【2次】漫画SS総合スレへようこそpart60【創作】

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1作者の都合により名無しです
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの新しい話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の連載作品は>>2以降テンプレで。

前スレ  
 http://changi.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1223094116/
まとめサイト  (バレ氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ (ゴート氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss
2作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 00:50:37 ID:c8jOHsNb0
AnotherAttraction BC (NB氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/aabc/1-1.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/49.html (現サイト連載中分)       
1段目2段目・戦闘神話  3段目・VP (銀杏丸氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/sento/1/01.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/16.html (現サイト連載中分)       
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/501.html
永遠の扉  (スターダスト氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/eien/001/1.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/552.html (現サイト連載中分)
1・ヴィクテム・レッド 2・シュガーハート&ヴァニラソウル
3・脳噛ネウロは間違えない 4・武装錬金_ストレンジ・デイズ(ハロイ氏)
 1.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/34.html
 2.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/196.html
 3.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/320.html
 4.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/427.html
3作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 00:52:00 ID:c8jOHsNb0
1段目2段目・その名はキャプテン・・・ 
3段目・ジョジョの奇妙な冒険第4部―平穏な生活は砕かせない― (邪神?氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/captain/01.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/259.html (現サイト連載中分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/453.html
上・ロンギヌスの槍 
下・ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL (ハシ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/561.html
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/722.html
上・HAPPINESS IS A WARM GUN 下・THE DUSK (さい氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/608.html
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/617.html
しけい荘戦記 (サナダムシ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/634.html
ジョジョの奇妙な冒険 第三部外伝未来への意思
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/195.html  (エニア氏)
遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜  (サマサ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/751.html
4作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 08:10:23 ID:M/GG4XCL0
1さんハイデッカさんお疲れ様です。

>サナダムシ様
もうギャグが入り込めない雰囲気になってきましたね。
本部といい裂といい、殺気が充満してる。
我らがシコルはゲバルたちと組みましたか。楽しみだ。

>サマサ様
城の内は確かに海馬や遊戯と比べれば戦力的には
劣るかもしれないけど、やはり無くてはならない存在ですな。
兄弟の抱擁良かったですな。
5作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 20:55:04 ID:EyMnJxCU0
ハイデッカ氏、1氏乙です。
現スレもいっぱい作品集まるといいですね。
ハロイさんやエニアさん復活しないかな。
6女か虎か:2008/11/10(月) 22:26:33 ID:K6mkxL3V0

0:


"Tyger! Tyger! burning bright
In the forests of the night,
What immortal hand or eye
Could frame thy fearful symmetry?"

「虎よ! 虎よ! あかるく燃える
 闇くろぐろの 夜の森に
 いかなる不死の手 または眼が
 おまえの怖ろしい均整を つくり得たのか?」

           ――William Blake "The Tyger"
7女か虎か:2008/11/10(月) 22:27:44 ID:K6mkxL3V0
1:I WANT OUT

 夜のどす黒い東京湾を静かに進むのは、雑貨船である。
 ショベルカー、穀物、コイル、電気製品、大型プラント、エトセトラ、エトセトラ。扱う荷物の
大きさも種類もばらばら。しかもコンテナなどで分譲することなく一度に運ぶ小型の船だ。近年の
輸送合理化の流れには、あまり即していない。
 小柄な船体にまったく似合わぬ、積み下ろしのためのクレーンが無骨な姿を海風にさらしていた。
「やれやれ……」
 畸形のキリンのようなクレーンの足元で息をついたのは、五十を過ぎた年の船員である。
 東南アジアの某国の出身。経済活動の半分が密輸や売春で支えられた国で人となった彼の顔には、
年齢よりはるかに多くの皺が刻まれていた。
 体力勝負、危険と常に隣り合わせのの密輸船船員の仕事も、そろそろ厳しくなってきた。ここらで
大きくドカンと当てて、足を洗いたいというのが本音だった。そんな折に入ってきたこの仕事は絶好の
チャンスだった。
 たったひとつの積荷を東京港まで運び、受け手に渡せばそれだけで一人頭一万ドル。
 よくできた詐欺のような話だったが、男は同僚たちとともに喜んでこれに飛びついた。
 何があっても絶対に成功させて、この腐った稼業から足を洗おうと心に誓ったのだ。
 巨大なクレーンのシルエットの影で、男は祖国から持参したタバコを吸う。
 海風で少し湿気ているのか、火はなかなか移ってくれなかった。ようやく上がった煙が風に沿って
流れていく。
 着港は真夜中になると聞いた。もう四時間ほどはかかるだろうか。
 ――と。

 ざぷり

 煙を吸い込んだ男の耳に、波とは異質な水音が届いた。
 何かが水中から這い上がるような。
8女か虎か:2008/11/10(月) 22:28:54 ID:K6mkxL3V0
「む?」
 タバコを口から離し、眉をひそめて辺りを見回す。
 何もない。誰もいない。
 ようやく危険から足を洗えるという期待が、ありもしないものを男にとらえさせたのか。
「気のせいか……」
 また咥え、鼻と口から細く白い煙を吐く。

 ひちゃ

 今度は濡れた薄布を引きずるような音がした。
 男は息を止めて瞬きする。

 ひちゃっ

 音はまた響く。
 さっきよりも、近い。
 同僚の誰かが自分をからかっているのだろうか?
「おい、誰だ? 冗談はやめろ。これを吸い終わったらまた仕事に戻……」
 顔をしかめて年配の船員は、再び周囲に視線を走らせる。
 闇に覆われた夜の空。今夜は新月ではないはずだが、上空の雲のせいか星すらも見えない。

 ひちゃ
 びちゃっ
 ずるぅ

 またも音――
「おい、いい加減にしろっ!」
9女か虎か:2008/11/10(月) 22:30:41 ID:K6mkxL3V0
 男がもう少し鋭い感覚の持ち主なら、そこで振り向きはしなかったろう。
 自分が今ここですべきことは、全身全霊でそこから逃れることだと、理性でなく本能で理解できたはずだ。
 決して後ろを振り返らず夜の海に飛び込み、陸地にたどり着くなりほかの船に拾われるなりするまで
ひたすら水をかき分け泳いで逃げる。近づいてくるこの存在から数メートルでも広く距離を取る。ただ
それだけが彼に残された生き残るすべ。
 だが残念ながら男は凡人だった。
 単なる同僚の悪ふざけと判じ、首を動かして振り返ってしまった。

「ねぇ、替わってよ」

 振り向いた男の感覚器が受容したのは、愛らしく微笑む少年の顔。
 そして自分の頚椎の折れる音。



 海から上がってきた少年は、倒れ伏した男の服を脱がせ、手早く自分で身につけた。
 汗くささ煙くささに眉をひそめつつ、袖を通してボタンを留める。
 サイズに合わせてミシリ、と体を変化させた。
 幼かった骨格が成熟した、強固な土台に支えられたものになる。少年の肌が張りを失って急速に
老いていく。
 見る間に足元の男そのままの姿になった。
「……ふむ」
 神経系のつながりを確認するため、掌を閉じたり開いたりする。
「あ、あー、あっ、あーっ」
 声帯の模写。
 転がったタバコの箱に気づき拾い上げようとしたとき、船橋のほうから声がかかった。
「おーい、いつまで一服してる! 交代の時間だぞ、さっさと戻ってこんかあ!」
 船橋から誰かが呼ぶ声がした。
「ああ……すまなかった。今行くよ」
 男の顔を奪った殺人鬼は、男そのものの声でそう答え、拾ったタバコをポケットにしまうと、
船橋のほうへとゆっくりと歩いていった。
10女か虎か:2008/11/10(月) 22:32:06 ID:K6mkxL3V0


 怪盗"X(サイ)"。それがこの殺人鬼の通り名である。
 高尚な美術品に目をつけては盗み出し、標的とともに夜の闇に姿を消す。
 興味深い人間に目を留めては殺害し、粉々にした死体を箱に詰めては被害者遺族や警察に送りつける。
 必要とあれば関係者を皆殺しにし、現場を廃墟のごとく荒らし尽くして去ることも厭わぬ暴力性。
それでいて不気味なまでに自分の痕跡だけは残さぬ手口。怪盗の名は、探偵小説における『怪盗』の
イメージに酷似したものであると同時に、皮肉なほどに矛盾したものでもあった。
 日本語での呼び名は『怪盗X(サイ)』であるが、海外では彼はこう呼ばれている。
 Monster Robber X.I。
 未知(X)で不可視(Invisible)な怪物の強盗。
「とりあえず潜入には成功したよ。船員一人殺してそいつに化けて入れ替わった」
 男――に化けたサイは、課せられた仕事の合間を縫って、陸の上にいる相棒にそう呼びかけた。
『了解しました、サイ』
 響いてくるのは、淡々と感情のない若い女の声。奥歯の横に取り付けてある、骨伝導式の通信機器を
使っての会話である。
『今回は、変異に伴う体の不調などはありませんか?』
「問題ないよ、平気平気。いつもながらほんと心配性だね、アイ」
『念には念をです。サイ、あなたの体調管理も私の仕事の一つですから』
 はたから見れば、口の中を少々モゴモゴしているようにしか見えないはずの光景である。
 しかし船橋で働く同僚の一人は、目ざとくそれを見咎めたらしい。
「何をブツブツ言ってるんだ、お前は」
「主への祈りを唱えていたんだよ。初めのように今もいつも、世々に至るまで、アメン、とね」
 この船の船員は全員カトリック教徒であるという、事前に得ていた情報にもとづき彼は答えた。
「祈るのはいいが当直が終わってからにしろ。気が散る」
「ああ。すまなかったな」
 同僚に見えないよう舌を出しながらサイは謝った。
 サイの犯罪を芸術的と評する者たちがいる。
 だがサイ本人にしてみれば、そんな評価は心の底からどうでもいいものだ。
 理由は二つ。一つは彼の犯行には目的があり、それさえ達成できれば彼としては何を言われようと
構わないということ。
 そしてもう一つは。
11女か虎か:2008/11/10(月) 22:34:06 ID:K6mkxL3V0
「祈ってたフリしてごまかすってのは、演技としては微妙だったかな?」
『結果的にはごまかされてくれたのですから今回は構わないでしょう。次回以降磨きをかければ済むことです』
 同僚をごまかしながら当直を終え、船橋を出たところでサイは呟いた。
 通信機器の向こう側にいる相棒が涼やかな声を返す。
「最近、たまに思うんだけどさ。世間にバレたら俺って絶対ガッカリされるだろうねー」
『何がですか?』
「俺の能力のことさ。だって俺が世界的殺人鬼とか犯罪者のカリスマとか言われてんの、俺の努力の
 結果じゃないんだもん。俺の細胞にそういう犯行が可能なだけでさ。今回だって見た目は完璧に化け
 てたから気づかれなかっただけで、能力使わずフツーに変装とかだったら怪しまれてバレてたような
 気がするよ」
『サイ』
 相棒の声がたしなめるような響きを帯びた。
『"たら"や"れば"のお話は無事に犯行を終えた後にでも、改めてゆっくりと致しましょう。今は今の
 あなたが為すべきことにご集中を。東京港への着港まで残り数時間、それまでに例のものを盗み出さなければ』
「……はいはい」
 彼の『芸術的な犯行』は、彼自身の特異な能力によって立っている。すなわち、常に突然変異を
続ける不可思議な全身の細胞に。彼の犯行を芸術的と崇めるのは、言ってしまえばウサギの俊足を
誉めること、カメの甲羅の硬さを讃えることに等しい。
『潜入前にチェックしていただいた船の内部の構造は、まだ覚えていらっしゃいますか?』
「あ、ゴメン、微妙。最近特に忘れっぽいんだよねー」
 サイは壮年男性の白髪混じりの頭を掻いた。
「脳細胞まで変異しまくってるからなあ。どさくさに紛れて記憶がどっかにトンじゃったかな……」
『かしこまりました。では通信を通して私がナビを致します。ただ電波状態が悪くなるとお助け
 できなくなりますのでご了承を』
 サイは頷き、アイの指示に従って歩き出した。
「……じゃあ、例のものは船底の倉庫に格納されてるんだね」
『はい。特徴のある品ですから特定は容易でした』
「まー、ある意味あれだけ分かりやすいもんもそうそうないよなあ」
 狭い船の中を移動する途中で何度か、今『なっている』男の同僚たちとすれ違った。
 男は生前なかなか人望のあるベテラン船員だったらしい。『これが終われば仕事収めだな』
『お疲れさまです』などと、口々に声をかけられる。そのたび適当に受け流しながら、まっすぐに
船底貨物倉へと向かった。
12女か虎か:2008/11/10(月) 22:36:38 ID:K6mkxL3V0


『虎?』
『はい』
 事の発端は一週間前に遡る。
 そもそものきっかけは、昼食のラーメンをすすりこむサイに、相棒のアイが言ったことだ。
『中国吉林省の奥地で生け捕りにされたアムール虎の雄が、来週頭に日本に密輸されるという情報が
 入りました。サイが興味を示されるかどうか分かりませんが、ひとまずはお耳に入れておこうかと』
『うーん……』
 このときのサイは少年の姿をしていた。実在する特定の人間ではなく、誰にでもなれるこの殺人鬼が
日常生活のため取っている仮の姿だ。
 二次性徴の直前といった年の頃。『少年』の上に『美』の一文字を冠すに遜色ない容姿だが、整った
顔立ちを間近でよくよく眺めてみれば、美しさの中にどこか虚ろな無個性さが潜んでいることに気づく
はずだ。
 その無個性な美少年がずるるるるっ、と麺をすすると、唐辛子の赤みの浮いた汁が辺りに飛び散る。
 すらりとした容姿を飾り気のないツーピースに包んだアイは、慣れた様子で布巾を手にし、はねた汁
の跡を拭い取った。
 こちらは清廉そうな面立ちの女。顔のつくりは整っているが、地味ないでたちと人形めいた無表情の
ため、手放しに『美女』と賞賛するには憚られるものがある。
『虎ねえ……基本俺、人間以外の生き物にはキョーミないんだよね。野生のどーぶつなんて盗んだって、
 俺に役立つことなんてほとんど分かんないし』
『はい』
 ずるずるずるり。サイの口の中に吸い込まれていく縮れた麺。
 見る間に器の中身はその量を減らしていく。
 次にサイが口を開いたのは、どんぶりをすっかり空にしてしまってからのことだった。
13女か虎か:2008/11/10(月) 22:38:05 ID:K6mkxL3V0
『だってあんな連中、明らかに何ひとつ俺の正体に関係ないんだからね。いくら名前も年も性別も
 覚えてないっていっても、自分の正体はネコ科じゃなかったろうって程度の見当ならちゃんとあるもの』
『はい』
 サイの目的は、脳細胞の変異で記憶を失い忘れてしまった、自分の"正体"を探すことである。
 失われた自分と関連性のあるもの以外は一切、彼にとって不要かつ無価値なものだ。
『ねえアイ。あんたは馬鹿じゃないよね』
 サイは尋ね、アイがそれに答える。
『愚かではないつもりです』
『俺にとって明らかに価値のないものについて、わざわざ調べて俺に報告するほど無能でもないよね?』
『あなたに失望されるような仕事をした覚えは、少なくとも私にはありません』
 汚れたサイの口元を、清潔なナプキンで拭いながらアイは返答した。誇張も慢心もない、ただ事実のみ
を述べる口調だった。
 口元の汁はねがすっかり取れ、サイは満足げに深く頷く。
『そのあんたがわざわざ言うからには……ただの虎じゃないね? その虎』
『はい』
 頷くアイ。
『現地の組織に潜入させた協力者の報告では――あなたと同じ"突然変異種"であると』


 現存する最大のネコ科動物であるアムール虎の平均全長は、三.三メートルといわれている。
 しかし捕らえられたその虎は四メートル、いや五メートル近い体躯をしていた。
 これだけでも生物学的には充分驚異的な事実。しかもその虎の異質はそれだけではなく。
『再生能力?』
『はい。一〇番口径の散弾銃が数十発命中。いずれも瞬く間に傷が治癒したそうです』
 一〇番は直径十九.五ミリの実包を使用する、現在製造されているなかでは最大の威力を持つ散弾銃
だ。細胞変異の特殊能力を応用し、多少の傷は数秒で治癒できるサイでさえ、これで連続で撃ち抜かれ
れば受けるダメージはそれなりだろう。
『捕獲のため駆り出された三十人のハンターのうち、十八人が死亡し五人が重傷を負ったとの報告も
 受けました。映像もありますが、ご覧になりますか?』
『観る』
 即答するサイ。
 その答えを予想していたかのように、アイは手にしたディスクをパソコンに飲み込ませた。
14女か虎か:2008/11/10(月) 22:39:30 ID:K6mkxL3V0
 鈍い起動音とともに画面が緑色になる。乾いた空気に満ち満ちた、中国奥地の森林を映し出す。
 響いてくる低い唸り声。
 金色と黒の肢体が、緑の背景から浮き上がるように現れた。
『これ?』
『はい』
 画面の中で虎が吼える。金色と黒の弾丸となって跳ぶ。
 宙を舞うその巨大な体躯に、無数の弾丸が浴びせかけられた。
 悲痛な吼え声とともに血が噴き出し――
『アイ、ここスロー』
『かしこまりました』
 サイの求めに合わせて操作するアイ。再生速度が三分の一になる。
 血は激しく辺りに飛び散った。木々の幹を黒く湿らせ、緑の葉や下草を赤く染めた。
 虎が地に伏す。半トン近いだろう体が倒れ込むと、カメラの固定された地面がドウッと揺れる。
 画面がブレる。
 血は溢れ続け、虎の見事な縞を見る間に斑に染め上げていく。
 訛りのある中国語で歓声が上がる。
『………………』
 サイが画面を見る目が険しくなった。眉間に深い皺を寄せ、全神経を画面に集中させる。
 アイはといえば、そのサイの様子のほうを注視している。
 ディスプレイの光を浴びて白く輝く彼の顔を。主の要求さえあればいつでも反応できるように。
 虎の体からミシッ、と軋みにも似た音が響いた。
 年月を経た橋が朽ち落ちていくときのようなその響きは、ミシミシ、ミシッ、と繰り返し続く。
 厚い毛皮に覆われているために、何が起こっているか傍目には分かりにくい。
 だがこの映像を観ているサイには分かっているはずだった。
 これは打ち砕かれた骨を再構成し、新たに生成した細胞で血と肉を練り上げていくときの音だ。
 数発の銃弾を受け、ちぎれかけていた右前足が完治した。
 頚動脈を撃ち貫いていた首の傷もふさがった。
 吹き飛ばされていた耳も眼球ごと破壊された頭蓋骨も、時の流れを逆回しにしたように元に戻っていく。
15女か虎か:2008/11/10(月) 22:41:18 ID:K6mkxL3V0
 虎は立ち上がった。
 四本の足で地を踏みしめて雄たけびを上げた。

 サイは一部始終を観察していた。
 虎が大地を蹴りハンターたちに迫るのも、上がっては途切れる断末魔の悲鳴も、噛みちぎられ
飛び散った内臓が木々の枝にオーナメントのように引っかかるのも、カメラのレンズに血しぶきと
肉塊が貼りつき画面をさえぎるのも。何もかも。
 ひときわ大きな悲鳴が上がり、画面が激しく揺れ、最後には横倒しになって画像そのものが途切れる
まで、冷徹な観察者の目で見つめ続けていた。
『アイ』
『はい、サイ』
『次はこれを盗みに行こうか』
 ピンクの舌で唇を嘗めながら、"怪盗"の顔で彼はそう告げた。



 捕らえられた虎の名は"我鬼(ウォ・クィィ)"。現地人ではなく密輸を手配した日本人がつけた名らしい。
「えっと、それって確か中国語で……」
『自我、あるいはエゴを意味する言葉ですね。日本では"ガキ"の読みのほうで、坂口安吾の作品名や
 芥川龍之介の俳号として知られていますが』
 船底貨物倉の扉は機械で操作するようになっており、人間の手では開けることができないように
造られている。こうした貨物船の船員の中には、輸送物をくすねて裏に流すような不届き者も少なく
ない。当然、警備は強固なものとなる。
 アイと通信で会話をかわしながら、サイは固く閉じられた扉に近づいた。
「突然変異の虎が、なんで"エゴ"なんて名づけられたわけ?」
『由来についての報告は受けていません』
「ふーん、まーどーでもいいや。ねえそういやウォ・クィィっていう読み方言いにくいよ。ガキで良いよね?」
 喋りながら、サイは扉に向けてひょいと右腕を伸ばす。肉体労働に従事してきた五十代男性の矍鑠と
した腕だが、金属製のこの重い扉をこじ開けるのに不充分なのは間違いない。そこでサイは筋肉の細胞に意識を集中させた。
 腕が怒張し膨れ上がった。
 ポパイの醜悪なデフォルメのように異様に盛り上がった筋肉は、鋼の扉に一撃で巨大な穴を穿つ。
 轟音とともに船が大きく揺れた。
16女か虎か:2008/11/10(月) 22:42:13 ID:K6mkxL3V0
「駄目だよねぇやっぱりボロい船は。セキュリティもうちょっとしっかりしとかないと悪い奴らに
 付け入られちゃうよ?」
『無理と分かっていて無茶な要求をするのは酷というものですよ、サイ』
 ミシリと腕を元に戻しサイは笑う。
 警報のアラーム音が船内に鳴り渡るが、気にせず扉に空いた穴をくぐって、倉庫の中へ。
 虎以外に何を運んでいるかも確認済みである。薬物、臓物、銃器、レアメタル。およそ一般的に
『密輸』という言葉で連想されるほとんどの品が揃っていたが、くだんの虎以外に動物はいない。
「あったあった」
 サイは発見する。
 毛皮の匂い。体毛の間でうごめく蚤の匂い。汗の匂いに糞尿の匂い。
 そして、耳を澄まして初めて分かるかすかな呼吸音。
 白い布のかけられた巨大な物体から、それら全てが漏れてきていた。
『ど……です……か……イ』
 船倉内は電波が悪いのか、アイの声が遠く雑音の混じったものになる。
「まだ現物は見てないから檻だけだけど……でかいね。イメージしてたより圧迫感あるよ。やべぇ
 今俺すげぇワクワクしてる。早く殺してこいつの細胞(なかみ)が見たいや」
 サイは檻を覆っている白い布に手を触れ、そのまま破り捨てようとした。

 そのとき。

 ミシ、とサイにとっては聞き慣れた音が耳朶をなぶった。
「え――」
 ミシミシ、ミシミシ。ミシミシミシミシミシッ。
『サ……どう……ました?』
「何、これ?」
 檻から漏れてくる細胞変異の軋み。

「やばっ……!」
 本能で跳び退いた瞬間。
 檻を包む白い布が膨れ上がり――
 ぶち破られた檻の中から、金と黒の巨獣がサイめがけて躍りかかった。
17電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/10(月) 22:58:24 ID:K6mkxL3V0
今回の投下分は以上です。

初めまして……では、実はありません。
かなり前になりますが、2回ほど短編でお邪魔させていただいたことがあります。
(といってもその時とは固定ハンドルが変わっています)
今回は長編に挑戦させていただくことにしました。
宜しくお願い致します。

下敷きにしている作品はネウロのみ、他作品との絡みは全くありません。
今現在原作のほうで色んな意味でスゴイことになっている、
怪盗"X"を主人公にした話になります。
原作は「怖面白い」というか、恐怖と笑いが隣り合わせにあるような
シュールな要素を持った作品ですが、
それを文章で再現するのは私の実力に余るため
基本的にはシリアス路線の話になります。

なお、最初に注意書きしておくべきかとも思いましたが、
14巻(具体的には121話)まで読了推奨。
このSSの内容を理解するのに支障がある……というよりは、
原作が「読者をあっと驚かせる」ことを強く意識した作りの作品であるため
このSSで先にネタを知ってから原作読んでしまうと
原作自体の面白さが著しく減退するためです。
『ネウロ』でミスリード要素となっているネタや
作中の事件の犯人がしれっとした顔で登場します。

少しでも楽しんでいただければ幸いです。
では、そのうちまた。
18作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 23:19:02 ID:x2VHunrL0
お疲れ様です!
新スレ早々で大ボリュームの新作は嬉しいですね。

しかも好きなネウロで、これまた好きなサイ&アイが
活躍する話ですから喜びもひとしおです。
出来るだけ長く楽しませていただければと思います。
19作者の都合により名無しです:2008/11/10(月) 23:37:13 ID:3FiV8bshO
いきなりウィリアム・ブレイクがでた時は何かと思ったw
一度ネウロ読み直すかな
20作者の都合により名無しです:2008/11/11(火) 06:19:49 ID:M3Xz0M9M0
初回から面白くて引き込まれた
怪盗サイとアイが謎の虎を捕獲してどうなるのか
シリアスな作品好きなので楽しみだ

以前、どの作品書いたのか教えてくれないかな?
21作者の都合により名無しです:2008/11/11(火) 07:58:17 ID:Hhimo+hZ0
久しぶりに新連載開始だな
しかも初回からかなりの出来栄え。
電車魚氏本当に乙。
このクオリティを維持して連載してほしい
長編ということだから、まだまだ先に仕掛けがあるんだろうね
22ふら〜り:2008/11/11(火) 18:39:00 ID:HhjV4fMx0
>>1さん&ハイデッカさん
おつ華麗さまです! 100に向けてのまた一区切り、60を迎えて新スレ早々の新連載、
めでたく心強く。……とはいえ全体で見れば、確かにかつての全盛期よりは数が減って
いるのは事実。なのに、その減った中で保管作業の一部をやってみるだけで、結構大変だと
感じたり。改めてバレさんやゴートさんやスターダストさんたちの凄さを実感し、深く感謝です。

>>サナダムシさん
>誰よりも父を 尊敬しているが、父以下だとは断じて認めない。
ぅおおぅカッコいい! 本部との会話も若武者らしさに溢れてるし、あの烈がアライを警戒
して緊迫して特訓してるなんて……。シコルとサムワンのネタコンビも仲の良さがシリアスに
盛り上がってるし、ゲバルも飄々とした男っぽさが良い感じ。魅力多彩な漢たちが実に良い!

>>サマサさん
>しかし悪党が信念を持たぬわけではない。外道が意地を見せぬわけではない。
ですよね。いちいち同情・改心の余地だの「敵にも敵の正義がある」だのをくっつけなくても、
心底までドス黒い、漆黒の悪の美学、深みのある敵キャラ像ってのは描けると思ってます。
海馬は……ある意味真っ直ぐで純粋、それ故の残酷さ、が感じられます。彼もまた深い。

>>電車魚さん(ネウロはまた下山した折に見てみます)
グロさの描写もさることながら、サイの淡々とした思考が冷え冷えしてて良いですな。人を
殺すことなんか何とも思ってない、だから躊躇もしないけど楽しんでもいない。やってること
は客観的には間違いなく悪だけど、ただ障害の排除してるだけで悪意はない。これも深い。
23永遠の扉:2008/11/11(火) 18:53:19 ID:rEYK16110
第080話 「総ての至強を制する者 其の壱」

 剣道場に横たわる青年がいた。
 仰向けのまま床に背を預ける彼はまんじりとも動く気配がない。かすかな呼吸と共に胸を起
伏させていなければ死体と見まごうほどである。
 剣道場は明るくもなく、また暗くもない。天井に照明の類はなく、どこからか差し込む光が屈
折の限りを尽くして青く変色して部屋を照らしている。光源にいかなる都合があるか不明だが
とにもかくにも蒼然たる光波は所在なげに揺れ動き、横たわる青年の影を黒い炎(ほむら)の
ごとくチロチロとあぶっている。
 部屋にある明確な動きは先ほどからこれだけである。
 あとはただ静寂に包まれ、あたかも純粋透明な氷柱に部屋を封じたように冷気ばかりが占
めている。
 やがて──…
 それまで倒れ伏していた青年の口から痙攣を声にしただけの小さな呻きが漏れた。彼が瞑
目をむずがらせながら開眼するまでさほどの時間は要さなかった。さらに次の瞬間にはもう上
体をがばと跳ね上がらせていた。
 早坂秋水。
 鐶に敗れ喪心した彼がいまここに覚醒した。
「ここは……?」
 あたりを見回した彼は即座に上のごとき剣道場とその雰囲気を視界に叩き込んだ。
 腰の横に核鉄が転がっているのを見つけると、素早く拾い上げた。先ほどソードサムライXを
折られたダメージが残っているらしく、横一文字に走った大きな亀裂が痛ましい。
(回復してないという事は、俺が気絶してからそう時間が経っていないようだ。だが……)
 体を吹き抜ける冷気に違和感を覚え視線を落とす。
 服が変わっている。
 彼の衣装は先ほどまで学生服だった。といっても小札との戦いで学生服を両断したせいで
鐶に敗北を喫するころにはカッターシャツにズボンといういでたちだったが。
 しかしそれは今、白い剣道着と濃紺の剣道袴へと変じている。
(いったい誰が? それに確か俺は鐶の部屋にいた筈──…)
「フ。いっておくが俺は男を着替えさせて喜ぶ趣味はないぞ。小札のなら大歓迎だが」
 秋水の視線の先にある扉が不意に開き、端正な瞳が俄かに鋭く尖った。
 注ぐ視線は針のように鋭い。
24永遠の扉:2008/11/11(火) 18:54:15 ID:rEYK16110
 対する男はそれに気づいたようだが、扉を行儀よく後ろ手で閉めるだけでどうという反応も
示さない。
 そのいでたちはおおよそ剣道場にはそぐわぬ物だ。剣襟をした準礼装のブラックスーツで身
を固め、開いた胸には白いネクタイの代わりに二枚の認識票を無造作にかけている。色はそ
れぞれパールグレーとミッドナイトブルー。髪型はといえば、豊かな金色の長髪をオールバッ
クに撫でつけて、首の後ろで無造作に括り一筋の金光を背中に這わせている。つまり彼を固
める外観要素というのは尽くが剣道場に不釣り合い。幕末当時であれば窓から覗き込むだけ
で激高した門人に斬りかかられるであろう。
「総角」
 鋭い視線をものともせず、総角は悠然と一歩一歩秋水に近づいた。あまつさえ立ち上がろう
とした秋水をまあまあと手で制しさえした。その手つきにはあらゆる敵意が見えず、秋水はやや
出鼻をくじかれた気分になった。もっとも俄かに立ち上がれなかったのは体にずしりと残る疲労
や痛みのせいでもあったが。
「心配しなくてもその剣道着はお前のだ。あらかじめ鐶に寄宿舎から持ち出させておいた。学
生服も後でちゃんと返却して……ん? どうした」
「い、いや」
 秋水は困惑した。そういえば今朝も目覚めるなり新しい学生服に着替えさせられていたでは
ないか。まさか少女のごとく恥じらう秋水ではないが、どうも自分のあずかり知らぬところで余
人に服を着せかえられるのは剣客としての沽券に関わる。ましていま着替えさせたのは敵も
敵、敵対する共同体の首魁ではないか。
 そういうコトをあまり器用ではない言語体系で訥々と述べると総角は微苦笑した。
「安心しろ。元々俺はお前を殺すつもりなどない。まして寝込みを襲い勝ちを拾うつもりもな」
 秋水は一瞬目を丸くしたが、すぐさまよろよろと立ちあがり総角から距離を取った。
「よくいう。君の部下は先ほど不意打ちをした」
「……フ。正々堂々を気取るのなら部下もそう躾けておけ。そういいたげだな」
 核鉄が発動しソードサムライXとなった。
 しかしその切っ先を眺める総角には微塵の動揺もない。
 コバルトブルーに光る刀身は総角の胸先三十センチほどのところで揺れ動いた。
25永遠の扉:2008/11/11(火) 18:54:55 ID:rEYK16110
 剣道でいうなら両者の距離は一足一刀の間合いよりやや近間。にも関わらず総角は無手
のまま、まるで刀が間近にないような調子で言葉を継いだ。
「すまないな。今後を考えた上で『普段通り全力でやれ』とだけ命じたせいでああなった」
「鐶とかいうホムンクルスは常にああいう真似をしているのか」
「まあ、時々だな。だがあれでも加減してもらえた方だぞ? もし鐶がアイツの姉のような性格
ならば速攻で切り札を使い、あっという間にお前を殺していたさ」
「……」
 青く光る剣先がすうっと下げられた。
「ようやく分かった」
「何がだ?」
 確信めいた口調の秋水を総角は相変わらず悠然と眺めた。

「君が俺に部下をけしかけた真の理由」

 総角の口がやや綻びを見せた。

「もし君が俺をただ倒すつもりなら、この避難壕(シェルター)に誘い込んだ時点でやっている。
というより、やるべきだった。だが君は俺を放置し、いつでも部下を助けられる位置にいなが
ら敗北をやすやすと見逃した。まるで俺に倒せと云うばかりに」
 それに、と紡ぐ言葉はあらゆる要素を手繰り寄せようとするように気ぜわしい。
「思い返せば君の戦法には戦士を斃そうとする気配がまるでなかった。決着だけを目指すの
ならば、君が直接寄宿舎に出向いてサテライト30とアリスインワンダーランドを使えば済む話。
鐶を河合沙織の姿で寄宿舎に潜伏させていながら一切手出しをさせなかったのもおかしい」
 どちらかといえば寡黙な秋水の口から堰を切ったように言葉が流れる。
「だが君はそういう楽に勝てる手段を放棄してまで、俺と君の部下を一対一で戦わせた。何か
と策を弄する君がだ。その真意はおおよそ察しはついているが……君の口から直接話しても
らわねば正直なところ気が済まない」
 やれやれと肩をすくめて見せた総角は、いかにも心外というように反論を開始した。
「どうだろうな。才覚と統率力はまた別物。千葉周作しかり西郷隆盛しかり、歴史に名を残す
ほどの人物でさえ下からの突き上げについぞ屈してつまらぬ道を歩まされた。なら俺ごとき
26永遠の扉:2008/11/11(火) 18:55:45 ID:rEYK16110
弱小共同体のリーダーが沸き立つ香美どもを制止しきれず、ノリと様式美だけの六連戦を設
置せざるを得なくても何ら不思議は──…」
「ならばどうして動物型ホムンクルスにすぎない彼らが武装錬金を使える?」
 意外な方面からの切り込みに碧眼がかすかだが揺らめいた。
「フ。質疑応答中は相手の発言を最後まで聞くのがマナーだと思うが……まぁ、不問に付して
やろう」
「本来、武装錬金を使えるのは人間型のみ。いかに強くても動植物型は本能的に己の爪や牙
などでしか戦えない。だが……」

ロバ型の小札。
イヌ型の無銘。
ニワトリ型の鐶。

「本来なら武装錬金を使えない筈の彼女たちが、当たり前のように核鉄を持ち、武装錬金を
使っている。以前の俺はそんな事さえ見落としていたが、いま考えればそれは本来有り得な
い現象だ」
「確かに不思議な話だな。だが連中には特異体質という特殊性もある。そのせいだとは思わな
いのか?」
 秋水はかぶりを振った。
「いや。小札は俺との戦いでそういう特殊な能力を見せなかった。すでに七つの技の一つを封
印していた彼女が、それ以上の出し惜しみを無銘の遺恨の絡んだ戦いでするとは考えにくい。
だから彼女は特異体質などない普通の動物型ホムンクルス。それを考えれば理由は自ずと見
えてくる。小札たちが武装錬金を使える原因は特異体質などではなく……総角。君だ」
「…………フ」
「部下たちに武器を扱う概念を刷り込み、武装錬金を発現させたのは君だ。それはもちろん、
君が自分の武装錬金で複製するためもあるだろう。だが、真の理由は」

 香美、貴信、無銘、小札、そして鐶。

「部下をわざわざ一体ずつ俺にぶつけてきた理由と同じ。君は不手際といったが決してそうじゃ
ない。彼らの武装錬金発現を可能にしたのと同じく、あくまで計画内の出来事だ。そして、そ
の計画こそ──…」
27永遠の扉:2008/11/11(火) 18:56:37 ID:rEYK16110
 剣先が床から跳ね上がり、すらりと通った鼻梁すれすれに突き出された。

「君の部下の『能力の底上げ』。……違うか?」

 有無を言わさぬ強い語気で念を押す秋水の瞳は激しい光に波を打っている。
 推測が正しければ正にいい面の皮。決死の戦いやそこに現れた様々な共感や苦渋さえ、
総角にとってはただなる予定調和であるならば、これほど馬鹿げた話はない。
 と瞳にこもる激情めいた光はそういった心境を率直に示している。
 他方、審問される総角は瞬きも身じろぎもせぬまま激しい眼光をやんわりと受け止めており、
もはや胆力豪放というよりふてぶてしいという方が正しそうである。
「一連の戦いの結果、明確な変化を遂げたのは無銘だけだが、恐らくは香美も貴信も小札も君
の目論見通り何らかの成長を遂げている筈だ。そしていま姿の見えない鐶は……他の戦士と
の戦いに出向いているというところか。だが彼女は負けても殺されはしない。推測になるが君
は前もって鐶に、このアジトの所在を引き合いに安全が図られるような策を伝えているだろう。
だから彼女は勝っても負けても死なず、君の目論見通りに収穫を得る」
 剣先が下がったのは流石に強盗のようで気が引けたのだろう。恐らく割り切りもある。秋水
は自らの意思で六対一を引き受けた。相手の手の内に乗ったのだ。である以上、利用される
のもある程度までは仕方ないという割り切りがある。もっとも、総角の方策が秋水の想像通り
であればこれはもう「ある程度」どころの話ではないから、流石にさまざまな感情を抑えきれず
剣先を突き付けるという秋水らしからぬ行動へ及んだとみえる。そしてある程度喋ってようやく
「強盗のようで気が引ける」程度の落着きを取り戻したようだ。
「フ。珍しく長広舌(ちょうこうぜつ)御苦労。まぁ、大体は合っている」
 そうか、ともいわず秋水は総角を無表情に眺めた。
「何しろ武装錬金を習得させた動物型どもだからな。L・X・Eと互角かそれ以上の共同体でも
なければ基本的に圧勝できてしまう。だからお前のような非常に強く、しかし性格と前歴ゆえ
にホムンクルスを殺せない男でもなければ訓練の相手にはなりえない」
 訓練、という言葉に秋水の片眉が露骨に跳ね上がった。
28永遠の扉:2008/11/11(火) 19:03:26 ID:dzM1UbZh0
「そういう意味でお前はよくやってくれた。万全の状態ならば鐶の不意打ちも回避し、切り札ぐ
らいは引き出していただろう。ま、その後については時の運。仮に鐶が戦士六人と互角に渡り
あえても時の運……」
「嘘をつくな。君は鐶に関しては運頼みどころか熟慮していたように見える。俺たちが弱った頃
合いを狙って投入し、彼女が実力以上に戦えるように」
「どうかな? 鐶は万全の状態の戦士でも3人ぐらいまでなら同時に相手取れる。俺が見出し
数多の鳥の知識と能力と戦い方を徹底的に仕込んだからな。『副長』が名誉職の筈もない」
 秋水の反応に気を良くしたらしく、総角の声音が一段と笑いを帯びた。
「ちなみに動物型への武装錬金の仕込みはな、摂理に反しているせいかなかなか苦痛が多い
らしい。香美などは途中でヒステリーを起こして武装錬金の習得をやめた位だ。ま、人間型で
そこそこしっかりしてくれている貴信と一心同体だから今のところはさほど支障もないが。ちな
みにチワワ時代の無銘は犬らしく俺に忠実なのと人間型への希求が非常に強いために、比
較的早く武装錬金を発動した」
(だからその形状が人間めいた兵馬俑。となると、龕灯は長年封殺され続けてきた人間として
の精神が表に出た結果……?)
「もっとも俺の予測としては、人間形態と引き換えに兵馬俑が使用不可能になる筈だった。だ
がその結果はお前も見ての通り。嬉しい誤算という奴だな。そもそも動物型が武装錬金を使う
コト自体、例外中の例外。まあ、二つの武装錬金を併用できる便利さは、長年犬の姿で苦し
んできた無銘への褒美というところか。……とはいえ奴はそのせいでやられてしまったが」
 長広舌においては総角も相当な物があるらしい。
「そうそう。与太話になるが、鳥はよく『道具』を使う。キツツキフィンチという鳥は木の穴に隠れ
た虫をサボテンの針でつついてほじり出す。しかも時にはサボテンの針を折って長さを調整し
さえする。熊本市水前寺公園にいるササゴイは、水面に葉や羽毛を落としてそれを食べに来
た魚を捕るし、エジプトハゲワシはダチョウの卵を石で割り、カレドニアガラスはくわえた枝を木
の穴に差し込みカミキリムシの幼虫などを釣り上げる。時には枝を穴に合わせて加工して、な」
29永遠の扉:2008/11/11(火) 19:04:50 ID:dzM1UbZh0
「……何の話だ」
「っと失礼。要するに鐶は鳥ゆえに武装錬金の扱い方を十分に心得ているというコトだ。おかげ
で一年前、仲間になってすぐの時に武装錬金を発動させられた」
 だが総角曰く、クロムクレイドルトゥグレイヴは非常に燃費が悪いらしい。
「莫大な年齢を蓄えねば搦め手にも回復にも使えない。まして直接戦闘ともなれば搦め手と
は打って変って肉体頼りのほぼノーガード戦法。敵の攻撃を奴は素直に浴びすぎる。防御す
るのといえばせいぜい体を左右真っ二つにするような攻撃ぐらいだ。さすがに額の章印を分か
たれれば色々ヤバいらしいからな」
 よって彼は、鐶にあちこちを巡り調整体やホムンクルスから年齢を吸収するよう命じたという。

「そして小札だが、あいつだけは俺が指南するより前に武装錬金を使えていた」

 ニンマリと笑う総角に秋水は豆鉄砲を食らうような顔をした。
「この意味が分かるか?」
「つまり、動植物型ホムンクルスに武装錬金を使わせようとした者が……他にも?」
「ああ。そして俺が無銘たちに武装錬金を使わせようとしたきっかけだ」
 力なく呟いた自らの言葉の意味を反芻するうち、秋水の面頬から血の気がみるみる引いていく。
(もし、そんな発想をする者が)
 かつてL・X・Eという共同体に所属していたからこそ想像できる世界がある。
(何らかの共同体に所属していたら)
 いや、と秋水は軽く首を横に振った。所属だけならばまだいい。だが最悪なのは……
(『人間型にしか武装錬金を使えない』という不文律を破れるような者が組織を率いていたと
すれば、少なくても技術力においてはL・X・Eを遙かに凌ぐ筈)
 そして共同体における技術力は構成員の質にフィードバックされる。
(平たくいえばその組織のホムンクルスは無銘たちと同等か、それ以上)
 発想ばかりが空転する脳髄は、同時にまったく別な情景や情報さえ巻き込んでいく。
(……まさか)
 すなわち、秋水が折にふれて得た戦闘相手の背景を。
30永遠の扉:2008/11/11(火) 19:05:53 ID:dzM1UbZh0
(貴信と香美を一つの体にしたのも)
(無銘を異常な方法で創造(つく)ったのも)
(小札のいった『絶対に倒すべき恐ろしい敵』も)
(鐶に無数の鳥や人間へ変形できる能力を与えたのも)

(総てその組織なのか? だとすれば)
 秋水は思わず総角に対して呻くように呟いた。
「君が部下たちの能力を底上げしなければならなかった理由は……」
「想像に任せる。だが今はお前自身がどうするかだな」
「……」
「ここまで長々と説明してやったのは、心ならずもたばかる羽目になった友への義理にすぎん」
「はぐらかそうとした癖によくいう。第一俺は君を友人と思った事など一度もない」
「フ。つれないな。華を持たせてやったというのに。俺だけが一方的に暴露すればそれこそお
前の立場がないと思ったからこそ、じっくり喋らせてやったのさ。おかげで苛立ちは抜けただろ?」
「……っ」
「フ」
 瞑目と共に柔和な笑みを浮かべ、総角は秋水を促した。
「で、これからどうする? 元々俺がお前をココに誘い込んだ理由は、能力の底上げ以外にも
う一つある。すっかり忘れられ気味だが例の『もう一つの調整体』。あれの起動にだな、お前
が必要だったりする」
「……」
「何。安心しろ。従いさえすればそこは旧知のよしみ。無事に地上へ帰してやる。だが」
「従わねば実力を以て屈服させ、君の意のままに俺を使う」
 ほう、と総角の切れ長の瞳が初めて丸くなった。
「分っているなら話は早い。なに、お前はここまで十分戦ってきた。負けたのが鐶ならばそう
恥じるコトもないさ。それは地上に戻ってから他の戦士にでも聞けば分かる」
 余裕めいた口調が一転、急になだめすかすような調子になった。
「それに『もう一つの調整体』とて、正しく使えば決して一般人に危害を及ぼすような代物でも
ないさ。そして俺達は正しくそれを使うと約束しよう。大丈夫だ。お前の住む街も国も惨禍に巻
き込みはしない」
「……」
「それを別としてもお前は去年俺に負け、全国ベスト3に成り損ねた。なら実力差は周知の筈」
31永遠の扉:2008/11/11(火) 19:06:34 ID:dzM1UbZh0
「……」
「大人しく俺に従えば無事に地上へ戻れる。だが従わねばそのボロボロの体でこの俺と戦う
羽目になる。いかに融通の利かないお前でもどちらが得かは分かるだろう」
「……」
「さあ、どうす──…」
「断る」
 問いかけを打ち消すように秋水は短く低く叫んだ。
「フ。その反応は予測済みだが、しかしいいのか? 仮にお前が勝ったところで『もう一つの調
整体』は錬金戦団の管理下に置かれる。だが戦団は百年前」
「……黒い核鉄の制御を誤り、結果としてヴィクターとの和解の道を断ち、あまつさえ取り逃した」
 総角の手に白い手袋が被さり、手首の辺りからビっと引き伸ばされた。
「属する義理があるとはいえ、そういう組織に納めてやる是非はどうだろうな? 別に戦団の
連中総てを見下すつもりはないが、得てして古く巨大な組織というのは頭の固い連中がのさ
ばり、正しいコトをしようとする者を封殺するもの。連中の勝手と都合と利権だけでな。あのお
嬢さんをホムンクルスにしようなどという愚策を罷り通したのもきっとそういう連中だ」
(ヴィクトリアの事か。しかしなぜ総角はその辺りの事情を知っている? 大戦士長でさえヴィ
クターに告げられるまでは知らなかったが)
「だが俺ならば正しく使ってみせるさ。これは大言壮語ではなく、あくまで中間管理職めいたリ
ーダーの努力目標としてだ。俺の調べではよほどおかしな使い方さえしなければ十
分安全だ。……例えば逆向凱。アイツのような轍は踏まんさ」
 秋水の表情に微細な反応が現れたのは、かつての僚友であり先日激しく刃を交えた男の名
を耳にしたためである。
「正しくは鈴木震洋だがな。あいつは廃棄版の『もう一つの調整体』を無茶な使い方をしたた
め、亡者に体を乗っとられる羽目になった。おそらくは喰ったのだろうが、俺はそういう真似な
どしない。本当に正しく使ってやる。いや、正確にいえばあるべき所に戻すというべきか」
「その廃棄版でさえ逆向のような危険極まりない男を呼び戻した」
 正眼に構えた秋水から剣気が漲り始めた。
「俺も戦団を完全に信用しているワケじゃない。だが、『もう一つの調整体』という得体の知れ
ない代物を君の手に渡せば他日必ず暴走し、人々が襲われかねない。それだけは絶対阻止だ」
32スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/11(火) 19:08:43 ID:dzM1UbZh0
 波打つ剣気よりもむしろ秋水の言葉にこそ総角は疑問符を浮かべたらしい。
「? 何をいっている? 『もう一つの調整体』が人間を襲う筈など……」
 しかし彼は言葉半ばで急にくつくつと笑いだしたからよく分からない。
(なるほど。バタフライ殿は信奉者に正体を伝えていないようだ。となると桜花や秋水経由で存
在を知った戦士たちも、『もう一つの調整体』が何か見当がついていないとみえる。知らないな
がらも、いや、知らないからこそ血眼になって求めているというコトか。……フ。これはなかな
か面白い)
 笑みが気に障ったらしく秋水が気色ばみ、総角はそれを「まあまあ」と手で制した。
「いや、訂正しよう。確かに無銘あたりに使役させれば人を襲うコトは可能だな」
 秋水は脇構え。既にその右足はじりじりと地を滑り出している。
 それを認めた総角は、ふうとため息を混じりに肩をすくめた。
「となると困ったな。従う気も理由もないときている」
「そもそもここまで来たのは君を倒すためだ」
「ならば俺自身の底上げといくか」
 白い手袋を纏う手が認識票に伸び、白い足袋を履いた足が剣の横で地を蹴った。

「行くぞ!」

 最終戦、開始。





※ 以下、後書き
頂いたご感想へのお返事はまた後日ブログにてさせて頂きます。すいません。
33作者の都合により名無しです:2008/11/11(火) 19:53:47 ID:lV6YVFU70
序盤の最終戦、中ボス?との対決か。
主人公とボスのタイマン勝負と言う王道になるのかな?
仲間と一緒にボスを倒すのもいいけども。

意外と早く決着つくかも?
34遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:40:03 ID:u1JLyBnZ0
第十三話「闇からの囁き」

「よお…ブサイクちゃん」
頃合を見計らい、オリオンがエレフに笑いかけた。エレフはミーシャから離れ、少し驚いたように口を開く。
「お前は…オリオンか?」
「けけけ、久しぶりだけどよ…相変わらず、ひでえツラだなあ」
「フン…人のことが言えたツラか、オリオン」
「残念でした、今の俺は泣く仔も惚れるハンサム様よ…ぷ、くくく…あっはっはっは!」
「ふ…」
静かに微笑みながら、エレフは闇遊戯達に視線を移した。
「キミが、遊戯か…それに…」
エレフは城之内を見て少し考え込む仕草を見せた。すわ何事かと城之内は思わず身構えたが、続くセリフに盛大
にずっこけることとなる。
「キミが…凡骨馬之骨之介負犬左衛門だな…」
「ぶーっ!?な、なんだ、そりゃあ!?」
「ぼ、ぼんこつうまの…」
「ほねのすけ、まけいぬざえもん…城之内、お前、本当はそういう名前だったのか?うわあ、切ねえ…」
ミーシャとオリオンが、同情と憐憫を込めた視線を送る。
「ん、んなわけあるかー!おい、海馬!どういうこった、テメエ!」
「おや?貴様は自分の本名が嫌で城之内という偽名を名乗っているという設定だっただろう?」
「そんな設定は原作のどこを読み返しても存在しねえよ!」
「そうだったのか?フン。すまんな、うっかり間違えた」
「どんなうっかりすりゃそうなるんだテメエは!」
「落ち着け、城之内くん。海馬、お前ももうよせ」
闇遊戯が仲裁に入り、海馬はフンと鼻を鳴らして明後日の方を向いてしまった。城之内は怒りが収まらないよう
で、むっつりと腕組みする。
「それはそうと…皆」
エレフはコホンと咳払いして、態度を改める。
35遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:41:21 ID:u1JLyBnZ0
「ここに来る途中で、神殿の者達にもある程度の事情は聞いた。ミーシャを助けてくれたこと…感謝する」
深々と頭を下げる彼に対し、城之内は胸を精一杯張った。
「なーに、友達を助けるのなんざ当たり前だろ。それに、あんな蠍野郎の一人や二人、チョロいもんよ」
「よく言うぜ。俺と遊戯が駆けつけなきゃやられてたろうが」
「う、うるせえ!ホントはあそこから奇跡の大逆転かます予定だったんだよ!」
「―――蠍?」
その言葉に、エレフは眉を持ち上げる。
「ああ。奴らのリーダーが、なんか蠍みてーな変な髪型したヤローでな。それも海馬がぶっ飛ばしちまったわけ
だから、確認はできねえけど、ありゃあ流石に死んだかな…それがどうかしたのか?」
「…いや。何でもない。死んだというなら、今となってはもう終わったことだ…」
「?ま、あんな奴のことなんてどうでもいいさ。それよりも、お前らのことだよ」
城之内がエレフとミーシャを見つめて明るい笑顔を浮かべた。
「バカ共はまとめて追っ払った。ミーシャの兄貴も帰ってきた…万々歳のハッピーエンドってわけじゃねえか!」
「そうだな。これでひとまず決着というところか」
闇遊戯も頷く。自分達はまだこれから、元の世界にどうにかして帰る方法を見つけないといけないわけなのだが、
この際それは置いておこう。オリオンもそれに続ける。
「二人とも、これからは兄妹仲良く、レスボス島で暮らせよ。ここはいいぜー、島民の約九割が美人で気立ての
いい女性というフィクションにしても冗談としか思えない島だ。きっと毎日楽しいぜ」
「フン、軽薄が…。女の尻さえ追いかけ回せば幸せとは、高尚な趣味をお持ちで羨ましいな」
このセリフが誰のものかなど、言うまでもあるまい。
「け、けーはくって…テメエ、俺を誰だと思ってやがる!?」
「軽薄でなければ阿呆だ。貴様の嫌いな方を選べ。そっちで呼んでやる」
「よりによって嫌いな方を選ばせるんじゃねえ!」
「…まあ、そこでつまんねえコントやってるバカ二匹は放っておいてよ。ミーシャ、お前もそうするつもりだろ?
ずっと、兄貴を待ってたんだもんな」
36遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:42:59 ID:u1JLyBnZ0
ミーシャは頷き、エレフに笑顔を向けた。
「エレフ…エレフだって、もうどこにも行かないよね?これからはずっと…ずっと、一緒にいられるんだよね?」
「勿論だ。もう離れはしない…これからは私がずっと、お前を守って…」
微笑み返しながら、エレフがそう言いかけた時。

(ィィノカナ?ソレデ。本当にィィノカィ…?ソレデ、妹ヲ守レルノカナ?)

―――ドクン、と、心臓を震わせた。
(今ノママデ、本当ニォ前ノ妹ハモゥ安全ダト、ソゥ言ェルノカナ?)
その声は、エレフの心に激しい波紋を投げかけた。
同時に、エレフは気付かされる―――己の心の奥底に潜んでいた、ドス黒い復讐心に。
「…………!?」
(もう一人のボク…!どうしたの!?しっかりして!)
今は心の奥にいる相棒の声さえ聞こえないかのように、闇遊戯は顔を蒼褪めさせて、思わず後ずさる。闇の力
を持つ彼だからこそか―――確かに、感じた。
エレフに囁きかける何者かの存在と、それが発する、凄まじい邪気に。
「遊戯!どうしたんだよ、お前…」
「決着だと…バカな…」
「え?」
「まだ…終わっていない…!あんなのがいるのに…終わってなどいるものか…!」
「おい、しっかりしろよ!遊戯!」
「城之内くん…オレは大丈夫だ。それよりも、エレフを…」
「エレフ?」
顔を向ければ―――エレフは口を固く引き結び、ミーシャをじっと見ていた。その瞳には、どこか底知れない闇
が広がっている。少なくとも、ミーシャにはそう思えた。
「エ…エレフ…どうしたの?何だか、今のエレフ…怖いよ…」
「ミーシャ」
エレフは、感情を押し殺したような声で語りかける。
37遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:43:52 ID:u1JLyBnZ0
「今はまだ…ダメだ。私には、やらねばならないことがある」
「え―――?」
「!?エレフ!お前、何言ってんだ!?」
オリオンが思わずエレフにくってかかるが、エレフは動じた様子もない。ただ静かに口を開いた。
「まだ…ミーシャの身の安全が、保証されたわけではない…奴らは、きっとまたやってくる…」
「バカなことを抜かすんじゃねえ!蠍野郎もあれだけやられりゃ、もし生きてたところで二度とミーシャを狙う
もんか。兵隊共にしろ、もうこの島に近づきたくもなくなったろう。なら、他に誰がいるってんだ?」
「アルカディアだ」
「何?」
「話を聞く限り、先ほどの連中はアルカディアの兵士だというではないか。そして…蠍の男」
「だから!蠍野郎がどうだってんだよ!」
「―――奴は、私とミーシャの両親の、仇だ」
瞬時に、場の空気が凍りついた。ミーシャは血色を失くした顔で、口元を押さえる。
「あ、ああ、ああ―――」
「…思い出したか、ミーシャ…そうだ。間違いない。その蠍とやらが、我らの父と母を殺めたのだ!」
言葉に怒りと憎しみを乗せ、エレフは叫ぶ。
「そして、今回も、奴が…アルカディアの手の者が、来た。奴らは我々に不幸しかもたらさない―――ならば、
先に滅ぼしてやるまで!」
「バカ野郎!なんでそんなことになるんだよ!」
城之内がたまらず話に割り込んだ。
「ミーシャがまだ狙われてる!?上等だ!本当にそんな奴がいるなら、それこそあんたがミーシャの傍にいて
守ってやればいいだけの話だろうが!それが―――兄貴としての役目じゃねえのか!」
「それが、本当にミーシャのためと言えるのか?いつ、誰に、どこで狙われるか分からない恐怖の中で暮せと
いうのか?ずっとそんな風に生きろというのか?そんなものの、どこが…幸せな暮らしだ!」
「エレフ…あんた…!」
城之内は絶句した。エレフの言っていることは正直な話、誇大妄想にも近い理屈だ。そもそもが、ミーシャを
狙っている者がまだいるという前提からして怪しい。そんなバカげた話を、決して愚劣ではないだろうエレフ
が、何故こうも頑なに語るのか―――その事実が、恐ろしく感じられた。
今の彼はまるで―――何かに、取り憑かれているようだ。
38遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:45:10 ID:u1JLyBnZ0
「やめろ、エレフ!」
闇遊戯もまた、エレフに詰め寄る。
「お前が今手に取るべきは、敵を退け、滅ぼすための剣じゃない…大切な者を護るための盾のはずだ!
復讐心に囚われて、自分のすべきことを見失うな!」
「私のすべきこと…?それならば決まっている。ミーシャを護ること…そして、そのために、ミーシャの敵を
全て退け、滅ぼさねばならない…だからこそ、護るために剣が必要なのだ!」
「エレフ…そんなことをミーシャが望んでると、そう思ってんのかよ!?」
オリオンが、エレフの胸倉に掴みかかった。
「俺はここ数年間、ずっとミーシャを見てきたから分かるよ…」
ちらりと、傍らのミーシャに目をやる。
「こいつの望みは、たった一つだけだ。お前とまた会いたい、また一緒に暮らしたい―――それだけなんだよ。
たったそれだけのことを…なんで分かってやらねえんだ!」
「…そうだな。私の為そうとしていることは、ミーシャの望むことではないだろう。もしかしたら、私を恨み、憎み
すらするかもしれん。だが、アルカディアへの復讐も、全てはミーシャのためだ。いつかは分かってくれるさ」
「分からない…!」
ミーシャがうわ言のように呟く。
「分からないよ…私…エレフが何を言ってるのか…」
「ミーシャ…赦せ。今はまだ―――お前の傍にいることは、できない」
エレフはそう言い残して、踵を返そうとする。オリオンがその肩を掴み、押し止めた。
「行くな…行くんじゃねえ、エレフ!お前にミーシャが必要であるように、ミーシャに必要なのはお前なんだ!
だから…」
「オリオン」
エレフはオリオンの耳元に顔を寄せ、彼以外の誰にも聞こえないくらいに小さな声で囁く。
「貴様…ミーシャに惚れているのか?」
「―――っ!」
「…やはり、そうか。なら話は早い」
すっと、エレフはオリオンから離れる。そして、オリオンに向けて手を差し出す。
「お前は、私と共に来るべきだ。私と共に闘い―――アルカディアを、滅ぼそう。ミーシャのために」
39遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 21:59:55 ID:84olekil0
「…………」
オリオンはその手を凝視し、一歩前に出る。口元に、微かに笑みを浮かべながら。
「オリオン…!テメエ、まさか!」
「待て、オリオン!」
狼狽し、彼を制止しようとする城之内と闇遊戯。そしてミーシャもオリオンに駆け寄り、精一杯の力を込めて
服の裾を掴む。
「オリオン…やめて。あなたまで…あなたまで、どうして…」
「おいおいお前ら、心配すんなよ。俺は別にトチ狂っちゃいないぜ。ただ、考えてみただけだ。冷静に考えた
結果、こうするのが一番いいと思っただけだ。ほれ、悪いけど、ちょっと手ぇどけてくれ」
鬱陶しそうにミーシャの手を振り払い、オリオンはエレフと向き合う。
「オリオン…!」
その様子を闇遊戯と城之内、ミーシャは固唾を呑み、海馬はどこか面白い見世物でも観ているように見守る。
そしてオリオンは、彼の手に向けて腕を伸ばし。その手を取る寸前に拳を握り締め、振り上げる。
「冷静に考えた結果―――こうすることにした」
次の瞬間、鈍い音が響く。オリオンの拳が、エレフの顔面を殴り飛ばした音だった。
「ちったあ目が醒めたかよ…この大バカ野郎!」
声を荒げ、彼は赤くなった頬を押さえるエレフを怒鳴り付けた。
「笑わせるんじゃねえ―――笑わすんじゃねえぞ、エレフ!テメエはいつからそんな大バカになりやがった!?
何度も言わせるんじゃねえ…ミーシャはお前が暴力で血に塗れることなんざ望んでねえ。お前がすぐ傍にいて
笑ってくれれば、ミーシャはそれでいいんだよ!同じことばっか言わせやがってもうウンザリだよ、ボケッ!」
「オリオン…お前…」
闇遊戯はオリオンに対し、驚きと、少なからぬ尊敬を覚えていた。同時に、彼を少しでも疑った自分を恥じた。
城之内とミーシャも同じ気分のようで、ややバツが悪そうにオリオンを見ていた。
「けっ。お前らねえ、まさかマジでこの男の中の男たる俺が裏切っちゃうとでも思ってやがったんですか?」
「悪い…ちょっとだけ思っちまった…」
「ご、ごめんなさい…」
オリオンはやや不服そうに鼻を鳴らしつつ、エレフに視線を戻す。彼は、嘲るように笑った。
「そうか…所詮はお前も、他人にすぎない…ミーシャを想う私の気持ちなど、理解できんだろうさ」
呟いて、エレフは背を向け歩き出す。
40遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 22:00:42 ID:84olekil0
「エレフ!」
オリオンは弓を構え、エレフに狙いを付ける。
「どうしても行くってんなら…俺は、お前の手足を撃ち抜いてでも、お前を止める!」
「…本気か?」
「本気だ。けどよ…」
オリオンはその美しい顔を、苦渋で歪ませた。
「それでも…俺はお前を撃ちたくなんかねえ…撃たせないでくれ…!」
「無駄だ、オリオン」
エレフはその歩みを、止めようともしない。
「お前の矢は、私には当たらない―――今の私は、お前より強い」
「この…バカ野郎!」
奥歯を噛み締め、オリオンは矢を放った。それは正確に、エレフの両手足を撃ち抜く―――その寸前で細切れに
され、塵となって風に浚われていった。
「え―――!?」
エレフの両手には、いつの間にか黒い剣が握られていた。柄に手をかけた瞬間、鞘から引き抜いた瞬間、流星の
如き速度で飛来する矢を、更に速く斬り捨てた瞬間。その全てが、同時に起こり、終わっていた。動作と動作の
合間に一切の時間差が存在しない、神速の剣技。
「言っただろう…お前の矢は、当たらない」
「エレフ…!」
ほとんど泣きそうな顔で、オリオンは叫んだ。
「どうしても行くのかよ!どうしても!何で…」
「何度も言わせるな。ミーシャのためならば、この先が…冥府魔道に続いていようと…悔いはないわぁっ!」
「やめて!」
たまらず、ミーシャが駆け出し、エレフに追い縋った。
「お願い。エレフ…行かないで」
「ミーシャ…」
エレフの顔に、戸惑いと躊躇が浮かぶ。ミーシャは泣きながら、エレフの胸に飛び込んだ。
41遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 22:02:51 ID:84olekil0
「嫌よ、私…やっと会えたのに、また、離れ離れなんて…」
「ミーシャ…私は…」

(躊躇ッテハィケナィヨ。迷ッティタラ、ホラ…コゥナルンダ)
声がまた、囁く。刹那、エレフは幻視した。

「エレフ…助けて、エレフ!」
「ミーシャ…ミーシャァァァァっっ!」
少年の頃の自分が、助けを求め泣き叫ぶミーシャに、必死に手を伸ばしている。今の自分は、何も出来ずにそれ
を眺めているだけだ。
「やめろ!ミーシャを連れていくな!やめろォォォーーーっ!」
伸ばした手も、切なる叫びも届かない。ミーシャの身体を黒い影が取り囲み、何処かへと連れ去っていく。
「ああ…ミーシャ…ミーシャ…」
肩を震わせ、嘆く小さな背を、茫然と見つめる自分。そして、少年が振り向く。大人の自分自身に対し、憎悪を
込めて睨み付けた。
「何故だ…何故、そんな所でぼんやり突っ立っている!?今のお前はそんなに大きな身体と強い力があるのに、
何故ミーシャを助けなかった!?」
「そんな…違う、私は…」
「力があるのに、何もしないなら…お前は、ただの臆病者だ!」
「やめろ…やめてくれ!」
「大切な妹のために、命もかけれないのか!?この卑怯者め!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」

「エレフ…?どうしたの、エレフ!?」
ミーシャの声に、はっと我に返った。だがあの光景は、幻覚だったとは思えないほどこの眼に焼き付いていた。
「エレフ…」
「ミーシャ…やはり、私は行かねばならない」
42遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/11(火) 22:04:06 ID:84olekil0
そっとミーシャを引き剥がし。有無を言わさずに、エレフはまた歩き出す。
「私にはもうお前しかいない…お前しか残されていない…お前だけは、失いたくないんだ」
どこか不気味なまでの迫力を醸すその後姿に、もはや誰も、声一つかけることができない。
ミーシャはその場に崩れ落ちてすすり泣き。
オリオンもまた、目にうっすらと涙を浮かべ、そっとミーシャに寄り添うしかできなかった。
闇遊戯と城之内は、遠くなるエレフの背中を見送る他なかった。
海馬は果たして、何を思うのか。
この場でただ一人、笑みを浮かべていた―――
43サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/11(火) 22:05:09 ID:84olekil0
投下完了。前回は前スレ362より。
ハイデッカさん、テンプレ乙、>>1さんスレ立て乙です。
…多くは語りません。人を幸せの絶頂からどん底に叩き落すって、最低の行為です、はい。
更に次回、社長の言葉による暴力…。
書いててマジで痛い、うーん。
けど、彼女は一人じゃありません。友達の存在が、きっと救いになってくれるはず。

>>41の描写は、遊☆戯☆王の原作読んだ方なら分かると思いますが、社長のとあるシーンと故意に
被らせています。性格とかその辺は違うけど、どこかが似ている二人…に書けてたらいいんですが。

前スレ364 城之内、初回は普通にイジメッ子でしたね。それ以降は常時劇場版ジャイアンと
        いった漢気溢れる奴ですが。
前スレ372 古代編でエクゾディア出た時「うおお!来た来た来たー!」と興奮した直後に
        ゾーク様に真っ二つにされた悲しみ…。ブルーアイズは古代編に倣って、
        三幻神級、あるいはそれ以上だと思ってください。
>>4 彼がいなければ、間違いなく会話が進行しないと思います…主要メンバー中、数少ない
   常識的な思考の持ち主ですからね。

>>ふら〜りさん
最後まで外道を貫く生き様は、現実にいたら最悪そのものですが、物語の中では時に正義の味方
にも匹敵するほどかっこよくも見えたりします。ジョジョの奇妙な冒険を見れば、よく分かりますね。
ボス級キャラは皆外道ばっかだけど、皆かっこいい。
44作者の都合により名無しです:2008/11/11(火) 22:31:28 ID:lV6YVFU70
サマサ氏スレが変わっても勢い落ちないな。嬉しい
社長だけでなく他のキャラもテンション高いな。
女を残して戦いに赴くのは王道だな。

俺が頭悪いのか、横文字の名前だとイマイチ認識しづらいw
45作者の都合により名無しです:2008/11/12(水) 06:57:27 ID:wEQTUv3K0
出勤前なので走り書きにて失礼

>電車魚さん
これは期待できる新作。原作で退場したアイを活躍させてほしいですね

>スターダストさん
いよいよ主人公の剣が閃きそうですな。敵もボスだけに格が違うでしょうが

>サマサさん
社長は本当に素敵に腐っているなあ。エレフの後姿に哀愁が漂うな
46作者の都合により名無しです:2008/11/12(水) 19:41:47 ID:MNm23giJ0
>スターダスト氏
お互い静かな前哨戦ですね。静かな殺気がみなぎるというか。
キャラ的に秋水は激したりしないでしょうけど、
熱苦しいほどの彼もみたいような。総角との戦いは1対1ですかね?

>サマサ氏
城之内も原作初期は確か怖い感じの不良だったけど、
原作後期はすっかり社長のおもちゃだなあw 勿論このSSでも。
エレフもまた運命に翻弄されてますねえ。

47電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/12(水) 21:56:23 ID:J3C6Wq9K0
こんばんは。
感想レス&自分の感想、次回投下時にまとめてやろうかと思いましたが
10日に一回くらいのスローペース連載を予定してるのでそんなことしてたら流れてしまう……
なのでレスだけのための登場失礼します。

>>18
ネウロ好きがこのスレにもいて嬉しいです。
面白いですよねネウロ。サイ&アイも本当いいキャラしてる。
ていうかネウロは出てくる奴全員が脇役に至るまでいいキャラしてる。
今のところ厚めの文庫本一冊程度の長さを予定してます。楽しんでいただければ幸いです。

>>19
このウィリアム・ブレイクがのちのち重要な伏線に(略)
スイマセーン……ボクウソついてまーした……そんなことはありません。

>>20
ありがとうございます。
ただ私アクションシーン死ぬほど苦手なんで問題はこの後でゲフンゲフン。がんばります……
以前書いたのは『殺人鬼』と『ムネモシュネ』、いずれも原作はネウロです。

>>21
連載は始めるより続けるほうが難しいもの。
書きながら公開していくのはあまり経験がないので正直まだちょっと色々不安がありますが、
完結までがんばります。
48電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/12(水) 21:59:27 ID:J3C6Wq9K0
>ふら〜りさん
ネウロ本当にお勧めですよ。あれをまだ読んでないだなんて絶対損してます!
(言いすぎに聞こえるかもしれないけど恐ろしいことに100パー私の本音……)
アクが強いので好き嫌いは分かれるでしょうが、演出面ではバンバン奇抜なことをやる一方で、
テーマ的には今時珍しいくらい少年漫画してくれてる作品です。
サイは「必要だから」とか「何となく」とか「まあいいや」で人を殺せちゃうキャラクター。
原作でのポジション的には「主人公のライバルキャラ」になります。
金田一の高遠とコナンの怪盗キッドを足して割った感じ。
少年漫画では、主人公が強大な敵を倒すために死に者狂いで研鑽を積むのが王道ですが、
ネウロでは、強大な主人公を倒すために敵であるサイが死に者狂いで研鑽積んでます。
そういう意味ではべジータの方が近いかも?


