中国起源の意外なものの数々

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1
ここ1年間図書館通いして調べた中国起源の意外なものを紹介します。
2:03/06/09 11:37 ID:Sq1+XiZp
ガンダムとは?
 
古代中国雲南省奥地で密かに開発された白兵戦用拳法、それが「岩打無拳」(がんだむけん)である。
 岩をも、打撃により無にしてしまうほどの破壊力をもったこの拳を会得した物は、 常に劣勢の軍につき奇跡と呼ばれた逆転劇に貢献した。 この拳法を極めた者たちを人々は鬼の道を歩む戦士と言う意味をこめ、 「鬼道戦士」(きどうせんし)と呼んだ。
 岩打無拳は、後に改良が進み 「是蛇岩打無拳」(ぜーたがんだむけん)、 「打武琉是蛇岩打無拳」(だぶるぜーたがんだむけん) 「毘駆斗李岩打無拳」(びくとりーがんだむけん)等の派生拳を登場させたが、 いずれも本家岩打無拳を上回るものでは無かったと言われる。



民明書房刊『鬼道戦士! 岩打無』より
初版発行1999年3月20日

3通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:38 ID:???
ラーメンとかチャーハンとかか?
4通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:39 ID:???
魁!男塾懐かしいな
5通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:39 ID:???
微妙ですが貼って下さい
6通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:39 ID:???
うーん。民明スレとしてはイマイチかなあ。
なにより>>1のネタが笑えないと言うのが大きい。
良スレになる可能性は秘めていると思うけど。
7通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:40 ID:???
・・・。
8通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:40 ID:???
・・・・。
9通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:41 ID:???
このスレをいかにして良スレに変えていくかが今後の課題だな
ネタ職人さん来ないかな
10通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:42 ID:???
まさか一年かけてこれだけとか言わんよなあ?

>>1-2さんよぉ
11ミナト:03/06/09 11:43 ID:???
大塚ギチ
オサレサイコの基地外

民明書房刊「G20」
121:03/06/09 11:43 ID:Sq1+XiZp
ペプシコーラとは?
 
電気も電話も無いその昔、中国では、政治、経済、等の情報伝達手段として、主に人による伝達が用いられていた。
情報の重要度により、その伝達師がランク分けされ、特急レベルの情報伝達師になれれば、生涯の生活が保証され、人々の憧れであった。
 雲南省奥地にもやはり、この特急伝達師に憧れる若者がいた。彼の名前は北 風姿(ペィプゥシ)。
彼は、特急伝達師になるべく全身を銀粉で塗り、皮膚呼吸を徹底的に低下させ、ひたすら走り続けるという無謀な訓練を繰り返していた。
日々の訓練により、彼は常識を超えた肺活量を身につけ、吐く息の二酸化炭素量は、常人の5倍とも10倍とも言われていた。彼は、毎日の訓練を終えると、江羅池(コゥライコ)に浸かり、銀粉を落していた。
江羅池は、北氏によって吐き出される二酸化炭素が溶け込み、やがて炭酸泉に変化していった。特訓の甲斐あり、彼は念願叶い特急伝達師になって、72歳でその生涯をとじた。
 北氏の遺言により遺骨は、江羅池に散骨された。彼の骨が撒かれた瞬間、池の色は褐色になり、その池の水を飲んだ物は、異常な程の爽快感に満たされたといわれる。
村人は、これを「北の奇跡」と称し、池の名前も「北 風姿 江羅池」(ペィプゥシ コゥラコ)と改め、特急伝令師 北氏を崇めたといわれる。
 やがて江羅池の水は、中国全土に広まり、清王朝崩壊後、アメリカに渡り、ペプシコーラとして販売された。

 現在「ペプシマン」と呼ばれる、全身銀色のキャラクターは、北氏の修行中の姿であることは言うまでもない。


民明書房刊『清涼飲料水の歴史』より
初版発行1999年5月1日

13通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:44 ID:???
スレタイと>>1-2が非常にイマイチ。
14通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:45 ID:???
>>12
いきなりガンダムと関係無いじゃねえか。
死ね。
15通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:45 ID:???
sageでひっそりやってくれ・・・
16通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:46 ID:???
・・・・・。
17通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:47 ID:???
さむ。
18通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:48 ID:???
基本的に笑いを誘うはずの民明書房ネタなんだが、奇しくも全然面白く無いな?
19通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:49 ID:Sq1+XiZp
鍛歩朋
「知 瓶婆」「黒 江彩」「華 王倫」の三者は、お互いを鍛え合い共に歩んできた
同朋であったため、その絶妙な調和は必然であり、他を大きく凌駕していた。
魅了される人々は多く、彼らの関係から「鍛歩朋」として広く慕われていた。
(注釈:その奥義名から「短放砲」とする記述もある。 別献「集団戦術の歴史」参考)
後に「黒 江彩」は自らの将来に疑問を抱き、手礼都を去ることになった。
別説に『深夜、過酷な修行のしすぎで腰痛になり破門を免れなかった』
とする言い伝えもあるが定かではない。
そのこともあってか、間もなく彼らの活躍は衰退したかのょぅ(こみ之T=。
ι力丶ιTょか~ら■●■●■●■●■●■●■●■●■●・・・・・・・・
---------------------------------------------------------------------
謝辞:保存状態の悪い古文書のため、この後の記述について解読不能であったことを
    この場を借りて御詫び致します。ご了承ください。
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民明書房刊 「鍛歩朋の暇乞い〜栄枯盛衰〜」より

20通常加藤の3倍:03/06/09 11:51 ID:???
中国とガンダムに何のきょうつうてんgヴぁ
21通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:52 ID:???
>>20
中華キャノン
22通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:53 ID:???
・・・・・・。
23通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:53 ID:???
>>20
共通点がない所に無理に起源を求めるのが「民明書房」の醍醐味なんだが
24通常加藤の3倍:03/06/09 11:54 ID:???
>21 劇笑
25通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:54 ID:Sq1+XiZp
「妄無素」究極奥義「自作自演」

基督暦2000年前後、突然始まった瓦版において頻繁に行われた「自作自演」。
同じく1970年初頭、若い吟遊詩人達によって始まった「自作自演」。

富乳妄忍同盟及び青派の棟梁であり、
中国全土にその名を轟かせていた「妄無素」全盛期の真の指導者「偉 地位」が、
玄穐12年4月、朝暁寺を去る時に残した謎の言葉「自作自演」。

時の権力者突九帝が新たに召喚した若き拳士達があまりに不甲斐なかったのか?
唯一の直弟子である赤派の天才拳士「呉 糖巻 」を独り立ちさせるためか?
あるいは突九帝に変わり自分自身が帝になるためか?
今もこの論議は続いている。

いずれにせよ「偉 地位」が朝暁寺を去る時に、
「自作自演」で会える日をの言葉を残していることより新たな文献が掘り起こされるだろう。

民明書房刊 「バイバイ ありがとう サヨウナラ」より
26通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:55 ID:???
>>23
>>20は若いのさ
27通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:56 ID:Sq1+XiZp
ドラえもんとは?

かつて中国全土に名を広めた奇術師に独来門(ドク・ライモン)という人がいた。
彼は首からぶら下げている小さながま口から次々とあらゆる物を取り出すという
奇術で一斉を風靡した。
その話を知った故・藤子・F・不二雄氏が彼をモチーフに「ドラえもん」のアイデアを
思いついたというのはあまりにも有名なエピソードである。
ちなみに故・藤子・F・不二雄氏はドラえもんのほかに、
錬金術師・金帝劣(キム・テイレツ)や猛獣使いの陳風夷(チン・フウイ)をモチーフとした
マンガを発表してることからも中国人物史に造詣が深いと思われる。


民明書房刊「奇術・呪術で見る中国」より
 

28通常加藤の3倍:03/06/09 11:56 ID:???
>1 哲学、宗教 をすすむまし逝ってみてくでさい(懇願)
29通常加藤の3倍:03/06/09 11:58 ID:???
「始めに神は天と地を創造された」

      「聖書」   より(w
301:03/06/09 11:59 ID:Sq1+XiZp
リストラとは?

 中国の秦時代に李柝站(リー・タクチョウ)によって考案された健康法は、
人間の経穴(ツボ)が肩に多くあることから、 肩を刺激することで疲労を回復し、健康を促すというものであった。
 肩を揉む、肩を叩くという単純な健康法は当時大ブレイクし、 彼の元は入門者が後を立たず、栄華を誇った。
修行をして師範の称号を得たものはその証として肩に刺青をしていたという。
 しかし増えすぎた入門者は必ずしも利益をもたらすものではなく、 むしろ財政を圧迫することになった。
 そして孫の李諏虎(リー・ストラ)の代になるといよいよ経営が苦しくなり、 大幅な人員削減を行うことになった。
彼の人員削減は入門者の4割を解雇したと記録にある。
 以来、彼の名にちなみ人員削減のことをリストラと言うようになり、 人を解雇することを「肩を叩く」と表現するのはここに由来する。
また師範らが肩に刺青をしていたことから、地位や身分を「肩書き」と言うは周知の事実である。


民明書房刊『中国拳法に見る東洋医術』より
初版発行1999年4月4日

31通常の名無しさんの3倍:03/06/09 11:59 ID:???
これはもしや確信犯の荒らしなのかな?
32通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:01 ID:Sq1+XiZp
ヘリコプターとは?

