男どもは思った。
(…………ばか)
あまり長くない足をめいっぱい伸ばしていた小札は声と共に頬を染めた。
俯いた顔の下で水面が煌めき、嬉し恥ずかしの微笑を映した。
その顔を見た小札は気付く。
(ムム! この水面のきらめき!! 先ほどの洪水をば描く小説に転用可能!!)
トキメキ<実況
毒島<小札。
どちらも2cm上である。
「ふっふっふ! さあ斗貴子さん追いつめたよ!」
不敵な声。それぞれの思いに浸っていた女性陣がいっせいに顔を上げる。
「ちょ、まひろちゃん、やめろ! 私はキミたちを守るため入浴してはならないんだ!」
「問答無用! なにを隠そう私はお風呂入れの達人よ!!」
乱舞する若い裸体があれよあれよと斗貴子の衣服を脱いでいく。
「ココはヌーディストビーチか」
千里は呆れた。
「コラ! やめ! 変な……変なトコに手をかけるな!!」
騒ぐまひろの声。苦しげな斗貴子の声。絹を裂くような悲鳴が時々ひどく艶かしくなる。
全部、男性陣に筒抜けた。
(やばい。なんか先輩の純潔がやばそうで、なんかやばい)
剛太はシャワーから出る熱湯を冷水に換えた。
みなその用途については追求しない。そっと目を背けた。
「フ。あの声で純潔か。フ」
「総角。君なにがいいたい?」
そんなこんなで入浴続く。
キルラキルいよいよ大詰め。以上ここまで。
53 :
ふら〜り:2014/03/18(火) 20:54:52.29 ID:RbHwLT4/0
>>スターダストさん
>ときどきおかしなタイミングで独り言を呟くものだ
貴信には、いろんな点で自分と重なるものを感じていましたが。今回のこれもかなり。むむう。
香美への親心や「見たい気持ちを抑えて七転八倒」など、良い貴信回でした。そして定番の、
大きさ比べ! しかも男女両方。各々の自信やコンプレックスが垣間見える、貴重なひと時。
54 :
永遠の扉:2014/03/23(日) 18:14:14.28 ID:QbbsgSZj0
嵐がすぎた。
「フ。やっと貴信の豆知識披露が終わったわけだが、凄かったな」
ざばあとかけ湯をしながら、総角。その肉体は細身ながら引き締まっている。
「かなり言ってなかったか……?」
「60超えた辺りで数えるのをやめた」
背中を洗う剛太にシャンプーハット姿の無銘が答える。
「まさかフルーツパンチとポン酢の語源が同じとはな」
髪を濡らし一瞬清純な色香をたたえる秋水は生真面目に頷いた。
「サンスクリット語で5を表す『パンチャ』が、5種配合のカクテルや調味料を指すようになり、パンチやポン酢に訛りつつ進
化したとは」
「細かいしどうでもいいし」
剛太は手を振る。
「フ。楊貴妃はデブでワキガで」
「毛沢東は生涯歯を磨かず晩年は歯茎にコケ生えてたのか……」
「ホンダ2代目社長の弟はヤマハ5代目社長。ダイエー副社長もやり、大赤字回復させたのか。ブラボーだ」
「しかもそのダイエー創業者の息子の妻はホンダ創業者の孫娘」
「細かいしどうでもいいし」
防人含め全員湯船に浸かる。
特訓の疲れが出てきた。入浴時特有の眠気に剛太はうつらうつらし始めた。
(メールアドレスの@は英語の「at」じゃなくて古代ローマの壺を表す『amphora』の頭文字………………………………。
雷の多い年は豊作。理由は放電時のエネルギーが作る硝酸が地面に染み込み窒素になって植物育てるから…………。
シロクマの地肌は黒……。白く見えるのは体毛の反射のせい。ひもじいって言葉作ったのは貧乏人じゃなくて上流階級。
暗い所で本読んでも目ぇ悪くならない。焦げたもん少し喰うぐらいならガンにならない。虫歯放置すると、死ぬ…………)
貴信の大声が蘇ってくる。隣で無銘が「キウイは皮ごと食べるのが正しい」とか呟いている。
世界がだんだんグニャグニャしてきた。
(闘牛のウシは別に布の赤さにゃ興奮してない。モノクロに見えてるけど濃くてヒラヒラ動いてるから突っ込んでくる………。
イヌネコも花粉症になる。ムショで作られるお守りもある。「マジ」が生まれたのは江戸時代。(笑)が生まれたのは明治。
暮れに第九やるよーになった理由はしょうもない。戦後間もないころ生活に困ってた楽団員たちの年越しのバイト……。
いわゆる『警察官立寄所』。実際来るのはOBとか防犯ボランティア。現役ポリに必ず立ち寄らせる決まりはない……。
鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵。死後カラになった家に越してきたのは遠山の金さん。ノリスケは東大法学部卒……。
サハラ砂漠より大きな砂漠は南極大陸。寒冷地だが降水量的には砂漠。あと南極でカゼは引かない。ゴビ砂漠で洪水起
きるコトがある。砂漠の多いサウジアラビア。最近よく輸入するものは、砂…………………………………………………)
「消えねえ!!」
「!?」
突如立ち上がり水面蹴立てる剛太に無銘ビックリ。
以下、戦士組。
「レコードの溝のゴミは接着剤で取れ……? そもそもレコード自体あまり使わないのだが」
「ドーパミンのうち脳が分泌するものはわずか5%。残り95%は腸から……。あら。意外ね」
「独り暮らしするときは男物の洗濯物干すと防犯に。なるほど。火渡様に借りましょう」
以下、日常組。
「歯を白くしたいならすり潰したイチゴでハミガキすればいいんだ」
「キャベツの芯に熱湯を注ぐと破かずに剥がせる……? 貴信せんぱいお母さんみたい」
「剥がれにくい障子紙には大根おろし塗るといいんですか」
以下、ホム組。
「昔の方はワラをば食べていたのですか! お米の粉と混ぜ、お餅に!! 今度トライしてみまする!」
「え。ペンギンの足って……長いの……ですか? 短く見えるのはお腹の羽毛の中で体育すわりしてるから…………?」
「大腸菌は40万Gだろうと2万気圧だろうと死なない。けど地球はだいたい1G。体積130万倍の太陽でさえやっと28G。
地球最高気圧は深海の1100……ムダな性能ね。いったい何を想定してこんな進化したのよ……」
女性陣みな総てふむふむと感心した。気付けば肌色の群れが貴信の周囲にいる。
.
55 :
永遠の扉:2014/03/23(日) 18:16:32.31 ID:QbbsgSZj0
「ブラボー。衣食住への詳しさは千歳並みだ。というか彼は意外に家庭的だな」
「フ。というか、当然の帰結だ」
「っ! そうか。人間時代の貴信には両親もなく恋人もなく友人さえも居なかった! なら自分で家事をする他……!!」
「……。いや貴様。真剣に納得するな。いくら栴檀といえどそこまで言われるとなんか哀れだ」
「まったくだ。てめェに言われると何か腹たつ」
美形で、剣道全国ベスト4で運動神経バツグン、成績もトップクラス。副会長で人気が高く、その上まひろとも良い仲だ。
鐶の義姉、リバース=イングラムがこの場に居れば「リア充爆発しろ」とスケッチブックに描くだろう。
貴信はというと重曹や炭酸水を使った衣食住の便利知識をマシンガンのように披露している。
女性陣はもはや聞き入っている。
ここで彼女らが貴信周辺に集まった経緯を説明しよう。
まず沙織にまひろが、香美に鐶と小札がそれぞれ寄ってきた。知的好奇心ゆえに貴信の豆知識に興味を示したのは千里
だが、さすがに入浴中、男性の傍に寄るのは抵抗があると見えて遠巻きにみていた。その手をヴィクトリアが取って友人たちに
合流したあたりで戦士も寄った。斗貴子の接近は必然だった。この点、自然の摂理というのはうまくできている。水にヌー群が
らばライオン来たる。人にホム群がらば斗貴子来たる。言わずと知れた食物連鎖である。豆知識に惹かれ集まったまひろたち
に近づいた鐶、小札、ヴィクトリアたちホムンクルス組は、瓜田に沓を脱ぐがごとくの疑わしい動きを見せた瞬間、無音無動作
で発動したバルキリースカートに章印を貫かれ絶息するだろう。斗貴子は核鉄を握り締め、ギラついたシアンのオーラを全身
から立ち上らせている。そんな彼女こそむしろ恐れたのだろう。随伴の桜花と毒島は酒乱の夫と旅行する母子がごとく「ヤ
バくなったら全力で止めて謝ろう」という顔である。
貴信は斗貴子にビクビクしながら、けれど急に豆知識披露をやめたら怪しまれそうで怖いので、続けている。
『お風呂なので水ネタ! 7割海な地球の水は全部で約14億立方キロメートル! だけど約97%が海水で飲めない!」
「え、そうなの。淡水3%しかないの?」
『しかもその7割超が南極や北極の氷! 四捨五入すると僕らが使える水、地球全体の0.8%!! だけ!!』
女性陣は思わず湯を見た。
『そのせいで世界には、キレイな水を飲めない人が7億8000万人いる!』
「!? まひろシャワー出しっぱなしよ!!」
「止めて来い! 早く!!」
斗貴子の怒号を受けながらまひろは一子纏わぬ姿でダッシュした。色々揺れた。
「無駄遣い……。謝れ……7億8000万人に謝れ……です」
「まさに湯水が如き使える水! されどその澄みたるは奇跡! 穢れたるは病の元、飲めば危うい、訳ですねっ!?」
『けど混じり気のない純水や蒸留水、飲み方しだいで人は死ぬ! 水道水の塩素もガンとか起こすらしい!』
「どうしろと!?」
沙織からすっとんきょうな声があがる。
『こんな二律背反は他にもだ! 睡眠不足だと肥満になって死亡リスク高まる! けど寝すぎても脳鈍って死亡リスク高まる!!』
「だからどうしろと!!」
斗貴子は怒鳴る。
『そのうえ風邪薬の副作用はおろか早朝ジョギングでも死ぬ!』
「あらあら」
『なのにしゃっくり1億回続いても死なない!』
「すごい! すごいけど変! ヘンだよ人体!!」
『水に関してはほどほどが一番! 川が大腸菌だらけの国ほどアレルギー少ないし!!』
話題は大腸菌へ。
(へえー。大腸菌は重力とかには強いくせに簡単に駆除されるんだな。で、清潔になったせいで生まれたのがO157か。本
来弱い菌なのか。獲得エネルギーの7割で毒素作って残り3割の力で細々と生きてるらしい。給料の大半ギャンブルに使っ
てるから医者行くカネなくてすぐ死ぬ、みたいな。だから汚い、雑菌だらけの環境のがむしろ死ぬ。生存競争に敗れて死ぬ。
だもんで泥遊びして腸内細菌満載の下町育ちは軽症で済むらしい。ヒドい目あうのは清潔志向な金持ち………………。って!
やべ。なに聞き入ってるんだ俺! というかここまでザっと数えただけでも30超えてるぞ豆知識。何だよ30って。増殖した
ムーンフェイス1体1体が披露できるレベルじゃねえか)
もう剛太は唖然とする他ない。栴檀貴信の本領ここにあり。
.
56 :
永遠の扉:2014/03/23(日) 18:17:20.03 ID:QbbsgSZj0
『あとノーベル数学賞がないのはノーベルが数学者に失恋したせいじゃないかって疑惑あるとか!! アンデスメロンのアン
デスは地名じゃなく「安心です」の略で、エリーゼのためにはテレーゼのために作られ、ニンニク注射にはニンニク入ってい
なくて、駅前にある地図看板、実は地元商店街に押し売りされてる物なんだ!! 温室育ちというけれど実際の温室は二
酸化炭素が少なくて植物にはけっこう過酷、あと、火星は暑そうなイメージだけど実際は平均表面温度マイナス65度の冷た
い星(赤いのは岩石や砂に含まれる鉄酸化物のせい)とか……そんな感じだ!!』
「…………」
みな、静まり返った。
いや、音はした。香美(貴信)の横にいる沙織が手を打った。拍手。入浴中ゆえに水分をたっぷり吸った小さな手を、笑顔で、
ぱちゅぱちゅと叩き始めた。動きは、伝染した。鐶が、小札が、まひろが、続いて拍手をすると斗貴子を除く女性陣もそれに
倣った。
割れんばかりの音が浴場に反響する。
「讃えられてるぞアイツ」
「フ。中学時代の努力がやっと花開いたという感じかな」
湯船の中で顔を洗う総角の横で防人は
「ブラボー。おお……ブラボー!!」
声を張り上げ呼びかける。声が届いたのだろう。女風呂からクスクス笑いが響いた。
(というか女風呂侵入して褒められるとかどういう了見なのだ!!)
無銘は不満顔だ。
「彼は俺と違って様々な話題を持っている。その気になれば交友関係ぐらい簡単に……」
秋水は考える。貴信という男は、アクこそ強いが根は誠実だ。そのうえ大量の豆知識を抱えている。
なのに何故友人を作れないのだろう。
考え込んでいると、深みのある声が耳朶に響いた。
「フ。俺は奴の上司だから分かる。あれほど讃えられたアイツが……いまどういう気持ちかを」
女風呂。拍手の中、香美の後ろで貴信ははにかみ笑いをした。だがそれも一瞬で、口元は寂しげに結ばれた。
「二度とああいうコトはしない?」
剛太は意外そうに問いかける。
「フ。そうだ。女風呂に入るコトじゃあない。豆知識の披露だ。恐らく奴は絶対しない」
「それはいったい何ゆえですか師父。奴めの性格ならむしろ喜び勇んでやりそうですが」
今日はネタギレ。最もらしいコトを言うと女性陣は元いた場所に戻っていく。
沙織もまた戻っていく。「面白かった! またね!」と親しみを込めた言葉をかけて戻っていく。
水音が遠ざかっていくのを香美経由で確かめると、貴信はやれやれと息を吐く。
力のぬけた体にお湯はいっそう染み渡るようだ。気疲れで固まった首筋がみるみる楽になる。
「いいの? ご主人?」
『ん?』
香美が口を開いた。豆知識を伝えている最中ずっと黙っていた彼女が、ここにきて急に喋る。
貴信との会話なら頭の中でもできる。なのにわざわざ口を開いて、だ。
「ご主人、本当はさ、もっとさ、お話したかったんじゃないの?」
心配しているようだった。意識を共有している彼女は、どうやら貴信が持つ何がしかの本心に、気付いているようだった。
けれど分かりすぎるほど分かったからこそ、却って貴信の思惑が分からなくなり、つい口を開いてしまったようだ。
『いいんだ』
香美の気遣いと心配に応えようとしたのだろう。
貴信も敢えて口に出す。誰にも聞かれぬよう、普段と真逆、極限の小声で。
「フ。意外に思うかも知れないが、内向的な奴ほど人間をよく見る。他者の行動に対する感受性が強いというべきかな。
自分に及ぶ言動は実態以上に大きく受け止めるし、他の誰かが他の誰かに向けた言動さえ、我が身を通らばどうなるか
深刻に考える」
「それが豆知識とどう関係あるんだよ?」
「ふはは。馬鹿め。我は分かったぞ。要するに鬱陶しいおっさんを見ればああなるまいと決めるのだ、ああいうタイプは!」
無銘は浴槽のヘリに仁王立ちして笑った。放送コードを通せる可愛らしいシンボルがプロプロ揺れた。
57 :
永遠の扉:2014/03/23(日) 18:18:06.61 ID:QbbsgSZj0
「中村。噛み砕いていえば、貴信は怖がっているんだ。『またか』。そう言われるのを」
まだ分からぬ剛太はどちらかといえば外交的、らしい。秋水に防人は助け舟を差し伸べる。
「まあアレだ戦士・剛太。自分に置き換えて考えろ。例えば君がハト出す手品を習得したとしよう。それを戦士・斗貴子に見
せる。そしたら大好評だった。また見せるか? 見せないか?」
「そりゃあ…………見せますよ。斗貴子先輩が喜んでくれるなら人体切断だってやりますよ」
ニヤリと笑う剛太。「若いな」と笑ったのは総角で、長い髪の房をくるくる弄んでいる。防人の言葉、続く。
「ところが、だ。君が2度3度手品を見せるうち、戦士・斗貴子がウンザリしたらどうする? どころか「もういい」と言われたら?
もちろん君が彼女のため懸命に手品の練習をしたとしてだ」
「そんな……俺はただ斗貴子先輩の笑顔が見たかっただけなのに……」
「落ち込むな中村。例えばの話だ」
心底落ち込んだ剛太に秋水はやや呆れ顔だ。
「フハハハハ! 馬鹿め! 調子に乗り何度も繰り返すからそうなるのだ!! ひとたびウケた行為を、またウケると思い込み
何度も何度も執拗に繰り返せば煙たがられる! これぞ愚かな壮年のおっさんどもが如き行為! 師父だって母上にガチョーン
がたまたまウケたのを幸い毎日7回やって8日目に禁止令出されて愕然としたのだ!! そーいうの嫌がられるものなのだ!」
「むめ……おまっ! ガチョーン事件は関係ないだろガチョーン事件は!」
「ガチョーン事件って何!?」
やや恥ずかしげに怒鳴る総角に落胆も忘れツッコむ剛太。
「ガチョーン事件。小札にガチョーンがたまたま受けて気を良くした総角が毎日7回やって8日目に禁止令出され愕然とした事件だ」
「なに説明してるの早坂!?」
「何って。君が知りたがっているようだから、今聞いたあらましを説明しただけだが」
「そうじゃねえって! 俺の言った何ってのはツッコミのアレで……あああ!! もういい!!」
涼しい顔で疑問符を浮かべる秋水に剛太は頭をボリボリやった。水気が飛んで波紋を作った。
「あと秋水よ。つぎガチョーン事件に触れたら本気で怒るからな。サテライト30で分身して九頭龍閃・極ブチ込むからな」
防人は一同を見回してからカラリと笑う。
「とにかく男はガチョーン事件を起こしがちだ」
「防人戦士長…………」
総角は青ざめた。恨めしそうな半眼もした。珍しい表情だった。
(すげ。あの総角を)
(軽くやりこめてる)
不思議なものでそうされると、いけ好かない総角に何となく連帯感が芽生えてしまう。同情というか、防人という”長”を共に
頂く間柄が実感のものとして刻み込まれるというか。やり手だが、中小企業の社長に過ぎない人物が、一流巨大企業の部長
クラスの肩書き相応の人間力にうまいコト巻き込まているような感じでもある。
「他人……とりわけ女性に何かウケると男はそれを繰り返したがる。だが、栴檀貴信は、そのガチョーン事件をどういった
経緯かは分からないが、とにかくどこかで見たのだろう」
「フ。どこだろうな。フ」
総角は目を泳がせた。頬の汗は彼曰く入浴による発汗らしい。
「あー。ちょっとずつ分かってきた。内向的で人の行動大仰に受け止めちまうアイツだから、自分がそうなるのが怖いんだ」
「そうだな。豆知識が受けたからといって二度三度と繰り返すうち敬遠されるのを恐れている」
「ブラボー。2人ともよく理解してるな。ただもっといえば彼は──…」
「フ。自分が傷つくコトより、傷つけるコトを恐れている。不快な思いをさせたくない、そう気遣っている」
だから豆知識披露はしない。男性陣は断定した。……貴信自身も、含めて。
女風呂。
『僕なんかの、しつこい、承認欲求を満たすため、同じコト何度もやるなんて……よくない。きっと彼女らも迷惑だ』
「よー分からんけど、あそんで欲しいならそーいえばいいじゃん」
香美の囁きに貴信はやや落ち込む。それができないから苦労しているのだ。会話以外の、豆知識披露のような、『なる
ほど確かに他者へ何か与えるけれど返って来る物は少ない』本質を持つ行為の本質に気付かず、中学時代それの確保
ばかりに血道をあげたのだ。人間関係構築へ前向きに取り組んでいるようで、その実すぐ目の前にいる級友たちからは
目を背け、楽な雑学読書に逃げ込んで。
『それが上手く作用しそうだからって、調子に乗るのは』
「あたしさ。ご主人、好きじゃん?」
香美は伸びをした。それに伴う質量の重心変動にさえ真赤になる貴信だ。細い腕が水面に没し、熱さと水圧が心地よく
肌をくすぐる。
「さっきさ、さっき一緒に暮らしてるとき、イヤじゃなかったじゃん。さっき、何をいろいろいってたか分からないけどさ、さっき
いっしょに暮らしてるとき、ああいうのなかったじゃん。でもあたし、ご主人、好きじゃん。イヤなこと、ちっとも、せんかった」
『香美……』
この少女に時系列の概念はない。過去は総て「さっき」である。7年以上前の生活も、まったく今しがたの豆知識披露も、
香美にとっては総て「さっき」。
「あたしはアレよ。やな奴見るとしゃーってなるじゃん。なんも考えずしゃーいう訳よ。でもご主人にはせん。さっきあたしより
デカかったのにさ、しゃーいいたくなることせんだじゃん。デカいのは基本やなやつだし、おっかないのもいてさ、くらいとことか
せまいとことか、たかいとことかやっぱ怖いけど…………でもやっぱ、ご主人いれば平気じゃん! 平気!」
栴檀香美は、ホムンクルス化する直前、幼体の細胞の培養元を、子猫としての自分を殺されている。死骸は凄惨だった。
怒りに駆られたホムンクルスの貴信が、自分より遥かに無力な存在を縊り殺しかけるほど、惨たらしく。それほどの死を遂げ
るまで、暗所や狭い場所で虐待された挙句、高所から叩き落された記憶は、今でも彼女の心に影を落としている。
にも関わらず、貴信が居れば平気という。貴信さえいれば大丈夫と心から思っている。
それほど飼い主を好いている。
暗く寒い段ボール箱の中で死に掛かっていた自分を助けてくれた貴信を、心から愛している。
「あたしがしゃーいう奴は。あやちゃんだって、ひかりふくちょーだって「や!」いう訳よ。じゃあしゃーいわんご主人はさ、大
丈夫じゃん。あやちゃんたちだってさ、イヤがってないじゃん。さっきもさっきもさっきもさ、こーいうトコ来るなって、いわんかっ
たしさ。ならさ、なら」
(さっき……ああ。この前とかあの時とか昔とか、旅途中で銭湯寄った時のコトか)
すっかり桜色になった人差し指に生える産毛を桃色のザラついた舌でぺろぺろ舐めながら、香美は言う。
「ご主人はご主人で、いいじゃん?」
『………………』
貴信は黙った。少し、泣きそうになったのだ。香美の言葉は、ネコゆえに、拙く、具体性にかけている。けれど、うまくいえない
ながらにも、一生懸命、貴信を支えようとしているのは分かった。豆知識の披露などせずとも、ありのまま、誰かに接すれば、
きっと道は開ける……そう言いたいのだろう。彼女は。
(本当にいいコに育ったな)
7年前。ホムンクルスになった契機。貴信は殺意に駆られ、香美もまた暴走した。けれど2人は互いに制しあい、踏みとど
まった。貴信と香美とでは香美の方が遥かに凄惨な目に遭っている。何しろ、殺されたのだ。なのに、守れなかった貴信を
一度も責めず、『ニンゲン』もしくはそれに準ずる怪物たちへの憎悪はまったく抱いていない。
月並みだが思うのだ。出逢えてよかったと。香美は貴信に助けられたと思っているのだろう。けれど
(それは僕も同じ。救われている)
いつもすぐ傍にいる。たったそれだけの事が期せずして人ならざる存在になってしまった悲哀を埋めている。
(だからこそ……僕は元の体に戻りたい。昔のように、香美と一緒に過ごしたい)
飼い猫と一緒に過ごす。たったそれだけのささやかな日常を栴檀貴信は求めている。
求めているからこそ、元の体に戻しうる火星の幹部・ディプレス=シンカヒアとの戦いを、覚悟している。
以上ここまで。
約2000。それは貴信用に蓄えた豆知識の数。
59 :
ふら〜り:2014/03/24(月) 22:09:18.43 ID:4aq4Auyv0
>>スターダストさん
私が知ってたの、辛うじて三つぐらいでした。2000の技ならぬ2000の豆知識、見事!
ガチョーン事件、人間(特に自信の無い人間)なら誰しもやりそうで、でも何故か男性の方が
特にやりそうな気も。で結局、こんな状況で女性陣から喝采を浴びた貴信はやはりお見事!
60 :
永遠の扉:2014/03/27(木) 00:11:32.69 ID:P8jsybBo0
貴信に目隠しした状態で香美が体を洗っていると。
「ねーねー。香美先輩。シャンプー貸して」
河合沙織がひょっこり寄ってきた。ちなみに髪を洗うため、普段のツインテールは下ろしている。雰囲気は若干大人寄り
である。いつもが小学5年生なら今は中学2年生ぐらいだ。
『!!?』
再びの接近に貴信は身を堅くした。それがいけなかった。
「おお。そういえば貴信せんぱいもいた。また何か豆知識聞かせて下さいね! 面白かったです!」
雰囲気に似合わず年上には敬語を使えるらしい。シャンプーを借りると沙織は隣に座った。
(隣!?)
さらっと成された行為だが貴信は内心思わず二度見するほど面食らった。(実際の映像としては見ていない)
香美が体を洗うにあたり、貴信は極力ふたりの視界内に来ないよう女性陣に要請した。要請した上で、タオルで目隠しだ。
──「あの、普通、そういうのって女子がするコトなんですが」
──「ここまで見たがらないと却って失礼じゃなくて?」
千里と桜花はつくづく呆れた。呆れながらも信頼したのだろう。「しょうがない人だ」という笑みを浮かべた気配がした。
とにかく貴信は必死に女性陣を近づけまいと努力している。視界内にいるものといえば斗貴子ぐらいで、バスタオル1
枚でじっと睨みつけている。あとは知己たる小札や鐶でさえ距離を置いている。仲間だからこそ意を汲み見られないよう
配慮しているのだ。(でなけば後で総角や無銘と難儀なコトになる)。
(なのにこのコどうして隣に!?)
貴信とて男のコだ。入浴後唯一向こうから話しかけてきた沙織をちょっと特別視してしまうのは自然の摂理だ。しかも貴信
の存在と性質を知りながら平然と隣に座っている。これで恋愛感情を期待しない男はいない。たとえ真実が「移動すんのめん
どいしココでいいや。貴信せんぱい絶対見ないし」なる適当な感情に基づいていたとしても、貴信自身どうせそういうオチだろう
と薄々気づいているとしても、やはり、こう、「あるだろ」とか思ってしまう、ものなのだ。
「あ、そうだ。貴信せんぱい」
髪をわしゃわしゃしている音とともに沙織の声。目を閉じていてもシトラスミントのいい匂いだけは分かる。
『な、なんだ!!』
ここで告白きたらどうしようとか考えて使いもしない返答いくつも用意するのがぼっちの悲しい性である。
「さっき皆でお題に沿って色々書いたとき、貴信せんぱい、どんなお話考えてました?」
他愛もない会話。ホッとする反面ちょっとガッカリしつつ貴信は少し考えて、
『貴方と被ってた!』
「あ、香美せんぱい連れて避難するお話ですか?」
『そう!! でもネコ時代の香美だから厳密にいえば成立しなかった! と思う!』
お題は「大雨で洪水の時、大事な人を連れて避難する」である。
「あ、貴信せんぱい。私ですね、勿体ないなーって思ってるんですよ」
シャンプーを洗い流すと沙織は呟いた。口調には好意が滲んでいて、だから貴信は怖いのだ。会話がたくさん積っていく
のが怖いのだ。言葉のやり取りさえ一定量を超えれば誰とだって自動的に絆が芽生える……そんな幻想を抱いているから。
会話の絶対量が少ないから、そこからの分岐を実感として知らないのだ。「話して関係を築ける人」「築けない人」は悲しいけれ
ど確かに分かれていて、しかも前者と巡り合う機会ほど少ないのが人生なのだ。
なのに沙織は、何がどう勿体ないか、話してくる。女友達にする感覚で、平然と。
「だって貴信せんぱい、色々知ってるじゃないですか。だったら、体験談だけじゃなく、もっとこう。不思議なお話書けたんじ
ゃないかなーって」
『……ゴビ砂漠が洪水になるって豆知識下敷きにして、とか!?』
「そーそー。そんな感じです。面白そうだと思う……あ、思いますよ!」
敬語には不慣れな様子だが、貴信を立ててくれているのは分かった。
いい子だと貴信は思う。自分が、自分の感情で手いっぱいの時、沙織はすでに他人の、貴信のコトを考えていた。
真摯な人間を見たとき、貴信はその人物に恥じない対応をしたいと強く願う。この時もそれは出た。
『あの! は、話が書けるかどうかは分からないけど! 調べ物ぐらいならできると思う!!』
「んー?」
61 :
永遠の扉:2014/03/27(木) 00:12:36.37 ID:P8jsybBo0
向き直る気配がした。
『話が前後したようだ! すまない! 台本の話だ!! さっきの一連の流れで若宮千里氏の方向性は固まった! と思う!
でも時間はないし! 香美は速読が得意で、僕も記憶量はいい方だから! 調べたいコトがあるなら、その、使ってくれても
構わないのだけど! 迷惑じゃないだろうか!!』
言い終えてから貴信がしまったと思ったのは、直接千里に言うべき話題だと気付いたからだ。しかも大声だからとっくに本人
へ伝わっている。貴信にとっては、そういうコトは、非常に間の抜けた気恥ずかしい行為だ。
「分かった! あ、じゃなくて、分かりました、です。うぅ。敬語難しい……。えと。任せて下さい、ちゃんとちーちんに伝えます!」
(もう伝わってるんだけど)
湯船の中でツッコみながらも口には出さない千里である。彼女も貴信と同じで馴染み薄い人間とは話しづらい気質なのだ。
まして学年も性別も違うとなると、いきなり面と向かって「手伝わせて下さい」とは言いづらいのだろう。
「劇、一緒に頑張りましょうね! せんぱい!」
『あ、ああ! 僕も全力を尽くす!!』
笑った気配がした。ネコ時代の香美のように元気のいい、たんぽぽのような声だと思った。
(というか……嬉しいなあ。後輩ができたの…………初めてだ)
慣れない敬語にあたふたしている感じが、こう、グッときた。
一方。沙織は。
「ね、ね。さーちゃんさーちゃん」
まひろに手招きされたので合流。通常モードに。。
「どしたんまっぴー」
「香美先輩ってさ、貴信先輩と体共有してるよね」
「うん。そうだけど」
「ならさ……(ゴニョゴニョゴニョゴニョ)、どうだった?」
いろいろ刺激的な言葉が飛び出した。沙織はちょっと真白になったが、
「はっ! どうなんだろう!」
背後で稲妻を飛ばした。
「見よう!」
「うん!」
てな訳で2人してそーっと忍びよる。貴信は気配を感じているようだが、特に話しかけてはこない。
体を洗いに来たとでも思ったのだろう。
それを幸い、隣に座るやしなやかな香美の両足の間に目をやる沙織とまひろ。
「10分湯船に浸かり5分休み水を飲むと老廃物が沢山でるぞ! 気が向いたらやりなさい!」
男風呂では防人が呼び掛けた数秒後。
沙織とまひろは放心した様子で湯船に浸かっていた。
「普通だった」
「女の人だった」
62 :
永遠の扉:2014/03/27(木) 00:13:06.90 ID:P8jsybBo0
「こらこら勝手に見ないの。だいたい体つきが香美さんだから普通に決まってるでしょ」
隣で桜花が顔を洗った。そうだねと頷いてこの件は片付く筈だったのだが──…
「じゃあ貴信先輩に変わる最中ってどうなってるんだろ……」
千里の何気ない一言が事態を急展開させる。
ポカンとした桜花とまひろと沙織が、すぐさま揃って香美を見たのだ。叫んだのだ。
「確かめましょう!」
「賛成!!」
「どどどどどうしよう、スゴいもの見ちゃうかも!!」
「お前ら何でそんなノリノリなんだ!」
怒鳴る斗貴子は見た。隊列を組み歩き出した桜花小隊の背後で、頭を回転させつつ徐々に透明度を下げる鐶を。
「ステルス!? そこまでして見たいのか!?」
毒島はちょっと香美の方を見たが、湯船に顔を沈めあぶくを立てた。刺激が強すぎるらしい。
小札とヴィクトリアはすっかり温泉モード。肩まで浸かりほっぺに赤丸浮かべながら法悦の息を一吐きした。
ある意味彼女らは属する組織においてお母さんなのである。
気取った中間管理職やら我儘な蝶やらに覚える気苦労を、この時ばかりは忘れていた。
そして明日に向かってチャージである。
貴信を前に出すにはどうすればいいか?
この命題の先鞭をつけたのはまひろである。
「あなたはだんだん眠くなーる。眠くなーる」
どこからか持ってきた糸と五円玉を香美の目の前でぷらぷらしてみる。
ぴしぴし。香美はじゃれつくだけで眠らない。
まひろ、落胆。
「ダメだね。眠らせば貴信先輩前に出てくると思ったけど」
「香美さんに強いショックを与えるほかなさそうね」
「といってもどうするの? 暴力は良くないよ?」
まひろの問いに桜花は笑う。笑って無言で斗貴子を見る。
「だから暴力はダメー!!!」
「なんでそれと私が直結する!?」
泣き叫ぶまひろに斗貴子仰天。そこまで悪く思われているのかと内心ちょっと傷ついた。
63 :
永遠の扉:2014/03/27(木) 00:13:47.79 ID:P8jsybBo0
「香美さん……頭殴って…………いいですか?」
「いきなりなにさ!?」
「ひかるんが行った!」
「おお。さすが優しい。斗貴子先輩なら無言で決着つけそうなのに」
「ええ。肺に貫手を一発! 崩れるや髪を掴み人中に膝蹴り!」
「ぼぼぼ暴力はダメだよ斗貴子さん!」
「さっきから黙って聞いていれば……お前らいくら何でも失礼だ!!」
怒鳴る斗貴子に千里は内心頷いた。
(そうね。みんな言いすぎよ。いくら津村先輩でもそんなひどいコト)
「やってないだろ! まだ!」
(まだ!?)
予定は、あるらしい。
鐶の交渉、続く。
「私は…………香美さんに……消えて欲しい、です……」
『も! 目的はだいたい分かったけど! その言い方やめてくれないかな光副長!!』
「大丈夫……です。痛みは一瞬……です。後は虚無に帰すだけ……です」
『虚無に帰す!?』
物騒な単語と貴信の態度だから悟るものがあったらしい。香美は腰に手を当て眉をいからせた。
「よーわからんけど、嫌! だいたいご主人なんか嫌がってるでしょーが」
「そうですね…………。無理を言ってすいません…………。引き下がり……ます」
のそりと踵を返し去っていく鐶。その口元から漏れた小さな声を貴信たちは聞き逃さなかった。
「……………………ちっ」
『貴方だんだんガラ悪くなってないか!?』
(桜花の影響だ。絶対)
斗貴子は呆れ顔で思った。
「むー。まっぴーもひかるんも桜花先輩も敗れた」
「残る頼みの綱は……さーちゃん……だけ…………です」
すっかり1年女子トリオに馴染んでいる鐶である。
沙織は、柏手を打って頭を垂れた。
「じゃあ貴信せんぱいお願いです! 変わる所、見せて!!」
『見せてって貴方!! すごい際どいコトいってるの分かってる!?』
「……あぅ」
痛いところを突かれたとみえ、沙織は戯画的な丸顔でえぐえぐと泣いた。
「実際どうなんだ総角」
「……いや秋水よ。確認するのは色々ヤバいだろ。香美のままにしろ、ムクムク貴信になりゆくにしろ」
「ムクムクか……」
剛太は想像したらしく「うげ」という顔をした。
「ムクムクはまずいなムクムクは」
同じく青くなる無銘の肩を秋水は叩いた。
「大丈夫だ。こっちには戦士長がいる」
「?」
呼ばれた当人含む総ての男性陣は首を傾げた。それが貴信とどう関係するのか。
「いざとなれば壁を壊してでも姉さんを救う。武藤さんも……」
「助けるつもりだ! こやつムクムクの魔手から姉達を助けるつもりだ!!」
「フ。というかそれやったら俺達社会的に死ぬからな」
64 :
永遠の扉:2014/03/27(木) 00:14:18.76 ID:P8jsybBo0
とりあえず女性陣たちは貴信の有する神秘を諦めたようだ。
「落ち着け。戦士・秋水。コレぐらいの壁なら壊(や)れるが、そしたらガールズは俺達のムクムクまで見てしまうぞ」
「……はい」
「はいじゃねえよ。どっちも素手で壁壊せるって前提で話進めてんじゃねえよ。おかしいだろ。気付けよ」
「フ。というかまだムクムク引っ張るのか」
(引っ張る……ムクムクしてないとき引っ張ると伸びて面白いけど言わないでおこう)
さすがに自重する無銘であった。
「というか戦士・秋水。君はムクムクするコトがあるのか?」
防人はニヤけた。やや下卑た話題だがスキンシップの一環という訳だ。
秋水の美貌に微かな波紋が広がるが、しかし剛太たちはむしろ「よく聞いた!」という顔だ。
(いかにもスカしてるけど性癖の1つぐらいあるだろ!)
(フ。何しろ姉が桜花だからな。あのエロさを毎日見ていてアテられぬ筈がない!!)
(クク! 暴露しろ! 弱みを握り次第からかってやる! 「やーいやーい○○早坂ー!」とからかってやる!)
秋水は答えた。
「ありません」
「いや、君だって健全な男子だろ」
「ありません」
「いや。こう……何かの弾みでとか」
「ありません」
「じゃ、じゃあ朝。朝は流石に──…」
「ありません」
どこまえも毅然とした表情で答える秋水に男性陣は黙りこくった。
((((単にガードが固いのか本当にムクムクしないのか……一体どっちか分からない!!))))
「というか丸聞こえだ! そういう話題はよそでしろ!!」
斗貴子の怒号と石鹸が飛んできて剛太のこめかみに突き刺さった。
「グハァ!!」
「!! 中村がやられた! 特に何ら下卑た話題をしていなかった中村がやられた!!」
「……遠まわしに秋水お前俺を責めていないか?」
湯船に顔面を沈めたまま動かない剛太のそばで防人は少し汗をかいた。
「大丈夫!! 斗貴子先輩の投げたものなら俺なんだって平気ですから!! 返しますね先輩! 受け取って下さい!」
ざばりと起き上がり声高らかに復活を宣言する剛太。彼の突き上げた投擲直前の石鹸を凝視したのは、無銘。
「……なぁ。コレ。奴が使いしものだったりは」
「ファ!?」
剛太は奇声をあげた。一瞬言葉の意味を掴みかねるほどの歓喜に支配されていたようで、表情ときたら戯画的なヒヨコ
だった。
(石鹸! 斗貴子先輩の手に触れた石鹸! いやひょっとしたら肩とか膝とか足の裏を洗ったかも! それどころかあんな
トコとかこんなトコとか洗ったり!!?)
「言っておくが剛太。それ未使用の新品だからな」
ポリエステルに包装されている石鹸を見た剛太の中で何かが切れた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
石鹸、飛ぶ!
哀惜と慟哭の赴くまま轟然としなる剛太の手が生み出すかつてない爆発的加速!
振り抜かれた指先から解き放たれた瞬間音速に達し荒涼索漠たる男性浴場から飛び去った!
奇跡は、二度起こった。
剛太の無念に呼応するよう、総角、無銘、防人らはひたすらに願った。
(神よ! なぜ石鹸を包装された! せめて剥き出しであれば、彼女の手に直接触れた物なら彼は絶望しなかった!!)
(我は認めん! いけ好かぬとはいえ、我が母上にするよう津村がため戦った奴が斯様な結末を迎えるなど……!)
(直撃を受けるべきは俺……。裁かれるべきは俺!)
交錯する3つの強い願いはこの瞬間光速を超え、次元の壁さえ容易く突き破った。
そして虚数軸さえ通り過ぎ不確定性原理の粒子と化した結果、あらゆる時系列と平行世界を彷徨う力ある光子と巡り合い
……召された。神の御許へと。
絶対零度の宇宙背景放射によりこの世界の硫黄の因果を形成する、『三柱』が一つライザウィン=ゼーッ! なる神にも等
しき光子の具象、マレフィックたちが復活せんと画策する悪の大ボスは事情を理解すると「いいぜー」と頷いて、その絶対的
な権能──この世界に幾度とない開闢と終焉をもたらした──あらゆる因果を操作できる超弩級の武装錬金特性を、遠き
遠き隔絶宇宙に浮かぶ小さな星の日本の砂粒ほどしかない寄宿舎大浴場を音速で飛ぶ石鹸に寸分違わず照射した。
果たして誰も気付かぬ中、未曾有の奇跡が巻き起こる。
神は透明な包装の取っ手のギザギザに沿って袋を、斜めに開けて、石鹸を取り出さんとされた。
まさしく神の専横であり決断だった。5709億6381年283日9時間56分4秒に一度できるか否かの介入だった。
虹色のハレーションと共に、石鹸は、歪な開け方をされた包装に何度かつっかえながら、というか斜めに開けたせいで小さ
すぎる切り口からはいくら頑張って傾けてみても出なかったので、反対側の取っ手のギザギザから切れ目を入れてスゥーっと
裂いてはみたものの、あの中心部にある何かビラビラのついてる妙に厚い方へとやってしまい、最初の切り口と上手く合流
できず開けられず、もどかしい思いをしながら結局ハサミを使って最初の取っ手側を開封して最初からそうしとけば良かっ
たと後悔するという緻密極まる御業をわずか100億分の3秒でやってのけた神のお陰で、(石鹸は)ついに包装を脱出した。
(あ。最初の切り口ブッ裂いて横から出しゃあよかったぜ!)
神が悔い虚数軸が黄昏に包まれる中、第二の奇跡、きたる!
剥き出しになった石鹸が放物線を描く先で、湯船の縁に腰掛け一息ついていた、バスタオル姿の千里の胸元に、ぽよん
と入り込んだのだ。
これは神ですら予想だにしなかった奇跡であった。大人しい眼鏡の少女は突如胸元に飛び込んできた石鹸にたじろいだ。
なぜならそれはぬめっていたからだ。剛太の絶望と、男たちの願いと、神素と、あと、換気の悪い浴場に立ちこめる湿気で
白いアルカリ性は独特かつ不愉快な摩擦係数の欠乏をきたしていた。千里が声にならぬ悲鳴を上げたのは、天井からナメ
クジでも落ちてきたのではないかと一瞬錯覚したからだ。恐る恐るそこを見ると石鹸が、香美たちビッグ3に比べれば見劣り
するが、確かに存し人柄を顕す、ささやかだが整った丘陵地帯の間に挟みこまれているではないか。
(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!)
石鹸! 一体どうなるのか石鹸! 続く!!
以上ここまで。
66 :
ふら〜り:2014/03/27(木) 20:51:03.30 ID:Qcx39L3V0
>>スターダストさん
むーん。露天風呂じゃないからか、覗こうという発想が無い、というか多分そもそも無理、
なのが残念なところ。その代わり希少なものとして女性→男性の「覗き」が発生しているのが
楽しい。未遂でしたが。あと壁越しの投擲で命中できた辺り、運命を感じていいと思うぞ剛太。
67 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 17:58:17.75 ID:Z7fC2SDI0
石鹸が胸元に滑り込んだ。千里、動揺。
取るべく慌てて手を伸ばした瞬間、その二の腕に接触した膨らみが中央に向かって弾圧され、石鹸をいっそう圧迫。腕を
動かすたび胸の中でぬめった石鹸が上下して逃げるのだ。いつしか胸を覆うバスタオルにシミが浮き始めた。不快感に顔
を赤らめジタバタするうち、泡が皮脂を落とし、ただでさえ滑らかな千里の肌から摩擦を奪う。そうやっていっそう滑りやすく
なった石鹸が、もとよりバスタオルによってきつく圧迫されている膨らみの中を侵していく。捉えどころのない硬いものが、柔
らかい部位に拒まれながらも暴れ狂う未知の感覚。徐々に甘い苦痛へと変わりゆく不快感。千里がどうしていいか分から
ず清楚な眉根をゆがめながら、目に涙を溜め軽く喘ぐ。喘ぎながらも除去すべく、手を動かしたとき、それは来た。
「っ!」
痙攣する千里。目の焦点が一瞬大きくブレた。
ブリュンという放出と滞留を兼ね備えた質感が胸部を襲撃したのだ。
丘陵の麓から頂点へと一足飛びに登りつめた石鹸が、バスタオルの圧迫の赴くまま 敏感な部分を刺激した。
おぞましいぬめりを帯びた堅いモノが右に左にと微妙な加圧で滑るたび、敏感な部分もぐにゃぐにゃと首を振る。そこが刺
激によって血流の集まる場所だとこのとき千里は初めて知った。保健体育では得られない知識だった。
感じたコトのない艶かしい疼きにいよいよ体から力が抜ける。眼鏡の奥で瞳が艶やかに溶けていく。
「はっ!」
千里は視線に気付き我に返る。斗貴子たちが一体何事かと見ているではないか。
もう恥も外聞もなかった。どうとでもなれとばかりにバスタオルを剥ぎ取る。香美以外の女性が「!?」と目を剥く中、千里は
石鹸を掴み男子浴場めがけブン投げた。
「グハァ!!」
石鹸、また剛太に直撃。
「ふーっ、ふーっ! 危なかった。いろいろ危なかった……」
「あの。ちーちん。前」
沙織が、指全開の両手でザルな目隠しをしながら「うきゃー」とばかり見ているのに気付いた瞬間、千里はしゃがみ込んだ。
「ち、ちがいます! 石鹸が、その、胸に入り込んで、そのっ!」
(……将来有望ね。形じゃ負けるかも)
桜花は思わぬ伏兵の出現に警戒を強めた。
「ちーちんまた成長してる。すごーい」
まひろは瞳の前で輪を作りながら感心。
「タオル拾ったぞ。ほら。私が壁になるから早く巻きなさい」
すごいイケメンなコトをいうのは斗貴子。
(勝)
(て)
(な)
(い)
沙織、毒島、ヴィクトリア、小札はどうあっても到達できない領域を痛感した。
(フンだ……です。私の方が……ピンク色……です…………)
大きさで負けた鐶は心の中で負け惜しみを言った。
とりあえず充分浸かったので全員上がる。
68 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 17:58:51.76 ID:Z7fC2SDI0
脱衣所。
「あー。頭いてえ。誰だよ。石鹸。2度目の方。誰が飛ばしたんだよ」
「腹が立ったのは分かるが、排水溝に丸ごと突っ込んで流したのは感心しないぞ」
「どうせ溶けるからいいでしょ。そもそも何故かふやけてドロドロでしたし」
剛太と防人のやり取りに総角、ふと気付く。
(? まさか女性陣の誰かが使ったのか? だとすれば……)
剛太は、使用済みの石鹸を、普通の男性ならまず喜ぶ幸運を切って捨てたコトになる。
(フ。どの道、津村斗貴子以外の女の使ったものになど興味ないだろうがな。つくづくストイックな奴)
「しかし……結局誰も覗こうとしなかったな。けしからんぞお前達。そういう馬鹿がやれるのは若い内だけだぞ」
防人はため息をついた。
男風呂と女風呂を隔てる壁は天井付近が開いている。よじ登ったり肩車すれば誰でも覗けるので、寄宿舎における男女の
入浴時間は本来厳正に分けられている。今日は戦士一同が時間外に勝手に借りたに過ぎない。
「俺はてっきり中村が覗くと思っていたが」
「まあ一度見てるし」
そうか。流した秋水だがすぐに剛太を見る。
「いま君、何ていった?」
垂れ目が更に垂れた。
「横浜の外人墓地で再殺部隊に襲われたときさ。円山の武装錬金でミニマムだった先輩が元に戻ってだな」
「あ、ああ。そういうコトか。成程」
一方、総角と無銘は。
「覗き? フ。俺らがする訳ないだろ」
「そうなのだそうなのだ」
「キミたちもか。意外だな。やろうと思えばやれそうなのに」
防人は「勿体無い」と目を細めた。
「フ。だって貴信の奴が香美と一緒に女湯行くたび無理やり気絶させてる俺らが」
「覗きなどできるか。これは奴への最低限の節義なのだ!」
「いやそもそも貴信を気絶させてる時点でどうなんだ……」
秋水は呻いた。
「だいたい覗かれる方にもなってみろ。好きでもない男に無防備な状態を見られるのだぞ!」
「そうだ無銘の言うとおりだ。傷つくし悲しいし怖いだろう。可哀想じゃないか。だから俺は、フ。ふだん長ズボンな小札が川
の清流に入るときちょっとだけ裾あげて白い脛見せる仕草にトキめくようにしている」
「斗貴子先輩なら逆に長ズボンとかいいな……。ロングスカートも……」
ぽやーとする男2人。ある意味ロマンチストだった。
(………………)
防人は黙った。
(…………昔、心眼・ブラボーアイで覗けないかどうか三日三晩試したのは黙っておこう)
結果だが、失敗だった。当然といえば当然だが。
「風呂上りといえばコーシー牛乳なのだ!」
脱衣所で服を着ると、無銘はココアブラウン色の瓶を高々と掲げた。
「コーシーじゃなくてコーヒーな」
「というかキミ、さっき休憩したときも飲んでなかったか?」
(缶コーヒーを5〜6本飲んでいたな)
秋水は思い出す。やたら上機嫌でブラックばかり飲んでいた少年忍者を。
防人はちょっと心配そうに呼びかけた。
「ほどほどにしておきなさい。あまり飲むと胃が荒れるぞ」
「大丈夫なのだブラボーさん。我はホムンクルスなのだ。錬金術の産物にあらぬコーシーなどへっちゃらなのだ」
そういって無銘はコーヒー牛乳をごくごく呷った。
更に990ミリリットルのボトルコーヒーをどこからか取り出し一気飲み。
数分後。
「おなか痛い…………」
崩れた顔で涙ぐむ無銘が居た。
69 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:05:24.23 ID:Z7fC2SDI0
「フ。コーヒーそのものが胃を傷めるんじゃない。コーヒーに含まれるクロロゲン酸が胃液の分泌を促進するから胃壁が荒
れる。無銘の胃液は、ま、ホムンクルスだから錬金術製。故に胃の破壊は容易く胃痛も起きる」
気取る総角に「いや最初に言えよ」とみな思った。
そして浴場を後にする男ども。
女性陣はもうしばらく入浴するらしい。
「さて、フロにも入ったしそろそろ今日の特訓は終わりだ」
管理人室で防人が言うと剛太は「アレ?」と首を傾げた。
「じゃあなんでココに集めたんスか? 昨日は俺とか毒島とか音楽隊連中、適当な空き部屋で寝ましたよね?」
「ブラボー。よくぞ聞いてくれた戦士・剛太!」
防人は景気よく部下を指差した。どうでもいい話だがすっかりこの男、司会属性である。
「俺の見たところガールズはどうやら台本作りで絆を深めたらしい! よって俺達も対抗すべきだ!」
「フ。結束を高める訳ですね。いや結束というか友情だな。なっ、秋水」
「なぜ俺を見る」
ドヤ顔かつ期待丸出しで見てくる総角を秋水は持て余した。最近馴れ馴れしい認識票ヤローに辟易だ。
「とにかく結束だ。個人個人の能力の底上げについては今夜で一応のメドがついた。元々全員強いからな。今ある力を
武術の機微や重力の使い方でコントロールすれば、残り2日で何とかなる」
だから次の段階に駒を進めるのだ、防人はそう言った。
「それが、結束」
「強くなった個人たちを連携させると」
「結束たって……いや、ブラボー? 早坂はともかく音楽隊連中はホムンクルスですよ? レティクル斃した後はどうせ処分
するんでしょ? あまり意味ねえっつうかか、手の内知られるだけ損つうか」
「……貴様ミもフタもないな」
あまりに正論な剛太に無銘は呆れた。」
「戦士・剛太のいうコトも一理ある」
「フ。あるんだ……」
総角の顔が青くなった。大プロジェクト成功後は提携切りますよといわれた中小企業社長の狼狽がそこにあった。
「だが、それもレティクルに勝てたらの話だ。俺達はまず奴らとの戦いに生き残れるよう最善を尽くさなければならない」
防人は幾つかレティクルの……10年前、1995年起こった戦団との大決戦の情報を提示した。
「あの戦部でも幹部にゃ勝てなかったのか……」
「犬飼の祖父も追撃中重傷を負いそのケガが元で命を」
”幄瀬みくす”なる、強力なサイコメトリー能力の持ち主も成す術なく囚われたという。
「奴らはそれほど強い。そのうえ妙に搦め手を使う。俺達の動きを把握しているフシがあるし」
「フ。幹部一同連携を密にしている」
今度は無銘が説明する番だった。
「一時期とはいえ所属していた鐶めの話によれば、水星と木星は管鮑の仲。陰謀術数においては奴らほど相性のいい者
はいないという。火星と月、天王星と海王星もタッグを組んでいる。悪といえど連携を軽んじないのだ、奴らは」
「仲違いしているようじゃ守れないってコトか」
剛太が思い描くのはもちろん斗貴子である。守れるならホムンクルスと手を組むぐらい別にいいやと思うのが彼だ。
嫌悪はノリだし(両親を殺されてはいるがさほど思うところはない)、戦士の本分どうこうにも拘りはない。斗貴子のため
だけ火渡にケンカを売り戦団から一時離反していたのはこの夏の話。
「戦士長が仰るなら」
秋水に至っては、すでに何度も触れているが元が信奉者だ。結束どころか下につくコトにさえ抵抗はない。むしろ戦士と
との結束こそ困難であろう。(相手によっては拒む。斗貴子がいい例だ)。
「で、何をするんですか?」
「候補は2つだ。時間がないからな。どちらか好きなほうを多数決で選べ」
防人は腰の傍で横向きピースをした。
「あの……俺ら偶数なんですけど」
秋水。剛太。総角。無銘。いま居る4人を見た防人の頬にまた汗。幕末のとある人斬りは油をかけて焼かれたせいで全身
の発汗機能を失くしたというが、防人ときたら五千百度の炎に焼かれてなお汗をかくのである。
彼は少し黙って、
「……。多数決だ」
70 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:06:13.20 ID:Z7fC2SDI0
いざとなったら貴信を呼ぼう。そういう結論に達した。
「1つは演劇の打ち合わせだ。秋水はアクション、剛太は裏方、無銘は特効担当で貴信は文芸。総角は大道具。で、俺は
アクション監督な訳だが、今のうちそれぞれの絵を出し合いたい。各人何ができて何ができないか、何をやりたくて何をし
たくないか……といったコトをそれぞれ突きあわせるんだ。そういう意思統一を、役者裏方関係なく一丸でやってこそいい
演劇ができる」
「フ。ノミを入れ合う訳だな」
「俺らだけでそれやっても他の演劇部員が……え? そっちとはもう話し合った? 根回し早っ!」
「同じ集団行動でも剣道の団体戦とは随分違うな」
「おお。なんか軍隊行動という感じで燃えるのだ」
千里が台本を上梓しだい即応できるように、基盤固めをしようという訳なのだ。防人は。
このあたり数々の作戦行動を指揮してきた戦士長ならではの機微だろう。
「そして演劇作りを通し、時に協力し時に反発しあいながら互いが互いへの理解を深めていけば、戦闘においてもまた結束
できる!」
「おおー」
みな目を丸くした。
一見ただのお遊びのようで、お遊びだから取っ付きやすい目標設定である。
「もう1つは?」
「みんな一緒に少しえっちなビデオを見る!」
なぜか防人はシルバースキンを着用して目を光らせた。で、解除。
「えーと」
剛太は頬をかいた。
「フ。なるほど。共に見て親睦を深めると」
もっともらしく呟く総角だがもうこの時点で残る3人はドン引きである。
まひろと付き合ったとして手を出すか疑わしい秋水。
斗貴子一点張りなせいで却って硬派に見える剛太。
鐶の舌思い出して変な気分になりそうなんで、露骨なのは見たくない無銘。
「……。すごいなお前ら。フ。普通こういう展開なら喜ぶだろうに」
「総角、君、微妙に嬉しそうだな」
いかにも自信ありげな微笑。よく見ると目元がちょっとだけ緩んでいた。
「というかないでしょ。見るもん。今からビデオ屋いって借りるんスか?