>>45さん
アイ大好きだったのであの展開には呆然としてしまいました。
この寂しさを埋めるためにもいっぱい登場させまくろうと思ってます。

>スターダストさん
永遠の扉少しずつ読ませていただいてます。
今回の投下分に追いつくにはまだまだ時間がかかりそうですが、
殺陣へのこだわりに毎回惚れ惚れさせられます。
武装錬金、ネウロと連載時期が一部かぶってたのでリアルタイムで読んでました。
真っ向少年漫画って感じの熱い作品ですよね。
そのくせダークで重たい背景しょったキャラが多いのは和月作品の宿命なのか。

>サマサさん
遊戯王もMoiraも全く知らないにもかかわらず、キャラが立ってるので読むの全然問題ない。
しかも勢いがあって面白い。このぐんぐん読まされる感じ……すごいなあ。
特に凡骨馬之骨之介負犬左衛門、じゃなかった城之内の男らしさ、すごくツボです。
社長の濃ゆいキャラにも惹かれますが。
彼らが原作でどんな役回りか確かめるため、今度漫喫に足を運んでみようかと思っています。
49しけい荘戦記:2008/11/12(水) 22:56:05 ID:WWYU4ZMa0
第二十五話「激突」

 高級ホテルにて、ウォームアップに余念がないアライJr。壁一面の鏡に映る己と向き
合い、実戦さながらにシャドーボクシングを繰り返す。
 しかしいくら汗を流しても、昨夜の公園でのやり取りが忘れられない。
 父より格下だと、戦士として不足していると、断ぜられた。ホームレスのたわごとだと
割り切ろうとしても、心の底では本部の言葉を肯定している部分がある。
 迷いが戦士を蝕む。無尽蔵のスタミナを持ちながら、なぜか息が上がる。
「私は父よりも強い。完成させた全局面的ボクシングに穴はない。相手を殺す覚悟だって
できた。なのになぜ、私は惑わされているんだッ!」
 苛立ちが頂点に達し、アライJrは右ストレートで鏡を叩き割った。
「行くしかない……。今日も彼らは私の挑戦を待ち受けているはずだ。戦って、私が正し
いことを私自身に証明するしかない!」
 夜に溶け込むため黒いジャージに着替え、アライJrはホテルを出た。狙うはむろん海
王。次こそ自分自身が納得できるような勝利を手に入れてみせる。
 コーポ海王の近辺をロードワークしていると、まもなく二人組を発見した。
 一人はサムワン海王。ムエタイを使うと聞いている。
 もう一人の名前は分からない。ヘヴィ級の体格を持つ、ロシア系の白人である。
 もっとも付き添いがいようがいまいが挑むことに変わりはない。中国拳法を超えるため
には、海王を全員倒さねばならないのだから。
 アライJrは気配を殺し、背後からそっと声をかけた。
「サムワン海王だね。……君と対決したい」

 サムワンとシコルスキーは驚きのあまり、飛び上がりそうになってしまった。あわてて
仲良く振り返る。
 ボクシングに詳しくないシコルスキーがアライJrに抱いた印象は、ずいぶんとさわや
かそうな青年だということだった。闇討ちを企てるような人間にはとても見えない。
 アライJrがシコルスキーに視線を投げる。
「君はサムワン海王の友人かい? これから彼とファイトになるので、できれば立ち去っ
てもらいたいが……」
「いや、俺はサムワンとともにアンタと戦わせてもらう。同じアパートの人間をやられち
まってるからな」
50しけい荘戦記:2008/11/12(水) 22:56:58 ID:WWYU4ZMa0
「なるほど……二人同時に来るというわけか。いいだろう」
 今日は二人相手と知り、ステップを踏み始めるアライJr。
「いや、おまえの相手は私一人だ」
 ファイティングポーズを取るサムワン。
「おい、サムワン」
「すまん。だが名指しで、しかもこうまで正々堂々と挑まれては、こちらも連携するわけ
にはいかないだろう。それに──本来ムエタイにタッグマッチはない」
「……分かったよ」
 サムワンとアライJrが形成する領域(エリア)から、一歩後ずさるシコルスキー。
 リラックスした表情のアライJrに対し、サムワンは攻撃的な気を前面に出し、筋肉を
緊張させている。どちらが先に動くか、素人でも分かるほどだ。
 精神を集中させ、己の肉体に語りかけるサムワン。
 骨格を信じる。筋肉を信じる。反射神経を信じる。運動能力を信じ切る。
 ──今。
 ターゲットは下半身。サムワンの初手はローキック。弧線を描き、岩をも砕く超高速で
迫る。
 しかしアライJrの桁外れの動体視力は、海王としての意地を賭した初撃をまるでスロ
ーモーションのように見透かしていた。
 アライJrが三十センチほど後退するだけで蹴り足は外れ、返しの左ストレートがサム
ワンの右頬を完璧に捉えた。
 ダウンこそ免れたが、サムワンの目は虚ろだ。容赦なく、アライJrがトドメの体勢に
入る。
「サムワン、コブラがいるぞッ!」
 気つけ薬はシコルスキーの咄嗟の叫びだった。
 幼い頃、最愛の父をコブラの毒によって失ったサムワン。父が存命だったならば、危険
を冒してムエタイを生業とすることもなかっただろう。サムワンにとって、コブラとはき
っかけであり、仇敵であり、修業相手であった。
 海王と成った今こそ、コブラを倒す時間(とき)。
51しけい荘戦記:2008/11/12(水) 22:57:47 ID:WWYU4ZMa0
「──クゥアァァッ!」
 ローギアから一気にトップギアへ。
 左ローがまともに入った。激痛に動きを止めるアライJr。さらに右ローを二連打、左
ローをもう一撃加える。
 足をかばうように、よろよろとアライJrが後退する。
「効いてるぞ、いけるぞっ、サムワン!」
「応ッ!」
 機動力は封じた。あとは十八番のハイキックさえ叩き込めば──。

 ずん。

 必殺のハイキックを掻い潜り、アライJrは、がら空きの股間にアッパーをめり込ませ
ていた。
 白目をむき、サムワン海王は勢いよく崩れ落ちた。
「本気で打ったから、一個くらいは潰れたかもしれないな」
 悪びれず鼻歌を鳴らすアライJr。シコルスキーが初めに抱いた印象がまるで正反対だ
ったことを悟った。
「効いてるふりをして、ハイを誘って金的への一撃、か……。まるでドリアンみたいな駆
け引きをしやがる……!」
「彼に学んだんだよ。そしてもう一つ、彼は私に学ばせてくれた」
「もう一つ……?」
「殺さねば倒せぬ相手もいるということだ。打たせずではなく殺されず、打つではなく殺
す……。父が到達できなかった高み“殺られずに殺る”──もし君が、私が苦戦するほど
に強ければ、私の拳に初めての体験をさせることができるかもしれない」
 冷笑を浮かべるアライJr。殺す覚悟どころか、生命を奪い合う血みどろの野試合を期
待しているようだ。
 『殺られずに殺る』を迎え撃つは、『殺られまくる』がスローガンのシコルスキー。
「ダヴァイッ!」
 両手を広げ、シコルスキーが吼える。
52サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/11/12(水) 22:58:45 ID:WWYU4ZMa0


p a r t 6 0 お め で と う ご ざ い ま す ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ 

53作者の都合により名無しです:2008/11/12(水) 23:15:45 ID:MNm23giJ0
>電車魚氏
>連載は始めるより続けるほうが難しいもの
サナダムシ氏をはじめ、良い模範が沢山いますよこのスレ。


>サナダムシ氏
サムワンはかっこよかったんだけどやはりムエタイの人でしたねw
でも健闘したのかな?ボクサーに対して理にかなった攻撃だし。
いよいよ主役が動き出し始めましたね。終わり近そう・・
54作者の都合により名無しです:2008/11/13(木) 06:03:11 ID:uDRxhXNA0
シコルのダヴァイ!は殺してくださいとお願いしているようなものだからなw
サムワンはサムワンのくせに頑張ったよ
55永遠の扉:2008/11/13(木) 06:37:38 ID:BAKaCb560
第081話 「総ての至強を制する者 其の弐」

「おかしい。どうして爆発した筈の道路が直っている?」
 銀成市に残存する戦士のうち動ける者は秋水と総角のいるアジトへ急行中。
 案内人の鐶を小脇に抱えた防人に斗貴子と千歳が並走し、根来は影のように飛んでいる。
 冒頭の呟きが漏れたのは根来以外の一団が住宅街の一角を通り過ぎた時である。
 そこは先ほど鐶が光線を見舞ってガス爆発を誘発した場所なのだが、今はまったくの無傷。
 なにぶんアジトへ急行中の身だから斗貴子は質疑を引っ込めたが、しかし歩みを進めていく
うち先ほどの戦いで破壊された建物や電柱や道路がことごとく修復しているのを見るにつけ、
斗貴子は思わず横目で鐶に詰め寄った。ゆらい彼女は率直だが短気な部分もあるのだ。
「……それは……この街全体に年齢を『与えて』いたから、です」
 途切れ途切れにボソボソと喋るためどうも要領を得ないが、千歳の通訳によるとこうらしい。

a.クロムクレイドルトゥグレイヴで年齢を『与えた』場合

『死』を除くあらゆる状態変化は武装解除ともに『消失』する!
(対象が本来の年齢より未来の時間軸にあるため)

. ┌      本 来 の 年 齢      ┐ ┌ 与えた年齢 ┐
┣━━━━━━━━━━━━━━━━┿ ━ ━ ━ ━ ━ ┥

 この状態の対象に対する破損・決壊・治癒・成長などの諸々の変化は総て「与えた年齢」の
方へと生じる。そのため武装解除または年齢の吸収によってこの状態から年齢が減少すると
諸々の変化は消滅。(なお、吸収した年齢が与えた分を下回る場合、つまり

「吸収分<与えた分」

の場合は後者に対する前者の比率分だけ効果が薄まる。
 単純にいえば10歳年齢を与えた相手へ10cmほどの切り傷をつけた後に年齢を4歳分吸
収すると、相手の傷は4cm分消滅する)
56永遠の扉:2008/11/13(木) 06:39:27 ID:BAKaCb560
b.クロムクレイドルトゥグレイヴで年齢を『吸収した』場合

あらゆる状態変化は武装解除後も『継続』する!
(対象が本来の年齢より過去の時間軸にあるため)

. ┌      本 来 の 年 齢      ┐
┣━━━━━━━━┿ ━ ━ ━ ━ ━ ┥
└ 吸収後の年齢 ┘└吸収された年齢┘

 この状態において対象に発生した様々な変化は「吸収後の年齢」へ帰属するため、武装解
除後も継続される。(「吸収後の年齢」は純然として「本来の年齢」の一部!)
 ただし、武装解除に際しては

「状態変化を負った時の年齢 / 本来の年齢」

 の割合分だけ状態変化は軽減されもするのだ。
 20歳の相手から10歳分の年齢を吸収し10cmの切り傷をつけた後に武装解除をすると、
(つまり相手が10歳の時に傷をつけ20歳に戻すと)、傷は5cmに縮む。

(なるほど。街が直っているのは合点が行った。確かに年齢を与えられ、銀成市だけ時間が
進んでいたからな。というコトは学校も直っているだろう)
 先ほどの戦いで鳳凰と化した鐶に散々と攻撃を浴び、ともすれば倒れていても不思議では
ないほど重傷を受けた斗貴子が総角のアジトへ急行できているのも上記の理由だろう。
(私は年齢を吸収されていたから、武装解除とともに傷が少し治ったらしい。だが……)

「私たちは重傷だからココに残るわ。屋上に行ったのも顛末を見届けたかったからだし」
「でも俺達の核鉄は無傷だから先輩に預けます」

 桜花と剛太が聖サンジェルマン病院に残留すると決めたのはつい先ほどである。

「斗貴子先輩も重傷ですけど、どうせ止めたって行くんでしょ? なら回復ぐらいはしといて下さい」
「本当は頼めた義理じゃないけど……秋水クンのコト、お願いね」
57永遠の扉:2008/11/13(木) 06:40:30 ID:BAKaCb560
.
 その後病院から防人たちと飛び出して、桜花や剛太の核鉄当てつつひた走る斗貴子である。
(無理をさせているのは百も承知だ。だが戦士・斗貴子がいなければ実質的に戦える者が根
来だけになってしまうのもまた事実。辛いだろうがもうしばらく頼む)
 千歳は非戦闘要員。防人は本来重傷な上に、先ほど鐶からシルバースキン越しとはいえお
ぞましい攻撃の数々を浴びている。加えて鐶の拘束に二重拘束を用いているために今は生身
で街を走っている。表情こそ往年の気丈さに満ちているが顔色はすこぶる悪い。
(戦士長がこんな状態だ。私もどれほど戦えるかは分からないが、首魁さえ倒せば戦いが終
わるというこの時に寝ているワケにはいかない!)
 その横で千歳はいつものように沈静な瞳を静かに光らせていた。
(元を正せば総角主税の拘束は私と戦士・根来の任務)
「…………」
 根来は無言で蝙蝠の如く闇から闇へと跳躍する。彼だけは武装錬金の特性ゆえか比較的
軽傷であり、戦闘に支障がないように思われた。
 だが彼らが目指す敵は無数の武装錬金を扱える者。果たして根来忍法の効力や如何。

「やれやれ」
 スッと着地した総角は周囲を見回すと困ったように眉を潜めた。
 散らばっているのは破壊された右篭手や鉄鞭、割れた盾に折れた矢だ。
「俺の部下を倒してきただけあり」
 百雷銃(ひゃくらいづつ)という赤い筒でできた大蛇を一刀のもとに両断した秋水が猛然と
突っ込んでくるのを認めると、総角は鎖分銅を右手に出現させた。
 総角と秋水の距離はおよそ10メートルほど。
「今さら並の武装錬金は通じないか」
 急行電車の如くりりーっと殺到した分銅が秋水に着弾したと見えたのは一瞬のコトである。
彼の影が陽炎のように消えた。その足元で分銅が床板を滅茶苦茶に破砕するころにはもう
秋水は総角の懐に飛び込み鋭く右に切り上げた。。
 だが総角は総角で足を悠然と後ろに送り紙一重でソードサムライXを回避。上体を一切逸ら
さず直立不動のまま避けたのは実に剣客らしい所業である。
 一拍遅れの甲高い金属音とともに鎖分銅が蛇のように波打ち地面に落ちた。ただでさえ長く
しかも彼方の秋水めがけ飛来しびーんと伸びきっていたハイテンションワイヤーだから、総角
が身を引いても右切上から逃れられず切断されたとみえる。
58永遠の扉:2008/11/13(木) 06:41:37 ID:BAKaCb560
 そのまま息もつかせず秋水は諸手で面を狙い打ったが──…
 がきりという手ごたえが走った。見れば総角の額の前で短剣が刀を受け止めている。
 クロムクレイドルトゥグレイヴの鍔だ。十手のごとくぐなりと曲がり刀身との間にわずかな隙
間がある鍔が、日本刀の切っ先を見事に受け止めている。
 しかも総角が短剣をひねると。どういう理屈か愛刀を通して秋水の両腕がひねられた。隙あ
りとばかりに金髪が稲光のように光りながら半身で突きを見舞ってくるからたまらない。
「中条流の富田勢源は一尺二寸(約36cm)の薪で真剣持ちの相手を制したという……」
 柄を含めた全長でさえ30cmあるかないかのキドニーダガーだ。獲物の長さなれば秋水の
方が遙かに勝っている。なのに総角は悠然と間合いに踏み込み突きを次々見舞っていく。
「覚えておけ。剣技極まるところ獲物の長さは関係ない」
 耐えかねた秋水が間合いを取っても次の瞬間には短剣で日本刀を払いのけて懐に入って
くる。こうなると武器が長い分だけ秋水は不利である。
(その上確かこの武装錬金の特性は──…)

──特性は年齢のやり取り、です

 鐶のつぶやきが電光のようによぎる。
(一太刀でも掠れば年齢を吸収される! ならば!)
 当たらぬよう当たらぬよう身を引きながらやがて秋水は突き出された短剣めがけソードサム
ライXの茎尻(なかごじり。普通の刀ならば柄頭に当たる部分)を振り落とした。
 果たして腕と剣の重量と下方への勢いがブレンドされた衝撃は短剣を叩き落した。
 という予想図は茎尻がロッドの横を滑りぬけた瞬間に雲散霧消、あろう事かクロムクレイド
ルトゥグレイヴはマシンガンシャッフルへと姿を変え、秋水の服越しに丹田へ密着している!
 これも数多の武装錬金を使える総角ならばこそ。
 六角の宝玉から漏れ出すセルリアンブルーはいわずと知れた絶縁破壊の妖光である。 
「フ……」
「甘いのはそちらだ!」
 秋水がぐるりと手首を返すとソードサムライXが翻った。短剣を逃し空振った分だけ勢いがあ
る。よって一瞬にして刀身がロッドに密着し、絶縁破壊のエネルギーを吸収した。
「どうかな」
 続いて山のような巨体からの拳を垂直に切り上げた。相手はむろん兵馬俑。
59永遠の扉:2008/11/13(木) 06:42:12 ID:BAKaCb560
 そこを胴斬りにすると兵馬俑の無銘はどうと倒れ伏し背後の総角を露にした。だが秋水は
何故かそちらに向かわず勢いよく反転し──…
 斬り飛ばされたウォーハンマーが宙を空転し壁に叩きつけられた。
「兵馬俑の後ろにいたのは龕灯で投影した偽物だ」
「フ。見抜かれていたか」
 取っ手付きの棒となったギガントマーチを放り捨てると、総角はバツが悪そうに鼻をかいた。
「あれを囮にお前の後ろへ回り込んで跳躍し、重さを利して一撃を加える……いい策だと思っ
たが見抜かれていては仕方ない」
「いい加減遊びは止めたらどうだ。総角」
 余裕綽綽の総角に立腹したのか、秋水の声が幾分不快を帯びている。
「遊びじゃないさ。俺は数多くの武装錬金を使える反面、一つ一つには本来の創造者のように
熟達していない。一番得意なアリスでさえ本家の8割程度の再現率しかないしな。よってお前
のように優れた戦士を相手に逐一出して模索と試しを真剣にやっている」
「それが遊びだというんだ」
 踏み込んだ秋水を総角はチェーンソーで受け止めた。
 刃と刀身の境目からギガギガと火花が舞飛んだ。少したちこめた嫌な臭いは誰かの髪が焼
けたせいだろう。そんな中で両者は激しく鍔競り合いを始めた。
「使いこなせてもいない武装錬金を湯水のように出して相手を嘲弄する事のどこが真剣だ!」
 一転、彼は叫びと共に左前に踏み出しつつ、左拳で総角の右小手を押した。
 剣道でいう裏崩しである。しかし本来なれば柄を握っているべき総角の右手は「チェーソー
の取っ手」を握っている。これは手を持つ生物ならば全部の指をググっと握りたくなる形状で
ある。然るに剣道においては粛然たる重心を保つにはむしろ人指し指と親指を添える程度に
し、なおかつ親指の先を下方斜め前にすべしと推奨している。
 要するに総角が裏崩しに耐えかねて後方へ軽くつんのめったのは、そういう剣道的な重心
の保ち方を失念した上にチェーンソーというバランスの悪い武器を持っていたためであろう。
 そのライダーマンズライトハンドへすかさず秋水は剣を振り下ろし、真っ二つにした。
60永遠の扉:2008/11/13(木) 06:43:40 ID:mYFrQP320
「君が戦いにおいて遊ぶのは勝手だが、出し惜しみしている間に倒されては能力の底上げと
やらも意味をなすまい。これまでの目論見も水泡に帰す。そろそろ本気で戦い始めたらどうだ」
 強く踏み込んだ右足もそのまま、剣を下した秋水は見事な残心を取っている。
「……フ。しつこく本気を勧誘するのは自分の傷を気にしてのコトか?」
 総角の手元から金色の光が飛び、床に沈み込んだ。
 秋水は何が来るか察したらしく、残心から脇構えに移行するのと同呼吸で地を蹴り総角へ
殺到。だがその頃総角は遥か彼方に退避しており、刃はむなしく空を切る。そこを亜空間から
現出した忍者刀が狙い打った。
 真・鶉隠れ。そしてシークレットトレイル。もはやこの地下空間で何度使われたか分からない。
 刀を狙うか本体を狙うか秋水に逡巡が生じた。
 嗚呼、それにしてももし秋水の服が根来謹製の学生服であるならば亜空間に埋没できた筈
なのだ。思い返せば総角が秋水を着換えさせたのはそういった有利をつぶすためなのか。
 兎にも角にも「しつこく本気を勧誘するのは自分の傷を気にしてのコトか」といわれ一気に
斬りかかった秋水だからやはり指摘は正鵠を射ているらしく、動きにどこか精彩がない。
 秋水の足下から一瞬にして周囲へ金の軌道を描いた刀は、亜空間へ没するまでもなく黒い
蝶の姿へと形を変えた。どうやら刀は飛びながらちりぢりに溶けていたらしい。
「行け。黒色火薬(ブラックパウダー)の武装錬金、ニアデスハピネス」
 三本指を立てた総角の声に呼応するかのごとく、充満する蝶達が爆発した。

「……痛いです。痛い……です」
 戦士たちは困っていた。というのも連れてきた鐶がカラスに目をつつかれ始めたからだ。
「どうやら根来の忍法がまだ効いているようだな」
「いかに変身や変形を繰り返そうと無駄な事。私の忍法死人鴉は丸一昼夜ほどは継続する」
「や、やめて下……痛っ」
 もちろん鐶はシルバースキンを付けているからカラスの攻撃など通じない。けれど賢いカラス
たちだから帽子から覗く虚ろな瞳を狙っている。ちなみに肩にかかる赤い三つ編みはすでに
ぼろぼろに食い破られており非常に痛ましい。
 千歳はしばらく考えた後、鐶にそっと呼びかけた。
61永遠の扉:2008/11/13(木) 06:44:58 ID:mYFrQP320
「鳥語で説得してみたらどうかしら?」
(なんだ鳥語って。そんな物あるワケない。……くそ。冷静そうに見えてこの人もなんだかズレてる)
「あ、なるほど……。その手が……!」
(あるのか!?)
 おかしなコトを言い出した千歳とそれにポンと手を打つ鐶に斗貴子はげんなりした。
「かぁ、かぁかぁかあ。かぁ? かぁ! かあかあかあ!」
 交渉の後、カラスの攻撃はますます激しくなった。
「問答無用……だそうです。あ、あの……ドーナツあげますから……誰か……助けてくれませんか?」
 抱えられたまま困ったように頭を両手で押える鐶を、防人は呆れたように眺めた。
「その、なんだ。キミは戦ってないとそういう性格なのか? どうもギャップが」
「は、……はい。よく……いわれます」
「ええい鬱陶しい! アジトにはまだつかないのか!」
 何事かと眺める通行人たちに辟易しながら斗貴子は駆ける。

(如何なエネルギーといえどソードサムライXの刀身に触れさえすれば吸収できる)
 黒煙と粉塵が占める世界の中で秋水は日本刀を振り下ろした。
 爆発のエネルギーは下緒を通り飾り輪へと蓄積されている。小気味のいい光波がソードサ
ムライX全体にバチリと立って収束したのがその最たる証。
(とはいえニアデスハピネスの数が多すぎた。ダメージはあまり受けなかったが総てを相殺し
きれなかったため視界が悪い。早くここから)
 濛々たる煙を突き破って青い処刑鎌が秋水の肩や脇腹を刺し貫いた。
(これは……バルキリースカート……?)
「この武装錬金は生体電流で動く。よって素肌に着装している方が能率的だ」
 鮮血が吹き出し白い剣道着をじわりと濡らした。取り落としかけた刀を秋水はかろうじて手繰
り寄せ思うさま斬り上げた。むろんその挙動は体に刺さった処刑鎌を切除すべくの物である。
 しかし三本の処刑鎌は剣閃を避けるように素早く引き下がった
「まあ、素肌ならどこでもいいらしい。あのセーラー服美少女戦士は太ももに付けていたが、
男の俺がそれをやったところで誰も喜ぶまい。俺も嬉しくはない。ま、小札になら付けたいが」
62永遠の扉:2008/11/13(木) 06:45:56 ID:mYFrQP320
 煙を縫ってぬうっと現れた総角は腕を捲り、二の腕に一つ、一の腕にもう一つの装具を付け
ていた。前者から伸びる処刑鎌は二本。後者から伸びる処刑鎌は一本。合計三本。
「フ。本来なら四本だが、俺の印象度や創造者との相性を鑑みると三本の発現が限度らしい。
しかし何だな。あの廃墟で彼女に逢えたのは幸運だった。おかげでこんな素晴らしい武装錬金
を手に入れるコトができたからな」
 三本指を無造作へ前に突き出したポーズのまま、総角は処刑鎌を振るい始めた。
(惑わされるな。いかに速く数で勝り精密であろうと所詮は三本)
 体当たりを喰らわせる心持ちで接近した彼に三本の処刑鎌が殺到した。
(三人の敵を相手にしているつもりで戦えば問題はない! それに……!)
 頭上から振り下ろされた処刑鎌があった。しかし秋水はむしろそれより後ろを狙う心持ちで
剣を振り上げた。果たして可動肢は断たれ処刑鎌が落ちた。
(睨んだ通りだ。刃の部分を狙わずとも十分無効化できる)
 次の剣閃はモールド付きの丸い関節を叩き割った。三本目の処刑鎌は根元の細い接合部
を切断されて地に落ちた。むろん秋水は止まらない。
(ここで)
 逆胴の構えに移行し──…
「がっ……!?」
 不明瞭な声を漏らしたのはむしろ秋水の方である
「もうそろそろ逆胴でくる頃だと思っていた。ドンピシャだな」
 総角の両腕は変質していた。甲冑を思わせる重苦しい装甲に覆われていた。
 二の腕の半ばには腕章と盾を織り交ぜたような奇妙な防具があり、そこには「2」とも「5」と
も「Z」ともつかぬ奇妙な紋様があった。手首には円盤状のガードが付き、その先の手を覆う
のは六角形の二辺を鋭く尖らせた手甲である。
 だが秋水に異変をもたらした元凶はそれではなく……
 総角の肩から伸びる一本の西洋大剣(ツヴァイハンダー)である。
 それが総角の左肩甲骨辺りから伸びる『三本目の腕』に支えられた状態で、秋水の右胸を貫
通していた。
 よく見ると総角の左胸には肩ベルトを思わせる金具がついており、これで不安定な位置にあ
る『三本目の腕』を補強しているらしかった。
「西洋大剣の武装錬金。アンシャッター・ブラザーフッド」
63永遠の扉:2008/11/13(木) 06:46:53 ID:mYFrQP320
 剣を引き抜くと同時に総角はニヤリと笑みを浮かべた。
「突っ込んできてくれたおかげで刺しやすかったぞ」
 秋水がからりと剣を落として膝をついた。口からはせき込むような呼吸音と血の粒が飛散する。
「さて、先ほどのお前の望みどおりに使ってやる」
 総角の姿が2つに増え4つに増え……やがて24体にまで増殖した。
(増殖……。サテライト30か)
 口元に手をやり血泡を拭い去り、秋水は決死の思いで立ち上がった。
(落ち着け。数こそ多いが意識は一つ。連携や複雑な動作においてはむしろ本来の総角より
拙い。武器も月牙一つ。一体につき一撃で仕留めれば勝機はまだある!)
「行くぞ」
 24の声が同時に重なり──…
 しばし剣道場に嵐が吹き荒れた。
 秋水は斬った。斬りまくったといっていい。正面の総角を両断し、返す刀で背後の総角の面
頬を叩き割り、身を屈めて足を刈り取り立ち上がりざまに斬り上げてスルスルスルスルと月牙
の猛襲から逃れながらまた斬った。腕が飛び足が転がり首さえ落ちて腹は裂かれ……とにか
く地獄のような絵図が繰り広げられ、血の宴もたけなわという時……
 沢山の総角の死骸がにわかに霧とけぶった。そしてそれは一体の総角の背中へと密集して
羽となり眩いばかりの光を放った。
「惑え! 精神地獄(ワンダーランド)!!」
 数多くの視線を潜り抜けた剣客だけが持つ洞察力というものがある。
 この瞬間の秋水にはまさにそれが発動した!
 彼は総角がチャフで集めた幻惑の光を放つより一瞬早く!
 飾り輪を眼前にまで放り投げ、そして!
「はああああああああああ!!!!」
 裂帛の叫びとともにそれまで蓄積した全エネルギーを解放!
 チャフの光をも上回る激しい閃光が発生した!
 ……総角が使ったのはアリス・インワンダーランドというチャフの武装錬金である。
 密集状態のチャフは乱反射を利して強烈な発光を行い、それが人の視覚神経に入るとその
者の忌み嫌う記憶をランダムかつ際限なく視聴させ、精神の地獄へと導く。
 だが。
「フ。光を光で相殺したか。しかしまさかアリス・インワンダーランドすら破るとはな」
 傷を負いながらも双眸に確かな光を宿して立つ秋水に、総角は軽やかな声を掛けた。
64永遠の扉:2008/11/13(木) 06:49:46 ID:mYFrQP320
「しかし信奉者だったお前がどうしてバタフライ殿の武装錬金のカラクリを知っていた?」
「……今までは知らなかったさ。ただ霧が光っているのを見た時、咄嗟に防ぎ方を思いついた。
それだけだ」
(だがそれでも幾らかの光は視覚から流れ込んだ筈。よって通常より減少したとはいえ忌まわ
しい記憶を見せられたのに変わりはない」
 全身傷を負いながらなお粛然と立ちすくむ秋水である。
「……フ。どうやら精神力でその地獄から這い上がってきたと見える。なら、頃合いだな)
 総角が手を上げると一つの黒い影が秋水に殺到し、そして消滅した。
「傷は追えど心はまだ充分に活きているのは分かった」
 焦りと呆気。秋水はしばらく思案していたが、やがて何が起こったかを知ると涼しい瞳をみる
みると驚愕に見開いた。
「傷が回復している? いや、傷だけじゃない。体力も……武装錬金も……?」
 軽くなった体にしつらえたように、ソードサムライXからは傷が消え、血のぬめりも脂の曇りさ
えも消滅している。
「衛生兵(メディック)の武装錬金、ハズオブラブ。人呼んで愛のため息」
「衛生兵? 道理で傷が」 
「全快しているだろう? 貴信の星の光も小札の緑の技も大した回復力だが、こちらにはまず
及ぶまい。錬金術の産物さえ癒すからな。しかし本家本元に至っては黒いトリアージさえ覆す」
(本来の? ……いや、今まで総角が使ってきた武装錬金と同じか。彼が使うからといって彼
の武装錬金ではない。あくまで彼の使う武装錬金は借り物)
「使い手は『金星』。性格最悪の痴女だ。ま、今いわずともいずれ知るコトになるだろうがな」
 秋水は言葉を呑んだ。金星? 金星とは誰なのか。気にはなったが聞いたところではぐらか
されるのが関の山のように思えた。そのため事態の進展に貢献しそうな言葉だけを告げた。
「なぜ、回復した?」
 総角は認識票に手を伸ばし、しばし沈黙の後に呟いた。
「今までのはあくまで小手調べ。だが見極めた。今のお前は全力で戦うべき相手だとな」
 そして認識票がぎっしりと握られ、高らかなる声が響いた。
「出でよ! 日本刀の武装錬金・ソードサムライX!!」
(俺の武装錬金。という事は……)
65永遠の扉:2008/11/13(木) 06:50:46 ID:V+VkddF60
 秋水の頬を冷たい汗が流れおち、顎から剣道場の床にぽたぽたと溜まった。
 発動したソードサムライXの刀身を総角は左手でそっと持った。
「一つ、断わっておく」
 そして彼は剥き出しの茎尻を右肘関節の内側に乗せ、肘を直角に折り曲げた。
「俺は数多の武装錬金を使えるが──…」
 やがて右手の人差し指と親指の分かれ目が茎に当たった。
 彼はそのまま刀を持った。左手を茎尻に添えた。
「刀一本握る方が遙かに強い」
 言葉どおりに静かに刀を握り締めた総角の瞳は、ギラギラと底冷えを始めている。
 彼がやったのは『右手の握り位置を決めた』ただそれだけと理解しながらも、秋水は体の芯
から異様な震えが到来するのを感じた。
「だからお前が傷だらけのままだと死にかねない。だから回復した。それだけだ」
(雰囲気が変わった。言葉通りに本気という訳か)
 震えのようにはもちろん恐怖もある。だが昂揚もある。
「……不思議な話だ」
「ほう」
 秋水は正眼に構えた。
「俺は君に一度負けている。そして今は倒さなくてはならない。だがこうして真剣を手に相対し
ていると、そういう遺恨などなかったかのような心持ちになってくる」
「そういう精神は恐らく貴信が呼び起したのさ。純粋に武技に興ずる精神をな」
「かも知れないな」
 総角は脇構えを取ると、鋭く笑った。
「わざわざ虎の子の武装錬金まで使って回復してやったんだ。せいぜい楽しませてもらうぞ」

以下あとがき。
お返事はまた後日。すみません。特に電車魚さんすみません。
66ふら〜り:2008/11/13(木) 20:04:07 ID:KZlDmn5B0
>>スターダストさん
>それは地上に戻ってから他の戦士にでも聞けば分かる
そりゃそーでしょね。こっちは一人&不意討ちでしたし。で、その鐶よりも格上と戦う秋水……
知ってはいましたが総角スゴ過ぎます。もしゲームのボスキャラにこんな攻撃されたら、ブヂ切れ
そうです私。何とか持ちこたえて無双よろしく立ち回って、ようやく「真剣」勝負。大丈夫か秋水?

>>サマサさん
映像とセリフだけを拾って、エレフの言葉を全部信じれば、凄くカッコいい場面です。愛する女
(妹ですけど)を護り抜く為に、その本人に憎まれてでも戦場へ向かう。自身の内にももちろん
ある、再会の喜びも振り捨てて……でもその考えの根源が怪しさ爆発。エレフ辛そう……。

>>サナダムシさん
>「サムワン、コブラがいるぞッ!」
これで情けない悲鳴を上げて跳び上がったおかげで回避とか、そういうのを予想したのですが
大ハズレ。サムワンがこんなにカッコいいとは。しかし束の間。やはりムエタイの人らしい敗北。
さて、ここ数回ずーっと私的大興奮のアライと、ずーっと昔から大好きなシコル激突! 楽しみっ。
67作者の都合により名無しです:2008/11/13(木) 20:33:09 ID:vx/nuJiW0
>サナダムシさん
いよいよ確変シコルのお出ましですか
これからますます激しくなるんでしょうが
反面、いよいよ終わりそうで寂しくもある。

>スターダストさん
秋水対総角の最終決戦となるんでしょう。
真剣勝負に期待ですな
サイト休んだ時に仕入れたであろう剣術ウンチクが楽しみW
68作者の都合により名無しです:2008/11/13(木) 21:07:05 ID:Dk7d6B1W0
スターダスト氏好調だな
この分量がその証
この戦いはタイマンで決着ついてほしいね
69遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/13(木) 21:56:58 ID:MWeGyfxF0
第十四話「そして、長き夜の終わり」

「フン…中々面白いことになったな」
「面白い、だと?何がだよ、テメエ!」
まるで視線で殺そうとでもいうような鋭い眼光で、オリオンが海馬を睨む。対して海馬は。
「決まっているだろう。そこでグズグズと泣いている女がだ。何もせずに泣いてばかり…悲劇のヒロイン気取りで、
実に楽しいことだろうな」
海馬は冷たく言い放ち、ミーシャを見据える。その冷徹な光に、ミーシャは思わず視線を逸らした。
「…オレを睨み返すことすらできんか。奴と…エレフと同じ紫の瞳でありながら、こうも違うとは。片や猛々しく
吠える狼、片や怯え震える仔ネズミか…フン、実に面白い」
「よせ、海馬!」
闇遊戯がミーシャを庇い、海馬の眼前に立つ。
「彼女がどれだけ傷ついているか、いくらお前でもまるで分からないわけじゃないだろう!その傷に塩を塗り込む
ような真似はやめろ!」
「クク…甘いぞ、遊戯。オレに言わせればこの女は、闘いすらしない負け犬以下にすぎん―――そう、闘いを放棄
した者は、負け犬と呼ばれる資格すらないのだ。貴様がそんな情けない体たらくだからこそ、エレフもあそこまで
思いつめた行動に出てしまったのではないか?」
ミーシャの身体は、震えていた。海馬はそれに、同情すら見せない。
「エレフは少なくとも、なりふり構わずに貴様を守ろうとしている…それに対して貴様はなんだ?何もせずにそう
して女々しく泣くだけか?本当にエレフに傍にいてほしいというなら、やり方などいくらでもあった。例えば…」
海馬は兵士が投げ捨てていった剣を持ち上げた。
「止まらなければ、これで自害する―――そう言って、本気だということを示すため指の一本か二本でも落として
みせれば、奴も流石に思い止まったろう。どうだ、簡単なことではないか」
あまりといえばあまりな暴論に、全員が唖然とした。海馬はそれにも構わず続ける。
「その程度のことすらこの女はできん。そもそもこいつは、あの蠍頭に対してロクロク抵抗もせずに死のうとした
ではないか。その結果、エレフの心にどれだけの傷をつけることになるかなど、考えもせずにな。所詮その程度と
いうことだ。こいつの兄への想いなどはな」
70遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/13(木) 21:57:48 ID:MWeGyfxF0
「海馬、テメエ…!」
城之内が、海馬に掴みかかった。
「ミーシャがどれだけ辛い思いで生贄になろうとしたのか、分かりもしねえくせに勝手なことばかり言ってんじゃ
ねえ!あの連中は、ミーシャが生贄にならなきゃ、島のみんなを殺すつもりだった!だからミーシャは―――」
「それがどうした?本当に欲しいモノがあるのならば、他の全てを犠牲にしてでも手にすべきだ。オレが同じ立場
なら―――島の連中なんぞ、皆殺しにされたとしても、まるで心は痛まないね」
まるで温度を感じさせない言葉に、その場の全員が凍りつく。
「狂ってる…お前、狂ってるぞ!どうかしてやがる―――なんでそんな考え方ができるんだよ!?」
オリオンが堪らなくなったかのように叫んだが、海馬は欠片ほどの痛痒も感じていないようだった。
「フ…貴様も凡骨や仔ネズミと同じ甘ったれか。オレに言わせれば、貴様らの方がズレているのだ。生きることは
即ち闘争―――それを放棄した仔ネズミなど、捨て置けばよかったものを。負け犬以下の存在にかける情けほど
無駄なモノはない。クク…思えばエレフも哀れなことだ。こんな女のために人生の大半をかけていたのだからな」
海馬は闇遊戯達に背を向け、エレフに倣うように歩き出す。
「オレは奴と共に行くとしよう。その方がいくらか建設的だ。貴様らと無駄に馴れ合っていても暇潰しにもならん。
貴様らは精々そこの仔ネズミをお得意の友情ごっこで甘やかしてやるがいい。ではさらばだ遊戯。ついでに凡骨に
軽薄に仔ネズミよ!古代妄想ツアーは貴様らだけで楽しめ!ワハハハハ!」
「海馬…!」
闇遊戯が、去っていく海馬の背に向けて叫ぶ。
「貴様もエレフも間違っている!お前達は無駄に血を流そうとしているだけだ!」
「血を流しもせずに手に入るものなどない―――立ちはだかる敵を打ち倒してこそ、道は開かれるのだ!敵は全て
殺す―――それで一時安心だ。されど味方もまた敵となる、だから先手を打って殺す。それでも敵はなくならない。
ならば怯えながら暮らすか?否!それでもなお闘争し、勝利する―――それが唯一、幸福を掴む道だ!」
「間違ってる…!そんな論理は間違っているぜ、海馬!」
「フ―――ならばオレを力で捻じ伏せるがいい!次にオレ達が交わる場所…そこがどこであろうとも、その時こそ
貴様と真に雌雄を決することとなるだろう!」
海馬は振り向き、不敵に笑う。
「そんな甘い心構えで、果たして貴様はそこに辿り着けるか―――遊戯!」
「辿り着くさ…そして海馬!お前を倒し、エレフを止める!」
71遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/13(木) 21:58:34 ID:MWeGyfxF0
しばし、二人は睨み合う。そして、海馬はもはや何も語ることなく姿を消した。その背に寄り添う白龍と共に。
「クソッ…言いたいことだけ言いやがって!」
「あの野郎…今度会ったらそのキレイな顔を吹っ飛ばしてやる!」
城之内とオリオンは、怒りを抑えきれない様子で悪態を吐く。そしてミーシャは、何かが抜け落ちてしまったかの
ように、虚ろな目をしていた。
「…私の、せい…?私が弱いから…エレフは、あんな…?」
オリオンはそれに気付き、言葉をなくした。慌ててミーシャに駆け寄り、その肩を揺らす。
「おい、ミーシャ!何言ってるんだ?あんな奴の戯言なんか、気にするんじゃねえ!」
だがその言葉は、ミーシャの耳には入っていないようだった。
「エレフ…何故…」
ミーシャは大きく見開いた目から大粒の涙を零しながら、絞り出すような声で叫んだ。
「何故なの…何故なのよぉ〜〜〜っ!!!」
「ミーシャ…!泣くな、泣かないでくれよ、くそっ…!」
オリオンは悲痛な顔で呟く。彼の目からも涙が溢れ、頬を濡らしていく。互いの痛みを分け合うように、ミーシャ
の華奢な身体を強く抱きしめた。それでも、涙は尽きることなく流れていく。
「チクショウ…バカ野郎共が…」
城之内は身体と心、両方の痛みに耐えかねたかのように力なく地に膝を着いた。
(何で…こんなことになっちゃうんだろう…)
(相棒…)
(ボク達は…どうすればいいんだろう…ねえ、もう一人のボク…)
(…………)
答えられない。闇遊戯とて、心も身体も疲れ切っていた。今はもう、地面に倒れ込んで、眠ってしまいたかった。
―――その夜は、それぞれの心に深い傷を残すこととなった。

「―――海馬か。何をしに来た?」
「フン。勘違いするな…貴様に手を貸すわけではない。オレにもオレの目的がある。そのための障害になりそうな
連中はあらかじめ排除しておいた方が面倒がなくていい。しばらくは貴様と同じ道を歩けば、嫌でもそういった輩
と顔を合わせることになるだろうからな」
72遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/13(木) 21:59:26 ID:MWeGyfxF0
つい先程、目の前の男の妹に対して散々に罵詈雑言を浴びせたというのに悪びれることもなく、また愛想の欠片
もなく、海馬は答えた。エレフは彼の真意を測りかねているようだったが、追い返すこともしなかった。
「海馬…貴様もまた、気紛れな運命(かみ)に牙を剥くか」
「フ…それもよかろう。オレの道に立ちはだかるなら―――例え神でも、踏み砕くのみ!神が運命を紡ぐのでは
ない!オレの踏み印した栄光のロード…それを後世の歴史家達は運命と呼ぶことだろう!」
「威勢がいいのは結構だ。しかし、二人ではできることにも自ずと限界があろう」
「バカめ。オレは一人でも全世界を相手に勝利する自信があるわ!ワハハハハ!」
エレフは突っ込まなかった。というか、コイツに何を言っても無駄だと、今さらながらに理解しただけである。
「それならそれでいいが、人手があって困ることもないだろう。ひとまず手足となって働く者たちを集めるぞ」
そして、どこか遠くを見るように、天を仰ぐ。
「その後は難攻不落の城壁と、風神によりて護られし風の都―――イリオンへ」
「イリオンか…確か貴様とあの軽薄が奴隷として働かされていた場所だったな」
「そうだ。今あの都は、東方からの異民族・バルバロイに対する前線基地となっているからな。そこを落とすこと
ができればアルカディア軍を誘き寄せることも容易かろう。そこでアルカディアを叩くのだ」
「フン。それならわざわざ人など集めずとも、オレのブルーアイズが全て粉砕してくれるわ!」
「…………」
エレフは、今からでもこの男とは縁を切って、ミーシャ達のところに戻ってしまおうかと、割と本気で思った。

海馬瀬人。そして、エレウセウス。
彼らがそれぞれ<白龍皇帝(ドラグナー)><紫眼の狼(アメジストス)>を名乗り、この世界に混乱をもたらす
その時は、そう遠くはない未来である―――

―――月光が照らす浜辺を、ボロクズと化した人影がふらふらと歩いていた。
「くくくくくくく…はははははははは…」
73遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/13(木) 22:00:13 ID:MWeGyfxF0
スコルピオス。炎で焼かれ、雷に撃たれ、白龍の吐息を浴び、なお彼は生きていた。
「はははははははははは!」
夜空に向かって哄笑する。その目には、狂気にも似た色が浮かんでいた。
「くく…神…神…くく…もういい…もうそんなものに頼らん…そんなものがなくとも…もっと手っ取り早い方法が
あったじゃあないか…」
よろめく足取りで、蠍はどこへ向かうのか―――
エレフが見れば、気付いただろう。彼の背後に付き纏う、黒き死の影が。
―――彼がこの神話の舞台から退場するまでの、あと僅かな時。
蠍は傀儡の王を葬り、そして雷の獅子は蠍を屠る。

長き夜が終わり。悲しみと痛みを抱えながらも、朝はまた巡り来る…。
74サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/13(木) 22:15:45 ID:QYEMs9Zu0
投下完了。前回は>>42より。
…フォロー入れておくと、もしもレスボスに飛ばされたのが社長で、ミーシャやソフィア先生と
触れ合っていれば、きっと彼だって「島の連中〜心は痛まない」なんて言わなかったでしょうし、
ミーシャが連れていかれた時は、なんだかんだ言いつつ身を挺して助けようとしたでしょう。
ただ、現時点では社長はミーシャのことをほとんど知らないし、傍から見ただけでは社長の性格
だとこういうこと言っちゃいそうだなあ、と…運命をあるがまま受け入れ、他人のために犠牲になる
強さ、潔さって、社長には理解しがたいだろうし、理解できたところで共感は絶対しないでしょう。
(もしも弟であるモクバの命が危なくて、自分が死ねばモクバが助かる、他に選択肢は絶対にない
とかなら、躊躇わず死を選ぶでしょうが)
ちなみにこの話、没バージョンが存在します。社長の外道レベルがシャレにならなかったので、
ある程度マイルドにしたのが今回の話ということで…あんま外道に書いちゃうと、後で仲間入り
させいくいからなあ…。

>>44 理由付けがまともなら、本当に王道だったんですが…。
>>45 人間的に腐ってるのは間違いないのに、あれだけかっこいいのは高橋先生すげえとしか。
>>46 社長、ある意味では城之内のことが大好きなんだと思います(笑)。

>>電車魚さん
ネウロで一番好きな犯人はデイビット・ライスな僕…あの言動は歴史に残る(確信)。
サイとアイは好きなコンビだった…しかしこの漫画は重要キャラをあっさり殺しちゃうのがすごい。
普通の作者なら殺さないよってキャラを…惜しい人を亡くした。
遊戯王はカードゲームばかりと思われがちですが、主題となるのは友情です。特に23巻は必見。
Moiraの方もできればでいいので聴いてみるのをお勧めします。本当にいいアルバムなんで。

>>ふら〜りさん
原曲のエレフはもっと辛いです。ミーシャ死んじゃうもんなあ…そこからの彼の絶望と転落は
涙無しには語れない(泣)。このSSくらいはハッピーエンドでいきたいなあ…。
75作者の都合により名無しです:2008/11/13(木) 22:50:09 ID:cNvmvgyX0
>永遠の扉
真剣勝負だな。ある意味ライバル?対決
濃密な剣戟が期待できそうだ

>遊戯王
エレウセウスと海馬はそっくりだな
敵同士でも組んでも濃厚そうだ
76作者の都合により名無しです:2008/11/14(金) 06:18:49 ID:VynRvGvu0
社長は一見暴君のようで言ってることは正しいな。
ミーシャを喝破したのは社長らしい。
作中で遊戯対社長の対決もありそうですね。
77作者の都合により名無しです:2008/11/14(金) 09:06:55 ID:v/ehSlp1O
>サマサさん
アニメ版を見てると忘れそうになるけど
海馬ってこういう人でしたね……
没になったパターンも気になるなあ
78しけい荘戦記:2008/11/15(土) 13:10:14 ID:r1RVUzKk0
第二十六話「破られた誓い」

 全力あるのみ──中指を突出させた一本拳を両手に備え、シコルスキーは猛スピードで
間合いを詰める。
 異常な指の力を誇るシコルスキーだからこそ可能な、切り裂く拳。打つための軌道では
なく斬るための軌道を描くので、非常に読みにくい。ボクシングを基礎とするアライJr
にとっては相性の悪い技といえる。
 なのに、かすりもしない。
 空しく大気ばかりを切り裂く中高一本拳。
 逆にカウンターの右ストレートをもらい、続く左フックはわずかに外れたが、シコルス
キーの右頬を鮮やかに切り裂いた。
「こっちが切られるとはな……」
 舌打ちし、右頬の傷を拭うシコルスキー。
 攻防再開。
 来ると分かっていても、打たれると分かっていても、かわせない、防御できない。ヒト
の反射神経の介入を許さぬ高速ラッシュが、シコルスキーの全身を刺す。まるで凶悪なス
ズメバチのように──。
 打撃戦では勝てぬと、シコルスキーは敵の射程から背を向け退散する。
「さすがドリアンをやっただけのことはある……打ち合いは自殺行為だな……」
「ならばどうするんだい」
「作戦を変える」
 旧ソ連発祥の格技、サンボ。シコルスキーも祖国ロシアにてかじったことがある。組み
合えば充分に勝機はある。
 クラウチングスタートのような体勢から、シコルスキーが弾丸タックルを仕掛ける。
 迫るシコルスキー。ところがいくら走っても、アライJrとの距離が一向に縮まらない。
やがてタックルの勢いが衰えていく。
 今この瞬間のみ、二人を挟む空間がねじ曲がったとしか解釈しようがない現象だった。
 しかしタネは実に単純(シンプル)だった。アライJrはドリアンにやったように、タ
ックルの速度に合わせて後退していたのだ。
 左アッパーがシコルスキーの顎を垂直に打ち抜いた。
 先のドリアン戦ではこれ以上の追い打ちはしなかったが、今のアライJrは一味ちがう。
「君の人生がどうなろうと、私の知ったことではない」
79しけい荘戦記:2008/11/15(土) 13:11:51 ID:r1RVUzKk0
 竜巻にも似たコークススクリューブローがテンプルにねじ込まれる。顎とこめかみを通
じて痛打を受けた脳は、頭蓋の中を踊り狂う。
 意識と無意識の境界線。命が危険に晒された時のみ体感できる境地である。
 ──が、この男にとっては『日常』に過ぎない。
「ガアァッ!」
 失神寸前で放たれる、チョップブロー。さすがに虚を突かれたアライJr、これをブロ
ックし、かろうじて難を逃れる。
 ブロックに使用した両腕が痺れる──アライJrは強いショックを受けていた。
 
 ガードを上げてしまった。

 五年前──とある父子のスパーリング中、悲劇が起こった。息子の放った右ストレート
が父をクリーンヒットし、ノックダウンを奪った。深刻なダメージは、父を満足に歩けぬ
身体にしてしまった。
 この父子とはむろん、マホメド・アライ親子である。
 あの日以来、アライJrは決してガードを上げぬことを誓った。父の技と夢を受け継ぎ、
自らが地球上で最強になることによって、父もまた最強であったことを証明する。これこ
そがアライJrの人生の全てとなるはずであった。
 しかしたった今、アクシデントとはいえ、誓いは破られた。対峙するロシア人によって。
「……許さん」
 おぞましい修羅が、アライJrの目に宿る。
 理不尽な憎しみがアライJrを蝕み、眠れる力を呼び覚ます。
「今度はこっちの番だッ!」
 無意識から回復したシコルスキーがサムワンの分だとばかりに、アライJrの顔面にハ
イキックをぶつける。整った鼻が一撃で真っ赤に染まった。左でのロシアンフック、これ
も右頬をまとも捉える。
 シコルスキーが跳ぶ。今こそ得意技、ドロップキックを決める好機(とき)。
 高速で発射された両足は、惜しくも──否、絶妙なスウェーバックによって数ミリの差
で到達できなかった。
 地面に落下したシコルスキーに、アライJrは恐るべき速度で乗りかかる。
 近代格闘技における万能技術、マウントポジション。
80しけい荘戦記:2008/11/15(土) 13:12:58 ID:r1RVUzKk0
 膝に両手を封じられ、もはやシコルスキーに防御手段はない。神の子の辞書にはボクシ
ング以外の知識も、びっしり網羅されていた。
「初めてやるけど……これでいいのかな。マウントポジションって」
「くっ……!」
「昨日までの私ならばこうなった時点で君に降参(ギブアップ)を促していただろう。だ
が残念ながら昨日はすでに過ぎ去っている。これから私は君を殴り続ける。君が失神しよ
うが、許しを乞おうが、私は君を決して許さない。殴り続ける」
 冷酷なほど淡々と、顔面に振り下ろされる神の拳。
 めり込む拳。
 めり込む拳。
 めり込む拳。
 パウンド地獄が開始された。寝ている相手へのパンチは不得手のようだが、センスは抜
群である。命を削り取るには十分すぎる威力であった。シコルスキーの頭部が、拳とアス
ファルトの間をダース単位で往復する。
 失神と蘇生を繰り返しながら、シコルスキーの命の灯は着実に消滅に近づいていた。
 ところが突如アライJrの首筋に、鋭利な物体が刺さった。
「つ、爪……ッ!?」
 ようやく生まれた一瞬の隙。シコルスキーはブリッジで、気を抜いたアライJrを腹で
持ち上げると、一気にマウントポジションから脱出した。
「今の攻撃はいったい……?」
「……これさ」
 シコルスキーの右人差し指の爪が剥がれていた。彼は自らの爪を剥がし、それを指の力
で弾き飛ばすことにより、起死回生の飛び道具と成したのだ。
 マウントポジションを破られたにもかかわらず、アライJrは笑っていた。ステップの
拍子(リズム)も早くなっている。テンションが高まっている証拠だ。
「君はすばらしい戦士(ファイター)だ。私の拳は君の命を生贄に、さらなる進化を遂げ
ることができるッ!」
81しけい荘戦記:2008/11/15(土) 13:13:52 ID:r1RVUzKk0
 アライJrの身体能力は桁外れだ。おそらくボクシングを志さなくとも、生来の才能だ
けで空手、柔道、レスリング、あらゆる格闘技でトップに立つことができただろう。
 しかし、アライJrの強さの秘密はそこではない。父への、ボクシングへの、信仰とさ
え形容可能な愛情が、彼を完全無欠のファイターに育て上げたのだ。
 ならばシコルスキーの強さとは、信仰とは何だろうか。
 あれしかない。
「父さん、僕は今からこいつを殺すッ! 殺られずに……殺るッ!」
 アライJrの右による全力ストレート。これに対抗するには、
「俺にとっては指──」
 しかない。
 轟音を発しぶつかり合う、アライJrの右拳とシコルスキーの右親指。

 めきっ。
82サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/11/15(土) 13:18:22 ID:r1RVUzKk0
第二十六話終了です。
83作者の都合により名無しです:2008/11/16(日) 08:26:19 ID:aouZJpn10
サダダムシさん乙です!

いよいよシコルが別人モードになって
激闘編のスタートですな。
アライもかっこいい。
84作者の都合により名無しです:2008/11/16(日) 20:59:23 ID:0j2oc4qZ0
いよいよシコルスキーも凛々しくなってきましたな
終わりが近い感じで寂しいけど
他のしけい壮メンツも誰かと戦わないのかな?
最後は大決戦がいいな。
85作者の都合により名無しです:2008/11/17(月) 08:13:53 ID:SrX1I+ff0
原作ではカマセ同士の戦いなので
いまいちどちらが勝つかわからない
このSS的にはシコルスキーか
86名無しが氏んでも代わりはいるもの:2008/11/17(月) 11:54:19 ID:qQQ+u/a10
二重国籍を阻止するために議員に電話とメールとFAXしてください
87遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:37:30 ID:K8AeBdgT0
第十五話「星女神」

蠍の襲撃から、実に丸一日以上が過ぎていた。太陽の光が差し込み始める早朝。
「…ちっ」
星女神の神殿。あてがわれた部屋の中で寝転がり、オリオンはあの夜の光景をまたしても思い返す。
―――いつまでも泣いていたミーシャ。フィリスの介抱を終えて様子を見にやってきたソフィアや巫女達に保護
された時も、ただ黙って俯いていた。
自分達は慰めの言葉もなく、ただそれを見送るしかなかった。
「じゃあ、何ができるかって…これしかねえな」
飛び起きて、まとめていた荷物を引っ掴み、部屋を出る。その横顔には、誰にも止めることはできないであろう
決意が宿っていた。
「あのバカを縛り付けてでも、ミーシャの元へ連れ戻す…それだけだ」
ミーシャのことは、ソフィア達に頼んである。自分なんかより、よっぽど彼女のことを気遣ってくれるだろう。
「…ミーシャ。ちょっとだけ待ってろ。次はきっと、あいつと一緒に帰ってくるから」
神殿の外に出て、朝日を浴びる―――そこに。
太陽を背にした、二人の少年の姿があった。
まだ包帯だらけの姿でありながら、痛々しさなどまるで感じさせない、熱く燃える紅い炎を瞳に宿す少年―――
城之内克也。
穏やかな顔の、しかしあの夜の鋭く凛々しい彼と同じく、優しい眼差しに静かに燃える蒼い炎を映す少年―――
武藤遊戯。
「お前ら…」
何故。どうして。そんな言葉はなかった―――そんなものはなくとも、思いを同じくする者同士、肩を並べる。
「行くか!」
「おう!」
「うん!」
三人で、足を踏み出したその時―――
「皆…待って!」
その声に振り向くと、そこには。
「ミーシャ…」
オリオンは彼女に駆け寄ろうとして、思いとどまる。それをすれば…きっと、決意が鈍ってしまう。
88遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:38:39 ID:K8AeBdgT0
「止めるな、ミーシャ!俺達はこれから手を取り合い誓い合って最後の場所っつーかぶっちゃけエレフを連れ戻し
に明日の夜明けまでにあの空へと旅立つのさ!だからミーシャ、俺達がここにいたことだけ、どうか忘れずにいて
ほしい!大丈夫、俺達は生きて戻ってくる!二度と戻らない、共に銀河の海に散るなんてことはないから―――」
「私も、連れていって!」
「どうか何も言わずに見送って…って、はあ?」
ミーシャの意外な発言に、オリオンは呆けたように口を開けて遊戯達と顔を見合わせる。彼らも目を丸くしていた。
「エレフを説得するなら、私もいた方がいいでしょ?エレフのあの様子じゃ、あなた達だけだとまともに話を聞いて
くれるかどうかも怪しいわ」
「そりゃ、そうかもしれないけどよ…あいつの所にゃ、海馬だっているんだぜ?」
城之内も言葉を濁す。あの夜のミーシャの姿が、彼の中にも影を落としていた。また、あんなことが繰り返される
のではないか。
「確かに、彼と…海馬とまた向き合うのは怖いわ。けれど、私を後押ししてくれたのも彼よ。確かに酷いことばかり
を言われたけれど…彼の言葉がなかったら、私はきっといつまでもめそめそと泣いて、皆に甘えてた」
彼のそんな心情を察したのか、ミーシャは静かに語った。
「落ち込んでも、散々泣いても、考えてもどうにもならないことばかりを考えても―――なんにもならないわ。闘う
ばかりが全てじゃないけど…あの人の言う通り、時には闘わなければならないことも、あると思う」
ミーシャは、笑った。それには、何の曇りもない。
「泣いても喚いてもどうにもならないなら…自分でどうにかするしかないわよ」
三人はミーシャの言葉を、黙って聞いていた。その奥に込められた想いを、しっかりと受け止めるように。
「だからお願い。私も連れていって。足手纏いなのは分かってる。我儘を言ってるのも分かってるけど…エレフを、
私が自分で取り戻したいの」
「…だってよ。どうする?遊戯、城之内。俺としては余計な危険が増えるだけだと思うんだが」
「どうもこうもねえだろ」
城之内は笑って即答する。遊戯もまた、答えは分かり切ってるとばかりに微笑む。
「男ばっかのムサい旅じゃ味気ないぜ。キレイ所も一人はいないとな」
「そうだよ。一緒に行こう、ミーシャさん!」
「やれやれだぜ…これじゃあ、俺が反対しても無駄だな」
苦笑しながら、オリオンはミーシャに向き直る。
89遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:39:27 ID:K8AeBdgT0
「じゃ、張り切って行くとしますか!」
「へへ、そうこなくっちゃな!」
「これからよろしくね、ミーシャさん!」
現金なもので男三人、はしゃぎ出す。ミーシャはそれを嬉しそうに見守っていたが、ふとあることに気付く。
「あの…遊戯。あなた、初めて会った時と随分雰囲気が違うわね。あの時に比べると今は―――その、何ていうか
可愛い感じになってるわ」
精一杯言葉を選んでくれたその気遣いが、かえって悲しかったと、遊戯は後に語ったとか語らないとか…。
「それは俺も気になってたな…つーか、それ以外も結構謎だぜ。札を掲げて怪物を喚び出せたりとかさ。あ―――
すまん。別に悪く言ってるわけじゃないんだ。話せない事情があるんなら、無理に訊くような野暮はしねえよ」
「ううん、いいんだ―――二人さえよければ、話すよ。ボク達のこと…もう一人のボクのことも」
「そうだな…オリオンとミーシャになら、言ってもいいか」
遊戯と城之内は、互いに頷く。そして二人は、ゆっくりと口を開いた。
「信じられないかもしれないけど、ボク達は…この世界の、この時代の人間じゃないんだ」

―――自分達が、遠い未来の世界の人間であること。この時代が神話になっていて、その遺跡が発見されたこと。
そこへ踏み入った際に、自分達にそっくりな石像を見つけたこと。その直後、不思議な力によってこの神話の時代
へ飛ばされてしまったこと。
「そして…城之内くんはミーシャさんに出会い、ボクはオリオンに出会ったんだ」
「海馬の野郎はエレフに出会った…か。運命の女神ミラだかなんだか知らねえが、本当にそんなもんがいるんなら、
とんでもねえ性悪女神だぜ」
二人の話を聞き終え、オリオンとミーシャは呆けたように溜息をつく。
「まあ…なんつーか信じられないような話だけどよ…ま、いいさ。俺達はお前らが未来人だろうが地底人だろうが
気にしねえよ。なあ、ミーシャ」
「そうよ。あなた達が何者でも、そんなの関係ないわ」
ミーシャはそう言って微笑んだ。
「二人とも、私とオリオンの大切な友達―――そういうことでしょ?」
それを聴き、遊戯と城之内は顔を綻ばせた。オリオンもミーシャも、本当の意味で自分達を受け入れてくれたのだ。
「ありがとう、二人とも。それじゃあ、紹介するよ…もう一人の、ボクを」
90遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:40:13 ID:K8AeBdgT0
遊戯が千年パズルにそっと触れる。そして―――現れたのは、闇遊戯。
「オリオンには相棒が世話になったな。オレからも改めて礼を言わせてもらう」
「は〜…どういたしまして。えっと…お前のことも遊戯でいいんだよな。それとも、他に名前が?」
「ああ、コイツの名前は―――」
「いいんだ、城之内くん」
口を開きかけた城之内を、闇遊戯は遮る。
「オレは相棒と二心同体…オレもまた<武藤遊戯>だ。今は、それでいい」
「…そうだな。お前は遊戯だ。それ以外の、何でもねえ」
「分かったよ…つっても実はあんまり分かってねえけど、まあいいや。よろしくな、もう一人の遊戯」
「私も。これからよろしくね、遊戯」
そして四人は、手と手を重ね合わせた。
「おっし!それじゃあ出発―――といきたいが、とりあえずフィリスさんやソフィア先生に挨拶くらいしてから
にしようぜ。色々と世話になったからな」
「そうだな。それに、神殿で星女神様に御祈りしていこうぜ。何せ俺達はレスボス史上最大の危機を救った
英雄だからな?御利益の一つや二つ期待してもバチは当たらないぜ」
「じゃあ、一度神殿に戻りましょう。私も、ちゃんと旅の用意をしてこないといけないし」
「…………」
「ん?遊戯、どうした。難しい顔して」
「いや…神殿を出て、意気揚々と出発しようとしてたら長々と話しこんで、また神殿の中に入っていくオレ達
の姿は、傍から見たらかなり滑稽なんじゃないかと気になってな…」
「…そ、そういうこと言うなって…ほら、入った入った!」
闇遊戯達は、神殿の中へ入っていくのだった―――構成上のミスだとか、口にしてはいけない。

さて、神殿に入ったところで、早速尋ね人と出くわした。城之内は気さくに笑いながら手を振る。
「あ、フィリスさん。心配してたけど、元気そうでなによりっす」
城之内と同じく所々に包帯が巻かれているが、意外にしっかりした足取りである。ただ、様子が少しおかしい。
何故だか闇遊戯や城之内を、やたら尊敬の目で見ている―――否。尊敬のレベルではない。その眼光は
もはや、信仰の域に達していた。はっきりいって、怖い。
91遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:41:06 ID:K8AeBdgT0
「あの…フィリスさん?オレ達の顔になんか付いて…」
その瞬間だった。フィリスは地面に跪き、頭を深々と下げたのである。すわ何事かと皆ポカンとした。
「ちょ、ちょっとフィリスさん!どうしたんすか、一体…」
「ああ、星女神の勇者オリオン様、そして天より参られし二柱の神子様―――暴虐に怯える力無き我らを御守り
くださり、本当にありがとうございました!」
「み、神子ォ!?」
闇遊戯と城之内はあんぐりと口を開けた。オリオンはともかく、神子なんておおよそ自分達に対して用いられる
呼称とはとても思えなかったからである。
「ちょっとちょっと!何言ってるんですか?オレ達はただのガキでして…」
「いえ!あの偉大なる龍神様の御姿、私めもしかとこの眼で拝見させていただきました!神域を穢す狼藉者達
に神罰をお与えになったあの御力…まさしく天上界の神通力に他なりませぬ!」
「い、いや、だからオレは神なんかじゃなくて、友を傷つけられて悲しみ怒る一人の人間なんだってば…」
闇遊戯も困り顔であるが、フィリスはもはや完全に何かに陶酔しきっていた。彼女の脳裏では、200%ほど美化
された闇遊戯達が光魔法・カッコイイポーズで華麗に敵を打ち倒す姿が映し出されているのかもしれない。
「あ、あのね、フィリスさん…オレのどこが神の子なのよ?どっからどう見ても育ちの悪い単なる礼儀知らずの
クソガキでしょうが!」
自分を卑下してまで彼女の崇高なる勘違いを正そうとしたが、やっぱり聞く耳持たない。
「ええ、ええ。分かっておりますとも。わざわざ人の姿で地上に降りられたからには、私などには及びもつかぬ
やんごとなき使命があるのでしょう。心配なさらないでください、この秘密は何があろうと他言致しませぬ」
目が完全にマジだった。フィリスは大真面目な口調で語り続ける。
「思えば、あの中庭で貴柱(あなた)はこう仰りましたね―――穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が
遺されていたのだな、と…」
「城之内…お前、そんなイタイこと言ったの?」
「や、やめろオリオン!そんな目で見るな!ああ、ミーシャ!あんたまで笑うなよ!」
恥ずかしすぎる秘密を暴露されていやーんと両手で顔を覆う城之内だが、フィリスはもはや自分の世界である。
92遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:55:17 ID:K8AeBdgT0
「まさに人間の思惑を越えた、神の声…あの御言葉を聞いた時にそうと気付かず、青少年特有のポエムだなどと
聞き流してしまった私が愚かでした…」
「少なくとも今のあんたよりかは利口だったよ!もうやめてくれ!オレが悪かった!頼むから勘弁して!」
城之内はある意味未だ嘗てない恐怖を前に、顔中を脂汗でギトギトにして、とにかくこの場から逃げ去るために
駈け出した。闇遊戯達もそれにつられて走り出す。
「ああ、お待ちください、神子様!神子様!お〜ま〜ち〜く〜だ〜さ〜い〜〜〜!!!」
「どっひゃ〜!」
追いかけてくるフィリスの声に耳を塞ぎながら、城之内は真剣と書いてマジな顔つきで叫ぶ。
「遊戯!オレは今ここに誓うぞ!」
「なんだ、城之内くん!?」
「例え何があったとしても、オレは宗教にのめり込む女とだけは結婚しねえ!」
「オレもだ、城之内くん!」
変な所で結束を確かめ合った二人であった…。