日本曙蓬莱武術協会武術総師範代 竹乃本秀路談

降龍天臨霹(こうりゅうてんりんへき)
古より 現在に至るまで 世界各地には人が空を飛ぶという 鳥人伝説が多々あるが 中国においては 金斗山(きんとざん)に住むという 仙人が有名である
本来「降龍」は仙人が四年に一度 民衆の前に山から下界に降り姿を現すという意味であった
それを現実に拳法に具現化させたのが 中国拳法史上最大の奥義である この降龍天臨霹である
これを極めるには 両端に羽状形態を有する杖・棍などを 尋常ならぬ速さで回転させる手首の力は勿論のこと ずば抜けた平衡感覚が必要とされる
ちなみに現代のヘリコプターは前述の金斗山に住んでいたというヘイ李古浮(へいりこふ)の名に由来するという事実はあまり知られていないのは残念なことである
尚 読者諸兄 特に幼年の子供達においては くれぐれも この奥義を極めんとして 路上で棒きれなどを振り回さぬよう厳重に注意しておく

33通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:02 ID:???
ガイドラインからのコピペ
34通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:04 ID:???
>>31
ちょっと気付くの遅いね
35通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:04 ID:Sq1+XiZp
ボディペインティングとは?

日本曙蓬莱武術協会理事長 盛田慎之介談

體透羇(たいとうき)
映画や小説などで 日本の忍者が石や木などを描いた布を自らの身に覆い 周囲の風景と同化させて 身を隠すのはよく知られている
中国拳法においては 己の肉体そのものに 同化すべく風景を描き 擬態化させていた
当然 この技を極めんとする者には 卓越した絵画的才能と 戦闘中における筆のすばやさが 要求された
奥義皆伝者は常時 懐中に10色から12色の染料と絵具を忍ばせていたという
ちなみに1960年代 サイケデリックムーヴメントが華やかりし頃 己の肉体をキャンバスとした ボディ・ペインティングなるジャングル(編注:「ジャンル」の異化)があったが
これはこの奥義最大の達人といわれた棒ペン点具(ぼうぺんてんぐ)の名に由来した説が有力である

36通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:06 ID:Sq1+XiZp
スパイダーとは?

日本曙蓬莱武術協会理事長 盛田慎之介談

天釐蜘巣(てんりんちそう)
中国拳法には猛獣・昆虫・爬虫類などを飼育・教育して独特の技として完成させたものが多々あるが この奥義もその一つである。
利用される蜘蛛は中国山東省の菊露山にだけ生息するという禽瓶蜘蛛(きんぺいぐも)と呼ばれる肉食性動物であり
体からくり出される糸はピアノ線並の強度と瞬間接着剤並の粘着度を合わせもっている。
性質は飼い主に対してのみ非常に忠実で攻撃命令の下った敵に対しては獰猛無比であり 一度でもその巣にかかれば絶対に逃れられないという。
未だかつてこの奥義から抜け出した者は皆無と伝えられている。
ちなみに英語で蜘蛛のことを「SPIDER」(スパイダー)というが これは この奥義を極めんと蜘蛛の調教に挑んだ西洋の武闘家達がことごとく失敗に終わり
その時発した言葉「失敗だ〜」が「スッパイダ〜」→「スパイダー」と変化したものでないのはいうまでもない。

37通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:07 ID:???
また山岡かよ
38通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:07 ID:Sq1+XiZp
カヤク御飯とは?

日本曙蓬莱武術協会理事長 盛田慎之介談
爆ショウ繋飯(ばくしょうけいはん)
苛烈なる中国拳法にあって 自らの敗北を悟り 死を覚悟したとき 相手をも道連れとすることを目的とした一世一代の最終奥義
この奥義の使い手は幼少の頃より 不消化系の爆火硝石などの粉末を 三度の食膳に混入し 以来 成人となるまで それらを体内に徐々に蓄積した
そして いざ有事の時 奥歯に仕込んでおいた発火マグネシウムを噛み砕き 体内の火薬と化学反応を起こさせて 相手ともども爆発したのである
この場合 敵と合体する手段として 刃綱線などで相手の動きを封じるのが通例であった
ちなみに現代においても 五目御飯のことを 「カヤク御飯」と呼ぶことがあるが その由来は前述した修行者たちが 御飯にまぜた火薬であることはいうまでもない

39通常加藤の3倍:03/06/09 12:08 ID:???
>31 >34
ということで
社会の悪法「無視」投入
以下所属部隊に連絡各位
通信終了・・・・ザザ

40通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:09 ID:Sq1+XiZp
無口な人が鉄仮面と呼ばれるのは何故?

「鉄仮面の告白」 曙蓬莱新聞社

覬相鋼怨面(きそうごうおんめん)
その発祥は中国明の時代 咎人に対し一生はずせぬ鉄製の面をかぶせるという刑罰である
死ぬまで言葉もしゃべれず 食事も満足にできぬこの状態は 言語を絶する苦痛であり 国家反逆罪など 特に重刑に適用された
それが拳法に応用され 技として確立したのは 超磁気を帯びた磁石の発見によるところが大きかった
磁力を帯びて二つに分割された面が 敵の頭部で結合し それについている鎖で身の自由を奪われたとき 勝負はすでについたも同然であった
この技の発祥以来 脱出できた者は一人としていないという ちなみに現代でも 無口で無表情な人が「鉄仮面」と仇名をつけられている場合が多いが その先祖がこの技にかかって死んだものかどうかはさだかでない

「撃って候 早くてゴメン」 曙蓬莱新聞社

41通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:13 ID:Sq1+XiZp
兄弟ゲンカの折 兄が弟にひもをつけて振り回す光景がよく見られるのは何故?

「世界の名物兄弟 −この兄あってこの弟あり−」 曙蓬莱新聞社

天翔椿(てんしょうちん)
その発祥は中国 宋代に起こった青巾の乱の折 豪傑と名高かった龍兄弟が あみだしたことにある
人を頑丈なロープでくくり振り回すという 前代未聞のこの技は いわば意志を持った鎌であり その威力と攻撃力は 絶大なものであった
当然両者には絶妙な呼吸の一致が要求され 血を分けた兄弟だからこそなし得る技である
ちなみに現代で兄弟ゲンカの折 兄が弟にひもをつけて振り回す光景がよく見られるが
はたしてそれが龍兄弟の血をひくものかどうかはさだかではない
42通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:15 ID:Sq1+XiZp
スカッシュの起源とは?

「室内球技における中国文明の影響」 民明書房

趨滑襲(すうかっしゅう)
中国明代に 室内専用に考案された武器
その特色は 刃の両端にある 極めて弾力性に富む球状の特殊ゴムである
これを打ち 壁や床・天井に反射させ 敵を攻撃した
もちろん その反射角度は 精妙な計算が必要であった
ちなみに 現代の室内球技・スカッシュの原型が これであることは 賢明な読者の推察通りである

43通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:17 ID:Sq1+XiZp
ホッピンぐとは?

「玩具に見る古代中国の英知」 民明書房
鉄騎宙弾(てっきちゅうだん)
拳法において 身のこなしの素早さは 最も重要であるが それを倍加させる為の道具が この鉄騎宙弾である
その原理は 至って単純であり バネと体重による反発力を 利用したものである
これを発明した中国漢代の武術師範 宝 浜具(ほう ぴんぐ)は これを使って地上30メートルまで跳躍し
当時の人々を驚嘆させたという
ちなみに 日本でも昭和30年代に 子供達の間で流行した 同形状の玩具「ホッピング」の名称は この発明者・宝 浜具に由来することは言うまでもない

44通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:18 ID:???
平安の時代、壬乃府(みのふ)という今で言う「科学」を
研究する数寄者がいた。
大陸より伝来した香を一定の比率で混ぜ合わせて焚くと、
人間の五感を著しく減退させることを発見。
それを戦で使用し、小国「慈恩」に勝利をもたらした。
当時の文献には「壬乃府なる数寄者が焚きし魔法の粉により、
慈恩の兵は無敵となれり。まこと不可思議なり」とある。
後に、電子機器を無効化する粒子が発見された際に、
「ミノフスキー粒子」と名付けられたのは、これに由来する。
また、壬乃府の弟子であった妻鹿(めが)なにがしは、
この香を矢尻に塗り火を付け放つと、強い光の尾を引きながら
飛ぶことを発見する。
実質的な効果は無かったが、その光景は敵を畏怖させ、
戦わずして退かせた。
「美忌む」(美しくも忌むもの)と当時の文献には見られる。
メガ粒子砲やメガビーム砲などは、これに由来すると言われる。


民明書房刊『慈恩独立戦争記』より
45通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:18 ID:Sq1+XiZp
バットマンの起源は中国だった

「バットマンかく語りき」 民明書房

魔翔流気法(ましょうりゅうきほう)
太古の昔から 空を飛ぶことは 人類の見果てぬ夢だった それを最初に実現したのは ライト兄弟とされているが 実は 古代中国の山岳地方に住む抜娉族(ばっとうぞく)の手によって 成し遂げられていたという
彼らは 谷間から常に吹き上げる 強力な上昇気流を利用して空を飛び 交通や軍事に用いた
もちろん だれにでも飛行が出来るわけではなく 選ばれた人間が 過酷な修行を重ねて初めて出来る技であった
ちなみに この技を会得できるのは 一万人に一人と言われ 達成者は「抜娉万(ばっとうまん)」と呼ばれ 称えられたという

46通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:21 ID:Sq1+XiZp
光量をあらわす「ルックス」という単位とは?これも中国起源だった!

