【2次】漫画SS総合スレへようこそpart35【創作】
Navigation01「ヒーロー」
西暦2301年。かつて火星と呼ばれた星は今や水の溢れる惑星―――<AQUA>と呼ばれていた。
そしてその中の都市の一つ<ネオ・ヴェネツィア>。
地球(マンホーム)のヴェネツィアを模したその都市に生きる人々は、星間旅行が気軽にできる2301年とは思えない
旧時代的な生活を営んでいる。生活のほぼ全てが手作業。はっきり言って、数世紀は遅れている。だがそこに生きる人々
は、誰もがその暮らしを楽しんでいた。
不便なことこの上ない生き方が、この街においては愛おしさに変わる。そんな穏やかな空気の流れる街。
そして、この街の花形とも言える職業がある。水先案内人<ウンディーネ>。
これは女性しかなれない案内業である。
水路の多いネオ・ヴェネツィアにおいて舟(ゴンドラ)を自在に操り、来訪者を優しく丁寧にナビゲートする、誇り高き
職業。それが水先案内人。
そしてここに、一人の少女がいる。名前は水無灯里(みずなし・あかり)。彼女もまた、水先案内人―――の、卵である。
「はひ〜・・・いいお天気ですね〜・・・」
何とも間の抜けた声で、どこかほんわかした雰囲気の少女が空を見上げる。そう、彼女こそが水無灯里であった。
灯里は大空の下、太陽を浴びながらうーん・・・と伸びをした。その片手に嵌められた手袋は、彼女がまだまだ半人前で
あるという証である。
水先案内人はその実力に応じて、両手袋(ペア・見習い)、片手袋(シングル・半人前)、手袋なし(プリマ・一人前)と
分けられている。何故階級が上がるにつれて手袋を外していくのか、それは―――
「実力が上がるにつれて、オールを漕ぐ際に余計な力が入らなくなって、マメができなくなるの。つまり手袋が必要なくなる
というわけなのよ」
「はひ?アリシアさん、誰に話してたんですか?」
「さあ、誰なのかしらね」
にっこり微笑む、アリシアと呼ばれた女性―――彼女は灯里が働く水先案内人会社<ARIAカンパニー>の先輩にして、
ネオ・ヴェネツィアに300人からいる水先案内人の中のトップ3、<三大妖精>の一人と称される凄腕の水先案内人である。
今日は彼女は非番だったので、可愛い後輩である灯里の指導に当たっているのだ。
そんな立派な先輩がわざわざ半人前のために・・・と思うかもしれないが、ARIAカンパニーは少人数主義。
水先案内人はアリシアと灯里の二人しかいないのだ。
社長は、といえば―――
「ぷいにゅー」
怪しい鳴き声を発して、<社長>がその存在をアピールした。<社長>は今、何とも呑気な顔で、アリシアの腕の中、白い
身体を丸めて抱かれている。
そう、ARIAカンパニー社長、アリアは猫なのだ。
ただの猫ではない、人間並みの知性を持つ種・火星猫である―――とはいえ、何故に猫が社長なのか。実を言うと水先案内人
業界の伝統である。いわく―――
<青い瞳の猫を社の象徴とすべし>。
これに従って、あらゆる水先案内人会社の社長は全て<青い瞳の猫>なのである。
そんな不可思議な慣習も、なんとなく当たり前に思えてくる街―――それがネオ・ヴェネツィアである。
灯里はもう一度、大きく伸びをした―――と。
「乗せてってくれるかい、水先案内人さん?」
「はひっ!?」
唐突に声をかけられたので、灯里は思いっきり仰け反ってしまった―――全く、何でこうも自分はドジなのか。
自分を罵倒しつつ慌てて振り向くと、そこにいたのは若い男だった。顔にはやたら派手な傷が走っている。どちらかというと
ハンサムな類ではあったが、どこかうらびれた雰囲気の持ち主だった。
