【2次】漫画SS総合スレへようこそpart73【創作】

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130 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/15(土) 18:51:59.75 ID:WOtmvSNZ0
「仕方ない。退かぬとあらば殺す他なかろうて。仮にも『まれふぃっくじゅぴたー』という要職に
あるわしがここまでされて何もせぬとあらば沽券にかかわろう。といってものう、あまり喰いで
がなさそうな相手ゆえ気乗りせんがのぅ……」
 腹も足もとろけて下に垂れて行き、やがてマンゴー色の飴を溶かしたような水たまりが畳に
溜まっても声は続く。まったく不気味極まりない。
「忍法我喰い(われくらい)もどき」
 細い目つきをカッと剥きながら男は足元を眺めた。少女だった”モノ”はいまやアメーバか何
かのごとく、ズズッ、ズズッと男に向かって這いだしている。不思議な事に畳に染みついた血や
そこらに転がる肉片とは混ざらないらしく、波濤が砂浜をこそぐる様な調子で通りすぎるのだ。
 男は素早くしゃがみ鉤手甲を振り下ろした。もちろん手ごたえなどない。
「愚かじゃのう。液体の類はまず斬れまいよ。わしを従わせるやんどころなき御方なら別じゃが」
 ちなみに彼女の服や下着は先ほど突っ立っていた場所で無造作に転がっている。白いフェレッ
トと赤いマンゴーの飾りのついたかんざしも服の上に落ちている。
「あ、そうそう。わしの能力と本名をまだ紹介しておらんかったの」
 男の背後で少女は再生した。
「まず能力名じゃが『ハッピーアイスクリーム』という。可愛らしいじゃろ? 横文字に疎いわし
がかたかなで発音できるぐらい気に入っておる」
 背中に話しかけるように突っ立つ彼女は当然ながら一糸まとわぬ姿である。
 胸に膨らみはなく胴も筒のごとくだ。小さな臀部には絹のごとき肌がしっとりと纏わりつくだけ
で肉は薄い。両足も白木の細棒を揃えたように頼りない。後ろ髪はほどけ肩や背中に見事な
紫混じりの錫の波を落としている。
 一方で表情はどこまでも明るく、双眸は少女的な無垢の美しさに生き生きと輝いている。
「ヌシの能力が鉤手甲の形を取っているのと同様、わしの能力は『耆著(きしゃく)』の形を取っ
ておってな。耆著というのは忍者が使う方位磁石みたいなもんじゃ。磁力を帯びており水に浮
かべると北を示す」
 濡れ光る肌からはマンゴーの芳しい匂いが立ち上る。どうやら服を脱ぎ捨てたせいで直に体
臭が飛散しているらしい。
「よって苗字は耆著。かたかなで書けばキシャク。偽名にしてた奴じゃな。で、肝心の本名じゃが」

「イオイソゴ、と云う」

「横文字で本名並べるならば『イオイソゴ=キシャク』、奥ゆかしい日本語で書くなれば……ふむ。
戯れに筆談的な会話もやるかの? じゃが『彼女』のあれはサブマシンガンあってこその術技でも
あるからどうしたものか。まあ物はためしじゃ、やってみよう」
 何かが男の肘に打ち込まれた。
 とみるや畳にぼとりと液状の物が落ちる音がした。
「耆著五百五十五じゃな」
 畳の上にできた肉の縦文字を小学生特有の本読みのような調子で読み上げる少女……い
や、イオイソゴとは対照的に、男はこらえにこらえていた悲鳴を遂に上げた。
 さもあらん。彼の肘から先は見事に溶けてなくなっている!
 それだけでもおぞましいのに、溶けた腕は畳の上で「耆著五百五十五」という文字を描いて
いるのだ。
 しかも文字は動く。トカゲの尾は切られた後もしばらく動くというが、この文字の動きはそうい
う反射的な物というよりは例えば電光掲示板に浮かぶイルミネーションのような規則正しさが
あった。肉で描かれた漢字は上から順々にそのフチを膨らませてウェーブを打っている。
「うーむ。我が名ながらいつ見ても仰々しいのう」
 仰々しい悲鳴が轟いているのはまったく意に介さぬイオイソゴ、自分の名を眺めつつ、更に
講釈を続けた。
「五百は『いお』とも読むのじゃ。万葉集にも『白雲の五百重(いおえ)に隠り遠くとも夕(よひ)
去らず見む妹があたりは』などという句もある」
 溶けた肉が男の残る腕から滴り落ち、イオイソゴの言葉を速記していく。
 二本目の鉤手甲がからからと畳を転がり……やがて六角形かつ掌大の金属片へと姿を変えた。
「五十を『いそ』と読むのは馴染み深いじゃろう。山本五十六というお偉い大将がおったからの。
ちなみにわしは越後長岡で小さい頃のこやつと遊んだ事もあるが……まあいらざる話かのう。
五が『ご』と読むと講釈するよりいらざる話。しかしどうも筆記は疲れるのう。やはりわしには
向いておらんようじゃ。ふぉふぉふぉ」
 両足の肉が解けて地面に溜まり、文字を描きながら素早く避けた。
 何を避けたか……、無論、支えを失いうつぶせに倒れる男をである。
131 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/15(土) 18:52:33.27 ID:WOtmvSNZ0
 それをきっけけに速記は終了した。
「と。またしても長話がすぎたのう。生きておるか? 聞こえておるか? そのまま死んでは閻
魔の前でも首傾げたままとなろ。されば不敬を問われ沙汰が重うなる。それを良しとするほど
わしは鬼じゃないゆえ教えてやろう」
 倒れた男はもはや達磨状態である。
 それをよっこらとひっくり返しながら、イオイソゴは呟いた。
「ヌシが溶けたのはわしの耆著・ハッピーアイスクリームの特性のせいじゃ」
 その手にはドングリとも銃弾とも取れる先の尖った小さな物体が握られている。
 耆著とは正にこれを指すのだが、男の知る由ではない。
「わしも理屈はわからんが、これを撃ちこまれた物体はの、いい感じの磁性流体と化すらしい。
で、わしの持つ耆著で操れるという寸法じゃ。大雑把な磁力操作ゆえ精密動作は難しいがの。
磁性流体というのはそもそも強磁性体の固体微粒子を”べーす”となる液体中に界面活性剤を
用いて分散させた懸濁液。字面は難しいが要するに磁石を近づけたら海栗みたいな形に尖っ
たりいろいろ変形する不思議で面白な液じゃ。恐らくわしの耆著に元来そなわっておる磁力が
物体に作用する事で磁性流体を作るのか……。しかしそれにしては本来の磁性流体よろしく
黒くならぬのが不思議じゃのう……。まあ、わしは錬金術師ではないから科学的究明などは
専門外。ただしわしが数百年来やっとる職業的見地からなれば断言できる」
 ピっと親指と人差し指が動くと、耆著が男の胸に突き刺さった。
「忍法だからじゃ!」
 男の全身が溶けていく。
「忍者のわしが使うこんな能力は忍法としかいいようがなかろ」
 イオイソゴは満面の笑みでハイハイをしながら、かんざしをひったくった。
「なれば荒唐無稽大いに結構じゃっ!」
 起伏のない裸体をいきいきと反転させてイオイソゴは男の前に舞い戻った。
「おおそうだ聞いてくれ聞いてくれ。蝋涙鬼やら我喰いもどきやらも耆著の特性の応用なのじゃ。
わし自身に打ち込んだ場合はの、わし自身の意思である程度動けるのじゃ。まぁ、本来の我
喰いは消化液で色々溶かすものじゃから、わしの使うのは”もどき”にすぎぬが」
 そしてかんざしの端を持って軽く捻ると、果たしてキャップのように開くと……
 ストローが出てきた。
「ふぉっふぉっふぉー! いっつぁ食事たーいむ!! ……あぁでもやっぱまずそうじゃのう。
しかし喰いもせんものを殺すのは主義ではないし、第一自然の摂理に反する。かといってどう
も中年の肉は瑞々しさが無く脂ぎっててうまくない……仕方がない」
 ドロドロの肉塊を困ったように眺めると、イオイソゴはその上に握った左拳をかざした。
「わしは”ふぇれっと”と”まんごー”の細胞を入れられた調せ……ええと、そう、怪人なのじゃ」
 果たしてぎゅっと絞った左拳からはオレンジ色の汁がダクダクとあふれ出る。
 むろんその匂いはマンゴーの物であるから、どうやらイオイソゴは汗腺よりマンゴーの果汁
を出せるらしい。それで味付けするという発想に行きつくのは当人にとりごくごく自然といえよう。
 なおこれは余談になるが、マンゴーはウルシ科の植物のため人によっては果汁にかぶれて
しまう事もある。先ほどイオイソゴと手を繋いだ尖十郎が手に痒みを覚えたのはそのせいなの
であろう。
「本当は”らっこ”と”こうがいびる”が良かったのにえろぐろ女医がいらんコトしおったから……」
 えぐえぐと泣きながらイオイソゴは『男』だった肉塊にストローをプスリと差し込んだ。
「じゅるじゅる。”ふぇれっと”と”まんごー”の細胞を入れた理由は『淫猥な響き』だからだそう
じゃ。うぅ。何がどう淫猥なのかもわしにゃ分からんから忌々しい。じゅる。じゅるるる」

 やがて男を食べ終わると、イオイソゴは粛然と呟いた。
「大丈夫じゃ。お主を痛めつけようとかそういう意思は持っておらぬ」
 向き直った遥か先にいたのは尖十郎。壊れた襖の中に茫然と座り込んでいる。
 一連の戦いの妖気に囚われたという訳ではない。
 彼の周囲の床はことごとくドロドロと溶けている。立てないのはその溶けた床が強烈な磁気を
帯びて尖十郎を拘束しているためである。
 イオイソゴは戦闘の最中に尖十郎の足元へ耆著を打ち込み、辺り一帯を磁性流体と化して
いたと見える。
 むろん最初は逃れようともがいていた尖十郎であるが、磁力は血中の鉄分に反応したのか
132 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/15(土) 18:52:55.26 ID:WOtmvSNZ0
彼を床へと吸いつけた。傷の痛みを堪え必死の思いで階段へ逃れんともがいた彼だが、横目
で見たそこも既に磁性流体のるつぼであった。かろうじて見えた一段目はとろけていた。左右
の壁に至っては何らかの磁力線に沿ったらしく針山のように激しく隆起し、向かいのそれと癒
合するや……扉よろしくばったりと閉じた。後はもう最初からそこに階段などなかったようにふ
よふよと波打つ異常な壁があるばかりである。ならば二階の窓から、と振り返っても磁性流体
と化した窓枠総てことごとく癒合し退路を断っている。そも退路があったとしても、尖十郎はそ
の場から一歩も動けぬ。
 そうこうしているうちに前出の妖気を孕んだ戦いを観戦せざるを得なくなり、かつて「木錫」と
呼んでいた憎からぬ隣人が人を喰うおぞましい情景さえまじまじと見せつけられる羽目になっ
たという次第。
 脱出を阻まれた時点ですでに精も根も尽き果てていた尖十郎だ。
 もはや瞳からは光が消え、ただただ呆けたようにイオイソゴを眺めている。
「できれば知られたくなかったのう。わしの本性」
 ストローを仕舞ったかんざしを口に咥えながら、イオイソゴは無邪気な調子で髪をポニーテー
ルに結わえた。服はまだ着ていない。にも拘わらず彼女は裸体を隠そうともしない。少女らしく
そういう所業にあまり羞恥がないのだろう。
 とはいえ瞳には憂いと悲しみの光が限りなく宿っている。
「わしはな。人間が憎くて喰っとる訳ではないんじゃ。仲間たちは……それぞれ凶悪な理由で
人間を殺しておるが、わしは違う」
 やがてできたポニーテールへかんざしを斜めに刺すと、イオイソゴは白い裸体をくゆらせるよ
うに四つ足で尖十郎にすり寄った。
「ヌシら牛肉とか好きじゃろ? でも牛を見てすぐに殺したいとは思わぬじゃろ? 殺されるさ
だめの牛を見たら、まず『可哀相』って思うじゃろ? ……わしの人間観もそれなんじゃ。食べ
たい。けれど隣人としては愛おしい。だからわしは憎悪で人を殺したくないのじゃ」
 そっと尖十郎の首をかき抱くと、イオイソゴは甘い匂いのする唇を彼のそれへと押しつけた。
しばらくそうしていただろうか。ねっとりとした果汁の糸を引きながら、気恥しげに視線を外しな
がら、イオイソゴは呟いた。
「その……好きじゃ。わしはお主の事。許可が出なかったとしても、好きなんじゃ」
 わずかに尖十郎の瞳に光が戻った。そして彼は何かを言いかけた。
「だから喰うのじゃ」
 耆著が尖十郎の喉笛に深々と突き刺さった。
「安心せい。さっき言った通り『痛めつけは』せん。そのうち脳髄さえもとろけ痛みも何も感じな
くなる。ただわしの中で甘く甘く溶けていくだけじゃ。そう……」

「ハッピーなアイスクリームのように」

「だが唇を合わせるのは好きな者だけじゃぞ。ストローなぞ……使いとうない。ヌシを直接感じ
させて欲しいのじゃ…………」
 再び合わせられた唇から、じゅるじゅると何かをすするような音が響いていく。
 尖十郎の体はいつしか横たえられ、ずずずと音が響くたび少しずつだがしぼんでいく──…

 およそ一時間後。

「くふふ……。好きになった者を喰いたくなるわしの性、正に業腹」
 尖十郎のブレザーを前に、口を拭うイオイソゴの姿があった。
 彼の姿はもはや辺りにはない。
 或いはイオイソゴの腹部を解剖する者があれば観察できるかも知れないが……。
 果たして見えざる斬撃線をスルリと切り抜け、果てはゲル状にさえ溶解できる彼女を解剖で
きる者など存在するのだろうか? そもそも磁性流体と化した状態で喰われた”物”を元の存
在として認識できるかどうかと問われればそれもまた難しい。DNA鑑定を用いれば照合自
体はできるが人間的感情では色々認めがたい部分が多いだろう。
「旨かったのう。でも……」
 法悦の極みという態でニンマリと笑っていたイオイソゴの瞳にみるみると涙があふれた。
「やっぱり悲しいのう」
 涙は頬を伝い、持ち主亡きブレザーの上へぽろぽろとこぼれていく。
「いくら喰っても腹が減る。満腹になっても腹が減る。いつになったらわしは満たされるのじゃ
ろうなあ。わしのような化け物が世界に満つれば変わるのかのう? 教えておくれ……尖十郎」
 ひとしきり泣いた後、黒ブレザーを着ると、イオイソゴ=キシャクは仮初の自宅から姿を消した。
 
 以後、その街で彼女を見た者はいない。
133 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/15(土) 18:53:16.01 ID:WOtmvSNZ0
以上ここまで。今回は番外編。
134ふら〜り:2012/12/16(日) 07:47:24.33 ID:5J/CAR6A0
>>スターダストさん
☆本編
この上なくいいコンビですねえ。母性と甘え。先生と子供。ロリとお姉さん。驚き役と解説役。
矛盾した気持ちを抱えるというのは、現実にもよくあることですから、青空の思考も理解は
できます。同意・共感はもちろんしませんが。カズキだったら青空を説得とかしそうですけど。

☆番外編
おお懐かしい。今読むと、やはり印象が違いますね。イオイソゴがどういう連中とどういう
付き合い(?)をしてるのか知ってるだけに。青空たちのやってる人間への攻撃も、つまり
動物虐待(しかも食肉用)なわけか。この子が後々、誰と戦ってどんな議論を交わすのか……
135 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(-1+0:5) :2012/12/19(水) 17:02:05.10 ID:SDSR6H/o0
ときめきメモリアル・葉鍵SSのキャラクターの名前をメモ帳で

