前スレ「新日バトルロワイヤル2」容量オーバーの為引越しました。
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阻止!!
一瞬、慣れ親しんだ道場ではないと西村修は錯覚した。
もちろん、その部屋はいつもの新日本の道場であったのだけれど、
何かがおかしかった。何かが違っている。
すぐに、西村修はその原因に気づいた。窓の外で、すでに日が暮れようとしている。
さっきまで練習中であったはずなのに・・・
西村修は、辺りをそろそろと見回した。道場内で見かけたことのあるプロレスラーたちが、
先ほどまでの西村修と同じように机に伏して眠っている。
そのなかには、西村修の親友でもある天山広吉の姿もあった。
俺、どうしたんだろう? 西村修がそう思ったとき、道場内に大きな音がした。
皆、眠りから覚めたばかりらしく、西村修と同様に周囲を見回している。
一体、何が起きたのだろう?何故俺達は、ここに居るのだろう?
誰もが困惑と不安を隠しきれずにいた。
「おい!エーー、西村さん……何が、どうなってるだエー?俺、怖い……怖いよ……」
天山は、目に涙を溜めて不安を訴えた。
西村修は「大丈夫だよ」と言ってあげたかったが、出来なかった。
自分自身、現状が怖くてたまらなかった。
そう、嫌な予感がする。
何度もニュースで聞いた、『あれ』の状況によく似ている……
突然、施錠されていた教室の扉が、開いた。
そして、銃を携えた兵隊の様な連中が十数人、入って来る。
兵士達は黒板の前に整列すると、銃をプロレスラー達に向け、構えた。
いつでも発砲できる体勢だ。
まさか……
コツ、コツ、と、兵士達とは違う、軽い足音が聞こえた。
教室に入って来たその足音の主は……アントニオ猪木だ。
猪木は教壇に立つと、いつもと変わらぬ屈託のない笑顔で、話し始めた。
「元気ですかーーー!。まさかお前らに集まってもらう事になるとは、この俺も想像できなかっぞー!」
相変わらずの高慢な口調だ。
しかし、今日は普段にも増して、自信に満ちているようだ……西村修にはそう映った。
そして猪木は、教室内をぐるりと見回すと、衝撃的な一言を言い放った。
「今日はこれより、諸君に殺し合いをしてもらう!」
室内の全ての空気が止まった。
「お前らは、今回の『プログラム』に選ばれたのだよ!ダーーー!」
西村修の予感が、的中した。
天山は、ギュッと西村修の腕を掴んで、震えていた。
誰かが、うっ、とうめいた。
『プログラム』
それは、魔の法律。
正式名は『プロレスラー助成特別法』という。
近年、この国ではプロレスの八百長が激増の一途を辿っていた。
何故、こんなにも簡単に八百長をしてしまうのか?
何故、互いの理解を深めようとせず、安易な八百長に走ってしまうのか?
……そして制定されたのが、この法律だった。
真に「戦う強さ」を持ち合わせた人間だけを選抜する法律。
毎年、各団体の対象者が無作為抽出され、最後の一人になるまで殺し合いが行われる。
しかし、選ばれる確立はゼロに等しいと言われていただけに、親日レスラーはすぐには信じられなかった。
「冗談なら、やめろ!糞ぶっ掛けるぞ!」
聞き取り辛い声が響いた。
道場1の権力者の、長州力だ。
「俺は天下の長州力だ!なんでこんなプログラムに参加しなくちゃいけないんだ!」
長州は嘲笑を込めて異議を唱えた。
そもそも、このプログラムの指揮権がアントニオ猪木にある事に、理解が出来なかった。
普通なら、政府や教育委員会の担当者が赴いて、ここで説明するだろう。
ここに居る兵士達も、おそらくアントニオ猪木私設軍やSPの面々。
驚かせておいて、実はパーティーでも開くのだろう……そう思っていた。
しかし、現実は残酷だった。
「長州!テメーはまだ信じられない様子だな。ならば、信じられる物を用意してやろう!」
猪木は表情を変えずにそう言うと、指をパチン、と鳴らした。
教室の扉が開き、『何か』を載せたベッドが運び込まれて来る。
ビニールシートの下の『何か』からは、少し生臭い匂いがした。
「見せてやれ」と猪木が言うと、永島がそのシートを外した。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、長州が絶叫した。
「……辰ツァーーーン!!」
長州の叫びが、一瞬にして全員の悲鳴へと変わる。
そこに有ったのは、ドラゴン藤波の『なれの果て』だった。
まるで操り人形を投げ捨てたかの様に関節は捻じ曲がり、
頭蓋骨は陥没し、両目も潰されていた。
「藤波!辰つぁああああんっ!!」
長州は泣き叫びながら、藤波の亡骸に近付こうとする。
しかし次の瞬間、兵士達が一斉に長州に向け、銃を構えた。
それに気付いた平田が、慌てて長州を羽交い絞めにして、引き止める。
「長州さん、駄目だ!今行ったら、長州さんも殺されちゃうよ!」
「でも!辰つぁんが!」
長州はその場にヘナヘナと座り込むと、声をあげて泣いた。
泣くことしか、出来なかった。
そしてその光景は、プロレスラー達に現実を認識させるのに、充分だった。
猪木が説明を続ける。
「藤波は、このプログラムを反対しやがって!コノヤロウ!」
死臭が室内を満たしてゆく。
それはまさしく、絶望の臭いでもあった。
猪木は胸元から政府印の押された封書を取り出すと、その中の文書を事務的に読み始めた。
いわゆる『宣誓文書』だ。
「……本プログラムは、日本国政府の完全管理下のもと、新日本の運営者である
アントニオ猪木によって執り行われるものとする旨を、ここに通達する……」
宣誓文書など、誰も聞いてはいなかった。
ただ、殺戮の海に放り込まれた事実を受け止める事しか、出来なかった。
自分達を庇ってくれた(であろう)ドラゴン藤波が、あっけなく殺された。
こんな理不尽な殺人さえ、合法だという。
いや、理不尽な殺人劇は、これから始まるのだ。自分達の手によって……
どうする?どうすればいい?ここから逃げ出す方法は無いのか?
誰もが、戦うことなく生き延びる方法を自問自答していた。
と、その時、猪木が宣誓文書を読むのをピタリと止めた。
「……どうやら、俺の話を聞いてくれない人が、いるようなーコノヤロウ!」
……まさか、聞いていないのを悟られたのでは?
レスラー達は、恐る恐る猪木の視線の先を辿った。
猪木が見ていた先……そこには、小嶋聡と永田祐司の姿があった。
小嶋はまだ睡眠薬が効いているらしく、眠ったままだった。
それを永田が必死になって起こそうとしている。
「……小嶋、起きろよ。寝てる場合じゃないんだってば……」
永田は、猪木を刺激しないように、小声で呼び掛けながら小嶋の肩を揺すっていた。
その呼びかけに応じたのか、小嶋がようやく目を覚ます。
「……あれ?永田君。おはよう!。どうしたの?」
まだ現状を把握していない彼の一言が、教室中に響き渡った。
誰かの呟く声がした。
「……だめっ!」
次の瞬間、猪木は小さなリモコンの様な物を取り出すと、ゆかりに向けてそれを「ピッ」と鳴らした。
ピピピピ、ピピピピ……
何処からともなく、アラーム警告音が聴こえる。
「何だよ、目覚まし時計をセットしているの?
でもおかしいな。外はまだ、夜じゃないのか!俺は眠いんだよ馬鹿やろう!」
まだ寝ぼけているのか、小嶋は緊迫した現状に気付いていなかった。
「なに言ってんだよ、小嶋!今はそれどころじゃ……小嶋?」
永田は、異変に気付いた。
警告音の発信元が、異常に近いのだ。
しかもそれは、小嶋の体内――頭の中から聴こえている。
「まさか……猪木さん!小嶋に何をしたんだよ!?」
永田の追及に、猪木は落ち着いた調子で答える。
「小嶋に限った事ではない。君達には、眠っている間に、『装置』を埋め込ませてもらった。
なあに、最新技術を駆使したマイクロサイズの物だ。違和感は感じないだろう?
それから、これには位置特定の為の発信機と、自爆装置がセットされている。
指定の制限時間をオーバーしたり、プログラムの進行を著しく妨害した場合には……」 「場合、には……」
永田は、唾をゴクリと呑んだ。まさか……まさか、そんなことって……
そして、一番聴きたくない言葉が、猪木の口から発せられた。 「爆発する」
ピピピピピピピピ……
警告音の間隔が短くなってゆく。
悪魔のカウントダウンに、静かだった教室が再びざわつき始めた。
しかし、当の小島本人は、まだこの危機的状況に気付いていなかった。
「みんな起きているのかよ!うるせえよ時計……誰かとめろよな!プロレスが一番面白いんだよ!」
永田はパニック寸前だった。
親友の命が、あと数秒で消えてしまうかもしれない。
しかし、自分にはそれを止める術が無い。 「小島……小島ぁ……」
永田は、とっさに小島の両手を強く握った。 涙がこぼれ落ちて、止まらない。
その涙が、小島の頬へと落ちて行く。「ずっと……ずっと、友達だよ……」
まだ通常の判断力が戻っていない小島には、何故永田が泣いているのか、解らなかった。
しかし、「友達だよ」という言葉だけは、はっきりと聞こえた。
「おい、なに言ってんだ!俺とお前はずっと親友だぜ!」
小島は、いつものように微笑んだ。 その直後――
ぱんっ、という音とともに、小島の側頭部が弾けた。
永田の顔が返り血を浴び、真っ赤に染まる。
瞬間、教室中が再び悲鳴に包まれた。
人の命が奪われた瞬間を目撃した以上、それは藤波の時とは比較にならない状況だった。
「お前ら!静かにしないか!」
猪木の忠告も、もはや届かない。
ある者は泣き叫び、ある者は気を失い、ある者は何度も嘔吐を繰り返した。
そんな混沌とした中、永田は小島の手を握ったまま、動かなかった。
いや、動けなかった。
呆然としたまま握っている小島の手には、まだ、温もりが残っていた。
「まだあったかいぜ、小島……」
「威嚇射撃!」
猪木の号令が飛んだ。
それに合わせて、兵士達が一斉に床へ向けてマシンガンを発射する。
ただならぬ轟音とともに、床面のコンクリートが削られ、破片が宙に舞う。
圧倒的な『実弾』の恐怖。
その威力の前に、泣き叫んでいたレスラー達の動きが一瞬にして止まった。
そして、数秒間の掃射が終わる直前――
床に跳ね返された弾の一発が、蝶野正洋 の左膝をかすめた。
「痛ェ!」
蝶野は傷口を押さえ、その場にうずくまった。
「――蝶野さん!!」
その様子を見た中西学が、慌てて蝶野のもとへと駆け寄る。
「大丈夫ですか!?蝶野さん!」
中西はそう言うと、ポケットからハンカチを取り出し、それを蝶野の膝へと巻き付けた。
野人としての本能か、手際の良い応急処置だ。
「大丈夫だ。かすり傷だから……ありがとう」
蝶野は苦痛に顔を歪めながらも、中西に礼を言った。
確かに、弾は膝をかすめただけだった。
あと数ミリずれていたら、確実に骨を砕き、歩く事さえ出来なかっただろう。
しかし、弾を受けた際の痺れと出血は、普段の『かすり傷』とは比較にならないものだった。
教室が『一応の』平静を取り戻した所で、再び猪木が話し始める。
「まったく、お前達は……これ以上、俺の手で参加者を減らしたくない。
しかしまぁ、驚くのも無理はねえか。 」
この時、西村修は状況を整理し、理解するのに必死だった。
自分は『プログラム』に選ばれた。
間違いなく、『真の強者』をめぐる戦いだ。
ここにいるレスラー達と、命を賭けて。
道場で見慣れた人や、親友……
今、隣で震えている天山とも、戦うかもしれない。
そんな、そんなこと……わからない、どうすればいいんだ……
冷静な判断をする為に、現状を整理するつもりだった。
しかし、考えれば考える程、気持ちは混乱してゆく。
頼む、誰か、助けて……
だが、そんな西村の願いを無視するように、猪木の宣誓が響き渡った。
「ではこれより、プログラムを開始する!
制限時間は三日間。新日道場半径10キロ全域が戦闘エリアとなる。
勿論、市民の退避は完了している。
お前達の両親にも既に連絡済だ。後悔の無い様、思う存分やりたまえ!」
出発の順番はランダムだった。猪木がくじ引きで決めていた。
永島が用意した箱の中に猪木が手を入れ、1枚の紙を引く。
「それでは、最初に出発する者の名前を発表する……村上一成くん」
全員の視線が、彼に集中する。
参加者中小川直也、藤田和之、安田忠夫は新日以外からの参加者だ。
「は、はいッ!」
UFOのティーシャツに身を包んだ村上は、上ずった声で返事をし、立ち上がった。
そして、顔を強張らせながら教室の出口へと進む。
「私物の持参は自由だが、くれぐれも『お荷物』にならないよう、注意しろ。
それから、出口で支給するデイパックには、武器がランダムで入っている。
有効に活用し、円滑にプログラムを進めて貰いたい。以上だ」
村上は出口でデイパックを受け取ると、教室内へ向き直り、深々と一礼をした。
そして、一目散に外へと駆けて行く。 次の生徒の出発は2分後だ。
皆一様に怖がっていたが、中には「やる気」になっているレスラーがいるかもしれない。
特に村上の場合、参加者は皆、敵対していた者ばかりだ。
心を許せる人間が居ないことが、村上の不安感を更に増大させていた。
早くここから離れなければ…… その言葉だけが、村上の心を支配していた。
教室では、2番目に出発するレスラーの名が呼ばれた。
「それでは、次、……中西学くん!」
中西は「はいっ」と返事をして立ち上がったものの、一歩が踏み出せない。
「大切な人達」のことが気になって、傍に居たくて、仕方なかった。
親分の長州と、憧れの蝶野さん。
長州は泣き止んでこそいたものの、ずっと俯いたままだ。
そして蝶野は、傷を負った左足を、ずっと押さえている。
どうしよう……ふたりを放って行くなんて、出来ない……
迷う事が許されない状況の中、中西は出発すべきか迷っていた。
その時、なかなか動こうとしない中西に気付いた蝶野が、微笑みながら声を掛けた。
「中西……俺なら、大丈夫だから……」
「蝶野さん……」 中西の瞳が、徐々に潤んでくる。
蝶野とは離れたくない。でも、離れなければならない。
そして蝶野の言葉は、別離への選択を迫る言葉。
わかってる。わかってるけど、その一歩がどうしても踏み出せない。
「中西、早くしろ!」 猪木は冷徹に、出発を促す。 「はい……」
中西は力無く答えた。しかし、まだ歩き出す事は出来ない。
その時――
蝶野がスッと立ち上がると、突然、中西を力いっぱい抱きしめた。
「ちょ、蝶野さん……?」
中西は動揺を隠せなかった。蝶野さん、どうしたんですか?急に……
そして蝶野は、いつもにも増して、優しく語り掛ける。
「中西……諦めちゃ駄目だ。諦めたら、すべてがそこで終わってしまう……」
「蝶野さん……」 中西の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
蝶野は抱きしめた両手をほどくと、じっと中西の顔を見つめる。
中西を見る蝶野の表情は、普段と変わらない、優しい笑顔だ。
(どうして蝶野さんは、そんな優しい笑顔を見せるんだ?
三日後にはもう、二人共この世にいないかもしれないのに……)
蝶野は言葉を続けた。
「よくわからないけど……必ず、何か方法があるはず。みんなが助かる方法が……
だから、そんなに悲しい顔をするな。 」
今の中西に、笑顔を作る事は不可能だった。
だが、蝶野の言わんとすることは、しっかりと伝わっていた。
「わかりました……長州さんにも、一言、掛けてあげてください」
中西はそう言うと、出口へ向かって歩き始めた。
そしてデイパックを受け取ると、一旦立ち止まり、蝶野に向かって大声で叫んだ。
「次のダッグマッチ、アルゼンチンでギブアップしてくださいね!」
蝶野が頷く。 中西はそれを確認すると、夜の闇へと走り去って行った。
出発の点呼は続く。 次いで、永田の名が呼ばれた。
しかし、永田は何の反応も示さない。
あの時からずっと、小島の手を握ったままだ。
「永田、早くしろ!コノヤロウ!このままだと、プログラムの進行を阻害するものとして、
お前を排除するぞ!コノヤロウ!」
猪木から最後通告が発せられた。
それに反応するように、ようやく永田が動き出す。
永田の手から、小島の手が離れた。
「小島……じゃあな、行って来る。待ってろよ……」
永田は俯いたまま、返り血を拭う事もせず、ゆっくりと立ち上がる。
そして、教室の出口ではなく、猪木の居る教壇へと向かった。
数秒後―― パシッ、
永田の平手打ちが、猪木のあごを捉えた。
兵士達が一斉に永田に向け銃を構えるが、猪木がそれを制止する。
猪木は叩かれたあごを押さえつつ、じっと永田を見た。
永田の瞳は、さっきまでの無気力さが消え、怒りに満ちていた。
「絶対に……絶対に、許さねえぞ!」
永田はそう言い放つと、足早に出口へと向かう。
意外なことに、猪木は永田を咎める事もせず、ただじっと永田の様子を見ていた。
出口へ向かう途中、再びシートが被せられた藤波の死体の前で、永田は足を止める。
藤波は永田にとって尊敬する先輩であった。
この短い時間の間に、自分の好きな人が相次いで去って行く。
しかも、明らかに『見せしめ』として殺された……
具体的な策がある訳ではなかった。
しかし、永田の心の中には、猪木に対する復讐心が沸々と湧き上がっていた。
「藤波社長……長州さんを、守ってあげてくれ」
永田はそう呟くと、デイパック受け取って教室を去って行った。
その後の出発は順調だった。
順調といっても、”中西や永田と比べたら”というレベルではあったが。
目眩を起こして倒れていたライガーは、歩くことがやっとだった。
長州力も、蝶野に促され、力無く教室を後にする。
その蝶野も、左足を微妙に気にしながら、出発して行った。
一人、また一人と、教室から参加者が消えて行く。
そして、西村修の番がやって来た。
勿論、行きたくなんかない。
しかし、この場で抵抗しても無駄なのは判っている。
(行くしか、ないんだな……)
名前を呼ばれ、立ち上がろうとする西村。
と、その西村の右腕を、天山広吉が掴んだ。
「西村さん……大丈夫だよな。みんな、人を殺したりなんか、しないよな……」
天山の顔は蒼ざめ、恐怖と不安に震えている。
「山本……大丈夫だよ」
西村は優しく語り掛けた。
怖がりな天山の心を、少しでも落ち着かせなければ……
「みんな大丈夫。そんな簡単に、人を殺すことなんて――」
西村がそう言い始めた瞬間だった。
パンッ、パンッ、パンッ、
乾いた銃声が、外から聞こえてきた。
残っていた全員が、ビクッ、と肩を震わせる。
誰もが信じられなかった。
(まさか、本当に「やる気」になっている奴ががいるの!?)
「嫌だー……こんなの、嫌だーーー!!」
天山は耳を塞ぎ、激しく首を横に振る。
西村の言葉に、わずかでも希望を持とうとした矢先の銃声。
容赦ない現実が、天山の希望を一瞬にして打ち砕いていった。
「山本……玄関で待ってるから!」
西村はそう言い残すと、デイパックを受け取り、教室を出た。
恐怖に震える天山を、このまま放っておくことなど出来ない。
だからといって、迂闊に外で待ち合わせるのは危険だ。
さっきの銃声は、入り口の辺りから聞こえてきた。
標的にされる可能性が高すぎる。
次に出発するのは、天山。
道場内で待っていれば、安全かつ迅速に天山と合流出来る筈。
靴だけ取りに行って、裏口から出よう……
西村はそう考えた。
しかし、それが悲劇の始まりだとは、この時、西村は知る由も無かった。
玄関に、人の気配は感じられなかった。
道場の門までの十数メートルの間にも、動くものは見当たらない。
西村は慎重に周囲を警戒しつつ、下駄箱へ向かった。
まず天山の靴を回収し、次いで自分の靴を回収すべく、下駄箱へ。
だが、自分の靴に手を伸ばした時、西村はふと思った。
そうだ。
何故わざわざ、靴を取りにここへ来たのだろう。
今は非常時だ。
防災訓練の時だって、上履きのまま外へ出るのが当り前の筈。
悠長に靴を履き替えて逃げる人なんて、居やしない。
一刻を争うというのに、どうして、こんなことを……
危機感の欠如
それは、参加者の誰もが同じだった。
火事や地震と違い、殺し合いという状況に備えている人間などいない。
しかも、今まで出発した参加者には、主催者である猪木以外への殺意は、感じられなかった。
誰も人を殺すなんて、出来やしない。
とりあえず外へ出れば、何とかなるだろう。そう思っていた。
だが、そんな淡い期待は、さっきの銃声によって打ち消された。
信じたくは無いが、既に殺し合いは始まっている。
とにかく、ここまで来てしまった以上、早く靴を取って戻ろう――
西村は心の中でそう呟くと、下駄箱から自分の靴を取り出した。
その時だった。
カチッ、という金属音とともに、何かが引っ掛かる感触が伝わって来る。
靴や下駄箱の構造上、引っ掛かる物があるとは思えない。
嫌な予感がした。
暗がりの中、西村は下駄箱の中を覗き込む。
そこには、ガムテープで固定された丸い物体が、一つ。
そして靴には針金が巻かれ、その先には
ピンを思わせる金属部品が結び付けられていた。
――手榴弾だ!
しかも、靴を取り出したことにより、ピンは外れている。
仕掛けた人物を詮索する時間など無い。
西村は全速力で、その場から立ち去るべく走り出した。
だが、運命は脱出を簡単に許してはくれない。
走り出した西村の眼前に、突然、人影が現れた。
肩がぶつかった。
足がもつれ、西村は廊下へと倒れ込む。
バッグと靴が、勢い良く床を転がって行った。
……誰だ!?
西村は下駄箱の方向へと振り返る。
そこには、虚ろな目をした一人のレスラーが、ぼんやりと立ち尽くしていた。
高岩 竜一
今は新日の子会社ゼロ・ワンに出向している寡黙なレスラー
しかし、今の高岩には、普段の感じが微塵も感じられない。
当然だ。
今は殺人ゲームの真っ只中なのだから。
……だが、それ以上に、今の高岩の様子がおかしい。
彼は腹部を手で押さえている。
そしてその手は、赤黒い血液に濡れていた。
「西村さん……俺、撃たれちゃったよ。どうしよう……」
高岩は、声を絞り出すようにして、語り掛ける。
その声は震え、息も荒い。
どんな素人が見ても、致命傷を負っている事は明白だった。
(どうしよう、って……)
西村は答えられなかった。答えられる筈もなかった。
手榴弾を発見し、そして傷付いた高岩と遭遇するまで、ほんの数秒間。
突然すぎる恐怖と衝撃の連続に、西村の思考回路はパニックに陥っていた。
「……逃げろっっ!!」
西村は咄嗟に叫んだ。
そう、手榴弾のピンを引いてしまっている。
もう時間が無いのだ。
一刻も早く、ここから離れなければ――
そう思い、西村は体を起こそうとした。
その瞬間だった。
大音響とともに、高岩の背後の下駄箱が吹き飛んだ。
強力な爆風とともに、埃や破片が彼ら達に降り注ぐ。
そして、その中でもひときわ大きな金属片が、高岩の後頭部に突き刺さった。
「ぐっ」と、高岩は小さなうめき声をあげる。
それが、彼の最期の言葉だった。
倒れ込み、動かなくなった高岩の体が、みるみる血だまりに沈んでゆく。
西村は震えながら、その血だまりが広がってゆくのをじっと見つめていた。
そうする事しか、出来なかった。
(俺の……せい?)
(俺が、不用意に靴を取りに来たから?)
(俺が、手榴弾のピンを抜いてしまったから?)
(だから……高岩は死んでしまったのか?)
西村の心の中に、自責の念が渦を巻く。
あの爆発以前に、既に高岩は致命傷を受けていた。
自分が何もしなくても、彼は助からなかっただろう。
しかし、直接の死因は、あの爆発にある。
防ぐ事が可能だった筈の、あの爆発。
人を殺した
人を殺した
人を殺した
同じ言葉が、何度も何度も西村の頭を駆け巡る。
「違う!あれは……あれは……」
西村は頭を抱えて、泣き叫んだ。
気が変になりそうだった。
「西村さん、しっかりしろ!」
その時、天山の声がした。
ハッとして、顔を上げる西村。
いつしか、西村の傍らには天山が寄り添っていた。
「山本……」
「西村さん……落ち着こうよ。事故だったんだろ?
高岩には悪いけど……運が、悪かったとしか……」
と、ここで西村は今の状況に気付いた。
自分は今、天山に慰めてもらっている。
道場の時とは、全く逆の立場になっているのだ。
(そうか……俺、強がっていただけなんだ……)
必要以上に張りつめていたものが、段々と緩くなってゆくのを感じた。
緊迫した状況に変わりは無いが、西村は少しずつ、冷静さを取り戻してゆく。
「山本……ありがとう」
西村は靴を天山に渡すと、自分も靴を履き替え、バッグを拾い上げた。
あと30分弱で、ここは立入禁止エリアになってしまう。
早くここから立ち去らなければ……
しかし、ここでまた新たな訪問者がやって来た。
「おいおい?何の騒ぎだ、これは……」
そこに現れたのは、ケンドー・カシンだった。
カシンは何故か、バッグ以外の荷物を沢山抱えている。
「石澤……どうしたんだ?その荷物」
西村は目を丸くした。
確かに、私物の持参は自由というルールだ。
しかし、道場を出た時のカシンは、バッグ以外の物は持っていなかった。
「ああ、これか?ちょっと倉庫へ寄って、取って来たんだよ」
倉庫から取って来た荷物――
その中には、ジュラルミンケースやカシンベルトなど、持てる限りのガラクタが詰まっていた。
カシンは苦笑する。
「どうせなら、最後は自分の好きな事、やりたいしな……」
最後は――
とてつもなく、重い言葉だった。
カシンに戦う意思が無いのは明白だが、この言葉は、
彼が生き残る事を放棄するとも取れるものだった。
「石澤……お前、生き残りたくないのか?『真の格闘家』になりたいと、思わないのか?」
西村が問いただす。
しかし、カシンの回答は実にあっさりしていた。
「まぁ、これに参加してる以上、気持ちが無い訳じゃない。
でも、人殺しをしてまで、強くなってもな。後味悪いだろ。そんなとこさ。 」
「でもな……」
カシンはそう言うと、高岩の亡骸に近付き、その体からバッグを引き剥がした。
「やっぱり無駄死にはいやだな。それに……」
そしてカシンは、ポケットから拳銃を出し、構えた。
「むやみに人を信じたら、負けだぜ!」
それは一瞬の出来事だった。
数発の銃弾が、天山の体を貫いてゆく。
天山は、痛みを感じるより早く、着弾の衝撃によって床へと倒れこんだ。
「――山本!!」
西村は信じられなかった。
少なくとも、話していた時のカシンの雰囲気からは、この状況は予測出来なかった。
だが、これは現実だ。
現に天山は、カシンの放った銃弾を受け、血にまみれている。
次いでカシンは、西村にも銃口を向けた。
手を伸ばせば届く程の至近距離だ。
外すことは有り得ない。
西村は咄嗟に、自分のバッグをカシンの手めがけて振り回した。
カシンの手からグロックが弾かれ、床を転がってゆく。
その隙に、西村は倒れた天山の手を引いて、物陰へと隠れた。
「山本!しっかりしろ!」
西村は、苦痛に喘ぐ天山に呼び掛けながら、バッグの中の武器を探す。
カシンは銃を拾い、再び攻撃して来る筈だ。
時間稼ぎで構わない。カシンを足止め出来る武器を……西村は祈った。
カシンは廊下の端まで転がった銃を拾い上げると、西村たちが隠れた物陰へと歩を進ませる。
そして銃撃が始まった。
スチール製の下駄箱が、激しい金属音を打ち鳴らす。
西村は銃撃の恐怖に震えながら、手にした武器を天井へと掲げた。
パンッ!パンッ!パンッ!
