フレアー テビアス ゴディ 鶴龍 ザ・ロード・ウォーリアーズ
以上のレスラーたちを使って、その相関関係を述べよ。
2 :
お前名無しだろ:05/01/15 23:02:52 ID:P5VvP0oi
2
3 :
お前名無しだろ:05/01/15 23:04:02 ID:MSsmVfLb
ニッカポッカウインクル
4 :
お前名無しだろ:05/01/15 23:04:46 ID:TiGfIr39
おぬしが述べよ。
以上。
5 :
お前名無しだろ:05/01/15 23:18:21 ID:qpxZR+r1
ホーガンは全日未参戦なのでハブ
6 :
お前名無しだろ:05/01/15 23:23:08 ID:MSsmVfLb
しっかし最近ベストバウトスレみたいな懐古スレが多いよね。
そっちのほうが楽しいんだよなー
7 :
:05/01/15 23:28:48 ID:0must7sZ
アンドレ入れろよ
8 :
お前名無しだろ:05/01/16 15:43:37 ID:ZaCa73w2
テリーファンクと天龍の一騎打ちのビデオってないかぁ…
9 :
お前名無しだろ:05/01/16 16:16:11 ID:TXlsjZGa
アーナルトつわりジャネッカー
10 :
お前名無しだろ:05/01/16 16:38:36 ID:YEU2f+wg
>>9 あぁなるとつわりじゃねぇかぁ?
この方が意味が通る
11 :
お前名無しだろ:05/01/16 16:54:56 ID:quw9Z/vG
掘った芋いじるな。
>>1 今更面倒臭い。今のレスラーで語ってやろうよ。
13 :
お前名無しだろ:05/01/16 23:57:04 ID:ZaCa73w2
全日本プロレス設立の年、昭和47年10月31日に、鶴田の全日入門が発表された。
そして年が明けた3月22日、鶴田は修行のため、テキサス州アマリロに旅立った。
アマリロはドリー・ファンク・シニア、その息子ドリー・ファンク・ジュニア、テリー・ファンクのファンクファミリーの本拠地である。
鶴田は到着早々の24日にアマリロのリングでデビューを果たした。
そしてなんとデビュー2ヵ月でドリーが保持するNWAタイトルに挑戦したのである(5月20日/メキシコ州アルバカーキ)。
「最初、タイトルマッチだぞ、と言われたときは、冗談だと思った。まだ第一試合でハンセンなんかと闘っていた時ですからね。
もう無我夢中でやった。もちろん歯が立たなかったけれど、ドリーがうまくリードしてくれた。
どんな技でも受けてやるからどんどん攻めてこい、という感じ。だから売り物の4種類のスープレックスとかやりたいことを全部やらせてもらった。
それで最終的にはきっちり負かされました。本当にぼくの技を全て受けてくれましたよ。
ドリーは、強さというのを余り感じさせないタイプだったけれど、実際やってみると、やっぱりチャンピオンは凄いなって思いましたね。
でも、力の差は随分ありましたけれど、やることをやり尽くしての負けですから納得できました。この試合は、ドリーがNWA王座を防衛した最後の試合なんです。
次の防衛戦でレイスに負けて王座を失った。そんなこともあって、凄く印象に残ってますね」
渡米から約半年後の10月1日に帰国した鶴田は、6日に国内デビュー戦を飾り、9日には、馬場とタッグを組み、
ザ・ファンクスを相手にインターナショナルタッグ選手権を行った(1−1引き分け)。
14 :
お前名無しだろ:05/01/16 23:58:08 ID:ZaCa73w2