エーベルージュ、センチメンタルグラフティ2、初恋ばれんたいん スペシャル、Canvasのキャラクターの名前で変えながら

SSを読んだがいくつのSSは意外におもしろい
136 忍法帖【Lv=29,xxxPT】(0+0:5) :2012/12/19(水) 17:02:27.07 ID:SDSR6H/o0
SS誰か書いてくれたらそれはとってもうれしいなって
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE 〜輝く季節へ〜 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩
6. ファーランド サーガ1、2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD 〜支配者の為の狂死曲〜
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世
10. Dies irae
11. WAR OF GENESIS シヴァンシミター、クリムゾンクルセイド
12. アイドルマスターブレイク高木裕太郎
13. バトルアスリーテス 大運動会
14. 伝説の勇者ダ・ガーン
15. 魔動王グランゾート
16. ミスティックマインド〜揺れる想い〜
17. フォトジェニック
18. ずっといっしょ
19. 夏色セレブレーション
20. ツインズストーリー
21. リフレインラブ
22. Little Lovers
137 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:44:05.38 ID:/5eXYjCT0
「リバースに狙い撃たれ、崩壊した家庭。その後どうなったかは色々や。一家心中したトコもあるし娘が寝とる父親襲てハン
マーで殴り殺したっちゅうのもある。いっちばんヒドかったのはスーパーで見ず知らずの4歳児殺した奴やな。隠し持っとった
出刃包丁ですれ違いざまに首バッサリ。だいたいああいう場所の天井って3mぐらい上にあるやん? 男児の心臓っちゅうの
は元気なんやろな。水圧カッターみたく噴き上がった血しぶきが今でもベットリや。板変えろ? ムリムリ、そこな、事件のせー
で潰れたよって。いま廃墟。でやな。犯人……よーするにリバースに家庭ブッ壊された奴の言い分はこうや。『子供と幸せそう
に話している父親が許せなかった。自分は不幸なのになんでコイツだけ』……てな。ま、何のひねりもないアレや。裁判なら
『自己中心的、かつ悪質で』とかいうお馴染の枕詞確定、ベッタベタな動機や。ちなみにソイツの母親はな、『マシーンの特性』
で暴れ狂う夫に鼻ブッ刺されて一生鼻水垂れ流す体らしい。妹なんかは膝蹴りぬかれて一生松葉づえ。ま、ウチにいわせ
ればまだ幸せなほーやけど、当人達はドン底や。最初は父親だけおかしかった……ソレもリバースが無理くりに暴れさせとっ
た”だけ”の家庭は、人間的な不可抗力でどんどん悪くなっていった。離婚が起こっても親権が母親に移っても…………。
断わっとくけどな、そのころリバース、手出しやめとったで。だからしょちゅう子供らに炸裂した母親のヒステリーっちゅうのは、
本人が、勝手に起こしたものや。一番不憫やったのは妹で、理不尽に怒鳴られながらもなおイイ子であろうと頑張り続けた。
働きに出た母親に代わって家事全部引き受けた。買い物もな。ある日ブレーキ音とともに白いビニール袋がドロのついたジャ
ガイモや曲がった特価品のキュウリと一緒なって空舞い飛んだのは松葉づえヒョコヒョコつきながら横断歩道わたっとったせー
や。重厚な衝突音のあと総てが血だまりんなか落ちた。轢き逃げや。死亡事故や。犯人はいまだ見つかっとらん。足さえ
フツーなら、離婚さえなければ。兄は、少年は嘆いたんや。家庭が健全でありさえすれば避けられた悲劇。それに対する悲
しみはやがて怒りに転じた。『健全というだけで悲劇を免れている家庭』、幸せそーにヌクヌクしとる連中への……怒りに。
だから奪ったんやな。幸せそーな『父親』から子供を。犯人にとって『父親』っちゅーのは自分から幸福と妹を奪った憎い存
在や。それと同列の存在が幸せそうにしとるから……奪う。結局奪われたら奪うしかあらへんのや。リバースも、犯人も……
ウチも」

「もちろん筋からいえば犯人はリバースこそ恨むべきなんや。見ず知らずの子供殺したところでキブン晴れへん。けど結局、
犯人は、なぜ自分たちの家庭が崩壊したかさえ分からへん。憎んでいる父親、加害者の最たるものが実は被害者で……
みたいな本質はわからへん。そやから黒幕(リバース)の存在も知らん」

「この世にはびこる『憤怒』っちゅーのはつまりそーいうもんちゃうか? 的外れ、真に怒りをブツけるべきものとは別なモン
に怒りをブツける。なぜ不幸や無念をもたらされたのか、何が苦痛を与えているのか。それがまったく分からへんまま、ただ
手近なモンに怒りをブツける…………。人混みん中で石ぶつけられた奴がまったく無関係な通行人にそれをブツける繰り返
し。頭のええ奴ほどスッと身を隠すっちゅうのに、煽るだけ煽って人混みから抜けてくっちゅうのに、怒り心頭の輩は人混み
ん中にまだ犯人がおると信じ石を投げ続ける」


「それに文句やせせら笑いが上がり始めると収拾つかへん。怒りはますます深まる。無理解、救おうとしない連中ほど腹立
たしいものはあらへん。不特定多数から受けた怒りは結局不特定多数へ向ってく。だからキリがない。救われない。リバース
が陥っとる無限獄はそれや。誰か一人、スッと人混みから歩み出て一声かければ、それに救われたっちゅう実感を持てば
何か変わるかも知れへんのに……みたいな意思をかつてあのネコと飼い主はウチにぶつけてきたけど正しいかどーかわからへん」



「防人衛がなろうとしていたのはその『誰か一人』やろうな。平坦にいえばヒーロー。それに……憧れた」



.
138 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:45:01.30 ID:/5eXYjCT0
「ヒーローっちゅうのが実際おって、たとえばウチがとことん絶望する前にやってきたら……『不特定多数への怒り』最たる
連中、貧困国の誘拐犯どもを見事蹴散らしたなら、きっとウチはお屋敷で普通に暮らせとったとは思う」

「努力すればヒーローになれる。世界の総てを救える……そう信じていた防人は、けど、赤銅島の件で挫折を味わい諦めた。
ま、一生あのままやろうな。ザマア見ろや」



「ウチの名前? ウチはデッド=クラスター、ディプレスの相方ってトコか」




 羸砲ヌヌ行の述懐。

「防人戦士長をデッドは貶すが、しかし正答は述べてるよねえ。

『誰か一人、スッと人混みから歩み出て一声かければ』

『それに救われたっちゅう実感を持てば』

「何かが変わる。変わるんだ」




「実際、レティクルとの戦いで彼は……変わった。まさに人混みの中から歩み出たたった一人の言葉に奮起し…………
失ったものを、かつて捨てたものを。取り返す」


「防人戦士長だけじゃない。火渡赤馬も楯山千歳も……赤銅島を乗り越える」



「一方、剣持真希士たちの報告を受けた上層部は」




「ディプレス。ディプレス=シンカヒアか」
「奴が生きているだと?」
「馬鹿な。ありえんよ。現に死体はあったのだ」
「検死は榴弾由貴……だったな」
「クローンなれば見抜ける。だからこそ任せたのだ」
「奴はいった。本物だとな」
「しかし6年前の事件では……」
「糸罔(いとあみ)部隊の全滅、か」
「軍靴はいった」

「ディプレス=シンカヒアは生きている」

「馬鹿馬鹿しい。大方模倣犯だろう」
「9年前の決戦は激烈だった。マレフィックマーズ……憧れる輩もいよう」
「では、剣持と鉤爪の逢った──…」
「ハシビロコウを真似るホムンクルス、だけではな」
「物証にはならん」
「流れの共同体に関しては?」
「犬飼にでも追わせておけ」
「いま重要なのはヴィクターだ」
「忌まわしき100年前の汚点。雪ぐは総てに優先する」
139 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:45:44.92 ID:/5eXYjCT0
.
 ディプレス=シンカヒア。かつて戦団と激しく敵対した組織の幹部。

 彼は死んだ。それが戦団の公式見解なのだ。


 榴弾由貴。


 かつて居たお抱えの検死官は誰もが信頼する腕前で、だからこそ彼女の下した判断は、


『真実』


だと、誰もが誰もが信じている。


 羸砲ヌヌ行は述べる。



「もっとも……事実は違うけどねえ」


「榴弾由貴は気づいていた。1995年の決戦後みつかったマレフィック達の死体。それがとある幹部の武装錬金で作られた
『まがいもの』ってね」

「しかし真実を述べるコトはできなかった。述べなくする悲劇があったのさ」

「そしてその悲劇に関わったもののうち」

「1人は音楽隊へ。もう1人はレティクルへ」

「それぞれ行くコトになる。ま、語られるのはもう少し先の話だが」





「そのうち1人の言葉が、リバース=イングラム、玉城青空を大きく揺さぶった」






「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」
「止め……る? ……あだ? 痛い……です」
「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!! まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ!  何を
されようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」
「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」



 自動人形からその声を聞くのは何度目だろうか。その日の夜、青空は自室で深い溜息をついていた。
(ポシェットの中に潜ませていたもの。何があったか大体分かっているわよ)
 どういう声の者たちに挑み、何度泣きながら「お姉ちゃん」といい、そしてどういう説得を受けたか。
 感想としては、いい人たちにあったなあという感じである。
 特に熱っぽい──チワワさんと呼ばれた──男の子は本当にカッコ良かった。妹を任せていいと思えるぐらいに。
140 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:46:08.62 ID:/5eXYjCT0
.
 イオイソゴに黙っているコトが一つある。

 彼女が探している「チワワ」。彼はいま、光と同行している。

 鳩尾無銘という名のチワワはイオイソゴを指していった。「奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人」。
 そして彼女は9年前からずっとずっと無銘を探している。
 捕まえて、喰うために。
 もし同行しているのが無銘と知られれば、イオイソゴは確実に義妹の元へ行く。

 だから、黙っている。

 それが顔も知らない「チワワさん」にできるせめてもの恩返しだし──…

 義妹から「好きな男のコ」まで奪いたくはなかった。
 できれば普通の恋をして、普通の幸福を味わって欲しかった。

「本当に姉を愛しているのならば止めて見せろ! これ以上の魔道に貶めてやるな!!!」
「止め……る? ……あだ? 痛い……です」
「ああ! 根源は貴様の姉の命ではない! 歪みのもたらす憤怒だ!! まずはそれを滅ぼせ! 止めてやれ!  何を
されようと救ってやれ! そして罪を償わせろ! それが、それこそが……」
「父に! 母に!! そして姉にしてやれる最大の償いではないのかッ!?」 」


(やっぱり私……歪んでるよね)
『チワワさん』の叫びが豊かな胸の中で何度も何度も木霊する。
 彼は事情を知ってなお、青空を「救う」コトにした。そういう者に出会ったのは──…
(2人目、かな。とにかく光ちゃん、お幸せにね)
 もし自分が救われたら、光も、彼女が好きになった(気配からして一目ぼれしたのは明白だった)「チワワさん」も救われる。
(そう、なれたら……)
 膝を抱えながら瞳を湿らす。自分は本来そちらの未来に行きたかった。でも自分の本質に潜む憤怒、「伝えたい」という
欲求に魅入られ、現在(いま)がある。
 ただ楽しいおしゃべりに興じている家族たちは許せそうになかった。チワワさんもまた欠如ゆえに人を救うコトを覚えた者
なのだ。恵まれていない人は救いたい。恵まれている人には苦しみを伝えたい。その思いは如何ともしがたかった。
(二律背反。イオイソゴさんは打ち明けろっていうけど……)
 もし憤怒を失くして「救われて」普通の女のコになってしまったら、この世で楽しく喋る家族たちを許容できるようになってしまっ
たら……組織はそんな幹部を不必要とするだろう。
(みんな、欠如とそれに対するやるせなさがあるから、仲間でいられるの。今の私の悩みは「ホムンクルスをやめたい」って
いうような物だよ)
 世間から見れば決して褒められた人格ではないが、イオイソゴたちは確かに仲間だった。限りない欠如を抱えているが、
それだけに各人は個性の中核を成す『ある一点』に関して非常な優しさを持っている。それに青空は何度となく救われても
いる。傷のなめ合いといわれればそれまでだが、裏切りたいとは決して思えない。
(誰かにどんな風に言われても……みんなみんな、私の大事な仲間なの)
 そう思っても「チワワさん」の言葉が耳から消えないので──…

 玉城青空は『直接』家庭を崩壊させるコトをしばらくやめた。

 それは凄まじい鬱屈をもたらす行為だった。

 代償行為が必要だった。

 だから。

 代わりに老化治療と、間接的に家庭崩壊のできるホムンクルス研究に専念し──…



「ほう! ほう! ほたらようけの鳥さんになれよん!? ほんなんええなあ!」
.
141 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:46:28.98 ID:/5eXYjCT0
「ねーがいよるのは最大とか最速とか大きなあ奴ばっかでどもこもならん! うん! いかないっ! わしはもっとじゃらじゃ
らした鳥さんになりたいんよ。とーからほー思っとんよ。でもねーは大きなあ奴ばっか!」

(大まかな奴ばっかでどうにもこうにもならない……うぅ。ひどいよ光ちゃん。私だって一生懸命鳥の図鑑見てカッコいいの
探したつもりなのに。のに……)

 時には義妹のセリフに膝を抱えて泣いたりしながら──…

「はい。お姉ちゃんはたった一人の家族だから……何もいわずに別れたく……ないです」

(ありがとう光ちゃん。こんな私をまだ家族だと思ってくれて)

 時にはアホ毛をちぎれんばかりに振って小躍りしながら──…



(でもみんなに刃向うなら、まず私が出るからね。それが……責任っていうものだよ)

 組織に属する者として。両親を奪った者として。




 決意を高めていくうち。






 およそ1年が、過ぎた。







「インディアンを効率良ーく殺す方法をご存じかしら?」

「まさかあれだけの巨体をいとも簡単に無力化するとは……。大戦士長ともあろう者がとんだ
不覚を取りました」

 扉の向こうから声が聞こえてくる。青空はその片方に聞き覚えがあった。

「グレイズィング=メディック。……思い出しました。確かキミの名はグレイズィング」

 片方は1年ほど前に実父と義母を蘇生した衛生兵の使い手だ。そして残りは──…

「坂口照星。先日うぃるとぐれいずぃんぐとくらいまっくすが誘拐した錬金戦団のお偉方じゃよ」
「そう」
 聞かされてもあまり気乗りはしなかった。いまから彼を拷問にかけ長年の恨みを晴らすという。
 周囲にいる仲間たちはそれなりに気運を高めているが、青空はどちらかといえば不参加を決め込みたかった。
 チワワさんのセリフを聞いて以来。
 家庭を壊すのをやめて以来。
 憤怒はその向け所をすっかり失っているようだった。
 ましていまの相手は戦団──ホムンクルスを斃す正義的な集団──で、筋からいえば青空が『伝えたい』コトは特にない。
 適当に撃って切り上げよう。そう思っている時である。
 神妙な面持ちのイオイソゴが袖を引いて来たのは。
「どうしました?」
142 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:48:02.05 ID:/5eXYjCT0
 ただならぬ様子に息を呑み反問。……実父と義母を預けていた彼女に。身を案ずる情愛はまだあった。
「死んだよ。彼らは」
 沈痛な声だった。手からサブマシンガンが転げ落ちた。
「わしが潜伏しとった場所に戦士が来ての。鉤手甲じゃよ。鉤手甲でバラバラにされた。ぐれいずぃんぐめが近場におれば
良かったのじゃが、あいにく任務で遠方におった。24時間以内には──…」
「たどり着けなかったんですか?」
 からからに乾いた口の中からやっとの思いで言葉を引きずり出すと、イオイソゴは深く首を垂れた。
「仮初とはいえ、いい父母じゃったよ。ヌシには感謝しておる……」
「死んだ……? 人間なのに? お父さんとお義母さんが……戦士に刻まれ……て?」
 しゃがみ込み、サブマシンガンを拾う。戦慄く全身から久々の感情が噴き出してくるようだった。
「私でさえ間違って殺してしまったのに……光ちゃんにもう一度逢わせてあげたかったのに……」
 どうして確認しなかった。
 戦士ならまず人間か否かを確認すべきではなかったのか。
 ホムンクルスが殺されるのは仕方ない。それだけのコトをしている。
 だが。
 ただ光に再会するためにイオイソゴに付き従っていた実父と義母は?
 殺されていいはずがない。同じ人間なら尋問をし、酌量し、保護すべきではなかったのか?
 なのに戦士は有無を言わさず彼らを殺したという。
 青空自身、実父と義母を憎む気持ちはあった。でも家族でもあった。いつかやり直せたら……未練がましくもそう思っていた。
 それが、断たれた。
(光ちゃん。ごめんなさい……もう一度会わせてあげたかったのに。もう一度、会わせてあげたかったのに)
 涙が、出た。
 何のために自分はあの晩、泣きじゃくってまで蘇生を頼んだのだろう。
 いつしか自分がしゃくりあげているのに青空は気付いた。
 涙を必死に止める。
 その代わり、失意と空しさが湧いてくる。
「そう在るべき」静かな感情とは真逆の灼熱が、脳髄を焼くようだった。
「落ちつけりばーす。その戦士はわしが殺しておいた。仇はすでに取っておる」
 じゃから、とイオイソゴはゆっくり喋った。
「扉の向こうにおる戦士の元締めに、ヌシの感情を『伝えて』やるなよ? そんなコトをしてもヌシの両親は戻って来ん。他の
戦士にその感情を『伝えて』も全く以て意味がない」