「大丈夫だ! 在庫なら沢山ある!」
「えー」
秋水達は嫌そうに呻いた。みんな草食だった。テンションがどんどんどんどん下がっていく。
防人はその空気を敏感に感じとり「引くべきか?」という顔をしたが、総角だけは何か妙に子供っぽい表情で、両拳を握り
「わくわくどきどき」と防人の挙措を見守っている。覗きはしないが、だからこそ合法的なエロが欲しいのだろう。
「期待されてるんじゃ……仕方ないな」
防人は戦う。ただ1人のため……戦う。
「在庫というのはココに赴任するとき千歳に気付かれぬよう密かに持ってきた俺の私物!」
押入れからダンボールを1つ取り出し指差す。シミとか破れとかだいぶ年季が入っていて、賞味期限か出荷日か、とにか
く「1996.7.2」という文字が見えた。
「それから生徒達から没収したよからぬもの!」
大人でさえ一抱えするのがやっとなほど大きな透明なプラスチック製のケースは、本来衣装用らしい。銀成デパートのシールの
横に「HUKU」という斬新なロゴがあしらわれていた。中身は肌色面積がとみに高い。本やDVDのケースがたくさんだ。
「さすがに法律に抵触するような物はないが、いろいろある! 見たかったらいつでも言いなさい。こっそり貸してあげよう、
というか持ち主が必要なとき一時的に返しているしな」
「…………なにしてるんですか戦士長」
「男の、嗜みだ!」
胸を張る防人。あまりに堂々としすぎていて、だから剛太と秋水は、若干ヒキ気味な自分達の方がおかしいのではないかと
思うのだ。
71 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:06:47.59 ID:Z7fC2SDI0
「どうしたそんなガッカリして。ん? ああそうか戦士・斗貴子や武藤まひろの写真がないからか」
「誰も求めてはいませんが」
無表情で返す秋水の肩が叩かれた。振り返ると金髪の美丈夫が、膝抱え込む剛太を指差していた。
(中村…………)
見たかったらしい。
「俺としてはキミ達が仲良くなってくれればどちらでもいいが……時間がない。すぐ決めよう。決を採る」
どっちがいいか言いなさい。防人に促されるまま男達は希望を述べる。
「「「劇の打ち合わせ!」」」
「フ。えっちなビデオだ!」
時間が凍った。総角の時間が凍結した。彼は信じられないという様子で他の3人を凝視しそして叫ぶ。
「お前ら空気読めよ!!」
「てめェが言うな!!! なんでこの流れでエロいビデオなんだよ!!」
総角は立ち上がった。背中に垂れる長い金髪をファサリと梳り、そして答える。
「フ! 何故という問いこそ俺に言わせれば心外……いやもはや論外というべき質疑! 俺は最初から一貫して視聴派で
あるコトを表明した! し続けてきた! そしてそれはお前たちの有する議決権を剥奪するものではない! あくまで俺個人
の意思であるコトは部下たる無銘が打ち合わせを支持しているコトからも最早明らか! ザ・ブレーメンタウンミュージシャン
ズのリーダーとしての権能を一切使わなかったのだ! 部下にエロビを支持させなかったのだ! なら、ならば! 俺個人が
何を支持するかは勝手であり自由だ! 誰をも縛らず、裏切ってもいないのだからな!」
「すっげえこいつ、ガンガン来る」
「誰もが楽しめる普遍的かつ高度な娯楽のために協力し、頑張っていくんじゃなかったのか。総角」
「フ! かつて俺が演劇を評した言葉……わざわざの記憶、全くいたみいるぞ秋水。だが繰り返すがあくまで俺がエロビを推
進するのは個人の意思だ。無銘に支持するよう命じなかった時点で敗亡は明らか。仮に貴信が賛成したとしても、3対2
……結局は勝てんさ。むしろそれが分かっていたからこそ支持したのさ」
「ここでの反対が演劇妨害にならないと踏んだのか」
「そ」
「お言葉ですが師父、師父がゴネているせいで打ち合わせに移行できないのですが……」
無銘の言葉を聞いた瞬間、総角の体が躍り上がった。
九頭龍閃・極!? まさか部下に放つのかと秋水が無銘の前に立ちはだかった瞬間!
総角は深く身をかがめた。胴体がほとんど地面に平行になるぐらい深く。平蜘蛛!? 新手の奇剣が来るのかと流石に
秋水が核鉄を手にした瞬間、総角の両掌が畳を叩いた。バシリという音に剛太は怯むが静寂はまだ遠い。更に連なる乾い
た残響。総角の両膝が畳を直撃し衝撃波が巻き起こる。猛烈な風の波に思わず秋水たち3人は揃って手を前にやり軽く
喘いだ。総角を中心に埃の嵐が舞い上がり彼を隠した。いったい何が起こるのだ? 警戒を強め周囲を見回す秋水たちが
晴れゆく風塵の奥に見たもの、それは。
「フ! 妨害してすまなかった!!」
土下座で謝る総角だった。
「だっ」
妙な声を漏らしながら秋水と剛太と無銘はその場に崩れ落ちた。「ズッコケか。見事だ」。防人は感心した。
「謝るのかよ!!」
よろよろと立ち上がった剛太は怒鳴る。総角は微動だにしない。
「土下座は却って誠意がないよう見られるぞ。普通に頭下げるぐらいでいい」
「師父。実はちょっと楽しんでませんか」
「うん。まあ。少し。あとネタ発言で妨害するの空気読めてないし謝るべきだし」
がばりと面を上げ、埃を払って立ち上がると、彼は額に指を当て一等星を浮かべた。
「フ。それに政争であれ闘争であれ俺を地べたにやれる奴などそうはいないからな。土下座もなかなか新鮮だ」
「オイこいつまったく反省の色がないぞ」
「こういう奴だ。怒ってもキリがない」
「そうだぞ新人戦士。フ。太陽は心に置くものであって見るものじゃあない」
「あ゛!?」
剛太の怒りもなんのその。総角は両手を広げ恍惚と呟いた。
「フ。俺から目を背けろ。簡単だろ? 誰だって太陽にしてるじゃないか」
「な?」という顔をする秋水に剛太は黙った。本当鬱陶しい奴だと思った。
「まあ何だ。総角。お前はお前で正しい。そうだビデオデッキに俺のオススメを入れておこう。気が向いたら後で見なさい」
「防人戦士長……!!」
72 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:09:26.99 ID:Z7fC2SDI0
がしっと腕を組むリーダー格ふたりに「こんな奴らが上司で本当にいいのか」と思う秋水たちであった。
とりあえずテープを、入れる。
何かのテープが入っていたので防人は出して、エロいのを入れる。
「ん?」
一瞬何かを思い出しかけた防人だが、それは剛太の言葉に吹き飛ばされ消失する。
「つーか段ボールの中身全部エロいビデオなんスか?」
呆れたようなような問いかけに即、呼応。高らかに笑った。
「甘いぞ戦士・剛太! 上から3分の2ほどは俺や火渡だ!」
「…………え」
「え」
「あっ(察し)
「フ。ままままさかそういう間柄だったのですか? 防人戦士長と彼…………」
「待て。そうじゃない。そういう奴じゃない。それは流石にブラボーじゃない。落ち着け。誤解するな。落ち着け」
防人は冷や汗ダクダクで言葉を正した。
「訓練の映像だ。武装錬金や体術の。俺や火渡の若い頃の、訓練の映像が、訓練の映像が入っているんだ」
「それならそうと言ってくださいよ。ガチでビビりましたよ」
「俺もビビった。まさかそういう捉え方をされるとは思ってもみなかった」
防人の頬にはまだ汗。
「特訓のテープ! 我は見たい! あとで見たい!」
「ん? ああそうか、キミはまだ人間の体になって間もないんだったな」
「そうなのだ。ゆえにブラボーさんの体術、参考にしたい!」
いいだろう。防人がいうと無銘は「わーい」とバンザイして喜んだ。
「我が龕灯なれば記録もできる! 照射して参考にできるし、或いは筋繊維の情報だって性質付与できるかもだ!!」」
「流石にそこまで都合よくはいかないと思うが……。しかし君とビデオは相性がいいんだな」
段ボールの中に入っているテープと無銘を見比べるうち、秋水は気付いた。
「しかし何でまた訓練の記録と、その、いかがわしいテープを一緒の箱に」
「フ。秋水よ。知らないのか。木を隠すなら森の中だ。秘蔵コレクションは普通のドラマとかのテープの下に隠しておけば
いい。後はアレだ。自分がふだん結構見ている作品で、しかも身内は絶対見そうにない、例えばダウンタウンの番組の
ような、部屋に置いてて不自然じゃないテープにだな、1時間ほどその番組録画して、10分余計な空白突っ込んで、そこ
からこう、ギルガメッシュナイトとかエロそうな深夜映画とか撮るのも効果的だ。巻き戻しさえちゃんとしとけばまずバレない」
防人除く全員の冷たい視線に音楽隊リーダーはうっとりした。
「フ。完璧すぎて声もでないか」
「全然完璧じゃねえよ。賢しい。てかみみっちい」
「君は一体どこを目指しているんだ」
「そうか……。だからガキ使の後にあんなスゴイのが……」」
防人はというと。
「まあ気にするな。男なら誰でもするさ。俺だって総角のようなコトはしたし」
ポンと手を打つ。剛太はいよいよ呆れた。
「……だからなんでこんな連中がリーダーなんだ」
「こんなとは仕方だろ剛太。俺達の時代は今ほどネットが発達していなくてな。ビデオに頼らざるを得なかったが」
「隠し場所に困ったと」
相槌を打つ秋水はだんだん悲しくなってきた。剣道部だからムサい男どものそういう話題を知らないわけではないが、彼
らは一種貴公子然とした秋水には配慮して振ってこない。なのにどうして尊敬しつつある防人とこんな話をしなくちゃならん
のか。
「千歳がよく部屋に出入りしていたからな。俺が留守のとき時々勝手に掃除するんだ。だったらどうにかして隠す他ないだろ」
捨てるという選択肢はないのか。
「フ。ないさ!」
何故か? 総角はいう。
「それは俺たちが……男だからさ」
「捨てられない。俺は絶対に捨てられない」
俯き、静かに呟きながら拳を握る防人。声音も腕も震えていた。
「ブラボーさんカッコいい!」
「よくねえよ!! 女出入りしてるがエロビ捨てたくねえってだけじゃねえか!」
「中村……君最近荒ぶりすぎだ」
とにかく防人たちが若い頃のエロ事情は過酷だったらしい。
「フ。年齢を示せるものがない俺は悲惨だった。自動販売機だけが神だった」
73 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:09:57.68 ID:Z7fC2SDI0
「知るか!」
「知るかとはひどいぞ戦士・剛太。あの頃はな、18歳になるまで店じゃ借りれないし買えもしない。頼みの綱は深夜の映画
や番組に──…」
「あとたまに木曜洋画劇場」
「そう。アレもブラボーだったな。ドバババザッブーンだった」
「……何がですか?」
「色々さ。とにかく録画し損ねればもう2度と見れない。つまりテープを捨てられるコトは死を意味する。流通品にしたって、
10代の収入じゃそうホイホイ買えないしな。いろいろ策を講じるほかなかったのさ」
「フ。だからこそ珠玉のエロに出逢えた時は感動だ!」
「そうだな。俺も心から叫んだ。ブラボー! と」
「あの。そろそろ演劇の打ち合わせしていいスか?」
剛太が問うと防人はひどく哀愁を帯びた顔で頷いた。分かって欲しいのに分かってもらえなかったという顔だ。
総角はそんな彼の肩を叩いた。やがてちゃぶ台に差し向かって座る2人は、なんだか第二次大戦を語る老兵達のような
寂寞に満ちていた。
「この前千歳にamazonの「最近チェックした商品」を見られてな……」
「お察ししますよ防人戦士長。俺は仮宅で宅配テロやられましたよ。小札に見られましたよ」
彼らの語る惨劇は明日我が身に降りかかるやも知れぬものなのだ。
剛太も無銘もただ震えた。
(というか君たちまだ18歳未満……)
そもそもネットで買うべきじゃないと秋水は思った。
そのころ女性陣の入浴が終わった。
「ところで男湯の方から聞きなれない声がしてましたけど」
斗貴子が着替え終わると、頃合を見計らったのだろう、千里が話しかけてきた。
「聞きなれない声……? ああ。総角主税と剛太のコトか」
無銘については同じクラスで秋水・防人は知己。そう判断して斗貴子は答える。
「前者はアレだ。スカした、偉そうな声のほうだ。栴檀たちや鐶の仲間で私達と協力している。いけ好かないがな」
「……な、なんとなく分かりますが」
目を尖らせる先輩に千里は苦笑いをした。声や口調から人となりを大体掴んだらしい。
「もう1人……掠れた声の方は剛太だ。私の後輩に当たる」
「そういえば先輩って呼ばれましたね」
だがどうしてヤブカラボウに? いぶかる斗貴子。千里は口を手で覆い思案顔で答える。
「どこかで聞いた気がするんですよ。結構最近……どこかで」
かつて鐶が銀成学園を襲撃したとき、沙織を探し校内を走っていた千里は剛太と遭遇している。
顔は見ていないし、彼もすぐその場を立ち去ったから、あまりハッキリとは覚えていないが。
「気になるなら紹介するが。実際逢った方がキミの疑問も解けるだろう」
「あ、すいません。わざわざ」
千里は軽く一礼した。あまり話したコトのない斗貴子だが、こういう部分は好きである。後輩の些細な疑問など別に解消す
べき義務はないのに、わざわざ便宜を計ろうとしている。ぶっきらぼうだが面倒見はいいのだ、斗貴子は。
「でもお気持ちだけ受け取っておきます。その、台本の件がありますし」
「そうだったな。締め切りまで時間がない。確か……徹夜」
「ええ。何とか間に合わせます」
「勉強で慣れていると聞いたが、まぁ、あまり無理をしないようにな。少々遅れても構わない。パピヨンが何か言ったら私が
どうにかする。だから休みたければ休め。夜更かしは体に悪いし能率も下がる」
「はい。……ありがとうございます」
74 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:10:35.49 ID:Z7fC2SDI0
不思議な女性だと思う。日常に溶け込もうとしないのに、その日常で生きる千里のような人間にはひどく優しい。守ろうと
もする。事務的なのに冷たさはない。テキパキとした、頼れる、部活の副部長という感じだ。
「台本、頑張らないと」
斗貴子や小札たち非日常組と別れる。部屋へ続く廊下で千里は伸びをした。
「私はちーちん手伝うよ。お茶汲みとか細かい作業ぐらいなら手伝えるし」
「私も」
沙織とヴィクトリアは千里を手伝うようだ。
「あ、貴信せんぱい貴信せんぱい。朝になったら一緒に台本見ませんか」
髪にドライヤーをかけながら大きく手を伸ばし香美に呼びかける。
「さすがに一晩一緒は問題ありますけど、朝なら見てもらえると思うんですよー」
『……! あ、ああ!! 了解した! ところで時間は』
「えーと。時間はー」
何時がいいだろうか。ヴィクトリアと話す沙織の姿に貴信はちょっとウルウルしていた。
(いいコだなあ……。僕なんかを誘ってくれて。あのコの為にも調べ物、頑張らないとなあ)
香美はよく分からないが嬉しいので「えへへー」と笑った。
「私達はどうするの? ココで解散するなら私からブラボーさんに連絡入れるけど」
桜花の申し出に斗貴子はちょっと考えた。もう夜は遅い。管理人室にいった所で就寝を言い渡されるだろう。
小札たちの監視については、昨晩と同じく、適当な空き部屋に入ってもらい、かつて30人からのムーンフェイスを地引
網のように包囲したシルバースキンリバース(ストレイトネット)で以て軟禁すればいいだろう。
「まあ、電話すれば戦士長が向こうから引き取りにくるだろう。私も同伴した方が安全だってのに寝るよう薦めるんだあの
人は。任務で不寝番が必要なときはいつだって自分が引き受ける。私にだってそれ位できるのに」
面白くなさそうにいう斗貴子の額を軽い衝撃が通り過ぎた。ちょっとギョっとすると視界いっぱいに笑顔が広がった。
「こらこら津村さん。そんなにブラボーさん邪険にしないの。気遣ってくれる人がいるのはいいものよ」
桜花にデコピンをかまされた……と気付くや一瞬カっとなりかけた斗貴子だが、また気付く。言葉に潜む軽い重さに。
「……そういえばキミは実の両親に」
捨てられ過酷な共同体に、という言葉は唇にぷにゅりと沈む白い人差し指に押し込められた。
「私のコトはいいじゃない。秋水クンが居るし思い出もある。いろいろ辛かったけど今はそれで救われてる。充分よ」
でも、と見事な黒髪を揺らしながら生徒会長は言う。
「私に言わせれば津村さんの方が辛そうよ」
それ以上は言わなかったが、本質は決して浅慮ではない斗貴子だから、何を言われているか位すぐ分かった。
(そうだな。私はホムンクルスに両親を殺された上に、記憶を、かつてあった日常を失くしている)
──「戦士・斗貴子。俺はキミに生きて欲しい」
──「できれば普通の幸福を味わって欲しいと願っている」
──「だからこそ戦う動機を今一度見つめなおすべきだ」
──「キミは日常を知らない。守るべき日常を」
──「キミだって誰かの目に映る日常なんだ。キミがいなくなって泣く者だっている。或いはキミを希望とする者も……」
──「だから俺はそういった物を知ってほしい。そういった物がキミを大切にしているコトに気付いてほしい」
75 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:11:19.43 ID:Z7fC2SDI0
防人に言われた言葉は、秋水や、貴信と香美の助言を経て揺らぎになった。
それが失ったはずの記憶を少しずつ少しずつ手繰り寄せている。
毒島も台本製作の場を借りて励ましてくれた。わずか2000文字以内で語られた、赤銅島事件の首謀者のその後や、
被害者の”妹”らしき人物の存在もまた闇の彼方にある過去を呼び起こした。
沈黙し少し戸惑う斗貴子の頭を桜花はそっと撫でた。
「津村さんは賢いからもうどうすればいいか分かってるわよね?」
「……戦士長と話す。私の過去についてもう一度」
「そうね。それが一番。大丈夫。津村さんなら秋水クンのようにはならないから」
「…………」
金色の瞳の奥を少し湿らせながら斗貴子は桜花から視線を外す。他のものならぶっきらぼうながらに礼をいう所だが、
ふだん腹黒腹黒と嫌っている桜花相手だと少し言葉を出しづらい。
「あらあら。本当に分かりやすいわね津村さん」
もう全部見透かしているのだろう。聡明な少女は眉をしかめつつもクスクス笑った。
それが面白くないので斗貴子は目を尖らせた。
「……ホント最近よく笑うなキミは」
斗貴子の知る限りでは、特訓中だけでも最低5回、心底から笑っていた。
作り物ではない、まひろぐらいあどけない顔に驚いたから覚えている。
「………………」
一瞬、桜花は目の色を変えた。何か気付いたらしい。しかしそれは言わなかった。すぐいつもの、魅力的すぎるがゆえに
却って社交辞令なのが分かる微笑を湛え、呟いた。
「ここでの暮らしが楽しいからよ」
「お前がいうとウソくさいし胡散臭い」
ツッコみながらも流石に「むかしそれを壊そうとしていたくせに」とまでは言わない。
桜花はそんな斗貴子をしげしげと見てから、はにかんで、笑う。
「楽しいのはきっと、みんなが楽しくしてるからよ。みんなが楽しいのは津村さんがいるからよ」
「どうした。桜花お前いったいどうした。大丈夫か?」
狼狽すると彼女は露骨に唇を尖らせた。
「失礼ね。いまの言葉は本当だし、結構勇気だして言ったのよ」
「そ、それはすまないな。腹黒で、実際さっきも洪水のアレでズルしたキミにしては余りにしおらしいから、つい」
「失礼ね」
胸を反らして威圧する──実際すさまじい威圧感だった。高尾山の前にエベレストが来たようだった──桜花に冷や汗
かきつつ謝る斗貴子。
「私怒ったから」
ぷいと顔を背ける桜花。珍しい反応だった。ふだんの彼女なら、「あらそう」と冷笑して舌戦中断、ただちにより実効的かつ
悪辣な手段によって報復するところだった。それが露骨に怒りを示しつつ、攻撃はせず、かといって去りもせず、留まっている。
どうしたものかと斗貴子が攻めあぐねていると、わざとらしい、拗ねた顔が向き直った。ちょっと楽しそうだった。
「怒ったから、この寄宿舎における津村さんの立ち位置、すごく綺麗な言い方しちゃう」
「お前……。私が腹黒じゃないお前を不気味がってるの承知で言ってるな」
「津村さんはね、もう日常の一部なのよ。まひろちゃんたちにとって、そこに居るのがもう当然になっちゃってるのよ。短気で、
強くて、一見近寄りがたいけど優しくて、それこそ何かの部活の副部長のように頼りがいのある人で、だから私もその……
『ブレーキかけてくれるかな』って信じて、その、時々、ふざけたり……できる訳で…………」
「どうした!? 桜花お前本当にどうした。!?」
消え入りそうな声で恥ずかしそうに呟く腹黒生徒会長に斗貴子はつくづく面食らった。
「とにかく!! 津村さんのような異物がいるからこそ日常は面白いの!! あなたはおしるこにとっての塩なのよ!!!」
「異物!? 塩!?」
斗貴子は愕然とした。言葉にもだが桜花への驚愕はそれ以上である。
常に腹に一物あるからこそ本音を言うのが恥ずかしいのだろう。桜花は真赤になって叫んでいた。
両目をギュッとつぶるヤケクソな叫びだった。
「いや本当、キミ、大丈夫か?」
愕然とする斗貴子を映し鏡に自分らしからぬ行状に気付いたようで、「ぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」と声にならぬ声で唸り──
まひろはおろか小札・毒島よりも幼い顔だった。エンゼル御前にも現われない、10数年秋水以外に心を鎖してきた故の、深層
にある幼さが全開だった──それから脱兎のごとく脱衣所を逃げ出した。
『すごい……桜花氏が逃げた…………』
「よーわからん」
「桜花姉さんなだけに…………スクールに思うところ……いろいろ……あるのです……」
76 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:18:40.51 ID:Z7fC2SDI0
「桜花……」
斗貴子はちょっと瞳を揺らすと。
「ふだんアレな奴が急にしおらしくなると決まって死ぬんだが大丈夫か?」
半眼で呻いた。
「死亡フラグ……です。加速さんとか錬金術さんと違って救済措置……ありません……。桜花姉さんな……だけに…………」
『何の話!?』
鐶に貴信が突っ込む中、小札はうんうんと頷いた。
「おそらく鐶副長のお好きなゲームの話だと不肖お見受けしました。懐いておられるのもその繋がりやも知れませぬ」
何がなにやら。香美が顔をしかめる中、更に腕組みするロバ少女。
「うぅ。それに引き換え不肖は零と書いて「あや」……。地味かつありふれたこの名前……きっとゲームにないでしょう……」
「………………」
鐶は黙った。あるか否か言った場合、小札が義姉に色々されそうな気がした。
「あ、桜花からメールが来た」
斗貴子が、振動するケータイを開くと……
──────────────────────────────────────────────────
本文:《私だって新たに開いた世界の中で迷いながら、戸惑いながら、少しずつ変わろうと頑張っているの》
──────────────────────────────────────────────────
「え? ああ、うん」
何をあの腹黒は言い出しているのだろう。思いながら続きを読む。
──────────────────────────────────────────────────
本文:《さっきのはきっと津村さんにすら心開けるほど成長した証だと私思うの》
──────────────────────────────────────────────────
「自分で言うな! 鬱陶しい!」
「桜花姉さん……お茶目さん…………です」
当たり前のように覗き込んでくる鐶を後ろへ追いやる。貴信の謝る声がした。
──────────────────────────────────────────────────
本文:《死なないでね津村さん。私……。津村さんが死んだら、悲しい!!》
──────────────────────────────────────────────────
(すごいなこの文章。マトモなコト書いてるのに、感情というものがまったく伝わってこない)
77 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:19:18.81 ID:Z7fC2SDI0
──────────────────────────────────────────────────
本文:《そうね。まひろちゃんが書いたらきっと伝わるのにね》
──────────────────────────────────────────────────
(こっちの思考読んでやがるし!!)
だったら書くなと思ったが、桜花なりに色々照れているのだろ。
──────────────────────────────────────────────────
本文:《過去の件だけど、実は台本チェックに行く前、管理人室のビデオデッキに、ブラボーさんから渡されたテープをセット
しておいたわ。赤銅島関連の映像が入っているそうよ。興味があればヒマな時にでも見て》
──────────────────────────────────────────────────
「で、自分だけシレっと普段に戻るのな! こっちは色々振り回されているのに!!」
もちろん配慮には感謝しているが、桜花相手だとどうしても騒いでしまうのが斗貴子だ。
──────────────────────────────────────────────────
本文:《マジメな話、レティクルはL・X・Eなんか比較にならないほど強いっていうわ。津村さんは強いけど、今までと同じじゃ
足元すくわれて終わるわよ。もうまひろちゃんたちにとっては日常の一部なんだから、その辺ちゃんと弁えてね》
──────────────────────────────────────────────────
「………………。早坂秋水といい桜花といい、どうして私にそういうコトばかり言うんだ」
斗貴子は、自分を殺そうとしたホムンクルスを絶対に許さない。どころかこの夏、再殺部隊ではあるが、同じ人間を、戦士を、
殺しにかかってきたという理由で、殺さんとした。
斗貴子は早坂姉弟をむかし殺そうとした。人間で、やり直せるとカズキが止めたにも関わらずだ。
(なのにキミたちは私に死ねと言わないんだな)
それがカズキに救われたせいなのか、桜花たち本来の性質なのかは分からない。
確かなのは、「殺す」以上の解決方法もあるらしい、というコトだ。
もし桜花たちの言葉が、かつて襲い掛かってきた斗貴子の命を救うのなら、それはきっと恩讐を超えた事象になる。
彼女らの目指しているコト……開いた世界を歩くコトは、きっとそういうものを目指しているのだろうと斗貴子は思った。
そして最後の一文を読んだ斗貴子は、噛み締めるよう静かに目を瞑る。
78 :
永遠の扉:2014/03/28(金) 18:20:27.18 ID:Z7fC2SDI0
──────────────────────────────────────────────────
本文:《津村さんが死んだら剛太クンだって悲しむわよ。そうならないよう彼は一生懸命なの。分かってあげて。ね?》
──────────────────────────────────────────────────
すっかり静まり返った寄宿舎の廊下の角で、最後の一文を打ち終えた桜花は軽く俯いた。
美しい顔。だが表情は、灰みがかった黒い影に隠され見えない。
うら寂しい鈴虫の声だけがあたりに響く。
無限の星の瞬く美しい空。されど桜を包むにはやや寒い。
一方、斗貴子。
「あ……。参戦、おめでとう……ございます…………。ぱちぱち……」
「何の話だ!!」
拍手してくる鐶に怒鳴ると(貴信はまた平謝りだった。完全に保護者だった)、腰に手を当て歩き出す。
「管理人室のビデオデッキに赤銅島のテープ……だったな。音楽隊連行しがてら見に行こう」
その管理人室で。
「ところで防人戦士長、このビデオデッキに入っているテープというのは?」
「すごい奴だ! 。ガールズにはとても見せられないスゴイ奴だ」
「フ。それはそれは。小札に見られたら死にますね俺は」
語る総角と防人は気付かない。
そのテープを入れるため、何が出されたかを。
『赤銅島記録映像』
そう書かれたテープはすでにちゃぶ台の上……。
斗貴子は赤銅島記録映像を見るため管理人室へ足を進める。
「打ち合わせが終わったら共に見るか。総角」
「ええ。ぜひとも」
打ち合わせが終わるまであと2分。
斗貴子が管理人室のドアを開けるまであと2分15秒。
「懸案は女性陣だが、来るとき桜花が連絡する手筈になっている」
「フ。つまりメールがきしだい撤収。ここから浴場までは徒歩3分」
「余裕だな」
「余裕ですよ。バレる訳がない」
笑いあう男達は気付かない。
斗貴子が、小札が、あと鐶と香美とそのオマケが、徐々に近づいてくるのを。
(連絡は……いいか。桜花がしているだろう)
その桜花は、斗貴子へのメールに色々エネルギーと頭を使ったので、つい、防人への連絡を忘れていた。
どうせ直接逢うのだから、しない方が2人のためだと心のどこかで思っていたせいもある。
ふだんならこういう局面でも念のため斗貴子か防人に連絡する桜花。
その彼女が、斗貴子に対し珍しく舞い上がったため招いたミスが、
「桜花なら連絡してくれるだろう」という防人と斗貴子の思い込みが。
思わぬ事態を招く。
以上ここまで。9月13日の夜パートは次回で終わり。の予定。
80 :
ふら〜り:2014/03/29(土) 18:08:28.41 ID:o6GMuNtO0
>>スターダストさん(真面目に官能小説描いたら、いい線行きそうな気がしますぞ)
こういう話題・イベントで盛り上がってる「男の子らしい男の子たち」ってのは大好きです。
斗貴子の、守るべき日常を実は本人が知らない、というのは人斬り時代の剣心ですね。今、
カズキはいませんけど、でも防人やまひろたちが巴の役割を果たしている、とは思えます。
81 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:01:39.59 ID:dVzvCEe70
「総角の技を、私が?」
いよいよ管理人室が見えた辺りで、斗貴子は眉をひそめた。相手は小札。
「はい。九頭龍閃……もりもりさんが最も得意とされる飛天御剣流の技。斗貴子さんどのなら必ずや使いこなせまする!」
「……秋水から聞いてはいる。確か、一撃必殺の威力を有する斬撃を9方向から同時に叩き込む技だったな」
「はい」
「いや無理だろ」
「即答!?」
目を剥きのけぞる小札はやや戯画的。
「そもそも何であいつら9発同時に攻撃できるんだ! 刀は一本だろ!」
「…………やろう。…………タブー中のタブーに触れやがった……です」
誰でも一度は思うコトを斗貴子は述べた。これで二重の極みの練習をやり、更に傘で牙突をやれば完璧だ。
「いえ、不肖が言っておりますのはバルキリースカート……それもダブル武装錬金をした上でのお話でして……」
「……」
今度は斗貴子が驚く番だった。
「確かに……8本の処刑鎌なら同時攻撃は容易い。それを剣道型の斬撃でか……。確かに、理に叶っているというか殺傷
力も高そうだが…………しかし残る1つはどうする?」
「ご主人言ってるじゃん。『何か刃物の武装錬金を借りればいい』って」
貴信は自分の大声を踏まえたのか。香美に代弁させた。ここは夜の廊下なのだ。
「……たとえば…………私のクロムクレイドルトゥグレイヴとか……」
「或いは早坂秋水のソードサムライX……? 突貫しつつ繰り出せば9撃目になるが」
いかにもブッ飛んだ技が急に現実的になってきて斗貴子は戸惑った。
「神速を旨とする飛天御剣流と高速機動を誇る斗貴子さんどのの相性は恐らくバツグン!」
「あと……顔も…………似てますし……」
「何の話だ! というか小札、なんだその呼び方は!」
「いえ、斗貴子どのというのは語呂が悪いゆえ……」
「え、なになにご主人。フンフン。えと、伝言。『確かに彼女はさんづけが一番しっくりくる』そうじゃん」
どうでもいい。肩を落としつつ斗貴子は言う。
「やっとついた」
管理人室のドアノブに手をかける。
それが男性陣の破滅の発端とも知らず。
打ち合わせが終わりさあHなビデオ見るぞと総角がリモコン操作した瞬間それは来た。
「戦士長。入浴終わりまし──…」
ドアが開いた。管理人室は狭い。そこからテレビは丸見えだ。何を見ているかも。
(馬鹿っ! 総角ビデオ止めろ!!)
(マズイ。このままでは)
(我たちも一緒に見てたと思われる!!)
一貫して視聴を拒み、つい先ほどまでマジメに演劇の打ち合わせをしていた剛太たちは焦った。
総角ひとりの不手際で冤罪を被るのはあまりに悲惨であろう。
だがビデオは止まらない。無情にも回り出すテープ。始まる再生。
(かくなる上は──…)
誰もが絶望に顔を歪める中、鳩尾無銘、一世一代の賭けに出る!
82 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:02:15.65 ID:dVzvCEe70
入室した斗貴子は用件を述べたのち……テレビを見た。
再生はされている。チャンネルはビデオ用で、だからテープの中身は無情なほど忠実に映っている。
「なんだコレは」
斗貴子は顔をしかめた。剛太はもう世の終わりだと頭を抱えた。
「みんなして戦士長の特訓なんか見て。そんなに武術が気に入ったのか?」
秋水、剛太、総角、防人はみんな一瞬言葉を失くした。斗貴子の言葉の意味が分からなかった。再生されたのは、いかが
わしいビデオの筈なのに。
(どういうコトだ?)
テレビを見る。確かに斗貴子の言うとおりだった。若い防人が突きや蹴りを繰り出している。
(っ。まさか!)
総角が弾けるように振り返ったのは無銘。
正座し膝に手を載せる彼は後ろ向きのため表情は見えなかったが、頬がおびただしく発汗しておりただならぬ様子だ。
(そうか! 龕灯!!)
(映像の性質付与! 津村が入ってくる瞬間、段ボールにあった訓練のビデオを複写!)
(ビデオデッキの中にあるお宝に上書きしたという訳か! ブラボーだ!!)
無銘は息を荒げ、顎の汗を拭い、思う。
(危なかった……。マジで危機一髪だった…………))
女性陣が去った後、無銘は胴上げされるがそれはまた別の話。
「あ、ブラボー!」
斗貴子と音楽隊の後ろから元気のいい声があがった。男性陣が無銘から視線を移す(総角はさりげなく停止ボタンを押
しテレビも消した)、栗色の髪が鐶や香美の間から躍り出た。
「やっと会えた! あのね、今日こそ名前を──…」
そこまで言って急にハッと目を見開いたまひろは奇矯だが、普段からそうなだけに誰も特に何も言わない。
(ハッ! 斗貴子さんのお陰で、名字か名前が”防人”ってトコまで分かったけど、でも……)
それを名乗っていないのは何故だろう。それを考えた瞬間まひろは本名の追求が防人にとってひどく辛い行為のように
思えてきた。
(だめだめだめ! 迂闊に聞いちゃダメなコトだった!!)
目を向き合う不等号にして首をブルブル振るまひろに斗貴子たちは呆気にとられた。
(なんだ。急に飛び出してきたと思ったら)
(すっげえ落ち込んだ表情して)
(歌舞伎役者がごとく首を振り始めた……)
83 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:05:08.61 ID:dVzvCEe70
防人だけがちょっと思案顔をしてから返答。
「フム。俺の名前の件か。そーいや特訓覗いてたしな。総角か毒島の口から聞いていても不思議じゃない」
「えっ!? ああえとそうじゃなくて実は斗k……あ! 違うよ! 斗貴子さんは悪くないよ! まったく無関係だから!!」
「語るに落ちてるぞキミ……」
動揺しながら庇おうとする(むしろ暴露している)まひろに斗貴子が呆れる中、防人は軽く嘆息し目を瞑る。
「一部か……或いは全部か。どこまで知っているか分からないが、俺は本名で呼ばれたくないんだ。色々あってな」
名前を呼ぶコトで距離を詰めたい、仲良くしたいとするまひろに、「君の気持ちは分かるしブラボーだ」としながらも、
防人は、「ただ」と静かに呟いた。瞳に愁いが満ちたのを斗貴子は見逃さなかった。
「俺は7年前その名を捨てた。もう誰にも呼ばれたくない」
まひろはちょっと黙っていたが、ちょっと困ったように微笑して答える。
「そっか。嫌なら無理に呼ばないよ」
普段こそ色々奇妙だが、引くべき時には引ける辺りさすがカズキの妹というべきか。
(……)
それでも防人の胸は痛む。自分の弱さが巡り巡ってまひろに「らしくもない」配慮をさせ、心から笑わせずにいるように
感じたのだ。それでなくても以前、カズキが月に消えたコトを告げ、泣かせてしまった経緯がある。
更に彼女の前には斗貴子。明らかにまだ過去を取り戻していないのが目に見える斗貴子。
「まあアレだ。本名はヒミツだが今日は特別。なぜ俺がブラボーと名乗っているか教えてやろう」
聞きたいかと聞くとまひろは全力で手を挙げ頷いた。
「あれは7年前だ。俺は任務中、ある女の子と出逢ってな。”ブラブラ”している”坊主”だから、略してブラ坊ですね……そう
言われた」
「おお。それが由来」
斗貴子の頭痛がまた蘇ったのにも築かずまひろは感嘆。
「その女のコは俺にとってとても大事な存在だ。大袈裟と思われるかも知れないが、彼女はいわば過去の希望の象徴なんだ。
だから……そのコに付けてもらったあだ名もまた、過去の希望の象徴なんだ」
「だから呼ばれるたび俺は強くなれる。過去出逢った希望を……実感できる」
「イイ話だ。イイ話だね。うぅぅ」
まひろは滝のような涙をドバドバ投下した。コップの水を叩きつけているような飛沫が足元で弾ける。
(……総角)
(フ。そうだな秋水。恐らく名付け親は津村斗貴子。戦士長どのの意識が彼女に行ってる「ニオイ」がする)
(武藤まひろに聞かせるフリをしつつ、記憶喪失という津村めに、さりげなく聞かせ)
(先輩の記憶を……過去を、取り戻そうとしている)
男性陣は気付いた。防人の目論みを。まひろに敬意を払いながら斗貴子に、先ほど日常を取り戻すべく命じた部下に、
その手掛かりを与えんとしているのだ彼は。
「あ。でもブラボー。そのコって……」
まひろは不安そうな目をした。もし名付け親が既にこの世にいなければ、ブラボーと呼ばれるのも辛いんじゃないか、そう
いう目だった。
「大丈夫。そのコなら元気さ。毎日元気にやっている。俺とも離れ離れにはなっていない」
良かった。豊かな胸に手を当て安心したようにまひろは細く息を吐き。
「あ、それならさ、ブラボー。あのね、希望っていうのは、振り返ってるだけじゃ、いつまで立っても昔のままだよ。サイズだよ」
意外なコトを口にした。
84 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:11:59.71 ID:dVzvCEe70
「ム?」
「希望をくれたコがまだ元気ならさ、次は一緒にこんなコトしたいなーって考えた方がいいんじゃないかな。そしたらさ、その
コが付けてくれたあだ名もさ、呼ばれるたび、もっとこう、たくさんたくさん頑張れるんじゃないかな」
「……」
防人は気付く。斗貴子をあくまで過去の希望と見ていたコトに。もうどうにもできない時代の象徴として見ていたコトに。
「そしたら、現在(いま)も一緒に生きてるから……この先も一緒に生きたいってね、希望がもっとこーーんな大きくなって」
頭上に両手で輪を作り、
「もっと頑張れるかも知れないよ」
そういってまひろは笑う。今度は心からの笑みだった。名付け親の人と幸せになって欲しいという願いがたくさん籠っていた。
その顔に秋水は一瞬見とれた。
一方、総角は。
「あの、俺、結構呼んでたんだけど。戦士長どののお名前」
「大丈夫! もりもりさんが他の方に疎ましがられるのはいつものコト!」
「それ励ましだよな、小札それ励ましなんだよな?」
本名呼びを反省し、二度としないと決めた。
(私も……)
毒島も改めるコトとした。
そしてキャプテンブラボーこと防人衛は──…
『明日に。ああ繋がる今日ぐらい』
防人衛はむかしから後進の指導に当たってきた。武藤カズキ、そしていまは亡き(と思われている)剣持真希士などがいい
例だ。古くからの付き合いがある火渡赤馬などは若くして早々に半ばトレーナーと化した防人を内心苦々しく思っているが、
──むろん例の五千百度の炎で誤って焼く前から──実際そちら方面の才能にもなかなか飛びぬけたものがある。
武装錬金の特性ゆえだろう。一切攻撃力を持たない防御一辺倒の防護服。かれはその硬質を攻撃力に転化したい一心で
自らの体を鍛え上げた。鍛錬に近道はない。誰もが地味で苦痛と敬遠する過酷を繰り返してきた。何遍も、何万遍も。
特別な才能を持たず、常にあらゆる動作をゼロから考え組み立ててきた防人だからこそ、教師たりうる。
凡庸な新米どもに一から体の使い方を教授できるのだ。
名選手が常に名監督たりうるとは限らない。才覚と教導は別なのだ。
一から肉体を築きあげた防人だから、こと体の鍛え方はいちいち合理的である。精神論こそ重んじるが、前時代的な、苦痛に
耐えさえすれば万事解決という考えは無い。実戦において訓練通りの力を発揮するにはどうすればいいか、如何に精神を保つ
べきか……彼に育てられたものは常に、肉体のポテンシャルを最大限引き出すコトを意識する。
だから彼は苦痛の少ないものを奨励するが、同時にそうでないものも併せて薦める。
実戦において避けられない痛みや苦しみ、疲弊といった要素が酷い訓練を敢えてやらせる。「精神コントロールの訓練だ。
これができなければ到底ホムンクルスには勝てないぞ」、そう告げて。
85 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:12:30.47 ID:dVzvCEe70
.
キャプテン・ブラボー。
防人の対外的な名前である。由来はフランス語の「ブラボー」……ではない。
『ブラブラ坊主……仕事もせずにブラブラしている坊主』の略である。
防人は7年前、ある島のある旧家に住み込んでいた。むろん潜入捜査である。その聞き込みと戦闘準備(ランニング・
トレーニング)でよく家を空ける姿に島民は、「仕事もせずブラブラして」と呆れ返ったものだ。
「略して、ブラ坊ですね!!」
やがてそんなあだ名をつけた少女こそ……津村斗貴子。防人は津村家にいた。多くの場合ホムンクルスはその土地
一番の旧家を根城にする。津村家は正にその条件を満たしていた。防人が潜入したのは必然だった。
斗貴子は、覚えていない。
自分が一種の名付け親だとは。
10歳以前の記憶がところどころ抜け落ちている。
ホムンクルスが学校に押し寄せ友人を喰らい散らかす惨劇を見て以来、斗貴子は過去と日常を失った。
一時期とはいえ一つ屋根の下で暮らしていた防人の本名さえ今はもう覚えていない。
防人は幼い頃、ヒーローに夢見てた。
弱い人々を守りたいと。
辛い特訓に耐えればいつか世界総てを守れるヒーローになれると。
そのためならどんな努力も惜しまなかった。思春期が過ぎ肉体ができあがる頃、努力は本当に実っていた。
他の戦士が武装錬金に頼ってようやく斃せるホムンクルス。
それと身体能力のみで渡り合えるほど防人は強くなった。
自負に足る力量を手に入れたのだ。
火渡のような総てを焼き尽くす最強の攻撃力などなくても、自分の瞳(め)に映る人々総てを守れる。
きっと守れる。
静かな、けれど今にも叫びだしたくなるほど熱い想いで信じていた。
訓練の中で。戦いの中で。過酷を烈しく斬り裂きながら信じていた。
けれど斗貴子の故郷・赤銅島で。
防人たちは救えなかった。島の人々を救えなかった。
潜入捜査で知り合った斗貴子の親族も学校の生徒たちも。
ホムンクルスに。
喰われ。あるいは証拠隠滅の土石流に潰され。
死なせてしまった。
主犯格たちは少年だった。いったい何年生きていたかは不明だが、少なくても見た目は少年だった。
そんな彼らがクラスメイトを、村人を、殺した。
86 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:16:41.72 ID:dVzvCEe70
.
キャプテン・ブラボー。
防人の対外的な名前である。由来はフランス語の「ブラボー」……ではない。
『ブラブラ坊主……仕事もせずにブラブラしている坊主』の略である。
防人は7年前、ある島のある旧家に住み込んでいた。むろん潜入捜査である。その聞き込みと戦闘準備(ランニング・
トレーニング)でよく家を空ける姿に島民は、「仕事もせずブラブラして」と呆れ返ったものだ。
「略して、ブラ坊ですね!!」
やがてそんなあだ名をつけた少女こそ……津村斗貴子。防人は津村家にいた。多くの場合ホムンクルスはその土地
一番の旧家を根城にする。津村家は正にその条件を満たしていた。防人が潜入したのは必然だった。
斗貴子は、覚えていない。
自分が一種の名付け親だとは。
10歳以前の記憶がところどころ抜け落ちている。
ホムンクルスが学校に押し寄せ友人を喰らい散らかす惨劇を見て以来、斗貴子は過去と日常を失った。
一時期とはいえ一つ屋根の下で暮らしていた防人の本名さえ今はもう覚えていない。
防人は幼い頃、ヒーローに夢見てた。
弱い人々を守りたいと。
辛い特訓に耐えればいつか世界総てを守れるヒーローになれると。
そのためならどんな努力も惜しまなかった。思春期が過ぎ肉体ができあがる頃、努力は本当に実っていた。
他の戦士が武装錬金に頼ってようやく斃せるホムンクルス。
それと身体能力のみで渡り合えるほど防人は強くなった。
自負に足る力量を手に入れたのだ。
火渡のような総てを焼き尽くす最強の攻撃力などなくても、自分の瞳(め)に映る人々総てを守れる。
きっと守れる。
『何でもいいから誰も泣かない世界が欲しい』
静かな、けれど今にも叫びだしたくなるほど熱い想いで信じていた。
訓練の中で。戦いの中で。過酷を烈しく斬り裂きながら信じていた。
けれど斗貴子の故郷・赤銅島で。
防人たちは救えなかった。島の人々を救えなかった。
潜入捜査で知り合った斗貴子の親族も学校の生徒たちも。
ホムンクルスに。
喰われ。あるいは証拠隠滅の土石流に潰され。
死なせてしまった。
主犯格たちは少年だった。いったい何年生きていたかは不明だが、少なくても見た目は少年だった。
そんな彼らがクラスメイトを、村人を、殺した。
87 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:17:12.18 ID:dVzvCEe70
津村家住み込みの、交流のあった老人たちが同じく住み込みの少年に喰い殺されるのを目の当たりにしたとき。
いたいけな声を漏らす主犯格たちをシルバースキンの拘束具(ストレイトジャケット)で圧殺したとき。
防人の心は……冷えた。
夢に静かに燃えていた心が熱を無くした。
やがて防人衛は名前を捨てる。
赤銅島の一件を機にヒーローを諦め──…
力不足で斗貴子しか助けられなかった自分をまるで罰するように。
名乗り始めた。
キャプテン・ブラボーと。
与えられた任務の中で最良の策を執り、最大の効果をあげるコトを第一に考えるキャプテン。
それが新しい道だった。それが正しいと信じた。少年は限界を知ったのだ。自分には世界総て守れる力がない、と。限度
があり一定範囲にしか及ばない。そう、悟った。有限で、もはや進歩のない力だからこそキャプテンとして最良の策を執り、
最大の、効果を上げんと務めた。僅かしかないリソースを懸命に振り分けんとした。
冷えた心の本質を大人らしい成熟の証、冷静と捉え防人は……いや、キャプテン・ブラボーは新たな日々を送り出す。
それでいいと信じた。信じようとした。満足はなかった。赤銅島以前に時おり感じた手ごたえ、自分は目標に向かって確かに
進んでいるのだという充足感。それがない。キャプテン・ブラボーは新たな目標に向かって歩き出した。他の誰でもない自分
自身の決めたコトを達さんと動き出した。にも関わらず充足はない。
(いいんだ。俺は赤銅島を守れなかった。罰だ。これで……いい)
底冷えを抱えたまましかし表面だけは柔軟に朗らかに振舞う。
火渡というかつての盟友はそれが不服らしく
「いい加減気付けよ! 世界総て救うとかぬかしといてたかが島1つで諦めちまった奴が! 別な細かいコト誤魔化すように
おっぱじめて上手くいく訳ねェだろうが!! いい加減切り捨てろ!! 割り切れ!!」
よく突っかかってきた。
それと真っ向切って対立できない自分に喪失をみた。理念が凍り無意識の大海のいずこかへ埋没したのを知る。
成長とはまったく違う変化。明らかに迷いだした舵。何処へも行き着けぬ指針だと薄々気付きつつ変えられぬ矛盾。
夢。
本当に叶えたいものはまだ遠くに見えている。けれど氷壁が彼とそれとを隔絶している。
赤銅島の人々はみな善人だった。
斗貴子の曽祖父・貴蔵は、『防人衛』の素直さを高く評価し雇い入れた。
和服が気に入った、だから貫く……真っ直ぐで自信に溢れた姿勢は防人に大きな影響を与えた。
後年核鉄を錬金戦団に返還してなおシルバースキンを模した特注のコートを着るほどに。
津村家に仕える3つ子の老人はいつだって陽気だった。
何かあるたび大声で大口で大笑する姿に幸福とは何か教えられた。
長生きで、人に必要とされ、いつも笑っていて。そんな姿が防人は好きだった。
斗貴子の両親は2人とも優しい雰囲気を纏っていた。祖父母は地引網に参加するほど元気だった。
島民たちとも交流があった。
針に糸を通したり瓶のフタを開けたりといった小さな手助けをしているうち自然と仲良くなった。
88 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:17:43.67 ID:dVzvCEe70
.
