【2次】漫画SS総合スレへようこそpart36【創作】
スヴェンが寝るまで起きている
そう意気込んでいたシンディだったが、九時を過ぎた頃には船を漕ぎ始めていた。
「シンディ、もう寝よう」
「……やら、おきてゆ!」
へたくそに積んだジェンガの様に頼り無く揺れるも、口だけは立派にロイドに反抗した。
「シンディ、パパを困らせるんじゃないぞ」
「やら! おじたんとねゆ!」
寝惚けた瞼を必死に開きながら、スヴェンの胸にしがみ付く。
幼年の我はなかなかどうして強い。故に只優しいだけでどうにかなる物ではなかった。
となれば当然、其処に何らかのプラスアルファが無い限りそれを折る事は困難極まる。
いきなりスヴェンの左手が、シンディを優しく抱き締めた。
彼女がその事に喜ぶも束の間、今度は空いた右手が彼女の背中を一定のリズムで優しく叩く。
「…え?」
その仕様には覚えが有った。
彼女が今よりも小さい頃(つまりは最近)、良くマリアにして貰ったその遣り口は――――
寝かし付けるためのものだった。
「な、なに!? なんれ! おじたん!!」
「…でな、ロイド。俺はトロアチアの独裁政権には反対な訳でな…」
見上げたスヴェンは、適当な話で彼女の訴えを完全に無視していた。
「ひ、ひどい!! オニ―――ッ!!」
「…間違ってるんだよ。民衆を軍事力で押さえ込んだ所で、政敵やらレジスタンスやら作るだけで……」
暴れるが、抱き締めた左手は完全にシンディの行動を封じていた。辛うじて動く手足をばたつかせても、スヴェンの寝かし付けは
止まらない。
「にゃ―――ッ!! バカバカ! おじたんのバカ―――ッッツッ!!!」
「…まあ、人間のシステムに完璧は無いからな。平和な国だって政治家が馬鹿やってるし……」
騒いでも叫んでも暴れても、少女一人の力に状況を変えられる訳が無い。
寄せた眉根と必死に開いた瞼が力を無くしていくのを感じながら、彼女の意識は心地良い安息に沈んだ。
「……相変わらず見事なお手並みねえ」
「なに、対応の仕方は十人十色、それぞれに合った形を選べばいいだけさ」
気持ち良く眠るシンディをマリアに預けながら、スヴェンは深みのある笑みを返した。
「なんだか君の方がよっぽど父親みたいだよ。どうも僕はその子を扱いかねる」
そう言いつつロイドは、ふわ、と欠伸を漏らした。
「…お前も寝た方が良いんじゃないのか? 最近何だか知らないがあんまり寝てないそうじゃないか」
「ん、いや大丈夫。この位へっちゃらさ」
そうは言うが、眼の下には酷い隈を作っていた。それを見たスヴェンは、父親の様にやや強めに肩を叩く。
「寝とけ。体調管理だって立派な仕事だ、イザって時にとちったら笑い話にもなりゃしない」
行動と言うものは、使い様によっては言葉よりも強く意思を伝える。彼の意志の強さを悟り、ロイドは嘆息した。
「判ったよ。君の言う通りだ、寝とくとしよう」
「それでいい。片付けは俺とマリアに任せて、体を休めろ」
「あら、私も?」
マリアの言葉を聞くやスヴェンはにっと笑い、手際良く空の食器をまとめ出す。
「甘えるな。自分の家だろ?」
「ロイド」
シンディを預かり、寝室に向かおうとしたロイドの背中に、テーブルクロスを丸めながらスヴェンが言葉を放った。
「? 何だいスヴェン?」
マリアが台所で洗い物の最中なのを確認し、彼は声を顰めた。
「その眠たい理由は、敢えて聞かないで置くが……もし例の派閥争いに手を貸したいとかだったら、止めとけ。
お前らは関わらなくて良い、これは俺の話だ」
まるで彼の身を案ずる様な神妙さで、スヴェンは囁く。
それを聞くやロイドは微苦笑を零す。
全く以って、人よりずっと切れるくせに判り易い男だ。自身よりもこの腰巾着の事を一番に考えている。
却って疑問に思うくらいだ、この無能に此処まで素晴らしい友が居る事は。
愛しい人、可愛い娘、そして終生の友。これだけの幸せに囲まれて良いのだろうか。
「……大丈夫、そう言う事じゃないよ。ごく些細な事さ」
何故か、彼の笑顔が僅かに寂しくなった。
「スヴェン」
「何だ?」
