【2次】漫画SS総合スレへようこそpart72【創作】

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224 ◆C.B5VSJlKU :2012/10/29(月) 13:40:09.89 ID:KsdbehRm0
 なぜ香美と倉庫に閉じ込められたのか? いまとなっては剛太自身よく分からない。確か演劇部員の1人に何かの小道具
をとってくるよう頼まれた? ………………無責任なようだが剛太はただ斗貴子のいろんな姿を見るため仮入部した。活動
じたいにさほど興味はない。よって詳細など知らない。


(あの冴えねー女率いる劇団との勝負に負けたら先輩がパピヨンの格好する……? イイかも。他の部員にゃ悪いけど)


 頼まれごとをした時だって斗貴子──総角と秋水に熱烈な視線を送る秋戸西菜(クライマックス)にゲンナリしていた──
の横顔に見惚れていた。

 このときキャプテンブラボーこと防人が何やら耳元がごにゃごにゃいってる気がしたがよく聞いていなかった。

 間違いの始まりはそこだった。

 そして「倉庫ね倉庫、ハイハイ」といったはいいが何を探せばいいか分からぬコトに気づき踵を返そうとしたら……栴檀2
人がやってきた。で、愚にもつかない丁丁発止を経て目当てのブツを貴信が抱えあげた頃、入口の方で音がした。

 ガラガラ。ガチャリ。剛太は血相を変えた。
 …………最近秋水とそれなりの友誼あるせいか例の早坂家、「外は危ないから出ちゃダメよ?」が真先によぎった。

 施錠、倉庫は外から閉められた。どこかの迂闊な、しかしお節介な生徒がやらかしたのだろう。5cmほどはある鉄の扉を
何度も強くたたき大声でよばうが反応はない。倉庫が校舎裏、冷たく湿った日陰の中にあるのを思い出した剛太はすかさ
ずケータイを出す。不運。充電切れだった。(扉破るか? でも戦士が壊すっつーのもなあ。そもそもモーターギアにそんな
パワーあるか? ねェだろ……) 豊かな髪をくしゃりと撫でながら脱出法を考える剛太にさらなる不運を見舞ったのは他に
誰あろう、香美である。

「いやあああああ! 暗いの、暗いのダメええええええええええええええ!!」

 絹を裂くような、とはまったく良く言ったものだ。頭を抱えまったく惑乱なご様子のネコ少女、振り絞るような叫びをあげる。
ふだん気だるげな瞳が深刻の限界ギリギリまで見開かれすきとおる雫さえ舞い散った。

『ちょ、落ち着くんだ香美、僕がいる!! 僕がついているし中村氏だってそこに…………!!』
「ふにゃああ! なんかあしなぞった!! こわい!! だめだめだめ!! ももももーでる! でる!!!」

 まったく不便な体だと同情したのは、扉めがけ突進する彼女を貴信がムリに止めようとしたせいだ。あわれ複数の指揮系
統を有するその体は、「突っ込む」「止まる」を同時にこなそうとしたせいで、大きくバランスを崩した。しかもホムンクルスの
高出力、人間がこけるというより250ccのバイクが中央分離帯を爆砕するような加速が生まれた。そしてそのまま香美は
両手をばたつかせながら……壁へ。大地を揺るがす衝突音の中ホコリが舞い散り剛太は大きくせき込んだ。

(ん? でもあれだけ勢いよくぶつかりゃ壁に穴ぐらい開くんじゃ)

 開かなかった。どういう訳か壁は無傷……。

(あ? 何でだよ! ホムンクルスの突進浴びてなんで無傷なんだよこの壁!! シルバースキンじゃあるm──…)

 ……。剛太の背中に冷たい汗が流れたのは「シルバースキン」、その言葉に防人衛を思い出したからだ。出立直前かれは
確かに何やらごにゃごにゃいっていた。去来。いまさらのように蘇る言葉。


「あー。倉庫に行くなら気をつけた方がいい。外から鍵かけられると少々マズい」

「あそこはL・X・Eの襲撃の際、あちこち調整体に壊されていてな。まあ要するに」

「修理しがてら強化しておいた。たぶんフェイタルアトラクションでも壊せないぞ」

「まぁでも火事のとき逃げやすいよう窓だけはただのガラスにしておいたし」

「ケータイもあるし大丈夫だろうが念のため、な」
225 ◆C.B5VSJlKU :2012/10/29(月) 13:40:57.02 ID:KsdbehRm0
.

(言ってたぁ……)




 剛太は力なく崩れ落ちる。斗貴子に見惚れていたのはまったく致命的。

 趣味:日曜大工の防人衛の辣腕は向い来る香美を弾き飛ばした。そして後頭部の貴信から意識を奪う。ピンボールのよう
に反対側へ命中したかれは顔面に何tもの衝撃を浴び、喪神。

「ご主人?」

 とはもうもうと立ち込める芥子色の煙の中、ビョコリと座りなおした香美の弁。後頭部に手を当てじつとするコト二呼吸、
ふだんの機敏さがウソのようにそうぅっと左右を見渡した。広がる闇、窓こそあるが総て総て厚ぼったいベニヤで外から
塞がれている。まだ昼ながら真暗なのはそのせいだ。

「…………!」

 か細い息をつきながらそれでも香美が叫ぶのをやめたのは、剛太が、部屋中央にブラ下がるランプに手を伸ばすのを
見たからだ。野性つよき少女といえどそれが照明道具なのは分かるらしく、こわばった表情に一縷の期待が灯った。

「ん? なんだコレ壊れてんのか? 点かねーぞ」
「わあああああ!! 垂れ目ーーーーーーーー!! 垂れ目ええええええええええええええええええええ!!!」

 香美は剛太に飛びついた。か細い肢体ながらいかついアメフト選手のようなタックルだった。おかげで壁にしこたま頭を
ブツけた剛太が、眼球を上めがけグルリと気絶の動きを取りながらなお貴信の二の舞を踏まずに踏んだのは、馬乗りの香
美が

「ダメなのあたし暗いところダメなの、傍にいて傍にいて傍にいて。ご主人気絶しちゃったしあんたしか頼れんお願いお願い!」

 甘い声と涙と鼻水とを飛ばしながらひっきりなしに肩をゆすってきたからだ。

 吹っ飛ばされた余波で剛太は床にあおむけだった。香美は彼の腰をまたぐ姿勢だった。

 銀成学園へ転入して以降学生服をまとっていた彼女だが、この時は従来の軽装。白い二の腕がこぼれおちんばかりの
白いタンクトップ。縁が破れ色褪せたデニムの短パン。そこからブラ下がる鎖のアクセがじゃりじゃりなるたび剛太の眼前
で巨大な白い谷間が迫力ある律動を見せる。同年代の少女──例えばまひろなど──なら恥ずかしげに頬染め秘匿す
べき大きなふくらみは、しかし元来ネコの香美はまるで無頓着。
 日焼けを免れているらしく、服の形に白く染まる鎖骨から中は闇で浮かび上がるほど生白い。それが汗でぬめつき怪しげ
な輝きを放っている。

 斗貴子にしか興味がないとはいえ断種去勢を施されている剛太ではない。想い人とはダンチな早坂桜花の質量を背中
に押し付けられ赤面したのはいつだったか。あのぬくもり。弾力。柔らかさ。それらがどれほど呆気なく平素標榜する片意
地を粉砕するか!! 色香は魔力なのだ。人生を貫く大失敗あるいは不可抗力を呼ぶ化け物なのだ。
 しばし剛太が揺れ動く巨大な乳房に目を奪われたといって斗貴子への不貞になろうか。 いやない。むしろ野生美と貴信
へのコンパチーブルゆえ下着なき双丘が、拍動のすえタンクトップとの挟間に突発的に覗かせた桃色の特異点から、意
思の力で強引に視線を剥がしただけでも豪傑、万雷の喝采を浴び褒められるべき偉業ではないか。
226 ◆C.B5VSJlKU :2012/10/29(月) 13:41:14.35 ID:KsdbehRm0
.

(見てねェ! オレは何も、何m……ひゃっ!!)


 攻勢は止まらない。剛太の頬を生暖かくもザラついた湿気が通り過ぎたのは香美の舌が掠めたからだ。

「だまっとったら余計怖いの……! お願いじゃん、毛づくろいするからなんかいう、話す……」

 いつしかネコ少女はその体をびっとりと剛太につけている。一層身近に迫るぬくもり弾力柔らかさにさしもの剛太も真赤
となる。誕生以来これほど肉薄した女性はいない。さきほど懸命に忘却せんとした光景がいまは薄布一枚向こうで艶めか
しく息づいている。胸板の上でつぶれる膨らみの重さ、何もかも消し飛ばしそうだ。

(いや何でいま舐めた!?)
 突っ込む気力など根底から奪う甘ったるい雰囲気が満ちていく。倉庫の中へ、満ちていく…………。

 香美はもはや切なげに眉根を寄せ泣きそうな表情。しかも震えながら口を開け、恐る恐る剛太の頬を舐める。じゃれつく
というほのぼのしたものではない。あえらかに息を吐き、すぼめた舌を下から上へぐぐぅと這わす。名前通り香しい唾液が
なめくじのように跡を引く。この頃になると当然ながら跳ねのけようとする剛太だが相手は岩のごとく動かない。相手が動物
型ホムンクルス、人間を超越した膂力の持ち主なのだとつくづく痛感する間にも香美の体は艶めかしくくねる。舐めるたび
とろけそうな肢体が剛太に擦れて刺激をもたらす。上半身だけでも大概だが跨ぐ都合上腰もまたビトリと剛太のそこへつき
それが男性的な生理作用を痛いほど惹起する。

 目の前にはしとやかな涙顔。普段とはまるで違う、不安に慄く香美の顔。桃色の霞を瞳に宿し鐶よりも儚げに震える表情
はふだんがふだんだけに余計心を直撃する。

(コイツ、こんなカオもすんのか…………)

 愕然とする剛太だがしかし慌てて首を振る。すると鼻の穴を香美の舌がかすめ史上最大級の疼痛が心臓を直撃した。耳
たぶまでも真赤にしながら抗議というか提案を放てたのはやはり斗貴子への思慕あらばこそだ。

「つ!! つーか暗いのイヤなど窓壊せばいいだろ!! あれただのガラス! 目張りしてある板だってホムンクルスなら
カンタンだろ!! 壊せば明るくなるし外出られる!! それでいいだろ!!」
「……や、やだ!!」
「なんで!?」
「だだだだってガッコーのもん壊すなんてダメじゃん! ご主人そーいってたし、それにそれにそれに怖いからって壊しちゃ
まどとかいたとか可哀想じゃん!! なんも悪さしとらんのにジャマっつって壊したら……」

