「――――――――――――――――――――…………………っ……」
息を呑んで、脚を動かして、耳を傾けて。
私――姉崎まもりは、走り続けていた。
『――ご機嫌いかがですかな、皆さん』
放送が始まっても、走り続けて。
『あなた方は実によく働いておられる。このゲームを企画した側としても、実に嬉しく思いますよ』
主催者の下らない戯言には興味ない。
私が知りたいのは、ただ一つ。
あの子の、生死だけ。
私は、死亡者が読み上げられるのを待った。
大阪へ向け、全力で疾走しながら。
『藍染惣右介』
一人目――私が殺したあの人だ。
『ウソップ』
二人目――知らない名前だった。
『小早川瀬那』
三人目――――――――――――――――――――――――
「……………………………………………………………」
その瞬間、私の世界が止まった。
『大空翼、キン肉スグル、ウォーズマン、ブローノ・ブチャラティ、志々雄真実、ボンチュー、マミー』
その他の死亡者の名が読み上げられる。でも、聞こえない。
「…………………………………………………………………………………………………………………………え」
聞き間違いや幻聴ではない。
確かに、読み上げられた。
小早川、瀬那。
「こばやかわせな」
金魚みたいに口をパクパクさせているのが分かる。
止めようと思っても、止まらない。
「こばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせな」
私の口は、壊れてしまった。
同時に、思考も崩壊し始める。
走った。
今聞いた名を、振り払いたくて。
「こばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせな」
「こばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせな」
「こばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせなこばやかわせな」
音が反響して聞こえる。
ここはいったいどこなんだろう?
周囲の景色が目に入らない。
なのに、脚は止まらなくて。
脳では、あの子の名前が鳴り続けて。
気持ち、悪い。
「――――――――――」
ひょっとしたら、喉が潰れてしまったのかもしれない。
そうなるくらい、あの子の名前を呼び続けたのかもしれない。
言葉が出せなくて、何も喋れなくなって。
でも不思議。
脚は、大阪へ向かって一直線に進んでる。
変だよね? あの子は、もう死んじゃったのに――
ゴッ
イタっ。
何かが、頭にぶつかった感触がした。
その衝撃に躓いて、私は盛大にすっ転ぶ。
唇に土の味が行き渡って、初めてそこがどこか認識する。
森だ。地面は雨に濡れたせいか、グチョグチョに滑っていた。
気持ち悪い。服や髪に泥が付いちゃった。
泥だらけになった身なりを気にしていると、ふいに頭部から発せられる激痛信号を察知した。
米神のあたりに手を触れてみる。
ドロリ、と、ヌメヌメした感触が。
あ、血だ。
それもいっぱい。
こんなに出血して、大丈夫かと不安になる。
でも、たしか米神とか額って、大袈裟に血が流れるものなのよね。
なら、見た目ほど酷くはないかも。
ん……でも、痛い。
何でこんな怪我をしているんだろう、私。
疑問に思って、足元に落ちていた血まみれの石を発見する。
私は立ち上がりながら、その石を摘み上げて監察。
ドロっとして、生暖かい。これ、私の血だ。
ああ、そっか。これが、私の米神に当たったんだ。
石は硬いから。どうりで、血も流れるはずだ。
…………
これ、ぶつけたの…………だぁれ?
