それを聞いて心底安心するとともに、ふと疑問が生じる。
「あの…なぜ怪我を?」
「キャンプで酔って乱闘騒ぎになったのよ。
本当、こういう時に役に立たないんだから。あの馬鹿は…
話はそれだけです。準備をして、輸送班に向かいなさい」
そう言うと、エリザはタバコに火をつけた。
その香りは、どこかで嗅いだ事のある甘い香りだと、ドロシーは感じた。
「それでは失礼します・・・」
立ち去ろうとしたドロシーに向けて、エリザは前髪をかき上げながら
済まなそうにポソリと言った。
「ゴメンなさい、ドロシー。私、ちょっとこの件で苛立っているみたい。
言い方がきつかったかもしれないわ。許して頂戴。
最近少し忙しくて・・・他人にあたるなんて最低よね、私」
「いえ、わかります。エリザさんって一生懸命なんだなって。
わたし馬鹿だから、今ようやく気づきました。
エリザさん、私たちの就任の時も、バーベキューの時も、
途中で抜け出して仕事をしてたんですね。
だからその、印象が薄かったのかなって。
でも、私たちが安心して仕事をできるのは、
エリザさんや事務の皆さんが、そうやってガンバって、
仕事をしてるからなんだなって」
ニコリと笑うドロシーに向けて、苦笑しながらエリザは答えた。
「私は私の仕事をしてるだけよ」
「ふぅん。ドロシー、あなた期待されてるのね。
『姉』として嬉しいわ」
製パン班に荷物を取りに来たドロシーに対し、
感心しながらアンが答えた。
「期待、されてるんでしょうか」
真意が読めないドロシーは、困惑した表情だ。
「期待されてるんかねぇ。
当たり障りの無い人選っつー気もするけど。
アタシだってドロッスィーちゃんを選ぶぜ?」
いつもどおりのテンションの低さで、レイチェルがチャチャを入れる。
「期待されてるでしょ。ドロシーの能力や資質が買われて、
輸送班の手伝いに行くんだよ。ドロシー、頑張りなよ!」
「そんな、たまたま資格を持ってたからってだけですよ。
わたしにそんなに資質があるとは・・・」
「何だ。ドロッスィーちゃん知らないんだ。
あのな、アタシも持ってんだよ。エレカ2種免許。
んっと・・・ほれ。見てみ。ちゃんとチェック入ってるっしょ?」
ゴソゴソと懐を探って免許を取り出し、
ヒラヒラとドロシーの目の前にかざす。
なおさらドロシーは困惑顔になる。
「えー!?それじゃ何でレイチェルさんじゃなくて
わたしが選ばれるんですか!?」
ドロシーの驚きに反し、アンとレイチェルは呆れ顔になる。
「単純じゃない・・・そんなの」
「アタシじゃサボって仕事にならんと、そんな感じじゃないのん。
だから言ったじゃん。『アタシだってドロッスィーちゃんを選ぶ』って。
余計な仕事はしたくないのよ。アタシャ。
鬼のエリザは、ホント人を良く見てるわな。
事務所に入り浸ってるハズなのにねぇ
ありゃ絶対過去に人付き合いで痛い目にあったね」
「レイチェル…あんたってホントに。呆れるわ。
ほらほら、時間だよ!行って来い!ドロシー!
がんばりなよっ!」
ドロシーの背中をバンと叩き、アンが気合を入れる。
「ふえぇ・・・いってきます!」
輸送班のキャンプには、数十台のトラックが集結していた。
モビルスーツ輸送用のサムソン・トラックまでもが数台も待機している。
タシケントを拠点にして、周辺の駐屯部隊に食事を配るためだ。
モビルスーツが1機稼働していた。ザクだ。コンテナを各トラックに分配している。
「…みんな仕事してるなぁ」
ノンビリとした口調で、ドロシーが独り言をつぶやく。
製パン班の駐屯地と輸送班のキャンプは、やや離れた位置にある。
ドロシーはそこまで部隊の装備である『ワッパ』で移動していた。
一人乗りの浮遊式バイクである『ワッパ』は、部署間の連絡や、
短距離の移動、軽い荷物の輸送など、様々な用途に使われる。
製パン班では、ニホン好みのアンによって『オカモチ』の愛称が与えられた。
30分ほどで、輸送班のキャンプに到着した。
バズが大げさに出迎えてくれた。
「おー!よく来たなドロシーちゃ〜ん♪
まっさかドロシーちゃんがエレトラック運転出来るなんてね。
さすがのバズ兄さんもビックリさ。さってと、何か質問はあるかな?」
無精ひげをゴリゴリとこすりながら、バズは言った。
この人のノリについていけるだろうか。
ドロシーは不安になりながらも、質問をした。
「えっと…わたしの仕事は何ですか」
エリザは輸送班に異動する話しかしていなかったのだ。
おそらくは運転するのだろう。が、具体的に何をするかはわからない。
「いきなり本題!?バズ兄さんへの質問コーナーだったのに!
