【2次】漫画SS総合スレへようこそpart74【創作】
当事者 1
香美、と名付けたネコはひどく体が弱かった。普通、子ネコというものは母ネコの初乳から免疫力を獲得(移行抗体)し、
1〜2か月ほど様々な感染症から守られるものだ。
が、香美は生後数か月の間、何度も何度も感染症にかかり生死の境を彷徨った。ひょっとするとだが、母ネコ自体が
免疫力を持っていなかった(または免疫力の薄れた状態だった)のかも知れない。
『僕が拾った時もそうだった! 担ぎこんだ病院で一晩に何度も死にかけた!』
「そう……ですか」
(でも生命力自体は強いという話だ!)
いよいよ駄目だという時、貴信はケージの隙間からそっと前足を握ってやった。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「先生! 僕は泊まり込んででもこの子の面倒を見てあげたい!」
突拍子もない申し出に、獣医は面喰らったようだった。5年とか10年とか連れ添った相手ならばまだしも初対面の子猫
相手に……? ありありと浮かぶ機微に対し、貴信は全力の叫びをあげた。
「確かに僕とこの子の縁など偶然出会った程度の物でしかない! しかし! この子は訳も分からず捨てられていた! 何
も悪い事をしていないにも関わらずだ!! なのに獣医さんだけに看取られて死んでいくのは……あまりにも寂しすぎる!
だいいち僕自身、責任を丸投げしたようで気が引ける!」
いかにも異相の青年である。レモン型の瞳が血走り、芥子粒のような小さな瞳が爛爛と光りを帯びている。それが喋るたび
ずずいと接近してくるから獣医は悲鳴を上げたくなった。貴信の歩幅に合わせ、後ずさる。
なおかかる声は時おり耳障りな甲高さを帯び、驚いた入院室の患畜がひっきりなしに遠吠えし、絶叫し、そしてはばたく。。
静謐であるべき診察室は貴信一人の乱入によってかつてない騒ぎに見舞われていた。
獣医はとうとう部屋の隅に追い詰められ、そこにあった大型書類棚に背中をぶつけた。ガラス戸の内側で蒼いバインダーが
何冊か蝶のように羽ばたき落ちた。
「しかし」
落ち着いて。遠慮がちに突き出した掌はしかしボディランゲージの効果がなかった。
貴信は泣いた。異形の瞳を濡らしに濡らし、憚りもなく泣き始めた。言葉の節々で俯いては熱い水滴を拭い、叫びを継いだ。
「人が生きるのは繋がりを求めるからだ!! 鎖のような、強固で確かな! それはきっと動物だって例外じゃない! 親から
も飼い主からも見捨てられたこの子! もし助からないにしても、まったく無縁の僕が何らかの繋がりを与えてやらなければ……
この子の人生には孤独しか残らない! 孤独は何より辛い!! だから、ついていたい!」
(この子ぜってえトモダチいねえ! だから子ネコにさえ自己投影する自己満足な自己紹介に自己陶酔してやがる!)
社交性のない人間が追い詰められた時の(常人には理解しがたき)爆発力。
(んで子ネコ救えば自分も救われるとか思ってる訳だ! やっべ! こーいう奴が一番やべえ!)
獣医は負けた。
付き添いを、許可した。
「ただし大声だすなよいやマジで。患畜が発作起こしたらカワイソーだし」
* * * * * * * * * * * * * * * * *
右前足を握られた子猫は、ネズミのような声で苦しそうに鳴いた。小型毛布に包まれた小さな体は果てしのない熱を帯び、
そこからはみ出た小さな顔が時おり、はあ、はあと大きな息さえ吐く。猫は基本的に鼻呼吸である。口呼吸はよほど危殆に
瀕さねばやらない。香美の様子からそんな豆知識を思い出すたび、貴信の胸は耐えがたい陰鬱な気持ちに痛んだ。
(辛い物だな……。痛みを肩代わりしてやれないのは)
しょっぱい匂いが鼻先を付き、熱ぼったい液体がとめどなく頬を濡らす。喉が詰まる思いは父の葬儀以来久々だ。
(え、ええい。僕が泣いてどうする! 僕がキチっと見てあげるんだ!)
慌てて肩で洟を拭う。握った前足──厳密にいえば人差し指と親指で肉球を摘む程度だった。ケージ越しにはそれが限
界だった──ゆっくりと撫ですさってやる。
香美の息が少しだけ、和らいだ気がした。
(大丈夫! 大丈夫! きっと君は助かる!)
(あの後獣医さんが言っていた!)
「きっとこの子は病弱に育つでしょうが」
「兄弟たちがみんな死んでたのに、君が来るまで鳴き続けていた」
「だから」
「生命力だけは強いですよ。しぶとい、っていうんですかね」
「はは。失礼。要するに根性がある。女の子なのにね。どんなひどいコトになっても)
(「最後の一線の前では絶対に踏みとどまれる」!! 自分を信じて頑張るんだ! 香美!)
当事者 2
暗い場所でやかましい声が聞こえた。
ような、気がした。
当事者 1
2ヶ月後。
「さ! ココが今日から君の家だぞ!!」
おっかなびっくりという様子でケージから出てきた香美は、いかにも恐る恐るという様子でその部屋を見渡した。
ベッドが右にあり、正面奥には勉強机。左にはガラスの扉。どれも初めてみる物だから、怯えているだろう。
「ははっ! 2ヶ月も病院に居たからな! 外の世界には馴染みがないのだろう!」
ふわふわとした長毛種の子猫が面喰らったように貴信を見上げた。
体格は小さく、しかし毛は長い。座っているとふわふわとした毛質のせいでとてもとても丸く見える。
それだけで貴信は(くうーっ!)と顔をしかめて壁をゴツゴツ殴った。
(可愛い! 飼い主がいうのもあれだが可愛い!!)
正直いって妖精のようなネコだった。
オーバーを着込んだようにむっくりとした体だ。太っているのではなく、柔らかく長い毛が全身を覆い、あたかもぬいぐるみ
のように可愛らしい。
貴信自身「まさかこんな美人だとは」と驚くほどの子ネコだった。
ぱっちりとした大きな瞳。形のいい鼻。桃色の血管が透けて見える三角の耳。
顎や腹は雪が積もったように白く、それは足先も同じだった。しかも長毛のせいでどこまでも丸っこい。
.
可愛らしさの極めつけはしっぽで、羽箒のようにもわもわとしている。
獣医曰く『ノルウェージャン・フォレスト・キャット』の血が入っているのではないか? とのコトだった。
「『ノルウェージャン・フォレスト・キャット』?」
「そ。一説にはバイキング大暴れの11世紀ごろ、ピザンティン帝国からノルウェーに交易品としてやってきたネコちゃんだ
ね。ノルウェーの厳しい環境に適応して毛をムクムク伸び繁らせたせーで、いつしか「森の妖精」とまで呼ばれるようになっ
たネコちゃん。買えば高いし売れば高い」
「……売らないぞ!! この子はもう、僕の家族だ! いや、この子がそれを拒むなら話は別だけど!」
(そこで泣くなよ。3日徹夜で面倒見てくれた相手を拒むわきゃねーだろ。これだからトモダチの少ない奴は悲観的で嫌になる)
「何か?」
「(いや言ったらまた傷つくだろお前)。大丈夫。見たトコ雑種だねこのコ」
「雑種」
「うん。多分75%まではノルウェージャンだけど後の25%は別なネコ」
「だから捨てられたのか!! 可愛そうな香美! おぉ、よしよし!」
(よー分からんけどご主人がぎゅっとしてくれてる! 嬉しい、嬉しいじゃん!)
「香美いいいいいいいいいいいいい!!」
「(話聞けよ)。だいたいのノルウェージャンはブラウンクラシックタビーの毛色……あ、アメショーみたいな模様ね。あれが
多いけどこの子はなんか違う」
「というと?」
「お腹まっしろ。顎まっしろ。んで顎から鼻の頭の周りも白。そこはノルウェージャンだけど」
「けど?」
「毛色がヘン! 茶色はともかく!」
「うぐいす色の模様が入ってるなんてな!
香美の毛色はネコにしては特殊だった。目の周りや耳裏、背中といった部分に縞模様が入っているが、どういう訳かうぐ
いす色と茶色という些か”エグい”色合いだった。ネコの毛色を決定づけるのは毛管内に沈着したユーメラニン色素だが
──この色素が球形ならブラック、卵形や楕円形ならばブラウン、シナモン──それがうぐいす色になるのは聞いたコトが
ない。獣医はそう何度もいい、しきりに首をひねった。(仮に突然変異だとしても、全身が真っ白になるかシナモンの毛が
生えるのが普通。それが獣医学的見地だった)
「もしかしたら君や兄弟たちは突然変異すぎたせいで捨てられたのかも知れないな!」
「うみゃあ?」
良く分からない。そんな調子で一鳴きした香美はのんびりと毛づくろいを始めた。
ひょっとしたらブリーダーの家で生まれ、毛色が奇妙すぎるが故に「売り物にならない」と捨てられた……貴信はそんな仮説
を立てたが、どうか。
「謎が……解けました」
『もしかしてだが鐶副長、香美の謎がわかったのか!?』
はい、と鐶はゆっくりと頷いた。
「香美さんが語尾に”じゃん”をつけるのは……ノルウェージャン・フォレスト・キャットだから、です!」
無表情ながらに力強く眉をいからす少女に、『そ、そうかもな! は、ははは!』と貴信は空笑いをした。
「ノルウェージャンだからじゃん……です。大発見、です。無銘くんに話したら……きっと、話が……弾みます。……うん」
うつろな瞳の少女は俯き、気恥しげにはにかんだ。無銘の反応を期待しているらしい。
(こういう所はまだ子供だなあ!)
とにかくどうにか退院し、貴信の自宅で暮らすようになった香美は……ちょっとしたきっかけでよく体を壊した。
貴信は幼い彼女をなるべく外に出すまいと努力はした。が、出入りの際、家へ流れ込んでくる空気や外出中の貴信の衣
服に含まれるわずかばかりのウィルスに香美はやられ、何度も何度も感染症に見舞われた。(貴信は半ば本気で玄関へ
エアー室を設ける事を考えた)
そういったコトがなくなって、跳んだり跳ねたり走り回ったりできるほど元気になっても。
病弱は治らなかった。
一晩徹夜でゴムボールを追いかけただけで発熱。睡眠不足と疲労が原因だろうと貴信は分析した。
半日前に入れた水道水を飲んだだけで2日ほど水様性の便を垂れ流し続けたコトもあるし、ちょっとエサ皿を洗い忘れた
だけで食あたりし数時間吐き続けたコトも……。
「覚悟はしてたがこの子弱っ! 月曜退院した週の水曜に入院する患畜、初めてすぎるわ!」
「なのに回復は早い! 点滴打っただけでケージの中走り回ってる……!」
(なんか楽になったじゃん! 出すじゃん出すじゃん! あたしはご主人と遊びたい訳よ!)
.
病院に行っては回復し、回復しては体調を崩し……。
貴信が一番困惑したのは、やや蒸し暑い初夏、エアコンを軽くかけただけで一気に風邪をひきそのまま肺炎コースへ突入
された時だ。季節の変わり目にカゼを引くコトは誰しもよくあるが、香美の場合のそれはあまりにも極端過ぎた。
かといって元気のない、物静かなネコではなかった。むしろ香美はメスであるのが信じられないほど活発なネコへと成長
した。ヒマさえあれば室内をドタドタと走りまわり、高いところに登っては貴信の頭や背中へ飛びかかり、彼に巨大な悲鳴を
上げさせた。そして着地しては部屋の隅っこで身を屈め、いかにも高級そうなしっぽごと腰をふりふりしながら貴信を凝視
する。
「遊ぶじゃん遊ぶじゃんご主人! ご主人ご主人大好きじゃん!」。
まんまるくなった瞳孔は挑発的な光を振りまき、より刺激的な反応を求めているようだった。
そこで制止の声を上げ、捕まえんと向かっていくと余計ひどい結果になる。貴信が香美を捉えんと身を屈め腕を伸ばす
頃にはもうすばしっこい子ネコは股ぐらの間をくぐり抜け、急ターンをし、足の裏側を樹木のごとくズルズル登っている。ま
だまだチャチいがそれなりに尖っている爪がズボンの繊維をプチプチ裂く感触! そして皮膚に走る痛覚! 貴信が恐怖
とともに呻くころ、登頂成功した香美が肩の上でグルグル喉を鳴らしている。
(ご主人! ご主人!)
香美はよっぽど貴信が好きなようだった。彼は重病の飼いネコを幾度となく徹夜で看病していたが、もしかすると香美は
それを無意識のうちに理解しているのかも知れなかった。無邪気に喉を鳴らしては貴信の首筋や頬を舐める。ザラザラと
した感触で一生懸命愛情を表現しているのは明白だ。
そうなると貴信はもうお手上げで、そっと香美を肩から剥がし、抱き抱え、座り、そっと膝の上に乗せてやるしかなかった。
すると香美はますます嬉しそうに喉を鳴らし、「にゃー、にゃー!」と何度も貴信を見上げて鳴く。喉を撫でられたりすると
本当に心地良さそうに目を細め、いつしかカブト虫の幼虫のように丸くなって眠り込む。
そんな姿を見るのが、貴信は何よりも嬉しかった。まっとうな人間関係が結べず、もしかすると自分はこの世の誰からも
必要とされないまま生涯を終えるのかとよく不安に打ち震える彼にとって、膝の上で屈託なく眠る香美の姿は本当に本当
に救いだった。
だから、守りたい。他の何よりも、大事にしたい。
心からそう思っていたし、香美がその生涯の中で幸せになってくれるコトを強く強く、願っていた。
当事者 2
か細い息をつくネズミが目の前に横たわっていた。全身のあちこちが裂け、血がフローリングを汚している。
香美はちょこんと座ったまま「どうしていいか分からない」そういう顔で貴信を見た。
彼はピンセットに挟んだ脱脂綿を慣れた手つきでネズミの傷口に当てている。香美の鼻を刺激臭が貫いた。それは体調
が悪くなるたび嗅ぐ匂いだ。人間的に説明すれば病院に漂っている薬の匂いだ。
「本能だからな。追いかけてしまうのは仕方ない。まだ子猫だから、怒ってもしょうがない」
貴信はぽつりと呟き、チーズの破片をネズミの口の傍に置いた。幸いまだ息はあるらしい。すすけた色の原始哺乳類が
チぃチぃ鳴きながら食事をする。その様子に香美はなぜだかホッとした。
「いいか香美。ネズミを追いかけ回したい気持ちはわかる」
「うにゃ?」
いつもと違う静かで厳粛な貴信の声に香美は首を傾げた。
「でも傷つけるのは駄目だ。痛いし苦しい。お前だって何度もそういう思いをしただろう?」
言葉の意味はよく分からない。ただ、先ほどまで興奮して追っかけまわしていた「楽しい物体」が、自分の付けた爪痕から
ひどい臭いを放ち、グッタリしている様はとてもとても嫌な感じがした。
それは。
暗く湿った箱の中に居る時に。
ひどく疲れた時に、生臭く痛んだ食物や水を摂った後に、暑いのと寒いのを同時に経験した後に。
必ず襲ってくる「ゾッ」とする感覚に似ていた。
激しく動いて衝動をかきたてる「楽しい物体」が自分を見上げる目。
それは恐怖に満ち、助けを求めているようだった。
(あたしはただ……遊びたかっただけじゃん。でもさ、でもさ。何か、ちがう)
貴信に飛びかかった後のような楽しさはそこにない。その理由は考えても分からないが、「楽しい物体」に過ぎなかった
物が苦しそうな声を上げ、必死に自分の視線から逃れようとしている様は……楽しいものではなかった。
もこもこした毛の奥で胸がチクリと痛む。
いつしか香美はネズミの傷口を舐めはじめていた。
(ごめん。ごめん。あたし、あんたにわるい事した。ごめん)
「そうだ香美。彼らは彼らなりに懸命に生きている」
「うみゃー」
「君が遊びのつもりでも向こうは死ぬ思いをしている」
「にゃ」
「死に瀕するのは辛い。君ならそれが……分かる筈だ。いいな」
「ふみゃ」
「弱い者いじめは、良くないぞ」
3日後。
ネズミは冷たくなって、動かなくなった。
(…………)
裏庭で貴信が穴を掘り、「楽しい物体」を埋めるのを香美はケージの中からじっと眺めていた。
貴信がスコップを振るうたび、「楽しい物体」に土がかかっていく。
かつて自分が経験した、暗くて狭く、冷たい場所に行く。何となく、それが分かった。
寂しい気持ちだった。
ネズミは籠の外から何度か傷口を舐めるうち、食べかけのチーズをくれるようになった。だから香美も自分の煮干しをあ
げようと思った。そして咥えて持っていき。(籠の)隙間からねじ込んだ。「さ、あんたも食べるじゃん。おいしいじゃんそれ!」
だが、何の反応もなかった。チーズをくれた者はどこか満足したような表情で目を瞑ったまま、動かない。おかしい。鳴いて
貴信を呼ぶと、彼は少し驚いた顔で「楽しい物体」を撫でまわし、残念そうに首を振った。
(いー匂いのするあれ、あげたかったのにさ…………あたしのせーでああなったのに、いい匂いのもんくれたのにさ……)
豊かなしっぽをパタパタと振りながら、どうすれば良かったかずっと考えていた。爪を立てなければ良かった。噛みついたり、
押さえつけたりしなければ良かった。そんな想いが頭の中をぐるぐると駆け巡る。
初めて見た小さな物体は、貴信が差し出すおもちゃとは違う刺激的な動きをしていた。面白そうだった。だから飛びかかった。
貴信や彼の持つおもちゃと同じようにしても大丈夫。根拠もなくそう信じ込んで、いつものように力いっぱい遊んでいた。ただ、
それだけだった。それだけなのに、辛い気持ちになり、悪寒が走り、気付けば体調不良の時御用達のヘンな臭いのする場
所(動物病院)で寝込んでいた。
耳が熱ぼったく鼻が詰まって息苦しい。そういう時は決まってまどろむようにしている。
寝れば何とかなる。辛い気持も、収まる。香美の意識が遠のいた。
夢の中でネズミが怒ったり泣いたり、「気にするな」とチーズの破片を押し付けてきている気がした。そして今度こそ煮干しを
食べさせようとするとネズミはどこかへ消える。そして香美は貴信さえいない暗闇の中で煮干しを取り落としたまま鳴き喚く。
誰も来ない。
寒い。狭い。
出れない。
そんな怖い夢を、何度も見た。
すると前足に懐かしい暖かさがやってきて、目を覚ますと貴信が心配そうにそこにいる。
悪い夢を食べてくれるのは、いつも決まって貴信だった。
(ご主人、あたし、あたし……)
芥子粒のような瞳の中で、子ネコがポロポロと涙を流した。
退院してからも。
外に出られるようになってからも。
本当に悪いコトをした。「楽しい物体」が埋まっている場所を見るたび、香美は胸が痛んだ。
当事者 1
香美が外に行くようになってから。
.
「?」
貴信は自宅の裏庭に行くたび首を傾げた。
ネズミを埋めた場所にいつも決まって煮干しが落ちている。
(香美が供えたとか……!? いやでもネコって墓参りする生物だったか! 象の墓場だって密漁ハンターが捏造したアレだしなあ!)
結局それは、家を出るまでも出てからも、謎のままだった。
当事者 2
話は前後する。
生後4か月でようやく人並み(ネコ並)の免疫力を獲得した香美は、外へ遊びに行くようになった。
きっかけはよくあるコトだ。貴信が帰ってきた時スルリとドアを抜け、脱走。3日ばかり行方不明になった。
(ご主人はいつもどこいっとるじゃん。それが知りたいじゃん)
貴信はまったくメシが喉を通らなかった。3ケタほど刷った尋ねネコポスターをあちこちに貼ったり不眠不休で捜索したりした。
幸いネコの常で3日もするとひょっこり帰ってきたが、以来彼女ときたら毎日毎日「外へ出すじゃん出すじゃん」と鳴き喚き
ドアをガリガリ引っ掻く始末。
健康状態を慮る貴信だから生涯室内飼いを予定していたのはいうまでもない。
他方外の世界の刺激がすっかり病みつきになった香美は外へ出たがる。要求開始からたった3日で円形脱毛をきたす
ほど「閉じ込められている」室内飼いはストレスフル……貴信は外へ出すべきか、悩んだ
「喧嘩してネコエイズに感染するのが心配? 大丈夫ですよ。メスだしあまりケンカはしないでしょう」
獣医はそう太鼓判を押した。貴信はしぶしぶながら外飼いを決意した。
だが。
香美はよくケンカをした。
「あの! 香美はよく喧嘩するんですが!」
「おかしいなあ。基本的に温和で人懐っこいコなのに」
「そんなコトいって香美がネコエイズになったらどうするんだ!!」
「まあまあ。落ち着いて。実はネコエイズの新薬の研究が進んでいる」
「それなら……」
「まあアメリカの死刑囚に呑ましたら全身グリーンピースみたいな腫瘍だらけになって溶けて死んだけどな!」
「免疫不全より悪い結果の出る薬をッ! 人の家族に呑ませようとするなアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「大丈夫だよ貴信君! 私は患畜は殺さない主義だ! もっとも人間のだクソ犯罪者どもは積極的に様々かつ危険極まる
臨床実験に使って駆逐すべきだという主義は曲げない! 人間とかなに醜っ! 全身の皮膚に柔らかーい毛が生えてねえ
段階ですでにもう論外! 仔人間の段階でもうダメ! うるせえわうぜえわ一番可愛い筈の時期さえクソだぜ!」
「仔人間とかいうな! 動物扱いするな!」
「おおおっと失礼! 動物様を人間ごときと同列に語っては失礼だねっ! 何しろ人間とかは可愛くねー時期が長すぎる!
許せて受精直後の受精卵ぐらいだな! あれはふつーに丸くて可愛らしいが細胞分裂した辺りで一気にグロく、なりやがる!」
終始動物以下だぜ人間って奴ぁ! 死ねよフフヒャハアハハハーッ!」
「今までお世話になった! 病院を変えるので紹介状とカルテを出せ! 今すぐ!」
「まずぁ犯罪者どもから動物様のよりよい治療の実験の犠牲んなってクソみてえな図体滅ぼしなッ! おじさんは今日も人
間どもの屍エサにネコエイズの薬作るぜー!」
「あんたのお手製か! というか僕の話聞いてないし!」
(よーわからんけどさー。あたし、弱いモノイジメしてる奴みると許せんわけよ)
子ネコが老ネコが、妊婦ネコが病気ネコが怪我ネコが、いじめられているのを見るとついカッとなってやってしまう。
相手が百戦錬磨のコワモテネコだろうとボスネコだろうと体重80kg超のセントバーナードであろうと立ち向かい、頭を肉球
で一撃! 大抵の相手はそれで昏倒した。金持ちの家から脱走したドーベルマン6頭を同時に昏倒させたコトもある。
「まあ全部子犬だったんだが!」
「ですよねー」
昏倒しない場合は「弱い物いじめはだーめでしょうがあああああ!」と連撃に次ぐ連撃。なまじ殺意や悪意のない、どこか
空回りしている連撃だからやられた方は怒るよりもつい唖然として──気迫に呑まれ──受け入れてしまう。そして連撃が
終わった後ようやく、相手が小さな子ネコだと気付く。
「いかん。だるい。疲れた。でも弱い物いじめはさせん。やるっつーならあたしが戦うし、どよ!」
(どうと言われても……)
すっかりヘバって地面に突っ伏してる子ネコを倒してもなあ。総ての相手はこの妙な相手に毒気を抜かれ、ついつい弱いもの
いじめをやめてしまう。(ケンカというよりおまぬけで一人よがりな暴走か)
「この子はあれだね。ケンカを全力でやってるけど本気は出してないみたい」
「先生! 全力と本気はイコールなのでは!」
「いやいや。全部の力を出してはいるけど、ケンカそのものには本気になっていない」
「?」
「一回この子がケンカしているのを見た。何というか、弱い物イジメやめさせるのに必死だけど、相手を倒したり叩きのめしたりし
たいとかは考えていないようだ。そういう意味じゃ、本気でケンカはやっていない」
「なるほど! つまり持てる力の全部が仲裁に行ってるから、相手も香美も傷付かない訳だ!」
「そ。もし持てる力の全て相手を叩きのめすコトに費やしたら、相当強いと思うよこの子。だって仲裁する時ですら相手は結構
ダメージ追うからね」
「香美は優しいから、ケンカのためだけのケンカはしないと思う!」
「先生もそう思うよー。ご主人の教育の賜物だね。……もし、この子が本当に逆上して、ケンカのためだけのケンカ、本気で相手
を叩きのめすようなコトがあるとしたら。それは──…」
「それは!?」
「──────────────────」
「……え? いや、その、先生? 香美は犬じゃないから、そんなコトはない! ないと、思う!」
この時は笑って流した言葉。
それが現実となり香美を激しく突き動かすコトになるとは……。
貴信はまったく想像もしていなかった。
一方、香美。
彼女は病気やケガで動けないネコを見つけると決まって自宅に連れ込んだ。子ネコが大人ネコの首を噛み、自宅まで引きずる
光景は近所の評判となった。
(ご主人! ご主人! あたしがだるい時にいくとこ連れてくじゃん! よくわからんけどあそこは治る! すごい!)
「いや香美、父さんの遺産だって無限じゃない! 本来無料で済む野良猫治療にいちいちお金を払う僕も僕だが! こうも
しょっちゅう野良猫をだな、全部見せる経済的余裕は……」
(なにいっとるかわからん。でも治る。治る。ご主人にこいつら見せたらきっと治る。ご主人はすごい!)
「ぐ………」
(はよ、はよ)
キラキラと目を輝かせる香美を見るたび、貴信は半泣きで病院に電話をかけた。
「はいそうです。また。うう! また今月の食費削らないといけないのか!!」
「つかよ、電車に轢かれて両前足吹っ飛んだネコを3千円で五体満足に戻したりしてるんだぜ俺。十分良心的じゃね?」
モアイのような顔の獣医は電話口でやれやれと肩を竦めた。
そんなコトが何十回も続くうち、とうとう香美は自宅周辺を統べるボスネコになってしまった。
(姉御姉御!)
(姐さんだ姐さんだ)
(強い。綺麗。頼れる)
なんだかんだで助けたネコども(あとインコやモグラやシロテテナガザルもいた)が勝手に祭り上げたという感じだが、そう
やって弱者どもが作り上げた権勢という奴は強者の腕力一つでは到底覆せない。
(ちっちゃい癖に生意気だぜクルァ!)
いかにもいかつい傷だらけのブチネコが香美にケンカを売れば弱者どもがどっからか湧いてきて総攻撃を仕掛ける。
(ボスに手を出すな!)
(いつぞやの恩、姐さん逃げてくだせえ!)
首に、背中に、しっぽに。たくさんのネコが1匹のネコに噛みつく様はスズメバチを蒸し殺すミツバチの群れに似ていた。
本来連帯感に乏しいネコどもがまるでイヌ社会かサル社会のような仁義を見せるのはまったく特異だが、しかし香美もまた
特異な感性を持っていた。
(がああああ! いっぱいがちょっとにとびかかるのもアレじゃんアレ! やーめーるじゃん!!)
味方である筈の弱者どもの頭を殴り、昏倒させ、悉くを蹴散らし。
本来敵である筈のいかついネコを守るように立ちはだかる。
(しゃあーーーーーーーっ! なにやってるじゃんあんた!)
(何って俺ぁテメーにケンカ売りに)
(ここにいたらいっぱいがよってたかってあんたいじめるしさあ、さっさと逃げたらどよ。ねえ!)
(ダメだコイツ。本物の馬鹿だ!)
香美この時4か月。要するに弱い物イジメを見ると後先考えられなくなる、アホであった。
しかしアホほど祭り上げられ好意を浴びるのが社会である。それはネコ社会も同じらしく。
(さすが姐さん! 姐さん!)
(フクロはだめ、だめ)
(わかったあ)
殴られ昏倒させられ蹴散らされた弱者どもはますます香美を尊敬した。
ついには。
(頼むぜ若ぇの。ここらのシマはおめえに任せた)
テレビで何度か取り上げられたほど伝説のボスネコ(30年は生きているらしい。子ネコのころ自分の右目を潰したカラス
を逆に喰い殺したそうな)がその席をついに譲った。
(よーわからん。なんでみんな集まるたびあたしをムリやりたかいとこのせるのさ?)
ネコ集会の時はひまそーに突っ伏し自慢のしっぽを鞭のようにしならせる。
そこへ下っ端や取り巻きどもが自助努力によって獲得したネコ草だのゴムマリだのを献上しにくる。
それを面倒くさそうに一瞥しては目を逸らすのはいよいよ以て大物の風格であった。(当人はただひたすら面倒くさかった
だけだが)
「ボスになってる……。ははっ。はははは!」
一度買い物帰りにその光景を見た貴信は思わず買い物袋を取り落とした。
「黙ってれば美人さんなのになあ! なんでボスになるんだろうなあ!」
かくりと肩を落とし、盛大な溜息をつく。
(まだ早いけど、お婿さんがきたらもうちょっとおしとやかになると思うんだけどなあ! どうだろう)
そんな香美は、歌が妙に好きでもあった。
ある時貴信がヒマ潰しにこんな歌を聞いていた。
「きーみのこころに! しるしはあるかー♪」
「にゃーにゃー」
「たたかうためにえらばれーた」
「にゃあにゃあっ! にゃーにゃー! にゃあみゃみゃあー!」
良く分からないが魂が反応して、香美は思わず鳴いた。
すると貴信。
「ははは! なんだ香美は戦隊モノの歌が好きか! 僕はゲッターがそうだが!」
ベストセクションのCD。それを買ってきて、香美と一緒に聞くようになった。
「きーみはぼくの、みらいだからー」
「にゃーにゃにゃ、にゃにゃみゃ、みゃにゃみにゃにゃなー」
強きをくじき弱きを助ける。そんな勇ましいメロディーを何度も聞くうち、香美はすっかり覚えてしまった。
「なるほど……戦隊モノの歌をよく歌っているのは……そのせい、ですね」
『そうだ!』
「ちなみに私は……レオパルドンが……好き……です」
『戦隊物と微妙に違う上に渋っ!』
以上ここまで。過去編続き。
>>スターダストさん
ケモノ萌え。この時点ではまだ擬人化(?)されてない、純然たるケモノだけど萌え。
強くて優しくて可愛くて、そして想い人には一途で無邪気で、ってパーフェクツでは
ないですか。ライダーよりウルトラより戦隊、なのがまた私としては嬉しいところだったり。
当事者 4
夜。都心にある廃工場でハシビロコウはため息をついた。ハシビロコウとはペリカンに似た大型鳥類の名称だ。全身はネ
ズミ色。トレードマークは、異様に大きいクチバシ&何を考えているか分からない三白眼。
ああ。憂鬱だ。
すぐ横の錆びた鉄柱が火を吹いた。何か刃物のような物が掠ったようだ。というか簡単にいえば「投げつけられた」。銀色
の円弧が鉄骨に似た柱を一削り。そして反転。遡行。遠ざかっていく。元来た軌道をブーメランのように、持ち主へ。入れ替
わるように響く怒号、飛びこむ殺意。人影が来る。辺りに散らばる塗料の缶──昔ここで生産された物らしい──をガタガタ
ガタガタ吹き飛ばし。
ああ。憂鬱だ。
ディプスレス=シンカヒアという名のハシビロコウは何度目かの溜息をついた。
工場は暗い。天井に空いた大穴から月明かりが射しこんでいる以外、何ら光なき空間だ。鳥目にとって些か難儀な状況
設定。それがまず憂鬱だ。突っ込んでくる人影の遥か後ろでいくつかの影が散開したのも憂鬱だ。
ゆっくりと首を動かす。見まわす。
包囲。
柱の傍から。
直立する1mほどの赤い筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
暗くて見えないが、静かな殺意が拡がっていくのが分かった。内に不快感をあらん限り蓄えているが、目的達成のためグッ
っと堪えている。自分を取り巻く気配はそんな感じだ。
ディプレスは知る。
前の人影は囮だ。自分を包囲するまでの、時間稼ぎの。
見えざる闇から無数の視線が刺さる。全身の肌にねっとりとした感情がまとわりつく。彼らは隙あらばディプレスに飛びか
かるだろう。……息の根を止めるべく。
いよいよ迫る人影についての感想は特にない。強いて言うなら彼が吹き飛ばしている塗料の缶。幾つかのそれが細い
足にガンガンと直撃して地味に痛い。ああ痛い。
チャチな恫喝にチャチな痛み。
ああ。憂鬱だ。
天を仰いで溜息をつく。天井の大穴はいまや鈍色のネットで封鎖されている。当たり前だが敵どもは、ここで自分を仕留
めるつもりらしい。人影はついに2歩先までに肉薄している。彼との攻防如何では周囲の殺意が爆発し、嵐のような総攻撃
が降りかかるだろう。
ああ。憂鬱だ。
「お前らの馬鹿さ加減がマジ憂鬱wwwwwwwwww オイラ逃がす方が生w存w確w率w高wいwのwにwなあwwwwwwwwwwww」
ディプレス=シンカヒアという名前のハシビロコウは……薄く笑った。そして視線を水平に戻し、ニタニタと目の前の情景
を眺めた。相対する影が持つは銀色のチンクエディア。刀身に溝が彫られた大振りの短剣は遂にいよいよ鼻先に迫っている。
そもそも動物園かウガンダ共和国のビクトリア湖周辺にしかいないハシビロコウがなぜ都心の廃工場にいるのか。
まず彼は本物のハシビロコウではない。本物の細胞をもとに作られたホムンクルスで、元は人間。かつては勤勉なマラ
ソンランナーだったが本番中思わぬ妨害を受けて以来すっかり転落の一途を辿り、人外をやっているという訳だ。
努力の総てをフイにされた。また頑張っても同じコトが起こる。
.
当事者 4
夜。都心にある廃工場でハシビロコウはため息をついた。ハシビロコウとはペリカンに似た大型鳥類の名称だ。全身はネ
ズミ色。トレードマークは、異様に大きいクチバシ&何を考えているか分からない三白眼。
ああ。憂鬱だ。
すぐ横の錆びた鉄柱が火を吹いた。何か刃物のような物が掠ったようだ。というか簡単にいえば「投げつけられた」。銀色
の円弧が鉄骨に似た柱を一削り。そして反転。遡行。遠ざかっていく。元来た軌道をブーメランのように、持ち主へ。入れ替
わるように響く怒号、飛びこむ殺意。人影が来る。辺りに散らばる塗料の缶──昔ここで生産された物らしい──をガタガタ
ガタガタ吹き飛ばし。
ああ。憂鬱だ。
ディプスレス=シンカヒアという名のハシビロコウは何度目かの溜息をついた。
工場は暗い。天井に空いた大穴から月明かりが射しこんでいる以外、何ら光なき空間だ。鳥目にとって些か難儀な状況
設定。それがまず憂鬱だ。突っ込んでくる人影の遥か後ろでいくつかの影が散開したのも憂鬱だ。
ゆっくりと首を動かす。見まわす。
包囲。
柱の傍から。
直立する1mほどの赤い筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
暗くて見えないが、静かな殺意が拡がっていくのが分かった。内に不快感をあらん限り蓄えているが、目的達成のためグッ
っと堪えている。自分を取り巻く気配はそんな感じだ。
ディプレスは知る。
前の人影は囮だ。自分を包囲するまでの、時間稼ぎの。
見えざる闇から無数の視線が刺さる。全身の肌にねっとりとした感情がまとわりつく。彼らは隙あらばディプレスに飛びか
かるだろう。……息の根を止めるべく。
いよいよ迫る人影についての感想は特にない。強いて言うなら彼が吹き飛ばしている塗料の缶。幾つかのそれが細い
足にガンガンと直撃して地味に痛い。ああ痛い。
チャチな恫喝にチャチな痛み。
ああ。憂鬱だ。
天を仰いで溜息をつく。天井の大穴はいまや鈍色のネットで封鎖されている。当たり前だが敵どもは、ここで自分を仕留
めるつもりらしい。人影はついに2歩先までに肉薄している。彼との攻防如何では周囲の殺意が爆発し、嵐のような総攻撃
が降りかかるだろう。
ああ。憂鬱だ。
「お前らの馬鹿さ加減がマジ憂鬱wwwwwwwwww オイラ逃がす方が生w存w確w率w高wいwのwにwなあwwwwwwwwwwww」
ディプレス=シンカヒアという名前のハシビロコウは……薄く笑った。そして視線を水平に戻し、ニタニタと目の前の情景
を眺めた。相対する影が持つは銀色のチンクエディア。刀身に溝が彫られた大振りの短剣は遂にいよいよ鼻先に迫っている。
そもそも動物園かウガンダ共和国のビクトリア湖周辺にしかいないハシビロコウがなぜ都心の廃工場にいるのか。
まず彼は本物のハシビロコウではない。本物の細胞をもとに作られたホムンクルスで、元は人間。かつては勤勉なマラ
ソンランナーだったが本番中思わぬ妨害を受けて以来すっかり転落の一途を辿り、人外をやっているという訳だ。
努力の総てをフイにされた。また頑張っても同じコトが起こる。
拭いきれぬ挫折感を抱えたまま飛び込んだ社会は彼をまったく歓迎せず、傷口ばかりを広げた。そうして馘首(かくしゅ。
クビの事)と再就職を繰り返すうちとうとう憂鬱が爆発し、上司と同僚を殺害。逃げ込むように転がり込んだ闇医者の紹介
で化け物をやっている。人間が嫌いだから鳥の姿で、積極的に動くのが嫌いだからエサのハイギョ取りで数時間身じろぎも
せぬハシビロコウを選んだ。
そんな彼に向かって走る人影は怒りを抑えきれずにいた。
いつもと同じ夜だった。この廃工場を根城にしているホムンクルスどもを掃討する。ただ、それだけの任務だった。
敵のレベルは平均よりやや上という所だ。頭数も30に満たない。事前調査がしっかりしていたから予想外の事態に戸惑う
コトというもなかった。おかげで新人込み8人のパーティは不慣れなヒヨッコどもにレクチャーしながらなお全員無傷……だった。
「ちょろいぜ。人数半分でも制圧できた」
誰かがおどけたが、正にその通りだった。
どこからともなく、ハシビロコウがやってくるまでは。
元のターゲットの仲間でもないらしい。「誰だお前」。ここの共同体を統べるライオン型ホムンクルスが最後に残した言葉
だ。(直後ウィンチェスター銃の武装錬金で額を章印ごとブチ抜かれ、絶命した)
そしてハシビロコウは無言のまま、ゆらりと戦士たちに近づいた。
接近を許したのは迂闊だった。
ハシビロコウにはあまりに殺意がなさ過ぎた。誰もが最初、ただの普通の鳥だと思うほど。
戦勝ムードで気を緩めていたのも、災いした。というより敵はわざとそこを「狙った」のかも知れない。
最初に犠牲になったのは最も入口に近い戦士だった。20を過ぎたばかりにしてはひどく度胸が据わっていると評判の男で
任務が終わると決まって行きつけの小料理屋に仲間たちを呼び込み、大盛りの飯と、ビールと、刺身の盛り合わせを一式
振るまう習慣の持ち主だ。刺身のレベルは殲滅対象のレベルと比例するから今晩はそこそこの刺身が食える。戦士たちは
それを楽しみしていた。
彼が絶えず入口近くをマークしていたのは、初めての任務で同僚が退路確保をしくじったせいだ。おかげで右頬に3本線
の爪痕が刻み込まれ、すっかりトレードマークだ。
「傷は残す。常に退路を確保する決意の証として。誰も俺のように傷つけたくはない」。それが信条で、命取りになった。
入口に最も近い場所にいた彼は、入口から来たハシビロコウに呼びかけた。
「お、なんだ鳥ちゃんどこから来た?」
ネズミ色の鳥は頬傷の戦士を軽く一瞥したきり、緩やかに歩を進めた。
ト、ト、ト。やたらクチバシの大きな鳥が歩く様はひどく不格好で、それが頬傷の戦士の気さくさをくすぐったのだろう。
もし彼が7年前の決戦にいたなら、もっと運命は違っただろう。むしろ闖入者の姿に怖れ戦き、抵抗を選び、或いは逃げ
延びれたかも知れない。
「な、な。刺身食べるか?」
気軽に肩を叩いた戦士の手から。
鮮やかな肉の塊がズルリと剥け落ちたのはその時だ。
腕橈骨筋がズタ裂け隣接する長掌筋や橈側手根屈筋もろとも骨から乖離したのである。それが目視できたのはすでに皮
膚が粒子レベルにまで分解されていたためである。錬金戦団支給の制服はとっくに消滅していた。
知覚。
痛みと共にようやく鳥ちゃんが敵だと認識する頃にはもう何もかもが、手遅れだった。落ちる途中の尺骨と橈骨が粉々に
なって舞い散り、手首が落ち、それも、肘から先にいる若い戦士の全身も、滴る血さえも塵埃となって虚空に消えていった。
チンクエディアを持つ茶髪と色眼鏡の戦士は堅い奥歯をギリリと噛みしめた。
(更に2人だ! 逃げようとした奴飛びかかった奴2人! バラバラになりやがった! 何を目当てに来たかはしらねーが、
許せねえ!!)
彼もまた若かった。7年前を実感していなかった。『7年前』。錬金戦団ととある共同体の間に起こった決戦を、あくまで伝聞
……新人のころ行われた退屈な講義の中でしか知らなかった。だから迂闊にも──…
地面を蹴り、大きく飛んだ。無数の缶を飛び越え、向かう。向かってしまった。
天井を見上げうすら笑いを浮かべるハシビロコウへと……正体も知らず。
(この武装錬金の特性は麻痺ならびに硬直! 切りつけさえすりゃあテメーは動けなくなる! 腕解体(バラ)されよーと絶対
に当ててやる!)
敵に動く様子はない。斬撃はついに正中線を捉えた。当たる。
茶髪は会心の笑みを浮かべ、それは次の瞬間、驚きと戸惑いの色をも含んだ。
火花が、散った。
最初見えたのはそれだった。次いで不快な手応え。堅い装甲──例えば、訓練をつけてくれた防人衛のシルバースキン
──を力任せに斬った時のような跳ねッ返りと骨に沁み入る痺れ。それがチンクエディアを通して広がった。
迷わず飛びのく。動揺はない。相手が予想外に頑丈で斬りつけられない? 任務によくある出来事だ。
茶髪と入れ替わるように敵の右斜め後方から銃声がした。反対側からは旋回するトマホーク。網が投げられる音もした。
それは龍のように蛇行しながらハシビロコウを取り巻いた。さらに白い棘が闇の地面をひた走る。寒々しい音と感触は正に
氷結のそれだった。身じろぎもしない怪鳥の足が凍りつき、散らばる塗装缶ともども地面に癒着した。
茶髪は、中指を立てた。
「何やったか知らねーがこっちは複数いるんだぜ? 果たして全部避け切れるかテメー!」
ああ、憂鬱だ。
首をクイっクイっと曲げて殺意の出所を確かめたディプレスは、深く息を吸った。
詐欺だと思った。銃声はひどく旧式銃の気配を帯びているのに、やってくるのはプラズマを帯びた超高熱の奔流だ。
トマホークの方もひどい。古めかしい野球漫画のように分裂している。迫りくるそれは今や100近い。幻影かと思ったが
質感はあまりにリアル。ナタの質量とカミソリの切れ味を帯びている。張り巡る網は飛んで避けるという選択肢を確実に
阻むだろう。触れれば粘着するか切り裂くか、とにかく行動を阻害する特性なのは間違いない。だいたい足元が既に
凍りついているのが宜しくない。氷は強い。ホムンクルスの高出力でもすぐには剥ぎとれないほど強烈な氷結。
普通に考えると、「詰んでいる」。まったくその通りだと思う。
ああ、憂鬱だ。
「この程度の特性4つでオイラ殺せると思ってるお前らの程度の低さがwwwwwww憂鬱だっぜwwwwwwwwwwwwwwww」
まず100本近いトマホークがハシビロコウの周囲で爆ぜた。橙色の火花と破片が舞い散る中、白く輝く極太の光線が
奇妙な鳥を飲み干し、100m先の壁をブチ抜いた。轟音が響き工場全体が揺れた。しかし光の行き過ぎた場所に佇む
ハシビロコウにみな……息を呑む。
「ブヒヒwwwwwww はい効きませーん! 効きまッすぇっええええーん! オイラの能力ってばマジ無敵ーーーーーーーー! 」
彼はまったくの無傷で、
「ま、足の氷は溶けたがね」
足を震いしぶきを飛ばし、それから翼を腰に当て、ゆっくりと舐めまわすように茶髪を見た。
茶髪は見た。
いよいよ攻撃が当たるという瞬間。
無数の細長い影が、ディプレスの周囲に現れるのを。シャープペンシルほどしかない影は工場の闇の中でも一際異彩を
放つほど色濃く、彼が知る何物よりも黒かった。
最初ふわふわと浮遊していたそれらが攻撃を開始するまでさほどの間は要さなかった。影は、一斉に飛んだ。100本ある
トマホークを総て事もなげに撃ち貫き、火花とともに分解した。先ほどチンクエディアを阻んだのもその特性だろう。茶髪が持
つ愛刀は柄から先が、なかった。
(武装錬金を壊した……ってぇところまでは分かるけど、)
「熱戦に呑まれて無事なのは不可解……って顔してる? ねえ、そんな顔してる? ねえ!」
声が、意識を現実世界に引き戻す。下卑た声だった。言葉の端々に不快な響きが籠っている。わざと、だろう。このハシ
ビロコウは他人を煽り立て蔑(なみ)するためだけに言葉を選んでいるようだった。
「ヒントwwww 後の壁wwww 見てみwwwwwwwww」
茶髪は振り返り、工場の壁を見た。先ほど光線が貫いたそこは奇妙な破壊痕を残していた。
よくアメリカのカートゥーンでウサギだのネコだの叩きつけられた壁が彼らの形に「抜かれる」描写がある。
工場の壁は、それと反対の現象を起こしていた。破壊され、円形に「抜かれた」壁の中で、ハシビロコウの形だけが残っ
ていた。そこだけ切り取ればハシビロコウの看板が出来るほど、綺麗に。
身震いが起こる。眼前の敵の異常さがいよいよ分かってきた。その武装錬金の攻撃力はチンクエディアを破壊された
時から薄々気付いていたが、しかし熱線に呑まれながらもそれを耐えしのぐというのは理解の範疇を超えている。
「まwwwwww普通のチンケな悪党ならここで『冥土の土産に教えてやろう』とかいって能力ばらすんだけど」
悲鳴が届いた。否。悲鳴のような叫び声が、茶髪の耳を劈(つんざ)いた。もし彼があと数秒命を永らえていたとすれば
叫びの正体を理解しただろう。何を言われているか、理解できただろう。
「避けろ」
と。
ひゅらりと舞い上がったハシビロコウが彼を通り過ぎ、静寂が訪れた。
背中合わせの彼らは3mほど離れていた。
着地し、大きな翼を畳んだディプレス=シンカヒアの背後で茶髪の首が螺旋状にきりもみながら宙を舞い、工場の端々から
どよめきが巻き起こる。
「冥土の土産は死亡フラグwwwwww 敵の前で茫然自失する級のなwwwwwwwww だから、教えてやんねー」
ああ、死んだ。
ああ、憂鬱だ。
思考とは裏腹に、ディプレス=シンカヒアは歓喜に身を震わせた。
.
戦士という奴は。
人間という奴は。
信念という奴は。
なんと脆く、破壊しやすいものなのだろう。
そんな脆い物が充満し、そんな脆い物に支えられている世界はひどく憂鬱だった。
血の雨が、降った。
神経と筋の雑多な束も剥き出しに、茶髪の首が地面に落ちた。
それを分解した黒い影を胸に仕舞い込むと、ディプレスはゆっくりと歩みを進めた。
直立する赤く大きい筒の裏から。
朽ち果てたベルトコンベアーの後ろから。
堆積するパレットとガラクタ山の背後から。
戦士達が歩いてくる。中央の禿頭の男はリーダー格なのだろう。その右で銃を弄びながらやってくる男はスレた様子を差
し引いても10代後半らしい幼さがある。額にバンダナを巻き、いかにも傭兵風で、くちゃりくちゃりとガムを噛んでいる。は
ちきれそうな筋肉で上半身を覆った男は30後半か。「いかにもインディアン」という服を纏い、岩のような顔面を微かに波打
たせている。
年齢も立場も、恐らく国籍さえもばらばらかもしれない彼らだが、一つだけ共通点があった。
能面のような表情をしながらも、全身から激しい怒りを迸らせている。
「お? お? オイラ斃そうって訳かwwww ビビってないのね?」
「…………」
「…………」
「…………」
「むしろオイラを殺せば仇は打てる、引くわけにはいかない。ここで逃せば犠牲者が増える。だから、タチムカウ」
「…………」
「信念だよなあwwwww 誇り高いよなああああああああwwwwwwwwwww 正直尊敬に値するし感動的だわマジwwwwwwwww
この勝負精神的なバクゼンとした要素で判断すんならお前らの方が勝ち、勝ち。オイ良かったな勝ちだぜお前ら!」
でもな、と大きな嘴が品なく綻んだ。
「お前らが必死こいて守ろうとしてる人間。あいつらの中にはだねえ」
「大企業の社長とか、アイドルとか、大物政治家とか、上手くやってる奴が躓く様を見て」
「喜ぶ奴らが確かにいる。つまりオイラの様な性根の腐った輩どもをwwww必死こいて守っている訳だwwwwwww」
戦士たちの顔にわずかだが変化が訪れた。
「連中はクズだじょお? お前らが傷つき、幾つもの挫折を涙と共に乗り越えている時に奴らは部屋で寝そべって尻を掻き、
無気力な目でテレビを見ている。使命の為に何かを犠牲にしたとして、民衆はそれを決して贖(あがな)わない」
「……」
「ふへへ、キタキタ鬱ってきた! 憂鬱な言い方しちゃうとだねえ『駿馬とて悪路を走らば駄馬と化す』。うんコレ、これだよ?」
誰からともなく舌打ちが漏れ、露骨に視線が逸らされた。
にも関わらずハシビロコウはそれを面白がっているらしい。右の翼を高々と上げ、ペラペラと喋りはじめた。
「はいココで白状ターイム! あ、こっからオフレコなwwwwwwwwww 実はお前ら、守ってやってる連中に不服の1つでもあ
るだろ? お、目ぇ背けたな端っこのお前wwwww 図星か? お? おお? いいからいえよ? な? 化け物と戦う毎日で
恋人もできず仲間が死ぬばっかりの辛い非日常を必w死wこwいwてw生きてるのに、守ってやってる連中ときたら何も供出
してくれないよなああああああああ? 奴らが一度でも失くしたモノ以上のモノ、与えてくれたかあああ? あるならいえよ
信じてやるからwwwwwwww ほら、ほらっ、俺が間違っているっていうなら証拠出せよwwww」
「それでも耐え忍ぶのが、戦士だ……」
禿頭の戦士は正に唾棄するように言葉を絞った。
ハシビロコウは爆笑した。柏手さえ打った。
「はーい出た定型句! キタコレ! キタコレ! あんた残り4人の中で一番偉いだろwwwwww 迂闊なコトぁ吐けないもん
なああwwww 敵の、ホムンクルス、落伍者の! 文言肯定したら士気ガッタガタだもんなあああwwwwww だから無難な
定型句吐いたんだろ? 社会でちゃんと積み重ねてそれなりの地位つかんだ奴ってのはみんなそうだもんなあ? 地位相応
の責任を守らなきゃいけないから、定型句ばかり上手くなるんだろ? な、な? ちょちょちょwwww オイラの目ぇ見てwwww
話したくもないってカオされるとwwwwマジでwwww傷つくwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwああヤベまた鬱ってきたwwww」
言葉通りの感情を味わっているのか。彼は一度大きく俯いた。
「飢え餓(かつ)え、わずかな報いと救いを頼りにするもそれはなく、墓標に餞(はなむけ)向けるは身内のみ……。想像する
だに憂鬱な生き方。考えるだけで嫌になる。ああ。憂鬱だ」
「……?」
ひどく暗い声だ。打って変った態度に戦士たちは顔を曇らせた。
「なーんつっていまのウソウソ。でもおまえら、じーぶんらしく、生きてますか? 気持ちイイこと、そーこーにありますかあ?」
何かが決裂する音をきっかけに。
戦士たちが、跳んだ。
「ブヒヒwwww オイラはいつでも嫌われもんだよなあ。たった一度の挫折のせいで、ああ辛い」
ハシビロコウは、嘲るように笑った。
44口径から放たれたとは思えぬ光の万倍の奔流が、彼を飲み干した。
そして、
廃工場に、
とびきり不釣り合いな歌が、
流れた。
「♪何でも自分で出来るーって、強がるだけ強がってもね」
灼熱地獄の中で、無数の影が、ネズミ色の体から湧きだした。
「♪君が居なきゃなんもでーきないし」
先ほどトマホークを分割した細い影。無数のそれが『光を引き裂きながら』、ディプレスの左翼へ流れた。
「♪こんなちっぽけな部屋が今じゃ、ちょっとだけ広く見えるよ」
翼の上で影たちは整列し、一つの形を描いた。
「♪冷蔵庫開けりゃ、なんもありゃしないや」
小魚の群れが大きな魚を描くように、ただ一つの姿を、描いた。
.
”それ”は翼を広げた鳥だった。
”それ”は鳥と航空機の相の子のようなフォルムだった
”それ”は神火飛鴉(しんかひあ)という古代中国の攻城兵器だった。
本来は腹部に装着した4本の火箭で攻撃を行うが──…
「さぁ!」
翼を広げた武装錬金を、ディプレス今度は自らの翼に装着、深く深く息を吸う。
「吸い込んでくれぃー♪」
パイルバンカーよろしく突き出した神火飛鴉の尖端で、激しい熱が分解されていく。
「僕の寂しさ、孤独を全部君がー」
次から次に襲い来る大口径の熱線は流石に分解しきれない。自分とその周囲数cm分殺すのがようやくという有様だ。
「さぁ!」
ディプレスは、地を蹴った。やったコトはただの、体当たり。至極簡単で、単純な──…
「噛み砕いてくれぃー♪」
『熱線を分解しながら、その大元へ突撃する』、捻りも何もない、体当たり。
「くだらん事悩みすぎるー」
彼の左翼の先で傭兵風の男の体が跳ねた。貫かれたのは左胸。手から銃が落ち、嫌な音。
「僕の悪いクセを!」
ディプレス=シンカヒアはとても嬉しそうな叫びをあげ、左翼を振った。
「さぁ!」
瑞々しいハート型の臓器がずるずると引きずりだされ、塵と化した。
「笑ってくれぃー♪」
残り2人が獣のような咆哮を上げ、駆けだし、トマホークが投げられ、網が擲(なげう)たれ
.
「無邪気な顔で、また僕を茶化すよぉに♪」
無数のそれを無数の影が寸断した。
「さぁ!」
幾つかの影は綺麗な円弧を描いた。唖然とする戦士2人の背後へ、回りこみ
「受け取ってくれぃー♪」
2つの額を撃ち貫いた。戦士たちの頭部はまるでハエが飛び去るように分解され、消滅した。
「この辛さを、さぁ分けあいましょうぅぅぅ〜」
生物だったモノが両膝を付き、前のめりに倒れた。
「さぁ!!」
そしてディプレスは、視線を下ろす。
まだ少し氷が残り、まだ冷たい足を見て……
──「この程度の特性4つでオイラ殺せると思ってるお前らの程度の低さがwwwwwww憂鬱だっぜwwwwwwwwwwwwwwww」
──「はーい出た定型句! キタコレ! キタコレ! あんた残り4人の中で一番偉いだろwwwwww」
「撃墜率75パー。いや8分の7か? とにかくああ、憂鬱だ」
とだけ笑った。
以上ここまで。過去編続き。
>>スターダストさん
言ってる内容はさほど深くないというか、比較的ありがちな、悪役側による人間否定論
だし、口調なんかはもう北斗のモヒカン並の下品さ・威厳のなさ。だというのにその強さ、
破壊力は大魔王級。やられる側にしたら、これほど嫌な、憂鬱な相手もおらんでしょうな。
スパロボの新作はサマサさん歓喜の参戦作品だなw
と言っても当のサマサご自身はもうこのスレにいないけどね…
当事者 3
冗談じゃない。
『最後に残った戦士』は叫びたい気持ちで走っていた。
廃工場の敷地はすでに出た。いまは全力疾走仲。視界の横をギュンギュン過ぎるは高い塀。世界と工場、区切る塀。
来るときはここを8人で通り過ぎた。
まず頬傷の戦士がやられた。次に2名。次に茶髪。向かっていった3人も恐らくは、もう。
(7人が瞬く間にやられた。俺が最後の1人)
「お前は逃げろ。やられた連中の核鉄を回収し、戦団に連絡しろ」
走るたび、ポケットの中で3つの核鉄が小うるさく打ち合う。戦闘初期に死んだ奴らの所有物。よく戦闘のドサクサにまぎ
れ回収できたものだと思う。
「ハシビロコウの足を凍らせた時に」
落ちている核鉄にも氷を伸ばし、引きよせた。もしそれを見咎められていたらタダでは済まなかっただろう。
世界に100しかない核鉄は、戦士にとってもホムンクルスにとっても重要な物。
もし相手の戦士殺戮が目的ではなく手段──核鉄を奪うための──に過ぎなかったら、回収を見逃す道理はない。
角を曲がる。素早く滑りこみ、背を預け、首を伸ばし、元来た道を伺う。ハシビロコウが追ってくる気配はない。空も然り。
(だが、あの分解能力にかかれば障害物は障害物足り得ない。捕捉されれば最短距離で突っ込まれる……。急ごう)
急ぎの時ほど携帯電話は通じない。
火急の時だ。とっくに戦団へ連絡を入れている。駆けながら掛けている。だが圏外。工場の中でも、前でも。
角を過ぎたあたりでやっとアンテナが1本立ったが、そこで悠長に突っ立って長電話という訳にもいかない。
どこかで何かが爆発する音がした。
例えれば中学生が遊びで使う爆竹のような。ぱーんと弾けるだけの、聞くからに弱々しい爆発音。
(?)
違和感が過ったが、追及する猶予はない。
駆ける。
駆ける。
駆ける。
ハシビロコウのいる工場から、少しでも遠くへ向かって。
自分はよく言われる。20の半ばをすぎたにしては「冷えている」。
短く切った髪の下でいつもうっすら閉じている目はドライでクールな人間の証だとさえ言われた。
だから「闇を凍らせ操れる」、軍靴の武装錬金を発動できるのだ。
仲間を見捨てて逃げるいまの状況を許せるのだ。
彼らへの哀惜と復仇の念は胸の中で渦巻いているが、全滅だけは避けなければならない。
(全滅を避け、敵の情報を伝え、新たな犠牲者が出ぬよう対策を練り、ひとつでも多くの核鉄を戦団に戻す)
それが敗北への対処なのだ。直近の犠牲者3人はそのために戦った。『足止め』をした。
また、爆発音が響いた。しかしそれは些か遠かった。工場を挟んだ更に反対方向からしているようだった。
ともすればあのハシビロコウは自分を見失っているのかもしれない。
息をひそめ、足音を殺して走る。
先ほど同様「闇が降りている」地面を凍らせて滑っても良かったが、その痕跡を辿られては元も子もない。機動力は鳥の
方が上なのだ。
正しい方向性を与えてしまうと、勝ち目はない。
一時の速さと優位に目が眩むあまり重要な証拠を渡してはならない。
ここは昭和の残滓だった。高度経済成長期を支えた工場が、時代に取り残された廃工場が密集し、フクザツな地形を
形作っていた。
幸い地理については作戦前しっかり叩きこんでいる。
袋小路に迷い込み、敵に追いつかれる心配は絶対にない。
繁華街へ最短距離で駆ける。携帯電話が通じずとも繁華街なら連絡手段は幾らでもある。
駆けるうち行く手を阻む高い塀が見えた。袋小路だ。事務棟だろう、高いビルが塀に密着している。
常人ならまず絶望の地理条件だが、
予測の範疇だ。
迷い込んだのではない。着いたのだ。
塀の少し前を蹴る。果たしてつま先にコツリとした感触が当たった。
ロッククライマーは山肌にあるわずかな隙間に指を引っ掛け登攀(とうはん)するというが、自分もそれだった。闇を蹴れ
ばその形に「凍る」。つま先の形にヘコんだ氷はこの上ない足がかりだ。それをバウンドさせる。浮遊。6mの塀が既に眼下だ。
(造作もないコトだ。震脚の衝撃で長距離を凍らせる事に比べれば)
闇を凍らせ足場を作り──まるで階梯を登るように、時々は跳ね──事務棟屋上へ向って跳んでいく。障害物が意味を
なさないのは自分も同じだった。だからこそ、仲間は逃げ役を任せたのだろう。空間を凍らせる場合、痕跡は地面ほど露骨
でもない。辿られはしない。
また爆発音が響いた。それはやや自分に近づいているようだったが、1kmほど離れているようだった。
疑問が浮かぶ。相手の能力は「分解」。無論その対象によっては爆発も起こるだろうが、
(3度連続で……? 妙だな)
思案に暮れつつ飛び移ったビルの屋上から見えたのは、ネオン犇(ひしめ)く街通り。
時計を見る。駆けた甲斐があった。
予定より5分早く繁華街に到達している。目的は半ば達せられたといっていい。
不自由な両手と両足の代わりにと、母は様々な物を買ってくれた。
何より嬉しいのはシリーズ物のぬいぐるみがまるっと1揃えでやってきた時だ。
1揃えというのはつまり欠損のない物であり、家族全員がキチンと揃っているような物だ。
その完璧ぶり、寂しさのなさは眺めていて本当に感動的だった。
逆に1つでも欠けているシリーズ物を見ると途轍もなく寂しい。
もし手違いで残りの1つがお店に残っていたとしたら。そう考えると奇妙な罪悪感に見舞われた。
「みんなで楽しくやっていたのに、自分のせいで他のみんなが取り上げられ、1人ぼっちでショーケースにいるとしたら」
それはとても申し訳のないコトだった。考えるだけでベッドの中で泣くほど、寂しかった。
それを母に伝えるとどんなに忙しくても残り1つを買ってきてれる。
良かった。ショーケースの中で1人ぼっちじゃない。みんながいる。安堵する思いだった。
屋敷の使用人たちも家庭教師も、自分にとっては大事な家族だった。
ショーケースに取り残され不自由な思いをしている自分に救いをくれる、大事な大事な人たちだった。
物事を問わず、『奪う』という行為は良くない。それが自分の信条だった。
ちゃんと揃っている物から一部分だけを奪い、不完全な状態で放置するのは良くない。
隣に、或いは近くにあるべき物がないのは寂しく、辛い事だと思うのだ。
武装錬金は人の精神、闘争本能から発現する。
『強欲』を満たすのにピッタリな特性は、きっと幼少時代の思いが育んだのだろう。
コンビニを見つけ、公衆電話を見つけ、いよいよラストスパートに入ろうとした戦士に。
違和感再び。
7人の仲間を殺したハシビロコウに似た、嫌な感じが全身を貫いた。
周囲を見回す。人通りは多い。コンビニに入る者出てくる者、前の歩道を行き交う者。
みな、殺意はない。携帯電話をいじったり横の連れあいと軽口を叩きあったり、或いは無言で足早に歩いたり。
嫌な感じの出所は彼らではなかった。
にも関わらず、恐るべき感触はいまだ全身を包んでいる。
理由は不明。だからこその戦闘準備。
ダブル武装錬金。
軍靴にはやや不向きだが、やらないよりはマシだった。
幸い、ポケットには核鉄がある。
それも、3つだ。
3つも、ある。
【物事を問わず、『奪う』という行為は良くない。それが自分の信条だった】
【ちゃんと揃っている物から一部分だけを奪い、不完全な状態で放置するのは良くない】
【隣に、或いは近くにあるべき物がないのは寂しく、辛い事だと思うのだ】
戦士は、見た。
核鉄を入れているポケットの前に、「目」が浮かんでいるのを。
彼は慄然とした。公衆電話に駆け寄るという使命を、一瞬だけだが忘却した。
ひどく大きな目だった。掌大の核鉄とほぼ同じぐらいだ。
しかも黒眼の両側に稲妻のような瑕が刻み込まれているのは、つくづく異様で──…
3つも、ある。
更によく見るとそれは、何かの渦の中から自分を凝視しているようだった。
なぜなら。
確かに見た。
3つの眼が、息を呑み後ずさった自分を、
『目で追った』のを。
.
【世界に100個しかない核鉄も、例外ではない】
戦士は踵を返し、全速力で駆けだした。
決して平静ではない。5枚ばかりの100円玉を抜き取った財布が地面に落ち小銭と紙幣をばら撒いた。
落とした携帯電話さえ踏み砕き、彼は公衆電話目がけてありったけの速度で駆けた。
(あの目はなんだ? 分解とは違う。何の能力? 楯山千歳と同じレーダー系列? それとも……?)
怜悧ゆえの錯綜を意思の力で振り払い、走る。
まずは戦団に連絡だ、連絡をしなくてはならない。硬貨を電話に叩きこみ乱暴な手つきで戦団へコールする。
ダブル武装錬金を使うという選択肢は、とっくに忘れ去っていた。
「早く出ろ! こちら糸罔(いとあみ)部隊! ほぼ全滅、生き残りは俺1人! 増援を! 核鉄回収を!!」
【幼少期に揃えたシリーズもののぬいぐるみのように、揃えなくてはならない】
視界が急速に戦士へ近づいていく。映画とかでよく見る光景だ。何か、ひた走る怪物が獲物に迫る時の急速なズーム
アップ。相手が画面を見て怯え叫んでいれば完璧だが、あいにく電話口で喚くばかりだ。期待に沿わない。
とにかく、急速なズームアップは止まらない。
ただしいま私が見ている光景……カメラの作った物じゃない。
目を宿した奇妙な渦。それが通話中の、半狂乱の戦士めがけ轟然と疾駆する。
「敵は2人ッ! うち1人は『火星』! ハシビロコウ! 応答しろ、ディプレスは生きている! クソッタレ! 早く出ろ!」
悪態さえ付き、公衆電話を叩く彼のポケットの前で、渦は止まった。
「俺は見られている! 長くは持たんぞ! ディプレスは生きている! 頼むから出ろ、出てくれ! 伝えさせてくれ!」
視線が合う。
一瞬恐怖に硬直した彼の顔がみるみると紅潮した。次に罵声──まったく聞くに堪えない、非・理性的な──が飛び出し、
軍靴が渦めがけ振り上げられた。
彼にとって不幸だったのは、ここが繁華街だというコトだ。コンビニの蛍光灯やネオン、街灯の光が交錯するこの場所に
凍らせるべき闇は一片たりとなかった。もし闇夜の中であれば、勝敗はともかく、戦う余地ぐらい生まれただろう。
渦の中で目が消え、代わりに。
赤い円筒が3つ、跳び出した。
渦1つにつき1つの円筒が。
500mlのコーラ缶に似たそれは、
戦士の顔面に容赦なく直撃し、
2つの眼球を潰し
鼻骨を陥没させ
喰い込んで
大爆発し
殺した。
一拍遅れ、乾いた小さな破裂音が繁華街に響いた。
顔面が弾けた戦士は慣性の赴くまま足を高く、高く高く高く頭上まで振り抜きどうと倒れ伏した。
柔道の受け身のようだった。騒ぎを聞きつけコンビニから出てきた店員は後にそう証言した。
「連絡受理しました。糸罔(いとあみ)部隊、応答せよ。定時連絡がなかった。何かあったのか?」
「応答せよ」
「応答せよ」
「応答せよ」
糸で垂れる蜘蛛の如くぶら下がる緑の受話器の下で、戦士のポケットが内側から爆ぜた。
3つの核鉄が飛び、3つの渦に吸い込まれ、そして消えた。
入れ替わるように再び目と渦が現れた。今度は死体の足元に。剥きだしの素足の上で目が核鉄を捉えた。武装解除され
た軍靴のなれの果てを、捉えた。そして渦が怪しくさざめき、再び核鉄を吸いこんだ。
「いまの音は何だ?」
「応答せよ」
「応答せよ」
「応答せよ」
戦士の死骸は……永久に応えるコトはなかった。
代わりに蜘蛛の子のように繁華街のあちこちからやってきた群衆に取り囲まれ、悲鳴と好奇と写メール撮影の餌食となった。
「楽しーんだよなあww信念って奴を理w不w尽wにw砕いてやるのはwwwww」
「一生懸命積み重ねても、横合いからカンタンに崩されますよって知らせてやんのは!」
「ブヒヒwww 見ろよwww さっきの戦士のグロ画像、もうネットに上げられてやがるwwwwww」
自分を守ってくれる側の人間とも知らず、好奇心という名の侮辱を死体に振る舞っている。ディプレスは大爆笑だ。
「とにかくぜぇーいーん、解体(バラし)かんりょー! 理由? なにやられようと立ち上がって頑張るから。そーいう奴らいると
オイラどものような挫折人間が相対的にクwズwっwちwまwうwwww 世間はいいます立ち直れる人間は確かにいる、それが
できないのは勇気がなくて臆病で、とかくとにかくお前が悪い! と!!!」
「ハッ! 訳のわからんアホのせーで真っ当な努力フイにされた悲しみも失意も燃え尽きも何ら一切補償しねえのに、世の
中って奴ぁ落伍者ばかり悪とする、本当、憂鬱だっぜ!」
.
