プロジェクトX 〜挑戦者達〜

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602ノーマルスーツ
(1)
 かつて、ノーマルスーツが宇宙服(スペース・スーツ)と呼ばれた時代があっ
た。その時代宇宙空間は専門家だけが触れられる、限られた人間の空間だった。
 やがてスペースコロニー計画が発令されてからは、宇宙は技術者と作業員の空間
になった。モビルスーツが登場してからは、宇宙服はノーマルスーツと呼ばれるよ
うになった。
 ノーマルスーツ。それは宇宙を生活の場とする人々にとって、無くてはならない
ものであった。
                ( ̄ ̄<     / ̄>
                  \  ヽ   / /ソ
        プ ロ ジ ェ ク ト\  ヽ P r o j e c t MS
   ─────────────────────
         技術者たち /|_/ /\engineers
                 |   /   \   丶
                 \/       \__ノ    

「普段着のノーマルスーツを作れ」〜M73-mkIIフロッグマンを作った男〜

(地上の星)
  普段着のノーマルスーツ  零細工場のおやじの夢
    作るたびに問題作  重大な事故
      補償、倒産、そして身売り  諦めない夢
        ある意味地球圏を席巻  絶えない友情
603ノーマルスーツ:04/08/28 06:18 ID:???
(2)
【国井】
 こんばんは。国井雅比古です。
【膳場】
 こんばんは。膳場貴子です。
【国井】
 今夜のプロジェクトXは、一年戦争のおよそ10年前にジオン公国にて制式化され
た軽量ノーマルスーツ、「M73-mkIIフロッグマン」のお話です。スタジオには、宇
宙時代黎明期からのノーマルスーツを、特別に借りて参りました。
【膳場】
 黎明期のものも、現在とそれほど形が変わらないんですねぇ。年代は・・・
えっ、西暦って書いてありますけど・・・
【国井】
 これは最も初期の宇宙服、アポロ計画の頃の宇宙服ですね。西暦1969年7月20
日、ニール・アームストロング船長とバズ・オルドリンが静かの海基地、現在の
フォン・ブラウン市近郊に降り立ったモデルと同じものです。もうちょっと時代を
進んでみますと・・・
【膳場】
 だんだんすっきりしてきますね。宇宙服表面のシワがだんだん無くなっていきま
す。
【国井】
 このあたりになると、宇宙服というよりもっぱらハードスーツと言われるものに
なります。現在ではどれもノーマルスーツと言われていますが、軌道上での宇宙塵
(スペースデブリ)との衝突や、突起物に宇宙服を引っ掛ける事故が深刻化してき
た頃に使われたものですね。
【膳場】
 このあたりになってくると、私たちのよく見慣れたノーマルスーツになります。
でもスーツの大きさや形は旧世紀のころとさほど変わっていないんですね。
【国井】
 そうなんです、デブリ対策が必要だった頃と較べて、開発当時にはもう超高速で
周回するデブリはほとんどありません。ノーマルスーツにも大幅なシェイプアップ
と、動きやすさが求められてきたんです。
【膳場】
本日は、そんなノーマルスーツ市場に一石を投じたサイド3の中小企業の、苦難に
満ちた物語です。
604ノーマルスーツ:04/08/28 06:19 ID:???
(3)
 宇宙世紀0062年。地球連邦軍の高高度迎撃機TINコッドがロールアウトされた。
これは0058年のジオン共和国の独立宣言を受けての軍備の拡大だった。高性能を
誇ったTINコッドだったが、パイロットからの不満の声が上がっていた。
 「パイロットスーツが重くて身動きができない。宇宙空間では必要だが地上では
無用の長物」
 同じ頃コロニー技師や作業員の間からも、「ノーマルスーツがかさばりすぎて、
作業ポッドに乗り込むのに一苦労する」という声が上がっていた。
 しかしこの頃のノーマルスーツは、ゼロ・プリブリージングを最低条件に、微小
デブリ衝突時の耐弾性、そして何十時間にも及ぶ装着を前提とした装備などがあ
り、スリム化することによるデメリットは机上で考えるだけでも充分なほどあげる
ことができた。

