【2次】漫画SS総合スレへようこそpart68【創作】

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98DRIFTERS VERSUS ...
 
落ちる。

落ちる。
落ちる。
落ちる。

土方歳三は凄まじい落下感の中、目を覚ました。
落ちている。自分は落ちている。
何故?
どこから?
どこへ向かって?

眼前には青い空が広がっている。
首を捻って下を見れば、緑の森が絨毯のようだ。
何故?

疑問は雲霞の如く湧いて止まらないが、それよりも考えたのは「どうする」の一事。
このままでは死ぬ。死なぬにはどうする?
良い思案も浮かばぬまま、木々がずんずんと近づいてくる。
これまでか、と覚悟を決める間もあれば、身体を揺らす大きな衝撃と共に落ちる速度が緩んだ。
己の真上に白い大きな布が広がる。
これが為に勢いが緩まったか? そもこれは何か?
新たな疑問が湧くと同時に、土方は五体をしたたかに木々へと打ちつけ、意識を断ってしまった。



再び土方が覚醒した時。
どういう訳か、後頭部に柔らかな感触を感じていた。
手足を草の茂る地に投げ出し、仰臥していたが、頭だけが安楽な温かみに包まれている。
「気がつかれましたか?」
青年の声、否、童子と言っても良い程の明るさを含んだ声が土方に語りかけた。
眼を開けると、さっきまでの切迫した状況では感じられなかった眩しさが眼を刺す。
やがて、光に目が慣れると、自分に語りかけてきた声の主が網膜に映り始めた。
たっぷりの前髪を湛えた総髪。切れ長だが大きな眼。愛らしい曲線を描いた唇。
その顔貌が記憶の水面を波立たせる。
「総司……?」
呟いたが早いか、土方はハッと顔を、全身を強張らせ、今ある場所より飛び退いた。
彼が生きている筈が無いからだ。
そして、自分はどうやら、この沖田に似た若者に膝枕をされていたらしい。
99DRIFTERS VERSUS ...:2010/07/17(土) 00:34:14 ID:HigCykbcP
「誰か」
「おやおや、存外にお元気なご様子。重畳重畳」
「誰かっ!」
何千と繰り返し、身に染みついた動作で和泉守兼定を半ばまで鞘走らせる。
「……?」
鞘走らせてから、土方は違和感を覚えた。
あまりにも慣れすぎていて気づかなかった事実に。
自分の今の姿格好。
不自然な自分の今の自然さ。
「俺は……」
しばし、目の前の怪しげな若者の事も忘れ、己の身体の方々に手を遣る。
髷を切り落として後ろへ撫でつけた頭髪、実戦主義を優先させた洋装、幾度の危難を斬り払った
和泉守兼定と堀川国広の大小。
何もかも、同じだ。何もかも、あの時のままだ。

蝦夷。榎本武揚。箱館戦争。官軍。一本木関門。我が身を貫いた銃弾。

今も痛みと熱さを錯覚させる腹部の辺りを、衣服の上から強く掴む。
「何故、俺は生きているのだ……」
そう、自分は死んだ筈だった。
北へ北へと喧嘩を続け、榎本や大鳥ら旧幕臣と共に築いた蝦夷共和国箱館政府。
押し寄せる官軍。敗北の色が濃くなりつつあった五稜郭。
籠城も降伏も否とし、長州薩摩の連中に己の屍をくれてやるつもりだった。
事実、自分は撃たれて死んだのだ。

愕然と立ち尽くす土方であったが、例の若者は微笑を崩さず、なだめるように言葉を掛ける。
「んん、そうでしょうなぁ。私も同じです。死んだ筈が、何故か生きて、不見不知(ミズシラズ)の
地に立っていました」
若者の言葉にも、土方は警戒を解かず、太刀の柄に手を掛けている。
そして、彼への第一声に二つ目、三つ目の問いを付け加えた。
「お前は誰か。ここはどこだ。何故、俺はここにいる」
「ここがどこで、何故あなたがここにおわすかは、私にはわかりませぬ。ただ、私が何者かは
お教え出来ますが」
「名乗れ」
「私は与一。那須資隆与一で御座います」
この名を聞いた土方はおかしみも不可思議も覚えず、ただ怒気だけを覚えた。
嘘にしては途方も無さ過ぎる嘘だ。騙す気すらも無く、嘲弄したいだけではないのか。
「なぶるか」
「いいえ、滅相も無い」
100DRIFTERS VERSUS ...:2010/07/17(土) 00:35:42 ID:HigCykbcP
「俺は文字には明るくないが、源平の軍記くらいは知っている。七百年も昔に生きた那須与一が、
俺の眼の前に立っているものか」
与一を名乗る若者はまた笑う。困惑と同情の入り混じる呆れ気味の色で。
「左様に申されましても、私とてつい先程死に、つい先程眼を覚ましたところで御座いますれば」
土方は埒が明かぬ、とばかりに苦々しげに顔を歪ませた。

