【2次】漫画SS総合スレへようこそpart32【創作】
すぐに、ハネダの手によって十人分の軽食や飲み物が乗せられた
キャスターテーブルが何台か、からからと空虚な音を発しながらホールに運ばれてくる。
歓談の自由時間は、当然探りあいの時間も兼ねている。
カイジはとりあえず、サンドウィッチでも摘みながら他の参加者の様子を見ることにした。
テーブルへ向かって歩き出そうと右足を一歩前に出したその時
とんとん、と後ろから肩を叩かれ、振り返った。
そこには柔らかな表情で微笑む、ポニーテールの少女がいた。
だが、その笑顔は何故か、感情のない人形のように無機的に感じた。
ネームプレートには『NO.1 夕凪理沙』と記されている。
「はじめまして、こんにちは。いよいよ始まりましたねっ」
「あ、ああ……そうだな」
今時の少女にありがちなハイテンションに、少々面食らう。咄嗟には、次の言葉が出てこない。
「……何か用か?」
何か喋らなければと判断したはいいが、元来、人付き合いの苦手なカイジである。
陽気に話しかけてきた彼女とは対照的に、カイジからかけた言葉はあまりにそっけない一言であった。
「用っていうかほら、こういう時は、誰かとお話しするのが一番大切じゃないですか」
確かに、カイジのように様子見と称し遠方からちらちらと
会話や表情を盗み見るより、余程効果的な手段であることは疑う余地はなかった。
彼女にゲームにおける消極的な姿勢を指摘されたような気分になり、カイジは心の中で苦笑した。
「そうかもしれないな。君の言う通りだ。えー……」
「理沙です。夕凪理沙。年上ですよね? 呼び捨てで結構です。お手柔らかにお願いしますね、カイジさん」
微笑を浮かべて会釈する。そうは言われたものの、どうも初対面の相手を呼び捨てにするのは気が引けた。
「ああ、よろしく頼む」
それに何より気恥ずかしい、ということもあり、結局名前を言わずにやり過ごすことにする。
カイジも彼女にならい、機械のようにぎこちない動きで、会釈を返した。
「さてさて、ご挨拶も済んだことですし、本題、いいですか?」
「何だ?」
「ずばり、今犯人だと思ってる人とか、気になってる人います?」
大きな瞳が、じっとカイジの目を見つめる。
カイジは柄にもなく、少し動揺した。どう答えたものだろうか。
ここでそれなりに社交的な色男なら『気になってるのは、君かな』とか
適当な台詞を吐き、気障ったらしく煙に巻くのだろうが……
カイジにはそんな真似はできそうにないし、何より似合わない。
「そうだな。ファースト・インプレッションで犯人じゃないかって思ったのは……あの人。香坂まどかさん、だったか」
余計な事を考えている内に、思考時間が足りなくなったらしい。
率直な回答が何のフィルタも通さずに、脳から直接口に出てしまった。犯人役でなくてよかったと、カイジはつくづく思う。
「え? それは……何故ですか?」
犯人候補としては、かなり意外な名前だったらしい。目を丸くして、理沙はカイジに尋ねる。
ここまで言ってしまったら、誤魔化しても仕方がない。素直に会話するしかなさそうだった。
「彼女の質問内容、覚えているか?」
「勿論。ついさっきのコトですから。
確か『犯人は三日目夜の何時まで逃げ切れば勝ちになるんですか』
みたいな趣旨の質問だったかと思いますけど」
「そう。だけどこの質問の仕方、ちょっと変だと思わないか?」
「変って、どこがですか?」
「そのすぐ後の案内人――テラーの言葉で気がついたんだが……
ゲーム終了時刻って言うのは、探偵にとっては告発のタイムリミット。犯人にとっては時効成立の瞬間だ。
しかし、彼女は客観的にゲーム終了時刻の事を質問するでもなく
探偵の立場に立ってタイムリミットを質問するでもなく……
ごく自然に、それが当然であるかのように『犯人の立場に立って』質問をしていた……」
「むー。そうですか」
理沙は口元に手を当てて目線を下に向け、考えるような仕草をする。
「残念ながら私の考えは、反対なんですね」
「と、いうと?」
「香坂さんは、ほぼ間違いなく探偵だと思います」
理沙はきっぱりと、そう言い切った。その言葉に、カイジは驚きを隠せなかった。
すぐに「根拠は?」と尋ねる。思いつきとはいえ、これでもカイジなりに考えた結果だったのだが。
「根拠は、カイジさんと同じ。さっきの質問です。
香坂さんはわざわざ『犯人の事なんですけど』って前置きまでして質問しています。
これは不用意な発言にしては、あまりにわざとらしい……そう思いませんか?
明らかに誤誘導。ミスリード狙いだと思うんですけど」
「ミスリード? なんでまたそんな真似を!?」
「え、だって。他の探偵に自分が犯人じゃないかなっと思わせるのが目的……」
(ああ……! そうだ。そうなのだ。こんな簡単な理屈に、今の今まで、気付かないなんて……!)
今彼女から言われるまで、カイジとしては、頭の片隅にもそんな考えはなかった。
探偵は犯人を推理し、告発するもの――それだけを考えていた。
このゲームの特性上、探偵はむしろ、さも犯人であるかのように振舞うべきなのだ。
探偵が、犯人より犯人らしい言動をすることにより、本当の犯人が残した手がかりが埋もれてしまう。
更には、それに釣られた誰かが的外れな推理を展開し……
誤った告発などしようものなら、労せずしてライバルを減らす事ができる。
だが、その戦略によるゲームの泥沼化は容易に予想できた。
探偵は犯人だと思われたい。犯人は探偵だと思われたい。
それと同時に、そう思われたいと考えている事を見抜かれたくない。
探偵の振りをする犯人の振りをする探偵。犯人の振りをする探偵の振りをする犯人。
何が真実で、何が嘘なのか。どこまでが演技で、どこからが本当の姿なのか。
予想以上に、厄介なゲームになりそうだ。カイジは思わず深いため息をついていた。
(これは……つまるところ、推理と言うよりも心理戦……! 老獪な……狸と狐の化かしあい……!)
カイジの脳裏に、利根川とのEカード勝負の記憶が過ぎる。
「あの、どうかしました?」
「いや、何でもない……」
何より一番の想定外は、今まで気付かなかった、ではなく
今まで気付かなかった事実を、こうして露呈してしまった事だった。
少なくとも彼女には、今後犯人の振りをしてみせるという戦略は通用しないだろう。
いや、気付いてなかったとはいえ最初からこの調子では
例え、誰の前であったとしても犯人らしく振舞うのは至難の業だ。そうカイジは痛感した。
どちらにしてもこうなった以上、人を欺くのではなく
探偵は犯人を見破る役目というゲームの原点に立ち返るしかなかった。