 踵を返したイオイソゴの頬が笑みにニンガリ引き攣っているコトに青空は気づかない。

 ただしばらく俯き黙りこみ──…

「ええ」

 黒い白目の中で真赤な瞳を輝かせながら……笑った。



「そう。治して差し上げますわよ。ちょうどマレフィックの方々が御到着されましたし」



 扉が、開いた。


「ダブル武装錬金二重の苦しみを味わって味わうのよ」

 支給されていたもう1つの核鉄が、サブマシンガンになる。
 すすり泣くような声はきっと相手に届いていないだろう。
 だがそれでも構わない。
 声が届かないのはいつものコト。
143 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/22(土) 08:48:34.03 ID:/5eXYjCT0
 だから。



                                 伝える。



 手にしたサブマシンガンで……伝える。

「戦士相手に私の悲しさをたっぷり伝えるのよ許さない許さないふふふははははあーっはっはっはっはっは」

 すれ違うグレイズィングが軽く舌を出した。「あーあキレてる小声で聞こえないけど」。そんな顔をちょっとすると。

……どこからか、刀が床を突き刺すような音がした。

 それを合図にグレイズィングがパンプスの踵を軸にくるりと振り返り、ウィンクしつつノブに手を当てた。

「それではしばし、ごきげんよう」

 ドアがゆっくりと閉じられ──… 
 呼吸困難に苦しむ坂口照星目がけリバース=イングラムはゆっくりと歩き出した。


















 彼女は知らない。



「よくやるわねご老人も」

 サブマシンガンであらゆる感情を伝えている間、扉の向こうで。

 白いシーツがほぼ床まで垂れる丸いテーブルの周りで。

 こんなやり取りがあったのを。


「なぁに。ちょっとした仕返しじゃよ。奴は義妹放逐の件でわしを騙そうとしたからの」

 優雅に紅茶を啜るグレイズィングの前で、小休止中のイオイソゴはせんべいを一齧りした。

「確かにウソはいってませんわね。あのコの実父と義母がバラされた晩、確かにワタクシは遠くにいましたもの」

「死んだのも事実じゃ」
144ふら〜り:2012/12/22(土) 20:44:48.16 ID:N+lj6xk60
>>スターダストさん
経緯はともかくやってることの酷さでは、ジョジョの吉良以上に悲劇悲惨を振りまいてる
「黒幕」の青空ですけど、その彼女を手のひらで転がしてる「黒幕」もいる。悪の組織
として、非常にレベル高いといいますか。悪質度、戦闘力、思想の個性など、ほんと濃ゆい。
145 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:08:45.13 ID:MXqhSJ4n0
 ふふっ。紅茶をコースターに置くとグレイズィングは品のない笑みを浮かべた。

「でも遠くにいるワタクシはクライマックスの装甲列車で24時間以内に現場へ到着し、彼らを蘇生しましたものね!!」

「間に合わなかった、とは一言もいっておらんよ。勘違いしたのはリバースのみ」

「そして彼女に腕の件と……えーとなんでしたっけ、そうそう。同人ゲームのアフレコ拒否で怨みを持っているクライマックスは」

「両親生存の事実をいわんじゃろう。黙ってニヤニヤ見てる方が爽快らしい」

「とにかくコレで」

「おうとも。来るべき決戦において奴は戦士と戦うもちべーしょんを得た」

「最近のあのコ、なんだか憤怒を失くしているようでしたものね。だから、焚きつけた、と」

「これで戦士相手には申し分ない仕上がり」

「ところでどうしてあの2人を蘇生させたのですかご老人?」

 しばし黙ってから、イオイソゴは答えた。

「仮初とはいえ、いい父母じゃった。わしを実の娘のように遇してくれた」

「だから、生き返らせたと?」

 答える代りに低い鼻をこすり、イオイソゴ=キシャクは照れ臭そうに笑った。



 サブマシンガンであらゆる感情を伝えている間、扉の向こうでそんなやり取りがあった事を。


 伝えるコトを誰より望む彼女に真実が『伝わっていない』皮肉を。



 リバース=イングラムは知らない。






 ここまで004話。次から005話。
146 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:11:07.66 ID:MXqhSJ4n0
過去編第005話 「始まりはいつも突然」

 私の名前は秋戸西菜。ぶ厚いメガネがトレードマークの小学3年生。
 今日はまだ幼稚園の女のコ連れ込んじゃっています。ここは人気のない公園の裏手。今にもオバケや痴漢さんが出てき
そうでこの上なく怖いです(ドキドキ)
「ママー」
「ママー」
「ママー」
 しかしくじけてはなりません。私はこの子のお母さんを探すためにここまで来たのですから。この上なく大事な用事だって
あります。頑張れ。負けるな私。ファイトです!

 始まりはいつも突然! 大事な用事のために街を歩いていた私は、お母さんからはぐれたこのコと出会いました。そして
ここまで来ました。
「ママー」
「ママー」
「ママー」
 ……ぬぬっ。見つかりませんね? しかしそれもその筈、実はここにお母さんなんていません。「ここで見掛けたから一緒
に行きましょう」 連れ出すときに私はそう言いましたが実はこれ、真赤なウソだったりしちゃうのです!
 そう、ここにお母さんはいません!
 さわさわ。さわさわさわ。ぬぬー。いい風です。枝さんたちが揺れていい感じにさざめきます。静かです。辺りには人の
気配なんてまったくありません。邪魔されるコトはありません! チャンスです!
「ママー」
「ママー」
「ママー」
 いまお母さんを探しているこのコを殺すには最高のシチュエーションですっ!
 半ズボンにしまっていたのはジャンジャジャーン! 果物ナイフぅー! (柄を持ったままポンと手を打つ私とてもステキ!)
リンゴの皮しか剥けないけど小さいコの首ぐらいならスパっとやれますやれる筈! 頑張れ! 頑張れ私! ファイトですっ!
あのコはお母さん探すのに夢中で振り向いてません! なのでチャンスなのです。今日こそ殺して埋めるのです! 理屈な
んてありません! 私はただ人を殺しちゃいたいのです! それが私の本性ですし、本性を満たせばこの上なく変な体質も
直っちゃうはずなのです! ぬぬぬぬぬうう! 思えば何度、何度このヘンな体質で損をしたコトでしょう。(グスン) だから
頑張ります! ヘンな体質を治してフツーの女のコとして生きるのです! だから殺ります! うぉーっ!
 駆ける私! 振りかざすナイフ! 銀色の軌跡はついに女のコの首に吸い込まれ!
 そして!
「マm……あ! 1万円札だー!」
 え? わっわわ、ちょっと! 急にしゃがまないで下さいよぉー!
 わーっ!!!

…………。

「大丈夫お姉ちゃん? 転んじゃったの?」
 うぅ。見ての通りです。私はいまイチョウさんの根元で這いつくばってます。鼻血を出しお尻だけ高く上げてる姿はシャクトリ
ムシさんみたいで格好悪いです。この上なく情けないです。急に女のコがしゃがんだから、この上なく勢い余ってつまずいて、
イチョウさんの幹に鼻をぶつけてしまったのです……。ああ、木の幹には一条の紅い線。あれは私の鼻血なのでしょう。こ
の上なく痛いです。血は止まる気配があり……え? 泣かないで? うぅ。ありがとう。この上なくありがとうございます。こん
な私を心配してくれて……。でも泣いてるのは鼻が痛いからじゃありません。聞こえませんか? あなたの名前を呼ぶ声。
あれはきっとあなたのお母さんの声……。
 ああ、失敗です。この上なくグダグダです〜〜〜〜〜〜!!

「よく連れて来てくれたわね。ありがとう。ちょうどさっきまでそこを探していたのよ」
 ぬぬ……。お構いなくです。ああああ、ウソから出た誠とはまさにこのこと、まさか本当に探していていたとは。そして入れ
違いに来たこのコの声を聞いて戻ってきたとは……。
「ありがとうお姉ちゃん。1万円あげる!」
 い、いいです。それ受け取ると良心がますます痛みそうで……あ、ティッシュありがとうございます。
 名前? い! いえ! 名乗るほどの者ではありません。というかこのコ殺そうとしてた私が名乗るなんて……!
 あああああ! あうあうあわわわー!!!
 失礼します!

 公園を出るなり全力ダッシュです! 涙と鼻血がたなびいてます。マンガやアニメなら背景にほわほわした点描が浮いて
いるかも知れませんね。アニメ嫌いですけど、そう思うほど置かれた状況は滑稽ですよお。私、笑ってます? あ、笑って
ます。ヤケな笑いを浮かべてます!
147 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:13:37.64 ID:MXqhSJ4n0
.
 ああ! いつもこうです! 誰かを何かを殺そうとするたびこんなコトになっちゃうのですーーーーーーーーーーー!!!

 私は命を奪いたくて仕方ない性分なのです! でも、どんな動物でも殺せたコトはありません!
 アリさん潰そうとしたらBB弾踏んでずっこけたり(アリさんは無事)、粘着シートにかかったドブネズミさん焼き殺そうと天ぷ
ら油掛けたら脱出されました。というか飛びかかられました。びっくりした私は火の付いたライターを落としてしまい、足に火傷
を……。年老いたノラネコさんならばと(もう十分生きましたし、最近なんだかぐったり気味だったので。安楽死です)Drキリコ
気分で脳天めがけ金槌を振り下ろしましたが、突然近くにあったマンホールが爆音とともに舞いあがり、私の後頭部を直撃!
何かの拍子で下水道に溜まっていたメタンガスがですね!(グス) 何かの拍子で爆発したらしいのですよぉ。奇跡的に3日
の入院で済みましたけど、済みましたけど……嬉しくなんかありません! ちなみに殺そうとしたネコさんは私が落としたハ
ンマーがなんか元気の出るツボに当たったらしくムリムリと若返って今でもすごく元気です!
 そして果物ナイフ向けた女のコは1万円拾って終わりです!
 今日こそ確信しました!
 私が殺そうとする動物さんや人さんは死なないどころか却って幸運に恵まれるのです!
 しかも逆に私がケガしちゃいます!

 そして!!

 好きになった動物さんや人さんは必ず不幸になっちゃうのですっ!!
 大好きだったおじいちゃんは「おじいちゃん大好き」といった次の日、腹部大動脈瘤破裂で死にました!
 お気に入りのお菓子はいつもすぐ生産中止! 行きつけの喫茶店は必ず火事か強盗殺人に遭います。好きな野球チー
ムは横浜ベイスターズです。
 ここだけの話ですね、「まさかこの人が」って感じで急に死んじゃう有名人さんいるじゃないですか。あれ……ほとんど私の
せいだったりします。ゴメンナサイ! はい。いつもいつもファンになった矢先に……。

 だから私は私が嫌いなのです。好きになりたいのです。

 私の名前は秋戸西菜。ぶ厚いメガネがトレードマークの高校3年生。
 あれから10年ぐらい経ちました。けれど私の置かれた環境は依然そのまま……。
 殺そうとする動物さんや人さんは幸運に恵まれまくっています!
 ぬぬぬぬぬゥー! でもそれじゃ駄目なんですよぉー!!
 私は異常殺人者なのですっ! 両目の瞳孔だって左右で大きさ微妙に違うし(右がチョット大きいです)、恥ずかしい話な
んですが……その、13歳のころまで……オネショ……はい。オネショしてましたし……素質はある筈なんです! 猟奇殺人
犯さんたちはそんなダメな背景を持ってるじゃないですか! だから私もそうなってー、10人ぐらい子供殺してー、ひと通り
世間を賑わしてから捕まって、死刑になるのが一番いい筈なんですっ! それが私の昔からの夢なんですっっ!!
 でもこの年になるまで撃墜スコアはいまだゼロ……。うぅ。
 勉強もダメ。運動もダメ。唯一得意なのは演劇だけです。せめて虚構の中でぐらい猟奇殺人犯になってもいいじゃないで
すか。でもそう思って入った演劇部ではイジメの連続。やれそのビン底メガネが野暮ったい、やれそのボリューム過多の黒
髪が野暮ったい……うぅ。切っても切ってもムワムワしてくるんですよお。メガネのレンズが厚いのは瞳孔の大きさの違いを
隠すためです。ああっ、演劇なんて大嫌い。腹筋も発声練習もすべてイヤイヤやってます。先輩たちも大嫌い。なのに彼氏
ができたり宝くじで10万円当てたりしてます。これもきっと私の体質のせい……嫌いな人ほど幸運に恵まれるのです。ぬぬ。
この上なく妬ましいです。でも嫉妬はダメです。格好悪いです。

 だから私は私が嫌いなのです。好きになりたいのです。

 私の名前は秋戸西菜。ぶ厚いメガネをやめさせられた19歳の声優さんです。
 え! なんで私声優さんになってるのでしょうか! 記憶を手繰ってみます。あ、思い出しました。演劇部の先輩が嫌がら
せで無理やり声優事務所に私のプロフを送りつけ、無理やりオーディションを受けさせたせいですっ! でも私はアニメなん
てこの上なく嫌いです! アニメオタクさんはこの上なく気持ち悪いです! なのに、なのに、なぜか合格しちゃいました……。
148 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:14:04.84 ID:MXqhSJ4n0
そこから先はトントン拍子……なぜかデビュー作で主役を獲得し、そのデビュー作がこの上なく社会現象起こすぐらいヒット
して、半年もしないうちに人気声優になってしまいました。ぬぬ。なんでしょうこの上なくヘンな幸運。私はっ、私は! 演劇
もアニメも嫌いなのです! ただ猟奇殺人犯になって(略)、死刑になるのが一番いい筈なんですっ! グラビアなんて撮り
たくも見たくもありません! なのに仕事は次から次に舞いこみます。豪華な声優さんの座談会ではいつもいつも私はいじ
られキャラ……! 違います! 私は狩る側なのですっ! ああ、違います。こんなの私じゃないですよー。

 だから私は私が嫌いなのです。好きになりたいのです。

 私の名前は秋戸西菜。メガネ再開した小学校の先生です。年はもう27……。ああ、すっかり年老いました。
 声優? 苦労の末少しずつアニメが好きになったのですが、…………心から好きになったその日にですね、事務所がつ
ぶれ、役にも恵まれなくなり、2ヶ月もしない内に業界を干されました……。ぐす。ほら見たコトかですよお! 私が好きにな
ったものはいつもこうなっちゃうのです〜〜〜〜〜〜〜〜! 一目見てこの上なく気に入ったダウトを探せRは2週間後も
もたずに終わっちゃいましぃ、2000年ごろ愛飲してた牛乳は雪印製でしょ? はい? 大好きではないけどちょっとだけ
気に入ってる芸能人さんですか? ……田代まさしさんですよお。悪いですかあ(泣) 家には転がってるのはセガサターン
やβマックスのビデオデッキです。来年始まる『ふたりはプリキュアSplash Star』はすごく私のツボなんですけど、きっと、
1年だけで終わって別のシリーズが始まるでしょうねえ! (半ばヤケです私!)
 なんで教師になったかですか? 子供が大嫌いだからです。職にあぶれた私はお母さん(お父さんやお母さんは特に好
きでも嫌いでもありません)のすすめで教育大学に進学させられ、嫌だった教職課程をクリアしてしまったのです……。
 いつも思うのですが、私はイヤイヤやるコトほどうまく行ってしまうのです。
 声優時代もそうでした。アニメオタクさんに媚び媚びなキャラほど嫌だったのに、それがもう本当ウケてウケてのし上がって、
なのにすごく純文学的でステキな役は全然ウケない……。やりたいコトほど、好きなコトほどうまくいかないのですっ!
 で! でも! 初めて受け持った子供達はちょっとずつ好きになりましたよ! 「ああ、色々あったけどみんな、大好きで
す。ありがとう」と思った卒業式前日、教室へヘリコプターが落ちてきてみんな死んじゃいましたけどお!(号泣)
 そしていまは学級崩壊のクラスを押し付けられています。毎日毎日教壇に丸められた紙や三角定規が飛んできます。痛い
です。みんな話を聞いてくれません。ああ、やっぱダメです。こんな猫背で髪が野暮ったくて、いつもいつもぶ厚いメガネの
奥で必死なジト目してる私なんかが教師になんて、とても。しくしく……。え、泣いてる先生可愛い? ありがとうです。それは
よく言われます。小学生時代も演劇部時代も声優時代も可愛い可愛いとは言われましたよ。でもね、いつも「残念な美人」とか
なんとかで恋愛対象には見られないんですよぉ。だからこの年でも私はまだ処女です。男の人とお付き合いしたコトなんて
ありません…………。だって好きになった男の人、必ず死んじゃいます。初恋の人はダンプに下半身を吹き飛ばされて即死。
演劇部時代イジメからかばってくれた部長は飛び降り自殺に巻き込まれハンサムな顔がぐっしゃぐっしゃで即死。ダメな私
を何かと教導して下さりたくさんの人から慕われていたベテランの男性声優さんは飛行機事故に遭って即死。今も黒コゲの
顔と右足首のカケラ以外見つかってません。
 呪われてます。私、呪われてます。
 でも人を殺せばきっとこの呪縛も断ち切れるはずなんです。奥底に溜まった敵意さえ解放すれば、好きな人も好きな物も
きっと無事でいられるはずなんですよお。なのに殺せないんですよお。うぅ。