 サイド3のコロニー16バンチに、ある縫製工場があった。山田縫製所。当時の大
手ノーマルスーツメーカー、テクノーラ社の下請け工場だった。従業員わずか4名
の小さな工場だった。
 社長の山田には夢があった。「普段着のようなノーマルスーツを作る」
 だが現実は大手企業の下請け会社、自社開発などは夢のまた夢だった。
605ノーマルスーツ:04/08/28 06:20 ID:???
(4)
 仕事を終えた山田には日課があった。コロニー建設に従事する作業員の来る居酒
屋に行くことだった。くる日もくる日も宇宙空間でノーマルスーツを使う作業員
に、自分が手がけたノーマルスーツの具合を確かめるというのが、山田が飲み屋に
足を運ぶ切っ掛けだった。しかしいつしか飲み屋の客同士で仲が良くなり、気を許
せる相手もできてきた。

 ある日、客の一人が山田に言った。ペーター・アロナクスという目立たない男
だった。
 「ハードスーツじゃない、動きやすいスーツは作れないものか」
 山田は唸った。その話は自らの夢と合致した。それに、近頃では地球の衛星軌道
上も、推進剤に使ったヘリウムがいっぱいで、微小デブリも減速して無害なものに
なってきた。
 しかし資金がない。そのことを作業員たちに素直に話した。作業員達も資金を
持っているほうではない。その時はその話はそこで立ち消えになった。

 しかしアロナクスはその話を覚えていた。半年後山田の縫製所へ大金を持って
やってきた。
 大金をどうしたのかと聞くと、作業員みんなでカンパで集めたと答えた。
 山田、涙をこぼした。有り難かった。
 「普段着のようなノーマルスーツを作る」夢は目標となった。
606ノーマルスーツ:04/08/28 06:21 ID:???
(5)
(プロジェクト エーックス・・・)
【国井】
 本日はスタジオにペーター・アロナクスさんをお迎えしています。
(肘パッチを当てたジャケットにスラックス姿の冴えない老年男性が入場。松葉杖
をついている。)
【国井】
 アロナクスさん、作業員みんなにカンパを求めるのは大変だったでしょう。
【アロナクス】
 そうでもありませんでした。私たち作業員に限らず技術系の職人は、自分の普段
使う道具っていうものにはお金を使うもんなんです。毎日の糧を得るためのものに
手抜きできませんからね。
【国井】
 たしかにプロの方が使う道具は、値段を聞くと「えっ」と驚くようなものを使っ
てらっしゃいますね。
【アロナクス】
 実際はみんなハードスーツの身動きのし辛さに、うんざりしていたんです。だか
ら、薄型のスーツはお金を投資してでも欲しかったというのが当時の心境です。
【国井】
 なるほど。
【膳場】
 国井さん、ハードスーツの身動きのし辛さについては、ちょっとこちらを見て下
さい。
【国井】
 おや、膳場さんが先ほど展示してあったハードスーツを着ています。ちょっと
行ってみましょう。
【膳場】
 確かにハードスーツは、とても身動きし辛く感じます。これを着たまま、たとえ
ばこのドアを通ろうとすると引っかかってしまいます。そこでこういう風に・・・
あれ、ちょっ・・・どうしよう・・・
【アロナクス】
 そういうときは、ちょっと腰をかがめながら体をひねって・・・そう
【膳場】
 あ、抜けられました、ありがとうございます。・・・このように、ごく普通の動
作をするにも熟練を必要としたんです。ましてや無重量状態での作業はさらに難し
いと言われました。
【国井】
 アロナクスさん、膳場さん、ありがとうございました。このように作業用のノー
マルスーツは、自然な身のこなしから大きくかけ離れた動き方が必要とされまし
た。薄型で軽量なノーマルスーツの必要性は、いよいよ高まってきました。
 資金の問題を当面のところクリアーした山田さん。開発を進めるうちに、大変な
ことが起こってしまいました。引き続きご覧下さい。
607ノーマルスーツ:04/08/28 06:22 ID:???
(6)
 山田は薄型・軽量のノーマルスーツを実現するためのアイディアをひねってい
た。宇宙空間に出ても大丈夫な服にするためには、人間の呼吸の問題があった。