ま、いいか。そんなに難しい仕事じゃないよ。
簡単でも無いんだけどね。そこはドロシーちゃんに期待だ。
他の部隊はてんでバラバラになるんだけど、
ドロシーちゃんはオレの部隊と一緒に行動してもらうよ。
ここから120キロくらい先の部隊駐屯地に、メシを運ぶって仕事だ。
オレがサムソンを運転していくから、ドロシーちゃんは後ろっから
ノンビリついてきてくれれば、それでいいよ。
あ、ドロシーちゃんのトラックはアレね。アレ」
バズが指差しながら、そう言った。
その先には、どうにも小さなエレトラックが一台停まっていた。
「あれが」
「そうだよん。ドロシーちゃんには、お酒を運んでもらうよ。
ダイジョーブ。ビンじゃなくてプラスチックだから。
んじゃ、ヒトヨンマルマルに出発だから、準備しといてな〜」
そう言うと、スタスタとどこかへ行ってしまった。
「ヒトヨ…何?」
現地時間14時きっかりに、部隊は出発しはじめた。
結局意味のわからなかったドロシーは、ずっとトラックの中にいた。
「そっか。ヒトヨンマルマルって、そういう意味なんだ」
大型のサムソン・トレーラーはバズが運転する。
自分はあれの後ろについていくだけでいい。
ドロシーは自分の仕事内容について反芻する。
キーを回すと、ルォォォォンというモーター音が足元から響いた。
ほとんどがセミ・オートマチック化しているとは言え、やはりトラック。
一般車とは使い勝手が違う。モーターの稼働状況をディスプレイで確認し、
ドロシーは試しにゆっくりとアクセルを踏み込む。
ゆるり…とエレ・トラックは動き出す。さあ、120キロの旅路の始まりだ。
無線が入る。主戦場から離れた地域だからか、ミノフスキー粒子の影響も無く、
クリアーに聞こえる。バズからだった。
『おーい、ドロシーちゃん。ゆっくりでいいからなぁ〜』
サムソンの窓からタバコが捨てられるのが見えた。
何て非常識な人なんだろう。
ドロシーは憤慨したが、トラックから降りてそのタバコを拾う余裕は無かった。
部隊全体が動きはじめる。まるで動物の群れのようだ。
「慌てない。混乱しない。ゆっくりでいい。大丈夫。大丈夫」
ドロシーが独り言を続ける。心臓がドキドキしてくる。
『うっし。ドロシーちゃん。出発するぞー』
目の前のサムソンが動き出す。元々はモビルスーツを運ぶためのトレーラーだ。
本当に大きい。距離感が取れなくなりそうだ。
アクセルを踏む。コォォォンという音が響く。
エレトラックは、順調に速度をあげていった…
道中は特に何も問題はなかった。
不思議なくらいに運転しやすかった。
きっとそれは、このトラックがジムの親父さんに整備されてるのがひとつ。
もうひとつは、バズが走りやすい道を選んでいたんだろう。
「これが…プロの仕事なんだ」
ドロシーは感心しながらも、少し悔しい気持ちになっていた。
一体自分は、何に向いているんだろう。
自分はバズやエリザさんのように、プロの仕事が出来るようになるんだろうか。
そんな事を考えながら、ボーっとしてトラックの座席に座っていた。
コンコンと窓を叩く音がする。バズだ。
「おーい、ドロシーちゃん。ご飯だぜ。
みんなアッチで食ってるし、一緒に食おうや」
「はい。ぜひ!」
「輸送班のメシは、どうにもマズいんだよなぁ
製パン班の女の子を何人か、こっちによこしてよ。
あ、だからドロシーちゃんが来たのか!?
こりゃ失敗した。メシを作ってもらえば良かったぃ」
「わたし、料理はあんまり得意じゃないんです。
アン姉さんは凄く得意ですよ。
あと、悔しいけどレイチェルさんも」
「そっかそっか。アンちゃんは料理得意なんだな。
ぜーんぜん知らなかったい」
アンの話題になり、ついでに、という気持ちにもなった。
気になっている事を聞いてしまおう。
ドロシーはそんな軽い気分で聞いてみた。
「あの。バズさん。
アン姉さんのこと、どう思ってるんですか。
その、アン姉さんから付き合っているって聞いたんですけど」
「アンちゃんは、ちょっとマジメすぎるよね。
もうちょい肩のちからを抜いて欲しいかな〜とか、
バズ兄さんは思うわけだよ。うん。
あんましマジメだと、そのうちエリザみたいになっちまうよ。
シワが増えっちまうってもんだ。ツノも生えるかもな」
「ふざけないでください。本当にそう思ってるんですか?」
「何だいそりゃ。あー、もしかしてキスの話か。
部隊の連中に何か吹き込まれたんか?
いーじゃねえか。チュッチュするくらい。
まさか、仕事チューにチューすんなって話?」
どうしてこの人は、こうもふざけているのだろう。
もしかして、アン姉さんのこともふざけた気持ちなんだろうか。
ドロシーは不安になる。どうも最近、不安ごとが多い。
「バズさん。もしかして、
アン姉さんのこと、本気じゃないんですか?」
その一言を聞き、バズの表情が変わった。
咥えていたタバコを投げ捨てて、ギリと踏みつける。
グイとドロシーに顔を近づけて、言った。
「ドロシー。キミは何か勘違いしていないか?
俺はいつだって、どんなことにだって真剣だ。
俺が公王陛下の運転手を自負しているのは、聞いた事があるか?
