【2次】漫画SS総合スレへようこそpart62【創作】

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350しけい荘大戦
第一話「シンクロニシティ」

 しけい荘で暮らしていくには、最低でも最高速で突っ走るトラックと激突しても立ち上
がれるぐらいの耐久力を求められる。こんな世界最危険区域に指定されてもおかしくない
最凶アパートが、東京には実在する。
 現在の入居者は七名。いずれも劣らぬ曲者揃いである。
 101号室、アンチェインにして大家、ビスケット・オリバ。
 102号室、殺法の達人にしてサラリーマン、柳龍光。
 103号室、海王にしてペテン師、ドリアン海王。
 201号室、凶器人間にして手品師、ヘクター・ドイル。
 202号室、しけい荘最高齢にして家賃滞納常習犯、スペック。
 203号室には、サンドバッグにして生命力ナンバーワン、シコルスキー。元海賊にし
て現役大統領、純・ゲバル。この二人が同居している。
 彼らが一堂に会する機会は、実はさほど多くない。しかし、今日は特別だった。
 なぜなら今日は、しけい荘が生まれた日──。
 オリバからの「今日の晩飯は私のおごりだ。多数決を取って一番票が集まったものを食
べに行こう」という計らい。常時金欠気味の住民たちが狂喜したのはいうまでもない。

 午後一時、オリバを除く全住民が203号室に集結していた。誰が呼びかけたわけでも、
強制したわけでもない。光に群がる蛾の如き、本能的な行動であった。
 全ては──アンチェインの目論みを崩すため。
 灰皿と間違え吸い殻をシコルスキーに押しつけ、柳が照れ臭そうにいった。
「どうやら皆、同じことを考えたようだ」
 抜いた鼻毛をシコルスキーの眼球に吹きつけるゲバル。
「もし集まらなけりゃ、俺たちはアンチェインの掌で踊らされていただろうな」
 シコルスキーの鼻の穴にキャンディを詰め込みながら、ドリアンが頷く。
「うむ。大家さんは多数決を取って、といっていたが我々が食事の好みで一致することは
ありえぬ」
351しけい荘大戦:2009/03/13(金) 01:13:48 ID:D5jStPAE0
 必要以上に笑い、必要以上にシコルスキーに拳を浴びせるスペック。
「ハハハハハハハハハハッ! 絶対ネェナッ!」
 ドイルは貯金箱に硬貨を入れる手つきで、シコルスキーの口の中に次々とカミソリを入
れていく。
「──つまり大家さんの考えは、我々六人の食べたいものがバラバラになることだ。そう
なれば、“バラバラでは仕方ないから、カップ麺にしよう”という展開に持ち込めるから
な」
 しかし、もし六人が六人とも同じものを食べたいと望めば、いくらオリバでも要求を呑
まざるをえまい。せっかくタダ飯にありつけるチャンス、絶対に無駄にしてはならない。
 ゆえに男たちは手を結んだ。
「ところでシコルスキー、さっきから黙っているが──」
 ふとゲバルが問いかけると、シコルスキーは瀕死だった。
「──いったい何が!?」構えを取る柳。
「オイッ、ドウシタンダッ!」本気で心配して叫ぶスペック。
「私のキャンディがいつの間にか、彼の鼻に……ッ!」困惑するドリアン。
「これはスポーツじゃない……戦争だ!」実戦モードに突入するドイル。
 未知の襲撃者の存在を、本気で信じる五人。
 ようするに、しけい荘住民にとって、シコルスキーに対する暴力は無意識下の「癖」に
ま到達していることを意味していた。

 気を取り直し、話し合いを再開する面々。オリバに何をおごらせるかについて、戦闘時
でも発揮しないような真剣さで議論する。
 第一に、美味であること。第二に、高価であること。
 二つの条件をもとに、メニューを吟味する。
 議論は白熱した。それこそ夕飯前に殺し合いが始まるのではないかという、寸前のとこ
ろまで達した。
352しけい荘大戦:2009/03/13(金) 01:14:53 ID:D5jStPAE0
 だが、どうにか六人は共通のメニューを決定した。
 ──SUSHI。
 日本が誇る伝統料理、寿司。申し分のない選択である。
 柳が誇らしげにつぶやく。
「まるで蛆虫のような数え切れぬほどの米粒に、魚介類の死体が乗せられ、職人のしわま
みれの掌によって握り締められる……。寿司は我が日本の心といえよう」
「いまいち表現がよくない」
 げんなりするドリアン。
 とにかくこれで、対オリバタダ飯同盟が完成を迎えた。あとは来たる時を待つのみ。
「いただきますでしか寿司を食べられぬ者は、食事者とは呼ばぬ」
 なぜかシコルスキーが格好良く締めた。

 午後七時。オリバの前に整列する一同。
「さてと多数決を──」オリバが告げる前に皆が同時に口を開いた。
「寿司ッ!」
 しん、と沈黙が漂う。してやったりといった空気が広がる。
 とはいえ超頭脳を持つオリバ、瞬時に住民たちの狙いを理解した。
「ナ、ル、ホ、ド、ネ」歯をむき出し笑う。「六人全員が同じものを頼めば、私が難癖を
つけて安く済ませることができなくなるわけか。うかつだったよ」
 作戦勝ちを確信する六名であったが──
「残念だったな。私は君たちに私以上の自由を許さんッ! 今日は全員カップ麺だッ!」
 ──相手がアンチェインであることを忘れていた。
 うなだれる柳。放心状態に陥るドリアン。頭を抱えるドイル。泣き崩れるスペック。無
念そうに天を仰ぐゲバル。とりあえず「ダヴァイッ!」と叫んでみるシコルスキー。
 予想以上のリアクションに、さすがに戸惑うオリバ。
「お、おいおい……ほんのジョークだ。希望通り、寿司屋に行こうじゃないか」
 この瞬間、湿っていたアパートが、からっと晴れ上がった。
 オリバのいう寿司屋が回る方であったことはもちろん、ほんの十数分で店中の回すもの
が彼らの胃袋に収まってしまったことはいうまでもない。