【リレー小説】えなりの奇妙な冒険〜冨樫の遺産編第25部

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23スカッシュ(休憩中)
前スレ492のつづき

ハーフタイム休憩中。
樋口は通路で壁打ちをしていた。簡単に言えば、サッカーボールでやるスカッシュだ。
長くラリーを続けるには精妙なボールコントロールが要求されるが、樋口はリズミカルにボールの応酬を続けている。
しばらくひとりでそれを続けていると。
「壁打ち、まじってもいいか?」
足をとめて、声の方を見るとそこにユニフォーム姿の村枝が立っていた。
さすが本職というべきか、えらくサマになっている。
「あ、どうぞ」
交代でやることになった。
ボールを渡すと、村枝の壁打ちが始まる。
樋口は、お手並み拝見するつもりで、村枝を見ることにした。
サンデーで最強のサッカー漫画家の実力がどの程度のものなのか、興味があった。
ところが、村枝は何回も蹴らないうちに

ポコーーーン

「あた…」
ボールはあさっての方向に行ってしまった。
「次、わたしですね」
失敗したので交代する。
(調子ワルそうかな、やっぱ)
どうやら腕云々以前に、怪我がかなり深刻なのではないかと樋口には思えた。
実際、ユニフォームの下の体は包帯で痛々しく覆われていて、頬も少しこけている。
これで、あの高橋陽一のテクや、村田の爆足、そして何より車田などの猛者たちを相手に渡り合えるのかと心配になる。
内心でそんなことを樋口は考えながらも、しばらく村枝と代りばんこに壁打ちを続けた。
そして、次第に変化がおき始めた。
最初は樋口の方が長くやっていた壁打ちが、次第に村枝も同じだけの時間になっていき。
「これは……なかなか………」
しまいには、いつの間にか、村枝がその壁を独占する形になっていた。
24スカッシュ(休憩中):2005/04/21(木) 19:00:30 ID:kdaILR1T0

 ポ―――――――ン
   ポ―――――――ン
             ポ―――――――ン
           ポ―――――――ン

「ハッ!ハッ!」
ペースが徐々に上がっていく。すでにかなりの速さでボールが飛び交っている。
もうパスというレベルではなく、シュートの域に近い。
(すっかりとりあげられちゃったな……)
樋口も、村枝の本来の技量に感嘆し始めていた。
ジリ…
「ん?(こ…この人……)」
しかし、樋口が驚くのはここからだった。彼女は気づいたのだ。

(徐々に壁に… 近 づ い て…)

ボールは速さを増すばかり。なのに、村枝は壁との距離をじわじわと縮めていたのだ。

        ボウ!
   ダム!   
           ダ  ム !!

「フッ!!フウ―――――ッ!!」
もう、壁までの距離は1メートルもない。
「な…なん…!!」

          ダ   ダ   ダ 
            
           ダ       ン  !!!
25スカッシュ(休憩中):2005/04/21(木) 19:01:38 ID:kdaILR1T0
ボールは、村枝の足裏と壁に挟まれて止まっていた。
村枝の全身から、かなりの量の汗が流れ落ちている。
村枝が見せた一連の動きに、樋口は同じサッカー漫画家としての明確な違いを知った。
(ス…スゴイ…)
ゾク、と寒気すら、樋口は覚えた。
(怪我の影響なんてゼンゼン見えない…なんて人なの……)
その動きのキレのすさまじさは、さすがに往年のサンデーが誇る最強のサッカー漫画家、その健在ぶりを見せ付けるものだった。
(この力が本番で出せれば…)
村枝の技に感動を覚えている樋口。
そこへ、村枝が声をかけた。
「よし、そろそろ時間だな」
すでに呼吸はととのっていた。
樋口が返事をするのにかぶさるように、アナウンスが響いた。

『ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました!!これより、準決勝第一試合サッカー対決!!その後半戦を開始します!!』

村枝と樋口は顔を見合わせて、笑った。
「勝って決勝に行くのは俺たちだ。行くぞ!!」
「はい!!」
もう一度、樋口は大きくはっきりと返事した。
二人の蹴球戦士が、緑の戦場に走り出す。

そして、後半戦開始を告げる笛が、高らかに鳴り響いた。


      準決勝第一試合  後  半  戦   開  始