「は、は、はい。えっと、アリシアさん・・・」
灯里はアリシアの顔をちらりと見る。まだまだ半人前の彼女は、先輩指導員と一緒でなければお客様を乗せてはいけないのだ。
アリシアはもちろん、にっこりと微笑んだ。それを見て灯里も、目一杯の笑顔でお客様を迎える。
「はいっ!どうぞお乗りください!」
―――首尾よくお客様をお乗せしたはいいものの、半人前の悲しさ、一人前の水先案内人の操る白いゴンドラのようには上手く
進まない。半人前のゴンドラは、黒いゴンドラ。その分値段も安いが、安全性に欠けるので、イマイチ人気がないのである。
しかもお客様を乗せている今日に限って、灯里は絶不調であった。
「すいません、お客様〜・・・」
「ははは、いいよ・・・まだまだ君はこれからなんだろ?」
お客様は、失敗続きの灯里を笑って許してくれた。
「そう・・・君はまだ、これからなんだ・・・俺なんかと違って、ね」
そう言ったお客様の顔は、どこか寂しそうだった。まるでもう、自分は終わってしまった―――そう言いたげな。
「そんな。お客様だって、まだまだ若いじゃないですか」
「そうだね。まだ俺だって、そこそこ若い―――でも、ダメさ。俺は―――諦めちまった」
「諦めた・・・」
その言葉は、とても重かった。
「水先案内人さん。君は将来の夢はあるかい?」
「夢?うーんと、そうですねー。やっぱり、アリシアさんみたいな立派な水先案内人になれたらなあ、なんて・・・えへへ、
まだまだ頑張って修行中の身ですけれど」
照れくさそうに笑う灯里を見て、アリシアも笑う。アリア社長もぷにゅう、と鳴いた。お客様はそんな灯里を、眩しそうに
見つめる。
「そうか・・・頑張ってる、か。俺も昔は頑張ってた。俺にもなりたいものがあったからね」
「なんですか?お客様のなりたかったものって」
「笑うなよ・・・ヒーローなんだ」
「ヒーロー・・・ですか?」
灯里はキョトンと聞き返した。
「そう、ヒーロー。俺の故郷は、やたら強くて悪い奴が多くってね。俺もそんな奴らをやっつけるヒーローになりたくて、
毎日必死に修行してた。でもな・・・なれなかったんだな、これが」
お客様は、自嘲気味に笑った。
「俺なんかよりよっぽど強くて才能のある奴が、うじゃうじゃいたんだ。努力なら負けてないつもりだったのに―――
どうやっても追いつけなかった。ヒーローの座は、結局そいつらのものだった。俺は、気付いちまったんだ―――
俺なんて、ヒーローの器じゃなかったんだって・・・輝かしくて、強くて、かっこいいヒーローなんかには、なれないん
だって・・・!どれだけ頑張っても、無駄な努力なんて、かっこ悪いだけだって・・・!」
お客様は顔を伏せる。眩しいものから、目を背けるように。
「―――私なんかが、軽々しく言っちゃいけないかもしれませんけど―――」
灯里はお客様に向けて言った。
「お客様は、立派にヒーローだったと思います」
「―――俺が?どこがだい?」
聞き返すお客様に、灯里は答えた。不器用で言葉足らずで、けれど、まっすぐに。
「ヒーローって、悪い人をやっつけたからとか、そういうのがヒーローなんじゃなくて・・・ヒーローになりたいって、
そう本気で思って、それに向かって努力したなら―――それがヒーローってことなんじゃないでしょうか」
「・・・?」
「お客様は、ヒーローになろうと努力してた頃、きっとすっごく輝いてたと思います。それにその時の想いはきっと、すっごく
強かったと思います。その時のお客様の姿はきっと、すっごくかっこよかったと思います。それこそ、どうしても敵わなかった
<ヒーロー>さんたちにも負けないくらいに・・・」
