3 『 櫻の木の下には 』 アムロ・レヰ
身も凍るような気温である。吐き出す息が瞬時に真白な塊に変化していく。
月もその骨のように真っ白な光で、大地を冷やしている。雪が音もなく、少女の吐息のようにそっと降りそそいでいる。
救いというものが存在しない、まるでシベリアか何処かのように、寒く辛い夜だった。誰もが息を殺して朝を待つようなそんな夜のことだ。
雪に埋もれたただっぴろい平原に二人の男がいた。あたりには何もない。見渡す限りの地平線だ。
そこに存在しているのは彼らだけだった。
ほかには、うんざりするほど積もった雪、それと、もう動かなくなった機械人形が、雪に埋もれたままで放置されていた。それだけだ。
動くものは他にない。
いや、そこには男たちのほかにもう一つだけあるものが在った。
櫻だ。
雪に埋もれるようにして、鮮やかに咲き誇った枝垂櫻が、いまが満開といった感に咲いていた。
それは、この凍るような世界の中であきらかに異彩を放っていた。
そして、あたかも呼吸をしているように、時折枝を揺らしていた。紅く、美しい櫻だ。樹齢は百年をゆうに超えているだろう。
男達は櫻のたもとに座って、酒を飲んでいた。名は、SとAという。Sのほうがやや年上だろうか。整った顔立ちをしている。
額には一筋の傷があるが、それは彼の顔を醜くしているというよりは、男の過去にあったであろう出来事を推測させるようなものだった。
Aのほうは、それに比べるとやや幼く、赤茶色の癖のある髪で、ややSより色が濃い。その瞳は、湖の水面のように深い哀しさを感じさせた。
二人は、一言も発することなく、ただ黙って酒を飲んでいる。ワインなどではない。
やや白く濁った、けれど、どこか透き通っている、そんな独特の酒を彼らは黙々と飲んでいた。雪は、彼らのところだけには降っていなかった。
時折、Aのほうが何やら独り言をいっていたが、Sは顔をあげなかった。二人は櫻の下に置かれたオブジェのようにみえた。
どれくらい時間が経ったのだろう。Sがゆっくりと顔をあげた。Aは、もう何本目かわからない酒を飲んでいるところだった。
―――「櫻の木の下のは屍体が埋まってゐる」と、Sはゆっくりといった
Aは、それを聞いて、当然だといわんばかりに頷いた。Sは表情を変えずにぽつりと、「掘ろう」と、言った。