自分の物とは違う銃声に、カシンは素早く身を隠した。
4列ほどの下駄箱を挟んで、双方が対峙する。
カシンが西村の出方を警戒している一方、西村の心は更に不安を増していた。
どうにかカシンを牽制する事は出来たが、それとて一時的なもの。
どうすれば……どうすればいい?
西村の手中にあるパーティー用のクラッカーは、ほんの少しだけ、熱かった。
「石澤、どうして!?どうして天山を撃ったんだ!?
人を殺したくないって言ったじゃないか!」
西村はカシンに呼び掛ける。
時間稼ぎをしたいという思惑もあった。
だが、カシンの行動に、どうしても納得がいかなかった。
理由を聞きたかった。
「死にたくないから、やっただけだ。……高岩を殺したんだろ!?
あいつを殺したお前達を、信用できるわけがないだろ!」
カシンは強い調子で言い返した。
誤解している。
「違う!高岩を撃ったのは俺達じゃない!
それに、あの爆発も偶然……偶然だったんだよ。信じろ!」
だが、カシンは西村の弁明に耳を貸す事はしなかった。
「言い訳なんか聞きたくない。理由はそれで充分だろ……」
カシンが動き出した。
一歩ずつ、足音が近付いて来る。
西村は、急いで天山のバッグを探り始めた。
もうクラッカーでは誤魔化せない。
今度こそ、武器らしい物が入っていますように……西村は祈った。
だが、祈りは届かなかった。
西村が手にした武器――それは透明プラスチックで成型された水鉄砲だった。
勝負にならない。
段々とカシンの足音が近付くなか、西村は今度こそ死を覚悟した。
ここで天山と一緒に殺される。
嫌だ。嫌だけど……
西村は生き残る事を諦めかけてゆく。
しかしその時、意外な声が玄関に響き渡った。
「お前達!道場内での戦闘は止めろ!コノヤロウ!」
いつしか、玄関はアントニオ猪木と兵士達によって包囲されていた。
「まったく、困った野郎どもだ……ここには大会本部が設置されている。
これ以上戦闘を続けた場合、プログラムの進行を著しく妨害したものとして……」
そして猪木は、『あの』リモコンをポケットから取り出し、掲げる。
思わぬ水入りだった。
カシンは悔しそうに唇を噛む。
そして西村は、ほっと胸を撫で下ろした。
とりあえず、差し迫っていた危機は回避出来た。
しかし、決してプログラムから解放されたわけではない。
撃たれた天山の状況も、予断を許さない。
――と、ここで西村は天山の異変に気付いた。
さっきまでの苦しそうな息遣いが聴こえない。
何事も無く、静かに眠っている様に見える。
いや、天山は寝息さえ立てていなかった。
「……山本?」
嫌な予感がした。
西村は慌てて天山の手を掴み、脈を測ろうとする。
……もう、天山の鼓動を感じることは出来なかった。
(うそ……嘘だろ?山本……)
西村の胸に、悔しさと怒りがこみ上げてくる。
「こんな、こんなことって……法律だからって……こんなのおかしいぃ!理不尽だぁ!」
西村の嗚咽が玄関中に響き、やがて廊下や階段へと伝わって行く。
その音を聴きながら、カシンは荷物を抱え、裏口へと歩き始めた。
そしてその途中、一人のごついレスラーとすれ違う。
最後に出発した参加者、藤田和之だ。
彼がちょうど階段を下りたその瞬間から、この銃撃戦は始まっていた。
そして藤田はその一部始終を、身を隠しながら、じっと見ていた。
カシンがここでは攻撃しない(出来ない)事は判っていた。
だがそれでも、カシンが近付く度に、足が勝手に一歩、二歩と後ずさりを始めてしまう。
カシンは藤田とすれ違うと、ふと立ち止まり、振り返ってじっと藤田の顔を見た。
「フッまたな……」
カシンは寂しげな顔でそう呟くと、裏口へと駆け出して行く。
藤田は、ただじっとカシンを見送る事しか出来なかった。
哀しい泣き声が、いつまでも響いていた。
「辰っつあん……俺、俺、……」
児童公園のベンチで、長州力は震えていた。
その震える手には、拳銃が握られている。
長州は出発した直後、校門近くの茂みに身を隠していた。
立入禁止エリアになるギリギリの時間まで、藤波の近くに居たかったのだ。
一人、また一人と、参加者が校門を過ぎて行く。
この場に留まっていられる時間が、どんどん少なくなって行く。
長州は怖かった。
校門より先の世界に出ることが、たまらなく怖かった。
(殺される。誰かに会ったら、殺される。
だから守らなくちゃな。この銃で、自分を守らないと……)
支給された銃を握って、長州はこの言葉を何度も何度も繰り返す。
その時だった。
「あ、長州さんじゃないですか!どうしたんですか?」
長州は素早く反応する。
(見つかった!?)
長州は声のした方向へと向き直り、銃を構えると、引き金に力を込めた。
そこで初めて、声の主が高岩竜一である事を知る。
しかし、高岩は長州に危害を加える素振りを見せなかった。
いつもの様に、むっつりしていた。
(――撃っちゃダメだ!)
長州は瞬時にそう思った。だが、引き金を引く指の動きは止まらなかった。
そして……
長州は校門を飛び出したあと、無我夢中で市内を走り回り、この公園へと辿り着いた。
だが、どんなに走り回って気持ちを紛らわせても、
高岩に発砲した時の映像が、頭の中で何度も何度もリフレインする。
「辰っつあん……俺、人を殺しちゃったよ……どうしよう……」
もはや長州は、俯くことしか出来なくなっていた。
と、その時――
誰かがやって来て、長州に声を掛けた。
「大丈夫!長州さん?」
声を掛けたのは、武藤敬司だった。
「藤波さんの事は、気の毒だったけど……まあ、元気、出しましょう」
武藤はそう言うと、長州の隣に腰を降ろした。
「敬司……」
長州は銃を構えなかった。構えられなかった。
高岩の二の舞いは避けたかったし、
優しく接してくれる人に、銃は向けられなかった。
長州はそっと、銃をバッグにしまい込んだ。
武藤はつるつるの頭をなでながら、長州に話し掛ける。
「ひとつ、聞いていいですか?長州さんも「真の強者」になれたらいいなって思っています?」
長州の答えは、一つしか無かった。
「うんあれだ!こないだの小川戦でも恥じかいちゃったし!出来れば強くなりたいな!」
長州は頬を赤らめる。
武藤は手を頭から外すと、今度は髭をいじりながら、つぶやいた。
「フッ!でも長州さんじゃいくら頑張っても小川にガチでは勝てないよ・・」
(――え?)
意外な返答に長州は驚いた。
そして武藤は、長州と目を合わせる事無く、淡々と話し続ける。
「猪木さんが、小川と話しているのを、聞いたことがあります。
”長州ってほんとにどうしようもねいな”って、笑いながら話していましたよ」
あまりに痛烈な武藤の言葉に、長州は言葉を失った。
(うそ……敬司、何を言ってるんだ?嘘だろ!?)
「長州さんは、ファンに”天才”って言って貰った事、ありますか?」
そう言うと、武藤は自分の膝をパンパン叩き出した。
「昔はいくらでも動けたんだ、俺、ベイダーだって完璧なジャーマンで
投げれた。今では俺の膝はボロボロそれでも俺の事 ”天才”
って言ってくれるファンがいる……」
淡々と語る武藤の姿に、長州は絶望した。
慰めてくれると思っていたのに、どうして……
しかし、武藤の辛辣な言葉は止まらない。
「長州さん、あんたに期待しているファンなんていないんですよ。年だし!
このプログラムに勝ち残る意味なんて、無いんですよ……」
決定的な一言だった。
「敬司……どうして、そんなひどいこと言うんだ!?」
長州は泣きながら訴えた。
だが、武藤はそれを軽く受け流す。
「事実だからですよ。」
武藤は長州の目をじっと見て、静かに微笑んだ。
口元が、すぅっ、と上にあがる。
「俺、決めたんですよ。俺のファンの為に生き残るって……」
その瞬間、長州は言い知れぬ恐怖感を覚えた。
体中の血の気が、一瞬にして引いて行くのを感じる。
「やめろぉおおおおおおおおーーーー!!」
長州の絶叫が、夜の公園に響く。
ザシュッ!
武藤が隠し持っていたサバイバルナイフが、長州の喉元を掻き切った。
血飛沫を上げながら、、長州の体が地面へと崩れ落ちて行く。
武藤はナイフから滴り落ちる血を見つめながら、呟いた。
「長州さん、藤波さんの所にいけたね…名勝負数え歌そっちで出来るね!」
「西村さん……ここで、別れよう……」
東の空が明るくなり始めた頃、藤田和之が呟いた。
俯きながら力無く歩いていた西村が、顔を上げる。
天山広吉が息を引き取った後、西村はその場を動こうとしなかった。
天山が死んだなんて、信じられなかった。
しかし、退去命令のタイムリミットは刻々と迫って来る。
藤田は、天山の傍を離れたがらない西村を何とか説き伏せ、道場外へと連れ出した。
無駄に死人が増えるのだけは、嫌だったから。
西村の脳裏に、プログラム開始時からの記憶が蘇る。
プログラムが始まってから、ずっと傍には天山がいた。
そして天山の存在が消えた瞬間、独りになるのが不安で、何も出来ない自分がいた。
藤田に付いて行ったのも、タイムリミットが怖かったからじゃない……
「西村さん……俺、分からないんです……」
藤田は目を伏せながら、話し始めた。
「西村さんのこと、放っておけなくて、連れ出したけど……
でも本当は、迷ってるんです。プログラムに乗るべきなのか、抵抗するべきなのか……」
藤田の唇が、微かに震えはじめる。
「勿論、人殺しなんてしたくない。でも、誰かに殺されるのも嫌だ……
生き残る選択肢が一つしか無いのなら、それに乗るのも、仕方ないのかな、って……」
二人の周囲を、霧が覆いはじめた。
少し肌寒い空気の中、互いの目を見つめる二人。
沈黙の時間が、流れて行く。
「西村さん……あなたは、あの人に最後に闘魂伝承してもらった人。
俺も最近は闘魂伝承してもらったけどあの人の現役最後の張り手は!そうですよね?」
西村は一瞬返答に迷ったが、小さく、こくん、と頷いた。
「……そんな人が近くにいたら、俺、冷静に今を判断出来ないんです。
答えを出せないまま、感情に流されるまま……あなたを殺してしまうかもしれない。だから……」
そして藤田は、銃を構えた。
サイレンサーを装備したベレッタM1934コマーシャルが、西村の顔に向けられる。
「だから、ここで別れよう……俺の気が変わらないうちに、行ってください」
「藤田くん……」
西村は動揺しつつも、藤田を諭そうと、言葉を続けようとした。
しかし次の瞬間、藤田の放った銃弾が、西村の頬の数センチ先をかすめて行く。
西村の髪が数本、空中に散った。
「お願いです、行ってくれ!俺は……天山さんの代わりには、なれないんだから……」
それを聞いて、西村は言葉を続けられなかった。
(そうだ。独りになるのが、怖かったんだ……)
西村の脳裏に、プログラム開始時からの記憶が蘇る。
プログラムが始まってから、ずっと傍には天山がいた。
そして天山の存在が消えた瞬間、独りになるのが不安で、何も出来ない自分がいた。
藤田に付いて行ったのも、タイムリミットが怖かったからじゃない
無意識のうちに藤田に負担を掛けていた事に気付き、西村は自分の不甲斐無さを嘆いた。
「わかった……辛い思いをさせてしまって、ごめん……」
西村はそう言うと、スッ、と踵を返す。
「でも、出来るなら……」
藤田に背を向けながら、西村は語り掛けた。
「人は殺さないでくれ。そして……決して希望は捨てないでくれ。お願いだから……」
それは藤田に対してだけでなく、自分自身にも言い聞かせる為の言葉だった。
「……努力します」
藤田は消え入りそうな声で返事をする。
頭では解っていたが、それを実行出来る自信は、今の彼には無かった。
「それじゃ……元気でな」
その言葉を残し、西村は霧の中へと駆け出して行く。
そして西村の姿が見えなくなると同時に、藤田はその場に座り込んだ。
「何やってるんだろう、俺……自分から立ち去れば、それで済んだのに……」
銃を持った藤田の指先は、ずっと震えたままだった。
霧は益々、その深さを増して行った。
朝霧の中、スポーツウェアに身を包み、村上一成は走っていた。
どんな非常時といえど、毎朝のジョギングを欠かす事は出来なかった。
いや、そうしなければ、落ち着かなかった。
誰かを殺すか、誰かに殺されるか……
嫌な選択肢しか残されていない現状を、忘れたかった。
(小川さんにいつも引っ付いてばかりで、タッグマッチでは
いつも負け役だし・・・体鍛えてもっと強くならないとな・・)
村上は出来る限り、プログラムの事を忘れようと懸命だった。
しかし公園に入った時、村上は現実に引き戻される。
濃い霧の先に、誰かが立っている……
村上は走るのを止め、警戒しつつ、霧中の人物に声を掛けた。
「誰だ?そこに居るのは……返事をしろ!」
そして数秒後、聞き慣れた声で返事が帰って来る。
「いい朝だな・・・村上!」
ケンドー・カシンの声だ。
村上にとって新日の中で唯一心が許せる人物
俺がリンチされたときもかばってくれたし、
最近はプライド対策などで練習も一緒やったり
とにかく気が合う奴それが、ケンドー・カシンだった。
親友の声に安心した村上は、警戒を解き、カシンに近付いて行く。
「無事だったんだ、石澤さん……怪我はしてないか?大丈夫?」
「まあな。一応、生き延びてる」
普段通りの明るい声で、カシンは答えた。
(良かった……元気そうだ)
村上は、親友と再会出来る喜びを噛み締めていた。
たった数時間しか離れていないのに、数週間振りに会うような感覚。
緊張していた心を、ようやく落ち着ける事が出来る……そう思っていた。
だが、カシンにあと2〜3メートルまで近付いたその時、村上は自分の目を疑った。
霧の中から現れたカシンは、村上に銃口を向けている。
「悪く思うなよ、一成」
そうつぶやくカシンの表情は、冷静だった。
「――どういうつもりだ!?石澤さん……」
村上は動揺を隠し切れない。
しかし、カシンはあくまで冷静に、言葉を続ける。
「動かないでくれ……弾が外れるから」
「本気……なのか?」
村上は信じられなかった。
カシンが自分に銃を向けるなんて、嘘だ。こんなの嘘だ……
しかし、カシンは銃を下ろさない。
「ああ本気だ。友達だからこそ、俺はお前を撃つ……」
「どういう事だよ、それは――」
と、村上が言いかけた所で、何処からとも無く大音量でクラシック音楽が流れて来た。
ワーグナーの『ワルキューレの騎行』だ。
そしてそれに続いて、アントニオ猪木の声が聴こえて来る。
「元気ですかーー!朝6時になった。それではこれより、
現在までに脱落した参加者の名前を発表しよう。よく聞いておくようにな」
それは、6時間毎に流される定例放送だった。
二人は動きを止めたまま、その放送に聞き入る。
「これまでに脱落したのは、小島聡、高岩竜一。
天山広吉。そして、長州力……以上4名だ。
意外とペースが早い。3日もしないうちに終了するかもしれないな。
お前ら、頑張れ。また6時間後に会おう!ダーーーーー!」
『ワルキューレの騎行』が、フェードアウトしてゆく。
そして村上は、その放送内容に愕然とした。
「もう……もう4人も死んだっていうのか!?」
「そうだ。そして、天山を殺したのは、俺だ……」
カシンのその言葉が、村上の心に更に傷を刻む。
「う、嘘だろ?石澤さん……」
「本当だ。もう殺し合いは避けられない。お前もいつ、
誰に殺されるかわからない・・・特にお前は他の奴から嫌われているからな。
……お前が他の誰かに無惨に殺されるのは、嫌なんだよ。
だから、親友として、俺はお前を楽に死なせる義務がある……」
カシンの言葉に同意出来る筈はなかった。
しかし、銃口は自分に向けられている。
このまま死ぬのは嫌だ……村上はそう思った。
村上はフッ、と溜め息をつくと、挑戦的な目つきでカシンを見て、言った。
「……で、俺の都合はお構いなし、ってわけか?」
「そりゃあケンドー・カシンが殺してくれるなら、少しはドラマチックかもしれない。
でもな……俺だって、死にたくないんだ。それに……」
村上はそう言うと、背中のバッグから日本刀を抜いた。
「どうせなら、正々堂々と勝負しようじゃないか。
いきなり銃を構えて現れるなんて、ずるいぜ……」
村上の目に、迷いは無かった。
(ただ黙って殺されるくらいなら、俺は闘う事を選ぶ。
たとえ相手が、カシンであろうとも……後悔はしない!)
カシンは、そんな村上の姿を見て、微笑んだ。
「……一成らしい答えだな。オーケー、じゃ、始めようか!」
村上は汗ばむ両手を気にしながら、刀を構え直す。
「やるからには、全力でいくからな……」
「もちろんだ。一成!行くぞ!・・・」
パンッ、パンッ、パンッ。
銃声が、公園の鳩の群れを飛ばした。
蝶野正洋が、驚いて空を見上げる。
銃声は、断続的に鳴り響いていた。
「また、誰かが戦ってる……どうすればいいだ?なあ、長州さん……」
蝶野はそう呟きながら、長州力の遺体の血を拭っていた。
通りがかりに偶然見つけた長州の体を、そのまま放置しておく事が出来なかった。
地面からベンチへとその体を移し、丁寧に両手を組ませる。
首の傷口さえ見なければ、それは本当に眠っているようにも見えた。
蝶野は、離れ離れになった親友の事を思う。
「中西……大丈夫かな?それに、武藤さんも……
早く武藤さんと合流出来れば、良いんだけどな……」
長州殺しの張本人が武藤である事を、蝶野は知る由もなかった。
「やっぱり、無茶だったかな……」
木陰で、村上がつぶやいた。
戦闘開始の合図とともに、村上は並木道の方向へとダッシュした。
銃が相手では、日本刀といえど勝ち目は無い。
しかし、この濃霧を味方に付ければ、まだ勝算はある。
カシンの放つ銃弾を辛うじて避けながら、村上は街路樹の陰で機会を窺っていた。
霧の中から、カシンの影が近付いて来る。
こちらから打って出るには、弾切れの瞬間を待つしかない。
危険な賭けだ。
だが、それしか手段は思い浮かばない。
村上は意を決して、木陰から飛び出した。
「さあ、当ててみな!」
カシンが少しぼやけて見える位置で、村上は叫んだ。
多少距離があるとはいっても、充分射程距離内だ。
カシンは村上に向け、数発連射する。
しかし、霧で視界が悪いのに加え、村上はあっという間に別の木陰へと移動してしまう。
「一成!正々堂々と闘うんだろ?
コソコソ隠れて鬼ごっこだなんて、お前らしくないぞ!」
少し不機嫌そうな口調で、カシンが呼び掛ける。
しかし、村上は動じない。
「正面で一騎打ちをする事が、全てじゃないぜ。
武器の性能差を考えた上で、ベストな戦法だと思うけどな……」
村上はそう言うと、カシンとの距離を確認しつつ、もう一度、木陰から飛び出した。
(そろそろ弾が切れてもいい頃だ。チャンスは逃すな!)
自分にそう言い聞かせ、村上は数本先の並木へとダッシュする。
しかし、回避出来ると思っていた弾の一発が、村上の左肩を捉えた。
「くっ!!」
どうにか木陰には辿り着いたものの、かつて経験した事の無い痛みが、全身を襲う。
左手が流血で染まり、握力がみるみる落ちて行く。
村上は肩口をスポーツタオルでギュッと縛り、一応の止血を施した。
しかし、血は止まりそうに無い。
「そろそろ……勝負時かな……」
カシンの足音が近付いて来る。
もはや、弾切れを待っている余裕など無い。
ほんの一瞬でいい。カシンの動きを封じる事さえ出来れば……村上は思考を巡らせる。
そして、村上は背中のバッグを下ろした。
陰からそっと顔を出し、カシンとの距離を見る。
「(――届く!)」
村上は心の中でそう叫ぶと、バッグをカシンの真正面へ向けて投げつけた。
カシンの目線に、突然、バッグが飛び込んで来る。
反射的に銃を構え、カシンはそのバッグに銃弾を撃ち込んでゆく。
空中でバッグが二度、三度と踊った。
そして、踊り疲れたバッグが引力に引かれ始めたその瞬間――
バッグが作った死角から、村上が一気に飛び込んで来る。
バッグに気を取られていたカシンは、予想外の進撃に反応出来ない。
村上は低位置からカシンの懐に入り込むと、刃を180度返し、
渾身の力を込めてそれを拳銃に叩き込んだ。
「とぉりゃあああああっ!!!」
ガキィィィン!!