何も馬鹿のように自分の腕を自慢したいからじゃない。
それは自分の仕事を、自分の役目を真剣に果たす為だ。
それは運転だろうが、女との付き合いだろうが、
何も変わりはしない。真剣なんだよ」
タバコの残り香がする。甘い香り。辛辣な言葉。
「ご、ごめんなさい」
唐突に表情がフニャっと緩み、バズが言う。
「ちょーっとキツい言い方だったかな。
でもまあ、そーゆーコトだよ。
アンちゃんともふざけて付き合ってるワケじゃない。
ドロシーちゃんが不安になるのもわかんないでもないよん。
なんせオレ、こんな性格だからさ。
ほい、メシ食いに行こうぜ」
ポケットから新しいタバコを引っ張り出しながら、
バズはスタスタと歩いて行ってしまう。
「わたしに足りないもの。
何かわかったような気がする…」
そんなバズの後姿を見ながら、ドロシーはその日最後の独り言をもらした。
『パンを焼く日々』
「どうしてうまく膨らまないの…?」
その日もドロシーのパンは散々であった。どうも発酵がまずかったらしい。
そんなドロシーに対し、やはりディーダは優しかった。
「まあまあ、失敗しちまったもんはしょうがないさね。
やってくうちにうまくなるさ。失敗を大事にしな。
いいかい、ドロシー。失敗を恐れてちゃいけない。
人間、失敗するからこそ、前に進めるんだからね」
そうなぐさめてくれるのであったが、固い小麦粉の塊でしかないそれをみると、
ドロシーは心底泣きたくなるのであった。
「いいかい、自分で色々と試してみるんだよ。
菌の入れ具合、発酵の時間、生地の分量。
そんで勉強してくれればいい。
ただし、材料を使い切っちまわないように、ね。
ア〜ッハッハッハ」
ディーダはその体格らしく豪快に笑い飛ばした。
「リンダ、ちょっと見てやっとくれよ。
あたしはちょいと部隊長の所に行ってくるよ」
「はい、マム」
その日はドロシー達の作業グループに、リンダが来ていた。
「それじゃ、はじめよっか」
リンダは手際よく作業をはじめた。
一つ一つきちんと説明する彼女に、ドロシーは劣等感を覚える。
実はその後で、彼女も最初はまったく上手くできなかったこと、
必死に努力して憶えたこと、そして笑うと優しい顔をする人だということを知った。
「そうなのよ。実は私、ドロシーどころじゃないパン焦がし名人だったの。
みんなドロシーが最高記録だと思ってたでしょ。ぜ〜んぜん。
実はわたしなんだよね。レコード保持者。
当時はそれで随分と、エリザとケンカしたものよ。
『焦がしたパンの材料費、一体いくらかご存知!?』って。ふふ」
「そ…そうなんですか」
「あっちゃー。ドロッスィーちゃんを超える逸材がいるとは…」
「へぇぇ。パン焼き名人リンダさんが、実はパン焦がし名人だったなんて。
ドロシーももしかしたら、パン焼き名人になれるんじゃないの?」
「そうね。努力次第よね。ドロシーは一生懸命だし、いいと思うよ。
でもまだちょっと一生懸命が空まわりしてるかな。
自分の出来ることって何だろうって、悩んでるみたい」
ドロシーはドキッとする。今まさに、彼女はそう悩んでいるのだ。
「あの、その悩みは、どうしたら解決できますか?」
「ん…そうね。マムが言ってた通りかな。失敗を大事にすること。
失敗を怖がらずにチャレンジしていくことだと思うよ」
「よっしドロシー、もう一回チャレンジしよう。
リンダさんがいるうちに、いっぱい技術を磨こう!」
アンの宣誓によって、『リンダ教室』が再開する。
その日は結局、午後いっぱいまで作業が続いた。
次の日も、ドロシーのパンは失敗作に終わった。
「あんまし気にしないで。昨日リンダさんも言ってたじゃない。
『失敗を大事に』ってさ。それにほら、今日のはそんなに失敗してないよ」
「まあねぇ。いつものドロッスィーちゃんのパンは消し炭だもんね。
今日のは食べれるんでないの。どれ。ムグ…硬いなこれ」
アンもレイチェルも、怒りもせず慰めるように接してくれる。
ドロシーはアンやレイチェルに申し訳なく思うのと同時に、
彼女らが実は自分を怒る価値もないものと思って、見放しているのでは、
と不安に思ったりもする。
もちろん、彼女らの優しさから来るものだ、と判ってはいる。
しかし、胸の中にある絶え様もない不安が、こう自分に囁くのだ。
「誰かの導きがなければ、自分で歩く事も出来ないの?」
と。
ある日の晩。
「どれ、久々にみんなで食事でもするかね。
ドロシー、ちょいと精肉班まで行って、カリムの坊やを連れておいで。
あの坊や、存外に料理が得意なんだよ」
食事用に短時間で作り上げられるチャパティを焼きながら、
マムはドロシー達に話しかけた。
「はい!行ってきます!」
『オカモチ』に飛び乗り、ドロシーは精肉班に向かう。
そんな姿を見て、ディーダが不思議そうにつぶやく。
「不器用なんだか器用なんだか…ホント変わった娘だねぇ」
アンが言う。
「本当は器用なんだと思います。
何ていうか、自分が何を出来るのか、わかってないだけみたい」
続いてレイチェルも言う。
「自分に自信がねーから、余計な心配ばっか抱え込んでるだよねぇ
一回でもパン焼きに成功したら、化けるかもしんないけど。
つーかさ、アン。何だってドロッスィーちゃんはあんなに失敗すんの?
アンタホントは理由知ってんじゃないのん?」
アンは少し困った表情になり、遠慮がちに言った。
「レイチェルの言うとおりよ。あの娘、自分に自信を持ってないから、
それで余計な心配ばっかりしちゃってるの。
不安になってマニュアルひっくり返して、
だからかえって作業工程にミスが出るのよね」
その言葉を聞き、ディーダが二人に言った。
「それならなおのこと、二人にはドロシーを見守っていてもらうよ。
壁にぶつかっている今、本当にドロシーを助けてあげられるのは、
あんた達だけなんだからね」
「はい!」
「うぃーっす」
『オカモチ』でドロシーと一緒にカリムがやって来た。
「いつものアレ、頼んだよ」
ディーダがニヤリとして、そう言った。
数十分後、料理が運ばれてくる。
カリムが作ったのは、ひき肉のカレーだった。
独特の芳香が食欲をそそる。
「ダンナ…これ、ブタ肉じゃ…」
レイチェルの問いに、ニコリと笑ってカリムが答える。
「そうだよ。ブタ肉たっぷりのひき肉カレーさ。
ボクの得意料理なんだ。マムのお墨付きさ。
さ、みんな食べて食べて」
「そんじゃ!いっただっきま〜っす!」
美味しそうにほおばるドロシーとアン。
怪訝そうな表情で食べるレイチェル。
アンが味付けの秘密を知りたくなり、聞いてみた。
「凄く美味しいです!
どうやったら、こんなに美味しく出来るんですか?