 だから私は私が嫌いなのです。好きになりたいのです。
.
149 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:15:06.67 ID:MXqhSJ4n0
 私の名前は秋戸西菜。またの名を『黄泉路に惑う天邪鬼(マレフィックプルート)』。クライマックス=アーマードですっ!
 ええっ、ええ! 分かってます! 中二病全開の肩書です! でも盟主様が無理やりつけてきたからしょうがないじゃない
ですかあ! うう。先生だった私がなんでこんなコトに……。
 始まりはいつも突然です! もう学級崩壊のクラスが嫌になった私は、このヘンな体質を逆利用するコトにしました! ハ
イそうです! 敢えて好きになるのです! 好きになれば殺せます! 人を殺せるなら私は私を好きになれる筈だから頑張
ってみなさんを好きになっちゃいました!
 そしたら!
 なんかメカっぽい化け物さんが教室にやってきて、悪い生徒を全部食べちゃいました。
 私はもうパニック状態。腰を抜かしてちょっとお漏らししました。

「あああああああ! イヤです! 私はただ私を好きになりたかっただけなのにぃー。ああ、いつもこうです。好きになった
物はいつも死んでしまいます。嫌いな人は恵まれるのに……。うぅ。妬ましいです」
「……ほう。ヌシ、なかなか面白そうなおなごじゃの。話を聞かせてくれんかの?」
「ぬぬぬ?」

 顔を上げたその先に居たのは隣のクラスの生徒さん。確か……木錫さんとか名乗っていた……。
 紺のブレザーは制服ですね。それに手甲と鎖帷子つけてます。足のストッキングっぽい意匠も鎖です! 分かります!
伊達にメガネをかけてる訳ではありません!

 ああっ、それにしても……始まりはいつも突然です!
 好きでも嫌いでもなかった生徒さんが実は化け物の仲間で、私の生徒を食べ尽くす手引をしていたなんて!
 しかも人類に仇なすため、仲間になれと……。
 ああ、でも私の生徒を食べ尽くすような人たちの仲間になれば、私は今度こそこの手で人を殺せるかもしれません!
 普通に暮らしてる人はこの上なく妬ましいのです。だから『嫉妬』の赴くまま殺したいのです。
 私は……
 私は────!!!
 この体質を治して幸せになりたいのです!
 
 という訳で修業した結果、私は装甲列車の武装錬金を発動できるようになりました!
 おおーっ!
 ちなみに名前の”クライマックス”は好かれたらクライマックスという理由で付けられました……。
 


「インディアンを効率良ーく殺す方法をご存じかしら?」  
 
「まさかあれだけの巨体をいとも簡単に無力化するとは……。大戦士長ともあろう者がとんだ  
不覚を取りました」  
 
 扉の向こうから声が聞こえてきます! 私の名前はクライマックス=アーマード! この上なくウキウキ中です!!
 もうすぐ出番! 自分の収録を待っているようなこの感覚!! 久々です!! この上なく久々です!!
 よく分かりませんが敵は正義の組織のこの上なく偉い人!! くぅ!! この上なく王道!! 私の脳髄の腐れ的にも萌え萌えです!!
 顔も見ました! 素敵なオジサマ! 大好物の1つですっ!
 囚われ! 無抵抗! そこにあんなコトやこんなコトを!!
 あ、ああ。こう、ウィルさんが攻め攻めな禁断なアレになったりしたら……きゃー!!
 両頬に手を当て年甲斐もなく照れ照れ! 赤いハートマークがぷわぷわですっ!

 ここですか? 漆黒の空間ですよ(ククク)。……足元に立ち込めてる白い煙はドライアイス。私の演出です!
 まーもともとなにか溜まってましたけどもっと分かりやすい方がいいじゃないですかこの上なく!
 周りには男の人や女の人や、あとイロモノさんが合わせて7人。あとずっと後ろには盟主様が立ってます。
 みなさん表情はそれぞれですねー。あ、リバースさん。イソゴさんに騙され中です。
 フフフのフ!! 実はご両親生きてますけどね!! ざまあです。私の腕折ったりエロゲのお誘い断るからそうなるのです。
 なのにご両親をグレイズィングさんのところへ運んであげた健気な私。感謝すべきですよリバースさん! この上なく!
 ああしかしこの上なく全員集合ですねー。ディプレスさん。デッドさん。ブレイクさん。
 殺意を滾らせたり気乗りしなげに佇んだりと反応は様々……ちょ! リヴォルハインさんこっち来ないでください! 
 なんで? だだだだって感染するかもじゃないですか!

 だいたい照星さんに感染してる天然痘ウィルス! あれもリヴォルハインさんじゃないですかあ!
 ぜーっ! ぜーっ! ぜーっ! 良かった向こう行ってくれました……って! なにウィルさん壁に背を預けて寝てるんですか!
150 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/23(日) 04:16:28.23 ID:MXqhSJ4n0
 枕片手にコクリコクリ! ダメですよ居眠りは!! いまから本番ですよ!! 声って完全に起きるまで時間がかりますし!
 てか仕事モードになりましょうよぉ。あっちじゃないとウィ照、成り立たないんですってばあ。

 ああ。でもこの上なくいいです。これでこそ悪の組織!! 個性豊かな人たちがたくさん!!
 昔の仕事場もこんな感じでした。嫌になるほど濃い人たちが、常に全力で本気の言葉をマイクに向かってこれでもかと叩きこんでました!
 さあターンしましょう! 均整はとれてますがそろそろ加齢に弛みはじめている華奢な体をこの場でクルリラ一回転っ!
 鼻から綺麗な音符が飛びますよ。私の心はいまバラ色!



「そう。治して差し上げますわよ。ちょうどマレフィックの方々が御到着されましたし」


 扉が、開いた。

(いよいよです!! いよいよこの上なく本番です!! 悪の幹部たる私の力!! とくと見せてあげますよ!! さーナレーションします!)

 ドアがゆっくりと閉じられ──… 
 呼吸困難に苦しむ坂口照星目がけクライマックス=アーマードはゆっくりと歩き出した。(でも心はドキワクですっ!)




 ……ふみゃあああああああああああああああ! 何ですか!! 何ですかコレ! この上なくグロいやり口は!!
 ちょちょちょ、やめましょうよぉこーいうの!! もっとこうジャンプにこの上なく乗せられるレベルじゃないと、萌えが!
 え? 邪魔? 攻撃しないならすっこんでろ? し、し、しますよ攻撃、すればいいんでしょ!! この上なく!
 ぎゃああ! また失敗した!!? そーいえば私はこの上なくヘンな体質! 殺そうとした人が幸運に恵まれ逆にケガしないタイプ!
 だったら! だったら無限増援でこの上なくボコボコに! え? 邪魔? 狭いから出すな?
 そんな! 私だってイヤイヤながら一生懸命やろうと!! なんで文句言うんですかあ。(しくしく)

 くすん。私、悪織に入ってもハブられてます。でも、頑張ります。


. 以上ここまで。過去編続き。
151 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:52:51.47 ID:mT9WOZS40
永遠の扉 過去編 「時を重ねてそれぞれの願いがまるで新しい未来へと続く」

第006話 「時間も分からない暗闇の中で」





 当事者 4

 バラけていく。崩れていく。脚部に力が入らない。張り詰めていた神聖な集中力が虚空の彼方へ散っていく。脇を見る。男
3人が割れた人混みへ吸い込まれる。彼らは山のように連なっていた。揺れていた。両端の屈強な水色の間で貧相な緑が
揺れる。その緑の嵐が飛びかかってきたのは何秒前? もう何分も? 追いつかない。縮められない。
 バラけていく。崩れていく。

──積み上げてきたからこそ分かるものがある。

 規約にある数値。観測で明文化される数値。それらは決して感情的な挙措で覆せるものではない。規約に従い観測に
照らさなくてはならない。栄冠を目指すという事はつまりそれだ。タバコを控え酒を控え節制に励み好物の脂身さえ口にせず
友人どもが恋人とベッドの中で甘く囁いている明け方にはもう20kmほど走っている、そんな生活を年単位で送り、足から
少しでも多くブヨついた肉をそぎ落とし肺機能をわずかでも向上させる。スクラムを組んだ規約と観測に理想の数値を吐か
すには地道な努力を重ねるしかない。積み上げるのだ。1日に少しでも多く。本番に向かって。多くて1秒でも少なくできれば
成功だ。1日の少し、本番での少し。それらが年単位で積み重なって栄光に繋がる事を信じ、苦痛に耐え……。
 そうやって培った物だけが規約と観測の前で望みの数値を弾き出してくれる。

 と、信じていたのに。

 山の両側は警備員だ。彼らが時おり切羽詰った叫びを上げ体を揺するのは……中央の緑色が身を捩った数瞬後だ。

「申し訳ありません」

 バラけていく。崩れていく。あらゆる総てが『分解』される。

「彼は以前にもこのような真似を」

 長い距離を好成績で走り抜くには? 綿密なペース配分が必要だ。『機械のような』。集中力を高める。スタート直前に
深く息を吸い、吐く。そして総てをブツける。培った総てを、最後まで。

「沿道の群衆に紛れて、走行中の選手に飛びかかり、競技の妨害を」

 這いつくばっている自分の横を選手たちが流れていく。立たなくては。力を込めた足から鈍い痛みが昇る。右のつま先が
尻に付いている。断裂、そして反転。端緒は緑色のパーカーが胸にぶつかった瞬間だ。室内で独りよがりの遊戯に耽って
きた男特有の生白い顔と虚ろな目、それが自分を後方へとつんのめらせ、そして押し倒した。鈍い断裂の音が今さらのよ
うに耳奥で木霊する。痛みは激しい。ただ座って地面に付けているだけなのに脂汗が全身に浮かぶ。立てばどうなるか、
全く想像したくない。だが立たねば状況は好転しない。

 彼は走っていた。大事なもののため、走っていた。

 深く息を吸う。散ってしまった神聖な集中力。それを少しでも多く体内に引き戻さなければ何も始まらない。何も……。『機
械のような』集中力。それさえあれば後ろ向きの足首がもたらす激痛な
ど物ともせず、精密なペースで走り抜ける。走りぬける筈だ。

 なぜ、自分がこういう目に遭っている? 何をした? ただ走り抜くため真っ当な努力を積み重ねただけなのに。

 白いヘルメットの救護班がやってくる。何をいっているかは分かる。だがいやだ。走れ。走るのだ。息が乱れる。この足で?
妨害後に? マトモな状況でマトモな体を走らせても好成績は難しいのに? 自分を抜いたのはもう何人? 無理だ。積み
上げてきたからこそ分かる。でも、走れ、走るのだ。千々に乱れた理性と恣意がせめぎ合う。
152 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:54:20.61 ID:mT9WOZS40
.

「離せ! 離しやがれ!!」

「今日しかないんだよ!! いまが最後の……最後のチャンスなんだよ!」


 拳を叩きつけた瞬間よみがえったのはかつての叫び。今は叫ばない。叫ぶ気力は……ない。

 喪服なのだ。いまは。

「落ちついて。お気持ちはわかります。苦難に耐え続けた結果が妨害によって台無しにされる……その辛さ」

 ヒビの入ったガラステーブルの向こうで白髪交じりの中年男性が嘆息した。慣れている。こんなトラブルは彼にとって「よく
ある事」なのだろう。積み重ねてきたから分かる。次はこちらの無念を取り除く作業に移る。「不幸な事故」。だから今回は
諦めるよう促すのだろう。釈然としないがそれでも自分は積み重ねる側にいたかった。沿道から選手の何もかもブチ壊し
にかかる貧相な緑パーカーのような──さっさと微生物にでも分解されて死ね! 何度もそう呪った──低い次元の男には
なりたくなかった。釈然としない。だが今まで過ごしてきた世界は耐える以外の選択肢を齎していない。それがどんなに絶望的
な事でも、世界にとって「普通」で「当然」の事なのだ。

 失われたものがもう二度と帰ってこないとしても。
 報いる事ができなかったとしても。

「御事情は聞いています。たいへん辛い事です。妨害を阻止できなかったこと……本当に無念です」

 深く息を吸う。分かっている。怒ってもどうにもならない事は。42.195km。その沿道にひしめく群衆の中から妨害経験
のある前科者だけを見つけ出し事前に排除する? 無理だ。規約と観測が要求する数字を恣意一つで叶えられないように……。

「ご安心ください。お足の怪我は治るものです」

 それでも。

「あなたの成績は拝見しました。大丈夫です。今度こそ、報いて下さい。願っています」

 バラけていく。崩れていく。

 どんなに頑張っても理不尽な妨害によって台無しにされるのではないか?
 そして世界は台無しにされた分をちっとも補填してくれないのではないか?

 憂鬱な感情が、拡がっていく。



 当事者 3

 この世の総てを欲するのはつまるところ寂しいからだ。

 明日が賞味期限(=売れなければ捨てられる!)のジャムパン、流行ってない自転車屋の片隅で埃かぶってるT字型の
空気入れ、昭和の匂いがする扇風機。
 いかにも売れていない様子の商品達は自分を見ているようで辛い。だから買い占める。店頭にあるのに誰からも見向き
されず静かに朽ち、捨てられる。その様子を想像すると途轍もなく寂しい。

 だから自分が買う。買って「必要とされている」、そう言い聞かせてあげる。せっかく生まれてきたのに不必要と断ぜられ
処分されるのは可哀相だ。だから買う、買い続ける。

 それでも目に見えない場所で寂しい思いをしている物、あるだろうから。

 この世の総てが欲しい。

 強欲といわれても、構わない。
153 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:55:54.13 ID:mT9WOZS40
.











 当事者 2




「くらくてせまくてたかくて、んでギャーン! ってなったらこうなってたワケじゃん? ね、ご主人」












.
154 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:57:02.51 ID:mT9WOZS40
.











 当事者 1




『ははっ! その説明で全部分かる人は少ないと思うぞ香美!』












.
155 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:57:59.42 ID:mT9WOZS40
.