 香美は涙ぐんだ。

「カワイソ、でしょーが………………」


 どうにかどくよう説得できたのは2分後。どいてもらえたのはそこからさらに6分後……。
227 ◆C.B5VSJlKU :2012/10/29(月) 13:41:33.01 ID:KsdbehRm0
以上ここまで。
228ふら〜り:2012/10/29(月) 20:52:18.39 ID:B72vJBLF0
>>スターダストさん(>>216の「めえ?」→「へえ?」で宜しかったでしょうか)
青空の両親が、きっちり改心してしまってるところが痛々しい。無論、それで許されるものでは
ないにせよ。で、剛&香! 暗所恐怖症に無意識の色気、想う人がいる故に誘惑と戦う少年……
堪能しました。しかし斗貴子がこれを知っても、嫉妬なんかはしないであろうことが不憫。
229大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 9:2012/10/30(火) 17:36:52.41 ID:1jXnZrZGP
すごいペースだ……
あ、続き書きます。
230大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 9:2012/10/30(火) 17:38:06.30 ID:1jXnZrZGP
「気を取り直して……」
 狼娘が不敵な笑いを浮かべた。
「お主たち、ここに何をしにきたのだワン?」
「姉貴を取り返しに来たのさ。大人しく捕まれ」
 度胸では栄子も負けてはいない。
 棒きれを構えて、狼娘に対峙する。
「もし、暴れるというなら……」
 栄子の両脇から早苗と鮎美が体を乗り出してきた。
 その手には栄子と同じく、棒きれが握られている。
 そして、栄子たちに囲まれるように、狼娘の肉体が眠り姫よろしく鎮座している。
「――お前の"本体"を叩く!」
 一陣の風が吹いた。気がした。
 栄子たちが目を開けると、そこには狼娘の肉体を抱きかかえた千鶴=狼娘の姿があった。
 高速で移動して肉体を奪還したのだ。
「誰が何を叩くだワン?」
 狼娘は笑みを崩さない。
「この肉体のポテンシャルは素晴らしいの一言だワン。
 お主たちが何をしようとも、わたしの前には、触れることなく消え去るのだワン」
231大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 9:2012/10/30(火) 17:40:07.05 ID:1jXnZrZGP
 狼娘が木の上までジャンプした。
 追いかけようとした栄子たちを目で制す。
「勘違いするなだワン。逃げるわけじゃない。
 この肉体をちょっと置いてくるだけだワン。
 お主たちからは何が飛び出すか分からない。
 ここはきっちり、始末させてもらうだワン」
 千鶴=狼娘は消え去った。
 嵐の前の静寂。
 沈黙を、栄子が破る。
「作戦A(肉体人質作戦)はダメだったな。作戦Bに移ろう」
「えっ、でも……」
 鮎美が心痛そうな声を上げた。
「心配するな、何とかなるさ。
 それに相沢千鶴はわたしの姉貴なんだ」
 千鶴=狼娘が帰ってきた。
 その容姿は見たところ、栄子たち"普通の人間"と変わりない。
 狼娘を助けようとして逆に噛まれた、牙の痕が痛々しいが、長い黒髪の美しい女性である。
 しかしその実際は、鍛え抜かれた歴戦の(その詳細はここでは書かないが)肉体だった。
 対する相沢栄子は、多少運動神経がいいだけの少女にすぎない。
 両者は森の中、すこんと抜けた広間の中心で対峙する。
 相沢たけるが緊張のあまり、腰が抜けそうになって、体勢を立て直す。
 木の葉が踏まれて、ちりっという音がした。
232大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 9:2012/10/30(火) 17:42:03.66 ID:1jXnZrZGP
 そのとき両者が動き出した。
 圧倒的なスピードで距離を詰めるのは千鶴=狼娘だ。
 栄子は木の枝を構え、バットをスイングするように、千鶴=狼娘を迎え撃つ。
 狼娘はジャンプしてよける。
 しかしそれが、栄子の狙いだった。ジャンプしたくなるように横なぎに振ったのだ。
「空中では動きが取れないだろ! 行け!」
 早苗と鮎美が空中めがけて投石する。
 しかし千鶴=狼娘は宙に浮いた状態で、体のひねりを使って石を払いのけた。
 千鶴=狼娘が回転ジャンプをしたアイススケートのような着地をする。
 そしてあろうことか、栄子たちに向かって拍手した。
「見事にわたしの初撃をしのいだワンね」
 その表情は攻撃を防がれたというのに、勝ち誇ったようだ。
「相当わたしの"スピード"を警戒していると見えるだワン。
 よけられない状況を作るのに腐心している。
 警戒も当然だワン。わたしのスピードは――」
「"姉貴の"だ」
 栄子が鋭く言った。
「勝手にお前の手柄にしてんじゃねえ」
 千鶴=狼娘は笑顔を崩さない。
 しかしその裏で何かが変わった。
 そして千鶴=狼娘の姿が消えた。
 栄子が叫ぶ。
「来るぞ!」

 つづく
233 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:28:17.42 ID:pwKPJWCy0
 そのマンション襲撃の後始末は他の戦士長の管轄だったから筋からいえば別に防人衛が心痛を覚える必要はなかった
のだけれど、例えば誰かが事後処理の進捗具合──といっても手がかりのなさを再確認するだけの空虚なやりとり──を
囁きあっているのを聞くだけでもう覆面の奥が蒼い哀惜で、だからだから剣持真希士は当惑した。

「燻ってんのさ。奴はずっと」

 橙色の光輝のなか面白くなさそうに呟いたのは火渡赤馬。何かの任務で珍しく同じ班になった彼がこれまた珍しくかつて
の同輩評をさほど親しくもない真希士に漏らしたのは、会話の端緒が、この時まだ新人(ルーキー)に毛が生えた程度の
後輩への文句づけだったからで、それはやがて師匠筋の防人へのダメ出しにスライドした。

「燻ってんのさ。奴はずっと」

 とはつまり日頃抱えているかつての朋輩への他愛もない不満の表れなのだろう。

「アイツは昔、世界の総てを救うヒーローを目指していた。今でこそ与えられた任務のなか最良の結果を出すとか何とか
ぬかしやがってるが本心は違うぜ。あのクソッタレは今でも心のどこかで思ってるんだよ。任務がどうとか条件がどうとか
知ったこっちゃねえ、『総てを救いたい』『努力して何もかも救いたい』……ってな」

 つまり救えなかった命、手の届かない場所で消えてしまった命さえ防人は惜しみ、悲しんでいる。

 火渡の言葉はまるで自らを語っているようで、それゆえ真希士の心に強く残った。

「ヘッ。なのにそれができねーって勝手に決めつけてやがる。奴は一度しくじってんだよ。あ? 違ーよ。テメーが遭った飛行
機事故じゃねェ。島だ。村落がたった一人残して全滅しちまった事件。コツコツ積み上げてきた努力が全く通じなかったってん
で打ちひしがれてんだよ勝手にな。燻ってるっつーのはソコなんだよ。どうにもならねえ不条理に見舞われながらまだ昔の夢、
切り捨てられずにいる癖に、事件前みたく全力で挑むコトもできねえ。なんでかって? 大勢を守り切れず死なせたからだよ。
以前のままいるのが耐えきれねえのさ。贖罪意識だの罪悪感だのでな」


「けど俺にいわせりゃその程度のコトにへこたれて失くすようなー自分(テメエ)で何ができるっつー話だ」

「そうだろーが!」

「世界総てを救うとか吹いときながら島一つで諦めちまったような奴に何ができる!?!」

「いい加減むかしのコトなんざ切り捨てろよ! 下らねえ無力感と一緒によ!!」



 とにかく軽い回想から現生へ帰還した剣持真希士が愕然と硬直したのは、先を歩いていた筈の先輩──鉤爪──の姿が
忽然と消えていたからだ。

(オレ様不覚! 山道ヒマだからってヨソ事考えすぎ!)

 しかしヘコたれない。時は平成、文化繁栄。胸元からスルスル携帯電話を取り出すや速攻で電話。

「すまねえ。あー本当悪い悪い」

 ややイラつき気味な先輩戦士の声にかんらかんらと笑って謝ると方針はすぐさま固まった。

「分かった。集合は予定通り山頂だな。標的──…共同体のアジトがあるっつー。地図? ある! あるから大丈夫だって!」

 そして携帯電話を切り、踵を返した瞬間──…


 筋肉の鎧を纏う巨大な体が何かと衝突した。
.
234 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:28:39.68 ID:pwKPJWCy0
.


「あだーーーーー!!!」



 次いで舞い上がった声はとても柔らかく……可愛らしい。



 吹っ飛んでいくのは少女だった。小柄で、タキシード姿でシルクハット、お下げ髪の。


「あ! 悪ぃ!! ……? ?? てか何で女のコ? 山だし平日だし昼だし……」


 目を白黒させるのは相手も同じで、声にならない弁明を漏らしている。


「とゆーか」

 少女の下半身はロバだった。蹄のある四本の足が地面をばたつき何とか立ち上がるころ、剣持真希士の野犬のような
瞳がいっそう鋭くなった。


「ホムンクルスかお前! ブツかったのは攻撃か!!?」
「ぎぃやあああ! そそそそーではありますが人様に害悪なそうという存在ではありませぬ! ぶつかったのも元をただせば
追跡のため、無銘くん追いし追跡モードに気を取られておりましたがゆえの衝突」



 状況が混迷を極め始めたのは、剣持真希士愛用の第三の腕──西洋大剣の武装錬金・アンシャッター=ブラザーフッド。
肩甲骨の辺りから生えるアームが変則的な太刀筋を描く──が金切り声をあげながら小札零を狙い撃った時だ。

『流星群よ! 百撃を裂けえええええええええええ!!』

 茂みの中から、金粉のような形した無数のエネルギー波動が、大ぶりの剣をズガチロと舐め尽し軌道を変えた。大鉈で
捌かれたような不自然な圧力が真希士の右肩を襲う。筋と蝶番が絶叫を上げるなかしかし彼は第三の腕を以て骨をねじ
込む。はたして剣の軌道は当初の予定どおり小札を狙い撃ったが切り裂いたのは陽炎で、気づけば新手が彼女ともども
走り去ってゆく。ガサリという音は頭上からで、先ほど光波をブッぱなした存在が、樹上で猛然、遠ざかる。


「フ。まさか戦士まで来ているとはな」
「あうあうあーー!! 当然といいますかなんといいますか!!」
「追ってくるじゃんアイツ!! どすんのよご主人! 」
『と!! とりあえず追跡は中止! 鳩尾のところにまで来られないよう』


 山頂とは真逆の方向へ駆けだす音楽隊を、剣持真希士が追い始めたのは、もちろん彼らへの勘違いあらばこそだ。

「標的発見! この山にいるとかいう共同体はアイツらだな! 鉤爪さんとの待ち合わせ場所と逆方向行ってんのは好都合
か不都合か分からねーけどとりあえず追うッ!」

 実際のところ真希士の標的はすでに総角たちが殲滅している。もっとも真希士以外の戦士が”そう”だが、彼らにとってホム
ンクルスは見敵必殺、所属素性がどうであれ出逢ったが最後、殺しにかかるほかありえない。


 アンシャッター=ブラザーフッドの特性は筋力増強。ただでさえ鳥型ホムンクルスに走って追いつけるまで鍛え抜かれた
大腿部がさらに異様な膨張を見せる。大型トレーラーのような馬力が生まれ彼は加速の頂点へ達した。
235 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:28:57.94 ID:pwKPJWCy0
.

 振り切るのは不可能。音楽隊がやむを得ず攻勢に転じたのは、追跡開始から126秒後──…








「1年……。行方不明だった間……お姉ちゃんに何が起こったのか……なぜお父さんたちを殺すほど……変わってしまっ
たのか……その辺は……よく……分かりません……」



「確かなのは…………調整体で……ヤギの要素が入ってて……ときどきめえめえいうのと……

「『組織』に……入っていた……ぐらいです」








「そのあたりにしておけ”りばーす”」
「両親殺すつもりはなかったんじゃなくて?」

 笑いが、やんだ。青空は歩くのをやめたらしい。
 三つ編みを解放されたおかげで自由になった首を動かす。聞きなれぬ声。それが放たれた方へと。
 まず光の目に入ったのは黒ブレザーの少女だった。先ほどまでパーティの舞台だった机の上であぐらをかき、銃撃で破
壊されたケーキの破片をもぐもぐと食べていた。

「その人の名前は……」
「イオイソゴ=キシャク」
 乱杭じみた皓歯も露に唸りを上げる小型犬に、玉置は多少面くらったようだった。
 いつしか広場の丸太の上に並んで腰かけている玉城と無銘である。後者に至ってはもう何度かポシェットへ無遠慮に手
を突っ込み、ビーフージャーキーを引きずり出していた。
 そんな和やかな雰囲気を崩すほど”イオイソゴ”なる存在は『無銘にとっても』悪辣なのだろうか。疑問を抱きつつ質問する。
「……知りあい、ですか」
「忘れるものか!! 奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人!!! 貴様らの組織の幹部にして忌々しき忍び!」


「ぬ?」
 視線に気付いた少女──イオイソゴは咀嚼をやめ、決まりが悪そうに低い鼻を掻いた。
「おおすまん。こりゃヌシの”けえき”じゃったか?」
 震えながらやっとのコトで頷くと、「転がっておった故つい口をつけてしもうた。許せよ」とその少女は立ち上がった。
 背丈は玉城と同じぐらいかそれ以下。だが雰囲気はいかにもカビ臭い。
「そもそも”りばーす”よ。ヌシはこのまんしょん襲撃に最後まで反対して暴れておったではないか」
「…………」
 青空は息を呑んだようだった。義妹だから分かる。「自分の失敗に気付いた」。そういう反応だ。
「鎮めるためわしらまれふぃっく3人──そこらの共同体なら単騎で潰せる幹部級を3人も出張らせておいてじゃな」
『私の家族にだけには手を出さない……そ、そう約束してくれたわよね。それで私も落ち着いたのよね』
 銃撃。もうすっかり穴だらけの部屋に描かれた新たな文字は心持ち震えているようだった。
 それを認めたイオイソゴ、たっぷり意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ。にも関わらずこの有様」
236 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:29:14.52 ID:pwKPJWCy0

 頭を踏み砕かれた死体、首なし死体、そして生首。それを順に目で追うイソイソゴは「ああひどい」「ああむごい」というわ
ざとらしい嘆息をひっきりなしに漏らしてみせた。からかっている。玉城は背筋の凍る思いだった。あれほど荒れ狂い両親
を事もなげに殺した姉を……弄んでいる。事実青空は嘲られるたび青ざめているようだった。
『違うのよ……。殺すつもりはなかったの。でも声が小さいって地雷踏まれたから、ついカッとなって』
「ほほう? わざわざ盟主様にまで直訴した挙句が? 冥王星の嬢ちゃんの腕へしおった結果が?」
 ついカッとなって何もかも台無しにしたと? もはやへたり込み体育ずわりで俯く青空に容赦のない詰問が降り注ぐ。
 だが責めている訳ではない。玉城は見た。詰問の最中でもいっこう半笑いをやめぬイオイソゴを。また身震いが起こる。容
姿も背丈も7歳の玉城と変わりないのに、イオイソゴという少女は明らかに子供ではない。ただならぬ雰囲気を纏っている。
詰問はただ相手の弱みを抉って、体よく苛めるためだけにしているのだろう。そう思った。
 ぐうの音も出ない。そんな様子で黙り込んだ青空は抱えた膝に顔を密着させているため、詳しい表情は分からなかったが、
本当ひたすら後悔しているようだった。