「EYEこそすべて」 民明書房
通常 完全に遮光した場所において 普通人が物体を見ることが出来ぬのは 当然であるが それを修行により可能にしたのが透闇視である
格闘家にとり 夜間の戦いは日常茶飯であり これを極めるか否かは生死に直結した
この透闇視の最高の使い手としては 翔楔流(しょうけつりゅう)師範・呂 空雛(るう くうすう)が名高く 彼の眼は漆黒の闇の中 一町先を飛ぶカラスさえも見分けたという
まさに 人間赤外線スコープというべきであろう
ちなみに 現代でも 光量をあらわす「ルックス」という単位は 前出の呂 空雛すなわちルックスの名に由来する

47通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:23 ID:Sq1+XiZp
かけそばの起源も中国だった

「貴方にも出来る!中国拳法修行百科」 太公望書林

瞬キョウ刹駆(しゅんきょうせっく)
素早い動きを基礎とした秘奥義は中国拳法にも数あるが 中でも最高峰とされているのが この瞬キョウ刹駆である
この技の修行法は 硫酸池に浮かべた不溶性の紙片の上を驚異的速さで駆け抜けるというものであり 失敗すれば即死の恐るべき荒行であった
これを成し遂げ 達人の域に達した者は瞬きする間に二十間(約36m)を移動したという
余談ではあるが 我々が親しんでいる「かけそば」は 当時修行者達が 座して食べる暇を惜しみ 器を持って駆けながら食べたそばがその名の由来である

48通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:26 ID:???
もういいよ
49通常の名無しさんの3倍:03/06/09 12:28 ID:???
何でつかこの擦れは
50通常の名無しさんの3倍:03/06/09 13:01 ID:???
たぶんこの板で一番面白くないスレ。
1は下らないギャグ飛ばして周りを迷惑させて嫌われているタイプ。
死んだ方がいいよ。
51通常の名無しさんの3倍:03/06/09 14:40 ID:???
>>1さん
可哀想に・・・
52通常の名無しさんの3倍:03/06/09 18:31 ID:???
削除依頼でてるよ。
53通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:44 ID:Sq1+XiZp
龍虎相討つとは?

「中国秘拳満漢全席」 民明書房

シン氣龍(虎)魂(しんきりゅうこん・しんきふうこん)
中国拳法において 人体最後の神秘とされる「氣」エネルギーを利用した技は数あるが 中でもその最高峰とされるのがこれである
この技の要諦は「氣」を刀身に集中し 龍(虎)の形をした衝撃波として繰り出すことにあり
その圧倒的な破壊力に比例して消耗度も大きい為 短時間に連続して撃つことは不可能とされる
ちなみに 同等の実力をもつ者同士が闘う様を「龍虎相討つ」と表現するのは これが源である

54通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:45 ID:Sq1+XiZp
人のふり見て我がふり直せとは?

「中国の奇拳 −その起源と発達−」 民明書房

千日ホウ鏡(せんにちほうきょう)
この技の要諦は 集中力・反射神経を極限までとぎすまし 相手の動作を寸分たがわず 一瞬にして模倣することにある
その修行法は数あるが 代表的なものは 氷柱の下で滴る水滴を反射神経のみにより 
無意識のうちにかわすことが出来る様になるまで禅を組むというものである
もちろん 卓越した体術が必要なのはいうまでもない
ちなみに現代でも残る格言に「人のふり見て我がふり直せ」とあるのは この修行訓の名残りである

55通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:46 ID:Sq1+XiZp
「燃える闘魂」「燃える男」という表現とは?

「人体 −その代謝機能の神秘−」 民明書房

灼炎テイ掌(しゃくえんていしょう)
人間の平熱は36〜37度であるが その発する総熱量はおよそ10万キロカロリーにも及ぶ
その熱量を 均等に人体に配分する働きを持つのが柱脊神経であるが 
想像を絶する修行によりそれを自在に操り 熱を人体の一点に集中することを可能にするのが 灼炎テイ掌の要諦である
この時 その温度は850度にも達し これが 相手の皮膚の分泌物である脂・リン・油汗などを一瞬にして発火させるわけである
ちなみに闘志あふれる様をたとえていう「燃える闘魂」「燃える男」という表現は 無意識のうちに柱脊神経を活動させている状態をさす

56通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:48 ID:Sq1+XiZp
氷屋の旗は?

「かき氷屋三代記 −我永久(とわ)に氷をアイス−」 民明書房

砕氷凍界(さいひょうとうかい)
蒙古(モンゴル)究極の決闘法・硫キョウ氷樹の伝説的な名人 カクゴールが編み出した秘技
この技の原理は 高速回転によって生み出された細かい氷片のヘルベリン冷凍(フリージング)効果により
 周囲の温度を零下30度にまで下げ 相手の体温を奪い 凍結させることにある
ちなみに このカクゴールは氷の王者の象徴として 常に氷一文字の旗を背負っていた
現代日本でも 夏の巷に見られるかき氷屋の旗は これに由来する

57通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:48 ID:???
>>1がんばれ
58通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:48 ID:Sq1+XiZp
薄氷を踏む思いとは?

「Skater's Waltz」 民明書房洋書部

硫キョウ氷樹(りゅうきょうひょうじゅ)
その起源は蒙古(モンゴル)中央部で盛んに行われていたキョウ氷闘(きょうひょうとう)である
これは厚さ約1cmという薄い氷の張った湖沼を選び そこでいつ氷が割れるかもしれぬという恐怖の中で闘うというものであった
当然 薄い氷を割らずに動くには卓越した体術が必要とされた
後に製氷技術の発達と共に 三次元的動きを加味するため 樹を模した氷の上で闘うようになったのが 
硫キョウ氷樹の決闘法である ちなみに 現代でも恐怖で身の縮む様を「薄氷を踏む思い」というのは ここから発する

59通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:50 ID:Sq1+XiZp
土左衛門とは?

「泳げ!騎馬民族」 民明書房

水龍ボー球(すいろんぼーきゅう)
古今東西 武道家同士がその雌雄を決すべく行う決闘法は数あるが 中でもモンゴルに伝わる水龍ボー球は最も過酷なものとして有名である
後に硝子工芸の発達により ガラス球が使用されたが 当初は7メートル四方の木槽に水を一杯に満たし その中でどちらかが死ぬまで戦った
水中では 当然戦う時間は限定され しかも水の抵抗により 動作に通常の3倍もの体力を消耗するため その苦しさは想像を絶した
ちなみに この決闘法で負けた者をモンゴル語で「ドザイ・モーン」(水死の意)と言い 日本で溺死体を「土左衛門」と呼ぶのは これが語源である

60通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:51 ID:Sq1+XiZp
どすこいとは?

「相撲人生待ったなし」 民明書房

地獄相撲(チャガ・ポルテ)

世界各地に 日本の相撲に類似した格闘技が点在するが 特に有名なのはモンゴル相撲である
その歴史は古く ジンギスカーンの時代までさかのぼるという
勇猛果敢な騎馬民族である彼等は 戦闘訓練の一環として 好んでこれを行った
中でも17世紀に時の暴君 ジミヘカーンによって発案された地獄相撲(チャガ・ポルテ)は 地上15メートルの高さに土俵を作り
 そこで生死を賭けて戦うという 凄まじいものであった
ちなみに現代の日本の相撲で使う「どすこい」という掛け声は この地獄相撲最強の戦士として知られた「ドスコイカーン」の名に由来するという説もある

61通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:53 ID:Sq1+XiZp
狼少年とは?

「狼少年 −拳−」 太公望書林

狼蒼拳(ろうそうけん)
一般に 狼の絶大な戦闘能力は知られるところであり それを拳法家達が見のがすはずがなかった
だが 狼は極端に警戒心が強く 人に慣れぬため 生後三ヶ月の男子を狼に育てさせ それを克服するという方法をとった
現代でも 時々狼少年発見の報道があるが これは その修行過程の少年をそれと知らず 人間社会に連れ出したものである

62通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:54 ID:Sq1+XiZp
エレファントとは?

「闘う動物大百科」 民明書房
操象戮カン闘法(そうぞうりくかんとうほう)
陸上最大の生物・象は 最大の破壊力をもつことで有名である
象の欠点として 鈍重な動きがあるが それを特殊な訓練法により 恐るべき敏捷性を身につけさせ 
これを数々の秘技をもつ戦闘法として確立したのが 古代インド人である
古代インドでは 戦争の時 象の多寡で勝敗が決するとさえ言われた
ちなみに 英語で象をエレファントというが これは当時 象の訓練を インド洋上のエレファン島で行っていたことが 語源と言われる

63通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:56 ID:Sq1+XiZp
しびれるとは?

