リリーナ萌えっているんですかね?

このエントリーをはてなブックマークに追加
488名無し@おひつじ座

「月陰」


 天窓から明かりがこぼれ落ちていた。
 部屋にはロフトが付いており、天井にある斜めの窓は月明かりをよく誘い込む。
 彼が端末のキィを叩く、微かな音だけが響いている。
 月光というよりは、その明かりが作り出す陰りのほうが、より似合う人だ。
 ベッドの中から彼女が横顔を見つめていても、こちらを振り向こうとはしない。あき
らめを知らない視線に、彼が呆れるのを待っていたのだが。……鋭いまなざしが、仕方
なくデスクを離れる瞬間を。
 だがこの程度の誘いに動じてくれる男ではなかった、そういえば。
(長期戦だわ。ヒイロの相手は、いつも)
 長期戦。あるいは一瞬で息の根を止められるかだ。
 リリーナは、暖かいブランケットに素肌を包まれながら、月明かりを映す瞳をようやく
閉じた。二人きりの室内は、とても気持ちが良かった。
 戦いが長引くだけなら、彼女は一向にかまわないのだ。
 ちょうど、自分の命を彼に左右されても、全くかまわないように。
 ヒイロに一瞬で殺されようと、永遠に守られようと。――どちらもその瞬間、彼女自身が
望んでやまないことには違いない。
「……バスルームを借ります」
 ささやきで告げて、ブランケットの上にあるシーツを、白い胸にたぐり寄せた。
 一時撤退だ。
 ヒイロは反応しない。承知した、ということだろう。
 月陰とパネルの電子的なライトに浮き沈む、元ガンダムパイロットの端正な横顔は、
彫刻のような唇でどこか意図的な沈黙を保ったままだった。
489名無し@おひつじ座:03/11/07 13:45 ID:???

 リリーナは吐息を飲み込んだ。
 静かにベッドから降りると、素足のままバスルームへ向かい、扉を後ろ手に閉じた。
 ……実は彼女も悪いのだ。
 甘えるタイミングを、今夜は何度も逃がしてしまっていた。
「……素直にかまってもらえば良かったでしょう、リリーナ・ドーリアン」
 熱いシャワーのコックをひねり、身体を抱きしめながら、ようやく本音をつぶやいた。
 湯気にかすむ瞳は寂しげではなく。
 明らかに、美しく怒っていた。



 ヒイロ・ユイは、椅子をきしませた。
 彼女がバスルームに消えた時間が何時何分だったか、正確に記憶している。
 40分が経過したが、壁際のベッドはカラのままだ。
 眉をひそめ、端末の電源を切った。部屋の中が、薄青い月明かりだけになる。
 ――リリーナの視線には、無論ずっと気づいていた。本人は決して信じないだろうが、
逆らう義務がある男にとっては、ときに残酷なほど効果的な誘惑だ。
 ヒイロは、溜め息を殺した。
 感情の制御をしくじることはない。いま終えたのは今夜中に片づけておくべき仕事だった。
 多忙すぎる外務次官を、明日一日はここへとどめておくために。……自分がその目的を
自然に遂行している事が、彼をひそかに戸惑わせていた。
 沈黙を貫いたのは、そのためだ。
(……リリーナ)
 遠くから彼女を守る。他には何も望まない――。
 そんな型どおりの戒めは、相手の眩しい意志の前に、とうに通用しなくなって久しい。
490名無し@おひつじ座:03/11/07 13:45 ID:???

「………」
 ヒイロは月陰を映す瞳を、手の平へと伏せた。
 二人とも、すでに子供ではない。かつて自ら戒めを破り、彼女を腕に抱いた。
 それから幾晩も。
 そして、今夜も。
 認めないわけにはいかない。……その充足は、彼にどうしても必要なものだ。
 ダークブラウンの髪を傾け、立ち上がろうとしかけたとき、バスルームの扉が開いた。



 淡い闇の中に、ヒイロが座っていた。
 今にも立ち上がりそうな姿勢でこちらを向いていたので、リリーナは驚いた。相手も
無言で驚いている。背後のパネルにはライトが灯っていない。
 もう終わったのかしら……?
 そう疑問に思ったが、口には出さなかった。かわりに濡れた裸にバスタオルを巻きつ
けただけの格好で、彼の膝元へ歩いていった。
 そんな真似はしたことがない。見苦しいという危惧もあるからだ。
 ヒイロも普段なら、表情を変えず目をそらすような場面だった。
 だが今夜は二人とも違っていた。
 彼女が膝に寄りかかると、ちょうど月と地球が引かれ合うように、唇を重ね合わせた。
 顔を傾けて、どちらからともなく熱い舌を割り込ませる。
 思わず喉の奥で、快楽のかすかな呻きが響いた。
 リリーナは腰を抱かれて逃げられない。そのヒイロの腕に、湿ったバスタオルが落ちた。
 彼女の身体の前面が、彼の目の前にさらされる。
 やわらかな両胸と、その下の曲線が。
 やがてわずかに唇が離れ、至近から相手の瞳を見つめ合った。
「……あなたも一緒に入れば良かったのに」
 リリーナが、生真面目な声でささやいた。
 月明かりを映して、その瞳はいつもより更に深く、真っ直ぐで蒼い。
 ヒイロは黙ったまま、彼女のまぶたの上に唇を落とした。
 吐息のように静かに。……続いてこめかみの生え際にも。
491名無し@おひつじ座:03/11/07 13:47 ID:???

 リリーナはくすぐったくて笑った。そうして不意に挑むように、からかうように彼を見た。
「わたくし、とても怒っていたのよ、ヒイロ?」
「……知っている」
 彼が、ようやく声を発した。リリーナは首を振った。
「いいえ……わたくし自身に怒っていたのです。素直に、あなたの邪魔をすれば良かったわ」
 ヒイロは一瞬沈黙した後、群青の眼を伏せた。
 わからないほど微かに、彼が笑ったことに、リリーナは気づいていた。
 彼はつぶやいた。
「明日の仕事は終わらせておくべきだった。……カトルたちに迷惑がかかる」
「でも、黙っていたのはそれが理由ではないのでしょう?」
 リリーナは首をかしげた。濡れたライトブラウンの髪が、優雅に肩を流れた。
「この部屋へ着いてすぐは、……とても優しかったのに」
 つぶやきで付け足しながら、たわむれのように唇を重ねる。
 数時間前に彼に抱かれた記憶が蘇り、洗いたての頬が赤らんでいた。
 彼女の腰に回されたヒイロの腕にも、無意識らしい力がこもる。
 ――おそらく、またすぐにベッドへもつれ込むことになるだろう。
 だがその前に、リリーナはこの月陰のような男を、自分から抱きしめたかった。
「ヒイロ……」
 裸のまま、彼の耳に唇を寄せてささやく。
 それから告げられた言葉は、ただ一人しか知り得ない。……永遠に。



END