(皆、助けられなかった)
夢見た結果、生き残った島民は斗貴子ただ1人。
防人はキャプテン・ブラボーとして生きるほかなくなった。
けれどその道も彼を救わなかった。むしろ道すがらずっと心は冷えていった。
剣持真希士という、気のいい大型犬に似た。防人と同じように楽園を求めていた部下を麾下において亡くした時。
心はまた冷えた。今にも泣きそうな顔を防護服の奥に押し込めた。
求めていた筈の最良の策も最大の効果もそこにはなかった。挫け新たに選んだ道にも救いはない。何を選ぼうと結局は
そうなのだ……現実を知るキャプテンブラボーはそう思おうとした。すでに力が及ばぬと分かっている世界だ、理想も願いも
叶わぬが当然、だからこそ限られた条件の中で限られた力を揮おう。いっそう冷徹に振舞うべく務めたのは必然といえる。
しかし武藤カズキという少年は。
『再殺後自らも命を絶つ』そう宣言したキャプテンブラボーをも救わんと奮起しそして勝った。
偏えにありったけの想いと力を込めて撃ち貫く。
たったそれだけで、戦歴も身体能力も遥か勝る『キャプテンブラボー』を倒したのだ。
……。
その時「届いた」、届けられた感情は今でも防人の中に息づいている。
小さな火が寒さの中で消えそうになりながらチロチロ、チロチロと。
カズキは。
世界の突きつける選択肢をある時期からずっと超え続けてきた。
斗貴子とパピヨンの命を秤にかけやむなく前者を取ったときからずっとずっと超え続けてきた。
「命の取捨選択なんて無理」。まひろたちのみならず桜花や秋水まで救ってきた。
彼は常に成功の祝福に預かったわけではない。むしろ逆だ。戦士として駆け出すやすぐ挫折を味わっている。パピヨンの
覚醒を止められず結果蝶野に連なる者およそ20名をむざむざ犠牲にしている。
にも関わらず諦めなかった。咄嗟に斗貴子をかばい心臓を失くしたとき抱いていた想いはむしろ過酷に直面するたびます
ます強くなった。「死の痛みを誰にも味合わせたくない」。その一念は、失敗しても挫けても、失くさなかった。
彼と自分の違いはなんだろう。
防人衛の中で小さな疑問が渦巻き出した。
”大過なく積み上げ続けた者ほど挫折に弱い”。識者に言わせれば防人は典型例らしい。努力が面白いほど実を結びいつ
しかそれが普通と化した者にとって失敗は、例えば子供が突然親から無償の愛を打ち切られたような信じがたさで衝撃だ。
今まで通じてきたやり方がある日突然通じなくなる。ひたむきな者ほどそれを黒く鮮烈に受け止める。成功が却って免疫を、
『頑張ってもうまくいくとは限らない』現実との調整力を、弱めるのだ。
あたかも絶対の防具を纏うものがそれゆえ打たれ弱くなるように。
カズキは戦士になってすぐ挫折を味わった。未熟もいい時期に理念を挫かれた。であるがため早々に自らの力量、限界を
知った。ひたむきなのは詰まるところ失敗を恐れたからだ。生のままのありのままの自分で振舞えば必ず前轍を踏みまた
しくじる……。それゆえ自分の限界以上の力をいつだって振り絞った。
突撃以外なかった。突撃以外、考える余裕がなかったのだ。
89 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:18:36.45 ID:dVzvCEe70
与えられた任務の中で最良の選択を。
そんなキャプテンブラボーの理念は。
取捨選択などできぬという。
武藤カズキの穂先に。
銀の固着ごと撃ち貫かれた。
パピヨンは言う。選択肢とは与えられる物ではない。自ら創り出していく物だと。
結局のところ誰かが与えるモノはその誰かの都合を脱さない……長らく救われなかったパピヨンはそう信じているようだ。
怨嗟と怒り交じりで些か公平性を欠いているが、一理ぐらいはあるだろう。
甘んじて、いたから?
胸骨に無数のヒビとともに届けられた超圧縮の太陽嵐。その疼きともに自問する。
与えられる任務、戦団上層部から振って湧いてくる指令の一代行者たるべく務めた”キャプテンブラボー”。
きっと組織人として間違いない。
けれど個人としては?
世界を救わんと努力していた”防人衛”。
その努力は、夢と熱情に彩られた輝く季節は、誰かが画用紙大にまで括った世界の景色だけ注文どおりに染め上げるが為
なされたものか? たったそれだけに帰結させるべく心血振り絞り過酷に耐えたのか?
そんなコトを考えるとき、防人の冷えた心は僅かに振動する。
脳細胞が分子運動し懐かしき熱を薄く紡ぐ。
なのにかつて抱いていた夢。それを再開するのは絶対の禁忌で。封印に掠る程度で心痛がし瞳も潤む。
守れなかったのだ。斗貴子以外の赤銅島の人々を。
なのにまた夢へ向かうのは、世界総てを救うと広言するのは。
罪、だった。
火渡がいうように割り切って忘れて、また夢に向かって、それでまた犠牲を出したとすれば。
反省の無さで人を殺した災厄と化す。加害者(ホムンクルス)と変わらなくなる。
実直で剛毅で正義を愛する防人にとって犠牲は何より恐ろしい。
いっそカズキのように全力以上の全力振り絞って『二度と誰をも死なせない』、そう断言し振り切れればどれほど楽か。
……。
太陽の遥か下。繋がれた象がいる。まだ幼いころから右前足と杭をロープで結ばれ動けぬ象が。
最初は、あがいていた。戒めを解いて遠くへ行こうと身をゆすり解かんとした。
でもまだ小さかったから力はなく。杭はビクともしなかった。ロープも強く張り詰める一方、ちぎれなかった。
7年経ってその象は知恵も力も蓄えた。体も昔とは比べ物にならないほど大きい。
足を縛るロープは膨れ上がった前足に巻きつくのが精一杯という感じで、輪の一部が破れかかっている。
杭だってもう抜けかけている。象の何てコトない日常の動きに少しずつ少しずつ地面から抜け続け……。
象が今一度、渾身の力で身を揺すり足を揺すれば……ほどける、だろう。
なのに彼は気付かない。現状に気付かない。
むかし縛られた記憶ばかり先行し、むかし味わった無力感ばかりに気をとられ。
いまの自分がどれほど強くなったか気付かない。
90 :
永遠の扉:2014/03/30(日) 13:20:45.68 ID:dVzvCEe70
.
カズキに超えられたとか。
火渡の放つ五千百度の炎に身を焼かれたとか。
そんな現実的な材料ばかりに足をとられ進めない。
現実に存在する敵たちを砕くため努力したというのに。
現実に囚われ動けない。
それはひとえに──…
心が冷えてしまったから。
赤銅島で、ホムンクルスと知らず交流を持ってしまった少年を、その手で圧殺した時、
心が、冷えたから。
けれどカズキの思いを乗せた一撃は冷えた心に熱を与えた。種火を与えた。
今一度燃え盛るか否か……今はまだ分からない。
……9月13日。夜。音楽隊も秋水たちもめいめいの部屋で眠りについたとき。
「つ……。やっぱり総角相手にムチャしすぎたか」
誰もいない部屋で防人は、顔を歪めた。手を当てた肩の中で淀んだ痛みが鈍く跳ねた。
一見以前と変わりないように見えても、攻撃は、確実に彼の体を蝕んでいる。
技術で攻撃力をカバーしているが、体の方はその強大な負荷に耐えられないのだ。
人が物を殴る時、その破壊力以上の反動が人体に及んでいる。
(いまの俺はヒビ割れた杭打機……か。聖サンジェルマン病院で言われたっけ)
強力だが、それゆえ攻撃するたび壊れていく。火渡に与えられた”ヒビ”に関しては、深い傷跡を跡形もなく治せるほど
高度な錬金術医療を以てしても完治できないほど深いという。
(こんな体で、果たして決戦までに完成するのか……?)
『渾・身・爆・砕! ブラボー重ね当て』。カズキに一・撃・必・殺! ブラボー正拳を破られたのを機に着目した、13のブラボー
技14つ目の技。
(以前から研究しているが未だに実戦レベルにはならない。大戦士長から何度も言われたっけな。心に原因がある、と)
秋水は伝えたかったようだ。自分のように克服できる時が来ると。
総角は例を引いた。心が未来に向かって動いたからこそ、奥義においても新たな一歩を踏み出せた飛天御剣流継承者を。
(心、か)
いろいろな思考が動き出しそうになった瞬間、管理人室のドアがノックされた。続いてしたのは斗貴子の声。
「戦士長。いまいいですか。お話が──…」
「わかった。廊下に出よう。部下とはいえ夜中に男女が1つの部屋にいるのはマズい」
斗貴子の話。過去。鍛錬。重ね当て。シルバースキン。火渡。千歳。元照星部隊。
秋水の思惑。まひろの言葉。生徒たち。名前。本名。渾名。由来。過去の希望。
繋がれた象。やがて衝突する強大な悪……マレフィックの、1人。
総てが複雑に絡み合うのはもう少し先。
彼の心が今一度燃え盛るか否か……今はまだ誰にも分からない。
以上ここまで。096話終了。容量的に前作(ネゴロ)超えました。なんと約三割増しです。
096話だけで。
訂正。一気にガーっとやったらヘマしました。
>>85は重複。
>>86のが正しいです。
>>82 ×
女性陣が去った後、無銘は胴上げされるがそれはまた別の話。
「あ、ブラボー!」
○
女性陣が去った後、無銘は胴上げされるがそれはまた別の話。
「…………」
防人はテレビを見て黙り込んだ。
若かりし頃の自分。赤銅島以前の自分。挫折など知らず懸命に訓練に励んでいる自分。
技は今よりも拙い。なのに気迫は、今以上で……。
寂しげに微笑する防人に秋水もまた黙り込んだ。恩義ある彼に何ができるか……考える。
「あ、ブラボー!」
>>90 ×
(心、か)
○
(心、か。さっき見たビデオの俺なら……赤銅島以前の迷いなき俺なら、できたかも知れないな)
93 :
ふら〜り:2014/03/30(日) 18:26:11.31 ID:T21VgRFM0
>>スターダストさん
しっかりと「ヒロイン」してますねまひろは。非戦闘ヒロインとしてはかなり理想的。で、今
ブラボーの精神的支え・励ましになってるのは斗貴子&まひろという歳の離れた少女二人。同僚や
上司ではなく……うーむ。千歳に根来、火渡に毒島が支えになってるって話も見てみたいかも。
94 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:15:49.59 ID:LYpbmbMF0
第097話 「演劇をしよう!!」(後編)
【9月14日・朝】
「あ」
「お」
朝食を採るべく食堂に赴いた秋水はまひろと出逢った。これから食べるのだろう、色々乗せたトレーを持つ彼女は一瞬、
顔を赤くし目を背けたが、すぐいつもの──ただしちょっぴり汗を垂らした──笑顔で挨拶した。元気のいい声だった。秋水
も生真面目に返し席につく。
「あと2日だね!」
「……? あ、ああ。劇の話か」
正面に腰掛けたまひろの相変わらずな突拍子の無さに何とか答える。残り2日。それは決戦までの日数でもある。
(パピヨンが企画した演劇対決。それが終わり次第すぐ俺たちは、誘拐された大戦士長の救出に向かう)
秋水が劇で担当するのはアクション。斗貴子ともども殺陣を披露する予定だ。
(特訓もした)
カズキの悪友たる六舛孝二の紹介で、『演劇の神様』なる人物の元で一晩だが修行した。……彼がやがて戦うレティクル
エレメンツの幹部の1人(天王星)と言う事実は流石に思考の及ぶところではないが、ともかくも及ぶところにおいては最善
を尽くさんとしているのが最近の秋水である。
(昨晩は中村に武術の機微を伝えるコトができた。あとは戦士長に何か……)
できるコトはないか。食事を運ぶ間もそればかり考えた。味噌汁を啜り、アジの開きを行儀よく毟る間も思案にくれた。
防人は、恩師なのだ。まだ音楽隊が敵だった頃から様々なアドバイスを貰い、それが秋水の窮地を何度も切り開いた。
(せめて新技……。13のブラボー技14つ目の技を会得する一助になれれば)
防人は7年前の赤銅島事件をまだ引きずっているように見えた。これまで散々『過去』に縛られ数々の過ちを犯してきた
秋水だからこそ分かる。恩師ともいえる戦士長はいまだ7年前の過ちを抱えて苦しんでいる。
(結局最後に立たせるものは自分の腹臓からの声だ。俺自身そうだった。……総角の言うとおり)
だから防人が秋水の言葉で再起する可能性はかなり低い。「きっかけの1つになる」程度だろう。
(それにしたって火渡戦士長や千歳さんに比べれば比重は低い)
同じ釜の飯を食べた元照星部隊の面々なら、秋水よりもっと直接的な後押しができるだろう。
(毒島はどうだろう。それから……最近千歳さんとよく組む根来)
できる、と秋水はみた。ただし心因的なモノに限っては間接的参与の方がよい、とも。双方とも防人とは秋水に毛が生えた
方程度の親密さだ。それでも防人の7年来の僚友たる火渡や千歳とは懇意だから、その関係性において彼らを刺激し、防人
に至るのが正しいのではないか。(秋水は知らないが、毒島の方はすでに昨晩、斗貴子に色々と働きかけている)。
(或いは……戦闘の補助)
毒島にしろ根来にしろ、防人との意思疎通を欠いてなお存分にアシストできる力がある。それを以て直接支援し、戦況的
な意味において防人の新技の完成の一助となる……。それなら容易かろうと秋水は思うのだ。
(とりあえず問題は俺だ。いまだ自らの事さえ決着をつけられず刀一本しか持ち得ないこの俺がどうすれば戦士長を……?)
答えは出ない。根を詰めるのも良くないと一息つく。いつしか軽く俯いていたようだ。顔を上げる。
「!!」
「!?」
まひろと目が合った。どうやら思案にくれる秋水を眺めていたらしい。箸を口に突っ込んだ妙な顔のまままひろは硬直した。
「えと。すまない。それからいま迂闊に口を動かさない方がいい。君は箸を噛みそうだ。驚いた拍子に噛みそうだ」
無言でコクコク頷くまひろ。そして箸を口から出した。半透明の糸が箸と唇を結びやや艶かしい。思わず秋水は目を逸らした。
(うぅ。気まずい、すごく気まずい。てか私気まずくなるの忘れてた。気付いたら正面に座ってたよ……)
時刻は6:00を少し回ったところだ。食堂はガラガラ、朝練を控えた生徒たちさえまだ来ない。だから秋水からウンと距離を
取るのは容易いのだが、それをすっかり忘れていた。
(……だって、だって私)
思わず両目から滝のような涙を零す。
(秋水先輩に告白みたいなコトしちゃったのスッカリ忘れてた!!)
95 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:16:40.77 ID:LYpbmbMF0
実はさっきの遭遇に赤くなった時さえ忘れていた。反射的に顔が赤くなったのは何故だろうとしばらく考えていた。で、秋水の
正面に座って何か話しかけようとしたのだけれど、何か考え事をしているので邪魔したら悪いと、食事の音さえセーブしつつ朝餉
を味わっていたところ、「そうだ何でさっき私赤くなったんだろ」と気になって考えた。
で、気付いた。秋水が毒島やら根来やらを考えているあたりで、気付いた。
(告白!! そうだ昨日! びっきーの地下壕の中で! 好きかも知れないって!)
やらかしてしまった馬鹿げた自爆、致命的な失敗をやっと思い出し真赤になった。
(で! でもでも忘れたってコトは実は案外大丈夫……いや大丈夫じゃないよ!! そしたら秋水先輩迷惑!! 忘れちゃう
気持ちなんかであんなコトいったらダメだよ!!!)
内心自分を叱りつける。箸でブロッコリーを摘んだまま赤くなったり涙ぐんだりユーモラスな憤怒を浮かべるまひろは百面相で
だから秋水は困惑した。結局なにをやっても迷惑をかける性分らしかった。
(というか……。忘れてても赤くなった訳だよね。じゃ、じゃあ……やっぱり?)
ヴィクトリアに相談して一応の方向性らしきものは掴んだつもりだが、どうにも整理しがたい心情である。
ここでやっと挨拶以外ロクに会話していないコトに気付いたので、ドーニカコーニカ話しかける。
「そ、そういえば桜花先輩は?」
「姉さんなら台本を見に行った」
「あ。ちーちんのトコに。5時ぐらいにはもう大体完成してたよ」
「そうか。……ん? 君はもう行ったのか?」
「行ったというかお泊まりだよ! 夜ね、ブラボーにお名前のコト聞いたあと、お泊りしたんだよ。さーちゃんやびっきーには
遅いって怒られたけど」
「成程。君も手伝ったのか」
桜花から聞いたが、昨晩、秋水が、武術にいろいろ学びながらも翻弄される剛太を眺めているころ、女性陣はいろいろ
叩き台を出し合ったらしい。お題を設け2000文字で描く。各人さまざまの作品は、台本に行き詰まっていた千里にいい
影響を与えたらしい。それを裏付けたのがまひろだ。
「ちーちん結構ね、筆がね、乗ってたよ」
「そうか」
「ココどうしようって所はね、結構私たちアイディア出したよ。やっぱ書くと違うね。桜花先輩が課題出してくれたお陰かな、
私もさーちゃんもびっきーも色々描けたよ。あ、秋水先輩も良かったらどう?」
「考えておく」
「ちーちん言ってたよ。アクション得意な人はダイナミックな文章書けるって。秋水先輩なら渋くて熱い時代小説書けるよ
きっと!」
「……そうは言うが、俺はあまり小説読まない」
まひろはおおという顔をした。意外だったらしい。
「意外だね。てっきり好きだとばかり」
「なんというか……薦められるコトはある。剣道部とかで。…………だが」
「だが?」
「何と言うか。薄味に思えるんだ。剣戟の場面。あ、剣戟というのは、その、いわゆるチャンバラだ」
「へー。チャンバラってケンゲキっていうんだ。変わってるねー。ん? 薄味ってどゆコト?」
「もっとこう、剣術というのは物凄いんだ」
「物凄いんだ。確かに秋水先輩、謎で秘密な組織で怖い人たちと戦ってる所あるよね」
恋バナ嫌ってる所あるよね、みたいな軽い調子でいうが実際秋水は戦士である。修羅場の数は限りない。
「刀で刀を受け止めるのは死を意味する。折れるからな。だからそういうのを読むと緊張感が削がれる。俺がそういう目に
陥るときはいつだって死を覚悟している」
「死を覚悟!?」
凄い言葉にまひろは驚愕した。
「頭や首、心臓を狙わないのも不満だ。鎧相手なら剥き出しになった部分の太い動脈を狙って戦闘不能にするのは当然だが、
真剣で小手を狙っているのは、或いは狙っても指にダメージがいかないのは疑問が残る。新撰組2番隊組長永倉新八で
さえ、池田屋事件でやられたんだ。指を切断したそうだ」
「怖いデス。剣術怖いデス」
まひろはガタガタ震えながら、大人の小指ほどあるポークソーセージを食べた。
「あとダメージの描写にも不満がある。ほとんどの小説は刀が当たってもカッターが掠った程度の傷で済んでいる。だが実際は
……その、皮よりもっとマズい部分が切れる」
「皮よりもっとマズい部分……。その、お肉とか、骨とか?」
96 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:17:23.40 ID:LYpbmbMF0
「ああ。掠った程度でも、白い脂肪が見える。その断面のあちこちから瞬く間に赤い粒が覗いてそれが一気に血溜まりになり
そして溢れる」
「うぅ。怖い。怖いよぉ」
青い顔で脂身たっぷりの豚の生姜焼きを食べる。ケチャップをかけて食べる。
ひどい時には骨粉が舞い様々な部位が落ちる。胴体に直撃すると……はみ出す」
「はみ出す!? 何が!?」
思わず立ち上がるまひろは小皿に乗った生レバーを見る。おいしそうだったのでパクリ。食べた。
「だからどうしても普通の時代小説は読めない。趣味に合うのは結果としては残虐なモノになってしまうから控えている。怖い
んだ。いろいろおかしな趣味に目覚めそうで」
「秋水先輩の小説……読みたいような読みたくないようなだよ」
言いながら3杯目のご飯をお代わりしに行く。まひろの食欲は今日も絶好調。
千里の部屋で台本完成の報を受けた桜花は食堂に向かうべく廊下を歩いていた。
すると曲がり角から鐶が出てきた。
「あら光ちゃん。おはよ──…」
「うぉーヒナぁ! コネクティブヒナーっ!!」
「!?」
なにやら喚きながら頭をグルングルン回しだした音楽隊副長に目を丸くする。
「あ。桜花さん……おはよう……です」
「いやおはようじゃなくて。なに今の!?」
「カップリングシステム……です……」
「ごめん全然分からないわ。なんでカップリング求めてそうなるのかしらね?」
務めて冷静に、しかし引き攣った顔の生徒会長に虚ろな目は「色々あるのです」と呟き、説明開始。
「今日の……特訓は…………連携……です。他の人と……協力して攻撃する…………練習……です」
「え? あ、ああ。確かにブラボーさんから朝方メールが来たけど」
それと今の奇行に如何なる関係があるというのか。
「私……は…………斗貴子さんと…………ツインユニット組む…………じゃなくて……同時攻撃の……練習するよう……
……言われました…………」
「はぁ」
要領を得ないがとりあえず黙って聞く。生徒会長らしい配慮だった。
「つまりカップリングシステム! ……です」
「いやそこがもう分からないんだけど。一緒に攻撃してなんでカップルになるのかしら光ちゃん?」
「ところが……デカップリング……で」
「また新しい単語!?」
「うるさいな。朝から騒ぐな」
無愛想な声に振り返ると腕組みする斗貴子がいた。
「助かったわ津村さん。光ちゃんがちょっとおかしいの」
「うぉーヒナぁ! コネクティブヒナーっ!!」
斗貴子を見た鐶はまた頭を回す。そしていう。
「失敬な……誰がおかしい……ですか」
「あなたよ!!」
全力で突っ込む桜花。彼女と鐶をしばらく黙然と眺めていた斗貴子は厳かに呟く。
「またか」
「また!?」
「ああ。さっき起こしにいったとき、急に特訓したいと言い出した。連携については私も戦士長から聞いてるからな。例の
地下特訓場でやってみた」
やっと謎が解けそうだ。桜花は斗貴子の説明に期待を寄せた。
「そしたらデカップリングで……」
「だからデカップリングって何!?」
叫びに斗貴子は「あ」と呟いた。
「悪い。コイツに毒されてしまった。連携失敗を指すらしい」
「厳密にいえば…………時間切れとか……操作とか……で……解除されるコトを……ですね」
「もういいからしばらく光ちゃん黙ってて」
しょぼーん。鐶はスーパーデフォルメで落ち込んだ。
「まあ、なんだ。要するに、連携攻撃が何かのアニメの現象に似ているらしい。それもどうやら幹部の武装錬金で見た未来
の奴らしいから私には見当もつかなくてな。で、うまくいけばナイスカップリングと喜び失敗してもデカップリングですねとシタ
リ顔でいう始末だ」
「あら光ちゃんうざい」
「で、とうとうブチ切れた私が連携放棄を言い渡したところ」
97 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:19:22.06 ID:LYpbmbMF0
「うぉーヒナぁ! コネクティブヒナーっ!!」
「コレだ」
どうやら作中で連携を拒まれてなお連携を強く求める敵キャラのマネらしいのだが、真剣に防人の指示に従っている斗貴
子にしてみれば面白くない。
「……光ちゃんは楽しそうよ。拒まれても楽しそう」
「コネクティブ斗貴子さん!」
鐶が叫ぶ。
「アクセプション!」
顔に横一文字の傷があるショートボブの少女もまた叫ぶ。
「だから私の声と顔を真似るな!! 何度言えば分かる!!」
(何度もやったんだ……)
特異体質の無駄遣いへとムチャクチャ激昂し怒鳴り散らす斗貴子に思う桜花であった。
「このアニメ……キますよ。ガチャピンやムックと……コラボ……しましたから」
「知るか!!」
(光ちゃん自由すぎる…………)
騒がしくなった一角をまひろと秋水は見た。桜花たちも朝食開始。
「でも津村さんと光ちゃんなら最強タッグじゃない?」
「実力的にそうだとしても、あんな奴と組めるか! こっちは真剣なんだぞ! アニメがどうとかフザけやがって!」
サーロインステーキにフォークをブチ込みながら気炎を上げる斗貴子。いろいろ豪儀だった。
「まぁまぁ。でも、うまく連携すれば例のマレフィックとかいう幹部だって斃せるわよ。だって津村さんは私達の中でもトップ
クラスに強いし。光ちゃんに至ってはその津村さん含めた6人を圧倒してたし」
「アイツの力量自体は認めている。でなければ危機感を持って対処できない」
ティーカップを口にしながら呟く斗貴子。飲んでいるのは紅茶。ステーキとはチグハグだが妙に絵になる。
「だがアイツは何だ。フザけやがって」
「そうかしら。私には結構真剣に見えるけど。そもそもフザけてるなら朝一番で特訓申し込んだりしないでしょ?」
「…………熱意があるのは認めるが」
特訓中、恐るべきスピードで斗貴子の動きを理解し真似ていた鐶の姿が去来した。
防人の指示もあり、訓練は素手で行った。(もっともホムンクルス相手に丸腰になる斗貴子ではない。待機状態のバルキ
リースカートを装着しおかしな動きあらばすぐ斃せるよう備えていた)。
「私たちは武装錬金なしで戦士長と戦った。目標は身体能力だけでシルバースキンを破るコト。剛太にも似たような課題を
出しているというが、こっちはホムンクルスがいるとはいえ素手……難度は高い。そのうえ試験とは違い戦士長は攻撃して
くる。防護服もまた戦闘状態……ミサイルが直撃しても爆ぜないというアレだ」
同じ箇所に超神速で2発入れれば爆ぜる銀の肌はまさに連携強化にはうってつけ。
「難しいけど、呼吸さえ合えば達成可能な目標ね」
鐶は、最初から斗貴子に合わせるつもりだったという。特異体質でさまざまな鳥や人に化けれる彼女である。模倣は十八
番という訳だ。
「20分もしないうち、アイツと私の動きがだんだん合ってきた。こっちが動いてから真似してるんじゃない。動く前からすでに
何を繰り出すか読んでるようだった」
「動きだけじゃなく、行動パターンそのものまで読み取った訳ね。さすが音楽隊副長」
だが相手は傷負いたりといえ斗貴子の師匠筋。動きの癖など見抜いている。よって、普通のホムンクルスなら即死確定の
連携攻撃を捌き、いなし、或いは反撃し、悉く潰した。
「仮に攻撃が当たっても、戦士長だからな。うまく受け流し、同じ箇所への連撃を避ける。鐶の攻撃がみぞおちに当たれば
身を逸らしポイントをずらす。そして私の掌打を胸骨でといった具合だ」
斗貴子は別にそういう事象に怒っている訳ではない。課題がクリアできない苛立ちを撒いているのでもない。
「私が奴に合わせようとしないのが悪い。鐶は即席にしては十分良くやっている。人間で戦士ならとっくに褒めている」
「あら。らしくないわね津村さん。結構ベタ甘な評価よそれ」
「だが遊ぶなと! アイツの真剣さは何と言うか趣味の真剣さだ! 一般人を守ろうという気がまるで感じられないおフザ
けの真剣さだ!」
「まぁまぁ。例の5倍速の老化のせいか大人びているけど、実際はまだ8歳だし。子供なのよ? 体質さえ普通ならまだ小
学校中学年。津村さんならやっと戦士目指し始めたって年齢よ」
「……」
焼きしいたけに箸をぶすりと刺す。
「津村さんがもどかしく思うのはきっと、『ここまで完璧にマネできるのにどうして形だけなんだ』って気持ちがどこかにある
せいじゃないかしら?」
98 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:19:52.57 ID:LYpbmbMF0
ティーカップという琥珀色の湖に揺らめく瞳が映った。
「私はそこまでアイツを買っちゃいないし、形以上の……心からの同調だって求めていない。ホムンクルスだぞ? ずっと
ずっと敵だと見なしてきた存在を軽々しく信頼などできない。私の過去がどうこうという話じゃないぞ。習慣の問題だ。戦団
はホムンクルスを敵とした。私自身、ホムンクルスがもたらした被害だって星の数ほど見てきた」
長くなると思ったのか、箸を置く。
「それでも任務だし、戦士長やお前の弟から言われた言葉もある。憎悪を抜きに鐶を見ようとしたさ。けど…………」
「けど?」
沈み込んだ声音に先を予感しながら促す桜花。同い年なのだがどこか年上な雰囲気だ。
「被害にあった人を思い出した。理不尽な暴力に心傷ついた人。家族を奪われた人。畑や鶏舎といった生活の基盤を破
壊され悲嘆にくれる人たちもだ。戦団が事故死に見せかけ葬ったホムンクルスの奥さんや子供たちが泣く姿だって私は見
てきた」
斗貴子は少しだけ泣きそうな顔をした。
「なのにどうしていきなりホムンクルスに心開ける? 過去は2つあったんだ。失ったものと、だからこそ得てきたものが。
憎悪は押しのけようとしても戻ってくる。覚えている過去が寄せてくる。それに目を奪われないよう務めても、「どうにか
したい」って気持ちまでは抑えられない。私と同じく地獄のような光景を見せられた人たちのため戦わんとする。それが
きっと私なんだ。固まってしまったんだ。仮に過去を取り戻しても変わらないし変えたくもない。だから……いきなりすぐ
鐶との完全な連携などできない。ホムンクルスの肯定もだ。だから……イラついている」
「でもそこが津村さんのいいところじゃなくて?」
沈痛な声を平然と桜花は切って捨てた。出所は見ようともせず、ただ、にこやかに笑いながらカプチーノをかき混ぜて。
「昨日までの主義をホイホイ捨てれるような津村さんなら失礼だけど要らないわよ。だって私がいるもの」
「……桜花。お前な」
一瞬昨晩の、いやに素直で不気味な彼女かと思ったが平常運転らしい。だからこそ斗貴子は嫌そうなジト目なのだが。
「私なら割り切れる。元・信奉者ですもの。でも戦団に従うコトだって吝かじゃないわ。やっぱり元・信奉者ですもの」
長いものに巻かれる、柔軟だが明確な主張はないと桜花は自分を評し
「だから結局心から誰かと通じるなんてコトはないの。例えば『津村さん、私の言葉を信じて!』とか言われたらどうする?」
斗貴子は一瞬難しい顔をしたが、桜花に何か思うところがあったのだろう。一層峻厳たる、だがどこかわざとらしい表情で
「悔しいが信じる他ないな。私にそう言うってのはつまり、かなり高確率で裏切られ大損ブッこくからブチ撒けて帳尻合わせ
て下さいってコトだろ。だったら信じるしかない。半ば陰腹を召している者の覚悟だからな。全力を以て相対する他ない」
真剣に頷いた。
桜花はキョトリとしてから噴き出した。俯いてくつくつと忍び笑いを漏らした。
「わ、私そこまで考えてなかったんだけど……。盛りすぎ……。なんで普通に返してくれないのよ」
「だから笑うな! 本当近ごろ緩いぞお前!!」
「というか騙したら私死ぬんだ。殺されちゃうんだ。それに、それに、陰ば……ぶふっ!! しゅ、秋水クンじゃあるまいし今
日び陰腹って、陰腹って……だいたい召しちゃない、いなっ(息が詰まった)…………(プルプルプル) あ、(プルプル) あと、死
にかけの私に……ぜ、ぜ、全力とかどれだけ信用ないのよ……。てかコレ、てかコレ、ぶっ。予防線、予防せ……(プルプル)、
予防線じゃないの……騙したら殺すって脅し……怖っ……だめ、だめ、面白すぎる……。津村さんやっぱり面白すぎ…………」
「ええい笑うのは勝手だが叩くな!!」
いっそう背中を丸めながら斗貴子の肩をバシバシ叩く桜花を見ている影、2つ。
「桜花先輩最近よく噴き出すよねー」
「まあな」
三角パックの牛乳を飲みながら呟くまひろに秋水も同意。姉の微妙な変化に戸惑う反面やや嬉しい。
30秒後。顔をあげた桜花はまだ笑いを湛えながらまなじりの涙を拭いた。
「とまあ、信じな……ぶっ!!」
見事な黒髪に付着したナルトを見た桜花がまた噴き出した。先ほど突っ伏した時、焼きそばについてたソレがついたらしい。
「いい加減落ち着け!!」
斗貴子の怒声から15分後。
やっと沈静した桜花が喋り出す。やっと話題は戻り連携について。
「とにかく私のような賢くてしかも綺麗な変節漢は誰も信じないってコトよ」
99 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:21:40.08 ID:LYpbmbMF0
「自画自賛する奴とか下らないコトにいちいち噴き出す奴もな」
桜花は満面の笑みを浮かべた。満面の笑みで誤魔化そうとした。
「でも津村さんは信念というか譲れない物を持っている。だったら誰かと通じ合える。信じて貰える」
たとえホムンクルスでもと桜花はいう。
「いまは難しいとは思うけど、何かひとつ、通じ合えるコトがあるなら、本当に心からの連携ができるわよ」
「……どうもお前に励まされると反応に困るな」
傷のある鼻の頭を掻く斗貴子。きまりの悪そうな表情だ。
「どういたしまして」
だいたい心情を察したらしく桜花は微笑む。
「ところで津村さん。特訓でブラボーさんに逢ったってコトは」
「話なら昨晩のうちに済ませた」
だがなんでヤブカラボウにと訝る斗貴子に濡れた黒髪(ナルトについた焼きそばのソースで濡れた)の貴人は笑う。
「いま武藤クンのコト考えたでしょ。なら日常どうこう考える。でもブラボーさんと語りつくしているでしょうから、まあ、もう一度
突き付けるというか確認のためよ」
「本当お前は反応に困るな」
実際斗貴子は指摘通りの心境だった。
『通じ合える』
本当にそれができた人物はたった1人だった。なのに斗貴子は一方的に断絶された。
カズキだけが月に行った。
『通じ合える』
前例はある。確かにある。その気になればまひろとだって桜花とだって秋水とだって、『仲間』として通じ合えるだろう。
(けれど……それをやれば)
斗貴子は彼らの作る『日常』を得てしまう。
昨晩。その辺りのコトを防人にも話した。
──「約束します。死ぬような戦いはしません」
──「桜花は言いました。私もまた。まひろちゃんたちの『日常』だと。彼女たちの生活の一部だと」
──「それを守るため死を避けます。怒りに任せていればどうなるか、早坂秋水が自身に照らし釘を刺しましたから」
──「ですが私自身が『日常』を得るつもりはありません」
──「まひろちゃんたちは、カズキを失いました。私はそれを阻止できませんでしたから……」
──「私のコトを気遣って下さったコトには感謝しています。それでも」
──「『日常』を、普通の幸福を、私だけ得るコトは許されません」
「津村さんは結局、武藤クンがいないとダメなのね」
「…………私個人の問題じゃない。まひろちゃんたちの問題なんだ」
キミも知っているだろう、声を小さくして語りかける。10m以上離れたところにいる彼女は秋水との話に夢中で気付かない。
「ああやって明るく振舞っているが、ときどき消えそうな表情で空を見ている」
「そう、ね」
もうずいぶん前のような気がするが、桜花もそういうまひろを見ている。銀成学園の屋上で月を見上げて泣いているまひろを。
始まりはそこからだった。
秋水を彼女に引き合わせた時から総ては始まった。それが8月27日の夜。実はまだ20日と経っていない。
100 :
永遠の扉:2014/04/02(水) 15:22:27.17 ID:LYpbmbMF0
言いかえれば、まひろの人生のうち、秋水という存在が大きくなり始めたのはこの3週間にも満たない僅かな期間なのだ。
生まれてから15年ほとんど毎日ずっと一緒だったカズキという存在の欠乏を埋めるにはあまりに足りない年月だ。
「まひろちゃんがどれほど落胆しているか……キミなら知っているし、分かる筈だ」
桜花は頷く他ない。ずっと秋水を失うコトを恐れ生きてきたのだ。弟と兄という違いこそあれ、かつて恐れていた絶望を、
まひろは何の覚悟もしていない状態である日とつぜん突き付けられたのだ。
そんな彼女の心情を考えれば、斗貴子が日常を欲しがらないのも当然だろう。
「でも津村さん。あなたの気持ちだって分からない訳じゃない」
すっと真顔になり話しかける。
「あなたは、加害者意識を持っているけど、実際は被害者……といったら言葉が悪いかしらね。とにかく武藤クンのコトじゃ
まひろちゃんと同じくらい傷ついているのよ。感情的な面では納得できないだろうけど、でも、仮に武藤クンを止められなかっ
たコトを罪だというなら、津村さんは、大事な人を失うという罰をあのとき同時に受けてる。それ以上の判決は誰も望んじゃ
いないの」
罰を受けるべきなのは私や秋水クンといった元・信奉者であって、ずっと誰かのため戦ってきた戦士ではない。
と桜花は続けて、
「だいたい、津村さんがどれだけ罰を受けたってまひろちゃんたちの日常は帰ってこないわよ?」
どころか、斗貴子が日常から遠ざかり笑顔を失えば失うほど、まひろの傷心も癒えなくなる。本来、喪失とは日常が時間と
ともに回復させるものだ。だが、まひろを治癒すべき日常は、彼女が斗貴子に慮って楽しさを拒むたび薬効を失くしていく……
生徒会長だけあり喋り出すと立て板に水といった様子で言葉がどんどんどんどん斗貴子の外耳道に放り込まれる。
「……なら、やはり私はカズキを」
「そう。取り戻すべきじゃなくて? それが一番でしょ」
できるのだろうか、という顔をする斗貴子。
「パピヨンならするわよ。今も昔も白い核鉄を作るつもりだし、それが済めば次は必ず月に行く」
「変態は楽でいい。幾らでも常識を踏み外せる」
八つ当たりかつ吐き捨てるようにいう斗貴子。
「あら。常識を言うなら人類はとっくに月に到達してるわよ? 津村さんなら宇宙飛行士になるぐらい簡単でしょうし、ロケット
だって『月に消えたあの人にもう1度逢いたい』とか何とかお涙頂戴の募金しまくれば必ず作れる。前例があればそれは、
『できるコト』で、できるコトは常識なの」
「簡単にいってくれるな」
「簡単じゃなかったら取り戻したくないの?」
「逆の立場なら武藤クン、もう絶対してるわよ?」
…………斗貴子の心が一段と未来に向かって動いたのはこの瞬間だった。
桜花が澄ました顔で切り返してきた瞬間、あらゆる物事への道筋が見えた。
「ああもう。けどどうして最後がお前なんだ。本当は戦士長が良かった。いろいろ心配させているんだ、それ位の義理は……」
(……ブラボーさんへの気持ち、ちょっと変わっている? 昨晩なにを話したのかしらね」
いぶかりながらも謝る。謝りつつも説諭する。
「いますぐ日常を取り戻せないっていうなら、武藤クンに預ければいいじゃない」
「預ける?」
「ええ。武藤クンごと月から取り返す。だからそのために……生きる。今はそれでいいんじゃないかしらね」
静かに笑う桜花。昨晩からのやり取りで彼女に対する感情が変わりつつあるのを斗貴子は感じた。
「カズキを取り戻しさえすれば、まひろちゃんたちもまた」
「そうね。きっと日常を取り戻せる。でも……一番大事なのは津村さんの気持ちよ」
「…………」
「もう1度いっしょに生きたいの? 生きたくないの? 肝心なのはそこよ。武藤クンへの気持ちがあやふやなら生きられな
いし、光ちゃんとの連携だってうまくいかない」
静かだが芯の強さを感じさせる桜花の口調。斗貴子は膝の上で拳を握りしめ天井を見上げる。
「私は──…」
気持ちなど、もうとっくに決まっていた。決まっているから、ずっと彼女は苦しんでいた。
以上ここまで。
102 :
ふら〜り:2014/04/02(水) 19:46:05.72 ID:8aYTYu/N0
>>スターダストさん
なんかやっぱり剣心ですねえ。天翔会得の時の、「生きる意志」の話に似てる。比古役が桜花で、
まひろは立場的には縁、そして巴=カズキはまだ生きてる、といろいろ違う点も多いですが。
私情は抑えて本分を尽くす、といえばパトレイバーの太田さんを彷彿と。そういうのは好きですね。
103 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:43:46.81 ID:b/Nkaifo0
「あ。貴信せんぱいだ。おはよーー」
「あ、ああ。おはよう」
桜花に遅れること10数分。沙織に指定された刻限どおり、貴信は千里の部屋を訪れた。衣装は学ランである。
呼び出し人はひどく眠そうだった。半開きの右目をこしこし擦りながら、なぜか左手に象のぬいぐるみを握っている。長い鼻を
リードのように握り締め散歩の最中だった。
(さすがに徹夜は厳しいよな)
朝というコトもあり内外とも声を潜める貴信。最初こそ聞こえないのではないかと危惧していたが沙織には概ね通じるようだ。
ややあって。部屋の中で。
「えーと。以上が台本の細かい情報」
「了解した」
斗貴子たちの掌編を叩き台に、千里と沙織、まひろとヴィクトリアが夜を徹して作り上げた台本。
そのあらすじとテーマを沙織から伝授された貴信は、静かな寝息に思わずベッドを見る。
視線を追った沙織が、鐶顔負けの虚ろな瞳で「しー」とジェスチャアをした。
若宮千里は……眠っていた。
「めっちゃ頑張ってたんだよちーちん。私たち3人と何度も議論しながらまとめて議論してはやり直して。多分、1人で原稿
用紙70枚ぐらい書いたんじゃないかな」
「……確か僕が女湯を出たのが午前零時半ぐらい。今は6時半にやや足りないぐらい。議論や休憩に1時間費やしたと仮
定すれば1時間に14枚……つまり、端数切り上げなら1分94文字……?」
だいたい2秒で3〜4文字生産した計算になる。大人しい若宮千里の底力を貴信は垣間見た。
「これからの予定だけど、ちーちんは9時ジャストに起床。台本に誤字脱字などないかチェックするよー。でね、えーと、10
時になったら、今度は貴信せんぱいの集めてくれた資料をフィードバック。11時からは昨日の夜みたいに斗貴子先輩たち
に集まってもらって最終チェック。正午の5分前に監督へ提出する手筈……だよー」
沙織は沙織は眠そうだ。昨晩香美経由でさんざん睡魔を味わった貴信なので、どれほど沙織が辛いか察するに余りある。
口調が「素」で、後輩らしい敬語をすっかり忘れているコトは追求しない。
(どの指示も、メモにまとめて机の上に置いておけば済むのに……。それをせずわざわざ眠いのガマンしてまで僕に伝えて
くれるとは…………)
自分の安眠よりも貴信に対する人の輪を優先したようだ。
それが分かるから貴信は今から課せられる自分の使命に燃えてきた。
「その台本のコピーだけd、ピンクの付箋が貼ってあるトコは、私もちーちんも『合ってるかなあ』って首捻った部分」
「なるほど。図書室で調べておく」
「黄色の付箋は豆知識を挟めそうな伝承とか物のあるトコ。蛍光ペンでマーキングしておいたよー」
「感謝する」
「あとは……えーと。ないね」
千里が起きている間に残したのだろう。事細かに睡眠中の指示を記したメモ帳を見せる沙織。貴信は素早く確認した。レ
モン型の瞳を忙しくギョロつかせ……指示漏れがないコトを確認した。
「大丈夫だ。貴方は仰せつかった伝達の役目を見事を果たした」
「わーい……。ばんざーい。やっと……コレで…………眠れr」
すうと目を閉じる沙織。1秒と経たず心地よさげな寝息が聞こえてきた。
(……眠いだろうに僕なんかをよく待っててくれた。ありがとう)
後は務めを果たすだけだと台本(コピー)を脇に挟み立ち上がりかけた貴信を衝撃が見舞う。
(!!!!)
睡眠中の沙織がもたれかかってきたのだ。徹宵特有の汗でしっとり湿った柔らかな髪の毛を頬に浴びた貴信は硬直した。
(ちょ、貴方! 僕は貴方のために急ぐべき責務が!)
あどけない寝顔。男性の目の前で眠りに落ちる危険性などまったく考えていない寝顔。
(本当に子供だなあ……。もっと警戒心をだな)
すっかり脱力した細い体にドキドキする一方で、逢って間もない、人外の男の前で熟睡する非をつい描く貴信だ。
(でも……どうしよう。本当は布団とか持ってきてあげたいけど)
どけば沙織は倒れるだろう。床の上で転ぶぐらい沙織はドジこいたと笑うだろうが、万が一にも歯などを損傷しては一大事
だ。千里が先に寝ている理由を貴信は薄々察している。体力の温存なのだ。沙織が、貴信の伝達という、千里ならずともできる
作業を敢えて引き受けるコトで、唯一の台本執筆者、換えの効かないポジションのリソースの減耗を食い止めた。
(いわば彼女は捨て石になった。演劇部全体の活動を円滑にするため、僕に指定した刻限まで一睡もせず待ち続けた)
104 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:44:19.51 ID:b/Nkaifo0
そんな沙織が、やっと得た安眠の中で、歯や顔といった女性の命を損傷する。……絶対避けるべき事態だった。だから貴信
は支えになるべく座りこんだのだが、肩に、無防備に眠る幼い少女の頭が乗っかってくるのは大変刺激的だった。
(か、か、かといって肩を持って移動させるのは何というか……)
考えるだけ赤くなってしまう。
総角ならそれはもう優雅にやってのけるだろう。
無銘なら若干どぎまぎはするだろうが、忍びらしい手際のよさで片付ける。
(ででででもでも、寝ているところを触られるとか、こんな僕なんかに触られるとか傷つくんじゃないのか! ああああと、恥
ずかしい! 女のコに触るとか……恥ずかしい!!)
いっそ両手で顔面を覆ってしまいたくなるほど恥ずかしい。
(第一、移動させてる所に誰か来たら……終わる!)
手伝うといっていた筈のまひろやヴィクトリアの姿が見えないのも気に掛かった。
学園生活というものに、気性ゆえに参画できず、アニメや漫画といったサブカルでしか知らない人間は、得てしてそちら
方面の文法で物事を予測しがちだ。
(落ち着け。こういう時、迂闊に触ったりすると、ヴィクトリア嬢たちがタイミング悪く入ってきて誤解される。絶対される)
クールダウンしようとしているのに、沙織ときたら不明瞭な寝言を漏らしながら頭をすりつけてくる。ネコ時代の香美にさ
れたら可愛いと喜ぶ仕草だが、年頃の少女にされると(まあ、男だから嬉しくはあるのだけれど)、パニックになってしまう。
(香美助けて! って寝てるし!!)
あたふたしていると、ふと、沙織の髪型が目に入った。
(ツインテール、か)
かつて自分たちを異形の体に押し込めた仇の1人。どういう訳か、素顔はハッキリ思いだせず、だから戦士には外郭た
る『赤い筒』を似顔絵として提出している。ただ……思いだした。沙織の髪型で思いだした。
(デッド=クラスター。月の幹部もツイテンテールだった。このコよりはもっと長かったかな。とにかく同じ髪型だ)
悪辣なデッドを、7年前の貴信はあれこれ気に掛け説得した。直後の戦いで『何か』が起こり、記憶はあちこち虫食い状態
だが、『デッドの命を奪う』以外の方法で勝たない限り、自分も香美も本当の意味で救われないという確信がある。
(僕がこのコを……河合沙織という1年生が気になるのは……投影、なんだろうか)
悩み始めたところで部屋のドアが開いた。
「何してるのよアナタ」
嫌そうな顔を白い布団の向こうから覗かせたのはヴィクトリア=パワード。
貴信は口パクで全力で「助けて」と呼び掛けた。
白い布団の中で幸せそうに眠る沙織。
ヴィクトリアの手によって貴信から寝具へと無事移動した。
布団については、千里から「スペースが必要な時は私物勝手に動かしていいから」と許可を得ているとのコト。
「まったく。ちゃんと自分の足で部屋に戻るといっといて」
腰に手を当て嘆息するヴィクトリアに貴信は疑問符を浮かべた。気付いたのだろう。彼女は答える。
「沙織の話よ。「アナタの布団予め持ちこんで置けば眠くなったときすぐ眠れるわよ」って言ったのに、断ったの。それでこの
ザマなんだから」
「……その、彼女ばかり責めないで欲しい。僕への伝達さえなければ、どうしようもなくなる前に自室へ戻れた筈だから」
「馬鹿ね。別にアナタが来る時間だけ起きてればいいじゃない。私と武藤まひろだって居たのよ。なら交代で眠った方が効率
的でしょ。それすら断って、徹夜してアナタを待つコトに意味があるって顔で、うつらうつらしてるんだから世話ないわよ」
(僕を……待つ)
ちょっとドキドキする言葉だ。単に徹夜への好奇心と、子供らしい真直ぐな、良くも悪くも妥協のできない誠実さがそうさせた
のだろうと思いつつも、これまで恋人を作れなかった哀れさ、ついつい色よい返事を期待してしまう。
「しかもこのコ、武藤まひろは『ほらほら、朝一で食堂行かなきゃ秋水先輩と逢えないよー』とか何とか言いだす始末。で、
あのコ送り出したと思ったら、私に寝るよう促してココに残った訳」
けれどそろそろ限界に見えたので、沙織の部屋に行き、布団を持ってきたら貴信が居た。という訳である。
ヴィクトリアの嘆息はやまない。
「千里を見習いなさいよ。限界が来ると分かるや、予め用意していた携帯用のハミガキセットで口の中を清潔にしてから
自分の布団に入ったのよ」
「……眠った後の指示といい、つくづく徹夜慣れしてるな。流石優等生」
105 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:47:41.81 ID:b/Nkaifo0
「ところで武藤まひろ、アレは本当に人間なの? 徹夜だっていうのに嫌になるほど元気だったわ。出したアイディアなら
多分千里以上よ。それを文章の体裁に整える私の身にもなって欲しいわね。日本語は喋れるけど書くの苦手なんだから」
「ん?」
「何よ?」
「いや……名前で呼ばないんだなと思って」
「は?」
「まひろ氏のコトだ。他のお二方は下の名前で呼んでるのに、彼女だけはフルネームなんだな」
欧州の毒舌家は鼻白んだ。
「何かと思えば……当たり前じゃない。私は基本ソレよ。津村斗貴子、早坂秋水、中村剛太に総角主税…………錬金術
に関わる者は総てソレ。千里や沙織だけが珍しく例外ってだけよ。一応、錬金術とは無縁な人間関係だし」
「つまりその……不躾な質問になってしまうが、友達ってコトか?」
普段から不機嫌そうな顔の中で眉が傾斜し、その谷底で薄いマグマが柔肌を焼いた。
「……友達ね。そう思っちゃ悪い?」
このとき、若宮千里の睡眠は浅い周期に突入した。
外界から飛び込んでくるヴィクトリアと貴信の声は、密やかではあったけれど、疲れが高じて却って眠れぬ状態の、しかも
執筆による興奮状態がまだ静まっていない千里の精神を覚醒させるには十分な刺激だった。
薄ぼんやりと目を開ける。起きた時に電気が付いている時の独特な感覚が、夢ではなく現実なのだと実感させる。
「千里は……ママに似ているもの。優しいし、博識だし、一緒にいると心が落ち着くから…………友達でしょうね」
名前を呼ばれた気がして意識を向ける。跳ね起きるのは性格上できないし、そもそも話題にされている時はどうしても
「寝ていた方がいいのかな」と思ってしまう。
「一時期は私の、勝手な投影で…………食べたくなって、でもそれが嫌で、寄宿舎から逃げ出したけど……」
(……え?)