「中国電化大革命史」 民明書房

キョウ撥雷神拳(きょうはつらいじんけん)
広く知られているように 自然界には 電気ウナギ・電気クラゲのような 体内に発電器官をもつ生物が数多く存在する
人間の血液にも 微量ながら電流を帯びたイオン質が含まれている
それを修練により増幅させ 強力な電流とし その刺激で敵を怯ませ 倒すのが中国拳法中の秘といわれるキョウ撥雷神拳である 伝説ともなっているその開祖 司ビ麗(しびれい)は身の丈十尺以上の熊に銅線を巻きつけ 一撃のもとに感電死させたという
ちなみに 現代でも感動したときなどに「しびれる」というのは この司ビ麗の名に由来するという

64通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:56 ID:Sq1+XiZp
リバーシブルの語源も中国です。

「シルクロードの彼方」 太公望書林

凶カイ面ショウ殺(きょうかいめんしょうさつ)
中国拳法屈指の奇襲策として知られるこの技の発祥は 秦代末期の李筴振(りばしぶる)と陳栄公(ちんえいこう)の「紅原の決闘」にある
はるかに技量の勝る陳に対して 李は己の甲冑すべてを表裏逆に着用し 後ろを向いていると錯覚させ 油断し 近づいてきた陳を一撃のもとに倒したという
後に 間接を逆にするまでに発展させ 完成させたのが凶カイ面ショウ殺である
ちなみに この噂は シルクロードを通じて西欧にまで伝わり 現代英語で表裏自在を意味する「リバーシブル」は 李筴振の名が語源である

65通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:58 ID:Sq1+XiZp
目は口ほどにものを言うとは?

「医学的見地より考察した中国拳法」 民明書房

體動察(たいどうさつ)
肉体には 運動を起こす時 大脳から意志を伝達する運動神経の中継機能をもつ 體動点(たいどうてん)がある
この 全身に張りめぐらされた體動点の変化を見極めることを拳法に応用し 完成させたのが體動察である
ちなみに 目の回りには 特に體動点が集中し 古来より諺にある「目は口ほどにものを言う」というのは このことを証明するものである

66通常の名無しさんの3倍:03/06/09 21:59 ID:Sq1+XiZp
フェンシングも中国が起源です。

「世界スポーツ奇譚」 民明書房

疆条剣(きょうじょうけん)
西洋の剣法として盛んなフェンシングは ヨーロッパが発祥の地とされていたが 
その源流ははるか中国秦代にさかのぼるという説がある
この剣は 針のように細く鋭利にとぎすまされている為 わずかの力で素早く相手の急所を突くことができる
これを 中国拳法と融合させ 数数の秘技を編み出し 必殺の武術として完成させたのが シュウ家二代目 邊真愚(へんしんぐ)であり その名が「フェンシング」の名の由来であるという

67通常の名無しさんの3倍:03/06/09 22:00 ID:Sq1+XiZp
なぞの風習の起源は?

「中国武具 −その創造と継承−」 民明書房

跳蚤器(ちょうそうき)
中国歴史上のなみいる英雄・豪傑の中でも 勇名をはせた 東門慶(とうもんけい)将軍が発明したとされる 
東門慶将軍は背が低かったが それを補うため頭上からの攻撃の有利さと敏捷性を得られる この跳蚤器を考案し 大いなる戦果をあげた
当然のことながら この跳蚤器を自在に使うには 強靱な筋力と卓越した均衡感覚が必要である
ちなみに現代でも男子生誕の折 螺旋状に型どった麺を頭上にのせて 勇敢に成長するよう祈願する風習があるのはこの名残である

68通常の名無しさんの3倍:03/06/09 22:01 ID:Sq1+XiZp
ゴルフは中国の起源です。

「スポーツ起源異聞」 民明書房

纒がい狙振弾(てんがいそしんだん)
棍法術最強の流派として名高い チャク家流に伝わる最大奥義
この技の創始者 宗家二代 呉 竜府(ごりゅうふ)は 正確無比の打球で 敵をことごこく倒したという
この現代でいうゴルフスイングにも酷似した打撃法は 運動力学的観点からいっても 球の飛距離・威力・正確さを得る為に 最も効果的であることが証明されている
ちなみにゴルフは英国発祥というのが定説であったが 最近では前出の呉 竜府の名前でもわかるとおり 中国がその起源であるという説が支配的である

69通常の名無しさんの3倍:03/06/09 22:02 ID:Sq1+XiZp
ネオンサインの語源は?

「驚異の昆虫世界」 民明書房

W光蛍(こんこうほたる)
学名エジプティアン・ネオム・ファイアーフライ
体長約20ミリ ナイル川流域に生息し 極めて明るい光を放ち その集団性と知能の高さで知られる
古代エジプトでは ガラス瓶に入れ 家庭での照明として 各家庭で使用されていた
また その特質を利用し どんな隊形でもとれるよう調教した
一群のこの蛍を 夜空に放ち 戦時の軍事伝達や商店の広告看板として 大いに用いた
しかし 余りの乱獲がたたり 7世紀初頭には絶滅が確認された
ちなみに 現代 都会の夜空を彩るネオンサインの語源は この蛍の学名にある「ネオム」に由来する

70通常の名無しさんの3倍:03/06/09 22:03 ID:Sq1+XiZp
黒蛇に足下を咬まれるとは?

「世界死闘決闘百選」 民明書房
蛇墨輒闘(じゃぼくちょうとう)
数ある中国拳法諸流派の内 その苛烈さで知られる赤狼流(せきろうりゅう)総帥選出時に行われる決闘法
墨液を膝の高さまで満たした 二間四方の水槽に 全身が黒一色で猛毒を持つ 黒咬蛇(こうこうへび)を放ち
 その中で闘う 黒咬蛇の見ようとも見えぬ恐怖の中で闘うことは 拳法の技量以上に 強烈な精神力が要求されるのは いうまでもない
もちろん 運不運も大きく作用する ちなみに 現代でも必死に努力しているにもかかわらず報われぬ事を 
「黒蛇に足下を咬まれる」と表現するのは これに由来する

71通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:44 ID:IiIBbzzE
老人のなぞの行動の起源は?

「武道達人逸話集」 民明書房

渦龍天樓嵐(かりゅうてんろうらん)
中国槍術 その最高峰にあり 槍聖とあがめられた 呂朱根(ろしゅこん) が創始したといわれる幻の秘技
槍をすさまじい勢いで回転させることにより 小竜巻ともいうべき乱気流現象を起こし その風圧で相手を攪乱した
その威力は空に飛ぶ鳥を落とし 雨の日は頭上で回転させれば 傘のかわりをもなしたという
ちなみに現代でも 突然の雨にあった時 雨をやませるまじないとして 棒きれを拾い 頭上で回転させる老人の姿がしばしば見られるのは この名残である

72通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:45 ID:IiIBbzzE
ラッキョウとは?

「世界の怪拳・奇拳」 民明書房

晏逅寺軟體拳(あんこうじなんたいけん)
一般に酢が人間の体を柔軟にする成分(ピノドキシン)を多量に含有することは知られている
この性質を応用し 特殊な拳法を編みだしたのが晏逅寺軟體拳である
その修行者は この世に生をうけたときより酢を満たした大瓶の中で生活・成長し 超柔軟な体を作りだしたという
その人体構造学の制約を超えた拳法は 必勝不敗の名をほしいままにした
ちなみに 現代でも副食品として身近なラッキョウは この軟體拳の達人であった陳辣韮(チン・ラッキョウ)が日日の糧を得るため 修行中に自分の壺に実を漬け 製造・販売したのがその名の由来とされている

73通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:46 ID:IiIBbzzE
蟻の手も借りたいとは?

「実用動物辞典」 民明書房

甲冑軍隊蟻(かっちゅうぐんたいあり)

学名(エジプティアン・キラー・アント)
隊長20ミリ 別名「砂漠のピラニア」といわれるほどの凶暴性と集団性に特徴がある
百匹のこの蟻が集まれば 駱駝一頭を三分以内に白骨化してしまうという
知能も高く 飼育すれば人間の命令にも従うようになる為 古代エジプトでは麻製の手袋にこの蟻を詰め 労働力の補助としていた
ちなみに現代でもエジプトでは忙しくて人手が欲しい時 「蟻の手も借りたい」と表現するのはこれに源を発する

74通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:47 ID:IiIBbzzE
盃野郎とはいったい?

「世界残虐刑罰史」 太公望書林

死頭盃(しょうたおぱい)

古代中国拳法界において その規律の厳しさで知られた功なん(ごんべんに南)寺(こうなんじ)で行われた制裁法
本来は硫酸を満たした盃を頭上に乗せて戦い 平衡感覚を養うと同時に 恐怖心を克服する修行法であった
それが 相手に毒を盛り 頭上の解毒剤を取る為に戦わせるという一種の拷問に変化した
この制裁を受けるのは 拳法家としての名誉を著しく傷つけられた場合に限られ 決して報われぬ絶望的努力をしながら死んでゆくのである
ちなみに 現代で無駄な努力をする人のことを 盃野郎というのはこれに源を発する

75通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:47 ID:IiIBbzzE
Velt's Invention!?

「英国貴族の習慣・風俗」 太公望書林

膨漢丹(ぼうかんたん)

現代科学でいうプロタイン系アスコルピンマイシン
18世紀末 英国貴族の間ではその富と権力を象徴する証は太っていることだった
そのため 当時の貴族達は腹部の大きさを競いあった
こういう時代背景にあって 各貴族の御用科学者達が腹部を膨張させる秘薬の開発を命じられたのは当然のなりゆきであったといえよう
そして その薬を最初に発明したのがエジンバラ公お抱えのE・ベルツ博士であった
この薬は現代では当然無用の長物であり 役に立たない物のことを英語でVelt's Inventionというのはこれが語源である

76通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:48 ID:IiIBbzzE
男たちが回し飲みする風習の起源は?