その時。

「きゃああああああああああ!!!!」

女のものと思しき悲鳴が響き渡った。
前後でも、左右でもなく、真上から。
二人が素早く空を見上げると、何者かが大きな白い布をなびかせ、樹木の枝々に身体を打ちつけながら
落ちてくるではないか。
落下地点が向かい合う土方と与一の間だったのは、運が良いと言う他は無い。
間も無く落下してきたその者は、二人の手によってしっかと受け止められた。
先刻の土方の如く、木々に身を打たれた衝撃で気絶している人物は、悲鳴から察した通り、女性である。
だが、ただの女性ではなかった。異人である。紅毛白皙の異人の女である。
年の頃はまだ娘と言っても良いのではないか。
それだけではなく、男と見紛うばかりの短髪に、全身を西洋甲冑で覆っている。
どこからどう見ても尋常の風体、人物ではない。
娘を挟んだ向こうの与一が、若干の興奮混じりに感心している。
「私達三人では終わらず、今度は異人の娘ですか。このままでは何人落ちてくるか、わかりませぬなぁ」
「待て」
危うく聞き流すところだった。
「今、“三人”と申したか?」
「ええ、あなたが……――」
ここまで言うと、与一は土方の顔を覗き込み、口を尖らせた。まだ名乗ってもらっていない、
と言いたいのであろう。
土方は閉口したように、早口で名乗る。
「京都守護職会津藩主松平容保中将様御預新選組副長、土方歳三」
どういう訳か、箱館政府陸軍奉行並、とは言いたくなかった。
与一はまた笑顔に戻り、皮肉を込めて土方の名前を音声高くし、話を続けた。
「歳三殿、があまりの剣幕だったので、つい申し遅れたのです。私は悪くありませぬぞ」
そう言いながら、土方の背後を指差す。
指し示す先、二人からしばらく離れた場所に、見慣れぬ武者鎧を着込んだ大男が草むらへどしりと
胡坐をかいていた。眼も口もむっつりと閉じられている。少なくとも顔形が異人には見えないのが救いか。
「私が眼を覚ました時には、もう既にあそこにおりました。それからずっとあのままです」
聞いているのか、いないのか、土方は娘を与一に預けると、男へと近づいた。
101DRIFTERS VERSUS ...:2010/07/17(土) 00:38:47 ID:HigCykbcP
それにしても、異様なまでの巨漢だ。新選組十番隊組長の原田も巨漢ではあったが、目の前の
男に比べれば、童に等しい。
土方は大分、男の近くに来た。刀に手を掛けてはいないが、警戒していない訳ではない。少しでも
怪しげな動きをすれば、即座に抜き打ちに斬って捨てるつもりだ。
「その方、名を申せ」
男は土方の言葉に、横目を向けるだけ。口は閉じられたまま。
「私が話しかけても口を開きませんでした。もしかしたら日本人(ヒノモトビト)ではないのかもしれませぬ」
与一の助け舟に、うむ、と土方は頷くと、しゃがみ込んで土に、

“土方歳三”

と指で書いた。それから胸に手を当て、
「俺は土方歳三だ。その方の名は何と申す」
と再度問い掛けた。
男はしばらく土方を見つめた後、倣うように土へ名前らしき文字を書いた。

“呂布”

土方はいい加減、驚き疲れた。
那須与一と名乗る沖田に似た美少年。空から降ってきた南蛮異国の小娘。更に今度は呂布奉先と来た。
「おぬしが唐土(モロコシ)の武将、呂布だと?」
『三国志』は近藤勇も愛していた物語で、自分も小さい頃は年長者から聞かされ、長じては自ら
読んだものだ。
水関での猛将呂布と劉備三兄弟の戦いは、今でも諳んじられる。
その呂布が今、自分の目の前にいる。
土方は意識せず、僅かに後ずさった。これは悪い夢なのか。
「歳三殿……!」
甲冑を着込んだ娘を重そうに抱える“悪い夢”の一部が、後方から呼び掛ける。
「な、なんだ」
「何か聞こえませぬか?」
与一の注進に、気を取り直して耳を澄ますと、確かに何か声らしきものが聞こえる。
大分離れているのか、微かにしか聞こえないが、どうやら怒鳴り声のようだ。それもひとつではない。
「うむ、聞こえる。あちらの方に幾人かいるらしいな」
「行ってみましょう」
土方は与一の顔を見直した。
「ここに居たところで、何も始まりませぬ。誰かがいるのなら、行って話を聞けば、何かわかる事が
あるやもしれませぬ。それに――」
ここで初めて、与一の眼がギラリと、武将らしく光った。
「――害を成して来るのならば、討ち果たせば良いだけの事」
土方はしばらくの間、まじまじと与一の顔を見つめていたが、やがてフッと低く笑った。
102DRIFTERS VERSUS ...:2010/07/17(土) 00:40:23 ID:HigCykbcP
「その通りだ、那須与一。いや、そうあるべきである」
急に肩が軽くなったようだ。単純で、わかりやすい。これまでの己の人生もそうであった。そして、
傍らにいるこの若者は“同類”だ。
「行くか、与一」
返事も待たず、薄笑みの土方は歩き出している。一体にこの男は決断が早く、しかも足が達者である。
弓矢と異人の娘を抱えた与一は慌てて歩き出したが、座り込む呂布にふと顔を向けて言った。
「あなたも一緒に行きませぬか? 座っているだけは退屈ですよ」
言葉が通じる筈も無いのだが、呂布は少し考えるように与一を見つめた後、のそりと立ち上がった。
立ち上がっただけではなく、与一が重そうに抱えていた娘を取り上げ、軽々と左脇に抱えた。
右の手に握り締めた方天画戟と思しき長大な戟は肩に担がれる。
「かたじけのう御座います」
身軽になった与一は呂布に礼を述べると、彼と並んで、土方の後を追った。