「ファンに認められるファイトができました。それまでは、ぼくは日本でレスラーとしてやっていけるかという不安がいつもつきまとっていたけれど、
これでプロとしてやっていく自信がついた。この試合で日本でのジャンボ鶴田が確立されたと思います。ぼくにとって一番大事な試合になりました」
後年ファンクスは日本側陣営に入ったために、シングルで対決する機会が少なく、主にタッグでの対戦だったが、ファンクス抜きでは、いまのジャンボ鶴田はありえなかった。
「やっぱり師匠格ですから、ドリーは対戦相手としても、タッグパートナーとしても、安心して闘えましたね。
たとえば、ぼくがやんちゃ坊主で突拍子もないことやってもドリーだったら最後きちんと締めてくれる。
同じ兄弟でもテリーは随分違います。テリーはやんちゃ坊主そのままだから、次に何が出てくるかわからない。レスリングの流れが読めないんです。
ぼくはアマレス出身だから、理詰めでレスリングをしたい方なんで、どうしてもドリー贔屓になる。ただ、一本勝負だとテリータイプの方が怖いんです。
先が読めないから、突然思いがけない技で不覚をとることがある。
テリーとはNWA戦もやりましたけれど(昭和51年)、当時のぼくはまだ、NWAのベルトをとるには力が足りなかったですね」
15 :
お前名無しだろ:05/01/16 23:59:36 ID:NKOoKi2G
鶴田最強
16 :
委員長:05/01/17 14:39:00 ID:9bspGxz5
テリー⇔レイス(ライバルにして友人)
テリー⇔デビアス(師弟関係後にプチライバル)
テリー⇔ハンセン(師弟関係にしてライバル)
テリー⇔鶴龍(師弟関係)
テリー⇔ホーガン(やや薄い師弟関係)
テリー⇔ブロディ(ライバルだが、リング以外での関係は薄い)
ブロディ⇔ハンセン(友人にしてパートナーでライバル)
ブロディ⇔ゴディ(戦ったことはあるが薄い関係)
ハンセン⇔ゴディ(友人にしてパートナーでライバル)
鶴龍⇔ハンセン(ライバル)
鶴龍⇔ブロディ(ライバル)
鶴龍⇔ゴディ(ライバル)
フレアー⇔デビアス(出世争いのライバル。フレアーの勝ち)
フレアー⇔鶴龍(ライバル)
デビアス⇔鶴龍(ライバル)
※こうしてみると、テリーの人脈の広さ、面倒見の良さが際立ちますなw
17 :
お前名無しだろ:05/01/17 15:18:47 ID:Lgodu7Nk
上のレスラー全てと対戦したのは、
テリー・ファンク
ハンセン
天龍
じゃないかな。曖昧な記憶だが…
テリーは晩期にホーガンとの抗争があったねぇ。
18 :
お前名無しだろ:05/01/17 17:27:21 ID:b7hgaj57
ホーガンは全日出てるよなドームで
19 :
お前名無しだろ:05/01/17 19:01:29 ID:0GiJdA25
20 :
安田:05/01/17 19:17:24 ID:17Piqj/v
ミスター・プロレス
>>17 意外にも長州が全員とあたってるんだこれが。
しかも長州はアンドレやシンやブッチャーとも
あたってるんじゃないかと。
22 :
お前名無しだろ:05/01/17 20:46:09 ID:0GiJdA25
フレアーも全員と、それもシングルで当たっていないか?無論長州も、あと藤波も。
馬場とはシングル戦なしか。でも手合わせしているよなあ。
23 :
お前名無しだろ:05/01/17 22:41:54 ID:7jQSSaq+
日本国内ではブッチャーも全員とシングルで当たってる
24 :
お前名無しだろ:05/01/17 23:10:51 ID:QzIpY7q/
あくまでもその頃で最強は誰?
自分はダントツでハンセン!