 従来の宇宙服がどれも大きくて嵩張るのは、宇宙空間での気密の維持がそれほど
大変だったということだった。宇宙服の内部には、人間が呼吸できる十分な量の空
気を蓄える必要があった。しかし空気による宇宙服の膨張は、動きやすさを阻害し
ていた。
 黎明期の宇宙服は内部気圧を0.3気圧程度にすることによって、宇宙服が膨れ上
がって身動きできなくなる状態を避けていた。しかし人間が0.3気圧でも平気で動
けるようになるためには、純粋酸素の満たされた減圧室で徐々に1気圧から0.3気圧
まで減圧し、体内の窒素を追い出す必要があった。これを怠った場合、体内の窒素
が気化し血管を塞いでしまう症状が出た。最悪の場合死に至るその症状は、減圧症
と呼ばれた。
 減圧は普通12時間前後かけて行われるものだったが、コロニー建設のような長期
間にわたる作業で、週はじめに12時間をかけて減圧をして宇宙空間に出て、また
12時間をかけて加圧して週末の休日を取る・・・というサイクルには、労働条件の
観点から無理があった。1気圧のままで宇宙空間に出られる必要があった。
 当然山田の考える薄型ノーマルスーツは、1気圧のままで身軽な動きを実現する
ものだった。
608ノーマルスーツ:04/08/28 06:28 ID:???
(7)
 アイディアが出ないまま悶々としていた山田が目にしたのは、気分転換のために
入った映画館でのことだった。それは旧世紀に流行したアニメーションだった。中
近東の砂漠に位置する航空基地での傭兵部隊の生き様を描く、旧世紀の航空技術と
傭兵の悲しさを語った映画だった。
 そこにはパイロットが耐Gスーツと言われるものを着て上空高くに飛び上がり、
耐Gスーツの締め付けによって血を吐くというシーンが描かれていた。
 「これだ」
 山田は映画を見終わってから急ぎ足で自宅へ帰った。

 耐Gスーツ。それは戦闘機パイロットが急旋回を行った時に生ずる血液の循環不
良を予防するためのもので、主に空気圧によってパイロットの体を締め付け、血液
が末端に偏った状態を改善するものだった。しかし山田の頭に、本来の用法とは違
うものが閃いた。
 「これを宇宙服に応用すれば、スーツ内気圧が低くても体にかかる圧力を変える
ことによって減圧症を防げる」
 その夜から試作型薄型ノーマルスーツの制作が始まった。
609ノーマルスーツ:04/08/28 06:29 ID:???
(8)
 2週間後、試作品が出来上がった。最初からノーマルスーツでは万が一の場合に
不安が残るため、ノーマルスーツの内部に着るインナースーツの形をとっていた。
 それは民生品として出回っていた人工筋肉を使って体を満遍なく締め上げ、気圧
に頼らずに体内気圧を1気圧に保つというアイディアを詰め込んだ結果だった。
ノーマルスーツ内で1気圧なのはヘルメットの中の頭部だけで、体は0.3気圧にして
いた。山田自身の十数回に及ぶ試着によって調整されたインナースーツは、確かに
真空下はおろか、10メートルプールに潜っての加圧状態でも体内気圧を1気圧に
保っていた。
 しかし問題があった。この方法をとるために、山田は一糸まとわぬ裸になって体
中にワセリンをたっぷり塗り、その上でインナースーツを着なければならなかっ
た。空気が混入しないように気を使う必要もあった。そのために頭以外の体毛を全
て剃り落とさなければならなかった。
 いくらなんでもこれでは実用的ではない、山田はつやつやと光っている自分の体
とねばついたインナースーツを洗いながらそう思った。
610ノーマルスーツ:04/08/28 06:29 ID:???
(9)
 このことを山田は作業員の集まる居酒屋で、仲間に話した。笑い話のつもりだっ
た。しかし作業員は口々に「試しに使ってみたい」と言ってきた。山田は、イン
ナースーツを少量だけ量産して手渡してみた。