 ビーフジャーキーを呑みこんだ無銘は腕組みをしてしばし考えると、呆れたように呟く。
「いや、その反応はおかしい。話から察するに貴様の姉は父と義母を恨んでいるのではなかったのか?」




「本音の一つではあるが全てではない……という奴じゃよ」

 桃色の舌が人差し指のクリームをペロリと舐めとった。もがもがと口を動かし甘味を堪能するコト10秒後、彼女はひどく
しけった口調でやれやれと呟いた。
「色々喚いておったようじゃが、実は完全に憎んでいた訳ではなくての。こやつは激発を孕んでおる割には理知的なのじゃ。
恨みこそあれそれに引きずられるのも宜しくないと悟っておったよ」
 次の言葉を聞いた時、玉城は腕の中の物体を悲しみととともに強く抱きしめた。

「きっかけは”てれび”じゃったかの。それに出たこやつの義母が必死に探している姿を見て幾分感情を和らげたようじゃった」

 不快感がチワワの顔に広がった。
「詭弁だな。現に貴様の姉は義母を殺したではないか。そうしておいて実は殺したくなかっただと? 世迷いごとも大概に
しろ」
「…………私も……同じ事を……聞きました。すると……」



「若いのう。人間という奴はじゃな、常に白黒はっきり分かれておるわけではないよ。憎んでいるが愛している。愛しているが
憎んでいる。そういう不合理で未分化な感情を抱えたまま共に暮らしていく……。それが家族ではないのかの? だからこそ
こやつは家族の助命を嘆願した」
 とここでイオイソゴは玉城に歩み寄り、得意気にクリームの芳香漂う人差し指をビシっと突き出した。
「ヌシの姉はいったじゃろ? やり直そう、また一緒に暮らそうというようなコトを?」

『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
また一緒に暮らしてくれる?』

 玉城は気付いた。先ほど書かれた文字を茫然と眺めているコトに。




「お姉ちゃんは…………お父さんたちと……もう一度暮らしたかった……ようです」
「だが欠点を抉る言葉を吐かれつい逆上し……怒りゆえに薄汚い方の本音を吐き散らかしながら虐殺に至ったと?」
 頷く玉城に三度目の呻き。無銘には理解しがたい。彼にしてみれば、放置された青空は父と義母を憎むのが当然であり
憎むのならすぐさま殺すべきなのだ。されど話を聞く限りでは確かに青空は一旦同居を提案した。やり直しを提言した。少
年無銘にしてみればそこにこそ罠があるべきなのだが、どうもスッキリとまとまらない。やはり欠如の指摘に「ついカッとなっ
て」やってしまったのだろうか。それにしてはいささか凄惨すぎるが……。
237 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:29:31.76 ID:pwKPJWCy0


「とはいえじゃな。感情をどうするコトもできず理想を破壊してしまうというのまた人間らしくはあるじゃろう。そういう齟齬じゃよ。
人をより進化させ、うまい料理を作らせるのは。だからわしは人間という奴が大好きじゃ。何より……旨いしの」
 そういって、すみれ色のポニーテールにかんざしを挿す古風な少女はからからと笑った。




「後で聞いた話ですが…………お姉ちゃんはただ……自分の気持ちを伝えたかった……ようです……。でも伝えるために
は喋るより先に…………手を出す方が……気持ち良くて……確実だから…………どうしても……止まれないらしい……
です」
 しばし無銘は呆気に取られた。口を半開きにしたまま虚ろな瞳をじつと眺め続けた。風が吹き、木々が揺れた。その音を
どこか遠い世界のように感じながらようやく自我を取り戻した無銘は、からからに乾いた口からやっとの思いで感想を述べた。
「なんと厄介な女だ」
「…………ぷっ」
 両腕のないどこかの彫像のような少女に初めて人間じみた変化が訪れたのはこの時だ。不必要な言葉は決してこぼす
まいとばかり閉じられていた唇が綻び、慎ましい忍び笑いを漏らし始めた。
「何だ」
 憮然とした様子のチワワに玉城は染み通るような微笑を向けた。
「実は……私もちょっとそう思ってます。だから……おかしくて……」
(わからん。彼奴の感情が……我には分からん)
 両親を殺した相手を語っているのに、どうして笑えるのか。それが無銘には分からない。
「たった1人の…………家族だから……です」
 玉城は、青い空を見上げた。虚ろな瞳にわずかばかりの光が灯ったとき、無銘の心は青く疼いた。
「チワワさんにとって厄介でも……それが私の…………お姉ちゃん……です」
 彼女は青空を懐かしんでいるようだった。切なげで今にも消えていきそうな少女の横顔に、無銘は言い知れぬ感覚を覚
え、慌てて目を逸らした。
「ま、いまどきの若人風にいえば”れあ”なのじゃよ”りばーす”は。大人しいが長年の鬱屈で限りのない感情を宿してしもう
ておる。”ぐれいずぃんぐ”めが色欲でわしが大食とすればな、りばーすは……とごめんなさい息が切れました」
 へぁへぁとか細い息をつく少女の芳しい口の香りを、しかし無銘は大至急で回避した。具体的には不安定な丸太の上で不安
定な姿勢を取って、落下した。後頭部に灼熱が走り、目から星が出る思いだった。
先ほどから慌ててばかりだと不覚を悔いる少年無銘である。
「大丈夫……ですか?」
「憤怒」
「はい?」
「貴様の姉の罪科だ。七つの大罪とやらにイオイソゴどもを当てはめた場合、貴様の姉は恐らく憤怒に該当する。嫉妬も
近いが話を聞く限り妬みよりも怒りの方が遥かに大きい」
「…………そうです」

「よってじゃな。憤怒を宿しておるが故に、ひとたび激発すると止まらんのじゃ」
「ご老人」
「わしら幹部級、そこらの共同体なら単騎で殲滅できる”まれふぃっく”でも窘めるのに苦労する」
「ご老人?」
「最弱の呼び声高き冥王星の嬢ちゃんとて武装錬金の特性と限りない愛をふる活用すれば負けはない」
「ワタクシを無視しないでくださる?」
「平素は大人しく”さぶましんがん”がなければ鈴虫のように可愛らしく囁かざるを得ん”りばーす”とて『武装錬金の特性』を
使えば、手練れた錬金の戦士10人ばかりを相手にしようとヒケは取らん。かの坂口照星は流石に無理としても、火渡赤馬・
防人衛くらすなれば十分に対抗できよう」
「はいはいそうですわね。われらが盟主様から離反したかつての『月』……総角主税とてひとたび”マシーン”の武装錬金特
性を喰らえば勝ち目はありません。わかりましたからワタクシの話を聞いて下さりませんこと?」





「大口を」
 よっと丸太に後ろ足をひっかけながら鳩尾無銘は毒づいた。
「その者たちのコトなら師父から聞き及び知っている。片や火炎同化。片や絶対防御。かような物を打破できる武装錬金の
特性などあろう筈がない。ましてかの師父が敗れるなどと……!」
238 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:29:51.46 ID:pwKPJWCy0
「はあ」
 拳を固めて気焔をあげるに鐶はついていけないようだった。
「とにかく……です。えーと」

 玉城はきゃぴきゃぴと身を揺すらせながらその時のイオイソゴを再現した。

「だがわしらの盟主様は違うぞ! わしのハッピーアイスクリームで全身磁性流体にされようと”りばーす”の武装錬金の
特性を浴びようと、必ず勝つ! 最弱にして最高! いかな武装錬金の特性といえど、盟主様には決して通じんのじゃ」



 そして若いお姉さんが私とイオイソゴさんの間に割って入って来ました……。玉城はそう説明した。



「ご老人? 長話も結構ですけど、そろそろ本題に入るべきじゃなくて」
 イオイソゴに気を取られるあまり見逃していたが、彼女同様テーブルに腰掛けていたらしい。
 薄汚れた白衣とムチをあしらったヘアバンドが印象的なキツネ目の美女が腰をくゆらせながらやってきた。
「ま、戦団のお馬鹿さんたちと一戦交えたいっていうなら止めはしませんわよ。何しろここ戦団のOBが運営してるトコです
もの。一般人の入居者からカネ巻き上げて戦団の運営費に充てていますから、そろそろ戦士がすっ飛んでくる頃かと
 立ちながらも紅茶をすすり左手のコースターに白磁のカップをかちりと当てたのは──…

「やはりグレイズィング=メディックか」
「また……知りあい、ですか」
「我の出産に立ち会った者だ。単純にいえば色狂いの残虐魔。奴めに我の実母は生きながらに腹を裂かれホムンクルス
幼体を埋め込まれた」

「ワタクシとしては別に駆けつけてくるお馬鹿さんたちブチ殺して中途半端に蘇生して! 身動き封じた上で犯して尊厳傷付
けても構いませんけどね! 性別? え? 愛の行為に性別なんて関係ありませんわよ? それはともかく、ふふ。台所に
あるありふれた器具でも拷問はできますから、倒した戦士たちで実演してみましょうか?」
「分かったから向こうでやってくれんかの。お前がでしゃばってくると痛くて気持ちの悪い話題になって困るんじゃが」
 じっとりとした半眼に抗議されたグレイズィングは、しかし一層双眸を輝かせた。
「ヤッていいんですの!? で、でもお仕事中なのよん今は。駄目よダメダメ。職務と性欲はわけなきゃダメなの」
 やがてぶるぶると震え出したグレイズィングは何故か股間の辺りに手をやったり離しながら部屋の外へ出て行った。
 やがて荒い息とか細い叫びが木霊しはじめたが、玉城には何が起こっているかまったくわからなかった。
「ま、とにかく後はこのまんしょんに火を放ち全焼させるだけじゃな。されば戦団へのカネは断たれる。ふぉふぉ。こういう
地味ーな兵糧攻めみたいな行為であれど、積み重ねれば戦団は疲弊する。よってわしらはここを狙ったのじゃ」
「……のですか?」
「ふぉ?」
「ここの人達に……恨みは……なかったん………ですか?」
 玉城は精いっぱい声を震わす。つい今しがた両親を殺されたばかりで混乱の中にいるが、それでも問いかけには抗議
の気分がとても大きい。

 一緒に食事した人もいる。ちょうど1階上には友達が住んでいる。名前は知らないがいつも同じ時間パンジーに水をやる
おじいさんは見ているだけで大好きだった。誰もかれも玉城家の不幸──青空の失踪──を悼み、助けてくれたわけでは
ないけれど、それでも玉城は自分をとりまく環境が、そこにいる人たちが……好きだった。

 ゆえに凛然と張られた声を浴びるイオイソゴは一瞬軽く目を落としたが──…

 すぐさま黒々とした微笑を顔一面に広げた。幼くも愛らしいがだからこそ玉城は怖気に震う。
「ないよ。食糧にさえせん。ただ間接的にとはいえ戦団の運営費を捻出しているが為、かかる目に遭って貰っただけじゃよ」
 からからとした口調には何ら罪悪が見られない。やるべきだからやった。柔らかな声は明らかにそう告げていた。
「なんにせよ潮時かの。盟主様からも事を荒立てるなといわれておる。引くぞ”りばーす”」
『私絶賛ヘコみ中なの。もうちょっと放っておいて……放っておいて(ぐすん』
 膝の前に『描かれた』文字を見た玉城光は心底感心した。姉は体育ずわりで俯いたまま習字コンクールで金賞が取れそう
なほど綺麗な文字をサブマシンガンの弾痕で生産している。
239 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:30:07.63 ID:pwKPJWCy0


「と、感心していたら……イオイソゴさんにお腹を殴られて……気絶、しました」

 そうか、とだけ頷いて無銘は別な質問をした。
「さっきから気になっているが、その『リバース』というのは何だ?」
「お姉ちゃんのコードネーム……らしいです。リバース=イングラム。それがお姉ちゃんの……今の名前……です」
「奴らの命名則か。我らが大鎧の部位名を抱くように、奴らは武装錬金の種類を名字に」
「そして目覚めた私は──…」
240 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/03(土) 22:40:13.46 ID:AKJySmnI0
以上ここまで。過去編続き。今回から003話。
241ふら〜り:2012/11/04(日) 14:46:04.24 ID:DuvW3eDh0
>>急襲さん
>「勝手にお前の手柄にしてんじゃねえ」

でも操れるという能力そのものは狼ちゃんの実力なわけですから、手柄でなくもないかなと。
その狼ちゃん、何だか大物っぽい貫録を出してて、ここから先はそうそうドジもしなさそう。
今のところ、前述の「実力」に弱点も無さそうですし、どうやって……原作の主人公が何かする?