金属音と共に、カシンの拳銃が宙を舞い、繁みの中へと落ちて行く。
激痛に近い手の痺れに、カシンは思わず顔を歪めた。
(2度も……2度も銃を弾かれた……)
そんな自戒の言葉が、カシンの脳裏をかすめる。
だが、状況はそんな反省の時間も与えてはくれない。
村上は間髪を入れず、カシンに斬りかかって来る。
カシンは辛うじて、村上の斬撃を避け続けた。
しかし超速の刃は、カシンの頬や服を、何度も薄く切り裂いてゆく。
そして、路上の小石がカシンの足元をすくった。
(嘘だろ!?ここで、もう終わりなのか?……)
自分の体が宙を舞った瞬間、カシンは自分の周囲がスローモーションになってゆくのを感じた。
そして、尻餅をついて倒れたカシンの顔面に、鋭い切っ先が突き付けられる。
村上は、真剣な眼差しで呟いた。
「さあ、これで終わりだ」
村上の勝ちは明白だった。
だが、村上はなかなかとどめを刺そうとしない。
「どうしたんだ……どうして殺さないんだ?」
カシンが尋ねる。
「どうしてかな……覚悟を決めた筈なのに、まだ、怖いのかもな……」
さっきまで冷徹だった村上の顔に、苦笑いが漏れる。
「……一成、ひとつ聞いていいか?」
「何だ?」
「あの時、どうして逆刃で銃を叩いたんだ?右手ごと切り落としたほうが、簡単なのに……」
カシンは不満だった。
全力で闘うと言われながら、手を抜かれた……それが納得出来なかった。
「ああ、あれか……ケンドー・カシンの今後を考えたら、腕は切れないよ――」
カシンは、村上の言葉が理解出来ない。
(どうしてだ?もうすぐ死ぬ人間に、どうして今後の心配なんてするんだ、一成……)
「――だって、ケンドー・カシンの必殺技『雪崩式飛び付き逆十字』が
天国で出来なくなっちゃうだろ?だから……」
村上のその言葉が、カシンの胸を締め付ける。
「一成……お前は馬鹿だ。大馬鹿だよ……」
カシンのマスクが、涙でぬれる。
「そんな……余計な心配しなければ……死なずにすんだのに!」
カシンは左手で刀を払いのけると、右手でポケットから何かを取り出し、村上に押し当てた。
途端、村上の全身に凄まじい衝撃が走る。
刀が手から離れ、立っていられない程の脱力感が、全身を襲う。
「そうか、電気、か……」
意識が朦朧とする中、村上はカシンの右手に握られた武器を見た。
それは、本来高岩竜一に支給された筈のスタンガンだった。
カシンはもう一度、村上に電撃を仕掛ける。
火花を散らす電流を見ながら、村上は、いつかの夏の日を想い出していた。
「電気……雷……あの日……」
それは、猪木さんと小川さんと一緒にパラオの海に行った日のことだった。
小川さんと沖の島まで二人で泳ぎ、いざ帰ろうとした時に、雷雨に見舞われた。
雷が大嫌いな村上は、怖さのあまり、思わず小川に抱きついてしまう。
(今思うと、かなり恥ずかしいよな……でも、楽しかったな……)
村上が楽しい記憶に浸っていたのは、ほんの数十秒間だった。
そして再び気付いた時、村上の眼前には、刀の切っ先と、それを構えるカシンの姿があった。
「形勢逆転だな、一成……」
「ああ、そうみたいだな……」
村上は微笑んだ。そして次の瞬間、意外な言葉を口にした。
「なあ、石澤さん……このまま、とどめを刺してくれないか?」
カシンの手が、一瞬、震える。
「え?な、何言ってるんだよ。俺はそのつもりで、こうしているんじゃないか……今更、何を……」
「……そうだよな。殺し合い、だもんな」
「でも、どうしてだ……さっきは『俺だって、死にたくない』って言ってたくせに……」
カシンの問いに、村上は淡々と答える。
「……もうこれ以上、このキャラを続けたくないんだ」
「キャラ?」
「そう。俺は今まで『平成のテロリスト』とか『UFOの核弾頭』とか、色々と言われ続けてきた。
良い意味でも、悪い意味でも……露骨に嫌う人も、多かった。
レスラーのキャラって言えば、それまでだけど……偏見に満ちた目で俺を見る人は、
結構多かったんだ。 石澤さんは知っているよな……俺の本当の性格……
もし万一、このプログラムで生き残ったとして……
やっぱり、俺を『人殺し』って言う人は、他のレスラーより多いと思う。そういうキャラだからね。
……これ以上、親に迷惑を掛けたくないんだ。だから……頼むよ」
カシンは動揺していた。
村上を殺す事が、自分の役目だと信じていた。
そして村上本人も、それを希望している。
躊躇する理由など無い筈なのに、踏み出せない自分がそこに居る。
天山広吉を撃つ事は出来たのに、どうして村上は殺せないのか?……
「石澤さん……怖いんだね。きっとそれは、銃と刃物の違いだよ。
銃は所詮、弾の反動しか手元に返ってこない。でも刃物は違う。
相手の感触が直に伝わるから、命を奪う感覚が直に伝わるから……怖いんだ。
それを解って欲しいんだ。新日で唯一、俺にやさしく接してくれた
石澤さんに生き残ってもらいたい、だから……」
村上はそう言うと、刀の切っ先を自分の喉元に当てた。
カシンは俯き、大粒の涙をこぼす。
「……じゃあな、一成……」
そしてカシンは、刀を握る手に力を込めた。
天山の時には感じなかった嫌な感覚が、掌に伝わって来る。
路上に拡がる血溜まりを見ながら、カシンは泣き崩れた。
「なあ、小島……小島の仇を討つには、どうすればいいんだ?」
駅の待合室でバッグの中身を確認しながら、永田が呟く。
あの惨劇から数時間……永田は当ても無く市内を彷徨っていた。
「絶対に許さないぞ!」と啖呵を切って出発したものの、何をしたら良いのかが全く分からない。
ただ、確実に言えるのは『途中で死んだらダメ』という事だけ。
既に此処へ来るまでに、何人もの死体を見てきた。
(あいつらの様には、なりたくない。
途中で死んでしまったら、小島の仇が討てない。
絶対に……絶対に生き残って、アントニオ猪木をこの手で殺すんだ――)
例えようの無い強力な復讐心が、永田を動かしていた。
永田はパンやミネラルウォーターといった食料を確認すると、バッグから武器を取り出した。
『当たり』と言っても良いだろう。小型のマシンガン、マイクロウージー9ミリだ。
「ラッキーだ。これなら何とか生き残れそうだな」
永田の顔に、安堵の笑みが漏れた。
添付されている簡単な説明書を見ながら、永田は操作手順を確認する。
そして、弾倉を差し込もうとしたその時――
形状が違う。
何度差し込もうとしても、はめ込みが上手くいかない。
永田は慌てて予備の弾倉を取り出し、同様に差し込んでみる。
しかし、どれもマイクロウージーには一致しない。
「そんな……まさか、配給ミス!俺じゃ駄目なのか!?」
さっきまでの安堵感が一瞬にして消え、永田の心に焦りと不安が忍び寄る。
――その時、永田は弾倉の一つに挟み込まれた紙を見つけた。
何かが書かれている。
永田はその紙を取り、開いて読み始める。
その文面は、永田を絶望の淵に叩き込むものだった。
☆とっかえだまシステム☆
このマシンガンの弾は、他の誰かが持っています。
そして、その誰かが持っている銃には、この弾が使われます。
その人を探し出して、弾を交換しましょうね。
「……ふざけんなよっ!!」
永田は弾倉を床に投げつけた。
無用の長物となった弾倉は、くるくると回りながら、床の上を転がって行った。
夕方が近付いていた。
街中にあるスポーツジムで、小原は一人、佇んでいる。
「PRIDEに出たい……」
彼はそう呟いた。
新日に所属したままPRIDEに出場したのは、カシンだけだった。
カシンにはアマレスでの実績があったが、小原には大した実績がなかった。
先日やっと安田との格闘技戦を組んでもらえた程度だ。
でも、やっぱりPRIDEに出たい。
所詮安田戦は気休めでしかない。
「俺にはこれしか無い。俺の未来は、PRIDEと共にあるんだ」
小原は、床に無造作に放られたオープンフィンガーグローブに手を伸ばした。
そしておもむろに両手にはめる。
天井から吊るされたサンドバックを無心で叩き続けた。
体に染み付いた腕の動きは、流麗に乾いた音をを奏でて行く。
そして、ひとしきり叩き終わったその時――
パチパチパチ……
小さな拍手が聴こえた。
「誰だ!?」
小原は慌てて振り返る。
ジムの奥には、藤田が一人、佇んでいた。
「あ、す、すみません……驚かせてしまったみたいで……」
小原は、藤田に殺意が無いのを感じ取ると、ホッと一息ついて、警戒を解いた。
「いや、気にしないでくれ。お前、確か……格闘技を……」
「はい、アマレスを。学生の頃から、ずっとやってました」
「そうか。お前は……プロレス、好きか?」
意外な質問に、藤田は少し戸惑った。
「え?は、はい……小原さんは……好きじゃないんですか?」
小原は、表情を曇らせる。
「正直言ってな……辛い、って思う時のほうが多かった。
変に周りに期待されちまって、それがプレッシャーになってた。
『もっと伸び伸びと、自由にやりたい』って……いつも思ってた」
小原は赤く染まり始めた空を見ながら、溜め息をつく。
藤田は、ただ黙って小原の話を聞いていた。
「T−2000でも、みんな、変に気を遣うし……
もっと、晴れ晴れとした気分で、プロレスをやりたいんだ。
気持ちの通じ合える仲間といっしょに……だから、お前が羨ましい……」
それきり、小原は黙り込んでしまった。
重い時間が、二人の間を流れて行く。
「あの……良かったら、一緒にスパーリングしませんか?」
突然、藤田が提案した。
「……え?」
「色々と辛いのは解りますし、今は殺し合いの最中ですから、
晴れ晴れとした気分という訳にはいかないと思いますけど……
でも、さっきのパンチ、なかなか様になってました。
気休め程度にしかならないと思いますけど、一緒に、スパーリングしませんか?」
「でも……」
「ここはリングもありますから、本格的にできますよ。
それに……思い詰めたままじゃ、何も出来ません。気分転換も必要ですよ。
……スパーリング、しませんか?」
藤田はそう言うと、ロープをまたぎ、リングの中央に立った。
「気分転換、か……そうだな。やるか」
小原も、リングに入る。
「じゃあ、5分1ラウンドでいいですか?」
「ああ。練習だからな。それでいこう」
「わかりました。それじゃ……始めましょうか」
リングが軋む音が、ジムを包み込む。
一度も合同練習をしていないのに、互いの手の内を読みあった、流れるようなスパーが続く。
とても、殺し合いが行われている街の風景には思えなかった。
小原の心に、束の間の充実感が満ちて行く。
そして5分が経ち、スパーリングが終わった。
小原は、スッキリした表情で藤田に向き直る。
「ありがとう。ちょっとだけど、気持ちが楽になっ……」
その瞬間、小原の胸に銃弾が撃ち込まれた。
サイレンサーを装備したベレッタから、何発も、何発も、弾が撃ち込まれる。
「藤田、どうして……」
小原はそのまま、床に倒れ込んだ。
倒れ込んだ衝撃で、リングが軋み、奇怪な音を発する。
藤田は銃を構えたまま、小原に向けて呟いた。
「石澤さんが言ってました。無闇に人を信じたら負けだ、って……
でも、スパーリングは楽しかったです。それじゃ……さようなら」
そう言うと、藤田は小原の頭に銃口を押し当て、引き金を引いた。
西村と別れた後、ずっと考えた末の藤田の決断だった。
赤い夕焼けが、赤い血で染まった小原の体を照らしていた。
橋本は新日所属時代に行きつけだったバーにいた。
人相は悪いが気のいいマスターが一人でやっている小さな店だった。
頻繁に通ったわけではないが独りで飲みたい時は決まってここに来て
夜通しマスターと話した。思えば迷ったときが多かっただろうか。
今回もそうだ。橋本は迷っていた。
レスラー達と殺し合うべきか助け合うべきか、そんな事ではない。
―――自ら命を絶とうか迷っていた。
まぶたの裏に焼き付いて離れないシーンがその思いを強くさせた。
長州が高岩を撃った場面だ。
あの時橋本は高岩に声をかけようとしていた。協力して殺人ゲームを乗り切ろうとしていた。
だが一発の銃声でそんな考えは打ち砕かれた。
倒れた高岩を助けることも走り去る長州を追いかけることも出来ず
橋本はただがむしゃらにその場から逃げ出し、
気付いたときにはバーの前にいた。
当然扉は閉まっていたため、道路に面した窓を割り中に入った。
誰もいない店内はひどく広く感じたが、なんとも言えない懐かしさに包まれた時
彼はデイパックから「毒薬」と書かれたラベルのついた瓶を取り出し手近の席についた。
猪木の直筆らしいそのラベルには小さく「自殺なんてするんじゃねぇぞ馬鹿野郎」とも
書かれてあった。
「…どっちがバカヤロウだよ……」
そうつぶやきながら橋本の顔には少し笑みすら浮かんでいた。
ただ、その笑みは乾いていた。
母子家庭に育った橋本は父親のいない子供の寂しさを悲しみを良く知っている。
だがそれ以上に人を殺してまで生きるのが自分にとっても家族にとっても嫌だった。
例えそれがこのゲームを強制した猪木だとしても…
そんな思いが橋本にバーのマスターを求めさせたのだろう。
しかし目に見えないマスターは何の福音ももたらしてはくれなかった。
橋本は毒薬を適当に入れたグラスによく飲んでいたウィスキーを静かに注いだ。
瞬く間に毒薬が溶け出しアーモンドの香りがする。青酸系の毒のようだ。
そして意を決しグラスを口に近づけた瞬間、怒号のような大声が狭い店内に響き渡った。
「村上殺ったのはてめぇか!!!?」
怒号の主は小川直也だった。
このゲームの性質を考えれば無意味に大声など立てるものではない。
自分の居場所を知らせることは何か目的の無い限り自殺行為にしか成り得ない。
しかし小川からはそんな配慮は微塵も感じられなかった。
今右手にモップの柄、左手には支給された物であろう機動隊の持つような
ジュラルミンの盾を持っているとは言え、橋本の前に仁王立ちで立ちはだかっている事からも
配慮の無さを感じさせた。小川らしいと言えば小川らしいのだが。
そして今、小川はリングで対峙した時以上の殺気を放ち半狂乱状態で橋本を睨みつけている。
「お前が村上を殺ったのかっつってんだ!!!!」
言うのが早いか小川は躊躇無くモップの柄を振り下ろした。
咄嗟に飛び退いた椅子に柄の先のT字の金具がぶつかると、金具はぐにゃりと曲がった。
橋本は驚いていた。急に小川が現れた事よりも村上を殺したと思われている事に。
(冗談じゃない!被りたくない濡れ衣まで被せられては死ぬにも死ねない。)
「ま、待て小川!オレはじゃない!!」
「じゃあ誰が…やったんだよ!!!?」
聞く耳も殆ど持たない風に、小川は叫びながらモップの柄を横薙ぎに振り回した。
激しく壁に叩き付けられたT字の金具は柄から弾け飛び、
カウンターを飛び越え大きな音を立てて流しに飛び込んだ。
何とか小川を説得しようとするが言葉が思い浮かばない。視線を巡らせた橋本は苦し紛れに言った。
「見ろ!オレの武器はそこの毒薬だ。簡単に殺せるわけ無いだろう!」
あまりにも意味の通らない言い訳だった。
(ダメだ…)
橋本は半ば諦め気味に覚悟を決めた。このまま殺されようと。
(どうせ死ぬつもりだったしな…)
心の中で今静かに家族に別れを告げた。
しかし意外にも小川に反応があった。うつむき気味に何かブツブツとつぶやいているのだ。
「…そういやあの辺は血だらけだったな……一成の肩に鉄砲の傷あったし…」
意図せぬことではあったが説得は成功したようだった。
橋本は内心ホッとしていた。
そして自殺しようとした、また殺される覚悟を決めた筈の
さっきの自分との心境のギャップになんとも言えず苦笑いを浮かべていた。
橋本は落ち着いた小川から村上の遺体の状態などについて聞いた。
カウンターの影に座り、酒をあおる小川の大きな身体は小刻みに震えていた。
(信頼してた猪木さんに裏切られ弟分の村上の死体まで見たんじゃ無理もないな)
だがそんな橋本の考えを裏切るように小川は重くしっかりとした声で言った。
「オレ許さないっスよ…一成殺したヤツも、猪木さんも!」
小川の目に恐怖心は微塵も感じられなかった。その瞳には純然たる怒りの光だけが灯って見えた。
「橋本さん。一緒ににやりましょう!こんなモンブッ潰しましょうよ!!」
その目を見た橋本に何か後ろめたいような気持ちが去来する。
がむしゃらにベルトを目指しトレーニングに明け暮れていた、
前だけを見つめていたあの頃の自分に心の中を覗き見られた気分だった。
「い、いや…オレは人を殺すなんて……イヤ…なんだ…」
耐え切れず目線を逸らし、なんとかそれだけつぶやいた。
途端に小川は感情を昂ぶらせ橋本に掴み掛かった。
「何言ってんスか!?橋本さんだって家族いるんでしょう!!このまま死んでいいんスか!!?
アイツなんてまだ結婚したばっかだったのに…」
思えば涙に目を潤ませた小川など初めてだった。
そして感情が真っ直ぐな分その台詞が深く心に突き刺さった。
そして橋本は決意した。もう少しだけ戦ってみようと。
人とではなく、この辛い状況から逃れるために家族すらも捨ててしまおうとした自分の弱さと。
殺したくは無い。そしてそう思っている者は多い筈だ。だからこそなんとか出来るかも知れない。
既に何人も死んでしまっている現状を鑑みればあまりに甘い考えだとわかっていたが、
そう考えることだけが現状を脱する唯一の望みだということもわかっていた。
表情の変化から橋本の決意を汲み取った小川は小さく頷いた。
その時小川の背後から二人のものではない声が響いた。
「へぇ、結構仲良かったんだ。」
そこにはマスクを取ったエル・サムライこと松田納がいた。
カウンターから身を乗り出したボウガンと共に。
静寂が続いていた。
サムライが二人に声をかけてから何分経っただろう。
一言も喋らずただニヤニヤ笑みを浮かべながら二人にボウガンをちらつかせている。
まるで二人の生殺与奪権を自分が持っているという事を殊更に強調するかのように。
そして無言のまま二人を店の奥の壁際に追いやり、
自分はカウンターを乗り越えて二人が元いた辺りに位置取っていた。
橋本は数分間の静寂の間ひたすらに自分の思慮の足りなさを反省していた。
どうして松田の侵入に気付けなかったのか、どうして誤解の解けた小川とすぐに
ここを離れなかったのか、どうして軽々しく自殺などしようとしたのか、どうして…
一度引退した頃から癖になってしまったネガティヴな思考の所為だと自分では気付いていなかった。
そしてその癖が今この瞬間も自分の邪魔をしていることにも。
橋本が思考停止の状態に陥っている時、小川はこの上なく苛々していた。
サムライの態度は彼の神経を充分に逆撫でしていたが、それ以上に橋本の態度が不満だった。
顔はサムライの方を向いているが目の焦点は明らかに合っていない。
そのせいで橋本に意思を伝えることが出来ずにいたからだ。
(呆けてる場合じゃ無ぇだろう!アンタが気付けば何とか出来るのに!!)
橋本と正反対に現状の打破のみを考えていた小川はサムライの弱点に気付いていた。
ボウガンは連射できない。
つまり二人同時にかかれば少なくとも一人、サムライが瞬時に標的を絞れなければ
上手く行けば二人とも無事で済む。そう考えると今の橋本に苛立つのも仕方なかった。
そして小川の苛立ちが頂点に達しようかという時、
夕方6時を告げる忌々しい放送が流れ出した。
「元気ですかー!!!」
いつもの返事を必要としない呼びかけが街中に響き渡る。
「元気があれば何でも出来る。一番元気なヤツが生き残るんだぞーッ!!!
ではこの6時間の脱落者を発表する。新崎人生ーッ!小原道由ーッ!後藤達俊ーッ!
えー以上3名です。みんななかなかルールを理解してくれているようで非常に嬉しい。
では『真の格闘家』を目指して皆頑張るように。ダーーーッ!!!!」
放送によって幾分冷静さを取り戻した橋本は小川と視線が合った。何かを訴えているようだった。
程無く小川が今にもサムライに襲い掛かろうと考えていることに気付いた。
(馬鹿な!一体どういうつもり…)
そこまで考えて小川と同じくボウガンの弱点を発見した。
が、どうにも釈然としないものがあった。
それが何なのかわからない内に小川は行動を起こそうとしていた
カラスの鳴き声が聞こえサムライの目線がわずかに二人から離れた瞬間
小川が動き出した。橋本もそれに追従せざるを得ずサムライに飛び掛かった。
不意に聞こえた銃声に吉江は身をすくませた。
(遠くない場所で殺し合いが行われている…)
怖くなった吉江は隠れ場所に急いだ。
小川の拳は確実にサムライの顔面を捉えた。
吹っ飛ばされたサムライはカウンターで後頭部を強かに打ちぐったりしている。
小川の左腿にわずかに痛みが走った。
ボウガンで打たれた傷だが幸い少し肉をもっていかれた程度で済んだようだ。
そんなことより小川には心配すべきことがあった。
小川は素早く二つの凶器を適当にカウンターの向こうに放り投げ橋本の元に駆け寄った。
橋本は腹部から多量の血液を流していた。銃で撃たれたのだ。
橋本を撃ったのはサムライが背広の袖に隠し持っていた小型の銃デリンジャーだった。
橋本は腹に今まで味わった事の無い激痛を感じながら
さっきからの違和感の正体について理解した。
(松田の不自然な沈黙は焦れたオレ達に襲いかからせ同時に殺すためのものだったんだ…
あの時距離を取ろうと後ずさった松田が足元に落ちていたボールペンで
バランスを崩さなければ、おそらく二人とも死んでいただろうな……)
橋本の考えは当たっていた。
一応、事はサムライの予定通りに進んだが、ボールペン一本に
文字通り足元をすくわれてしまう結果となってしまった訳である。
ちなみにデリンジャーは先程の放送で脱落者に挙げられた後藤の物であった。
小川はとりあえずバー備え付けられていた救急箱で橋本に応急処置を施した。
いくら格闘家でも腹部を銃で撃たれた時の急所などわかる筈も無い。
とりあえず横っ腹のキズで銃弾が貫通していたのが小川の気休めにはなった。
続けて橋本の傷口を冷やそうと流しに向かった時、小川の身体が凍りついた。
サムライが本来寝転んでいるべき場所にいないのだ。
煙のように消えたのでなければ、サムライが今いる場所はカウンターの向こうか
外に逃げ出したかだ。だが外に出たのならばドアからにせよ窓からにせよ
気付かないと言うことはまずあるまい。
そして最悪なことに武器は二つともカウンターの外にある。
しかもどの方向に放り投げたのかも覚えていない。
サムライは次の瞬間にでもに襲ってくるであろう。
小川が足音を立てぬよう姿勢を低くし摺り足で後ずさったその時、
カウンターからボウガンを構えたサムライが顔を出した。
この戦いで小川はとても幸運だったと言えるのかも知れない。
まず床にボールペンが転がっていた事。
そして今サムライが小川の真正面に現れた事。
何より勘違いして橋本に襲い掛かった事!
小川はサムライがボウガンを放つよりも早くフリスビーでも投げるかのように
さっき流しで拾ったモップの柄の先、金属でできたT字形の部分を全力で投げつけた。
柄の先は、小川に殴り飛ばされ未だに意識が朦朧としていたサムライの顔面の芯を
完全に捕らえた。
T字の片方の先端ががサムライの右眼にめり込んだ。
もう二度と右眼を使うことは出来ないだろう。
予想だにしなかった衝撃にサムライは自らの放ったボウガンの矢の行方を
確認する事も出来ずに、閉じられていたバーのドアの鍵を開け外へと飛び出した。
右手で目をおさえ左手にボウガンを持ったままサムライは路地の奥へと消えて行った。
定まらない意識の中で呪詛の言葉をつぶやきながら…
橋本と小川はバーの近くの寂びれたビルのトイレの中にいた。
重症の橋本を遠くまで連れて歩くわけにも行かず、誰かに狙われた時満足に戦う事も
出来そうに無い。そんな状況の中ではベストではなくともベターな選択だと小川は思った。
お世辞にもキレイとは言えない所だったが水は幾らでもあるし
こんな状況でゆったりトイレに来る神経など真っ当な人間にはまず無いだろう。
同じ考えの者がいなければ。
頭に浮かんだこの言葉を小川はかき消した。これ以上橋本を連れ外に出ることは
避けたかった。お互いのために。
水を飲み一息ついた頃橋本が意識を取り戻した。
「…小…川……ごめんな…」
「何言ってんスか。そんなことより早く怪我治してくんないと。一緒に戦うんスから。」
にっこりと笑って小川は答えた。
「へっ…昔から酷いヤツだよ…おまえは……」
「橋本さん…また戦りましょうね。ドームで。」
「…おう……!…お前……肩どうした…?」
サムライが最後に放った矢は小川の左肩を直撃していた。
かなり熱を持っていることからも骨折しているかも知れない。
「かすり傷っスよ。それよりなんか食うモン取ってきますんで
ちょっと待ってて下さいね。」
手酌で水を橋本に与え小川は立ち上がった。
「行ってきます。」
右手にバーの隅で見つけたデリンジャーを持ち、静かにトイレのドアを閉めた。
念のため気配を殺し足音を立てずに階段を下りてビルを出た小川は
辺りに誰もいない事をしっかり確認して食料の調達に向かった。
ただ、その姿を別のビルの窓から見ていた馳浩に気付くことは出来なかった…
橋本はぼんやりした意識の中で小川の事を考えていた。
初めて戦った試合から、さっき自分の傷を必死で縫い付けてくれた姿まで。
橋本は今まで戦いから友情が生まれるなどと言うのは詭弁でしかないと思っていた。
[格闘技なんて所詮ケンカと同じだ。他人をブン殴って友情なんて生まれるハズが無い]
柔道をしていた頃から、競い合う相手は敵だった。
同じ階級のヤツと仲良くなんて出来なかった。勝つ事だけが自分の目的だった。
レスラーになってもジュニアの人間の方が仲良くできた。
例えタッグを組んでも完全に信頼することなど一度も出来なかった。
しかし今小川に対して抱いている想いは全幅の信頼だった。
極限状態のなせる業なのかも知れない。しかしもうどちらでも良かった。
今なら小川は親友だと胸を張って言える。その確信が何より幸せだった。
ふと橋本が廊下の足音に気付いた時、足音の主がトイレに戻ってきた。
「なぁ小川…無事に帰ったらオレの家に来てくれよな……」
目を閉じ声は少し震えていたが、出来るだけはっきり聞こえるように言った。
「…じゃあちょっと……寝るわ…」
言い終え、まどろむ意識の中で額に冷たい物が当てられた。
(…そこまで…してくれなくても……いいのに…)
感謝の言葉と共に意識が途切れる瞬間、頭部に軽い圧迫感を感じた後
橋本の意識はブラックアウトしていった。
小川は嘔吐していた。止まらなかった。
もう十分間近く経ったのではないだろうか。
しかし胃液すら出なくなっても止まらなかった。
その傍らにはスーツを布団代わりに橋本が寝転んでいる。
ただ熟れたスイカを地面に落としたようなものが頭の代わりをしていたが。
小川がビルのトイレに帰り着いた時、既に橋本の生命には終止符が打たれていた。
明らかに他人の手によって。
わけがわからない。?????????何故?いつ?誰が?????????
常に前向きだった小川の思考は停止した。
そして込み上げる嗚咽は一時間以上続いた……
新崎人生は走っていた。
この男はさっきまで隠れていた公園で村上一成とケンドー・カシンのやりとりを息を潜めて見ていた。
それまで新崎はまさかこんな馬鹿げたゲームに本当に乗っているレスラーなんていない。いるはずがない。
そう思っていた。いや、・・・・そう思いたかった。
しかし、ケンドー・カシンは村上の身体を撃ち抜いたと同時にこの男のこんな思いを一瞬にして撃ち砕いた・・・。
その瞬間、新崎の身体に衝撃が走った。
「どれだけ自分がこのゲームを拒んでも、他の人間はやる気になっている!!少なくともケンドー・カシン…この男は…。」
そう思った瞬間、次に頭に浮かんできたのは「ここにいてはいけない!!」ということだった。
「さっきまでの村上とカシンの闘いで他の「やる気」になっている人間が集まってくるかもしれない。
そうでなくとも今、このカシンという男に見つかってしまえばおそらく自分も……。」
人生はそっと立ち上がり紅く染まった村上の背中の方に向かって手を合わせた。
…試合以外でレスラーを拝んだ初めての瞬間だった…。
短い合掌のあと、人生はカシンがいる逆の方向、南出口へ向かって必死に走り出した。
その姿をカシンに見られたかどうかなどもう気にしていられない。
一刻も早く自分の隠れ家を見つけなければ、人生はそう思っていた。
……「なんで、オレがこんな目に!!」「新日じゃない、自分が!!」
走り出すと、今まで抑えていた怒りが一気に噴き出した。
人生はあの道場に集められる前に、永島取締役のところに次シリーズの打ち合わせに来ていた。
人生はインディー出身ながらも全日と新日から度々オファーがくる自分に誇りを持っていた。
特に、BATT入りはこの業界に入って10年目にしてやっと掴んだチャンスだったのだ。
打ち合わせ最中に猪木が部屋に入ってきて、突然、自分に何かを嗅がせたところまでは確実に意識はあった。
問題は…そこからだった。
「ゆっくり運べ!!この野郎!!」遠のく意識の中で猪木の声が聞こえてきた。
「この選手は参加させなくてもいいんじゃないでしょうか?」永島取締役の声だ。
「ん?…まあ、捨て駒みたいなモンだな!!なんかの役に立ってくれたら儲けモンってなもんだ!!ダハハハハハ!!」
そう人生は思い出した。自分がいつ意識がなくなったのか、新日所属ではない自分が参加させられた理由も。
もともと人生は自分のもつ便利屋のイメージのコンプレックスを抱いていた。
しかし、今回はそんな自分を嘲笑うかのように本当に必要とされていない、
おまけ程度の理由で参加させられてしまっている…。
そう思った瞬間、人生は考えた。
「……アントニオ猪木を殺そう……。」
目標は決まった。
絶対に自分のこの手であの男に止めを刺そう。そのためには武器が必要だ。
人生のディパックには武器として数珠が入っていた。
そんな自分を馬鹿にしたような偶然も人生に怒りを増幅させる原因の一つになっていた。
そして、隠れ家を早く探しさなければ!!そう思った人生の目の前に一軒のコンビ二が見えてきた。
「…ここを拠点にしよう…。食料にも当分困らないだろう…。」
流石に自動ドアは既に動いていなかったが、無理矢理こじ開ければ入ることができた。
店内はシーンと静まっていた。「どうやらこのゲームは本当のようだ……。」静けさが人生に事実を教えた。
「少し落ち着くためにコーヒーでも飲むか…。」
そう思い、奥にあったインスタントのコーヒーを手にとろうとした瞬間、レジカウンターから一つの声が放たれた。
「いらっしゃいませ。」
驚いた人生が振り向いたその先には………「あの」ケンドー・カシンが銃を構えて立っていた…。
ケンドー・カシンは見ていた。自分がいる逆の方向の出口を必死に走り出て行く新崎人生の姿を。
しかし、カシンは追いかけなかった。いや、追いかける必要はなかったのだ。
人生が走っていく方向には1軒のコンビニしかないことも。そして、人生が自分以上に追い詰められていることも。
人生があのコンビニに隠れることは容易に想像できた。
だから、追いかける必要もなかった。それに、カシンは知っていた。
「若手時代、さんざん買出しに通ったあのコンビニへの近道」を。
「!!!」
人生は瞬時に自分の置かれている状況を整理した。
すると、あの村上の姿が浮かんできた。人生がこのプログラムが始まってから初めて感じた「死への恐怖」だった。
村上を殺した張本人であるケンドー・カシンが目の前にいる。こっちに銃を構えている。…自分を殺そうとしている!!