皆よく知ってるな。
それにしても、(NWA世界ヘビー)ブロディvsフレアー
これ見てみたいもんだ
26 :
世界最強タッグ決定リーグ:05/01/18 22:16:35 ID:eZbaF+Ey
ブロディ、ゴディ組 優勝
レイス、ハンセン組 21点
ホーガン、テビアス組 19点
ザ・ロード・ウォーリアーズ 18点
天龍、テリー組 13点
鶴田、マスカラス組 11点
ドリー、フレアー組 7点
長州、マサ組 5点
シン、スヌーカ組 4点
27 :
お前名無しだろ:05/01/19 12:53:55 ID:SRTHy5fi
>>25 昔世界のプロレスでやっていた。60分フルタイムドローで、ブロディがアップアップ
一応日本でもやってるんだけどねフレアー対ブロディ
確か特別試合でNWA世界戦ではないけど。
29 :
名無しさん:05/01/19 13:41:01 ID:7LpwheSO
用心棒レイス
30 :
お前名無しだろ:05/01/19 14:34:12 ID:ngs9WaFa
小さかったけどチャボ・ゲレロが好きだった。
31 :
お前名無しだろ:05/01/19 15:49:41 ID:cC5r3EV2
>>30 オートン家と同じく三世代の名門になったね。
32 :
お前名無しだろ:05/01/19 18:28:30 ID:SRTHy5fi
レイスとブロディも最強タッグ、特別試合でやっている。
両リンだけど、レイスが気合で圧倒。どっかに落ちていたけどなあ。動画
33 :
お前名無しだろ:05/01/19 18:55:22 ID:ihMJ5BPL
チャボゲレロとジプシージョーをよく間違えてた漏れ
ブッチャーとキラートーアカマタはわかった
34 :
お前名無しだろ:05/01/19 19:36:22 ID:cC5r3EV2
>>32 81年の開幕戦、後楽園ホール
モップの取り合いしてた。
>>33 普通、逆だろw
35 :
お前名無しだろ:05/01/19 19:42:04 ID:juUqEeDc
>>21 ローラン・ボックともやっているぜ。当時は子供扱いされた
けれどね。
36 :
お前名無しだろ:05/01/19 19:46:44 ID:fror5Jco
>>26 天龍組より鶴田組のほうが上だろな〜
ホーガン、テビアス組は12点で。
ドリー組は5点
長州は外国人選手と上手くスキンシップがとれなかったので
凡戦が多い まあ猪木のせいもあるけど
>>34 33じゃないが一時ジョーとチャボが両方口髭生やしてた時は確かに似てた。
プエルトリカンとメキシカンで人種的にも近縁だ。し
ブッチャーとカマタは顔が全然違う。
異常にパッチリした目のブッチャーと東洋人的細目のカマタ。
シルエットはクリソツだがw
40 :
お前名無しだろ:05/01/20 04:44:22 ID:NauNaM6x
41 :
お前名無しだろ:05/01/20 20:36:51 ID:qpZiL10+
ジャンボ鶴田十番勝負、最後は馬場編です。
中央大学のアマレス部にいた鶴田をスカウトし、全日に入れ、プロレスラーとして鶴田を育て上げた馬場は、
鶴田にとって目標であった。いや、それはまだ過去形になっていない。今もなお目標である。
「絶対に超えることのできないレスラー」鶴田は馬場をこう表現する。
「以前はチャンピオンカーニバルで年に一回馬場さんとシングルで闘えたんですが、馬場さんとの試合は、
自分の力量を測る目安になりましたね。自分が年ごとにどのくらい進歩したか測ってました。
初めてやった昭和50年の試合は10分くらいで負けましたけれど、それからやるごとに、
『俺も段々馬場さんに近づいてきたな』とか考えて、楽しかったですよ。馬場さんとは引分けが一回あって、
あとは全部負けてます。格負けですね」
レスラーの格はリングで組みあう前にわかるという。
「馬場さんがリングの真ん中に立って、ぼくがなんの気なしにそのまわりをぐるぐるっと回ることがあった。
こういうときはすでに威圧されているんです。無意識に馬場さんに対して参っている部分がある。
これで、ぼくが馬場さんの横に止まったときに、馬場さんがぼくのまわりを回りだしたら、馬場さんもぼくを警戒している。
格としては対等に近い感じになります。ぼくに限らずレスラー同士にはこういった感覚的なものがあるから、
