【2次】漫画SS総合スレへようこそpart64【創作】
抜けや間違いがあったらすみません。
エニアさん好きだったけど、一年くらい着てませんね・・。
そういえばNBさんもずっと着てないな。
6 :
作者の都合により名無しです:2009/06/05(金) 16:56:05 ID:eQFFTOvC0
1さんお疲れです
サマサさん2作連続とは気合入ってますね
オリオン死ぬのかなw
オリオンなんてカードがあるとは知らなかった。
サマサさん結構集めてたんだな、きっと。
第二話 輝き照らす者
大魔王の名を呟いた少年へ振り向いた魔族は、黙って彼を見つめた。
ダイは目を瞬かせて呟いた。
「バーンじゃ……ない」
改めて見ると別人であることが分かる。
腕や腹など筋肉がついていてたくましいが、引き締まった体つきは大魔王に比べれば細く、すらりとしている。
背も低く、全盛期の姿からさらに若くなればこのような姿になるだろう。
そして、最大の違いは性別だった。筋肉が発達していてわかりにくいが、胸のふくらみや腰のくびれなど男の体型ではあり得ない。
大魔王を連想する顔立ちも、鋭すぎる眼光を除けば美女の範疇に入るだろう。武骨な角も無い。
額に巻かれている黒い布をそっと手で押さえ、彼女はダイを睨みつけた。
「お前のような小僧がどうして魔界にいる?」
「おれ、どうしてこの世界に来たのかわからないんだ。どんな状況なのかも」
すっかり混乱しているダイを見て魔族はどう接するべきか迷ったようだ。
溜息をついて適当な岩に腰をおろす。立ち去る気にはならなかったらしい。
「ありがとう。助けてくれて」
「好奇心だ」
答えはそっけない。弱肉強食の理が支配する世界なのだから、珍しい相手――外見はただの人間の子供である――でなければ気に留めることなく放っておいただろう。
「それより、なぜ父の名を呼んだ」
魔族の値踏みする視線に対抗するかのように、ダイは勢いよく尋ねた。
「父って!?」
「大魔王バーンは我が父だ」
彼女の眼には純粋な尊敬の光が宿っている。声も敬虔な信者が神について語るような、命の恩人の名を告げるような厳粛さに満ちている。
ダイは思わずうつむき、頭を働かせた。
大魔王には家族がいるような様子はなかった。
バーンやミストバーンほどの力はなくとも、それなりに強ければ戦力に加えたはずではないか。
それに、大魔王は若さと力をこめた分身体を作り、凍れる時間の秘法をかけて永遠に近い生命を得ていた。彼女が同じことをしていなければ老いて先に死ぬはずである。
「大魔王は何千年も生きてきたんだろ? それなのに――」
「私は父にある秘法をかけられていた。野望が叶った時に起こすつもりだったのだろう」
見ず知らずの子供に洗いざらい話すことをためらって詳しい事情は伏せたのだろうが、バーンの秘密を知ったダイにはわかる。
おそらく、分身体だけでなく彼女も一緒に凍れる時間の秘法をかけられていた。そしてずっと意識を失い、時を止められた冷たい体で眠っていた。
野望というのは、言うまでもなく地上破滅計画だ。
目を覚ました彼女が最初に目にするものは光溢れる故郷と誇らしげな王の姿。新たな時代の幕開けを告げるかのように天高く輝く太陽だったはずだ。
だが、大魔王の死をきっかけとして秘法は解けてしまった。待っていたのは父の死という現実だった。
「驚かせたかったのかな。自分の力がすごいって思わせたかったのかも」
目覚めと同時に世界の様子が一変していれば、こっそり誕生日パーティーを企画され、突然明かされた子供以上に驚くに決まっている。
遊び心のある大魔王はその表情や反応を楽しんだことだろう。
「父について知っているのか?」
ダイは言葉に詰まった。
大魔王を尊敬している家族に、自分が命を奪った張本人だと告げることはためらわれる。
答えられない少年を見、彼女は不快そうに鼻を鳴らした。
「フン、勇者の冒険譚でも耳にしたか」
まさか目の前にいる子供が、恐るべき強さで大魔王を圧倒した勇者だと判断できるはずもない。
外見などの限られた情報だけでは、無力に見える少年と魔界最強の男を葬った“化物”を結びつけることは極めて難しいだろう。
ダイは唇を噛み、意を決してある質問をぶつけた。
「父さんを殺した相手のこと……憎んでる?」
「一対一の、力と力の激突の果てに敗れたと聞いている。恨み事をぬかしては父の信念を汚すことになりかねん」
大魔王は力こそがすべてを司る真理だと主張し、最期までそれを貫き通した。
跳ね返ってきた時に否定しては、今までの生き様や誇り、掲げてきた正義をも否定することになる。
それは彼女もわかっている。
だからこそ受け入れようとしているが、拳が震えている。納得しようとしていても感情がついてこないのだろう。
「私は、いずれ復讐に関係なく勇者と戦う。父の遺志を継ぎ、魔界に太陽をもたらすのだ!」
魔族は暗い空に向かって手を掲げ、何かを掴み取るような仕草をした。
炎のような眼光にダイは言葉を失っている。
第三勢力を止めてもこのままではバーンと同じ目的を持つ魔族が行動を起こすだろう。
第二、第三の魔王が現れる可能性は高い。
支配するにせよ、破壊するにせよ、太陽の恩恵を求めて地上の平和を壊そうとするに違いない。
世界のあり方が変わらなければ地上と魔界の間で戦いは永遠に続くだろう。
今は大魔王をも倒したダイがいる。
だが、もし竜の騎士の力が戻らなければ。
生命を落としてしまったならば。
大魔王をも超える力の魔族が出てくれば、どうなるか。
見通しは暗い。
暗澹たる気持ちになったダイの前で彼女は拳を握りこんだ。
「父は偉大だった。私ももっと力をつけねば」
先ほどの火炎呪文を思い返したダイは軽く目を見開いた。大魔王には及ばないだろうが、立ち上った火柱は圧巻だった。
「さっきのメラ、すごい威力だったじゃないか!」
純粋な感嘆に対して魔族は整った顔をこわばらせ、ぷいっと横を向いた。
「今のはメラではない。メラゾーマだ」
「えっ?」
彼女は勢いよく向き直り、顔を赤くして叫んだ。
「わ、私のメラゾーマは父のメラにも及ばん! 父に匹敵する力の持ち主がそう簡単にいてたまるかッ!」
妙に迫力のある台詞にダイは反射的にこくこくと頷いた。
身内びいきも含まれているにせよ反論する気はない。大魔王のように強大な力を持つ者がそこらへんに転がっていては、地上など簡単に滅びてしまう。
痛いところを突かれた彼女の顔は険しくなっており、そっぽを向いてぶつぶつ呟いている。
「敵に逃げられることもしょっちゅうだ。格好がつかん……!」
結界を張ることもできず、大魔王との実力の差は遠く隔たっているようだ。
大魔王を名乗るどころか魔王と呼ぶにも力が足りない。
この調子では、分身体を作って若さと力を込めることも、凍れる時間の秘法をかけて永遠に近い生命を得ることもできないだろう。
大魔王と違って感情が読みやすい相手である彼女は、話題を変えるべく少年の名を尋ねた。
「お前の名は?」
やはりダイが答えられずにいると「まあいい」と呟いて視線を外した。これからも小僧呼ばわりするつもりだろう。
「じゃあおまえ――君は?」
バーンを連想するため、初対面の相手だということも忘れてつい「おまえ」呼ばわりしてしまった。王の血縁者なのだから無礼者と怒るかと思われたが、彼女は気に留めていない。
名を知ろうとするダイに意外そうな顔をしている。
「奇妙な小僧だな。地上の人間だというのに魔族を恐れんのか?」
大魔王の家族なのだから、なおさら恐怖の対象のはずなのに、まったく物怖じしていない。
魔族の名を知る機会は意外な方向からやってきた。
「イルミナ様!」
突然現れた魔族の男――リリルーラを使ったのだろう――が慌てた様子で名を叫び、傍らのダイを見て目を警戒に光らせた。
「この小僧は?」
「地上の住人が迷い込み、奇特にも魔界に関心を持ったらしい」
ダイはしげしげと額に黒い影が集っている魔族の男を眺めた。
「この魔族は誰? イルミナ」
「無礼な! 何という口のきき方を――」
激高する男をイルミナが制した。
「玉座の間で謁見するわけでもない。流浪の身の一魔族に礼儀を尽くせと言う方が無茶だろう」
「へっ?」
ダイはぽかんと口を開けた。
豪奢な宮殿に住まい、侍女たちにかしずかれ、贅を尽くした食事を味わい、大魔王の名の下に軍勢を率いるのだと思っていたのである。
血筋だけでは上に立てないのは魔界らしいと言えるかもしれない。
「部下もいなくて放浪してるの?」
「部下はいる。このシャドーだ」
イルミナが促すように顔を動かすと、魔族の身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちた。内側からにじみ出た黒い霧が人のような姿をとる。
鬼岩城を操縦していたミストバーンの分身によく似ている。ミスト本体と分身を足し合わせたような外見だ。
名前が同じなのだから分身の一つなのだろうか。
だが、本体であるミストは滅んだ。ミストバーンに生み出され、魔力を供給されているならば存在できないはずである。
「お前は……?」
「私はミスト様に拾われ、力を与えられたのだ」
シャドーは誇らしげに胸を張ってみせた。
ミストがミストバーンという役職名を与えられる前にイルミナと共に眠らされていた。
分身体ではないためミストが消滅しても生きている。
今の彼を動かしているのは最大の、そして最後となってしまった命令だった。
「ミスト様のお言葉により、イルミナ様に仕えお守りする。それが私の使命だ」
その言葉に彼女はわずかに顔を曇らせたが、シャドーは気づいていない。
「どうしてイルミナは放浪しているの?」
「それは――」
答えはすぐに明らかになった。
見たこともない魔物の集団が周囲に現れた。
以上です。
1さん乙です。
ヒロインらしきキャラが出ましたが、二の腕がたくましく腹筋もしっかり割れています。間違っても恋愛云々には発展しません。
タイトルの意味はのちに明かすつもりです。
第十七話 ゲマの誤算
ダイとエスターク、互いに少しずつ負傷しているものの、決定打は未だに無く互角の闘いを繰り広げていた。
しかし、闘いとは次の瞬間とてつもない事が起きるものである。
事実、均衡は崩れエスタークが再びダイを押していく。
そしてゲマは空から二人の闘いを見ていた。
「おほほほほ、やはりダイにエスタークを殺す気概は感じられない。
信頼していた仲間に殺される最後の竜の騎士というのも中々泣かせてもらえますね。おほほほ。」
ゲマはそっと竜の騎士の神殿へ入る。
「オーディン・・・やはりこのオーブを復活させていましたね。これはさすがに私でも壊す事は出来ないでしょう。
私の塔へ持っていきますか。」
ゲマはオーブを取り、神殿を後にする。
地上ではダイとエスタークの闘いも大詰めを迎えていた。
「すまない、ダイ。せめて、この一撃で・・・」
エスタークは覇王の剣を大きく振るい、魔神斬りを放つ。そして運悪くその刃はダイに直撃する。
ダイは竜闘気によりなんとか持ち堪える事が出来たが、ダメージは計り知れない。
「エスターク・・・俺もここで、死ぬわけには・・・いかない!!」
ダイの眼の色が変わったことをエスターク、そしてゲマが察知した。
二人の間に再び風が吹いたその刹那・・・ダイはアバンストラッシュAを放つ。
「ダイ!!これがお前の全力ならば、俺は更にその上を・・・」
エスタークは驚くばかりであった。ダイがアバンストラッシュAを追うように自分に向かって突進してきたのだ。
「アバンストラッシュX!!!!!」
ダイのアバンストラッシュがエスタークに直撃する。
『頼む・・・死なないでくれ!!!』
ダイは真後ろで倒れたエスタークに目を向ける。そこには息も絶え絶えのエスタークが血みどろで立っていた。
「ダ・・・イ・・おれ・・は、負ける・・・訳に・・・」
エスタークは傷だらけの体で、尚もダイに立ち向かう。
『そうだ、闘い続けなさい。偽の妹を救う為に。」
ゲマにしてみれば自分達の計画を狂わす存在になるであろう竜の騎士がどうしても目障りだった。
それ故にエスタークを騙し、ダイを襲わせた。
「それにもしもの時の為に”保険”を掛けてありますからね。ほほほほ。」
ゲマは相変わらずの下卑た笑い声で高笑いをする。
「エスターク、もう、やめようよ。」
ダイの言葉にも耳を貸さず、エスタークはダイ目掛けて刃を振り下ろす。しかしその刃はダイの目線の先で止まる。
「やっぱり・・・お前を・・・殺す・・なんて、出来るわけが・・・なかったんだ。」
涙を流しながらエスタークは語った。
「妹を人質に・・・・・だが・・・・・」
エスタークは血を吐いて倒れる。慌ててダイが介抱した。
「全く、役に立たない雑魚でしたね。せっかくジャミにロザリーの格好までさせたのに。」
ゲマがダイ達の前に現れる。
「誰だ!!!!」
「私はゲマと申します。以後お見知りおきを。ほほほほ。」
ダイとゲマ、対峙する二人の間に不穏な空気が流れていた。
「お前がこの闘いの糸を引いていたのか?」
確証はない。だがダイは”戦いの遺伝子”による直感が危険だと告げていた。
「私はあまり自分の手を汚したくはないのですが・・・ね!」
ゲマの薄く微笑む顔には憎悪の色が漂っていた。
「私達の目的は互いに相反するでしょう。私達もバーンの様に太陽が恋しかった。
そして我が主が地上を崩壊しようと目論んだのもバーンと同じ時期です。
実力はバーンの方が上でしたがね。」
バーンがかつて口にしていた言葉を平然と語るゲマ。ダイはその様子に恐怖さえ感じた。
「今度はお前が俺を殺しに来るのか!?」
ダイがゲマに詰め寄る。
「そうですね、今すぐにでも殺してあげるべきでしょうね。」
ゲマは鎌を出し、ダイに斬りかかる。しかしダイも負けてはいなかった。
二人はやはり互角だったが手負いのダイは思うように闘えなかった。
「やっぱり二つの紋章を使うしかない。力を貸して。父さん!!」
ダイは双竜紋を発動する。ここからダイの怒涛の反撃が始まる。
ゲマはすぐに追い詰められていた。が、しかし彼が何の対策もせずに敗北する筈がなかった。
「あまり調子に乗って欲しくありませんね。」
ゲマは至近距離で焼け付く息を吐き、ダイを痺れさせた。
「く、くそ!!」
「さすがにバーンを倒しただけの事はありますね。真っ向から闘っていたら私が死んでいたでしょう。
さて、貴方程の使い手ならば全身の麻痺もすぐに解けてしまうでしょうし、一時撤退としましょう。
勇者ダイ、またいつか、お会いしましょう。ほほほほほ。」
高笑いを発しながらゲマは消えていく。その手には先程手にしたオーブがあった。
「と、とにかくエスタークを早く治さないと!!」
痺れの取れたダイは重症のエスタークを連れて森を脱出した。
〜天界〜
「ふふふふ、肉体も強度も全て同じ様に出来た。流石に”アレ”はわらわの手にも負えぬが。
後は”奴”の魂がこの肉体に定着すれば・・・」
16 :
ガモン:2009/06/06(土) 00:11:04 ID:YpHlN7rk0
第十七話 投下完了 前回 前スレ
>>481 1さんお疲れ様です。今回も出来る限り頑張っていこうと思います。
>>ふら〜りさん
ゲマは原作でも人質を取る様な魔物なのでこれぐらいの事は平気でこなしてしまいますね。
彼はある意味ミルドラース以上の存在感があると思います。
>>サマサさん
一挙に二作品の掲載、本当にお疲れ様です。
最終決戦前からオリオンの背後に黒い影が立つような回でしたね。
遊戯の機転でその場は防ぐ事ができそうですが・・・
L'alba della coesistenza作者さん
お疲れ様です。
シャドーの言葉に不満を持っているイルミナは典型的な猪突猛進タイプでしょうか?
確かに大魔王と肩を並べる魔族がいたら驚きますね。
いつか彼女が父親を超える事が出来れば・・・と思っています。
お2人ともお疲れ様です。
>L'alba della Coesistenza:
イルミナは大魔王レベル1といった感じですか。強気なお姫様タイプ?
しばらくダイの相棒になりそうな感じですね。ビジュアル的にはどんなかな?
>ダイの大冒険アフター
ゲマは大して強くないけどDQ5でもパパス殺したり嫌な奴でしたが
本作品でも然りですね。ダイに中ボスの中では一番早くやられてほしいですw
第十八話 地上支配のプレリュード
ポップ達は天空への塔の終盤まで差し掛かっていた。四人に至る所に傷があったがプサンはまだ元気だった。
「信じられない。私達と同じペースで登ってるのに息一つ乱れないなんて。」
マァムも既に普通の中年男性とは、最早思っていなかった。
『俺の仮説が正しいならば、このくらい出来て当然だとは思うが・・・一体何故《人間の姿》に?」
ラーハルトは初めて出会った時から感じた”人間には無い”気配の正体が分かりかけていた。
「み、皆さんどうしました?さっきからずっと私を見ていますが・・・」
「いや、何でもねえよ。」
ポップが答える。五人は改めて天空への塔を登り始めた。
〜魔界〜
「さあ、地上支配を始めるぞ!!!」
ヴェルザーが天に向かって吠える。そしてその奥にはテマリ、我愛羅がいた。
「しかし、兄が死んでも眉一つ動かさんとは・・・我愛羅はやはり末恐ろしいな。」
心なしかテマリは我愛羅から距離を置いている。
「まあ良い、まずはテマリ、お前が軍を動かせ。」
「分かりました。」
先送りになっていた地上侵攻がついに開始された。
「ここが、最上階か・・・」
長い道のりを乗り越え、五人はついに最上階に達する事が出来た。
「思い起こせば所々階段が壊れてたりエレベーターを使ったりで大変だったよなあ。」
ヒムが深いため息を吐く。
「皆さん、天空城へはあのエレベーターを使えば到達します。」
プサンの指の指す方向に大きなエレベーターがあり、五人はそれに乗った。
エレベーターは動きだし、そのまま天高く舞い上がった。
〜天界〜
天界の浮遊大陸に黒い霧状の影が堕ちた。その様子はさながら世界の終りを意味するようなものだった。
「ついに、ついに”この男”が現世に復活したか。わらわの目的が達成する日も近い。」
その黒い影はエレベーターで上昇中の五人も見た。
「な、何だありゃあ!!?」
ヒムが眼を見開き、黒い影を眼で追う。他の四人も同等の思いであった。
そうこうしている内に五人は天空城へ到達する。
「ここが天空城か、しかし一体誰がこんな手紙を渡しに来たんだ?」
ポップが例の手紙を出しながら言う。その手紙をプサンは覗き込むように見る。
五人は天空城の中へ入る。
「しっかし無防備な城だな〜、敵とかに攻められたらどうするんだ?」
ヒムやポップはそのあまりの城の警備の無頓着さに舌を巻く。
周りには白い羽のついた天使の様な人間達がいた。その中で一際年を取っている老人がポップに話しかけてきた。
「もし、地上から来た方々ですか?」
老人の質問に四人は頷く。しかしプサンは全く別の反応をしていた。
「いやあ、五百年ぶりですか?変わっていませんね長老。」
『や、やはりこの男は・・・」
やけに老人に親しげに話すプサンを見て、ラーハルトの疑惑は確信に変わる。
しかしそれに対して老人の態度は意外なものだった。
「貴方は地上から呼ばれた方ではないのですか?」
「な、何を言いますか、私は・・・」
「違うと申すのならば、即刻城からお引き取り願いたいものですが、ここは天空人とエルフが住む聖域、
地上からの使者以外はこの場所に立ち入ることはさせる訳に参りません。」
プサンは傍にいた天空人達に連れられて外に放り投げられた。
「あれで良かったのか?プサンはあんた達の事よく知ってるみたいだったけど。
それに人間が入っちゃいけないような場所に魔族まで含めた俺達を入れるなんて、何を考えてるんだ?」
ポップの質問に城の神父の様な天空人が答える。
「貴方達は神を超える力を持った大魔王バーンを倒し、地上を破滅の危機から救った。
それ程の実力があればオーディン様の危惧していた”恐怖”が取り除かれるのではないかと思われましたので私共がオーディン様の御命令で、手紙を出しました。」
更に長老が続けて話す。
「今、三界は大きな危機に見舞われている。冥竜王ヴェルザーの復活、そしてバーンには劣るが各地で再び動き出したミルドラース等、
最早群雄割拠といった状況なのだ。それを救えるものは勇者とそして共に激戦を潜り抜けてきた者達しかおらん。
そして貴方方をお呼びした次第である。」
長老の言葉にポップ達は肝を抜かれた。
一方テマリは既に地上に出て来ていた。
「さて、ここら辺でいいかな。デルパ!!!」
呪文を唱えるとかつてザボエラが使っていた数十個ある魔獣の球から大量の魔界のモンスターが地上に出現した。
「まずは地上の主力が集まってるベンガーナに魔物達を送ってやろうか。」
モンスターの軍勢はベンガーナへ向けて侵攻した。
不意にモンスターが現れ、近くの人間達は逃げ惑う。
「クククク、恐怖におののく哀れな羊共か。こうして見ると実に愉快だヒャハハハ!!」
下卑た笑い方でエビルプリーストが笑う。
「さて、ヴェルザー勢も動き出した。私もそろそろ計画を実行するかな。」
エビルプリーストは地上から姿を消す。そして入れ替わりに”あの男”が地上を歩いていた。
「ヴェルザーめ、一気に地上を落とすつもりか。まあ良い、しかし先程から感じている気配はどう考えてもアイツしかいないな。
ふ、とりあえず役者は揃ったといった所か。」
各地で動きがある中、ダークドレアムが動く気配はまるでなく、彼はただただ状況を傍観していた。
魔界のモンスターの軍勢はついにベンガーナへ到達した。
「まさか、いきなりこれ程の大軍が来るなんて。」
予想だにしない展開にさすがのアバンも困惑していた。
モンスター達はベンガーナ城目掛けて攻撃を仕掛ける。
「行きましょう!ここにいては殺されてしまいます。」
アバン達は全員城から出てモンスター達の前に出た。
「こういう時の為の帝国空軍だ、今すぐに用意せい!!!」
クルテマッカ七世が城の兵士に号令を出した。
メルルとヒュンケルは非戦闘員である国民達を避難させていた。
「ああ、ポップさん達がいない時に来るなんて。」
一方ヒュンケルはこの一大事に自分が戦えない自分に虫唾が走った。
「くそ、この体がもう少し、動いてくれれば!!」
こうしてベンガーナで地上の人類と魔界のモンスターが戦う事になったのだ。
そしてこの日から三界は破滅へと加速していく。
22 :
ガモン:2009/06/06(土) 10:57:58 ID:ISIccyKt0
第十八話 投下完了です。
今回、開戦編といった形で第二部を締めようと思います。
第三部でも魔王キャラは出るかもしれません。
23 :
しけい荘大戦:2009/06/06(土) 13:50:09 ID:qVOtycIv0
第二十三話「アンチェインの敗北」
鬼が降臨した背筋より打ち出される打撃は、地上ナンバーワンの量と密度を誇るオリバ
の筋肉をもたやすく打ち破る。アンチェインとしての誇りが、失いかけた意識をかろうじ
て救った。
巨体に似合わぬ身軽さで、ふわりと起き上がるオリバ。
「へぇ、まだ立てるんだ」
「今のラッシュ、人間の領域ではない。どうやら貴様も父親が踏み越えた一線を越えよう
としているようだな」
「あァ、背中(これ)かい? 自分じゃ見えねェけどよ、これが出ちまうと他人を殴りた
くってしょうがねェんだ」ファイティングポースを取る刃牙。「アンタは殴りがいがあっ
て嬉しいぜ」
人間から鬼に変貌を遂げた少年は、迷わずまっすぐオリバに飛び込む。
怒涛の連撃。無尽蔵の殴打欲を反映する拳が、刃牙という小兵の機敏性によって最大限
の暴威を発揮する。機関銃の連射力と大砲の破壊力のマッチング。金的や目潰しが女々し
くすら感じられる、人類史上最大級の反則技。
どこをどう打とうが、全てが必殺。オリバ自慢の肉体が面白いように貫かれる。
右拳が顔へ、オリバの歯と鼻血が散る。
左拳が顎へ、オリバが宙に浮く。
右拳が腹へ、オリバから胃液が飛び出す。
左拳が水月へ、オリバの呼吸が止まる。
「──ガアァァルァッ!」
地上最自由を嘗めるな、といわんばかりの右ストレート。オリバの意地が、攻撃に夢中
になっていた刃牙の顔面をカウンターで捉えた。即死まちがいなしのタイミング。
しかし、前歯こそへし折れたが、刃牙は笑っていた。
予想だにしない結末に、驚愕するオリバ。
「鬼(オーガ)は単なる打撃力増幅装置ではない、ということか……ッ!」
背中に棲みついた鬼の貌は背筋だけでなく全身に根を張りめぐらせる。闘争本能を暴発
させ、あらゆる名称の筋肉に人間ではありえない弾力性と硬度をもたらす。
24 :
しけい荘大戦:2009/06/06(土) 13:51:00 ID:qVOtycIv0
すなわち、鬼は最強の矛でありながら、最強の鎧でもあるということ。
愕然とするオリバの胸に、捻り込まれる右ストレート。胸骨と心臓が歪む。無情すぎる
連打、連打、連打──。
生まれてからずっと信じ、愛し続けた肉体から、『オリバ』が離れていく。
オリバと刃牙の押しっくら。
背後には断崖絶壁。もうオリバには後がない。あと数センチ押されれば、崖の下に転落
する。
愛した肉体とアンチェインとしての矜持で、どうにか持ち堪えるが──
「やはり人間では鬼には……」
──勝てない。
絶望の末、オリバがこう悟ると、すでに彼の足は崖から離れていた。あとはもう、自由
落下しかない。アンチェインの称号を持つ者にとっては、相応しい最期なのかもしれない。
「これで終わりか……」
落ちながらオリバが呟くと、突然、右手を何者かに掴まれた。
「む……!?」
シコルスキーだった。
否、オリバはすぐに気づく。彼一人ではなかった。
柳、ドリアン、ドイル、スペック、ゲバル。
驚くことに、しけい荘の住民六名が手と手を繋ぎ合わせ、ロープとなることでオリバを
落下から救ってみせた。
皆を代表して、シコルスキーが思いの丈をぶつける。
「アンタが敗けちまったら、俺たちの価値まで下がっちまうだろうが。……アンタは、俺
たちの大家だろォッ?!」
「ふん……君らに指図されるいわれはない。勝利するも敗北するも、私の自由だ」
──しかし、今日だけは従ってやろう。無意識の中にまで駆けつけてくれた、仲間たち
に。
戦いは終わらない。
「ヌオオオオッ!」
気絶寸前から放たれたオリバのアッパーが、ガードに成功した刃牙を真上に吹き飛ばす。
天井に激突した刃牙が地面に墜落した挙げ句、再び天井近くまで跳ね上がるという、凄ま
じい一撃だった。
25 :
しけい荘大戦:2009/06/06(土) 13:51:47 ID:qVOtycIv0
「──ぐはァッ! チッ、まだ動けたのか……」
「地上でもっとも自由であるはずの私が、まさか私のアパートの住民によって繋ぎ止めら
れてしまうとはな……。アンチェインとして、私は彼らに完敗したようだ……」
いつもの暑苦しい笑顔ではなく、実に清々しい笑みのオリバ。
「私は今一度“チェイン”となって出直すこととしよう。……同時にとっておきの戦法を
解禁する!」
高らかに宣言すると、オリバは全身を力ませ筋肉を隆起させる。しかもその状態を保ち
ながら、脚を折り曲げ、腕で前面をカバーすると──みごとな球体が完成した。
「なんだいこりゃ……」
「さァ刃牙よ、好きなだけ打ってくるがいい」
「ふぅん……面白ぇ。だったら、好きなだけやらせてもらうッ!」
絶対的タフネスを持つ敵を、思う存分殴れる。刃牙にしてみれば楽園を訪れた心持ちに
ちがいない。
一撃目、なんといきなり剛体術。
耳にしたら、真っ先に119番を押したくなるような、打撃音だった。
オリバはビクともしない。かまわず刃牙は、ボールとなったオリバへ全方位から攻撃を
浴びせる。鬼に授かった筋肉で跳ね回り、殴りまくる。
苦悶の表情を浮かべるオリバ。防御のため、全身に満遍なく力みを加えているが、ダメ
ージの蓄積が尋常ではない。
しかし打たれる最中、オリバにとある記憶が蘇る。
いかにオリバとて、赤子の時から自由を飽食しているわけではない。自由を渇望し、愛
に餓え、肉を蓄え、いつしかどんな強制力も通用しない、アンチェイン(繋ぎ止められな
い)と呼ばれるに至った。
「これだ……」
アンチェインにあるまじき、打たれるがままのアルマジロのような体勢。
受動、待機、抑圧、忍耐、辛抱、我慢。好き勝手に生きてナンボのオリバにとって、も
っとも嫌悪する構え。
だからこそ、初心に帰ることができた。
26 :
しけい荘大戦:2009/06/06(土) 13:52:35 ID:qVOtycIv0
ひたすらに耐え忍び、人類の爆薬ともいうべきフラストレーションを溜め、アドレナリ
ンを増幅させ、怒りをマックスに持っていく。
「束縛なくして、自由のカタルシスはありえねェ……」
チェイン、再びアンチェインへ。自己を死の寸前にまで追い込む不自由を経て、オリバ
の持てる力が根こそぎ放出される。
巨大な口が開かれた。
抑圧から解放へ、眠れる脳内物質を全て爆発させ、オリバの体が刃牙を呑み込む。
「オワァァッ!」
刃牙が絶叫する。
鬼をも上回る、肉体の安全装置を取り外した兇悪パックマン。
これが本物のゲーム中に登場したならば、餌のみならず、敵や地形までをも喰らい尽く
し、挙げ句画面外に飛び出しゲームプレイヤーをも糧としたことだろう。
抵抗も空しく、オリバの上半身と下半身に挟み込まれる刃牙。数秒後、骨が砕ける無数
の音が、さらには内臓が破れる音がパックマンの口内から発生した。
「サンクス、君のおかげで久々に若返ったよ。……刃牙ッ!」
力む。球体が凝縮され、パックマンは心も砕く。
やがて吐き出された刃牙は全身をくまなく粉砕され──奇妙に変形した体からは、すで
に鬼は消え去っていた。
──勝負あり。
わずかに気を保っている刃牙に、オリバが声をかける。
「刃牙よ……。どうやら……明日のデートは中止だな」
「いや……決行するぜ」
「なに?」
「見舞いに来てもらって……病院でデート……して、やるさ……」
最後の力で捨て台詞を残し、刃牙はついに意識を失った。
刃牙の精神力に驚嘆しながらも、かろうじて勝利を収めたオリバ。地上最大の予測不能
マッチに、幕が下ろされた瞬間だった。
新スレおめでとうございます!
第二十三話終了──ナムコVSバカ、決着。
次回へ続きます。
新スレおめでとうございます。
・ガモンさん
エスターク戦は悲しいですね。うまくいくといいんですが。
魔王キャラが出るとしたら竜王やゾーマは既存キャラとかぶりますね。
いったいどれが出るんでしょう?三国志みたいな三つ巴になるのかな。
・L'alba della 作者氏
なんとなく萌えキャラっぽいような、お姫様キャラとお姉さまキャラが
入り混じったような魔界のご令嬢ですな。見た目は親父がイケメンだから
きっといいんでしょうがwダイとコンビを組むのかな?
・サナダムシ氏
タイトルを見て刃牙にやられるかと思ったんですが、オリバが負けたのは
しけい壮の面々にであって刃牙ではなかったですね。刃牙嫌いなんで良かったw
でもシコルの相手が決まらないですなあ。誰だろ?
29 :
作者の都合により名無しです:2009/06/06(土) 23:13:58 ID:s5yk06oM0
ダイの大冒険人気あるなあ
新人さんもガモンさんも頑張って欲しい
でも新人さんの方、お名前名乗って欲しいなあ
しけい荘はもうすぐ終わりそうですねえ
なんかバキが出てくるとこのシリーズも終わりそう…
オリバ、バキを殺してしまえばよかったのに
31 :
作者の都合により名無しです:2009/06/07(日) 08:50:05 ID:EF7XwzRg0
>L'alba della Coesistenzaさん
意外とバーンは子供思いだったのかな。お茶目なところもあるしw
イルミナさんはなんとなくラーハルトが女装したっぽい感じと想像
>ガモンさん
いろいろと事態が動き出してきましたね。
ダークドレアムはヴェルザーよりも強くあって欲しいな。ラスボスでもいいし
>サナダムスさん
オリバ、作中最強の座を辛くも守りましたね。勇次郎が出るとヤバイけど・・
バキは最後まで憎たらしかったなあ
32 :
ふら〜り:2009/06/07(日) 20:13:37 ID:o5pMwT4z0
>>1さん
おつ華麗様です! SSを描く人、感想を書く人、そしてこうしてスレを立てて下さる人と、
皆が居てこそ続いた64。作品もまた増えてきましたし、これからも皆で続けていきたいものです。
>>サマサさん
・決闘神話(アニメ三銃士のアラミスなんか、こういう時に付き合えなくて困ったんだろなと)
なるほど、死亡フラグを生還フラグで中和とはなかなかの技。トイレの話といい、実はオリオンは
決戦を控えた皆の緊張をほぐそうという気遣いをしているんだと妄想することは読者の自由。
・サンレッド(ピ○キャロか……1と2は当時やりましたぜぃ)
相変わらずのどかなフロシャイムの面々。一介の警官どころか、全世界規模の対テロ組織(の
一部)に目ぇつけられつつファミレスでダベってる彼らは、自覚なき大物ってやつかもしれない。
>>L'albaさん
>「今のはメラではない。メラゾーマだ」
笑いつつ感心しました。父のことを尊敬し、見上げ、劣等感もあるけれどコンプレックスという
ほどのものではなく、向上心があり、王としての権威を振りかざしもしない。なかなかの漢女
(おとめ)と見ましたよイルミナ。しかし立場が立場だけに……いつかはダイと戦う日が来るかも。
>>ガモンさん
始まった、という感じですね。ここまで、魔王側は強さを見せ付けたり罠を仕掛けたりといろいろ
やってますが、人間側は右往左往している割には収穫が乏しいというか、前進が少ない印象。
戦力になれたであろうエスタークも倒れた今、戦況を変える鍵になりそうなのは天空ですが……
>>サナダムシさん
タイトルを見た時には「まさかっ!?」と思いましたが、なるほどこうきましたか。ホーク戦の鷹村を
彷彿とさせる、支えてくれる存在。負けられない理由。正義でも友情でも愛でもなく、奴らに
無様は見せられねぇ、という男の意地。勇次郎ではないにしろ鬼を越えたオリバ、カッコいい!
第三話 第三勢力
新たに現れた魔物はダイを襲った者達とは異なる空気を纏っている。
姿は闇から生まれたように黒く、身体はいびつな形だ。瞬く眼光はミストバーンを連想させる。
あるものは獣のような、あるものはヒトのような体形をしているが、皆意思を伝えようともせずにじり寄る。
本能ではなく明確な殺意を持って排除しようとしている。
異様な集団にもイルミナとシャドーはまったく動揺せず迎撃態勢をとった。慣れた様子から幾度も襲撃されていることがうかがえる。
「こいつらは?」
「第三勢力の手下どもだ。陰気な連中ばかり差し向けてくる!」
シャドーが魔族の身体に入り込み、爆裂呪文を放った。イルミナの手から飛んだ炎球が敵を焼き尽くす。疾走し、拳で殴り飛ばすと頭部が弾け飛んだ。
敵を倒す勇ましい姿は性別を忘れさせる。ドレスより武闘家の装束の方がよほど似合うだろう。
何しろ、真大魔王がさらに若返り女性になったような外見なのだ。大魔王に比べれば細いとはいえ、華やかな衣装では鍛えられた身体つきを隠すことは難しい。
ダイも身構えたが、彼らの狙いはイルミナとシャドーだけらしい。
冷静に戦況を観察する中でダイは両者の力量を悟った。
大魔王の血を引いているだけあって素質はあるだろう。
だが、実力は遠く隔たっている。
魔力も膂力も未熟だ。同時行動はできず、掌撃で敵の攻撃を弾いても完璧には防げない。
一体一体の強さはそこまででもない敵を瞳化させることもできない。鬼眼を使いこなせていないのだろう。
黒い布で隠し、まったく使おうとしないため、機能していないようだ。
敵を拳で粉砕することはできるが、オリハルコンをも軽々と砕く真似はできない。暗黒闘気を集中させて強化することで渡り合っている。
シャドーもミストバーンには遠く及ばない。
ダイは仲間と別行動をとって大魔王と戦っていたため、ミストバーンの能力や正体を完璧に把握したわけではない。ポップ達から戦いの様子を聞いただけである。
それでも、ミストバーンのような、底が見えないほど深い暗黒闘気は無いとわかる。
器の力を本人以上に引き出すこともできない。魂を完全に消すこともできず、一時的に乗っ取っているだけだ。
おそらく他の魔族たちが部下にならないのは、大魔王バーンのような圧倒的、絶対的な強さを求め、彼女が近い段階に達していないことを知って失望したためだろう。
現時点ではせいぜい“実力者の一人”程度でしかない。
全てを捨てて戦った敵の家族と彼女に仕える部下、二人を狙う敵との攻防を見つめていたダイはハッとした。
倒れた敵が身を起こし、隙をついて襲いかかったのだ。
ダイはとっさに地面に転がっている岩を掴み、地を蹴った。
「イルミナ様!」
残った敵に注意を向けていたイルミナは顔をこわばらせつつ振り向いた。
対処は間に合わない。
だが、ダイが岩で敵を殴りつけひるませるのを見てわずかに目を見開いた。怯えていない、戦いに慣れた身のこなしだ。
敵を葬った後、彼女は感心したように呟いた。
「お前ならば魔界でもやっていけるのではないか? 優れた戦士になりそうだ」
不気味な魔物を相手にしても怯え逃げ出すどころか冷静に観察し、行動を起こしたことを褒めている。
外見に似合わない度胸の持ち主だと認めたらしい。
冒険の中で様々な強敵と対峙し、大魔王とも戦ったダイは複雑な気分だった。
主従は視線を動かし、敵の死骸を見つめた。
「倒しても倒しても湧いてくる。この数週間で一生分見た気がするな……」
シャドーのぼやきに同意するようにイルミナも頷いた。うんざりだと顔に書いている。
「どうして第三勢力はイルミナを狙うんだ?」
「わからん……目障りらしい。魔族たちを従わせる実力もない私など、脅威にはならぬはずだがな」
自嘲めいた響きが声に宿っている。
「父、大魔王バーンや冥竜王ヴェルザーに次ぐ力の持ち主が一方的に敵視する理由など――私の方こそ知りたい」
秘法から目覚めた直後に父の死を知り、衝撃から立ち直る間もなく第三勢力から生命を狙われ、たった一人の部下とともに魔界を彷徨う身となった。
追放されたにとどまらず、敵は際限なく襲いかかってくる。いつ終わるとも知れない戦いに、二人の声にも表情にも疲れと焦りが見える。
本拠地に乗り込もうにも、たった二名では虚しく阻まれてしまった。
このままでは、じわじわと力を削られながら魔界を逃げ回るばかりだ。
状況を変えるべく彼女がとろうとしている行動は――
「……私は地上に行こうと思っている」
予想外の言葉にダイが目を見張った。
あらかじめシャドーを偵察に派遣していた。先ほどまで姿を消していたのも様子を探らせるためだった。
天界が滅びた影響か、何かの前兆か、最近は地上と魔界の境界が緩くなっている。
各地で不規則に発生している穴を通ることで、莫大な労力を払わずとも行き来ができるのだという。
「本物の太陽がどんなものか、見てみたいのだ」
父が焦がれた対象を直接目で確かめたい。
破壊しようとした世界を知っておきたい。
威圧感のある外見に似合わず、好奇心が旺盛らしい。
「現在、竜の騎士は行方不明のようです。じっくり見て回ることができるでしょう」
「うむ」
満足気に頷いた彼女をダイは慌てて止めた。
「すぐにバレるよ。大魔王の家族だって」
彼女は首をかしげながら己を指差した。
「ひょっとして似ているのか?」
「うん。かなり」
髪も、顔立ちも、眼差しも、よく似ていることに本人ばかりが気づいていない。
彼女に向かってダイは手を差し伸べた。
「おれも地上に戻りたいから……一緒に行こう」
彼女は怪訝そうな顔をした。大魔王と違い、内心がすぐ面に出る。
「巻きこまれても助けんぞ」
優しさの感じられない言葉だが、ダイは非難しなかった。
命を狙われている者との同行は危険だが、紋章の出ない状態で一人で魔界を彷徨うのも負けず劣らず危ない。
世界の環境についてほとんど知識が無いため、とるべき行動を掴みかねている。
イルミナやシャドーが反対しなかったこともあり――断る理由もはねつけるだけの感情も無いためだ――勇者と、大魔王の娘と、その部下は共に地上に赴くことになった。
暗い室内を燭台の乏しい光が照らしていた。
部屋の中央には黒い大理石でできた円卓があり、椅子の一つには若い男が座っていた。
白い肌は人間に見えるが、魔界の奥地にいるはずがない。黒い眼と髪を持ち、やはり黒い衣に身を包んでいる。
男と向かい合うようにして宙に浮かんでいるのは竜頭の映像だ。
また、席についておらず暗がりに溶け込むようにして、道化師のような服装の男が佇んでいる。仮面をかぶり、帽子には幾本ものラインが光っていた。
三者とも濃厚な闇の気配を漂わせている。
「ヴェルザー、調子はどうだ?」
男が親愛の情を示すかのように両手を広げ、竜へと呼びかけた。
黒い瞳が悪戯っぽく輝いている。
「じき完全に復活する」
獰猛な声を上げた竜――ヴェルザーに向かって仮面をかぶった男がパチパチと拍手した。
「おめでとうございます。……助けがあればこそ、だね。お礼を言わなくちゃ」
「よせやい。死神から感謝されるなんてゾッとしねえ」
向き直り、丁重にお辞儀をしてみせた死神へ男は手を振った。
懐かしそうに目を細め、追憶に浸っているとわかる口調で呟く。
「数百年前、バーンとあんたと俺で賭けをしたっけな」
バーンもヴェルザーも人間のみを優遇した神への憎悪を抱き、大魔王が賭けを持ちかけた。各々の計画を進め、成功した者に従うという賭けである。
ヴェルザーはバランに敗れたところを天界の精霊に封じられ、魔界の奥地から動けなかった。
だが、第三勢力が天界を滅ぼし、身体の蘇生も助けたため復活を遂げようとしている。
「貴様は何を企んでいる? 天界の連中を蝕み、オレの復活を早めながら地上征服にも消滅にも関心を持っていない」
男は肩をすくめた。動作一つとってもバーンやヴェルザーと違い、威厳は感じられない。
「俺は神サマを憎んじゃいねえよ。一番若くて非力だし、地上への興味も薄い。……無いわけじゃないから賭けには一応参加したけどよ」
「貴様からは力への執念も感じられん。強くなりたいという――」
「強くなってどうする?」
「何?」
静かな声にヴェルザーは怪訝そうに、死神は興味深そうに目を光らせた。
弱肉強食の掟の支配する魔界では考えられない言葉だ。
「自分のこと強えって思ってもどうせ上にゃ上がいる。いなくてもそのうち出てくるだろ? だったらそこそこありゃよくねえか?」
あっけらかんとしている彼に他の者は呆れている。
「一生懸命技作ったり名前考えてつけたりすんのは性に合わねえ」
覇気の感じられない台詞に死神がクスクスと笑みを漏らした。
「まともにやるより楽しいことがあるってワケ?」
同意するように頷いた彼へヴェルザーが冷ややかな視線を向けた。
「軟弱者め」
侮蔑にも怒らず彼は笑っている。
「その通り! 俺は臆病で弱っちい……ただの化物さ」
おどけた口調で言い放ち、朗らかな笑い声を響かせた彼へ死神が尋ねた。
「どうしてあの子を排除しようとするの? 適当に洗脳して駒にしちゃえばいいじゃない」
飄々とした笑みは一瞬で拭い去られた。
「決まってンだろ、ムカつくからだ」
吐き捨てるような口調の彼はひどく不快そうな顔をしている。
地上へ侵略せんとする冥竜王と、傍観を決め込む第三勢力。両者の間に流れる空気を断ち切るかのように、死神が口を開いた。
「キミの名前は? 今まで聞いてなかったけど」
男は戸惑ったように目を瞬かせた。
「第三勢力って呼ばれてるからそれでいいぜ」
死神は目を丸くし、続いて笑いだした。
38 :
顕正:2009/06/07(日) 21:10:54 ID:gxjvWpAH0
以上です。
バーン様は実力、威厳、ともに素晴らしいラスボスだと思います。
ダイたちの最大の敵はバーン様であってほしいので、異なる方向の味が出るようにしたいです。
39 :
作者の都合により名無しです:2009/06/07(日) 23:26:02 ID:Kmoa47wl0
お、コテつけたんですか
けんしょう、って読むのかな?
イルミナの今の実力はせいぜいザボエラやクロコダインレベルかなあ?
ダイやバーン様は勿論、ラーハルトやヒムにも及ばないような感じですな。
とはいえ王者の血脈を継ぐもの、覚醒は近いのかもしれませんな。
自らを大して強くないと言い切る敵も不気味ですな。
40 :
しけい荘大戦:2009/06/07(日) 23:34:19 ID:de4L92HW0
第二十四話「黒幕」
目を覆いたくなる画が成立していた。
ブリーフ一丁で重傷を負った筋肉の権化と、トランクス一丁で気絶している少年。床は
陥没し、天井はひび割れ、辺り一面に血痕が飛び散っている。
「ミスターオリバ、いったいここでなにが……」
突入した警官のうちの一人が、オリバに問いかける。向き直るオリバ。
「君たち、この少年……範馬刃牙をすぐに病院に運ぶんだ。丁寧に、そして注意深く」
「え、あの……」
「早くしたまえ」命令するオリバに、ある閃きがよぎる。「あとついでだが、彼が起きた
らこれを渡しておいてくれ」
オリバはブリーフに手を突っ込むと、中からしわくちゃの10ドル札を取り出した。そ
れをオリバに問いかけた警官に手渡す。
「こいつで彼女とコーヒーでも楽しめ、とな」
「なんかこれ、ちぢれた毛がついてるンですけど……」
「頼んだぞ」
警官らがホテル外へ刃牙を運び去ると、オリバは空気を抜かれた風船のように寝そべっ
た。
「もう……動けねェ……」
球体を演じ、打たれに打たれまくった己の姿を思い返す。
「やっぱり……束縛は二度とゴメンだな……」
ぼんやりとした思考の中で、なぜかオリバは今頃になってシコルスキーの身に危険を感
じていた。戦争は終結したはずだというのに。
「もし君になにかあっても……もう、私では力になれんぞ……」
徳川ホテル、最上階──。
東西南北全ての門から敵を防ぎ切り、範馬刃牙という飛び入りにして最強のゲストもオ
リバによって退場を余儀なくされた。
完全勝利。
ますますワインに酔いしれるボッシュが、周囲を固める精鋭十名と、シコルスキーとゲ
バルに向けて大笑いする。
41 :
しけい荘大戦:2009/06/07(日) 23:35:07 ID:de4L92HW0
「ハッハッハッハッハッ! 諸君、我々アメリカ合衆国の勝利だッ! 愚かなテロリスト
どもは、私を殺すどころか、私を肉眼に入れることすらかなわなかったッ! 米国(ステ
ーツ)は無敵なのだよッ!」
百戦錬磨のシークレットサービスたちにも、安堵の色が伺える。
そんな中、ゲバルとレッセンがシコルスキーに近づく。
「アンチェインもどうやら勝利したようだ。終わったな、シコルスキー」
体内に溜まった不安と緊張を、丸ごと大量の息として吐き出すシコルスキー。
「あァ、ここでオイシイ役目を果たして、ホワイトハウスにスカウトしてもらうって当て
は外れたがな」
いつにない穏やかなムードに、シコルスキーは対テロリスト戦争の終戦を実感していた。
「仕方ありませんね」
どこからともなく発生した、残忍にして膨大な殺気。
打撃音が八つ。音がした方向に振り返ると、打撃と同じ数のシークレットサービスが倒
れていた。全員、首の骨が折れており、即死している。
「え……?」まるで事態を把握できていないボッシュ。
「これは……ッ!」驚愕するレッセン。
「なるほど、そういうことか」即座に状況判断を下すゲバル。
「な、なぜだッ!」ただ叫ぶシコルスキー。
米国が誇るシークレットサービスでも特に選りすぐられた十名のうち、八名を瞬時に葬
り去った災厄の正体──
「なぜだ……ッ! 天内ッ!」
──天内悠が屍の中心に立っていた。
42 :
しけい荘大戦:2009/06/07(日) 23:35:55 ID:de4L92HW0
頭をかきながら、ゲバルが天内に自らの推理を突きつける。
「ミスター天内。君がテロリストの“ボス”だった……ってワケだな?」
「えぇ、本当は私自ら手を下すことは避けたかったのですがね」
「今なら話してくれてもいいだろう、君たちの計画とやらを……」
「計画などという複雑なシロモノではありませんよ。東西南北いずれかから突入してきた
私の部下があなた方と乱戦を演じる最中、私が人知れず大統領を暗殺するというだけのハ
ナシだったのです。なるべく安楽のうちに終わらせたかったですからね。正体がバレては
面倒ですし、なにより私は大統領を愛しておりますから」
いつも通りの微笑みをボッシュに投げかける天内。恐怖で青ざめるボッシュ。
「先ほど大統領は我々のことを“愚か”と表現されましたが、まさしくその通りです。ま
さか、これほどに使えないとは──さすがに計算外でしたよ」
『ボス』として、部下たちの失態に呆れたように首を振る。
「頼みのガーレンも無様にやられたようで、本当はそこで動き出そうとしましたが……あ
の時の“揺れ”で計画がまだ死んでいないことを悟りました。結局は無駄だったようです
がね」
どうやら天内は、刃牙乱入という想定外の出来事も利用しようと考えていたようだ。
「さてと、話は終わりです。あとは、あなた方三人をまとめて殺し、ボッシュさんの命を
頂戴するとしましょうか。我々の予告テロの成功率は百パーセントなのでね」
米国大統領を「ボッシュさん」呼ばわりし、天内が歩を進める。
恐るべき自信である。シコルスキー、ゲバル、レッセンを相手取り、まったく臆してい
ない。
すると、ゲバルがシコルスキーに小声でささやく。
「将棋やチェスってのは王(キング)を殺られれば敗けとなる。天内は隙あらばミスター
ボッシュを殺しにかかるハズだ」
「……だろうな」
「だから──今から俺とレッセンはミスターボッシュを安全な場所に避難させる。……シ
コルスキー、やれるか?」
43 :
しけい荘大戦:2009/06/07(日) 23:36:47 ID:de4L92HW0
この時、シコルスキーの心臓が大きく震えた。体中の血流が活性化し、細胞がざわつき
始める。
「もし無理なら──」
「ゲバル……。やれるに決まってるだろう!」
ボッシュの命を守るため、ゲバルの提案を受け入れるシコルスキー。対する天内は半ば
期待を削がれたように、冷笑する。
「おや……来るのはあなた一人ですか。あなた相手なら、三十秒といったところでしょう
ね」
「甘いな、俺を三十秒以内に倒せる奴は腐るほどいるぜ」
シコルスキーのどこかまちがった自信を合図に、決戦の火蓋は切られた。
いつもありがとうございます。
第二十四話終了。前回
>>23 シコルスキー登場。
もはや原作とは別人と化した対戦相手ですが、
刃牙をして「えげつない」といわせた頃の彼を思って書きます。
>>30 私としても、(以下、自粛)
>>31 さすがに初めての戦いで負けたら気の毒なので……。
オリバ刃牙戦はある意味では、番外編の位置づけとして書きました。
>顕正さん
ダイ、イルミナ、そして怪しい勢力と徐々に物語が動いてきましたね。
まだまだプロローグといったところでしょうが、これから先が楽しみです。
>サナダムシさん
天内悠がラスボスですか。犯人は一番近いところにいる、の法則ですなw
シコルスキーが男前な戦いを見せてくれると期待します。主役らしく。
シコルスキーよりゲバルが戦った方が確実に勝てるんだろうけど
主役だからなwシコルの確変を楽しみにしてます。
第十九話 邪教の神官
ベンガーナで魔界のモンスターと地上の人間がついに激突。全面対決は避けられない形となった。
しかし、今まで直接対決になったのは城内での戦いのみ(十二話参照)だけでろくな情報が得られないままだったので、
この戦闘でなんとか戦局を返したいとアバンは思っていた。
しかし、モンスターと人間では戦力に差があり過ぎた。
ベンガーナの兵士達も倒れていく中、ベンガーナの城付近から戦闘機の様な物が多く飛んできた。
「これが、我が国の最高新技術を駆使して創り上げた地上最強の軍隊、帝国空軍(インペリアル・エアフォース)じゃあー!!!」
クルテマッカ七世がやけにテンションを上げて帝国空軍を率いてきた。
帝国空軍の魔弾銃を元に造られた戦闘機によってモンスター達は思わぬダメージを負ってしまった。
「これなら確かにいけるかもしれません。皆さん、頑張りましょう!!」
アバンの言葉で全軍が活気づいた。
一方光の教団はこの地上で最高峰を誇るセントべレス山の頂上に巨大な神殿を建立した。
大神殿の屋上で今まで働かされていた奴隷達が召集された。
「今日から君達は自由だ。この十年、この神殿を建てる為にどれ程の者達が犠牲となっていったか。
彼等の気持ちを無駄にしない為にも、光の教団は祈り続ける!彼等と……君達の冥福を!!」
神官はべギラゴンを放った。
「ぐわーーー!!!!!」
大神殿の屋上で人間達が焼かれていく。セントべレス山に聞こえたのは奴隷達の断末魔ばかりだったという。
「はははは、そうだ、死んでしまえ。この大神官ハーゴンの手に掛けられた事を光栄に思いながらな!!」
「後始末は済んだか?」
ハーゴンの後ろに立っていた者は神殿の教祖、イブールであった。
「これで、地上の拠点を作ることは出来たな。後はあの女次第か。」
イブールが感慨深げに言う。それに対しハーゴンが進言する。
「ヴェルザーの存在はミルドラース様にとって邪魔な存在でしょう。使える駒を消しておきたいのですが・・・
よろしいでしょうか?」
「分かった。確か有力な幹部は一人倒れたからな、今が奴を落とす好機かもしれん。」
ハーゴンは部下である三人の魔族を魔界に送った。
魔界には仕事を終えたテマリが帰って来ていた。
「おそらく、ベンガーナは数日で落ちるだろう。次は・・・」
その時テマリの後ろに三人の魔族が現れた。
「誰だお前達は!?」
「我々は大神官ハーゴン様の命令によって貴様を殺す為に送り込まれた者だ。」
魔族の内の一体、ギガンテスの様な魔族が巨大な棍棒お振り上げ、襲いかかる。
「俺の名はアトラス、貴様を殺す!!」
「させるか、大カマイタチの術!!」
カール襲撃時に使ったカマイタチの術を遥かに超える規模で攻守を一手で出来る。テマリの得意技でもあった。
アトラスはカマイタチによって吹き飛ばされたが、片方から猿の魔物、バズズが襲いかかる。
イオナズン、マヒャドといった高等呪文を間を置かずに放ち、テマリに攻撃を許さない。
さらにアトラスが棍棒でテマリを叩き潰す。しかしアトラスは一瞬の隙を突かれ、カマイタチをまた喰らってしまった。
『駄目だ、この二人、強い。もしかしたらあの魔物も・・・・』
テマリは三人目の魔物、べリアルを見る。べリアルはあくまでも動こうとしていなかった。
が、予想外の出来事、テマリの攻撃でアトラスが気を失ってしまっていた。
「まず一人は戦闘不能ね。後で全員殺してあげるわ。」
テマリはその場から逃れようとしたが突如戦闘に参加したべリアルがテマリを刺した。
「ぐ・・・ガハァ・・・」
テマリは心臓を貫かれ、倒れ込んだ。さらにべリアルは近づいた。
「こんなことで、私が・・・死ぬか!!!口寄せ、斬り斬り舞!!!」
テマリの召喚した鎌を持った獣が辺り一面を斬った。魔界の岩も、腐りかけていた木々も、そして魔物達も。
「私も・・・ここまでか・・・・・」
テマリの動向が開く。彼女の死と共に召喚された獣も消える。
「くくく、試合に負けて殺し合いに勝ったという所か。」
テマリの最後の技もハーゴン直属の部下である三人には通用しなかった。
べリアルが笑いながらテマリの顔を踏む。
「おい、貴様等いつまで寝ている?ハーゴン様の元へ帰るぞ。」
「ボス面すんじゃねえ!!」
べリアルの存在がどうも気に食わないバズズ、彼にとってべリアルは目の上のタンコブの様な存在だった。
ようやっとアトラスが気絶から目覚め、三人は大神殿へと帰っていく。
〜地上〜
帝国空軍の活躍によってモンスター達も勢いを緩めて来ていた。
「帝国空軍の奴等、以外にやるじゃねえか。」
正直あまり期待していなかったマトリフも思わず認めた程である。
「皆さん、確実に敵の戦力は落ちています。一気に攻め込みましょう!」
アバンを先頭に敵の本陣へ進んでいく。しかし、人間達にとってもモンスター達にとっても予想だにしていなかった事が起きたのだ。
突如として巨大な一つ目の巨人が現れたのだ。
「ヴェルザーの子飼いと戦闘中だったか、俺の名はラマダ。イブール様に貴様等を殺せと仰せつかった。」
ラマダはアトラスの様に棍棒を振り回し始めた。
しかし、ただ闇雲に振っていた訳ではない。歩兵部隊の急所を貫く。”痛恨の一撃”、これによって戦力は大きく低下した。
モンスター達はラマダの強さを恐れ、逃げ帰っていく。
「まだ、こんなものか。今のままなら驚異になる様な事はないだろう。」
ラマダもまた大神殿へ帰っていった。
ベンガーナ城での戦いは、乱入者も現れたが、敵は退き、城が滅ぼされる事態を何とか免れた。
〜魔界〜
「フン、まさかテマリがミルドラースの軍に殺されるとはな・・・」
腹心を二人も失ったヴェルザーにとって最後に残った我愛羅は最終兵器と言っても過言ではなかった。
しかし我愛羅はヴェルザーに心を開こうとしない。
「ここまで来たらこれ以上先延ばしにすることも出来ん。地上支配はこのまま進めるしかない。」
ヴェルザーの顔にも多少の焦りが見えてきた。
〜天界 浮遊大陸〜
「フフフ、前と同じ肉体、そして強度、まるでそのまま甦ったようだ。」
「”あの眼”が無くなって少々パワーダウンはしてしまったが、わらわではあれ程の物は作れん。
しかしそれ以外は全て元の強さのままだ。好きなだけ、暴れるがいい。」
天界から一人の魔族が地上に向かった。
51 :
ガモン:2009/06/08(月) 23:04:19 ID:2LxrOKZF0
第十九話 投下完了です。
今回は少し強引な展開になってしまいました。
>>顕正さん
お疲れ様です。
今回でついに第三勢力が現れましたね。
実力としてはバーンやヴェルザーに劣りますが、口調から物静かな恐ろしさが感じられます。
イルミナを執拗に狙っている理由は「ムカつくだけ」ともとれそうですが、彼女はその内化けるかもしれませんね。
>>サナダムシさん
お疲れ様です。
テロリストの「ボス」の正体がまさかの天内。
一体どういう経緯でボッシュの命を狙う事になったのか?ということが気になりますね。
一方相手は主役のシコルスキーですか・・・今回も彼はキメてくれる筈!!
バズズの方がベリアルより強かったけどなあw
お疲れ様ですガモンさん。ハーゴンですか。
シドーとの関係はどうなるんだろう?
53 :
作者の都合により名無しです:2009/06/09(火) 07:54:32 ID:4BFCFAw40
>サナダムシさん
天内対シコルが本当にラストバトルかな?なんとなくまだ隠し玉があるような。
多分30話で終わってしまうんだな。さすがサナダムシさん、計算しているなあ。
>ガモンさん
はーゴンはミルドラース配下ですか。もしかしてシドーもミリドラースの手下?
最後の敵は誰だろう。多面化して三つ巴、四つ巴の戦いになって来ましたね。
54 :
ふら〜り:2009/06/09(火) 20:03:38 ID:Xe1ZLjMV0
>>顕正さん(御名前、感謝です)
もう少し平和な作品世界であれば、地上で「おのぼりさん」となったイルミナの可愛いボケが
見られそうですが、そんな場合ではない様子。未熟っぷりが強調されていることからして、
これから戦いの中で成長するのかな。自らを非力と言い切る第三勢力氏も、あるいはそう?
>>サナダムシさん
生まれて初めてかもしれない「大ダメージ重傷の身」なのにシコルの心配をするオリバに萌え。
いつもは自分らが瀕死に追いやってるクセに。あ、彼を瀕死にしていいのは自分らだけだって
ことか。納得。予想外のラスボス、相変わらず愛らしくキメるシコル、毎度の萌え燃えです!
>>ガモンさん
おぉハーゴン+三幹部! やっと私が実際に(ゲームで)戦ったことのある連中が来て嬉しい。
シドーは一応、肩書きが神ですからね。どうなるやら。人間側から見れば魔物たちの同士討ち
なこの状況、今の内に帝国空軍に続く「ダイ以外の有力な戦力」を整えていきたいとこですが。
第二十話 ボブルの塔
〜天界〜
「本来ならば、ダイに殺されたあの時点で余の野望は潰えたと思っていたが……」
肉体が甦り、威厳を取り戻しつつある魔族、そんな彼にベンガーナから逃げて来たモンスター達と偶然会った。
「な……!!!なんであんたが!!!???」
ヴェルザー軍のモンスター達にとって・・・否、おそらく彼を知るものが見れば誰もが驚愕するだろう。
姿こそ若々しく、鬼眼も見当たらないが、その風貌でモンスター達に正体が誰かを知らしめた。
「何で生きてるんだ。大魔王バーン!!!!」
彼の姿は”凍れる時の秘法”で保存されていた若いバーンの体が両目を開いた姿だった。
「貴様等は・・・ヴェルザーの部下か?・・・奴も地上の支配を始めたか。」
バーンは軍勢の中心に潜る。
「余にも奴とは違う目的がある。地上を崩壊させ、太陽を手に入れる。」
バーンは周囲にいたモンスターを瞬殺する。
「んんぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
モンスターは涙を流して逃げ出した。
「ヴェルザー、貴様にも貴様のやり方がある様に、余も余のやり方がある。邪魔はさせん。」
長年付き添っていた側近もない状況でもバーンの眼が死ぬ事はなかった。それは魔獣と化してもダイを殺そうとした執念を思わせる眼光だった。
〜魔界〜
「ば、バカな!!!バーンが復活だと!?なんという無茶苦茶な展開だ!!」
ヴェルザーが激怒する……作者に。
「不味い!!地上支配を遂行する為にも、この件を『無かった事に』する為にもバーンを何とかして殺さねば!!!」
〜天空城〜
ポップ達四人は天空城で知らされた驚きの事実に硬直した。
「そんなヤベえ事が起こってて俺達はどうしろってんだ!?」
「オーディン様が言われた、天空城の主の魂を手に入れろと・・・」
「主の魂?あんたじゃねえのか?」
ヒムが長老に問いかける。長老は静かに答える。
「私はただの長老、真の主である”あの方”には足元にも及ばぬ・・・オーディン様が呼び戻したドラゴンオーブがなければ天空城さえ危機に見舞われる。
ドラゴンオーブを探してはくれないか?」」
長老は冷や汗をかきながら話す。
「分かったわ、私達に任せて!」
「頼んだぞ、地上の救世主達よ。」
玄関口にはプサンが衛兵にせき止められていた。四人に気付いたプサンは四人に話し掛ける。
「皆さん、どうなりましたか?」
「これからドラゴンオーブってのを探すみたいなんだけど・・・」
ポップがプサンに説明していると、プサンは眼を閉じていた。
「な、何やってんだ?あんた。」
ヒムの言葉にも耳を貸さないプサン、やがて眼を開けるとポップ達は予想だにしていなかった答えが返ってきた。
「ドラゴンオーブは、地上の・・・リンガイアの東、ボブルの塔にあります。」
ポップ達はプサンの得体の知れない能力に驚いたがラーハルトはまるで動じなかった。
「やはり、今のプサンの能力、長老が話した事と照らし合わせるとプサンは・・・」
ラーハルトのプサンへの疑いは完全に確信へと変わっていた。
早速天空城から地上へ降りる事になる。
「ちぇ、登る時はかなり苦労したのに帰りは一直線だぜ?なんだかなあ。」
ポップがそんな物思いに耽っていると他の三人は飛び降りていた。
「ま、待てよ。皆!!」
四人はこうして天空城をあとにする。
「うわ〜〜〜〜〜!!!!!」
四人は天空から海へ垂直に落ちていった。
「皆、俺につかまれ!!」
といっても唯でさえ空気抵抗で自由に動けないのに一人出遅れたポップにつかまることなど出来る筈がなく、そのまま海の中に潜る。
そしてその光景を地上からバーンが見ていた。
「あのような行動を起こす者は奴等の他にはいまい。しばらくの間、様子を見させてもらおうか。」
やがて、ポップの飛翔呪文で四人が上空に浮かんだ所をバーンは追いかけた。
一方テランの宿でダイとエスタークは休んでいた。
「まさか、本当に・・・伝説の勇者様だったなんてねえ。」
宿屋の女性が薬草とタオルを運びながらダイに話す。
「そんな、勇者だなんて・・・」
ダイも柄にもなく赤面する。
そんな中、エスタークが眼を覚ます。
「ダイ・・・すまない。」
「そ、そんな、悪いのは全部ゲマって奴じゃないか。」
しかしエスタークはダイの命を狙っていた事に罪悪感を感じていた。
そんな中、一人の魔物が宿に現れた。
「ククク、貴様等二人をボブルの塔へ招待する。」
「おばさん、逃げて!!」
「フン、一人も逃がさんぞ。ゲマ様が必ず貴様等を連れてこいと仰っているのでな。」
ゲマの名前に二人は反応した。
「ならば、俺を連れて行け!!ゲマを必ず、この手で殺す!!!」
エスタークのゲマに対する怒りは尋常ではなかった。
「エスターク、よせ!!俺が行く。」
「二人共ボブルの塔に連れて殺せと言われているが、その必要も無さそうだな。」
ゴンズはエスタークを見て笑う。
「では、ボブルの塔に来ても、来なくても、いいぞ。」
鼻息を吐きながらゴンズは笑う。そのまま彼は外へ出て行った。
そして、それを追うようにエスタークが飛んでいく。
「エスターク、まだ完治していないのに!!」
エスタークが心配になりダイも後を追っていく。
こうして、それぞれの思惑を抱きながら、全員、ボブルの塔へ出発したのだ。
58 :
ガモン:2009/06/09(火) 21:50:41 ID:6XrE1SPI0
第二十話 投下完了です。
まず最初に勝手にバーンを復活させた事について謝ります。申し訳ございませんでした。
何回かフラグを立たせてしまったので後にも引けなくなってしまいました。
次回、ボブルの塔に集結します。
「追い詰められた鼠ってよぉ……何処に追い詰められてんだろうなぁ………。
もしそれが『袋』のことを言ってるなら、この言葉はテメーのためにあるんだろうぜぇ〜〜ッ。吉良吉影ぇ!」
忙しく曲がりくねる臭い、駅周辺の商店街を走っている。
そろそろ会社帰りのサラリーマンで道が込む、急いでそこを出ようとする筈だ。
杜王町の交通量は都会に比べれば遥かに少ないとはいえ、影も形も見当たらないわけではない。
それなりに通るところでは通るものだ、しかし彼は躊躇せずスピードを上げた。
殺人鬼を追い詰める為に。
「入り組んだ場所なら撒けるってのは甘いぜ……。
病み上がりだが俺はテメーより長くこの街を走ってきたんだ。
このまま何処までも追い詰め………」
そこまで考えて無意識のうちにブレーキを掛ける。
当然スピードへの恐怖心ではない、事故の直後だが彼は全く反省していなかった。
『ハイウェイ・スター』は臭いを元に追跡するスタンド、入り組んだ道に入れば60キロを維持し辛く危険しか伴わない。
社会の目を逃れ殺人を行える程の奴がそんなことも理解せず人通りの多い商店街に入るだろうか。
奴は自分が『追跡』していることを知っているのではないか?