何か秘密とかあったりします?」
「いやぁ、実は技術はたいした事は無いんだよ。
上等のひき肉を使ってるからってのがタネあかしさ」
レイチェルが、怪訝な表情のまま話す。
「つまり、ダンナの鑑定眼が、このカレーの味付けの全てってこと?」
「一応スパイスもボクのオリジナルだよ。
いや、ちょっと違うな。ボクの一族の、かな」
ドロシーも質問する。
「どうやったら、その、鑑定眼ですか。
それを持てるんでしょうか」
「そうだね。あまり迷わないことかな。
自分がいいと思ったら、それでいいんだ。
ボクの仕事は精肉だから、その仕事には責任を持つ。
責任を持つからこそ、迷わないって事もある。
そんな感じかなぁ。答えに、なってるかな?」
「…わかります。うん。そうですよね。
迷わないことも、大切ですよね」
再び何日か過ぎた。
ドロシーは何度もパンを焼き、何度も失敗していった。
暦はもう10月。地球に降りて、数ヶ月がたっていた。
「出来た!」
釜から出てきたのは、これまでの消し炭やペシャンコパンでは無く、
ふっくらと焼きあがった極上のバターロールだった。
それを見て、満面の笑みを浮かべるドロシー。
「やったね!やれば出来るじゃない!」
表情がほころぶアン。思わずドロシーに抱きついていき、
背中をバンバンと叩きながら、「おめでとう」を繰り返す。
「アン姉さん!わたし、やっとちゃんとパンを焼けました!」
感激のあまり、涙声になりかかるドロシー。
眼にはすでに涙が浮かんでいる。
相変わらずの呆れ顔で二人のやり取りを見ていたレイチェルは、
焼きたてのパンを一つヒョイと手に取り、食べ始める。
「むぐ、むぐ、むー、んぐ、うん。マズくは無いやね。
ドロッスィーちゃんにしちゃ上出来なんでないのん。
むしろ完全機械制御の釜で失敗し続けた才能を無くすのは、
惜しいかもしれんね」
そう言いながら、二つ目のパンをほおばる。
アンは眉をひそめるが、ドロシーはどこか嬉しそうだ。
文句を言いながらも、いつだってレイチェルはパンを試食してくれていたのだ。
以前アンが言っていたレイチェルの優しさを、彼女はわかりかけていた。
「レイチェルもさ、たまには素直に褒めてあげなよ。
ドロシーだって頑張ってんだからさ。
それはそれとして、あたしも1個もーらい!」
1個と言いながら、2つ手に取るアン。
「ルイスくんにも1個あげないとね。
それとも、自分で渡しに行く?
ロジャーさんにもひとつかな。
そう言えば、カリムさんにもあげなきゃ。
楽しみにしてたみたいだし。
あとはマムにひとつと、リンダ主任にもひとつ、
エリザさんにも持っていこうか。
そんなもんかな。合計7個確保するよー」
そんなアンの言葉を聞き、指折りをしていたレイチェルがニヤける。
「計算があわないやね」
ツラっとして返すアン。
「バズの分に決まってんじゃん。
わたしからの手渡しですが何か?」
「あー、とうとう言ったな、このラヴバカ女。
自分ばっかり幸せになろーって魂胆かチキショウ」
「アン姉さん…わたしの作ったパンをダシにして…」
二人の反応は予想通りだったのだろう。
余裕の表情を崩さずに、アンはドロシーにパンの入ったバスケットを押し付ける。
「だからさ、ドロシーもこれ持って、ルイスくんのトコに行って来なよ!
ぜーったい喜ぶから!ほら!行け!走れ!ドロシーは強い娘だろ!」
「あぅ…は、はい!いってきます!」
パタパタと駆けていくドロシー。
「あ、あ、あのっ。ここここれを!」
護衛隊のブリーフィングルームに駆け込んだドロシーは、
そのままの勢いでルイスの前まで走りこんで、
ポスッと鈍い音をさせて、パンの入ったバスケットを
ルイスの腕の中に押し込んだ。
「え?何?バスケット?パンが入ってる。
あ!そうか。これってもしかして、
ドロシーが焼いたパン、なのかな」
怪訝な表情をするルイス。
それを見て、ドロシーは慌てて説明をする。
「そうです!わたしが焼きました。
その、今日、はじめてちゃんと焼けたんです。
だからその、最初にルイスさんに食べてもらいたくて…」
それを聞いて、ニコリとするルイス。
「そっか。ありがとう。大事に味わうよ」
「こ、これからもたくさん作って持ってきますから…」
そこに、二人のやりとりを遠めで見ていたロジャーが来た。
「やあ、ドロシーじゃないか。今日はどうしたんだ?」
「あ…あの」
「隊長、コレ。ほら、見て下さいよ。
ドロシーのお手製のパンです。いいでしょ?」
ルイスが得意げにバスケットの中身を見せびらかす。
それだけで、ロジャーは今の状況を察した。
「へぇ、美味しそうじゃないか。俺の分はあるのかな。
おっと、それとも今回はルイスにだけ特別…って事なのかな」
ロジャーはニヤニヤしながら尋ねた。
弟分のルイスにドロシー。
心理的に、二人の兄のような気分になっている。
初々しい二人の様子を見ていて、少しからかいたい気持ちもある。
「あの、ロジャーさんの分もあります。
っけど、その、今はちょっと持ってきてなくて」
「聞いたかルイス。俺の分もあるそうだぞ」
「最初に自分の所に持って来てくれたのが重要なんですよ、隊長」
「ルイス、それなら何かお返しをしなきゃならないな」
「あのね隊長。そんな事はとっくに考えてますよ」
やっぱりこの二人って兄弟みたいだ。
ドロシーにはそう感じられた。
「レディには、やはりアクセサリーを贈るべきなんだろうな」
「いきなりそれは無いでしょう。そうだ、食事に誘えばいいかな」
「食事というのもありきたりじゃないだろうか。
しかし、今のタシケント市に他に楽しみがあるかと言われるとなぁ」
ドロシーを置いてけぼりにして、二人のプレゼント相談が始まってしまった。
出来れば可愛い服が欲しいものだと彼女は思ったが、それは期待出来無そうだ。
「あの、その、当事者の前で贈り物の話をされても…」
「うん。それもそうだ。よし、ドロシー。
俺はこれからルイスと相談があるから、耳を塞いでいてくれ」
そう言うと、ロジャーはドロシーの後ろに周って、両耳をペタンと閉じた。
「ふえぇ・・・こんな事をしたって聞こえちゃいますよぅ」
「ハハッ。そりゃそうだな」
そう言うと、3人で笑いあってしまう。
こんな時間が、いつまでも続けばいいのに。
ドロシーは心底そう思う。
地球に来て良かった。自分は何か大切なものを得た。
それは何かは言い表せないけれども・・・
その時、ブリーフィングルームの奥で、大勢のうめき声がした。
あからさまに罵倒する声や、イスをけり倒す音が響く。
ありとあらゆる罵りや呪いの言葉が怒号のように放たれている。
「…何だってんだ」
ルイスが不機嫌な表情を隠さずに奥へと足を運ぶ。
ドロシーも不安を抱えながら、彼の後について行く。
ロジャーだけは何かを察したようで、ゆっくりと別の部屋に向かっていった。
ブリーフィングルームの奥には、大型のレーザー通信TVが備え付けられている。
そこに映されていたのは、本国発のニュース番組であった。
スタジオでは、女性キャスターが泣きながら何かを訴えている。
その画面を見たルイスすらも「畜生!」と叫んでいた。
ドロシーは何が何だかわからない様子で、TV画面を見た。
そこには白いテロップで『ガルマ・ザビ逝去』と書かれていた。
地球進攻作戦の象徴とも言うべき、ガルマ・ザビが死んだのだ。
「そ…そんな…ガルマ様が…」
信じられないという気持ちでいっぱいになった。
が、同時に彼女は肝心な事を思い出した。
「今は戦争中で、ここは戦場なのだ」という事を。
映像はギレン・ザビの演説映像へと切り替わっていた。
諸君らの愛してくれたガルマは死んだ…何故か!?
