「おかえりなさい、ウッソ。」
帰って来たウッソに、当たり前の様にねぎらいの言葉をかけるシャクティ。
平凡で当たり前に見える光景だが、その事にシャクティは幸せを感じていた。
もう戦わなくていいんだ、ずっとウッソと一緒にいられるんだという思いを、
毎日味わう事が出来るから。
「ただいま、シャクティ。今日も疲れたよ。」
「貯水池の方はどうなの?」
「ああ、もうすぐだよ。マーベットさんも頑張ってるんだから、本格的に冬が
来る前に、出来る事はやっておかなくちゃ。」
ウッソは最近、V2に乗って土木作業をしている。マーベットの提案で、カサ
レリア周辺を本格的な農場・牧場として開発する事になった。その準備の為だ。
マーベットは最近、援助を得る為の交渉や、カサレリア住民の正式な地球居
住権の取得の為に、ウーイッグの連邦政庁の担当者と交渉を重ねている。難民
キャンプを早く閉鎖する為に、難民の働き口を増やしたいというウーイッグ政
庁の思惑がある為か、交渉は上手く行っているらしい。
「……。」
「どうしたの、シャクティ?」
「ううん、何でもない。ご飯にする?」
「いや、先に風呂に入るよ。」
ウッソがV2に乗る、その事が、シャクティは不満だった。いや、不安と言っ
た方が正しいかもしれない。モビルスーツがウッソを遠い所、自分の手の届か
ない所に連れて行ってしまうのではないか。そんな思いが、時々頭の中をよぎ
るのだ。
(そんな事はない。ウッソはずっと私と一緒にいてくれるって、約束してくれ
たじゃない。)
シャクティは最近、そう自分に言い聞かせる日々が続いている。
「……そうだ。ウッソ、背中流してあげる。」
不安を打ち消す為だ。ウッソの温もりを、ウッソの存在を感じたい。そうす
れば、こんな思いをしなくても済むんだ。
「い、いいよシャクティ、そんな事しなくても。」
「遠慮しなくていいわ。カルルはもう寝ちゃってるし、お風呂で疲れを取るお
手伝いをさせて、ウッソ。」
突拍子のない提案に、狼狽するウッソ。しかしこんな展開になると、ウッソ
はいつもシャクティに押し切られてしまう。今回もそうだった。
351 :
生きる決意3/9:03/09/01 23:50 ID:v1W5SkqB
大きなタオルで体を包んだシャクティは、湯気で上気したウッソの背中を、
石鹸を付けたタオルで擦ってゆく。力任せにではなく、優しく。ウッソの体の
中の疲労を、誘い出す様に。
農作業と羊の世話でさらに逞しくなったウッソの背中を見ているいる内に、
シャクティは今迄とは別の不安に囚われていく。
ウッソがどんどん大人になって行く。自分より遥かに速く。戦争が終わった
頃には二人の背はそれ程違わなかったのに、あれから2年経った今では、ウッ
ソの瞳を見る為に意識して顔を見上げなければならない程だ。
ウッソが遠い存在になってしまう。
ウッソの方が歳上だし、男だ。それに、背の高かったハンゲルグとミューラ
の息子なのだ。シャクティの方が背が低くてもおかしくはない。しかしそう思
う事もなく、自分の心の中に生まれた二つめの不安が大きくなっていく事に、
シャクティ戸惑うしかなかった。
「もういいよ、シャクティ。ありが……。」
ウッソが感謝の言葉を終える前に、シャクティはウッソの背中を抱きしめて
いた。涙を流しながら。
「どうしたの、シャクティ? 何が、悲しいの?」
顔を後ろに向けてウッソが声を掛けても、シャクティは泣きながらウッソの
背中を強く抱きしめ続ける事をやめようとはしなかった。
もう一度声を掛けようとしたその時、顔を上げたシャクティの瞳が見えた。
涙と悲しみに溢れた瞳が。
「ウッソ……。どこにも行かないよね、どこにも行かないよね。」
「何言ってるの。僕がシャクティを置いてどこかに行くなんて事、するわけな
いだろ。どうしてそんな事を言うんだよ。」
「だって、ウッソはどんどん大人になっていくんだもの。V2がまた、命が散っ
ていく場所に、ウッソを連れて行ってしまいそうなんだもの。」
軽い落胆を感じた後、ウッソの心の中が幸福感で満たされていった。その幸
福感の源である目の前の少女を悲しみから解き放つ為、体をシャクティの方に
向けて、ウッソは声を掛ける。
「大丈夫だよ、シャクティ。今迄何度も言ったろ、ずっと二人でいようって。」
「でも、でも……。」
今度はウッソが、シャクティの言葉を遮った。唇で。それはまるで、成長の
階段を登り続ける少年の心に満ちている幸福感を、不安に怯える少女に口移し
で分け与えている様に見えた。
互いの唇が重なり合っている時間が、とてつもなく長く感じられる。ウッソ