「……!!!!!!」
人生は手当たり次第の物を投げた。
昔から物を投げるような粗末なことはしなかったがこの時だけはそんなことは考えなかった。
缶コーヒーやコーラのボトルがカシンに向かって次々と飛んでいく。
しかし、こんなことはただの時間を稼ぐ方法の一つにしかならない。
「何か…!!武器になりそうな物は!!」
……あるはずがない。ここはコンビ二なのだから。
その瞬間、「パン」という冷たい音が店内に響いたと同時に人生の足に表しようのない痛みが走った。
カシンが痺れを切らし、とうとう撃ったのである。
カシンは、一呼吸置いて、人生を見下すような目で、こう言った…。
「あんまり手ぇ、焼かせないでくださいよ…。」
「何故、ここまでこのゲームに乗ることができるのか?」
人生には理解できなかった。ここで理解できるていることは、殺らなければ殺られるということだけだった。
しかし、このゲームの主催者であるアントニオ猪木を殺す決意はあったが、
他の参加者を殺す決意はしていなかった。というより、できていなかった。
それに何といっても、この男は、「あの」ケンドー・カシンである。説き伏せるなどということは不可能である。
方法は全て無くなった。
「ここまでか……。」
人生が死を覚悟した、その瞬間、カシンでも、ましてや自分の声でもない、第三者の声が店内に響いた。
「あ〜、アチいなあ。」
その声の持ち主である武藤敬司が入り口に立っていた。カシンと同じように銃を構えて。
「そりゃあ、フェアじゃねえよ。石沢。」
武藤敬司がカシンに向かってこう言った。
「まいったな。武藤さんが来ちゃうとはなあ。」
一瞬にして、その場の雰囲気が変わった。変わったというより、武藤が変えてしまった。
こんな状況の雰囲気さえも変えてしまうのも武藤のスター性が成せる技なのだろう。
カシンと人生の置かれている立場が変わった。
自分が何も武器を持っていないとはいえ、カシンもわざわざ無駄死をしたくはないだろう。
武藤が言った。
「行けよ、石沢。ここにいる誰一人死ぬのはイヤなんだよ。早く!!」
どうやら武藤も人は殺したくないように人生には見えた。
「……、助かりましたね。新崎さん。」
カシンはそう言い残して、こちらに銃を向けながらこの場所を後にした。
「いや、助かりました。武藤さん。」
人生が命の恩人である武藤に話し掛けた。
「やっぱりやる気になってる人がいるんですね……。
こんな、こんな馬鹿げたゲーム開いた猪木さん…許せませんよ!!俺、あの人を殺し…」
人生は今までに自分の中に溜め込んだ猪木に対する怒りを武藤にぶつけるかのように話そうとした、その瞬間、
「!!!」
人生は喉に火がついたような熱を感じた。
「わりいな。人生。オレ、ファンの為に生きなきゃいけないから。」
武藤は引き金を引いていた。盟友である人生の喉に向かって、長州力から奪ったであろうと思われる銃で。
「何…で…。」
人生が倒れこみながら、小さな声で武藤に問い掛けた。人生が放った最期の言葉だった。
「う〜ん、お前のプロレス、俺は好きだったよ。あっちに行ったら長州さんとタッグ組んでやってくれよな。」
事切れた人生に武藤がこう囁き、そこからゆっくりと立ち去った。
時折鳴る銃声に脅えながら柴田勝頼は使われなくなった図書館の一室に身を潜めていた。
この男はこれまでに途中立ち寄った公園で村上、
食料を調達していた時に入ったコンビニで新崎の遺体を見てしまっていた。
「まさか本当にやる気になってる人がいるなんて!!」
柴田は信じたくない事実と先程から聞こえる何発かの銃声に気持ちを押しつぶされまいと自己暗示にふけっていた。
「俺は死なない。大丈夫だ…。
やる気になっている人たち同士が潰しあって、このゲームは終わるんだ。きっとそうだ…。」
まるで既に壊れてしまっているかのように何度も何度もそう自分を励ましつづけていた、その瞬間、
「ガタッ」
明らかに不自然な物音がこの部屋の後方の出入り口から放たれた。
「誰だ!!」
このような状況においては、相手がこの場所から立ち去るまで隠れている方が良策なのだろうが、
柴田の本来の気の強さからつい声をあげてしまった。
我に返った柴田は、わざわざ敵に自分の存在を教えてしまったこと自分の情けなさに対する怒りと同時に、
目の前に立っている男を見て安堵感が込み上げた。
「石沢さん……。」
そう、柴田の前に現れたのは、「あの」ケンドー・カシンだった。
「石沢さん!!大丈夫だったんですか!!」
柴田は石沢に会えたことによりまだ固いながらもこのゲーム開始以来初めての笑顔でカシンに問い掛けた。
「ああ、まあな。お前も元気そうだな。それよりメシ食わしてくれ。できればラーメン頼む。」
石沢の日常と変わらない発言が今の柴田には何よりも嬉しいことだった。
「この男といればこのゲームも無事に切り抜けられる…。」
そんな期待が柴田の胸の中で膨らんでいた。
「みそラーメンと塩ラーメンどっちにします?」
「ん、スープの濃い方がいいな。」
こんな他愛の無い会話でも今の柴田には一番幸せなことだった。
湯を注いだカップラーメン2つをカシンの座っている辺りの前に置き、自分は外を監視しながらカシンとの会話を続けた。
この男には背中を向けても安心だと柴田は思っていた。
それよりもこの幸せな時間が外部からの侵入者によって壊される事の方が怖かった。
「いやあ、参りましたよ。本当にやる気になってる人がいたなんて…。
俺、今日村上と新崎さんの死んでるとこ見ちゃったんですよ…。」
「…そうか。気の毒だったな。」
そんなアッサリとした返事に柴田はなんの違和感も感じなかった。
むしろその変わらないカシンのタフさに喜びさえ感じていた。
「石沢さん…俺と組んで、このゲームから脱出しましょうよ!!
石沢さんもこんな馬鹿げたゲームで死ぬなんてイヤでしょう!?」
「ん?ああ…まあな。」
「じゃあ、組みましょうよ。こんな、こんなゲーム馬鹿げてる!!
俺たちはこんなことをやるためにレスラーになたんじゃない!!畜生!!畜生!!…」
柴田は溜め込んでいた怒りを噴出すかのように話始めた。
「まあ、落ち着けよ。冷静になれ。ラーメン食おうぜ。そろそろ。」
柴田はカシンに促されるようにラーメンを食べ始めた。
食べながらも柴田はこんな状況下に置いても冷静でいられるカシンに尊敬の念を抱いていた。しかし、
「グッ!!!」
ちょうどスープを半分飲みほしたと同時に強い吐き気に襲われた。
「……!!」
汚物だけではなく、遂には血まで吐き出し始め、のた打ち回る柴田を見下すようにカシンはこう言った。
「状況が状況だから、あんま他人を信用し過ぎないほうがいいぞ。」
そう、柴田のカップラーメンの中にすり潰して混ぜたと思われるタバコを口に咥えて…。
「…金本さん、落ちつきましたか?」
稔が心配げな表情で、金本の顔を覗き込んだ。
「…ああ。道場にいた時よりはな」
そう呟く金本の顔色は、ずっと前から青ざめたままだった。
無理もなかった。
ただでさえ仲間と殺し合うという理不尽な状況に放り出されているのに…
スタート前に、藤波の無残な姿を見せられているのだ。
あの道場で、声をあげて泣く長州のその後ろで、金本もまた涙していた。
「俺の憧れの…藤波さんが…こんな酷い姿に…」
ただ泣く事しか出来ずに、立ち尽くしていた。
そんな金本を見て、稔は心配でたまらなかった。
「とにかく…金本さんと離れないようにしなくては」
大事なタッグパートナーを見捨てる事なんて出来ない。
道場の出発順は、稔が先だった。
茫然自失の金本に、稔は素早く囁いた。
「金本さん、ホビーショップまで来て下さい。いいですね!俺、そこで待ってますから…」
ホビーショップは、金本がよくフィギュアを買いに行く店だ。
そこならば、金本も迷わず安全な道を通って来れるだろう。
「じゃ…後で!」
稔は出口でデイパックを受け取り、駆け出して行った。
「しっかし、この店っていろんな物ありますねぇ」
稔は店内をぐるりと見まわして呟いた。
金本が来る前に、何か使えるものはないかと物色をしていたのだ。
この店がフィギュアの他にモデルガンも扱っていたのは好都合だった。
稔の手元には、サブマシンガンのモデルガンがあった。
『片手のみで操作可能。最大で1分間に最高750発発射出来ます』
ショーケースの説明書きには、そう書いてあった。
動き回る事を考えると、これがベストの選択であろう。
殺傷能力はないにせよ、はったりをかますのには十分だ。
「できる事なら、人殺しはしたくない…みんな生きていてほしい」
インディーから途中入団した自分を温かく迎えてくれた仲間たち。
「みんないい人ばかりなのに…何でこんな事に…」
稔が目に涙を浮かべたその時、夕方6時の、3度目の定期放送が聞こえてきた。
「…ではこの6時間の脱落者を発表する。
新崎人生ーッ!小原道由ーッ!後藤達俊ーッ! えー以上3名です。」
「人生さんっ!?小原さんに後藤さんも…」
「…藤波さん、小島、高岩、天山、長州さんに村上…全部で9人か」
金本が力なく呟いた。
「小島…山本さん…小原さん…」
ヤングライオンの頃、道場で共に汗を流した仲間たちが逝ってしまった。
「あとは、俺と西村さんだけか…」
金本は涙があふれぬよう、天井を仰ぎ見た。
「高岩さん…もう一度、試合したかった…」
そう呟く稔の目から、止まる事なく涙があふれた。
「俺たち…生き残らなきゃな」
天井を見つめながら、金本が呟いた。
「俺たちが死んだら…新日のジュニア、終わっちまう」
「そうですね…高岩さんの分も、頑張らなきゃ」
そう言って稔は涙をぬぐい、再び使えそうな物を物色し始めた。
「あ…金本さん!いい物がありますよ!ほら!」
稔は大声で叫びながら、ショーケースを指差した。
ショーケースの中には「非売品」と書かれた札が付いた防弾チョッキがあった。
「防弾チョッキ!?ああ、そういやここのオヤジが趣味で集めてたっけ」
「これ、本物ですよね?使えますよ!」
そう言うやいなや稔はショーケースの硝子を叩き割り、防弾チョッキを取り出した。
「うわ、結構重たいな」
だいたい2kgぐらいだろうか?ズッシリとした重みがあった。
「まあ、防弾っちゅうぐらいだしな。重い方が守りもしっかりしてるやろ。
とりあえず、とっとと着ちまおう」
――――その時だった。
パンッ、パンッ、パンッ!
店の外で、乾いた衝撃音が鳴り響いた。
「…銃声!?すぐそばで誰かが…」
「隠れるぞ、稔っ!見つかったら俺たちもやられる!」
二人は急いで防弾チョッキを抱え
デイパックとモデルガンを拾い上げて店の奥へと向かった。
その時、店の外ではカシンとライガーが対峙していた。
撃ったのは、カシン。ライガーの太ももとヒザを撃ちぬいていた。
ライガーはといえば、ホビーショップに向かおうとしていた所だった。
この店は、ライガーの行きつけでもあった。
金本たちがいるなんて、知る余地もない。
ただ、稔と同じ様に「モデルガンがあれば、はったりになるかもしれん」
そう考えて、店を物色しようと考えていたのだ。
店まで後少しという所を、後ろからカシンに狙われたのだった。
足に衝撃を感じ、よくわからぬまま地面に崩れ落ちた。
そして一瞬カァッと熱くなったかと思ったら、とんでもない激痛がヒザを襲ってきた。
「グアッ…クッ…だ、誰だっ」
「俺ですよ、ライガーさん。ダメですよ、背中にも目ぇ付けとかなきゃ」
「カシン、貴様ぁ…っ」
ライガーはカシンを睨みつけるが、立ちあがる事が出来ない。
(クソッ、ここで殺られるのかっ…)
カシンがゆっくりと近づいてくる。でもライガーは、逃げる事が出来ない。
(死ぬにしても…無駄死にだけはするもんか!)
ライガーは片手で自分のデイパックをまさぐり
支給された大ぶりのナイフの柄をグッと握り締めた。
「カシン、何で足を狙った!後ろからなら一発で俺を殺せただろうが!」
「やだなぁ。ジュニアの最高峰にいるライガーさんに秒殺なんて…失礼な事、出来ませんよ」
目の前で仁王立ちしたカシンは、口元に笑みを浮かべながらイヤミっぽく話し続けた。
「プロレスラーは、相手を仕留めるまでの過程を演出しないとねえ。
強ければいいってもんじゃないでしょう?」
そういうとカシンは銃をライガーの胸元に突き付けた。
「さあ、お喋りはこれくらいにして…ライガーさん。
最後に何か言い残す事はありますか?」
「殺れるもんなら殺ってみろ…お前に人を殺すことが出来るのかっ!」
もう殺される以外道がない状況で、ライガーは叫んだ。
「ああ。出来ますよ。今さら一人や二人増えたって変わらないですよ」
「一人や二人って、お前…」
アッサリと答えるカシンの言葉に、ライガーは寒気を感じた。
「天山に、一成…今さっき柴田も殺ってきた」
そう語るカシンの脳裏に、村上を殺めた時の事が浮かんできた。
(一成…この手で一成を刺したんだ…)
あの瞬間の感触が手に蘇る――――忘れたくても忘れられない、あの感触。
その時、ピンと張りつめていたカシンの殺気が緩んだ。
その一瞬をライガーは見逃さなかった。
デイパックからナイフを握り締めた手を引き抜き、
もう既に感覚の消えつつある両足を踏ん張り
ありったけの力を込めてカシンの腹部めがけてナイフを振り上げた。
ガツッッッ!!
切っ先に固い感触…
その衝撃で、ライガーの手からナイフが弾け飛ぶようにして地面に落ちた。
「…何するんですか、まったく…無駄な抵抗ですね。
ま、刺さなくて良かったですね。いいもんじゃないですよ、あの感触は」
「何で…何か仕込んでるのか!?」
「ああ、ジェラルミンケースに殺った奴の武器をしまってたら
入りきらなくなって、腰に巻いたんですよ」
そう言いながら、カシンはシャツをめくってみせた。
その腰には…カシンベルトが巻かれていた。
(そ…そんなモン巻いてるなぁ〜っ!)
ライガーにとって千載一遇のチャンスは、カシンベルトによってあっけなく打ち砕かれた。
「あーあ。ライガーさんのせいで傷が入っちゃいましたよ…でも、さすが俺のベルトだな。命拾いしたわ」
カシンはベルトを愛おしげに撫でながら呟いた。
「さあ、そろそろお別れですね…」
「カシン!…なぜお前は殺すんだ!?なぜ殺さない方法を考えない…」
全ての力を使い果たしてしまったライガーが、息も絶え絶えに訴えた。
「…結局、殺らないと殺られるだけじゃないですか。
俺は自分が一番かわいいですからね。死にたくないんです」
そう話しながら、カシンは銃をライガーの左胸にピタリと当てた。
「じゃあ…さよなら、ライガーさん」
パンッ!パンッ、パンッ、パンッ!
最初の一発で、ライガーは声も立てずに崩れ落ちた。
そこへ追い撃ちをかけるように、三発。
みるみるうちに、地面に血だまりが出来た。
「ライガーさん、マスク貰っていきますね。大事にしますよ。
『獣神サンダー・ライガーが最後に付けていたマスク』ですからね」
カシンはライガーからマスクを外し、ナイフを拾い上げてジェラルミンケースにしまいこんだ。
「…さて。あの店に何かあるらしいな。ちょっと漁ってみるか」
カシンは、ホビーショップの方に向かって歩き出した…。
パンッ!パンッ、パンッ、パンッ!
店の奥と言っても、元々広い店ではないので外の音が良く聞こえてくる。
ライガーの叫び声も、何を言ってるのかわかるぐらいに聞こえた。
それによって、ライガーが絶命した事や
銃でライガーを撃ったのがカシンである事がわかった。
「カシン…殺っちまったか…」
金本がため息混じりに呟いた。
「アイツにだけは会いたくないなぁ。アイツなら、何の躊躇いもなく殺りそうだし」
「でも、生きている限り絶対どこかで顔を合わせる羽目になりますよ。
俺は…戦いたくないですけど」
「…襲ってきたら、最低でも一撃食らわさないとアカンかもなぁ。
話してわかるヤツじゃないやろ、アイツは…」
イザとなったら、殺らねばいけない…。自分を守る為にはそれしかない。
それでも、殺したくない。仲間を殺るなんて出来ない。
でもカシンは、殺ってくるに違いない。
(どうすればいいんだ…どうすれば誰も死なずに済む!?)
稔は必死に考えを巡らせた。でも、何も浮かんで来なかった…。
「金本さん、とりあえず今はここから脱出しましょう!カシンと顔を合わせる前に…」
稔がそう言いかけた時、バンッ!と勢い良く店の入り口のドアが開く音がした。
「まさか…カシン!?」
「念の為、防弾チョッキ着ておくか。しかし…最悪やな」
二人は息を潜め、防弾チョッキを着込んだ。カシンに見つからない事を祈りつつ…。
「・・・ん?もう誰か来た後なのか?」
叩き割られたショーケースが、誰かが物色した後である事を物語っていた。
「使えそうな物は残ってないか・・・ん?」
カシンは足元に何かが落ちているのを見つけた。
「このタオル…金本さんか」
落ちていたのは「E・YAZAWA」と書かれたタオルだった。
店の奥に逃げ込む時に落としたらしい。
矢沢永吉ファンの金本は、このタオルをとても大事にしていて
いつも肌身離さず持ち歩いていた。
「金本さんがこのタオルを落としたって事は、よっぽどアセっていたって事か」
カシンはグルリと店内を見渡した。まだこの店の中にいるかもしれない。
カシンは右手に拳銃、左手に盾代わりのジェラルミンケースをかまえて
ジリジリと店の奥へ歩を進めた。
「…カシン、こっちに向かってきてるみたいですよ」
稔が声を潜めて言った。
「バレたのか!?何で人がいるってわかったんだ!?」
金本は自分のせいである事をまだ知らなかった。
「しゃあない…来たら先制攻撃するしかないな」
「武器は使っちゃ…そういや金本さん、武器、何でした?」
二人は動揺していたのと最初から殺し合いをする気がなかったので
支給された武器が何であるかを未だに確認していなかった。
二人はカシンに気づかれないようにソッとデイパックの中を改めた。
金本に支給されたのは、シリンダー式の拳銃だった。
「ま、手足を狙えば殺さずに済むか…稔、お前のは?」
「金本さん…これ、何でしょう?…」
稔のデイパックから出てきたのは、黒い小さな箱だった。
てっぺんに赤いボタンがついており「迷わず押せよ 押せばわかるさ」と書いてあった。
「押せばわかるって…押してみるか」
「あ、稔!押すな!それってたぶん…」
「え?」
カチッ。金本が言葉を言い終わる前に、稔はボタンを押してしまった。
すると箱の正面のパネルが動き出し、中からデジタルパネルが現れた。そして
「元気ですかーっ!」
突然、猪木の雄たけびが箱から聞こえてきた。
「…ん?」
猪木の声に、カシンの動きが止まった。
猪木の声が聞こえてきたという事は、何か良くない知らせに違いない。
金本達も同じだった。嫌な予感がする…。
そんな彼らの気持ちはお構いなしに、猪木の声は流れつづけた。
「元気があれば殺し合いも出来る!…エー、この箱は時限爆弾です。
今、ボタンを押した事により時限装置が作動しました!
制限時間は5分!5分経ったら爆発するぞコノヤロウ!
みんな頑張って5分以内に逃げたまえ。
尚、このボックスに衝撃を与えたり分解しようとするとその場で爆発するから注意するように!
では諸君の健闘を祈って…いくぞーっ!イーチ、ニーッ、サーン、ダーッ!」
…猪木の能天気な声が聞こえなくなったのと同時に、デジタルパネルが作動し始めた。
「4:59・58・57…」時間はどんどん過ぎていく。
「あーっ、やっぱり時限爆弾だったかぁ・・・くそっ!」
「すみません・・・俺がボタンを押したばっかりに・・・」
稔が涙目で呟いた。
「もう動き始めたんだから、言い訳してもしゃあないやろ。
何とかして、この場から脱出せんとなぁ・・・」
爆弾のタイマーを止める事も、壊す事も出来ない。
それに今の猪木の声で、隠れている場所をカシンに悟られたのは確実だ。
金本が必死に考えを巡らせる横で、稔は押し黙っていた。
(俺のせいだ…何とかしなきゃ…そうだ!)
「…金本さん、俺が囮になりますからカシンを撃ってください!」
「な…稔っ、アホな事言うな!お前、武器持ってないのにどうすんだ!?」
金本は驚き、稔を見た。稔の目はこの上ないほどに真剣だった。
「さっき見つけたサブマシンガンのモデルガンでカシンを打ちます。
そこでカシンが怯んでいる隙に、カシンの動きを止めてください。
防弾チョッキも着てるし、何発かは弾を受けても大丈夫だろうから…」
「稔…」
「それしかないです!早く逃げないと爆発しちゃいますよ!」
金本はフーッと深いため息をつき、軽くうなづいた。
「そうだな…でも稔、死ぬなよ…」
「こればかりは運を天に任せるしかないですけどね。
金本さんも…死んじゃダメですからね。またベルト一緒に巻きましょう」
稔はニッコリと、しかし淋しさをたたえた笑みを浮かべた。
「ああ…死んでたまるか!俺は生きるぞ…」
二人は覚悟を決めた。誰も殺したくはなかったが、仕方ない。
カシンを倒さなければ爆死する。
たとえカシンを撃ち殺さなくても、致命傷を負わせた時点で殺したも同然だ。
カシンだってここから逃げられなければ爆死してしまうのだから…。
猪木の声が聞こえなくなった時、カシンは呆気にとられていた。しかしすぐに考えた。
突然の猪木の声。誰かがボタンを押し、時限爆弾を作動させた。
「…これで誰かいる事が確定したわけだ」
相手は逃げようとするだろう。しかし、逃げ道には自分がいる。
自分はそのまま逃げられるかもしれない。でも、相手は自分を倒さないと逃げられない。
今ここで逃げようとして背中を向けたら殺られるだろう。
「金本さんだか誰だか知らんが、殺るしかないって事か…」
相手はおそらく正面にあるカウンターの中にいる。
さっきの猪木の声が聞こえてきたのも、カウンターの中だった。
カシンは再び拳銃を構えた。
「俺が左から撃ち始めたら、金本さんはちょっと間を置いた後に右から撃ってください」
「…わかった」
作戦を確認した後、稔はモデルガンを構え、金本は拳銃の撃鉄を引いた。
「じゃ…行きます!」
稔は勢い良く立ち上がった。5mほど先にカシンの姿があった。
タタタタタタタタッ!
稔は一心不乱に、カシンに向けてサブマシンガンを撃ち込んだ。
カシンの気をそらせればいい。ほんの少しの間だけ・・・。
「しまった!二対一だったか…!?」
カシンは、予想だにしなかった稔の登場に一瞬怯んだが
自分に当たった弾が本物でない事に気づくと、構えていた拳銃を発射した。
パンッ、パンッ、パンッ!
「ウグッ!」
カシンの放った銃弾が稔の胸に着弾し、呻き声が上がる。しかし、稔は倒れない。
「なぜ…!?ちっ!防弾チョッキなんか着てやがる」
服の上から白い防弾チョッキを着た稔の姿が、カシンの目に入った。
「それなら頭を狙えば済む事だ…」
カシンが稔の頭に狙いを定めた、その時!
金本がカシンの左前方に現れ、拳銃を撃ってきた。
ガーンッ!
「グアッッッ!」
…意外にもダメージを受けたのは、金本の方だった。
突然の激痛に金本の顔がゆがんだ。撃鉄を引き直す事も出来ないぐらいの痛みだった。
金本はTVドラマの刑事のように、片手で拳銃を撃った。
その瞬間ものすごい衝撃が右手を通じ、肩へと伝わった。
金本の右肩は春先に怪我をして以来、まだ完治していなかったのだ。
その肩にモロに衝撃を受けたのだった。
そして肝心の銃弾は、カシンを捕らえる事が出来なかった。
やはり衝撃で腕がブレて、的を外してしまったのだった…。
「金本さん、カッコつけて片手で撃つからですよ…バカが!」
そう言うとカシンは両手で拳銃を構え直し、金本の額に狙いを定めて引き金を引いた。
パンッ!と音がしたのと同時に、金本は額を撃ちぬかれて崩れ落ちた。
「金本さんっっっっっ!!」
稔が銃撃を止め、金本の方を向いた時、既に金本は事切れていた…。
「金本さんっ!金本さんっ!目ぇ開けてください!金本さんっ!!」
稔は金本の両肩を持って揺さぶった。しかし、もう二度と目を開く事はなかった。
「金本さん…」
うなだれる稔にカシンは素早く近づいていき、背後から腕めがけて拳銃を撃った。
パンッ、パンッ!
「ウガァッ!」
着弾の衝撃と痛みで、稔は金本に覆い被さるようにして倒れ込んだ。
「…防弾チョッキ着てても、頭や腕は剥き出しだからなあ」
カシンがニヤリと笑い、呟いた。
ふと足元を見ると、さっきの時限爆弾が転がっている。
拾い上げてタイマーを見ると、残り時間はあと2分を切っていた。
倒れ込んでいる稔に向かって、カシンが問い掛けた。
「さて、と。そろそろ逃げないとな。田中稔、お前はどうする?
大人しく爆発を待つか、今俺に撃ち殺されるか…どっちがいい?」
稔は激痛が走る腕を使い、カシンの方に向き直り、息も絶え絶えに言った。
「…ほっといて…くれ」
「爆死を選ぶか…痛いぞ〜、爆死は。俺に頭撃たれた方が楽に死ねるぞ」
「いいんだ…死ぬ覚悟は出来てますよ。ただ…これ以上、アンタに人殺しになってほしくないだけですよ…」
「これ以上って、この後も誰かに会ったら俺は殺るぞ?」
「アンタが殺した人数が一人でも減るなら…俺はその方がいい…」
「この期に及んで優しい気遣いしてるとはねぇ…大したもんだ!」
カシンは稔を嘲笑うように言った。
「じゃあ、気遣いついでにお前の防弾チョッキを譲ってくれないか?
そんなの着てたら爆死は無理だろう?」
「ああ…もう必要ないから…勝手にしてください…」
稔は吐き捨てるように呟いた。
カシンは稔が武器を持っていないことを確認すると、稔の上体を起こして防弾チョッキを剥ぎ取った。
「ありがとう。じゃあ達者でな!!」
カシンはそう言うと、稔の額に拳銃をあてがって撃った。
パンッ!
(な…何で…)
稔は意識が飛ぶ瞬間、そう思った。
「殺した人数が一人でも減るなら、か…余計なお世話だ!」
カシンは無表情で、もう意識がない稔に向かってそう吐き捨てるように言った。
「…あと30秒で爆発するぞ、コノヤロー!」
時限爆弾から、猪木の声が響いた。
カシンはサッと荷物をまとめて脱出の準備を整えた。
「あ、そうそう。金本さん、忘れ物だよ」
そう言うと金本の屍に向かって矢沢永吉タオルを放り投げた。
「あと20秒で爆発するぞ、コノヤロー!」
その声を聞いて、カシンは荷物を抱え、ダッシュで店を後にした。
遠くへ…とにかく爆撃に巻き込まれないように、遠くへ…。
そして猪木の声が、最後のカウントダウンを始めた。
「あと10秒…それでは皆さん、ご唱和ください。いくぞーっ!
