【2次】漫画SS総合スレへようこそpart51【創作】
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風が強く吹いていた。
全てを切り裂いたその風は、桂木弥子の日常を吹き飛ばし、少しの悲しみをはらんで、
そして何よりヤコの命より大切なものを奪い去っていった。
モノノ怪〜ヤコとカマイタチ〜
「ああもう、何で秋って何食べても美味しいんだろ」
有り金叩いて買った石焼いもの山を着々と胃袋へと消滅させながらヤコは呟いた。
「あんたはいつも何食べても美味しいでしょ」
籠原叶絵が冷静に言う。この宝物の山をみて冷静な叶絵はどこかおかしいに違いないとヤコは思う。
「全くもう、どうすんのよ有り金叩いちゃって」
「いいじゃない、お芋屋さんのおじさん喜んでたし。人助け人助け」
「人助けはいいけどさ、あんた。あと旅行一泊あんのよ?
前払いだから宿代はいいとして、明日の昼ごはんとかお土産とかどうするの」
「…………!!!」
「なによその超意外なこと言われましたみたいな顔は」
「…………」
「なによその今なら靴だって舐められるみたいな顔は」
「叶絵ぇぇぇ」
「あんたの食事代なんてだしたらあたしが破産でしょ!その芋で明日の昼凌いで土産にしなさい」
「こんなのおやつなのに……」
「あたしなら三日は凌げるんだけど」
「食欲の秋なのに……」
「あたしにも秋はきてるんだけど」
「はああああ」
ヤコは口に芋を詰め込みながらため息をついた。
横で叶絵があんた器用よねなどと呟いているが気にしない。頭を回転させる為には糖分が必要なのである。
とにかく、この急場を乗り越えなければならない。
明日のお昼ご飯が食べられないなんて考えただけで飢え死にしそうである。
もくもくと芋を頬張りながらヤコは考える。
「……あんた考えてる速度より食べてる速度のが速いんじゃないの」
叶絵が横で何か言っているがヤコは気にしない。今、ヤコの頭脳はヤコ史上最速で回転しているのだ。
もくもくもくもく、と芋を食らうのに……ならぬ思考を巡らすのに集中していると、かちりと歯に何かが当たった。
「? なんだろ」
それは小さなアルミホイルだった。
芋の旨さのあまり周りのアルミホイルまで食べてしまったのかと一瞬思ったけれど、
小さく折りたたまれているところを見るとそうではなさそうだ。中に何か入っているようである。
ホイルを広げてみると小さい紙きれが入っていた。
『京都の名店 絶品コンソメスープ食べ放題券』
「叶絵!これはお芋屋さんの恩返しだよ!」
「……それはどうだろう」
「あああもう、これで飢え死にしなくてすむよ叶絵、これは命より大事にしなきゃ!」
小さな紙切れを拝む勢いのヤコを見て、叶絵はため息をつく。
「多少怪しい気もするけど、まああたしにたかられなくて良かったよ。ほら宿着いたよ」
叶絵に促されて漸くヤコは宿に着いたことに気がついた。
食べるのに、いや考えるのに夢中のヤコを叶絵がナビゲートしてくれたのだ。
叶絵が居なかったら歩いている間に最低五回は土管に落ちたり電信柱にぶつかったりしただろう。
やはり持つべきものは友である。
と。
宿の前に一人の男が居た。
妙な青い和装。頭にも青い布を巻いている。
大きな箱を背負い、腰には狛犬のような装飾の棒がさしてある。剣だろうか。
鼻筋と目の淵に茶の隈取りがしてあり、目の下には点が三つ同じ色で描いてある。
静かに佇むその瞳は宿をひたと見据えていた。
「か、叶絵、なんだろあの人」
「馬ッ鹿、ここは京都だよ?太秦あたりの役者さんでしょ。
それよりイケメンよイケメン!」
「ええ?だってここ太秦から離れてるし衣装のまま宿泊まる?」
「大丈夫だって。―――あのう、役者さんですか?」
腰の引けているヤコと違って叶絵は積極的に男に話しかけた。
きっと叶絵は青い服の魔人に毎日いびられた事が無いから警戒心が薄いのだろう。
ヤコなどその魔人のお陰で毎日生死の淵を彷徨っているのだ。
青い服の妙な男というだけで警戒してしまう。
「いいえ、」
男は視線をヤコ達に移した。束ねてある髪が少し揺れる。
「ただの、薬売り―――、ですよ」
「薬売りさんですか……」
ヤコと叶絵は目を合わせる。富山の置き薬というものを聞いたことがあるがその類だろうか。
「こちらへも、薬を売りに?」
なんとか男と会話を続けたいのだろう、叶絵が訊く。
薬売りは少しだけ口を歪めて視線を宿へ戻した。
「物の怪が―――出るのでね」
その時、一陣の風が吹き抜けた。
「風、か」
その風は足元の木の葉を舞い上げ、唖然としていたヤコの手から小さな紙切れを奪い去った。
……ヤコが絶望の悲鳴を上げるのは18秒後のことである。
<続く>