試合を見るときの参考にしたら面白いかもしれない。馬場さんに対すると、技量的には同じくらいと思っていても
こうした仕草が出てくるんですよ」
一般的に、我々がレスラーとしての馬場を語るときには、その身長にとらわれすぎるきらいがある。
しかし、鶴田は馬場のレスリングのうまさを強調する。
「たしかに身長があるのは有利ですよ。コンパスが長いから、リングの真ん中でフォールしないと足を伸ばされて
ロープに逃げられてしまいます。
これでぼくは随分悔しい思いをした。また、リーチが長いから懐も深い。こっちが攻めていてもなにか懐の中で
ボショボショとやっている気がして嫌なものなんです。
でも、馬場さんの一番凄いところは、それだけの身長があって、なおかつ試合がうまいところなんです。
試合の掴み方というか、流れを読んで、さらにそれに応じたレスリングができる。たとえば、ドリー・ファンクと技で
互角の応酬をやったり、ハンセンのパワーを受け流したり、小さい人の技を封じ込んだり、相手に応じてレスリングを使い分けている。
本質的にパワーファイターじゃなくて、技を基本にやってきた人だから、力は落ちているかもしれないけれど、
それを技術でまかなえるんですよ。やっぱり凄いレスラーとしか言えないですね」
鶴田は馬場が創ったこの全日が大好きだという。だから全日のために長くプロレスラーであり続けたいという。
「今の位置は田上に任せて、ぼくは馬場さんの相手をやりたいね。悪役商会に入れてもらって、ピンクのタイツはいて、
渕クンとか永源さんと一緒にね。タイツはもう注文してあるんですよ(笑)」
涙…
44 :
お前名無しだろ:05/01/22 00:57:33 ID:1b+WeMiC
>42.43
懐かしい…。長文、乙です。
46 :
お前名無しだろ:05/01/23 20:26:51 ID:2ekRpw6w
昭和54年1月に全日本プロレスに初登場したブルーザー・ブロディは、
このシリーズで早くもジャイアント馬場とシングルで対決(反則負け)するなど、その類まれなる実力をアピールした。
そして57年から始まるインター・ヘビー級のベルトを巡る、鶴田との一連のファイトによって、
ブロディは日本のファンにとって、忘れる事のできない存在にのしあがった。
「ブロディとは随分やりましたよ。そのなかでも、63年(3月27日)の武道館で負けてインターを取られた試合は忘れられない。
そのあと仙台(4月19日)で取り返した試合もよく憶えているけれど、どっちかちゅうたら、取られた試合の方が印象が強いです。
あのブロディが、勝ったあとベルトを高々と上げて、泣いたという試合です」
この試合(60分1本勝負)は17分7秒、ブロディのジャンピングニードロップで鶴田がKOされ、完璧なフォールを奪われた。
「完敗です。こっちも目一杯力を出して、自分の持っている技を全部使った。それでも勝てなかった。
スタミナでもブロディのほうが上だったし、完全に叩きのめされました。負けて、若手の肩を借りてリングから帰るときに
『こいつには、敵わない』って、納得していたくらい、力の差を感じさせられました」
鶴田にとって、修行時代を別にすれば、実力でヒケをとったと感じさせられたレスラーはこのときのブロディが初めてだった。
ブロディは、リング上では吠えまくり、コスチュームでも野生派に見せていたが。その実、知性派だった。
「ブロディはプロレスラーのひとつの理想像に達していたんじゃないかな。パワー、スピード、テクニックのすべてに10点満点で、
バランスがよかった。体もあるし、頭も良い。プロレスラーになる前には新聞記者をやっていたせいなのか、試合を客観的に見ることができたんでしょうね。
試合の流れをいつも冷静に分析していた。相手の試合の組み立てかたを頭に入れて、その先々に手を打ってくる。
だからなかなか勝機を見出せないままやられてしまう。相手に手も足も出させないファイトをするんです。
だから負けると精神的にキツイ。クシャッと潰されて『敵わない』と思っちゃう」
47 :
お前名無しだろ:05/01/23 20:30:14 ID:2ekRpw6w
しかし鶴田はリターンマッチに勝った。