サーン、ニーッ、イーチ、ダーッ…」
ドンッ!ドカーンッ!ドドドドドッ…ガラガラガラ…
豪快な爆音と共にホビーショップは吹き飛んだ。金本と稔の屍と共に…。
一度目の放送直後、猪木の周りは非常な喧騒に包まれていた。
それは放送の一時間ほど前、猪木からの無茶な提案によるものだった。
「ヨシッ!引退したヤツや関係者も参加させよう!!」
「!?…今からですか?」
ずっと猪木の傍に侍っている佐山聡が聞き返した。
「あぁ。装備はすぐ用意出来るだろう?発信機は…そうだ、旧式の首輪あったろ?
あれならすぐ付けられる。うん、我ながら名案だ!ハッハッハッハッハッ…」
この提案は当初の目的『真の格闘家』を選ぶと言う物から大きく逸脱する。
しかし猪木には相当の無茶でも強引に実行出来るほどの権力が与えられていた。
「さっさと居場所の分かるヤツから適当に連れて来い!!」
「分かりました。では放送でその事をお伝えに?」
佐山はわずかな動揺も見せず答えた。
「いや、少しこのまま知らせずにやってみよう。アイツらの驚く顔を考えてみろ!?
めちゃくちゃ楽しみじゃないか!!」
いつもながらのこの猪木の自信に溢れた横暴は、佐山を身震いさせた。
決して恐怖心などではない。最高の悦楽のためだ。
自称『世界一の猪木ファン』佐山は嬉しくて堪らないのだ。
(死ぬまでA・猪木の人生を間近で見続けられるオレは、なんて幸せなんだろう!!)
佐山の顔からは抑えようも無い笑みがこぼれていた。
ケロこと田中秀和は、口答えした時に猪木に思い切り張られた頬をさすりながら
山本小鉄と行動を共にしていた。なんでも後発組へのサービスだそうだ。
(しかし二人一組っていきなり襲われたらどうしてくれるんだ…)
ケロは身震いしてそんな考えをかき消した。
それに人格者の小鉄と一緒と言うのは心強い面の方が遥かに大きい。しかし、
「ねぇ、小鉄さん?」
さっきから小鉄は殆ど喋ってくれない。ずっと何か考えているようだ。
きっと脱出の方法を考えているんだろうと邪魔しないようにしていた。
ちなみに武器は小鉄が和風の短い刃物、いわゆるドスと言うヤツだ。
自分は拳銃、確かロシア製のトカレフと言う銃だろう。
(まいったな…これ確か命中率悪いんだよな……ま、刃物よりマシか…)
そんな考えを巡らせていると、ふと小鉄がこちらを向いた。
「小鉄さん、何か良い案浮かびました…!!!?」
聞いたケロに返ってきた小鉄の答えはドスの切っ先だった。
いきなりの事にドスを腹部に突き立てたまま、ケロは一言も発せず絶命した。
小鉄がケロの手からトカレフを取ろうとしていた時、急に小鉄の意識は途絶えた。
小鉄の背後には今の一撃で血まみれになった金属バットを持った馳浩が立っている。
馳はただにっこりと笑うともう一度小鉄にトドメを刺し二人の武器を回収して去って行った。
佐々木健介は震えていた。
暗い自動車整備工場の片隅でひとり息を潜めていた。
早いものであれからもう1日が経過した。
水や食料を殆ど補給せず、且つ一睡もしていない彼の体は
既に限界にきていた。それでも彼は動かない。
餓死する事より他人に蹂躙・撲殺される恐怖が遥かに上回っていた
人間の運勢とは振り子の様なものだ。良い時もあれば、その逆も然り。
しかし彼を取り巻く状況はあまりにも悪過ぎた。最悪、と呼んでもよい。
才能やセンスには乏しいが、人一倍練習した。
性格も悪くはない。下には強いが、上に刃向う事などあり得ない。
その実直な人柄がブッカ-に評価され、一時期は名実ともエースとなった。
だが彼は、悲しいかな決して『トップ』の器ではなかった。
その評価が下されたトップというのは、この業界では生き地獄に等しい。
興行成績の落込み、長年の長州・永島体制による組織的なゆがみと軋轢、
それに乗じた創業者による現場介入…
生え抜きではない彼の見方は長州以外に皆無だった。
この師弟は全ての責任を押し付けられ、閑職へと追い込まれてしまった。
その時彼に向けられた誹謗や中傷、長州力の早過ぎる死…
そしてこの殺し合いの為だけにアメリカから呼び戻された自分の悲運!!
彼は他の大多数のレスラーと違い、仲間を信用しなかった。
何より自分自身を信用できなかった。
彼は立ち上がるそぶりさえ見せない。
武器が『目潰しスプレー』という事実も、確実に戦意を削ぎ落としていた。
佐々木健介は、動かない。
ガラガラガラ…深夜のガレージにシャッターの開く音がする。
健介は息を殺し身を潜める。隠れる術は覚えた、既に3回目だ…
大方、武器を探しにきたのだろう。めぼしいものは軍が全て没収済だが。
ところが4人目の来訪者は気色が違った。彼は暫く回りを見渡すと
健介とは逆の方向に向かって歩を進めだしたのだ。
…マズイ、居座るつもりか!? どうする、逃げるか戦うか、とどまるか?
様々な思案は健介の頭を混乱させる。動揺はそのまま反応に直結する。
無意味に揺れた健介の体はダンボールに触れ、雪崩減少を発生させた。
「誰だ!?」 引き裂くような絶叫が倉庫内にこだまする。
でも健介は不思議な事にその声を聞いて安心した。何だ、一番優しい奴だ…
自分の不運を嘆いていたが、少しは風向きが変わってきたのか?
意を決して健介は語りかけた。
「俺だよ!! ノガちゃん、健介だよ!!」
「…健介…?」訝しげな声が闇から漏れる。
ただその後、野上彰の口から出た言葉は意外だった。心外、と言ってもよい。
「やめろ、撃つな、撃たないでくれー!!!」
「ノガちゃん、何言ってんだよ!! そんな事する訳ないだろう!!」
「嘘だ!! 皆、そう言って仲間を殺していくんだ!!」
…仲間、いい響きだ。自分が孤独じゃないってわかる。皆怖かったんだ…
「嘘じゃない! 本当だ! 俺は誰も殺してない! そんな事出来る訳がないだろっ!!」
問返しても返事がない。そのうち早いリズムの足音が出口方向へ流れ出した。
…見捨てるのか、野上!? 俺を見捨てるのか!?
「行くな! 行かないでくれ、ノガちゃん! 俺をひとりにしないでくれー!!」
足音が止む。野上彰が怪訝そうに聞き返す。
「本当か? 本当に撃たないか? 信じていいのか、健介!?」
「本当だ!! 俺はずっと隠れてたんだ!! それに銃なんて持ってやしない!!」
長い間の静寂が場内を支配する。おもむろに野上が口を開く。
「…ずっと? あれからずっとひとりでここに?」
「恐いんだ… 殺されるのも殺すのも… 俺はそんな為にレスラーになったんじゃない!!」
暫くすると物陰から、小さい嗚咽が健介の耳に聞こえてきた。
「…ノガちゃん? どうした?」
「恐かった… 俺もずっと逃げ回ってた。一日中、山をうろついてたんだ…
もう嫌だ!! 何で俺達がこんな目に!! 」
健介は安心と同時に怒りを覚えた。 野上の言う通りだ、なぜ俺達が!!?
「ノガちゃん、一緒に動こう!! 二人の方が安全だ。そして皆を助けよう!!
俺達はこんな事をする為にトレーニングしてきた訳じゃないんだ!!」
「…信じていいのか、健介? お前を頼っていいのか!?」
「仲間だろ!! 野上、俺を信じてくれ!! 一緒に戦おう!!」
「…けんすけぇ…」涙声と共に、足音が聞え始めた。先程とは違い近づいてくる音だ。
健介はふと興奮から冷めた。急に恐くなった。目潰しスプレーを握り直した。
「野上っ!! 止れ!! こないでくれ!!」「…なんだよ、信用しろって言ったじゃないか!?」
「…いや、スマン。正直、足音が聞こえたらなぜか急に…」
野上の返答がない。怒らせたか?それとも逃げたのか?
「ノガちゃん? ノガちゃん!?」「…見ぃ-つけた、っと」
えっ?と思って後ろを振り返る途中だったろうか?
破裂音と共に健介の視界・嗅覚・聴覚・思考、その全てが消し飛んだ。
「…ようやく夜目に慣れたんで、ね」
先刻の涙声はいま何処? 野上は冷たい声で遺体に語りかける。
「ごめんなー、騙しちゃったみたいで。でもほら、俺、一応アクターだから(笑)」
「…やっぱり飛び道具があると便利だよな。警棒、支給されたってさぁ…
でもこれ、井上には勿体無い武器だよねぇ? 」
野上彰は茶飲み話をしているかの様に、そして佐々木健介の魂が横に
あるかの様に語り続けている。
「今と同じアプローチしたんだよ。立場は全く正反対だったけどね。
井上が中々心開いてくれないで苦労したよ…
ただ最後は泣きながら『ノガさーん』って抱き着いてくれたよ。
人間、夜になると緊張が薄れるんだね。 」
クスクス忍び笑いながら、健介のそばまで来た。「スイカ割だな、まるで」
呟きながら彼は血の海に浸かっている細長い缶を取り上げた。
瞬間、野上の嘲笑が静まった場内に響き渡る。
「なんだよ、目潰しスプレーって(笑) お前、武器までしょっぱいな(笑)
まぁ平田さんもそうだったけど。吹き矢だぜ、吹き矢!! どう戦うんだよ、一体!?
平田さん、最後までボヤいてたなぁ… いい味出してたよなぁ 」
そこまで言うと、野上はフッと息をつき、健介の横に腰をしゃがめた。
「一言、言っておく。 俺とお前は仲間でも友達でもない。
お前にちゃんづけされる筋合いは一切ない。今まで一度もないよな、そんな会話」
彼は立ち上がり裾をポンポンと払う。虚空を見上げ、言葉をつなぐ。
「アゴも誰もかも、大方武藤とか永田とかに生き残って欲しいんだろうけどさ
でもそこで、敢えて俺が残るっていうのも… 」
再度、野上は視線を下に落す。 異臭の漂う中、彼は遺体に優しく微笑んだ。
「結構、ブックとしてはイケてるんじゃないかなぁ?」
このゲームは、いつ終わるのだろう?
「これは悪夢だ」
安田はそう思いながら、グラスの酒を飲み干した。
もう何倍飲んだだろう・・?
もう少し飲んだら眠くなってしまいそうだ。
眠ってしまい、目が覚めた時には、
こんな馬鹿げたゲームでなく、
いつもの生活が待っていると思っていた。
そんな時だった。
ギィー・・・
静寂を破る音を立てたドアの向こうには
ヒロ斎藤が立っていた。
「安田・・」
「斎藤さん・・」
二人の間に、暫くの沈黙があった。
この二人の間には、敵味方の感情は一切ない。
この状況で出会った二人は、お互いにどう振舞えば
いいのか皆目見当がつかなかった。
味方とも敵とも言えない、微妙な関係であったが、
少なくともこの状況では、信頼出来る相手で
ないことは確かだった。
緊張が二人の間に走った。
ヒロは銃を身構えると同時に、
安田は手榴弾を手にした。
その時だった。
「これで3人揃ったな。」
もう一人の男がヒロのすぐ後ろから現れた。平田だった。
「やっと信頼出来そうな仲間と会えた。」
平田の口から出た言葉で、ヒロと安田は
身構えていた銃や手榴弾を降ろした。
「なあ安田・・俺達二人と組まないか?」
その言葉に驚いたのはヒロだった。
「俺達二人って・・?今でも仲間と思ってるのか?」
ヒロは平田を仲間と思っていたが、
平田にそんな感情があるとは思っていなかっただけに
意外だった。だが、ヒロは嬉しさに笑みすら浮かべていた。」
そして安田も同じ感情を抱いていた。
「平田さん・・信用していい仲間・・になるんですね。」
ずっと孤独だった安田にとっては、このゲームは
自分しか頼れず、信用出来る誰かを求め続けていた。
「俺は選手会長だ。新日本のレスラーとして
これまで屈辱に耐えてきたメンバーの気持ちは
俺が一番分かっているつもりだ。俺は
スーパーストロングマシン時代の気持ちを
今でも忘れていない。」
「平田さん・・仲間と思っていいんですね。」
安田は思わず叫んでいた。屈辱の日々を分かってくれる人間は
滅多にいない。
今まで、仲間という言葉は関係ないものと思っていたが、
この時は、平田の言うことが信用出来るような気がした。
「当たり前だ、そして仲間のために死ねるのも仲間だ。」
平田は安田に向かい、銃を乱射した。
「!・・・」
ヒロはその場の光景が信じられなかった。
「そんなに驚くなよ・・と言っても、
驚いてる時間もないけどな・・」
平田がそう言うと同時に、ヒロの身体に何発もの弾丸が打ち込まれた。
「俺はお前達の遺志を引き継ぐ。最後に残るのは俺達だ。」
(安田、ヒロ、後藤、保永、雑草の強さを見せてやろうぜ。)
二人の遺体を前にして、平田は誓った。
そしてマスクを被った。そのマスクの奥の眼は、悲しみ・・怒り・・
そして狂気に満ちていた。SSM・・スーパーストロングマシンではなく、
スーパーストロングマーダーの誕生だった。
柴田は生きていた。
不幸中の幸いというべきか、カシンがスープに混ぜたタバコの量は死に至る程のものではなかった。
さすがのカシンもタバコの致死量まではよく分からなかった。
あの男がこのゲームにおいて2度目の失敗だった。
ふらつく足元を気にしながら支給された「他の参加者の位置を感知できるレーダー」を持って図書館の外に出た。
「このままあの部屋にいても、いずれは他の参加者に見つかっちまう…。」
幸い日は暮れて、辺りは暗くなっていた。
「これなら、他の参加者にも見つかりにくいはずだ…。今のうちに…。」
図書館の100メートル南に高校があった。柴田はそれを目標に重い足を引きずりながら必死に歩いた…。
…レーダーに反応はない。
「どうやら今日はついてるみたいだな…。めざましテレビの運勢…当たってるな…。これから毎日見よう…。」
一度死の淵まで追い詰められた柴田はこんな事を考えられるほど落ち着いていた。
あれから何分足っただろう…。いつもはランニングで20秒もかからない道がどんな地方の巡業先よりも遠く感じた。
学校の校門の壁を何とかの這い上がり、柴田は隠れることができそうな場所を探した。
校舎に忍び込み、2階の生物室らしい部屋の前に差し掛かった瞬間、レーダーが反応し始めた。
どうやらこの半径50メートル以内に誰かがいるらしかった。
廊下には人の気配は感じられない・・・。
柴田はゆっくりと生物室のドアに手をかけた。
「ガラガラ……。」
なにかが潜んでいるようには感じられない静寂が漂っていた。
しかし、レーダーの反応はよりいっそう強まった。
「誰か…いるのか…?」
先ほどのカシンとの「闘い」で柴田からは恐怖感は無くなっていた。
柴田は辺りを見回しながらゆっくりと歩いた。
レーダーの反応は強くなる一方だったが、柴田は怖くはなかった。
先ほどまで雲に隠れていた月がようやく顔を出し始め、この薄暗かった部屋を月明かりが照らし始めたその時、
柴田は見た。全身を紅く染めてやすらかに眠っている井上亘を……
「井上…さん…。」
柴田にとって6歳年上の井上は公私において兄のように慕っていた存在だった。
ある意味、自分が死に直面したとき以上の衝撃が身体を駆け巡った。
「井上さぁぁぁぁんん!!」
柴田は井上の身体を泣き叫びながら前後に揺らした。
もう二度と井上の目が覚めないことは柴田にも分かっていた。
今自分が殺人ゲームに放り込まれた身であることも忘れ、ひたすら泣き叫んだ。
「井上さんは敵じゃねえんだよぉぉ!!!」
柴田は自分の手に持っているレーダーにどうしようもない怒りを覚えた。
こういう目的の機械である以上、誰であろうと反応するのは仕方がない。
それは、柴田にも分かっていた。
柴田はほとんど残されていない力を振り絞り、レーダーを向かい側の棚にぶつけた。
柴田はそうせずにはいられなかった。
あれから何分経っただろう?
おそらくそれほど長い時間が過ぎたわけではなさそうだったが、
柴田は今までのありすぎた色んな事を頭の中で整理しながら井上に話し掛けた…。
道場で話していた時と同じように。
「井上さん……、初めてのタイトルマッチやりたかったね…。俺らが邪外の二人やっつけたかったよな…。」
「せっかく休んでる間に新技考えてたのにな…。井上さんは何か考えてた…?」
勿論、返事が返ってくることなどはありえなかったが柴田は話しつづけた。
「井上さん、俺のノートパソコン調子…悪いみたいなんだ…。道場…帰ったら…見てくださいよ…。」
「俺、デビュー戦…緊張しまくりだったんス…。ヘヘ…。
でも、井上さん…落ち着いてて…オレ凄いなあ…と思ったんですよ。」
「楽しかったなあ…。井上さんとの試合…。タッグもシングルも…。
タナケンに負けないように頑張ろうって…約束しましたよね?」
柴田の頭に井上との楽しかった思い出が次々と浮かんでくる。
元々、柴田は涙もろいわけではなかったが、この時は自然と涙が溢れて止まらなかった。
「約束…しましたよね?井上さん……?」
柴田は静かに眠る井上を見つめた。
「約束…したじゃないっすか!!…お互い頑張ろうって!!井上さん…言ったじゃないっすか!!」
今まで抑えていた感情が一気に爆発した。
「眼ぇ、開けてくださいよ!!もう一回タッグ組んで試合しましょうよ!!
ベルト一緒に巻きましょうよ!!井上さぁぁぁんん!!眼ぇ開けてくれよぉぉぉ!!」
大声をあげて泣き叫ぶ柴田はもうこのゲームのことなんて忘れていた。
井上の死を自分の意識に受け入れることで精一杯だった。
「カチャ…」
井上に抱きついて泣き叫ぶ柴田の後頭部に冷たい感触が触れた…。
「タン」
あっけない音とともに柴田の意識は途絶えた。井上と同じように。
「よかったな、仲いい奴のすぐ隣で死ねたお前は幸せ者だよ…。」
井上と柴田の向かい側の棚の下に転がったレーダーははっきりと反応を捕らえていた。
あの道場を5番目に出発して、今までずっとこの校舎の屋上に身を潜めていた鈴木健三の反応を。
辻よしなりは寝巻き姿で今にも泣き出しそうだった。
(何でこんな事に…家で寝てただけじゃないかよぉ…)
同行者のハズの棚橋は「信用できねぇ」と何処かへ行ってしまった。なんて肝っ玉の小さいヤツだ!
手に持つ武器が只のダーツ(的付き)だったことが余計に辻を不安にさせた。
(相手はプロレスラーなんだぞ?勝てるわけ無いじゃないか!!あのアゴ野郎…)
こんな状態が辻に猪木を批判させた。いささかヒネリは足りないが。
辻は誰にも会わないように路地裏で息を潜めていたが、睡眠不足と精神的疲労で眠ってしまった。
意外と神経は図太いのかも知れない。しかしそこから短い悪夢は始まった。
30分位経っただろうか、右腕のあまりの激痛に眠りの世界から引きずり起こされた。
右腕には矢が貫通していた。そしてその先5メートル程向こうに、右目が潰れ
鬼の形相をしたいかつい体格の背広を着た男が立っていた。ボウガンを構えて。
「!!……サ、サムライさん!?」
返事も返さずサムライはもう一本矢をつがえ躊躇なく放つ。矢は辻の右腿に突き立った。
痛みに悶える辻の元に近づいてきたサムライはようやく口を開いた。
「こんな所で何してる?」
順序が滅茶苦茶である。しかし小川との一戦で恨みに狂っているサムライは
正気と言える状態でなくなってしまっていた。そうとも知らず健気に必死で返事する辻。
「い、猪木さんがいきなりっ…!」
「参加させられたワケか?」
「は、はいっはいっ…だから助けてっ!…」
辻は思い切り顔面を蹴り飛ばされ、今度は左足から矢が生えた。
「っ!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「クックックックッ…かわいそうになぁ…せめてたーっぷり苦しめてから
殺してやるからな……恨むんなら猪木のアゴ野郎を恨めよ?」
サムライは笑いながら悪魔のような言葉を吐いた。
そして左腕に矢が通り、辻の悪夢はあと10分ほど続くことになる……
棚橋弘至は今高校に来ている。井上と柴田が眠るあの高校だった。
棚橋はその鍛え上げられた体躯に似合わず、もう心底まで震え上がっていた。
だがそれも仕方が無いと言えるのかも知れない。何故なら彼の身体は生来の小心さを
隠すために創り上げられたまさしく鎧と言える物だったからだ。
加えて彼には運が無かった。最初はこの「プログラム」の対象者では無かったにも拘わらず、
猪木の突発的な思い付きに巻き込まれた。そして組まされたのが辻よしなりだった。
おまけに武器は銃だと喜んだがマガジンが付けられないではないか!
つまり魔の『とっかえだまシステム』にまで大当たりしてしまったのだ。
さらに高岩に天山、そして街を歩けば村上、人生、小原、ライガー、後藤
トドメにここで井上、柴田と最も多くの死体を見てしまっていた。
正直気も狂わんばかりであったが、生への執着がギリギリ神経を保たせていた。
その細りきった精神を振り絞って彼はこの高校に隠れることにしたのだった。
(死体を見れば普通こんなところにいたいと思わないだろう。)
しかし校舎内はもう嫌だった。そこで妥協案として高校の図書室を選んだ。鍵は開いていた。
[実は街にはわざと施錠されていない建物がいくつもある。ここの図書館もその一つだ。
ちなみにこれは猪木(と言うより佐山)の提案であった。勿論、ゲームを盛り上げるために。]
棚橋は用心深くいくつかの扉を開け中に入って行き、内部に着くと図書館独特の空気の中で
安堵のため息をついた。しかし、銃声が二度図書館中に響くのはそれとほぼ同時だった。
撃ったのはカウンターに隠れていた馳浩。
その後馳は棚橋の亡骸に一瞥もくれず、ある本に目を戻した。
その本を照らす光は、鈴木健三が探し忘れていた柴田のレーダーの物だった。
レーダーは調べ物をする馳と何をする必要も無くなった棚橋の存在を無機質に知らせていた。
「ボン」
屋上から街を見渡していた健三は少々驚いた。
「マジかよ。爆弾か…?こっちは銃だぜ。話にならねえよ。」
約1キロほど先に見えるホビーショップが一瞬にして金本と田中の屍とともに消え去った。
「石沢さんはヤベえな。今、会っちゃあマズいな。」
健三は見ていた。爆発する前の店からカシンが出てくるところを。
もともと要注意人物の中に挙げていたカシンだったが、まさか本当にやってしまっているとは…。
「ま、オレも人の事は言えないけどね…。」
健三は先ほど柴田を撃った時の感触を思い出していた。
「あー、早くこんなトコ脱出してオンナと会いてえなあ。」
健三に罪悪感はなかった。出発の時点で割り切っていた。「殺しも仕方ない」と。
「それにしても誰も出歩いてないな。」
金網際から健三は街を見渡した。
この日、ここから健三が見た人間は先ほどのカシンと、自分自身で始末した柴田だけだった。
「ったく、もっと動いてもらわねえと早く終わんないじゃん。」
健三は漁夫の利を狙っていた。
自分を除いた最後の2人が闘いあった後、残ったほうを殺って自分が優勝しようと考えていた。
「あ〜、ムラムラすんなあ。」
食欲はなんとか抑えられても、性欲を我慢することはできなかった。
また、自慰だけで満足ができるような男でもなかった。
「こっちから出向いて2・3人殺ってこようかな?」
このままこんな状況が何日も続いてはたまらん。そう思った健三がゆっくりと振り返ったその時。
いたのだ…そこに…あの男が。
そう、このゲームのA級戦犯とも言えるケンドー・カシンが。
「マジかよ…。」
健三は軽く舌打ちをした後、こう言い放った。
「久しぶりだな。健三。」
ニヤリと笑うカシンがこわばった表情の鈴木を楽しんでいるかのように話す。
「お前、暑くないか?こんなとこにいて。」
絶対に心配などしてくれているわけがない。
(なにか隠してるのか?)