 インナースーツを渡した相手は、最初は喜んでくれた。しかし日が経つにつれ、
人工筋肉で作られたインナースーツを使う作業員が減ってきた。理由を聞いてみ
た。
 「体中の毛を剃るのを女房に見られた」「全裸になるのでロッカーで着替えをす
るのが恥ずかしい」「ワセリン代が馬鹿にならない」「空気が混入すると体中を気
泡が移動してかなり気持ちが悪い」「ノーマルスーツのバッテリーの減りが早い」
「紙オムツが付けられないので、もよおした時の手間が複雑」・・・しごくもっと
もな理由だった。
 このような結果になることは分かりきっていた。山田はすでに対策を考えてい
た。
611ノーマルスーツ:04/08/28 06:30 ID:???
(10)
 さらに1ヶ月後、試作2号のインナースーツが完成した。2号型は1号型の欠点で
あった、ワセリンでの湿式空気遮断をさらに進めて、負圧を使った乾式空気遮断で
インナーを体に密着させる方法を採用した。これなら下着程度であれば衣服を着用
していてもインナーが体に密着する。バッテリーの減りは相変わらずだったが、そ
れ以外はだいぶ改善されたはずだった。紙オムツが使えない対策として、ペニサッ
クと吸水パッドを用意した。男性専用になったが、及第点だった。
 山田は実際に着用して宇宙に出てみた。具合はよかった。体を動かしても人工筋
肉の追随性は充分で、1気圧の宇宙服では得られない柔軟な動きが可能だった。

 山田は居酒屋の仲間に、自信作を持っていった。今度はみんなが喜んで着用して
くれた。

 しかし、問題が起きた。

 山田のインナースーツを着用した全員が、体調の不良を訴えてきたのだ。20時間
以上もの長時間の着用による、頸動脈の圧迫による血流阻害だった。ヘルメット部
とボディ部で気圧が違うために、つなぎ目の首に負担がかかっていた。
 体調不良を訴えた中には、アロナクスもいた。意識を失ったことに仲間が気付く
のが遅れたため、脳の運動野に障害を負った。アロナクスは宇宙に出られない体に
なった。

 山田はコロニー公社とアロナクスへの補償のため工場をたたみ、売却した。それ
でも大きな借金が残った。

 友人に障害を負わせ、会社を無くし、従業員を路頭に迷わせてしまった山田は、
石にかじり付いても借金返済のための資金を集める決心をした。幸か不幸か家族は
いなかった。もう後戻りはできなかった。
 山田は、当時創設されたばかりのジオン共和国の宇宙軍にインナースーツを持っ
ていった。
612ノーマルスーツ:04/08/28 06:35 ID:???
(11)
(エーックス)
【膳場】
 ここでもうひと方のゲストをご紹介します。薄型軽量ノーマルスーツ開発の立役
者、山田卓司さんです。
(スーツ姿の痩せた老年男性が入場する。歳の割に背筋が伸び、しゃんとした印象
を与える。)
【国井】
 ・・・山田さん、大変でしたね。
【山田】
 はい、あの時は本当に目の前が真っ暗になりました。
 熟練の作業員を病院送りにしてコロニー公社にもご迷惑をおかけしましたし、な
かでもアロナクスさんには本当に申し訳ないことをしました。今でも付き合いを続
けていただいているのは本当に有り難いことです。
【国井】
 アロナクスさんはどうでしたか。
【アロナクス】
 いや、私の息子が当時大学生でコロニー建設の技術者の道に進むことが決まって
いたので、宇宙に出られなくなった時でも別に残念とかという感情はありませんで
した。ああ、潮時なんだな、と。
 実際あの一件のあとも山田さんは私に謝りどおしですが、山田さんのせいで、と
いう考えははなからありませんでしたし、お付き合いをしていただいて感謝するの
はこちらのほうです。
【国井】
 ・・・お二人とも、いいご友人をお持ちになりましたね。
【山田】
 ええ、それはもう。
【アロナクス】
 私の自慢の友人です。
【国井】
 このあとジオン共和国、のちにジオン公国へと国体を改めますが、その宇宙軍に
試作品のインナースーツを持っていく。軍に加担するということに恐怖感はありま
せんでしたか?
【山田】
 それはありました。ちょうどダイクン派とザビ派の闘争があったころですから。
でも私のスーツは人を生かしこそすれ、決して殺しをするためのものではないとい
う確信がありました。借金で首が回らない状態でもありましたし、私の成果をきち
んと評価してくれてお金を出してくれる、コロニー公社以外の場所が必要だったん
です。
 寄らば大樹の陰、というのもありましたしね(笑)。
【国井】
 さて、ジオン共和国の軍へとインナースーツを持っていった山田さん。このあと
どのようにして軽量・薄型ノーマルスーツへと昇華するのでしょうか。続きをご覧
下さい。
613ノーマルスーツ:04/08/28 06:37 ID:???
(12)
 宇宙世紀0058年、サイド3はジオン共和国へと独立宣言を発表した。その後地球
連邦はジオン共和国へ経済制裁を行い、治安名目の宇宙軍を創設した。どんどんき
な臭くなっていく情勢の中、0067年の時点でジオン軍は連邦宇宙軍を威嚇できる
だけの可能性を貪欲に求めていた。山田のインナースーツと、その発展としての軽
量・薄型ノーマルスーツの案は、拍子抜けするほどすんなりと承認され、軍の研究
所にて研究活動を行うことを許可された。もちろん助成金と、山田個人への手当金
も支給された。ただし特許権はジオン軍に帰属することを念押しされた。
 山田は特許権に興味は無かった。確かに特許権を押さえれば特許料が入ってきて
借金も返せる。しかしそれでは普及に時間がかかる。自分の実験につきあわせて下
半身に麻痺の残ったアロナクスと、他のみんなに申し訳なかった。薄型ノーマル
スーツの実用化は、目標から悲願となっていた。