耳を疑った。一瞬ココが夢の世界なのではないかと千里は疑った。
「でも今は……普通の友達でいたいと思うわ。千里が許してくれるなら」
(どういうコトなの。口調も普段と違う。時々見せてるキツい方)
息を殺し、寝たフリを続ける。それでも抑えられない戦慄が身を震わす。
「千里を食べる」。つまり……人を食べる。
かつて寄宿舎で出逢った異形の怪物。映画かと見まごうばかりに裂けた口で以て千里を喰わんとした怪物。
その存在が確定したのは銀成学園襲撃だ。あのとき取り乱したのを見ても分かるように千里はホムンクルスを恐れている。
貴信と香美が”そうらしい”と気付きながらも動揺していないのは、斗貴子が見逃しているから安心という意識もあるが──…
何より付き合いが短いからだ。
ずっと一緒にいる人物が、例えば父親のように近しい立場の人間が”そうだった”と気付いた場合、斗貴子がどうあれ、
不審と恐怖を抱くだろう。
ヴィクトリアの言葉、続く。
106 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:48:12.36 ID:b/Nkaifo0
「沙織の方は誰かさんたちが誘拐していたせいで、本人とはまだ10日ぐらいの付き合いだけど、それでも戦士たちほど不愉
快じゃないのは確かよ。拒む理由もないし、時々子供っぽいけど千里のコト気遣ってくれてるのは分かる。……台本の件だ
って、あのコが津村斗貴子に声をかけなきゃ進まなかったでしょうし」
「2人とも上手く補い合っている感じだな。マジメ過ぎるから引っ込み思案な千里氏を、考えるよりも早く動ける沙織氏が
……助けている」
「片方だけと仲良くするコトはできないし、片方とだけ仲良くすべき理由もないし利点もない。だから沙織も……友人よ」
眠っている(ように見える)千里、そして沙織を眺めるヴィクトリアの目は優しい。気付いた貴信はすかさず問う。
「そこだ」
「しつこいわね。一体何が言いたいの?」
そろそろ女性特有の恐ろしい雰囲気を出してきたヴィクトリアに怯みつつも、貴信。
「そこまで分かっている貴方ならまひろ氏の重要さにも気付いてる筈なんだ。……ちょうど僕たちが早坂秋水その人に
倒される直前、彼と彼女の説得を貴方は受けた。であるがゆえココに戻った」
続けた。沈黙が返ってきた。なおも喋る。トレードマークの大声を2つの熟睡顧みて封じ込める。
「まひろ氏のコト。決して軽んじていない筈なんだ。いろいろな相性の悪さがあって、時には本気で苛立っているかも知れ
ない。けど説得された経緯があって、しかも貴方が友人と呼ぶ2人にも欠かせぬ人だ。なら──…」
「友人かって……コト?」
頷く貴信。並みのホムンクルスなら一笑に付し会話を打ち切るが、妙に力強い貴信の眼光につい本音を漏らしてしまった。
「…………正直、分からないわよ」
遠くを眺めるような目をする。そうするとこの少女から刺々しさが消えるのに貴信は初めて気付いた。
「無駄に明るくて、空気が読めなくて、うるさくて、嫌だって言っているのに勝手なスキンシップを仕掛けてきて、私の踏み込
まれたくない部分にズカズカ入ってきて無理やり引きずりだした癖に、自分のコトとなると私以上に臆病になって、話聞いて
あげて解決策も教えたのに、不注意で間違って、自爆して、早坂秋水と気まずくなってるのよあのコ」
非違を挙げるたび冷笑が広がっていく。何割かは文句を抱きつつ尚も傍にいるコトへの自嘲だろう。
「労力だけいえば接しない方が楽ね。まあ、もう慣れたけど」
「大体あのコは私が気安く呼んだら調子に乗るもの。いったん苗字を取り払えば次はあだ名で呼ぶよう求めてくる」
「そういうのが鬱陶しいから、フルネームで呼ぶの。だから──…」
「あのコだけは下の名前で呼ばないでしょうね。きっと」
「成程。理解した。……ところで」
「何よ?」
「すまない。よく考えたら貴方はホムンクルスが嫌いだった。なのに僕なんかとの会話につき合わせてしまって……」
ヴィクトリアは鼻を鳴らした。
「謝るぐらいなら最初からしないで頂戴。本当、あの首魁といい犬型とい鳥型といい、頼んでもないのに絡んできて迷惑よ
貴信は平謝りしながら退室した。
遠ざかっていく気配を感じながら。
(……。まあ、でも)
もたれかかってきた沙織を持て余しながら、いかにも「布団を持ってきてあげたいけど迂闊に動いてケガさせるのは嫌だし
かといって勝手に触るのも失礼なので助けて欲しい」という顔で、入室してきたヴィクトリアを見ていた貴信は──…
(それほど罵る価値もないわ)
冷たい、だけれど少し柔らかい顔で瞑目して笑う。
(…………)
その時、ベッドの中で千里は。
ひたすら考えていた。先ほど聞いたヴィクトリアの言葉を一生懸命整理していた。
107 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:48:43.19 ID:b/Nkaifo0
「あ!!」
「あ」
朝食後すぐ調べ物をするつもりで廊下を足取り早く歩いていた貴信は見知った顔に遭遇した。
リーゼントと眼鏡と大きな体がそれぞれ特徴的な少年3人。
順に、岡倉英之、六舛孝二、大浜真史……同じクラスの男子たち。
(ヤバイぞ……)
実は貴信、彼らにも存在を察知されている。
(昨晩、香美が女性陣の前でついうっかり僕に交代したようなヘマはしてないけど!! でも香美の後頭部にある僕の顔
……転校初日に見られている!!)
髪の隙間から目が合ったのは確か大浜……恰幅のいい気弱そうな少年である。彼は当然覚えているらしく、少々ぎこち
ない仕草をした。そういえば沙織経由だが「話がある」とも聞かされている。
(……。正体を明かしたくもあるが今は沙織氏から託された調べ物がある!! バラすのは後!! 今は切り抜ける!)
話ならばまたいずれ、そう言い、了解を経て歩みを進めようとした時、廊下の向こうから剛太があくび交じりに歩いてきた。
「あ!! 垂れ目!! おはようじゃん!」
電光石火とは正に香美の挙動を指すのだろう。起きるなり貴信経由で剛太を認めた彼女は、あっという間に体の主導権
を奪い去り交代した。香美がそのしなやかな瞬発力を以て剛太に抱きついた瞬間、貴信はかぐわしい髪の中で真青になる。
(げ!! 交代した!! よりにもよってあの3人の前で!!)
かねてより怯え交じりに貴信を見ていた大浜はもう虚脱状態だ。額に何本も縦線を走らせ、瞳ときたら戯画的なマルだ。
岡倉は、リーゼントをしているだけあっていかにも不良な警戒感を浮かべている。
唯一六舛だけは何の変化もない。それに救われた貴信は
「落ち着け2人とも。斗貴子氏が見逃してるなら無害だ。彼、人間じゃないっぽいけど」
(やっぱバレてる!!)と、心で鳴いた。
唯一の救いは格好であろう。香美は学ランであった。昨晩の失敗を反省し突然交代しても成り立つよう──実をいうと掌編
執筆中トツゼン交代されたせいで、貴信は寝るまで女モノの服だった。桜花が時々噴き出したのは言うまでもない──男モノ
の服を着用した成果はすぐに出た。最もそれは『消火設備完璧にしたその日に火事が起きた』レベルの慶弔判然とせぬ出
来事ではあるが。
「ねーねー垂れ目垂れ目、今日はあそぶじゃん、あそぶ!!」
一方剛太は、首に手を巻きつけてきた香美に辟易していた。
逢うなり顔を近づけてきて、右に左にくねくね動きながら呼びかけてくるのだ。
広く澄み渡ったアーモンド形の瞳はそれだけで魅力的だし、ちょっと視線を下げれば、交代時にカッターシャツのボタン上2
つ弾き飛ばした実績のある大きな膨らみの健康的な谷間が見えるのだが、剛太は決して骨抜きにはならない。
実際貴信から視線を移した岡倉などは「チクショウ羨ましい」などと涙を浮かべているのだが、元はネコ型でしかも”あの”
貴信のDNAから出来ている──とはいえ遺伝要素だけいえば、彼の、かなり美人な母親の面影が色濃いのだが──と知
っている剛太にしてみれば鬱陶しいだけだ。つい谷間に一瞬目が行った自分自身も含めて。
(邪魔くせえ。さっさと食堂行って先輩に逢いてえってのに)
(って思ってるな新人戦士!! まったくつくづくブレないなあ!!)
好ましく思う反面、もし、香美が、このさき貴信から『人の姿』として分離してしまった場合、貰ってくれないかなあと父親じ
みた思惑を秘めている貴信だから、複雑といえば複雑である。……もっとも、斗貴子からあっけなく鞍替えするような男なら、
香美を任そうとは思わないだろうが。
(……しかし、本当僕って、香美を娘みたく思ってるんだな!!)
純粋にネコとして分離したのなら、7年前以前の、ごく普通の飼い主とネコとして暮らすつもりだが、万一人の姿で……
つまりは今みたく色々魅力的な女性の姿で貴信の体から離れた場合、もちろん家族だから一緒に暮らしたいとは思って
いるが、コト伴侶という問題になると、どうも自分以外の、もっとステキな男性の元に行くべきだと要らざるコトながら考え
ている。
考えながら剛太の意を汲む貴信。意思と無関係に剛太から離れる香美。
岡倉と大浜はどうしたものかと眺めていたが、六舛が指示すると食堂に向かって歩き出した。
(……彼らにも後で話しておかないとな)
台本の写しを抱きしめながら(実際にそうしているのは香美だが)思う貴信。
108 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:51:38.22 ID:b/Nkaifo0
「……つーかついてくんなよな」
「だってあたし、お腹すいた! すいた!!」
食堂の道すがら、剛太はつくづく嫌そうな顔をしていた。香美がまとわりついてくるのだ。
「腹減ったんなら1人でいけよ!」
「むっ!! 垂れ目! あんた間違ってるでしょーが!!」
「何がだよ!
「あたしご主人と一緒! だから2人! そしてあんた足したら3人! 3人で行くじゃん!!」
『あの! すまないこんな屁理屈言わせて! 嫌なら僕らだけ先に行くから!!』
右耳に人差し指を突き刺し苦い顔する剛太。香美1人でも充分かしましいのに、貴信のする微に入り細に入ったフォロー
がより一層耳にキンキン来る。配慮がまったく裏目なのだ。だから友達ができないのだ。
「うるせえ! 朝だぞ静かにしろい!!」
『ひい!!』
強く叩かれたドアに怯える貴信。剛太はつくづく呆れた。
(ホムにとって寄宿舎(ココ)って餌場だぞ。サメが小魚の群れにビビるようなもんだぞ……)
「しゃー!! あんたご主人いじめたらダメじゃん!」
「馬鹿! ケンカ売んなって! 今のは騒いだお前らが悪い!」
腕まくりする香美を抑える。すると彼女は「ごはん!」と叫んだ。
「うるせえよ。だからお前らだけで行けって」
「でもあたし垂れ目にサンマの切れっぱあげたいじゃん。さっきお腹いたいの治したお礼っ!:
さっき……? 訝っていると貴信のフォローが入った。どうも9日ぐらい前を指すらしい。
(あー。音楽隊全員が負けて捕縛された後か)
聖ンジェルマン病院で、総角のハズオブラブにかねてよりの怪我を治された剛太は、不要になった薬を、腹痛に苦しむ
香美にやった。
(確かムーンフェイスに蹴られたケガだっけ。薬全部包装ごと飲んだら完治……おかしいだろ)
「そ! そ! よーわからんけど、そ! だから垂れ目にサンマの切れっぱあげるじゃん!」
からから笑って八重歯を覗かす香美は心底邪気がないようだ。だから怒鳴るに怒鳴れない剛太なのだが、
「つーかありがたく思ってんなら礼儀ぐらい弁えろよ」
やや底意地の悪い要請をする。
「んみゅ? なにされーぎって」
「いい加減その垂れ目ってのやめろ。俺にゃ中村剛太って名前あんだよ。サンマはいいからそっちで呼べっての」
『まったく本当にすまない新人戦士。教えてはいるんだけどどーいう訳かちっとも覚えないんだこのコ……』
落胆を見せる貴信に剛太は(ダメくせえ)と思ったが、何もしないまま垂れ目呼ばわりされるのも癪なので教える。
「覚えろ。な、か、む、ら、ご、う、た。な。復唱してみ?」
香美は難しい顔でしばらく考え込んでいたが、やがて不服そうに形のいい眉をひそめた。
「ふくしょーってなにさ。光ふくちょーの仲間?」
論外だった。剛太は頭を抑えて俯いた。
ひとまず貴信が復唱の意味を説明したのでやってみる香美。
「な、か、む、ら、ご、う、た」
「よしやったな。じゃあ俺は?」
「垂れ目!!」
「よし俺1人で食堂行こう!!!」
剛太は泣いた。いろいろ遣る瀬無かった。
『……香美。ありがとうって思ってるなら彼のコトぐらい名前で呼ぶべきだぞ』
「いわれても、なんかフクザツでわからん」
『覚えるだけの記憶力はあるだろう。ほら、早坂秋水氏の名前。一瞬とはいえ覚えていたし』
かつて彼との決着後、一度だけ香美はその名を口にしている。
もっとも、以後は白ネコ白ネコと(無特徴なところが似ているらしい。或いは剣道着が連想させるのか)呼んでいるが。
(何かきっかけ! あの戦いのような強いきっかけがあれば新人戦士の名前、或いは……)
(覚えるかもだ!!)
109 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:52:09.61 ID:b/Nkaifo0
食堂で予告どおりサンマをおすそ分けした香美はヴィクトリアを見つける。
「あ! おっかないやつその2! おっかないやつその2いたじゃん!!」
まひろの隣で──当初は食堂の隅で人目につかぬよう食べていたがまひろによって連行された──ヴィクトリアは箸をく
わえたまま凄まじい目つきをした。秋水が一瞬本気で(噛み砕かれるのではないか)と箸の安否を気にするほどの迫力だ。
「その2……というコトはまだもう1人食堂に!?)
キョロキョロするまひろを離れた場所で見る影1つ。桜花である。彼女は正面に座る斗貴子を笑顔で見た。
(メチャクチャ痛めつけたもんなあ)
剛太は内心頷く。斗貴子の斜向かいで食べるご飯はおいしかった。
「フザけやがって。もう1度ブチ撒けるぞ」
そういう態度をして”その1”呼ばわりを招いているのだが、斗貴子はまるで反省しない。
前髪の奥に影を湛え右目だけ光らせ威圧を湛え、立ち上がる。
「あー。コレ! いい感じのBGM流れ出したぁ。またか? またなのかァ?」
ひょっこりテーブルの下から顔を出した鐶がぼやく。
「黙れ! というか何で金城の声だ!!」
「あら懐かしい。というか逢ったコトあるの?」
それには答えず瞳の横に一等星を浮かべる鐶。
「この衣装……高かったのだよ!」
「知るか!! つか羽根だろその服!!」
とにかく鐶の介入により斗貴子の闘志はしぼんだ。
無遠慮にトレーを叩きつけるように置いた香美はヴィクトリアに話しかける。あまつさえ背中もバシリ。叩く。
「あんたさあんたさ、メール? メール、ちゃんと返事してくれるじゃん! えらい!!」
「お、香美先輩びっきーとメル友なんだ! 私もだよ!」
(貴信どういう事だ?)
(その! 彼女がここに来た当日香美がメルアド交換持ちかけてだな!)
長らくその話は進展していなかったが、戦団に拘束されつつも銀成市に戻ってきた音楽隊とバッタリ出会ったとき、
(紆余曲折を経て交換に至った!)
いろいろ要領を得ないが、とにかく、(結構前からそういう話があったのか)とだけ秋水は思った。
「そ!メルアド仲間よあたしら! あんたいい奴じゃんいい奴! なーんかつめたくてムカっとくるアレだけどさ! わりとメー
ルすぐ来るじゃん! 「あっそう」とかがほとんどだけど楽しい訳よあたし!!」
「食事中よ黙ってて」
ぶっきらぼうに流しながらもその頬はちょっと赤い。
(あれほど嫌っていたホムンクルスとメールを……)
秋水にはその心境の変化が嬉しかった。客観的に言えば、ホムンクルスなる闇の色合いの強い存在に近づいていくのは、
信奉者としての秋水が道を踏み外し償いきれない罪を犯してしまったのを見ても分かるように、本来あまり歓迎されるべき
コトではない。実際、もし、音楽隊帰還後ではなく、転校初日にアドレスを交換していたのなら、それが斗貴子の知るところと
なっていたのならば、例の内通疑惑をより強め、ますますヴィクトリアに戦士やホムンクルスを信じられなくしていただろう。
だが、ヴィクトリアに限って言えば、かつて秋水が抱いていたような、世界に対する漠然とした厭悪を解きつつある証に……
思えた。
香美とまひろはメールの話題で盛り上がっている。
(ああ鬱陶しい。こんなコトなら教えなきゃ良かった)
メルアドを、である。なぜそうしてしまったかはヴィクトリア自身よく分からない。
確か、飛び去っていくパピヨンを追いかけていた時のコトだ。
喧嘩したわけではなく、ちょっとした意識のすれ違いで、そうなったのだが、他人とそうなったコトのないヴィクトリアは、
追いかけながら色々悩んでいた。
香美たち音楽隊と出くわしたのはその時だ。
悩むヴィクトリアに総角はいろいろ言った。尊大で、知ったような口で、どこか抜けている言葉だったが、不思議と心は
幾分和らいだ。
そんなときに香美がメルアド交換を持ちかけてきた。
転校初日にもそういう話があった。その日ヴィクトリアはゴロツキのホムンクルスに絡まれていて、香美は、「助ける代わり
にメルアドちょーだい」と勝手に決めてそして助けた。
正直なところ、ホムンクルスぐらい、ヴィクトリア1人でどうにかできた。逃げるもよし核鉄を使い避難壕へ行くもよし。
なのに助けられた。
110 :
永遠の扉:2014/04/06(日) 00:52:40.49 ID:b/Nkaifo0
(別に反故にすれば良かったのに)
メルアドはずっと教えられなくて、何となく心に引っかかっていた。
そこにきて総角の説諭である。音楽隊全体への印象が緩んだところで、(交換を)持ちかけられれば、それ位いいかと
してしまうのが人情であろう。
(……まあ、借りを作らないという意味じゃ最善手よ。いつまでも助けられたコト恩に着せられるよりはマシ。ずっとマシ)
香美のメールはとりとめが無い。小札や鐶のどうでもいい日常風景とか、珍しい石とか、ヘンなネコとか、まひろ以上に
脈絡のない話ばかりだ。
なのに……ヴィクトリアはいちいち総てに目を通している。
(本当、馬鹿馬鹿しいわね。借りなんてメルアド教えた時点で消滅。あとは来るたび速攻で消せばいいのに)
迷惑フォルダにさえ振り分けていない。ヴィクトリアの携帯は普通に受信し続けている。
いちいち返信してしまうのは、他人とのメールに慣れていないせいだ。ヴィクトリアはどうもこの機能を電話の延長線上
と捉えている。『携帯電話』に備わっている機能なのだから、例え迷惑な着信といえど何がしかのリアクションをすべきだと
思っている。妙なところで律儀なのだ。
(…………)
香美経由で伝わってくる音楽隊の日常は、思い描いていたホムンクルスたちの陰惨な日常とはかけ離れていた。
……そう捉えるコト自体、香美を信じている証かも知れない。メールなど幾らでも偽れるのだ。本当は陰惨な日常こそ真実で、
香美はそれを隠しているとは思いもしない。
とにかく、メルアド交換してから数日、流し読み程度で得た彼らの日常に対する思いが、無銘や鐶、貴信たちへの態度を
少しずつ柔らかくしているようだった。
(本当、鬱陶しい)
嫌悪というよりは、まひろに対する複雑な情感に近い。違う点を挙げるとすれば、香美の方はやや動物的だ。ライオンや
トラにひどい目に遭わされた少女が、そんなコトなど何も知らない人懐っこいネコに、メールという電子の世界で、付きまと
われているような感じだった。
傷を負わせた連中と同じカテゴリーだから、連想し、嫌ってはしまうが、無心に信頼を寄せてくる様にどうしても心揺らめい
てしまう。『ネコ科にもいろいろ居るのではないか』。そう思ってしまう。
「あ、そうだ! 黒くて大人しー奴!」
「誰よ」
急に両手を打ち鳴らして叫ぶ香美にヴィクトリアは眉をしかめた。そういうコトがあるから心総て許せそうにはない。
(そうよ。許せるのは)
「ちーちんのコト?」
まひろの呟きにドキリとする。フォークから小エビが転がり落ちスパゲッティの海に戻った。
(なにうろたえてるのよ私。思考を読まれたわけじゃなくて、猫型に答えただけよ)
しかし一番懐いている少女の話題となれば聞くしかない。香美に向き直る。
「千里が何よ?」
「あのコ、聞いてたじゃん」
何をよと怒りかけたヴィクトリアの全身から血の気が引いたのは次の言葉のせいである。
「さっきあんたがご主人にしてた話の……ほとんど!」
……覚醒直前の香美は、うつらうつらしながらも、千里の気配に気付いていたらしい。
すなわち……目覚めていた彼女の気配を。
「人ならざる身であるコトを謳う」ヴィクトリアの言葉に動揺する……気配を。
秋水もまひろもさすがに顔色を変えた。
(……不覚ね)
聞かれたコトもだが、それ以上に。
(一瞬……安心した。叫びだしたいほど動揺したのに、この2人が居て、ホッとした…………)
「どうにかしないと」という顔にすぐさま変じた秋水とまひろの存在に心強さを感じた自分につくづくと戸惑った。
千里はこの時まだ知らなかった。一見無邪気な友人がどういう人生を歩んできたのか。
その正体を。
夥しい血を流し死に瀕する自分を冷たい爬虫類の目で見る未来を。
のみならず正体を明かし、非情な現実を突きつける未来を。
千里はまだ、知らなかった。
以上ここまで。
112 :
ふら〜り:2014/04/06(日) 15:27:57.31 ID:H9Func7k0
>>スターダストさん
>斗貴子からあっけなく鞍替えするような男なら、香美を任そうとは思わないだろうが。
あーもー貴信ってばお父さん。そんな男に娘はやらん、と。人間体の香美のことを恋愛なり下心なり
の対象として見てないことも含め、本っっ当に親心に満ち溢れてますねえ。香美の方も「愛」は
深いけど恋人云々といった感情はなく、だから互いに不満がなく、精神的には満ち足りた関係。
113 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 00:59:04.36 ID:i0k1VTCK0
【9月14日。09:30】
体育館で演劇に勤しむ生徒達の姿があった。
「……」
「どしたんツムリン?
頭を抑える斗貴子の肩を叩いたのはエンゼル御前。
「どうしたもこうしたもあるか! とっくに始業ベル鳴ったってのに演劇部の連中練習続けてやがる!」
「熱心だからいいんじゃね?」
「いい訳あるかァ!! 授業ぐらいちゃんと受けろ!」
怒鳴る斗貴子をまあまあと手で制しサムズアップのエンゼル御前。非生物的だが溌剌とした笑みだった。
「桜花が聞いた話じゃ例のちびっ子理事長が特別に許可くれたらしいぜ。授業サボって練習していいって」
ちびっ子理事長とは最近赴任してきた「木錫」なる少女である。一見小学生にしか見えない彼女に学園運営の全権を任す
教師人に一言どころか億言いってやりたい斗貴子だ。もっともそこは錬金戦団に属する組織人、上の決定がいかに覆らない
物か知っているから──そもそも演劇部に居るのだって直属の上司たる防人の差し金だ。その程度の権益にさえ抵抗でき
なかった者がどうして理事長判断に抗えよう──口を噤む。
「というかエンゼル御前!? お前生きていたのか!?」
浮いたまま、不満げにジタバタし始めるエンゼル御前。できそこないのキューピー人形に似ていた。
「やいやい久しぶりに逢ったってのいきなりそれかよ! 本体の桜花生きてんだから死ぬ訳ねーだろ!!」
「でもお前、昨晩2000文字の掌編書いた時も入浴の時も居なかったような」
「文章描くのって実は結構しんどいんだぞ! オレ様操ったままできる訳ねーだろ!」
「集中するため武装解除していたのか。そう言えば桜花の奴、後発の旨みかっさらう為に私たちの文観察していたしな」
御前の説明によれば、彼女(!)のような感覚を持った共有意識の具現はそれだけで結構な負担になるらしい。単純にい
えば、視覚や嗅覚や聴覚や味覚が常人の2倍になる。人間は車の運転中ケータイを見るだけで事故る生物だ。基本的に
1度に1つのタスクしかこなせない。御前経由で雑多な視覚情報など確保するのは便利そうだが不便もある。
「それでも矢を高速で撃つ時はまだ楽なほうだぜ。基本的に同じ場所見てるからな。桜花はオレの視覚だけ使えばいい」
「スコープ覗きこむような感じか」
「そ。フロ入らなかったのは別に必要なかったから! なるべく武装錬金使いたくなかったし」
それは特訓の疲れと無縁ではない。
(昨晩、桜花が課せられたのは精密性と連射力のアップ)
斗貴子の脳裏に様々な情景がよぎった。
特訓用に防人が特別に作った、吸盤付きの矢で以て、部屋を縦横無尽に飛び回る栴檀香美の額や腕、足といった様々
な箇所に付けられた的を射抜かんと悪戦苦闘していた桜花。
普段使っている矢による速射訓練は、毎分240本から徐々にハードルを上げられ、330発の壁にしばらくまごついた所
でいったん中断。桜花の精神が尽きたのだ。一見無限に生成可能な矢ではあるが、やはり武装錬金、人の精神から生ま
れる以上限界もまたある。
とりあえず武装錬金が使えるまでの手慰みにと防人に教えられたのは護身術。どうも彼は合気道にも通暁しているらしく、
2つ3つ基本的な型を、秋水の逆胴と引き分け剛太がいやに関心していた「重力」のレクチャーを交えつつ伝授。
それを剛太よろしく自主的に練習していたのが斗貴子が昨晩最後に見た特訓風景。
(それから私は栴檀香美ともども上へ行ったからな。河合沙織の招集を受けるまでまだ何かしていたとみるべき)
「あー。別に大したコトしてねーって。ヘロヘロになるまで筋トレした位で」
斗貴子は黙った。腹筋している桜花というのはどうも想像がつかない。
とにかく、昨晩、掌編執筆において策謀を巡らせた生徒会長ではあるが、白鳥は水面の下で何とやら、いろいろ泥臭い
苦労によって御前すら出せないほど疲れていたのは確からしい。
「しかし……オレ様が言うのもなんだけど、今さら人間でしかも非力な桜花がちょっと武術かじった位で戦力になんのか?」
御前のボヤキも尤もだと頷く斗貴子。きたる決戦でまみえる幹部……マレフィックは少なく見積もっても鐶や総角と互角。
格闘で対抗できるのはそれこそ全盛期の防人……海を割り地を裂く行為が比喩ではなく実際にできる超人でもなければ
まず無理だ。
「実際私もそう思っていたが……まあなんだ。風向きが変わったというか、やっといつもの風向きになったというか」
斗貴子はスカートのポケットをまさぐった。やがて取り出したのは携帯電話。
「なんだよツムリン。なんかあったの?」
114 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 00:59:35.42 ID:i0k1VTCK0
「つい先ほど戦団から連絡があったが、幹部連中との戦いは基本的に戦士10人以上で挑むらしい」
「……それって卑怯じゃね? いや、オレたちもひかるん相手に6人がかりだったけどよ」
「麻薬組織に団体戦挑む警察が居るか? 敵軍に数合わせる軍隊が居るか?」
「いや、いねえけどさ。でもお前ら正義の戦士なんだろ? いいのか本当に」
御前は不満顔だが斗貴子としては異論がない。戦士はナイトでもなければスポーツ選手でもないのだ。もちろんサシに
拘る変わり者もいるにはいるが──撃破記録上位の連中は戦部始めだいたいそうだ──、多くの戦士はホムンクルスを
『災害』と捉えている。斗貴子は昨晩洪水での任務を書き綴ったが、そこに登場した艦長曰く「二次的な水害」であって「選手」
でないのがホムンクルスだ。火事や洪水、地震やバイオハザードへの対処中、「向こうは1つだからこっちも1人で」などと主
張する自衛隊員はいないだろう。それに似ている。
(待て。そんな戦士が昔いたとか事後処理班の古株に聞いたような。確か……釦押鵐目(こうおう・しとどめ)だったか?)
斗貴子の疑念はともかく。
ホムンクルスと災害は似ている。
放置すれば犠牲者が増す所も同じだ。つまり一刻も早い解決が望まれる。
なら数の暴力でも何でも使って解決すべきだというのが大勢の見方だ。
その正当性にますます拍車をかけているのが、核鉄の希少性とホムンクルスの無限性。
全部で100しかなくしかもその総てをいまだ掌握できていない戦団が向かうべき敵は、一定水準の設備さえあれば幾ら
でも幾らでも生まれてくる。斗貴子は先ほどレティクルを評し数で勝っていると言ったが、ホムンクルス全体と比べた場合、
その評価はまったくひっくり返る。大犯罪都市の中の警察署に100丁足らずの拳銃しかないとくれば、シンジケートの構成員
相手に「やあやあ我こそは」など言う余裕は皆無である。無言で包囲。撃つ。勝つ。そうでもしなければ我が身が危ない。
「新撰組も治安ゲキ悪な京都でソレやったっていうけど…………なんだかなあ」
オクターブが高いのにヒキガエルのようにも聞こえる独特な声で嘆く御前。
斗貴子の表情は何ひとつ変わらない。正しく合理的……そう心から信じているようだった。
「勝手に細分化されている無限の敵を、斃せるうちに各個撃破。被害を最小限に抑えるにはそれしかない」
「でもツムリン、桜花とか陣内とか花房相手にゃ1対1で──…」
「あれは流れ上、やむを得ずだ」
「じゃあ秋水ん時も?」
「カズキに加勢したかったがゴネられた。やむなく一騎打ちを認めたはしたが桜花が来るまでという条件付きだ」」
実際、ヴィクター復活の際は迷いなくカズキと2人がかりで挑んでいる。
「敵が強く、しかし戦団が数で勝っているとあれば押し包んで殲滅するのが一番効率がいい」
「そーは言うけどさツムリン。再殺部隊の連中はそれしなかったじゃねーか?」
「あれは、剛太との遭遇戦含めて、指揮系統や人員の質に色々問題があったからだ。奴らは奇兵……我が強く他の戦士と
の連携が不可欠な正規作戦行動への適正なしと判断された連中だ」
言われてみればなるほどと思う御前である。性格的に協力しない連中、能力的にフレンドリーファイア必須な連中、そういう
奴らばかりだったこそ再殺部隊は(結果として正々堂々の形で)斗貴子たちと1対1をやり各個撃破の目にあった。
「大規模かつ正規の作戦行動においては多対一が原則。でなければヴィクター1人にあれだけの人員を裂かないだろう」
斗貴子の言い分はおよそ呑みこめた御前である。
そも桜花の育ての親はまさに多対一の具現、実効性も正当性も痛いほどに分かる。分かるが──…
「それと桜花がどう関係あんだよ?」
「アイツが1人で幹部と向かう局面はそうないというコトだ」
多対一の「多」の一部として戦団は使うだろう。……よほどの事態がない限り。
「昨晩教わった護身術はあくまで、後衛として、予想外の攻撃を避けるための手段に過ぎない」
「なるほど。後ろから矢ぁビュンビュン撃って前衛を補佐、たまに傷を引き受けるって役割さえこなせばいいんだな」
「そうだ。しかしたったそれだけのコトが積もり積もって勝利に繋がるのが集団戦だ。最低でも自分の身ぐらい自分で守れな
ければ思わぬところから切り崩され瓦解する」
「桜花の護身術は幹部を直接斃すもんじゃないんだな。幹部用の連携を崩さないための自衛策にすぎねえんだな」
しかし。難しい顔の斗貴子に御前は「どしたん?」、問いかける。
115 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 01:00:28.38 ID:i0k1VTCK0
「救出作戦や演劇発表まであと2日というが、合ってるのかカウント? なんか一昨日から「あと3日あと3日」と言われてる
し私自身昨日「あと2日」と呟いた記憶があるんだが……」
「それはアレだ。こーじゃね?」
御前はどこからか取り出した紙にマジックで図を書いた。
一昨日の時点
■□□□■
「演劇発表まで『3日空いてる』。だからあと3日。
昨日の時点
□□□■
準備開始。使えるのは『3日』。だからあと3日。ツムリンの残り2日発言は勘違い。
今日の時点
□□■
準備できるのが今日と明日の『2日』だけ。だから残り2日。
斗貴子は眉を潜めた。
「なんか胡散臭くないか?」
「胡散臭くねーよ。日本語が難しいってだけだよ。ブラ坊だって言ってただろ」
──「3日後の劇発表が終わり次第、キミたちには大戦士長の救出作戦に従事してもらう」
──「実はだ戦士・斗貴子。救出作戦開始までの3日間、俺たちは別の任務も託されている」
な、という顔で御前は図を指差し何やら付けくわえた。
一昨日の時点
↓ この3日で特訓したり音楽隊の監視する。
■□□□■
↑ ブラ坊のいう「3日後」はココ。この日に大戦士長救出。
「ってコトじゃね? 作戦従事っていうけどすぐ救出するんじゃなくて、合流とかブリーフィングとかしてからだな……」
「もういい。考えたら頭痛くなってきた」
あきれ顔で踵を返し御前から目を背ける斗貴子。日本語のややこしさをつくづく思い知った。
そもそも今の大戦士長代行はあの火渡なのだ。
今朝方やっと『いつもの戦団らしい多対一』がメールで回ってきたのを見ても分かるように、いろいろ指揮系統がゴタゴタ
しているのだろう。
(というか作戦開始の日ぐらいちゃんとしてくれ。いや、まあ、詳しく突っ込まなかった私も私なんだが)
音楽隊との同盟がショッキングすぎるあまり最も基本的なコトを忘れてていた自分を斗貴子は恥じる。
116 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 01:01:26.19 ID:i0k1VTCK0
日時は、果たして?
ひょっとしたらどこかでしれっと指定されているかもしれないが、ちょっとした疳癪で変えかねないのが火渡の怖いところだ。
「とにかく戦士長に聞いてみるか」
確か体育館(ココ)に居た筈……辺りを見渡すと割合すぐ、見慣れたツナギ姿が目に入る。
彼は生徒たちと拳の素振りをしていた。
「そういやブラ坊、アクション監督だったな」
「ああそうだ。技の参考にとそのテの映画を沢山見たらしい。そういえば昨日女風呂から戻ってきたとき見たな。ビデオテー
プの沢山入った段ボール。自分の特訓だけじゃなく映画もいろいろあるらしい。あの人らしい。研究熱心だな」
まさか底の方にあるエロスのカモフラージュとは知らない斗貴子は実直に頷いた。
「映画みまくってるならアクションの監督やるのも納得だな」
御前に頷きつつも「これで総監督さえパピヨンでなきゃな」と毒づくコトは忘れぬ斗貴子。ちなみに問題の総監督はいまの
ところ来ていない。
「そーいや……台本やら大道具担当はともかく、びっきーとまっぴー、あと秋水も見当たらないぞ?」
「若宮千里の件でいろいろあるらしい。……そっちは彼らにしか解決し得ない問題だ」
とりあえず防人と合流し、質問。日付けは御前の説で合っているらしい。時間についてはこの期に及んでまだ未詳。
火渡の適当さに呆れているとどこからか鐶が来た。来て、防人に話しかけた。
「君はキャプテンか?」
「?」
何が何だかという彼に、鐶は、穿つような、厳然とした声で再度問うた。
「今一度問う。君がキャプテンなのか?」
「ま、まあ、キャプテンブラボーと名乗る以上、そうあらんと務めているが……」
何が何やらという様子で答える防人に、虚ろな目の少女は一瞬黙り込んだが、どこかパアっと華やいだ雰囲気で親指を
立てた。いつも青黒い闇を背負っている少女が、いまは暖色かつ花柄の背景を得ているのを幻視した(してしまった)御前
と斗貴子、うんざりとした様子で言葉を交わす。
「なあ。ツムリン。アレって」
「言うな。たぶんまた何かのアニメに毒されてる……」
「冗談は……さておき…………ブラボーさんのお陰で……私……防御……得意に……なりました……」
斗貴子はますます呆れた。
鐶は昨晩の特訓でかなり防御力を上げた。もともと体質や武装錬金などの複雑怪奇な輻輳(ふくそう。多くの物事が一か
所に集まるさま)によって瀕死時に自動回復する鐶は、それ故にノーガードで敵に突っ込んでいくコトが多かった。それがため
ただでさえ年齢の蓄積が必要なクロムクレイドルトゥグレイヴの燃費をますます悪くしており、厖大な準備と、年齢枯渇時の
圧倒的脆さを抱え込む羽目になっていた。
──「フ。防御についてはホムンクルスたる俺が教えたところで真剣身を欠く。だから敢えて放置したのさ」
内実の伴わない余技よりもむしろ長所を伸ばす、その上で不都合を感じたら治せばいい……総角の教育方針は、戦団
が得意とする6対1の戦いを終始優勢で進めながらも、最後の最後で負けた鐶に一考するチャンスを与えた。
「私は……考えた……のです。もし……防御が……できて…………年齢を……もっと温存できたら…………あのタイミング
での……ヴィクトリアさん乱入は防げましたし…………そもそも最終的な自力の差で…………体力の差で…………斗貴子
さんにも……勝てたかも…………と」
これが後輩の戦士なら斗貴子も「よく反省した。えらいぞ」と諸手を挙げて歓迎するだろう。
だが、いかんせん敵の、倒してなお未だその実力を警戒している鐶に言われると不愉快どころか肝が冷える。
「それに…………防御は…………踏み込みが甘い……と色々……切り払え……ますし……年齢的には……Eセーブみた
いで…………やってみると…………結構…………いい、です……。ちなみに今までやらなかったのは……面倒臭かった
…………だけ…………です……。私はスパロボも戦いも…………レベル上げて……ゴリ押し……大好き……です」
ひどい脳筋だった。搦め手に次ぐ搦め手で人混みに紛れ戦士たちの年齢を削っていたクレバーさが嘘のようだった。
「……あ…………、インターミッションで陣形……かなり考えますけど……崩れたらゴリ押しで…………」
「……」
「崩れるコトの方が、多い、です」
117 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 01:01:57.01 ID:i0k1VTCK0
なんかもう鐶に付き合ってるとそれだけで時間がスローになった感じがするのだ。斗貴子は。
(そのくせ防御だけは上手くなりやがった! 今朝だって連携の特訓後に模擬戦をしたが、バルキリースカートの攻撃、10
発中4発は見事に捌いていた! かなり本気だったのに4割もだぞ!)
一見小さな数字だが、斗貴子としては脅威である。高速機動の命中率が6割を切る相手といえば、虫型のような、矮躯で
しかも鳥型など比較にもならない速度のホムンクルスか……秋水。
もっとも彼の場合は、捌くという生易しいものではないし、回避率の求め方も逆算的というか、「避けずに戦った結果、4割
の攻撃は捌かれました」という結果論にすぎない。鐶とは様子が異なる。
斗貴子が処刑鎌を10回振りかざすとしよう。うち6本は紙一重で受ける。受けて嵐の中で間合いを詰めて、次の2本を刀
で思うさま叩く。すると斗貴子の足に衝撃が伝播しバランスが崩れる。最後の2本があらぬ方向に流れ外れるのは必然だ
ろう。そこで刀を斗貴子に突き付け勝つか、或いは逆に目つぶしの寸止めを受けて負けるかだ。
そういう戦い方なので、彼の勝率は目下5分5分。被弾覚悟だから統計上の回避率は4割程度と芳しくない。
(だが鐶はちょっと防御を齧った位で、もう早坂秋水と同じくらい避けてやがる)
飲み込みが早いのだ。斗貴子との連携を恐るべきスピードでモノにしているのを見ても分かるように、彼女は人を真似る
のが実にうまい。変幻自在の特異体質の副産物、「見て真似る」コトを行住坐臥行った結果は防御を伝授する防人にも
適用されたとみえ、真綿が水を吸うように初歩の防御を覚えた。
(かなり本気の戦士長は、私の攻撃を4回に3回は受け流す。もっと本気ならそもそもバルキリースカートが動く前に首筋を
後ろから叩いてくるが……)
正直どのレベルに達するか想像もつかず少し怖い。「いきなり色々教えても身につかないから」と、初歩の技術だけ何度も
反復するよう申しつけた防人にはいろいろ感謝だ。(もっとも初歩の防御ひとつ覚えただけで鐶は以前よりずっとやり辛く
なっているのだが)
「しっかし、ブラ坊。よく鍛えたな……」
御前の声。我に帰る斗貴子。開墾された現実世界は薄汚れたマットの世界だった。
そこでは先ほどから受け身の練習が行われている。
「そーだ。後ろに飛ぶときは思い切って飛びなさい。ヘンに勢いを殺すと見栄えが悪くなるしそもそも危ない」
「うす!!」
野太い声があがる。発生源は男子約10名、女子数名。そこから何度か後ろに飛んでは受け身を取っていたが、防人の
号令とともに軍隊よろしく整列した。
「よし。ちょうど半分にできるな。奇数は右へ偶数は左へ。昨日教えた通り打ち合え。パターンはDだ」
「うす!!」
斗貴子は目を丸くした。生徒たちが殴り合いを始めたのだ。一瞬乱闘かと目を剥いたが、拳もつま先も相手に当たって
いるようで当たっていない。そのくせ顔のすぐそばを拳が通ると、一切直撃していないにも関わらず、首を捻じ曲げ旋回し
ながらマットに落ちる。
「すげえ。10人以上が暴れてるのに、吹っ飛んだやつ全然邪魔になってねえ」
御前の呻きの意味を計りかねた斗貴子だがすぐ気付く。生徒たちは激しく動いているようで前後にしか動いていないのを。
あたかもめいめいが、別個独立した1本ずつの丸太の上にいるがごとく、他のペアに干渉しないよう、十分な間隔をとって
各自の動きを展開している。件の首を曲げ旋回した生徒も、動きこそダイナミックだが、立体的にみると仮想的な一本の
線からまったくはみ出していない。ほんの1m横でキックやパンチの応酬が繰り広げられているのに、掠りもせず、無事、
吹っ飛んでいるのだ。
5分後。小休止の号令がかかり思い思いに休息する生徒たちをしり目に、斗貴子は防人に話しかけた。
「……たった1日でよくあそこまで仕込みましたね」
「基本はアレだ。戦団でやっている集団戦闘の練習。まあ、アレに比べれば楽だな」
防人の話によれば、本来、戦士に伝授する戦闘というのは、高出力で押してくるホムンクルスをいなしつつ、一本の直線
から彼我がはみ出さぬようコントロールする独特の歩調を1か月がかりで仕込んでから移るという。
118 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 01:02:38.73 ID:i0k1VTCK0
「こっちは両方生徒だからな。他の連中に当たらないよう口頭で説明すれば大体済む。ホムンクルス相手よりは楽だ」
ニカっと笑う防人。斗貴子は一瞬呆れたが、珍しく微笑する。
「ずいぶん楽しそうですね」
「ああ。戦団じゃこういったアクションは別段珍しくもないというか、別に仕込まなくても普段通り戦うだけで十分見れるレベル
の奴らがわんさといたからな。改めて指導するのは……こういった指導をするのは俺的にも新鮮だ」
「ブラボー。おにぎりあるけど食べる」
「くれ。投げろ。昨日教えた投石の要領だ!」
勢いよくいうと笑い声とともにおにぎりが防人の右手へ移動した。斗貴子を見て笑う防人。
「とまあ生徒たちとも仲良くなれた」
斗貴子は柔らかな吐息を吐いた。飄々としているが面倒見のいい防人だ。寄宿舎管理人ではなく教師として銀成学園に
潜入していたのなら、今頃は大層人気者だったろう。
「ちなみにさっきの動きを教えるのもなかなか楽しかったぞ。平均台を使ったりとか、壁際でやるとか、撃ち合う彼らの傍を、
敢えて俺がうろつきぶつかって貰うとかな」
「あれは幾らなんでも過保護すぎでしたよー!」
「そうだブラボーは過保護!」
「過保護過保護!」
野次が飛ぶ。防人がわざとらしく怒った表情を向けると生徒たちはどっと笑った。
「ま、お陰で集団での撃ち合いについちゃ安全が確保できた」
満足げなアクション監督に御前はちょっと疑問符を浮かべた。
「でもアレってどういう意味があるん?」
「あー。それはだな」
やや歯切れの悪い防人を押しのけるように声がかかった。
「オレたちやられ役なんスよーー!!」
出所を見る。頭にタオルを巻いたニキビの少年が、朱い箸と数粒の米の乗った弁当箱片手に口に手を当て叫んでいた。
「そーそー!! 副会長と! 斗貴子さんにー!!」
「バッサバッサとやられる雑魚戦闘員ーーーー!!」
「い゛!?」
斗貴子は面食らった。そういえばアクション担当だとは聞いていたが、しかしこれではまるで主役級ではないか。
「なんだ知らなかったのか。演劇部の連中、どうやらお前と戦士・秋水を盛りたてる方向で行くらしいぞ」
「そう……です……。台本はまだ…………ですけど……コンセプト……だけは……固まって……ます」
「むしろちーちんのヤローはそこをどう落とし込むかで悩んでたっけ。にしてもこんな居るのかよやられ役……」
演劇部の動きをうっすらとだが掴んでいる御前でさえこの展開は予想外だったらしい。
「い、いくら多すぎじゃないですか戦士長」
「何を言う戦士・斗貴子! 主役の大立ち回りは基本だぞ! 10人でも少ないぐらいだ!」
そうはいうものの、やられ役を引き受けた部員たちは、昨日今日入った斗貴子と違い、年単位でずっと演劇に関わって
筈なのだ。
「なのにポッと出の私なんかを引き立てるなんてどうなんですか」
「それなら大丈夫ーーー」
また声。大部屋役者よろしく固まったままなのは一種の礼儀ゆえか。
「俺ら正直、何で最近入ってきた奴にって思った時期もあるっすけどー」
「ブラボーさんの教え方がうまいし、コレはコレで大事な役だってーー」
「理解したしィー」
「むしろこーいう役をやってこそ見えるものもあるだろうって考えたらぁー」
「そんなー、嫌じゃー、ないですよーーー」
みな輝くような笑みだった。斗貴子はなんだかそれが目に刺さるように眩くて、ちょっと涙ぐみそうになった。
「という訳だ。みんな動くのは好きだし、俺の見たところ体を使った演技の方に才能がある」
またまたそうやってウマいコトを言う。誰かが揶揄するようにいうと、やられ役一同はドッと笑った。
それだけで斗貴子は彼らと防人の絆を実感した。
(……こういうのが、この人の日常、なんだろうな)
斗貴子自身はカズキを取り戻すまで溶け込むまいと決めている。罪だとか罰だとか、今はそういうコトを考えてはいない。
一種の、願掛けだ。
防人が命じたようにすぐさま、日常を取り戻し、且つ、心から戦える理由を見つけるのは、難しい。
願掛けとは仮託だ。いまは戻れないがいつか行く日常を忘れえぬための仮託だ。何が心から戦う理由となり得るか今は
まったく分からない。カズキを取り戻せるかという未来の不安。日常が詰まっている過去の亡失。あやふやで暗い両端を
持つ心だから右に左に揺れていて、だから斗貴子は思うのだ。「そんな人間が心から何かを叫べるのか、叫んだとしてそ
れが心からだと実感を以て納得できるのか」と。
119 :
永遠の扉:2014/04/08(火) 01:03:13.46 ID:i0k1VTCK0
願掛けとは仮託だ。心境は変わっても状況は悪いままの現実において、それでも生きんと決意した自らの意思を振り返っ
て認めるための一里塚だ。覚えている限り死は選べないし、秋水のようにもならない。
防人もそういう物を持っているのだろうと思う。
いま通じ合っているやられ役の部員たちとの記憶がまた彼の原動力になって、また多くの人を育てて、彼らが誰かの希望
になる。防人自身も希望を得る。そしてまた、多くの、誰かを。
そんな他愛もない話を斗貴子がすると、防人は静かに笑った。嬉しさと寂しさが半分ずつ宿った蒼い笑みを。
斗貴子が「よくない話だったかな」と謝るべく口を開いた瞬間、それは来た。
「あの。銀のコート脱いでますけど、キャプテンブラボーさん、ですよね?」
茶色いサイドポニーテールをした気弱そうな少女だった。斗貴子の知る顔で一番近いのは毒島だろうか。彼女の外見年齢
があと5つほど上昇すればこんな感じだろうと考えた。
「ム。キミは先日電車で逢った」
「知ってるんですか戦士長?」
防人は答える代わりに斗貴子の頭を抱え、彼女ごと踵を返し少女から距離をとる。
いわゆる露骨なヒソヒソ話の体勢だった。
「知り合いだ。あまり大きな声では言えないが……あの日は混雑していてな」
さすがに斗貴子の勘は鋭い。(痴漢被害か)。無言で頷く防人。
少女の悩み相談とは実に簡単だった。護身術を教えて欲しいとのコトである。
「ブラボーさんの手並みが見事で……私もああいう風に拒めたらって」
相当怖かったらしい。と同時に、気弱だからこそ燃え盛る危うい炎をも瞳に灯していた。
(……あまり授けない方がいいと思うが)
(なぜ…………ですか……? 防人さんの教え方は…………上手……です……。私に教えたように……護身術を……
伝授すれば…………たぶん……初歩ぐらいなら……2カ月あれば……身に付きます……」
斗貴子は首を振った。同時にやられ役たちも声を発した。
「あの。もしそのコに教えるんだったら」
「オレたちにも教えてくれませんか?」
「護身術とかかっこいいじゃないです」
「彼女守れるなら覚えたいです。お願いします」
防人はちょっと黙って考えていたが、すぐニヤリと笑った。
「身を守る技ならいいのがあるぞ」
技という言葉に少女の瞳が潤み頬が染まる。やられ役たちも歓声を上げた。
「陳式太極拳のな」
「おおすごい! ただの太極拳ではなく陳式ってのがカッコいい!」
「その名も…………玉女穿梭」
おおー。誰ともなくどよめきがあがった。カッコいいですとは鐶の弁。
「何だよコレやけにカッコいいじゃんか! 穿つのかブラ坊、穿つのか!」
御前がはしゃぐ──ちなみに演劇部員たち全員、御前の存在をあまり気にしていないのが異常だった。よく言えば銀成
学園は大らかであまり色々気にしない校風なのだ──と、防人は「いや」と首を振った。
「敵は穿たないが決まれば確実に戦闘が終わる! 俺自身、自分の技の参考にしたぐらい素晴らしい技だ!」
と言われれば誰だって否応なく盛り上がるだろう。一撃必殺? とかブラボーさんが真似るぐらいだからさぞや破壊力が
あるんだろうとか様々などよめきがあがった。
「で、結局どんな技なんですか戦士長」
「逃げる技だ!」
ざわめきが沈黙という特異点に圧縮され「えー」というビッグバンとインフレーションに転じた。
「えー。ブラボー。そりゃないっスよー」
「せっかく期待したのに……」
まあまあと手で動揺を制しつつ、相談に来た少女にも軽く笑うブラボー。
「例えばの話だが、そうだな、ナイフを持った通り魔がいるとする。すでに数人に危害を加えた彼を、警察は路地裏に追い
詰めた。ところが犯人はひどい興奮状態。銃を使う許可は下りないが取り急ぎ逮捕しなくちゃいけない。……この場合、
キミたちは警察官たちに何を求める」
「何をって……そりゃ、ね」
「うん。逮捕してほしいと思う」
「ブラボー。それが人情であり普通だ。ではもし、逮捕の際、彼ら警察官がケガをしたらキミたちはどう思う? 命には関わ
らないがかすり傷でも済まない。動脈を傷つけられ、縫合が必要で、わずかだが一生神経が痺れる後遺症を負うとする。
…………そんな彼らをキミたちはどう思う?」
鉄火場の数々を潜りぬけている斗貴子にしてみれば生ぬるいリアリティだが、生徒たちは少し思うところがあったようだ。
「え。ええと……」
「無傷で捕えて欲しかったと思います」
うむと防人は頷いた。
「誰もがそう願うだろう。だが実際にはケガをする。オレが挙げたよりももっとヒドいケガだって負う」
「…………」
最悪のケースを想定したのだろう。そしてそれは自分たちが知らないだけで、今もどこかで起こっているのではないかという
原因不明の罪悪感となって漂い始めた。
「警察官は、1日数時間……多い時は10時間近く、身を守るための術を、犯人を逮捕するための術を学んだ人たちだ。それ
も1年どころじゃない。何年も何年もだ。そして警察官になってからも鍛錬は欠かさない」
防人が何をいいたいのか。斗貴子はだいたい分かっている。
「けれど、悪意や暴力の前ではどうしても傷つかざるを得ない。繰り返すが、1日に何時間も訓練する生活を、数年がかりで
続けた人たちでさえ、悪意や暴力を前に無傷とはいかない。たったナイフ1本持っただけの、碌に鍛えていない人の攻撃に、
傷つけられ、時には一生を左右するケガさえ……」」
「…………」
「ましてちょっとかじった程度の俺の護身術など却ってキミたちを死地に招くだけだ」
だから逃げるのがいい。防人はそういうのである。
以上ここまで。
121 :
ふら〜り:2014/04/08(火) 22:06:19.87 ID:GOPUiTSV0
>>スターダストさん(護身術なら「大江山流護身術道場」お勧めです!)
