【2次】漫画SS総合スレへようこそpart44【創作】

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115強さがものをいう世界
「やれ、やれい!」
 ぶんぶんと拳を振り上げ、ブラウン管の中にいるヒーローを応援するのび太とドラえも
ん。
「あぁっ、まずい、がんばれっ!」
 いつしか二人の声は美しく同調し、名門応援団にも匹敵するであろう旋律を奏でていた。
 このような声援を受けては、たとえピンチだろうがヒーローが挽回しないわけにはいか
ない。傷ついた体に力がよみがえる。
「今だーっ!」
 のび太とドラえもん、いや日本中の少年たちの心(ハート)がヒーローに乗り移る。
 切り札の大技が炸裂し、大爆発とともに悪者は散った。
「やった、やったぁーっ!」
 抱き合う二人。ヒーローの勝利は、すなわち彼らの勝利でもあるからだ。

 テレビの前ではあれだけ息が合っていた二人だが、終わってしまえば冷めたものだ。
 目をギラギラさせ、まだヒーローのつもりでいるのび太。
 早くも熱が下がり、後先のことを考えているドラえもん。
 こうなると、次に二人の間になにが起こるかは、神でなくとも容易に予想ができる。
 部屋に戻り、のび太が口を開く。
「ねぇ、ドラえもん。頼みがあるんだけど……」
 そら来た、とドラえもん。今に始まったことではないが、今に始まったことではないが
ゆえにうんざりする。
「ダメだよ。強くなる道具なんか出さないよ」
 機先を制し、釘を刺すドラえもん。だが時として、のび太は二十二世紀を超える。
「いやいや、ぼくは強くなる道具なんか頼まないよ」
「へ?」
「もしもボックスを出して欲しいんだ」
116強さがものをいう世界:2006/11/16(木) 21:06:09 ID:XskWyeTy0
 いくら考えても、ドラえもんはのび太の狙いを測りかねた。
 どうせろくでもないことを考えているに決まっているが、この少年がもしもボックスを
どう使うか少し興味がある。もし変な世界を作ったら、すぐに元に戻してしまえばいいだ
けの話だ。
 しばらく悩んでから、ドラえもんはポケットに手を入れた。
「もしもボックス〜!」
 もしもボックス。パラレルワールドをいとも簡単に創造できる、まさしく究極の秘密道
具。一見するとただの電話ボックスだが、中身は我々では想像もつかないようなテクノロ
ジーで支えられている。
 さっそくのび太は中に入ると、受話器に向かってこう叫んだ。
「もしも、強い人がえらい世界になったら!」
 けたたましくベルが鳴り響き、世界は生まれ変わった。

 もしもボックスから出たのび太に、首を傾げながらドラえもんが尋ねる。
「強い人がえらい……って、まずいんじゃないの? 君はますますいじめられるだろうし、
ジャイアン辺りがものすごいことになるんじゃ……」
「分かってないなぁ、ドラえもんは」
 のび太は鼻高々に、持論を展開する。
「ぼくがこれまで弱虫だったのは、別に強さが必要ない世界だったからだよ。いくら喧嘩
が強くたって、先生やママに叱られるだけだしね。でもこういう世界になれば、ぼくだっ
てヒーローのように強くなれるはずさ」
 唖然とするドラえもん。どうやらのび太は自分が弱かった原因は、社会のルールにあっ
たと考えたらしい。
「……まぁ、気の済むまでやってみたら」
「うん!」
 すると、階下から玉子の声が飛んできた。
「のびちゃん、ご飯よ〜!」
117強さがものをいう世界:2006/11/16(木) 21:06:58 ID:XskWyeTy0
 台所では、すでに父と母が椅子に座っていた。が、どうも様子がおかしい。
 のび助も玉子も、体格がまるで記憶とちがう。首はずんぐりと太く、肩幅はがっしりと
広い。腕も足も、空気でも詰めたかのようにふくれ上がっている。
 じろりと、二人をにらむのび助。
「のび太、ドラえもん、早く座りなさい」
「う、うん」
 のび太とドラえもんがそれぞれ椅子を引く。ところが、まったく動かない。
「なにこれ、重すぎるよ!」
 いくら引っぱってもびくともしない。百二十九馬力を誇るドラえもんで、かろうじて動
かせる重量だ。
「のびちゃん。あんたまだ、百キロも動かせないの? いつもトレーニングをさぼってば
かりいるからよ」
「まぁいいじゃないか。のび太、動かせないんなら立ったまま食べろ」
「はぁい……」
 箸を取るのび太。これもやはり重く、一キロはある。そして、今日のメニューは以下の
通りだ。
 粉(プロテイン)。
 注射器(強化ステロイド)。
 炭酸抜きコーラ。
 梅干し。
 熊の生肉。
 どれもこれも、強くなるためには欠かせない献立ばかり。とはいえ、生肉は加工食品に
慣れ親しんだのび太の鼻には耐えがたい臭気を発していた。
「い、いやだぁ〜!」
 箸を投げ、逃げ出すのび太。ドラえもんが追う。玉子も追う。
「もういやだ、早く元に戻さなきゃ!」
 だが、先にスタートしたにもかかわらず、のび太はあっさりと玉子に追い抜かれてしま
った。
118強さがものをいう世界:2006/11/16(木) 21:07:39 ID:XskWyeTy0
 部屋に置かれたもしもボックスに、玉子の髪がぞわりと逆立つ。
「マ、ママ……?」
「のびちゃん──だっしゃあァッ!」
 玉子のたくましい脚が、水平に美しい孤を描く。
 ミドルキック。もしもボックスは彼女の蹴りによってくの字にへし折れ、大きな音を立
てて畳に寝そべった。
「電話ボックスなどを持ち込みおって……恥を知れいッ!」
「ひ、ひぃぃっ!」
「罰として、今晩はメシ抜きだッ!」
 失禁したのび太には目もくれず、部屋を出ていく玉子。遅れて入ってきたドラえもんが、
ひしゃげたもしもボックスを見て絶叫する。
「な、なんてことを!」
「ドラえもん! 早くもしもボックスを直して、元の世界に戻そうよ!」
「……ダメなんだ」
「えっ?!」
「もしもボックスはとても複雑な道具だから、ちゃんとした工場でないと機能まで元に戻
すことは難しいんだ」
「じゃあ、タイムふろしきは?」
「時間系の道具は全部メンテナンスに出しちゃってて……。ちょうど明日の今頃になった
ら戻ってくる予定だけど、つまりドラミやセワシ君に頼ることもできない」
 突きつけられた八方塞がりという現実に、のび太は青ざめる。
「ってことは……」
「うん。明日の夜まで、ぼくたちはこの世界にいなきゃならない」
 のび太は泣いた。ドラえもんも泣いた。泣き疲れて眠るまで、泣きわめいた。
 ──本当の地獄は、これからだ。
119サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2006/11/16(木) 21:09:23 ID:XskWyeTy0
次回へ続く。
ゲバルもやられたことなので、『もしもボックス』短編です。

>>106
しずかの漢字は静香で合ってますよ。
念のため『ドラカルト』で確認したので、まちがいありません。
オチの方は弁解しようがないです。
ブラックジョークっぽくしたつもりでしたが……精進します。