【2次】漫画SS総合スレへようこそpart62【創作】
その日、神社の境内で美しい狐を見た。
それはそれはおかしなことだった。
なぜかというに、今は早春、冬を越えた獣が人里へ降りてくるのはまだ少し先のことで、しかもその日は折からの雨で道はぬかるんでいた。
しかし目の前にいる狐はうっすら濡れていながらも金色に輝いており、泥にまみれた様子など毛ほどもない。
あまつさえその狐、
「やはりここにいたか、人間」
しゃらりと人語を発してみせた。
「……ここにいちゃいけないっての? ここは私の社よ」
僅かに白んだ息を吐きながら彼女がそう答えると、狐はククッ、と首を右15度に傾けた。
「お前と存在論について論議するつもりはない、人間」
「私にだってないわよ」
「ならばなんの問題がある、人間」
「……人間にんげんと気安く呼ばないでくれるかしら? 確かに私は人間だけど、博麗霊夢(はくれい れいむ)という名前を持っているのよ」
すると狐はきょろきょろと辺りを見回し、
「今ここに、お前の他に人間はいない」
「万年閑古鳥の神社で悪かったわね」
「しかるにお前は『人間』より上位概念での識別を要求している。これは非合理的だ」
「じゃ、あんたのことは狐って呼べばいいわけ? 境界オバケの使い魔さん」
「それは誤った認識だ。私の定義は『スキマ妖怪の式』であり、そこいらにいくらでもいるけだものと一緒にされるのは分類上、不正確を極める」
韜晦じみた狐の口上を手で振り払い、有無を言わせずそこに言葉を被せる。
「はいはいはいはい。それで? 今日はなんの用なの、藍(ラン)」
狐──藍は再び首を右15度に傾け、霊夢の発言を呻吟する。
「お前は今、私を藍と呼んだ。すなわち、儀礼上の形式(プロトコル)として、私はそれに対応する識別子で呼称する必要がある」
そう結論付けると、今度は首を左に15度──すなわち地面に対して垂直の軸に傾ける。
「私と同道しろ、霊夢。我が主上であらせられるところの紫(ゆかり)様がお前をお召しだ」
返事すら待たずにくるりと背を向け、すたすたと歩き始めた藍を見やり、霊夢はそっと溜息をついた。
「……最初にそれを言いなさいよ」
さて、どうしたものか。
自由気儘を身上とする霊夢にとって、誰の呼び出しだろうと素直に従う義理はない。
義理はないのだが──。
「ま、仕方ないか」
特になにも考えずに呟くと、
「おいで、燐(リン)。お出かけよ」
この寒気などどこ吹く風といった風情で賽銭箱の上で丸くなって船を漕いでいる黒猫を呼び寄せる。
燐と呼ばれた黒猫は嬉しそうにニャーンと一鳴きすると、ぴょんと霊夢の胸に飛び込み、丸くなった。
「なんだ。その猫も連れて行くのか?」
「懐炉よ。こんな肌寒い日に表に出るのだから」
「だったらそんな腋が露出している装束などやめればいいだろう」
「それは言ってはいけない百年の約束、よ──」
「……で、けっこう遠くまで来たけど、まだ着かないの?」
「まだ道中ばに過ぎない」
「いったいどこまで連れて行こうっての、藍」
「『妖怪の山』だ」
「うげ」
思わず呻く。
「どうした、霊夢」
「あそこってなんか色々めんどくさいからなぁ……」
「『空を飛ぶ程度の能力』──あやゆる理、あらゆるしがらみ、あらゆる制約から解き放たれ、真に『宙に浮く』という、
この幻想郷でも稀有な能力の持ち主が、そのようなことを言うのか」
「そりゃ言うわよ。そんな言葉遊びに付きあうほど優しくないもの、私。
めんどくさかったら帰るし、そうじゃないのならあんたについていく。それだけよ」
「なるほどな──」
霊夢のいい加減な返答にも、藍は生真面目にうんうんと首肯する。
(ほんと、いい性格してるわ)
「しかし問題ない。いや、たとえ問題があっても、それが私たちに及ぶことはないだろう」
その奇妙な返答に、霊夢は眉をしかめた。
主人の影響なのか、この妖狐の言うことはもってまわリ過ぎている。
「どういうことなの……」
「水先案内人を用意してある」
「え?」