―――そして、ようやくフィリスの魔の手(?)から逃れ、中庭に辿り着いた四人であった。
「うむ…穢れた人間界にもまだ、これほど豊かな自然が遺されていたのだな…だっけ?」
「やかましい!もうその話題を口にするんじゃねえ!」
「わりい、わりい」
と、全く悪いと思っていない顔のオリオン。
「よさないか、二人とも…しかしあの夜はそれどころじゃなかったから気付かなかったが、確かにいい場所だ。
心が洗われるぜ」
「そうでしょ?ここは神殿の皆もお気に入りの場所なのよ。星女神様が心安らぐようにと造られたんだから」
満足げに微笑する闇遊戯に対し、ミーシャは得意げに答える。
「なるほど。まさしく女神様の庭ってところか」
「そうね、本当に…」
相槌を打ちかけたミーシャが、突然押し黙る。大きく見開かれた目は、どこか虚空を彷徨っているようだ。
「ミーシャ…?おい、どうしたんだよ!」
「やめろ、城之内!邪魔をするな!」
慌てて駆け寄ろうとする城之内を、オリオンが押し止めた。
93遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/17(月) 20:56:08 ID:K8AeBdgT0
「オリオン!どういうことだよ!?」
「交信だ…ミーシャは今、星女神様と繋がっている」
オリオンはいつになく真面目な顔で言い募る。
「星女神様が、俺達に何かを伝えようとしているんだ…来るぞ!」
「来るって、お前…うわっ!?」
ミーシャの身体を、煌くような光が包み込んだ。それは次第に輝きを強くしていく。
(光…?すごく、眩しい!だけど…何だろう、すごく優しい感じがする…)
(ああ。だが、これは一体…)
遊戯達も困惑を隠せない。そして、その光が世界そのものを照らすかのように一際大きくなり―――
不意に、何事もなかったかのように消えた。
「な、何だってんだ、今のは…ミーシャ!大丈夫か!?」
ミーシャは城之内に向き直り、彼を安心させるようににっこりと笑った。だが城之内は、どういうわけかそれに
違和感を覚える。そこにいるのは、間違いなくミーシャだ。しかし―――雰囲気が、まるで別物だった。
(なんつーか…威圧感ってわけじゃねえけど、こう、自然と敬いたくなるっつーか…)
「星女神様…お久しぶりです」
オリオンが、彼らしからぬ敬虔な態度で跪き、頭を垂れる。ミーシャはゆっくり手を伸ばし、彼の頬を撫でる。
いつものじゃれ合うような二人とは違う、まるで美しき女王と忠実なる騎士のようだ。
「どうなってるんだ…?あれは、本当にミーシャなのか?」
困惑する闇遊戯。そして城之内は、以前フィリスとかわした会話を思い出していた。
ミーシャの持つ不思議な力。星女神と交信し、その声を伝える、真なる巫女―――
(これが、そうだっていうのか―――!?)
『そう。私は今、彼女の身体を借りているのです…驚かせて、申し訳ありません』
心の内を見透かしたような言葉に、城之内はぎょっと顔を強張らせた。
『こんにちは、我が加護と寵愛を授けし勇者オリオン。そしてはじめまして、遥かなる時を越えて、運命の女神
<Moira(ミラ)>が統べる第六の地平線へ導かれし仔等よ…』
その声のなんと美しいことか。聴くだけで心が澄み渡っていくような、鈴が鳴るような軽やかな響き。
ミーシャは…否。<女神>は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
『申し遅れましたね。私はアストラ。あなた達が星女神と呼んでいる存在…つまらない戯言でもよろしければ、
お話して差し上げましょう…』
94サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/17(月) 20:57:27 ID:K8AeBdgT0
投下完了。前回は>>73より。
次回でひとまず第一部完。これほどのハイペースで執筆できたとは自分でも驚きです。
これからもなるだけ間を置かずに投下できたらいいな。

>>75 辛い少年時代・敵に対する怒りと憎しみ・弟妹に対する愛情…色々似た二人という風に
    書いてます。海馬のエレフに対する態度が少しだけ優しいのは、自分によく似ている彼を
    ほっとけないのかもしれない…同属嫌悪に走る可能性もあったけれど(汗)。

>>76 正論だからこそ人を傷つける…けど、ミーシャを立ち直らせるには、厳しさも多分に必要
    だったでしょうし、そうなると遊戯や城之内、オリオンだと優しすぎるところがあるから、
    社長は適任だったと言えるかもしれません。

>>77 言ってることは本当に正しいとは思うんですがね…現実に即して考えると、遊戯達の方が
    綺麗事だし。没バージョンといっても大したもんじゃありません。セリフをいくつかカットした
    だけですが、「いくら社長でもここまで言わねーだろ!」と思ったので…。
95作者の都合により名無しです:2008/11/17(月) 22:08:37 ID:jxkKCdt70
うわあ新作きてた! サマサさん乙です!
フィリスさんぶっ飛び過ぎwwww こんな人だったのかーwww

所々に散りばめられてるサンホラの名台詞が良いですね。 毎回探すのが楽しみです
社長の「君に今〜」は何故か笑ってしまいましたがw
96作者の都合により名無しです:2008/11/17(月) 22:26:43 ID:1A/w3PlQ0
次回で第一部完結ですか。
出来れば2部に入ってもペースを落とさず連載して頂きたいな。
(といっても1部が超ハイペースなので多少は全然OKですが)

今回出てきたアストラとかもオリキャラでは無いのですか?
97作者の都合により名無しです:2008/11/17(月) 22:49:53 ID:m1nEkhsw0
 
98作者の都合により名無しです:2008/11/17(月) 23:27:41 ID:mYgsJfCn0
KI MO I
KIMOI!!
99作者の都合により名無しです:2008/11/18(火) 07:32:34 ID:FOLH0xNH0
宗教にのめり込む女は怖いねえw

サマサ氏乙です。
1部完が近いとはいえまだまだ序章といった趣。
遊戯や社長や城の内が活躍する姿をまだまだみたいです。
100女か虎か:2008/11/18(火) 07:50:07 ID:0W4geqE60
2:DEVIL & DEEP DARK OCEAN


 とっさの身じろぎは間に合わなかった。強靭な顎が、サイの頭部を噛み砕いた。
 頭蓋が砕けるめりっという音を聞いたとき、怪盗の体は振り捨てられて、ゴム鞠のように吹っ飛んで
いた。ベテラン船員を模した体は貨物庫の壁に叩きつけられ、人体の構造を無視した形に歪んだ。
 通信の向こうでアイが叫ぶ。
『サイ!』
 折れた首が、皮と肉だけに支えられてだらんと垂れ下がった。
 目は先ほどまでの光を失い、舌のちぎれた口からはどす黒い血が溢れる。穴の開いた頭からは血と
脳漿がこぼれ、床にしたたり汚い染みを作る。
 跳躍とともに鮮やかなフックを放った虎は、その巨躯からは信じがたいほどの身軽さで着地した。
 耳まで裂けた口からまず黄色い牙が覗き、続いて赤い歯茎が剥き出しになる。紫がかった舌まで晒して


虎は高らかに咆哮した。忌まわしい檻から解き放たれ、自由を取り戻したことを宣言する吠え声だった。
 ぴくりともしなくなったサイに、≪我鬼≫は一瞥もくれず歩き出す。
 サイが扉に向けた大穴は、この虎がくぐるにはいささか小さい。五メートル近いこの体躯では無理もない。
 ≪我鬼≫はグルッと低く唸った。
 唸り、そして穴めがけて床を蹴った。
 恐ろしい速さで扉に激突する500キロの質量。鋼鉄の引き裂かれる音が船底を揺るがす。
 小柄な船体を震撼させた振動がおさまったとき、扉はひしゃげた鉄塊と化し、船倉の片隅にただ転がった。
 巨体の突撃は扉のみならず、周囲の壁まで破壊した。穴の空いた船底から、勢いよく海水が噴き出してきた。
 流れ込んでくる奔流に構わず、エゴの名を持つ虎は悠然と進む。
 約束された玉座へと歩む王者のごとく。
『……サイ?』
 一方で打ち倒された怪盗は、再三の呼びかけにも答えない。
 頭は三分の一まで破砕され、片方の目まで巻き込んで完全に潰れていた。頚椎は完全に折り砕かれて
いるし、見ればそれ以外にも腕や脚などあちこちの骨が折れてはいけない方向に曲がっている。
 ひしゃげた体。開いた瞳孔。停止した心臓。
101女か虎か:2008/11/18(火) 07:50:52 ID:0W4geqE60
『サイ、どうかご返答を……』
 虎が歩く。優美ささえ感じさせるその身のこなしは、この獰猛な獣が確かに猫から枝分かれした
生き物だと納得させるに足るものだ。
 向かう先など決まっている。
 船の上へ。
『サイ!』
 虎の姿が遠ざかっていく。
 それでも怪盗は動かない。
 船底に空いた穴からは、恐ろしいほどの勢いで海水が流れ込んでくる。
『サイ……!』
 アイの呼びかけが悲痛さを帯びたとき、ミシ、と軋む音がした。
 身を貪る蟲が体内で蠢いているようなこの音は、≪我鬼≫が記録映像で響かせたものと寸分たがわぬ音。
 胴体からぶら下がり揺れていた首が、ゆっくりと時間をかけて再び持ち上がる。ねじ曲がっていた
手首も、関節のすっかり砕けた膝から下も、ネジ巻き人形のように小刻みに震えながら元の位置へと戻っていく。
 砕けた頭部も再生した。まずは土台となる頭蓋骨が、次にそれを取り巻く肉と保護する皮膚が。
 最後に髪の毛、そして巻き添えを食って潰れた眼球と復活は続く。 
 再生が目指すのは壮年の船員ではなく、しなやかな活力に満ちた少年の肉体。
 頬がふっくらと丸みを帯びる。ポンプのように打つ心臓から瑞々しい血が次々に送られ、皮膚も
若々しく蘇っていく。
 老齢に濁っていた瞳に宿るのは未成熟な輝きと――
「やってくれるじゃん、あのクソ猫」
 憤怒に彩られた目で怪盗は呻き、口に溜まった血反吐をプッと吐いた。
 五本の指が拳を作る。尖った爪は刃の鋭さを帯びて、やわらかな手のひらに突き刺さった。
102女か虎か:2008/11/18(火) 07:51:41 ID:0W4geqE60


 ≪我鬼≫は高い知能を有する個体だった。
 自分を狭い檻に閉じ込めたのが、あの二本足で歩くぐにゃぐにゃと柔らかい生き物だと理解していた。

爪も牙も持たぬ脆い彼らにひとときとはいえ制圧されたことに、怒りと屈辱を覚えるだけの矜持もあった。
 この場にいる≪二本足≫を一匹残らず根絶やしにする。
 自分が味わった屈辱を何十倍にもして返してやる。
 今の彼を突き動かしているのは、空腹よりも何よりもその感情。それ以外は何ひとつとして必要ない。
「―――――っ!」
 さっき噛み殺した一匹目に続いて、二匹目の二本足を≪我鬼≫は捕捉した。
 仲間に緊急事態を知らせようとしたのか、口を開けて一声鳴こうとしたその二本足は、頭部を前足で
軽く撫でてやるとあっけなく地に伏した。みっともなくひくひく痙攣しながら白い泡を吹くそいつに、
喉笛を噛み切ってとどめを刺してやった。
 腹を噛み裂くと臓物の味がした。苦い。普段あまり良いものを食っていないらしい。仕方なくその周り
の肉を齧るが、これまた堅くて臭くて食えたものではない。
 美食家の≪我鬼≫は、食いかけの二匹目を放置してまた歩き出した。
 それにしても、この生き物ときたら何と愚鈍なのだろう。
 足はのろく、羽があるわけでも素早く木に登れるわけでもなく、かといって身を守る甲羅や外骨格が
あるわけでもない。こんな連中がなぜ淘汰されず、今日に至るまで生き延びているのか。
「――――!」
「――――――!」
「―――!」
 三匹目、四匹目、五匹目。全て瞬きする間もなく終わる。どれも苦く、堅く、臭く、不味かった。
 傾ぎはじめた甲板の上で遭遇した六匹目は何か黒いものを持っていて、きいきい甲高い声で鳴きながら
それをこちらに向けてきた。石つぶてのようなものがぴしぴし体に当たったが、猿に木の実を投げつけ
られたほどにも感じなかった。その二本足もやはり不味かったので、足元に広がる黒々とした海めがけて
放り捨ててやった。
 七匹目の獲物を探してまた動き出そうとしたそのとき、ふとただならぬ気配を感じて≪我鬼≫は振り向いた。
 さっきまでより幾分小柄な二本足だ。子供だろうか。
 羊であれ何であれ、子供の肉は総じて大人より柔らかく臭みもない。この二本足ならあるいは、
≪我鬼≫の舌を満足させてくれるかもしれない。
103女か虎か:2008/11/18(火) 07:52:37 ID:0W4geqE60
 したたる血のうまみを想像して舌なめずりしたとき、ふと妙なことに気づいた。
 子供の体から嗅ぎ覚えのある匂いがするのだ。
 さっき確かに噛み殺したはずの一匹目の匂いだった。
「楽な仕事と思ってたのに、とんだ見込み違いだったな」
 子供が鳴いた。
「随分と舐めた真似してくれたよね、このドラ猫。結構痛かったんだよあれ。目玉まで潰してくれちゃってさ」
 なぜ同じ匂いがするのだろう。一匹目の子供だろうか。しかし、たとえ親子といえど、全く同じ匂いの
個体などありえない。
 しかし≪我鬼≫はここで浮かんだ疑問を、突き詰めて答えを出そうとは思わなかった。
 ただほんの少し警戒を強めただけだ。
「このお返しは高くつくよ!」
 ≪我鬼≫が動くより、子供が甲板を蹴るほうが先だった。二匹目から六匹目までの半分のサイズしか
ないこの二本足は、彼らとは比較にならないスピードで彼に迫った。
 白い前足がひらめく。頼りないほど細いそれが鞭のようにしなり、我鬼の逞しい首に絡みつかんとする。
 爪の一撃で打ち払った。小さな体はあっさりはね飛ばされ、生々しい音を立てて潰れるはずだった。
 そうはならなかった。その前に、膨れ上がった子供のもう一方の前足が、彼の爪をがっしりと受け止めていた。
 血管の浮き出た青黒い皮膚は、めいっぱい剥きだした爪を根元まで飲み込んでいる。とっさに引き
抜こうとするものの、量感のある肉は力を入れれば入れるほど食らいついて離さない。
 動けない彼に、子供が牙を剥くのが見えた。それは彼の目に、捕食寸前の肉食獣の顔として映った。
 高い知能と本能で≪我鬼≫は悟る。
 この目の前の一匹の獣は、今までの獲物とは違う。
 自分と同じ食らう側の生き物だ。
 ――悟った瞬間激痛が走り、大輪の赤い華が咲いた。
 すかさず続いた子供の一撃に、≪我鬼≫の頭はざくろのように弾け飛んだ。
104女か虎か:2008/11/18(火) 07:53:42 ID:0W4geqE60


 自分と同じ能力を持つこの虎が、頭蓋を打ち砕いた程度で殺せるとは、サイは思わなかった。
 放っておけば再生してしまう。ダメージが回復するより早く、容赦ない攻撃を加え続けるほかない。
 頭部を失いバランスを崩す巨体の、頚動脈を踵でねじり切った。逞しい前足も踏み折り、念には念を
入れ後ろ足の関節も破壊した。
『サイ、どうか内臓もお忘れなく』
 目の前で見てでもいるかのように、アイが忠告した。船倉を出たためか、電波状態は元に戻っていた。
『代謝のシステムそのものを断ち切れば、変異のスピードは格段に落ちます』
「はいはい分かってるよ。いいとこなんだから横から口出さないでよ」
 運び出して箱に詰めるという手もあったが、それでは途中で回復してしまうかもしれない。多少飛び
散ってしまうことは覚悟の上で、この場でバラバラにして中身を観察するのが得策だろう。
 あまり時間はない。船底の穴から流れ込んだ水は、じわじわとしかし確実に船を夜の海に引きずり
込もうとしている。甲板の傾きは既に、足を踏ん張らないと立つのが辛いほどになっていた。
 バキ、グシャ、と音を立て、虎の体は肉塊と化していく。世界を恐怖に震撼させる殺人鬼の顔は、
見る見るうちに血で汚れていく。
「ふうん、あんまり人間と体内構造変わらないな、意外……」
 脂でべとついた手を拭いもせずに感想を漏らす。
「そういや情報じゃ、クスリで眠らされてるって話じゃなかったっけ? 動ける状態だって分かってたら
 それなりに準備してきたのに。まさか起きて襲ってくるなんて聞いてないよ」
『申し訳ありません』
「まったくだよ、アイ。あとで帰ったらおしおきだからね。罰として粉々になって箱に入ること!」
『それはどうかご勘弁を』
 脂の臭気が凄まじいのは、人間を解体するとき同様だ。しかも寒冷地に棲息しているためか、毛皮の
下に相当量の脂肪まで蓄えており、解体を進めるほどにそれが爪の間に入ってぬるぬると滑る。自然と
作業効率も悪くなる。
 その間にもギギギと傾いていく甲板。
「ところで、虎でふと思い出したんだけどさ、アイ」
『はい』
「どっかの国の神話に確か、虎が出てくる話なかったっけ? 虎が人間になりたくて神様に頼んでどう
 こうってやつ」
 どんどん細切れになっていく≪我鬼≫の体。
105女か虎か:2008/11/18(火) 08:06:21 ID:0W4geqE60
 通信の向こうでアイはしばらく沈黙した。『虎』という要素でしか繋がりのない話題に困惑したのか、
この緊迫した状況でそんな話を持ち出す主人に呆れたのか。
『今度はミソロジーにでも凝り出したのですか、サイ。今は雑談より解体に集中すべきかと存じますが』
「いいじゃんちょっとくらい。で、どんな話だっけ。ちょっと前確かに何かで見たのに、詳しい筋が
 思い出せなくてモヤモヤしてるんだよ。あんただったら知ってるでしょ」
 優秀な従者は気づかれないようため息をついたつもりだったらしいが、あいにくサイの耳にはしっかり届いていた。
『虎と熊が人間になりたいと天帝の子に願い、願いを叶えてやる代わりに物忌みに励めと言い渡されます。
 熊は最後まで真摯に意志を貫いて人の姿を手に入れましたが、虎は途中で投げ出してしまい人間に
 なれなかったという物語です。建国神話の常で、熊のほうが今日の人間たちの始祖ということになっています』
「あー、そうそうそうそう、そーいう話。何かのドラマで観たんだった。スッキリしたよ」
『なぜ、突然そんな話を?』
 虎が関係する話など他にいくらでもある。アイの疑問はもっともといえばもっともだった。
 彼女に見えないのは承知の上で、サイは首を横に振る。
「さあね、俺にもよく分からない。……こないだどっかの魔人に変なこと言われたからかな」

 ――懲りずに自らの可能性を求めるがいい、人間よ。
 ――その可能性を、我が輩はいつでも喰ってやる。

『それは一体、』
 アイが更に疑問を差し挟もうとしたとき、虎の体内から、家鳴りにも似たミシ、という不吉な音が響いてきた。
「っ! まずっ……」
 再生が始まろうとしている。
 隆起を始める骨をサイは掌底で叩き割った。増殖していく肉を引きちぎり踏み潰し、回復を阻もうとする。
 予想していたより再生スピードが速い。だがまだ何とかなる。完全な再生まではまだまだ時間がかかる。
 そう考えてサイは、再生箇所を破壊するべく腕を振り上げた。
106女か虎か:2008/11/18(火) 08:06:56 ID:0W4geqE60
 だが次の瞬間起こったことが、サイの予想を根底からくつがえす。
 剥き出しの骨を晒した脚が、剥き出しのままに甲板を踏みしめた。ゆっくりと、引き剥がすように
その身が起こされた。
「え……」
 筋肉も再生していないはずの体が、半トンの重量を支えて立ち上がった。
 半裂けの腹から内臓の汁がこぼれる。引きちぎられた腸も傷口からはみ出、先端はまだ床の上。
 ――頭蓋も肉も、脳髄さえも晒した有り様で、≪我鬼≫は咆哮した。
「うそだ、ろ……ガッ!?」
 サイが絶句するのと、虎が彼の喉笛を噛み破るのが同時だった。ただでさえ血まみれだった少年の体
から、穴の開いたホースのように勢いよく血が噴き出した。
 ミシミシと再生を続けながら、≪我鬼≫は柔らかい首筋の肉を咀嚼した。
 サイに叩き潰された頭はほとんど骨と肉だけ、表皮も毛もまだほとんど戻っていない。
 さながら墓所から蘇ったグールの様相。にもかかわらずこの虎は、王者の風格を失っていなかった。
 吐き気をもよおすような凄惨な姿で、それでもなお威厳に満ちた目つきで周囲を睥睨した。
「ぅぐ……はん、そくっ……ガボッ……」
 地に仰向けに叩きつけられ、喉からひゅうひゅう音を漏らすサイを、≪我鬼≫は高みから見下ろした。
 喉に開いた穴からは、恐ろしい勢いで血が溢れ出ていく。赤いというよりどす黒い液体のうねりは、
傾いだ甲板の上を流れて暗く横たわる海へと向かう。水をたたえた地上の川がそうであるように。
 急速に体が冷えていく。
 暗いところに引きずり込まれるような眩暈が襲ってきた。
 動けない――
『サイ? 今度はどうなさったのですか? サイ!』
 空しく響く従者の声。
 倒れこんだサイの胸に、彼の胴体ほどある前足が乗せられる。
 再生の余裕も与えず覆いかぶさってくる虎の巨体。重みに肋骨がメキメキと音を立てる。
 カッと開いた口はむせかえるほど生臭かった。視界いっぱいに広がった口内に虫歯が数本見えた瞬間、
激痛が走った。≪我鬼≫の尖った牙が、胸に深々と突き立っていた。
 ただでさえ折れていた肋骨を牙は完膚なきまでに砕き、その内側にまで食い込んだ。
 何本かは肺を傷つけ、もう何本かは心臓に穴を開けた。頚動脈を損傷したせいで体内の血は少なく
なっていたが、それでも海へと注ぐ赤い川は水かさを増した。
 サイは悲鳴を上げなかった。身悶えながら奥歯を食いしばって痛みに耐えた。
107女か虎か:2008/11/18(火) 08:07:30 ID:0W4geqE60
 犬歯が引き抜かれる。ほどなくまた突き立てられる。
 甲板がひときわ激しく、砕けるような響きとともに傾いた。
 沈む。
「っ、くぅ……」
 通常人なら死んでいる。人間に限らずどんな獣でも、血液のターミナルを引き裂かれ、心臓を噛み
破られれば命はない。にも関わらずしぶとく生きているサイのもがきを、楽しむかのように≪我鬼≫は
ゆっくりと咀嚼した。

 ざぐり、と牙が突き刺さる。
 一方的に嬲られ弄ばれる。
 玩具のように。
 人形のように。

 ――冗談ではない。

 鈍い音がした。食いしばった奥歯が割れた音だった。
 口の中に血の味が広がる。苦く塩辛い屈辱の血が。
 その屈辱こそが、サイが身を跳ね起こすバネになった。
 組みついたのは≪我鬼≫の首。三度目の牙を食い込ませようとしていた虎の、恐らくは最も脆く弱い部分。
 グァウ、と≪我鬼≫がもがいた。
 血が足りない。酸素を取り込む肺腑もそれを手足に送る心臓も、今やただの肉の塊だ。
 何度も振り落とされそうになりながら、それでもサイは華奢な腕に力を込める。血でも肉でもなく、
この不遜な虎への煮えたぎるような怒りこそが彼に燃料を与える。腕をいっぱいに使って、一抱えはある
逞しい首をぎりぎりと締め上げていく。
108女か虎か:2008/11/18(火) 08:08:04 ID:0W4geqE60
 苦悶の吼え声が上がった。
 しがみついた巨躯がめちゃめちゃに暴れだした。
 視界が上下左右前後する。ジェットコースターのように激しく揺さぶられる。頭痛と浮遊感と吐き気が
同時に襲ってくる。
 だが容赦はしない。ここで狙うのは窒息死ではない。肺をずだ袋にされたサイが今こうして動いている
ように、恐らく≪我鬼≫も呼吸を奪われても行動可能だ。狙いは頚椎を折ることにこそあった。
「こ、の……ドラ猫っ!」
 吼えた瞬間、めきっ、と確かな手ごたえが腕に伝わった。
 猛虎の首の骨が折れる感触。
 重みのある頭がおかしな方向にねじ曲がる。組みついたサイを振り払おうともがき続けていた体から、
すべての抵抗を放棄するように力が抜けていく。
 やった、と思った。
 だが征服の笑みを口元に浮かべるより早く、虎の後ろ足が甲板を蹴っていた。
「え、」
 気づいたときにはもう遅い。
 ≪我鬼≫の体は、首にしがみついた怪盗とともに、黒くとどろく大海へと飛び込んでいた。
 暗い水面が眼前に広がった。弾けるような音とともに叩きつけられた海面は、液体というより板壁の
ように一人と一頭を受け止めた。
 喉と胸。大穴と化した傷口から塩水が流れ込む。海水の冷たさに加え、常人ならショック死必至の
激痛がサイを苛む。
 酸素と血液の不足を押して動かしていた手足は、もはや言うことを聞いてはくれない。
 ゴボッ、と、大きな泡が体から漏れた。口でも鼻でもなく、喉に開いた傷から噴き上がった泡だった。
 黒い海の奥底で意識を手放す寸前、金色にきらめく巨体が水面へ昇っていくのを見た気がした。
109女か虎か:2008/11/18(火) 08:08:43 ID:0W4geqE60


 次に目を覚ましたとき、サイは蛍光灯で照らされたベッドの上にいた。
 リネンの感触。詰まった羽毛のやわらかさ。耳元でさらさらと音を立てる蕎麦殻の枕。
 船員に化けているとき身につけていた、作業着めいた制服は消失していた。代わりに全身におびただしく
包帯が巻かれ、とりわけ首と胸は執拗なまでに固定されていた。
 試しに深く息をしてみる。
 吸った空気は喉を通り気管を抜け、肺を介して血液に取り込まれる。心臓は規則正しく脈打って
その血液を全身に送り出す。何ひとつとして問題はない。
 変異する細胞が、傷ついた体を完全に治癒していた。
「おはようございます」
 通信機ではなく肉声で響いたアイの声に、サイは振り向く。
 これが生き方ですとでも言わんばかりにぴんと真っ直ぐ伸びた背筋も、いまどき幼女でもしないような
二つ結びも、何もかもがいつも通りだった。違いといえば、その手の中に替えの包帯があることくらいだ。
「ねえ……」
 サイが問いを発するより先に、アイは必要な情報を口にした。
「電波が完全に途絶えたので、不審に思って海中を捜索しました。海草に絡まったおかげで沖に流されず
 に済んだようです。早期に発見できたのは幸運だったと思います」
 言葉のひとつひとつが淀みなく滑らかだった。
 『無事でよかった』とも『心配しました』とも言わず、ただ事実のみを淡々と並べる。美白を求める
世の女たちの嫉妬を買いそうな白い顔は、いっそ仮面のようでさえある。
 かつて国家テロリストとして恐れられたこの女には、湿っぽい感情など存在しない。プロの工作員として
実践を積む間に、削ぎ落とされて摩滅してしまった。サイの精神が寄せては返す夏の海なら、この女の
それは凍てついた冬の湖だ。
 額に手のひらを押し当て、サイは鼻を鳴らした。
「そう、あんたが見つけたの、俺を」
「はい」
 特に礼など口にしない。この女は彼の従者だ。従者として当然のつとめを果たしたにすぎないのだ。
 また、感謝を述べたところで喜ぶ顔を見せるような可愛げのある女でもない。
110作者の都合により名無しです:2008/11/18(火) 17:24:38 ID:bpD7XKJg0
なんとなくシグルイっぽいネウロ物だw
トラ強いなw
それ以上にアイがアイらしい。

連投規制には気をつけなすって。
111作者の都合により名無しです:2008/11/18(火) 20:01:38 ID:FOLH0xNH0
電車魚さん乙です

遊戯王とネウロ、好きな作品2つ続いて嬉しいっす
我鬼はまだまだ活躍しそうですね。
でも、虎よりアイの方が恐ろしいかもww
112作者の都合により名無しです:2008/11/18(火) 21:17:45 ID:cENdCJ0g0
この虎は原作に出てこないよね?
電車魚さんは今一番期待してる書き手
個人的に
113女か虎か:2008/11/18(火) 22:21:35 ID:D4GFBqte0
 小さく息を吐くサイの前に、水をたたえたグラスが差し出された。
 そういえば喉が渇いている。感覚とはおかしなもので、自覚した瞬間に喉がひりつきはじめた。サイは
従者の手からグラスをひったくり、冷えた中身を喉奥に注ぎ込むようにがぶ飲みした。
 サイが水を飲み干すのを待ってから、アイはきわめて事務的に続けた。
「海中からあなたを引き上げてから、三十八時間が経過しています。勝手とは思いましたが、意識を
 失っている間に種々の検査と、適切と思われる処置を行わせていただきました。具体的には肺の……」
「細かいことは別にいいから。どうせチンプンカンプンだし。そんなどうでもいいようなことなんかより」
 空になったグラスをぐいと突き出す。アイがそれを受け取る。
 投げかけた問いは、ちぎれる寸前まで引っ張ったゴムのように張り詰めていた。
「あの虎は?」
 アイは答えなかった。答える代わりに動いた。
 ベッドの脇に、薄型テレビが一台置かれている。アイはリモコンを手に取ると、ディスプレイに向かって
スイッチを入れた。
 液晶に灯った光が映像を結ぶ。
 映るのは血まみれのアスファルト。
『……きょう早朝六時三十分ごろ、都内の住宅街で、十六世帯八十七人の男女の惨殺体が発見されました』
 映像が切り替わる。
 チョークの落書きが残るコンクリート塀。全国どこにでもある『花』と書かれた看板。スーパーらしき
建物の荒々しく割れた窓。その全てに激しく飛び散った血。
 血の色は一様ではない。大量にしぶきで真っ黒に染まったところから、赤茶けたかすれが残っている
だけの箇所まで様々だった。今はどれもすっかり乾いているが、付着直後はもっとどろどろと粘ついて
いたはずだ。
114女か虎か:2008/11/18(火) 22:22:38 ID:D4GFBqte0
『警察の調べによるとこの八十七人は、きのう二十三時ごろからきょう未明にかけて殺害されたものと
 思われます。類似の事件は、きのう同区のマンションで十一世帯五十一人が殺害された事件に続き、
 二度目となります』
 アナウンサーが解説する。普段はやけに平べったい声の男だが、今回は興奮しているらしく唾を飛ば
さん勢いで喋っている。
 幾重にも貼られた『立入禁止』の黄色いテープが大映しになる。
『一部の遺体に、動物に食い荒らされたような跡があったなどの情報もあり、警察は現在も捜査を進めて
 います……』
 無表情なアイの顔が、ゆっくりとサイに向いた。
 言葉は簡潔だった。
「≪我鬼≫です」
 サイの眉毛が跳ね上がった。
 画面の中で報道は続く。閑静な住宅街の一角が全滅するというこの凄惨な事件に、局は予定を変更して
特番を組むかまえらしい。加熱しつづけるアナウンサーの声は、しかし少年の耳を素通りしていく。
 あの夜歯軋りで割れてしまった奥歯も、肋骨や心臓同様再生していた。エナメル質が互いにすり潰し
あう、不快な音が頭蓋を通して耳に響いた。
「アイ。蛭と連絡はとれる?」
「はい、専用の携帯を渡してあります」
「葛西は?」
「恐れながらサイ、ここで彼を使うのは好ましくないと考えますが」
「あんたの意見なんか聞いてないよ。連絡つくかつかないかって聞いてるんだよ」
 つっけんどんに言い放ちサイは腕を組んだ。
 彼を観察し慣れているアイなら気づいただろう。独特のきらめきを振りまく目に、今は不可視の炎が
燃えていることに。
「大至急あの二人を連れてきて。あのドラ猫に目に物見せてやる」
 唇の間から覗いた歯先は、肉食獣のそれのように鋭く尖っていた。
115作者の都合により名無しです:2008/11/18(火) 22:46:37 ID:cENdCJ0g0
ここで終わり?
2レスで規制ではないよね
葛西が出てくるのは楽しみ
116電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/18(火) 22:51:52 ID:D4GFBqte0
今回の投下は以上です。
今朝出勤前に落としていこうと思って投下しはじめたのですが、
規制に引っかかって中途半端なところで切れてしまいました。
これに懲りて次からはもっと時間に余裕のあるときに落とします。
次の投下は少し間が空いて30日前後になる予定。

>>110さん
シグルイ好きです。面白いですよね。
血とか内臓とかいっぱい飛び散るところだけは近いかもしれません。
アイがアイらしい……「ありがとう 最高の誉め言葉だ」(By某ワカメ男)

>>111さん
アイは世界最強の女だと思いますいろんな意味で。
かろうじて対抗可能なのはアヤとジェニュインくらいかも。それかイレb……ガフッ。

>>112さん
はい、虎はオリジナルキャラクターです。
ネウロは基本的には人間相手の事件解決話ですので。(14巻以降は少し路線違うけど)
暖かい言葉ありがとうございます、期待を裏切らないようがんばります。

>サナダムシさん
しけい荘、最近読み始めたのですが止まらなくて一日10話くらいのペースで読んでます。
ほどなく追いつくかと思います。
シコルスキーがかわいい。かわいいという言葉は何だかアレだけれど
いくら考えてもかわいいという言葉しか思いつかなかったのでやっぱりかわいいと
言い続けようと思います。かわいい。かわいい。(大事なことなので二回言いました)

>サマサさん
ちょwwwwフィリスwwwww
ミーシャ成長したなあと思った直後、彼女に色んなものを持っていかれました。
社長のきっつい言葉をちゃんと受け止められたのは、やっぱり彼女が
本質的には強い人だからなんだろうなあと思います。
117電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/18(火) 22:57:03 ID:D4GFBqte0
>>115
すみません、最後のレス書くのに時間がかかってました。
葛西は今最も旬なキャラですよね。極悪人なのになぜか癒し系。
それだけに難易度がバカ高いキャラでもあるんですがやれるだけやってみようと思います。
118作者の都合により名無しです:2008/11/19(水) 06:44:54 ID:3I0Vv1vS0
電車魚さん乙です。
サイとアイの最強コンビすら苦しめる最強魔獣我鬼強いですね。
葛西など、原作キャラがまだまだ登場しそうで楽しみです。
規制気をつけてくださいね。
119作者の都合により名無しです:2008/11/19(水) 13:17:37 ID:NZc40hFv0
ボリューム的には2話に分けた方が良かったのかも知れないけど
話の流れ的には切りたくないところだね
電車魚さん乙です。
虎強いけど、やはり最後にはアイや葛西の力を借りず
サイだけで倒してほしいところ。
120ふら〜り:2008/11/19(水) 19:42:35 ID:gkCf7Jm+0
>>サマサさん(ニケとククリは、私の中では全漫画中1の「どっちが主役だろう?」ペアです)
うーむ。海馬の言うことが味わい深い。読者一人ひとり、彼の主張にどれぐらい同意できるか
様々でしょうな。私としても、頷ける部分と反論したい部分とが有。他キャラの存在を無視すれ
ば、いずれ強く成長したミーシャのことを海馬が認めて……なんて展開もありそうな雰囲気。

>>サナダムシさん
回が進むごとに、どこまで磨き抜かれていくのか本作のアライ。前からあったカッコ良さに、
「敵キャラらしさ」が追加。それも以前の彼と矛盾せず、むしろ成長する流れで。でも悪人に
なったわけでなし、すなわち改心の必要はなし。この戦いで彼は何を感じ、どうなるのか?

>>電車魚さん
吸血鬼か柱の男かの不死身っぷり、というかバケモノぶりですねサイ。その彼に事実上勝利
してしまった我鬼も凄い。そして犠牲になった人々のニュースを見ても、それで心を痛めたり
はせず、ただ「してやられた。悔しい」で反撃に出るのがサイ。心身共に人外というか……
121しけい荘戦記:2008/11/19(水) 21:36:41 ID:B60InLKU0
第二十七話「不死身の男」

 手応えあり。わずかだが骨がひび割れた感触が、生々しく伝わってきた。拳と指との正
面衝突は、指に軍配が上がる。シコルスキーの信仰が、ボクサーの命ともいうべき拳(ボ
ックス)を、片方ではあるが奪ってみせた。
 苦痛にうめくアライJr。
「うぐァア……!」
 一般にボクサー骨折と呼ばれる、中手骨の損傷。アライJrにとっては初めての体験で
あった。
 絶好のチャンスだが、シコルスキーもすぐには追撃に移れない。マウントポジションか
ら数十発とパウンドを浴びたのだ。息を整えるのが先決だ。
 総合的なダメージはシコルスキーの方が上だが、攻撃の要である右拳を傷つけたのは大
きい。事実上、二人の戦力は五分五分になった。
「ラウンド2ゥ〜」
 シコルスキーがずたずたに切れた口で告げる。
「くっ……!」優勢を覆された悔しさから、唇を噛みしめるアライJr。「くっくっくっ
くっくっ」
 ──否、笑い始めた。
「くっくっくっくっくっくっくっくっくっくっ」
 狂ったように近くの電柱に、壊れたばかりの拳をぶつけまくる。皮がめくれ血がにじん
でも止めようとしない。
「これぐらいなら、まァ……一分もあれば充分か」
「何やってやがる……気でも触れたか!」
 右拳と衝突するたび、電柱と電線が揺れる。骨折した拳を戒めるため、患部を悪化させ
ようとしているのだろうか。
 次の瞬間、シコルスキーは直感した。
「まずい……ッ!」
 シコルスキーが攻めに転じる。同時に、アライJrの狂気の儀式も終了した。
122しけい荘戦記:2008/11/19(水) 21:37:32 ID:B60InLKU0
 万全の右ストレートが、シコルスキーにクリーンヒット。さらに左のボディブローが肝
臓に突き刺さる。うずくまるシコルスキーを見下しながら、アライJrは最高のスマイル
を浮かべた。
「修復完了。すごいだろ……人体って」

 奇跡。この単語以外で表現する方法が見当たらない。
 数ミリとはいえひびが入った拳が、一分余りで完治してしまった。壊れた箇所は叩けば
治る──こんな馬鹿げた話をアライJrは実行し、しかも実現させてみせた。
「ハッタリだ……いくらなんでも早すぎるッ!」
「ハッタリかどうかは、君自身で試してみるといい」
 変幻自在のフットワークから、高速コンビネーション。左拳と右拳が入り乱れ、シコル
スキーを相変わらずの速度で突き刺す。とても壊れた拳で出せる威力ではない。
 右拳の復活劇がシコルスキーに与えた精神的負担は想像以上であった。ようやく掴んだ
チャンスらしいチャンスが水泡に帰してしまったのだから。
 当たらない、かわせない、受けられない。
 つまり、どうしようもない。
 殺してくれ、とばかりにシコルスキーがガードを下ろす。アライJrは歯をむき出して
笑うと、力強く踏み込んだ。トドメを刺すべく。
 ──ところが。
「ちっ」
 一瞬右足に違和感を覚え、万全を期すべく、アライJrは踏み込みを停止した。
 戦闘開始からこれまで、シコルスキーが足に攻撃を当てたことはない。ならばいったい
なぜ──。
「サムワン……」
 シコルスキーはぽつりと呟いた。そういえば彼がローキックをヒットさせていた。
 もしサムワンが先に戦っていなければ、今の一撃は中断されることなく、シコルスキー
は今頃ノックアウトされていたにちがいない。
 枯れかけたシコルスキーの心に、熱い炎が再び蘇る。
「ありがとう、サムワンッ! おまえのローは効いていたぞッ!」
 サムワンは敗れた。これはれっきとした事実だ。しかしサムワンは友を助けた。これも
またれっきとした事実である。
123しけい荘戦記:2008/11/19(水) 21:38:49 ID:B60InLKU0
 シコルスキーは再度、両手を広げて吼えた。
「ダヴァイッ!」
 気力を振り絞り、シコルスキーが突っ込む。あまりにも無策すぎる、無謀な突撃であっ
た。こんな戦法が偉大なる遺伝子に通じるわけもなく──
「今の君は勇敢とは呼べない。なぜなら勇敢とは、必勝を誓うからこそ成り立つからだ」
 ──打たれる。
 アライJrが幾度も打つ。だがシコルスキーは倒れない。いくら打ってもゾンビのよう
に立ち向かってくる。今まで打倒できなかった敵などいなかった。父を倒し、世界中の強
豪を下し、海王さえ敵ではなかった。
 それなのに、日頃から『殺られまくる』ことで身につけた耐久力が、心底恐ろしい。
「ヒイィィィィッ!」
 悲鳴のような叫び声を出し、アライJrのラッシュが加速する。
 止まらない。倒せない。殺せない。
 つまり、どうしようもない。
 彼が唱えた『殺られずに殺る』──裏を返せば、相手を殺せなければ、殺されるという
意味になる。
「しっ……し、し……」
 ダメージを受けていないにもかかわらず、アライJrの表情が、恐怖に歪む。
「死にたくない!」
 両雄の拳が交錯する。シコルスキーの拳はアライJrの額を深く切り裂き、アライJr
の拳はシコルスキーの喉に埋まっていた。
 シコルスキー、散る。拳を引き抜くと、シコルスキーは受け身を取ることなく墜落した。
124しけい荘戦記:2008/11/19(水) 21:39:35 ID:B60InLKU0
「……ひぃ……ひっ……」
 勝利したのに悲鳴がもれる。トドメを刺す気分にはとてもなれない。一刻も早く、ここ
から離れたかった。
「……足りない」
 か細い足取りで、アライJrは歩き出した。向かうは公園。ホームレスの帝王、本部に
会うために。

「貴様の額の傷……しけい荘のあの小僧を打ち倒してきたようだな。……で、またわしを
訪ねてきたということは、足りぬものがあると悟ったか」
 うなだれるようにベンチに座り、アライJrは頷いた。
「前置きはいい……早く教えてくれ。このままでは私はダメになってしまう」
「いや、教える必要はない。貴様は今から死ぬのだからな」
「───!?」
 あわてて立ち上がろうとするアライJrだが、ものすごい力によって立つことすらかな
わない。
 背後に立つジャック・ハンマーが、巨大な手で両肩を押さえつけている。
 さらに、本部の後ろから仲間とおぼしき男が三人現れた。
「そいつ、生意気そうなツラっすね」と携帯電話でアライJrを撮影するショウ。
 楽しそうに頬を膨らませるズール。
「この公園では我らがルールだ。足を踏み入れた悲運を悔やめ」銃を取り出すガイア。
 殺気に満ちた包囲網に、アライJrの表情がみるみる凍りつく。
「やめてくれ、なんでこんなことをッ!」
 本部は押し黙ったまま抜き身の日本刀を上段に構える。白刃に反射された危険な光がア
ライJrを淡く照らす。
「やめてくれェッ!」
「無断で我が領域に踏み込んだ罰……受けてみいッ!」
 アライJrの脳天めがけ、振り下ろされる兇刃。勝者だからといって生き残れるとは限
らない。
125サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/11/19(水) 21:41:08 ID:B60InLKU0
シコルスキー、敗北。
次回から私が書きたかった対決が始まります。

>>83
この章ではシコルスキーは今回で退場です。
復活するかもしれませんが。

>>84
大決戦もぜひやりたいです。

>>85
アライJrとシコルスキーの共通点は…
1.金的が弱点
2.勇次郎、ジャック、刃牙と絡みがある
3.地下闘技場でフェードアウト
こんなところでしょうか。
126作者の都合により名無しです:2008/11/19(水) 22:24:04 ID:fl8fuAlq0
サナダムシさんおつです。
アライ、妙に強くて大物っぽくなったと思ったら
それ以上に大物っぽくなった本部一門にやられましたか。
しかしショウくんですかwどう戦うんだろう、彼は。
127作者の都合により名無しです:2008/11/20(木) 06:20:56 ID:58/0PUJp0
サナダさんおつ!
黒幕の本部たちとの決戦になるのかな
シコルは主役なんで最後には決めてくれますよね

あと、誰でも金的は弱点と思いますw
128永遠の扉:2008/11/20(木) 06:42:30 ID:BiE5gp+70
第082話 「総ての至強を制する者 其の参」

 対峙。
 剣を振りかざせばすぐにでも口火が切られそうな距離で、剣士二人が睨み合っている。
 鋭く山を睨めつけるような目つきのまま、秋水は右足を軽く前方に滑らせ、上半身をわずか
に傾斜させた。剣道における相手の出方を見る方法である。「ためる」ともいう。そのままでは
攻めるという気配を相手に見せ、何らかの変化を及ぼし、それによって打突をどうするかを決
定する。
「フ」
 しかし総角は面頬へ深い皺を湛えるばかりで微動だにしない。
 剣道において最初の一撃は「初太刀(はつだち)」と呼ばれ、趨勢を決する重要な要素の一
つである。
 まして二人の握るは真剣。迂闊に攻めればどうなるかは明白。
(どう攻める?)
 熱気とも寒気ともつかぬひりついた空気の中、そればかりが秋水の脳髄を支配している。
 空転、という方が正しいかもしれない。
 相手か自分が攻め始めねばどうにもならない。だが総角はためたところで攻めかかる気配
がない。かといって秋水から攻めかかれば何をされるか分からない。
 先ほど萌芽しかけた勝負への軽やかな感情も、かかる状況では埋没せざるを得ない。
 剣に限らず初手をどうするかというのは何かと悩ましいが、秋水の如き生真面目が服を着て
歩いているような男はどうも堅実な手段を期するあまり、思案却下再思案のループに陥りかけ
ている。波打ち際に絵を描いているような状態だ。
 汗ばかりが滲出し、そこからあらゆる精気が抜け落ちていきそうである。
 そも秋水は人間であり総角はホムンクルス。長丁場になればどちらが先に精根尽き果てるか
も明白だろう。そしてフっと意識の糸が途切れた次の瞬間にはもう総角が……。
 それを回避する糸口を、秋水は決死の思いで総角に求めた。正確には彼の取る構えにと。
 いわゆる「右小指を骨盤側面につけるイメージ」で体の横にビタリと吸いついたソードサムラ
イXは、切っ先を総角の後方へと向けている。
(そもそもあの構えは……)
「脇構え! 別名を陽の構え!」
 突如響いた景気のいい声に秋水は危うく視線を移動させそうになった。不覚。声に聞き覚え
129永遠の扉:2008/11/20(木) 06:43:09 ID:BiE5gp+70
がありすぎるばかりに初太刀以前の膠着状態にあって敵から目を離しそうになるとは……と
表情に少なからぬ焦りと後悔を浮かべる秋水とは対照的に、総角は泡沫のように小さくそし
て掠れた笑い声をわずかに漏らしただけだ。不意打ちするつもりはないが笑い声によって隙
を作るつもりもないときているから、何とも油断ならぬ男である。
 そんな彼らの間から右側へかなり行った壁際には一人の少女がぴょこんと出現している。
 栗色のおさげをタキシードの肩の部分に垂らしたまるで小学生のような18歳。
「陰陽説によりますと上方へと向かう動きは『陽』に分類されるとゆーコトですが!」
 彼女は本物のマイク(ただし電源は入っていない)を口にかざして激しく喋り出した。勢いた
るや土石流ほど凄まじく巨人でさえ止められるかどうか怪しい。
「このやや左自然体で刃を右斜め下に向けた格好も通常なれば上への攻撃オンリーの姿勢!
よって陽の構えというのです!」
 シルクハットを被ったその少女はいつの間にか剣道場の隅にいる。隅にいて、長い机を広
げて、下手くそな文字で自分の名前を記した三角錐さえ乗せている。
「しかるに現代剣道において有効な打突部位は!」
 ばばん! と机を切断するような調子で叩き出されたフリップにはこうあり、講釈師のように
朗朗と読み上げられもした。

面・右面・左面
突き(咽喉への)
右小手・左小手
右胴

「そして逆胴こと左胴! と基本的には上方からしか攻撃できぬ部位ばかりなのです! ゆえ
に素振りも上下かそれを斜めにした物に重点が置かれ、剣道の試合では脇構えからの攻め
は全く見られません! 秋水どのを戸惑わせている一因は恐らくここにあるコトでしょう!」
 これだけの声を聞けば朴念仁でさえ姿を見ずとも誰か分かるというものだ。
「小札? どうしてココに?」
「加えて脇構えを取った場合ッッ! 不肖が先ほど述べました有効な打突部位がほぼ丸出し!
か・ぎ・り・な・く・無防備に近くひとたび取らば突かれ撃たれてジャンジャンバリバリジャンジャ
ンバリバリ、フィーバータイムのスタートです! よって実はここからの攻めどころかこの構え
自体試合では使われませぬ!」
130永遠の扉:2008/11/20(木) 06:43:49 ID:BiE5gp+70
 半ば独り言じみた問いかけを爆発的な叫びが飲み干した。後に残るはロバ少女の闊達なる
解説ばかりなり。
「余談ながら現代剣道五つの構えを五行説に当てはめた呼び名もありまして、それによらば
脇構えはズバリ、『金の構え』!! おおー。陽かつ金というきらびやかな構えでありながら
竹刀剣道の用に供さぬのはあたかも美麗なる日本刀のごとくでありましょう! 公式の場に
出しますれば剣道試合審判規則によって即敗北! しかしひとたび扱う場を非公式に移しま
すれば陽かつ金の凄まじさを誇るのです! そう……」
 小札はここですうっと息を吸い、我が家のドアよりも薄っぺらな胸を膨らませた。
 カメラがあればかつかつと熱を帯びる幼い面頬を徐々に大写しにしたコトだろう。
「竹ではなく金!」
 ここで顔がアップになって
「五行の金!!」
 もっと顔がアップになって
「金属の金!!! ぬおー!」
 瞳がドアップになる。多分。
 嵐が過ぎ去りし蒼天を見た時と同じ位に総角がやれやれと説明した。
「ま、なんだ。色々あってな。お前に負けた連中は鐶に年齢を吸収させておいた」
「?」
 秋水が疑問符を浮かべたのは鐶の回復の仕組みを知らないからであろう。
「そして小札たちは一時的に胎児になっていたが……俺に限っては戻すのもまた容易い。何
故ならば俺もまたクロムクレイドルトゥグレイヴを使える」
「では無銘たちも──…」
「不安がらなくてもいいさ。連中は別行動。戦いの質はさておき全力を出してお前に負けた奴
らを今さらけしかけてもつまらんだろ」
 とは戦士たちを散々に嘲弄している男の文言だから、どうも秋水の耳には触りが悪い。
「さあ、ここから飛び出すのは沸(にえ)に宿りし輝きか! はたまた天空へとさかのぼる稲妻
か! 勝負は始まってすぐに第一の山場! 脇構えを取ったもりもりさんを前に果たして秋水
どのが初太刀(はつだち)をつけられるかどうかに注目が集まります! あ、申し遅れました。
実況ならびに解説はいつものごとく不肖・小札零がお送りいたします!」
「寝起きのせいか貴信並のテンションだな……」
 呆れたような総角に向かうくりとした鳶色の瞳はますます熱気を帯びた。
131永遠の扉:2008/11/20(木) 06:44:49 ID:BiE5gp+70
「乾坤一擲! 不肖のどこまでも燃えたぎる実況魂の総てを白い灰にする覚悟で参ります! 
あ、もちろん真剣な局面ではなるべく声を慎みますゆえご安心を」
「……」
 まったく総角に同感というように秋水も沈黙した。
「どうせ最初は睨み合いになってヒマだと思い招待したが……どうする? 集中を乱すという
のなら黙らせておくが」
「構わない。それにそろそろ君の狙いも見えてきた」
「ほう」
「古流では『隠剣』といわれるほど、その構えは獲物の長さを隠すのに適している。だが、君が
いま使っているソードサムライXは俺の武装錬金の複製。今さら長さを隠したところで何の有
利にもなるまい」
 この一戦に対し昂っているのか、秋水の口調はやや時代がかっている。
 なお、現代剣道において脇構えが振るわぬ理由の一つもまた上記のようなものである(要
するに竹刀の長さに上限が設けられているため、個人個人でそう極端な差異はない)
「つまりその構えは俺を惑わし、主導権を取るためだけの物。いわば……ハッタリ」
 先に動いたのは秋水。
「どうかな? お前とてこの構えの利点を総て知っているワケではあるまい」
 総角は微動だにせず、ただとつとつと歩み寄る秋水を眺め──…
 彼らが一足一刀の間合いに入った瞬間!
 秋水は諸手に握った刀を総角の肘を削らんばかりに轟然と振り下ろした。
(狙うは逆胴!)
 桜花評して曰く「もし真剣なら二本差しごと胴体真っ二つにできる」秋水の得意技。
 相手の出方が分からない以上、初太刀に逆胴を選ぶべきなのは誰の目にも明らかであろう。
そもそも脇構えによって右腰の辺りに刀をやった総角だ。当然ながら左の胴は空いている。以
上の理由によって秋水は逆胴を放ったのだ。
 ただしそれはやや趣が異なってもいるのを小札は確かに目撃し、そして目を剥いた。
(不肖を胴斬りにされた逆胴と違って──…両手持ち!?)
 いわゆる剣道型の逆胴である。
(俺の読みが正しければ、恐らく!)
 胴間近に迫った蒼光が重い衝撃とともに弾かれた。総角の左切上が秋水の刀を迎え撃った
……と文章に起こせばそれまでだが、総角が右腰のあたりにある刀で左胴を防御しなければ
132永遠の扉:2008/11/20(木) 06:45:33 ID:BiE5gp+70
ならないのに対し、秋水はすぐにでも逆胴を狙い撃てる場所にいた。どちらが有利かは述べる
までもないコトだ。にもかかわらず総角がそれを覆せたのはひとえに剣速あらばこその芸当だ。
剣気と魔風の入り混じったかまいたちが白い胴着を薄く裂くのを、秋水はただただ他人事のよ
うに冷然と認識した。
(やはりわざと逆胴を開けていたか。だがここまでは予測済み)
 秋水が弾かれた衝撃の赴くままに刀をいったん右肩に担いで袈裟を斬りおろす。
 総角も左切上の加速の赴くままに刀をいったん左肩に担ぎ逆袈裟に斬りおろす。
 もつれて絡む鏡合わせの攻撃から身を裂くような剣気が迸り、遠くの小札のおさげさえぶわ
りと巻き上げた。
(なんだか怖いです。恐ろしいです。しかしこの剣気に耐えずして実況は許されないのですっ!
そう、戦いの聖水を避けるコトは何人足りとも許されぬのです!)
 決して照明に恵まれているワケではない薄暗い剣道場に裂帛の気合が鳴り響き、炎とさえ
見まごう蒼き剣閃が秋水と総角の間を錯綜する。
 脇構えからきらりと跳ね上がった剣が秋水の左こめかみに剣影を降らせば、彼は腰を沈め
て『髪一重』でそれを避け、墨雨舞う中、胴を抜かんと横に薙ぐ。
(おお! もりもりさんの使われたのは二天一流の『虎振(とらぶり)』!)
 総角は後方へ跳躍した。空を切った刃から実に10メートルほど先へ。ホムンクルスの高出
力を持ってすればかような機動も可能なのであろう。秋水の周辺視野の下方には足型に踏み
ぬかれた板が一瞬映ったが、同時にそれは消滅もした。
(成程。確かここは総角がアンダーグラウンドサーチライトで作り出した地下空間。多少の破損
の修復は容易いというコトか。だが……)
 秋水に浮かんだ曇りを目ざとく見つけたらしく、朗々たる声が響いた。
「安心しろ。無銘の時のように内装を操作したりはしない」
 小札の脳内実況、続く。
(不肖の見るところ現在押しているのは秋水どの! 初太刀こそ当りませんでしたがもりもり
さんの狙いを十分に理解し、主導権を与えなかっただけでも及第点! 気力も十分、不肖た
ちブレミュ一同と戦ってきた精神の疲れを感じさせぬ見事な攻めっぷり!)
133永遠の扉:2008/11/20(木) 06:46:53 ID:3Yz08fpJ0
 勢いに乗った秋水は片手撃ちの逆胴の態勢で総角めがけ疾走していく。
「いまの俺が用いるのはあくまで俺自身の技術のみだ。でなくば意味はないからな」
(その技術のみならず心も体ももりもりさんの方がまだまだ遥か上! ふれーふれー!)
 机の下でもぞもぞと四つん這いになって脳内実況しながら小札は二人の行く末を眼で追っ
た。ちなみに机の下にいるのは直撃してくる二人の剣気が怖くなってきたためである。もちろん
シルクハットは邪魔なので横に置いてある。
「チェスト」
 総角の刀が右肩高くに上がった。茎(なかご)と上身(かみ)の境目よりやや下を握る右腕は
肘を曲げずピンと直立し、茎の下部を握る左拳は右肘に密着した堂々たる構えだ。
(八双? いや)
(おお、右蜻蛉(みぎとんぼ)の構え! とゆーことは維新を叩き上げたあれですね!)
「行けえェェェェェェェェェェ!!」
 猿の叫びというか鶏を絞め殺したような声というか。
 とにかく苦味のある欧州美形らしからぬ絶叫が秋水の鼓膜をつんざく頃にはもう総角、彼我
の間合いを近間に詰めている。この男、太刀行きのみならず足さばきも相当らしい。
(薩摩の薬丸自顕流(やくまるじげんりゅう)です! かの新撰組局長近藤勇でさえ)
(初太刀は外せというあの流派か!)
 西南戦争のおり、この薬丸自顕流を使う薩摩隼人を相手にした官軍兵士は小銃ごと顔面を
叩き割られたという。熟達者に至っては稽古の気合いだけで肥前焼きの茶碗を割り、幕末に
あっては人を斬ったコトのない者がこれを習うだけで新撰組をポソっと斬れたらしい。なお、余
談ながらこの時小札の机の上にあった紙製の三角錐は総角の気迫によってボロクズと化し
製作者の眼前を舞っていた。
(ああ! 夜なべして作った不肖の三角錐が〜っ!! とゆうかシルクハット! シルクハットぉ!)
 剣気で破られては大変と、小札はあたふたしながら小さい体の後ろに帽子を隠した。
 とにかく実況者にさえそういう影響を与える恐ろしい斬撃だ。
 凄まじい声が響く中、秋水は自分めがけて巨木が倒れこんでくるような絶対的な気配を感じ
た。高々と掲げられた刀は袈裟斬りに自分を叩ッ斬るつもりなのだろう。
 そう見抜いた秋水は。
134永遠の扉:2008/11/20(木) 06:47:57 ID:3Yz08fpJ0
 逆胴の構えを解かぬまま総角目がけて疾走した!
(例え避けられたとしても次の『掛かり(かかり)』が来て追い込まれる!)
(なるほど! 確かに初太刀を外したとしても『掛かり』が来るコトでしょう! これは地軸の底
まで叩き斬りそうな攻撃の連続。そうなっては対処が難しいため)
(破壊力には破壊力で対抗する!)
 床板を打ち砕かんばかりの激しい踏み込みとともに。
「はあああああああ!!!」
 裂帛の気合とともに。
 蒼い剣閃が弧を描いて袈裟斬りを迎撃した!
 一瞬刃と刃の間に橙色した無数の火花がばあっと散りばめられたかと思うと、爆ぜた衝撃が
苦味と痺れを内包した振動と化して剣道場を侵食した。果たせるかな。秋水も総角も両者の斬
撃に弾かれた格好のまま後方へ吹き飛ばされた。
「きゅう」
 小札が目を丸くするのもむべなるかな。まったくもって相譲らぬ剣戟だ。
 そもそも片手撃ちの逆胴が両手持ちの袈裟斬りと互角というのが何とも凄まじい。
 しかし逆胴は真剣ならば大小二つごと相手を真っ二つにできるほどの威力があるという。し
かも秋水はそう評された時点から更に伸びてもいる。力で勝るホムンクルスの総角の薬丸自
顕流と拮抗できたのはそういった事情によるのだろう。
「しかし……もりもりさんの刀を帯びて折れない秋水どののソードサムライXですが、これを叩き
折ったという鐶副長は一体いかなる攻撃をされたのでしょうか? 一般に刀は峰打ちや鎬打ち
(棟打ちや平打ち)に弱いと申しますが、もしかするとそちらの攻撃で?」
 息つく暇も痺れる腕を気にする暇もあらばこそ、秋水は総角よりいち早く間合いを詰めていく。
薬丸自顕流の助走距離を封殺しにかかったのはいうまでもない。
 やがて剣技はまさに精緻を極めた。
 総角の面打ちを力任せに半円を描くようにすり上げるとすかさず逆胴を叩きこみ、それが撃
ち落とされても怯まず手首を返し股から頭を両断せんばかりに剣を振り上げた。同時に右の
半身(はんみ)になった総角が頭上から片手持ちの剣を弓なりに振り下ろしてきたが所詮は
身を引きながらの牽制技。秋水の肩口を薄く斬るに留まった。そして上方へ振り抜いた秋水、
135永遠の扉:2008/11/20(木) 06:48:54 ID:3Yz08fpJ0
機械のごとき素早さと精密さで中段の構えを取り……とめまぐるしい剣戟が繰り広げられる。
(えと、ええと今のは神道無念流の居合で次が……うぅ、ダメです! もはや不肖の眼も言葉
も追い付かぬ境地に至りつつありま……あだっ! 背筋を伸ばしたら机で頭を強打しました!
これは地味に痛い! しかし実況できぬのはもっと心が痛いのです! ああ、一体不肖はど
うすればぁ〜! 分からない! 分からない!! 分からないぃぃぃ!!!)
 タンコブに手を当てて目をぐるぐるさせ出した小札の前では、ただただ蒼い光が秋水と総角
の間で煌いて果てしのない金属音が鳴り響くばかりだ。
 両者の刀が何かの弾みでがっきと絡み合った。距離は一足一刀の間合いから半歩ほど進
んだ微妙な距離だ。しばし押し合うかに見えた形だが、総角は突然ひらりと刀を返し、いわゆ
る「峰」の部分、つまり内側に反っている部分を秋水の刃に合わせた。こうなると湾曲ゆえに
面白いように間合いが詰まる。逆に秋水は総角が進むたびに刀を右に向かって逸らされて
いく。本来ならば左拳は体の正中線に沿うのが望ましい。しかしそれが崩されていく。
 やがて総角の切っ先が秋水の眼前すれすれに迫った瞬間!
 飾り輪が総角の膝の辺りで爆ぜた。
 先ほどマシンガンシャッフルの絶縁破壊やニアデスハピネスの爆発から吸収したエネルギー
はアリス・インワンダーランドを相殺してなおまだ残っていたらしい。そして総角の足を直撃した
エネルギーの発露はわずかだが彼をたじろがせるコトに成功した。
 その隙に刀を外した秋水、左足のばねを使って雷光のような突きを総角に見舞った。
 だが彼は流れるような足さばきでそれを外し、秋水の小手を深々と斬りつけ、まるで散歩を
するような調子で彼の背後へと移動した。
(よーやく不肖の出番! この実に幻惑じみた技は、溝口派一刀流に唯一残存する『左右転
化出見之秘太刀(さゆうてんかでみのひだち)』であります! 一説によると新撰組三番隊組
長斉藤一の流派もこれらしいとか! なおコレは相手の背後を取った後に斬りつけます!)
「フ」
136永遠の扉:2008/11/20(木) 06:49:50 ID:3Yz08fpJ0
 秋水は左の首筋に殺到する刀を察知するやいなや、右足の親指の付け根を床板にねじり込
むようにしながら体(たい)を左回りに反転させた。首筋への直撃だけは避けられたがしかし反
転という体制上、右の下膊がばくりと裂けて流血した。
 そして向き直るまでは一瞬だったが刀の動きはなかなか忙しい。回転開始と同時に正中線と
平行に立てられ、九十度回る頃にはもう逆胴の構えとして背後に回されている。
 秋水は向き直ると同時に一撃浴びせんと決意し、且つそれを反転と全く同時に実行した!
「逆──…」
「甘いな」
 声の意味を秋水が咄嗟に理解しかねたのは総角の意外な行動による。
 一歩進んで密着状態になった彼は秋水の右手に自らの左手を伸ばし、逆胴途中の掌を茎
ごと捻り上げていたのだ。
 指が極(き)まる。
 手首も極まる。
(これは)
「何を驚いている? 俺は言った筈だぞ。『技術で戦う』とな」
 総角がムンと手首に力を込めると、剣速や遠心力が秋水を舞いあげるのに一役買った。
(柔術──!?)
「フ。流派によってはこれを取り入れているものもある。もっとも一筋に修練した者には遠く及
ばないだろうが……」
 秋水は成す術なく舞い飛んだ。ぶるんという不気味な音が鳴り響き、長身が縦方向に二度
三度回転した。
「これ位なら容易い。おかげで俺は素手でも楽に香美を制するコトができる」
 指や手首をねじられる苦痛で声にならない声を漏らしつつ、秋水が片膝をつくと……
「その手では咄嗟の防御はできまい」
 ぞっとするほどの剣気を交えた凄絶な笑みが、(秋水の)顔面に突きを見舞った。
「な……?」
 だが今度は総角が目を見開く番だった。
 顔面を突き破るに見えた突き、しかしそれは意外な伏兵によって阻まれた!
(すまない。技を貸してもらったぞ武藤)
 武装解除された核鉄! それが総角のソードサムライXを受け止めている!
「武装錬金!!」
 裂帛の気合いとともに立ち上がる突きが総角の頸動脈を突き破った。
137スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/20(木) 07:00:33 ID:3Yz08fpJ0
遅れて申し訳ありません。前々回頂いた感想へのお返事はこちらにて。
http://plaza.rakuten.co.jp/gland963/diary/200811190002/

もっと剣術が知りたいものの資料たるDVDが高い。一枚一万円とか武装錬金の比じゃないorz
えーそれから斉藤一の流派は無外流とか一刀流とか太子流とかいう説も。
剣心秘伝や華伝や皆伝じゃ溝口派一刀流。果たしてどれが本当の流派かは分かりませんが……
斉藤といえば牙突! それだけはるろうにファンにとっての真実の筈。

>>67さん
薬丸自顕流とか溝口派一刀流とかもっといろいろ書きたかったです! 
個人的にかっこいいと思ったのは柳生心眼流や立身流兵法。基本技の汎用性が半端ない!
しかし天真正伝香取神道流の居合とその後の鍔鳴りに勝る物はほとんどないでしょう。ええ。

>>68さん
やはり実力ある剣客の戦いは一対一ですよね。それがロマン。例え新撰組が常に数人がか
りで維新志士を狩ってようと戦国時代の主流が槍や鉄砲であったとしても剣術勝負は一対一
が良いのです。でもそういう理想を覆して四人がかりを望むほど志々雄は強すぎでした。

>>75さん
ある意味ではライバルですね。ただ作中での描写ではまだ明確な関係構築がなされていない
ので果たしてこの一戦でどうなるコトやら。剣戟は詰め込めるだけ詰め込んでみましたw 

電車魚さん
文章の端々に覗く知性が時に凄まじくスプラッタな雰囲気になり、それが行き過ぎない程良い
辺りでまた沈静していくサスペンスホラーな気配やリズムが非常に心地よいです。
「奪う物」と「倒す者」という二つの役割を違和感なく兼ね備えている我鬼の造詣もお見事。
個人的にはサイの口に付いたラーメンスープを拭いてあげるアイが良いですw
回想で一気に好きになった矢先にアレだわサイもああなるわでもう原作じゃ見れないので……
それと「殺人鬼たち」や「ムネモシュネ」に続いて蛭に触れられたので妙に嬉しいです。
あ、あと葛西! 最近愉快なおじさん! 「ふうっ」でビル炎上させれるおじさんが来たらすごい有利!
138作者の都合により名無しです:2008/11/20(木) 22:32:00 ID:NI6sTBci0
>サナダムシ氏
少しずつダークな雰囲気になってきましたが
まだまだ続く感じなのでしょうか?
このままシコル終わったら主役の面目がw

>スターダスト氏
古来の野武士同士の立会いみたいな感じですな。
剣術柔術を駆使しながら攻める総角は
「真っ当に堂々と強い」って感じですな。
139作者の都合により名無しです:2008/11/20(木) 23:43:15 ID:NTHZ85Fx0
ダストさんおつ!