特性上、逃げながら戦うのが効果的な『ハイウェイ・スター』だが『キラー・クイーン』を相手にするなら話は別となる。
仗助の『クレイジー・D』にスタンドがブン殴られたときはすかさず奴に取り付いて養分を吸収。
そしてダメージを上回る養分を吸収したことで部屋で直接ブン殴られるまでは奴の攻撃によるダメージは皆無だった。
だが『キラー・クイーン』は触れた瞬間、爆破することができる。
『ハイウェイ・スター』は群体型のスタンド、50〜100体はいるだろう。
養分の吸収無しで数体潰されれば体に擦り傷程度の傷が出来る。
仗助には取り付けたからよかったが、養分を吸えなかったら当然ダメージを受けていた。
同じ近距離パワータイプの『キラー・クイーン』なら一瞬で何体の『ハイウェイ・スター』を潰せるか。
これがわからない以上、迂闊に手は出せない。
相手もそれを理解したら60キロを少し下回りながらの攻撃を考えるだろう。
だが理解されなければ取り付かれるか、前方不注意で事故を起こすリスクの方が高い。
平穏に暮らしたいだの言ってる奴がこのスピードで道を走るのは高速道路以外にないのだから。
そして自動追跡で吉良吉影に攻撃することが出来ない以上、接近する必要がある。
肉眼で吉良吉影を視認すれば『ハイウェイ・スター』を360度全方位に配置して襲撃させる事が可能だ。
奴に勝つにはこれしかない、墳上裕也はそう考えていたが……。
「追い詰められてるのは俺なんじゃねぇのか?
どうする……奴をこのまま追いかけていいのか?
もしかしたら、俺を罠にかけようってんじゃ……写真の親父とグルになって……」
60キロ以上で追跡しなければ追いつけないというのに、バイクの速度は目に見えて落ちていった。
焦げたチーズをぶちまけられた為、臭いを完全に覚えたとは言い難い。
時速60キロ以上で逃げるバイクの廃棄煙を追っているにすぎないのだ、今を逃せばチャンスがない事は分かっている。
冷や汗を流しながら、顎に手を伸ばしそうになった自分に気づく。
自分がビビった時のクセだった。
「ふざけやがって……吉良吉影、テメーから逃げるなんて選択は最初っからありえねーことだぜ!」
伸ばした手をハンドルに叩き付けるようにして戻すと再びスピードを上げる。
かつて東方仗助がエニグマとの戦いで恐怖を怒りで打ち消した様に、彼もそうした。
それがその場しのぎの方法でしかないことは、その戦いに居た彼にも判っていた。
「仗助はクソ野郎だった……ケガ人を殴るのがダメだからって態々治してからこの俺を殴りやがった。
エニグマの時だって俺は追跡だけって約束だったぜ……自分からクビ突っ込んだんだけどよ……」
スピードが上がるにつれて、何故か仗助の顔が鮮明に浮かび上がる。
奴とはたった二度の付き合いで一度はボコボコにブン殴られている。
なのに仗助がこの世に居ないことを考えると無性に腹が立った。
「クソ野郎だった……クソ野郎だったがよぉ――――ッ!
殺人が趣味のブタ野郎に殺されていいような奴じゃあなかっただろうがてめぇーっ!」
一時しのぎに過ぎない、実際に吉良吉影を見たら怒りなんか吹っ飛んでビビって逃げ出すかもしれない。
それでも、彼はどこから湧き上がっているのか判らない怒りに身を任せ走り続けた。
「自分でも判ってるぜ……俺のやってることは『賢い行い』じゃあないってのは。
だが吉良吉影が俺の女の周りに現れた以上は見過ごせねぇ。
『袋』に追い込まれてるのは俺かもしれねぇ………だがてめーも一緒に入ってもらうぜ、殺人鬼!」
揺るいだ決意に渇を入れ、再び殺人鬼を追い上げる。
奴のスピードは常に60キロ、追いつかれるギリギリだ。
余裕を持たせようとすれば事故に遭うと臆しているのか。
違う、追いつくのを待っているのだ。
それを理解して尚、墳上裕也は追跡の手を緩めなかった。
バイクで走る男の耳には、常にペタペタと地面に張りつく足の音が聞こえていた。
エンジンがうるさく鳴り響いているのにも関わらず。
幻聴と思いたかったが、確かにそれは聞こえてくるのだ。
エンジン音に混じって裸足のまま物凄い勢いで走る音が聞こえるという、
幼稚な怪談のようなシチュエーションを彼は体験していた。
「しつこい奴だ……やはり私だと確信されてしまったか」
振り向かず、ひたすらに前を見て走る。
転倒、衝突すれば即敗北が決定する。
優先するのは時速60キロでの安全運転だ。
携帯電話を取り出すと、既に繋がっていたらしくボタンも押さずに耳に宛がう。
《吉影ぇっ! 奴は逃げちゃおらん……向かっとるぞ!?》
耳元で喚く父、死んでから私の幸福の手助けをするようになった。
だが正直、こいつが役に立ったことなどない。
いつだって私は自分の力でピンチを乗り越えてきたのだ。
私にとって父は利用するだけの道具にすぎない。
「やはりか……いいか、そのまま監視を続けるんだ。
一度切るから私の視界に入る程に近づいたら呼び出してくれ」
返事も待たずに通話を切る。
そして今まで通り、前を走り続ける。
「今まで通りだ………今まで通り私は幸福だ!」
63 :
邪神?:2009/06/09(火) 22:28:12 ID:PLknEl/g0
かなり時間が空きましたが、どうもこんばんわ。邪神です( 0w0)
いつかキャプテンを復帰させたい、そんな気持ちでロマサガに取り組んだらのめり込んでたり……。
そのお陰かプロットの復活は全然進んでませんが創作意欲は出てきたり……。
それでも当分は吉良だけになりそうですが。
問題は未だ続く就職難、こればかりはうまくいきませんな……。
〜完全な詳細は判らないのでスタンドには個人的な解釈が入ります。という訳で講座+感謝〜
ハイウェイ・スター 墳上裕也(ふんがみゆうや)のスタンド名。
人間型のスタンドだが追跡の時は分離して足型になる。
時速60キロ程度で臭いを元に追跡する遠隔自動操縦タイプのスタンド。
ハーヴェストがパワー、耐久力、特殊な能力無しで500体なので
ハイウェイ・スターは大体50〜100という設定。
養分を吸収して怪我が治れば潰れたハイウェイ・スターも甦る、といったような。
大型のシュレッダーを壊せずともそれなりに大きくへこませたのでパワーは低くない。
データブックでは人間並ということでCとなっている。
今回は動けるのに逃げながら戦わない彼だがエニグマの時にも逃げなかった。
岸部露伴のヘブンズ・ドアーをもってして弱点は無いと言わせたが、
『目視』していないと自由な行動が取れないという弱点があるのだろう。
>>ふら〜りさん お久しぶりにございますッッ。
可愛くないのがヒロインというのがバキスレの常、しかし何時見てもバキを見かけないスレですね(;0w0)
と思ったらしけい荘に登場してビックリしました。
前スレ
>>296さん お久しぶりです、前回書き忘れましたが一年振りというのにテンプレに乗ってたのには少し感動しました。
多分、逃げ出さなかった一番の理由です( 0w0)
前スレ
>>302さん 原作には吉良VS墳上はありませんね。彼はハイウェイ・スターとエニグマでしか活躍してませんが
妙に印象に残るキャラだと思ってます。ミケランジェロの彫刻の様に。
ところで墳上のいう袋は袋小路のことですが、吉良は行き止まりには突っ込んでません。念の為( 0w0)
64 :
作者の都合により名無しです:2009/06/09(火) 23:07:53 ID:Tc22yo1Q0
>ガモンさん
バーン復活ですか。大魔王、魔王クラスが沢山出てきて豪華ですが、
収集つくのかな?w ダイたちはその分厳しい戦いになりますね。
>邪神さん(お久しぶりです)
吉良と墳上では少しキャラの格が違いますが、だからこそ墳上には
健闘して頑張って欲しいですね。キャプテンも復帰してくれるといいな。
邪神さんも復活してくれましたか。嬉しいですね。
就職状況は厳しいですが、気晴らしにSSを書きながら
焦らずにのんびりとやってください。
第四話 親子
髪と髭のカールした、ひょうきんという語の似つかわしい男が古びた書物を読んでいた。
親しみやすい印象を与える姿だが、纏っている衣は立派なものだ。今座っている椅子も華美でこそないが、上質だ。
王宮の主の名はアバン。勇者一行の師であり、現在はカール王国の王となっている。あらゆる武芸に通じ、邪を祓う呪文をも使いこなす非凡な人物である。
手にしている書には現在使われていない文字が書かれていた。
古文書を閉じ息を吐いたアバンは眼鏡をはずして目頭を揉んだ。
執務の合間を縫って読み進めているが、探すものはなかなか見つからないようだ。
息抜きのように懐から糸の束を取り出し、指にかけて弄ぶ。
扉が開き、一人の少年が入ってきた。
「先生っ!」
ひたいにバンダナを巻いている少年は頬を上気させ、息を弾ませている。興奮しており急いでやってきたことがわかる。
「どうしました? ポップ」
穏やかに尋ねられ、ポップは見た光景を思い描くかのように虚空に目を向けた。
気分を落ち着かせるために深呼吸して報告を始める。
「手がかりになるかもしれないものを見つけました!」
「ほう?」
アバンが眼鏡をキラリと光らせる。
彼らは姿を消した勇者、ダイを捜していた。
直接行方を掴むことはできなかったが、ダイを探す中で普通は踏み込まないような奥地、辺境、秘境まで入り込んでいったところ、謎の遺跡を見つけたのだという。
興奮を抑え、慎重に近づいたところ入口がない。扉らしき場所の前で様々な行動を試してみたが、効果はなかった。
「アバカムも通じない様子でした」
何らかの条件を満たすことだけが、中に入る唯一の方法だろう。
石碑には短い文が刻まれていたが、古代文字の中でも見慣れない類の文字だ。破損や汚れもひどく解読は困難だった。
「アルバ……コエ……? うーん」
みけんにしわを寄せてそう呟き、首をかしげる。
その場で解決というわけにはいかないため、遺跡について記録し、戻ってきた。
今まで知られていなかったのが不思議な規模の建造物であり、邪悪な力は感じられなかったという。
「天界が関係しているのかもしれませんね。他の地にも無いか探すことにしましょう」
他の場所にも似たような遺跡があれば、共通点や相違点を掴んで謎を解明することができるかもしれない。そうすれば、天界の情報に近づけるだろう。
ダイが天界や魔界に飛ばされた可能性もあるため、いざとなれば他の世界に赴く覚悟をポップは固めていた。
師に対して力強く頷く。
「はい。先生の方は?」
「断片的な情報は掴めました」
だが、決定打には程遠い――続く語を呑みこんだことをポップも察した。
わずかに顔を曇らせたアバンは弟子を安心させるように両手を広げた。
「まだまだ読むべき書物が残っています。その中にはきっとあるはずです。地上と魔界の争いを止める方法が……!」
彼は国の復興を進めるかたわらダイ捜索の指揮をとり、さらに文献をあたって情報を集めていた。
大魔王が魔界に太陽をもたらそうとした結果、危うく地上が消滅するところだった。
これから先、大魔王と同じことを考える魔族が出てこないとは限らない。
人間と違い、魔族は長い時を生きる。
大戦の記憶が薄れ、魔界への警戒を解き、人々が団結を忘れる時期が訪れるまで待ってから行動を起こすかもしれない。
戦うすべを人々に教えても、それを遥かに上回る力の持ち主が現れる可能性は決して低くないのだ。
太陽の下、一つの世界で暮らすことはできずとも、同じように太陽の恩恵を受けることが可能になれば状況も変わるだろう。
もっとも、陽光によって国力を充実させた魔族たちに攻め込まれては元も子もない。
その場合は別々の世界で生きていく形が望ましい。
アバン達が魔界の環境改善に手を打とうとしているのは、世界の不均衡を憂う感情だけではなく現実的な利点を考えてのことだ。政に携わる者としては後者の比重が大きい。
魔界の住人の侵攻防止にいつまでも注意を向け、労力を割くわけにはいかない。国を豊かにすることに心血を注ぐどころではなく、二つの世界の激突の果てに滅びかねない。
不安を裏付けるかのように新たな問題が持ち上がっている。
「あちこちに出来た穴から魔界の魔物が入り込んでいるようです。今はまだバラバラですけど……」
統制のとれていない、一匹一匹が相手ならばさほど脅威にはならない。だが、もし軍勢が差し向けられたら――。
「ベリーハードですねえ」
重い空気が漂い、それをかき消すようにアバンが呟く。
「特訓はどうですか?」
ポップはへへっと笑い鼻をかいた。
「ちょっとずつ前進してますよ」
それを聞いたアバンの顔に微笑が浮かんだ。
二人の旅人が道を進み、少し離れて一人の女性があとをつけていた。
パプニカ三賢者の一人、エイミは色素の薄い髪の男と青い肌を持つ男をこっそり追っていた。
愛する男のためならば地獄にもついていくと覚悟を決めた彼女は、同行を申し出たものの断られ、それでも諦めきれずに後を追っていた。
機会があればすぐに合流して力になろうと決めていたのである。
険しい岩山だろうと無数の木々の生えた深い森だろうと彼女を阻めはしない。どんな障害も乗り越えると意気込みながら前進していく。
執念の炎を燃やし、陰から様子を窺っていた彼女は目を丸くした。
「あら?」
いつの間にか二人の姿が視界から消えていた。
見失ってしまった。
「うそ、そんな!」
慌てて隠れるのをやめて周囲を捜しまわったが、影も形も見つからない。
今度は自分の現在位置までわからなくなりそうだ。
焦りを押し殺しながら進んでいくうちに、彼女はまるで何者かに導かれているような感覚にとらわれていた。
首をかしげながら足を動かし続けていた彼女の眼が見開かれた。
突然視界が開け、遺跡を目にしたためだ。
ポップが発見したのとほぼ同じものだ。
警戒しながら近づいていくと、背後で物音がした。杖を抜きながら振り返り、得物を突きつける。
が、相手の顔を見た瞬間顔が明るく輝いた。
「ヒュンケル!」
彼女の追う相手――薄い色の髪の持つ男ヒュンケルと戦友ラーハルトが立っていたのである。
「どうやってまいたの?」
「ん? オレたちは普通に歩いていただけだ」
エイミは疑うような視線を向けたが、ごまかしているようには見えない。
よほど注意力が落ちていたのだろうか。
しばらく彼女は発見した遺跡のことも忘れ、考え込んだ。
穴を通って地上へと移動する間、ダイは魔界や魔族、そして最大の敵として戦った相手のことを聞いた。
絶対に相容れない敵だったが、倒して全てが片付くわけではない。戦いの中で自分に近い何かを感じたことは確かな事実なのだから。
それが、彼について少しでも知りたいと思った理由だった。
父親らしい一面もあったのか。どのような親子だったのか。
大魔王の子はわずかにうつむき、声を震わせた。
「父は――王だった」
それしか言うことは無かった。
彼女の知るバーンは大魔王以外の何者でもない。
子をなしたのは家族の絆を求めたためではない。己の血筋を残すためだ。王として大局的な視野を持たねばならぬ彼は肉親の情を向ける立場にない。
情けない姿を晒し、後継者として相応しくない器量だと――使い物にならないと判断されれば処刑されていたかもしれない。
シャドーをつけたのも親心や思いやりではなく、元々はみっともない真似をさせないための監視者――お目付け役だったのだろう。
後に教育を施すつもりだったのだろうが、それも潰えた。
彼は親ではなく魔を統べる者として接していた。家庭のあたたかさも、父親としての頼もしさも知らないまま育った。
本格的に鍛えられる前に秘法をかけられたため、直接力に圧倒された思い出すら少ない。
魔族たちの感嘆や称賛を我が事のように胸を弾ませながら聞き、背を見て憧れを抱くばかりだった。
数千年の間、時を凍らせた眠りにつき、目覚めた時には遠い目標は永遠に喪われていた。
大魔王の全盛期の姿を知る魔界の住人などすでにいなくなったも同然だが、人間のような肌の色や色素の薄い髪、何より鬼眼が血筋を証明している。
後継者として注目した魔族たちは実力の差に落胆し、主と仰ぐことをよしとしなかった。
放浪の中でのしかかる重圧を煩わしく思った彼女は鬼眼を布で覆うようになった。
まったく力を発揮しておらず、同じ血が流れている証拠を見せる資格などないと思ったのだから。
「従う気が無いと明言するのは良い。歓迎するように見せかけて寝首をかこうとする輩に比べればよほど爽快だ」
目覚めてからそれほど時間は経っていないというのに、そうとう辛酸を舐めたのだろう。憤りも見せず平静な口調で語っている。
魔界の住人を動かすのに必要なものは、血筋でも、義理でも、温情でもない。純粋な力だ。
「ある魔族はドレスを着せて“お美しい”とぬかした挙句一服盛ったからな。なかなか笑えたぞ」
容姿に惹かれたのではなく、強者の血を求め、鬼眼の力を探ろうとしての行動だ。
卑劣な策を弄する輩に憤る様子は無い。
ダイが悔しくないのか尋ねると、無言で頷き肯定する。相手の卑怯さより切り抜けられない己の非力さを非難すべきと思っているのだろう。
面に浮かんだのは恐怖に近い感情だった。
「私自身の非力を責められるのはかまわない。父の名を汚すことが何よりも恐ろしい」
いっそのこと何のつながりもなければ、ただの一魔族として尊敬するだけで済んだかもしれない。
血を誇らしく思うのは確かだが、同時に限りなく重く感じることも否定できない。
彼女が掲げている目標も、現時点では自身の意思というよりそのまま大魔王の言葉を繰り返したにすぎない。
直接地上や太陽を目にしたことはないのだから。
悪寒が走ったかのように身を震わせたイルミナは逆にダイに質問した。
「私には父親というものがよくわからん。お前の父はどんな人物だった?」
ダイの顔がゆがみ、一瞬、心に名のわからない感情が湧きあがった。
今ここで相手と話している状況が運命のいたずらのように思える。
彼女の父を自分が奪い、彼女の父が自分の父を奪ったのだから。
「……おれの父さんは、すごく強かった。一緒に過ごした時間は短かったけど絶対に忘れない」
恐ろしいほどの強さを感じさせる、頼もしい背中。
自分と仲間を庇うために力を使い果たした、悲しい背中。
どちらも心に深く刻まれている。けっして消えることはないだろう。
イルミナは目を見開いた。まだ幼い少年――彼女の十分の一も生きていない年齢の子供が自分とよく似た感情を抱き、想いを語っていることに気づいたのだ。
「お前の父は……?」
ダイの表情で答え――父を亡くしたという境遇を知った彼女は、今までとほんの少し異なる光を浮かべて少年を見つめている。
「父さんみたいに強くなれないって落ち込んだこともあったけど、みんなのおかげでおれはおれだって思えるようになったんだ」
「私も……私もなれるだろうか?」
自分を肯定することができるようになるだろうか。
“大魔王バーンの子”ではなく一人の魔族として他者から認められるだろうか。
「なれるよ」
ダイが頷いたため、彼女は常よりも柔らかい微笑を浮かべた。
「お前はすぐに私の名を覚えたな。大魔王の血縁者だと知ってもほとんど驚かなかった」
「かなりびっくりしたんだけどなあ」
頭をかいた彼に朗らかに笑ってからイルミナはシャドーに視線を向けた。
「お前もだ。お前だけは昔から私とともにいてくれた」
「当然ですとも。私を部下として認めてくださったのは、あの御方とあなた様だけですから」
シャドーは誇らしげに胸を張っている。
ダイは、シャドーがミストバーンを尊敬し、忠誠を誓う理由について尋ねてみた。
ダイの中では冷酷非情な影の男、血も涙もない大魔王の腹心という印象だが、味方に対してはいくらか違うのかもしれない。
ミストとの出会いが鮮烈に心に残っているのか、シャドーは嬉しそうに語りはじめた。
「私はミスト様に生きる理由を与えられたのだ」
シャドーは身体を持たない暗黒闘気の集合体だ。
ミストより遥かに弱い存在だった影は乗っ取る力も持たず、ただそこに在るだけだった。
意識も霧のようにぼんやりとしており、ミストバーンに力を注がれて人格を持つようになったのだという。
意識が明確になるまでは儚い存在である身を呪う感情しかなかった。ミストのように器を使って戦うことも不可能であり、文字通り何もできなかったのだから。
霧のように漂うだけの生き方を大きく変えたのがミストバーンであり、様々なことを考えることが可能になった。
だからこそ彼は忠誠を誓った。少しでも恩を返すために。
心許せる相手ではない。
使徒たちのように輝く絆で結ばれているわけでもない。
利用するため――使える駒を求めての行動だということは本人もわかっている。
「それでもかまわない。力を与えられ進化しても半端な存在にすぎない私を、受け入れてくださったのだから」
部下になり、イルミナを守るよう命じられたのはいいが、実際に役に立てるのかという疑念があった。
ちょうど彼女も、自分につくことになった部下から主として認められるか思い悩んでいた。
互いに不安を覚えていた二人は顔を合わせて互いの抱く悩みを知った。
魔界を統べる主従を尊敬する二人もまた同様に、主従関係を結ぶこととなった。
「あの御方が私に光を与えてくださったのだ……!」
シャドーがそう告げると同時に、地上の光が見えた。
72 :
顕正:2009/06/10(水) 20:38:18 ID:qcHcK6rW0
以上です。
次回は地上観光?の予定です。
ところで、こちらに投下させていただいた話は、自分のサイトに掲載してもよろしいのでしょうか?
お疲れ様です。快調なペースでよろしいですね。
ポップやヒュんけるなど、いよいよメインキャラたちも動き始めましたね。
ダイたちと合流していくのか、別行動のままなのか、
まさかの敵対関係になるのか(それはないかw)楽しみです。
>自分のサイトに掲載してもよろしいのでしょうか?
全然OKだと思いますよ。実際に何人かの方は
(さいさん、ハロイさん、VSさん、スターダストさんなど)は
バキスレに掲載してからご自分のサイトに掲載されてますし。
もしよろしければサイト教えてくださいね。見に行きますから。
そういえばスターダストさんしばらく来ないなあ。
74 :
しけい荘大戦:2009/06/10(水) 21:38:10 ID:aboN/8xX0
第二十五話「対空戦」
ゲバルとレッセンが腰の抜けたボッシュを連れ、部屋から出て行く。
本来ならば祝勝会の会場となるべきだった徳川ホテルVIPルームは、残された二人に
よる極めて高密度な闘争領域となった。
シコルスキーが迎え撃つのは、国際的テロ組織を率いる『ボス』天内悠。
美女を思わせる柔らかなルックスに、スレンダーで引き締まった体格。他人を喜ばせる
ことを特技とする好青年は、心の奥底にとてつもない悪魔を潜ませていた。
「さてと、すぐ終わらせねば追いつくのに苦労しますからね。始めましょうか、シコルス
キーさん」
「ふん、ゲバルは足も速い。今すぐ追いかけたところで、間に合うものか」
「心配は無用です。以前、ボッシュに飲ませたビタミン剤……本当はある種の発信機だっ
たのですが、あれが体内にある以上、彼が私から逃れられる可能性は絶無です」
「くっ……!」
たとえ敗れても時間を稼げばボッシュを守れる、というわけにはいかない。ボディガー
ドとしての使命を果たすには、ここでなんとしても天内を打倒せねばならない。
必勝を誓い、シコルスキーは腰を低く落とした構えを取る。
「もし神というものがこの世にいたのなら、初陣にシコルスキーという手頃な準備運動相
手と引き合わせてくれた幸運を、心から感謝したい」
仏の如きスマイルで、シコルスキーを完膚無きまでに嘗めきってみせる天内。
「ふざけたことを……この俺の指でハントしてやるッ!」
準備運動扱いされて、黙っていられるものか。シコルスキーが怒りに任せて踏み込もう
とする刹那、天内の両足が床から音を立てずに離れた。辛くも確認できた動作は、足首か
ら先がわずかに動いたところだけ。
「ノーモーション……ッ?!」
──なのに、この跳躍力と滞空時間ときたらどうだ。シコルスキーの身長を明らかに越
えており、しかも遅い。野球におけるスローボールのように、タイミングが取れない。
いつ拳を打ち出すか決められぬまま、シコルスキーに剛脚による洗礼が放たれる。
75 :
しけい荘大戦:2009/06/10(水) 21:39:00 ID:aboN/8xX0
風を切る跳び蹴りが、シコルスキーの顔面を狙う。ガードこそ間に合ったが、間に合っ
たはずなのに、衝撃でシコルスキーの体は三メートルほど後退させられた。
ノーモーションジャンプといい、蹴りといい、天内は細身からは想像もつかぬ脚力を秘
めている。
シコルスキーはついさっき天内に殺された、シークレットサービスの死体に目をやる。
「これか……彼らを殺したのは」
折れた頚骨は、まちがいなく蹴り技によるもの。天内はモーションを伴わぬジャンプか
らの連続跳び蹴りで、彼ら八名を電撃的に殺害してのけたのだ。
「フフフ、怯えていますね、シコルスキーさん」
「なんだとッ!」
「あなたが今、もっとも望まないことをしてあげましょうか。ここが天井が高い部屋でよ
かった……」
天内、再度ノーモーションジャンプ。
先ほどより高度を増している。今度こそ、とシコルスキーが中高一本拳を構えるが──
「グアァッ!」
──やはりタイミングが計れない。否、天内は地を蹴る強さで、ジャンプをシコルスキ
ーが苦手とするスピードに調節している。まともに跳び蹴りを喰らってしまう。
しかも、今度は一撃では終わってくれない。
天性の体重移動技術とシコルスキーの肉体を利用し、空中で蹴り続ける天内。手を出し
ようもなく、ブロックを固めるしかないシコルスキー。一発受けるたび、激痛と損傷が全
身に広がる。
「くっ……ぐぅっ! ──グオッ! うぐァッ!」
「空中からの敵に反撃する術はありません」
天内の空中殺法に、シコルスキーの体が傾き始める。もし倒されれば、あとは死ぬまで
踏み続けられる道しかなくなる。
「潔く降伏を認めたらどうです。さすればこんななぶり殺しではなく、苦しまず絶命させ
てあげますよ」
「へっ……これだけ蹴られれば、いくら俺でもタイミングを学習できるってもんだ」
76 :
しけい荘大戦:2009/06/10(水) 21:39:49 ID:aboN/8xX0
シコルスキーは蹴られながらも手を伸ばし、天内の蹴り足を掴み取ろうとする。
「──くっ!」
これを先読みし、天内はシコルスキーの首を蹴った反動で一気に間合いを取った。シコ
ルスキーもあえて追撃はせず、呼吸を整えることに専念する。
屈強なボディガードすら一撃で死に至らしめる蹴りを雨あられと浴びながら、シコルス
キーはまだ戦闘可能にある。
「もう二分くらいは経ったぞ、天内」
「すばらしいタフネスだ。これはさすがの私でも読めませんでしたよ」
防御に使用した両腕はひどく痺れている。が、十分に戦う余力はある。ようやくノーモ
ーションジャンプのタイミングも見極めた。勝算は決して低くない。
「次は破ってみせる……ッ!」
闘志をむき出しにし、シコルスキーが天内との間合いを詰めていく。
天内が、戦闘開始から三度目となるノーモーションジャンプを決行する。
高い──。
それに相変わらずシコルスキーが不得手な速度だが、タイミングは文字通り体で覚えた。
あとは蹴りが飛んでくるのを待つだけ。来れば、必ずこの指で捕える。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
──蹴りよ、来い。
「こ、来ない……?」
そうこうするうち、天内はゆっくりとシコルスキーの頭上に着地してしまった。蹴りを
警戒しすぎたゆえの、超凡ミス。普通ならば、まずありえない。
「前に話したでしょう。あなたがもっとも望んでいることはお見通しだとね」
77 :
しけい荘大戦:2009/06/10(水) 21:40:35 ID:aboN/8xX0
「この……ッ!」
「さて、私の脚力はコンクリートで補強された床さえ踏み抜きます。ここからジャンプし
たとしたらどうなるか……試してみましょうか」
「……あ」
天内が初めて、膝をバネとする、モーションを伴うジャンプを披露する。
脳天を襲う絶望的圧力。
コンクリートを粉砕する跳躍力が、シコルスキーの頭蓋骨を貫き、脳を直撃し、首から
全身に至るまでに死に直結する衝撃波を送り届ける。
「──ッガハァァッ!」
目、鼻、耳、口──顔を構成するパーツから、血飛沫が飛び出す。
さらにシコルスキーを踏み台にして八メートルはある天井近くまで跳んだ天内が、着地
地点に選んだのはもちろん、シコルスキー。
仰向けに昏倒したシコルスキーの顔面に、超上空からの両足ストンピングが降り注ぐ。
まるで果実を潰したかのような、破滅を予感させる轟音だった。
直後投下、申し訳ありません。
第二十五話終了です。
これにて失礼します。
瑠架の“兼正館”と“桐敷家”に関する話題は、再び歩き出してからも途切れる事は無かった。
引越しの際の家具を積んだトラックの大きさと数、挨拶時に配られた粗品、使用人である辰巳の美青年ぶり、
旦那様のスーツと乗っている車。
まるで近所の噂好きな主婦に近いものがあったが、それらとの違いは彼女の眼に宿る“憧れ”だろう。
自分とは住む世界の違う者達への強烈な憧れが、やや異常とも思える興味や好奇心の源泉になっているのだ。
まひろの方はというと、話の内容ひとつひとつにいちいち感心しながら大きく相槌を打つ。
多分に主観と誇張を含んだ瑠架の話が、幼い頃のおとぎ話を思わせているのかもしれない。
やがて、一直線に続く道の向こう側から、彼女ら二人へ近づいてくる者がいた。
五分刈りの白髪頭。少し曲がった背中。色褪せたジャンパー。
それはかなりの老齢と思われる男性だった。
買い物帰りなのか、手にはスーパーの袋を提げている。
コミュニケーション可能な距離まで近づくや否や、まひろはつい数分前に房江にも披露した元気一杯の
挨拶を投げかけた。
「こんにちは!」
老人からの返事は無い。
額や眉間、口周りに刻まれた深く長い皺をほとんど動かさず、ジロリとまひろを一瞥しただけ。
「フン……」
老人はまひろらから顔を背けるとそのまますれ違い、歩き去ってしまった。
キョトンと彼を見送るまひろを、瑠架が慌ててフォローする
「き、気にしなくていいよ。山本さんは誰にでもああだから……」
主婦染みたご近所情報はこんな場合にも役に立つ。
「若い頃はあんなじゃなくて、明るくて優しい人だったらしいよ…… 前に木戸さんがそう言ってた……
戦争で南方へ行っている間に、婚約者の女性が空襲に遭って亡くなって…… それ以来、あんな風に
誰とも話さなくなったんだって……」
「そうなんだ……」
まひろは再び振り返り、遠ざかる山本の背中を見つめる。
“戦争”
“愛する者の死”
どちらもまひろは体験した事が無い。
ただし、愛する者を失いそうになった経験ならば、ごく最近に一度。
その時の悲しみに満ちた心境を想うと、それに近いものがあるのかとも考える。
だが、愛する兄カズキは帰ってきてくれた。自分のところへ。
山本老人は失ったまま。そうして心を閉ざしてしまった。
「武藤さん、こっち…… ここが私の家……」
珍しく取り留めも無い思考に陥りかけたまひろに声が掛けられた。どうやら自分でも意識せずに
歩みを進めていたらしい。
気づけば瑠架が一軒の家を指差していた。
然したる特徴も無く、大きくも小さくもない建売住宅の中の一軒。
両隣にはほぼ同じ造りの家が並んでいる。
またもや「いいお家だねっ!」と根拠の無い褒め言葉を上げるまひろと、“彼女の言葉だから”と
素直に受け取って顔を赤らめる瑠架。
二人は仲良く並んで家の門をくぐる。
門に掛けられた表札には、楷書体の太い文字で“柴田 瑠美子 瑠架”とあった。
“瑠架の自宅”もしくは“柴田家”。
玄関とそこから続く廊下だけを眺めても、家屋内の様子が上記の言葉を表している。
そんな印象を覚えてしまう程、柴田家は眼に入る範囲のどの場所も丁寧に掃除と整頓が為されていた。
玄関口には砂粒ひとつ落ちていないし、廊下にも塵ひとつ落ちていない。
靴箱の中の靴もすべて同じ方向を向き、几帳面に等間隔で並べられている。
まひろは“だらしない”とはいかないまでも、整理整頓には少々ズボラだった。
その彼女にしてみれば、ここまで整った環境というのも却ってそれを乱してしまいそうで、
若干足を踏み入れ難い。
あーうー、と靴を脱げないまま固まっているまひろを、瑠架は不思議そうな面持ちで眺めていた。
「瑠架、帰ったの?」
不意に、まひろの耳に癇癖の強そうな中年女性の声が聞こえた。
声の主はすぐに奥から姿を現した。瑠架の母、瑠美子だ。
視力が悪いのは遺伝なのだろうか。彼女もまた度の強そうな厚いレンズの眼鏡を掛けていた。
アップにした硬質的な髪型と、白のブラウスを第一ボタンまでしっかりと留めている姿は、
“清潔感”を通り越して“潔癖”を感じさせる。
「ただいま…… この子は友達の武藤さん……」
母親が迎えに出てきたというのに、瑠架は眼も合わせずにそっぽを向き、帰宅の挨拶も友人の紹介も
手短に済ませる。
まひろはまひろで、瑠美子の持つ神経質な雰囲気も、瑠架の母親に対するよそよそしい態度も、
あまり気にしていない。
綺麗な家には気後れするのに。これを世間ではKYというのか。どうもわからない。
「こんにちは! 武藤まひろです! はじめまして!」
最早恒例となった、三度目を数えるこの町での元気な挨拶。そして、ペコリと頭を下げる。
しかし、瑠美子はまひろには眼もくれず、瑠架に対して早口でまくし立てた。
「最近、遊んでばかりじゃないの? 勉強はしてるの? あなたには絶対国立の大学に行ってもらわなきゃ。
私立なんかに行って、これ以上お金が掛かるようになったら困るのよ」
どうやらまひろはこの場にいないも同然のようだ。
“友達”と紹介した人物がいるにも関わらず、普通はあまり他人に聞かせたくない類の話が出来るのだから。
彼女にとっての現在の関心事は“娘の成長の様子”でも“娘の交友関係”でもなく、“娘の将来
(=自分の生活水準)”らしい。あまり珍しい人種ではないが。
第三者のいるこの状況でこのやり取りである。普段の親子関係も推して知るべし、なのだろう。
「ちゃんとしてるよ…… 成績もテストの点も落としてないでしょ……」
瑠架は相変わらず母親には眼を合わせず、事実のみを淡々と呟くだけ。
あとは沈黙、無視を決め込む。
ここに至り、瑠美子はようやくまひろに眼を向けた。僅かにチラリと。
「……お友達は結構だけど、棚橋のところの娘みたいなろくでもないのは御免よ」
もう瑠架は答えない。母親の皮肉は黙殺し、まひろを促す。
「上がって、武藤さん……」
「う、うん。お邪魔します」
重い空気にようやく異質なものを感じ始めていたまひろであったが、慌てて二階へ向かう瑠架の後を追う。
瑠美子は階段を上がっていく瑠架の背中を忌々しそうに見つめていたが、やがてフウと溜息を吐き、
聞こえよがしにこう呟いた。
「まったく、もう。お父さんが生きていたら、こんなワガママな子には育たなかったのに」
それを聞いた瑠架もまたボソリと言葉を洩らした。ただし、母には聞こえぬように。
「お父さんが生きていたら、こんな息の詰まる家庭じゃなかったわ……」
二階に上がり、二つある部屋の奥側。それが瑠架の部屋。
その室内は玄関を始めとした柴田家の家屋内と同じように、瑠架のパーソナリティを如実に表していた。
ベッドメイキングは完璧で、掛け布団や枕は少しの乱れも無い。
デスクトップタイプのパソコンが置かれた学習机の上もキッチリと整理され、消しゴムのカスすら
落ちていない。
いかにも“優等生の部屋”といった風情だが、部屋全体や本棚に眼を遣ればだいぶ印象も変わる。
前後左右を見渡すと、少年漫画及びアニメに登場するありとあらゆる美形男性キャラクターの
ポスターが壁を埋め尽くさんばかりに(天井にまで!)貼られていた。
そして本棚はといえば(本棚そのものの大きさや数にも眼を瞠るものがあったが)、書籍や辞典の類は
まったく見当たらず、漫画単行本のみが隙間無く並べられている。
こちらも集英社や講談社等のメジャーな少年漫画から、聞いた事も無いマイナーな出版社の漫画まで、
漫画専門店なみの無駄な豊富さである。
同年代の女子高生と比較すれば大分漫画好き、アニメ好きなまひろも、これには眼を丸くして驚くばかりだ。
そして、部屋に入った瑠架はまるで別人のようだった。
声の小ささや低さに変わりは無いが、学校にいる時よりも遥かに能動的なのだ。
「ねえ、この動画を見てみて。これ、オススメなんだよ――」
「難しいよね。東京タワーとエッフェル塔、どっちが受けでどっちが攻め――」
「その作品の作者さんだったら、こっちも面白いよ――」
「やっぱりキャラの立ち位置もそうだけど、心理描写が――」
「武藤さんの好きなキャラって何? 良かったらイラスト描こうか――」
「そういえば、お兄さんと早坂秋水先輩って仲がいいよね。もしかして――」
ネットの動画サイトや本棚から持ち出した漫画等を話題にして、実によく話し、よく動く。
まひろにはよくわからない話題も多いものの、こうして普段よりもずっと活発に接されると、
それだけで楽しくなってしまう。
“打てば響く”性格であり、“物事を最大限楽しむ”性格のまひろにとって、この瑠架の変化は
非常に喜ばしいものと言える。
一方の瑠架もまひろのリアクションに気を良くしてか、次第に声のトーンが明るくなり、控えめな話し方も
テンポが良くなっていく。
実力以上の力を発揮できるホームグラウンドというものは、やはり重要な要素だ。スポーツにおいても
対人関係においても。
お喋りに花が咲き、時間を忘れてはしゃぐ二人。
やがて、まひろが何の気無しに移した視線の先にあるものが映った。
それは色紙。
マジックか何かで表面をグシャグシャと塗り潰された色紙が、机のすぐ横に飾られている。
意味の無さそうなものがキチンと飾られているのは一種異様な風景だった。
まひろは立ち上がると机に近寄り、色紙を手に取る。
「これって……?」
その行動に、瑠架は表情を僅かばかり曇らせた。
「あ、それ……? 小学校卒業の時の寄せ書き……」
「どうして消しちゃったの?」
また少し瑠架の声が暗くなる。
「別に…… 見たくないから……」
見たくない程、塗り潰してしまう程、嫌な品物ならば普通は捨てるか、押入れの奥にでも仕舞う筈。
わざわざ飾っておくのは、嫌悪の中に嫌悪に勝る価値が秘められているからなのだろう。
まひろの眼はそれをすぐに探し出した。
放射状に並ぶ文章があったと思われる位置はすべて黒く塗り潰されていたが、色紙の右下の隅に
横書きの小さな小さな一文があった。
『I ain't gonna live foever. I just want to live while I'm alive. Akira』
英文である。まひろには読めない。
しかし、最後に書かれたローマ字の署名だけは理解が出来た。
「あ、き、ら……? もしかしてここのとこって、棚橋さんが書いたの?」
「うん……」
俯き加減の瑠架は小さく頷く。心なしか頬が赤いようだ。
その反応を受けて、まひろは色紙の本当の価値を見出すと同時に、瑠架と晶を繋ぐ絆を感じ、
少し嬉しくなった。
「これって何て書いてあるの? どういう意味?」
「晶ちゃんがその頃好きだったバンドの歌に出てくる歌詞みたい…… 何て言ったっけ、ボン・ジョヴィ、
だったかな……? 『永遠になんて生きられないから、命ある限りは精一杯生きていたい』って意味……」
“学校で習う英語がよく出来る子”にしては、割とロックミュージックが持つ雰囲気のままの意訳だ。
その言葉には、当時の晶が考えていた事、そして友人の瑠架へ伝えたかった事がよく表れている。
まひろは暫し色紙を見つめていた。
(永遠には生きられない……)
確かにそうだ。
生きていられる時間に限りがあるからこそ、後悔の無いように生きていきたい。
普段から考えている訳ではないとはいえ、自分もそれには共感出来る。
兄や斗貴子、親友の沙織と千里、そして新たに友人となった瑠架。
皆とずっと一緒にいたいが、いつかどこかで別れの時が訪れるかもしれない。
己の人生だって目減りを繰り返し、いつか死んでしまう。
ならば、せめていつも楽しく。せめていつも全力で。
晶の想いは現在の自分に置き換えても大いに頷けるところである。
短い間、グルグルと彼女の頭を廻っていた思考を整理・変換し、読みやすくするとすれば上記のようになる。
単純に嬉しかったのだ。
いつも冷たく拒絶ばかりする晶が、実は自分と似たような想いを胸に秘めていた事が(“小学生当時の”という
事実にまで考えが及んでいないのはまひろらしいと言うべきか)。
それともうひとつ。
まひろは晶の語学力に対しても感心していた。
「でも、すごいなぁ。棚橋さんって小学生の頃から英語が出来たんだね」
「え? う、うん…… だって晶ちゃんは……――」
瑠架は“何を当たり前な事を”と言わんばかりの表情の後に、慌てて口を閉ざした。
明らかに不自然な振る舞いに、まひろは首を傾げている。
「な、何でもない…… それより武藤さん、ケーキ買っておいたから一緒に食べようよ……」
「食べるー!」
微かに湧いた疑問も魅力的な提案の前には色褪せてしまった。
ついでに言うならば、その疑問は瑠架が一階から持ってきたケーキと共に咀嚼、嚥下されて
二度と戻ってくる事は無かった。
相対性理論を持ち出すまでも無いが、友人と共に過ごす時間は楽しければ楽しい程、あっという間に
過ぎてしまうものだ。
ふと気づけば西の空は既に赤く染まっており、東の空からは夕闇が迫りつつあった。
門限。夕食。届けが無ければ認められない外泊。
こういう時は寄宿舎生活を恨めしく思わないでもない。
それに、自室の押入れではもうひとりの友人がそろそろ眼を覚ます頃だ。
まひろと瑠架は再び玄関に立っていた。
学校指定のコートを羽織ながら、靴を履くまひろ。
危なっかしくバランスを保つ友人を、瑠架は心配そうな面持ちで眺めている。
まひろは靴を履き終え、ようやく身体を起こすと、それぞれ両手で二つの物を持ち上げた。
右手に鞄。左手に瑠架オススメの漫画がギッシリと詰め込まれた“とらのあな”の紙袋。
向かい合う二人の顔は名残惜しげな表情に満ちている。また明日になれば会えるというのに。
「じゃあね、武藤さん……」
「うん、今日はありがとう。また遊びに来るね」
後ろ髪を引かれつつも、背中を向けてドアを開けようとしたまひろは突然――
「あっ、そうだ!」
――素っ頓狂な大声を上げた。
そして、慌ててクルリと瑠架の方へと向き直る。
「ねえねえ、柴田さんの事、“瑠架ちゃん”って呼んでいい? 友達を苗字で呼ぶのって何だか苦手だから」
「えっ……? あ、ええと…… その、別に、いいけど…… じゃあ、あの…… えっと……」
突然の申し出は言葉を喉につかえさせる。飛び上がる程に嬉しい気持ちと自分の望みを伝えたいのに。
彼女の言いたい事がわかったのか、それとも最初からそう言うつもりだったのか、まひろは更に
こう付け加えた。
「私の事も名前で呼んで! “まっぴー”でもいいよ!」
「“まっぴー”は、ちょっと…… じゃ、じゃあ、“まひろちゃん”って……」
まひろは満面の笑みで、瑠架は気恥ずかしげな笑顔で、お互いに見つめ合う。
“苗字ではなく名前で呼ぶ”という大した事の無い行為も、彼女らにとっては大いなる“繋がり”と
“特別性”を含んでいた。
「また明日ね、瑠架ちゃん!」
「うん、また明日…… まひろちゃん……」
太陽はその身体を半ば以上まで、遥かな地平へ隠そうとしていた。
オレンジと濃紺のグラデーションが見事な空には星の瞬きすらも見え始めている。
まひろは胸いっぱいの幸せと遅くなってしまった焦りを抱えて帰路を急ぐ。
ここから乗り継ぎ等が上手くいって、帰り着くのは夕食時間ギリギリ、いや僅かに過ぎるのではないか。
時が経つのを忘れる程の楽しさは、やはり代償が大きい。
そもそも平日の下校後に遊びに行くには少々無理のある遠さとも言える。
(瑠架ちゃんってすごいなぁ。こんなに遠いのに毎朝ちゃんと通ってるんだもんね。私だったら
絶対寝坊しちゃうよ)
(このままだと夕食時間に間に合わないかも…… ブラボーに怒られちゃうなぁ。斗貴子さんと
ちーちんにも怒られそう……)
そんな事を考えながら、両手の荷物を交互にブンブンと振り、早歩きで先を急ぐまひろ。
やがて、小さな公園に差しかかった辺りで、奇妙な光景が視界の端に入ってきた。
公園の隅にあるベンチに、一人の少女が俯き加減で腰掛けていたのだ。
夕闇の迫る時刻。誰もいない公園。一人寂しげな少女。
まひろでなくとも気には掛かるだろう。
まひろなら尚更だ。
せわしく動かしていた両脚の回転数を下げ、そのまま公園の中へと足を踏み入れる。
その途端、接近の気配を感じたのか、少女は素早く顔を上げ、まひろを食い入るように見つめ始めた。
会話が可能な距離まで近づくと、少女の幾分育ちが良さそうな服装が見て取れる。
どんな素材かまひろにはわからないが、前をしっかりと閉めた白いコートは柔らかく暖かそうだ。
二月の寒さが身に染み入るのか、フードが深々と頭に被せられ、コートの色と同じ白の手袋が
両手を覆っている。
水色のスカートからは白いタイツに包まれた細い脚が続き、その先は茶色のローファーで終わっていた。
まひろは膝を曲げて少女の目線に高さを合わせると、顔を覗き込むようにして穏やかに問い掛けた。
「こんにちは。どうしたの? 誰かを待ってるの?」
背格好や顔の造りから察するに、年の頃は十一、二歳くらいであろうか。
しかし、表情そのものは冷たさを感じさせる大人びたものだ。
まひろの問いに、“透き通る程”という表現が似合う白い肌の中、ひどく血色の悪い唇が小さく動く。
「あなた、この町の人?」
質問には答えてもらえず、妙な質問が返ってきた。見慣れぬ人間に警戒しているのかもしれない。
ここで、まひろはある事に思い当たった。
(あ、もしかしたらこの子が瑠架ちゃんの言ってた丘の上の……)
そう考えると、“お嬢様”を思わせる服装にも合点がいくし、見知らぬ者への強い警戒心も頷ける。
フードや手袋、タイツも寒さをしのぐだけではなく、難病を患う身体を日光から守る為だろう。
まひろは少女の前で完全にしゃがみ、下から見上げる姿勢を取る。
子ども扱いするつもりは無い。少しでも安心してもらいたいのだ。
「身体の具合は大丈夫? 気分が悪いんだったら誰か――」
「あなたが緑青町の人間なのかどうか聞いているのよ。さっさと答えて」
表情だけではなく、言葉や態度までが大人びている。それもひどく高圧的だ。
年少者による無礼な振る舞いであったが、まひろは特に腹を立てる事も無く、にこやかに少女の
知りたい答えを返す。
「ううん、私が住んでるのは隣の銀成市だよ。今日はお友達の家に遊びに来たの」
その言葉を聞き、硬かった少女の表情がやや緩んだ。どことなく安堵しているようにも見える。
「そう――」
フードが取り去られ、少女の長い髪が露わとなった。まひろよりもずっと色素の薄い栗色の髪が。
「――じゃあ早く帰りなさい、完全に日が暮れてしまう前に。そして二度とこの町に来ちゃダメよ」
突然、申し渡された即時帰宅と出入り禁止の言葉。それも町の行政や法執行に関わっている筈も無い、
ただの子供からの。
まひろはただ戸惑うばかりだ。
「ええっ? ど、どうして?」
少々混乱気味のまひろに対し、少女は視線を逸らしたまま、もう何も語ろうとはしない。
否、“語れない”と言った方が適切か。
眼前のまひろではなく、その後方を凝視している凍りついた表情が状況を物語っている。
「こんなとこにいたのね、沙子」
声のした後方へまひろが振り向くと、いかにも高級そうな毛皮のコート(やはり何の材質かまひろには
わからない)を羽織った婦人が二人から少し離れた場所に立っていた。
溢れる笑顔と口紅の赤が、ベンチに腰掛けている少女とは対照的である。
「ママ……」
少女の口から洩れ出た言葉を聞き、まひろは慌てて立ち上がり、頭を下げる。
この人物こそが丘の上の“兼正館”に住む、“桐敷家”の奥方なのだ。
「あっ、こんばんは。ええっと、沙子ちゃん? 沙子ちゃんが具合悪そうだったので……」
「沙子がお世話になったみたいね。どうもありがとう。私は母の千鶴よ」
まひろの眼にはどうしても彼女が“お母さん”よりも“お姉さん”に映る。
とても十一、二歳の子供を持つ母親には見えない若々しさだ。
彼女の持つ美貌に気を取られていたまひろに、千鶴が少しずつ歩み寄ってくる。
満面の、少しわざとらしいと思えるくらいの笑顔で。
「ところで……―― あなたはこの町の人?」
“また同じ質問”
まひろの背すじにゾッと寒気が走った。まるで襟首から氷柱を突っ込まれたように。
何に対してこんな恐怖を感じているのか、自分でもまったく理解出来ない。
元来、まひろは“恐怖”という感情には縁遠い性格だ。
遊園地のお化け屋敷に入っても、ケラケラ笑って楽しんでしまう。
また、窮地に陥った親友を助ける為に、恐怖に打ち勝って我が身を呈した経験もある。
これまでの短い人生の中で“驚いた”事は幾度もあったが、“怖がった”事はほとんどと言って良い程に無い。
では、何故?
つい先程、沙子という少女からされた質問と同じなのに。
明るく朗らかな笑顔の持ち主からの質問だというのに。
「い、いいえ……」
答えた自分の声すら遥か遠くに聞こえた。夕闇とは無関係に周りの風景が真っ暗になっていく。
千鶴の瞳から眼が離せない。
本能が『すぐにここから逃げなきゃダメだよ!』と喚き散らしているのを微かに感じる。
その時、まひろと千鶴の間に沙子が素早く割って入った。
そして、千鶴を一睨みした後にまひろの方へと振り返る。
沙子はまひろを見上げながら彼女の手を握り、初対面時とは随分かけ離れた子供っぽい口調で言った。
「お姉ちゃん、早くしないと銀成市行きのバスが行っちゃうよ」
恐怖の呪縛が解け、途端に己の感覚や周りの風景が現実味を帯びた。
まひろはハッと眼が覚めたように腕時計を確認する。
「あ! ホントだ! すみません、失礼します。沙子ちゃん、またね」
まひろは千鶴に深々と礼をして、返す刀で沙子の頭を撫でる。
既に恐怖は完全に消え去ったか、ただの錯覚だったと思い直しているのだろう。
最後に沙子の顔を見遣り、小さく手を振ったまひろは急いで駆け出した。
公園を出て、バス停へ続く道へ。
未だ太陽は欠片を地平に留め、薄赤い光を以って彼女を照らしてくれている。
この町を“逃れる”バスに乗り込むまで。
沙子は拗ねたような顔で撫でられた頭に手を遣り、別れ際のまひろの言葉を耳の中で反芻していた。
「警告してあげたのに……」
そう呟きながら口惜しげに唇を噛む沙子の傍らに、千鶴が立った。
“母親”らしく目線の高さを合わせる事も無く、腕を組んだまま下目使いに見下ろしている。
「あのお姉ちゃんと何を話してたの? ママにも教えてよ」
態度には少しの愛情も感じられないが、表情と話し方はまひろがこの場にいた時のものと変わっていない。
不自然なまでの明るい笑顔と優しげな口調。
一方の沙子は、話しかけられると同時に冷たく無感情な元の顔貌へと立ち戻っていた。
「二人きりの時まで母親面しないで。あくまで“人間の前では親子の役を演じる”ってだけの取り決めでしょ。
それに、あなたよりも私の方がずっと年上だって事を忘れないでほしいわね」
「あらあら……」
“娘”から吐き捨てられた冷淡な言葉に困り顔で首を傾げ、頬に人差し指を当てる千鶴。
しかし、次の瞬間には、頬にあった右手が沙子の喉を鷲掴みにしていた。
「ぐっ!」
悲鳴が上がるか早いか、沙子の両足が徐々に地面から離れていく。
綺麗に磨かれてマニキュアの施された五指は皮膚に深く食い込み、筋肉を押し潰さんとしている。
呼吸を必要としない種族でも、首を千切り落とされるとなれば話は別だ。
両手で千鶴の腕を叩き、かろうじて伸ばした足先で千鶴の腹を蹴りつけるも、びくともしない。
千鶴は笑顔を崩さず、ゆっくりと肘を曲げて己の口元へ沙子の耳を近づけた。
「じゃあ、その“ずっと年上”のアンタの面倒を見てるのはどこの誰かしら?」
手に込められた力は弱まる気配を見せない。
それどころか肉の破れた首筋から血が伝い始めている。
「私が気に入らないなら、とっとと出て行ってもいいのよ? あの“馬鹿犬”と一緒にね。
まあ、『人間は襲いたくない』なんてくだらない事ばかり言ってるアンタ達がマトモにやっていけるとは
思えないけど」
「は、離し……て……」
最早、抵抗する力も薄れ、狭まった気管から声を絞り出すしか出来ない。
ぐったりとしていく沙子の姿を間近にした千鶴は抑制を失いつつあった。
暴力によって湧き上がる快感に、下腹部は熱さを覚え、大腿の間は潤いを増していく。
興奮を抑えきれず、また抑えようともしない。
千鶴は完全に忘我の境地に至り、最後の一捻りを加えようと力を込める。
「何をされておいでです、奥様」
男性の声が千鶴を我に返した。
そして、真っ先に感じたのは己の手首を締めつける強い圧力。
そのあまりの力強さに、掴み上げていた沙子を取り落としてしまった程だ。
千鶴のすぐ真横には一人の男が立っていた。
「あぁら、噂をすれば」
背の高い精悍な顔つきの美青年だ。苦みばしった、とでも言おうか。だが、それにしては目元は
涼しげである。
MA‐1ジャンパーの中は白のカッターシャツ、下は薄いアイボリーのスラックスと、地味な服装故に
余計それらが引き立つ。
地面に投げ出された沙子はすぐに立ち上がると男の懐に飛び込み、抱きついた。
「辰巳!」
「沙子様……」
男もまた、千鶴から手を離し、涙でシャツを濡らす沙子をしっかと抱き締める。
千鶴の方はと言えば、解放された右手をふてくされた顔で眺めていた。
明らかに関節ではない場所からブラリと垂れ下がった前腕部は骨が粉々に砕け、肉が醜く捩じじくれている。
「あ〜あ、骨が折れちゃった。ちょっと辰巳ぃ。アンタ、使用人の分際でご主人様に暴力を振るうワケ?」
幼稚な抗議と共に、頬を膨らませて辰巳の眼前で折れた腕を振る。
彼女の頭には“原因と結果”や“因果関係”等という言葉は存在しないらしい。
手前勝手な主人の叱責に対し、使用人は涼やかな雰囲気を持つ眼を糸のように細めた。
「私があなたの使用人でいるのは沙子様の安全が確保されている場合に限る、とお約束した筈です。
それが守られないのであれば……」
辰巳の眼光が鋭さを増す。
未だにしがみついたまま泣きじゃくる沙子を己の背後に回し、腰の辺りに位置していた両の十指を
鉤爪の如く折り曲げた。
硬質化された手背の筋肉は歪に盛り上がり、太い血管が幾つも浮き出ている。
しかし、膨れ上がる殺意は、再び浮かんだ例の胡散臭い“満面の笑み”によって軽くいなされた。
千鶴はやれやれとばかりに肩をすくめて、軽く舌を覗かせる。
「やだわぁ、せっかく公園に来たから仲良く遊んでただけじゃない。“親子”なら当然でしょ?」
そう悪びれも無く千鶴が言う頃には、粉砕骨折を負った前腕部はバキバキと音を立てて元の形に
戻ろうとしていた。
辰巳も沙子も警戒は解いていない。
千鶴はふと空を仰ぎ見た。
太陽は完全に地平へ没していた。彼女らの頭上は既に漆黒の天蓋に覆われ、周囲にも闇の帳が下りている。
「さてと…… そろそろ“お食事”の準備をしなきゃねぇ」
ますます口角の吊り上がった不気味な笑顔が沙子に向けられる。
「お夕飯までには帰ってくるのよ? す・な・こ・ちゃん♪ ウフフッ」
沙子へヒラヒラと右手を振ると、千鶴は瞬く間に夜の闇へ姿を消してしまった。
“母親”が去っても未だ恐怖は去らないのか、沙子の嗚咽と震えはなかなか止まる気配を見せなかった。
辰巳はその場に跪き、今度は胸の中でしっかりと彼女を抱き締めた。
沙子も彼の首筋にしがみつき、必死で涙を抑えようと眼を固く瞑る。
「申し訳ありません、沙子様。私があの桐敷千鶴に保護を求めたばかりに……」
「辰巳のせいじゃない。私がいけないのよ。私が……――」
[続]
しばらくです。さいです。公私共に色々あり、またアクセス規制も重なり、間が開いてしまいました。申し訳ありません。
つかGW前に規制されて、今も規制が続いてるってどういうこっちゃ。永久規制? 仕方無いのでp2です。
ところで私はそろそろ『屍鬼』ファンに怒られるかもしれません。原型を留めてないし。
あと今回は桐敷沙子(沢城みゆき)、辰巳(安原義人)、山本(青野武)で幸せになれるかもしれません。
あ、サナダムシさん、顕正さん、直後投下してしまい申し訳ありません。
>>前スレ38さん
そうなんですよね。まっぴーは和月先生が名バイブ……じゃなかった、名バイプレーヤーと言うだけあって、
誰とでも友達になれる=どんなキャラとも絡ませられる、という非常に書きやすいキャラだったりしますw
そして、房江だけじゃなく緑青町の住人は皆……
>>前スレ39さん
ええ、戻りまったw やはり長年慣れ親しんだコテが一番。
“洋館ホラー”というと、不気味な洋館に迷い込んだ男女数人の若者達が一人また一人…… みたいな?
ホラー映画の王道ですな!
>>前スレ40さん
>まひろにホラーはどうかな? 驚くけど恐怖(に)は強そうな気がする。
超鋭い意見ありがとうございます。強烈なインスピレーションを頂いたので早速参考にさせて頂きました。
そういう性格の人間にすら恐怖を与えるスーパーナチュラルな存在を、どうやって表現するか模索していきます。
>>前スレ41さん
エロティック! いいですねえ、エロは。これからの時代はエロと福祉だと思います。
一体どんな事件が起きるのか、大まかに知りたい方には『呪われた町』か『屍鬼』を読む事をオススメします。
読んだらネタバレはほぼ確定ですがw
>>前スレ42さん
百合どころか婦警の出番が無くて申し訳ありません。婦警の出番は次々回第九話からになります。
他に書かなきゃいかん事が多すぎて、なかなかまっぴーと婦警の絡みが書けませんわー。
まあ、やり過ぎない程度に百合百合していきたいと思います。
>ふら〜りさん
バトル展開、遠くは無いけどまだ先になりますねぇ。話数で言うと二話くらい先。バトルも書きたいんですけどね。
今作では重要な事もどうでもいい事もしつこいくらい書いていきたいので。ちょっと冗長な流れかもしれませんが。
そのかわり書いてる私も読んで下さる方々もカタルシスを得られるようなバトルを!
あと浜松“町”の方だったら遊びに行けたのにw
では、御然らば。
90 :
ふら〜り:2009/06/10(水) 22:36:39 ID:VV08rAD60
勢いづいてきましたっ! 僅か一日でこの量、そして質! 魔力が漲って空母で暴れたく
なる思いです。
>>ガモンさん
いやいや、バーンといえば全てのジャンプ作品中でも屈指の人気ラスボス。これは素直に
大歓迎です。ダイのこともヴェルザーのこともよく知っている彼がどう動くか、彼と対峙した
時のダイ、あるいはポップたちがどう反応するか。戦況以外にも楽しみが増えてきましたっ。
>>邪神? さん(お久し振りですっ! SSの読み書きが、心のホイミ・ケアルになりますように)
>エンジン音に混じって裸足のまま物凄い勢いで走る音が聞こえる
地味に怖いですなこれは。実際、動いてる実物をこの目で見るとすれば、屈指の恐怖デザイン
だと思います。しかしそんなのを操る墳上は、前回から引き続きのナイスガイっぷりを魅せて
くれてます。スタンドの破壊力も本人の智力も勝てそうにない相手ですけど……頑張れっ!
>>顕正さん
プラス面もマイナス面もある、壮大過ぎるファザコンとでも言いましょうか。よりにもよって
大魔王、しかももともと面影が希薄な上に故人と来てますから、胸の中でいくらでも大きく
なってしまう。ある部分で同じ思いのあるダイと少し心を通わせたようですが、でも仇。むぅ。
>>サナダムシさん
口調も外見も戦闘スタイルもスマートな天内ですけど、やってることは思い切りパワフルなん
ですよね。握力が花山なら脚力の天内というか、コンクリ踏み抜きなんてオリバでもどうかと。
読心術まで駆使して、シコルに一切いいとこを見せない。ラスボスの風格、充分に備えてます。
>>さいさん(これまたお久しぶりですっ! アク禁はイヤですよねぇほんとに……)
女の子らしい友情の育まれ方に微笑ましくなりつつも、ホラー部でしっかり冷えさせて頂き
ました。バトルどころか大して動いてないってのに、この怖さはなかなか。まひろの周囲に、
じわじわ迫る恐怖包囲網。ちらりと名の出たブラボーや斗貴子がどう対峙することになるか?
91 :
作者の都合により名無しです:2009/06/10(水) 23:42:04 ID:zUXAWYoy0
なんかいっぱい来たw久しぶりだなw
さいさんと邪神さんの復帰はうれしいね。
>邪神さん
ジョジョ好きなのでうれしいですw吉良は強いんだろうけど墳上にも頑張って欲しい。
>顕正さん
アバンたちも出てきてここからが本番ですね。ダイの戦う敵は誰になるんだろうか?
>サナダムシさん
シコルはやられているのが華がある気がするw その姿に可愛げを感じるんだよなw
>さいさん
百合百合するかと思いきや結構出だしは嫌なムードでしたな。まひろに救われましたがw
さいさんきたー!
来たなりいきなりこのボリュームw
まひろの可愛さが相変わらずいいですね。
・顕正さん
いよいよメインキャラも出揃ってきたという感じですな
ダイと「イルミナのコンビとポップたちが出会うのが楽しみです
・サナダムシさん
シコルスキーは今まで天内より強い男とあってきたはず・・
だから一気に逆転して欲しいですな。やはり30話で終わるのかな?