>>スターダストさん
凶暴さと、それに反する大人しさや可愛さが一人の中に同居してるってのは、まあありますが。
青空の場合はそんなレベルではなく、両親に対する思いも妹に対する思いも複雑怪奇で、且つ
その「複雑」をとてつもなく巨大な形で表現できてしまえるから……なんというか、タチが悪い。
242 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/04(日) 22:23:32.80 ID:TPKlEDP70

「あ、ありがと垂れ目。も、もうダイジョブ。いやそのまだダイジョブじゃないけどダイジョブじゃん」

 たしなめるコト249秒。香美は少し落ち着いてきたらしくいまは体育座り。太ももの後ろで手を組む彼女の横に剛太はい
て複雑な表情だ。

(ああクソ。なんで俺こいつの都合に付き合ってんだろ。ホムンクルスだしそもそも斗貴子先輩じゃないし!)

 戦士である以上ホムンクルスには冷淡であるべきだ。でなければ本分が果たせぬ。武装を行使し殄滅(てんめつ)する守
護者の本分が。さらに香美は斗貴子ではない。心身とも魅力に富み岡倉などは存分に鼻下を伸ばしているが、しかし剛太の
抱える恋慕はそういう系統ではない。存外、精神的箇所から出発タイプなのだ。斗貴子は心の支えだ。それだけでもう女神で
他の追随を許さない。よって香美が対象外なのは言うまでもないが……。

(………………)

 チラリと香美の横顔を見る。後頭部をさすっているのは貴信の安否をみるためか。反応はないらしく不安は消えない。

(コイツさっき……)

 剛太の心がわずかだが香美めがけ揺らぎ始めているのは意外だが斗貴子のせいである。交点。女神を原点とする感傷
や信条が冷淡も選別を熱く溶かしていく。鐶光との戦いで早坂桜花の手を取り校内を疾駆したときもそれがあった。


(泣いてたよな。暗いの怖いって)


 いま、剛太らしくもない激しい感情が体内に満ちていく。「女を泣かせる奴は大嫌い」。メイドカフェでの騒動、最後の
最後に鋭く言い放ったのはもちろんカズキを指してのコトだ。彼は斗貴子を置き去って一人勝手に月へと消えた。

 だから彼女は泣いた。あらゆる繕いを捨て憧憬からかけ離れた場所で。流した。大粒の涙を。

 そのとめどなさを間近で感じたから、月へ向かい無力な怒声を張り上げたから。

(女泣かせる奴は嫌いだ。大嫌いだ)

 ここで戦士の本分がどうこうと言い繕い香美を放置するコトは簡単だ。義理からいえば斗貴子ほど慮ってやる必要もない。

(けど)

 そうすれば香美は泣くだろう。暗い倉庫の片隅でいつ目覚めるとも分からぬ貴信を待ちさめざめと。

(我慢できるか!! やってみろ、俺はあの激甘アタマと一緒になる!!)

 最も腹立たしくそして悲しいのは彼だけ名前を呼ばれたからだ。

 月めがけ飛び立った直後、斗貴子はただただ連呼した。「カズキ……」「カズキ……」。

 ……………………すぐ傍にいる後輩は呼ばなかった。もしこのとき顔を見上げ呼ばわりそして表情で苦しさを訴えてくれ
たら剛太の心痛は致命的敗北感めがけ激増しなかっただろう。カズキを許せぬ感情の何割かは(情けない話かも知れない
が)、そういう圧倒的優位を誇りながら、あっさりと斗貴子を捨てそして泣かせた事実にある。


「…………?」


 香美は鼻をピクリと動かした。そしてしばらく首を振った後視線を落とし……少しだけ強く泣いた。

「あ、ありがと」

 剛太の手が自分のそれに絡まっているのを見た瞬間込み上げたのはもちろん感涙で、以降ベクトルは好転、上へ。
243 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/04(日) 22:24:51.16 ID:TPKlEDP70

「…………うるせェ。騒がれちゃメーワクなんだよ。静かにしろ。握手じゃねーからな」

 彼はまったく目を合わそうともしないが香美はまったく気にしない。「〜♪」。楽しげに腕を握ったり揺らしたりだ。

 横目でチラチラ伺うその様子はまったくモチーフ通りで、それがかねてよりの懸案打開のとっかかり、橋頭保になった。

「つーかお前なんで暗がりが怖い訳? ネコだろ?」

 ややぶっきらぼうに話を仕掛けたのは葛藤のせいだ。カズキのようになりたくはないが、しかしそれでもやはり斗貴子では
ないホムンクルスの少女にニコニコ親切ぶりたくもない。

「う??? なにあんた突然?」


 香美は胡乱気に眉をしかめたがすぐ何かに気づいた。

「あ!! 分かった!! あんたカウンセリングやろーとしてるじゃん!」
「あ!?」
 乱雑な声を張り上げたのは図星だからだ。しかし意外。なぜネコにその概念があるのか。
「そりゃああんたあやちゃんとかもりもり(総角)が根掘り葉掘りアーダコーダ聞いてきたからじゃん! でなんであんたらそんなん
聞くじゃんゆうたらさ、聞いてさ、聞いてさ、げーいん突き止めて直すって」
 にも関わらず怯えている。つまり仲間たちでさえ治せなかった訳だ。いかに自分が軽々しく踏み込んだか痛感する剛太とは
裏腹に、香美の表情は明度を増す。野性的な双眸は山吹色の輝きを帯び口は綻び八重歯が覗く。だから、剛太は──…
「あんたもそれしてくれる。手も握ってくれとるし、いい奴じゃん、いい奴!!」
「………………」
「? どーしたじゃん急にボーっとして?」
「し!! 知るか!
 額にコツリと堅い感触が走った瞬間、彼は器用にも座ったまま横ばしりし距離を取る。見た。おでこを当てる香美を。熱でも
測りにきたのだろう。瞬間間近に迫ったネコ少女のカオは剛太をしっかと捉えていて。いちめん無邪気な信頼に暖かく潤んで
いて。だから必要以上に動揺した。

(クソ。どーかしてたぞ俺)

 心臓の弁がやかましい異音を奏でる。極彩色のしこりが痞(つか)えたようであらゆる感覚がそこへ向く。

(コイツがいつも通りになったとき)

(なんでホッとしたんだよ俺。ただうるせェだけなのになんで…………)

 ありていにいえば少年はただドキドキしていた。

 発動するのは斗貴子を除けば桜花がその膨らみを、惜しげもなく押しつけてきたとき以来だ。と描くと剛太の女性観はい
ささか浮ついたものに見えてしまうがしかし違う。絶世の美人たる桜花が誘惑的な盛り上がりを背筋にやってようやく斗貴
子の何気ない仕草に匹敵するのだ。つまり浮つくどころか不動、揺らめかすには相当の女性的力学がいる。

 香美の涙を結果的にだが止めた。たったそれだけの事実に少年は心揺らめかせつつ……喜んだ。

 一瞬去来した機微はつまり友人を持つものなら節目節目で味合うものだ。思いやりが感傷と混じり合い共有を経て陽へ至
る。人間が最も尊ぶ、しかしどこにでも有り触れたプロセス、類似事例などそれこそ鐶戦で桜花と味わい、その弟ともつい最
近メイドカフェで体験したというのに、剛太はまるで割り切れない。相手がホムンクルスというのもあるがそれ以上に見目愛ら
しい少女だから余計。
 だから幾分元気の戻ってきた香美にどこかでホッとしつつそんな自分が許容できない剛太だ。韜晦、いっそう不機嫌にな
るべく努める。なまじ頭だけ回る精神的未熟の少年はときとしてバカげた矛盾や葛藤を自ら作り苦しむのだ。

「あー。なんか怒らせた?」
「別に」

 覗き込む澄んだ瞳から目を逸らす。香美は香美で追及せず、本題へ。
244 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/04(日) 22:25:13.59 ID:TPKlEDP70


「だってさだってさ……だってさ、あたしさっき怖いのに……めちゃんこ怖い目に遭わされてさ」
(さっき……? あ、昔ってコトか)
 香美にとって過去は総て『さっき』。いつだったか貴信にそう聞いた。


 やがて語られる彼らの過去は香美を通してだから断片的で多大に類推し辛いものだぅたが。

 どうにか剛太はまとめた。

(つまりアレか。俺たちがもうすぐ戦うレティクルの幹部。『火星』と『月』。そいつらが些細なきっかけで栴檀貴信とコイツを
攫い──…)

 加虐のすえホムンクルスにした。当時まだネコだった香美は幼体となり紆余曲折を経ていまの体へ。



「それでもご主人さ、あたしをさ、辛いのに守ってくれたし、悪いことしたらメッって怒ってくれたしさ、元のままでいてくれた
からさ」

 まったく人の来る気配のない蒼黒い倉庫の中、香美は語る。語り続ける。

「一緒なら暗いのも狭いのも高いのも何とかガマンできる訳。一緒だからさ、助けてくれたコト思い出せて……平気じゃん」


 だがひとたび貴信が意識を失えば。


「……怖いの。ホント、怖いの」

「怖いの思い出すから怖いっつーのもあるけどさ、さっきご主人すごくすごく怖い顔しててさ、ソレ思い出すとこの辺が」

 剛太がまたも香美に不覚を取ったのは、しなやかな動きがあっという間に距離を詰め肉薄したからだ。あっと目をむく
頃にはもう遅い。とても男性(貴信)と体を共有しているとは信じがたい半透明の白い腕が剛太の手を取り

「この辺がきゅーってなって……苦しい」

 タンクトップをまろやかに盛り上げる巨大な弾力に導いた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 剛太の脳髄は真っ白になった。斗貴子曰く噛み合えば頼りになる歯車は火花と白煙の中こなごなに吹っ飛ばされあらゆる
言語と運動は消除の憂き目。にも関わらず暖かな柔らかさを受容したのは原生の、男性的な本能が捨てるに惜しいとみな
したからか。混乱は香美がそこに手をやる50秒間たっぷり続いた。

「でもさ。でもいまは垂れ目いるから平気じゃん。ご主人にも早く起きて欲しいけどさ、あんただとなんか安心する」
「なんでだよ。つーかお前なんで俺にばっか構うんだよ?」
「んーーーーーー。わからん!!」

 そういって香美は笑う。からからとした何も考えてなさそうな笑顔は斗貴子とまったく真逆なのにいまは見とれそうで直視で
きない。

「というかいい加減垂れ目っつーのやめろ。な? 俺の名前は中村剛太だっつーの。おかしなあだ名で馴れ馴れしくすんな」
「無理!!」
「即答かよ!!?」
「だってあんたの名前なんか長い。きっとずっと思い出せん!!」


.
245 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/04(日) 22:26:53.14 ID:TPKlEDP70

 そのやり取りから1分後、彼らは倉庫から脱出した。

「礼なれば結構である!! 及公常に救いを求められている! 本日この刻限を持ちあらたな救いが1つまた生まれたとい
う輝かしき事実!! それだけでもうお腹いっぱいであらせられるんだから礼はむしろ害毒というかむしろ罵ってくれまいか!!
されば救ったにも関わらず痛恨なるものが心抉ったというコトになり要するに試練! 大衆の持つおぞましさの毒にいかほど
及公耐えられるかというアレになり新たな戦いが今日より始まる! ん!! じゃあアレだ誰も永劫救われん方がかえって
及公の進化あくなき向上のためにいいかも知れんのでもう一度倉庫入ってくだせえや少年少女、オナシャス!!」」
「断る」

 たまたま通りがかったというリヴォルハインに冷えた目でキッパリ告げるころやっと貴信が復帰した。

「あのさ。アイツちょっとお前に依存しすぎじゃね? お前いなくなったら大変だろ」
『ハハハ!! つまりアレだな少年戦士!! 僕に万が一のコトがあったら香美が泣く! それがいやだから来る戦いは
何としても生き残れっていいたい訳だな!!』
「ち!! ちげーっての!! 俺がいいてェのはお前抜きでも静かになるよう躾けろってコト!!」
『フフフ!! 言いだす以上、貴方にも協力すべき責務がある!! つまり僕が寝てるとき支えになるよう親交をだな!!』
「断る!! ホムンクルスなんかとベタベタしてみろ!! 斗貴子先輩に嫌われる!!」
『まぁそれはそれとしてだな!! 僕は昔から香美は素敵なお婿さん貰うべきだと思っている!! ネコ時代からだが人間
形態を得た今でも気持ちは変わらない!!!』
「俺になれとか言ったら殴るぞ? つかお前がなりゃいいだろ。飼い主も亭主も似たようなもんだ」
『い!! いやその発言はどうか!! 世の中の夫婦さんたちを敵に回すぞ慎むべきだ!!! だいたい僕にとって香美
は娘みたいなもんだ!! 懐いてるからどーこうしようってのは嫌だ!! 絶対に嫌だ!!』
「……いま気づいたけどお前」
『何だ!!』
「元の体戻れてもすっげー損するタイプじゃね?」
『いうなそれをオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「あー。薄々気づいてた訳ね」
『分かってる!! トモダチいない僕が唯一心通わせられる香美をお嫁さんに出したら何も残らないなあってのは!!』
「飼い猫の親交うんぬんよりまず自分のコトをどーにかしろよ……」
『あーあー聞こえない!! 聞こえないぞオオオオ!! しかし運が良かったな少年戦士!!』
「あ?」
『こんな誰もこなそうなところにたまたま人が通りかかった!! しかもその人っていうのが部外者、生徒でさえ来るかどーか
怪しいトコに今日たまたま挨拶に来てた劇団の人が来た! ハハ!! どれほどの確立なんだろーな!!』

