70年代のアントニオ猪木 2

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385お前名無しだろ
1983年に40歳になった猪木はIWGP決勝のホーガン戦で舌出し失神して見せる。
前年に糖尿病の症状が出たそうで、ブックどうりにしようにも体力が続かなくなっていたんだと思う。
30代まではよかったが40歳になって急にガクンと体力が落ちた感じはするね。
ちょっと前はドイツでボックなんかにもガツンガツン投げられても平気で起き上がれてたスタミナがあったけど
40歳以降は相手レスラーからボデイスラムされただけでも腰痛そうにしてつらそうだった。
同じ時期の1982年に猪木監禁事件なるものもあったりなんか、燃える闘魂というか、気持ちもさめたんじゃないかな。
「もういつでも辞めたいんだよ」みたいな本音も言い出したのもその頃からじゃなかったかな。
今から考えても、あのあとに新日のトップを前田に譲ればよかったと思うね。
「後継者は前田だと思ってた」と言ってた猪木もそうしたかったんじゃね?
まあでもテレ朝が、猪木がメインじゃないと放送打ち切るとかで、ずっとズルズルやり続けていたのがダメだったな…
猪木とかプロレスに関係なく、たいがい売れていたモノをダメにするのはテレビ局の番組作り上の思惑だと思うよ