「いや、この場合、風先案内人というべきか……そら来た」
言うや、つむじ風が吹く。
風雨乱れて霧となり、霧は樹に流れて一滴、根に染みて土が興る。
枝のざわめきは天に騒ぎ、霧と風を乱して虹を生む──。
その虹すら切り裂く風を纏い、烏天狗の少女が霊夢の前に舞い降りた。
「どもども、夢はでっかく新聞記者、幻想郷最速の、清く正しい射命丸文(しゃめいまる あや)でーす!」
団扇をひらひらさせながらビシッと可憐にかつ格好よくポーズを決める……が、
「あれ? どうしたんですか、眼なんかつぶって。まだ寝る時間じゃないですよ」
「あんたの風が目に刺さったのよ! 生木をへし折るよーな暴風ふりまいて登場するんじゃない!」
「あやややや。それは失敬」
「まったく……もういいわよ」
「反省しろよ☆」
「お前だよ! ……ったく、変なところで体温あげさせないでよ」
「あはは。今のテンション凄かったですね。まさに山あり谷あり棒折れグラフ」
「はいはい」
霊夢と文のやりとりを黙って眺めていた藍が、会話の途切れたのを機に割って入る。
「そろそろいいか? 私は『良く分かるフェーン現象』の講釈に興味はない」
「あんたは今の会話をどこを聞いてそんな解釈になるのよ……」
がっくり虚脱した肩を落とし、霊夢はなんかもおすっげえどうでもいい気分で呟いた。
366 :
春を呼ぶ程度の能力:2009/03/14(土) 16:26:15 ID:lCJvrNzh0
「はあ。……それで? 文がいるとどうしてなんの問題もなくなるの?
こんな三流ブン屋ごときに、問題が自ら避けて通るようなカリスマなんてないでしょう?」
「うわ、ひどい言われよう」
「確かに、この烏天狗には我が主上やその盟友であらせられる西行寺幽々子(さいぎょうじ ゆゆこ)刀自、
あるいは紅魔館の御令嬢であるレミリア閣下に並ぶような存在の『格』は持ち合わせていない。
むしろ下賤な烏天狗の眷属でしかない。けだものと似たり寄ったりの生き物だ」
「貴女もけっこうひどいこと言いますね、藍さん。あんまひどいこと言うとパパラッチしますよ?」
「だが、問題は自ら避けずとも、こちらから吹きとせばいい」
話の要点がつかめずに目を白黒させている霊夢へ、文がニコニコ笑いながらにじり寄る。
「へっへー、つまり、こういうことですよ」
「あ、ちょっと」
「霊夢、今から落ちるぞ」
ぼそりと藍が警告を発する──が、やはり意味不明。
「え? え? どこへ?」
「空へ、だ」
「は?」
「疑似重力だ。文の能力はその領域にまで達している」
霊夢の理解を置いてけぼりにして、事態は進行する。
文の右手に握られた団扇は天を仰ぎ、その左手はしっかりと霊夢の腰を抱えている。
そして、藍は今の今まで人を模したものであった姿から、九尾の妖狐の姿をとって文の肩にしがみつく。
霊夢の胸の中では、燐がごろごろ喉を鳴らしていた。
「さーて、遠からんは風に聴け、近くば寄って錐揉み回転!
とくとご覧じろ! 誉れ高きは幻想郷最速の、『風を操る程度の能力』を!」
──次の瞬間、霊夢は空に落ちていた。
ぐるうりと天地が逆様に、ただただ奈落に突き落とされるような感覚で、この蒼穹にまっしぐら。
「ひゃああああぁぁぁぁ!?」
パニックに陥りそうな思考のなか、そんな表面の混乱とは無縁なさまで冷静に現状を観察する霊夢の中枢は、
冷静で的確な判断力をもって次のような推論を下していた。
367 :
春を呼ぶ程度の能力:2009/03/14(土) 16:27:20 ID:lCJvrNzh0
『自分たちは射命丸文の操る颶風によって遥か上空に打ち上げられており、
そして目指す目的地が天界でもない限り──次は反転して地面に真っ逆さま』
ああ、しかし、その推論が正しいとして、今まさに悲鳴を上げている霊夢のパニック担当がその事実を認識できるかどうか?
「いやああああああ降ろしてええええええええええ!」
※
バレンタインデーのお返しのつもりがなんか長くなりそうなので分割。
続きは夜……か明日。