「分からない……です」
 鐶光は卓袱台の前で可愛らしく首を捻った。
 よく分からない。
 疑問は氷解しそうにない。
 それが率直な感想だ。
 こういう時直属の上司──総角主税という名の金髪美丈夫──がいれば、とも思う。だがあいにく彼が戻る気配はない。


「フ。部屋の事で少々用事ができた。小札と無銘ともどもしばらくは戻れない」


 そう言い残して部屋を後にしたのが1時間前。まだまだ帰宅に至らぬようで。


(くらくてせまくてたかくて……? 難しい……です)


 視線を居間へと引き戻す。
 ここはアパートの一室だった。4LDK。閑静な住宅街にあるにしては家賃が安い……昨日得意気に説明していた金髪の
美丈夫はいまごろ不動産屋で書類不備の後始末をしているのだろう。よくあるコトだ。契約をしたあと不動産屋が何か不審
な点を書類に見つけ世帯主を呼びだすのは。なぜなら住む者総て「戸籍は有って無い様なモノ」。一旦契約が成立した方が
不思議なくらいだ。
(私のはまだ残っているかも知れません。でも、あったとしても、年齢が…………合いません)
 肩を落として虚ろな瞳で床を見る。
 加入してから数か月。当時こそ7歳だったがそろそろ肉体年齢10歳のチワワ──鳩尾無銘──を追い抜きそうな勢いだ。
 それがどれほど辛いか。
「妹分ができた」。そう喜ぶ無銘がグングンと成長する鐶を見る眼差し。不老不死のホムンクルスが年齢差を短期間で覆される
失意の表情。いやというほど実感できる。自分は人外からさえ外れた存在で、10年も経てば1人だけ老婆と化し、変わらぬ仲間
を羨むしかないのだと。辛さの向こうでようやく会えた、救ってくれた少年。大好きな彼の前で1人だけ年を取り、失意の表情を
73日ごとに見せつけられ、やがて失意さえ失われ何の関心も示されなくなる。
 想像するだに恐ろしき未来予想図に何度泣いたか分からない。

 戸籍の話に戻る。

 総角、小札、無銘といった3名は分からない。
 だが目の前にいる少女は絶対に戸籍を持っていない。鐶はそんな確証を持っていた。
(なぜなら香美さんはもともと……)

 ネコ。

 なのである。

(ある訳……ないです)

 などとぼんやり思いつつボロックナイフを振る。天井から落ちてきたムカデが胴切りにされ吹っ飛んでいく。転瞬鐶の可憐
な唇から桃色の影がムチのように踊りあがった。舌。桃色でひどく長大な。キツツキのそれへ変じた鐶の舌はびゅらびゅら
と踊り狂いながらムカデの痙攣する胴体2つを順々に巻きこみ、口内めがけ引きこんだ。
 目の前の少女が感嘆の声を上げた。「もう使いこなしているじゃん」というのは体質と武装錬金両方に対する賛辞だろう。

「はい……。ズグロモリモズの毒を……蓄えます……。お姉ちゃんに監禁された時に……虫を食べて……空腹を……凌ぎ
……ましたし…………割りと……へっちゃらです」

『はっ、はは! その年でその境地は色々凄いなあ!! 女のコにいうのもアレだが、逞しい!』

 それは少女の後頭部からあがる大声で、まぎれもない、少年のものだった。
156 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:58:28.23 ID:mT9WOZS40
.

(分からない……です)

 なぜ、こうなっているのだろう。

 咀嚼しながら考える。

 考えれば考えるほど分からない、少女の後頭部の秘密。

 馴染むまではかなり戸惑った。

 窓が揺れた。反応する。首ごと旋回した視線の先。ガラスに赤黒い落ち葉がへばりつく。
 後ろには灰色の空。
 空。そうだ、姉はいまどうしているだろう。取り止めのない思考世界へ焼き芋屋の錆びたアナウンスが木霊する。
 
 季節はもう冬だ。

 鐶光。本名は玉城光。7歳の誕生日まで彼女は人間だった。しかし義理の姉はそれを許さなかった。紆余曲折を経て鐶は
ホムンクルスへと変えられ、五倍速で年老うさだめを負った。そうして義姉の命じるまま各地の共同体を殲滅していくうち、「ザ・
ブレーメンタウンミュージシャンズ」という流れの共同体と出会い、戦い、仲間になった。

 それがこの年の秋口だから、すでに数か月が経過している。

 とはいえ実のところ、鐶はこの「ブレーメンの音楽隊」をもじった一団の全容を把握していない。

 そも共同体というのは一地域に根差すものだ。通常、ホムンクルスは人喰いの衝動を抑えるコトができない。といって野放図
に人間を襲っていれば「錬金の戦士」という化け物退治の専門家どもにいずれ捕捉され、殺される。故にホムンクルスは徒党を
組む。人目のつかぬところに潜み、静かに密かに人間を攫っては「食事」をする。共同体に移動があるとすればそれは錬金の
戦士にいよいよ捕捉された時だというのが姉の弁。移動は逃走手段に他ならないとは鐶に戦闘を教えたホムンクルスの弁。

 だが、常にザ・ブレーメンタウンミュージシャンズは全国を放浪している。
 常に戦士に捕捉されている……という訳でもない。むしろ放浪そのものが目的のようだ。
 鐶が耳にしたところによれば既に9年…………さまよっている。
 最初、鐶はただ単に彼らが定住先を探しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
 共同体のいる場所へ出向き、敵を殲滅。ただそれの繰り返し。
 良さそうな土地を見つけるたび永住の予定を聞きもしたが、リーダーはフッと一笑するだけで答えない。
 たまに彼が剣術家や剣術道場を訪れ修業に励むコトもあるが、決して弟子入りや住み込みなどはせず、1週間後にはま
たブラリと別の場所へ旅立つ。
 そういう生活が既に9年。続いているらしい。

 リーダーの総角主税という金髪の美丈夫はなぜ彼らを率いて旅をしているのか?

 小札零という実況好きの少女にしたってロバ型ホムンクルスになった経緯はまだ分からない。

 鐶にとって忘れ難い鳩尾無銘という少年は心こそ人間だが姿はチワワ。
 他のホムンクルスにように人間形態にはなれないのだ。
 だからよっぽど(彼にとって)異常で迷惑な生まれ方をしたのだろうが……彼は決してそれを語らない。

 そして。

 いま鐶光の向い側にいるのは栴檀香美(ばいせんこうみ)という名の少女である。
 栴檀はふつう「せんだん」と読むが、”彼女ら”は「響きがいいから」と「ばいせん」にしている……という話を鐶は無銘から
──堅物の彼はこの表外読みをとても苦々しく思っているらしく、峻厳極まる顔だった──聞いている。

(香味焙煎と掛けている……のでしょうか?)

 鐶があまり面白くない感想を時おり抱く少女の容貌は。
 一言でいえば「遊んでいそうなギャル」だ。
157 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 19:59:29.87 ID:mT9WOZS40
 セミロングの茶髪にうぐいす色のメッシュを幾筋も入れ、シャギーも入れ、それを肩口の辺りでやたら元気よく跳ねさせて
いる。
 にもかかわらずアーモンド型の瞳はどこか気だるそうで「動くよりは寝ている方が好きじゃん」とも言いたげだ。
 というより彼女は先ほどからこっちヒーターの前でだらしなく「伸びている」。
 冬にそぐわぬ白いタンクトップはすっかり着崩れ白い腹部がはだけている。ハーフのデニムジーンズから伸びるしなやかで肉
づきのいい小麦色の足も床へ無造作に投げ出されている。
 総合すると、ひどくだらしない。ほぼ同年代の女性でもここまで違うのかと鐶は目を丸くした。姉ならばこういうだらしない
格好はしない。長いジーンズの裾がちょっと捲れるだけで慌てる。脛のわずかな露出さえ彼女は羞じるのだ。そういう奥ゆ
かしさが、「お姫様みたい」で鐶は姉──青空──に憧れたものだが……
(香美さんは昔の私みたく……活発……です
 いつしかタンクトップは腹部すれすれまで捲れ上がり、なかなか際どいところまで見えている。下着は未着用。形が保持
されているのは野性味と若さゆえか。
(円弧から計算するに……お姉ちゃんの方が……だいぶ大きい……です。やった……です)
 意味不明な優越感を覚える──まだ自分が及びもしないから、か?──鐶はともかくとして。
 栴檀香美。
 瞥見の限りではどこにでもいる行儀の悪い少女。しかし彼女には地球上の他の誰もが持っていないであろう凄まじい秘密が
ある。

 それを鐶は加入以来ずっと不思議に思っていた。
 もちろんリーダーに聞けば詳しい経緯などすぐ分かるだろうが、しかし秘密をコソコソ嗅ぎ回っているようで気が咎め、ついつい
聞けぬまま数か月が過ぎてしまっている。
 とはいえどうしても知りたいと思うのは……。

『僕”たち”を今の姿にした者と貴方は面識がある!』

 部屋には鐶と香美。少女が2人。されど少年の大きな声がどこからともなく響いている。

 謎はそれだった。

 大声は続く。

『秋口、光副長が無銘ともども戦士に追い詰められた時!』



──「……手だしは……させません」
── なっと息を呑んだのは戦士ばかりではない。無銘もまた意外な面持ちでその光景を眺めていた。
── クチバシ、だった。子供ぐらいなら丸呑みにできそうなほど巨大なそれが戦士の左上膊部に噛みついている。そのせい
──だろう。鉤爪が無銘の章印スレスレでぴたりと静止したのは。静止した物が揺れた。無銘の視界が90度傾いた。そのフレー
──ムの中で戦士が飛んだり跳ねたりを始めたが好きでそうしている訳でもないらしい。
──(これは──…)
── どうやらクチバシが左腕ごと戦士を振り回しているらしい。途中で気付いた無銘も無事とは言い難かった。彼は戦士に頭
──を掴まれている。激しい揺れに巻き込まれたのは成り行きとして当然……。世界が揺れる。傷だらけの体がガクガクと揺
──れる。無銘と戦士だけが局地的大地震に見舞われたようなありさまだった。



『クチバシだけだが確かに変形した! ”ハシビロコウ”に!!』
「はい……。ディプレス=シンカヒアさん。ディプレス=シンカヒアさんに……戦闘の手ほどきを……受けました」
『いわば師匠筋! まんざら知らぬ間柄でもないが故に!』

 なぜ彼が僕たちをこういう体にしたか知りたいのだろう! ……大声はそう叫んだ。

 鐶は頷いた。

 知り合いが、知り合いを害した。

 双方の人格を知っている以上、両者の敵対した経緯はひどく関心を引く。
158 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/24(月) 20:00:09.64 ID:mT9WOZS40
 そういう意味では鳩尾無銘誕生の秘密も同じではあるが、こと無銘と話す時は非常な気恥しさが全身を駆け巡りしどろもどろで
上手く話せない鐶なのだ。でもそういう自分を少しでも変えたい鐶だし、香美”たち”だって仲間として大事に思っている。過去を知
りたいという気持ちの強さは相手が無銘でも香美たちでも変わらない。

「それに……人格が………共存しているのも……不思議です」

 大体のホムンクルスは動植物の細胞から作った「幼体」を人間に投与して誕生する。
 だからそういう意味では香美も普通の「ネコ型ホムンクルス」なのだが、その範疇に収まらない秘密がある。

 香美の後頭部にはもう一つの「顔」がある。

 それが飼い主──栴檀貴信──の物と知った時、鐶はいささか驚いた。
 つまり彼と彼女は──…

 2人で1つの体を共有している!!

 だがこれはホムンクルスの原理的にありえない状態。

 鐶をホムンクルスに改造した姉──玉城青空。別名リバース=イングラム──は言った。

「いい? 光ちゃん。ホムンクルスを作るには幼体を人間へ投与すればいい訳なんだけど……ふふっ。そうするとね。幼体
の基盤になった動植物が人間の精神を喰い殺しちゃうの」

 にも関わらず、貴信と香美は見事に共生している。
 それはとても特異で異常なコトだった。

 姉の調整と尽力で「ホムンクルスになりながら元の人格を保持している」鐶にしたって、基盤となったニワトリの精神は
脳裏のどこにも残っていない。香美のように声を上げ、鐶と掛け合いをする。そんなコトは一度たりとてなかった。

「つかきゅーびまで行く必要ないじゃん。あいつイヌじゃん。チワワじゃん」
 卓袱台の向こう側で「まるで一人問答」をやってる活発な少女に鐶は内心うんうんと頷いた。
「無銘くんは居て欲しい……です。耳を……はむはむしたい……です」
『さっきから副長はいちいちズレてると思うが!』
「あ、ムカデ食べた口じゃ……危ない……です。歯磨きしないと……」
『…………ええと。……なんだっけ? ああそうだ副長!? 僕たちの体の秘密が知りたいと!?』
「え、ええ」
 香美の後頭部から響く大声にやや気押されながら──この場にお姉ちゃんがいなくて良かった。いたらきっとキレて暴れ
ていたに違いない。『大声で喋れる』 そんな者が大嫌いだから──と思いながら、鐶光はコクコクと頷いた。
「あまり……触れちゃいけない…………話題でしょうか……? 私の五倍速の……老化の……ように」
 問いを投げかける鐶自身、広言憚る体質と経歴の持ち主である。彼女は義理の姉の暴走によって

『数多くの鳥や人間に変形できる代わり、五倍速で年老う体』

になった。現在こそすっかり虚ろな瞳で途切れ途切れにしか話せぬが、人間だった頃は双眸に光溢れる活発な伊予弁少女
として父母の愛を一身に受けていた。
 変わる、というのはそういう事である。現在が傍目から見てどんなに異常であっても、そうなる前はかけ離れた、真っ当な姿
だった筈なのである。それを歪めるような災厄が降りかかったから貴信と香美は1つの体になってしまったのではないか?
 鐶は熟知している。災厄は語るに恐ろしい。
 赤い黒目と黒い白目で哄笑を上げる姉ほど恐ろしい存在はいなかった。
「だから…………言いたくない……事でしたら……いい、です。聞きません……」
「んー、でもさでもさ、光ふくちょーはいった訳じゃん? じゃああたしらだけ隠すのってよくないじゃん。ね? ご主人」
 湿っぽい鐶とは対照的に香美の口調は意外にカラっとしている。性分もあるだろうが実は「よく覚えていない」からあっけら
かんとしていられる……鐶がそう知ったのは彼らの経緯を聞かされた後である。
 後頭部からしばし逡巡の唸りが上がり、やがて決断の叫びへ変化した。



『聞きっぱなしというのも道義に悖る! 話そう! 当事者は4人! 内2人は僕と香美だ!』

. 以上ここまで。過去編続き。
159ふら〜り:2012/12/24(月) 21:00:20.37 ID:gZiFuMGh0
>>スターダストさん
やはり、このヒトの過去話だけは重くなりませんねこの上なく。でも青空のような強烈な外因
なくして殺人を実行に移した(結果はどうあれ)というのは……説得・改心の余地が無いと
いうこととか考えたら、「青空以上」なのかも。彼女も、戦士とのバトル・会話が楽しみです。
160 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:06:30.89 ID:8e7C6IYl0
.



 当事者 1

 二茹極(にじょきょく)貴信は回想する。
 もしあの日雨が降っていなければ、自分はもっと違う運命を辿っていただろう。

……と。

 中学2年のころ母親と死別した二茹極貴信は内に熱さを秘めた気弱な青年へと成長した。父の影響かも知れない。父と
きたら40の半ばを過ぎてなおヒラだった。フィリピンの企業相手に液晶の売り上げをグングン伸ばす部長、とっくに役職2
つ分は上に行った同期、入社して間もないが「使いやすい」先輩を嗅ぎわけるに長けた女子社員。彼らに頤使(いし)され
ても文句一ついえず「はい、はいっ」と甲高い声で応じあくせくと走りまわる。それが貴信の父だった。

 そんな彼にも誇れる物が2つあった。

 1つは名字である。
 二茹極。
 このひどく変わった名字は生来のものではない。妻の物である。「山田じゃ本当冴えないでしょ? あたしの名字あげるっ!」
という(仕事にきりきり舞いする度助けてくれた元後輩からの)プロポーズを機に獲得した。
 もう1つはこの平凡な男らしく「家庭」である。
 妻1人子1人というまったく平凡な家庭あらばこそ、彼はヒラの頤使に耐えられたといえよう。
 そして彼が勤務していたのは液晶メーカーだが、生産の遅延や手直しといった緊急事態で人手が必要にならば真っ先に
現場応援を志願し、不眠不休で──熟練工よりは劣るが、「同じ会社の人が困っている時に止まっていられるか!」、事務
畑の人間にしては恐るべき熱意で──状況打開に臨む程度の気概はあった。

 困難から逃げるな。
 常に男らしくあれ。

 父の教えを貴信は心に深く刻んだ。

 そんな父も二茹極貴信が高校2年になる頃死んだ。膵臓ガンだった。「ははは今年もヒラで終わったのねー。はいはい泣
かない泣かないっ!」。大晦日の夜に笑って肩をバンバン叩いてくれる妻が死んで以来、彼は目に見えて老けこんだ。さす
がに心配する貴信が精密検査を薦めたのが高校1年の夏休み。だが父は「だだだ大丈夫だっ! そんな事より勉強する
んだ! 最初が大事だ! 再来年は受験だろう!」と甲高い声を震わせた。その時の黄ばんだ顔を思い返すたび貴信は
思う。病状を悟っていた、と。
 父は8ヶ月後入院。「例え1年前に来ていても今頃死んでいた」。医者がそう唸るほど手の施しようがなく……半月も経た
ず息を引き取った。

 残された貴信。悩んだ末、一人暮らしを決意した。
 身寄りはほぼいないに等しかったが(父方の祖父母は死去。母方の祖母と曾祖母は九州で元気よく暮らしていた)、授業
料や生活費の心配もなかった。父の遺産。仮に卒業後の大学生活でバイトもせず遊び呆けて2年留年したとしてなお何とか
なるだけの莫大な貯金。それを見るたび──病苦に耐え、社内で低い扱いを受けながらも必死に貯めたであろう父の姿を
描くたび──貴信は父譲りの目(レモン型)に涙を浮かべ、学業専念への思いを強めた。

 とはいえ高校生活。馴染み辛い部分も多々あった。


【父譲りの気弱さは人見知りへ転化する!】


 話しかけれらてもどう踏み込めばいいか分からない。あまりズカズカ踏み込んでいくのは失礼だろうし、思わぬ逆鱗にふ
れ怒られるのは恐ろしい。かといって黙りこくるのは無礼だ。答えたい。だが何をいえばいい? 
.
161 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:06:51.73 ID:8e7C6IYl0
(豆知識! 豆知識はどうだ! 結局トモダチ一人もできなかった中学時代の昼休み、足しげく通った図書室で得た豆知識!
あれを披露すれば話のタネになるかも知れないぞ! というか僕はそのために豆知識を得たんだ! だ、だだだがそういえ
ば中学3年の時それやって「ふ、ふぅ〜ん」と会話が途切れたのは何度だっけなあ! マズいっ、ヤバい! 豆知識披露云々
で構築できるほど人間関係は甘くないのか! でもこの人の言ってること、アイドル? Cougar? その人のことはよく分か
らないから上手く返せない! それを伝えて「ふぅ〜ん」で会話が途切れたら気まずい! どうすれば!)