暗い空間で相方の独白を聞きながら、核鉄を眺める。今日はいい日だった。100ある核鉄のうち8つが手に入った。
触れる事はできないけれど、属する組織に核鉄が貯まっていく。それだけで最高だ。
離れ離れだった100の核鉄が集まるのを想像すると暖かい気分になれた。
欠如は、埋められるべきだ。
「しかし『デッド』、相変わらずお前の能力はマジ便利wwwwww 逃げる奴なんざ楽勝で追跡できるwww
ディプレスはそういうが、あまり便利といえる特性ではなかった。逃げた戦士がたまたま条件を満たしていた。それだけだ。
しかも条件が満たされてようやく、人間がやるような地道なローラー作戦をしなくてはならない。
正直言って自覚がある。逃げる相手を追跡するにはまったく不向きだ。
もっともそれは単体ならば……だ。もし仲間の武装錬金がサポートしてくれるなら、『条件』を満たしてくれるなら……。
或いは追跡向きになるかも知れない。私の『ムーンライトインセクト』は。
とにかくだ。もし彼が、戦士達が無欲であれば自分の武装錬金が猛威を震うコトはなかっただろう。
戦団が100ある核鉄を『奪わず』、最初から私の属する組織に納めていれば、あの戦士とて死なずに済んだに違いない。
よって戦団は悪だ。『奪う側』だ。
だから。
あの戦士の顔面を爆破した時は、すこぶる気持ちが良かった。
奪う側にいる人間は、殺してもいい。
「ん? ん? ほーう。なるほど手違いで奪われたのかwwwww じゃあ思い知らせてやらねえとなあwwwwww」
自分のいま抱えている問題を相方に話すと、彼は上機嫌で乗った。
本当にゲスで。
クズで。
自虐的で。
無慈悲で。
およそ褒められた部分のない相方だが、研究や戦闘がらみだと俄然頼りになる。そこだけは、認めている。
彼の武装錬金「スピリットレス」(いくじなし)は攻防に秀でた武装錬金だ。
基本形状は神火飛鴉(しんかひあ)を模した鳥と航空機の中間のようなフォルムで、ちょっとした大型ラジコン飛行機ほど
の大きさだ。
特性は分解。
生物や金属、人口建造物はいわずもがな、ホムンクルスや武装錬金も例外ではない。さらにエネルギーを絡めた攻撃や
炎、毒ガスといった類の「実体のない攻撃」でさえ分解できる。
研究班の調べでは、ディプレスの憂鬱な精神が武装錬金生成時に未知の暗黒物質へと変換され、それがプネウマとか
いう「物体を繋ぐ」物質を破壊しているらしい。
ウワサによればその能力、かつて人工衛星からの強烈な極太レーザーを真正面から受け切り、難なく分解しきったともいう。
それが事実かどうかはさておき、研究と戦闘において頼りになるのは事実。
さっきの戦闘にしても、私は(核鉄目当てで)伏兵として工場の隅っちょに転がっていたが、まったく出番がなかった。ちな
みに武装錬金を発動した状態で共同体殲滅の辺りから「居た」が、誰もまったく気にしてくれへんかったけど……。ぐすん。
やったコトとといえばラスイチの追跡のみだ。あとは全部ディプレスが片付けた。
月並みな感想だが、あんな恐ろしい能力を躊躇なく得手勝手に使える性根の腐り加減。相方の私でさえ恐ろしい。
正直、私事に彼を借り出すのは恐ろしくもあるが……。
諸事情で「手足」になる仲間が必要だから、仕方ない。
申し出から2時間とかからず、ディプレスは最初の原因を取り除いた。
「ああ、憂鬱だ。入れ替わりに入ったバイト店員にちゃんと引き継ぎしないからwwwwwwwwwww」
.
あとは、「奪われた物を奪い返す」だけだ。
「なぜ……なぜ……娘は先月、やっと立てるようになったばかりだったのに……」」
ブザマな嗚咽と悲痛な叫びが装甲一枚向こうから響く。ある店でバイトしている彼はしゃくりあげているらしかった。
確かに、私の顔の傍にある半透明の「フタ」には赤黒い液体がべっとりと付いている。ディプレスの分解作業の成果だろ
う。乳児と、その母親の出し尽くした体液が洒脱なカーペットをすっかり汚している。
困った。
迷惑料代わりに売ろうと思っていたのだが、様々な清掃コストが発生してしまった。
まったく。入室した時から目を付けていたのに。バイトで妻子養っている割には高価そうだったのに。
ああうるさい。泣くな。
泣くヒマがあるならカーペットから血糊を抜いて、私に少しでも多くの迷惑料を払えるよう務めるべきだ。
しょせんバイトだ。商売に対する気構えというものがまるでない。
こいつが最初にした失敗から分かっていたコトだが、やはり奪う側の人間はどこまでいってもダメだ。
はぁ。血だけ分解しろってディプレスにいっても、絶対カーペットまでやるやろうしなぁ。奴はそーいうやっちゃ。
とりあえず私は、ディプレスにある物を出すよう提示した。
すると30過ぎのバイトは、息を呑んだ。
「あ、あるならどうして俺の家族を……」
まあ確かにそうだろう。現物は、ある。ただし奪われたものその物ではない。
「ばーかwwww あいつと商売しといてミスったお前がわーるーいwwwwwwwww それに、大量生産品でも分子的にはまっ
たく違うもんなんだよwww あいつはその辺こだわるからなあwwwww」
下卑た囃しを聞くたび嫌になる。相方をやっているのは足として便利だからだ。相方以上の付き合いは決してしたくない。
例えばグレイズィングとかイオイソゴとかいった幹部連中も相当性根が腐っているが、ディプレスに比べればまだ「理知」
という奴は持っている。彼女らの前歴には同情すべき点もあるし、イソゴちゃんは妹みたいでキュートだ。メ、メールアドレ
スの交換ぐらいならしたってもええよ? 仲良くしたいとかそういうのじゃなくて同じ幹部だから緊急連絡先ぐらいはホラ知っとい
た方がえーやろ。で、たまーにしょーもない話してちょっとずつ絆深めたりとか、ええやん? いまは空席の海王星とか冥王
星も女のコがやったらええねん。嬉しいわあ、そうなったら。幹部連中の男の人はみんな話あわへんもん。ウィル君はイケ
メンやけどめんどくさがりやからあまり仲良くできひんし、ディプ公はアホやし、天王星死んだし、土星はただのバケモンやし。
盟主様だけやわ。男の人でメールきたら嬉しいの。
……。
……。
……。
え、ええと。
それはともかく。
モノにはそれぞれの人生がある。例えば別々の店からシリーズ物を1本1本取り寄せて全部揃えるコトに意義は見出せ
ない。同じ店に入荷された以上、それらはきっと家族なのだ。家族のうち1つだけが買われ後がずっと棚ざらしというのは
良くない。まったく良くない。同じ店にある物は、全部一緒に買うべきなのだ。
別の店でたまたま1種類だけ残っていたモノ。
それを、地面に置く。
念ずる。
装甲の向こう側で「開く」音がした。次いで爆音。
私の武装錬金の特性……繰り返すが、単体ならば、逃げる相手はとても追跡しづらい。
条件を満たしていても、だ。
.
逆に、1か所に留まっている相手ならば容易に捕捉できる。
諸々の情報から一気に場所を絞り込み、特性の餌食に出来る。
宝探しは得意だ。装甲の暗い内側にパネルが表示された。
……うわ。結構ある。人気やからなー。
っといけない。首を振り気を引き締めよう。欠如が埋められるか否かの瀬戸際だ。しっかりしなくては。
「ん? 売った奴の風体と情報? おしっ、オイラが聞いてやるwwww」
いろいろとヒドい音がした。自業自得や。ウチは取り置き頼んだんやで。約束破るとかなあ、ヒドいわ! めっちゃ泣いた
んやで……。
う、うん。駄目だ。思考はもっと冷静でないと。
「あいつ吐いたぞ。売った奴の住所と名前w もともと会員で、変わった名字だから覚えていたらしいw」
悲鳴が妙な途切れ方をしたのは気にしないでおこう。多分一家全滅。ああまたカーペット汚れとる。もう売れへんなあ……。
モニター越しにメモが見えた。見なれた相方の文字はひどく達筆だ。確か書道5段とか。ウィルの奴もいってたけど、あの
性格で字が綺麗というのは腹立たしい。ま、ウィルの場合、『むかしの恋人』が字ぃ上手かったからからな。ディプレスが同じ
特技持ってるのは感情的に許せないんだろう。
もっとも字が汚いならそれはそれで嫌だ。そもそも、達筆を見せつけられるコト自体が腹立たしい。
「……あんた、初対面の時からウチが字ぃ書けへんの知っとるやろ」
「えw マwジw じゃあ練習しなきゃ! ねえ、ねえっ!」
煽りは無視。目的に向かってのみ進む事とする。
「名前は……二茹極貴信か」
別のモニターにここら一帯の地図を映す。次にここを中心にした円を重ねる。円の半径はそのまま射程範囲だ。その中で
赤く点滅する点は「さっき爆破した物」と同じ物を示している。いま一度、地図を見る。二茹極貴信とかいう奴の住所は円の
かなり外だ。とりあえず、そこから一番近い点を爆破する。範囲が広がった。古いマルと新しいマルが雪だるまのように重なっ
た。だが惜しい。二茹極貴信の住所は新しい円からちょっとだけ離れている。爆破はもう1回必要だ。二茹極貴信の住所に
一番近いところを。大丈夫。周囲に人がいないかどうかは確認済みだ。さっきの戦士のように殺したりはしない。ちょっと爆
竹鳴らす程度の爆発だ……。
円が、二茹極貴信の住所を覆った。
当事者 1&2
貴信と香美がいつものようにCDを聞いていると、プレーヤーの上に目が現れた。
目は渦の中でネコと飼い主を見比べると、そのまま退き……。
代わりに強烈な吸引力を以て、2人を引きずりこんだ。
「…………貴信さん達がホムンクルスになったのは」
『そう! その後だ!!』
.
羸砲ヌヌ行は語る。武藤ソウヤに滔々と。
「彼らが体を共有するに到ったのは、君のご母堂の故郷が『ああなった』頃だ。ピッタリ同時ではないけれどほとんど同じ
頃なんだ。ウィルが改変した時系列において火渡赤馬と毒島華花が出逢ったのもまた……この頃。正史がどうかは知ら
ないよ。改変後の、イレギュラーな歴史において出逢ったのはこの頃……例の西山絡みさ」
「西山といえば彼の武装錬金……ギガントマーチだったかな。総角主税が、もう1つの調整体をめぐる戦いの端々でアレを
使えたのは、だいたいこの頃のお陰なんだ。……そ。出逢った。出逢っていた。これもまたウィルの歴史改変による歪みの
1つさ」
以上ここまで。過去編続き。
32 :
ふら〜り:2013/01/20(日) 16:12:46.10 ID:k1mRzbJD0
>>スターダストさん
この辺りは、バトルものというよりホラーものですよねえ。切断とか爆破とか消滅とか、
そういうハデなものだけではなく、「目」が追ってくるという映像としての怖さがあって。
最後のヌヌは、何だか「奇妙な物語」のタモリみたいな。実際、枠外といえる存在ですしね。
過去編第007話 「傷だらけの状況続いても」
当事者 3
(ウチを舐めたらあかんで。今いるマレフィックの中では一番若手。けれどまだまだ伸び盛りや)
筒の中。疵のある目がくつくつと歪んだ。
実感があった。
これからの運命を総て総て掌握しているという……実感が。
目論見の初手は──…
当事者 1
あっという間に決着した。
車の影から躍りあがった瞬間、金髪の持ち主がゆるやかに振り返った。目が合うより早く手にした凶器を振り下ろす。日
本刀。鎖分銅ほど馴染のない武器が相手の腕へ吸い込まれるまで1秒と掛からなかった。腕が飛び、血の匂いが立ち込
める。ここは地下駐車場、換気はすこぶる悪い。鉄錆の、ねっとりとした臭気が吐胸をつく。舞い上がる腕を見た瞬間、貴
信の全身から血の気が引いた。
(切断するつもりはなかった。……なかったんだ)
ただ斬りつけ、隙を作り、達成する。予定の中に害意はなかった。
それが、狂った。
相手の腕が、飛んでいる。
認め難い事実を見た瞬間、貴信の中で何かが切れた。
絶叫し、刀を返し──…
そこからの記憶はない。
気付けば痣だらけになった金髪の男が足元に居た。
貴信はただ、肩で激しく息をしていた。
極度の緊張と相まって胃の中のものを戻しそうだ。口に手をあてえづきを耐え、慎重に辺りを見回す。車は来ない。車か
ら降りる者も乗り込む者もいない。次に視線を移したのは、斬り飛ばした腕である。バッグを握ったままのそれは金髪の男
から少し離れた場所にある。
血は流れていない。貴信は一瞬いぶかしんだが目をそらす。やがて溢れてくる光景を想像し……以降ずっと見なかった。
叩きつけられた衝撃のせいかバッグは口が開いており、中身がいくつか零れている。
書類らしいものがいくつかと、古びた羊皮紙の本が何冊か。
ポケットから写真を取り出す。レモン型の瞳の中、異様に小さい瞳孔を左右に動かす。
現場と写真を照会。果たして目当ての物はあった。
念のためバッグごと回収する。切断したての腕が一緒に浮かんだ瞬間、貴信は悲鳴をあげたくなった。
取っ手から指を剥がす時もぞっとした。異様な冷たさが昇ってくる。切断され、血の気をなくしたせい……自分のせい。
貴信は激しく自分を責めた。
事情があり、弾みとはいえ、無関係の人間の腕を……切断した。冷たさはその実感だった。
(香美を助けるためとはいえ……無関係の人の人生を……僕は狂わせている)
まぎれもない事実だ。父の教えも母の意気も打ち捨ててしまった。
心の中で何度も何度も父母に詫びる。
仰向けに倒れている彼にも、
胸に認識表をかけた、見事な金髪の男にも。
ひたすら詫びる。
前髪で目が隠れているため、詳しい顔立ち──年齢以外のコト─までは分からない。
ただし気絶しているコトだけは明らかだった。
腕を失くした右肩からとめどなく血を流している。にも関わらず息はあり、苦しむ様子は見せていない。
救急車を呼ぼう。そう決断した瞬間、どこからか話し声が聞こえてきた。
誰かが車に戻ってきている。降りてきたのかも知れない。どちらにしろ人は来る。
(もし彼らに見つかれば指定の期限には間に合わない。香美が……死ぬ)
踏み留まって事情を話し、金髪の男の腕を治してやりたかった。だが同時に、長年対人関係をどうにもできなかった弱い
心が首をもたげた。
いいじゃないか。
人が来た。
もたもたしていれば一番大事な香美が死ぬんだ。
事情もあるし、弾みだ。
弱い部分が倫理に反する、都合がいいだけの意見を囁く。
男なら絶対に逆らい、踏み留まるべき局面だった。
にも関わらず、貴信は。
香美を思った瞬間、人気のない出口へ向かって駆けだしていた。
香美。
一人きりの人生から救ってくれた大事な大事な家族。
それがいま、死ぬかも知れない。
見ず知らずの金髪の男に拘泥したばかりに家族を失うのは恐怖だった。
表情が情けなく歪んでいるのが分かった。涙どころか鼻水さえ出ている。
決して直視せず、明文化しなかったが。
心の奥底では。
『家族を引き換えにして救っても、彼はきっと自分の支えにはなってくれない』
『だから、逃げてもいい。助けてくれそうな人間は他にきた』
最悪ともいえる考えが渦巻いていた。
そしてそうなったのは自分たちを攫った正体不明の筒やハシビロコウのせいだとも……。
恐ろしく弱い考えだった。家族を大事に思うなら、それを害する筒やハシビロコウたちと戦い、勝つべきだった。
脇腹が痛む。涙が止まらない。一度抵抗を試みた時、腹部を散々と焼かれた。爆発も浴びた。咳込むと血が散った。
勝てない。従うしかない。
走りながらしゃくりあげる。
自分はどうにもならないほど弱い人間だ。
家族を救うコトもできなければ、赤の他人への過失も償えない。責任転嫁するばかりで、諸悪の根源にも立ち向かえない。
(僕はいつもそうだ。人間関係だって放棄して……逃げ続けたから……)
それでも香美だけは。
唯一繋がりを与えてくれた暖かい子猫だけは助けてやりたかった。
心から、幸せにしてやりたかった。
(でも。人を害した腕で僕は香美を撫でてやってもいいのか!?)
(香美はそれで喜ぶのか? 本当に……?)
後悔の中、葛藤だけが脳髄を旋回する。
いつしか貴信は、なぜこんな状況に陥ったのか考え始めていた。
当事者 4
「よう。兄弟」
目覚めた少年と子猫を前に、ディプレス=シンカヒアは陰気な明るさを振りまいた。矛盾しているようだが「性分がそもそも
暗いのに口数だけは多い」性格にありがちな傾向だ。
「ヒドい目に遭いかけてるぞ兄弟」
巨大な顔をグッと近づけ、今一度少年に呼びかける。
「兄弟……!?」
相手は目を白黒とさせる。状況が分かっていないようだ。傍らで子猫も目を覚ました。辺りを怖々と見渡し、少年へ鳴きかける。
「お前さあwwwwwww友達いないクチだろwwwwwwwwwww顔で分かるwwwwwwwwwww」
反論はなかった。少年はひどく落ち込み、泣きそうな顔で俯いた。
「だから兄弟wwwwwwwwwオイラと似たようなもんwwwwww」
「感謝しろwwwwwwww兄弟のよしみで俺が話をつけたwwwwwwwww良かったなwwwwwwwwww」
「攫われはしたが殺されるコトだけはなくなったwwwwwwwwwwwww」
当事者 2
異様な光景だった。
見た事もない変な生き物と。
赤くて丸い大きな筒が。
目の前に並んでいた。
香美はよく分からないが、ひどく嫌な気配は感じていた。身を伏せ、唸り始めていた。
「手こずらせよってからに……」
横に転がっているのは全身から煙を上げる貴信。逃げようと抵抗していた彼は何度も何度も筒を放たれ、延々と腹部を
爆破された。夥しい血が地面に流れている。背中が焦げているのは集中砲火から香美を守ったせいだ。
(ご主人……)
香美はどうするコトもできず、ただ涙を流しながら貴信の傷跡を舐めた。
そしてそびえる筒に視線を移し、唸りながら睨みつける。耐えがたい怒りがあった。
(どーしてご主人をこんなメに……!!!)
だが飛びかかれない。なぜなら……。
香美が集中砲火を浴びたのは、香美が筒を攻撃せんと飛び上がったせいだからだ。
また同じコトをやれば貴信もまた香美をかばうだろう。自分の傷などないように。
それは、耐えられなかった。自分のせいで貴信が傷つくのは、嫌だった。
だがそれは筒さえいなくなれば済む話だったから。
生まれて初めて香美は。
相手を…… 殺 し た い と 思 っ た 。
当事者 3
だーかーら。無駄な抵抗せんとよく聞きや。
ディプ公のとりなしでお前らの命だけは助けてやる。どーもアイツ、お前らに同情的らしいからな。
なぜ? そりゃあお前がやな。大声しか取り柄のない、いかにも人間関係挫折しましたって感じの奴やからや。
ディプレスはな。そーいうのに優しい。異常なまでに。
もっとも、助力した奴が成功すると途端に敵に回る。
よー覚えとき? 返答しだい将来しだいじゃディプ公もまた敵になる。
歎願してくれるからいい奴だ! なーんて信頼寄せるなよ。こいつはただ挫折者に恩売って、自分がええ奴だと思われた
いだけや。最悪やろ?
で、話に戻る。お前らはウチの大事な物を奪った。
何を? 自分らで考えろ。
本来なら何もかも奪ってやるとこやけど、そーするとディプレスがヘソ曲げてタッグに影響する。
ま、こいつとの人間関係なんてどーでもええけどやな。最終的に困るんは盟主様やろ? 自重する。
だが、見逃してやる代わりに飼い主。お前、仕事しろ。
……身構えんな。いまの渦は爆弾出す奴やない。ウチの武装錬金特性で、ちょっと必要書類送っただけや。
驚いたやろ? 目の浮かんでる渦から封筒出てくる風景。こりゃワームホールいうんや。ウチの方からいろいろ
送れるし、さっきみたくお前らを吸いこんでこっちにやるコトもできる……。
おっと。封筒の中身はディプレスに見せんなよ。ウチからの極秘依頼や。
うっさいディプレス。ウチは思春期や。見られたくない文章の1つや2つあるわ。
書いてる文字を読んだか? 分かったな。
だったらそれをやれ。
夜明けまでにやらな子猫の方は殺す。
人質や。
戻ってくるまで子猫の方はウチの手元に置いておく。
おいディプレス。いま笑ったな? 手元は手元や。皮肉な意味をいちいち湛えんな。
当事者 1
林の中。
誰も追ってこないコトを確認すると、貴信はポケットから写真を取り出した。
筒から渡された封筒の中には、写真が2枚。メモが1枚。
.
メモは、やや奇妙だった。
A4ノートを無造作に破いたと思しき紙に、1行につき1枚、細長いシールが貼られている。
どうやらシールはテープライターから排出されたらしい。アウトラインもぎこちない明朝体の文字が刻まれ
ている。
プリンターでも手書きでもない奇妙な文字の羅列。しかもシールの端には歯型らしきものさえついている。
灰色の染みは唾液だろう。元はノートの紙にも同じ痕跡がある。
まるで、口でノートをちぎり、口でシールを貼ったような……。
【この写真の男から写真の物を奪え】
【いいか。見間違えたらあかんで】
【金髪で】
【胸に認識表かけた】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【いやに自信たっぷりの顔つきの男から】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【写真の物を奪え】
もう1枚は古びた書物の写真だった。あちこちひび割れた茶色の羊皮紙を束ねただけの相当簡素な本。
説明によれば18世紀の稀購本らしい。
【この男は剣術むちゃくちゃ強いから気張ってやり】
【しかもふだんこの男には護衛として】
【ちっちゃい女の子と】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【忠犬のような自動人形が】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【ついとる。自動人形はでっかい上に自分で動ける人形や。見ればだいたいそうと分かる】
【けどいまはちょっとした仲間同士のゴタゴタでおらへん】
【今ならお前一人でもどうにかなる。写真の本を取り返してこい】
【そうしたら無罪放免にしてやる。感謝しい】
【この男の居場所は──…】
そして地下駐車場で、貴信はこの金髪の男と邂逅した。
腕を切断したのは出立の際にハシビロコウ(ディプレス)から持たされた武器。
日本刀。
.
.
「武装錬金じゃねーぞwwwwww錬金術製の頑丈な刃wwwww ダレ襲うかしらねーけどwwww 持ってけwwwwwwwwwwwww」
森を抜けるとコンクリート性の平屋建てが見えた。元は何かの研究室だったのだろう。
月明かりの世界の中で灰色の建物がうっすら輝いている。
そこめがけ、血の付いた小石が点々落ちている。
嫌な目印だ。出発してから目印にと石を落とし続け、ついにはあの駐車場の入口にまで落とす羽目になった。
帰りは逃げるのに必死で回収できなかった。時間的な制約もあった。いちいち屈んで石を拾う暇がなかった。
貴信は泣きたい気分だった。
あの金髪の男は何者だったのだろう。
分からない。だが右腕を斬り飛ばしてしまったコトは悔やんでも悔やみきれない。
せめて生きて欲しい。生きているなら謝りに行きたい。片腕を斬られても構わない。
だが無情にも指定された時間は迫っている。
後悔する暇もなく、貴信は。
コンクリートの平屋建てへ足を踏み入れた。
以上ここまで。過去編続き。
39 :
ふら〜り:2013/02/03(日) 15:08:51.20 ID:ezwFFgvT0
>>スターダストさん
本人たちの性格も、武装錬金の特性も複雑怪奇な二人ですけど、やってることは単純明快な
暴力で恫喝で、ここだけ見れば全くもって純粋な悪役ですよね。まあ青空同様、事情がある
からって許されることでもないんですが。現主人公の貴信、サブタイ通りで痛々しい……
.
当事者 2
灰色で塗り固められた部屋が闇に沈んでいた。
元は何かの研究所だったらしい。ディスプレイのついた筐体や巨大なカプセルが無造作に並べられ、それらは部屋の隅
から差し込む青白い光の中で錆や罅割れを無残に晒している。使われなくなって久しいらしい。
天井から剥離したと思わしきコンクリートが点在する床には空のペットボトルやコンビニの袋、染みのついた割り箸なども
散乱しており、ここが若者たちからどんな扱いを受けているか雄弁に物語っている。
ちょっとした講堂ほどある部屋の隅に、奇妙な一団がいた。
見た限り彼らはとても人間とは思えない。もし肝試しと称し侵入してきた若者がいれば、あまりの異様さに声を失くし全速力
で踵を返して逃げるだろう。
奇妙な格好の鳥と。
1mほどの筒と。
鎖で繋がれた子猫がいた。
そしてまず、鳥と筒の間で何かが爆ぜる音がした。剣のような形をした「何か」が霧と化し、砂金を撒くように燦然とけぶった。
天の川にも似た奔流が両者の間を流れるにもかかわらず、鳥と筒はロマンチシズムの対極に位置する黒い感情を交差させた
ようだった。筒は文字通りの筒で表情などないが、明らかに鳥をねめつけるような気配を漂わせている。
相方の感情を知ってか知らずか、嘴のおおきな鳥がいぎたない笑みを浮かべた。
生物学上はハシビロコウという、近年バラエティ番組では「動かない鳥」「変な鳥」として密かな人気を博しているユーモラス
な外見の鳥だが、しかし背丈はあまりに大きすぎた。隣にいる筒の倍ほどはあった。
身長凡そ2m。巨大な、鳥だった。
筒の根元では子猫が凄まじい唸り声を上げながら暴れている。
爪が筒の表面をガリガリと滑る。堅いらしく爪は通らない。欠け目から血を吹く爪もあれば、根こそぎ抜けて床に散らばる
爪もあった。
だが子猫は痛みを介する様子もなく、ただ凄まじい声を発し、筒を攻撃し続けていた。
鳥。
筒。
猫。
人にあらざる者たちが醸し出す雰囲気は、幽霊たちとはまた違う異様さと凄絶さを孕んでいる。
当事者 4
ディプレス=シンカヒアは考えていた。
相方の悪辣さというものを、考えていた。
アイツ、強欲だからなあwwwwww
何かを奪った奴は絶対に許さないwwwww
無罪放免、そーいって解放した奴が後日何人不審死したかwwwww
死因は崖から落ちたりとか車の操作を誤ったりとか色々だけどwwwwww 怪しいだろwww
オイラの趣味は事故とか殺人事件とかの記事の収集で、「死んだ奴ら哀れだなあ憂鬱だなあwwww」って爆笑するのが好
きなんだけど、去年たまたまデッドが解放した奴の名前をそこで見たッ!
ホームから落ちて電車に轢かれたとかいうありきたりの記事だったが、「どうして落ちたのか」? 目撃証言はなかったなあwwww
ほろ酔いだったから落ちたのだろう、それが警察の見解だったがオイラは違うと思うwwww
何しろ奴の武装錬金は人を見張るコトもできるwwww
その点、戦団の若手ながら注目株な楯山千歳の武装錬金と似ているが、更にデッドのは始末が悪いwwww
自分は移動しないで、相手にちょっかいを出せれるwww さっき軍靴の戦士に爆弾打ったようにwwww
.
デッドが無罪放免を口にするたびオイラは新聞記事を漁ったwwww 解放された奴の名前、ネットでも調べたwwww
すると出るわ出るわwwwww 解放後1週間から数か月というバラつきこそあったがwwwww
やはり無罪放免の連中は事故死を遂げているwwww
ミソなのは奴お得意の爆弾で死んだ奴が誰もいないというコトだwwwww
転落死、溺死、半解凍の蒟蒻ゼリーによる窒息死……動物園の飼育係が世話してる毒蛇に噛まれたというのもあったwwww
「ケージから脱走したヘビに噛まれたのだろう」。記事はそう謳っていたがきっと違うwww デッドwww アイツきっと武装錬金
でヘビ吸って、更に飼育係目がけ投げつけた! 他の事件もだいたいそうwww 警察が「そーいうのも時たまある」と納得できる
程度のモヤっとした不審点が必ずあるwwwww デッドの武装錬金特性を当てはめればスパっと説明できる不審点がwwwww」
オイラが気付いてないと思ってるんだろうなあwww
まあ実際今までの連中は「すぐ殺すまでもないがそこそこ満たされてる」奴ばっかりで、まあくたばってもいいかなあとはwwww
思っていたからwwww 放っていたけどwww 放っていたけどwwwwww
放っておけば兄弟と子猫も同じ末路だろうなあwww
でも俺、あのいかにも人間関係築けなくて孤独ですって顔してる兄弟……嫌いじゃないwwwwww
ただでさえぼっちで苦しんでるのに、デッドのような基地外な強欲に殺されるなんてwwwww
可哀相すぎるだろうwwww
なんとか、してやらないとなあww
当事者 3
デッド=クラスターは考えていた。
相方の悪辣さというものを、考えていた。
アイツ、憂鬱やからなあ。
可哀相と思った奴にはいらん手心を加える。
恐らくあの少年と子猫、ウチから守ろうとしとる筈や
無罪放免にした連中が必ず事故死「させられている」のにもそろそろ気付き始めとる位やからな。
今までは敢えて突っ込んでこなかったが、困った事に今回は違う。ターゲットをえらく気に入っとる。
殺せば確実にキレるやろう。
そして困った事に。
ガチでやり合った場合、ウチはディプレスに絶対勝てへん。
ところでや。
「無罪放免にした奴を殺す」
いかにも約束反故にしとるようやけど違うねん。
あいつら、ウチが許してやったのにまた何か奪ったんやって。
えーと。例えばやな。ウチが予約しとった貴重な本。
予約者ですとウソついて持ってきやがった馬鹿なOL。
まあ泣いて土下座して、貯金全部よこしたから一応許してやった。足の小指両方フッ飛ばしてやったけど。
そしたら一週間もせん内にトモダチの彼氏奪いよった。
自分のトモダチの彼氏をやで? 信じられへんわ!
ワームホール越しに泣いて怒るトモダチを見たから、馬鹿なOL、武装錬金でホームから落としてやった。
筒型爆弾やからなー。踏めば滑って転ぶんや。爆発させるまでもない。
奪って人泣かしておいて自分は酒飲んでいい気分味わっとるからそうなる。
「子供のためです。生活が苦しくてつい」。泣いてそう詫びたひったくりはその足でパチンコ屋や。
お母ちゃん思い出してついあげてしまった財布を捨てて、中身を平気な顔で浪費した。で、またひったくり。
ときたら高速道路の中央分離帯に激突して即死しても、文句はいえへんやろ? ワームホールは便利やわ。
ちょいとタバコ爆破してワームホール開けて、ウチの目ん玉見せつけてやるだけで運転ミス。
……ま、ウチの目見て怯えられるんはちょっと傷ついたけど……………。
一番ひどかったのはある動物園の飼育係で、仕事のストレス発散で放火しとった。
最初は廃墟燃やしただけなんやけど、運悪くウチが行きつけやった駄菓子屋さんにまで火ぃ広がった。
全焼した。
いつもオマケしてくれとった気のいいおばあちゃんが焼け死んだ。
ちょっと耳遠いけどニコニコしとったおじいちゃんも全身大やけどや。苦しみながら、1ヶ月後に死んだ。
グレイズィングに蘇生して貰ってお金出して店も治したけど、……精神的なもんのせいで2人ともすぐにまた死んだ。
ウチはただ、古臭くて、床が地面剥き出しなあのお店が大好きやった。温かい雰囲気があった。
あの人たちに迎えてもらう時、ウチはみんなのいる屋敷に帰ったようで、嬉しかった。
なのに下らん放火で奪われて、さびしかった。
独自に突き止めた犯人は泣いて許しを乞うた。駄菓子屋のおばあちゃんたちの墓の前で土下座もした。
殺してやりたかったけど、そうしても何の解決にもならへん。おじいさんらもよろこばへん。
だから自首を条件に開放した。
そしたらあの飼育係、逃げる算段を整えようとした!
あろうコトか務めている動物園の動物たち密売して、資金作ろうとして!
動物は嫌いやけど到底許せるものやあらへん。
だからワームホールで毒ヘビを吸って、ブツけてやった。
苦しんでもがきながら死んでく姿は見てて面白かったなあ。
…………。
………………………………。
くそ。そんなコトしたって何が戻ってくるっていうんや。
ウチが欲しかったのは……欲しかったのは……。
とにかく。
奪う側はつまりそういう連中や。
許してやってもまた同じコトを繰り返す。
感情を汲んで、過ちを許してやって、責めるコトをやめてやっても!
調子に乗ってずっとずっと同じコトを繰り返す! 人間は、信じるだけ馬鹿馬鹿しい。
ウチは奪う奴も人やからって何度も何度も信じようとした。何度も、何度も。
でも、奪う側の連中は絶対に裏切る。許された事を免罪符に自分ばかり得しようとまた何か奪おうとする!
ウチの小さな善意なんて結局世界にとって何の役にもたたへん、そーいう無力感ばかり突きつける!
ウチのために頑張ってくれた屋敷の人たちが無残に殺されたように、奪う側はいつだって下らないコトしてウチを傷つける。
あの飼い主と子猫もそうや。そうに決まっとる。
また何かを奪う。だったら始末すべきや。善良な誰かがアイツらの被害に泣く前に。
CDさんに聞いた。あの飼い主は父親の遺産たっぷり持っとるらしい。
罰や。それを奪ってやる。CDさんありがとう。
奪って色んな困ってる場所に撒く。不良在庫抱えた雑貨屋さん助けたり、おいしいもの作ってるのに老朽化のせいで客足
遠のいている食堂を救ったりする。
.
この世界をウチの力で良くしたい。
だから奪う側のアホどもから金品を取り返していかなあかん。
そのためにウチはディプレスをどうにかせなあかん。
真っ向から絶対に勝てへん相手を、どうすれば出しぬけるか。
どうすればあの飼い主殺して、たっぷりの遺産を奪えるか。
考えなあかん。
ただ殺すだけやとあかんのや。グレイズィングがおるからな。
ディプレスが24時間以内にあの人連れてきたら丸く収まってしまう。
当事者 4
だからデッドは考えてる筈だよなwwwww
・あの飼い主の死骸を粉々にして
・ワームホールで総て吸収! 特性で遠方にバラ撒く
ってwwwwwwwww
困ったぞwww 細胞が一片残らず消えたら……グレイズィングとて治しようがないwwwwwwwwwwww
当事者 3
ディプレスはアホやが妙に頭は回る。ウチの考えぐらいはお見通しやろう。
あの飼い主が戻ってきたら奴を守りに行く。
仮にウチが全方位から爆弾飛ばしたとしても、ディプレスは全て迎撃、爆発前に分解する。
ウチの武装錬金特性なら戻ってくる最中のあの飼い主補足して、殺すのが一番なんやけど。
ただ──…
ウチの武装錬金・ムーンライトインセクト(月光蟲)の特性はワームホールの創造。
筒型爆弾で爆破されたモノの中央部すぐ前にワームホールが開くねん。(破壊する必要なし。爆風当たる程度でもおK)
ワームホールは便利やで。対象を直接吸い込めるし、様子だってモニター越しに観察できる。一番いいのはさっき軍靴の
戦士にやったような、「ワームホールからゼロ距離で爆弾叩きこむ」や。大抵の戦士は避けられへん。
便利な特性に思えるけど、離れた相手を攻撃するにはかなり骨が折れる。
イソゴばーさんなんかは、「ひひっ。目の前に居らん敵の近くにさえわーむほーるが開く? 十分便利じゃよ」とか何とか
感心しとるけどなー。正直、補足するんはエラいしんどい。
何しろ、ウチの武装錬金の特性はフクザツすぎるからなあ。
まず、ワームホールを開けるには”媒介”がいる。
で。
ウチが”媒介”を爆破するごとに、一定範囲内にある”媒介”の前にもワームホールが開く。
この一定範囲というやつは”媒介”の希少性に比例して延びる。10円のチョコと100万のダイヤなら、後者の方が広い。
世界に100個しかない核鉄でだいたい半径1.5kmやな。それが一定範囲内。
例えば媒介1を爆破した場合、媒介1と、範囲内にある媒介2の前にワームホール1が開くんや。
で、ワームホール1から爆弾撃って媒介2を爆破。
すると範囲内にある媒介3の前にワームホール2が開く。
ワームホール2から爆弾撃って媒介3を爆破すると、範囲内にある媒介4の前にワームホール3が──…
というように、爆破を繰り返すことで射程距離が徐々に伸びてく訳やけど。
文字だけで考えると分かり辛いコトこの上ない!!
これでなんで遠くの敵を爆破できるか、ウチ自身慣れるまで苦労した。
えーと。図で考えよう。
”媒介”は「ハンカチ」としよ。誰でもポケットにしまっとるからな。
で。次のような条件の場合なら。
条件1 ウチと敵の距離は3km。
条件2 ウチと敵の間にはハンカチが等間隔で落ちている。
条件3 敵のポケットにはハンカチがある。(=敵と媒介は同じ地点にいる)
条件4 ウチのすぐ前にもハンカチがある。
条件5 便宜上、前述の「一定範囲」は500mとする。
※ 媒介を爆破するごとに、「500m以内にある媒介」の前にワームホール出現。
位置関係はこうや。
デッドからの
距離(km)
3.0 ‐┨ハンカチ …… 条件3の「敵のポケットのハンカチ」
. ┃
2.5 ‐┨ハンカチ ┌―――――――――――――――――――──┐
. ┃ | │
2.0 ‐┨ハンカチ | │
. ┃ | │
1.5 ‐┨ハンカチ |条件2の「デッドと敵の間に落ちてるハンカチ」 │
. ┃ | │
1.0 ‐┨ハンカチ | │
. ┃ | │
0.5 ‐┨ハンカチ └―――――――――――――――――――──┘
. ┃
0.0 ‐┨デッド ハンカチ …… 条件4の「デッドのすぐ前にあるハンカチ」
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
このままやと分かり辛いから、ハンカチに番号を振る。
条件3のは「ハンカチ7」。これが、敵のポケットに入っとる。
条件2のは「ハンカチ2」から「ハンカチ6」。ウチと敵の間に落ちとる奴や。
条件4のは「ハンカチ1」。ウチの目の前にある。
図に当てはめるとこうなる。
3.0 ‐┨ハンカチ7
. ┃
2.5 ‐┨ハンカチ6
. ┃
2.0 ‐┨ハンカチ5
. ┃
1.5 ‐┨ハンカチ4
. ┃
1.0 ‐┨ハンカチ3
. ┃
0.5 ‐┨ハンカチ2
. ┃
0.0 ‐┨デッド ハンカチ1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
そしてウチが「ハンカチ1」を爆破すると。
「ワームホール1」が
・ハンカチ1
・ハンカチ2
の前にできる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1 NEW!
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
更にワームホール1からハンカチ2を爆破すると
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3
. ┃
0.5 ‐┨□2 ← @1 ATTACK!
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
条件5「500m以内にある媒介の前にワームホール出現」通り、
ワームホール2がハンカチ3の前に開く。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2 NEW!
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @ワームホール1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
いうまでもなく、@ワームホール2からハンカチ3を爆破すると
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4
. ┃
1.0 ‐┨□3 ← @2 ATTACK!
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
□ … ハンカチ
@ … ワームホール
@ワームホール3がハンカチ4の前に現れる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3 NEW!
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この手順を繰り返すと、 ハンカチ7……つまり敵の前にもワームホールを開けて、思う存分爆弾を叩きこめる。
3.0 ‐┨□7 @6 NEW!
. ┃
2.5 ‐┨□6 @5
. ┃
2.0 ‐┨□5 @4
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もちろん実戦やと媒介はもっと複雑であちこち散らばっとるけど。
ちなみに上の図はだいぶ簡略化されとるよなー。
「1回の爆破につき一定範囲内にある”媒介”の前にワームホールが開く」なんやから、
1つのハンカチにつきワームホールが1つ……というコトはない。
□2 @@@(ワームホール1〜3)
みたいになるのが正しい。
理由はこれまでの説明にある通り。
ただ爆弾撃つとその条件もちょっと変わる。
あー、ホンマややこしい武装錬金やで。
ちなみに媒介の条件も複雑やけど、要は「同じのがたくさん作られたもの」で「非生物」ならいい。
飛び散った髪の毛とか流れた血なんかも媒介になる。
ただし水とか酸素とか炎は媒介にできへん。こーいうのって沢山ありすぎるやろ? 媒介にすると一回の爆破で無茶苦茶
な量のワームホールが開いてしまうからオーバーフローすんねん。ウチの処理能力とか精神力とかが。だから無意識のうちに
セーブしとるらしい。
酸素媒介にできたらずっと全方位攻撃可能なんやけどなー。
生物でさえなかったら、包丁でもダイヤでも何でもワームホールが開く。
動植物は攻撃してもワームホール開かへん。
だから殺したい奴狙う時は、そいつの所持品調べるところから始める。
@ワームホール3がハンカチ4の前に現れる。
3.0 ‐┨□7
. ┃
2.5 ‐┨□6
. ┃
2.0 ‐┨□5
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3 NEW!
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
この手順を繰り返すと、 ハンカチ7……つまり敵の前にもワームホールを開けて、思う存分爆弾を叩きこめる。
3.0 ‐┨□7 @6 NEW!
. ┃
2.5 ‐┨□6 @5
. ┃
2.0 ‐┨□5 @4
. ┃
1.5 ‐┨□4 @3
. ┃
1.0 ‐┨□3 @2
. ┃
0.5 ‐┨□2 @1
. ┃
0.0 ‐┨デッド □1 @1
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
もちろん実戦やと媒介はもっと複雑であちこち散らばっとるけど。
ちなみに上の図はだいぶ簡略化されとるよなー。
「1回の爆破につき一定範囲内にある”媒介”の前にワームホールが開く」なんやから、
1つのハンカチにつきワームホールが1つ……というコトはない。
□2 @@@(ワームホール1〜3)
みたいになるのが正しい。
理由はこれまでの説明にある通り。
ただ爆弾撃つとその条件もちょっと変わる。
あー、ホンマややこしい武装錬金やで。
ちなみに媒介の条件も複雑やけど、要は「同じのがたくさん作られたもの」で「非生物」ならいい。
飛び散った髪の毛とか流れた血なんかも媒介になる。
ただし水とか酸素とか炎は媒介にできへん。こーいうのって沢山ありすぎるやろ? 媒介にすると一回の爆破で無茶苦茶
な量のワームホールが開いてしまうからオーバーフローすんねん。ウチの処理能力とか精神力とかが。だから無意識のうちに
セーブしとるらしい。
酸素媒介にできたらずっと全方位攻撃可能なんやけどなー。
生物でさえなかったら、包丁でもダイヤでも何でもワームホールが開く。
動植物は攻撃してもワームホール開かへん。
だから殺したい奴狙う時は、そいつの所持品調べるところから始める。
.
核鉄ぎょうさん持って逃げる軍靴の戦士。ウチ的に捕捉し辛い「逃げてる相手」にも関わらず捕捉できたのは、何を持って
いるかわかっとったからやな。
一方、あの飼い主の場合は──…
当事者 4
デッドの奴がいますぐあの飼い主殺せないのは武装錬金の特性のせいwwwwwwwww
確かに媒介さえ敵とデッドの間にあれば、ムーンライトインセクトの射程は限りなく延びるwwwwwwwwww
け・れ・ど・もwwwwwwwwww 敵とデッドの間に媒介がなければwwwwwwwwwwww
攻撃はできないwwwwwwww
ここは森だ。街中のように「媒介」に溢れちゃいないwwwwwwwww
たぶん……あの飼い主とデッドの位置関係は
3.0 ‐┨貴信
. ┃
2.5 ‐┨
. ┃
2.0 ‐┨
. ┃
1.5 ‐┨
. ┃
1.0 ‐┨
. ┃
0.5 ‐┨
. ┃
0.0 ‐┨デッド
. ╋━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
こう、だろう。距離は適当だけど、市場に流通しているような媒介なんか絶対ないwwwwwwwwwwwww
まあでも森だから? 落ち葉とかならあるだろうwwwwwwwww
ところがどっこい落ち葉は数が多すぎるwwwwwww
ひょっとしたら酸素同様オーバーフロー警戒して媒介にできないかも知れないし、もし媒介にできたとしても「その希少性
に比例して射程距離が延びる」デッドの武装錬金に……地の利はないwwwwwwww
なぜなら落ち葉爆破して伸びる射程は恐らく50cmもないwwwwwwwwww多すぎるからなwwwww
一足飛びにあの飼い主の近くにワームホールを出すのは無理だwwwwwwww
よしんば落ち葉を爆破して地道に距離を稼ごうとしても……音はオイラの耳にすぐ届くwwwwwwwwwww
つまり、殺そうとしているのがすぐバレるwwwwwwwww
とはいえ、だ。
本当にあの飼い主殺したいのならなあ、アイツが山降りてく時、何か媒介になるような「貴重なモノ」を持たせば良かったwwwww
ブヒヒwwwwwww どうしてそれができなかったんだろうなあwwwwwwww
当事者 3
お前がさっきスペアの剣、分解したからやろディプレス。
武器にという名目で渡したあの錬金術製の剣。実はアレ、2振りあったんや。片方はアイツの手やけどもう片方は媒介用に
残しておいた。媒介を爆破しさえすれば、あの飼い主……正確にはアイツが持ってる剣の前にワームホールが出現、楽に
殺してそこらに撒けた筈やった。落ち葉は沢山ある。次の媒介にも「粉微塵に爆破した死体そこら中に撒く」のにもピッタリや。
とにかくもう、あの剣は使えへんな。…………あの剣は。
無理にでもあの飼い主の服攻撃してワームホール開ければ……とも思ったけど、攻撃が許されるんやったらそもそもこ
こまで悩まへん。ディプレスの目の前でアイツ殺せそうにないから、特性使った遠距離攻撃でどう秘密裏に消すか考えと
る訳で。
ああもう。
一瞬でええねん。一瞬でええから隙作ってディプレス出し抜かなあかん。
念のため「切札」はすでに呼んであるけど……来るまでにはかなりかかる。
現状、すぐ使えそうなコマは。
アイツの飼っとる子猫や。
子猫をムーンライトインセクトの特性でうまく使えば、ディプレスを無力化できる。
当事者 2
香美は、考えていた。願っていた。
自分にもっと強い爪があれば。牙があれば。
貴信を痛めつけた筒(デッド)を殺すコトができると。
堅い筒に噛みつく。
犬歯が一本、折れた。
激痛が走る。だがそれを凌ぐ激情の赴くまま香美は筒に攻撃する。
し続ける。
.
以上ここまで。過去編続き。
51 :
ふら〜り:2013/02/10(日) 18:11:09.69 ID:9FS67uR50
>>スターダストさん
昔、ジョジョのパロで、ジョルノがポルナレフに「で、斬ると何が起こるんです?」と質問
してるのがありましたが。バルスカなんかと比べたら、マレフィ勢は完全にその域ですね。
ただ攻撃するだけの武器……サンライトハートやモーターギアもそう、対抗できるのかっっ?
52 :
作者の都合により名無しです:2013/03/21(木) 00:03:53.61 ID:d4t6APMp0
あげ
54 :
作者の都合により名無しです:2013/05/13(月) 07:19:11.72 ID:5xWoFXKU0
55 :
作者の都合により名無しです:2013/05/19(日) 02:37:51.13 ID:eK/ipKwy0
56 :
作者の都合により名無しです:2013/06/17(月) 15:39:57.66 ID:Han2TiOB0
まだあったのかこのスレ!
ふらーりさんやスターダストさんがいてうれしいけど
流石にもう厳しいだろうなあ・・
57 :
作者の都合により名無しです:2013/07/06(土) NY:AN:NY.AN ID:3qOG8V2X0
58 :
◆C.B5VSJlKU :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:3nPbqyyF0
『鐶光は鳩尾無銘が大好きだ。
彼女はむかし義姉に両親を殺された。その挙句監禁され、5倍速で年老いる人外へと……。
瞳が暗色に染まるほどの戦いを強いられ続けるうち果たした出会いが運命を変える。
ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。標的を殲滅した流れの共同体を急襲し、小札、貴信、香美と立て続けに重傷を負
わせた鐶光の前に立ちふさがった者こそ……当時まだ人型になれずいたチワワ姿の鳩尾無銘。
苛烈を極めた戦いは引き分けに終わる。
鐶が無銘を好きになったのはその後だ。
折悪しくやってきた戦士から、鐶を、命がけで守ったから。
好きになった。お世辞にも自分より強いとはいいがたい、チンチクリンなチワワが、傷だらけになりながら戦士を退け
…………守ってくれた。
救ったのは命だけじゃない。
親も尊厳も失い悲嘆にくれる鐶に彼は、道を示した。
──「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」
愛しながらも恐れ、隷属するしかなかった義姉・リバース=イングラム。玉木青空。
彼女が憤怒の権化と化すに至ったさまざまな確執の原因が自分にあると負い目を背負い、諌めるコトも宥めるコトもでき
ぬままただ忌むべき循環に流されていた鐶光。
身を委ねていればいつか戦士かホムンクルスに斃され死んで終われると諦めていた少女。
鳩尾無銘は希望を見せた。
──「奇襲とはいえ師父たち5人と互角に渡りあった実力は本物……。姉に抗する術がまるでない訳ではない」
──「貴様の抱いている感情ぐらいならば聞いてやる。それで貴様が二度と虚ろな瞳で空を仰がないと誓うなら……聞いてやる」
彼は何もかも解決してくれた訳ではない。今日いまに至るまで状況は出逢ったときと変わらない。リバースは未だ多くの人を
苛んでいるし、鐶の老化だってそのままだ。無銘自身、背負わされた宿業に苦しみ恨みに喘いでいる。決してヒーローでは
ない。本当は自分のコトをどうにかするのが精一杯なのだ。
それでも道は示してくれた。話を聞くと言ってくれた。声を出すだけで暴力を振るった義姉! 訛りを出すだけでドス黒いス
テーキ皿を頭めがけ轟然と振り下ろしたリバース=イングラム! 彼女に比べればどれほど無銘が優しいか。声音を、言葉を、
なんだかんだと貶しながらちゃんと聞き、伝え返してくれる少年は、本当に本当に、大好きだ。
自分だけでなく。
傍目から見れば最早ただの怪物にすぎない「お姉ちゃん」を、殺さず、救えと言ってくれたのだ。
だから希望が持てる』
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「…………」
何度目だろう。白い矩形の影がまた後ろに向かって跳ね上がる。ブレイクはただ黙っていた。
マレフィックウラヌス
ブレイク=ハルベルド。悪の組織の幹部である。コードネームはは『天空のケロタキス 〜または象の息〜』。
どちらかといえば美男だが、今にもニヘラとしそうな緩い顔つきを除けばこれといって突き抜けた美点がない。街のそこ
そこ人通りのいい場所を探せば10分で同じレベルが拾えそうなほどありふれた絵姿だ。それが、体脂肪率1ケタかという
ぐらい細長い体のうえで目を細め頬をかいたのは同伴者のせいだ。
少女だった。乳白色とも灰みの明るい銀色とも取れるゆるふわウェーブのショートボブだった。頭頂部から伸びる毛は滑
稽なまでに長いが(40cmはあった)それが却って過分な美しさに親しみやすさと愛らしさを与えていた。
幽玄な気品に溢れた顔を清楚な笑みに染め上げながらキュキュリキュリキュリ。漆黒のタクトを熱心に振るっている。そ
れは商店街のしなびた文房具屋で買った98円の代物で、希釈された特殊引火物がとっぷり詰まっている。要するにマジッ
クペン。太字だ。スケッチブックに刻むのはしかし文字。速記記者顔負けの速度だ。肩から手首に至る執筆運動が円弧と
なり彼女の脇で跳ねている。このまえ映画で見たカンフースターがちょうどこんな感じだった、ヌンチャクを左右に振ってた
……などと囁いたのは道行く人の1人で、それでやっとブレイクはかねてよりの既視感に納得した。むかしハリウッド映画に
出たとき手首で日本刀まわすよう監督に言われ参考に見たのがブルース=リーか何かの映画だった。(なぜ連中は回した
がるのだろう。手首で刀を)。もっとも同伴者は鳥鳴やら猿叫やら何一つもらさず黙々と書いている。作業に苦痛を感じて
いる訳ではない。むしろ笑顔は緊張と歓喜に張り詰め、雪のような頬ときたら血潮にうっすら染まっている。そんな様子を、
ショッピングセンターの、数ある四角い柱の影でじつと見つめること48秒。やっと彼女はブレイクを見た。
『以上、光ちゃんの心理描写でした〜〜〜! 拍手〜〜〜〜〜!!』
胸の前でたわわな質量を押しつぶしていたスケッチブックを翻し右手ひとつに持ち換えた少女。
なにがそんなに嬉しいのか照れ照れと笑っている。残る片手など小さくガッツポーズをしている。頭のアホ毛もパタパタした。
……鐶光なる存在を雄弁に語りつくしたのはスケッチブック。20枚の紙はもう裏も表も文字だらけ。文字は太字のペンを
使ったにも関わらず輪転機をくぐりぬけてきたように細く綺麗。ひらがなも、カタカナも、漢字も数字も記号も読点も句読点も、
間隔等しく並んでいる。枠のある原稿でさえここまで整わないというぐらい綺麗でカッキリとした体裁だがそれが却っておぞま
しい。
彼女は喋らないのだ。『喋れるのに喋らない』。
恋する乙女のように書き上げるほど義妹を想っているのに、それを一切、声に乗せない。
そのくせスケッチブック1冊犠牲にしてまで語りたい衝動を秘めている。容姿も文字も執筆機能も恐ろしく高い完成度を
誇っているのに根本の大事な何かが壊れている。
それがリバース=イングラム。旧名を玉木青空という鐶の義姉で。
「素晴らしいっす青っち!!」
身を乗り出し歓喜に叫ぶブレイク=ハルベルドの想い人。
ぱあっと輝くような笑みを浮かべたリバースは再びスケッチブックに向かう。礼を述べるのだろう。2人にとってそれは
当たり前のコミュニケーションだが、しかしすれ違う雑踏のカケラたちは一瞬妙な表情で彼女を見て足早に去っていく。
同情的な言葉を連れと囁く若い男だっている。聞くに堪えない小さな嘲笑を湛え合うグループは女子高生。
確かに語らぬ笑顔の少女は異質な存在だった。ただしその異質ぶりは、通行人たちの想像の『枠』など遥かに飛び越え
ているのだとブレイクは得心しウンウンうなずく。異質ではなく悪質なのだリバースは。それも一際極まった──…
実父の頭を踏み砕き、殺し、望まぬ発声練習を強いた義母は意趣返しとばかり喉首にぎりつぶして頭を落とし。
義妹を監禁し。
ただすれ違っただけの幸福な家庭を武装錬金で誰1人殺さず崩壊させ、被害者が、新たな被害者を生むよう願っている。
60 :
◆C.B5VSJlKU :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:3nPbqyyF0
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ブレイクはその総てを知っている。知った上で愛している。蜜言を囁くたび鋭い拳に顎を穿たれ、首が外れ、揺らいだ脳が
衝撃で坐滅しても、生黒い青あざが全身に浮かぶまで殴りまわされても、愛している。
むかし憧れた女性、ブレイクを栄光に導いたプロダクションの女社長が、リバースの手で幸福な暮らしを壊され、流産し、
2度と子供を産めなくなったのも知っている。その上で、リバース=イングラムを愛している。
(人の枠をぶっちぎちまってますからねえ。何より可愛い!!)
かつて付き合っていた女社長などどうでも良くなるほど魅力的なのだ。第一むかしの女ときたら彼を色々裏切っている。
(無銘くん! あーたが光っちから向けられてる好意と同じぐらいの愛を! 俺っちは青っちに向けてやすよ!!
言葉と意識を向けるのは、30m先のホームセンター。『接着剤』のコーナーで赤毛の少女と何やら難しげに紛糾している
学生服の少年だ。
ここは駅前にある銀成デパート。1971年(昭和46年)2月創業だ。当時の日本の出来事といえばとある四輪メーカーが
アメリカの大企業に先駆けて低公害エンジンを発表したのが有名だが、それは本題ではない。
3階の暮らしのフロアにやってきたのは鳩尾無銘と鐶光。近々催される演劇に必要な資材の調達にやってきた。
「くそう。追いつくだけで体力を消耗したわ!! 少しはおとなしくだな……!!」
「段ボールの調達はおーけー……です。仕舞い……ます……」
「聞けえ!!」
畳まれた状態とはいえ自分の背丈の半分ほどある資材を、当たり前のように、腰に下げたポシェットへ入れる鐶に無銘は
ただ唖然とするばかりだ。角が触れた段ボールは転瞬異様な縮尺を帯びるのだ。餅をつまんで引き伸ばしたような。矩形で
あるべき硬くザラついた再生紙が明らかに三角形へと歪んでいる。辺がおかしい。いうなればピンクのドアだった。国民的な
ネコ型ロボがポケットから出してる最中のピンクのドア。あれのように、風貌ごと、次元が、ねじれている。
「……いつも思っているのだが、何だそのポシェット。どういう仕組みなんだ?」
鐶光愛用の、白い卵型のポシェットは何でも入る。入っている。見た目の大きさといえば、大人が2つの掌で包めるぐらい
だ。
「さあ……。でも、色々入ります…………例えば」
「デスクトップ型のパソコンが旧式のブラウン管のディスプレイごと!? 次は硫黄の粉末をたっぷり詰めたオオサンショウ
ウオの腸!! 携帯ゲーム機こいつは時々出してピコピコやってるからお馴染みだ!! 持ってきたのか据え置き型のゲー
ム機!! ゲームソフトも15枚あるが外では使えんテレビは無い!! 箱入りのドーナツはおやつ!! ジャーキーは無い
のか! 無い!!? くそう!!」
入り口から少しだけピョコピョコだされては仕舞われる物品の数々に、目を白黒させつつ解説つける鳩尾無銘。他にも144
分の1スケールのプラモとか、無数の熱血ソングのCDとかとにかく色々な物が入っており総重量は30kgを下回らない。
剛太などはそれを認識しなかったばかりに──せっかく防人が重量を教え対応するよう警告したのに軽んじた──まるで
巨大な鉄球を渡されたようにつんのめった。床に激突したポシェットが巨大な罅割れを生んだのはいうまでもない。
「一番凄いのって実は紐っすよね。動いても千切れやせんし」
『鉄骨を6年ぶら下げてもピンピンしてるほど頑丈、それでいて肩に優しい柔らか素材! を!! 採用してみました!!』
細目のまま鼻息噴き拳固めるリバース。頭頂部の長い毛がビコーンと勃ち、ちょうど飛んでたハエを胴ごめに両断した。
「さっすが妹さん想いの青っち!!」
『あの子よく道に迷うもの。たくさん歩くでしょ、だからずっと掛けてても楽なように注文したの』
「にへへ。旦那とはえらい揉めましたからね〜。『できないできないって何よちゃんと作りなさいよ頑張りなさいよ光ちゃんの
肩に痣作っていいのは私めだけようふふあはははキレた攻撃する』とか何とか仰ってましたし……」
柱の影にブレイクとリバース……闇の師匠というべき人物2人が潜んでいるとは夢にも思わぬ鐶だ。
無銘の「それ誰が作った」的な問いかけに答える。淡々と、淡々と。
「ディプレスさん……作です…………」
「ああ栴檀どもをああいう体にした研究班副班長の…………って貴様答えになっとらんぞ」
「…………ディプレスさんは…………発明好き……なのです…………よ?」
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まったく感情のこもらない調子で鐶はズズイと顔を近づける。そうされると元々の力量差もあり無銘はつい威圧されてい
る気分になる。そも彼女との出逢いときたら最悪だった。いきなり仲間たちをバタバタ薙ぎ倒された挙句、散々といたぶら
れた。当時ちっちゃなチワワだったのに容赦なくだ。簡単に言えば、後ろ足を持って、岩にたたきつけて、もいだ。
いまでこそ見た目少年だがやはり動物型ホムンクルスの無銘だ。鐶に対する本能的な恐怖は脳髄のどこかに深く深く刻
み込まれている。もちろんいまの彼女はただ親切心で、ポシェットを説明しているだけだ。顔を近づけたのは、声のか細さ
を知っているからだ。聞こえなかったら悪い、たったそれだけの配慮で近づいたのだが、名前が羊頭狗肉に思えるほどドン
ヨリ濁った双眸をすぐ間近で向けられて震えぬ者はいないだろう。鐶の瞳は虚無だった。色こそスターサファイアで綺麗な
のだが、まるで沈没船の宝箱に納められているような暗さと湿りに満ちている。陰湿……といえば率直で分かりやすいが、
無銘は意図的にそういう形容を避けている。なぜ今の瞳になったか存分に知っているからだ。罪なきが理不尽な暴悪に晒
された結果を悪心以て評するは理念に反す。
「ふむ。無銘くんはアレすね。忍びだけど忍びだからこそ正心に拘ってるようです」
『?? イオちゃんはめっちゃ悪辣よ? 光ちゃん逃がした時だって私の体にコッソリ耆著埋め込んでどっちにしろ勝ち!