(確かになんかヘンだな。そもそも俺たち……)
(倉庫の中で静かにしてたぞ? アイツがその、ヘンなコトしやがるもんだから、俺なにも言えなくて固まってたのに)
(迷いなく倉庫開けやがった。突然のコトで気にも留めてなかったけど)

(なんかヘンだ)

 しかし同時に剛太の優れた思考力は矛盾が敵意の証明になりえないのをあっという間に弾き出した。そうではないか。
結果からいえばリヴォルハインは剛太と香美を暗闇から助け出した。仮に閉じ込めた当人だとしても、或いは閉じ込めら
ているのをしばし黙殺していたとしても、助けたという事実に変わりはない。もし閉じ込めらている最中巨大なデメリット
──例えば斗貴子が敵襲を受け傷ついたり──があったら疑念はますます強まるが、されど隔絶されている間、外の
時間はふだん通りに流れている。何も起こっていない。何も害を受けていない。だからこそ剛太は結論を下す。

(考えすぎか? 単に運が良かっただけかもな)

「くしゅん」

 香美は鼻水を飛ばした。

「細菌感染、ベンリすぎですこの上なく」
「彼らもやはりノット社員!! である!! されどされど及公にかかれば所在をつかむなどたやすい!!」
「で、いつもの救いうんぬんですかぁ?」
「そである!! なんか困っているようだったから及公自ら扉を開かれお助けになった!!」

 直接人を害さない傲慢はこの時期ひそかに戦士たちを犯しつつあった。
 そして、パピヨンも──…
246 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/04(日) 22:27:36.68 ID:TPKlEDP70
以上ここまで。
247 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:22:41.98 ID:lcWp4WFB0
 ──挿話。

 男が2人いた。
 片方はまだ二十歳にも満たない青年で、もう片方は見た目こそ若いが1世紀以上生きている怪物。2人は生まれた時代
も生まれた国家も遠く遠くかけ離れていた。

 けれど2人は示し合わしたように同じ行為を続けていた。どれほどの月日を費やしていただろう。

 広大すぎるため彼方に灰みさえかかって見える潔白な心象世界の中────────────────────



 彼らは扉を叩いていた。青年は鎖の絡まる安っぽい合金の扉を、怪物は褐色の傷がいくつもついた樫の扉を。



 ある者が訊いた。

『なぜ扉をたたくのか?』

 青年は語る。いつか開き1人で世界を歩くためだ。

 怪物は笑う。これは武器でね、世界めがけ衝撃波を叩きこんでる。




 物語とはつまるところ停滞の化生である。

 本作は心ならずも扉の前で滞ってしまった2人が”それ”を抜けるまでを描く。

 その過程こそやがて至るべき終止符の前に横たわる巨大な停滞であり──…挿話。




 まったく違う場所まったく違う時間のなか、叩かれ続けていた2つの扉は流れて流れたその涯で出逢い……1つになる。

 開くまであとわずか。



 扉が開くまで……あとわずか。





◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 



.
248 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:23:18.39 ID:lcWp4WFB0
 リヴォルハイン=ピエムエスシーズ!!

 彼はやがて神となる。悪魔と蔑(なみ)されながらも神となる!!

 レティクルエレメンツ…………世界を害する組織にいる、しかも土星の幹部たる彼がなぜそう呼ばれるに至るか?

 巨悪を斃したのか? 否。彼は彼の立場のままやがて散華し消滅する!

 ならば絶対勝利をもぎとったのか!? 是。ただし半ばまでだ。半ばまでは否、敗れ去り死を遂げる!

 多くの偉人がそうであるように、彼が脚光を浴びるのは死後しばらくしてからだ。生前残した業績が錬金戦団に認められ
るのは墓標が2度目の冬を迎えるころ。実用化されるのはさらにその8年後。


 リヴォルハインの遺産は救いをもたらす。連綿と続く錬金術の戦い、逃れられぬ宿業に彩られた長い歴史をある意味で
終わらせるのだ。



 救われた者は数多い。ヴィクトリア=パワードはその洗礼を以て『やがて死を遂げる』が……救われる。



 リヴォルハインは多くの人間を犠牲にする。直接手を下したものは少ないが、見殺し、間接的に殺したものは数知れない。

【土星の幹部】

 悪に身をやつし悪として死んでいった彼を悪魔と罵るものもいるが──…

 救われたものにとって彼は神だった。扉が開き停滞を抜けた世界の中、流れ続ける歴史の中で彼だけは……。


 神として、生き続ける。




                 PMSCs 
 リルカズフューネラルは民間軍事会社の武装錬金である。本来は創造者のDNAが付着した者を『社員候補』とする武装
錬金だ。細菌型──体細胞総てが細菌から成る群体型──のリヴォルハインとの相性はバツグン。社員候補は空気感染
により際限なく拡大する。

『社員』の特徴は下記の通り。

○武装錬金が発動可能(ただし擬似的、核鉄を使ったものより精度・威力などグンと劣る)
○その身体能力はホムンクルスと遜色なしッ! (ランクによって強さは決まる。ランクとは? 次参照)
○体内に保有する細菌の数により階級が決まる。部長、課長、平社員……もちろん階級が高いほど強い!!
○階級如何に関わらずリヴォルハイン──社長──には逆らえない! (ある程度の意見は可能。説得も)

○ただ感染するだけではなれない!! 『ある条件』を満たしたものだけがなれる! (このへん普通の会社といっしょ)



 その気になればクライマックス=アーマードの無限増援をも超える『整備された組織……”ならではの恐ろしさ”』を誇る
軍隊的武装錬金だがリヴォルハインの主眼はそこにはない!


 演算能力!! 社員候補の脳、未使用領域を使った分散コンピューティング能力こそリヴォルハイン=ピエムエスシーズ
の真骨頂であり後世神と呼ばれる所以だ。
.
249 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:24:27.20 ID:lcWp4WFB0
 一般的には白血病の解析などに用いられる分散コンピューティングを彼がどう使っているのか……この時期はまだ誰も
知らない。この時期は、まだ。

 本来はリバース=イングラム……玉城青空が義妹・鐶光の5倍速老化を治すため導入したリヴォルハインという演算能力。



 限りなく敷衍(ふえん)し増殖しゆく彼は錬金戦団との戦いの前すでに全知全能に至りつつあった。


 密かに潜んだ数多くの社員候補たち。脳髄の未使用領域を使ううち自然と流れ込んでくる感情と知識……。

 つね日頃から何千何万何億とフィードバックされるそれらの集積が限りなくリヴォルハインを巨きくしていく。




 人間だったころ彼は人間というものが分からなくなった。マレフィックの例外に漏れず人間という存在が弱さゆえもたらした
敵意、決して正義が捌けない膏肓(こうこう)にある病が如き敵意! それに深く深く傷つけられた彼はそれでも人間を理解
しようとあがき続けた。


 ヒトの都合総てを理解し、それに合致した『救い』を生みだそう。


 泥を啜る想いで生き抜いた結果かれはリバースに出会う。


 そして人間を捨てたとき、人間総てを理解しうる能力を手にした。

 なんでも手に入る、どんな人間だって理解できる。
 達成感も敗北感も失恋の苦しみも円満家庭の幸福観もわかる。
 死ぬ人間が最後の瞬間なにを考えているのかさえ分かる。


 だからこそ。

 分かれば分かるほど。

 とても空虚な気分になる。

 なぜか?
 それらは結局自分のものではないからだ。

 感動的な映画や逸話を知り「自分も変わろう頑張ろう」、そう決意しながらも翌日にはもう元の怠惰な生活に戻る人間を
『職業柄』何人も何人も知っている。
 どんな激しく素晴らしい感情でも、見聞きするだけではダメなのだ。
 困難を犯してでも内側へ引きずり込む努力をしなくてはならない。
 さまざまな抵抗や苦痛に耐えながら自分の中に呼び込まない限り、冷えた他人ごとなのだ。

 自分を変革したりはしないのだ。

 仲間たちは逆をやっている。自分の中にある様々な感情を他人に叩きつけている。
 他者の内側へ無理やりねじこむ。つまりは力づく。変革を強制している。

 盟主など最たる例だ。心に芽生えた扉を叩くのはそれ越しの衝撃波を期待して。扉から生まれた破壊の波が導火線を
往く火花のように外界に着弾し瓦礫を増やすのを……願っている。

 そして扉がとうとう壊れ下から順にビスケットのようにグズグズ崩れた瞬間あらわれる『外の景色』が瓦礫と黒ずんだ爆撃
痕に彩られているのを望んでいる。メルスティーン=ブレイドは樫に拳固を打ちつける時ただそれだけを願っている。
250 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:24:46.55 ID:lcWp4WFB0
 リヴォルハインは思う。「それもどうか」

 仲間たちの原理は結局、「自分が満たされない。だから他者を傷つける」だ。憂さ晴らしなのだ。
 もちろんそれを何万何億と繰り返せば自分好みの世界にはなるだろう。

 だが……救われない。

 暗い熱を噴き、自分がどれほど被害者でどれほど正しいか弁明したところで無駄なのだ。
 彼らをそうせざるを得なくした原因……欠如のようなものは本当の意味で満たされない。
 遠い過去に負った傷。それを治したい治したいと思いながらも傷に触れるコトさえできない無力さや憶病さ。

 それへの苛立ちがあるから他者の些細な部分に怒りを覚え攻撃する。

 八つ当たりに過ぎない馬鹿げたやり方だ。

 もし力づくでどうこうされない、本当の意味で強い人間に出会えば破滅だというのに。
 何をやられても心を変えず最期の最期まで間違いを論いせせら笑う。
 そんな抵抗に出会ったが最後だ。
 自分を苛み続けている”傷”。それを与えられながらもなお挫けず、痛みに耐えながら強く生きる。
 そんな人間の姿は実に雄弁で残酷なのだ。

「誰もがお前のようにはならない」

「何を言おうとお前はお前が傷つけた人間以下だ」

「人間は傷の痛みに勝てるんだ。お前は勝てないままここへ来た。そしてまた勝てなかった」

「もう終わりだ。何億人を傷つけようと、変わらない」

「救われないぞ。馬鹿め」

 無言の敗者がそう伝えたら……傷ついたとき以上のやるせなさに打ちのめされるのだ。勝利の陶酔が吹き飛ぶのだ。

 そんなコトなど思春期のころに分かる筈なのに……

 彼らは傷が痛いと暴れる。傷があるから暴れていいと正当化する。

 リヴォルハインの見るところそれは矛盾である。
 彼らにとって”傷”とはどうやら縋るべき神のような存在らしい。

 傷様。悪道に落ちた自分をお守りください。

 そう言わんばかりの勢いで頑なに守っている。

 実は信仰対象そのものが二進も三進も行かぬ苛立ちと不快感と欲求不満を生んでいるというのに。
 そしてそれを心のどこかで自覚しているのに。

 傷ついたころ願っていた筈の平癒や救済を、今は逆に恐れている
 傷は神で正当性を得るための要件なのだ。失ってしまえば、救われてしまえば──…

 やらかした悪行が重く重くのしかかってくる。長年の苦しみの果て、やっと救われたというのにだ。

 傷の何十倍もの重さを誇る罪悪感。今度はそれに苦しむ日々だ。
 償おうとすればまた傷つく。
 傷つけられた相手がどれほど苛烈な攻撃をするか、そしてその攻撃がどれほど凄まじい傷を生むか。

 熟知しているからこそ償いはできない。

 しかも償うべき相手は無数にいる。
251 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:25:14.14 ID:lcWp4WFB0
 たった1つの傷にさえ怖れ戦いていたというのに、それをもたらす人間が今度は無数に控えている。
 皮肉にも救いこそが地獄と悪夢を産むのだ。
 かといって償わないという選択肢も平穏にはなりえない。いつ、誰が、復讐しに来るか。
 そんな恐怖はあるだろうし、救いが復活させた良心とやらはとても罪悪感を忘却できるものではない。
 
 だから、救われない道を選んでいる。償わなくていい立場を守るため、八つ辺りばかり続けている。
 
 かわいそうなマレフィック。

 リヴォルハインはそんな仲間たちさえ救いたいと思っている。
 
 化け物をやめ、人に戻ろう。そして一緒に罪を償おう。
 
 そう呼びかけてはいるが誰も賛同は示さない。
 


 人間時代感じたもどかしさ。どうすればいいか考えるうち彼が出逢ったのは。


 精神世界を媒介する巨大な網に掛かったのは。





 お。まさかいまのオレを捕捉できる奴がいるとはなあ。なんつーかオドロキだぜ。お前ひょっとしてアイツの仲間か? なんで
分かるかって? だってお前の体の材料やったのオレだぜ。匂いでわかんだよ匂いで。そーか。こーいうのに使ったか。ハハ。
昔からアタマ良かったからなアイツ。ん? あーーーー……。ちょっと待ていま何年だ? 2000年代初頭? ああもうこれ
だから古い真空は困るぜ! 前グーゼン体ゲットしたのは33世紀終盤、その前は……ええと。確かツタンカーメンが生きて
るころだったか? 
 うぅ。武藤ソウヤと羸砲ヌヌ行ともう1人に肉体ぶっ壊されてから光超えた速度で飛びまわってるからなあ。ヘーガイ……無
軌道にタイムスリップしまくってるなあオレ……およよ。
 さっき「むかし」つったけどこの時代だと300年後のコトだな。? そそそ。アイツはそっから来たんだ。で……ほー。戦国
時代に飛んだのか。仕込みはおよそ500年前から、か。さっすが周到だぜアイツ。
しっかしすげえなあ。なんか重力感じるなあって思ってたけどよー。まっさかこんなマジすげえネットワークが構成されてるとわ。

 ん? なにお前ほかの奴んために展開してるのコレ? リバース? 鐶光? そいつらのためだけ使ってる?

 うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーわ!! なになになになになになになになになになに
なになになになにお前それなになになになになになになになにうわメッチャクッチャもったいねェーーーーーーーーーーー!!!

 自信持てって!! これだけのモン持ってたら正直戦争とかカンタンに起こせるぜ! つかオレならそーするッ!! 自分の
能力、お前の感覚の結集だろ!! 自身のために使わずしてどーすんだ!!

 見ろよ!!

 電波濃いぜギンギンだぜ! 1つの時代にとどまりづらいオレだけどさ、でもこーいうのあると道しるべっつーのかな、うん。
割と来やすいかも知れんぜこの時代! あーもうすぐ通り過ぎちまう、一瞬で送れる情報はコレぐらいか。まーとにかくちょく
ちょく通り過ぎるからお話よろしくー。(つか何でおまえオレと交信できるの? すげえな)



 オレの名前はライザウィン=ゼーッ! 人間名は勢号始!


 お前らのいう『マレフィックアース』とはオレであり……オレじゃない!
252 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:26:03.91 ID:lcWp4WFB0
 なるほど。お前らがどんな戦いやろうとしてるのかだいたい分かった。……はっはー!! いいぜいいぜ流石アイツだ。
……う、浮気されたのはツレーけど。………………。泣いてるかって? …………。うん。涙はでねーが心で泣いてる。そ、
そりゃあオレの体消えちまったから仕方ないのは分かるぜ? うん、かなりわかる。そのあと何千年ってサイクルで歴史や
りなおしてよー、ずっとずっと1人でさまよってたらなんつーかさあ、人肌? ぬくもりなる感覚求めちまうのも理解できる。ま
だ相手……グレイズィング? そいつがオレ似の……つかオレの外面のモチーフなった人の親族ならしゃーないけど……

 がああああああああああ!! 浮気!! 浮気してんじゃねーぞ馬鹿やろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 オレは……オレは……!! ユーキューなる時のなかずっとずっとテイソー守ってたのにいいいいいいいい!!
 いつもなんやかんやで失われる肉体だからオトコとカンケー持っても大丈夫だろっていう奴もいるだろ!! でもこーいうのは
感覚!! タマシーの問題だろ! フテーをよしとしてみろ、肉体無くなってもオレの言霊にそれはしみつき同じコトを…………
だから!! だからオレはアイツ似の奴に出逢ってもフッてフッて袖にし続けてきたのに……うっうっ。むかしから手は早い奴
だったけどさあ、でもカタい奴とも信じてた。なのに。なのに。…………わああああああああああああああああああ!



 馬鹿!! 馬鹿!! アイツの……馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああ!!







 この前はワリ。アイツのコトだけで話終わっちまった。交信時間は短い、ムダづかいはできねーな。

 お前が何に迷っているかは分かった。仲間を何人殺そうとしてるのかもな。
 ん? ああ、別に止めはしねーよ。仲間割れ大いに結構! だぜ? だってお前やりゃあやるだけ新しい戦いが生まれる
じゃねーか! ソレいいわ。めっちゃいいぜ。うふふぅ。なんかゾクゾクすっぜー。第一アイツはターゲットじゃないしな。

 ま、ほぼ万能無敵だぜアイツ? 狙われても死ぬわきゃねー。はい? …………の! のろけじゃねーよ! そそそりゃ
あ核鉄やったからヒイキ目ってのはあるだろーけどさ……。アクマで客観的な話、客観的な!! そ! オレは恋愛っつー
戦いにおいても平等で割り切りたいとつねづね……つか話そらすなバカ! 時間少ねーつーのによ!! 


 オレはお前たちの企てにゃ納得してる。ヴィクターと武藤カズキが月にいるタイミングでの蜂起……見事じゃねーか。


 ただ1つだけ注文させろ。なんだいいよーってオレはお前の材料やった……待て。いいのかよ!!? えええええ。お前、
お前、なかなか変わって……時間ない? 分かったよもうさっさという。


 早坂秋水だけはぜったいに殺すな。斃させるなっつー意味じゃねーぜ。厳密にいえば『盟主にブチ当てるまでは』生かせ。
そっからは戦い次第……手出しさえしなけりゃどー転ぼうが構わね。うん。構わね。


 なぜかって?

 だってお前、バトルつったらやっぱ剣対剣だろ!! しかもアイツらの背景は似てる。ずっとずっと扉叩いてる。そんな連中
が未来ゆきの切符を賭け全力でやりあうっつーのはもう!! すっげタマンネ!! すっげタマンネ!! 見てええ!!!!!
超ぉーーーーーーーーーーーーー見てぇえええええええええええ!!

 そか。了解か。オレがいうのもなんだけどお前ちょっとアホっぽいよな……。でも信頼できそだ。よし!! ついでにもう1コ
言うこと聞け!! 

 見返りは与えるぜ。まずお前らが捜してる『マレフィックアースの器』。オレでありオレでない存在を降ろすその器が誰か
……教えてやるぜ。オレは別の時系列や並行世界に降り立ったコトがある。だから分かるぜ。誰が器に適してるか。
.
253 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:26:37.65 ID:lcWp4WFB0
 ヒントは演劇だ。目覚めさせるタイミングはそこしかねー。お前の能力……リルカズフューネラルなら一斉蜂起前に違和感
なく覚醒できる。他んとき、強引に発現させるコトも可能だろーけどさあ、そするとレティクルは困る。だって一度負けてるから
な。蜂起ギリギリまで事は構えたくない。戦士との戦いは避けたい筈……コレが頼みごとその1の見返りな。

 あともう1つは……知識提供だ。リヴォルハイン。お前の願い、『救い』に必要なデータをやる。

 ハッ! 首ふんな!! 迷うなだぜー!! 迷ってんのは分かる!! 壮大すぎる考えだからな! 目先の利得に縛られ
てねーもんだから犠牲は出るッ! そこを恐れている! 犠牲を出しながら達成できねえのを恐れている! 

 要はお前、『昔の二の舞ふみやしねーか』ビビってんだよ!! でもいいじゃねえかやりゃあよ!! 偉人……名言バンス
カ生みまくった連中を見ろだぜ!! 決して人畜無害じゃねー!! その人生にゃ常に戦いの匂いがあるッ! 人の都合
害さなかった奴は1人としていねえ!! ガンジーだろがリンカーンだろが例外じゃねーぜ、奴ら既成利得に群がるブタども
の財布の具合さびしくしやがったからよォ〜〜〜〜〜〜ま! そゆう意味じゃ一種の加害者ッ! しかし勝ってもいるッ!
いいか、大事なのはそこだよーく聞け! 敗北者を生まない概念なんざ意味はねえ! 織田信長は反対勢力ボンボガ
ボンボガ殺しまくったけどよー! だからいいッ!! 道筋ってもんが分かってる! ヌリぃコトほざいて信長貶してる連中
なんざよォーーーッ! 所詮『新しい真空』! 本来高熱であるべき空間をどんどんどんどん冷ましていく! つまらなくする
一方! されど何も生みやがらねえ!

 勝負とはつまり『削ぎ落とす』作業だ。心なり肉なりにへばりついた『新しい真空』を削ぎ落とし原点へ至る行為だ。原初の
熱意に満ちた魂の輝きを掘り起こす行為……。原初にある古い真空。『霊性の輝き』。それを保ち続けるコトができるなら
負けまいと肉体を鍛え精神を高めるコトを『やり切れる』なら……敗北もまたいい。『霊性の輝き』は必ず次に受け継がれ
るだろう。勝利が重要なんじゃねー。さしせまる敗北のなか戦い抜くコトこそ重要だぜ。勝負はそれを生む……だから行う
べきなのだ。やり抜くべきなのだ。。

 アイツ……お前らがウィルと呼ぶ星超新はやり切る敗北者たらんと生きてきた。だから戦いの準備が整った。

 理念を追えだぜ。負けて死ぬ奴など気にすんな。『霊性の輝き』があればその犠牲以上のものを芽吹かせる。なければ
ないで最初から慮るべき存在じゃねーぜ。石くれのよーなもん。道のド真ん中に置いてどう役立つ? 戦いさえおきねー。

 覚悟したよーだな。

 おそらく錬金術史上最高峰の演算能力だが、まだまだ現代的な発想に縛られているフシあるぜ。もっと未来的な発想を
入れろ。オレのいた300年先未来の数学、量子力学、ネットワーク構築論……その他もろもろの知識を全部やる。錬金術
もな。勉強はニガテだけど読者家……だったからな。知識はたっぷり持っている。ゼンブゼンブ、人間が『まっとうな努力で』
地に足つけ進化させた知識! 学術的戦闘の純粋結晶! これほど確かなもんはねー! きっと役立つ筈だ。使え!



 で、オレの方のお願い2つ目は何かっつーとだな。


                                                                 それは──…





 未来を知った瞬間リヴォルハインは確信するッ!! 『救い』!! 自分が何をもたらすべきかを!!


 それはひどく根源的な着想!! 誰もがフと気にかけるがすぐ忘れる絵空事!



 しかし彼は実行しようと試みる! 空! 青さが沁みライザウィンは去った!



 だから剛太と香美を助けたあと向かったのは──…
254 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:32:30.77 ID:Fs3DquIb0
.


 買い物!!! 



 駅前にある銀成デパートは今年で創業34年を迎える老舗の店だ。6階建てで最上階のレストランの夜景は絶品。クリス
マスともなれば58ある座席はカップルに尽く埋め尽くされる。(確実に座りたい人は夏の終わりとともに予約する)。

 その3階……暮らしと住まいのフロアを歩く少年少女は鳩尾無銘と鐶光。

 さまざまな商品の陳列された棚を抜け、いまはエスカレーターの傍。地図が掛った柱の根元には植木鉢があり緑鮮やか
巨大な観葉植物の葉が3枚、ニョキリニョキリと伸びている。

 小兵ながらに眼光を光らせる前者は今は銀成学園指定の学ラン姿で、しかし披膊(ひはく)なる肩当てをしている。三国志
のコスプレだろうか? すれ違う人々は怪訝な視線を送る。鳩尾無銘が歯噛みしながら肩をいからせノッシノッシと歩いてい
るのは訝しい眼差しに怒ったわけではなく……

「だから! なぜ貴様は迷うのだ!!!」
「ごめん……なさい」

 同伴者……つまり鐶のせいである。例によって方向音痴を発揮ししばらくはぐれていたらしい。ちなみにシルバースキンの
裏返し(リバース)を解かれて久しい彼女はやはりというか、銀成学園の制服を纏っている。クリーム色のゴシックな衣装に赤
い三つ編みはよく映える。ネクタイの前でぴょこぴょこ跳ねるリボン付きの毛先もまた愛らしい。なにか言いたげに振り返った
無銘はそれに一瞬見とれかけたがすぐさまわざとらしく咳払いをし

「だ、だから我について来いといっただろ!」

 怒鳴った。顔はやや赤黒い。対する鐶──愛用のバンダナはしていない。ポシェットの中へ──は小首を傾げた。

「だって……無銘くん……袖つままれるの…………嫌だって……」
「できるかァ!! 子供じゃあるまいし!!」
「年齢的には…………そう、では…………?」

 ウグと言葉に詰まった無銘へさらに追撃。

「ちなみに…………いまは私が…………年上……です。お姉さん……です。うふふ。うふふふ」

 鐶は笑った。笑ったというが双眸はいつも通りノーハイライトだ。明度を極限まで落としたスターサファイアの瞳は声ほど
笑っておらずだから無銘は震撼した。

(ええい!! 衣装だの背景に使うダンボールだのが足らんというから買出しに来たがなぜにこやつと!!)