 山田は頸動脈の血流を阻害したヘルメット部分の気圧隔壁に注目した。大きな借
金を抱えた状態では思い浮かばなかった解決策が、ジオン軍の研究所勤めになって
気持ちに余裕ができたとたんアイディアが浮かんだ。
 気圧隔壁を首に持ってくるから圧迫される。顔の周りだけを覆えば問題ない。
 顔の周りと両耳の周辺に気密性の高い素材を使って隔壁を作ると、頸動脈の圧迫
は無くなった。気圧の差を利用して、より顔にフィットする形になおすと、さらに
具合が良くなった。そして薄型の耐放射線・耐熱外装を取り付けただけで、短時間
の宇宙空間への曝露にも耐えるノーマルスーツとして成立した。
 山田のノーマルスーツは、試験の結果も良好だった。ただし、動作時間だけはど
うしても伸びなかった。空気は、必要があれば増加タンクを備えればよかった。し
かし電力だけはどうにもできなかった。
614ノーマルスーツ:04/08/28 06:44 ID:???
(13)
 当時のノーマルスーツの電源は、主にバッテリーに頼っていた。水素と酸素を反
応させる燃料電池を搭載していたが、必要な電力は燃料電池による生成分をオー
バーしていた。船外活動時間の限界は、1時間たらずだった。
 それでもそのノーマルスーツに利点はあった。何よりも動きやすい。電源は命綱
兼用の電源ケーブルを引けばよかった。電源を供給できる機体がそばにいる限り不
満は無かった。
 しかしそれでは本格的なノーマルスーツとは呼べなかった。単独で宇宙空間に放
り出されても、最低限1週間程度は動くものでなくては、安心して船外作業はでき
なかった。ましてや宇宙空間に放り出される可能性もある空間戦闘など言語道断
だった。
 ヘルメットの中央に太陽電池ユニットを配置したが、焼け石に水だった。

