【貴志祐介/及川徹】新世界より 神栖3町【別冊少年マガジン
「た、戦う……!」
スクィーラは自分に語りかけてくる何者かの問いかけにそう答えた。
今の自分……いや、バケネズミ達はこのまま人間に蹂躙される側で終わるのか?
他のバケネズミ達は自分達が人間であったことを知らずに一生人間達に酷使されるのか?
自らの人生に希望も未来も持てず、人間達に生殺与奪権を握られたままでいいのか?
自分達のコロニーは神である人間達の好きなようにさせていいのか?
否、断じて否。
そんな未来は認めない、そんな一生は認めない、そんな結末は決して認めない。
スクィーラは謎の言葉を聞き、益々人間達への怒りを募らせていった。
ミノシロモドキに記録されていた自分達の真実に気がつかなければ自分は一生町の人間達を神を崇め、種族の未来など考えられなかっただろう。
念入りに計画し、人間達に反旗を翻したはいいものの、人間達に最終的には敗れた。
こんな結末は受け入れたくない、こんな結果は認めたくない。だが今の自分の状況を変えるのは不可能だろう。
スクィーラは呪力によって弄ばれ続ける自分に対しても怒りと悔しさを滲ませる。
拷問を受け続ける日々が更に一ヶ月程続く。自分の身体は最早バケネズミの原型を留めてはいない身体になっているだろう。
自分が何者なのか、それすらも分からなくなる程思考回路が鈍っていた。
しかしそんな中でハッキリと分かることがあった。
町の人間に対する途方もない憎しみ、怨念、爆発しそうな程の怒りは確かに自分の身体に刻まれていた。
何の生き物になったのかは自分でも分からない、町の人間達から見ればおぞましき「何か」に映ることは確かだろう。
しかしそんな姿になっても町の人間達に対する感情は聊かも揺らいでいなかった。
例え違う生き物になってしまおうと、脳をいじられようが、細胞をいじられようが人間達に対する怨嗟の念は確かに存在していた。
生きているのか死んでいるのかも実感が沸かない、自分の手足が存在しているのかも、周りの景色が何なのかも分からない。
しかしそんな状況の中でさえ「憎しみ」は死んではいなかった。
今の自分に残っている思考はただそれだけなのだが。
どう足掻こうと今の自分に何かできる筈もない、呪力がある人間達と自分達バケネズミとの差は歴然としている。
本物の、正真正銘の「神」でもない限りこの状況は覆せまい。
そんな絶望的な状況の中でも「怒り」、「憎しみ」は決して絶やさなかった。
それがなくなれば「負け」となるだろう。苦痛からの解放という名目で「死を望む」など絶対にしない。
自分の存在意義、それは町の人間達に対する純粋なまでの殺意の塊となることだった。
そんな中自分の意思に語りかけてくる声が聞こえた。今までの声とは違う、もっと優し気な……、自分を労わるような……哀れむような声だ。
この声は聞き覚えがあった。そう、自分もよく知っている古い馴染みの声にそっくりだった。
そしていい終えると、スクィーラは自分の「意思」が消えていくのを感じた。
気がつけばスクィーラは見知らぬ場所に蹲っていた。どこかは知らない、だが周囲を見渡してみればどこかの玉座らしき場所だった。
それにしてもなんと荘厳な場所だろうか。この場所にいるだけで押しつぶされる程の圧迫感だ。
自分のような者には不釣合いな場所だと言える。
赤いカーペットのような絨毯が玉座の場所にまで伸びている。どこかの宮殿だろうか?
だがそもそも自分は確かに消えた筈だ、なぜこのような場所にるのだろうか?
自分は二足歩行で立ち、服も着ている。
バケネズミ以外の生き物に姿を変えられたと思っていたが、今の自分は拷問を受ける以前のままの五体満足の姿だ。
解放されたのか? それはありえない。自分は町の人間達を大勢殺した。そんな重罪人である自分が釈放などされようか?
だとすればここは「死後の世界」というものだろうか? スクィーラがそう考えていると、玉座から声が響いてきた。
「成程……卿がスクィーラか?」
それは何と重く、何と神々しき響きだろうか。言葉の重みそのものが町の人間達とは比べ物にならない。
言葉一つだけでも押しつぶされてしまいそうな感覚だ。
スクィーラは玉座の方角に目を向ける。玉座に「ソレ」は確かに座っていた。
単なる人間が玉座に座っているなどという次元ではない、威厳、佇まいの何もかもが凡百の人間とは一線を画している。
長く伸ばされた金色の髪の毛は眩いばかりの輝きを放っていた。見慣れない服を着ているものの、そんなことなどスクィーラにとってはどうでもよかった。
「こちらへ参れ」
その一言だけで玉座の方まで歩いてきた。戸惑うことなく、躊躇いもなくスクィーラは玉座の男の言葉に従った。
この男は一体何者なのだろうか? 単に玉座に座しているだけにも関わらず、自分の命が握られているような感覚だった。
町の人間達にこれ程の存在の者はいなかった。いや、そもそも金色の髪の男が「人間」であるかどうかすら怪しい。
この男を「人間」などとういうカテゴリーに置けるのかどうかすら分からない。