【貴志祐介/及川徹】新世界より 神栖3町【別冊少年マガジン
スクィーラは上空千メートルに浮かぶグラズヘイムから、地上にある神栖66町を睥睨していた。
自身が神と呼ぶに相応しき存在から授かった「力」を存分に発揮したく、胸が躍っていた。
そう、自分達バケネズミを存分に虐げ、搾取し、恐怖と絶望と死の象徴であった町の人間達に思い知らせてやらねばならないのだ。
スクィーラはそんな神を称する存在に戦いを挑み、そして敗れた。
敗れたスクィーラは裁判にかけられ、延々と続く呪力による無限地獄の刑を受けることになったのだ。
その時のスクィーラの無念たるや到底言葉などで表現しきれるものではなかった。
五百年にも渡る自分達種族の苦しみの歴史を捕らえたミノシロモドキを通じて知った時の衝撃は今でも忘れられない。
自分達は非能力者の人間の子孫であり、五百年前に科学技術を持つ集団によりその姿形を醜いバケモノに変えられた。
これまでの自分達の生は一体何だったのだろうか?
ミノシロモドキに記された真実を知るまではひたすらに神に忠誠を誓い、神の為に働くことこそが自分達の役割だと信じていた。
しかし真実はどうだ? 自分達は元は人間であり、先祖の犯した罪でこうして醜いケモノに作り変えられ、今日に至るまで延々と抑圧され続けてきた。
呪力を持たないから、それだけの理由でこんな姿になったというのか?
スクィーラは自分達がこのまま紛い物の神達に踊らされたまま終わるということを当然良しとはしなかった。
当然だろう、こんな真実を知れば町の人間達を心の底から神などと敬うことが出来るだろうか?
断じて自分達は消耗品の家畜などではない。
スクィーラが町の人間に反旗を翻す決意をしたのはミノシロモドキの真実を知ってから数十分後のことだった。
そして悪鬼の少年、メシアを用意し、緻密かつ用意周到な計画を十年以上にも渡って練ってきた。
全ては自分達の未来の為、偽りの神に抗う為にだ。
が、同じバケネズミである奇狼丸の裏切りとも呼べる行いにより、スクィーラは敗れることとなった。
長年に掛けて作り上げた計画が奇狼丸一人によって脆くも崩れることとなってしまった。
全てが終わったと思った
自分達バケネズミの未来はそこで潰えたかに思えた。
が、思わぬ助けの手がスクィーラに差し伸べられることになる。
そう、町の人間と比較することすらおこがましいと思える程の隔絶した『存在』に。
黄金の化身を思わせる金色に輝く髪の毛、その場にいるだけでその男の周囲の全てが陳腐な装飾品とすら思えてくる存在感、
言動の端々から感じる重厚感、彼が目の前に存在しているだけで自然と地べたに額を擦り付けてひれ伏したくなる。
何もかもが違いすぎるのだ。例えばこの男が自分に「死ね」と言えば何の躊躇もなく即座に命を捨てているだろう。
本物の、正真正銘神の化身としか思えない玉座に座る黄金の男に救われたスクィーラ。
そしてその男から『力』を授けられたスクィーラ。
そう、その力を使って自分達の未来を切り開かねばならないのだ。
この力は正確に言えば玉座の男の隣に佇む黒衣の影法師から贈られた物であるのだが。
「スクィーラよ、私は卿がこの世界を作り変える光景が見たいのだ。わかり易く言えば卿の世界は牢獄のようなものだろう。
私は卿を見込んで、この世界に終止符を打つ大役を任せたいのだ。出来るか?」
「元よりそのつもりです。貴方達から贈られたこの力、存分に使わせていただきます」
下界に広がる神栖66町を見据えながら背後にいる黄金の男に言うスクィーラ。
「獣殿、彼をこのグラズヘイムの一員としてお迎えにならないのですか?」
「ああ、カール。私はこの者が歪んだ世界を壊す瞬間が見たくてな。我等がこれからしようとしていることと何の差がある? 我等と同じく牢獄に囚われている
者こそ、我等の持つ苦しみも理解できているというもの。この者がこの世界でシャンバラを築く姿も、目的を果たした我等の姿と重なるとは思わんか?」
「その通り。真に惜しい人材ではありますが、獣殿がそう言うのであれば」
「それでは行って参ります」
「健闘を祈るぞスクィーラ」
後方の神に別れを告げたスクィーラはグラズヘイムから飛び降りる。そしてそのまま町目掛けて凄まじいスピードで急降下していく。
「町の人間共よ!! 我等バケネズミを苦しめてきた償いをしてもらうぞぉ!!!!」
地上の町目掛けて落下しながら咆哮するスクィーラ。
それは巨大な猛獣の轟吼を思わせる程の響きであり、確実に下の町にまで届いているに違いない。
そしてついに町の中心部である広場に両足で着地するスクィーラ。
着地時の衝撃により自分の周囲数メートルが陥没する。
「な! 何だぁ!?」
「こ、こいつはスクィーラだ! そんな馬鹿な!?」
広場には数十名程の町の人間がいた。今の時間では自分が死んでから一年程の歳月が流れているらしい。
バケネズミの反乱による打撃からようやく回復してきたという所だろうか?
町の人間達も一年前のバケネズミの反乱時にバケネズミに対する恐怖を植えつけられたに違いない。
自分達に従っていた家畜に手を噛まれたのだ。
「お久しぶりです町の神様方。いや、最早貴方達は神などではない、神になった気でいるだけの無力な人間様ですね」
スクィーラは周囲の人間達を見回しながらゆっくりと近づく。
「バ! バケネズミめ!! 死ね!」
案の定、恐怖に駆られた町の人間の一人がスクィーラを呪力で殺そうとしてくる。スクィーラも自分に呪力が降りかかってくるのを感じた。
が、呪力でスクィーラを拘束することはできず、スクィーラは容易く呪力による『縛り』を引きちぎる。
「そ! そんな馬鹿な!?」
「ありえない! 呪力を振りほどくなんて!!」
町の人間達の間で動揺が広がっている。
無理もないだろう、呪力が通用しないバケネズミの相手などしたことはないのだから。
「それでは私の番ですね」
そう、町の人間達に絶対的かつ絶望的なまでの力の差を思い知らせる為にわざと呪力を受けたのだ。
そして神より授かった力をスクィーラは解放する。
スクィーラの口から呪いの響きを思わせる程のおぞましく、聞く者に恐怖を与える歌声が紡がれていく。