女の子が、立っていた。
綺麗な顔立ちの、お人形さんみたいな女の子。
顔だけ見ればアイドルに思えなくもない……でも。
彼女の着ている服には、夥しい量の血液が付着していて。
木陰から顔を覗かせるその姿は、アイドルというよりも幽霊みたいで不気味だった。
「……あなたが、石、ぶつけたの?」
変だ。
喉が渇いているのか、うまく喋ることが出来ない。
「ねぇ、なんで? なんで、こんなことをするの?」
私はただ、大阪へ向かおうとしていただけ。
あの子を守るため、精一杯走っていただけ。
今回ばかりは、誰を殺そうとか、そういう考えは全部忘れていたのに。
「どうして……邪魔するの?」
女の子は、答えてくれない。
私の顔を、監察日記をつけるような熱心さで凝視したまま、いっこうに目を放さない。
私の顔に、何か変なものでも付いてるのかな。
分からない。分からなくていい。
知りたいのは、一つ。
あなたは、私の邪魔をするのかどうか――
♪
月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月
『やったよ月! ミサの投げた石、あの女の頭に命中したよ!』
『ああ、よくやったぞミサ。彼女も相当なダメージを受けているようだ』
ライトライトライトライトライトライトライトライトライトライトライトライト
『でも……あの女、ひょっとしたらすごく強かったり……しないかな?』
『何も不安がることはないさ。僕の推理では、彼女はただの人間。ミサでも問題なく殺せる』
らいとらいとらいとらいとらいとらいとらいとらいとらいとらいとらいとらいと
『本当!? ミサでもやれるかな?』
『もちろんさ。さぁ、頑張って殺しておいで――僕のために』
LightLightLightLightLightLightLightLightLightLightLightLightLightLightLight
『うん! ミサ頑張るから……だから、月。ちゃんと傍で……見てて、くれるよね?』
♪
女の子が迫ってくる。
その細い腕に、先端の尖った棒を携えて。
私に向かって、ゆっくりと。
一歩、
二歩、
三歩、
危機感を感じていないわけではなかった。
ただ、頭がふらついて、どうにも足取りが重い。
一歩、
二歩、
三歩、
石をぶつけられた衝撃が、私の動きを鈍らせているようだった。
本当ならこのまま気絶したい気分……でも、彼女が迫ってくる。
一歩、
二歩、
三歩、
逃げなきゃ――そう思ったときにはもう、遅かった。
ぽすっ
優しく、彼女の身体が私に圧し掛かる。
軽い。全身を預けられているというのに、酷く軽い。
きっと食事もあまり取っていないんだろうな。
すぶり
私がどうでもいい心配している最中も、彼女の狂気は納まらなかった――そのことに、気づけなくて。
小さな水音と、腐ったような悪臭がして。そこから、腹部に痛みを感じた。
ぽたぽた
一瞬、ああ、また雨が降ってきたんだな。と錯覚した。
でも、空は曇っているだけで、何も落としてはいない。
雫の垂れるような音の正体は、私のお腹から滴る血だったんだ。
ぐりぐり
私のお腹の中で、彼女の握った槍が回転を始める。
ドライバーでネジを回すみたいに、中の色んなものをかき混ぜてしまう。
それを自覚すると、もうあとは痛みしか感じなかった。
痛い。やめて。痛いから。やめて。お願い。本当に。お願い。お願い。死んじゃう。
死んじゃうよぉ。死んじゃったら、死んじゃったら、死んじゃったら、死んじゃったら。
もう、あの子が守れなく――
「…………こばやかわせな」
私は、枯れた喉から彼の名を搾り出した。
「小早川、瀬那」
あの子の、私が守ってあげなくちゃいけない、弱いあの子の名前を。
「セナ!」
掛け替えのない、存在を、守るため!
「あっ!?」
私は精一杯の力で彼女の身を引き剥がし、そのまま体当たりで吹き飛ばした。
べちょっ、という汚らしい音を鳴らし、彼女の身体は泥の中へと倒れこむ。
とりあえず窮地を脱した私は、腹部に突き刺さった槍を力任せに引っこ抜く。
私の血がべっとり付いた槍……見ているだけで気持ち悪い。
私はそのまま槍を握り締め、倒れたままの彼女に向かって投擲した。
「ッ痛い!」
へろへろな軌道で放られた槍は彼女の綺麗な生足を掠り、一筋の血線を残して地に転がる。
串刺しにするつもりで投げたものの、頭部と腹部から来る痛みのせいか、少し狙いを外してしまったようだ。
それでも効果は覿面。彼女は痛みに悶え、泥だらけの地面を転げ回る。
滑稽だった。そうだ。私の邪魔なんてするから、こういう目に遭うんだ。
私を殺そうとするなんて、そんな――
「……小早川、セナ君は……死んだよ」
呟く。
「え?」
「放送、聞いてなかったの? 私、少し前まで彼と一緒だったの。セナくんは、パピヨンっていう蝶々仮面の変態に殺された」
え?