迷いが募り、気が焦る。

 遺伝のカテゴライズを肉体精神の2つとすれば、それらはどうも片方への配慮ありきで成立しないようだ。いうなれば各個
ばらばらアトランダム、あちらがああだからこうしよう。そういう調整感情がない。精神は精神の理由のみで遺伝し肉体状態
を鑑みない。肉体の方もまた然り。
 女だてらに鎖分銅を嗜みサバゲを趣味とする(夢中になりすぎて崖から落ちて死んだ)母。
 彼女からの遺伝ほど、次の言葉ほど、貴信をますます追い詰めたものはない。


「いい貴信? 考える事はいいけど、それだけじゃ駄目。テンションを上げて行動するのも大事よッッッ!!」


「大声……ですか。それがお母さん譲りの……私でいう……伊予弁、みたいな」
『そうだ!! 僕は人と話す時はテンションを上げる!! 上げなければどうにもならないからなッ!!』
「はぁ……」
 部屋に響く激しい息使いをぼんやりと聞き流す。貴信の大声などとっくに聞きなれた鐶だ。元々活発な性格でもある。さ
ほど気にはならないが──…

(お姉ちゃんのような……性格の人……にとっては……)

 気弱な癖に声だけは大きい。精神と肉体の遺伝乖離。

 そんな彼を面白がる者こそいれ、親密な交際対象に設定する者はいなかった。

「一緒にいると疲れる」

 それが周囲の貴信に対する率直な評価だった。
 つまり彼は変な人で、やり辛い。特に会話が面白い訳でもない。
 顔も異相だ。レモン目に鉤鼻。良く見ると髪型だけは流行のものだがそれで誤魔化せないほど10代にしては老けた顔。
 善良だが心身ともある種強烈。時に的外れな豆知識を披露するだけ。
 そんな男が、である。果たして交友範囲の中核を成せるだろうか?

 貴信も最初の頃は自分なりに自分を変えてみようと努力した。
 ジョークをいい、自分を晒し、進級を期にいわゆる「明るい人」にならんと気を張ってみた。

 だが、気を張れば張るほど声がでかくなり、周囲をますますうるさがらせた。
 その反応が実は繊細な貴信の心を傷つけ、段々段々と「自分を変える」努力が嫌になっていく。
 そうなるともう悪循環。
 気のいい若者たちが何かのイベントに貴信を誘うとする。
 本当は行きたくて仕方ない貴信だが、何をやっても上手くいかない状態。
 彼は暗澹たる気分で未来予想図を描いた。
 自分は「浮いている」。だから行かない。合コンだろうと歓迎会だろうと季節外れのキャンプだろうと焼き肉屋での会合だ
ろうと。人混みから外れた場所でぽつりと佇み、全体的な笑いが巻き起これば声量控え目の追従笑いを密かに交える。
 それ位しかできそうにないし、後で怯える事だって予期していた。

「なんでアイツ居たんだ?」。

 陰口を囁かれるのではないか、と。
 むろん人間というのは言うほど悪辣ではない。異分子とて極度の害悪をもたらさなければ「そういう人」だという認識の下
少なくても迫害じみた接触はしない。それが薄皮一枚の向こうにある「打ち解けてない」感触を孕んでいるにしろ、悪感情や
譴咎(けんきゅう)の証明にはならない。
 冷静な見方をすれば誘いに乗り、若者らしいイベントを楽しみ、少しずつでも心を開いていけば孤独は解消されるもので
あろう。
.
162 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:07:13.01 ID:8e7C6IYl0
(でも…………性格は……余程の事をしないと……例えば毎日毎日サブマシンガンで……全身に穴を開けたり……ステー
キのお皿を頭に投げつけたり……しないと……変わりません。…………そして戻すのにすごく苦労して……傷ついて……
明るい人を見るたび……私は……ダメなんだ……ってしゅんとします……。お姉ちゃんの…………あほ)

 一辺倒なやり方、教本通りの矯正で性格が治るのなら苦労はしない。
 誰にも話しかけず、踏みこまぬ方が楽といえば楽なのだ。勇気を振り絞った結果が改善に結びつかぬは絶望……。

 とにかく話しかけてくる者は減る一方。
 
(が、学業に専念するんだ。泣くな貴信。トモダチが皆無なのは昔からじゃないか……!!)

 でも恋人は欲しいし寂しい事にも変わりはない。

 心持ち薄暗く見える学生食堂の片隅でぽつねんと食事を取りながら窓を見る。

 小雨が降っていた。緑の弾丸型のコノテガシワにぐるりと囲まれた運動場は重苦しく湿気を孕み、ところどころに銀と輝く薄
い水溜りさえできている。バラバラ。豆をこぼしたような音。それが貴信の耳を垂直にブッ叩く。どよめき。雨具を持っていな
いという悲嘆、午後のマラソン中止が確定した歓喜。ささやかな滝がガラスの表面で何万粒もの水滴に粉砕される。目撃。
貴信は煮魚をゆっくりと呑みこんだ。雨が強まっている。やむ気配はない。雨具の持ちあわせも、ない。折り畳み傘なら一本
持っていたがクライメイト(もう名前も忘れた。最近来ていない)に貸したきり。友情の始まりを仄かに期待したのに……。名
称孤食の水っぽくも塩辛いソース付きサワラの切り身が食道内部を滑り落ちる。拡がる水溜りはもう黄土色。
 ガラスの向こうに広がる空は陰鬱なまでに蒼黒い。

 季節は、梅雨だった。




 当事者 2

「貴信さんと会ったのは……どんな時……ですか?」

 なんかさなんかさ。さっきさ。最初はあったかかった訳よ。もさもさしたいい匂いがデンとそこにあってさ、んで周りでみゅー
みゅー変な声あがってててさ、それとおしあいへしあいしながらいい匂いにしゃぶりついてたじゃん。あたし! よーわからん
けどコリコリするいい匂いにしゃぶりつくとおいしいもんでてきてお腹いっぱいになってとろーんとした気分になって、んでぐー
すか寝れる訳よ。時々あったかいのがあたしの体じとじとと這いまわってさ、よくわからんけど気持ち良かった訳よ。

(あ……。赤ちゃんの頃の話……です。兄弟たちとお母さんのおっぱい吸ったり……舐めて貰ったり……) 

 でもなんか急にせまくて暗い場所にとじこめられたじゃんあたしら? あ、あたしらっつーのはさ、回りでみゅーみゅーやって
る奴らでさ! んー。そうじゃん、アレあたしのきょうだいじゃん! でもデカくてあったかくていー匂いのアレ! アレなんつーん
だっけ。なんだっけ。えーと。えーと。ちょい待ち。思い出すじゃん。んむ゛む゛む゛む゛む゛む゛…………? があ! よー分からん!
よーわからんけどさ、そっちはおらんくなったじゃん! 

(お母さんと引き離されて……兄弟たちと段ボールに入れられて……捨てられた……よう、です)

 でさ、でさ、寒いわけよ。鳴けばデカくてあったかいの来るかと思ったけど全然そんな気配ないしさ、周りはだんだん静かに
なってくし、静かになると寒いわけよ! ヘンな臭いだってしたし! そのうち上から冷たいのがくるし下だってびしゃびしゃだし
とにかく寒いわけよ。お腹もへってたけどさ、寒いのは本当ダメじゃん。そしたらもうあたししか鳴いてないわけじゃん。どー
したろーかと思いながらまあ鳴くしかできない訳でさ? デカいのきたら寒くないって鳴いてたワケよ。

(段ボールごと道路……? とにかくどこかに捨てられた……ようです。そして……兄弟さん達が……死んで……雨が降って
きて……大ピンチ……だったようです)

 あたしがご主人とあったのはさっきじゃん。あぁと……そう、そうじゃん! 寒くてびしゃびしゃで鳴いてる時!



.
163 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:07:35.75 ID:8e7C6IYl0
 当事者 1

 学校前のコンビニで肩を落とす。購買でも痛感したが、やはり誰しも考える事は同じ。傘はもう総て売り切れだ。自動ドアを
モーゼのごとく分割し外に出る。雨は絶賛継続中。今年の最高雨量に迫る勢いだ。ため息交じりに黒くて薄い鞄を頭上に
掲げたのは走るためだが、しかしすぐやめた。走ったとしても自宅までは20分ほどかかるだろう。自転車通学の弊害をひ
しひしと感じる。おお馬力なき安価なる2輪車、それで土砂降りの中へ躍り込むのは自ら課す死刑執行に等しい。今日は
休みだ自転車。置き場で待ってろ自転車。考えをめぐらす。バスは? そもそも自宅近くにまで通っていれば自転車通学を
選択しない。タクシー。持ちあわせは2千円弱。本来これで週末まで過ごす予定だった。使いたくはない。コンビニにあるA
TMからポンと資金を引き出せば乗れるだろうが、父の苦労を考えるとできない。

「ここでタクシーを呼ぶのは簡単だ! だが安易な手段でもある! 安易な手段にばかり頼るようになれば男としてはお仕舞い
だし何より浪費癖が染みつく! いいやいいやの積み重ねでお父さんの遺産を食いつぶすんだ! 考えろ! 僕という奴
には無限のエネルギーがあるっ! それを使えばタクシーなど頼らず雨を凌げる!」

 揃えた人差し指と中指で空をナナメに切る。たまたま店にやってきた一塊のクラスメイトが訝しげに貴信を見た。やって
しまった。絶対ヘンな人だと思われている。叫ぶ前に来てくれたら傘借りれたかも知れないのに……。

(僕は、アホだ!!)

 まずは自力でどうにかしよう……半泣きで頭抱える貴信の視界の右端、数百メートルほど先に白い建造物が目に入った。
 コンビニの右隣は空き地が続いているため──かつてそこには巨大な学生寮があった。だが去年の秋ごろ何者かによっ
て解体された。一晩明けたらそこは瓦礫の山で入居者全員はいまだ行方不明。家族に配慮し再発を危惧し、事件解決ま
で寮再建の目途は立っていない、という話を貴信は思い出した──視界が開けている。緩やかなカーブを描く道の遥か先
にある”白い建造物”が見えたのは謎の寮解体のおかげだろう。
 特殊な形だ。”それ”は雨粒にけぶりつつ歩道から数メートル上空に浮かんでいる。手前から奥に向かって真っ白な柱が
等間隔に並び、どうやらそれで支えられているようだ。
 アーケード。さらに目を凝らすと「○○商店街」という看板もついている。赤と青の文字が交互に踊っているのはいかにも昭和
から平成初期にできたというレトロな雰囲気だ。貴信はあまりそこへ行った事がない。家とは反対方向だからだ。
 ただしアーケードは非常に魅力的だった。雨は激しい。濃紺の駐車場は全面絶え間なき白い破裂に見舞われ、その飛沫
が制服のズボンをずっくりと濡らしていく。コンビニのすぐ前、ゴミ箱の横にいても水気ときたらお構いなしにやってくる。
 そんな状況における「雨のない場所」は魅力的だ。
 商店街というのもいい。傘の1本カッパの1つぐらい売ってる店もあるだろう。
(いずれも安価な耐久消費財だ。手持ちで買える。長く使うのを前提にすれば父の遺産を浪費した事にはならない)

 二茹極(にじょきょく)貴信は回想する。
 もしあの日雨が降っていなければ、自分はもっと違う運命を辿っていただろう。

……と。



 そして彼は。

 アーケードに入った。



『冷たい北風 2人を近付ける季節』

 季節外れの歌が、流れている。

『絶好調 真冬の恋 スピードに乗って』

 歩く。5分。10分。傘のある店はまだ見つからない。

『勇気と愛が世界を救う 絶対いつか出会えるはずなの』

(ははっ! 誰だっけかなこの歌手さん! いずれにしろ季節外れだ! 選曲担当の趣味なのか!!)

 本屋、CDショップ……店を覗きこむたび落胆を繰り返す。
164 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:07:56.20 ID:8e7C6IYl0
.
 更に歩くこと10分。


「ありがとうございますー」

 人懐っこい老婆の声を浴びながら雑貨屋を出る。ようやく手に入れた傘。それを見ながら吐息をつく。

(結局商店街の端まできたな……!)

 厳密にいえば端から2軒目という感じだ。雑貨屋の隣にはこじんまりとしたコインランドリーがある。貴信に恩恵と季節外れ
の歌をたっぷり与えたアーケードはちょうどコインランドリーの前辺りで途切れ、商店街の終焉を示している。

「さ、帰ろ──…」


「みゅー、みゅー」


 小さな声だった。いまだ降り続く雨の激しい音にかき消されそうな音。
 むしろ耳に届いたのが不思議に思えるほどの小さな声。

 何故貴信がその声を聴き取れたかは分からない。ただ声を聞いた瞬間思った。

 ネコが居て、助けを求めている。

(事情は分からないが!!)

 父譲りのレモン型の瞳で辺りを数度ギョロリと睨めつける。

(助けなくては男じゃないぞ!!)

音の出所はすぐ分かった。

(雑貨屋とコインランドリーの間!)