見た限りでは手に持っているのはジュースの缶だけだった。
(まさか爆弾じゃねえよな。)
先ほどの爆発のことで健三はカシンの武器は爆弾なのでは?と考えていた。
「石沢さんでしょ?さっきあのホビーショップやったの。」
健三は既にやる気だった。
この男がただの話し合いだけで終わらせるはずがないことを分かっていたから。
「ん、バレてたか。金本と稔だよ。良かったな。女の取り分増えたじゃないか。」
カシンは淡々と話した。余裕の笑みを浮かべながら。
(やっぱり…。)
健三は後ろに持っていた銃の引き金に手をかけた。
「実は、オレも今さっき柴田をやったばっかりなんすよ。」
健三がこう言った瞬間、カシンが少し驚いた顔をして見せた。
「…柴田、生きてたのか。失敗したな。やっぱり1本じゃ足りなかったか・・。」
完璧主義者のカシンがボソボソと独り言で反省をした。
「失敗した?…じゃあ、柴田が弱ってたのは………アンタのせいだったんだな!!!!」
健三はカシンの胸を目掛けて3発、丁寧に銃弾を放った。
カシンの身体が衝撃に大きく揺れ、およそ3メートル後ろに吹き飛ばされた。
「案外あっけないモンだ…。ま、この人も人間だからな。」
健三が星が散りばめられた夜空にむかって大きく息をついた。
「おっと、武器貰っとかなきゃな。」
健三が空からゆっくりと視線を下ろした瞬間、意識は途絶えた。
「甘いな。やっぱり賢くないな。お前。ま、射撃の腕だけは認めてやるよ。」
カシンが頭を真紅に染め倒れた健三の掌から銃をもぎ取り、こう囁いた、
「これ飲めよ。学校の水道水…マズいだろ?」
冷たい表情のカシンは再び歩き出した。
夕方6時の放送の後、マサ斎藤と坂口征二は体育館にいた。勿論両者は首輪をしている。
「社長さぁ…やっぱりやってるんだなぁ、殺し合い…」
マサが寂しそうに呟いた。社長とは坂口の事で二人きりの時だけまだこう呼んでいた。
「みたいだなぁ…マサさん……」
答えた坂口はじっと体育館の天井を見つめていた。
しかし何故会長である坂口までが参加しているのか。答えは「猪木に嫌われていたから」。
それを無言で示すように坂口の武器は闘魂鎚となどと書かれたピコピコハンマー、
そしてマサは手錠だった。中身を知っていて渡したとしか思えない。
猪木と違い常識的な坂口は、ずっと猪木の目の上のたんこぶだった。
そして会長と言う名誉職に追いやられてしまう。マサが社長と呼ぶのもそのせいだった。
「なぁ、マサさん。スパーリングしないか?」
突然坂口が提案した。マサは驚いたが坂口の表情から冗談ではないと理解し問い返した。
「……今からかい?」
「今しかできないだろ?」
そう言いながら立ち上がった坂口はちょっと照れくさそうな表情のままネクタイをはずしスーツを脱いだ。
それを見たマサは仕方なさげにシャツを脱いだが、その顔にはわずかに笑みが見られた。
二人は上半身ハダカになると靴下を脱いで体育館の真ん中に移動した。
向かい合い構えながら二人は言葉を交わす。
「もう11年だっけ?引退して。戦れんのかい?」
「この歳じゃ2年も11年も大差ないよ。」
「そうか?じゃあ叩きのめしてやるか…」
二人にだけ聞こえるゴングが鳴りどちらからともなくがっしりと組み合う。
腕取り、首投げ、キーロック、ヘッドロック…今で言うあまりに地味な技の応酬が続く。
そして確かに二人の動きは鈍かった。
だが二人の目は全盛期の輝きを取り戻していた。
そこには昭和のプロレス、古き良きプロレスが繰り広げられていた。
夕日が完全に沈もうかという頃、二人は息も絶え絶えに体育館の真ん中に寝転んでいた。
少しして先に坂口が呟いた。
「ハァハァ…おたが…お互い……歳喰ったな……」
「本当だ……なぁ…ハァハァ…」
マサが答えた後しばらく呼吸だけが続く。
濃密過ぎる時間を過ごした二人は疲労困憊だった。だが堪らなく心地いい疲労だった。
そんな二人を祝福でもするかのような拍手が聞こえてくる。幻聴ではない。
拍手の主は窓の外で様子を窺っていた武藤敬司だった。
「いやすごくいい物見せてもらいましたよ。…でも何でここにいるんスか?」
事情を聞いた武藤はややオーバーな位のリアクションを見せた。
「はー、そりゃヒドい!いくらあのヒトらしいっつっても、ねぇ!?で今んトコわかってんのは
ケロ、小鉄さん、タナに辻アナそれとお二人ですか。でもタイガー(服部)さんとかもヘタすりゃ…」
そこまで聞いた所でそれまで殆ど喋らなかった坂口が口を開く。
「情報収集はもうそれくらいでいいか?武藤。」
武藤は完全に図星を突かれた驚きに思わずかなりの動揺を表に出してしまった。
「はっ!?なっな、何言ってんですか!!」
「そんなに驚くな。大体何年お前の世話をしたと思ってる。嘘ついてるときのお前は
仕草がオーバーになるからな。それに別に俺達はお前をどうこうする気も無い。」
坂口の言葉にマサが続けた。
「それと左耳に血がついてるぞ。お前からは見えんかったんだろうがな。
耳もしっかり洗えと昔風呂で言わんかったか?」
既に武藤の顔から驚きの表情は消え、長州と人生を殺したときの顔になっていた。
冷徹な殺人鬼の顔に。
武藤の眼光は先刻までと一変し、殺意が感情を塗り潰して行く様がありありと表れていた。
マサに指摘された耳を触りながら、口元にだけわずかな笑みを浮かべ二人に話し掛ける。
「ったく、まいったなぁ。ま、そこまで分かってるって事は、オレがこれから
何するかも分かってんでしょう?こんな冷静なヒト初めてですよ…人生や長州さんだって
ビビりまくってたのになぁ。やっぱ引退した人間は死んだも同然って事なんですかね?」
二人は何も答えない。そして武藤は膝を少し気にしながら立ち上がり、腰の拳銃を抜いて
まずマサに向けた。当然表情に躊躇(ためら)いの色は無い。
そして引き金にかけた指に力を込めた時、武藤が今までに見た以上に優しい顔でマサは言った。
「生き残ったら膝、大事にしろよ?」
武藤の目が大きく見開かれるのと銃声が響くのはほぼ同時だった。
続けて、かすかに震えながら武藤は坂口に銃口を向ける。
坂口もマサの方を全く見ずにその大きな顔に負けない大きな笑みを武藤に向けた。
「色々言うヤツはいるかも知れんが、お前はまだまだウチのエースなんだからな。」
再び銃声が鳴り、体育館中に大きく反響した。
武藤は震えていた。二人との思い出が、ゲームが始まった時捨てたと思っていた
今までの多くの思い出が一気に頭の中に流れ込み、大粒の涙をこぼしていた。
膝がガクガクする。今にも地面に膝をついてしまいそうになる。しかし堪えた。
ここで膝をつくともう誰も殺せなくなる気がしたから。
数分後、シャツの胸をきつく握り締め息を落ち着かせた武藤は、
もう二人の姿を見ることもなく体育館の扉へ向かった。
老兵たちの最後で最期の想いが残るこの場所に思い出を置き去り、
武藤は戦場へと帰っていった。
夏の朝が明けるのは早い。
但し早朝は照り返す直射日光もなく、そよ風がそよぎ、過し易い事この上ない。
こういう時間は大切にしたい。自分の好きな事を心行くまで楽しみたい。
ところで俺が今一番やりたい事ってなんだろう?
ゴルフ?そう言えば最近廻ってないなぁ… 今度、会長と藤原でも誘おうかな…
木戸修は薄れ行く意識の中で、そんな他愛もない夢の中にいた。
この殺戮遊戯が開始された日、道場内に阿鼻叫喚が飛び交う中、木戸はひとり冷静だった。
藤波の死体を見た瞬間はさすがに驚いたが、それでも以前から『この日』が来る事を予想
していた自分にも気付いていた。
彼は昔から藤波や長州と異なり、極力猪木との距離を遠ざけていた。
心情的に近しくない人間関係は、結果として相手の存在を冷静な判断と分析に導く。
繰り返すが、木戸は決して猪木に近い人間ではない。だからこそ誰よりも木戸は猪木を理解していた・・・
アントニオ猪木とは『自己顕示欲と支配欲の権化』であると!!
このプログラムが発動された際、彼の心の九分九厘は諦めが締めていた。
他人を殺してまで生き残るのは自分の柄ではないし、それを達成する程の執着心は昔から皆無に近い。
どうにか外部と接触を図り、最後に家族の声が聞ければ十分だ…そこまで達観できていた。
ただ、ほんのわずか乍ら自分の心に巣食った疑問だけがどうしても払拭できていない。
それは後悔とも呼べる感情らしかった。『どうして俺は、そこまでわかっていながら、今まで…』
木戸修は3年前のオフに渡米した事を何故か思い出している。
長いレスラー生活の中で唯一無二と言って良い程自分を寵愛し、『my son』とまで呼んでくれた
気難し屋のドイツ人は、薄いアルコールに酔いながら懺悔を続けていた。
『…私だ。全ては私の責任なんだよ、キド。私があの悪魔の正体を見抜けなかった事が全てなんだ。
奴に惑わされ、奴に全ての技術を明け渡してしまった、私の責任なんだ… 』
ゴッチの述懐は正否の判定を下し難い。
アントニオ・猪木という存在がなければ、日本のプロレスがここまで存続する事はなかったであろう。
しかし猪木寛治という悪魔さえいなければ、自分達に襲い掛かっているこの受け入れ難い現実は、
殆ど起こり得なかったとも言える。
元来、他人の為にどうこう動く様な性格ではない。ある意味、究極の個人主義者でもある。
しかし今だけは、その仮面を一度だけ外してみようと思う。慣れない真似をしてみようと思う。
あの悪魔ひとりを道連れにしてもこのゲームが終るとは考えていない。
でも『それ』を成功させる事だけが、これから若い命を散らしていく後輩達へのせめてものの
償いと餞になる様な気がする。
「…やってみるか」木戸は自分自身に語りかけた。
「…でも、やはり無謀すぎたか」 苦笑いしたくなる様な苦々しい気持ちを抱え、ひとり呟く。
木戸は立入禁止令の出る中、ひたすら道場の回りを徘徊し、根気強くチャンスの到来を待った。
たが彼の予想を遥かに越える程の警戒体制には非常に閉口した。
それはそうであろう、国家の命で動いているプロジェクトが反乱分子による混乱を招いては、
彼等の面子が立たない。
木戸にとっては二重の不幸であったが、通常のPJを遥かに凌駕する猪木の横暴で卑劣な行為は
政府から見ても参加者達の反発を買う事は容易く想像できた。
徹底的な弾圧と殺戮促進の為、対象を絞る事なく乱射された銃弾は、不運にも叢に潜む彼の
右足を貫いた。今までに味わった事もない激痛に身をよじりながらも、彼は必死に呻き声を抑え、
ペットボトルの水で血を洗い流しながら、公園の奥にある小山の陰に逃げ込んだ。
木戸の密かな決意は、欠片程の成果すら残せず、無残な失敗に終った。
強烈な激痛と睡魔が交互に襲う極限状態の中で、木戸は無用の長物となった短刀を見る。
よくよく考えれば滑稽な話だ。例え進入できても、拳銃ならともかくこの刃物ひとつで何が
出来ただろう? しかし彼は、およそ似つかわしくない行動に出た自分が満更嫌いでもなかった。
恐らく自分はこのまま事切れるだろう。死が恐くないと言えば嘘になる。
しかし今更慌てふためき、生き恥をさらす真似だけはしたくなかった。
せめてこの無念を伝えたい。新日本の最古長レスラーとして、後を託せる人間と出会いたい。
そう強く願う事だけが、今の木戸の消えかかった生命を支えていた。
疲れからまどろんだ様だった。木戸は自分の名前を連呼する声で現実に呼び戻された。
「・・・木戸さん・・・しっかりして下さい、木戸さん!!」
うっすらと瞼を開くと、そこには髭が伸び、顔中が油だらけになった西村修の顔が見えた。
「ほう、こいつか・・・」木戸は正気に戻るや否や、長年の激闘でボロボロになった奥歯を噛み締め、
全力で西村を払いのけると、その鋭利な刃を鞘から抜き出した。
「・・・木戸さん?」 「甘えるな!! 西村、武器を取れ!!」
重苦しい沈黙が続いた。体内の血液が逆流するのがはっきりと認識できる。
呼吸は乱れ、目が血走る…これが殺し合いというものなのだろう。
「…木戸さん。無理です、その体じゃ。やめましょう、こんな無意味な…」
「黙れ、若造!!お前に同情される程、落ちぶれてはいない。来い!!」
木戸修は再び内心で苦笑した。『俺は挑発のセンスがないなぁ…今に始まった事じゃないが』
その反面、焦れてもいた。対峙する西村修は防御の姿勢を取りつつも、一向に攻撃の気配を見せない。
『このまま無駄に時間が経ち、他の奴が介入するのはウマくない…』
深い親交こそなかったが、木戸は西村に対し一種の行為を抱いていた。
その生真面目で丁寧なレスリングは何処か自分に似通ったものを感じていたし、あの若さで難病に
侵されながらも、その運命に真摯に向い合う姿勢には驚嘆すら覚えた。
時々、意味不明な長演説をする事には閉口していたが…
眠りこけた自分を起こしているのが西村だと気付いた時、木戸は何かに感謝したい気分であった。
『…こいつなら、いい。こいつになら、思いを託せる』
木戸は自分を踏み台にする事で、西村に強くなって欲しかった。
そう強がる事で、自分のダンディズムを守りたかった。譲り渡したかった。
しかし当の後継者は、その思いを知ってか知らずか、相変わらず戦闘意欲の欠片も見せない。
木戸はまたしても苦手な挑発行為を取らざるを得ない。
「来い、来いよ!! どうした、この臆病者が!! 俺がそんなに恐いか!?」
ようやく観念したのか、西村修はデイバックを肩から外し、憂鬱げに武器を取り出した。
ジャラジャラと金属の重なる音がする。長いチェーンの先には鋭利な刃物が光っていた。
木戸修は驚くと同時に、思わず吹き出しそうになる自分がいる事に気付いた。
『鎖鎌とは…あいつと絶妙な取り合せだな…妙に古めかしい所がそっくりだ』
だが西村がその後とった行動は再び木戸を不機嫌にさせる。
西村はその尖った砥先だけではなく、鎖ごと木戸に向い放り投げた。
「どういう意味だ・・・俺を侮辱するのか、西村!!」 さすがに憤怒の表情で木戸が怒鳴る。
「戦う前に諦めるのか? 情けないぞ!! お前はガンに勝った男じゃないのか!!」
「…これが自分の武器です。ただ、あとひとつあるのですが…」
西村は冷静に返答する。木戸はさすがにその言葉を聞き、固く身構える。
「…でもこれは自分のお守りです。これだけは手放す訳にはいかないので…」
そう言って西村はポケットから、拳銃の形をしたビニール製の玩具を取り出した。
「…水鉄砲?」「…形見です、山本の…」
その瞬間、西村から一筋の涙がこぼれた。彼は堰を切った様に語り始める。
「あれから一日半、ずっとこの水鉄砲を見てました。死にたくない、山本の敵を獲りたい…
でも自分には、自分にはどうしても仲間を殺して生き残る事が真の勇者とは思えない!!
そんな事をしても藤波さんや山本…小島…誰も喜んでくれやしない!!浮ばれる訳がない!!」
「…奇麗事だ。戦わずして生き残れやしない。お前が死ぬ事が、彼等の意思に報いる事か!?」
「戦います!! 戦いますよ!! でもそれは新日本の選手に対してではない!!
こんな馬鹿げた事をして喜ぶアントニオ猪木!! そしてその裏側に隠れる国家権力に対してです!!」
木戸は思わず言葉を失う。無茶だ…現実逃避か? それとも気が触れたのか?
「西村、目を覚ませ!! お前の気持ちは痛い程わかる。でも、それは無謀…」
「木戸さんは、強くなりたくないんですか?」 「何!!」
「俺は強くなりたい!! 人として、男としてもっと強くなりたい!!
だから戦います、この現実を引っくり返す為に…」 「西村…」
「俺は人を殺める強さなんていらない!! 殺されない強さが欲しい!!
奇麗事ですよ、わかってます。幼稚な夢かもしれない…
でもレスラーが夢と希望を失って、どうやって戦うんですか!!」
「……」 「俺は守ります。自分の命を、誇りを、新日本プロレスを!!」
それから暫くの間、再度の沈黙が訪れる。
静寂を打ち破ったのは、饒舌な修の方ではなく、寡黙な修の方だった。
「…前から変な奴だとは思っていたが、ここまで変人だったとはな」「……」
「もういい。話すだけ無駄だ。早くいなくなってくれ…」「……」
「…餞別だ」木戸はそう呟くと、短刀を西村へ向い放り投げた。「…木戸さん?」
「無駄な事はわかっている。もっと有効に使ってくれる奴に渡したいよ、本当は。
でも俺はお前に掛けてみるよ。お前の大甘な戯言に…」
「…しかし!!」口を開いた西村を遮る様に、木戸は語り続ける。
「ただ一つだけ条件がある。死ぬな。どんな事があっても生き続けろ。
そして何時の日か、お前の手で新日本を再興してくれ。
それが社長や山本、そしてお前が散々反抗した長州への義務だ…」
西村は血が出る程、唇を噛み締めながら強く、そして何度も頷いた。
それを見た木戸は、今まで見せた事のない優しい笑顔を見せると力なくしゃがみこんだ。
「木戸さん、大丈夫…」「大丈夫な訳、ないだろ。怪我人を長時間、立たせやがって…」
苦笑しながら木戸は言葉を繋げた。
「もういい。俺にしては十分すぎる程しゃべった。疲れた。さぁ、早く行ってくれ」
「…いや」西村はそう言うと同時に木戸の手を強く掴んだ。「ここに、忘れ物があります」
「余計な気使いだ。今の俺は足手まといにしかならない。お前、生き残るって言ったろ?」
「勿論です。でも自分達には木戸さんが必要なんです。不安や焦りの中、
木戸さんがいてくれたらどれだけ安心するか…」
「…買被りだ」「木戸さん!もう一度!もう一度だけ共に戦って下さい!」
木戸は不思議だった。過去一度も先輩らしい事をしてやった覚えもないのに、この若者は
自分を必要としてくれている。
『人間は人間関係によって、人間として存在できる』という言葉がある。
人間はただ一個で存在する場合、単なる畜類に過ぎない。
その人と人とが接し、関係する『縁』の中にあるからこそ、人間でいられるという意味らしい。
木戸はその『縁』を目の前の細面の男に感じていた。というより、彼がそれを気付かせてくれた。
「…西村、もうひとつ条件を付けるぞ。もう駄目だと思ったら、迷わず俺を捨ててくれ。
それさえ約束してくれるなら…」
「約束します。俺は絶対に生き残ります。木戸さんの命を、俺に預けて下さい。」
「よし、わかった」木戸は無表情に、それでいてどことなく満足げな表情で頷いた。
「…じゃぁ、行くか」「…はい!!」西村は木戸の肩を抱えて立ち上がり、歩き始めた。
「…西村」歩き出したと同時に、木戸は聞き取れない位小さな声で呼びかけた。
「…人の気配がする」「えっ!?」「馬鹿、大きい声を出すな」
わずかだが草木が靡く音に混じって、荒い吐息が聞こえる。間違いない…
しかし、木戸は腑に落ちなかった。あれだけ長時間、無防備な体制が続く中、何故仕掛けない?
味方か? ならば声を掛けてくるはずだ。
「…木戸さん…」「大丈夫だ、どうやら敵は殺し慣れてない小心者らしい。それ以外考えられない」
「どうします?」「俺が声を上げる。間違いなく奴は反応する筈だ。それと同時にお前は逃げろ」
「木戸さん!!」「生き残るんだろ、お前は?」…西村は小さく、そして強い目をして頷いた。
「…よし、やろうか」木戸は腹立たしかった。さっきまでの会話を聞いてたんだろ?
それなのに何故、西村を狙おうとする!?『…この男は、殺させない…』
普段も低くて良い声だが、そこに決意と怒りが加わり、凛として聞き惚れる様な声になった。
「誰だっ!!」
木戸の予想は当たっていた。相手は迷いの中にいたらしい。不意をつかれて少し禿げ上がった
頭髪を茂みから覗かせた。
ただ惜しむらくは、大谷晋二郎が表れた場所が西村修の目の前だった事だが…
その刹那、木戸は最後の力を振り絞り西村の体を突き飛ばした。
と同時に腹部に強い衝撃が走る。体温が急上昇したかと思うと、次の瞬間には全ての力が
抜けていった。木戸修は崩れ落ちた。
「木戸さんっ!?」西村は自分の安否も省みず、木戸の元に駆け寄った。「しっかり!!しっかりして下さい!!」
…息はある。が、今にも消え入りそうにか細い。目は堅く閉じれれ、勿論返答はない。
何とも描写のしようがない程、重苦しい時間が過ぎた。何の音も聞こえない。
興奮した大谷晋二郎の荒い吐息を除いては…
西村の体が激しく揺れる。彼は加害者の方を一瞥だにせず、木戸の体を抱えたまま絶叫した。
「…おぉたにぃー!!!!」
その声は地の底から沸き起こったかの様に激しく、強く、何より哀しい声色だった。
「…お前に、お前に何がわかる!!」大谷は泣きながら西村に怒鳴り返す。
「…家に、自分の生まれた家に捨てられた俺の気持ちの何がわかるってんだよ、お前に!!」
大谷はショットガンの引き金を連続して引いた。
しかしそれは西村に対してではなく、晴れ渡った夏空に向かい空しく発射されていた。
西村が後ろを振り向いた時、そこに大谷の姿は既に存在していなかった。
あれからどれ位の時間が経過したろうか。
もはや木戸の体からは何の音も動きも発せられていない。
しかし、死ぬ間際まで見事なまでに整備されていたヘアスタイルと、黒光した端正なマスクは
西村の涙と鼻水で濡れていた。
「…どうして…なんで…なんで、こんなことに…」
木戸修は薄れ行く意識の中で夢を見ている。
そこには若き日のゴッチがいる、もみ上げの異様に長い猪木がいる、藤波や藤原、小沢、浜田・・・
リング上では果てしなくゴッチ指導によるスパーが続いていた。
『…あぁ、そうか。俺はあの頃に戻りたかったんだ…』
木戸は今、初めて自分の居場所を見つけた気がした。
そして生前、最後に言葉を交わした青年に心の中で静かに語りかけた。
『…西村、俺、お前に頼みたかった事がもうひとつあったんだ…』
『…今度、無我をやる時は、俺にも一声掛けてくれよ、な…』
時刻は朝六時を示そうとしていた。新たな戦いがまた始まろうとしている。
[1日目午後2時ごろ]
後藤達俊は今、ある男と行動を共にしている。馳浩だ。この組み合わせは
後藤のバックドロップで馳が生死の境を彷徨ったという過去の出来事を考えると
少し意外かも知れない。しかし事故後、見舞いなどが繰り返される内に、二人の関係は
それ以前より遥かに近くなっていた。
そして今馳は後藤にとって、こういう状況でも信頼するに足る人物となっていたのである。
そこで後藤は道場で机の近かった馳に合流地点を伝え後で机の遠かった小原を探そうと
決めた。しかし小原は見つからず、とりあえず馳の提案により外部との通信手段を
手分けして探すことになった。
しかし、後藤は心配だった。小原もだがそれ以上に馳の事が。
理由はまず馳の武器、これがよく分からないスイッチだった。爆弾かとも思ったが
あまりに小さい。小さいマッチ箱にボタンが付いたようなあまりに適当な代物で、
しかも何の説明書も無かったらしい。使い道すらわからない怪しい物だった。
そしてもっと心配だったのが馳の様子だった。道場にいた頃からどうにもおかしい。
藤波の死体を見た後も妙に無表情で、外で合流した後も何とも言えない違和感が絶えなかった。
後藤はショックが大きすぎた所為だと思い手分けすることに反対したが、
いつもと変わらぬ馳の説得力のある理屈に、渋々ながらも了承したのだった。
(とりあえず今出来ることに集中しよう。)
雑念を振り切り、後藤は袖のデリンジャーを確認してから通信手段と小原を探した。
馳はこのゲームに巻き込まれてからの自分の異変に気付いていた。
藤波の死体を見た時、馳はただ驚いただけだった。その驚きも死体を見たからではなく、
ただ何の感情も湧かない自分に驚いただけのものだった。
そう異変とはある種の感情が欠けている事。悲しみ、恐怖、哀れみ、そんな感情が
馳からはすっぽりと抜け落ちていた。
原因はおそらく頭に埋め込まれた発信機だろう。
たまたま馳の発信機にだけ問題があったのか、それとも他の参加者と違い脳内出血と言う事故を
味わったからなのかは分からないが、発信機が馳の脳に作用したのは明白だった。
そして欠けた感情を補うように残りの感情が膨れ上がった。歓喜。
藤波の亡骸を思い出すたびにぞくぞくする確かな悦楽が馳を包む。
そしてその暗く醜い快感を押し止める感情はもう無かった。
馳は堪らなかった。
元来の旺盛な知的好奇心がとりあえず人体を壊すことに向けられた。
もっともらしい理由を付け後藤と一時的に別れたのも銃を持たない獲物を探す為だった。
そんな時、最早静かなケダモノとなった馳の目が獲物を捉える。
金属バットを構えたタイガー服部だった。
タイガーは同行者の保永と落ち合う場所だけを決め、別行動をとっていた。
どこかにいるであろうゲームに乗る意思のない者達を見つけ仲間に入るために、
二手に分かれてしまったのである。勇敢な事ではあったが、その勇敢さはどちらにとっても
プラスに働きそうには無かった。そして用心深く辺りを見回した時、馳を見つけてしまった。
先にタイガーに気付いていた馳は辺りを気に(するフリを)しながら無防備に近づく。
一見、気が逸っているとは言え思慮の足りない行為に見えた。だが勿論計算があっての事である。
すこし訝しげにバットを構えたタイガーに、両手を挙げながら困惑気味な顔を作って話し掛ける。
「おいおいカンベンしてくれよ、タイガーさん。やっと人に逢えたってのに。」
馳は(前の)自分が多くの人間に信用されているのを知っている。
あとはそれを最大限に利用すれば良いのだ。
そう思いながらポケットに入っている『切り札』の存在を確認した。
「オレはやらないって!タイガーさんだって知ってるだろ!?」
馳が少し懇願するような表情を見せればタイガーはあっさりバットを下ろした。
「信用してくれてありがとね。」
馳はにっこり笑った。あまりに予定通りだったから。
タイガーから事情を聞いていたが話に興味は無かった。早く壊してみたかった。
「!…あれ?タイガーさん、あれ何?」
言葉を聞いて振り向いたタイガーの頭を持ち思い切り捻る。「コリッ」っと嫌な音が鳴ると
タイガーの腕が跳ね、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
「ふ〜ん、こんな感じか…なるほどねぇ。」
どうもいまいちお気に召さなかったようだ。馳は金属バットを拾いながら呟いた。
(次はこれを使うか。感覚は違うだろうしな。)
そう思いながらバットを眺めていた時、背後に視線を感じた。
馳は片手をポケットに突っ込みながら振り向いた。そこには後藤が立っていた。
後藤は困惑していた。
(馳?何をしてるんだ?なんで人が死んでるんだ?お前の目の前で?)
考えのまとまらない内に後藤は馳に銃口を向けていた。
(殺したくない…) 後藤に『あの時』の感覚が蘇る。
(オレは2度も馳を殺してしまうのか…) 銃口の先は震えていた。
冷静に後藤の心情を読み取った馳は、後藤の最も聞きたくない台詞を投げかけた。
「またオレを殺すのか?」
電気に打たれたように後藤の身体に衝撃が走った。体中から力が抜ける。
構えた銃すら落としてしまいそうになった。
そして沈黙が続く。銃が重い。小さなデリンジャーが今まで持ち上げたどんなバーベルよりも
重たかった。沈黙、銃の重さ、馳の言葉、そして馳の視線に耐えられなくなった時、
後藤は逃げ出していた。
しかし少し走り出したところでなんとか後藤は踏み止まった。
(ダメなんだ、せめてここで馳を止めないと!それがオレの責任なんだ。)
向き直り再び銃を構えた。震える腕を押さえつけて。
「馳――――っ!!!」
自分の身体に渇を入れるように大声をあげ、引き金を絞る。
次の瞬間、辺りに破裂音が響いた。
後藤の前頭部が弾けた音だった。そのまま後藤の身体は後ろに倒れ、
デリンジャーは数メートル後ろに投げ出された。
馳がそれを回収しようとした時、交差点の影から人が現れ銃を拾い上げる。
その男は馳の方を見ることなく全速力で逃げ出していった。後藤を殺した武器を恐れたのだろう。
男は正気だった頃のエル・サムライ、松田納だった。
馳は舌打ちこそしたが、殆ど悔しがる事も無くポケットからスイッチと紙切れを取り出すと
適当に捨てて街に消えていった。
紙にはこう書かれていた。
[闘魂スイッチ使用方法]
えーこれは諸君の頭に埋め込まれた発信機を爆発させるスイッチである。
スイッチを押すと、装置から2番目に近い発信機を自爆させることが出来る便利なシロモノだ。
つまり自分から少し離れた相手などに使うのが望ましい。
極力、「1、2、3、ダーー」の掛け声と共に使用するように!!