ギレンの演説は、いつも以上に力が入っているように思える。
周囲の人たちは、食い入るように画面を見つけている。
『何故…何故って…
きっとガルマ様も…
今のわたしみたいに…
今が戦争だって事を…
戦争だって事を忘れちゃったんだ!』
ドロシーの眼に、涙が溢れてきた。
何て自分は愚かだったのだろう。そう思うと涙が止まらなくなった。
演説にあわせ、周りの兵士達は大声をあげはじめる。
『ジーク・ジオン』と。
彼女は取り残された気分になった。
ジオンの勝利。果たして自分はそれを望んでいたのだろうか。
自分のしたかった事とは。自分はなぜ地球に来たのだったか。
なぜ、何故、ナゼ?
「情報の交錯は末期的状態になっている。
戦線の逼迫を隠蔽し、親族の死すら政治に利用し、
正確な情勢を味方にも伝達していない。
こんなありさまで『ジーク』とは、脳天気にも程があるじゃないか」
隣に立った長身の男が呟く。ロジャーだった。
「ロジャー…さん…」
「情報センターの端末を利用して、各地の情勢を再確認してきた。
各戦線の混乱は、収拾がつかない状態になっている。
連邦軍の大規模反攻作戦の噂は、どうやら真実になりそうだ。
すでにアジア戦線では、反攻作戦ののろしがあがったという情報まである。
ドロシー。君に伝えなければならない事がある。
残念だが、民間人である君たちの出番はここまでになる。
俺はつい先ほど、ディック指令に上奏文を提出してきた。
君たちNGO参加者を、バイコヌール宙港まで送り届けようと思う。
今まで、本当にありがとう。ここから先は、俺達軍人の仕事だ」
ロジャーはむしろ、自分自身に言い聞かせるように、そう言った。
「ロジャーさん…わたし…わたし!」
「何も言うな、ドロテーア・マルレーン。
君の言いたい事はわかるつもりだよ。
でもね、これはあくまでも俺の考えなんだが、
結局俺達軍人に出来る事なんて、
軍人以外の人を守る事だけなんじゃないかなって事さ。
君等がパンを焼くように、俺達は君等を守る。
君等にパンを焼く日々があるように、
俺達はこれから、戦争の日々を歩き始めなきゃならない。
ただ、それだけの事なんだよ」
そこから先、ロジャーは何も言わなかった。
ドロシーもまた、何も言えなかった。
ジーク・ジオンの喚声が沸きあがるブリーフィングルームの中を、
ドロシーは一人、無言で立ち去った。
TVを食い入るように見ていたルイスが、人垣を掻き分けながら
ロジャーの方にようやく出てこれた。
ガルマの死に対する怒りの表情を残しながらも、ルイスは言った。
「ロジャー隊長、ドロシーはどうしたんですか?
…ロジャー隊長?何かあったんですか?」
ロジャーはそんなルイスの襟首を掴み、自分の方に引きつけて耳元で言った。
「ルイス。ルイス。残念だが、俺たちの夏休みは終わった。
俺は今までの人生の中で、こんなに心地良い日々は無かったと思う。
タシケントに来れて、本当に良かったと思っている。
ここが第二の故郷なんじゃないか、そうも思う。
だが、明日からは修羅の道だ。俺も、お前も。ここにいる全員が、だ。
血と火薬と鋼鉄に彩られた地獄に足を踏み入れるんだ。
覚悟はいいかな、戦友」
ルイスも表情を変える。どこか子供じみた顔立ちが、鋭く変化する。
ロジャーの手首をグッと掴み、周囲の喚声に張り合うように言葉を放つ。
「了解です、隊長。あなたの背中はボクが守ります。
彼女の命は、ボクが守ります。これで宜しいですか」
「もちろんだ。頼んだぞ、ルイス」
「はい!」
だが、結果としてロジャーの進言は叶わなかった。
ディック大尉の決断以前に、軍上層部からの命令が下ったのだ。
ベーカリー隊に下された命令とは、この地を周辺一帯の拠点とするべく、
タシケントを絶対に死守すべし、というものであった。
具体的には、増援部隊として本国から1小隊と、
方面軍最強の部隊である『ヨハン隊』との合流が盛り込まれていた。
何よりも重大であったのは、NGO組織の解体の強制と、
命令系統の統一の為にその参加者を軍属として扱う、とあった。
彼女達はやはり、学徒動員の先駆けとして扱われていたのだ。
宇宙世紀0078 10月6日。
地球は混乱の極地にあった…
機動戦士ガンダム外伝 Over The Rainbow 〜少女が見た1年戦争〜
第1章 『ドロテーア・マルレーン』終幕
で、第2章『マイケル・グッドスピード』に続く…っと。
3章が当然『グレイス・ディートリッヒ』
終章が『ロジャー・ウィンフリード』になる予定です。
既にキャラテンプレが機能してないので、それも書かなきゃ。
実際の話、何人くらいが読んでくださってるのでしょう?