「エーゲ海 〜古代格闘史の浪漫〜」 太公望書林

蛇血誓闘(スネーク・ブラッド・コントラクト)

古代ギリシャのコロシアムにおいて 因縁のある試合に完全な決着をつけるために行われた決闘法
その起源は ギリシャ格闘士史上最強の勇名を競いあっていた ヘドビウスとダビウスがミロス王の発案により行ったのが最初とされる
ちなみに あまりに有名なギリシャ特産のシラキューズ酒には グリーク・ティナコンダの血が入っており 男たちが景気をつける時にこれをまわし飲みする風習は これに由来する

77通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:49 ID:IiIBbzzE
ケッペルの法則とは?

「中国拳法 〜その科学性〜」 民明書房

無明察相翫(むみょうさつそうかん)

中国拳法 その三千年の歴史において 最大の秘技として知られている
その特色は 現代でいう行動心理学のケッペルの法則を応用し 相手の動きを完全に予測することにある
ケッペルの法則とは 人間がある一定条件下で心理的圧迫状態に陥った時 年齢・性別・知力・体力・性格にかかわらず 全て同様の行動パターンをとることをいう
これは人間以外の動物にもあてはまり 一例をあげれば 箱の中につくった迷路にネズミを放しある刺激を与えると 全てのネズミは同じ順路を通り逃げ回る
現代最高峰の心理学理論を応用した拳法がすでに存在していたとは 驚嘆のほかはない

78通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:50 ID:IiIBbzzE
毛利三綱の情!?

「戦国武将人情譚」 民明書房

抛托生(ほうたくしょう)の業

戦国時代 屈指の名将といわれた毛利元就が 天下分け目の砥石が原の合戦の折りに洗浄に送り出した 隆元・元春・隆景の三人の息子と危険と苦しみをわかちあい 戦勝を祈願するため中国秦代の韓信将軍の故事にのっとり おこなったのが最初とされる
戦場にある者に対する深い愛情なくしてはできない荒行である
ちなみに 現代でも使われる 親が我が子を思う気持ちの強さをたとえていう 「毛利三綱の情」とは これより発する

79通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:51 ID:IiIBbzzE
借金で首が回らなくなるとは?

「中国拳法大武鑑」 民明書房

辮絞旋風大車輪(べんていせんぷうだいしゃりん)

中国清代初期 辮髪の習慣を活用した幻の拳法があった
修行には重さ100貫20寸角の雫鋼鉄(だこうてつ)を吊るし 頭髪と首を鍛えたという
この拳法を会得するためには 最低3個の雫鋼鉄を持ちあげ 自在にふりまわすだけの技量が要求された
ちなみに 現代でいう 「借金で首が回らなくなる」という表現は 当時 雫鋼鉄が非常に高価なため 途中で買えなくなり 修行を断念した者がいたという事に由来する

80通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:53 ID:IiIBbzzE
ラオロウとはなんでしょうか?

「鉄拳記」 民明書房

竜盆梯网闘(りゅうぼんていもうとう)

中国拳法完成期といわれた明朝末期盛んに行われた二名対二名で闘う連帯組手(現代でいうところのタッグ・マッチ)の一種 直径三十米の大器になみなみと濃硫硝酸を満たし その上に長さ二十五米の梯を組む
この梯は山東省白新山で伐採された 非常に軽くもろい老柔杉(ラオロウすぎ)でつくられ 三名以上が同時にその上に乗ると割れ落ちるように強度が計算されている
つまりその梯の上で闘えるのは両軍一名ずつで 選手が交代する場合は今まで闘っておった者がこの梯を完全にでてから 次の者が入らねばならない仕掛になっていた
なお余談ではあるが 現代でもこの老柔杉を用いて家屋を建造することは 強度不足の為法によって厳しく取り締まられており 安普請の貧乏屋をさして「ラオロウ」というのはこの所以なり

81通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:54 ID:IiIBbzzE
たっグマッチ妄想

「偉大なる中国拳法」 中津川大観著、時限出版

磁冠百柱林闘(じかんひゃくちゅうりんとう)

中国宋代 四川省拳法家達によって盛んに行われた異種格闘技
当時は杉木立の枝をはらい 頂部を切断してその切口を足場とした
その杉は最低でも高さ15米以上 直径は十センチから三米までと変化に富み 落下しようものなら即死はまちがいなく まさに命がけの勝負であった
後に四川省青陽山(チンヤオさん)で強磁石が発見されるにいたり 杉の頂部に鉄板をかぶせ 磁靴(じか)をはき二名対二名で戦う磁冠百柱林闘が完成した
千変万化の中国格闘技にあっても この磁冠百柱林闘は最高の技術とチームワークを要求される高度な闘いの一つである
現代のプロレスに見られるタッグマッチは この磁冠百柱林闘を彷彿とさせる

82通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:55 ID:IiIBbzzE
てんびん肉とは?

「中国三千年の歴史に学ぶ現代人の知恵」 民明書房

天稟掌波(てんびんしょうは)

中国武術三千年の歴史を誇る南朝寺教体拳最大の秘技とされている
この技を極めたという明代最高の拳士林周明(りんしゅうめい)は 百米頭上を飛ぶ鳥を気合いもろとも一閃のもとに落としたと伝えられる これから俗に落鳥拳(らくちょうけん)とも呼ばれている
因みに林周明は料理人としても当代随一といわれ この天稟掌波で落とした鳥は肉がよくしまり これで作られた料理は最高の宮廷料理として珍重された 現代でも最高の鳥肉をテンビン肉というはこれなり

83通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:55 ID:IiIBbzzE
忘六者(ぼうろくもの)とは?

「古代刑法全」 民明書房

六忘面痕(ろくぼうめんこん)

二世紀 中国漢代後期 大罪を犯した咎人に科した刑罰のひとつ 孝・忠・信・義・仁・礼の六つの徳を忘れた反逆の徒という証に 左右あわせて六条の傷を顔面に切り刻んだという
現代でも不逞の輩を指して忘六者(ぼうろくもの)というはこれで語義を発する

84通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:56 ID:IiIBbzzE
有名な話を一つ

「世界気象大鑑」 民明書房

俗にいう「昇竜風」(しょうりゅうふう)… 気象学上は主に二千メートル以上の山の北斜面断崖絶壁に於いて発生する風速百メートル以上の上昇気流をいう
一九二四年 スコット大佐の率いる英国エベレスト登山隊の一員が その北壁に於いてザイルが切れ危うく命を落としそうになった時 この昇竜風によって救われたという奇跡は登山家の間ではあまりに有名な話である

85通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:57 ID:IiIBbzzE
極道社会の風習

「日本風俗奇譚」 民明書房

男塾血誓痕生(けっせいこんじょう)

その由来は 中国大陸をかけめぐりその勇猛果敢なことで名をはせた蒙古ジンギス汗の一族が 仲間に戦死したものがでるとおのれの腕にその名を刻み 永遠の復讐を誓い必ずカタキをとったという故事にちなむ
近代日本でも 極道社会に於いては殺された親分の名を腕に刻み 復讐を誓う風習が残っているという

86通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:58 ID:IiIBbzzE
らぐびー

「ヨーロッパ中世スポーツの起源」 民明書房

男塾名物『羅惧美偉(ラグビー)』 その起源は遠くヨーロッパ中世ラグビー発祥の地 イギリス・イングランド地方にあるという
その頃王侯たちの間で ラグビー(その原型というべきか)のチームを持ち競い合うことが流行し 自分のチームを強くする為にそのような残虐な練習方法がいくたびか行われたと記録にある

87通常の名無しさんの3倍:03/06/10 11:58 ID:IiIBbzzE
魂剣石をも斬るの語源

「剣史記」 民明書房、1905年

一文字斬岩剣

世に灯籠切りといふ 江戸時代剣聖とうたわれし一文字流神泉正宗(ごういずみまさむね)が家康に請われ 一度だけ御前にて石灯籠を一刀両断 世間(あたり)を驚かせたといふ 以来三百余年剣道界に於いて幻の業とされ これを極めたるものなし
余談ではあるが 不可能を可能とする意の「魂剣石をも斬る」といふことわざはこれをいふなり
88_:03/06/10 12:02 ID:???
89通常の名無しさんの3倍:03/06/10 12:24 ID:???
わしが男熟塾長江田島平八であーーーーるっ!!!!
90通常の名無しさんの3倍:03/06/10 13:44 ID:???
驚くほど面白くない。
男塾は大好きだったのにな。
91通常の名無しさんの3倍:03/06/10 18:14 ID:???
>>1よ。
君の熱意は確かに認める。
ヤマオカなんぞよりよっぽど建設的である。が、しかし。
よく聞けよ。
ここはシャア専用だ。
>>14も言ってる通り、ガンダムと絡んだネタを展開してくれたまえ。

頼んだぞ。
92通常の名無しさんの3倍:03/06/10 22:35 ID:???
ネタって言うか全部コピペだしな。
93通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:18 ID:+ZaOOfEg
ピクニックとは?