「仙台の試合では、挑戦者だから負けてもともとみたいな気があって、もう持久力で勝負しても駄目だから、
一回でも勝機があったら一気に行ってやろうと決めていたんです。それと、ブロディはジャンボ鶴田の技は一通りわかっているから、
勝つためには、奴の知らない技をかけて慌てさせるしかないと思ってました」
冷静なブロディを慌てさせた「トッピな技」、それは鶴田が初めて見せた雪崩式のブレーンバスターだった。
トップロープからのニードロップを狙ったブロディに対しロープ2段目に駆け上がった鶴田はブロディを抱え込むと、
そのままブレンバスターで投げ捨て、さらにバックドロップからフォールした。「10点満点のレスラー」ブロディよりも
鶴田がわずかに勝(まさ)っている部分だという「プロとしてのキャリア」が、この知能戦のケリをつけた。
ジャイアント馬場が、メインエベントから身を引き、ブロディが新日本プロレスに引き抜かれた昭和60年あたりから、
鶴田は名実共に全日のエースとして、外人レスラーのエースであるスタン・ハンセンとシングル対決することが多くなった。
インター、PWF、そして三冠統一王座をめぐって、なんども繰り広げられ、そして現在も継続中のこの頂上対決だが、
意外なことに、鶴田は自分で名勝負と言えるような試合はなかったという。
「あいつとは精神的に駄目なんです。ハンセンはぼくがデビューするときからのつきあいでしょう。
ぼくがテキサスのファンク道場に行ったときに同じ新人として一緒にトレーニングしたりリングに上がったりした仲だから、
どうも幼なじみみたいな気がする。今でもリングであいつと向きあうと、修行時代に戻ったような気がして、余計なことを考えてしまう。
あのころは1試合やって15ドルしか貰えなかったなあとか、ぼくが持って行ったインスタントラーメンをハンセンが食っちゃったとか。
30袋以上食われちゃって、この前、今度請求書出すからちゃんと金払えっていったんだけどね(笑)。
そんなだから、例えば小学校の新入生、入学式に一緒に出た同級生がだんだん上に上がってここまで来たっていう感覚があって、
あいつに負けるのはなんか納得できない。こいつにだけは負けたくないし、負けるはずがないと思っちゃうんですよ。
素直に実力を評価できないんだ。あいつのパワーは凄いけれど、昔から俺の方が頭はよかったんだ。
だから緻密な計算をして理詰めなファイトをすれば絶対に負けないとか、思い込んでる」
だから、勝っても当然のような気がするし、負けても納得ができない。それが、ハンセンとの試合を名勝負と言いたくない理由である。
あえて印象に残る一番といえば、平成元年4月18日の大田区体育館。鶴田が持つインターとハンセンが持つPWF・UNのトリプル・タイトルマッチでハンセンを破り、
三冠統一を果たした一戦だが、それも三冠を手にした嬉しさを別にすれば、試合内容には不満が残る。
しかし、最近のハンセンは一皮剥けたと鶴田はいう。
「全日に来た頃のハンセンはまさにブレーキが壊れたダンプカーみたいに、狂ったようにラッシュするだけ。
スタミナはないから、最初の5分から10分を耐えればたいしたことはなかった。でも最近のハンセンは、三沢戦、川田戦、小橋戦なんかみてもすごく工夫した
レスリングをしている。自分のラリアートがもし一発はずされても、すぐ隙をついてもう一発やるとか、勝ち方に進歩が見える。
単なるパワーファイターから、ひとつ違うタイプのうまいレスラーになってきました。まるでジャンボ鶴田を見ているようなうまさ(笑)。
それだけキャリアを積んだってことでしょう」
同時期にデビューしてほぼ20年、ハンセンはようやく鶴田の評価にかなうレスラーになった。
鶴田とハンセンの名勝負物語は今からスタートするのかもしれない。
50 :
お前名無しだろ:05/01/25 11:12:35 ID:7SQkQkUA
このメンバーに入ると、デビアスと天が噛ませ犬だな。と
51 :
お前名無しだろ:05/01/26 16:05:03 ID:4szw6H4j
スレつかないねえ。
ローデスもこの中にいれてみましょう。
アンドレ、ハンセン、ブロディを超える日本発の外人は出てこないだろうな
53 :
お前名無しだろ:05/01/28 20:51:22 ID:nb4K3FAS
↑グロやめれ!