男性教師と男の子たち、の理想的な雰囲気ですねえ。親しまれつつも、ちゃんと敬われている。
そんな様子に和みつつも、鐶絡みでは安心していられない斗貴子、いつもながら一人忙しい。
火渡の名前も久々に見ましたが、彼の戦いも楽しみ。あの炎がマレフィ勢にどれだけ通じるか。
122 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:05:41.98 ID:np05BWmY0
では痴漢対策はどうすればいいか?
「大声をあげるとか……だが、それも難しい。というか異性の戦士長には分からない機微がある」
「私……とか…………桜花姉さん……とか……相談に……乗ります」
という訳で女性陣預かり。
「ところでブラボー。他にはどんな護身術があるんスか?」
やられ役の1人、ニキビの多いロンゲ君が手を挙げると防人は胸を張った。
「簡単だ。まず夜道を1人で歩かない。治安の悪い場所にも近づかない。雑踏ではちゃんと前を見てゆっくり歩く。人にぶつ
からないように……な!」
「そんなん技じゃないですよ」。ただの注意だ、生徒達はどっと笑った。防人は説教臭さを消すために大げさな身振りを交えた
のでそれがおかしかったのだろう。
「ならカツアゲを8割無事でやり過ごす方法とかどうだ」
「何をするんですか?」生徒の問いに答えて曰く「道具を用意する」。
「道具?」
「そ。3000円もあれば調達できる」
「まさか催涙スプレーとかいうオチじゃないでしょうね?」
「いや、そういう攻撃をすると奴らは逆上する。身を守るためのグッズで敵意を買うのはブラボーじゃない。俺のいう護身術は
もっと穏便に済ませるものだ」
具体的には? 防人はニカっと笑った。
「ダミーの財布を用意する。1000円ぐらいの奴だ。そこに2000円詰めておけば相手はだいたい納得する」
「あげるのかよ!」
茶髪の少年が立ち上がり鋭い声とともに裏拳をやると一座はまたどっと沸いた。
「まあ、2000円やって済むならそれでいいだろ。ケガしたらもっと損するぞ」
「それで納得しなかったら……本命の財布見つけそうな時はどうします?」
「予め靴下に1000円札を忍ばせておく。そしていかにもトラの子という感じで渡せばほぼ確実だ」
「どこまで用心深いんスか」
「てかブラボー、けっこう体格良くて強そうなのに言うコトしょぼい!」
そういってやられ役たちはまた笑う。ブラボーは頭に手を当て大仰に目を泳がせてみせた。
「まあ、アレだ。迂闊に手を出すとやばいからな。自分がケガするコトもあるが、それ以上に傷害とか殺人は罪が重い。
敵に勝ったはいいがその後の社会生活まで影響が及んだらシャレにならない。賠償金とかどう払えばいいって話だ」
「あー」。 生徒達は一瞬ハっとした顔をするが「まあ、そうですけど」、とりあえず笑う。
「……そうだな。一般人は私たちと違う。敵は人間で、だから殺せば罪になる。戦士長はそうならないよう教えているんだ」
「究極の……護身……ですね」
斗貴子と鐶は頷きあった。
「で! ダミーの財布を確実に渡すにも演技力がいる! 演技もまた体を使う行為だ。つまりキミたちが今回の役目を果た
せば……アクションをうまくこなせば、それは巡り巡って身を守る楯となる!」
「誰がうまいコトを言えと!」
「はいはい。ノせられてあげますよー」
そういって生徒達はまた練習に戻る。
(だいぶいい関係を築きつつあるな)
斗貴子がそう見た頃──…
空き教室で秋水とまひろとヴィクトリアは悩んでいた。
「ちーちんがびっきーの正体に気付いたみたいだけどどうしよう」
太い眉をハの字にするまひろは困り果てていた。
「事実をありのまま話す他ない」
秋水は端正な美貌を一層鋭くしながら答える。
「どうでもいいけどどうしてアナタたちそんな離れて座っているのよ」
ヴィクトリアは、ツッコんだ。
2人は同じ列に座っているが、机3つ分ほど開けて相対している。
しかもまひろは椅子に後ろ向きで腰掛けている。ロングのスカートがいろいろ無理のあるコトになっていた。
秋水は黙然と黙り込み
「迂闊に偽れば君の友人の心証が悪くな「いや流すのも偽るってコトじゃない。答えなさい」
123 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:06:21.20 ID:np05BWmY0
話題を逸らそうとするが阻まれる。
「わ、私が悪いんだよ……」
おずおずと手を挙げるまひろの丸い顔は薄いフレッシュピングである。
「秋水先輩が後ろに座ったときビックリしてついココまで来て」
「呆れた。アナタまだビクついているの? いいじゃない。自分で昨日言ったんでしょ。早坂秋水が好きかも知れないって」
「びっきーーーー!!」
まひろの顔は真赤になった。ポンペイにある有名な「秘戯の間」もびっくりのポンペイアンレッドである。
「どうして私のヒミツを知ってるの! まさかスパイ! スパイなのびっきーは!!」
「いや、私もあの場に居たでしょ。というか避難壕(シェルター)だし、私なしじゃ行けないわよ」
「ふぐぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
ちょっと膨れ面をしながら目元に涙を溜めるまひろ。
昨日彼女は、秋水と、ちょっとしたすれ違いをしてしまった。結果、彼は謝りにきたのだが、そのときまひろはテンパるあ
まり、
──「私! 秋水先輩のコトが好きかも知れなくて!!」
──「でもソレが言い出せなくて思わず逃げちゃってたのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
などとヒドい自爆をしてしまった。
今それを思い出したヴィクトリアが思わず口を押さえるほどヒドい自爆だった。
「け、今朝だってソレ思い出した瞬間、秋水先輩の正面に座っているのが恥ずかしくなったんだよ……」
「思い出すって何よ。まさか素で忘れてたの? 普通忘れないわよねあんな出来事」
女のコらしくない眉毛の下で長い睫が恥ずかしげに伏せった。皺のよったロングスカートに拳がきゅうっと押し付けられた。
「忘れてたの!? 昨日男湯に栴檀貴信捕まえに行った時はまだ覚えてたのに!」
流石のヴィクトリアも声を張り上げた。全くありえないだろう、女子が告白を忘れるなど。
「すすすすっかり忘れてた訳じゃなくて、その、秋水先輩見た瞬間、なんか恥ずかしくなったけど……なんでかなーって分か
らなくて、ご飯食べながら一生懸命考えてて」
ここでまひろの双眸が熱く潤んだ。傷みがちの髪の幕を梳きながら頬に手をあて悩ましげに俯いた。細いウェストも軽く
くねる。そこまでは恋に悩む正統派美少女だった。秋水もちょっと見とれていた。
そしてサクランボのようにプリっとした唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「先輩に告白したコト、タクアン見て…………やっと思い出して」
「え゛っ」
秋水の表情がヒビ入り強化ガラスと化した。
「なんでタクアン見て思い出すのよ…………」
まだ朝なのに1日フルに働いたような疲労感がヴィクトリアを襲う。秋水はと見れば顔に若干縦線が浮かんでいる。
ヴィクトリアは彼がどれだけ告白されたかは知らないが、少なくても翌日忘れられタクアンを見て思い出されたのは今回が
初めてだろう。
幾ら朴念仁でもあんまりな扱いではないか。
秋水とて年頃の男性だ。異性にフザけた扱いをされ平気でいられる訳が無い。
しかもまひろを大切に思っているのだ。傍観者たるヴィクトリアにさえ分かるほど大切に。
なのに向こうはタクアンと同格扱いである。あんまりすぎて、冷酷無比で狭量なヴィクトリアさえ珍しく擁護に回った。
「あのね。早坂秋水は一応この学園のアイドルらしいのよ。中身はともかく顔はいいって言われてるし、剣道は知っての通りで
成績もトップクラス。おまけに生徒会副会長」
「え……秋水先輩、成績トップだったの」
「いま問題にしてるのはそこじゃないわよ! 何!? そこすら分かってなかったの!?」
「俺が成績トップだったのはL・X・Eの活動の一環だ。あまり褒められたものじゃない」
「知らないわよ!! マジメなようでアナタもズレてるわね! ちょっと黙って!!」
マジメに返してくる秋水にますます瞳を尖らせながらヴィクトリアは言う。
「コイツへの告白、タクアン見て思い出すのは勝手だけど本人の前で言うのはどうかって話よ!」
「おお。びっきーが秋水先輩のために怒ってる」
「おこ……ば! 馬鹿ね! 早坂秋水のためなんかじゃないわよ! アナタの物言いがあまりにヒドかったから叱ってるだ
けよ!」
「俺のために怒ってくれたのか。感謝する」
生真面目に頭など下げてくる秋水に引き攣れた呻きを漏らすほかないヴィクトリア。顔はまひろと同じぐらい赤い。
「ああもう! アナタたちは自分のコトからどうにかしなさいよ!! 千里の件は私がやるわよ! 私からちゃんと言うから!
沙織にだけ隠すのも悪いからあのコにも言う! ソレでいいでしょ!?」
124 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:06:51.96 ID:np05BWmY0
「ウン。びっきーがそう言うなら任せる」
鼻息を吹いてユーモラスに頷くまひろにヴィクトリアはコキリとうなだれた。
「どうしたヴィクトリア。気が重いならできる限り助力するが……」
秋水に「いえ」と手を振り首だけ上げる。
「なんで任せられるのよ。一回逃げてるのよ私。それを信じるとかどういう神経よ」
まひろは不思議そうに瞬きした。
「でも今は逃げてないよねびっきー」
「アナタね……」
はあと嘆息する。ヴィクトリアはまひろのそういう所が嫌いで好きだった。無言の信頼という大仰なものをサラっと挟み
込んでくるのだ。あまりに無色透明すぎてただなる無防備の愚鈍に見える信頼を。
実際のところ、今回のヴィクトリアは逃げていない。友人の中で一番率直に心寄せられる千里に人ならざる本性を知られ
て恐怖と不安を覚えてはいるが、それでも向かい合おうと思っている。
だからといって完全に逃げを捨てられる訳が無い。
100年だ。100年地下で培った後ろ向きな思考は簡単には変わらない。
「私だって正直逃げたいわよ」。ヴィクトリアはまひろに言う。
「昔、ママに似てるって理由で、千里を食べたいって思ったコト、本当は絶対バラしたくないわ。ホムンクルスで怪物ってい
うのは言うわよ。千里だけじゃなく沙織にも言うべきだと思ってるわ。でなきゃこんな私を友達だと思ってくれてるあの2人に
不公平だし。でもホムンクルスなのって、元を正せば戦団のせいでしょ。私は被害者だから、『同情してくれるだろうな』って
打算がどこかにあるのは否定できない。自分だけは特別で無害な可哀想な化け物だから、きっと友情だって続けてくれるっ
て…………要するに甘えてるのよ」
言葉を吐くたびどんどん雰囲気が暗くなっていく。マイナス思考のドス黒い紫のオーロラが俯くヴィクトリアを中心に展開した。
「俺がいえた義理でもないが、君は少しマイナス思考すぎないか?」
「じ、自分をそんな悪く言っちゃダメだよ! びっきーは本当は優しくていいコなんだから!」
「ハッ。どうでしょうね」。自虐的な笑みを浮かべ視線を逸らすヴィクトリア。つくづく滅入っているようだった。
まひろはそんな友人をあどけなく眺めていたがポツリと呟いた。
「びっきー最近明るくなったよね」
「どこが!?」
ありえない言葉だった。
「いや、その、前はもっとドン底ーって感じだったけど、いまはなんかヘコみ方が面白い」
ヴィクトリアは無言で笑った。爬虫類のようなスリットの瞳でただひたすらまひろを見て、笑った。周囲の気温が10度は
下がる冷たい笑みだった。
「ゴメン……」
「あなたって本当空気読めないわよね。だから名前で呼びたくないのよ」
「名前?」秋水の問いかけに何でもないと慌てて対応。早朝に貴信から言われた件がつい口をついたとはとても言えない。
──「まひろ氏のコトだ。他のお二方は下の名前で呼んでるのに、彼女だけはフルネームなんだな」
(フルネームで充分じゃない。こんな空気の読めないヘンなコ…………。そこまで親しくなんかしたくない)
と思っているのに、今回の件のような、デリケートで触れられたくない話題には同席させている。
(なんなのかしらね。このコって。私にとってどういう存在なのよ?)
考えても分からない。腹が立ってきたので怒りは総て貴信にブツけるコトにした。そもそも彼とのやりとりをして千里に
正体がバレたのだ。寝てると思い込み、彼女の部屋でつい暴露したヴィクトリア自身も悪いしそれは分かっているから、
別に今後彼を攻撃するつもりはない。だがそれでも内心で行き場のない怒りをブツける位、許されてもいいだろう。
(だいたい何よ。自分だって千里に正体バレた癖に無傷で済んで)
昨晩、思わず香美から交代してしまった彼。千里の反応は「例え人ならざる存在でも斗貴子が見逃している限りは恐れな
い」だった。
(私がホムンクルスってコト明かそうと思うのは栴檀貴信のせいでしょ栴檀貴信の)
それこそ昨晩の短編執筆時における桜花状態なのだ、ヴィクトリアは。
貴信という捨石があり、それに対する反応が分かったから、前歴を前面に押し出せば何とかなる……などという打算が
脳裡の片隅で動いているのは否定しようがない。
125 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:08:20.94 ID:np05BWmY0
だから、嫌なのだ。
大事だと思っている友人との関係を、彼女らの誠実さを利用して、お涙頂戴でうまく調整しようとしているように思えて、
たまらなく不愉快だ。
というコトをいうと、秋水とまひろは「ネガティブすぎる……」と呆れた。
「姉さんはそういうコト考えないと思うが」
「素敵ね。真の腹黒なら迷わずやるっていうニュアンスが、「姉さん」って単語1つで充分伝わったわ」
毒を吐きながらも頬はちょっと柔らかくなった。いつかまひろにも似たようなコトをいったが、自分のコトになると全く分かって
いないんだなと分かった。
「……姉さんには言わないでくれ」
「分かってるわよ」
やけに深刻な表情の秋水に答えるが彼はまったく止まらない。傍に来るやまひろに聞こえぬよう声を潜め囁いた。
「そうは言うが君、昨日姉さんに武藤さんとの顛末を教えただろう。酷い目に遭った。不安なんだ。怖いんだ」
「…………。あれは悪ふざけがすぎたって反省してるわよ。さっきの陰口じみた発言、教えたりしないわよ」
本当だなと2度3度、結構必死に念を押す秋水の後ろから飛んできたのはまひろの言葉。
「きっとびっきーは心を操りたくないほどちーちんやさーちゃんのコト、好きなんだよ」
「千里はともかく沙織とは付き合い短いわよ? なのにどうしてこうも気を遣ってるのかしらね」
案外似た者同士かも知れない。沙織は子供っぽい。ヴィクトリアも100年以上生きてまだ思春期を脱し切れていない。
成長の遅さという点では似たり寄ったりだし、そもそも沙織はまひろほど突飛ではない。場の雰囲気に流されやすくはある
が、それをまひろよろしくぶっ壊すヤバさは良くも悪くも備わっておらず、空気もまたほどほどに読める。
(まあ、不愉快じゃないし、騙す必要もないし)
千里ほど憧れもせずまひろほど持て余しもせず。いわゆる普通の友達なのだ。1人だけ教えないのは不義理だろう。
などと考えていると秋水がまだ袖を摘んだ。
「姉さんには」
「しつこいわね……」
呆れた。呆れながらも元はといえば自分の悪ふざけが原因なので、不承不承謝り2度としないと誓う。
余談だが、昨晩、桜花が、風呂上りで斗貴子相手に「らしくもない」挙動をしていたのは、その直前、ヴィクトリアのメールを
見たからである。(防人への連絡のため携帯を開いたところ、未読なのに気付いて読んだ)
「弟が告白される」。それも桜花が憎からず思っているまひろに。
桜花は母親かというぐらい内心小躍りしていた。寂しくもあったが我が事のように喜んでいた。
──「楽しいのはきっと、みんなが楽しくしてるからよ。みんなが楽しいのは津村さんがいるからよ」
──「どうした。桜花お前いったいどうした。大丈夫か?」
──「津村さんはね、もう日常の一部なのよ。まひろちゃんたちにとって、そこに居るのがもう当然になっちゃってるのよ。短気で、
──強くて、一見近寄りがたいけど優しくて、それこそ何かの部活の副部長のように頼りがいのある人で、だから私もその……
──『ブレーキかけてくれるかな』って信じて、その、時々、ふざけたり……できる訳で…………」
──「どうした!? 桜花お前本当にどうした。!?」
──「とにかく!! 津村さんのような異物がいるからこそ日常は面白いの!! あなたはおしるこにとっての塩なのよ!!!」
──「異物!? 塩!?」
── 愕然とする斗貴子を映し鏡に自分らしからぬ行状に気付いたようで、「ぅ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」と声にならぬ声で唸り──
──まひろはおろか小札・毒島よりも幼い顔だった。エンゼル御前にも現われない、10数年秋水以外に心を鎖してきた故の、深層
──にある幼さが全開だった──それから脱兎のごとく脱衣所を逃げ出した。
──本文:《死なないでね津村さん。私……。津村さんが死んだら、悲しい!!》
で、この始末である。斗貴子がうろたえたのも、その後、無銘が必死の思いでえっちぃビデオを隠蔽したのも。
元を正せばヴィクトリアのせいなのだ。
126 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:09:11.89 ID:np05BWmY0
そうと気付かぬ本人は、(気付いてもしただろうが)ひたすら自嘲していた。
秋水やまひろとのやり取りで幾分かは気楽になったが、やはりどこかで打算的な自分は許せない。
(間違いでも自爆でも……素直に告白じみたコトできる武藤まひろの方がまだマシよ)
まひろは物笑いの種だが、それでも見ていると心に春風が吹きぬけるような爽やかさがある。
尤も、まひろとヴィクトリアでは基盤がそもそも違いすぎる。
前者は秘めたる好意に基づいているが、後者は後ろ暗さが源流だ。
(比べるコト自体おこがましいんでしょうけど)
それでもまひろのような眩い存在が傍に居ると……仄かに想いを寄せるパピヨンさえ格別の敬意を払う少女を目の当たり
にしていると、ヴィクトリアは自分がどんどん惨めに思えてくる。といってもひどい絶望というよりは、思春期らしいチクチクとし
た痛み、誰からも無条件に好かれる存在が羨ましいというレベルで、そういう意味では既にもう、ヴィクトリアの心は、100年
いた闇の地下ではなく、ごく普通の日常に移行しつつあるのだが。
「俺はあまり偉そうな事はいえないが」
思考の世界を切り裂いたのは秋水の声だ。姿勢を正しそちらを向くヴィクトリア。
「たとえ状況が直ちに真実を告げるコトを許さなくても、確約は前に進ませる力足りうる」
一瞬言葉の意味を理解しかねたヴィクトリアだが…………思い出す。
(そういえば。私を地下から連れ戻したとき)
──「君にどうしても話すべきコトがある。寄宿舎に戻ったら……聞いて欲しい」
──「う、うん。寄宿舎に帰ったらね」
秋水はまひろに約束した。カズキを刺した経緯を話すと。
それは総角が秋水を地下に引きずり込んだコトにより順延されたが──…
──「……すまない。君にいうべき事、後回しになってしまった」
── まひろは無理な微笑を浮かべながら「大丈夫。待つのは慣れてるから」と頷いて見せた。
──「だが必ず戻ってくる。戻って必ず話す!」
確約だけは残した。
(あの音楽隊の首魁を下せたのもそれがあるから。戻って話すという覚悟があったから。前に)
目で問いかけると秋水は軽く頷いた。それだけで通じるという事実にヴィクトリアは少なからず驚いた。
(思えば早坂秋水ともそれなりの付き合いね)
対面から1ヶ月と経っていないのに、正に百年の知己、ヴィクトリアがまだ人間だったころから付き合っているような気脈
の通じようだ。
(あの時アナタはこうも言ってたわね)
──「俺は昔……俺と姉さんを助けようとしてくれた者を背後から刺した事がある」
──「でも君はまだ俺のような危害を振り撒いてはいない!」
──「君の身がホムンクルスだったとしても、罪を犯していない限りはまだ普通にやり直せる!
──君の瞳は冷えてはいるが、決して濁ってはいないんだ! 昔の俺のように濁ってはいないんだ!」
だからヴィクトリアはまだ逃げていないし、千里や沙織に、人外であるという事実やその経緯だけは話そうと思っている。
「後回しのようで気が引けるけど……いま言える本当のコトはちゃんと千里たちに言うし、それでも言えない部分があるって
コトもいうし、それはたぶん2人を怖がらせるってコトだって、しっかりと……伝える」
ベストじゃないとは分かっている。他人にはまだるっこしく映るだろう。「いつか」を弱さゆえ永遠に先延ばすのではないか
という危惧もある。
127 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:12:12.75 ID:np05BWmY0
けれど人はいつでも大きな一歩を踏み出せるものではない。泥沼に囚われたものはモーションだけみれば笑えるほど卑小
な一歩をずっと繰り出しているものだ。しかしそれとて積み重なればいつか難路を踏破する……ヴィクトリアはそう信じている。
でなければ、白い核鉄という、前人未到の研究に挑んだりはしない。
千里とそれは無関係のように見えるが、ヴィクトリアの中では不可分なのだ。
何か1つに事象の対し逃げを選べば精神はそこからたわみ静謐な緊張を失う。これも逃げていいあれも逃げていいと思う
ようになり……いつか地下へと逆戻りだ。
それが嫌だから、引き上げてくれた秋水やまひろに抱く決して声高には言えない感謝を返したいから、拙くてもわずかでも、
『1歩』踏み出そうと足掻いているのだ、ヴィクトリアは。
訥々とした語りを聞き終えるとまひろはグっと眉をいからせ拳を握った。
「心配ないよ! 猫被ってるびっきーも素直じゃないびっきーも、両方とも本当のびっきーだよ!」
「本当アナタって、好感度の上がらないコトばかり言ってくれるわね」
ヴィクトリアの悩んでいる部分とは微妙にズレているし、茶化しているような物言いでもある。
けれどまひろはまひろなりにヴィクトリアの持つ厄介な乖離を肯定しているようだ。
いじられ揺らめく黄金の針束の傍の頬は呆れを湛えつつもやや赤い。
「大丈夫大丈夫。ちーちんにもさーちゃんにも言っておくよ」
「何をよ」
「いざとなったら、がぶがぶ係は私のモノって」
意味不明だがだいたい察したヴィクトリアがツッコむより早く、
「びっきーにがぶがぶ! ってされるのはこの私だ! って言うから大丈夫」
「いやそういうのいいから」
「お尻のお肉ならちょっとあげるよ?」
「いらないわよ」
半眼でぼやく。前も似たようなやり取りがあったが、どうもまひろは本気で言っているらしかった。
「とりあえずホムンクルスってコトは言うわよ。沙織にだって言う。でも、千里に対する食人衝動だけは別。すぐは無理」
「それでいいと思う。君自身の気持ちの整理もあるし、立て続けだと若宮さんたちのショックも大きい」
秋水が言うとまひろも頷いた。それだけでホッとする自分に戸惑うヴィクトリアだ。
(私は……私が思っているよりずっと)
2人を信頼しているのかも知れない。もし彼らと同じ言葉を自分で紡いだらきっと逃避だと嫌悪するだろう。
なのに秋水の、ある意味ではかつてカズキの件を先延ばしにし続けた男の、言葉に、「それでいいんだ」と安心している。
他者が同じコトをしたのなら傷の舐めあいと断ずるだろうに、だ。
まひろについては、ようく考えると今回碌なアドバイスをされた覚えがないが、味方で、橋渡しもしてくれるのは分かった。
言葉より態度の人なのだろうと今さら思う。口先だけじゃなく存在総てで物事に当たるから、時には非常に疎ましく思える。
けれど何事にも全力だから、事態をよくできるのだろう。
「とりあえず今から千里に話すわ」
「今から?」と秋水は眉を顰めた。桜花から聞いたタイムスケジュールによれば、今ごろ千里は就寝中かさもなくば勤勉にも
予定を繰り上げ執筆に勤しんでいるかだ。いずれにせよヴィクトリアの正体というショックの大きい話は控えるべきではない
か?
「そうかなあ。起きてるなら早いうちに言ったほうがいいと思うよ」
まひろが言うには、台本はかなり神経を使うらしい。
「私も10行書いたところで力尽きたよ」
「あ、ああ」
気の無い返事を漏らす秋水に構わず続ける。「たぶんびっきーのコト聞いてから、色々考えちゃってる」。
「そ。千里はデリケートだから。私への対応に気を取られてる。筆が遅くなってる。パピヨンから演劇部を預かっている私と
しては、その辺りもどうにかする責任があるの」
「早く話をすればその分台本のあがる確率も高くなる、か」
「そう」
言葉少なに頷いて部屋を出ようとするヴィクトリアに秋水は声をかけた。
「パピヨンとは上手くやっているのか?」
ヴィクトリアに少し動揺が走った。別に彼との白い核鉄製造は悪事ではないし、そもそもサプライズプレゼントとばかり、
密かに用意しているものでもない。ただ迂闊に期待を持たせて失敗に終わるのが怖いので黙っているだけだ。
だから秋水が勝手に気付いたというならそれはそれで構わない案件だ。
ただ、なぜ分かったのかという疑念が鋭い破片になって心臓を直撃した。
128 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:13:28.82 ID:np05BWmY0
「総角たちとの戦いが終わった後、パピヨンが言ったんだ。君を探していると」
疑問は解けたが新しい凝固が生まれる。
「……そんな話、初めて聞いたわよ。結構前じゃない。普通ならすぐ言うでしょ。アイツに気をつけろって」
まひろはよく分かっていないようだが、パピヨンとの仲睦まじさについては、からかう程には知っているので特に何も言わ
ない。
「彼の性格はだいたい知っている。厳密にいえば、彼の血族の形質は充分知っている」
かつて盟主として従っていたDr.バタフライについて秋水は手短に語り、
「1人の人物のため全力を尽くす家柄なんだ。パピヨンもまた武藤との決着を望んでいる。彼のためにならないコトはしない。
そして武藤の願いは命を守る……それだけだ」
つまりパピヨンに接触されたヴィクトリアも悪事には加担しない、そう秋水は心から信じているようだった。
「そんなの……他の戦士は……」
「色々あったが大丈夫だ。心配しなくていい」
その色々に想いを馳せてやまないヴィクトリアだ。あの日、学校で鐶との決着がついた後、戦士たちが慌しくどこかに
行ったのは知っている。つまりパピヨンの言葉は防人達にも聞かれた公算が高い。となれば、黙っていないのは斗貴子
だ。パピヨンがヴィクトリアと接触する。L・X・Eの基本図の縮小ではないか。黙って看過する斗貴子ではない。
そしてヴィクトリアの想像はほぼ当たっていた。実際、ヴィクトリアを巡って一悶着あったのだ。
(説得……したんだ)
ヴィクトリアならきっと錬金術を正しく使えると信じて。
筋だけいえば斗貴子の危惧の方が正しいのだ。パピヨンは生誕の際、20数人を喰っている。その研究のための犠牲者
は今年の銀成市の失踪者数を全国平均の2倍にまで押し上げた。そんな人物の元に、今夏戦団をほぼ壊滅状態に追い
やった存在の娘を、個人的にも戦団に恨みを持つホムンクルスを行かせるなど、本来絶対やってはならないコトなのだ。
しかもそれを推進するのが、L・X・Eの二大巨頭につき従っていた信奉者で、しかも斗貴子の想い人を後ろから刺した
人物とあればもう、冷静な議論で終わる方がおかしい。
なのに秋水は大丈夫というのだ。どれほどの責任を背負い込んだか想像するだに余りある。
「そう。ありがとう」
前髪から双眸に影を落としながら、ヴィクトリアは教室を出た。
廊下を歩く。
1歩。2歩。立ち止まる。
少し、涙が出た。
秋水やまひろのためにとやっていた白い核鉄の研究は、実のところ前者によって支えられていたのだと痛感した。
彼が斗貴子相手に、道理を曲げた、一種非合法な抵抗をしなければ、ヴィクトリアはパピヨンから引き離され、やっと
見つけた希望さえ叶えられなくなっていたかも知れない。
斗貴子は正しい。悪い訳ではない。言動は過激だが、それだってまひろたちのような日常に生きる存在を全力で守ろう
とする真摯さの裏返しに過ぎない。なのに道理を曲げさせるのは侮辱であり裏切りだ。
(私は……千里や沙織にちゃんと話す。今は無理でも、人喰い衝動のコトだってなるべく早く)
辛くても痛くても、正しく生きなければならないと思った。でなければ秋水への示しがつかない。
斗貴子はあまり好かないが、それでも、「守りたい」と思ったものを、世界の勝手な都合で捻じ曲げられた挙句、無残に
打ち砕かれ奈落に突き落とされるのは……やっぱり嫌だった。
ヴィクトリア自身そういう目に遭わされたのだ。言い換えれば、他者に同じ思いをさせたとき、ヴィクトリアは憎んでやまな
かった戦団やホムンクルスと同じになる。
(でも……白い核鉄さえ作るコトができたのなら)
きっと秋水やまひろのみならず、思いを挫かれ、憤っていた斗貴子さえ報われるだろう。
129 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:13:59.77 ID:np05BWmY0
(見てなさいよ津村斗貴子。今回だけはアナタの間違いだって教えてあげる。喜びながら「ホムンクルスのお陰か」って
少し苦い思いしなさい)
ひねくれた愉悦を浮かべると、少しだけ正体を暴露する恐怖が薄れてきた。
ホムンクルスでも正しく生きるコトはできる。何度か接触した音楽隊の面々は少なからず誰も彼もがいい見本だった。
「ついて行きたいけど、びっきー的には1人の方がいいよね」
「ああ。彼女は彼女なりに思うところがあるんだ。それを信じよう」
残された秋水とまひろはヴィクトリアに幸運が訪れるコトを祈った。
祈ったのだが
「!!」
急に紅くなって飛びのいたまひろに秋水は嘆息した。
「俺が退室する。君の方も整理を付けたいだろう」
「おおお、2人きりってコトに気付いて焦った私を察するとか流石先輩」
リンゴのように染まった顔をそれでも感心に染めてまひろは答える。
「じゃなくて!! ああ、そんな、秋水先輩をひとり追い出すようなマネなんかしたらアレだよ、私進歩がない、全然進歩が
ないよ!!」
「いやだから、まずは気持ちの整理というか冷却期間を……」
「え! 冷却期間! 付き合っていないのにもう倦怠期! 私飽きられた!? 捨てられちゃう!?」
「頼むから落ち着いてくれないか」
流石に秋水にも焦りが浮かんできた。もし通りかかった者に聞かれたらスキャンダルに発展する。秋水自身はまあ、元々
脛に傷のある身、銀成学園の生徒を化け物のいけにえにしようとした過去に比べれば女性問題など大したコトはないのだが、
まひろの方がバッシングを受けるのは忍びない。実際まだ付き合ってもいないのだ。今は恩人の妹として遇したいのだ。
「ゴメン……」
まひろは静まった。シュンとなり申し訳なさそうに目を閉じた。秋水は聞く。「君はその、つまり、どうしたいんだ?」。
「どうって?」
「言いにくいが……その、俺への感情」
言ってから秋水は少し首筋を赤くした。本当は、文脈としては、土壇場で竹刀をやたらめったら振り回す後輩に、「本当は
どんな攻め方をしたいんだ」と質問し、答えによってより適切なやり方をアドバイスするという、剣道部的な、筋道の通った
問いかけをしたつもりだった。だがいざ言葉を放ってみると、どうも空気との兼ね合いで妙な化学反応を起こしたらしく、非常
に気恥ずかしい。(口説いているようではないか)、そんな思いさえ去来した。
(………………)
いつだったか、演劇で対戦する劇団の、リヴォルハインなる巨漢が言った。
──「秋ぽん自身の実感というのはどうなのであるか?」
──「あまりマジメに考えすぎず1つ素直になってみるのも手である」
秋水はそういう目でまひろを見ないようにしている。例え彼女に頼まれたとしても、恋愛関係を築くのは、カズキを失った
傷心につけこむようで嫌なのだ。彼を刺した贖罪さえ行っていない男がどうしてその妹と付き合えよう。
まして秋水の父親が浮気をした。一度だけ見た両親はそのせいでひどく争っていた。桜花と秋水がアパートの一室に
監禁され生死の境を彷徨ったのだって浮気が原因だ。浮気相手が双子を誘拐したせいだ。
……もし、傷心につけこんだ挙句、父親と同じ轍を踏んだら? カズキを刺したコトよりもっと辛い思いをまひろに味あ
わせてしまうだろう。
(共に居れば心は落ち着く。けれど横顔を見ているだけでいいんだ。俺はそれで満足なんだ)
ころころと変わる表情。温かい笑顔。時おり見せる、心から人を気遣う心配そうな顔。
眺めているだけで秋水は救われた気分になる。もう顔も思いだせない父が見せたこの世の様々な醜さとそれに対する
諦観が、まひろという存在を見るだけでポカポカと解きほぐされていくようだった。
130 :
永遠の扉:2014/04/15(火) 21:14:45.21 ID:np05BWmY0
そんなコトを考える秋水が。
清潔感溢れる見目麗しい青年がなんだか甘酸っぱい雰囲気を醸しながらじつとまひろを眺めるのだ。
これでときめかない女子はいない。だいいちまひろは昔、兄を叩きのめした秋水に他の女子ともどもキャーキャー言って
いた。目の色を変え口をモニュっとさせた緊迫の夕焼け顔になるのも無理はない話だった。
「ど、どうって」
動悸が高まる。どんぐり眼を困ったように細めながら考える。まとまらない。けれど何か言わなければ進めない。
「秋水先輩のコト、嫌いじゃないよ。お兄ちゃんのコトはショックだったけど、今でも一緒に謝りたいし、それで前に進んで
くれるなら嬉しいって思うよ。で、でも……その好きっていうのが……お兄ちゃんや斗貴子さんや、ちーちんやさーちゃん
やびっきーが好きって気持ち……と、その、違うのか同じなのかは分からなくて…………」
言うたびまひろの顔は赤くなる。秋水の首筋も赤くなる。
それをみたまひろはいよいよ同様の極地という風で、目をグルングルンさせながら秋水の肩を掴みブルンブルン。
「あああ!! どうしよ秋水先輩、どうすればいいかなあっ!! 私こんなんじゃ迷惑だよね! お話だってちゃんとでき
ないし実際さっきのびっきーの相談だって各個撃破だったし!」
「各個撃破!? 俺たちは負けたのか!?」
本気で焦り先ほどのヴィクトリアを思い出す。とりあえず逃げる気配はなかったので安心する。
そこでまひろの頭の傍で豆電球が閃いた。
「そうだ! いっそ付き合っちゃえば……」
秋水の顔を見た瞬間、まひろは黙った。黙ったまま机の前に行きヘッドバットをかました。
「!?」
「いま私……すっごいコト言いかけた……。すっごいコトを…………」
伏したまま呟く。栗色の髪が赤熱するほど恥ずかしがっているようだ。
「正直俺にはどうしようもないコトだが。無理をするのをやめる……っていうのはどうだろう」
「無理を?」
伏したまま面を上げるという器用な真似をするまひろに秋水は頷く。
「俺は、ありのままの武藤さんにこれまで救われてきた。無理をせず、自分なりの言葉で、いつも一生懸命俺に向き合って
くれた武藤さんだから、俺は尊敬しているし、感謝もしている」
恥ずかしくて近づけないないならそれでもいい。それでもきっと、武藤が帰ってきた時は、必ず一緒に謝ってくれる……
そう信じている。とも秋水は述べた。
まひろはしばらくおずおずとしていたが、座ったまま背筋を正し、立っている秋水を上目遣いで見た。
「で、でも、秋水先輩とお話するのは嫌じゃないよ……?」
照れているような申し訳なさそうな、それでいてしっとりとした好意に濡れた瞳に秋水は少々面食らった。
嫌じゃないのに恥ずかしがって微妙な距離にいる。難儀な少女だった。
「そうだ。無理をせず秋水先輩に接する方法思いついた!」
「なんだ?」
「ええとね。私が普通に好きな人たちへの反応を当てはめてみるの」
「……つまりどういうコトだ?」
秋水は首を傾げた。こうやってまひろ特有のカオスにいちいち真剣に対応するからだ。この男が貧乏くじを引くのは。
「例えば岡倉先輩やー、六舛先輩に大浜先輩にしてるような対応をしてみるの。そしたらあまり照れずに済むし、秋水先輩
はどう違うのかなーって分かると思う」
「そうか。まぁ、君が満足なら異論はない」
要約すると「よく分からないがそれで気が済むなら」である。諦めである。
「という訳で〜。まずは秋水先輩をお兄ちゃんに設定します!」
「そうか」。秋水から表情が消えた。呆れ果てているのだが止めないあたり付き合いはいい。
「みゅみゅみゅ。みゅみゅみゅ。あ、コレはお兄ちゃんレーダーを変換してる音デス」
「そうか」。秋水の声が上ずった。顔も青ざめている。食虫植物に喰われかけるハエの表情だった。
やがてエネルギーの充填は完了した。まひろは元気よく手を当てて秋水を呼ぶ。
「お兄ちゃん!」。…………言った瞬間開く教室の、ドア。
「なにアナタたちまだ居たの」
入ってきたヴィクトリアは凍りついた。秋水もまた真白になった。まひろは……」
「ふぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
鳴いた。泣くではなく、鳴いた。
「お兄ちゃん、ね」
ヴィクトリアは冷たく目を細めた。秋水を問い詰めるような表情になった。
「どうせあのコが勝手にやったんでしょうけど、万が一アナタの発案ならそれこそ姉にチクるわよ?」
「ち、違う! 俺じゃない! これには色々深い訳が──…」
ややあって。
一通り事実関係を把握すると、ヴィクトリアは嘆息した。
「呆れた。兄の代わりにはしないんじゃなかったの?」
「ち、違うよ! 誰風に接すれば無理せずいられるか試したかっただけで、代わりになんてそんな!」
「しかしこの作戦も失敗となると一体どうすれば……」
真剣に悩み始めた秋水だが、ふと視線をヴィクトリアに移す。
「? そういえば君、若宮さんや河合さんとは」
「話したわよ」
ヴィクトリアが述べたところによれば以下の通りである。
千里の部屋に行くと、2人は既に台本チェックを行っていた。来訪に気付いた千里はやや硬い反応を浮かべたが、ヴィク
トリアはやや息せき切りながら自分の正体や、なぜそうなったかを述べた。戦団によってホムンクルスとなった経緯は、極力
泣かないように気をつけた。涙で同情を買いたくなかった。なるべく感情を交えず事実だけを述べて、そこをどう判断するか
は2人に委ねようとした。千里は最初驚いたようだが、段々と静かな表情になり、ずっと黙って聞いていた。逆に沙織は驚き
続けていた。目をムーンフェイスみたいにしながら「え!」とか「えー!」とか叫んでいた。
やがて総てを語り終えると、千里はそっと肩を抱えて「よく話してくれたね」とだけ言って笑った。
沙織の方も「うんうん」と納得したように笑って頷いた。
「……食人衝動のコトはまだだけど、それでも少しだけ気持ちに整理がついたわ」
目が赤く、まなじりに涙の跡があるコトを見つけた秋水とまひろだが指摘はしない。
きっとどこかでヴィクトリアは泣いたのだろう。受け入れてくれた千里や沙織を思い涙したのだろう。
それを言わないのは、きっと1人で大事に抱えて行きたいからだ。
だから秋水とまひろは、見つめ合って頷き合う。
いまはただ、辛い壁を独りで乗り越えて人知れず泣いた少女を笑って祝福しようと決めて……そうした。
以上ここまで。
132 :
ふら〜り:2014/04/15(火) 22:31:37.18 ID:3x9t0SKA0
>>スターダストさん
>きっと友情だって続けてくれるって…………要するに甘えてるのよ
その甘えで誰が迷惑するわけでもないし、自身が堕落とかするわけでもない。と、私ならそれで
バッサリですが。誇り高いというか、自分に厳しいびっきー。そういうところ、パピが好みそう。
>秋水とまひろは、見つめ合って頷き合う。
さんざんドタバタして、最後にゃナチュラルに目と目で通じてる2人! メインカプの貫禄か!
133 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:51:50.25 ID:MlkyCdlt0
正午。演劇部がいつも使っている教室で千里は固唾を飲んでいた。
「フム」
パピヨンの目が動く。紫色の爪の生えた指もまた動く。パラパラと台本を捲る。
(びっきーがすぐ本当のコト教えてくれて助かったよ。ちーちん起きてからしばらく落ち着かない様子だったし)
沙織は安堵のため息をついていた。ひとまず締め切りは守れたので一安心だ。
もしヴィクトリアが何も言いに来なければ、千里は動揺のあまり落としていたかも知れない、そう思った。
やがて教卓に台本が無造作に投げられた。
「まあいいだろう。この程度では完璧に程遠いが貴様らにしてはよくできている」
演劇部員たちは付近の者と一瞬顔を見合わせたがすぐさま手を取り笑い合った。
教室に響く歓声。ひとまず台本、完成。
30分後。
銀成学園食堂のテーブルに突っ伏す栴檀貴信が居た。
(流石に……疲れた。台本チェックは大変だった。山のような資料と朝からずっと格闘してた……)
銀成学園図書室に入ったのが午前7時すぎ。14分で資料不足に気付いたので香美の体にチェンジして駅2つ向こうの
県立図書館にダッシュで突入。電車で21分掛かる距離だがそこはホムンクルスの高出力、生身だが8分で済んだ。
それから図書館を出るまで1時間48分ずっと調べ物をしていた。
(合ってるかどうか疑わしい部分の修正に、伝承や豆知識などの挿入…………若宮氏が書いただけあり台本は無駄がな
くそれでいて情報量はかなり多い
いわゆるファンタジー物を千里は上梓した。38の自治領がひしめく島国のお話で、主人公はその中の小さな国の騎士
だった。隣国の姫とかねてより婚約の儀を結んでいたが、他の自治領の様々な政情によって引き離され……というヒロイック
なお話で精霊や妖精も出てくる。
(中世の民俗に鎧の仕組み。西洋の剣術。和洋中のいわゆる戦国時代な歴史をくまなく調べたのは自治領同士のパワー
バランスとか政情とかに厚みを持たせるためだ。島国についても色々調べたっけなあ。お陰で地理学的な島嶼(とうしょ)
の本を2冊余計に読む羽目に……。妖精と精霊…………たぶん120体ぐらいの身長とか伝承とか生息地とか習性とかひっ
くるめてゼンブゼンブ一気に覚えた…………。あと当然今まで上げたコトの豆知識本も。4冊読んだ。疲れた……)
さらに、千里や沙織からオーダーは出ていないが、県立図書館に急行中、「衣装とか舞台装置とかプロップとか世界観に
合わせるべきだが台本執筆中にそんな指示飛ばす余裕あるんだろうか」と気付いたので、到着後真先にそのテの資料を
ありったけ借りた。「図書カードの作成は次回来館時に」。人見知りの貴信が珍しく初対面の司書に口数多く事情を説明
して了解を取り付けた。
おそらく100冊以上は読んだ。2時間強でそれだけ読むのは一見不可能に思える。
だが、貴信には香美がついている。あまり知られていないが彼女の特技は速読である。電話帳1冊程度なら一瞬で覚え
られる。チェンジして一気にページを捲くらせた。読むというより書籍を超高速のスキャナーに掛けては右に流す流れ作業
だった。
急激に膨れ上がる知識の数々に貴信はめまいを覚えた。だがこと集中力となれば彼に勝る音楽隊員はいない。平均値
こそ総角に劣るがツボに入った時の一瞬一秒の凄まじさでは勝っている。それが証拠に、初めてハイテンションワイヤー
を発動したとき、爆弾を射出する5000のワームホーム相手に一歩も引かずただ香美に繋がる一点のみを見事に穿った
ではないか。
(当時のコトはあやふやだけれど大多数相手にただ1つのポイントを突いたコトだけは覚えている)
精神世界を埋め尽くすページは無限に見えるほど莫大な有限。
その中央に佇む貴信は深く息を吸い目を閉じた。
(僕の武装錬金の特性は……総ての真髄を捉える。余りある雑多な事象からただ1つの真髄だけを、重要なエネルギー
だけを抜き取れる)
精神の具現が肉体世界さえ左右できるのだ。なんぞ根源で作動せぬのあらんや。
(そこだあ!!)
鎖分銅を文字に撃つ。総ての真髄を捉えていく。文字が砕け七色に輝きながら透き通り鎖を伝って落ちていく。貴信の
心に落ちていく。覚える、という生易しい行為ではなかった。何もかもが貴信そのものになっていった。
沙織に渡された台本を見る。ピンクの付箋があるのは補強が必要な部分。黄色い付箋がはみ出すページは貴信の
裁量において膨らませていい部分。
良い物語を作ろう。寝ずに待っていた彼女のために。
134 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:52:31.94 ID:MlkyCdlt0
貴信はかつてない集中力を発揮し無限の文字を撃ち続けた。鎖分銅を飛ばし続けた。
(そこだ!)
(そこだ!)
(そ・こ・だあああああ!!)