・さいさん
瑠架とまひろのやり取りはまひろの優しさが出てますな
不気味な少女の沙子の出現に、まひろが窮地に陥りそうな感じだ
さいさんお戻りになられましたか。
1ヶ月のアク禁止は酷いですな。
まひろをはじめ魅力的な女子キャラが活躍する物語なので
ちょっとユリっぽくなるのもまた楽しみですw
ですが基本はホラーとバトルですかね。
なんにせよ、ご復活ありがとうございます。
95 :
作者の都合により名無しです:2009/06/11(木) 17:56:52 ID:ZQx+zpZY0
邪神さんとさいさんが復帰して、これをきっかけにまた盛るといいですね。
サナダムシさん、さいさんと好きな人が続くと嬉しいな。
さいさん復帰でまた活気付くといいですね。
邪神さんも復活したし、ガモンさんや
顕正(けんせい?けんじょう?)さんも好調だし
とりあえず危機は回避した感じでふら〜りさんも嬉しそうですね。
第四十話「冥府に潜む影」
遥か地底深き亡者の国―――冥府。
その最果てで、タナトスはゆっくりと目を開いた。
「ヤハリ来ルカ…」
「愚かしい」
「愚かしい」
その傍らから響く声。黒尽くめの衣装に身を包む幼い少女が二人。まるで能面のように表情がない。
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
「神の力に触れてなお、刃向おうなど。人間風情が」
異口同音に放たれる侮蔑の言葉に、タナトスは眉を寄せた。
「μ(ミュー)。φ(フィー)。人間ヲ侮ッテハィケナィヨ…特ニ彼等ノヨゥナ相手ハ厄介ダ」
「そうでしょうか」
「そうでしょうか」
「ソゥダトモ。油断スレバ、足元ヲ掬ワレルヨ」
「買被りすぎでは?」
「買被りすぎでは?」
「フフ…カモシレナィ。ダケド彼等ヲ見ティルト、我ハ期待シテシマゥンダ」
「期待?何を」
「期待?何を」
「彼等ハ…運命ヲ越ェル存在ナノカモシレナィ、トネ」
ミューとフィーは顔を見合わせ、溜息をついた。冥王タナトスは偉大な主ではあるが、理解し難い存在だった。
「…彼奴等をどうされるのです?」
「…彼奴等をどうされるのです?」
「無駄トハ思ゥガ、帰ッテ貰ェルヨゥニ頼ンデミルヨ。ソゥデナケレバ…此方モ迎撃スルトシヨゥ」
「では、我々が」
「では、我々が」
「ィヤ。キミ達ダケデハ恐ラク止メラレマィ…キミ達ヲ含メタ冥府ノ番人達ヲ全員遣ワソゥ」
タナトスの言葉に、二人は息を呑んだ。
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「全員を?数名の侵入者程度に、そこまで?」
「ソゥ。何度デモ言ォゥ。彼等ヲ見縊ルナ」
タナトスは暗闇の中に視線を向ける。その奥に、人ならざる異形の気配が蠢いていた。
「―――<狗遣い>」
「うふ…侵入者なんて久々ですわね。この仔も丁度お腹を空かせていたところですし…ねえ?」
蒼氷(アイスブルー)の瞳が印象的な少女が楽しげに笑う。頭から爪先まで全身土砂降りの雨に打たれたかのように
ずぶ濡れの彼女の手には、血のように赤い革紐が握られている。その先にいるのは、とてつもなく巨大な何かだ。
それは絶えず不気味な唸り声を上げ、猛り狂っている。
「―――<収穫者>」
「ああ。やってくる。やってくるのね…真っ赤な果実(フルーツ)が。待ち遠しいわ…」
林檎を模した髪留めを付けた、朴訥ながら整った容姿の女性。のどかな雰囲気を持つ彼女の手にはしかし、禍々しい
兇器が存在していた。血で黒ずみ、錆が浮いた大鎌は、数多くの命を刈り取ってきたことを示していた。
「―――<緋色の騎士>」
「はっはっは…面白そうじゃないか。中々息のよさそうな連中だ」
黒馬に跨り、鳶色の瞳を爛々と輝かせるのは炎のような赤い髪を靡かせた男。生前には数多の蛮勇を為し、死しては
冥府最強の騎士となった彼は、口元に不敵な笑みを浮かべる。
「―――<河渡り>」
その声に答える者は誰もいなかった。
「…<河渡り>?ァレ?ィナィノカィ?」
タナトスは怪訝な顔で繰り返す。おずおずと、狗遣いと呼ばれた少女が手を上げた。
「あの…実は、彼は既に出向いております。タナトス様から呼び出しがかかる前に侵入者の気配を見つけたようで…
それで、彼は<河>の番人ですし、さっさと行ってしまったのですが…」
「ァァ…ソゥカ。其レジャ仕方ナィネ。確カニ<河>ハ冥府ヘノ最初ノ道ダカラ…ナラ一番手ハドゥセ彼ニナルカ…
ダッタラ問題ハナィヨ。迎撃ニ動ィタノナラ予定通リダ。マズハ彼ニ任セヨゥ」
そしてタナトスは残る面々を見回した。番人達は我こそはと言い募る。
「どうか私に御任せを…最も無惨な侵入者共の死に様を御覧にいれて差し上げますわ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「いいえ。私達に御任せあれ」
「ちょっと待て!侵入者はこの俺が握り潰してやるんだよ!」
「うふふ…皆さん出しゃばりなこと。タナトス様が指名するのはこの私…ですわよねぇ?」
「…キミ達、マサカ我ヨリ<アバル>ヲ信ジテルンジャナィダロゥネ…マァ、皆ヤル気一杯ナノハ頼モシィ」
苦笑しつつ、タナトスは命令を下す。
「各自、己ノ判断デ動ィテクレテ構ワナィ。但シ、クレグレモ油断ナキヨゥ…サァ、往ッテォィデ」
その言葉を引き金として、番人達が我先にと出撃していく。タナトスはそれを見届け、一人静かに佇む。
「来ルノダロゥネ、キミ達ハ…ドンナ障害ガァロゥトモ」
薄っすらと笑う。心底愉しそうに。嬉しそうに。
「サレド、キミ達カラ奪ッテシマッタモノハ返サナィ。返ス訳ニハィカナィ…ァァ、ケレド其レハキミ達モ同ジカ」
それはまるで敵ではなく、愛しき誰かを想うように。
「ナラバ我ガ手カラ奪ッテミセルガィィ。出来ルモノナラネ―――」
遊戯達の眼前には、ぽっかりと大口を開けた洞窟があった。
「ここが冥府へ通じるとされる大洞窟…二度とは会えぬ愛しき人を求め、多くの者がこの地を訪れたそうだ」
「…それで、そいつらはどうなったんだ?お約束だから、なんとなく分かるけどよ」
硬い表情で語るレオンティウスに、城之内が問いかけた。
「恐らくはキミの想像通りだ。誰一人、帰っては来なかったという」
「だよな…」
「今さら怖気づくんじゃねえよ、城之内。俺達にゃもう前へ行くしか道はないんだぜ」
「言われなくても分かってるさ。なあ遊戯、ミーシャ。さっさとあいつらを助け出してやろうぜ!」
「うん!」
「ええ!」
そして一同は、洞窟へと足を踏み入れて―――
(来テハナラナィ)
「―――!?この声は…」
(我ダヨ、我。ホラ、我ダッテ)
新ジャンル、ワレワレ詐欺―――そんな訳ない。
「冥王…タナトス!」
(今スグ立チ去リ給ェ。此処カラ先ハ亡者ノ住マゥ世界…生者ガ踏ミ入ッテハナラヌ)
遊戯達はその声に答えることなく、歩みを止めることもない。
(何トカ言ッテクレナィカ?我ハ無視サレルノガ一番悲シィンダ)
「じゃあ言ってやるよ。今すぐテメーの所に乗り込んでブン殴ってやるから、顔を洗って待ってやがれ!」
(…ヤハリソゥ来ルカ。ヨカロゥ、其レナラ其レディィ。キミ達ヲ冥府ノ一員トシテ迎ェルトシヨゥ)
タナトスの哄笑が響き渡る。
(我ハ冥府ノ王…冥王タナトス。来ル者ハ拒マナィ)
「悪いけど、長居はしないよ。エレフと、そしてもう一人のボクを取り戻して、ボク達は帰るんだ」
(ナラヌ。我ハ来ル者ハ拒マナィガ、去ル者ハ決シテ赦サナィ)
断固とした口調だった。
(死(タナトス)ハ、誰モ逃ガサナィ―――)
それを最後に、声は聴こえなくなった。
「どうやら、我々の行動は見透かされていたようだな…」
「上等じゃねーか。どうせオレ達のやることは変わらねーんだ」
「そうよ。向こうがどうだろうと、私達は行くしかないわ」
「おうよ!」
一同は足を踏み鳴らし、洞窟を奥へ奥へと進んでいく。と、先頭を歩くオリオンが不意に足を止めた。
「待て…ここから、階段になってるぜ」
「ホントだ…随分深いみたい」
「文字通り、地獄への階段ってか?陰気くせーな」
「陽気な冥府なんてないと思うが…とにかく、足元には気を付けろ。転がり落ちでもしたら怪我じゃすまないぞ」
それは大変とばかりに、ゆっくりと階段を降りていく。降りていく。降りていく―――
「…………」
降りていく。
降りていく。
降りて―――
「だぁぁぁぁっ!いつまで続くんだよ、これは!?もうかれこれ千段は降りてんぞ!」
「冥府ってくらいだからな…一万段くらいは覚悟しといた方がいいぜ」
「うへぇ…」
「はっはっはっは…心配しなくてももうすぐだよ、もうすぐ」
その胡散臭い声は、階段の先から響いてきた。遊戯達は思わず顔を見合わせる。
「今の声は…」
「かなり近かったな…行こうぜ!」
残る階段を飛び降りるような勢いで駆けていく。その先に広がっていたのは、光の射さぬ不毛の世界だった。
どこまでも続く荒涼とした大地。冷たい風が吹き抜ける度、まばらに生えた枯れ木をカサカサと揺らす。およそ生命の
息吹など感じられない、死の沈黙に支配された国。
それを二分するかのように、大きな河が視界を横切っていた。それは暗く澱み、水底を窺い知ることはできない。
「やあ、友よ。幸薄き囚人達よ―――あらゆる生命の終焉の地、冥府へようこそ!」
その岸辺には、一艘の小舟。そして舳先に座る、一人の男。
一言でいうと、胡散臭い男だった。黒いマントで覆われた長身痩躯。だらしなく不精鬚を生やしてはいるが、顔立ちは
恐らく端正といっていいだろう。恐らくというのは、彼の顔の上半分は、仮面によって隠されていたからだ。
「これは冥府の河を越えるためのたった一艘の渡し船。そして私は死者の魂を冥府へと渡す船頭―――故に皆から
は<河渡り>なんて呼ばれているがね…」
仮面の男は、大仰に両手を広げる。
「この河を渡れば、二度と現世へは戻れまい。それを承知の上ならば、さあ、舟に乗るがいい!」
「ぐだぐだ言いやがって―――乗りゃーいいんだろ、乗りゃー!」
城之内はさっさと舟に乗り込み、ドサッと腰を下ろす。遊戯達もそれに続き、全員が乗ったところで、仮面の男が舟を
漕ぎ出した。ゆっくりと岸辺を離れ、深く冷たい河を進んでいく。
「しかしよ、オッサン。アンタこんな辺鄙なとこで一人で船頭やってんのか?」
「はっはっは、私も若い頃は色々あってねぇ…まあ、今じゃこれも悪くないと思っているよ」
「そうかなあ…どう考えても最悪の就職先だと思うけど」
「おお、坊や。キミは顔に似合わず中々酷いことを言ってくれるねぇ」
仮面の男は笑いながら、しかし表情を暗く歪ませる。
「ところでキミ達…冥府とは何度も言うが亡者達の世界だ。生きている者が足を踏み入れることは赦されない」
「ゴタクはいいんだよ。オレ達は大事なモンを取り返して、ついでに冥王とかいうバカをブン殴りにきたんだ」
「おお、これは畏れ多いことを…そんな大それたことを言ってると、私のようになってしまうよ」
「え?」
「聞いたことはないかい?魔女の純潔を散らし、冥府への扉を開いた愚かな男の物語を…」
「…………」
一同は固唾を呑んだ。男はそれに構わず続ける。
「彼もまた、冥府へと囚われてしまった…そして、今じゃ冥府の河に鎖され、渡し舟を漕ぐだけの日々…」
「それが…アンタなのか…?」
いつの間にか、舟は停まっていた。男は不気味に嗤う。その周囲にゆらゆらと光が瞬いていた。
「それが死者達の楽園へと土足で上がり込んだ愚者の末路さ―――だからキミ達も…ここで亡者の仲間入りだ」
仮面の男が指を鳴らすと、光が次々に形を取る。
「ヒッ…!」
「うげっ…」
思わず悲鳴を漏らす。それは黒い襤褸切れに身を包む骸骨―――ぽっかり空いた眼窩は、無限の闇を映していた。
腐乱した肉片が僅かにこびり付いた指先が、生者の魂を抉り出そうとばかりに蠢く。
「さあ、諸君―――キミ達もこれにて現世とお別れだ。残念だったねぇ…!」
冥府の闇に、仮面の男の狂笑が響いた。
五分後。
仮面の男はアンパンのように腫れ上がった顔で、半泣きになりながら舟を漕いでいた。
「この野郎、驚かせやがって…あいつら全然弱かったじゃねーか、チクショウ」
「おら、もっと力入れて漕げよ。こちとら遊びに来たんじゃねーんだぞ」
「ヒィィ…漕いでます漕いでます。一生懸命やってますから、暴力反対…」
城之内とオリオンに尻を蹴飛ばされつつ、男は必死に舟を漕ぐ。
「正直、負けるだろうなぁとは自分でも思ってたんだ…でもさキミ達、せめてもうちょっと<いい勝負だったね>と
言い訳が立つような演出をやってくれなかったものかね…あいたたた、腰はやめて、腰は…」
「うるせーバカ!これからラスボスって時に、下っ端相手に悠長に闘ってられねーんだよ」
「キミ、それは大抵の物語を否定することになるよ…あいたた、一々殴らなくてもいいじゃないか…まあいい。精々
束の間の勝利に酔い給え」
仮面の男は泣き事を言いつつも、ザマーミロと言わんばかりの口調だった。
「何せ私は冥府の番人の中では最弱!死刑囚で言えばロシアの人!いわばカマセ犬の雑魚キャラ!はっきりと
言わせてもらえば他の番人は私とは比べ物にならない強さだ!私を倒したからといってそんなものは何の自慢
にもならん!」
なんかどっかで聞いたことのあるようなセリフだった。
「なんて情けないことを自信満々に言うんだろうか、この男は…」
「ある意味すごいわね、この人…」
「いや、気を抜いちゃダメだよ。最初にダメダメなのを配置して、こっちを油断させる手なのかも…」
レオンティウスとミーシャ、遊戯は実に酷いことを言っていた。
「ほら、着いたよ…さっさと降りてくれ。それでさっさと他の番人にやられてきてくれ」
「おう。じゃあアンタも精々舟を漕いでろ」
―――かくして、最初の番人を撃破した遊戯一行。だが残る番人達の力は未だ未知数。
激戦の予感に、誰もが身を震わせていた―――
「ふう…まだ顔が痛いよ…あいつら、もうちょっと手加減してくれてもいいじゃないか。全員で取り囲んでボコボコに
するなんて、野蛮人そのものだよ、はあ…」
ぐちぐち文句を垂れつつ、仮面の男は帰路を辿る。
「やはりタナトス様に頼んでどうにか転職させてもらおうかな…ああ、でもこの歳まで舟しか漕いでないもんな私…
もっとツブシの利く仕事やりたかったよ…はあ」
もはや数えるのも億劫になった溜息を繰り返し、ようやく岸辺に辿り着いた。だが、その瞬間に彼は思い知ることと
なった。
受難はまだ終わっていない―――むしろ、始まってさえいなかったのだと。
「おい、貴様」
いきなり横柄そのものの声に出迎えられる。顔を上げると、そこには一人の男。
端正な顔立ちと、異様に冷たく鋭い眼光。針金を通したかのように形が崩れないコートを身に付けたその姿は、正に
威風堂々。王者たる風格と傲慢さを、これでもかとばかりに全身から発散していた。
そう。他にこんな男が何処にいるのか。海馬コーポレーション社長・海馬瀬人。
彼も今、冥府へと降り立ったのだ。
「舟を出せ。大至急だ」
「…………はい」
仮面の男は、本気で転職を考えるのだった…。
投下完了。前回は前スレ
>>494から。
遅ればせながら、
>>1さん乙です。
冥府の番人の元ネタは、サンホラファンの方なら常識問題レベルでしょうが、普通の人にゃ絶対
分からんでしょう(汗)その扱いは…まあ、船頭の彼を見れば推して知るべきかと。
今頃彼らは
「川渡りがやられたようね…」
「ふふふ…彼は冥府の番人の中でも最弱…」
「人間如きに敗れるなど番人の面汚しよ…」
みたいな会話をしてることでしょう。
しかしダイの大冒険がここにきてえらい人気ですね…クロコダインのおっさんとヒュンケルはほぼ同時に
仲間入りしたというに、何故ああも差がついてしまったのか…やはりイケメンだからか!
前スレ502 まあ、死亡フラグはギャグみたいなもんだし、僕は中々キャラを殺す勇気が持てないので…
>>6 現役時代は青眼三枚積みして社長の気分を味わったもんです。勝率低かったけどね…。上手く三体
場に出せた時は、「強靭!無敵!最強!」と叫んだね。
>>ガモンさん
歴代ドラクエボスに続き、バーン様まで復活なんて…これはやはり魔界統一トーナメントで白黒付ける
しか!(ねーよ)
シドーのベホマは僕のトラウマ…もうちょっとで倒せそうな時に限って…
>>ふら〜りさん
オリオンはあれはあれで意外と世話焼きなんだと思います。性格にしても、半分は素面でああなんだけど、
もう半分は敢えてお調子者を演じている…んだといいなあ。
サンレッドはもう、怪人達が主役です。レッドさんは主役に見せかけた脇役…
あれ、玄関に赤いマスクのヒーローが
サマサさん乙です!
なんというサンホラキャラの無駄遣いww
>死刑囚で言えばロシアの人!いわばカマセ犬の雑魚キャラ!
シコルに謝れテメェwww
第二十一話 結集
エスターク、そしてダイはゴンズを追う。しかし、ゴンズがボブルの塔に入った瞬間、扉は固く閉ざされてしまった。
「くそ、ここまで来て!!」
エスタークの顔にも憤怒の表情が浮かぶ。
一方クロコダインは新たに造った武器を貰う為にロンベルクの家に寄った。
「急な製作の上、前よりも更に強化しなければならなかったからな。それ相応の時間が伴った。」
ロンベルクが少し疲れた顔でクロコダインを見る。その横にはノヴァも立っていた。
「これが、新しく出来た強化版のグレイトアックスです。強度もパワーも前回以上ですよ!」
ノヴァが嬉しそうに語る。不意にクロコダインがノヴァの手を見ると、指が三倍以上に膨らんでいた。
『こいつ、手をここまで腫らしてまで武器の製作を手伝ったのか。有難い。』
心無しか、クロコダインの眼は水に滲んでいた。
「必ず、必ずこのグレイトアックスで、大切な者達を守ってみせる!!!」
クロコダインは大きく手を振りながらロンベルクの家を後にする。
「何だか、クロコダインさんも一皮剥けた感じがしますね。」
ノヴァが、立ち去っていくクロコダインの背を見ながら言う。
一方ポップ達はリンガイアの東を飛び続け、岩山に囲まれた一つの塔を見つける。
「あれが、ボブルの塔、何か嫌な感じがするわ。」
マァムの感じた悪寒は周囲にも伝わっていたが、四人は躊躇いなく塔へ近づく。
「お、ちょうどいいところに穴があるぜ。入ってみるか。」
頂上にぽっかりと開いた穴から四人は侵入した。少し遅れてバーンが塔の頂上にたどり着く。
「この気配は、ドラゴンオーブか……」
物思いに耽るバーンに二人の魔物が近付いてくる。
ボブルの塔に入ろうとする不届き者が一名・・・」
見た目はオークとキメラだが、オークは一般のオークと比べ物にならない闘気を放っていた。
一方キメラも頭に装飾品を付け、明らかに普通のキメラではなかった。
「俺はキメーラと呼ばれているんだ。同族に毛嫌いにされている所をジャミ様に拾われた。」
オークもバーンに槍を突きつけながら近づく。
「貴様の様な侵入者は久しぶりだ、ジャミ様に献上するのもいいが、俺が喰って……」
オークはそれ以上言葉は続かなかった。バーンの手刀によって喉を貫かれていたのだ。
「余が貴様に食い殺されるような事が起こると思うか?」
一瞬で殺されたオークの死骸を見て、キメーラも驚くが、彼の戦意が喪失することはない。
「だったら、俺のブレスをくらいな!」
氷の息をバーンに吐きかけるがバーンはまるで動じない。バーンは指先から小さな火の玉を出し、キメーラの吐くブレスに投げつける。
一瞬で氷は水と化し、キメーラは火に巻き込まれた。
「ぐ、まさかメラゾーマを使うとは…俺も少し面食らったが、こんな傷、べホイミですぐに回復できる。」
行動の速いキメーラはすぐに回復出来たが、彼の寿命が延びた訳ではなかった。」
「今のはメラだ…貴様如き、メラゾーマなど使うまでもない。」
「き、貴様あ!俺を舐めるなー!!!」
キメーラはべギラマを唱える。この一瞬で勝負は決まった。
「カラミティエンド!!」
べギラマを唱えた刹那、バーンのカラミティエンドがキメーラを斬り裂き、キメーラは即死した。
「ふ、カラミティエンドを出すまでもなかったが、圧倒的戦力差で片付けるのもまた一興、中々面白かったぞ。」
バーンは笑いながら穴へ入って行った。
一方上での騒ぎの音を聞きつけた三人は塔の頂上に上がっていた。
「ここから、奴等の場所へ行けそうだな。」
エスタークの眼が血走る。彼の頭にあるのはゲマへの報復しかない。
エスタークは即、穴へ飛び込んで行った。
「ああ、一人で行っちゃ駄目だ!!」
ダイも慌てて後を追う。偶然か必然か、七人はボブルの塔に結集した。
〜大神殿〜
神殿の広間にハーゴンはアトラスを呼び出す。
「アトラス、地上の人間を殺せとイブール様に仰せつかった。しかしベンガーナに集まる実力者共が邪魔だ。お前が始末しろ。」
「わかりました!!。」
大きな声で返事を返すアトラス、彼はそのままベンガーナへと向かった。
「ラマダは驚異にならんと言っていたが、一応芽は摘み取っておくか。破壊神復活の障害になりそうなのでな。」
ミルドラースの下につくハーゴン、しかし彼の真の野望は破壊神の召還にあった。
ベンガーナでは更に敵の攻撃を警戒する様に警備を固め始めていた。
「またラマダの様な巨大なモンスターが来ないとも限りません。どうにかして新たな戦力が欲しい所ですが・・・」
会議もやはり行き詰っていた所へ、クロコダインがガルーダと共に戻ってきた。
「新しい武器は貰えましたか?」
チウが足早にクロコダインの元に駆け寄る。
「グレイトアックスが更に強化されている。これなら魔界の敵が来ても何とか闘えるだろう。」
ベンガーナに残っている中で主力になるのはアバンやフローラ、良くて三賢者といった状況だったのでこの報告は吉報だった。
「クロコダイン、無理はするな。」
「ヒュンケル、お前こそ長年の戦いでろくに体が動かないではないか。この前の様な無理はするな!」
クロコダインは必要に応じては自分の命すら武器にする友を心配する。その事が彼に対して失礼だと思っていても。
そんな中アキームが会議室の扉を開け、大声で叫ぶ。
「大変です!!ラマダとは違う一つ目の巨人が現れました!!!!」
一同は驚愕の色を隠せなかった。
「早速、グレイトアックスの活躍する時が来たか。」
クロコダインは城の外に出る。それにつられて全員会議室から出た。ただ一人、アバンを除いて。
「先刻から気になっていたのですが、何者なんですか?あなたは。」
アバンの背後に魔物が立っている。
アバンが振り向くと同時に魔物はアバンに殴りかかる。
「挨拶はこんなものでいいな。俺はバズズ、ハーゴン様の命令で貴様等を殺しに来た。」
ハーゴンはアトラスだけではなく、バズズにもベンガーナ襲撃を仕掛けていた。
「ハーゴン?そいつはヴェルザーと何か関係があるのですか?」
「ヴェルザーじゃねえ、俺が仕えているのはハーゴン様と大魔王ミルドラース様だ!!」
〜天界〜
天地魔界を支えている世界樹の守り神は天界に赴いた。
「わたわた、やっぱりこれもオーディン様の見た”予言”かな?大事になる前に止めないと!!」
〜地上〜
「なんだ〜お前!!」
アトラスがクロコダインに向けて棍棒を落とす。しかし、間一髪、クロコダインは棍棒を受け止める。
「俺は、決して負けるわけにはいかん!!!!」
クロコダインが咆哮した。
111 :
ガモン:2009/06/12(金) 22:47:05 ID:FGgaSqrM0
第二十一話 投下完了です。
次回はバトルです。
>>顕正さん
お疲れ様です。
ついにポップ達が出てきましたね。遺跡と魔界が繋がっていそうですが・・・
対して、ダイとイルミナ、自分達にとって大きな存在である父親、
共通点を持っているからこそ、二人は惹かれあったのでしょうか。
>>サナダムシさん
お疲れ様です。
天内がえげつない攻撃を仕掛けてきますが、私としてはこちらの方がかえって”天内らしい”と感じます。
今の所はシコルスキーが先手を取られていますが、ここからの逆転劇を楽しみにしています。
>>サマサさん
お疲れ様です。
「ワレワレ詐欺」に吹いてしまいました。しかし、ここで仮面の男が出てくるのが意外でした。
言われて気づきましたが板垣先生はロシア人を他にも噛ませ犬に使っているような気が…(セルゲイ・ガーレン等)
聖戦のイベリアのキャラが出るとしたら…個人的に三姉妹に期待。
>サマサさん(ようつべで初めてサンレッド見ました。面白かった!)
サンホラ分からないので、μとφがラーミア守る双子みたいに思えたw
いよいよタナトスも本格的に動き出して最終章かな?
>がモンさん
クロコダインも流石に魔王キャラ以外なら奮闘すると思いますがw
おっさんは好きなのでアトラスくらいは葬って欲しいなw
113 :
しけい荘大戦:2009/06/13(土) 01:06:49 ID:bDrvxeUD0
第二十六話「失恋」
右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足、右足、左足。
両足を交互に上下させ、天内はシコルスキーの顔面を踏みまくる。表情を微塵も変化さ
せることなく、淡々と踏みまくる。
天内が足裏から伝わる感触に生命を認める以上、刑は執行され続ける。
しかし、シコルスキーとは不思議な習性を持つ生物である。毎日のように敗北を堪能し、
いつしか如何に無傷で敗北するかを細胞レベルで創意工夫するまでになった。だからこそ、
絶対に敗けられぬ戦いとあらば、敗北を知り尽くした後ろ向きな肉体は、他の生物以上に
敗北を拒絶する。
敗けたくない。
踏まれるたび、彼方に遠ざかっていたシコルスキーの意識が呼び戻される。否、鮮明に
なっていく。
シコルスキーは鋭い眼光で、天内の右足首を掴んだ。
「ほう、さすが生命力だけは──」
「寂先生……使わせてもらう」
親指が唸る。
三陰光、圧痛──。
すねの内側にあるとされる知る人ぞ知る人体急所に、鍛えに鍛え上げた親指を押し込む。
足首をねじ切られるのにも匹敵する痛みが天内を襲う。
「くわアァァァァッ!」
端正な顔立ちを大きく歪め、天内の体がぐらりと傾く。
──好機(チャンス)。
目、鼻、耳、口から盛大にこぼれ落ちる血液を全て黙殺し、シコルスキーが立ち上がる。
右ハイキック一閃。
すんでのところで天内が踏みとどまると、すでにシコルスキーの両手は中高一本拳に変
形を終えていた。
切り裂く拳、一閃、二閃。
114 :
しけい荘大戦:2009/06/13(土) 01:07:35 ID:bDrvxeUD0
中指にこびりついた天内の皮膚を、手首を振って床に落とすシコルスキー。
「どうだい……。アンタ、これでも俺を愛せるかい……?」
「く、くくっ……!」
天内の顔面に、大きな傷が二つ刻み込まれた。一つは左頬を縦に抉っており、もう一つ
は左目の上から右目の下にかけ、谷が斜めに出来上がっている。
両者、同じく面(おもて)を血で染め上げたが、表情はまるで異なる。不敵に笑うシコ
ルスキーと、怒りに震える天内。
天内、通算四度目となるノーモーションジャンプ。今度こそトドメを刺すべく。
宙に浮かんでいると錯覚させるほどのスロージャンプから、怒りと憎しみを込めた跳び
蹴りでシコルスキーに襲いかかる。
──が、シコルスキー。これを軽くかわすと、なんと自らも跳び上がりドロップキック
で天内を撃墜する。さらに床に着地するなり、左でのロシアンフックで天内の左こめかみ
を強打。
天内悠、ついにダウン。
「な、んで……」
「ガスパディン天内、やっぱりもう俺を愛してくれてないようだな、悲しいぜ。あんだけ
味わったから、もうノーモーションジャンプは通用しないってのに」
「ぐっ……!」
土俵である空中技を空中技で切り返されたショックが大きいのか、天内が攻めに出られ
ないでいると、シコルスキーが妙な動きを始めた。理由は分からないが、部屋の中にあっ
たテーブルを持ち上げ、それを天内の目の前まで運んだ。
「ロシアンファイトってやつを教えてやるよ」
115 :
しけい荘大戦:2009/06/13(土) 01:08:29 ID:bDrvxeUD0
突如、テーブルを蹴り上げるシコルスキー。予測すらしていない一手に、テーブルの破
片と蹴りをまともに喰らってしまう天内。
わざわざ敵の前まで運んでからテーブルを蹴り上げ機先を制す──。
天内は乱れに乱れた心の声で絶叫した。
ロシアの喧嘩は新しすぎる、と。
他者が望むことが分かるなら、必然的に拒むことも分かる。ゆえに他者の欲求を満たす
のに不可欠な愛だとか友好だとか呼ばれる要素は、敵の嫌う行動を選び続けるべき闘争に
おいても不可欠である。
戦争が始まる前、天内は絶妙なタイミングでボッシュにライターを差し出し、シコルス
キーには水を手渡した。あれらは対象への愛があればこそ成せる芸当だった。ならば愛が
なくなったなら、果たしてどうなるだろうか。
左ローで天内の足を止め、顎を右拳で打ち抜く。さっきまで分かり過ぎるほどに分かっ
ていたシコルスキーの行動がまるで読み取れない。頭突きが鼻にめり込む。
「お、おぉ……お、ぉ……」
あふれ出す血に驚愕し、鼻を押さえる天内。
シコルスキーが闘志あふれるタックルで、テイクダウンに持ち込もうとするが──天内
はスライディングから長い脚を生かしたカニ挟みで逆にシコルスキーを転ばせる。
「……ちぃっ!」
横たわりながら、シコルスキーの背後に回る天内。
天内は背後から、クワガタのように両脚で両腕ごとシコルスキーを挟み込む。常人なら
ばこれだけで腕を肋骨を折られている。とても弾き返せるような拘束ではない。
「私が飛び技しか能のない蚊トンボだとでも思いましたか」
自由の利く両手で、天内はちょうど自分の鳩尾付近にあるシコルスキーの顔面をひたす
らに殴打する。両腕を封じられ、防御の手段を絶たれたシコルスキーは、どうすることも
できない。
116 :
しけい荘大戦:2009/06/13(土) 01:09:16 ID:bDrvxeUD0
華やかな空中技はもちろん、泥臭い寝技においても、天内悠は非凡な才気を発揮する。
やがてシコルスキーから力が抜けていくのを感じた天内は、先ほどシコルスキーが砕い
たテーブルの破片群に手を伸ばす。そしてもっとも武器に適した、ナイフと見紛うほどに
先端が細い破片を選び取る。
「終わりにしましょう」
鋭利に尖った破片を天内が叩きつけようとする──コンマ一秒前。
シコルスキーが右手親指で自ら人差し指の爪をはぎ取る。それを親指で高速で弾き飛ば
す。かつてアライJrとの戦いで編み出した、シコルスキーならではの飛び道具。
「ギャアアッ!」
甲高い悲鳴を上げ、拘束を解く天内。
彼の左眼球には、シコルスキーの爪が突き刺さっていた。
>>74より。
第二十六話終了。
スレが盛り上がっており、嬉しい限りです。
克巳の真マッハはどう考えても妖術の域。
マジモードのシコルスキーはやっぱり強くてカッコいい!
・・・原作ではもう二度と出てこない分、頑張って欲しいw
119 :
作者の都合により名無しです:2009/06/13(土) 09:08:50 ID:iaFyVm8J0
>サマサさん
物語はシリアスに進んでいくのにキャラが可愛らしいから緊張感がw
でもこれからどんどんクライマックスに向け盛り上がっていくんでしょうね。
>ガモンさん
おっさんには活躍とカマセの両面で期待してしまうw好きなキャラだけどねw
ミルドラースって「大魔王」だったっけ?バーンとゾーマの冠の印象が強い。
>サナダムシさん
シコルは強く成長してますね。シリーズごとに強くなっている印象がします。
しけい荘の末弟として、主役としてスカッと天内をやっつけてほしいですね。
お疲れです。本当に30話で終わりみたいで寂しい。
121 :
ふら〜り:2009/06/14(日) 21:15:57 ID:zN1ozsfl0
>>サマサさん
星矢における冥界の渡し守氏は、なかなか彼なりの美学に徹しててカッコ良かったですが。
>あいつら全然弱かった
……つまり、彼自身はまともに戦ってすらいないと。そりゃロシアの人にすら遠く及びませんぜ。
ともあれ敵幹部がズラリの図ってのはやはり燃えるもの。海馬も来てくれたし、これからが楽しみ。
>>ガモンさん
「ベホマを使うラスボス」シドーが出る可能性あり? これは期待。ノヴァの見せ場も密かに嬉し
かったです。でも今回の注目はやはりクロコですな。華々しくはないけど、あれで何気にヘタレ
とは呼ばれない彼。本作でも存在感は充分、後はアトラス戦で、原作にない華々しい活躍を!
>>サナダムシさん
ロシアンファイトを越えたシコルスファイトですな、これは。師の教え、ライバルとの戦い、そして
自らの創意工夫。どこかのバカ妖術師と違って、本当に少年漫画のヒーローとしてカッコいい、
熱い戦いぶりを魅せてくれます。これで勝って帰れば、きっと皆も褒めて……いや……う〜む。
122 :
しけい荘大戦:2009/06/15(月) 01:02:38 ID:SnOJfW6y0
第二十七話「結」
爪を指でつまみ、左目から取り除く天内。失明は免れていたが、左部はほとんど闇に覆
われてしまっている。
「グゥ……ッ!」
天内が視線を戻すと、拘束から逃れたシコルスキーの姿がない。と、気づいた時にはす
でに死角から攻め込まれていた。左頬を穿つ右フック。真横にダウンを喫する天内。
「こ、こんなことが……ッ!」
「さァ……決着をつけようぜ、天内」
タキシードを脱ぎ、勢いに任せて床に叩きつけようとするシコルスキー。が、直前でタ
キシードがオリバからの借り物ということを思い出し、丁寧に折りたたむ。あとで返す時
に殴られてはたまらない。
「私が……敗けるハズがない……。地上を愛で満たすまで……」
満身創痍の両雄が向かい合う。あとは二人の間で、勝者と敗者を決するのみ。
天内悠は、生来争いを好まない性質だった。
少年時代。飼い犬同士の喧嘩から、三面記事の名も知らぬ酔客の乱闘騒ぎ、果ては国同
士の戦争に至るまで、あらゆる争いに彼は心を痛めた。涙することさえあったという。
しかしある日、些細なきっかけから、天内は同年代の児童と喧嘩をせざるを得なくなっ
た。いくら争いが嫌いだとはいえ天性の素質を持つ彼が後れを取るはずがなく、トドメと
なるボディブローが決まった。
うずくまる相手の姿と拳に残る感触が、幼い天内を責め立てる。すると、
「うぅっ……痛いよ、いだいよぉぉぉっ!」
「───!」
痛がりようが尋常ではない。急いで天内が病院に運び込むと、喧嘩をした児童は自覚症
状を伴わぬ悪性腫瘍を腹部に抱えていたことが分かった。もし天内に殴られず、もう数日
間も放っておけば、命はなかったかもしれないとのことだった。天内が命の恩人として感
謝されたのはいうまでもない。喧嘩が人命を救ったのである。
123 :
しけい荘大戦:2009/06/15(月) 01:03:25 ID:SnOJfW6y0
思い返せば、直接の原因ではないにせよ、あれがきっかけだったのかもしれない。
天内がテロリズムにのめり込むようになったのは──。
愛なくして闘争はなし。闘争なくして愛はなし。地上を人類史上最大の愛で満たすには、
やはり人類史上最大の闘争を引き起こすしかない。
気がつけば、天内は首までどっぷりと浸かっていた。
幼少時おぼろげに立てた仮説は、彼が力を蓄えていくにつれ、行動として発露されてい
く。程なくして、彼は自分に魅せられた大勢の同志らを率い、一大テロ組織を築き上げる。
その後は地上を混乱の渦に叩き落とすべく、地域を選ばずテロ活動を行った。
ホワイトハウスに潜入したのも、最上の舞台で超大国の長ボッシュを殺害し、全世界に
火種をばら撒くため──全てはこの日のためだった。
「私が敗けるハズがないッ!」
咆哮とともに、天内がまたもノーモーションジャンプ。すでに破られているにもかかわ
らず。
「また撃墜してやる……」
「計算もクソもない。愛が通用しないなら──全力で仕留めるのみ!」
これまでの天内は、シコルスキーの苦手とする速度やタイミングを察知し、それを攻撃
に反映させてきた。が、今はちがう。己の持ちうる最大威力と最高速度を以って、シコル
スキーに跳び蹴りを放つ。
神速の右脚はガードを軽々ぶち抜き、シコルスキーを壁まで吹き飛ばす。
「──ぐはァッ!」
さらに一瞬で間合いを詰めると、がら空きのボディに前蹴りをぶち込む。胃袋を揺さぶ
られ、シコルスキーの口から胃液が噴射される。
「こ、これだよ……あ、天、内……」
「………?」
「今の打撃こそ、俺がもっとも拒み、望んでいた……ヤツだ」
124 :
しけい荘大戦:2009/06/15(月) 01:04:26 ID:SnOJfW6y0
純粋に勝敗だけを考えるなら、シコルスキーにとって天内の全力は本来避けるべき代物
だ。だが、同時にシコルスキーはとても喜んでいた。天内が全力をぶつけてきたという事
実に。
「行きますよ……」
ここに来て初めて、全身を駆使した究極ジャンプ。天内が飛翔する。
高く、速く、気高く、美しい。
上空から位置エネルギーを味方につけた天内が、地上で待つシコルスキーに踵落としで
脳天を砕かんと迫る。
「全力には全力で……。私はいつもそうやってしけい荘を生きてきた」
シコルスキーの生き様。全力の暴力を振りかざすオリバたちに対し、全力で逃げ、全力
で土下寝し、全力で泣きわめいた。もっとも今この時だけは──
「今ッ!」
──全力にて、つまむ。
振り落とされる天内の強靭な踵を、シコルスキーは右手の親指と人差し指だけで受け止
めてみせた。シコルスキー最大の武器が、また一つ新たな花を咲かせる。
「バカな……」天内が絶句する。
「指だけは──譲れんッ!」シコルスキーが力を爆発させる。
シコルスキーが踵をつまんだまま、天内を投げ飛ばす。空中で体勢をひねり、難なく着
地する天内。振り返ると──
右目とわずかに快復した左目に、猛スピードで迫る巨大な靴底。
シコルスキーの得意技、ドロップキックだ。
天内は己に向かってくる両足が、なぜか愛しかった。全力を与えるという喜び、全力を
与えられるという喜び。
「あァ……ナルホドね」
相手の欲求を察し、満たす。相手の急所を暴き、突く。これらは愛や闘争に、不可欠な
駆け引きである。
125 :
しけい荘大戦:2009/06/15(月) 01:05:16 ID:SnOJfW6y0
──が、真に愛や闘争を賞味したいのであれば。
全てをさらけ出し、持てる力を出し切り、相手にぶつける。友好を結ぶべく、あるいは
打倒すべく。
だからこそ、楽しいのだ。
入った──モロに。
シコルスキーの重ねられた両足が、ずぶずぶと天内の顔面にめり込む。
ドロップキックで肉体と意識を分断される刹那、天内はかすかに笑っていた。シコルス
キーも、おそらく本人も気づかなかったにちがいない。
後頭部から墜落する天内。もはや彼に全力以上の引き出しはなく、立ち上がることはで
きなかった。
完全結着。
第二十七話完了です。
>>118 死刑囚はもう一度出て欲しかったですね。特にドイル。
>>119 読み返すと、天内も結構強いですね。
あの哀願がなければ、もっと良かったですが。
>>120 ありがとうございます。どうにかここまで来れました。
>>ふら〜りさん
侮辱→文化バトル→玩具化→マジギレ→自殺→妖術。
刃牙さんのバトルは難しすぎる。
127 :
作者の都合により名無しです:2009/06/15(月) 07:10:47 ID:9gZ/v+ER0
シコルカッコいいですねえ。「愛」の攻撃をモットーとするアマナイに
それ以上の愛溢れる攻撃で勝つんですから。主役ですねえ。
>侮辱→文化バトル→玩具化→マジギレ→自殺→妖術
でも大して面白くないという…。最トー編が懐かしい
シコルスキー戦もきれいに終わりましたね。
でもあと1戦くらいあるのかな?
あと30話まで3話あるし。
このシリーズは好きなのでこれからもやって欲しいですね。
そろそろ未出原作キャラが尽きてきたでしょうが・・
第二十二話 死闘開幕
クロコダインとアトラス、力と力の勝負に相応しくどちらも引く様子を見せない。
互いの武器が交差し、一歩も譲らぬ展開になった。
「どけ〜〜〜〜!!!」
アトラスが思いっきり棍棒をクロコダインに叩きつける。クロコダインはそれも防ぐが、アトラスの第二撃は一息もつかない内に放たれた。
アトラスの自慢の怪力があってこそのなせる技である。この攻撃力を前にクロコダインも一瞬膝を崩す。しかし、この程度で彼が闘志を失う訳がない。
クロコダインはアトラスに近づき、グレイトアックスを振り下ろす。
「唸れ、爆炎よ!!!」
斧を振り下ろすとイオナズン級の爆炎がアトラスを包み込んだ。
「これ程の物か、このグレイトアックスならば、いける!!」
追い打ちをかける様にアトラスに攻撃を仕掛ける。
ボブルの塔にポップ達四人、ダイとエスターク、そしてバーンが侵入してから大分経ち、全員地下に進んでいた。
「しかしさっきの竜の像はなんだろうなあ。」
先程見かけた眼の無い竜の象に興味を示すポップ。
「もしかしたら眼を見つけて像に付けるんじゃねえか?」
「仮にそうだとしても像の眼などそう簡単に落ちているものではないだろう。」
ポップの言葉にラーハルトが返す。そんな事をしている内にポップ達はこれまでとは一線を隔すモンスターを見かけた。
「何だ、こんな奴等塔に呼んだ覚えはないんだがな。」
馬面のモンスターはポップ達に近づく。
「まあ、招かれざる客は殺しておくのが一番安全か・・・」
モンスター・ジャミはポップ達の”掃除”を実行に移す。
「本気で私達を殺すみたいね。鎧化!!!」
「鎧化!!!」
マァムとラーハルトが全身を鎧に包み迎撃する。
「よし、俺もやるか。」
ヒムは右腕に闘気を溜める。ポップは後方からメラゾーマ、マァムは閃華裂光拳で攻撃する。
「ふふふ、貴様等は決定的なミスを犯した!」
ポップのメラゾーマ、そして、マァムのマホイミが自分達を襲う。
「こ、これは、マホカンタ!?」
「その通り。俺の前には魔法攻撃は通用しない。例え身にまとった物でもな。」
自信に充ち溢れながらジャミが言う。
「ならば、俺だけで闘おう。」
ラーハルトが一人ジャミの前に躍り出る。
「無茶よラーハルト!!一人で行くなんて。」
マァムも止めようとしたがポップに止められた。
「呪文が効かない上にお前やヒムの技は発動までに時間がかかる。だからあいつは一人で闘おうとしてるんだ。」
「下手に不意を突かれて共倒れでもしたら厄介だか・・・」
ヒムが喋りきる前にジャミがバギクロスを唱えた。
「おっと、こういうことだ。もたもたしてたら足手まといになっちまうぜ?」
不本意ながらもポップ、マァム、ヒムはこの場をラーハルトに任せた。
「ふん、一人だけで闘わせるとは、余裕があるのか、馬鹿なのか?」
「さあな、その内知ることになるだろう。」
その一部始終を見ていた者がいた。
「ふん、まさかジャミがこの塔にいるとはな…ミルドラースめ、とうとう沈黙を破ったか。」
バーンは言動とは裏腹に顔が微笑んでいた。
「地上爆破前の面白い余興になってきたな。」
バーンは二人の闘いの結末を見通した様に笑った。
三人が三ヶ所に別れた分岐点まで歩いた所でヒムが提案する。
「おい、たまには別々で散策しねえか?ラーハルトは今向こうで交戦中だし、一方向を三人で進むよりは有意義だろう?」
「確かにそれもいいかもしれないけど、危険すぎるわよ。」
「危なくなったら引き返すこともできるし、大丈夫じゃないか?」
等の意見も出た結果、別行動を取ることになり、一時間後に落ち合うということで話がまとまった。
「もう、ポップも勝手な発言しちゃって、後で泣きついたって助けてやらないんだから!!」
歩きながらマァムが文句を言いふらす。一方でヒムは将来ポップは尻に敷かれるな…等と思いながら歩いて行った。
ダイとエスタークは竜の像を見ていた。
『なんだろう、何かこの像から気配を感じる。竜の神殿に行った時みたいだ。』
「おい、何してるんだ?行こう!」
大分落ち着いてきたのか、エスタークもダイと行動を共にしながら移動していた。
「おい、あそこに階段がある!」
エスタークは地下への階段を見つけると、急加速した。
「あ、待てって・・・」
エスタークが階段を下りた先には見知った者がいた。
「ゴンズ!!」
「やっぱりここに来やがったな。正直他の奴が来た時はどうしようかと思ったぜ。」
エスタークはゴンズに斬りかかった。一足遅れでダイも相見える。
「エスターク!!」
流石のダイも二人が闘い始めていることには驚いた。
「ダイ、手を出さないでくれ、これは俺のけじめなんだ!!」
一度は剣に手を掛けたダイだが手を下げた。傷が癒えなくても共に刃を向けた自分が手を貸してもらう事など彼の誇りが許さない。
ダイは心残りを隠しながらも、エスタークの闘いを見続ける。
「すぐに助けを呼ぶことになるぞ。グハハハハ!!」
覇王の剣を巨大な斧で受け止めながらゴンズは笑っていた。
「こんな所にまだ下りる所があったのかよ。」
ヒムは偶然見つけた下り階段を下りていく。その先には一人の魔道士が立っていた。
「おやおや、ここにたどり着く者はダイかエスタークと思っていたのですがね。おほほほほ。」
魔道士ゲマは嘲笑う。ゲマの言葉にヒムが反応した。
「まさかここにダイがいるのか!!!?」
唐突なダイの名前にヒムも驚く。
「私の立てた計画をゴンズが成功しているのならばダイもここにいるでしょうね。しかし、見た所勇者に味方をする魔物の様ですが…おほほほほ。」
ゲマの人を見下した笑い方にヒムがキレた。
「その笑い方をやめねえと、首の骨をへし折るぜ。」
「貴様〜叩き潰すぞ〜。」
優勢だったクロコダインも体力の差で次第に追い詰められていく。
『く、ここまでか。…いや、ここで諦める訳には…」
その時頭上から巨大な棍棒がクロコダインの頭部に激突した。
あまりのダメージに思考さえ飛び、遠のいていく。その時ピンチを救ったのは友の言葉だった。
「諦めるなクロコダイン!!新たなグレイトアックスに誓って、勝つはずではなかったのか!!!
例え、草の根に噛り付いてでも、諦めるな。諦めない限り、必ず勝利の兆しは見えてくる!!!!」
友、ヒュンケルの言葉がクロコダインの脳裏に焼き付いて離れなかった。
「そうだ、この武器を造ったロンベルク殿もノヴァも…俺の敗北を望むはずがない。
それに・・・・ヒュンケルは……傷ついた体を押して、俺を励ましたのだ・・・・・・尚のこと、負けるわけにはいかん!!!!」
不屈の闘志でクロコダインが立ち上がった。
『お前を奮い立たせた言葉がアバン殿の言葉ならば、俺を奮い立たせた言葉は、
ヒュンケル、友の言葉だ!!!!』
133 :
ガモン:2009/06/15(月) 21:18:23 ID:zXh/4oBz0
第二十二話 投下完了です。
右を見ても左を見てもバトルな話になりました。
>>サナダムシさん
天内も狂うように愛を追及し、相手の望む事、または嫌がる事を熟知し戦闘に臨みましたが、
強くなっていくシコルスキーを前になりふり構わずにノーモーションジャンプ。
しかし、その天内の全力を受けても更に超えるシコルスキー、
最後はシコルスキー独自の愛・闘争の哲学を持って天内を撃破、凄まじい決着でした。
134 :
女か虎か:2009/06/15(月) 21:49:58 ID:Wq2HiE/s0
14:CURSE YOU ALL MEN (1/2)
目と肩にじんわりと滲む疲労に耐えながら、蛭は自室のソファに身を預けていた。
通信機の類は渡されていない。全てを終えて戻ってくるまで、黙って自分の任務にいそしむよう
厳命されている。つまり今の蛭には、主人であるサイの仕事の首尾を確かめるすべがなかった。
それでもいい、と蛭は思う。
彼は主人の成功を確信していた。
あの人なら必ずや計画通り、標的を仕留めてこのアジトに戻ってくる。解体し、観察し、自分の
正体を知るための礎にする。今回のターゲットは少々変り種、いつもの獲物ほど簡単にはいかない
かもしれないが、常に進化を続けるあの人にとってはそれも飛び越せるハードルの一つでしかない。
助走を長くとり、充分に反動をつけ、力一杯地を踏み切れば難なく越えられるはずのものだ。
しいて不安要素を挙げるとするなら葛西と――
そこまで考えて蛭は首を横に振った。
やめよう。今はあの人の勝利と帰還だけを信じていよう。
自分が仕えるべき主人に選んだあの人の。
「テレビでも観るかな……」
仮眠をとろうと部屋に戻ってきたはいいが、クリーンベンチのブルーのライトがまぶたの裏に
ちらついて眠るに眠れなかった。心地よい睡魔が迎えにやってくるまで、適当にニュースでも観ながら
体を休めるのもいいかもしれない。
どのチャンネルでも構うまい。今の時間なら恐らくは、どの局でも朝のニュース番組をやっている。
リモコンを手に取りスイッチを入れた。
灯かりのついていない部屋に、数秒の間をおき映し出される映像。
アナウンサーの無機質な語りが、スピーカーから溢れ出す。
『――混迷の続く連続大量虐殺事件の捜査について、現在警視庁で記者会見が開かれ……』
蛭の表情が凍った。
テレビ画面の青白い光に、黒瞳が吸い寄せられて固定された。
*
自分の体に何が起こったのか、≪我鬼≫は理解するすべを持たなかった。
プールの温度や流水が電気で制御されることなど知る由もなかったし、ましてやシステム・ルームに
細工した上で電力供給を復活させ、高圧電流のトラップとするなど、想像どころか世界観の埒外だった。
そこかしこが爆ぜ、爛れ、焼け焦げ、言うことを聞かなくなった体だけが、今の≪我鬼≫に唯一
認識可能な現実だった。
「近代文明さまさま……ってとこだよね」
≪奴≫の声が響いた。
首を動かせば振り返れる位置だが、今の≪我鬼≫にはそれすらままならない。自分がなぎ倒してきた
瓦礫と、破壊された天井から覗く暗い空が見えるだけだ。
「あんたが暮らしてた密林にはなかっただろ、こういうの。……ああ雷があるか。でもそう滅多に
落ちてくるもんじゃないしね」
≪奴≫の口から紡がれる言葉も、≪我鬼≫にとっては意味をなさない音の羅列。
首を掴まれる。力ずくで捻られ≪奴≫の方を向かされる。
直面させられた顔は元通り、≪二本足≫としてのそれに戻っていた。
構成部品は異なれど、丸い顔と大きな両目は、全ての哺乳類の仔に共通の特徴だ。
135 :
女か虎か:2009/06/15(月) 21:52:35 ID:Wq2HiE/s0
「そもそもが……無理な、話だったんだよ。ちょっと獰猛なだけの猫が人間に……たてつくなんて、さ。
……ッく、は……やば、内臓きっつい」
口から血を溢れさせ、≪奴≫は顔をしかめる。
体液の混ざった臭い血反吐が、とぽとぽと肉が剥き出しの≪我鬼≫の体に零れた。もちろん、衛生
観念など持たぬ≪我鬼≫には何の意味もないし、熟れた果実のように爆ぜた肉はとうに感覚そのものを
失っている。
「俺には火加減に注意しろって仰ったわりに、随分とまあ黒焦げじゃないですか」
「一応まだ……ケフッ、生きてるし、コゲコゲの炭にまでは、コフ……なってないから……ガフッ、
合格点ってとこじゃない?」
割り込んだもう一匹の声に、血の混じった咳をしながら≪奴≫が答える。
「平気なんですか元に戻って。いい加減お体が限界みたいですが?」
「あのゴツゴツの前脚で解体なんかできるわけないじゃん」
「そりゃ、ごもっともで」
首が更に捻られる。ゴキンという生々しい音が、鼓膜ではなく骨を通して響く。
時に咳き込み血反吐を撒き散らしながら、≪奴≫は彼の体を磨り潰しはじめた。
まずは骨を砕いて処理しやすくし、続いて筋肉、内臓と解体を進めていく。あらかじめ決まっている
らしいその手順は、獲物を捕らえたときの食事の作法に少し似ている。
生きたまま≪我鬼≫はミンチ肉に近づいていく。
と、ふいに≪奴≫の前脚の動きが止まった。
上空に視線が動く。
「アイ? ……うん、済んだよ。そう……うん、降りてきて。カフッ……それと応急処置お願い」
間は本当にごく一瞬。すぐに再び作業が始まる。
裂かれた腹に前脚が突っ込まれ、ぬるぬるとぬめる腸を引き裂く。胃は潰され、肝臓はペースト状に
され、≪我鬼≫の命の灯火は確実に消滅に向かって弱まり続ける。
グル、と≪我鬼≫は弱く唸った。
死が目の前にある。
密林の王者であった彼が他の生き物に与え続けてきたものが、今すぐそこまで迫っている。
体が言うことをきかなかった。ズタズタに破壊された体細胞が、知能ではなく本能で認識できた。
何としても回復しなければ。
エネルギーを取り込まければ――
唸る彼の声に混じった怨嗟の響きに、≪奴≫は気づかなかった。
肋骨をへし折り、胸郭の奥に守られた心臓へと手を伸ばす。十メートルの巨体を支えていたポンプを
鷲掴み、腐った果実のように握り潰そうとする。
ボコリ、と音が響いたのはそのときだった。
回復に伴う軋みとは異なる音に、≪奴≫の細胞が警戒にわななく。
以前一度、解体途中まで追い込んで再生され逆転されている。これ自体は無理もない反応だ。
だが違う。
これは再生ではない。
鷲掴みにされた心臓がドクンと鳴った。
ピンク色の肉塊に所狭しと這った血管が、うねり、波打ち、蠢きながら激しく脈を打った。
「な……」
≪奴≫は更に前脚の先に力を込める。理解不能な現象を肉片にすることで断とうとする。
136 :
女か虎か:2009/06/15(月) 21:55:44 ID:Wq2HiE/s0
端的にいうなら、≪奴≫は間違っていた。
完全な勝利を望むならここで心臓から前脚を放し、≪我鬼≫の体から距離をとるべきだったのだ。
かつての失敗が≪奴≫に選択肢を誤らせた。
そしてその誤りこそが、≪我鬼≫にとっては勝機となる。
握り潰される寸前、心臓の血管が蠢いた。
自らを握り締める小さな前脚に、蔦のごとく伸びて絡みついた。
「っ! 何……これっ」
慌てて引き剥がそうとする≪奴≫。
しかし血管は組織の深部まで食い込み、ちょっとやそっとでは剥がれてくれない。
「やだっ……葛西これ焼いて! 焼き捨てて!」
「や、焼くっつったってこんな深くちゃ……」
絡みつくのは前脚に留まらない。肉に埋め込まれるように食らいついた血管は、ボコボコと音を
立てて這い上がっていく。
≪奴≫は前脚を引きむしった。明らかにパニック状態に陥っていた。派手に裂けた組織から血が
溢れ、一部引きちぎられた血管が床に落ちるが、その程度ではもはやどうにもならない。
荒地で育っていく大樹の根のように、幾度も枝分かれをくりかえしながら奥へ奥へ先へ先へと。
血管はついに肩に達した。それでも進行は止まらなかった。
首。胸。
そして――顔。
「何だよ……なんだよ、なんだよっ、これ!?」
頬から額へ、血管は更に這い上がっていく。
悲鳴が上がった。ほとんど絶叫といってよかった。
ゴウン、と≪我鬼≫の体が唸った。
≪奴≫は気づかない。前脚から顔にかけて這い回る醜悪な血管に意識を奪われている。
そう。それでいい。
食い込んだ血管から、≪我鬼≫は一気に養分を吸い上げた。
寄生植物に似た芸当。相手の組織に自分の組織を食い込ませ、再生に必要なエネルギーを奪う。
「あ、……っ」
≪奴≫の体が傾いだ。
床に前脚をつく。
生白くとも張りのあった表皮が急速に干からびていく。
数十年も一気に老けたように。
流れ込んできたエネルギーを、≪我鬼≫は歓喜とともに受けた。
まず回復するのは破壊された内臓。続いて骨格。そして筋肉。
全身の再生が加速していく。
「こ、のっ!」
≪奴≫が歯を食いしばった。
養分を吸い上げる血管の群れを、前脚ごと引きちぎろうと力を込める――
が。
「……え?」
ふいに、≪奴≫の表情が凍った。
「……この細胞……まさか……そんなのって」
137 :
女か虎か:2009/06/15(月) 21:58:19 ID:Wq2HiE/s0
≪我鬼≫の反撃はそれだけでは終わらなかった。
再生しかけた傷口の肉が隆起し、くずおれた≪奴≫の両前脚に絡みつく。
赤頭巾の狼のように裂けた腹に、凄まじい力で引きずり込むつもりだった。
抵抗はない。
床に前脚をつきへたり込んだまま、ただなすがままになっているだけだ。
「何やってんですサイ!」
しかしその瞬間炎が疾った。
大柄な二本足が放った火が、≪奴≫の前脚を焼き尽くした。消し炭になった両前脚の先と引き換えに、
≪奴≫の体はようやく完全に解放された。
そうそう思い通りにはいかないらしい。
まあいい。あの状況を打破できただけでもひとまず良しとしよう。
≪我鬼≫は立ち上がった。
≪奴≫ともう一匹をその場に残し、四本の脚で力強く跳躍した。
*
炭化したサイの両肘から先がボロリとあっけなく崩れた。
かつて確かに血と肉と骨だったそれは、炎が作る熱風に巻かれ、黒い炭素の粉末となって視界の
外へと散っていく。
血管の浮いた顔の表面は、≪我鬼≫との繋がりが断たれてからもなおボコボコと蠢いていた。
サイの体内に取り残され、行き場を失った細胞が暴れているのだ。
「すんません。とっさにあれ以上手加減しようがなかったんで。大丈夫ですか?」
サイは答えない。
両目は大きく見開かれ、蒼白だった顔がますます無機的な色へと近づいている。
それがさっきの血管のせいばかりではないことを、葛西は敏感に感じ取った。
「サイ、どうしました」
反応を見せず、協力者の顔すら見ることなく、ただその場に力なく座り込むばかり。
「嘘だ」
老人の顔で吐き出されたにも関わらず、続く言葉は迷子の幼児の寄る辺なさを帯びていた。
「嘘だ、こんなの……こんなの嘘だ……!」
*
追って来るかと思いきや、≪奴≫はそのまま動くそぶりを見せない。
再生したばかりの舌で、≪我鬼≫は口の周りを舐めずった。
好都合だ。この間に一度退却し、何か食ってエネルギーを補給しよう。吸収による補給はあくまで
一時しのぎに過ぎない。
食わなければ。
瑞々しい活力に満ち、弾力に富んだ若い雌の肉を。
そう思って空を見上げたとき、宙に浮かぶ奇妙なシルエットに気づいた。
明らかに鳥とは異なるその影は、≪我鬼≫の知識にも記憶にも存在しないものだった。
138 :
女か虎か:2009/06/15(月) 22:00:12 ID:Wq2HiE/s0
*
『……アイ』
「はい、サイ」
高度を落としていくヘリの上でアイは、通信機を介して一部始終を聞いていた。
そして悟っていた。
彼女の主人が全てを知るに至ったことを。
『あんた、知ってたね? ――このこと』
「はい」
『知ってて、言わなかったね?』
「はい」
細胞解析を担当していた蛭の報告と相談を受け、サイにはしばらくこれを伏せておくべきと判断した。
幸い、同様の解析結果に辿り着いている警察も、しばらくその事実を発表する気はないようだった。
アイとしてはサイに何も伝えず、ただ口をつぐんでいるだけでよかったのだ。
『……なんで?』
「その方が、今回の仕事の成功率が上がると判断したからです」
進化しつづける常識を超えた力と、飽くことなき向上の姿勢を兼ね備えたサイ。
もし彼に弱点があるとすれば、それは物理的なものではない。
不安定な心。アイデンティティの欠如に悶え揺れ動く精神。場合によっては更なる飛躍の糸口と
なりえる一方、仕事の完璧な遂行においてはしばしば障害となるもの。
もしこの事実がサイの耳に入れば、確実に彼は激しく揺さぶられる。今通信機を通じて伝わる
サイの声が、明らかに疲労や負傷以外の何かによって震え、かすれているように。
ただでさえ危険度の高い今回の仕事において、それは大きな不安要素になり得た。
『あいつは、≪我鬼≫は』
耳に届く声がひときわ大きく震えた。
『人間じゃないか』
アイはわずかに目を伏せた。
首は振らず、口から紡ぐ声だけで肯定した。
「その通りです」
ガモンさん連続投下申し訳ありません。今回を逃すと次にいつ投下できるか分からないので。
本来は次に投下予定の2/2と合わせて一区切りですが、いい加減長いので区切りました。
クライマックス? 終わりが近い? いいえ、ケフィアです。
バキスレの皆様もうしばらくお付き合いください。
しかし、正直、元ネタが山月記って時点でこの展開は読まれてしまっていたような気もします。
どうなんでしょう。よければ今後の参考のため、この辺について聞かせていただけると嬉しいです。
以下でコメントレスとSS感想。
>ガモンさん
ガモンさんこそお疲れ様です。
そうですね、とりあえず白黒ははっきりした段階です。
サイはアイなしでは100パーセントの力を発揮できないと思い、ここで彼女に出てきてもらいました。
だって怪盗Xだから! アイと二人で一人の犯罪者(ユニット)だからー!
>>465さん
題名についてはおっしゃる通りです。
あれの名回答とされるものに『女と虎と』というのもありまして、
そちらと悩んだあげく結局はオーソドックスにこちらになりました。
電気ショックは原作でもサイ本人(+細胞移植した約1名)を行動不能にしてるくらいですから、
それなりの破壊力かと思いますね。
>>466さん
原作の多くのシーンでは冷静をつらぬいていたアイですが、
時に予想外の事象・事態への動揺やサイに対する慈愛などを覗かせる場面もあり、
感情が全くないというわけではなさそうなので、今回はこういうシーンを入れてみました。
ネウロと弥子が少年漫画史に残るべき名コンビなのは万有引力の法則なみに当たり前で自然なことですけど、
脇を固めるサイとアイも忘れちゃいけないと思います。
ちなみに私の中では石垣&等々力も名コンビ扱いですが、初出が遅いからか周囲には認めてもらえません。
>>467さん
『女か虎か』はもうちょっとだけ続きますよ。亀仙人的な意味で。
>ふら〜りさん
そういえばジョーズもこのパターンでしたっけ。
化物じみた生き物を退治する手段としては王道なのかもしれませんね、電気ショック。
文明=知的生物最大の武器の象徴だしなー……
アクションシーンが苦手なので暖かいお言葉をいただけてホッとしました。
しかしここで甘えていてはいけない。映画の殺陣でも文章に起こして勉強してこよう。
>>469さん
いやあ規制って本当にやなもんですね。
私も投下はおろかレスさえもできなくてここ最近本当に困っていました……
荒らしをしでかした我々と同じプロバイダ使いの馬鹿は明日ヅラを風に飛ばされて赤ッ恥かけばいい。
>サマサさん
はっはっは。なあに、まんぷくネウロに比べりゃ子猫ちゃんもいいとこですよ。
春川の知性とカリスマはネウロ界一ですよね(シックスは個人的には大好きだけど、
最終回付近の小物臭が半端ないので二軍)このSSはHAL編後なので出せないんですけど、
名前くらいは登場させてみたかったんです。
>サマサさん(SS感想)
オリオンの死亡フラグバリ8っぷりにコカコーラzero噴きました。
レオンティウスさまお願い義弟には手を出さないであげて。妹にバレたら家庭崩壊よ。
前回ラフレンツェの話は普通に悲しいと思ったのに、今回で何かいろいろと台無し!(誉めてます)
渡し守の元ネタはギリシャ神話のカロンさん……と思いましたが、たぶんサマサさんは
そういうことを言ってるわけじゃないよなあ。
海馬は遊戯たち以上に容赦がなさそうです。南無三。
てか、渡し守の奥さんどうなったんだろ。
ところで最後に一つだけ言わせてください。
>二次元の女性はトイレに行かないのだ
気持ちはわかるが現実を見すえろ。
>ガモンさん(SS感想)
ダイの大冒険、漫喫でちょっと読みました。熱い! 火傷しそうなくらい熱い!
どんどん話が大きくなってきましたね。人類VSモンスター、激しくなりそうだ。
最近原作をちょこちょこと読んでいますが、クロコダインがなにげに好きなので
彼の活躍に激しく期待してしまいます。人情熱さと漢気が見たいところ。
ちなみにゲマも好きなんですが、彼のほうは活躍希望というよりは
なるべく盛大に叩きのめされてほしいという感じです。日ごろの行いの差か……
>L'alba della Coesistenzaの方(SS感想)
「今のはメラゾーマではない、メラだ」ダイ好きならずとも知っているほどの名台詞ですが、
「メラではない、メラゾーマだ」かあ。こういう原作要素のさりげないピックアップはいいですね。
イルミナ、好みです。ヒロインらしきキャラとおっしゃってますが誰が何と言おうが私は
好みです。二の腕たくましかろうが腹筋割れてようが、漢気あふれる女はいい女だ。
彼女はオリジナルキャラなんでしょうか。コンプレックスと憧憬のコントラストが
私のツボを突いて離しません。彼女の「一人の魔族」としての未来が気になります。
>サナダムシさん(SS感想)
オリバの戦法、私はパックマンというよりダンゴムシを思い出しました。
いやでも違うな。ダンゴムシはもっと人畜無害な生き物だな……
しけい荘のみ読んだ限りでは結構バキ好きなんですが(神経太くて空気読まないところが)
このスレではしけい荘メンバーの方が圧倒的に人気あるみたいですね。全身くまなく粉砕されても
なおデートを諦めないところとか、なかなか面白い奴だと思うんですが……
シコルスキーの勝利はスカッとしました。天内はラスボスオーラゆんゆんで個人的に好きな
ボスキャラでしたが、倒れ方も華々しくかつ爽やかでよかったです。しけい荘のバトルで一番好きかも。
>さいさん(SS感想)
瑠 架 腐 女 子 か よ !!
普通は少女二人の微笑ましいやりとりに和むところなんでしょうが……すみません。
しかも二次元の男のみならず三次元(読者から見れば二次元に変わりないけどまあ彼女にとっては)
の男もOKだなんて、相当な筋金入り……
緩やかに流れていくようで着実にいろんな要素が積み上げられていってますね。これらが
そのうちどうやって結実していくのか楽しみにしています。
しかし沙子は可愛いなあ。原作で彼女を救った静信は恐らくこの物語には出てこないのでしょうが、
だからこそこの作品の彼女がどうなっていくのか興味が尽きません。
141 :
ふら〜り:2009/06/15(月) 22:24:41 ID:Zm+kKD3F0
>>サナダムシさん
>同時にシコルスキーはとても喜んでいた。天内が全力をぶつけてきたという事実に。
やはり彼も格闘士、つーか男の子! こういうことで喜ぶのは、武道家としては良くない
けれど……ってのも少年漫画的哲学のお約束。で、日頃オリバや仲間たちにボコボコに
されてるシコルは、天内の全力程度では倒れず。得意技二連撃で豪快にKO、お見事っ!
>>ガモンさん
同時進行であちらもこちらも火花散ってますね。しかしこの勢いなら、どの組み合わせも
負けなさそう。特にやっぱり勝利フラグをきっちり立てたクロコ! そういやヒュンケルは
魔王軍時代からの同僚だし、魔法皆無の戦士同士ってことで一番近い存在なのかも。
>>電車魚さん(11巻。葛西の悪論、正に正に私が日頃抱いている不満そのものでした!)