旧OTRとは随分と設定が変わっている所もありますので、
それに対する意見も聞きたいのですが…
>>232 ちゃんと読んでるよ。近いうちに感想と私見を書くから待ってて。
お待たせ。師走は忙しくてね。待たせて申し訳ない。
旧OTRと比べてNGO組織とか現代風にアレンジしているのが
面白いね。ドロシーが初めから軍属であることより説得力があって
いいと思うよ。でも、ならばこの章の終盤で軍属にするよりNGO組織
をギミックにして連邦との戦いに生かした方がシナリオを進行させる上で
良い拘束になったんじゃないかな(連邦軍はジオン公国軍を攻撃出来るが
人道的理由によりNGO組織は攻撃出来ない。またジオン地上軍首脳
はNGO組織を人間の楯代わりとして扱おうとしている、とか)
逆にNGO組織構成員を守るため仕方が無く軍属として扱うことになる
(戦地で軍人以外が軍務につくとゲリラ扱いになる為、条約が適用されず
捕虜にもなれない、とか)
今まで一年戦争はWW2がイメージボーンになっていたのだけど
今回新たにOTR を再構築するならこれくらい思い切った現代風なアレンジも
どうかな、って(w
ドロシーの心の闇、というのが(それを払拭するのが)話の肝になると
思うんだけど、どうかな? 裕福な家庭に生まれ育ったお嬢さんが
虹を見たいって理由だけで戦地に来た。何故平穏な毎日に飽き足りなかった
のか? 彼女は努力を厭わないし周囲から好かれてるし言うほど不器用でも
運動音痴でもない、なによりカワイイ。正直これだけで人生の勝ち組なのに
彼女はどこかで心の不安に怯えている。氏は既に発表されているSSの一節で
このように解釈されている。
>「本当は器用なんだと思います。
> 何ていうか、自分が何を出来るのか、わかってないだけみたい」
>続いてレイチェルも言う。
>「自分に自信がねーから、余計な心配ばっか抱え込んでるだよねぇ
私見でこれを拡大解釈するならドロシーは周囲から一方的に親切にされ
愛を与えられるだけの子供でいたくなかった。自分が何を出来るのか、
誰かに、何を、与えられるのか、守れるのか、伝えられるのか、
自分の最大性能を知りたかったのではないだろうか。恐らく自身でも
意識しない深層心理において。
受動的にではなく、能動的に、自分の人生とアクセスする為には
生きている実感、っていうか自信を獲得するしかない。そういった彼女の希望
が虹という気象現象に込められているような気がする、
そういう部分を氏は大切に暖めておいた方が良い、かもね。
235 :
通常の名無しさんの3倍:04/12/09 18:42:07 ID:8kJODQ6M
保守age
結局妄想小説スレか
オナニーなら他でやれ
久々に煽られた。嬉しいっす。
過去に荒らしによって疎開までしたスレなのに、
あまりに煽り荒らしが少なくて、もしかして
当時は本当にその場の勢いだけで荒らされてたのかなぁ
って不安になってましたよ。
ところで、『結局』のあたり、実はもの凄く期待してた?
妄想オナニー小説で始まったOTRが、
妄想オナニー小説以外になるワケないですよぅ。
2章は年明けにでも。
>>237 煽りに反応して数少ない意見書いてくれた
>>234を
スルーするのは良くないな。お兄さんがっかりだ。
ちゅきちゅき
保守
241 :
おまけ:05/01/14 00:59:38 ID:???
「オッサンよぉ…」
タバコを投げ捨てながら、男が呟く。
「何で俺ら、地球にいるんだろうなぁ」
オッサンと呼ばれた初老の男は、何も言わない。
ただ、車の下にもぐって、黙々と何かを調べている。
「なあ、オッサンよぉ…」
新しいタバコを取り出すため、
ポケットの中をゴソゴソとかき回しながら、男が言う。
「この戦争、負けと違うか?」
ようやくタバコを探り当て、火をつける。
煙が、スゥと空に吸い込まれていく。
オッサンは、車の下から出ようともせずに、
タバコを吸う無精ひげの男に話しかける。
「負けが決まるまでにゃあ、もうちっとかかるだろうがなぁ。
まあ、確実に負けだな。あと数ヶ月ももたんかもしれんなぁ。
にしても、ボンクラのお前さんにしちゃあ、随分と鋭いじゃねぇか。
一体どうしたぃ。誰かに知恵でも吹き込まれたかぃ」
無精ひげの男は、フンと鼻から息を漏らす。
否定とも肯定とも取れない。自分でもわかってはいない。
「ボンクラはボンクラなりに考えるんだよ。
オレだって気になる時はあるさ。
そんで『小説家』に聞いたんだよ。
この戦争は負けなんじゃないかってな。
『小説家』は何て言ったと思うよ」
視線はどこにも定まっていない。
薄ぼんやりと、地平線を眺めている。
初老の男に問いながらも、心はそこには無かった。
242 :
おまけ:05/01/14 01:00:38 ID:???
