【バキ】漫画SSスレへいらっしゃいpart12【スレ】

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369魔界編 55話
 「呼び出してすまなかったな。デューク・東郷。いや。・・・・・・。ゴルゴ13と呼ぼうか」

魔界・ジェノサイドシティ。歓楽街のネオンは人間界との交戦時においても絶える事は無い。
その歓楽街の中でも更に雅やかなとあるバーに、ある男の豪快な笑い声が響き渡る。
その男の名は海原 雄山。きままにシェイカーを振るバーテンに、さも機嫌良さそうに笑いかける。
 「わぁっはっは。堪能したぞ田舎者。少しは呑める酒が出てきたわ、豚が、サルがッ」
上機嫌の雄山である。だがとある店員が近づき、かしずきながら請求書を出した途端、顔色が変わる。
 「店主・・。これは何だ。私を誰だと思っている」

370魔界編 55話:04/02/17 22:56 ID:J7GucHdg
雄山は、自分の名が当然魔界まで鳴り響いてるものと信じて疑ってはいなかった。だが、店員無反応。
 「たわけがッ!! ものを知らぬにも程があるわッ!! もういい、貴様らと席を同じくは出来ん」
静かに席を立とうとする雄山。追いすがる店員。雄山は遠慮なく、店員のドテッ腹に蹴りを叩き込む。
あまりの雄山の迫力に騒然とする店内。ここは魔界である。怪物タイプの客も多い。
だが誰一人、雄山の気迫に身動き出来る者はいない。血まみれになった店員に、雄山がとどめの一喝。
 「覚えておけ。今度また私に無礼を働けば、変なシャツを来た黒スーツが大挙押し寄せるとな」
シンとした店内。雄山がまたどっかりと席に座る。彼は待っているのだ。ある男を。最強の狙撃手を。

いつの間にかドアが開く。一人の男が現れる。亜人・怪物の類の客の視線が、一斉に貼り付けになる。
男は静かに歩を進める。一点の隙も無い。鍛え抜かれた肉体がしなやかに、流れるように移動する。
身長はそれほどでも無い。180センチ強、といったところだろうか。魔界は怪物の巣窟である。
この程度の体格ならば、むしろ小さい部類である。実際、店内には3メートル近い亜人もいた。
だがその亜人たちも、本能的にこの男との接触を避けている。決して目を合わせようとしないのだ。
生き馬の目を抜く魔界の住人。意識化の恐怖が告げている。この男には、たとえ総掛かりでも、勝てない。

その男は静かに席に付いた。カウンターの一番奥の角。最も狙撃されにくく、出口を見通せる場所に。
その男に、雄山がゆっくりと近付く。先程までの狂乱とは違う、ある種の覚悟を顔に滲ませながら。
店内がザワめく。異界から侵入した怪物2匹。雄山と男の一挙手一投足に注目が集まる。沈黙の数秒が過ぎる。
たまらない静寂が辺りを包む。そして雄山が、低く、厳かに男に声を掛けた。
371魔界編:04/02/17 22:57 ID:J7GucHdg
異世界からの怪物2人の対峙に、蒸し暑いはずの店内が一瞬にして氷点下まで温度が下がる。
無論、客たちの体感温度である。室内温度は変わらない。そう、寒気は外からの物ではない。
己自身。自分の内部からの寒さ。一番相応しい呼称は「恐怖」、であろうか。
亜人や怪物たちが我先にと出口へと急ぐ。十数秒後、バーの中は怪物2人とバーテンだけになる。
震えながらも店主としての責任からか、魔界の住人としての矜持からか。バーテンは逃げない。
何時の間にやらゴルゴは席を立っている。氷の眼差しは雄山に向けられたままだが。
雄山はその視線を、獅子の如き睨みで見据え返す。そして口を開いた。