 銀成学園を起つとき、その辺のコトは十分総角に訴えたのだが。


「じゃああのお嬢さんと行くか?」


 総角の後ろで絶対零度の笑顔を浮かべるヴィクトリアを見た瞬間、妥協した。鐶の方が比較的安全だった。

「なのに……なのに……くそぅ!! また勝手に迷うし! 靴買ってやったのに相変わらず裸足だし!!」
「アレは…………宝物……です。大事に大事に……仕舞ってます」

 その一言につい口をつぐんでしまう無銘だ。買ったものがそうまで厚遇されていると嬉しいやら恥ずかしいやらで胸のあた
りがムズムズする。イラつくような袖ぐらいつまませてもいいようなフクザツな気持ちになってしまう。
255 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:33:30.81 ID:Fs3DquIb0
.
「あ……もしよかったら……1日弟……しませんか……」
「断る!」
「ちなみに……お父さんとお母さんは……弟ができる前に……殺られました……。お姉ちゃんに……殺られました……」
「貴っ様ぁ!! そーいうコトをココで言うか!!? 言われて断ったら我がなんか残酷無常の人物みたくなるではないか!!?」
「忍者だから……いいのでは?」
「いやいやそうだが!! それ以前に我は人間で……!!」

 あたふたと弁明していた無銘は一瞬瞳孔をカツと見開き……そして吠えた。

「からかったな!! 性分を見抜いた上でイジワルぬかしたな!!」
「うふふ……。そうです…………。そうなのです………………」

 反射的に殴りかかる無銘を鐶はスルリと抜ける。そして愛用の卵型ポシェットはね上げつつ”たたら”踏む少年を振り返り
微笑した。

「当たりません、よ? 戦闘能力で勝てるわけない……です。悔しかったら……捕まえて……下さい。うふふ……」

 そして少し早足で歩きだす。放置すれば本当どこ行くか分からない少女だから無銘の動揺はなはだしい。

「待てェ!!」
「待ちません……よーだ…………です」

 鐶光は浮かれていた。大好きな鳩尾無銘と2人きりで買い物できるこの状況に浮かれていた。

 大好きな少年が追ってくる。夕暮れの浜辺じゃないがとてもとても幸福な瞬間で。


 だから彼女はおぞましい事象が本当にすぐ近くで『自分を見ている』コトに気づかなかった。




『あぁ。恋する光ちゃんもステキ……』
「へへ。さすが青っちの妹さん。勝るとも劣らぬ可愛さ!」



 柱の陰から出てきたのは美男美女。男の方は20代後半。人好きのする笑顔のウルフカット。細長く絞られた体に纏うの
は虹の書かれた黒い半袖シャツにチノパンというそっけなさだが不思議と華がある。

『褒めてくれるのはうれしいけど違うわよブレイク君ッ!! 光ちゃんの方が私めより何倍も何倍も可愛いんだから!!』


 ブレイク君と呼ばれた青年につきつけられたのはスケッチブック。書き取り帳に薄く灰色で印字された手本がそのまま
貼り付けられたかと思うほど綺麗な文字が踊っている。

 描いたのは笑顔。笑顔としか形容ができないにこやかな少女。年のころは18か19か。乳白色のショートカットはふわふ
わとウェーブがかかりまるでお姫様な気品だ。着衣は水色のサマーセーターにジーンズとこれまたブレイク同様無個性だ
が極めて大きな特徴がある。


(嗚呼……おっぱい)


 爽やかな笑顔でブレイクは凝視する。スケッチブックの向こうでセーターが大きく大きく隆起している。華奢な少女で
ウェストのくびれなど物凄いものがあるが反面胸部ときたら……もう。

「なんつーか青っちマジ天使す! いつもいつも思っているけど可愛いっす!!」
『光ちゃんはもっとなのよ!! ステーキ皿で頭殴ると、か細く鳴くの。そのこらえてる感じが健気で健気で……!!!』
256 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:33:55.72 ID:Fs3DquIb0
.
 見た目も筆跡もひどく美しい少女だが内面は明らかに破綻している。


 それがリバース=イングラム。玉城青空という……鐶の義姉。

 彼女は『かつて瞳が虚ろになるまで監禁した』最愛の義妹に気づかれぬよう、やおら立ち上がり拳を固めた。

『さあ光ちゃん追跡大作戦よ!! レッツトライ!! レッツらゴオオオオオオオオオオ!!!!』
「にしっ。戦い始まるまで表立って逢えませんからねえ。陰から観察と行きましょうか」

 ぴょこぴょこ揺れるアホ毛を愛おしく眺める灰色の瞳が次に捉えたのは……無銘。


(俺っちも興味ありますよー。お師匠さんの義理の息子で……青っちの妹さんの恋人たるきゅーび君。その……枠にね)

 その感情の動きはやがて衝突する『宿業』を感じた故か。




 ここにも2人の男がいる。

 1人は姉を愛し。

 1人は妹を愛した。

 兄弟の如く近しい立場の彼らが対立するのは──…
257 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/11(日) 17:34:12.92 ID:Fs3DquIb0
以上ここまで。
258ふら〜り:2012/11/11(日) 17:40:59.74 ID:RoiBxv0j0
>>スターダストさん
いやぁ、相っっ変わらず剛太の斗貴子観は複雑で奥深く、それでいてガッチリと筋が通ってて、
何より好青年ならぬ好少年そのもので、実に良い! 流石は「武装錬金」の中で私が一番感動し、
涙まで浮かべさせられた漢です。嵐の前の静けさならぬ嵐の前の賑やかさ、堪能しましたっ。
259大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10:2012/11/13(火) 19:49:49.10 ID:uQRQGYy9P
 イカ娘は一人、川でサンダルの足を冷やしていた。
「このサンダルもこの間、早苗にもらったものだったでゲソね……。
 わたしはこれからどうなるのでゲソか?」
 今のイカ娘は一人言が多い。
 一人だからだ。
「来たときは騒がしかったのに、静かでゲソね」
 イカ娘はサンダルの足でバタバタと水をかいた。
 と、それに混じって、石を踏んだようなジャリっという音がした。
「誰でゲソ!」
 弾かれたように振りかえったイカ娘の前に、見覚えのある黒い影があった。
「磯崎……」
 磯崎辰雄は水着姿で、その肩には狼娘のもう一方の牙が刺さっている。
「何故でゲソ!」
 イカ娘が叫び、触手を構えた。
 同時に磯崎がイカ娘に襲いかかる。
「何故わたしを攻撃する? わたしは敵じゃないでゲソ!」
 磯崎がワンピースの襟をつかむ。
 悟郎ほどではないが、鍛えられた肉体は、イカ娘の体を簡単に持ち上げた。
「いそざ……狼娘!」
 そのとき、何かがぶつかるような衝撃が走った。
 磯崎=狼娘がイカ娘を離し、暗い瞳で一方を見ている。
 イカ娘もそちらの方角を見た。
「お……お主は、田辺梢!」
 梢はイカ娘に微笑んで見せると、丸い帽子の下から触手(そう、触手だ)を繰り出し、またたく間に磯崎=狼娘を片づけてしまった。
「オート操作か、動きが鈍いわね」
「た、タコ娘ェ」
 目に涙を浮かべて駆け寄ってくるイカ娘に向かって、田辺梢は静かな笑みを浮かべた。
「あなたは一人じゃない」
260大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10:2012/11/13(火) 19:50:54.87 ID:uQRQGYy9P
 二人は昼にバーベキューをした広場に、並んで腰かけた。
 もう空は藍色になっていて、遠くには虫の声が聞こえる。
 のどかな景色だ。今、ここだけは。
「どうしてこんなところに来たのでゲソ?」
 イカ娘が聞いた。
「それはスロットで当たったから」
「……あの女、そこらじゅうにチケットをバラまいてるでゲソね。
 でも、会えてよかったでゲソ」
 梢はイカ娘の顔を覗き込んだ。
「前に合ったときと比べて、少し変わったわね。
 でもまだ、心の中に、分裂してしまっている部分がある。
 侵略者のあなたと、相沢家のあなたに」
「分裂――その通りでゲソね……」
 イカ娘は暗い空を見上げた。
「侵略者としてのわたしは、狼娘の味方でゲソ。
 あやつの目的は否定できないでゲソ。
 でも、相沢家の一員としてのわたしは……、
 寂しいでゲソ。今、とても」
 胸のつかえが取れたような感触があり、イカ娘の目に涙がにじんだ。
 梢はイカ娘から視線を外さない。
 その瞳は優しいけれども、込められた力は強く、逃れられない。
「誰にだってそういうジレンマはあるものだと思う。
 ひょっとしたら、時間が解決してくれるのかもしれない。
 ただ、あなたは、今。
 選ばなければならない」
261大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10:2012/11/13(火) 19:51:52.95 ID:uQRQGYy9P
「今、でゲソか? なぜ?」
「それは戦いがもう始まっているから。
 すぐに終わるわ。狼娘ちゃんの勝ちで、ね」
 イカ娘は気圧されたように沈黙した。
「そこで」
 梢が右手を目の前にかざした。
 その手には大きなカギが握られている。
「磯崎さんが乗っていた護送車のカギをちょうだいしておいたわ。
 これに乗って栄子さんたちを助けにいくこともできるし、
 このまま帰ることもできる。
 運転はわたしがするわ。
 あなたのいきたいところに連れて行ってあげる。
 ただ、決めるのはあなたよ」
「わたしが……」
262大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10:2012/11/13(火) 19:53:03.12 ID:uQRQGYy9P
 イカ娘の脳裏に、走馬灯のように、みんなの顔が浮かんだ。
 栄子、たける、千鶴、清美、悟郎、早苗、渚、シンディー、鮎美。
 そこに倒れている磯崎や海の家の経営でここには来ていない「南風」のおっさん。
 侵略部の面々に今も研究所で何か作っているであろう三バカ科学者。
 悟郎の母やりさちゃん、ショウちゃんといったチョイ役まで、余すところなく浮かんできた。
 そして最後に、狼娘の姿も。
 水を掛け合って遊んだあのときの姿だ。
 栄子たちが遠巻きに見ている。その表情は楽しそうだ。
 あんな時間が訪れることは、もうない。
 そのことは残念だが、イカ娘はどちらかを選ばなければならなかった。
「わたしは……」

 つづく
263大長編イカ娘 栄子と山の侵略者 10:2012/11/13(火) 19:54:11.59 ID:uQRQGYy9P
続きます。
梢は原作ではタコ娘だと明言されていない感じなのですが、この作品ではタコ娘だという前提で行きます。
264 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:44:11.91 ID:a3JLKqdP0
「そのあたりにしておけ”りばーす”」
「両親殺すつもりはなかったんじゃなくて?」

 笑いが、やんだ。青空は歩くのをやめたらしい。
 三つ編みを解放されたおかげで自由になった首を動かす。聞きなれぬ声。それが放たれた方へと。
 まず光の目に入ったのは黒ブレザーの少女だった。先ほどまでパーティの舞台だった机の上であぐらをかき、銃撃で破
壊されたケーキの破片をもぐもぐと食べていた。

「その人の名前は……」
「イオイソゴ=キシャク」
 乱杭じみた皓歯も露に唸りを上げる小型犬に、玉置は多少面くらったようだった。
 いつしか広場の丸太の上に並んで腰かけている玉城と無銘である。後者に至ってはもう何度かポシェットへ無遠慮に手
を突っ込み、ビーフージャーキーを引きずり出していた。
 そんな和やかな雰囲気を崩すほど”イオイソゴ”なる存在は『無銘にとっても』悪辣なのだろうか。疑問を抱きつつ質問する。
「……知りあい、ですか」
「忘れるものか!! 奴こそ我をこの体に押し込めた張本人の1人!!! 貴様らの組織の幹部にして忌々しき忍び!」

「ぬ?」
 視線に気付いた少女──イオイソゴは咀嚼をやめ、決まりが悪そうに低い鼻を掻いた。
「おおすまん。こりゃヌシの”けえき”じゃったか?」
 震えながらやっとのコトで頷くと、「転がっておった故つい口をつけてしもうた。許せよ」とその少女は立ち上がった。
 背丈は玉城と同じぐらいかそれ以下。だが雰囲気はいかにもカビ臭い。
「そもそも”りばーす”よ。ヌシはこのまんしょん襲撃に最後まで反対して暴れておったではないか」
「…………」
 青空は息を呑んだようだった。義妹だから分かる。「自分の失敗に気付いた」。そういう反応だ。
「鎮めるためわしらまれふぃっく3人──そこらの共同体なら単騎で潰せる幹部級を3人も出張らせておいてじゃな」
『私の家族にだけには手を出さない……そ、そう約束してくれたわよね。それで私も落ち着いたのよね』
 銃撃。もうすっかり穴だらけの部屋に描かれた新たな文字は心持ち震えているようだった。
 それを認めたイオイソゴ、たっぷり意地の悪い笑みを浮かべた。
「ああ。にも関わらずこの有様」
 頭を踏み砕かれた死体、首なし死体、そして生首。それを順に目で追うイソイソゴは「ああひどい」「ああむごい」というわ
ざとらしい嘆息をひっきりなしに漏らしてみせた。からかっている。玉城は背筋の凍る思いだった。あれほど荒れ狂い両親
を事もなげに殺した姉を……弄んでいる。事実青空は嘲られるたび青ざめているようだった。
『違うのよ……。殺すつもりはなかったの。でも声が小さいって地雷踏まれたから、ついカッとなって』
「ほほう? わざわざ盟主様にまで直訴した挙句が? 冥王星の嬢ちゃんの腕へしおった結果が?」
 ついカッとなって何もかも台無しにしたと? もはやへたり込み体育ずわりで俯く青空に容赦のない詰問が降り注ぐ。
 だが責めている訳ではない。玉城は見た。詰問の最中でもいっこう半笑いをやめぬイオイソゴを。また身震いが起こる。容
姿も背丈も7歳の玉城と変わりないのに、イオイソゴという少女は明らかに子供ではない、ただならぬ雰囲気を纏っていた。
詰問はただ相手の弱みを抉って、体よく苛めるためだけにしているのだろう。そう思った。
 ぐうの音も出ない。そんな様子で黙り込んだ青空は抱えた膝に顔を密着させているため、詳しい表情は分からなかったが、
本当ひたすら後悔しているようだった。

