【2次】漫画SS総合スレへようこそpart44【創作】

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240よつばと 虎眼流 一羽目
―――いつでも今日が一番楽しい日。



ひっきりなしに人の行き交う掛川の町外れを一台の荷車が歩いていく。
親子だろうか、子供づれの若い男が一人。

「もうすぐだぞ―――よつば」
「おー」
「すげぇ、とーちゃん、ここ家がたくさんあるな!」
「そーだろう、お店もあるぞー」
「お店もか!?」

田舎から出てきたのであろう。
少女は興奮した様子で辺りをきょろきょろ見回している。

「すげぇー、人がいっぱいいる!」
目を輝かせて父親の方を振り返る。
「きょうはまつりか?」
「市場だ市場、そういや明日から六月市だな」

街中をきょろきょろ手を振りながら少女と荷車は進んでいく。
ちょこちょこ走り回る少女は危なっかしいが、それを受け入れる雰囲気が当時の日本にはあったのだ。
皆が微笑んで荷馬車の前に道を開けてくれる。
戦乱の世も終わり十数年、人々は太平の世を謳歌し始めていた。

やがて荷車は一軒の家の前に留まった。
241よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:19:55 ID:iqh77/KD0
「ほーら着いたぞー」
「ついた?ってどこについた?」
「どこって、そりゃおまえ」
言いかけたところへ家の中から大男が出てくる。
「あ、権左だ!!」

「よう」
「うむ、久しぶりだの小岩井」
大人同士はぞんざいに挨拶を交わす。
「権左ーひさしぶりだなー!」
「うむ、よつばもな、元気に致しておったか?」
ごしごしとよつばの頭を撫でる権左である。
「うあー、やめろー」

「従者のやんだはいかが致した?」
「んーあいつはぎっくり腰で動けないから来ないとさ、多分仮病だ」
「駄目だなあいつは」
よつばが二人の会話に割ってはいる。
「権左はしばらくみないうちにもっと牛になったな」
「うぬ、何処で覚えたその台詞」
「まぁ、いいか権左が二人分働くしな」
「何を言う、わしは働かぬ」
「いや、働いてくれ」
「よつばがはたらくー!」
「うむ、えらいの、よつば、父上はだめだの」
「うん、とーちゃんはだめだ」
「おい、まて」
242よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:21:02 ID:iqh77/KD0
どうやらとーちゃんは駄目らしい。

さて三人は荷馬車から家の中に荷物を運び込む。主に書籍のようだ。
「お主もよく読むの」
「いや、読まないと放逐だし」
どさっと一抱えの書籍を置くと尋ねる。
「そういえば辺りに配る挨拶など用意しておるのか?」
「あ、考えてもいなかった」
「お主らしいの、どれ、わしが見繕って来てやろう」
どっこらせと玄関の戸に手をかける。
「変なものを持ってくるなよ」
「わしは勝ち栗、打鮑、昆布などがよいと思うのだが」
「いや合戦の作法はいい、普通のを買ってきてくれ」
「初の太刀は大事ぞ」
「いや、ご近所と戦ってどうする」
剣理は近所づきあいにも当てはまると言わんばかりの牛股だが、ふと何かに気がついた。
「ところでよつばはいかが致した?」
言われてみると先刻から姿を見ない。
「・・・いなくなった」
「ふむ、お主は片付けておれ、腹が減ったら帰ってくるだろうが、見つけたら連れてこよう」
牛股を見送ると小岩井は片付けを続けた。半刻、途切れずにである。
小岩井が荷車を片付けようと表に出たとき一人の侍が声をかけてきた。
双眸の大きな男である。

「越されてきた方であられるか?」
「はい、そうですが」
「やはり」
男は居住まいをただし、しっかと小岩井の目を見据えた。
243よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:22:15 ID:iqh77/KD0
「拙者、この隣の虎眼流道場の内弟子、山崎九郎衛門と申しまする、牛股師範にはいつも懇意にさせていただいて折り申す」
「腕前の程は?」
「中目録にござる」
「すばらしき腕前ですね、俺が貴方ぐらいの歳の頃はもっと…いや今でも大した腕ではないのだけれど」
「師範からは大目録の腕前とうかがっており申すが」
「いや、昔のことだし、殆ど義理許しですから」
「なれば精進なされよ」
「はぁ」
何とも話しづらい男である、何より目つきが本能的恐怖をあおる。
「こちらにはお一人で?」
「いや、娘を一人連れてきたのですが、先ほどから姿が見えなくて」
「一大事でござるな、・・・某が探してまいろう」
「あ、いや、いつものことだから大丈夫です、心配しなくても」
というよりこの男に見つけられる方がよほど心配である。
「しかし、かどわかしなどにあっては」
「だから大丈夫ですってば」
「さように・・・ござるか」
納得いかない様子だが、その方が安心である。

「されば、それがしはこれにて、どこかで見かけ申したらお連れ申そう」
「お願いいたします、変な奴だと思う娘がいたら恐らくそれです」
「・・・面妖な娘とな」
「…いや、ちょっとちがう」
244よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:23:24 ID:iqh77/KD0
「娘御のお名前は?」
「よつば」
「よつばどのにござるか、判り申した」