 「依頼からしばらく時間が立っているが、魔界には何の変化も無いようだな、ゴルゴよ」
海原 雄山からゴルゴ13への依頼。人間界3傑の一人から、地上最強のスナイパーへの依頼。
その依頼内容は勿論、大魔王バーンの狙撃である。この任務は、この男以外に不可能だろう。
ゴルゴは何時の間にかハマキを口にしている。沈黙を破り、ゴルゴが口を開く。
 「依頼に期限は無かったはずだ。 ・・それに、俺は依頼人と2度逢うのは好まない」
静かな恐怖が増大する。バーテンはへたり込む寸前で何とか耐え忍んでいる。地上最強の殺気。
数百人もの人命を奪い続けてきた、世界最高のスーパーテロリストの原始の殺気。
おそらく雄山の返答次第で、胸ポケットのスミス&ウェッソンが 瞬く間に火を噴くだろう。
しかし雄山は怯まない。静かに、しかし前以上の迫力を言葉に込める。

 「撃つが良い。私を撃って、貴様の任務が達成出来るなら、喜んで撃たれてやる。
  元より、この魔界に足を踏み込んだ時から・・いや。2ヶ月前のあの時から。
  若き命を人間界の盾にしようとする、許されざる計画を立てたあの時から。
  命などとっくに捨てておるわ」
372魔界編:04/02/17 22:58 ID:J7GucHdg
雄山の言葉に、また両者の間に沈黙が訪ずれる。
ゴルゴの鷹のように鋭い氷の殺気と、雄山の獅子のように重厚な怒気が絡み合い、
一秒が数分にも長く感じる重苦しい空間を形成している。しばらくしてゴルゴが口を開いた。
 「あの要塞の周りには、特殊な防御壁に囲まれている。標的もそうだろう」
必要最低限の事しか発しない。だが、それで雄山には十分伝わっていた。 ・・やはりか。

バーンパレスの周りを囲む、来る者を拒む障壁。魔力によるバリヤーが張られている。
雄山が魔王軍にいた時から防御壁は存在したが、今はおそらくもっと強力なシールドだろう。
大魔王の超魔力で創造されたバリヤーである。当然、バーン自身をも守っているはず。
 「世界一のスナイパーとも呼ばれる男が、おめおめと諦めたか。わっはっはっは。
  無様な豚が、サルがッ!! って言うか払った5000万ドル、返せバカッ!!」

海原 雄山。稀代の芸術家にして天下一の食通。ただし自称。要は言ったもん勝ちである。
この雄山という怪しいヤマ師は、「美食倶楽部」という高級料亭を主宰している。
和食をベースにし、洋の東西を問わず美味い料理と酒を出すという、柔軟な発想の料亭。
それが日本一の名料亭「美食倶楽部」である。
 ・・ま、そう言うと聞こえは良いが。ぶっちゃけバカ高い、和風無国籍居酒屋である。
雄山の自慢とウンチクをありがたく聞きながら、雄山の機嫌を損ねないように気を使い、
お料理を食べさせて頂くという、日本でも珍しいマゾ専用料亭でもある。
雄山は長きに渡り、ボラレ好きなバカな金持ちを相手に暴利をむさぼってきた。
だが彼の集金は全てはこの為であった。人間界の有事の際、資金が必要になるのを見越しての。

だが当の雄山。その偉大さは何処へやら、ゴルゴの前で泣き喚いている。両手をぶんぶん振りながら。
「依頼が達成出来ないなら、私の全財産5000万ドル返せバカ野郎」と。
相手はあのゴルゴ13である。おそらく世界でただ一人だろう。ゴルゴの前で、わがままを言えるのは。
373魔界編:04/02/17 22:59 ID:J7GucHdg
ゴルゴの胸に雄山パンチがポカポカと当たる。いつものゴルゴならば射殺しているかも知れない。
だが、そうならないのは雄山の器の大きさ故だろうか。それとも単にまともに相手にしてないだけか。
そしてゴルゴはゆっくりとハマキの煙を吐き出すと、先程の雄山の質問に簡略に応える。
 「狙撃で重要な事は、待ち続ける事だ」
低く、だが不思議にも辺りに響き渡る魔性の声。その言葉に雄山は我に返り、この男の伝説を思い出す。
この男の伝説・神話の類はそれこそ星の数ほどあるが、その中で地味ながらも最も凄まじい逸話である。