にも、シャクティにも。
「これでも、そう思う?」
幸せを移し終えたウッソが、確かめる様に言う。その後、幸せの花の咲いた
シャクティの顔を、ウッソは見る事が出来た。
不意にシャクティの腕が、ウッソの体に回りつく。
「ウッソ、ウッソ……。」
その声には、先程までの悲しみは無い。今のシャクティ声は、幸せを放つ為
だけに生まれた楽器の、美しい音色の様だ。
「ほら、もう泣かないで、シャクティ。」
ウッソの言葉の後、少し間をおいてシャクティが言う。体を包んでいたタオ
ルを剥ぎ取りながら。
「抱いて、ウッソ。もっと幸せになりたい。もっとウッソの心の近くにいたい。
だから……。」
再び、唇が重なる。しかし、先程とは違う。一つの幸せを分け合う為ではな
く、二つの幸せを重ね合い、高め合う為だ。柔らかく可愛らしいシャクティの
唇の感触すら、ウッソには掛け替えの無い大切な物に感じられる。
長い、長い時が経った。か細い糸を引いて、繋がった二つの幸せが離れてゆ
く。だがウッソの唇は、すぐさま幸せの別の場所へと向かっていた。
「シャクティ、胸、大きくなったね。」
「そ、そんな事……。」
「シャクティも、ちゃんと大人になっていくんだ。僕だけが、遠い所へ行って
しまうなんて事ないよ。二人で行くんだ、これからも、ずっと。」
「ああ、ウッソ……。」
右の胸から広がるウッソへの思いが、シャクティの体を満たしていく。その
始まりは肉体としての心地よさではあるが、それだけでは体の隅々まで幸福感
が広がる事は無い。今迄のウッソが、目の前のウッソが、これからのウッソが、
シャクティの体の中を、余す所無く幸せ一色で染めていくのだ。
新たな脈動が、左の胸に感じられた。ウッソの掌から生まれて来る、脈動。
それは時に優しく、時に力強く、シャクティの体の内側を耕す。
「あぁ、いい、ウッソ。」
幸せの楽器が鳴らすファンファーレに、ウッソは次へ進む事を決意した。
ウッソの掌が、シャクティのお腹をそよ風の様に優しく撫でて行った後、腿
へと辿り着く。シャクティの腿の外側を、そして内側をウッソは撫で続けた。
太腿とは呼べないが、命の強さを感じさせるシャクティの足。その自然を感じ
取る事の出来る足の感覚を、ウッソは楽しんでいた。
「あ、意地悪、早く……。」
掌がお尻へと移った時、聞こえた。
その歌声に誘われて、ウッソの唇が下へと移ってゆく。掌の時と同じ様に、
ゆっくりと。
生え始めた茂みを越えた後、ウッソの瞳は、シャクティの命の花を見つめて
いた。シャクティの内側に最も近い所に咲いた、一輪の命の花。ヤナギランを
思わせるそれに、口付けをする。
「っ……。」
一瞬、シャクティの体が縮まる。それを確かめた後、ウッソはシャクティの
蜜を味わう為に、舌で花びらを舐めあげた。
シャクティの歌声が響く。その歌声を途切れさせない為に、ウッソはさらに
命の花に口付けをし、舌で花の蕾を愛した。
「ウッソ、ウッソ。」
命の花の最上部にある蕾を愛する度に、シャクティは喜びの歌を歌う。それ
がウッソには嬉しかった。
(生きているんだ、僕達。)
そう、生きている。死へと旅立った多くの魂の為にも、行き続けて行かなけ
ればならない。いつかはオリファーとマーベットの様に、未来へ新しい生命を
残さなければならないのだ。シャクティと一緒に。
そう思ったウッソは、シャクティと一つになる事を決意した。準備は出来て
いる。
命の花の蜜を味わう事をやめたウッソは、体を上げた。仰向けになったシャ
クティが、眼下にいる。
「来て、ウッソ……。」
シャクティも求めた。
「行くよ、シャクティ。」
右手を添えられた高まりが、シャクティの中へと入っていく。心地良い思い
が、ウッソを包んだ。その思いをさらに増幅させる為、可能な限りシャクティ
の体に自分の体を触れ合わせた。唇も、胸も、掌も。
ウッソが体を動かす度に、シャクティの体と触れ合った部分から、暖かさが
生まれてくる。特に、シャクティの右の掌と組み合った左手から、それは強く
感じられた。二人の純粋な思いが、そこから通じ合うから。
「あぁ、好き、好きよウッソ、大好きよ。」
「僕もだ、シャクティ。」
「ウッソ!」
シャクティがウッソの名を叫んだ瞬間、二人共、幸せの絶頂を迎えた。その
時お互いの頭の中には、目の前にいる愛する者への思いしかなかった。
心地よい余韻の中、シャクティは組み合わされた右の掌を振り解き、両手で
ウッソの体を包み込んだ。
「ウッソ、二人で生きて行きましょう、ずっと。」
「ああ。」
家の外では、二人の決意を祝福するかの様に、深まった秋空の中で星々が瞬
いていた。
−完−