ちなみに使用回数は一回なのでよく考えて使うことをオススメする。
追伸 優勝したらパラオに連れてってやるぞ!
震えながら吉江豊は自分の好きな言葉を思い出していた。
『華のないレスラーでもチャンピオンになれる』
それを体現していた佐々木健介は吉江にとって理想とも言うべき人物だった。
その健介が自動車整備工場で死体になっているのを見たとき吉江は心の底から恐怖した。
華がないレスラーを淘汰するのがこのプログラムの目的なのか?
だったら次に狙われるのは…。
健介の例から安全な隠れ場所などないことはわかっていた。
こうなったら誰でもいい、近づいた奴を一人でも多く道連れにしてやる!
そう思い吉江は銃を構え、茂みに隠れていた。
何時間経ったのだろうか?
二時間?三五時間?
だが実際には茂みに隠れて五分と経っていないことを吉江は知らなかった。
その時一つの大きな影が視界に入った。
誰だ?大きい。中西さんか?
…俺を、そして自分自信をプッシュ出来なかったタッグパートナーだ。構うもんか!
吉江は容赦なく引き金を引いた。
しかし弾はわずかに標的をそれた。
すかさず第二射に移ろうとしたその時!
「誰や!安生か?船木か?」
違う!中西じゃない!同じ関西弁だが毒々しさが混ざっている!誰だ!
「なんや?お前誰や?新日のもんか?」
前田日明!
直接の面識はないが、この業界にいる者なら噂は耳にしている。
そしてその全てが悪評だと言うことも。
練習生時代に猪木の目を抉ろうとした。
試合中、長州を後ろから蹴撃して失明寸前に追い込んだ。
数え上げればきりがない。
その前田がなぜ?
「成瀬連れて来い、成瀬。成瀬に話しあって来たんや」
撃たなければ!だが体が動かない。これが恐怖か!
そしてこの男はなぜ撃たれたのに平気でこちらに向かってこれるのだ?
これが前田か…
「返事せい!返事!挨拶もろくにできへんのか!最近の若いもんは!」
その言葉が届くか否かの間に吉江の体は吹き飛ばされた。
吉江が顎に強烈な平手を食らったことに気づくのには数秒かかった。
圧倒されて動けないあいだに前田が接近していたのだ!
なにか言わなきゃ!吉江は慌てて口を開いた、だが吉江の口からでた言葉は
「おがごげ…!」
顎の骨が砕けている!
「ちゃんと喋れや!何て言うてるかわかれへんやろ!」
前田が前蹴りを叩き込む、吉江は咄嗟に両腕で受け止めたがまたも吹き飛ばされた。
何とかして敵意が無いことを示さなくては!
そうだ!喋れないなら、両手を上げて降参の意思表示をしよう!
それは束の間の夢に過ぎなかった。
吉江が上げようとした両腕はぴくりともしない。
先ほどの一撃で折れていたのだ。
どうすればいい?
前田がゆっくりと近づいてくるのが見える。
吉江はなけなしの勇気を振り絞って踵を返した。
逃げ切れるか?
そのときだった。
ぴちっ!
聞きなれない音がした。
それが自分のアキレス腱が切れた音だとは吉江にはわからなかった。
いや…もうどうでもよかったのかもしれない。
喋れない、手足も動かない。
自分が単なる肉隗に過ぎないことを悟った吉江は…考えることをやめた。
「何寝とんねん!はよ成瀬連れてこんかい!」
もはや呼吸すら止まった単なる肉隗を、前田は容赦なく踏みつけ続けた。
吉江豊は走っていた。恐怖のあまり目に涙を溜め、鼻水を垂らし、歯を食いしばりながら。
見てしまったのだ。彼が最も見たくなかったものを。
隠れ場所が立ち入り禁止区域に指定され、仕方なく入り込んだ路地裏にそれはあった。
月明かりに照らされたあまりに無残に変わり果てた辻よしなりの姿だった。
両腕両足に各々10本程、アクセサリーと言うにはあまりにも無理のあるボウガンの矢が、
激しく自己主張するかのように突き立っていた。さらに前歯が何本も折られており
口からも大量に出血している。そして何よりこんな無残な姿にもかかわらず
辻がまだ生きている事が吉江に大きな衝撃を与えた。もう手遅れではあったが。
「…ころして……ころして…ころして……」
辻はその言葉だけを流す壊れたテープレコーダーのようになっていた。銃声は聞こえても、
放送で死亡者を挙げられても心の何処かで信じていたのに。人が人を殺す訳が無いと。
だがアナウンサーである辻の身体は、皮肉にも自身の言葉以上の説得力で吉江に現実を見せつけた。
吉江は逃げ出した。辻を助けることも周りも気にすることもせず一心不乱に。
早くそこから少しでも遠くへ行きたかった。
今、吉江は不動産業者の事務所にいる。散々逃げ回り疲れきったせいで逆に多少冷静になり、
追跡者を恐れてここに逃げ込んだのだった。
吉江は後悔していた。恐怖に我を忘れ走り回った事は自分にとって大きすぎるマイナスだった。
(せめて夜明けまで誰も来ないでくれ!!神様、お願いします!!!!)
そんな吉江を嘲笑うかのように事務所のドアがゆっくりと開かれる。
恐れおののく吉江には、それがさらにゆっくりに見えた。そしてドアが音を立てず閉じられた。
姿勢を低くして侵入してきたらしく、机の陰に隠れ誰が入って来たのか見ることも出来ない。
もう吉江の心臓は張り裂けそうだった。いっそのこと殺されてしまおうかなどと考えてしまう。
「おい、おい吉江!いるんだろ?」
突然かけられた声に驚き、吉江は悲鳴を上げそうになってしまった。
「オレは敵じゃないって!」
いつもの口癖が聞こえた。声の主は越中詩郎だった。
越中は吉江を追いかけていた。ある目的に吉江を誘うためだった。
いささか早計とも思えたが、さっき見かけた吉江の必死に走る様から少なくとも
積極的に殺し合いに参加しているようには見えなかった。だからこそ誘おうと思ったのだ。
(だが冷静な状況判断が出来る状態でも無さそうだ。)
そう考え、用心して姿勢を下げ、吉江が入っていった事務所に踏み込んだ。
やはり吉江は見当たらない。仕方なく思い切って呼びかけた。
「おい、おい吉江!いるんだろ?…オレは敵じゃないって!」
奥の方から微かに物音が聞こえた。だが出てこない。
仕方なく、もしも事態の為に銃を懐から取り出した。銃はニューナンブ、
日本の警察官に配備される銃だが性能は良くない。しかもこの銃には厄介な事情もあった。
銃を構えもう一度声をかける。
「吉江、オレは何もしないって!出てきてくれよ!」
少し沈黙が続いた後震え上がった声が返ってきた。
「て、てて敵じゃないんなら出てってくれよ!…もういやなんだよぉ……」
「お前も死にたかないんだろ?だったら出て来いって!一緒に助かるんだよ!」
「い、嫌だ!信用できない!!どっかに行ってくれ!!」
(クソッ、埒(らち)があかない。)
越中は仕方なく吉江と接触することにした。危険だが今まで吉江が攻撃してこなかった事に賭けて。
さっきまで声が聞こえていた方に移動しようとした時、いきなり目の前に吉江がいた。
不意を突かれ吉江に銃を向けた時、吉江も越中に銃を向けていた。
「…ビビってたワリには随分やる気だな?まさかそっちから来るとは思わなかったよ。」
少しの沈黙の後、越中は皮肉を込めて言った。
「ち、ちが違う!こ、こっちにいるなんて…」
セミオートのベレッタを越中に向けながら、半泣きの吉江は必死で否定した。
さっきから、もう敬語を使うことも忘れている。
(失敗したな……じっとしてると思ったんだが…)
一見この状況は五分なのだが、越中にとってはそうではなかった。
何故なら越中の銃は『撃てない』からだ。
越中はもう覚悟を決めていた。吉江の様子からして、今にも緊張に耐え切れず発砲するだろう。
それ程吉江は怯えきっていた。
(永田、飯塚、スマン。吉江も助けてやりたかったんだが…まさかこっちがやられるとはな……)
また沈黙が続いた。吉江はずっと震えている。今なら銃を取り上げられそうな気さえする。
だが迂闊に動けばそれが発砲の引き金にもなりかねない。越中は仕方なくもう一度説得を試みた。
「撃つんなら早く撃て。無理ならさっさと銃を下ろせ。オレは撃ちたくないんだって!」
越中に強く言われ、目に溜まっていた涙をこぼしながら、吉江は身体をよりいっそう震わせ叫んだ。
「もういいよ!撃つんなら撃てよ!!オレのは『何とかシステム』のせいで弾が無ぇんだよぉ!!!」
どうやら越中を全く信じていないらしい。その台詞を聞いた越中は思わず大笑いした。
そして呆気にとられている吉江に、手にしたニューナンブを放り投げて言った。
「引き金動かねぇだろ?オレも撃てねぇんだって。それニセモノだから。」
まださっきまでのショックを引きずっている吉江を連れて、
越中は隠れ場所の運送業者の倉庫に戻って来た。そこには永田と飯塚がいた。永田が話し掛けてくる。
「あ、お帰りなさい越中さん。吉江見つけたんですか?」
「まぁ色々あったけどな、あっはっはっはっ。」
明るく答える越中を見て吉江は申し訳無さそうにうつむいた。
越中はそれを見て元気付けるように吉江の肩を叩いた。
「気にすんなって。あの状況じゃしょうがないって。それよりお前さっき何か見たんじゃないのか?」
外に気付かれないようカーテンに暗幕を貼り付け白熱灯に照らされた倉庫の中で、
3人は吉江の話を聞いた。聞き終わった後、まず飯塚が口を開いた。
「吉江、本当に辻アナだったのか?見間違いじゃないのか?」
「たぶん…ですけど自信は…」
吉江の声を遮り、ゲームの参加者全員が聞き慣れた音楽が聞こえてきた。
『炎のファイター』だ。時間は深夜12時。どうやら定期放送のようだった。
『元気ですかーー!!!いやぁ、うっかりしててテーマ曲間違ってたよ、オレとしたことが。
お前らも気付いてたんなら言ってくれないと。人が悪いなぁ。』
おそらくこの放送を聞いているほぼ全員の神経を逆撫でするセリフを吐きながら、
猪木は事も無げに続けた。
『ともかく、えーもう多くのヤツが気付いてるとは思うが、今回は特別に引退した選手や関係者にも
何人か途中参加してもらった。が、あーもう殆ど死んじまってるな。え、なに?辻が今死んだ?
いやーみんな良く頑張ってるぞ!参加人数が過去最大なんで正直ちょっと心配だったんだがな。
今のペースを維持して是非!これからも頑張ってくれ。
では恒例の脱落者の発表を行う、が多いな今回は。じゃあ、いくぞーっ!!、井上亘ーッ、
柴田勝頼ーッ、鈴木健三ーッ、橋本真也ーッ、ライガーッ…あー疲れた。佐山、ちょっと代われ。』
猪木の態度はどこまでも参加者を馬鹿にしている。代わりに佐山が放送を続けた。
『えー続けて、金本浩二、田中稔。そして今日一日の途中参加での脱落者。タイガー服部、田中秀和、
山本小鉄、マサ斎藤、坂口征二、辻よしなり。以上だ。』そして再び声が猪木に変わった。
『さっきも言ったがみんな本当によく殺ってるな!このままなら3日目になる前に終りかねん位だ。
出来れば最終日まで頑張って欲しいんだがな。まぁそこまで贅沢言わんから頑張ってくれ!!
では2日目もみんなの活躍を祈って!いくぞーっ!!イーチッ、ニーッ、サーンッ、ダーーー!!!』
…今まででも最悪の放送が終わった。
沈黙。死亡した人物とその数の余りの多さに4人ともしばらく何もすることが出来なかった。
午前五時前、空がうっすら明るくなってきている。
永田と飯塚はデパートに来ていた。二人とも12時の放送の衝撃を引きずっていたが、
越中の指示によりある物の材料集めに来たのだ。そのある物とは…爆弾である。
「しかし、こんなんで爆弾なんて作れるんですかね?」
飯塚に問い掛ける永田の持つ袋には紙粘土や卵、花火などが入っている。
「それより俺は、なんで越中さんが爆弾の作り方なんて知ってんのかの方が気になるけどな。
それより急ごう。もうすぐここも立ち入り禁止区域だぞ。」
「えぇ、あと画用紙だけですよ。…あっちの方かな?あったあった。」
その時、飯塚は画用紙を手に取る永田の後頭部に何の前触れも無く銃を突きつけた。
「え?な、なな何の冗談ですか、飯塚さん…」
「俺が冗談でこんな事するかどうかお前も良く知ってるだろ?」
飯塚は冷たく答え、言葉を続けた。
「お前も越中さんもあんまり人を信用しない方がいい。
まぁあっさりトップレスラーになれたお前にはわからんか。」
皮肉を込めて言い放つと飯塚は引き金に力を加えた。
永田はショックで身動きすらとれぬまま時を待たざるを得なかった。自らの最期の時を。
永田が飯塚の裏切りを受ける30分ほど前、越中と吉江は材料を探す為に入った自動車整備工場で
佐々木健介の死体を見つけていた。
「うわぁぁあぁああぁーーーーーっ!!!」
吉江が周りを気にせず悲鳴をあげる。越中はとりあえず吉江の口を抑えた。
「バカ、吉江!静かにしろって!誰かに気付かれたらどうすんだ!!」
数分後、落ち着いたのか吉江は声を上げず健介を眺めている。そんな吉江を、越中は心配していた。
以前吉江は、越中にだけ『実は佐々木さんを一番尊敬してるんです。』と漏らした事があったからだ。
(バカな事考えてなきゃいいが…)
そんな越中の気遣いを裏切るように吉江は呟きだした。
「もういやだ、もうたくさんだ、もういやだ…」
「吉江…」
近づこうとした越中に背を向け、吉江は工場の出口へ向かう。
「おい!どこに…」
「もう嫌だ!もう嫌なんだ!もうこんな馬鹿げた事は沢山なんだ!!ほっといてくれ!!」
近づこうとする越中に向け吉江は銃を向けた。今、吉江の銃には弾が入っている。
永田の持っていた弾が吉江のベレッタのものだったからだ。
それでも駆け寄ろうとする越中に吉江は発砲した。弾は越中の足元を跳ねた。
吉江は涙を流しながら申し訳無さそうに笑って言った。
「越中さん、誘ってくれてありがとう。ごめんなさい。」
工場から出て行く吉江を、越中は追いかけることが出来なかった。
その後、6時の放送で吉江の死が告げられた。
「がっ!……」
永田の後ろで声が聞こえた。突き付けられていた銃の感触ももう無い。
振り返った永田の目に、腹に矢をつき立てた飯塚の姿が映った。更にもう一本、腹に矢が突き刺さる。
飯塚は見当違いの方向に反撃の発砲をして倒れた。
飯塚の睨んでいた方向には負傷した素顔のエル・サムライが立っていた。
続けてサムライは永田にボウガンを向ける。永田は咄嗟に飯塚の手から銃を取り応戦した。
永田の銃撃を避け損ね、右腕に銃弾を受けたサムライは忌わしげに舌打ちしながらデパートを出て行った。
「飯塚さん!大丈夫ですか!?」
サムライの逃走を見届けて飯塚が自分の命を奪おうとした事も忘れて永田は飯塚に駆け寄った。
「…馬鹿だな……誰の心配してんだ…?」
「でも…だって飯塚さん…」
「俺は……お前が…羨ましかった…さっきも言ったっけな……」
「もう喋っちゃ駄目だ!血が…血がこんなに…」
既に飯塚は腹に刺さった矢を抜いてしまっていた。そのせいで腹部から血が止め処も無く噴き出している。
「…でも俺には…撃てなかったな……松田が…俺を撃ったのも…そのせい……」
もう何も言えず永田は悲しげに飯塚を見ていた。
「……一度くらい…シングル……ベルト……獲っ……………」
飯塚の言葉が途切れ、永田は泣き叫んだ。
中西は咳込みながら目を覚ました。いつの間に眠ってしまったのか、思い出せない。
確か病院の前辺りを移動中、12時の放送を聞いたところまでは覚えているのだが。
「おはよう、学ちゃん。いつまで寝てんだよ。もう8時だぜ?」
思考を遮り誰かが声をかけてきた。
朝日の眩しさに逆らいながら目を開けると右眼の潰れた男が見下ろしている。
「!…オマエ松田か?その眼どないしてん!?…!!何やこれ!?」
中西の手はロープで縛られ、両腕の間を通したロープが柱にしっかりとくくり付けられている。
中西は辺りを見回した。病院の一室らしい。放送を聞きショックで呆然としてしまった隙を突かれ、
後ろからロープで首を絞められ気絶した。そのままここへ連れて来られたのだ。
「松田、オマエ一体どういうつもりや?」
サムライは中西の顔面を蹴り上げた。
「歳は一緒でもプロレスじゃ何年先輩だと思ってんだ、あぁ?呼び捨てにしてんじゃねぇよ。」
「…なんでオレが寝てる時に殺さんかったんや?」
「何でって?オレのストレス解消に付き合ってもらうからさ。」
粘りつくような笑みを浮かべサムライは答えた。そしておもむろに机から注射器を手に取る。
「なぁ、青酸カリって知ってるよな。あれ飲んだらすぐ死ぬけど、例えば注射器で
身体に入れたりしても死なねぇんだぜ。……死ぬほど痛いけどなぁ。」
言いながら、小川直也とやりあったときに拾った橋本の毒薬を取り出し机の上の皿に入れた。
それを水らしき液体で溶かす。
「っつっても知識だけでなぁ、いっぺん試してみたかったんだよ。」
出来上がった液体を注射器に吸い上げ、この上ない恍惚の表情で浮かべた。
「しっかり踊ってくれよ?お得意の野人ダンスをよぉ…!?」
サムライが中西の方を向いた瞬間、中西は体当たりを喰らわせた。しかしサムライは倒れない。
腕に通されたロープが短く、威力が殺されてしまったのだ。
そしてロープの反動で逆に中西がこけてしまう。中西は何とか立ち上がり
机の上に置かれている自分の武器、金槌を取ろうと手を伸ばした。
しかしそれは遮られた。ボウガンの矢によって。
「うっ…ぐぁっ」
右の腿に走る激痛に中西はうずくまった。
さらにサムライは中西に駆け寄り、足に刺さった矢を踏みつける。部屋中に中西の悲鳴が響いた。
「がぐぁぁあああぁつ!!!」
痛みにのた打ち回る中西を見下ろし、サムライは吐き捨てた。
「ったくよぉ、お前と言い小川と言いライガーと言い鬱陶しいんだよ、このパワーバカが!」
サムライは思い切り何度も何度も中西を踏みつける。
「しょっぱい試合ばっかやりゃあがって!聞いてんのかコラァ山田ぁ!!?」
もはやサムライは気が昂ぶると人物の区別がつかないほどおかしくなっていた。
サムライの罵倒と攻撃は中西が二度と動かなくなるまで続けられた…
二日目の、朝が来た。
蝉の鳴き声が姦しい。心地良いそよ風は鳴りを潜め、代りにはまとわりつく様な湿気のお出ましだ。
何処か遠くから再び銃声が聞こえ出した。その直後『炎のファイター』が流れ出す。
「さて、今日で何人殺せばハッピーエンドになるのかな」
このゲームの主役とも呼べる非情なマスクマンは、飽き飽きした口調で不機嫌そうに身を起す。
『…静かにしろっ、テメーラ!!』 何時になく不機嫌な声が、スピーカーを通して響き渡る。
『人が放す時は黙って聞け!親に教わらなかったか!この常識知らずどもがー!』
銃声はピタリと止み、当り一面に不穏な静寂が戻って来た。
「…棚に上げすぎだろう、自分の事を」 膝の壊れた天才は苦笑しつつ、艶のある自らの頭部をなで上げる。
『えー、大きい声を出して申し訳ないっ!おはよう、元気ですかーぁ!! 元気があれば、友さえ騙せる。
そんな君達の頑張りに、詩を贈ります。サンタモニカの朝に、という詩です。
不安だらけの人生だから、ちょっと足を止めて自然に語りかけてみる…』
「…そういうのを便所の落書きって言うんだよ、バーカ」 元国語教師の殺人マニアは、罵る様な口調で吐き捨てる。
『 …しかし、相変らずいいペースだ。少し、驚いています。
お前等っ!! 結構、非道な奴らだったんだな!! 俺は師匠として哀しいぞ!! ンムフフフフ…』
「…もう聞き飽きたよ、あんたの煽りは」 疲れ切った表情を垣間見せる、黒いカリスマと呼ばれた男。
「能書きはいらねぇ!とっとと教えろ!野上は未だ、生きてんだろうなぁ!! アイツは必ず俺が殺るんだ!!」
復讐の鬼と化した小太りの黒覆面は、声の出ている方角に向かいガナリ立てている。
『えー、それでは発表しますっ!元気に行きましょう!
この6時間での脱落者は全部で9名!…安田忠夫!ヒロ斉藤!保永昇男!佐々木健介!
棚橋弘志!飯塚高史!吉江豊!中西学!木戸修!…惜しい、あとひとりで大台じゃねぇか!!』
「…オイオイオイ、冗談じゃねぇよ。もう1/3も残ってねぇのかよ…」
暴走柔道王と恐れられる男は、普段の面影は何処へやら、唖然とした表情で虚ろに呟く。
「…やべ、やっぱ平田さん、死んでねぇよ。しつこいなぁ… それだけが取柄だもんなぁ」
今回の殺戮大会で意外な役者振りを発揮したダークホースが、愉快そうに忍び笑う。
『しかしっ!!』 スピーカーの向うにいる饒舌な悪魔は、一向にその独演会を止める気配が無い。
『しかしだ!! 俺はある意味、モーレツに怒っている!フザケンナコノヤローッ!!』
『…えー、それでは怒りの理由を説明します』 怒鳴ったかと思えば、急に丁寧口調に戻る。
まさに精神のメリー・ゴーラウンド状態だ。
『一生懸命、人殺しをしている奴らがいる!その反面!ずーっと逃げ回ってる奴らもいる!
お前達はそれでも男か!レスラーか!俺は久々に本気で怒っている!
お前がこんなにヘタレに育ちゃぁ、お前らの御両親に対して俺の面目が立たねぇじゃねぇかコノヤローッ!』
「……」 猪木イズム最後の後継者と呼ばれた男は、やってられんとばかり太い首を何度も横に振る。
この男を一度でも人生の道標にし、崇め奉っていた自分がたまらなく恥ずかしい…
『そこでだ!今から罰ゲームっ!! 佐山っ!』スピーカーからは次いで、厭味なまでに冷静な声が流れ出す。
『佐山です。おはようございます。これから追加ルールの説明をします』
その事務的な口調が、生存者達の憎悪を益々掻き立てる。
『えー、皆さんの行動は特殊モニターと体内発信機で全て管理されています。
よって誰がプログラムの主旨を理解できていないかは把握済です。敢えて名前は公表しませんが…』
「殺せるわけないだろっ!自分の友人を、先輩を!」 ヤングライオン最後のひとりが悔しげに咆哮する。
『再指令です。未だ殺人行為を達成していない人は、どんな形でも結構ですので、必ずひとりは殺して下さい
納期はちょうど当プログラムの折返し地点に当る、本日昼12:00までとします。
心配はしてませんが、万が一、この指令に対し無視や反故をする方がいた場合は…』
ここで佐山聡はわざとらしく、一旦その言葉を切る。
100年に一度の天才と呼ばれ、多くの若者をこの業界に導いた功労者は、自分の栄光の歴史に
泥を塗るかの如く、さも楽しそうに後輩達へ脅しをかけた。
『皆さん、脳内に小型爆弾が仕込まれてる事、忘れてませんよね。アハハハハ!』
『よーし、見せしめ行くぞー、見せしめっ!』猪木のはしゃぐ声が遠くに聞こえる。
『参加者で道場が見渡せる場所にいる方は、後学の為、是非御覧下さい。』 性懲りも無く挑発を続ける佐山。
西村修は、既に冷たくなった木戸修の遺体を木の麓に静かに立て掛けると、自らは木陰に身を隠し
ながら、すっかり遠くなってしまった自分達の学舎の方向を凝視する。
道場のドアが開く。一人の細身の男性が、兵士に両脇を抱えられながら出てくるのが見えた。
西村は目を凝らし続けた結果、ようやくその男の存在を認識し、愕然とした。
「…ケンゴさん…」
双眼鏡が無く肉眼でしか見れていなかった西村だが、もし近くでまじまじと眺める事が出来たとすれば、
彼は驚嘆の声を上げる前に、嘔吐していた可能性が高い。
分厚い黒布で目隠しをされている木村健吾には、既に両の耳がなかった。
掌は何かで圧縮された痕跡があり、逃亡防止の為か、太腿には2本のナイフが鋭角に刺さっている。
スーツに縫い付けられた小型マイクからは、隙間風の様な木村の呼吸音だけを厳かに伝える。
恐らくは、あの自慢の声帯さえも奪われてしまったのであろう…。
「FUCK!!FUCKFUCK!FUCK!FUCK!!!!」
怒声が部屋中に響き渡る。
部屋中を包むいいようのない雰囲気、その中で真壁伸也は落ち着いていた。
いや,落ち着いていたというよりもむしろその気持ちは、、、あきらめであった。
「やっぱりこいつらといっしょに行動するって言うのが間違いだったかぁ。」
真壁は改めてリビングルーム、
いやかってリビングルームと呼ばれていたであろう場所を見まわした。
そこには怒りに任せて暴れまわるスコット・ノートン、
ボーっとテレビをながめるスーパーJ、
鼻歌交じりに音楽を聞いてるドクトル・ワグナーJr、
そして、じっと静かにソファに腰掛けるドン・フライ、
いわゆる日本を出身とする人間から言わせれば「外国人」そう言われる人間が集まっていた。
あの男、エゴと自己顕示欲の塊にとっては国交の問題など眼中にないのであろう。
おそらくは思いつき(それも史上最悪な)によっておれの運命は大きく変えられた。
そしていま、こいつらも俺と同じ境遇にいる、なにも理解してないこいつらを
真壁はほおっておくことができなかった。
そして真壁自身わかっていた。
「俺一人じゃ生き残れるはずがないもんなぁ、役者が違いすぎるよ、、、」
それは真壁が一人商店街のスポーツ店に潜んでるときだった。
「よーし、ここらへんでいいだろ」
聞き覚えのある声だった。
傲慢なる権力者の腰ぎんちゃく佐山聡その人であった。
それに続く数人の兵士と、、、そして真壁は自分の目を疑った。
「フライ,ノートン、J、ワグナーじゃねぇか!!」
そこには兵士に担がれている、恐らく睡眠薬でも飲まされているのだろう4人の姿があった。
いったいなぜ?あいつらたしか道場にいなかったはずなのに、、、
しかしその疑問はあっさり解決した。
「まったく会長も思いつきで好き勝手やるんだからたまったもんじゃないよなぁ」
「どうせこいつらなんてただの数あわせなんだ、こんなもんでいいだろ」
佐山は兵士に4人をそのへんに寝かせたままにしておくように命じた。
「しかしもう支給の武器がありませんが、、、」
「あそこに汚ねぇ駄菓子屋があるだろうが」
佐山の向く方向には古ぼけた駄菓子屋がポツンとたっていた。
「そっから銀ダマ鉄砲でも爆竹でも良いからとっとともってこい」
今まで感じたことのない感情だった。
怒りを越える感情、、、殺意
その会話を聞いたときの真壁は初めて本気で人を殺したいと思った。
「人のことなんだと思ってんだ、くそ野郎」
しかし真壁には実行にうつすだけの勇気が足らなかった。
「あいつらのことどうにかしなくちゃ、このままじゃ殺されちまう。」
真壁は兵士がいなくなるのをみはからってすぐに4人のところにかけつけた。
それからは思ったよりも順調に事が進んだ。
4人とも近くにあった自動販売機から手に入れたコーラを頭からかけたらめがさめたし、
本屋にいって辞書を片手に軽く説明したら自分についてきてくれるといったし、
一時的な隠れ場所に最適な一軒家を見つけたし、おちついてはなすこともできた。
片言の英語と日本語を交えながらの説明だった。
どうやら4人ともなにも知らなかったようだった、殺されるためにいたようなものだ。
4人とも最初はもちろんだがまったく話しを信じなかった、
しかし真壁に支給された武器であるDesert Eagleを見たとき、
4人の表情が固まった。
そしてはなしが一段楽したときだった、ノートンが切れてしまった。
「FUCK!!FUCKFUCK!FUCK!FUCK!!!!」
今もまだ暴れつづけている。
…信じられないものを見た。
武藤敬司は目前の光景が信じられなかった。
隙だらけの吉江を見つけたときには今度はどうやって殺すか?