みたいな企みしてたし』
「いやいや。本来忍びってのは人の心を大事にするもんす。怒らせたり傷つけたりでソッポ向かれたら最後、目的遂行でき
やせんからね。人を喜ばしたり楽しませたりして上手いこと誘導して”勝つ”のが忍びなんす。忍法とか忍術はあくまでその
補助す。だから光っちを悪く扱えないんす」
ブレイクの講釈にリバースは少し感心したようだ。瞳は笑みに細まっているから奥を覗くコトはできないが、尊敬の念が
視線に混じるのを彼を感じ少々舞い上がった。
「チワワ時代、人間に憧れたのもあるでしょーね! きっと!!」
『ああそれにしても光ちゃん、瞳のせいで薄幸で儚く見える……』
「無視ですかい!?」
彼女の関心はもう義妹に向いている。気付かれないのが不思議なほど熱烈な眼差しを向けながら
『でも攻撃全振りなのよね戦い方。そこがまた可愛いの。あ、もちろん頭が悪いって訳じゃないわよ。むしろスゴくいいの。
薬局の前に立ち果てしない雑踏眺めてるケロちゃんよりも小っちゃい頃から漢字テストでずっと満点とり続けるぐらい頭いい
のよ。このまえ戦士たち6人相手に人混み利用して互角以上に渡り合ったし。なのにいざ真向勝負となるとレベルを上げて
物理で殴ればいいという有様なの。ノーガードなの。きっとディプちゃんの影響ね。本当いうと戦い教えてくれたのは感謝して
るけどあの人悪い部分があるというか、人生の落伍者だから、なるべく悪い影響受けて欲しくないの。ヤローてめえ人の可愛
い妹が傷つくよーな戦い方教えんじゃないわよ、預かってるっつー自覚ないの自覚って話。実際あなたデっちゃんは娘のよう
に大事にしてるでしょ、なのにどーして人の妹そうできないかなあ。あ、話が脇道に逸れたわねごめんなさい。余計なコトまで
書いちゃうの悪い癖よね。とにかくあの、30kgはあろうかというポシェットを肩から提げて平気のへいざで動き回る光ちゃん、
これはもう萌えよね』
「へい!!」
なんか話がアレな方向に行き始めたがブレイクは直立不動で返事をする。鬼軍曹に答える二等兵よりも粛然と、恋人に
蕩けるより艶然と。
『特異体質で色んな鳥に変形できたり、武装錬金で年齢操作できたりと技巧派っぽいんだけど、実はとびきりのパワータイ
プってギャップがいいのよギャップが』
相変わらず超高速でスケッチブックにギュンギュンと文字を刻むリバース。笑顔は清楚だが唇の端に微かだが涎の筋が
垂れている。息も心なしか荒い。
並外れた膂力と、無数の鳥への変形能力と、ついでにこのまえ銀成市ひとつ丸ごとの時系列を遅らせた年齢能力を有す
る鐶光。いざ戦いとなれば換羽と年齢操作の偶発的混合の副産物で、瀕死時オートで全回復する。
「チートか!!」
「……はい……。ディプレスさん…………チートです……」
「じゃなくて貴様が!!! なに、何やったら死ぬのお前!?」
たまらず叫ぶ無銘に鐶は一瞬首を傾げたがすぐ微笑した。
「おかしな……無銘くん…………です」
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◆C.B5VSJlKU :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:3nPbqyyF0
根来忍が笑うと猛禽類のようだと無銘はいつか戦士の誰かから聞いた覚えがある。鐶もそれに近かった。野うさぎを見つ
けたオオワシの薄ら笑いが感じられた。ただ根来との決定的な差もある。多分に孕んだ、霊的なおぞましさだ。焦点の合って
いない目で力なくしかし嬉しそうに浮かべた茫洋たる笑みは、デパート3Fの暮らしのフロアより怪談のオチが似合いそうだ。
「私メリーさん」。最後に振り返った主人公の前にババーン! スタジオの客キャー! みたいな。
「ア」
叫んでいた無銘は急に黙る。そして咳き込むように叫びだす。
「その!! 寿命というのは除くからな!!」
「はぁ……」
テンションについていけない。鐶はぼんやりした瞳を軽く瞬かせた。髪が赤い癖してなぜかまつげは黒かった。
「わ!! 我が言いたいのは、どういう敵なら貴様を斃せるというコトだ!! 戦略的な話題だ!! 無明綱太郎かという位
強い貴様を斃せる敵がいるとすればどういう能力かという話であって検討であって、埒外、寿命きたら死ぬとかいう結論は」
埒外!!」
口角泡を飛ばしながらまくし立てる無銘を、冬のドブの底で死んで腐ったイワシのような目でしばらく眺めていた鐶だが、
やにわに広げた左掌を右拳でトンと打つ。やがて漏れ出でる声はミクロの鈴が転がるのを音程そのままに超低速再生した
ような……複雑で、緩慢で、綺麗なもの。
「私の5倍速の老化…………いつか来る…………老衰を…………気遣ってくれたのですね…………ありがとう……です」
鼓膜でシャンシャンと永久に鳴り響くような声だった。沈鬱と痛惜に湿る人の世ならざる音階だった。無銘は顔を赤黒くした
ままそっぽを向き「別に」とだけつぶやいた。何が「別に」なのかは分からない。別に気遣っていない、のか、別に礼などいい、
のか。他の意味なのか。なんにせよ鐶は少年の無愛想な仕草が嬉しいらしく白い乳歯を明らかにした。
「約束……ですから……。私は…………生きたいです…………。お姉ちゃんを……元に戻すまで……何があっても……
生きたい…………です」
「……答えになっとらんわ」
ちょっとその笑顔に見とれかけた無銘だが床を蹴るまねをした。
「一回貴様負けただろうが津村斗貴子に。なぜ負けたとか、如何なる敵に弱いとか、そーいうのをだな、分析しろ」
「……はい。でも」
なんだ。渋い顔の無銘に──わざと作っているのが丸分かりで鐶はちょっと噴き出しそうになった。でも笑うとこの難物は
ますます無用の怒りを捻出するから気付かない振りをしつつ──鐶は淡々と意見を述べる。
「無銘くんも……秋水さんに…………負けてます……よね?」
「うっさいしとるわ!! 対策!! 貴様も牢で見たろうが!!」
「……タイ捨流」
とは、かの上泉伊勢守信綱の門下四天王のひとり・丸目蔵人佐(まるめ くらんどのすけ)が編み出した剣術流派だ。「頗
る荒く、身体を飛び違え薙ぎ立てる」と評され、とかく技法の1つ1つがスピード感に富んでいる。
「そうだ! 真田十勇士ぐらい貴様も知っているだろう!! 根津甚八も使ってる忍びの剣法なのだ!!」
「……何度も聞きました………………。無銘くんが、牢の中で、練習するたび…………嬉しそうに……何度も……何度も」
薄暗い瞳を伏せる鐶。このときすれ違った28歳OLは「何の話か分からないけどこのコ嫌そう!! しつこい話にウンザ
リしてる!」と解釈したが内実は違う。
「照れてやすね光っち」
『うふふ光ちゃんあんなに照れちゃって。男のコが大好きなものを語る無邪気な表情に弱いのねえ。傍から見たら変な趣味で
内心あきれてもいるけど、でもあんなに嬉しそうにされてるでしょ? そういうカオを見てると自分まで何だか幸せで、こそば
ゆくて、『まったくこの人は』みたいなため息交じりで許しちゃう。アレね。年下の旦那様見ているような気持ちよきっと。ああ
妹なのに姉さん女房な光ちゃんもイイ……素敵。可愛い』
その義妹が生まれたのはおよそ8年前。無銘は10歳。本来お姉さんぶれる道理はないが、それを捻じ曲げた者こそ、
リバース=イングラム。鐶が年に5歳も年老いる体にした義姉である。それが姉さん女房どうこうを謳い萌えているのはど
うも薄ら寒い。
「次……行きましょう…………。買い物…………。買い物…………。うふふふふふふ」
63 :
◆C.B5VSJlKU :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:3nPbqyyF0
鐶は鐶ではしゃいでいる、ようだ。もっとも力ない笑いを淡々と漏らされると無銘としては怖い。靴下さえ未着用の、ほんのり
極薄の淡黄色を帯びた透き通るような白い足の甲でペトペト床を進んでいくのも(見慣れた光景だが)非現実的な何かがある。
それが鐶光という少女。
「とにかく買出しはまだある。次の場所へ行くぞ」
「……はい…………」
無銘に一歩遅れて鐶は歩き出す。
『ベブッ!!』
リバースは目から血を噴き倒れた。
「鼻じゃなくて目!? ちょっとなにしてんすか青っち!!」
慌てて抱き起こしハンカチで目を拭うブレイク。意識自体はあるらしく拭きやすいよう顔の角度を微妙に変えるリバース。
ふたりの距離はとても近い。突然の流血沙汰に目を剥く何人かの通行人も「介添えがあるなら」「その人が騒いでないなら」
と元あった視線と姿勢に立ち戻り過ぎ去る。やがてリバースの顔を綺麗にするとブレイク、慣れた手つきで座らせて、今度は
床を掃除する。
「光っち気になるでしょ。ここはオレっちに任せて先行っててくだせえ。なぁにすぐ追いつきやすって」
『んーん。ここに居る。お掃除手伝う? 私の血だしソレ』
リバースはちょこんと横座りしたまま書面にて問う。
「大丈夫す! 青っちが興奮高まるあまり吹いちまった体液を拭う! ロマンじゃねーすか!! 男の!!」
『…………言い方がいやらしいよブレイク君』
ふくれっ面で頭から湯気を飛ばしながらぽかぽか叩く。ブレイクはこそばゆそうにしながら床を拭く。
用意のいい事に使い古した雑巾を持っている。ただそれはやたら赤黒い染みが目立った。まるで血糊だけ拭いてきたよう
な……。誰が流した、誰の物なのか。それで鼻歌交じりにリノリウムを拭くブレイクは、こざっぱりとした清潔
感の持ち主だから却って逆におぞましい。床が元通りになるころリバースは口を開いた。
『つい光ちゃんに萌えちゃって』
「くぅ! 口開いたのに喋らない!! さすが青っち!!」
両目を不等号の対峙にして額を叩くブレイク。なにがどうさすがなのかよく分からない。
『ああ、無銘くんにトコトコついて歩く光ちゃん。むかしとちっとも変わらないわねえ。小っちゃかった頃は私の後ろついて
きたのよ。まるでカルガモのヒナだった。あのときから鳥っ娘だったのね可愛い光ちゃんマジ可愛い』
頭のてっぺんから伸びる毛ときたら犬のように振られていた。いつかブレイクは聞いたが、髪、神経が通っている訳では
ないらしい。生え際の筋肉が発達している。それで何百本、何千本のケラチンとクチクラとキューティクルの紙縒りを動かす
というが、しかし髪とて質量はあるのだ。長い毛の束を動かすとなれば相応の筋力が要るだろう。そも毛根まわりの筋肉が
動くこと自体すでにおかしい。眉を動かしたとき頭髪全体がうごめくものがいるが、一部だけとなると難しい。
ただ。
足の小指が動くかどうかは個人差がある。両方自由にできるものも居ればまったく作動しない者もいる。右はいけるのに
左はノー、そんな者も。これは訓練で補えるらしい。動かなくても、指先に意識を集中し、動け動けと念ずれば神経回路が
形成され、意識下におかれるという。
リバースもまたそういう訓練をしたらしい。
もっとも指という動くべき器官と頭頂部という不動で差し障りのなき部位では努力の量に、隔絶したモノがあるが。
64 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:3nPbqyyF0
ソロモンよ私は還ってきた。という所ですね。HN的に。
やる夫スレ完結したので戻ってきました。ではまた。
>>スターダストさん(こちらではお久しぶりですっっっっ!)
表現方法を除けば、これぐらい重度のシスコンお姉ちゃんは、アニメ漫画の類ならそれほど
珍しくはないのですが。青空の場合、最近流行りの「ドS」なんて言葉では到底足りない
加虐嗜好・思考がありますからねぇ。いずれ鐶(&無銘&戦士誰か?)と戦う日が来ると思うと……
66 :
ふら〜り:2013/08/14(水) NY:AN:NY.AN ID:VM+jidARP
っと、私です。P2で書きこんでるもので。
規制いつまで続くのか……
67 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
「ありがとうございましたー」
自動ドアを潜り抜けた瞬間、ふたりの買い出しは終わる。
ここは銀成デパート1階南西の隅にあるペットショップ。扱う物品が物品だから、こういう場所にしては珍しくガラスのドア
で区切られている。鼻からふっと獣臭が消えるのを感じ鳩尾無銘は一息ついた。彼も連れも本質は動物型ホムンクルス
だから犬猫その他の醸し出す独特の臭いをあまりどうこう言えないのだが、それでも一応ひとの身、1日の、入浴に費やす
時間分ぐらい文句つけてもいいだろうと思うのだ。連れなどは無銘の嗅覚鋭きを知ってか知らずかそれはもうお風呂好きで、
流浪の一団にありながら1日と入浴を欠かした事はない。僻地でも最低限の水浴びをする。
とにかく、買い出しは終わる。
「というかなんで『コレ』なのだ。こんなのどう演劇に使うのだ」
「さあ…………」
鐶はポシェットを持ち上げ首を傾げた。2つある紐を右掌で握りつぶしながら揺するポシェットが重く軋む。
「ところで………………これから……どうします?」
と聞く鐶の頬が僅かに赤らんだのに横の無銘は気付かない。無遠慮に一歩ずいと踏み出した。
「どうするも何も買い出しは終わったのだ。帰るぞ銀成学え…………あれ?」
ペットショップは南口に面している。正確に言えば、南西の角に嵌まり込むよう存在している。出入り口は2つあり、西の
それはそのまま外に通じている。名称の不明の雑草がレンガの隙間からちょこちょこ青々と覗く歩道の傍には小ぢんまり
とした駅前公園がある。そこを抜ければ銀成学園への道に合流できるのだが、しかし無銘は選ばなかった。なぜならその
道を歩くまひろと沙織を見たからだ。彼女らは彼女らで何か用事があって来たらしい。無銘は2人が苦手だ。ヴィクトリアよ
りはマシだが、年頃の少女らしい活発さはどうも持て余すというか対処に困る。見た瞬間それこそ忍者というぐらい気配を
消した。
東にあるペットショップの入り口は、まひろたちの進行方向と間逆だった。ペットショップ西口から入ってこない所をみると
どうやらあそこから更に200mほど進んだところにある銀成デパート西口から入るのだろう。「上階へ一番速くいけるのは
西口。他3つと違い入ってすぐエレベーターがある」……これまた忍びらしくそれとなくデパートを検分していた無銘だから、
彼女らの動きは大まかだが予想できる。ただ予想というのはすぐ覆される。まして相手はまひろと沙織だ。特にまひろなど
は、この世にある、あらゆる精神的物理的道義的量子的予測的運動的な意味での『固定』が難しい存在だ。接触しただけ
でニトロターボの爆炎噴きつつ彼方へ吹っ飛んでいく直径4cmの球体があるとしよう。ナインボール全部それにすり替えた
ビリヤードだ。まひろを相手取るのは。キューの些細な衝突にさえ大騒ぎだ。思考も行動もどこへスッ飛んでいくか分からな
い。しかも他の球……というか弾をいくつも持っている。何がどう作用するか分からぬ超過反応の塊……とまひろを認識す
る無銘が、銀成デパート南口に面する寂れた道路に視線を釘付けたのは、別にまひろが居たからではない。むしろもっと
好ましい、安心の存在を認めたからなのだが、しかしそれは状況と場所からして奇妙だった。
道路から一段上がった歩道にありがちな、羊のような、葉の小さな木。大人の腰ぐらいの高さあるその影から。
シルクハットがチロリと覗いていた。鐶も気付いたようだ。一瞬ちょっと無銘を見て肩を落としたのは、女性としての敗北
感ゆえか。燃えるような髪の下で瞳だけが極北の深海だった。凍える闇に浸された。
白く乾いた枝の入り組む隙間から18m先の室内を伺いかねたのか、見慣れた鳶色の瞳が髪ごとぴょこりと跳ね上がる。
視線が、絡み合う。反抗期一歩手前、何かの送り迎えでやってきた母親が嬉しいけれど周囲の目が気になって大仰に喜べ
ない少年の眼差しと、その女友達の、2人きりの時間を崩された微かな不満と、それはそれとした女性としての尊敬や好ま
しさや絶対勝てないという諦観を織り交ぜた複雑さがただでさえ沈鬱で図りがたい瞳に照射された名状しがたき眼光。
「あ、お師匠さんす」
『そういえばブレイク君、一時期師事してたよね。小札さんに』
ペットショップと南口を挟んで向かい側。全国チェーンの有名なコーヒーショップの中で囁いたのはブレイクとリバース。
道路側はガラス張りで、レジを除けば先ほどまで無銘たちのいた場所に一番近い場所だから、自然南口の外もよく見える。
『というか元お弟子さんだよね? 向こうからも見えるよ? 顔見られたらマズくないかな?』
68 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
コーヒーに七味唐辛子を入れながらリバース(別に吐いた訳ではない)。
白魚のような手は当たり前のようにそれをしているが、偶然目撃したウェイターはちょっと泣きそうな顔をした。
リバース=イングラム。大の辛党である。
「いやいや、教えて頂いてた時は整形前でしたからね。ホムンクルスになられてからも一度お会いしましたが、レティクル加
入はその後っす。たぶんお師匠さんは知らないかと。俺っち命野輪(みことの・りん)が光っちの師匠ブレイクとはまさかまったく
夢にも思わぬはず。だいたい整形しておりやすからね。いまの俺っちを見てもかつての弟子とは気付かないでしょ」
『成程』
無銘にしても似たような物だ。小札と絶えず一緒にいる彼だから、『ホムンクルスになられてからも一度お会い』したブレイク
は見ている。ただそれは整形前の姿……。総角もまた然り。
要するに。
『要するに光ちゃんに見られたらマズいのよね』
「そっすね。俺っちたち2人見てレティクルの幹部と気付けるのは、直接接した光っちのみす。整形後の俺っちに教えを乞い、
青っちの義妹として当たり前にずっと顔を見てきた……光っちだけす」
動きがあった。小札が手招きすると無銘が矢のように飛び出した。しばらくふたりは話していたが急にイヌ少年は気色ばみ
ばたばた手を振った。しかし小札はそれまで眼前にブラさげていた巾着袋──何かの着物の切れ端から作ったらしい。太陽の
下でザラザラ反射をしていた──を半ば強引に押し付け駆け去っていく。
あっと手を伸ばした無銘。足元から象牙色の煙を立て爆走する小札。もともと小さな体はあっという間に彼方で豆粒だ。
無銘は未練がましく視線を吸いつけていたがやおらデパートめがけ首をねじ向け再び小札の去った虚空を見る。逡巡。
二・三度おなじ所業をしていたが苦悶の形相で南口に駆け寄っていく。
「……なにか、あったのですか」
「休暇だ!」
儚げに佇む少女の前で無銘は叫ぶ。音波の鞭でセメントの角をそぎ落とすような鋭い声だった。
「…………話が、みえないの……ですが」
眉を顰める鐶。困惑が見て取れた。もともと演劇に関わるコトじたい彼女の中では休暇扱いだ。音楽隊は戦うために流浪
している。それこそいまカフェでやりとりを聞いてるブレイクたちレティクルエレメンツと戦うために。
「じゃあそのだ、慰労、慰労だ!!」
「小札さんは……なに……言ったのですか?」
無銘ときたら何かヘンだ。いや元々鐶に「言論遅滞」だの「滅びを招くその刃だの」おかしな號を勝手につけては「どうだカッコ
いいだろう」と喜ぶヘンな奴だが(世間では中二病というらしい。困りながらも鐶は笑って見守っている)、今日は別のベクトルで
おかしい。言い淀みなど不遜な無銘らしからぬ行為だ。小札を持ち出したのは、もっと源流の言葉を聞いた方が早いという
合理的な判断だが、それが却って無銘を追い詰めた。
「…………飯を食い、適当に遊び映画など見る」
「はい?」
「だから飯を食い、適当に遊び映画など見るのだ! 貴様と我が!!」
いよいよ赤黒い顔を誤魔化すように鐶の腕を引っつかみ、無銘はデパート内部めがけズンズカズンと歩き出した。
連れ去られる鐶。瞳は白黒していたが分かったのは義姉ぐらいだ。
小札は、言った。
「お仕事お疲れ様であります無銘くん!! ところでお見受けしたところ終了しだいすぐさま直帰直行なされるご様子。
いえ、無論忍びとしてはそれもご立派だと思いまする。しかしながら無銘くん、せっかくデパートに行きながら何も飲まず
召し上がらず帰られるのは深夜錦を着て故郷を歩かれるようなもの、まして鐶副長どのは御年8歳、肉体年齢は周知の
とおり12歳であらせられますが実年齢に限ってはまだまだ幼き方なのです。休日ご家族と斯様な場所にてお食事し、
遊ばれキッズ映画の一本など鑑賞なされる権利は当然にありまする」
「お仕事が終わったからとブラブラするのは性に合わぬと無銘くんは言われるでしょう」
.
69 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
.
「でしたらこう考えられてはいかがでしょーか? 公務、かねてより戦闘続き、つい先日まで投獄され、長旅終えてやっと
銀成にたどり着かれました鐶副長。お疲れかと存じます。ゆえに無銘くんは慰労なされるのです。無銘くんなれば鐶副長
も喜ばれるコト請け合い!」
「しかし無銘くんにおかれましては先日鐶副長どのに靴を買われたため懐具合、大変さびしゅうかと存知ます」
「ゆえにこれをお使いくださいとババーン差し出しまするはヘソクリっ!!」
「遠慮ご無用!! お金とは使うべきときに使うもの!! さあ、さあさあっ! 今がその時でありまするお覚悟をーーーーっ!」
「にひひ。むかしと比べ随分押しが強くなりやしたねえ。お師匠。母は何とやらでしょうか」
『?? むかしの小札さんっておとなしかったの? いまはその、”ああ”だけど』
ブレイクとリバースは調整体である。但しDr.バタフライの作った粗雑なものではなく、基盤になった複数の動植物の精神を
統御できる『100年前失われた』高度な調整体である。肉体面・精神面は他のホムンクルスを大きく凌ぎ、ガラス越しの会話
を聞けるほど感覚も鋭い。小札の言葉が分かったのはそのせいだ。
「へえ。気弱少女でした。そのうえ巫女した」
『巫女!?』
時々「でした」の「で」を抜いて喋るブレイクだ。巫女のくだりは何だか日本語を無視していて、それこそ渦中の小札から話芸を
習ったとは思いがたいリバースだが、調理師の作法とパティシエの礼儀は必ずしも一致する必要は無い。文法と、人を楽しませる
語りの技術が相容れるとは思えないし、そもそもそんな細かいコトより巫女の方が気になった。
『巫女……あんな騒がしいのに巫女…………』
ここにクライマックスが居れば、真赤な袴萌えと騒ぐだろうが、あいにくあまりディープなオタク知識のないリバースは、ただ一般的
な、『神事を行い穢れを祓う』、神韻縹渺たる職業としての巫女と今の小札を突きあわせた。戸惑ったのは乖離ゆえだ。
「ですから」とブレイクはゆっくり立ち上がり、伝票を手に取った。
「巫女だったころは大人しかったす。いつも一世さん……お兄さんすね。アオフシュテーエンさんの後ろに隠れて震えておりやした。
俺っちに話芸仕込むよう言われたのも人見知り治すためす。最後のほうはそれなりに打ち解けやしたがね」
「さて、と」
会計を終えたブレイクたちはデパートの配電室に居た。楽な道中ではなかったらしい。警備員が2人、彼らの足元に転がって
いる。年のころはバラバラだ。腹が出ているのは帽子の上からでも分かるほど髪の白い中年男性。決して背が低くない相方よ
り頭ひとつ高いのは肌のハリからしてまだ10代の少年だった。どうやらバイトらしい。共に胸は膨らんだりしぼんだりで、息は
あるようだ。外傷も無い。……しゃがみこみ、ツインの頬杖をついていたリバースはヒマらしく、彼らを指でつついたり頬をつ
まんだりし始めた。なんてコトのない作業だが楽しそうだ。童女のような笑みが広がった。
「武装錬金」
配電盤の前でブレイクはハルバードを発現する。付近にいくつか防犯カメラがあるが電源はとっくに落としている。映像は
残らない。あとは警備員2人を起こし記憶を消すだけだ。
『……初めて聞いたよブレイク君。バキバキドルバッキーの『真の特性』』
「にひひ。隠しててすいやせんねえ。でもコレいうのは青っちだけすから」
『むー』
「お、照れてやすかひょっとして」
『知らない』
プイと顔を背けたリバースはちょっと不機嫌そうだ。『文字が必要っていったからコンビ組んだのに、ウソだなんて』。何やら
騙詐的な交流が両者の間にあったらしい。
『組みたいなら組みたいって素直に言えばいいじゃない。ブレイク君の馬鹿。騙すなんて最低』
「お、言えば組ませてくれたんで?」
『……別にそこまで拒む理由ないもん。盟主様が必要っていったり、戦略上必要なら、そーするし』
「とか何とか言ってー。本当は俺っちと組みたいんでしょ?」
『のーこめんと』
「照れ屋さんな青っちも可愛いっすねー」
70 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
もう少女は何も言わない。ブレイクに背を向けたまま若い警備員の首の、産毛をむしり始めた。
「てかまたマニアックなコトしてますねー」
『産毛ならむしっても平気だもん。髪抜いて生えなくなったら可哀想だし』
器用にもその産毛で文字を書き答えるリバース。怒りながらも無視はしない。耳たぶだけがほんのり赤い。
ブレイクはソレをにへらと眺めながら、ちょっとだけ笑みを止める。
(可哀想、すか。髪絶滅するのが天国な位の地獄いろんなトコに振りまいておいて)
可憐で大人しげで、倫理観を持ち合わせている少女なのに、その振り分けはつくづく歪である。いわゆるリア充、青春を
謳歌している人間は平気で『意志を伝え』、破壊するのに、一方で孤児院を作り恵まれない子供たちのため身を粉にして
働いている。銀成市に来たのだって表向きは養護施設との意見交換だ。
(ま、壊れてるからこそいいんすけどねー)
ひょっとしたら一番壊れているのは自分かも知れない。愛と我が名を唱えながら天空のケロタキスは槍を振り──…
6階建ての銀成デパート。平日だが駅前とあれば客入りはそれなりに多い。
このとき館内にいた客739名(無銘・鐶・まひろ・沙織含む)と従業員245名(配電室の警備員2名除く)事務員27名と人
型ホムンクルス調整体3体(ただしブレイク・リバース除く)の合計1014名の頭を稲妻が貫きそして消えた。彼らは結局気
付かなかったが、手近な、蛍光灯やエアコンといった電化製品から迸った無色透明の雷は、迷うことなく全員の頭蓋に直撃
した。
針金のように長い背丈ほどあるハルバードを軽々と回しながらブレイクは笑う。
「俺っちの武装錬金の特性。それは禁止能力」
『……どうだか』
リバースはまだ拗ねている。
「例えば早坂秋水さんや津村斗貴子さん、それに六っち。俺っちに遭遇した訳ですが、いまは『思い出すのを』禁止しておりや
す。かの養護施設で遭遇したキャプテンブラボーさんも同じくす。完全防備のシルバースキンこそ装着しておりやしたが、それ
でもバキバキドルバッキーを防げぬ理由がありやしてね」
リバースも禁止能力については知っている。というよりかつて見た。化け物渦巻くライブ会場。128名の観客が逃げるコトも
できず全滅した事件。しかし小さな会場の出入り口は一切封鎖されていなかった。だがリバースは見た。逃げ惑う観客たちが
出口に着くや突然、扉の前でウロウロしだし、『開けられない』のを。……逃げるのを禁止したとブレイクは語る。彼を散々利用
しながら裏切った女社長は、その惨殺事件の後始末を不眠不休でやらされた。……眠るのも休むのも諦めるのも自殺するのも
禁止したとブレイクは語る。
仲間内では禁止能力の使い手として大いに警戒されつつ重宝されるブレイク=ハルベルド。
武装錬金から放たれる光を浴びたものは、ブレイクの命令どおり、あらゆる行動を禁止される。
狙撃。特攻。殴打。逃走。沈黙。痛罵。呼吸はおろか心臓の鼓動さえ禁止できるある意味最強の能力。
しかし今日リバースは聞いた。
禁止能力を超える真の特性を。
平素、年上ながらも手のかかる弟のように可愛く思っているブレイクに、リバースは時々おぞましさを感じる。
必中必殺の能力を誇るリバースが。音波と固有振動数と怨嗟で人の体をじわじわ崩壊させるリバースが。
ひとたび激昂すれば相手を徹底的に壊し、伝え、愛するリバースが。
おぞましいと思った、真の特性。
それはいま1000名を超える人間を蝕んだ。
消え行くハルバードを一瞬荘厳な光が包み粒が散った。
「さすが骨したが、やれねえコトはねえす。ま、リヴォっちには劣りますがね」
ニシシと笑うブレイクを背後に聞きながらリバースは立ち上がる。整った臀部をパンパンと弾きながら考える。
71 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
.
(バキバキドルバッキー。ブレイク君の武装錬金。真の特性がおぞましいのはブレイク君だからこそね)
総角主税。数多くの武装錬金をコピーできる例外的な存在──義妹にとっては上司。このデパートで何か菓子折りでも
買わなきゃと、どこかズレた礼儀を描きつつ──に対して思う。
(たぶん貴方じゃ使いこなせない。真の特性どころか禁止能力さえ)
武装錬金は精神から発現する。いうなれば移し身だ。創造主そのものだ。だからこそ、使い手のポテンシャルを最大限に
活かす。リバースの『マシーン』が数多くの悲劇を撒いているのもまた、ポテンシャルゆえだ。『意志を伝えたい』『声は嫌い』
『声に傷つけられるべき』。厖大な憤怒を抱えながら、伝達、声というものがどれほど得を生まないか思い知らせたいリバー
スの武装錬金は、難消火性の低温炎だ。ひとたび燃え広がればじわじわと相手をいたぶる。すぐ死なず、すぐ燃え尽きない
からこそ周りの人間が生き地獄を味わう。それを存分に理解しているからこそ、ただ効果的なタイミングでガスコックを閉め
るだけだ。たったそれだけの観察と行為で最大限の悲劇を生める。人間的な業の成せるわざだ。
(ブレイク君は、自分の知識や生き方を最大限に活かしている。ちゃんとした、人間社会で通用する努力や積み重ねに裏打
ちされているからこそ……『真の特性』も禁止能力も…………破られない。総角主税さんもコピれない)
「『把握完了』。じゃ、これで無銘くんと光っちのデート円滑にしますか」
最強といえる能力でやるのがそれなのだ。溜息が漏れた。
(本当、人間なんかもうどうでもいいのね…………。いつでも好きなようにできる、と)
一方で尊敬もしている。恨みが、思わぬところで爆発するリバースなのだ。高いところで飄々としている彼を……愛している。
ブレイクにつられて歩き出す。「ついでにデートしやしょう」、申し出はみぞおちへの肘鉄で答えた。それが日常だった。
「……つっ。今のはアレやな。ブレイクの禁止能力」
「ああ面倒くさい。デッドが、こんなところ来ようっていうから……」
「うっさいわボケぇ。まだ『待機状態』、ブレイクの言葉聞かん限り禁止されたりせえへん」
だいたい蜂起前やから荒事は起さん、そう断言するのはショッキングピンクしたキャミソールの少女。金髪でツインテール。
前髪に銀のシャギーが入ったいかにも派手な姿である。目は黄色のティアドロップのサングラスで隠れているが鼻筋と口
元は整っており、あたかもお忍びでやってきたアイドルのようだ。つまりそれだけ可愛らしさの期待できるいでたちだ。
……ただ、手足からときどきキィキィと、微細だが、なにか金属のこすれるような音がした。しきりに肩や下腹部を気にする
のも特徴的だった。
「というかまだ買い物するのー? もうボクやだ。さっきさんざん商店街めぐったしいいでしょ〜」
気だるげな声をめいっぱい間延びさせ疲労を訴えるのは真白な少年。無彩の眩い光輝の化身かと思えるほど皓い。色彩
といえばベビーブルーが淡く滲んだ銀髪と、シグナルレッドの電子を爛々と帯びる瞳と、艶かしく湿るカーマインの唇ぐらいだ。
あとは総て白い。だぶついた上下の長袖さえウルトラホワイト。だらしなく着崩れた上着から覗く鎖骨の陰影さえ白かった。ど
こか人ならざる雰囲気があり道行く人は見蕩れかけてもそれが罪悪のように思えて視線を逸らし素知らぬふりだ。
実際かれは人を超えていた。生まれは300年先。800年周期の時空改竄を何百何千と繰り返してきた神の年齢だ。
72 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/15(木) NY:AN:NY.AN ID:zW3SEkul0
以上ここまで。やっとSSの感覚戻ってきました。
73 :
ふら〜り:2013/08/16(金) NY:AN:NY.AN ID:39gAWUHyP
>>スターダストさん(まとめサイトの不具合(?)は今問い合わせてます)
殆ど回想シーンだけみたいなもんですが、久方ぶりに小札っっ! で見せてくれたのは、無銘に
対してだけ発揮されるオカン属性……否、「母親属性」ですね。真面目に。電王のデネブみたいな
ギャグ要素はない。しかも今回のは、鐶をも包み込んでの母的気遣いに満ち溢れてて。慈母ですよ慈母。
74 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
デパート1階の中央部には駅前商店街がそのままある。幅10mほどあるゆったりした通りの両側にインテリアショップや
古美術商、本屋に服屋にCD屋さん。総て個人経営。大手デパートと地元産業が共存しているのは全国でも珍しい。事実
最近、ここは貴重なモデルケースとしてとみに注目を帯びている。
銀成市初の名誉市民は2代目市長だった。杉本某氏という、どこか防人衛に似た名市長は、戦後荒廃する故郷を立て
直すため数々の手を打った。
銀成市南部のサツマイモ畑が広がる平野に大きな幹線道路を造り交通の便を良くしたのもその一環であり。
引退間際の最後の一策こそこのデパートと商店街の……共存。
全国チェーンのデパートでありながら地元産業に密着した収益形態は平成不況の冷風を凌ぐ傘としていまも銀成市を守
っているのだ。
デパート内の商店街は吹き抜けになっており、少し首をあげれば6階まで一望できる。さらにその上には丸いドーム状の
天井が広がっていた。半透明で、天気のいい日は日光が仄かに注ぐ。蔦のように天蓋へ絡みつく無数の支柱は水色で、
明るさと爽やかさを一層際立たせている。
1階の、通路の中央にはぽつり、ぽつりと木製の長椅子や観葉植物が置かれているが……。
灰色の雑踏すりぬけ歩く無銘の顔は浮かない。
肩に三国志の武将みたいな飾りをつける鳩尾無銘は忍びだし物言いもどこか時代がかっているから、現代社会に取り残
される古いタイプと思われがちだ。実際好みは古いもの──信楽焼きのタヌキや忍者刀の錆びた鍔など──で、最先端の
情報端末にとっぷり浸かるのは好まない。とはいえまったく社会情勢に疎い訳ではなく耳は早いほうだ。忍びとは情勢を
いちはやく掴み自分ないしは依頼主を利する存在。で、あるかしてら現代の、一般的な少年少女の慣習は基礎知識として
一通り知っている。(チワワ時代、人間形態になれたらすぐ潜入活動できるよう自ら叩き込んだ)。
デート。心相通ずる男女が同行し飲食や買い物や娯楽を嗜む行為。
小札に命じられた鐶の『慰労』はまったくそれに該当する。
するが、意識するとマズい。忍びほど倫理と任務の間で苦悩する職業は無い。心を殺し問いかける。
「……で、貴様の行きたい場所は?」
とにかく「ただ食事し」「ただどこかに寄る」。それだけ意識する。任務なのだ。小札から帯びた。私情はない、ない筈だ。
少年忍者の苦悩は濃い。
さて、彼が懊悩する間、鐶は無表情ながらに大変うずうずしていた。口をのたくったミミズのような形にして期待いっぱい
に前往く無銘を見ていた。意外に太く浅黒い首筋にドキドキしていた。最近人間形態になったばかりなのに、もうタコや潰れ
たマメに堅く引き締まる拳の感触を、彼らしいひたむきな努力の痕を、掴まれている、自分の、細い左腕から目いっぱい感じ
ていた。
そしたら無銘が急に振り返ってきた。行きたい場所を問われた。
急なコトでどう答えていいかわからず、テンパった。
「わわわわし、無銘くんのおいでる所ならドコでもかまんぞなもし!」 (おいでる → 行かれる かまんぞな → 構わないです)
目を、やや垂れ気味の三本線に細め右手をブンブン振る。普段とはかけ離れたアクティブでコミカルな仕草だった。拳が
落書きのような丸と化し、腕ときたら線画の残影だ。顔は赤い。あと体の投身が戯画的にやや縮みしかもクネクネしている。
「ほうよ! わし、ついにおおれるならええんよー!!」 (ついに → 一緒に おおれる → 居られる)
声も闊達。元気一杯、弾みに弾んでいる。
鐶光は伊予の出身である。
厳密に言えば母親が、わざわざ郷里に里帰りして出産した。(育ちは義姉と同じ地域)。ただ快く思わないリバースが『躾け
た』ため、普段は標準語を用いている。翻訳には手間取るらしい。途切れ途切れのボソボソ喋りなのはそのせいだ。
なので起きぬけや混乱時はつい未翻訳のままとなる。簡単に言えば”地”が出る。
「……おい」
「はっ!」
半眼の無銘にやっと混線具合に気付いた鐶、
「なななななんちゃない!!(何でもない!)」
75 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
バっと5m駆けそして隠れた。『銀成市で3番目に旨いコーヒー』そんな看板──高さ1mあるかどうかどうかの──の影に。
しゃがんだのだろう。横から、ちょろりチョロリと顔を覗かすのは、例えば子犬ならかわいい仕草だが、目がまったく虚ろな
ため心霊写真かというぐらい怖かった。「うおおっ!?」。現に道行く人の何人かなどは霊障を見たと真剣に勘違いし慄いて
いる。主婦はネギの飛び出た白いビニール袋を取り落とし、若いカップルは揃って硬直。アイスを口につけたままアカホエ
ザルより真赤な顔で泣くのは小さな男の子。驚きすっ転ぶ男子高校生は逆に幸運だった。鐶が、肉ある少女と気づけるの
だから。
(遁げた者たぶん信じ続けるぞ。怨霊見たと……)
瞳が年相応に大きくパチクリしているから却って負の無限力に満ちている。ビタリと止まり看板のヘリに手を掛けじつと凝
視してくる鐶。照れ隠しか半笑いになった。ガチガチに強張ってるせいか正気に見えず、だから無銘は総毛立つ。
「怖い。本当怖い。戻ってこい周りに迷惑。あと貴様が行きたい場所を言え」
鐶はゆらり伸びあがって(緩慢ながら残像が出るほど滑らかだった。それが強さの証なのだが無銘に言わせればキモかった)
トテトテ駆けより手を伸ばす。
「んっ……です」
無銘に何かを渡しUターン。元の看板の影に。今度は仄かに赤い顔で無銘を眺めている。それで可愛くなればいいのだが、
今度は瞳孔がキュウっと開いたのでますます怖い。イッちゃってる覗き魔のようなカオだった。「いい加減帰ってくれないかなぁ
このコ……」。ボヤくコーヒーショップの店主に心底何遍も謝りながら拳を見る無銘。渡されたのは紙片であるに4つ
折りされたそれを広げる。デパートの見取り図が現れた。
先生が答案用紙に振るような赤い丸で囲まれていたその店は……やはりというか何というか。
「ドーナツだな。ドーナツのお店でいいんだな」
「ん゛っ! ん゛っ!」。無表情が2度強く頷いた。真赤な三つ編みが元気よく跳ねた。
鐶の示したドーナツのお店は平日でも行列ができるほどの有名処だが、運良くふたりは並ぶことなく買い物ができた。
「お客さん。何がよろしいですか?」
「プレーンシュガーで」
3階。憩いの広場。合成樹脂製のマットが敷き詰められた空間は、未就学児童たちの天国だ。買い物に疲れた主婦たち
が我が子を放流し一息つく空間。「実家のサツマイモ畑に変な全身フードがうろついていた」だの「最近できた病院にはとん
でもない名医がいる」だの「ありふれた日々の素晴らしさに気付くまでに2人はただいたずらに時を重ねて過ごしたね」とか、
他愛もない会話が飛び交っている。
そこからちょっと離れたところに丸テーブル×1と椅子×3のセットが5つほどある。若者たちが歓談する席もある。サラリー
マン風の男が座りノートPCを広げると、きょうび珍しく気遣ったのか、若人たちは声のトーンを落とした。それよりさらに小さな
声を漏らしたのは鐶だ。
「さすが……おいひい……でふ…………」
先ほど買ったドーナツをもぐもぐ食べている。チョコに色とりどりの粒がまぶされたオシャレな奴だ。どうもプレーンシュガー
だけでないらしい。訝る無銘に「うふふ……。ドーナツなだけにプレーンシュガーです。プレーンシュガー……プレーンシュガー。
うふふ……ドーナツなだけに…………」などと意味不明な供述をしておりイヌのお巡りさんは追求を諦めた。
「といふか…………無銘くん…………どうしふぇ……コーヒーでふか…………?」
いつもは飲まないのに。問いかけに苦い顔をしたのは味のせいではない。
(貴様が!! 看板に隠れたせい! だろうが!!)
わずかな時間とはいえ客足は確かに減少した。悪霊に憑かれていると勘違いした人が何人か、舳先を曲げ去っていくのを
無銘は確かに見た。その分の売り上げぐらいテイクアウトで補填せねば気が済まぬ無銘なのだ。
(しかし味わってみればこのコーシーとかいう奴。……おいしいな。コーシーは普段飲まぬが旨いぞ。うむ)
無銘は犬型である。一般流通のミルクを飲むとお腹が壊れる。でも山羊ミルクなら平気だ。件の店に取り扱いの有無を
聞いたところ、あっさりと出てきた。無銘は輝きを感じた。たとえるなら翡翠の朱と碧だ。店主の「俺通だろ!」みたいなサム
ズアップに少なからず友情を感じた無銘だ。
(とにかくいいな。大人だ。大人の味がするぞコーシー。匂いがつくゆえ敬遠していたがコーシーはスゴイ。山羊ミルクもいい。
力がみなぎる。フハハ。今の我は魔犬よ。ブルドーザーぐらいの魔犬よ!)
76 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
「あの…………無銘くん?」
「おっとあやうくオッドアイになるところだった。クク。危ない危ない」
「はい!?」
「ククク……。古人に云う。我が名はヒスイ…………。変貌の歴史より乖離せしただ1頭の! 魔犬!」
「む、無銘くんがようたんぼーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」(ようたんぼ → 酔っ払い)
なんだか地鳴りを秘めているようなタダならぬ様子に声をかけた鐶だが、却って訳の分らぬことを言われ混乱した。
「古人に云う。疲労回復にはミルク入りのコーヒーがいい。本来カフェインは交感神経を刺激し、興奮作用をもたらすが、少
量の摂取ならば排泄反射を促し、副交感神経が優位になり、リラックスする! ミルクを入れた場合、脂肪がその時間を延長
する!!」
「落ちついとらんよ無銘くん! ああああとコーシーちゃーう! コーヒーぞなコーヒー!!」
モズが溺れたようなギシギシ声をあげ。鐶は目を真白にしながら立ち上がった。椅子が倒れ派手な音を立てた。若人や
サラリーマンが何事かと目を向けた。
「フヒャヒャアヘハハハ見える見える前世が見えるー! 一人称我輩のウッソつきがー!! 我を大変強くしたー!!!」
無銘は出来上がっているらしい。瞳をグルグルしながら意味不明なコトを抜かしている。
初めて飲んだおいしいコーヒーに興奮しているらしい。
鐶は説得を諦めた。自然回復を待つか総角か小札を呼ぶぐらいしか手は無い。とりあえずイチゴチョコのドーナツを食べる。
「むぐむぐ……むぐむぐ……」
「フフフ。ハーッハッハ!!」
変な食卓だった。
警備室。
「とりあえず普段混雑するお店に誰も行かないようしてみやした」
『みやした……って。簡単に言うけど普通できないよね?』
”してしまう”のがブレイクだ。リバースはいくつかあるモニターの中で、本来いないはずの朋輩2人が歩いているのを認める。
きっと異変に気付いているであろう彼らに、ブレイクは、『禁止能力の一環です』とだけ言って誤魔化すのだろう。
外でバタバタと足音がした。続いて乱暴に開くドア。濃紺の服をきた一団は警備員ズで、先頭が、ブレイクとリバースを見て
あっと息を呑んだ。「何者だ君たち」とか「どうしてここに」とか月並みな声を漏らす彼らにリバースはただ微笑を向けた。
ブレイクだけが少し大儀そうに立ち上がり……。
稲光とともに具現するハルベルドを、躊躇なく、彼らに向かって振りおろした。
「……?」
鐶は瞬きをして天井を見る。デパートは中央通りを境に西ブロックと東ブロックに別れている。こちらは細い通路の両側に
全国チェーンの薬局や和菓子屋が居並ぶありふれた内装だ。ショーケースの中でマネキンが服を着ている。
白い床に白い天井。明るく清潔感のある照明がどこまでも降り注いでいる。
……。
何かが、おかしい。
景色に名状しがたい違和感を覚えた鐶が天井の電球の1つと睨み合いをしていると、引きずっていた無銘がやっと目を
覚ました。彼は、足首を掴まれゴミのように引き摺られる待遇に一瞬泣きそうな顔をしたが何事もなかったように戒めを解
き立ち上がる。何事もなかったコトにするため黙々と歩き出す。遅れまいと歩調を上げる鐶の頭上を電球が通り過ぎる。首
を捻じ曲げながら尚も凝視した電球。外観上は特筆すべき異常はない。
ただ光が、ごく僅か、本当にごく僅かだけ紫がかって見えた。
青みがかった紫。
鐶の知る照明の色と微妙に食い違う色。
77 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
.
……虚ろな瞳に茫洋と浮かぶ電球型の蛍光灯。
何かが、おかしい。
微かにフラッシュバックした光景は総角。かつて在った霧の中の対峙。微細なる違和感のカテゴライズ。
鳥の視覚は4原色の入り混じりだ。人間より1つ多い。光の波長を”より正確に”捉える。
歩みを止めそっと蛍光灯に手を伸ばし──…
「あ! ひかるんだ!!」
思わぬ声に硬直する。
「むっむーもいるよ。ナニナニひょっとしてデート!?」
腕を上げたままようやく首だけを声に向ける。
居たのは少女ふたり。
髪が栗色で背中まで伸びているのは武藤まひろ。
思わぬ遭遇が嬉しいのか駆けてくる。髪やスカートや、鐶に余裕勝ちしている身体部分を揺らして。元気いっぱいに。
その後ろで、パーを口元に当てやや下世話な赤面笑いを浮かべているのは河合沙織。
やや黄味のかかった髪を両端で結んでいる。
……鐶が一時期姿を借りていた少女だ。厳密に言えば監禁した挙句、何食わぬカオで成りすましていた。普通に考えれば
おぞましい行為。貴信同様、後ろめたさを感じている。スローペースな鐶にしては珍しく慌てて居住まいを正し向き直った。
制服姿の2人を見た瞬間、照明に感じた違和感が褪せた。それでもまだどこかに引っかかっていた。
よく調べれば、鋭い鐶は、仮説程度の疑念は抱けたのだ。
『なぜ日ごろ混雑している人気のドーナツショップが今日に限って空いていたのか』。
一見ただの幸運に見える出来事の裏に何が潜んでいるか……少しだけ、考えられたのだ。
「あら光ちゃん。……と無銘君にまひろちゃんに沙織ちゃん」
後ろから来たのは早坂桜花。恐るべきタイミングの良さで、だから青紫の光は意識から消し飛ぶ。
『2人きりのデートなのに他の人呼んじゃうの?』
「乱数調整す。まーまー見ていて下せえや。楽しいデートを演出いたしやす」
「おめでとうございまーす!! 1等の超高級ビーフジャーキー1年分です!!」
ハンドベルの輝かしい音の中、鐶はコロコロ転がる黄色い玉を眺めていた。
「よくやった鐶お前よくやった!! 偉いぞスゴいぞ神だぞ貴様イズゴッド!! 貴様イズゴッドだ!!」
肩が痛いのは後ろの無銘はバンバンと叩いてくるからだ。何も言わないうちからこの少年はご相伴に預かれると思って
いるらしい。やや図々しい反応にしかし鐶は苦笑いしつつ「あげます……から、ね」。振り返って約束する。
「あー。もっと後ろに並べば良かったねまっぴー」
「でもさーちゃん缶詰もらえたよ缶詰!!」
後でちーちんやびっきーと食べよう。4等にも関わらずまひろは幸せそうだ。
合流後しばらく歩いた一行は福引抽選所に遭遇した。館内総ての店舗の買い物レシート3000円分につき1回引ける
という。(引くというが実際は八角形の筺体を、2度直角に曲がった真鍮製の取っ手で回す。いわゆる”ガラガラ”だった)
レシートなら幾らでも持っている鐶だ。何しろ買出しに来ている。3回は引けるだろう、そう目算をつけたがしかし買出し
は部費で行ったものだ。いわばガラガラの抽選券を学校の公費で買ったようなもの……。無銘とほぼ同時に気付いた鐶
は「いいのかなあ」という顔をした。
「大丈夫大丈夫。私が話をつけておくから」
78 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
鐶は先ほど買ったドーナツの、無銘は同じくコーヒーのレシートで。
ジャンケンの結果、桜花、沙織、まひろ、鐶、無銘の順番でガラガラを引いた。
「……」
桜花の手にはティッシュが3個。狡いコトを目論んだ罰であろう。
「えー……。何に使えばいいのコレ」
泣き笑う沙織。当てたのは般若の面。江戸時代中期の名工が創り上げた逸品で特賞だった。
「やた! おやつが増えたよ!!」
喜色満面のまひろが高々と掲げるのは前述通り4等のフルーツ缶。
で、鐶は超高級ビーフージャーキー1年分(販売価格365万円。懸賞の法律的にどうなのだコレは)を当てたが、表情は
どこか浮かない。
「どしたのひかるん。1等だよ1等。もっと喜ばなきゃ」
声をかけてきたのは沙織だ。鐶は答える代わり、彼女の所有物をじつと眺めた。
「そりゃ特等だけど……特等だけど」
沙織はベソをかいた。般若が腕の中で爛々と目を光らせている。
「こんなの喜ぶ人いないよ絶対」
「いいなあソレ!! 欲しい!」
「居たーーーーーーー!?」
思わぬ声に振り返る。無銘がハッハと息せききって眺めている。
「それは幕末の御庭番衆も愛用した由緒ある逸品なのだ!!」
「……忍者が愛用品知られちゃおしまいじゃない?」
能力知られそうだし。きわめて現実的な意見を述べる桜花の顔色は悪い。
(生徒会長なのに……3回も引いたのに…………なんで私だけ外れなの…………)
ちなみに桜花、この日が福引初体験である。まがりなりにもテストや会長選挙といった学内競争は元よりL・X・Eでの生存
競争を勝ち抜いてきた自負がある。福引だろうと勝てる、そんなやや大人気ない、しかし年相応の少女らしい自信を以て
臨んだのだが、見事に打ち砕かれた。
「あの……大丈夫……ですか?」
ええちょっとヘコんでいるだけ。鐶に軽く答えると桜花は微笑む。気落ちなど無かったような美しい笑顔に鐶はお姉ちゃん
分が補充されるのを感じ──…
ガリッ
カメラ越しに、警備室で、その表情を見たリバース。周囲で嫌な音がした。
79 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
>>78訂正
茶目っ気たっぷりに笑ったのは生徒会長。桜花だ。もし学校全体で使えそうな物が出たら、還元というコトでみんなの物に。
あまり高くない、ハズレな物品が出たら、それはもう買出しのお駄賃として貰っておく。……まったく清濁併せ呑む見事な大岡
捌きにまひろと沙織は色めきたった。「流石だ」「頼りになる!」。
とはいえ、かつて銀成学園を襲撃し、校庭にいた生徒や剣道部、先生たちを悉く胎児にした鐶だ。それが学校のお金で
役得を得るのはやはり悪い気がした。無銘もそういう所には厳しい。
とりあえず買出しのレシートは桜花に預けた。
まひろや沙織は流石地元民というか、この日に合わせて沢山のお菓子と僅かな学用品をまとめ買いしていた。デパート
に来たのはそのせいだという。
鐶は先ほど買ったドーナツの、無銘は同じくコーヒーのレシートで。
ジャンケンの結果、桜花、沙織、まひろ、鐶、無銘の順番でガラガラを引いた。
「……」
桜花の手にはティッシュが3個。狡いコトを目論んだ罰であろう。
「えー……。何に使えばいいのコレ」
泣き笑う沙織。当てたのは般若の面。江戸時代中期の名工が創り上げた逸品で特賞だった。
「やた! おやつが増えたよ!!」
喜色満面のまひろが高々と掲げるのは前述通り4等のフルーツ缶。
で、鐶は超高級ビーフージャーキー1年分(販売価格365万円。懸賞の法律的にどうなのだコレは)を当てたが、表情は
どこか浮かない。
「どしたのひかるん。1等だよ1等。もっと喜ばなきゃ」
声をかけてきたのは沙織だ。鐶は答える代わり、彼女の所有物をじつと眺めた。
「そりゃ特等だけど……特等だけど」
沙織はベソをかいた。般若が腕の中で爛々と目を光らせている。
「こんなの喜ぶ人いないよ絶対」
「いいなあソレ!! 欲しい!」
「居たーーーーーーー!?」
思わぬ声に振り返る。無銘がハッハと息せききって眺めている。
「それは幕末の御庭番衆も愛用した由緒ある逸品なのだ!!」
「……忍者が愛用品知られちゃおしまいじゃない?」
能力知られそうだし。きわめて現実的な意見を述べる桜花の顔色は悪い。
(生徒会長なのに……3回も引いたのに…………なんで私だけ外れなの…………)
ちなみに桜花、この日が福引初体験である。まがりなりにもテストや会長選挙といった学内競争は元よりL・X・Eでの生存
競争を勝ち抜いてきた自負がある。福引だろうと勝てる、そんなやや大人気ない、しかし年相応の少女らしい自信を以て
臨んだのだが、見事に打ち砕かれた。
「あの……大丈夫……ですか?」
ええちょっとヘコんでいるだけ。鐶に軽く答えると桜花は微笑む。気落ちなど無かったような美しい笑顔に鐶はお姉ちゃん
分が補充されるのを感じ──…
ガリッ
カメラ越しに、警備室で、その表情を見たリバース。周囲で嫌な音がした。
80 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:dBYEbGFA0
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「本当はアレ欲しかったんでしょ、アレ」
桜花の指差す先を見てうなずく鐶。2等はバラエティ豊かだった。高級腕時計もあれば化粧品の詰め合わせもある。加湿
器にコーヒーメーカーに銀の装丁が施された食器たち……その中に紛れてプラモのセットがあった。箱にはいかにもヒーロー
チックなロボが描かれている。カラーリングも形状もまちまちなそれが20個。鐶曰く同じシリーズのロボットらしい。定価で買えば
約12万円かかるとも。
鐶はひとつひとつ名前を挙げてどういう機体か説明したが桜花は半分も分からなかった。女性なのだ。ロボットには疎い。
とにかくだ。
鐶は目当てを外した。後ろには無銘がいる。
これで盛り上がらずにいられないのがまひろと沙織だ。
「頑張ってむっむー!!」
「ひかるんにいいトコ見せるチャンスだよ!!」
無銘は何か言いたげにグッと唇を尖らせたが、「反論すればますますつけ上がる」とばかり顔を引き締め一歩踏み出す。
「まあいい」
鐶の頭を軽く撫で、通り過ぎる。
「ちょうど気に食わなかったところだ。タダでビーフージャーキー得るのは施されてるようでつまらん」
レシートが係員の眼前に滑り込む。少年は腕まくりしガラガラに臨む。
「それにフハハ!! 今日の我はコーシーのせいか負ける気がせん!」
「むっむーが燃えている!」
「その意気だよ頑張って!!」
「クク、2等など軽く当ててくれるわ!!!!!」
腕まくりして取っ手を掴む。やがて波打ち際のような音立て廻る八卦の函。
沙織、まひろ、桜花、そして鐶が固唾を呑んで見守るなか飛び出た玉のその色は──…
無銘は正座した。正座したまま成果の前でうなだれる。
沈黙して5分が経った。空気は重かった。紫に着色されてもいた。黒い戯画的太陽がいくつもピヨピヨと旋回した。
ポケットティッシュの、周りで。
「お、落ち込まないでむっむー! ほ、ほら私のオレンジあげるから!」
「ゴメン……。悪いのは私たちだよ。ヘンに盛り上げたから」
「そ、そうよ。私なんか3回連続だし…………。むしろ普通よ普通」
こんなところで運を使わないほうがいい。人生は長いのだ、いつか今の不運分の幸福が訪れる。
などという慰めは届かない。ハズレはハズレ。厳然たるハズレ。
無銘は何もしゃべらない。答える代わり膝を抱えた。洟をすする音がした。
「泣いてる……辛いんだねむっむー」
「あー。その、そこまで悲しまなくてもいいんじゃないかあ」
沙織は顔を引き攣らせた。むしろ泣きたいのは自分だともいった。せっかく特等当てたのに来たのは般若だ。
「恥ずかしいのよ。いろいろ大口叩いたから」
三者三様の反応を見せる女性陣。その鼓膜を「ぶふっ」という奇怪音が叩いた。
出所をみる。口元を押さえた鐶がいた。ぷるぷると震え目の下の皮膚が充血している。
「ハズレ……。ハズレ……って……。普通ココで引きますか…………。面白い、です。お腹痛い、です。運なさすぎ……です」
紫の空間が一転燃え盛るのを桜花たちは目撃した。吹き抜けし一陣の黒い颶風は少年忍者。殺到という言葉
はこの時編み出されたのではないかと思えるほど速く、鐶に詰め寄っていた。
81 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:9AjgoFCK0
「貴っ様あ!! 人の!! 人の不幸をっ!! 笑うなああああああああああああああああああ!!!」
「『それにフハハ今日の我はコーシーのせいか負ける気がせんクク2等など軽く当ててくれるわ』……でした……っけ?w」
「声真似もやめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
怒号と悲涙を撒き散らしながら無銘は少女を揺する。顔はいろんな意味で真赤だった。
「ティッシュは2等でしたっけ……? ティッシュは2等でしたっけ……?」
揺すられる中、壊れたカラクリ人形のように、無表情を、カタカタ上下させる鐶。どうやら爆笑しているらしい。
「うぜえ!! 鐶貴様、本当うぜえ!!!」
「1等の……1等の……ビーフジャーキー……食べます……?」
「1等強調するなあ!! 笑いながら聞くなあ!!」
怒りの無銘だが鐶が何か喋るたびどんどんどんどん失速していく。それがおかしかったのだろう。とうとう桜花までもが
噴き出した。この場における年長者が堰を切ったのだ。もはや止める者はいない。沙織はクスクス笑い、まひろも微苦笑
した。
「二度と外さんからな!! 今度こういう大事な局面が来たら絶対当てるからな!!」
「はい……期待して……期待して……います」
「だから笑うなあ!!
プラモは結局当たらなかったが、無銘たちと過ごす和やかなひとときは決して悪くなかった。
虚ろな瞳をしながらも、鐶は、束の間の幸福を味わった。
警備室。10数分前かけつけた警備員たちだが今はふらふらと去っていく。
まったくの部外者2人にセキュリティ総てを掌握されたにも関わらず。
「乱数調整す。光っちの『枠』的にこの展開が一番おもしれえので並び順変えてみやした」
『5回』。鐶より先にそれだけ回せばこうなるのは分かっていた……そうブレイクは述べる。
「ま、買い出しのレシートは使わないでしょう。でも桜花っちがいれば、生徒会長権限と枠にかけて全部消化しやす。まひろっ
ちと沙織っちだけじゃきっと躊躇ったでしょうからね。このお三方を誘導させて頂きました」
軽く言うが一体どうやったというのか。彼は警備室にいる。そこから一歩も動かぬまままひろたちを意のままにしたのだ。
ガラガラの中身を知りえた理由も分からない。
リバースは喋らない。もともと寡黙だが、お馴染みのスケッチブックでの『お喋り』さえしない。
モニターの中で、桜花が、鐶に何か話しかけた。鐶は恋する乙女のようにはにかんだ。
リバースはそれを、笑いながら、見た。
黒く染まった白目の中で血膿ほど濁った虹彩を爛々と輝かせて。
口は鉤状に裂けていた。手近な壁には無数の爪痕。低い声で呪詛を漏らしながらギリギリと引っ掻いている。
「おお怖」
ブレイクは肩を竦めて苦笑した。「でも可愛い」、蕩けそうな声を付け足して。
82 :
永遠の扉:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:9AjgoFCK0
以上ここまで。
83 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:9AjgoFCK0
いちおうトリップ表記。
84 :
ふら〜り:2013/08/17(土) NY:AN:NY.AN ID:Cuou+Ff/P
>>スターダストさん
鐶本人にそうする気がなくとも、それでも鐶に振り回される形になるかと思いきや。コーシーや福引の
おかげで、無銘もきっちり楽しめたようで何より。途中からは完全にデートではなくなってますが、
それもまた良し。が、そういう状況になった原因はまひろたちの「素の」賑やかしではない、と……
85 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
桜花たちと別れた無銘と鐶はそのあとしばらくデパートをウロウロした。
デート、である。鐶は浮かれていた。
(なう! いっつぁしょーたい!! 最高のシチュエーション!!)
未来なんて見えない、だから目の前だけを見つめて突き進むだけさなのである。
まず巨大ロボットがカイジュウと戦うハリウッドの映画を見た。
(おお……スパロボにはない…………大迫力……です)
(頑張れ忍者ロボ! 頑張るのだー!!)
次に向かったのはブティックショップ。無銘は、柄にもなく鐶の服を一緒に選んだ。
「き、貴様はいつも羽毛だからな。実は服きとらん。服に見えるのは毛だ。体毛……なのだ」
「どうして……そこで……赤くなる……の……ですか?」
「黙れダマレエ!! とにかくいまは銀成の制服着てるが、この際だ、服着る習慣をつけろ!」
「……でも…………戦ったら……破れ……ます……。すっぽん……ぽん……です」
七分袖やフレアスカートといった着衣、に見える羽毛はなかなか頑丈。激しい動きにも耐えうる強度だ。鐶は強い。速い。
並みの服はついていけずすぐ滅失……と思い当たった無銘、黙り込む。
「…………光を……乱反射して……ステルス迷彩……やったり…………、蓄えた毒……滲ませて…………触れるだけで
注入したり…………できます……」
羽毛の方が何かと便利。鐶の主張に押し黙る。
「……」
「その沈黙は……裸になって参っちんぐ……が、いいなあの……沈黙……ですか? それとも、困るヤバイやっぱ羽毛のが
いいの……沈黙……ですか?」
「貴様!! そーいう問いかけされたら、まるで我が裸目当てで着衣すすめてるようではないか!!」
「真意はどうあれ……羽毛でも……服でも…………私の露出は……高い……です」
「うぐ」
「無銘くんの……えっち」
「違う!!」
「本当に?」
鐶は一歩歩み出た。
「…………」
無銘は後ずさった。
「本当に?」
更に鐶が前進。いやそのと口中でモガモガ言いつつ無銘が立ち止まったのは、まさに不退転の覚悟、けして退かぬと言う
意思表示だが、しかし虚ろな少女はなお間合いを詰めてくる。後ろに向かって弓なりに曲げた背中が全身のバランスを崩す
までさほどの時間はかからなかった。背後へと数歩たたらを踏む。反射的に手を伸ばしたのは商品の、服の、ハンガーで、
それは敢え無く崩れ行く体勢の慣性に巻き込まれる。ジャっと指先をすっぽ抜け飛んだ服を鐶は冷然たる無表情で掴み
元の位置へ。同じコトを何度か繰り返すうちとうとう壁際に追い詰められる少年忍者。まるでカラクリ屋敷の回転扉でも
探すように両手を広げ適当な場所をバタバタ叩いてみるが無論虎口を脱するには至らない。鐶はあくまで無表情のまま
歩みを止め「で?」と聞いた。声に感情がこもらないのは元よりだが、かかる奇妙な威圧の中では一際に恐ろしいとみえ
とうとう無銘は観念した。ギリリと歯噛みし、目を落とし、
「…………興味が、な、無い訳はない。我とて男、本能はある」
苦悩の表情で呟く少年。少女は大仰に両手を広げた。
「爆弾……発言ですね……。びっくり……です。恥ずかしいけれど…………無銘くんなら……おk……です」
「で!! でも服着てちゃんと隠して欲しいというのも本音だ!!」
「おkは……スルーですか……?」
鐶はションボリした。せっかくのアプローチが無視されて悲しかった。よく分からないが傷つけたようで、だから無銘は
慌てた。
「しなかったらまた我を苛むだろうが!! そもうら若き女子が肌を露にするのは嬉しいが! 嬉しいが、日本国に生きる
ものならもっと慎むべきなのだ!!」
「…………それはまた……複雑……ですね……。えっちな……癖に……」
唇に人差し指を当てつつ鐶。淡くけぶった靄よりもボヤーとしている。無銘、馬鹿にされた気がしてヤケになる。
86 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
「っさい!! この際ブッちゃけるとだな!! 龕灯!! あれ、女湯とかに密かに忍ばせたらどーなるんだろうっていう
好奇心は確かにある!! 桃源郷見れるんじゃないか桃源郷見れるんじゃないかっていつもドキドキしてる!!」
「確かにアレは……映像記録……と再生……できますが……。やったの……ですか?」
「しとらん!!! 人としてダメであろうそれ! かなり駄目だ!!」
「…………夢を壊すようですが……女湯の……お客さん比率…………40代以上がほとんど…………です」
電撃に打たれたように硬直する無銘。「わ、わかいおねーさんはいないのか」、目も唇もまっしろにして切れ切れに喘いだ。
よほどショックだったらしい。しかし鐶は容赦なく現実を突きつける。
「10代……20代の…………ギャルたちが……キャッキャウフフしてる……訳……ない……です………………。そりゃ、
私や……小札さんや…………後頭部に…………リーダーと無銘くんに……向こう半日は……絶対めざめないよう……
念入りにリンチされアブクを吹く……貴信さんを貼り付けてる……香美さんは…………キャッキャウフフして…………お胸
を……後ろから持ったり……触ったり……してますけど……そーいうのは…………住所不定の……訳ありの……女のコ
じゃなきゃしない……です」
普通の若い女性は家で入浴する、集団でくる道理などない。だから覗いても無駄……宣告が進むたび無銘は目に見えて
消沈していく。はじめ白目を剥いていたのが、うつむき、やがて頭を抱えて座り込んだ。
鐶はそんな彼に優しい眼差しを送り、そっと頭を撫で
「あと……さらりと言ってますが……女湯”とか”って……なんですか……?」
死体蹴りを敢行。無銘の肩が大きく跳ねた。余罪を追及するとても厳しい尋問だった。
「他にもまだどこか覗きたいの……ですか……? どき……どき……。場所によっては…………すごく………………ヤバ
イ……です……。無銘くん、パピヨンさんぶっちぎって……変態さん……です……。どき……どき…………」
うっすら頬を染めてソワソワする鐶。顔をあげた無銘は一瞬キョトリとした。
「…………。意外とこーいう話題に免疫あるのな貴様……」
瞳のせいで儚げな鐶。日陰が似合いそうな雰囲気は言い換えれば清楚清純。瞥見の限りではエロスなど拒むか恥らう
かだろう。しかし意外や意外。喰い付いているではないか。
「私……一時期……レティクルに居ましたが…………近場にですね……グレイズィングさんが……」
「もうええわ。その一言で総て分かった」
グレイズィングは無銘をチワワの体にした忌むべき仇のひとりだ。総角曰く、性欲の権化・変態女医。
「あ、あやつめ!! 穢れを知らぬ少女に悪影響あたえおって! あたえおって!!」
少年はどうコメントしていいか分からない。とりあえず糾弾してみるが語気は思ったより飛ばない。勢いナシだ。
「……あと……お姉ちゃんも……お風呂場で……裸の私を……裸で……押し倒したり…………」
「も、もうええわ!」
想像しかけた無銘はぶるぶると首を振って打ち消した。煩悩退散煩悩退散。仕掛けた方がどぎまぎしている。
「……もし…………口が……ハヤブサほど……尖らなければ……貞操……やばかった……です」
「食い破った!? 義姉の顔面食い破った!?」
鐶は耳まで赤くして無言で頷いた。恥らうべきところなのかソレ? 困惑の少年におずおずと少女は言う。
「とにかく……興味がある……お年頃……です。無銘くんはどう……ですか」
ここで「皆無だ!!」と切って捨てればカッコいいが、やったところでまた先ほどの二の舞、壁際に追い詰められるのは目
に見えている。白状する、素直に。
「ドキドキするのは否めんが……」
ふと視線を移す。4つの瞳が捉えたのは女性のマネキン。下着姿だ。ただそれだけの光景に揃って薄く頬を染めるふたり。
「やばい……ですね」
「やばいな。これはやばい。やばすぎだ」
「ムチャクチャやばい……です」
「やばすぎて却ってやばくないんじゃないかとさえ思える」
「そこを狙ってガッとやばさをもたらすやばさ……です」
「油断したところを狙うのか。やばいな。虎視眈々ぶりがやばい」
「やばい……です」
異口同音にやばいを連呼する。巡回していた店員さんは「可愛いなあこのコたち」とほっこりした。
「あ……! 覗き……。…………いってやろ……いってやろ……小札さんに……いってやろ…………」
「時間差攻撃やめろ!! 覗きなぞしとらん! そう言っているだろう!! あと母上にいうのやめろ!!」
87 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
「そう……ですね。無銘くんは…………覗きとか……しません……」
「分かってくれたか!!」
「貴信さんと……河原で……たまたま落ちてた……いかがわしい本を……ドキドキしながら……知らんぷりしながら……
……こいつさえ居なくなれば大っぴらに見れるのにとばかり……お互い不毛な牽制しつつ……横目でチラチラ…………
見るのが……精一杯……です」
「見てたのか!?」
「そして2人が消えたあと堂々と拾い上げ去り行く金髪の美丈夫。胸には2枚の認識票……」
「師父!!? 師父であろこやつ絶対!! お戯れも大概にです師父!!」
「向かった先はゴミ捨て場……本を……捨てます。ぽんと捨てて……去っていき……」
「なんだ良かった。えっちな本ネコババする師父はいなかった」
「迷わずコンビニに直行……同じ本を……買います……」
「確かに載ってた人、母上にどっか似てたけど! 似てたけれども!!」
「……アジトの誰もいない部屋に戻ります。本を広げ……ます。肉体に劇的な変化……訪れます」
「もういい! もう師父はそっとしてやれ!! 男子なら誰でも起こし得る出来事なのだ!!」
「なんと……虚ろな瞳の少女に変身……です」
「なんだ貴様だったのか……って何で化けた!?! え、なに、何が目的でそーいうコトしたのだ!?」
「つまり……私に……可愛いカッコ……して欲しい……ですか?」
「まさかの閑話休題!! 何がどうつまり!? 謎めっちゃまる残りどーして師父に変身だ!?!」
「女のコは…………誰でも……変身……します……よ?」
「それっぽく綺麗にまとめるなあ!!」
とにかく服を買うコトに。
「べ!! 別に貴様の姿なんぞどうなろうが知らんし!! コレすなわち憐憫なのだ!! お前裸足だし!」
「はぁ」
「たまには真っ当な服を着させてやらねば哀れで仕方ない。お前裸足だし!」
「はぁ」
「……え、えと。お前裸足だし! お前裸足だし!」
暖簾に腕押し、こんにゃくのような鐶に業を煮やし地団太踏みつつ指差し連発。
「じゃあ……まず……ブーツ履きます」
「鐶の姿が消えた!? いったいどこへ……!!」
「えー……。足で……判別してるん……ですか……。えー。えー。えー……です」
おたおたと探す無銘をただじっとりしたノーハイライトの半眼で見る。あのコゆるキャラだ可愛いとは買い物にきた女子大生
たちの弁。
で、無銘。
清楚なワンピースに、リボン付の麦わら帽子という森ガールな鐶に見とれたり。
浴衣でうちわ持った少女の白いうなじにドキドキしたり。
からかい半分で、髪をおろしウサギの耳よりピンと立った黄色いリボンをつけ、アイドルの着るようなフリフリした衣装を
着せたら、瞳のせいで全体的にだるーんとしていて、つい爆笑したり。(マイク投げつけられても止まらなかった。涙目でじっ
とり睨まれても床に膝つき腹を抱えて笑っていた)
ありがとうございましたを背中に浴びながら店を出るふたり。無銘の両手には大きめの紙バッグ。当たり前のように持って
いる。ポシェットあるのに……虚ろな目に満ちるは余りある好意。
「ありがとう……です。あと、全部……お買い上げ……です」
「くっ! すまぬフリル……!! 我が遊び半分で着せたばかりに……!! 紫色の瘴気を噴くハメに……!!」
好意が一気にストップ安だ。
「似合います…………。特異体質で……ぐすっ。話題のアイドルに化ければ……ぐすすん……かなり、ひくっ、似合うです……」
「くそう。鐶も傷つきフリルも尊厳も奪われた。何と言う忌まわしき出逢い。作ったのは我、罪の重さをまじに感じる」
2人ともに哀切。特に右の鐶はすっかり湿気っている。鼻や瞳が汁気いっぱいだ。
「…………ぐす。しみじみ語られると……余計傷つき……ます。……いいです。無銘くんがそーなら……私にも考えが……」
「なんだ? 宴会の余興で着るのか?」
「それは……貴信さんに……させ、ます」
「させるのか……」
想像した無銘の顔が古色蒼然とする。笑えない、おぞましい、モザイク必須の物体が、ステージ上で飛んだり跳ねたり歌っ
たりだ。
「…………というか、我たちは、栴檀の片割れを少し粗末に扱いすぎではないか?」
「言われてみれば、そう……ですね」
88 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
「奴とて一生懸命生きているのだ。根はいい奴なのだ。我がチワワだったころ、諜報任務で遠くへ行くとき必ずフィラリアの
薬くれたし。わざわざ手近な獣医さんで貰ってな。なかなか出来るコトではない」
「…………ひょっとして嬉しかったですか?」
「別に。我はホムンクルスだし。フツーの蚊に刺されて病気なったりせんし」
誰かが捨てたのだろう。床に転がっていた丸いレシートを蹴る無銘。「ただ、悪でない以上ちゃんと向き合うのが忍びだ」
とだけ言う。些細だが心優しい配慮を思い出し、急に罪悪感に見舞われたらしい。鐶も同じだった。
「そう……ですね……。今度香美さんが……お風呂入るとき……貴信さんへのリンチ……止めます……」
「そうだな!! どうせ女風呂におねーさん居ないしそれ位ならばいいだろう!」
ただし母上(小札)の裸見たら殴る!! 右拳を左手キャッチャーにパシリ打ち込む無銘。
気勢は俄かに上がったが、鐶としては少々面白くない。
(…………私の裸は……どうでも……いいと?)