しばらく休んで剣術研究した成果が現れてますな
なんかるろうに剣心っぽい殺陣アクションだ。
小札は解説に実況にと役に立ちますな。

斉藤一の流派は無外流って聞いたな。
あと、自顕流は示顕流と書いたような。
色々あるんでしょうね
140作者の都合により名無しです:2008/11/21(金) 00:11:49 ID:XM7ePbR80
 
141作者の都合により名無しです:2008/11/21(金) 06:24:15 ID:J2xJOYFg0
スターダストさん剣術オタクの領域に達してるなw
小札が」スターダストさんを代弁してるw
142電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/21(金) 08:10:00 ID:0p74irfd0
おはようございます。また間が空くのでレス返しに参りました。
合計2レスなら規制を食らうこともあるまい……(多分)

>>118さん
今回で規制の恐ろしさが身に沁みました。気をつけます。
原作キャラは、話の中心に関わってくるのは葛西を含めあと数人の予定です。
軽い顔見せ程度も含むなら更にもう数人。

>>119さん
大して長くもない戦闘の途中で切るのは何かなぁ……と思って一気に投下したら、
見ての通りになってしまいました。お恥ずかしいです。
虎はサイだけで倒せるのか。その辺はまあ今のところ「ご期待下さい」とだけ。

>ふら〜りさん
漫画界で有名なキャラクターでサイのスペックに一番近いのは『寄生獣』の後藤じゃないかと。
ちょうどあれくらいの戦闘能力だろうと思いますね。変身能力も持ってるし。
ふら〜りさん、サイをバケモノと思われましたか……あえてここで多くは語りませんが、
「化物」「人間」は原作においてもこのSSにおいてもサイにとって重要なキーワードなので、
心の隅にでも留めておいてもらえると嬉しいです。

>スターダストさん(レス返し)
もっとグロスプラッタらったらったにするという選択肢も考えたのですが、
ありがたいお言葉をいただけたということはこれ位で正解だったということでしょうか。
ラーメンスープふきふきは私も好きなシーンです。
109話扉絵でもアイはサイの口元拭いてやってるのですが、このときの彼女の表情が絶妙なんですよ。
よく見ると笑ってないのにちゃんと暖かさが感じられるというか。
蛭は好きな犯人の一人なので私の中で扱いが大きいです。すごく芯のしっかりした男なのに、
出番が少ないせいであまり覚えてる読者がいないのが寂しかったりします。
葛西最近ほんとに愉快ですよね。ただこの話ではあの手のトリッキーなテロは出てこない予定ですが。
ネウロで好きなキャラクターがかなりの程度かぶってて嬉しくなりました。ヒステリアは良犯人だ……
143電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/21(金) 08:10:57 ID:0p74irfd0
>スターダストさん(SS感想)
どうにか現行連載分まで追いつきました。
便利なキャラだなー小札。ブレミュの中で一番好きなキャラなのでここでの登場は嬉しいです。
完全一対一が見たかった気もしますが、しかし彼女の実況・解説があってこそ盛り上がるのも事実。
私もるろ剣を思い出しています。人格形成期に愛読してた数少ない少年漫画……
バトルに注目して読んでなかったので流派とかまるで覚えてないのが残念無念。
てかフィーバータイムwwww スターダストさんネタ早いわwwwww
パチンコ屋に足を踏み入れたが最後十秒で放り出されそうな容姿の小札ですが、
さすがに女としての恥じらいはあるものと見えてフィーバーはカタカナ。
まあ凌辱と書いてフィーバーと読むのは葛西様の葛西様のための葛西様による葛西様だけに許された
センスな気もするので、これで良いんだろうなあ。
144作者の都合により名無しです:2008/11/21(金) 10:29:12 ID:hCRw58jv0
>>漫画界で有名なキャラクターでサイのスペックに一番近いのは『寄生獣』の後藤じゃないかと。
>>ちょうどあれくらいの戦闘能力だろうと思いますね。変身能力も持ってるし。
細胞の異状による再生能力なら、再生出来ない程細切れにするとか液体窒素で凍らせるとか大量の放射線を浴びせて細胞自体を破壊させるとかで殺せますかね?
145遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:34:29 ID:yx1DO+7R0
第一六話(第一部最終話)「死せる者達の物語」

『さて…まずは我が神域を穢す者達を懲らしめた功績を称えると共に、礼を言わせていただきましょう』
そう言われても、城之内は金魚のように口をパクパクさせるばかりだ。アストラはそんな彼に対し、安心させる
ようにそっと微笑みかける。それだけで、ふっと全身から緊張が解けていくのを城之内は感じた。
『そして、これから更なる闘いへと身を投じるあなた達へ、せめてもの贈り物を…オリオン、弓を貸しなさい』
「はい」
恭しく弓を差し出すオリオン。手渡されたそれを、アストラは天に向けて翳した。その掌から、凄まじい気とでも
いうべきものが迸り、それはオリオンの弓に吸い込まれていく。
『この弓に、私の力の一片を加えました…普通に矢を射るだけで、これまで以上の威力と速度が得られるでしょう。
そして、これを授けます…』
いつの間にか、アストラの手には光輝く矢が握られていた。その数、四本。
『天空の星々…その聖なる力を封じた<星屑の矢>です。さあオリオン、どうぞ受け取ってください』
「謹んで」
頭を下げながら、それらを受け取るオリオン。城之内はそれを見て、腕組みしながら呟く。
「早速御利益ってところか…しかし、四本って数が実にクセモノだぜ。一回目はきっちり強敵を倒すけど、二回目は
ラスボス辺りを相手に撃って<バカな!星屑の矢が効かないだと!?>なんてお約束のセリフと共に、敵の強さを
アピールするために使われて、三回目は割とどうでもいいところで地味に使って、最後はラスボス相手にダメージ
与えるけど決定打にはならない。そんな扱いになると見たね」
「嫌だ。そんな意外性もクソもない戦闘力インフレ展開だけは嫌だぞ…つーかお前、もっと敬えよ!仮にも女神様
だぞ?女神様!」
『いいのですよ、オリオン。さて…遊戯、そして城之内』
アストラが二人に向き直る。
『まず最初に申し上げますが…あなた達は元の世界に帰る方法を四苦八苦して見つけなければと思っているようです
が…大丈夫。私の力で、帰すことができます』
「な、何ィーっ!?」
「め…女神アストラ!それは本当なのか!?」
『はい。あなた達が何故この世界に飛ばされたのか、その理由までは分かりかねますが、ただ元の時代に帰すだけ
であればそれほど難しくはありません。だからそれについては安心してください』
146遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:35:16 ID:yx1DO+7R0
「マ、マジか…」
「あっさりすぎるな…」
本気でビックリした。世に数多存在する異世界飛ばされ系の物語で、これだけあっさり帰還方法が見つかった例など
存在するだろうか?ああ、探し求める青い鳥はこんなに近くにいたんだ…それはともかく。
「えーと…じゃあ、どうするんだ?二人とも、帰っちまうわけ?」
オリオンが困惑したように二人を見つめる。
「冗談言うなよ。まだ帰れるわけねーだろ」
それに対し城之内、そして闇遊戯は首を横に振った。
「この時代に遣り残したことは山積みだ。それをほったらかしたままにはできないさ」
アストラは果たして、その答えを見透かしていたかのように微笑んだ。
『あなた達もまた、闘うのですね。己の故郷ではない、この世界のために?』
「世界のため…つーと、なんか違うよな、遊戯」
『では、なんのために?』
「友のためだ」
闇遊戯が、力強く口を開く。
「オリオンもミーシャも友達だ。それを助けるのに、理由はないさ―――それに、困った奴だが、海馬だって仲間
だ。力ずくでも連れてこないとな」
「おうよ!もしも今、神様パワーで元の世界に戻してやるなんて言われても、こっちから願い下げだぜ!帰るのは
全部が全部きっちり片付いてからだ。ま、そん時にゃあよろしく頼むぜ、女神様!」
『そうですか…分かりました。あなた達が全てに打ち勝ち、胸を張って帰れることを、私も願いましょう』
アストラは、優しく頷く。
『あなた達を結ぶ決して切れることのない絆…それこそが、この先に待ち受ける残酷な運命を切り開く力となる
でしょう。そう…私は信じます』
「運命、ね…そういや一つ訊きたいんだけどさ、女神様。運命の女神<ミラ>ってのは、本当にいるのか?」
『それは私にも分かりません』
あっさりとそんなことを言われて、城之内は鼻白んだ。
147遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:37:30 ID:yx1DO+7R0
「分かりませんって…同じ神様じゃねーの?」
『彼女とそれ以外では、神としての格がそもそも違うのです。我らが更に神と崇める唯一の存在―――それこそが
万物の母・運命の女神<Moira(ミラ)>―――その姿を見た者もその声を聴いた者も、未だ嘗ていないのです』
なんともいい加減なことだと、失礼だと思いつつも城之内は呆れた。
『そう思うのももっともな話です。けれど、その存在を誰もが信じるほどに、世界は数奇で残酷…そして、私には
見えるのです。この世界を覆うであろう、暗黒が…』
憂いを秘めた声で、アストラは語る。
『青(せい)と紫(し)の焔(ひかり)を瞳に宿す 強かなる二匹の獣が
風の楯をも喰い破り 流る星を背に 運命(かみ)に牙を剥く―――』
詠うような、不可思議な言葉の羅列。アストラは更に続ける。
『そして、生けとし生ける者全てにとって、遅かれ早かれ避けられぬ別れにして、避けられぬは彼…』
ダジャレかよ、と城之内は思ったが、シリアスっぽい場面なのでツッコまなかった。
『彼は器を求める…そして、器に死神の眼を与え、囁く…』
「―――!まさか、それは…女神アストラよ、答えてくれ!オレはエレフという男から、その奥底に潜む何者かの
存在と、そして恐ろしいほどの力を感じた。それがあなたのいう<彼>なのか!?」
『…それは、冥府の王にして人々が死神と呼び畏れる存在。されどあらゆる神の中で最も人間を愛し、慈しむ神
―――この不平等で残酷なる生命の世界から、平等にして平穏なる死の世界へと万物を解き放つ、死せる魂の
導き手…』
闇遊戯の問いに対し、アストラはその名を告げる。
『そう。彼こそは<死>そのものにして…彼こそは冥王―――』

「<θ(タナトス)>…』

「冥王…タナトス!」
闇遊戯は、その言葉を反芻する。まるで、自らに刻み付けようとするかのように。
『あなたたちの選んだ道は、困難に満ちています』
すうっと。アストラの気配が消えていくのを闇遊戯達は感じた。そして最後に、彼女の声が聴こえた。
『其れでも―――お征きなさい、仔等よ』
がくっとミーシャの身体がよろめき、それをオリオンが支える。
148遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:38:19 ID:yx1DO+7R0
「おいおい、大丈夫かよ!もしかしてさっきの、身体に悪かったりするのか?」
「心配しないで、城之内…少し疲れただけだから。それよりも…星女神様の仰っていたことよ」
「さっきの話…ミーシャも聞いていたのか?」
闇遊戯の問いに、彼女は顔を曇らせる。
「ええ。身体は貸していても、自分の意識はあるの…何だか、大変な単語ばかり並んでいたわね」
「だよな。まあ、考えたってしょうがねえよ」
城之内は自分の掌に、拳をガツンと打ち付ける。
「やると決めたからにゃ、やるしかねえよ。今さらビビってられるかってんだ!」
「バーカ。誰もビビってなんかないっつーの!」
オリオンが不敵に笑う。
「そうだ―――行く手に何があろうとも、オレたちのやることは同じだ。そうだろう、皆!」
闇遊戯の言葉に、ミーシャも力強く頷いた。そして城之内が場を代表するかのように声を張り上げる。
「おーし皆!ここは一発、結束を深めるために、今の気持ちを言葉にしてみようぜ!」
「ああ!」
そして四人は、一斉に己の胸中を叫ぶ!
「ガンガンいこうぜ!」
「命を大事に!」
「オレに任せろ!」
「色々やろうぜ!」
―――誰がどのセリフを言ったかは想像にお任せするが、心がイマイチ一つになっていなかった。
「ちなみに相棒は<みんながんばれ!>と言ってたぜ…」
闇遊戯は、嘆息したのだった…。

―――そして、未だに「う〜神子様神子様」と自分達を探し回っているフィリスに見つからぬように細心の注意を
払いながら神殿を後にし、今は。
「そう…兄を探す旅に出るのね、ミーシャ」
「はい…」
ソフィアの家。ミーシャはソフィアと向き合って、真剣な顔で話し合っている。
149遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:39:05 ID:yx1DO+7R0
「あなたの兄…エレフだったわね。彼の姿は、私も見たわ。あなたによく似た目…だけど、その奥に恐ろしい何かを
宿した、暗い紫の瞳だった…そして彼は、自らの意志で出ていったのでしょう?それをあっさりと曲げるような男に
見えなかったわ。それに、彼と一緒にいた海馬という男。彼は危険よ。見ただけで分かったわ。そんな相手と直に
向き合う危険を孕みながら、それでもあなたは行くの?」
「…………」
城之内とオリオン、そして遊戯(今は闇遊戯は引っ込んでいた。アストラとの会話で、思うところがあるらしい)は
二人のやり取りを静かに見守っていた。
「ソフィア様…あなたに受けた恩は、忘れてなどいません」
ミーシャは、ソフィアの目を真っすぐ見つめ返した。
「兄ともオリオンとも離れ離れになってレスボスに流れ着き、何も分からず途方に暮れていた私に、あなたは生きる
ための全てを与えてくださいました。もしもソフィア様がいなければ、今の私はいない。その感謝を忘れたことなど
ありません。そして私はあなたに、運命を愛し、全てをあるがまま受け入れるようにと教わりました…けれど」
ぐっと唇を噛み締めた。
「それでも―――私は、こんな残酷な運命は愛せない…!例えあなたの教えに背くことであっても、それでも…!」
「ミーシャ。それに、皆も聞いてくれるかしら?」
言い募るミーシャ。それを遮るように、ソフィアはそっとミーシャの手を握り、語りかける。
「かつて、私にも、烈しく愛した人がいたのよ…」
過ぎ去った日々を懐かしむような、消えない痛みに頬を濡らすような、複雑な想いがそこには秘められていた。
「けれど、彼は私を置いて旅立ってしまった。私は追いかけることもできずに、ただ泣いたわ」
「はー…あんたみてーないい女を振るなんざ、見る目のねー男だな、そいつ」
城之内は呆れたように言ったが、ソフィアは悲しげに笑った。
「仕方ないわよ。あの頃の私はただの子供で、彼とは祖父と孫娘ほどに歳が離れていたもの」
「祖父って…そりゃまた、随分年上好みだったんすね」
「ふふ、そうね。今思えば、実らない恋だなんて分かるようなものだけど、当時の私にとっては本当に世界の終わり
のような気持だったの。そのせいかしらね、今の私の性癖がアレなのは…そう、あの時から、私の紅い真珠は歪んで
しまったのよ…バロック(性的倒錯性歪曲)の乙女とはよく言ったものね」
アレというのが何を指すのか、紅い真珠とかバロックの乙女とはどういう比喩なのか、誰も、何も訊かなかった。
禁断の世界を覗き見てしまいそうだったからだ。コホンと咳払いして、ソフィアは本題に戻る。
150遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:56:05 ID:l3aGH67n0
「彼との別れが運命ならば…私はそれを拒むことなく、受け入れた…いいえ、違うわね。ただ単に、逃げただけよ」
「ソフィア様…」
「ミーシャ…あなたは、逃げてはダメよ」
ソフィアは静かに、だが揺るぎない厳しさを込めてミーシャを真っすぐに見つめた。
「愛する者と再び巡り会いたいと願うのならば、運命に立ち向かいなさい。そして、何物をも怖れず揺るがず妬まず
恨まず、誰よりも強かに生きる―――そんな、美しく世に咲き誇る女(はな)になりなさい」
まるで詩の一節のような言葉に、ミーシャは目を丸くする。ソフィアはそんなミーシャに、そっと微笑む。
「よく分からないかしら?それでいいのよ。答えはこれから見つけなさい」
「はい…」
どこか煙に巻かれたような顔で曖昧に頷くミーシャ。城之内はそれに対し、頬を掻きながら答えた。
「オレはソフィア先生みたいに頭よくねーから、ムズカシーことは言えねーけど…なんとなく、分かるぜ」
「ほんと!?城之内くん、すごいや!」
「へー。お前的には、どういう解釈なんだ?解釈の自由が故、皆は悩むんだぜ?」
オリオンと遊戯も興味深そうに城之内の顔を覗き込む。城之内は、堂々と胸を張って答えた。
「要するに<世の中色々大変だけど、へこたれずに気合い入れて頑張れ>ってこったろ?」
―――あまりに単刀直入な表現に、皆が複雑な表情になってしまった。
「…えと、城之内。確かにそういうニュアンスなんだろうけどさ、もっとこう、言い方ってもんが…」
「じゃあアレだ。ウツボカズラみてーな女になれってことだよ!ほら、恐れず揺るがずってカンジだろ?」
「バカかお前!それならラフレシアの方が相応しいだろ!恐れず揺るがずどころか逆に周囲を恐れさせて揺るがすぞ、
奴は!」
「絶対違うと思うよ、二人とも…」
「誰がウツボカズラやラフレシアになりたいなんて思うのよ…」
城之内とオリオンの不毛な争いを、遊戯とミーシャは冷めた目で見つめる。そして。
「ふふ…」
ソフィアは、静かに口元を緩める。
151遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:57:04 ID:l3aGH67n0
「それでいいのよ、城之内くん」
「え!?」
城之内を除く全員が目ん玉を飛び出させるほど仰天し、恐慌にすら陥る。何が起こったのか!?ソフィアは一体、
何をトチ狂ってしまったのか!?この状況…何者かからのスタンド攻撃を受けている可能性がある!恐らくは舌に
取り付き、思っていることとは反対のことしか言えなくなる能力を持ったスタンドだ!
「そ、ソフィア様、しっかりしてください!あなたは少し錯乱しています!」
「あなたの感じている感情は精神的疾患の一種です!治す方法は俺が知ってます!俺に任せて!」
「もう一人のボク!こうなったらソフィアさんにマインドクラッシュを使うしか…!」
「お前ら…オレを何だと思ってるんだよ…ウツボカズラなんて冗談だよ…」
散々な扱いに、城之内はプイとそっぽを向いてしまう。ソフィアはクスクス笑いつつも、彼を好ましげに見つめた。
世の残酷さを何も知らない子供の発想なのか、それとも分かった上でなお、当り前のようにそう言ってのけたのか。
―――今までの城之内を見ていれば、どちらかなど言うまでもない。
「流石に私もウツボカズラやラフレシアになれなんて言ってないわ。その前よ。小難しい言葉を並べたところで、
本当に言いたいことなんて一つだけ―――」
ソフィアは、慈しみに満ちた瞳でミーシャを見つめる。
「頑張って生きなさい、ミーシャ」
ミーシャはそれに対し、しっかりとソフィアの手を握り返して答える。
「はい…頑張ります」

「―――よーし!やることは済ませたな!それじゃあ早速出発だぜ!」
「元気だねえ、お前…」
意気揚々と声を張り上げる城之内に、オリオンはジト目を向ける。
「何だよ、オリオン。お前こそもっといつもみたいにテンション上げていこーぜ!それともガラにもなくビビッてるん
じゃねーだろうな?そりゃまあ、アストラ様が何やら物騒な単語を連呼してたけどよ―――」
「…確かに、俺はビビってる。けどそれは、冥王だのなんだののせいじゃねーよ」
「ん?じゃあ、何だよ」
「エレフと闘うこと―――俺とエレフ、どっちが強いのか、勝てるのか負けるのか、生きるのか死ぬのか、それ以前
の問題として、俺は奴と本気で向き合うことが、怖い」
「オリオン…」
152遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:57:56 ID:l3aGH67n0
遊戯とミーシャは心配そうに、オリオンを見つめる。
「あいつは―――エレフはな、いい奴だった」
オリオンは、独り言のように呟いた。
「無愛想でシスコンで、口が悪くて生意気なくせに泣き虫で、だけど、友達思いの、いい奴だったんだ…そんなあいつ
と、戦場で出会って殺し合うことになったら―――考えただけで、嫌になる」
顔を伏せる。視界がなぜか、ぼやけて見えた。
「俺は…俺達は、戻れるのかな。あの頃の、何の屈託もなく笑い合えた、俺達に…」
「戻れるに決まってんだろ」
城之内は、何をバカなことをとでも言いたげに鼻を鳴らす。
「見えるけど―――見えないもの」
「あん?なんだよ、それ」
「オレ達の間にある、これさ」
自分達の胸を指差し、笑う。
「互いの姿をオレ達は見ることができる。けど、友情って奴は見えねえ…だけど、あるんだ」
「うん―――そこに、確かに、あるんだよ」
遊戯も城之内に続き、そう語る。
「お前らの間のそれは、まだ、切れてねえ…いや、切れちまったって、また結び直しゃいいだけだぜ!」
今度は固結びでな、と城之内は笑った。
「はっ…くっさいセリフ言っちゃって、全く。言われなくても分かってるっつーの!」
オリオンは言い捨てて、さっさと歩いていく。きっと、涙ぐんだ顔を見られたくなかったのだろう。
「あ、待ってよオリオン!」
「何スネてんだよ!オレ達、めっちゃいいこと言ったろうが!おーい!」
153遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/21(金) 21:58:53 ID:l3aGH67n0
オリオンの背を追いかけて走り出す遊戯と城之内。そんな三人を、ミーシャは呆れながらも微笑みながら見守る。
そんな彼らの征く道を示すかのように、白い鳥が悠然と飛んでいく。それを見送りながら、ミーシャは子供の頃を
思い出していた。
(ぼくはね、鳥になりたいな。だって、どこまでも飛んでいけるもの)
エレフはそう言って、あどけない笑顔を見せてくれた。
(なら私も、白い鳥になるわ。そして、エレフに会いに行く)
一人では羽ばたけない、か弱く小さな翼だけど。皆が、友達が一緒だから、どこまでも飛んでいける。
遥か地平線の彼方さえも飛び越えていけるだろう、きっと―――
ミーシャは、そう思った。

人間―――いずれ避けられぬ、死すべき運命を抱き生まれる<死すべき者達>。
そしてこの時代を生きるは、後世においてはもはや全てが失われる<死せる者達>。
それでも―――彼らは命ある限り、力強く生き抜いていく。
美しくあろうと醜くあろうとも。賢くあろうと愚かしくあろうとも。善であろうと悪であろうとも。
王も、器も、凡骨も、白竜も。狼も、巫女も、射手も、詩人も、獅子も、蠍も。
誰もが自らの地平線を目指して生きていくのだ。そして―――いずれ歴史は語るだろう。
彼らの―――<死せる者達の物語>を―――!
154サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/21(金) 21:59:40 ID:l3aGH67n0
投下完了。前回は>>93より。
第一部完。我ながら命を削る勢いで書いたなあ…。
フィリスさんへの反響が割と大きくて吹きましたwまあ、古代世界の巫女さんだし、あんな絶望的な
状況でオシリス見ちゃったら、そりゃ神様と崇めたくもなるでしょう。
ソフィア先生、書いてみると中々いいキャラになってくれたと思います。こういうタイプの女性は
今まで書いたことがなかったけれど、割とよく動いてくれました。
残念ながらレスボスの皆さんはもう、エンディングまで出番ないけど…。
で、ギリシャ神話がそこそこ分かる人なら「なんで冥王がタナトスなんだよ!」と思われるかも
しれませんが、だってMoira世界だとそうなってるんですもん…。
さて、第二部も頑張って書かなければ。

>>95 個人的に気に入ってるのは社長と闇遊戯の「敵は全部殺す!」「そんな論理は間違ってる!」です。

>>96 原曲では存在は示唆されてるけど実際に喋ってる場面とかないので、半分オリキャラです。

>>99 第二部では社長がブルーアイズやアルティメットで大暴れします。お楽しみに。

>>111 遊戯王、名作ですよね。また読み返してこよう…。

>>電車魚さん
サイと互角に闘える虎強い…そしてサイをきっちり支えるアイさんもかっこいい女。
極悪癒し系の葛西さんの活躍に期待です。
ミーシャに限らず、サンホラ作品の女性達はみんな形は違えど「強い女性」です。
特に「母親」の強さは異常です。

>>ふら〜りさん
もしもキタキタ親父がこのSSに出てたら「ワシが星女神の巫女じゃあ!ワシを生贄にせい!」
…誰も助けてくれませんねw社長がミーシャを認める場面も書きますが、しかしそこは社長。
「フン…そこそこマシな目になったな。仔ネズミからモルモットに格上げさせてやる!」となります。
155電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/22(土) 00:04:58 ID:V4bjFMvI0
>>144さん
ちょっと考えてみました。
「再生できないほど細切れ」 → 細切れにする前に細切れにされる(例外:ネウロ)
「液体窒素で凍らせる」   → 温度が上がって溶けたらフツーにイキイキ動き出しそう
「放射線で細胞崩壊させる 」→ 一番ありそう、ただし少年誌的にアリかナシかといえばナシ
原作的には電流が弱点のようですね。もっと早く分かってれば尊い人命が3桁くらい救えた気がする。

>サマサさん
展開的にはシリアスで重たいはずなのにところどころに入った小ネタに噴きました。
おまえら四人+一人チームワークなさすぎだろ(なのに堅い友情で結ばれているという謎)
当時のギリシャ人が果たしてウツボカズラとラフレシアを知ってるのか考えるのはヤボとして、
オリオン&城之内のコンビの息の合いっぷりが実に微笑ましい。
<死せる者達の物語>という一文を見て、そーいやミソロジー(特にギリシャ神話)だと
多神教の神を英語でImmortal、人間をMortalと区別することがあるよなあと懐かしく思い出しました。
冥府の王は本来ギリシャ神話ではヘイディースですよね。ペルセフォーンの旦那さん。
肝心のタナトスさんにはハーキュリーズにギャフンといわされてたイメージしかありませんが、
このSSではどんなキャラ付けがされるのか気になるところです。
どうでもいいですがネウロファンとしては、ふら〜りさんへのレスの「仔ネズミからモルモット」に
「喜べ、ワラジムシに昇格だ」を思い出さずにいられませんでした。この二人ひょっとして似てる?
156作者の都合により名無しです:2008/11/22(土) 17:05:01 ID:V+p8EVDh0
サマサさん、第一部終了お疲れ様です!
ものすごいハイペースで頑張られていたんでお疲れになったでしょうけど
第二部も出来るだけ間をおかずに再開してほしいなあ。
第二部では社長や遊戯はもちろん、城の内にも勝利を・・


電車魚さんちょっと間が空きますか。残念・・
157ふら〜り:2008/11/22(土) 20:40:14 ID:89KgOHnl0
>>サナダムシさん
>「今の君は勇敢とは呼べない。なぜなら勇敢とは、必勝を誓うからこそ成り立つからだ」
よくあるパターンなら「それはただの無謀だ」とかバカにするところ、格闘士としての心構えを
出して整然と、且つ熱く説いてる。勝ったんだから胸を張っていいのに、まだ未熟だと己を
戒める。主人公を降して、なお成長しそうな雰囲気はあるアライ。まだ頑張れる……はず!

>>スターダストさん
おぉ小札! 相変わらずの実況っぷりに安心しましたっ。さておき、シンプルな奴ほど強い
とはいいますが、総角は極限の多彩な戦法を誇りつつシンプルな技でも秋水を追い込み……
と思ったところで大逆転! カズキはここにいないけど、彼がいなくば勝てぬ戦いでしたね。

>>サマサさん
本作のヒーローカルテットは、控えめ・クール・熱血・ギャグと。なかなか隙のない布陣で頼もしい。
♪祈りは終わった 勇者は立った〜♪と、ファンタジーものらしい綺麗さ&少年漫画らしい
明るさ熱さを備えた開幕・旅立ちシーンでしたね。第二部の冒険とバトル、期待してますよっ。
158作者の都合により名無しです:2008/11/22(土) 23:32:26 ID:vBXyBsd00
そうかー
ドラクエの命令コマンドで
各々の個性がわかるもんだなw
こういうコネタ好きだw
第二部に入っても好ペースでお願いします。
ここまでハイペースだと負担かかるだろうけどw
159永遠の扉:2008/11/23(日) 00:06:19 ID:Ew78bO7V0
第083話 「総ての至強を制する者 其の肆」

 血煙はやがて平然たる手に覆われ、指の間より黒衣を濡らす滝と化した。
「フ。章印を突こうと思えば突けただろうに」
 おびただしい血液の水たまりの中で首を押える総角には如何なる動揺もない。
 頸動脈を突き破られ、人間ならばまず即死確定の傷を負ったにもかかわらずだ。
 無論それで死ぬホムンクルスではないが、普通の精神の持ち主であれば激痛を感じ、惑乱
とてともすれば避けられない。
 現に傍観者にすぎない小札ですら「ひっ」と短い声を上げたきりガタガタと震えている。
「君には聞きたい事が山ほどある。だから殺さずに捕えさせてもらう」
 といいつつ秋水は章印へ刀を突き付けはしたが、こちらは脅迫というより残心だろう。
 相手へ打突を加えた直後こそ最大の隙ができる。だからこそ現代剣道では残心なき場合に
一本を取り消すコトがあるし、古流剣術の様々な組太刀も最後は様々な形の残心で締められ
るのである。
「捕える? 何とも気が早い話だな。剣道ならばお前はまだ一本取ったにすぎん。剣術として
もまだまだ行動不能に追い込むには傷不足。続くさ。戦いはまだまだな」
 ばっと総角の首筋で掌が閃いた。凝視していた筈の秋水でさえ、『首筋近くに飛ばした飾り
輪を雷光のような手さばきで首筋に押し付けた』と理解するのに数秒要した。
 やがて真赤な鮮血でぬかるむ首筋にエネルギーが炸裂したのは、溶接か何かの要領で傷
口を塞ぐためだったらしい。そのエネルギーは、先ほど膝に浴びせかけられた物を密かに貯蓄
していた物であろう。
「ところで俺を殺さずに捕えたがるのは……それが戦団の意志だからか?」
 総角の瞳が異様な光を帯びると、秋水から一瞬だけ息を呑む気配がした。
「図星らしい。だが元・信奉者が体良く戦団につき従う是非を考えぬお前でもあるまい」
 果たして手が離れた首筋から鉄臭い赤い煙が離れると、ケロイド状に盛り上がる傷が現れた。
「先ほど言ったな」

──『もう一つの調整体』という得体の知れない代物を君の手に渡せば他日必ず暴走し、人々
──が襲われかねない。それだけは絶対阻止だ

「街の人間を守りたい──… 理想に掲げるだけなら大いに結構」
160永遠の扉:2008/11/23(日) 00:08:08 ID:Ew78bO7V0
 まさに章印を狙われているという危機的状況だというのに総角はポケットから懐紙を取り出し
悠然と首筋を拭い、飾り輪の血液も拭き取った。秋水がかすかに気色ばなかったら、刀身さえ
平生の手入れのごとく綺麗にしていただろう。赤い懐紙を仕舞うのは剣士としての嗜みか。
「しかしそれは本当に心底からの望みか? 贖罪や義務のためでないと断言できるのか?」
「当然だ」
 とは決していえぬ秋水である。これまで世界に心を鎖し、一時は自分と姉を慕う生徒さえ生贄
に差し出そうとしていた。人を守ろうとしているのは幾分かの心境の変化が混じっているとは
いえ、大元が贖罪のためというのは否定できない事実である。
 むしろ街の人間を守るという大義名分は秋水よりもカズキにこそ相応しい。
「……君の問いかけに答えられる言葉は持っていない。それでも俺がここまで来られたのは、
剣道部の部員たち、そして戦士たちのおかげだ。彼らの協力がなければ俺は君の部下達は
おろか逆向にさえ勝てなかった」
「だから戦い、彼らを守る義理がある。とお前はいいたい訳だな」
「ああ」
 粛然と頷く秋水を総角は一蹴した。
「弱いな」
「な……」
「気迫の話だ。成程お前の文言は正しい。社会的に見ればまず申し分はないし、その場限り
の偽りでも繕いでもない。本心の一つとして見ていいだろう。だが根幹ではない。根幹から出
ずる言葉ならもっと熱を帯び気迫が充溢しているものだ」
 厳然と刀を差し出していた秋水の面頬にわずかに悩ましい波濤が浮かんだ。
「そしてお前自身もどこか違和感を感じている筈だ」
 剣道における攻めには二つある。
「言葉と自分の在り様との乖離をな」
 一つは有形の攻め。これは体や剣による攻めである。
「まぁ、悪いとはいわないさ。生真面目ゆえに義理と本心の板挟みになるのはよくある事」
 有形の攻めについて秋水はほぼ完璧といえる状態にあった。
 先ほどの突きは試合ならば一本が取れるほどの物。残心も怠りない。
「しかしお前は望んでいる。本心の赴くままに前進する事を」
 そんな秋水に語りかける総角は剣道におけるもう一つの攻めを行っているといえた。
 無形の攻め。
 気を以て相手の精神に働きかける攻めである。
161永遠の扉:2008/11/23(日) 00:09:07 ID:Ew78bO7V0
「だが本心が深いところにあるせいで自分でも分からず、ごくごく表層的で一般的な文言にだ
け頼っている。そういう気配(ニオイ)を俺は感じたが……何か反論は?」
「……」
 秋水の心に芽生えたわずかな葛藤が彼の集中を削いだ。
「いっておくがただの義務感で勝てるほど、俺は甘くないぞ!」
 その残心の乱れに乗じてすかさず総角は踏み込んだ。
「勝ちたくばお前自身の心底からの考えに拠れ! そういう相手こそ倒すに相応しい!」
 叫びとともに鋭い斬撃が秋水を襲った。
 頸動脈を切断された男とは思えないほど重苦しい一撃だ。
 受け止めた秋水の端正な顔が苦痛の苦味に染まった。
「……フ。まあ、相手から言葉以上の物を引き出したくば」
 一合、また一合。刀が正面から斬り結んで火花を上げる。
「こちらの内面から曝してやるのが流儀か」
 どちらかもとなく後方へ飛びすさり、一足一刀の間合いで構えを直した。
「俺の振るうのは主に古流の技。部下どもを率い全国津々浦々を流れている目的の一つはこ
ういった技を会得するためでもある」
 秋水は中段。総角は脇構え。
 両者真っ向からひた走り、互いに肉薄。
「俺の武装錬金は他人の物を完全に複製できない」
 秋水は再び逆胴。総角も同じく左切上。初太刀の再現である。
 だが。
 どういう訳か秋水の一撃は最初より遙かに大きく弾かれた。
 不可解なのは弾かれるや否や秋水がまるでそれを予期していたかのように体を右に開いて
逆袈裟を避けた点である。果たして彼は今一度刀を繰り出した。
(しかしその一撃はやや精彩を欠いており、苦し紛れの気配は拭えません! 先ほどまでの
好調が一転、秋水どのは苦しい立場! いったい何が起こったというのでしょう! ただ無形
の攻めによって精神を揺らされたせいには見えません! もっとこう、肉体的物理的な原因
によって苦しい立場にあるように見えます!)
 小札が脳内実況する中、斬り結びが続く。
「創造者との相性や武装錬金への印象値によって再現度は上下する。最も得意なアリス・イ
ンワンダーランドでさえ本家本元の八割程度。それも拡散状態では『電子機器の遮断』と『方
162永遠の扉:2008/11/23(日) 00:10:56 ID:Ew78bO7V0
向・距離感覚の麻痺』のどちらか一つしか使えないという有様だ。それでも格下の相手ならば
十分制圧できるが……」
 総角は刀の持ち方を変えた。通常は左手で茎尻を持つべき所を、右手に持ち替えたのだ。
 腰と刀を水平にぎゃんと構えて切っ先を秋水に向ける様子は、脇構え状態の刀を前後逆に
入れ替えたような趣がある。
(京八流の流れを汲む貫心流(かんしんりゅう)剣術に伝わる槍構え! 槍と刀の長さや役割
の違いゆえ、形では中段突きに留まりますが!)
 秋水がくるぶしを跳ね上げるように膝を曲げたのは、下段に突きが来たためである。総角は
まるで剣を槍のごとく振るってりゅうりゅうと突き出したのだ。咄嗟に避けたものの紺袴が膝の
辺りで切り裂かれ、右脛には深さ5ミリメートル程の傷が開いた。白い足袋に赤いまだらの染
みが滲んでいく。足を地面につけがてら後退する秋水を嘲弄するかの如く、総角は槍じみた
突きを繰り出し、そして語る。
「例えば『武装錬金の特性を全く無効にする』ような奴と闘う羽目になってみろ。無数の武装
錬金を持とうと相性も戦法もあったものじゃあない。ジャンケンで何を出そうと『太刀』で手首
ごと斬り飛ばすような、総ての特性を四元素の灰燼に帰するような……そういう相手に対し!」
 釣り込まれるように繰り出された袈裟斬りを秋水の頭上高くで受け止めると、そのまま総角
は左手一本で刀を持ち直し、演武のごとき軽やかさで後方から前方へと腕を回した。
「最大でも八割程度しか再現できない武装錬金で挑むのは無謀だ」
 果たして刀は秋水の胴体を斬り上げに掛ったが、胸の前で横倒された刀に阻まれ失敗。
「創造者のDNAを用いて完全再現した武装錬金でも同じコト」
 されどそこからスっと前進して、下から秋水の喉笛を突きにかかったのは古流好みの総角
らしい所業である。もっとも……
「五分程度の持続時間で倒せるとは限らない。ここからの突き同様にな」
 秋水の剣先がぴくりと動いた瞬間にスっと後退し、事無きに至ったが。
(今のは新撰組とゆかり深き天然理心流の『虎逢剣(とらあいけん)』の応用。しかしあのまま
喉笛を突きにかかれば横一文字の斬撃がもりもりさんの章印を斬り裂き相討ちになっており
163永遠の扉:2008/11/23(日) 00:12:03 ID:Ew78bO7V0
ました……。何という戦い。まったく不肖たちは恐ろしいリーダーを持った物です)
 いやはや見ている小札の方こそ冷汗ものの戦いである。
 しかし当事者たる秋水は疲労の色こそ見え気迫はまだまだ失われていない。
「となるとやはり最後に頼れるのは己の技術のみだ。技術は手足。鍛えれば必ず応えてくれる)
 汗一つない総角はまるで剣戟などなかったように平然と言葉を続けている。
「そう、自ら触れ自ら考え自ら修練した物であれば必ず逆境で頼りになる。そう信仰したからこ
そ俺は剣術を学んだ。……ところで一つ大事な事を言い忘れていたが」
 左半身を前に向け、霞上段(額の前で腕を交差させ、刀の切っ先を相手に向ける構え)を取っ
た総角はニヤリと笑みを浮かべた。
「ま、まさか」
 逆に机の下に座り込んだ小札の瞳孔がみるみると見開きただならぬ雰囲気を放ち。
「武装錬金は本人の資質が反映される。そして他者の武装錬金を複製できる俺は──…」
(ばらされるのですか……? あの事実を。今まで不肖たち以外に秘匿されてた事実を……?)
 剣士である以上、敵に接近せねばどうにもならない。
 秋水は逆胴の構えで総角に殺到した。
「俺は、ある男のクローンだ」
「何っ!?」
 言葉に対する反応かそれとも攻撃に対する反応か。
 猛烈な突きを何とか逆胴で払うと秋水は愕然とした様子で立ち止まった。
 対する総角に追撃する様子はない。ただ予想済みの反応を眺めるような得意気で人を喰っ
たような──ホムンクルスにこの形容を使うのはいささかそら恐ろしい物がある──笑みを
浮かべるばかりである。
「そして俺はその男を斃すために技術を信仰し、剣術を学び」
 小札零。
 鳩尾無銘。
 栴檀貴信。
 栴檀香美。
 鐶光。
「部下を集め、武装錬金の扱いを教え、流浪の共同体を組織した」
 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。
「総ての至強を制する……俺の武装錬金と同じ名の共同体を!」
164永遠の扉:2008/11/23(日) 00:15:20 ID:8a0MiibF0
「ここ……です」
 鐶に導かれやってきた戦士たちは、その眼前に果てしなく広がる緑の古沼に息を呑んだ。
 まるで鐶の瞳のように虚ろなそこには月影がほんのりと浮かぶのみ。街から遠いせいか人
工の光などまるでなく、寂々とした虫の声ばかりが背後の森から響いてくる。
「確かここは埋め立て予定地。以前見た時には枯れていたわ」
 とは今回の任務に際し市街のあちこちを偵察して地形を把握してた千歳の弁である。
「人為的に水を満たすには広すぎる。となるとこれが『仕掛け』か」
「確かにこの中にアジトへの道を作れば簡単には通れない。……戦士長が万全か、或いは火
渡戦士長や大戦士長がこの場にいれば容易く水を抜けるだろうが、今の私たちがすぐそれを
するには年齢操作ぐらいしか頼る術がない」
 根来に続いて声を上げた斗貴子は、キっとした目つきで鐶を睨んだ。
(殺すのはアジトに到着した後になりそうだな)
 鐶に短剣を使わせねば水を抜けない。
 アジトへの道中に鐶を殺せば沼から流れ込む水で戦士一同は溺死する。
 かといって普通に水中を探していたのでは総角を取り逃す恐れがある。
 根来に亜空間から探索させたとしても、地上からアジトへの道を切り開くのは難しい。
 第一その話だって池から平行に道が伸びている場合限定であって、池の底から地下に向
かって道が伸びていたりしたらお手上げだ。
「では頼む」
「はい。武装……錬金」
 自らの核鉄──シリアルナンバーXCIV(94。千歳と1つ違い)──を防人から返却された
鐶が蚊の囁くような声で呟くと、先ほど散々に戦士を苦しめたキドニーダガーが出現した。
 同時に鐶を拘束するシルバースキンリバースの周囲を浮遊するヘキサゴンパネルが短剣に
対して微細な動きを見せた。
「分かっていると思うが外部への攻撃がシャットアウトされる。そのため」
 防人の言葉を先どって斗貴子たちは頷いた。
「……私の代わりに短剣を持ち、沼の年齢操作をお願いします……。付けた状態で……何か
を入れるような感じでOK……です。与える年齢は恐らく……18年ぐらい……。リーダーは……
小札さんとらぶらぶなので……ここから吸収した年齢で実況用に復帰させている筈……です。
165永遠の扉:2008/11/23(日) 00:17:15 ID:8a0MiibF0
だからまず……18年分の年齢を手近な……木から吸収し、それから……沼に与えてあげて
……下さい。それで水がなくなり……アジトへの道が開ける筈、です」
「分かった」
 痺れを切らしたような斗貴子が歩み出ると、鐶はおびえたように後ずさった。
「どうした。さっさとその武器を渡せ」
「い、いえ。その……病院の屋上で…………お、桜花お姉さんがいっていた言葉を……思い
出しただけ……です。でも……言ったら失礼そうなので…………」
「早くいえ! 私にあれだけ攻撃しておいて今さら失礼も何もあるか!」
 言い淀んでいた鐶は斗貴子の気迫に押される形でおずおずと語った。
「『津村さんにだけは短剣を渡しちゃダメよ。だって狂人に刃物って言葉があるでしょ?』……と」
 口をつくは桜花の声。おお、鐶は特異体質を失してなお声真似ができるのか。
 閑話休題。斗貴子の面頬が引き攣った。阿修羅か仁王のごとき形相だ。
 鐶はというと怯えたように防人の後ろに退避した。
「よぅく分かった。この戦いが終わったらお前の次に桜花をブチ撒けてやる!」
「と……! とにかく……そのお姉さん以外のどなたか……使ってください……」
 逞しい防人の体から体半分をぴょこりと出した鐶は短剣の刃を自分に向ける形で持ってい
る。幼稚園で習う丁寧なハサミの渡し方みたいな形だ。あくまで恭順するつもりらしいがどうも
この点、戦士六人と渡り合ったホムンクルスとギャップがありすぎ、誰もがため息をついた。
「私がやるわ」
 千歳が短剣を手に取った。不思議と手になじむような気がしたのは何故だろう。

「君が…………クローン?」
「ああ。だからあのホムンクルスのお嬢さんの主食の話にはぞっとしたな」
 ヴィクトリアは百年ずっと母親のクローンを食べて生き延びてきた。
「いわばその食事と俺は兄弟筋。身を喰われるような恐ろしさがある」
 秋水は知らないが、かつて総角がヴィクトリアにぼそりと漏らした呟きは

──「………………と兄弟筋なのが少しぞっとする」
 そういう意味だったのだろう。
「確かに人間型ホムンクルスならばその者の細胞を基盤(ベース)に作られる。いわば分身。
その技術を応用すればクローンも作れるが」
「フ」
166永遠の扉:2008/11/23(日) 00:18:17 ID:8a0MiibF0
 考え込み始めた秋水にかすかな笑い声がかかった。
「生真面目なのはいいが無粋だな」
 総角の刀が秋水の刀の裏を狙って跳ね上がる。叩き落そうとした秋水であるが中空でバツ
の字に刀が絡み合うのを認めるとかすかに切歯し体(たい)を前に送ろうと試みた。
「俺が自身の背景を語ってやったのは、お前から言葉以上の物を引き出すために過ぎん」
 総角はまるで動かない。見れば彼の足は両のつま先を体の外側に向けている。
(足をハの字にするのは司馬遼太郎の『北斗の人』ですっっっっごく不遇だった馬庭念流の特
徴です! 前からの力に強いとか!)
 糊で接着されたように総角はまったく後退しない。月並みな言い方をすれば巨岩か山を押し
ているような思いを秋水はしたのである。
「推測などはまったく無用……。今一度いうぞ」
 バツの字に絡み合った刀が強引に外された。素早く総角は手首を返し、秋水の手首を切断
せんと振り上げた。軌道でいえば剣もつ秋水の右拳と左拳の中間あたりだ。それをからくも
避けた秋水は次の総角の構えに屈辱とも焦燥とも恐怖とも取れる表情を浮かべた。
(俺の武装錬金だけでなく、技まで……!!)
 右腕一本で握った刀を背中に大きく回すその構えが逆胴でなくて何であろう。
「勝ちたくばお前自身の心底からの考えに拠れ! そういう相手こそ倒すに相応しい!」
 蒼い一筋の閃光が秋水の胴を薙いだ。自分の技だからこそ軌道が読める。それは素人考え
であるが一応正鵠は射ていた。ただし剣速も重さも秋水を圧倒的に上回る斬撃だ。電撃のご
とく後方へ足を送った秋水だが、胴着ごと腹部の筋肉が真一文字に裂けて血を噴いた
(深さはおよそ一寸ほど。致命傷ではないが……)
 確実に追い込まれつつある。払拭しようにも払拭できぬ冷たい実感が灼熱に痛む腹部の
傷から浮き上がってくる。
(原因は──… 先ほど総角に投げられた時に痛んだ指と手首)
 腫れぼったく痛むそこを思いながら、秋水は斬撃を繰り出した。

(フ。俺がああいう投げをやったのは後の有利を鑑みての事)
 打ち合うたびに弱まってくる秋水の刀を観察しながら、総角。
167永遠の扉:2008/11/23(日) 00:19:08 ID:8a0MiibF0
(左切上を逆胴で弾き損ねたのを見ても分かるように、剣は確実に弱まっている。だがこういう
追い詰められた状況でなくては爆発的な成長は期待できない)
 総角のみるところ、秋水は心技体ともまだまだ未熟。
(未熟だからこそ伸びしろもある。とりわけ『心』に関してはな。ここで精神的に成長し、さらに
剣腕を伸ばしてくれれば俺としてもありがたい。ゆえに悪いが今しばし利用させてもらう)
 瞳を細め鋭い翠の光を灯しながら、上段の構えを取る。
(総てはあの男を斃すため! 俺はわずかでも強い相手と戦わなければならない!)
 思わぬ攻撃の中断に秋水は息を呑んだが、すぐさま正中線上を斬りおろしてきた。
(……さて、更に追い詰めてやるとするか。次はお前の刀を巻き落とす!)
 左上に向いた刃が秋水のソードサムライXをふんわりと支えるように迎えた。思わぬ柔らかい
手ごたえに秋水の身が硬くなるのが刀を通じて総角に伝播した。
(明治19年に警視庁に採用され、現代剣道にも息づく鞍馬流の『変化』! 硬く刀を受けるの
はなく柔らかく受け止めるコトで虚を作り、鎬と刃で刀を巻き取──えええ!?)
 驚きのあまり小札は立ち上がった。頭突きが金具ごと机の板を貫通したらしく、まるで天秤棒
を担ぐような調子で机が小札の双肩にずっしりと乗った。しかし彼女はそういう無様さえ忘れて
眼前の光景をひたすら見つめた。
「巻き落としでくるのは読めていた。先ほどの投げで右手首や指を痛めた以上、右手の握りが
弱くなっているのは当然の事……」
(げげげ現代剣道では確かに相手の右手の握りが弱ければ巻き落としが成功しやすいとい
いますが、これは、これは──!?)
 秋水の奇妙な構えを見た小札は、臆面もなく大口を開けてわなわなと震えた。
 彼は刀を握る右腕を茎(なかご)ごと左手で掴み、総角の巻き落としを防いでいる。
(意図したのか偶然至ったのか、これは立身(たつみ)流兵法『向(むこう)』の構え! とゆー
コトは次は! 次はぁぁぁっ!!)
 小札がうろたえる中、秋水は総角の刀を見事に受け流して大上段に大きく構えた。
 転瞬、秋水の咆哮が鳴り響く中、薬丸自顕流の掛りよりも凄まじい斬撃が総角の正中線を
襲撃した!
168永遠の扉:2008/11/23(日) 00:20:41 ID:8a0MiibF0
(まずい。まずいですこの展開。ここからは……)
 小札が青ざめる中、秋水もまた背筋に凄まじい数の粟立ちを浮かべた。
(斬ったのは残像──…)
「フ。巻き落としがしくじった時の事など十分考えていたさ。その技自体は確かに見事。しかし」
 渾身の唐竹割りが柔らかな剣さばきにいなされている。
 一撃に全身全霊を賭するあまりそれに気づくのが一瞬遅れた秋水の前で、総角が右足を
軸に回転を始めている。
 小札は戦慄した。口元に握りこぶしをやっておろおろとおさげを揺らしている。肩には机。
(ここからはまさに流血地獄。実況無用の無残無残……)
「いった筈だぞ俺は。お前自身の心底からの考えに拠れ、とな。しょせん技術は手足に過ぎん。
故に俺が語ってやった経緯の分と釣り合わず……より大きな技術にすり潰されるのみ!」
 残心?
 いや、違う。
 彼は回転の力によって刀を捌きつつ、さらに遠心力によって反撃した。
 円弧を描くような光が消滅したその時……。
「痛みと共に知るがいい。悲願に行住坐臥の総てを賭す俺へ表層の言葉と技術を用いる愚を」
 秋水の右脇腹には総角のソードサムライXが深々と斬り込んでいる。
「っ!」
 声にならない声を漏らしながら瞳を右斜め下にやった秋水は急いで飛びのいた。しかし傷は
すぐにでも縫合を要するほど深く、血が次から次へと流れていく。
(『この流派の技』が出た以上、どちらも無事では……ぬお、どうして机が不肖の肩に!)
 あわあわと机を体から剥がそうと身をよじる小札に微苦笑しつつ、総角は左手一本で刀を振
るった。攻撃ではなく血振りである。
「これは伝説的な流派の技だ。どうも一子相伝らしく他の剣術に比べて情報が少なかったが」
 喋る間も総角は手首を返して刀を一回転、茎の中央を右拳でとんと叩いて血振りした。
「全国を巡り長年調べた結果、幾つかの技を習得するのに成功した」
 苦悶に歪む秋水の前で、総角はゆっくりと中段に構えた。
「今の技の名は龍巻閃。流派名は飛天御剣流。そして」
 秋水を襲ったおぞましい既視感と怖気は、しかし瞬く間に通り過ぎた。
 剣道場にまったく何も変わった様子はない。
169スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/23(日) 00:22:17 ID:+3tAjZ380
 秋水の正面で中段に構えていた筈の総角が、秋水の背後で背中を向けている事さえ除けば。
「……ぐっ!」
 しかし秋水が何かをこらえるような嫌な苦鳴を上げた瞬間。
 或いは総角が上記のごとき血振りをした瞬間。
 秋水の体の至るところからおびただしい量の鮮血が噴水のように吹きあがり、剣道場の床
や天井を汚した。遠くでムンクってる小札の横をすり抜け壁にべちゃりと飛散した血さえある。
「飛天御剣流・九頭龍閃。俺が最も得意とする技だ」
 刀を肩に背負って振り返ると、総角は口角を吊り上げ悠然と秋水に笑いかけた。

以下、あとがき。
えーとその。
まずはいろいろすいません。
原作連載中にですね、秋水がフェードアウトしたじゃないですかフェードアウト。
その時に飛天御剣流会得して帰ってくるってレスがありまして、でも彼はあのままで。
武装錬金作中で飛天御剣流を見たかった。その一念のみでこうなった次第。
しかし奥義以外で破れるのって縮地か負の情念の縁か狂経脈ぐらい……どうすればいいんだ。

>>138さん
自分としてはもっともっと野武士的な流血沙汰をやりたかったのですが、秋水が死にかねな
いので色々と調整していますw 今回最後はさすがに大出血すべき場面ですが。総角はクラ
シカルな師匠的(比古じゃなくて一般的な)強さを目指してみましたが、いかがでしょうか。

>>139さん
>なんかるろうに剣心っぽい殺陣アクションだ。
ありがとうございます。るろうに大好きなので嬉しいです。剣道未経験のため剣道の教本を読
んでみたのですが、本当いろいろ参考になりました。技よりもむしろ機微こそが頷くところ多しです。
あ、自顕流についてはこちらにて。剣術にもいろいろあり、その歴史や教えというのがまた面白いです。
http://plaza.rakuten.co.jp/gland963/diary/200811210000/
170作者の都合により名無しです:2008/11/23(日) 00:22:54 ID:SjsmFk4x0
支援
秋水はまだまだ青いな
ブレーメンの音楽隊好きだ
171スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/23(日) 00:23:04 ID:+3tAjZ380
>>141さん
これもまた趣味ですねw おかげで小札が本部さんっぽくなりましたw ホームレスな小札も似
合うと思うんですが、それはともかく、いつか立身流兵法や柳生心眼流のDVDを買いたいところ。

電車魚さん(アイさんは本当惜しかったです。今は葛西の生存を祈るばかり。今週最初カッコ良すぎだったし)
完全一対一は自分としても捨てがたかったですね。説明要素さえなければ延々と斬りあえたのに……
フィーバータイムは語呂が良すぎたのでつい。小札は本当パチンコ屋行ったらつまみ出されそ
うですねーw 飴とか貰って迷子センター行きで涙目。「ただ実況がしたかったのに」と。そんな小札ゆえ凌辱は自重です。
それから、あれだけの分量をお読み下さりありがとうございました! 第二章はもっと短くします!! 多分!!

ふら〜りさん
予定外の登場でしたが、案外呼吸を覚えているもので何とかなりましたw にしても小細工なし
で正面からブチ当たってちっともダメージない感じの総角は鐶よりある種厄介です。どうすれば
倒せるんだろコレ? シンプルな奴ほど強いというのは本当に真理だとしみじみ思います。
172作者の都合により名無しです:2008/11/23(日) 00:25:23 ID:SjsmFk4x0
あら支援にならなかったw
九頭龍閃とはw
さすが信者のスターダスト氏ですなあw
ざっと流し読んだくらいなので今からじっくり読みますわ

173スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/23(日) 00:25:48 ID:+3tAjZ380
>>170さん
支援ありがとうございます。原作のブレーメンの音楽隊は世間から捨てられたロバたちが
楽しい生活を獲得するまでのお話でして、長じてから読むとコレが作られた時は今のよう
な暗い世相だったのかなーとも思いますね。で、次回は秋水の青さに主軸が行く予定です。
174作者の都合により名無しです:2008/11/23(日) 02:02:00 ID:W+o+zcfa0
今回の剣術バトルは結構好きだな
ド派手な能力バトルよりこういうののが好きなのかも

今回は大きな伏線が解消された感じですね
ようやく過去の話とつながったっぽい

しかしだとしたらもう一つの共同体の目的って……
175作者の都合により名無しです:2008/11/23(日) 11:37:00 ID:VjCUI2V80
九頭龍閃か。
サイトで剣術を研究しておられたのでリアル剣術対決に
なるかと思いましたが流石和月ファンのスターダスト氏ですな。

飛天御剣流も実在(というかモデル)があるのかな?
176しけい荘戦記:2008/11/23(日) 13:03:50 ID:Ha0Uc3NR0
第二十八話「しけい荘とコーポ海王」

 夜が明けた。
 シコルスキーとサムワンは通報で駆けつけた警官らによって、病院に搬送された。二人
の敗北は、すぐさま彼らの住処(すみか)に伝えられた。
 これでしけい荘とコーポ海王、両陣営の犠牲者は計五名となった。
 流派や思想はちがえど、武力を頼みにする彼らが受けた衝撃は大きい。
 もはや一刻の猶予もない。

 コーポ海王の管理人室で向かい合う劉海王と烈海王。称号の上では同格だが、椅子にゆ
ったりと腰かける劉に対して、弟子である烈は立ったまま訴えかける。
「老師……私はこれ以上我慢なりません」
「うむ、オリバ氏とも連絡を取ったが、昨夜の二人はさらに凄惨な倒され方であったらし
い。これは我ら武術家に対する完全なる挑戦──」
「そうではありません。私は海王の名が辱められることが我慢ならないのです」
 さえぎる烈。彼には仲間や好敵手が倒されたことなど眼中にない。中国最高峰の証『海
王』が穢されることだけが許せなかった。
「……うむ。して烈よ、どう始末をつけるつもりかな」
「この件、私に一任して頂きたい」
「どういうことじゃ」
「すでに、陳、毛、楊、除、孫の五人には夜間外出を禁じております。……老師、あなた
にも同様に夜間の外出を控えて頂きたい、ということです」
 しわの奥深くに埋まった劉の両眼に、なみなみと怒りが注がれる。
「聞き捨てならんな……」
「僭越ながら、老師の実力と経験を吟味した上で申し上げます。今回の敵、あなたでは荷
が重すぎる!」
「フォッフォッ……歯に衣着せぬのう。魔拳と呼ばれるだけはある」かえって毒気を抜か
れたのか、豪快に笑い飛ばす劉海王。「カッカッカッカッカッカ……!」
 椅子から劉が消えた。
「わしを侮辱するかァッ!」
 練り上げた激情を拳に可変させ、師は弟子に襲いかかる。
 ──が、すでに烈は行動を終えていた。
177しけい荘戦記:2008/11/23(日) 13:04:53 ID:Ha0Uc3NR0
 全身に冷や汗をまとわせ、劉は拳を止めた。烈が叩き込んだ幻影(イメージ)によって、
劉は無傷でありながら敗北していた。
 百年生きた脳が、長年の記録を生かし、リアリティ溢れる映像を再生する。
 奇襲を捌かれ、正中線に完璧な連撃を打ち込まれ、昏倒する己の姿を──。
「老師……」
「わしの敗けじゃ。どうとでもするがいい。わしはしばらくの間、夜中はテレビでも楽し
むとしよう」
「申し訳ありません……ッ!」
 目を潤ませ、弟子は踵を返す。
 禁じ手の同門対決を制した烈海王、いよいよ打倒アライJrに向けて準備が整った。

 しけい荘一同は憤っていた。
 ドリアンに続き、シコルスキーまでもが病院送りとなった。両者とも致死量以上のパン
チをもらっており、未だに意識が戻らない。
 落ち着くよう指示を出すオリバだが、今度ばかりは住人の怒りが上回っていた。
「闇に乗じる輩ならば、私も敗けません。最高の暗器で迎え撃つまでだ」
 殺法家のみが持ちうる、薄暗く淀んだ闘気を全開させる柳。
「コレ以上、好キ勝手サレタラヨォ、シケイ荘ノ名ガスタッチマウゼッ!」
 野放図なスペックでさえ、アライJrの非道に怒りをあらわにする。
「ドリアン、シコルスキー、仇は取るよ……必ず」
 体内に仕込んだ手品(ぶき)を整備し、ドイルもまた出撃準備を完了した。
 あとはいつから警備を開始するかだが、昨日と立て続けに、今日も犯人が徘徊する可能
性は低い。
 
 明日日没より決行とす──。

 しかし203号室のもう一人の住人、ゲバルは煙草をくわえ、仇討ちに燃える三人を冷
ややかに傍観していた。
「ゲバル、アンタももちろん加わるだろう」
 水を向けるドイルに、ゲバルの反応は冷たかった。
178しけい荘戦記:2008/11/23(日) 13:05:48 ID:Ha0Uc3NR0
「ン〜……俺はパスだな。そいつが俺を直接狙ってきたのならともかく、誰かのために戦
うってのは苦手でね」
 やる気のなさをアピールするように手をぶらぶら振りながら、部屋に戻ってしまう。
 舌打ちするスペック。
「ケッ、マァイイゼ。ゲバルガドンダケ強イノカ俺ハ知ラネェシヨ。別ニイナクタッテカ
マヤシネェサ」
 しけい荘からの次なる挑戦者は、柳、スペック、ドイルに決定した。

 203号室はがらんとしていた。ルームメイトが一人いなくなっただけで、六畳一間が
やたらに広く感じられる。
 あぐらをかき、ボトルに入ったラム酒を一気飲みするゲバル。
 身をたぎらせる辛さと心を安らげる甘さが同居する。海賊時代から愛飲していた故郷の
味だ。
「せっかく用意したってのに敗けちまいやがって……」
 シコルスキーがみごと勝って帰ったなら、振るまってやるつもりでいた。が、残念なが
ら彼は帰って来れなかった。
 闇討ち事件と関わるつもりはない。元々ゲバルが来日したのは大統領としての秘められ
た使命のためで、しけい荘のために戦ってやる筋合いは毛ほどもなかった。
「柳にスペック、ドイル……いずれも優秀な戦士(ウォリアー)だ。だれかが勝利を収め
ることだろう。もしダメでもアンチェインがいる」
 ところがゲバルは内なる衝動を感じていた。
 大統領、海賊、武術家──人生の途上でいくつもの仮面を被った魂の、もっとも原始的
な部門である『純・ゲバル』が、勝手に体を突き動かしていた。お気に入りのバンダナを
締めつけ、すっくと立ち上がる。
179しけい荘戦記:2008/11/23(日) 13:06:56 ID:Ha0Uc3NR0
 日和見に走るなど、ルームメイトの無念を放っておくなど、ましてや強敵と立ち合う絶
好のチャンスを逃すなど、絶対にあってはならない。
 『純・ゲバル』がそうするのならば、他は従うより仕方ない。
「明日までなど待てねェ──決行は本日からだ」
 しけい荘からの挑戦者が、ゲバルに再決定した瞬間であった。

 日は没した。
 他の面子にはむろん内緒で、闇討ち狩りに出向くゲバル。
 しかしまもなく出会ったのはアライJrではなく、同じく闇討ちの被害をこうむってい
るコーポ海王の烈海王であった。
 二人は初対面だった。
「……ここ数日、我ら海王をつけ狙っているのは貴様か?」
「いや、私はしけい荘在住のゲバルという者だ。君ら海王のことはシコルスキーから聞い
ている」
「すまなかった。だが今の時間は出歩かぬ方がいい。君らのアパートも標的になっている
やもしれぬからな」
 烈の気遣いに、ゲバルはすかさず首を振った。
「どういうことだ。まさか君が我々の敵(かたき)と戦うとでも?」
「まァね。ルームメイトがいないといまいちラム酒も味が乗らなくてな。たまには誰かの
ために……ってのをやってみようか、とね」
「──笑止! 敵は海王の称号を脅かすほどの実力者だ。どこの馬の骨とも分からぬ君が
出る幕ではない。大人しくしけい荘に引き返したまえ」
「君こそ、今からでも帰宅したらどうだい。ミスター海王」
 夜が歪む。他の人種ならば色んな和解案を探れただろうが、彼らは不器用すぎた。闘争
が好きすぎた。
「……死ぬにはいい日だ」
「私は一向にかまわんッ!」

 ──開始。
180サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/11/23(日) 13:18:16 ID:Ha0Uc3NR0
すいません。
181遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/23(日) 22:25:20 ID:oPt9jOax0
番外編・良い子のためのカード紹介@


闇遊戯「皆!本編は楽しんでくれてるかい?」
城之内「第一部も終わったことだし、今回は趣向を変えて、今まで登場したカードを紹介するぜ!」
遊戯「上手く説明できるかどうか分からないけど、ヨロシクね」
海馬「では早速いくぞ!まずはオレの魂のカード<青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイトドラゴン)>だ!
   攻撃力3000は、まさに史上最強の龍の名に相応しいぞ!」
エレフ「ふむ。青い眼と白く輝く身体が神秘的な、美しい姿だな」
城之内「なんでいるんだ、お前ら!?」
オリオン「まあまあ、番外編なんだからいいじゃんか。ここでくらいは仲良くいこうぜ」
ミーシャ「そういうものなの?」
エレフ「そういうものだ。私とてこういう場でくらい、ミーシャの傍にいたいからな…」
城之内「なんだかんだ言っても仲良し兄妹だからな…何だか、オレも静香の顔を見たくなったぜ…」
海馬「フン。このシスコン共め…しかし、モクバは元気にしているだろうか…」
オリオン「お前らなあ…脱線しすぎだろ」
遊戯「はは…じゃあ海馬くん、説明お願いね」
海馬「フン。確かにこのカードを説明できるのはオレしかいまい!何せ世界でオレしか持たぬカードだからな」
城之内「ああ。元々の持ち主をマフィアとか使って破産や自殺に追い込んでまで手に入れたんだよなあ?」
海馬「…このカードの特徴は、ずばり、最強にして無敵。実にシンプル!実に無駄がない!最近では観賞用の
   カードなどとのたまう愚か者もいるが、オレが持つ限り、この白き龍は闘いの中で輝き続けるのだ!」
オリオン「うーん…実際のとこ、どうなんだ?」
遊戯「単体だと、今の環境じゃ活躍させるのは難しいね…けれど専用のサポートカードが豊富だから、それと
   組み合わせれば、十分強いカードだよ」
闇遊戯「そう。やはりカード同士での結束の力が、勝利のカギだぜ!」
182遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/23(日) 22:26:08 ID:oPt9jOax0


ミーシャ「次は<真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン>のことが訊きたいわ。怖い顔だけど意外
     と可愛い城之内の友達ね」
城之内「オレの一番大事なカードさ!ずっと一緒にやってきた相棒だな。何度もオレのピンチを救ってくれた
     頼れるドラゴンだぜ!」
海馬「フン。元は他人のカードで、しかもバトルシティではいきなり奪われたではないか」
城之内「う、うるせえ!」
エレフ「名前や見た目からして、ブルーアイズを連想させるな…ブルーアイズの洗練された美しさもいいが、
    レッドアイズの黒く、刺々しいデザインもまた私好みだ」
オリオン「暗いね、お前…しっかし、どうもやられ役をふられちまいがちだよな、レッドアイズ。攻撃力は
     2400と、強いのは間違いなかろうに。やっぱ城之内が何も考えずに突っ込ませすぎじゃねえ?」
城之内「う…ゆ、遊戯!何とか言ってくれ!」
闇遊戯「城之内くんもレッドアイズも、互いに信頼しあっている。それさえあればどんな敵も恐れることは
     ないぜ、城之内くん。レッドアイズとの絆を信じて闘え!」
海馬「フン、甘いぞ遊戯!はっきり言って凡骨の使い方が悪いのだ。残念ながら単体では群を抜いて
   強力なカードとは言い難いが、ブルーアイズと同じくサポートカードには事欠かない。オレならばそれを
   使って存分に活躍させる自信があるね。というわけだ、凡骨。貴様には分不相応なこのカードはオレが
   ありがたく貰っておいてやろう!」
城之内「誰が寄越すかバカ野郎!」
遊戯「で、では次のカード!行ってみよう!」
183遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/23(日) 22:27:14 ID:oPt9jOax0


城之内「オレとミーシャの絶体絶命の危機を救ってくれたカード<クリボー>だぜ。コイツに足を向けては
    寝られないな」
ミーシャ「とても可愛いカードね。たくさん出てくるなら、一匹くらい飼いたいわ」
オリオン「しかし、攻撃力は300…ブルーアイズの十分の一!?戦闘じゃあんまり役に立ちそうにないな…」
海馬「ちっ!胸糞悪いカードだ!さっさと仕舞え、遊戯!でなくばビリビリに破くぞ!」
ミーシャ「海馬、そんなこと言ったらこの子が可哀想よ」
海馬「何が可哀想なものか!ウジャウジャ出てきてはオレの邪魔ばかりする、うざったい雑魚モンスターだ!
   それ以外の何者でもないわ!」
エレフ「海馬…貴様、このカードに恨みでもあるのか?」
遊戯「あはは…魔法カード<増殖>とのコンボで、敵の攻撃から味方を守ってくれる、頼れるカードだよ」
闇遊戯「攻撃を受けた瞬間に機雷と化し、爆風によって敵のあらゆる攻撃を防ぐんだ。数値だけ見れば最弱の
     部類に入るカードだが、秘めた力は侮れないってことさ。見かけに騙されちゃいけないぜ」
オリオン「うん、よく分かった。じゃあ次だ、次のカード!」
城之内「何張り切ってんだよ、オリオン。次のカードは…あ、これか。納得…」


オリオン「うーん、やっぱり可愛い<ブラック・マジシャン・ガール>!可憐に闘う戦場に咲いた一輪の華!
     ナマ足魅惑のマーメイドじゃなくて魔法少女!オレもこのカード欲しいぜ…」
エレフ「うむ。この脚線美がたまらないな…長さといい、細さといい、足首の締まり具合…最高だ」
ミーシャ「オリオンはともかく、エレフまで何言ってるのよ…」
海馬「フン、下らん。攻撃力2000など、所詮はまだまだ未熟な黒魔導師だ」
闇遊戯「フフ…確かに単純な強さではブルーアイズやレッドアイズといった強力モンスターには敵わないが、
     魔法カードとの連携で、トリッキーに闘えるのが特徴だぜ」
遊戯「まだ登場してないけど、師匠にあたる<BM(ブラック・マジシャン)>との合体攻撃も強いよ。さらに
   師匠が闘いで倒れれば、その遺志を継いで攻撃力が上がるんだ。絆の強さが感じられるね」
城之内「修業中の身か…親近感が湧くぜ。頑張って成長しろよ!」
オリオン「成長すれば、更に色っぽく…うーん、夢が膨らむぜ!」
ミーシャ「勝手に膨らませてなさい…」
エレフ「次のカードで今回は最後だな。最後に相応しいモンスター…否、<神>か」
184遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/23(日) 22:28:13 ID:oPt9jOax0


闇遊戯「神のカード―――<オシリスの天空竜>!」
オリオン「うおお!やっぱすげえ迫力だぜ!」
海馬「最強の三幻神が一柱…召喚すれば、それだけで敵の勝機も戦意も根こそぎ奪う、恐るべき力を持った
   カードだ。攻撃力が今一つ安定しないが、それでも<神>の名に恥じぬ竜…ふふ、しかし、真に最強たる
   はオレのブルーアイズだということは忘れるな!」
エレフ「いずれ、私や海馬の前にも立ちはだかるかもしれんな…ならば、神だろうと闘うのみ!」
ミーシャ「はあ、全くもう…闘わなくていいから帰ってきてよ…。それはそうと、三幻神っていうからには、
     他にも同じようなカードがあったりするの?」
城之内「おう!<オベリスクの巨神兵><ラーの翼神竜>と合わせて三幻神さ。これら全てを持った遊戯は、
     まさしく決闘王(デュエル・キング)だぜ!」
オリオン「うーん、強すぎてちょっと反則っぽいぜ…」
遊戯「だけど、この世界じゃ召喚するだけで相当疲れるし、何度も連発するってのは自分自身も危険すぎて
   できないよ。それができたら本当に反則だしね…」
闇遊戯「それに…オレは感じるぜ。この三幻神すら凌駕する力を持った、恐るべき敵の存在を…」
遊戯「けれど、ボクたちは負けないよ。神のカードがあるからじゃない…友達がいるから!」
闇遊戯「そう。友との結束の力―――それこそが神をも超える無限の力だぜ!皆もそれを忘れないでくれよ」
海馬「フン、それも結構なことだが、それだけで勝てるほど闘いは甘くはないぞ。一人前の決闘者を目指す
   良い子達よ、オレのように強くなりたくば日々の鍛錬も怠るなよ!ワハハハハ!」


遊戯「さて!今回はこれで終わりだけど、楽しんでもらえたかな?」
闇遊戯「これからも随時、色んなカードを紹介していくつもりだ」
城之内「本編と合わせて、ヨロシクな!」
海馬「フン。今回限りの企画倒れにならんといいがな…」
エレフ「く…それは困る!ミーシャと顔を合わせる数少ない機会が…」
オリオン「お前なあ…そんなに妹が恋しいなら、さっさと戻ってこいよ」
ミーシャ「本当に困った人なんだから…では、読者の皆さん!お付き合い頂きありがとうございました!」
185サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/23(日) 22:41:36 ID:oPt9jOax0
第二部開始前の、ほんの息抜きがわりに今まで出てきた主要カードの紹介と説明でした。
ホビー系漫画のおまけコーナーのノリでやってみましたが、どうでしょうか?