中世の慣わしも鎧の図解も剣の作法も四分五裂の国々が織り成す無数のドラマも島の知識も妖精も精霊も何もかも
が貴信の一部になり骨身になった。文字を穿つたび黄金色の躍動が貴信の全身を駆け巡り満たしていく……。
(すっごい集中力使った……。早坂秋水氏との戦いの次ぐらいに使った……)
たった2時間程度で本100冊の知識を手に入れたのだ。ホムンクルスといえど思考回路はまだパンク状態であまり
何も考えられない。
山のような資料を持ち帰った。40冊借りた。1人あたりの限度は20冊。今日ほど香美にチェンジできる体質を嬉しく
思ったコトはない。なにせ1体で2人分の貸し出しができるのだ。
で、演劇部員たちに配った。
(もりもり氏のいる大道具とか、衣装作る人とか、小道具の人との連携はこれでたぶん取れる……)
千里が貴信の資料をフィードバックしているころ、総角たちは貴信の説明を受けていた。
世界観の説明を。
貴信が千里に「これこれこういう感じだな!」と聞いて、その緻密さに瞠目された、ある意味では台本執筆者よりも詳しく
練り上げられた世界観を。
──「フ。貴信お前すごいな。台本できたの朝だぞ? どうして昼前にここまで世界観を構築できるんだ」
総角が一筋の汗を垂らしながら驚いたように呟いていたのが印象的だ。
(香美のお陰だ。僕だけの力じゃない。資料のある県立図書館へ短時間で行けたのも、100冊の本を短時間で読破でき
たのも、全部全部香美のお陰だ)
香美はネコゆえ、事情を、人間の演劇に賭ける情熱を、まったく分かっていないようだった。
それでも貴信の必死な思いだけは分かったらしく、県立図書館まで全速力で走ってくれた。基本的に彼女は瞬発力で勝負
するタイプだ、持久力は乏しい。たった8分の全力疾走すら本来ならば嫌がる。1分ほどでバテてだらける。
(にも関わらず電車で21分掛かる距離を8分で詰めてくれた)
途中藪を突っ切ったとき頬を切った。ホムンクルスだからすぐに治ったが、女のコが、娘のように思う香美にケガをさせる
のは貴信としては辛い物がある。けれど香美は文句1つ言わず駆けた。
近道するためなら、苦手な、高い場所も狭い場所も暗い場所も、怯えつつ全力疾走した。
(調べ物だって楽じゃない)
速読が得意といっても香美はネコなのだ。本には興味がない。貴信が必要としているからやってはみるものの、その行為
自体にはあまり感動を覚えない。カビ臭い図書館よりも外でちょうちょでもおっかけている方が好きなのだ。
なのに、小難しい単語に目を渦巻かせながら必死になって4万2908ページ総て誤りなくスキャンした。
もともと香美は病弱である。イメージにそぐわないが、ネコだったころから体が弱い。
ホムンクルスになってからもそれは変わらない。かつて斗貴子にこっぴどくやられた後しばらく微熱が続き寝込んでいた。
(読破直後から香美は知恵熱を出している。口数も減った。そうとう疲れているのだろう
貴信が、帰りに電車を使ったのは、香美の負担を減らしたいと思ったからだ。
電車に間に合うよう出たのが9時10分。8分後駅に入り乗車。2分後出発。
9時41分の銀成駅着まで貴信は普通に本を読んだ。そして7分後、学園にて千里へ報告。
135 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:53:48.89 ID:MlkyCdlt0
(でもとりあえず台本はできた。嬉しいなあ)
喜ぶ反面、貴信は少し悲しい。体育会系ならこういう時まっさきに仲間とスクラムでも組んで分かち合うのだろう。
けれど貴信の傍には誰も居ない。総角も小札も無銘も鐶もめいめいの役割があるとかで今日はいない。
(ま、まあ、1人なのは慣れてるし、別に──…)
「貴信せんぱい、前いいですか?」
柔らかな声が掛かった。見上げると、トレーを持つ沙織がいた。光の加減でときおり黄色く見える髪を左右でピョコピョコ
束にしている少女だ。
(あ……)
ささやかなツインテールが蝙蝠の羽根のように膨れて見えた。デッド=クラスター。朝方少しだけ思い出した仇敵の風体
は、もちろん図書館へ行く道すがら防人に報告済みだ。もっとも髪型だけだから参考になるかどうか妖しいが。
「あ。ごめん。疲れてる? 別のところ行った方がいい?」
「いや、そういう訳ではなく何というか!!」
つくづく女性慣れしていない貴信だ。あわあわしながら首を振り手を振り「お好きにどうぞだ!」などと叫んでしまう。
「お好きにどうぞなんだ……。じゃあお好きにどうぞしますねー」
困ったように顔をしかめて微苦笑しながらもトレーを置く。(困ると顔がクシャっとなるコなんだな)。貴信はそんなどうでもいい
癖に気がついた。
河合沙織。
高校生にしては幼い風貌で、ヘタをすれば肉体年齢12歳の鐶より子供っぽく見える。にも関わらず先輩の貴信に敬語を
使って接するあたり、学生としての常識はあるようだ。貴信は、まひろと騒ぐ彼女を何度か遠目で見ているが、クラスに7人
はいる元気なコといった感じで、敬語はイメージとかけ離れていた。実際本人も無理というか配慮して使っているのだろう、
朝方睡魔に囚われていた沙織はいつものままの口調で貴信に語りかけていた。
「台本の件、ありがとうございます」
トレーをガッと横にのけるや深々と頭を下げる沙織。貴信はまたも慌てて手を振った。
「だ!! 大部分は若宮氏が作ったもので、僕はちょっと肉付けをしたにすぎない訳で!!」
「でもちーちん結構感心してたよ……じゃなくて、してましたよ。こんな短時間でよくここまでって」
頷く沙織に貴信は「それなら」と言葉を切る。謙遜しすぎも却って無礼だと思ったのだ。
「あ、ちーちんはいま監督と細かいところ打ち合わせ中でして、だから私が来たのです!」
マジメくさりながらも幾分砕けた様子で沙織は告げた。彼女らしいペースが感じられて貴信的には好ましい。
(フォローうまいなあ。羨ましいなあ)
担当者がなぜ来ないかという不審な点を自然に庇っている。これは演劇部員というより友人としての心遣いなのだろう。
貴信はとりあえず話題を探す。気まずい沈黙が訪れぬよう無難な話題で場を繋ぐ。
「それにしても台本ができて良かった!!」
「あ、やっぱり嬉しいんだ。じゃなくて、ええと、嬉しいんですね」
「ああ! 香美の苦労が報われたからな!!」
ほぉーという顔を沙織はした。「?」貴信が不思議そうに見ると、沙織はちょっと眉をしかめながらクスクス笑った。
「貴信せんぱい、本当に香美先輩のコト大事に思ってるんですね」
「そ、そりゃあ香美だって無理をしたんだ! 結構全速力で走ったし、本100冊ぐらい一気に速読したし!」
「100冊も!?」
目を白丸にして横隔膜を震わす沙織に貴信は気付く。(そういえば香美の特技の話してなかったっけ)。
「ど、道理であれだけ詳しくいろいろと……」
「そうだ! 一番偉いのは香美だ! 僕は彼女の記憶から要点だけ抜き出したに過ぎない!!」
「いや充分すごいよ!!」」
「素!?」
敬語も何もなしに突っ込んできた沙織に貴信は驚く。
「だって台本渡して帰ってくるまで3時間しか経ってなかったよ!? あれはアレだよ、ちーちんの自由研究並だったよ!!」
「それはスゴイ奴なのか!!」
「スゴイ奴だよ!! 古代ローマについてヒくほど詳しく調べた夏休みの自由研究並だよ! 6月からコツコツ調べてた
夏休みの自由研究レベルだよ!!」
「6月からやってた夏休みの自由研究!?」
足掛けおよそ3ヶ月ではないか。明らかに宿題のレベルを超えている。
「そ、それに僕たちの調査が匹敵すると!!」
「するよするする! だからちーちんも感心してた!!」
いつの間にやら立ち上がりブンブン頷く沙織。相当興奮しているらしい。
136 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:54:19.49 ID:MlkyCdlt0
「貴信せんぱいやびっきー達ってみんなそれだけ頭すごいのって、斗貴子先輩に聞いたんだけど、「いや処理能力自体は
一般人と同じだが」って言ってたよ。つまり貴信せんぱいは人間としてすごいよ。すごい。香美先輩もすごい」
(まひろ氏と一緒にいるときのテンションだ……)
意気込んだ様子でまくし立ててくる沙織。それでも”ホムンクルス”という単語を避けるあたり空気の読める少女だった。
「私は本とか読めないし、テスト前でさえ教科書から要点抜き出すのできないし、尊敬しちゃいますよ本当!」
しちゃいますという単語に貴信はちょっとクラっときた。「します」ではなく「しちゃいます」。いかにも後輩な、しかも元気のい
い物言いは男性として色々グッとくるものがある。
(いやいやいや)
内心かぶりを振って落ち着かんとする貴信。女性の感奮と好意はまた別の物なのだ。「うおお」となっても「ぽっ」とはして
ない物なのだ。資料100冊、合計4万2908ページ相手に研ぎ澄ませた審美眼はそのへん鋭敏に捉えている。見極めを
誤れば大変なコトになる。世界観1つ構築するだけでモテるのなら、ティーンエイジャー向けの小説の作者たちは誰も彼も
カバー折り返しでボヤいたりしない。後書きでクリスマスイヴを呪ったりしない。
(むしろそういうのと無関係だからこそ作ってしまう訳で!!)
「貴信せんぱい、作家になれるかも知れませんよ!」
沙織は感動の赴くままファイティングポーズを取り、顎の前で軽く拳を突き上げるがイマイチ貴信は嬉しくない。
(え、僕はあれなの? カバー折り返しでボヤくタイプって思われてるの?)
悲しかった。ちなみに沙織は、ボヤきではなく、ビシッと決めた白黒写真の下に略歴だけが淡々と書かれているカバー
折り返しを想像していた。巻末に作者のあとがきではなく、「解説」とかいう、あなた誰なのって人がアレコレ書いてる本、
千里が学校の図書室で借りてくるような中高年向けのハードカバーを、想像していた。
「……ショックじゃない!! ちなみに納豆は時計回りに10回半時計回りに20回かき混ぜて食べるのが一番おいしい。空気が
入ってふわとろになるんだ!」
「何を急に!!?」
「しかし色々調べていましたよねー。ガーディアン妖精の設定にローマ法王のコト盛り込んでくるとかビックリです!」
「あ、あれか! バチカンの衛兵は必ずスイス人じゃないといけないっていう!」
「そうそう」頷きながら沙織はメモを取り出した。どうやら書き留めていたらしい。何枚かめくり本読みのように読み上げる。
「1527年、時の法王クレメンス7世が、ローマ皇帝の攻撃から逃げるときに、142人のスイス兵に助けてもらって、何とか
逃げ延びるコトができたから、今でもバチカンの衛兵はスイス人じゃないと駄目……初めて知りました!」
「げ、厳密に言えばスイス国籍保有だけど、妖精にもそーいう設定あった方がいいかなあって!!」
言ってから貴信は「しまった」と思った。
「で! でも設定とか必要なんだろうか! 演劇は2時間までって決められてる訳で! 出せるかどうか分からない細かい設
定に拘るのは本末転倒というか誰もが陥る罠というか!!」
「? そう? 見えないトコも作りこんでこそいい作品ができるってちーちん言ってたよ?」
沙織はメモを熱心に読みながら首を傾げる。(このコ、集中が飛ぶと素になるな)。貴信の理解はまた深まる。
「あ、あった。コレコレ、私が一番好きなのコレ!」
「なんだ!!」
「主人公に飲ませて弱体化させる毒に、ウナギの血を採用したトコ!」
「イクシオトキシンだな!! フグほど猛毒ではないけれど、目に入れば炎症を起こし、摂取すれば呼吸困難などが起きる!」
「私ね、これ、”いい櫛””音””貴信せんぱい”で覚えた」
貴信の笑いが固まった。わずかだが肩を落とした。
「ど、どしたん! 嫌だった! 嫌だったらやめるけど……」
「そうじゃない」貴信は手を振りポツポツと語りだした。
「…………貴方は、毒を持つ鳥を知っているか」
ぎょえっと奇妙な声を漏らし沙織は飛び上がった。
「なにそれ怖い!! 噛み付くの!? がぶがぶーって噛み付いちゃうの!!」
「いや、羽毛に含まれているだけだ! 寄生虫対策だから、僕らを攻撃したりはしない!!」
ズグロモリモズ。ニューギニアに生息する鳥。頭は黒く腹は橙。
「可愛い感じだね。今度調べてみるよ。で、それがどしたん?」
「その羽毛に含まれる毒素の名前……ホモバトラコトキシンなんだ」
沙織は真白になった。目を簡潔極まる円にして、口をポヤっと半開きにした。その状態で、言う。
137 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:54:55.55 ID:MlkyCdlt0
「”ホモ””執事(バトラ)””こと””貴信せんぱい”!」
「そう!! そんな感じで鐶副長とかが言うんだ!!」。涙ながらに叫ぶ。「毒素系はいつも僕が絡む!! ひどいんだ!」
「あー。言っちゃった私が言うのもアレだけど……ひどいね」
貴信は涙ぐんだ。沙織は当たり前のように彼の頭を撫でた。ドキっとする貴信だが沙織は平然とご飯を食べ始めた。
(だから、そういうの、マズいんだが!!)
どんどんどんどん沙織に対する感情が揺らいでいく。貴信の肉体年齢は17歳なのだ。2つ下の少女に翻弄されるのは
どうも座りがよろしくない。
「ね、貴信せんぱい貴信せんぱい」
「なんだ」
沙織はフォークでマカロニを持ち上げた。
「マカロニって」
「実は中国生まれ!!」
ぐ……。沙織は少し涙ぐんだ。
「台本終わったあと図書室で雑学の本読んで仕入れたのに……」
「さ!! さすがにこの分野で負ける訳にはいかない!! いやもう本当ココで負けたら終わりだし!!
「マカロニ。一説によるとイタリアではなく中国にルーツがあるとか。かのマルコ=ポーロが持ち帰り、ローマ法王に献上した
ところ「マ・カロニ」……イタリア語で「おお、すばらしい」と述べたからその名がついた」
「そ! そうそう! それ……ってアレ?」
不意の声。栴檀貴信は振り返る。冷めた目つきの眼鏡少年がそこにいた。
「六舛先輩!!」
「あ。ああ……」
貴信は震えた。沙織はアセアセと両者を見比べた。
(そ、そういえば貴信せんぱい六舛先輩たちに呼び出されてた! 震えているのはきっとそれを思い出したから!!」
真青になった貴信は叫ぶ。
「マカロニ先に言われた!! この分野で負けた!!」
「ソコなの!!?」
肩や髪を逆立てるほど沙織驚愕。
ズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン
小札零は真白になって硬直していた。
演劇部員の声が響く。
「えー。ではくじ引きの結果、ヒロイン役は小札零さんで」
拍手が響く。小札は白いまま大粒の涙を瞳に湛えた。
その教室を覗きながら。
「アイツ、ヒロインになったのに落胆してるぞ」
斗貴子は無銘に話しかけた。
「母上はナレーション希望だったからな……。ところで看護師さん、用事とは?」
2人が振り返るとメガネを着た理知的な顔つきのナースが居た。斗貴子は二度三度、聖サンジェルマン病院で見かけた
コトがある。錬金戦団の関係者だ。
「単刀直入に言うわ。戦士・津村。総角主税にサンライトハートを使用させてもいいかしら? それから犬型のボク。アナタの
本当の両親が分かったわ」
2人は衝撃を受けた表情で立ち尽くした。
「ヒロイン……なぜに不肖がヒロイン……。桜花どのまひろどのヴィクトリアどの……見目麗しき方は他にもおられますのに
なぜに……なぜに……ヒロイン…………。うぅ。さながらコレは雑巾を黒板に飾るような晒し上げでありましょう……」
小札は真白なままブツブツぼやいた。
とりあえず食堂に移動する斗貴子と無銘。
入り口で、六舛と大浜、岡倉と貴信という珍しい4人組みとすれ違ったが特に言葉は交わさず遠ざかる。
138 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:55:42.67 ID:MlkyCdlt0
少し時が流れ。3人は机に座っていた。ナースが年下2名を迎え撃つような座り方だった。
「私も結論からいいますが……私は、反対です」
総角主税にサンライトハートを複製させる件だ。
「事情は分かりました。夏前に、カズキのヴィクター化を調査するため採取したサンプル。あれを総角に使わせれば、奴も
カズキの武装錬金を使えるでしょう。戦団がヴィクター討伐で疲弊している以上、戦力は1つでも多く欲しい。サンライトハー
トは使える者がいれば攻撃力は増すでしょう。それは分かります。戦士としては賛同すべきでしょう」
「けど……女性としては反対ってカオね」
ナースはさして怒った様子もない。細長いコップに入ったカフェラテをストローで吸った。窄まる唇を見た無銘はちょっとド
キドキした様子で視線を外す。
斗貴子は申し訳なさそうに視線を落とす。スカートの前で指を組みきゅうっと締める。
「サンライトハートは……私が名前をつけた武装錬金です。発動したのも私が核鉄を与えたから」
「子供のように思ってる?」。ナースの問いに斗貴子は否定も肯定もしない。それでも非常に大切に思っている気配を無銘は
察した。
(いわば武藤カズキとの絆の証。他者に複製されるのは好まない、か)
無銘は総角を師父として慕っているが、だからといって大事なもの総て彼に捧げろとは言いたくない。
「ホムンクルスが、散々私たちを引っ掻き回した総角主税が、カズキの武装錬金を振るって戦うのは、正直見たくありません」
「正論だわね。実際火渡戦士長も反対している。あっちはホムンクルスの戦力増強を危惧してだけど」
ナースは言う。戦士の中で自分の武装錬金を複製してもいいと申し出たのは全体の約2割に過ぎないと。あとは斗貴子の
持つ愛着や感傷か、火渡の持つ警戒と不信で、拒んでいるとも彼女は告げた。
「分かったわ。上層部からの命令だったけど突っぱねておく」
斗貴子は少し気色ばんだ。
「待ってください。上層部が絡んでいるんだったら、私なんか無視してもいいんじゃ」
「私ね、正直上層部(うえ)には腹が立ってるの」
「はあ」
彼方をにらみ語気を荒げるナースに斗貴子は気の無い返事をした。
「こちとら救出作戦前でてんやわんやしているのよ。薬や医療品の調達でほうぼう駆け巡らなきゃいけないわ医者や看護師
集めなきゃいけないわ金で動く病院と交渉して入院先確保しておかなきゃいけないわ、忙しいのよとにかく!」
若くて美人だが性格は少々キツいらしい。金切り声を上げ始めたナースに無銘は軽く震えた。
「そんな時に、どこから嗅ぎ付けたか知らないけど上層部の奴ら、武藤君から採ったサンプルを総角に使わせたらどうだ
とか言い出すのよ! いや別に提案するのは結構だけど何で私たちがやらなきゃいけないのよ! こちとら医療関係者
よ! 人治すための本分一生懸命貫いてるときに、専門外のしかも思いつきを何でやってやらなきゃいけないのよ!!」
「お気持ちは分かります。落ち着いて」
(スゴい。あの津村斗貴子が宥めてる)。無銘はビビリながらも感心した。
ナースの愚痴は止まらない。「事後処理班とかにやらせなさいよ何で私たちが」、口中でぶちぶちぶちぶち言っている。
「大体!」
机がたたかれた。ナースの瞳は憤怒の炎を宿していた。
「殺そうとした人の力を今になって使おうとするとかどうなのって話よ!? 私たちが苦労して集めた検査結果を救うため
じゃなく殺すための方便にしたのよ上層部は! 人を救いたい、生きたいって願っているまだ若い子を、殺そうとしたのよ!」
なのに今さらその武装錬金を利用しようとしている。熱を吹くナースに無銘はまったくそうだと内心喝采を送った。そういう
人道に悖る行為の片棒を師父たる総角に担がせるのもまた気に入らない。
「ボク分かってるようね。ホムンクルスだけど偉いぞ」
頭が撫でられた。キレイなお姉さんにそうされると少年心がきゅんきゅんする。小札にされるのとはまた違う。魚を生でむぐ
むぐする香美とは対極、知性を纏う「お姉さん」に褒められるとなんだか心がぽうっとなる。
「撫で撫でしたら落ち着いたわ。とにかく戦士・津村」
「はい」
「救出作戦が近いせいで、上層部から使える物は使えと打診されたけどそれはそれだけの話なの。あなたが、武藤カズキと
一番縁の深いあなたが拒むならそれはもう「使っちゃいけない」物なのよ。私は断っていいと思ってる」
ショートボブの影から小さな謝礼が漏れた。
ナースは結局、峻拒を貰うためやってきたのだろう。使わせたくなかったのだろう。
「ですが……やはりサンプルは総角主税に持たせて下さい」
139 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:56:18.80 ID:MlkyCdlt0
なっと目を剥いたのはナースだけではない。無銘また愕然とした。
「貴様、矛盾しているぞ。正直師父が嫌われるのは面白くないが、普段の挙動が挙動でもある。嫌われても仕方ないと思わ
ぬ訳でもない。……本当にいいのか! 想い人の武装錬金を託していいのか!」
「そうね。上層部は劇的な戦力増強を期待しているようだけど、あの認識票の特性上望み薄よ」
ナースは説明する。
「まず、複製できるのは旧型のサンライトハートなの。小型化した「改(プラス)」の方じゃない。あの認識票がDNAから複製
できる武装錬金は、そのDNA採取時点のものに限られる」
従ってヴィクター化が進行する以前に採られたDNAからは旧・サンライトハートしか複製できない。小型ながら状況に応じ
て大型化可能な、取り扱いやすい「改(プラス)」は少なくても聖サンジェルマンン病院供出のDNAから複製不可能。
「旧型にしても、DNA使用による完全再現はたったの5分。それ以降は劣化コピーとしか使えない。うまくいっても再現率は
80%程度。それは相性次第で半分にも1割にも成り得る」
習熟の問題もある。決戦までに使いこなす特訓をするのなら持ち込めるのは必然的に劣化コピーとなる。数日齧った程度
のそれが上層部の求める「大幅な戦力増強」となりうるか怪しい。
「ぶっつけ本番で100%完全に再現したとして本人並に使いこなすのは無理だ! 師父はああ見えて何度か失敗しないと
覚えないタイプなのだ! マレフィックどもとの戦いでは僅かな失敗が命取りになる。いきなりは危険なのだ!」
必ずしも託す必要はない。それがナースと無銘の一致した見解だった。元を正せば上層部の思いつきなのだ、実効性は
薄い、なのにいたずらに斗貴子の心をかき乱す提案……だから乗る必要はないと彼女らは言う。
斗貴子は俯いたままだ。
「それでも……反対するのは『私だけ』なんです」
「?」
「きっとカズキなら、迷うコトなく託すと思います。『不完全でもさ、ぶっつけ本番でもさ、それでオレの武装錬金が誰か助けら
れるなら……いいじゃん。いろいろ大変なんでしょ? 手は1つでも多い方がいいよ』とか何とか……お人好しなあのコは
笑ってサンプルを渡します。私の感傷も今言われつくしたような正論も一切合財無視して従って、愚かなのに笑うんです。
それが。それが…………カズキなんです」
自分よりも当人の気持ちを考える斗貴子をちょっと見直す反面、それでも無銘は納得できない。立場からいえば総角
サイドで、彼の手が増えるのは成程ひいては自分たち音楽隊の生存確率上昇にも繋がるだろう。
(だが、それでいいのか?)
かつて総角が初めて斗貴子と見えたとき、彼は期せずして『カズキとの別離』という辛い記憶を見せてしまった。無銘に
語ったところによるとそれはひどい後悔の1つらしい。
──「フ。流石の俺もああいう手段は好まない」
──「武藤カズキ……だったか。彼とセーラー服美少女戦士については踏み込んではならぬ領域があるようだ」
──「できるコトなら俺はもうそこには踏み入りたくない。誰だって触れられたくない場所はある」
(師父とて語っていたではないか。なのにサンライトハートを預けるのはどうなのだ。かつてホムンクルスよりこの街を守りし
希望の象徴たる突撃槍(ランス)をホムンクルスに託す……? 武藤カズキはともかく津村斗貴子の心は救われんだろう!)
すでに斗貴子はカズキに一心同体を破約され傷ついているのだ。深く深く傷ついているのだ。
そのうえ彼の意思を汲み、自身は一層傷つくという構図はどうしても見逃せないものがある。
無銘もまた兵馬俑の敵対特性で、斗貴子を傷つけたコトがある。その時の索漠とした、苦い勝利の味が蘇る。
(敵対特性は人の姿になれなかった我の歪みの投影。いまは二足で立っている。未だ甘んずる道理なしだろう)
昨晩打ち合った剛太を思い出す。彼はいけ好かない奴だが、それでも斗貴子のために戦っている。
傷ついた人間が居て、でも誰かはそれを治そうと必死に戦っていて、けれど前者2つを容赦なく傷つける存在も居て。
無銘は三番手になりたくなかった。なりたくないのに敵対特性で斗貴子や千歳、鉤爪の戦士といった戦士を…………
正心を以て戦う人間達を傷つけてきた。命は奪っていないし、状況や運命がそうさせた部分もある。
140 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:57:16.31 ID:MlkyCdlt0
(けれどやはり心底納得できる勝利ではなかった)
総角の借り。自分の正心。それらに適合した解決策を無銘は懸命に考えた。
「……貴様が」
斗貴子は顔を上げた。
「貴様が使うのはどうなのだ。師父が複製された物を、100%完全再現されたものを貴様が使う」
「……。現実的じゃないな。私にはバルキリースカートがある」
無銘の語調に何事かを感じながらも斗貴子の語調は暗い。
「現実的……だと? 話に聞く武藤カズキは現実とやらに縛られる奴なのか?」
煽るような物言いに(だが図星だからこそ)斗貴子が無銘を睨んだ瞬間、ナースはパンと手を打った。
「どうせバルスカは敵の懐に飛び込まなきゃ通じない武装錬金よ。そのブースター代わりにはなると思うけど」
「しかし……」
「ああもう!! 貴様は暴虐を極める癖にこういう場面になると途端に歯切れが悪いな!!!」
無銘はキレた。憤然と仁王立ちするやビシリと指差した。
「直接逢ったコトはないが、あやつが貴様を捨てるようなマネをし深く深く傷つけたのは知っている!! だったらその痛み
の僅かでも奴の武装錬金に負わせてやればいいだろう!! 心の臓とは直結しておらんのだ! 貴様はどうせまがい物だ
と師父の武装錬金複製を嘲っているだろうし好都合ではないか!! いくら傷つけようが武藤カズキそのものの生命には
何ら影響が無いのだ! だったらココまで負わされた傷の分だけ戦いの痛みを肩代わりさせてやれ!! 貴様は強いのだ!
とっとと胸の黒々を降ろし復調しろ!!」
「貴様……」
ギャンギャン喚く犬型に斗貴子は歯噛みした。
「黙って聞いていれば言いたい放題! ホムンクルス如きに私の気持ちなど分かるか! 分かられてたまるか! そもそも
貴様らホムンクルスがいるからカズキは死んだし戦いに巻き込まれた!! 偉そうに説教しやがって!! できる立場か!!
だいたい今さら劣化コピーに八つ当たりしたって空しいだけだ!! それでカズキが帰ってくるわけでもなし、ホムンクルス
にサンライトハートをパクられるだけ損だ丸損だ!! あと桜花と似たようなコトいいやがって! 不愉快だ!!」
こうなると売り言葉に買い言葉である。かねてより抱いていた不満、音楽隊との共闘に対するストレスが大爆発した。無銘
は無銘で基本子供だから、自分の好意が踏みにじられたように受け取り逆上。喧々諤々の口論に発展した。
「ハイハイ。ボクたち口喧嘩はそこまで」
3分後、両者の声が涸れてきたのを見計らいナースは平然と目を瞑りつつ仲裁。
肉体疲労を利して仲裁を成功させるあたり流石医療従事者である。
「私としてはサンプルさえ総角に預ければいいわ。上層部への良い訳の手間は省けるし。第一使い方までは指示されて
いないもの。戦士・津村が持とうと構わない」
「だから私は処刑鎌だけで」。なおも言い募る斗貴子の口に手が当てられた。
「ちなみに、あなたがダブル武装錬金を発動した状態で複製版のサンライトハートを手にしたら、結構な破壊力を生める
んじゃないかしら」
斗貴子はちょっと両目を揺らめかせた。
(……。その場合、手数は9。…………『9方向』を同時に攻撃できる)
言葉が、去来する。
──「九頭龍閃……もりもりさんが最も得意とされる飛天御剣流の技。斗貴子さんどのなら必ずや使いこなせまする!」
昨晩、音楽隊の面々と交わした他愛のない話。
──「確かに……8本の処刑鎌なら同時攻撃は容易い。それを剣道型の斬撃でか……。確かに、理に叶っているというか殺傷
──力も高そうだが…………しかし残る1つはどうする?」
──「ご主人言ってるじゃん。『何か刃物の武装錬金を借りればいい』って」
クロムクレイドルトゥグレイヴ。ソードサムライX。
それらのピースがしっくり嵌らなかった欠落に……手応えが来る。
(サンライトハート……突撃槍(ランス)も『刺す』限りは刃物)
防人はカズキへの敗北を機に新たな技を編み出そうとしているらしい。
剛太も筋肉や重力の使い方を学習し、戦力向上に努めている
秋水に至っては、行住坐臥の総て剣の境地へ繋げていく。
桜花すら過酷な射撃の訓練に重視しており確実にレベルアップ中だ。
141 :
永遠の扉:2014/04/18(金) 23:58:05.35 ID:MlkyCdlt0
(私も……切り札を持つべきなのか?)
──「桜花は言いました。私もまた。まひろちゃんたちの『日常』だと。彼女たちの生活の一部だと」
──「それを守るため死を避けます。怒りに任せていればどうなるか、早坂秋水が自身に照らし釘を刺しましたから」
(死を潜り抜け、人々を守り抜き、桜花がいうように『日常を預けた』カズキを取り戻すためには)
力が要る。
鐶や総角をも凌ぐ敵がひしめくレティクルエレメンツと戦って生き延びるには。
力が要る。
(だがそれを総角から……ホムンクルスから借りる是非はどうなんだ)
鐶との連携にさえ悩んでいる斗貴子なのだ。思い出深い武装錬金をいけすかない総角に複製され、かつそれに縋るような
マネにはやはり抵抗がある。
生きる為、行き場のない憎しみは持たないよう心がけている斗貴子だが、実際に見て、記憶に灼きついた光景は決して
ホムンクルスを肯定させるものではない。
傷つけられた人間が居て、でも誰かはそれを治そうと必死に戦っていて、けれど前者2つを容赦なく傷つける存在も居て。
ホムンクルスとはその三番手なのだ。許されるものではない。音楽隊は自前の食料で人喰いを避けているというが、心底
信じる気にはならない。
(戦士がホムンクルスと馴れ合うようになれば、力なき人たちは本当に何も信じられなくなる)
剛太や桜花なら総角をただのコピー機程度に見なして上手く利用するだろう。
防人や秋水なら総角個人にのみ帰する一種の敬意を払い取り扱うだろう。
カズキがいれば驚くほどの気楽さで肩を押すだろう。
何だかんだでパピヨンと仲良くやってる少年だ、総角が人を苛まないと知るや複製能力を物珍しがりサンライトハートを
作らせて、「お揃いだね」とばかり斗貴子に持たせてはしゃぐだろう。
(答えは出そうにないな)
ナースも同じ結論に達したようだ。「総角主税がサンライトハートを使う状況が来るとも限らない」。杞憂だと言いたげだ。
「総ては状況次第なのだ。師父が複製され、且つ、貴様が真に守りたい物が転がっているのなら使えばいい」
無銘は相変わらず皮肉気だ。
「まあ、出し惜しみゆえの犠牲を出し生涯悔いたいのならば別だがな」
憎まれ口を叩いているが、斗貴子は少し気付く。冷静さを取り戻すと記憶の言葉が違って聞こえる。
「……」
少し瞳の深奥を揺らめかせ息を吸い、言葉を吐く。
「言っておくが私は生ぬるい物言いを返せないからな。期待するなら声を掛けるな。そうすれば作戦前だ、人々を苛まない
限り私からは仕掛けない」
無銘はムっとした。ナースは無表情に語った。
「ハイハイ。お礼を言いたいけど馴れ合い嫌いだからどうしても言えない、優しくされてもキツい返事しかできないから好意
で何かいうのはやめて欲しい……そう言いたい訳ね。でも何となく配慮には気付いたから以後イチャモンつけるのは自重
する、と」
ツンデレか、それも男の。淡々というナースに斗貴子は「なっ」と呻いたきり言葉を失くした。
「?? ツンデレって何なのだ?」
「ボクみたいなコのコトよ。というかボクへの話まだだったわね」
無銘の身が固くなった。
「我の……本当の両親のコトか」
「そう。戦士である可能性が極めて高いわ。父は釦押鵐目(こうおう・しとどめ)。母は幄瀬みくす(あくせ・みくす)」
かつて音楽隊が連行されたとき、総角は無銘の両親について調べて貰えないか戦団に具申したらしい。
幸い、無銘が生まれた10年前の決戦において戦団は勝利を収めていた。
「我の生誕地……いつぞやの龕灯で見た。恐らくあれはレティクルの当時のアジト」
「調査の結果、囚われていたボク……鳩尾無銘君のお母さんがホムンクルス幼体投与後、死亡したのが分かったの」
死亡、という単語に無銘は一瞬立ちすくんだ。辛うじて信じていた何かを壊された、そういう表情だった。
「その母親が幄瀬みくすという戦士か」
「断定はできないけど、高確率ね。そして彼女は妊娠していたし結婚もしていた。その夫こそ釦押鵐目」
会話に加わった斗貴子はふと首を傾げた。
「さっきから聞いていると、可能性が高いとか断定はできないとか歯切れが悪いな。他に何かあるのか?」
「石榴由貴先輩」
耳慣れない単語に一瞬小首を傾げた斗貴子と無銘だが、氷解とともに短く叫ぶ。
「それって確か」
「ああ。昨晩風呂に入ったとき、戦士長が話していた。声が丸聞こえだった」
──「むかし戦団にブラボーな検死官が居てな。火渡や他の戦士たちと一緒に何度か講義を受けた」
──「石榴由貴。知ってるか?」
「彼女は何か掴んでいたようよ。10年前の決戦後、どうしても腑に落ちない点があるって周囲に漏らしていた」
「じゃあその石榴っていう戦士に聞けば──…」
意気込む無銘だが、ナースは首を振る。
「先輩はもう、死んだわ。10年前の決戦の後しばらくして変死体で発見された。事後処理班の調査によれば、自殺らしいわ」
「じゃあまさか、押収したって資料も……」
「ほぼ同時期、消されていたわ。釦押・幄瀬両戦士のDNA情報ともども」
ナースが答えると斗貴子と無銘は黙り込んだ。非常にキナ臭い雰囲気を嗅ぎ取った。
「というか、10年前に資料がなくなったのにどうして今回分かったんですか? この、鳩尾無銘の両親のコト」
「聞き取り調査よ。当時を知る戦士たちや、レティクルから押収した資料を読んだ事後処理班への」
「成程な。資料はなくともその時代生きていた者たちの記憶は残る。情報の純度は落ちるが……我が母胎の顛末は酸鼻ゆえ
語り継がれる、か」
前髪に表情を押し込めながら無銘は寂然と呟いた。
「ただ、あくまで確率が高いという話よ。DNA情報が失われている以上、遺伝子鑑定で実の親子かどうか調べるのは不可能
に近い。両戦士の親族からDNAを採り判別するって方法も無くはないけど、救出作戦に間に合わないのは確かね」
ナースは言う。すぐに真実は分からない、と。
「石榴先輩のコトもある。第一、鳩尾君をホムンクルスにした幹部2人は鳩尾君の両親について直接言及した訳でもない。
覚悟して。これからの戦いの中で思わぬ真実が出てくるコトを」
医療関係者らしく、調査結果の孕むあやふやさをも説明するナース。斗貴子は考える。
(レティクル側の資料を詳しく調べれば何か分かりそうだが、10年前消されたとあれば調べようが無い)
それを読んだという事後処理班たちが一言一句総て正確に覚えていれば検証のしようもあるのだが、実際問題無理だろう。
釦押鵐目。幄瀬みくす。
彼らが、人間としての無銘の両親なのかどうか斗貴子には分からない。
(石榴由貴って検死官は何を掴んでいたんだ? 検死官というぐらいだから幄瀬みくすは調べた筈だ。そして戦士長がブラボー
というほどの腕を持ちながら「腑に落ちない」点を見つけた。私が彼女の立場ならどうする? 決まっている。レティクルの資料を
読む。どういう殺され方をしたのか、どういう環境に置かれていたのかまず調べる)
けれどそれでも払拭できぬ「違和感」があったからこそ、彼女は周囲にいろいろ漏らしていたのだろう。
(何だ? その違和感というのは……何なんだ?)
資料さえあればそれが分かりそうなのに、ない。斗貴子は歯がゆかった。無銘の出生を解き明かしてやる義理はないのだ
が、それでも生まれに不審な点のあるホムンクルスが傍にいるのは落ち着かない。
「ところで我の父親……と目される釦押鵐目とかいう戦士は?」
「行方不明よ。戦士・幄瀬の死亡後からずっと行方不明」
無銘生誕を取り巻く黒い霧がいっそう濃くなるのを2人は感じた。
そして。津村斗貴子も鳩尾無銘も気付かない。
釦押鵐目という元・戦士が。
顔も体型も変わり果てた細菌型ホムンクルスに生まれ変わっているコトを。
リヴォルハイン=ピエムエスシーズと名乗り既に銀成学園を訪れているコトを。
いまはまったく気付けない。
以上ここまで。
143 :
ふら〜り:2014/04/19(土) 16:00:23.03 ID:T27yboLU0
>>スターダストさん
>普段の挙動が挙動でもある。嫌われても仕方ないと思わぬ訳でもない。
この客観的な分析は流石。で今回は原作のメインヒーロー・ヒロイン(の武器)による九頭龍閃
に注目。映像的にも良さそうだし、これは実現に期待。期待といえばしばらく見せ場のなかった
小札のヒロイン役にも期待。発声は得意だから、演技も苦手ではなさそう。総角たちの感想も楽しみ。
144 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:46:06.76 ID:A2p4IoH30
栴檀貴信が正体と事情を話し終えると、大柄な少年……大浜真史はホッとため息をついた。
「つまり、人間じゃないけど、悪い人じゃないんだ」
だから言っただろ、斗貴子氏が見逃してるんだから。大きな肩の後ろで六舛孝二は事もなげに呟いた。何やら文庫本を
読んでおり関心の薄さが丸見えだ。
「そうはいうけど、頭の後ろに顔があったら普通にビックリするよ」
「すまない!! なるべく髪で隠すようにしているんだが!!」
いやこっちも騒ぎすぎた。大浜は頭を下げた。大柄だがずいぶん気弱……貴信は少し似たものをかんじた。
「人間とかそうじゃないとかそんなんは重要じゃねえだろ!!」
気炎を上げたのは岡倉英之。一般的に「リーゼント」と呼ばれる髪形をしているから、大人しい、文化系の貴信としては
怖くて怖くて仕方ない。カズキの友人3人を恐れている理由の大半は岡倉がいるからなのだ。
「なにが問題なんだ岡倉?」
冷めた声で六舛が問う。喧嘩中なのかと貴信が心配するほど冷徹な反応だが、どうもそれが当たり前のやり取りらしい。
「貴信と香美ちゃんが分離して元の体になりたいって分かるし応援してえよ! けど、そしたら香美ちゃんはどうなっちまう
んだ!!」
「どうって……貴信君が言ってたでしょ。元通りネコになるって」
「というか自分でいま言っただろ。元の体になりたいの分かったとか何とか」
「いーーやーーだーーー!! そしたら今のボンッキュッボン! な香美ちゃんがいなくなっちまうううううう!!」
頭を抱えて大きく仰け反る岡倉に香美は「しゃーっ」と吹いた。
『あんたうっさい!! あたし疲れんての!! 走ったりヘンなペラペラやったりで眠いしだるい!!』
「あ、悪い香美ちゃん。起こしちまったか」
真顔になり声を潜める岡倉。
(……)
貴信は少しショックを受けていた。
(そうか……。元の体に戻るってコトは、香美が元の子ネコになるってコトは……)
いまの香美が居なくなる、というコトだ。
(中村氏のお嫁さんには……なれないのか)
元々ネコだし戸籍もないし、そもそも先方にそのつもりがないから実現の可能性は薄い。分かっていたから、衝撃という
ほどのコトはない。
ただ、この7年ですっかり香美を「人間」のように思っていた貴信だから、岡倉の指摘には心揺らめくのだ。
(元に戻るだけさ。元に……)
言い聞かせてみるものの、どこか寂しい。
「しかし……同じDNA使ってるのに本当違うよな。貴信と香美ちゃん」
「よ! よく言われる! 香美は僕の母親似なんだ!!」
「ああ。なるほど。貴信君のDNAに含まれるお母さんの遺伝子で色々女のコしてるんだ」
「貴信は父親似だからな。まあよくいる似てない兄弟って奴だな」
「カズキとまひろちゃんもあんまり似てないしな」
「秋水先輩と桜花先輩が似すぎなんだよ。二卵性なのに」
ガヤガヤ。岡倉たち3人が話し始めた途端、貴信はひどい疎外感を覚えた。
(やばい!! 慣れないグループ特有のアレだ!! すでに出来上がっている人間関係だけいつもどおり回転し、新参
者たる僕ひとりが蚊帳の外というアレだ!! 関係構築の救いの手が伸びてくるのを待ってるのに何も来ず、終了時間
とか終業時間までずっと黙っている悪いアレだ!!)
焦っていると、肩がポンと叩かれた。振り返ると六舛がいる。先ほどまで視線の先にいた筈の彼が突如背後にいるの
はなかなか怖い。後ろに張り付いている香美はそういう恐怖を見張るのに最適だが、どうも今は知恵熱で寝込んでいる
ため見逃したらしい。
「あ、あの」。もじもじとする貴信に冷たい声がかかった。「芸をしろ」
「え?」
「だから芸をしろ。ほら、豆知識とかいっぱい持ってるだろ。言え」
「ととととというが貴方の方がむしろ色々知っているような!!」
さきほどマカロニの披露を先取りされたコトもあり貴信の歯切れはどうも悪い。
「というけど、大浜は少し人見知りだし岡倉は慣れるまで絡み辛いぞ」
黙っていてもどうにもならない、言外にそんなニュアンスを混ぜる六舛。
(う……)
輪の中に入れといわれても、長年の失敗ゆえに尻込んでしまうのが貴信だ。言い換えれば、どうせ失敗するからしなくて
いいとどこかで思っているし、もっと厳密にいうなら、本当の意味での失敗はほとんどなく、むしろ、勇気の無さゆえ数多くの
好機に乗り損ねてきたという方が正しい。挫折というよりは頓挫、それも進捗率0.1%時点での頓挫というか中断に彩られて
いたのが人間貴信の青春だ。
(……でも)
総角の言葉が蘇る。
145 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:46:54.94 ID:A2p4IoH30
──「弱さゆえに節義と正しさを守らんとするお前はその美点を知られさえすれば確かな信頼を得るコトができる。自信を持て。
──たまには心を開いてみろ。人間だった頃とはもう違う。いまは仲間を、俺を頼れる。ヘマをやっても庇ってやるさ。頑張ろう。
──俺たちと共に、楽しい学園生活のために」
沙織にいろいろ謝り、それなりに話ができるようになったのは、きっとこの言葉のせいだろうと貴信は思う。
自分とは対極で、積極的にいろいろな人間と関わりを持ち、自信たっぷりに沢山話ができるのに友達はゼロの総角。
(どうしてあの人は……あんなに社交的なんだろう。どれだけ頑張っても友達ひとりも作れていないのに……!!)
(いやご主人。それってもりもりが、単にさ、くーき読めてないだけじゃん)
精神世界で香美はジト目をした。いちいち部下にディスられるリーダーである。
(でも!)
貴信の心に火がついた。
(友達1人も作れない人でも自信たっぷりに生きるコトはできるんだ! 誰とはいわない!! ああ、誰とはいわないが、
僕はそういう人を……知ってるじゃないか!!)
(……ご主人。それ多分もりもりのしたかった励まし方とちがう。絶対ちがう)
貴信は勇気を貰った。ときどき「秋水と友達になりたいなあ」とか寂しそうに呟いている総角から……勇気を!
「岡倉氏! あなたの髪型はリーゼントじゃない!!」
「何い!! どっからどーみても前髪がでっぱってるこの髪型はリーゼントだろうが!!」
意を決し叫ぶ貴信に岡倉は驚愕。
「本来のリーゼントは両側の髪を後頭部でぴったり合わせるものだ!!」
「じゃ、じゃあ岡倉君の頭ってなんなの?」
大浜はどぎまぎしながら問う。
「ポンパドールだ!! 元は女性貴族の髪型! フランス国王ルイ15世の愛人の髪型だ!」
「成程。ポンパドール夫人か」
「そう!! なのにリーゼント呼ばわりされているのは、1950年代の日本でリーゼントとポンパドールを混ぜた髪型がは
やったからだ! そのまま名前も混同されリーゼントと呼ばれている!」
「という訳だポンパドール。今日も立派なポンパドールじゃないか。お前ほどポンパドールの似合う男、俺は他に知らないぞ」
「いーやーだ!! これはリーゼントだよ!! リーゼントなんだよお!!」
驚愕の表情で両掌を上に向けワナワナと震える岡倉。「オレのアインデンディディーが、アイデンティティーが!!」大声
を上げていると香美が「うるさい!」と怒鳴るのでますます彼は追いつめられた。
数分後。
「貴信テメー、なんかエロい知識を言え!」
「えええ!?」」
「えええじゃねーよ! お前のせいで俺はエラい目にあったんだぞ!!」
大迫力のリーゼント……もといポンパドールを揺らめかせながら迫る岡倉。エラい目も何もちょっと六舛にポンパドール
ポンパドールと連呼されただけではないか。
「エ、エロい豆知識ってそんな」
流石に持ってないよ、大浜が取り成す。
「植物も受粉の時に濡れるとか、ナプキンやタンポンは奈良時代にはもうあったとか、日本で作られるコンドームのおよそ
半分が自動販売機で売れているとか、東海道中膝栗毛の弥次さんと喜多さんはホモカップルとか、男性のシンボルも
骨折と似たケガをするとか、ルソーはマゾで強姦未遂の逮捕歴があるとか、「甚だしい」の「甚」って文字は男女の交わり
が元とか……そんなのしかないけど……」
「あるんだ!?」
「パッと出てくるあたりスゴイな」
友人2人が驚く中、岡倉だけは厳しい顔で貴信の肩を掴んだ。
「てめえ!」
「す!! すまない!! ご期待に添えなくて!!」
「話せる奴じゃねえか!!」
「ええええ!?」
直接的なエロスがないにも関わらず気に入ったらしい。岡倉は肩を組み「ヨロシクな」と告げた。
(友達できたのコレって? どうなの!?)