けして貴信が嫌いという訳ではない。確かに見られて恥ずかしくはあるが、香美と体を共有している以上、画像情報が
彼に行くのは「そういうもの」と割り切れる。しかし男である。無銘は、他の男に、鐶の裸を見られて平気だと言うのだ。
(小札さんには……必死……なのに)
なので鐶は頑張って、なるたけ眉毛をいからせて
「反省して……いませんね。謝るなら今、ですよ。私……いま……激おこ……ですよ」
拳をのっそりと掲げてみせた。無銘は軽捷なものでターっと正面に回り込んで得意満面、少女をビシィっと指差した。腕を
通る紙バッグの輪がいくつかシャカシャカ跳ねた。
「ククっ! 何か知らんがやってみるがいい! 人間形態になったいま貴様なんぞ怖くないからなバーカバーカ!!」
「む……。火に油注ぐ……の……ですか。謝らないと……こっちにも……考え……あります」
「なんだぁ〜〜? 力押しか鐶! でも言って勝てず暴力に頼るのは負けだからな! ま・け!!」
暴力反対暴力反対。いよいよ調子乗って囃し立てる無銘はまったく小学校低学年。本当は10歳で、そろそろ高学年なの
に(しかも学籍だけ見れば銀成学園に通う高校生)、コレである。誰が負けか分かったものではない。
鐶はしばらく冷ややかに少年を見ていたが、やがて口を開く。
「1人で……歩きますよ」
「えっ」
ぼそり呟かれた言葉は、ひどく鋭く、だから無銘は目をまろくした。人混みで、クッション越しに心臓を銃撃されたような、
唐突で意外すぎる致命的冷酷が脳髄を駆け巡った。
「無銘くんが……どうしてもというから……道案内させてあげているのです……。それをもう……なしに……します。契約
解除……です。せいぜい職にあぶれるがいい……です」
「ごめんなさい」
鐶を1人にしたらドコへいくか分からない。無銘は頭を下げた。
(というか何で微妙に上から目線なのだ。方向音痴の癖に……)
もちろん自覚はない。鐶としては「1人で大丈夫なのにどうしてみな過保護なのだろう」といつも首をひねっている。
それでも無銘が一緒に歩いてくれるのは嬉しいから、目下黙認している。本人目線では「してやっている」。
なら別に断る必要はない。ただ、無銘が、同行に対し妙に必死だから、ついからかいたくなった。
わざとらしくツンとそっぽを向く。(謝る無銘にちょっと揺らいで、一瞬申し訳ないカオもした)
「あぶれるがいい……です。派遣村で土粥でも喰ってろ……です」
「この言い草!!」
頭を抱える無銘。どう対処していいか分からないようだ。認め気が済み、ぎこちなくだが矛引く鐶。
「……フンだ……です。でも土粥はかわいそうなので特別にステーキに……してやる……です」
「ステーキ!! じゃあ忍者飯はあるのか!?」
「ご一緒に……ポテトも……いかがですか……?」
「ハイ!」
「あと……ビーフージャーキー食べます……?」
「おうとも!!」
よく分からないうちに険悪になってよく分からないうちに和解した。「姉弟? 仲いいわね」。主婦がひとり笑いながら通り
すぎた。
.
89 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
お次はミリタリーショップだ。『鳥の変形の参考に』と、いろいろなサバゲグッズやモデルガンを眺め回す鐶。無銘としても
忍者活動に使えるものはないか目を皿だ。忍びとはアリモノを使う人種。時代に適合すべきなのだ。いつまでも水蜘蛛だの
五色米だのに拘るのはナンセンスだというのが目下の持論。かさばらないならレーション大いに結構だ。そも秋水に負けた
苦い記憶もある。ここいらでパワーアップ、忍び六具あたり現代チックにナイズドするのも悪くない……ワイヤーフックや医
療パックなどに目移りする。
で、見つけたのが──…
「ダミーバルーン……ですか?」
「使え! 鐶お前が使え!!」
無銘はハッハと目を輝かせている。変わり身の術でも想像して興奮しているのだろう。そういうところはまだ子供で、可愛い
部分なのだが、
「なぜ……無銘くんが……使わないの……ですか?」
そこは謎だった。でもあっけなく氷解した。「変わり身といえば服着た丸太! で、手裏剣が刺さる!」。王道への拘り故だ。
ダミーバルーンは全項130cmほど。ほぼ3頭身で、四肢は亀のように短い。素材名の表記もあったがやたら長く鐶の記憶
に残らなかった。ただNASAでも使われている最新鋭のもので、防弾防刃、これまた最新鋭のレーザー兵器でなければ破
れないという。
「概要を読んだがどうやらこやつ、水素やヘリウムも注入可能!」
空中戦にぴったりだろう。会心の笑みで頷く無銘だが、鐶の方は気が乗らない。並みの攻撃は回避できるし、受けても例の
年齢操作と換羽の相乗、瀕死時における自動回復がある。
「……クロムクレイドルトゥグレイブを使えば……かさばりませんが……」
ノーともイエスとも取れる曖昧な表現でお茶を濁す。無銘は気をよくして二の句を継ぎ始める。「生きてた頃のお父さんが時々
こうだった」、的外れな嗜好の押し付けに論理を重ねいかにも自分が正しいと見せかける、男性特有の、鬱陶しいアレに、
なおも続く正当化。真黒な半眼をやや垂らす鐶の頬にわずかだが血管が浮かぶ。
(ああ……。うぜえ……です)
なかなか強烈でスゴいコトを考えたのは、父が、むかしこの論法で、プレゼントを安く買い叩いたせい。何歳の誕生日だった
か、鐶は超合金製のコンバトラーVをねだった。しかし父ときたら、廉価版の、プラスチック製の、合体も分離もできない、
ビッグブラストディバイダーはおろか超電磁ヨーヨーすらついておらぬチャチなコンバトラーVを口八丁かつ手前味噌な論法で
『いかにもこちらがいいよう』言い含め、買った。勿論この場合の「いい」はつまるところ彼の財布の中身に直結していた。当時
かれはスナックの悪い女に入れあげており、資金は僅かでも必要だった。切り詰められるものは少しでも切り詰めたかった。
超合金に比べ1万円は安い廉価版は救世主だった。
(2ヵ月後。スナックの攻略対象は痴情の縺れとかで情夫に刺し殺された。鐶の父は一時期容疑者として強く取り調べた)。
とにかく幼心にドロリとしたものが感じられる理不尽な説得だった。鐶はショックでかなり泣いた。
リバース(青空)は、日頃ヒイキされている義妹が珍しく冷遇されたのを『ちょっと嬉しくてざまあとか思う反面、小さいながら
に一生懸命、家族の手伝いをしている罪なき子がそんな目に遭うのは不憫だし可哀想だし、何より彼女まで自分と同じ思
いさせる必要ないんじゃないか。でも報われるのは不愉快』という、実に愛憎入り混じる複雑な笑顔で見ていた。
なお、次のクリスマスの朝、鐶の枕元にあったのは超合金製コンバトラーV。誰がサンタか今もって不明である。
長いがそういう経歴がある。「いかにも自分のみ正しく見せかける」セールストークアレルギーを有している。
であるから、無銘が強引に推奨するダミーバルーン購入には到底気乗りしない。買い物ひとつとっても、男女の性差、好み
の違いは致命的なまでに埋めがたい。論理に頼るものほど、そういう、根本に広がる生物学を無視する。自分のため”だけ”
弁を振るうきらいがある。
(適当なところ……で、断り……ましょう。そう……しましょう)
「見ろ」、無銘はPOPを指差した。人と、無数の点と、赤の目立つPOPだった。
『尖った金属片を入れれば指向性散弾になります。(有効範囲 …… 爆破角度60度 水平距離30〜50m 高さ2m)』
「買い……です」
「だろッ!! だろ!! 指向性散弾なのだ!! 買うしかない!!」
「ないのです……。(断言)
90 :
永遠の扉:2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
見た目小学生な彼らが食いつくべき要素ではないが……。無銘がはしゃぎ鐶も頷く。
が。
「あ!!」
「どうした鐶!」
「コレ……20万円……です」
値段を見て驚愕する。無銘も同じだった。
「なんだと!! 20万円といったら──…」
「私と無銘くんのお年玉20年分…………!!」
「どうしよう高い!!」
「高いです……!!」
ふたりは心底困ったように顔を見合わせ、ついでポケットをペチペチ叩き始めた。持ち合わせが無いか調べたが、出てくる
のは当然小銭ばかりなり。しめて金158円、牛丼の一杯も買えぬ。
「鐶貴様、そのポシェットにこう……ないのか!! お金!!」
もちろん彼らはホムンクルスで、ちょっとその気になれば簡単に強奪できる。店員も警察も難なく振り切れる。のだが、真剣
に購入を検討する辺り良くも悪くも子供である。
鐶はポンと手を打った。
「ポシェット……ですか。そういえば……レアモノ……入ってます」
「ほう!!」
無銘の瞳が輝いた。骨董品が好きなので、掘り出し物には反応よしだ。
「お姉ちゃんが……ウィルさんから貰った奴で……私の好きなゲームの……特別レアバージョン、です。ゲーム買った人の
うち……2000人にしか当たらない……シリーズ2作目の……アドバンス版……です……」
「よく分からんが高そう!!」
「高そう……です!」
さっそくケータイを開き相場検索。画面を覗くふたりの顔がみるみると輝いた。
「すごいぞ高値で売れる!! これならダミーバルーン買えるかもだ!!」
「お姉ちゃんが……プレゼントしてくれた奴……ですが……別にゲーム自体は……PS版がありますし…………だいたい
戦闘シーン飛ばせない旧作など……2度としたくないので……いいです、…………売りましょう」
恐ろしく冷淡なことを言いながら(監視カメラ越しに読み取ったリバースはくず折れて泣いた)、ケータイをすばやく操作する
鐶。「イケます」と胸を張った。
「そうかいけるかコレで買えるか!」
「ええ…………。まずヤフオクで……出品者になるための……いろいろな登録をします……。3週間もあれば……完了……
です。出品から……落札までは……2週間……ですね…………。さらにそこから落札者さんからが振り込むまで……」
「3日後! 決戦は3日後!! そんな待てぬわ!!」
くそうどうにかならぬのか。呻きながら財布を開く。小札から貰ったそれに入っているお金が残りいくらかなどはとっくに
把握している無銘だ。ダミーバルーン買えるほどはない。わかっていながらなお未練がましく財布のあちこちを見ていた
無銘。ふと何やら固い感触を感じ手を止める。……財布の生地の裏に何か埋め込まれている!! 手刀で薄く小さな
切り口を作る。滑り落ちたのはやや厚い長方形。プラスチック製で、銀の立体的な数字が刻まれている。
「クレジットカード……ですね」
気のない返事を漏らしつつどうすればいいか悩む無銘の前で、紙片が一枚、一拍遅れでひらり舞って落ちていく。
すわ! 掴み広げた無銘に映るのは──…
『フ。限度額は無制限。なにか高いもの欲しがったら買ってやれ。副長ゆえの役得……という奴だ』
「師父最高ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「やったバンザーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイ!! です!!」
ふたりは満面の笑みで手に手を取り合いピョンピョン跳ねた。赤い三つ編みが元気いっぱいに上下した。
「ベアリング!! ベアリング入れられるぞなもし!!」
「ゾナモシなのだあーーー!!!
実にアフターサービスのいい店だった。その場で水素と、クジャクに変形した時でてくるベアリング(もちろん錬金術性)と、
いろんな戦場で拾った大きめのガラス片をぱんぱんに詰め込んだ。
店員はサムズアップした
91 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/25(日) NY:AN:NY.AN ID:b7lE+eq80
「お客さん通だねえ! でも君たち未成年者は無能力者だから、クレカでの買い物成立しないよ!」
「何をいうか!! 違法スレスレの物品売る奴が何をいうか!!」
「…………たぶん……アウト……です……。指向性散弾……ぶっぱ……できる……ゴム風船…………。売っていいもんじゃ
…………ありません」
「そこ分かってて買うなんてお客さん通だねえ!」
店員は、筋肉がボンレスハムかというぐらいパンパンに詰まった横に広い中年男性だった。世界が銀に反射する黒いサ
ングラスをつけ、黄土色の頬髭ボーボーしている姿ときたら、アメリカの赤茶けた荒野を貫く幹線道路をハーレーで抜けてい
くのがこの生物の宿命ではないかというぐらいアウトローだった。ブラックの革ジャン姿だった。
「とにかくそのトシで指向性散弾を必要としているんだ。君たちには何か人にいえない事情があるんだろう。分かった。売る
よ。仮に保護者さんが契約解除を申し立ててもそのバルーンは君たちにあげよう」
「なんか……いい話に……なってきました……」
「戦場にいけない俺の分までコイツを役立ててくれ!!」
「取引してるの違法物品だけどな。まあそれでも礼はいうわ。ありがとう……なのだ」
「染まるぜ日本? 俺の店からベガス色によ〜〜」
ショットガンを構える姿が実に決まっていた。
鐶は(ベガスってドコでしょうか。西日暮里?)とか思いつつトイレの個室に行く。
そしてダミーバルーンをキドニーダガーの年齢操作で小さくしポシェットへ。
ミリタリーショップは30分後、銀成警察に摘発され即日閉店と相成った。
軍事転用できるヤバイものを数多く取り扱っていたのがアダとなった。
「クク。レティクルの誰が喰らうか楽しみだ……」
「多分……というか絶対……出番ないと……思いますが…………使えたら……使えます」
きたる戦いで役立つかどうかは、のちの、お話。
以上ここまで。
92 :
ふら〜り:2013/08/26(月) NY:AN:NY.AN ID:4i/SBx1bP
>>スターダストさん
濡れ透けとか、破れとか、タイツ・レオタードの上に重ね着ハイレグとか。エロスの表現は奥深く、
露出度の高低などは些細な一要因。2人とも解ってるようで何より。この2人だと、無銘が常識人ポジ
っぽいけど、発言にツッコミを受けているのも無銘であるという、微笑ましくも面白いやり取りです。
93 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
歩く。
「銀成で2番目に旨いコーシーの店……ありますよ……」
「興味あるがガマンだ!! 母上から貰ったお金、あまり無駄遣いしたくない!!」
「……リーダーの……クレカ……も……ですか」
歩く。
「銀成で1番目に旨いコーシーのお店……も……ありますが……」
「ガマンだ!!」
「…………2件買い物しても……支出……1800円ぐらい……です……よ?」
立ち止まる。無銘は頑として叫ぶ。
「その1800円が曲者なのだ!! いいか!! 1800円というのはな!!」
「はぁ」
「あと1200円足したら3000円ではないか!!」
「なに……いっているのか……ちょっと……わからない……です」
当たり前ではないか。何をこのチワワは算数しているのだろう。
というカオする鐶がもどかしいのか、少年無銘はグヌヌヌしばらく唸ってから決然と叫ぶ。
「3000円ったらお前、福引抽選できるではないか!!」
「……したいのですか…………」
「したい!!」
即答だった。全身から半透明した黄金のプロミネンスを吹き上げながら「回すとガラガラ鳴るだろう! あれが好き!」とも。
「ずっとチワワだったからなあ。手で、なにか握ったり回したりは新鮮なのだ」
どうやら相当、気に入ったらしい。腕組みして瞑目しウンウン頷く無銘。
「めっちゃ楽しい……ですか」
「うん。めっちゃ楽しい」
人差し指立てて問う。あどけなく頷く。普段なにかと尊大で険のある無銘らしからぬ反応だ。大人ぶって、取り繕っているが、
時々なにかの拍子にフっと覗かせてしまう素の部分が鐶はとても好きだ。
「手でいろいろできるのスゴくいいのだ。この手で、きっと、これから沢山いろいろ楽しいコトができるのだと信じている」
そういって彼はまっすぐ笑う。希望だけが未来を染め上げるのだとつくづく純粋に信じた笑顔で。
「少年なんだ」。実感の鐶。甘酸っぱい感情が全身いっぱいに広がって小さな心臓がとくとく鳴る。高ぶる感情。されど義姉に
きゃあと叫ぶ率直さを奪われている鐶だから、表現はどこか歪になってしまう。
「ウヘヘヘヘ。無銘くん……きゃわわ……。ウヘヘヘヘ」
涎を垂らし無表情でカタカタ笑うしかなかった。本人的には可愛く微笑んだつもりだが、呪いの市松人形が精一杯だ。
「……鐶貴様キモい」
右肩を引き、飛んでくる口液の粒を避ける無銘の顔はたいへん引き攣っている。ふうがわるい!? 笑顔の評判よろし
くないのですかと鐶は涙ながらの素で叫び
「あ……。まぁそれはさておき……くじ……どうして……しないの……ですか?」
大好きなのにしたがらない無銘。なぜだろう。問いかけにしばらく彼は黙っていたが、
「古人に云う。偃鼠(えんそ)、河に飲むも満腹に過ぎず」
とだけ言った。
偃鼠とはかわうそである。かわうそは黄河の水を飲むが、お腹いっぱいになればやめる。
……無銘をずっと見てきた鐶だから、うら若いくせにこういうかび臭い単語はすぐ分かる。
「身の丈にあった…………コトが……大事……と。欲望に振り回されたらお腹バーン…………破裂で、破滅……」
「おうとも!! さっき我はハズレを引いた! 正直リベンジしたい思いでいっぱいなのだ!! だからこそ今一度の福引
は危険なのだ!!! もしまた外れたら確実にムキになる!! 2回……3回。次こそは次こそはと福引やりたさにムキ
になって無駄遣いするではないか!!」
「あるある……です」
あるあるなのだ! 戛然と叫ぶ少年。魂の叫びだ。
「お金は!! 稼ぐのに苦労するのだ!! 母上が炉端でマジックされてコツコツ稼がれたお金を!! たかが福引で無駄
遣いしたくない!!」
「…………おお。自重する……無銘くん……えらいです…………」
褒めた鐶だが、ふと顎に手をあて考える仕草をした。ややあって。鬱蒼と曇る瞳がツと申し訳そうに伏せった。
「節約するのは……私に……いろいろ……買ってくれた……せい……でしょうか……?」
実は鐶、無銘より10cmほど上背がある。(155cm。12歳女子の成育は早い) それを屈めてまで少年の瞳を覗き込ん
だのは急にいたたまれなくなってきたからだ。
94 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
自分に良くしてくれた少年が、好きなコトをできない。コーヒーを飲めずガラガラもできない。そういう不自由を強いているよう
で悲しかった。「ずっとチワワだったからなあ」。長らく、人生の9割以上の長らく、犬として過ごさざるを得なかった無銘だ。
人型になれたのは本当につい最近。しかも成るやすぐ戦団に収監され、来る決戦の準備を兼ねた事後処理に忙殺された。
というコトを鐶は述べ
「だから……今日が……初めて……です。無銘くんが……自由に……人型で…………こういうにぎやかな場所で遊べるのは
…………今日が初めて…………生まれて初めて……なん……です」
3日もすれば戦いが待っている。生き延びられるか分からない。ともすれば最初で最後かも知れない。
「なのに…………私なんかのせいで………………楽しく振舞えないのは…………嫌……です」
訥々と語るたび瞳のふちが熱く彩られるのを感じた。ただならぬ様子に無銘は息を呑み目の色を変えたが、すぐに眉を顰め
声を荒げた。
「古人に云う! 武士は喰わねど高楊枝!」
「無銘くん…………忍者……では?」
「知らん! 母上が使えといったからカネを使った! それだけだ!!」
彼的には、それで、音楽隊という、帰属すべき組織が鐶の買い物を是としているのを示したつもりだが、しかし逆効果だった。
(小札さんが……いったから……)
好きな少年とのデートに浮かれていた少女にとって辛すぎる一言だった。さもあらん、お誘いではなく命による接待と知り平気
でいられる意中のあるや。心が軽度の暗黒に突き落とされた。
零れ落ちそうな角膜の湿りが新たな痛惜に掻き出されそうだ。無銘はすっと手を差し出す。
「よく分からんが泣くな馬鹿め」
「ふぇっ」
浅黒い指先が涙を掬うのに鐶は面食らった。さまざまな感情が昂じていたが総て吹き飛ぶ思いだった。睫を掠める爪の表面
が存外少女のように綺麗だと脈絡のないコトを考えた。
「云っておくが我は貴様より強いのだ」
「…………え?」
大きな目を瞬かせると怒号が飛んだ。
「何を泣いているか知らんが! 我の件なら別にいい!! 今日は貴様が主体!! 少々の不都合に目をつぶるなど当然!」
どうやら涙のワケを勘違いしたらしい。少年無銘への憐憫きわまるあまり泣いた……とでも思っているのだろう。確かに
方向は変わらないが正鵠は射ていない。
自意識過剰というか鈍いというか。とんと女心の分からぬ少年である。
「ああ……でも…………、私が悪いとかは……言わないんですね……。私のせいで……好きなように振舞えないとは…………
言わないんですね…………」
「知るか。任務だからやってるだけだ」
チョビっと出た鼻水をひと拭いして笑いかけると、無銘は唇尖らせ明後日を見た。鐶の歯切れは悪い。
「でも…………20万円の……ダミーバルーン……。あれは……小札さんの……計画にもない……もので………………」
そのせいでコーシー飲めないなら返品したい。怯え混じりに二の腕を胸の前でもぞもぞさせる鐶の赤髪が小突かれた。
「あだ……」
「下らん。配慮など無用。そも薦めたのは我……。舐めるな。自ら蒔いた種を刈り取らせるほど腐ってはおらん」
頭をさする鐶を腕組みで無愛想に眺めつつ、更に。
「古人に云う。奇貨居くべし。役立つ物は仕入れるべきだ」
節約は大事だが、使うべきときに使わなければ意味が無い。そう言うのである。少年にしてはなかなか卓越した金銭感覚
であろう。
「コーシー呑まぬのは美学ゆえだ。我を、忍びたらしめる節制なのだ。貴様など関係ないわ」
鐶はまだ何か言いたげに瞳を泳がせたが、無銘が、強く目を合わせてくるのに気付き口を噤む。
頬には一滴の汗。これ以上困らせるな、突っ込むなという訴えだ。
もっと素直な少年ならこう言うだろう。「別にお前が楽しいならいい」。けど言うのが恥ずかしいから、小札という、自分に
とって大きな存在をタテに買い物継続を言い張っているのだ。…………という機微がどうやらあるらしい。と、鐶はぼんやり
だが分かりかけてきた。
義姉はひどく無口だった。経験則。喋らずとも行えるコミュニケーションの数々。鐶光は有している。言えないコト、語らぬ
方が立ち行くコト。虐待のなか知らず知らず身に着けた迎合。いつか女性の覚える男性の立て方を過酷と恋慕で組み上げ
る鐶。
「そう、ですね。……無銘くんは…………強いから……こんなコトじゃ……泣かない……です」
95 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
「ふふん。やっと分かったか。そうだ任務とは非情なるもの。何があろうと我は泣かん」
「何があっても……ですか?」
時節柄、ちょっと冷風を帯びた緊張感が両者の間を吹きぬけた。
レティクルエレメンツ。いずれ戦う10人の幹部はいずれも鐶に劣らぬ強者ばかり。
戦えば『何が起こるか』。犠牲ゼロだと楽観するほど子供ではない2人。
「……何があってもだ。たとえ師父や……母上が亡くなったとしても……泣かん。泣くわけにはいかん」
ぎゅっと拳を握る無銘。声は務めて静か。だが耐えているのが分かった。想像するだけで恐ろしい現象を、必死に、精神
力で捻じ伏せているのが見て取れた。鐶も同じだった。人は死ぬ。生命は散る。かつて目の前で、義姉に、両親を惨殺さ
れたのだ。いま喋っている無銘でさえ数日後には骸……かも知れない。考えるだけで怖かった。
でも無銘はきっと耐えるだろう。
なぜなら……忍びだから。
まだチワワだった頃、小さな体で、ボロボロの体で、戦士と戦い、鐶を守り抜いたのだ。
それが任務だったから。
それを守るべき忍びだから。
「きっと…………泣かないです。どんな辛いコトがあっても……泣かない。そう……信じています……」
「フン。当たり前だ。言っておくが貴様が死んでも泣かんからな我は」
「はい。期待……してます」
だが、と無銘は一歩進み出る。
「貴様を生擒(せいきん)せよという師父の命は今もって継続中」
その背中は鐶より小さい。けれどこの世の誰より大きく見えた。
「…………忌々しいが貴様を、副長として機能させるのもまた任。守ってやる。くたばるな」
「はい……。ありがとうございます」
こそばゆそうに微笑む。思えば彼は逢ったときからずっとこうである。任。任務。その一言でいつも傍に居てくれる。
来て欲しいときに来てくれる。逆はない。任務をタテに鐶を捨てるコトはない。
ならそれでいいのだと鐶は思い、
「わずか1200円節約するためコーシー我慢するなんて……すごい……ですね……。立派……です」
話を戻す。
つい4000円のプラモとか衝動買いしてしまう鐶なので、瞳は尊敬に溢れた。無銘は得意気に胸そっくり返すと思われた
が、にわかに視線を落とした。声のトーンが急激に落ちる。頬かく彼は気まずそう。
「……だって、むかしお祭りのくじ引きでムキになって2400円も使っちゃったし…………。その反省なのだ」
「なにそれ……可愛い……です。可愛い金銭感覚……です」
しかし、『むかし』の彼といえばこれすなわちチワワである。人間形態になれない時分、如何にしてくじ引きをやったのだろう。
兵馬俑でも使ったのだろうか? よく分からない。
「……? 福引……なら、それこそ、20万円のダミーバルーンの……レシートで…………すれば……いいの……では?」
カード決済でも買い物は買い物、出来るはずだという鐶に無銘は深刻な顔をした。
「それだが、道行くものの声を聞くに、あの店、警察の手が入ったらしい。見るからに違法物品だらけだったからな」
「模造刀……と書かれた商品に……止まったハエ……足……切れてました」
「IED(即製爆弾)かんたんキット、アレ多分本物だ。あとレジの後ろ。棚と棚の間から向こうの空間がチラリと見えた」
「硝煙の匂い……しました。Mk19(オートマティックグレネードランチャー)とか……見えました……」
潰れて当然の店だった。潰れるべき治安の敵だった。
なれば客も追跡されるだろう。おまわりさんたちはきっとヤバイ物品を回収しようと必死……。
「いまあの店のレシートでガラガラするのは危険だ。きっとガラガラする所にも手は回っている。ガラガラしたら通報される。
ガラガラしたいのは山々だが、ガラガラしたら我の擬似風船による戦略構想もガラガラ崩れる」
「ガラガラ……いいすぎ……です」
口では何だかんだ言っているが、やはりしたいらしい。なら鐶の買い物のレシートですればいいようなものだが、「それは
貴様の分」と頑として譲らない。あげるといっても拒む。とうとうガラガラという言葉じたい禁止だと──そも言い出したのは彼
なのだが──言い出した。
鐶はちょっと黙ってから、ぽつり。
「…………ガラガラヘービが」
「やってきた」
パシーン! ふたりは無言でハイタッチ。そして無表情で歩き出す。
96 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
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「あいつらシュールやなあ」
「ねーデッド。いつになったらアジト帰らせてくれるのさ」
フードコートでメロンフロート(M)をストローで啜っていた金髪ツインテールの少女の傍で、真白な少年が気だるげに呟いた。
しんどいらしい。ホットドッグやポテトの散在する机の上に顎だけ乗せている。真紅の、宝石のような瞳はいま、総面積の6割
以上に霧が立ち込めている。瞼という肉質の霧が。
デッドと呼ばれた少女は、サングラス──ティアドロップ型。色はクロームイエロー──をスチャリと直しながらカラカラ笑う。
関西弁も相まって元気いっぱいの印象だ。
「ウィル。もうちょい辛抱しい。ブレイク、気まぐれが終わったらイソゴばーさんに連絡とる言うとったからな。それまで物見遊山や」
文句をいうウィルを尻目に「お」とデッドは呟く。何かの会話の弾みだろう。拳を突き上げる無銘が見た。
その無銘の顔面右方10cmの空間がぐにゃりと歪む。現れたのは桶状の物体だ。
「使い込んだ木製製品のように黒い。あれがウワサの龕灯やさかいよー見とき」
「えー。いいよー。特性なんて知ってるしー。性質付与。取り込んだ映像から、質感とか、属性だけをコピペできるんでしょ〜」
ウィルはますますくたった。具体的には、机からずり落ちた。椅子に縋るよう纏わりついている。ああ寝る前兆や、デッドは
当たり前のように顎を蹴り抜くどこからか聞こえた重い軋みに首を捻ったのは付近で遅めの夕食をとっていた外資系企業の
営業マン。ピンクのキャミソールから投げ出されるように伸びる細い脚は血流を感じさせないほど白く……。
デッドはわずかの間、痛みに耐えるような顔をし太ももを撫でる。
「ちゃあんと見とけやコラ。お前かて一応アース降ろせる身ぃやろがい。盟主様ほどやないけど」
「でもボク、勢号みたいなコトできないし…………」
視線の先で龕灯。下部から光を発す。輝きは柱となり、鳩尾無銘の右手を照らす。
「ええなー。ちっこい武装錬金は。道行く人ら見とるけど『最近のオモチャはよぅできとるなあ』程度の顔や」
A4サイズのスクリーンが龕灯の前に投影されているのだが、誰も、特に、気にする様子はない。
映ってるの忍者刀だよね。ウィルはそれだけ言って、寝て、蹴られた。
「忍法・三日月剣。我が手を刀と化すわざ。これはとっても便利なのだ」
さきほど財布を切り裂いたのもコレだろう。少年無銘・やおら自らの髪を抜き放り投げる。続いて親指以外を綺麗に揃え
ぴゅんぴゅんと振り回した。髪の毛がパラパラと乱れ散るまでさほどの時間もかからない。幾本もの線条が走ったとみるや
あっという間に不揃いに散逸し落ちていく。そのさまを彼はうっとりと眺め
「なんでも切れる。我の意のままなのだ」
心底嬉しそうに笑う。原型無視だった。無邪気さは柴犬のようだった。鐶は跳ね上がる鼓動を抑えながら一歩踏み出し軽く
うつむいた。髪が赤くてよかった……つまらないコトを思うのは耳たぶが熱いから。流れる炎に溶け込んできっと見えないコ
トだろう。
(……良かった…………ですね。人型に……なれて)
「人型になれたから、手で、いろいろ出来るのだ。我はそれを沢山あじわいたい」
だからガラガラもしたいし、三日月剣だって振るいたい。秋水に? 途切れ途切れ聞くと大いに頷く。
「いいなあ手。手でいろんな感触味わえるって、いいなあ」
ブンブン振ったり握ったり開いたりして、また笑う。網膜に笑顔が飛び込むたび、全身が切なく締め付けられるのを感じる
鐶だ。時々立ち止まっては、短いスカートの裾に手をやったり、細い太ももを軽くすり合わせたり、濃い青の靄が立ち込めた
瞳を湿りがちに伏せ熱い吐息をつく。秘めたる火照りが疼く痛みに刻まれて、心地よくて。でも辛くて。
97 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
.
彼の幸福は別の女性のもたらしたものだ。鐶なくして成立するものだ。
それが分かってしまうから、嬉しくも、悲しい。
今でこそ無銘は心から嬉しそうだが、事ココに至るまで味わった苦しみの量は察するに余りある。生まれたときからチワワで
しかし意志だけは人間だった。どれほど屈辱だろう。人が、ずっと、犬の姿勢を強いられるのだ。箸ひとつ持てず、地べたの
食事に口を突っ込む。……。総角や小札曰く、「物心ついたときそれはもう荒れた」。思春期にありがちな、「どうして他と違う
のか」に泣き叫び、親代わりのふたりを苦しめたという。7年前のある事件を契機にある程度までは受け入れ、総角たちとも
親子になったが──…
この1年、逢って間もない鐶でさえ分かるほど、無銘は、チワワな自分を嫌っていた。
針に糸を通す。たったそれだけの誰でもできる手技行為を心から羨んでいた。兵馬俑の遠隔操作では飽き足りなかった。
「ゲテモノを食べたい」。たったそれだけの理由で犬の姿に押し込めた、レティクルの幹部ふたりへの憎悪は、不自由を味わ
うたびますます鋭さをまし、熱く黒く膨らんでいくようだった。
(……でも……人間形態になれたのは…………)
早坂秋水との戦いあらばこそだ。
(……)
鐶の心に影を差すのは、『成り方』。無銘は、小札を守りたい一身で、死を賭して、人と成った。
少女は、救われてからずっと、少年の力になりたいと思っていた。
人間の姿になりたい。そんな念願さえ共に叶えられると思っていた。なぜなら助けられたからだ。好きに……なったからだ。
きっと自分は恩を返せる。今度は自分が助ける番、長年望み続けたコトがとうとう現実になるとき、自分は、直前、かつてな
い大いなる助力をしているのだと根拠も無いのに信じていた。実年齢はまだ8歳の、過酷な目に遭い続けたからこそ、まだ
どこか夢見がちな──もっとも、だからこそ、豹変に豹変を重ねた義姉の命を諦めずに済んだ。更正と救済を望めている
──少女は、それこそ自分がアニメに出てくるヒロインのように、ヒーロー覚醒の端緒たる確たる絆とアシストを、『もたら
せる』と、無条件に、信じていた。
無銘を人型にしたのは小札だった。
母への想いだけが、無念も渇望も何もかも埋めた。
男性が劇的に変わるとき、副座に別の女性がいる。
……喪失感は、埋めがたい。
人型となりし無銘を見るとき、かすかに過ぎる小札への敗北感。
(皮肉……です)
鐶は、特異体質で、様々な変身ができる。
総ての鳥類。総ての人間。
その範疇なら化けれない存在(モノ)はない。
なれない存在(モノ)は……ないのだ。
(なのに……)
それこそ鐶は思春期まっさかりで思うのだ。
(本当になりたい存在(モノ)には…………なれません)
無銘に対し、小札のような。
かけがえのない存在たりえぬ自分。
どれだけ変身してもなれない。
仮に変身して、なったとしても、無銘がかけがえなく思うのは、変身後の、姿。
鐶そのものではない。
鐶光という、ありのままの、姿から目を背かれるのだ。
98 :
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虚ろな目の、早老症を抱えた”鐶光そのもの”が受け入れられないのは、劣等感と相まって、辛い。
色々な存在(モノ)になれる。しかし真に成りたい存在(モノ)にはなれない。
無銘を人型にするほど突き動かした小札にはなれない。
桜花は応援してくれる。頑張ろうとは思う。
けれど残された時間は少なくて。
やがてくる決戦で生き延びたとしても、体質を抜本的に変えない限り──…
若い女性で居られる期間は……短い。
5倍速のプロジェリア。短い時間で、9年もの歳月をかけて編みこまれた無銘と小札の絆に勝てるのだろうか。
「なりたいものになれない」。予感すると、ただ、辛い、
「とにかく! コーシーはレティクルとの決着がついてからだ!!」
はっと顔を上げる。どうやら思考に没入している間、無銘はずっと喋っていたらしい。
なら反応のなさを訝るべきだが、そこは普段が普段の鐶。また何かボーっとしている程度にしか思われていないのだろう。
鐶の頭の回転は速い。(物理的な意味でも。フクロウの特異体質で360度回転する)
「無銘……くん」
「なんだ」
「それ……死亡フラグ…………です」
なんだそれどんな旗……? よく分かっていない様子の無銘にポツリポツリと説明する。
「なにぃ! こーいうコト言うと死ぬのか!?」
「死にます…………。戦いが終わったらとか、故郷に婚約者が居るとか、言うと、死にます……」
映画などを対象にしたネットスラングなのだが、どうも無銘はより根幹的な、言霊の問題として捉えたようだ。
やや浅黒い顔を青くしてしばらく声も出ない風に口をパクパクさせていたが、すぐさま強がる。
「ふふふふふん。そ、そんなんどうせ迷信だからなっ! 鐶貴様、貴様あれだ、我を、我を担いでるだけだろう」
「……ちゃんとした…………統計とか……伝習に……裏打ちされた…………信頼できる……データ、です」
ウソは言っていない。問題があるとすれば、つい、「虚構の世界のお約束です」と付け足し忘れたところで。
鐶の淡々とした語り口は、それだけに却って説得力がある。言葉が進むたび無銘は青くなった。頬も微かだがこけた。
「助かる方法は……?」
「ないです」
ビビビっと少年忍者の背筋が逆立つのが見えた。ヤマアラシのようだった。嫌だ死にたくないこわい……ちいさな呟きを
音速以上の並みでかき消すようにはつと居直り叫ぶ無銘。
「じゃ、じゃあ逆! 生存フラグはっ!」
鐶はぼうっとした眼差しでしばらく考え込んだ。あまり聞かない言葉なので思い出すのに手間取った。
「な、ないのか! 我死ぬのか!?」
「………………胸ポケットに……金属製の……大事な人から送られた……何かを……入れる、とか……?」
核鉄がいいという結論に落ち着くまで時間はかからなかった。
「よしコレで我ら生き延びる筈ッ!」
「戦いが終わっても……別に……何もしない……です。フラグ……回避……です」
「でも怖い!!」
「怖い……ですね」
験を担ぐ無銘が、お小遣いの前借りという形で、銀成市No1&2のコーシーを飲みに行ったのは言うまでもない。
99 :
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「1番目は少々甘すぎだったな。2番目は逆に酸味が強い。3番目最強!」
「そう……ですか」
嬉しそうに講釈を垂れる無銘を見ると、それだけで幸せだった。
最後にふたりは、ゲームセンターで白熱の、ゲーム対戦をした。
鐶は、例の、ロボットのゲームが好きだが、それ以外はからきしだ。昔、義姉(リバース)を対戦で執拗なまでにいたぶった
過去を持つが、それは改造の力を借りればこそだ。こと戦いとなれば香美顔負けの速度で反応する、時もあるが、ゲーム
となるとさっぱりだ。格闘ゲームでさえ適当にレバガチャする無銘に負け越す。スポーツとなればルールがまったく分からない。
パズルもダメ。テーブルゲームもダメ。
というのが判明。
「やっぱ……ボール投げ……です。取ってこい無銘くん……です」
「うるさいもうやらんからなアレは!」
「むかしは……よくやったのに……。遠くへ投げると……ハフハフ言いながら咥えて……持ってきて……また投げろといわ
んばかりに……ポロっと……落として……そんで投げると……矢のように走ったのに…………」
「…………本能がさせたのだ!! 我はあんなの不服だった! 不服だったぞ!」
「また本能……ですか。…………えっちなのも……そのせい……ですか……。どき……どき……」
「いまだ言うかソレ!?」
「とにかく……私……電子ゲームは……からきし……です……。スパロボの早解きなら……得意……です……けど」
というわけで、体を動かすゲームで勝負。(ただしダンスゲームは除外。鐶はのろかった)
今日びの遊興施設にあるものといえばエアホッケーかワニワニパニックぐらいだ。
直接対決の前者は熱かった。両者とも武装錬金はおろか忍法や鳥の異能なしの真剣勝負。フェイントも駆け引きもなくただ
反射の限りを持って真っ向ガツガツと打ち合うのだ。
ふたりはまだ年齢的に子供だからテンションが上がると
「鐶貴様卑怯だぞこら!!」
だの
「まけなーいぜ! まけなーいぜ! まけなーいぜ! ぞなもしーっ!!」
だの、地金丸出しで熱中する。様子は微笑ましいのに動きときたら神速vs神速というありさまで、ギャラリーたちはJr大会
の決勝でも見ているようにただ黙然と見守るほか無い。
瞳を輝かせて右に左に小さな体をぴょんぴょん飛ばし。
そしてドンドンドンドンふたりはテンションが高くなって、おおはしゃぎして、ふとしたきっかけで我に返って恥ずかしい思いを
するのだ。
まだチワワだった忍びと河べりでボールの投げっこをしている時からそうだった。
そうやって、思春期前の、まだ子供な子供らしいしくじりを彼らは共有してきた。
ずっとずっと共有してきた。
共有できるのが当たり前で──…
この先もずっと、何かの拍子で、相手のそれが見られるのだと無条件に信じていた。
逢ってまだ1年ぐらいなのに、一緒にいるのが当たり前で。
100 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
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だから、少し未来の、鐶と無銘は。
「とりあえず映画館には親子連れさん入らないよう調整。うっせーですからね。無愛想なブティックショップ店員さんは愛想よ
く。ゲーセンは苦労しやしたねー。ケンカしかけてる不良さんたちいましたから。落ち着けるの難しいんすよ」
『お疲れ様』
ブレイクがちょこちょこ席を外すのを見たリバースだ。どうやらデパート内をうろうろしていたらしい。監視モニターの中に
ときどき現れるのを目撃した。客を、襲っていた。武器を出し、他者を無理やり意のままにするコトを襲撃というなら、ブレ
イクは確かにそれを繰り返していた。ただしハルベルドは部分発動、穂先が掌から1〜2cmほど出るほど些細な武装で、
流血もまたなかった。たとえば──…
雑踏の中、いまから映画にと意気込む家族連れに、掌から、ピーコックブルーの雷を浴びせた。一瞬の出来事だった。
それこそ雷が閃いて消えるほど刹那。光を見た人間は何人も居たが、ガラケーのフラッシュだろうと気にも止めなかった。
以降、ブレイクは、衆人の群れの中で白昼堂々、静かな襲撃を繰り返す。
一方、青緑系の雷撃を浴びた家族連れ4名は──…
「ムッ! 突然だが父さん達、本当に大切なことのお金を貯める習慣が芽生えた!」
「ロボット映画はキャンセルよ!! レンタルが出るまで待ちなさい!」
「わーい!! 50円で借りられる旧作になるまで待つぞーー!!」
「鑑賞料を学資貯金に回すぞーーー!!」
眼球をグルングルンと回しながら彼らはうわ言のように呟いた。
雷を浴びたのに火傷1つなかった。ニヘラと笑ったブレイクは静かに人混みへ消えた。
そして遠くからやってくる無銘と鐶……。
店の人間関係や、客どもの得手勝手に辟易しそろそろ転職を考えているブティックショップの店員には──…
純白とミントグリーンの光。
「感じる……。負のパワーがむくむくと洗い流されるのを! 悪い縁から解放されたわ笑顔で接客ッ!」
ドロドロとくすんでいたのがウソのように輝く笑顔。マネキンにやばいやばいと呟く子供達に笑えるほど心豊かになった。
釘バットやチェーンを取り出し向かい合う不良の集団を柔らかなベピーピンクが包む。
「収まった! 攻撃的なホルモンの分泌が収まった!!」
「心のささくれ治ったらみんなトモダチ!! メシ喰い行くぞー!!」
「うぉーーーーーーーーーーー!!」
(映画鑑賞、無愛想な接客、ケンカ……ブレイク君は総てを……『禁じた』)
それだけだけなら、看板の、禁止能力と相違はない。鐶と無銘のデートを阻む障害を特性で排除した、だけだ。
(問題は──…)
なぜ親子連れや、店員や、不良の集団をピンポイントで『禁止』できたのか?
モニターで見た? 確かに不良の集団は一目で一触即発と分かる。穏やからぬ雰囲気はカメラ越しでも察知できる。
ブティックショップの店員にしても、機微に長けたものなら、無愛想だと分かるだろう。
だが。
親子連れ。
101 :
永遠の扉:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
彼らが襲われたのは、鐶たちと同じ映画を見るからだ。しかし何故それが分かった? モニターに映る彼らはただ普通に
談笑しながら歩いていた。前売り券やパンフレット、グッズの類は身につけていなかった。つまり外観からの
行動予測は不可能だった。にも関わらずブレイクは、ピンポイントで彼らを『禁止』し、遠ざけた。
いや……そもそももっと前提となる大きな疑問がある。
ブレイクは、親子連れたち、デートの障壁を先回りして取り除いていた訳だが──…
なぜ先回りできたのか?
鐶と、無銘が、どこに行くか分からなければ、そもそも先回り自体できないのだ。
もちろん禁止能力を使えば、ルートを絞るなど造作もない。
ただしブレイクはふたりの前に一切現れていない。そも彼は鐶の師匠だ。顔を見られればそれがもう釁端(きんたん)、
大戦争の幕開けだ。過去、無銘と逢ったコトさえある。当時は整形前の、火傷が目立つ風貌で、だから無銘に限っては
顔バレしないと言い切れるが、匂いを覚えられていればこれまたアウト。
だから2人には近づいてさえいない。禁止能力もまた見舞っていない。
にも関わらず、無銘たちがどこに行くか読み切り、来訪予定の場所を綺麗に均した。
さらにドーナツショップに向かう筈だった無数の客……。彼らにいたってはブレイクは一切直接干渉していない。
ただ、配電盤に、青紫の光を流し込んでいた。照明がわずかだが、青紫になった。
ガラガラ。桜花たちと合流したからこそ盛り上がったアレも謎だろう。
どうして彼女らをタイミングよく誘導できたのか?
(謎を解く鍵が……『真の特性』。禁止能力はその一環に過ぎないのよ。そして……真の特性は、弱い。総角主税にコピー
されても差し支えないほどね。ブレイク君だからこそ昇華している。もっとも言い換えれば、ブレイク君と、同じ経歴を持てば
総角主税……さんでも禁止能力は使用可能、だけど)
思い出すのは毒島華花。毒ガスの使い手だ。もし総角がブレイクの武装錬金をコピーし、彼と同じように使いこなせるように
なったとしよう。それでも総角は、ブレイクほど、自由に能力を行使できない理由がある。ありえぬ話だが、毒島が、エアリ
アルオペレーターを『外したまま』、毒ガスを発するようなものだとリバースは思う。強すぎる能力。諸刃の剣。ブレイク以外が
ハルバードを使った場合、必ず跳ね返ってくる理由がある。
総角がコピれないとリバースが思うのはそのせいだ。厳密に言えば「完全模倣しても、使いこなすのは難しい」。
……ブレイクと違って、明確すぎる弱点を、彼は有してしまうのだ。攻撃中の毒島がマスクを剥がされたが最後、大打撃を
負うような、そういう、弱点。
(まあいいわ。それより光ちゃん。光ちゃん可愛いわ可愛い! ぎゅっしちゃうぎゅっ!! きゃー!!)
目を対立する不等号に細めて。
リバースは無数の写真の束をぎゅっと抱きしめた。たわわな膨らみが重くつぶれた。
写真はいうまでもなく鐶が中心だ。様々な角度から隠し撮りしたらしい。らしいというのは、どう撮られたか分からないから
だ。警備室のドアが開く。頭からつま先まで流行の、無個性な装飾に固めた若い女性が虚ろな目でデジカメを出した。ブレ
イクが顎をしゃくると部屋の隅にあるプリンタにSDカードを差込み現像開始。
こんな調子で写真が沢山集まってきた。供出したのはそれこそ老若男女さまざまだ。若い女性はそのままふらふらと退室。
操られているのは目に見えて分かる。だが……『操る』?、禁止能力では及ばぬ領域だ。ハルベルドの武装錬金、バキバキ
ドルバッキーの『真の特性』。いまだ明かされぬ能力を有している。
「どっすかー。光っち、楽しそうすか?」
ブレイクはひょいとリバースの後ろに立った。顎を心持ち突き出しているのは、肩に乗せていいか伺っているからだ。
(本当甘えん坊ね。年上なのに)
困ったように目を細めながらも特に拒絶は見せない。了解と受け取ったのだろう。柔らかな肩に顔を預け、ブレイクは
写真を1枚1枚検分し始めた。
「いいカオっすね。灰色にしか見えやせんが輝いてます」
102 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:0RBRkI0v0
リバースは知っている。ブレイクは全色盲……2005年に改まった呼び方をすれば『1色覚』。それもとびきり珍しい後天
性のものだ(先天性の”数万人に1人”より更に少ない)。聞くところによると交通事故のせいらしい。頭を強打し、脳の色彩
を司る『腹側皮質視覚路3番目の領域(V4)』に何らかの障害を負ったという。
だからブレイクの見る世界は灰色だ。ずっとずっと何もかもが灰色だ。
リバースが彼をいとしく思うのは、そういう”傷”や”欠如”を共有しているからだ。生後11ヶ月で実母に首を絞められ、声帯
がつぶれ、癒着したリバースだ。大きな声で喋れなくなったせいで幼い頃から人の輪に溶け込めず、孤独を味わい続けた。
そんな自分と彼はどこか似ている。救われもした。リバースはそう考える。
事故前のブレイクは……優れた色彩感覚を持っていた。
カラーコーディネートを施した、中学の文化祭の喫茶店は、学校始まって以来の驚異的な売り上げを弾き出した。色相や
配色をとっかかりに人間の『枠』を探る作業をますます好きになった。カラーコーディネーターになる。中学1年のころ抱いた
夢は高校2年生のとき灰色になった。
そこから様々な栄光と裏切りを経て、人間の『枠』に限界を感じた。
いまでは悪の組織の幹部だ。死に追いやった人間は限りない。
リバースは想いを巡らせながら写真を見る。すぐ傍にある、ブレイクの息遣いに心が落ち着く。
『もうすぐ戦いだもの。ちょっとぐらい楽しんで欲しいから』
虚ろな目の少女はそれでもどこか嬉しそうだった。ささやかな幸福を感じているようだった。
「にひひ。無銘くんもなかなかいいエスコートしたね」
写真の中心からやや逸れた場所でしかめ面をする少年忍者をピンと弾く。なにしろ──…
「意識あるときは必ず腕ぇ握ってましたもん。枠も分かりやした。忍者すけどナイトすね。ナイト」
目当ての少年または少女を見る2人の目は暖かい。
「戦うの楽しみす。お師匠さんの養子にして青っちの義弟すから」
『私も光ちゃんに沢山沢山、いっぱいいっぱい……『伝えたい』』
いずれ戦う宿命を予感しながらも……暖かい。
「ありがと」。小さな声が警備員室に響く。
頭をコツンと直撃し波打つ乳白のショートヘアーに青年は頬を緩めた。
以上ここまで。
103 :
ふら〜り:2013/08/31(土) NY:AN:NY.AN ID:dX1uDe4oP
>>スターダストさん
カイジの缶ビール豪遊と同じく、「そんなものでこんなに感激するなんて」という形で本人の
深刻さが浮き彫りになってくる、無銘のガラガラへの思い。そしてそんな無銘への鐶の想い。
その、ささやかな幸せ自体がまた、フラグでもあるんですよねえ。迫ってきてる不穏が不気味。
104 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 05:27:26.29 ID:jcHVZk6M0
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デパート西口。デパートの中でもっとも銀成学園方面に近い出入り口。
「帰るぞ」
返事はない。
「帰るぞといってるだろう鐶!」
ふと手先から質量が消えているのに気付いて慌てて振り返る。鐶はいない。
消えている。泡を喰いつつ左右をグルリと見渡すと、遠くで、かなり遠くで、見慣れた赤い三つ編みがふらふらしていた。エ
レベーターめがけ歩いていた。
「なぜ勝手に歩く!!!」
西口。外。叫ぶと無銘はぜぇはあと息をついた。膝に手を当て前屈だ。すんでの所で回収したはいいが、あまりに早く駆
けすぎた。車道に飛び出す子供を見た親がどんな気持ちかよく分かった。
「……再動で……修理…………です」
「はぁ!?」
良く分からぬ単語が飛び出した。鐶は答える代わり眼前でゲーム機を振った。無銘は見たことがある。なんとかポータブル
という奴だ。鐶がお気に入りのゲームをしているのを良く見かける。一度すすめに応じてプレイしたが将棋より沢山のコマが
何やらゴチャゴチャ犇いていて良く分からなかったし大好きな白黒版の鉄人28号も出てないのでやめた。
聞けば鐶、手を引かれている最中、急に思い出して始めたらしい。
「…………レベルを……7つ上げたら…………脱力……習得……です」
「知るか!!!」
「あ……補給のが能率いい……かも……」
「だから知らん!!」
「私は……ロボットとか……好きな子……です」
「知・ら・ん!! というか歩きながらするな!! 他の、歩いている人にぶつかったらどうする!!」
「…………いえ……無銘くんが…………案内してくれてるから……大丈夫かな…………と」
「……。貴様。そのゲームとやらは片手で出来るのか?」
「なに言ってるんですか……。両手……両手です……よ?」
決まってるじゃないですか。むふーと鼻息を噴き、やや猫背気味で得意気に笑う鐶は何だか不気味だった。
もうこの時点で鳩尾無銘の頭痛は最高潮に達した。本当怒鳴ってやろうかと思ったが、小札から慰労するよう仰せつかった
手前それはできない。
「鐶」
「はい」
「我が、我がだ。手を掴んでいるときゲームしようとしたらどうなる」
「振りほどき……ます」
とても致命的な言葉を聞いた気がするが無視。
「じゃあ我から離れてしまうよな?」
「はい。離れ……ます」
鐶はどこまでもボーっとしている。頭は結構いいのになぜ怒られているか分からぬようで。
「…………我からはぐれた理由、分かるか?」
「………………分かりません」
105 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 05:27:56.99 ID:jcHVZk6M0
小首を傾げる。まさに小鳥がそうしたという感じで可愛らしい。無銘自身ちょっと見とれかけたが首を振る。
言い聞かせるよう、思う。
駄目だ。根本的なところで噛み合っていない。いまはただ一刻も早く帰りたい。
「やた…………あとレベルを……1つ上げたら…………脱力……習得……です…………」
もうしているではないか。気力50の少年。レベルアップのファンファーレがむなしく響くなか鐶はおもむろにポシェットをま
さぐって。
「ビーフジャーキー……食べます?」
「いらぬわ!!」
しかしはたかれる。3本だった。宙をかっとぶ肉的嗜好品にシュババ、伸ばした舌を絡ませて見事にキャッチ。
キツツキの特異体質。穴に潜む虫を食うため頭蓋骨表面を縦に一周してなお伸びる長い舌。軽く見積もっても20m超の
それを5分の1ほどボヤーとヌラリーと出すさまは、あたかもターキーレッドの生々しい棘皮動物が潜り込んだようでインモ
ラル。
重力に従い一旦は垂れた舌が筋力で鎌首をもたげているのは、むろん尖端でビーフージャーキーを巻き取って持ち上げ
ているからだ。横から見ればちょうど「ひ」の字──とても巨大。3km先からも読めるほど──を描く少女の口腔器官から
粘っこい半透明が滴り落ちる。
「もうやだこやつ」。無銘は太い眉をハの字にし肩を落とす。むかし小札の膝の上で見た日曜洋画劇場。幼い少年に徹底
的なトラウマを与えてくれたエイリアン。鐶の舌はそれだった。怯える反面、唾液にぬれ光る肉の鞭は、葉脈のように浮か
ぶ血管と相まってどこか淫猥だった。見知った少女の、力なく開く口の、磨いた象牙よりもツヤツヤ輝く乳歯の前からまろび
出ている、舌。生皮を剥いだヘビのような粘膜の、露出。無銘の心はズキリとした。度を越した性的な衝撃は興奮よりもむ
しろ先に心痛をもたらす……少年がそれを知った瞬間だった。
丸く甘い果実。美しい花弁。『よりも』一種、醜を帯びた苦げな歪こそじつは淫靡なのだ。
心臓は張り裂けそうで。だから思考回路は目下拡張中だ。
勢い増す血流をそちらに上にと逃がさねば致命の醜聞は免れえぬ。
ともかく社会通念上うしろ指を指されずに済む身体状況を維持しつつも、硬直し、一部を除いて棒立ちの体に脂汗を流す
無銘の前で、鐶の舌はぐぐりと動いた。デパートの出入り口にも関わらず一切誰にも見られずに済んだのは奇跡だった。
「ビーフジャーキー……食べます?」
「い!! いらんわ!!」
すっかり鐶の唾でベトベトになったビーフジャーキーに赤面する。ちょっと太い針金程度の肉製品だがいまは故あって正視
に堪えない。
「…………他の、ありますけど………………」
「い、いや、いまは遠慮する」
「……あ。お腹いっぱいです、か…………?」
うんといえば収まるだろう。ただもし腹が鳴るとやばそうなので(ウソがばれるとややこしい)、無銘は、そこそこ空腹だと
白状した。
「なら…………どうして……食べないの……ですか?」
「見たら、想像力が、やばい」
それだけ言うのが精一杯だとばかり、無銘は真赤になって目を逸らした。ふだん生意気に吊り上っている金の瞳が熱く湿
りを帯びている。鐶は5秒ほど考えていたが急に背を向ける。舌が巻き戻った。収納ボタンを押された掃除機のコードのよ
うに不規則にくゆり。ビーフージャーキーがどうなったか考えかけた無銘は慌てて首を振る。舌ごと、唇に埋没するジャーキー
はいま考えるべき材料ではなかった。しかし鐶は想像されるコトを想像しているのか、背中越しでも分かるほどただならぬ雰
囲気だ。太い三つ編みはうなじの7割を覆っているが、残りの露出は確かに赤熱で。それが咀嚼につれて動くさまは、実情が
分からないからこそ逆にマズかった。つまりもう見えようが見えまいがどうしようもない詰みだった。そろそろ退避も視野に入
れ始めた無銘を、しかし鐶は肩越しに振り仰ぐ。流し目で、……ビーフジャーキーを1本、しゃぶったままで。
「……無銘くんの…………えっち」
青黒く濡れた恨みがましい瞳。光なき眼差しはいまや虚脱の極致だった。だのに頬ときたら赤い。息も心なしか上がっている。
(や ば い !)
無銘が電撃に打たれたように硬直したのは──…
鐶がふらふら近づき始めたせいだ。
見よ。ぎこちなく細まる垂れ目がちな碧い瞳。
それは恍惚を恍惚として受容できぬ未成熟の証。熱くほとばしる情動の大部分をまだ苦痛としか解せぬつぼみの疼き。
106 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 05:28:27.54 ID:jcHVZk6M0
しかし確かに存する快美の泥に囚われて、少しずつだが蕩けてゆく。硬く、芯のある表情筋がまったくこなれぬまま未知の
刺激に犯されていくのは、ふだん日陰の花のごとくシンと佇む鐶だから却って艶かしい。
時おりぐっと奥歯かみしめ情動に抑えようとする表情。
一瞬よぎる苦痛を耐え脱力したところを運悪く横たわる心地よさの針先に貫かれ、一言も発さぬまま幼い肢体をビクリと
震わすさまは、瞳孔を見開くさまは、そして過ぎ去ったとき、生まれたての子馬のようにぶるりと一震えし、鼻先から細く長い
息をつき、長い睫を切なげに伏せるさまは、さすが全身穿つ義姉の虐待に耐え切った鐶ならではの忍辱だ。
「なにがあっても声1つ立てずやりすごせ」。そう教え込まれた習性に無銘の瞳に炎がともるのは、むろん年端もゆかぬ少
女を「元気な声など聞きたくもない」、残酷なエゴを押し付けここまで歪めたリバースへの義憤もあるが、若い獣特有の激し
い欲求にも立脚している。
頬を赤らめ瞳を昏く湿らせる鐶。一言も発さぬからこそ……声が聞きたい。過剰に膨れ上がるものを決壊させたがるの
はどの雄にも備わる本能である。手を加え呱々の声を…………支配とはそれだ。
いま醴酒の濁流を辛うじて受け止めている鐶に。
強敵を見たときの熱く冷ややかな情動が全身を駆け巡るのを感じた。
殺したいが、逃げたい。攻撃と逃走を同時に望む矛盾した想い。
それにやや甘さを混ぜた実感は黄砂が吹き始めた頃のモヤモヤした疼きの原液だった。鐶。小札や、香美の持つ一種
健康的な魅力とはまったく逆を放っている。初めて風邪を引いた女児のような浮かなさで紅い。
それが歩いてくる。
妖しい雰囲気だった。あえなかな息。静かに波打つ発展途上の胸。細く引き締まった足。いつも野ざらしなのにシミも日焼
けも一切無いなめらかな踝。地面を踏みしめる指は童女のように丸く短い。そんな、ふだんは気にもかけない映像のひとつ
ひとつが少年の脳髄を麻痺させる今。張り詰めた、独特の、緊張感に促された少年の青い本能は歩き出す。制御も理知
もなかった。誘蛾灯に向かう虫のように少年は歩みだした。高熱に侵された夢遊病者の足取りだった。からからに乾いた
口内を潤す甘泉を思うとき見据えるのは唇だった。いますぐにでも吸い付き奥底で生鮮にぬめる朱桜の舌をついばまねば
収まらぬ渇きが無銘の息を荒げさせた。
荒げさせつつもまだどこかに残る理性が、忍びとしての自制心が、すんでのところで飛び掛るのを抑えている。
そうこうしている間にもう鐶は目の前で。
しかもどういう意図か手をゆっくり伸ばしていて。
無銘は混乱した。
何もしなければ少女の好きなようにされる。それは、怖かった。自分より背が高くしかも強い鐶が、いつもと違う妖しい雰囲気
を孕んでいる。どういう目に遭うか分からなかった。街中……デパート前という場所柄は副長の高機動を考えた場合、まったく何
ら安全を保障するものではない。連れ去られ、人気のない場所で、遭う目はいかなるもの也か──…
どうなるか興味はあるがまだ怖いお年頃なのだ、無銘は。
そもそも鐶にそういう感情を抱いたコトはない。ニュアンスとしては家族だ。或いは救うべき被害者で、任務を考えれば護衛
対象。手のかかる厄介な奴でもあり、だからこそ威張れる相手。少年らしい片意地はいつだって「こいつよりは上だし」と生意気
な見下しを以て鐶を見ている。なのに傷つかれたり悲しまれたりすると、病気の主人に右往左往する子犬のような感傷が
沸いてきてつい手をさしのべてしまう。
要するに、よく分からない相手なのだ。
で、あるがために、未知かつ恐怖の領域において蹂躙されるのだけは絶対に嫌だった。男子として取り返しのつかないレベ
ルで敗亡するのは絶対に避けるべきだった。
ならば伸びてくる手を逆にひっつかみ少女を寄せて抱きしめれば間違いなく勝てるだろうが──…
それをやると、無銘は、鐶に抱いている感情を、少なくても形而上において確定させざるを得ない。
厳密に言えば、確定を認めなければ生ずる潜在的罪科を抱えてしまう。
好きだから無理やりする。
好きでないのに、した。
忍者だからこそ人間らしい正しさに拘る無銘にとってそれらは禁忌である。
逃れるためには好意と合意を確定する他ないのだが、それもできない。
107 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 05:29:27.44 ID:jcHVZk6M0
無銘にとってこの世で一番愛すべき女性は小札ただ一人なのだ。中村剛太が津村斗貴子を愛するように絶対的なもの
なのだ。小札だけが唯一で、鐶は、前述の通り、少年らしく「我は貴様よりすごいからなヘヘーン!」と論拠もなく見下してい
る。見下すことでしかモヤモヤする不確定な気持ちを整理できない。好意を伝え合意を引き出すのは矜持がゆるさない。
八つ当たり気味に、思う。
(本当、鬱陶しい奴だ)
(ああ、鬱陶しい奴だとも。方向音痴の癖にぶらぶらするからな。世話が焼けて仕方ない)
(だが)
──「わわわわし、無銘くんのおいでる所ならドコでもかまんぞなもし!」
──「ほうよ! わし、ついにおおれるならええんよー!!」
いくら邪険にしても、それこそカルガモのヒナのようにノソノソついてくる。
つい辛く当たって「言い過ぎたか」、内心後悔しているときにさえ、気付けば何事もなかったように傍にいる。
きっとそんな存在は、普通の10歳児なら学校で自然に得るのだろう。
けれど無銘は異様な生まれ方をしたホムンクルスで。忍びで。
普通の『普通』を普通に味わえぬ境涯だ。
音楽隊で唯一同年代の鐶が、実はどれほど貴重か……分からぬ無銘ではない。
──「ビーフジャーキー……食べます?」
好物だってくれる。鳥型だから鶏肉には本能的な嫌悪感を催す鐶だ。見るのも嫌な筈なのに、無銘のためにと買ってくる。
(……根はまあいい奴だ)
音楽隊内では総角の次に強く、無銘が貴信や香美、小札と束になってかかっても敵わない。
それだけの腕っ節がありながら、腕力に訴えて無銘を従わせたコトはない。
チワワ時代あれこれひどい目に遭わされたのだって、彼女があまりに強すぎるせいだ。
ゴリラの腕力と鶏卵の殻ぐらいの強度差が横たわっていたのだ、仕方ない。
行為の対象になど、できない。
無銘にとって。
そういう儀礼を行うものは、いつか両親になるべきものだ。
両親というものは、総角と小札のように好きあっていなければならない。
鐶の感情は、分からない。
ぼんやりとだが「いつか他の男を好くのだろうな」とさえ思っている。
ワケの分からぬ狂奔で傷つけるのは、嫌だ。
ただでさえ彼女は義姉に虐げられている。瞳の光が灯らなくなるほど徹底的に。
なのに自らの勝手な情動を晴らすべく傷つけるなど──…
(同じではないか)
無銘をチワワの体へ押し込めた憎き仇ふたりと。
手は尚も迫る。無銘は決然と面を上げ──…
殴られた。
「え……」
びたりと硬直する鐶。何が起きたか理解しかねたが、確かに無銘は殴られていた。
岩のように節くれだった拳にその顔面を、横から、メキメキ歪められている。
殴りぬかれている真っ最中なのは疑いなかった。
鐶が目をぱしぱししながら見比べたのは。
伸びきったままの華奢な手と、いま無銘を殴りぬけて通り過ぎていく丸太のような巨腕。
鐶が殴ったわけではない。にも関わらず無銘はげぶうと血しぶき撒きながら飛んでいく。
108 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 05:30:00.24 ID:jcHVZk6M0
どうしてこうなった?