さて、掛川の町の女達の間で一人の男が噂に上らぬ日は無かったといってよい。
当の男は特にどうとも思っていないのだが、その目で落された女は数知れずである。
今日のお相手は小唄師匠の小鈴であった。
朝に小鈴の家を出た男は街中で凧を買い求めた。
特に意味はない、ただ無性に遊びたかったのだ。
家には数多くの凧が置いてある。数少ない男の趣味だ。
家の裏で凧を揚げていると少女が一人こちらを見ているのに気がついた。
「娘、何を見ておる?」
「なー、それなんだー?」
「それって、凧のことか?」
ちなみに凧には清玄と書いてある。
自分の名前を書くとはどういう了見であろうか。

「こうだ、こうやって飛ばすのだ」
「おおっ!」
目を丸くして喜ぶよつばに気を良くした清玄は更なる技を披露する。
己はやはり凧揚げにおいても頂点に立つ男だ。
糸の繰り方を見せてコツを教える清玄は自らの神妙なる指使いに改めて感心した。
「やる!やる!よつばもやるー!!」
「どれ、まっておれ」
きらきらした目でねだるよつばに苦笑しながら清玄は家の中から一番大きな凧を出してきた。
「ほれ」
といってもよつばには飛ばし方が判らない。
「ふむ、こうやるのじゃ」
よつばの手を取りながら凧の飛ばし方を教える清玄。
245よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:43:19 ID:iqh77/KD0
よつばが少年であったならこれほど親切にしただろうか?
「やったー!」
上手く揚がった凧を見て、清玄は手を離して家に入った、自分は別の凧を揚げようと思ったのだ。
そういえば見ない顔だったの、牛股が道場の隣に越してくるものがあると言っていたがもしや…
そう思って振り返るとよつばの姿が見えない。
「なんと!」
外に出た清玄が見たのは強風で彼方に飛ばされた凧に小さくぶら下がるよつばの姿であった。
「一大事なり」
走り出す清玄。
手を放すでないぞ。と祈りながら駆け出した。

「いないのう」
さて、山崎九郎衛門はよつばを捜し歩いていた、面妖なる娘。これを逃す手は無い。
その大きな双眸の端に、空を飛んでくる凧が映った。
その端にぶら下がる少女の姿もである。
それなりに人生を生きてきた山崎だが、凧に掴まり空を飛ぶ少女というのは見たことがない。
恐るべき握力だ。
「うぎゃ」
凧は樹の上を通り越し、少女は樹にぶつかった。
何とか枝につかまった少女はするすると樹を降りてきた。
「・・・何をしておったのだ?」
「たこあげ!」
「凧揚げ・・・」
・・・面妖な娘だ!!山崎九郎衛門は狂喜した。

「お主はよつばどのか?そうであろう」
「なんでしってんだ?」
246よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:44:49 ID:iqh77/KD0
首をかしげるよつば。
「さぁ、なぜじゃろうのう・・・?」
内心、舌なめずりする山崎。
「わしは御主の父上に言われて迎えに来たのだ」
「おお、とーちゃんか!」
「じゃぁ一緒にいこうかのう」
「いこう!」

「よつばどのはいくつになる?」
「おなかへった」
「そうか、お腹減ったか」
わしのお腹もぺこぺこであるよよつばどの。内心つばを飲み込み異様な雰囲気を出し始める山崎。
その瞳孔は猫科の動物の如く拡大している。
よつばは気付いていないが、近くを通る人々はその気に当てられ顔を青ざめさせている。

みんなが山崎から逃げるのを見てよつばも少し不審に思った。
とーちゃんの教えが頭をよぎる。
―――いいか、よつば、知らないおじさんについて行っちゃいけないぞ。
―――いいものあげるとか、とーちゃんが呼んでるとか謂われてもだ。
―――その人は悪党かもしれないぞ
ふと山崎の顔を見る。
青筋立てて興奮する鼻、血走った焦点の合わぬ巨大な双眸、心なしか荒い息。
よく見ると、本能的な恐怖を感じた。
「…ちょっとようじをおもいだした」
「うぬ?」
「あっちに・・・さよなら」
一気に駆け出すよつば。
「な、なんと、いかが致した?」
走って追う山崎。
なんとしたことだろう、虎眼流で心身鍛え上げた山崎の俊足を持ってしても追いつかない。
247よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:47:11 ID:iqh77/KD0
更に足に力をこめた山崎は恐るべきものを見る。
「馬鹿な…さらに加速しよった!!」
驚きに大きな眼をさらに大きくした山崎。
「まちよれ!」

待てといわれて待つ馬鹿はいない。
「たーすーけーてー」
と神速で逃げるよつば、追う山崎。
だが追いかけているのが虎眼流の山崎と見て取ると助けるものは誰もいない。
誰も好き好んで顎を失いたくはない、顎が無いと飯を食うのが不便だからだ。