西遊記で三蔵法師が目指した天竺とはインドではなく、
実は古代中国に栄えたといわれる幻の都、毘郁(ピイク)地方であったという説がある。
毘郁地方は近代ビルが立ち並びながらも広大な野山などの自然にも恵まれ、
争いの全くなかった平和な土地であったといわれている。
ちなみに、現在で言うピクニックとは、「毘郁に行く」がなまって出来たものだということは
誰もが知るところである。



民明書房刊「古代中国の幻の都蝶々」より
 


94通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:19 ID:+ZaOOfEg
ちゃらんぽらんとは?

日本における落語の「よたろう」とも言うべき人物が中国にもいた。
その男は名を茶蘭放(チャ・ランポウ)といった。
何をやってもダメな奴、口にすることはめちゃくちゃ。
現在そういう人を「ちゃらんぽらん」と言うのは、
茶蘭放に「乱」をつけた「茶蘭放乱」が語源なのはいうまでもない。


民明書房刊「秘密の人物史」より
 
95通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:19 ID:+ZaOOfEg
ロックンロールとは?


音楽におけるドラム、そしてエレキギターの考案者が中国人だということは
余り知られていない。呂九龍(ロ・クーロン)という人物である。
この二つの楽器の考案によってそれまでの牧歌的な音楽から攻撃的な音楽を作りだした彼は現在でも中国ではその名を知らぬ人はいないといわれ、音楽の神様として伝説となっている。
なお、「ロックンロール」というのは、彼が作り出した音楽のジャンルであり、
呂九龍流(ロ・クーロンりゅう)が訛ってできた言葉だという説が今のところ最も有力である。


民明書房刊「音楽と気孔」より
 

96通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:20 ID:+ZaOOfEg
ビスケットとは?

2月28日は「ビスケットの日」である。
この日は中国で最も有名なお菓子職人、「毘須慶頭(ビス・ケイトウ)」の誕生日である
という説が今のところ最も支配的である。


民明書房刊「中華料理四方山話」より
 

97通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:21 ID:+ZaOOfEg
インターネットとは?
 
紀元前一六世紀頃、現在の中国は殷という王朝が治めていた。
そして当時、気功術の達人に太(たあ)という男がいた。
彼は独自の情報網を唱え、それを気功術の広布に使ったという。
この情報網のおかげで気功術法も中国全土に知れ渡り、 これが後の太極拳に発展した。
現在、コンピュータネットワークにも、 この太氏が唱えた情報網が元になっており、
殷時代の太氏によるネットワークという意味から、 殷・太・ネット(インターネット)と呼ばれるようになった。

民明書房刊『コンピュータ中国史』より
初版発行1999年2月19日

98通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:22 ID:+ZaOOfEg
ぐうたらとは?
 
14世紀のヨーロッパでは、中世のキリスト教中心の考えから、 ヒューマニズム思想へと文化の変化が見られた。
いわゆる文芸復興…ルネッサンス運動である。
 ヒューマニズム思想とは、人間性を求めた思想であり、 『人間らしさ』を尊重し人間の能力を重んじる。
そして芸術・技術・運動など、 様々な分野で活躍する天才を理想とし、 そういう万能の天才を「万能人」と呼んだ。
 そんな中、スコットランドの グウタル・マッキャリオンも万能人を目指し、 あらゆる分野で学業を積んだ。
 だが彼は怠け者で何事も長続きせず、 何一つとして突出するものがなかった。
万能人どころが何も出来ない彼は、 そのうち怠け者の代名詞となってしまった。
人々は一般に怠け癖のある人を彼の名にちなんで「グウタラー」と呼び、軽蔑した。

 なお現在でもスコットランドの一部地域では怠けることをグウタルといい、 怠け者をグウタラーと呼ぶ。 日本語で怠け者を「ぐうたら」と言うのはこれが語源という説が有力である。


民明書房刊『ナマケモノがまだ見てた』より
初版発行2001年6月2日

99通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:23 ID:+ZaOOfEg
ストロボとは?

 時は戦国時代、日々の戦闘の中、間者(忍者)は忍術の開発に余念が無かった。
 そして火遁(かとん)の術といった、 火や光を扱うものは忍術の中でも効果が高いとされ、
使いこなすにも高度な技術が必要だったとされている。
 中でも閃光を発するのは、目くらまし・目潰しの術として特に研究・開発されていた。

 これを実用化したのが、真田昌幸に仕えた栖瀞坊(すとろぼう)である。
彼は燧石(すいせき)を使用し、一瞬で強烈に点灯する光源を編み出した。
 但し強すぎる光は目潰しに有効ではあるものの、 忍者として目立ってしまうことになる。
そのため、この忍術はやがて使われないようになってしまったと言う。

 今ではカメラなどの光源に使われる「ストロボ」の名に当時の名残が見える。 また彼が水遁の術で水中に潜るために使用した管は、「ストロー」と呼ばれているのは周知の事実である。


民明書房刊『火遁の術でバーベキュー』より
初版発行2000年9月28日

100通常の名無しさんの3倍:03/06/11 00:25 ID:+ZaOOfEg
ミレニアムとは?
 
19世紀後半、それまで歴史画が主だった絵画で、自然画をモチーフにした画家たちが現れた。
コロー、ルソー、トロワイヨンを始めとする彼らは、フランスのその地名からバルビゾン派と呼ばれた。
 この中で、最も有名な一人にミレー (ジャン=フランソワ=ミレー Jean Francois Millet 1814〜1875)が挙げられよう。
 彼は農民の働く姿や生活を敬愛と詩的情感をこめて描いたと言われ、 『落穂拾い』『晩鐘』『種まく人』などは誰もが御存知と思う。
 そして彼の作品は後期に多くの影響を及ぼし、 ミレーの画風は来世まで1000年に渡って評価されるといわれ、 彼の名にちなんでミレニアム(millennium)と呼んだ。
(語尾の〜iumとは、pentiumなどと同様、接尾語である)
 そして1世紀以上が経った現代でも、彼の評価は落ちるばかりか、 未だにバルビゾン派の第一人者として評価が高い。

 なお1000年もの間評価されるという意味が転じ、 1000年間、そして千年の節目をミレニアムというのは周知の事実である。
ミレニアム(千年)もの間、 価値を落とさないと言われたミレーの天才ぶりには驚くほかない。

民明書房刊『最速!ミレニアム』より
初版発行2000年3月21日

101通常の名無しさんの3倍:03/06/16 19:00 ID:???
空手
102通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:27 ID:4OsMu1zm
短放砲と富乳妄忍

中国東部手礼都の朝暁寺に伝わる奥義のなかには三身一体の連携を極意と
する奥義が二つある。
ひとつは「短放砲」もうひとつは「富乳妄忍」である。
短放砲は大、中、小の体格の者で構成され、中の者が敵の気をそらしている
間に、大の者が小の者を砲弾のように放り投げ敵にぶつけるという荒技である。
歴史上代表的な使い手は「知 瓶婆」「黒 江彩」「華 王倫」らである。
富乳妄忍はまさに三身一体の連舞であるが、途中で仲間割れを起こしたかのよう
な寸劇を交え、油断した敵の隙をつくのが持ち味である。
代表的使い手は「呉 糖巻」「安 打刑」「偉 地位」があげられる。
短放砲については2名で使っていたという記録もあるが、定かではない。

(民明書房刊 「集団戦術の歴史」より)

103通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:27 ID:4OsMu1zm
世苦死光波

中国東部手礼都の朝暁寺に伝わる奥義の中でも最も習得が難しいと
されていたのがこの「世苦死光波」である。
長い朝暁寺の歴史の中でもこの奥義を使いこなしたのは、開祖である
「妄 忍愚」と「知 瓶婆」の2名だけであったといわれる。
特に「知 瓶婆」は150cmに満たない身長ながら、この奥義で百人組手
を制し、師範代にまで昇りつめた。
奥義の仔細は定かではないが、文献には
「ソノ波動 緑色二シテ 是 浴ビシ者 脱力シスベテ傀儡ト化ス」
とあり、気功を用いた集団催眠のような奥義であったことが覗える。

(民明書房刊 「中国奇拳百選」より)

104通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:28 ID:4OsMu1zm
朝暁寺の分裂と統合
歴史上常に一枚岩の団結を誇っていた朝暁寺一派であるが、一時期三派
に分裂、抗争していたことはあまり知られていない。
時に玄穐十二年三月、時の権力者突九帝が朝暁寺最強の拳士を決定する
御前試合を開いたことがこの分裂のきっかけである。
元来実力伯仲であった朝暁寺の師範、師範代たちはこの御前試合をきっかけ
に互いに対抗意識を強く持ち、独自の流派を開き分裂していった。
多くの流派が乱立したが、血で血を洗う抗争の結果大きく三派に統合され、
その後しばらくは三派抗争の時代が続いた。
分裂した三派はそれぞれ赤、黄、青の道着を用いていたことから、
「赤派」「黄派」「青派」と呼ばれていた。
最終的にこの分裂抗争は赤派の勝利に終わり朝暁寺は再び統一される。
しかしこの抗争により各派の棟梁(「呉 糖巻」「菜 通知」「偉 地位」)
らがその権力を強め、朝暁寺一派は分権政治の色彩を強くしていくことになる。