「小説家ってかぁ。
ヨハンの小僧はなかなか良いあだ名ぁつけるもんだな。
確かに眼鏡の坊やは賢いからな。
どうせお前はグダグダと戦況を語られたんだろ。
で、結論は公国の負けだった。
ところが、お前さんはその理由に納得がいかない。
そんな所か?ボウズ」
そう言うと、ガラガラと台車が車の下から出てきた。
「ほい、修理できたぜ。お前さんが車を壊すときは、
決まって面倒な壊れっかたをするからなぁ」
初老の男の表情はいくぶんか明るかったが、
その目はどこか寂しそうな輝きを宿していた。
無精ひげの男は、3本目のタバコに火をつける。
「おぅ、オレぁこれから3機もモビルスーツを整備せにゃならん。
ここいらで失礼するぜ」
帽子をかぶりなおし、工具箱を持ちながら、初老の男が言う。
無精ひげの男は、遠くを見ながら呟く。
「なぁ、オッサンよ。
俺は正直言って、この戦争は勝っても負けてもどっちでもいいんだ。
だけどな、あのお嬢ちゃん達だけは、無事に家に帰したいんだよ。
これって、変な考え方なのかね」
初老の男はそれを聞き、たった一言だけ答えた。
「男なら当然だろう」
「そうだな。そりゃそうだよな」
無精ひげの男は、タバコを投げ捨て、踏みつけた。
次なる戦場へ向かうため。彼の戦争を続けるために。
ジャブロー。
我が地球連邦軍最大最強の拠点にして、
あの忌まわしい戦争で酷く傷つきながらも、
なおその威容を維持し続ける鉄壁の要塞。
そしておそらく、私の人生の終焉の地になるであろう墓所。
カビの臭いが鼻をつく。溝鼠どもが小うるさい。
いつもと何らかわる事のない環境。文字通りの牢獄。
私はいつまでここにいなければならないのであろう。
何も変わらない。ただいつも通りなのだ。そう思っていた。
そう、思い込んでいた。何年も。
「面会だ。出ろ」
牢獄の監視員が私に声を掛ける。
そんな話を何も聞かされていない私は、正直面食らった。
私に面会?あの戦争で、私にはもう誰一人身内は残っていない。
仲間もことごとく戦死したはずだ。
「面会?何かの間違いじゃないのか。
俺の隣の男は、10人の家族が故郷で帰りを待っているらしいぞ」
「その男が虚言癖を持っているのは、貴様とて知っているだろう。
つべこべ言わずに来るんだな。大佐がお待ちかねだ」
「大佐…だと?だとしたら、尚更人違いじゃないか。
私にはそんな高階級の知り合いなぞいない」
監視員は鼻息をひとつ鳴らした後、哀れみの視線で私をねめつけてから言った。
「そんな事、俺が知るかよ。長い牢獄生活で脳みそが腐ったのかい。
いいか、よく聞け。俺は軍人だ。
いくら脳みそが腐ったからといって、アンタだって軍人だ。
軍人の仕事とは何だ!戦争をする事!?否!
殺し合いをする事!?断じて否!!
我々の職務とは、ただひたすらに上官の命令を守る事だ!
思い出したか、この狗ッコロが!」
そう言うと、監視員は私を殴りつけていた。
もんどりうって倒れる私を無理やり立たせて、彼は引きずっていく。
そうだ。思い出した。いつだって俺達は『狗』だったんだな。
「ふん、遅かったじゃないか。どこで道草を食っていたのかね。
いや失敬。『狗』が草を食うわけがなかったな」
顔を腫らしながら大佐の部屋につれてこられた私の目の前で、
無礼が軍服を着たかのような男が何かしゃべっていた。
フレーズの意味が理解できない。
おそらく糞ったれのアジアの言いまわしか何かだろう。
それとも何かジョークの一種なのだろうか。
部屋を見渡してみる。中央には大佐が、その脇に二人。
赤ら顔の男に、貧相ながらも抜け目がなさそうな男。
大佐?何か違和感を覚える。
それよりも、あの後ろに控えた貧相な男。あれもどこかで…
「ようこそ『フォックスファング』君。私がリヒオン大佐だ。当然君とは初対面だな。
面食らっているようだな。それはそうだ。こんな訳のわからない状況では、
仮に私が君の立場であっても困惑するだろうからな。
戦犯の君がだ。ある日突然面会を求められてだ。
強制的に連れてこられた先には、なるほど聡明そうな人物が待ち構えている。
これは謎だ。実に謎だ。そうは思わないだろかね、『フォックスファング』君。
それとも本名で呼ぼうか?
元連邦軍独立追撃部隊『猟犬中隊』所属のマイケル・グッドスピード中尉どの」
陰鬱な声で、よくもまあしゃべる男だ。
連邦軍の上層部は、この手の男で溢れているのだろうか。
そんな事もあるまい。
あの戦争の頃は、もっと立派な将校だっていたはずだ。
皆が皆、戦死した訳でもあるまいにな。
「いえ、結構です。大佐。
我々『狗』には、与えられたコードで充分です。
それゆえに、我々は『狗』だったのですから」
随分と久々に、人と会話をしたように思う。
いや、これは会話と呼べる部類ではないか。
「ふん、ずいぶんと殊勝な態度をとるじゃないか。狂犬とも思えんな。
本当に君は、血みどろマイケルなのかね。
そもそも君は、何故に私が面会を求めたかも理解できていなかろう。
5年も世間から隔絶されていたのだからな。何一つ理解すらできていない。
いいか良く聞きたまえ、『フォックスファング』君。私は君を救いに来たのだよ」
救うだと。この私を?この、泥に塗れた薄汚い『狗』をか?
この男、何を考えている。大佐・・・大佐か・・・?
そうか、道理で違和感を持つ訳だ。
「大佐殿。たしかに私は世の流れを理解できているとは思っておりません。
それを承知で一つ確認しておきたい事があります。
あなたは何ゆえ、連邦軍大佐の軍服を着ないのですか。
その奇異な軍服は一体何の冗談ですか」
その問いに対し、大佐は大いに笑い、そしてこう言った。
「そうだ。それこそが君が何一つ理解できていない証拠なのだよ。
結論から言おう。『フォックスファング』
我々ティターンズは、君の身柄を確保する。
その上で君から聞かなければならない事がある。拒否権は、無い」
いつだって『狗』に対する運命は過酷なのであろう。
しかし疑問は尽きない。この男は何を言っているのだ。
ティターンズ?
私から聞かなければならない事?