今回は「生きながら解体」ですかっ。まぁ私は激痛描写も好き……って全然痛がってないし。
死ぬ瞬間までバケモノよのぅと思ってたら脱出してしまうし。その上、最後にまた予想外も
いいとこな一撃。ともあれ全く予測できないこの勝負が、まだ終わらなさそうなのは嬉しい。
第五話 楽園
地上を目にした大魔王の娘は息をのみ、立ち尽くした。
むさぼるように周囲の景色を見つめ、陽光を浴びるように手を広げる。
時刻は正午、太陽が天高く輝いている。
やがて視線が上に動き、太陽に据えられた。片手を伸ばして掴み取る仕草をする。
手を下ろし、瞼を閉ざした彼女の口からかすれた声がこぼれた。
「これが――これが父の……」
あとは言葉にならず、息となって吐き出された。
どれほどの間光を浴びていたのかわからない。目を開けた彼女は感情を抑えようとして果たせなかったようだ。顔をそむけ、背中越しに告げる。
「一目見ることができてよかった。この光景だけで来た価値があった」
泣きそうな、震えている声だった。
シャドーもつられて感情が高ぶったのかふるふると揺れている。
しばらくして興奮がおさまった彼女は咲き誇る花のもとまで駆けより、摘み取って香りをかいだ。
途端に顔がぱっと輝いた。
「うおおおお!」
大量の花に顔をうずめるようにして鼻を動かしている。野生の花の香にすっかり魅了されているようだ。
腕っ節といい言動といい女性らしさは皆無だが、やはり華やかなものに憧れるのかもしれない。
いくら大魔王に似ていてもこういうところは年頃の娘と言える――そう思ったダイは次の瞬間転んだ。
「よし、武器屋を見に行くぞ!」
と、喜々として叫んだからである。
「真っ先に武器屋って……レオナ以上におてんばだなあ」
勝気な少女の名を呟いたダイはわずかに顔を曇らせた。
地上へ戻ってきたものの、すぐにポップ達の元へ向かう気にはなれなかった。
頭が混乱し、機会を逃して言い出しかねている。
明らかに大魔王の血縁者だとわかる彼女についてどう説明すべきか迷っていた。人間と仲良くするどころか、父の遺志を継ぐ決意を固めているのである。
アバンたちが攻撃せずとも、ダイの正体を知れば彼女は敵となるだろう。
良好な関係が芽生えかけているのに踏みつぶすような真似は避けたかった。
近くの町に入る前、大魔王の家族とその部下、そして勇者である少年はそれぞれ姿を変えた。
イルミナは黒いローブに身を包み、フードで端正な顔を隠している。そうすると肌の色が人間と同じであるため魔族の血を引いているとは思えない。
シャドーは町人との話をスムーズに運ぶため適当な人間の身体を借りている。一時的なもので特に害を加えるつもりはないためダイも止めなかった。
ダイはポップ達が自分の行方を捜していることを知らず、変装するつもりもなかったのだが、彼女が強引に押し切ったのである。
お忍びで諸国を遊覧する王族の心境に近い。
技巧をこらしたものではなく稚拙な変装だが、勇者が行方不明だという噂を聞いた程度ではわからないようになっている。
どことなくそわそわしている魔族を見てダイはたしなめるような視線を向けた。
「イルミナ……」
父が渇望したものを、破壊しようとした世界を知るため――そして体勢を立て直すために地上に来たはずである。
だが、とてもそうは見えない。
「魔界には無い店もあるだろうからな。見聞を広めるためにも見て回らねば」
そう言いながら懐からイヤリングなどの装飾品を出してみせる。魔界を彷徨う旅に出る前に持ち出したらしい。
売り払って資金にする気である。
遠足に来た子供のような態度では、見聞を広めると言ってもそれらしい名目をつけたとしか思えない。
武器屋に入った彼女は、フードから覗く目を恋する乙女のように輝かせながら商品を見定めている。
だが、すぐに落胆したように肩を落とし、店を出てしまった。
魔界、それも大魔王の宮殿で過ごしたことがあれば、地上の普通の武器屋では満足するような品などそう見つからないだろう。
「己が体を最強の武器としてこそ頂点に立つ者に相応しい。そう思わぬか?」
「う、うーん?」
やはり血は争えない。
首をかしげ、答えに詰まったダイとは反対にシャドーは心から同意した。
「その意気でございます!」
すっかり盛り上がっている二人をダイは呆れながら見守っていた。彼女たちの方が年長のはずなのに、保護者になった気分である。
シャドーはいったん別れ、情報を探るべく先に歩いていった。二人はぽかぽかの日差しを浴びながら歩いていく。
「あれ?」
「ん?」
戻ってきたシャドーを見て魔族とダイは首をかしげた。手には二人分のサンドイッチがある。
「魔界では見慣れぬ食物を見つけましたので」
焼きたてのパンに、レタスやトマトなどの新鮮な野菜とカリカリのベーコンがはさんであり、素朴ながらも食欲をそそる香りを漂わせている。
シャドーは一つをイルミナに、もう一つをダイに渡した。
一人分だけ買うつもりだったが、連れがいることを話したところ二人分買うことになったのである。
一時的に身体を借りているだけであり、味も感じられないため食べても仕方ないのだと言う。
羨ましそうに眺めるシャドーに申し訳ないと言いたげな視線を向けてから、ダイは大きく口を開けてかぶりついた。
口内で食材の味が調和し、弾けた。
「美味しい!」
むぐむぐと口を動かす少年と同じく、初めての味に魔族も舌鼓を打っている。
魔界では充実した食生活を楽しめる者などごく一部であり、彼女が味わってきたのは宮殿内の贅沢な食事か、放浪中の食事とも呼べぬような乏しい内容の食物と両極端である。
よく熟れた果実をシャドーが手渡すと、二人は表面を軽くこすって皮ごとかじりついた。
シャドーは「皮くらい私が剥きますのに……」とぼやいたが、丸かじりが一番だと二人の顔にかいてある。
みずみずしい果肉を味わいながら道の両側に並ぶ家や店を眺めるダイの姿に、イルミナは怪訝そうな顔をした。
地上の住人である少年が負けず劣らず観光気分でいることを不思議に思ったのである。
「お前は街を見て回ったことはないのか?」
ダイは答えに詰まった。
魔物ばかりのデルムリン島で暮らし、数か月前に島から出たのは冒険のためである。
それから激闘を繰り広げ、のんびり観光する気分になどなれなかった。
小さな島で育ち、都会に慣れていないことを告げると彼女は周囲を見回し眉をひそめた。
「そういえば地上にいる魔物が見当たらんな。……魔王軍襲撃の記憶が残っているからか」
魔王軍を組織し、地上侵攻を指示した男の家族であるため複雑な表情だ。
ダイには答えられなかった。
確かに、魔王軍の侵攻を想起させるため遠ざけたいという心理があるだろう。世界が滅ぶか否かという大戦が終わってからたいして時間は経っていないのだ。
だが、爪痕が薄れれば人と魔がともに暮らせるかと問われれば、素直に肯定することはできない。
沈黙に込められた意味を察して、魔族は感情の読めない平坦な声で呟いた。
「人間は恐れているのか? 父をも滅ぼした竜の騎士に比べればよほど可愛いものだと思うがな」
やはり、ダイは否定できない。
異質な存在――異種族だけでなく同族の強大な力を持っている相手――を疎む人間は確かにいる。
かつて竜の襲撃から街を救った時に向けられた、嫌悪と忌避の眼差し。それは心に深い傷を刻んでいた。
『おまえを倒して……! この地上を去る……!』
守るべき者達の暗い面を知っていても彼らのために戦うことを選んだ少年は、話題を変えるべく氷菓子を指差した。
魔界では口にできない珍しい菓子をシャドーが見繕って入手したのである。
「美味しいものを一緒に食べるとき、種族の違いとか気にならないって思うんだけどな」
返事こそなかったが、主従は異議を唱える気はないようだ。
「……人間はいやなやつばっかりじゃないよ。もし本当に救いようがないなら、大魔王の計画だって止められなかったはずだ」
ダイの脳裏には親友の笑顔が浮かんでいた。
彼は、記憶をなくした自分を守るために自己犠牲呪文を唱えた。
大魔王の奥義を破るために危険な役目を引き受け、見事に果たした。
守るべき存在の消滅を告げられ、絶望して涙を流し、諦めそうになった時に勇気をくれた。
彼がいたからこそ最後まで戦い抜くことができたのだ。
他にも仲間の顔が浮かぶ。師のアバンやレオナ、ヒュンケル、マァム――多くの者達と出会い、彼らの力があって大魔王の計画を阻止することができた。
いくら竜の騎士として強くても、それだけではどうしようもなかった。
言葉にも自然と力がこもった少年に対し、魔族は否定せず検討するように腕を組み、黙り込んだ。
真剣な表情に何を思ったのか、無言で氷菓子を味わい続ける。
街の外れの柔らかな草の生えた草原に通りかかった三人は足を止めた。
陽光に照らされた植物からはたくましい生命の気配が感じられる。
魔族は立ち去りがたいかのように緑の海をじっと眺め、ローブを脱いだ。慌ててシャドーが受け取り、主の行動を眺めている。
彼女は腰をおろし、あろうことかそのまま寝そべった。
黒いローブを脱いだのは暑苦しいのと草の感触を確かめたかったのだろう。ダイたちがいなければごろごろ転げまわったかもしれない。
魂が吸い込まれそうなほど蒼く澄み切った空を見上げている。
「日向ぼっこするのが、夢だった」
「ここでお休みになるのですか?」
昼寝をするにしてももっとましな場所はいくらでもある。ダイもシャドーに同意したが、魔界での野宿に比べればどうということはないと告げて瞼を閉ざしてしまった。
すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「気まぐれに振り回されてない?」
「大魔王様の余興に対処なさっていたミスト様を思えば、この程度……」
シャドーは溜息とともに自分の上着を脱いで身体にかけた。
その時、ふところから筆記用具が落ちた。身体の持ち主の所持品だろう。
ペンを見た少年の眼が年齢相応の輝きを帯びる。
ダイはペンを手に取り、顔に落書きしようとした。シャドーが慌てて制止する。
「こ、こら、やめんか!」
羽交い絞めにして止めるシャドーとダイの攻防の物音によって目を覚ました彼女は少し眠そうな顔をしている。
再びローブを着こみ、フードをかぶった彼女はポツリと呟いた。
「この世界を破壊して、故郷に陽光が届くのか」
目標までの遠さを、それに伴う犠牲や重みをようやく自覚したように重い口調だった。
完全に割り切っているのではなく苦渋をにじませた声だが、決意を翻すことはないだろう。
ダイはうつむいた。
太陽を手にしたいという想いは理解できる。
だが、地上の平和のために譲ることはできない。
彼女が大魔王の遺志を貫き通そうとするならば、完全に敵となる。
今、こうして親しげに語りあっていても、殺し合うことになる。
そのような現実が――世界の形がどうしようもなく苦く感じられた。
147 :
顕正:2009/06/15(月) 22:49:04 ID:q5Cxvy070
以上です。
登場キャラクターを増やそうとすると、一人一人描くのが難しい……。
なんか一気に来たなあw
>ガモンさん
多局面でのバトルになってきましたねw
おっさんがカマセにならずに住みそうでなんとなく安心しました。
次回はアトラスをやっつけてくれるかな?
>電車魚さん
元ネタの山月記は知りませんが、
亀仙人的な意味ならまだまだ続きそうでうれしいですw
我鬼は獣でありながら人の哀しみも背負ってるのかな?
>顕正さん
大魔王ご令嬢と部下、そして勇者のパーティですね。
ちょっとずつイルミナにも変化が現れているのかな?
いつかダイの正体がばれるのが怖くもあり、待ち遠しくもあり
149 :
作者の都合により名無しです:2009/06/15(月) 23:57:43 ID:GrKyBy3f0
うろ覚えだが山月記はプライドの強い人が挫折して虎になっちゃった
おかしさや哀しさを書いた中国のお話(実話ではない)
俺は電車魚さんのオリジナルの話と思って楽しんでおります
ネウロを土台にはしているけど
復活してきたねえバキスレ
しけい荘は終わっちゃいそうだけど
さいさんや邪神さん帰ってきたし
女か虎かはまだまだ続きそうだし
ガモンさんや顕聖さんに続く新人さんも来ないかな
大漁ですね。なんでいつもまとまってくるんだろw
・ダイの大冒険AFTER
ダイキャラ対ドラクエオリジナルキャラの戦いが激化してきましたね。
クロコはアトラスと同じくらいの強さか。強いのか弱いのかw
・虎か女か
いままではガキの怖さと暴れっぷりを書かれていましたがこれからは
ガキの過去に焦点が当たるのかな?アイたちがどうするのか楽しみ。
・L'alba della Coesistenza
可愛いけどどことなく寂しそうなお姫様ですね。不器用だし。
イルミナがダイの敵となるのかわかりませんが、不幸な結末は嫌だなあ。
ガモンさん、電車魚さん、顕正さん乙です。
ガモンさん・顕正さんお2人の違った個性からのダイの後日談を
いつも楽しみにしております。投稿ペースも素晴らしいですね。
電車魚さん、まだ続けてくれるというので安心しました。
ネウロも山月記も知りませんが、氏の作調が好きです。
153 :
しけい荘大戦:2009/06/18(木) 00:31:19 ID:fvQTTEew0
第二十八話「風立ちぬ」
会心のドロップキックから着地し、シコルスキーは倒れている天内に目を向けた。反撃
してくる気配はない。注意深く接近すると、気絶していることが分かった。
「や……やってやったぜ……」
安堵と歓喜がわずかに灯り、どっと疲労が押し寄せる。あぐらをかくシコルスキー。
しかし、休んでばかりもいられない。テロリストのボスの討ったのだから、オリバや警
察に連絡し、処遇を託す義務がある。
ずっと寝ていたい気分を抑え、シコルスキーが部屋を出ようとドアを開ける。
すぐさまシコルスキーは、まだ自分が寝られないことを知った。外で控えていたボディ
ガードが、全員倒されている。死人はいないようだが、すぐに目覚めるようなやられ方で
もない。
思考が困惑し、加速する。
天内の仕業であるはずがない。ホテル内にまだテロリストが潜んでいるというのか。ゲ
バルたちは無事だろうか。
とにかくボッシュを連れたゲバルたちを捜すことが先決だ。
彼らの居場所の手がかり。シコルスキーは、シークレットサービスに化けていた天内が、
ボッシュにある『仕込み』をしていたことを思い出した。
真夜中のホテル駐車場。夜の闇をコンクリートが吸収し、不気味なほどに静まり返って
いた。
「順調だな、レッセン。まァ、こんなところが戦場になるはずもないが」
「はい、もっとも厄介な障害になると思われたアンチェインは謎の侵入者と交戦して負傷。
天内については予想外でしたが、彼のおかげで絶好のチャンスが生まれました」
「風は我々に味方にしているということだ」
「えぇ。……ところでボス、シコルスキーと天内、ボスはどちらが勝つと?」
「十中八九、天内だな。あの不可解な読心術を破らない限り、シコルスキーに勝ち目はな
い」
「なるほど。では勝って欲しいのは……?」
「………」
ゲバルは答えなかった。すると──
「き、君たち! わ、私を、どこへ連れて行くつもりかねっ!?」
154 :
しけい荘大戦:2009/06/18(木) 00:32:05 ID:fvQTTEew0
レッセンの右肩に担がれたボッシュが、ゲバルに向かってわめき散らす。
「ミスターボッシュ。余り大声を出さないで欲しいな。気の短いレッセンが、アンタをコ
ンクリートに叩きつけちまうかもしれない」
ゲバルの陽気な脅しに、冷や汗を流すボッシュ。
「ボス、私は短気ではありませんよ。もっとも、あなたのご命令とあらば、この人を叩き
つけるくらい迷わず実行してみせますがね」
レッセンからも冷酷な眼差しを浴び、ボッシュは大人しく声量を落とす。
「ゲバル君、私は君たちを信頼してボディガードに任命したのだ。なのに、この仕打ちは
無礼すぎるのではないかね」
「ボッシュさん。ボスは一国の大統領、あなたと対等なのです。君呼ばわりは止めて頂き
ましょうか」
主君を見下された怒りから、レッセンの殺気が増す。非戦闘員であるボッシュに抗う術
はない。
「ゲ、ゲバル大統領……。この仕打ちは、無礼ではないかね……」
「安心したまえ、ミスターボッシュ。我々は天内の仲間ではないから、あなたを殺すつも
りなど毛頭ない。我々が米国(ステーツ)に対しささやかな要求を行う際、材料になって
くれるだけでいい。気楽だろ?」
「要求だと……? 君たちの悲願だった独立は認めてあげたじゃないか。これ以上、いっ
たい何を要求するというのかね」
これを聞いたゲバル。陽気な気配を消し去り、眉を吊り上げボッシュを睨みつける。
「独立する以前、君たちはどれだけ我が国から搾取してきた? 重税をかけ、資源を強奪
し、誇りさえも……。おかげで今も皆、死と隣り合わせの貧しい暮らしだ。返してもらい
たいんだよ……お宅から。色々とね」
「しかし……米国は断じて──」
「屈しないだろうね。君一人かっさらったくらいで動じるほど、合衆国ってのはバカじゃ
ない。でも忘れちゃいないかい? 米国各州には、俺の部下が二人ずつ配備されているっ
てことを」
155 :
しけい荘大戦:2009/06/18(木) 00:32:52 ID:fvQTTEew0
独立運動時、ゲバルは自ら鍛え上げた精鋭を、全米に送り込んでいた。単独、しかも素
手でハイジャックや原子力発電所の奪取が可能だという彼らの存在は、ゲバルの故郷の独
立を大きく後押しした。
「しかも、天下の米国大統領が、ちっぽけな島の掌中にされちまっている……。俺たちの
出方次第じゃ、地球規模で騒がれることになるだろうぜ。俺とアンタは対等じゃない。上
なんだよ、小ィ〜さな島の方がね」
米国の敗北。どう足掻いても無駄だと悟り、ボッシュは言葉を紡ぐ気力すら失ってしま
った。
「ようやく諦めてくれたようだ。レッセン、楽しいドライブを始めようか」
「お待ちを」
突然現れた気配に、首を向けるゲバルとレッセン。立っていたのは一人の武術家。
──猛毒、柳龍光。
妖しい雰囲気を漂わせ、ハンドポケットでゲバルらに近づく柳。
「出会った時から、ずっと気になっていた。ゲバルさん、何故あなたの国の独立が全く報
道されなかったのか」
柳は続ける。
「ようやく謎が解けたよ。政府が許すわけがない。天下のアメリカ合衆国が、よりにもよ
って武力で独立を勝ち取られたなどと──」
「柳か……。どうやら俺たちの門出を祝いに来たってツラじゃないな」
「無論。私は警備として、ボッシュ氏を奪還しに来ただけだ」
視線を外し、寂しげな笑顔を浮かべるゲバル。
「なァ……柳よ。見逃してはもらえないかな?」
156 :
しけい荘大戦:2009/06/18(木) 00:33:49 ID:fvQTTEew0
「ゲバルさん。あなたが我々の仲間であり、優秀な戦士であるという想いは、今でも変わ
りはない。私はあなたの人格を否定しに来たわけではない──しかし」
柳が人生を捧げた流派、『空道』の構えを取る。
「私はボッシュ氏を守るため、警備員としてこのホテルにやって来た。今あなたに肩入れ
するということは、二心を抱くということ。それだけは私の誇りが絶対に許さんッ!」
「ボス、ここは私が──」柳を迎え撃とうとするレッセンを、ゲバルはさえぎる。
「柳……。今日は死ぬにはいい日だ」
ゲバルがいつものフレーズを口にした瞬間、不意に柳の右手からあるものが放り投げら
れた。
──ヤカンである。
「パ……パス……ッ?!」ぶつけるでも、浴びせるでもない。ゲバルは反射的にヤカンを
受け取ってしまう。ヤカンに満たされていた冷水が、ゲバルの両手を濡らす。
「今のは私の会社でもっとも売れなかった暗器です」
いつの間にか、柳の左手がポケットから抜かれている。左手に装着されているのは、猛
毒を染み込ませた手袋『毒手グローブ』。一撃必殺の暗器。
毒の加護を得た左手が、鞭のしなりと共にゲバルの脇腹をびしゃりと抉る。
第二十八話終了。
真夜中に失礼いたします。
158 :
作者の都合により名無しです:2009/06/18(木) 19:36:41 ID:oVIIcCsE0
柳対ゲバルかあ。確かに柳だけ強敵相手でなく人の山だったからな
柳には荷の勝ちすぎる相手だけどがんばってほしい
159 :
ふら〜り:2009/06/18(木) 20:34:23 ID:1z+6RR6v0
>>顕正さん
>この世界を破壊して、故郷に陽光が届くのか
あー……そうか。今、イルミナが楽しければ楽しいほど、その思いが強まってしまう。故郷に、
を目標とする以上、引っ越してきて人間と仲良くすればいいってわけでもないし。そもそも
人間側だってそう簡単に仲良くもできないし。父の仇もあるし。戦うまでもなく厳しい状況……
>>サナダムシさん
これはまた予想外! 原作を考えれば予想できて然るべきなのに予想外でした。二心云々は
確かに、しけい荘メンバーでは柳が一番似合うセリフですね。一応古武道家なんですし。今更
ながら潟Nードーの今後の経営も心配になりますが、今は柳。単身でゲバルに勝てるのか?
サナダさんお疲れです。
ラストバトルを飾るのが柳とは考え辛いから、
やはり柳のピンチをシコルが助けるのでしょうか?
161 :
女か虎か:2009/06/18(木) 21:53:49 ID:dnuzOfAt0
14:CURSE YOU ALL MEN (2/2)
『――今のお言葉は、どういう意味ですか笛吹警視?』
『そのままにお受け取りいただいて結構です』
レジャー施設から遠く離れたアジト。
テレビ画面の光だけがしらじらと灯る部屋で、蛭は唇を引き結んだまま液晶を睨んでいる。
映っているのは男が三人。いずれも警察上層部の錚々たるVIPたちだ。
『事件現場より、容疑者のものと思われる体毛と唾液を採取し、鑑識による分析を行いました。
それによって判明した事実です』
警察内の重鎮は勿論、有能な者のデータは全て頭に入れている。回答者は笛吹直大。
現刑事部長の無能を補ってあまりある逸材だ。
『前もって断っておきますが、これはDNA鑑定などとは異なります。より単純で、それ故に信頼性も
より高い。鑑識によれば、ほぼ百パーセント事実と断定可能と見てよい結果とのことです』
『随分と自信を持って言い切られるのですね』
明らかに悪意がこもった突っ込み。
『現場から発見された足跡の形から、虎などの大型ネコ科動物と見る向きもありましたが?』
『……虎の染色体は十九対、ヒトのそれは二十三対。地上の動物には、ヒトと同数の染色体を持つ
ものは存在しません』
しかし笛吹は揺らがない。
『採取された細胞を解析したところ、二十三対の染色体が確認されました。――それを踏まえて
先ほどの言葉を繰り返させていただきます。都内で連続して発生した大量虐殺事件は、紛れもなく
ホモ・サピエンスの……』
画面の中の笛吹はここで、集った報道陣を見渡した。
『人間の手による犯行です』
*
虎を象ってはいるが、かつて確かにヒトであった生きもの。『人虎伝』の、そして『山月記』の
李徴がそうであったように。
『姿形は虎そのもの。虎にそっくり。虎にしか見えない。でも奴の細胞は確かに人間のものだった。
変異をどれだけうまく調整したって、細胞そのものの性質まで根本からは変えられない。
……俺が前にドーベルマンになったときだって、さっき虎に化けたときだって、そうだった』
「そうでしょうね」
『つまり――』
熱に浮かされたような、サイの声。
『あいつは、俺と同じものだ』
変異する細胞を持つヒト科。
違いがあるとすればただひとつ、人間としての己を保っているか否か。
数日前、船の上で、サイが最初に≪我鬼≫を解体しかけたとき、彼はこう漏らした。
――あんま人間と体内構造変わらないな、意外。
当たり前だ。≪我鬼≫はもともと人間だったのだから。
また、つい数時間前サイはこうも呟いている。
――意外に近いところに隠れてたもんだね。助かったよ。
これも当たり前だ。
千キロという広大な行動範囲は、あくまでアムール虎の習性を前提としたもの。
≪我鬼≫が人間と判明した時点で、そんなものは根本から崩れていたのだ。
サイは続ける。
『今はあんな姿だけど、元は俺と同じように人間の姿だったはずだ。人間の姿で、人間の心で、
人間として生活していたはずだ。でも年月の経過でそれを忘れた。脳細胞が変異して、自分が昔
人間だったことさえ忘れてしまった』
162 :
女か虎か:2009/06/18(木) 21:55:16 ID:dnuzOfAt0
常に変異を続ける脳細胞。
名前も性別も年齢も忘れてしまった脳細胞。
自分の種さえも忘れてしまった脳細胞。
『……俺もいつかあんな風になるのかもしれない』
「サイ、落ち着いてください。≪我鬼≫の事例があなたに当てはまるとは限りません」
『当てはまらないかどうかも分からないだろ!』
まずい。
恐れていた事態が生じてしまった。
それも考えられる限り最悪の形で。
『二本足で歩くのも忘れて四つん這いで動くようになって、言葉も分からなくなって唸ったり
吼えたりするしかできなくなって』
「サイ、」
『そのうちきっと考えることもできなくなる。自分が誰なのかもどうでもよくなって、腹が減ったとか
寒いだとかそんな単純な本能だけが残って』
「サイ!」
『人間じゃなくなるんだ。今のあいつみたいに……』
東の空が白む。
長かった夜が明け始める。
*
≪我鬼≫は高い視力を有している。わずかに差し始めた朝日を頼りに、数十メートル上空のヘリの
中をうかがうなど、彼にとっては造作もない。
ヘリコプターという物体についての知識を、彼は持っていなかった。かつては持っていたのかも
しれないが、これまで忘れてきた多くのことがら同様、記憶の彼方に葬り去られてしまっていた。
今の彼の目にヘリは、天高く飛ぶ巨大な畸形の甲虫と映る。
その甲虫の内部に、彼はあるものを見た。
おやおや……
甘みのある唾液がひろがっていくのを抑えられない。
歓喜の笑みに似た表情を浮かべて、≪我鬼≫は唇のない口をベロリと舐めずる。
あんなところに旨そうな雌。
163 :
女か虎か:2009/06/18(木) 21:57:59 ID:dnuzOfAt0
*
ヘリのスティックを握るユキは、まだ状況を把握しきれていない。
≪我鬼≫が一度倒れたのは理解できた。それがまた立ち上がって動き出したことも分かった。
先の戦いの影響か体は大幅に小振りになっているが、まだ充分な体力を残しているように見える。
しかしあの子供がそれを追わず、それどころか女と揉めているらしいのが解せなかった。
「成る程な」
兄はおぼろげながら状況を掴んだらしい。
「あの女、主人には伝えずにいたと見える」
「伝えずにって……」
「奴に会いに行く前に報告を受けたろう、細胞解析の結果の件さ」
『化物』と呼ばれただけであれだけ激昂するのだ。自分と≪我鬼≫の間にさして差がないことを
知ればどれだけ取り乱すか、ろくろく事情も知らぬ彼らでも想像に難くない。
ユキは舌打ちした。
「クソッ、肝心なときに役に立たねぇ!」
≪我鬼≫が逃げる。
凄まじい速度で駆ける≪我鬼≫に追いすがるべく、ユキは握り締めたスティックに力を込めた。
女と子供がどうであろうが関係ない。彼ら兄弟は彼らの意志で、あの化物と化した人のなれのはてを
追うだけだ。
しかし加速をかけようとしたとき、≪我鬼≫は予想外の行動を見せた。
疾駆する巨体が目指すのは、園内に高くそびえるウォータースライダー。
天に向かって伸びたそれを、≪我鬼≫は駆け上がった。
目玉アトラクションというと大層だが、所詮は滑り台。あくまで人間が滑るのを前提として
造られている。
メリメリという不吉な響きとともにヒビが走る。
崩壊はあっけないほど簡単に始まり、そして連鎖する。
スライダーが崩れ落ちるより早く、≪我鬼≫は跳んだ。
崩落する滑り台を蹴り、ユキ達の乗るヘリめがけて飛びかかった。
「ユキッ!」
スティックを倒させたのは、兄の叫びではなくユキ自身の本能だった。
フロントウィンドウに火花が散る。
一瞬の浮遊感の直後、衝撃が襲ってきた。
轟音とともにヘリが揺れた。
機体の左半分が盛大にひしゃげた。歪んだドアの隙間から、隙間風というには凶悪すぎる風が吹き込んだ。
直前に後退したおかげで、致命的なダメージまでは免れた。だがまともにバランスを崩した機体は、
浮力の大半を失い傾きながら失速していく。
前脚と顎で取り付いた≪我鬼≫の重量に耐え切れずに。
「くっ……!」
薄れかける意識。歯を食いしばってそれに耐える。
操縦者の自分が倒れれば何もかも終わってしまう――
手から離れかけたスティックを再び握り締めた。
「アニキ、頼んだっ!」
164 :
女か虎か:2009/06/18(木) 21:59:45 ID:dnuzOfAt0
衝撃で口の中を切った早坂は、錆と塩の味を同時に味わいながらシートベルトを外した。
通常とはまるで見当違いな方向にかかる重力。中年にさしかからんとする体には拷問に等しい。
だが耐えられなければ死ぬしかない。
取り上げるのはマシンガン。
できればロケットランチャー辺りを使いたいところだが、下手な武器を使えば奴ごと心中になる。
威力と自衛の中間点をとれば、とるべき選択肢はこれしかない。
ユキは確かに『頼んだ』と言った。
彼が自分を信頼してそう言った以上、責任を持ってそれを全うするのが義務というものだ。
彼の兄としての。
それ以上に彼の上司としての。
足元の傾斜は数十度。しかも落下のせいで安定しない。
しかしその安定しない足元に、早坂はしっかと二本の脚で立った。
よろめきながら、バランスを失いながら、暴風吹き込む歪んだドアへと近づいていく。
ようやくドアに手が届いた。
車同様、事故防止のためそう簡単には開かない構造。そのうえ≪我鬼≫の突撃でひしゃげ、よけいに
開きにくくなっている。
渾身の力を込め、早坂はドアにタックルした。
機体ごと激しく揺さぶられたアイの耳から、通信機が転がり落ちた。
手を伸ばしたが間に合わない。単体だと玩具のようにチャチなそれは、機体の傾きに沿って滑るように
転がっていく。
三半規管の攪拌される感覚に喘いだ瞬間、フロントウィンドウから覗く金色の瞳と目が合う。
満月のような真円を描いてきらめく目は、確かに獣ではなく人間のそれだった。
かつては理性の光を宿していたろう瞳に、灯っているのは剥き出しの欲望。
その欲望は今、明らかに自分に向けられている。
ぞくり、と背筋に寒気が駆け抜けた。
ぽたりぽたりと歯の隙間から涎が落ちる。
裂けた口から息が吐かれ、ウィンドウを白く曇らせていく。
素晴らしい。
食欲の権化と化した脳で≪我鬼≫は狂喜した。
これほど素晴らしい雌は見たことがない。
柔らかそうな皮は白く滑らかで、それでいて内部の健康的な血色を透かしている。乳房は適度に
脂肪をたたえてふっくらと稜線を描き、それでいて腹や腿など締まるべきところは締まって噛みごたえも
充分。流れる黒髪は長く艶やかで、これも健康状態の良好さを示す材料。
小造りな顔にはこれまた黒い、冷たく輝く二つの目が嵌まっている。これをくり抜いて食すのも
一興だろう。
間違いない。この雌は、今まで彼が食らってきた中でも最上級の獲物だ。
何としても仕留めて食らって味わわなければ。
≪我鬼≫は歯を剥き出す。
原始的な頭の中は既に、噛みちぎった肉から溢れる肉汁のイメージで満たされている。
鋼鉄のごとき頭蓋をフロントウィンドウに叩きつけた。
165 :
女か虎か:2009/06/18(木) 22:02:28 ID:dnuzOfAt0
轟音とともにウィンドウに走る蜘蛛の巣。
一瞬気圧されたアイを我に返らせたのは、耳によみがえったサイの言葉だった。
『人間じゃなくなるんだ』
『今のあいつみたいに』
いけない。
アイは声を上げなかった。
心臓すら押し潰すような叫びは、彼女の胸の中だけで大きくこだまし反響した。
あなたはそこで止まってはいけない。
立ち止まって膝をついてもいけない。
高みを目指すことを放棄したらそこで、あなたはあなたでなくなってしまう。
シートベルトを引きむしった。落下時の危険など瑣末なことだった。
赤子のように這いつくばり、転がりながら落ちていく通信機に手を伸ばす。身を突っ張らせ、
肩を、肘を、手首を、指先をいっぱいに伸ばして拾い上げんとする。
関節がびりびりと痙攣する。
指先も震えて定まらない。
あと数センチ。あとほんの数センチで手が届く。
だが――
轟音が耳をつんざいた。
またヘリが激しく揺さぶられた。
「っ!」
通信機は床を滑り、アイが手を伸ばせぬコックピットの隙間へと転がり込む。
届かない。
早坂は体重を乗せてドアに体当たりした。ガコン! とようやく隙間が広がり、白みはじめた
空の色が覗いた。
サングラスの奥から睨んだ先に、ヘリに取りついた黄金色の巨体。
太い喉から漏れるのは、唸りかはたまた咆哮か。空気を切り裂きながら落ちていく機体の上では、
それを知ることもままならない。
吹き荒ぶ突風への怯えは皆無だった。
マシンガンを肩に構え、衝撃に耐えながら狙いを定める。
無数の弾丸が吐き出された。
トリガーを引き続けるだけで屍山血河を築けるこの武器はかつて、『悪魔の兵器』と呼ばれ恐れられた。
時代が流れ、悪魔の称号はクラスター爆弾や核兵器に奪われても、その威力は変わらない。
一発一発が一撃必殺の魔弾を、標的めがけて雨あられと降りそそがせる。
むろん普通の人間に向ければこその『必殺』。≪我鬼≫に対しての決定打となりはしない。
だが、傾きながら落ちていく不安定なヘリの上でなら話は違ってくる。
≪我鬼≫の上半身から血が噴き、フロントウィンドウに深紅の模様が滲んだ。
李徴のごとく虎と化した人の子は、果たして苦痛の唸りを上げたろうか。
渦巻く風が起こす音は、それを確かめることすら許さなかった。
機体にしがみついていた前脚が、血痕をなすりつけながらずり落ちはじめた。
傷は再生する。しかし、傷をつけること自体が不可能なわけではない。
破壊するのは一瞬でいい。ほんの一瞬、機体に取り付く支えを奪いさえすればそれで充分。
166 :
女か虎か:2009/06/18(木) 22:06:14 ID:dnuzOfAt0
何だこれは。
一度は去ったはずの焦燥が、≪我鬼≫の胸に再び戻ってきた。先ほど感じた切実な死の恐怖より、
はるかに軽度でささやかなものではあったが、根源は間違いなく同じところにあった。
一粒一粒は小石のように小さく弱い。彼にとっては大した威力ではない。
ただいかんせん数が多すぎる。崖上から垂れる水滴が土を穿つように、着実に彼の体を抉っていく。
前脚から力が抜けた。鋭敏きわまる聴覚を、血のぬめりが混じったズズッという響きが刺激した。
爪を立てようにも力が入らない。筋肉繊維そのものが引きちぎられてしまっている。
それでも≪我鬼≫は諦めなかった。
振り落とされてなるものか。
あの雌を味わうまでは。
≪我鬼≫は高らかに咆哮した。
狂気すらたたえた吼え声とともに、フロントウィンドウに頭突きを見舞った。
スティックを操作し浮上をはかっていたユキは、視界一杯に虎の巨大な口が広がるのを見た。
「なっ……!」
ウィンドウが激しく割り砕かれた。
≪我鬼≫の頭がヘリに突っ込んできた。
ここまでか。
苦い唾を飲み込んだ。
きつく目を閉じ、力一杯にスティックを倒した。
せめて兄だけは。
たとえこの身は死しても。
寒風に入り混じる、生温かい息が顔にかかった。獣の唾液の匂いが肺腑いっぱいにひろがった。
「アニキ、すまねぇっ!」
スティックを倒しきれない。
間に合わない。
自分の頭が脳漿を撒き散らすのを覚悟した。
だがそのとき、スティックを掴む手に柔らかい別の手が重なった。
手は感触に似合わぬ強い力で、半ばで止まったスティックをぎりぎりまで倒しきった。
見えない力でぐわんと持ち上げられる感覚。
ヘリの急速な浮上。
開いた目に情景が流れ込んできた。
ユキの頭蓋を屠らんと迫った牙は、しかし結局は届かなかった。
突如として襲った上方向への力に、≪我鬼≫の前脚が機体からずり落ちた。
落下していく。
目を見開いたままユキは首を動かす。自分の命を紙一重で救った人間の顔を見つめる。
「お前……」
女がそこにいた。
片方の手で取り落とした通信機を、もう片方の手でユキの手のひらごとスティックを掴んでいた。
「退却しましょう」
抑揚のない声で言葉を紡ぐ、その頬は心なしか青白い。
「これ以上は無意味です」
落ちていく≪我鬼≫とは逆にぐんぐん舞い上がっていくヘリ。
呆気にとられたのは一瞬だった。浮力を取り戻した機体をすぐさま加速。
三十フィート、五十フィート、八十フィート。≪我鬼≫の跳躍力でもとうてい届かぬ高みを目指して。
グシャリと肉と骨が潰れる音が風音に混じった気がした。
どうでもいい。
上へ。ただひたすらに上へ。
167 :
女か虎か:2009/06/18(木) 22:08:19 ID:dnuzOfAt0
*
地上の葛西は唇の端を歪め、憔悴しきったサイを見つめていた。
少年の姿をした彼の仮初めの主は、地に膝をついたままブツブツと呟き続けている。普段は
意志の輝きに満ちた瞳は、今やどんよりと澱んでいた。
そこにはもはや、さっきまでの覇気の欠片さえ残っていない。
葛西はマッチを擦る。夜明けの光に包まれ始めた世界で、肺腑の奥まで煙を吸い込んで一服する。
一つには、欠乏しはじめたニコチンを補給するためだった。また戦闘の緊張に強張った体を
解きほぐすためでもあり、更には口元にひろがる嘲笑を隠すためでもあった。
ぐわん、と、ひときわ大きな音が耳に響いた。
視線を投げると、傾き落下しかけていたヘリが浮上したところだった。
地に叩きつけられるギリギリで持ち直したか。
悪運の強い連中だ。
吸った煙を吐くだけ吐いて、葛西はまたサイに視線を戻す。
力の抜けた体は、糸一本が支えかのような危うさでそこに存在している。喘ぎに似た呼吸を
くりかえしながら、薄く白い胸が上下していた。肌と肉と骨のすぐ下では、小さな心臓が早鐘を
打っているに違いなかった。
葛西は一部始終を聞いていた。
サイとの交信のために装着した通信機は、怪盗と従者とのやりとりを一語一句余すところなく彼に伝えた。
この場で一杯ひっかけられないのが残念だった。全てを知っている彼にとって、サイの慟哭は
極上の肴だった。細胞の超常の力に胡坐をかき、ふんぞり返っていたこの少年が別人のように苦悶する様。
これだけで、何杯でも旨い酒が楽しめただろう。
――ざまあ見やがれ怪盗"X"。
キャップの鍔の影で葛西は嘲笑した。
――お前はただの、彷徨える化物(モンスター)に過ぎないんだ。
葛西は見た目のわりに思慮深い。侮蔑の感情をわざわざ表に出すような、百害あって一利なしな
真似とは無縁だった。口元にひろがる笑みを必死におさえ、精一杯気遣わしげな顔を作って、サイの
肩を背後からトンと叩いた。
「よく分かりませんが、とにかく一度ズラかりましょう。これ以上ここにいてもどうにもなりやしません」
「……………」
「ほら、上の連中も退くつもりみてぇですよ。それに……」
葛西は耳朶に手を当てた。
聴き慣れたサイレンの音。ドップラー効果により変質したファンファンという響きが、微弱ながら
確かに接近してきていた。
「行きましょう。長居は無用です」
サイは答えなかった。
ただゆっくりと首を動かし葛西を見た。
その顔からは、一切の表情が消え去っていた。
168 :
女か虎か:2009/06/18(木) 22:11:48 ID:dnuzOfAt0
*
地に叩きつけられた≪我鬼≫を尻目に、巨大な甲虫は空へと昇っていく。
落下の衝撃で四肢が潰れた。動くこと自体はまだ何とか可能だが、己の体長の百倍近いあの高さまで
跳ぶとなるとさすがに別問題だ。
見る間に小さくなる雌を乗せた甲虫。
≪我鬼≫は声にならない唸り声を上げる。
これは敗北だった。
彼は記憶している限りで一度も、獲物に逃げられたことがなかった。どんなに逃げ足の速い獲物でも
確実に狙いを定めて屠ってきたからこそ、故郷の密林で王者として君臨していられたのだ。
由々しき事態だ。
グルリと≪我鬼≫は喉を鳴らす。
はるか昔に人間をやめた彼にも、彼なりのプライドというものがあった。それを踏みにじり
蹂躙した存在を、そのまま捨て置くことはできなかった。
それに――
あの雌。
≪我鬼≫は彼女の肢体をまぶたの裏に刻み込んだ。
しなやかな体。それでいてまろやかなラインを描く稜線。芳香さえ醸すような若く柔らかい肉。
次は逃がすものか。
必ずその肉を食らってやる。骨の髄まで舌の上で味わってやる。
焼け野原と化した園内に響く吼え声一声。
迫り来るサイレンの音と入り混じって、そして消えた。
今回の投下は以上です。
1/2だけ落として長く放置しとくわけにいかんべと今回は速めに落としました。
区切り的にはアレですね。アニメでいうと1クール目が終わったあたりでしょうか。
あれ? アニメの1クールって12話? 24話? もう長い間観てないからなあ。
>ふら〜りさん(11巻ですか、一区切りですね。葛西の悪論は私も好きです)
てきのサイのでんきショック!で半焦げ状態なので痛点とかもイカレちゃってるのかもしれません。
人間であることの詳細については次回以降で触れる予定です。
化物ぶりは一応、今回の展開の布石のつもりで強調してたんですが、自分で書いてて楽しかった
せいで当初の目的忘れそうになってました。
「アリエナイィィィィ!」という勢いの超絶パワー、好きなので。
>>148さん
規制が解けた人が押し寄せてるんじゃないでしょうか(少なくとも3分の1は合ってるはずです。
私がそうだから……)
構成としてはここでちょうど半分ちょっと終わったくらいの計算になりますね。
山月記の大筋はだいたい
>>149さんがおっしゃった通りです。
今後も作中で触れることがありますが、解説入れますので知らなくても問題なく読めると思います。
我鬼が人の悲しみしょってたとしてもサイは一切手加減しないに5万ドル。
>>149さん
山月記はよく考えると結構ホラーな話ですよね。
これが実話なら創作文芸板なんかとっくにサファリパークと化してるっちゅーねん!
そうですね、一応ネウロ土台ではありますが、もはやちっともネウロではなくなっておりますw
松井先生リスペクトしたいのはやまやまですが作風上無理があるので断念しています。
それでも楽しんでいただけているなら無上の喜びです。
>>151さん
我鬼の過去についてはまた後ほど触れる展開になります。オリキャラ主体の話ではない本作ですが、
この話でここを外すわけにはいかないので、サイやアイのメインキャラとしての立ち位置を
壊さない程度にみっちりやるつもりです。
アイはこの後いろいろ大変なことに。まあ9割自業自得なんですが。
>>152さん
ありがとうございます。
本作は原作の重要なネタバレを大量に含んでるんですけど(犯人とか犯人とか犯人とかあと犯人とか)
内容としては原作とカスりもしてないおかげか、意外に未読の方にも
受け入れてもらえているようで……本当、何が幸いするやら分かりませんね。
性懲りもなくまだまだ続きますが、煎餅でもかじりながらまったり見守っていただければと思います。
>顕正さん(SS感想)
イルミナ微笑ましいのう。思わず彼女の出自を忘れて和んでしまいました。
でも花より団子ならぬ花より武器なんですね。もはやおてんばとかそういう次元ではない。
野菜とベーコンのサンドイッチがおいしそうだったので、明日の夕食はそれにします。
氷菓子はアイスキャンデーでいいんでしょうか。これも美味そうだな。
>サナダムシさん(SS感想)
ここでゲバル……!
あー、確かに彼のキャラ設定を考えたら、ここで重要ポジションを張らないのはむしろ不自然。
しかしやっぱり意外なものは意外です。
ほかの作品だと、の展開でいかにしてハッピーなエンドに持ってけるのかが
気になるところですが、しけい荘メンバーは気持ちのいい連中だから、全力で爽快にぶつかり合って
勝負がつけばオールOKかな? もちろん、そのぶつかり合いがスゲーわけですが。
170 :
作者の都合により名無しです:2009/06/19(金) 06:36:34 ID:Xz5zPbEc0
我鬼お人としての苦悩が描かれる前に
サイの人でなくなる恐怖が描かれるとは。
確かにサイと我鬼は「同じもの」でもあるかもしれませんから
同じ悲しみ苦しみかもしれませんね。
兄弟というか、鏡に写った自分というか。
電車魚さんお疲れ様です。毎回、力作ですね。
虎としての本能と人としての微かな意識で生きる我鬼と
それに振り回されるながらも追い詰めていく人間?たち。
でもなんとなく我鬼の方に感情移入してきたり。
第六話 敵
三人は時間が過ぎるのも忘れて街を見て回った。
ダイは主従と過ごす正体を明かすまでの一時を楽しむことに決めた。
自らの存在を捨てる覚悟で守り抜いた世界は徐々に大戦の傷を癒しつつある。
これから先どんな敵が現れても、平和を守るためならば彼は幾度でも激戦に身を投じるだろう。
人々の笑顔が胸の内に火を灯したかのように、ダイも微笑を浮かべた。
イルミナは嬉しそうな少年を興味深げに見つめている。
彼女も今は地上観光を楽しむことにしたらしい。商店などにももちろん関心を示しているが、一番心を惹かれるのは太陽と太陽が照らす世界の姿のようだ。
ダイにつられたかのように満足気に笑っている。
夜になり、酒場に入った彼女は酒を注文し、運ばれて来るやいなや素晴らしい勢いで飲みはじめた。
「お酒、強いんだね」
「遺伝らしい」
ほろ酔い気分の彼女は嬉しそうに短く答えた。
周囲で飲んでいる客を観察し、酒で勢いをつけたかのように声をかける。
「世界を救った勇者が行方不明だと聞いたが、まだ見つかっていないのか?」
「ちょっと、いきなり何言って……!」
その勇者本人であるとは言えず、ダイは口をぱくぱく開閉させた。変装しているためばれてはいないが、簡単なものだからいつ露見するかわからない。
自分が話している相手が勇者だと知らない彼女は低い声で囁き返した。
「父は言っていた。苦しい時は力ある者にすがり、平和になれば掌を返すのが人間だと」
勇者が失踪した現在の状況で人々の本心を聞こうとしているらしい。
中性的な声の持ち主に視線を向けた男は嘆息を漏らした。
「ああ。ボウズくらいの年齢だってのに不憫だよな。早く帰ってきてほしいぜ」
ダイがきまり悪そうに視線を彷徨わせ、頬をかく。心配をかけて申し訳ない気持ちと、気遣ってもらえて嬉しい気持ちがまじりあい、どうにもくすぐったい。
「どうして戻ってこないんだろうな?」
疑問に答えたのは別の男だった。
「オレは……正直怖えよ。大魔王を倒したんだろ?」
気弱そうな男の視線は頼りなく彷徨い、おどおどしている。
もしその力が自分たちに向けられれば、抵抗など紙屑のようにあっけなく消し飛んでしまう。
「人間じゃないって聞いたし、このまま――」
近くにいる青年も言葉を濁している。
そこから先は聞かなくてもわかる。
ダイは唇を噛んでうつむいた。
世界が平和になれば勇者は用済みになるのか。愛する世界に居場所はなくなるのだろうか。
イルミナが予想通りと言いたげに鼻を鳴らした。誰のために戦ったかも忘れ、都合のいいことを言う人間を軽蔑している。
彼女にとって勇者は敵だが、大魔王をも超える強さを持っていることに関しては敬意を抱いていた。
少年の胸に立ち込めた暗雲をはらったのは別の声だった。
「オレたちのために命をかけて戦ったのに、何て言い草だよ」
擁護に賛同の声が上がった。
「怖いからって大事なことを忘れる人間の方がよっぽど恐ろしいぜ」
同調するように若い女が幾度も頷く。興奮に目を輝かせている。
「救世主の役割背負って、見事に果たしたのよ? あの子が味わわないで誰が平和を味わうって言うの?」
「もしまた世界が危機にさらされても――頼らなくていいようにオレたちが踏ん張らないとな」
戦士らしき風体の男はぐっと腕を曲げ、力こぶを作った。決意を秘めた眼差しで剣に触れる。
「自分は何もしないで理想押し付けて、勝ったら“信じてた”、負けたら“だまされた”なんて態度変える連中にはなりたくねえよ」
自分たちの住まう世界は、自分たちの手で守る。未来は自ら掴み取る。
そんな思いが伝わってくる。
イルミナは意外そうに彼らの姿を眺め、呟きを漏らした。
「……人間にも様々な考えの持ち主がいるようだ」
「いい人もいればいやなやつもいるよ。たぶん、人間も魔族も」
明るい笑みを浮かべたダイに向かって魔族は深く頷いた。
「かもしれん。何をもって“いいやつ”とするかは異なってくるだろうがな」
シャドーはそう語る彼女を心配そうに見つめていた。
やがてシャドーが宿泊の手続きを済ませたため彼らは宿に入った。
世をしのぶ貴族のような長身の人物とその従者と思われる男、そしてまだ幼い少年という珍しい組み合わせに主人は目を丸くした。
商売根性によって間に立ち直り、にこやかに尋ねる。
「兄さん、ご家族と旅行ですか?」
「私は女だ」
「そ、それはっ!? 大変失礼いたしました!」
目が飛び出そうな驚愕とともに平謝りする主人に対して彼女は怒らなかった。それどころか、慌てた顔を面白いと思ったらしく笑っている。
部屋へ向かう背を見送った主人は顎に手をかけ、首をかしげた。
「あの少年、どこかで見たような?」
見覚えがあると思われていることも知らず、ダイは難しい顔をしていた。
いつまでも正体を隠しているわけにはいかない。
どのように話を切り出すべきか。戦いを避けることはできないか。
考えても考えても結論は出てこない。
浮かぶのは頼もしい仲間たちの顔だ。
(こんなとき、ポップやアバン先生なら――)
明日、彼らの元へ行って全てを話そう。
自分一人で正しい答えが出せなくても、皆と一緒に考えれば望ましい形が見えてくるかもしれない。
そう結論づけて早々と寝床にもぐりこんだダイを眺め、イルミナは持ち込んだ酒瓶の栓を開けた。寝息が聞こえてきたため声量を抑えて口を開く。
「鬼眼が使えないのは、相応しくないからだろうか」
黒い布に触れる彼女の顔は暗い。
鬼眼を持つ者は他の魔族に比べると魔力が高い。だが、彼女の場合、鬼眼の力が解放されていないためか一般の魔族とそう変わらない。
火炎呪文が得意だが、大魔王のように他者と圧倒的な差をつけているわけではない。
「なぜ私はこの眼をもって生まれてきた……? この力は何のためにある」
シャドーは返答に窮している。
鬼眼の力が発揮できないのも、絶大な力を手にしていないのも、時機が訪れていないだけという印象を抱いているが、悩んでいる本人に言うのはためらわれる。
魔族たちが部下になるのを選ばなかったのも、まだ若く未熟だからだ。
鍛錬を重ね、経験を積み、成長すれば違うだろうが、少々素質に恵まれている程度ではどうにもならない壁がある。
「……思い悩む前に力をつけるべきだな」
ひとまず結論を出した彼女は拳を握り締めた。
尊敬する存在の大きさゆえに苦しむ気持ちはわかるだけに、シャドーは別の言葉を返すしかなかった。
「太陽をもたらすには地上を消滅させねばなりません。しかし、あなた様は――」
「知りもしないで偉そうなことを言っていた」
当初は偉大な父が掲げた理想だから、という意識が強かった。
伴う重さを自覚しておらず、地上や人間のことを何も知らないまま口にしていた。
人間とは、神々の力によって守られていることを知りもせずきれいごとを唱える口先だけの連中、異なる存在は疎み排除しようとする狭量な輩ばかりだと思い込んでいた。
すべて消し飛ぼうと心は痛まない、と。
だが、異なる世界と住人は彼女が思い描いていた姿とはだいぶ隔たっていた。
最大の目的は変わらないが、もっとよく知る必要がある。彼女はそう思い始めている。
甘いと言えるが、シャドーは非難しなかった。
「その小僧を気に入ったのですか?」
彼女は小さく頷いた。
「種族が違うというだけで疎むつもりはない。立派な強者になるだろうからな」
強者には敬意を払うのが大魔王の信条だった。
彼女もそうありたいと思っている。
「あなた様がそうおっしゃるのならば、こ奴の名を知りたいものです。ミスト様は尊敬する者の名を決して忘れませんでしたから」
「明日改めて聞けばよかろう。わざわざ起こさずともよい」
そう呟き、少年を眺めた彼女の顔は穏やかだ。
「不思議だ。なぜか父と似た空気を感じる……」
求めていた答えを知る鍵となる――そんな予感がする。
口元にわずかに笑みが浮かんでいることに本人も気づいていなかった。
やがてイルミナも眠りに落ち、シャドーは警護のため目を光らせていた。すでに人間を解放し、本体の姿に戻っている。
静かに佇んでいる影に声が響いた。
『……シャドーよ』
「ミ、ミスト様!?」
声は、影が忠誠を誓った相手――ミストバーンのものによく似ている。
声に誘われるようにして部屋から出、宿の外に赴いた影の前に黒眼の男が現れた。
しかも、二人。ほとんど同じ顔だ。
片方は混じりけのない黒髪だが、もう一人はところどころ金が混じっている。
「貴様は……!」
「てめえらが第三勢力って呼んでるヤツさ」
黒い髪の男に続いて金髪の方が口を開いた。
「俺はその分身体。よろしくな」
シャドーはすぐさま戦おうとしたが、現在器になりそうな人間が近くに見当たらない。男に直接向かって行っても攻撃されるだろう。
警戒を解きほぐすように第三勢力と分身体は両手を上げ、歯を輝かせながら笑いかけた。
「そう怒りなさんな。てめえを誘いにきたんだぜ。俺の部下になれって」
「ふざけるなッ!」
激高したシャドーから黒い霧が立ち上る。
「私の主はミスト様とイルミナ様だけだ!」
「ミスト? ……ああ、見上げた奴隷根性持ってる奴のことか」
「尻尾振る犬みてえだよな。なんで負けっぱなしの奴なんざ尊敬してたのかね」
分身体の言葉は火に油を注ぐ結果となった。
「ミスト様を侮辱するな! あの御方の忠誠心を――敬意を――貴様らごときが卑下する資格はない!」
叫びを聞いた分身体が鼻で笑い、第三勢力が頭をぼりぼりとかいた。黒い髪をかきまわしながら口元をゆがめる。
「忠誠心? 敬意? キレエなモン抱いてりゃ自分(てめえ)は醜くないって勘違いしたんじゃねーの? 汚え存在ってこたあ変わりゃしねえのによ」
「半端な奴が寄生虫を擁護すんのか。ピッタリだな」
あまりの怒りに言葉も出ないシャドーは第三勢力へ飛びかかった。迎撃を食らう覚悟で乗っ取ろうとしたのだ。
だが、相手に黒い手が触れた瞬間、動きが止まった。
「貴様の、正体は――」
「感謝しろや。死んだ奴の言いつけでお守役やらされてるてめえを解放してやるんだからよォ」
刹那、漆黒の波動が迸り影の身体を呑みこんだ。
翌朝、シャドーの姿が見えないことに気づいて二人は周辺を捜索した。
しかし地面にでも吸い込まれたかのように姿を現さない。
「何があった……!?」
イルミナは動揺も露に唇を噛み締めている。今まで自分を支えてきた、唯一の部下が行方不明になったのだ。大魔王ほど非情ではないため身を案じるのも無理はない。
ダイはしばしためらい、言葉を発した。
「仲間に言ってみる」
「仲間?」
天涯孤独の身だと思っていた彼女は意外そうに聞き返した。力を借りる相手がいたとは初耳である。
ダイはイルミナの手をとり、呪文を唱えた。
魔法を行使したことにイルミナは驚いている。ダイも、今まで紋章が出せず不調を覚えていただけに、無事呪文を使えたことに息を吐いた。
どこへ行けば仲間に会えるか、直感に近い嗅覚が告げている。
変装を解きながら懐かしい気配のもとへ行くと、ダイの剣の前に立っている者達がいた。彼らは皆物思いに耽り、背後の気配に気づかない。
「あのカールの人はアバン先生。女の子はレオナで、バンダナを巻いているのはポップ」
声を聞き、振り向いた彼らは少年の姿に目を見開いた。
待ち望んでいた瞬間の到来に、空気が一変した。
ポップの目にみるみるうちに涙が盛り上がる。彼は大きく口を開け、心から叫んだ。
親友の名を。
「ダイ!」
イルミナが凍りついたように歩み寄る動きを止めた。
年齢に似合わぬ落ち着きや身のこなしから覚えていた、拭いきれない違和感の正体がわかった。
すべてがつながっていく。沸騰する感情とともに。
「よかった、戻ってきたんだな! おまえが生命をかけて守った地上に!」
駆け寄り、ダイに抱きついて髪をわしゃわしゃとかき回した彼は傍らの人物に目をとめて素朴な疑問を口にした。
「その人が連れ帰ってくれたのか?」
礼を言いかけたポップの顔から血の気がさっと引いた。
アバンが目を光らせ、レオナが口元に手を当てる。
フードを取った顔を見たためだ。
ローブを勢いよく脱ぎ捨てた彼女は睨み殺しそうな眼光でダイを射る。
「貴様が……竜の騎士、ダイ」
喉の奥から声が絞り出された。
激情が炎となって燃え上がっているかのような、壮絶な鬼気が迸っている。
「貴様が――貴様が父を殺したのか」
178 :
顕正:2009/06/19(金) 23:30:52 ID:/P5MDNW90
以上です。
バーン様やミストバーン、ハドラーなどダイの大冒険の悪役が大好きです。
バーン様は老人も真大魔王も、ミストは闇の衣状態も本体も同じくらい好きです。
雄叫びが響く。
雄叫びが響く。
ティアによって召喚された幻想の魔獣が、黒の兵士達を粉砕する。
黒の兵士の戦列目掛け、翼の生えた獅子が突進する。その牙で敵を噛み砕き、その爪で敵を引き裂く。
なすすべなく悪夢の住人達は蹂躙されていく。兵士達の決死の突撃も、事もなげに魔獣はねじ伏せる。
その様はまさに圧倒的と言えた。
だが――
よく見れば、魔獣は無傷ではなかった。その巨大な体躯には、黒の兵士達の槍が何本も突き刺さっている。
確かに魔獣は圧倒的だった。その巨腕の一振りで何十人もの黒の兵士が吹き飛ぶのだから。
だが相手は、尽きることのない兵力を持っていた。
倒しても倒しても、次から次へと新しい兵士が湧き続けるのだ。この軍勢の主――<黒の女王アリス>の影から。
魔獣の疲弊を見て取った何十人、いや何百人もの黒の兵士達が、一斉に魔獣に群がり始めた。
己を叱咤するべく、雄々しい咆哮を魔獣は戦場に木霊させる。だが、やはりその声には覇気がない。
取りついてきた兵士たちを振り落とすべく魔獣は奮闘するが、ダメージが蓄積した身体では上手く
力を発揮できず、次第に身動きがとれなくなっていく。
完全に魔獣の姿が見えなくなったとき、ティアは自分の使い魔が止めを刺されたことを感知した。
かりそめの命が失せた形骸が、黒い海に沈んでいく……。
「……なるほど、確かに。人はあなたたちに何もできないでしょうね」
無限に沸き続ける悪夢の群れ。その身体を砕いても、影に還るだけで真の死を与えることはできない。
真の死を与えるなら、彼らの主であり、門の役割を併せ持つあの少女を殺さねばならないだろう。
だが、この無限の兵力を誇る黒の軍勢と、その背後に控えているであろう怪物達が、それを許すはずがない。
この鉄壁の陣を切り崩しても、恐怖の結晶たる異形の怪物に捕食される。
故に、人間はこの悪夢の世界を打倒できない。
けれど――
「けれどわたしも、あなたたちと同じく人ではないわ」
ティアの唇が、言霊を紡ぐ。
それは彼女が泉の賢者に師事し、永き時を代償に会得した秘術。
いくつもの呪文を一瞬で織り合わせ、世界に奇跡を顕す。
高速圧縮詠唱――高位アデプトのみに許された高等魔術技能だ。
「炎よ」
ただ一言、それだけで十分だった。
瞬間、ティアの周囲に、燃え盛る炎の壁が出現した。
彼女に襲いかかろうとしていた兵士が一瞬で燃え崩れ、同じように魔獣に群がっていた者達も灰と化した。
炎の洗礼から免れた兵士達は、その有様を見て戦慄する。
屈強なつわものぞろいである彼らも、炎にだけは恐怖する。
その身体は紙でできているから、炎の前ではなすすべなく灰になってしまうのだ。
身を焼かれる恐怖に負けたのか、黒の兵士達の幾人かが逃走を始めた。
それはすぐに全軍に伝播し、あっという間に戦列は崩壊し始めた。
「あらあら……ちょっと驚かそうとしただけなのに」
思いもよらぬ結果に、ティアは呆れ顔になった。
炎に弱いと当たりをつけていたが、ここまで効果が出るとは予想外だった。
黒の兵士達――そのモデルとなっているのは、言うまでもなく"不思議の国のアリス"に出演するトランプ兵だ。
先程のお茶会で聞いた話が真実なら、作者を同じくするグリモワール・オブ・アリスにも、
似たようなキャラクターが描かれていても不思議ではない。
「なら、これからどんな悪夢が出てくるか、見当がつきそうね。ちょっと骨が折れそうでイヤだけど」
敗走する黒の軍勢を眺めながら、ティアは静かに嘆息した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なさけない! それでも悪夢の世界にその名ありと謳われたつわものどもの集まりか!」
伝令の持ってきた情報に、<黒の女王アリス>は激怒した。
怒り心頭の彼女は、先程まで愛でていた手のひらサイズのハンプティ・ダンプティを握り潰したことにも気付かない。
傍に控える黒の将兵達は、ただ震えるのみだ。
「権威への敬意と恐怖が足りないようね」
そう呟き、玉座から立ち上がる。
「敗北主義者にしかるべき報いを与えよ!」
影が伸びる。影が伸びる。
女王の背後の漆黒が、急ごしらえの玉座を覆っていく。
それはグリモワール・オブ・アリスの世界へつながる門。無数の悪夢が蠢く白昼夢への入り口。
その門の彼方から、何かが飛び出してきた。
なめくじに似た身体つきで、表面はぬめぬめした粘液で覆われている。
大きさはまるまる肥えた牛ほどあり、思ったよりも俊敏な動きができるらしい。
それは恐怖に固まる黒の将兵達のそばに、するするとあっという間に移動し、小刻みに触覚を震わせていた。
それの名はスナークという。悪夢の国に棲息する魔獣のひとつだ。
しかも目の前にあらわれたこれは、様々な品種が存在するスナークの中でも、とりわけ凶悪な、
ブージャムと呼ばれる個体であった。
将兵達の顔色が真っ青になる。彼らはある一つの伝説を思い出していた。
ブージャムに出会ってしまったものは……。
魔獣の触覚が、将兵の一人に触れる。その瞬間、彼は忽然と姿を消した。まるで最初から、この世界にいなかったように。
一切合財、その存在を消し飛ばしたのだ。この魔獣が。
「汝らも知っているだろう。ブージャムに出会ったものは、突然静かに消えうせて、二度と現れることはない。
敗北に飼いならされた者の背後には、いつもブージャムが控えていることを忘れるな」
冷徹に響く、黒の女王の声。
臣下たる黒の兵士達は、動きを止め、その声を謹聴していた。
「スナークを刈り立てたくば、希望を手にとり、我らの障害を粉砕せよ。あの魔女を、完膚なきまでに殺しつくすのだ。
でなければ――」
ブージャムが、その鈍重そうな体躯を震わせる。
「汝らは、我が影に還ることなく、どこでもない場所へ放逐されるだろう。
理解したのならばゆけ! 魔女のみしるしなしに、ここに帰ることはないと一兵卒にまで知らしめよ!」
ブージャムに追い立てられながら将兵達が慌てて退出するのを、女王は再び玉座に腰を下ろし、
「フン」と鼻を鳴らして見送った。
「悪夢に希望などないがな」
「左様でございますな」
その言葉に、女王のそばに控えるウサギ面の宰相が応じる。
「我らはあなた様が流した、絶望の涙の海から生れし者。故に希望などありませぬ。
もしそんなものが与えられるのだとしたら、原書たるグリモワール・オブ・アリスが完成を迎えた時でしょうな」
「わかっておる。してウサギ、わらわが黒の女王のキャストを拝命して幾分たつ? 現在時刻を開示せよ」
「は。少しお待ちを」
そう言うと、ウサギ宰相は近くにあった短剣を手に取り――その腹部に突き刺した。
何の躊躇もなく、皮を肉を骨を引き裂き、自らの内部を開いていく。
鼻孔を突き刺すような血臭が周囲に蔓延するが、黒の女王アリスはまったく表情を変えない。微塵も感情を動かさない。
やがて、ぬらぬらと光る臓腑の隙間をまさぐっていたウサギ宰相の手に、硬質な感触が生じた。
その正体は、小さな懐中時計であった。
「じょ、じょおう、みえ、ます、でしょうか……」
息も絶え絶えに、ウサギ宰相は懐中時計を掲げる。
「ああ、よおく見えるぞ。貴様の汚い血に塗れた懐中時計が。ふむ。どうやら、わらわが黒の女王を演じていられる時間も、
それほど多くないようだな。よくやった。褒めてつかわす」
「あ、ありがたき、しあわ、せ……」
ばたり、とウサギ宰相は倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「運命は常に、あまねくもののかたわらでその破滅を待望しておる。汝は運命に追いつかれた。ただそれだけのことだ」
玉座から立ち上がり、<黒の女王アリス>は言う。
「わらわも急ぐとしよう。運命に追いつかれないために、疾くあの魔女めに死を与えるために」
女王の影が、また蠢き始めた。
その影から――無数の怪物達が出現する。
これまでの人型の悪夢とは違う、本物の異形達。
毒芋虫、巨大な百足、グリフォン、ライオンに一角獣、バンダースナッチ、ジャバウォッキー。
毒芋虫は致死性の毒を溶かした水煙管を口にくわえ、巨大な百足は数えきれない足をこすらせ甲高い音をならしている。
高潔な正義感を持つグリフォンも悪夢に浸食されたのか、そのかぎ爪は人間の血でべっとりと汚れている。
ライオンと一角獣はすでにケーキをめぐって殺し合いを始めている。
そして、バンダースナッチにジャバウォッキー。
最強と名高い二匹の怪物は、そのおぞましい威容を惜しげもせず誇示していた。
<黒の女王アリス>はいささかも臆した様子を見せることなく、自身が使役する悪夢の怪物に向けて宣言した。
「我が愛しき悪夢の怪物たちよ! 見よ――あの彼方にいる魔女こそ、我らの物語のための生贄だ!
原書の筋書きに従い、汝らの為すべきことを為せ! 人間に恐怖と絶望を!
それこそが欠損した物語の空白を埋める唯一無二の言の葉だ! さあ、わらわに弓ひくあの愚か者を平らげよ!」
禍々しい叫び声をあげて、怪物の群れが進行を開始する。
無限の軍勢と、狂気の怪物の群れ。
自らの権勢の象徴であるこの二つを前にして、<黒の女王アリス>は完全に酔いしれていた。
飽くなき権力への欲求。そしてそれは、さらなる殺戮へとアリスを誘う。
「くく……こんなもので満足するものか。これほどの威容を見ても、わらわの乾きは収まらぬ。
グリモワール・オブ・アリスの物語を完成させれば、いま以上の力を得ることができる。
未来永劫続くわらわの悪夢の国――あの魔女を殺せば、それも夢物語ではなくなる!」
狂気の笑みを浮かべた<黒の女王アリス>は、歪んだ夢が実現することへの期待に耐え切れず、声高く哄笑した。
そのときだった。
「うっ……!?」
突然、心臓が締め付けられるような痛みが胸の奥から生じた。視界が明滅し、呼吸が満足に行えない。
誰も女王の異変に気がつかない。目もくれようとしない。
「ば、かな……こんな時に発作が……!」
膝を屈し、女王は床の上に倒れ伏す。
からん、と小さな金無垢の王冠が、彼女の頭から転がり落ちた。
その瞬間、まるで憑きものが落ちたかのように、黒の女王の貌が消え去り――
「……ぁ、ぅ……あぁ……ッ!」
あらわれたのは、喘ぎ、まなじりに涙を浮かべ、痛みに身悶えする少女の貌だった。
先程まであった権力に狂った笑みは、どこにもない。
それの貌は、悪夢の国の支配者であるアリスではなく、御伽噺部隊の、フュンフ=<アリス>のものだった。
「あ、あんなに、た、くさん……飲んできたのに……!」
悲痛な叫び声をあげ、フュンフ=<アリス>は震える手で、ゴシックドレスの中にあるはずのピルケースを探る。
必死の思いで探り当て、その中にある発作止めの錠剤を取り出そうとするのだが、痛みの所為で上手くいかない。
苦闘の末に錠剤を鷲掴みし、嘔吐をこらえつつ口の中に入れて噛み砕き、嚥下する。
「んくっ……うむぅ……ぅぅ……」
数秒たち……ゆっくりと、ゆっくりと、フュンフの呼吸が整っていく。
と同時に、憔悴しきったフュンフの顔に、自嘲の笑みが刻まれる。
「……ふふ。権勢、権威、権力、ですって。そんなものに、何の価値があるのかしら。
自分で演じといて何だけど、なんて浅ましくて、なんてみっともない……。
こんな姿、フィーアにだけは絶対見られたくないわね……」
けれど、とフュンフは続けた。
「いまのわたしには、このキャストが必要なの。黒の女王のキャストに引きずられて、わたしの存在が希薄になったとしても。
あと少し、あと少しだけ我慢すれば、またわたしの物語が完成に近づくから……」
王冠を手に取る。もう一度、黒の女王のキャストを演じなおす。
変わる、変わる。<御伽噺部隊のアリス>が、<黒の女王アリス>に塗り潰される。
望みを叶えるために。自分の物語を得るために。
運命に追いつかれる前に……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黒の女王のキャストを演じるフュンフを見るたび、ゼクスは悲痛な思いにかられる。
彼女が能力を行使するたびに、原因不明の発作が襲う。魔女グルマルキンでさえ、なぜそのような現象が
おこるのかわからないという。もしこのまま発作が続けば、最悪、彼女は消滅してしまうかもしれない。そうも言った。
そんな魔女の言葉を聞きながらも、フュンフは戦うことを止めない。
戦闘が終わるたび、魔女が創り出した発作を抑える錠剤を貪る彼女を前にして、掛けるべき言葉をゼクスは持っていなかった。
どうして、命を削ってまで、フュンフは戦うのか。
いつのことだったか、ゼクスは聞いたことがある。
彼女の淹れたおいしい紅茶を飲みながら。彼女の絶望をたたえた瞳を目の当たりにしながら。
――黒の女王のキャストを演じるときのわたしは、自分じゃない自分に、書き換えられているの。
――グリモワール・オブ・アリスに出演する、アリス。無慈悲で残酷な女王様。
――そのときのわたしは、なんでも持ってる。屈強な兵士達、広大な領地、従順な臣民。
――力だってあるわ。人を簡単に殺せる力が。
――けれどそれは、わたしじゃない。わたしの欲しい物語じゃない。
――グリモワール・オブ・アリスの物語には、わたしの想いなんて、これっぽっちも存在しないの。
――物語の進行にあわせて、話して、動いて、誰かを殺して。
――そこにわたしの意思なんていらないの。そんなもの物語の邪魔だから。
――わたしはお人形さん。好き勝手に着せ替えさせ放題の、不満なんて言わない従順でお利口なアリス。
――わたしがもうそんな配役はイヤだって懇願しても、グリモワール・オブ・アリスは決して許しはしないでしょうね。
――お願いだからそんな顔しないで、ゼクス。仕方のないことなのよ。そうあるように生まれてきたんだもの。
何か言うべきだと思った。彼女は笑っていたけど、ゼクスにはそれが強がりだとわかっていたから。
けれど、そのときのゼクスは、何もできなかった。
もしかしたら、彼女の悲しみを癒すことができたかもしれない。
自分からはもう声は失われたけど、誰かを慰めるための手段は、言葉だけではないから。
だけどそれも、ひとときだけのものだ。彼女の運命がどこに行き着くのか、ただ見守ることしかできないのだ。
彼女の運命は、自分のものではないから。
――けど、そう悪いことばかりじゃないわ。
――たしかに黒の女王を演じるのはイヤだけど、その先に、希望があるもの。
――グルマルキン大佐は仰ったわ。契約を結んで、服従を誓う時に。
――グリモワール・オブ・アリスの物語が完成したら、わたしにも自分の物語を書ける可能性があるって。
――その言葉が本当になることを夢見て、支えにして、いまわたしは生きてる。戦うことだってできるわ。
それが彼女の選んだ道ならば、自分が何かできるはずもない。彼女の覚悟を汚してしまうことになる。
それに――自分達には、戦う以外の選択肢は存在していない。
私達はあの魔女の奴隷なのだ。唯々諾々とあの魔女に従い、人間を恐怖させるしかない。
ただひとつの願いを叶えるために、私達は契約を結び、魔女に魂を差し出したのだから――
けれど、けれど。ゼクスは思う。強く思う。
――あなたは私の家族なのだから。あなたが戦うなら、私もこの喉が張り裂けるまで、強く、強く歌いましょう。
――人に死をもたらす魔歌(まがうた)を。大切な家族であるあなたを守るために。
そうしてゼクスは立ち上がり、歩き出す。魔女と悪夢が織りなす戦場へ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「魔女ってのは、あんまり相手にしたくない手合いなんだが……」
髪をかきあげつつ、エドワード・ロングはぼやいた。
そんないまさら、とピンカートン上級探偵――いまは<トライデント>のエージェントだが――は呆れ顔で言う。
「困りますよ。ここにきて戦闘拒否ですか。監視にあたっている連中が、突然人間が地面から湧き出してきたとか、
今度は怪物達があらわれたとか、酷く取り乱しているんです。こんな事態、口惜しいですが、我々では収拾不可能です。
あなたが行かないで、誰があの二勢力を制圧できるんですか。
それに、あなたはすでに前金として十分な額を受け取っているのですよ」
「わかってる、わかってる。あんたらに余裕がないことも、俺に期待してるのも、十分わかってるよ。
けどよ、ちょっとくらい愚痴たれたっていいじゃねえか。相手はあのスプリガンの魔女だぜ?