貴信は嬉しい反面、戸惑う。
146 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:48:01.02 ID:A2p4IoH30
「あの……不肖がクジにて務める定めをば授かりましたヒロインとはどのような役で?」
「中世のね、隣国のお姫様!」
小札の問いに、スタイリスト……沙織は答えた。
「で、でしたらなぜにこのような格好を」
「恥ずかしがらない恥ずかしがらない。可愛いよー」
ナレーション役を毒島に取られ落胆中のロバ少女は姿見を見るやいっそう頬を染めた。
彼女は、黄色のネコミミパジャマを着ていた。袖が余るほどだぶだぶした長袖長ズボンに……ネコミミフードが小柄な肢体
を可愛らしく彩っている。
「お姫様がなぜにネコミミ!!?」
「寝室でくつろいでる場面に必要なんだよ。あ、ちーちんや貴信せんぱいのせいじゃないよ。私の独断!」
「きゅう……」
泣きながら、渡された手袋を嵌める。マンガチックな肉球がもふもふと縫い付けられている。
「では時間がないので台本読み! 鳴いて小札先輩! にゃあだよ!」
「…………」
大きな瞳を潤ませる。沙織は許してくれそうにない。観念したように視線を外し……
「にゃ、にゃあ…………でありまする」
「いいにゃあ頂きました!! それじゃ次は肉球こっちに向けて構えながら鳴いてみて。甘えるように!」
「にゃ? にゃああ……。にゃあ〜〜……なのです」
「驚いたように!」
「ニャアッ!?!」
「じゃあ次はベッドに四つん這いになってお尻をこっちにクイっと突き上げて斜め45度に振り向きながら切なげににゃあ!」
「ううう!! ナレーション! 不肖はナレーションがしたいのであります…………!!」
流石に最後のは恥ずかしくてできず涙する小札であった。
防人のところにいった秋水は、やられ役たちと殺陣について打ち合わせをした。
いうまでもなく、主役である。周囲の強い推挙を受けながらも、くじでの配役を強く進言した彼は、まったく強運、見事主役
を引き当てた。余談だが斗貴子は小札こと隣国の姫を攫うライバル……邪悪な騎士をゲットした。これも本人はくじでの配役
を(略)見事に引き当てた。
「いいだろう。色々モヤモヤしているからな、ここらで徹底的に暴れてやる」
俯いて前髪の影で表情を隠しながら不気味に笑う彼女の反応に、周囲は期待半分恐怖半分といったところだ。
「ハハハ!! ハハハ!! 加減なんかしなくていいぞぉ!! 殺すつもりでかかってこい!!」
「押忍!!」
10人からのやられ役が飛び掛っては素手でいなされ吹っ飛んでいく様は壮観だった。
「……大丈夫なんですか津村は」
「ああ。彼女なりに楽しんでるようだし大丈夫だ。みんなの方もな。吹っ飛んでいるが、あれは演技だ」
「でやああああああああああああああああ!!!」
180cmはある男子生徒を片手で持ち上げたまま吼える斗貴子。支点はみぞおちだった。手首から先をめりこませたまま
軽く40cmほど浮かべている。支点の反対側、つまり男子生徒の背中のある一点から円状の衝撃波が、内から外へ波紋
のようにいくつもいくつも広がっていく。裂帛の気合が轟くたび男子生徒は痙攣した。四肢もまた不自然な方向に踊り狂う。
やがて咆哮が終わると、波紋の中心点から円錐状の衝撃波が突き抜けた。
手を振りぬく斗貴子。男子生徒は飛んだ。軽く25mは飛んだ。
「あの……」
「演技だ」
防人は断定した。
秋水は思う。演技だというならなぜ決死の表情で生徒を追いかけキャッチしたのだろう。床板を踏み抜いてまで……。
「悪い。力加減を誤った」
慌てて防人たちに合流し頭を下げる斗貴子。男子生徒はいいよいいよ手を出して笑った。
「ブラボーがいると安心して吹っ飛べますからドンドン来て下さい!」
ほかのアクション担当たちも声をそろえた。
「殴り飛ばされたやられ役がドンドン舞台の上から消えていくとかカタルシスじゃないですか!」
「お客さんも喜びますよ!!」
「青タンできますけど、その痛みがなんだか燃えるんです!!」
すっかりみんな爽やかだった。白い歯を見せて楽しそうに「ああ殴って欲しいこう殴って欲しい」とか述べている。
147 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:48:31.96 ID:A2p4IoH30
「あ、斗貴子先輩。練習終わったら一緒に食事しませんか!」
「オレたちブラボーと一緒に打ち合わせするつもりなんですよ!」
「ブラボーはウマカバーガーが好きらしいんですよ! 可愛いですよね!?」
「あ、ああ。考えておく」
斗貴子がだんだんグッタリしていくのが目に見えて分かった。
「ああそうだ。ところで2人ともちょっと大道具の所へ行ってくれないか。アクションで壊す用の物、色々作って欲しい」
防人から目録を預かり大道具の元へ。
「大丈夫か?」
廊下で問う。言葉少なげに肯定が帰ってくる。
「しかし……あのコたちすっかり戦士長に懐いているな」
「人を育てるのがうまいからな」
分かる。斗貴子は生真面目に頷いた。
「まだ30にもなっていないのに、戦団では名トレーナーの評判が高い。実際私だって戦闘の手ほどきは受けた」
「武藤を育てたのも戦士長という。彼が短期間で俺の倍伸びたのは、姿勢や意欲も大きいが、何よりあの人が指導役だった
からだろう」
ショートボブの少女に揺らめきが生じたのを見て、思わず秋水は謝った。
「気にするな。割り切れない気持ちもまだあるが、生きてそれをどうにかしようと思ってる」
「生きて、か」
秋水は少し考え込んだ。斗貴子は昨晩に比べ余裕を得たようだ。桜花からも落ち着いたとも聞いている。だからふと、防人に
について聞きたくなった。長い付き合いだ、何か知っているかも知れない。
「ところで、戦士長も悩んでいるらしいが」
「知っている。新技……重ね当ての開発に難航しているのも含めて知っている。……自分もいっぱいいっぱいなのに、私のコト
を気遣うんだから……。本当、お人好しだな…………」
「俺に何かできるコトはあるだろうか」
斗貴子は横目でちょっと秋水を見てから黙った。
「私もあの人に何かしたいとは思っている。けれど付き合いが長いのに未だ分からない。できるとすれば結局は生きるコトだけだ。
子供を死なすのが嫌いだからな。この街に来てすぐ部下を……LII(52)の核鉄の戦士を亡くしてもいる。これ以上の被害が出ない
よう務めるコトでしか私はあの人に報えないと考えている」
明確な答えではないが、否定もない。以前何かあるたび秋水を咎めていたのを考えると、格段の進歩だろう。
さらに斗貴子はいう。
「助力したいと考えるのは勝手だが、局面を見てすべきだ。キミの武装錬金は搦め手に弱い。相手を見誤れば却って戦士長
を苦しめるコトになる」
「成程」
曲解すれば「でしゃばるな」と言われたに等しいが、しかし秋水は感心した。生真面目な性分だから、「戦闘で防人を助ける」
コトしか考えていなかった。それが却って事態の悪化や防人の悲嘆を招くとは思いもよらぬ指摘だが、まったくもって筋の通った
理屈である。
「前に出るのも場合によりけりか」
「そういうコトだ」
秋水は初めて斗貴子が先輩なのだなと気付いた。年齢こそ同じだが、戦歴においては遥かに先達だ。実力以外の事象が
生死を分かつ戦場の鉄則を知り抜いているようだった。
「……質問に答えてやったんだ。キミも私の問いに答えてくれてもいいだろう」
「答えられる範囲であれば」
少し壁が薄くなった気がして秋水は微笑した。
「総角主税の九頭龍閃。私はあれについて調べたい」
とここで言葉を切り、手短に理由を述べる。
「W武装錬金とサンライトハートでアレを……か。確かに突進力や機動力、破壊力とも申し分ないな」
「だが私は現物を見たコトがない。昨晩戦士長相手に改良型を試したそうだが、その時私は若宮千里の部屋にいた」
「分かった。俺から総角に聞いてみよう。サンライトハート複製の件も含めて」
「あ、秋水」
顔を見るなり総角は嬉しそうに笑った。
(素だ。素で返してきたぞ)
148 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:49:14.84 ID:A2p4IoH30
(……よほどキミと友達になりたいらしいな)
唖然とする秋水と斗貴子に色々気付いたのだろう。「フ! フ!」と咳払いする総角。
「フ。ようこそ我が工房へ。そろそろ防人戦士長どのからアクションで壊す大道具の目録を預かってきたと見たが…………
外れかな?」
背景でバラを咲かせて麗しく問う美丈夫に黄色い声がそこかしこから上がった。
「ま、まあ合ってはいるが」
言われたとおり目録を渡す。さっと目を通した総角は自信ありげに微笑んだ。
「ところで総角。別口で話が──…」
教室を出て廊下で話す。
「フ。理解した。サンライトハート複製の件はそちらのセーラー服美少女戦士の裁量に任せよう」
かつてアリスで悪夢を見せた借りがあるからな。そんな謝罪をしかし悪びれもせずやってのける総角に斗貴子は大変
不服そうだ。(サンプル含めお前の物でもなし、なんでこうも偉そうなんだ)、そんな囁きさえ秋水は聞いた。
「九頭龍閃の方はどうするんだ総角」
「飛天御剣流の継承者でもない俺が他に向かって伝授する是非はいろいろあるが……。フ。今は火急の時、人を救うため
とあらば伝播させるに吝かでもないさ。元は人々を時代の苦難から守るための剣…………歴代の比古も緋村抜刀斎も
泉下で納得するだろう」
勿体つけた様子の総角。秋水が忙しない気分になったのは、斗貴子の短気を鑑みたからだ。長い前口上は好まぬ少女だ。
「さっさと教えろ」。そんな喧嘩をふっかけそうなので先んじて言う。
「では、さっそく技の方を──…」
「フ。もう見せた」
「何だと
斗貴子を見る。少し目の色が変わっていた。
「ウソじゃない。喋っている間に……前から2回うしろから2回、超神速の総角が私を通り過ぎた」
「……」
やっと剣風らしきものが髪を揺らした瞬間、銀成学園生徒会副会長はじっとりと汗ばんだ。
(剣を持っていないとはいえ、まったく気配が感じられなかった)
そういえばと思い出す。昨晩、九頭龍閃・極なる新技の糸口を見せていた総角の姿を。彼はどうやらあれからも鍛錬した
らしい。
(俺との再会のときも出し抜けにしていたな。どれだけ好きなんだ九頭龍閃)
「とにかく、身の入れ方や突進の仕方は分かった。腑に落ちない点があるとすれば──…」
「フ。あるとすれば?」
目を瞑り得意げに反問する音楽隊リーダーに斗貴子は眉を引き攣らせたが務めて静かに言う。
「九頭龍閃っていうのは突進技……で合ってるな?」
「ああ。そうだ」
「9発目は刺突…………突進力に任せて相手を貫く」
斗貴子は頷くと、不思議そうに聞いた。
「じゃあ何で私をすり抜けたんだ?」
「え」
「え」
男2人が間の抜けた声を上げる。
「3度目にやっと気付いたが、総角は攻撃後私の真後ろに居た。けどおかしいだろ。相手に向かって突進する技なのに、
ぶつかりはせず、しかし仕掛けた後すぐ真後ろに現われる。……一体どういう原理なんだ?」
「総角」
秋水の反応は早かった。自分は使えないから分からないという顔で、振って湧いた難問を丸投げした。
「…………俺にだって、わからないコトぐらい、ある」
「いや、分からないじゃないないぞ! 不完全なまま使って敵を仕留め損ねたら私の方が死ぬんだぞ!」
「仕方ないだろ! なぜだか使うと勝手に相手の背後にワープしてるんだよ!!」
「勝手にって! そんなあやふやな技によく命を預けられるな!!」
「落ち着け津村。単にすれ違っているだけかも知れないだろう」
「でも私は見たぞ! 私を中心にキレーに壱から玖までの数字が浮かんでいるのを!! あれ全部通そうと思ったら真正
面から斬りかかるしかない! すれ違い様じゃムリだしよしんばやれても威力が下がる!!」
149 :
永遠の扉:2014/04/20(日) 17:49:58.06 ID:A2p4IoH30
「フ……。確かに剣術において体のバランスは重要…………すれ違いで9発総て一撃必殺にするのは難しい。体のあちこち
がブレるからな」
だから真正面から行く他なさそうなのだが、そうなると「なぜぶつからずにすり抜けるか」よく分からない。
余談だが、緋村剣心への奥義伝授のシーン(弟九十六幕)では彼と師匠、すれ違っているように見えるが……。
「まあアレだ。使えば自動的に相手の背後へ行く。超神速の世界はいろいろ複雑なのだろうさ」
「納得いかない……」
斗貴子は目を尖らせるが、なるものは仕方ない。
「それよりもだ。フ。バルスカとサンライトハートで九頭龍閃とかすっごいワクワクするんだが」
「ワクワクって。君……」
俄かに落ち着きなく微笑する総角に秋水は呆れた。
「フ。いっそあの新人戦士からモーターギア借りて足につけるってのはどうだ?」
「機動力は増すだろうが……そうなると剛太は丸腰だぞ?」
「ついでに俺の複製したニアデスハピネスを背中につける!」
「もっと早くなるだろうがお前が複製したパピヨンの武装錬金とか正直すっごいイヤだぞ!! 2倍どころか2乗で!」
「総角」。真剣な青年の声に斗貴子は声を張り上げる。
「ほら! ふざけるから早坂秋水が──…」
「戦士長からシルバースキンを借りれば防御も恐らく完璧だ」
グッ。サムズアップが交わされる。総角は目を不等号にして、秋水は生真面目なままで。
何事か通じたらしい。
「キミたち……」
ゲンナリする斗貴子をよそに、総角、どこからか取り出したスケッチブックに筆を走らせ、
「フ。つまりはこういうコトか」
上手に絵を描く。見た斗貴子はますます肩を落とした。
シルバースキンがバルキリースカート8本を生やし、サンライトハートを構えている。
踵にはモーターギア。背中からは巨大な蝶の羽。
「これが津村の最終形態……」。生唾を飲む秋水へ怒号が飛ぶ。「違う!!」。
「ええいゴテゴテしすぎだ!! だいたいコレ戦士長でも成立するだろ! 私でやる必要あるのか!?」
「フ。だが空は飛べるさ」
「飛べるから何だ! お前それ、何だかいい感じのフワっとしたコトを言いたいだけだろ!」
「フ。飛ぶだけにフワっとか。うまいな」
「黙れ!!!!」
怒鳴る斗貴子は秋水を見るや青ざめながら赤くなる。器用な顔芸だった。
「ち! 違うぞ! たまたまなんだ! うまいコトいったつもりはないからな!!」
気のない返事を秋水がもらす間にも斗貴子はドンドン羞恥を怒りに変換する。
「そもそもこうやって戦力を一極集中させるのは得策じゃないんだぞ! これだけやって負けたら私の核鉄のみならず剛太
たちの物まで奪われる!!」
「だが2人ともいえば喜んで貸すような……」
まさか、といいかけて斗貴子は息を呑む。
──「先輩がそれで強くなれるんなら喜んで!」
──「ブラボー! 戦士・斗貴子は無敵だぞ!」
(やりかねない……)
特に防人は全員の力を1つにとかいうノリが大好きそうだ。
「フル装備は男のロマンだ。……フ」
「俺も少し見てみたい。サンライトハートで加速してモーターギアで加速してニアデスハピネスで加速したら恐らく」
「光速を!」
「超える!」
頷きあう馬鹿2人に「んなわけあるかあ!」、力の限りツッコむ斗貴子であった。
「というか何でサンライトハート描けるんだ! 戦団がサンプル寄越すってコトは使えないってコトだ! 使えないってコトは
見たコトないってコトだろ!!
「フ。コトコト言い過ぎだぞセーラー服美少女戦士。お前はじっくり煮込んだスープか?」」
「うるさい! 殺すぞ!!」
「写真だけなら戦団拘留中に見た。ちなみに写真だと複製不可、これ豆な。フ」
同刻。別の部屋で。
「困った人を助けるぞー(困ったー!)」
「死んじゃう人を助けるぞー(ギャー!)
「颯爽! 登場! ねこさんだー!」
ネコミミパジャマ姿で踊る小札。だんだんノッてきたらしく楽しげである。
以上ここまで。ブリュンヒルデ面白いですね。
151 :
ふら〜り:2014/04/20(日) 19:19:35.05 ID:uXNzAmdY0
>>スターダストさん
「すれ違い」はペガサス流星拳その他でもよくある現象ですよねえ。絵になるから。最初に
発明した人は偉大だ。貴信は香美がいるから、なかなか誰かとラブには……とは前から思って
ましたが、また別口の問題もあったか。むむ。そして今回は小札と総角が揃って可愛かった!
152 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 19:58:27.90 ID:+uqe2Y1A0
そんなこんなで大道具を見るコトに。
(秋水と斗貴子はやられ役たちと殺陣の打ち合わせをしに戻りたかったが、何やら総角が結構気合の入ったパンフレット
を配りコレはいいとかアレはすごいとか子供のように一生懸命説明してきたうえ、袖を振り払うと (´・ω・)という顔をした
ので嫌々付き合うコトにした。もちろんパンフレットは自作である)
「というか何でもう洋風のができているんだ!」
「貴信が世界観を固めたのは午前中だ。3時間と経っていないのに……」
部屋は高級貴族の調度品で溢れていた。縁に黄金と翠色の宝石がちりばめられた鏡台。シンプルだがセンスのいい
キャビネット。高級感あふれるデスクなどなど枚挙に暇が無い。ハリボテだが城の外装もまた半分ほど出来上がっている。
「フ。どうだ。指揮官が有能だからこういうコトになる」
マントがあれば翻しただろう。音楽隊リーダーは後ろ髪をかきつつ得意げに胸を逸らした。
「それは分かったが……なんで髪形を変えたんだ総角」
秋水は不思議そうに彼を見た。先ほど九頭龍閃を使ったときは長い金髪を無造作に垂らしていたのだが、今は前髪を
左にまとめウェーブをかけている。
「フ。久々の趣味さ。俺は髪型を変えるのが好きだが最近忙しかったのでできなかった」
「親方、襟足がタコさんウィンナーみたいです」
大道具の1人が口に手を当て呼ばう。後は防人とやられ役たちの関係性が再現された。
(こっちはこっちですっかり人身掌握してやがる……)
仲良きコトは嬉しき哉だが、例え防人と同じコトでもホムンクルスがすると辛口評価せざるを得ないのが斗貴子だ。ここま
で対音楽隊に何度も催した危惧を一通りしてため息で締めくくる。
「ちなみに俺がいま手がけているのはコレだ」
どこからか設計図とイメージイラストを取り出す総角。何やら甲冑姿の騎士が描かれている。
「……自分の像じゃないか」
整った目鼻立ちと長い髪はどこからどう見ても総角だった。
「フ。この世で一番見栄えのいいモチーフを探したらこうなった。まったく俺というのは罪な奴だ」
聞けば木彫りで作るらしい。
「等身大だからな。結構な集中力がいる。フ。俺は俺の持てる芸術的感性を総てつぎ込むつもりだ。傑作を作る」
「確かに舞台にあると派手でいい。アクションも映える」
「そうだろうセーラー服美少女戦士」
「机や本棚だけじゃ物足りないと思っていたしな」
「だろう?」
「こういうのが壊れるとお客もきっと喜ぶだろう。任せてくれ」
斗貴子は無感動に頷き──…
総角は目を点にした。
大道具たちの喧騒が2人をすり抜けた。遠くから季節外れの「石焼〜きイモー」が響いた。
音楽隊リーダーはちょっと唇を動かしたが、動揺しているせいか、うまく笑いに固着せず無感情へと崩れた。それをどう
にか微苦笑へとまとめ上げ辛うじて呟く。
「えーとだ。あの、そもそもこの像、壊すためじゃなく観賞用に作るのだが?」
「他はともかく顔は精密に作ってくれ。舞台を転がったとき面白いからな」
「蹴るんだ!? サッカーボールのように吹き飛ばすんだ!!?」
聞く耳持たずの斗貴子に軽い顔面崩壊を喫しながら叫ぶ総角。素らしい。ダダ漏れだった。
その肩を秋水が叩く。援護を期待したのだろう。(あとスキンシップがちょっと嬉しかった)、振り向く総角。顔が輝く。
「総角。形ある物はいつか壊れるんだ」
「諦めろと!?」
叫ぶ総角。斗貴子はちょっと俯き加減になった。瞳には逡巡の色。
「正直なところ私だって無闇な破壊は好まない。他の演劇部員たちはみんな頑張っているんだ。若宮千里や戦士長……
みんな自分の持ち場で一生懸命やっている。なのにそれらが結実する舞台上で私だけが私怨を晴らすなど到底許される
コトではないだろう」
「フ。じゃ、じゃあ何故俺の像を壊そうとするのかな」
「表情が腹立つからだ!!」
イメージイラストを指差す斗貴子。秋水もそれを見て顔をしかめる。
総角像はドヤ顔をしていた。
「フ。どうだこの俺らしい表情」
「だからこそ腹が立つし壊したいんだ!!!」
「……総角。君にもいろいろ原因があると思う」
153 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 19:58:58.56 ID:+uqe2Y1A0
「いいか!! 大事な像を壊されたくないのならせめて表情を変えろ!! ミロのビーナスとかみたいなの色々あるだろ!
彫像特有の白目剥いた無表情なら私だってココまで怒らない!! なんで像にまでしたり顔で見られなきゃいけないんだ!
こちとら気乗りしない演劇のため演劇の神様とかいう訳の分からない男の元で修業したりいろいろ苦労してるんだ!!!
それが特訓と並行だぞ!! この前の戦いの傷も完全には治ってないし正直かなり辛いんだ!!! そのうえ先々のコト
に頭悩ませてるから精神的にもいろいろ来ている! それで迎える本番中にどうしてお前のドヤ顔に『フ、非才ながらそれ
なりに頑張っているじゃないかセーラー服美少女戦士』みたいな馬鹿げた目線浴びせられなきゃいけないんだ!!」
「落ち着け。津村。落ち着くんだ。落ち着こう」
やや蒼くなった秋水が手で制す。斗貴子はちょっと深呼吸した。もっとも流れは止まらない。
「いいか! とにかく私はもうかなりいっぱいいっぱいなんだ!! 戦士長や桜花たちがいなければとっくに潰れているか
暴走しているかってぐらいアレコレ抱えているんだ!! 総角の像のドヤ顔なんぞ見たら確実に本番お構いなしに暴れると
いう自信があるしむしろそうなる前に宣告しただけまだ有難いと思え!!」
ぜえはあとまくしたてる斗貴子。大道具たちは何事かと視線を集中させたが
「短気なようでスゴい自制心だ」
「嫌いだけど最高傑作はなるべく壊したくないという優しさ」
「予めイヤな点を告げる。口調は乱暴だけど対話は放棄してないね彼女」
「そして生徒会長たちにも何やら感謝しているらしい。支えてくれてありがとうと」
いい人だという結論で落ち着く。
「さあ親方はどう出る?」
「だ、だったら俺は本番中このコにシルバースキン着せるからな! 何が何でも守るからな!!」
「このコとか言いだした!!」
「いっさい譲歩するつもりなしだ!!」
「子供っぽい!! いやそこは譲ろうよ! 落とし所見つけようよ!!」
「どれだけ自分のドヤ顔好きなの!?」
「脅威! 灼熱のオヤカタあらわる!」
口々に喚くギャラリーがひっと息をのみ黙ったのは、アメーバのように漂ってくる粘着質な紫の殺気ゆえだ。
「言っても分からない、か。そんなに自分像をブチ撒けられたいらしいな」
斗貴子はとうとう目を三角にした。牙剥く口を同じ形のピースで埋め尽くして織りなすは修羅の表情。
「副会長止めて」
「止めて早く止めてーー」
無責任な要請にうっと息を呑む秋水。傍観者だったのが急に当事者になった。もっとも先ほど九頭龍閃のすり抜け問題
を桜花ならばかくやあらんという流麗さで総角に丸投げし自身は傍観者に徹したのだ。その因果、ツケが回ってきたといえ
なくもない。。
「いや、俺が言って止まるような津村では……」
言い淀むが、しかし、彼女が昨晩どころか数週間前から落胆を引きずっているのを知りぬいている以上、流石に全面支援
せざるを得ない。火に突っ込む仲間の消防士を止めるには羽交い絞めより消火がいい。総角へと向き直る。
「念のため自分像はやめた方がいいぞ。手もかけるな。君の技量なら、壊されても胸が痛まないレベルのものは10体近く
作れるだろうし、それだけいればだ、俺がこの理不尽にさせられた仲裁の怒りをぶつけたとしても、1つぐらい無事で済む」
「さらっと何言ってるの副会長!?」
「壊すんだ。そしてこの仲裁嫌なんだ」
後半はともかく、前半において保険をかけろ。秋水はそういうのだが総角は止まらない。
「いーや!! そんなんしたらセーラー服美少女戦士に負けたみたいで気に入らない!」
「親方それダメなパターンです!」
「たーめ息交じりに練る♪ おかしな妄執のレーシーピーの中に♪」
「「「負けフラグ入っちゃった!」」」
ギャラリーが呆れる中、総角は吠える。吼えるではなく吠える。弱そうだった。
「いいか! 自分像を1体だ! 最高傑作を作り、且つ、守る!! そうでもせねば俺の威厳は保たれまい!!」
絶対これ壊されるし威厳もズタボロになる……秋水はそう思い説得を重ねたが、頑として聞き入れられない。
「絶対壊す!!」
「守り抜く!!」
顔を突き合わせ睨み合う斗貴子と総角。
果たして、木彫りの総角の運命や如何に!!
「というか予算大丈夫なのか? 現時点でも既にかなり使われているようだが……」
「……流石。そういう所は副会長らしいな」
斗貴子は感心したように呻いた。あと総角を見るたび睨んでいる。
154 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 19:59:30.87 ID:+uqe2Y1A0
秋水が部屋の一角を見ると、最低でも4つの新しい大道具の製造が始まっている。設計図を3人の生徒が囲んで何やら
協議したり、枠のようなものをいじくりながらもうちょい右とか少しずれてるとか確認しあう女子2人、角材にカンナを当てる
のは体格のいい角刈りの男子で、本棚作ろうという呱々の声もまた上がる。
「フ。材料費ならば心配ない」
「まさかお前……盗んだのか!」
「!! そうか! かつて総角は鐶を使い、避難壕複製に必要なヴィクトリアの髪を盗んだ。似たようなコトをしても不思議では」
「フ。待て。信用ないのは分かるが、せめて話を聞いてから疑ってくれないか。頭ごなしに否定されると結構傷つくんだが」
声を落とす総角に秋水は思う。(むかし俺たちを好き放題手玉にとった君が悪い……) 自業自得である。
総角はいう。
「一言でいえば俺の伝手だ」
伝手? オウム返しに頷く斗貴子に彼はお馴染みのキザったらしい笑いを浮かべ瞑目した。
「10年もあちこち旅をしていれば「縁」というのが生まれる。街や村を共同体から救ったなんてコト、数えきれない程あるのさ。
中には何かあったら力になると連絡先を伝えてくれた人々もいる」
秋水は理解した。
「つまりその中に製材業や林業に従事する者がいて、便宜を図って貰ったと」
「フ。ご明察」
これぞ絆の力、人と人との温かな繋がりなのだと総角は言った。
人脈は何物にも勝る財産であり、つまり俺たちの旅は無駄ではなかった。
感涙さえ浮かべながら演説する総角を斗貴子はしばらく見つめ──…
言い放つ。
「成程。要は恩を着せ、タカった訳だな」
言葉が銛のように収束し胸を穿つ光景を秋水は生まれて初めて目撃した。
「お前そういう言い方をするか!!?」
軽く涙を溜め叫ぶ親方に部下たちは思うのだ。
(ほら自分像の件で譲らないから)(津村先輩が毒吐くのも仕方ないよ)(今からでも遅くないから妥協しようよー)
当初こそ、大道具なるモチベーションの上がらぬ作業の必要性を存分にとき、やりがいを発掘した総角に心酔していた
大道具たち。先ほど黄色い声がかかったのも見ても分かるように、金髪碧眼の自信に溢れた容貌は数多くの女子と一部の
ナヨっとした男子に好評嘖嘖(さくさく)、総角は大人気だった。
しかし身から出た錆、残念な言動が飛び出すたび段々と「あ、ダメだわー。この人恋愛対象にならないわー」という目を向
けられ始めていた。もっともだからこそ一見完璧すぎるがゆえ敬遠していた生徒たちがこのあと、「助力してやるよ」と奮起し
想像以上の結果を残すのだが。それはある意味音楽隊のありようの再現だった。
「俺は、俺はだな! 割引されるのが結構辛かったんだぞ! 先方が命救われたから4割引きでいいっていうのを口八丁で
丸めこんで2.5割引とかわざわざこっちの損が多い条件設定したし、あと持っていいって言われた資材だって本当は19枚
全部貰っても足りないのに奥さんみたらいかにも臨月で数カ月以内に物入りになるの確実だ!! だったら『フ、3枚もあれ
ば十分ですよ』とかつかなくていいウソついて遠慮した俺は果たして恩を着せタカったと言えるのか!!?」
親方お人好しすぎる……。大道具のそこかしこで微苦笑が浮かんだ。、
「あ、ああ。それは……その、なんだ。悪かったな」
必死だわ普段と違いすぎるわ泣きギレされるわで流石の斗貴子も腕組みしつつ決まり悪げに謝罪する。
「この短期間で調達したというコトは、どれも近場だったのか?」
「フ。そこまで都合よくはいかないさ秋水。遠方の方が多い。ま、鐶に乗ればだいたい何とかなる」
剣道部副部長は納得した。鳥型の彼女をナビすれば、例え方向音痴といえどどうにかなるし資材もイケる。
「そんなこんなで材料費は軽減した! むしろ損していないかって! 知るか! さっきのセーラー服美少女戦士の物言い
にムカっときたんでこれから昔弱み握った悪い連中強請りに行く!! フハハ! 俺の悲しみと損失を補填するがいいクズ
どもめ! 刃向ってもムダだからな! 刃向かってもムダだからな! だって相手……俺だぞ!! 負けるか! フハハ!!」
「八つ当たりか……」
「君……小さすぎる……」
気炎を上げるやヘルメスドライブを起動し消え去る総角。呆れるほかない斗貴子と秋水である。
(というか津村!)
(!!)
小声の秋水に斗貴子は気付く。生徒たちの視線のなか総角は空間を跳躍した。つまり武装錬金を使ったのだ。
特訓用にと一時返却した核鉄をいまだ持っているのは、防人がいつもの如く便宜を図ったせいだ。そこはいい。
155 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 20:00:12.93 ID:+uqe2Y1A0
(マズい! 生徒たちに錬金術の存在を知らしめる訳には──…)
振り返るまでの0.5秒で事後処理班への通報も含め8つの対応策を講じる斗貴子の鼓膜を呑気な声が爪弾いた。
「さすが親方。小札先輩直伝のマジックまた成功!」
「すごいよなー。木材切るとき日本刀とか、傘の骨に鎌ひっつけたヘンな武器とか出してるし」
「マジックとはいい方便だ。誤魔化す必要はないか。……ところで津村。立てるか?」
盛大なズッコケから力なく立ち上がりながら頷く斗貴子。
「というかアイツ……人の武装錬金で何してくれてんだ!!」
サンライトハートについては譲歩した癖にこうである。まったく天才の基準というのはよく分からない。
暗黒騎士の部下その1、中ボスクラスの役を振られた鐶も防人のいる体育館へ向かう。
道中、無銘と出会った。
「我は特効担当。龕灯でエフェクトをつけるのだ。だからやられ役たちとブラボーさんと話をした」
「そう……ですか……」
ぼやーっとした表情でそれから2つ3つ演劇に対する雑談を交わすと話を変える。
心配そうに軽く視線を外して、聞く。
「ご両親の……件…………聞きました。…………大丈夫…………でしょうか?」
聖サンジェルマン病院で見かけたメガネナースが校内にいるのを不思議に思った鐶が声をかけると、先ほど無銘がされた
ような話が一通り聞かされた…………という情報を訥々と述べると無銘は「そうか」と腕組みをした。
「戦士である公算が高いらしい。父は釦押鵐目、母は幄瀬みくす」
特に感慨はないらしい。忍びゆえに100%確証がない限り信じられないのか、それとも実の両親への思慕がないのか。
「半々だ。何より我にとっての両親は師父と母上をおいて他にはない。実感がそうなのだ。育てて頂いた恩がある。栴檀ども
が加入したころは確かに実の父母を求めていたがそれも当時の異形ゆえの揺らぎを満たしたいと願ったからだ。それを
師父と母上は収めてくれた。だから…………実感として」
「リーダーと小札さんが…………両親…………なのですね」
「無論だ。実の父母の復仇をしたい気持ちならあるが、そこに悲憤はない」
頷くと無銘は少々申し訳なさそうな顔をした。
「…………貴様相手にこのテの話題はしたくない」
「私がお姉ちゃんに……お父さんとお母さんを殺されたから………ですか……?」
諾も否も述べない少年は浅黒い肌に複雑な波濤を浮かべた。そういう部分が鐶は好ましく思っている。むしろ先に繊細な
部分に切り込んだのは鐶なのだ。なのに無銘はそこから連想される事柄、鐶の事情を汲んでどうしようかと迷っている。
「……大丈夫…………じゃありませんけど…………気持ちの整理はついてますし…………そこからどうすればいいかも……
無銘君に……教えて貰いましたから…………耐えられます…………」
途切れがちな言葉にそれでも強い意志を込めると、無銘は「そうか」とだけ頷いた。心持ち嬉しそうだった。一度鐶が弱り
切った所を見ているから、色々心配で、それだけに乗り越える意志が見えると安心するのだろう。
「あと貴様は我を慰めようと両親の話題を切り出したつもりなのだろうが、そうはいかんぞ。我は貴様を守れる程度には
強いのだ。心配は無用なのだ!」
「はい…………無銘君は強い…………です」
いいこいいこ。頭を撫でると犬少年は顔を真赤にして怒鳴ってそれから逃げて行った。
まひろもまた体育館へ向かう。
主人公の騎士の従者役を仰せつかったはいいが、アクションなどしたコトがないので参考にと足を運んだ。
……。 体育館には4つの入り口がある。
そのうち校舎から直結しているのは東北である。まひろは校舎から歩いてきた。その一角の空き教室で、ヴィクトリアの正
体についての協議を秋水たちと重ねたあと演劇部の使う教室へいき従者を拝命したのだから当然だ。
鐶は、総角と共に大道具の使う教室へ何度目かの資材搬入をこなした後、東北の入り口から体育館へ入った。
同じく校舎から来るまひろが同じルートを通るのは原理からいって当然なのだが、しかし途中でまひろは足を曲げた。
(はっ! このまま何も考えず入ったら秋水先輩と鉢合わせちゃうかも!!)
かといって東北の入り口で中を窺うのも少々マズい。何度もいうが、校舎への最短の道なのだ。副会長としての仕事が
突発で舞い込んだりしたら目も当てられない。まひろは急行する秋水と遭遇し気まずい思いをするだろう。
のほほんとしている癖に、少女らしいというか、羞恥に対しては鋭敏なまひろは、普段ならば絶対使わない体育館への
ルートを取った。
156 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 20:00:43.46 ID:+uqe2Y1A0
すなわち東北とは真逆の入り口。西南側から中を窺おうと決めた。
(グラウンドから一番近いけど秋水先輩剣道部だし滅多にご用はないはず!)
抜き足差し足で体育館を迂回する。やがて目当ての入り口が見えたとき、まひろは小首を傾げた。
(あれ? 誰かいる)
一瞬秋水かと思って肝を冷やしたが、遠目からでも女性と分かるほどメリハリの効いた人物でだからひとまず一安心。
(制服着てない。先生?)
普通は不審に思って距離をとるのだが、そこはよくも悪くも人見知りをしないまひろ。好奇心の方が勝って歩み寄る。
(こんにちはー)
小声で呼びかけると、体育館のドアの隙間から中を覗いていた人物は露骨に肩をビクリとさせた。
それからギギっとまひろを見る。
(わー。綺麗だー)
一言でいえばお姫様だった。ふわふわとした乳白色のショートヘアーはウェーブが掛かっている。
幻想的な雰囲気だが服装はパーカーにジーバンというラフな感じで、そのくせ出るところは出てウェストなどは女王蜂か
というぐらい細い。(桜花先輩よりもスタイルいいかも)。感心を込めてしげしげ眺めていると、その女性は困ったように
微笑んだ。
といっても、『彼女』が笑い以外の表情を浮かべるのは、それこそ『憤怒』に駆られたときぐらいなのだが。
リバース=イングラムというレティクルエレメンツの海王星の幹部は困っていた。
人間だった頃の名前は玉城青空で、読んで字の如く鐶の親族……義姉である。
先ほど彼女の話に上った両親殺害の犯人こそ彼女なのだ。
『波』(マレフィックネプチューン)という肩書きを持つほど強く、並みの共同体なら1人で殲滅するほどの力を有しているから、
別に人間のまひろ1人など力づくでどうとでもできるのだが、元来は温和でやや人見知り傾向の大人しい少女、『怒らない限り』
荒事は好まない。
たおやかすぎて、一時期周囲が勝手に呼んでいた『泣くな吠えるなあばれ海』とかいう2つ名さえ自然消滅するぐらいなのだ。
余談だが『波』という新たな敬称、彼女の伴侶たるブレイク=ハルベルドに言わせればこれほど彼女を表す単語はないと
いう。海なる王の星を示し、『音波』を源泉にもつ必中必殺の能力をも示唆し、静謐なる清楚と劇的な激甚の二面性の”波”を
も言い当てておりしかも言葉少ななリバースらしくひどく短い……というのがブレイクの太鼓判だが、本人的には割とどうで
もいい。「泣くな〜」がイヤなら何か自分で名乗れと言われたから適当につけた。それだけだ。
悟っているのだ。自分の本質を伝えるのは言葉ではなく──…
拳、だと。
その辺りはともかく、リバースが困っているのは彼女曰く”少々やばい”現場を押さえられたからだ。
(困った。学校に不法侵入し光ちゃんを盗撮していたら、見つかっちゃった)
少々やばいどころではない。明らかに犯罪であった。
カメラは銀成デパートの家電量販店で2時間前購入。19万9800円するデジカメを一括払いである。
ちなみに3万円安いデジカメの方が、あらゆる面で勝っていたのだが、店員さんとまったく話せない極めて重度のコミュ
症たるリバースだからそういう情報は得られない。「一番高ければ性能もいいはずよー!」とアホ毛をその名前っぽくフリフ
リして何も考えず買った。頭はいいが人との協同が絡むと途端に力押ししかできなくなり、カメラのような大損をぶっこく残
念なタイプだった。
まひろはティッシュを差し出した。リバースは鼻血を垂らしていた。もちろん愛する義妹の姿に夢中だったからだ。
やられ役を掌底で9mほどブっ飛ばしたり、防人の粉砕ブラボラッシュを回し受けで凌いだり、ハリボテ人形の頭部に接着
されたロン毛のカツラの一端を足の親指と人差し指でもって引っつかみ変則的なフランケンシュタイナーをかました挙句、
落ちてくる背中を膝蹴りで真っ二つにする光景の数々にリバースは、
(ああ。殴られたい…………)
欲情していた。要するにぽんこつだった。
(強くなった光ちゃんにボコボコにされて色々伝えられたい……)
へぁへぁと可愛らしく息せきながらどうしようもないコトを考える。それでいてかつて鐶が美姫として憧れた白い面頬はま
すます洗練されフッ素燐灰石のようなツルリとした艶かしさを放っているから始末が悪い。義妹に劣情を催し息を荒げ
鼻血を垂らしている救いようのない醜態すら難病に喘ぐ薄倖の美少女……なのである。まひろもそう捉えた。
(ある意味では難病だし喘いでいるし、薄倖で美少女なのだが、いろいろしょうもなかった)
157 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 20:01:26.61 ID:+uqe2Y1A0
まひろはまったく物怖じしない。リバースが喋れないと悟るや身振り手振りで接触する。
(厳密にいえばリバース、喋れないのではなく、”喋らない”。乳児の頃ノドに負った障害のせいで大きな声こそ出せないが、
やろうと思えば最低限の会話はできる。そしてやろうと思わない)、
(うぅ。ヘンな人に捕まっちゃったよう)
不法侵入の盗撮犯に言われる義理もないのだが、とにかくリバースは心の中で泣きべそをかいた。
実父と義母を惨殺したあげく義妹が虚ろな目になるまで監禁した彼女こそヘンな人なのだが、あいにくまひろはそういう
事情を知らないし、知っていても秋水にしたよう贖罪の道を示さんとする掛け値なしのヘンな人なので、とにかく評価通りの
接触を続ける。
(てか私が黙る必要なかった! さっき挨拶したとき聞こえてたみたいだし!)
(やっと気付いた!)
リバースは安堵する。笑うとまひろも一層親しみを覚えたのだろう。(ブラボー撮ってるの?)と聞いた。
(おー。このコ勘違いしてるみたいだねー。ブラボーさんは有名人だからソレ目当てだって思いこんだみたい。じゃあ乗りま
しょ。光ちゃん目当てだって知られると厄介だし)
頷く。さらに画像データの中で防人が全面に──鐶の動きが早すぎて彼しか映せなかった”ハズレ”の──出ているもの
を選択し、見せる。まひろは信じたようだった。
(さて退散、と。長居したらこのコの性格上、ブラボーさんと引き合わせるでしょうね。そしたら光ちゃんと思わぬ再会をしちゃ
うもん。再会はひと段落ついてから)
ニコっと笑ってから立ち上がり颯爽と去っていく……と見たのはまひろだけで、リバース的には
(というか怖い、怖い怖い怖い。いまブラボーさん呼ばれたら私めは見つかるのよ。呼ばないでね頼むから本当怖いの怖い
怖い怖い。ひいいいいい)
いまにも走り出したいほどの恐怖に内心ガチガチ震えながら、極力疑われない早歩きで校門を出る。
壁にさっと背を預ける。そして体育館の方を覗き込みたい衝動に駆られたが、そこを不審に思われると怖いので、ぴょん
と校門を横切って全身全霊の横目でさりげなく窺う。まひろが体育館に入っていくのが見えた。
(ホッ。追っ手はいないようね。良かった良かった。めでたしめでたしー。ぶいぶいっ)
ほかほか笑顔でチョキを作りながら歩き出すと、横目に見覚えのある黒い影が映った。
「先から窺っておれば……なーにしとるんじゃ”りばーす”」
頸板状筋が本日2度めのぎこちない回旋をする。声を掛けた人物をたっぷり3秒は見つめたリバース。慌てた手つきで
どこからかスケッチブックを取り出して、マジックペンも出して、しかし落としたので慌てて拾って、それからキャンバスの前で
10秒ほど考え込み、キュキュッ、何やら書いた。そして何度か見直しをするとスケッチブックの前後を入れ替えた。
『ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』
「遅いわっ」
壁から剥がれたのは少女だった。高校の前で姉を待っている小学生のような背丈で、髪はすみれ色。ポニーテールの結
び目にかんざしをつけているのが古風だった。纏うのはシックだが品の良い黒ブレザーで短いスカートから覗く足には黒タ
イツ……に見える鎖帷子。
『イソゴちゃんごめんなさい。私めはつい誘惑に勝てず光ちゃんを盗撮していました! あの栗色の髪のコが話しかけて
くるまで人目がないのをいいコトに画面ごしに光ちゃんをぺろぺろしていました!! 拠点に戻ったら写真現像して焼いて
食べようと思ってました!!』
「ヌシ……義妹めと別れたころよりひどくなっておらんか?」
カビ臭い口調を放ちながら胡乱下な目をする彼女の名はイオイソゴ=キシャク。鳩尾無銘が狙う仇の1人である。
そんな彼女にひどいと評されたリバース、ニコニコしながら答える。スケッチブックに文字を書いて。
『だって約2年ぶりの光ちゃんなのよー! ナマ光ちゃんよ! 昨日デパートで画面をつけていない光ちゃんは見たらもう
いろいろ脳汁がドバドバでて昨晩は一睡もせず抱き枕くんかくんかしていましたですっ!!』
「おちつけ。語調がおかしい。
158 :
永遠の扉:2014/04/24(木) 20:02:00.64 ID:+uqe2Y1A0
『でねっ! でねっ! 光ちゃんは天使だったの! 強いから力天使っていうのかなあ! 劇終わったあと芸能プロダクション
がこぞってスカウトしにきたらどうしようかしら!! もちろん光ちゃんの持つ銀嶺のような神々しいミラクル級の可愛さは
日本全国どころか宇宙全域に広がってしかるべきなんだけどそうなると私と殴り合って愛し合う時間がなくなるでしょ! でしょ!
だからどうしようって悩んでいるの!! きゃー!! でもコレって幸せな悩みぃー! 不幸自慢の皮かぶったノロケ><』
イオイソゴは天を仰いだ。
「はぁ。どうしてこうも変な連中ばかりなんじゃ。調整役やらされるわしの身にもなれと」
見た目こそ少女だが500年以上生きている老獪極まる忍者の肩にタテ線6本が掛かる。
『ところでクラちゃんの演劇の方どうなんですか? 銀成学園の演劇部はけっこう色々進めてますよー』
「フム。確か対決する手筈……じゃったな。早坂秋水めと津村斗貴子めは勝とうと色々画策しておるようじゃが、こちらは別
に勝てずともよい」
リバースは無言でバンザイした。何度も何度も。鐶の勝ちが確定したのが嬉しいらしく『今夜はビフテキ!』とまで書いた。
「勝敗は問わん。問わんが……”まれふぃっくあーす”の候補を見つけるにはそれなりの対決をせねばならん」
『確かマレフィックアースってウィル君の恋人だったんですよねー』
そうじゃ。イオイソゴは頷いた。
校門の前を過ぎていく通行人たちは一瞬妙な顔つきをしたが、リバースがいつの間にやらハンディカメラ(デジカメとは別に
購入していた)を持っているのに気付くと、「劇かレポート? スケブはカンペ?」と半信半疑ながら納得し目を外す。
「うぃるめが遠き過去……いや、未来かの? とにかく奴の時系列においてむかし愛した『勢号始』……この世の閾識下を
流れる巨大な闘争本能の具現を降ろし、かつ再動させるに相応しい候補。いわゆる寄り代を見つけねばならん」
『リヴォ君も一枚噛んでて作った私めは鼻タカダカなのです!』
「わしへの……皮肉かぁー!! わしは鼻低いの気にしてるのに!!」
涙を溜めながら両手を挙げて猛抗議するイオイソゴ。しかしペロペロキャンディーを貰うと満面の笑みになった。
「わーい飴じゃ飴じゃ!! わーい!!」
(チョロっ! イオちゃんチョロっ!)
リバースが呆れるなか、幼い老婆は飴を平らげ唇をぺろりと舐めまわすと会話再会。
「とにかくじゃ。最後の幹部たる”まれふぃっくあーす”の復活は急務。きたる大決戦において我らが勝つにはきゃつを蘇らせる
ほか生き残る目はない」
『けど、人間の身で降ろせるのイオちゃん? あ、敬語めんどいのでフランクに行くわよ』
「む?」
『だってマレフィックアースって、すごく強い代わり、肉体への負担もすごいんでしょ?』
「そう、じゃな。わしらの中で唯一降ろせる盟主様ですら1分が限度」
『最近ではディプレスさんが適合する兆候を見せてるけどー、それでも最高28秒…………1年に10秒延ばせれば奇跡っ
ていうペースなのよね』
じゃな。イオイソゴが手を差し出しと慣れた様子でリバース、チロルチョコを3つ握らせた。
ついでに歩き出す。さすがに偶然鐶と出逢ったらまずいと判断したのだろう。イオイソゴはついていく。
手近なビルの屋上で、2人のやり取り、続く。
「勢号始というのは頤使者(ごーれむ)での。その体は特別製……というのは以前話したな?」
『ええ。まずパピヨニウムでしょ。それから小札ちゃんのお兄さん、めっちゃ強いと評判のアオフさんの血のしみ込んだ土に
それから、王の大乱とかいうでっかい争いで死んじゃった、約30億8917万人の怒りや悲しみ、絶望や怨嗟といったドス黒
い感情が主成分なのよねー』
「ひひっ。りばーすめの必中必殺能力もその黔(けん)極まる感情、恨みがましき負の声を使っておるがそれはあれよ、湯屋
の風呂釜より、ひしゃく一杯の水をちょいとばかし拝借し敵に浴びせているにすぎん」
『勢号ちゃんの体はアレよね。ダム。ギネス級に大規模なダム。しょーじきかなり強いと自負してる私めの能力でも勝てる気
がしないわ』
「何せ堤が未知なる金属とわしが知悉する限り最強の”あおふ”めの遺伝子情報の混合じゃからの。並みの人間なら斃死確実
の必中必殺能力とて、ひひ、手をば焼こうという物じゃ」
『それだけ強い体でさえ、97年しか稼働しなかった。勢号ちゃんの完全な依り代とはならなかった』
「れてぃくる最強の盟主様でさえ1分少々しか持たぬのは必然よ。分解能力を持つ”でぃぷれす”が、『憑依に伴う肉体崩壊
という事象そのもの』を分解するという、いささか概念的、茫漠たる試みをしてなお28秒しか持たぬのじゃから、まあ、他の
ホムンクルスでは降ろした瞬間消滅よ。わしやヌシを含めてな」
ヴィクターでも無理ですか? スケッチブックに頷く少女。
「他の存在より生命を吸わねば立ちゆかんというのはまこと脆弱よ。ひひ。そも”まれふぃっくあーす”を支えるには原子力発電所
が百基単位でいるからの。それだけの”えねるぎー”を自家生産できぬものが降ろそうと試みたところで無駄なこと」
人目がなくなったせいか、稚い老媼の口ぶりは次第に時代がかっていく。本質、らしかった。
「破壊ないしは分解について並々ならぬ執着をもつ侶儔(りょちゅう。仲間)2名なら浸食に抗い同調もできようが”ヴぃくたー”め
には斯様な執心があるかどうか。奴は死にたがっておるようじゃったからの。呆気なく生を手放しかねぬ危うさがある」
なによりいま彼は月にいるのだ。候補にするのは現実的ではないとイオイソゴはいう。
『なのにウィル君やリヴォ君……銀成学園の生徒の中に器がいるって騒ぐのよねー』
「ひひっ。まっこと奇怪ぞ。次元俯瞰、禁断の7色目のわざを持つ小札めではなく、ただなる生徒に強大きわまる”まれふぃっく
あーす”…………如何な条件適合によって一致をみるか想像もつかんがそれはそれ。忍びである以上、拝命はただ果たすのみ」
『いまのところの最有力候補は……』
ヴィクターの娘、ヴィクトリアだとイオイソゴは頷いた。
「彼奴が眼鏡に叶うか否かは別として、嘗(こころ)みるは捕らえるは先……。まずは演劇に多少細工をば施そうぞ。ひひっ」
銀成学園。教室。
廊下に面するドアから何やら面妖な白い煙が流れ込む。
チロチロと蛇の舌のように揺れ動くその煙は、教室のほぼ中央で台本をチェックしていた千里の肩に触れた。
数度息をした彼女は、つまり煙を吸った彼女の顎がかくりと跳ねた。
急激な眠気。平素なら明らかに異常な現象だが千里は疑わない。徹夜の反動だろう。微かにそう思いながら身を丸め
机に突っ伏す。
シャープペンシルが1本、木の床に落ちてバウンドした。
その先で教室のドアが開き、小柄なすみれ髪のポニーテール少女が歩み寄る。
くずおれた千里の下敷きになる台本はしかし……垂直に落ちた。
それまで机上に総ての面積を預けていた筈の台本が、表面の板はおろか教科書を入れる金属板の空洞をもすり抜けた
のだ。しかも恐るべきことに、台本は落ちゆく中で、花が秘するよう机の下でぴっとりと密着していた太ももさえスカートごと
貫通した。なおも落ちる台本。その端が接する椅子のパイプを見よ。落下軌道に沿って焼きゴテを当てた飴のようにジワリ
ジワリと溶けているではないか。そのくせ折れもせず曲がりもしないのだ。若宮千里は代わりなく腰掛けており甘やかな息を
吐きながら突っ伏す体には微塵の動揺もない──。真鍮の柱のうち台本が通り過ぎた部分もまた復元する。水滴のついた
部分は光の屈折により実態より大きくそして歪んで見えるというが変質は明らかにその曲率を超えている! 台本の辺は
明らかにパイプの中ほどまでめり込み、かつ、どろどろと泥のような流体運動を起こしている! ああ、ここ銀成学園の一角
にこの世のものならざる幻妖の光景が展開した!
そして微かに覗くふくらはぎさえ肌色の水を櫂でなめすように鮮やかに蹴立てここに台本は床へ落ちた!
何という怪奇! 端倪すべからざる魔神のわざ!
「忍法・蝋涙鬼もどき──」
うっとりと呟いた少女……イオイソゴ=キシャクの手めがけ飛ぶものがあった。
それは机や千里の至るところか水面を跳ね上げるよう飛んだ黒い粒で、ドングリにも似ていた。
数を数え、そして床を見たくの一は満足げに頷く。
やがて床の台本に手を伸ばし。そして──…
以上ここまで。
160 :
ふら〜り:2014/04/25(金) 21:14:46.48 ID:vUiKOeqi0
>>スターダストさん
久しぶりの青空! 言われてる通り、昔よりも更に病状が進行してる模様。同性愛だのシスコン
だのは漫画アニメラノベ界隈じゃ珍しくありませんが、青空のスプラッタぶりは「変態の常軌」を
軽く逸してますからね。そんな彼女が本気でキレて、戦士やブレミュの誰かと戦うのが楽しみ。
161 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:02:18.00 ID:0GuFxszV0
パピヨンの研究が忙しいので、変わりにヴィクトリアが演劇部を見るコトに。
「ヒロイン役はロバ型ね。ちゃんとやってるかしら」
教室のドアを開けると向こうから眩い光が差し込んだ。灼かれた目を横手でかばうヴィクトリア。光がやんだ。霞んだ目から
手を剥がし恐る恐る中を見ると……
「ご機嫌麗しゅう。助監督さま」
お姫様がいた。ロングのスカートの裾をつまんで上げて深々とお礼をする気品溢れる姫がいた。
「誰よアナタ」
「小札さんだけど……」。ギャラリーの呟きにヴィクトリア、驚愕。
「だって……拝命した以上懸命にやらねばならぬ訳で…………」
素に戻った小札は両目を戯画的に楕円へ潰しえぐえぐ泣いた。
「呆れた。まだナレーションに執着してるの?」
聞くが返事はこない。見れば藁を両手で掴みポリポリ齧っているではないか。
「なにか?」
なんでもないという他ない。つくづくマイペースな少女だった。
「と言うかなんでちゃんとお姫様できるのよ。普段あれだけ騒がしいのに」
「え、ええと。その」。小札はちょっと目を泳がせた。が、やがて意を決したように居住まいを正す。
「実を申せば不肖、むかしはひどく内向的でして……」
「は?」
意外すぎるあまり些か恫喝的な反問的が飛び出した。ロバ少女は肩を震わせた。
「ええとですね。あまりにビクビクしておりましたゆえ、もりもりさんから「得意の実況するよう喋れ」と仰せつかりまして」
「待ちなさいよ。じゃあ気弱なときから実況得意だった訳?」
「言葉を高速で発するのと堂々たる会話は似ているようで違うのです……」
ヴィクトリアはボクシングを想像した。サンドバック相手なら好きに打ちのめせる選手が必ずしも相手選手と上手く打ち合
えるとは限らない。
「じゃあ……まさかとは思うけど、お姫様キャラの方が”素”だったり……?」
「れ、礼儀作法につきましてはお家(いえ)の方で厳しく躾けられておりましたし…………」
おずおずという小札だがヴィクトリアにはひどい驚きをもたらした。
「なにアナタ。ひょっとして良家の令嬢?」
「良家といいますか、錬金術的には由緒正しい家柄でして」
少し小札の顔が曇った。あまり聞かれたくないらしい。
「ちなみに当時は巫女服でした」
「そこは聞いてないわ」
といいつつも「似合いそう……」と思うヴィクトリアだった。境内を箒で掃いている巫女服小札。嵌っていた。
「ほ、本心本質がどうあれ、勢いでどうにかできるものなのです! つまりは!!」
あたふたと言い繕う音楽隊の賑やかしに演劇部監督代行は「耳が早いわね」、皮肉交じりの冷笑を浮かべた。
「正体バラしてもやりようはやる……慰めているつもり? 生意気ね」
「とととととんでもありませぬ、参考までにと申し上げただけでして……」
ガタガタ震えるスーパーデフォルメにヴィクトリアは嘆息した。
「やっぱり千里や沙織との件、知ってるようね。いえ、ネコ型経由の情報から予測した……というべきかしら?」
小札はコクコク頷き、「困難もありましょうがヴィクトリアどのなら大丈夫かと!」、いつもの調子で景気よく笑った。
(……)
少しだけ心が動いたが、不安はつきない。
(話したのはあくまで私がホムンクルスってトコだけ。なった経緯こそ含めたけど)
千里にかつて食人衝動を催したコトだけは伏せている。黒い事実がまだあると告げ期限のさだめのない話す約束
を取り付けたが、明かすのはまだ怖い。
162 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:03:11.64 ID:0GuFxszV0
千里も沙織も信じている。人を殺したくないから母親のクローンの肉をずっと食べ続けてきたという背景は、悲劇的で、
だから母に似た千里を食べたくなった事実もまた慰められるに十分だ。しかも現に襲ってはいない。友情が続き10年
経てば「実はあのとき叩こうと思った」レベルの笑い話で済ませられるだろう。
けれど信じているからこそ、予想外の、しかし当たり前の反応をされた時が……怖いのだ。
友人を食べようとした怪物として突き放されたら、母親に似ている千里に見放されたら、やっと来れた暖かな地上から
凍えた地下へ突き落とされ、そして二度と立ち上がれなくなりそうで……ただ怖い。
もしそうなれば千里を憎み……敵対するだろう。
敵対すれば秋水やまひろのみならず、人間総て憎悪しかねないとヴィクトリアは恐れている。
『ヴィクターの娘』として、『地球に多大な害悪を振りまきたい何者か』と手を組み、錬金戦団相手に大反乱を起こす絶望的な
未来さえ幻視できた。
現実に戻る。小札の澄んだ目が2つすぐ傍に浮かんでいる。
彼女は無心に信じているようだった。
ホムンクルスでありながら災禍を撒くコトなくおよそ10年過ごしてきた音楽隊。
それに属しているからこそ、人ならざる者でも正しくあれると信じているようだった。
(……そうね。この期に及んでおかしなコトをすれば、このホムンクルスたちより下ってコトになるじゃないの)
ホムンクルスへの憎悪はまだ溶けない。存在していなければヴィクトリアの父は大戦士にならず妻ごと過酷な運命に巻き
込まれなかっただろう。だから自分を直接怪物にした錬金戦団と同じぐらい憎んでいる。
だが、嫌ってやまない存在の中にも、ヴィクトリアの仮想的より些かな真っ当な存在がいるとなれば、それはもう超えるし
かないだろう。嫌っているからこそ、それより劣るのは我慢ならない。
……そんな題目に好感という感情を押し込めてヴィクトリアは己を鼓舞する。
「基本的に演技は実況の応用……なのです!!」
言い放つや姫の顔になりたおやかなセリフを吐く小札。文句のつけようのない演技だった。
「癪だけどすごい順応性ね。褒めてあげるわ。日本には声だけで俳優をする職業があるらしいけど、アナタはソレ向きね」
ギャラリーから何かして欲しいという声があがる。
「スレてやさぐれた感じの女の人やってください!!」
提案にヴィクトリア、「それは無理だよー」とか応じつつ内心馬鹿かと鼻を鳴らした。
(ロバ型の声はなんだかホワホワしてるのよ。毒気がないし弱気だし無理よ流石に)
「あんたさあ、急にそんなリクエストして応じられると思ってる訳? だとしたら信じらんないマヌケぶりね。はぁ。頭痛いわ」
「!?」
頭へ気だるそうに手を添える小札にヴィクトリア驚愕。ギャラリーからは喝采。迷いなき覚悟に喝采を。
「……アナタ演技の幅広すぎるわ」
感嘆混じりの呆れを伝えると、「とんでもない」。小札は両掌をぱたぱたした。
「子孫どのの真似をばしただけでありまして……」
「はい?」
問い返すとロバ型少女は「しまった!」という顔をした。
「な!! なんでもありませぬ!」
タイミングよく演劇部員から何やら指示がきて小札はそちらにピュローっとすっ飛んだ。
取り残されたヴィクトリアは思う。小札が先ほど漏らした言葉の意味を。
彼女は、確かに、言っていた。
(……子孫?)