殴る? 誰が、何のために?
原状復帰の鐶は確かにみる。2mを超える巨大な人影を。鐶にとっては見慣れた、しかし最近はとんとご無沙汰の兵馬
俑が、野太い腕を、無銘の方へダラリと伸ばしているのを。犯人は、明らかだった。
(龕灯以外に無銘くんが持つもう1つの武装錬金! というコトはつまり──…)
自らの武器で、自分を殴った。そしていまは錐もみながら飛んでいく。
「ふ、ふはは!! 我は急用を思い出したゆえ先に辞去する!!」
哄笑を上げつつ傍の公園めがけ遠ざかる無銘。遊んでいた人々は上空をすっとぶ少年を見上げただ右から左に見送っ
た。
「後は兵馬俑に案内されるがいい!! いいな!!!」
声はいつもどおり不遜を極めていたが左頬は潰れた瓢箪をつけたように腫れあがり髪ときたら落ち武者のように乱れている。
(いいなも何も……)
やっと状況を理解した鐶はむくれた。要するに無銘、逃げたのである。
清々しいまでの逃げっぷりだった。彼は甘ったるい状況から力づくで逃げたのだ。
兵馬俑に殴らせるという奇行はつまり誤魔化しだった。まさにパンチの効いたアクションで相手の思考をかく乱したのだ。
真意を覆う考証的煙幕はさすが忍びといったところだが──…
残された女性は当然面白くない。一瞬うつむきかけた鐶だがすぐに顔を上げる。
そのとき差した西日の逆行のせいで表情は分からなかったが、唯一右目のあたりで一瞬ギラリとした閃光が瞬いた。
そして彼女は歩きだす。目の周りを影に染めたまま。足取りこそ静かだが、名状しがたい威圧感が地鳴りのような音
を立てる。
「なんとか撒けたか?」
茂みの影で無銘は呟く。落着したのはデパート横の銀成公園。の最外郭。木々と茂みの広がる憩いの広場。殴り飛ばさ
れている最中についたのだろう、枝や葉っぱをはたき落とすと、笑う。
「ふ、ふはは。そうだ最初からこうすればよかったのだ。兵馬俑に案内(あない)させとけば良かったのだ」
頭には耳。犬の耳。武装錬金は1人1つだが無銘は例外。龕灯と兵馬俑を併用できる。どうも精神の問題らしい。無銘は
犬と人、2つを持っている。で、あるからして、その具現たる武装錬金も必然的に複数。そも動物型が武装錬金を発動する
コトじたい、既存の、錬金術的定義から大きく外れている。しかしチワワ時代抱いた人型への憧れはその不文律を覆すほど
激しく巨大だった。つまり兵馬俑は、犬としての無銘の精神が発動したものであるから、念願かなった今でも使役するには
禽獣としての類型を示すほかない。具体的にいえば犬耳としっぽが生える。かの早坂秋水との戦いでそれを発見した無銘
は、戦団に拘留されている最中ずっと克服を考えていたが、そも核鉄は没収されていたから実行に移せなかった。返された
のは毒島監視のもと銀成へ発つときだが、それは龕灯で戦団に状況を逐次報告するためだから、切り替えなどできようも
なくだ。
(着いてから防人戦士長さんが「いいよー」と言ってくれたので練習したが相変わらずしっぽ出てくるしっぽうぜえ)
現段階では練習不足も相まって──そも人型になってまず優先するのは忍法再習得だった。兵馬俑越しに覚えた数々の
わざを肉体に馴染ませる必要があった。更にタイ捨流。忍者刀映えする剣法習得は急務だった。総角とふたりヒマさえあれ
ば速成に勤しんでいた。決戦は近い、とかく時間がなかった──発動時は犬耳としっぽが生える。いわば半獣半人の形態
になってしまう。
ともかくも兵馬俑を発動しからくも難を逃れた無銘だが、やはり鐶が気になるとみえ茂みから元きた方をそうっと覗き見る。
「馬鹿っ! そちらは駅! 銀成学園はあちらなのだ!! くそう兵馬俑がせっかく誘導しているのに何故迷……あ、そうそう
そっちそっち。分かってくれたか良かった」
遠くかすむ少女の一挙手一投足に怒ったりホッとする少年忍者は背後に何がきたか気付かない。
ガラスの靴でも履けそうなか細い足の甲が一歩踏み出す。迫る影。細い足が彼めがけ静かに前進し──…
「何やってるのアナタ」
肩に浴びせられた声は氷水のように冷たく、だから無銘はギクリと振り返る。
「いいわねホムンクルスは。ヒマそうで」
2m先に立っていたのは金髪碧眼の美少女。腰まである艶やかな髪を筒で小分けしているのが特徴的だ。目はひたすら
棘を帯び、無銘のふるう忍法薄氷(うすらい)より絶対零度。不機嫌そうだがそれが平常、デフォルトだ。
(ヴィヴィヴィヴィクトリア=パワード!!)
109 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 21:06:36.24 ID:sRYCqaSU0
声にならない悲鳴をあげ尻餅をついたのは、先日些細なきっかけで争いそして負けたからだ。数多くの忍法を持ち、秋水
さえ徹底的に梃子摺らせた無銘だが、ヴィクトリアのような、広範囲を支配する巨大な武装錬金の持ち主相手だと流石に
分が悪い。かの敵対特性……兵馬俑に攻撃されたものが標準およそ3分で創造者に牙を向く反則的能力こそ有している
が、対象が例えばバスターバロンのような規格外のサイズを誇る場合、話はまったく変わってくる。3分ではすまないのだ。
実際試したコトはないが、総角の解説によれば、3時間……ともすれば3日かかってようやく発動する見込みだ。
それゆえヴィクトリア操る避難壕の武装錬金、アンダーグラウンドサーチライトに運悪く敗れて以来、どうにも恐怖心が
よぎってしまう無銘だ。
「ところで聞きたいコトが……」
口を開くヴィクトリアだが、やにわに黙る。ある一点を見てから黙りこくる。
視線を追った無銘はやっと気付く。いまだ燃える男性的な残り火に。いよいよ進退窮まらなくなった象徴的な高ぶりに。
「ふーん」
ヴィクトリアは衣服越しに高ぶる”それ”をしばらく眺めていたが突然鼻を鳴らし薄く笑う。心底小ばかにしていた。
「ち!! 違う!! 貴様に怯えたから縮……い、いや!! おしっこがだな、漏れそうなゆえこーなっただけであって!!」
股間を抑え目を赤く腫らせて抗弁する無銘は女のコ座り。そこにティッシュが投げつけられる。
「恵んであげる。トイレ行きたいんでしょ? 使いなさいよ」
「貴様!!」
がばっと無銘は立ち上がる。しらけた様に目を薄めるヴィクトリア。
(ハイハイ。どうせ必死に自己弁護するんでしょ。見苦しい)
果たして無銘は血相変えて詰め寄った。
「あのな!! ポケットティッシュは水洗トイレに流しちゃいけないのだぞ!! 詰まる! 他の人とか業者さんが困る!!」
(そこ!?)
珍しく目を見開き後ずさる。身の丈5cmは低い少年の気魄につい気圧されたのは、思わぬところから攻撃されたせいで
もあるが、何より言葉が正しいからだ。話題を逸らすためではなく、ただ真剣に訴えるひたむきさ。性根のねじくれたヴィクトリ
アはまったくそういうものに弱い。弱くなければかつて地下で秋水とまひろに説き伏せられたりはしなかった。
「というか何でヴィクトリア姐は来ているのだ」
「……ちょっと待ちなさいよ。なにそのヴィクトリア姐って」
無銘はここでやっと従来の苦手意識を取り戻したらしい。ちょっとオドオドした様子で視線を外し、外しながらも鐶の様子だ
けは抜け目なく確認しつつ
「だって呼び捨てると叱られるし……」
拗ねたように呟く。あどけない様子にヴィクトリアは心中の黒い凍結が溶かされるのを感じた。弟。もし人生が普通なら獲
得できたのだろう。早坂桜花の気持ちが分かるほど、使命感と責任感と、時おり訪れる一抹の幼い敵意を以て、面倒を見
たのだろう。
そういう空想を、強く振り返るコトなく、ただフワリと撫でるようにするだけで、なんとなく満たされた気分になるのは、きっと
心が回復した証だろう。それが感じられて嬉しかった。
尊大だと思っていた無銘が、ホムンクルスが、存外人間らしい正心と、少年特有の純朴さを持っているのも救いだった。
望まずして「なってしまった」人外の少女にとって、いわゆる「普通」ではない同属は、言葉にこそ出さないけれど、「こういう
生き方だってできるんだ」と勇気付けられる思いだ。錬金術を錬金術というだけで嫌っていた時代はもう終わる。終わらせな
ければならない。ヴィクトリアは白い核鉄の開発に乗り出した。助力したい、そう見初めたパピヨンは、かつて抱いた世界への
厭悪などとっくに超越している。悠然と空行く彼に憧れた以上、努力はもはや避けられぬ。
ヴィクトリアは、超えたい。
「かつて」を。
「降りかかった邪悪な意思」を。
父を討たさんと怪物に変えた錬金戦団は今でも許す気にはなれない。だが、だからこそ、辛苦に至った原因は正しく見据
えなければならない。経緯を見つめ、恨むべきものとそうでないものを、ちゃんと区分し、実態を正しく、ありのまま見られる
ようならなければ、白い核鉄という命題は絶対に解けない。
世界は、篭った地下で100年思い描いていたほど悪意に満ちていないのだから。
漆黒の陥穽に堕ちそうなとき、手を差し伸べたのは秋水とまひろ。
暖かな恩義と邪悪な意志。どちらを心におくべきか考えるまでもない。
110 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 21:07:08.27 ID:sRYCqaSU0
錆びた怒りや怨恨を晴らす最大の復讐は結局「正しく生きる」なのだ。殺害や破滅を叩きつけても待ち受けるのは同一
化。嫌いぬいていた筈の邪悪な意思”そのもの”になるだけだ。
カズキを刺してしまった秋水。
まひろはそれを知りながら、決して責めたりしなかった。
(アナタ自身、傷ついているでしょうに)
カズキは月に消えた。家族を失った傷心は痛いほど分かるヴィクトリアだ。なぜなら父は、彼と居る。
まひろは、かつて思っていたほど能天気ではなかった。むしろ純真すぎるからこそ、突如降りかかった離別に人知れず
悲しみ苦しんでいる。なのに周囲を慮って務めて明るく過ごしている。それは強さで、ヴィクトリアにはないもので。秋水を
今でも少しずつ救っていて。
だから彼はまひろを救いたいと願っている。半分はきっとまだ贖罪気分なのだろう。だがヴィクトリアの見るところ、もう
半分はもっと根源的な人間としての感情だ。青年らしく少女を大事に思っている。
犯してしまった罪科は簡単には消えない。100年経っても怨恨に凝り固まっていたヴィクトリアだから強く思う。たとえ被
害者が許しても、真摯な者はずっと苦しむ。
けれど、奪おうとした命を、今度は見事救えたなら。
間接的でも構わない、絶望的状況をひっくり返す一助になれば、少しは彼の、恩人の罪悪感は薄まるだろう。
まひろもきっと笑えるようになる。かつての、まだ両親が人の形を留めていた頃のヴィクトリアがそうしていたように。
だから彼女はカズキを救いたい。秋水とまひろが大事に思う存在を、人間に戻したい。
ゆえに白い核鉄を……作る。
それは憧れるパピヨンの悲願と重なる。叶えるには、超えるほかない。
憎悪を抱いたまま熟達できるものなど何一つないのだ。
いつか疑った「人を幸せにする錬金術……果たしてあるのか?」
いまは分からないが、無銘はその端緒のようだった
ホムンクルスという、嫌悪していた存在の一粒を、パーソナリティを、知る。
凝り固まった先入観をほぐすには必要だ。
それでもいきなり好意的にはなれないので……からかう。
「いま見ていたのは例の副長? 出歯亀なんていいシュミね」
「違う!! あやつはちゃんと見ておかねば危なっかしいのだ!! ドコ行くか分からん!!」
「あっそう」
眇めるように見下しながらヴィクトリア。顎を軽く引きつまらなそうに呟いた。
「じゃあちゃんと見ておきなさいよ」
「もう遅いけど」
「ふぇ?」
気の抜けた声が漏れるのと腰の辺りにはみ出たカッターシャツの裾が掴まれるのは同時だった。
もしいまだ龕灯を展開していれば見えただろう。青黒く引き攣る無銘の背後に佇む赤髪の少女を。
(目! ちょっと逸らした隙にもうここまで!!)
「忍者ロボめ……」
頚椎が錆びた音を奏でる。短時間で二度もおっかなビックリ振り返ったからだ。そして飛び込む大きな顔。
「私の経験値…………返せ…………です」
鐶は泣いていた。虚ろな瞳を、ぐしゃぐしゃに丸まった黒い糸くずのようにして。細長い涙は悲壮というよりむしろユーモラス。
固く結ばれた唇ときたら最大限うえに引っ張るものだからカルデラほど台形で不恰好。先ほどの妖しい艶かしさはもうどこへ
やら。安心したようなちょっと失望したような複雑な無銘だがツと気付く。
「マテ。兵馬俑はどうした。おかしな動きしたら止めるよう仕込んでおいたのに」
「んっ」
涙目の鐶は振り返り後ろを指差す。まず無銘が見たのは左足首だ。そのちょっと後ろに右手首。以下、50cm間隔で、右腕、
左足、首、胸、腹が点々と転がっている。邪魔なの薙ぎ払った。事もなげに告げる鐶に無銘は思い知る。
(やっぱこやつ強い……。くそう。早坂秋水でさえ結構苦戦した兵馬俑なのに……)
一方やっと赤い髪のニワトリ少女は気付く。ヴィクトリアに。
「く、曲者じゃ……であえであえ……」
「我を押すな!!」
両手でぐぐっと無銘を押しやる鐶に嘆息するのは欧州少女。
「ひょっとしてアナタ私のコト忘れてる?」
111 :
永遠の扉:2013/09/13(金) 21:07:38.89 ID:sRYCqaSU0
鐶はちょっと目の色を変えてから考え込む。表情は相変わらず暗く変化に乏しい。公園からの喧騒が空しく響く。風が木の葉
とワルツしながら三者の間を通り過ぎた。カタツムリの親子が4匹剥きだしの足の甲を横断する。最後列の殻のないナメク
ジが遠ざかってもなお眉一つ動かさない。死んだと言われても信じるほど立ちすくんでいた。奥州の弁慶だった。
「…………私もヒマじゃないんだけど? さっさと答えてくれる?」
苛立たしげなヴィクトリアに「無理もない」と頷く無銘。弁護の余地がなくなるほどに沈黙は、長い。
「覚えてますよ……。ハイ……覚えていますとも……」
真黒なジト目を明後日に向けながらやっと鐶は呟く。ヴィクトリアは静かに瞑目。こめかみには血管。浮かび上がる血管。
「でも……回答権は……無銘くんに…………あげます……。花を……持たせて……あげます…………。感謝して敬え……です」
「だからなぜそんな上から目線なのだ!!」
口調こそしっとりしているが凄まじく不遜な物言いだった。無銘はただギョッとする他ない。
「ああもう分かったわよ。覚えてないのね」
鐶はちょっと頬を赤らめ頷いた。
「はい…………。かつてブレミュと戦士の間で繰り広げられた戦い……。私に成すすべなく……1人……また1人と…………
倒れていき……いよいよ後は……斗貴子さんを……倒すだけ……というとき…………いよいよ最後の激突に入った私たち
の間に…………突如天井の穴から……飛び降りて……割って入ってきた…………私が……うっかり……沙織さんと間違えて
…………総ての年齢を吸収した…………敗因……の…………ヴィクトリアさんだとは…………ちっとも……分からない、です」
「知ってるじゃないの……」
怒る気力が削がれた。どこかまひろと喋っているようなかみ合わなさを感じた。脱力、した。
「うふふ……引っかかった……引っかかった…………」
「貴様ちょっと逆恨みしとるだろ。姐さんのせーで負けたと」
腕組みしてゾンビがドヤ顔してるような得意気を見せる少女に無銘は嘆息した。
「あと……無銘くん……イジめたら……ダメです……。ダメよダメなの……ダメですよ……です」
明らかにヴィクトリアの雰囲気が硬くなった。無銘はかなり青ざめた。「やめろあまり刺激するな」。小声で忠告するがしか
し鐶は止まらない。
「勝ったらしい……ですけど…………それは……無銘くんが……優しいから…………です……。ムリヤリ……ホムンクルス
にされた……ヴィクトリアさんに…………自分の境涯を重ねて…………危害加えたくない……と……甘甘な……感傷で……
本気出せず……負けた……だけ……です……。調子……乗ったら…………ダメ……です」
「……」
ヴィクトリアは一言も発さない。しかし元来冷酷を体現したような眼差しがいっそう凍っていく。眉もかなり引き攣っている。鐶
は鐶で無銘の無言のジェスチャーを黙殺し言葉を紡ぐ。ひどい修羅場だった。
「こんなんじゃ私…………ヴィクトリアさんを守りたくなくなっちゃう……です」
「アナタ鬱陶しいわね。かなり」
(マズい! このふたりの相性はかなり最悪!! どうなるのだコレから! どうなってしまうのだーーーーーーーーーーーー!!
無銘は両手で頭を抱えた。
「そこで……集中……使うとか……スジが良い……です。そう、運動性的に……必中使わなくても……当たる……です」
「こんなの分かって当然よ。計算式使えばいいだけだし」
数分後、彼女らは仲良くゲームをしていた。ベンチに座って携帯ゲームをガチャガチャするヴィクトリアを、鐶が後ろから
覗き込む格好だ。
「って仲良くなってるし!!」
予想外の展開にビックリの無銘。発端はこうだ。鐶はいきなり「それはともかくスパロボ……しましょう……」と言い出した。
脈絡ない申し出にヴィクトリアは「ハァ!?」と言った。無銘がガタガタ震えるほど拒絶と高圧に満ちた「ハァ!?」だった。
しかし鐶は「こーいうゲームの……最速クリア動画……ネットに上げたら……友達みんな褒めてくれますよ……。まぁ……
私は……友達……いませんが……」と言い出した。いやそんな言い方で食いつかないだろと無銘が思ってると、ヴィクトリア
は「やるわ」と即答。「やるんだ……」。あきれる無銘をよそに、ちょっとカオを赤くして「千里褒めてくれるかな」とボソボソ呟
いていたのが印象的。で、現在。
「この敵、体力減らすと逃げるんだけど」
「…………このユニットの……この武器……使う……です」
112 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/09/13(金) 21:09:00.31 ID:sRYCqaSU0
「攻撃力すごく低いのに?」
「実は……装甲ダウンレベル1の……効果……あります……。装甲下げて……撤退ギリギリまで削ってから……援護攻撃
……使う……のが……鉄板……です」
「なるほどね」
「インターミッションで……強化パーツつけて……武器の地形適応Sにするのも……地味ですが……効きます」
「確かそれやると攻撃力が1割増しなのね?」
「はい……増し増し……です」
「そう。増し増しなのね」
「増し増しなのです」
からかうように混ぜかえすヴィクトリアに鐶は大真面目に頷いた。
買い物が変なコトになってきた。無銘はあきれる一方、珍しく同年代の、それもホムンクルスの少女と遊んでいる鐶に少し
だけ嬉しくなった。ずっと纏ってやまぬ孤独の影がいまは少しだけ薄らいでいる。きっとそれこそ本来あるべき姿なのだと
心から、思う。
以上ここまで。土曜出勤あるとペース鈍りますね。
113 :
ふら〜り:2013/09/14(土) 21:22:05.72 ID:JNsvJJhvP
>>スターダストさん
随分とレベルの高い……あるいは逆に、シチュとかを全く考慮せずに動物的本能的すぎるから
レベル低いと言うべきなのか、なエロスを展開してるなと。思ってたら犬耳で、ああそうか犬畜生だ、
などと失礼な納得をしてしまいました。そういや黙って立ってれば、鐶とびっきーは似た雰囲気あるかも。
114 :
永遠の扉:2013/10/07(月) 21:19:29.80 ID:TpS7afdx0
「ってゲームしてる場合じゃないわよ!!」
いきなりヴィクトリアは金切り声を上げた。だいぶご立腹らしくゲーム機は頭上高々だ。すわ叩き付けるのかとやっと修復した
兵馬俑ともどもキャッチに向かう無銘だが、ヴィクトリアはやおら手を止める。
「……返すわね」
「返されました」
返却は、生後間もない子猫を受け渡すように優しく行われた。
良かったゲーム機壊されずに済んだ。ホッとする無銘の鼓膜を叩くは落胆。
「よく見たらもう夜だし……。早く帰ってアイツの晩御飯作らなきゃいけないのに……なに遊んでるのよ私…………」
ベンチの上で体育座りし俯いてバーコード状の影を背負う少女に、
「いいのです、たまには遊ぶのもいいのです」
優しく語りかけ肩を撫でる鐶。
(姐(あね)さん。結構ノリノリだったな姐さん)
そも1世紀以上前に生まれたヴィクトリアだ。コンピュータゲームなるものがまだ珍しくて大変楽しいらしい。加えて来歴が
来歴だからフラストレーション溜まりまくりだ。敵機を撃墜するたび鋭い瞳が攻撃的な恍惚に彩られるのを無銘は見た。
坂口照星みたいな声の中ボスは戦団退治とばかり意気込んでいたし、逆に鐶のプレイデータでネタバレ的に見たラスボス
は「パパみたいな声ね」とやや打倒に躊躇し、すごい合体攻撃を見ればやや驚きながらも「ふーん。それなりにすごいわね」
と冷笑交じりの評価を下し、溜まったポイントでパイロットをどう育てるか一生懸命考えるさまは意外にあどけなかったり、
とにかくとにかく色んな表情を見せていた。外見年齢相応の瑞々しさが戻ってきているようだった。
「というか……ここに…………何の用事で……きたのですか……?」
「デパートで買い物よ。武藤まひろに呼びつけられたの」
そういってプイと顔を背けるのはツッコミを予見したせいか。果たして鐶は予測どおり、ちょっと考えてから、いう。
「まひろさんの……お誘い……受けたの……ですか」
「……」
「私が……沙織さんに化けてたころは……あんなに……でぇきらいだオーラ……だしまくりだったのに……打ち解けてる……
の……ですね」
答えない。公園の青い闇の中で柔らかげな頬がちょっとだけ赤らんだ。無銘は「アレ?」と腕組みほどく
「武藤まひろ? 待て。あの少女ならしばらく前ココ通ってたぞ」
何ですって。冷たい瞳が砥がれた。灯る光は疑念と怒り。カクテル名:「何で教えてくれなかったの」。
「い、いや、『わーびっきーだー。でもゲームに夢中だから邪魔しちゃ悪いしココは素通り! 何を隠そう私は空気を読む
達人よ!』とか何とか言いながら帰っていった」
「……アナタ忍者の癖に声マネ下手ね。というか気持ち悪いんだけど?」
気持ち悪い!? 少年は白目を剥いた。
「だって姐さん……めっちゃ夢中……でした……し」
「う、うるさいわね。文句なら敵に言いなさいよ。何で急に一撃で沈まなくなるのよ」
やや目を三角にし抗弁する。すっかりお気に入りのようだ。
「というかその呼び方アナタにまで伝染してるし……」
「フフフ……。無銘くんが言うなら…………マネ……です。フフフ…………」
「あっそ」
「あと……このフフフは…………デッドエンドシュート……な人の…………マネ……です……」
「あっそ」
「私は……モノマネ……好きなのです……!」
鐶は拳を突き上げた。眉毛もシャキっといからせたが、瞳は相変わらず虚ろなままだ。
「だから……友達に……なりましょう…………」
「ならないわよ。というか何でそうなるのよ?」
「しょぼーん……です」
独特なペースにいい加減嫌気が差したとみえヴィクトリアは渋い顔。
「あと……まひろさん…………帰る旨……メールで伝える…………そうですよ……。ソースは私のメール……です」
「最初に言いなさいよ……ソレ……」
ぼやきながらケータイを開いたヴィクトリアは、淡い光のなか瞳を左右に這わす。やがて鐶発言の裏づけがとれたのか、
パチリ、小気味よく畳みポケットへ。機嫌はちょっと良さそうだ。
「ゲームやってていい。そう言われたに違いない」
「あの目は……間違いなく…………そうです……。あの目…………。Cougarさんのアイドルビデオ1日中見てていいと言わ
れたお姉ちゃんと…………同じ目……」
115 :
永遠の扉:2013/10/07(月) 21:20:16.76 ID:TpS7afdx0
ボソボソ囁きあう無銘と鐶にヴィクトリアは一瞬なにかを言いかけたがしかしグっと押し黙る。どうやら図星だ。それは屈辱的
沈黙に赤く染まる面頬から見ても明らかだ。
「たとえそうだとしてもアナタたちには関係ないでしょ。だいたいゲーム機返したし」
ツンと済ました顔がたじろいだのは、鐶が先ほどのゲーム機を差し出したからだ。食指が動いたらしい。反射的に手を
伸ばしかけたがすぐ引っ込め鼻を鳴らす。指摘どおりだと認めるのがイヤで仕方ない……そんな風だ。
なのに。
「姐さん……。遠慮しなくて……いいです……よ。本体も……ソフトも………………沢山……あります」
ギョっとしたのは箱のせい。20はあるだろうか。鐶の広がる両手にあたかも出前そばのように重ねられ、聳えている。
総て辺と辺がビッタリひっつくさまは梱包機械が揃えたより緻密。右手に本体、左手にソフト。おのおの、10。
「……買いすぎだろ貴様」
「大丈夫…………です……。ブレミュのお金は……使ってません」
「ならいいが」
「はい……お姉ちゃんの財布から…………コツコツくすねたお金で…………買いました」
「何やってるのだ鐶おまえ何やってるのだ」
「天罰です、よ。少しは痛い目見れば……いいのです。フフフ」
「グルグル目で笑うな! 以前から言ってるだろ! 怖いからやめろと!!」
あとでヴィクトリアは知るが、鐶は義姉から虐待を受けていた。ばかりではなく目の前で両親を惨殺されてもいる。いろいろ
募るものがあり時々思わぬところから、バレないよう、報復していたらしい。
「というかだ。古人に云う。貸す時の仏顔、済(な)す時の閻魔顔」
「いえ……あげます…………よ? 取り立てるとか……しません」
「偉そうに云ってるが貴様それ盗んだ金で買ったものだからだな」
「どうぞ…………保存用観賞用布教用もみがら食べるときに眺めて食欲増進する用……いっぱいあります……」
塔のてっぺんで影が動く。伸ばした舌だ。箱を弾き飛ばし口に戻る。ヴィクトリアは、まるで妖怪あかなめか超高校生級の
殺人鬼かというぐらい、先が戯画的カモメよろしく割れた長い舌を、伸ばす、鐶を見た。見ていた筈なのに、直撃を受け、
ねっとりと唾液にぬめる大小の箱2つ、反射的にキャッチした。してしまった。
(やってしまった……。またよ。学習しなさいよ私)
力なくくず折れるヴィクトリア。細い足を横すわりに揃え手をつく。俯く顔に影が差す。
いつだったか、パピヨンが股間から出した紙を、今よろしくキャッチしたコトがある。その後悔がまったく役立っていない。
暗澹たる思いだ。両手を持て余していると、無銘が無言で忍び寄ってきた。差し出されたのはハンカチ。痛ましい、同情的
な顔に総てを悟る。きっと彼もむかし”やらかした”。分かち合える何かが心を溶かす。「……貸しにしてあげるわ」。ぶっき
らぼうな少女にしては破格の礼だ。
「……というかゲーム渡されてもするヒマないんだけど」
正確にいえば「現を抜かしたくない」。忙しいのだ、彼女は。例の白い核鉄の製造にいまは全力投球すべき時期。しかも
パピヨンの身の回りの世話もある。昼は昼で学校がある。演劇部は発表を控え忙しいし、その手綱もまたパピヨンから渡さ
れている。というコトを述べると鐶は──…
「なるほど……。姐さんは通い妻、なのですね……」
合ってるような合ってないようなコトを云う。ヴィクトリアは瞬間、頬がカッと熱を帯びるのを感じたが咄嗟に言葉は出てこない。
「主婦だな。師父から聞いたがあのパピヨンとかいうのは病弱……。きっとシーツとか洗濯しているに違いない」
「あとシチュー煮込んでるかも……シチュー……。ブロッコリーがくたくたになるまで……煮込んだ……消化の良い……シチュー……」
「してたら悪い?」
してるんだ。おおーというさざめきが少年少女を行き過ぎた。どうも彼らは心底感心しているらしい。
「シチュー煮込めるのはスゴイ。大人だ」
「大人……です」
(え、そうなんだ?)
「カレーは子供だ」
「子供……子供……」
(違いが分からない……)
よく分からぬ論理だが、一種尊敬を帯びた眼差しで見られるのはそう悪い気分でもない。結局こどもなのだ、ふたりは。対
するヴィクトリアは100年以上、それこそ鐶が総て吸って人類最高齢に達するほど生きている。そういう優位性を確かめると
いろいろ萎れていた感情が復活する。
しゃんと腰をのばし顔を凛々しくする。話す姿勢。無銘と鐶は食いついた。
「いい? アイツの世話は本当大変なのよ。例えばこの前なんか──…」
116 :
永遠の扉:2013/10/07(月) 21:20:48.96 ID:TpS7afdx0
愚痴とは結局誇示である。耐えたり凌いだりした自分がどれほど偉いか標榜する行為である。ヴィクトリアはパピヨンがい
かに難物かを語る。正義感に溢れる無銘など義憤に燃えた。だいたいにして女性は男性を惚気以外で語るとき、常に不当に
歪めている。自らの落ち度は隠し、相手には毛を吹いて瑕を求め。子供は、いつだってそれを知らない。親権の大半が女親
に行くのはそのせいだ。そろそろ女子から女性になりつつある鐶は、ときどき「本当かなあ」というカオをしつつ、やっぱりヴ
ィクトリアの苦労話に感心したり同情したりだ。妙にどきどきした表情なのは、男女の関係の進捗率に興味たっぷりなせいか。
流石に──少なくてもヴィクトリアから見える範囲のパピヨンは──まるで無関心で指一本握らないとは言えない。自然、
話は艶っぽくない。ご飯が冷たかったら怒るとかそういう所帯じみたものになる。
「奥さんだ」
「完全に……奥さん……です」
好感触。満更でもないヴィクトリアだが「ただの研究仲間よ」……相手に生活能力がないからやむなくやっているのだと敢えて
強く主張する。一種の惚気だった。
(というかパピヨンすごく年下だよな?)
(ひ孫ぐらい……年下です…………。姐さんめっちゃ……蝶・姉さん女房……です)
ホムンクルスならではの年齢差に気付いたふたりだが、そっとしておく。口には出さない。
「いい? だからゲームなんてやってるヒマなんかないの。今日だってアイツの食事の材料買って帰らなきゃいけないし。掃除
もあるしもちろん研究だって」
「姐さん忙しい」
「姐さん忙しい……」
ぱらぱらと呟きが漏れた。それでも声は、子供らしく、大きい。元気な証だ。ホムンクルスという怪物でありながら、彼らは
人間性を清らかなまま保っている。何気ない光景。けれど彼らの”ありのまま”は、ヴィクトリアが向かうべき錬金術への嫌悪
を削いでくれる。錬金術の産物総てが胸に突き刺さる黒い刃でないコトを教えてくれる。
一瞬、まひろと秋水が胸を過ぎり。
(…………)
少し微笑が浮かんだ。
改めて感じる。
世界は、鎖された扉の向こうは、決して悪い景色ばかりでない……と。
だからこそ、手中にあるゲーム機とソフトを返したくなった。
拒絶というより、対価だった。ずっとホムンクルス嫌いを標榜してきたヴィクトリアだからこそ、いま突然かれらと完全なる
融和を図るのは、矜持に賭けてできなかった。嫌悪を催さないコトと嗜むコトはイコールのようで違うのだ。茨の道の足元
に佇んでいる橙の小さな花を綺麗だと思いながら、語りかけるのが何だか恥ずかしいというか、その姿を誰かに囃される
のが腹立たしくて、でも一瞬心を解きほぐされた礼に、朝露にじむ細腕を下へ傾け振りまくような複雑な感情。用益を受け
ず、相手方を「持ったまま」にするのが、せめてもの対価だった。
「でも……」
鐶はちょっと逡巡してから云う。
「ヒマな時に…………すれば……よい……です。………………忙しいからこそ……息抜き……すべき……です」
「……」
「最近の…………姐さん………………忙しいのは……分かってました……。傍目からも……疲れてるの……分かりました。
だから……ゲーム………………あげます…………。好きなときにすれば……よいのです…………。息抜きは……大事……
……です。ほどよくガス抜きしないと…………お姉ちゃんみたく……頭……おかしく……なります……」
「だから貴様は、義姉を何だと」
救う気あるのか。渋い顔の無銘をよそにヴィクトリア。ため息まじりに瞳を尖らせた。
「あっそ。でも施しは受けないわよ」
すわ怒るのかと身を硬くする少年忍者。だが危惧と裏腹に浮かんだのは冷笑。ニヤリとした皮肉交じりの笑いだ。
「いい? 飽きたらすぐに返すから」
どうやら受けるコトにしたらしい。軟化は鐶の朴訥な配慮ゆえか。
(……いい話のようだが)
少し狭まった鐶とヴィクトリアの距離に喜びながらも、無銘は思う。
(それ半ば盗品だぞ姐さん。盗んだ金で買った奴だぞ姐さん)
いいのだろうか。答えは出ない。会話だけが進んでいく。
「たまには……スパロボ……談義……しましょう」
「ヒマ潰し程度ならね」
「じゃ早速……薔薇で……3号な……でっかいウサギ…………。参戦したら……パイロットの人…………が、最後に覚える
の……きっと、直撃でしょう……ね。そんな、そんなカオ……です」
117 :
永遠の扉:2013/10/07(月) 21:21:35.10 ID:TpS7afdx0
「ヒマ潰し程度って言ったでしょ。だいたいそういう話なら仲間とすればいいじゃない」
さっそく切り込んできた鐶にヴィクトリアはちょっとムっとした。不躾で馴れ馴れしく思えたのだ。これはホムンクルスへの
嫌悪というより100年の重圧が育んだ偏狭ゆえだ。
「話……ですか。香美さんは…………「そもそもゲームって何じゃん」というレベルで……論外…………です」
「辛口ね。ま、人のコトは言えないけど」
「ただ…………香美さん、全シリーズの全ユニットと全パイロットのデータ…………カンペキに暗記……してます」
「ゲームできないのに? 無駄ね……」
「貴信さんは……貴信さんなだけに…………スパロボやらせてもつまらない……です。むしろ作れ……です……。早く因子
そろえろ…………です…………」
「何ソレ。ちょっと意味がわからないわ」
「霧さん……OGでは…………どうなる、のでしょう……」
「知らないわよ」
「じゃあ貴信さん……です。強いて言うなら……初回プレイからすでに…………攻略本片手に……敵の位置とか……調べ
て…………戦略を練るの…………ですが……敵の座標とか……援護攻撃の……把握が……あまあまで……陣形がぐだ
ぐだになり……結局苦戦……です……。でも……図鑑は…………コツコツやって…………埋めます。全部、埋めます……」
「暗いわね。何と言うか」
「サルファの……ドミニオンは…………空気読め……です」
「だから知らないわよ」
「リーダーは……例えばフル改造ブルーガーの…………自爆と……復活の繰り返しで……ワンターンキルするタイプ……
です…………。模範解答ですが…………誰でもできるし…………あまり見てて面白いプレイじゃ……ない、です」
「でしょうね」
「小札さんは……初期配置の敵が……あまりに一箇所に集まりすぎで……増援来るの丸分かりなのに……最初の敵めがけ
…………全軍進撃させるタイプ……です。で、……反対方向に来た増援にあたふた……して…………向かっている間に……
規定ターン数を超え……熟練度……取り損ねたり……ゲームオーバーになったり……します……」
「…………(← 身に覚えがありすぎる)」
「無銘くんは…………「ええい何で将棋っぽいのと小説っぽいのがごちゃ混ぜなのだ!」と怒るばかりで……覚えません……。
にゃんとワンダフルで…………子犬と戯れているほうが……いいそう……です。古いしそもそも……犬が犬、飼ってどうする……
です……」
「きっと犬仲間が欲しいのよ。寂しいわね」
「……猫に首輪つけて繋ぐ……キティちゃん」
「人間が人間監禁するようなものね。異常よアナタ」
「異常!?」
突然話を振られた無銘は白目を剥いた。ただ子犬と遊ぶのが好きなだけなのに……。
「あと私が覚えそうなツイン精神コマンドは……同調……です」
なおもボソボソささやく鐶にあきれたのか。ヴィクトリア、首だけ動かし無銘を見る。
「このコひょっとして痛いコ?」
「…………」
否定はできない。というか既に鐶が何を喋っているかまったく分からない無銘だ。
「闘志でも……可! ……です」
力強く断言するニワトリ少女。しかし瞳はやっぱり虚ろだ。
そんなこんなで他愛もないやり取りをして。
ヴィクトリアと別れる。
鐶光は、ホムンクルスになってしまった。
そのうえで5倍速で老化する体になった。
あと3年もすれば、外観は、無銘と親子ほど離れたものになる。10年もすれば祖母と孫。
ヴィクトリアとパピヨンほど離れるのは20年後。
ずっと少年の姿でいられる無銘と違って、鐶だけがどんどん年を取っていく。
118 :
永遠の扉:2013/10/07(月) 21:22:12.92 ID:TpS7afdx0
好きな男のコの近くで、自分だけが、加齢に伴う醜さを、ずっとずっと晒していく。
心だけ少女の、ままで。
いまの鐶の実年齢は8歳なのだ。それは、肉体年齢が62歳を超えるころ、やっと18となる。
やっと高校卒業、進路が、無数の未来が開ける時期に、老婆となる。
心だけ少女のままそうなる。一体どれほどの恐怖だろう。
掛かる羽目に陥ったのは強すぎるせいで。無数の鳥に変形できる特異体質の副作用で。身体の、人より早い成長と性
徴を認めるたび、「人ともホムンクルスとも違う」、異質な自分の孤独さに人知れず泣いている鐶なのだ。
利発すぎるからこそ、10年20年先どうなるか分かってしまい、ずっとずっと心の中で震えている。瞳を暗色に染めている。
そんな精神(ココロ)から生まれたクロムクレイドルトゥグレイヴは年齢操作を行える。
だがそれで老いた体を戻してどうなろう。ヒアルロン酸”やら”の注入で皺を伸ばすようなものだ、誤魔化しだ。なにかの
拍子で少女から老婆に戻ったとき、目を背けていた光景を突きつけられたとき……倍加した衝撃は容赦なく脳髄を貫く
だろう。幼いが、実年齢から「老いた」12歳の姿でいるのはそのせいだ。
無銘は、普通に接してくれる。前歴も何もかも知った上で、肩肘張らず、無遠慮にからかってくれる。
そうしてくれるだけで、鐶は、本当の自分──肉体年齢12歳の自分ではなく、去年7歳の誕生日を迎えた幼い自分──
に戻れた気がして救われる。
だからずっと一緒にいたい。
過酷な戦いが待ち受けているとしても、戦って、姉を救って、老化を治して。
再人間化は果たせずとも、せめて、せめてただのホムンクルスとして。
鳩尾無銘と一緒にいたい。
たったそれだけの……ささやかな願い。
すっかりふけた夜道で言葉を交わす。今日は楽しかった、また一緒に買い物したい。
他愛もない言葉を交わす。
無銘はいろいろ渋い思いをしたから軽々しく同意はしないが、それでも福引でリベンジしたいという。
「なら……決戦…………生き延びましょう…………。生き延びれば……フラグとか関係ない……です」
鳩尾無銘は思い出す。出逢った頃の鐶を。当時彼女は死に向かっていた。
過酷な運命の中で諦め、誰かに討たれるコトを望んでいた。
比ぶればどれほど好転したか。少女は生を願っている。
「買い物などどうでもよいが」
鳩尾無銘には悔いがある。犬として生まれたコトではない。
……救えなかった少女がいる。鐶に出逢う遥か以前の話だ。
血の繋がりはない。されど魂は覚えていた。彼女と過ごした暖かな時間を。
やっとそれに気づいたとき、状況はもう、どうにもならなく、なっていた。
少女を殺す。そうするコト以外打開はなく。
運命を受け入れた少女は無銘を見て、笑った。幕引きを許諾するように。
けれど彼は……躊躇した。
罪悪に駆られ手を止めた。つけるべき決着をつけられなかった。
生まれて初めて繋がりを感じた少女の体に総角の一刀が吸い込まれるのをただ黙ってみていた。
そのとき少女の瞳に灯った悲しみは今でも忘れられない。
.
(助けたかった。救いたかった)
悔いがあるとすれば「丸呑み」だ。殺すか殺さないか。突きつけられた選択肢の衝撃性に目を奪われ思考を止めた。忍び
とはそれを「する側」だ。さまざまな感情を利用し、相手を桎梏(しっこく)し、最善手を打てなくする。而して無銘は囚われた。
相手の事情。世界の事情。慮ったとして救いにならぬ無意味な要素に怯え戸惑い、成すべきことを成すべき時に……成せ
なかった。大切な少女ひとり助けられなかった。のみならず総角に手を汚させた。自分は、綺麗なまま決着した。
(我は……卑怯だ)
忍者はときに卑劣を犯す。しかしだからこそ根幹は正心を保たねばならぬのだ。人を、殺めるにしろ殺めないにしろ、付
帯する罪科や責務は総て総て背負うべき……少年無銘が強くそう信じるようになったのは、ミッドナイトという、レティクル
エレメンツ土星の幹部の一件を経てからだ。しり込みし、殺せず、穢れた役を総角に押し付けてからだ。
かつて鐶を満身創痍になりながら守ったのは、悔いあらばこそだ。
心情はいまでも変わらない。
やがて起こる戦いの中でも彼は姿勢を保つ。
腕組みしたまま鐶から露骨にそっぽを向きつつ、言う。
「前にも言ったが貴様は無明綱太郎だ。難儀だが腕だけは立つ。失えば師父や母上が落胆される」
だから守る。そういうと傍らで俯く気配がした。微かに聞こえた甘い吐息から察するに、嬉しいらしい。
鐶の、そういうところが、無銘は何だか好きじゃない。嫌悪とまでは行かないがモヤモヤする。心情を察しようとすると、
頭のやわこい未成熟な部分が気持ちいいようなムズ痒いようなオカシな感覚に囚われてしまう。そういう時は必ず務めて
ぶっきらぼうに振舞うのだが、鐶は別段気分を害さない。どころか、ぼーっとした瞳のまま、はにかむ。
ちょっと……幸せそうに。
そういう所はちょっとだけ小札に似ていて──ミッドナイトの1件から反抗期が落ち着くまでの僅かな期間、無銘はときど
き駄々をこねた。タヌキの置物が欲しいとか新装版の忍法帖が欲しいとか。結構泣き叫んだが、小札は怒らず、ちょっと
だけ財政を鑑みる困り顔で笑いながら、いろいろと買い与えてくれた。やっと得た絆を噛み締める幸福感がそこにあった
──だから少年は鐶に対し素直になれない。ますますもって。
けれど守りたいというのは事実だった。
買い物の中で生じた鐶への様々な想いと。
後悔に賭けて鳩尾無銘は誓う。
「もし貴様が出逢ったとき同様死を望むなら我は必ず引き戻す。この手で絶対に引き戻す。この手は何でもできるのだ。
貴様を死なさぬなど造作もない。簡単だ。簡単にできるのだ。だから我は──…」
死なさない。
無銘なりの意地でそういう。言外にあえて「守れるほど、貴様より強い」と匂わせながら。
鐶は何もいわず微笑した。顔は赤い。宵闇でも浮かぶほど。血潮の流れるサァっという音が零れ落ちそうだった。
鳩尾無銘は気付かない。
順番と、いうものを。
自らの命脈が鐶の危殆より早く尽きる可能性をまったく描いていなかった。
或いは鐶の微笑はそれを感じた故か。
誓いが果たされず終わる未来まであと僅か。
以上ここまで。演劇と、何やっても通じんイベントバトル早くやりたい。
120 :
ふら〜り:2013/10/08(火) 20:14:56.71 ID:HbUd4zDe0
>>スターダストさん
自慢話で惚気話なグチをこぼすびっきー可愛い。あのツラで主婦とか、なかなか想像し難い図
です。しかし無銘と鐶も、びっきーに負けず劣らずどころか、「先」を考えたらびっきー以上に
暗い思い(重い)を背負ってますからねえ。今回のデート(?)で多少なりと息抜きできてれば幸い。
121 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 14:50:13.19 ID:XqNJTfhz0
鐶たちがヴィクトリアと戯れているころ、武藤まひろは走っていた。
「お財布〜!! お財布返してよー!!」
住宅街の中、遥か前を灰色の影が走っていく。ニット帽を被っているせいで年のころは分からない。
彼女は、ひったくりに遭った。顛末はこうである。
デパートからの帰り道、急にノドが渇いたまひろは桜花たちといったん別れ、自動販売機を探した。
この春寄宿舎に入ったばかりだから土地勘はあまりない。ただこの少女は時々妙に勘がいい。自動販売機さんカモン
自動販売機さんカモンと念じつつ適当にホクホク歩いているとものの5分で発見した。
とりあえず冷たいお茶を買い釣り銭を取ろうとしたところで、不意に、さっき見たヴィクトリア(ゲームに夢中)への連絡を思
い出した。思いつくとすぐ取り掛かるのが美点であり欠点だ。常人ならまず釣りを財布にしまいケータイを持つ。だがまひろと
きたらそれをしなかった。財布を左手に持ったまま右手でケータイをいじった。それが致命だった。横からフッと飛び込んできた
影がピンク色の小さな財布(取得価格498円。スーパーで買った特売品)を掻っ攫い走り去る。
「よしひかるんに送信完了! さ、戻ろ……ってアレ、財布ドコ?」
いかにのん気なまひろでも、ただならぬ様子で走り去っていく影を見れば状況ぐらい分かる。
「ひったくられた!?」
ギョっと白目を剥きながら「そういえば私ノド渇いてたんだった!」と缶をとりグビグ飲み。「ふー」と笑顔で一息ついて
「ダッシュ!!!」
猛然と駆け出した。
そんなこんなで追跡しているのだが、距離はいっこう縮まるどころか広がっていく。
マラソンを苦手とするまひろだ。むしろ速攻で撒かれなかっただけ善戦したといえるだろう。
とはいえ流石に体力が尽きたとみえみるみる速度が落ちていく。30秒後とうとうバテた。膝に手を当て息をつく。
ひったくりは角を曲がりやがて足音さえ聞こえなくなった。
(油断した……)
まっしろになって五体着地。落胆は深い。
財布。
別段たいしたエピソードもない安物だが、イザこういう形で日常から消えると胸が痛む。失くして初めて気付く大切さ。悪意
に対するやるせなさ。色々な感情が必要以上に胸を締め付けるのはやはりカズキの件が響いているからか。喪失という事象
を今の彼女は必要以上に恐れている。恐れているからこそ諦めがつかない。自分の不注意をひどく後悔しながら歩き出す。
ぜぇぜぇ息吐きながらブロック塀に手をつき手をつき。中身抜き取られし財布がポイ捨てされているのを期待しながら──
前向きなのか後ろ向きなのよく分からぬ考えを支えに──まひろは進む。
「イェーーイ! 獲物ゲットぉーーーー!!」
ひったくりは受験生だった。家は資産家でベンツを3台持っている。生活苦とは無縁だが高校進学のストレスが彼を変えた。
次男坊にも関わらず弁護士になるよう親から強いられ来る日も来る日も勉漬けの毎日。それが昂じて人様の財布をひった
くるようなった。続ければやがて警察に捕まるだろうが構わない。されば何かにつけて世間体世間体とのたまう親どもの、大
事にしている名分は地に落ちる。一種の復讐だった。多くの復讐者がそうであるように「遂げた後どうなるか」は考えていな
かった。親たちに投げた泥がそのまま彼の生活基盤を粉砕しいま以上の不遇、貧困を招くとはまったく考えていない。
いまはただ財布を取られうろたえる被害者たちの哀れな動揺をあざ笑い、ちっぽけな優越感を覚えるだけだ。
ただでさえ傷ついているまひろを更に暗黒へ突き落とす卑劣な行為さえ愉悦にすぎぬ。
自分はこれほど悪なのだ、勉強勉強と汗かく連中など生びょうたん、自分は奴らより優れている──…
内心自らを賛美しながら走るひったくり。
その首に腕が突き刺さった。正確にいえば指だった。親指以外の、ピンと伸ばされた4本が前から後ろに貫通した。神経
の束の詰まった頚椎の破砕される嫌な音に遅れるコト一拍、ひったくりの未だ続く薄ら笑いの口から血液がトプリと溢れた。
裕福な彼は知らなかった。
真なる悪意の生物濃縮を。
世間のそこかしこで頻発するひったくりのような小さな悪意でさえ、浴び続ければ人は壊れる。
況や巨大な不幸をや。
受験勉強など比較にならぬやるせなさを押し付けられた被害者が、救われなかった被害者が、参差(しんさ)の牙剥く餓
狼と化すなどまったく夢にも思わなかった。『誰も手を差し伸べなかった』、そう信じ込む人間が、尊厳とやらにどれほど冷淡
で実利的な即断を下すか終ぞ知りえなかった彼の咽喉にぶら下がる──…
122 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 14:50:59.13 ID:XqNJTfhz0
.
腕には、先がなかった。肩から切断されていた。ロボットが推進力で飛ばしたような産物で、なのに皮膚の質感や血色は
まったく人間のものとみて間違いなかった。それが不意に闇の中から飛来し突き刺さった。
「奪う奴は……死んでええ」
倒れゆく青年に影が差す。
乾いた声だった。静かだが今にも爆発しそうだった。密かな怒りに満ちていた。
暗転。何分経っただろう。
狭い路地だった。廃材、だろうか。泥に汚れた塩ビ製のとても長いパイプが何本か壁に向かって辞儀をしている。その根元
でうつ伏せに、しかし顔だけは横向きに斃れているひったくり。
眺める影は……2つ
「そう。奪う奴は死んでええ」
1人はキャミソール姿の少女で、足とおなじく剥き出しの白い右肩に手を当てている。肩が動いた。あたかも脱臼を直す
柔道選手のような骨法的力学を踏まえた動きだった。ガキリという低く短い金属音が響く。二、三度肩をまわした少女はな
んとも派手ないでたちだった。金髪で、ツインテールで、前髪にはダメ押しとばかり銀のシャギーが施されている。
そのうえクロームイエローのサングラスをかけており「ひょっとして芸能人?」的荘厳オーラだ。
彼女は死体の傍に両膝そろえかがみこむ。
拾い上げたのはピンクの財布。まひろのだ。
「人様が一生懸命働いて稼いだカネしょーもないマネで奪いくさりよってからに。死んで当然や。まぁ生活苦に喘いだ末に……
ちゅーならまだグレイズィングに頼もって気になるけどやな、お前どう見てもストレス解消程度やろがい」
サングラスを髪の上まで押し上げしばらく値踏みするように死骸を見て……嘲る。
「そんな高そうな靴と服身につけて……ありえんやろ。生活苦」
「さすがデッド。目利きスゴいね〜」
いま1つの影は壁にもたれて腕組みしていた。
夜の対極がそこにいる。透き通るような白い肌を持つ少年で、瞳は紅玉よろしく爛々と光っていた。
傍らにはリヤカー。白い布製の大きな袋が乗っている。力士の上半分ぐらいの大きさだ。表面のところどころが直方体に
ボコボコしている。
「あったりまえやろウィル。商売人やぞ? ヨロズの価値に通じとる。服からタンカーまでなんでもござれや」
「褒めたからさ〜、そろそろ解放してよ〜。荷物運び……。いろんなトコで物買いすぎだよ〜」
「断る!」
デッドと呼ばれた少女は腰に手をあて胸を張った。
「あ」
白い──アルビノ──少年ことウィルは一瞬なにか言いかけたが口を噤む。デッドの目ざとさはどうやら商品以外にも
作動するようで。少女はひどくムッとした。目を三角に首だけ振り向く轟然と。
「ああそやわ!! どーせウチは貧乳ですわ!!! 地平線! 凸真っ平らァ!!」
「ネコまっしぐらみたいに言われても……」
「ネコとかいうなこわい!!!」
「キレ気味に泣かないでよ……。面倒くさい」
デッドはギュっと目をつぶりイヤイヤした。耳をふさいだまま真赤な顔を左右に振ると見事な金色のツインテールがサラサ
ラくゆる。そして急に黙り込み俯いて……。数秒後。
「アレはウチが盟主様に「やっぱお兄ちゃんたち無いよりあるほうがええんか?」そう聞いたときのコトやった」
「なんか語りだした」
「盟主様は「やっぱ巨乳だねっ!」と即答した。マシュマロボブみたいなカオでサムズアップした。ビックリしたわ。何ら迷い
なかったもん。その時のウチは結構な気合入れた格好で、はにかみつつ上目遣いで質問した訳やけど全部ガン無視。乙女
がシナ作っとんやぞちょっとぐらい媚びろや」
123 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 14:51:37.57 ID:XqNJTfhz0
「ビールの大瓶ってさー、なんでみんな633ccなの?」
「知るか!! おま、ウィル、ウチの話聞いとるのか!?」
「昭和15年(1940年)の酒税法改定に伴いビール1瓶あたりの容量を統一する必要に迫られたのだけれど、当時のアサヒ・
サッポロの工場あわせて14箇所で作ってた瓶の容量がまちまちだったせいー」
「ほー」
「いっそ新しい瓶作って規格統一すれば楽だったんだけどー、当時日本は戦前でー、ガラスも貴重だからー、新しいの作る
余裕なかったんだー。だから当時一番容量少なかった瓶に合わせたわけー」
「ナルホド、それが633ccちゅー訳やな。いちばんちっちゃい奴に入るなら大きめの瓶でも対応でき関係ないやろこの話題!!!」
デッドは怒鳴る。ウィルは何が嬉しいのか目を三本線だ。
「ないねー」
「ああでも小さいのはいつかスタンダードになるっちゅー教訓かも!!」
「うわぁ面倒くさい。話し逸らしたのにこじつけてる……。これだから女のコとか面倒くさい…………」
「腹立つわ。お前ホンマ腹立つわ。ちっとは乙女フォローせえや」
「自分で乙女とかめんど……え、なにどーして睨むのさ面倒くさい……。そーいうさぁ、イラっときた時にさー、手近な人に言
葉伝えて感情共有して晴らそうとすんのやめようよもうー。相手が心底同情するケースなんて稀だよ稀。「しょうむないコト
言ってるなぁ」って内心ウンザリしつつ前後の人間関係鑑みて取り合えず頷いてるだけなんだからさー、そんなんで紡がれた
言葉の実態知りもせず満足しても仕方ないじゃん。なんでみんな自分の感情他人に混ぜてようやく正しいと思えるのかなー」
「……」
「『自分の正当性犯された』、怒りの源泉は常にそれ。なのにどういう訳だかみんな怒るほど信じてる正しさの審判を人に委ねる。
訴えて認められてやっと満足さ。弱いよソレ。訳わからない。本当に心から自分が正しいって思ってるならさー、人の意見とか
いらない筈だよ本来いらない。不都合さえどうでもいいって嘲笑い進む訳だからデッド要するに後ろ暗いんでしょー?」
「出たわー。出よったわー。社会知らん癖に頭だけいい引きこもり特有の論理飛び出たわー」
「勢号よりあるし、いいじゃん」
「ロリやん!」
「イソゴ老にも圧勝だよー。ぱちぱちー」
「だからロリやん!!」
「中学生が幼女相手に勝負挑んで恥ずかしくないの? 分かってる? デッドの悪いトコはそこだよ?」
「説教!?」
「あのクライマックスより胸小さいのは屈辱だよねー」
「まったくやわ!! アレは本当しょうむない癖にDあるからなD!! そんかわり不摂生と運動不足でウェスト62やけど。
それでも色気ムっチムチのグレイズィングと胸だけは互角……。あとリバースはバケモン!! ぐぬぅー」
ハンカチ噛んで涙するデッド。ウィルはちょっと角を見て耳を澄ます。
「ところで財布……持ち主歩いてくるみたいだよ? さっさと死体片付けないとマズイよね〜?」
「……。本っ当しょうむない奴。わかっとんならやれやウィル。お前の得意分野ちゃうんかい」
関西少女。ふだんは隠しているのだろう。前髪の上に跳ね上げていたティアドロップ型のサングラスをかけ直す。露になった
素顔の瞳は10代の少女らしくパチクリとしているが、白目の部分に稲妻のような瑕がある。
それを眇めたのを合図に……空間が、歪む。
死体のすぐ横に佇む塀。2mほどあるそれの根元から天辺スレスレまで光線が走った。壁がごとく。バーナーに刳り貫かれる
合金のごとく。線は、4本あった。縦に伸びるものが2本、横に流れるものが2本。最初に描いた線分──縦──の両端と
直角に、眩いクリームイエローの光波を放射状に広げながら伸びていく。あっという間に3m引いた。それがいま1つの縦
──こちらでも光の線が塀を削った──と合流したとき金属音が一瞬響く。錠前が外れるような、完璧に噛み合う3つの歯
車を力づくで引き剥がし砕いたような小気味よい不協和音を合図に。
塀が、開いた。
塀の一部分、縦1m94cm、横3mの長方形が両側開きの扉となって立体世界にせり出した。
124 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 14:52:47.99 ID:XqNJTfhz0
開け放たれた部分に覗くは漆黒の空間。相当広いらしい。彼方で風の渦巻く音がした。虚空の響きは怨嗟にも似た。
穴があいたワケではない。塀の一部が、まるで蝶番のドアのようにバカリと開いている。空間の曲率が明らかにおかしかっ
た。”ドア”に該当する部分には、塩ビのパイプがしだれかかっていたが、倒れるコトなく塀と一体、清冽を漏らす冷蔵庫の、
扉に張り付くマグネットよろしく共に正規の座標から外れていた。にも関わらず、曲率が普通の、ドアならざる箇所に伸びた
部分は、従前どおりの場所にある。シャムみたいな雑種猫が1匹、塀の縁を通り過ぎた。柔らかな毛に覆われた横腹が
僅かだがパイプに当たる。何と言うコトだろう。そこから1m離れた箇所めがけドアともども飛び出したパイプがカラカラと
揺れた。繋がっている。瞥見の限りではドアを境に明らかに断絶されているパイプが、繋がっている。
「インフィニティホープ(ノゾミがなくならない世界)。羸砲ヌヌ行ともども時空の果てを漂ってね〜」
声と共に死体が暗黒空間に吸われ消える。ドアも閉じた。
「あとは血痕やなー」
露出の多いキャミソールに光が絡み型を成す。それは弾帯だった。見るからに硬質のアイヴォリーブラックで、赤い筒を横倒しに
何本も何本も蓄えている。脇から背中に装着されたそれの1つをデッドは抜き去り
「てりゃ」
血溜まりめがけ無造作に投げた。破裂音がし、赤い炎と黒い煙がワルツを踊る。爆竹程度の爆発だが世界は変わる確実に。
爆発のあった場所に無数の渦が現れた。うっすらとシアンに輝く半透明の渦に月明かりが屈折し、青紫みした黒い向こう
が歪んで見えた。
「ムーンライトインセクト(月光蟲)。ワームホールで始末やでえ〜」
そして血溜まりを吸う渦。音は高性能掃除機のように静かだった。
異変はデッドの手にも起きる。指先を流れ落ちる血液をも吸われていく。
海に降る雨を逆再生すればこうなったろう。赤黒い楕円が無数の雫となって渦に落ち込み──…
「ほれっ」
まひろが目を白黒しながら財布をキャッチしたのは数分後。塀に手をかけ手をかけ青息吐息で歩いていると、突然声が
し投げられた。一瞬なにが起こったか測りかねるまひろだがすぐさま気付く、再会に。
「私の財布!! 良かったまた逢えて……。取り返してくれたの? ありがとー」
「かまへんかまへん。グーゼン拾ただけやし。ひったくりがぶつかってきてなー。落としよったわ」
サングラスをかけた少女はそういって掌ふりふりカラカラ笑った。真実を知らないまひろは「いい人だ!」と直感し、通例す
なわち1割を差し出した。
「ええってそーゆうの。ウチは好きで持ち主探しただけやし」
凛と手を突き出し断る少女。(ちなみに弾帯は解除済み。普通のキャミソール姿だ)
傍らで雪のような美少年──存在に気付いたまひろは「おお、秋水先輩と同じぐらいカッコイイ」と感心した──がどうでも
よさげに大きな枕を抱きしめた。
(人殺しが謙遜とか面倒くさい……)
デッド。コードネームはデッド=クラスター。栴檀貴信と栴檀香美にとっては……仇敵。
彼らの平穏な暮らしを、些細な、実に些細なキッカケで破壊したレティクルエレメンツの幹部──…
125 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 14:53:30.43 ID:XqNJTfhz0
. か
『彼方離る月支』(マレフィックムーン)。
月支すなわち的を定めた彼女の執心ときたら。横取りは決して許さない。
相手がたとえ過失でそれを手に入れたとしても許さず破滅に追い込むのだ。
貴信や香美がどれほど悲惨を味わったか知り尽くしているウィルだから、いまのデッドは薄ら寒い。
強欲が何を約やかに──… そんな思いでいっぱいだ。
もっともデッドに言わせれば「奪う奴が悪い」「奪われた人は可哀想、保護すべき」……である。だから財布を盗られたまひろ
に優しくするのは自然なのだ。もっとも、デッド自身に『奪われた』──例えば平穏な生活を奪われた貴信や香美のような──
人間にその論法は適用されない。何故ならば「先に向こうが奪った」からだ。だから何をしてもいいという。これほど都合のいい
二重基準もないだろう。そんなものが芽生えてしまったのはまだ人間の頃、様々なものを奪われたから──…
音がした。重い音が。響いたのは一瞬だがまひろとデッドを取り巻く状況を激変させるには十分だった。
「げ! しもた!」
「!!」
音を追ったまひろの大きく澄んだ目が色を変える。地面にある物が落ちていた。人間なら誰しも見慣れた物体だ。ただそれは
路上に落ちているべきものではなかった。日本という平和な国においては異常で、たとえ戦場でも即時撤去が謳われる。主
に衛生を守るため、だが。
それは少女2人に境界線を引くよう真ん中に落ちていた。
デッド=クラスターの奪われたモノにそっくりだった。というより、父親代わりのディプレス=シンカヒアが、同じになるよう
精魂こめた逸品だ。指は白魚のように細いし二の腕から手首にかかる曲線ときたらまったく芸術的で、だから年頃のデッド
はいつも外出時ルンルン気分でつけている。
平たくいえば腕だった。詳しく言えば義手である。デッドは両手がない。足も太ももから先がない。幼い頃誘拐犯に切断された。
ディプレス謹製の義手は神経と接合し本物と遜色ない。ピアノも弾けるしワープロも打てる。足の指でテレビのリモコン掴んで
引き寄せるぐらい楽勝だ。
(まーた落ちよった。動きいい代わり接合弱いからな〜。さっきひったくりにロケットパンチしたんも悪い)
デッドはため息をついた。ハッと面をあげたまひろは見てしまう。ピンクのキャミソールから剥き出しになった肩、それが
途中で途絶えているのを。財布の拾得者。金髪でコウモリの翼のようなツインテールのきらびやかな少女は腕がない。
(いやあるけどなー。いま地面に落ちとるけどなー)
さきほど接合から逃れ叩きつけられた義手を見る。いつだったか、香美を人質に脅迫した貴信が、ある男の腕を斬り飛
ばした。因果だろう。残った左手で頭を掻く。
(ああもう。財布渡すだけの筈やったのに何でこうなるかなー。別にウチ自分の体んコトは気にしてないけど、でも初対面で
いきなりこんなんされたら引くわー。腕やで腕。腕腕腕。地面に転がすとかグロいわ。絶対このコ引いとるわー。ごめんな
不快な思いさせて。さっさと拾ったら行こ。リヴォかイソゴばーさん探さなあかんし)
「落ちたよー」
「おおきに。そーそーそー。油断しとるとすーぐ落ちるよってなコレ困ったモンや……ってなんかツッコめや!!」
まひろはちょっとハテナマークを浮かべた。手には右手。ちょうど秋水が正眼に構えるように、手首を掴み高々ともたげて
いる。事情を知らないものが見たらゾッとする光景だ。夜道でも、マネキンではない、明らかに人のものと分かる腕を、結構
にこやかな顔で渡そうとしている。武藤カズキの雷名はレティクルエレメンツにも響いているが(かのヴィクターを追放したの
だ)、いまその妹が眼前にいるとは思いもよらぬデッドである。もっともだからこそ、まひろの孕む凄さをつくづく痛感するの
だが。
「あ。電球ー。便利だよね。髪につけると」
「つけたコトあるんかい!! いや確かに便利やけれど!」
まひろは変なところに食いついた。ツインテールの根元でぴかぴか瞬く電球は、デッドが自らの武装錬金(クラスター爆弾。
本体は赤くて大きい重い筒)内部で作業するさい頼る灯りだ。いつなんどき使うか分からないので常時髪留め代わりにつけ
ている。
126 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 15:35:40.93 ID:XqNJTfhz0
「あれ? 夜なのにサングラス? まさかひょっとして有名人!? お忍びでデートしてたり!?」
「いちお見えるし経営する方やしウィルなんぞと付き合ってないしウチ」
矢継ぎ早にツッコむ。ウィルが小声で「息ぴったりだねー」と呟いた。
「ちゅーかしもた。腕。戻さな」
「どーぞ! 拾ったら拾い返す、何を隠そう私は倍返しの達人よ!」
強く差し出しつつ眉をいからすまひろである。彼女なりのご遠慮なくどうぞだが、いつものごとく的外れなボケた行為。
しかし破綻者たるデッドはちょっと内心身震いした。半分は欠如あるもの特有の感動だが、もう半分は純然たるドス黒い恐怖
だった。勝てない。闇が朝日を評するようつくづく思う。
(……あまたある商品に鼎の軽重・問い続けたウチやからこそ分かる。人物や。一見は愚鈍、出し抜くは容易く見える。されど
天稟、”流れ”はいつでも味方する。個において劣るからこそ人の縁が押し上げる。生まれつきソロバン越えたトコに位置する)
不承不承腕を受け取り嵌め込むデッド。その間もまひろは親しげに笑っている。目の前で義手の接合作業が行われているに
も関わらず好奇も同情も何も無い。バッグを肩にかけ直すのを見るような平坦な顔つきだ。
「あ、そうだ。お名前。お名前なんていうの?」
出し抜けに聞かれたデッドが逡巡したのは理由がある。もっとも同伴者はそれを無視した
「さっさと答えて帰ろうよー。名前は〜、デッ」
(アホ!!)