当然その変化を見逃すスヴェンではないが、今は敢えて捨て置いた。
「…そう言う事を言われる度に思うけど、やっぱり君は僕のヒーローだよ。あの時から、ずっと。
ううん、僕だけじゃない。マリアにも、シンディにも、それどころかもっともっと多くの人達にも、君はヒーローだ。
果たして君はこれから、どれだけの人のヒーローになるんだろうね?」
「―――おいおい、あんまり持ち上げてくれるなよ。
大体ヒーローってのは、面倒なんだぞ。メシ時風呂時問わず、危険を察知したら飛んでいかにゃならないんだからな。
プライベートなんて無いのと同じだ、昔テレビで見たシンパイダーマンを思い出せ。お前は俺に日常とヒーローの狭間で
苦悩して欲しいのか?」
言われてロイドは吹き出した。それに合わせてスヴェンも笑う。
「…そうだね、それは一大事だ」
「だろ? 結婚したら最終回じゃ家族総出で悪の組織と決戦だからな。大変だ」
ジョークで寂しさを吹き飛ばされ、ロイドの貌に正しい笑顔が戻る。
「それじゃ、そろそろ失礼しとくよ」
「そうだな。じゃ……」
……二人が離れようとしたその時だった。
「……まって、おじたん」
声に二人は挙を止める。
ロイドの腕の中ですやすやと寝息を立てていた筈のシンディが、目を覚ましていた―――が、それでも瞼はかなり重そうだ。
「起こしたか。悪いなぁ、俺にも用事が……」
「……ちがうの。まってて」
ロイドの腕から降りると、頼り無い足取りで廊下の向こうの自室へと歩いていく。だがそれを慌ててロイドが抱えた。
「シンディの部屋に行くんだね?」
「…うん。……おじたんはそこにいて」
二人はそのままシンディの部屋へと消えた。
―――――少しして、抱えられたまま戻って来たシンディの手には折り畳まれた画用紙が握られていた。
「…それは?」
「……おじたんに…ぷれれんと…」
スヴェンが受け取るのを確認すると、彼女はそのまま幸せそうに眠った。
何かと思い、開いてロイドと共に見ると、
「………これって…」
「……俺か?」
其処に描かれていたのは、様々な色のクレヨンで描かれている上、幼さのディフォルメが効いている為良く判らないが、
じっと目を凝らせば、色取り取りのハートに囲まれた白服の男のバストアップだった。
顔の色が焦げ茶の所為で一瞬そうとは思わなかったが、この服装は紛れも無くスヴェンだ。
「…どうやら随分好かれちゃったみたいね」
何時の間にやら、二人の間に分け入る形でマリアが現れた。
「良かったね、マリア。シンディの貰い手が決まったよ」
「そうね。大事にしないと許さないわよ、義理の母さんとして」
「…お前ら、正気か」
そして三人は笑い合う。
―――六年前。
其処には、全てが有った。富と権力以外の、全ての幸せが。
愛情が有る。友情が有る。家族愛が有り、感謝が有り、喜びが有り、笑顔が有る。
誰一人として居辛くない、温和な彼等の世界の全て。
それはまるで陽炎の花の如く、目映く儚い無形の宝。
そう―――――、陽炎の様に。
ロイドとシンディが寝静まった頃――――、何故かまだスヴェンは彼らの家に居た。
「これを見て、スヴェン」
そう言ってA4サイズの封筒を渡したマリアからは、母としての貌も妻としての貌も失せていた。
其処に居たのは、三年前スヴェン達と数々の犯罪者を検挙した敏腕捜査官、旧姓マリア=クラフトその人だった。
そして彼女から調査結果を受け取ったのは、現役捜査官の中で最年少のキャリア組にして若手最高の出世頭、そしてISPO史上
最高の検挙率を誇る男、スヴェン=ボルフィード。
「…これは……」
「副長官はね、ブライアン一家の重鎮、ヴァシリと絡んでいるわ。どうやらハイスクール、カレッジと同窓生だったらしいわね」
ブライアン一家は歴史が古い上に規模も大きい。この国の犯罪組織ネットワークの半分は彼らが握っていた。
「成る程な、副長官の強みはこれか。
今以上に持ちつ持たれつをやって、ISPO内の発言力を大きくする…ってのが副長官の絵図だろうな」
確かにその方法なら、副長官派の検挙率を上げ、各種賄賂で同志を募る事は出来る。しかし、