「あなた、ひょっとして姉崎まもりさんじゃない? セナくんの友達だっていう」
私は、彼女が何を言っているのか理解できなかった。
だけど脳は、必死に命令を下す。
――武器を手に取れ。
――あいつを殺せ。
そんな風に。
私が持っている唯一の武器である鉄パイプ。それを躊躇いもなく取り出したのは、本能が呼びかけていたからなんだと思う。
「逢いたかったんでしょ? でもざんねん。あいつはね、ミサが武器をあげたにも関わらず、Lを殺すことができなかった。
本当にざんねん。すっごい無駄死に。グズの上に、クソの役にも立たない。生きてる価値もない、どうしようもないダメ人間」
ああ、そっか。
私がずっと彼女に抱いていた嫌悪感の正体は、これだったんだ。
そのことに気づいた私は咄嗟に駆け出し、鉄パイプを強く握り締め、振り上げる。
私の行動に口を黙らせた彼女を目下に、腕に思い切り力を込め、振り下ろした。
ガスンッ
彼女はセナを知っている。
セナが死んだことも知っている。
知っておきながら、その死を嘲笑う。
なぁんだ。
セナを虐めていたのは、彼女だったんだ。
ガスンッ
ガスンッ
振り下ろす、振り上げる、振り下ろす。
ガスンッ
ガスンッ
何度も何度も、音が鳴り響く。
ガスンッ
ガスンッ
「痛い……痛い……」
ガスンッ
ガスンッ
彼女の言葉は、聞こえない。もう、聞かない。
ガスンッ
ガスンッ
「痛い……ね、べぇ……ご、でぇ……本当に、いだい、ぐげっ、」
ガスンッ
ガスンッ
「や、べて……ミサ、アイド、どぅだから……痛いの、や、だか、ら……」
ガスンッ
ガスンッ
さっきから口を動かして、何か言っている。
知るもんか。セナはもっと痛い思いをしたんだ。
ガスンッ!
ガスンッ!
よりいっそう力を込めたら、彼女は口を動かすのをやめた。
死んだ? ううん、まだ生きてる。単に抵抗するのをやめただけだ。
ガスンッッ!!
ガスンッッ!!
「あべぇっ」
――喉の奥底から、搾り出したような嗚咽が聞こえた。
……死んだ? 死んだの、かな?
まだ分からない。もっと叩かなきゃ。
私は、休まず鉄パイプを振り上げる。
「――――まもりちゃん!」
もう何度目か分からない殴打の最中、私の身体は何者かに体当たりされて、吹き飛ばされた。
泥だらけの地面の上、仰向けに倒れてしまった私はすかさず身を起こし、謎の襲撃者に対処しようと試みるが、
「もうやめて、まもりちゃん!」
――上半身だけ起こしたところで、私の身体は、麗子さんの手によって羽交い絞めにされてしまった。
お互いに抱き合ったような状態で、二人の距離は完全にゼロ。
幸いにも手から鉄パイプは離れていなかったが、この密接した状態では殴るに殴れない。
鬱陶しいのに、引き剥がせない。
私は、セナを虐めたあの娘を粉々にしなきゃいけないのに。
「もういい! もういいのよまもりちゃん! あなたはもうこれ以上、罪を重ねる必要はないの!」
何が、もういいって言うの?
セナが死んだから?
……認めない。私は、絶対に認めない。
「うるさい……私は……セナのために……あの女を殺……」
「バカ!」
全部言い切る前に、私の言葉は麗子さんの一喝によって掻き消された。
「あなたもう、十分頑張った! もうこれいじょう頑張る必要はないの! もう休んで、普通の女の子に戻っていいの!」
頑張った――――私が?