牙剥きつつ振り返り、睨む。
(コードネーム名乗るアホがどこにおる!! ウチらきたる大決戦のために下見中!! んでこのコ制服的に銀成学園!
例の飼い主やらネコやらと同じ学校! 何の拍子でバレるか分からんやろーが!! 『いま銀成にいる』、バレんのマズイ!!)
ウィルは黙った。理解したというより、急に喋るのが面倒くさくなったようだ。
「もしかしてヒミツ? そっちの方がカッコいいから? ブラボーみたいだね〜」
まひろはまひろで納得したご様子だ。うんうんと頷きつつそして笑う。
(くぁ〜。なんやこのコ! ええコすぎる!! 天使か!!)
悪の組織の幹部にも関わらずデッド、人の善意とか暖かさといった感情が大好きだ。趣味はしなびた個人商店でのい物。
吹きだまる在庫を一手に買い付けるのが好きだ。社会の金回りをよくする一番の手段だと信じている。急によくなった風通し
におじさんおばさんが驚きつつも「ありがとー」とお礼を言ってくれる瞬間がたまらなく好きだ。
まひろのような外見ほぼ同年齢の明るい少女も好きである。ドス黒いモノを内心に宿すデッドだからこそ裏表のない女の
コに憧れる。レティクルに同年代の少女がいない(イオイソゴ=キシャクははるか年上)のも大きい。
「樋色獲(ひいろえる)」
「うん?」
「ウチの本名。英語でいうとヒーローゲッターや。覚えとき」
「じゃあえーちゃんだね」
「さっそくあだ名とか馴れ馴れしいな! まあええけど」
「やた。本名ゲット。この調子ならブラボーの本名聞きだせるかな?」
「知らんがな」
突っ込みながらも満更ではない。笑いながらまひろの周りをくるくる巡る。
で、正面でピタリ止まり
「アレやな」
「ん?」
感心半分、驚嘆半分、話しかけるとまひろは身を乗り出した。
「相関図ってあるやろ。ドラマとか漫画とかで人たくさん出てきたとき用意されるあれ」
「うん。誰が誰好きー、とか書かれてるアレだよね」
「自分はきっとそれに忠実や。自分と相手結ぶ矢印に書かれた文字、相関関係に対し全力……ちゅーのかな」
「???」
「ま、出し抜けに言われても分からんやろな。ウチの言いたいのは要するに『見かけで人、判断せん』やな。つってもそれ
は初見で本質見抜く聡さゆえやあらへん。相関図や。相手がどういう位置づけか……そこしか実は見えとらん。友達な
ら友達への、転校生なら転校生への、財布拾た奴なら財布拾た奴への、やるべきコトとかしたいコトとか何もかもひっくる
めて全力で向かってく。フリスビー投げられた子犬よろしくな。だから初対面から打ち解けているようで実は相手の本質まっ
たく分かっとらん。それは賢か愚でいえば愚……つまり、愚かや。相手によっては敬遠するし嫌うやろう。鬱陶しいとも思う。
ただ相関図に対し常に全力やからこそ、人を、本当に理解するまで付き合える。世間が要求する取り澄ました、格好よい
賢さとは対極にいるからこそ人間と、真の意味での絆を得られる。ま、本当に心底周りの奴が好きだからこそ成り立つ
芸当やけど」
「うーん。良く分からない……」
127 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 15:36:16.33 ID:XqNJTfhz0
まひろはちょっと泣きそうなカオで笑った。困惑が見て取れた。
「友を得るには相手の関心を引こうとするよりも、相手に純粋な関心を寄せることだ」
不意に紡がれた言葉はウィルのものだ。デッドもまひろも驚いた。さっきから「まったく無関心!」とばかり立っていた彼が
突然格言めいたものを持ち出したのだ。しかしまひろの反応は早い。
「デール=カーネギー! 『人を動かす』!!」
「正解。……っていうか何で分かるのー? きみひょっとして勢号ー?」
「……アレ? なんで分かったんだろ? 急にパッと浮かんできて…………」
どうも言葉の意味が分かってないようだ。なら何故言ったのか。
(突拍子もないけど、まぁ、そーいうコなんやろ)
デッドは納得し、平手を眼前でパタパタ。
「それでええ。上等。小難しいコトわからんのは美点や。価値作れる条件や」
なまじっか鑑定眼ばかり磨いているからつい長広舌に及んだ……そういうデッドの足元に影が来る。
「あ、ネコさんだー」
茶トラだった。生後3ヶ月といったところか。夜道でシャンと輝く瞳は丸く愛らしい。
「ネコ!? ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
デッドはビックリ仰天だ。両手ごと上体を右めがけ思い切りねじり片足を跳ね上げる。
まひろはしゃがみ込み茶トラを撫でる。ノドをころころすると気持ち良さそうに目を細めた。
「いややいややネコ怖いめっちゃこわい!! どけて!! どっかやって!!」
絹を裂くような悲鳴の天上世界を大きな瞳が覗き込む。
「ん? ひーちゃんひょっとしてネコ嫌い?」
「お、おう!! ちょぉっと昔、むちゃくちゃな目ぇ遭わされたよって!! じ、自業自得やけど以来ダメやダメダメ!!」
「じゃあ仕方ないねー。ネコさんネコさん、ちょっとだけあっちに行ってくれる?」
適当な場所を指差すと、何かいいものがあると勘違いしたのか、子猫はとてとて駆け去った。
まひろは知らない。かつてデッドを「むちゃくちゃな」目に遭わせたネコが──…
つい先日銀成学園に転校してきた栴檀香美とは。
かつてデッドの手によってホムンクルスにされた彼女は、貴信を傷つけられた怒り昂じて起動暴走に陥った。
それまでの一悶着によって消耗していたデッドは成すすべなく甚振られ一時は命さえ危ぶまれた。
レティクルの、幹部たるマレフィックが、たかが動物型相手に苦渋を舐めた。忌まわしき屈辱に本来ならば瞋恚(しんい)
の炎を燃やすべきだが、貴信と香美の一件につきまとう一抹の罪悪感も相まってそうはできぬデッドだ。むしろネコ恐怖
症に陥っている。実のところ香美が怖い。もっとも向こうはデッドのコトなど忘れてかけているが。
ややあって。
「ええか。人と物の間には”縁”っちゅーもんがある」
財布を指差す。
「人が生活できるんは物があるからや。色んな物が傍におってくれるから、寒さとか飢えとか、そういう理不尽なコトを避け
られるんや。便利で快適な生活を送れるんや。けどやな、物は人がおらな生まれへん。必要とされるから生まれてこれるん
や。どっちが優れとるかやないで?」
「持ちつ持たれつだね」
素直に頷くまひろにデッドはニヤリ笑う。
「どう見ても安物、持った感じさほど入ってない財布を息せききって追っかけてた自分やからきっと分かる。財布にさえ相関図
持っとるらしいからな」
財布を指差す。
「これがあんたの手にきたんも縁っちゅー奴や。あんたが必要としとるから買われたし今もこーして使われとる。そういうの
は奇跡なんや。日常ん中に当たり前のように存在しとる。欠けるコトなく揃っとる。それは本当奇跡で、誰かに奪われたり
壊されたりなんかすんのウチは見過ごしたくないから、拾って、届けたんや。……大事にしたり。この財布はまだあんたに
使われたがっとる。物の命尽きるまで大事に使て、んで、できたら役目すんでからも捨てずにとっとき。それが礼や。ウチに
対する礼。お金なんかよりもっと大事なコトなんや」
まひろはいたく感激したようだった。うんうんと頷き、それからデッドとまるで10年来の親友のように世間話をしてそれから
帰途へ。ウィルはため息しつつ寝る。
(やだなーデッド。一見まともそうなコトいうからこそ鬱陶しい……)
128 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 15:36:47.20 ID:XqNJTfhz0
.
罪業と善行を秤にかければ左に傾くのがデッドだ。人ならざるホムンクルスを日本国の法で裁けるなら間違いなく犯罪者だ。
「奪った」。そういう人間を数多く殺してきた。時々恐ろしく小さな略奪にさえ激昂した。人々を怪物から守る錬金の戦士でさえ、
殺した。もう当事者総て鬼籍に入って久しい過去のゆきがかり──もと社長令嬢の彼女は戦団に、母と、仲の良かった使用
人たちを殺されている──をタテに八つ当たりし無残を振りまいている。
同じような境涯の、父と義母を殺された(と信じている、信じ込まされている)リバースが、戦士たる防人と不意に出逢って
なお持ち堪えたのは、デッドの、「仇とは無縁の、ただ同じ組織にいるだけの」人間に当り散らす姿に思うところがあるから
だ。それで何とかギリギリのところで耐えている。もっとも、そう思える平衡に至るまで、坂口照星がどれほど甚振られたコト
か。
精神年齢もある。いちおう高校3年生まで人間をやっていたリバース。『身体的特徴』ゆえに小学校すら行けず13歳で人
間を捨てたデッド。どちらが兇悪で我慢強くないか明白だ。もっともリバースの憤怒が日々膨れ上がるのは、ステロイドの
ような理性が散発を強く押さえつけているせいだ。総合的に言えばケンカっ早く口の悪いデッドの方が、さばさばしており人
当たりも良い。リバースは常に笑顔だが前述の理由もあり執念深く狷介(けんかい)だ。ただ両名とも社会の理不尽に困窮
する人間に対してはひどく優しい。
(レティクルはボク以外だいたいそうだけど誰得、だよねー)
100万人殺すテロ集団が人口10人の限界集落を救ったとする。社会はそれを讃えるか?
デッドは嘆息した。
(ウィル。お前かて外道ちゃうんかい。小札零とは因縁浅からんし)
ウィル。
『水鏡の近日点』(マレフィックマーキューリー)。
彼は時空の改変者だ。本来この時系列は数十年後、ムーンフェイスに蹂躙される。厳密に言えば彼の造り給いし真・蝶・
成体が地球を月面よろしく荒廃させる。カズキと斗貴子の間に生まれた武藤ソウヤはその歴史を……変える。真・蝶・成体
がいまだ目覚めぬ刻に翔び”親たち”と協力しこれを打倒──…
未来世界は平和を取り戻したかに見えた。
しかし。
(中国のナントカとかいう指導者はむかしスズメ全部殺せいうたそうや。田んぼでコメ食べるよってな)
(で、殺した。徹底的に殲滅した。それで収穫量上がったかというとむしろ逆。未曾有の凶作に見舞われた)
(なぜか? イナゴが大発生したせいや。異常気象のせいやないで? もうオチ分かるやろーけど人間が悪い)
(そ。スズメっちゅーのはイナゴも食べる。食物連鎖。虫の誇るおぞましい繁殖力っちゅーのを期せずして抑えてた訳や。
それをナントカという指導者の指一本の命令で無視したから)
(大凶作。スズメにコメ喰わしてた方が良かったっちゅーぐらいカツカツなった)
(歴史改変にもそういう所がある)
(真・蝶・成体。ナルホドあのバケモンはようけ人殺した。斃すには足る。けどスズメやない保証はどこにもない)
(哀れに見える犠牲者が実はイナゴで、将来、より大きな不都合を起こすコトだってありうる)
(当人がやらんくてもその子供や孫……末裔が、イナゴる場合も)
(改変後の歴史。西暦2208年。全世界で約30億8917万人が死ぬ)
(人類への未曾有の叛乱。首謀者あるいはその祖先たちは本来)
129 :
永遠の扉:2013/10/20(日) 15:37:34.66 ID:XqNJTfhz0
.
(真・蝶・成体に殺されとった)
改変後の歴史にしか存在し得ない命。
ウィルという少年もまた例外ではなかった。
生まれたが故に爛熟する人間社会の傷痕に翻弄され──…
やがて歴史改変を決意する。
(2305年から戦国時代を通り、1995年へ。幾度となく跳躍し、歴史を変えた)
目的はただ1つ。レティクルエレメンツ生存。
(正史では戦団に負け消え去る組織。それを生き延びさせるため”だけ”歴史の微調整を繰り返した。気が遠くなるほどの
年月、何度も何度もループしてな)
その果てでウィルは小札と出逢い。
(アレをホムンクルスにした。けれど無事では済まんかった。想定外の事態に見舞われた。人外と化したヌル……小札零が
覚醒したんや、本来のチカラに)
あらゆる因果を書き換えるという7色目、禁断の技。小札零の切り札中の切り札を受けたウィルは根底から破壊された。
(かつては『傲慢』やったウィル。それが『怠惰』になったんは10年前──…)
彼はあまりこのあたりのコトを語りたがらない。どうも小札に投与した幼体が相当特別だったらしいが……。
「あのー。デッドさんとウィルさん……スよね?」
互いが互いを(貶しつつ)想っていると声がかかった。
仲間以外にコードネームを知るものはいない。デッドはやや瞳を警戒に細めながら出所を見る。
まひろが去ったのとは反対方向。ひったくりの死亡現場に続く道に男がいた。
髪を金色に染め耳にピアスを幾つもつけている。一目で不良と分かる青年だ。
「ああやっぱり警戒された。『社員』す。社長の指令で来ました」
「なんやリヴォの手下かい」
「金髪でピアス……そうだキンパくんと呼ぼうー」
ウィルはといえばあくび交じりに答える。
「ようやっとこれで合流できたわ。ま、イソゴばーさんの方が良かったけどリヴォならそこかしこに伝達しやすいやろ」
いずれ錬金戦団ならびにザ・ブレーメンタウンミュージシャンズと干戈を交える悪の組織──…
レティクルエレメンツ。
10人いる幹部のうち実に9割がいま銀成市にいる。中でもウィルとデッドは最後発、予定外の来訪だ。
そのため仲間たちと合流し、善後策を講じる必要があったのだが、デッドが趣味の買い物を優先させたコトもあり
到着後しばらく彼らは没交渉。それがいまやっと接触した訳だが──…
「つーかリヴォの野郎どこや? 性能的に考えてデパートかなー思て探したんやけど」
「ウソばっか……。買い物したさに選んだくせに」
文句を言いながらウィルはキンパくんに荷物を渡す。リヤカーに乗った大きな袋を。
「え、俺が運ぶんスか…………。社長なら怒られてますよ」
「お、イソゴばーさんにか? そりゃそーやわな、銀成きたの予定外やし」
「いえ、試食のおばさんに」
「なんやそっちかい。調子乗って喰いまくったんやな」
「いや驚きましょうよ。悪の組織の幹部がそんなんでいいんですか?」
「リヴォのやるコトに驚くだけムダだよー。面倒くさい」
130 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/10/20(日) 15:38:53.92 ID:XqNJTfhz0
「せやせや。だいたいワルに品格求めてもしゃーない」
からから笑ってデッド、キンパくんをしげしげ眺めた。
「何か?」
「自分、運がええでー? ウチらマレフィックのうち9人に遭ってまだ生きとるっちゅーのは、ホンマ運がええ」
一瞬そうだよなあと考え込んだキンパくんだが、すぐ「アレ?」と気付く。
「聞いてるんスか? 俺が社長に会うまでの顛末」
いんやと少女は首を振る。
「でも目の色見ればだいたい分かる」
「目の色……スか?」
「おぅ。ブレイクの禁止能力受けた奴はしばらく目の色がおかしなる。で、アレが蜂起前にバキバキドルバッキー使うと
したら理由は1つ。リバースに何らかの危害が及んだからや。するとや、必然的に女のコらしい『拒否』が『伝えられる』。
肉体は無事でおれん。じゃあ次はグレイズィングやろ? これで3人。遭ったのは分かる」
流れるように──ときどき得意げに指を立て──説明するデッドにキンパくんはただ感心した。
「……残るお三方は?」
「重要なのは自分がどこで社員になったか……やな。まずグレイズィングの病院はない。リヴォはアイツ嫌っとるよって」
「細菌型だしねー。病院には絶対いかないよー」
「なら、拷問に耐えかね病院を飛び出した自分が社員になるまで相応のタイムラグがある。で、小耳に挟んだんやけど、
昨日の晩、銀成はちょっと騒がしかったらしい。不発弾がゴミ捨て場燃やしたり街灯倒れたり……たいしたコトない被害
やけど、まぁ、そーいうの起きるのはだいたいクライマックスのせい」
「アレがー、獲物ー、斃そうとするとー、そーなるよねー」
(……いつもかよ)
昨晩さんざん追い立てられたキンパくんは内心愕然とした。
「ディプレスはなんやかんやで付き合いいいっちゅーか、『早よ引っ付けや男やもめが!』ってぐらい互いに憎からず思っ
とるのバレバレ。なら同伴しとるやろ。だからまとめると、自分は病院飛び出たあとクライマックスとディプ公に遭遇、で、
一悶着あったところにイソゴばーさんかリヴォが来て仲裁……やな。どっちが先かまでは流石に分からんけど、イソゴ
ばーさんが一枚噛んでるのは確か」
「何故ですか?」
「だってイソゴばーさんはウチらのご意見番やもん。リヴォより前に遭ったならあの人の指示で『採用』されたっちゅーコトや。
後だとしてもリヴォの性格なら『採用』していいか伺いを立てる」
「…………頭いいスね」
「武装錬金が武装錬金やからな。チエ使わな商売あがったりや」
ただ、と少女はこうも言う。
「最後の1人……、盟主様に遭ったとき生き延びれるかどーかは分からんで〜?」
やがて3つの影は闇に溶ける。
9月13日の夜が始まる。
以上ここまで。
131 :
ふら〜り:2013/10/20(日) 17:44:28.32 ID:LNR6ikPt0
>>スターダストさん
>友を得るには相手の関心を引こうとするよりも、相手に純粋な関心を寄せることだ
確かに! 自分のことを、悪意なく知ろうとしてくる人ってのは、好ましく思えますよね。大げさに
言えば芸能人に対するファン、ですし。好きの反対は無関心、ならば無関心の反対である「関心」は
好き=好意。毎度ながら本作の、こういう論理的な哲学的部分(?)は深く納得させられます。
132 :
永遠の扉:2013/11/03(日) 15:27:11.46 ID:5xYDYVQA0
【9月13日・夜】
「ああそれか。俺もできるぞ」
寄宿舎管理人室地下トレーニングルームで秋水が防人衛の言葉に目を丸くしたのは20時も半ばを回ったころ。そろそ
ろ生徒たちが寝静まる時間である。
「できるんですか?」
我ながら面白くない質問だと思いつつ秋水。
「一応な。ウソだと思うならやってみるか?」
事もなげにいう防人はいま素顔。シルバースキンは未着用だ。
代わりのツナギも今は上半分がはだけている。
黒いシャツに覆われた肉体は、細い。イザ戦ったときの防人がどれほど絶大な破壊力を振りまくか知っている者なら拍子
抜け間違いなしなほど細い。痩せているというより標準体型、筋骨隆々の逆三角とはほど遠い。
ただ秋水は知っている。少なくても剣において逆三角の体は機能しないと。
防人のような筒型の方が術理を極めるに向いている。
で、あるからこそ「あるコト」を問いかけたのだが──…
(妙なコトになってきたぞ)
秋水は困惑した。
さてこのとき地下の修練場では津村斗貴子を初めとする戦士たちが、総角主税筆頭の音楽隊と模擬戦じみた稽古を
繰り広げていたのだが、ある一角で秋水と防人が向かい合ったのを機に徐々に手を止め静かになった。
一線を退いたとはいえ戦士一同にちょくちょく稽古をつけてやっている防人だ。まして斗貴子や剛太といった生粋の
戦士組にしてみれば彼の指導は例えば学生にとっての体育のような存在、あって当然の行為だから、むしろ今もって
の継続、秋水との組み手に何ら疑問の余地はない。
にも関わらず彼らさえ防人の行動にちょっと面食らったのは理由がある。
「キャプテンブラボーが」
「竹刀を……?」
口々に呟く剛太と斗貴子のうち前者にススリと歩み寄ったのは桜花。
「あら。珍しいの? 使うと思ってたけど」
ちなみにこのとき彼女は珍しく体操着姿だった。誰かと射撃訓練でもしていたのだろう。うっすら汗ばんでおり濡れた花弁
のような甘く艶かしい香りが剛太の鼻腔をくすぐった。更にTシャツからちらりと覗く豊かな谷間。斗貴子大好きの剛太でも
さすが桜花レベルの色香には持ちこたえられないらしく──もっともこれでやっと憧れの先輩のふくらはぎに透けて見える
青い血管と互角なのだが──やや面頬を赤く顔を背ける。
「さすがのブラボーでも剣道は専門外だって。ねえ先輩」
とまあノドに息が詰まったような顔つきで呼びかけたのは責め苦にあう殉教者が女神を想うような適応規制だが、斗貴子は
(キミは少し手玉に取られすぎだ。情けない)と露知らずの腕組みで
「ああ。剣道なら師範がいたからな」
「そーそー。師範ですよね。師範は強かったですよね先輩。いやー本当鍛えられたなあ師範には」
「キミいま適当に話していないか? だいたい武道はほとんどサボってただろう。相当怒っていたぞ師範」
「……師範って誰?」
よく分からないという顔の桜花に2人は代わる代わる手短に説明した。それによると毛抜形太刀の武装錬金を使う戦士長で
かなりの手練れ、戦部に次ぐホムンクルス撃破数2位らしい。
「とにかくブラボーさん。竹刀持ったコトないのね?」
「そりゃあランニングとかの時なら景気づけに振ってたけど」
訓練で持ち出したコトは剛太の知る限りなかったらしい。斗貴子も首を横に振った。
「あの人の戦闘姿勢(バトルスタイル)は格闘。相手の武装錬金やシルバースキンの有無を問わず素手で戦う。それが普通だ」
「フ。成る程。後進を鍛えつつ自らも高める。いわば指導しつつの経験値稼ぎ。であるからこそ彼は武器に頼らない、と」
訳知り顔で斗貴子の横に立ったのは総角主税。日差しと見まごうばかり眩く輝く金髪の持ち主だ。整った目鼻立ちに自信
がたっぷり載った大変見ごたえのある美丈夫だが、日ごろの尊大さ、一時は戦士を敵に回した経歴もあり好感度は低い。
事実隣に立たれた斗貴子などは嫌そうかつ露骨に左半身をくぼませ距離を開ける始末だ。音楽隊は嘆息した。
(うぅ。もりもりさん。そーゆーコトなさるゆえ嫌われるのです……)
小札は涙した。他の音楽隊の面々もやや呆れ顔。知ってか知らずか総角、背中に掛かる長い髪を芝居がかった調子で
跳ね上げた。
133 :
永遠の扉:2013/11/03(日) 15:28:52.92 ID:5xYDYVQA0
「見ろ。フ。動くぞ」
喋っている間に防人と秋水は蹲踞を終え向かい合う。後者も竹刀なのは相手が素肌ゆえか。ともかくも秋水はこの男ら
しく生真面目な基本形すなわち正眼に構えたのだが防人はまたしても予想外の動きをとる。
「オイあれって」
息を呑む剛太に桜花も頷く。
「ええ」
後ろにつけた右踵の更に後ろへ切っ先を向けたイレギュラーな構え。名は──…
「脇構え!? なーなーこれって確か」
横柄かつ特徴的な言葉を発するのは自動人形。桜花の弓矢の一部たるエンゼル御前だ。
「そうです!! かつて秋水どのともりもりさんとの間に繰り広げられたる一大決戦! その口火をば切りましたのが古き
流れ汲みたるあの構え別名金の構え!! もりもりさんの十八番であります!!」
ほぼ同時に全員が目撃する。
正眼。脇構え。まったく異なる構えながら同時に動き出す秋水と防人を。
「さすが熟練熟達いたしておりますお二方!! 訓練なれどその一太刀は二の矢頼まぬ三千世界!! 乾坤一擲全力の
気裂き空斬る御技の断線ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
「実況!?」
「意地でもするのね……」
小札がガーっとまくし立てる間に竹刀、相手めがけ吸い込まれ──…
乾いた音が訓練場に響いた。
「大丈夫か?」
「竹刀だしそもそも素肌稽古には慣れている。問題ない」
手ぬぐいを絞りかがみ込む斗貴子に秋水は事もなげに答える。
「とはいえ左のコメカミ。少し腫れてるぞ」
「いや、自分で処置する。大丈夫だ」
「そうか? ならいいが」
手ぬぐいだけ渡し引っ込んだ斗貴子に秋水がホッとしたのには理由がある。
剛太。彼がハンカチを噛みながら羨望と嫉妬を両目に載せて強く烈しく撃ってきたからだ。「テメェ! 先輩に介抱してもら
えるなんて!!」。かかる怨念一歩手前の情動をぶつけられてなお手ぬぐいを当ててもらえるほど秋水は図太くない。
「そうだ湿布でも貼るか?」
「いや、足りている……」
ぶり返した怨霊目線に恐々としながら断る秋水。
斗貴子は怪訝な顔をしながら部屋の隅に。薬箱に湿布を戻す。見ていた艶やかな髪が回り美貌を著す。
「意外ね」
「何がだい。姉さん」
「津村さんよ。その……言いにくいんだけど、武藤クンの一件があるでしょ? 実際この前だってそのコトで結果的にまひろ
ちゃんを傷つけてしまってるし」
というのは音楽隊との戦いのさなかだ。様々な要因が絡み合い鬱屈が最高潮に達した斗貴子は少し八つ当たり気味に秋
水の過去を声高に叫んでいる。まひろは不運にも居合わせてしまい……
「うん。確かにビックリしたし悩んだけど……。でも、でもね。ちゃんとお話できたし、何でそうなっちゃったか分かったから。
大丈夫だから。いまは平気だよ。気にしないで」
「けどそれはまひろちゃんの問題だし、だいたい私たち元信奉者だから。わだかまりはそう簡単に──…」
「確かに、な」
渡された手ぬぐいをこめかみから剥がしじっと見る。少し体温を帯びているがさほど熱くない。わざわざ冷水に浸したのだろう。
怪我人を心配する心遣いに溢れている。想い人をかつて刺した人間に普通差し出すだろうか。
「んー。まあ戦士・斗貴子なりに思うところがあるのだろう。なにせ部活が同じだ。今やともに演劇をする仲間だからな」
「あらブラボーさん」
やってきた防人。しばらくその全身を眺めていた桜花だがやがて理知的な瞳を軽く見開く。
「ん? どうした?」
「ひょっとして無傷……ですか?」
「ブラボー。よくぞ気付いた。そう! 実は俺の太刀の方が一瞬早く届いてな。戦士・秋水はそこで竹刀を止めた」
(……ねえ秋水クン。確かあのとき繰り出していたのって)
(逆胴)
得意とする片手撃ちではなく剣道型だが、それでも秋水を全国ベスト4に導いたほどの得意技だ。カズキでさえ稽古中破る
コト叶わなかった術技。
「それより速かったってコト? ブラ坊の竹刀が」
134 :
永遠の扉:2013/11/03(日) 15:30:33.98 ID:5xYDYVQA0
エンゼル御前が頬に手をあて思案をすると剛太も同意。
「待て待ておかしいだろ。お前もあの構え見ただろ? 脇構え。竹刀を下にやってしかも後ろ向けてた」
「動き出したのもほぼ同時。普通に考えれば先に届くのは早坂サンの竹刀。正眼でしたから」
毒島はいう。今のはありえないと。位置や剣速だけなら秋水の方が有利と。
「実は心得あったんですか? 剣道の」
斗貴子の問いかけに防人は「いや」と首を振った。
「一応基礎をかじりはしたが心得というほどじゃない。俺の専門はあくまで格闘。普通の剣道なら戦士・秋水に分がある。
そうだな。仮に100本やったとして俺が取れるのは……27〜8だな」
なぜならと防人はいう。
「意識の問題だ。俺にはシルバースキンがある。『体で攻撃を受ける』。それに少々慣れすぎている。まあ念のため防御
(まもり)のイロハも磨いているが」
「防ぐにしろ、捌くにしろ、敵の攻撃を浴びるコトに変わりはないと」
「ブラボー。その通りだ戦士・斗貴子。だからこそ俺は剣道で戦士・秋水に勝ち越すコトはできない。『打たれれば終わり』、
そのルールを前提に修練してきた彼と、打たれても良しと戦ってきた俺。どちらが有利か言うまでもない」
「剣のあるなしじゃねェんだな」
感心したように剛太はつぶやく。武術精神とかけはなれた戦闘姿勢(バトルスタイル)のため思うところがあるらしい。
「というかそれでも30本近く勝てるのねブラボーさん」
「剣道に絶対はないよ姉さん。重要なのは精神……。俺はまだまだ及ばない」
秋水的には防人のいうアドバンテージを得てもなお勝ち越せるかどうか怪しいらしい。
「とにかくブラボーが剣道したコトないのは分かった。ならどうしてさっき秋水先輩に勝てたの?」
場にそぐわない声がしたが誰もいまは突っ込まない。いや、総角だけが出所を目で追いやがて忍び笑いを漏らした。
「単純にブラ坊の身体能力が凄すぎるからじゃね?」
どこからか持ってきた煎餅をかじりながら御前が言うと、総角が誰かに向かって「シー」をしつつ言葉を継ぐ。
「でもない。フ。そうだな。身体能力を言うなら俺の部下どもは全員ホムンクルス。全員脇構え。秋水と今の再現だ」
きっと防人戦士長の凄さが分かる。意味深な言葉に戦士たちとまひろは固唾を呑んだ。
「とあー!! って当たらん!!」
まず敏捷な香美が打たれ
「はは!! やはり鎖と勝手が違うなあ!!」
貴信もあと一歩というところで一本とられ
「身長差が悪い! 身長さえ同じなら絶対我のが勝ってたし!!」
無銘も敗退。
「ほわあああああああああああ〜〜〜!! いたっ」
小札などはヘタに動いたせいで逆胴を脳天に喰らい(両目を×にした)
「リーダーの動き、トレース…………したのに……」
鐶は切っ先が上向くより早く打たれた。
「身体能力の線は消えましたね。皆さんはレティクル謹製……。並みのホムンクルスよりずっと強いです。身体能力だけ
なら全盛期の防人戦士長とほぼ互角」
毒島の解明が却って謎を深める。
「言いかえればあいつらの身体能力は”今”の戦士長以上、か」
危険だ。決戦のカタがついたら今度こそ始末しよう。事もなげにつぶやく斗貴子に鐶、香美、貴信といった”こっぴどくや
られてる”連中は顔を青くしガタガタ震えた。
「とにかくなんで剣道未経験のブラボーが勝てたんだよ! 本来不利な筈の脇構えで! 早坂秋水に!」
「だいたい秋水クン、なんでまたブラボーさんと剣道勝負なんか?」
「それは──…」
「質問、だろ? 発端は?」
渋みのある声が秋水を遮る。フランス映画にいてもおかしくないほど整った容貌からは想像もつかない声だ。
135 :
永遠の扉:2013/11/03(日) 15:31:26.84 ID:5xYDYVQA0
「さっき小札が言ってただろう? フ。俺が、秋水相手に、脇構えを使ったって」
戦士一同は目を6秒間、点にした。硬直が解けるやヒソヒソ話し始めた。
「言ってたっけゴーチン?」
「あいつの叫びなんて聞く訳ないだろ。意味わからねェし」
「奇遇だな剛太。私も聞き流すコトにしている」
「こらこらひどいコト言わないの。アレは発作みたいなものよ。理解して受け入れてあげなきゃ可哀相」
「そういえば早坂サンたちはL・X・E時代からの付き合いでしたね」
「慣れてはいるが時々ついていけない」
「あー。なんだ。俺は聞いてたぞ。確かその……金の構えで総角の十八番だとか何だとか」
「私は全部聞いてた! うん!」
戦士一同の反応は芳しくない。五体倒置で小札号泣。
「きゅう……。不肖の、不肖の精魂こめたる実況がよもやまさかの全スルー……」
「泣くな小札よ。あとでワラ買ってやる。100g298円だぞ高級品だ」
「時には聞かれもせず届きもしないのが実況道! 不肖まだまだめげず頑張りまする!!」
速攻で復活し立ち上がる小札に(無銘以外の)全員が思う。安っ。このコ安っ……と。
「とにかく俺は脇構えで秋水の逆胴を迎え撃った。結果は互角……だったんだが」
「ああ。そこが疑問だった。ちょうどさっき津村たちが言っていたのと同じだな。なぜ距離で劣る脇構えが俺の逆胴を捌けた
のか──…」
「そして俺に質問したという訳だ。ブラボー。戦士・斗貴子たちも分からないコトがあればジャンジャン聞きなさい」
「なるほど。戦士長は実戦主義。言うよりもやった方が早いから」
「さっきの勝負……スね」
経緯は分かったが肝心の脇構えの謎はまだ未解明。そのあたりを先ほどさんざ打ちのめされた音楽隊の面々が指摘
すると防人は
「そうだな。この際キミたちも覚えておきなさい。体の使い方……というより仕組みだな。どうすれば効率よく動かせるか、
少し勉強してみよう」
と述べた。
「それって俺たちもスかブラボー?」
「私たちは射撃がメインですけど……」
剛太と桜花はあまり乗り気ではない。前者は純粋に面倒臭いだけだが、後者は「難色を示してもおそらく講義は確定。
言いかえれば半強制的にするほどの価値を防人は感じている。まずはそのあたり理解したい」という聡明さあらばこそだ。
「フム。キミたちの意見はもっともだ。ただもうすぐ決戦だからな。相手はレティクルエレメンツ……ヴィクター討伐以上の
困難がキミたちを待ち受けている」
鉄火場において何が生死を分かつか分からない、前日齧った程度の技術が紙一重で命を救うコトもある。と防人は言い
「これから脇構えを通して教えるのは、平たくいえば重力の使い方だ。重力といってもヴィクターのように操れとはいわない。
肉体に作用する重力をどう使えばより有利に戦えるか教えたい。少々難しくなるかも知れないが、キミたちならむしろよく理
解して使いこなせると思う。戦歴こそまだ浅いが頭を使って戦うタイプだからな。もちろん戦歴豊富な戦士やホムンクルス
でも十分役立つ」
桜花は透き通るような微笑を浮かべた。
「わかりました。もし敵に接近された場合の護身用ですね。私の場合」
「……変わり身速いなあんた」
「あら。剛太クンは納得しないの? モーターギアの汎用性は近接格闘にも及ばなくて?」
「そうだけど」
豊かな、むしろ伸びすぎではないかと思える髪をボルリボルリと撫でながら渋い顔の剛太だ。駆けだしの癖に頭だけは
よい剛太だ。火渡率いる6人の奇兵相手に逃げ延びた実績が自負をますます強めてもいる。「付け刃を辛そうな訓練で?」
合理的だからこそ気乗りしない。桜花と決定的に違うのは戦団という正義色の濃い組織で育った部分だ。上司の意向に
逆らっても基本は懲罰されるのみだ。中には火渡のような物騒な輩もいるが、もともと武装錬金という一種の個人的資質
頼りでやってる戦団だからある程度の自由、勝手気ままは黙認されている。主力作戦に組み込めない癖に処分されず
あまつさえ必要とあれば核鉄を与えられる奇兵などいい例ではないか。
桜花は上層部に逆らえば即死亡の共同体にいた。納得できぬ指示でも真意は理解するよう努めている。それの善悪は
関係ない。要は組織に従い結果を出すコトが重要だった。されば「望み」にも近づけた。思考体系は望み以上の夢を得て
なお健在だ。
「ほら接近戦するじゃない。だったら体の使い方は大事でしょ? ただでさえモーターギアの破壊力は低いんだし、だったら」
136 :
永遠の扉:2013/11/03(日) 15:40:10.31 ID:5xYDYVQA0
「別の方法で補うしかないわな。けど決戦まで3日だぞ? モノにできるかどうか分からないコトするのもなあ」
「あら。別にマスターしろとは言ってないわよ」
桜花はそっと襟首をつかみ引き寄せる。剛太の顔がアップになる。声は潜める。
「ちょ、あんた、何を」
「バルスカの攻撃力……低いわよ。半自動でフクザツだから肉体鍛えても低いまま」
「何がいいたい訳?」
「津村さんを圧倒するパワータイプの敵がいた時、あなた諦められるの? 面倒くさいコトしなかったせいで力が出せず対
抗できない。でもまあいいやって」
「諦められる訳ないだろ!」
無理やり振りほどく剛太。息は荒い。何人か驚いたように彼を見る。
「……あ、悪い。ケガとか無いだろうな」
「あるわけないでしょ。大丈夫。どこも痛くないから」
払われた手を「予想済みです」とばかり笑って撫でる桜花。秋水だけは複雑な表情をした。
「諦められないならやっといて損はないでしょ? 大丈夫。剛太クンなら3日でマスターできるわよ。津村さんへの想い、きっ
と支えになるから……」
最後だけ軽く目を伏せる少女の心情にまるで気付かぬ剛太だ。斗貴子。その存在を再認識した瞬間もうそれだけが世界
で極彩色だ。
「じゃあ俺フケるのなしで」
「私は老けます……怒涛の5倍速……です」
「テメェは関係ないだろテメェは!!」
ひょっこり会話に乗ってきた鐶はもちろん講義に賛成だ。
「ふふふ……きっと格闘……格闘武器とも……30%増しでパワーアップ……です」
(どんどんゲーム脳になっていく……)
「我はまだ人型に馴染んでないからな。戦士長さんカッコいいし教えて貰おう」
(え、なんだよお前。なんでホムンクルスがブラボーに懐いてるんだよ)
『僕は!! 鎖使いだから!! 踏ん張りとかスゴい大事!』
(いやいやもうお前十分すげえって。むしろ人間関係で踏ん張れよ)
「じゅーりょくってなにさ? イナズマおとし?」
(ハイやっぱり論外! 予想通り論外!!)
「なるほど!! 関節間力に関節トルク、抜重、重心の置き方、力とパワーの違いなどご講義される訳ですねっ!!」
(こっちはこっちで詳しすぎ!!)
「フ。ちなみに小札ちょっと勉強しただけで片手でリンゴ握りつぶせるようになった」
(チンパンジーか!! なにあいつ可愛い顔して猛獣かよ。いやホムンクルスだけれど!!)
「おや奇遇ですね」
(奇遇ですねってなんだよ!? まさか毒島もチンパンジー!?)
「ブラボー。とにかく全員参加だな。……と」
防人の視線がトレーニングルームのある一点に吸い付いた。サンドバッグの影から栗色の髪が見え隠れしている。
(そういえば知ってたっけなあ)
「どうしました戦士長?」
「いや何でもない。とにかく講義だ。みんな仲良く聞きなさい」
優しく呼びかけると総角が追随。
「フ。防人戦士長の仰る通りだ。いまは共に戦う仲間だからな。過去の行きがかりを捨て思いを1つにするのさ」
「だといいが総角」
「なんだ?」
「君がいうと胡散臭い。率直に言うと少し腹が立つのだが」
「秋水よ。それが友に言うべき言葉か? ……フ」
斜め45度を向きキラキラを浮かべる総角に秋水は心底ゲンナリした。
「だいたいだ秋水。いや……友よ!!」
「俺の方は君をそうと認めていない。一度もな」
137 :
◆C.B5VSJlKU :2013/11/03(日) 15:41:41.07 ID:5xYDYVQA0
冷めた目でポツリと釘刺す秋水の肩に、総角、手を乗せ残念そうに呟く。
「友よ。脇構えを知りたいならどうして俺に相談してくれなかった? フ。そんなに俺は信用ないのか?」
ある訳ないだろ。まったくだ。戦士のそこかしこから非難の声。
「フ。アレか? やはりアレか、アレなのか友よ秋ぼ」
余裕たっぷりに喋っていた総角が妙な声をあげ僅かに前のめりに傾いだのはチョップを喰らったせいだ。
「だーもう! もりもり! だまる! だまるじゃん!! あんたがなんかゆうたび、ゆうたびさ!! ご主人とかあやちゃん
とかちぢこまってる訳よ!! いい加減だまる!! だまるじゃん!!」
見れば香美が手だけホムンクルス化してボコボコ叩いている。さすがに加減しているらしく爪は引っ込んでいるが、母猫
がかなり深刻な失敗をした子猫を叱るよう執拗に執拗に叩いている。
「フ。アレか? やはり、アレかっ、アレなのか、友よっ、秋水っ」
「ふがーーーーーー!!! たたかれながら言いなおすとかどーゆうりょーけんっ!! ゆるせん! ゆるせんじゃん!!」
香美はひどく気分を害したようで活発な顔を大いにしかめた。が、貴信に体の支配権を奪われ強制的に後ずさる。
金切り声を聞きながら秋水はとりあえず呟く。
「顔が近い。遠ざけてくれると嬉しいのだが」
「かつては運命に弄ばれいみじくも干戈を交えた身、因縁に凝り固まる俺たちの絆の氷を溶かすのは、フ、まったく容易な
らざる難事だと! そう思ったわけだな友は!?」
身振り手振りを交えつつ最後にビシィと指差した総角を秋水は
「いやそれ以前の問題だ。君は絶対はぐらかす。決戦は近い。時間は無駄にしたくない」
心底マジメな顔でいなした。
(ほら。普段が普段ゆえこうなるのです……)
小札は信用の低さを嗅ぎ取り涙した。実際総角もここまで蔑ろにされてるとは思っていなかったようで「そうか」と虚ろな目
をした。さびしげだった。全体的に白まり秋風が撫でた。
「というか君なんというかその、変わってないか?」
眉を顰める秋水の袖を引くものがあった。いまの総角の目と同じ瞳。そして赤い髪にバンダナ。鐶である。
「あれは…………おうち用の……キャラ……です……。普段のスカした態度は……よそ行き……です」
「…………」
「あとリーダー…………。根っこは……抜けたトコ……ある癖に…………頭だけはよく……器用、なので…………対等と
思える人…………少ない……です。部下はいても……友達は…………いない……です…………。哀れです……」
詫び錆びとした実感こもる哀れですに桜花が噴き出すのが見えた。
「その哀れが……やっと…………剣の上で……自分より強い人に……逢えた……ので……対等以上の……友達ゲット
だぜ……とはしゃいで……いるのです…………。なんか……キモくて…………鬱陶しいです……けど…………上辺だけ
でも……取り繕って…………付き合って……あげて……ください……。基本支配者タイプなので……人との距離の測り方
…………よく分からん……だけ、です」
(キモくて)
(鬱陶しい)
(なんて言い草だよオイ。別にホムンクルスなんてどうでもいいけど蔑ろにされすぎだろリーダー)
呆れ混じりに汗たらす剛太の視界の中で桜花はまだまだ笑っている。俯き口を押さえているが頬も耳も真赤だ。ぶるぶる
震える体は相当の酸素不足。
「おっ、お母さんじゃないだから光ちゃん。お母さんじゃ…………」
ウケ方もどこかズレている。
(こっちはこっちでヒドいなぁ。見てくれだけはマトモなのに)
「んっ」
鐶は秋水の掌に何かを包み桜花の傍へ。開く。見る。食べかけのドーナツが入っていた。
「お願い聞いてくれたら……それ……あげます」
姉のように慕う少女の背中をさすりながらぴこぴこ何度かウィンクする音楽隊副長に
(いるか!)
と叫びたくなった秋水だが辛うじて答える。砂糖でベトベトのチョコレートドーナツが独特の不快感をもたらしながら崩れていく。
「いっそ総角の顔に投げつけてやれ。いい薬だ」
本当、従おうかと思ったがガマン。
とにかく防人の講義スタート。
138 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2013/11/03(日) 16:04:21.10 ID:5xYDYVQA0
以上ここまで。キルラキルまじ面白いっすわ。斗貴子さんが猿渡従えてんの。
139 :
ふら〜り:2013/11/03(日) 18:10:17.58 ID:vn4f67Vy0
>>スターダストさん
久方ぶりのブレミュ揃い踏み! きちんと韻を踏んで耳に心地いい小札の実況! やはり、これ
あっての本作ですよ。ええ。一同を前に堂々たる「師匠」してるブラボーですが、剣術と格闘術
の関連といえば、「ツマヌダ」でも触れられていたこと。ブラボーの講義がどんなものか楽しみです。
140 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:29:26.97 ID:bb55/RiO0
防人衛、曰く。
半身で構える。足は肩幅よりやや広く。そして左足を前に。
脱力(抜重)しながら左足を後ろの右足付近まで引く。
右足の接地点をAとした場合、体は点Aを中心に前のめりに回転する。
このとき左肩は一瞬だが下がる。もし相手が狙っていたなら見失う。消えたよう錯覚するのだ。
「このとき両足を踏み替えながら接地点A、つまり右足を前へ出しつつ手首を返し刀を上に向けてみろ。重要なのは接地点
Aまわりの重力と回転……それを活かせ。刀は手だけで振り回すな。力を生み出すのはあくまで足腰や胴体だ。それを踏ま
え攻勢に転じろ。接地点Aの回転を殺さぬよう刀を、一瞬右肩に担ぐようにしながら前方向かってやや左に斬り下ろす。す
ると相手の刀を右上から封じるコトができる。なにしろ向こうはこちらを見失っているからな。虚をつける」
以上。脇構えの基本。説明は実演を踏まえ行われた。
防人衛と早坂秋水が竹刀を手に向かい合いポイントごとに緩やかに動いてみせた甲斐あって戦士・音楽隊のほとんどが
『大まかにだが呑みこめた』そんな表情。
「今の戦士長の動き……力みがなかった。大抵の攻撃には力みがある。『攻めるぞ』と思った瞬間その部位に気配が篭る
ものだ」
「それを読み先の先で叩き潰すのが先輩の戦闘姿勢(バトルスタイル)。けどいまのブラボーみたく力まない攻撃じゃ」
「読み辛い。剣腕で勝る秋水クンさえ反応できなかったのもそのせい」
秋水は見た。最初の脇構えの時……攻撃に転ずる瞬間、防人が一瞬、『消えた』のを。
「いまのブラボーどのの動き……ほとんど重力に身を委ねておりまする。相手に立ち向かうというより『いっそ転んでも構わ
ない』そんな感じで放胆かつ飄々と」
『読めないのも見失うのも当然だ!! なにしろ動きは重力任せ……殺気も闘気も存在しない!!』
「言うなればあの一瞬……秋水さんは…………人間ではなく…………自然の……摂理を……相手にしていたの……です。
舞い落ちる木の葉。次にどこ……いくか……読めません」
「フ。熟達した剣士ほど読みに頼る。相手が何を考えどこを攻めるのか……”ニオイ”を嗅ぐ。が、相手が無心となり自然や
宇宙の大原則に身を任せた場合これはもう大変厄介だ。なにしろ……フ。絞り込めないからな」
「成る程……。人間相手ならある程度まで攻撃を予測できる。だが重力などに則った物理現象は無数に展開しうる。演算機
を用いてさえ完全には予測できぬ混沌(カオス)……。そちらに身を融かされば最後、読みもへったくれもないという訳か」
腰に手をあて戦士・音楽隊それぞれの反応を一通り見終えた防人は「そう!」と笑う。
「これが脇構えの基本だ。重力を使い気取られるコトなく有利な位置取りをする。真剣なら相手の肩か首がバッサリだ」
「剣術怖えなオイ。つーかお前いまの説明で分かったか?」
「大体は」
貴公子然と頷いたのは早坂秋水。剛太はあまりよく分からない。
「というか戦士長、重力の使い方なんて今まで一度も」
「ひょっとして火渡戦士長との一件があったからですか? 言いにくいコトですけど重傷で以前と同じように戦えないから」
こういう体の使い方にシフトにしたのか? 訝る18歳の女子ふたりに「いいや」と防人は胸を張った。
「俺は前から心がけていたぞ? でなきゃホムンクルスでもないのにあれほどの力はおかしいだろ」
「自覚あったんスか……」
剛太は呻いた。確かに以前の防人はひどく人間離れしていた。電柱より高く飛び、手刀で海を真っ二つ。本気で踏み込めば
衝撃で平たい荒野が6mほど隆起する。どれも重力を上手く使った結果らしい。
(重力すげえ)
141 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:29:57.68 ID:bb55/RiO0
或いはその使い方を熟知しているからこそ対ヴィクターの切り札候補だったのかも知れない。
「キミたちに今回伝授したのは単純な話、それだけのレベルに達したからだ。ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズとの戦いは
キミたちの力をブラボーに向上させた。なら次の段階に導いてやるのが俺の役目だろう」
「力が」
「上がった……!」
斗貴子は広げた両手をまじまじと見つめ御前は景気良く飛び上がる。
その戦いでもっとも多く金星を上げた秋水は感慨深げに瞳を細めた。
「あのとき総角は確か左切上……つまり居合いの要領で俺の逆胴を迎え撃った。戦士長の説明とやや異なりこそすれ
おそらく原理は同じ筈」
「ブラボー。だいぶ考える癖がついてきたな。そう。話を聞くに足の踏み替えはなかった筈だ。力を生み出したのは股関節。
骨盤の水平回転が剣速を生んだ」
「いうなれば脇構えの応用形」
総角主税は金髪をかきあげた。
「フ。薬丸自顕流の『抜き』も少々混ぜてみたが──…」
「重要なのはつまるところ回転と重力……だろ? 総角主税」
まったくその通りだとばかり音楽隊首魁は気取って笑い
「ついでに言わせて貰うと防人戦士長が今された芸当は元服前から剣術に総て捧げ続けてきた者が三十路でようやく使える
ものだ。やっと実戦で振るえるものだ。俺でさえできん。門外漢ながらその歳で極める……どれほど修練されたか想像する
だに恐れ入る。敬服まさにその一言だ」
恭しく一礼をした。
(あの総角クンが)
(認めた……? 戦士長を)
目を見張る桜花と斗貴子だが──…
「……いいや。そんな大したものじゃないさ」
にわかに防人の声が沈んだ。表情も笑ってこそいるが急に顔のいちめん全域に影が差した。
秋水は剣士らしく人の目をよく見る。ニュートンアップル女学院地下でヴィクトリアを母校に招いたときもそうだった。
──「君は俺が見てきたホムンクルスたちとは違う」
──「馬鹿馬鹿しいわね。根拠もないのに」
──「根拠ならある」
──「何よ」
──「君の目だ」
──「冷えてはいるが、濁ってはいない」
同じ文法で見据えた防人の双眸。
微かに潤む碧い波濤は失われたものを悲しんでいるようで。
けれど失われてからもなお歩き続けた泥の道に確かな足跡を認めたようで。
桜花を守らんと目が濁るまで戦い続け、過ちを犯し、それでも新たな世界を1人歩けるよう足掻いている秋水だからこそ──…
分かった。
(戦士長にはきっと目的があった。夢……というべきかも知れない。並外れた努力をし体術を極めたのは夢を叶えるため。
俺と同じだ。叶えること叶わなかったのだろう。そこも同じだ。いかに技量を褒められても戦士長は喜ばない。叶えられなかっ
た力。及ばなかった自分。苦い記憶ばかり先行する)
よみがえる記憶。倒れふす桜花。血は止め処流れ。
秋水はただ傍観者だった。見ているほかなかった。
(受け入れられない)
収束。回帰する現実のなか痛切だけは過去と同じく不動態。秋水はただ目を瞑る。
.
142 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:30:28.99 ID:bb55/RiO0
.
世界が夢みし者に対し最も残酷に振るまうのは挫折を与えたとき……ではない。
挫折させておきながらなおその道を歩み続ける権利を奪わなかったときだ。
完膚なき途絶をも超える酷薄。恐ろしいコトに残酷の方が大多数だ。
信じていた物がなくなっても。どれほど無残な裏切りにあっても。最愛の人を守れなくても。
ずっと前を見ていた心の繊細な枠が絶望の濁流で粉々に破砕され激痛を感じても。
『まだ同じ道を往けるよ? どうする?』
体勢が崩れ嘆き悲しむ者が従前どおりの何ら瑕疵なき体制を突きつけられる。
救いだからこそ、惨い。何故なら決断の材料を外形に委ねられないからだ。
やめるにしろ、続けるにしろ、総て内なる自らの要素で決めるほかない。責任を被(かず)けられない。
もし同じ道を再度選び、それでまた同じ悲劇が生じたら。
何もかもが自分に跳ね返ってくる。ただでさえ行き止まりの前で苦しむ人間にとって、失敗の恐ろしさの生傷を始めて知り
打ち震える人間にとって新たなリスク付きの決意は、容易ならざる案件だ。
権利。
同じ道を歩み続ける権利。
失敗しても奪われないのが殆どだ。
仮に法的な懲罰という形で奪われたとしても、それはあくまで形而にすぎない。
たとえボツリヌスに汚染された缶詰を市場に広く流通させ9843人の死者を出した食品業者が社会的な制裁によって二度
と食品に関われぬ立場に追い込まれても、非合法に身を染め設備さえ整えればまた同じ商売を行える。むろん世間はそうい
う行為を許さないし同じ過ちを繰り返せばより強く非難するだろう。だがそこは別の話だ。重要なのは何が二択を決めるかだ。
続けるか、やめるか。決めるのは結局当人の意思である。裁判所の判決。世間の目。大多数の人間はそれらを意思決定
最重要の材料とする。違法だからやめよう、支持を得られぬからやめよう……正しいとされる判断で身を引き転業する。
されど意思とは本来自由なものだ。歩み続ける権利はよほど致命的な物理的破壊──大げさにいえば植物状態にでも追
い込まれない限り人は足掻ける。首から下がマヒしたとしても口だけで人を使い覇業に挑むコトだってできるのだ。或いは
目線だけでも──をされない限り奪われない。
そもそも誰だってすぐには気付けないのだ。
『失敗しても培ったモノは壊れない』。
目標を目指す過程で。
洗練した肉体。
発達した精神。
失敗とはそれらさえ粉々にするほど強力ではない。むしろ無力寄りの事象だから挫けるものなど知れている。意欲という、
より大きな無数の機構に連なる最初の歯車ひとつだけ錆び付かせるのが関の山だ。他人から見ればそれっぽっちにすぎ
ないのが挫折なのだ。失敗までに築いたものは実際ちゃんと残っている。実感できないのは、連動の起点が狂ったからだ。
噛み合わず動かなくなったものを喪失と見ているだけだ。見る方が選択を突きつけられず済むと無意識に悟っているから
知らず知らず目を背けているだけだ。まだ残っている強力なカード。けど傷だらけの手で持つと痛い。だから手を伸ばせず
いる。頼れば道が開けるのに……。
選択。
人は苦しむのだ。選択の前で。
続けるのか?
やめるのか?
と。
本心と捨てられないモノ。自らを取り巻く状況や倫理観。それら2つを秤にかけて葛藤する。
143 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:31:00.16 ID:bb55/RiO0
防人は戦士を辞めなかった。
夢に連なる道を再び選んだ。秋水も似たようなニオイを持っているからよく分かる。
防人衛は選んだ先で努力を続けたのだろう。
挫折してもなお戦い続けたのだ。
夢が断たれる前、純粋な気持ちで──やりさえすればきっと叶う、そう信じて──繰り返していた努力を、重苦しい、『幾ら
重ねようとやはり再びご破算になるのではないか、同じ絶望を二度味わうのではないか』そんな怯えと意欲の上がらなさと
戦いながら続けたのだろう。
なぜ続けたのか? 秋水は問う、自らに照らし。
(続けなければ本当に救いがなくなるからだ)
人生が闇一色になり他の誰かと変わらなくなるからだ。
男を、男たらしめるのは、夢であり理念であり、青臭いほどの熱なのだ。
みな個別で特有のものだ、捨てればただ酸素を吸い炭水化物を燃焼するだけのありふれた肉塊だ。生きた証も賭けた時
代も消えてしまう。
それを嫌がるものはみな足掻くのだ。
夢に対する貧窮を抱えながら、青春時代を実情以上に眩く眺めながら、先のみえない真暗闇をのたうちまわる。
鋭い瓦礫のまぶされた泥沼を這いつくばる寒い闇夜を血だらけ傷塗れで生きていく。
苦い、希望とは縁遠い努力。努力とさえ呼びづらい”もがき”の日々。
なのに人は一見蝸牛より遅い前進の中でさえ……力を培う。
過酷と暗鬱に彩られた日月、痛みと哀惜と後悔ばかり詰まった期間が皮肉にも傷への抵抗を与え──…
天から伸びる救いの糸へとたどり着く。
秋水が果ての際でまひろに出逢ったように。
(いま戦士長が総角の言葉に実感したように)
挫折以降それでもずっと努力し続けた者だけがたどり着く瞬間。
やめなかったからこそ味わえる、奇跡。
振り返ってある日突然気付く『無力感の対義語』。足掻き続けてきたコトそのものに夢以上の価値を見出す刻。
夢を叶えられなかったこそ得られる支柱も、あるのだ。
秋水は桜花を助けられなかった。残酷だがそれは事実だ。罪も犯した。けれどだからこそカズキという動機を得た。得た
ればこそまひろとの関係性もできあがった。
144 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:31:30.98 ID:bb55/RiO0
──「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」
──「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」
──「だから手助けしたいの」
──「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」
──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」
──「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」
──「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」
──「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」
戦いを経て得た言葉。食材の果て聞いた声。
秋水は思う。『支え』だと。
(戦士長にはあるんだろうか)
少なくても総角の言葉は成り得ない。頓挫に端を発す苦節のなか続けた努力の実感材料にはなるだろう。だが根本には
至らない。美辞麗句でありさえすれば心に沁みる。そんなものは幻想だ。浸透率を決する大きな要素は位置づけだ。発言者
との関係性、精神への機構的有効性……。簡単に言えば『最近知り合った元敵組織の首魁がちょっと褒めた程度で治るほど
防人の挫折は浅くない』だ。
(過去を振り切るには至らない)
もっと明確な”何か”を得ない限り防人はまだ現状(いま)のままだろう。
言い換えればその”何か”を克服せんと今一度立ち上がったとき防人は──…
やっと自分に、還れるだろう。
秋水はそんな気がした。
声が戻す。現実に引き戻す。騒がしいのは音楽隊。どうやら首魁をフォローしているらしい。
『いや!! 自分より上だと思ったら素直に認める人だぞもりもり氏!! Dr.バタフライとかパピヨンとか!!』
「付記いたしますれば稽古! 模擬戦なればブラボーどのと同じコトできまする! あくまで実戦、伯仲以上に用いるは不安
確実性に欠けるというコトで念のため控えております」
「撃墜数……46……みたいな……。あと一歩でエースだけど……極めてない……です」
「でも戦士長さんもすごいのだ。かっこいいのだ。師父の仰る通りなのだ」
「んーみゅお腹すいた。垂れ目垂れ目サンマの切れっぱ持ってくるじゃん!!」
「お前も褒めろよ……」
とてもマイペースな約一名に総角が落とす肩を防人はポン。優しく叩く。
「というかお前ひょっとしてあの流派知っているのか?」
145 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:56:13.12 ID:bb55/RiO0
「……フ。青い髪のメイドさんでしたら知ってますよ」
突然敬語を使い始めた総角に斗貴子や剛太は胡乱な顔をした。ふだん尊大なだけに、へり下る姿に不気味なものを感じ
たのであろう。「エコ贔屓みたいな」、下で働く音楽隊連中などは決してされない『良い顔』に渋い面だ。露骨な格付け、”彼
は俺より上だけどお前は下な”が透けて見える……そんな敬語だった。
ともかく青い髪のメイドと聞いた防人は「やはり」という顔をした。それで議題の合致をみた総角は懐かしそうに目を細め
「剣も柔も凄かった。俺の技の幾つかは彼女の助力なしに完成しなかった」
「確かに物腰といい教え方の上手さといい非常にブラボーだった。実をいうと俺も体の使い方を教わってだな」
「って誰だよ。誰の話してんだ」
何やら共通の話題で盛り上がり始めた防人と総角に呆れる剛太である。
「あ。ああ。あの方でありますか」
「知ってるの小札さん?」
柔らかな声に振り返る生徒会長に
「バインバインでありました……」
小札はただ目を白い楕円にしてうぐうぐ泣いた。何やら敗亡の記憶があるらしい。
ともかく総角。防人が褒めるほどすごい人物に教えを乞うていたらしい。
(そういえば俺との戦いでも)
さまざまな流派の技を繰り出していた。
存外、指南への抵抗はないのかも知れない。
などと思う秋水の袖がくいくいと引かれた。振り返ると火中青黒い石がどんよりしていた。
「リーダー……私の特異体質鍛えたとき…………一緒に……えらい……大学教授さんとか……専門家さんに……話……
聞きにいきました…………」
「鐶、か」
ちょっと秋水は面食らった。まず目に飛び込んだノーハイライトの瞳が一瞬なにかの怪奇現象に思えたのだ。
「…………リーダー……私と出逢うまで……鳥のコト…………ちょっと詳しいレベル程度だった……よう……です」
「えぇと」
相手の困惑も構わず話す鐶をどうしていいか分からず最悪の人選。縋るように見た無銘は「いやなんで我見る関係ないし」
「鐶みたいな厄介ごと勘弁」「というか助ける道理ないからな母上斬ったし」、無関心と怯えた拒絶と怒りのトリコロールに
表情をやつす。
(調子こそ遅いが押しは強い……)
ボソボソ喋りだが中断を許さぬ強い意志が鐶にはある。
「その道の……スゴい人に……は……リーダー…………素直……です……。ちゃんと……いうコト……聞きます」
「そ、そうか」
やっと秋水は気付いた。鐶がちょっとニガテなのだと。実際、傷だらけのところを不意打ちされたとはいえ完敗しているし、
先日まひろを追いかけた時に至っては投げられている。独特なペースも相まって何だかやり辛い。
「だから……伸びます……。人と交じるせいか……教えるのも……結構……上手……」
「わかった。つまり君と総角は一緒に鳥の知識を学んだんだな。わかったから」
「そう……です。リーダーも……決して……専門家レベルから……始めたわけでは、ないのです…………。…………私と
一緒に……学んだの……です…………。だから私も成長……です……。私の自由な発想を……許して……くれました
……から」
なまじその道に詳しいと先入観を以て後進を妨げるコトがある。総角は違うらしい。
全力で頷くと鐶は「むふぅ」と満足そうに息を吐いて去っていった。秋水はどっと疲れた。
とにかく総角主税という男が、一種喰えぬ輩であるコトは間違いない。
にも関わらず防人の努力は率直に認めている。負けはしたが剣においては秋水と互角の彼が。しかも彼は無数の武装
錬金をも使いこなす。その修練に費やした時間を思うとき秋水は天稟を感じぜざるを得ない。なにせこっちは剣一本に
総てをかけてようやく今に至ったのだ。総角は刀のみならず数多くの武装錬金を使いこなす。認識票の特性上どうしても
本家本元に劣る──最も得意のアリス・イン・ワンダーランドでさえ80%。本来拡散状態が同時に行える「通信機器の
遮断」「方向感覚撹乱」さえ片方しか使えない──武装錬金ども皆総て実戦レベルまで引き上げているのだ。
これはもう努力量うんぬんでカバーできる問題ではない。
初見。触れてすぐ本質を理解する直観がなければ却って特性に振り回される。
巷間あふるる武装錬金のほぼ総てコピー可能といえば聞こえはいい。ただそれは広大無辺、方向性の無限ぶり昂じて
皆無に等しい。
146 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:56:53.29 ID:bb55/RiO0
普通の戦士なりホムンクルスはたった1つの方向性しか持ち得ない。
不自由なようだが指標があるのは幸せだ。
何を目指し何をすべきか大まかにだが絞り込める。
総角にはない。
他の連中が陸地で自動車を、海辺でヨットを与えられるとするなればさながら大宇宙のド真ん中で宇宙船を得た状態な
のだ、彼は。
360度のパノラマのどこにでも行ける。
緋、翠、碧、色とりどりに眩く輝く無数の星いずれにも到達しうる箇所にいる。
だからこそ危うい。
常人はまずそこで思考がマヒする。銀河の美しさに酔いしれ全能感に蝕まれる。
謙虚さを忘れ思考を止めただ漠然と星へ向かい……次、また次と貪るように手を伸ばす。
そういう者が真に星を知るコトはない。
何でも得られる天恵は無関心の胚胎だ。
万物を手軽に”つまめる”富貴は練磨を奪う。
(総角は……)
そんな条件下の中で輝きに惑わされるコトなく核を貫きモノとした。
才覚だろう、一種の。初見で本質を見抜き、かつそれを自らの形質に照らし合わせ計を練る。
最速で仕上げる道筋を築く。で、なければ無限に近い武装錬金の総て実戦レベルにできないだろう。
(凡人なら何から手をつけていいか分からず結局中途半端になる)
総角の才覚に秋水は改めて気付く。と動じに彼が褒める防人がどれほどスゴいかわかった。
(実際、先ほど剣を交えたときも……)
防人を見失った秋水は本当にごく僅か、鴻毛の毛ほどの刹那惑乱した。さもあらん剣歴においては明らかに自分より下
の相手がまったく予想外の動きを見せたのだ。おぞましき不可思議、ありえからぬ予想外に脳細胞の原初に属する獣的
部分が明らかに動揺した。しながらも剣士として洗練された部分は冷然と逆胴を続けた。
1つには経験則。
相手が予想外の動きを見せるなど剣道においては茶飯事である。
動揺はあくまで、剣については素人だとばかり思っていた防人が、突如として全国大会上位クラスの動きを繰り出してき
た乖離にある。戒めと立て直しはナノセカンドの雲海を突き破る雷鳴となりすぐ消えた。
あとは体が動いた。
往々にして見失った相手ほど間近にいる。逃げたり大股で遠ざかるものはよく見える。
逆説的にいえば見失わすほど術技に長けたものは……まず逃げない。熟達とはすなわち逃避の逆なのだ。修得につき
まとう無限の痛苦と真向たたかい”やり抜いた”証なのだ。従って秋水監視網を潜り抜けうる猛者どもの逃げる道理なし。
彼らは必ず死角に一撃ねじ込まんと手管を尽くす。手管を尽くしたい一心で誰も褒めず対価も与えぬ苦しい日々をやり抜
いたというべきか。
よって近づく者はいつだって傍にいる。
驚くほど近くにいる。
思い返せば絶好の狙い球でどうして撃てなかったと首を傾げるほど隙だらけでそこにいる。
にも関わらず打たれず逆に痛烈なほどの鮮やかさで勝ちをもぎ取るから剣道というのは分からない。
……『むしろそれが醍醐味なのだ』、味わい尽くしたようで実はようやく最近目覚め始めた秋水が、冷然と逆胴を振りぬい
た2つ目の理由は剣の真理を見たからだ。
147 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 02:57:23.80 ID:bb55/RiO0
かの総角との最後の激突、まひろのため培った総てをただ出し尽くさんと逆胴を振りぬいた時から彼の境地は広がった。
個人としての勝ち負け、勝たねば桜花ともども死ぬほかなかった信奉者時代。
秋水の武技はつまるところ力任せ、ただ相手を打ちのめすためだけ存在した。
であるがためカズキを刺し罪業ともに始まった新たな日々のなか少しでも自分に勝てるよう足掻き続けた。
剣道部の面々に稽古をつけ防人に教えを乞うた。
単身ただ1人でザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ6名を相手どり苦戦と激戦をやり抜いた。
その果てで逆胴を、九頭龍閃を浴びながらなお振りぬいたのは、ひとえにまひろを助けるためだ。
助ける資格を得るため総角を倒さんと振りぬいた……逆胴。
それは真の意味で人のため振った剣。
L・X・E時代は違った。桜花を守っているようで結局自分のためだった。
最愛の姉を失いたくないという感情、自利のため戦っていたのだと秋水は思う。
それがカズキと出逢いまひろと様々なものを分かち合ううち利他の心に形を変えた。
生まれて初めて誰かのため使った自分の力。本当に心地よかった。
いつしか嗅いだ花の匂い。
『2人ぼっちの世界から新しい世界が開けるかもしれない』。
いつしか覚えた胸の澱も罪の穢れも何もかも浄化する爽やかな予感。
勝敗はそれを曇らせる。むろん誰かのため勝たねばならぬ局面もあるだろう。それはいい。断固として勝つべきだ。だが
秋水個人の損得のため剣を振るうのは……違う。総角との決戦場にたどり着けたのは仲間たちの助力あらばこそだ。
次々と立ちはだかる音楽隊の面々を辛うじて退けられたのは、先だって交戦した斗貴子や剛太、根来や千歳、桜花といっ
た戦士たち居ればこそ。
彼らは負けつつも敵を研覈(けんかく)する余地を残した。
敵の性状と武装錬金の特性をある程度、発(あば)いた。
武装錬金同士の真剣勝負においてそれがどれほど恵まれているか!!
