充分にクーラーが効いている筈のその部屋は、咽返る程異様な熱と臭気に包まれていた。
床には衣服が脱ぎ散らされているだけでなく、丸まった紙屑やベッドから蹴り落とされたブランケットが転がっている。
木製のベッドからはギシギシと途切れる事無く軋む音が鳴り響き、その上では年端も行かない子供達が裸で絡み合う。
うつ伏せになった少女の折れそうな程細い腰を掴み、少年は自らの腰を激しく打ち突ける。
繋がった箇所からは肌を叩く音と粘ついた水音。
少年の腰の動きに合わせて口から荒い息が漏れる中に、呻き声や甲高い喘ぎ声が混じる。
その声はカーテンが激しい真夏の陽射を遮る様に、締め切った窓の外から聞こえる蝉の鳴声を全て掻き消した。
二人が躰を重ねる様になったのは、些細な切欠と思春期特有の好奇心と幾つかの偶然が重なった事に因るものだった。
数ある国連組織の一つに二人は所属していた為、その組織の職員が保護者となり同居する事になったのもその一つ。
だが一番大きな要因を占めるのは、二人が保護者の留守中にキスを交わした事だろう。
尤も二人にとって、そのキスに関しては余り良い印象は残らなかった。
少女にしてみれば、自分の元保護者と現保護者に対しての当て付けから言い出した事でしかない。
少年の方は鼻息が擽ったいから息を止めろと鼻を摘まれ、挙句にその直後に嗽をされると言う少女の理不尽さに傷ついた。
結局その日は泥酔した保護者が帰宅した事により、それ以上どうこう話が進む様な事は無かった。
しかし、決定的な自分達の性別の違いを意識する事になる出来事だったのは間違いないだろう。
そして全ては、一本の電話から始まった。
キスを交わした翌日から、二人の間は何処となくぎこちない空気が漂っていた。
それは当人同士なら判るといった類の物で、周囲は全く気付く事は無かった。
と言うより、周囲に気取らせなかったが正解に近い。
拠って、保護者が気付かなかったのも当然と言える。
二人がキスを交わした正にその日、保護者は少女の元保護者と寄りを戻していた事に少女は気付いていた。
保護者を送り届けた後帰宅すると言う元保護者を見送った時、元保護者から仄かに保護者の香水が香ったからだ。
その事が少女を苛立たせ、少年とのキスを自己嫌悪させた。
だからこそ少女は少年が気になって仕方がなかったのだが、上手く感情に顕せずにいた為に更に苛立っていた。
少年の方にしても、苛立っていたのは同様だった。
少女の苛立つ気配に対して腫れ物に触る様な態度を漂わせる事しか出来なかったのもある。
だがその態度が、少女の理不尽さに対しての意趣返しも含んでいたのだと気付いていた為に、自己嫌悪に陥るしかなかった。
そんな状態が数日続いては、お互い精神的に疲労感が溜まり続けていくのも仕方のない話だ。
しかしながら二人共その様を気取らせなかった為、保護者は普段と変わりないと思い込んでいたのがいけなかった。
そもそも保護者にとって、少女の元保護者とは元々学生時代からの付き合いである。
過去に別れてしまっていたものの、一時は男と女の関係でもあった。
所謂、焼けぼっくいに火が点いたという奴だ。
その関係が復活した経緯は省略しておくが、その事に拠って何処かで気が緩んでいたのだろう。
いつもの様に出勤したのはいいものの、内心浮かれた気分を抱いたままだったのは否めない。
ましてや数年振りの逢瀬の誘いを断るなど、彼女の頭の中の選択肢には無かった。
帰宅が遅くなる事が増えるのも必然である。
『えー、ミサトです。今日は午前様になりそうだから、夕飯は要りません。先に寝ちゃって下さい。
戸締りと火の元だけチェックお願いね。アスカもシンちゃんと喧嘩なんかしちゃダメよん♪』
二人が学校から帰宅すると、この様なメッセージが留守電に入っている事がしばしば見られる様になった。
もし留守電が入ってなければ、大抵夕食の支度中に電話が掛かってくる。
今日の場合は前者のパターンだった。
「あ、今日も留守電のランプ付いてる。アスカ、確認してよ」
「え、またなの? こう続くと夕食作る前に留守電入れるだけマシだけどさぁ……」
冷蔵庫に買ってきた物を入れる為キッチンに直行する少年に言われ、アスカと呼ばれた少女は渋々と再生ボタンを押す。
案の定、録音の内容はいつもと同じメッセージ。
録音が流れ始めると眉を顰め、最後迄聞き終わらない内に停止させると消去してしまった。
「消しちゃったの? まだ聞いてないのに」
「毎度毎度同じ内容ばかりじゃない。聞く必要ある?」