 人一人がやっと通れそうな通路。声はその奥から響いていた。




「で、進んで行ったら段ボールがあって開けたら香美が居た! という訳だ!!」




「……他の兄弟たちは駄目か! だが君だけは助けてみせるぞ! 声を聞いたのは何かの縁だ!!」

 段ボールに手を突っ込む。両手で掬いあげた子猫はまだ生後間もない。目も開かず耳も立たず、まるでネズミか何かのようだ。
 恐るべき冷たさが掌に拡がり、貴信は顔をしかめた。息が浅い。抵抗する気配さえない。
 もたもたしていれば命を失う。誰の目から見ても明らかだった。

(獣医さんに運ぶのが最良か! ……ははっ! 結局タクシー呼ぶ羽目になったな!! まあいい!! こういう支出なら)

 父も許してくれるだろう。

 雑貨屋に駆け込む。事情を話しタクシーを呼ぶために。店の老婆──年齢のせいですぐ隣からの鳴き声を聞き逃していた
のだろう──が出してくれたタオルで全身を丹念にぬぐう。カイロを買い、布越しに当ててやる。
「お客さん、このネコちゃん飼うんですか?」
165 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:08:23.84 ID:8e7C6IYl0
 老婆が間延びした声で聴く。しまった。貴信は思う。そこまでは考えていなかった。だからといって獣医で健康になったから
と放逐するのはあまりにあまりだろう。
 そもそも。
 貴信はそろそろ一人暮らしと一人ぼっちが辛くなってきていた。
 家族も、友人も、恋人も。
 親密な者はだれ一人としていなかった。


「だから……香美さんと……暮らそうと……」


 貴信は頷いた。
 


「そうだ! 名前をつけてやろう!」





 当事者 2

(よーわからんけどうるさい……でも…………)



 当事者 1

「このアーケードから流れる季節外れの歌!! その歌い手さんにちなんで!!」


「『香美』、というのはどうだア!!」




 当事者 2

(よーわからんけど……あったかい)

 ごつごつした掌にくるまれながら、そう思った。





.
166 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/25(火) 21:08:56.54 ID:8e7C6IYl0
 以上ここまで。過去編続き
167 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:55:43.45 ID:wr1YgpnU0
 当事者 4

 様々なコトから逃げ続け。
 泥まみれの姿でたどり着いたのは。

 手狭な診察室だった。

 2つの椅子の横にがっしりとした灰色の机があった。机上にはカルテやレントゲン写真を貼る器具があった。
 名前を知りたい気もしたが憂鬱な気分なのでどうでもいい。

 今自分は人生最悪最低の憂鬱を味わっている。今は亡き上司や同僚にすがりたい気分だった。

「へえー。やっぱり死にたいっていいますの?」
 向かいに座った女医が聞き返す。ひどく冷たいキツネ目はからかいと興味深さを湛え自分を見ている。見ているだけだ。
自殺やめるといえば「ああそうですの」と突き放すだろう。幇助を頼めばあっけなく叶えるだろう。それがよく分かった。
 まったく、医者にあるまじき姿態だ。
 なのにそれを倫理的局地から責める気概が、自分にはまるでなかった。
 結局この診療室にいるんは似たり寄ったり、落伍者ばかりらしく、だから思う心から。

(ああ、憂鬱だ)

「ま、死にたいっていうなら構いませんわよ?」
 膝がさすられる。銅に似た見事な巻髪が腰のすぐ傍で揺れている。いつしか胸元に滑り込んだ女医はひどく好色な笑みを
浮かべている。
「生き死にの権利は表裏一体。寝るか起きてるか決めるぐらい自然な選択肢ですもの。何があっても生きろなんてのはナン
センス。眠たい人に寝るなというようなもの……」
 そして「生きろ」と熱噴く者に限ってその手助けはしたりしない。言いっぱなし。医者がごとき体系だった知識提供もしなけ
れば無知なりの誠心誠意の手助けもしない──…世の中そんな人ばかりですのよ。女医の言葉に頷きたい思いだった。
「一応カウンセリングはしましたけど確認しましょうか?」
 膝で蠢くしなやかな手。それが一旦止まる。確認と挑発を込めた笑みが眼下で汚らしく花開く。
「あなたはマラソンを一生懸命練習したのに沿道からの闖入者(ちんにゅうしゃ)に妨害され、やる気をなくした」
 手が大腿部へ移る。さすり方も徐々に露骨になってくる。目指す場所は明白だった。
「そして考えるようになった。何をやっても真っ当に積み上げても理不尽な横槍で崩されて……無駄になるんじゃあないかって」
 甘い息が鼻に降りかかる。上気した顔はすでに涎を幾筋も垂らしている。自分の太ももの付け根を彼女が物欲しそうに見る。
妖しげに輝く白い手がもどかしげにのたうっている。
「強引に握って結構ですわよ……? 握って、導いて、しごかせて下さらない……? チャック開けろっていうなら口で咥えて
でも開けて差し上げますわよ……?」
 甘ったるい声が震えている。ねだるような淫らな声が狭い診察室に木霊する。女医の目線がときおり薄汚いベッドに行くの
が分かった。
「ねェ、セックスしちゃいましょう」
「はい?」
「大丈夫。憂鬱なんてのは腰振って生暖かい襞かき回せば吹っ飛びますわよ。だって出す時何もかも脳内で弾けちゃいま
すもん。特にワタクシの襞は鮮烈よん。出なくなってなお突きまくりたい位……ふふっ」
 白衣が床に脱ぎ捨てられた。同時に自分の手が知覚したのは柔らかく大きな膨らみだ。紫のシャツ越しとはいえ、女医が
手を取り胸を触らせている。もう準備は万端という訳だ。タイトスカートから覗くとても肉感的な大腿がもどかしげに擦り合わ
されている。甘く淫らな匂いさえ立ち上ってきそうで。
 ああ、憂鬱だ。
 それから逃れられるなら何をしても構わなかった。
 深く息を吸い、そして──…

 

 あらゆる物が、弾けた。



 グレイズィング=メディックは床の上で激しく息をついた。
 仲間内では好色と名高い彼女だが、その長きに亘る闇医者歴(それはいよいよ大っぴらに色欲を貪り出した期間とも一致
する)でもなかなか 味わった事のない感覚だった。
168 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:56:28.52 ID:wr1YgpnU0
 横たえる肢体の中で甘く激しい、それでいて予想外の疼痛が渦を巻くので──…
 頬を抑える。
 灼熱の痛みを帯びるそこを。

 突如ぶたれた右頬を。

「わあああああん! 嫌だあああああ〜、セックスはイーヤーだあああ〜」
 視線を移す。自分を殴った男がイスの前にしゃがみ込み、わんわん泣いている。年の頃はとっくに30を超えている。いわ
ゆる大の男だ。170cmもある背丈の上に据え付けられた顔に至っては「いかにも精悍」、やや酒食に焼けたるんではいる
が元マラソンランナーらしい克己に引き締まっている。
 それが、である。涙と鼻水でグシャグシャになっている。しかも視線に気付いた彼ときたらお化けを見た童子よろしく悲鳴を
上げるから分からない。やがて彼の顔は体育ずわりの膝に没し、子供特有の遠慮斟酌なき巨大な嗚咽を奏で始めた。両手
はすでに頭を守るよう添えられている。
「オイラ、オイラ、分かってるもん。セックスしたら後でお金とかいっぱい要求するに決まってるし、仮にそうじゃなくても子供
ができたらすんごい莫大な養育費とか必要だし。あ! あと病気! 病気もあった!」
「あの、もし?」
「きっとそうだ、きっとそうだよ……! あの女医さんは頭おかしいからきっとすごい病気持ってる。だからセックスしたら……
わーっ!! きっとオイラは未知の病気にかかって高熱出して黄色い粘膜吐きまくった挙句全身穴だらけになって血を噴き
ながら死んでゆくんだあ〜!」
「落ち着いて。まずはワタクシの話を……」
「で地表に沁み込んだオイラの体液がミミズを怪物さんにして街の人たちが喰い殺されてその人たちがゾンビになるんだ!
ど、どうしよう女医さん! セックスしたら大変な結果になるよぉ!!」
「なる訳なくてよこのアホ!!」
 取りあえずプレーンパンパスで頭を踏みつけてやる。思いっきりだ。どうせケガをしても治せる。そういう思いがグレイズィン
グの右足に破砕粗大ゴミ処理用プレス機顔負けの力を与えた。床にヒビが入り、嫌な音がした。患者の頭はスイカの如く爆
裂した。血しぶきが部屋のあちこちに飛び散る。手術室でやればよかったという後悔がチョットだけ過った。

「だーれが病気持ちですって! 失敬な!! こちとらアフターサービスに定評のあるグレイズィングさんでしてよ!」
「ご、ごめんなさい」
 とりあえず頭部を修復してやった男は部屋の隅でガタガタ震えている。
「だ、だよね。うん。女医さんなんだから病気持ちの人とセックスする訳──…」
「いーえ! 病気持ちともしますわよワタクシ!」
 グレイズィングは胸に手を当て鼻を鳴らす。美しい顔は気品ある誇りに満ちまるで慈母のような優しささえ帯びていた。
「病気だから出来ない、もしくは非っ社交的で二次元しか愛でる事が出来ないまたはインポテンツ! そーいう殿方だからっ
てお断りするのはワタクシのポリシーに反しましてよ! ワタクシに劣情を催して下さるのならオーケー! だから病気持ち
ともしますの!」
「やっぱり病気持ちじゃあ」
「ダイジョーブ。今のあなたの頭同様、ハズオブラブで治しますもん。病気持ちと一晩やりたくった後は必ず血液検査とか虫
の有無とかなんかこうカビっぽい奴探したり織物チェックしますの。舌にコケ生えてないかとかも。で、必要に応じて治したり
治さなかったり。でも別の殿方とヤる時はちゃんと治しますからご心配なく♪ 仮に病気になっても大丈夫。エイズの末期状
態から健康体へ復帰させた事だってありますわよ」
「…………」
 あっけにとられる男の顔に優越感が増す思いだった。
「んふっ。性病の苦しみもまた慣れればまた格別ですもの……。ああ、きったない織物の匂い、快美を伴うお口の熱い痒み。
どこの口? うふ、分かってる癖に。そういえば子宮口にできた5cmばかりの赤黒い瘤を素手で引き抜いた時は最高でし
たわ。電球突っ込んで思いっきり蹴りブチ込んで頂いた時をも凌ぐ激痛アーンド快美に眉根しかめて甘え泣きましたもの……。
あ、赤黒い瘤見ます? 絶頂のワタクシの顔写真付きでホルマリン漬けしてありますけど」

 ああ、憂鬱だ。おかしな女医に引っかかった。
「ところでどうしてワタクシのあまーい誘いを拒みましたの?」
 殴ったのは衝動的だったが、むしろ彼女はそれでますます自分への興味を高めたらしい。
「ゆ、憂鬱なんだ。オイラ」
「といいますと?」
169 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:56:58.25 ID:wr1YgpnU0
「何をやっても上手くいく訳がない、誰かがいい話持って来てもウラがあって結局利用されるだけで全部駄目になるんじゃ
ないかって……オイラは憂鬱なんだ…………」
「ふ、ふふふ。流石ですわね。憂鬱極まるあまり碌に仕事へ全力投球できず転職とクビを繰り返した社会不適合さんは」
「……」
「まあいいでしょう。じゃあカウンセリングの続き。反復して差し上げますわ。妨害がトラウマになってマラソンができなくなっ
たアナタは……えーと確か、練習してても沿道から妨害くるんじゃないかってビクついて! 息と集中を保てなくなったもん
だから逃げ込むように一般社会行った訳ですわね?」
「うん」
「でも何やったって妨害されるんじゃないかって恐怖のせいで仕事に全力を出せず、いつも最後はおよび腰。ここぞという
所で勝利を逃し続けた。そして失敗を恐れ、自分にできるコトだけをより好み、他の仕事を拒み続けた」
「…………そうだよ」
「だけれどそんな精神状態ですから? 自分にできると思ったコトさえうまくいかない」
 グレイズィングはクスリと笑い真赤な舌を突き出した。
「そして周囲から責められるたび思った訳ですね。『貴様たちに何が分かる。この俺の憂鬱の原因も取り除かず否定ばかり繰
り返して』。そしてますます苛立ちと被害妄想を高めた。この社会全部、実は自分の敵なんじゃあないかって」
 それが爆発したのが2週間前……と女医はケタケタ笑い始めた。
「……」
「カワイソーに。アナタ思うところの”口うるさいだけで何も提供しない上司と同僚”合計2名。帰り道で撥ねて、家に連れ込んで」
 女医の指が何かを弾いた。新聞紙の切り抜きだ。空間を切り揉む灰色はやがて膝の上へ上り、こんな文字を躍らせた。

「○○公園で切断された頭部を発見」

「今度は右腕を発見。△日発見の頭部とは別人か」

「△日発見のバラバラ死体の身元判明」

「なぜこんな事に……。被害者の妻が涙で語る心境」
──殺害された□□さんはこの春係長に昇格したばかりだった。来月には三女が生まれる予定で……

「同一犯か? ◇日発見の右腕は□□さんの上司」

 引き攣るような笑いが女医の顔に広がった。

「勝手ですわね。人殺しておいて自分も死にたい? どこで聴いたか存じませんけど、ワタクシが闇医者で楽に殺してくれる
からここに来た? ふふっ。殺された方たちの遺族はヘド吐きつつ思いますわよ。『死ぬなら一人で死ね。いちいち人を巻
き込むな』って」
「いわないでちょーだい……オイラは怖いんだ。あれは衝動的で正当防衛だったんだ。部長は毎日毎日お説教ばかり。なの
にあの同僚だけはトントン拍子に出世していく。結婚だってしたし貯金も沢山ある。誰にだって好かれている彼を見るたびオイ
ラは駄目な奴だって劣等感が増した。怖かった。いつか部長が「お前は本当にダメな奴だ」ってクビにしてくるのが。それが
怖くて自分から退職申し込んだのに『逃げるな』って凄まれた。怖かった。だからやった」
「バラバラにしたのは蘇ってくるのが怖かっただけ……んっふっふ。よくある、臆病で、つまらない理由ですわね」
「でもこんなオイラだから始末まではできなかった! 今度は警察が来る! 捕まったら女医さんの言う通り遺族の人達が
責めてくる! 憂鬱だあ! もう本当に社会全体がオイラの敵になるのが見えてるんだよオオオオオオオ!」
「だから死にたい? まあ解りますけど。でも」
「でも?
「本当に上司と同僚殺っちゃったのは正当防衛かしらん? 本当はアナタ、自分の無念だの恨み辛みを晴らしたかっただ
けじゃなくてん? そう──…」
 女医の目が煌いた。好色の抜けた目だった。ガン患者に余命を告げる医者が見せる「測定結果をただ伝える」そういう
目だった。
「真っ当に積み重ねても理不尽な横槍で総てフイにされる。解体され崩れ落ちる。そういう厳然たる無情の事実。それをう
るさいばかりでアナタの抱えた問題、欠如、トラウマの一切合財何ら解決する気のない連中に……思い知らせてやりたかっ
たんじゃなくてん?」
「…………」
「図星のようねん。でも一般論だけいうなら自分の欠如ぐらい自分で治して立ち直るのが男ってもんじゃなくて? アナタの
はただの甘えで八つ当たり……っと睨まないで下さる? ワタクシ否定はしてませんわよ。一般論述べてるだけ」
「…………」
170 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:58:29.29 ID:wr1YgpnU0
「別に死にたいっていうなら止めはしませんわよ? でも一般論が横行してる世間はアナタをどう見るかしらん? 頑張って
たのに理不尽な欠如を与えられ、真っ当な生き方ができなくなったアナタ。そして真っ当なだけで具体的解決案にも欠如の
穴埋めにもならない馬鹿げた感情まみれの一般論ばかりぶつけられ疲弊したアナタ。世間はただ落伍者と見るでしょうねん」
「…………」
「一般論の産み手なんてそんなものですわよ。薄皮一枚の下で進行してる病気は見逃す癖に、いざそれが取り返しのつか
ない事を起こしたら熱噴いてふためいて、病気そのもの”だけ”悪とみなす。んふ。発症と進行を見逃した自分の不手際は
反省しませんの。軽い段階でさっと気付いて身を削って対処すれば大事にならないっていうのに、生活がどうの事情がどう
のと楽で楽しいコトばかり傾注し、結果見逃しますの。んで治せない医者に怒鳴りますの。時には医者が不眠不休で築き
上げた努力の結果さえブチ壊す」
 女医は透き通るような、それでいてわずかばかり悲しみの籠った笑みを浮かべた。
「ふふ。アナタの気持ち、実はよく分かりましてよ?」
「…………」
「だから自殺も止めませんわ。積み重ねた物がお馬鹿さんたちのせいで理不尽に奪われる。それはとても辛い事ですもの。
いっそ死を選んで『お馬鹿さんたちの犠牲者』として被害者側の死を選ぶのは……現状このままの世界を心から愛している
なら十分アリの選択肢」
 青酸カリよ、女医は事も無げに小瓶を投げてきた。受取り、見る。中身を飲み干せば確実に死ねるだろう。
「でも真実が明るみに出た後、アナタの同僚は反省するかしらん? 身を削ってでもアナタの欠如を突き止めて治せば良か
った……とか。まあアナタの事情なんてのはお構いなし。まるで殺人者が生まれた瞬間から殺人者たるべく成長してきたよ
うに見据えて、その裏にある悲しみとか憤り、やるせなさなんてのは考えない。単純に悪とレッテル貼るだけ。うまくいけば自
分がそれを癒せて、殺人を防げたかもとかは反省しない。ただ落伍者として。殺人者として」

 アナタを決め付け、いつか忘れ去るだけですわよ?