そんな、だって私は、まだセナを守れてない。
「あなたが守りたかったセナちゃんは、もう死んでしまったのよ!」
「――!」
聞きたくなかった。
でも、耳が受け入れてしまった。
その言葉を。覆しようのない、その事実を。
「悲しい気持ちは分かる! 悔しいって思いも分かる! でも……でももうどうしようもないの! まもりちゃんが足掻く必要は、もうどこにもないの!!」
――痛いよ、麗子さん。
そんな正面から正論をぶつけられたら、私、どうしていいか分からなくなっちゃうよ。
「う……」
私が守りたかった。
死なせたくなかった。
小早川瀬那。
生きてて、欲しかった。なのに。
「……っぐ」
どうして。
「ぐっ……うぇ」
……どうして……セナが……死んで……
「……どうして……セナが……死んで……」
あの子は、何も悪いことしてないのに……
「あの子は、何も悪いことしてないのに……」
……なんで、なんで殺されなきゃ……
「……なんで、なんで殺されなきゃ……」
う、っぐぇ……うう……っ……〜〜
「う、っぐぇ……うう……っ……〜〜」
「まもりちゃん……」
麗子さんの両腕が、私の血塗れの身体を優しく包み込む。
聖母さまみたいな印象を感じた。
どんな罪も洗い流してくれるような、そんな気さえしてしまう。
「ぅ――――――――――――ぁ――――――――」
「悲しさを、閉じ込めないで。あなたはもう、泣いていいから」
「ぅわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
安心した私は、思い切り泣きじゃくった。
セナという掛け替えのない存在を失ってしまった悲しみに、ただただ打ちのめされて。
狂気も全部、悲しみで埋め尽くして。
泣いて泣いて泣いて、泣き続けた。
押し寄せてくる涙は、決壊したダムのように止め処なく。
麗子さんはただ黙って、私を優しく包みこんでくれた。
視界はとうに水没してしまい、麗子さんがどんな表情をしているのかさえ分からない。
ザッ
もう一度、セナに会いたかった。
人殺しになった私を見て、軽蔑されてもいい。
それでも、もう一度セナに会いたかった。
ザザッ
私がついてるから、大丈夫。
私が守ってあげるから、大丈夫。
最後はヒル魔くんも生き返って、もう一度クリスマスボウルを目指せるからって。
ザザザッ
言ってあげたかった。
安心させてあげたかった。
今さら後悔しても仕方がないけど。
ドスッ
私は、セナに会い…………!?
「………………あ、れ?」
ヌルリとした感触が、手の平いっぱいに広がる。
同時に、腹部の辺りにも痛みを感じた。
そのせいか、涙でぐじょぐじょになっていた視界は一瞬で晴れ、目の前の光景を映し出す。
傍には、私を抱いたまま苦悶の表情を浮かべる麗子さん。
その奥には、どこかで見たセーラー服の女性が立っていて――
「ぁ」
――津村、斗貴子。
どうして、彼女がここに?