多くは一から敵の領分に付き合い死ぬか死なないかの極限のなか正しく命がけで見抜くのが特性なのだ。
敵はそれほど能力を秘するものだ。事実秋水はまったく初見の鐶にだけは惨敗を喫した。
それでも利他に預かり連なった遥か先で総角に勝てたのは事実。
利他をやらず自利に戻るのは道義上許されない。
生真面目で筋を通さんとする秋水だからいまは個人の贏輸(えいしゅ・勝ち負け)など捨てている。
脇構えから姿を消した防人に対し逆胴を振りぬいたのは、結果打たれて負けても構わないと思ったからだ。
勝つにしろ負けるにしろ刀を振りぬく。
(俺にできる事はそれだけだ)
148 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 03:13:00.04 ID:k8IJ8bbK0
──「お兄ちゃんは先輩たちにちゃんと前に進んで欲しいから、痛いのも怖いのも引き受けたんだと思うよ」
──「だから刺しちゃったコトばかり気にして何もできなくなったら、お兄ちゃんきっとガッカリしちゃいそうだし……」
──「だから手助けしたいの」
──「まだ私に『悪いなー』と思ってくれてたら」
──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」
──「お兄ちゃんがいったコトだけはちゃんと守ってあげてね。それからさっきの言葉も」
──「君が武藤と再会できるその日までこの街は必ず守る」
──「そうじゃないとお兄ちゃんに胸を張ってちゃんと謝れないと思うから」
(たとえ俺が負けても今は仲間がいる。負けてもいい。だが彼らがかつて俺にしてくれたように、敵の能力だけは必ず暴く)
敵はレティクルエレメンツ。総角のクローン元率いる破壊の軍団。
(暴くため刀を……振りぬく。一太刀でも多く振り、1つでも多く特性を引き出す)
それが攻略の鍵になると信じて。言葉を、街を、守るため。
咎人にも関わらず暖かい言葉をかけてくれた少女のため。
(刀を、振りぬく)
決めた結果、左コメカミをしこたま打たれたが構わない。
相手の強さを知り、認める。そうして初めて人は強くなれる。自分にだっていつかは勝てる。秋水はそう信じている。
防人はまさか秋水にますますもって評されているとは気付けない。
大きすぎる挫折を有している男は過小評価の塊だ。
「以前……」
「ん?」
やにわに語りだした秋水に軽く眉を動かす。
「以前俺に教導したとき脇構えまで言及しなかったのは……」
「ああ。察しの通りだ戦士・秋水。精神にまだ危ういところがあったからな
この点率直だ。遠慮なく言う。未熟な心で技にだけ熟達するのは危うい、と。
実際かつて正にそれの体現、弱い心のまま力をつけたアンバランスでカズキを刺した秋水だから反論の余地は無い。
「……」
愁いに染まる眉目秀麗に今度はフォロー。「コラコラ暗くなるな」。目を糸ほど細くし軽く嘆息。
「言い換えれば今は大丈夫ってコトだ。俺は問題なしと判断した。だから教えた。キミだって例外じゃない。心身ともに強く
なってる自信を持て」
149 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 03:14:10.92 ID:k8IJ8bbK0
とはいうがそれで俄かにほぐれる気質でもなし。「しかし……」と言いよどみまた黙る。
(やはり簡単には拭えない、か)
本人に面と向かって謝罪しない限り区切りはつかない。だが本人は遠き遠き月面世界。そこばかりは防人の及ぶ範囲
ではない。多くの戦士の誰もが持つ──… 《戦う動機》。それをかなえられるのは結局当人だけだ。防人は力添えをする
だけだ。剣持真希士のその動機を戦士長という立場、”キャプテンブラボー”個人の信念それぞれから『戦士としてやるな』と
突っぱねつつ彼個人が達する機会を密かに与えたように、或いはカズキを鍛えたように、これから秋水たちを教導するよ
うに、”はからう”コトしかできないと防人は思う。
(………………)
斗貴子の表情も硬い。わだかまりという微量の溶質が表情筋という器の表面張力ギリギリまで満ち満ちた「いま言うべき
コトでもなし」溶媒の底にドロドロとごり時おり回遊。するのが見えた。もっとも以前、哀惜に炙られた怨嗟と憤怒の熱量で
綯い交ぜになり変質し凄まじい敵意の揮発性臭気を放っていたコトを思えばまったく沈静したといっていい。まさかいきなり
仲間意識を有する筈もないが──カズキの件がなかったとしても秋水は元・信奉者。斗貴子が憎んでやまぬホムンクルス
に与していた。そも彼女の本質は友愛より孤高に近い。仲間たる戦士さえ寄せ付けぬ雰囲気がある──非攻撃対象、
共に従軍するのだという誇り高い理知であらゆる過去への攻撃を捨てているのは、少なくても、戦士長としての防人、
一団を預かる管理者的には好ましい。もっとも一個人としてはもっとカズキ以外の人間と交遊して欲しいと願っているが。
【まひろたちのような女友達とだけでなく、男性の同僚との一般的な交遊を経験して欲しい。斗貴子の仕事観は男性的、能
力も高い。なるべくディスカッション寄りの対立と修復を経てより高いレベルの判断力を手に入れ成長する、それがなければ
斗貴子は社会に馴染めない。防人はいつか彼女に普通の暮らしをして欲しいのだ】
「だからだな2人とも。そう硬くなるな」
「!!」
「い゛っ!?」
斗貴子と秋水が同時に驚愕したのは、防人に肩を掴まれ引き寄せられたからだ。「あらあら仲のいい」、感心したように
つぶやく桜花が思い出したのは幼少時代。義母がよく(誘拐被害者の)子供たちにやっていたスキンシップ。防人はスクラムで
も組むよう部下たちを両脇に抱えている。「……スゴイ、です」「アイツらけっこー離れてたのに一瞬でまとめたじゃん一瞬!」
音楽隊の面々が目を見張るほどの早く肩に手をまわした。
(手! 先輩のあんな所スレスレに手を!!)
羨ましいと泣いたのは誰か言うまでもない。「貴様突っ込みどころ違うぞ……」、鳩尾無銘は呆れた。
「真面目なのはいいがあまり根を詰めるな。考えすぎても始まらない。むしろ動きを鈍らせる」
「…………」
「それはそうですが」
まったく体育会系な接触に斗貴子はやや顔を赤くし不満ありげだ。女性としての恥じらいというよりパーソナルエリアが
人一倍広いせいだ。無遠慮なスキンシップは好まない。大抵の人間は殴る。カズキでさえ時に殴る。やって無事なのは
まひろか防人ぐらいなものだろう。後者が師匠筋兼上司であるコトを鑑みれば天性ひとつで距離を縮める前者のスゴ
さがよく分かろう。
他方秋水、こちらはバリバリ現役の剣道部員で(以前はともかく現在は)荒くれた男どもの野卑なる接触に日々慣れよう
と精進している。「目上の人間は時にこうするものらしい」と納得しつつも……旗幟変節に至らぬと見え表情は硬い。
「大事なのは緊張と緩和だ。これは脇構えだけじゃないぞ。武術全般。ひいては戦いのみならず生き方にも言える」
「難しく考える必要はない、ちょっとした着想で戦い方を変えられる……ですね」
いつだったか受けた教えを反復すると防人はカラカラ笑った。
「ブラボー。よく覚えていた。なら日々の中で少しずつ実践すればいい。鍛えるというのはそういうコトだ。日々僅かずつ積
み上げるコトだ」
武術の文脈で言われると否定できないのが秋水だ。
「戦士・斗貴子。キミもだぞ。たまには肩の力を抜いていい。だから俺は演劇部に入れてみたし学校にだって融け込んで欲
しいと思っている」
「心遣いは感謝しています。けど──…」
やはり自分には戦う道しかないのだと斗貴子はいう。頑な。そんな趣旨の言葉をそれぞれの文法で囁きあうのは
音楽隊の面々だ。
「いやお前らがいうなよ」
「まったくだ。先輩がああなのテメェらホムンクルスのせい!!」
150 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 03:14:58.42 ID:k8IJ8bbK0
御前と剛太が吹っかけると血の気の多い犬猫がぎゃんぎゃん喚きだした。「別に望んでなってない」というのが理由。
背後で巻き起こる言い争いを桜花や毒島、小札といった穏健派どもが仲裁するのを尻目に防人はいう。
「戦士・斗貴子。戦いを選ぼうとするキミは正しい。戦士として文句のないほどブラボーだ。否定はしない。キミが日常
を捨て戦いを選ぶコトで助かる命も確かにある。ホムンクルスが根絶されない限り結局誰かが戦う他ない。それも事実だ」
諭すように呼びかけると僅かだが力を抜くのが見えた。もっとも半分は「理解を得たという理解」より「そこまで分かって
るなら学校だの演劇だの余計なモノを入れないで欲しい、決戦間近なのに何やってんだこの人は」なる呆れの脱力である。
防人は嘆息した。
「戦士・斗貴子。キミの戦う動機はなんだ?」
「決まっています。ホムンクルスの根絶です」
「なら何故そう思うようになった?」
「……話した筈です。脳裏に過ぎるあの光景を二度と見ないためです。今度はこちらが見せるためです」
凛と斬りつけるように──シャープに研ぎ澄まされたその表情に剛太はポーとなった。言い争いはそこで終わった──切
り返す。秋水の「いいのか上司に」と困惑する中、防人だけはやれやれと目を細める。どうやら想定済みらしい。
(そういえば先輩)
過去、サバイバル訓練のとき聞いた過去。それを剛太は思い出す。
(部分的な記憶障害。家族を皆殺しにされたって言うけど)
(その時の記憶はほとんどない)
秋水も剛太経由で小耳に挟んだ程度だが知っている。
「レティクルエレメンツは強いぞ。戦士・斗貴子」
急に話題が変わり却って傍観者の剛太と秋水が戸惑った。
むしろ当事者たる斗貴子の方が粛然とした。何が飛んでくるか悟ったのだろう。防人、続く。
「断片的な記憶だけじゃ限度ってもんがある」
「よく言います。銀成(ココ)に着任したとき焚きつけた癖に」
というのは、L・X・Eとの戦いが始まった当時の話だ。カズキに甘いあまり戦士として”度”を失いかけていた斗貴子を防人
は戒めた。戦士としての自分を揺り起こせ、でなければ敗けて死ぬと。
(さすが津村さん。頭いい……)
だいたいどういう経緯か悟った桜花は口に手を当てた。よぎるのは感心。要するにむかし断片的な記憶に縋るよう命じた
防人が一転その限度を語る是非について問うたのだ、斗貴子は。
ディベートなら劣勢必至。にも関わらず次の瞬間防人のとった行動に秋水は驚きつつも感心した。
「焚きつける、か。あの時も今も同じところに誘導してるつもりだぞ。俺は」
瞳に愁いを湛えしんみりと笑った。あまり見たことのない顔だ。
聞き分けのない妹を愛情持って諭す兄のような果てなき愛に満ちていた。
斗貴子は黙る。よく沈静できたものだというのが秋水評。
「いいか戦士・斗貴子。キミは少々生き急いでいる。何かあるたび死を選ぼうとする」
防人の指摘に一同目を点にした。まっさきに理解したのはやはり桜花。
(パピヨンの件。ホムンクルス幼体に寄生されたとき津村さんは……)
──私は自分で自身の始末をつける。
剛太が気付いたのは苦く辛い記憶ゆえか。
(あの激甘アタマが再殺されそうになった時もそうだ)
──キミが死ぬ時が私が死ぬ時だ!
斗貴子にはそもそも《戦う動機》さえない。負けたら死んでいい。そう思わせ戦いに繰り出させる感情は決して動機足りえない。
死の影のもとカズキに挑み負けた防人だからこそ強く思う。
「あの時……気付いた。死を選ぼうとする奴は脆い。何があっても、抜き差しならない状況に追い込まれても、諦めず生き
抜こうとする者の方が強いと」
「戦士長……」
151 :
永遠の扉:2014/01/01(水) 03:15:45.23 ID:k8IJ8bbK0
斗貴子の瞳は僅かだが揺れた。俯く。少し唇を噛んだ。理を認めつつ感情的に納得できないという風だ。
「キミはまだ本当の意味で戦う動機を得ていない。別にそれが復讐だと言い切れるなら構わない。信念の相違。総てをかけて
成し遂げたいのなら……何があっても、そこまでは生きたいというなら今は止めない」
事実かれは剣持真希士の本懐を遂げさせている。任務の上では制止しつつも裏からさり気なく手を回し。
「だがキミは過去をどれだけ覚えている?」
「それは──…」
断片的だ。惨劇の舞台と化した教室。或いは武装錬金の初発動。首謀者を殺した記憶こそあるが他はどこかあやふやだ。
西山という首謀者は、斗貴子のクラスメイトたちが受難のとき、赤銅島の火山で火渡と交戦中だった。しかしどういう訳か斗
貴子は西山が教室で惨劇を振りまいていたよう記憶している。後姿だが、黒い髪のホムンクルスが『手から』『食事』する風
景が刻まれている。
「その辺は以前キミから話を聞いた。だが俺が教室で殲滅した人型ホムンクルス2体のいずれとも風体が違う。他は動物型
……手で喰う奴はいなかった」
この奇妙な不一致を思うとき斗貴子は揺らぎを感じるのだ。基盤の。頭が血を失ったように支えを失くす。俊敏で鋭利な
バルキリースカート。その可動肢の根幹に覚えるような頼りない細さに彩られる。武装錬金は精神発現なのだ。使い手の
心を映す。
(明確には覚えていない記憶……。津村の源泉はそれか)
秋水は知る。被害に遭った。そこは事実だ。
(ご両親とも死別している。以前まひろちゃん共々お茶したとき聞いたっけ)
桜花は思い出す。周囲の人を奪われた。そこも事実だ。
(だけど先輩はあまりよく覚えちゃいない。俺に身の上語ったときだってどこか他人事だった)
剛太の推測どおり実感は薄い。
周囲から聞かされた”事実”とほんの一握りの不明瞭な記憶だけ頼りに今まで斗貴子は戦ってきた。
(あやふやな記憶を頼りにホムンクルス総てに憎悪を向ける……)
不安定だったころの自分を思い出し秋水は身震いする。彼にとって世界は敵だった。厳密に言えば桜花を奪いに来る
時だけ敵だった。奪われる。恐れたとき世界の区別は何もかも崩壊して惑乱しだからカズキを後ろから刺した。
死ぬだけでも最悪だが。
(津村は……俺と同じになりかねない)
ホムンクルス西山という憎むべき敵の首魁はすでにずっと前斗貴子自らが葬っている。
だのに憎悪は消えない。「ホムンクルス総て」という不確定な存在総てを憎んでいる。
罪業を背負いかねない素地を斗貴子はつまり有している。
「戦士・斗貴子。俺はキミに生きて欲しい。できれば普通の幸福を味わって欲しいと願っている。だからこそ戦う動機を今一度
見つめなおすべきだ」
防人は斗貴子の頭を軽く撫でた。
「戦ってキミ自身も生き延びる……動機を」
「………………」
斗貴子は難しい顔だ。本当に彼女は戦いしか知らないのだと秋水は思う。
防人の説諭、続く。
「キミは日常を知らない。守るべき日常を」
「キミだって誰かの目に映る日常なんだ。キミがいなくなって泣く者だっている。或いはキミを希望とする者も……」
(例えば俺……? ん? 違うな。なんかキャプテンブラボー)
自らのコトを指しているのでは? 剛太に疑念が渦巻いた。
「だから俺はそういった物を知ってほしい。そういった物がキミを大切にしているコトに気付いてほしい」
だから学園に転入させ演劇部に転入させた。防人はそう言う。
152 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/01/01(水) 03:16:28.22 ID:k8IJ8bbK0
以上ここまで。あけましておめでとうございます。
153 :
ふら〜り:2014/01/01(水) 08:55:52.63 ID:iOk8o6He0
>>スターダストさん(あけましておめでとうございます!)
骨盤とか重力とか「ツマヌダ」だなぁと思ってたら本当にドラエさん! あの人が、この2人に、
教授してる姿……彼女のいつも通りの光景、か。総角の、万能天才だけど専門家には素直に教えを
請うってのはゴルゴを彷彿と。天才とて、謙虚に学ぶ姿勢なくば高みには立てないってことですね。
154 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:00:27.12 ID:v0sa0olF0
「とにかくだ。武術に筋量は必要ない」
「本当にそうなんスか? キャプテンブラボー」
手を挙げたのは中村剛太。武術……というか鍛錬とは無縁そうな人物である。
「剣術はなんとなく分かりますけど、殴ったり蹴ったりするのはけっこう力要りますよ? そうでもしなきゃナックルダスターや
スカイウォーカー通りませんってホム相手に」
前半耳にした瞬間わずかに目の色変えた男がふたり。
(……フ。剣士でもマッチョな奴は居たけどな)
(飛天御剣流。総角の振るう流派の何代目かの継承者が確か……)
最近思うところあり古流について調べている秋水だから思い当たる。平生バネの付いたひどく重い外套で力を押さえていた
男の話を。
「ブラボー。流石は戦士・剛太。なかなか鋭い質問だ」
話の腰を折られた形だが防人は涼しい顔だ。むしろ質問大歓迎という風でこう述べる。
「じゃあとりあえず順を追って説明する。ああ戦士・斗貴子たちも必要と思ったらメモしなさい」
普段の剛太ならば面倒くさそうに後頭部をかくところだが、今回は違う。目下講義を受けているのは斗貴子のためだ。来る
戦いのため僅かでも強くなろうとしている。のでメモを取りたいのだがそこは平素の無精癖、「俺けっこう記憶力いいしいいや」
とばかり携帯してない。
「はい」
「かじったのあるじゃん。やる。垂れ目」
助け舟は女性陣だ。桜花が手持ちから数枚破り差し出した。筆記用具は歯型だらけの茶色い鉛筆が香美から供出された。
「フ。お前意外にモテるな」
「うっせえよ」
総角の茶々は無視。用紙を核鉄に当て──ボード代わりだ。臨機応変だが少々だらしないのが剛太流──筆記開始。
「要するに筋力って奴は縮む力と速度だ。まぁ一口に縮むと言っても色々あるが今日は省く。分かりやすくいえば──…
縮む速度 × 縮む力
だな」
「ふんふん」
武術と無縁な剛太でも大変分かりやすい説明だった。なまじ頭のいい彼だから長話は嫌いである。一般常識の講義に対し
「で、結論なんだよ?」と居眠りこいて後でググってそれでよい点採っていたのが研修時代。防人の説明はそんな性格を
踏まえた速成即席の単純授業だった。数多くの戦士を育ててきた年季を感じ秋水はますます敬意を深めた。
「なお細かい説明がご入用でしたら後ほど不肖が解説する所存!」
「やだよ長くなりそうだし」
「そうは仰られますが剛太どの! 知識といいますのは長く険しき道をかきわけかきわけ進み続けてようやくですねっ?」
「拒絶しても火ぃつくのかよ!」
剛太は詰め寄られた。
「長いのお嫌でしたらCD! 不肖がポイント別に5分づつ区切って説明いたしまするCDを作成生産のうえ配布! 寝る前
ご飯食べてる時おヒマな時のながら用にちょびちょび聞きますれば効果覿面知らぬ間に熟達するコト必然! 隙間時間が
有効利用できるコト請け合いですっっ!!」
ロバ少女のどんぐり眼に火が灯った。胸の前で拳を固めきゃいのきゃいのと騒ぎ立てる。「実況つーか喋るの好きすぎだろ
お前……」上背を押しやられる形で剛太はドン引きした。
「む。気乗りされぬご様子。ならばいまなら不肖が読み上げまする百人一首ならび円周率20万桁詠唱のCDもセットで……」
「いらねえ! 最後の地味にすげェけどいらねえ!!
「あ、私は聞きたいです」
「毒島が釣られた! 円周率に釣られた!」
毒島がちょっと頬を染めながら頷くと(ガスマスクの頬である)小札は澄み渡った鳶色の瞳をいっそう輝かせた。
そして全力で握手。色々気が合うらしい。
「というコトでらじかせどの一席お付き合いのほどREADYでありますレディのゴー。けほん」
農家のおばあさんのような平坦で抑揚なき牧歌的な声をあげながら。
一団から少し離れたところで正座状態の小札が万歳しつつペコリとお辞儀。向かいにはラジカセ。紫の座布団に乗っている。
「あれ……上座よ…………」
「分かったから笑うな! 桜花お前最近笑いすぎだぞ!!」
斗貴子の怒声も空しく銀成学園生徒会長は麗しい顔を俯かせブルブル震える。電化製品をもてなす姿がツボに入ったらしい。
『はは! 小札氏にとって録音機器は神だからな!! いまの気持ちたるや伝説の棋聖と差し向かう駆け出しの少女棋士!!』
155 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:02:04.55 ID:v0sa0olF0
「だからって……上座…………ラジカセ座布団に乗せて上座…………」
いよいよ切迫、引き攣った声を上げる桜花をよそにマイクを刺しなにやら吹き込み始める小札。
タイマーをセットしたのを見るとホントに5分区切りで行くらしい。
「あ、あと……CD作れるラジカセって何……? あるの、あるのそれ……?」
「知るか!! 笑いながらツッコむな!」
『小札氏がマジックで出したからな! 常識外れでも仕方ない!!』
「でだな。筋力のうちトレーニングで鍛えられるのは縮む力の方だけだ」
「なるほどなるほど。縮む力だけと」
ひとりごちながら鉛筆を走らせる後輩に
「というか珍しいな。剛太がマジメに勉強しているところ始めてみた」
斗貴子は感心したような不思議そうな目を向けた。
(たぶん姉さんが入れ知恵したな。さっき話した時)
嫣然と微笑む──やや剛太に対する不憫を混ぜながら──桜花を思いだし悟る弟。
「ん? そーいや筋肉って鍛えりゃ鍛えるほどデカくなりますよねキャプテンブラボー」
剛太は顔をあげた。気付きがそこに満ちている。
「縮む力……でしたっけ。ソレ高めて筋力つけた場合、もう片方、ええと、ああそうだ縮む速度。コレ落ちずに済むんですか?」
「ブラボー。キミはつくづく鋭いな」
「……なにをあの男は言ってるのだ?」
「…………さあ……です」
良くわからないという年少組ふたりに呼び掛けるよう防人。
「戦士・剛太。キミはつまりこう言いたいんだな? 『筋トレのしすぎで体が大きくなればそのぶん動きが遅くなる。それは筋肉
の縮む速度に影響するのか』……と」
「ええまあ。そんなトコ」
「答えはノーだがイエスでもある。理論上は力の強い者ほど速い。まあ実際は結果として違うが……フム。どうしたものか」
防人は軽く唸りながら秋水を見た。なぜ見られたか分からず彼は少したじろいだが微かな笑いと実直な目線に役割を悟る。
(成程。さすがキャプテン)
何を目論んだか理解すると林檎を齧ったような清涼感が全身いっぱいに広がった。
「そうだな。戦士・剛太。キミのいうケースもあるにはある。ただ説明するとなると少々フクザツでな。決戦まで時間がない。
今回は駆け引きに関する部分……心理面なものだけ説明しよう。」
「えーと。じゃあ俺の言ったのと逆。筋肉鍛えすぎたばかりに縮むのが遅くなって、だから動作もノロくなるケース、と」
「ブラボー。察しがいいな。火渡を出し抜いたのも納得だ」
「ぐ……。そろそろあの男(剛太)の言ってるコトが分からなくなってきた……」
無銘は頭を抱えた。鐶は「そんな時は……ビーフージャーキー……食べます?」と差し出した。
「なに簡単な話だ。心理的な問題だ」
(分からん。だがビーフージャーキーは今日もうまい)
ぱくぱくと咀嚼しながら聞く。防人の説明を。
「誰だって鍛えた筋肉は使いたいと思う。するとつい意識を集中してしまう。だが筋肉ってやつは難しくてな。意識し力むと
却って性能を発揮しない」
「要するに力込めると縮むの遅くなるって訳ですね」
「ブラボー。そういうコトだ。極端な話、縮む力を2倍にしても速度が4分の1なら意味はない。実質半減だからな」
やっと無銘は分かってきたようだ。「力むの良くないのだな」と頷いた。
「言い換えればだ中村。相手に無理な力みを与えれば本来の性能を発揮させず済む」
「それが武術の真髄って訳? でもホムに通じるのかソレ? あいつらカナモノっぽいだろ、筋肉とかあんの?」
「え」
秋水の瞳が瞬いた。
「え」
答えが来るとばかり思ってた剛太も虚をつかれた。
まじめくさった顔つきで考え込む秋水。
「そういえば分からないな。あるのだろうか」
「いやお前元信奉者だろ! ソレぐらい知っとけよ!!」
「なんだなんだお前たち。いつの間にか打ち解けているな。ブラボーだ」
防人はメイドカフェの件について何が出てきてどう倒されたか位しか聞いていない。剛太と秋水の変化が意外らしい。
156 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:02:35.92 ID:v0sa0olF0
「というかキャプテンブラボー! どうなんですか!」
「ホムンクルスの筋肉か? そういえばあまり研究進んでいないな。弱いのは似たり寄ったりだし……」
聞けば生け捕りは難しいらしい。人間型で強い者はだいたい武装錬金を持っている。それを制そうとすればより強い力で
叩き潰すほかない。よって強さの秘密は未解明。司法解剖も不可。死ねば塵なのだ、ホムンクルスは。
「ただ複雑な構造のホムンクルスほど挑発に弱い傾向がある。クモのように手が多い奴とかな。激昂すると体の操作を
誤り隙が生じる」
「! そうか。ホムンクルスは高出力。それゆえ人間相手に修練する必要はない」
「持ち前の力振るってるだけで食事できるもんな」
「強いが鍛えていない。それ故アイツらは不測の事態にひどく弱い」
人間でさえ怒りに我を忘れれば足が縺れ転んでしまう。2本しかない足すら精神状態如何で操作過つのだ。いわんや
動植物型ホムンクルスをや。指に多寡あり足は無数で羽さえあり触手については数千本……。人間より遥か入り組む
デバイスを、修練もなくどうして完璧に使いこなすコトができよう。
「俺が筋肉を通じ今回知って欲しいのはそういう部分だ。力の出し方そのものじゃない」
「最初さっぱりでしたけど内容聞けば一発ですよ一発。要は仕組みの穴をどう突くかでしょ。人間もホムも自分の体カン
ペキに使いこなせてない奴があまりに多いから、うまく立ち回って、本領発揮できなくすりゃあ勝てると」
(言うほど簡単じゃないぞ中村)
相手を心の方から崩すのもまた難しい。他者の心を崩さんとするとき先立って崩れるのが自らのそれだ。「崩してやる」
そう思って攻めるコトの弊害を剣道経由で十分知っている秋水だから剛太は少し危なっかしい。
(ま、こうなるのは見えていたがな)
防人は「予想通り」という顔をして秋水を見る。剣客としてすべきコトが自ずと分かった。
話、続く。
「で、こっちから攻める場合の話だ。一般的に筋力といって思い浮かべるのはさっき言った縮む力だ。ただコイツは力んで出
せるものじゃない……ってのも説明済みだな。筋量を増やしても結果的には変わらない」
「鍛えて筋骨隆々になれば力出せそうな気がするが違うって訳か。メモだなメモ」
「なんだと! じゃあ柘植の飛猿は無力な役立たずなのか!!?」
「……君が反応するのはそこなのか?」
悲痛な叫びを上げる無銘に秋水は少し呆れた。
「ならどうすりゃ効果的に力出せるんすかブラボー?」
「出すというか、効果的に伝える方法なら3つある」
腕組みしたまま横向きの三本ピースを作る防人。
「1つ目はズバリ重力」
「脇構えのとき話したアレですね」
「そうだ。戦士・剛太。ちょっとジャンプしてみろ。膝を伸ばしたまま爪先立ちして背伸び。踵を落としてから飛べ。着地も爪先
立ちだ」
従う。豊かな髪が揺れた。
「キミはいま何気なく飛んだが、実をいうと体は無意識に重力を使っている」
「?? 飛んだのにですか? カンペキ重力に逆らってるじゃないですか」
「と、思うだろう。爪先立ちだというところがミソでな。飛ぶ直前、ちゃんと踵を下ろしたな?」
「ええまあ」
「踵を降ろしたときアキレス腱は落下の運動エネルギーを蓄えている。つまり重力を溜めた。跳躍時ほかの筋肉はすでに
説明した縮む速度と縮む力の掛けあわせでパワーを発揮するが、アキレス腱は違う。貯蔵した重力を解放している」
「つまり重力が俺を打ち上げたんスか? ……まじすげえっすね重力。つーか人間の体」
右膝から下を横向きに跳ね上げしげしげ見る。
「これを脇構えのときに説明した『抜重』……足に体の重みをかけず完全に脱力する行為と組み合わせるとより効果的だ」
「破壊力が増すんですか?」
「やれやれ。キミは破壊力にこだわりすぎだぞ」
ため息をつき首を振る防人に剛太は呆れる。秋水ともども。
「いや言われましても。というかブラボーに教えてもらってるんですよ? あれだけ破壊振りまける人に教えて貰ったらそりゃ
拘るでしょ破壊力」
「俺そんなに色々壊してるか?」
防人は心底意外そうだ。秋水に問う。
「ええまあ、色々……」
火渡との件で一線を退いた感のある防人だが、鐶との戦いではそれをまったく感じさせなかったという。桜花から色々
聞いた。秋水さえ下した鐶相手に互角の戦いを繰り広げたと。時速300キロ以上で急降下してきた鐶を一撃必殺ブラボー
正拳で迎撃し引き分けたと。踏み込んだアスファルトが広範囲に亘ってヒビ割れたと。衝撃で周辺施設のガラスが砕けたと。
(ビルだって幾つも壊したというし……)
「?」
157 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:03:40.41 ID:v0sa0olF0
ある意味人間兵器な防人だが自分の危険性をよく分かってないらしい。
「まあいい。俺が言いたいのは破壊力を上げるコトじゃない。元ある攻撃力を効果的に伝えるコトだ。そうすりゃ自然に数倍
まで引きあがる」
(ブラボーの場合数倍どころか数百倍ぐらいに見える……)
呻く剛太。秋水も追随。総角が敬服するのも無理はない……改めて実感だ。
「で、効果的に伝える方法だが。あまり深入りすると話が見えなくなるんでな。実際やろう」
つかつかと剛太に歩み寄った防人。の姿が急に消えた。
「え? ブラボー消え……あれ?」
剛太は仰天した。拳。それがみぞおちの前にある。ニカリと笑う防人の顔も間近にいる。
「い、いつの間に来たんすか? 飛んでくる気配なんて微塵も……」
「それを消すのが重力だ」
拳を引っ込め数歩下がる防人。
「何度も言うが決戦まで時間がない。体術に関しては仕上げる時間がない。だから俺がキミたちに伝える技術というのは
あくまで駆け引き的なものだ。本来修練の果てやっと悟る武術の心構え……真髄の方からまず教える」
「いま気配も悟らせず突っ込んできたのがその1つ……」
やっと青くなる剛太。殴られかけた恐怖がよぎる。
防人がどれほど強いか知っている。一線を退いたとはいえ殴られればまだまだ相当痛いだろう。
「武術において大事なのは敵意を悟らせないコトだ。迂闊に気配を出すとそれだけで避けられる。だが……いま俺がやった
ように重力をうまく使えばまず察知されない。力の伝達がムダなくできる。身もフタもないコトをいえばだ。殴れる」
「……いったい何をやったんですか?」
「たいしたコトはしていない。ただの騙しだ。結果から言えば俺はただ重心を時速6.5キロで16センチばかり沈めただけだ」
「たったそれだけ! 俺なんかの目には神業来たようにしか見えませんでしたよ!?」
具体的……しかも決して高くない数字の羅列に掠れた声が張りあがる。
「そう。タネさえ聞けば大したコトはないだろう。しかし俺は重心を落としながら抜重しつつ全身の筋肉を連動、踏み出しながら
拳を突き出した。そうすると爆発的な加速が生まれる。加速するとパワーもまた必然的に高まる」
「一流選手の反応時間は0.35から0.4秒。一般的なストレートの突きは0.3秒。十分対応できる範囲にある」
「なんだよ早坂。いきなり解説かよ」
「しかし重心を6.5キロで16センチ落とした場合の所要時間は0.18秒」
「れ、0.18秒! ってコトは!!」
「そう。人の認知の外にある」
「これはいわば攻撃の起こりだが、まず察知されない。実際キミだって反応できなかったろ」
「気付いたらもう近づかれてました」
「でも俺はメチャクチャ早く動いた訳じゃないぞ? キミならなぜか分かるはずだ」
「あー……。重力っすよね。最初言いましたもんね。重力に任せて重心沈めたと」
意識によって動かすべき体を重力に動かさせる。0.18秒だから気付かれない訳ではない。攻撃の気配そのものを発さぬ
からこそ悟られない。
「ブラボー。これもそれなりの修練はいるが目指すところは単純だ。『相手に攻撃を察知させない』。たったそれだけを実現
するため俺は体を鍛えた。いいか。鍛錬そのものが目的じゃない。武術的な機微で相手より優位に立つため鍛えるんだ」
「突き詰めれば中村。キミと武術の相性は案外いい。最終的には智謀や精神がモノをいう世界なんだ」
だからやってみよう。熱を帯びた口調で誘う体育会系ふたりに剛太はかなりたじろいだ。
「興味がねえ訳じゃないけど時間ないって。やる時間が。というかブラボー、力効果的に伝える方法の残りは?」
「待て中村」
制止する秋水に剛太は怪訝な顔。何か重力について聞き残したコトでもあるのだろうか? 取り合えず向き直り話を聞く。
「君は奥義ばかり手っ取り早く求めすぎだ。もっとこう地道な鍛錬をだな」
「なにかと思えば説教かよ!! お前好きなのか鍛錬!」
「ああ。昔は義務感でやっていたが今は鍛錬そのものに落ち着く。素振り1つやるだけでも心洗われる気分だ」
「しみじみ語るな!! そこまで好きか剣道!!」
もちろんだ。辛いコトもあるし夏場の防具はひどい匂いだがそれでも好きだ……生真面目にかつ力強く頷く秋水にただ呆
れた。
「この剣術オタクが! もういいっすキャプテンブラボー。残りお願いします」
力を効果的に伝える方法。残りは──…
「2つ目はテコ。最後は間接の力」
「テコと……間接」
158 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:39:22.48 ID:v0sa0olF0
「そうだ。人間の体にはおよそ600の筋肉があるがいずれも単体では威力を発揮できない。他の筋肉と複合して初めて
最高のパフォーマンスを発揮できる。さっきの突きもその応用だ」
「じゃあバルスカと似たようなもんですね」
「ん?」
「アレ。ひょっとして知りませんでしたブラボー? 先っぽについてる鎌が目にも止まらねェ速度で動く時って必ず他の可動
肢と連動してるんすよ。ホムの目玉アタマごと突き刺しに行くとき先端そのものも動いてますけど、太ももの辺りとか途中の
間接部分とか勢いよく動いてます」
(…………君は津村を見すぎだ)
本体を眺めているうち気付いたのだろう。凄いのか凄くないのか良く分からず秋水は呻いた。防人もちょっと頬に汗。
「ま、まあ例えはともかく」
「ともかくって何ですかブラボー。先輩はすごいんスよ!」
(君……俺の剣術好き貶せないのでは……」
楽しそうに語る剛太に呆れた。男というのはどうも他人の趣味に狭量らしい。
「ともかく! 連動という点では筋肉もバルキリースカートも同じだ。あっちが速度を稼いでいるように筋肉も力……縮む力を
稼げる」
「テコってのはアレっすねブラボー。斗貴子先輩が敵の生首ぶっ刺したまま鎌ふりかざしたら予想以上の破壊力が生まれて
敵ミンチ! みたいな!!」
斗貴子が絡んだせいか剛太の理解力は飛躍的に向上した。語る顔ときたらエビス様もビックリの緩みぶりだ。
ちなみに桜花もまだ小札の件がツボで笑っている。賑やかしい御前が先ほどからまったく会話に加わってこないのは、本
体が、めくるめく笑撃にいま1つの人格を操作する余裕をすっかり奪われているからだ。
響く笑い声。和やかだが秋水はちょっといたたまれない気分だ。
「間接についても似たようなモンだ。骨組みを伝わる力や回転を調整すれば少ない労力でより大きな力を発揮できる」
「というコトは戦士長」
初めてココで斗貴子が話に入ってきた。無銘や鐶はと肩越しに見れば香美(というか後頭部の貴信)から噛み砕いた防
人の説明を哺(ふく)ませて貰っている。「年長者だな」。剣道部で副部長として最近ようやく後進の育成に当たり始めた
秋水だから貴信のそういう部分は好ましい。
とにかく斗貴子が会話に加わる。骨組みや回転に反応した以上議題は1つだろう。(というかバルスカという単語に
引き寄せられた)
「だな。パワー型に劣勢を強いられるキミの武装錬金でも戦いようはある」
(…………これはかなり大きい。バルキリースカートの特性は高速精密機動。武術……特に合気の呼吸を取り入れれば)
(マレフィックとかいう強そうな連中との戦いに役立つ)
秋水と剛太は頷きあった。斗貴子も気付いたようで「だったらもう少し早く言って下さい」と嘆息した。
「まあ、どうせ以前の私じゃ危なっかしかったからでしょうけど」
「そ。でも今は違う。俺のさっきの言葉に何か考えるところがあるようだしな」
精悍な顔に好ましさを滲ませながら指差すと斗貴子は軽く目を逸らす。まだ気持ちの整理がついていないのがよく分かった。
「筋肉に話を戻そう。色々利点を話してきたが、実は難点が1つあってな」
「難点?」
「ああ。全身の筋肉を協調させるにも訓練がいる。ただ鍛えればいいってもんじゃない。それぞれの筋肉のつながりを理解
した上で無理なく力を入れず動かす訓練がな」
斗貴子は頷く。
「話はだいたい聞いていた。ヘタに力めば縮む力や縮む速度が失われる。重力だって効果的に使えない。テコも間接もな」
「そんな。筋肉って600ぐらいあるんでしょ? 今からじゃとても決戦間に合いませんって」
「だから絞る。戦士・剛太。キミがこなすのは2つでいい。2つの型のフォームだけ徹底的に作り上げる。長い目で見れば
あまり好ましくないが2つのフォームに関わる筋肉だけを重点的に調整する。もちろん全身のコントロールも軽くレクチャー
するが…………そちらはキミの理解力と自主性に賭ける」
「2つ……? なんですか?」
「決まっているだろう中村。ナックルダスターとスカイウォーカー。平たく言えば拳打と蹴撃」
剣客らしい古風な言い回しに「いやアッパーとハイキックっていえよ」と呆れつつ剛太。すっと真顔に変化する。
「鍛えりゃ先輩助けられますね?」
「キミ次第だ」
防人はニカりと笑う。やる気を認めた証拠である。
(これも大きい。モーターギアは破壊力に劣る武装錬金。ゆえに基本は遠距離攻撃)
(だが剛太自身の攻撃力が増せば近接戦闘でも十分戦力になる。武術から駆け引きを学べば、なお)
斗貴子の横で秋水は考える。
159 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:39:53.84 ID:v0sa0olF0
自らのすべきコトを。
かつて貴信と香美の能力を暴き、秋水の戦いを支えてくれた剛太に。
何をすれば報えるか……と。
「それから各自に課題を与える。まず桜花。キミは──…」
2時間後。
「キツい……マジにキツい……」
真白になって横たわる剛太の姿があった。
「こらこらバテるのはまだ早いぞ。ナックルダスターもスカイウォーカーもまだ50発ずつしか練習してないだろうが。休むなら
せめて全身運動してから休みなさい。整理運動になる、やった方がのちのち楽だし立ちなさい」
伏せる垂れ目。力なく手をあて一言。
「……もうダメ。動きたくない」
「やれやれ」
腰に手をあて嘆息する糸目の防人。秋水も続けて呼びかける。
「中村……」
「なんだよ……早坂」
「君は体力ないのか? いつも使ってる技だろう。途中20分も休憩入れれば十分こなせる量だと思うが」
「うるせえよ」
うつ伏せになって顔を背ける剛太。顔色はそろそろ土気色だ。声もハリがない。床の冷たさが鼻先にこたえたのか、顎
を床に乗せ直し唇も尖らす。
「同じように見えても普段使ってねェ筋肉いろいろ使ってんの! それが1分にだいたい1発だぞ1発…………。キツい……」
50×2プラス休憩20分。現実的すぎるメニューだからこそ疲労もリアル。
「だいたい俺はお前やブラボーのような体育会系じゃないの。頭使って戦うタイプ」
「……。それで思い出したが中村。後で俺と──…」
「よく分からないが剛太。休むならちゃんと休め。おかしな休み方すると却って疲れるぞ」
「先輩」
秋水を遮った斗貴子が傍にしゃがみ込む。それだけで剛太は輝きに包まれ至福の顔だ。
「さっきから姿が見えなかったが。津村。君はどこに──…」
「風呂を沸かした。布団だって上(管理人室)に敷いてある。夜も遅いしもう休め。休息も核鉄当てて眠るのも特訓だ」
(はは! 意外に優しい!!)
(優しいじゃん)
(我知ってるぞ! ああいうのをよくできた副部長というのだ!!)
(…………でも……逆効果……なのでは)
総角が笑い小札がいまだ円周率を唱える中。
「いーえ大丈夫! 俺まだまだ全ッ然やれますってば先輩!」
剛太は跳ね起きた。速攻で拳を突き上げたり高く蹴り上げたりした。掠れた声が熱く燃える。
「先輩に励まされていつまでも寝ていられるかってんだ! キャプテンブラボー! もっとキツい特訓をお願いします!!」
「ブラボー!! その意気だ戦士・剛太!! 頑張れば! 頑張っていればいつか報われる時も来るッ!!」
「はいブラボー!! おおおおおおおおおお!! 調子出てきた! 見てください先輩! 出てきましたよ先輩!!」
「落ち着けお前ら!!」
目を三角にして叫ぶ斗貴子に秋水は思う。ああ翌日筋肉痛で動けなくなるなと。剣道部の後輩はテンションをあげるたび
よくそうなる。
160 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:40:35.90 ID:v0sa0olF0
.
チーン。
頭にタンコブをこさえた剛太が幸せそうに微笑んでいる。目を三本線にし鼻水を少し垂らし。
「まったく。熱を入れるのはいいが少々ハシャギすぎだぞ。分かってるのか。決戦前だぞ」
ここで潰れたら意味がない。ガミガミと説教する斗貴子だが剛太はまったく動じない。むしろ怒られるたび回復している
らしかった。
「聞いてるのか!! ああもう正座してろ正座! 少し頭を冷やせ!」
呆れ果てた斗貴子が離れる。剛太は従順だ。「ウフフ。先輩に正座命令された先輩に正座命令された」とご満悦だ。
「津村」
「なんだ?」
振り返ったショートボブの凛々しい少女に言うべきか言わざるべきか悩んだ秋水がそれでも吐露を選んだのは、らしくも
なく気焔をあげ特訓に挑む剛太がいたたまれなくなったからだ。
「中村は君にいいところを見せたいんだ。だから頑張ってる」
「ん? あ、ああ。そうだな。昔からああだ。私の前だと妙に張り切る。何故だろうな」
「……」
まったく分かってないのが分かった。
「ああそうか。サバイバル訓練を担当したからか。情けない姿を見られた分、取り返そうとしているんだな。やっと分かった」
(中村……」
無理解にも気付かず幸せそうに正座続行中の彼を見て思う。
(不憫だ)
「しかし珍しいな」
「何が?」
腕組みする斗貴子も少し言いよどむ。どうもお互いまだ遠慮があるようだ。普通に話すようになってまだ間もない。
「君が他人を、剛太を気にかけるなんて」
「……変わらないようで変わっていくのが人間だ。今だからこそそう思う」
前歴は違った。桜花以外見えていなかった。世界に無関心で人にも無関心で。剛太に憐憫の情が動くのは大きな
進歩だろう。
「津村。君だって例外じゃない。悩むのは分かる。だが無理に結論を決めるな」
「戦士長のさっきの話、か」
斗貴子は難しい顔だ。
「俺がとやかくいう権利はない。だが君まで俺のようになる必要はない」
沈黙が返る。彼らにとって言葉を尽くすべき議題ではない。カズキ。秋水は刺した。斗貴子が傷つけてでも守ろうとした
彼の命を……奪わんと、した。
「誰かを守りたい。そう願うのはきっと正しい。だがあらゆる災厄から守る事と何もかも敵視する事は似ているようで違うん
だ。だから俺は誤った。誰かの日常に欠かせない大事な存在さえただの敵だと思い込みそして刺した。俺にとっての姉さ
んのような存在なのに、気付けず、慮るコトもできず……。君が俺にわだかまりを抱くのは当然だ」
「……」
「このまま行けばいつか君は俺になる。誤り、誰かの大事な存在を傷つけそして果てない怒りを買う。君がホムンクルス
に抱いているような憎悪を今度は君自身が受けるんだ。ともすれば周りも……それを」
剛太は懸命だ。膝が笑う中、上段回し蹴りとアッパーを何度も何度もやっている。
汗を散らしながら励む後輩の姿に一瞬斗貴子の目が優しくなるのを秋水は見逃さなかった。
「澱んだ感情に見境などない。俺を見たはずだ。俺たちを殺さんとした君ではなく守らんとした武藤を刺した俺の姿と
俺の目を。道理は、通じない。復讐は波及する。苦しめるためむしろ周りこそ攻め立てる。それは君をますますもって
苦しめる。だから……急ぐな。結論を」
「…………」
「戦士長も言っていた筈だ。君だって誰かの日常の一部なんだ。慕うものだっている。武藤さんはそうだし……中村も同じだ。
だから彼や武藤さんを悲しませるような真似はしないでくれ。少しでいい。気持ちは……汲むべきだ」
重い口が開いた。
「覚えてはおく。だが……」
背中を向け斗貴子は遠ざかる。
「ずっとホムンクルスを憎んできたんだ。すぐ何もかも変えられる訳はない。しばらく考えさせてくれ」
疲れきった声。カズキを失って沈んだ彼女に防人の問いは少し酷だろう。だがだからこそ引き上げる行為を敢行したのだ
ろう、防人は。必ずしも正しいとはいえない難しい判断。だがやらねばレティクルとの戦いで捨て鉢になりかねない。故の調整。
キャプテンであるコトの複雑さを秋水は感じた。
(それでも……考える、か。急ぎはしないんだな君は)
ほんのわずか。ほんの僅かだが言葉は通じたようだった。
.
161 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:41:18.62 ID:v0sa0olF0
「足……シビれる……で、でも、先輩の命令だと考えるとこれはこれで気持ちイイ……」
ビリビリと震えながらもやっぱり多幸感あふれる剛太である。
「イヌか!」
「無銘くんに言われなくない……です」
「いま分かったぞ。あの男……ヘン!!」
「だからそれも…………無銘くんに言われたく……ない、です」
無銘と鐶(ちなみに防人の指導のもと組み手をしていた。人型になって間もない前者は体の試運転。基本ノーガードな後
者は初歩的な防御の練習。ある意味実力均衡な組み合わせに秋水は防人の指導者としての素養を見た)が呟くなか、
防人は右手の槌で左を拍つ。
「ふむ。他の皆も疲れているようだしいったん解散。好きな場所に行きなさい。残りたい者はまあ適当に休憩したのち続行」
『という訳で寮内に戻った訳だけど! 困ったな!! 自由時間といえど門限は近い! 従って外には出辛い!!』
「えー外出たいじゃん外!! なんでダメな訳よ? 垂れ目さっきチチーって外行ってたんじゃん」
「あれはあまり感心しないな。というか誰がお前らホムンクルスを夜の街に放り出すか。危なっかしいにも程がある」
廊下。並んで歩く影2つ。
『む!! 特訓終わったのに僕らの監視とかお疲れ様だなセーラー服美少女戦士!!』
「じゃあさじゃあさじゃあさ! あんたでもいいじゃんこのさい! 遊ぶ! ヒマだしフサフサぴょこぴょこして遊ぶ!!」
「うっさい!! 誰が貴様らなんかと馴れ合うか!」
一喝をくれると2人は黙った。それを幸い斗貴子は眉を釣り上げ距離を詰める。
「忘れているようだが本来お前たちは始末されても仕方ない立場だからな。ヴィクター討伐で疲弊した戦団が、大戦士長救
出まではと仕方なく共闘を認めたからこうして殺されずにいる。じゃなきゃ私がとっくに始末──…」
「ところで垂れ目どこさ? アイツなんか好きじゃんあたし!」
「ほう。いい度胸だな。私の言うコトを無視する、か」
ドス黒い青紫の影が斗貴子の顔の上半分を塗りつぶした。前髪に隠れて瞳は見えないが兇悪な一等星のギラつきが
圧倒的殺意を振りまいている。
『わわわ悪かったセーラー服美少女戦士!! こ、香美は悪気があった訳じゃなくてだな!! もともとこういう性格だし!
そもそもが猫だし! 人の機微が良く分からないだけで!!』
「だいたい貴様らは特訓のときから不真面目すぎる」
「だってあの銀ピカ(防人)のゆーこと難しすぎるじゃん。やれん」
香美は頬を膨らませた。
──「栴檀香美には……そうだな。武装錬金を発動してもらう」
──「分かっているがキミは動物型(ネコ)。本来核鉄を扱うコトはできない」
──「だが同じくレティクル謹製の小札(ロバ型)、鳩尾無銘(イヌ型)、鐶(ニワトリ型)は使えている」
──「キミにも可能性はあるはずだ。武装錬金が使えれば戦力大幅アップだぞ」
「と戦士長が言ったにも関わらずずっと出来ない出来ないと言い通し最後には核鉄を放り投げる始末! 真先に休憩選ん
だしな!! まったくマジメにやるコトはできないのか!!」
『わわわわわ!! ご! ご怒りはもっともだ! 飼い主たる僕の監督不行き届き! 本当にすまない!!』
「誤るぐらいなら誰でもできる! 誠意を見せろ! いっそ今から戻ってちゃんとやれ!!」
半ばチンピラみたいな物言いをする斗貴子に貴信はちょっと口をもごつかせた。
「なんだ!!」
『い、いや、その、だな!! 僕らが特訓してパワーアップしたら貴方後で困るのでは!!』
配慮したつもりなのだが却って不興を買った。膨らんだ憎念ゆえだろうか。巨大化した斗貴子の顔がすぐ間近でこれでも
かと見下してきた。
162 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 13:41:57.45 ID:v0sa0olF0
「ほう。たかが武装錬金1コ増えただけで私より強くなれると言いたいのか? むかし散々斬り刻まれたのはどこのどいつらだ?」
『ひいいいいぃいいい! それは僕らです!! 僕らです!! ごめんなさい!!!』
戦士対音楽隊。その序盤で貴信は香美ともども斗貴子にこっぴどくやられた。結果として総角に回収されたお陰で水入りとなり
──ちなみに彼、回復したふたりを秋水へブツけるとき言った。「ブレミュは誰一人負けていない」と。総角らしい見栄であろう。
貴信たちは斗貴子に一度負けたといっていい──命までは取られなかったが、今でも斗貴子を見ると恐怖がよぎる。幻覚痛さ
えあちこち蝕むようだった。
なので香美もガタガタと震えるほかないのだが、その顔に斗貴子はしかし満悦とはいかない様子だ。逆に歯噛みし懊悩を
醸し出す。
「ったく。ホムンクルスの分際でどっちも怯えすぎだ」
『す!! すまない!! 僕も香美も元々こういう性格なんだ!!』
大声こそ張り上げるが根は臆病者の貴信である。というより怖がりだからこそ無理に声を張り上げている。それは昔、ヒト
だったころ対人関係を築こうと頑張った証なのだが結実はせず今に至る。
「おっかないの。あんた本当におっかないじゃん……」
香美は香美で強気だがホムンクルスになるとき味わった嗜虐と過酷の後遺症で、高所と暗所と閉所が恐ろしくて仕方ない。
元々ネコなため恐怖にはすこぶる弱い。理知を以て抗する人間とは違う。危害を加えた斗貴子もまた今もって恐ろしい。
そんな2人(物理的には1体だが)を眺める斗貴子の顔が波打った。強張る頬に瞳の振るえが皺を作り苦汁に深く彩られた。
「……んだ」
『え!?』
「ヴィクトリアといい、どうしてお前たちのようなホムンクルスが居るんだ……」
露骨に視線をそむけながら、斗貴子。言ってから自省的な辛苦を浮かべ軽く俯く。
貴信は、思い当たった。
『も! もしや先ほどの防人戦士長の言葉を、気に……!!』
彼はいった。斗貴子の憎悪が空虚なものだと。対象をとっくに見失った場当たり的なものだと。
(すぐ死を選びたがる、とも!!)
防人は言った。だから日常を知りなさいと。本当の意味での戦う動機を得ろと。
(あの言葉が影を落としている!! 『ただホムンクルスを殺せばいい』。それだけを頼りにやってきた今までが、本当に
正しかったのかどうか葛藤、させている!!)
いま斗貴子はヴィクトリアの名を出した。望まずしてホムンクルスになった少女を呟いた。
(一口にホムンクルスといっても実態はさまざま! ステレオタイプに人間を襲う者もいればヴィクトリア嬢のような存在も!)
貴信たちもそうだが果たして斗貴子が知っているか、どうか。(経緯は説明したが覚えられているかどうか怪しい)
とにかく貴信も香美も人を襲う気はサラサラない。食人衝動じたいはある。だがそれも総角の作るレーションさえあれば
ヴィクトリアが母のクローンを摂取する要領で問題なく抑えられる。つまり怪物だが他者を害する気はない。むしろ香美は
あだなす存在を峰ぎゃーでやっつけるのが好きだ。
という事実を反芻したのだろう。斗貴子の表情が暗くなった。
(防人戦士長の指摘のあと僕らのようなホムンクルス!! しまった! 気付くべきだった! いま一緒に行動したらそれ
だけでもう心苦しくしてしまう!! 元信奉者の桜花氏か秋水氏に介添え頼めば良かった!!)
後悔するが後の祭りだ。同伴した以上彼女はずっと監視を続けるだろう。気遣って振り切っても、それが却って人間への
害意ありと誤解され怒りを買う。ささくれた心をますます荒らす。
(人間に仇なす存在ばかりなら楽だった。そういうモノだからと割り切れた。躊躇なく殺せた)
(なのに戦団はヴィクトリアをホムンクルスにした。本来人を守るべき組織が、ヴィクターの娘とはいえ罪のない少女を)
100年前のコトとはいえ、所属する組織が、人道に悖る行為を平然と行った。
帰属意識の薄い斗貴子でさえ足場の揺らぎを感じてしまう。
在野にひしめくホムンクルス。それらの中に第二第三のヴィクトリアがいたら?
戦団が、自分たちの正義のみ支えるため創り上げた『悪』がいたら?
ヴィクターの件は徹底的に伏せられていた。調査した防人さえ真実に気付けないほど。
163 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 14:33:06.57 ID:OEOW3RE60
以上の葛藤はずっと以前から渦巻いていたが、カズキとの別離が衝撃的すぎて主題にはならなかった。
失った痛みに流され、壊れそうな心を繋ぐためだけ従前の行為を無思慮に繰り返してきた。
(だが──…)
まひろが斗貴子の心を解いた。防人はほつれを大きくした。するとかねてより仕舞い込んでいた考えがどんどんどんどん
心の中を漂っていく。それら総て無視すれば楽なのだろうが、やってしくじった秋水というモデルタイプが傍に居て。
戸惑いに満ちる。
(日常、か。戦士長は目指せというが……。……。そんなもの、そんなもの……私には)
斗貴子は日常を知らない。7年前までは故郷・赤銅島で普通に暮らしていたという。
戦団で家族の写真を見たコトがある。ピンと来なかった。自分の周りに映っている人々がどういう名前でどういう関係なのか
まったく思いだせなかった。
防人から生前の家族の話を聞いた。他人事にしか聞こえなかった。
千歳から生前の同級生の様子を知った。本で読む被災前の人たちのように味気なかった。
事件前の自分の人格をふたりは代わる代わる教えてくれた。
一時はなろうとしてみた。けれど無理だった。
初めて殺したホムンクルスへの増念が次から次に湧いてきて白い斗貴子を塗りつぶした。
家族を知らず育ったようなものだ。戦いだけが原点だった。終着もまた戦いの中にあると漠然とだが思っていた。
だから……死にたがる。カズキという希望を得ても、彼が死ぬなら自分も死ぬと言い切れた。
(今さら私に……日常なんて)
カズキにはあった。まひろが居て、六舛たちが居て、彼らと過ごす空間は心地よかった。
(けれどあれは私の物じゃない。私の物にしてはいけないんだ)
楽しかった空間はいま欠如と寂寥に彩られている。
カズキはいない。
もういない。
(私は……止められなかった。彼が行くのを止められなかった。共に死ぬと言っておきながら先立たす真似をした。
まひろちゃんたちから大事な日常を奪った)
なのに彼のいない日常を占有できるだろうか。斗貴子の倫理は拒絶する。
(誰もカズキの代わりになんてなれない。私でさえ……なれない)
新しい、斗貴子だけの日常もまた作れない。
まひろたちの大事な日常を守れなかった存在が、どうして自分だけ甘受できよう。
それでも作るよう促す防人には感謝している。
心癒す空間を求めてもいい、休んでもいい。そう言ってくれるのだ。
(そもそも……私と戦士長はどういう関係だったんだ? あの事件前逢ったというが思いだせない)
それが分かれば防人のいうコトを受け入れられるかも知れない。
ともすれば彼が最初の日常の象徴たりえるかも知れない。
……戦いという日常の。
「あんたさ。ひょっとして銀ピカのいったコト気にしてるわけ?」
164 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 14:33:37.49 ID:OEOW3RE60
「っ」
眼前を占める巨大な質量を見て我に返る。香美がいた。至近距離に。斗貴子は不覚を悔いた。ホムンクルスを傍に置き
ながら近づかれるまで気付かなかった。
「だったら話しゃいーじゃん、話しゃ」
「話す……?」
「そ。あんたなんでンなコトいうじゃんって聞けばいーでしょーが。そったらわかるでしょーが。ニンゲンってのそーらしいし」
「話す」
少し目が点になった。
(そういえば……どうして戦士長はあんなコトを? いや分かってる。死なせないためだ。だが……どうしてわざわざ私だけ?)
あの場にいた戦士は誰もが等しく死にかねない存在だ。
毒島は接近されれば終わる。剛太は危なっかしい。桜花は武装錬金コミでさえ弱い。
秋水とて贖罪のためとあらば闘い抜いて死にかねない。
(人の意思を汲め、か)
秋水がいったのはまひろと剛太についてだが、範囲を敢えて広げてみる。
懊悩をもたらした防人へと広げてみる。
(戦士長が部下を死なせたがらないのは分かっている。さっきのレクチャーはその表れ。だのに私だけに念を押した。それは
……何故だ?)
斗貴子は直情径行だが決して頭は悪くない。
死にたがる斗貴子。死にたがる防人。
カズキはいつだって全力で救ってきた。何故か?
(私が命の恩人で、戦士長は師匠だからだ)
大事な存在だからこそ助けんとした。……ならば。
(戦士長にとって私は……大事な、存在。…………なのか?)
内心過去の希望とみなされているコトを斗貴子はまったく知らない。
自分にとってただの上司だから向こうもただの部下だと思っている。
そんな漠然とした合意形成だけで防人を見ていたコトにやっと……気付く。
(なら……戦士長が私を特別視するなら理由はどこだ?)
簡単すぎる結論だった。どこだと悩む時点で結論は出ていた。
(覚えていない記憶。7年前より更に前の私と……戦士長)
そこで何かがあった。
(思えば戦士長は何も語らなかった。私の身の回りの情報なら確かに伝えた。けど……自分がどう思っているかは一言も
漏らさなかった。戦士・千歳も同じだった。火渡は……数えるほどしか見たコトがない)
彼らがどんな感情を抱いているかまったく知らなかった。
記憶がないから、滅びた故郷の悲劇さえニュースでみる遠い国だった。
けれど防人たちは当事者だった。まだ生きていた村や人をその目で見ていた。会話もしたし触れ合った。
(それらを……守れなかった)
だから多くは語れなかった。それぞれが斗貴子をどう思っているかなど言えなかった。
(私はそれを知ろうともしなかった。赤銅島が他人事だったから……)
袋小路から抜け出す手がかりが少し掴めた。
(話そう。戦士長と。何があって私をどう思っているのか)
或いはそれをきっかけに日常を取り戻せるかも知れない。
現在はない。未来に向かって構築する資格もいまは持ち得ない。
(だがせめて過去。過去を取り戻せば……生きられる。かも知れない)
斗貴子とてすぐ死にたい訳ではない。
(生きていさえすれば……また。そう思って、か。未練だな)
窓の外に月が見える。日常はないが……希望はある。無くしてしまった皆の希望が。
(ところで栴檀たちどうなった……?)
いやに静かな連れを見ると、
『ちょ! い! いまはそっとしとくべきだ香美!! 僕らの存在は目に毒だ!!』
香美が自分で口を塞いでモガモガ唸っていた。貴信がやったのだろう。とても慌てている。
165 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 14:34:08.01 ID:OEOW3RE60
.
(……………………………………あったのだろうか)
ヴィクトリアに垣間見たごくありきたりの疑問が首をもたげる。
『すまない! えーと! そうだ! そうだ僕たちを地下に戻して欲しい! 毒島氏や防人戦士長はまだいるはず! そこに
いる! だったら貴方も監視せず住むし休める筈!!!』
せめてもの申し出だが斗貴子の顔は暗い。
「……。キミたちに」
『ぬ!?』
「キミたちに日常という奴は……あったのか?」
ポツリとした呟き。だが鮮烈だった。貴信の脳裡に人間だったころの記憶がよみがえる。珍しく声を落とす貴信。
『あった。ああ。あったとも』
ひとりぼっちだった学校生活。子ネコとの出逢い。香美と名付けた家族とのささやかだが楽しい生活。
『……いまは取り戻したいと思っている』
多くは望まない。人間に戻れたら。香美をネコに戻せたら。
『やわらかい日差しの当たる暖かい縁側でうたた寝をしよう。ヒザに乗せて一緒に。それだけかな。それだけが……望み、なんだ』
ふたりにとっての日常とはそれだった。取り戻したいからホムンクルスになっても生きている。
「そう、か」
「どしたのさおっかないの。きゅーに大人しいじゃん。だいじょーぶ?」
香美はまったく分かっていない。俯く後頭部に鼻を近づけフンフンした。
「うるさい! で、いまの日常っていうのはどういう物だ。ちなみに人喰い前提ならブチ撒けるぞ」
『え!! い、いやその、今のは……』
咳き込むようにいう。それでも今の日常は確かにあった。体の前面に張り付いた香美との生活。彼女を通して眺める仲間たち。
誰もが重いものを背負っていて、だから貴信と共有できて。人ならざる存在になりながら道を踏み外さずにいるのは彼らがいる
お陰だと貴信は心から感謝している。
「最後だ。貴様……」
『な! なんだ!!』
「人間を食べたいと思ったコトは?」
難しい質問だ。けれど素直に答える。
『本能が求めるコトはある! 確かにある!! でもその一方でひどい嫌悪に見舞われる!! 人喰いこそしたコトはないが、
ホムンクルスになる直前僕は香美のためといいながら一見無関係な人物を深く傷つけそして逃げた! なってからもすぐ仇と
呼ぶべき無抵抗な存在を一方的に絞め殺そうとした!! どっちも……嫌な気分だった!! どっちも今度の戦いで倒す
べき存在だが! それでも敵意に衝き動かされ害を加えるのは……嫌! だった!!』
「だから人喰いも嫌……と」
斗貴子の語気が強まった。それだけでもう震え止まらぬ貴信である。
『う! でででもでも、そ、そうなんだ! ウソじゃない! だから僕はどうすればいいかずっと考えている! 7年前ホムンクルス
になった時からずっと……どうすれば悪意に呑まれないか……結果として殺せず見逃してしまったデッドの振りまいた惨禍に
対し……どう償えるか考えている!!』
「もういい。分かった」
斗貴子は呟く。すばやく香美に背を向けたため表情はわからない。
「地下に戻す。連行と思え。特訓はしなくていい。お前たちは起きているとうるさい。管理人室から適当に布団でも引っ張っていけ」
「おー。あんた意外に優しいじゃん。優しい!」
「黙れ。さっさと来い」
貴信は目を点にした。歩き出す斗貴子。不用心、だった。忌み嫌うホムンクルスに背を向ける。それだけ葛藤が深いのか。
(或いは──…)
楽観的な観測が貴信の心を一瞬占めたときソレは来た。
「なんか騒がしいと思ったら斗貴子先輩と……香美先輩? あれ? 貴信先輩どこだろ? 声はしたけど……」
角からひょこりと顔を覗かせたのはあどけない少女。黄みの強い茶髪を左右にぴょこりと括っている。
不意の登場に斗貴子は面食らったようだった。一瞬背後を見たのは戦士としての庇護欲と警戒心
「ええとキミは確か……。ちーちんだったかさーちゃんだったか……」
「もう。まっぴーじゃないんですから覚えてくださいよ斗貴子先輩。私はさーちゃんの方。河合沙織」
困ったように顔をしかめて自己紹介する少女に、先ほど述べた貴信の罪悪感はさざめくのだ。
166 :
永遠の扉:2014/01/04(土) 14:35:15.82 ID:OEOW3RE60
(ああ駄目だ!! 鐶副長が化けていたこのコ! 都合上監禁せざるを得なかったこのコを見ると! 心が! 心が!!)