ったくなんて貧乏くじだよ……」
「ミスタ・ロング、相手はスプリガンだけではありません。鉤十字騎士団、奴らの戦力は本物です。
まだ年端もいかない子どもとはいえ、オーストリア憲兵隊が全滅寸前にまで追い込まれたのです。
魔女ばかりに気をとられていれば、たとえあなたでも不覚をとりかねませんよ?」
「乳くせえガキなんざ何人いたっていっしょさ。あんたらはモノホンを見たことがないからそんなとろいことが言えんの。
こわいぞー、正真正銘の魔女っていう奴は」
ばあ、とまるで子どもを脅かすようにおどけてみせる。これですでに百年は生きているのだから呆れてしまう。
だが、その腕は本物だ。裏社会の生きる伝説――エドワード・ロング。人呼んでスクリーミング・クロウ。
彼に命を狙われて生き永らえたものはいない。
「ま、給料分はきっちり働くさ」
「結果次第で支払金は上乗せされることをお忘れなく」
「……金は命より重いってほんと至言だよなー」
黒い翼がロングの背中から出現する。
そして一瞬のうちに空に舞い上がり、ピンカートン上級探偵の視界から消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、どう始末つけよっかなー。本当の狙いばらしちまった方が、無駄な戦いしなくて済むかなー。
まさかこんな面倒になると思ってなかったしなー。美津里の奴の名前だしたら納得してもらえっかなー」
複雑なマニューバを描きながら、ロングはしきりに首をひねる。
天狗の力を宿す彼にとって、考え事をしながらの曲芸飛行は地面を歩くことより簡単なことだった。
彼が考えているのは、どうやって魔女ティアとの戦闘を避けるべきか、ということだった。
人よりも永く生き、人よりも魔道に触れてきた彼は、魔女という存在は本当に厄介なものであることを、
嫌というほど知っている。
そんな彼が出した結論は――
「まー成る様になるしかないかー」
こういう普通人よりも輪をかけて大雑把な性格こそが、裏社会において永く生きるコツなのかもしれない。
昨日の11時ころからぶっ続けで書いていたのでもう限界です。
実はPCクラッシュしたのであらかじめ書いていた話とは大分違います。
アリスこんなに目立ってなかったし。まじで版権キャラ喰うなよ!次回は自重します。
けど、勢いにまかせてババーって書いたほうが、前のよりも出来がいい気がします。
きっと徹夜明けの錯覚に違いない! 今度はちゃんと余裕をもって投稿することにしますです。
では。
191 :
作者の都合により名無しです:2009/06/20(土) 17:25:48 ID:pNPLl0uh0
>顕正さん
ダイノ正体がバレる&ポップたちとの再会、というメインイベントが
同時に起こってしまいましたね。再会の喜びもつかの間に戦闘?
でも今のイルミナの力じゃこのメンバー相手ではきつすぎますからね。
>ハシさん
アリスの世界に踏み込んだティアですが、まだ余裕っぽい感じですね。
僕はティアの本体は実はそれほど強くないと思ってるんですが、
年の功?と魔術で切り抜けていくのかな。ロングは版権キャラなのかな?
しかしパソコン壊れる方多いですねえ。大変だ。
お2人ともお疲れ様です。
・ロンギヌスの槍
オリジナルのアリスも目立ってますが、ティアも負けてませんね。
魔女がアリスを救うのかそれとも討伐するのか。新伽羅も楽しみですね。
・L'alba della Coesistenza
シャドーが消え、ポッポたちとの再会、そしてイルミナとの戦いへ?
今回は前半のターニングポイントかな?色んな事件が盛り沢山でしたね。
193 :
しけい荘大戦:2009/06/20(土) 23:03:49 ID:uiMK5cik0
第二十九話「柳龍光対純・ゲバル」
「卑怯とはいうまいね」
ヤカンで意識を逸らし、しなやかな鞭打を以って、毒手を喰らわせる。空道という武術
において考えうる最大効果の奇襲が、ゲバルをクリーンヒットした。
「ゲバルさん。すまんが、どうしても敗けるわけにはいかなかった」
武とは小細工ありき、とはいえ柳としても不本意な一撃だった。本当は柳とて、武術家
としてゲバルという強敵と正々堂々と立ち合いたかった。
しかし、勝負ありとなるはずの打撃を受けながら、ゲバルは意外な反応を示す。
「へぇ……。このねっとりとした気色悪さ、これは“陰手”だな」
「──し、知っているのか!」
狼狽する柳に、ゲバルは昔話を語るような口調で理由(わけ)を明らかにする。
「俺の爺さんは無隠流忍術のマスターでね。ガキの時分、よォくしごかれたもんだ。マイ
ナーではあるが、日本じゃ忍の間では無敗を誇ったといわれる一派だったらしい。
爺さんは笑ってたよ。かの今川義元が配下の忍にのみ使用を許可し、猛威を振るったと
される陰手……。それとて、幼少より毒に対する鍛錬を欠かさなければ、赤子の手にも等
しいとね」
ゲバルの脇腹は鞭打で肌を抉られているが、毒による侵食は認められない。
幼少時、自然毒を絶妙な分量で服用し続け、毒への耐性を身に染みさせたゲバルにとっ
て、柳の毒手は全く無意味な代物であった。
ゲバルの右アッパー。これが少なからず動揺していた柳の顎を、もろに打ち抜く。
「ガハァッ!」
浮き上がろうとする柳の水月めがけ、ゲバルは強烈なミドルキックを浴びせる。胃液を
吐き散らし、柳は背中から地面に叩きつけられる。
「ぐ……ごふっ!」
「毒が効かないことでショックを受けたアンタは、不自由そのものだったな」
大ダメージを与えてなお、ゲバルは拳を固める。終わらせるつもりだ。
顎と水月への痛打。脳震盪と呼吸困難が柳に絡みつき、「立つ」というごく単純な一動
作さえ妨げる。
194 :
しけい荘大戦:2009/06/20(土) 23:04:46 ID:uiMK5cik0
立てなければ──敗ける。すり減り、歯肉に埋もれた奥歯を噛み締め、柳が吼える。
「しぇいぃぃイッ!」
地面が爆発した。柳は仰向けの状態から凄まじい踏み込みで立ち上がり、ゲバルの人中
に渾身の右一本拳を叩き込んだ。勢いのまま左ハイを放ち、これもゲバルのこめかみを深
く貫く。
ゲバルはダメージ以上に驚愕した。
これが柳龍光──。
毒手などではない。日常を鍛錬とする常軌を逸した人生こそが、柳最大の武器。
「毒が効かぬとあらば、これは不要だな」
柳が右手を振ると、装着されていた毒手グローブが地面に落ちた。柳のような古い武術
家にとって、手首足首から先の部位は凶器と同義。本気でやるからには、手袋は邪魔なだ
けだ。
ゲバルが放つ左ストレートを右手甲で捌き、柳は腹部に掌底を捻り込む。体格では上を
ゆくゲバルが、三メートルは宙に浮いた。
「おごォ……!」
致命傷ではない。が、柳の本当の狙いはここからだった。
どうしても足先に神経を払わねばならぬ着地際こそ、もっとも攻守ともに甘くなる瞬間
である。ゲバルのつま先が地面に触れようとする──柳が動いた。
ぱんっ。
地上最強の毒ガスを含んだ、柳の右手がゲバルの口と鼻を塞いだ。あとは文字通り一息
つく間に、ゲバルの敗北が決定的となる。
しかし、ゲバルは柳の右手首を掴むと、強引に口から引き剥がした。
「なんという力だ……!」
「知っているさ。息さえ止めれば、アンタの空掌は通用しない……。同じしけい荘に住ん
でいなかったら、今ので決まっていたかもな」
195 :
しけい荘大戦:2009/06/20(土) 23:05:33 ID:uiMK5cik0
猛攻の始まり。柳の脇腹を穿つボディブロー、左手刀がこめかみを打ち、右ストレート
が鼻にめり込む。眉間に刺さる一本拳、喉仏を抉る平拳、決め技であるアッパーがまたも
ヒット。柳をとことん打ちのめし、返り血を浴びまくるゲバル。
やはり身体能力では分が悪い。が、空掌を破られることは、柳にとっては計算の内だっ
た。滅多打ちになりながら、柳は考える。
しけい荘の仲間だからこそ、かわせる技がある。
しけい荘の仲間だからこそ、絶対にかわせない技もある。
「──シイィッ!」
起死回生、柳の右ハイキック。とはいえ万全ではなく、ゲバルからすれば余裕で回避で
きるスピードだった。
──が、ハイキックは徐々に速度を落とし、ゆらりとゲバルの口もとに近づく。
ぺたり。
足の裏が、ゲバルの顔にくっついた。怪訝そうに顔をしかめるゲバル。
「………?」
同時に、ゲバルの鼻が呼吸をしようとぴくりと動いた。──瞬間だった。
沸き上がる脳細胞。
風をこよなく愛するゲバルだからこそ、分かった。危険を知らせるアラームが最大音量
にて鳴り響く。今吸入した大気(かぜ)は、危険すぎる。
危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険、危険。
──柳は足による空掌を完成させていた。
本人以外、しけい荘でもだれ一人知らない事実を、ゲバルは一番に知ることになった。
拳を握るゲバル。
己の胸を、全身全霊の力を込め、叩く。
「ボ、ボスッ?!」事情を知らぬレッセンには、奇行にしか映らなかったことだろう。
「ごぼァッ……ッ!」
196 :
しけい荘大戦:2009/06/20(土) 23:06:23 ID:uiMK5cik0
自殺にもなりえるほど本気で叩いた。ゲバルの身体機能を奪わんとしていた低酸素が、
衝撃で血とともに一気に吐き出される。生半可な衝撃であれば、今頃ゲバルは酸欠で気を
失っていたにちがいない。
激しく咳込みつつ、ゲバルが笑いかける。
「さ、さすがだ……。こう、しなきゃ……やられ……てい、たな」
「クゥッ!」
攻めを再開する柳より疾(はや)く、ゲバルの平手打ちが柳の左耳に叩きつけられた。
鼓膜が破られた。
さらにゲバルは自らの髪の毛を複数本捻りながら抜き取り、手製のこよりを完成させた。
柳の耳穴に挿入されたこよりは、主人の手によって緩められ、細い毛が耳内の器官に絡み
つく。
「……ゲームオーバーだ。柳、これを俺に引かせないでくれ」
「ゲバルさん……失望したよ。大統領ってのは、とろけそうなほど甘くても務まるのかね」
かまわず鞭打を放とうとする柳。ゲバルは好敵手の覚悟に応え、瞬時に柳の耳から髪を
引き抜いた。
湿っぽい日が続きますね。
>>153より。
第二十九話終了です。
1週間来てなかっただけで豊作だ
ガモンさん 顕正さん サナダムシさん ハシさん
お疲れ様です!
第四十一話「冥府激震」
冥府の底のそのまた底―――其処は冥王の間。彼は一人、玉座に佇む。
銀の髪に、紫の瞳。携えしは一対の双剣。
かつて<紫眼の狼>と呼ばれた男―――エレフ。
その肉体はもはや冥王の器と化し、精神は闇深く眠りについた。
今の彼は冥王タナトス。それ以上でもそれ以下でもそれ以外の何物でもない。
彼はただ心静かに、座して待っている。その退屈など、彼には欠片ほどにも苦痛ではない。
彼は生まれ堕ちたその時から、ずっと待ち続けていたのだから。
何故、自分は存在しているのか。自分は、何をすべきなのか。
その答えを問い続け、待ち続けていたのだから。
そして今、彼はその問いに己なりの解を見出していた。
タナトスは顔を伏せ、一人呟く。
「母上(ミラ)…貴柱ガ命ヲ運ビ、仔等ニ残酷ナ運命ト痛ミヲ与ェルノナラバ―――我ハ其ノ命ヲ奪ィ続ケ、殺メル事
デ救ィ続ケヨゥ」
「問に惑い」「解を違え」「累の海に堕つる」
「愛を求め」「生を奪い」「灰が宙に舞う」
突如響いた声―――タナトスが顔を上げると、そこにいたのは白いドレスを纏う六人の美しき娘達。長いブロンドの
髪が、冥府の闇の中でも煌くほどに麗しい。だが、彼女達がただの娘であるならば、こんな所にいるはずがない。
「第六の地平<運命>」「其の語り手は誰ぞ」「語り手は我等」
「第六の地平<神話>」「其の謡い手は誰ぞ」「謡い手は我等」
『―――我等<詩女神六姉妹(ハルモニアス)>』
詩女神六姉妹―――それは人間達を見守り、その営みを詩として語り継ぎ、謡う事を使命とする女神。
時には人間達の前に自ら姿を現し、天上の鐘の如きその歌声を披露すると伝えられる六柱神。
創世神が一柱・詩女神(ハルモニア)の直系、高貴なる歌姫。
六柱の女神は恭しく片膝を着き、タナトスに頭を垂れる。
「貴柱(あなた)こそは冥王タナトス」「偉大なる冥府の支配者」「死を司る慈悲深き父」
「我等は未だ若き柱」「されど、何卒」「我等の声に、耳を傾けて頂きたく」
タナトスは鼻を鳴らし、彼らしからぬぞんざいな態度で玉座に踏ん反り返る。
「…ヤァ、久シブリダネ。百年クラィ振リカナ?我ハ貴柱達ヲ歓迎スルヨ、ユックリシティッテネ!」
言葉だけなら親しげだが、その口調と表情は棘だらけだ。不機嫌を隠そうともしていない。六姉妹にしても、和やか
な会話など端から期待してはいないだろう。
「其レデ?何ヲシニ来タノカナ、六姉妹ヨ。貴柱達ノ使命ハ人間達ノ物語ヲ謡ィ、語リ継グ事―――冥府ヘ用事ナド
ナィダロ?」
「貴柱の企みが」「露見していないなどとは」「貴柱も思ってはいないでしょう」
「己が使命を忘れ」「母なる者に抗い」「人間達に介入するなど、赦されません」
「使命…忘レテナドィナィ。怯ェル子等ニ死ヲ以テ救ィトスル。其レガ我ノ使命ダ」
タナトスの答えに、六姉妹は全く同時に、全く同じ仕草で首を横に振った。
「母なる者が与えた」「人間の天命を無視し」「自らの手で命を奪う」
「貴柱の其れは」「愛ではない」「唯の自己満足です」
ハッ、とタナトスは嘲笑する。同時に今まで抑えていた自らの気配を解放し、六姉妹を威圧する。まるで寝そべって
いた大蛇が鎌首を持ち上げたような剣呑な空気が、室内を満たした。
「我ノ半分ノ半分ノ其ノ更ニ半分モ生キティナィ小娘共ガ、大口ヲ叩ィテクレルネ。其レデ?我ニドゥシロト?」
六姉妹はタナトスの威嚇に怯えることなく答えた。
「その人間を解放し」「今まで通りに」「冥府の支配者として生きるのです」
「そうでなくば」「我等とて」「黙っているわけにはいきません」
クックック、とタナトスは肩を震わせて笑う―――その目は全く笑っていなかったが。
「ソゥ来ルトハ思ッティタンダ。我ノヤッティル事ハ神々ノ定メタ掟ニ反シテ―――否、ソンナ話ジャナィカ。足蹴ニ
シタ上デ唾ヲ吐キ捨テティルモ同然ダモノネ。刺客ガ送ラレルノモ必然ニシテ当然…シカシ、貴柱達ガ来ルトハ
思ワナカッタ。モットマシニ闘ェルヨゥナ奴ハィナカッタノカィ?来ルノナラ、雷神辺リダト予想シティタガ」
「貴柱も知っておいでの筈」「雷神は邪神との闘いの折」「片腕を失い」
「今は残された腕で」「邪神を封印しています」「故に、動くことはできません」
「ァァ、ソゥダッタネ…デハ炎ノ悪魔ナンテドゥダィ?彼ナラバ我ヲ殺セルカモシレナィヨ。貴柱達ニスレバ共倒レナラ
厄介者ガ同時ニ消ェテ願ッタリ叶ッタリ。悪ィ目ガ出テモ片方ハ確実ニ死ヌ」
「バカなことを」「如何に奴めが貴柱に匹敵する力を持とうと」「あれは、神と人に仇為す存在」
「その力を借りるなど」「それこそ禁忌」「冗談でも口にしないで頂きたい」
「嫌ワレ者ダネェ、彼モ…デハヤハリ、貴柱達ガ我ト闘ゥノカィ?悪ィケレド、詩女神六姉妹ガ武闘派ダナンテ噂ハ
マルデ聞ィタ事ガナィヨ―――其レニ、モゥスグ此処ニハ来客ガァルンダ。衣服ガ乱レテシマゥヨゥナ事ハナルベク
ナラバシタクナィンダケドネ」
「あくまでも」「自らの非を認めないと仰るのなら」「致し方ありません」
「我等が手で」「貴柱には、御隠れ頂く」「御覚悟を」
ゆらり、とタナトスが立ち上がった。
「ヨカロゥ…小娘共。冥王ノ力、其ノ目ニ焼キ付ケルガ良ィ」
言うが早いか、先頭に立っていた六姉妹の長女がタナトスに肉薄する。予想を上回るその速度に、タナトスは反応
が遅れた。その一瞬の隙を突いて、長女が右手を天に翳す。
「第九の地平―――マーベラス・スーパーディメンション!」
膨れ上がった魔力が超重力と化し、タナトスに容赦なく叩きつけられた。常人ならば一瞬で粉々になるほどの圧力
に耐え切れず、たまらずタナトスも膝を折る。
「下がってください、お姉様…彼の四肢を潰します」
瞬時に飛び退く。同時に発動される、神々の秘術。
「歪んだ乙女―――バロック・メイデン!」
無数の十字架がタナトスの頭上に顕現し、一気呵成に落下する。先の宣言通りに手足の骨―――どころか全身の
骨が砕け、完全に身動きを封じられた。
「私達もいくわよ!」
「はい!」
三女と四女がタナトスを挟んで向き合い、相反する魔術を織り成す。
「煉獄の魔女―――クリムゾン・オルドローズ!」
「白き幻影―――ホワイト・イリュージョン!」
刹那で全てを灰に帰す業火と、万物を否定する絶対零度。真逆の力が混ざり合い、更なる破壊の渦がタナトスを
呑み込んだ。
続くは、五女。
「雷神の右腕―――トール・ハンマー!」
虚空より産み出された、雷光を纏う巨大な右腕―――破壊そのものを目的としたその一撃は、一欠け程の遠慮も
躊躇も慈悲もなく、タナトスへと振り下ろされた。
「さあて…姉ちゃん達が目立った所で、最後はあたいが行かせてもらうよ」
末の妹が懐から取り出したのは、黒光りする金属で造られた、重厚感溢れる物体だ。長方形の箱に握りを付けた
ような奇妙なそれは、この時代の人間が見ても何に使用するのか理解できないだろう―――だが。
例えば未来から来たような人間―――遊戯や城之内、それに海馬―――なら、一目で分かる。
「あたいの鉄砲が火を噴くよぉ―――ライト・オブ・スターダスト!」
その銃口から放たれるのは、勿論単なる火薬のはずがない。神の加護が込められたその弾丸の破壊力は、一発
一発がミサイルにも匹敵する。そんな物騒な代物を、彼女はタナトスに向けて全弾ブチ込んだ。
冥府の天井をぶち抜く勢いで吹き上がるキノコ雲。六姉妹はそれを、静かに見つめる。
「油断してはいけません」「解っています」「タナトスの神気は」
「未だ健在」「恐らくはすぐにでも」「立ち上がってくるでしょう」
その言葉を証明するかのように、爆炎と砂塵の向こうから彼は悠々とこちらに向かって歩いてくる。あれほど散々
に痛め付けられたというのに、まるで意に介していない。吹き飛んだ肉も粉々に砕けた骨も、既に再生されている。
「フゥ…意外ニヤルジャナィカ。今ノ攻撃ヲ、ソゥダネ…一万回繰リ返セバ、流石ニ我モ死ヌカモシレナィネ」
「いいでしょう」「ならば」「一万回でも」
「一億回でも」「無限でも」「繰り返すまで」
「其レハゴメンダ。悪ィガ、ソンナニ永クハ付キ合ェナィ―――此処ハ、貴柱達ニ退ィテモラォゥ」
「ありえません」「我等は、貴柱と刺し違える覚悟で」「此処へと参りました」
「貴柱が何をしようと」「決して」「我等の意志を挫くことはできません」
「否―――ソンナ生意気ナ口モ、直ニ利ケナクナル」
女神達が反論を試みようとしたその時だった。
破滅的なまでの鼓動が、全てを一瞬にして支配する。時間さえも凍りつくような、絶対感。
それは、未だ姿を見せていない。感じるのはただの気配。
ただ、それだけで。人智を超越した力を誇る六姉妹は、身動きすら封じられた。
「え…」「これは」「まさか」
「そんな」「嘘です」「ありえない」
「嘘ジャナィ…<黒キ唯一神>ハ、我ガ手ニ」
<それ>は、いつの間にかタナトスの手に納まっていた。古ぼけた、一冊の書物。黒い表紙が印象的だが、それ
以外に特筆するようなことは何もない。
だが、それを目の当たりにした六姉妹は顔を雪よりも白くして叫んだ。
「<滅亡と再生の年代記>!」「<黒の歴史>!」「<冒涜者の聖典>!」
「<世界の道標>!」「<全てを識る者>!」「<終焉の魔獣>!」
タナトスは、嗤った。
「サァ、ヒヨッ仔共メ。真ノ神々ノ闘ィヲ教ェテアゲヨゥジャナィカ」
「―――!」「何ということ…!」「この場は…!」
「退くしか…!」「ありません…!」「くっ…!」
現れた時と同じく、六姉妹は全てが幻だったかのように消え去った。後に残るはタナトスと、そして彼の手にした
黒い表紙の書物。
「クス…今回ダケハ、去ル者ハ逃ガシテァゲヨゥ」
パチンと指を鳴らすと、先の戦闘で荒れ放題の部屋が、一瞬にして元通りに修復された。タナトスは再び玉座
に身体を委ねて、目を閉じた。
「シカシ…コゥナルト、他ノ神々モヤッテ来ルカナ。我ヲ殺シニ…」
それならそれでいいと、タナトスは自嘲した。どうせ自分は、神々の嫌われ者ではぐれ者だった。
全てを敵に回した所で―――何を今さら。
「友…仲間…要ラナィヨ、ソンナモノ」
不意に、もうじきやって来るであろう人間達のことを思った。
「嗚呼…ダケド」
決して断ち切れぬ絆で結ばれた、友情と結束を胸に生きる彼等を。
「ァンナ友達ガ我ニモィタナラ…素敵ダロゥネ」
―――それは、偽りなく。冥王タナトスの本音だった。
投下完了。前回は
>>104から。
今回の話、サンホラファン以外には絶対受けが悪い(というか、訳が分からんでしょう)。
しかし、折角Moiraを題材にしたんだから、彼女達も登場させたいなと思ったので…。それでも精々が冒頭2レス程度の
短い出番の筈だったんですが、書いてる内に悪ノリしてしまい、普通に一話分オサレバトルをやってしまいました。
ちなみに彼女達のバトルシーン、サンホラを知らない人には当たり障りのないシーンに見えますが、
僕としては渾身のギャグとして書きました(やり過ぎだと怒る方もいらっしゃるかもしれません)。
>>106 今回もまた無駄使いw…え?シコルさんに謝るって、何をですか?
>>ガモンさん
バトル、バトル、何処を見てもバトル!中でもクロコダインのおっさん、マジ頑張れ…彼さえ勝ってくれれば、
他が全敗でも僕は全てを許せる(まあまず無い展開でしょうが)。しかし、僕がこの話書いたら、ダイだけで
敵全滅させてしまいそうな気がする…こうやって色んなキャラをしっかり動かせるって大事です。
>>112 そういやラーミア双子もこんな喋りだった…サンレッド、アニメが面白いと思えたのなら原作も
すげえ気に入ると思います。
>>119 作者だけが盛り上がって、読者置いてけぼりになりそうな気もします(汗)
>>ふら〜りさん
敵幹部集合はテンプレだけど、やっぱ王道だしやりたかったです。でも漫画だと、「実はあいつらは
下っ端だったんだよ」な展開も多くてがっかりすることも多いです…。
>>電車魚さん
ヤダヤダ!現実なんて見るのヤダー!斗貴子さんもミサミサもアイドルだからウンチなんてしないもん!
それはそうと我鬼、元々人間だったのがここまで変化するとは…これも一種の人間の可能性なんでしょうか?
しかしサイにとっては<未来の自分>でもあるわけで…キツいな、これ(汗)
早坂兄弟もアイも、肉体的スペックではサイに遥かに劣るにも関わらず、サイに負けないだけの活躍をしてて
素晴らしいです。こうしてみると、やっぱりネウロは登場人物全員が魅力的ですね。
>>ハシさん
お帰りなさい!…パソコンが壊れる事の耐え難い痛みは慣れるものではないですよね…。
アリス、戦力的には圧倒的優位なのに、全然優勢な感じがしないのが痛ましい。敵キャラでも必死に頑張ってたり
してる姿を見ると応援したくなる不思議。
この辺り、ネクロファンタジアのF08にも同じことが言えます。彼女も色々可哀想でした…。
206 :
作者の都合により名無しです:2009/06/21(日) 13:28:29 ID:FnmV2jpi0
>サナダムシさん
柳はやはり負けそうですね。ゲバルとでは少し貫目が違うかな?好きなキャラですが。
30話超えそうで嬉しいです。でももうすぐさすがに終わりそうで寂しいな。
>サマダさん
貴重な女神のニャンコが一気に6つも消えてしまったw でもまた出てくるのかな?
タナトスはやはり闇の神だけあって強力ですね。ラスボスは確定っぽいかな?
まさかのハルモニアに驚いただけでなく、この攻撃方法…
ここまで盛り込める技量に感動しました。あと冥王様強すぎw
サマサさんのそのセンスは何処からやって来るんだ…
タナトス様マジ最強w
最近マジで復活してきましたね。2ヶ月前はスレ終焉か?だったのに。
バキスレって10回くらい危機乗り越えてるなw
・顕正さん
そういえば今までこの作品にはバトルが無かったですが、いよいよ勃発?
でもイルミナではダイどころかアバンにすら勝てそうに無いw
・ハシさん
魔女大活躍ですな。なんとなく女性上位のSSでしたが、曲者っぽい男が
参戦してきたな。我らが優はどう絡んでくるのかな
・サナダムシさん
ゲバルはオリバ除いてしけい荘最強キャラなんですよね。柳負けっぽいな。
ただこのまま負けるのでなく、イタチの最後っ屁をしてほしい
・サマサさん
タナトスはマジで強いですね。なんとなく遊戯より社長と戦って欲しいけどw
女神たちはここで消えるには惜しいな
210 :
しけい荘大戦:2009/06/21(日) 21:24:40 ID:HBQL9WLm0
第三十話「最終決戦」
耳という機構を成り立たせている蝸牛と三半規管を、ズタズタに引き裂かれた。ゲバル
の冷酷な絶技によって。これでもう、柳が天地の区別をつけることは不可能になった。
「勝負あり」
柳の耳を破壊したこよりを捨て、ゲバルはボッシュを担ぐレッセンに向き直る。
「さすがです、ボス」微笑みを返すレッセン。
「うぅ……」もしかしたらという希望を絶たれ、うなだれるボッシュ。
──直後、ゲバルは背後からにじり寄る殺気を感知した。
ゲバルの延髄に突き刺さる一本拳。意識を一瞬断ち切られたが、すぐさま後ろ蹴りで反
撃するゲバル。これを十字受けで阻止する柳。
柳はまだ終わってはいなかった。
「信じられん……ッ! ボスのアレを受けて、立つことが──ましてや戦うことなどでき
るはずがないッ!」
驚きを禁じえないレッセン。無理もなかった。内耳を破壊されて戦闘を続行できた人間
を、彼は知らない。
一方、柳とて不死身ではない。
ただでさえダメージがあるところに、三半規管を失ったことで、固形であるはずの大地
が、まるで時化のように激しく波打っている。
しかし、柳が生きた数十年──空道に身も心も捧げた歴史。人を倒し、人に倒され、こ
んなことばかりを飽きもせずずっと繰り返してきた。
天地の区別はつかないが、「立っている柳龍光」と「倒れている柳龍光」の区別は骨髄
まで染み渡っている。
──ならば三半規管などなくとも立てる、戦えるに決まっている。
経験が、柳の両足を支えていた。
「ここからだよ、ゲバルさん」
虚勢である。
脱力し、独特のリズムで踏み込む柳だが、いつもの切れはない。広い平面に立つ敵に対
し、柳一人だけ細い平均台の上で戦うようなものだ。格下相手ならばともかく、対等以上
を相手取るには大きすぎるハンディであった。
211 :
しけい荘大戦:2009/06/21(日) 21:25:28 ID:HBQL9WLm0
バランスを保つことに意識の大部分を割かねばならない柳にとっては、軽いフェイント
でも絶大な効力を及ぼす。
ゲバルの寸止め左ジャブに、普段ではありえぬほど反応してしまう。
──右アッパー、炸裂。
完璧に捉えた一撃は、柳の顎を粉砕し、下の前歯をもへし折った。
だが、下顎をグシャグシャにされても柳は立ち向かってくる。
まともな精神の持ち主なら、ここで柳に気圧されてしまうことだろう。だがゲバルは冷
静に柳の真意に気づいていた。
「柳よ……。アンタ、勝利を諦めているな?」
「ふふふ……バレてしまったか」
「ならばなぜ戦う……? 武術家として戦いに殉じたいってところか」
「少しちがうな」一歩を踏み出すたび、柳の正中線が傾いていく。「私が見苦しく足掻け
ば、足掻くほど……後に続く彼の勝率が高まる」
「彼──?」
柳は答えず、ゲバルの心臓部に渾身の掌打を叩き込んだ。
「ごァ……ッ!」
そしてこれが最後の一撃となった。
発射されたゲバルの右足甲は、美しい弧を描き、柳の左顔面に高速で命中した。この瞬
間、柳の眼球は裏返り、かろうじて維持されていた平衡は跡形もなく崩壊した。
「柳ィィィィィッ!」
ゲバルの鼓膜を震えさせる、悲痛な叫び声。だれかはすぐに分かった。ゲバルと部屋を
同じくする者、シコルスキーである。
天内から受けたダメージは多少快復しているものの、重傷には変わりない。
212 :
しけい荘大戦:2009/06/21(日) 21:26:15 ID:HBQL9WLm0
「せっかくガーレンを食い止めたってのに、まさかこんなことになるなんてな……」
シコルスキーの横には、同じく対テロリスト戦争を生き抜いたドイルが立っていた。シ
コルスキーほどではないが、やはり深い傷を負っている。
沈痛な面持ちで、ルームメイトの名を呼ぶシコルスキー。
「ゲバル……」
「よォ、よく天内を倒せたなシコルスキー。ドイルも無事でなによりだ。いやァ〜実は柳
と目玉焼きにはソースか醤油かで口論になって、大喧嘩しちまってな。ま、どうにか俺が
勝っ──」
「ゲバルッ!」
日常の調子で飛ばされるゲバルのジョークを、シコルスキーが断ち切る。ゲバルの眼が
真剣(マジ)になる。
「なぜ、ここが分かった?」
「天内はボッシュにビタミン剤と偽って、発信機を飲ませていた。気絶した奴の懐を探っ
たら、案の定探知機を忍ばせていたよ」
電子辞書にも似た探知機を、地面に投げ捨てるシコルスキー。液晶らしき画面が砕け散
った。
「なるほど……。で、ドイルと一緒にボッシュを捜しにやって来たってワケか。どうせな
ら他の連中も呼んでくればよかったのに」
「スペックとドリアンは病院らしい。大家さんは……巻き込みたくなかった」
「へェ……どういう心境かな」
「ゲバル。アンタとの決着(ケリ)は──俺がつけるッ!」
役者は揃った。彼らを迎える舞台は丑三つ時を少し過ぎた、人気のない駐車場──。
シコルスキー、ゲバル、ドイル、レッセン、ボッシュ。濁り曇った闇夜に渦巻く五人五
色の念が、否が応にも戦争を最終局面へと導く。
ヤイサホーVS生娘、決着。
御蔭様で三十話達成となりました。ありがとうございます。
>>206 柳はだれにでも勝てる可能性を秘めているキャラですね。
初代SSであるパオさんのバキ死刑囚編の柳が私の理想です。
>>209 まるで不死鳥……ッッッ
ふら〜りさんを始め、住人の方々の力、そして漫画とSSの底力を感じます。
214 :
ふら〜り:2009/06/21(日) 21:51:46 ID:5quwHb3H0
ここ最近は本当に大豊作ですね。こうなってみると改めて、これぐらいが常態だった頃の
バレさんは、それを継いだゴートさんも、凄かったんだなぁと。感謝と敬意です。
>>電車魚さん
>彼の兄としての。
>それ以上に彼の上司としての。
以上! 以上! こういう美学って大っっ好きです。たとえこの先、どんな大悪人になっても、
聖人君子になっても、どちらでも揺らがぬは一つ、「上司」。これが彼の真の芯なんですよね。
さて、サイへの恨みとアイへの妄執を胸に燃やす、ヒトの気持ちを持つ超・猛獣はどう動くか?
>>顕正さん
もっと時間が経って、いくつかのイベントで親密度が上がってからならともかく、現状ではまだまだ
ダイを殺せる気は充分でしょう。でも自覚してる通り、今の彼女ではバーンに勝ってるダイ相手に
勝ち目はないわけで。そこは本人も解ってるでしょうが、それで怯む彼女でもなく……どうなる?
>>ハシさん(逆境にもめげず描いて下さる職人さんに支えられ、続いてきたバキスレ。有難いです)
強そうに見えて、でも危なっかしいというか儚げというか。そしてその部分こそが戦う理由に
なっている。希望があるとはいっても、自分自身を蝕んでいる毒をもって毒を制す、その先に
しかない希望……こんな状況でしっかり戦えていること自体が、彼女の一番の強さなのかも。
>>サナダムシさん(外伝さんの柳も良かったですよねぇ。「イチ」の垣原との絡み、見たかったなぁ)
ゲバルが心(危険感知)・技(低濃度酸素を叩き出す方法)・体(それを実行できる土台)をフルに
使い、奥義を尽くし、柳の格も充分に上げての決着。名勝負でした。そしてそして何といっても、
>「私が見苦しく足掻けば、足掻くほど……後に続く彼の勝率が高まる」
この時の柳本人の脳内映像が、本文に書かれてないモノローグが、湧いて沸きまくってきますっっ!
>>サマサさん
やってること・言ってることのスケールはともかくとして。今回は珍しく、私個人の印象では初めて、
タナトスが比較的俗物的な悪キャラっぽさを見せてましたね。いつもの異様で冷たい不気味さ
ではなく、最後には人間っぽさまで付け加えて。本人も知らぬ間に、遊戯たちに影響されてる?
第二十三話 始まりの一撃
鬼気迫る表情でアトラスを睨みつけるクロコダイン、彼の眼は太陽が入ったかの様に神々しく輝いていた。
二人の間合いは一メートルも無い。アトラスの巨大な棍棒はリーチの差を活かし、クロコダインを殴り付ける。
痛恨の一撃とも呼べるような攻撃を受けてもクロコダインは倒れない。
「いい加減に……死ね〜〜!!!!」
アトラスが棍棒を振りあげた瞬間にクロコダインは突進する。そのままグレイトアックスで下腹部を叩き斬る。
「ふ、勝負は……どうなるか分からんぞ!?」
力対力、純粋な一撃で優勢から劣勢に陥ることさえ有り得る。今のアトラスはまさにその状況である。
この一撃でアトラスが変わった。一つ目を血走らせ、クロコダインに集中的に棍棒を叩きつける。そのスピードは今までの比ではない。
クロコダインは棍棒を振り切りアトラスの下に潜り込む。アトラスはクロコダインにまた棍棒を振り下ろす。
城の者達から見れば押しているのはクロコダインだと見えているだろう。しかしヒュンケルはそれでも胸騒ぎを感じていた。
「このままでは、不味い!!」
ヒュンケルの予感は的中し、アトラスの想像以上に速い攻撃により、クロコダインはカウンター気味に倒されたのだ。
今までに無い程のダメージを受けたクロコダイン、常人ならば即死してもおかしくはない。クロコダインも立ち上がることが出来なくなっていた。
『無様な、必ず勝つと豪語して、実際に俺は今敗北を迎えようと……」
ふとクロコダインの左目の傷が痛み始める。まるで何かを伝えるかのように。
「やっと終わった〜〜。じゃあ止めだ!!!!」
アトラスが倒れたクロコダインに向けて最後の一撃を振り下ろす。クロコダインは最早避ける事も出来そうになかった。
一方で左目の傷はますます痛みを増していく。気づいた時にはクロコダインは棍棒を紙一重でかわしていた。
「俺は今、何を!!?」
「しぶとい野郎だ〜〜〜!!!」
アトラスがクロコダインを襲う。しかしクロコダインの眼に映っていたのは過去の情景であった。
気がつけばクロコダインはダイ達と共に旅をしていた記憶がフラッシュバックされてきていた。
ダイ達をヒュンケルから逃がし、バランの攻撃を耐え忍び、戦い続けてきた記憶。
気がつけばバダックにも”真の武人”であるとまで言われるほどになっていた自分。
しかしロモス城での闘い、クロコダインはザボエラの策略により、武人の誇りを捨て去り、非常に徹し、勝利を渇望した。
ダイを殺す為にブラスを闘わせたが、ポップに諭されクロコダインの心は動き始めた。その後、策略を破られ、完膚無きまでに叩き潰され、クロコダインはまた正気に戻る。
『今思えば、あの闘いも、俺に課せられた試練だったのかも知れん、ダイを殺そうと必死でもがいた俺の……何故、何故俺はあんなにまでダイを狙って!?」
その時アトラスの一撃がクロコダインの左目に直撃した。
「クロコダイーーン!!!!」
ヒュンケルが叫ぶ、その叫びを聞きながら彼は思い返していた。
『そうだ、あの時ポップに諭されなければ俺はザボエラに駒にされていたかもしれん。いや、そうでなくとも奴等に遭わなければ、今の俺は決してなかった!!!
そう、ロモス城で奴等と闘ったのも、ダイに執拗な殺意を覚えたのも、全てこの一撃があったからだ!!!!』
クロコダインが左目を触る。傷の痛みは少しずつ引いていく。
『ダイ、あの日お前に会って、俺の人生は変わった、いや、お前のあの一撃から始まり、ロモスで闘い敗れた時から、
俺の人生は始まった。ククク、あの時はお前を食い殺してしまいたいとすら思っていたのに、今では、俺の眼を斬った事が……唯、有難く思う。』
クロコダインは血まみれの体でアトラスの前に立つ。クロコダインの顔を見て思わずアトラスは後ずさりした。
「ならば、ダイの守ろうとしたこの地上を、貴様等に渡すわけにはいかん!!!!」
「しつこい奴だあ、いい加減に、くたばれ!!!!」
全力でクロコダインを打ん殴る。しかしクロコダインは避けずにそのまま当たっていく。
「こんなもの痛くもない、”アイツ”の攻撃に比べればとてもとても。」
その後もアトラスは攻撃を続ける、しかしクロコダインはまるで倒れる素振りを見せない。
「こいつ、一体!!」
攻撃をしているアトラスが引き、耐えているクロコダインが追い詰めている状況に一同は驚愕する。
クロコダインもグレイトアックスで応戦し、下腹部を十字に斬り付ける。
「ぐああ〜〜〜!!!!」
余りの激痛にアトラスが悶える。傷の上から更に逆方向に斬る攻撃、アバンストラッシュXをモチーフにした攻撃方法である。
互いに逆転続きの闘いにもフィナーレは近づいて来ていた。
「貴様〜!!!!」
アトラスには怒りしか残ってはいなかった。対してクロコダインには先程までには無い余裕の様なものが感じられた。
「圧倒的に不利な状況に追い詰められても、まるで諦めない、奴もダイに影響されたか…」
ヒュンケルが微笑みをこぼす、しかし彼もクロコダインが不利な状況に歯がゆい思いを抱いていた。
「最早体の動かない俺がお前に望む事は、勝ってもらう以外にはない。だが、死ぬな、クロコダイン!!!」
ダメージは依然クロコダインの方が大きい、しかしクロコダインは止まらない。
クロコダインの鬼神の様な顔にアトラスが怯える、力を誇示して来た彼が初めて屈しようとしていた。
「俺も、ここで負けられぬ訳がある。ここで負ければ俺は、奴等に借りを返せぬまま死ぬ事になるだろう。
俺はそんな死に方が、我慢ならないのだ!!!!」
クロコダインの気迫に押されながらもアトラスは立ちあがり、棍棒を振り上げる。
「もっとだ、貴様の全てを、この俺にぶつけて来い!!!!!」
アトラスは受け答えるかのようにクロコダイン目掛けて振り下ろす。棍棒はグレイトアックスと交差し、火花を散らせた。
「ぐう、ぐああ!!!!」
アトラスは更に力を込める。既に彼から恐怖の色は消えうせていた。しかしそれでもクロコダインを潰す事が出来ない。
「もっと、もっとだ!!」
二人の衝突はますます激化する。
クロコダインは衝突の最中でも感じていた。自分の勝利を願う民の存在、今までに関わってきた仲間達の存在、そして生涯の友の存在を。
彼等がすぐ後ろで見守ってくれている。クロコダインは柄にもなく涙する。
「アトラスよ、俺の勝ちだ!!!」
一瞬アトラスが退く、その瞬間をクロコダインは見逃さなかった。
クロコダインがグレイトアックスをアトラスに向けて振りぬく瞬間、クロコダインの後ろに手を合わせ、勝利を懇願する民の姿があった。
先の戦いがなければ化け物と蔑まれていただろう人生が変わったという事を象徴した光景だった。
『有難い。』
クロコダインは横一線にグレイトアックスを振った。
「大魔神斬り!!!!!」
アトラスは胸を斬り裂かれ、崩れる様に倒れ落ちた。最後に勝負を分けたものは互いに背負ってきた物の違い。
クロコダイン、完勝
219 :
ガモン:2009/06/21(日) 23:18:34 ID:w9Xqakx60
第二十三話、投下完了です。
今回でクロコダインVSアトラスが終わりました。
正直グダグダになった感が否めません。申し訳ございませんでした。
>>電車魚さん
お疲れ様です。
私は山月記を知らないので我鬼が人間であると発言したことには驚かされました。
サイが自分も我鬼の様になるかも知れないと不安を感じ、少しサイの人間っぽさを感じました。
我鬼は我鬼で思考が人間から離れていき、不安を覚えるサイと心配するアイ、そして虎となってしまった我鬼、
物語を様々な視点から見ることが出来ました。
>>顕正さん
早くも第三勢力がシャドーに近づき、物語も動き出してきた・・・と思っていたらそれどころではないことが起こってしまいましたね。
思いがけず待ち望んでいた友に再会し、涙さえ流すポップ、その一方で今まで冒険して来た者が父の仇であると知ってしまったイルミナ。
ここで闘う事になったらイルミナは間違いなく倒されますが、彼女も勝ち負けは関係なく!!といった様ですね。
>>ハシさん
お疲れ様です。
順調にティアは悪夢を倒していますね。アリスは救われてほしいです。
黒の女王だけを倒すことでアリスが助かるのかそれとも黒の女王に塗り潰されてしまうのかの二つになると思います。
>>サマサさん
タナトスが強いですね。六姉妹を相手取って圧勝してしまうというところが・・・
黒の予言書の影響なのか一瞬タナトスがノアに思えてしまいました。
最後の彼のセリフは哀愁がただよっていましたね。
サナダムシさん
原作を見ればあってもおかしくはないけれども前作から活躍しているゲバルが最後に闘う事になるとは予想がつきませんでした。
倒れても立ち上がり、足掻き続け、シコルスキー達に繋げる為、自ら捨石になった柳。始めから勝てない闘いを仕掛けた柳とまた全力で闘ったゲバル。
結果的に柳が敗北しましたが、いい戦いでした。シコルスキーが仇を取ってくれると信じています。
三十話達成おめでとうございます。
220 :
作者の都合により名無しです:2009/06/22(月) 19:53:48 ID:XnHZaTPV0
>サナダムシさん
いよいよ最終決戦ですか。シコルスキー対ゲバルはラストバトルに相応しいですね。
柳の仇をシコルとドイルに討ってもらい、大団円といきたいですね。
>ガモンさん
クロコダインはもっとも好きなキャラでしたが、原作最終戦では戦力になってなかったので
勝利は嬉しいですね。これからも活躍してほしいです。
ガモンさん、サナダムシさんお疲れ様です!
・サナダムシさん
30話を突破しましたが最終局面ということでエンディングも近そうですね。
ゲバルはしけいそうに馴染んでいたのでここで去るのは惜しいな。
また仲直りしてシコルと一緒に暮らしてほしい。
・ガモンさん
クロコダインもアトラスもパワータイプで小細工が出来ないので、力勝負になりますね。
クロコの勝利は嬉しいけど、決まり手は会心激にしてほしかったなあw
第七話 侵攻
「貴様が父を殺したのか」
殺気を噴き上げる魔族へポップが杖を向け、レオナが身構えた。アバンも目を光らせる。
ダイに危害を加えようとすれば容赦なく攻撃するという決意が見える。
彼らなど眼中にないかのように大魔王の血縁者は勇者一人を睨みつけている。
「ハハハハハッ!」
イルミナは顔を手で隠し、乾ききった笑い声を上げた。
「なぜ無力なふりをしていた? 父をも滅ぼした力で敵を――私を片付ける機会はいくらでもあっただろうに!」
ギリギリと歯の鳴る音が響く。
家族の仇という想いだけで怒っているのではない。大魔王が命を落としたのは全てをかけた戦いの結果だ。
絶大な力を持つ相手が強さを隠し、反応を楽しんでいた。そう思うと腹立たしさがこみ上げる。殺されるかもしれないという考えをも凌駕するほどに苛立っている。
魔界の理で考えるならば、強者が弱者に対しどう振る舞おうと本人の勝手だ。それに憤るならば実力を示すしかない。
頭ではわかっていても、甘く見られたと思うと平静ではいられない。
心情を吐露し、苦悩を見せた。
好感を抱き、親しくなろうとしていた。
よりによって、父を殺した張本人に。
彼女は道化になった気分を味わっていた。
「さぞ滑稽だっただろうな。私の姿は」
「違う!」
ダイは必死で首を横に振った。
「無力なふりもしていない。力が出せなくなったんだ」
嘘でないことを示そうとしたダイは力を込め、愕然とした。
以前試した時は反応しなかったのに、今回は額に竜の紋章が浮かび上がったためだ。
「なんで……!?」
「やはり隠していたか」
敵対する立場であり、その気になればすぐに殺せるのに、見逃されていた。
それほど非力な存在だと思われているのか。
いくら力をつけようと簡単に勝利できるという自信の表れか。
浮かび上がる考えは容易に彼女の誇りを切り裂いていく。
憤怒のにじむ声に反論したのはポップだった。
「待てよ! 詳しい事情はわかんねえけど、ダイは必要な時に力を出し惜しみする奴じゃねえって! きっと出したくても出せなかったんだ」
自分より力の劣る相手を面白半分にあしらうような真似はしない。
ダイの性格をよく知っているポップの言葉は届かなかった。
彼女の知る絶対的な強者は、残酷な面を持っているのだから。
戦いの予感に空気が張り詰めたが、氷解させたのは陽気な声だった。
「ハロー。みなさんご機嫌麗しゅう」
アバンが耳を疑い、眼鏡の下の双眸に鋭い光を宿らせる。
虚空を切り裂くようにして現れたのは黒装束の死神だった。
以前見たものとデザインが少し異なる仮面をかぶり、手に鋭く光る鎌を握っている。
イルミナは相手がヴェルザーの部下ということは知っているため目を細めている。
「馬鹿な……!」
アバンの愕然とした呟きが宙に漂い、消えた。
キルバーンとして振舞っていた人形は頭部に埋め込まれた黒の核晶の爆発によって跡形もなく吹き飛んだはずだった。
本体である小人もいない今、復元することは不可能なはずだ。
「ウフフッ、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるねェ」
死神は種を明かす手品師のように手を広げた。
「あの小人だけであれほど精巧な人形を作れると思う?」
「モデルとなった存在――オリジナルというわけですか」
じりじりと手を動かし、隙をついて攻撃を放とうとしたアバンに対し死神はわざとらしく指を鳴らした。
トランプのカードが周囲を舞い、防御壁となる。
「ピンポ〜ン! ああ、安心してよ。ボクみたいな人形が量産されているワケじゃあないからさ」
降参するように両手を上げて飛びのく。戦う気はないらしい。
「そこのお嬢さんを呼びに来ただけだから今回は退いておくよ。部下を預かってる相手が待ってる。早く行った方がいいと思うなぁ」
あまりに胡散臭い申し出に魔族は目を細めた。
相手というのは第三勢力のことだろう。
ヴェルザーとその部下は直接彼女を狙っているわけではない。
だが、第三勢力と手を組んだならば排除に協力するだろう。親切心ではなく死地に追いやるための行動だ。
「向こうも話し合いたいみたいだったよ。行ってみれば?」
気楽な口調にはしょせん他人事だという意識が透けて見える。無関心どころか、苦境に陥った姿を眺めて楽しむつもりだろう。
一刻も早く赴かなければ部下は消滅させられてしまうだろう。
だが、提案に乗るということは、みすみす罠の中に飛び込むようなものだ。
危険だからといって尻込みするつもりはないし、勇者たちと戦っている場合ではないとわかっている。それでも一度昂った感情は静まらない。
唯一の部下を見捨てるわけにはいかない。
第三勢力の考えを知りたい。
勇者たちを相手に引き下がりたくはない。
死神は、相反する衝動に立ち尽くす魔族を小馬鹿にするようにクスリと笑った。
「それとも怖いのかな? 無理もないか、か弱いんだし。いくら魔界最強の男の血を引いていても……ねえ?」
イルミナの眉間にしわが寄った。鍛えられた身体を見て「か弱い」と表現するのは嫌味以外の何物でもない。
「勇者さま御一行なら、戦うとしても手加減してくれるからねぇ。何なら同行してもらえば――」
「黙れ」
背筋を凍らせる低い声が絞り出された。
プライドの高い彼女が挑発を見過ごすはずがない。
「敵の元に乗り込むには好都合だ」
ダイが止めようと手を伸ばすが、彼女は敵意のこめられた目を向けただけだ。
同意を取り付けた死神は頷き、一同に手を振って挨拶した。
「それではみなさん、シー・ユー・アゲイン!」
「二度と来んな!」
ポップの叫びに誰もが同意した。
二人が姿を消した後、各国の王たちと使徒の面々、他にも先の大戦に深く関わった者達――ヒムやラーハルト、メルルなど――が集められた。
パプニカの会議室で、ダイから大魔王の血縁者と第三勢力について聞かされた一同は険しい表情になった。
今まではじわじわと大魔王の血族、イルミナの力を削ぐ方針をとっていたのに、なぜ態度を変えたのか。
話し合いの果てに彼らが手を組めばやっかいなことになる。
大魔王の子として現段階では未熟でも、きっかけがあれば爆発的な勢いで成長し、大きな力を手にするだろう。
気概ある者が驚異的な速度で強くなるということは、この場にいる全員がよく知っている。
「天界を蝕み滅ぼしたという力の性質が気になりますね」
シャドーが行方不明になったのも第三勢力の仕業だろう。
バーンのように正面から圧倒的な力をもって叩き潰そうとしているのではない。どちらかと言えば搦め手でくる印象だ。
「ダイ、身体は大丈夫か?」
ポップの気遣うような視線に、ダイは両手を見つめて頷いた。
紋章を出せなくなったのは一時的な現象だったらしい。現在は問題無く出現させることができる。
紋章が額で合わさって一つになったものの、出して即座に血がたぎるわけではない。
双竜紋を宿していた時と力はそう変わらず、完全に解き放つには意識的に枷を外す必要がある。
紋章の力を使うたびに竜魔人のようになっては困るため、ダイは安堵を覚えた。
しかし、力を取り戻しても気分が晴れやかとは言いがたい。
「イルミナと戦うことになるのかな」
ダイの正体を知るまでは敵対どころか談笑さえしていたのである。
大魔王の遺志を継ぐと言っているものの、地上が邪魔で仕方が無いという態度ではなかった。
彩り溢れる自然に目を奪われ、魔界には無い町並みを見て回り、楽しんでいた。
あれほど憤っていたのもダイと良好な関係を築きかけていたからだろう。失望や落胆が激しいということは、向けた感情が大きかったことを意味する。
「あいつと違って、絶対にわかりあえない敵って感じじゃなかった」
ダイの顔は曇っている。双竜紋を完全に解放した時のことを思い出したためだ。
かつて大魔王を殴った拳が痛むかのように手をさする。
どうしても相容れない敵を倒すには上回る力をぶつけねばならない。
力こそ全てという相手の主張を否定しながらも、結局は上回る力でしか止められなかった。相手が掲げてきた信念に従うことになってしまった。
自分の信じるものが通じなかった悔しさは心に刻まれている。
大魔王を“より強い力でぶちのめした”彼は絶大な力を持っている。が、振るわずにすめばそれに越したことは無い。
バーンはダイと同じく勝利のために全てを捨てることを選び、互いに共感も覚えた。ある意味心が近いところにあったと言える。
それでも、絶対に譲れないもののために戦った、最後まで最大の敵でありつづけた男だった。
彼女は違う。
アバンも同意を示すように頷いた。
味方にすることはできなくても、敵に回らなければよい。
少年の心を尊重したいという思いももちろんあるし、それ以上に戦いを有利に進めたい。
第三勢力の陣営に加わらなければ状況は楽になる。
「おれが……!」
ダイは拳を握りしめた。
続いてポップとアバンが捜索の間に発見された謎の遺跡について語った。ポップの他にはエイミが見つけており、開け方、機能などわからないままだ。
碑文は年月による風化のため、わずかな単語しか読み取れなかった。書かれている内容は共通のもののようだ。
他にも遺跡が発見されれば、つなぎ合わせて意味を知ることが可能かもしれない。
現段階では発表するほどの情報を読み取ることはできなかった。
何か見えないか遺跡まで案内されたメルルは“ある光景”を見たようだが、ぼんやりとした映像で確信が持てず、言葉を濁した。
ダイやポップ、アバンには内容を一応知らせたが、霧に包まれているかのような感覚だったと告げる。
ふとヒムが素朴な疑問を口にした。
「第三勢力って奴は何がしたいんだ? 今まで天界にちょっかいだしてバーンの娘を追い回してたんだろ?」
ヴェルザーやバーンと違い、地上を征服しようという野心も、消滅させようという覇気も感じられない。
狙いが明確ならばそれに応じて手を打てるが、意図がわからないためとれる策も限られている。
皆の顔が曇った時、メルルが叫びを上げた。
「お、大きな竜が黒い影とともに地上へ――!」
一同が体を震わせた。予想以上に敵の行動が早い。
やはり第三勢力はヴェルザーと取引を行い、イルミナと話す時間を稼ぐよう頼んだのかもしれない。
ほぼ全員が一斉に部屋から飛び出した。
残った人員が崩れ落ちたメルルの口元に耳を近づけた。まだ何かを呟いている。
「二つの……が、見え……!」
何を意味するのか尋ねようとしたが、メルルの意識はそのまま沈んでしまった。
アバンやレオナは他者に指示を出し、ヒュンケルとマァムは人々を避難させるべく動く。
ダイやポップ、ラーハルト、ヒムはヴェルザーと戦うために竜の元へ向かった。
各地に生じた穴から第三勢力の手下の魔物たちが出現しつつあった。
闇の具現化したような姿の魔物が人々に牙を剥く。
地上の戦士たちも各々武器を取って応戦する。
かつて世界の危機に立ち向かった時のように皆が一丸となって戦っている。
と言いたいところだが、勇敢に剣を振るう者ばかりではない。
「うわあああ!」
情けない悲鳴を上げながら走っているのはニセ勇者一行の四人だ。
勇者を名乗っただけあってそれなりの実力は持っているが、強力な魔物たちを片っ端からなぎ倒すほどではない。
数が多く、勝てそうにないと思った彼らは中途半端に対抗する真似はせず、逃げることに全力を傾けていた。
忙しく足を動かし続けていた四人だが、突然動きが止まった。
一行のリーダー、でろりんが鼻水を垂らしながら叫ぶ。
「何じゃこりゃあ!?」
ポップ、エイミが発見したのと同じ遺跡が眼前に現れたのだ。
幸い、魔物たちの追跡は振り切ったため、一行は適当に腰をおろし休憩することにした。
石碑に刻まれた文字を眺め、顔をしかめる。当然、彼らにはすらすらと読み説くような知識は無い。
彼らは意味を追及することを諦め、汗をぬぐった。
人々の安全を確保するために走っていたアバンは背後に膨れ上がる殺気に気づき、地に身を投げ出した。
一瞬前まで立っていた場所を鎌が撫で切る。その持ち主は闇色の装束に身を包んだ人形だ。
「切れ者と評されたキミについて、知りたいなぁ」
一度は人形のキルバーンを倒したアバンを標的と定めたらしい。
立ち上がったアバンは死神に対して剣を抜き、向かい合った。
一方ヒュンケルは、未知の魔物の群れに逃げ惑う群衆の中に、一人だけ怯えていない男を発見した。
にやにやと笑っている彼の周囲だけ緊迫した空気が霧散している。
悪意と敵意のまじりあった眼差しにヒュンケルとマァムは身構えた。
黒い髪の中にところどころ金色が混じっている男は高々と拳を掲げる。
全身が淡い光に包まれるのを見た二人の顔が驚愕にこわばった。
「光の闘気……!?」
229 :
顕正:2009/06/24(水) 21:48:11 ID:qq+I1AFa0
以上です。
230 :
ふら〜り:2009/06/24(水) 22:36:34 ID:klGMjctn0
ダイ大作品が並びました。クロコとイルミナ、共に誇り高い、武人気質な男女です。
>>ガモンさん
小細工無し、真っ向からの単純至極な力比べ。互いの攻撃力と耐久力だけのぶつかり合い
……とアトラスは思っていたけど、武人クロコダインはそれ以外のものも武器として防具として
持っていた。こういうのも「正義は勝つ」の土台、根本、王道ですよね。爽快感ある勝利でした!
>>顕正さん
思いっきり四面楚歌ですねイルミナ。信じられるのはシャドー一人。今一番辛い思いをして
困難に立ち向かって……思えば主人公してますな。そしてDBのサタンやヤジロベーよろしく、
何だかんだで救世主の一角、ニセ勇者一行! 彼らの活躍もぜひ見たいとこですが、さて?
231 :
作者の都合により名無しです:2009/06/24(水) 22:56:55 ID:1IYV/lbw0
お疲れ様です。
イルミナの件も気にかかりますが、
ヴェルザーが本格的に動き出して
「ドラゴン」クエストになったのがいいですね。
キャストは大体出揃ったかな?
232 :
作者の都合により名無しです:2009/06/25(木) 10:14:37 ID:zZyRNMKX0
お疲れ様です。
いよいよ物語が大きく動き出してきましたね。
これからの展開がすごく楽しみです。
233 :
しけい荘大戦:2009/06/27(土) 10:33:52 ID:mPOusfnn0
第三十一話「BOMB」
新たな助っ人。しかも二人。しなびていたボッシュの開拓精神に、再び火が灯り、つい
でにガソリンが浴びせられる。
「よォし、君たち! 早くこいつら二人を倒し、私を助け出すのだっ! さすれば、君た
ちのアメリカンドリームを盛大に叶えてやろう!」
訳が分からないことをまくし立てるボッシュ。
どのように運命が作用すればこの男が米国大統領になれるのか。二十一世紀における世
界七不思議に認定しても良いくらいだ。
「さァ、シコルスキー君とえぇと……イギリス人らしき人! ミーのために存分に戦って
くれたまえっ!」
とうとう一人称が「ミー」になった。しかしながら、ドイルをイギリス人と見破った観
察眼は伊達ではない。とにかく放っておくといつまでもわめきそうなので、うんざりした
ゲバルは強硬手段に出る。
「ボッシュ……少し黙ってろ」
一本拳をこめかみに軽くぶつける。すると、ボッシュは電池が切れた玩具のようにぐっ
たりしてしまった。
「こ、殺しやがった!」仰天するシコルスキー。
「安心しろ、失神させただけだ。レッセンもこいつを担いだまま戦うわけにもいくまいし、
逃げられでもすると面倒だからな」
レッセンはボッシュを丁重に降ろすと、さっそく二人めがけて殺気を放出する。ゲバル
の影を演じていたが、やはり相当な実力を秘めている。
非凡な殺気に惹かれたのか、ドイルもまたレッセンに矛先を向ける。
「シコルスキー、ゲバルはおまえに任せてやる。私はあのハリウッド俳優みたいな付き人
を相手する」
「ドイル……」
ドイルも本音はゲバルと戦いたかったにちがいない。が、シコルスキーの並々ならぬ闘
志に免じて、メインを譲った。
「レッセン対ドイル、か。ではシコルスキー、我々は場所を移すとしようか」
二人きりとなった両雄。レッセンは両拳を縦に重ねる構えを取るが、対するドイルは構
えを取らない。両手をだらりと下げ、立っているだけだ。
234 :
しけい荘大戦:2009/06/27(土) 10:34:42 ID:mPOusfnn0
「ミスタードイル、なぜ構えない。私をナメているのか。あるいは構えを必要としないス
タイルなのかな?」
この問いをドイルは黙殺する。
答えはどちらでもなかった。むしろレッセンを強敵と判断したゆえの策だった。
ドイルがガーレンから受けた傷は決して軽くはなかった。彼の怪力によって体内に仕込
んだ武器(タネ)に接触不良が起こっており、故障を詳しく調べる時間もなかった。
ゆえにドイルは油断を誘うため、あえて構えない。胸板に仕込まれた最大の切り札で終
わらせるために。
「──いざッ!」
レッセンが仕掛ける。力強い踏み込みから、まっすぐ直突きを狙っている。
後手のドイル。反撃に出る。といっても親指のスイッチを始動させる、数ミリの動作。
──爆破。
ドイルの胸から猛烈な熱風が吐き出された。いかなるタフネスであろうとこれを喰らえ
ばひとたまりもない。
もう勝負ありか──否。
目には目を、歯には歯を。最凶の手品には、最速の手品を。
瞬時に上着をはぎ取り、振りかざし、盾とするレッセン。生地本来の防熱仕様とレッセ
ンの素早い動作によって、押し迫る炎熱はみごとに弾き飛ばされた。
「対爆薬の訓練は積み重ねている」
防御に使われた上着は当然の如くドイルに投げつけられ、目くらましとして再利用され
る。
「くっ!」
「しけい荘のことはボスから聞き及んでいた。あなたが体中に武器を仕込んでいることも。
短期決着を目論んでいたのだろうが、それはこちらも同じ。早いところ終わらせてボスに
加勢せねばならん」
「フン……やってみろよ。やれるものならな」
ドイルは左肘の刃で上着を切り裂き、突っかけたレッセンに右拳でカウンターを取る。
「グァッ!」
もう一丁。怯んだレッセンに、鋭い左ハイによる追い打ち。ガードさせた右腕を痺れさ
せるほどの一撃。
235 :
しけい荘大戦:2009/06/27(土) 10:36:04 ID:mPOusfnn0
「手品師はタネだけじゃないんだぜ。ちゃんと本人の技術も鍛えなきゃ、客を沸かせるこ
とはできない」
切り札を完璧に防がれたドイルにショックがないといえば嘘になる。しかし、ガーレン
をも追い詰めた体術で、したたかに流れを呼び戻す。ボクシングの基本技術、ワンツーか
ら、華麗な胴廻し回転蹴りで顔面を穿つ。
「──がふゥッ!」
完全なるドイルペース。なのに、レッセンは不気味に嗤(わら)った。
「ミスタードイル。これから私とあなたの決定的な差を教えよう」
「ほう……?」
突如、レッセンは地面を叩きつけるように蹴りつけた。すると蹴り飛ばされた黒い物体
が飛来し、ドイルの両目に柔らかく触れた。
ダメージはない。気にせずドイルは戦闘を再開しようとする。
そしてドイルは気づく。レッセンの策はすでに完了していたという事実に。
闇。
目蓋を大きく広げてみる。
闇。
目をこすってみる。
闇。
レッセンの打撃が、ドイルの鳩尾を貫く。回避や防御はおろか、覚悟すらできず。
「ゲハァッ! ごほっ、目が、目が……見えねェ……」
「今、目に当てたのは、ミスター柳が捨てた毒が塗られた手袋だ。決定的な差とは、私は
先ほどのボスと柳のファイトを始終目撃していたということだ」
光を奪われたドイル。もしドイルもゲバルと柳の死闘の概要を知っていたなら、毒手グ
ローブをむざむざ喰らうことはなかっただろう。
すかさず背後に回り込み、無防備な首筋に強烈な突きを叩き込むレッセン。
「グハァッ!」
レッセンのえげつない猛攻は続く。もうひとつ後頭部にハイキックを浴びせ、うつ伏せ
にダウンしたドイルの背骨めがけエルボーを叩き落とす。足でドイルを裏返すと、喉に向
けて踵をぶつける。瞬く間に瀕死に追い込まれるドイル。
体内配線を通じ作動する、肩甲骨周辺に埋め込まれたスプリング。これにより強引に跳
ね起きるドイルだったが、劣勢が覆るわけでもない。
236 :
しけい荘大戦:2009/06/27(土) 10:37:05 ID:mPOusfnn0
忍術を操るゲバル、彼の愛弟子であるレッセン。ゆえにレッセンは気配に緩急をつける
技術を叩き込まれていた。ドイルに己の座標を掴ませない。
ましてドイルの手当たり次第としかいえない攻撃を被弾するはずがない。
心臓、鳩尾、金的とリズミカルな三連撃から、ドイルの首を捻転させんとレッセンの両
腕が迫る。──が。
間合いがぶつかり合った瞬間、ドイルはレッセンに全身でなだれかかり、抱きついた。
「なんだと……。まだこんな体力が──」
「安心しな。もうアンタをスマートに葬れる武器(タネ)は残っちゃいねェ……」
「スマートに……だと?」
「俺は全身に少量ずつ爆薬を仕込んでいてな……一ヶ所ずつの威力はせいぜい、虫を殺せ
るかどうかってところだ……」
「き、貴様ッ!」
レッセンはこの時点でこれから起こることを想像できた。必死に引き剥がそうとするが、
ドイルは外れてくれない。
「あるスイッチを押すと……そいつらが全て同時起爆する仕組みになっている。……もち
ろん使った経験などねェ」
「は、放せッ!」
「行かせるかよ……。アンタが行けばあいつの勝利はなくなる。……しかし」
「待っ──!」
大、爆、発。
ドイルは手品の成果を喜ばしく感じていた。
爆音とレッセンの絶叫、芳ばしい火薬の匂い、生き延びていた網膜が拾った強烈な閃光、
全身を蝕む焼けつく痛み。
二人のための、二人だけの爆発が、ドイルとレッセンを激しく抱擁する。
壮絶なダブルノックアウト。
まもなくドイルはダメージで他の四感覚を失うも、味覚だけは最後まで硝煙の味を噛み
締めていた。
味覚を司る舌はこうささやく──。
「シコ……キー……あと、は……任せ……た」
第三十一話、イケメン対決。
>>220 ほとんどバトルしかしてない今作なので、集大成としたいです。
>>221 ラストスパートと行かせて頂きます。
>>ガモンさん
原作だと最後は最前線に立てなくなったクロコダインですが、
最盛期のパワーを見せつけたような勝利でした。
ヒュンケルのモノローグも彼らしく非常にかっこいいです。
238 :
作者の都合により名無しです:2009/06/27(土) 21:24:19 ID:NkFE7TKt0
またちょっとスレ元気なくなっちゃったかなw
サナダムシさんお疲れ様です。
ドイルも強いけどやはりゲバルと比べると格落ち感が否めないw
我らが主役のシコルはもっと格が落ちるけど、なんせ主役だから
ビシっと決めてほしいですねw
お疲れ様ですサナダさん
いよいよラストバトルですか
シコルには荷の勝ちすぎる相手ですが
ゲバルを倒してほしいです
原作ではゲバルの方が好きだけどw
「……ッらァッ!」
裂帛一閃、オリハルコンナイフがフィーアに向けて放たれる。 自分を正確に捉えてくるその一撃に戦慄しながらも、
フィーアは寸前でその切っ先を蹴り払う。返礼とばかりに彼女もまた鋭い蹴りを見舞うが、"水の心"の境地に至った優には、
やはり、当たらない。逆に右足を掴まれ、勢い良く投げ飛ばされる始末だ。
「……二人がかりでもこのザマとはな」
先程、優の膝蹴りによって破壊された顎を自動再生している最中のツヴァイが、苦々しく呟く。
膝をつき、荒々しく呼吸を繰り返している。
数あるナチ残党のなかでも、自分達は、一級の戦力を保有している自負はあった。だが結果はどうだ。
たった一人の人間すら仕留められず、劣勢を強いられている。だが別段、その事実に打ちひしがれる事も、落胆することもない。
帝都ベルリンが燃え落ちたあの日から、自分は負け続きだ。己の無力さに涙したのは一度や二度ではない。
だがこのまま終わりはしない。地べたに這いつくばってでも、泥水を啜ろうとも、必ず戦友の無念を晴らし、
祖国の復興を遂げてみせる。そのためなら、何度負けても構わない。
そういう戦い方を、ツヴァイは今日まで行ってきた。
だが彼女は違う。まだ若いが故に、容易く怒りに飲み込まれる。
「――貴様ァッ!」
フィーアが激昂の声を上げ、優に突進する。拳銃から放たれた弾丸のように。
"赤い靴"の超スピードにまかせ、何の策もなく、ただ攻撃を繰り返す。
よくない兆候だ、とツヴァイは思う。
己より力量が上の相手を前にして、彼女は精神を揺さぶられている。元より頭に血が上りやすい性格に加え、
自分の無力さを自覚している彼女のことだ、おそらく自分の不甲斐なさへの怒りが、ああいった捨て鉢な行動をとらせているのだろう。
――だが、それだけではあるまい
――相手があの御神苗優という事実が、お前から冷静さを奪っているのだろう。
かつてツヴァイは、スプリガン御神苗優の経歴を見たことがある。
まだ幼いながらも戦闘技能におけるほぼすべての項目が最高値に達し、
単騎で各国の特殊部隊を殲滅しうるポテンシャルを秘めている彼に、ツヴァイは薄ら寒い思いをしたものだった。
だが最も目を引かれたのは、彼の幼少期の記録だった。
――私はそのとき、似ている、と感じた。
――ともに幼い頃に両親の命を奪われた、お前達のことを。
優は幼少期、遺跡保護を目的とするアーカムに危機感を抱いた米軍によって、
遺産発掘隊に参加していた実の両親を殺されていた。
誰かの一方的な都合によって、大切な人間の命を奪われたのだ。
フィーアも似たような過去を持っている。
おそらく彼女は、同じような境遇である彼と自分とを重ね合わせているに違いない。
まるで鏡合わせのような存在。しかし、まるで違う立場にいる。
――お前は彼のことを許しがたいのだろう
――おそらくは同じ理由で戦っているのに、何故、自分とは違う方法をとるのかを。
このままではいけない。はやく戦列に復帰しなければならない。
彼女の暴走を止められるのは、この場において、自分しかいないのだから。
だがダメージが蓄積した所為なのか、先程から再生速度が遅くなっている。
――そこそこにガタがきているということか。
――無理もない。もうかれこれ60年近く、この身体で戦い続けてきたのだからな。
だが、もう少しだけ無茶を許容してもらうぞ。
ツヴァイはそう呟き、己を叱咤させ、立ち上がる。
「何故だ! 何故、何故!」
フィーアの怒涛の攻めが、優に襲い掛かる。赤い靴の加護により、銃弾を凌駕する速度を付加された蹴りのひとつひとつが、
彼に浴びせられる。しかし優は、フィーアのことを、それほど脅威とは認識していなかった。怒りに身を任せ正確さを欠いた一撃
ならば、"水の心"で先読みするまでもなく、楽に回避できる。それだけの余裕が彼にはある。
だが、フィーアにはそれがない。彼女は完全に冷静さを失っていた。
故に、普段は隠している世界への――とりわけ、自分と同じような理由で戦っている者達への懐疑を、止めることができない。
「それだけの力を持ちながら、何故、グルマルキン大佐の邪魔をする! 何故、鉤十字を信仰しない!」
「……なにいってんだお前?」
「遺産の保護、それになんの大義がある! どこに正義がある! 貴様らが遺産を正しく扱う保証が、どこにあるというんだ!