ううん。それよりも。
どうして、麗子さんの背中にあんなものが――
♪
救いたかった。
殺し合いなんていう馬鹿げた呪縛から、あの子達を解き放ちたかった。
キルアちゃんも、リョーマちゃんも、星矢ちゃんも、まもりちゃんも。
こんな世界にいるべき人間じゃないから。
それが大人としての義務であり、警察官としての仕事だから。
こんなの、私の自己満足かもしれないけど。
でもやっぱり、何の力もない子供達が殺し合うっていうのは、間違ってると思う。
胸が痛い。
視線を落とすと、私の胸部を金属の刃が貫いているのが分かった。
その刃は深く貫通し、まもりちゃんの腹部にまで届いている。
いけない。まもりちゃんが不安そうな顔をしている。
笑わなきゃ。痛いけど、頑張って笑って、この子を安心させてあげなくちゃ。
「……大丈夫よ。まもりちゃん」
怯えないで。私は、平気だから。
「星矢ちゃんが、言ってたでしょ? ハーデスを倒せば、きっとみんな生き返る。セナちゃんとも、きっとまた会える」
そうよ。そうすれば、圭ちゃんや部長さんにも、また会える。
もちろんその時は、両ちゃんも一緒に。
また、亀有公園前派出所に戻れる。
今頑張れば、きっと日常を取り戻せるから。
だから、ねぇ、
笑いましょ?――――――
ザンッ
ボトッ
コロ……
コロ……
コロ…………
♪
初めから、こうすればよかったんだ。
そもそも、『臓物をブチ撒ける』なんていうのは、憎きホムンクルスに苦痛を与えるための殺し方だ。
相手がなんの罪もない、ただの人間であるというならば――苦しめず、楽に逝かせてあげるのが、せめてもの情けだ。
こんな風に、『首から上』を斬り落とせば。
胴体と脳を完全に遮断してしまえば、痛みを感じることも死を実感することもなく、楽に死ねる。
もっと早く、このやり方に気づいていればよかった。
最初からこうしていれば、両津や星矢も苦しまなかっただろうに。
今、一時だけ、『すまない』と言っておこう――
「麗子さん……首が……首が、ないよ…………?」
私には、まだ任務が残っている。
秋本麗子だけではない。彼女も殺さなくては。
バルキリースカートを振り上げる。
狙いは、首だ。
大丈夫、一瞬で楽になる。
だから、どうか、安心して――
♪
ぴちゃ
ぴちゃ
「麗子さん……首が……首が、ないよ…………?」
私に身を預け、力なく項垂れる麗子さん。
その頸部には、血の断面図が浮かび上がっていた。
ぴちゃ
ぴちゃ
触れてみると、新鮮な水音が鳴って、手が真っ赤に染まった。
ぴちゃ
ぴちゃ
何度触っても、それは変わらない。
いつまで経っても、頭の質感に辿り着けなくて。
ごぷ
ごぷ
触りすぎたせいだろうか、断面図からは、湯水が湧き出るように血が溢れてきた。
本来なら脳に送られるべき血液が、全部体外に放出されてしまう。
――そんな――
――どうして、麗子さんが?――
――どうして、どうして――
――麗子さんが、殺された――
――あの女に、津村斗貴子に――
「――――――」
何も言わず、麗子さんの身体は、糸の切れたマリオネットみたいに崩れていく。
私は、その身を支えることができなくて。
麗子さんの死体は、ぐしょっ、と地面に投げだされた。
泥と、まだ暖かい血が頬に飛び散る。
実感した。
麗子さんは、死んだ。
どうしようもないくらい悲惨で容赦なく潰され徹底的に壊された上で死んだ。
それを実感したら、とてつもなく悲しくなって。
でも、それ以上に。
激怒した。
「ぁ――――――――――」
悲しみを閉じ込めて、立ち上がる。
鉄パイプを握りなおし、ありったけの力をこめる。
許せない。
許せない許せない許せない許せない。
許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない。
駆け出した。
何もかも、ぶっ壊したくて。
「な――!?」
麗子さんを殺したあの女を、粉々にしたかった。
「うおアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
声なんて、とうに枯れたと思ってた。
でもそれは、錯覚だったんだって気づく。
私はまだ、叫べる。怒ることが出来る。
津村斗貴子に向かって、死ねと叫べる。
「死んでくれ」
そう言ったのは、誰だったか。
え?