>>電車魚さん
小ネタを入れちゃうのは悪い癖…シリアス一辺倒だと疲れるので。
オリオンと城之内は、社長とエレフとは違う意味で似た者同士なんでしょうね。辛い境遇でも
へこたれず、明るく笑える強さを二人とも持ってると思います。
ギリシャ神話のタナトス様は割とへたれ…人間に捕まっちゃったりして(汗)
このSSでは…うーん、強いて言うなら<史上最大規模のヤンデレ>かなあ?ちょっと違う気もするけど。
ネウロと社長。ドSな辺りは似てるかも?

>>156 今現在のプロットだと、悲しいことに城之内単独で勝利する場面がないという…(泣)
     勝利のために貢献する場面はあるんですがね。原作だと、そこまで負けっぱなしという
     わけじゃないのに、なんでだろ?

>>ふら〜りさん
RPGじゃ四人パーティは王道ですよね。正確には四人+一人だけど…。
職業的にもバランス取れてる気もします。第二部はここにガチホモ王子も加わり、更に完璧な
布陣となります。

>>158 雰囲気的にはドラクエよりファイアーエムブレムな感じ。神の眷属とかその辺が。
     どうでもいいけど、FEではフォルセティ☆50を持たせたセティが最強だと思います。
     終盤の硬い敵を一発で薙ぎ倒す姿はまさしく神。
186作者の都合により名無しです:2008/11/23(日) 23:12:38 ID:VMCUE6Zp0
>しけい荘戦記
「戦記」のタイトルに相応しく乱戦模様になってまいりましたね。
確かに烈とゲバルは好カードだ。サナダさんが書きたかったというのもわかる。
烈負けちゃうとコーポ海王は雑魚ばかりになっちゃうなw

>遊戯王
番外編だけあって海馬もなんかフレンドリーだwサマサさんが楽しんで書いた感じ。
第二部も期待しております。でもオシリスと比べるとブルーアイズやはり格落ち感。
187作者の都合により名無しです:2008/11/24(月) 00:05:44 ID:pYEhNp5q0
サナダムシさん「すみません」ってどういう意味だろう。なんか心配
シコル亡き後、ゲバルがとりあえずの主役ですか。烈のが好きだけど


サマサさんはこういうおまけっぽい企画好きそうですな。俺も好きです。
188作者の都合により名無しです:2008/11/24(月) 13:06:02 ID:xpM/HmaQO
サマサさん
こういう企画は面白いですよね。
第二回も期待してます
189作者の都合により名無しです:2008/11/24(月) 17:30:38 ID:OHfdDUUZ0
サナダムシさん、なんか疲れてるのかな?
作品はいつも通り面白いけど後書きが心配。
これからゲバルVS烈、コーポ海王対しけい荘対本部軍団と
佳境に入ってくるようなのでお体に気をつけてください。
190電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/24(月) 23:09:07 ID:MEKbfXZ40
3:MR. TORTURE


 事件現場の床を汚しているのが、血と脳漿と糞便ばかりでないことに笹塚は気がついた。
 無残に破壊されたテーブルから叩き落され、中身をひっくりかえして割れているのはビーフシチューの
深皿だ。できたての頃は白い湯気とともに、馥郁としたデミグラスの香りをダイニングに振りまいていたのだろう。
 温かなとろみを帯びていたはずのソースは今やすっかり冷め、床を染める血と混ざり合ってとぐろを巻いている。
デジカメで撮影し、市販の画像加工ソフトでも使って色彩を入れ替えれば、ブラックコーヒーに溶け入ろうとして
いるフレッシュのように見えるかもしれない。
 近辺にはスプーンが三本。うち一本は、何かとてつもない重さのものに踏みつけられたように不自然に
ねじれていた。
 元は花型だったと思われるサラダの器も、前衛アートのような破片と化している。人気漫画『忠実! うらぎり君』が
描かれた飯茶碗は奇跡的に無事だったが、主人公の無駄にぎょろついた目は血痕で潰れていた。
 蹂躙された食事風景のすぐ傍に、死体が三体転がっている。腹を噛み裂かれているのは成人男性。
首の骨があらぬ方向に曲がっているのは、小学校低学年とみられる女児。
 そして――荒々しくむさぼり食われ、もはや原形すら留めていないものが一体。
「おい石垣」
 カートンから煙草を一本引き出し、百円ライターで火をつけながら、笹塚はつとめて無愛想に言った。
「まだ生きてるか?」
「な、なんとか……でもそろそろ死にそうッス……うげ、うげぼおおぉぉ……」
 ドアを一枚へだてた廊下の先には、トイレの個室。酸鼻をきわめるこの現場にあって、非道な襲撃者の
暴虐を免れた数少ない場所だ。その白い水洗便器に吐瀉物をぶちまけているのは、笹塚と同じ捜査一課の
刑事だった。
 相棒であり後輩でもある、石垣筍。
191女か虎か:2008/11/24(月) 23:09:53 ID:MEKbfXZ40
「何やってんだお前。死体なんか飽きるほど見てんだろーが」
「そう、ですけど……ちょっとやそっとのモンなら今更どうってことないんッス、けどぉ……ガフッ!
 ぐぇ、ぐぇほぉっ!」
 胃液混じりの未消化物が逆流する、汚らしい音が辺りに響きわたった。
 まあ無理もないか、笹塚は胸の奥でそう一人ごちる。
 笹塚より七歳若いこの相棒は、勤務時間中にプラモデルを作ったり逃亡中の犯人と出くわすと一目散に
逃げ出したり、言ってしまえば怠惰と無能の塊だが、それはそれとして今回に限ってはこの行動も致し方ない。
 食い荒らされた一体は、首から下がほとんど失われていた。かろうじてカスのような肉のこびりついた
骨と、内臓の切れ端らしい紫色の肉片が転がっているだけだ。
 しかし首から上は中途半端に残っている。
 頬肉を引き剥がされ顎の骨と歯並びをさらした口は、今にも断末魔の悲鳴を噴き上げそうに目一杯開かれ、
眼窩は眼球を失い空洞のまま天井を仰いでいた。
 ――大家および役所への確認によれば、この一家の構成は三十一歳の父親、二十八歳の母親、六歳の娘の三人。
父と娘は、それぞれ成人男性と女児と見当がつく。消去法によれば、これは母親の死体ということになる。
 この一家に限った話ではない。
 このブロック一帯の住人に全く同様の災禍が、たった一夜にして降りかかったのだ。
 肺腑深くまで煙を吸い込んでから、笹塚は小さくひとりごちる。
「女の体だけ損壊してく無差別殺人か……」
 それも二十歳すぎから三十前後までの女性に限られている。
 普通なら異常性癖者の犯行と疑うところ。
 しかし笹塚も、そして警視庁捜査本部も、今回に限ってはそうは考えていない。
 理由は二つ。一つは、一変質者の犯行にしてはあまりに犯行の規模が大きいこと。これだけの真似が
可能なのは、かの有名な怪盗Xくらいだ。
 そしてもう一つは――
「……何の冗談だ、こいつは」
 煙を吐きながら、笹塚は額ににじむ汗をぬぐう。暑さではない、緊張による汗だ。
 床一面に残されているのは、直径五十センチは優に越える、巨大な足跡だった。
192女か虎か:2008/11/24(月) 23:10:36 ID:MEKbfXZ40


 きっかけは深夜の繁華街の一角で、軽く肩と肩が触れ合ったことである。
「おいどこ見て歩いてんだ、オッサンよ」
 似合いもしないくせに髪を真っ白に脱色し、肌を焼いて唇にピアスをしたその男は、『彼』の
ジャケットの襟を掴んで裏の狭い脇道に引きずり込んだ。
「ボーッとほっつき歩いてやがるから、ぶつかっちまったじゃねーかよ。おかげで左の肩が胃潰瘍に
 なっちまった。あー痛ぇ痛ぇ、この落とし前はつけてくれんだろうな、ああ?」
 ビルの壁に彼の背中を押しつけ、ピンク色の唇を突き出してまくしたてる男。
 一瞬覗いた口の裏側で、口内炎が白っぽく膨れていた。
 『彼』はひたすら黙っている。
 目深にかぶったキャップの影に隠れて、表情までは判別できない。かろうじて見て取れる変化といえば、
皺の刻まれた口元が微妙に吊り上がったことだけだ。
 その沈黙と笑みが、男の神経を逆撫でした。
 薄汚れた『彼』のジャケットの襟を息が詰まるほど締め上げ、顔を近づけて声を荒げた。
「おい聞いてんのか!? 落とし前つけてくれんのかって言ってんだよ!」
 激しい揺さぶりにキャップが落ちた。
 隠されていた顔の上半分があらわになる。
 酷薄な光をたたえた三白眼が男を見つめる。
 その更に上の額にあるのは――
「ん……?」
 視線が相絡んだとき、男は瞬きした。
「おいオッサン、あんたその火傷……」
 瞬きした次の瞬間だった。
 男の眼球が内側から火を噴いたのは。
「グァッ、アグ、ァアアァァアァァアアァァァァア」
 ひとたまりもなかった。男の体はもんどりうってアスファルトの上に転がった。
 火は口からも迸り、悲鳴を上げる舌すら焼き尽くした。眼窩と口腔から溢れた炎は脱色された髪に
燃え移り、灰のようだったその色合いを本物の灰と変えた。
 ダンスを踊るように転がりまわる体が、炭素の塊と化すまでわずか数分。
 その有り様を『彼』は顔色ひとつ変えず眺めていた。
193女か虎か:2008/11/24(月) 23:11:29 ID:MEKbfXZ40
 男が、いやさっきまで男だった巨大な炭が、いよいよ全く動かなくなってしまうと、口元に浮かんだ
笑みが更に吊り上がった。
 路地に落ちたキャップを拾い上げ、今度は落ちないようしっかりと被りなおす。
 ジャケットのポケットに手を突っ込んで煙草を取り出し、大儀そうに身をかがめた。男を燃やし尽くして
なおかすかに燃え残っていた炎は、歓喜の声にも似たポッという音を立てて煙草に燃え移った。
 焼けた人肉の匂いを残す煙を、美味そうに肺の奥まで吸い込み、そして吐く。
 ――涼しさそのもののような声が響いたのは、灰白色の細い流れが途切れたのと同時。


「お久しぶりです、葛西」
 いつの間にその場にいたのか。
 すらりと伸びた美しい影が、路地の奥の物陰にひそやかに佇んでいた。
 いきなりの出現に、しかし彼は動じもしない。たった今煙を吐ききった唇で、ヒュウッ、と小さく口笛を吹く。
「おまえの方からわざわざ来てくれるたぁ珍しいな。会えて嬉しいぜ……アイよ」
 長衣に包まれたしなやかな肢体を、また煙草の煙を吸い込みながら嘗め回すように凝視した。
 ともすればマネキンと見まごいそうな整い尽くした顔は、葛西にとって馴染みのあるものだった。
 怪盗"X"の美しき従者は、一点の温もりもない事務的そのもののしぐさで頭を下げた。
「お変わりないようで何よりです」
「ああ、見ての通りさ。適度に穏当にたまに刺激的にやってるよ」
 炭化した男の手首を踏みにじる『彼』。焦げくさい匂いがいっそう濃く辺りに広がる。
 炎に抱かれて逝く寸前、男は『彼』の正体に気づいたろうか。
 全国指名手配の放火魔、葛西善二郎。一都一道二府四十三県、およそこの国の都市で『彼』の手配写真の
出回っていない場所はない。
「また随分と派手な真似をなさいましたね」
「仕方ねえだろ。地味に火の手を上げるだなんて器用な芸、ハナッから俺にはねぇんだよ」
 縒れたジャケットとズボンからは、生活に疲れたような倦怠感が匂う。だが襟から覗くシャツの
派手な色彩や、キャップのつばの影から覗くぎらついた両目が、一見どこにでもいそうなこの四十男に
危険な存在感を添えている。
 彼が纏った剣呑な空気を、表通りで肩が触れ合った一瞬で感じ取れていれば、今アスファルトに
倒れ伏しているこの男は死なずに済んだはずだ。
194女か虎か:2008/11/24(月) 23:12:38 ID:MEKbfXZ40
「にしてもまったく珍しいこったな、アイ。やたら俺を目の仇にしてるおまえがよ」
 葛西は更に、アイが立つ物陰の向こうへと目をやった。
 そこにあるのは深い闇。
「おまえが個人的に俺に会いに来るなんてこたぁ天地がひっくり返ってもねえだろうから、どうせ
 サイ絡みの呼び出しなんだろうが……それにしたって異例な話だよなあ」
 煙草の先で闇の奥をまっすぐ指す。
「サイご自慢の従者に加えて、協力者きっての古株の忠臣までよこしてくれるなんざ。こいつぁ、
 よっぽどあの人に高く評価してもらってんだと思っていいのかね?」
 ざわっ、と闇が蠢いたのは、葛西がそう言い放った瞬間だった。
 背筋を伸ばして立つアイの後ろから、ひたり、ともう一つ影が歩み出る。かろうじて街灯の明かりが
届くぎりぎり、アイの隣まで進み出て立ち止まる。
「うぬぼれるなよ放火魔。俺は別に、あんたを迎えにきたわけじゃない」
 年の頃なら二十歳すぎ、アイより十センチばかり背の高いその青年は、憎々しげな口調でそう吐き捨てた。
「あんたみたいなひねた中年の相手、アイ一人に押しつけるのは可哀想だと思って付き合ってやってるだけだ。
 妙な勘違いされると困るんだよな。だいたいあんたは、サイに逢ってまだ日も浅い新参者の分際で……」
「蛭」
 アイが穏やかに、しかし有無を言わせぬ口調で青年をたしなめた。
「同じサイに与する者同士、争いや諍いはどうか程々に」
 青年は一瞬不満そうに眉根を寄せ、しかし結局は素直に口をつぐんだ。
 容姿は平凡の一語に尽きる。
 よく見れば眉毛は意志の固さを思わせるしっかりとした太さだし、黒目がちな一重の目もそれなりに
印象が強い。なのに顔立ちそのものがあまり記憶に残らないのは彫りの浅さのせいだろう。
 もっとも、この青年を見かけ通りの凡庸な男と舐めてかかると手痛いしっぺ返しを食らう。今は無地の
黒いセーターに隠れて判別できないが、ひとたびこれを脱ぎ捨てれば、第一印象よりはるかに逞しい体に
無数のヒルの刺青が彫られている。彼が殺した人数と同じ数の刺青が。
195女か虎か:2008/11/24(月) 23:18:10 ID:MEKbfXZ40
「火火火。お局様には敵わねえなあ小僧っ子よ。いや、『溶解仮面』って呼んだほうがいいか?」
 葛西は独特の含み笑いを漏らす。
 青年は陰湿な視線を投げつける。
「どっちの呼び方もやめろって前から言ってるだろ。今の俺は『蛭』だ。サイにいただいたこの名前を
 粗末に扱ったら、」
「葛西。蛭」
 二人の間で再び散りかけた火花に、アイの硬い声音が冷水を浴びせた。
「いい加減にしてください」
「……はい」
「……へえ」
 グウの音も出ない二人。
 男の悲鳴と立ちのぼる煙に、表通りを歩いていた人間が不審を抱いたらしい。ざわめきと複数の足音が
こちらに近づいてくる。
 長居は無用だ。
「こちらへ」
 最初に身をひるがえしたのはアイだ。
 二つに結ばれた髪の先が、渓流の水のようにさらさらと流れる。
 蛭が慌ててそれを追い、葛西がちびた煙草を踏みにじって彼らに続く。
 警官を伴い通行人数名が到着したときには、炭と化した男の死体が転がっているばかりだった。
196女か虎か:2008/11/24(月) 23:18:55 ID:MEKbfXZ40


 真っ暗な部屋に目を閉じて座っていると、まぶたの裏を様々なものがよぎっていく。
 解体し箱に詰め、中身を見てきた人間の人生の断片である。
 己の立ち位置を突き止めるには、社会を生きる他人との比較が必須。そう考えた結果サイは殺人という
手段を選んだ。中身を開いて覗き込み、細胞の隅々まで観察することで、対象の組成と成り立ちを把握するのだ。
 感覚のままに行ってきたことではあったが、アイに言わせると社会心理学的にもなかなか理に適った行為らしい。
 講釈が難解で一〇〇パーセント理解はできなかったが、何でも幼児が成長の過程で経ていくメカニズムにおいて、
他人と自分の比較は必要不可欠なのだそうだ。闇雲にただ一人自己分析を続けているより、よほど得るものは多いという。
 幼児と一緒にされたのは少々癪に障ったが、聡明なあの女に自分の選択を保証されるのは悪い気分ではなかった。
 そんなわけで今も昔も変わらず彼は、殺人・解体・観察のルーティンワークを繰り返し続けている。
 正体探しの過程で研ぎ澄まされたサイの感覚は、対象の全身をすり潰して観察することで、通常人の
目には映らない様々なものを抉り出す。体の性格、心の性格、仕草や得意不得意、精神の奥底の病巣に
至るまで完璧に。
 ――どうしてあたしばかり責めるの。あの人もお義母さんも全部全部あたしのせいみたいに。どうして。
 家庭内で孤立し追い詰められていく主婦。
 ――身を粉にして働いてきたはずが、年を取ってみれば生ゴミ扱い。もう生きるのにほとほと疲れた。
 戦後を生き抜き燃え尽きてしまった老人。
 ――受からなきゃ。受からなきゃ受からなきゃ受からなきゃ。
 親の期待に押しつぶされ視野狭窄に陥っていく受験生。
 違う。どれも自分ではない。
 こんな平凡でどこにでもありそうな人間像は。
197女か虎か:2008/11/24(月) 23:19:34 ID:MEKbfXZ40
「蛭です、サイ。失礼します」
 疲労感に息をついたとき、慣れ親しんだ気配が戸口に湧いた。
 目を開ける。開いたドアから、闇を長方形に切り取ったように光が漏れている。
 それを背にして立つ青年のシルエットは影絵に似ていた。
「ああ、何だもう来たのかあんたたち」
 体ごと顔を彼に向けると、腰掛けたパイプ椅子がキキィッと音を立てる。
「ずいぶん早いね。アイに連絡取れって言ってからまだ三時間経ってないよ」
「いつどこにいても、あなたの呼び出しがあれば馳せ参じるのが俺たち協力者の義務ですから。それに」
 サイの数年来の忠臣は、マナー読本にでも出てきそうなしぐさで頭を下げ、部屋に踏み入って
明かりのスイッチを探した。ドアの脇にあったそれをパチンとオンにすると、ほの白い蛍光灯の光が
微弱な唸りをあげて灯った。
「『サイがあなたを連れて来いと仰っています。大層不機嫌そうなご様子で、今すぐにでも行かなければ
 箱にされるかもしれません』なんて彼女に言われたら、どこで何をやってようと放り出してこっちに
 駆けつけますよ」
「いちいち大げさだな、あの女。……葛西、あんたもあいつに同じこと言われてここに来たの?」
「いえ」
 問いに答えたのは、蛭に続いて部屋に入ってきた放火魔だ。
 目深にかぶったキャップの鍔をくいっと下げながら、
「わざわざそんなこと言われねえでも、俺にとっちゃあサイの命令が最優先ですから」
「へえ、言うね葛西。ご大層な台詞吐くからには、それに見合うだけの働き期待しちゃっていいんだろうね?」
「勿論ですよ」
 新参の協力者の安請け合いに、サイは唇の片方を吊り上げた。
「まあ、二人ともすぐ来てくれて良かったよ。他にも協力者はいるけど、今回の仕事が任せられそう
 なのはあんたらくらいだ。あんたたちなら俺のサポートができる。俺の細胞が百パーセント力を発揮
 する条件を整えることがね」
198女か虎か:2008/11/25(火) 00:02:09 ID:MEKbfXZ40
 誰にでもなれる能力も、全てのものを破壊する怪力も、適切な状況で発揮されなければ何の意味もない。
頭脳労働や地道な仕事が不得手なサイは、その適切な状況を作り出すために優秀なサポーターを必要とする。
彼の傍らに常時アイが控えているのはそのためだ。
 蛭や葛西は彼女と違い、常にサイの指示を受けて動いているわけではない。通常時はそれぞれの手段で
社会に溶け込み、必要なときのみ呼び出され命令に従う、いわば非常勤の立場である。今回は、無数に
いるそうした協力者たちの中から、特に能力を買われて選ばれたということになる。
「立ち話も何だし適当にその辺に座って。事情はどこまで聞いてる?」
「ターゲットの虎が泳いで逃げて、都民を手当たり次第に食い殺して回ってるって辺りまでです」
 今度答えたのは蛭だった。壁に立てかけられていたパイプ椅子の組み立てを、いったん止めて背筋を
伸ばして答える。
 内容的にはそれなりにおぞましい事実のはずだが、俗に醤油顔と呼ばれるたぐいのその顔からは、
怯えも気遅れした様子も見て取れない。サイに仕えてはや数年、一般的な感覚などとうに擦り切れて
しまっているのだ。
 平凡な青年の皮をかぶった犯罪者は、自分の椅子だけを組み立て、さっさと腰を下ろしてしまった。
 葛西のぶんまで席を用意してやろうという思いやりは微塵もないらしい。やれやれと放火魔は肩を
すくめ、彼に倣って自分の椅子を自分で用意する。
「そう、その程度か。急いで来たんだし仕方ないね。もっと詳しい話はアイから……あれ、アイはどこ?」
 ここで初めて従者の不在に気づき、サイは大きな目を瞬かせた。
 ガチャンと音を立てて椅子を作りながら、葛西が彼の疑問に答えた。
「アイとなら、ここに来る途中で別れましたよ。先にアジトに向かっててくれって言われたもんで」
「何で?」
「さあ。詳しいことは俺らにゃ何も。ただ、」
 年月の浮いた首を軽くかしげながら、葛西。
「何でも、会っておかねぇとならねぇ連中がいるんだそうで――」
199女か虎か:2008/11/25(火) 00:02:46 ID:MEKbfXZ40


 発見して間もない新しい美味に、≪我鬼≫は酔いしれていた。
 牙を立てると面白いようにすすっと裂け、同時にかぐわしい芳香が立つ。溢れる肉の汁と血からは
何ともいえない甘味が溢れ、噛めば噛むほど口の中に広がっていく。とりわけ柔らかく盛り上がった
乳房の肉は、彼がこれまで一度も味わったことのない最高級の滋味だった。
 ≪二本足≫の雌がこれほど美味いとは。不味い獲物とばかり思っていたが、今まで雄ばかり食らって
きたせいで誤解していたようだ。同じ生物でも雌雄でこうも違うものか。
 捕食に特化した頭脳で彼は、これからは雌を重点的に食おうと決意していた。どうせ食事をするなら
愉しいほうがいい。不味い雄など噛み裂くだけで充分、味を見てみる必要もない。
 更に何匹か食してみて、≪我鬼≫はより美味い雌の選び方を学んだ。
 子供の肉は旨みが足りない。ぷりぷりとした弾力が楽しめるぶん、風味の点で物足りなさを感じる。
かといってあまり老いていてもいけない。適度な噛みごたえが失われるし、何より肉に染みこんだ年月の
臭みが鼻をつく。
 瑞々しさを残しつつもほどよく成熟した個体、乳房と尻にたっぷり脂肪を乗せた若い雌こそ、
彼が求める美食の頂点。
 ≪我鬼≫は夢中でむさぼり食らった。骨に残った肉まで牙でこそげ取った。絶大なカロリーを消費する
特殊な細胞が、彼の食事の勢いに拍車をかけた。
 ――獲物が流した血に身を染めながら、それにしても、と≪我鬼≫は思う。
 気になるのは甲板の上で向かってきた、あの子供の≪二本足≫の存在である。
 極限まで研ぎ澄まされた本能によって≪我鬼≫は確信していた。自分とあの≪二本足≫は同じものだ。
 全く同じとまではいえないにしても、極めて近しいルーツを持つものだ。
 そう遠くないうちに再びぶつかり合うことになるだろう。
 雄の虎同士がテリトリーを賭けて争わずにいられないのと同様、避けては通れない道。
 それまでせいぜい充分に食事を摂って、来るべき対決に備えておかなくては。
 キッチンの床の上で白目を剥いた女の乳房を、≪我鬼≫は丹念に味わった。血しぶきに染まった
カーテンの隙間から、青白い月が晩餐の場を照らしていた。
200電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/25(火) 00:05:31 ID:FtYLkZF20
今回の投下は以上です。
3と4を来週まとめて投下しようと思っていたのを、規制対策のために2回に分けました。
にもかかわらずまた規制って……

ここ数週疾風怒涛の鬱展開が続く原作において、唯一の癒し系と大人気の火火火のおじさん。
もちろん私も大好きです。
いやーそれにしても最近の原作の面白いこと面白いこと。
過去描かれた要素をそれこそ連載第一話に至るまでフル活用して畳み掛けていく盛り上げ方は、
さながらぷよぷよにおける積み上げまくったぷよ連鎖。出ます出しますジャンジャンバリバリ!


>スターダストさん
飛天御剣流が出てきた瞬間飲んでたココア噴き出しそうになりました。いい意味で。
原作にバスターバロンがああいう形でゲスト出演? したし、あり得ますよねえ。
こういうお遊び好きです。そしてしかも今回の場合は書き手であるスターダストさんによる
魂までも込めた全力投球の「お遊び」だから面白みもひとしおです。
しかし総角ここまで強いってあーた。
もう秋水が彼を倒すには戦いの中で自力で天翔龍閃を編み出すしかないんじゃないか?
……なんだかむしょうにるろ剣が読みたくなりました。

>サナダムシさん
どうされたのでしょうか。皆さん同様私も心配です。
現行連載分に追いついてリアルタイムに感想を差し上げられる日を心待ちにしておりますので
無理の出ない程度に頑張ってください。

>サマサさん
良い子というには相当とうが立ってるうえ中身も色々(ええそれはもう色々)ケガレてしまってる私ですが
楽しんで読ませていただきました。こういうコーナーは本当に助かります。イメージが湧く。
攻撃力でカードへの評価決めてる社長とか、ブラックマジシャンガールに鼻の下伸ばして
デレデレしてるオリオンとか、キャラの個性が出てるのも楽しかったです。
なお私の中で闇遊戯は、呼びにくいため「ヤミちゃん」という愛称で定着しつつあるのですが、
よく考えたらそれ何て金色の闇?
201作者の都合により名無しです:2008/11/25(火) 08:02:50 ID:mvaxdn5C0
おお電車魚さんしばらく来られないと思ってたから嬉しいです

葛西の炎は我鬼に通じるのか?サイでも適わないなら無理かも
蛭がどんなキャラだったか忘れてしまったw


202ふら〜り:2008/11/25(火) 17:52:36 ID:CkaCfMmA0
>>スターダストさん
む、前回最後の逆転劇があまりに鮮やかだったので、このまま一気にいくかと思いきや。
総角は武装錬金の特性・ホムとしての特殊能力のどちらにも頼らず強いってのがつくづく、
「シンプルに強い」。相手の強みを逆手にとって、という定番の崩し方が通用しない……流石。

>>サナダムシさん
原作じゃ刃牙が毒にやられた辺りから随分丸くなりましたけど、確かに烈はこういう人でした
よね。何だか海王たち・しけい荘住人・ホームレスチームという三つ巴になりそう、ってそもそも
の源たるアライは? 本部の真意は烈vsゲバルの行方はと、気になることが次から次へとっっ。

>>電車魚さん
葛西の火災能力もインパクトありましたが、相変わらず我鬼が凄い。人間を吸血とか丸呑みでは
なく、ちゃんともぐもぐして食べて、思いっきり説得力のある「雌は美味い」の講釈。寄生獣的な
意味では決して悪とは言えない、が放っておくわけにはいかない、止めねばならぬ大量殺人鬼。
203作者の都合により名無しです:2008/11/25(火) 18:17:39 ID:ZgPHsf7j0
電車魚さんしばらく休載と思ってたので嬉しいです
サイとアイのコンビは本当にいいですな
原作に負けないくらい盛り上げて欲しいです
204永遠の扉:2008/11/27(木) 00:15:09 ID:ruPxOcNu0
第084話 「総ての至強を制する者 其の伍」

 踊り場から跳ねる月明かりしかない暗い階段を上り詰めると、消え入りそうな儚い鼓動ととも
にどこか懐かしい花の匂いが鼻孔を通り過ぎた。
 その時目の前にあったのは扉。
 何の変哲もない、どこにでもありそうな扉。
 開けるのに一瞬戸惑った理由は今になっても分からない。

 薄れゆく意識の中で秋水は思った。

 総ての始まりはその扉を開いた瞬間だったのではないかと。

 ……ただ寒々とした暗い意識を声が撫でる。
「ま、今となっては継承者がいるかどうかさえ定かではない流派だが、一応明治期にはまだ
存在していたらしい。人斬り抜刀斉という継承者ともどもな。彼は不思議なコトに幕末が終わ
ると同時に全国を流浪し始め、明治十一年に入って京都や東京で活動した後はどういう訳か
ぷつりと闘いをやめている。島原へもう一人の継承者を倒しに行ったとか北海道でも活躍した
とか日清戦争の折に大陸に渡り、帰国後に妻と病没したという文献もあるにはあったが……
こちらの真偽は分からない」
 秋水の体がよろめいた。
「とにかく、流浪の中で使った数々の技が文献に残っていたため数々の技を習得できた。九頭
龍閃に至ってはこれを目撃した新市小三郎という巡査が丹念な聞き取り調査の末に手記にま
とめてくれていたため、非常に助かった」
 そして前へと倒れ出す秋水──…

「……あれ? リーダーと…………早坂秋水さんが戦っているなら……クロムクレイドルトゥ
グレイヴだけじゃなくて……もっと色々使ってる筈……です。短剣を解除して……他の物に……
だから私がいなくても……年齢のやり取りが解除されて……さっきの沼は元の……枯れた場
所になるのでは……? なんだか……不思議な話です……。込み入りすぎて……難しいです」
「ボソボソやかましい! というか戦士長に抱きかかえられたままでいるな! 走れ!」
 長い煉瓦造りの廊下をひた走りながら斗貴子は怒声を張り上げた。
「やめておけ。そのホムンクルスは極度の方向音痴」
205永遠の扉:2008/11/27(木) 00:16:37 ID:ruPxOcNu0
「? 誰が……ですか?」
「そうね。放っておけばどこへ行くか分からない」
「大丈夫です……! 高機動な私は……隣町にだって地球を半周した後に……着けます」
 自身たっぷりにもそもそ語る鐶を指差し、千歳が「ね?」と無感動に呟き斗貴子は呆れた。
「俺の事なら大丈夫だ戦士・斗貴子! むしろこうしている方がリハビリになっていい!」
「……戦士長。さっきから気になっていたんですが」
「なんだ」
「いえ、何でもありません」
 物凄く何かを言いたげな斗貴子はそれきり黙った。
(そのホムンクルスはクソ重いポシェットと合わせて80キログラムぐらいはある! なのになん
でそんなの抱えて平然と走れるんだこの人は!)
 防人はそれをリハビリと呼んだが、むしろ特訓の域ではないか。それもとびきり前時代的な。
 閑話休題。(それはさておき)
 戦士一同は沼の水を引かせアジトへの道を開いたが、秋水と総角の戦う場所はまだ遠い。
 走る。走る。鐶を除く全員が薄暗い一本の廊下をひた走る。

 刀が剣道場の床に凄まじい音を立てて突き刺さった。
「ほう」
 感嘆混じりの溜息を吐く総角に呼応するように、小札はムンク状態から一転、冷汗まみれの
面頬を巨大な叫びにわななかせた。
「留まった! 踏み留まりました! もりもりさん必殺の九頭龍閃を浴びたにも関わらず!」
 全身朱に濡れた秋水は刀を杖にその場に立っている。
 むろんそれがやっとの挙動らしく、血まみれの顔は痛みと消耗に軋む凄まじい息を荒げに
荒げ、今にも生命の火が消えそうな絶望的な気配を漂わせている。
「あ、ああ。御存命で良かったです。良かったです)
 小札はぽろぽろと涙を流してそれをハンケチで軽く叩くように拭った。どうも敵らしくない。
「し、しかしどうして九頭龍閃を浴びて立っていられるのでしょうか!? 九頭龍閃はただ漠然
と九つの斬撃を放つ技ではありません! 九方向から同時に迫る攻撃は、どれも等しく一撃
必殺の威力を秘めております! それなのに……何故?」
「簡単な話だ」
 秋水は総角に向き直った。同時に激しさ極まる息を強引に肺腑に押し込め回答した。
「彼は一度この技の片鱗を俺に見せていた。だから不完全ながら咄嗟に防御ができた」
206永遠の扉:2008/11/27(木) 00:18:54 ID:ruPxOcNu0
.
8月27日。夜。
 L・X・E残党を斃した秋水は帰途に立ち寄った銀成学園の屋上で、月を見上げて涙するまひ
ろと遭遇した。その直後、総角と校門の前で遭遇し……確かに見た。

──8mもの距離を暴風のごとく詰める総角を。(中略)
──反応はできなかった。
──背後のまひろに危害が及ばぬ動き方を考えた分、一手遅れた。致命的なタイミングで。
──最後に見えたのは、『何か』を持ったまま電光のように手を動かす総角──…

「フ。あの時は職員室へ河合沙織の個人情報を取りに行った鐶と香美と他一名が一悶着起こ
していたからな。だから九頭龍閃の要領でお前にちょっかいを出し、注意を俺にだけ引きつけた。
職員室から鐶たちが逃げやすいようにな」

 結果、秋水は顔面に猫ヒゲを落書きされた。

──右頬に3本。左頬に3本。 (中略)
──目元から鼻に向かってちょうど45度の角度で振り下ろされたヒゲと。
──頬の中央で水平に描かれたヒゲと。
──頬の端から鼻に向かってちょうど45度の角度で振り上げられたヒゲ。
──それらが片頬に1本ずつで計6本。
──更に、顎の中央から下唇にかけても線が1本。鼻にも点が1つ。
──前髪をかきわけ額中央にも1本。 (中略)
──総角が突如踏み込んできた時、描かれたようだ。
──それも一瞬のすれ違いに『9回』も。

「俺だけがお前の切り札を知っているのは不公平でもある。故にそれとなく教えておいたのさ」
 小札にはもう計り知れない世界である。秘匿すれば勝てたかも知れない切り札を、片鱗だ
けとはいえバラすとは。しかもその片鱗は探れば全容が分かるほどの物。まったく二律背反、
策を以てあれだけ秋水たちをかき乱した男が剣技においては対等であろうとしたこの矛盾。
「不完全ながら咄嗟に防御ができたのはそのせい……で、でも」
 小札からすれば全く秋水は致命傷の域である。
207永遠の扉:2008/11/27(木) 00:20:09 ID:ruPxOcNu0
 彼の白い胴着に血潮染まらぬ部分は既になく、紺袴さえじっとりと黒い血流が滲んでいる。
「壱から参……唐竹から左薙に至る三つの斬撃を叩いて防御していたのさ。そしてそれによっ
て他が殺され威力が弱まった。ま、無防備に浴びれば今頃バラバラになっていたさ」
「そ! それでも差し引き六か所は凄まじい斬撃が! 普通は倒れるのでは……?」
 小札は大きな瞳を大いなる恐れに揺らめかし、落ち着きなくまばたきした。
「あの日彼女は月を見上げて泣いていたんだ」
 小さな小さな囁くような呟きに、小札の混乱はますます深まる。
「九頭龍閃をきっかけに思い出したんだ。俺が学校の正門の前で総角と遭遇した夜の事を」

 扉を開けた先には少女がいた。
 正方形の石版が規則正しく並ぶ屋上の中央に佇みながら、じっと下弦の月を見上げていた。

「彼女の兄はヴィクターとともに月へ消えた。俺は姉さんを目の前で失いかけた事があるから
彼女がどういう気持ちかよく分かる。しかし同時に俺はかつて弱さに負けて、彼女から兄を奪
おうともしていた。……けれど彼女はそんな俺に色々な言葉をかけてくれた。協力もしてくれた」
 右足を滑らせるように秋水は総角との間合いを縮めた。
「あの晩からずっと考えていた。彼女にどうすれば償えるか。ただの謝罪ではいっそう傷つけ
るだけ……。かといって今は月にいる彼女の兄をすぐ取り戻してやる事はできない
 構えは中段。
「ならばせめて……彼女が兄と再会できるその日までこの街を守っていこうと思う」
 いつの間にか下緒は茎からはらりと解かれている。
「俺は彼のように何もかも拾える訳じゃない。それでも彼が守りたかった物は一つでも多く残し
てやりたい。彼が妹と再会を果たした時に心から笑えるように……そしてその笑顔で彼女が
救われ、二度と月を見上げて涙を流さずに済むように」
 息も絶え絶えに秋水は総角を見据えた。
「そうやって前向きな感情を引き出そうとしなければ、俺の犯した過ちは償えないと思う」
 彼我の距離はおよそ6メートル。
「だから今は戦う! 何を浴びようとこの刀だけは最後まで振り抜いてみせる!」
 下緒が刃に押し付けられ、ほぼ付け根から切断された。
「それが心底からの考えという訳か」
208永遠の扉:2008/11/27(木) 00:20:58 ID:ruPxOcNu0
「ああ。そして君の技を破るには発生より早く逆胴で斬り込む他はない! だが君は俺がそう
するのを予測し、剣速を高める事のみに持てる総てを費やしてくる」
「御名答」
 正眼に構えた総角から剣気が迸り始めた。
「だから俺はもう飾り輪は使わない。下緒も、エネルギーの吸収も放出も」
 ○にアルファベットのXをあしらった簡素な造りの輪が、藍染の緒とともに地面へ落ちていく。
(は、背水の陣!? 確かに武装錬金の特性が残っていれば無意識のうちに頼り、気持ちが
ブレてしまいます。だから斬り捨てたというコトですか)
 小札は取り落したマイクを拾おうともせず、ただただ茫然と二人の対峙を眺めるばかりである。
「俺に残されたのは剣術のみ」
 秋水の刀を握る手つきがこの時少し変化した。
「だからこの刀と、これまでの修練と……」
 右手は通常、刀の鍔元を握る。秋水もその辺りを握る。片手撃ちの場合も同じくだ。
 しかし秋水は右手で茎尻の方を握った。普通の刀でいう柄頭の部分を。
 通常なら添える程度の親指と人差し指でゆったりと、小指は茎尻からあまし気味に握った。
 わずかな苦痛が顔に波打ったのは、先ほど総角の投げで右手首や指を痛めたせいか。
「武藤が切り開いてくれた新たな世界で学んだ総ての物を信じて」
 しかし彼は決然とした面持ちで左半身を前に向け、力強い一歩を踏み出した。
「君を倒す!」
 双眸に映る碧眼の男は微苦笑した。
「やれやれ。お前は俺の嫌いな物を見せてくれるな」
「?」
「俺の嫌いな物は鏡だ。理由はいわずとも分かるだろう。そして澄み渡る水は銀面となり近く
の物を写し込む。今のお前の瞳のように」
 総角の言葉の意味を秋水が理解したのは、ずっとずっと後の事である。
(今この時だけは不肖、実況という中立的な立場を捨て、ただ心よりご武運をお祈りします)
 小札は静かに正座し、総角に一礼した。

「見えた! 出口だ!!」
 はるか先に見えた扉を斗貴子が指差した。

 そして当事者たちが微動だにしないまま1分が過ぎた。
209永遠の扉:2008/11/27(木) 00:22:38 ID:Vs4uVKwe0
 傍観者たる小札はまるで氷柱の中で炎熱に焙られているような異常な怖気に幾度となく生唾
を呑んでいる。果たしてその当事者たる早坂秋水と総角主税の心境たるやいかばかりか。
 秋水が口を開いた。
「正直な所、君には感服している。策士めいたところは決して受け入れられないが、部下への
教導と組織運営については俺の到底及ぶところではない。経緯はどうあれホムンクルスや武
装錬金の特殊な能力に溺れず、ただ修練を以てその域にまで剣腕を磨き上げた精神こそ、君
の強さの原動力。常にダブル武装錬金を発動し、複雑かつ広大なアンダーグラウンドサーチラ
イトをずっと敷く一方、もう片方の認識票で数多くの武装錬金を発動できたのは強靭な精神力
があればこそだ。ただ漠然と他者を模倣するだけの男ならばこういう真似は決してできない。
……その点だけは尊敬に値する」
 総角が笑みを浮かべた。
「フ。褒めているのか貶しているのか。だがまあ、世界の雑駁さに紛れた地道な修練なくして
成功がないのは剣であれ組織運営であれ同じ事。しかし慣れれば泥と木片の詰まった箱を一
見するだけで小麦袋の所在を容易に掴めるのが世界でもある。その面白味はお前に語っても
まだ分かるまいが、容易でない代物を全力で倒しにかかってこそ人は成長するもの……。避
難壕を操る精神の消耗など取るに足らない現象さ。お前と戦えて色々と楽しかったしな」
 小札が「?」と背後を振り返ったのは、耳に何かの騒がしい音が響いたためである。
 視線の先には扉。音は扉の向こうからやってくる。
(足音? ……? ! も、もしやぁ!!)
 ひっと息を呑んだ小札はおぼつかない足取りで扉に向かい、僅かに開けるとのぞき込んだ。
「……惜しいな。時間切れだ。楽しい時は年齢操作をしたとしても早く過ぎるらしい」
 緊張感をブチ壊す「ぎょえー!」という奇声とともに小札が扉から飛び退いて尻もちをついた。
 何が到来したか悟った秋水は、ただひたすら逆胴の構えを固持したまま低く呟いた。
 小札の慌てようをくつくつと楽しげに観察し終えた総角も粛然と顔を引き締め呟いた。

「前へ進むため」
「鏡を砕くため」

 ──…

「勝負」
210永遠の扉:2008/11/27(木) 00:24:41 ID:Vs4uVKwe0
 飛天御剣流 「九頭龍閃」
 唐竹、袈裟斬り、左薙、左切上、逆風、右切上、右薙、逆袈裟、刺突。
 九つの斬撃を同時発動する神速剣が轟然と秋水を襲った!

 迫りくる刃を見据えた秋水はただ静かに逆胴を繰り出した。
 刀は一般に諸手持ちの方がよく斬れるといわれている。しかし刃筋さえブレさせなければ片
手持ちでも十分な殺傷力を誇るともいう。親指と人差し指で茎尻のあたりをゆったりと持ち、斬
撃の瞬間に小指を締める。これにより諸手持ちの時でいう”右手”の役割を親指と人差し指が
”左手”の役割は小指が果たす。片手でも「テコ」の作用で鋭い撃ち込みができるのだ。

 怖気催す剣の嵐の嵐も。
 右手首に走る痛みも。
 肉を襲う刃も。

 秋水はことごとく黙殺し、定めた場所へと逆胴を放った。

(ただこの技を信じ)
(ただ最高速で刃筋を通し)
(ただ何も恐れず踏み込み小指を締める)

 心技体の総てを賭した逆胴と九頭龍閃の狭間で爆ぜた剣気が床板を吹き飛ばした。
 逆胴の直撃と引き換えに、突きが水月に刺さり、斬られた傷が再び嬲られる。
 無視のできない痛みが精神の外殻を蝕み、鉛のように冷たい全身が軋んだ絶叫を立てる。

(それでも俺は決めた)

 月を見上げて泣いていたまひろのために何をすべきか。
 そして。
 戻ってからどんな言葉をかけるか。

(だから何を浴びようとこの刀だけは最後まで振り抜く!)
211永遠の扉:2008/11/27(木) 00:25:47 ID:Vs4uVKwe0
 驚懼疑惑(きょうくぎわく)の四戒を打ち払う真一文字の閃光が完成した……その時!

「間に合わなかったか。しかし桜花には悪いがこちらにはまだ四人──…」
 扉を斬って入室した斗貴子の先で、十本の蒼い光が秋水と総角を取り巻き、消えた。
 風のように飛ぶ総角の足もとで床板が削られ、秋水の全身からは血しぶきが立ち上る。
「勝負あり、だな」
 くるりと反転した総角が目を細め染み透るような笑みを浮かべ、
「……ああ」
 片膝をついた秋水が頷くと同時に、根来の猛禽類じみた瞳がギラリと輝いた。
「待って。少し様子がおかしいわ」
 千歳の言葉と同時に剣道場の床へ広がったのは……金物が落ちる音。
(刀……?)
 二度三度と弾んだ金属の破片は確かに刀の切っ先のようだった。
 物打の辺りで断たれたとみえ、長さは10センチメートルもない。
 斗貴子が眼で追ったそれは、総角の方から落ちたものらしい。
 更に半ばから叩き折られた刀身が総角の足下に落ち、半分になった認識票が総角の腹の
あたりに滑り落ち、低周波のようなうねりと共に砕け散った。
「相討ち?」
「いや」
 防人が指さす総角の胸で、真一文字の残閃が輝いた。
 それを合図に脇の辺りから両腕がぼろりと床へ転がり落ち、胸部を含んだ生首さえも前の
めりに落ちた。バランスを失った胴体はしばしトンボを捕えるような円を描いてフラついた後、
力なく両膝を突いて前へと倒れた。切断部からとろとろと流れる真赤な液体は、まるで花瓶を
倒したような無造作さでボロボロの剣道場の床へ染みていく。

「この勝負、俺の勝ちだ」

 秋水の呟きの意味、そしてこの場で起こった出来事の全容を理解していたのは──…。
 当事者二人を除けば防人と小札のみである。
 前者は鍛え抜いた眼力を有している。後者もまた実況を嗜むだけあって目がいい。
212永遠の扉:2008/11/27(木) 00:29:16 ID:Vs4uVKwe0
(激突の瞬間……)

 防人は見た。
(あれだけの刀を浴びながら、戦士・秋水は平然と逆胴を振り抜いた。刃筋を通すために莫大
な集中力が必要な時に攻撃を受けたというのに、全く怯まず、ただただまっすぐに振り抜いた)
 もちろん無傷ではない。九頭龍閃という技を完膚なきに破ったというには傷が多すぎる。
 斗貴子が相討ちと思ったのも無理はなく、技対技の勝負で見るなら相討ちの気配は濃厚だ。
(しかし、逆胴というにはあまりに高い所を狙っていた。見ての通りの総角の胸部を)
 試し斬りでいうなれば「雁金(かりがね)」の辺り。腕から脇を通り、章印の上ギリギリを通る
ような部分を真一文字に斬撃し、認識票もろともに総角を破壊したのである。

「勝つにはそこを狙うしかなかった」
 夥しい血を流す秋水の言葉に全員の目線が集まった。
「通常の軌道なら、君の右薙と激突して阻まれる。それに九頭龍閃を破ったところで彼が新た
な武装錬金を発動してくれば俺の負けだ。何故なら彼は俺と違い、複数の武装錬金を扱える」
「成程な」
 根来が無表情で首肯したのは、総角同様に多くの技を持っているせいだろう。
「だから刀だけでなく認識票をも破壊したという訳ね。他の武装錬金の複製を防ぐために」
 根来と斗貴子から核鉄を集め、歩み寄ろうとした千歳を秋水は手で制した。
「最後にすべき事があります。回復はその後で」

 崩れ落ちた総角を見た小札は瞳一杯に涙を浮かべた。浮かべながらも回想する。
(不肖の眼で見た限り、唐竹、袈裟斬り、逆袈裟の三つの斬撃は胸を通る逆胴によって相殺
されていました。刀が斬られたのもその時です。刀は平……横からの攻撃に弱いために、一
直線の逆胴に斬られたのです。袈裟斬りと逆袈裟は同じ場所を、唐竹はもう一か所を。そして
剣速極まるあまり、斬撃が終わってようやく切断されたのです)
 九つの斬撃を同時に発動する九頭龍閃のうち三つの斬撃を相殺したという逆胴の剣速もま
た恐ろしい。しかしこれは九頭龍閃と違い、右から左へと一直線に振り抜くだけという単純明快
な動きだからこそできた芸当なのだろう。
「小札さん……」と、鐶が静かにすり寄ると、しとしととした雰囲気が二人の間に立ちこめた。

 俗に「片手持ちは五寸の得あり」という。
213永遠の扉:2008/11/27(木) 00:30:06 ID:Vs4uVKwe0
 普段ならハバキと茎の境目あたりを握っている秋水が今回については茎尻を握った事で、
わずかだが総角を遠い間合いで迎撃し、残る六つの斬撃の威力を即死レベルから重傷レベル
までに削ぎ落としたのかも知れない。

(しかし最大の勝因は)
 床にばらけた総角はジリジリと薄れはじめた剣道場の天井を紺碧の瞳に収めた。
 胸像状態で転がり落ちた時、偶然跳ねて仰向けになったらしい。
(一刀は万刀に化し、万刀は一刀に帰す。あらゆる技の変化は一刀から起こり、それらの修
練は最終的に最初の一刀へと落ち着く……小野派一刀流の極意だが)
 剣道場を模した亜空間が消滅し、あらかじめくり抜いておいた土臭い空間へ変貌した。
(痛みにも反射にも姿勢を一切崩さず、逆胴を振り抜いたこそが最大の勝因。武装錬金の特
性を捨てた不退転の覚悟と心からの気迫も大きなウェイトを占めてはいたが、一つの技だけ
を昇華し抜いたからこそ奴は勝利を掴み取った。……フ。多くの武技と武装錬金にこだわった
俺が、ただ一つの技と武装錬金に敗れるとは皮肉であり──… 無念でもある)

 この剣戟が逆胴から始まり逆胴に終わったのも何やら象徴的である。

 激しい息をついていた秋水がくるりと反転すると、そこに転がる総角の首めがけソードサムラ
イXを突き出した。残心である。眼光はまだ戦闘中のように冷たく、そして激しい。
「そうなってなお柔術が使えるというなら相手をするが──… どうする?」
「……フ。無理を言うな。見ての通りやれやれと手さえ上げれん状態だ」
 欠けた胸像のような欧州美形は一瞬だけ息を呑むと、やがて小ざっぱりとした微苦笑を浮
かべた。彼の周囲には脇の辺りから切断された両腕と、胸部の切断面から止めどなく血を流
す胴体が転がっている。流石にこうなっては柔術どころか身動き一つさえ困難だ。
「敗北を認めるさ。俺達全員の……敗北をな」
214スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/27(木) 00:30:55 ID:Vs4uVKwe0
 即ち。

 総角 主税。

 ……ならびに。

 ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。

 敗北。

(…………長い戦いだった。だが……これで一連の戦いは終結する)
 糸が切れたように秋水がその場へしゃがみ込んだその五分後。

「むーん。どうやらブレミュ勢は全員敗れたようだね。となると次はいよいよ私の出番」
 剣道場より1キロメートル程離れた地下施設で月の影が揺らめいた。

以下、あとがき。
六対一、これにて決着。しかし副長の戦闘の三分の一で決着するリーダーってどうなんでしょ
うね? この点でも鐶はバランスブレーカーすぎた。なのに総角なら鐶を楽に倒せそうな気が
するので不思議なものです。
秋水に関してはやれる事やるべき事を勘案した結果、こうなりました。
本当はまひろ絡みの回想でもう1レス行きたかったですw

>>172さん
るろうにから持ってこれる技でかなり強力かつバランスを守れるのはコレだとw
天翔龍閃は鞘なかったり奥義だったりでアレですし。今回できれば他の技も描きたかったです。
むかし千歳がバール持って回天剣舞六連とかやりかけたけれどそちらは当然ボツ……

>>174さん
ありがとうございます。剣術はすごく合理的で、非常に美しい武術でもあります。
完全にその魅力を描くにはまだまだ知るべき事が沢山ありますが、とにかく剣術は素晴らしい。
で、前回は既出の情報と色々リンクしておりますw 残る共同体の目的とか性格はまたいずれ。
215スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/27(木) 00:31:34 ID:6gVBUllP0
>>175さん
飛天御剣流だけは漫画の剣術なので色々と不安でした。取りあえず対抗策は現実的な物を
選んだものの「同時に九発撃つ」とかいう非現実的な技とのギャップがひどかったですw
飛天御剣流のモデルの一つは確か「松林蝙也斉」という剣豪だったような……(刈羽蝙也のモチーフの)

電車魚さん(るろうには完全版が色々面白いですよー)
>女か虎か
うらぎり君がいると、ファンとしては嬉しいですねw その近くが何とも凄まじい光景なのですが
食事の場面でこう、人間と同じベクトルの「味覚」が全面に押し出されてるものだから、怖いな
がらも納得できてしまう部分もあるのです。おいしいおいしいと物食べてる弥子見るような。で、
葛西はやはりこうでなければ。手を出されたら「つい火ッとなって」こうなる。それがおじさん。
アイが出会いにいったのは誰でしょうか。「連中」というコトは笑顔と寒がりの兄弟とか。もしくは
ゆうじろうとエキサイト小太郎とコアラ抜刀斉の連合とか……

すいませんw 剣といったら我が青春のバイブルを出さずにはいられなかったのです。
確かに男爵様も出ましたし、打ち切られなかったら出たかもですね。秋水のお師匠さんの流派
とかで。飛天御剣流ではもっといろいろ(土龍閃とか飛龍閃とかの地味技出したり)したかった
のですが流れ的に断念…… 難しかったのがまさに天翔龍閃の存在。秋水が九頭龍閃を無
傷で破れば逆胴が天翔龍閃並になる、けど破らねばどうにも。ジレンマまみれ。

ふら〜りさん
あそこは落とし所としてはもう最適すぎですね。原作で蒼紫の首を柄で打った時みたいにw
総角は鐶のような燃費の悪さがないので本当に崩し辛いです。汎用性がありすぎるせいでしょうか、
何やっても柔軟に対処してきそうだし、怒らせて感情に付け入るとかもできない。難儀な奴です。
216作者の都合により名無しです:2008/11/27(木) 00:36:42 ID:dIuHvgRG0
剣の対決は短く鋭くがいいですよ
総角の強さも十分伝わりましたし
「燃えよ剣」ですな
ムーンフェイスがまた動き出して嬉しいな
217作者の都合により名無しです:2008/11/27(木) 20:58:19 ID:s8ZxXLBP0
>副長の戦闘の三分の一で決着するリーダーってどうなんでしょ

いや、このくらいの長さが読み易くていいです。
ダストさんの趣味も爆発してましたしねw
九頭龍閃はしかし敵を仕留められないなあ。
あ、巨人はジョーカーヒコに負けたかw
多くの技を持っている人よりひとつの技を磨いた方が強いとは
プロレスラーの藤原喜明もいってたなあ。
218作者の都合により名無しです:2008/11/28(金) 00:18:51 ID:Lbb9eooe0
あれ?今書いた感想消えちゃった?


スターダストさんお疲れ様です。
音楽隊編終わりましたか。長かったw
でも全員が途中退場tってわけではないでしょうね。
少なくとも小札は後の物語にも絡んでくるでしょうね。
次回からの新展開期待してます。
219遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/28(金) 04:49:32 ID:snfAXXRi0
第???話―――或る抜け落ちた記述―――

θは、真っ暗な闇の中に生まれ堕ちた。
(此処ハ…)
θは、自分が何者なのかさえ分からなかったが、ここが何処なのか、自分が何をすべきかなのは知っていた。
(此処ハ冥府。ソシテ我ハ、冥府ノ王、冥王θ(タナトス)…)
θは、冥府へやってくる人間達の魂を、せめて優しく迎え入れようと思った。
(ヤァ、亡者ヨ。冥府ヘヨゥコソ!)
θは、人間を愛した。神の持つ永遠に比べれば、刹那の生命しか持たぬ<死すべき者達>を。
(女神ガォ前達ヲ愛スルヨゥニ、我モ人間ヲ愛ソゥ。ケレド…)
θは、悲しかった。人間達の営みは、彼から見れば悲劇そのものだったから。
(母上ヨ…運命ノ女神ニシテ万物ノ母ヨ…何故コノ仔等ニ命ヲ与ェ、ソシテ痛ミヲ与ェ続ケルノダ?)
θは、考えた。人間の中にも、幸せに生きられる者、不幸に負けず強く生きられる者もいる。
(ダケド、ソンナ者達バカリデハナィ。生ニ苦シミ、運命ニ弄バレ、絶望スル仔等ノナント多キコトカ)
θは、せめてそんな人間だけでも救えないかと願った。どうやって?
(皆、冥府ニ来レバヨィ。此処ハ静カデ平和デ、心安キ地)
θは、嘆息した。神にも神の掟がある。そうそう人間に手出しなどしてはいけないのだ。
(其レデモ我ハ…残酷ナ運命ニ怯エル仔等ヲ救ィタィ)
θは、ついに思い至った。神である自分では、人間に干渉できない。ならば、答えは一つしかない。

―――現世に存在できる、肉の器があればいい。

θの器となる条件。大きく分けて、三つ。
まず、一つ目。日蝕と共に生まれなければならない。それは冥王たるθの加護を、最も受けやすい日。
二つ目。できれば、神の眷属が望ましい。仮にも神であるθの器となるからには、それ相応の肉体の持ち主がいい。
220遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/28(金) 04:50:51 ID:snfAXXRi0
―――その条件を満たす仔が、ついに産まれた。
男女の双子。θは男の子に対し、自らの加護を与えた。θには男女の性はなかったが、性格的には男に近かったので、
そちらの方がいいと思えたのだ。
問題は、最後の条件―――心が絶望に染まり、闇へと堕ちること。
その時こそ、彼はθと同化し、新たなる冥王が誕生するのだ。
こればかりは運次第だった。如何にθが加護を与えようと、彼が平穏無事な人生を送ってしまえば、それまでだ。
先に述べた通り、神にもルールがある。人間は、神の玩具ではないのだ。神が人間に対して行えるのは、精々がその
声を聴くことができる人間にそっと囁きかけて神託を与えるか、自分の力の一部を貸し与えるくらいのこと。
自らの手で彼の心を破滅させることなどできないし、できたとしても流石にそのような非道は憚られた。
幸い(などと言ったら本人には失礼極まりないが)、器は順調に闇に染まっていった。過酷な運命は彼から大切な物を
たっぷりと奪っていった。
そして、あの不運なる姫君―――彼にとって最愛の妹までもが失われた時、もはや彼の心は完膚なきまでに壊されて、
そうなれば後は完全に絶望するのも時間の問題だった。
―――そこで、計算外の事態は起こった。あの、三人の少年達。
彼等がこの世界へと来てしまったおかげで、本来は死すべきだった彼女は生き残ってしまった。
(困ッタコトヲシテクレタ…)
θ個人としては、あのような生きる強さに満ち溢れた人間は好ましくさえ思う。だが、θの計画からいえば、邪魔者
以外の何物でもなかった。
あそこで彼に囁きかけた時、その静かな口調とは裏腹に、θは内心穏やかではなかった。はっきりいって、彼はあの
まま妹の傍にいることを選ぶ可能性の方が高かった。そうなれば、長年かけた計画は脆くも崩れ去っていただろう。
だが―――賽の目は、θの望む通りに転んだ。
221遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/28(金) 04:51:59 ID:snfAXXRi0
(ソゥ…コレモ運命ナラバ、今ダケハ残酷ナル母上ニ感謝シヨゥ)
θの本来の思惑からは大いに外れてしまったが、軌道修正が利かないほどではない。
器は今、白龍遣い―――海馬瀬人と行動を共にしている。θですらも時に驚かされるほどに奇矯なあの少年の存在
は、面白いと思いつつ不安でもあったが、少なくとも今のままならそう問題はあるまい。
それよりはもう一方。器の片割れたる不運な姫君。彼女を守護する星女神の寵愛を受けし勇者。不屈の精神と熱き心
を持った、黒竜を駆る少年。そして不思議なことに、一つの身体に二つの魂を宿す、神を統べる王。
彼等は果たして、どう出るのか。θは少し悩んだが、すぐに開き直った。
(結局、貴方モ我モ、運命ノ手カラハ誰一人逃レラレヌノダ…)
どうせ当初の予定は崩れているのだ。θもまた、運命に対しては無力。
逆に言えば。運命がθに味方するなら、どう転ぼうが、θの計画は成功する。
(否…例ェ運命ガ我ヲ否定シヨゥトモ、我ハ器ヲ手ニ入レテミセル…)
そう。そもそもがθの計画自体が、命の運び手でもある運命の女神に弓引く行いなのだ。ならば―――
気紛れで残酷な運命(母上)など、当てにはしない。
(ソゥ―――我コソハθ(タナトス)―――怯ェル子等ヲ、殺メ続ケルコトデ救ィ続ケル神―――今ハタダ待トゥ。
我ノ器…エレウセウス…ォ前ガ、闇ニ染マル其ノ時ヲ…)


「紫(死)ヲ抱ク瞳…彼ハ我ノ器…母ヲ殺メル夜、迎ェニ逝コゥ」
222サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/28(金) 05:08:41 ID:8UH+9uOi0
投下完了。前回は>>153より。
第二部開始前の幕間ということで、一つ。冥王タナトス様。彼の思考を要約するとこうです。

我、人間大好キ!→デモ人間生キテテモ辛ィ事バカリ…→皆冥府ニォィデヨ!楽シィヨ!