わたしは知っているぞ、貴様らが以前、遺産による力と経済による力とで戦争をコントロールし、世界を支配しようとしたことを!
遺産の力に魅入られたあのヘンリー・ガーナムという男の暴走を許したことを!」
その言葉を浴びせられたとき、優の動きにわずかに揺らぎが現れた。
優は、フィーアの言葉を否定できなかった。実際に彼女の言葉通りのことが行われたのだ。
すなわち、アーカム財団による遺産の濫用が。
フィーアの言葉は止まらない。激情にまかせ、とめどなく自らの思いを吐き出す。
「貴様らは遺産を保護すると言いながら、結局はその力で他人を屈服させたいだけだろう!
わたしから両親を奪った人間と、同じように!」
「なに……?」
優は、完全に動きを止めた。そのせいで致命的な隙を生じると自覚していたが、
――両親を奪われたという彼女の言葉は、優の意識の間隙に滑り込み、
彼の精神の一切を縛っていた。
フィーアもまた、動きを止めていた。
彼女の顔には、過去の耐え難い疵跡を思い返すような、悲痛な色があった。
「わたしの両親は、ただの科学者だった。アーネンエルベに所属する、ただの研究者だった。
知っての通り、アーネンエルベは遺産を収集し、ナチ残党に戦力を供給する組織だ。
だがわたしの両親は、戦いのために、誰かを殺すために遺産を研究してはいなかった。
古代の神秘を、人間社会の発展のために解き明かそうとしていた。
……だが、殺された。ただアーネンエルベに与しているという理由だけで!
だから、わたしは憎む! いたずらに人の命を奪う劣等を、それを許すこの世界を!
そしてその世界を守ろうとする貴様のこともだ!」
フィーアの敵意に満ちた視線が、優の瞳を射抜く。
いま彼女の口からついで出たことが事実なら、彼女は、自分とよく似ている。
古代文明の超技術の結晶である遺産は、世界を崩壊に導くほどの力を秘めている。
常に力を渇望する人間は、遺産を巡る醜い争いを際限なく繰り広げてきた。
彼女もまた、その醜い争いの被害者なのだろう。
――誰かの一方的な都合で、大切な人を奪われ、踏みにじられたことの悔しさ。
自分もそれと同じ想いを抱えたことがあるからこそ、彼女の想いも理解できる。
だが、自分と同じような存在であるが故に、優は、彼女のことを許すことができなかった。
「……ああ、そうだよ。確かに、お前の言う通りだ。アーカム財団はやり方を間違えた時もあった。
誰かの都合で、他人を従えることなんて、あっちゃならねえ。人の命を奪うことも、だ。
けどよ、それはお前らだって同じじゃねーか。お前らだって自分の都合で、遺産を悪用しようとしてるだろ」
「違う。グルマルキン大佐は、ロンギヌスの槍で、この世界を変えると仰った。大佐なら、正しく遺産を行使してくれる。
それだけの叡智を持っている。人の命をいたずらに奪う劣等を駆逐し、わたしのような存在が生まれることのない世界を作ってくれる。
大佐なら、我々なら、それが可能だ!」
「……気にいらねーな。なら、聞くけどよ。お前らが正しいって保証は、どこにあるんだよ」
優の脳裏に蘇るのは、無残に殺されたオーストリア憲兵隊の姿だ。
誰かを守るために戦った彼ら。明日を奪われた彼ら。
彼らは死すべき存在だったのだろうか?
そうではない、と優は思う。
「お前はいま、いたずらに人の命を奪う奴を、劣等って言ったよな。確かに人間の中には、
そんな最低な奴もいることは、否定しねーよ。だが、お前が殺した人間は、本当にそんな奴らだったのかよ。
いいや、違うね。あいつらは、家族を、愛するものを、大切な誰かを守るために銃をとったんだ。
お前は、その誰かから、永久に大切な人を奪ったんだぜ。それのどこが正しいってんだ!」
「! そ、それは……」
「お前は、自分がやられたことを、他の誰かにやり返してただけじゃねーのか? そんなこともわからなかったのか?
ならお前は、ただあの魔女の言いなりになって人を殺してただけじゃねーか!」
優の言葉は、フィーアの精神の奥底まで突き刺さり、その根底を揺さぶらせた。
フィーアは、小さく呻き、あとずさった。
これまでの戦いのことを思い出す。熾烈な任務の只中で、自分が殺してきた人間達に思いをはせる。
ただの一度とて、楽な任務はなかった。常に熾烈な抵抗を受けてきた。
自分は"赤い靴"という圧倒的な力を持っているのに、いつも苦戦を強いられた。
そのたびに、彼らの瞳の中に、確固たる意志を垣間見た。
――それは、大切な誰かを奪わせまいという意志ではなかったか。
――そんな人間をたくさん殺してきたわたしは……。
――わたしの両親を殺した人間と、同じ……。
誰かの命を奪うことの意味。それを自分は、本当に理解し、覚悟を決めていたのだろうか。
フィーアは苦悶する。自らに問いかける。だが、答えは出ない。答えは出ない。
「……へっ、こんな説教、俺にする資格なんてないことは、わかってる。
俺だってお前と同じように、たくさん人を殺してきたからな。きっと、俺が手をかけた奴の中にも、家族や愛する誰かがいたんだろうな。お前は、それを知りつつも戦ってきたんじゃないのか?」
「……ッ! わ、わたし、は……」
答えを示さなければならない。そうしなければ、これまでの自分の戦いが無駄になる。
そう思いはしても――ついに、フィーアは何も言うことができなかった。
「……もうやめろ、フィーア。言葉ですべて解決しないときもある。私達のようなものが、それを証明している」
誰かの大きな手が、フィーアの震える肩に掛けられる。
傷の再生を完了したツヴァイが、フィーアの背後に立っていた。
「ツヴァイ……」
「君の言う通りだ、スプリガン。だが彼らも、死を覚悟して戦いを決意したはずだ。求めるものを手に入れるために。
それは平和や、愛する者を守ること、人によって様々だろう。しかし、そんな君はどうなのだ? 君は、まだ若い。
私のように、戦争の呪いに縛られる年齢ではあるまい。軍人は人を殺す稼業だ。そのために技術を磨く。
だが、年端もいかない若者を戦場に駆り立てる者達に、私は吐き気をもよおすのだよ。
たとえ人を殺す技術に秀でているのだとしても、子どもは、そのような業を背負うべきではない」
「へ、そんなことが言える人間がいるってだけで、この世界はまだ捨てたもんじゃねーって思えるぜ。
……俺が人を殺した事実は、どんなに悔やんだって変わりはしないんだ。俺の手は、とっくに血で汚れてる。
けどよ、そんな俺でも、まだできることはある。お前らみたいな自分勝手な正義を振りかざして、遺産を悪用する奴の手から、
俺の大切な人を守ることだ! 相手がアーカムだろうがナチだろうが、それは変わりゃあしねぇ!」
優の力強い決意の言葉を、フィーアは、呆然と聞いていた。
自身の精神を支配していた激情が、急速に萎えていくのを感じる。
――こいつは、わたしと似ているようで、まったく違う。
――わたしは、戦い、命を奪うことの意味すら知らぬまま、ただ……。
「……なるほど。借り物の理由ではない、ということか」
まぶしいものを見るかのように、ツヴァイは優のことを見つめていた。
そして、声もなく、いまにも崩れ落ちそうなフィーアのことを、悲しげに見つめる。
ツヴァイは、フィーアに、慰めの言葉を掛けようとはしなかった。
そんなことは、彼女にとって何の意味もない。他人がどうこうできる問題ではない。
だからツヴァイは、あえてフィーアをそのままにした。
「……しかし、きりがないな、スプリガン。お互い決め手がないというのは、苦しいものだな」
「ああ、そうだな。だがよ、お前さんの再生速度が、確実に鈍ってるってことは感じるぜ。
さっきまでならその程度の傷、一瞬で治っちまってたってのによ」
「ふ、ばれていたか」
「あと何発かお見舞いすりゃあ、あんたは動けなくなる。そうだろ?」
「さて、どうかな。好きに想像するといい。
しかし、君の動きも段々と精彩を欠いてきたと見えるのは、私の思い違いかな?」
優の表情が僅かに険しくなる。確かにその通りだった。明鏡止水の境地――"水の心"は、過度の集中を強いられる。
"水の心"に目覚めた者は無類の力を発揮するが、長時間その状態が続けば、確実に精神が疲弊する。
そして一瞬でも注意力が途切れれば、致命的な隙が生じる。
本音を言えば、疾く勝負をつけたい。優はこの戦闘の間、ずっと思っていた。
だがこの不死身の肉体を持つ人狼を、この超高速を誇る少女を、どうすれば打倒できるのか。
オリハルコンナイフもAMスーツで強化された打撃も、この二人に対しては効果が薄い。
「いいことを教えてやろう」
どん、とツヴァイは自身の厚い胸板を叩いた。
「私の弱点は、ここだ。ここにある人工心臓を破壊さえすれば、私は全機能を停止する」
「ツヴァイ! なにを言っているんだ!?」
フィーアの驚愕の声に、ツヴァイは何も答えない。
彼女のことを無視し、ただ優にだけ言葉を投げかける。
「君のオリハルコンナイフなら、易々とこの鋼の獣毛を貫くだろう。
人狼型改造人間である私といえど、賢者の石より精製されたそのナイフの前では、死から逃れることはできない。
だが私も、フィーアほどではないが、反射神経には自信があってね。
切っ先が心臓に達する前に、ナイフごと君の腕をもぎ取れる――それだけの自信はある」
「……」
「さて、どうする? 君とて、時間に余裕があるわけでもあるまい。こうしている間にも、
ロンギヌスによる儀式の準備は着々と進んでいる。ひとり殺れば、その阻止がぐっと楽になるぞ」
「……へっ、見え透いた挑発には乗らねーよ。だが、いいこと聞いたぜ」
じり、と優は僅かに距離を縮める。
「殺しきれない相手じゃないってことが、わかったんだからな」
「その意気だ。では、再開といくか」
優とツヴァイ、両者の殺気が膨れ上がる。
ツヴァイは静かに、優に悟られないよう、自身の脳髄に埋め込まれた人工精霊にアクセスする。
それは魔女グルマルキンによって備え付けられた、使用者の第六感を強化し、
簡易的な精神感応を可能とさせる霊的ツールだ。フィーアの意識と霊的なリンクを繋ぎ、声なき声で、彼女に語りかける。
(フィーア、よく聞け。奴は必ず、私の心臓を狙ってくるだろう。奴は焦っている。次で勝負を決めるつもりだ。
だが、次に何かするのかさえ読めていれば、対応は容易い。私が奴の動きを封じる。たとえ命を捨ててでも。だから、
お前はその隙を突いて、確実に奴の首を刈り取れ)
(な……!? だ、だめだ! それだけはだめだ!)
フィーアの精神が激しく揺れるのがわかった。いまだショックから立ち直れていないところに、
突然こんな命令が下されたのだから、ここまで動揺するのも無理のないことだろう。
だがツヴァイは、彼女の精神の均衡がとれるのを、待つわけにはいかなかった。
(フィーア)
有無を言わさぬ声音/意思。言うことを聞かない幼子へ向けられるような響き。
(わかってくれ。この方法、この状況下でしか、奴は殺せない。この機会を逃せば、奴は私達との戦いを学習し、
殺すのは一段と困難になる。……そんな顔をするな、フィーア。
たとえ私が死んでも、お前さえ生き残り、奴を殺せば、私達の勝ちだ)
(い、いやだ! まだわたしは、あなたからすべてを学んではいない! まだわたしにはあなたが必要なんだ!)
(大勢を生かすために個人を犠牲にする、それが兵士というものだ。
そして上官の命令には絶対遵守、これも兵士というものだ。
――では、頼むぞフィーア!)
なおもフィーアの叫びが伝わってきていたが、ツヴァイはそれを無視した。
人口精霊の活動の一部分を休止させ、フィーアの意識とのリンクを解除する。
そして、全身に残された力を振り絞り、優に向けて吶喊する。
「グルオオオオオオオオオォォォッ!!」
ツヴァイの口から迸る、戦場全体を震撼させるウォークライ。
ナイフを構え、ツヴァイの突撃に備える優。
両者の激突は不可避のものであるように思えた。
だが――
上空から飛来した"何か"に、ツヴァイは動きを封じられた。
彼女の足に、刀身が極度に細長い剣のようなものが刺さっている。
その場にいた三人は、それが何なのかを、すぐに悟った。
――黒鍵。教会に所属する代行者のみに許された投擲兵装。
「――そこまでです」
声が聞こえた。三人はその方角を向き、三者三様の反応を示す。
突然の闖入者への驚愕と、その人物が保有する戦力への畏怖と、
――友人との再会を果たした喜びとを。
「焦ってはいけませんよ、スプリガン。命が惜しければね。
そこにいる人狼は、己の命を犠牲にしてでも、必ず敵の喉笛を食い千切る。
そういう決意を秘めた目をしています」
オーストリア憲兵隊の施設の上に、ひとつの影があった。
しなやかな肢体にまとったカソック。眼鏡の向こうにある強く輝く空色の瞳。
両の手に黒鍵を構え、油断なくこちらを見下ろしている。
優は、その人物の名前を知っていた。
何度も矛を交え、また共闘した回数も少なくない、戦友といえる間柄だ。
「お前――シエルじゃないか!」
「お久しぶりですね、スプリガン――いいえ、御神苗君」
シエルと呼ばれた女性は、優の言葉に微笑を返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……埋葬機関のお出ましか。いよいよもって、私達の手に負えなくなってきたな」
「私のことを知っているのですか」
優の傍らに降り立ち、黒鍵を構えるシエルに、ツヴァイは苦々しい表情を向ける。
「当たり前だろう。教会の鬼札、かのアレクサンド・アンデルセンと並び畏怖される埋葬機関第七位"弓"のシエルを知らんものなど、
我々の仲間内ではひとりもいないさ」
「あの神父様と同列に扱われるのは、あまりいい思いはしないんですけど……」
そう言いよどむシエルであったが、彼女のまんざらでもない表情を見る限り、やはり嬉しかったりするのかもしれない。
「まあ、この場合は手っ取り早くていいですね。さて、埋葬機関である私とスプリガン、この二つを敵にすることが、
どれだけ無謀なのかわかりますね。だったら……」
「撤退するぞ、フィーア。時間稼ぎはすんだ。生き残りたければ、私の命令に従え!」
電動ノコギリのような音が響き渡る。MG42機関銃が、優とシエルの足元に向けて放たれる。
巻き上がる土と石。それは二人の視界を奪う。そして、土煙が晴れたときには、もうツヴァイとフィーアの姿はなかった。
鮮やか過ぎる引き際に、しばし二人は言葉を失う……。
「……逃げられちゃいましたね。まあそれほど遠くにはいっていないでしょう。
では優君、追跡を始めましょうか。私があの二人の魔力を探知できるうちに」
「いやちょっと待て」
さも当然といわんばかりに走り出そうとするシエルの肩を、優は掴んだ。
シエルは意外そうな表情を返してくる。それを見て、優は頭が痛くなった。
「あら、私と一緒に行くのは不満ですか?」
「いやいや、敵同士だろ、俺たち。いくら互いに勝手知ったる間柄でも、お前は教会側、俺はアーカム側なんだから。
どうせお前も、ロンギヌスの槍を奪いに来たんだろ? なら、容赦しないぜ」
「そのことは追跡の途中で説明しようと思っていたんですけど――まあ、仕方ないですね」
シエルはぴんと指を立てる。その姿はまるで学校の先生のようだ。
「たしかに聖遺物ロンギヌスの槍の奪取を命じられましたが――個人的には、あなたとは敵対しなくないんですよ。
あなたと戦うのはとても骨が折れますし、それに、あなたに助けられたことは、一度や二度ではないのですから」
「なんじゃそりゃ。いいのかよ、そんな適当で」
「私は熱心な信徒ではありませんから。正直な話、私としては、ロンギヌスの封印がとかれて迷惑してるんですよ。
鉤十字騎士団があれを手に入れたことで、余計な仕事が回ってきたんですし。殺気立った各国政府は教会の出方に目を血走らせてるし。
こうしてあなたと共闘するのだって、教会とアーカム財団が手を結んで、ロンギヌスの槍を独占しようとしてるんじゃないかって、
教会の立場が危うくなる可能性もあります。だからはやいとこナチどもをふんじばって、
ロンギヌスをあるべき場所へ返したいんですよ。もちろん、ホーフブルク宮殿の王宮博物館に、ね」
彼女の言葉が真実なら、少なくとも、その本心は遺産の独占ではない、ということになる。ならば彼女と手を組むことは、
優としても異論はなかった。むしろ、化け物じみた退魔の専門家が集う教会において、なお最高戦力として恐れられる埋葬機関の
ひとりとの共闘となれば、諸手をあげて歓迎したい。
「なるほどな。けど、ここにいるのは俺だけじゃないぜ。オーストリア憲兵隊はどうするんだよ。
もうお前が現れたことを、上の方に連絡を入れてるかもしれないぞ。俺との共闘がばれたら、大変なんじゃないのか?」
「大丈夫です。さっき、ここ数時間の記憶が消えるよう、全員に暗示をかけておきましたから」
「……さいですか」
「では、話もまとまったことですし、行きましょうか」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目まぐるしく周囲の風景が変わっていく。優とシエルの二人が、人の身では到底不可能な速度で走っているためだ。
AMスーツにより強化された脚力で、優は地を駆ける。なんの装備もしていない、ただの生身であるはずなのに、
シエルもまた優と同じ速度を維持している。異教徒――概ね人を辞めた吸血鬼――との闘争を生業とする彼女なら、
この程度は出来て当然のことなのかもしれない。
「しかし、どうして魔女グルマルキンはロンギヌスの槍を奪取したのでしょうか。彼女は、聖槍の有用性を知っていたのでしょうか。
あれがどんな効力を有しているのか、聖遺物管理局マタイにだってわからなかったのに。優君はご存知ありませんか?」
「いや、知らねーな。ティアに聞けばわかるはずだが……」
「げ。あの魔女さんもいるんですか?」
「? ああ、そうだが」
「……不味いことになりました。お願いですから優君、彼女達と話す時は、魔女さんの名前は出さないようにしてください」
「彼女達って、誰だよ」
「ハインケル・ウーフーと高木由美江です」
「あの狂信者達も来てんのかよ! そ、そうだな……確かにそれは不味い。非常に不味い」
「会った瞬間に殺し合いが始まっていた……なんてことも考えられなくはないですからね」
シエルはため息をついた。彼女のいまの気持ちが、優には痛いほど理解できた。異端に対して絶対根絶のスタンスをとる
イスカリオテの精神が形になったようなふたりだ。彼女らには、話し合いが通じない。教会が異端認定した魔女ならなおさらのことだ。
鉤十字騎士団との戦闘をおさめたところで、もう一波乱あるかもしれない……そんなありがたくない未来を思い描きつつ、
優もまた、シエルと同じように、深く深くため息をついた。
うわあああああ! また徹夜しちまったああああ!
けれど、今日は8時30分までは眠ることは許されない。
ディケイド見終わるまでは、寝れない。
だって、あんな卑怯な映画宣伝があったから……。
大ショッカーって! 大ショッカーって!
もっと早く宣伝しろよ! わかってたら一話からずっと見てたってのに!(先週から見始めたニワカ
クロスオーバー厨の自分としてはまさに垂涎もの……。
あのショッカーの布陣は卑怯すぎる……。素晴らしい、嗚呼、嗚呼!
>>191さん
自分もティア自体の身体能力は普通の人間くらいの考えています。
それを知略で補うって感じですね。
ロングは「宵闇眩燈草紙」という漫画からの出演です。
いろいろ突き抜けてる漫画です、是非一読を。
>>192さん
アリスはつい筆がのって「この量はねーわ……」と自分で思うくらい書いてしまって、
反省しています
ティアはグルマルキンと同等くらいと脳内で設定しているので、もしかしたらアリスも彼女に
よって救われるかもしれません(超他人事
>>209さん
>曲者っぽい男
ロングはおそらくロンギヌス作中で最強です。
低気圧そのものを身体に取り込んでて、草薙の剣を持ってるチート野郎ですから……。
ただ作者にチンピラと言われた人なので、二人の魔女に言い包められる可能性が大ですがw
先週じゃないですね。先々週ですね。先週はゴルフの世界でしたから。
サマサさん
なんという超←重↓力↑……。
マーベラス・スーパーディメンション!のくだりから、
「ま、まさか……」と嫌な予感(いい意味で)しかしませんでしたw
しかし末の妹、ただの拳銃が敷島博士ばりのモンスターガンになるなんてどんだけなんだ……。
>F08
すいません、自分の中で彼女はもうギャグキャラです……。
自分のSSで思いっきりかませとして書いたら、
本編でも似たような位置に立ち始めていて笑いました。
ふら〜りさん
こんな絶望しかない状況を諦めず立ち向かうのが、一番女の子が輝いてるところ
だと自分は思うんです!本当に自分の好きな要素が詰め込まれていて、冷静になってから見返すと笑えます。オリキャラだからいろんなことをさせ放題ですからね……ふふふ。
ガモンさん
感想ありがとうございます!
ラストはまだ明かせませんが、ガモンさんのその予想とは違う結末になると予告しましょう!
クロコダインさんいいですね……初期レギュラーの彼が、どんどん戦力不足になるのはつらかったです……キャラがいいだけに。
254 :
作者の都合により名無しです:2009/06/28(日) 18:28:42 ID:RbxsdRJu0
徹夜の中お疲れ様です!
やはり優はかっこいいですね。
死闘の中相手を慮る余裕すらある。
でもロングが最強ですか。
飄々としてるのが最強なのはある意味王道かなあ
255 :
ふら〜り:2009/06/28(日) 19:23:39 ID:yMzXN7nG0
>>サナダムシさん
布を使っての対爆薬とはまた、相変わらず原作の隅々まで見逃しませんな。今回のレッセン
は何だか2部ジョセフのような、頭脳と技術の冴えた戦い方がカッコ良かったです。そして、
>「行かせるかよ……。アンタが行けばあいつの勝利はなくなる。……しかし」
>「シコ……キー……あと、は……任せ……た」
あぁもう前回といい今回といい! あんたらやっぱり何だかんだで彼のこと信頼してるっっ!
>>ハシさん
前回とはだいぶ毛色が変わって、熱い正統派ヒーロー演説が主軸を成した今回。それを受けて
動じるか動じないか、その後の動きにどう影響したかでフィーアとツヴァイの差がよく判ります。
>たとえ私が死んでも、お前さえ生き残り、奴を殺せば、私達の勝ちだ)
>(い、いやだ! まだわたしは、あなたからすべてを学んではいない!
師弟・先輩後輩・上官部下として、こういうの好きです。……上記のヒーローが敵になりますが。
256 :
しけい荘大戦:2009/06/28(日) 22:16:10 ID:DQAs9PgA0
第三十二話「シコルスキー対純・ゲバル」
開始の合図は巨大な爆発音だった。
互いの激突を本能のレベルで欲していた、しけい荘203号室在住、シコルスキーとゲ
バル。筋力をフル稼働させ、間合いを縮める。
右拳と右拳。二人は気が合っていた。ゆえに同じ武器を初弾に選んだ。
カウンター気味に顔面を突き刺し合う両者。
打撃音に伴い激しく火花が飛び散り、強靭(タフ)な二人の体がぐらりと揺れた。ひと
まず痛み分けといったところか。
「──グゥッ!」
「ガハッ!」
さっきまでの勢いとは一転、闘争がクールダウンする。
体勢を立て直し、ゴング代わりとなった爆発について振り返るゲバル。
「さっきの爆発……どうやら向こうは決着したようだな」
「ドイルは敗けない。あいつの負けず嫌いはよく知っている」
「……フッ、あとは俺たちだけだ。始めようか」
「ゲバル。ルームメイトと敵対するってのは嫌なもんだ。なのに俺は今、心底から嬉しん
でいる。ずっと……こうなりたかったのかもしれない」
「俺もだよ。天内に勝利してくれたこと、心から感謝する」
共に強敵との激戦を制してのコンディション。条件は五分、しけい荘で部屋を同じくす
る者同士の一騎打ちを止められる者はだれもいない。
低空タックルに打って出るシコルスキー。目線はゲバルの下半身を向いている。組み技
を警戒し、ゲバルが即座に身構える。
まもなく掴みかかろうという時、なんとシコルスキーは跳んだ。
ドロップキック。テロリスト軍団のボス天内悠を打倒してのけた得意技が、いきなり火
を噴いた。
257 :
しけい荘大戦:2009/06/28(日) 22:17:06 ID:DQAs9PgA0
虚を突かれたゲバルはこれをまともに喰らい、五メートル近く吹っ飛んだ。
「チィッ!」
一方、着地したシコルスキーは一呼吸も置かず、追尾を開始する。起き上がるも未だド
ロップキックのダメージが抜けていないゲバルに、拳のラッシュが迫る。
ジャブ、ストレート、フック、アッパーと使い分けられる拳に、ゲバルはガードを固め
るしかない。中途半端に手を出せば致命打を許してしまう。
ゲバルは打たれながら、実感していた。シコルスキーは強くなっている、と。
天内戦はシコルスキーに負傷と、それを補って余りある成長をもたらしていた。
ついにゲバルのガードが綻ぶ。すかさずシコルスキーはボディブローでガードを下げさ
せ、心臓部に肘打ちを叩き込んだ。
「ぐふっ……!」
効いている。嫌がっていると表現した方が正しいかもしれない。ゲバルは柳との戦いで
胸部に深いダメージを刻まれていたからだ。
「パンチを打っていたらなんとなく分かった。ゲバル、おまえが胸部への被弾を特に避け
ていることに」
天内から体で教わった闘争のコツ「相手がもっとも望まないことの実行」をも披露して
みせる。強くなっただけでなく、巧くなってもいた。
追い込まれたゲバルだが、ここでいつものフレーズを口ずさむ。
「今日は、死ぬにはいい日だ」
己が担う勇気を再認識し、ゲバルが初めて攻勢に出る。緩やかな左アッパーをシコルス
キーの顎にコツンと当てる。ダメージ狙いではない。脳をシェイクさせ、ほんの一瞬だけ
無防備にできればよかった。
──次こそが本命。
ゲバルの右アッパーが、顎を激しくもしなやかに打ち抜く。過激すぎる打突音。
ハイキックによるダメ押し。
258 :
しけい荘大戦:2009/06/28(日) 22:17:51 ID:DQAs9PgA0
しかし、シコルスキーはかろうじて踏みとどまった。流れを一変させるような打撃をも
らってなお、シコルスキーは倒れない。
「さすが……アンチェインに鍛えられているだけのことはあるな」
打って変わってゲバルの猛攻である。単純な筋力(パワー)ではシコルスキーの上をゆ
くゲバル。ガードの上からでもお構いなしに、次々と打撃を注ぎ込む。
「グウゥ……ッ!」
「フィナーレだッ!」
ラッシュが本格化する。防御と生命が削ぎ落とされるのが分かる。
せめてもう一度、あと一度だけでいいから攻撃チャンスが欲しい。シコルスキーは極限
の集中力下である技の存在を閃いていた。
「強くなるだけじゃ、つまらないぜ。ゲバル……」
護身開眼──。
ゲバルは驚きの色を隠せなかった。
無理もない。今の今まで自分と勇ましく戦っていたシコルスキーが、突然後ろを振り向
いて背中を丸めてしまったのだから。
しかし、ゲバルは迷わない。相手が敗北を認めていない以上、戦わねばならない。友で
あるならばなおさらだ。
より強烈になって背面に降り注ぐ乱打に、シコルスキーは必死の形相で持ち応える。
「これがゲバル……ッ! 戦力が七倍になったというのにこれほど効くとは……ッ!」
タイミングを計り、シコルスキーは大きく息を吸い込んだ。補給した酸素を全て用いる
つもりで、頭を後ろに投げ出した。
後頭部がゲバルの鼻を強打する。
「ガハァッ!」
259 :
しけい荘大戦:2009/06/28(日) 22:18:42 ID:DQAs9PgA0
ゲバルが怯む。これぞシコルスキーの反撃の狼煙。
シコルスキーは丸めた背を伸ばしながら後ろへ振り向き、膝のバネと遠心力をフル活用
した右フックを振るう。クリーンヒット。寂海王直伝の老獪戦法は、風を味方につける海
の賊(おとこ)すら欺く。
だがゲバルも、焦点が定まらぬ眼球でシコルスキーを捕捉する。
「シコルスキー……これからおまえの自由を奪う」
トレードマークの青いバンダナを外し、至近距離から目くらましに投げつけようとする。
ところが、シコルスキーはゲバルの手から放たれる寸前であったバンダナを、反射でキャ
ッチしてしまった。
投げつけようとバンダナをつまむゲバルの指、受け止めようとバンダナをつまむシコル
スキーの指。
「これは……」出来すぎた偶然に、二人は同時に呟いていた。
天然ルーザールーズ。
第三十二話終了です。
レッセンはやはりマイナーキャラのようですね……。
個人的にはボッシュを守ろうとした場面は燃えました。
>ハシさん
今回は優が主役の面目躍如といった回でしたね。
どうしてもティアに主役を奪われがちになってましたけど
シエルとのコンビ?で主役を奪還してほしいものですw
>サナダムシさん
シコルスキーも進化してるんですね。今ではしけい壮メンバーの中でも
もしかしてバトル編ではトップクラスの戦力?
ゲバルと五分った上で勝ってほしいもんです。
262 :
作者の都合により名無しです:2009/06/29(月) 07:39:05 ID:BOx7SCnt0
レッセンはゲバルに隠れているけど実力的には加納くらいはあるかな?
いよいよ最終決戦、シコルスキーの男気をみてみたいものです。
さすがにピッチ対決では勝ってくれよ・・
第四十二話「In The World Of Rain」
荒涼とした大地に降りしきる、土砂降りの雨。歩く度にバシャバシャと水溜りが泥を跳ね上げる。
「あの仮面オヤジ、ここを真っすぐ突っ切ればタナトスの所に行けるっつってたな。しかし…」
城之内は苦い顔で天を仰ぎ、忌々しげに舌打ちする。
「ったくよぉ…何だって雨なんて降ってんだ。ここは地下だろ?おかしくね?」
「冥府は死神・タナトスが支配する神域。我々の常識が通用する世界ではないということだ」
「まあ、居心地の良さなんざ期待してなかったけど。何も雨を降らすことはなかろうに…」
オリオンも雨に濡れた髪を鬱陶しがり、顔をしかめる。ふと、横にいる遊戯を見た。
「なあ、遊戯…お前、その髪型さ」
「え、どうかした?」
「この雨の中でも全然形が崩れてねえけど…何か、秘訣でもあんのか?」
「うーん、別に何もしてないけど…言われてみれば、ボクは何でこの髪型なんだろ…?」
その大人しいキャラクターに似合わぬ、ロックを感じさせる髪型。オリオンは何となく指先でそれをつついてみた。
「いてっ!」
鋭い痛み。指先には血が滲む小さな傷。オリオンは身震いした。
「お前の髪は鋼鉄製か…!?」
愕然としたオリオンは、これ以降遊戯の髪型について詮索するのは止めにした。世の中知らない方が幸せな事だって
あるのだ。
「ねえ、あそこ!誰かいるみたいよ」
ミーシャが指差した先には、巨大な岩山があった。よく目を凝らすと、黒々と不気味に聳え立つその岩山を背にして
何者かが立っているのが分かった。背格好からして、まだ幼い少女のようだった。
「こんなとこにいるくらいなら、ただの女の子ってわけはねえな…」
「あの仮面の人が言ってた、冥府の番人ってやつかな?」
そうこう言っている間にも、少女との距離は縮まっていく。やがて、その姿まではっきり判別できるようになった。
激しい雨に打たれ、全身がずぶ濡れになっているのにもまるで頓着せず、少女は遊戯達を見ていた。蒼く澄んだ宝石
のように美麗な瞳が妖しく輝く。そして口元に浮かぶのは、少女らしからぬ不敵な笑み。
「うふ…まさかのまさか、ここまで堂々と冥府に乗り込んでくる方々がいるなんて。まじパネェですわね。トラブルと遊ぶ
ヤンチャ・ボーイにも程がありますわよ?」
人を喰ったような口調で、少女が服の裾を摘み上げて頭を下げた。
「こんにちは、はじめまして―――では早速ですが自己紹介といきましょうか?私は冥府の番人が一人<狗遣い>。
笑顔が可愛いオチャメ・ガールですわ」
にっこりと微笑む<狗遣い>と名乗る少女。確かにオチャメっぽかった。
「狗遣い?…狗って、どこにもそんなんいねーじゃん」
「え?いるじゃないですか、ほら…あなたの目の前に。うふふ…」
少女は手にした赤い革紐をひらひらさせるが、その先には岩山しかない。どうにも会話が噛み合わない感じだった。
コホン、とレオンティウスが咳払いして、少女に語りかける。
「我々は冥王タナトスに会いに来たのだ…どうか、通してはくれないか?」
「いいですわよ」
「いいのか!?」
但し、と少女は不遜に言い放つ。
「この私を倒せたらの話ですけれどね!」
「よかろう!ハァッ!」
「あべしっ!」
レオンティウス渾身の右ストレートが決まり、少女は世紀末のモヒカンの如き悲鳴を上げて倒れ伏した。これが一般
男性なら相手が可愛い女の子ということで躊躇する所だが、彼は特殊な性癖の持ち主なのでまるで頓着しなかった。
「さあ、敵は斃れた。行くぞ皆!」
「って、待ちなさい!いきなりこんないたいけな女の子の顔面をぶん殴る男がいますか!?」
飛び起きて鼻血を垂らしつつ抗議する少女に対し、レオンティウスは堂々とかました。
「このレオンティウス、女を貫く槍は持ってはおらんが、女を殴る拳なら持っている」
「ナチュラルにサイテーなヤローですわ!」
「いや、戦場に立つ以上は相手が少女だからと手加減する方が無礼かと思ったのだが…むしろ殴るだけで済ますとは
我ながらなんと紳士的なのかと感動すらしたのだが」
「私の名前を聞いていなかったんですの!?<狗遣い>というからには、本人じゃなくてしもべ的な何かが闘うんだと
想像がつくでしょうが!」
「あ、でもそういうタイプの敵と闘うには先に本体を叩くってのはセオリーだよね。だからレオンさんの行動もあながち
間違いじゃないんじゃ?」
「でも遊戯。それはしもべ的な何かが出てきてからの話だから、いきなり本体をぶっ飛ばすのは何か違うんじゃない
かしら?」
「そうだな。やっぱ今のはちょっと卑怯だぜ」
「だよな」
「いつまで馬鹿馬鹿しい議論してやがりますの!?私はあなた方と面白くもないコントをしに来たのではありません
―――侵入者であるあなた方をぶっ殺しに来たのですよ!」
「分かったよ…じゃあさっさとやろうぜ。冥府の番人っていっても仮面オヤジと同格だろ?なら大したことねーよ」
完全にやる気が氷点下にまで落ち込んだ城之内の言葉に対し、少女は小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「ふふ…甘いですわね。少年(ギャルソン)の体液よりも仄甘いですわ!私と彼とでは、ワニとネズミほどの力の差
があるのですわよ!」
「それ、最終決戦前の今の状況じゃ大して変わんねーだろ…」
某勇者の大冒険的に考えて。しかし少女はニヤリと口元を歪めた。
「そんな風に言ってられるのも今のうちですわ。さあ、おいでなさい。私の可愛い妹―――<プルー>!」
その声に応えるように、何処からか獰猛な唸り声が響く。だがそれは、一向に姿を見せない。
「な、何だよ…何も起こらねーじゃん」
「うふ…まだ分かりませんか?もうプルーは、皆様の前にいるじゃありませんか…」
「なに…?そんなの、何処にも」
と、言いかけて城之内は気付いた。続いて、遊戯達も思い至る。
<それ>は自分達の前に、最初から堂々と姿を現していた。ただ、気付かなかったのだ。
その途方もないスケール故に。
「ああ、やっと御理解頂けましたか?どうです、可愛いでしょう?」
少女が背にしているそれは―――岩山などではなかった。
何故なら、岩山にあんな手足は生えているわけがない。
あんな立派な黒銀の毛並みなんて、岩山には備わっているわけがない。
あんな凶悪な面構えをした三つの首なんて―――岩山どころか、この世のどんな生物にも当てはまらない!
少女はそれを妹と称したが、小さな姉と大きな妹―――そんな可愛らしいレベルではない!
それは妹と呼ぶには―――余りにも巨大すぎる!
黒銀の毛並みと三つの首―――そして戦艦級の巨体を持つ狗!
「<ケルベロス>か…!」
レオンティウスが戦慄を込めて、眼前の脅威を見据える。
「け、ケル…?なんだって?知ってるのかよ、レオン!」
「地獄の番犬と呼ばれている、伝説の怪物だ…三つの首を持つ、巨大な狗。冥府への侵入者を容赦なく喰い殺す
とされている。まさか、実在していたとはな…」
出典・冥王書房<冥府の不思議な生き物>より(大嘘)。
「よく知っておいでで。そう―――このプルーこそはケルベロス…即ち冥府のゆるキャラですわ!」
「そんな暴力の権化みてーなゆるキャラがいてたまるか!和み要素の欠片もねえよ!」
「あら、失礼ですわね。こんなに可愛いワンちゃんなのに…ほらほら、喉を鳴らして甘えんぼだこと」
超弩級の巨大狗はクンクン鼻を鳴らし、ベロベロと三本の舌で少女の顔面を舐め回す。サイズが普通であれば、
確かに微笑ましい光景ではあっただろう。
「でもそこの方が仰った通り、プルーは侵入者を見れば喰い殺すように躾けられていますの…さっさとお喰われに
なりやがってくださいませ!」
三つ並んだ口から迸る咆哮。足踏みだけで大地が揺らぎ、炎を纏う吐息が天を焦がす。
「教育して差し上げますわ…狗こそが歴史的・科学的・生物学的に見て最強の生命体であるという事実を!」
そんな事実は何処にもなかったが、少女が堂々と言い放ったその時だった。
何処からともなく放たれた三条の光線が、三つ首を木っ端微塵に破壊し、巨大狗は盛大な地響きを立てつつその
身を地に横たわらせる。顔面は当然ながら、跡形もなく吹き飛んでいた。
「ぷ、ぷ、ぷ…プルゥゥゥゥゥーーーーーっ!」
少女が絶叫し、死した狗の腹に顔を埋めて泣き叫ぶ。その背中に、冷徹な声が投げかけられた。
「フン!同じ三つ首ならば、狗が竜に敵うはずがなかろう…」
王者たる者としての絶対の自信と威厳に満ち溢れたその声。それが誰なのか、もはや振り向くまでもない。
豪雨の中でさえ全く形の崩れない白いコート。その背に寄り添う三体の龍もまた純白。
かつて<白龍皇帝>を名乗り、<紫眼の狼>と共にこの世界に戦乱を巻き起こした男―――海馬瀬人!
「やっぱ生きてやがったか、あいつ…」
城之内が複雑な顔で呟く。その表情は厄介な時に厄介な奴が来やがったと雄弁に物語っていた。海馬は海馬で、
遊戯の首に千年パズルがないのを見て取り、おおよその事情は察したようだ。
<あの間抜けめ>と言いたげに鼻を鳴らしていた。
「あの男が、海馬か…」
海馬の素顔を見るのはこれが初めてのレオンティウスは、彼の姿をまじまじと見つめる。
「な、なんていい男なんだ…」
「そのネタはもう勘弁してくれ…で、お前さんは何だってまたこんなとこに来たんだよ?まさか今さら俺達の仲間に
なりますとか、寝惚けたこと言うつもりじゃねーだろうな?」
明らかに不信感丸出しのオリオンに対し、海馬は嘲るように口の端を吊り上げた。
「フン…まさに寝言だな。確かにオレはタナトスを倒しに来たが、貴様らと馴れ合うつもりなどない。このオレを侮辱
してくれたタナトスとやらをこの手でブチのめさなければオレの気がすまんだけだ!」
そして海馬は、断固とした決意と共に言い放つ。
「貴様らの力など借りん―――奪われた魂(プライド)は、我が手で取り戻す!」
「うふ…うふふ…くすくす…いきなり出てきて、随分と勝手なことをほざいてくれやがるじゃないですの…」
少女がゆらりと顔を上げる。激しい怒りが、蒼い瞳を満たしていた。
「私の可愛いプルーをこんな目に遭わせやがって…絶対に赦しませんわよこのチ○ポ頭が!じわじわ嬲り殺しに
してくれやがりますわ!」
そして少女は冷たくなった狗の腹を、自らの手でぶち抜いた。そしてその胎内から取り出したのは、仔犬。三つ首と
黒銀の毛並みを持つそれを、少女は小さな掌に乗せた。そして、返り血がこびり付いた顔で笑う。
「さあ。繰り返される朝と夜のように、再び巡り来るのよ…プルー!」
少女から放たれる魔力が仔犬を包む。合計六つの瞳が大きく見開かれた。次の瞬間、仔犬は少女の手を離れて
大地に降り立つ。同時にその小さな身体が膨張を始めた。牙が一瞬にして生え揃い、四肢は逞しく発達する。少女
の掌に乗るほど小さかった身体は、既に母親と同じく山のような巨体と化していた。
「うふ…プルーは不死身。私の魔力が枯渇しない限り、何度でも黄泉返ることができるのですわ!」
「くそっ!やっぱあのまま終わりとはいかなかったか!」
城之内は舌打ちして海馬に向き直る。
「おい海馬!ここはテメエと揉めてる場合じゃねえ…一緒に切り抜けるぞ!」
対して海馬は何も答えない。ただ悠然と前へ歩み出るだけだ。
「お、おい…」
「フン…貴様らと今さら肩を並べて冥府観光などゴメンだ。さっさと先に進むんだな」
「海馬くん…」
「勘違いするな、遊戯。もう一人の遊戯がいない今、貴様らなど足手纏いなだけだからな…役立たず共は精々オレ
の往く栄光のロードの露払いでもしてくるがいい」
海馬はそう言い捨てて、狗遣いの少女に向き直る。
「オレはそれまでこの小娘と、遊んでやるとしよう」
「言ってくれますわね、この―――ノーテンピーカンヤローがぁっ!」
怒号と共に襲いかかるプルー(二世)。三体のブルーアイズはそれぞれバラバラに動き、撹乱する。
「ちっ…捻くれモンが!あいつの言い草は気に入らねえけど、ここは任せて俺達は先に進もうぜ!」
「うん。表現は最悪だったけど<ここはオレに任せて先に行け>って言ってくれてるんだしね」
遊戯達はその場に海馬を残し、駆け出す―――その時、ミーシャと海馬の目が合った。
海馬の鋭い眼光から、ミーシャは目を逸らさない。ただ、真っすぐに見つめ返した。
「フッ…あの島で泣き喚いていた頃に比べれば、そこそこいい目になったな」
海馬は小さく笑った。そこにはほんの少しだけ、ミーシャを認める響きがあったのかもしれない。
「この闘いを生き延びたならば、仔ネズミからモルモットに昇格させてやる!」
「…………」
釈然としないながらも、ミーシャは再び走り出した。
「お友達とのお別れは済ませましたの?だったら今度は…この世とさよならしやがれですわ!」
「違うな。奴らは友などではない。奴らは―――オレが認めた強敵(ライバル)だ」
少女の罵声に対し、海馬は事もなげに答えた。
「そして貴様は、ただの踏み台にすぎん」
同時に、爆音。ブルーアイズ三体による一斉攻撃が、プルー(二世)を木っ端微塵にした音だった。
「まーたやってくれちゃいまして…あなただけは絶対に確実に迅速に的確に必然に天地開闢以来誰も経験したこと
がないほど惨めったらしい最期を迎えさせてあげますわ!」
魔力の暴発と同時に肉片が集まり、瞬時に再生。プルー(三世)が牙を剥き出し、襲いかかる―――
永く激しい闘いはまだ、始まったばかりだった。
投下完了。前回は
>>203から。
初めに謝っておきます。澪音の世界・星屑の革紐が大好きだ!という方…
マジすいませんでしたァァァァァァッ!(ジャンピング土下座)
書いてる内に悪ノリしすぎました。もう原型留めてないよ…。しかし、ブチ切れるとやたら口汚くなる少女と
いうと、ハシさんの書かれたF08と微妙に被ってしまうような。
>>206 どうでしょう。物語的にはもう出なくても問題はないけど、最後にちょっと顔見せくらいは…。
>>207 我ながらアホすぎる方向に突っ走ってしまいました。タナトス様はサンホラ世界でも相当の実力者だと思う。
>>208 もう冥府からタナトス様に呼ばれちまうんじゃないかと思うような悪ノリでした。
>>209 ラスボス戦なので、全員揃っての総力戦になるかと。社長はなんというか、ベジータポジションの人だし…。
>>ふら〜りさん
タナトス様は俗物というか、自分勝手な御方だとは思っています。好きな相手と嫌いな相手に対する態度の差は、
相当激しいんじゃないでしょうか。そういう所も人間的だとは思います。
>>ガモンさん
おっさん勝ったァァァァ!ありがとうガモンさん!これで後は安心して見てられる…と思ったけど、状況は実は
相当悪いんですよね。そして、今回の話では<ワニとネズミ>ネタにしちゃったけど、何度も言いますが、僕は
おっさんを愛してます。
しかしポップ、あの言い方はやっぱちょっとねえよ…おっさんはロクな治療も受けずに牢獄に繋がれてボロボロの
身体で超魔ザボエラと闘った直後なんだから、その辺りも考慮してあげてよ!
>>ハシさん
似た者同士に見えて、何かが決定的に違う相手との闘いは燃えます。単純な戦闘ではなく、精神的な問題も
絡んでくるわけですし、一筋縄ではいかないですね。
そして神父と並び称されるって…それ、多分褒めてないよね?実はシエルさん、嫌われてるよね?しかし実際に
その場にいるわけでもないのに、比較対象として名前が出されるだけで<こいつはヤベぇ!>と思える辺り、神父の
信頼感はマジパねえっす。
詩女神はあれでも神・悪魔とかの関連の中では弱い方なんじゃないかなあ…と思っています。サンホラ世界最強は、
まあ、やっぱり<現代の吟遊詩人>様でしょうが。運命の女神さえ彼から生み出されたわけですし…。
270 :
作者の都合により名無しです:2009/06/29(月) 21:39:36 ID:BOx7SCnt0
狗遣いというキャラはサマサさんお気に入りの小説か何かの出展ですか?
かしましく生意気な美少女キャラが加わってまた混迷してきましたねw
ケルベロスを操るところがなんとなく大物っぽいけどw
狗遣い、エトワールっつーより気持ち澪音っぽい感じですかね。
自らの手でプルーの腹をぶち抜くとは…普通の消耗戦よりも血生臭そうだw
>出典・冥王書房
そこは民明書房だろう…常識的に考えて…(ry
『仔ネズミからモルモット』がやっときたw
地味に待ってたので嬉しいw
273 :
作者の都合により名無しです:2009/06/30(火) 21:08:56 ID:iKmJZ1pj0
サマサさんのはマニアック過ぎてついていけん時があるw
サナダムシさんのしけい荘の面々好きだけど、
もしかして大戦で最終章かなあ?
まだ勇次郎が出てないから!
ピクルも出てないし!
第二十四話 再会、そして・・・
ボブルの塔、ポップ達四人は四方に散らばり行動していたにも関わらずポップとマァムは偶然再会していた。
「もう、これじゃ散らばって動いた意味がないじゃない!」
と、マァムの一喝を受けながらもポップはマァムと二人きりになれたのが嬉しいという表情がはっきり出ていた。
そんな二人が目の前を見て驚愕するまで三秒と掛からなかった。
時を少し戻して階段付近で闘っているエスタークとゴンズにも決着が近づく。
「まさか、何故その体で俺をここまで……」
体中が血まみれになりながらもエスタークはゴンズに斬りかかる。一方のゴンズは疲れから動きが鈍っていた。
そこへエスタークの一撃がゴンズの右胸を貫く。三人の間に地上から風が吹き、静寂が辺りを包む。
「エスターク……」
ダイが呼んだ瞬間、エスタークは覇王の剣をゴンズから引き抜く。ゴンズは鮮血に身を包み、その場に倒れ伏した。
「か、勝った。」
エスタークは剣に付着した血を払い、鞘に収めた。
「勝ったんだね、エスターク。」
ダイが近付くとエスタークが止める。ダイも驚いた表情でエスタークを見つめた。
「ダイ、先に行ってくれないか?頼む。」
先刻まで自分が先陣を切っていたとは思えない言動を口に出したエスタークに少々戸惑いを覚える。
「先に行け!ダイ!!!」
「う、うん。」
エスタークの気迫に押され、ダイは走り出した。
一人残ったエスタークの眼前にゴンズが立ち塞がる。明らかにエスタークに対し、憎悪した表情を浮かべながら。
「ククク、勇者を一人行かせて、どういうつもりだ?」
「貴様には関係ない。」
そう言いながらもエスタークはボブルの塔にある”強大な邪気”を感じ取っていた。
『もしもこの気配が奴等の仲間の者であれば、ダイを離した方がいいだろう。』
流石のエスタークも巨大な気配が大魔王バーンのものであることは知らなかった。
ベンガーナの会議室で、アバンとバズズの戦闘が続く。バズズの呪文とアバンの海波斬と、互いに一歩も譲らぬ展開になっていた。
「フフフ、そろそろこの闘いも潮時じゃないか…」
バズズが笑いながらアバンに語りかけると会議室の窓から飛び降りた。
「一体何をする気だ!」
アバンは急いでバズズの後を追った。既にバズズの策略に嵌っているとは少しも思わなかった。
「ぎゃ〜〜〜〜〜!!!!亡霊〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
涙と鼻水を垂らしてポップが目の前にいる魔族…大魔王バーンに指を指す。
「ははは、大魔宮で見たお前はどこへいってしまったのかな?」
バーンが微笑を浮かべながら近づく。ポップは未だに顔がこわばっていた。
「ちょ、ちょっと、バーンは生きてるみたいよ??」
改めてポップはバーンの体を見つめる。二本の足があり、バーンから生気も感じる。
「こりゃ、本当にバーンが……」
本人が生きていると知って、先程までの恐怖と全く違う恐怖が押し寄せてくる。
「で、でもよ、額の眼が見当たらないぜ?」
ポップがバーンではない可能性を必死に模索するがバーンの答えはすぐに返ってくる。
「所詮は造られた胴体ということだ。」
バーンの言葉に疑問を覚える二人であった。
「とにかく偽物だろうとなかろうとこいつを潜り抜けて行くしかねえだろう!!」
ポップが前に出る。それに対しバーンは大魔宮で見せた究極の構え、天地魔闘の構えを取り、迎撃態勢に入る。
天地魔闘の構えを知り、そして破ったポップだが、それは代わりに攻撃を受けた仲間達やシャハルの鏡の恩恵もあった。
しかし今回はポップ、マァムの二人しか周りにはいない。大魔王を相手にするには絶望的な状況下だった。
「さあ、大魔宮で闘った時の様に、余を楽しませてくれ。そのうえでうぬらを血祭りに上げてくれる。」
バーンの微笑が笑みへと変わる。膨大な殺気が彼から放出され、周辺にいたモンスターにまで被害が及ぶ。
「くそ、やっぱり状況は最悪かな……」
「何いってんのよ!諦めちゃ駄目よ。」
たった二人でバーンを相手にするにはマァムの言葉でも説得力がない。
そんな中、絶体絶命と思われていた二人の後ろに、奇跡的に小さな勇者が通りかかった。
「大魔王、バーン!!!」
その声にバーンは構えを解き、少年を見つめる。そしてポップとマァムは聞きなれた声の方向へ顔を向けた。
そこにはポップ達が長い間探し続けた少年が、バーンを倒し、地上を守った勇者が、何よりも、自分の生涯一の戦友であり盟友。
言葉に出来ない思いが二人の間を駆け巡る。特にポップは放心状態の余り、周りがまるで見えていなかった。
「二人とも、心配かけて、ごめん。」
自分たちの前にいる勇者ダイ。ポップは本能的にダイに飛びついて行った。
「ダイ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!今ま・・・ど・・・行って・・・・・・だ……ぱい・・・・ぞ!!!!」
最早言葉にならない声を上げながらポップは唯泣いていた。恐らく今まで彼が生きた人生の中で最も長く涙を見せた瞬間だっただろう。
マァムもポップにつられて泣いていた。それ程二人にとってダイが目の前にいる事は嬉しかった。
ダイが来ただけで場の空気が変わり、先程までの緊迫した空気はいつの間にか消えている。ダイはバーンの方を向く。
「何で生き返ったのか分からないけど、もしもまた皆の幸せを奪おうとするなら、俺はお前を許さない!!!」
「ダイよ、ならば我々も神に幸せを奪われたと言っても過言ではない。どちらか一方が幸福を勝ち取るには、他を蹴落とさなければならないだろう。
これ以上は、力で語り合おうではないか。」
バーンは自らダイに向かって殴りかかった。
ダイはバーンの一撃を紙一重でかわしたが、追い撃ちを掛ける様にカイザーフェニックスを放つ。
まともにカイザーフェニックスを受けたが、急所は外したので、立ちあがることは出来た。
「バーン、やっぱり、力が正義だって主張は変えないんだね。」
ダイが哀れみを込めた表情でバーンを見る。
「例え強大な力で叩き潰されようと、その力で実際に満足している者達がいるのならば力が正義だという事も必然だ。」
「そんな事は間違ってる!!!」
今度はダイがバーンに斬りかかる。
幾度となくぶつかる二つの”正義”。答えはまだ、謎に包まれている。
279 :
ガモン:2009/07/01(水) 00:37:49 ID:clyaz2VL0
第二十四話 投下完了です。
次回でバトルは幾つか終了します。
ちなみにここでは二作品以上作品を投稿して宜しいのでしょうか?
>>221さん
ノヴァの存在を光らせたかったので斧で決着にしました。
>>顕正さん
ダイの一時的な力の消失が快復したと同時にイルミナへの誤解をも植え付けてしまった今回。
イルミナの心境としては父親を殺した憎い相手と同時に力の無い自分を嘲笑した敵というイメージが完全に
植え付けられましたね。
サイトの小説読みました。sorge il sole面白かったです。
>>ハシさん
お疲れ様です。
フィーアにもフィーアの言い分がありますが、優のセリフの一つ一つが芯に迫って良かったです。
今回は勝利の為に犠牲になろうとしたツヴァイにとても好印象を覚えました。
どちらかというとこの二人には死んでほしくないですね。
>>サナダムシさん
先の天内戦でシコルスキーが強くなっていってますね。天内が使っていた戦闘テクニックを駆使し、寂海王直伝の護身開眼。
烈対寂を思わせるシコルスキーの戦い方にゲバルの名言、そして天然ルーザールーズ。
見所の多い戦いになりそうです。
>>サマサさん
お疲れ様です。
狗遣いの喋り方が途中途中で変わり、暴言を平気で吐く所が凄まじいです。
社長は千年パズルを奪われた遊戯を見て遺憾を覚えていそうですが自分としてはいざという時アテム以上に遊戯の方が強いと思いますが……
狗遣いの魔力が尽きない限り何度でも再生するプルー、社長も手こずりそうですね。
>二作品以上作品を投稿して宜しいのでしょうか?
問題ないですよ。そういう方は何人かいます
お疲れ様ですガモンさん。
バーンは以前より目がない分、多少弱まってるのかな?
ダイが竜魔人化しなくてもサシの勝負でも勝てる?
281 :
作者の都合により名無しです:2009/07/01(水) 07:33:26 ID:cluG1QSd0
しばらくガモン氏来てなかったんでちょっと心配してたw
バーン様はかっこよくしてほしい。老バーンのが好きだけど
282 :
ふら〜り:2009/07/01(水) 19:40:59 ID:qTILiW1J0
>>サナダムシさん(任務である以上ボッシュでも全力で守る! なレッセンが好きです)
戦いながら成長、しかも好敵手の得意技を習得して……どこまでも主人公してますシコル!
ここまできて、私が原作でも大好きな寂の技を駆使するのがまた嬉しい。ゲバルもゲバルで
自分の得意技をフルに使っての応戦。本人たちも言ってる通り、実に楽しそうな死闘です。
>>サマサさん
まぁなんつーか……ものすごーく特殊な意味で、痺れて憧れなくもないですなレオン。確かに、
彼以外では(もしかしたら海馬でも)できないことを平然とやってのけてる。その海馬はというと、
>オレが認めた強敵(ライバル)だ
「宿敵」ではなく「強敵」、「とも」ではなく「ライバル」。強さを認めつつ決して馴れ合わない、か。
>>ガモンさん
多少のパワーダウンがあろうとなかろうと、ポップとマァムじゃバーン相手では手も足も……と
思ってたらダイ! しかし二人にしてみれば、バーンとダイにほぼ同時に再会したってのは、
とんでもなく濃いイベント回ですな。まあ三人いれば戦えるかと。バーンに何か隠しがなければ。
>>281 >老バーンのが好きだけど
私も私も。威厳ありますよねー。
ふらーりさんは今までバキスレで、1000回は感想レス書いてきたんだろうな
すごいな!
284 :
作者の都合により名無しです:2009/07/02(木) 21:34:10 ID:Fe1ReHZD0
またちょっと不調になってきた?
一日来ないだけで不調呼わばりだと書く人たち大変だぞきっとw
俺と一緒に気長に待とうぜ!
286 :
作者の都合により名無しです:2009/07/04(土) 21:29:33 ID:MeOHio820
あげ
くるときは一気にくるからなあ
287 :
しけい荘大戦:2009/07/04(土) 23:55:24 ID:jRFhWhgL0
第三十三話「ヤイサホーッ!」
一枚のバンダナをきっかけに、二人の闘士は期せずして「ルーザールーズ」の形を取っ
ていた。
元々はゲバルがしけい荘に広めたゲームであり、シコルスキーもルールは知っている。
かといって、二人がバンダナを握り合ったのは偶然に過ぎない。ルーザールーズを始め
る義務はどこにもない。
しかし、なぜかどちらもバンダナから指を離そうとはしない。
すでに二人の間で暗黙のルール変更は成されていた。
「俺もルーザールーズはずいぶんやったが、こういう始まり方はさすがに経験したことが
なかったな」
「天の上にいる誰かさんが、やれっていってるのかもしれないな」
「……だったら、なおさらやらないと天罰が下るな」
「じゃあ始めようか」
規格外のピンチ(つまむ)力を二つも受け、バンダナが軋む。偶然か、はたまた必然か、
神が命じた天然ルーザールーズが幕を開ける。
間合いはバンダナの長さと同じ。手を出せばほぼ百パーセント当たり、手を出されれば
逃げる術はない。以前シコルスキーがやったようにバンダナを放棄してしまえば逃れるの
は容易いが──
──あるはずがない。
嫌々やらされているのならばともかく、これは自ら望んだ勝負。敗けられるはずがない。
まして指自慢の二人にとって、ルーザールーズは得意分野を生かす絶好の機会。勉強嫌い
だが運動神経抜群の子供が体育の時間だけは張り切るように、二人は必要以上に張り切っ
ていた。
テレフォン気味なシコルスキーの肘が、ゲバルの額を打ちつけた。いきなりの出血。
血を拭うこともせず、ゲバルは右アッパーを繰り出す。まともに喰らうが、シコルスキ
ーの指はバンダナをしっかり掴んでいる。
シコルスキーは着眼点を変え、左ローキックでゲバルを痛打する。
対するゲバルは頭突き。シコルスキーの鼻と口に額がめり込み、血まみれになる。
血に動じることなくシコルスキーは頼みの五指でゲバルの顔面を掴んだ。万力のような
アイアンクローがゲバルを締めつける。
288 :
しけい荘大戦:2009/07/04(土) 23:56:13 ID:jRFhWhgL0
頭蓋骨を圧縮するような激痛に、ゲバルが冷や汗を浮かべる。鳩尾への膝、右ハイ、喉
への一本拳でようやくクローは外れた。さらにゲバルは大きく拳を下げてからの全力スト
レートを放つ。
「グハァッ!」
大きく後ろにのけぞるシコルスキー。が、左手だけはバンダナを離さない。しかものけ
ぞった体勢を利用し、弓矢のように体をしならせ、勢いを利用したヘッドバッドでゲバル
の顎を打ち抜く。
がくんと膝を落としたゲバルのこめかみに、掌底による強打。
連れ去られかけた意識を繋ぎ止め、ゲバルはシコルスキーに右フックを叩き込んだ。
ダメージを受ければ受けるほど、両者に内蔵されたエンジンが熱を発する。
殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合い、殴り合う。
血飛沫が舞い、歯が欠け、意識が白黒する。なのに、互いの指だけは一向にバンダナか
ら離れる気配はない。
永久に続いてもおかしくなかったルーザールーズは、予期せぬ展開に見舞われる。
相反する重力に逆らい切れなくなったバンダナが、自壊を選択したのである。
繊維が弾ける音とともに、ルーザールーズの要であるバンダナが真っ二つに裂けてしま
った。殴り合いに夢中になっていた二人は突如現実に引き戻され、呆然としてしまう。
いち早く気持ちを切り替え、まだ余力を残すゲバルはバンダナを風に散らす。
「せっかく盛り上がってきたところだってのに……。残念ながら引き分けか」
しかし、シコルスキーはか細い声でささやいた。
「いや……俺の勝ちだ」
「なんだと?」
「俺はまだ……つまんでいる……」
絶え絶えに息を吐き出し、シコルスキーはルーザールーズで歪んだ骨格を笑みに変えた。
シコルスキーの指には、裂けたバンダナがしっかりと握られていた。
289 :
しけい荘大戦:2009/07/04(土) 23:56:59 ID:jRFhWhgL0
この瞬間、ゲバルの時間が止まった。
ルーザールーズの勝敗はどちらかがハンカチを離した時点で決まる。つまり今回のルー
ザールーズ、敗者は明らかに自分だった。シコルスキーはバンダナが千切れてもなお、名
誉を手放さなかったのだから。
否、不覚はそれだけではなかった。ゲバルはこの期に及び、内心ではシコルスキーを格
下扱いしていた自分に気づいた。ルームメイト同士の決闘というドラマチックな展開に加
え、天然ルーザールーズという神の悪戯。これらをゲバルを楽しんでいた。本気ではなか
った。肉体こそ全力駆動させていたが、心は遊んでいた──。だから、敗れた。
敵の覚悟と己の慢心に、深く激しく打ちのめされるゲバル。
シコルスキーが跳びかかる。
ドロップキック、一撃目──。
目と鼻と口を押し潰し、埋め込まれる両足。ゲバルは体ごと弾き飛ばされ、背後にあっ
たワゴン車に叩きつけられる。
ドロップキック、二撃目──。
鈍い音と鋭い音が混ざった。再来した両足によって、ゲバルは後頭部からワゴン車のド
アとガラスに突っ込んだ。
ドロップキック、三撃目──。
ドアとガラスをぶち破り、ゲバルはワゴン車の中に叩き込まれた。無数に舞うガラス片
がシコルスキーを祝福する。
激しい攻撃でワゴン車が崩れる。座席に寝そべったゲバルの上に、屋根が凄まじい勢い
で墜落する。
ルーザールーズの勝敗が、まさしく結末に繋がった。
死闘は決着した。
「ヤイサホーッ!」
死闘は決着してはいなかった。
290 :
しけい荘大戦:2009/07/04(土) 23:57:46 ID:jRFhWhgL0
ワゴン車の残骸から発生した雄叫びに、大気が怯え出す。脅威のドロップキック三連発
を受けてなお、倍増するゲバルの闘気。
「月夜の晩にィィ」唄が流れる。
「ヤイサホーッ」
「錨を上げろォォ」残骸から右手が生えた。
「ヤイサホーッ」
「嵐の夜にィィィ」次いで左手。
「ヤイサホーッ」
「帆を上げろォォ」まもなく半身が突き出る。
「ヤイサホーッ」
「星を標にィィ」両手の指を顔中にこすりつける。
「ヤイサホーッ!」
「宝に向かえェェ」血と泥による化粧が完成する。
「ヤイサホーッ!」
「ラム酒はおあずけェェ」全身が残骸から飛び出した。
「ヤイサホーッ!」
「鉄を焼けェ〜」疾走する。
「ヤイサホーッ!」
風に身を捧げ、自らも突風と化したゲバルの速度は人間(ヒト)を超えていた。猛突進
の勢いを僅かも殺さずに放たれた前蹴りは、シコルスキーの腹筋を一直線に射抜いた。
「慎み深くをハネ返し〜耐えて忍ぶを退けろォ」
衝撃は内臓、背骨を貫き、シコルスキーを十メートルは後方へ運ぶ。
「満ち足りることに屈するなァ」
血に飢えた危険な光を宿す両目。封じていた凶暴性を出し惜しみせず解放し、ゲバルが
仁王立ちする。
「満ち足りないとなおも言えェ」
母なる海が、輝く財宝が、愛する故郷が、ゲバルの目には映っている。
>>256より。
ヤイサホーからの復活は原作はかなり燃えたシーンでした。
ゲバルといえばヤイサホーですな
この真ゲバルを倒さない限りは本当の勝利ではない!