今の、私じゃない。
「――がふっ!」
決死の思いで突攻を試みた私の身体は、津村斗貴子の太腿に装着された四本の鎌によって、宙に投げ出された。
体重の軽い私は、空中で六回転半ほど回って、木に激突。その時の衝撃で、私の上に何枚か木の葉が舞い落ちる。
不思議と、痛みは感じなかった。
それほど大したダメージじゃないのか、打ち所が良かったのか。
とにかく、私はまだ生きてる。
今の内に、あの女を殺しに行かなきゃ。
「ぁ、れ」
おかしいな、身体が、動かない。
それに、手足がみんな、ありえない方向を向いている。
あれ、左肘のところ、骨が飛び出してる。
おかしい。こんなの、絶対におかしい。
だって、全然痛くないのに。
なのになんで、思うように動いてくれないの?
「苦しめたくなんか、ないんだ」
ピクリとも動かなくなった私に、津村斗貴子はゆっくりと歩み寄る。
「頼むから、抵抗しないでくれ」
嫌だ。抵抗する。お前を殺して、この悲しみを振り払うんだ。
「頼むから、大人しく死んでくれ」
私の眼前まで来て、彼女は、無表情だけど――どこか、悲しそうな瞳で訴えていた。
知るもんか。
私は、こいつを殺す。
麗子さんは、駄目っていうかも知れないけど。
それじゃあ、私の気が治まらないから。
だから、許してね。
「………………やー、はー…………………………」
ザクッ
ドサッ
ブシャァァァァ…………………
♪
「……武装錬金、解除」
血に塗れたバルキリースカートを核鉄の形状に戻し、私は、終焉を迎えた現場を直視する。
血の海と形容するには十分な――地獄絵図が、その場に広がっていた。
私が自らの手で斬り落とした、二つの首と首なし死体。
それに、おそらくは姉崎まもりに撲殺されたのであろう、血塗れの少女の死体が一つ。
皮肉なことに、全員が私の顔見知りだった。
「本当に、無残だな……」
何を言う。
これは、私自身がやったことではないか。
人を殺すと、私が決めたことじゃないか。
今さら悲しんだり哀れんだりするのは、卑怯だ。
「……大丈夫。何を隠そう、私は人殺しの達人だ……」
こんなことを言ったらカズキ、キミは怒るのだろうな。
……クソッ。
私は自分の頬を引っ叩き、俯きかけていた気持ちに気合を入れる。
ウジウジするのはもうやめだ。私にはまだ、やらなければならないことが残ってる。
カズキ。キミに怒鳴られる覚悟など、私はとっくに出来ている。
キミがなんと言おうと、私は進むぞ。
――――東へ。
♪
………………………………………………………………勝った。
勝ったんだ。
もう、怖い人は行ってしまった。
でも、まだ生きてる。
生き延びた。
あの女は、二度もミサの名演技に騙されたわけだ。
「ふ…………ふふ」
立ち上がって、あたりの惨状を確認する。
ミサを袋叩きにしてくれたあの女は、津村斗貴子の手によって首チョンパされていた。
清々しい。なんていい気味なんだろう。
物言わなくなった首に歩み寄り、私は満面の笑みを披露する。
残念でした。あんなへろへろな攻撃じゃ、ミサは死にませーん。
結局は、津村斗貴子が現れて去るまで、ずっと死んだフリをしていたミサの一人勝ちってワケ。
悔しい? 死んじゃって悔しい?