青派流と戯打

朝暁寺分裂時代の三派の中でも最大勢力を誇っていたのが、青派である。
青派流の特徴はその「御威!御威!御威!」という独特の掛け声と「戯打」
と呼ばれる独特の武具を用いていた点にある。
「戯打」がいかなるものであったかは定かではないが、かなりの重量であっ
たらしく、小柄な「知 瓶婆」などは逆にこの武具に振り回されていたとい
う記録が文献に残っている。
歴史上「華 王倫」がこの「戯打」の名手であったらしく、文献には
「其レヲ 振回ス姿 貞子ノ如シ」
とあり、鬼神のような活躍ぶりが覗える。
<「貞子」はどうやら中国民間伝承に登場する鬼神の一種のようである>

(民明書房刊 「拳法と武具発達の歴史」より)

105通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:29 ID:4OsMu1zm
妄無素と網異誤の抗争の歴史(1)

玄穐十一年七月、時の拳法家「網 異誤」と武道集団「妄無素」
による果し合いが行われた。両者は共に中国東部手礼都の朝暁寺の
出身であることで知られている。
「妄無素」は、当時最強の使い手だった「菜 通知」を中心に
七身一体の攻撃を仕掛け、「網 異誤」は師匠直伝の拳法を取り入れ
これに立ち向かった。
結果は「網 異誤」の勝利に終わったが、「妄無素」はこの敗戦を
乗り越えて、以後、勢力を拡大していくことになる。


黄派の敗北と富乳妄忍同盟の暗躍

三派分裂抗争の中で当時最も勝利に近いと考えらていたのが黄派である。
黄派流の特徴は跳躍力を生かした攻撃にあり「文!」の掛け声と共に10m
以上跳躍したという記録がある。
黄派は当時朝暁寺の師範であった「菜 通知」を棟梁とし、実力的には
他の二派を凌駕していた。
しかし、黄派は完全勝利を目前としながら赤派の天才拳士「呉 糖巻」の
潜在能力と「安 打刑」の裏切り、そして青派残党の攻撃により敗北する
ことになる。
この黄派潰しの一連の動きを裏で操っていたのが青派「偉 地位」であった。
この敗北で「菜 通知」は朝暁寺における絶対的地位を失い、「偉 地位」
ら「富乳妄忍同盟」の朝暁寺における政治的影響力が強まり、分権政治の時代
が幕を開ける。

(民明書房刊 「朝暁寺一派の盛衰」より)

106通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:29 ID:4OsMu1zm
赤派の天才拳士・・・呉 糖巻

三派分裂時代に最も小勢力だったのが赤派である。赤派はその地盤を固める
のが他の二派より遅く、朝暁寺の覇権を争う上で大きく水を開けられていた。
しかし、1人の天才拳士の登場から赤派の勢力は巻き返しを始める。
その拳士の名は「呉 糖巻」。当時の朝暁寺師範代中最年少の拳士であった。
当初、「呉 糖巻」は三派分裂抗争に関心がなく中立の立場を保っていた。
しかし時代はこの天才拳士を放って置かず、本人の意思と関係無く赤派の
棟梁に祭り上げられてしまう。
「呉 糖巻」を得た赤派は、青派を打ち破り勢いに乗る黄派を倒し、朝暁寺
の再統一を成し遂げる。その後、「呉 糖巻」は朝暁寺の師範の座に就くが、
あまり政治には関心が無かったようである。
文献に残る「呉 糖巻」のエピソードは「修行をしていたところを見たことが無い」
であるとか「寺の縁側で寝てばかりいた」といったものばかりである。この辺が天才
拳士と呼ばれる所以であろう。
しかしこの天才拳士も師匠にあたる「偉 地位」には頭が上がらなかったという。
意外な一面としてまめに日記を記しており、彼女の綴った「赤派日記帖」は当時の世
相を知る上で重要な史料である。

(民明書房刊 「驚愕!寝るだけで強くなる!?」より)

107通常の名無しさんの3倍:03/06/17 12:29 ID:4OsMu1zm
三派抗争と周辺異民族

朝暁寺の分裂時代を語る上で各派に協力していた周辺異民族の存在を無視
することは出来ない。
青派は「嶺風亜族」と「彌牙族」
赤派は「堕尼得族」
黄派は「亜椰夏族」
をそれぞれ従え、戦力に組み込んでいた。
青派に属した「嶺風亜族」と「彌牙族」は言語の違いからコミュニケーシ
ョンが困難な上、元が陽気で平和的民族だったため、戦力にならなかった
ようである。
赤派に属した「堕尼得族」は幻の一族とよばれていた移動民族で、言語は
全く通じなかったものの、皆恐るべき体格とパワーを誇っていた。
特に赤波に協力した酋長は「悪炉波!」の掛け声と共に十数人を一度に吹
き飛ばしたという。
黄派に協力した「亜椰夏族」は交易民族であったため、言語コミュニケー
ションが可能であった。戦闘力のみならず、物資補給においても役に立つ
亜椰夏族を黄派はかなり頼みにしていたようである。
実際、対青派戦の勝利は亜椰夏族の力が大きかった。
「〜にあやかる」という言い回しの由来はこの黄派と亜椰夏族の故事から
きている。

(民明書房刊 「涙の亜椰夏乱舞」より)

108通常の名無しさんの3倍:03/06/17 13:39 ID:???
コピペを初めて覚えたから嬉しいんだろな…。
109通常の名無しさんの3倍:03/06/17 18:21 ID:???
で、どうガンダムと絡むんだ?(マラ

削除依頼の用意があるから、早めに答えるように。
110通常の名無しさんの3倍:03/06/17 19:51 ID:???
>>1
頑張ってください。私はもう来ませんけど。
111通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:31 ID:4OsMu1zm
(特別寄稿)番外編・阿羅死

中国東部手礼都には秘密の犯罪結社が存在した。その名を「邪尼頭」といい恐るべき数の
暴力で犯罪を行っていた。その中でも有名な一派が「阿羅死」である。
その見境の無い所業に手礼都の住民は恐怖した。
事態を重く見た突九帝は朝暁寺の「妄無素」に討伐を依頼する。
激しい死闘の末、「妄無素」は「阿羅死」を倒し、手礼都はとりあえず平安を取り戻した。
この際「安 打刑」は「阿羅死」の一員「唖 井馬」を生け捕りにし食ったという伝説が・・・
民衆の噂話にはあったがどのように食ったかは定かではない。
ちなみに現在娘。板を覆う荒らしの由来は、この「阿羅死」から来ていることは言うまでもない。

(民明書房刊 「年下男の食いかた」より)
112通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:31 ID:4OsMu1zm
「羅武魔神」

時に玄穐11年9月、手礼都のみならず中国全土を震撼させた怪異がこの「羅武魔神」で
ある。この羅武魔神、古くは殷の時代の文献に出現しており妲妃と並んで殷滅亡の原因を
作ったといわれた。
しかし後にこの魔神は道士である太公望に壷に封印され土中に埋められる。
しかし、手礼都の好事家がこの壷を発掘、そして誤って割ってしまったためこの魔神は
再び世に出てしまう。
復活した魔人は中国全土の覇権を高らかに宣言。手始めに手礼都の王宮に向かって進撃を
開始した。
暴れる魔神を止めるため手礼都、そして周辺諸国の軍隊までも出動するがあっさりと全滅
させられ手礼都は半壊滅状態となる。
最後の賭けとして突九帝は朝暁寺一派に救援を依頼、朝暁寺の精鋭「妄無素」の8人が魔神
退治に向かう。王宮近くの湖のほとりで魔神と妄無素は対峙、7日7晩に渡る死闘の末
「黒 江彩」が己の身を犠牲にして魔神の動きを止め他の面々が生命を削って放った究極
奥義「絶 短放砲」が魔神の急所を捉える。
魔神と黒 江彩は湖に沈み、二度と上がってこなかった。大きな犠牲を払いながらも魔神
は倒され、この事件で「妄無素」の名声は中国全土に知れ渡ることになる。
なおこの魔神は後の世の日本にも出現した記録が有り、その時は「安倍晴明」以下7人の
道士に倒されたとされる。

(民明書房刊 「みんなも社長さんも分かる陰陽道」より)
113通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:31 ID:4OsMu1zm
雌論氣燃火

朝暁寺の奥義の中でも比較的知られていないのがこの「雌論氣燃火」である。
この奥義は読んで字のごとく体内の「氣」を燃焼させて発火させる炎の拳であった。
この奥義の最大の特徴は「氣」を練る際の独特の構え「馬鈴理南の構え」と掛け声にあり、
「安!動!斗炉唖!」の掛け声とともに周囲は紅蓮の炎に包まれたといわれる。
現代バレエの動きはこの「馬鈴理南の構え」を源流としており、バレエをする者を
「バレリーナ」と称するのはこの構えに由来することはいうまでもない。

(民明書房刊 「初歩のステップ(戯曲「暗黒魔王」)」より)

114通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:32 ID:4OsMu1zm
妄忍愚硬皮

朝暁寺一派の奥義の中でも防御に特化した奥義がこの「妄忍愚硬皮」である。
この奥義は読んで字のごとく体内の「氣」を体表に集め、皮膚を鋼のごとく
硬質化するというものであった。
しかし「氣」のコントロールが極めて難しく、習得できる者が少なかった上
この奥義を使っている間は一切身動きがとれなかった。
この奥義が真価を発揮するのは、奥義「短放砲」を用いるときであり、弾丸
になるものはこの「妄忍愚硬皮」でまさに鋼の矢と化す。
代表的使い手はやはり「知 瓶婆」であり、独特の香辛料の効果で「氣」を
集中させていたようだ。この「硬皮豆」と呼ばれた香辛料が現代における
珈琲の原料「珈琲豆」の起源であることは最近知られたことであり、珈琲の
発祥の地は南米、アフリカではなく中国であるという説が現在では支配的で
ある。