 【ゴルゴ13。この男は漆黒の闇の中、120時間以上もチャンスを待ち続け、狙撃に成功した】

通常の人間なら、外部と遮断される暗闇の中に放り出されれば、数時間で精神に変調を来たす。だがこの男。
自らの意思で完全なる闇に身を没し、5日間も身を潜め、不可能と思われた狙撃に成功した伝説がある。
この男に限り、受けた依頼を途中で投げ出すことはありえない。それが不可能に近いほど困難でも。
今は待っているのだ。闇ではなく、魔界の瘴気に身を潜めながら、チャンスを。狙撃の瞬間を、用心深く。
 「すまなかったな。私は最初から貴様を信じて揺ぎ無かったがな、わっはっはっは」
雄山の哄笑が止まらない。都合が悪くなると怒鳴るか、大きく笑い出すかどちらかの偉大なる雄山である。
勿論、何一つ雄山は悪いとは思っていない。世界の中心は自分という、確固たる信念がある。

雄山が懐に手を入れ、小さな何物かを取り出す。そしてゴルゴに取り出したその・・、銃弾3発を手渡す。
 「受け取るが良い、ゴルゴよ。我が美食倶楽部の殺戮兵器開発部が造り出した、特製の銃弾だ。
  通常の火薬に和三盆ととろろ芋をブレンドし、寒天と銀でコーティングしてある。
  貴様のM16用に造った、対大魔王専用の破魔の力を秘めた銃弾だ。感謝せい、わっはっは」

しばらく銃弾を凝視するゴルゴ。そしてそれを受け取り、隙の無い身のこなしでドアを潜り店を後にする。
救われたような顔のバーテン。雄山はゴルゴの消えたドアをしばらく見続ける。そして小さく独り言。
 「これで全ては揃ったか。後は・・。種が実り、どんな花が咲くか」
374魔界編:04/02/17 23:15 ID:J7GucHdg
雄山はふと思う。あくまで仮定の話であるが。
もし、この人魔大戦を人間が勝利したとして。そしてもし、未来の歴史家がこの戦争を検証するとしたら。
その歴史家は、自分や江田島 平八をなんと評するだろうか。世界を救った英雄と絶賛するのだろうか。
だが、そうではない。自分は英雄でも傑物でもない。出来れば罵って欲しいと願う。外道、と。悪鬼、と。
自分たちは人間界の平和という大義の為に、若き命を数多く散らせた男たちである。赦される訳は無い。
順番からいえば、自分や江田島の方が先に逝くべきところを、勝利を優先して若者を死地へ追いやった。

ふと雄山の脳裏に精鋭部隊の顔が浮かぶ。
陸奥 九十九。烈 海王。剣 桃太郎。ニコ・ロビン。素晴らしい可能性を秘めた、立派な若者たちである。
出来るならば全員帰ってきて欲しい。だが、相手は大魔王である。おそらく戦地より帰れる人間はいまい。
 (だが、それでも願う。たとえ一人でも、多く)
弱き感情を振り払う雄山。まだ戦争の佳境はこれからである。雄山自身もまだ、光の3戦士≠ニしての
最後の大仕事が残っている。 ・・全ては、打倒・大魔王の為に。

目を閉じる雄山。江田島 平八が植え、海原 雄山が厳しく育てた奇跡の種≠ェ芽吹こうとしている。
どんな花を咲かせるのであろうか。大魔王打倒という、奇跡の白い花を咲かせるのだろうか。
血と絶望に塗れた、赤黒い花となってしまうのだろうか。
 (私の命で引き換えられるのなら、願わくば精鋭部隊の全員帰還を)
雄山は心底そう願い、店を出た。 ・・そして。範馬 勇次郎 対 松尾 象山の怪物対決も佳境を迎える。