55 :
お前名無しだろ:05/01/31 18:56:22 ID:VWPiBcF1
56 :
:05/01/31 19:16:50 ID:Le07ywZQ
馬場にしても、鶴田にしても、全日の連中は新日からトップレスラーを引き抜くと必ず、基本がなってないとか、全日に入ってからうまくなったとか言ってたな。
オイシイと思ったら、キャリアのあさいやつにも平気で負けた猪木とは大違いだ。
>>56 おいおい
他団体のことをあれこれ悪く言うことに関しちゃ猪木/新日の方がずっと酷かったろうが。
58 :
ひねくれたヒヨコ:05/01/31 19:39:46 ID:SgDtmH+X
NWA
ドリー VS 猪木
59 :
お前名無しだろ:05/01/31 23:48:49 ID:cDjFCHWr
ナニ言ってる!猪木ほど自分が負けるのを渋る奴いねーよ(それでブロディ
と合わなかった)。
馬場の方がタッグマッチでびびるくらい簡単にフォール負けしてた。
60 :
お前名無しだろ:05/02/03 02:17:29 ID:+ASirUSD
オーエン
sage
猪木なんかぜんぜん寝ない、白星乞食だろ。
63 :
お前名無しだろ:05/02/07 22:12:59 ID:SZ5z9MNS
あげ
64 :
お前名無しだろ:05/02/11 20:55:39 ID:ivrv85Rv
オートンJrは、新日復帰後の長州とやった時に、小馬鹿にする様にあしらったんだよね。
長州はブレイク後もベテランや格上の外人とあたると、急にかませ犬に戻る時があるんだよな。
アンドレとのシングルでもあっさり負けてたし。
65 :
お前名無しだろ:05/02/15 03:28:25 ID:IBJ+7/Ct
>>56 それは猪木の得意技だろ。ブッチャーに、
「今までのファイトでは、うちでは通用しないよ。うちのテンポについてこれるかな?」
カーニバル優勝経験者に対して失礼だなと思った。
66 :
お前名無しだろ:05/02/15 13:41:02 ID:isgr+u7O
>>56 >馬場にしても、鶴田にしても、全日の連中は新日からトップレスラーを引き抜くと必ず、基本がなってないとか、全日に入ってからうまくなったとか言ってたな。
それは本当のことなんじゃないか?
トップじゃないけど、アニマルやヒロみたいに本当に上手い選手のことは手放しで評価していたわけだからね。
67 :
お前名無しだろ:05/02/15 13:52:36 ID:0IoRCk22
>>66 ハヤブサなんかもベタボメされてたよねライガーに
68 :
猪木は弱い:05/02/15 19:47:26 ID:up7eKZX6
ボブ・バックランド
69 :
お前名無しだろ:05/02/15 19:49:40 ID:up7eKZX6
ボブ VS 高田
70 :
お前名無しだろ:05/02/20 17:27:47 ID:v5SqlcTq
レイスのバーティカルスープレックス AGE
71 :
お前名無しだろ:05/02/20 23:59:25 ID:w99GsLcU
つくづくレイスやフレアーが毎日フルタイムドローができたのが本当に偉大だったなあと
72 :
お前名無しだろ:
>>71 相手光らせて自分の見せ場をこしらえて、観客を手玉にとり飽きない試合を作った上でだからね。