>>288 ガルマとカクテルを酌み交わし、談笑していた所にラーミカが近づくと、「お久しぶりですね、覚えてらっ
しゃいますか?」と話しかけたようだ。シャアにしてみれば、「キャスバル」として過ごしたジオンでの生活
や「エドワウ」として過ごした地球での生活もあるので、当然自分は覚えてなくても、そういった過去の知故
が近寄ってくるリスクは知っていたし、士官学校入学後に今までも何度かそういった場面をやり過ごして
きたので、今回のラーミカの会話にそれほど危機感を覚えることは無いと、ドライマティーニを啜りながら
聞き流していた。
「…で、御家族はあれからお元気ですか?お兄様と妹さんは…」ラーミカが何気なく話そうとしたフレーズ
にシャアはグラスを危うく取り落としそうになった。なぜなら、あらゆる公式記録にすら残されておらず
(U.C.107年当時)、実妹アルテイシアすら覚えていないシャアの「兄」の事を彼女が知っていたからだ。
彼自身、身の危険を省みずあるつてを使ってジオン公国士官学校に入学し、ガルマに「親友然として」
近づいたのも、自分の理想を追求するために実父の『毒殺』を実行した、腹違いの兄に復讐をする機会を
探るためでもあったからだ。
その男の名はギレン。父ジオン・ズム・ダイクンが愛妾に産ませた子で、シャアが8歳の頃に母共々デギン
の下へ行った異母兄だ(当時片腕だったデギン・ソド・ザビに愛妾を下げ渡したのと噂はある)。ダイクンは、
当初ギレンに多大な期待をかけており、自分の後継者として思想や経済などの表の事から『闇社会』の事
まである種帝王学のように実地で教え込んでいたという。しかし、地球での留学後、選民思想に共感した彼
は、ダイクンの思想では『地球圏からの独立を図った暁にはジオンは消滅する』と感じ、デギンを唆して母を
寝取らせダイクンの下を出奔、デギンの実子として戸籍を操作しザビ家の長子に納まっていたのだ。
(サスロ・ザビ爆殺の遠因も、その出自を知るサスロが邪魔になったからか?)
シャアは、深酔いして二人の事を茶化すガルマを誤魔化してラーミカを隅の暗がりに引っ張っていった。
「シャア先輩、そんなに強く引っ張るなんて痛いじゃないですか…」と抗議しようとした彼女の口を手で塞ぐと
「この事は誰にも言ってはいけない。もし知らない者に訊かれても誤魔化すんだ、死にたくなければ」と耳元
で囁いた。士官学校の先輩として見せた事の無い、冷酷なシャアの物言いに、ラーミカも自分が話し掛けた
事の重大さを悟って真っ青になったという。
エレカーで事故を起こしたと聞いた時ラーミカが動揺したのも、シャアが絶えず暗殺者に付狙われており、
その命令者がギレンであろうと気付いたからだった。