 悩んでいる山田を見かねた研究所の同僚が、他の研究チームを紹介した。その
チームは人工筋肉の発展的活用を研究するグループで、人工筋肉を運動させて得る
起電力のことを研究していた。
 山田にとってまさに渡りに船だった。人工筋肉を体の締め付けに使う以外に、着
用者が身動きするたびに発電するジェネレーターとして使う。しかもその負荷を調
整することによって、無重量生活が長引くと起こりがちな、生活に必要な筋力の低
下も防げるかもしれなかった。身動きして筋力トレーニングにもなり、さらに発電
して体内気圧を1気圧に保つ。余剰電力があるなら二酸化炭素や水を酸素に分解す
ることもあながち無理ではなさそうだった。
615ノーマルスーツ:04/08/28 06:46 ID:???
(14)
 人工筋肉による発電を実用化に持っていくには、その後5年の歳月を要した。そ
の間にも各種新素材の採用によって、必要電力は低下していき、当初の目標数値よ
りも低い必要電力となった。地上を走るような激しい運動をした場合、人工筋肉を
発電にも使うことによって、余剰電力が生まれた。酸素生成触媒が付けられ、多少
の稼働時間の延長にも繋がった。
 ここに山田の望んでいたノーマルスーツは完成した。

 山田の発案したノーマルスーツは、0073年にM73式ノーマルスーツとして制式
採用された。それまでの宇宙服やハードスーツの既成概念から明らかに一歩踏み出
したそのデザインは、一年戦争終結後も各地で使用されていたことからも優秀さが
窺われた。連邦軍にもそのノーマルスーツの技術は流出し、その後0075年にMN-2
型ノーマルスーツとして結実した。
616ノーマルスーツ:04/08/28 06:48 ID:???
(15)
【国井】
 ・・・やっとできたんですね。苦節10年間の道のりでした。
【山田】
 はい、これでひとまずの作品が作れたものと、当時ほっとしたことを覚えていま
す。ですがこのM73型を作り上げたあと、すぐにもっといいものを作りたい、とい
う欲求が頭をもたげていました。それでM73完成のあと軍を辞めて、ノーマルスー
ツの基礎研究のためにジオン体育大学の運動生理学講座に身を寄せていたんです。
戦争が始まって復員しましたが、技術中尉待遇で後方勤務でした。
【アロナクス】
 私は障害者として登録されていましたから招集はされませんでしたが、このノー
マルスーツには袖を通してみたいと思いました。やはり誇らしいですね。
【国井】
 本日はどうもありがとうございました。
【膳場】
 宇宙で生活するものにとって切っても切れないノーマルスーツ。いまやノーマル
スーツの世界では常識的な技術を確立した、山田さんのお話でした。ですが山田さ
んの道のりはまだ続きます。
617ノーマルスーツ:04/08/28 06:50 ID:???
(16)
 その後、新素材を使ってより汎用性と強度を高めた、M73-mkII式ノーマルスーツ
が開発された。ジオン軍パイロットの代名詞とも言える緑色のノーマルスーツは、
フロッグマンという愛称で各地で使用された。ジオン軍のM73-mkIIと連邦軍の
MN-2、山田は結果的に両軍のノーマルスーツに影響を与えた。
 悲願達成だった。

(ヘッドライト・テールライト)
 M73式ノーマルスーツは宇宙に留まらず、山田が参考とした耐Gスーツとして地
上でも使われた。実に0088年のネオジオン軍まで使われ続けたそのノーマルスー
ツは、ベストセラーと言って過言ではなかった。
 一年戦争後、ジオン公国が再びジオン共和国と名前を変えて、ジオン軍という組
織が非合法化されたことによって、ジオン軍の持っているノーマルスーツに関する
特許権は棄却された。これで大手を振ってノーマルスーツを民生用に作ることがで
きた。
 その後山田は、山田縫製所を再興。現在ではジオン共和国内でも老舗として、値
段は張るが仕立てのいいノーマルスーツ工房として地位を築いている。山田自身
は、齢70を過ぎても職人として一線に立っている。
 アロナクスは息子のフェリペにコロニー建設・維持の仕事を譲り、悠々自適の隠
居生活をして久しい。最近孫のトビアが誕生すると同じ歳、傘寿を迎えた。
 昨年、M73-mkIIフロッグマン愛好家たちによるユーザーズクラブのイベントに、
山田とアロナクスはゲストとして招待された。レプリカモデルまでが作られるほど
の人気を得たノーマルスーツは、M73-mkIIフロッグマンとMN-2以外、未だ存在し
ない。