(民明書房刊「大嫌い大嫌い大好き・・・乙女の珈琲占い」より)

115通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:32 ID:4OsMu1zm
娘。塾「獲着伝」

日本の管理教育から外れた若者達を受け入れ教育しているのがこの私塾「娘。塾」
である。その厳しい教育方針は幾度となく物議をかもしている。
娘。塾年間行事の中で特に厳しいものがこの「獲着伝」である。42.195kmを5人
でリレーする所は通常の駅伝と変わらないが、各々が甲冑の1部を身に付け、次の
走者へと引き継いでいく。最終走者はすべての箇所を身につけることになるのでそ
の重さは50kg以上になる。故に最終走者には強い下半身が要求される。
なお、この行事は古の中国「朝暁寺」の修行が源流のようである。

(民明書房刊 「ピンチランナー・・・乙女の太股大ピンチ」より)

116通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:33 ID:4OsMu1zm
品知乱菜

古代中国において「獲着伝」という武術大会が存在したのはあまり知られていないが、
玄穐十二年四の月に中国奥地の「火達仲」で行われた大会は、時の拳法集団「妄無素」
が戦ったこともあり武術書にその記録が残されている。
それによれば、「火達仲」の「獲着伝」は中国全土から五十五組もの猛者達が集い、
覇を争ったという。「妄無素」はもともと「獲着伝」に不慣れであったので苦戦が
強いられた。
記録によると、副将「知 瓶婆」は「世苦死光波」で次々と敵を倒したらしいが、
大将「菜 通知」が武具の重みに苦しみ、結果は惨敗に終わった。
なお「菜 通知」は戦闘終了後、口から謎の液体を吐き出す新奥義を使い他集団を
威嚇したと云われるが、文献に残っておらず定かではない。
品格ある「知 瓶婆」の走りと、予定外の乱れを見せた「菜 通知」にあやかり、
この戦いは「品知乱菜」と名付けられ永く後世に語り継がれることになる。
一方、吟遊の才にも恵まれていた「妄無素」が愚にもつかないことをするべきでは
ないという意見もあり、「女吟愚」という言葉が生まれ、現在の「ジョギング」
の語源になっている。

(民明書房刊「絶対にゴールするのだ」より)

117通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:33 ID:4OsMu1zm
今日の大東亜日報3面「朝暁寺十六傑、天挑五輪大武會に出場か? 」
先日開催が発表された天挑五輪大武會に中国伝説の武術寺である朝暁寺チームが
出場する可能性があることが本誌記者の取材で明らかになった。
政財界の実力者、藤堂兵衛氏主催によるこの大会には既に日本の男塾チームの出場
が決まっており両者の激突が期待される。

118通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:34 ID:4OsMu1zm
矢鞭野郎
「矢鞭野郎」とは、古代中国に伝わる伝説の七匹の悪魔のことを指す。
文献に「背には白色の羽をはやし、食物を貪り食らうこと悪鬼の如し」とある
通り、毎日のように人家を襲い食料を食い荒らすという悪行を行っていたらしい。
魔物達は、弓矢やムチなどの武器を使用していたことから、やがて「矢鞭野郎」と
呼ばれるようになり、民衆の恐怖の対象になった。
「矢鞭野郎」が暴れ出して一ヶ月ほど経ったとき、耐えかねた人々は退治を試みる。
魔物の住処には結界が張ってあり近付けないので、その近くに全く同じ外観の
別の入口を用意して誘い込み、中に用意した巨大な壺に「矢鞭野郎」を封じ込めて
退治したという。
その後、その壺から採れる「矢鞭野郎」のエキスは、極上の茶であることが
判明し、当時の上流階級の間で盛んに飲まれた。
この飲料こそが、現代の「飲茶楼(ヤムチャロウ)」の発祥なのである。
また、魔物達の墓場となった壺は「別戸墓獲」と呼称され、これが今で言う
「ペットボトル」の語源となっていることは言うまでも無い。

(民明書房刊 「あとあじスッキリ、おまけでガッカリ」より)

119通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:34 ID:4OsMu1zm
酎 裕姐〜伝説の酔拳

「菜 通知」の前に朝暁寺の師範の座に就いていたのが「酎 裕姐」である。
「酎 裕姐」は中国拳法史上でも5本の指に入る酔拳の使い手であり、酒が
入ると誰も手がつけられなかったという。
しかしその酒量の多さが祟ったのか体を壊し、26歳の若さで朝暁寺師範の座
を「菜 通知」に譲り渡した(この際酒の勢いで決めたという説がありこれ
が後の三派抗争の引き金となる)。
三派抗争時は自らの責任を感じたのか、影で赤派結成、抗争終結に動く。
その後は朝暁寺の長老に名を連ね、後進の指導に当たったという。
また、朝暁寺の影流といわれる「六暴家裏主斗」の伝承者の座を「丙 卦道」と
争ったとも言われ、結局伝承者の座は「丙 卦道」に譲りわたしたものの、以
後も好敵手として朝暁寺裏手の原野「夷坂野」で9度に渡る戦いを繰り広げた。
人々はこの戦いを後に「夷坂野闘九」と呼び語り継いだ。

(民明書房刊 「ドランクモンキー〜酒ぐらい飲ませてや!」より)

120通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:34 ID:4OsMu1zm
「羽多晩」と「地 四尊」

中国武術史上、圧倒的な武力を誇っていた「妄無素」だが、その武芸を披露する
のは殆ど「手礼都」に於いてのみで、他の地方に出向くことは少なかったらしい。
しかし「帝美意絵州」で開催される「羽多晩」という武会には不定期であるが
参加し、かなりの活躍をしていたという。
この「羽多晩」は、「多 火産」と「名 改訓」の両名によって定期的に運営
されており、大規模なものなると「徒苦晩」と称されることもあった。
また「名 改訓」という名が記すとおり、「羽多晩」では参加者の名前を改造して
独自の呼び名を作る風習があり、「妄無素」の「黒 江彩」もここでの呼び名が
一般化した一例であるという。(ちなみに学会では、実際の命名は主に「多 火産」
の方が行っていたとする説が有力である)
また、古来中国に於いて、宴や軍議などでの席順は、非常に重要な意味を持って
いたが、これは「羽多晩」でも例外ではなく「妄無素」も幾度と無く席次を争った
記録がある。この席獲りにおいて常に異様な力を発揮していたのが「華 王倫」
こと俗称「地 四尊」であった。「地 四尊」の猛勇ぶりはすさまじく、たとえ
破れたとしても見るものを魅了せずにいられなかった。
蛇足だがこの「地 四尊」には「喜怒哀楽の四つの感情を地で行うのは尊敬に値する」
という意味が込められていて、本人はそれを知らなかったというのだから面白い。

(民明書房刊 「母さんニックネームが好き」より)

121通常の名無しさんの3倍:03/06/17 21:35 ID:4OsMu1zm
「妄無素」と「雄妄」

中国全土にその名を轟かせていた「妄無素」。
ある日一人の小柄な若者が朝暁寺の門をたたいた。
当時の師範は「菜 通知」。
自分の2〜3倍はある師範から稽古をつけてもらい、瞬く間に腕を上げた。
あまりにも稽古熱心だったので、師範より「席取り」の名をもらう。
しかし、この若者がいつも素っ裸にまわし姿で稽古していたので、
手礼都の住人は「御素妄さん」と呼んで親しんだ。
数年の修行を経て故郷に帰った若者は新しい武道集団を結成し開祖となった。
故郷の人々は、女性の武道集団「妄無素」に対抗して、
新しい男の武道集団を「雄妄」と呼んだ。

時が経つに連れて彼の心の中で抑えきれない思いが湧き上がってきた。
稽古熱心な自分とは正反対に寺の縁側で寝てばかりいた「呉 都餡」と
仲間内で呼ばれていた「呉 糖巻」への恋心。
「安 打刑」に描いてもらった似顔絵を懐に忍ばせて谷町通いの日が続いた。
行く店行く店でその絵を出しては『「呉 都餡」です、「呉 都餡」です』と絡むので、
どこの店主も金を取ることはなかった。
これが悪習となり、今でも「ごっつあんです。」の一言で、
谷町を渡り歩いている「席取り」が後を絶たない。

(民明書房刊  私を変えた一言「土俵には金が埋まってるべ」より)

122通常の名無しさんの3倍
<解説>
どすこい!作品ごっつあんです!
相撲の起源はモンゴルではなく中国であるというのが定説なのですね。
「御素妄さん」はその後三派抗争の際、師匠のいる黄派に付くか憧れの
「呉 糖巻」のいる赤派に付くか悩んだ末、赤派に付いたといわれています。
その際の彼の活躍ぶりは「赤派日記帖」に詳しく記されています。
このように「菜 通知」から「呉 糖巻」に乗り換えた者達が多く居たことも
黄派敗北の一因であるといわれています。