オリジナルSSを発表するスレ

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340通常の名無しさんの3倍
Last Envelop - GUNDAM 0087 -

  Capter 0

 マッセンは、コロニーと呼ばる人口の大地に独り、立っていた。
 数ヶ月前まで、ここには200万の営みがあった。
 しかし今は、沈黙の巨人の掌がコロニー全体を包み込み、圧迫感すら伴う静寂があたり
を支配している。
 生けるものの気配はない。
 マッセンのいる場所は、小高い丘の上に設けられた公園だった。かつては、そこから一
望できる住宅街の人々が、この公園で憩いの時を過ごしたのであろう。常緑樹の茂みを、
ややいびつな楕円状に散策路が囲い、一画には広いスペースが取られ、ブランコや滑り台
などの遊具が置かれている。
 しかし今は、子供たちの笑い声も、ベンチに座って語らう恋人たちの姿もない。
 無人のコロニー──そこは、死んだ街だった。
 不意に、頭上からモビルスーツがスラスターをふかす独特の音が聞こえた。見上げると、
GS型と呼ばれるGMが1機、降下してくる。
 その様子が、マッセンにはひどく無粋なものに見えた。静謐なる墓所を荒らし、死者の
眠りを妨げる侵入者に思えたのだ。それが、ある種の感傷に根ざす錯覚であることは承知
している。しかし、そう錯覚させるだけの重く、沈んだ空気がここには存在する。
 自分が何かに取り憑かれているような気がして、マッセンは振り払うよう二度三度と頭
を振った。
 その間にもGMは高度を下げ、ランディングの体勢に入る。
 やや、未熟な操作だった。スラスターを多用し、その加減もおぼつかなく姿勢が安定し
ない。それでもバランサーの補正範囲には収まっていたようで、ぎこちないながらも無事
に着地した。
 コクピットハッチが開き、パイロットが現れる。パイロットスーツを着てなお細身の身
体。バイザーを上げたヘッドギアから覗く顔は、まだ少女と言える幼さを残していた。
「少佐ぁ!」
 パイロットはコクピットから身を乗り出すと、マッセンの方に大きく手を振る。その仕
草も、どこか幼さを感じさせた。わずかな苦笑を浮かべながら、マッセンは軽く手を挙げ
て応えながらGMの足許に歩み寄る。と、勢いよく降りてきた昇降用ステップが、マッセ
ンのノーマルスーツのヘルメットに当たった。
「ごっ、ごめんなさいっ!」
 内心の動揺は存在したが、表面上の平静は保ったままマッセンはステップに足を掛け、
ワイヤーを強く引く。上昇するステップに身体を預けながらコクピットを見上げると、パ
イロットが半分泣きそうな顔で見下ろしていた。
「本当にスミマセン……」
「気にするな、チェン伍長」
 素っ気なく言いながら、マッセンはGMのコクピットに入る。そこには、やはり外の景
色が広がっていた。空中にシートだけが浮いている。
 GS型は一年戦争末期に生産されたGMだが、この機体は近代化改修を受け、全天周モ
ニタとリニアシートを備えていた。一般に改修機はR型と称されるが、コクピット周りの
インターフェイスのみ換装したこの機体は、スペック的には一年戦争当時のままであり、
制式にR型と呼ばれるための条件を満たしていなかった。こういった仕様の機体は、パイ
ロット養成校などの練習機によく見られる。
341通常の名無しさんの3倍:03/09/08 03:38 ID:???
 マッセンはリニアシートの後ろに回り込むと、そこに備え付けられた簡易シートに身体
を固定した。お世辞にも座り心地が良いとは言えない。
「よろしいですか、少佐」
「よし、行ってくれ」
 一瞬沈み込む感覚のあと、じわりと機体が持ち上がる。
 コロニー内における上昇は、単純な垂直加速ではない。コロニーの回転とは逆方向に加
速し、回転の慣性を殺しながら上昇する。よって、飛び立った場所がいつの間にか「頭上」
に来ているという奇妙な現象が生まれる。
「無人のコロニー、か」
 先刻まで自分が居た公園の辺りを頭上に見上げつつ、マッセンは呟いた。
「他の区画もざっと見てきましたけど、人影はありませんでした。本当に無人なんですね」
「そうか、掃除だけはしっかりやったわけだ」
「掃除?」
「……いや、なんでもない」
 曖昧な表情のチェンではあったが、そのまま沈黙した。
 やがて2人を乗せたGMはコロニーの中心部へと到達する。そこから見るコロニーの風
景はごくありふれたものだったが、どことなく荒涼とした印象を受けるのは「無人である」
という先入観からだろうか。
「少佐、どこか他に見るところはありますか?」
「いや、艦隊に合流しよう。寄り道させてすまなかったね」
「いえ、いい訓練になります。今はなるべく多くの時間、MSに乗りたいですから」
「訓練生だったね」
「はい、こんな半人前が少佐のお迎えなんかしちゃって、スミマセン。艦長の命令で……
私は遠慮したかったんですけど。あ、少佐のお迎えが嫌だとか、そういうわけじゃなくて
ですね! って、私、何言ってんだろ……」
 無礼と言えば無礼なのだが、そんなチェンの様子をマッセンは微笑ましく思った。
 そうしてる間に、機体は港湾ブロックへと入る。そして、いくつかのゲートを通過し最
終エアロックへ。本来であれば、非常時でもない限りコロニーへの出入りは煩雑な手続き
を必要とするが、管制ブースに人影はなく、素通りである。その代わり、全てのハッチを
マニュアルで開閉しなければならなかったが。
 コロニーの外に出ると、押し潰されそうな息苦しさから解放され、マッセンは微かに安
堵の吐息を漏らした。しかし、あのコロニーに起こった出来事を思うと、当分は暗鬱とし
た気持ちから逃れることはできそうにない。
「なんだか薄気味悪かったですね、少佐」
 事情を知らないチェンも、何かしら感じ取ったのだろう、そんな言葉を漏らした。
「ある意味、無人のコロニーに入るというのは貴重な経験かもしれんな」
「それにしても、なぜコロニーを無人のまま放置しておくんでしょう。なんか勿体ない気
がしますね」
 それには応えず、マッセンは遠ざかるコロニーを振り返る。
 コロニーは宇宙の光に包まれ、ただ静かに回り続けていた。

  to be continued...