あくまで原曲を聴いての僕なりの解釈なので、間違ってるかもしれません。
ただ一つ言えることは、Moira界最高の萌えキャラはミーシャでもソフィア先生でもフィリスさんでも
なく、この冥王タナトス様です。異論は認める。

最近スターダストさんに軽く嫉妬気味。どうやりゃあんな戦闘シーンが書けるんだ…。
ちなみに僕の書く戦闘シーンを読み返すと、実に8〜9割が
「必殺○○〜!」「ぎゃあああ!」
でした。流石にどうかと思います。

第二部も、今のところそれほどペースを落とさず執筆できそうです。
最悪でも週一くらいで頑張りたい。

>>186 フレンドリーでも偉そうなのが社長クオリティ。ブルーアイズは中の人が
    薄幸系美女(公式設定)だからオシリスより偉いと思います(違う)。

>>187 ちょっと悪ノリしすぎたかと思いましたが、割合好評なので安心しました。

>>188 第二回…いつになるかなあw

>>電車魚さん
葛西さんは原作でも絶賛大活躍中ですねwこのSSでもその火災能力を存分に発揮していただきたい
ところ。しかし、DQNは大抵主人公か悪役に無惨にやられちまいますね。
ちなみに遊戯王カードは、ぐぐって画像検索すれば大概は出ますので、よければそっちを参考に。
ブラマジガールの可愛さは全漫画史上最強レベルです。ヤミちゃん…その発想はなかったw
223ふら〜り:2008/11/28(金) 18:04:23 ID:ErBGjSgj0
迂闊! 前回の感想でサマサさん宛の分、書いたのにコピペに失敗して張れてませんでした。
というわけですみませんサマサさん、↓これです。

>>サマサさん
あーこういう番外編もいいですねぇ。アニメ版バーチャの次回予告が毎回こんな感じで、
非常〜に楽しかったのを思い出します。遊戯と闇遊戯のツーショットはここだけの特典映像。

以下、今回分。
>>スターダストさん
>ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ。
>敗北。
感無量。総角と愉快で豪快で萌えな仲間たち、遂に敗北か。最終戦をブレミュ側から見れば、
鐶が「ザコは俺が全部引き受けた! ラスボスは任せたぜっ!」と単身敵陣へ。でもヒロイン
は小札。……鐶の想い人が総角でないのが救いか。そして「ザコ」たちの次編での活躍に期待。

>>サマサさん
これはまたなんとも、流石に存在が存在だけあって、思考が人智を超えてますな。善悪も、
愛も憎しみも、根っこから違う。神だというのに、ある意味で畜生と同じ。そう、電車魚さん
とこの我鬼。邪悪ではないが、放っておくと人間に甚大な被害。だから倒さねばならぬ、と。
224永遠の扉:2008/11/28(金) 21:28:12 ID:CuHtagbF0
第085話 「最後の乱入者」

「ここが『もう一つの調整体』の眠る場所」
 戦士たちが長く狭い通路を抜けると、蒼然たる光に満ちる地下施設に出た。
 四角くくり抜かれた空間は軍隊一つが丸々と入りそうである。至る所から豆の木のようにパイ
プが床から天井目がけて伸びて時折どくどくと脈打っている。何かの保冷剤だろうか。戦士たち
の足もとには白い煙が立ち込め、十六本の足が八つのペースで歩みを進めるたびもわもわと
鋲打たれた鉄板の床を露にする。
(良く歩けるものだ)
 部屋について防人へあれこれ説明しながら歩く総角を秋水は半ば呆れる思いで見た。
 もっとも全身を血に濡らし自分と千歳の核鉄(斗貴子の物も使っていたが、秋水の出血の勢
いが弱まると同時に返却された。斗貴子自身にもまだ回復が必要なのだ)で止血処理しつつ
大儀そうにふらふら歩いてる秋水こそ「良く歩けるもの」だが。
 先ほどの決着後、総角はシルバースキンリバースによって拘束された。いきおい彼は防護
服に押し込められる形で切断部位をくっつける羽目になっている。よく見れば胸から上へ腕
などは奇妙なズレがあり、道中何度も総角は微苦笑混じりに痛みを訴えてもいた。
 余談ながら鐶を拘束していたリバースは二重から一重に減じたものの依然として彼女の動
きを封じている。よほど防人は鐶を警戒しているらしい。それに比べると小札などはすぐにで
も倒せるとみなされたらしく、じっと額に忍者刀をつけたまま根来が黙然と護送中。
 その様子に斗貴子は忸怩たる思いだ。
(一体ぐらい斃しておけばいいものを)
 ホムンクルスらしからぬ動揺を見せる小札に不覚にも毒を抜かれてこの状態だ。
「しばらくだけ見放す。きっと大丈夫だ」
「……はい」
 総角の沈黙に小札が含みのある相槌を打った。両者にしかわからぬ機微があるらしい。
「着き……ました」
 鐶が指さす先にはネイビーブルーの扉があった。城門のごとく二枚一組なその引き戸は合
金でできており非常に頑健そうな印象がある。もしガラス窓がついていれば実に5センチメー
トルほどある厚さが即座に戦士たちに伝わっただろう。
 そして扉には何らの取っ手もノブも指をかける部分もない。
225永遠の扉:2008/11/28(金) 21:28:58 ID:CuHtagbF0
 通常の手段ではまず開けぬ扉。戦士一同の確信を裏付けるように、(扉の)右の壁には細長
い金属の板がはめ込めそうな「へこみ」がある。
「これに割符をはめ込めばいいという訳か。しかし」
 防人がそれを躊躇したのは、扉の向こうに居るであろう『もう一つの調整体』。
 しかしそもそも『もう一つの調整体』とは何なのか。
 その廃棄版を飲んだ鈴木震洋は逆向凱という男を呼び戻す媒介になったという。
(ホムンクルスの幼体みたいな物なのか?)
(それとも通常の調整体を更に強化した存在?)
(いや、或いは既存のホムンクルスの概念を超えた怪物?)
(何にせよ、他の物が目覚めさせる前に破壊する)
 秋水、千歳、斗貴子、防人が一瞬止まったのはそういう考えをめぐらしたせいでもあるが、究
極的には戦闘突入に備える時間が欲しかったせいなのであろう。
 防人が戦士たちを見渡すと、充分に覚悟の練られた目線が帰ってきた。
 全身を寸断され瀕死の状態の秋水でさえ既に核鉄を千歳に返却済みだ。
「では開けるぞ」
 戦士たちとザ・ブレーメンタウンミュージシャンズを騒がせた六枚の割符。
 それがぱちぱちとテンポよく金属のくぼみに入れられた。割符はどうやら一枚絵を分割した
らしく六枚総てがはまり込むと蝶の絵が浮かび光を放つ。
「問題はここからだ」
 総角が顎をしゃくった先……壁の左には円柱をしたポッドがある。
「秋水でなければあれは解けない」
 一同、言葉の意味を一瞬分かりかねたが次の瞬間の電子音で総てを察した。

「合言葉」

 かつて小札が秋水に協力を要請し、総角が秋水を地下に引き入れた理由は分かってみると
実に馬鹿馬鹿しいものだった。
 L・X・Eにはアジトへ入る時に合言葉をいう。

「”片手に”」「”ピストル”」
「”心に”」「”花束”」
「”唇に”」「”火の酒”」
226永遠の扉:2008/11/28(金) 21:29:48 ID:CuHtagbF0
.
「”背中に”」「”人生を”」

 ファイナルポイントはキミのベストポーズでスーパーアピール。

 ……要するに秋水はポッドの中であれこれと電子音声に応えて最後に変なポーズを取らさ
れた。それが扉を開くのに必要な動作。指紋認証のような行為らしい。
 そも総角の部下には特異体質で人間の姿になら何でも化けれる鐶がいるというのに何故
秋水を必要としたのか。それは一重に鐶が秋水のベストポーズなスーパーアピールを知らぬ
せいという。一度試しに鐶にベストポーズを取らしてみたら「きょえー」と短く叫び、高々と掲げ
た両腕を約10度に傾斜さえ、手首を外側に向かってひん曲げ最後に右ひざを高く上げた。獲
物を狙うハーストイーグルをイメージしたらしいがまるでダメだ。もっとも総角は鐶の日常的ダ
メさを熟知しているのでさほど落胆もなかったらしいが。
 何にせよ、どうもこの辺りの機微はキナ臭い。信奉者なら秋水より遙かに弱い桜花がいる
ではないか。なら彼女を狙うという選択肢もあったろう。貴信の鎖分銅で秋水の記憶を抜き
出し鐶へ移植すれば彼女とて無銘にアホウドリ認定されずに済んだのだ。
 だいたいどうして信奉者ごときのポーズで指紋認証並の重要審査がパスできるのか。
 疑問は尽きないが、現に扉は開いたのだ。賽は投げられ──…

 誰からともなく気の抜けた声が漏れた。

「……まさか」

 扉の向こうには小部屋があった。

「予想外ね。これは」

 部屋の中央には六角形の台があった。周囲にツタの如くはびこるパイプや天井から延びる
色とりどりのコードを除けば非常にシンプルな作りの六角形の台。
 その中央には同じく六角形のショーケースがあり、その中には……

「核鉄?」
227永遠の扉:2008/11/28(金) 21:30:41 ID:CuHtagbF0
..
 核鉄にしか見えない金属の物体がいつ来るか分からぬ目覚めを待つよう安置されている。

「これはどういう事だ総角! 説明してもらおうか」
「だから言っただろう?」
 戦士たちが怪訝な目線を送る中、ただただ秋水だけがはっと息を呑んだ。

──「? 何をいっている? 『もう一つの調整体』が人間を襲う筈など……」
──「いや、訂正しよう。確かに無銘あたりに使役させれば人を襲うコトは可能だな」

(そういうコトか。核鉄はホムンクルスのように人を襲わない。だが無銘ならば兵馬俑の武装
錬金で人を襲える。もっともそれは)
 屁理屈ではないか。血を失って白くなった顔が怒りでかすかに青くなった。

「それにこの色は何なんだ!」

 斗貴子が気色ばむのも無理はなかった。その核鉄の色は異様である。
 通常の核鉄の鉛色でも白でもない。
 忌まわしき黒でもなければ到達すべき赤でもない──…

「黄色の核鉄なんて見たコトも聞いたコトがないぞ!?」

 青白い空間の中でもなお黄色く輝く核鉄を前に戦士たちは茫然と立ち尽くした。
「フ。それはだな」
「黄色というのはだね、他の黒や白、赤と違って意味合いがはっきりしていないそうだよ。せい
ぜいギリシアの錬金術師が作業工程の目安にした程度で、後々の文献にはまったくないとか」
 総角を遮る何かが落ちるような音が続けて二回鳴った。
 戦士たちを振りかえらせたのはそれでなく唐突の声だが。
「だからそれが失敗かどうかはまだ分からない。手に入れて使わない限りはね」
「ムーンフェイス!」
 しなやかに着地した長身の男を認めると、戦士一同に緊張の空気が張り詰めた。
228永遠の扉:2008/11/28(金) 21:34:03 ID:CuHtagbF0
 秋水の形相が怒気に満ち満ちたのはつい昨晩ムーンフェイスに散々と出し抜かれた忌まわ
しい記憶が蘇ったからに違いない。
「しかし参ったね」
「何がだ」
 電話で嘲弄された防人もまた険しい顔つきである。
「そこにいる鐶とかいうお嬢さんの事さ。情報を横流しすれば君たち全員がアジトに雪崩れ込
んでさっさと斃し、それからいい感じに潰しあってくれると思ったんだけれどね。しかし生憎アジ
トは別の場所にあったときているから何とも骨折り損。おかげで双子の弟が総角君を倒してく
れるまでここでヒマな時間を過ごすハメになっちゃったよ」
「貴様! 私たちが最終的にここへ来ると知ってたのか!?」
「当然! 忘れてもらっちゃ困るね。これでも私は元L・X・Eの幹部だよ? むしろ多少交流を持っ
た程度の共同体連中がココを突きとめた方が不自然なのさ」
 斗貴子の絶叫を涼しい顔で受け止めるムーンフェイスである。
(ちなみにココを突きとめたのは不肖の武装錬金の『壊れた物を繋げる』特性なのであります。
具体的には探索モード・ブラックマスクドライダーにて。どうやらあの割符ははめる場所と元は
一つだったらしく……)
「何にせよ戦士と音楽隊の連中が」
「連中が」の「が」の辺りでムーンフェイスの章印が忍者刀に貫かれた。
「両者争い弱りきるのを見計らい、最後に漁夫の利を得る……。兵法の常だな」
 一瞬呆気にとられたムーンフェイスはすぐさま鉤と裂けた口をらんらんと笑みに歪めた。
 背後には根来がいる。そして後ろから章印を貫いてもいる。
「あ、成程。忍者刀の戦士だけはまだ弱っていない訳だね」
「だから亜空間から奇襲ができワケだね。むーん。こりゃ予想外」
 絵本の住人じみた滑稽さで背後から放たれる回し蹴り。根来は亜空間に埋没して回避。
「とはいえまともに戦えそうなのはもはや彼一人。分が悪いね」
 30体に増殖したムーンフェイスが、同じような笑みを浮かべた。
「あ、そうそう総角君。私のような乱入者に備えてここを見張っていた君の部下だけど」
 しなやかな足が後方に上がり、そして前方へ大きく振り抜かれた。
 あたかもサッカーボールを蹴るような仕草。
229永遠の扉:2008/11/28(金) 21:37:30 ID:sFOxjA7o0
 しかし蹴られたのはボールではなく……床に堆積する煙に覆われて見えなかった少女。
 香美の水月を尖った靴が蹴り抜いて、総角めがけ吹き飛ばした。
 そしてもう一体のムーンフェイスが同じ仕草をすると少年が飛んできた。無銘だ。
「ほう」
 総角の足もとで香美が苦しそうにえづきをもらしながら豊満な体をくねらせている。
「戦闘に差し向けた以上、多少の傷を負わされるのは当然と思っているが
 無銘は脂汗を浮かべながら総角や小札に謝罪の言葉を漏らしている。
「わざわざ俺の目の前で部下をいたぶってくれるとはな」
 静かに足下の二人を見る総角から隠しようもない威圧感が立ち上る。
「ずいぶんと粘っていたようだけれど、所詮重傷の身。私の敵じゃあなかったよ。まあもっとも、
残り数人の時に怪しげな術で時間感覚を狂わされ、凄まじい威力の光球を見舞われた時は少し
マズいと思ったけれどね。全員地上目がけてずいぶん吹き飛んだよ。まあしかしそこは私さ。
光球から何とか一体だけを押し出して増殖し……後はこの通り。」
 ムーンフェイスが指さす天井には巨大な穴が開いている。
 先ほど総角の言葉を遮った音は、ここから落下した無銘や香美が立てたようだ。
「どうやら例のハズオブラブには何らかの制約があるらしいね。でなければ部下を重傷のまま
放置し、こういう目に合わせないだろう。まぁ、それを告げるだけでも本家本元には吉報さ。あ、
そうそう。本家本元で思い出したけど、再就職先からは『音楽隊は殺すな』と仰せつかっていて
ね。鐶、だったね。君の姉も他の幹部連中も君らの中に自分の手で殺したい相手がいるとか。
まったく我の強い連中ばかりだね。L・X・Eの間の抜けた連中が懐かしい」
 鐶と小札の顔にそれぞれ微妙なニュアンスが浮かんだ。片や懐かしさ、片や絶対的恐怖。
「まあ、私としては君たちがいつ死のうと関係ない。争いが増えればその分この地球は美しき
月面世界に一歩ずつ近づく。それは私としても悪くない。悪くないけれど」
 白濁した瞳が酷薄に歪められた。ちなみにこの間、根来は様々な忍法を以てムーンフェイス
を撹乱しつつ斃している。
 秋水も満身創痍ながらに刀を振り、接近するムーンフェイスを事もなげに両断している。
230永遠の扉:2008/11/28(金) 21:38:27 ID:sFOxjA7o0
「総角君と彼を倒した双子の弟ぐらいは始末しておいた方が良さそうだね。何せ強すぎる」
 斗貴子も千歳も必死の思いで応戦する。
「あ。そうそう。この前私を捕えてくれたブラボー君にもたっぷりお礼をさせてもらうよ」
 無防備の防人を守るように総角と鐶が立ちはだかった。
「当然、他の戦士が邪魔になるようなら殺してあげても構わない。再就職先からちゃーんとお
許しは頂いているからね」
 小札が無銘と香美を抱き起す頃、神出鬼没の根来以外全員が一か所に集まりつつあった。
 もはやこうなっては敵も味方もないらしい。
 立ち直った香美が千歳の背中を守ればそこに殺到するムーンフェイスの顔面をバルキリー
スカートが叩き割り、防人がリバースから通常の防護服に戻したのを幸い鐶が徒手空拳で殴り
かかる。小札を秋水がかばい無銘が根来のフォローに回り総角が斗貴子に迫る月牙を防護服
で防いでいく。鎌が舞い刀が走り盾が弾き防護服が走り、鎖分銅や兵馬俑やロッドが猛威を
振るう。……はてな。しかしそういえば貴信と無銘に限っては秋水に核鉄を奪取され、それが
根来経由で戦士一同に渡った筈ではなかったか? 戦いは無情にもそういう疑問さえ挟む
余地なく流れていく。ゆえに防人がストレイトネットを発動する暇が全くない。戦士のほとんどが
それに託そうと動いているのに数で勝るムーンフェイスはそれができないようチクチクと攻める
のだ。やはりかつての敗戦で全員同時の拘束は警戒していらしい。
(くそ! ブチ撒けてもブチ撒けてもキリがない!!)
 やがて戦士たちの動きは徐々に精彩を欠いていく。
 無理もない。鐶との戦いをくぐり抜けた斗貴子と千歳と防人にほとんど余力はなく、総角を
下した秋水にしても莫大な傷と引き換えなのだ。彼に負けた無銘や貴信、香美は重傷。
 まさに潰しあった末路の戦い。唯一無傷に近い根来が奮戦しているが旗色は悪い。
(フザけるな!! こんな形で……こんな形で負けてたまるか!)
 斗貴子が切歯する横で秋水も必死に刀を振るうが根本的な解決にはならない。
(俺が総角を破壊したのが仇になった……)
231永遠の扉:2008/11/28(金) 21:39:39 ID:sFOxjA7o0
 シルバースキンで拘束された状態では核鉄を渡しても使えない。
 かといって拘束を解けば先ほどの傷によって崩壊し、戦闘不能になる。
(ヘルメスドライブで瞬間移動できるのは数人……解決にはなりそうにないわね)
 大柄な男性たちを見ながら千歳が焦燥を浮かべる。
『もう一つの調整体』をすぐ手にとれば反撃の目があるかも知れないが、それは非常に不確か
で危ぶまれる策でもある。第一千歳自身猛攻を盾で凌ぐのが精いっぱいだ。
(俺が万全ならば……!!)
 もはや鐶からシルバースキンを回収して拳を繰り出す防人だが、技に往年のキレはない。
(絶体絶命……?)
 絶縁破壊を放とうとしたロッドから漏れたのは静電気程度のエネルギーのみ。
『そして頼み綱の敵対特性も効くのは一体のみと来ている!!』
「わ! 危な! きゅーびそれよけるじゃんそれ!!」
 内側へ増殖し破裂したムーンフェイスを縫ってもう一体が無銘の脇腹を月牙で貫いた。
 無銘を危険とみなし、殺さぬ程度に抑えにかかったらしい。
「……無銘くん」
「最後の一体に敵対特性を発動させれば勝ち目もあるが……発動までの三分の時間差を考
えるとそれも難しい」
 兵馬俑が解除され、その核鉄が鐶の手に渡った。
「悔しいが貴様に託す。六対一をやり抜いた実力だけは……認めてやる!」
 虚ろな瞳を驚きに細めた鐶は、やがて心から嬉しげに微笑した。
「はい!」
 短剣が次々とムーンフェイスの分身体を幼体にしていく。
 しかし数は多い。連携も許されない。敗色が時間経過とともに濃くなっていく。
「むーん。予想以上に粘るけれどいつまで持つかな?」
「フ」
「むん?」
 シルバースキンの帽子の下で漏れた笑みにムーンフェイスの手がわずかに緩んだ。
「鐶のクロムクレイドルトゥグレイヴを見て思い出した。この武装錬金はなかなか常軌を逸して
いてな。その気になれば銀成市全体の時間を進める事ができる」
 根来はムーンフェイスの足だけを切断するという作戦に出た。
 こうすれば増殖を防げるという苦肉の策だ。
「銀成市だけ時間が進むというのは珍しい現象だ。必ずマスコミ連中が嗅ぎつけ放送する。だ
232永遠の扉:2008/11/28(金) 21:40:21 ID:sFOxjA7o0
から人が集まってくる。だから鐶はそれを当て込んで時間を進めた。銀成市だけの時間をな。
だからマスコミ連中が放送した。銀成市の異変を全国へと放送した──…」
 ムーンフェイスたちが足のない自分たちを持ってジャイアントスイングをするカオスな光景。
 丸太棒か何かのごとき旋風が戦士をなぎ倒す。
 その最中で総角だけが静かに言葉を紡ぐ。
「全国への放送というのは非常に効果的だ。例えば、今は銀成市にいない一人の男が、テレ
ビでこの街の異変を知り、一路この街へ戻ってくるという事だってありうる。まあ、そうなるかも
知れないという危惧にも似た薄い考え……俺はそこまで意図してた訳じゃない」
 ムーンフェイス、と総角は道を聞くような気軽さで言葉を継いだ。
「ここの上は確か空き地だったな。先日俺はそう確認したが……どうだ?」
「そろそろ目論見を吐いたらどうだい総角君? 出し惜しみはよくないね」
「別に目論見などないさ。ただ」
 …………どこからかごうごうという音がした。
「お前は貴信の超新星を見くびっているな。ひとたび放たれたアレは軌道上の物を焼き焦がし
てひたすらに直進する。そうだな。分かりやすくいえば、お前を焼いた後に地上へ出るぐらい
はできるさ」
 音は響く。そう、響いている。何か狭い空間にいるように響いている。
「地上へ突き抜けたプラズマのような光の球は野次馬を集めるのに十分だ。時間が明日に飛
んだ後だから野次馬の耳目を引くだろう。もっとも野次馬は無責任な存在ゆえにここまで滑り
落ちては来ない。助かる。それは助かる」
 爆発音がした。
 ムーンフェイスはさすがに攻撃の手を緩め、怪訝そうに辺りをゆっくり見回した。
 戦士たちもブレミュも同じだ。まるで魔術にかかったように総角を見た。
「されど果敢な者は来る。破壊に更なる破壊を加えやって来る」
 大地が揺れる。煙が部屋に流れ込む。
「天空の超新星を目印にやって来る」
 やがて天井の大穴から黒い粒子が飛び出した。

「往(ゆ)け! 黒死の蝶!!」

「む゛んっ!?」
 ムーンフェイスの体が爆ぜた。そのオレンジ色の粒が晴れないうちに、近場にいたムーンフェ
233永遠の扉:2008/11/28(金) 21:42:09 ID:sFOxjA7o0
イスの分身がまた爆破された。黒い煙が漂い、火柱が次々に巻き起こる。

「久方振りに舞い戻って来てみれば」

「蝶、か」
 根来の無感動な呟きに千歳が頷いた。

「なんともまあ蝶・楽しそうなパーティを開いてるじゃあないかムーンフェイス」

「しばらく行方をくらましていた彼が、まさかこのタイミングで……?」
 圧倒的な勢いでムーンフェイスを破砕していく黒色火薬(ブラックパウダー)を前に、防人は
両腕をねじり合わせながらただ呻くしかできない。それほどの驚愕が彼を包んでいた。

「だが生憎この会場(まち)は蝶・特大のかがり火に彩られる超人生誕祭が予約済みでね」

 轟音とともに地下が揺れ、細かな瓦礫がぱらぱらと降り注ぐ。
(間違いない。これは総角主税が複製したのとは全く違う、本家本元の武装錬金)
 悟る秋水の前で爆発が一段落して煙が薄れると──…
 酸鼻極まる月顔の累々たる屍を背景に、残り一体のムーンフェイスと一人の男がじっと対
峙しているのが見えた。

「その俺の先約を無視し新たなパーティを開催せんとするのはマナー違反も甚だしい!」

 男のいでたちはムーンフェイスと比べてさえひけを取らぬほどの異形である。
 上下が一体化した漆黒の衣装は全身に密着してそのラインを露にし、胸部から臍下にまで
冗談か罰ゲームのように入った切れ込みは、両側を互い違いに結ぶ紐の下で痩せこけた病
的な体つき──インナーなど何一つない──をためらいなく晒している。
 肩の膨らみは貴族か道化か。手首についた布地はひらひらと甘美かつ禍々しい。
 そして股間には蝶のマーク。
 いやはや狂気と暗黒に満ちた凄まじいいでたちだ。文章で表現できる範疇を超えている。

「フム。どうやら他にも招かれざる客どもを招いた男がいるようだが──…」
234スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/28(金) 21:43:43 ID:EGUixD1w0
.
 不機嫌な視線が総角を捕えたが、すぐにそれは外された。

「まずは最も無礼な主催者様から御退場願おうか!」

 紫と黒で毒々しく彩った蝶の覆面を付けたその男は……笑った。
 濁りきった瞳を陶酔に吊り上げ、犬歯も剥き出しに手をかざし、黒い蝶を侍らせ、笑っていた。
(パピヨン!?)
 目を丸くする斗貴子の前に降臨していたのは、正しく唯一無二の蝶人である。

以下、あとがき。
蜘蛛の糸を聞きながら今回を執筆。いやーテンション上がる上がるw
(筋肉少女帯の蜘蛛の糸は彼のモチーフです)

>>216さん
ですよねー。何はともあれ鐶より強そうに描けてたら僥倖です。
ムーンフェイスはやっぱりこうやって漁夫の利狙いのが「らしい」かとw

>>217さん
九頭龍閃は外れるか当たっても戦闘が継続するか(鯨波や縁)なのが悲しい所。
といっても剣心のような短身痩躯ではマッチョな師匠より弱いって説明が習得時にあったので
仕方ないっちゃ仕方ない技ですが。一つの技を磨くといえば斉藤一もそうでしたね。小野派一
刀流の極意は本当すごい。というか剣術の機微全般がすごい。

>>218さん
実に二年と三か月はあったような。ん? もしかして原作より長い? 
彼らの顛末についてはおいおい描いて参ります。小札はいろいろな意味で中核かもです。
そして今回から一旦の終結に向かって展開していきます。彼の登場はその布石。
235スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/11/28(金) 21:44:34 ID:EGUixD1w0
サマサさん
>遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜
やはり社長の存在感が凄まじいw 傲慢でとことん前向きでブルーアイズに人の腕喰わして
喜んだり修学旅行の自由時間にデッキ組んだりカード眺めたり…… 小ネタは城之内がいる
時が一番多いような気がしますね。星屑の矢はあるあるwwww 全弾尽きた後に拳か渾身
の一撃か人体発火で終わるとか。Sound Horizonは妹が聴いてた曲を聴いたのみですが序章
のロシアから来た謎の大富豪さん、たぶん入れ子人形の人ですね! ハラショーハラショー。

戦闘については懲りすぎない方がテンポ良く行けると思いますよー。だって85話でようやく
三国志でいう曹操ポジションの人が出るぐらいですから……

ふら〜りさん
昔から敵役が好きなので、良くも悪くも彼らが負ける時は入れ込んでましたねー。
今度からは戦士たちをメインにしたいのですが、次なる連中が果たしてどうなるコトやら……
次回でさえ彼の存在感に戦士たちが喰われかねない状況ですし。
236作者の都合により名無しです:2008/11/29(土) 01:19:12 ID:/MoyFyBX0
>サマサさん
冥王タナトスってオリキャラですか?きっと違うよな・・
人外からも興味をもたれる社長はさすが社長。
第二部開始楽しみにしております。

>スターダストさん
ムーンフェイスが悪の大活躍と思ったら
パピヨンまで乱入とは変態の宴ですなー
真面目なトキコさん可哀想、なんとなく。
237電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/29(土) 09:18:38 ID:Mr7pLAPW0
おはようございます。
次回投下時にはまた規制が予想されるので、先にSS感想とレスを書き込んでいきます。

>スターダストさん
総角戦の決着には胸が熱くなりました。主人公が(原作では違うけど)戦いの中で
殻を脱ぎ捨てる瞬間っていいなあ。これぞ少年少女向けエンタテイメントの醍醐味だよなあ。
九頭龍閃を破るきっかけが序盤も序盤超序盤、あの屋上の夜にあったというのに、「負けた」と思いました。何に負けたかもよく分からないしそもそも勝負すらしてないんだけどとにかく負けた。
全ての始まりは終わりにつながり、終わりは始まりにつながる。それが物語というものですよね。
美しいなあ……
また、昔るろ剣コミックスのキャラクター制作秘話だかどこかで、「少年が戦うのは少女のため」だと
和月先生がおっしゃっていたのも思い出しました。原作者の志をきちんと継いでいらっしゃるあたり、
まだまだ火も通ってない生ガキである私も見習わなければとなあと思います。
そしてムーンフェイス再登場。
戦団&ブレミュのタッグで挑むシーンには、思わず「おっしゃ!」と拳を作ってしまいました。
しかもパピヨン様までご登場とか! どんだけジャンジャンバリバリ燃やすつもりなの!
そんな熱い作品を書かれているスターダストさんにこの言葉を送ります。
つ 「炭に置けねェなあおまえも」
え、微妙? すいません、葛西の台詞ってストレートな賞賛少ないんです……


>サマサさん
タナトス様確かに燃えキャラです……間違った、萌えキャラです……
ちくしょう、器にミーシャじゃなくて野郎のエレフを選ぶなんてひどいや。
女の子だったら蝶サイコーどころの話ではないのにー! ターゲットの変更を要求するー!
……そんな半分冗談半分本気の感想はまあ置いといて、タナトス様、萌えを抜きにしたとしても
非常に魅力的なキャラクターだと思います。
多神教の神様って、現代の人間からすると「なんでまた?」と思うような発想の方々多いですが、
それをうまく活かしてボスキャラとして仕立ててあるのではないかと。
ヤミちゃんたちに好感を覚えているのも個人的にはナイスな要素。
主人公側を見下すタイプの敵キャラもそれはそれで魅力的ですけれど、
一定の評価は与えた上で向かってくるタイプの方が油断がないので総合的な恐ろしさは上だと思います。
第二部に期待。
238電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/29(土) 09:20:33 ID:Mr7pLAPW0
>>201さん
蛭のキャラを忘れたあなたに、 つ ネウロ13巻
キツネの仮面はどうみてもアリクイ、ヒルの刺青はどうみてもプラナリア、
攻撃方法はテッポウウオを連想させる一人動物園な犯人さんであります。
謎のトリックがもはやトリックというより単なるアクロバットなのもチャームポイント。
まあ蛭に関しては忘れたままでもこのSS読むのに特に支障はないかと。
次話で彼に関する説明も多少入りますし、私自身彼は忘れられてるの前提で書いてますので。

>ふら〜りさん
我々に置き換えれば「ちょwwwステーキうめぇwww」と言ってるのと
大して変わらなかったりする3話目ラストです。そう考えると微笑ましいシーンであります。
どっちが悪い奴かといえば明らかに、サイ>>>>>>(超えられない壁)>>>>>>我鬼ですが、
動機はさておき状況だけに注目すれば今回サイは正義の味方ということになりますね。
なお、原作未読のふら〜りさんにはもしかしたら前回の描写で誤解を招いたかもしれませんが、
葛西の火災は特殊能力によるものではなく、きちんとタネが存在する手品のようなものです。
まだ原作で詳細出てないので微妙なとこではありますが、同勢力に属する他キャラのスペックを鑑みるに
基本はただの「火の扱いがメチャメチャ得意なおいちゃん」でほぼFAのはず。

>>203
原作が(私の信者補正入ってるとはいえ)あまりにも素晴らしすぎるので
たまに「これ二次やる隙なんてないよなあ……」と思っちゃうこともあったりしますが、
めげずに自分なりに盛り上げていけるようがんばりたいと思います。
ありがとうございます。
239電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/29(土) 09:21:37 ID:Mr7pLAPW0
>スターダストさん(レス返し)
うらぎり君は実は蛯原揚一登場の伏線、だったりは別にしません。
ネウロって見方を変えればグルメ漫画なんですよね。ネウロが謎で、弥子が生ゴミ以外の全てを担当。
薬物はコンソメの人でゲテモノ担当がサイ。そんなわけで本作オリジナルキャラ≪我鬼≫も
お肉担当グルメキャラとあいなりました。
ヒョウなんかもそうですが、ネコ科の動物は一度ある動物で味をしめるとその動物の専門食いに
なるケースがままあるっていいますよね。「このグルメ気取りが!」と正座させて説教したくなります。
アイが会いに行った連中、スターダストさんの予想で大当たりでした。ナイス。
でもゆうじろうとエキサイト小太郎とコアラ抜刀斉の連合の方が面白い……!
たわわホワイトにイエローニートも加えて、本城博士謹製ダンボールマシンガンを装備させれば
強化細胞を注入(たべ)る前のチー坊あたりとなら互角に戦えるかもしれません。

>サマサさん(レス返し)
DQNがやられるのはもはや少年漫画界における物理の法則かと。
まあ血族はDQNじゃない人にも平等に容赦ないですけどね。DRにメッタ打ちにされた兄ちゃんとか
何も悪いことしてないのに……連中にとっては人類みな平等にクズなんでしょう。
ところでブルーアイズの中の人が薄幸系美女と聞いていてもたってもいられずググってみました。
かわえええええっ! ブラックマジシャンガールも見てみましたが私はこっちの方が断然好みです。
240作者の都合により名無しです:2008/11/29(土) 11:04:39 ID:CJtyqABM0
サマサさん、スターダストさん乙です。

>サマサさん
原作知らないんでよくキャラはわからないのですが幕間劇に現れるということは
2部の最重要キャラでしょうね。タナトス様は。(どうしても星矢の法が思い浮かぶ)
2部は社長が暴走するのでしょうが、遊戯も城の内も主役として頑張ってほしいです。

>スターダストさん
パピヨンですか!もっとも危険で人気のあるキャラなのでここで降臨したのは嬉しい。
ブレーメンたちもよいキャラですが、やはり映像がぱっと思い浮かぶので強いなあw
ムーンフェイスと並び立つとすごいエヅラですなw

>電車魚さん
律儀な方だなあw 次回の投下お待ちしてます。

241作者の都合により名無しです:2008/11/29(土) 20:06:00 ID:j/NGVv5L0
パピヨンがでるとみんな影が薄くなっちゃうなw
242遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/29(土) 22:08:03 ID:W4ovK9S40
第十七話「蠍の最期」

その日は、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。
「嫌な空だ…」
王宮のテラスで、レオンティウスは嘆息する。
「全くですな。どうにも胸騒ぎがしますぞ」
彼の隣にいた、古強者の風格を醸す中年の男も重々しく同意する。
この男の名は、カストル。自身の兄・ポリュデウケスと共に若輩の頃から騎士としてアルカディアに仕え、かつては
兄と並んで<アルカディアの双璧>と呼ばれた勇者である。
ポリュデウケスは<とある事情>により、若くして騎士を辞任しての隠遁生活を送ることとなり、その後は妻と共に
没した。そして彼らの子供である、双子の兄妹の行方は、杳として知れない。
そのことに対し忸怩たる思いはあったものの、カストルは兄の分までよく働き、今ではアルカディアの大将軍として
勇名を馳せている。
レオンティウスも、幼少時より面倒を見てくれているカストルには未だに頭が上がらない所があった。カストルも、
彼のお目付け役を自認している節がある。つまりはこの二人、分かりやすく例えると、マルスとジェイガンな関係で
ある。ロイとマーカスでも可。
万一何かの間違いでこの作品がゲーム化されてしまった暁には、カストルは初期能力ばバカ高だが成長率ゲキ低
仕様でお願いしたい。勿論クラスはパラディン。それはともかく。
「杞憂で終わればよいのですがな…」
カストルは暗い空を見上げ、眉間に皺を寄せるのだった。
―――悪い予感ほど、よく当たるものである。突如響く悲鳴と怒号。ただならぬ事態を察した二人は顔を見合わせ、
槍を手にして城内へ―――

「ス…スコルピオス殿下!そのお怪我は一体…!」
王宮を警護していた衛兵は、レスボスから帰還してきたスコルピオスの姿に言葉をなくす。彼の姿は、凄惨そのもの
だ。全身が焼け爛れ、傷だらけ。もはや生きているのが不思議なほどだった。
「殿下!すぐに手当てを…」
「触るな!」
慌てて駆け寄る衛兵や看護兵を払いのけ、スコルピオスは王の間へと向かう。鬼気迫るその姿に、もはや誰も近寄る
ことすらできなかった。
243遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/29(土) 22:08:51 ID:W4ovK9S40
「兄上!至急、報告があります!」
大声を張り上げ、ずかずかと玉座に歩み寄るスコルピオス。
「スコルピオス…?一体どうしたというのだ。いや、それよりもその怪我は…」
「お気になさらず!それよりも、すぐにでも伝えねばならぬことがあります!」
「う、うむ…」
剣幕に押され、デメトリウスは曖昧に頷いた。スコルピオスはそんな彼に近づき、そっと耳打ちする。
「実はですな…」
懐から、鈍く光る短剣を素早く抜きだし、一瞬たりとも躊躇うことなく、デメトリウスの心臓に突き立てた。
「がっ…!?」
「あなたには、死んでいただく。今日から、私が王だ…!」
ぐりっと手首を捻りながら短剣を引き抜く。噴水のように鮮血が迸り、スコルピオスの全身を紅く染めていく。それ
を見届ける前に、デメトリウスは倒れ伏し、絶命していた。
「で…殿下!何ということを…グハッ!?」
「ふふふ…くはははは…はーはっはっはっは!」
剣を手に取り、真っ赤に染まった蠍は居並ぶ衛兵達をも次々に斬り捨てていく。笑いながら。哂いながら。
嗤いながら―――!
「叔父上!」
「…ん?」
紅で塗り潰された視界に、二人の男の姿―――カストルと、レオンティウス。彼らは立ち尽くし、その凄惨な光景を
見つめていた。
「レオンティウス…そうか…まだ貴様がいたな…貴様がいては、困るんだよ…」
血と脂と体液と汚物に塗れた兇刃を構え、蠍は歪んだ笑みを浮かべた。
「貴様にも死んでもらわなければ―――私が王になれぬからなぁぁぁぁっ!」
振り翳された刃。それを鮮やかにかわしたレオンティウスは、反射的に槍を突き出す―――
その感触を、彼は生涯、忘れることはないだろう。

「叔父上…何故…何故…こんな…」
レオンティウスは今にも泣き出しそうな顔で、スコルピオスに縋りつく。死の眠りへと堕ちていく中で、彼は薄らと
目を開いた。苦々しげに、最期の言葉を紡ぐ。
244遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/29(土) 22:09:37 ID:W4ovK9S40
「ふん…貴様には、分からんさ…生まれながらに王の座が約束された、貴様には…妾腹の仔の、無念など…」
「…………」
「くく…ある男に言わせれば―――私は、虫けららしい」
言い得て妙だと、スコルピオスは唇を歪める。
「それでも私は、自分を恥じてなどいない…ゲスはゲスなりに、虫けらは虫けらなりに、自らの物語を生き抜いた。
そう誇ってさえいるよ」
「あなたはそれで…本当に、よかったのですか…」
レオンティウスの瞳から、涙が零れ落ちた。
「他の幸せもあるかもしれないと…そうは、思わなかったのですか?何が欲しかったのです…屍となってまで…」
握り締めた手に、結局は何も掴めぬまま―――
「何度も言わせるな…これが、これこそが、私の生きた物語(ロマン)だ…不満も未練もキリがないが、他の生き方
など、私にはなかった…あったとしても、いらんよ…そんなもの」
「叔父上…!」
「レオンティウス…覚悟を…決めろ…貴様は…王になれ…世界を統べる…王と…なれ…私を…偽者に負けた愚か者
にだけは…してくれるなよ…雷の…獅子…レオン…ティウス…」
がくり、とスコルピオスの身体から力が抜ける。レオンティウスはその死に顔を、ただ茫然と見つめていた。
「殿下…!」
カストルは悲痛な面持ちで、その様子を見守るしかなかった。騒ぎを聞き付けてやってきた兵士達が、王の間の惨憺
たる有様に愕然としているのも目に入らない。そこに、たおやかな女性の声。
「どうしたのです?この騒ぎは一体…」
「―――!母上!来てはなりません!」
はっと顔を上げて、母―――王妃イサドラを制止しようとするレオンティウス。しかし、もう遅い。
「あ…ああっ…!」
悪夢としか言いようのない、血と死に溢れた狂気の芸術。それを目の当たりにしたイサドラは、顔を一瞬にして紙の
ように白くして、よろよろと床にへたり込んでしまう。
245遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/29(土) 22:10:27 ID:W4ovK9S40
「は、母上!」
「くっ…誰ぞ、イサドラ様をここからお連れしろ!」
兵士に両脇を支えられて、イサドラはふらふらと歩きだした。残された者達は一息つく間もなく、これからの対応に
頭を悩ませ始める―――ドタドタと慌しい足音が響いたのは、その時だった。
「陛下!北方より伝令…!?な、何があったのです、これは!?」
「ええい、詳しいことは後で話す!それよりも、用件はなんだ!?」
やってきた若い兵士は、場の惨状に血の気が引くわカストルに怒鳴られるわで、顔を蒼くしながらも答えた。
「は…はっ!申し上げます!北方より、女傑部隊(アマゾン)が侵攻を始めたとの報告がありました!」
「何だと…!?奴らめ、何もこんな時に…!」
カストルが歯軋りしながら悪態を吐く。女傑部隊―――以前から幾度となく交戦してきた、その名の通りに女戦士
で構成された戦闘集団。その武勇と蛮勇は、下手な男などよりも余程恐ろしいものがあった。
今の状況は、はっきり言って戦などしている場合ではないというのに―――
その狼狽が兵士達にも伝染したのか、誰もが慌てふためき、頭を抱えそうになったその時。
「皆の者―――静まれ!」
まさに雷の如き一喝に、瞬時にその場の全員が貝のように口を閉じて、声の主を見つめた。
「今すべきはなんだ?アマゾンとの戦いに備えることであろう!」
「殿下…」
先程までの塞ぎ込みが嘘だったかのように、レオンティウスは威風堂々と周囲を見回す。
「し、しかし殿下…今の我々は、王を失ってしまったのですぞ!?とても戦など…」
「王ならば、いる」
レオンティウスは、仁王立ちしたまま腕を組み、宣言する。
「我が父デメトリウスも、叔父上であるスコルピオスも死んだ!もういない!されど、大いなる雷神の血は我が内で
生き続けている―――私を誰と心得る!アルカディア第一王子…否!アルカディア王・レオンティウスだ!」
その姿は、まさしく強壮なる王者そのもの。誰もが自然と跪き、頭を垂れていた。
246遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/11/29(土) 22:11:13 ID:W4ovK9S40
「おお…殿下…いや…レオンティウス陛下…!」
カストルもまた、滝のような涙を流しながら、レオンティウスを見つめる。
「泣いている場合ではないぞ、カストル―――すぐにアマゾンに備えろ!」
「はっ!」
敬礼し、カストルは兵士達を引き連れて王の間を出て行く。後に残されたレオンティウスは、目を閉じて天を仰ぐ。
「父上…叔父上…」
あまりにも深い、悲しみと悔恨。されど、それを嘆く時間すら、自分には赦されていない。レオンティウスは目を
開き、スコルピオスを貫いた槍を見つめた。
「…この罪こそが、私と叔父上を繋ぐ唯一にして最後の絆だ…この罪だけは、神にすら赦させはしない…だから、
叔父上…どうか、私を見守ってください…」
覚悟を決めろと言うならば―――いくらでも、決めてやる。
「しかし、アマゾンか…あそこの女王も懲りないな…」
数年前、<彼女>とは、初めて刃を交えた―――剣を弾き飛ばされながらも、まるで怯えの色も見せずに、不敵に
笑ってみせた彼女。いずれお前は、私の物になるのだ。そう言ってみせた烈女。
「女王アレクサンドラ…私はお前の物になどならない。このレオンティウス、女を貫く槍は持ってはおらぬ―――
色んな意味で、な」
最後はやたら意味深に呟き、レオンティウスも王の間を後にした。
この先に続く、闘争の日々。そこから逃走することは、彼には赦されていない―――

如何なる賢者であれ、零れ落ちる時の砂を止められない。時代は確かに、動き始めていた―――
247サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/29(土) 22:28:59 ID:2CMRkJ6I0
投下完了。前回は>>221より。
第二部開始。そして、心強いけど危険な(阿部さん的な意味で)味方となるレオンティウス。
真面目なのかネタなのかよく分からない回になってしまいました。
次回は遊戯サイド、その次が海馬・エレフの話になります。

>>ふら〜りさん
カード解説コーナー、素で無視されたのかとビビってましたwまあ確かに、人間にしてみりゃ
こんな愛され方、大きなお世話でしょうしね…

>>スターダストさん
パピヨンとムーンフェイス…なんという変態達の祭典wこいつらはどこに行っても空気キャラ
にはならんでしょうなw
決闘神話、やはり社長人気ですね〜…第二部はガンガン活躍させます。
人体発火…それどこの色っぽいお姉さんと美少年侍らした包帯男さんですか。
はい、ロシアから来た大富豪はハラショーの人です。妹さんに、是非僕のSSを見せてあげて
ください…いえ、冗談です(苦笑)。
ちょw85話で曹操って!もう200話越える蝶大作を目指してください!

>>236 オリキャラじゃねーっす…社長はもう、何をやっても許してあげて。

>>電車魚さん
ミーシャを器にしてたら、間違いなく兄貴も無理矢理ついてきますよw主人公を評価してくれる
敵キャラって、個人的には好きです。見下し系ボスって、よほど上手くやらないと小物臭全開に
なるし…。DRさんにやられた人、確かに可哀想です。質問に答えただけなのになあ…。
ブラマジガール=お色気 キサラさん=清楚 という感じですね。

>>240 星矢のタナトス様も好きなんですが、あまりにも悲惨な扱いでしたね…。
    第二部の社長は、エレフと共に<これなんてルル様?>という活躍をします。そういや
    彼もまたロリコンだった…。
248サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/11/29(土) 22:31:08 ID:2CMRkJ6I0
ルル様はロリコンじゃなくてシスコンですね、すいません。
249作者の都合により名無しです:2008/11/29(土) 22:55:24 ID:CFSEuwoJ0
サマサさん第二部も調子よさげでいい感じですな
やはりオリキャラではなかったですか・・すいません
いきなりの政変劇から始まってまだ第二部のプロローグって感じですが
多分、次の会から動き始める主人公パーティの動向が楽しみです!

横文字の名前ばかりだと頭がこんがらがるw
250作者の都合により名無しです:2008/11/30(日) 13:43:21 ID:SCL3XBHM0
第二部スタートお疲れ様です。
サイドの人物から動き始めましたか。
色々と心の闇がありそうですな。
次回からの遊戯チームや社長はどう動き始めるのか楽しみです。
251電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/30(日) 17:30:02 ID:ov/Hg0OJ0
こんばんは。
第4回を投下……する前に、前回までで書き忘れていた
こちらのSSを読む際の注意点を書き込ませていただきます。


・本作の時間軸は原作でいうと「家具編以降・借金地獄編以前」です。
 葛西が甥っ子に会いに来る少し前らへんだと思ってください。

・蛭がサイ一味において通常果たしていた役割が原作においても不明なため、
 本作ではその辺りを勝手に捏造しています。

・ユキの新武器は周知の通り火薬仕込みパンチですが、
 それが判明した時点で、「旧と同じ遠隔切り裂き系」という思い込みで
 既に七〜八割近く書き上げてしまっていたため、
 本作では原作と設定に齟齬が生じてしまっています。すみません。


以上、宜しくお願い致します。
252女か虎か:2008/11/30(日) 17:33:33 ID:ov/Hg0OJ0
4:FIGHT FIRE WITH FIRE


 早坂久宜のもとに一通のメールが届いたのは、今から二十九時間前のことである。

≪件名:虎の件
 差出人:???
 内容:
   有限会社笑顔
   代表取締役 早坂久宜様
   先日より新聞紙上で報道されている連続大量虐殺について、お話したいことがございます。
   ○月×日AM2:00、△△埠頭十一番倉庫にてお待ちしております。≫

 奇妙なメールだった。差出人名は文字化けしていて読めず、表題には虎の件とありながら、肝心の
文面には虎のトの字も出て来ない。アポイントを取ろうとするでもなく一方的に要求をつきつけ、
勝手に話を終わらせてしまっている。
 通常なら迷惑メール、もしくは愉快犯的な悪戯メールとして即削除していただろう。
 それを実行しなかったのは――
『ユキ』
 組んだ手の上に顎を乗せながら、早坂は弟の愛称を呼んだ。
『例の逃げ出したあれの件、万が一にも外部に情報が漏れるような手抜かりはなかったはずだな』
『? いつもの通りだぜ兄貴』
 十四歳年下の弟は、兄の反応を訝しむように振り返った。
『確かにイレギュラーな事故だったが、船員は全員死んじまったって話だし、まさか「あれ」が俺らのこと喋るわけもなし、
 それとこれとは別の問題だろ。消えちまったままなかなか見つからないのには参るが……どうした、何かあったのか?』
『いや』
 サングラスの縁を指の先で押し上げながら、呻く。
 このごく短いメールには、早坂たち兄弟を除けば彼らの取引相手、そしてビジネスの過程で関わった
ごく少数の人間しか知りえないはずの情報が含まれていた。相手がそのどちらであったとしても、
こんな紛らわしいメールなど送っては来ないはずだった。
253女か虎か:2008/11/30(日) 17:35:09 ID:ov/Hg0OJ0
 取引相手ではない。その他関係者でもない。ならこのメールの差出人はどのようにしてこの事実を知ったのか。
 心臓を冷たいもので撫でられた気がした。煙草のヤニで味付けされた唾液を飲み込んだとき、メールに
ファイルが添付されていることに気がついた。
 ファイル名は『無題』。拡張式はXLS。
 逡巡は長かった。カーソルを合わせてクリックする、ただそれだけの作業に二十秒近い時間を要した。
 『開く』と『保存』で『開く』を選択。ウィン、とパソコンが唸り、見慣れた格子模様の画面が現れる。
 そこに記載された内容を目にした瞬間、早坂は自分がこのメールの要求に従わざるを得ないことを知った。
「お前かね? 私をここに呼び出したのは」
 結果として彼は今、あのメールが指定した通りの場所に立っている。
 最近冷え込んだ景気を受けてか、倉庫内にコンテナはほとんどなかった。輸出すればするほど赤字が
増えるこのご時勢では、まあ無理もない。天井に据え付けられた巨大なクレーンが、寂しそうにこちらを
見下ろしている。
 四○×八×八フィートのコンテナは、ひい、ふう。二つ。
 並べて置かれたコンテナの隙間から、細く長い影が伸びていた。
 はっきりしない明かりに照らされて床に落ちる、うすぼんやりと幽かで不安定な影。
 それに向かって早坂は呼びかける。
「ビジネスにはそれなりのマナーというものがあるんだよ。我々のような裏稼業であっても同じことだ。
 困るね、それを無視してこのような真似をされては」
 影はぴくりとも動かない。倉庫内の薄黄色の光を浴びてただ立っているだけだ。
 言葉を紡ぎながら早坂は相手との距離、そして間に挟んだ障害物について考えていた。どこから
どうやって近づけば、この相手に対して優位に立てるだろう。愛用の銃でこめかみに銃弾を埋め込んで
やるには、どれほど距離を詰めるのが上策だろう。
「いつまでも隠れていないで出てきてはどうだね」
 あくまで紳士的な口調でそう告げたとき、影が動いた。
「不躾な手段でお呼び立てしてしまったことを、まずはお詫び致します」
 響いた声と現れた本体に、早坂は思わず息を呑んだ。頭の中に漠然とあったイメージと、あまりにも
かけ離れていたからだ。
 女。それも、まだ若い。照明のほの暗さでつまびらかではないが、三十を越えているとはとても
思われない。無骨なコンテナに挟まれて立つ様など、いっそ不似合いに思えるほどだ。
 いかにも狡猾な男を想像していた早坂は、ここで出鼻をくじかれた形になった。間髪入れずつきつける
つもりだった銃口を、相手に向けるタイミングを逸してしまった。
254女か虎か:2008/11/30(日) 17:37:44 ID:ov/Hg0OJ0
「私は『アイ』。訳あって名前はお出しできませんが、ある方にお仕えしております。本日は主人の代理
 人として、あなたがたにお願いがあって参りました」
 夜の色をした瞳に、怜悧な光が輝いていた。
 暴力と狡知が支配する裏社会は、基本的には男の世界だ。全く例外がないとは言い切れないが、
根本部分がそのような構造になっている。その裏社会に身を置く早坂も当然、そんな殺伐とした男の
世界に生きており、女性と関わる機会は稀だ。たまに商品として扱うか、気が向いたときその手の店に
足を運ぶ、せいぜいその程度。
 今早坂の目の前に立っているこの女は、早坂にはまるで馴染みのないタイプだった。プライベートで
彼が見慣れた、男に酒を飲ませるのが生業の女たちと違い、『崩れた』ところがどこにもなかった。
 全身どこを見ても隙がなく、磨かれたナイフのような雰囲気を纏わせる。化粧は酒場の女たちより
よほど薄いのに、面立ちははるかに整っている。ぱっと目を惹く華やかさこそないものの、どこに
出しても一定の評価は得られるだろう美貌。そこに秘められているのは静謐な剣呑さだ。
「お願いだと?」
「はい。中国奥地で捕獲され、この国に密輸入されるはずだった虎――あなたが≪我鬼≫と名づけた存在について」
 ぴりっと、空気に緊張が走った。
 といっても、女の表情は変わらない。唇に貼りついた早坂の笑みが、小さく引きつったのが原因だった。
 予想はついていたことだが、やはり体が強張るのは止められない。
「勝手ながら調べさせていただきました。あの虎の密輸を手引きしたのはあなたがたですね。船籍は
 フィリピン、船員もほぼ全て向こうの人間でしたが、事実上のあの船の所有者は早坂久宜、あなたです。
 虎は逃亡し、他の積荷は全て海の底。なお計算させていただきましたが損失は……」
「ああ、そうだよ」
 今更否定しても仕方があるまい。現在都内に人知れず潜伏し、夜ごとに甚大な被害をもたらしている
あの虎は、早坂たちが依頼人の求めで日本国内に持ち込もうとしたものだ。
 ジャキン、と音が響いた。
 セーフティを外した銃を、その黒々とした銃口を、早坂は女につきつけていた。
「あの事件のあと、クライアントが怯えて連絡してきてね。取引は急遽ご破算になってしまったよ。
 やれやれ、せっかく苦労して手に入れてきたというのに」
255女か虎か:2008/11/30(日) 17:40:07 ID:ov/Hg0OJ0
「そう。取引は完全に白紙に戻った」
 と、また女が言った。怯えた様子ひとつなく。
「にも関わらずあなたがたは未だに、逃げた虎の捜索を続けている。なぜです?」
 たぁん、と銃声が響いた。
 弾は一〇〇メートルに迫る弾速で、女の顔の脇をかすめた。長い髪が数本はらはらと散った。
 もう数センチ弾が脇に逸れていたら、整った顔に穴が空いていたはずだ。しかし女は眉ひとつ動かさず、
そよ風にでも吹かれたかのごとく問いの続きを口にした。
「続けたところで一文の得にもなりはしない捜索を、なぜ? よろしければ教えてはいただけませんか」
「それがさっき言った『お願い』とやらかね?」
「厳密には違いますが」
 さらりと、女。
「お答えによっては、私の主人があなたに興味を持たれるかもしれません」
「興味、か」
 早坂はクックッと声を立てて笑った。
「あんな脅迫めいたメールを送りつけてきて『興味』とは笑わせる」
「脅迫と取れる文言を書いた覚えはありませんが」
「そらっとぼけるな。――あの添付ファイルの話だよ」
 ファイル名は無題、拡張式はXLSのあのファイル。
 中身は帳簿だった。有限会社笑顔創業から今現在まで、表裏を問わず全ての顧客を記したものだった。
 扱った商品やその価格に至るまで、微に入り細に渡った内容。表沙汰になれば比喩でなしに早坂の首が危ういものも含めて。
 それが脅迫でないとは言わせない。
「解釈は人それぞれですね」
 図々しいまでの無表情で、女は答えた。
「それよりまだ回答はいただけないのですか。あなたがたが虎の行方を追っている理由は」
「どうしても今ここで言う必要があることかね? お嬢さん」
 責任を感じた、と言ってしまえば大仰になる。
 社会の裏で扱うべき商品が誤って表に流出し、好き勝手に暴れて世界のバランスを崩している。
あの虎一頭が撒き散らす破壊は、表社会に未曾有の混乱と破綻を産むだろう。一連のカオスは当然、
表があってこそ存在しえている裏側にも及ぶ。
 いわゆる浪花節でいうところの『落とし前をつける』という感覚。それを七割増しばかり打算的に
すれば、今の早坂の心理になる。
 どこの回し者とも知れぬこの女にそんな内面を吐露するほど、彼は無防備ではない。
256女か虎か:2008/11/30(日) 17:44:21 ID:ov/Hg0OJ0
 にべもない早坂の反応に、女は素早く見切りをつけたらしかった。
「ではこの質問はまたのちほど改めてお尋ねします。ビジネスの話に戻りましょう」
 白く細い手がひらめいた。
 何を――?
 身を固くしたその瞬間、きらりと、女の手のひらの中できらめくものがあった。
 スイッチ。ごく小さな。
 ガコンという鈍い音が耳に響く。一つではない、複数の重たい何かが動き、軋む音が。
 とっさに周囲に視線を走らせ、早坂は息を呑んだ。
「早坂久宜。私はあなたがたに、≪我鬼≫の捕捉を依頼します」
 巨大なコンテナが二つとも開いていた。
 中に隙間なく詰められていたのは、頼りない光の下で燦然と輝く、金塊の山だった。



 透き通ったアクリルのシャッターの向こう側で、殺菌灯がほの青い光を放っている。
 クリーンベンチ。組織培養における無菌操作のための装置だ。やや横長の台がひとつに、それをカバー
する屋根。前方・左右には三面の壁。机の向こう側に空気の噴出し口とフィルターがついており、そこから
精密濾過膜を通した清浄な空気を、作業スペースに向けて噴きつけるという構造である。
 水色の無菌衣に身を包んだ蛭は、シャッターを持ち上げ、台の上のシャーレに手を伸ばした。
 健康的に日焼けした指は、半透明の無菌手袋に包まれている。取り上げたシャーレを殺菌灯に透かす。
 まつげの短い彼のまぶたがライトの紫外線に瞬くのを、サイは無菌室の窓越しに眺めた。
 十メートル以上の距離がある。ましてや今の蛭は頭まで包み込む無菌衣を身にまとい、白いマスクと
ゴーグルでで顔を覆っていた。この条件で彼を彼と判別するのは、恐らく近しい知り合いでも不可能に近い。
 長年にわたり観察を続け、その力を強化してきたサイだからこそできることだった。
「解析担当ですか、奴ぁ」
「うん。≪我鬼≫の細胞のね。警察が現場から回収した奴をくすねてきてもらったんだ。さすがに俺でも、
 断片だけじゃ中身は分からないからね」
 葛西の言葉にサイは頷いた。
「普段ならアイにやってもらうんだけど、今回あの女には色々他に任せたいことがあるんだよね。
 いくら有能でも体は一つしかないんだし全部こなすのは無理でしょ。だから蛭に来てもらったって訳」
257女か虎か:2008/11/30(日) 17:47:18 ID:ov/Hg0OJ0
「意外ですね、あの若造にそんな芸があったとは。あいつの本分は確かコロシじゃありませんでしたっけ?」
 今のサイが煙草を吸わないため、この部屋には灰皿が置かれていない。携帯用アッシュトレイなどと
いう時流に合ったものは持ち合わせていないらしく、葛西はオレンジ色に燃える煙草の先を壁に
押しつけた。蛍火のような火はジジッと耳障りな音を立て、黒く円い焦げ痕を残して消えた。
「田舎から出てきていじめられて、堪忍袋の尾が切れていじめっ子連中を片っ端から殺って回ったって
 聞いてますが。『溶解仮面』なんてご大層な名前までついてましたね。あれはアリクイの仮面かぶって
 たせいでしたっけ?」
「アリクイじゃなくて狐だって本人は言い張ってたよ。――そうだね蛭のことよく知らないとちょっと
 意外かもね。あいつ結構ケミとかバイオとか得意なんだよ。アイもその手の仕事で手が足りないときは、
 よくあいつを助手として使ってるくらい」
 殺人鬼『溶解仮面』。
 かつて教育現場崩壊の象徴として世間を騒がせた事件の犯人は、結局証拠不充分で逮捕には至らなかった。
週刊誌やワイドショーに『残虐無比』と評されたその殺害方法とは、相手を動けなくしておいて、顔面に
強力な消化液をひたすら垂らすというものだった。
 当時高校生だった蛭は、凶器である消化液を全て自分で精製していた。化学・生物方面でのその才能は今、
たゆまぬ努力で培った高い知能とともに、主であるサイのために捧げられている。数多いる協力者たちの
中でも指折りの厚い忠義を以って。
「図画工作のセンスはゼロに等しいけど、それはそれとしてなかなか役に立ってくれる可愛い奴だよ。
 サイ、サイ、サイって何かと慕われるのはそんなに悪い気分じゃないし、アイと違って喜怒哀楽が
 ちゃんとあるから、弄って遊んでもそこそこ楽しいしね」
 くすり、とサイは笑みを漏らした。
「葛西、あんたとはまるで違うタイプの人間さ」
「何でそこでわざわざ俺と比較するんです?」
「別にぃー。単なる気まぐれだよ……深い意味なんてない」
 肩をすくめるサイに放火魔は、皺の寄った口元を吊り上げる。
 それは苦笑のようでもあり、皮肉を込めた笑いのようでもあった。
258女か虎か:2008/11/30(日) 17:49:30 ID:ov/Hg0OJ0
 放火は俗に臆病者の犯罪とされるが、この男の目元には、罪状から連想される卑小なイメージは微塵もない。
ベースボールキャップの鍔の影でぎらつく瞳は、観察に長けたサイの眼力をもってしても読みきれぬ深さと闇を秘めている。
「……あんたには現場のほうで、実働部隊として俺のサポートをやってもらおうと思ってる」
 サイは胸の前で腕を組んだ。
「あんたの火を扱う技術は卓越してる。いっそ人間離れしてるって言い替えてもいい。その知識と経験、
 俺のために存分に役に立ててもらうよ」
「言われなくてもそのつもりですよ」
 ニヤついた笑みを浮かべたまま、葛西は火の消えた煙草を指でもてあそぶ。茶色い中身をはみ出させて
煙草は潰れ、繊維の切れ端がはらはらと舞い落ちる。
「専門は人間と建物で、虎は一度も燃やしたことないだろうけど、まあ大して違いがあるもんでもない
 でしょ。頑張ってよ」
「ええまあ、できる範囲で期待には応えますよ」
「よろしく。あっでも全部燃やしちゃ駄目だよ。目的は中身を見ることなんだから、焼き加減はせいぜい
 レアぐらいに留めといてもらわないと」
「そいつぁなかなか難しい注文ですぜ。でもまあ……」
 努力はしますよ。
 付け加えられた言葉には、控えめな台詞とは裏腹に確かな自信が感じられた。
 一歩間違えば慢心となりかねない自信。紙一重のところでそのバランスを取っているのは、本人が
閲してきた年月の重みと、驚異的なまでに理性に満ちた悪意である。
 己が脳の力を知り尽くし、長きに渡り積み重ねた経験でそれを補強し、犯罪者として悪逆の限りを
尽くしてきた男がここにいる。
259女か虎か:2008/11/30(日) 17:52:14 ID:ov/Hg0OJ0
 ――そう、それでいい。
 サイは胸中で呟いた。
 ――だからこそ、俺はあんたを仲間に引き入れた。

『葛西善二郎には不審な点が多くあります』
 つい先月。この男を一味に誘うとき、サイに意見したのはアイだった。
『全国指名手配犯であることを差し引いたとしても、彼の経歴には穴が多すぎます。出入国も容易では
 ないはずなのに、国内外での目撃情報が相当数、かつ一定の法則性をもって存在するのも解せません。
 あなたに近づいた目的は不明ですが、背後になにがしかの組織が存在すると考えるのが妥当かと……』
 彼女の注進を、サイは一笑にふした。
『心配しすぎなんだよ、あんたは』
『ですが』
『うるさいなあ、それとも何』
 過保護な母親を見る目で答えた。
『この俺が、その程度のことでどうにかされるとでも思ってるの?』
『……………』
 従者は黙ったまま返答を避けた。

 思考から現実に戻ってサイは葛西を見つめる。新しい煙草を取り出して咥え、シガーマッチで火を
つけながら解析中の蛭を見物する横顔は、それだけ見ればどこにでもいそうな四十過ぎの中年だ。
 不審な点。
 そんなものはどうでも良い。アイがどれほどこの男を警戒していようと、彼が実際腹の底で何を考えて
いようと、最終的に己の目的のためにプラスに働いてくれるならそれで構わない。
 背後の、組織。
 それもまたどうでも良いことだ。
 どんな強大な集団が相手でも、一切問題にしない自信がサイにはあった。変異を続ける脳細胞は
記憶障害と引き換えに、ほぼ万能に等しい力を彼に与えてくれる。相手になりえるのはあの虎と、
例の謎喰いの魔人くらいなものだ。
 ――使いこなしてみせる、この男を。
 ――俺になら、俺の細胞になら、それが可能だ。
 サイは唇の端を舐めた。
 無菌室の窓の向こうでは蛭が、覗き込んだ顕微鏡を前にわずかに眉をひそめたところだった。
260女か虎か:2008/11/30(日) 17:55:14 ID:ov/Hg0OJ0


 サングラスの向こうで早坂の目が見開かれたのに、女は気づいたろうか。
 国際規格のコンテナ二つに、びっちりと詰められた金塊。明かりが充分でないため判然としないが、
これが全て本物ならばまず数億円はくだらない。
「……思い出した。お前の顔には見覚えがある」
 闇の色をした女の目には、いささかの変化もない。呼吸の有無さえ怪しく感じられるほどの無表情さだ。
 早坂は呻いた。
「ICPOの国際手配書で見た顔だ。高額の懸賞金がおまえの首にかかっている。確か……五万ドルだったか」
「何のことでしょう。こんな平凡な顔の女などどこにでもいると思いますが」
 しれっと、女。
 白い顔に品よく並んだその目鼻立ちは、確かに早坂が記憶する賞金首のそれにぴたりと重なる。
 ただし手配写真は数年前のもので、年月分のギャップは厳然と存在している。活動的なショートカットは
胸まで伸び、毛先を揃えられ二つ結びに。感情の見えない顔は昔も今も共通だが、手配写真の少女に
あった全てを拒むような両目の光は、彼の前に立つこの女にはない。もっと静謐で穏やかで、安定した
ものへと置き換わっていた。
「私がその賞金首だったと仮定して、一種の思考遊びを楽しんでみるのもあるいは一興かも知れませんが、
 それで何がどうなるというものでもないでしょう。あなた自身、当局に叩かれればいくらでも埃が出る
 ご身分のはず」
 長袖から伸びた細い手が、コンテナからこぼれ出る黄金を指し示した。
「たかだか五万ドルのはした金と、これと。どちらが得か、わざわざ考えるまでもない分かりきった話では?」
261女か虎か:2008/11/30(日) 18:03:11 ID:ov/Hg0OJ0
「フン、生憎だな。前職の関係で警察には多少コネが残っていてね、おまえを通報した程度で捕まる心配はない。それに」
「それに?」
「おまえの態度が気に食わん」
 これ以上ないほど率直に早坂は言い切った。
「目の前にエサをぶら下げておけば釣れると思っているようだが、我々の行動原理はそこまで単純では
 ない。保身や好き嫌いや矜持が加わる。おまえたちが考えているより、裏の住人というのはそういった
 要素を重要視するものでね」
 引き金にかけた指に力がこもる。
 女は自分を向く銃口を、興味のないCMを見るような顔で見つめる。
「おまえからは破壊者の匂いがする。悪党は悪党でも我々とは違う、表と裏で保たれている世界の
 バランスを……いや世界そのものを叩き壊す悪党だ」
「非論理的で理解しがたいですが、どうやら失敬なことを言われているようですね」
「敬意は安売りしないことにしているんだよ。ここぞというときに安っぽく感じるだろう?」

 銃声は言い終えるより早く響いた。
 閃光のように疾る銃弾を、数センチの際どさで女は避けた。鋼鉄の箱が弾丸を跳ね返し、ピンボールの
効果音のような音を立てた。
「ユキッ!」
 早坂は弟の名を呼んだ。

 倉庫の窓が割り砕かれた。
 きらめきながら迸る破片。外で待機していたユキが飛び込んでくる。
 間髪入れず早坂は撃った。女の細い喉をめがけ、弾丸を雹のように降りそそがせる。
 身を低めて銃撃をやりすごし、女はスカートに手を伸ばした。
 一瞬覗く眩しい太腿。
 引き抜かれるのは二挺の拳銃。
 セーフティは既に外されている。
 銃口が火を噴いた。
262女か虎か:2008/11/30(日) 18:04:06 ID:ov/Hg0OJ0
 熱が一閃、早坂の頬をかすめた。
 にじむ血を確認する暇はない。直感と本能で狙いを定め、一気にトリガーを引き絞る。
 連射とともに壁に穴が空いていく。

「アニキ!」
 二挺拳銃のもう一方は、吼えながら突進する弟に向けられる。
 女の狙撃に揺るぎはない。華奢な肩から銃身の先まで、一体となってひとつの生き物のようだった。
訓練を受けた人間の無駄のない動きだ。
 ユキの脇腹から血がしぶく。顔を歪めた弟は、しかし速度を落とさない。
 距離を詰める。確実に仕留められる間合いに入るまで。

 何発目かの銃弾が、女の左二の腕を抉った。
 肉がこそげ、血が噴きこぼれる。弾丸は骨に弾かれたが、秒速百メートルの衝撃は白い手から得物を
はたき落とした。
 転げ落ちる対テロ用ハンドガン。スライドが床に当たる硬い音。

 わずかに生まれた一瞬の隙、それを見逃す早坂の弟ではない。
 女の位置まであと数メートル。彼の天分たる暗器の間合い。
 手袋に包まれた手が捻られ――

「……っ!」
 暗い倉庫に、ひときわ大きな赤い花が咲く。
 女の右肩から左腰にかけて、ざっくりと服が裂けていた。
 裂け目から覗く白い肌を鮮血が染める。
 悲鳴はなかった。ただ美しい顔がわずかに歪んだ。

「とっさに避けたか、大したもんだな」
 体を折る女にユキが告げた。
「本来ならこんなもんじゃ済まないんだが。ミンチにならずに済んでラッキーだったな」
 ボタボタと血が床にしたたる。
 さすがに呼吸が荒い。布地の上から傷を押さえ出血を抑制してはいるが、二の腕のほうの負傷に加え、
これだけの血を一度に失えば酸素の供給に差し障りが出ないはずはない。
263女か虎か:2008/11/30(日) 18:06:14 ID:ov/Hg0OJ0
「大人しくしてもらうぜ」
 弟の口にサディスティックな笑みが浮かぶ。
「警察に売るか殺して埋めるか、他のもっと金になりそうなことに使うか。その辺はアニキの考え次第だが」
「………………」
「せいぜいマシな死に方ができるよう祈るんだな」
 ざ、とユキが歩を進めると、女が後ずさった。
 黒いヒールが床を蹴る。
 倉庫の出口に向けて一目散に走り出した。

「! あの女まだ」
「ユキ」
 また手首をかざす弟を、早坂が押し留めた。移動する対象を仕留めるのに、彼の暗器は向いていない。
「良い。私がやる」
 たぁん、たん、たたたぁん。リズミカルに銃声が響いた。弾丸はことごとくが外れ、一発のみが女の肩口を
かすった。だがそれも逃走を止めるには足りず、女は傷のわりには迅速な動きで、倉庫の搬入口まで辿りつく。
 搬入口は巨大なシャッター。パネル操作で上げ下ろしによる開閉と、クレーンでの貨物の移動が可能なつくりになっている。
 女の指がパネルに伸びた。
 ゴゥンと鈍い音が響く。
 シャッターが開く――
「……?」
 と思いきや。
 何も起こらなかった。
 パネルの接触が悪いのか、それとも。
 訳が分からないままにまたトリガーを絞ろうとしたとき、地を揺るがすような轟音が耳をなぶった。
「な……」

 とっさに天井を見上げた早坂が見たものは、大気を震わせながらこちらに迫るクレーンだった。
 目と鼻の先に、荷物を巻き上げる巨大なフックブロック。
 息を呑んで固まる早坂。
 女の指がパネルの上を躍ると、ゴゥンとまたクレーンが鳴った。
264女か虎か:2008/11/30(日) 18:07:48 ID:ov/Hg0OJ0
「アニキッ!」
 弟の声。
 我に返り、とっさに身を翻そうとしたときには何もかもが遅かった。
 首が絞まった。呼吸を押さえ込まれた瞬間、足の裏が床から浮いた。
 数トンの重量を支えるクレーンのケーブルが、早坂の首に絡まった。
 上昇が始まる。ユキが駆けつけるのも間に合わない。瞬く間に足は床から離れていく。
 一メートル、二メートル、三メートル。
 ついには十メートルはある天井ぎりぎりで宙ぶらりんにされてしまった。
 体重による頚動脈への圧迫。
 咳き込むこともできず早坂は悶えた。
 息ができない。
「お前っ!」
 ユキの叫びに、女は反応を見せなかった。代わりに右手の得物を構え直し、たった今操作したパネルに
銃口を向けた。
 引き金に指が絡む。
「この状況でこれを破壊した場合、あなたの上司がどうなるかお分かりですね」
「…………っ」
 クレーンの操作手段が失われれば、吊るされた早坂をこの位置から下ろすことが不可能になる。
 他の手段で彼を解放することは、あるいは可能かもしれないが、まず間違いなく、それを実行するより
早坂が窒息死するほうが早い。
 視界がかすみ、聞こえる音が別世界のそれのように遠ざかる。酸素の供給を絶たれた脳が、早くも
悲鳴を上げはじめていた。
「このっ……」
「虚仮脅しのつもりなら無駄です、早坂幸宜」
 手をかざすユキに女が告げた。
「あなたの手品の種は、先ほどの一撃で理解しました。この距離では届かないでしょう」
 ユキがすっと息を呑む。
「――そう色めき立たず、まずは私の話をお聞きください。あなたがたと我が主人の利害は今のところ
 一致しています。暴力ではなく話し合いをもって私の申し出に応じてくださるなら、あなたの上司を
 そこから下ろすのにやぶさかではありませんが……」
 女が早坂を見上げた。十メートルの距離にかすんでいく視界を加味しても、不思議とそれだけははっきり見えた気がした。
 女の両目は、凶兆を示す彗星めいてひそやかに輝いていた。
265電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/11/30(日) 18:15:55 ID:ov/Hg0OJ0
今回の投下は以上です。
サマサさんの投下からあまり間が空いておらず申し訳ないのですが、
今日を逃すと出張が入って中途半端なところで話が切れてしまいますので……

ネウロ界のハードボイルド担当、早坂ブラザーズ。
イカレた犯罪者の多いネウロでこういう「まともな犯罪者」は貴重だと思います。
そしてどさくさに紛れて叫ぶ。アイさんのフトモモは蝶サイコー。ソースは私の脳内妄想。


>>サマサさん
な、泣くべきところなのに最後でお笑いが入っちゃったぞ!?
アレクサンドラさーん、このおホモな王子様をまともな道に引きずり戻してあげてー!
いえ、別におホモもいいんですけれども当人同士が満足していれば……
スコルピオス、ヤミちゃんや城之内には三流悪役そのもの(誉め言葉)でしたが、
死に様を見る限り彼なりの芯はあったんですねえ。じんわりきました。
そう考えるとレオンティウス、男の趣味自体は決して悪くないのか……
ところで「雷神」ってキーワード、Sound Horizonの別のアルバムでも出てきませんでした?
どこかで見た記憶がある……
266作者の都合により名無しです:2008/11/30(日) 20:04:33 ID:cEEouPFA0
ふ、ふともも!
アイの描写が怖美しいです。
なんだかとても透明な感じ。

それはさておき、一つだけつっこみたい。
コンテナ2杯分の金塊って数億円ってレベルじゃないですよー!
数億円ならせいぜい延べ棒数本。
267作者の都合により名無しです:2008/11/30(日) 21:04:10 ID:5ZtvDJyA0
出張前にお疲れ様です電車魚さん。
油断できない早坂兄弟と葛西が動き始めて
物語が加速し始めましたね。
その中でアイが凛々しくてかっこいい!
268しけい荘戦記:2008/11/30(日) 21:28:30 ID:BWxefKjz0
第二十九話「ハイレベル」

 コンマ数秒で、ゲバルと烈は互いの戦力を測定し終えた。
 全くの初対面の二人であるが、手がかりはいくらでもある。身体的特徴から漂わせる雰
囲気に至るまで、あらゆる要素を瞬時に照合する。
 奇遇にも、両者は同じ計測結果を得る。
 ──とてつもなく強い。
 充分である。手合わせしなければ真の力が読めぬことが分かった。もしかすると勝てぬ
かもしれない相手だということが分かった。充分である。
 住宅街で戦闘態勢に入った烈は、ゲバルの目にはまるでアスファルトの上にそびえ立つ
巨木のように映った。樹齢はむろん、四千年。生半可な覚悟で立ち向かえる相手ではない。
「初めて海に出た時……丁度こんな感じだったな」
 退かず、止まらず、進め。
 振り絞れ、勇気を。
 間合いに入り、ゲバルは固めた拳をピンポイントで烈の顎めがけて突き上げる。
 アッパーに対し烈は一瞬迷った。受け止めるべきか、かわすべきか。空気を切り裂いて
拳は顎をかすめていった。かすめた箇所の皮がめくれたことから、烈はかわして正解だっ
たと悟った。
「破ッ!」
 すかさず初弾を外したゲバルの脇腹に、ミドルキックを叩き込む。
 横隔膜を圧迫し、刹那ではあるがゲバルが呼吸不能になるほどの一撃であった。だがゲ
バルは烈の蹴り足を捕え、持ち上げ──
「シェイラァッ!」
 ──ぶん投げた。
 三階程度の高さまで投げ上げられるも、烈とて運動能力は抜群である。ひらりと、難な
く着地する。落胆するでもなく、口笛を吹いてこれを称賛するゲバル。
 烈は驚愕していた。体重106キロの身で、これほど舞わされたのは初めてだった。
「力では若干不利か……」
 独りごちると、烈はリラックスした足取りで間合いを縮める。
 歩みが止まった。
 即、打拳が雨あられとなってゲバルにぶつかってきた。速く、重く、しかも硬い。
269しけい荘戦記:2008/11/30(日) 21:29:45 ID:BWxefKjz0
 中距離戦では、拳速で勝る烈が圧倒的に有利となる。ならばとゲバルは烈の拳法着を掴
みにかかるが、手の甲であっさり弾かれる。しかし意地か、どうにか袖の一部分をつまむ
ことに成功する。
「噴ッ!」
 全体重を乗せた直突きがまともにゲバルの顔面にめり込んだ。が、ゲバルの指はなおも
袖にくっついている。
 短く息を吸い、ゲバルは自慢のピンチ力で袖を引っぱり、烈を懐まで引き込む。
 ゲバルは奥歯を噛みしめ、渾身の頭突きを振る舞った。
 烈の視界が自らの鼻血で赤黒く染まる──。
「よしっ!」
「うぐゥ……ッ!」
 吼えるゲバルと、うめく烈。
 ゲバルはさらに右フックで追い打ちをかけるが、烈はこれを左足刀でガード。烈の拳法
靴がほのかに焦げるほどの激突。両者、再び間合いを空ける。

 呼吸を整える両雄。フルマラソンでさえ余力を残して世界記録を更新できるような二人
が、もう息を切らしていた。
 頭に巻いていたバンダナを外し、血が付着した口と鼻を拭うゲバル。
「これから……君の自由を奪う」
 青いバンダナに血液が混ざり、紫に変色した布をノーモーションで投げつける。冷静に
手刀で叩き落とす烈。
 すでにゲバルは次の手を打っていた。ねじって貫通力を強化した髭を、超高速で吹きつ
ける。
「──ぬっ!?」
 右目に刺さる髭。視力を奪われ、うつむく烈。
 ゲバルはこうなることを知っていた。だからあらかじめ間合いを詰めることができた。
「私のバンダナと体毛によって」ゲバルの右拳に血液が集まり、肥大する。効率を捨て威
力のみを追求した拳。「君は次弾を避ける自由を失った!」
 しかし暗闇の中で、烈海王はゲバルの気配を読み切っていた。
「貴様は──」ゲバル会心の右拳をあっさりと払いのける烈。「中国拳法を嘗めたッ!」
270しけい荘戦記:2008/11/30(日) 21:30:44 ID:BWxefKjz0
 近い体格を持つ者同士、ゲバルの射程は、烈の射程でもある。驚くゲバルの鳩尾に拳を
密着させ、
「破ァッ!」
 中国拳法が生んだ秘技、寸勁が炸裂する。
 寸勁。ほとんど関節を駆動させず、通常の突きと同等の威力を生み出す高級技。烈ほど
の技量ならば、これだけで地球上ほとんどの人間を打倒可能だ。
「ガッハァッ!」
 ゲバルの唇から胃液がもれる。未知の技によるカウンター、計り知れぬダメージである
ことに疑いの余地はない。
 眼球に刺さった髭を抜き、仁王立ちとなる烈。
「私が自由であるか否かを決めるのは君ではなく、私だ。そして君が自由であるか否かを
決めるのは──私だッ!」
 ハイキックによる一撃。ゲバルの目が泳ぐ。烈は怒っていた。大いに怒っていた。
 ──が、ゲバルは怯まず、なぜかズボンのジッパーを開いていた。
「え?」
「あ、ちょっと失礼……」
 いきなり小便を決行するゲバル。条件反射で、放尿範囲から遠ざかる烈。
「いやァ〜悪い悪い、さっきから我慢してたもんで。日本じゃあ軽犯罪になるんだっけ?」
「きっ……」気持ち良さそうに陰茎をしまうゲバルに、烈の血液は瞬く間に沸点を振り切
った。「キサマァァァァッ!」
 この激昂こそが、ゲバルがもっとも欲した好機(チャンス)。
 ジッパーを上げながら、ゲバルはわずかな動作で金的に蹴りを浴びせる。動きを止めた
烈にショートアッパー、さらに眉間に一本拳を強打。嫌がり、さっと離れる烈。
「たかが小便で貴重な自由を手放してはいかんなァ、ミスター海王」
 胃液が混ざった唾を吐き捨てると、ゲバルはファイティングポーズを取った。
 烈も怒りを沈ませ、太極拳のようにゆったりと手足を戦闘用に可変させる。
「……よかろう」 
271サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/11/30(日) 21:31:30 ID:BWxefKjz0
次回で三十話。
最近はギャンブル系の漫画にハマってます。
私自身はほとんどやりませんが。

>>186
ゲバルと烈は私の中で五分のイメージです。

>>187
途中送信やらかしただけで意味はないです。
「謝りたいと感じてる〜」ネタをやりたかっただけで。

>>188
まぁまぁ疲れてます。
272作者の都合により名無しです:2008/11/30(日) 21:33:19 ID:oWQtZBQ70
>>サマサさん
蠍はここでご退場なんですね。お疲れ様でした。合掌。
ってしんみりしていた所で…ちょ、レオン何言ってんだー!?
最後の一言でシリアスがぶっ飛んじゃったじゃねーかー!
いや、ほんとにもう……大丈夫なのかアルカディアww

>>電車魚さん
こ、こんなにカッチョいい早坂兄弟が出てくるSS初めて読んだ!←
流石というか何というか、戦闘描写がカッコよすぎる! 脳内に原作の絵で再現されますw
葛西の背後の組織……って、あの人たちですよね。
この小説には登場しないだろうなぁ。ちょっと残念…
273ふら〜り:2008/11/30(日) 22:22:21 ID:Z8fKfQFZ0
また賑わってきましたね。質量共に読み応え充分、頼もしいです。

>>スターダストさん
>無銘は脂汗を浮かべながら総角や小札に謝罪の言葉を漏らしている。
これ……描写が僅かなせいで却って鮮明に、とんでもなく痛々しい声と表情が脳内再生。
もちろん香美も。この状況でズレた感想ですけど、ここに剛太が居てファースト膝枕の相手に
何か一言あればなぁと。ともあれ30分身に相性のいい助っ人登場、ここはこれで突破か?