「だが判ってないな。トップのマーク=ブライアンと対等じゃない限り、立場はこっちが下だろうが。
長官になったらすぐ適当な責任取らされて、ブライアンの子飼いに挿げ替えられるだけさ」
ヴァシリと共に昼食を摂る副長官の隠し撮り写真に、スヴェンは嘲笑った。
「…そうなったら、ISPOからブライアン一家の海外進出への門戸―――いえ、大木戸が開かれる事になるわね」
取り締まる側が犯罪者に加担する事事態は良くある話だが、それが国際的公安組織団体と言うのは流石に無い。
副長官派の勝利は、事実上世界最大級の犯罪組織の乗っ取り行為に他ならない。
「………大局の見えないマヌケ爺が。その時点でクロノスの粛正が始まるぞ」
マリアの肩が、思わず震えた。実際彼女が最も恐れているのはそれだ。
ブライアン一家は、クロノスの存在そのものを知ってはいても、直接の関わりが無い為にどれだけの規模なのかを知らない。
クロノスがそう言う風に情報統制を図っている為仕方の無い事なのだが、そのお陰でブライアン一家に関わる全てが目隠ししたまま
虎の顎に突っ走る事となる。
知らないと言う事は、多くの場合恐ろしい。彼らは間違い無くクロノスが粛正の大義を得るほどに増長するだろう。
「――――で、そっちが長官派の、外務次官との癒着記録よ」
「…こいつはたまげた、外務次官自ら密輸入か」
数字と地名、その他隠語の羅列が整然と並ぶ帳簿の写しを見て、スヴェンは苦笑する。
素人目には何が何なのか判らないが、武器、麻薬、違法生物、古美術品、貴金属、或いは人間が、ISPO本部を隠れ蓑に
国内外を行ったり来たりする様が、スヴェンには手に取る様に判った。
「……判るの? 私は内容を調べてようやく判ったのに」
「少しな」
と、上の空で嘯きながら眼は次々と文書を駆け回る。捲れば捲るほど、どんどんと長官の保守的思想が何によって支えられているか
スヴェンの中に浮き彫りになっていった。
道理で、あんなデカい家に住んでる訳だ
何故かその事を声にせず、全てを速やかに封筒へと収めた。
「……派閥争い、と言うより代理戦争だわ。巨大マフィアと外務次官の」
「…だな。やれやれ、何処も彼処も腐ってやがる」
このままではISPOそのものがクロノスに裁かれかねない。各派閥は疑う余地無く双方の手先だ。
「…俺が用意したルートを使ったんだろうな」
「ええ。私や貴方に行き着く事はまず有り得ない、と言うのはちょっと信じられない触れ込みだけど」
「問題無いさ。俺もお前ら一家も安全だ」
しかし、直に情報に触れた奴は生きちゃ居ないがね、と続く言葉を省いたのをマリアは知らない。
「此処までして貰って、悪いな」
出掛けの玄関口でスヴェンは、コートを羽織りながら申し訳無さそうにマリアに告げた。
「いいわよ。貴方の為だもの
それに、元々私から言い出した事だし」
それを払拭する様に彼女は微笑んだ。
「これで、このつまらない権力争いを終わらせられるなら安い物よ。ヒーローのサポートくらいはさせて頂戴」
「しかしな……」
「はいはい、言いっこなし。仕事が溜まってるなら早く職務に戻りなさい」
まだ何か言おうとしたスヴェンを、無理矢理扉の外に押し出した。
飛び出してよろめいたが、何とか態勢を立て直す。
「あのなあ…」
溜息混じりに扉へと振り向く、と、スヴェンの視線が一点に止まる。
…扉は閉じられていなかった。そして半開きの其処から覗くのは、やや失意のマリア。
「ねえスヴェン、貴方の幸せは一体何処に有るの?」
その質問に、スヴェンは答えなかった。
「貴方は私やロイドに此処までしてくれたけど、貴方は自分の為に何もしないの?」
真っ直ぐに、ともすれば非難にも取れそうな眼で見据えた。
「…結婚した方が良いわ、貴方ならいい人がきっと見付かると思うの。このままじゃ貴方が…」
「可哀相…なんて言ってくれるなよ。好きでやってる事なんだから」
彼女の言葉をはにかみ一つに伏す。
その笑みに、マリアの胸が微かに高鳴った。そしてふと思い出す、まだ結婚していなかった頃、スヴェンの何に心を惹かれたのか。