それにしても暑い。暑すぎる。
土方は袖で額の汗をぐいとひとつ拭うと、眉をしかめて中天の太陽を見上げた。
「暑くてかなわぬな」
生まれ育った武州多摩の夏や、斬り合いに明け暮れた京都の暑さなぞ比べ物にならない。
「まことに」
与一は同意しながら、周囲の草木へ珍しげに眼を遣る。
緑の森林そのものは珍しくもないのだが、そこに生える木も草も花も、これまでに見た事も無い
くらいの奇怪極まる姿形をしていた。
これには土方も同意見である。一方の呂布は黙して語らず、異人娘は気絶したまま。
しばらくの間、声の聞こえる方角へ歩を進めていたが、やがて繁る草木が途切れ、比較的見晴らしの
良い場所に出た。
そこには、六人の男達が、声の主達がいる。

「テメーみてーなオヤジがなんで“キッド”なんだよ! “キャプテン・キッド”とかフザケてん
じゃねーよ! いいトシして海賊ゴッコか!」

「俺の“キッド”は『William Kidd』でれっきとした名字だ! お前こそ“ビリー・ザ・キッド”って
芸名丸出しじゃねえか! 本名教えろ!」

「オレはこっちの名前の方が知られてるんですー! つか21人殺してマジ有名人なんですけど!」

「うるせえ! 鉄バケツぶつけんぞ! 略奪許可証舐めんな!」

「うっせえ! 死ね! クソオヤジ!」

「お前が死ね! 糞餓鬼!」

「バーカバーカ!」

「アホーアホー!」
103DRIFTERS VERSUS ...:2010/07/17(土) 00:43:18 ID:HigCykbcP
 
年若い男と初老の男が掴み合い、やかましく罵り合っている。聞こえてきたのは、この二人の口喧嘩
だったようだ。
一人はカウボーイハットにウェスタンシャツ、ブーツ。腰には古めかしい回転式拳銃(リボルバー)が光る。
もう一人はゴワゴワとした厚手のジャケットに亜麻布のシャツ、帆布のズボン。こちらは腰に
海賊刀(カトラス)を下げている。

また、そこから少し離れた大木の根元に二人の人物が座っていた。こちらは中年男と老人だ。
「アウトローと海賊の誇大妄想か。馬鹿は悩みが少なそうで羨ましいわい。なあ、そう思わんか?」
老人は皺だらけの底意地の悪そうな顔を、更に歪めて吐き捨てる。カジュアルな格子縞(チェック)の
半袖シャツとスラックスは年相応に洒落ているが、この密林にはまったく似つかわしくない。
紺のツナギ服を着た中年男は、自分に向けられた言葉にオドオドと遠慮がちに笑うだけ。だらしの無い
ボサボサ頭と無精髭、それに大きな眼鏡が、その卑屈な態度を三割増しにさせる。
「お前さん、名前は何と言うんだね」
「あの、えっと、僕はジェフリーです。ジェフリー・ダーマー。ぼ、僕の事なんか、知りませんよね?」
「知らんな」
こちらを見向きもせず、興味無さげに答える老人。
しかし、ダーマーと名乗った男は少しホッとしているようにも見える。
「あ、あの、おじいさんのお名前は?」
「ヨーゼフ・メンゲレだ」
老人の名を聞いた瞬間、ダーマーは眼を剥き、彼の横顔を食い入るように見つめた。
「し、し、知ってる。ナ、ナチスの殺人医師(ドクター・デス)…… 死の天使……」
「ほう、私はなかなか有名なようだ。としたら、私が知らないだけで、いや知りようが無いだけで、
お前さんもなかなかの有名人かもしれんな。囚人君(ミスター・プリズナー)」
二人共、それきり口を開こうとしない。

更に、二人の殺人者が背を預ける大木の上。地上より7m程の枝に若い白人男性が一人。緊張に顔を
強張らせ、ライフルを両手に抱えている。
最後に、彼ら一団に背を向けるようにして、一人の騎士らしき男が力強く両腕を組んでいた。
全身を西洋甲冑と兜で覆い、赤いマントを羽織った威風堂々たる構えだ。

そして、彼ら六人の男達を呆然と眺めながら、土方と与一が立ち尽くす。

「全員、異人だな……」

「ええ……」

「話は聞けぬな……」

「ええ……」



[続]