293 :
作者の都合により名無しです:2009/07/05(日) 09:02:24 ID:XO/Mo34S0
お疲れ様ですサナダさん。
最終決戦?もいよいよ最終局面ですね。
ゲバルの本気をシコルがどう跳ね返すか楽しみです。
どっちも負けて欲しくないですけどね。
シコルの武器って指の強さとドロップキックだけだからなw
でもそれだけで見せ場を作れるんだからサナダムシさんは上手い
第一話 危険な男
吉祥学苑3年4組担任の鬼塚英吉が、引田留々香達によってパンツを口に詰め込みながら気絶していた時、相沢、飯島、白井の三人が、
小さな木造アパートに向かっていた。
「ここが、アイツの家よ。」
「ちょっと雅〜、大丈夫なの?」
三人の中で比較的大人しい性格である取り巻き、白井知佳子がリーダー格である相沢雅に意見をする。
「麗美も鬼塚に影響されちゃってるし、こうなったら手段を選んでなんかいられないわよ!」
雅が語気を強くして二人に怒鳴る。彼女達はここまで神経をすり減らしてまで鬼塚を担任から外したいようだ。
「ここの、203号室ね……」
雅がインターホンを押す。しかし、応答はない。その後何度も呼びかけを試みたが変化がない。
雅の取り巻き二人が帰ろうと階段を下り出した時に扉が開いた。
「うるせえな。何でお前等がここにいるんだ?相沢。」
「今度の担任が中々しぶとくてさ、力を貸してほしいのよ。あんたに。」
男は加えていた煙草を吐き捨て、雅に近づく。
「ふざけんな!!何で教師の顔を見る事になるんだ!!!」
男の怒鳴り声に三人は思わず目を閉じる。
「お願いよ、私達だけじゃどうしても落とせないのよ。あんただって暇なんでしょ?」
雅が多少声を震わせて男の説得を試みた。他の二人はもう階段を下りていた。
「神崎はどうしたんだよ。」
「麗美は鬼塚達とつるんじゃって、話にならないわよ。」
男はため息を吐きながら雅に告げた。
「分かったよ、何だかんだでお前とは小等部以来の付き合いだからな。」
その言葉に雅は卑屈な笑みを浮かべていた。
「じゃあ明日来てね、阿久津。」
翌日、吉祥学苑の3年4組は騒然としていた。
「お前、よく来たな!!」
村井が突如クラスに訪れた男子生徒、阿久津に声を掛ける。
「よ、村井。相変わらずマザコンなのか?」
「な、何だとテメー!!」
というようなやり取りをしている中、クマの着ぐるみを着た男が教室に入ってきた。
「よーし、出席取るぞー。ん、何だお前。転校生か?」
着ぐるみ男もとい鬼塚は阿久津を見つける。
「いや、最近来てなかっただけですけどね。俺、阿久津薫っていいます。」
「そうか〜、うちのクラスだったのか。」
そんなやり取りをしながらも鬼塚は、初めて見る筈の男に、”再会”したような感覚を覚えていた。
『どっかで会ったかな?初対面な気がしないんだが。』
一方で神崎は鬼塚を見て笑っている雅を見ていた。
『あの子、な〜に企んでんのかしら。』
早速H.Rと呼べないようなH.Rを始める鬼塚。この時の彼は後に起きる事件など想像もしていなかっただろう。
校内での事件は2年3組の体育の時間に起こった。
「お前、さっき2年の教室で何かしてたよな。」
菊池が阿久津に詰め寄る。すると阿久津は菊池に煙草の煙を吹きかけてきた。
「宣戦布告♡」
その瞬間2年3組の教室は大きな爆音と共に炎上した。
「ガっハハハ、流石に俺人殺す勇気はないからな。」
爆音に気付いた生徒と職員が焼け焦げた教室を見る。そこには無残に焼かれた黒板や机が残る悲しい風景だった。
「いい、一体誰がこんな事を〜〜〜、鬼塚か!!!」
内山田教頭が鬼塚を探す。時間は少し戻り、鬼塚は村井、藤吉、草野と屋上で屯していた。
「あの阿久津って奴よ〜、お前等何か知ってるか?」
「まあ、同じクラスだしな、けどあいつは担任イジメには関わって無かったんだ。」
「”あの事件"以来学校には来てなかったけどな。」
阿久津に対して不可解な気持ちを抱く鬼塚の頭がショートするのに三分もかからなかった。
「しかし、どっかで見たような気ぃすんだよな〜、どこだったか……」
屋上から下りようとしていた四人はその時例の爆音を聞いた。
「な、なんじゃあ!!??」
四人は急いで校内を駆け回っていた所でゲートボールのスティックを持った教頭に見つかった。
「おおにおおににおにおににおに……鬼塚ーーー!!!!!」
鬼気迫る表情で四人に襲い掛かる教頭に弁解する間もなく四人は逃げる。
「一体どうなってんだよ!!!」と村井。
「知るか、とにかく何でかわかんねえけど逃げろー!!!」
その頃2年3組の教室の前で笑っている阿久津に、菊池と神崎が近付いてきた。
「阿久津!お前がこれをやったのか!!」
菊池は阿久津の肩を鷲掴む。
「まあ、ガソリンとグリセリンで簡単な時限式の爆弾をな。」
特に悪びれる様子もなく阿久津は淡々と語る。その様子に菊池は恐怖心さえ抱いたという。
「さっきもいっただろ、宣戦布告だって。」
「宣戦布告…だと?」
一瞬風が止み、野次馬のいなくなった教室前は静寂に包まれた。
「大方雅に頼まれて、鬼塚をクビにさせようと企んでるんでしょうが、そう上手くいくかしらね……」
神崎の挑発的な言動に阿久津の表情が変わる。
「あ〜ヤダヤダ、自分だけ天才って呼ばれてないのが悔しいんだ。確かに小等部の頃から呼ばれてないもんね。」
「神崎ィ、貴様俺に殺されたいのか?文部省認定の特別待遇児は、お前だけじゃないんだぜ?」
「そうやってスグ頭に血を上らせてるから区別されるのよ。」
あくまでも落ち着いた物腰の神崎とすぐにでも飛び掛かりそうな阿久津、口喧嘩では完全に神崎が勝っている。
299 :
ガモン:2009/07/05(日) 15:23:20 ID:3tZD3VjY0
二作品投稿してもいいようなので、二作品目を投稿させて戴きました。
週刊少年マガジンでGTOが復活連載されているのでGTOのSSを書いていこうと思います。ダイの大冒険AFTERは次回の書き込みで投稿します。(まだストーリーが出来ていませんので悪しからず。)
時系列は九巻の序盤辺りなので和久井や石田、天使隊等は登場しません。(期待していた人はすみません。キャラが多いと動かしにくいので。)
とか言いつつ阿久津というオリジナルキャラを出してしまったりしています。
なるべくスポットライトが当たり過ぎないように注意します。
>>サナダムシさん
お疲れ様です。
確かに例え破れていてもバンダナを最後まで持ち続けていて、なおかつ相手が自分から離せばルーザールーズに勝利した事になりますね。
そしてその後のドロップキックの三連打。勝負は決したと思われた次の瞬間にゲバルの復活。
個人的にはシコルスキーを応援したくなっていますがどちらが勝つか読めない展開ですね。
私もヤイサホーからの復活は逆転フラグになると思いました。
ガモンさん新作お疲れ様です。
GTOは確かバキスレの歴史の中でもなかったはず。
(ふら〜りさんじゃないのではっきりとわからないけど)
漫画と学園ドラマの中間みたいな作品なので
ある意味書き辛いかも知れませんが、鬼塚とか好きなので
期待しております。
阿久津って名前で代紋TAKE2とのクロスものかと思ったw
オチが凶悪だが、おもしろい漫画だったし
だれか書かないかな
鬼塚以外のGTOキャラって忘れてしまったぜ。
303 :
ふら〜り:2009/07/05(日) 22:42:09 ID:RZVfnwHo0
>>サナダムシさん
原作では多分誰もが「いやそれ破れるだろ普通!」とツッコんだかと思いますが、そこを
利用してのシコルの勝利……と思いきやヤイサホーで復活。三連発を喰らったのは、あるいは
ルーザールーズに負けたペナルティとしてワザと、かな。そしてここからが本気の最終局面!
>>ガモンさん
もはや当然のように原作を知らない私ですが。とりあえず着ぐるみのホームルームに全員が
慣れきってたり、いきなりドイルばりの爆発騒ぎを起こしたりと、かなり凄まじい学園風景ですな。
今のところ鬼塚も阿久津も底が全く見えていないので、ここからどう動いていくかに期待です。
>>300 覚えてる範囲ではありませんね。……私、アカテンな教師の梨本小鉄なら知ってるんですがねぇ。
ガモンさん新作乙です。GTOらしいドタバタ劇と感動を期待してます。
それにしてもふらーりさんGTO知らないのか!なんと偏った知識の人なんだw
305 :
作者の都合により名無しです:2009/07/08(水) 23:21:03 ID:RsZmoaJ30
あげ。
また盛りますように
第八話 光
男――第三勢力の分身体は軽やかな身のこなしでヒュンケルとマァムの前に立った。薄い笑みを顔にはりつけ、面白いと言いたげに口元を曲げている。
「てめえがミストバーンを消した光の闘気使いか。いっぺん会ってみたかったんだよなァ」
興味深げに観察したのち残念そうに溜息を吐きだす。戦えない身体になっているため、つまらないと思っているようだ。
「手出しはさせないわ!」
マァムが拳をかまえると分身体は顔を歪めた。身体を包む美しい光とは対照的な、ひどく陰惨な微笑だ。
「てめえらのキレエな顔、大好きだぜ」
マァムが先手必勝とばかりに拳を叩きつけたが、彼は平然としている。
「いいこと教えてやる。俺に通じるのは暗黒闘気だけだ。光の闘気も打撃も効かねえよ」
閃華裂光拳を食らわせても効果は無いらしい。
言葉とともに振るわれた反撃を受け止めると、闘気によって高められた威力に魔甲拳が軋んだ。
マァムは混乱していた。
魔界に生まれ、正義や慈愛とは無縁の生活を送ってきたとしか思えない相手が光の闘気を使っている。
もしかすると、かつてのヒュンケルと同じように心の奥底には優しい感情が眠っているのかもしれない。
疑問を見透かしたかのように分身体は目を伏せた。
「俺だって、本当は、こんなこと――」
言葉を裏付けるかのように攻撃から勢いがなくなっている。あまりに悲しげな声は聞く者の胸を打つような響きに満ちていた。
「あなたは――」
マァムが口を開いた瞬間、分身体はがばっと顔を上げて禍々しい笑みを浮かべた。
狙い澄ました一撃を少女の腹部に叩きこむ。
「かっ……!」
「はははっ、可哀想な過去があるとでも思ってんのか? あるか、んなモン。同情して死んでくれるならいくらでも作り話聞かせてやるけどな!」
「貴様ッ!」
優しさに付け込むような行動にヒュンケルが怒りを露にした。
戦おうとするが、身体はろくに動かない。
分身体は嘲笑しながら腕を十字に交差させた。
「正義の光とやらが好きなんだろ? だったらくれてやらァ!」
光が集まり、解き放たれる。
グランドクルス。
眩しい十字が伸びた。
とっさに地面に転がるようにして回避したヒュンケルの顔色は変わっている。
なぜ目の前の男が光の闘気を使えるのか理解できない。
それに、ヒムとミストバーンの戦いでは、光の闘気を使うヒムにミストバーンは対抗できなかった。光の闘気は暗黒闘気を圧倒するはずである。
それなのに光の闘気を使う目の前の男は暗黒闘気で傷つけられると言っている。嘘をついているようには見えない。
疑問を読み取ったかのように相手は目を細め、肩をすくめた。
「体質。そういう体なんだよ」
信じられない、と顔に書いてある二人に対して分身体は大仰に手を広げた。
「どーしたどーした慈愛の使徒サマ!? 改心しろって説得しねえのか?」
「誰が邪悪な相手に!」
マァムが睨みつけると分身体は白けたように脇を向いて口を尖らせた。
「邪悪、ねえ。そう言や殺しやすいよなァ。心痛まねえから」
そのまま闘志が減退したかのようにぽりぽりと頬をかく。ヒュンケルが光の闘気を圧縮し、撃ち出したが効果は無い。
「とにかく、俺を倒すにゃ暗黒闘気が必要だぜ。ミストバーンが仕込んでたんなら何とかできんじゃねーの? 俺が被害を振りまく前によ」
ヒュンケルが迷うように唇を噛んだ。このまま闇の力を使わずにいては、分身体は戦いに飽いて別の人間を標的にするかもしれない。
戦う心得の無い一般人が狙われればなすすべなく殺されてしまうだろう。
もう二度と使わないはずだった力。
心の闇で高まる力。
闇の道を歩んでいた過去の自分に戻るようで、振るいたくなかった。
だが、彼一人のこだわりで大勢の人間を危機に晒すわけにはいかない。ろくに動かない身体だが、暗黒闘気を使えば戦うことも可能だろう。
マァムに詫びるように目を閉ざし、内なる力に呼びかける。
何をしようとしているか悟ったマァムが息を呑み、制止するが、ヒュンケルは止めようとしない。
「駄目! やめてヒュンケル!」
「すまない……! だが、何もせずにいるわけにはいかないんだ」
かつて一国を滅ぼしたという罪の意識が彼を駆り立てる。
痛みをこらえるような声にマァムは涙をこぼした。彼女の目の前でヒュンケルの髪は黒く染まり、開いた眼が暗く濁っていく。
全身から立ち上った黒い霧を見て分身体は耳障りな笑い声を上げた。
「はーッはッはァ! 使いやがったァ!」
分身体は喜々としてヒュンケルに戦いを挑む――ことはしなかった。
彼は手を上げ、逃げ遅れた者たちの胸を圧縮した闘気の弾丸で無造作に打ち抜いた。絶命し、崩れ落ちる者達の姿に二人が息を漏らした。
「殺してやったぜ。“実は生きてました”なんて期待すんなよ? てめえじゃねえんだから」
分身体は攻撃から身をかわしつつ、戦う力を持たぬ者たちを狙い次々に攻撃を叩きこむ。そのたびに上がる苦痛の声が、恐怖の悲鳴が、二人の耳を貫いた。
「紳士的に戦うと思ったかよ!? 守るために捧げたなんて許すとでも? おめでてえなあ!」
ヒュンケルの眼が怒りに燃え、マァムが歯を食いしばる。
彼女はヒュンケルの決断がどれほど重いものか知っている。忌まわしい過去を想起させる力を、二度と使わないはずの力を、皆を守るためだけに解放した。
それなのに、分身体は決意を嘲笑い、踏みにじったのだ。
ヒュンケルは意識を呑みこもうとする憎悪の波に耐えながら言葉を絞り出した。
「みんなを、守――」
「立派だねー」
分身体は二人の顔を見て満足気に微笑んだ。
彼の反撃がマァムを捉え吹き飛ばすとヒュンケルの眼光がいっそう険しくなった。
勢いよく伸びる暗黒闘気の糸を避けて分身体は嘲りの言葉を投げかける。
「てめえらは仲間を傷つけられたら許せないって怒るけどよ、スライムだろうとフレイムだろうと仲間はいるんだぜ。そのうち絆の力でパワーアップして復讐しに来んじゃねーの?」
人を馬鹿にしている態度を崩そうとしないまま分身体は戦い続ける。
展開された暗黒闘気の陣を破りつつ疾走し、光の闘気を放つ。暗黒闘気は確かに分身体を傷つけているが、倒すにはわずかに力が足りない。
「守るだの倒すだの取り繕ってンじゃねえ。殺すって言えよ」
言葉の弾丸がヒュンケルやマァムの胸に突き刺さり、心を侵していく。惑わせるための発言だと知りながらもつい耳を傾けてしまう。
「命令しろ。死ねってな」
宣告とともに光が奔った。
アバンと死神の戦いは長引いていた。
キルバーンと同じ機械人形といっても普段は自律的に行動できるようだ。
独立した人格を持ち、まるで生きているかのように動く。
鎌を振るい、トランプのカードを飛ばし、道具を駆使して戦う様は、コピーと推定される人形とほとんど変わらない。
キルバーンと戦っているように錯覚してしまう。
「あの人形の意思も、お前のコピーだったのか?」
「違うよ。本体のピロロの人格を模写して組み込んだみたい。ボクも本体の心を写されたんだ」
本体同士が似た性格を持っていたため、人格を模した人形も似ているだけなのか。それとも違うのか。アバンには判断できない。
思索にふける哲学者のような仕草をしてみせる死神にアバンの口から問いがこぼれた。
「本当に……人形なのか?」
死神は肩をすくめた。どうでもいいと言いたげである。
「キミにとってはどっちでも変わらないんじゃないかな? 大切なのはここにボクが存在してるってことだよ」
「本体は――」
「もういないよ」
もしこの場にミストバーンがいればどう思うだろう――アバンはつい考えてしまった。
キルバーンを親友とみなしていた影は正体を知ることなく逝ってしまった。
キルバーンによく似た姿の死神は、人をおちょくるような態度も瓜二つである。
もしかするとミストは親友の面影を見るかもしれない。
血も涙も持たず、本物の身体ではないことが共通している二人。
実体を持たぬミストと心を持たぬはずのキル。
まるで欠落したものを補いあっているかのような彼ら。
互いの正体を知ったとしたら、彼らの友情は終わりを迎えただろうか。
それとも、今まで通り付き合っただろうか。
観察したところ、死神はキルバーンほど残酷な性格はしていないように見える。
代わりに虚ろな風が吹きつけてくるような奇妙な感覚が湧きあがる。
本体からそのまま移されたとも思えない。
機械仕掛けの人形にもそれぞれ個性があるのだとすれば、心とは何なのか。
問いを断ち切るかのように刃が振るわれた。
回避したアバンに罠の炎が襲いかかる。完全には防ぎきれずに身体が焼かれた。
「く……!」
以前キルバーンと一騎打ちした時は、表向きだけでもまともに戦おうとしていたため互角に渡り合うことができた。
相手が罠を仕掛けてきても、ハドラーのおかげで勝利することができた。
今回は最初から罠を織り交ぜて攻撃してくる。戦いの中で挑発を口にしたが、反応せずにいる。
自分のペースに乗せることに失敗した場合、最も厄介な相手であることをアバンは痛感していた。
戦う彼らのそばにいた一般人に対して罠が発動し、アバンがかろうじてフェザーで防ぐ。
あやうく巻き込まれかけた人間が震えながら死神を指差し、忌々しげに呟いた。
「卑怯者……!」
死神はまるで褒め言葉を聞いたかのように一礼した。紳士的な動作は戦いの場にそぐわない優雅さだ。
「敵なら卑怯者で味方なら切れ者、かな? ククッ」
愉快そうな笑い声がトランプのカードとともに舞った。
同時刻、黒き竜が勇者と大魔道士、陸戦騎と昇格した兵士を睥睨し、咆哮した。
世界までもが鳴動するような、心臓を握りつぶされるような圧力が襲いかかる。
バランに敗れたとはいえ、大魔王と魔界を二分した冥竜王の威圧感は尋常なものではない。
第三勢力の魔物や配下の竜も揃い、牙を剥いている。
戦闘による被害が及ばぬよう、人のいないところまで移動して正解だった。
「どうやって勝ったんだよ、ダイの親父さんは!?」
「天界の精霊の加護があったと聞いている」
鼻水を垂らしそうな顔でうめいた相手にラーハルトが律義に答えた。
「精霊達は補助呪文を使用できたそうだ」
すなわち、防御力を上げるスカラ、速度を上昇させるピオリム、攻撃力を引き上げるバイキルトなどだ。
地上や魔界では使う者がいない太古の呪文は、天界で伝わっていた。
バランの力を上げていたのか。あるいはヴェルザーの力を落としていたのか。どれほどの程度か。
そこまではわからないが、単身で挑むには危険すぎるため、加護があったのは間違いないだろう。
激闘の予感に空気が震える中、ヒムが疑問を口にした。緊迫している状況は十分わかっているがどうしても我慢できなかったらしい。
「……バーンが魔界最強だったんだよな?」
ヴェルザーは否定しない。
「バランもバーンには敵わないだろ? なのにどうして二分できたんだ」
地上を破壊を目前にしてバーンとヴェルザーが会話していた時、両者は対等の立場であるように思えた。
天界の加護を考えても、バランとヴェルザーの実力が大きく隔たっていたわけではないだろう。
歴代竜の騎士最強の、双竜紋を宿したダイでも歯が立たなかった真大魔王の実力を考えると納得できない力関係である。
「戦うのが面倒だったんじゃない?」
倒しても復活するという反則的な体質のおかげだと言うダイに対し、ヴェルザーが獰猛に唸った。
「奴にはミストバーン以外ろくな部下がいなかった! 配下の竜も強力なオレの陣営が勢力を伸ばすのは当たり前だろうがッ!」
ヴェルザーは興奮が契機となったかのように力を解放した。
瞬く間に身体中が金色の闘気で覆われ、バチバチという音とともに集束する。
形成された巨大な槍が四人に向かって投擲された。
正面から受け止める気にはなれなかったため回避すると、地面に突き刺さった瞬間、極大爆裂呪文を凌駕する大爆発が起こった。
真っ向から攻撃をぶつけ、力任せに暴れる戦い方を得意とする。単純な破壊力ならば大魔王をも超えるだろう。
ダイが竜の紋章を出現させ、剣の切っ先を向ける。ポップは杖を、ラーハルトは槍を、ヒムは拳をそれぞれ構える。
冥竜王が四人へと襲いかかった。
312 :
顕正:2009/07/09(木) 22:53:28 ID:emXOKRzc0
以上です。
規制に巻き込まれていました。
お疲れ様です。
ダイを昔読んでいていくつか疑問がありましたけど
その答えを顕正さんは作品の中で答えてくれるのかな?
(攻撃呪文は漫画に出たのに攻撃補助呪文は出てない、とか
明らかに力量で劣るヴェルザーが何故バーンと魔界を二分したか、とか)
ヴェルザーの支配化には優秀な部下が多そうなので、これからも
また魅力的な敵キャラが増えるかもしれませんね。
314 :
作者の都合により名無しです:2009/07/10(金) 05:01:08 ID:J2sPRDH10
>守るだの倒すだの取り繕ってンじゃねえ。殺すって言えよ
ゲームのメガテンの「悪魔なら殺してもいいの?」を思い出した
正義の味方でも殺生はしてるからなあ
優しいマアムでもモンスターを殺した事無いってのはないだろうから
アルビナスは確実に殺ってるし
しばらく着てないから心配してたけど規制でしたか
ヒムの空気の読めなさはステキだなw
第四十三話「闘う者達」
雨の荒野を抜けると、そこには一面の緑が広がっていた。
大地に根を張る巨木から可憐に咲く小さな花、果ては野菜やら果物やらまでおよそ整合性の欠片もなく様々な植物
が好き放題に茂っている。
誰かが手当たり次第、そこかしこに種を蒔いた―――そんな有様だ。
「お、こりゃ美味そうじゃん!ちょうど腹ペコだったんだよな、オレ」
「よせよ、城之内。冥府の物を食べると地上に戻れなくなるって話があるんだぜ?」
げっ、と城之内は手にした果物を放り投げた。
「城之内、オリオン、二人とも気を抜くな。恐らくはここにも冥府の番人が潜んでいることだろう」
「番人…あの仮面の人や女の子の例からすると、まともな人格は期待できないわね」
「まともな奴が、冥府の番人なんかやらねえだろ」
「まあそうだよね…ん?皆、静かに。何か聴こえない?」
遊戯に促され、一同は口を閉ざして耳を澄ませる。
「ラ〜ラ〜恋心(スウィーツ)…甘い果実(スウィーツ)…ラ〜ラ真っ赤な果実(フルーツ)…」
何やら歌を口ずさんでいるような女性の声。どうやらこの先から聴こえてくるようだ。遊戯達は気を引き締めて足を
進めていく。
―――そこには、一人の娘がいた。年の頃は、ミーシャと同じくらいだろう。右手でせっせと種を蒔きつつ、左手で
如雨露で水を撒いている。腰には小さな草刈り鎌を差していた。
「うふ…もっともっと甘く育ってね、私の果実…あら?」
彼女は遊戯達に気付いた。うっすらと微笑み、頭をぺこりと下げる。
「いらっしゃいませ。侵入者の皆様ね?言うまでもなく私は冥府の番人が一人―――<収穫者>と呼ばれているわ。
どうぞよろしく」
番人を名乗りながら、襲いかかってくるような気配がないのが逆に怪しい。遊戯達は警戒し、注意深く観察する。
「…あの、敵同士とはいえ挨拶くらいしない?親しき仲にも礼儀あり、親しくないなら猶更でしょう」
敵に礼儀を説かれた。何故か負けた気分だった。
「ま、いいや…じゃ、さっさとかかってこいよ」
「はい?」
「はい?って…アンタ、番人なんだろ?オレ達と闘うためにここにいるんだろ」
「あら。あなた達、少し勘違いしてるわね。私は別に、闘う気はないわ」
娘はあっさりとそう言った。
「だから、あなた達を止めはしない…先に進みたいなら、さあどうぞ。ここをずっとずっと真っすぐに行けば、我等
の主であるタナトス様がおられる冥王神殿に辿り着けるわ」
「…じゃあ、行くぜ。後からやっぱダメなんて言うなよ」
しかし、娘はその場から動こうともしない。微笑みを浮かべたまま、去っていく遊戯達を見送っていた。どうも釈然
としない気分のまま、歩を進めていく。
―――やがて、前方に一際大きな樹が見えてきた。生っている果実も、それに見合った大きさだ。小さめのスイカと
同じくらいの大きさだろうか?それが見えるだけでも数十個、樹にぶら下がっている。
どこか歪な形の果実は、真っ赤に染まっていた。そう、その果実はまるで―――
「…ねえ…まさか、あれって…」
遊戯は顔面を汗だくにしながら呟く。かたかたと歯が鳴るのを止められない。
「まさか…じゃ、ねえよ。ちくしょう。悪趣味にも程があるぜ」
オリオンも顔を青くしながら、どうにか言葉を絞り出した。ミーシャはもはや声も出せない。レオンティウスも顔を
厳しく引き締めていた。城之内は泡を吹いて気絶していた。
血で真っ赤に染まった無数の果実―――否。それは紛れもなく、人間の生首だった。
苦痛と恐怖に醜く歪み、生前の人間としての尊厳など微塵もない単なる物体として、それは枝に突き刺さっていた。
「―――!くっ!」
背後からの一撃に反応出来たのは、レオンティウスだけだった。首筋に迫っていた鋭い刃を槍で受け止め、力任せ
に押し退ける。
「あら、残念…あと一秒で、何が起こったのかも分からないまま、静かに死ねたのに」
いかに眼前の凄惨な芸術に気を取られていたとはいえ、いつの間にそこまで来ていたのか―――収穫者を名乗る
娘が立っていた。腰に差していた草刈り鎌は、両手でやっと抱えられるほどの大鎌に変化している。
黒ずんだ血がこびり付いたそれで、彼女は一切の躊躇いなく、後ろから首を狙って斬りつけてきたのだ。
彼女の言葉通り、後ほんの少しでも対応が遅れていれば、遊戯達も血塗れの果実と化していたことだろう。
「いい度胸じゃねえか…闘わねえなんて、堂々と大嘘つきやがって」
「嘘なんて言ってないわ。だって私は闘う気なんてなくて、あなた達の首を刈り獲るだけのつもりだったもの」
娘は、悪びれもせずに言ってのけた。
「だから苦しまないように、怖い思いもしないように、油断したところを一瞬ですぱっといく予定だったのに…そう
すれば、手荒な真似なんてしなくてすんだのに…」
けど、しょうがないわね。娘は大鎌を頭上高く掲げた。
「少しだけ、苦しくて怖い思いをしてもらうわ。そして…あなた達の首を貰う」
恍惚の笑みを浮かべ、娘は頬を紅潮させる。
「魂は安らかに眠らせてあげる…でも、身体は死んだら唯の肉塊だもの。別に問題ないわよね?」
「大ありだよ、カワイコちゃん」
ダンッと勢いよく地を踏み付け、オリオンが前に進み出る。
「悪いけど、アンタにやるモンは何もねーよ…アンタの物はアンタの物でいいけど、俺の物は俺の物だ」
強い視線で、睨み付ける。
「遊戯―――お前らは先に行け。俺はこいつを倒してから追いかける」
「オリオン…」
「こうしてる間にも、地上じゃどんどん死人が増えてるかもしれねえんだぜ。だったら全員ここで闘うよりは、一人
だけ残して他は早いとこ先に進んだ方がいいだろ」
オリオンはそう言って、ウインクしてみせた。
「―――ま、ここは海馬のヤローの真似事をしてみるさ」
「うん…頼んだよ、オリオン!城之内くん、起きて!走るよ!」
パンパンと頬を叩くと、やっとこ城之内は正気に戻った。
「―――え?あれ?何だ、おい。オレは何だかとてつもなく恐ろしいモンを見た気がするんだが?」
「いいから走って!ここはオリオンに任せるよ」
「お、おお…頑張れよ、オリオン!」
慌ただしく駆け出していく遊戯達。その中の一人に、言い忘れていた事を一つだけ伝える。
「ミーシャ!折角だから、今ここで言っておくことがある!」
「え?」
ミーシャは振り向き、その言葉を待った。オリオンは少しだけ照れ臭そうに笑い、人差し指を向ける。
「アイラビュー。アイニージュー―――返事は全てが終わってからでいいぜ!」
「なっ…何を言ってるの、バカ!」
ミーシャは顔を真っ赤にして某イタリア赤緑兄弟のBダッシュ的な勢いで走り去っていく。それを呆れたように横目
にして、収穫者はオリオンに向き直った。
「可愛い彼女と青春するのはいいけれど、あなた、死相が思いっきり出てるわよ」
「はっ…おバカちゃんめ。この俺が、こんな所で死ぬほど間抜けに見えるかい?」
「見えます」
「見えるなよ…まあいいさ。さっさと済ませちまおうぜ」
「では逝きましょう…裂いてあげる、挽いてあげる。薙いであげる、剥いであげる。斬ってあげる、刈ってあげる。
飾ってあげる、愛でてあげる―――殺めてあげるわ」
不気味に笑い、大鎌を構える収穫者。
「やってみな。ただし、その時にはテメエは俺に射ち堕とされてるだろうけどな」
どっかで聞いた様なセリフで弓を構えるオリオン。
互いに一歩も引くことなく、死闘は幕を開けた―――!
―――タナトスは、微笑む。
「フム…期セズシテ、一騎打チトナッタネ」
さてどうするか、と顎に手を当ててしばし思考する。
「ヨシ、決メタ」
精神を集中させて、残る番人に思念を送った。すぐに向こうの思念が返ってくる。
<何事かな、我等が王>
<―――タナトス様、どうされました>
<―――タナトス様、どうされました>
<命令ヲ少シ変更スル。小サナ仔ト、星女神ノ巫女ニハ手出シシナクティィ。其ノ二人ハ通シテクレ>
<ふむ…命令なら従いますが、何故に?>
<分かりかねます>
<分かりかねます>
<大シタ事ジャナィヨ。タダ…彼等トハ、少シダケ話シテミタィンダ>
それだけ言って、一方的に思念を打ち切る。そして、一人呟く。
「ソゥ。彼等ニ、話シ相手ニナッテホシィンダ」
そうすれば。
「何カガ、ドゥニカナリソゥナンダ」
タナトスは自分の胸がざわめくのを感じていた。もはやこの感覚は、確信に近い。
運命への絶望感と閉塞感。それは、神であるタナトスにも人間と同じように与えられたものだった。
―――彼等との交わりはきっと、この苦しみから自分を解放してくれる。
タナトスは、そう信じて疑わなかった。
―――遂に辿り着いた、冥王の住まう神殿。その入口で、遊戯達は一人の男と対峙していた。
赤く燃えるような髪に鳶色の瞳。手にした重厚な造りの大剣。鎧に覆われていても隠しきれない、鍛えられた肉体。
「ふ…名乗らせて頂こう。俺もまた冥府の番人に名を連ねる者―――<緋色の騎士>と、今はそう呼ばれている」
刃を突き付けながら、騎士は太い笑みを見せた。己の力量に絶対の自信を持つ者だけが持ち得る、武人の笑みだ。
「こいつは、分かりやすくていいぜ…この世界に来てから初めてかもな、こんな正統派な敵は」
城之内はどことなく嬉しそうだった。はっきり言ってこの時代の連中は変態のオンパレードだったので、敵とはいえ
それなりにまとまな奴がいたというのは、彼にとって喜ばしい事実だったのだろう。
「…緋色の騎士か。冥府にも、お前のような男がいたとはな」
「ふむ…貴様は確か、雷の獅子―――レオンティウスといったか。ふふ…」
よかろう、と騎士は首肯する。
「雷の獅子…貴様に、一騎打ちを申し込む」
「話が早くて助かる。私もそうするつもりだった」
レオンティウスは槍を掲げ、風車のように振り回す。
「聞いての通りだ。私はここで、この男と闘う。キミ達は冥王の元へ急げ」
「…………」
何だろう。この背筋が寒くなるような悪寒は。
遊戯と城之内、そしてミーシャは、まるで逃げるように神殿の中へと入っていった。
残された二人の男は、ニヤリと笑い合う。
「分かっているな、雷の獅子」
「当然だ、緋色の騎士」
二人は、出会った時から解り合っていた。それは、趣味を同じくする者同士の共振と言ってもいい。
「この勝負、勝った方が…!」
「負けた方を…貫く!」
性的な意味で。何故そうなるのかは言うまでもない―――彼等は、いい男なのだから。
いい男同士に、言葉も理屈もいらないのである。
「「いざ、尋常に…勝負!」」
詳細はとても書けない、ある意味最も恐ろしい闘いが始まったのであった…。
投下完了。前回は
>>268から。
…このSSはフィクションです。実際のSoundHorizonの楽曲・及び登場人物とは一切関係ありません。
僕はそろそろ、サンホラファンの皆さんに刺されるor火炙りにされるor首チョンパされるんじゃなかろうか。
Revo陛下は誕生日でさえ休まず一番働いているというのにサマサはこの有様だよ!
なんというか、SSを料理に例えるならば、僕は折角完成したそれに蜂蜜をぶちまけてる気がしてならない。
どうにかシリアス展開に戻さないとなあ…。
刃牙さんはそろそろ妄想戦士を名乗ってもいいと思います。彼なら外道校長にも山本一番星にも妄想力で
ひけを取らないはず(多分ふら〜りさん以外は元ネタ分からない)。
>>270 言動の端々から隠しきれない小物臭が漂う少女という風にしたかったんですが、どうでしたかね?
>>271 エト一割・澪音四割・捏造五割といったところです。多分今頃社長に酷い目に合わされてるw
>>272 このネタを待っててくれた方がいるとは、何だか嬉しい。
>>273 ですよね…。自分でも「何書いてんだろ、僕…」と割りと頻繁に思います。
>>ガモンさん
自分も最終的には遊戯>闇遊戯でいいと思います。闇遊戯は王国編で孔雀舞を相手にすごい醜態を見せちゃった
し、技術と運は最強でも精神的には結構穴があるかと。
バーンはやはり老バーンですよね。若バーンの方が強いのは分かるんだけど、いかんせんビジュアル的にはよくある
タイプだから、あまり新鮮味がないと思う。鬼眼がないなら、戦闘力はかなり減少してるんでしょうか?
GTOは原作は大嫌いだったけど、内山田教頭だけは大好きだった(あのどうにも憎めない小市民ぶりが)
このSSでも活躍してくれたら嬉しいです。
>>ふら〜りさん
社長は基本的に孤高の人なんで、誰かと仲良くというのはしないですねー。このSSでのエレフとの関係性は
例外中の例外なんじゃないでしょうか。遊戯(闇遊戯)のことは誰よりも認めているし、遊戯は社長も友達と思って
いるけど、社長自身は一般的な意味での<友情>は、あまり求めてはいなかったんじゃないかなあ。
お疲れ様ですサマサさん。
僕はサンホラは分かりませんが、敵の本拠に向けて
1人が残りその番人と戦う展開は少年漫画的王道ですね。
カッコいいバトルを期待しております。
赤ローランVSレオンティウス、決着付いてほしいようなほしくないようなwww
325 :
作者の都合により名無しです:2009/07/10(金) 22:27:32 ID:gO8uq53x0
俺にはわからない元ネタも多いけど
なんとなくサマサさんが楽しそうに書いてるのがわかって
読んでるこっちにもその楽しさが伝わってくるなw
しかし異色と男色の戦いが並行してるなw
326 :
しけい荘大戦:2009/07/10(金) 22:56:24 ID:pHWnSrCU0
第三十四話「ダヴァイッ!」
飛んでくるのは軽快なジョークでもなければ、陽気な笑い声でもない。荒海を狩猟場と
してきた戦士による、純度百パーセントの闘争心のみ。シコルスキーの意地と底力が、つ
いにゲバルの全力を引き出した。
立ち上がったシコルスキーは、たちまち背筋が凍りついた。
「これが、ゲバルの本気……。ここから……ってワケか……ッ!」
海賊時代の化粧を施し、より引き締まった肉体を手中にしたゲバル。格段に上昇した戦
力は、ゲバルの間合い(エリア)内の空間を捻じ曲げるほどだ。
歪曲した領域に、シコルスキーは切り裂く拳とともに果敢に侵入を果たす。
「出航(ふなで)の刻(とき)」
ゲバルは竜巻になった。遠心力をたっぷりと吸収した右フックが、シコルスキーの頬骨
にめり込む。風車のように横に一回転したシコルスキーの顎には、待ちかねていた左アッ
パーが来訪する。
首を根こそぎ引っこ抜きかねない一撃だった。
血液の鉄臭い風味と砕けた歯のざらつきが口中に広がる。
顎を打ち抜かれたシコルスキーは軽く五メートルは打ち上げられ、バウンドするくらい
に激しく地面に激突した。
「──グハァッ!」
横たわり痙攣するシコルスキーに対し、ゲバルは無情に間合いを詰める。
「ヤイサホー」
両の拳はがっちりと固められている。仕留めるつもりだ。
「ヤイサホォォッ!」
雄叫び一閃。下段突きが放たれようとする刹那、シコルスキーはまだ命令を聞く両手の
指に全神経を注いだ。
「うおおおおッ!」
落とされ、突き刺さる拳。
「ほう……」
下段突きは外れていた。シコルスキーは五指を駆使しての逆立ちで、かろうじてだが突
きの軌道から逃れていた。
327 :
しけい荘大戦:2009/07/10(金) 22:57:10 ID:pHWnSrCU0
これまでのゲバルならば、攻撃をかわしたシコルスキーをあえて褒め称えるくらいの余
裕を示したにちがいない。が、本気となったゲバルにあるのは「立ち上がったのなら倒す」
という一念しかない。
猛攻再開。ゲバルの高速タックル、を読んでいたシコルスキーは膝をぶつけるが、屁と
もせずゲバルは腰に組みついた。
「グゥ……ッ!」
ゲバルはボディスラムの体勢でシコルスキーを持ち上げると、なんとへヴィ級一人を抱
えたまま己の身長以上に跳び上がった。頂点に達すると、シコルスキーを頭から投げ落と
す。投げ落とされたシコルスキーの水月に、自らも膝から落ちるという徹底振り。
「ぐえぇっ! ──ゴアッ! ……ガハッ、ごほォッ!」
血を伴った咳が止まらない。どうやら内臓をやられたようだ。
だが、シコルスキーはくじけない。長年しけい荘でいじめ抜かれた肉体はまだ戦える。
死に瀕していても、決して屈しないシコルスキーに、ヒートアップしていたゲバルがふ
と我に返る。
「同じだ」
同じだ。
米国にいいように利用され、資源も誇りも奪われ、生ける屍と化していた故郷。ゲバル
を指導者として立ち上がり、息を吹き返しつつあるあの国と同じだ。
さらにゲバルは、シコルスキーの背後に彼を支えるしけい荘住民たちを認めた。そこに
は他ならぬゲバル自身も加わっていた。
ゲバルはシコルスキーを打ちのめすと同時に、支えていた。
「ありがとうよ……。俺をまだ、しけい荘の一員だと認めてくれているのか」
吹きつける心地よい夜風が、ゲバルの心境をとてもよく表していた。
「やれるか、シコルスキー」
「やれるさ、ゲバル」
328 :
しけい荘大戦:2009/07/10(金) 22:57:56 ID:pHWnSrCU0
シコルスキーはゆっくりと息を吸い込むと、大気に我が身を溶かすかのように両腕を一
杯に広げてみせた。
──雄(オス)が吼える。
「ダヴァイッ!」
ゲバルが立ち竦んだ。ほんの一瞬、脳細胞の一派が闘争を強く拒んだ。なぜならコンマ
一秒にも満たぬ間ではあったが、かつてゲバルが強敵と認めただれよりもシコルスキーが
巨大に映ったのだから。
しかし、「来い」と誘われたのだから、行くしかあるまい。
「ヤイサホォーッ!」
勇気を拳に変え、ゲバルが猛スピードで攻撃に打って出る。
待ち受けるシコルスキーは体を真横にし、左手を前方に突き出し、右手の五指は腰に据
える。唯一張り合える要素である五指に神経を集中させ、じっと待つ。
ゲバル、振り下ろし気味のワイルドな右フック。当たれば昏倒は免れない。
拳の風圧に体温を感じるほどギリギリで掻い潜ると、シコルスキーは極限にまで磨き上
げた五指を熊手のように──
「ッダアァッ!」
──ゲバルの腹部に狙いを定め、刺す。
「ぐふぅっ……!」
ゲバルの鋼の腹筋に、穴が開いた。数は指の数と同じく、五つ。
「今のは……そ、槍術……ッ?!」
「少しかじったことがあってな……。試しにとやってみた」
ある一人の人間に鍛えられ続けた指たちが、信仰に応え、五又の槍として炸裂した。
329 :
しけい荘大戦:2009/07/10(金) 22:58:42 ID:pHWnSrCU0
五つの穴から噴き出る血。さすがにダメージは深かったのか、ゲバルの動作に初めて鈍
りが生じる。
シコルスキーの次なる標的(ターゲット)は、喉。
右手親指が、ゲバルの喉に根元までぶっすりと捻り込まれた。──が、ゲバルはシコル
スキーの手首を掴み、力ずくで引き剥がそうとする。
「甘いな。これくらいじゃやられんぜ……」
「俺の親指は釘だ……釘は──」シコルスキーは残る左拳を金槌代わりに、喉に刺さった
親指に叩きつける。「打ち込むもんだッ!」
「グホァッ!」釘に化けた指が、限界まで押し込まれる。
気管に決定打を受け、悶えるゲバルにシコルスキーはフルパワーでの右ストレートを直
撃させる。
「───!」
なのに、ビクともしない。まるで両足から根が生え、地球の中心と繋がっているかのよ
うな安定感であった。
「教えよう、シコルスキー」
喉を痛めた声で、教師のような貫禄を以って語りかけるゲバル。
「教える……だって?」
「地球が平面ではなく、球体だということを」
厳かに告げられた知識は、小学生でも知っているような常識だった。ところが、シコル
スキーは知ることになる。
疾風の足払いによって、シコルスキーの体がゲバルの真上にまで浮かび上がる。
「地球の中心にある支え中の支え──」
地中から、ゲバルを求めて駆け登る未知の力。
「核の硬さをッ!」
サナダさん乙
バカの恐竜拳
僕はジュウレンジャーを思い出す
大獣神は神デザイン
あと、ダイノボット
お疲れ様ですサナダムシさん。
いよいよこの戦いも佳境ですな。
原作では良く分からなかったゲバルの地球拳ですが
この作品では決まるのかな?
それにしてもシコルが陸奥園名流の指穿を使うとは
しけい荘大戦、終わりそう終わりそうと思いながら続いていくね。
出来るだけ長く続いて欲しいけど、流石にもうすぐ終わりかな…
正義と悪が互いの全てを賭けて闘う神奈川県川崎市・溝ノ口。
その駅前に今、新たなる悪魔達が降り立った。
「いやー、結構混んでましたね、ピラフ様」
「あーもう!あのオヤジ、混雑をいいことに私のおしり触ったんですよ!あームカツク!」
「ふ…そうぼやくな。我々が世界征服に成功すれば、新幹線のグリーン車とてタダで乗り放題なのだからな」
微妙に情けないことをのたまうのは犬人間・若い女性・怪人というアンバランスな三人組。そう―――
奴らこそは、恐るべき悪党なのだ!
「調査によれば、ここ溝ノ口にはフロシャイムとかいう悪の組織の支部があるというが…ククク。悪の組織は二つも
いらん。今日より我々がこの地を支配するのだ!」
「大丈夫ですかねー」
「心配いらん。何でもそいつらはヒーローに負けっぱなしの弱小組織ということだからな…既に十人以上のヒーロー
を屠っている我々の敵ではないわ!ワーッハッハッハッハッハ!」
ピラフ様と呼ばれた怪人が、高笑いする。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハハハゲホゲホブホッ!」
「ああ、ピラフ様!」
「そんなに無理して笑うから…」
「や、やかましい!悪の支配者というものは無理してでも高笑いするものなのだ!」
そんな三人を、町の人々は暖かく見守っていた。
「ママー、あのひとたちなのやってるのー?」
「しっ!見ちゃいけません」
―――その頃、フロシャイム川崎支部のアジトでは、ヴァンプ将軍がケーキを作っていた。
ケーキの中央には砂糖菓子で作ったお手製のサンレッド人形が乗っている。
「さーて、最後に溶かしたチョコで文字を書いて…美味しいケーキが出来ちゃった!」
ちなみに書いた文字は<殺>の一文字である。
お菓子作りにさえサンレッド抹殺への意欲を燃やすヴァンプ様、恐ろしい漢(おとこ)である。彼はケーキを持って
居間へ向かう。そこにはアジトに入り浸っている怪人達の姿があった。
「さーみんな、ケーキ食べてみて。今回のは自信作だよ」
「うわ、ウマそー!」
「流石ヴァンプ様、天才!」
「もー。おだてないでよ、みんな」
ポッと顔を赤くしながらも満更でもなさそうなヴァンプ様。平和な日常がそこにあった。
「ふもっふー!」
「はいはい、今切ってあげるから待っててね、ボン太くん」
「もふっ」
手をパタパタさせる謎の物体・ボン太くん。彼はもはや完全にフロシャイムに溶け込んでいた。
下手をすれば自分が潜入捜査の最中であるということを忘れているんじゃなかろうかと思えるほどだ。
と、備え付けのファックスがカタカタと動き出した。
「あれ?本部からだ。どうしたんだろ」
用紙を破って目を通す。そこにはあの三人の顔写真とともに、こう記載されていた。
<要注意!数多くのヒーローを倒している怪人集団・ピラフ一味。
リーダーのピラフ・部下のシュウ(犬)とマイ(女)で構成された三人組。
現在川崎市に向かっているとのこと、注意されたし>
ヴァンプ様は顔をしかめる。
「要注意怪人・ピラフ一味だって。やだ怖ーい。ちゃんと戸締まりしとかないと」
「ふもっ!?」
それを聞いた途端、ボン太くんが急に激しくふもふもしながら手をバタバタさせた。
「え?これが見たいの、ボン太くん」
「もふもふ!」
「はいはい、どうぞ」
ほとんどひったくるような勢いで用紙を手に取り、ボン太くんはそれをマジマジと見つめる。
「ふも…(何ということだ…)」
「ど、どうしたのボン太くん…」
「もふもふも…ふも!(あの悪党共が、ここに…こうしてはおれん!)」
「急にそわそわしちゃって。何かあったの?」
「ふもふも、ふもふー!(<ミスリル>もすぐには動けんだろう…ここは俺がやるしかない!)」
ボン太くんは用紙を台所のホワイトボードに貼って、すぐさま玄関から外に出る。
「あ、ちょっと!ねえ、ケーキは?」
「もっふるー!(はっ!自分の配給はラップをかけた上で冷蔵庫にて保管を願います!)」
それだけ言い残し、ボン太くんはダッシュで消えていく。ヴァンプ将軍は頭に???マークを並べていたが、すぐに
ポンと手を打った。
「怖い人達が来るから、自宅の戸締まりを確認しに行ったんだね!」
どっかずれてるヴァンプ様であった。
―――天体戦士サンレッド。彼が守るべき神奈川県川崎市に危機が迫る!
天体戦士サンレッド 〜唸る剛腕!最強の虎と無敵の獅子
さて、更に場面は変わって、とある安アパートの一室。
二匹の怪人が、顔を突き合わせていた。
「ふう〜…やだやだ。サファリパークみてーな臭いがプンプンするぜ。誰かさんが俺の部屋に来るから」
「うむ、拙者も気になっていたでござる。これはこの部屋の住人のせいで染み付いた臭いでござるな」
はっはっは、と二匹は作り物丸出しの笑顔である。
一匹はこの部屋の住人であるフロシャイム怪人<アーマータイガー>。ダイヤモンドより硬いアーマーを身に纏う、
屈強な身体と虎の頭部を持つ怪人だ。怪人の中でもトップクラスに強靭な肉体から繰り出される数々の技は、対戦
相手を確実に破壊する―――しかしサンレッドにはボコボコにされた。なお、今の彼は自宅なのでアーマーは着て
おらず、ランニングシャツとトランクス一丁である。
対するは<ヨロイジシ>。武士のような甲冑姿に獅子の頭を持つ、これまたフロシャイム所属の怪人である。彼が
装備するのは、無敵の防御と引き換えに使用者の体力を奪い続ける呪いのヨロイであるが、無尽蔵の体力を誇る
彼にとっては理想の防具そのものである―――ちなみにアフリカ出身であり、ござる口調はキャラ作りの成果だ。
やはりサンレッドにはギタギタにされている。
この二匹、先程の会話でも分かる通り、仲はよろしくない。
共にネコ科猛獣の代表選手であるトラとライオン。更にはお互い<アーマー>と<ヨロイ>である。盛大にキャラ
が被っている彼らはライバルとして、事あるごとに反目し合っているのである。
「全く、時代遅れの虎と話すのは疲れるでござるよ。文化的な会話が成り立たんでござる」
「バーカ。知らねーのか?今世間は<タイガー>がブームなんだよ。ライオン野郎はお呼びじゃねーの」
「阿呆はお主でござる。ブームになっているのは<手乗り>の方であって<アーマー>ではござらん。その点拙者
は百獣の王であるライオン!いつの時代も根強い人気でござる」
「てめーは<ライオン>じゃなくて<ライオン型怪人>だろうが!」
「お主こそ<虎型怪人>であって、本物の虎ではないであろうが!」
二匹の不毛な口論はいつまでも続くかと思われたが、その時<ドン!>と、部屋の壁を蹴り飛ばす音がした。二匹
はビクっと身を竦ませる。
「やっべー…隣のおっさん怒らしちまった…」
「確か、夜間タクシーの運転手という話でござるな…」
「ああ。だから昼間騒ぐと後で怖いんだよ…」
「…では、外に出るか。これ以上一般人の安眠を妨害するわけにはいかんでござる」
「ああ…」
猛獣の二大横綱である虎と獅子は、小さくなってコソコソと安アパートを出ていくのだった。草場の影では、きっと
鋼鉄神と勇者王が泣いていることだろう。
「それでお前、何の話だっけ?」
「何の話ではござらん。拙者とお主で組んでサンレッドと闘う相談であろう」
ああー、とアーマータイガーは得心した。
「その話、俺らが風邪でダウンしてお流れになったんじゃなかったのかよ」
「馬鹿者め。まだサンレッドと闘ってすらおらんのにお流れになるわけなかろう」
「へっ!こんなライオン野郎と組むより、俺一人でやった方がまだマシだっての」
「おうおう、弱い虎ほど吼えるでござる。サンレッドにベキベキにのされたのは何処のどいつかな?」
「うるせえ!てめえなんて一週間に二回もバキバキに折られたくせに!」
「何を、このアーマーが!」
「くたばれ、このヨロイが!」
遂には取っ組み合いになる二匹であった。ちなみにアーマーもヨロイも意味は同じである。
「くっくっく―――これが悪の組織の構成員とは笑わせる。どうやらフロシャイムとやらは深刻な怪人材不足らしい
のお?ヒーロー一人程度にいいようにやられるわけだわい」
「「あん!?」」
嘲りの言葉に、ケンカを中断して二匹は振り向く。そこにいたのは例の三人組―――ピラフ一味。
「私は世界の帝王・ピラフ様だ。今日よりこの地は我々の支配下に置かれる―――ありがたく思えぃ!」
二匹は<よくいる可哀想な人だな>と判断し、構わずケンカを再開した。
「アフリカ帰れ、このエセ武士が!」
「ベンガルに帰省しろでござる、このダメ虎が!」
「聞いてないですよ、こいつら…」
「完全に無視されてますね、我々…」
「こら貴様ら、こっちをちゃんと向け!」
「てめえのヨロイ全然似合ってねーんだよ!」
「お主のアーマーはまるで着こなしがなってないでござる!」
「き、き、き、貴様らー!人の話は最後まで聞きなさいとお母ちゃんに言われんかったのかー!?」
「あ…ヴァンプ様に言われた、それ」
「拙者も言われたでござる…」
やっとこ二匹はピラフ一味へと向き直った。ピラフは怒鳴ったせいで肩で息をしながらも力強く言い放つ。
「我々は世界征服を企む悪党集団・ピラフ一味だ!これよりこの地を足掛かりに、世界を我が手に掴む!そのため
には邪魔なヒーローと、貴様らフロシャイムには滅んでもらおう!」
「え…?あんたらが?ははは、そりゃ無理だって。あんたらじゃとてもレッドの野郎にゃ勝てねーよ」
「それどころか、拙者達を倒すこともできんでござろう」
「ふ…そんなことをほざいていられるのも今のうちだ。行くぞシュウ、マイ!」
「「はっ!」」
三人(正確には二人と一匹)は謎のカプセルを取り出し、ボタンを押しながら地面に投げる。ボワンと煙が立ち昇り、
現れたのは三機のマシーン。三人はそれぞれ乗り込む。
「ふふふ…驚いたか!だが、まだまだこれからだ!いくぞ、ピラフマシーン・合体!」
三機は折り重なるように結合し、一機の巨大なロボットと化した。
「わはははは!これこそがこのピラフ様の最終最強の兵器の姿だ!我々はこれによって既に十人ものヒーローを
地獄へと送っている。貴様ら弱小組織の怪人如き一捻りだ、はーっはっはっはっはっは!」
高笑いするピラフ。しかし、アーマータイガーとヨロイジシはそんな彼らを興味なさそうに一瞥するのみだ。
「なんか…大したことなさそうだな、お前ら」
「うむ。残念ながら、お主らでは我々の相手は務まらんでござる」
「精々ほざくがよい…死ねぇっ!」
横薙ぎに叩きつけられる鋼鉄の腕―――アーマータイガーはそれを、かわそうとはしなかった。
ただ、軽く腕を上げた。タクシーを呼び止めるような、気楽な態度で。
ただそれだけで、あっさりとピラフマシーンの一撃は受け止められた。
「な…」
「おいおい、なんだよこりゃ。レッドの拳に比べりゃ、蚊が刺したようなもんだな」
「な…ならばこれはどうだ!」
拳が変形し、銃の形になる。そこから放たれたのは、灼熱の火炎―――しかし、ヨロイジシはその炎の中で、平然
としていた。そして裂帛の気合いを放ち、一瞬にして炎を消し飛ばす。
「ふん!太陽の戦士であるレッドを相手にしている拙者に、この程度の炎が通じるとでも思ったでござるか?」
「う、うう…」
怖気づくピラフを尻目に、猛獣達は狩りを開始した。ピラフマシーンの両腕部を引っ掴んで、力任せに引き千切る。
すぐさま態勢を整え、同時に強烈なタックルをかける。ピラフマシーンは吹っ飛ばされ、塀に叩き付けられた。
「ち…ちくしょう…お前らなんぞに…負けるわけがないんだぁぁぁぁーーーっ!」
死に物狂いで渾身の体当たりをぶちかました―――だが。
アーマータイガーとヨロイジシは、それすらも平然と受け止めた。
「これまででござるな。もはやお主らに勝機はなかろう」
「そ…そんな、バカな…お前らはヒーローにやられてばっかの弱虫のはずじゃ…」
「どうやらお前らみんなして勘違いしてるようだから、言っといてやるよ」
アーマータイガーは胸を張って宣言する。
「俺達が弱いんじゃねえ―――サンレッドが強えんだよ!」
「ちょっと情けないがそういう訳でござる。残念だったでござるな」
そして最強の虎と無敵の獅子は、野獣の速さで大地を蹴る!
「アーマータイガー必殺―――<タイガー殺法>!」
「ヨロイジシ必殺―――<シシ落とし>!」
―――二大怪人の奥義が炸裂し、ピラフマシーンは盛大に爆発したのだった。
「う…うぐぐ…くそ…」
二人が立ち去った後、残骸の中からようやくのことでピラフ達は這い出してきた。
「ピラフマシーンが、こんなにあっさりやられるなんて…」
「あいつらが勝てないなんて、天体戦士サンレッドってのはどんだけ強いんですかね…」
「バカもん、何を弱気になっとるか!奴らめ、このままではすまさんぞ。今に見ていろフロシャイム、全滅だ…」
そう言いかけた時だった。首筋に強烈な電撃を受け、ピラフ達は一瞬にして失神・昏倒する。
「…国際的テロリスト・ピラフ一味、確保」
背後に立っていたのは、少年―――まだ十代半ばにして既にその身体には硝煙の香りがこびり付いていた―――
そう、彼こそはボン太くんの中身である。
闘いを静観していた彼は三人の背後から近寄り、素早くスタンガンを押し当てたのだ。
「ここ数年に渡って裏の世界を震撼させてきたテロリストも、最後は呆気ないものだな…」
ヒーローを十人倒したという彼らの自己申告は、決してハッタリではない。少年にとっては因縁の敵だった、とある
<史上最悪の男>には流石に劣るが、それでもその悪名は闇社会に轟いていたのだ。無論、彼の所属している
<正義の秘密組織>においても、一味は危険な集団としてマークされていたのだ。
「だが真に恐るべきはそれをあっさり捻じ伏せたフロシャイム…もしあの力が罪なき人々に向けられれば、恐ろしい
事態になりかねん」
眉根を寄せて呟く少年。実を言うと彼は、自分の任務について疑問を持ち始めていた所だったのだ。
悪の組織という割にはまるで悪事を働かないし、将軍に至っては悪の幹部というよりカリスマ主夫だ。まさか上官は
フロシャイム側と何らかの癒着をしているのではないかという疑惑さえあったが、今まさに全てを理解した。
「俺の正体は既に気付かれている…!」
だからこそ奴らは警戒し、悪事を控えていたのだろう。上官も言っていたではないか、連中は巧みに立ち回り、証拠
を決して残さないと。そうでないなら、あれほどの力を持っていながら悪を行わない理由がない。
「あのケーキも、恐らくは毒が仕込まれていたに違いない…!」
迂闊だった。完全に油断していた。敵陣で出された食物に手を付けようとは!もしもあれを口にしていれば、今頃は
自分の命はなかっただろう。そしてまんまと邪魔者を始末したフロシャイムは、再び邪悪な本性を露わにしていたで
あろう。そう思うと、己の甘さに忸怩たる思いが込み上げる。
―――言うまでもないが、これらの想像は全て壮大な思い過ごしである。
「これから先は、もっと慎重に動くべきだな…おっと、その前にこいつらの身柄を引き渡さねば」
少年は三人を引きずり、雑踏の中へと消えた。
ピラフ一味の野望、ここに潰える。
「へっ…中々やるじゃねえか、お前も。少しばかり見直したぜ」
「ふ…お主も、意外と骨があるでござるな」
闘いを終えた二匹は、互いに褒め称え合う。共に潜り抜けた視線が、その距離を僅かながら縮めたようである。
「今なら俺達、レッドにだって勝てそうな気がするぜ…」
「うむ。悪くとも、いつものようにズタズタにはされぬはず…む!噂をすれば!」
二匹は見知った背中を発見し、勢いよく駆け寄る。
「レッドさーん!」
「お?なんだよ、お前ら。今日はやけにご機嫌じゃねーか」
言うまでもなく我等がヒーロー・天体戦士サンレッド―――ちなみに今日のTシャツは<ドラゴン○ール改>。
「レッドさん、お願いがあります!今すぐ、俺達と対決してください!」
「はあ?今すぐ?気が乗らねーなー…」
「拙者からもお頼み申し上げる。今の我々は、はっきり言ってレッドさんにも勝てる気がするでござる!」
「何ぃ?大きく出やがって、このヤロー」
やる気満々な二匹に、どうやら無気力ヒーローのレッドにも思う所があったらしい。にやりと笑うと、拳をポキポキ
と鳴らしながら、悠然と挑発する。
「面白ぇ…ちったぁ骨のあるとこ見せろよ、ヘボ怪人共!」
―――天体戦士サンレッド。
これは神奈川県川崎市で繰り広げられる、善と悪の壮絶な闘いの物語である!
(なおアーマータイガーとヨロイジシは、いつも通りにレッドさんにメタメタにされました)
投下完了。サンレッドネタ、意外と続く。
今回の話でフロシャイムが弱いのではなく、レッドさんが強すぎるのだということがちょっとでも
分かっていただけたら幸いです。
しかし、ピラフ一味が国際的テロリストとして悪名を轟かせている時点で、この世界はすげえ平和
だと思います…正直こいつら倒したところで、あんま強さをアピールできなかったかも。
ミスリルもこれ、原作ほど切羽詰っちゃいないだろうな…多分この世界じゃテッサの兄貴は盆と正月
には普通に実家に帰省してるよ。
>>323 王道だけど、ちょっと強引に一騎打ちにもっていっちゃったかなと反省してます。
>>324 負けても死なないからその点では安心…ただ、ケツがちょっと痛くなるだけです。
>>325 書いててすげえ楽しかったけど、勢いだけで文章書いちゃいけませんね…
343 :
ふら〜り:2009/07/14(火) 22:17:25 ID:VbWCf+dw0
>>顕正さん(うぁ規制でしたか。それは災難……お辛かったでしょう)
チクチク言葉責めしてますねぇ。そもそも侵略戦争に対して防衛戦やってるんですし、魔物側と
違って非戦闘員には手ぇ出してません(大抵の対魔物ファンタジーはみんなそうですよね)から、
人間側は何も恥じることはないんですが。でも気にしてしまう潔癖さが彼らの魅力でもある、と。
>>サマサさん(妄想で女の子を出して、その手で触れますもんね刃牙は。山本以上かも……)
・決闘神話
海馬に続く「ここは俺に任せて先へ行け!」に加え、何とも彼らしい告白まで。少年的な意味でも
少女的な意味でもニヤニヤが止まりませんでした。で最後には、獅子と騎士とで第三のニヤニヤが。
・サンレッド
確かに、ピラフたちを真面目に警戒してるミスリルってのは……平和な世界なんだろなぁと実感
させられます。でも、そんな世界に居ても変わらない宗介の思考。原作以上に周囲から浮いてそう。
>>サナダムシさん
「普段怒らない人が怒ると怖い」型ではないんですよね全然。ゲバル、少しも怒ってない。ただ
本気なだけで、むしろ楽しんでる。でも楽しみつつもダメージはどんどん蓄積し、「これ絶対、作者
何も考えてねーよな」部門bP、地球拳! アレをサナダさんがどう料理してくれるか……楽しみ。
344 :
作者の都合により名無しです:2009/07/15(水) 07:55:14 ID:7T9l8g/W0
サンレッドはアニメしか知らないけど名作ですよね。
ピラフたちとの融合はキャラ的にあうな。
ヴァンプ将軍ほどの萌えキャラはざらにはいない。
フロシャイムの面々の方が俺は好きですね。
このSSからもそうだけど、サンレッドって
どこか昔のダウンタウンのゴレンジャイの臭いがするんだよなw
どうでもいいが、ピラフたちにやられたヒーロー十人ってどんだけ
弱かったんだろうw
347 :
女か虎か:2009/07/16(木) 23:47:03 ID:CFGlpLhl0
おれの中の人間の心がすっかり消えてしまえば、
恐らく、その方が、おれはしあわせになれるだろう。
だのに、おれの中の人間は、その事を、この上なく恐しく感じているのだ。
ああ、全く、どんなに、恐しく、哀しく、切なく思っているだろう!