―――この、優しく包容力に溢れた素直な微笑。心のささくれが溶かされてなだらかに成る様な、暖かさがそれには有った。
「―――じゃ、これは預かるぜ」
封筒を指し示したスヴェンの言葉に、はっと我に帰る。
「あ…え……ええ、うん、そ…それじゃ」
とうに人妻な筈なのに、何故か彼女は少女の様な気持ちでスヴェンの背中を見送っていた。
雪の降る町、パーティ帰りやこれから向かう人々を尻目にスヴェンは一人歩く。
気温は確か天気予報ではマイナス8度にもなると言っていたが、彼の胸にはそれを物ともしない炎が燃えていた。
俺の幸せ、か。安心しろマリア、俺の頭の中で現在進行中だ
貌には出さなくとも、これからの事を考えるだけで大笑したい気分だった。
もうこの戦争は俺の物だ。見てろ爺い共、何もかも奪い尽くしてやる
マリアが集めた情報は、常人ならせいぜい強請るで限界だが、彼には更なる利用法が閃いていた。
全てはこう言う時の為だ。種は蒔いた、実は実った。ならば後は収穫するだけだ。
その時、スヴェンの携帯電話が鳴った。
右の内ポケットから取り出し、蝶番式に開く。
「…もしもし………ああ、君か。
済まないな、行けなくて。俺も頑張ったんだが、どうにも仕事が片付かなくてね。ん? ああ、そいつは有り難いな。
でも今度埋め合わせはするよ。……大丈夫、気にするな。愛してるよシャーリーン、長官…と失礼、父上によろしく」
通話を切った後は、流石に笑みが湧く。普段の彼を知る者なら目を疑うであろう、悪辣で冷酷な笑みだった。
事の成功に喜ぶと、ふと煙草が欲しくなった。
煙草を咥え、火を点けようとジッポーを取り出したその時、石が無くなっている事を思い出す。
舌打ち一つでコンビニを捜すが、この周囲は服屋や本屋しかない。彼の知る限り其処に火の類は無かった。
「…くそ」
忌々しくも周りに眼を廻らすと、道路を挟んで向かい側の歩道に、ホームレスが集まってゴミを燃やしたドラム缶で暖を取っていた。
渡りに船とは良く言った物だ。すぐに彼らに駆け寄った。
「済まないが…火を分けてくれないか?」
快く、ではないにしても特に拒む事も無く彼らはスヴェンに場所を譲る。
そのまま咥え煙草をドラム缶から立ち上る火に近付けようとしたが、なかなか火勢が強く、そのままでは被っていた帽子が焦げる事に気付く。
と、同時に一計を案じた。
懐から取り出した画用紙に火を点け、それを火種に成功の紫煙を胸いっぱいに吸い込む。
さて、これからが忙しくなるな
思案の端で、用済みになったシンディの絵を炎に投げ捨て、また彼は帰路に着く。
その時、スヴェンの携帯電話が震えた
左≠フ内ポケットから取り出し、スライド式に開く。
「…もしもし………ああ、これはこれは副長官。
申し訳御座いません、パーティにお顔を見に行けなくて。…いえ、これから雑務が残っておりまして……
酷いですね、ロイドは俺の相棒ですよ。無能は些かあんまりでは………
ええ、ええ、私は副長官の勝利を信じています、ええ。では、メリークリスマス」
通話を切るや、それに向かって鼻で笑った。
ヤクザの使い走りが、偉そうな口を聞いたもんだな。
無能はどっちだ、欲ボケてないだけあんたよりマシさ
ロイドが無能だと言う事は、それを相方とするスヴェンも無能と見なされる事となる。それがなんとも不愉快だった。
…………いや、俺を本気で二重スパイと信じてるあんたとなら、良い勝負かもな
ロイドを思い出すと必然的にマリアも思い出す。
安心しろお前ら、まだまだしばらくは守ってやるさ。何せお前達は――――――
出会った時からそうだった。ずっと、彼の心の中ではそう思っていた。
今もそれは、絶対に変わる事の無い不変の事実。
大事な俺の……道具だ
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作者の都合により名無しです:2006/04/09(日) 11:07:44 ID:KFj8mpHc0
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