>>サマサさん
悪には悪としての誇りあり、「彼なりの正義」とか甘い言葉は不要。スコルピオス、見事に
己を全うしました。で、公私両面でなかなか立派な人だレオンティウス、と思った矢先に、
>女を貫く槍は持ってはおらぬ――― 色んな意味で、な」
……えーと。本人は心底真剣に言ってるんでしょうが。なかなか侮れない人だレオンティウス。

>>電車魚さん
一筋縄ではいかない人、しかいませんね本作は。ここまで見ている限り、名のあるレギュラー
陣には明らかな噛ませ・引き立て役が一人もいない。そして善悪白黒の明確な区別がない
(というかみんな黒っぽい)ので、勝敗の予測が難しい。この先、誰が笑って誰が泣くのか……

>>サナダムシさん
ホームレスチームと死刑囚ズの戦いの時なんかもでしたが、原作の描写から決して逸脱せず、
しっかりと原作らしさを保ちつつ、それでいて原作から大きく膨らませているバトル内容が
いつもながらお見事。当のアライが生死すら不明の今、この戦いの先に何が待っているか?
274作者の都合により名無しです:2008/11/30(日) 22:31:50 ID:5ZtvDJyA0
お疲れ様ですサナダムシさん。
ゲバルの飄々とした感じと烈の炎のような闘志が
原作以上に書き込まれてますね。
なんかゲバルの方が大物っぽい感じですが
烈ファンとしては巻き返してほしいですw
275作者の都合により名無しです:2008/12/01(月) 02:17:29 ID:ZGk+QcSz0
・電車魚さん
早坂兄弟もかっこいいですが、それ以上にアイのハードボイルドさがいいですね。
こんな良キャラを原作ではもう見れないなんて…。その分、このSSでは活躍してほしい。

・サナダムシさん
ゲバルと烈は確かに互角レベルかも。正統派の烈とエキセントリックな戦術の
ゲバルの戦いは確かに面白そう。ゲバルの方が持ち味を生かしてますが次回は烈の反撃?
276ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 11:18:45 ID:MUsRrFk90
 戦いが始まった。ヒューリーとF08――人造人間同士の戦いが。
 ピーベリーは、二人の戦いを観察していた。戦闘の邪魔にならぬよう、建物の影に隠れて。
 ああなったヒューリーは手に負えない。怒りで周りが見えなくなった彼は、見境なく敵を殺す。
 憤怒の名は伊達ではない。
 それに、彼がまわりが見えなくなっているが故に、彼をサポートする人間がいなくてはならない。
 万が一ヒューリーが損傷した際に、その機体(からだ)を修理できるのは、彼の創造者である自分しかいないからだ。
 人造人間は精密な機械のようなもので、致命傷を修理するのなら、創造者であり彼の機体の構造を熟知しているピーベリーでなければ
不可能だ。
 それ以上に。ピーベリーは、興味をそそられていた。怜悧な知性の宿る瞳が、真っ直ぐに、F08に注がれていた。
「……まさか、この目で見ることになるとはな」
 小さく呟く。
「……<装甲戦闘死体>」
 それは暗がりに潜み、夜の眷属を滅ぼす。生前の姿をとどめた、動く死体。
 選りすぐりの死体から製造された彼女らは、誰も彼もがいわくつきの人物だった。
 例えば、17世紀のパリを恐怖に陥れたある毒殺魔であるとか。
 例えば、霧の街ロンドンを恐怖に陥れたある殺人鬼であるとか。
 共通しているのは、その全員が目が眩むような美貌の持ち主であること、吸血鬼を滅ぼすためだけに造られたということ。
 そしてその製作者は、フランケンシュタイン博士であること。
(馬鹿馬鹿しい噂話だと思っていた。信じるに値しない与太だと)
 フランケンシュタインは、すでにこの世にいない。人造人間製造法が記された二冊の禁書を残して、死んだ。
 生命を自在に操れるとまで謳われた彼も、やはり自然の摂理には抗えなかったのだ。
 と同時に、フランケンシュタイン博士の"作品"も、そのほとんどが廃棄されたと聞く。
(それが真実のはず。しかし……)
 だが、だれもが噂する。誰もが囁く。フランケンシュタインは生きている、と。
 実際にその姿を目にしたものはいない。そもそも生前から他人に顔を見せることを厭う人間だった。
 だからフランケンシュタインの生存の証拠は何もなく、すでにフランケンシュタイン没後150年ほど経っていることから、その噂話を
立てるものは大いに馬鹿にされた。現にピーベリーも信じていなかった。先ほどまでは。
 だが、いま、その"証拠"が目の前にある。
 自分達を襲った吸血鬼と、ヒューリーと戦うF08。
 思えば、吸血鬼という"おとぎ話"上の存在が実在する以上、そして徐々に彼らが数を減らしているという事実がある以上、
277ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 11:19:28 ID:MUsRrFk90
<装甲戦闘死体>の噂話もまた真実なのだろう。
 とすれば、<装甲戦闘死体>の主であるフランケンシュタイン博士も、噂話のように生きているのかもしれない。
 それは人造人間製造者すべてにとって福音になるだろう。
 人造人間の製造技術はいまだ不完全だ。いまの人造人間は欠点だらけで、生前の人格の完全再現もできない。
 だが、もし偉大なる博士が存命しているのだとしたら。命を蘇らせる叡智が、完全な形で残っているのではないか。
 完全な人造人間、完全な永遠の命すらも、手に入れることが――
「くだらん」
 ふん、と鼻をならす。
「あいにくと、わたしの目的は別にあるのでな」
 煙草に火をつける。紫煙を吐き出し、ピーベリーは、ただ静かに戦いを見つめる。


「は、はは、あはははは!」
 ヒューリーはF08に翻弄されていた。攻撃が、当たらないのだ。ナイフの一撃は、むなしく空を切るばかり。
 反対に、ヒューリーの全身は赤で染められていた。服のそこかしこに血が滲んでいた。
「……ち」
 ヒューリーは舌を打つ。
 受けた傷は致命傷にまでは到らないが、それでも不利であることに変わりはない。
 攻撃が当たらない以上、そしてこのまま攻撃を受け続ける以上、いつかはこちらが負けてしまうだろう。
 ヒューリーが苦戦を強いられているのは、ひとえに両者の戦闘スタイルの違い故である。
 大雑把な括りをするなら、ヒューリーは力で敵を圧倒するのに対し、F08は速さで敵を圧倒する。
 少女ほどの体格しかないF08にとって、速さで敵を翻弄する戦いは、とても理にかなったことなのだろう。
 いくら<装甲戦闘死体>の超絶な力があるとはいえ、ヒューリーもまた人造人間、その力は通じまい。
 F08は、刺しては逃げ、刺しては逃げを繰り返す。
 一瞬だけヒューリーの間合いに出現し、彼にナイフを突き刺し、その次の瞬間には射程外に逃れている。
 その動きを捉えられない。
 だが、徐々に動きに目が慣れてくる。F08の動きのわずかな癖、それは時間がたつにつれ把握できる。
 傷だらけになりながらも、ヒューリーはそれを見極めた。
 死に難い人造人間であるからこそ出来る芸当だ。長期戦になればなるほど、戦いは人造人間に有利に働く。
 いままで見えなかったナイフの軌道を、うっすらとだが、確かに視界の中に認める。
278ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 11:21:04 ID:MUsRrFk90
 故に、ヒューリーは、迫り来るF08のナイフを見据えて。
「……ッ!」
 はじく。
「あ……?」
 初めて動きに反応したヒューリーに、F08は驚愕の表情を作った。そして、たまらずナイフを弾き飛ばされた。
 F08の手には、武器がない。まったくの徒手空拳だ。
 その隙を逃がすヒューリーではなかった。すかさず間合いをつめる。すさまじい怒号を放ちながら。
「おおおおおお!!」
「ちィ……!」
 だが、速さで勝るF08には追いつけない。
 ヒューリーの拳は、地面を砕き、捲れ上がらせたが、それだけだ。F08には当たらない。
 彼女は依然として無傷。しかも、二人の距離は、また空いてしまった。
「たいした馬鹿力だよ、お前」
 少し離れたところから、F08が言う。
「だけど、当たらなきゃ意味がない」
「だが、お前は武器を失った。体格で勝る俺に、勝ち目はないぞ」
「は……はは、はははは! 何かと思えば、そんなことかよ。そんなの、たいした問題じゃない」
 ヒューリーはわずかに眉を顰めた。たしかに彼女のすばやさには手を焼いた。
 だが、ナイフをもっていたからこそ、彼女は脅威といえたのだ。
 彼女の細腕だけでは、ヒューリーを殺すことは出来まい。
 ならば、この自信は、何なのか。
 いぶかしむヒューリーをよそに、F08は、嘲笑いながら。
 ぶちり、と。
 自分の手首を。
 噛み破った。
「な……」
 突然の奇行に、ヒューリーは言葉をなくす。
 おびただしい量の血が噴き出る。顔を血に染めながら、けれどまったく動じずに、F08は指を傷口に挿し入れる。
 ぐちゅぐちゅと肉の中を掻きわけ、何かを掴み、引き抜く。
 それは、一本のナイフ。
279ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 11:22:25 ID:MUsRrFk90
「わたしの身体にはね、たくさんの武器が詰まってるの。それがわたしの能力。でも、それだけじゃない……」
 そして、投擲する。ヒューリーの瞳に目掛けて。
「ちッ!」
 はじく。その間に、F08を見失ってしまった。いったい、どこに。
「わたしが何の考えもなしに、こんなに武器をばら撒いたと思ったかよ……」
 ヒューリーの耳に声が届いた。声が聞こえてきた方向に視線を巡らす。
 F08が、立っていた。
 表情を禍々しく歪め、両手に新しい武器を持って。
 右手には、"くの字"に曲がった特徴的な刃、グルカナイフ。
 左手には、櫛の形状をした奇妙な刃、ソードブレイカー。
 そして――地面に突き刺さった、たくさんの剣、槍、刃を背にして。
「武器がナイフだけだと思った? ここには、わたしのための武器が、お前を九回殺しても足るほどに、ある!」
 F08の姿が掻き消えると同時に、ヒューリーの右足に、激痛が奔った。
「ぐあっ……!」
 いつの間にか、F08はヒューリーに接近し、彼の右足にグルカナイフを叩きつけていた。
 このグルカナイフは、先端に行くほど刀身が厚くなっている為、自分の体重を乗せ、ただ振り下ろすだけでも相当な破壊力を発揮する。
 痛みの所為なのか、それとも完全に破壊されてしまったのか。右足には、足先にいたるまで、感覚がない。
「おお……ッ!」
 痛みに耐え、ヒューリーはナイフを振るう。その刀身が、F08の左手の、櫛の形状をした刀に防がれた。
 ソードブレイカーと呼ばれる、奇妙な刃。その恐ろしさを、ヒューリーは身をもって体験する。
 ヒューリーのナイフは、その櫛の部分にからめとられ、F08が手首を返しただけで、彼の手から離れてしまう。
「さっきのお返しだよ」
「く……!」
 武器を奪われたヒューリーには、拳を突き出すことしかできない。
「遅ェよ、のろま!」
 鮮血が、迸る。また地面から引き抜いたのか、F08の手には新しい刃があった。
 波打つような刀身を持つ、フランベルジェの短剣。この波状の刃に抉られた切断面は癒着しにくく、治りが遅い。人造人間であってもだ。
 しかも利き手である右手をやられた。だらりと、右手は力なく垂れ下がる。 
「あっという間に満身創痍ねえ?」
 ヒューリーは、数多くの武器を使いこなすF08に戦慄を覚えていた。
280ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 11:23:08 ID:MUsRrFk90
 F08は、武器を選ばない。近接武器は数多く、その一つとっても様々な用途がある。
 そのすべてを完全に会得するには、時間と経験が必要だ。しかも地面に突き刺さっているのは、どれも一癖もふた癖もある武器ばかり。
 ナイフを得意とするヒューリーには、防御手段でしかそれらは扱えまい。
 それらの有用性を最大限引き出しているのは、彼女の類稀な天性の戦闘センスか、あるいは<装甲戦闘死体>として蘇る際に植えつけられ
たプログラムか。
「さーて、足も潰したし、武器も奪ったし、もう逃げられないわよね?」
 動けないヒューリーに向けて、F08は、花のような笑みを浮かべて。
「じゃあ、死ね」
 死刑宣告を下した。
 ヒューリーは、その光景を見ていた。
 たくさんの刃が、自分を刺し貫く光景を。
 肩にエストックが。
 脇腹にショートソードが。
 腿にスティレットが。
 胸にレイピアが。
 他にも数え切れないほどの刃が、彼の身体を貫いて――
「ぐ……う……」
 それでもなお、ヒューリーは、立っていた。
 だが、徐々に前へと身体を傾斜させ、膝ががくりと落ちて。
 ヒューリーは、地面に、倒れ伏した。
 F08は、勝利の美酒に酔いしれる。禍々しく顔を歪めて、耳障りな声で、笑う。
「ふふ……あははは! あっけない! 吸血鬼も始末したし、あとはこいつを殺して任務はおしまいね! 
 さて、と、こいつの電極は……」
 とどめをさすべく、F08はヒューリーの首元の電極に刺突短剣を突きつける。電極を破壊すれば、人造人間は完全に機能を停止する。
 ヒューリーは、何も出来ず、復讐を果たすことも出来ず、ここで朽ちるのか。
 否――
「待て」
 そのとき、地面に倒れたまま動かないヒューリーをかばうように、人影が現れた。
 ピーベリーだ。彼女の視線は、F08に、そしてヒューリーに向けられる。その顔からは、感情を読み取ることが出来ない。
 ヒューリーがやられたことに、怒っているのか、悲しんでいるのか。彼女の冷たい瞳は、何も語らない。
281ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 12:20:56 ID:TeMGQjLJ0
「あらあら」
 F08は笑う。その笑いには、嘲りの色が濃い。
「いままで物陰に隠れてがたがた震えていたあなたが、一体何の用かしら?」
「お前に聞きたいことがある。<装甲戦闘死体>」
 ひゅう、とF08は口笛をふく。
「へぇ。わたしのことを知ってるってことは、あなた、こいつの"創造者"ね」
「そうだ。この男は私が造った」
「はッ、死んだ人間が生き返るなんて与太信じた馬鹿か」
「見くびるな。人間は死ぬ、そして生き返ることはない。それを曲げることは絶対に出来ない」
「ま、あなたの言うとおりね。わたしだって結局はただの死体。生前のわたしと、今のわたしは、別人」
 そういうと、くすくすとF08は笑い始めた。それは徐々に大きくなって――
 F08の感情が、爆発する。哄笑が迸る。
「――だからこそ、わたしはうれしい! あんなくそったれな人生、こっちから願い下げだった! わたしを蔑む奴ら! わたしに哀れみを
くれる奴ら! どいつもこいつもわたしを馬鹿にしやがって! でも、わたしは死んで、生まれ変わった。今の私には力がある。私を笑った
奴らすべてを殺せる力が!」
 ――これが、F08に秘められていた狂気だった。
 自分以外のすべてを否定する。それは、極度に肥大したエゴ。 
 長い間抑圧されていたF08の自我が、この醜い怪物を生んだのだろう。
 あるいは彼女も、ヒューリーやピーベリーと同じく復讐者と言えるのかもしれない。
 だが、ピーベリーは、冷ややかにF08を見据えて。
 ただ一言、切って捨てる。
「お前のことなどどうでもいい」
「あ……?」
「お前の苦しみなどありふれている。いやはや、あの<装甲戦闘死体>と聞いて、どんな奴なのかと思えば、こんな小物だったとは」
 小物、という言葉に、F08は反応した。
 自分を馬鹿にするものは、絶対に、許さない。
「……てめえ、口の利き方には気をつけろよ。今すぐバラバラにしてやってもいいんだぜ」
「ふん。ならばせいぜい、気をつけることにしよう。話は変わるが、お前に聞きたいことがある。
 ――お前を造ったのは、本当にフランケンシュタイン博士か?」
「なんだ、そんなことかよ。確かにわたしを人造人間にしたのは、フランケンシュタインだ。まだ顔も見たこともねえがな」
282ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 12:21:28 ID:TeMGQjLJ0
「なるほど。では、お前は――私の復讐の、最高の"前座"ということだな」
「……なんだって?」
 ――この女は、いったい、なんと言った?
 ――前座。このF08様が!? 
 こめかみがぴくぴくと痙攣する。怒りのあまり、言葉をうまく紡げない。
 そんなF08を完全に無視して、ピーベリーは語りかける。
「いつまで寝ている。さっさと起きろ」
 ――倒れ伏すヒューリーに向けて。
「いつか、私は、お前に私の復讐を明かすといったな。残念だが、まだ教えられんな。だが、一つだけ確かなことがある」
 F08を指差す。そして口の端を吊り上げ、不敵に笑う。
「"これ"程度に苦戦するのなら、私の復讐を教えるのは、まだまだ先のことだな。すべての人造人間を殺すなど、夢のまた夢だ」
 そう言うと、ピーベリーは、あろうことかF08に背中を見せて、歩いていく。
 そのあまりに無防備な姿に、怒りも忘れて、F08は呆気にとられる。
(こいつ……気が狂ったのか? まあいい、こいつは生かしておけねぇ。わたしを笑う奴は、全員殺す!)
 ナイフを構え、ピーベリーに迫る。
 ピーベリーは振り向かない。ただ歩くだけで、F08を一顧だにしない。
 すさまじい速さでF08は、ゆっくりと歩くピーベリーに追いつく。
 そして。
 煌くナイフの切っ先がピーベリーに刺さる、その刹那。
 倒れ伏すヒューリーをピーベリーが横切る、その刹那。
「お前は私の道具だ。私の敵の喉笛を喰いちぎる牙だ。ヒューリー・フラットライナー。だから……」
 一拍置いて、静かに、そして強く告げる。
「敗北は許さん」
 突然、F08の視界を、一面の黒が覆った。
 何だ。これは、何だ。F08は混乱する。そしてすぐに理解する。
 自分が斃したはずの男。自分に無様に敗れ去ったはずの男。
 ヒューリー・フラットライナー! 
 彼が自分の眼前に立ちふさがったのだ。
「な……! てめえ、まだ動けて……げぶッ!?」
 皆まで言わせず、ヒューリーは、F08のみぞおちに拳を叩き込んだ。
283ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL:2008/12/01(月) 12:22:00 ID:TeMGQjLJ0
「……あんたの言うとおりだ、ピーベリー」
 その言葉には、静寂が満ちていた。何かが爆発する寸前の、奇妙な静けさであった。
「こんな奴にてこずってるようじゃ、あんたの復讐も、俺の復讐も、完遂にはほど遠い」
 ヒューリーの顔には、ぞっとするほど、感情というものが、まったくなかった。
 無感情のまま、苦しみあえぐF08を、見下ろしている。
「げ、ぇっ……て、手前ら……さっきからよくもぬけぬけとッ!」
 F08は身を翻して、ヒューリーから距離をとる。
「ずいぶんな自信じゃねえか。いいぜ、思い知らせてやるよ。<装甲戦闘死体>の、いや、わたしの恐ろしさを!」
 またも地面から武器を引き抜く。そして、猛然と突進する。
 先程よりも、鋭く、かつ速い動き。
 ――だが。
 F08の頬を、ヒューリーの拳がとらえる。そして殴り飛ばす。
「がはッ!?」
 たまらずF08は地面を転がる。何が起きたかわからない、そんな表情を浮かべ、F08はヒューリーを見る。
 そこには――
「これからもう、お前には、何もさせない。何も出来ないまま、壊れろ」
 人の形をした悪鬼が。
 憎悪に凝り固まった視線で。
 自分を、射抜いていた。
「壊れろ」
 冷え切っていた言葉は、次第に熱を帯びていく。
 今度は、憤怒を込めながら、叫ぶ。
 咆哮が、轟いた。
「悲鳴をあげて、涙を流しながら、壊れろ!」 
284ハシ ◆jOSYDLFQQE :2008/12/01(月) 12:22:56 ID:TeMGQjLJ0
次回からF08の凋落が始まります。
>>前スレ345さん
次回はスーパーF08涙目タイムです。
>>前スレ349さん
自分のサイトもしくはブログを持つのは、長い間の夢だったので、念願かなってとても嬉しいです。
ネクロはもちろん、ロンギヌスも頑張ります!
>>前スレ350さん
おそらくちょっと長編にくいこむぐらいの分量で終わりますね。今回の投稿でぎりぎり60KBに足りなかったので。
ネクロは、F08が倒れて終わります。ロンギヌスもそろそろ再開しないとですし。

電車魚さん
虎、中国、自我のキーワードから山月記を連想したのですが……この化虎はもっと恐ろしいなにかですね。
そして、それと対決するサイも。原作のほうのネウロは、最近読み始めたばかりなので、まだキャラを把握していないのですが、誰も彼もが
輝いていますね。特にアイさん。一見無表情に見えますが、確かに彼女からは、サイを思う気持ちが伝わってきます……。
女か虎かを楽しむために、原作も楽しんで読んでみようと思います!

スターダストさん
おおお……なんて華麗な剣の描写! 秋水も総角も、すごい。そして、剣の描写もまた、すごい。
現実にある剣の流派から始まり、フィクションの流派まで織り込む。こういう虚実ないまぜの描写、大好きです。

サマサさん
なんて不器用な愛し方なんだ、タナトス……。運命が命を奪うなら、そしてそれが避けられないなら、……安らかな死を与えよう、と。
決して肯定できる方法ではありませんが、彼もまたミラに抗う一人なのだと思います。こういうキャラ、大好きです。
そして……レオンティウスが! バロックの漢に!?

ふら〜りさん
順調に小物化が進んでいるF08に、自分もwktkが止りません。書いてるの自分なのに。F08の言動のところにくると筆が異様にすら
すら進みますw
F08はかませ扱いされて始めて光り輝く存在だと思っているので、次回からが彼女の真骨頂ですね。どこまで彼女が小物になるのかが、
ネクロファンタジアの肝です。たぶん?
285作者の都合により名無しです:2008/12/01(月) 17:31:14 ID:QTt6XUZ10
おうハシさんも復活ですか。
こりゃまたスレもにぎわってきましたなー
F08の狂いっぷりもいいけど、いよいよ次回から
お仕置きタイムかな?でももうすぐ終っちゃうか。
スプリガンも楽しみだから嬉しいやら寂しいやら。
286作者の都合により名無しです:2008/12/01(月) 21:46:41 ID:+lwajAWd0
お久しぶりですハシさん。
サディストで人を見下してばかりのF08ですが
少し調子に乗りすぎましたかね。
次回からのヒューリーの反撃の前にぼろぼろになるのかな?
ロンギヌスも期待して待っております。
287永遠の扉:2008/12/02(火) 05:04:36 ID:nPiVl0j60
第086話 「終戦処理」

 最後の一体になった月顔が歪んだ笑みを増殖させていく。
「おやおや。お久しぶりだねパピヨン君。無礼については謝るよ」
「しかし確かに先約を無視した私にも非はあるけれど」
「いきなり力づくでパーティを中止させようというのは感心しないね」
「第一、爆発物を会場に持ち込むのもマナー違反じゃないかな」
「しかも不意打ち」
「それに私はまだ君と争うつもりはないし」
「できれば末長くお付き合い願いたいと思ってるんだけど?」
 壮年を迎えころころと太った欧州の女性のように甲高い声にはまるで緊張感がない。
 それもその筈彼の武装錬金は不死鳥にも似た特性を有している。すなわち増殖さえすれば
同時に総てのムーンフェイスを斃すか拘束せぬ限りいつまでもいつまでも戦えるのだ。
 しかも立ち向かってくるパピヨンと体面上は仲間だった時期もある。伝手と本来の狡猾な性
質を以てすれば必ず切り抜けられる。……次の声はまさにそういう自信に満ち満ちていた。
「そうだ。見逃してくれたらいい物をあげるよ。私の再就職先は錬金術に精通」
「だがNON!」
 伝手も狡猾も自身も粉砕するドス黒い笑みが胸の前でバツを描いた。
「気に入らないね。人が留守をしたパーティ会場に土足に踏み込んでおいて物で釣ろうとする
傲慢かつ人を舐めたその態度!」
「お前が言うな!! だいたい今までどこに行っていたんだ!?」
「ど……ゴパァ!」
 斗貴子の絶叫は吐血によって無視された。
(はしゃぐからだ)
(はしゃぎすぎたな)
(はしゃぎすぎたようね)
(全速力で地下に飛び込み武装錬金を振るった後に間髪入れずまくし立てればそうなる)
 秋水、防人、千歳、根来は呆れたが、しかしパピヨンは止まらない。
 口の血を拭って荒い息をつくと、喘鳴(ぜんめい)混じりでハリのある大音声を張り上げる。
 濁った瞳は五輪のごとくブレにブレている。
「どこの共同体に鞍替えしたかなどまったく興味はないが、貴様程度が与えられる代物などこ
の蝶・天才の俺に作れぬ筈がないッ!」
288永遠の扉:2008/12/02(火) 05:05:26 ID:nPiVl0j60
 しかもくるくる回ったり喘ぐように発音したり腰をくねらせたりしつつだ。
 辺りに立ちこめ始めた妖気は何ともおぞましい。
 小札は驚き香美は貴信とともに震え、袖を鐶にぎゅっと掴まれた無銘すら歯の根を鳴らした。
(……実況不可能な方がこの世にいたとは)
(ご主人、アレ何!? 怖い! アレ怖いじゃん!!)
(落ち着くんだ香美! あ、あれはちょうちょだ! おかしな発生したちょうちょだ!)
(嫌です……。あんな人……嫌、です。助けて下さい……無銘くん。涙が……出ます)
(おおおお恐ろしくなんかないぞ我は! 鐶につられてるだけだ! そ、そうに違いない……)
 対峙していたムーンフェイスが白目を縮めて生唾を飲み、後ずさるやいなや踵を返して逃げ
出したのはブレミュ一同とはまた違った理由である。
 ……
 増殖を終えたばかりのムーンフェイスの周囲に黒死の蝶が充満していた。
 包囲網を突破し安全圏まで行かねば全滅は免れない。
 そんな物理的で単純な構図から逃げようとしたのだ。

「残念。逃がさない」

 狂喜に引き攣る口から濁った吐息がねっとりと漏れ──…

「まとめて吹き飛ばしてやる!」

 指が弾かれると同時に大爆発が起こった。

 かくてムーンフェイスは殲滅された。
 彼も強かったが、相手が悪すぎたとしかいいようがない。

「銀成市の時間を進めたのは鐶。超新星を空に放ったのは貴信。どれも戦闘のための必然的
な動作であって、俺が命じた訳ではない。よって利用した事にはならないさ。あくまで幸運」
 総角だけは瞑目して気障ったらしい笑みを浮かべた。

「で、貴様たちのお目当てはコレという訳か」
 まったく油断も隙もない。戦士たちは声がどこから来たか知ると驚愕を浮かべた。
289永遠の扉:2008/12/02(火) 05:08:43 ID:nPiVl0j60
 パピヨンが先ほどの小部屋の中で『もう一つの調整体』を解放して握っている。
 ヘルメスドライブを持つ千歳でさえ舌を巻くほど素早い移動だ。
「だが俺ばかりが蚊帳の外というのもつまらん。何があったかさっさと説明してもらおうかブチ
撒け女」
「なんで私が」と抗弁しかけた斗貴子が、防人からのなだめすかしを得て説明するまでいささ
かの時間を要した。

 更にしばらく後……

「成程。こんなちっぽけな核鉄もどきの為にね」
『もう一つの調整体』を掌の上で投げつつ、パピヨンはつまらなさそうに呟いた。
「まったく話にならんな」
「何!?」
 説明を終えた斗貴子の形相がみるみると激情に染まった。今にも斬りかからんばかりだ。
「がなるなよ。要するに貴様たちはそこの金髪男とムーンフェイスにいいように踊らされていた
という訳だ。違うか?」
「それは」
「相変わらず下も下なら上も上だな。風の噂で聞いたが大戦士長とやらが何者かに誘拐され
行方不明とかいうじゃないか。俺に八つ当たりする暇があるのならまずは下っ端らしくそっちを
どうにかしてみせたらどうだ?」
 こういう挑発につくづく弱い斗貴子だが、理性でなんとか持ちこたえた。
 しかし詰め寄りながら発する声音はひどく強張っておりつつけばすぐにでも爆発しそうだ。
「……まあいい。だが『もう一つの調整体』は渡してもらおうか」
「断る」
 黄色い核鉄を弄ぶのにも飽きたらしい。宙に浮いたそれをパシっと小気味よくキャッチすると、
パピヨンは戦士一同を指差した。
「生憎だがご先祖様を殺した瞬間からL・X・Eの施設は総てこの俺パピ・ヨン! の物と決まっ
ている! そう、上は修復フラスコから下は実験器具に至るまで全部全部俺の物!」
 非常に意地の悪い笑みが蝶々覆面(パピヨンマスク)の下でぐつぐつと沸騰する。
「あの時の決戦にさえ持ち出されなかった核鉄もどきなんぞに今さら何の興味も沸かないが、
しかし貴様たちにむざむざ呉れてやるつもりもないね。そもそも俺にいわせれば」
290永遠の扉:2008/12/02(火) 05:09:31 ID:nPiVl0j60
「『空き巣よろしくコソコソと奪おうとした連中こそ悪い』。……フ。断わっておきますが俺達に
限っては正当な持ち主たる貴方へ献上するために諸々の雑務をこちらで引受けただけ……
とだけ申し上げておきますよ。Dr.バタフライの玄孫殿」
 声は総角の物であった。
 彼は膝をついて執事のごとくとうとうと述べ上げている。
 パピヨンの顔色が変わったのはその丁重すぎる態度が気に障ったのか、それとも次の言葉
を横取りされたせいか。
「気に入らないね。慇懃無礼なその態度」
「これは申し訳ありません。爆爵殿には生前並々ならぬお世話になったため、御恩返しとばか
りにその核鉄を起動する六つの割符を部下ともども集めましたが……余計な手出しだったよ
うで。確かに貴方の才覚であれば一日とかからず起動にこぎつけた事でしょう。しかしご不在
時に何やら不穏な動きを見かけましたのでつい老婆心にて」
 パピヨンの頬が一瞬だけ喜びに歪みかけたが、すぐ怒りに引き攣った。
 堂々とした媚ほど腹立たしい物はないのだろう。
 秋水は気づいた。

──「だが俺ならば正しく使ってみせるさ」
──「いや、正確にいえばあるべき所に戻すというべきか」

(あるべき所とはパピヨンの事だったのか。……全く喰えない男だ)
 先ほど剣で下した相手だというのに俄かに巨大に見えてきた。
 ちなみにこの時の秋水は、小札たち一同に刀を突き付け反撃せぬよう牽制している。
 もっとも彼らに戦意はないらしく、めいめいの表情で総角を眺めるばかりだ。
「何かあれば部下ともども協力致す所存です。ご用命あればいつでもどうぞ」
 透き通るような笑みで総角はパピヨンを見上げた。透明なあまり却って人工物に見える笑顔だ。
「なんか腹たつじゃんあの態度! 口調はあやちゃんのパクリだし、あたしらコキ使ってるとき
とちがいすぎ!! なにアレ? ねぇなにアレご主人! ムカつくじゃん! うぅ〜!」
 香美がこう唸るぐらい胡散臭くもある。結果、パピヨンは心象を著しく害した。
291永遠の扉:2008/12/02(火) 05:10:25 ID:nPiVl0j60
「で? 貴様はそうやって俺に協力するフリをして何を俺にさせようとしている? 言っておくが
戦団への助命嘆願ならしてやる義理はないね。まして策を弄しておいて負けた男なら尚更だ」
「フ。成否は別として自分の命程度なら自分で助けるつもりですよ。かつての貴方同様に」
「一緒にするなよ貴様ごときと」
「これまた失言」
 すっと伸びあがった総角は数歩歩くと、思い出したように呟いた。
「そうそう。あの晩の蝶野邸からL・X・Eのアジトへと貴方を運んだのは……この俺」
「ほう」
 パピヨンの眉が微妙に跳ね上がったのは怒りか屈辱か懐かしさか。
「その時に周辺から細胞片をかき集め、再現し、観察したためニアデスハピネスを……いや、
これもまた失言か」

 そのやり取りの間に戦士たちはどうするか相談した。
「確かにパピヨンのいうコトにも一理はあるが……どうしたもんか」
 腕組して呟く防人を斗貴子は鋭く見据えた。乱暴にいえば「戦士長ならそんな一理よりも任
務を優先してさっさとパピヨンから『もう一つの調整体』を奪還しろ」。そんなニュアンス。
 だがそれは正論でもあるから防人は難しい顔である。
『もう一つの調整体』が核鉄となると俄かに人を襲う可能性は少ない。
 ましてそれを持っているのはパピヨン。これまでの言動を考えるとカズキと決着がつくまで街
の人間を襲わないように思われた。もし仮に『もう一つの調整体』が核鉄以上の生物兵器で暴
走したとしても、先ほどのムーンフェイス殲滅同様全力を以て食い止めるだろう。
 一方、そんな彼から『もう一つの調整体』を奪還しようとすれば莫大な戦闘が必要になる。
 戦士たちは根来以外全員が重傷。(千歳はまだズグロモリモズの毒が残っている)
 根来なら亜空間からすぐに奪還できるが、そういう刺激を与えるとパピヨンは戦士たち全員
に反撃の矛先を向けかねない。そうなってくるとどうにもならぬ。
「……すっきりしない決断だと思うかも知れないが、今の戦力では取り戻そうとする方が危険
だ。ここはいったん諦めよう。何かあれば俺が責任を負う」
 判断に至った理由、それから「戦力回復後に指令が下れば改めて奪還する」という防人の
言葉に斗貴子は渋々ながらに納得した。秋水もまた然り。
292永遠の扉:2008/12/02(火) 05:12:25 ID:LAeTjBDU0
「ようやくまとまったようだな」
 パピヨンは天井の穴の下で腕組みすると大儀そうに呼びかけた。
 月光が細く引き締まった華麗なる肢体をきらきらと照らし、えもいわれぬ色香が漂っている。
「まあ当然といえば当然の結論。それが出た以上こんなカビ臭い所にもう用はない。さっさと
立ち去らせてもらう」
 結論の出ぬうちに去るのは逃げるようで気に入らなかったのだろう。
 ちなみに彼の武装錬金ニアデスハピネスは変幻自在の黒色火薬。
「だがブチ撒け女はここにずっと引き籠っていろ! 今の辛気臭い顔にはそれがお似合いだ!」
 黒い粒子が背中へ蝶の羽の如く集結したのもまた特性ゆえの現象だ。
「っの! 黙っていれば言いたい放題! お前こそずっとここに沈んでろ!! 大体その方が
誰もおかしな物を見ずに済むんだ!!」
「やれやれ。馬鹿の一つ覚えだな。しかも未だに風流を解す目を持ってないときている」
 四本の処刑鎌を振りかざして突進した斗貴子をひらりとパピヨンを避けて飛び立った。
「俺は新たな目的のために蝶・忙くてね。ブチ撒け女ごときには構っていられない!」
 蝶の羽の端々に輝くオレンジ色の燐光が尾を引いて天井の穴へ吸い込まれた。
「まず探すべきは──…」
 最後に、声が響いた。
「この街に来たというヴィクターの娘だ!」
「何!?」
 秋水が驚く頃にはもう声の残響もパピヨンの姿もなくなっていた。
(ヴィクトリアを……どうするつもりなんだ?)
 一難去ってまた一難。
 ヴィクトリアを取り巻く運命はまだまだ転変していくように思われた。

「『もう一つの調整体』については一段落ね。……残るは」
「総角主税の戦団への連行」
「そういえばお前たちの本来の任務はそっちだったな」
 千歳と根来が頷く頃、総角が涼しい顔で寄ってきた。
「古い話だが、皆神市における事件の背景の聴取という事だな。それから『もう一つの調整体』
の実態について」
「ああ」
293永遠の扉:2008/12/02(火) 05:13:43 ID:LAeTjBDU0
「ところで、あれがパピヨンの手に渡った以上、お前たちとしては手持無沙汰の筈。戦団へ”奪
われました”とみすみす報告するのは辛かろう」
「何がいいたい?」
 悠然としすぎた態度に斗貴子の眼が三角になった。いわば逮捕された犯人なのだ総角は。
にもかかわらず彼はまったく対等以上の態度で接してきている。パピヨンへの怒りが冷めぬ時
にそんな態度を目の当たりにすれば逆上しかけても仕方ない。
「よってだな。些少ながら」
 指が二本、無造作に立った。
「核鉄を20個、戦団に献上する」
 言葉の意味を理解した斗貴子は彼女らしく叫んだ。
「フ、フザけるな! 核鉄が20個といったら……全核鉄の5分の1だぞ!?」
 意味が分かっていっているのかと彼女は目を戛然と見開いた。
 秋水すら内心でそう叫びたい気持ちだ。彼と桜花はそれぞれ一つの核鉄を借りるのにさえ
莫大な苦労を強いられた。信奉者として生き残り、学校生活では品行方正に務めあげ、それ
を重ねて約三年。ようやく生徒会会長と副会長になって「借りた」程度。それに比べれば実に
20もの核鉄を戦団に提供しようなどという話は全く現実離れしすぎている。
「嘘ではないという保証は?」
 流石に防人の瞳にも強い猜疑の光が宿っている。
「鐶」
「……はい」
 呼ばわれた鐶はポシェットをごそごそとまさぐり、次から次に核鉄を取り出し始めた。
 無銘も貴信も自分の核鉄を床に置いた。どうやら先ほど彼らの行使していたのは「20の核
鉄」から拝借していたらしい。
 ──やがて地面に出現した核鉄の山ほど現実味のない光景はなかった。
 一般人が札束を見る感覚に近い。いや、宝石の山か。とにかく全世界に散らばっているで
あろう100の核鉄のうち5分の1がこんな薄暗い地下に集結しているのは信じがたい光景で
あり、総ての核鉄を入念に確認する千歳の白魚のような指さえ微かに震えた。
「……確かに20個あるわ。イミテーションでも張りぼてでもない本物の核鉄が」
「ん? そうなると俺たちが奪った核鉄が他にもあるから」
「最低でも合わせて26個」
(俺が貴信たちから奪っても何の戦力低下にもなっていなかったというのか……?)
294永遠の扉:2008/12/02(火) 05:16:55 ID:LAeTjBDU0
 愕然とする戦士に総角は朗々と説明した。
「フ。10年もあちこちを放浪すればそれ位の核鉄は集まるさ。平均でいえば一年に3つ入手
すればいいから決して達成不可能な数字ではない。だいたい鐶が仲間に加わってからは加
速度的にあちこちの共同体を殲滅できるようになったしな」
 しかし斗貴子が本当に本当に総角を攻撃したくなったのは次の文言がきっかけだろう。
「そして大戦士長・坂口照星をさらった者どもの情報も教える」
 本当に何なのかこの男は。あまりに戦士一同を喰い過ぎている。
「その代わり、坂口照星救出まで部下の命は保証してもらいたい」
 防人は「おや?」と首を傾げた。
「お前の安全は勘定に入っていないようだが、それでいいのか」
「フ。流石に鋭い。白状すると俺は今の提案が巨大な外圧や危機と上手く絡みあう事に一縷
の望みを賭けている。『こちらが何もいわずとも戦団側の事情でしばらく生存を黙認される』。
そんな事態に。何しろいまお前たちを派手な条件で呑んだとしても、戦団に断罪されれば引
かれ者の小唄だからな。これでも結構必死だったりする。いや、本当に。本当マジで」
 総角はちょっとおどけた。おどけながらも額には汗が数滴浮いている。
(ちょっと素の部分が出ておりますねコレは)
 小札はドキドキしながら頬をわずかに綻ばせた。
「成程。確かにただ核鉄を献上する程度なら事情聴取の後に処断される確率の方が高いな」
 危機にあるのはむしろ総角たちなのだ。
「まぁ、例え処刑されようと運命として大人しく受け入れるつもりだ。秋水と斬り結んだ感触が
冷めやらぬ内に死ぬのも生き様としては悪くない」
 防人の決断は総角の粛然とした微笑によって促された。

「分かった。戦士長の権限において君の提案を受け入れよう」

(まったく納得はできないが、今の戦団の状態から考えると呑まざるを得ないというコトか)
 感情と思慮の乖離に懊悩しつつ文句は飲み干す斗貴子である。
(だがそれでも、この街での戦いは終わったのは事実だ)
 天井の穴から月が覗いている。それは微かに潤んだ瞳の中でくしゃくしゃと歪んだ。

 ややあって。
 幾つかのやり取りと一つの意外な出来事を経て……
295永遠の扉:2008/12/02(火) 05:17:32 ID:LAeTjBDU0
.
 総角を筆頭とするザ・ブレーメンタウンミュージシャンズの面々は連行された。

「できればまた剣を交えてみたいな。できれば真剣ではなく竹刀で」
「……そうだな」

 数多の事情を鑑みれば叶うかどうかも怪しい約束を残して。

 …………

「むーん。やっぱり保険は掛けて置くものだね」
 誰もいない路地裏を歩くムーンフェイスが居た。
 念のために分身を1体別の場所へ配置していたのだろう。かつて鐶と戦った時のように。
「まさかあそこでパピヨン君が出てくるとは流石の私も予想外。……心残りだけど今は退散さ
せてもらうよ。これを使っても良かったけれど、そうすると『死魄』が出てきてしまう。流石の私
でも完全に制御できるかどうか……いや、発動して生き延びれるかさえ怪しいからね」
 その手にあるのは逆向から奪った廃棄版の『もう一つの調整体』。くすんだ黄色の核鉄。
「しかし私は諦めない。何年経とうとどんな手段を使ってでも、この地球を月面世界のように荒
廃させてみせるよ。いまは再就職先でしがない一構成員をやっていたとしても……必ず」
 かつかつと足音を立てながらムーンフェイスは闇に溶けていった。

 千歳がヘルメスドライブで探索しても映らない、深い深い闇へと──…

 ……秋水とムーンフェイス、そしてもう一人の男が熾烈な戦いを繰り広げるのはこの稿より
随分後のコトである。

 そして時系列は翌日に移る。
296スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/12/02(火) 05:19:05 ID:LAeTjBDU0
おはようございます。
あと3回の投下で第一章を終える予定です。

>>236さん
正気を保っているがゆえの悲劇と申しましょうか。
基本的に変態相手と日常パートでは苦労のし通し斗貴子さん。
しかし彼女がいるからこそ変態とボケが際立つのです!

>>240さん
絵の力はやはり偉大ですね。
SSでは常識人なブラボーも実は外見がスゴいので三人まとまってるとすごいカオスw 

>>241さん
誰も彼も喰われてしまいますねw いろんな意味でブッちぎりな御方なので。


サマサさん
>ゲスはゲスなりに、虫けらは虫けらなりに、自らの物語を生き抜いた
生き様はとにかくとして、こういう「全うした」という生き様は好きです。こういう芯のある悪党居
てこその物語であり急展開。渦中にあって叫び一つで混乱を収めれるのは正に英雄。タナトス
さえ与えられる快感の波に身をふるわせるしかないでしょう! あまり見たくはないですが!

パピヨンとムーンフェイスは作中きっての変態なので、一緒の空間にいるのを描けて楽しかっ
たですねw 行けるところまで行きますよー。

ふら〜りさん
情報量が少ないからこそ想像をかき立てる物があるのだなあと改めて知る思いです。こういう
意味ではテンポ優先で描写を最低限に収めるのも良いのかも知れません。とにかく、無銘は
そのうちいいコトがありますよ。香美については次回にて。
297スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/12/02(火) 05:21:05 ID:k3oMENNZ0
電車魚さん
> いわゆる浪花節でいうところの『落とし前をつける』という感覚。それを七割増しばかり打算的に
>すれば、今の早坂の心理になる。
> どこの回し者とも知れぬこの女にそんな内面を吐露するほど、彼は無防備ではない。
この三行に早坂久宜の総てが濃縮されているといっても過言ではない! 裏社会にいる男
としてのケジメがあり、望月の会社で培った仮面があり打算があり。再登場とタイミングばっち
しなので彼ファンとしてはホクホク。それからここで「笑顔」のお仕事が絡んでくるとは。そーい
えばあんな物騒な商品売りそうなのは笑顔しかない。臨場感のある心理描写もお見事です。

>「炭に置けねェなあおまえも」
最高の褒め言葉ですw ありがとうございます。総角戦終盤には自分が「少年漫画」って思え
る要素を色々と詰め込んでみました。喜んで頂けたら幸いです。そしてパピヨンの登場でよう
やく次への態勢が整った感じなので、ラストに向けていい感じの熱量でいきたいですね。

ハシさん
>「いいぜ、思い知らせてやるよ。<装甲戦闘死体>の、いや、わたしの恐ろしさを!」
何という敗北フラグw もはやこのかませっぷりは芸の域ですねw 
時代劇には斬られ役を専門にする方がいますが、08ももうその域。かませを芸として昇華して
いる。エンバーミングしか知らないのに気づけば08ばかり応援してます。

総角戦は剣戟の面白さに目覚めた稿でした。何かこうですね、総てが文章向きの戦闘手段。
その無限の可能性にときめく一方、刀一本の扱いについて考え蓄積してきた先人たちの偉大
さをひしひしと感じます。
298作者の都合により名無しです:2008/12/02(火) 05:46:40 ID:jBBgTcMY0
>サナダムシさん
烈は人がいいからなあ。バキならすぐ金的を蹴りにいくんだろうけど。
技量では烈が上と思うけど精神戦で負けそう。ゲバル地球拳出るかな?

>ハシさん
今までFO8のターンだった分、ヒューリーのターンはFO8にとって
悲しいものになりそうですな。あと3話位で完結?ちょうど長編ですな。

>スターダストさん
パピヨンは出現と同時に場を支配する雰囲気を持ってるから凄いなあ。
斗貴子は簡単に激高するし、小札すら実況不可能だし。美味しいキャラですなw



個人的にサナダムシさんのギャンブル物読んでみたいなあ。

299作者の都合により名無しです:2008/12/02(火) 08:25:59 ID:FJl83o7b0
いよいよスターダストさんの大長編も佳境・・
う、第一章?いえいえ最後まで読ませて頂きますとも。
大好きなパピヨンも第二章では活躍しそうですし。
しかし、最終章までいくと並の長編20本分くらいになりそうだw
300遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 10:39:23 ID:HoYYQ43r0
第十八話「奴隷市場」

「うーん…」
レスボス島を離れ、本土の港町にて。
「ほれほれお客さん!こりゃいい品だよ!悩んでないで買った買った!」
露天商がひしめき合い、大勢の客でごった返す、青空市場。
その一角で、遊戯は並べられている商品を見ては唸っていた。ギンギラギンに輝くアクセサリー。遊戯はその中から
銀の腕輪を手に取り、首を捻る。
「遊戯…お前、それがそんなに欲しいのか?」
オリオンが呆れたように肩をすくめる。
「いや、ボクはそうでもないんだけど、もう一人のボクがね…<もっと腕にシルバーとか巻けYO!>だって」
「あいつ、こういうの好きだもんな」
「へえ、意外とオシャレさんなのね」
城之内とミーシャも興味を惹かれたのか、腕輪をマジマジ見つめる。
「あっそ…じゃあ、買っちまえよ。どうせそんな高いモンじゃねえんだろ?」
と、値段を見てオリオンは目を丸くした。慌てて遊戯達を抱えて愛想笑いを浮かべつつ、お邪魔しました〜と露天商
から鋼鉄製粘体動物(経験値1350)の如きスピードで皆を連れて離れていく。
「ちょっとオリオン、何するの!」
「バカ野郎!値段くらいよく見やがれ!高級遊女(ヘタイラ)を一気に三人は呼べる値段だろうが!あんなもん買う
くらいなら、鋼の剣とか鉄の鎧とか、そういうのを選べよ!」
ちなみに。この時代のギリシャにはまだ製鉄法はない。あって精々が銅の剣か青銅の鎧である。
「そ、そうだったの!?ごめん…」
「全く…つーか、なんで俺達、悠長に買い物なんてしてるんだ?」
「そりゃお前、新しい町に着いたらとりあえず装備を整えるのがRPGの基本ってヤツだよ」
城之内はさも当然のように言った。
「まあ、確かにそうだが…あの腕輪に、そこまでの効果があるのか?精々防御力+2ってとこだろ」
301遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 10:40:11 ID:HoYYQ43r0
それ以前にこの世界はRPGだったのか?オリオンは試しにそこらのオッサンに声をかけてみた。彼は待ってました
とばかりの笑顔で、答えた。
「武器や防具は装備しないと意味がないよ!」
「…あの、他に何か言うことは?」
「武器や防具は装備しないと(略)」
「…………」
「武器や防具は(略)」
オリオンはオッサンから距離を取った。その顔には<見なかったことにしよう>と、大きな文字で書かれている。
「話を変えようぜ。これからどうするのか、だ」
「とりあえず町の近くでモンスターを倒してレベルを上げとこうぜ」
「んなもんが闊歩するような物騒な世界じゃねえよ!そもそもモンスターを使うのはお前らだろうが!」
「悪かったよ…海馬とエレフを、どうにかして止めねーとって話だよな」
城之内も流石に真面目な顔になった。
「早くしねーとあのバカ共、マジで世界征服でもやらかしそうだからなー…あ、悪い」
ミーシャの前で、実の兄であるエレフをバカ呼ばわりはまずかったかもしれない。
「いいのよ、城之内」
しかし、当のミーシャはあっけらかんとしたものだった。
「だってエレフ、ほんとにバカだもの」
遊戯達は思わず吹き出した。あのレスボスでの顛末が、逆に彼女を強くしたのかもしれない。この調子ならミーシャ
には、何の心配もいらないだろう。
「それはそうと、これからどうすんだ?この広い世界で当てもなくあの二人を探すってのは難しいぜ」
「…俺の考えを言おうか?まずは、アルカディアに行くべきだ」
オリオンが口火を切った。
「蠍野郎のことで文句の一つも言ってやりてーしな。後はこっちの事情も話して、上手くすればエレフを止めるため
に協力してもらえないかと思う…まあ、そこまで事が都合よく進んでくれれば誰も苦労しねーけどな。下手すりゃ話
も聞いてくれずに門前払いされる可能性だってあるんだ」
そんなオリオンに対し、城之内は大丈夫だって、と楽天的に言ってのける。
302遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 10:41:16 ID:HoYYQ43r0
「こういう場合、王様なんていっても、意外とそこらの旅人相手に普通に会って話してくれるもんだぜ」
「だから、お前の常識で語るなよ…」
「まあそう言うなって。後は、アルカディアの連中がちゃんと話を聞いてくれたとして、真面目に受け取ってくれる
かどうかだよな…それ以前に、エレフの言ってることが万一にでも本当だったとしたら、ミーシャをまた狙ってくる
ことだってありえるぜ?」
「いや、その可能性はまずないだろう」
オリオンは、きっぱり言い切った。
「そうか?」
「ああ。未来から来たっつーお前らはどうか知らんが、少なくとも俺達は…この時代の連中にとって、聖域だの神域
だのってのは絶対不可侵のはずなんだ。それを破ってまでミーシャを狙ってくるなんざ、国家の判断としちゃあまず
ありえねえことだぜ。だからあの件は恐らく、蠍野郎の暴走だと思う」
「うーん…」
城之内は分かったような分からないような顔をして唸る。
「どっちにしろ、ここでじっとしてるわけにはいかないよ」
遊戯が真剣な顔で皆を促す。
「そのアルカディアって所に行ってみよう。とにかく、あっちにもうミーシャさんを傷つけるような気がないって分かれば、
エレフとも少しは話しやすくなるんじゃないかな?海馬くんは…よく分からないけど」
「もうあのヤローはこの世界に置き去りでいいんじゃね?その方がオレ達の時代は平和になるぜ」
「不法投棄はよせ!この時代から環境汚染を進めるつもりか!?あんなんがいたらそれだけで水は腐り、風は穢れ、
火は乱れ、地は屠られ、いずれは神をも殺しちまうっつーの!」
産廃の如く扱われる地球に厳しい男、海馬瀬人。それはともかく。
「しかし結局、どうなるかはやってみないと分からないってことか…」
「仕方ないわよ。世の中一体どうなってるのか。その真意は、女神(ミラ)のみぞ知る…なんてね」
「ま、やれることは片っ端からやってみようぜ」
「それじゃ、早速出発する?」
と遊戯は言ったが、城之内は首を横に振った。
303遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 10:42:18 ID:HoYYQ43r0
「そこまで急がなくてもいいだろ。もうちょいこの辺を見物してこうぜ。じゃあオリオン、オレと遊戯はそこらテキトー
にブラついてくるからよ。また後でな!」
「え?ちょ、ちょっと待って…」
「お、おい城之内!何勝手なこと…」
ミーシャとオリオンの抗議の声も聞かない振りして、城之内は首を捻っている遊戯と共に、町の雑踏へ消えていく。
残された二人は、どことなく気まずそうに顔を見合わせるのだった…。

「―――ねえ、城之内くん。町を見物するんじゃなかったの?」
なのに、何故。自分達は物陰に隠れて、オリオンとミーシャの様子を窺っているのだろう?
「バーカ。オレ達がいたんじゃあの二人、くっ付きようがないだろ?」
「あ!そういうことか!」
遊戯は得心いったとばかりに頷く。
「オリオン、ミーシャさんのことが好きだもんね。ミーシャさんも…」
「ああ。だからよ、ここは気を利かせて二人っきりにしてやるのが友情ってもんだろ?」
「…そうかなあ?」
人、それを出歯亀というのではなかろうか。遊戯はそう思ったが、口には出さない。彼だってこういう悪戯事が嫌い
なわけではないのだ。闇遊戯が<やれやれ>と溜息をつくのが分かったが、気にしないことにした。
「しかし…どうにもぎこちねえな、あいつら」
「わざわざ二人っきりにさせちゃったから、変に意識させすぎちゃったのかなあ…」
「全くな。ウダウダ考えずに<キレイな星空ね>とか<キミの方がキレイだよ>とか言えばいいのによ」
「今は昼間だし、それにそのセリフだと、後々の展開がすごく血腥くなりそうなんだけど…」
例えば、お揃いの白い服を着て幸せそうに寄り添い合う、彼と見知らぬ女の姿を見てしまったり。
それはともかく。
(ねえ、もう一人のボク。キミならどうする?)
(そうだな…とりあえずサ店でレイコーでもシバいて、夜はディスコでフィーバーしたらベイブリッジでしっぽり
ツーショットだ)
しかし残念ながらここは現代ではない。サ店もレイコーもディスコもベイブリッジも存在しない。というか、現代
ですらサ店でレイコーなどもはや通用しまい。
304遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 10:43:10 ID:HoYYQ43r0
「仕方ねえ。ここはもう一肌脱ぐとするか!遊戯、お前も手伝え!」
「うん、別にいいけど…何するつもり?」
「古典的な方法が一番効果的なんだよ、こういうのはな…ま、オレに任せとけ!」
城之内は、やたらと自信ありげな笑みを浮かべた…。

(あいつらめ…余計な気を回しやがって)
オリオンはぶすっと押し黙って、同じく黙りこくっているミーシャをちらりと見た。城之内はあくまでも好意からの
行動であったが、これでははっきり言って逆効果である。
(あーもう…いつも通り、普通に喋ればいいだろうが。何を緊張してるんだ、俺…)
彼とてそこまで鈍感なわけではない。ミーシャだって、自分に好意を抱いてくれていると、99%は確信できる。
しかしだ、99%とは、100%ではない。残り1%でダメだったら立ち直れない。そういう思いが、これ以上踏み込む
のを躊躇させる。そこらの道行く女の子は平気でナンパできるくせに、本命に対してはチキンな男であった。
(城之内ったら、何でこういうことするのかしら。この関係が壊れるくらいなら、友達のままでいいのに…)
ミーシャもまた、オリオンとほぼ同じ思考を辿っている。更にオリオンとは違い、彼女はどちらかというと奥手で
あるが故に、余計に躊躇してしまっていた。
このままではいけない。オリオンは意を決して口を開いた。
「なあ、ミーシャ…」
「え!?な、何!?」
ドギマギした様子で振り向くミーシャ。そして、オリオンはこう言った。
「あ…<殺め続ける>と<マヨネーズ付ける>って、どっか似てるよな!?」
「…………」
あやめつづける。
マヨネーズつける。
確かにどことなく似ている!
「それがどうかしたの?」
「…どうもしねえ」
悲しくなるくらい寒い風が吹き抜けた。そこに。
305遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 11:03:58 ID:G1cstneJ0
「よお〜そこのお二人さん。アツアツで羨ましいねえ、ヒュ〜ヒュ〜」
この神話の時代ですら使い古しなテンプレ通りのセリフ。オリオンは鬱陶しそうにそいつを見て―――
口をポカーンと開けて、そのまま塞がらなかった。
そこにいたのは、変装のつもりか、手拭いで口元と頭を隠した城之内であった。
「へ、へいお嬢さん。そんなヤサ男ほっといて、ボク…オレ達と遊ぼうぜ〜」
隣を見ると、メチャクチャ棒読みで、城之内と同じ格好をした遊戯がミーシャに詰め寄っている。ミーシャはしいて
いうなら、ムチャなネタをふられた若手芸人のような顔で固まっていた。
余りにも少年漫画的な、バレバレの変装。こんなもんで騙されてくれるのは、腹を空かしたカバ人間達に自分の顔
を千切って喰わせるのが趣味で、愛と勇気しか友達がいないアンパン男世界の住人くらいである。
「…………」
オリオンはすうっと腕を振り上げ、二人の脳天にハンマーの如く拳を叩き落とす。頭を押さえて蹲る二人の手拭い
をさっさと引っぺがした。
「お前ら…何のつもりか知らねーけど、変装するならするでもっと工夫しろ!そげキングだってもうちょい真面目に
正体隠そうと努力してたよ!」
「あ、あれよりバレバレだったのか、オレら…」
「それはそうと、城之内も遊戯も、なんでこんなことを?」
ミーシャが腑に落ちない様子で尋ねる。城之内はバツの悪そうな顔で答えた。
「い、いやあ。ちょっと場を盛り上げてやろうと思って。ほら、悪い奴からか弱い女の子を守るなんて、まさしく
青春の1ページってカンジだろ?」
「いつの時代の発想だよ、そりゃ…」
オリオンは呆れてモノも言えないとばかりに鼻を鳴らす。ミーシャはおかしそうに、クスクス笑うばかり。
その時だった。
306遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/02(火) 11:05:02 ID:G1cstneJ0
ガッタ、ゴット、ガッタ、ゴット…
「ん?なんだ、この音…うわっ!」
城之内は慌てて飛び退く。それは、荷馬車だった。車輪が廻る度に騒音が響き、道行く者達が吃驚し怖れ慄く。
「バカ野郎!気を付けろ、クソ餓鬼がっ!」
先頭で馬を駆る男が、馬鞭を撓らせながら、城ノ内に罵声を浴びせる。そのまま荷馬車は、ガタゴト揺れながら道の
向こうへと消えていった。
「ねえ…あれ、何だか人をたくさん乗せてたね…」
遊戯が呟く。城之内も、うんうんと頷いた。そう―――みすぼらしい身なりの者達が、老若も男女も問わず、まるで
物言わぬ雑貨のように、荷台に鮨詰めにされていたのだ。
「なんだったんだよ…あれは…」
「奴隷市場へ行くのさ」
オリオンが、彼には珍しい暗い瞳と声で呟いた。ミーシャもただ悲しげに、荷馬車の走り去った先を見つめていた。
「命に値段が付けられる場所―――それが、奴隷市場さ…」
奴隷市場…奴隷市場…奴隷市場…
その言葉は、まるで残響のように―――
307サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/12/02(火) 11:06:03 ID:G1cstneJ0
投下完了。前回は>>246より。
登場人物が一部、古代人らしからぬ言動ですが、気にしたら負けです。
ちなみに闇遊戯のセンスが古いのは仕様です。古代エジプトの人だしね…。
>>249 横文字名前が多くとも読み手が混乱しないように書くべきなんですが…すいません。
>>250 次回、社長とエレフ登場。登場早々に大暴れ。

>>電車魚さん
早坂兄弟、悪党なのにネウロの中では人格者の部類というのがこの漫画の変態率の高さを
物語っておりますwそしてアイさんのフトモモ描写をもっと詳しく(アホ
おホモは古代ギリシャじゃよくあることです。気にしないでください。
雷神は、多分アルバム<Chronicle 2nd>収録の雷神の右腕・雷神の系譜でしょう。

>>272 王様はモウロクしてるし蠍はなんか企んでるし王子様はホモだし、確かにヤバい国だったw
    その内二人はいなくなったから、逆に国としてはよかったかもしれません。

>>ふら〜りさん
レオンティウスはいつも真面目です。ただ趣味がアレなだけです。ちなみに公式設定ではありません。
でもファンの方の絵とか見ると大概おホモ扱いされてるんですよね、この人…。

>>ハシさん
F08「わたし、この戦いが終わったら結婚するんだ…」ってくらいに死亡フラグ立てすぎだ…w
カマセ・ヘタレが最も輝く瞬間はやられる瞬間だと思うので、次回も楽しみです。
<Moira>の主要登場人物は、誰もが皆運命という目に見えない敵と戦っています。でも、個人的な
解釈としては「運命の女神なんていない」だと思います。ありもしないものに踊らされてのあの悲劇。
そっちの方が、なんとなくらしいんじゃなかろうか。
バロックの漢…アビスパパはお嬢さんしか誘ってくれないですぞーw

>>スターダストさん
>>「全うした」という生き様 武装錬金でいえばバタフライですよね。「蛾は蛾なりに、光の周りを飛べて満足した」
なんて、ただの小悪党じゃ絶対に言えないセリフだと思います。
本格的おホモシーンなんて、僕だって書きたくねーっすw
308ふら〜り:2008/12/02(火) 19:42:56 ID:riuSyByJ0
こうやって、感想を書かせて頂くペースがアップするのが嬉しいです。

>>ハシさん
強い度胸があるから、眼前の強敵を恐れない。強く信じているから、相棒の勝利を疑わない。
男前というか、健気というか、ピーベリーの意外な一面。……まあ若干の曲解は認めます。
ともあれヒロインがこうまで魅せた以上、次回はスーパーヒーロータイム確実。F08に合掌。

>>スターダストさん
戦士たちもブレミュ勢も全滅の危機だったのにあっさり殲滅して、しかし誰からも感謝など
されず、自身もその手柄を誇りも驕りもせず、ただ興味あるものへひらひらと。小札たちの
リアクションもむべなるかな、流石の蝶人でした。この状況で態度を乱さぬ総角もまた、流石。

>>サマサさん
>そこらの道行く女の子は平気でナンパできるくせに、本命に対してはチキン
いやいやまあまあ、そーゆー男はそーゆーもんですよやっぱり。そーでなきゃです。闇遊戯の
センスを笑えない城之内もそう、こーゆー熱血漢はこーゆーセンスでいて欲しいもんです。
で異世界ものの一つのキモ、「現代と違う常識」ですね。これは決して悪事ではないわけで……
309作者の都合により名無しです:2008/12/02(火) 21:49:14 ID:5Ls6sRn30
サマサさん乙です。
ほのぼのとした出だしですなあ。
城の内は戦闘でも使えませんが他の事もつかえませんな。
そんなところが好きですけど。
310作者の都合により名無しです:2008/12/03(水) 03:03:37 ID:c6mKXyYsO
サマサさんのセンスはコミカルなシーンで光る
311作者の都合により名無しです:2008/12/03(水) 06:27:09 ID:dm17zYk+0
>スターダスト氏
第一章完結近くに大物が現れて2章の準備も万端ですな
変わり者のパピヨンやムーンフェイスに秋水がかすんでしまいそう

>サマサ氏
前回までがややシリアスな感じだったけど今回は沸き合い合いですな
激闘の前の静けさですか
312永遠の扉:2008/12/03(水) 18:17:27 ID:W420RjzeP
第087話 「一つの終わりと一つの始まり(前編)」

 9月4日二度目の朝。

 津村斗貴子は銀成学園の屋上の給水塔の上で蒼空を眺めると、予鈴とともに立ち去った。
 久しぶりの教室に座る凛とした横顔には何の変化もなく、如何なる揺らぎもなく……。
 その瞳に強い決意の光が宿っているのに気づいたのは、彼女と……いや、彼女の想い人と
親交の深い三名の男子のみであった。
 岡倉英之、六舛孝二、大浜真史。
 リーゼントを決めた不良風の少年と眼鏡の奥で瞳を醒ましている短髪の少年と、気弱そうで
体格のいいスクール水着好きの少年たちはここしばらくの異変や斗貴子の入院から何かを察
したような雰囲気を漂わせているが、何があったかまでは聞かずごくごく日常的な会話を二、
三交わしただけである。
 斗貴子もそれでいいと思っている。
(カズキがいない今、私と必要以上に接点を持っても得にはならない。少なくてももうキミたち
はL・X・Eの残党や流れの共同体の脅威に晒されるコトはない。それでいいんだ)
 もう心は負の方向へ落ち込むコトはないだろう。
 ただし正の方向へ一気に向かわせる物も失しているコトに変わりはない。
 中庸から心がブレたとしても極端な範囲に向かわぬ確信があるという点では安定している。
 人間的な感情の動きさえ除けば、精神の根本は安定しているのだ。
 それはまるでカズキに出会う前のように、冷たく静かに……激発を孕みながら。
(私もあとどれ位この街に居られるかは分からない。けれど留まっている以上は何が来ようと
守り抜く。絶対に──… 絶対に)

 中村剛太は病院のベッドで目覚めると、全身の隅々にまで神経を配り、それから盛大なため
息をついた。
(マジで治ってやがる。なんだあの武装錬金)
 鐶との戦いで浴びた傷がすっかり治っている。それよりだいぶ前に貴信から受けた傷はまだ
鈍い痛みを体内に残しているが、もはや通院治療で十分治せると医師に太鼓判を押されている。
 そのせいで剛太は本日退院する運びとなった。
 元よりアウトドアな彼にとって娯楽のない病院からおさらばできるのは嬉しいコトだが、今から
しなくてはならない退院の準備を思うとどうにも面倒臭い。
313永遠の扉:2008/12/03(水) 18:19:24 ID:W420RjzeP
.
(つくづくあの共同体のリーダーはフザけてやがる)

 昨夜、総角が防人たちに伴われる形でやってきた。

「戦士・剛太。その、俺自身も先ほど聞かされたばかりで半信半疑なんだが」
 らしくもなく口ごもる防人の横で何か黒い影が動いた。
 と見る間に剛太の傷が魔法のごとく治癒した。
 防人たちと同伴している斗貴子の傷もまた同じく治っている。ただ無銘から浴びた傷だけは
残っていたが。

「フ。『俺の使う』ハズオブラブには制限が多い。治療できるのは一日以内に負った傷のみ。そ
して一人に使えるのは一生で一度きり。部下どもには既に使ったため今はもう回復不可だ」

 総角がシルバースキンリバースで拘束されていながら武装錬金を出せたのは、「攻撃」では
なく「回復」のための行為だったからだろう。
 余談ながらこの時は香美も同伴していた。
「うぉー、おなか痛い…… 月のオバケに蹴られたおなかが痛いじゃん…… アイツ……また
あったら峰ぎゃーしてやらにゃ気がすまん……」
 と滝のような涙を流してうるさかった。
 運命の悪戯。実は剛太は鐶の蹴りにより腹部に激痛をきたしていたため薬を処方されてい
た。錠剤やらカプセルやら粉やらのそれらは紙袋に入った状態で枕頭にあった。
「どうせ俺の傷は治ったからもういらないよな。じゃあこれやるからとっとと帰れ!」
 紙袋をキャッチした香美は「うにゅ?」と紙袋を覗きこんだり高く掲げて見上げたりした。
「なにこれ。よーわからん。つかあんたサンマのきれっぱ食べなきゃダメ! 死ぬ!!」
『それは薬だ香美! むかし動物病院でよく貰ってきただろう! 僕がお前の口に入れて鼻を
ふーってやって飲ませた奴! フィラリア防止の奴とかいろいろ!! なあ新人戦士!!?』
「知るか! とっとと薬を飲め! そして帰れ」
「わーったじゃん!」
 香美は大口開けて薬を全部飲んだ。
 いうまでもなく総て未開封である。
314永遠の扉:2008/12/03(水) 18:21:15 ID:W420RjzeP
 紙袋から銀色したシートや包み紙が次から次へとじゃらじゃら滑り落ちて香美の口に流れ込
んで行く様は圧巻であった。
(貴様! 我の分も残してくれると思ったのに! 我とて泣きたいほど痛いのに!!)
 無銘さえも止められない。やがて最後のシートが消えると白い喉がごくりと動いた。
「んぎゅぎゅ……うぅ〜! 苦いし骨ばっかだし」
「……いいから帰れよもう」
「うお!」
 香美の顔にニュータイプ的な震動がひらめいた。アーモンド型のけだるい瞳は未来を見つけ
たようにキラキラと輝いている。
「おなか痛いのなおった!! よーわからんけどなおった!! 垂れ目スゴい! スゴい!」
「そりゃアレだけ飲めば治るに決まってんだろ! 馬鹿かお前!!」
(そうだ貴様は馬鹿だ! 我に薬をよこさんから馬鹿だ! ばーかばーか!!)
 小声で悪口をいう無銘を鐶は哀れそうに眺めた。
「というか…………忍び六具の……薬を使えば…………いいのでは」
「!!」
 激しい驚愕が芽生える中、香美はぱぁっと八重歯を覗かして嬉しそうに剛太の手を握った。
「ありがと。あんたトモダチじゃん、トモダチ!」
『いや本当こんな調子で申し訳ない!! 悪いコではないんだが!!』
 馬鹿力でぶんぶかぶんぶか強制握手をする顔にはいささかの邪気もない。

 ……捕えられたホムンクルスがどうなるか知っているので何ともフクザツな剛太である。

(とにかくケガ治したアレって自動人形だよな? そんなのどこかで聞いたような)

 適当な着替えを適当な袋にブチ込むだけの作業を荷造りというなら、剛太はまさに荷造りを
始めていた。

(確か戦団の講習だったか? ん? ちょっと待て。じゃあなんでアイツがそれ使えるんだ?)