きっとあれだね。ミサに酷いことしたから、神様に罰を与えられたんだね。
あ、ひょっとして月かな? 月が、天国からデスノートでこいつを裁いてくれたのかな。
やっぱり、月はミサの王子様なんだ。月が付いていてくれれば、ミサはなんでもできる。
羨ましいでしょ。セナ君みたいな無能なガキじゃ、こんなことしてくれないでしょ。
戦うための力も、生き延びるための演技力も持っていないのに、ミサに歯向かうからこうなるんだ。
ホント、いい気味。
…………。
……ねぇ、何か言いなさいよ。
「…………」
そのどんよりと曇った瞳が、ミサを馬鹿にしているようで。
なんだか、無性に腹が立った。
ミサを馬鹿にする奴は、許さない。
そんな奴には、キラの制裁が必要だ。
私は拾った槍を逆手に握り締め、頭の上まで振り上げた。
この女に、制裁を与えるために。
ミサのカワイイ顔をボコボコにしてくれたこの女に、もっと惨めな死を与えるために。
「ふんっ!」
首へ、振り下ろす。
ザクッ
ザクッ
「死ね! 死ね! 死ね!」
ザクッ
ザクッ
尖った槍の先端が、首の表皮や髪の毛を削り取っていく。
鮮血が飛び散り、ミサの服を赤色に染め上げる。
ザクッ
ザクッ
まだだ。
顔の皮が全部削り取れて、脳ミソが飛び出て頭蓋骨が見えるまで許してやるもんか。
ミサは、ひたすら熱心に槍を振り下ろし続けた。
邪魔する奴はいない。
月だけが、見守っていてくれる。
ミサは、最強なんだ。
しばらくして、ミサは手を休めた。
あの女の頭部はもはや原型を失い、グロテスクなだけの汚物と化していた。
ねぇ月、これ、ミサがやったんだよ。ミサが、月のためにやったの。
褒めてくれる? くれるよね。やりィ。
「あは……あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははぁっ!」
こんなに気持ちいいの、生まれて初めてだった。
今まで、もうこんなの嫌だ――って思ってたけど。
ここに来て初めて、殺し合いの世界っていうのも、
悪くない。そう感じるようになった。
「あれ」
急に、身体がフラついた。
私の身体は、そのまま泥だらけの地面に倒れこむ。
やだ、気持ち悪い。でも、眠い。
疲れちゃったのかな。ごめんね月。ちょっと休ませて……。
起きたらまた、月のために、たくさん殺すから――――
♪
ひょっとしたら、この世界に神さまはちゃんといるのかもしれない。
それはもう完全無欠に立派で公平な人格者で、強い者にも弱い者にも、ただ公平に見守るだけ。
宇宙人とか魔王とか冥界の王とかがくだらない盤上の遊戯に勤しんでいても、
なんの力もない子供が己の力を誇示してばかりの醜い大人に惨殺されたとしても、
少ない希望を頼りに必死に生き残る道を模索するグループがバラバラに分解されたとしても、
決して手は出さずに、ただ黙って静観するだけなんだ。
あぁ、なんてありがたい神さまなんだろう。
死んじゃえ。
【大阪府/日中】
【津村斗貴子@武装練金】
[状態]:軽度疲労、左肋骨二本破砕(サクラの治療+核鉄効果により完治) 右拳が深く削れている
顔面に新たな傷、核鉄により常時ヒーリング 絶対に迷わない覚悟
[装備]:核鉄C@武装練金、リーダーバッチ@世紀末リーダー伝たけし
[道具]:荷物一式(食料と水を四人分、一食分消費)、子供用の下着
[思考]1:さらに東へ。
2:クリリンを信じ、信念を貫く。跡を継ぎ、参加者を減らす。
3:ドラゴンボールを使った計画を実行。主催者が対策を打っていた場合、その対策を攻略する。
4:ドラゴンボールの情報はもう漏らさない。
5:ダイを倒す策を練る。
【兵庫県南東部/森林/午後】
【弥海砂@DEATHNOTE】
[状態]:気絶、重度の疲労、殴打による軽い脳震盪、全身各所に打撲、口内出血、右足に裂傷
精神崩壊、重度の殺人衝動、衣服が血と泥に塗れている
[装備]:魔槍@ダイの大冒険
[道具]:荷物一式×3(一食分消費)
[思考]1:会った人を殺す。
2:強い人に会ったら、逃げるか演技で取り入って、後で殺す。
3:ドラゴンボールで月を生き返らせてもらう。
4:自分が優勝し、主催者に月を生き返らせてもらう。
5:友情マンを殺し、月の仇を取る。
6:ピッコロを優勝させる。
【秋元・カトリーヌ・麗子@こち亀 死亡確認】
【姉崎まもり@アイシールド21 死亡確認】
【残り27人】