 女医の言葉に、激しい欲求が生まれる。
 セックスよりも酒よりもバクチよりも、激しい、根源的な欲求だ。
 スタートラインの昂揚。
 かつて自分がまだ、真っ当に「積み上げていた」頃、規約と観測に自分を晒しどこまでやれるか試そうと張り切っていた時の。
 懐かしい心情が胸を貫いた。

 ああ、憂鬱だ。

 自分の価値は確固たる論理凝集の規約と観測によってのみ弾きだせば良かったのだ。
 にも関わらずどうしてあやふやで感情的で場当たり的な「一般人」どもの評価において葬られねばならぬのだ?
 そんな物に縋っていた今までが、急に馬鹿げて見えてきた。
 そうだ。
 たとえ100万の一般人とやらが自分を貶したとしても、厳然とした観測の元、稲妻より早く駆け抜ければ輝かしい栄誉は
得られるのだ。それを忘れ、同僚どもの下すあやふやな評価に右往左往し自らの価値を自ら見下してきた今までは……
まったく馬鹿げていた。

 自分はマラソンがしたい。今一度確固たる規約と観測に相対し、今度こそ結果を出さねばならない。

「ひどい憂鬱、インディアン専用天然痘ウィルス付き毛布よろしくもっと効率よーくバラ撒きたくなくてん? ワタクシの仕える盟
主様は正にアナタのような人材求めてますのよ」

 だからこの、憂鬱が晴れそうな申し出にノるべきだと思った。



 贖罪などはどうでもいい。

 まずは心に溜まった憂鬱を。

 晴らして
 晴らして

 晴らし続けて。

 さっぱりとしたまっすぐさを取り戻したい。

 そして厳粛たる規約と観測に厳粛と挑み、堂々と結果を出したい。
171 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:59:04.11 ID:wr1YgpnU0
 当事者 3

 両腕と両足が治るよ。母がそう言ってから1週間後、状況が大きく変転した。

「ここだ! くまなく探せ! 逃亡中の※※※※※※※※※※が潜伏している恐れがある!!」

 銀色の閃光が家庭教師の胸を貫いた。なぜか血は出ない。倒れた彼──両腕と両足が治ったら社会見学行きましょうか?
と笑って提案してくれた大学出たての──が塵と化していく横で使用人たちの首が巨大な斧に薙ぎ払われた。
 3歳の時からずっと過ごしていた寝室が炎に包まれ赤く染まる。熱が迫る。響く激しい足音と怒号はもはや屋敷全体を苛
んでいるようだ。

「奴らよほど戦力に飢えていたのか。信奉者どもをすぐ格上げするとはな」

 何をいっているか分からない。ただ……殺されているのは自分によくしてくれた人達だった。
 両腕と両足が治らないせいで学校に行けない自分に付きっ切りで様々な事を教えてくれた家庭教師。
 使えぬ両腕の代わりにご飯を食べさせてくれた使用人たち。
 悲鳴が上がる。目を見張る。部屋に飛び込んできたメイドたちに影が覆いかぶさる。犬だった。ひどく機械的で虎ほどある
大きさの。それがメイドの喉笛を次々に喰い破る。みな、日替わりで車椅子を押し綺麗な庭を見せてくれた人たちだ。
 紅蓮の炎の中で彼女らが塵と化し、メイド服が燃えていく。使用人だけか。母親はどこにいる? 部屋に入り込んだ10人
ばかりの男たちと巨大な機械犬がゆっくりと歩き出す。赤く炙られる彼らをただ、ベッドの上で見るしかなかった。

 逃げる手段はなかった。

 3歳の時から。

 あの時から。

 奪われた時から。

 ずっと無かった。

「また……奪わんといて……」

 傷の付いた眼球から涙が溢れる。塩気が疵に沁みる。
 死んでしまった者たちは本当に心からの善意の人たちだった。
 屋敷に仕え、主の子供を家族のように遇してくれた人々。
 時には笑い、時には母親以上に厳しく叱ってくれた。身分の上下など関係なく、ただ自分の両腕と両足が平癒する事だけを
考え、その日が来るまで手足代わりになる事を誓ってくれた。だから人間の絆を信じる事が出来た。両腕と両足に消える事
なき欠如を植え付けた人間を恨まずに済んだのは、屋敷の人達と母のおかげだった。

 みな、ただ自分の両腕と両足が治る事だけを祈っていた。
 治らない憤りを以て世間に害悪を成したりしない、善良な人達だった。

 彼らを殺した男達がゆっくりとにじり寄ってくる。手も振り上げられず足も伸ばせず、仰向けの体の中から首だけ震えと共
に擡(もた)げ──…

「奪わんといて……返して……」

 しゃくりあげる他、なかった。



 どこか遠くで大きな音がした。


 壁が突き破られたような、大きな音。

 大きな音がした辺りで怒号と足音がひときわ大きく膨らみ、そして一気にかき消えた。
 迫りくる男たちが歩みを止め、慌てた様子でそちらを見る。彼らにとっても予想外の事態らしかった。
172 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 18:59:40.99 ID:wr1YgpnU0
 虎ほどある大型犬が身を屈め、低い唸りを上げる。

 耳鳴りがした。

 飛行場の近くにいる時のような、耳鳴りが。

 そして。


 陰鬱な黒い影が部屋に吹きこんだ時。


 炎は……チリヂリと四散した。





「ああwwww憂鬱wwww 追撃すんのはいいが的外れだよお前らwwww ばーかwwww ハズレの場所で犬死とかマジ憂鬱w」
 奇妙な生物がいた。見覚えもある。記憶を探るとそれは家庭教師が勉強の息抜きで見せてくれた世界イロモノ大図鑑の中
盤あたりに載っていた生物だ。半ば2頭身のやたらクチバシの大きな鳥。
「ハシビロコウ……?」
 とは肺魚を主食とするいやに鋭い三白眼の持ち主だが、その鳥はブツブツと呟くばかりで自分をちっとも一顧だにしない。
 ただ、確かなのは。
「しwかwしwwwwwwwww 俺らも実はピンチwwwwwwwwwww 天王星も海王星も冥王星もこの前の決戦で死んだしw 月やっ
てたフル=フォースも総角主税とか改名して離反したしwwww 正直詰みだろ俺らw こっから逆転できたらマジ神だわwwww」
 ハシビロコウは味方であるらしかった。
 それが証拠に。
 使用人を殺した男たち。
 彼らは床の上で『バラバラになって』うず高く積まれていた。もっとも、巨大な犬だけは残骸めいた物が見当たらなかったが。
もしかしたら逃げたのかも知れない。
 一体、何が起こったのか。ハシビロコウが超高速で入室し、それと同時に乱入者が葬られたのは確かなようだが……。

「とりあえず資金面どうにかしろってイソゴばーさんがいったからwwww さっきからパトロンの子供探してる訳だがwwww 
どこだよwwww ああ憂鬱www 工場勤務時代から部品とかの探し物はマジ苦手wwwwwww つか邪魔wwwwww」
 ハシビロウコウはニタニタ笑いながら死体を蹴った。何度も何度も。細めた眼で酷薄に見下して。尊厳を踏みにじるのが
楽しくて楽しくて仕方ないという顔つきだった。
「あの」
「ああ憂鬱w 両目に傷があって両腕両足に一目で分かる欠如のあるパトロンの子供が見つからないもんだから、戦士ども
に八ちゅ当たりしたけど……ああ、見つからないw 見つからないよおw 保護して仲間にしなきゃいけないのにww憂鬱だあw」

「ウチならここにおるけど」

「wwwwwwwwww」

 ハシビロコウがこっちを向いて、嘴をパクパクさせた。

「あ、事情聞いてたwwww 実はいたの知ってたwwww じゃあ一緒に来てくれるwwwww 嫌ならいいけどwwwwwwwww」

 では、八つ当たりで男たちを殺したというのは……。

「ウソに決まってるだろwwww あいつら殺さなくてもお前助けるコトは可能だったけどもwwwwwwwwwだったけれども」

 解体作業は楽しいし、遺族や仲間が泣きじゃくり、怒りに震える顔を想像するととても胸がスカっとするので、殺した。

 とだけ彼はいう。

 わけが分からない。

 すがるような思いで使用人たちの死体を見る。目を剥き、息を呑む。
173 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 19:00:00.35 ID:wr1YgpnU0
 彼らの肉体が塵と化していく。最初に殺された家庭教師はすでに首から下を失っている。見ている間にも顎が、頬が、凄
まじい速度で散っていく。
 グレイズィング呼んでも助からないな、死亡はともかく消滅されたら打つ手なしだ。
 視線を追ったハシビロコウがそう呟く。

 感情をどう発露していいか分からない。

 泣き叫びたい気持ちと。

 泣いてもどうにもならないという自制心と。

 異様な光景に驚き、あれこれ質問した好奇心と。

 使用人たちを殺した輩どもが山盛りの死体になっているコトへの「やった! ザマみろ!」という叫びが。

 ごっちゃになって、どういうカオをしていいか分からない。

 頭が痛い。人間の死体を見たのは初めてかも知れない。
 風邪をひいたときのように胸がムカムカした。体がひん曲る。
 嫌な匂いのするペーストが食道から噴出。ベッドの縁で荒ぶる炎に降りかかる。じゅっという音とともに焼けた異臭が立ち
込める。

「ひどいよなああwwww つつしまやかに生きてた使用人とお前とその母どもが”結果として他の連中に害を成すから”始末
決定wwww 優しい奴ならしないよなあwww まずはお前の欠如治してから『悪の組織に協力するな』って説くのが筋だよな
あwwww でもしないwwwww 悪に協力したからと事情などお構いナッシングwwwwwwwww ああ、憂鬱wwwwwwwwwwww」

 一瞬息を呑んだがすぐそうだと思った。
 今しがた自分から大事な存在(もの)を奪った連中は。
 自分が欠如に苦しんでいる時には影さえ見せず、欠如がようやく購われるという土壇場で突然出てきた。

 何かを与えられない連中は常にそうだ。自分の能力を超えた厄介な問題はスルーするくせに、一枚噛んで得できると分
るやいなやしゃしゃり出てきて何もかもメチャクチャにする。相手はどうやら何かの組織らしいが、組織は専門外の商売は
決してしない物だとよく母が語っていた。化粧品会社がチョコレート製造に乗り出すコトはないし、コンピュータソフト専門の
会社が孤児院経営で利益を追求する訳もない。使用人たちを奪った連中はその類なのだろう。上層部は目的外のコトに
大々的な時間と労力と財貨を費やすなと決議するし、下層部の者たちはそもそも目的外のコトなどできない。自分にとって
家族同然だった使用人たち。きっと男たちは何も考えず何の意味も見出さず、始末したのだろう。

「そして総てをブチ壊しwwwwwww ひでえよなあwwwwwwww 可哀相だよなあwww 一生懸命積み重ねてきたモノが馬鹿
どもの横やりでダメになるのはよおおおおおおおおwwww」

 ベッドの前で巨大な顔をのたくらせるハシビロコウには少し戸惑った。

 彼はどうやら、笑いながらもジンワリ泣いているらしかった。

 むしろ笑っているのは涙を誤魔化すためらしかった。


「ジロジロ見るんじゃねえよwwww この冷酷無情の解体マシーンがホムごときの死で泣くわきゃねえよwwwwwwwwwwww
とにかく、どうするよ?w 俺らについてきたら高確率で犬死www ついてこなけりゃ病院とかで細々と生きられるがwwww」


 彼はそう嘯くが、しかし……。


 家族同然の者たちを一方的に奪った連中と。
 家族同然の者たちの死を笑いながらも悲しんでいる者。


 どっちについていくかは、明白だ。
174 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 19:32:06.02 ID:wr1YgpnU0
.

「マテwwwww もしこの涙が演技ならお前wwww まんまと釣られる羽目になって人生設計台無しだぜwwww」


 構わない。人生設計は3歳の頃から無茶苦茶だ。でも命はある。ハシビロコウの後ろでバラバラになって転がっている
連中を使用人たちが足止めしてくれたから、自分はまだ生きている。家族同然の者たちの死は決して無駄じゃないのだ。
 もちろん悲しみはある。母親もこの分では死んでいるだろう。だがそういうコトを泣いて悲しんだとしても、何にもならない。
 ベッドもそう言っている。腕組みをしながら4歳の誕生日パーティの光景──覚えている。手足の欠如を回復する物が欲し
いと駄々をこねみんなを困らせたのだ──を引き合いに出し、そういうのはまったく無意味だと説いた。枕も同調した。学校
へ行きたいと泣きじゃくった6歳の夜は本当に睡眠不足だったと苦笑いした。懐かしい思い出だ。笑いながらあの時はゴメン
なさいと頭を下げる。傍でハシビロコウが異様な表情をした。ああゴメン。つい他の人と……。ウチ一応ついてくから。

 仇達は死んだが、その背後には巨大な組織がある。
 奴らは自分にとって奪う側の連中だ。

 母と家族同然の者たちを奪われたから、奪ってやる。

 自分は人に害を成したいと思ったコトはない。
 社会の片隅でただ手足の欠如の回復を待ち望んで過ごしていただけだ。
 だが奴らはその回復さえ許さなかった。もしこの欠如を与えた連中に対する怒りの一欠片でも見せていたなら話しは違っ
たが、奴らの眼はただ「片隅に吹きだまる厄介事」ぐらいにしか自分を見ていなかった。

 それが悔しい。

 理不尽で巨大すぎる欠如を与えた連中に憤りがなかった訳ではない。嫌悪していた。憎んでいた。不便を感ずるたび涙
を流し、どうしてこういう運命に追い込まれたかと歯ぎしりしながら泣きじゃくった。何度も、何度も何度も何度も、何度も!
 それでも世界全体を恨まずに育てたのは、母や使用人たちが親身になって接してくれたからだ。同情はせず、悪いコト
は悪いとちゃんと叱り、どうすれば欠如を抱えたまま生きていけるか共に考えてくれた。だから、黒い感情に染まるコトな
く今まで生きてこれた。
 そうやって自分をまっすぐにしてくれた人たちが、どうやら人間でなくなっていたのは様子から分かる。だが彼らが決して
人を害するためああなった訳ではないというのも分かる。欠如。自分の手足を直すための取引として、人間をやめたに
違いなかった。

「拾った命はおかーちゃんたちの仇打ちのために使う」
「へー(^_^)」
「みんなが死んだのはウチの手足を治したがったせいや! ならウチだけ普通の幸福味わう訳にはいかんやろ?」
「いやいやいやwww そこは『復讐なんてみんな望んでへん。ウチだけはまっとうに生きて幸せになる。みんなの分まで』とか
気付いてまっすぐに生きるべきだと思うwwwwwwww」
「知らん! 1度奪われて大人しくしとったらこの結果や! よう分かったわ。奪う側の連中は大人しくしてても何も与えん!
欲しいのなら自分で頑張って獲得する! んで奪う側の連中とは戦う! 大事な物を失くさんためにはそれが必要や!!
おかーちゃんたちの死は教訓にせなあかん!」
「うわwww こいつヘンなスイッチ入っちまったwww やべえwww でも面白えwww 盟主様に引き会わせてーwwwwww
「ハシビロコウさんよ」
「はいなwwww」
「ウチはそこに転がってる連中の「組織」と戦うけどな。これはただの復讐やない!! ウチと! おかーちゃんと! 使用
人さんたちの無念を晴らすための、意地の見せっこや!! 好き放題やっとるようやけど、それに屈しない奴がおるという
コトを知らせたんねん。で!! いつか勝つ! 勝った後、悲しい事情で人間やめた連中引き連れて、あいつらにいうたんねん。
175 ◆C.B5VSJlKU :2012/12/26(水) 19:33:32.98 ID:wr1YgpnU0
.

『お前ら正義面して話も聞かず色んな奴殺してきたけどな、中にはこういう人たちだっておったんや』

『お前らの行動は本当にこの世界良くしてきたんか? 悲しい事情持ちを臭い物にフタで葬ったコトもあるやろ?』

『そうやって殺されてきた人らは悲しかったやろなー。フツーの世間に見捨てられた挙句、自称正義の味方にさえ殺される!』

『お前ら要するに考えなしのボケや! その人らの分まで苦しみ抜いて死ね!!』

……ってな」
「限りなく復讐目的くせえwwwwww でもまあ気持ちは分かるわwwwww」
「いうなれば尊厳を守るための戦いっちゅー訳やで。な、な!」



 奪う側にいる連中は死んでいい。絶対に。絶対に。


 以上ここまで。過去編続き。

.
176ふら〜り:2012/12/26(水) 20:54:43.69 ID:P4S+u39G0
>>スターダストさん
私ぁ貴信ほどの強さや高潔さはとんと持ち合わせておりませんが、彼の学校での対人問題に
おける足掻きっぷり悩みっぷりは、共感できるというかグサグサ来ます。ディプレスは何かこう、
がっついたところのないのがいつも不気味。パワフルでウルサイのに、落ち着いてて無気力という。
177作者の都合により名無しです:2012/12/26(水) 22:06:56.53 ID:wr1YgpnU0
次スレ

【2次】漫画SS総合スレへようこそpart74【創作】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1356527130/
178作者の都合により名無しです:2013/02/10(日) 15:52:02.92 ID:NEKSOqWT0
あげ
179作者の都合により名無しです
あげ