灯里は、ふっと笑った。
「ヒーローになりたいって思って、それに向かって一生懸命に生きる人って―――きっと、それだけでヒーローなんですよ。
頑張るのが無駄な努力だなんて、そんなこと全然ありません」
「―――それだけで・・・ヒーロー、か・・・」
お客様は、ふるふると肩を震わせて―――最後には、大笑いした。
「ははは・・・はっはっはっはっは!そうか!そうだったのか!君の言うとおりだ!」
「お、お客様?」
「はっはっは・・・いや、悪かった、驚かせたね―――そうだよな。確かにそうだ。昔の俺は―――かっこ悪いなりに、
かっこよかったよな・・・」
お客様は顔を上げた。その顔は、見違えるように晴れやかだった。
「ありがとう、水先案内人さん―――おかげで、何だかすっきりしたよ」
「はあ・・・どういたしまして・・・」
自分の何がそこまで感銘を与えたのか理解できない灯里に爽やかな笑みを返して、お客様は陸に上がった。
「ここまででいいよ、今日はありがとう。これ、運賃ね」
「あ、はい。またご利用くださ・・・」
「ああ、いつかまたここに来ることがあったら―――また、君に案内を頼んでもいいかな?」
「え!?は、はいっ!私でよければ!」
思いっきり気負ったせいで、自分の持つオールに頭をぶつけてしまった。それを見て、お客様はふふっと笑った。
「お互い、夢への道は遠そうだな」
「はひ・・・そうですね・・・」
「でも、頑張るってのはそれだけでかっこいい―――そうだよな」
「はいっ!」
「それじゃあな。可愛らしい水先案内人さん―――」
お客様は、手を振って去っていく。灯里も手を振り返した。その背中が見えなくなるまで、ずっと。
―――後日。
「ほほー・・・いいセリフですなー・・・<一生懸命に生きる人ってきっと、それだけでヒーロー>ですか・・・」
「いやー、はっはっは・・・」
「はっはっは、じゃない!恥ずかしいセリフ禁止って、何度言わせるんじゃあ!」
灯里の脳天にスバっ!とチョップをかましたのは、同じ水先案内人・半人前の藍華(あいか)。
彼女は老舗の水先案内人会社<姫屋>の社員であるが、アリシアに憧れてやまないためにARIAカンパニーに入り浸り、
その過程で灯里とも仲良くなったのだ。
性格はまるで違うが、これで中々いいコンビである―――いや、もう一人。
「灯里先輩、でっかい恥ずかしいです・・・」
そう呟いたのは、二人よりも少しだけ年下の少女だった。彼女はアリス。見習いながらその実力は一人前の先輩方をも凌ぐ、
大手水先案内人会社<オレンジぷらねっと>所属の水先案内人である。
ちなみに彼女のいう<でっかい>とは<すっごく>やら<大きな>という意味である。
(用例:でっかいお世話です等)
「もうー、アリスちゃんまで。すっごくいいセリフだと自分でも思うのになあ〜・・・」
ブー垂れる灯里。そんな彼女の背中をぽんぽんと叩いて、藍華が張り切った声を上げた。
「さあさあ、休憩終わり!立派な水先案内人目指して、今日も練習あるのみよ!」
「はひ!それでは頑張っていきましょうか!」
元気よく立ち上がる灯里に、アリスと藍華も続く。新米水先案内人たちの目の前には大空と太陽、そして青く澄んだ水。
今日もネオ・ヴェネツィアの日々が始まった。
その中で一人前目指して日々頑張る彼女たちもまた、立派なヒーローなのである。
―――これは余談であるが、灯里が案内したお客様の名はヤムチャ。
彼はその後もヘタレには違いなかったが、もういじけた瞳はしていなかった。
彼は彼なりに己と向き合い、力強く生きていくのだった。
そう、頑張ることはかっこ悪くなんてないと、彼は教えられたのだから―――