おれが人間だった記憶のなくなることを。
この気持は誰にも分らない。誰にも分らない。
おれと同じ身の上に成った者でなければ。
――中島敦『山月記』より
15: BYE BYE BEAUTIFUL
サイの細い右腕がひらめいたかと思うと、アイの体が軽々と吹っ飛んだ。
背中と後頭部が、壁に叩きつけられ鈍い音を立てた。忠実な従者は低い呻きを漏らしながら、
ずるずるとその場にへたり込み床に手をついた。
それを見つめるサイの目は、蛭が未だかつて見たことがないほど冷え切っていた。
持ち前の残虐な本性と、腹の底からの憤怒の絶妙なブレンド。苛烈な炎が燃えているのに、
どこか肝心なところが凍てついている。
壁際で荒い息を吐くアイに、サイはつかつかと歩み寄った。労わりの欠片もない手でアイの細い顎を
掴み、無理やりに顔を上げさせ覗き込んだ。
「言い訳があるなら三秒だけ聞いてあげるよ」
かふっ、と、アイが咳き込む。唇に薄く血がにじんでいるのは、今の一撃で口の中を切ったのか。
普段から無表情な顔は、信じられないことにこの状況でも変わらなかった。強いていうなら口元が、
苦痛で僅かに歪んでいるのだけが見てとれた。ただでさえ絶頂にあるサイの怒りを、人形のような
この顔が更に煽っていた。
アジトで留守居をする蛭のもとに戻ってきたのは、サイと葛西よりアイの方が先だった。
『お帰り。首尾はどうだった? サイは――』
『蛭』
出迎えた蛭に、アイはマネキンめいた顔を向けた。
『この後、何が起こったとしても動じないでください』
詳しく説明されるまでもなかった。
常より青白いその顔色で、蛭は最悪の事態が起こったことを悟った。
そして今、アイは帰還したサイに詰め寄られ、唇から血の筋を流している。
「そう。言いたくないの。何も」
従者が無言のままなのを見て、サイは眉と唇の両端を同時に吊り上げた。
「じゃ、死ね」
顎を掴んだのとは逆の手が、アイの小さな頭めがけて疾る。
「サッ……!」
声にならない声が口から漏れた。
考えるより早く蛭は飛び出していた。主の肩を後ろから掴み、怒りにまかせた凶行を押しとどめようとした。
だが伸ばしかけた手は、サイの腕の一振りであっけなく払われた。
当人にすれば羽虫をはねのける程度の、軽い動きでしかなかったはずだ。だが激情に支配された
主人の頭に手加減の三文字はなかった。手のみならず体ごと薙ぎ払われ、二メートル近く跳ね飛ば
されて蛭は倒れ込んだ。
「蛭!」
アイが叫ぶ。
348 :
女か虎か:2009/07/16(木) 23:49:14 ID:CFGlpLhl0
よろけながら立ち上がろうとする蛭に、サイは絶対零度の目を向けた。
「何のつもりさ? 邪魔すると承知しないよ」
「ア、アイを殺すのは少し待ってくださいっ」
この二十一年間、少なくとも表向きには大人しい男として振舞ってきた。声を張り上げるなど
滅多にない経験だった。ただ無我夢中で叫ぶ自分と、俺にもこんな声が出せたのかと驚く自分とが
同時に存在していた。
「何? ひょっとして俺に指図してるの? あんた何様?」
「け、決してそんなつもりじゃ。俺はただ」
ぐだぐだ言い訳するのは逆効果だとここで気づく。
「……最初に気づいたのは俺なんです」
ぴくりと、サイの眉が震えた。
「解析を始めてすぐに、おかしいと気がつきました。何度調べてみても虎の細胞のサンプルデータと
合わないんです。人間の細胞だってことは間もなく分かりました。すぐサイに報告しようかとも
思ったんですが」
サイ自身の立ち位置にも関わりかねないこの事実は、より慎重に扱うべきと蛭は判断した。
サイに直接報告する前にアイに相談したのはそのためだ。
そして蛭の解析データを自ら確認したアイは、いつも通りの感情のない目で、この結果を
サイに伝えずにおく旨を告げたのだ。
「隠していたのは俺も同じです。ですからサイ、アイだけを罰するのは……」
「蛭」
場違いなほど静かな声が響く。
口ににじむ血を拭おうともせず、アイが顔を上げてこちらを見ていた。
「あなたは口を挟まないでください。これは私とサイの問題です」
「庇ったつもりかよ、カッコつけて得する状況じゃないだろ」
「恰好などつけてはいません。事実を述べているのです」
一点の曇りもない黒瞳が、今度はサイへと向けられた。
「蛭はこの件に関しては最初から反対でした。あなたには真実を話すべきではないのかと、ぎりぎり
まで私に訴え続けていました。――それを強引に押し切ったのは私です」
「アイ!」
蛭が上げた抗議の声を、アイは毅然と無視した。
従者と協力者が争う光景に、サイは一言も発さずに黙っている。
顔は老人のごとく干からびているが、光の加減で色を変じるアーモンド型の大きな目だけは、
本来の美しさを失っていない。話に聞く虹瑪瑙(イリスアゲート)とはこんな色だろうか。かつて
彼がある事件で在り処を暴き、持ち主の娘に託したという稀少な宝石。
勿論それは、虚構に満ちた仮の姿の麗しさにすぎない。
一皮剥けばそこにあるのは、冷酷きわまる殺人鬼の本性だ。
「つまり」
発された声は静謐だった。それでいて絶大な威力を以って、部下二名の言葉の続きを奪った。
「二人とも死にたい。そういうことだね」
「っ!」
幾百の命を奪ってきた腕が、二人に向かって振り上げられた。
背骨を駆け上がるような怖気が襲う。
床に撒き散らされるのは、アイの血が先か蛭の脳漿が先か。
知るすべのない答えに思いを馳せて奥歯を食いしばった瞬間、肩にぽんと置かれる手を感じた。
「まあまあ、サイ。そう火ッ火(カッカ)しねぇで落ち着いて」
「……葛西。あんたまで何のつもり?」
少年とは対照的な、中年男の荒削りな鼻梁がそこにあった。
目元は見えない。相変わらず帽子の鍔に隠れたままだ。
「随分とお怒りみてえですが、ここでこの二人を殺っちまうのはどうなんでしょうね」
顔の下半分に浮かんでいるのは、いつも通りの煙に巻くような薄笑い。
食いしばった上下の奥歯が、自然と離れるのを蛭は感じた。知らず知らずのうち僅かに開いた唇から、
冷たい外気が流れ込んできた。ヤニの匂いが混じった空気が鼻と舌を苦く刺した。
349 :
女か虎か:2009/07/16(木) 23:51:27 ID:CFGlpLhl0
サイが放火魔を睨む。
「あんたも俺に逆らう気?」
「とんでもごぜぇません」
振り上げた華奢な手は普段なら、不吉な音を立てて凶器へと変貌する。今回サイがそれをしないのは、
≪我鬼≫との戦いでエネルギーを消耗しきっているからに他ならない。
それでも、常人を超えた身体能力は維持されている。その気になれば瞬きする間に、彼ら三人を
屠殺場の牛のごとく一度に惨殺できる。
「『罰』を与えるってんなら、この二人には殺るよりもっと効果のある手がありますぜって
言ってるんです」
蛭は自分の口元が歪むのを自覚した。壁際に膝をついたアイに顔を向けると、こちらも同様の表情を
浮かべていた。
己の命を紙一重で救った男に、向ける視線の色は安堵ではなく警戒だ。
恐らくは、蛭自身も同じ目をしているに違いない。
怪盗のこめかみがぴくりと震えた。
「この連中は死ぬほどあなたに傾倒してる。いや、あなたという『人間』そのものが、こいつらに
とっては『生き方』だとでも言うべきか。あなたのためなら死ぬことも厭わないし、それ以外の
ことだって平気でやってのけるでしょう。……つまり、単純に『殺る』ことはこいつらにとっちゃ
大したダメージにならない。こいつら二人にとって一番こたえるのはただ一つ」
いったん口から外していた煙草を、葛西はもう一度咥えて吸った。丹念に味わうかのように数秒
おいて、続く言葉とともにふうっと煙を吐いた。
「『ここから出て行け』と命じることです。『二度と俺の前に姿を見せるな』とね」
「!」
蛭は息を呑んだ。
絶縁宣言。
彼との出逢いもこれまでの出来事も、一切合切をなかったものとして今後生きていけということ。
彼ら二人にとってそれはつまり、人生そのもののリセットを意味する。
「罰としちゃあ充分に効果的だと思いますぜ」
口元をニヤつかせながら、葛西。口調には、純度百パーセントの嫌味が含まれている。
「こいつらにとっちゃ殺られるよりよっぽどきつい。そうだよなあ? アイ、それから蛭」
アイは何も言わない。細い両眉をかすかに寄せて放火魔を見つめるだけだ。
だが付き合いの長い蛭は知っている。これは滅多に感情をあらわさぬ彼女にとって、憎悪を込めて
睨めつけるに等しい表情だと。
「もちろんサイ、決めるのはあなたです。俺ぁ選択肢のひとつを提案してるに過ぎません。
……さあ、どうなさいます?」
日焼けした唇の間から、ヤニで汚れた黄色い歯が覗く。
サイは昂ぶりの冷め切らぬ目で、アイと蛭とを交互に一瞥した。
熱のこもった息が吐き出され――
拳が固く握り締められ――
振り上げられかけていた手がまたひらめき――
蛭は死を覚悟した。
目を閉じる一瞬、故郷の両親と馴染みの老婆の顔が頭をよぎっていった。
衝撃が炸裂する。
二人の男女の体は木の葉のように舞い、さっきより遥かに強い力で叩きつけられる。
骨が床面に激突する音。
蛭の予想ではそこで彼らの人生は終わり、一切の痛みを感じなくなるはずだった。
しかし激痛は途切れることなく続いた。単なる痛覚の刺激にとどまらない、痺れるような感覚が
全身を襲った。一撃入れられた腹の底から酸っぱいものがせり上がった。
同じくはね飛ばされたアイも、体を折って苦しげに咳き込んでいる。
生きている。
今はまだ。
350 :
女か虎か:2009/07/16(木) 23:54:13 ID:CFGlpLhl0
「蛭」
「…………、はい」
サイの言葉に、自身も咳を漏らしながら蛭は答えた。
「あんたにはまだ解析の仕事が少し残ってる。それを最優先で終わらせるんだ」
「了解……しました」
「最後まで片付いたら、そこで終わりだ。もう協力者でも何でもない、あんたと俺とはその後
いっさい無関係になる。せいぜい最後の仕事を精一杯やりとげるんだね」
「…………………。了解、しました……」
痛みで突っ張っていた体の力が、一気に抜けていくのが感じ取れた。
何かが崩れたのが分かった。
高校生だったあの日、去りゆうとするサイの後ろ姿を呼び止めたときから、肌身離さず掻き抱く
ようにして生きてきた何かだった。若輩の蛭のボキャブラリでは説明しきれない、だが決して無く
してはならなかったはずのものだった。
「それからアイ」
「はい」
従者の声は思いのほかしっかりしている。やや掠れてはいるものの、本質たる透き通った声質は
失われていない。膝をついたままながら背筋を伸ばし、いずまいを正して返事を返した。
「あんたは今すぐここから出て行け。そして二度と戻ってくるな」
「!」
反応はアイより蛭のほうが早かった。
「サイ、本気ですか?! 彼女は今までずっとあなたの、」
「うるさいよ蛭」
険悪な目が蛭の顔を一撫でし、再び従者に向けられた。
「どこにでも好きなところに行けばいい。ただし条件がある、今後俺と関わる可能性が万に一つも
ない場所だ」
数秒間、アイは微動だにしなかった。
しなやかな肉体は瞬きさえも忘れたように、人形のごとく静止して主人を見つめる。
やがて膝をついていた足が床を踏みしめた。
美しき従者はよろめきながら立ち上がり、それでも背筋だけはぴんと伸ばしたまま返答した。
「かしこまりました。お心のままに」
「ア……!」
蛭が悲鳴に近い声を上げる。
葛西の口元のニヤつきが大きくなる。
アイは唇ににじむ血を拭い、真っ直ぐにサイの顔を見つめた。
「何さ? 決まったからにはさっさと出て行……」
言い放ちかけた主人の目の前で、しなやかな背がゆっくりと一礼した。
「お世話になりました」
サイのこめかみがぴくりと震えた。
「可能性なき絶望に侵されていた私に、あなたは生きる希望をくださいました。深く感謝しております」
打擲によって切れた唇で、アイは一言一言をはっきりと喋った。
力がある、と言ってしまえば、明らかに誇張表現になる。発音こそ明瞭だが、声量は常と比しても
さして大きいということはない。口調に至っては普段そのままの抑揚のなさだ。
それなのに耳に忍び込んでくる。鼓膜、耳小骨、蝸牛と伝わり、神経系の迷路を辿り脳へと達して
響き渡る。
アイの言葉は続く。
351 :
女か虎か:2009/07/16(木) 23:56:45 ID:CFGlpLhl0
「サイ。あなたはやること為すこと何もかもが荒唐無稽の塊です」
「はあ?」
不機嫌を通り越して理解不能の表情を浮かべるサイに、従者は更に畳み掛ける。
「とにかく後片付けができない。脱げば脱ぎ放し壊せば壊し放し殺せば殺し放し。気分屋の上に
すぐ手が出る性質で、所構わず暴れまわって周囲を破壊する。夕食にエビフライをリクエストしたと
思えば、皿を目にした瞬間ハンバーグがよかったと叫んでちゃぶ台をひっくり返す。飼いたい飼いたいと
騒がれるので苦労して入手した三毛猫の雄を、二時間後には箱に詰めて次はジンベエザメが欲しいと
ねだられたときには、さすがの私も心拍数の上昇を抑え切れませんでした」
「何が言いたいんだよ。恨み言?」
「全くそれが含まれていないと言えば嘘になりますが、それはそれとして今ここで申し上げたいのは
別のことです」
アイは己の胸に手を当てる。柔らかく盛り上がった乳房は、地味な紫紺の上着に慎ましく隠されて
いる。脱げばそれなりのプロポーションのはずだが、どういうわけか彼女は素肌を晒すのを好まない。
サイに付き合って変装するときを除いては、首まで詰まった上着を脱ぐことも、薄手の半袖を着ることも稀だった。
「それでも、私は後悔していません。その場その場でのささいな呆れや疲労感はあれど、あなたを
選んでついて来たのを悔やんだことは一度もないのです。それはここにいる蛭も同様のはずです」
何の前触れもなく名前を出され、蛭は思わず小さく息を漏らした。
「あなた自身が気づいていらっしゃるかは分かりませんが、サイ、あなたには、ある種の人間を強く
惹きつける光があります。それはあなたの特殊な細胞や、それが可能にする完璧な犯罪とは別次元の
ものです」
サイの顔の戸惑いが深くなった。
長いまつげを伏せるようにして、アイはサイを見下ろした。親鳥が雛を見るような目だと蛭は思った。
「私も蛭も、その光に救われ、そして導かれて来たのです。――この場所まで」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、彼女の唇に笑みが浮かんだ気がした。
小さな花のごとくほころんだ唇は、間もなく元通り一文字に引き結ばれた。
「私は残念ながら、ここでお別れせざるを得ませんが……いつも願っています。あなたがこの先も
今と変わらず輝き続けることを。そして、」
いつの日か、あなたの正体が見つかることを。
「失礼します」
X.Iの名の一字を持つ従者は、最後の一言とともに再び深く頭を下げ、高いヒールで床を踏みしめて
部屋の出口へと歩き出した。
サイは黙したまま、ただフンと鼻を鳴らす。去っていくアイから目を反らすように顔をそむける。
主人と従者との距離は見る見るうちに離れていく。
陶器のような手がドアノブを握ったとき、蛭はたまらず声を上げた。
「アイ!」
「蛭」
従者はわずかに振り返る。
「本気で行くのかよ。俺はともかくあんたが消えちゃ……」
「致し方ないでしょう。それが彼のご意志なのですから」
「だけど、」
「あなたもお達者で、蛭。さようなら」
「アイ! 待てよ、アイ……!」
ドアが閉まり、従者とその主と協力者たちを完全に隔てた。
今回の投下は以上です。
しばらくアイ不在でストーリーが進みます。
ところで、すみません。今回の章タイトルに誤りがありました。
正しくは"15: BYE BYE BEAUTIFUL (1/2)"
です。案の定長かったので二つに区切って投下しています。
原作22巻の加筆修正部分は私だけが見てる幻じゃないですよね……
未だにちょっと不安な私です。
>>170さん
この段階でならもう問題ないと思うので言っちゃいますが、我鬼はもともとサイとの対比のために
作ったキャラクターです。なので「兄弟」「鏡に写った自分」という喩えはぴったりですね。
バトルがひと段落したところでキャラクターを一旦配置しなおす必要があるので、
我鬼の人としての苦悩はもうちょっと後になります。
>>171さん
我鬼にも感情移入していただけると非常にありがたいです。
対比目的で作ったキャラではありますが、本作の重要キャラであることも確かですから。
本人の主観としてはゴハン食べてるだけなので、追いかけ回されるのは可哀想でもありますね。
>サマサさん
重症ですね……エゴだよそれは。ウンチしないのはアイとアヤと刹那とジェニュインだけだよ。
仰る通りサイから見れば、今の我鬼=未来の自分(かもしれないというレベルではありますが)
まずはその辺の折り合いをつけてもらう必要があります。
ネウロキャラは全員「この分野ならコイツ」って感じで何かに特化しているので、
状況さえ整えてやればあとは自然に動いてくれるのがありがたいです。
>ふら〜りさん
早坂兄弟のそういうところが大好きです。
なんだかんだいって奴は良き上司であり頼れる兄貴。作中じゃ笛吹があまりにも
「理そうのじょう司」すぎるので霞んでる感がありますが……
ガッキー(石垣のことじゃありません)はそのうちまた出てきます。
>ガモンさん
ネウロ的定義によれば、サイは弥子と並んでネウロキャラの中でも一番人間らしいんじゃないかと
私は思ってます。
この先ちょっと話の雰囲気が変わりますので、受け入れていただけるか不安なのですが
ここまで書いたからには最後まで突っ走るつもりでいます。いろんな視点から書けるといいなと。
アイとサイの微妙な主従関係というか愛憎関係というか。
この2人は結局どんな関係だったのだろうというのを重い巡らせられる冒頭ですね。
しかし葛西はいい感じに汚れた大人って風でいいですね。このSSにもそれが良く出てます。
サイとシックスはやはり親子なんだなあ
お疲れ様です電車魚さん。
サイとアイは心の奥底の部分で引き合ってますから
「死が2人を分かつまで」でしょうが、一時別れますか。
その分再会のシーンは楽しみですね。
ヒロインが消えて、次から主役の我鬼のシーンになるのかな?
ここ最近、スレの調子が良くなかったから
サマサさんと電車魚さんの復帰は嬉しいな
お2人の作風がいい意味で対極的で楽しいw
357 :
しけい荘大戦:2009/07/18(土) 09:43:53 ID:CVaSdm8p0
第三十五話「登頂」
シコルスキーは直感する。
ちょうど真下に位置するゲバルが、まもなく人類史上初となる恐るべき推進力を得よう
としていることを。そしてその力はおそらくは拳によって、自分にぶつけられるというこ
とを。
ゲバルの力みが臨界点に達しつつある。攻撃開始はもう間近だ。
落下しながら、シコルスキーはゲバルが先ほどいっていたことの意味が分かったような
気がした。
ゲバルを後押しする巨大すぎる球体──地球。
咄嗟に、シコルスキーは信じがたい行動に出る。
──地球(ほし)に対抗するには惑星(ほし)になるしかない。
顎を引き、膝を抱え、背中を曲げる。シコルスキーは丸まってしまった。
一方、ゲバルは意にも介さず偉大なる支えから受け取った力を全て右拳に注ぎ込み、発
射する。
地球対シコルスキー星、正面衝突。
シコルスキー星、敗れる。
右拳のたった一撃で、シコルスキーの体が上空十メートルは舞い上がった。意識だけは
かろうじて脳にしがみついていたが。
ゲバルの拳はシコルスキーの丸められた背筋を貫いており、みごとに拳大のクレーター
を形成していたが、致命打には至らなかった。シコルスキーの閃きが、寂とオリバの防御
術を偶然にも融合させたことによる奇跡だった。
しかし、状況はさらに悪くなっていた。依然としてシコルスキーは空中にあり、しかも
支えを利用した突きは背中を捉えたにもかかわらず、衝撃は全身に及んでいた。
「驚いたぞ、シコルスキー。……が、もう一撃喰らえば耐えられまい」
再び、拳を腰に戻すゲバル。彼の両足は未だ地底深くの核を支えとして認識している。
358 :
しけい荘大戦:2009/07/18(土) 09:44:42 ID:CVaSdm8p0
大ダメージを堪え、シコルスキーは地上のゲバルに目を向ける。シコルスキー星はたし
かに打ち破られたが、ゲバルの最終兵器の二度目を味わうチャンスを作ってくれた。すな
わち、破るチャンスを。破壊力、速度、タイミング、軌道、全て体が覚えた。
ならば、こちらもベストタイミングで最大の武器をぶつけてみるしかない。
「ヤイサホォーッ!」
「ダヴァイィィッ!」
核から手渡されたエネルギーを微塵も殺さず、ゲバルが右拳を噴出させる。
シコルスキーは合掌すると、自慢の十指を貫き手のように拳めがけて突き刺す。
──またも正面衝突。
「よ、よくやって……くれた……」
シコルスキー、墜落。全ての指は複雑に折れ曲がり、絡み合い、血が噴き出し、中には
骨が露出しているものまであった。だが犠牲が生んだ成果は大きかった。
「ヌゥゥ……ッ!」
ゲバルもまた右拳を粉砕されていた。指に抉られた拳は、もう使い物にならない。
対地対空決戦が終わり、両者再び地上にて向き合う。ダメージは明らかにシコルスキー
が上だが、最終兵器を決まり手にできなかったゲバルのショックも計り知れない。
「ごぶぅっ!」
突如、シコルスキーが血を盛大に吐き出した。丸まって受け止めた一撃目で砕けた骨が
内臓あちこちを傷つける。
「シェイイィッ!」
残る左でのゲバルのボディブロー。脇腹にめり込むどころか埋め込むような重さ。
「ぶえぇッ!」
シコルスキーは大量の血液をゲバルの両目に吐きつけた。続いて、もはや人の手として
の機能と形状を失った右手を、ゲバルの唇の中に放り込む。ぐしゃぐしゃに変形している
右手は、口への侵入を果たすと驚くほどスムーズに喉にまで到達した。
359 :
しけい荘大戦:2009/07/18(土) 09:45:28 ID:CVaSdm8p0
「お、折れた指を逆に、利用する、とは……」
勢いに任せ、シコルスキーは腕を突っ込んだままゲバルを後頭部から叩きつける。
「グハァッ!」
変形した指は奇しくもゲバルの喉に完璧にフィットしていた。すでに外部からも喉に痛
打を受けていたゲバルにとって、地獄としか形容しようがない攻撃だった。
全体重で指を押し込むシコルスキー、全細胞を集中させ堪えるゲバル。
膠着は一分ほど続いた。が、地力で勝るゲバル。突っ込まれた右手を噛み砕くと、のし
かかるシコルスキーの延髄を右足つま先で強打した。
「グアッ……!」
隙を突いて立ち上がるゲバル。内外から喉を刺され、呼吸はひどく乱れている。
地球からの一撃をもらい、両手も破壊されたシコルスキーも、もう戦闘不能が近い。
「死ぬには、いい日だ……」
ゲバルはこう口ずさむと、シコルスキーを睨みつける。自らの生命を戦闘に溶かし込ん
だ決死の形相。津波や雷雲をも掻き消す暴風となりて、ゲバルが猛特攻に打って出る。
疾風(はやて)の踏み込みから、繰り出される左ストレート。
──が、左ストレートのわずか数ミリ上を行き違う両足。
真っ向からのカウンター。シコルスキーのドロップキックが、ゲバルの顔面を打ち砕く。
「死にたくないッ!」
ゲバルは仰向けに倒れていた。
故郷と異なり、天に星は一つとして瞬いていない。しかし、どんなに濁り淀んだ空であ
ろうと、必ず故郷と繋がっている。ゲバルは暗闇の中にくっきりと浮かぶ、愛する民をた
しかに感じ取っていた。
命を賭して、勇敢に戦い──生き抜く。また彼らと笑い合うために。
ゲバルは起き上がった。捻れ曲がった鼻を整え、シコルスキーに向き直る。
360 :
しけい荘大戦:2009/07/18(土) 09:46:14 ID:CVaSdm8p0
「死にたくない、か……。フフ、そりゃ俺だって、できれば死にたくはない。生きなきゃ
ならない……」
一聞すると惨めとも取れるシコルスキーの叫びが、ゲバルを新たな境地へと引きずり上
げる。
「死ぬにはいい日など……死ぬまでない……。いつだって──今日を生きるしかないッ!」
「ついでに明日はウォッカでパーティだぜ、ゲバルッ!」
「オーケイッ!」
今日を生き抜き、明日を励みに、闘志が激しく燃え盛る。二人のスタミナは底無しかと、
天すらも呆れる。
シコルスキーのハイキックがまともにヒット。にもかかわらず、強力な支えに守られた
ゲバルは倒れない。
反撃に出るゲバル。右アッパーが命中。消耗は激しくとも、まだシコルスキーの体を吹
っ飛ばすほどの威力を有している。やはりゲバル、実力は数段上をゆく。
もう右手も左手も破壊されている。が、シコルスキーは砕け折れ曲がった五指をかき集
め、両手合わせて二本の指とする。これを地面に突き刺し、かろうじて受け身を取る。
ゲバルはすぐそこまで迫っていた。
「俺の指はどんな場所だって登れる……」突き刺さった『二本の指』だけで己を持ち上げ
るシコルスキー。「たとえアンタだって……」
迫るゲバル。
「指よ──俺を登らせてくれッ!」
正真正銘、最後の力。
倒立からの両足蹴り。悪くすれば即死のタイミングだった一撃は、ゲバルの顎と喉を押
し潰し、轟音とともに打ち上げた。
ゲバルが失われゆく視覚は拾ったのは、やや白み始めた夜空──。地面との衝突の瞬間、
彼は核の硬さを身を以って実感していた。あとに脳が映し出すのは闇、のみ。
「い……ッてェ……」
酷使に次ぐ酷使で知恵の輪よりも複雑な形となった指を眺め、シコルスキーはぐしゃぐ
しゃの笑顔を浮かべていた。
次回、最終話です。
サナダムシさんお疲れ様です
ああ〜次回最終回ですか
終わって欲しい話は終わらなくて終わって欲しくない話は終わり
続きが早く読みたいですが、読みたくない複雑な気分です
363 :
作者の都合により名無しです:2009/07/18(土) 17:44:36 ID:iYP2/G7k0
お疲れ様ですサナダムシさん。
最終回か〜。このシリーズは続いてくれるのかなあ?
編を経るごとに逞しくなっていくシコルがいとおしかったです。
ついにゲバルと互角以上になりましたねえ。
最終回も楽しみにしてまう。
次回で最終回ですか。
シコルスキーと愉快な仲間たちともしばらくあえなくなりますね。
最後に男前のシコルスキーがみれて良かったです。
テンプレからサナダムシさんの名前が消えるのは寂しいな。
次回最終回ですか。また読みたいなしけいそう。
366 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:45:06 ID:dGSQ4YRQ0
15: BYE BYE BEAUTIFUL (2/2)
部屋を出たアイは立ち止まらなかった。あくまで音を立てずひそやかに、玄関へと続く細い廊下を
足早に歩いた。
もともとサイに付き従い、国から国へ街から街へ飛び歩いていた流浪の身だ。よって私物は皆無に等しい。
彼から下げ渡された品はすべて置いて去るつもりでいるから尚更だった。
「惨めだな。主人からの三行半とは」
耳に届いた低い呼びかけは微量の毒を孕んでいた。
行く手を阻むように壁に背を預けこちらを睥睨する長身に、アイはわずかに目を細めて足を止めた。
「早坂久宜」
朝日が昇ってだいぶ経つが、廊下には灯かり取りの窓もなく薄暗い。男を包んでわだかまる闇は、
外で輝く太陽など知ったことではないとでも言いたげに、サングラスの向こうの表情を読み取ることを
拒否している。
「聞いていらしたのですか」
「勘違いするな、聞こうと思って聞いたわけじゃない。恨むなら声の大きいお前の主人と、壁の薄い
アジトを選んだお前自身を恨むんだな」
「恨んだつもりで申し上げたわけではありません。今日は何かと発言を悪意に解釈されやすい日のようです」
聞かれて都合の悪いことがあるわけではない。先日アイによって絞首刑に処されかかったこの男は、
彼女が今置かれた状況を見て勝手に溜飲を下げているかもしれないが、それは彼女にとってプラスにも
マイナスにもならないニュートラルな事実だ。
アイはさっと視線を走らせた。男の弟であり部下である暗器使いは、彼から数メートル離れた廊下の
向こうからこちらを見ていた。
このまま二人を無視して出て行ったとしても何の痛痒も覚えなかったが、一応は彼女が引き入れた
連中である。二度と戻ってくることもないこの場所を辞す前に、彼女自身の口からこれを伝えておくのが
礼儀だろう。
「――あなた方の今後のことですが」
サングラスの向こうの目が光った気がした。
「ご承知の通り、私は主人に……先ほどまで主人であった人に暇を出されました。今までは私が彼の
代理人としてあなた方に指示を出していましたが、今後は彼本人の命令に従い動いていただくことに
なります。昨夜はお互いに色々とありましたが、≪我鬼≫という共通の敵を持つ者同士、深い理解と
度量を持って対処いただければ幸いです」
早坂と弟の唇が、ほぼ同時に歪む。
不服だろう、当たり前だ。自身の利害とポリシーのみに縛られる彼らにとって、『命令に従え』と
いうアイの通告は屈辱以外の何物でもない。それも単なる命令ではなく、一度は自分たちを虫けらの
ように捻り潰そうとした少年の意向とあっては。
それでも、従ってもらう必要がある。
自分が退場することで不足する手駒は、何かの形で補わなければならないのだ。
「≪蛭≫という男が、まだ彼の傍に残っています。まだ年若い日本人の青年ですが、見かけより遥かに
有能な男です。何かの際はその男に頼るようお願い致します。それから……」
アイは静かにまた一つ付け加えた。
「彼の傍に、もう一人別の男がいます。その男には近付かないようにしてください」
「どういう意味だ」
「言葉そのままの意味です。あなた方のためにはなりませんし、私どものためにもなりません。
できれば彼や蛭との会話も、極力その男の耳には入れないように。他の何を破ったとしても、
これだけは徹底していただくようお願い致します」
367 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:47:23 ID:dGSQ4YRQ0
「なるほど」
早坂が顎髭を撫でた。
「一枚岩ではないと、そういうわけか」
「お恥ずかしい話ではありますが、事実です」
ある意味ではこちらの弱みを晒すことにもなる指示だったが、これについては割り切るしかないと
アイは考えていた。どの道サイらと直接交渉する以上、隠してもいずれは分かってしまうことである。
それに。
――この兄弟二人に弱みを突かれるより、あの狸に内から侵食される方がダメージが大きい。
そんな思考はおくびにも出さず、ごく端的にアイは告げた。
「男の名は葛西善二郎。ご存知ですね」
「……!」
さすがに驚愕の色が顔に浮かぶ。
無理もない。まさかここで、前科一三四二犯の伝説の犯罪者の名を聞くとは思うまい。
だが裏社会叩き上げの肝の据わった策士は、そこで怖気づいたりはしなかった。ものの二秒で平静を
取り戻し、サングラスを指の先で押し上げた。
会話の切れ目を見計らって、アイは最後の一言を口にした。
「私から申し上げるべきは以上です。宜しくお願い致します」
再び歩き出す。早坂の隣をすり抜け、弟の横を通ってそのまま出て行くつもりだった。
だが。
「待て」
太い腕が突き出され、踏み切りの遮断機のごとくアイの行く手を遮った。
「まだ何か?」
「何か、というほどではない。しいて言うなら、上司に捨てられた鼻持ちならない女を笑って
やりたいというところか」
「あまり良い趣味とは思えませんが、それであなたの気が済むのでしたらお好きなように」
さらりと答える。
ユキが『うへぇ』と呻くのが聞こえたのは、この期に及んで揺らがぬ彼女の態度に対してか。
一方、早坂の方は気にした様子がない。案外弟より順応力があるのかもしれない。
細い廊下を塞いだまま、短く迷いなくもう一言。
「お前の主人は暗愚だな」
空気が帯電した、――かのように思われた。
サングラスに隠された男の目を、アイは無言で見返す。
沈黙を切り裂いたのはまたも早坂の言葉だった。
「失礼、今は元主人か。力の方はなるほどご立派なようだが、思考が単純で近視眼すぎる。精神的にも
脆く揺らぎやすい。理想の上司とは程遠いな。その暗愚な主人の下についていたお前もまた、奴と
同様どうしようもなく暗愚だ」
「何とでも」
答えながらアイは、早坂の表情の奥にあるものを探っていた。
冷笑だろうと最初は思った。しかし声音を聞く限り違うようだ。
ひそかに神経を尖らせる彼女に、早坂が続けた言葉は意外なものだった。
368 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:50:18 ID:dGSQ4YRQ0
「暗愚なこと自体が恥だとは、私は思わん」
「?」
「暗愚な上司と暗愚な部下でも、互いにうまく噛み合っていればそれなりの成果はあげられるものだ。
……恥と思うべきはむしろ噛み合わんことの方だろう」
「何が仰りたいのですか」
「つまらん経験談さ。好きなように解釈してくれて構わんよ」
行く手を遮る腕が引っ込んだ。
「邪魔をしたな。行っていいぞ、女。お前は最後まで気に食わない女だった」
「そうですか」
アイは歩き出す。
暗器使いの弟が一歩脇に逸れて道を空ける。頭を下げて彼の横をすり抜けていく。
しかし十歩ほど歩みを進め、ふいにアイはその場で足を止めた。
振り返ることはせず背を向けたまま、
「私からももう一つ、最後に申し上げてよろしいでしょうか」
兄と弟の視線が、自分の背中に注がれるのを感じる。
言うべきことは決まっていた。
「早坂久宜、あなたは彼を化物と呼びました。今でもその認識は変わっていませんね」
「ああ」
「口でご説明しても分かっていただけないことは承知しています。ですから私は代わりにこう申し上げます」
前を見据えていた顔を、アイは兄弟の方に向けた。
蝋細工のごとく白ざめた今の顔は、この二人の目にどう映るだろうか。魂なき幽鬼、心のない
冷たき人形、僧院にその身を閉じ込め、世俗の欲を捨て去った修道女。もっと別の理解不能なもの。
「いずれ必ず証明されます。他ならぬ彼自身の手によって――彼が紛れもなく人間であると」
早坂は息をついた。
「捨てられてなお忠実な雌犬か。品種はさしずめスパニエルだな」
「私に言わせればあなたがたは恵まれています。彼の証明の過程を目の当たりにすることができる。
その眩いまでの幸運に嫉妬を禁じ得ません」
「言っておくが、そんな証明は我々にとって無意味なものだぞ」
「存じています。それでも嫉妬せずにはいられないのです。あなたがたがこれから目にするものを、
私はこの目で見ることができない」
アイは再び前を向く。
「――残念です、とても」
長いスカートがひるがえる。
怪盗Xの美しき従者は、一ナノミリの憂いを残して颯爽と去った。
369 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:53:11 ID:dGSQ4YRQ0
*
アイの姿が消えた部屋に、拳が壁にめり込む音が鳴りわたった。
きつく唇を噛み締めたサイが、力一杯殴りつけたのだ。
直径数十センチの大穴から、腕を引き抜きざまもう一撃。
激しい音とともにアジトがまた揺れ、白い拳が血にまみれる。衝撃と木片で皮が剥け、肉が剥き出しに
なるのも構わず殴り続ける。壁は芝居の書割のごとく崩れ、萎びた顔を返り血が点々と濡らしていく。
「サイ……」
止められるものなら止めたかった。だが蛭にはそのための力も資格もない。
葛西に至っては止めるそぶりもなく眺めているだけだ。
何発目かもわからぬ拳が、ついに壁一面を突き崩した。かろうじて残っていた部分はメリメリと
軋み、漆喰の粉を吐き出しながら向こう側へと倒れていった。
ドォンと床をつたう大きな衝撃。
瓦礫と化した壁をサイは据わった目で眺める。視線はそのまま、半ば潰れた握り拳へと移動する。
薄ピンク色の骨を生々しくのぞかせた手は、名状しがたき激痛に苛まれているはずだ。にもかかわらず
口元ひとつひきつらせず吐き捨てた。
「疲れた。寝る」
「そうですか、どうぞごゆっくり」
こともなげに応じた葛西に、サイは返事をしなかった。
破壊し尽くされた壁から顔をそむけ、ドアとの間に途切れ途切れの血の川を作って出て行く。
閉じられたドアの蝶番が、哀れっぽい音を立てて弾けて落ちる。
惨状を呈す部屋に、放火魔と蛭だけが残される。
「――何のつもりだよ」
先に口を開いたのは蛭だった。
一方放火魔はといえば、二本目の煙草に火をつけるべくシガーマッチを擦ったところだった。
尖りきった蛭の声音に火火ッと唇の端を持ち上げ、白い先端にオレンジ色の炎を移す。
「ご挨拶だな小僧。まずは命の恩人様に『アリガトウゴザイマシタ』が筋ってもんだろうが。
礼の言葉の一つや二つ、土下座の百や二百や億千万もらってもバチ当たんねえ立場なんだがな」
「葛西。あんた、一体何を考えてる?」
戯言に付き合うつもりはなかった。
確かに葛西の一言で、蛭とアイの命が助かったのは事実だ。あれがなければ今頃は、彼女と二人で
手に手をとって地獄一丁目行きのバスに乗っていたろう。
だが博愛主義とも生命への尊崇とも無縁のこの男が、何の損得勘定もなくそんな真似をするわけが
ない。何か裏があることは賭けてもよかった。
煙を吐きながら葛西は笑う。
「おいおい、あんまりな言い草じゃねえか。確かにちょいとキツイこと言ったかもしれねえがよ、
あの状況ではああでも言わなきゃ仕方なかったんだよ。まさか『命を大事にしねえ奴は大嫌いだ』
なんて言うわけにもいかねえだろ?」
「誤魔化せると思うな。あんたはそんな殊勝なタマじゃない」
葛西はやれやれというように息を吐いた。聞き分けのない親戚の子供に対する態度だった。
「なんで信じてもらえないかねえ。前にも言ったと思うが、俺ぁお前のことは嫌いじゃないんだぜ。
むしろ好きの部類に入るかもしれねえ。お前だけじゃない、今出て行ったあの女の方もだ。黙って
見てんのは忍びねえ。何とかして助けてやりてぇと思ったのさ」
蛭は鋭く葛西を睨んだ。
気を許してはならない。この男は火の扱いだけでなく、口先三寸で相手を煙に巻くのにも長けている。
「火火火ッ、あんたに好かれる理由なんてねぇってツラだな。お前らにゃなくても俺にはあるんだよ、
お前らにしてみりゃ迷惑かもしれねえがな」
葛西は蛭の傍に歩み寄り、ふうっと大きく煙を吐いた。灰色の靄を顔に吹きかけられ、蛭は激しく
咳き込んだ。
「葛西っ、俺はそんな話をしてるんじゃない! 大体≪我鬼≫のこと知ってたのだって……」
声を荒げる蛭に、口から煙草を離して放火魔は笑った。
「なあ小僧っ子。お前はサイが人間だから仕えてるって言ってたがよ、実を言うと俺も『人間』って
生き物が大好きなんだよ」
詰問を続けようとする蛭に、『どうどう』と手を振ってみせる葛西。
「もっとも……お前が言うとこの『人間』とは、多分いくらか意味がズレちゃいるが」
葛西の手の中で煙草が燃え上がった。
小さな火の鞠と化したジョーカーは、ニコチンの香りを撒き散らしながら灰になっていく。
370 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:55:29 ID:dGSQ4YRQ0
「蛭。俺ぁ本当にお前とアイが気に入ってんだぜ。人間として人間のまま人間らしく、犯りてぇことを
犯りてぇだけ犯りまくってる。見てると胸がスゥッとすんだよ。……常々惜しいと思ってたのさ。
お前らみてえな連中が、あの程度の奴に付き従ってんのをよ」
ぴく、と頬が引きつるのを感じた。
考えるより先に葛西の襟を掴んで引き寄せていた。
「なんて言った。――おい、今なんて言ったんだよ!」
燃える煙草が床へと落ちた。
二十一歳の若者の力で襟元を絞め上げられ、それでも葛西は笑っていた。
「おっと悪かったな、言い過ぎたか。……まあそう熱くなんな、誰でも口が滑ることってのはあるもんだ」
「口の滑りなんて関係ない。詳しく説明しろ、今のはどういう意味だ」
蛭は決して、短絡な性格の青年ではない。
むしろ同年代の平均に比べれば、驚くほど広い視野と思慮の深さを備えている。
ただ悲しいかな彼はまだ青かった。年の功で上回る葛西に、たやすく煽られ燃え上がってしまった。
「痛ぇよ蛭。いい年したおじさんはも少し丁寧に扱えって」
「黙れ火事親父!」
服の上から見るより遥かに鍛えられた蛭の腕は、葛西の首をギリギリと絞めていく。
一瞬。
苦しい息を漏らす中年男の目に、赤い炎がかすかに灯った。
「調子乗ンなよ。この生ガキが」
ゴウッという音が空気を灼いた。
「……っ!」
理屈より本能で跳び退いていた。
擦過傷のような熱が顔に走り、蛋白質の焦げる匂いが鼻を突く。
――葛西の炎が頬を焼いたのだ。
「やべぇやべぇ。ついまた火ッとなっちまった」
呆然と顔に手をやる蛭に、葛西がへらへらと笑った。
「まぁ悪く思うな。ツラの皮の一枚や二枚、男なら勲章みてぇなもんさ。むしろ前より色男になってるぜ」
「葛西っ……」
「おっと、性懲りもなくまだやる気か? だが悪いな内勤のお前と違って、おじちゃんは寒ィおんもで
動き回って疲れてんだ。先にひとっ風呂浴びて寝かせてくれや」
ひらり、と手を振る。破壊されたドアを目指して歩き出す。
「待て、まだ話が!」
「話? 話してどうするってんだ。どうせお前、今の仕事が終われば御役御免の身の上だろ?」
振り返り黄色い歯を見せる葛西。
「サイとだって俺とだって、そうなりゃ一切関係がなくなる。無意味なんだよ、何もかも今更。
それよりせっかく拾ったその命、どう使ったら長生きできるか考えたほうがいいんじゃねえか?
とりあえず俺としちゃあ、さっさと仕事にケリつけるのが賢いと思うぜ。あの人の気が変わって、
『やっぱり死ね』とか言い出さねえうちにな」
「葛西!」
「それからよ」
無骨な指で、放火魔は蛭のジーンズを指し示す。
「さっきからそこに納まってるそいつは確認しなくていいのか?」
「あ……」
折りたたまれた白い紙が、ジーンズのポケットからはみ出ていた。
蛭の注意が逸れた一瞬を葛西は逃さなかった。慌てて顔を上げたときには、放火魔の姿は部屋から消えていた。
371 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:57:35 ID:dGSQ4YRQ0
*
自室に戻ったサイはそのままベッドに倒れ込んだ。
エネルギーを使い果たした体は一刻も早い補給を求めていたが、胸郭の内側を満たしたどす黒く
重たいものが、回復に必要な栄養分の摂取を拒否した。ズタズタの内臓や血みどろの手のひらが
上げる悲鳴も、同様の理由で黙殺された。
意識を別の世界に飛ばしたかった。どんな奇怪な悪夢だろうと、この現実に比べれば心地よい
ゆりかごに等しいと思った。
身を投げ出したマットレスの上で、サイはゆっくりと目を閉じた。
胎児のように丸まろうと膝を曲げたとき、ぐにゃりと柔らかなものが脚に触れた。
枕? いや、それは頭の下の定位置にある。
手を伸ばして引き寄せると虎のぬいぐるみだった。≪我鬼≫の捜索の間、手慰みにバラバラにして
遊んでいたものがまだ残っていたのだ。
手の一閃で引き裂いた。中の綿が溢れ、ぬいぐるみはみすぼらしいボロ布と化した。
そのまま部屋の壁めがけて投げつけたが、パフンという気の抜けた音が響いただけで、憂さ晴らしにも
何にもならなかった。
「畜生」
サイは呻く。誰に対する呻きかも定かではない。
「畜生、ちくしょう……ちくしょうっ」
人間でいたかった。
人間であり続けたかった。
不確か極まる己の存在のよりどころは、もはやそれしか残っていなかった。かじかむ手でマッチを
擦って暖を取る少女のように、小指の先にも満たぬ儚い希望に全身ですがった。
踏みにじられた希望は、その何百倍もの大きさの絶望となってふくれあがる。酸素の代わりに胸を
満たし、心臓の送り出す血液に乗って運ばれ、サイの全身を侵していく。
変異と忘却を繰り返す彼の細胞が、もし、≪人間であること≫さえ忘れたら。
自分もああなるのだろうか。
虎となり果てたあのヒトの子のように、本能のみで彷徨い続けるのか。
言葉も忘れる。数少ない彼を知る者の顔も忘れる。自分の正体を知るという目的も、鏡に向かって
『お前は誰だ』と問い続けた日々も、跡形もなく崩れて消える。
サイは顔を覆う。
そんな未来には耐えられない。
だが一方で、胸の底から甘い声が囁いてくるのも現実だった。
――別にいいじゃん、忘れちゃいなよ。
「うるさい」
――その方が楽になれるはずだよ?
「だまれ」
――長年の苦悩から解放されるんだよ?
「話しかけるな」
――きっとその方が幸せになれるのに。
「引っ込んでろっ!」
マットに拳を叩きつけた瞬間、ミシィという音を聞いた気がした。自分の体の中から響いた音だった。
何だ。細胞変異を調整した覚えはないが……
サイはベッドから跳ね起きる。鏡はちょうど、半身を起こせば覗き込める位置にある。
磨かれた鏡に映るのは醜悪な老爺の顔だった。正常な老化を経ず、少年から成年を飛び越えて
一足飛びに老境に達した顔だ。いとけない子供の特徴、つまり丸みを残した輪郭や顔全体に占める
目の大きさが、フリークスめいた哀れさを否応なしに喚起させる。
しかし、他に特に変わったところは見受けられない。
372 :
女か虎か:2009/07/20(月) 00:59:14 ID:dGSQ4YRQ0
深呼吸して顔に手を当てた瞬間、ボコッ、と肌が沸騰するように盛り上がった。
「え」
息を呑む暇もなかった。
手が、腕が、肩が、胸が、首が、≪我鬼≫の血管に侵食された左上半身すべての部位が、いっせいに
ざわめきながら蠢きはじめた。
「何っ……グ、ァッ!」
心臓が軋みを上げる。
胸を押さえ、苦痛にまかせて掻きむしろうとした。できなかった。
左肩から先の細胞が暴走しはじめた。
二箇所しかない指の関節が三つ四つ五つと増殖する。短かった爪がメキメキと伸び、蟷螂の鎌のごとき
形状へと変貌する。腕の骨が肉を突き破って伸び、木の枝の先のごとく枝分かれをくりかえしていく。
「あ、あああ、あ、ああっ」
心臓がまた軋む。
起こした上半身を支えきれず、サイはマットの上に倒れ込んだ。何とかかろうじて動く右手で、
シーツに爪を立てて強く掴んだ。握り締めたシーツに皺が寄った。
何。
これは、何。
呼吸困難に喘いだ口から、粘っこい血がどろりと溢れた。
シーツを汚した赤黒いものの中で、無数の細かい何かがうぞうぞと蠢いていた。
細胞だ。
体内の細胞が暴走している――
「ア……イッ」
目の端からも血が溢れる。涙のように頬を汚し顎をつたう。
「アイ、助け……っ」
それが最後の声になった。
痙攣とともに、サイの意識は闇に落ちた。
登場人物が増えてきたことも踏まえた、軽く登場人物紹介と現在の状況整理です。
全登場キャラについて書いているので、この先ほとんど出てこないキャラも含みます。
台詞や地の文のみで触れられているキャラ(ネウロ、吾代など)は除いています。
サイ【さい】
より正確には怪物強盗X.I(エックス・アイ)だが、
原作では怪盗"X(サイ)"、もしくは単に"X"と呼ばれることのほうが多い。
常に変異を続ける特殊な細胞を持つ、世界的に有名な盗賊兼殺人鬼。
誰にでも変身できる一方、重度の記憶障害に悩まされている。
フツーの少年漫画ならライバル的立ち位置で主人公を脅かすタイプのキャラだが、
ネウロにおいては主人公ネウロがあまりに際立った強さを誇るがために、
むしろ彼のほうが主役っぽく見えてしまうという現象が起こっている。
なお、本作では彼のシリアスな側面に注目してキャラを立てているが、
原作の彼は天然入ったボケキャラでもあり、アイと一緒にほのぼのギャグ要員もこなす。
★本作15終了時点での状況:
自分と近い能力を持つ虎≪我鬼≫を追っていたが、その≪我鬼≫が虎ではなく
人間であったことを知り、不安定な精神状態に陥る。また、体にも異変が。
アイ【あい】
サイの従者として彼に付き従い、その犯行を影ながら補佐する女性。
冷徹な性格で感情を表に出さない。
あらゆる破壊技術と工作技術、世界中の知識と言語を備えている上、
原作単行本の人物紹介でも「美女」と明記されており、
才色兼備を正に地でいくパーフェクト・レディ。
……のはずが愛想のなさと人選ぶヘアスタイルのためか男性人気は全体的に低め。
しかしそんな彼女も、サイの理不尽ぶりには振り回されっぱなしで、
しょっちゅう始末に負えない後始末をさせられている。
たまに食事のレベルを落とすなどの逆襲もしているらしい。
モデルは金○姫でFA。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫の正体が人間であることをサイに伏せていたことにより、
彼の怒りを買い、主従関係を解消されアジトを辞す。行き先は現在不明。
蛭【ひる】
サイに心酔し彼の犯行に手を貸す協力者。
原作では極めて出番が少なく、実は主人であるサイとの直接の会話も一言二言しかなかったりするため、
そこそこコアなファンの中にも彼の名前を覚えていない人は少なくないと思われる。
しかし原作のテーマと密接に絡んだ持論を展開したり、
単行本でプロフィールが公開される(※ネウロにおいて犯人のプロフは殆ど公開されない)など
出番が乏しいわりには扱いが妙に大きい。
気の弱い兄ちゃんの皮をかぶっているが、原作でいったん本性を見せるや否や
やたら偉そうに喋り出したので、本来の性格はそんな感じなのかもしれない。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫の正体が人間であることをサイに伏せていたことにより、
彼の怒りを買う。ただしアイとは異なり、任された仕事を終えるまでの
猶予を与えられている。
葛西善二郎【かさい ぜんじろう】
全国指名手配の放火魔。最近サイの協力者に加わった。
彼についてはここでは詳細を伏せておいたほうが原作読んだときに面白いだろうと思われる。
パチンコが好きだったり、バブル時代を懐かしんでみたり、
タスポ(原作ではタポス)がなくて不便な思いを強いられたり嫌煙オバちゃんにうんざりしたりなど、
非常に庶民的で読者密着型の犯罪者であることだけは間違いない。
前科1342犯で脱獄経験もある。
★本作15終了時点での状況:
真の主人である???(後述)から、≪我鬼≫の存在の抹消を命じられているが、
今のところ実現できていない。
アイ・蛭が激怒したサイに殺されかけるところを口先三寸で救うが、真意は不明。
苦悩するサイを見て内心嘲笑している。
早坂久宜【はやさか ひさのり】
香辛料輸入・卸販売『有限会社笑顔』代表取締役。
実際は上記にとどまらず、非合法な品全般の密輸を取り扱う。
かつては『望月総合信用調査』という会社で、社長の望月の右腕として悪巧みを担当していたが、
色々あってネウロにこてんぱんにノされて辞職。
しかし溝ができていた弟との関係が修復されたことを考えるとそれで良かったのかもしれない。
弟と共同で会社を設立した今は、前より遥かに活き活きとした顔つきでやっぱり悪巧みを担当している。
15巻で三毛猫を拾って飼い出したことから、意外に動物好きな一面が明らかになった。
本作の時系列が15巻より前のため、彼女らを登場させられないのが筆者としては非常に残念である。
★本作15終了時点での状況:
アイの誘い(半ば脅迫)により≪我鬼≫の追跡に協力する。
アイはサイ一味を離脱したが、本人の立場としては変わらず継続して協力する形。
早坂幸宜【はやさか ゆきのり】
『有限会社笑顔』社員。早坂久宜の実弟。「ユキ」と愛称で呼ばれることが多い。
兄の部下として、『望月総合信用調査』で、裏切り者の処分などの裏の仕事を担当していた。
一見クールな性格だが、兄の久宜に絶対の信頼を置いており、
「アニキは生まれたときから俺の上司」と豪語する。意外に熱い一面も持っている男である。
『望月総合信用調査』時代は年中分厚いコートを身に纏っていたが、
兄と和解してからはコートを脱ぎ捨て、カジュアルな軽装にイメージチェンジした。
しかし一方でキャラは薄くなってしまい、やっぱりイメチェンした兄の脇で、
ヘリを操縦したりダイヤを鑑定したりくらいしかアピールポイントがなくなってしまった。
ヤムチャっぷりにかけては間違いなくネウロ界一。
★本作15終了時点での状況:
ほぼ兄(早坂久宜)に同じ。
笹塚衛士【ささづか えいし】
警視庁捜査一課所属の刑事。低いテンションと高い実力と低すぎる血圧の持ち主。
1巻1話から登場しており、当初はただのお髭の刑事さんと思われていたが、
原作ヒステリア編において、サイ(と推測される)殺人鬼に家族を皆殺しにされていた過去が判明した。
警察学校で習うレベルを遥かに超えた射撃の腕を持つが、これは家族が殺されたのち、放浪の果てに
辿り着いた南米でマフィアの男に教わったものである(小説版『世界の果てには蝶が舞う』の設定だが
原作にも反映されている)
体内に葉緑素を持っている。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫による連続虐殺事件を捜査中。
石垣筍【いしがき じゅん】
警視庁捜査一課所属の刑事。笹塚の相棒。
最近の若者にありがちな軽いノリと低いプライドの持ち主と単行本のキャラ紹介にはあるが、
彼と一緒にされたら大半の最近の若者は怒り狂いそうである。
職場でプラモ作ったりは日常茶飯事。とにかく時間を見つけてはサボタージュに走る。
殆どいいところのないダメ人間キャラといえるが、時と場合によっては
思いもよらない方向で意欲と実力を発揮することも。
そのマニア魂は凄まじく、他を無視してそこだけ取れば日本全国のオタクの鑑となるべき存在。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫による連続虐殺事件を捜査中。
等々力志津香【とどろき しづか】
警視庁捜査一課所属の刑事。警察学校出たての新人。
ある事件により危機感を募らせた上層部により、笹塚・石垣班に増員として新規配属された。
カチコンにお堅いその性格は性根フニャフニャの石垣と真っ向から反発しあっており、
桜田門の捜査一課に行けば小学生の男女のごとくギャーギャー罵りあう光景が日常的にみられる。
全体的に露出度が低いネウロの女性キャラの中にあって、ブラチラを披露したことのある
まことに貴重でありがたい人材。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫による連続虐殺事件を捜査中。
笛吹直大【うすい なおひろ】
警視庁刑事部所属の警視。笹塚とは大学時代の同期。
原作ヒステリア編で登場したばかりの頃は笹塚を目の仇にするチビでイヤミなメガネ野郎で、
笹塚にうっかり「家族を皆殺しにされたくらいで」とか言っちゃって読者に総スカンを食らうような男だったが、
原作の展開が進むに伴い、要所要所で強い正義感と高い志を垣間見せるようになった。
笹塚と和解(というか一方的な敵意を昇華しただけ)してからは、
時に有能な上司として、また時に一人の良き友人として彼に接する。
笹塚と同い年の31歳だったりするが、やけに可愛い携帯ストラップを愛用していたり、
テディベアにこだわりを持っていたりとなにげにファンシー趣味。
本人は必死にそれを隠そうとしているが、多分もうとっくにバレている。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫による連続虐殺事件の捜査を指揮。
筑紫侯平【つくし こうへい】
警視庁所属。恐らくは笛吹と同じ刑事部だが詳細は不明。笹塚・笛吹の大学時代の後輩。
巌のような男とはまさにこの男のことと思われる。
笹塚と笛吹を先輩として尊敬しており、特に上司である笛吹とは現在も強い信頼関係を保っている。
好物はヨーグルト。自分の分を食べられて異様な圧力を放つおとなげない一面も持ってたり。
図体がでかいわりにあまり喋らない。よってここに書けるようなこともあまりない。
容姿が『寄生獣』の後藤にやたら似ている。
★本作15終了時点での状況:
主に笛吹を補佐。
匪口結也【ひぐち ゆうや】
警視庁情報犯罪課所属。19歳だが特例措置により刑事となった。
外見も子供っぽければ中身も子供っぽい。
捜査の過程で証拠物件を使い人体実験をやりたがったり、
気に障ることを言ったお堅い上司を洗脳してロックでファンキーな男にしてしまうなど、
倫理観に欠けた犯罪者寄りの行動も多く、およそ刑事というイメージとはかけはなれた人種である。
そんな彼のお目付け役は笛吹だが、どう見ても馬の合いそうにない組み合わせにも関わらず、
現状そこそこうまくやっているらしい。
原作HAL編において過去が判明しているが、これに関してはここで説明するより
実際に読んだほうが絶対にいいのであえて言及しない。
★本作15終了時点での状況:
≪我鬼≫事件の担当ではないため、いつも通りに仕事をこなしている。
???【???】
本作06で葛西と電話で話していたワカメ。
★本作15終了時点での状況:
不明。
≪我鬼≫【がき/うぉ・くぃぃ】 ※オリジナルキャラクター
中国吉林省の奥地で捕獲され、日本に密輸されてきたアムール虎。
サイに匹敵する再生能力を持つ。
檻を破って密輸船から逃亡、夜ごとに大量虐殺を繰り返し東京都民を恐怖に陥れている。
意外に美食家らしく、人間は女性しか食べない。
★本作15終了時点での状況:
二度にわたりサイと交戦、敗北を喫するも逃げおおせることに成功。
戦闘の中で正体は人間であることが判明した。虎の姿をとっている理由・経緯は不明。
自分がかつて人間だったことさえ覚えていないようである。
今回の投下は以上です。
……すいまセーン……ボクウソついてまーした……
アイの登場シーンもうワンカットあるの忘れてたよー。
これで正真正銘しばらく退場です。
話がだいぶ進んできたので軽く人物紹介と現在の状況のおさらいも入れてみました。
よろしければご覧ください。
>>353さん
サイとアイの関係は原作ではキレイな形で決着がつきましたが、
サイの記憶や嗜好が結構ころころ変わってくこと考えると、描かれなかった色んなあれやこれやが
あったかもしれませんよね。実際回想でのアイの姿は作中の時系列ふまえるとおかしいし、ある程度
サイの脳内補正が入ってる気がする……きっともっとゴタついてたと思います。
葛西のおっちゃんはイイ男だと思うんですが私の周囲の女性たちには評価低いです。お前ら見る目ない。
>>354さん
カエルの子はカエル
トンビの子はトンビ
ワカメの子はワカメ
>>355さん
ゴールデンコンビが袂を分かつのは王道かなと。原作でもネウロと弥子がやってますね。
(個人的にはもうちょっと袂分かったままでいてほしかったけど)
そうですね、当座はひとまず我鬼関連になります。
>>335さんがおっしゃってるのとは
多少意味がズレるかもしれませんが。
>>356さん
同じスレなのにこれでもかとばかりに作風違いますね確かにw
バキスレって面白いとこだ。そして懐が広い。受け入れてくださる皆様に感謝。
すみません、人【じんぶつしょうかい】内の等々力の紹介に誤りがありました。
「ある事件により危機感を募らせた上層部により、笹塚・石垣班に増員として
新規配属された」とありますが、
これは15巻での出来事なのでこのSSには反映されていません。
等々力はまだ笹塚・石垣班には所属していない状態です。
早坂意外と渋い言い回しですね。
でもアイが暗愚ならネウロクラス以外はみんな暗愚以下になるなあw
人物紹介があると親切でいいですね。
380 :
作者の都合により名無しです:2009/07/20(月) 13:36:34 ID:PBB38Sqb0
お疲れ様です電車さん!
しばらくアイがお休みとの事ですが
「濃い」キャラが沢山活躍するので
テンションは落ちないでしょうね。
じんぶつしょうかいも凝っている上に
原作らしい作り方で感心しました。
サイ敗北か。我鬼強いな。
他の仲間?のサポートやアイの復帰でピンチ脱出なるのかな?
人物紹介の中のキャラでも等々力好きだな。劣化アイって感じで。
386 :
ハイデッカ:2009/07/20(月) 21:27:47 ID:Bjc3Cyb/0
お久しぶり。色々あってね。
次スレでは短編か読みきりくらいは書きたいねえ。
エニアさんは流石にテンプレから外しました。
1年くらい音沙汰ないもんね。
NBさんやスターダストさんもご無沙汰だし、厳しいですな。
387 :
作者の都合により名無しです:2009/07/21(火) 01:50:09 ID:r9AlAgEf0
電車魚さん乙です。
ガキに精神的にも肉体的にも苦しめられるサイですが
やはり最後にはアイの力が必要なような。
ガキが女しか食べないのは食欲と性欲を同時に満たしてるからか。
ハイデッカさんテンプレ乙です。
復帰を期待しております。
ハイデッカしテンプレ乙。
スレ立てられなかった。
第二十五話 ヒムの憤怒
ボブルの塔の地下深く、ヒムとゲマが部屋の中心に立つ。
ゲマは相変わらずヒムの顔を見ては嘲笑い、ヒムはそのゲマを不愉快な気持ちで見つめていた。
「その笑い方をやめねえと首の骨を折るって言ったよな?本当にやられたいみたいだなお前。」
ヒムがゲマに飛び掛かる。ゲマは軽くヒムの拳を受け流しながら笑っていた。
「ほほほほ、貴方は感情的になりやすいですね。付け入る隙が多すぎる。」
ゲマはあくまでもヒムに対し余裕を見せつける。対してヒムはゲマの様な輩を受け付けない性格の為か、
ゲマの行動一つ一つがしゃくに障る。
「この野郎、人を馬鹿にしやがって、ぶっ潰してやる!!」
ヒムは左腕に闘気を集める。光の闘気を纏ったその拳をゲマに突き出す。
「闘気拳!!!」
対してゲマも巨大なメラゾーマで迎え撃つ。
「ほほほ、その闘気拳は攻撃の瞬間に一瞬全身が硬直する。その一瞬を捕えられる前例がおありでしょう。」
ゲマはヒムが左拳を突き出し、硬直した瞬間に指を下ろす。メラゾーマはヒムを焼きつくした。
「呆気ないものですね。ほほほほ。」
しかし、その火柱の中からは五体満足のヒムが出てくる。周りには火傷の跡もない。
「オリハルコンの体を持つ俺に呪文なんざ効かねえぜ。」
「ならばオリハルコンさえ傷つけるこの鎌ならばどうでしょうねえ。」
ゲマは自分の愛用している鎌を出す。キルバーンの”死神の笛”を思わせるその鎌でヒムに斬りかかった。
ゲマの鎌がヒムの脚に突き刺さる。返すようにヒムはゲマの顔面を殴り付ける展開が続く。
一見互角に見える闘いも肉体の強度の差でヒムが有利な立場に立っていた。
一方ベンガーナ王国ではクロコダインの勝利に酔い国民がクロコダインを称える。
そのような喜々とした状況下で傷ついたアバンの姿を見るとやはり誰もが不審に思うものである。
「アバン!!!」
フローラが声を張り上げてアバンの元へ近づく。アバンはフローラの方に意識を配りながらも辺りを見回す。
”視られている”という気配が感じられる。アバンは注意深く民衆を見たがバズズと思しき者はいない。
「いや、会議室で魔物に襲われましてね、そしたらこの広場に降りて行ったものですから。」
アバンは言うか言わざるべきか迷ったが、敵がどこにいるか分からない今自分の身は自分で守ってもらうしかないと考え話した。
フローラを始め、各国の王や国民、戦闘を終えたばかりのクロコダインやヒュンケルも辺りを見回した。
その直後、メラ系の魔法がアバン目掛けて飛ぶ。その後も続々と執拗にアバンを狙った攻撃が増え続けた。
バズズがアバンしか狙っていない事を証明するには充分な判断材料でありアバンは安心した。
「バズズさん、もし私を殺したいのならばこちらへ来たらいかがです?」
そのまま上空へ上がったアバンの挑発にも乗らずバズズは依然民衆の中に隠れている。しかしアバンは上から見るとバズズのいる位置が分かった。
アバンは下降し、そのままアキームのいる位置に走り出した。
「貴方がバズズだ!!」
そのままアバンはアキームを斬り付けると、アキームの肉体はバズズの肉体へと変化した。
「ぐああ!!」
胸を斬られた事によるバズズの悲鳴、彼はそのまま倒れ伏した。
「何故、分かったの?」
フローラがアバンに尋ねる。
「本人であれば本来主であるベンガーナ王から離れる事はありません。どんな事が起こっても、
しかし、彼に化けたバズズは王から随分離れた位置にいました。この様な通常の人混みの中で主から離れる部下などいる筈がありませんからね。
本人は先程の騒ぎに乗じて上手く隠しておけば良かったのでしょう。」
ベンガーナ王、クルテマッカ七世の隣には背中に爪痕を付け、横たわっているアキームがいた。
「こんな時にワシが気が付かなかったとは、迂闊だった。」
クルテマッカ七世は俯きながら呟いた。
「幸いアキーム殿もそこまでの重症ではないようなので、早急に治療しましょう。」
こうして、ベンガーナ城の広場での死闘は終わった。
人のいなくなった広場でバズズは何とか息をしていた。
「クソぉ……あの男、必ず、殺してやる!!!」
そんなバズズを後ろからドラゴン達が踏みつぶした。
「フン、これ以上ミルドラースの配下に動かれては困る。」
グレイトドラゴンに乗った黒い魔道士の様な魔族がバズズの死体を焼き払った。
ヒム優勢のまま闘いが続いていたがゲマの余裕を見せた動きも変わらない。
「てめえ、戦う気はあるのかよ!?」
「ほほほ、出来れば御免蒙りたいですがね、まあハドラーの部下程度なら手の内を全て見せなくともよいでしょう。」
ゲマの言葉にヒムが反応する。
「何だ今の言い方は!!ハドラー様を侮辱しているのか!!」
自分にとって、生涯で最も尊敬し敬愛した主ハドラーを遠まわしに侮辱された事実にヒムは無性に遣る瀬無さを感じる。
「絶対に……絶対にゆるさねえ!!!!!」
ヒムはゲマに渾身の一撃と呼べるほどの威力でゲマを殴る、殴る、殴る。
眼に光る物、オリハルコンによる光沢とは違った光を放ちながらゲマを殴り続ける。
「おほほほほ、部下に恵まれていますね、ハドラー……自分の保身しか考えない男の何処に惚れたのでしょうねえ。
私から見ればあの男はただの小物だとしか思えませんが。」
ゲマの一言がヒムの理性を完全に吹き飛ばした。最早侮辱どころか自分の主が遥か下に見られている。
自分を兵士ヒムとして作った主であり、アバンの使徒と戦い続けた誇りある戦士であり、父ですらあるハドラー。その主の為に命を捧げる事さえ何の躊躇いもない。
それをこの男は一蹴した。自らの存在意義と敬愛する主君を全てなぎ倒した言動。
バーンやミストバーンにまで認められる実力を持ったハドラーをゲマは小物だと評価する。
ヒムはただひたすらゲマを殴り続けた。確実に、殺す為に。
しかしゲマも殴られ続けている訳もなく、ガラ空きとなった下腹部に鎌で斬り付ける。
それでもヒムは止まらない。ゲマが凍える程の吹雪を口から吐いてもヒムはまるで後退しようとしない。
ヒムは左腕に闘気を溜めこみ闘気拳をゲマに叩きこむ。その場に倒れこむゲマ。
「貴様は絶対に許さねえ。泣いても謝っても許さねえ!!!!!」
ヒムは倒れているゲマに更に殴りかかった。しかし、ゲマの体が消え始める。
「おほほほほ、まさかここまでやるとは思いませんでしたよ。しかし私も死にたくないので今回はこれまでとしましょう。おほほほほ。」
あくまでも余裕の笑みを崩さずにゲマはボブルの塔を去って行った。
「うああああああああああ!!!!!!」
ゲマを仕留めそこない、やり場のない怒りがヒムの心を縛りつけた。
393 :
ガモン:2009/07/21(火) 16:33:23 ID:2MLwJ60h0
第二十五話 投下完了です。
アクセス規制により書き込みが出来ませんでした。申し訳ございません。
前振りの割にはアバン対バズズがあっさりしすぎました。
>>顕正さん
お疲れ様です。
今回第三勢力の性格がより色濃く出始めましたね。
自分としては第三勢力(分身体)の言う事にも一理ある様な気もしてしまいますね。
暗黒闘気でしか傷つかない特異体質、ほかの二人とはまた違う異質的な強さを感じます。
死神もやはりキルバーンに似通った点が多いですね。いなくなった本体に少し興味が湧きましたが。
>>サマサさん
お疲れ様です。
>遊☆戯☆王 〜超古代決闘神話〜
正に一人一殺といった状況ですね。
今の展開であれば遊戯とミーシャがタナトスの元に行く事は確定的ですが(まだ分かりませんが)
城之内は番人と戦わないのでしょうか?
オリオンは今回も死亡フラグになりそうでしたがその後のやり取りがあれば心配なさそうですね。
一方でレオンティウス、いろんな意味でこの闘いが先の読めない展開になりそうです。
>天体戦士サンレッド
ピラフ達に負けた十人のヒーローが気になりますが、フロシャイムの怪人は強いですね。
それでもサンレッドにやられるというのは理不尽極まりないとすら思えます。
宗介のフロシャイムに対する誤解は解けるのでしょうか。
内山田教頭には出番を多く出そうと思っています。GTOベースですが一部違うキャラが出るかも知れません。
>>サナダムシさん
シコルスキーの「ダヴァイッ!」に感激して鳥肌が立ちました。
そしてゲバルの地球拳、予想をはるかに超えたダイナミックなダメージになったのでとても驚きました。
その後のそれぞれの掛け声から始まり、折れた指を利用するシコルスキー、ゲバルの名言も出て
最後はシコルスキーの両足蹴り、凄まじい戦いでした。
最終回、楽しみにしています。
>>電車魚さん
お疲れ様です。
サイの傍を離れても出来る限りの補助をしようとするアイが私は好きです。
葛西と蛭のやり取りも、葛西らしさがよく出ていて面白かったです。
最後にサイがアイに助けを求めるシーンを見ると、本当にサイは人間らしいと思います。
>>ハイデッカさん
テンプレ作成お疲れ様です。
私の作品が二作あった事が嬉しかったです。ありがとうございます。
お疲れ様ですガモンさん。お久しぶり。規制でしたか。
ヒムは熱いですね。主君への想いをいまだに忘れない。
バズズといえばゴッドサイダーの強敵を思い出してしまうw
俺もスレ立てれなかった。
長いのが着たら切れちゃうかもね
ゲマは確かにドラクエ史上最も嫌な奴だった
396 :
作者の都合により名無しです:2009/07/22(水) 20:18:17 ID:OQ57Yqts0
スレが立たないことは今までなかった
バキスレ未曾有の危機かも
ヒムよりラーハルトの方が好きだな
ラーハルトにも強敵を用意して欲しい
397 :
ふら〜り:2009/07/22(水) 23:01:05 ID:nPm4va590
私もなぜか立てられない……アク禁の多発といい、最近どうも使い辛いですね。
どなたかお願いしますっっ。
>>電車魚さん(13巻。遂に捕らわれの姫様! しかも洗脳つき! ヒロインおめでとうヤコっっ!)
今更ながら、アイにとってサイは「理想の上司」ではないですね全然。今の私の知識からは、
彼女がサイに従う理由って「好奇心?」としか……何か他に出てくるのかな。早坂との、実に彼女
らしい会話はカッコ良かったですが、サイがアイに謝るはずもないしどうやって帰って来れるのか?
>>サナダムシさん
骨折をものともせず攻撃ってのはよくありますが、折れた後にここまで酷使してるのは流石に
凄い。ボクサーにとっての拳のように、彼にとっての一番信ずる武器、相棒ってことなんでしょう
ね。その相棒は見事に主人の信頼に応え、戦い抜いて登頂、勝利! キメてくれました主人公!
>>ガモンさん
シドーのベホマと並ぶ伝説のプレイヤー泣かせ技、バズズのメガンテが見られなかったのは少々
残念。ゲマは相変わらず言動が気持ちいいぐらいゲスですけど、ここまで余裕たっぷりにヒムを
あしらってると(ダメージはあるようですが)大物っぽくも見えてきます。こうなると死に様が楽しみ。
>>ハイデッカさん
おつ華麗さまですっ。SSもお待ちしてますよ〜! 私も早く、またテンプレに載りたいと思っては
いるんですが。描きたい元ネタマイナー作品(←と決まってるからタチが悪い)も溜まってるんですが。
いかんせん、うまく物語として纏まらず。……歳か。歳のせいで何かが枯れているのか私!?
>>ところで過去ログを読み返してたら、電車魚さんがこんなことを
>ふら〜りさん、サイをバケモノと思われましたか……あえてここで多くは語りませんが、
わはははは。今なら解る。私ゃサイに殺される資格がある人間ですな。
399 :
作者の都合により名無しです:
なんとなくあげ