 ビーフジャーキーを呑みこんだ無銘は腕組みをしてしばし考えると、呆れたように呟いた。
「いや、その反応はおかしい。話から察するに貴様の姉は父と義母を恨んでいるのではなかったのか?」

「本音の一つではあるが全てではない……という奴じゃよ」

 桃色の舌が人差し指のクリームをペロリと舐めとった。もがもがと口を動かし甘味を堪能するコト10秒後、彼女はひどく
しけった口調でやれやれと呟いた。
「色々喚いておったようじゃが、実は完全に憎んでいた訳ではなくての。こやつは激発を孕んでおる割には理知的なのじゃ。
恨みこそあれそれに引きずられるのも宜しくないと悟っておったよ」
 次の言葉を聞いた時、玉城は腕の中の物体を悲しみととともに強く抱きしめた。

「きっかけは”てれび”じゃったかの。それに出たこやつの義母が必死に探している姿を見て幾分感情を和らげたようじゃった」
265 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:44:40.32 ID:a3JLKqdP0
 不快感がチワワの顔に広がった。
「詭弁だな。現に貴様の姉は義母を殺したではないか。そうしておいて実は殺したくなかっただと? 世迷いごとも大概に
しろ」
「…………私も……同じ事を……聞きました。すると……」

「若いのう。人間という奴はじゃな、常に白黒はっきり分かれておるわけではないよ。憎んでいるが愛している。愛しているが
憎んでいる。そういう不合理で未分化な感情を抱えたまま共に暮らしていく……。それが家族ではないのかの? だからこそ
こやつは敢えて家族の助命を嘆願した」
 とここでイオイソゴは玉城に歩み寄り、得意気にクリームの芳香漂う人差し指をビシっと突き出した。
「ヌシの姉はいったじゃろ? やり直そう、また一緒に暮らそうというようなコトを?」

『色々迷惑かけてゴメンね。ちょっと変なコトやっちゃってこのマンションの人らもたぶん全滅しちゃったけど……もし良かったら
また一緒に暮らしてくれる?』

 玉城は気付いた。先ほど書かれた文字を茫然と眺めているコトに。

「お姉ちゃんは…………お父さんたちと……もう一度暮らしたかった……ようです」
「だが欠点を抉る言葉を吐かれつい逆上し……怒りゆえに薄汚い方の本音を吐き散らかしながら虐殺に至ったと?」
 頷く玉城に三度目の呻き。無銘には理解しがたい。彼にしてみれば、放置された青空は父と義母を憎むのが当然であり
憎むのならすぐさま殺すべきなのだ。されど話を聞く限りでは確かに青空は一旦同居を提案した。やり直しを提言した。少
年無銘にしてみればそこにこそ罠があるべきなのだが、どうもスッキリとまとまらない。やはり欠如の指摘に「ついカッとなっ
て」やってしまったのだろうか。それにしてはいささか凄惨すぎるが……。

「とはいえじゃな。感情をどうするコトもできず理想を破壊してしまうというのまた人間らしくはあるじゃろう。そういう齟齬じゃよ。
人をより進化させ、うまい料理を作らせるのは。だからわしは人間という奴が大好きじゃ。何より……旨いしの」
 そういって、すみれ色のポニーテールにかんざしを挿した古風な少女はからからと笑った。

「後で聞いた話ですが…………お姉ちゃんはただ……自分の気持ちを伝えたかった……ようです……。でも伝えるために
は喋るより先に…………手を出す方が……気持ち良くて……確実だから…………どうしても……止まれないらしい……
です」
 しばし無銘は呆気に取られた。口を半開きにしたまま虚ろな瞳をじつと眺め続けた。風が吹き、木々が揺れた。その音を
どこか遠い世界のように感じながらようやく自我を取り戻した無銘は、からからに乾いた口からやっとの思いで感想を述べた。
「なんと厄介な女だ」
「…………ぷっ」
 両腕のないどこかの彫像のような少女に初めて人間じみた変化が訪れたのはこの時だ。不必要な言葉は決してこぼす
まいとばかり閉じられていた唇が綻び、慎ましい忍び笑いを漏らし始めた。
「何だ」
 憮然とした様子のチワワに玉城は染み通るような微笑を向けた。
「実は……私もちょっとそう思ってます。だから……おかしくて……」
(わからん。彼奴の感情が……我には分からん)
 両親を殺した相手を語っているのに、どうして笑えるのか。それが無銘には分からない。
「たった1人の…………家族だから……です」
 玉城は、青い空を見上げた。すると虚ろな瞳にわずかばかりの光が灯った。
「チワワさんにとって厄介でも……それが私の…………お姉ちゃん……です」
 彼女は青空を懐かしんでいるようだった。切なげで今にも消えていきそうな少女の横顔に、無銘は言い知れぬ感覚を覚
え、慌てて目を逸らした。
「ま、いまどきの若人風にいえば”れあ”なのじゃよ”りばーす”は。大人しいが長年の鬱屈で限りのない感情を宿してしもう
ておる。”ぐれいずぃんぐ”めが色欲でわしが大食とすればな、りばーすは……とごめんなさい息が切れました」
 へぁへぁとか細い息をつく少女の芳しい口の香りを、しかし無銘は大至急で回避した。具体的には不安定な丸太の上で不安
定な姿勢を取って、落下した。後頭部に灼熱が走り、目から星が出る思いだった。
先ほどから慌ててばかりだと不覚を悔いる少年無銘である。
「大丈夫……ですか?」
「憤怒」
「はい?」
「貴様の姉の罪科だ。七つの大罪とやらにイオイソゴどもを当てはめた場合、貴様の姉は恐らく憤怒に該当する。嫉妬も
近いが話を聞く限り妬みよりも怒りの方が遥かに大きい」
「…………そうです」
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266 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:45:09.69 ID:a3JLKqdP0
「よってじゃな。憤怒を宿しておるが故に、ひとたび激発すると止まらんのじゃ」
「ご老人」
「わしら幹部級、そこらの共同体なら単騎で殲滅できる”まれふぃっく”でも窘めるのに苦労する」
「ご老人?」
「最弱の呼び声高き冥王星の嬢ちゃんとて武装錬金の特性と限りない愛をふる活用すれば負けはない」
「ワタクシを無視しないでくださる?」
「平素は大人しく”さぶましんがん”がなければ鈴虫のように可愛らしく囁かざるを得ん”りばーす”とて『武装錬金の特性』を
使えば、手練れた錬金の戦士10人ばかりを相手にしようとヒケは取らん。かの坂口照星は流石に無理としても、火渡赤馬・
防人衛くらすなれば十分に対抗できよう」
「はいはいそうですわね。われらが盟主様から離反したかつての『月』……総角主税とてひとたび”マシーン”の武装錬金特
性を喰らえば勝ち目はありません。わかりましたからワタクシの話を聞いて下さりませんこと?」

「大口を」
 よっと丸太に後ろ足をひっかけながら鳩尾無銘は毒づいた。
「その者たちのコトなら師父から聞き及び知っている。片や火炎同化。片や絶対防御。かような物を打破できる武装錬金の
特性などあろう筈がない。ましてかの師父が敗れるなどと……!」
「はあ」
 拳を固めて気焔をあげるに鐶はついていけないようだった。
「とにかく……です。えーと」

 玉城はきゃぴきゃぴと身を揺すらせながらその時のイオイソゴを再現した。

「だがわしらの盟主様は違うぞ! わしのハッピーアイスクリームで全身磁性流体にされようと”りばーす”の武装錬金の
特性を浴びようと、必ず勝つ! 最弱にして最高! いかな武装錬金の特性といえど、盟主様には決して通じんのじゃ」

 そして若いお姉さんが私とイオイソゴさんの間に割って入って来ました……。玉城はそう説明した。

「ご老人? 長話も結構ですけど、そろそろ本題に入るべきじゃなくて」
 イオイソゴに気を取られるあまり見逃していたが、彼女同様テーブルに腰掛けていたらしい。
 薄汚れた白衣とムチをあしらったヘアバンドが印象的なキツネ目の美女が腰をくゆらせながらやってきた。
「ま、戦団のお馬鹿さんたちと一戦交えたいっていうなら止めはしませんわよ。何しろここ戦団のOBが運営してるトコです
もの。一般人の入居者からカネ巻き上げて戦団の運営費に充てていますから、そろそろ戦士がすっ飛んでくる頃かと
 立ちながらも紅茶をすすり左手のコースターに白磁のカップをかちりと当てたのは──…

「やはりグレイズィング=メディックか」
「また……知りあい、ですか」
「我の出産に立ち会った者だ。単純にいえば色狂いの残虐魔。奴めに我の実母は生きながらに腹を裂かれホムンクルス
幼体を埋め込まれた」

「ワタクシとしては別に駆けつけてくるお馬鹿さんたちブチ殺して中途半端に蘇生して! 身動き封じた上で犯して尊厳傷付
けても構いませんけどね! 性別? え? 愛の行為に性別なんて関係ありませんわよ? それはともかく、ふふ。台所に
あるありふれた器具でも拷問はできますから、倒した戦士たちで実演してみましょうか?」
「分かったから向こうでやってくれんかの。お前がでしゃばってくると痛くて気持ちの悪い話題になって困るんじゃが」
 じっとりとした半眼に抗議されたグレイズィングは、しかし一層双眸を輝かせた。
「ヤッていいんですの!? で、でもお仕事中なのよん今は。駄目よダメダメ。職務と性欲はわけなきゃダメなの」
 やがてぶるぶると震え出したグレイズィングは何故か股間の辺りに手をやったり離しながら部屋の外へ出て行った。
 やがて荒い息とか細い叫びが木霊しはじめたが、玉城には何が起こっているかまったくわからなかった。
「ま、とにかく後はこのまんしょんに火を放ち全焼させるだけじゃな。されば戦団へのカネは断たれる。ふぉふぉ。こういう
地味ーな兵糧攻めみたいな行為であれど、積み重ねれば戦団は疲弊する。よってわしらはここを狙ったのじゃ」
「……のですか?」
「ふぉ?」
「ここの人達に……恨みは……なかったん………ですか?」
 黒々とした愛らしい微笑が幼い顔いっぱいに広がった。
「ないよ。食糧にさえせん。ただ間接的にとはいえ戦団の運営費を捻出しているが為、かかる目に遭って貰っただけじゃよ」
 からからとした口調には何ら罪悪が見られない。やるべきだからやった。柔らかな声は明らかにそう告げていた。
「なんにせよ潮時かの。盟主様からも事を荒立てるなといわれておる。引くぞ”りばーす”」
267 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:45:26.41 ID:a3JLKqdP0
『私絶賛ヘコみ中なの。もうちょっと放っておいて……放っておいて(ぐすん』
 膝の前に『描かれた』文字を見た玉城光は心底感心した。姉は体育ずわりで俯いたまま習字コンクールで金賞が取れそう
なほど綺麗な文字をサブマシンガンの弾痕で生産している。

「と、感心していたら……イオイソゴさんにお腹を殴られて……気絶、しました」

 そうか、とだけ頷いて無銘は別な質問をした。
「さっきから気になっているが、その『リバース』というのは何だ?」
「お姉ちゃんのコードネーム……らしいです。リバース=イングラム。それがお姉ちゃんの……今の名前……です」
「奴らの命名則か。我らが大鎧の部位名を抱くように、奴らは武装錬金の種類を名字に」
「そして目覚めた私は──…」
268 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:45:50.12 ID:a3JLKqdP0
以上ここまで。今回から過去編第003話。
269 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/15(木) 13:48:24.00 ID:a3JLKqdP0
建てた。

【2次】漫画SS総合スレへようこそpart73【創作】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1352954853/
270 ◆C.B5VSJlKU :2012/11/16(金) 08:43:29.98 ID:4RDm2jm30
あー。前回投下してましたねコレ。次スレに続きいきます。
271作者の都合により名無しです:2013/02/10(日) 15:53:02.41 ID:NEKSOqWT0
あげん
272作者の都合により名無しです:2014/03/07(金) 01:21:48.68 ID:6fMzpvK90
あげん
273作者の都合により名無しです
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