さて未だに凧とよつばを追いかけていた清玄は走ってくる二人を見つけた。
「山崎、これは」
「清玄!とらえよ!」
叫ぶ山崎、反射的に道を塞ぐ清玄。
それを見たよつばは左の二本抜き手を清玄の目に向けて放ちながら駆け抜けた。
反射的にその手を払ったとき、よつばは清玄の脇を駆け抜け、既に後姿のみとなっていた。
「速い!」
呆然とする清玄の腹へ山崎の肘が入る。
普段はなかなか出来ないが、この際である。いつも気に入らなかったのだ。

「おお!」
それを見て驚き更に加速するよつば。
虎眼道場はもう目と鼻の先である。
交差点で四足獣の肝をたくさん抱えた牛股の正面を横切ったが今はそれどころではない。
「こは何事?」
首をかしげる牛股師範。
248よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:48:24 ID:iqh77/KD0


「たすけてー」
青年が振り返ると少女が一人走って逃げてきている。
恐るべき速さだ。
追っているのは内弟子の山崎である。またあいつか。
「・・・いかが致した」
「おう!源之助!その娘を捕らえよ!」
山崎は無視してよつばにもう一度尋ねる源之助。
「・・・娘、いかが致した?」
「た、たすけて、悪い人につかまる!」
「違、な、なんと」
必死で弁解しようとする山崎だが、咄嗟には言い訳は思いつかない。
源之助はじろりと氷のような眼で山崎を見ると口元にかすかに笑みを浮かべた。
笑うという行為は本来攻撃的なものである。
「ふむ、悪党は拙者が懲らしめよう」
「ほんとか!」
「ま、またれよ、これにはわけが…」
「言い訳無用」
こきこきと手首を鳴らすと、恐るべき速さで間合いを詰め、源之助は虎拳を山崎の頭に叩き込んだ。
ゴキンと小気味の良い音がした。
その後、駄目押しの鉄肘をわき腹へ。
山崎は音も立てずに崩れ落ちた。
「すげぇ、つえぇー!」
感心するよつば。

「はぁはぁ、何の音だ?」
息を切らして後からかけてきた清玄が尋ねる。
「あ、山崎」
倒れている山崎を見て絶句する清玄。
249よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 13:49:54 ID:iqh77/KD0
「清玄、何事か?」
「某にもよくわからんのだが…」
そのとき戸が開いて小岩井が出てきた。
「随分大きな音でしたがどうしました?」
「とーちゃん!」
「あれ、よつば、ああ、つれて帰ってくれたんですね、ありがとう」
「・・・」無言の源之助。
「いえ、拙者は何も」顔を赤らめる清玄。
「・・・」頭を二倍にはれ上がらせて答えられる状態には無い山崎。
「えーと」
ぽりぽりと頭を掻く小岩井。
「山崎さん、ご紹介願えますか?」
非情にも言い放ち、山崎の体を揺さぶる。
余談だが、頭を強く打った人間を揺さぶるのはあまり良くない。
傷の周りの組織を更に破壊することになるからだ。
しかし虎眼流剣士にその心配は無用であろう。

立ち上がった山崎の形相は一変していたが、何とか話し出した。
「こ・・・れが、虎眼流師範藤木源之助…こっちが伊良子清玄、某は・・・山崎く・・ろえもんでご・・・ざ・・・る」
息も絶え絶えに山崎がいう。
「えー、隣に越してきた小岩井です、こいつがよつば」
「「よろしくよつばどの」」
「え?」
きょとんとするよつば。
「この方々は、とうちゃんが昔お世話になった虎眼流の門弟の方々で、今日から家のお隣さんだ、きちんとご挨拶なさい」
「おとなり?」
「そ・・・う、我らが道場はそ・・・こ、お隣・・・に・・・ござる」
「違うよ、よつばのいえはもっとずっとあっちにあるよ」
「あ、よつば、お前、何も判ってなかったのか」
ちょっと驚いた小岩井。
250よつばと 虎眼流 一羽目:2006/11/27(月) 14:13:06 ID:iqh77/KD0
「いいか、よつば、これが今日からよつばが住む家だ」
きょときょとと家と父の顔を見比べるよつば。そして
「おお!今日からここか!」
「で、こっちが我等の道場にござる」
「おおっ、おとなりさんだ」
「そうだ、おとなりさんだ」
「じゃぁあっちの人は悪い人じゃないのか?」
山崎を指差すよつば。
「だ・・・から・・・違うと・・・」
怪しいものだと小岩井は思う。
「それはともかくお隣さんだ、仲良くしないとな」
気を抜く気は無い、気を抜いては彼らはこれまで生き延びては来れなかったろう。
それでもおとなりはおとなりである。いらぬ波風は立てる必要がない。
「じゃあ、よろしくな!」
太陽のような笑顔で笑うよつばに、虎眼流の三人は三者三様別の意味で惚れこんだ。

さてこの後よつばは虎眼流道場にたくさんの小さな小さな騒動を運んでくるのだが、それはまた別のお話。
それではまたそのうちに。

よつばと虎眼流。 終