謎めいた言葉を、さりげなく。
163 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:04:17.56 ID:0GuFxszV0
(『子孫』? あの犬型……じゃないわよね。話に聞く限り義理の子供だし、第一さっきロバ型が披露した口調と噛み合わない。
だいたい子孫って言葉は、そうよ。正にそう。アイツと……)
パピヨンと、Dr.バタフライぐらい隔絶した世代間に用いられるべき言葉だ。
(それを使うって……どういうコトなの? あのロバ型、もしかして未来が分かるの?)
考えても結論は出ない。いっそ小札に聞こうかと身を乗り出した瞬間、大道具の演劇部員が駆け込んできた。
親方……総角がいないし連絡がつかないのでちょっと監督してくれないかという要請だ。
(あの馬鹿リーダー)
思考を中断された苛立ちを、かねてよりの嫌悪感に混ぜながらヴィクトリア急行。
「メチャクチャ作ってるわね……」
部屋に着くとヴィクトリアは猫かぶりも忘れて唸った。
そこは第4会議室という広い部屋だった。少子化の影響で空いた教室2つを壁くりぬき合体させた……とは監督代行た
るヴィクトリアが使用許諾の手ほどきをする桜花から得た情報だ。会議室とあるが実際はレクリエーション専門である。新
入生を集め銀成学園について説明したり、進学希望の生徒達のため、外部から専門学校や大学の担当者を招きディスカッ
ションを行う。そのほか英語検定などの各種資格試験の会場になるコトもたまにある。
それだけ広い部屋のおよそ半分が大道具……家具や調度品に埋め尽くされているのだからヴィクトリアの感嘆、全く以て
やむなしだ。家具工房というより夢の島ね、ちょっと毒のある比喩も浮かんだが製作陣の手前それは言わない。
「すみません。親方が「いいぞ! これもいい! フ!」と褒めてくるもんだからノっちゃって」
大道具の1人が困ったように頬をかいた。ただ顔はひどく明るい。おいしいお菓子をつい食べ過ぎてしまった子供のような
顔つきだ。生きてきた年月だけいえば高校生など孫かひ孫のヴィクトリアだから、つい釣り込まれて笑ってしまった。
「いっぱいあるに越したコトはないよ。で、私は何をすればいいのかな」
ニコニコと笑いながら間延びした声をあげる。忘れられがちだが対外的にはそれで通しているのがヴィクトリアだ。
仰せつかったのは細々とした世界観とのすり合わせだ。いざやってみると中々サジ加減の難しい作業である。監督代行
だから鶴の一声など幾らでも放てるのだが、それをやると現場責任者の総角やトップたるパピヨンとの齟齬が出てくる。
組織にとって大事なのは連携なのだ。
100年前ヴィクトリアは、自分を人質にした共同体が「数ばかり頼りにした結果」、なおヴィクターに蹴散らされるのを見た。
戦団のお粗末な対応もまた『身を以て』知っている。無関係なヴィクトリアを怪物にするような、自浄作用のない組織、腐
敗を喰いとめるシステムのない集まりに個々の協力などあろう筈がない。だから問題を先送りにし、結果最近、1世紀越し
のツケを払わされた。
(何トカっていう霊獣が病気を撒いた時もそう。本部への感染を恐れるあまり一部の幹部が無理やりな封鎖作戦を取り……
派遣した戦士たちの暴走を招いた。病気で死んだ人より戦士に殺された人の方が多いっていうんだから……笑えない。ちゃ
んと一枚岩なら、反対派がすぐ暴走を止められるほど『連携』のある組織なら…………パパも私も感染の被害者たちも、
無残な目には合わなかった)
ヴィクトリアは戦団が嫌いだ。ゆえに音楽隊に催した反発がここでも起こる。
勝手な行動を慎み、システマテックな調和を目指す。
仰せつかった世界観とのすり合わせに……明確な方針、背骨を生みだす。
(とりあえず分類しましょう。私が対処しても問題ない部分……欧米文化に沿っているかどうかのチェックぐらいならやって
いいわね。本場で育っている以上、いずれは意見を求められる。知識は少し古いけど、舞台は中世、むしろ新しいぐらい)
さらにそれ以外を「大道具の領分」と「監督の美的感覚」に分ける。
(前者はアレね。総角主税への嫌がらせをまず考える。やれば大道具担当として非常に迷惑するコト……方針が根底から
壊れそうな意見や理不尽な縛りを考える。考えた上でそれを避ける)
もちろん善意ではない。「忙しいのにアナタが不在で迷惑した、しかし領分は侵さず対処した」と恩を着せ毒を吐くためだ。
それでいて演劇部全体の活動の妨げにならないのだから楽である。
164 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:04:52.10 ID:0GuFxszV0
(後者……パピヨンの好みについてはだいたい分かってる。食い違っていそうな箇所を簡潔にまとめてレポート提出。写真
さえあれば説明文は最低限で済むでしょう)
文章の按分すら考えるヴィクトリアである。明らかにパピヨンが顔をしかめそうな部分には言葉を裂き、問題なさそうだが
念のため……という物については写真の該当箇所に赤丸を振ろう、簡潔にしよう、そう決める。
「えらく慣れていますね……」
大道具の女子が感心したように呟いた。
「んー。普段やってるコトの影響かな」
白い核鉄の精製絡みでいろいろレポートを上げさせられている。最初のころは提出物を骨のように細長い指でパンパン
はたかれながら、やれ長いだの分かり辛いだのアレコレ言われた。ゆえに熟考を重ねるうち、情報の取り扱いがすっかり
うまくなったヴィクトリアだ。
(認めたくないけど。これもアイツのお陰……かな)
頬を淡いピンクに染めながら瞳を潤ませる。厳しいがついていけば向上をもたらしてくれる美しい蝶を思うと心臓がトクトク
高鳴った。
「ところで監督代行、鈴鹿サーキットで色々問題に対処していませんでしたか?」
「マジ。じゃあ能力高いのも納得だ」
「ブラボーは鈴鹿市の市長っぽいよな」
「な、なんの話〜」
苦笑する他ないヴィクトリア。遊園地? まったく心当たりがなかった。
「フ。他行中迷惑をかけたな」
「拭きなさいよ!!」
やがて帰ってきた総角は返り血だらけだったので、取り敢えず、叫ぶ。
着替えた彼はヴィクトリアの残した仕事をてきぱきと処理した。パピヨンとの協議が必要な問題については直接話合うと
いうコトに決定。留守中生じた問題を大道具たちから吸い上げると方針を遅滞なく指示。ヴィクトリアと共に部屋を出る。
「留守にするのは勝手だけどケータイぐらい出なさいよ」
部屋を出るなり毒のある声をぶつける。音楽隊の首魁は予期していたらしく「すまない」と笑った。
「フ。予算確保のため悪党どもを甚振っていてな。まさか叫喚の向こうで打ち合わせる訳にもいくまい」
「メールの返信ぐらいできそうだけど? 人の武装錬金を盗めるぐらい器用なんだし、できるでしょう?」
さりげなくアンダーグランドサーチライトの件を皮肉るが、柳に風、総角主税は飄々と謝り言葉を継ぐ。
「フ。学校の部活動だからな。火急の用はまずないさ。それに……俺が不在でも監督代行どのはしっかり仕事をしてくれる
と信じていた」
「何ソレ。丸投げじゃない」
憤然としながら大股で一歩踏み出すヴィクトリア。一瞬よぎったこそばゆい感情を誤魔化すためだが金髪サイドポニーの
美丈夫に見抜かれているようできまりが悪い。
「言っておくけど」「ん?」。切り出しへの返答の合間を運動場からの掛け声が縫って行く。ランニング、だろうか。イチにっ
イチにっというリズミカルな声が廊下に軽く木霊した。
それが3つ増えたのを合図にヴィクトリアは歩みを止め振り返る。目は鋭くそして冷たい。
「例のアナタの似ているとかいう知り合いのコトなら聞いてもムダよ。私だってもうほとんど覚えちゃいないんだから」
「フ。何が飛び出てくるかと思えばそういうコトか。心配には及ばんさ。奴への道筋ならば既についている」
165 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:06:06.20 ID:0GuFxszV0
もはや過去に拘る必要はない、時は未来に向かって進むのみ……大道具の親方の癖に主演男優じみた大仰な身ぶり
手ぶりを交えつつ朗々と述べる総角にヴィクトリアの不快指数とコメカミの怒りマークはぐんぐん増える。戦士たちが何やら
大がかりな作戦に備えているのは知っている。捕らえられた音楽隊がわざわざ戻ってきて共同戦線を張る以上、総角のいう
自分そっくりの男が敵なのだろうと察しも付く。しかし尊大な物言いよ。まひろでさえ状況説明に対する誠意はある。ただ遺憾
ながらその誠意は一般的なものとあまりにズレており、だから時々ヴィクトリアの眉をしかめさせてしまうのだが、十元連立
かつ非線形偏微分な重力場の方程式でも解くつもりで挑めば何とか理解できるし嫌悪も消える。なにせスカラー曲率だの
計量テンソルだのを含む難解なまひろ方程式は向こうから一生懸命、心を砕いて説明するのだ。そのうえ解がいつだって
誠意と分かっていれば解くモチベーションも湧こうというものだ。
総角はいじわる問題だ。正答を見せまいとする韜晦の徒だ。彼ぐらいの難物と言えばもはやパピヨンぐらいしかいないが
彼は基本、本心剥き出しだ。伝えたくないコトは「伝える必要なし!」と真向から言ってのける。総角のような一種フニャフニャ
した物言いは絶対しないし腹が立つ。
だいたいむかし情報提供を求めたのだから、それなりの説明をしろ……。
というコトを言うと少しズンとした物を感じたのか、普段の余裕が若干崩れた。
「フ。というが、素の俺も色々アレだぞ?」
「聞いてるわ。大道具の人たちから。津村斗貴子とやり合ったそうね。自分像? 随分いい趣味してるわね」
更にヴィクトリアは言う。「気弱なロバ型に実況吹き込んだっていうけど、アナタのそれはスカした態度?」とも。
総角は深く息を吐いた。
「フ。これも生き延びるための施策なのさ」
「ふぅん。態度の割に切羽詰まってる訳ね」
「そうだ。フ。10年前、音楽隊を立ち上げた俺は……決めた。仲間は絶対に失わないと。一団を率いる長である限りは、
揺らぎやすい己の本質は封印すると」
「あまりできていないような気がするけど」
「フ。自分でもそう思う。だがマシになった方なのさ」
説明、か。俺そっくりの男の……。総角は息を吸うと語った。
「そう。アナタはクローン。あの男……メルスティーン=ブレイドのクローンなのね」
話をまとめるとヴィクトリアは少し逡巡した。先ほどメルスティーンについては殆ど覚えていないといったが、かつて寄宿舎
前で総角と話した時から幾つか思いだした事項もある。言うべきか言うまいか悩み始めた彼女を総角は静かな微笑で見る。
(フ。俺は奴の名前までは言わなかったぞ? ま、貝のごとく口を閉じたがる者に無理強いはしないがな)
とにかくヴィクトリアは話を聞く。
「奴は小札の兄……俺の親友が死ぬ原因を作った。決着はつけなければならない。それには組織が必要だ。作る以上は
俺が責任を持たなくてはならない」
「だからそういう態度? 正直好かれるとは思わないけど」
「フ。手厳しいな。だが組織を纏めるのと組織人に好かれるのは似ているようで違うのさ。嫌われようがタガがしまればそれ
でいい。組織人を守るのは結局のところ……タガ、だからな」
分からぬヴィクトリアではない。不完全な組織がどれほど害悪を撒くか先ほど考えたではないか。もっともその”タガ”がヴィ
クター再殺という締め付けをしたと言えなくもないので、全面肯定はかねてよりの対総角感情も相まって難しい。
「音楽隊ってヘンな組織ね」
「フ。だが人に害悪をもたらす連中を集めた覚えはない。悲願を達するため人を殺めてはならないのさ。戦団に追撃され
我が身さえ保てなくなるし、そもそも復仇の名分さえ失う」
「分からなくはない……そう言ってあげるわ。私をこんな体にした戦士が誰かめがけ『仲間を殺された! よくも!』と熱を
吹いたらきっと許せないし邪魔もする」
そうだろう。総角は頷いた。
「俺たちはつまるところ、負債を返したいだけなんだ」
「負債?」
「ああ。負債だ。鐶も無銘も、貴信も香美も、小札も俺も……世界に背負わされた莫大な負債を返したいだけなんだ」
「……」
ここまで触れあってきた音楽隊たちを思い出す。誰もかれも瞳の奥底が悲しげだった。笑っていてもフザけていても、
どこか遠い昔を見ている気配がした。
5倍速の老化。犬にされた屈辱。元の生活、別々の体。兄の復仇。親友への餞。
運命との、決着。
166 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:07:17.35 ID:0GuFxszV0
「求むるはただの人間のただの普通。だがそれを得るには戦わなければならない。戦って勝ち取るほか道がないんだ。
怒りも不服も忘れ静かに暮らし天命を待つという選択もあるだろう。それもまた、ただの人間のただの普通と言えるだろう」
だが…………総角は顔を下げる。拳に力が入る。
「諦め屈するのはどうしてもできない。俺たちだけが安らいでも意味がないんだ。歪んだ循環は断たれない。どこかでまた
新たな被害者を生むんだ。新たな被害者が加害者になるよう……産むんだ。そうやって連中は……俺の複製元率いるレ
ティクルエレメンツは、世界を、静かにしかし確実に壊していく。見逃せる訳がない」
一度も得意げな、耳障りともいえる笑いを漏らさず音楽隊首魁は語り切った。
「それがアナタの本音ね」
「そうだ。そしてお前の知るメルスティーンの現在でもある」
多くは語られなかったが、ヴィクトリアはハッキリと理解した。
(私にクローン技術を教え、ママともども一時期保護していたあの男は……)
徒党を組み、総角たちのような被害者を生んでいる。そこさえ分かれば十分だった。
吐息をつく。いま初めて総角がメルスティーンを呼んだコトに気付く。微かに強い語調、悟られているコトを悟る。
「アイツは賢者の石研究班の班長……ママの上司よ」
「フ」
目礼をする総角めがけ情報を叩き込む。
「100年前、黒い核鉄を作った研究班。その班長だけど武装錬金の特性が特殊だから、試験的に戦士見習いもやってい
た。本人がそう言っていたから間違いないわ。それから……」
3ヶ月弱だがヴィクトリアとアレキサンドリアを守っていたコト、日本に渡る手伝いもしたコト、クローン技術をヴィクトリアに
教えたコト……思いだせた限りの情報を伝えて行く。総角は静かに聞いていた。
そして語りは記憶を呼び覚ます。
「……いま思いだしたコトも語っていいかしら」
美丈夫は軽く笑い瞑目した。
「まず…………クローンだけど……確かアイツのは『記憶』までは引き継げなかった筈よ」
「フ。なるほどな。お前のクローンはアレキサンドリアどのの研究補助のため進化発展したもの……。彼女のネットワーク
を作るには記憶の引き継ぎが不可欠だからな」
脳、という単語を避けるあたり最低限の礼儀は心得ているらしい。率直に書けば、アレキサンドリアは”脳”だけの存在
だった。無数の脳をつなぎ合わせネットワークを作り、白い核鉄精製に必要な演算能力を確保していた。
「記憶とはノウハウの蓄積……。同水準のアルゴリズムがなければいくら繋ぎ合わせても無駄だから」
「思考パターンの元となる記憶すら複製できるようお前は熟達したという訳だ。フ」
ヴィクトリア独自の方法だと総角は褒めるが、当人は浮かない顔だ。
「けど、メルスティーンが記憶まで複製できなかったのは100年前の話よ? 今はどうなってるか……」
「フ。いいさ。いずれこの目で確かめる。他には?」
「他には──…」
声が蘇る。清涼感があるがどこか凶を孕んだ声が。
──「マレフィックアース。ぼくは何年かかっても召喚する」
──「完全な、形で」
──「召喚には戦いが必要だ。肉体、精神、霊魂。それらが犇めき合う戦場こそ必要だ」
──「ぼくは『あの街』をそこに定める。ぼくにとっての『始まりの場所』、忌まわしきあの街を」
「…………」
聞いたままを伝えると総角は少し黙り込んだ。
「あの街……。始まりの場所……。どこだ? 10年前の決戦の場所? いや──…」
視線に気付いたのか彼はそこで言葉を切る。
「フ。すまない。伝えて貰っているにも関わらず時間をとるような真似をしたな」
「別にいいわよ。最後は……アイツの武装錬金について」
総角の目が俄然真剣味を帯びた。ヴィクトリアが気押されるほどだった。武装錬金の弱点を期待したのだろう。それは戦
いに直結する要素、互いの勝敗を分かつ最高機密なのだ。総角ならずとも清聴は必至だろう。
「壊れる、みたいよ」
「フ?」
結論から語るのは基本的に歓迎される行為だが、あまりに前置きがないと却って伝わりづらいとヴィクトリアは知った。
「20体ぐらいの共同体……それも全員武装錬金持ちから私たちを守っていた時のコトよ
「フム」
「14〜5体斃したかしら。アイツは突然武装錬金を使うのをやめて素手で戦い始めた」
167 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:07:47.70 ID:0GuFxszV0
「…………」
「最後の1人が10コほどの核鉄を持って逃げたあと、私、聞いたの。どうして途中から素手だったのかって」
「それで」
「アイツは答えたわ。『区別がなくなる』……って。意味はよく分からなかったけど」
「フ!」
戸惑い気味に呟くヴィクトリアの前で総角は軽くガッツポーズをした。
「なによソレ。構えるとき「フ!」って少し気持ち悪いんだけど」
ジト目向けられても勢いは止まらない。
「お前はいいコトを言った。それはきっと奴の弱点だ! 一見無敵な武装錬金だが、確かにな。『区別はなくなる』」
「……?」
「フ。少々取り乱したか。しかしお手柄だ。欠如ゆえ生まれた武装錬金は欠如ゆえに破られる……。奴の武装錬金は、破
壊衝動を満たすための産物なんだ。それは自壊をも含んでいる。ゆえに使えば使うほど、昂れば昂るほど、根源的な欲求
は己をも壊すんだ」
「じゃあ、『区別がなくなる』っていうのは、つまり」
「奴の武装錬金が、他者と自分を区別しなくなる……というコトだ」
「自分をも壊し始める…………そういう解釈でいいかしら」
答えると総角は満足げに頷いた。「握手を求めたいがお前は嫌がるだろうから敢えてしない」とも言い、頭を下げた。
「いまの奴の特性は『合一』。相対する武装錬金特性と一体化し無効化する能力だが恐らくその根源は自他の区別なき
破壊衝動。本質は変わらない。奴が歪んだ循環を敷く以上変わらない。ならば」
「能力を限界まで引き出させれば」
「壊れる、だろうな。別を己とし、己を己とし、ウロボロスが如き果てしのない循環に巻き込まれ……壊れる」
パピヨンが居ると聞いた部屋に行ったが蛻の殻。通りかかった生徒に聞くと1時間ほど前飛び立つのを見たという。
「携帯も通じない。いつものコトだけど」
「フ。番号を教えているのかパピヨンどのは」
まだ居るし……。総角の存在に肩を落とす。
「落胆するコトはないだろう。フ。返礼代わりに俺とアレキサンドリアどのの関係を教えたというのに」
「旅の途中、女学院の奇怪なウワサを聞き付け侵入したところルリヲつけた生徒に捕捉されたってだけじゃない」
「フ。だがその”だけ”が重要なんだ。お陰で俺はルリヲヘッドをも……」
いいから。強引に会話を打ち切る。
「フ。失敬。しかしお前、パピヨンどのに随分信頼されているんだな。着信を嫌う彼が教える……相当だ」
信頼、という言葉に足が止まる。我ながらちょろいと反省した。どうも総角はパピヨンへの感情を見抜いているようで、だ
から耳障りのいい言葉で足止めしたのだろう。振りかえらず刺を投げる。
「アナタ私に何かさせるつもりでしょ」
「フ。ご明察。秋水絡みで助力を願いたいゆえ些か回りくどい阿諛(あゆ。おべっか)から始めたが……しかし本心でもある」
信頼されていると聞けば、かねてより彼に想いを馳せているヴィクトリアだから悪い気持ちにはならない。ならないのだが、
総角から聞くのは何だか腹立たしいし屈辱だ。かといって頼みだけ聞くのも腹立たしい。
「……本当、性格悪いわね」
「フ。ならば秋水絡みの依頼を取り下げよう。その上でパピヨンどのへの指摘をも取り下げる。さればしこりも残るまい」
軽く鼻で笑う。
「演劇部の監督代行を任せているのは信頼している証だ、委任しても見たいものが見れると踏んだから、彼は私を立てた
……でしょ?」
手を当てた腰を曲げ意地悪く見上げるとたじろぐ気配が頭上でした。
「図星ね。言っておくけど私。それぐらい任された瞬間に気付いてたわよ」
腰を伸ばし胸に平手を当てる。光沢のある金髪の房が揺れる様に、音楽隊のリーダーは脱力し笑う
「俺……最近いいトコないような気がするんだが」
「素がそうだから気取っているんでしょ? だからもっと情けなくしてあげる」
得意気に薄い胸を逸らし笑う。いわゆるドヤ顔で言い放つ。
「早坂秋水の件、引き受けてあげるわ」
……………………。
ヴィクトリアはこのあと、引き際を見極めるコトの大切さを知る。
総角を見くびって追撃した愚を心から恥じる。
168 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:08:33.71 ID:0GuFxszV0
「昨日から、秋水とあのお嬢さんが少しばかりギクシャクしている。俺はそれを治したい。……フ」
「……。そうね。武藤まひろの方が意識して変になってる」
先ほど正体の件で話した時もひどい有様だった。机1つ分離さないとダメなぐらい照れまくりだった。
「フ。お嬢さんの方が告白……じゃないな、推測だが、恋愛と取られかねないほど大きな好意を迂闊にも伝えたというところか」
(合ってる……)
「彼女は恐らく自分の気持ちがよく分からない。秋水を憎からず思っており感謝もしているが、しかし恋愛に発展させれば
武藤少年を失った津村斗貴子を差し置き一人良い思いをしてしまう。だから躊躇いがあるのだろう」
(合ってる!)
「しかも周囲もまた苦しんでいる。友人や後輩、戦士長どのに桜花たち……みな武藤カズキという存在の欠落に、日常の喪失に
等しく苦しんでいる。なのに自分だけが兄の代わりを見つけるのは、秋水を兄の代わりにしようというのは到底できない……
大方それだろ? 板挟みの右にいる好意の相方は」
(合ってる!? なによコイツどうして分かるの!? 盗聴!?)
驚愕を隠しきれないヴィクトリアに総角は笑う。
「フ。盗聴じゃないさ。ただの経験談。なにしろ傍に同じ道を辿った奴が居るからな」
「ぴゃっくふ!!」
台本を呼んでいる最中、小札零はくしゃみをした。洟をすすると不思議そうに周囲を見た。
「フ。本来ならその溝は少しずつ埋めるのが正しいが、しかし今は決戦前だ。日常にモヤモヤを残しては助かる秋水も助か
らん。ゆえにショック療法だ! 強引に治す! ここらで奴とお嬢さんの関係を正常化させる!!!」
「楽しそうね」
「フ。お前は気乗りしなそうだな」
笑いかけられるとヴィクトリアは歯切れ悪そうに答えた。
「……別に。いっておくけど昨日相談は受けたし、困ったら話すよう伝えてもいるわよ。まったく協力しないつもりはないわ」
「だがそれ以上の積極攻勢に出れない理由……お前は恐らく気付いている!! フ!!」
「!!」
俄かに活発になった総角にヴィクトリアは驚く。
「フ。ズバリ対抗馬の消滅!! お前はそれをしそうだから悩んでいる! 違うか!!」
「なにそのテンション……。まあ、……否定しても、どうせ暴くでしょうけど」
痛いところを突かれたという顔で黙る。
「お前はパピヨンどのを憎からず思っている! だが彼はあのお嬢さんを憎からず思っている! なにしろ好敵手の妹だか
らな! 面影を見出し憎からず思うのは無理もない!」
「アナタの世界には憎からずが満ちてるのね……」
妙な返ししかできないヴィクトリア、昨日の光景を思い返す。
──「私のせいで捻挫しちゃったんだよ。放ってなんかおけないよ……」
── 彼女を除く全員がほぼ同時に息を呑んだ。秋水はやや感嘆したらしい。パピヨンは黒い笑みを大いに浮かべた。
──(馬鹿ね。放っておく方がいい場合もあるのよ。今がそれ)
── なのに愚直にも助力を考えている。だがそのひた向きさはこの場の男どもの琴線に触れて仕方ないものらしい。
──(……羨ましいわね)
── パピヨンが異性の挙動に心くすぐられ笑っている。でもそれを成したのは自分ではない。まひろを見る。いかにも困惑の
──極みで自分は無力だという雰囲気にしょげかえっている。いまどれほどスゴいコトをしたかなどちっとも知らないのだろう。
──それがやれないコトに無念を覚える者がすぐ傍に居るとは、知らないのだろう。
──「…………」
── 自らの周囲だけ暗くなっていく錯覚。それがヴィクトリアを襲った。過去何度か味わった苦さ、結局何をやっても報われない
──のだという絶望的な感覚。やや形を変えたそれが肌を寒くしていく。
(──いつまで経っても進歩がないわね私。本当、嫌になる)
「つまりだ。フ。お前は秋水たちを応援したい! 恩人だからな当然だ! だが一方で彼らをくっつけるコトは、あのお嬢さんを
秋水に宛がうコトは、パピヨンどのが特段の感情を寄せる彼女を手の届かない場所にやるコトだと気付いてもいる!」
169 :
永遠の扉:2014/04/29(火) 23:09:44.89 ID:0GuFxszV0
声も出せない。一般的にいえばそうと気付いて止まるのはひどく真っ当な部類なのだが、捻くれている割に妙なところで潔癖
な──さらに言えば屈折とは穢れへの抵抗なのだ。簡単に折り合えない部分があるからこそ歪んで見られる──潔癖なヴィク
トリアだからどうも自分を許せない。
「お前は要するに、上手く立ち回ってしまうのを恐れている!」
「……っ」
言葉が刺さった瞬間ヴィクトリアは総角の真価……数多くの武装錬金の本質を直感で見抜き自らの物にしてきた鋭さに気付く。
(組織の長として粗が目立つから見くびっていたけど……洞察力については恐らく一流。いえ……超一流)
そういえばと気付く。彼が預かる大道具たちを。ジャンケンで決まったせいで裏方作業を嫌悪していた彼らの心を瞬く間に掴み
目的を与え、やりがいを創出した手腕は驚嘆に値する。態度こそ鼻につくが、それでもたった6人で戦士たちを手玉に取れる精強
極まる共同体を作り上げたのは事実だ。心を掴み、能力を的確に伸ばすという点では紛れもなくリーダーだった。
彼がいう「ヴィクトリアの恐れる上手い立ち回り」とは?
「フ。恩人たちの仲人になりつつ意中の男の気も散らす、だ。もちろん狙ってやる訳ではなく、恩人2人への恩返しが元だが、
やってしまうと余りに丸く収まりすぎる。だから、怖い」
あまりにズケズケ言われ過ぎたのでヴィクトリアは真赤になった。腹が立つやら恥ずかしいやらだ。
「……だからこそ、フ。迷っている。応援という名分のもと、あの3人の意思を無視して利己的な行為を働こうとしているんじゃ
ないか……と」
「…………」。少し拳が震えた。「……だって」。軽く反応する総角。
「そういう感情があるって気付きながら、あの2人をひっつけようとして、けれど失敗したら最悪じゃない。あのコは能天気に
見えるけど傷つきやすいし、今だって十分に傷ついているの。早坂秋水だってそう。支えになる物を求めている」
なのに強引に結び付けて破局したら? 2人は現時点より更に傷ついてしまう。ヴィクトリアはそう言った。
「それは恩義と敬意ゆえの悩みだと思うがな」
「……私的なものよ。ママだって、パパがいなくなってから寂しそうだった。パパもきっとそうよ。……。ええ。私はきっとあの
2人にパパとママを重ねている。仲良くする姿を見て、失った物を満たしている。だから……くっついて欲しいけど、引き裂
かれるのは見たくない。パパとママが戦団にされたのと同じコト…………あの2人にはしたくない……」
総角は厳かに述べた。
「お前は結局、あの2人が好きなんだ。両親の代わりとしてじゃない。あの2人そのものが好きなんだ」
頬に熱が点る。総角に言われるのは羞恥でしかない。
「自分の手で引き裂きたくないというのが何よりの証拠だ。お嬢さんに至ってはパピヨンどのさえ一段高い所に置いている。
だから彼女を傷つけるのはパピヨンどのの世界を傷つけるように思えて恐れている。だから……見守りたい。けれど同時
に…………応援したい」
「……。アナタ胡散臭いというか、ちょっとマインドコントロールされかかってる気分なんだけど?」
なんだか心にネバっこい物が忍び寄ってきているようで辟易するヴィクトリアだ。そもそも彼女を使って秋水たちを取り持
たんとする総角なのだから、応援せよというのは当たり前だ。誰だって意のままになる考えは肯定する。しかしそういうイエス
マンほど不誠実で信じがたく、最悪の事態において何ら助力しない事実をヴィクトリアはこの100年でいろいろ見てきた。
「フ。そう捉えるのは思考力がある証拠さ。無理にとはいわない。まずは自分で考えればいい」
「というか、私の感情を見抜いてる癖に、破局するかもしれない応援に乗り出すつもりなの、アナタ」
「フ。第三文節だけは違うぞ? うまくいくと踏んだからやろうとしている」
そこが総角とヴィクトリアの一番の違いらしい。ネガティブな彼女と違い、ポジティブだった。
(単におめでたいだけよ)
吐き捨てるように思う。
「そもそもだ。フ。決断とは、重大事ほどスパっと処理できないものさ。リスクをさんざんと思い患い、不安に駆られ、何度も
現状の良さを思い返し、壊すコトを恐れ、正気を疑い、自らを低く見ながら尚、やらねば死ぬのだという焦燥に駆られながら
判をつき、怯え倒す」
「だからこそ口の上手い誰かさんに唆されて下すコトはありえない……私なら末尾にそう足すわ」
ニヤリと笑うと総角も鏡映しになった。
笑いだしたのはどちらが先か分からないが、肩を揺する時間はなかなか愉快だった。
嫌いだし、受け入れるつもりもないが、油断ならないからこそ加減なく丁々発止ができる相手だと知る。
見縊って追撃すべきではなく、偽計を疑いながらその間隙をつく算段練りつつ追うべき敵と…………知る。
「とにかくだ。パピヨンどのは武藤カズキに執心しているが、その妹に好意を寄せる確率は低いと思うぞ?」
「ひょっとしてまた分野別1位の席?」
反問に総角の頬が綻ぶ。いつか交わした話題を覚えられていたのが嬉しいらしい。
「そうだな。彼はそこに代替物は置かない。置かないからこそ、お前と研究しているのさ」
(白い核鉄のコトまで見抜いてる……。もしかしたら、例の『もう1つの調整体』。白い核鉄の素体になると見越した上で……
渡した?)
本題ではないため突っ込めないが、とにかく総角はいろいろ見透かしているようだ。
「フ。それにお前1人が損を背負い込むのが正解だとは限らん。むしろそれはそれであの3人の意思を無視した、利己的な
行為といえるだろう」
「詭弁ね」
「ああ詭弁さ。だが自己犠牲ともいえる。そしてその一見不正解に見える悪手すら全力でやってのける男こそが、パピヨンど
のの1つしかない分野別1位の席を占めている」
暗に「お前はパピヨン好みだ」と言われヴィクトリアは目を逸らした。顔から熱は引きそうにない。
「大体だな。フ。いま、公私ともにパピヨンどのを支えているのはお前ただ1人だぞ? 研究のためとはいえ、本来一匹狼の彼
が追い出しもせず危害も加えず傍に置いているコト自体すでに脈アリだと俺は見ている」
だからいちいち動揺する必要もないし、まひろに劣等感を抱く必要もない。彼は欲しいと念ずればすぐに手に入れるし、手に
入れるのならそれはもう「カズキの代わり」ではなく「まひろそのもの」として求めるのだ……と総角はいい
「だが手に入れちゃいない。つまりただの好敵手の妹として遇してるにすぎないのさ」
「本当、口が上手いわね……」
総角はどうも見栄えが良すぎる。あちこち突っ込みどころがあるのに、端正な顔立ちで自信たっぷりに言われると、少女
らしい恋愛願望も相まって、つい信じてしまいそうになるヴィクトリアだ。これもまたリーダーの資質というべきか。論理的な
正しさより疑いようのない、一種ペテン師みたいな態度こそ人の心を動かすらしい。
「まぁいいわ。とりあえず武藤まひろに水だけ向けてみましょう。今のどっちつかずな態度は見ていて正直腹が立つし」
「フ。では俺も秋水のため協力しよう。友に春を呼んでやろう。フ。奴は作戦後おそらく春水になるだろう。フ」
「くだらない……」
何をこの男はいうのだろうと呆れつつ作戦名:まひろ正常化作戦……スタート!
以上ここまで。
171 :
ふら〜り:2014/04/30(水) 20:49:34.54 ID:uxZklQ3k0
>>スターダストさん
>パピヨンの好みについてはだいたい分かってる
正妻の貫禄とはこういうことか。考えてみれば競争相手もいないわけですしね。パピヨンに
とってカズキは、憎くはないにしても、気持ちいい全力バトルの結果がカズキ死亡となっても
それはそれで納得するでしょうし。その妹に対して、恋愛的好意は向かんでしょう。多分。
172 :
永遠の扉:2014/05/03(土) 00:16:07.04 ID:5yWwDptn0
早坂桜花、河合沙織、栴檀香美は従者の役に。
従者といえばメイド服だろうという男子(総角含む)の熱い要望により衣装は急遽にそれに。
「私達は」
「バイト先で着てるからいいよね」
というか借り物だし。桜花と沙織は呟きつつ着用。
(そーいやバイトしてたな)
剛太は思い出す。いつぞや残党退治の件で訪れたメイドカフェを。
(あん時ゃ大変だった。やる夫社長とかいうのがディケイドっつー訳のわからんものに変身して……)
結果、秋水ともども自分の武装錬金に変形した黒歴史は一刻も早く忘れたい思い出だ。
「んみゅ。ひらひらして動きづらい……」
香美も着用。スカート丈がやたら短く胸元もかなり開いている。そのうえネコミミで尻尾もある。
特筆すべきは足で、なんとガーターベルト着用だ。しかもグロック17のモデルガンを差し込んでいる。
岡倉始め男性陣から万来の拍手が鳴り響いたのも無理はない。
「どうなのよこれ。垂れ目どうよ?」
「ヤロウどもにはウケてるしいいんじゃね」
つっけんどんに答えながら視線を逸らす。内心穏やかではない剛太だ。
(畜生! この前の早坂桜花に続いてまた見とれかけた!!)
一番の目当てはもちろん斗貴子だ。だが今のところ着用する気配がない。剛太は男泣きに泣いた。
「つーかさ。めーどって何さご主人!」
『男の夢だ!!』
「ブ厚いようで薄っぺらい答えだなオイ」
貴信の断言にジト目を返す。
「香美さん。コレ着たら剛太クンを『ご主人さま』って呼ぶのよ?」
嫣然と微笑む桜花に香美は渋い顔をした。
「なんでさ? 垂れ目は垂れ目じゃん。ご主人と……。んみゅ? ?? ん? んーみゅ?」
大量の疑問符を浮かべ小首を傾げる香美。
「どうしたんですか香美先輩。なにかあるんですか?」
「どーせ大したコトじゃないだろ。コイツはいつもこーだし」
剛太が呆れたように呟くと、香美は「よーわからんけど」と前置きして
「なんかハッキリせんけど、ご主人はご主人、垂れ目は垂れ目じゃん。おんなじよーな気もするけど別じゃん」
しぶしぶという様子の彼女だが、桜花と沙織の粘り強い説得に応じ……ついにそのワードを、剛太に!!
「ご主人っ!」
元気いっぱいに笑って八重歯を覗かすネコ系美少女。その破壊力は場に居た18名の桜花派を一瞬にして香美派に塗り
かえるほどだった。剛太における斗貴子換算でいうならホムンクルスの首を切り落とした返り血を濁った川の水で洗い流した
あとの軽く湿った産毛ほどに匹敵する。つまり彼は……不覚にもときめいた。
(だあああ!! しっかりしろ俺! 最近ヘンだぞ! 早坂桜花だのネコ型にいちいち揺らぎすぎだ! しっかりしろしっかり
しろ俺には斗貴子先輩しかいないんだしっかりしろ!!)
手近な柱に頭をガンガンやる。
『難儀だ!!!』
貴信的にはそこが好ましいのだがだからこそ積極的に香美を売り込めない訳でもどかしい。さりとてあっさり「香美さんは
任せて下さい!」とか言われたら逆に拒んでしまうだろう。保護者もまた難儀だった。
(『君は僕の未来だから』。……もう覚えてないかも知れないけど、ネコだったころのお前は一人ぼっちだった僕にとって、
……”未来”だったんだ。だから元の生活に戻してあげたいし、お婿さんだって用意して、それから……家族と仲良くのんびり
…………過ごして欲しい。過ごして、欲しいんだ)
貴信と分かたれたとき、彼女がネコに戻るか人間の形のままいるかまだ分からない。
いずれにせよ貴信は、香美が幸せになる道を用意してやりたいと心から誓った。
「あのさご主人」
今度は貴信を呼ばったらしい。相槌を返すと香美は「あのさ!」と元気よく呟いた。
「やっぱ垂れ目はご主人じゃないわけよ。うん。ご主人はご主人だけじゃん!」
いいコだなあもう!! 飼い主冥利につきるとばかり貴信も号泣。
173 :
永遠の扉:2014/05/03(土) 00:16:38.97 ID:5yWwDptn0
「なんだって! 先輩が衣装合わせでメイド服を!!」
情報筋(岡倉)から話を聞いた剛太は教室を飛び出した。
彼が出たのは後ろの出口。入れ替わりに前の入り口から千里が入ってきた。
「後姿しか見えなかったけど、さっきの人なにをあんなに急いでいたの?」
いろいろあるのよ。総てを包み込む菩薩のような笑顔の桜花に彼女は追及を諦める。
「というか……あの、私は脚本担当なんですが」
メイド服を着ていた。清楚の体現だった。床すれすれのロングスカートに白い靴下。着慣れていない様子、仄かに上気し
た頬。生真面目な次期メイド長候補といった様子でこれまた男子達、湧く。
「実際に着てみるコトで台本にもリアリティが出るのよ?」
「そうだよ。それにちーちんさっき見に行ったら教室で眠り込んでたじゃない。気分転換も必要だよ
「もう書き上がっていますし気分転換ならもっと他の……。というかせめてヘッドドレスを」
「えー。リボン似合ってるよちーちん」
ピンクの大きなリボンを頭頂部にでんとつけているのが地味目な少女にはかなり耐え難いらしい。
「メイド服より……パイロットスーツがいいの……ですが」
惨禍はまだまだ続く。次の犠牲は、悪ノリした沙織がどこからか拾ってきた鐶。
こちらはごく普通のミニスカート。足はいつもと違いストッキング着用。胸には緑のリボン。
肩はフリフリ。キドニーダガー片手にぼーっと経っている。
「可愛らしい中にもそこはかとなく漂う野性味。悪くは……って何を語っておるのだ我は!」
一番見せたい相手が照れたようにそっぽを向いたので鐶的には大満足。
やや長めのスカート。白タイツ。控えめな胸にかかった何本ものチューブ。そしてヘッドドレスをつけるは……ガスマスク。
「どうしてソレ取らないのはーちゃん!!」
「嫌です恥ずかしい!!」
沙織が抗議するように毒島はいろいろブチ壊しだった。
小札はもう真赤だった。それほど短くもないスカートの後ろが捲くれていないか何度も何度も振り返っては確認した。足
には何もつけていない。裸足スタイルを提唱したのはもちろん鐶だが、ただでさえミニスカートを恥じて赤らんでいる小札が
裸足というのは何だかひどく背徳的だった。「いいな」「ああ、なんかいい」。男性陣から上がる声にますます赤くなるロバ少女。
「な、なんだかすーすーするのです」
「すーすーだってよ」「いいな」「ふだん長ズボンしか履いていないコのスカート姿ってのはいいもんだ」「すーすーかあ」。
「きゅううう」
とうとう小札は目をレトロな少女ギャグマンガのごとくハイライト全開にして桜花に泣きつく。ギャラリーを指差す彼女の
いわんとするコトは1つだった。
「はいはい皆。あまり小札さんからかわない」
さすが生徒会長とうべきか。群集がかもし出す一種卑猥な感想の囁きあいは一瞬で鎮圧された。
しかし小札の涙は止まらない。
「首からネクタイっていうのが一番ショックなのであります……」
桜花とおそろいだった。彼女のは服越しでも分かる豊かな谷間に挟み込まれていた。
小札のはストン! ペラン! だった。絶壁と平行に吸い付いている。
「うぅう」
「フ! だがストンペランで平行に吸い付いているのは最高に、良いッ!!」
どこからか現われた総角が叫ぶと男達は熱く頷いた。妙味とはそこであろう。
「というか私着替えてから仮眠取ります!!」
よほど先ほどの教室で眠りこけたのが恥ずかしいのか──実際にはイオイソゴに無理やり眠らされただけなのだが──
千里は前のドアから脱出し走り去った。
入れ替わりに後ろのドアが開いた。みなギクリとしてそこを見る。何か鬼気が感じられたのだ。地獄のように赤黒いオーラさえ
感じ取られた。鐶が無言でダガーを構え香美が背中を逆立てしゃーと鳴く中、それは来た。
「だから何度言えば分かる剛太! 写真なんか取るな! 恥ずかしい!!」
メイド服が現われた。そのメイド服は赤かった。緋色のまだらが点々とついていた。
そして物言わぬ剛太を引きずりながら教室に入ってきた。
「桜花ァ!!」
生徒会長を見るなり鬼のような形相で吼えた斗貴子にギャラリーたち絶叫。沙織もビビり毒島も戦き香美もぎょひいと仰け反った。
「ダイゼンガー見参! ……です。むぐむぐ」
鐶は無表情でドーナツを食べた。そして笑う桜花。
「あら津村さんお似合いじゃない」
174 :
永遠の扉:2014/05/03(土) 00:17:23.98 ID:5yWwDptn0
斗貴子だけはレトロなメイド服だった。襟元に巻いた紐を蝶々結びにし、細い肢体にぴったりなスマートな脳紺色のドレス
とエプロンを纏っている。手袋もしておりそれは純白で裾が三角形にギザギザと波打っている。白のロングソックスはこれま
た長いスカートの中へ伸びており肌の露出は皆無である。ヘッドドレスも三角の衣装があしらわ、王族のティアラのような高貴
さがある。
「くそう! こんなヒラヒラした物きてアクションができるか!!」
目を三角にする斗貴子だが心配はひどく実利的だった。羞恥に基づいていない辺り彼女らしい。これに関しては男子も
賛否両論だ。羞恥こそ史上とするものと、それを超えた部分でどこまでも自分を貫いている部活動の副部長的な気質が
いい、怒られたいという若干被虐的な嗜好を披露するものとで斗貴子評は分かれた。
「あら。怒らなくてもいいじゃない。似合ってるわよソレ」
「うるさい! あれほどスカートの丈は短くしろといったのに! だいたいなんだエプロンの端のこの文字!」
みなそこを見る。「赤べこ」という文字が染め抜かれていた。
「明治初期の牛鍋屋の名前だけど。明治15年にはもうメイド服を導入していたとか」
六舛の解説に「そういうコトを聞いてるんじゃない!」。怒鳴る斗貴子だが彼と桜花相手でそうしても無駄なので諦める。
「私なんだかチャンスを逃した気がするの」
「そうか」
ある場所で千歳がぼやくと根来は言葉少なに頷いた。
教室にメイド服着用のパピヨンが入ってきた。
「帰れエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!
空き缶は全力の叫びを突っ切り黒板に直撃した。斗貴子の右手から放たれたそれはパピヨンの顔の真横に突き刺さっ
た。ウーロン茶のかぐわしいな粒が黒いスーツの肩に振り注いだ。」
「おおおお、おぞましいっ! おぞましい格好をするな! 今すぐ着換えろ! 全速力で!」
「断る」
あとは飛びかかる斗貴子。繰り出されるバルキリースカートをひらひら避けるとパピヨンは去っていった。
「メイド服っていうかいつもの服にエプロンドレスつけて王冠つけただけだったわね……」
桜花は遠い芽をした。
「貴殿のいうチャンスとはなんなのだ」
「チャンスなの」
木漏れ日の下、ベンチに並んで座った千歳と根来。遠くの道路を車が1台通り過ぎた。
2人は黙ってコンビニのおにぎりを食べた。
やいのやいの騒いでいると、対戦相手の劇団の代表者が来た。
秋戸西菜。元声優でいまは劇団員だ。
というのは表向きで、実はいずれ戦士たちと敵対するレティクルエレメンツの幹部である。
『黄泉路に惑う天邪鬼』(マレフィックプルート)。リバースやイオイソゴのような音楽隊との因縁はないため表立って行動している。
コードネームはクライマックス=アーマード。通称はクラちゃん。(リバースしかそう呼ばないが)
(戦士さんたちにもこの上なく顔は知られていません。普通ならホムンクルスの身で近づいたらヴィクトリアさん辺りに感づか
れるかも知れませんが)
内心クライマックスはほくそ笑んだ。
175 :
永遠の扉:2014/05/03(土) 00:17:54.68 ID:5yWwDptn0
(いまの私は実をいうと人間とこの上なく同じ状態なのです! リヴォルハインさんの『目的』の副産物だとか! しかしリヴ
ォルハインさん何が望みなんでしょうねー? 錬金術の犠牲者総てを救うため大いなる目的を抱いているとかいってますけど
その副産物が調整体の私をこの上なく人間じみた状態にするっておかしな話です)
とはいえ副産物が当初の目的と合致した試しもないから逆算は無理だと諦めるクライマックス。そもそもWEBブラウザだって
素粒子研究の過程で生まれたものなのだ。それを知る者は少ないだろう。誰だってインターネット用に作られたと思うだろう。そ
れと同じだ。爪楊枝の、こけしのような2本の筋だって本来は製造工程の不備をごまかすためのものなのだ。技術未熟なりし
ころ、切削行程において必ず焦げ目ができてしまったので、隠蔽と外観向上を兼ねてこけし状の筋を入れた。いまでは焦がす
コトなく切削できるが好評のためワザとつけている……というコトは誰だって知らない。副産物と原因は必ずしもイコールでは
ないのだ。ただし「≠」ばかりではなく「≒」もまたあるとクライマックスは思うのだ。
それはともかくクライマックス入室。
「こんにちわ! この上なくこんにちわです!」
またかという顔を生徒達はした。
(美人なんだけど色々残念だよなあの人)
(喋らずずっとニコニコ笑っていれば恋愛対象になるのに)
(馬鹿。無口だけど笑顔デフォルトなコなんて三次元にやいねーよ!)
「ひぷちん」
どこかでゆるふわウェーブのアホ毛少女がくしゃみをした。
「なるほど。台本も完成してアクションのメインさんたちも特訓して、大道具さんもやられ役さんもこの上なくいいリーダーに
恵まれて、世界観設定も完璧、特効には若手だけれど有能な人を起用、その他小道具などの細かい役割も万全と!」
「え、ええ、まあ」
監督代行のヴィクトリアは(激励? 忙しいのに鬱陶しい)とか思いつつにこやかに対応する。
クライマックスはいろいろ話して見学して、「いっしょに鎬を削ってこの上なくいい劇しましょう!」と笑って手を振り教室を後に。
廊下。
「それにしても私たちの劇はどうなるんでしょうか。脚本、ブレイクさんが今日上げてくれるって予定でしたが……」
1人ごちていると天井から少女が落ちてきた。蜘蛛か。バイオハザードの蜘蛛か。突っ込みたくなったクライマックスだが
相手はいろいろ格上のため我慢する。
「イソゴさん。この上なくどうしたんですか?」
「ひひっ。台本じゃよ。写しを手に入れた……」
写し、という点が引っかかったがコピーした物を配るのだろうな、程度の意味にしか取らずクライマックスも本格練習突入。
劇の準備はいよいよ大詰めである。
「と、いう時に武藤まひろは色々浮ついてて話にならないの」
音楽隊と戦士を集めたヴィクトリアは、先ほど総角と相談したまひろ正常化作戦についての概要を述べる。
「ぷっ」
桜花は笑った。斗貴子は窘めながら「しょうもないな……」と呆れた。
「そ、それは女のコとして恥ずかしいのでは……。ショック療法としての効果は期待できますが」
「戦士・秋水にも刺激が強そうだな。しかしブラボー」
毒島と防人は概ね賛成の方向。
「古人に云う。断じて行えば鬼神もこれを避く」
「元のまっぴーに戻るなら……アリ…………です……」
「あったかいやつ! あたし好きじゃんしたいしたい!!」
『落ち着け香美! 武藤まひろ氏がされなければ意味がない!!』
「確かに進まねばならぬ時もありましょう。不肖がそうでありました」
「フ。俺は発案者。今さらどうこう言わないさ」
音楽隊の面々もノっている。
「とりあえず別にアナタたちは何もしなくていいわ。見てるだけでいい。いかにも劇の練習って顔で居ればいいわ」
本来なら戦士にもホムンクルスにも頭を下げる義理はないし、助力だって仰ぎたくはないヴィクトリアだが、今回ばかりは
演劇という大義名分がありしかも両勢力とも指揮下にいるのだ。一ホムンクルスとしてではなく、演劇部の監督代行として
助力を願い出た訳である。
そして計画は第二フェーズへ!
以上ここまで。