 早坂桜花が剛太の病室を訪れた時、剛太はトランクスを片手にじっと考え込んでいた。
「あらあら。女の子が来る時にそういうコトしてたらダメじゃない」
 笑いかけると剛太は不機嫌そうに下着を袋に放り込んだ。
315永遠の扉:2008/12/03(水) 18:22:30 ID:W420RjzeP
 といっても半透明の袋なのであまり解決にもなっていない。
 それもまあ、斗貴子以外に無関心な剛太らしいといえば剛太らしいが。
「捨てちゃうのそれ?」
「ゴミじゃねェっての! 荷造り!」
「冗談よ」
 くすくすと桜花が笑うと、剛太はますますムスっとした。
「せっかく昨日手伝いに行くっていったのに全部片付けちゃってるから、つい」

 桜花の傷も総角によって昨晩回復された。
 幸い小札と戦った当日だったため、鐶からの傷のみならず絶縁破壊も修復された。
 その直後。
「フハハハ!! やはり我にかかれば腹痛など物の数ではないわ!!」
「…………そうですね」
 ふんぞり返って哄笑する無銘の横で儚げに佇む鐶を見つけたので、手招きして呼び寄せた。
「その。何だか気難しそうな子だけど、男のコって根は結構単純だから、一生懸命アプローチ
すればちゃんとお付き合いできるわよ」
 こそっと囁くと鐶は期待したような戸惑うような顔で桜花を見た。
「そう……でしょうか。そ、それに無銘くん……チワワの時とちょっと変わって……ます」
「じゃあ嫌いになった?」
 太い三つ編みが全力で否定の方向に振られた。
「間違いない。今ので確信した。今の我なら早坂秋水にも勝てるとな!」
「ほう。ではこの俺にも勝てるという事か?」
「いや、師父、その……」
 無銘をちらりと眺めた蒼い瞳は仄かに熱を帯びていた。
「前途は多難だろうけど、たまには素直に思ったコトを伝えてみたらどうかしら? 言葉が途
切れ途切れでも、ちゃんと想いを込めれば伝わって、確かな言葉が返ってくるものよ」
「本当に……?」
 戸惑う鐶に桜花は優しく微笑みかけた。

「ええ。私もそんな感じで本心を話せる人ができたから。お友達になれるかどうかは……まだ
分からないけどね」
316永遠の扉:2008/12/03(水) 18:25:27 ID:W420RjzeP
「やりたきゃ日用品とか本がまだ残ってるから勝手にしろってんだ」
 剛太が指差した先には確かに色々残っていた。
「はいはい」
 いつもの笑顔で桜花は荷造りに取りかかった。

 エンゼル御前は煎餅をかじりながら呆れたように呟いた。
「あのヤロー、勝とうが負けようが結局俺達を回復するつもりだったんじゃね?」
 剛太の「俺の病室でくつろぐな!」という申し出が却下されてから数えて二十枚目の煎餅が
御前の喉を通り過ぎた。
「悔しいけど俺達ずっとアイツの手の内で踊らされてたんだな」
「そーそー。秋水から聞いた感じじゃ部下の特訓も兼ねてたらしいし」
 色々と諦めたような剛太が熱いお茶を飲み干すと、御前もしきりに頷いた。
「それに総角クン、ダブル武装錬金のうち片方はずっとアンダーグラウンドサーチライトに割り
当ていたそうよ。
「つまり瞬間瞬間では一つの武装錬金で戦ってたってコト? 秋水に合わせるように」
「そうそう。けど、もし……」
「同時に別々の武装錬金で攻撃していたら……か」

「まぁそれもできたが、秋水相手にやってもつまらんだろう。剣戟の方が遥かに強いしな」

 防人衛はそう答えた総角を思い出すと、ふうと息をついた。
(できれば火渡から受けた傷も治して貰いたかったが、都合よくはいかないか)
「受けて一日以内の傷」しか治せぬとしても高性能なのは否めない。現に鐶から受けたダメー
ジだけは全快している。良くも悪くも防人は以前の重傷状態なのだ。
(何にせよ、銀成市での戦いは片が付いた。もしかするとムーンフェイスはまだ生きているかも
知れないが、秋水を除く戦士たちが重傷から回復した今なら対抗できる)
 ブレミュ一同の護送はすでに完了した。
 ヘルメスドライブで瞬間移動できる質量は最大で100キログラム。
 しかし鐶のクロムクレイドルトゥグレイヴを使えばその壁も容易く突破できるのは既に証明済
みである。
(後はこれから下る処断に従うだけだが)
 戦団の上層部ひしめく部屋で防人は遠くを見るような目つきをした。
317永遠の扉:2008/12/03(水) 18:29:06 ID:W420RjzeP
(まだまだ戦いは続いていく。大戦士長の行方さえまだ分からないからな)
 右にはシルバースキンで拘束された総角。その更に右に根来。防人の左には千歳。

 楯山千歳はいつものごとく事務的に報告を終えると、防人より先に部屋を辞去した。あくま
で表情を崩さず安堵さえも浮かべずに。

 根来忍もまた彼女に随伴していたが、特に言葉を交わすまでもなく自然に別れた。

 彼らはあくまで任務によってコンビを組んでいたに過ぎない。
 よって任務が終われば解散し……新たな任務があれば再び結成されるかも知れない。

「ケッ。どいつもこいつもホムンクルスごときの提案を呑まされやがって情けねェ! 情報が欲
しけりゃ拷問でもなんでもかましてさっさと白状させちまえ! それをしねェから西山やムーン
フェイスのような脱走者が出るんだろーが!!」
 火渡赤馬は煙草を噛み潰さんばかりの表情で呻いた。
 毒島華花はただ涙目で彼を制止するばかりである。

 円山円。
 戦部厳至。
 そして犬飼倫太郎。

 彼らによる坂口照星捜索はまだ続く。

 根来を除く元・再殺部隊の面々に戦いの時が訪れるまでもう少し。

 総角を除くザ・ブレーメンタウンミュージシャンズは収監中。

 戦団にはホムンクルスを収監する施設がある。
 例えばかつて防人・千歳・火渡の所属する照星部隊に唯一の任務失敗を与えた西山という
ホムンクルスも収監されていた。……もっともその後脱走し、斗貴子の顔に消えるコトのない
傷を付けたりもしたが。
318永遠の扉:2008/12/03(水) 18:30:13 ID:W420RjzeP
 その当時に比べればむろん警備は厳重になっている。独房の扉はホムンクルスでさえ破ら
れぬほど分厚く、いかにも屈強な戦士たちがその前の廊下を何人も往復している。

 収監されるホムンクルスは必ず手枷を掛けられる。
 六角形をした、囚人番号付きの手枷を。

「だーもう! せめてあたしの前足のコレとってちょーだいよあんたら! 爪とぎしたくてもでき
んじゃん! ねえ! ねえー! あとサンマのきれっぱとか欲しいじゃんサンマのきれっぱ!」
 看守たちの殺意を帯びた凄まじい視線が扉ごしに振りかかった。
『ハ!! ハハハハ!! すいませんねェウチの香美が! すぐ静かにさせますので!!!』
「ぎゃー!! 痛い痛いご主人! 頬つねったら痛いじゃん!!」
『看守さんたちに迷惑を掛けたらダメだぞ!!』
「うあ! 垂れ目に貰ったくすりの紙ぶくろ落としちゃダメでしょーがぁぁぁぁ!!」
『痛!! 爪はやめろ! 爪はああああ!!』
 栴檀香美と栴檀貴信は独房の中でわいわいと騒いでいた。

 監獄はせいぜい二人を収容できる程度。
 壁についたベッドが鎖で支えられ、片隅にトイレがあるだけの殺風景な光景。

 鳩尾無銘は静かにベッドに座している。
「ドラ猫どもは騒いでいるようだが、今は師父の交渉が功を奏すのを待つのみ」
 鐶光も頷いた。どうやらスペースの都合で二人だけは相部屋らしい。
(やった…………! 無銘くんと同じ部屋……です。え、ええと、何か話さないと)
 虚ろな瞳がきょときょとと落ち着きなく動いた。目が合うと鐶は慌てて顔を背けた。
 勢いあまって首が180度ばかり回転し、嫌な音を立てて折れた。
「……特異体質…………まだ……復活してない……ようです」
 ぎぎぃっと油切れた機械の如く向き直る鐶の瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。
「泣くな鬱陶しい」
 手錠をかけられたままの手が、虚ろを濡らす光の粒を拭い去った。
「ふぇ……!?」
「……薬の所在を教えた礼だ。涙程度は拭ってやる」
319永遠の扉:2008/12/03(水) 18:33:07 ID:W420RjzeP
 鐶は飛びあがらんばかりに驚いた。真赤な顔の中で口がただぱくぱくと酸素不足の金魚の
ように波打ち、やがてそれが収まると耳たぶや首筋を髪より色濃い朱に染めて黙り込んだ。
「あ、あの……無銘くん」
 鐶がようやく声を発したのはそれから半日経ってからである。
「昨日の夜…………六対一のコトを認めてくれて…………嬉しかった……です」
「フン。我ならできないからいっただけだ。貴様の狡知と戦闘力は本物。そこだけは母上でさ
え及ばんし、我が疑う余地もない」
 かつて時をよどませた魔眼がギラギラと鐶を見据えた。
「いちいちビクつくな。前もいったが貴様は無明綱太郎。自信を持って実力向上に励め。特異
体質で老いたとしても、武装錬金で戻せるのなら我は別に構わない」
「その言葉だけで……報われます。ありがとう」
 ぎこちなく微笑む少女から落ち着きなく目を逸らした無銘は、さりげなく距離を取った。
 距離を取らねば胸に起こった正体不明のもやもやがどうにもならないような気がしたのだ。

「お礼に……ビーフジャーキー……食べます?」
「……おうとも」

「不肖の手練手管というか密かに貯めてました十万円をポンと看守どのの袖の下に滑り込ま
したが故にこの部屋割り! 結果一人だけなのはさびしい限りですがこれで良いのです!」
 小札零は困ったように腕を組んで独房を眺めまわした。
「鐶副長を応援しつつここは自重の一択! 命運決するその時までにじつと身を屈め待つ次第!」
 元気よく叫んでみてもどうも張り合いがない。誰も反応しない。
「……えーと。ちなみに不肖たちがもりもりさんをもりもりさんとお呼びするのは昔のお名前を
適当な翻訳サイトにかけると『もりもり』となるからなのですが……」
 一人ぼっちの部屋はとても静かである。
(むー。やはりヒマです。とにかく今はもりもりさんの弁舌が通じるのを祈るばかりです。陰な
がら不肖、成功をお祈りしております)

「では大戦士長を誘拐した者たちについて語ってもらおうか」
「フ。それは──…」
 総角主税は一笑すると、実に堂々とした調子で話し出した。
320永遠の扉:2008/12/03(水) 18:34:26 ID:W420RjzeP
「私を探しているって聞いて出向いてみれば、こんな不衛生な場所に籠って読書中? 呆れた。
まるで怠け者ね」
 L・X・Eのアジトで書物を読むパピヨンの耳に届いたのは、毒気をたっぷり含んだ甘い声。
「地下で100年ばかりのーみそと引き籠っていた貴様にだけは言われたくないね」
 書物からまるで目を離さないまま応対すると、ヘアバンチで筒状に結わえた金髪がさらさらと
近づいてきた。漂う埃さえ香水の飛沫に思えるほど芳しい匂いが立ち上る。
「睨んだ通り戦士たちに保護されていたようだな。去り際にああいえば連中経由で俺の帰還
を嗅ぎつけやってくると思っていたが……引き籠りにしては随分行動が早かったじゃないか」
「保護?」と心外そうな声が漏れた。
「ふーん。いっておくけどパパやママのコトを盾に戦団へ身を寄せたと思ってるならとんだ見当
違いよ。この街に来たのは物好きな信奉者のお誘いが面白そうだから乗っただけ。おかげ様
で晴れて引き籠りから脱却済みだから、別にアナタに保護してもらわなくても結構よ」
「今さら脱却したところで何の自慢にもならないね。何故ならこの俺なんかはたったの5年で
引き籠りから卒業した身の上! 貴様などはまったく足元にも及ばない!」
「どっちもどっちね。それはともかく……わざわざ来てあげたのはママの為」
 ぞっとするほど冷たく挑発的な笑みを浮かべたヴィクトリアがパピヨンの頬へ手を伸ばした。
「お久しぶりの挨拶はここまで。悪いけどしばらく私のやりたい事に付き合ってもらうわよ」
 
 パピヨンの口に浮かぶはただただ黒く、凄絶な笑み──…
321スターダスト ◆C.B5VSJlKU :2008/12/03(水) 18:37:53 ID:W420RjzeP
残り二話。まずは秋水とまひろ以外の面々から。
ファイナルとピリオドの間のifをやっておりますので、パピヨンとヴィクトリアの絡みは外せない。

>>298さん
アニメではもっとすごい。彼専用のBGMありましたしw

>>299さん
アーク1みたいな感じですね。やっとヴィクトリアを合流させれたのがここからが本番。

サマサさん
>もっと腕にシルバーとか巻けYO!
アwテwムwww 中二病なんだかおっさんなんだか分からん人だw 
社長は放射性廃棄物よろしく凄まじい反応起こしそう。でも多分いろいろ穢しまくったとしても
子供たちが楽しく笑って遊ぶ場所にだけは一輪の花を咲かしてくれると思うのです。

ふら〜りさん
パピヨンがまったく素晴らしいので文章だけでしか表現できぬのが非常に歯がゆくもありまし
たw アニメでの動きっぷりがつくづく素晴らしいですもの。OPの「かまわーなーい!」での
セクシーさとか異常。ある意味では文章に向いたキャラじゃないですね彼。絵面は浮かぶんですが。

>>311さん
これからまた色々出てくるので、秋水が霞まないか不安ですw
322作者の都合により名無しです:2008/12/03(水) 21:08:53 ID:sFX5MguZ0
>岡倉英之、六舛孝二、大浜真史
このトリオの名前こうだったのかw

スターダスト氏お疲れ様です
こういう後日談は結構好きです。まだ第一章ですがw
脇役もわいわいにぎやかで各個性出していい感じですね
323作者の都合により名無しです:2008/12/03(水) 21:11:53 ID:z6ARM06P0
>>322
岡倉達の名前は、倉田英之・舛成孝二・石浜真史というアニメ『R.O.D』のスタッフの名前が元ネタ
ちなみに岡倉達の頭文字を並べると『R.O.D』になる
324作者の都合により名無しです:2008/12/03(水) 21:42:18 ID:sFX5MguZ0
ありがと
RODってのが良く分からないけどw
325作者の都合により名無しです:2008/12/04(木) 06:21:31 ID:fJ45egZ60
無銘より鐶の方が強そうな気もするのに微妙な関係だなあ
皮肉屋同士のヴィクトリアとパピヨンの会話は面白い
パピヨンがなんかたくらんでそうだけど
326遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 14:42:00 ID:FfAW4BQg0
第十九話「奴隷達の英雄」

奴隷制度。
古代世界において、奴隷とは<生きた道具>である。現代人の感覚からすれば非道以外の何物でもないが、この時代
では、それは当然のことであった。
世界史の授業は居眠りの時間である城之内にも、それくらいの知識はある―――されど。
実際に見たその光景は、あまりにも生々しく、悲惨だった。
「…あんなんがまかり通って、いいのかよ…」
「いいわけねー。いいわけねーけど…仕方ないことだって、ある」
オリオンが苛立った様子で小石を蹴飛ばした。
「遊戯。城之内。お前らの時代じゃ、もう奴隷ってのはいないのか?」
「ボクらの時代でも、ちょっと前まではあったみたいだけど…今は、そういうのはないはずだよ」
「そう。いい世の中になったのね」
ミーシャは、やはり悲しげな顔で溜息をついた。
「けど、この時代はそうじゃないのよ。奴隷制度を快く思わない人だっていないわけじゃないけど…だからといって
それを廃止なんて、とてもできない」
奴隷という存在は、それほどまでにある意味では重宝されているのだ。もしもそれがなくなるようなことがあれば、
この世界は根幹から引っくり返されてしまうことだろう。
「だけどよ…ヤな感じだよな」
「うん。人間が人間を買うなんて、おかしいと思う」
遊戯も複雑な表情で、そう言う。
けれど、自分達に何ができるのか―――仮定の話として、奴隷市場に乗り込んで大暴れして奴隷達を助けたところで、
その後はどうする?他の町の奴隷市場でも同じことをするのか?そんなもの―――ただの自己満足に過ぎない。
結局は、何もできないのだ。
327遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 14:42:46 ID:FfAW4BQg0
「ほら、行くぞ。もうここにいたってしょうがねえよ」
オリオンに促され、遊戯達は釈然としない気持ちを抱えながら、町を出ていくことにした。

―――これこそ仮定の話になるが、もしも彼らがもう少しの間この町に留まっていたならば、奴隷市場で起こった騒ぎ
に気付いたことだろう。そしてこの物語は、結果はどうあれ終わりを告げていたかもしれない。

「さあさ、皆さん!今日もイキのいい奴隷がたくさん!是非ともお買い上げください!」
奴隷商人が居並ぶ客に向かって声を張り上げる。その表情には奴隷達に対する憐れみも同情もなく、下卑た笑みだけ
が浮かんでいる。見世物の如く並べられた奴隷達は、無気力に俯くばかりだ。
逃げ出したくとも、周りには奴隷商人が雇った傭兵達がいる。逃亡を図れば、見せしめに容赦なく斬り殺されるだけだ
ろう。希望など、持ちようもない…。
「お兄様…」
「大丈夫…大丈夫だよ。僕がついてる」
まだ十歳そこらであろう兄妹と思しき二人が、抱き合って震えている。それに目を付けたのか、好色に口元を歪ませた
下品な身なりの男が、舌舐めずりしながら指を三本ほど立てて奴隷商人に声をかける。
「おい、そこのガキ…そうそう、その二人だ!いや、メスの方だけでいい!これだけ出すぞ!」
「へい!いい買い物ですぜ、ダンナ!」
二人がビクッと身を震わせるのにも構わず、奴隷商人は少女の細い腕を乱暴に掴んだ。
「さあ、来やがれ!今からあのダンナがお前の御主人様だ!たっぷり<可愛がって>もらいな!」
「や、やめろ!その子に触るな!」
兄は奴隷商人に掴みかかる―――その瞬間、顔面に拳を打ちつけられ、激しい衝撃と共にぐらりと視界が歪んだ。
「うぜえな、ガキが!誰もテメエの意見なんざ聞いちゃいねえんだよ!奴隷は奴隷らしくしてりゃいいんだ!」
「ち、畜生…」
「あぁん!?なんだ、その反抗的なツラは!奴隷の分際で文句でもあんのか、ゴラァっ!」
地面に倒れた少年を散々に蹴りつける。妹は泣きそうになりながら、必死に助けを求めた。
「だ、誰か…お兄様を、助けて…」
しかし、誰もそれに応えない。客達は奴隷の境遇になど興味がないし、同じ立場の奴隷にしても、奴隷商人に対しての
怒りと兄妹への同情はあるが、庇い立てをすればどうなるかは火を見るより明らかだ。見て見ぬ振りをする他ない。
少女は愕然とし、そして絶望し、その頬を一筋の滴が流れ落ちる刹那。
328遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 14:43:36 ID:FfAW4BQg0
すっと、その小さな肩に、誰かの手が乗せられた。大きな、優しい手だ―――少女は、そう思った。
「フン。よかろう―――オレに任せておくがいい」
少女は、その声の主を見上げる。いつの間にそこにいたのか、一人の男が立っていた。貴族的に整った顔立ちに、細身
ながら引き締まった長身。その身を包むのは、まるで針金で固定されたかのように形が全く崩れない白いコート―――
海馬は手にしたジュラルミンケースを振り上げ、未だに少年を蹴り飛ばすことに熱中している奴隷商人の横っ面に向け
叩き付けた。無論、手加減など一切していない。
「ブヒェっ!?」
奴隷商人は豚のような悲鳴を上げて地面に突っ伏す。海馬はそれを、氷の瞳で見下ろした。
「下衆め…無力なガキを甚振って、驕れる無能な神にでも成った心算(つもり)なのか?」
「にゃ、にゃんら…ほまえは…」
歯が軒並み折れてしまったせいでまともに喋れなくなった奴隷商人に対し、海馬はもう一発ジュラルミンケースの一撃
を背骨に向けてお見舞いした。ボキィッと景気のいい音が響き、哀れなことに半身不随が決定した奴隷商人は血反吐を
ブチ撒けて悶絶し、下品な身なりの男は、それを見て口から泡を飛ばす。
「お、おい、お前、何をやって…」
「フン―――このクズめがぁっ!」
三度、ジュラルミンケースを振り回す。遠心力をたっぷり利かせた重量充分・硬度保証済みのそのケースが、男の脳天
を腐ったトマトの如くに叩き潰し、彼をピクピクと痙攣するだけの肉塊に変えた。
その一連の出来事を、奴隷兄妹は茫然と見守るばかりだ。
「貴様ぁっ!」
傭兵達が海馬を取り囲む。奴隷兄妹は顔を青くするが、当の海馬は平然として、二人に不敵な笑みを向ける。
「おい、そこのガキ共」
「は、はい!?」
「オレの後ろに隠れていろ…危ないからな」
二人は言われた通りに、海馬の背後に回る。海馬はデッキからカードを引き抜き、天に翳した。
「出でよ―――!<青眼の白龍>!」
咆哮と共に、白龍が翼を広げて舞い降りる。幻想的とすらいえるその光景に、奴隷達はただただ呆気に取られ、傭兵達
は戦慄する。
329遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 14:44:45 ID:FfAW4BQg0
「ワハハハハハ!気を付けろ、オレのブルーアイズは凶暴だ!」
何をどう気を付けろというのか―――それは、あまりにも強大な敵だった。傭兵はある者はカギ爪で切り裂かれ、また
ある者は尻尾で叩き伏せられ、運の悪い者は白龍の吐息で消し飛ばされた。
「う…」
残った傭兵達は顔色を失くして、じりじりと後ずさり始めた―――そこに。
「奴隷市場―――未だに、弱き者達を虐げているのか…」
静謐な、しかしその奥に激情を秘めた声。
「無力に嘆き、悲しみ…幼い仔等が愛する者と引き裂かれる…いつまで、このような悲劇を繰り返す…」
死と不吉を運ぶ紫眼の男―――
「いつまで繰り返すのだ…運命(ミラ)よ!」
エレフの持つ黒き双剣が煌いた。傭兵達は武器を構え直す暇も与えられず、次々に斬り伏せられていく。ついでに未だ
地面に転がっていた奴隷商人と下品男にも引導を渡してやる頃には、あれだけいた客達も全員逃げ出し、奴隷市場には
海馬とエレフ、そして奴隷達だけが残った。
「―――お前達」
エレフは未だに何が起こったのかよく分かっていない様子の奴隷達に対し、言い放つ。
「お前達はそれでいいのか?運命に翻弄され、傷つけられ、虐げられる…そのままでいいのか?お前達を奴隷の身分に
貶めながら、のうのうとしている祖国が憎くはないのか?」
特別声を荒げているわけでもないのに、異様な迫力を醸しだすエレフに対し、奴隷達は言葉もない。エレフはそれに
構わず、更に続けた。
「諦めるな。抗うのさ。無力な奴隷は嫌だろ?」
その言葉は、奴隷達の心を震わせた。エレフは彼らに向けて、刃を突き付ける。
「剣を執る勇気があるなら…」
そして黒き剣を高々と掲げ、宣言するように叫んだ。
「―――我らと共に来るがいい!」
そして、エレフは海馬と共に、奴隷達に背を向けて歩き出す―――
「お待ちください!」
呼び止める声に振り向けば、金髪で瘠せ型の男と黒髪でがっちりした男という、対照的な二人がいた。
「名を…貴方達の名をお聞かせください!」
金髪の男が問う。エレフは少しだけ視線を虚空に彷徨わせ、答えた。
330遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 14:45:32 ID:FfAW4BQg0
「―――<紫眼の狼(アメジストス)>とでも、呼べばいい」
「フン…ならばオレは<白龍皇帝(ドラグナー)>とでも名乗るとするか」
海馬もエレフに倣うようにそう言った。奴隷達はざわめき、口々にその名を反芻する。二人の男は敬意を表するかの
ように跪く。
「私はオルフ…こちらの男はシリウスと申します」
金髪の男―――オルフは語る。
「私達は元々はある国の軍人でした。しかし、私は戦争で妻を失い、シリウスも家族を全員失いました…それ以来、
何もかも上手くいかなくなって、今ではこのありさまです…」
「しかし…」
黒髪の男―――シリウスがオルフに続く。
「このまま…このまま惨めな奴隷で終わりたくはありません…!気高き紫眼の狼と誇り高き白龍皇帝よ―――力なき
私達を、どうか導いてください!」
その瞬間、遠巻きに見ていた奴隷達が、一斉に駆け寄ってくる。
「お…俺だって、本当は奴隷なんか嫌だ!一緒に行くよ!」
「ああ!ろくでもない連中に扱き使われて死ぬなんざ、まっぴらだ!」
「どうせ死ぬなら、やるだけやってやろうぜ!」
エレフは、次々に集う奴隷達に向けて、重々しく頷いた。
「―――よかろう。残酷な運命という憎き敵を、喰らう覚悟を決めたなら―――共に生きよう!」
おおおおおおおおおおおお!奴隷達は、一斉に雄叫びをあげた。
苦境に立たされた時、人は誰もが自分を救ってくれる英雄を求める。救世主を、求めるのだ。絶対の力とカリスマを
誇る、偉大な存在。しかしそれは、所詮儚い幻想にして夢想。奴隷達の英雄など、存在しないのだ。
そこに彼等は現れた。幻想し、夢想した英雄にも劣らぬ―――否。それ以上の輝きと共に。
伝説の存在である龍を従えた、帝王の威厳と風格を漂わせる少年。
神域に達した剣技を自在に操る、猛々しき狼を思わせる黒き剣士。
勿論お約束通り、ルックスもイケメンだ。
二人の姿は奴隷達にとって、まさしく英雄―――神ですらあった。
歓喜に沸く奴隷達を尻目に、海馬はエレフに小声で囁く。
「クク…なるほどな。これで奴隷共はオレたちを救世主と崇める。忠実な兵隊となってくれるわけだ。使い潰しても
誰からも文句は出ない。そういうことだろう?」
「…………」
331遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 15:01:27 ID:atm8yUd30
「違うと言いたいのか?違わんさ。どう取り繕った所で同じだ。貴様のやっていることはな」
「―――言われるまでもない。そんなことは、分かっている」
エレフはそう言い残し、奴隷達の元に歩いていく。彼らにあれこれと指示を出すエレフを、海馬は皮肉な笑みと共に
見ていた。
「あ…あの…」
「ん?」
顔を向けると、そこにはあの奴隷兄妹がいた。
「僕達を助けていただいて…ありがとう、ございます…」
「ありが、とう…」
「フン。勘違いするな、貴様らを助けたわけではない―――あのクズ共が目障りだっただけだ」
そう言いながら、海馬は二人に問い掛ける。
「お前達の名は、なんという」
「は…はい。僕はフラーテル。この子は妹のソロルです」
「フラーテルか…貴様も兄ならば、妹をしっかり守ってやることだな」
それだけ言って、その場を離れようとする海馬を、フラーテルは呼び止めた。海馬は鬱陶しそうに振り向く。
「なんだ?つまらん用件なら承知せんぞ」
「お…お願いです!僕達を、皇帝様のお傍にいさせてください!」
「何?」
海馬は胡乱げにフラーテルとソロルを見据えた。その眼光にやや怯みながらも、フラーテルは言い募る。
「僕達にできることなら、何でもします!だから、お願いします、どうか…」
「何でもする、か…言うだけなら簡単だが、残念ながらオレは実力主義者だ。よく知りもしないただのガキを身近に
置くつもりはない」
兄妹の顔が見る見る内に曇っていく―――その目の前に、海馬の持つジュラルミンケースが押し付けられた。
「―――まあ、実際に使ってみんことには、それも分からんか」
海馬はそう言って、フラーテルにジュラルミンケースを放り投げる。慌てて両手で抱きかかえるようにキャッチして、
フラーテルは海馬を見つめる。
「とりあえず荷物持ちにしてやる。それで文句はないな」
「は…はい!ありがとうございます!」
フラーテルは何度も何度も、深く頭を下げた。そして、ソロルはというと。
「…………」
332遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜:2008/12/04(木) 15:02:15 ID:atm8yUd30
どういうわけか、じぃっとブルーアイズを見つめていた。
「…貴様。まさか、ブルーアイズに乗りたいなどと言うつもりではあるまいな」
「ソ、ソロル!失礼なことはよせ!」
フラーテルは慌ててソロルを諌めるが、ソロルは未だにブルーアイズに熱い視線を送っている。海馬は小さく舌打ち
すると、不機嫌そうに言った。
「構わん。乗れ」
「え…」
「聞こえなかったか?構わんと言ったのだ。さっさと乗れ。フラーテル、何なら貴様も一緒に乗るか?」
「そ、それは…」
「お兄様」
ソロルがフラーテルの服の裾を摘む。
「一緒に、乗りましょう」
「…………」
「フン。オレは忙しい身でな。いつまでもお前達と遊んでいる暇はない。乗るならさっさと乗れ!」
そろそろ海馬の雷が落ちそうだったので、二人は急いでブルーアイズの背に乗る。ブルーアイズは雄々しく吠えると、
二人を乗せたまま空高く飛び上がっていった。
空中で嬌声をあげる二人を見ながら、海馬は呟く。
「フン…勘違いするな。あんなクソガキ共に情が移ったわけではない。優しくしてやった方が扱いやすくなるだけだ
…ん?」
ふと気付くと―――海馬の周囲に、奴隷の子供達が集まっていた。彼らは皆、期待を込めた目で海馬を見つめている。
その顔は、まさにトランペットに憧れる少年そのものである。
「く…分かった分かった!お前達も乗せてやるから、そこで待て!」
そして海馬は、またしても独り言である。
「フン…勘違いするな。こいつらとていざとなれば立派な労働力となってもらうのだ。そのためにも、今からオレに
対する忠誠心を植え付けておく必要があるだけだ―――こら、順番に並べ!割り込みは禁止だ!一度に乗るのは三人
まで、三分だけだ!ええい、騒ぐなガキ共が!静かに待たねば乗せてやらんぞ!」

―――紫眼の狼。そして、白龍皇帝。二人はその後も各地で奴隷を解放し、その勢力を拡大していくこととなる。
奴隷達の英雄。それは果たして、正義か悪か。その答えもまた、女神(ミラ)のみぞ知る…。
333サマサ ◆2NA38J2XJM :2008/12/04(木) 15:03:46 ID:atm8yUd30
投下完了。前回は>>306より。
この二人、これどこの劇場型犯罪者?って感じになっちゃいました。
次回以降、彼等が変なマスクにマントを羽織って登場しても、どうか生暖かい目で見てくださればと思います。
しかし、奴隷達を率いて体制側に反旗を翻すって、本来は主人公の役割ですね…。
そしてどうしても書きたかったジュラルミンケースによる格闘。これぞ社長の得意技です。本当はケースで顔を
挟んで拳銃を突き付けるのもやりたかった。
ルックスもイケメンて、英雄にとってはかなり重要だと思います。こみパのオタク二人組みたいな容姿の奴が
今回の社長・エレフコンビと同じことやっても、多分誰もついてこないでしょう…世の中顔じゃないけど、顔が
いいと得するのは事実なんですよね…。
あと、奴隷兄妹は名前に元ネタがあるオリキャラです。モクバポジションになるかなあ?
(名前の元ネタ分かる人には、なんつー名前つけてんだと思われるかもしれません)
次回と次々回は、このSS屈指のネタまみれの話になる予定です。好き勝手やれるのが二次創作の強みと
ばかりに、迸る熱いパトスで書き殴ろうと思います。
ちなみに今回の話で一番可哀想なのは、間違いなく下品男さん。彼、何も悪いことしてねーのに(泣)

>>ふら〜りさん
そう、非道ではあるけど悪事じゃないんです。だから一見、社長とエレフは英雄的な行動をしたように
見えますが、この時代から考えると、ド悪党です。

>>309 城之内くんを侮辱することはオレが許さないぜ!彼はもう立派な決闘者だ!と闇遊戯が言ってますよ。
>>310 ありがとうございます。コミカルなシーンは書いてて楽しいですね。
>>311 本格的に闇遊戯達が苦戦するのは社長戦から…その辺りから、闇遊戯の弱点である豆腐メンタルが
    顔を出し始めます。彼、自分がちょっと不利になるとすごい焦るもんなあ…。

>>スターダストさん
パピヨン…ただ笑っただけなのに、なんという胡散臭さ!(褒めてます)
何かするわけではなくても、何かを匂わすだけで周囲を緊迫させる存在感はお見事としか。
社長。勘違いするなってもはや、勘違いしてくれって言ってるようなもんですね。絶対彼は暇な時には解放した
奴隷の子供達を集めてデュエルモンスターズを教え込みますよ…デュエルアカデミア・古代ギリシャ分校(違)
334人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:24:15 ID:0cGKG1wn0
よぉと声をかけられ、童虎は振り返った。
夜明け前だった。
黄金のマスクに、夜明け前の闇にも鮮やかな金糸銀糸の豪奢で清冽な刺繍の法衣、
長い髪はすっかり白くなってはいるが、その声に老いによる弱さは感じられない。
あの鮮烈な日々から二百と三十の年月が流れ、二人ともに等しく老いていた。
天秤座の童虎、牡羊座のシオン。老師と教皇として聖域の、聖闘士の支柱となっていた二人だった。

「ホ、珍しいの。
 生きておったか、沙汰がないので心配したぞ」

童虎の声には確かに喜びが滲んでいた。

「沙汰がないのは達者の証拠、ともいうぞ。
 今年の新酒だ」

袖の中に隠れていた酒瓶をちゃぽりと揺らす。
シオンもまた喜色を隠さない。
酒瓶の首をつかむ手には、歳月がじっくりと刻まれていた。
節くれだった指の皮膚は張りと生気を失い、肌の色もまたくすんでいる。
それをみて、童虎は苦いものを覚えたが、表に出さず飲み込んだ。
シオンがどっかと彼の目の前に座りこんだからだ。
マスクをとりさると、そこにはあの頃と変わらない表情を浮かべた親友がいた。
335人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:29:26 ID:0cGKG1wn0
「やれやれ、年はとりたくないものだ。
 あちこち痛む。
 お前、そうして座っていて痛くないのか?」

どっこいしょ、という言葉に、苦笑とも自嘲ともつかない笑いを含ませ、
シオンはごぷりと酒瓶を揺らして杯を満たし、童虎に渡す。

「なに、馴れじゃ。
 しかしな、こうして禅を組んでいるとどうしても腰が曲がるのが難じゃ」

くっ、と一息で飲み干すと、童虎は酒をとぽとぽと杯に満たす。
シオンは杯を受け取り、くいと飲み干す。

「旨いな。
 まぁ、萎びた爺が注いで旨いのだから、今年は当たり年かな」

憎まれ口も変わらない。
こうして酒を酌み交わすのも変わらない。
ただ、みな彼ら二人より先に逝く。
弟子も、戦友も、想い人も、敵も、味方も、主君も。
…そして、友も。
いくたびか杯を交わすうち、ぽつりと童虎が零した一言に、シオンは唸るようにして黙る。

「聖戦かね」

アテナの降臨があった事は童虎とて知っている。
336人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:32:07 ID:0cGKG1wn0
「…私は無能な男だ。
 先の聖戦においては師の露払いさえできず、冥王を前にして引かねばならなかった。
 今でも思う。あの時倒せていれば、とな。
 戦友たちは…、死なずにすんだ。」

友の告白に童虎はただ黙して聞くのみだ。

「…神の一手先を読んでこその、教皇。
 先代セージ様の、わが師ハクレイの、遺志。
 継ぐには、私という男は、あまりにも凡愚で…」

杯と共にそれから先を飲み込んで、シオンは天を睨む。

「あまりにも、無能だった…。
 この二世紀と半、戦の絶えた事はなかった。
 その戦に干渉することが禁忌である事は知っていた。
 だが、干渉できるだけの力がありながら、あえて触れずにいるには私は若すぎだ」

シオンから受けた杯を童虎は何も言わずに干す。

「戦は、人の世の理。
 故に、神の理を代行するアテナの聖闘士は干渉してはならない。
 聖闘士の長たるこの私が、一番よくわかっているはずだったのになぁ…。
 私利私欲のために、聖闘士の業を用いるものを暗黒というのなら、
 この私は、どこまでも黒く澱んだ存在だろうよ…」

童虎の注いだ杯を受け取るシオンの手は、震えていた。
337人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:36:51 ID:0cGKG1wn0
「…こんなはずじゃなかった。こうなるべきだ。
 人は誰しもそう思う。
 己ならば、巧くいくだろう。それが、巧くやれるはずだ、
 そうなるには時間はかかるまいよ。
 そして多くの者は己の理想しか見えず、信じず、揺るがない。
 シオン、お前はそうはならなかった。
 だれにもできることではないじゃろう。
 人の世は虚しいと嘯いて無為に沈むことは、所詮はこんなものと諦める事は、
 どうにもならないと切り捨てる事は、誰にだってできる。
 だがシオン、お前はそうしなかった。
 常に己の正義を問い続ける事、それこそが普遍の正義じゃ。
 この世の誰もが、お前を恨もうとも、蔑もうとも、憎もうとも、わしはお前を赦そう。
 無明の彼方、善悪の彼岸を越えて幾星霜。
 もしお前を赦せるものがあるならば、それはアテナではない。お前の友たるこのわしじゃよ」

シオンの震える手が杯をうけ、童虎はとつとつと語る。
くっと杯を干し、童虎は最後に「それが、わしの知るシオンという男だ」と締める。

「買いかぶりすぎだ…。
 酔ったか?」

シオンは杯を干すと、悪戯めいた声で応えた。
338人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:41:31 ID:0cGKG1wn0
「ホッホッホ…。
 このくらいで酔うほどわしは弱くはないぞ」

童虎もまた、笑って応えた。

「ならば老いたか?」

「老いもしよう。わしもお前もな」そう童虎は笑ってみせた。
シオンもまたつられたように笑ってみせた。
ことりと童虎の前に杯を置くと、シオンは、邪魔をしたなと立ち上がる。

「なに、冥闘士どもを監視せねばならんとはいえ、こうして禅を組んだままというのは暇での。
 いい暇つぶしになったわい」

酔いも老いも感じさせぬ足取りで、シオンはまたなと一声かけて童虎に背を向け歩き出した。
童虎は、おうと一声かえすだけだ。
二人共に分かっているのだ。
339人生に乾杯を:2008/12/04(木) 18:47:12 ID:0cGKG1wn0
「シオン!
 次はワシから訪ねよう!
 その時にはこの杯をもって行く、良い酒を用意して待っておれ!」

童虎はこらえきれずに叫ぶ。
シオンは振り返らない。

「さて、それは楽しみだ」

シオンの声色には、僅かばかりの湿りがあったが、それに触れるほど童虎は無粋ではなく、
それを指摘するほど付き合いの短い相手ではなかった。

「モイライの紡ぐ糸が如何様なものであれ、私は私だ。
 クローソーが如何に過酷に編み上げようとも、
 ラキシスが如何に奔放に定めようとも、
 そして、アトロポスが如何に残酷に断ち切ろうとも、な。
 お前のおかげで気づけた。
 お前の信じる私ではなく、私の信じるお前でもなく、私の信じる私であればよいのだ…
 童虎、ありがとう」

朝陽の中に溶けるようにして、シオンの姿が消えていく。
友が逝く。
ただ声だけが童虎の耳に残った。
340銀杏丸 ◆7zRTncc3r6 :2008/12/04(木) 18:52:14 ID:0cGKG1wn0
皆様お久しぶりです。銀杏丸です。
前回投稿直後にウォーズマンがエライ目にあったり、
ネプチューンマンが酷い醜態晒していてすこし空しくなりました。
子供の時に好きだったキャラクターなりが後日談で醜態をさらすと、空しくなりますね
父親の背丈を追い越してしまったり、
たまに実家に帰ると父の髪に白髪が増えたのに驚いたり
初恋の女の子がいろいろな意味で酷い人間になっていたり、
連絡の途絶えていた友が亡くなっていたりするような

聖闘士星矢のシオンと童虎、バキスレに初投稿した時のネタでもあり、好きなコンビです
ロストキャンパスアニメ化(OVA?)の報に驚きつつも、次はもうちょっと明るいネタをと思う銀杏丸です

では、またお会いしましょう
341作者の都合により名無しです:2008/12/04(木) 19:07:07 ID:0cGKG1wn0
タイトル元ネタ
ttp://jp.youtube.com/watch?v=o_nm2o4wDfU
わりと最近の曲です
342作者の都合により名無しです:2008/12/04(木) 20:14:54 ID:J59ieZ060
>サマサさん
>>ソロルとフラーテル
…突っ込まないぞ! 突っ込まないからな!!
だがソロルは俺の嫁。反論は認める。

しかしジェラルミンケースでメッタメタにのした後にブルーアイズとは…社長暴れすぎwww
ブルーアイズがアトラクション化しとる…!海馬ランド IN 古代ギリシャ?
343ふら〜り:2008/12/04(木) 20:22:40 ID:lq83DvXC0
>>スターダストさん
うむ。剛太はいずれ、原作へと帰る定めのかぐや姫。ならば「ご主人とあやちゃんと(中略)
サンマとイワシとアジと(中略)……の次くらいには好きじゃん、垂れ目!」ぐらいが幸せか。
しかし千歳根来といい、成就しないことが確定してるカプほど、やたら私にゃツボってて困る。

>>サマサさん(人身売買とくればソフトなのがセスタス、ハードなのがアンジュ・ガルディアン)
奴隷市場を完全スルーは作風上ダメ、しかし仰る通り主人公たちが暴れるのも良くない、そこ
で敵サイドが、と。その中で海馬の裏表がいろいろ見れて、先への重要な前フリでもありそうで。
物語として、必要なものと装飾との一体化。戦闘でも萌えでもない、地味なところでお見事!

>>銀杏丸さん(こういう空気を、女性(もちろん老婆)二人でも何とか演出できんものかと)
この雰囲気、モノが星矢、とくればやはり銀杏丸さん。作中人物のみならず、読んでる私まで
しみじみと「当時」を振り返ったり。この二人は文字通りケタの違う年季が入ってますし、星矢
や紫龍には想像もつかない思いがありましょう。この次の、二人の再会の時のことを思うと……
344作者の都合により名無しです:2008/12/04(木) 22:02:57 ID:OKUb1Ksm0
>サマサ氏
今回はいろいろとダークだなあ
前作のイメージを覆すようにわざと作っているのかな
海馬はもう一人の主役だなあ

>銀杏丸氏
原作とロスキャンをモチーフにしてますな
星矢フリークの銀杏丸氏らしくキャラを知り尽くして増すな
俺もこの生き残りコンビ好きです
345作者の都合により名無しです:2008/12/05(金) 02:56:44 ID:bC5hSgcn0
銀杏丸さんお久しぶり
私生活では今年1年あまりよくなかったようですが
来年はいい事ありますよ
個人的にはネプチューンマンより車田御大の劣化が残念
リンかけ2の12神編とラストは酷すぎる


確かにロストキャンバス見ると先代は優秀な人が多かったですな
蟹さんですらめちゃくちゃかっこよかったし
このコンビは伝説の生き証人として価値がありますけど。
氏の星矢物は好きなのでまた書いてほしいです。
346電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/12/05(金) 21:10:52 ID:O0jQNUgQ0
こんばんは。またレス返し&SS感想のみさせていただきます。
出張地獄と飲み会天国から帰ってきたばかりで投下されたSSを全て読めていないので、
スターダストさん・サマサさん・銀杏丸さんへの感想はまた次回に回させていただきます。

>>266さん
ご指摘ありがとうございます。そうですか、コンテナ2杯分の金塊はもっと凄い額ですか……
ビンボ人なのがモロバレ、恥ずかしいなあ。でも勉強になりました。
アイは基本的には怖い人だと思います。アヤ・ジェニュインと並んでネウロ界で最もおっかない女。
怖いけど、でもだからこそキレーな人。そんな彼女は一応本作におけるヒロインです。

>>267さん
うーん、本格的に加速するにはまだもうちょっと色々ゴタつくかも……
アイは原作では戦えるのかどうか不明でしたが、とりあえず何でもできる人みたいだったので
これくらい朝メシ前だろと銃を持たせてみました。

>>272さん
世間様じゃそんなに早坂ブラザーズはへたれ扱いなんですかw
戦闘は苦手です。というかアクション全般が不得意分野です。でも拙いなりにうまく書こうと四苦八苦
してるので、誉めていただけると安心するとともにますます精進する気力が湧いてきます。
葛西の背後の組織はあの人たちですね。さすがのアイも彼らの存在までは察知できなかったようですが、
葛西の危険性に気づいただけでも彼女は本当に凄い人だったと思います。

>ふら〜りさん
もともとネウロには全くの善人というのがほとんど出てきませんが、このSSではその中でも特に
ワル度の高い連中を選んで主要キャラに据えています(ただし警察勢以外)
ネウロ界の犯罪者は惚れ惚れするほど全員「芯」があります。このSSでこの先オリキャラ以外で
噛ませや引き立て役が出るとしたら、それはもともとのキャラではなく私の実力不足によるものと
お考えください。
347電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/12/05(金) 21:13:47 ID:O0jQNUgQ0
>>275さん
惜しい人を亡くしましたよね……まあサイがあんなことになってる今、
アイが生きてたら色々と都合が悪いですし、将来的なサイの成長(絶対あると信じてる)のためにも
ああいう展開にするのがベストだったんでしょうけど。
アイは本作ヒロインですのでこのSSでは結構スポットが当たります。

>ハシさん(レス返し)
ああ、やはり連想されましたか『山月記』。中島敦が好きなんです。
ネウロはどこまで読まれたのでしょうか。アク強めではありますが、『山月記』風にいうなら
「第一流の作品」であることは間違いない漫画かと思います。ハシさんのお気に召すことを祈ります。
ネウロキャラはどいつもこいつも輝いていやがって眩しすぎるくらいです。その輝きの百分の一でも
伝えられたならこれ以上の喜びはありません。

>ハシさん(SS感想)
モントリヒトは読んだことがないためF08は初見だったりします(実はエンバーミングも事実上
初見……ジョン・ドゥが花嫁さん探してる読切だけどっかで一度読んだ記憶が)
彼女のキャラがものすごく狂っていて活き活きしていて、悪い女好きとしては惹きつけられずに
いられません。悪役はやられっぷりも含めて悪役だと思うので、こうなったら徹底的にやられて
涙目になって欲しい!
あとピーベリーもいいなあ。お前は私の復讐の道具だとか、本人に向かって言い切っちゃうあたりが。
それで火がついてしまうヒューリーはもしかしてドM……冗談です。それだけ深い闇を抱えてるんでしょうね。
348電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/12/05(金) 21:22:50 ID:O0jQNUgQ0
>スターダストさん
早坂、投下した次の日に原作に登場してビックリしました。あれはかっこよかった。
個人的には、最近兄貴のおまけと化してたユキが一矢報いるというのも燃えたと思うんですが
そんなこと今更言ってもしょうがないですね。
ド汚いことも普通にやってるのに、ちゃんと「裏なりの流儀」は守るところが
彼の魅力かなと思っています。そういうのがきちんと出せてたら良いなあ。
心理描写は書いてて一番楽しいパートなので嬉しいです。ありがとうございます。

>サマサさん
そうなんですよね、まともなんですよね、この悪党兄弟……恐ろしいことに。
自信をもって断言しますが私アイさんのフトモモで原稿用紙100枚くらいSS書けます。
まあそれをやっちゃうとこのスレじゃなくキャ○スレかエ○パロスレ池って話になっちゃうんで
自重します。
349作者の都合により名無しです:2008/12/05(金) 22:09:04 ID:AEFurf9/0
>私アイさんのフトモモで原稿用紙100枚くらいSS書けます

凄いですなwぜひ読んでみたい
でもネウロは大好きだけどあの絵ではぬけない
350電車魚 ◆LNiBLKfrIY :2008/12/06(土) 02:06:53 ID:JAg/K3Tk0
>スターダストさん(SS感想)
ブレミュほんと個性あるなー。小札が一番好きだったけど最近無銘も好きです。
年齢は確か10歳(犬ベースで7、8ヶ月)でしたよね。可愛やのう可愛やのう。
単体でもきちんと立っている二次のオリキャラというのは、確かにひとつ間違えると主人公勢を
食ってしまうものでもありますが、生半可な腕のSS書きでは得られない貴重な財産であることも確かです。すごく羨ましい。
パピヨンは実に変態だな。何が凄いって、あの容姿でもシリアスをやればちゃんと盛り上がるということです。
下手な作家だとギャグにしかならないだろうに。それだけキャラの芯がしっかりしてるんでしょうね。
ところで全然関係ないですが、スターダストさんのあとがきの『蜘蛛の糸』の記述がきっかけで、
筋少と親交のある好きなバンドのギタリストが別ジャンルのバンドの昔のアルバムでゲストしてたことを
知りました。こんなことで礼言われても困るだろうとは思いますが、ありがとうございます。

>サマサさん(SS感想)
作風が作風だけにサラッとしてるけど、なにげに重い題材扱ってますねえ……
なんだかんだで子供に優しい社長にすごく和みました。この人も可愛やのう可愛やのう。
なにげに一番和んだのはたくさんの子供に一度に乗っかられてるブルーアイズですが。
「三人まで」と言われたってことはもっとたくさんの子たちにワラワラたかられたんだろうなあw
「ルックスもイケメンだ」ってSBRですか懐かしいな。「見かけで人を判断するな」と
自称外見に隠された真実が見えるダニ氏は仰っていますが、悲しいかな確かにそれは現実。
エレフも社長も美形で良かったね。でもエレフはともかく社長がモテてるところは想像できそうにありません。

>銀杏丸さん
残念ながら聖闘士聖矢は現状私の守備範囲外ですが(てか私守備範囲外の少年漫画多すぎ)
二人のじいちゃんたちのかっこよさに痺れました。血気盛んな若人もいいけどこういうのもいいなあ。
私の勝手な連想だと思うのですが、雨月物語の『菊花の約』を思い出しました。
あれは信義を果たすために自刃して霊魂になって会いに行く話なので、内容的にはカスりもしてない
はずなのですが……二人の絆の強さからの連想かもしれません。
それに加えて、それぞれが辿ってきた濃い人生があるからこそのこの対話なのでしょうけど。

>>349
>でもネウロは大好きだけどあの絵ではぬけない
期待外れだ>>349よ、貴様の日付はいつ変わるのだ?
351作者の都合により名無しです:2008/12/06(土) 02:18:39 ID:GsWRXoF60
最後のレスで吹いた
352しけい荘戦記:2008/12/06(土) 23:41:19 ID:IGbFMhXt0
第三十話「MAX」

「貴様は我が拳を以って──全身全霊にて叩き潰す!」
 烈の拳がさらに速さを増す。まるで無数の手が生えたような、残像を生じるほどのスピ
ード。体を丸めガードを固め、なすすべなく打たれまくるゲバル。止まる気配のない拳と
いう名の豪雨。手を出すどころではない。
 待とうが祈ろうがてるてる坊主を吊るそうが、止みそうもない。ならば、立ち向かう。
 ガードを外すゲバル。いいのを二、三発まともにもらいながら、強引すぎる胴タックル
を実行する。
 執念は実った。ゲバルは烈の腰に組みつくことに成功する。
 しかし、鍛え抜かれた足腰はビクともしない。打撃戦を嫌い、寝技に持ち込もうという
ゲバルの目論みは崩れた。
「無駄だ……」
 鉄の肘がゲバルの脳天に落とされる。
 頭蓋が割れてもおかしくない一撃だったが、しつこくしがみつくゲバル。ゲバルは両足
をぴたりと地面にくっつけ、垂直に力を込めた。
 真上にリフティングされ、烈の足が宙に浮いた。
 先ほどは投げ上げただけのゲバル、今度は本気であった。
 狙いをアスファルトに定め、
「セイィッ!」
 叩きつける。
 道路が陥没した。小さなうめき声と大きなバウンドの後、烈の体は横たわったまま動か
なくなった。
「フィナーレだ」
 冷徹な瞳で最後の一撃を加えんと、ゲバルが拳を振り下ろす。
 しかし、烈はまだ死んではいなかった。
 突如右足と左足が起動し、ゲバルの首と肩を挟みこむ。ちょうど三角締めのような体勢
となった。烈の脚力で頸動脈を締め上げられれば、ひとたまりもない。
353しけい荘戦記:2008/12/06(土) 23:42:36 ID:IGbFMhXt0
「……さすがは海王!」充血した目で、挟まれたまま再度烈を持ち上げるゲバル。「だっ
たらもう一度叩きつけ──」
 しかし、烈は両足でゲバルのロックしながら、背後に回っていた。
「こ、これは……ッ!?」
 烈が座禅を組めば、あとは発動を残すのみである。

 転蓮華。

 名門白林寺の秘伝。烈の全身が傾くにつれ、ゲバルの首も曲がる。
「ほう……大した筋力だ」
 首に全筋力と全神経を注ぎ、ゲバルはこらえた。頚骨をへし折り一回転するはずだった
烈はわずかに傾いただけ。
「こう見えて忍術をかじっていてね……縄抜けは得意分野だ」
 次の瞬間、ゲバルは烈の両足からするりと脱出を果たした。顎関節を自ら外し、ぐにゃ
ぐにゃになった顔面を烈の拘束をすり抜けさせたのだ。
 自由の身となったゲバルはさっそく烈に襲いかかるが──
「貴様ならば、転蓮華を破ると信じていたよ」
 ──最高の崩拳が待っていた。
 転蓮華に移る時、烈の本能は通用しないと直感した。だからこそ秘伝を返されてなお、
もっとも正しい一撃を加えることができた。
「ぐえぇッ?!」
 くの字に体を折り曲げ、ゲバルが飛んだ。
 十数メートル先にあった「止まれ」の標識に激突し、ようやく止まった。標識が寝そべ
り、役に立たなくなったのはいうまでもない。
 鳩尾を手で押さえ、よろよろとゲバルも立ち上がる。
「つ、強いなァ……ミスター海王……」
「……貴様もな」
 流派も思想も全く異なる二人が、ここにきて互いを認め合った。
 わずかに唇を綻ばせると──どちらともなく両者が駆け出した。
354しけい荘戦記:2008/12/06(土) 23:43:23 ID:IGbFMhXt0
 拳と拳。
 二人の右拳は火花を伴って相手の面(おもて)に突き刺さった。烈の貫き手がゲバルの
喉仏を穿つと、ゲバルは血を吐き散らしながら親指で烈の人中を打つ。得意技のハイキッ
ク同士がぶつかり合い、烈が跳び上がって両足でゲバルに蹴り込むと、ゲバルはすかさず
足を掴んでジャイアントスイング。烈を投げつけられた電柱には赤い花が咲いた。むろん
烈はコンマ数秒で跳ね起きる。
 一歩どころか一ミクロンたりとも退かぬ両雄。
 これほどの好敵手、生涯に一度出会えるかどうか──。
 なのに彼らはある種の物足りなさを抱いていた。なぜなら知っていたから。

「そろそろ本気を出したらどうだ」
 ゲバルと烈は同時に、同じ台詞を吐き出していた。死闘の最中、奇跡的に滑稽なやり取
りに笑い合う両者。
「気が合うな、ミスター海王。いい加減、靴(グローブ)を外して欲しかったところだよ」
「貴様こそ水面下に潜ませている獰猛な本性を表わしたらどうだ」
「獰猛とは失敬な……もっとも次に戦う相手に手の内を晒すのもどうかと思ってね」
「うむ。ただし私が次に戦う相手だがな」
 二人は戦場となった路地の先にある突き当たりに、視線を向けた。
 すると、角から一歩足を踏み出す男が一人。しけい荘とコーポ海王を混乱の渦に巻き込
んだ張本人。
 ──マホメド・アライJr。

 アライJrは緊張していた。
「気を悪くしないで欲しい。隠れていたわけではなく、邪魔したくなかっただけだ」
 戦っていた二人にとって、そんなことはどうでもよかった。
 過去、自由の国を熱狂させた偉大なるボクサーと瓜二つの、闇討ち犯。ゲバルと烈の体
内を大量のアドレナリンが駆けめぐる。
355しけい荘戦記:2008/12/06(土) 23:44:12 ID:IGbFMhXt0
 いかにも南米的な豪快な笑顔で、ゲバルが提案する。
「よし、こうしよう。俺かミスター海王か、勝った方が一週間後、君とファイトする」
 烈も興奮冷めやらぬといった形で提案に乗る。
「面白い。コーポ海王としけい荘の代表者として立ち合いに臨む──完全決着だ」
 巨大すぎる驚愕と歓喜で、どうしていいか分からずアライJrは震えていた。そんな彼
をよそに、猛獣二頭がついに全力(マックス)を開放する。

 靴を脱ぎ素足となる烈。
 土で自らに化粧を施すゲバル。

 闘いは英雄の卵に見守られつつ、最終章へ。
356サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2008/12/06(土) 23:45:08 ID:IGbFMhXt0
次回決着予定です。

>>274
烈海王は最高です。
グルグルパンチした時はどうなるかと思いましたが。

>>275
ゲバルの髪の毛で耳の内部を破壊する技を初めて見た時は衝撃でした。
357作者の都合により名無しです:2008/12/07(日) 10:09:32 ID:LcRARogp0
なんかゲバルが主役っぽいですな
列も魅力を十全に引き出されてますし。
なんかアライは張本人のくせに格落ちの感じw
358テンプレ1:2008/12/07(日) 11:16:13 ID:YuVGVbqa0
【2次】漫画SS総合スレへようこそpart61【創作】

元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの新しい話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の連載作品は>>2以降テンプレで。

前スレ  
 http://changi.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1226245740/
まとめサイト  (バレ氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ (ゴート氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss
359テンプレ2:2008/12/07(日) 11:17:54 ID:YuVGVbqa0
AnotherAttraction BC (NB氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/aabc/1-1.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/49.html (現サイト連載中分)       
1段目2段目・戦闘神話  3段目・VP (銀杏丸氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/sento/1/01.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/16.html (現サイト連載中分)       
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/501.html
永遠の扉  (スターダスト氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/eien/001/1.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/552.html (現サイト連載中分)
1・ヴィクテム・レッド 2・シュガーハート&ヴァニラソウル
3・脳噛ネウロは間違えない 4・武装錬金_ストレンジ・デイズ(ハロイ氏)
 1.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/34.html
 2.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/196.html
 3.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/320.html
 4.http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/427.html
1段目2段目・その名はキャプテン・・・ 
3段目・ジョジョの奇妙な冒険第4部―平穏な生活は砕かせない― (邪神?氏)
 http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/captain/01.htm (前サイト保管分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/259.html (現サイト連載中分)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/453.html
360テンプレ3:2008/12/07(日) 11:18:42 ID:YuVGVbqa0
上・ロンギヌスの槍 
下・ネクロファンタジア REVENGER and DEAD GIRL (ハシ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/561.html
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/722.html
上・HAPPINESS IS A WARM GUN 下・THE DUSK (さい氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/608.html
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/617.html
しけい荘戦記 (サナダムシ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/634.html
ジョジョの奇妙な冒険 第三部外伝未来への意思
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/195.html  (エニア氏)
遊☆戯☆王  〜超古代決闘神話〜  (サマサ氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/751.html
女か虎か (電車魚氏)
 http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/783.html
361ハイデッカ:2008/12/07(日) 11:21:56 ID:YuVGVbqa0
今月は1ヶ月で消化ですか。
サナダムシさんとサマサさん、スターダストさんたちレギュラーの方々は
勿論ですが、電車魚さんの更新が大きいですな。

本当言うとハロイさん邪神さんはちょっと間が空いているのですが
今まで書いて頂いた事を考えてテンプレに残します。ご連絡を。
362作者の都合により名無しです:2008/12/07(日) 13:18:42 ID:VkOK2lNQ0
ハイデッカさん乙!
ハロイさん邪心さん帰ってこないかな
363作者の都合により名無しです:2008/12/07(日) 14:24:27 ID:wuHMwdvq0
立てました。
【2次】漫画SS総合スレへようこそpart61【創作】
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1228627326/
364作者の都合により名無しです:2008/12/07(日) 17:44:46 ID:0XSfUNX30
365作者の都合により名無しです:2008/12/09(火) 22:10:31 ID:0jtoleqA0
支援
366作者の都合により名無しです:2008/12/09(火) 22:19:30 ID:0jtoleqA0
支援
367作者の都合により名無しです:2008/12/09(火) 22:20:12 ID:0jtoleqA0
支援
368作者の都合により名無しです:2008/12/09(火) 22:21:41 ID:0jtoleqA0
支援
369作者の都合により名無しです:2008/12/09(火) 22:22:58 ID:0jtoleqA0
支援
370作者の都合により名無しです:2008/12/10(水) 00:08:05 ID:hVZqPWdo0
なんで支援って書き込むと支援になるの?
371作者の都合により名無しです:2008/12/13(土) 14:38:03 ID:SEankmgpP
372作者の都合により名無しです:2008/12/13(土) 14:40:55 ID:SEankmgpP
373作者の都合により名無しです:2008/12/13(土) 14:44:02 ID:SEankmgpP
374作者の都合により名無しです:2008/12/13(土) 14:45:49 ID:SEankmgpP
375作者の都合により名無しです:2008/12/13(土) 14:47:26 ID:SEankmgpP
376作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 00:18:33 ID:Vv15uNRf0
支援
377作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 00:19:24 ID:Vv15uNRf0
支援
378作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 00:19:57 ID:Vv15uNRf0
支援
379作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 00:21:28 ID:Vv15uNRf0
支援
380作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 01:01:53 ID:RqQuDhy60
俺も負けずに支援
381作者の都合により名無しです:2008/12/28(日) 01:03:08 ID:RqQuDhy60
ハロイさん復活があと2週間早ければ
SS大賞の結果は全然違うものになってただろうな
382作者の都合により名無しです:2009/02/19(木) 20:37:55 ID:948ls+GX0
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383作者の都合により名無しです:2009/02/19(木) 20:38:40 ID:948ls+GX0
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384作者の都合により名無しです
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