痛んで痛んで仕方ない。記憶というエネルギーを鐶に転送するため、鎖分銅で一度頭をぶっている。
一応上記の経緯は謝罪したし「よく分からないからいいや」と許しを得ているが……。
まっとうな人間関係を築いたコトがない人間ほど負い目には敏感だ。笑って「許される」方が双方とも円滑にやれる世界の
機微などまったく実感できない貴信だから、何をすればいいか心底悩んでしまう。
「あ、でも2人に逢えてちょうどよかった。実はね──…」
沙織の申し出を受けたばかりに貴信は災難を抱え込むが……それはまた、別の話。
「剣道!? 俺がァ!?」
正座の痺れがとれ今は休憩中の剛太は、碧の500mlペットボトルを口から外し乱暴に置く。琥珀色の水面が筒の中で
きらきら揺らめいた。
「そうだ。君は頭がいい。だからこそ、教えられた技術に固執しがちだ」
「しがちだってお前……俺の戦いの何を知ってる訳?」
おにぎりからパッケージを素早くむいて放り込む。膝の前にはサンドイッチやホットドッグ。幕の内弁当もある。総てコンビニ
食。「自炊した方が……」とか「野菜も……」とか食生活を案じる秋水の言葉はことごとく却下した。「だって楽だし」それが理由。
「ニオイだ」
「なにお前実はホムンクルス? イヌ型?」
「違う。剣道用語だ。平たく言えばそういう雰囲気が君にはある」
「あっそ。でも要するにブラボーの教えはアレだろ。筋肉連動させりゃ攻撃力あがる。重力上手く使って相手の虚をつけば勝てる。
それだけでいいじゃねェか。時間ないし体術に限っちゃ単純単純、何も考えねェ方がうまくいくって絶対」
やる気なく目を下げしっしと手を払う剛太。ウマカバーガーで買ったらしいハンバーガーにかぶりつく。
「…………」
駄目な見本を見た気がした。
「攻めて崩れるのは相手だけじゃない。自分もだ。攻勢に転じた瞬間隙が生まれる。巧者はむしろそれを突く。体術だけじゃ
ない。知略も同じだ。戦いの本質はみな同じだ」
「ハイハイ分かった。でも俺疲れてるの。やらないからな絶対」
「やれば津村も喜ぶぞ」
「何やりゃいいさっさと教えろ!!
猛然と立ち上がる剛太に桜花が噴き出すのが見えた。
(姉さん。最近緩い。緩すぎる……)
しょうもないコトでクスクス笑う彼女の姿は嬉しいのだが何だか変な感じである。
「おい何ボサっとしてるんだ! 早く相手! プリーズ!!」
剛太に目を戻すともう面も胴も小手も付けていた。そこかしこからアロハシャツが覗くのは、儀礼を重んじる秋水の眉をかなり
潜めさせる光景だがとりあえず無視。
「つかお前ちゃんと手加減するんだろうな? 俺初心者だぞ?」
「あ、いや。相手は俺じゃなくて……」
剛太は首を傾げた。と同時に衝撃が突き抜けた。
「クク! 隙ありだまずは一本!!」
トッと着地する影があった。防具はつけていない。短い竹刀を腰の後ろで横に構えながらその人物は不敵に笑う。
「来い! 我がタイ捨流の餌食にしてくれるわ!!」
太い眉の下で金色の瞳が溌剌と輝いている。
「鳩尾無銘! え、俺の相手こいつなの!!?」
仰天する間にも一陣の黒い颶風が胸元に流れ込んでくる。剛太は慌てて身を引いた。
「フ。秋水め。防人戦士長の示唆があったとはいえ……また面白い指導を。部活動の賜物か」
腕組みしくつくつ笑う総角のそばで小札の円周率詠唱30万桁突破。CDは後日無料配布。
167 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/01/04(土) 14:37:18.72 ID:OEOW3RE60
以上ここまで。。
168 :
ふら〜り:2014/01/04(土) 17:35:35.17 ID:aOlp4SKt0
>>スターダストさん(アクアビートはそもそも登場条件が過酷すぎ……あれは出れなくて当然)
なるほど。(かつての)秋水が、斗貴子にとっては最高の反面教師である、と。秋水本人がそれを
きっちり自覚して、斗貴子に「反面教師にしろ」と堂々と言ってるのがなんとも合理的かつ痛々しく。
ホムになった経緯については、びっきーより栴檀ズの方が凄絶。映像で斗貴子に見せたいもんです。
169 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 21:52:00.53 ID:h1fIMaul0
「えーと」
「んーみゅ」
その本を閉じると斗貴子は面をあげた。横の香美が正面のテーブルめがけ一瞬雪崩れ込みかけたが不自然に硬直し
背筋を正す。貴信が躾けたらしいが今の斗貴子にツッコむ余裕はない。テーブルの向こうに座る作務衣姿の少女への
応対で手一杯だ。
彼女は問う。神妙な、様子で。
「どうでしょうか斗貴子先輩」
「どうって言われても」
難しい顔でテーブルに本を置く。
「予め断ったと思うが、私は文芸にそれほど詳しくないぞ? 意見を述べたとしてもそれがキミのためになるかどうか……」
作務衣の少女……若宮千里はちょっと考え込む仕草をした。
彼女と斗貴子の親交はさほど深くない。カズキの妹の友達の1人……程度だ。
カズキという共通の知人あらばこそ何度か顔を合わせているが、結局それは知り合いの知り合い程度の間柄。
マンツーマンでいきなり親しく話せる関係ではない。
しかも千里という少女は、おかっぱ頭にメガネといういかにもな外観通りの優等生でおとなしい。しかも対する斗貴子は
あらゆる日常、ホムンクルスなど知らず平和に暮らす生徒たちと必要以上に距離をとる。そんな両者が差し向かったのだ、
会話はまったく弾まない。
「やっぱ難しいね。台本」
千里の傍らで困ったように微笑むのは河合沙織。ヒヨコのように柔らかそうな黄色い髪を両端で縛った少女である。丸い
髪留めと言いいささか童女趣味の抜けない彼女が千里と並ぶと同学年にも関わらず姉妹のように見えてくる。むろん沙織
は妹だ。そして良くできたしっかり者の姉は無造作に台本を手に取りパラパラめくる。
「そうですよね。いきなり言われても分かりませんよね。私自身これでいいか分かりませんし……」
誰からともなくため息が漏れた。
(つーかあたし眠い。眠いじゃんご主人。そろそろ寝たいのに何でおっかないのとモソモソやってるじゃん?
(忘れたのか香美! 河合氏の要件を!)
先ほど廊下でバッタリあった沙織は香美たちにこういった。
「演劇の話なんですけど。文芸担当のちーちんがいま困ってて」
(聞けば若宮氏! ひとまず話を書き上げたはいいがそれでいいかどうか迷ってる! だから僕……厳密にいえば香美たち
に! 本読みしてもらいたいと! 意見を聞きたいと!!)
意識を共有している貴信と香美だから脳内でも会話は可能。いわば念話的な行為にも関わらず語調がついつい大声じ
みてしまうのは長年他者に過分な緊張を抱きつづけた貴信ならではの悲しさだ。彼は気を張るとつい大声になってしまう。
だから敬遠されますます対人関係に弱くなりますます声がデカくなる悪循環に陥った。それは人間の頃も今も同じ。しかも
家族同然の香美にさえ発動する。
(よーわからんけど、あのヘンなチョーチョに聞けばいいじゃん)
チョーチョとはむろんパピヨンである。ネコらしく人間社会に無頓着な香美が演劇部の力関係を知っているのは奇妙といえ
ば奇妙だが、どうやら貴信に聞かされ覚えたようだ。
(監督のパピヨンは『好きにしろ』とだけ言ったらしい! どうも彼は忙しいようだ!! 錬金術師であるコトを考えるに何か
秘密裏に作っているのだろうというのがもりもり(総角)氏の見解! あと最近なんかダルそうだ! もともと病気を抱えて
いるからかな!! 見かけた彼の顔色はすぐれなかった!!)
(そんなんどーでもいいし……)
(いいの!!?)
(あたしさ眠い、眠いじゃん。さっき銀ピカにぶそーれんきん出せ出せっていわれたじゃん。アレで疲れた。寝たい……)
瞳をこする香美。ただでさえ気だるさを帯びたアーモンド形のそれはいよいよ眠たげに細まった。
(ま!! 待て香美!! お前に寝られたらマズイ!)
(なんでさ?)
(体が僕に変形する!! 何度も説明しただろう!! 僕らの体のヒミツについて!! 主導権握っている方が気絶や睡眠
で意識なくした場合強制的に変わるんだ! 事情を知らない若宮氏や河合氏から見ればいきなりお前が見知らぬ男に……!!
ここは女子の部屋でしかも夜更け!! そんなコトになったら僕は!! 僕は!!!)
(どーなるのさ)
(それはだな)
貴信は生唾を飲んだ。緊張が伝わり香美も体を硬くした。
170 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 21:54:20.52 ID:h1fIMaul0
(恥ずかしい///)
(んにゅ?)
何が何やらと首を傾げる香美はいま制服姿。ゴシック趣味がすぎると教育委員会から数年に1度は苦言を呈される──
それだけに生徒からは男女問わず人気。一部の成人男性からも──可愛らしいブラウスとスカートだ。
(いま体の主導権が移ってみろ!! 僕が!! 僕がソレを着るんだ!!)
貴信の念話は震えた。思えば転入当初香美が学生服だったのは不測の事態に備えてか。突如変身しても被害は少ない。
(だいたい! 普段お前にタンクトップやハーフパンツといったラフでフェミニン薄い衣装を着せてるのも危惧あればこそだ!!!
万一突然交代しても何とかギリギリセーフだからな!! お前がスカートとか動き辛い衣装嫌いせいでもあるけど!!)
(よーわからん)
(だって! 僕みたいな顔の奴が女装するとか目の毒だ! 見る人に悪い!! 笑われたり馬鹿にされたりしたら凄く! 凄く!!
傷つくだろうし……!! しかも夜更けにだぞ! うら若き女子たちがいきなり男に乱入される!! 可哀想だし申し訳ないし!!)
脳内に響く声は震えていた。涙と悲しみに震えていた。
(だから僕は怖い!! 怖くて怖くて仕方ない!! この状態でお前と交代して河合氏たち女生徒一同に見られるのが怖い!!)
(んーーーーー。わかった。眠いけどガンバる。ご主人嫌がってるしガンバる)
(香美お前ーーーーー! 香美お前本当いいネコーーーーーーーーーーーーっ!!)
居住まいを正す香美に貴信は内心えぐえぐ泣いた。
さて貴信たちの正体知らぬ若宮千里と河合沙織は自身の問題に深刻だ。
「すまないな。わざわざ読んで貰ったのに碌に協力もできず」
斗貴子の声も弾まない。ことホムンクルス相手なら無類の強さを誇るが、こういった学園生活で生じる問題にはとんと弱い。
(日常、か)
ふと防人の言葉が過ぎる。彼が望むような普通の暮らしを送っていたのなら千里たちに見事アドバイスできたのだろうか。
(いや待て。でも私を演劇部に放り込んだのはあの人な訳で)
ある意味では防人のせいで苦しんでいるともいえる。腹立たしいようなちゃんと向き合いたいようなフクザツな気分だ。
だから、だろうか。
以前ならここで自分に解決能力がないコトを伝え辞去したであろう場面で斗貴子は一瞬瞳を泳がせてからこう述べた。
「いっそ桜花を呼んでみたらどうだ。生徒会長だしこういう問題にも強い筈だ」
突然出てきた生徒会長の名前に息を呑む千里とは裏腹に沙織は感嘆の声を上げた。
「それいい! やろうよちーちん!」
「ちょっと落ち着きなさい沙織。もう夜よ。寝ているかも知れないしそうじゃなくても生徒会の仕事が……」
「そうだ! いっそびっきーやひかるん呼んでプチ歓迎会しようよ! もちろんまっぴーも!」
「……成程。呼ばれた訳…………分かりました」
「生徒会の仕事? 大丈夫大丈夫ちょうどヒマだったし」
「台本チェック? うーん。日本語読めるかなあ」
ほどなくして部屋に現れた女子は6人。上記は内3名。鐶光。早坂桜花。ヴィクトリア=パワード。
スリーショットの写真にアイドルですと注釈をつけて通じるほどいずれ劣らぬ見目麗しい少女たちだ。
「わーにぎやか。これなら台本チェックも捗るねちーちん」
「そうだけど……。その、急に呼んですみません」
千里の態度は硬い。桜花はともかく年下でしかも最近転入してきたばかりの鐶にさえ敬語を使うのは大人しい性格ゆえか。
親交のあるヴィクトリアにさえひどく申し訳なさそうな顔つきだ。
(なのに人を集められてるのは河合氏のお陰、か!)
貴信の見るところ沙織は外向き、ドサ周りを引き受けているようだ。そういえば貴信たちに本読みを頼んだのも沙織だ。
真面目すぎるがゆえに協力を求めづらい千里の側面を沙織はカバーしている。意識してなのか無意識なのか分からない
が見事な息の合いようだ。
(これで高校入学からの付き合いというからな! 驚きだ!)
溺れている子犬を助けた縁で仲良くなったという。
「というか……あの時の子犬……無銘くん…………ですよ?」
(マジ!?)
耳打ちしてきた鐶を愕然と見るが真偽のほどは分からない。冗談かも知れないしそうじゃないかも知れない。
「……フフフ」
どんよりした瞳で不敵に笑う鐶に貴信は思うのだ。「最近明るくなったなあ、良かった!」と。
「気にしない気にしない。私千里の本にその……興味あるし」
171 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 21:55:22.57 ID:h1fIMaul0
ヴィクトリアはというと千里に頼られ満更でもなさそうだ。
「ナナナナレーションについてはもう決定済みでありましょうか……」
4人目は小札零。台本チェックよりむしろそれが気になってきたらしい。
「それが……台本決まらないコトにはどうにも」
「というか配役決めるために急いでいるんだよね。決めるの明日の正午でさ、それまでに台本あげないと練習さえできないし……」
千里の表情が沈み沙織に微苦笑が浮かぶ。
「そのっ! 転校して間もなき不肖が望みまするのは些か分不相応というものですがもしよろしければせめてせめてたった
一度、ただ一度で構いませぬ。オーディションをばやらせて頂きたいのですが!!」
「どんだけじっきょーしたいのさ。あやちゃん。つーか眠い…………」
香美が呆れたように呟いた。
「びっきー。じゃなかった監督代行。どうですか?」
「うん。いいよ別に。オーディション受けるぐらい。台本チェックも声出して読んだ方が分かりやすいし」
快諾。小札は無言でうなずいた。唇をもにゅもにゅさせながら台本をぎゅっと抱きしめ赤い顔だ。
(すっごい嬉しそう! もりもり氏にも見せたコトあるかどうかってぐらい乙女の顔!!)
「よかったじゃんあやちゃん! よかった!!」
香美が両手を広げ上体低く駆け寄ると小札はコクコク頷いた。我が子を抱く聖母のような幸福に彩られていた。
「つー訳でぐー」
「!! 気を確かに香美どの!! いまは眠るべき場面では!!」
どうにか小札の活で覚醒する香美をよそに、
「あ、斗貴子さん居た! 見かけないと思ったらこんなところに!!」
明るい声を張り上げたのは5人目。武藤まひろである。
「というかどうしたの? 膝抱えて」
(……増えた。ホムンクルスがまた増えた)
体育ずわりに頭埋める斗貴子の背後に暗い灰みした紫の緞帳が立ち込めた。次々入室してくるホムンクルスたち。それは
まったく悪夢だった。日ごろ学生を守らんと数多ある学校を点々とする斗貴子なのだ。どころか少し前、陣内というL・X・Eの
構成員の襲撃から守り抜いた場所こそ他ならぬこの場所、今いる寄宿舎である。しかもそのときあわや喰われかけた千里が
いまは知らず知らずとはいえホムンクルスたちを引き寄せている。
斗貴子はそういう構図がやるせなかった。
ヴィクトリア1人が寄宿舎で暮らすだけでもひどいストレスなのに今はそれプラス3体のホムンクルスが部屋にいる。新生
児室に虎4匹迷い込めば誰でも色を成すだろう。
「私は……。私は…………」
(そうか! きっと斗貴子氏は不安に潰されそうで──…)
「殺せないのが不愉快だ」
(そっち!!!!!!!!!?)
誰にも聞かれぬよう漏らされた呟きを貴信だけがキャッチし戦慄した。もはやどちらが怪物か分からない。
「? さっき聞き逃したが……見かけなかった? キミどこに居たんだ?」
「地下だけど?」
事もなげに返すまひろに斗貴子は呻き硬直する。
「あ、大丈夫。特訓のコトならヒミツにするから」
「いやそうじゃなくて。居たのか!? あそこに!?」
「ふふふ。何を隠そう私は潜入捜査の達人よ!」
聞けばあちこちに隠れ見物していたらしい。
(まったく気付かなかった…………)
「でもブラボーは気付いてたみたいだね。流石だけど不覚だよ。私もまだまだ修行不足」
「もう十分だと思うが。というかなんでまたあんな所に」
「あ!!」
いきなり大きな声を上げるまひろに斗貴子は顔をしかめた。いいコだと思っているが時々やらかす奇行にはほとほと
参っている。
「しまった!! ブラボーの本名聞きそびれた!!」
「それが目的か。ああでも確か昔……」
斗貴子は思いだす。防人が管理人に収まってすぐまひろは本名を聞いたという。千里か沙織……誰に聞いたかさえ
忘れた些細な事実だが思い出すと呆れかえる。
「まったく。キミもカズキと一緒だな」
「お兄ちゃんと? どこが?」
「ヘンなところに拘る所だ。戦士長の本名は戦団……私たちの本隊でも不明なんだぞ」
「おお。ますます謎だね」
太い眉毛をいからせ頷くまひろ。却って好奇心が湧いたらしい。
「でもさ斗貴子さん。これってヘンなコトかなぁ?」
「?」
172 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 21:55:53.73 ID:h1fIMaul0
質問の真意を測りかねた斗貴子にまひろは続ける。
「ホラなんていうか、名前で呼ぶと何だか特別なカンジするでしょ? ますます仲良くなったーって嬉しいし私だって秋水先輩
にまっぴーって読んで貰ったらきっと楽しいし!!」
「……キミは彼に何を望んでいるんだ?」
どう考えても秋水のイメージにそぐわない。
「えーちゃんだって逢って間もない私に名前を教えてくれたしさ、だからもう友達でまた逢えるの楽しみなんだよ」
「誰だえーちゃんって……」
斗貴子が呆れる中「きっとたまたま街で逢ったコなんだろうな」と思う貴信は気付かない。
その人物こそ自分と香美の命運を歪めたデッド=クラスターとは。
「だから私、ブラボーの本名知りたいの。斗貴子さんは何か知ってる?」
「バカ言うな。あの人はただの上司だぞ。知ってる訳が──…」
言いかけて息が止まる。防人の本名は前述の通り戦団でも秘密である。
キャプテンブラボー。それで通じているし目下は役職で呼んでいる。
だが。
──「いつまでも引きずってんじゃねェぞ防人!」
──「オレ達は不条理の中戦って生きているんだ。死んだ人間のコトなんかとっとと切り捨てろ! 割り切れ!!」
──「防……人……」
──「てめえがとっと死んでりゃあ防人は……!!」
(知ってる)
斗貴子の全身を上から下に。清冽な風が吹き抜けた。
──「昨夜遅くついにヴィクターの捕捉に成功しました」
──「ところが肝心の防人達と連絡が一向につきません。嫌な胸騒ぎがしたんで出向いてみたら案の定──…」
かつて、聞いた。火渡が、照星が、そう呼ぶのを。
キャプテンブラボーを。戦士長を。そう呼ぶのを。
──「防人が見を挺して守ったその残りの命。有意義に使うコトです」
毒島や火渡を指す符牒ではない。照星が誰をそう呼んだか明らかだ。
「防……人…………?」
思わず口に出す。姓なのか名なのか今は定かではないその名前を。
「防人? それがブラボーの本名なの?」
まひろはキョトリと聞き返す。無邪気な様子だ。なのに斗貴子は脳髄を鋭い錐で貫かれた気分を味わった。疼痛は一瞬
で吐き気には繋がらない。けれど怖気が穴から立ち上ってきそうな焦燥に囚われた。足場が崩れて行きそうな……。
それが過去を導く端緒だったと気付くのはレティクルエレメンツとの戦いの最中──…
この時はただ眼前の少女を気遣うので精いっぱいだった。
(しまった。まひろちゃんはこれで結構敏感なんだ。今の異変……察したかも知れない)
察すれば気遣うし質問した自分をひどく責める。
カズキの件でどれほど傷ついているか知りぬいている斗貴子だ。
のみならず怒りと憎悪に任せ期せずして傷つけたというのは、まさに先ほど秋水が指摘した通り。
ちょっとあたふたしながら見たまひろは何が何やらという顔だ。人間機微には飼い犬のように鋭いまひろが気付かなかっ
た所を見ると斗貴子の頭痛は本当に刹那の出来事らしい。
173 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 21:56:25.53 ID:h1fIMaul0
とにかく防人の名前に連なる情報を(斗貴子自身詳細はよく分からないが)漏らしてしまったのは事実だ。
取り敢えずありのままを話す。
「なるほど。上の名前か下の名前かは分からないんだね」
「そういうコトだな」
「でも何でブラボーって名乗ってるんだろうね?」
「そりゃあ……口癖がブラボーだからじゃないか?」
まさか自分が名付け親だとは露とも知らぬ斗貴子である。妥当な意見を述べた。しかしまひろは違っていて。
「そうかなあ。名前がブラボーだから口癖もブラボーにしたんじゃないかな?」
常識に囚われないからこその”気付き”。それを呈する。
また衝撃に揺らぐ斗貴子。普段の会話なら「またこのコはしょうもないコトを」と呆れたろう。ただ今回は違った。防人の
指摘を受けて以降、秋水、栴檀2人に火渡、照星と様々な人物の発言に揺れに揺れていた斗貴子はいい意味でも悪い意
味でも普段の均衡を失くしていた。で、あるからこそまひろの他愛もない発言に気付いてしまう。
因果と結果は時に逆になり得る。
先入観は崩れる。
……と。
(だったら……口癖から取ったんじゃないなら、なぜ戦士長はああ名乗っている? どうしてキャプテンブラボーと?)
──「先生さま、紹介しましょう。コイツはウチの雑用係、ブラブラ坊主じゃ!」
──「仕事もせんと、ブラブラほっつき歩いている坊主じゃからな!」
──「イイやつだが、ブラブラ坊主なんじゃ!」
──「略して、ブラ坊ですね!」
(また……!)
頭痛が起こり消える。記憶の断片が少しずつ蘇り始めている。頭を過る妄想のような光景に今はただ、戸惑う。
失って一顧だにしなかった物に目を向ける道筋。
…………それは、やがて、冷えた心に今一度の熱を灯す。挫折した者たちの戦いを一層激しく燃え上がらせる。
「カニさんキャラだって語尾にカニーつけるでしょ。それだよ。ブラボーはブラボーキャラだからブラボーって」
「あ、いい。期待した私が馬鹿だった」
やっぱり違うかも知れない。嘆息しつつ思う斗貴子であった。
ただそれでも防人の本名は頭のどこかに引っかかり──…
「とにかく今度ブラボーに逢ったら聞いてみようよ。本名」
「あまり詮索しない方がいいと思うが……」
呟く斗貴子の視界に1人の少女が目に入る。一生懸命千里たちに自己紹介する少女が。
「あ、あの……。毒島、毒島華花といいます。体験入学ですが……その、演劇部所属なので、お願いします」
(貴方も来てたの!?)
香美が前に出ている都合上直接視認はできないが、声から思わぬ人物の登場を察し目を剥く貴信。
飼い猫経由でみた世界にはなるほど確かに毒島が居る。居るのだが……素顔だった。ガスマスクの武装錬金・エアリアル
オペレーターをいまは外して可憐だった。絹糸のように柔らかいセミロングの髪にヘアバンドをつけている。目はやや垂れ目
で体は小柄。沙織や鐶も幼い部類だが毒島は余裕で年下に見えるほど幼い。というより小学生そのものの姿だった。
「ああよろしく……って毒島!!?」
(ノリツッコミ!!)
素っ頓狂な声を上げた斗貴子を香美の結ぶ像で眺めていると毒島の脇に手を回し部屋の隅に連れて行くではないか。
以下、小声の会話。
(なんでキミまで来るんだ! 特訓は!?)
(その……私も残りたかったんですがブラボーさんが『折角の女子会なんだしキミも顔出しときさない』って)
(あの人の考えそうなコトだ……。というかキミ、戦士長の呼び方変わってないか?)
(す、すみません。マスクがないと何だか調子が狂って……)
174 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 22:07:03.92 ID:YTmMrVby0
すでに何度か斗貴子は見ているが、どうもこの毒島という少女は二面性を有しているようだ。ガスマスクを着用している
時はいかにも秘書的な優秀さを感じさせるのだが一度脱ぐが最後クラスに1人はいる恥ずかしがりになってしまう。
(できればマスク着けて来たかったんです……。でもブラボーさんに取り上げられましたし)
(たし?)
(いえ……その、差し出がましいかも知れませんし…………)
(?)
そこで太ももの辺りを握り締める毒島。やっと斗貴子は気付いたが彼女は私服だった。フリフリのついた白いブラウスに
踝まであるいかにも子供用なスカート。そんな服がよく似合う少女が真赤な顔を俯け唇さえ「もう耐えられない」というように
噛み締めるのだから斗貴子はひどくたじろいだ。
(そんな恥ずかしいなら戻ればいいだろ。皆には私から 言っておく。無理はするな)
貴信は何だか子猫に懐かれ困っている不良を想像した。制服にチャチな爪立て登ってくる小さな命をそっと地面に下ろし
たいのだけれど迂闊に触ると傷つけそうで手を伸ばしたり引っ込めたりなおっかなびっくり不良が斗貴子だった。
おっかない奴やっぱ優しいじゃんでも眠いと述べたのは香美である。
(残ります)
(なんでまた)
毒島ときたら大きな瞳の淵にうっすら涙を湛えている。時々こわごわと部屋の中央を振り返っては顔に注ぐ視線を感じ
慌てて斗貴子に向き直る始末だ。心底顔を見られるのが恥ずかしいらしい。にも関わらず残るという。
(しゅ、修行です。来るべき決戦でエアリアルオペレーターが破損したときのための)
貴信と香美では後者の方が前に出る機会が多い。その気になれば貴信は自身が眠るとき以外総ての時間前に出ら
れるが……していない。恥ずかしいからだ。自らの風体に自信がない──もっとも貴信並みのルックスで楽しく生きている
人物など幾らでもいる。インパクトのある容貌でも好かれるかどうかは外界への対応次第だし役者という職業に至っては
むしろ非美形こそ持てはやされる。貴信は内面に自信を持てぬ責任を容貌に転嫁しているフシがある──彼だから、毒
島の気持ちはよく分かった。
(僕が香美に隠れているように毒島氏はガスマスクに隠れている! だから寄る辺がなければ動揺し!!)
いまのような状態になる。それは戦闘において致命的だ。毒ガス製造不能、或いは作れど創造者にさえ累が及ぶ事態
に追い込まれるという戦術的なリスクもあるがそれ以上に。
(精神が、対応できない!!)
戦闘経験を詰んだ戦士でさえ時に恐怖へ屈する。ホムンクルスたる貴信も人間を恐れる気分はある。ましてや普通なる
恥ずかしがりの毒島! 例えば斗貴子ならバルキリースカート総てヘシ折られようと体術を以て抗するだろう。闘えるか
否かを決するのは有利不利ではない。気概だ。戦部厳至のような負け戦さえ愛してやまない戦士こそむしろ戦場では生き
残るし結果を出す。(ホムンクルス撃破数最多)。だが現時点の毒島は武器を壊されたが最後だ。倒されるより先に心が
屈し蹂躙される。貴信はおろか鐶でさえ慄然とする幹部渦巻くレティクルとの戦いで生き残れよう筈もない。
(まったく。戦士長は考えているのかいないのか……)
防人が課した試練を思い津村斗貴子は嘆息した。
(私はその……生きたい、です。火渡様のお役に立てるその日まで何としても生きたいです)
来た理由はそれなのだろうか。語調こそ弱いが斗貴子・貴信とも決意の磐石さを見る思いだった。
(そ、それに……)
(ん?)
不意に斗貴子を見上げる毒島。遠慮がちに唇を数度震わせてからこう告げた。
(私なんかでも生きようと思えば何とか生きられます。斗貴子さんは……私なんかより強いんです。心も体も……。だから、
だからその、出来ない訳ないです。きっとその、できると信じてますから…………)
斗貴子が驚きを浮かべるのを貴信は見た。彼女の目の色は明らかに変わっていた。
(だから……来ました)
(まさか貴方…………励ますために!?)
貴信は驚いた。毒島は少しだけ斗貴子を眺めてから踵を返し女子たちの中へ。
(間違いない。毒島氏は勇気を示すためここにきた!! 『自分などでも頑張れる』!! かねてより防人氏の言葉に心
揺らし日常そして生きる意志について懊悩しているであろう斗貴子氏に羞恥凌ぎ戦う姿を見せるコトで!! 勇気を!!
与えんとやってきた!!)
それがどれほど決意を要するか……弱い貴信だからこそ痛感した。ただ戦うのではない。日常生じる様々な試練に
真向立ち向かい克服する。それは非常な困難だ。
175 :
永遠の扉:2014/02/01(土) 22:08:33.59 ID:YTmMrVby0
毒島はそれをやろうとしている。
恥ずかしくて仕方ない素顔を晒してまで斗貴子の生きる意欲を呼び出そうとしている。
(確か戦団では奇兵というけど……いいコだ!!!)
貴信が感動する中斗貴子は──…
「………………」
沈黙を守る。心がまた揺れている。貴信以外それに気付いたものは、少ない。
以上ここまで。女子会開始。
176 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/02/01(土) 22:09:43.70 ID:YTmMrVby0
いちおうトリ。
177 :
ふら〜り:2014/02/02(日) 09:39:38.72 ID:QS16Xj0w0
>>スターダストさん
自他(この「他」は読者のこと)共に認める、重度のコンプレックス持ちの貴信ですけど、今回は
香美の後ろに隠れてるとはいえ、えらい多数の女の子の中でたった一人の男の子。でも結構冷静に
他人の機微を読み取りつつ、でも責任転嫁の一節で弱さも感じさせ。黒一点の身で、魅力出てました。
178 :
永遠の扉:2014/02/16(日) 01:21:38.63 ID:yhUvOP+D0
番外編。バレンタイン・デー。
・武藤カズキ&津村斗貴子
「やっぱさ。斗貴子さんってチョコ切る時バルスカ使うの?」
「使わん!! というかのっけから何言ってるんだ」
怒鳴る斗貴子にカズキはキョトリとした。
「え、狩るんでしょ?」
「何をだ!!」
「チョコレート型ホムンクルス」
「そんなおかしなバケモノ居るわけないだろ!!」
カズキはハッとした。白くなり電流を飛ばした。
「そうだった……」
「分かってくれたか」
「斗貴子さんは拘り派! ならまずは原材料から!」
「言っとくがカカオ型も居ないからな」
居そうだけど居ない。斗貴子はジト目で断言した。
・早坂秋水&武藤まひろ。
「カカオ型ホムンクルス……。まさか実在したとは」
倒れ付す敵の前で。
暗褐色の液体滴る愛刀片手に早坂秋水は呟いた。息は荒く汗も多い。総角並の強敵だった。
「秋水せんぱーーい」
向こうからまひろが走ってきた。敵の消滅を確認すると秋水は武装解除した。
「どうした?」
「あのね。もし手が空いてたら探し物手伝って欲しいの」
「分かった。手伝おう。探し物は何だ?」
えーとね。まひろはあどけなく呟いた。
「カカオ豆なんだけど下ごしらえして動けるようにした途端いなくなっちゃって……」
(ま さ か ! !)
先ほど倒した敵の出自を思い早坂秋水は戦慄した。
179 :
永遠の扉:2014/02/16(日) 01:22:33.42 ID:yhUvOP+D0
・中村剛太&早坂桜花
「どうしたの剛太クン。顔の右半分萎れてるのに左はひどく嬉しそう」
「先輩からチョコ貰ったけど……どうせ義理なんだよなぁ。くそう。嬉しいけどくそう」
机に上体横向きで突っ伏す剛太。その感情は込み入っているらしい。歓喜と落胆。両方に見舞われている。
「あら可哀想。そんな剛太クンに私からプレゼント」
「どうせ義理だろ。つーか言っとくけどエンゼル御前型のハートマークチョコとかそんなベタな代物じゃないよな」
氷にヒビの言ったような嫌な音が笑顔の桜花から漏れた。その手は包みを差し出したまま固まっている。
「そ、そもそもバレンタインデーって聖人の命日なのよ? チョコあげる必要なんてないと思うの」
「何必死になってんだよ。ひょっとして図星?」
「ち、違うわよ。これはただの既製品だし……」
「じゃあ問題ないだろ。見せろよ」
桜花の切れ長の瞳が急激に潤んだ。
「ほら早く見せろよ。ヘンなモンじゃねェんだろ。とっとと見せて楽になれよ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「はーやーく。はーやーく」
「だから……その……ちがっ……」
掠れた野次の中、肩をすぼめた早坂桜花はただ双眸に涙を湛え羞恥に震える。
・若宮千里&河合沙織
「貴信せんぱいにチョコあげたらなんかすっごく泣かれた」
「へ、変な調理とかしてないでしょうね。玉ねぎ沢山いれたとか」
んーん。首を振る友人に千里はただホッとした。
「ところでちーちんは剛太先輩にチョコ渡さないの?」
「そ、そんなの。迷惑だろうし……」
「ダメだよ! 高校生活は短いんだし渡せる時に渡さないと!」
「ちょ……。離し……」
強引に手をつかまれ千里は剛太のいる教室へ。
「はーやーく。はーやーく」
「だから……その……ちがっ……」
教室の中にいるのは剛太と桜花の二人のみ。
なにやら見せろ見せろと詰め寄られ桜花は耳たぶまで真赤である。
(ヤバイ現場に)
(出くわした!!)
2人とも青くなってアワアワした。
180 :
永遠の扉:2014/02/16(日) 01:23:16.22 ID:yhUvOP+D0
・防人衛&楯山千歳&根来忍
慣れた様子で防人は受け取った。水色の平べったい箱はいかにも質素で事務的だ。
「ありがとう。ところで千歳。もう1箱持っているようだが……自分用か?」
「いえ。戦士・根来の分よ」
「そりゃいいな。アイツは友達が少ない。貰える相手がいるのはいいコトだ。すぐ渡しに行きなさい」
千歳は頷きヘルメスドライブでワープした。しかし1分と経たぬうちに戻ってきた。
「ブラボー。さすが早いなってまだ箱を持っている。もしかして渡してないのか?」
「いえ。断られたわ。『防人戦士長の手前、悪かろう』って」
「ム? なぜそこで俺が出てくる?」
防人はしばらく考え込んだがやがて戛然と叫んだ。
「そうか! チョコレートには匂いがある! 俺の指揮で動くときそれで敵に察知されるのを恐れたか!」
「なるほど。さすが戦士・根来ね」
根来なりの配慮をよく分かっていない2人だった。
・火渡赤馬&毒島華花
「水素をふんだんに練りこんでみました」
「いいじゃねえか毒島。こいつァ燃えるぜ」
ばすばすと爆ぜる火渡はご満悦だ。
「あとリン化水素などの可燃性毒ガスもあります」
「毒で弱った上に燃やされる、か。ヘッ。不条理だな。ますます気に入った」
そのほか色々なガス配合のチョコレートを火渡めがけぽいぽい投げる毒島(ガスマスク着用)。
通りかかった円山はあきれた。
「なにアレ。実験感覚? 風情も何もないわねえ」
前夜の夜。
「こ、これで火渡様は喜んでくれるでしょうか……?」
錬金戦団の調理室で白い手をチョコでどろどろにしながら夜半まで調理に勤しむ毒島(素顔)が居た。
181 :
永遠の扉:2014/02/16(日) 01:24:34.44 ID:yhUvOP+D0
・パピヨン&ヴィクトリア=パワード
「言っとくけど別にアナタのために作った訳じゃないわよ」
自分用に作ったら余ったのであげる。頬やや赤い穏やかならぬ様子でヴィクトリアは板チョコを差し出した。
「ふーん。チョコねえ。まあ腹の足しぐらいにはなるだろう」
片目を瞑りながらかぶりつくパピヨンをヴィクトリアは童女のようにどきどきと見た。
「そ、その。食事中聞くのもなんだけど…………おいしい?」
「喰うに耐えんほど不味ければさっさと血ごと吐いている。いちいち聞くな」
その晩。
ビシィ!!!
寄宿舎の自室のベッドの上でひとり人生最大級のガッツポーズをするヴィクトリアであった。
・総角主税&小札零
「フ。随分高級そうな物を買ってくれたじゃないか小札。ホワイトデーに破産させる気か」
「3倍返しなどととととても。高いのは、ほ、本命であります故、手抜かりなど……」
包みを開け食べる総角を小札はじっと見つめた。
「なんだなんだ。フ。まさか俺に見惚れているのか?」
「……そそそそうではなく、その」
チョコの包装は大まかにいって3つに分かれていた。
一番外は綺麗なピンクの包み紙。
二番目は1辺5cmほどの立方体。外箱である。
三番目は外箱より一回り意小さなプラスチック製の中箱で透明だった。
チョコが直接入っていたのは中箱だが、緩衝材だろうか、その下に細かく刻まれた藁が敷き詰められている。
総角の頬を嫌な汗が流れた。
「え、何。まさかこれ食いたいの?」
小札は頬を赤くし頷いた。
182 :
永遠の扉:2014/02/16(日) 01:25:18.39 ID:yhUvOP+D0
・鳩尾無銘&鐶光
「いいか。バレンタインデーなどというのは毛唐が勝手に決めたコトなのだ!」
「はぁ……」
少年無銘は決然として吼えた。
「日本に生きる我々が乗せられ浮かれるなどあってはならんのだ!」
「えっ。でも無銘くん……クリスマスになると……浮かれ「うるさい!!」」
怒号。虚ろな目の少女はちょっと悲しくなった。手を差し出す。
「じゃあ今あげたチョコ…………返して……下さい」
無銘の顔に罪悪感が満ちた。あと惜しそうな顔もした。目が露骨に泳いだ。
「い、いや? 我は忍びだし? 踊らされた愚か者を喰うのはむしろやって当然のコトだし?」
(嬉しいけど…………無銘くん面倒くせえ……です)
・栴檀貴信&栴檀香美
デパートに行く。選ぶ。
「ご主人何いい?」
「……任せる!」
お会計。
「お買い上げありがとうございます。お包みしますか」
「よー分からんけど頼むじゃん。おっ垂れ目発見! 喰らえじゃん!(ガコッ ←時速180kmの箱が直撃)」
帰宅後貰いチェンジ。貴信が食べる。
ポリポリポリポリ……。
(……)
(選んでから貰うまでの過程全部知ってるから……
侘 し い ! !)
自分で買ったようなものだし。
183 :
スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2014/02/16(日) 01:35:24.27 ID:yhUvOP+D0
・武藤ソウヤ&羸砲ヌヌ行
「フフッ。義理だが一応あげるよ。(ガチ本命! めちゃガチ本命なんだよソウヤ君!! うおお!!)
「あ、ありがとう」
不承不承受け取るソウヤの表情にキュンキュンくるヌヌ行だが表情はあくまでクール。
「というか何でチョコくれたんだ?」
「えっ」
思わぬ質問にヌヌ行は固まった。
「バレンタインデーだよソウヤ君。知らないのかい?」
「ああ。だって俺のいた未来世界はムーンフェイスのせいで荒廃していたからな。そういう慣習などちっとも……」
知るヒマがなかったという。
(やっべ。まっしろすぎるよソウヤ君。やっべ)
「ブハア!!」
「!!?」
興奮のあまり鼻血を噴いて仰け反るヌヌ行をソウヤは愕然と見るばかりであった。
レティクル勢はなし。あいつら4コマ的構成に向かないらしい。
184 :
ふら〜り:2014/02/16(日) 07:14:48.09 ID:LbxUc50A0
>>スターダストさん
とにもかくにも、良かったねえ貴信。根来が相変わらず徹底して根来だったのが嬉しい。パピへの
理解を深めてるびっきーは、カズキに劣らぬほど彼に近い存在だなと。そして久々のヌヌ。今更
ながら彼女は、日常ものによくいる「美人だけど何故か婚期を逃しつつある先生」的なキャラですね。
帝愛グループ主催の「ブレイブ・メン・ロード」のパドックが開いた。
山下勝嗣は、パドックが開くや否や「な・・・なんだこれっ」と叫んだ。
歯を食いしばって両目を見開き、勝嗣は眼下を眺めた。
唖然・・・・・・!
3階ほどの高さ、そして下には体育用らしきマットが敷き詰めてある。
(あんなマットで大丈夫なのかよ!?)
(・・・あの黒ずんでるの、血痕みたいな感じだ!!)
帝拳高校時代、ケンカに明け暮れた勝嗣は人間馬たちの中で一番早く事態を察した。
反射的に身構える。
しかし勝嗣と同じコースに居合わせた、冴えない男たち2名はキョトンとするのみ。
そのとき、勝嗣の耳朶を懐かしい声が打つ。
「勝嗣、勝嗣だろ。どーしたー!?」
「ま、前田さん・・・・!」
勝嗣は今一度、眼下を見下ろした。
コース半ば辺りの客席の方、テーブルを離れてこちらを見上げる顔があった。
その顔は紛れもなく、プロボクシング世界チャンピオンの前田太尊。
勝嗣を呼ぶ声、その先には帝拳高校時代とほとんど変わらない前田がいた。
髪型も、黒が基調の洋服(昔は学ランだったが)も、熱くなったら右拳を突き上げる癖も・・・
「前田さん!!」
前田は本当に、変わっていなかった。
「勝嗣、グズグズするな!」
ゴクッ。勝嗣は前田の次の声を待った。
前田の声はまるで帝拳高校の一日のようで、勝嗣は前田の舎弟の日々に戻った心持ちだった。
勝嗣はササッと辺りを見渡す。
奥に衝立が一つ、その向こうは他の鉄骨が渡ってる。越えられない高さじゃない。
勝嗣たちのパドックは3列、戸袋は開け放されたまま。
冴えない男たち2名は、いまだキョトンとするのみ。
勝嗣は辺りを見渡す一刹那の間も、前田を信頼していた。
どんな荒れた高校(他校)の生徒たちと集団どうしのケンカになっても、前田は最強だった。
それ以上に、前田は「愛の戦士」そのものだった。
「走れーーーッ!! このぐらい、根性で走り抜けろ!」
勝嗣は反射的に鉄骨の先を見た。
そして有らん限りの声で叫んだ。
「無茶いうなよ!」
「俺はお前を控室のモニターで見た!! お前に今月の遊興費八百万円全賭けしたぜ!」
「・・・・・・!!」
あまりの現実に、勝嗣は歯を食いしばって両目を見開く。
(これは夢だ)(あいつは、新手のものまね芸人で、世界チャンプのまねをしてるんだ)
勝嗣は現実を否定したかった、でも聞き慣れた前田の声が勝嗣を狂気の端から引き戻す。
「落ちたって死ぬと決まったわけじゃねえ!」
勝嗣の借金は、バイク屋を守るために増やした600万円余りの負債と同意義だった。
バイク屋を守る事は、家族・・・和美や子どもたちを守る事でもあった。
それを、前田も、親友の沢村米示も、ほかのみんなも知らないはずは無かった。
勝嗣はまだ、前田を信頼していた。
(そうか・・・そんな大金恵んでもらったら、一生、みんなとタメを張れなくなる・・・)
ぎゅっと、勝嗣は右拳を握りしめる。
(ようし・・・・・・・)
ドフッ。「うおっ」。
「根性なしがーーっ、さっさと始めねぇか!」
「落ちたって死ぬこたーない!」
「どんといけ、どんとーーっ!!」
何を「どん」と行けというのだろう。
観客の金持ちたちが、勝嗣たちにオレンジだのローストチキンだのを投げつける。
投げつけられたオレンジを齧って、「ハァハァ」と息を荒げ、決意を新たにする勝嗣。
「もっとも、一生車イスだろーがなー、それはそれで福祉の世話になれるぜ」
鬼畜たちの怒号の中でも、勝嗣は前田の声だけはハッキリと聞き分ける事ができた。
それは肺活量や腹筋の強さにもよるのだが、何より、前田と過ごした日々が勝嗣の認知能力をそういうふうに組み立てていた。
コースの半ばの遥か下で口唇を動かす前田の表情全てと、聴こえてきた声が重なった。
(福祉の世話・・・)
(和美・・・)
前田の方を向いて棒立ちになった勝嗣の背中を、同じコースの男の一人が押した。
勝嗣の視界から前田の顔が、縦にブレて消えた。
前田はその顔の下で、以下の事をフッと想っていた。
(これ、トップ2が勝ち残るようなもんだな)
「ねぇあんた、これって『新婚さんいらっしゃい』みたいにできねーかな?」
「・・・2位と1位は賞金に倍の差がありますよ?」
「やっぱりダメか・・・あ〜あ、俺、来月10日まで吉原にも行けやしねーぜっ」
「勝嗣のやつ、全然ダメぢゃねぇか」
189 :
ふら〜り:2014/02/28(金) 18:52:55.69 ID:AlDUEtLj0
>>光優会さん(御名前を是非!)
ろくブルとカイジとはまた凄い取り合わせを。考えてみれば、成績優秀だった米示にボクシング
で大成してそうな前田さん、なので帝愛ゲーム参加に勝嗣というのは納得の配役……にしても、
嗚呼前田さん。金と地位は人を変えるのか。勝嗣、ここで勝ったとしても以後の人生観が心配。
190 :
電脳☆新大宮:2014/02/28(金) 22:40:17.60 ID:ZOCF3JpmP
>ふら〜りさん
光優会OBです。
名前、「電脳★新大宮」にします。
勝嗣のその後は、特に考えてません。
でももし勝嗣がEカードのビルへ進出(?)したなら・・・
次は勝嗣の「ろくでなし」モードを書くつもりです。
勝嗣は他の負傷者の傷口や鼻を殴って、出てきた血でメイクする。
無事な場所へいかにも大きな傷口があるかのように装う。
そして、兵藤が落とす僅かな金を狙う。
他は特に考えてません。
もし、アイデアがあったらお分けください。
191 :
電脳☆新大宮:2014/02/28(金) 22:43:15.79 ID:ZOCF3JpmP
式波・アスカ・ラングレー「そのうちテグスも持たなくてすむ」
192 :
電脳☆新大宮:2014/02/28(金) 23:08:46.90 ID:ZOCF3JpmP
愚地独歩「まずい!第12の使徒がまだ生き残ってる!コメガネ!3番コンテナ!」
渋川剛気「あいよー!」
愚地独歩「サードインパクトの続きが始まる前に・・・こいつを片づける!」
★相手はモハメド・アライ Jr.★
愚地独歩「でやあああああああああ!!」
渋川剛気「姫ー、無駄玉はやめときなよ。あれ全部コア(※体幹)だから。あたしらじゃ手の打ちようがにゃいよ」
渋川剛気「それに、最後の使徒を倒したところで鬼が出るか蛇が出るか・・・気になるジャ?」
★出るのはアライパパで、アホどもはドゴッと殴られる★
後日、アライ Jr.の指の負傷の件で渋川宅に内容証明が届く。
独歩はお咎めなし(アライの打撲は全て軽傷だったため)。
193 :
電脳☆新大宮:2014/02/28(金) 23:39:06.78 ID:ZOCF3JpmP
―――ピクル空港
愚地独歩「こいつ!疑似進化形態を超えている!」
渋川剛気「覚醒したみたいね・・・アダムスの生き残りが!」
―――徳川邸内の大広間(照明弱)
徳川光成「宿願たる人類補完計画と、諦観された神殺し油地獄は私が行います。ご安心を」
謝男「我らの願いは既にかなった。良い。すべてこれで良い。人類の補完。やすらかな魂の浄化を願う」
謝男「・・・・・・・・・(さっき、ボソッと『油地獄』って言わなかったか!?)」
194 :
電脳☆新大宮:2014/03/01(土) 11:44:21.76 ID:9xBVecOAP
マ・ワ・シ・ウ・ケ!
南無〜
(ざわざわ)
会場スタッフA「誰だあいつは!?」
会場スタッフB「滝河アナウンサーは今どこにいるんだ!?」
(ざわざわ)(ざわざわ)
195 :
電脳☆新大宮:2014/03/01(土) 16:31:54.43 ID:9xBVecOAP
196 :
電脳☆新大宮:2014/03/01(土) 20:25:57.50 ID:9xBVecOAP
飛影「こういうの初めてか」
飛影「2万払っとる。ヌかんと詐欺罪やぞ」
飛影「俺のチンカスは、このウェット・ティッシュで拭け」
飛影「大事なところを下からよく見たいから、いきなりで悪いけどシックスナインな」
飛影「なぁ、俺スキンとか着けたないねやん?」
飛影「臭ッ! よぉ濡れとるなぁ、がんばったな、アリガトウ」
飛影「じゃ、いくぜ」(真剣な表情で貴女を見つめる、ちなみに正常位)
197 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:24:44.50 ID:oHmTPIq20
8本目。
「古人に云う! ごがあぶりてんりしっていしっていしってい!」
「打ち込みが弾かれた!?」
剛太の面が弾かれ咽喉もとに竹刀が突きつけられる。勝負あり。
14本目
「古人に云う! おんあにちまりしえいそわか!」
「ぶごっ!?」
剛太はみぞおちに膝蹴りを入れられた。悶絶したところで面を打たれ勝負あり。
22本目
「古人に云う! かんまんほろほん!」
「え……? あ!」
剛太は竹刀を奪われたうえ投げられ頭を打たれた。勝負あり。
「後半剣道じゃねえ!!」
剛太の怒号が響いた。
「なんだよアイツ! 蹴りとか投げとか平気で使いやがる!!」
まったくひどい戦いだった。
「打ち込んでもアイツ跳ぶし! ピョンピョン跳んで竹刀避けるし! くそう! 今度こそ!
剛太は無銘めがけ突っ込んだ。そうしてしばらく切り結んで押し合いになったが突然無銘はスピンしつつ数歩後退。着地
と同時に手裏剣を剛太の額に投げて勝利。
「だから剣道しろと!! 何! なんなの! お前は何をやってんの!?」
無銘は腕組みしニヤニヤするばかりで答えない。流石にキレかけた剛太を救ったのは秋水。
「タイ捨流」
「たいしゃりゅう? 何だよソレ」
「タイ捨流とは剣聖・上泉伊勢守信綱に師事した肥後の人間、丸目蔵人佐(まるめ・くろんどのすけ)が新陰流を元に発展
させた流派だ。特徴はいま鳩尾が見せたような跳躍、回転といった荒々しくも迅速な動きだ」
「解説どうも。この剣術オタクめ」
「総角との闘いに前後して俺は古流について少し調べた。最初は研究目的だったが今は様々な流派の奥深さに目を見張る
ばかりだ」
「貶したのにしみじみ語ってやがる……」
目を閉じ様々な特色を述べる秋水は心地良さげだった。
「真田十勇士の根津甚八も確かタイ捨流だ」
「十勇士ったら忍者だよな。……道理で」
少年無銘が好むわけだと納得する剛太は
「字はこうだ」
秋水がどこからか取り出したメモに眉を顰めた。
「タイだけカタカナなのは何でだ?」
「教えによると『心広く達するため』だという。「体」「太」「対」「待」……伝書には様々な文字があるがどれか1つのみに絞る
とそのたった1つだけ”捨てる”流派となり幅が狭まる。そもコレは天神合一、変幻自在を旨とする流派で」
「ああもういい。いいから。細かい説明は」
「そうか」
秋水はちょっと残念そうなカオをした。
「だが蹴りや投げは柔術の流れを汲む正当なもので……!」
「なんでちょっと必死なんだよ…………」
思いつめたように弁護する秋水にほとほと呆れる剛太であった。
198 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:25:28.48 ID:oHmTPIq20
.
「8本目で君の刀を弾いたのは石厭(せきあつ)。14本目の膝蹴りは足蹴(そくしゅう)。投げ……22本目で使われたのは
奪刀(ばいとう)だな」
とりあえず秋水の分かる範囲で無銘の技を聞く。(剣術オタクめ)、内心詰りつつも形だけ礼を言う。
「で、さっきのスピンやら手裏剣は?」
「猿廻(えんかい)。といっても『形』(かた)では最後投げない」
だろうな、と剛太は思った。手裏剣を投げる剣術はとても想像しがたいものだった。
「むしろ最後(無銘側)が投げられる。そして弾く」
「結局組み込まれてた!!!」
正式にはスピンして後退したもの(仕手)の相手が投げる仕草をする。それを払う動きで締めくくるのだ。
「手裏剣までアリとか……アグレッシブすぎだろタイ捨流」
「実戦用だから当然だろう。ちなみに蹴りや投げといった無刀の技は柔術のみならず中国武術の流れをも」
「だからもういいって」
秋水は寂しそうだった。
「で、さっきからアイツがブツブツ言ってるの何?」
「何の話だ?」
ほら技かける前の。古人に云う〜なんちゃらかんちゃらのよく分からない言葉。と剛太がいうと。
「摩利支天だな。真言。一種の呪文だ」
「なんでそんな訳の分からないコト言ってんだよ。忍者だろ。臨兵闘者〜にしろよ。言えよ」
「タイ捨流の慣わしだ。組太刀の前に唱える」
宗教色も濃い神秘的な流派。美貌の青年が憧憬を浮かべると一種陶酔した雰囲気が漂う。
それを蹴散らすように飛び込んできたのは少年忍者。趣味となると男はうるさい。誰もがうるさい。
「厳密に言えば忍びと摩利支天にも関係はあるのだ!」
「成程」
「何しろ陽炎の神様だからな。信じて念ずれば隠形は容易い。あ! というか念じたので我の剣が不可視になりスパスパ
当たってるに違いない」
場を沈黙が占めた。この犬畜生は何バカな事を言ってるのだろうと剛太は思った。秋水もまた黙りこくったと思いきや
「そうか。すごいな摩利支天は」
真顔で言った。コイツも何いってんだと剛太が振り仰ぐと、秋水、口の前で人差し指を立てるではないか。
(あー。流してるのね。つかそれ大人が幼児あやす文法じゃねえか)
「フ」
遠くで総角が笑った。経験者の笑みだった。色々な年上の思惑は無銘には伝わらないらしく、
「そうだろう。スゴイのだぞ!」
相手が秋水にも関わらず、楽しげに応じた。ハイになったせいで行き掛かりのモロモロを忘れているようだ。
(子供か。いや子供だけど)
よく見ると竹刀にシールが張ってある。印刷されているのは絵とも模様ともつかない面妖な図案だ。
「仏号だ。梵字と要領は一緒なのだ。いつか刀にも刻むのだ。カッコいいのだ」
(いやお前ソレ刻んだというか貼っただけだからな)
内心ツッコむ剛太とは裏腹に、無銘はひどく上機嫌だ。「一生懸命手で描いて一生懸命手で貼ったのだ」と聞かれも
しないのに胸そらして得意げに説明した。
「いま貼ったっていったよコイツ。刻むんじゃないのかよ」
その追求が不服だったらしく無銘は一瞬露骨にムっとしたが、総角の咳払いを聞くと急にしおらしくなった。
「だって師父が学校の備品壊したらダメって云うし……」
(子供か。いや子供だけど)
「で、でもシールぐらいならいいぞってブラボーさん云ったし貼ったのだ! いいだろうコレ。いいだろう」
とにかくシール。剥がれないよう竹刀に撫で付ける手つきは小生意気な態度がウソのように優しい。
「本当は忍者刀にも彫りたいのだ。でも特注するとお金かかるのだ。今月は忍者刀買ったばかりで母上の財布が厳しい
からガマンしてるのだ」
言葉を継ぐたび無銘の頬は震え、とうとう目を白く真白にして涙を零した。うううとブルった。
「というか、龕灯の映像付与でどうにかならないのか?」
「っさい早坂秋水! 大事な問題に干渉するn……ム! どういうコトだ! 話せ!」
怒りながらも急に首を傾げて問う。(ああコイツ根は結構アホだな)剛太は思ったが口には出さない。
「だから、例えば刀身を石膏のような性質にして何かの判で仏号を捺す、とか」
「それだあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
鳩尾無銘、大興奮。
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199 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:25:59.44 ID:oHmTPIq20
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『天下鳴弦雲上帰命頂来』
忍者刀の刀身いっぱいに刻まれた文字に剛太と秋水は思った。
(族か。暴走族か)
(こんな旗かかげているのをよく見る……)
服部家伝来の秘伝書、その名も「忍秘傳」にも記載のある由緒正しい言葉(所定の手続きのうえ唱えると行路の難を打
破できるという)なのだが、忍者マニアでない2人には意味不明かつ悪趣味な装飾だ。
「サツマイモに字ぃ彫って捺した!」
「図工!?」
恐らく失敗作だろう。足元に転がる無数の芋のなか鳩尾無銘は直立して腕を組み大口開けて哄笑した。
(一文字一文字捺してたな)
その時の模様を思い出した秋水はちょっと和んだ。
──「ぐ、文字ずれたら一巻の終わりだぞマズイぞ……」
──「い! いま話しかけたら殺すからな! 集中乱したら時よどみだからな!!」
──「ぎゃああああ!! ちゃんと逆さにしてない判子押してしま……アレ? あ、性質付与まだだった。良かったぁ(ホッ」
──「芋に文字彫るのしんどそう……だと。別に。楽しいし。面倒くさいけど手使えるだけいいし」
「おお」
無銘は忍者刀を眺めた。
「おおっ」
裏表ひっくり返した。そこにも同じ文字がある。
「おおー」
ひらひらと両面見比べる無銘の顔は驚きと感動に満ちている。
(あのネコといい音楽隊はこんなんばっかか)
(まぁ子供らしくていいじゃないか。俺は彼ぐらいの時そろそろ心が死んでいた)
(サラっと重いコト言うんじゃねェ。返し辛いぞ)
秋水の顔もまた綻んでいて、剛太は思う。「コイツのコト語ってる姉と同じ表情(カオ)だな」と。
秋水が、小札の件でアレコレと突っかかってくる無銘を弟のように思っているのが見て取れた。
(今は死んでねえってコトか。心)
よく分からない男でまったく真逆の秋水だが、剛太はさほど不快ではない。
(アイツの影響か。コレも)
200 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:27:25.03 ID:oHmTPIq20
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論評は瑞々しさを取り戻した秋水に対してか、それとも彼に友誼を感じつつある自らの変化にか。
剛太はまだ分からない。
「クク……! 手でいろいろできるというのは実に気分がいい! フハハどうだ鐶! いいだろこの刀!」
「鐶なら姉さんたちと移動したが」
無銘は竹刀を縦に持ったまましばらく固まり
「何ィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
と目を剥きそして怒った。
「おのれ鐶め! 我の活躍見てろといったのに! 約束したのに!」
八つ当たり、だろうか。刀を片手でブンブン振り出した少年忍者はむくれ面だ。
剛太は意地悪く笑った。
「つーか何。いいトコ見せたかったのお前? あれカノジョな訳?」
「な…………!!」
無銘の顔がみるみる赤黒くなった。瞳孔は露骨に開き色も変化。
「ばばばば馬鹿を抜かすな! あ! あのような者に焦がれる訳なかろうが!! 我はただ、我はただだな! 普段妙に
偉ぶってる鐶めを見返してやりたかっただけなのだ!!」
あからさまに動揺する無銘に剛太は「ふーん」と意味ありげな笑みを浮かべる。
「でもお前あのロバより先に鐶呼んだよな。母上……だっけ? その母上より優先してたじゃねえか」
「ぐ……!!」
「それとも何? まさか母上様のコト忘れてたんじゃないよな?」
(フ。セーラー服美少女戦士を敵対特性で倒された遺恨、か)
煽ってくスタイルの剛太がさらに舌鋒を加えんとしたときその肩に手が乗る。振り返る剛太。
「やめるんだ中村」
「早坂」
神妙な顔つきの秋水に少々やりすぎたのかと剛太は思いそして黙る。
「鳩尾はただ苦難の人生を歩んできた鐶に真先に面白い物を見せて元気付けたいだけだ」
空気が明らかに凍った。秋水を振り向く剛太は頭の後ろで小さな影が、爛々と両目光らせ立ち上がるのを察知した。
「オイ」
青ざめる。修羅場を予期し青ざめる。
秋水が言った程度のコトなど剛太はすぐ見抜いていた。見抜いた上で触れぬよう逆鱗に触れぬようしょうもない煽りで細
かな怒りを引き出していたのだ。だが秋水は触れた。心底生真面目に庇うつもりで……触れた。
皮肉にもそれが無銘をブチ切れさせた。
「貴っ様あーーーーーーーーー!!」
ひゅるりという冷たい風が鼻先を通り過ぎた瞬間剛太は慄然とした。舞い散る何本かの髪は切断の証。
「ちょ! その忍者刀斬れる奴だろ! 振り回すなって!」
「黙れ! 貴様が余計なコトいうからこやつが調子づいたのだ!」
「君は顎が上がり気味だな。身長差を気にするせいか……。顎は締めた方がいい」
「お前は冷静に指導してんじゃねえ!!」
「だが体を崩されたとき転倒の恐れが……咽喉だって打たれかねない」
「だから何で今いう!! おのれ馬鹿にしおって!!」
「やーめーろ! 実質真剣だぞそれは!」
やかましい叫びと足音のなか総角に湯飲み差し出す防人衛。
「粗茶だが」
「あ、どうも。お構いなく」
「ぐぬぅ! 一発足りと当たらん!」
無銘の攻撃は悉く外れた。彼がバテるコトで騒乱は終わった。
剛太は見栄えよく佇む秋水に愕然とした。
「結構激しく動いてたのに汗一つかいてねえ……」
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201 :
永遠の扉:2014/03/02(日) 14:27:55.78 ID:oHmTPIq20
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とにかく剛太。無銘に勝つまで続けるコトに。
「つってもなあ。あいつホムンクルスだぞ? さっき先輩が言ってたけど身体能力だけなら全盛期のブラボー並。そりゃあ
確かに最近人間形態になったばかりだから、剣の方はあちこち拙さが見えるけど……タイ捨流だぜ? 跳ねるわ投げる
わ蹴るわ手裏剣使うわで手に負えねえ」
ニトロエンジンとミサイル搭載のF1カーに乗ったルーキー。とでも形容すべきか。無銘は手ごわい。
「しかし君は先ほど防人戦士長に重力の使い方を教わっただろう」
「そうだけどなあ」
いざ実戦となるとそれどころではないというのが実情だ。そもそも実際に練習し体感したのはナックルダスターとスカイウォー
カー……アッパーとハイキックのみである。
と、手札を探っていた剛太の脳細胞がめまぐるしい収縮を見せたのは秋水の表情に微妙な変化を認めたからだ。
相変わらず生真面目が服をきたような、美麗だが面白みのない、予算だけは潤沢な大コケ映画を思わせる面持ちの男
が一瞬くすりと笑ったように見えた。
(笑う? 笑うってコトは裏がある、だよな。ただコイツは姉と違って策謀は苦手だ。となると既に何か予想していて
現に俺がその通りになってるってコトか。しかもまだ俺は解決策を見つけていない……と)
さらに思い出す。無銘との試合前、秋水がいろいろ口にしていた忠言を。
──「君は頭がいい。だからこそ、教えられた技術に固執しがちだ」
──「あっそ。でも要するにブラボーの教えはアレだろ。筋肉連動させりゃ攻撃力あがる。重力上手く使って相手の虚をつ
けば勝てる。それだけでいいじゃねェか。時間ないし体術に限っちゃ単純単純、何も考えねェ方がうまくいくって絶対」
──「攻めて崩れるのは相手だけじゃない。自分もだ。攻勢に転じた瞬間隙が生まれる。巧者はむしろそれを突く。体術だけじゃ
ない。知略も同じだ。戦いの本質はみな同じだ」
(…………)
やっと気付く。『簡単にできる』。そう嘯いていた筋肉の連動や重力の利用がまったく出来ていなかったコトに。
変幻自在かつ既存の剣道の枠に収まらぬ無銘のタイ捨流にただ翻弄されていた……。
(やっべえ。よくよく考えてみりゃあちょっと剣術齧った程度のホムンクルスにだ、俺、全然歯が立ってなかったじゃねェか)
無論剣道という不慣れな競技だったせいでもあるが、にしても実践できると断言していたブラボーの教えを何ひとつ活か
せていなかった事実はまったく反省を促すのに十分だ。斗貴子を助けるための特訓で何の進歩も出来ていないのは、
まったく剛太にとって屈辱的である。カズキとの差が微塵も縮まっていない。
「あーー。なんだ」
ぼるりぼるりと後頭部を掻きながら秋水に言う。
「分ぁったよ。武術ってのは積み重ねが必要なんだな」
「……そうだ」
秋水は頷いた。
「防人戦士長は重心を時速6.5キロで16センチ落とした。それだけで気配が察知されなくなるが」
「それだけで神業だけど」
嘆息する。
「言い換えればアレだよな。時速6.5キロで16センチ落とすのにさえ長年の修練が必要なんだな。武術っていうのは、数値
だけ聞きゃあショボいコトでも、おっそろしく沢山考えて特訓しなきゃできないコト……か」
「ああ」
「悪かったよ。大口叩いて。確かに特訓は必要だ。ちょっと齧った程度じゃできそうにない」
それを分からせるため剛太に剣道をさせたのだろう。秋水は。
(ただそれは半分だ。もう半分は、恐らく)
記憶を探る。無銘に乱されていた頭の中の歯車が整序され1つまた1つと噛み合っていく。
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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart75【創作】:2014/03/02(日) 14:29:22.35 ID:oHmTPIq20
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スターダスト ◆C.B5VSJlKU :