私が理解していないのではない。
理解する機会すら与えられていないのだ。
「大佐殿、質問は許されますか」
「ん、1時間後に我々はオーガスタへと向かう。それに間に合う程度の質問ならばな」
「ならば、質問は3つ。まず1つ目、ティターンズとは一体何の事でしょうか。
2つ目、私には大佐殿に話すような事は無いと思われます。一体何の目的ですか。
3つ目、何故にオーガスタへ向かうのですか。話すだけならばここでも充分でしょう」
「ふむ、胡乱な訳でもなさそうだな。安心したぞ。
5年も牢獄にいたのでは満足に会話するのも難しいと思っていたからな。
では、できうる限りの質問に答えよう。
まず1つ目、これはそのうちわかるだろう。君もティターンズに入隊するのだ。
2つ目、君はあの戦争について我々に語らなければならない事がある。
憶えているだろう。忘れたとは言わせんぞ。
『漆黒の戦乙女』
彼女について聞かなければならないのだ。
あの日あの時、我々の最新鋭MSを13機も撃破した魔女。
君等『狂犬』どもが『ガンダム頭』を強奪してまで追撃した化け物。
あれは一体何だったのだ?噂通りのニュータイプだったのか?
それともただの小娘か?薬物?人体実験?何をすれば人間はああなれる?
そんな化け物を、『ガンダム頭』すら破壊された貴様等がどうやって仕留めた?
任務に忠実であるが故に生かされた君等『狂犬』が、戦闘後何ゆえ任務を放棄した?
我々にはニュータイプが大量に必要なのだ!人造だろうが強化だろうが何だっていい!
どんな小さなヒントでもいい!この星の覇権を握り、薄汚い宇宙人どもを駆逐する為に!
オーガスタ!ムラサメ!ありとあらゆる所で量産しなければならんのだ!
なあ『フォックスファング』、なあ『血みどろマイケル』、なあ『味方殺しのマイケル』、
猟犬中隊の面汚しさん。問いたいのはこちらなのだ。
マイケル・グッドスピード!貴様は一体何をした?あの化け物の死体はどこにある?
貴様は、語らなければならないのだ!」
大佐の妄言を、私は自然、聞き流し始めた。
そうか、私はまた語らなければならないのか。
あの戦争を。
あの出来事を。
あの物語を。
ああ、あの虹は今でもあの地を彩っているだろうか。
OTR 2章 開始
>>234 レイチェルブチギレシナリオの為だけに、軍属にしました。ウソです。
>逆にNGO組織構成員を守るため仕方が無く軍属として扱うことになる
(戦地で軍人以外が軍務につくとゲリラ扱いになる為、条約が適用されず
捕虜にもなれない、とか)
というイメージの方が近いかもしれませんね。現場では。
ロジャーの兄貴のキャラがイマイチなのが自分で失敗したなと思います。
オッサン連中の活躍の場が無いのも失敗したかな、と。
次の次ではヨハン、カール、ディビットが合流するんで、もう少し男臭くなるかなと。
グレイスも合流しちゃうんですけどね。
ドロシーのキャラは、今のところはウジウジした娘です。アム子さんみたいな感じです。
泥沼の戦闘が始まってから、また少し成長するんじゃないかなと思います。
『虹』は、たんなる憧れから、少しだけ意味が変わっていくんじゃないかと。
ベアード大尉
隻眼の戦車乗り。過去に戦闘によって右目を失っている。
生粋の戦車乗りであり、今の時代に生まれた事を呪っている。
61式戦車にて奮戦するも、MSには敵わない事を理解している。
戦車がMSに勝てないのではなく、戦車の能力をMSに
対応させてもらえなかった事に対して、強い憤りをおぼえている。
実験部隊に配置転換され、RX―75ガンタンクへと乗車する事に・・・
「誰が最前線になど出たがるものか。俺の好きな場所は、いつだって後方だ。
バックベアードと呼ぶなら勝手に呼べ」
カールグスタフ・ノーラ・リヒオン大佐
連邦軍情報部に所属し、地球連邦の裏の歴史を抹殺していく。
年齢不詳の精悍な顔立ち。皺が深く刻まれた面持ち。禿頭。
60歳以上の老人にも見え、30半ばの精悍な人物にも見える。
彼の考える正義とは、『歴史が後に定義づける、くだらないもの』
「私は不意に訪れて、不意に居なくなるだけの存在だ。
それを『連邦軍を影で操る人物』などと勝手に決め付けて見るから、
私そのものの判断を見誤る事になるのだ。わかるかね」
グレイ・ラットマン大尉
リヒオン大佐の指揮下で、歴史を闇に葬り去る人物。中庸こそが正義だと言い放つ。
連邦軍への忠誠も無く、ジオニズムへの傾倒も無い。生きるに、地上はあまりに狭く、宇宙はあまりに広い。
宇宙を『上』と呼称し、忌み嫌っている。
名前は偽名であり、情報部にグレイ・ラットマンは無数に存在する。
信条は「寄らば大樹の陰」だが、権力闘争に明け暮れるのではなく、
単にその方が楽であると考えているから。
マイケルに『ガンダム頭』を譲渡した張本人。
「実に単純な話ですよ。『漆黒の戦乙女』、彼女と彼女の駆る機体を捕獲して貰いたいのです。
無論、生死は問いません。出来れば生きていた方が良いのですが。
これは、その為の武器というわけです」
シュノバン中尉
リヒオン大佐の指揮下にいる人物。
典型的なコーカソイド系の顔立ちだが、
常に酒焼けしたような、赤ら顔をしている。
額が大きく盛り上がり、まるでコブのようになっている。
凡庸を絵に描いたような人物。
しかし、彼とてもリヒオン大佐に絶対的な忠誠心を持っている訳ではない。
彼の考える正義とは、『絶対的な支配者が決めるもの』
「大佐に必要なのは、自分の思い通りに動く手であり足である。
勝手に動く脳など、必要とはしていないのではないか」
GJ!職人さん乙カレー!
保守
保守
253 :
通常の名無しさんの3倍:05/02/21 16:47:48 ID:DLZq0fhp
hosyu
254 :
通常の名無しさんの3倍:05/03/02 16:03:09 ID:hVv9wYRR
保守
保守の人、ありがとう
保守
保守
☆ チン マチクタビレタ〜
マチクタビレタ〜
☆ チン 〃 ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ___\(\・∀・) < 職人さん マダー?
\_/⊂ ⊂_ ) \_____________
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| .慈恩みかん. |/