[2日目午後6時半:デパート本館1F]
「この建物内にいる筈なんですが…見当たりませんね」
レーダーを持った兵士が、モニターと自分のいる位置を交互に確認しながら呟いた。
「…お前は馬鹿か。この階にいるとは限らないだろうが!」
佐山は兵士を睨みつけながらそう吐き捨てた。
今いるデパートの本館は地下1階から地上6階、さらには屋上もある。
さすがのレーダーも立体には対応していなかった。
佐山は兵士達に命じた。
「何階にいるのか…お前達、調べて来い。越中を発見次第連絡しろ」
「はっ」
命を受けた兵士達は階段、エスカレーターへと散っていった。
「まずは越中…それからこちらへ向かっているであろう西村…順番に片付けさせてもらうとするか」
佐山はそう呟きニヤリと笑うと、靴売り場の椅子にドカッと腰を下ろした。
「猪木さんの命を狙うなんて…図々しいにも程がある。まったく…何を考えているんだか
あの人を殺っていいのは…あの人を一番理解している人間だけだ。そしてそれは…この俺だ」
嫌らしい笑みを浮かべながら佐山はブツブツと呟いた。
あの中華料理屋の瓦礫の下から自分を助け出してくれた、猪木。
『俺と戦うつもり』と、己の命を狙っている事をわかっているのに助け出してくれた、猪木。
「この恩返しは…必ず…貴方を殺す事によって返させていただきますよ、猪木さん」
…もうこの男が狂気の世界から戻る事はないのだろう。
ただひたすら、猪木を殺す為に…己にとっての邪魔者を排除していくつもりらしい。
「その為にはもっと狂わないとな。1人ずつ…嬲り殺しにすれば、もっと深く強く狂えるだろう。
クックックッ…そして最後に…猪木さんのお気に入りのアイツを殺れば…完璧だ!
そしてこの手で猪木さんを…ああ、考えただけで身震いが…たまらないなあ…」
愛憎と嫉妬と狂気の狭間で、佐山は猪木と対峙した時の事を想像し、快感に酔いしれていた。
[2日目午後6時40分:デパート本館社員専用階段]
「越中さんがいるのは何階なんですか?」
カシンは社員用の階段の前で西村に聞いた。
「あの足で階段登った事を考えると…たぶんまだ5階にいると思う。おもちゃ売り場」
「もしそこにいなかったら?」
「地下のエレベーター前で待ち合わせてる。でも足を怪我してるから…」
「6時20分頃に別れたとして、5階まで行って物色して…20分経ってるからギリギリか」
カシンはそう呟くと軽く舌打ちをした。
「とにかく5階まで行ってみるか」
西村は階段を見上げながらそう言った。
「一か八か…行ってみよう」
そう言うとカシンはポケットからグロックを取り出し、右手に握り締め階段を駆け上がり始めた。
そして西村もその後に続いた。
[2日目午後6時40分:デパート本館5F]
空のジュースのボトル、タオル、密閉できる蓋のついた瓶、そして大型の水鉄砲。
越中は必要なものを一通り床に並べて確認した。
「…これで足りるか」
それらを帆布で出来た巾着状のランドリーバッグにしまい込む。
口の紐をギュっと縛り、肩に担いで立ち上がろうとしたその時――――
カッカッカッカッ……
エスカレーターの方、階下から硬い足音が響いた。
(西村?いや、アイツはスニーカーだったはず…一体誰だ!?)
越中は警戒し、そっと立ち上がると物音を立てないように倉庫の方へと向かった。
(倉庫の奥に社員専用階段があったはずだ。そっちから降りれば…)
痛む足を引き摺り、階段のドアの前に辿り着いた。
そしてドアノブに手をかけようとした瞬間…
ガチャッ
目の前のドアノブが動き、ゆっくりとドアが開いた。
そして現れたのは…グロックを手にしたケンドー・カシン!
「――――っ!!!!!」
予想だにしなかった奴の出現に、越中はパニック状態になった。
それでも声を挙げなかったのは、まだ警戒を解いていなかったおかげかもしれない。
カシンはちょっと驚いた後、越中を見てニヤッと笑った。
(カシンはニッコリしたつもりだが、慌ててる越中には悪意のある笑みに見えたらしい)
越中はデイバッグの中から何か武器を取り出そうとするが、慌てていて侭ならない。
(ああっ!こんな時にーっ!こんな所に来るなって!)
そんな風にジタバタとする越中を見て、カシンは堪えきれなくなりプッと吹き出した。
そしてその後ろから西村がヒョイと顔を覗かせた。
「越中さん、無事でしたか?」
こみ上げる笑いを堪えながら、西村はそう問い掛けた。
「――――西村!?お前何でコイツと一緒にいるんだ???」
越中はキョトンとして、二人の顔を交互に見た。
「外で会ったんです…大丈夫、カシンは同じ目的を持った仲間です」
西村がそう言いニッコリ微笑むと、越中は力が抜けたのかヘナヘナとへたり込んでしまった。
それを見たカシンはとうとう堪えきれなくなってクックックッと声を殺して笑い出した。
「な…仲間?なんだって!?どういう事だ?…おいカシン、笑うなって!」
越中は驚きつつも、笑われた事にムッとしてそう言葉を吐いた。
「話すと長いですし…これをまず見てください」
そう言うと西村は、先程カシンとやり取りしたメモをポケットから取り出し越中に見せた。
そして越中がそれを読んでいる間に、事のあらましを新たにメモに綴り
先に渡したメモを読み終えた越中に再び手渡した。
「そうか、お前も…」
そう呟いて越中はカシンを見上げた。カシンは何も言わずに笑みをたたえ、頷いた。
「カシンに負担がかかってしまうけど、これが最善の方法だと思う…」
西村がそう語るのをさえぎるように、カシンが喋り出した。
「そう。ここであの変態オヤジを倒しちまえば、事は楽に進むはずです。
悪いけど、越中さんと西村さんじゃあ頼りなさ過ぎるし。
俺は…自慢にもならないけど慣れてますから。任せて下さい、越中さん」
「…まあ、西村が信用したんだったら、俺も信用するよ。
カシン…頼んだぞ…失敗は許されないからな!」
越中はそう言うと、カシンに手を差し伸べた。
カシンはその手をしっかりと握り返し、頷いた。
「じゃあ早速行きましょうか」
カシンはそう言うと越中の手を離し、代りにグロックをその手に握り締めた。
「越中さん、兵士の姿見ませんでした?」
西村が越中に問い掛けた。
「いや…姿は見てないけど、エスカレーターの方から足音が聞こえた。この下の階にいるらしい」
「…早いな。人数は確か…3人だったな」
カシンはそう呟くと何やら思案し始めた。そして
「エスカレーターから来る奴は、任せます。俺は階段から来る奴を仕留めますから。
爆弾使っても、ガソリンぶちまけてもいいから必ず仕留めてください」
と二人に向かって言った。
「わかった。カシン…気をつけてな」
西村が心配げに呟いた。
「…百戦錬磨ですから。ご心配なく」
自嘲気味に笑みを浮かべ、カシンはそう答えた。
そしてスタスタと倉庫を出て階段へと向かって行った。