そのことに天才的センスを張り巡らしていたときにあの男は現れた。
吉江を撲殺したその理不尽ぶりは、昔と変わっていなかった。
あの男…前田日明。
スペースローンウルフ時代の自分を苛め抜いた男だ。
…あまりにも意外な人物の登場にさすがの武藤も対応が遅れた。
前田が振り返ったのだ。
「おう武藤!おまえなにやっとんや?」
しまった。
不意討ちで行くか?
だが正面から撃てば、吉江の二の舞になるかもしれない。
「ああ前田さん。ひさしぶり、どしたの?」
とりあえずいつもの口調で油断させよう。
「なんや新日でサバイバルゲームでもやっとんか?」
状況を飲み込めていないようだ。
だがゲームと関係なかろうが、目前の光景を見せられては、
生かしておくわけにはいかない。
背中にまわした銃の撃鉄を起こしながら考えた。
もう少し時間を稼いで、隙を見つけて殺すか?
「そうなんすよ。この銃で…」
銃を見せるふりをして撃つ。
充分接近してからだ。
「おう!それやったら、ええこと思いついたわ」
前田が吉江の銃を拾い上げる…嫌な予感がする。
「じゃんけんで勝ったほうが、負けたほうを撃つっちゅうのはどうや?」
…今すぐ殺そう。
前田日明を殺す。
ゆっくりと周囲を見回した。
周囲の状況を応用するのは自分の最も得意とするところだからだ。
そのとき、前田の背後に光るものが見えた。
銃口だ!間違いない。だが暗くて誰かはわからない。
明らかに前田を狙っている。
これだ!
「前田さあん。うしろ、なんかいるよ」
武藤のくだけた口調につられて前田は振り返ってしまった。
武藤が前田の背中に銃口を向けたその時、
パン、パン、パン、パン、パン、パン。
武藤が引き金を引くより早く、前田の身体を六発の銃弾が貫いた。
ゆっくりと前田の巨体が倒れこむ。
巻き添えを食ってはまずい。
武藤は前田から離れながら、前田を撃った男を確認した。
成瀬昌由!
前田をつけねらっていたのは成瀬だったのか。
しかしなぜ?…
「来るなあ!来ないでくれえ!」
最初にその声が聞こえてきたときに成瀬昌由は心臓が止まったかと思った。
明らかに自分を探している。
今一番会いたくない人間。
一番自分に殺意を抱いているはずの人間。
いい思い出なんかなかった。
自分を殴ってる姿か、誰かを殴っている姿しか記憶に無い。
自分は今とても充実している。
リングスのときと違い伝統ある新日本の格好いいベルトを巻くことが出来た。
ライバルである田中稔とはプロレス観も音楽の趣味も合っている。
だから前田さん!来ないでくれ!
今の自分の楽園を壊さないでくれ!
前田の声が聞こえたとき、逆に前田を殺すしかないと決めた。
それでも巨大な背中を確認したときには、まだ撃つ勇気がなかった。
突然、振り返った前田と目が合った瞬間、恐怖が勇気をくれた。
前田がかすかに動いた!
「!」
とどめを刺さなくては。
銃を構えたそのとき、前田の発した言葉が成瀬を壊した。
「すまん、かった、な、成瀬」
「え?」
成瀬は信じられない言葉を聞いた気がした。
「いっつも、殴って、ばっかりやったな…もう殴る力ないけどな」
「前田さん?」
「俺な、お前、に、言いたいことあってん」
離脱への怒りだろうか?この男は人生の最後の最後のときまで怒るのだろうか?
「このあいだの田中との試合な、実験リーグのときみたいで…おもろかったわ」
「!」
「せやから、お前の、選択は、間違いやない思う」
「…」
「ごちゃごちゃ、言う奴、おったら、わいが…パチキかましたるから、安心せえよ」
そんなことのために?
わざわざそんなことを言うためにこんなところまで?
力無くゆっくりと微笑む前田の姿は成瀬には痛々しかった。
…そうだ!いつだってそうだ!
この人はいつもくだらないことでムキになって、
周囲から見たら理不尽な行動をとって、みんなから誤解されて
気がついたら一人ぼっちになっていた。
自分は知っていたのではなかったのか?
このひとのそんなところを!
いちばんちかくにいたのに!
こんな状況じゃなかったら、
次々と身近な人が死に、身近な人が身近な人が死を殺す、
こんな状況じゃなかったら話し合えたんじゃないのか。
いい思い出なんかなかった。
そのはずなのに涙が溢れてくる。
涙と、自分を責める思いと、運命を呪う気持ちが交互に成瀬の中を駆け巡る。
「前田さん…俺、俺、ベルト持ってリングスで防衛戦やりますよ!」
「山本や、田村さんと戦いますよ!」
「だから、だからリングスは絶対に復活しますよ!」
「お、う、あ、」
前田の言葉にならない声が成瀬に突き刺さる。
「ひゅ、ごぼっごぼっ」
それは声なのだろうか?ただ気管から空気が漏れる音なのだろうか?
「見えますか前田さん?」
己の罪を償うかのように成瀬は泣き叫ぶ。
「満員の横浜アリーナの光景が!」
「…」
いつの間にか前田は目を閉じていた。
成瀬は気付かない振りをしたのだろうか、
前田の手を強く握り締め、なおも一心不乱に叫び続けている。
「山本も、長井さんも、田村さんもいます」
「アイブルも、オーフレイムも、ノゲイラも」
「ハンも、フライも、タリエルも」
「リングスは、俺たちのリングスは永遠に不滅です!」
「高田さんが、藤原さんが、船木さんが」
「みんなが、みんなが前田さんを…」
パン!
…乾いた銃声に人生を中断されたとき、
成瀬は自分の言葉が戯言に過ぎないことを悟った。
前田の手を強く握りしめたまま…。
「なにごちゃごちゃ大声出してるんだ」
最後の最後に一つになることができた師弟の死体の背後から、
銃を構えたカシンが呟く。
「…場違いだな」
気づかれないように距離をとって前田と成瀬を観察していた武藤は、
目前の光景に躊躇していた。
成瀬を思う前田の気持ち…それは自分を思ってくれたマサや坂口と同質のものだ。
前田が成瀬に殺されるところまでそっくり同じだった。
だがもう過去の自分は断ち切らなければならない。
そう考え銃口を成瀬に向けたはずだが、先を越されてしまった。
銃声に向かい銃を構えると、
同じように自分に銃を向けたカシンの姿があった。
「…」
「…」
人生を殺したとき以来の再会だったが、
もちろん再会を祝すつもりは二人にはない。
カシンの接近に気付かなかったのはミステイクだが、
カシンもたった今、武藤の存在に気付いたようだ。
…こいつは殺し慣れている。
それは人生のときにはわからなかったカシンの手際を見た武藤の感想であったが、
同時に武藤の目を見たカシンの感想でもあった。
危険な相手だ…少なくとも無傷では勝てない。
それはどちらの心の呟きだったのか。
「…」
「…」
数瞬の沈黙の後、二人は全く同じ行動をとった。
それはいずれ互いが最後の対決の相手になるかもしれないという
直感だったのだろうか?
同時に銃をおろした二人は、互いに背を向け…ゆっくりと歩き去った。
胸中に再戦を約して。
『戦う前から、負ける事を考えるバカが何処にいる!この腰抜けが!』スピーカーから更に怒声が加わる。
『木村さんは今朝投降してきました。勿論、未だ誰も処分できてないそうです。弱りましたね…
出来る事ならば助けたいんですが。しかしこれは国家の命…』 佐山の解説を遮り、悪魔が叫ぶ。
『よーし、離れろーっ!』同行した兵士は木村の両脇から手を放し、脱兎の如く道場に向かい走る。
糸の切れた人形の様に、木村健吾は地面に崩れ落ちる。
芋虫みたいにはえずり回る彼は、口をパクパクしながら声にならない悲鳴を上げ続ける。
『誰だって、こんな事はしたくないんです。でも理解してくれない人はこう対処せざるを得ない…』
したくないと言う割には歓喜を抑え切れない声で、佐山は参加者達に語り掛ける。
『それでは開始します……15秒前…10、9…』
「…やめろ、やめてくれよ」 西村修はその地獄図を遠方から見ながら、懇願する様に呟き続ける。
『…8、7…』 西村はいつも控室で橋本や越中とじゃれ合っている健吾の姿を思い出す。
「…やめろってば、いい人じゃないか…」 西村は健吾が好きだった。
後輩とも分け隔たり無く接する優しい人柄、悪気の無い天然ボケなところ…
『…6、5、4…』健吾は決して強いレスラーではない。スター選手でもなかった。
しかし強くなければ、レスラーは生きる事さえ許されないのか?
スターじゃなければこんな無慈悲な扱いを受けても良い、と誰に言える権利がある?
強いって、何だ? 生きるって何だ!? 数秒の間に様々な問い掛けが西村の頭で交錯する。
『…3、2、…いくぞ!! イナズマッ!!』 小島の時とは比較にならない程の大音響が響き渡る。
爆発と同時に、西村は目を閉じ、顔を横にそむける。
彼が再び現場に目を戻した時には、健吾の体は自らが流した大量の血の海の中で浮んでいた。
『処刑完了です。因みに爆発力は本部である程度、変更可能です。驚きました?
まぁ爆発が大きかろうと小さかろうと、結局死ぬ事には変りありませんが…。では社長…』
『木村っ!!このバカヤローがっ!!』 スピーカーから再度怒声が届く。『…えー、がなったらすっきりしました』
『まだ6時間もある!頼む、戦え、戦ってくれー!! 新日本の名に賭けて、熱い殺し合いを見せてくれ!!
木村の様な卑怯者をこれ以上見たくないっ!諸君の一層の奮戦を期待します!
それでは行きますか!幸せ気分でコモエスタ!! いーち、にぃー、さーん、ダ----ッ!!!!!』
この世で考え得る最も不快な進捗発表会は、ようやく終りを告げた。
「…中西、なかにしぃ…」 永田裕司は僚友の予想もしなかった死に対し、嘆き悲しむ手段しか残っていない。
「…馬鹿野郎、はえぇよ… 何で俺を置いてちゃうんだよぉ… 嘘だと言ってくれよ!中西!!」
「うるせぇよ!! 少し静かにしてくれって!」越中詩郎は不機嫌極まりない声で永田を叱責する。
越中の心中は憤怒で燃え盛っていた。悔しさで半狂乱状態だった。
かって自分が一人で正規軍に反発した時、たったひとり賛同してくれ、その後陰に日向に自分をサポート
してくれた先輩が犬ころの様に惨殺された。
いや、犬猫以下と言って間違いではない。何処の世の中に、犬一匹殺すのに、あれだけ手の込んだ真似をする奴等が!?
しかし、それだけの怒りを抱える越中に腰を上げさせない原因は、先刻突如追加された新ルールの存在だった。
現実は余りにも惨い。あと6時間の間に他人の命を奪わない限り、自分の頭が吹き飛ばされるのだ…
それに何と運の良い事か!自分が行動を共にしているパートナーも未だ殺人に関しては生娘らしい。
おまけに彼には弾の出る銃がある。自分にも銃はある。しかしそいつは弾が出ない…
『意味ねぇじゃん!!』越中は心中で呟きながら、悲嘆に暮れる永田の丸まった背中を冷ややかに眺める。
『…コイツ、いざとなったら俺を殺すんだろうなぁ…』
別に今更ジタバタする気はない。永田がそうしたいんだったら、そうすりゃいい…
でも健吾を始め、自分の掛替えの無い仲間を虐殺していった張本人達には何とか一矢を報いたい!
しかし何も具体策は思い浮かばない。越中詩郎は冷たいコンクリートの上に体を横たえる。
その動作に気付いた永田裕司は、顔を涙で濡らしながら先輩に問い掛ける。
「…どうしたんすか、越中さん…?」
「…暫く、独りにさせてくれって。その間、お前が撃ちたきゃ撃てばいい。逃げたければ逃げるがいい…」
「越中さん!なに言ってんすか!」永田が怒声を上げると同時に、一旦中断されていた銃弾オーケストラが
遠くで再度開演を告げた。
「ふざけるな!お前等、何時になったら気付くんだ!そんなに撃ちたければ、俺を撃てよ!」
永田は怒っているかの様な、泣いているかの様な判別のし難い表情で、銃声の方向に向かい怒鳴っている。
「…チッ、馬鹿野郎が…」不貞寝をしながら越中詩郎は、苦虫を噛み潰した様な表情(←普段から)を見せた。
大谷晋二郎は不思議だった。そして不愉快だった、自分自身に対して。
支給された兵器の中でも高性能な部類に数えられるであろう、自分のショットガンは全く標的を捉える事なく、
逆に敵の『手裏剣』というふざけた武器は確実に自分の体を捕らえている。
「何故だ!何故この大谷晋二郎が、あんなロートルに…」
幸い致命傷こそ負っていないものの、体中に無数の傷跡が発生している。時間の経過と痛みと焦りが比例する。
それに大谷は、先程生まれて初めて殺人を犯した。その罪悪感、不快感、自らに対する嫌悪感…
その負の感情に耐え切れなくなったが如く、彼は大声を上げる 「大谷晋二郎を、なめるなーっ!!」
同時に頭上から無数の砂の塊が舞い降りる。大谷は慌てて身を捩る。するとその方向に今度は鉄の塊の来襲だ。
どうやら大谷の相手は相当の曲者らしい。とにかく先方が狡猾な事、極まりない。
大谷はほうほうの体で叢に身を隠すと、悔し紛れに発砲する。しかし敵を捕えた気配は全く感じられない。
「おいおい、少しは落ち着けよ、猪木君。じゃなかった、イノシシ君」 馬鹿に仕切った様な低い嘲笑が大谷に降り注ぐ。
「うるさいっ、このハゲ!!」 大谷は怒りに任せ引鉄を引く。しかし当たらない。完全に泥沼だ…。
敵は再び皮肉な口調で挑発する。「ハゲって言うなよ。お前も同類じゃないか(笑)」「…やまざきぃー!!」
大谷は逆上している。自分を見失っている。幾度も見た、彼の負け試合の典型的なパターンだ。
大谷晋二郎は体力と兵器性能で圧倒的優位に立ちながらも、山崎一夫のインサイドワークの術中に嵌り、もがいていた。
木村の最期を見届けた後、西村は木戸の亡骸と共に公園に来た。
遠くに誰かの死体が見える。西村は目を背け公園の奥へと進んだ。
大きな池が見えた。木戸が暇を見つけてはやって来て、白鳥に餌をやっていた池だ。
西村は、木戸をとりあえずここに眠らせてあげようと思い、危険を冒してまで連れてきたのだった。
(木戸さん、少しだけここで待ってて下さい。後で必ず…)
木戸の安らかな寝顔を一度だけ見ると、西村は木戸に背を向け歩き出した。
「!」
西村の視線の先に人影が見え、それが近付きながら話し掛けてくる。
「…おはようございます、西村さん。」
「藤田…君……」
藤田は西村を待っていたのだ。
突然の再会に戸惑う西村に向かい、藤田が口を開く。
「アレから色々考えました。その答えをどうしても西村さんに言っておきたかったんです。」
朝日を背に西村は複雑な表情を浮かべながら答えを待つ。
藤田は張り詰めた表情のまま腰から銃を抜き、西村に向けて二度引き金を引いた。
驚きながらも西村はその場を飛び退き木の幹の陰に隠れた。程無く木の幹が銃弾でえぐられる。
「藤田君!どうして、どうしてなんだ!?」
戸惑いを隠せず西村は問い掛けた。藤田は迷いの無い目で西村の方を見ながら答える。
「このままで終わるのが嫌なんだ。…プロレスでオレはずっと前座で燻ってた。
先の見えない暗闇にだった。総合に出てやっと光が見えたんだ。これからなんだよ、オレは!」
藤田は回り込みながら撃ってくる。西村は避けながら別の木の陰に隠れ、訴えた。
「その為なら何をしてもいいのか?例え人を殺しても!」
「もう戻りたくないんだよあの頃には!…その為には何だってやる。人だって殺す。」
藤田の言葉に西村は仕方なく短刀を抜いた。木戸の血と想いが染み込んだ短刀を。
(とりあえず弾を撃ち尽くさせるんだ。その隙を狙えれば何とか殺さずに済ませられる。)
断続的に続いていた銃声が途切れた。それにあわせて身を乗り出す。
「ぐぁっ!!!」
西村の右耳の先が弾けた。藤田は銃にまだ弾を残していたのだ。
いきなりの痛みに西村の体勢が崩れた。その隙に逆に藤田が西村との間合いを詰める。
(今からじゃ間合いを空けられない!こっちも詰めるんだ!)
自分に近付いてくる西村に藤田は完全に意表を突かれた。舌打ちしながら西村に銃を向ける。
(届く!)
西村は藤田の銃に向けて、渾身の力で短刀を振り上げた。―――しかし短刀は虚しく空を切る。
激しく落胆する西村の額に銃口が触れた。
「…なぁ藤田君、一つだけ聞かせてくれないか?」
「……いいですよ、一つだけなら。」
眉一つ動かさず藤田は答えた。それを聞き、表情に先程の落胆をおくびにも出さず西村は言った。
「―――どうして逃げた?プロレスからもこのゲームからも。」
「!!?」
藤田の眼は予想だにしなかった問いに大きく見開かれる。藤田は必死で言い返した。
「オ、オレがいつ逃げた!?逃げてるのはプロレスの世界から出てこない上に
人も殺さず生き延びようとしてるあんただ!!負け惜しみなんだよ!!
大体オレは今そのプロレスのチャンプじゃないか!!!」
「お前が選んだ道はどちらも自分にとって楽な方じゃないか。それを『逃げ』とは言わないのか!?」
自分の置かれた状況を省みない西村の強気な態度に、藤田は苛立ちを隠せない。更に西村は続ける。
「お前自身が誰よりその事を分かってるんだろう?その苛立ちが何よりの証拠じゃないか。
自分の信念を曲げて楽な方を選んでいるだけなんだ。先の見えなかったプロレスの世界から、
このゲームで人を殺さずに生き残る難しさから、今のお前は目を背けているだけなんだよ。」
聞き終えた藤田の顔からはいつの間にか苛立ちが消えていた。そしてその目から涙が流れていた。
「…あんたの言う通りだ。わかってた。IWGPのベルトを獲った時、
昔のオレならめちゃくちゃ嬉しかったハズなのに…これっぽっちも嬉しくなかった…
その時気づいたんだ。オレはプロレスラーとしてベルトが欲しかったんだって。
プロレスラーとしてベルトを獲る事から逃げたんだって…」
「藤田君…」
藤田の腕が下がり出し、西村の額から銃口がそれた。しかし、銃口は再び額へと向けられる。
「でも引き返せない。こんな所で死にたくないんだ…だからオレは小原さんを殺した。
もう…引き返せないんだよ!」
「…ばかやろう…」
西村は一言だけ呟き短刀を突き出した。撃たれる事は分かっていたが。
西村の表情は驚愕に包まれていた。
手にした短刀からは血が垂れている。短刀の先は今、藤田の体内に収まっていた。
「…どうし…て……?」
西村は困惑した。藤田の腹部に深く突き刺さった短刀を見ながら。
そんな西村を見つめながら藤田は言った。
「あなたに…止めて欲しい……あなたの言葉で…そう…思った……」
西村は無言で立ち尽くし、地面に倒れる藤田を見続けた。
「…これで…12時過ぎても……死なないでしょう?」
「!…そんな事…どうでも良いじゃないか……」
「…でも…やっぱりあなたは……殺しちゃダメだ……」
その言葉と共に藤田は銃を自らのこめかみに当てた。
「……この銃…持ってって…ください……あなたを…見届けたい…カラ……」
「やめろぉ!!!」
西村の声と引き金が引かれるのはほぼ同時だった。
池の水面はこのゲームに不釣合いにキラキラと輝いている。
「木戸さんと一緒に待っててくれ。話合わなそうだけどな。」
苦笑しながら西村は藤田を木戸の隣に寝かせた。
藤田の銃を腰に刺し二人にしばしの別れを告げ、西村はこの血生臭いゲームを再開した。
なにも考えたくなかった。
テレビから流れてくる無機質な雑音と映像
この国のテレビプログラムになんか興味あるはずなく
チャンネルを変えるためにテレビを見る、まさにそんなかんじだった。
「What the fuck am I doing now.(いったいなにやってんだ俺は。)」
そうひとりごちた時だった、テレビからけたたましい歓声が流れてきた。
World Wrestling Federation、WWFの試合だった。
会場にはまだ小学生くらいであろう子供たち、家族連れ、若い男女の団体、
自分の両親くらいであろうカップル、みな一様に歓喜し、絶叫し、興奮してる。
まさに自分の一番望んでた風景だった。
そう、自分は試合を見てくれる人たちからの声援がほしくてプロレスラーになったんだった。
そのためにつらい練習にも耐え、言葉の壁にも耐え、怪我した体にムチを打ち、
歯を食いしばって今の位置まできたんだった。
それがなにをどう間違えたのか、今俺は殺し合いのリングに上がっている。
悔しかった、自分の運命がもてあそばれていることが。
「We won't die this fuckin' country!! We gonna go back America!! We can make it!!
(俺たちゃこんなくそったれな国じゃ死なねぇ!!俺たちゃアメリカに帰るんだ!!
俺たちならやれるさ!!) 」
俺は全力で叫んだ。
「I can't believe him.(こいつだけは信用できねぇ)」
ノートンの目はじっとフライに向けられていた。
Jの雄たけびを聞いてからノートンはいくらかの落ち着きを取り戻した。
それから少し頭の中を整理してみた。
自分たちは最後の一人になるまで殺し合いをしなければ行けない。
だが俺にそんな気はない。もちろんこいつらもだろう。
それならみんないっしょに逃げようって事で落ち着いた。
ただし、ひとつ腑に落ちないことがある。フライがおとなしすぎる。
本当なら俺と一緒に大暴れしてもおかしくないものの、さっきからあいつは一言もしゃべってねぇ。
第一あいつは一度俺たちのことを裏切ったことがある、そんな人間信用できるはずがねぇ。
Jとワグナーはキッチンへ料理をしににいったし、真壁は便所にいった、
だから今俺はこいつのこと見張ってなくちゃいけねぇ。
ノートンとフライの間に長い沈黙が続いた。
今のJに迷いはなかった。
生きて祖国の土を踏んでやるという信念がある。
そして今の俺には協力してくれる仲間がいる、それがなにより嬉しかった。
ワグナーと一緒に料理をしようとキッチンにきたものの、
冷蔵庫の中にはろくな物が入ってなかった。
「Hey Wagner, Can you cook?(ワグナー、お前料理できるのか?)」
振り返ったとき思わずJは吹き出してしまった。
そこにはフリフリの赤いエプロンをまとうマスクマンの姿があった。
大笑いしてしまった。久しぶりだった、こんなに笑うのは。
嬉しかった、こんな悲惨な状況でも素直に笑うことができたことが。
得意の物まねをしよう、Jはそう思った。
「If I smeeeeeeeeeeeeeeell, What the Wagner cookin'.」
「You.(おまえだ)」
Jの目には出刃包丁を振り上げるワグナーの姿が映った。
[2日目7時頃:自動車整備工場]
越中と永田は焦っていた。焦りの原因は当然、猪木の決めた新しいルールだ。
その二人の内でも越中は特に焦っていた。予め3日間の行動をある程度考えていた越中にとっては
このルールは不都合極まりなかったからだ。
越中は、この3日間である程度の協力者を集め『ある計画』を実行するつもりでいた。
それには2人では明らかにコマ不足である。にもかかわらずこのルール。
これの所為で今までやる気のなかった者ですら信用できなくなってしまう。
当然永田が裏切らないとも限らないし、それ以前に自分はともかく永田に誰かを殺せるかどうかも疑問だ。
そして一人でも殺している者は殆ど出歩かないだろうと言う事。
12時まで待つだけで勝手に敵が減ってくれると考えればこれも当然だ。
(殺人者の気紛れを祈るか協力者候補を殺すかしか無いのかって!)
越中が苛立ちながら、二人の集めてきた材料で何種類かの爆弾を作る準備をしていると、
それを手伝っている永田が話しかけてきた。
「ねぇ越中さん。なんでこんな物の作り方知ってるんですか?」
それを聞いた越中は作業の手を止めず、永田の方を見ないで話した。
「自分で勉強したんだよ。」
「べ、勉強って…なんでそんな事……まるでこういう事があるの知ってたみたいじゃないですか。」
「知ってたよ。」
「…えぇっ!!?」
予期せぬ答えに永田は驚きを隠せない。
「知ってたって言うより聞いたんだけどな。鶴田さんに。」
「鶴田って……ジャンボ鶴田さんですか?」
「あぁ、あの人は実は昔試験的に行われた『プログラム』の生き残りなんだ。色々教えてくれたよ。
その後鶴田さんは『プログラム』阻止の為にある反政府組織の人間になって色々してたらしい。」
永田はあまりの事に驚きながらも黙って聞いている。越中の話はまだ続いた。
「オレが聞いたのは1年半程前、『プログラム』の計画に猪木が加わったらしい事、
それと『プログラム』の大まかな概要だけだ。生き残ってから鶴田さんはずっと監視されてたらしい。
それに鶴田さんと会ってからオレもよく誰かにつけられてたしな。」
「…じゃあもしかして鶴田さんが亡くなったのは……」
「それはわからんが、鶴田さんは藤波さんにも教えるつもりだって言ってたからな…
藤波さんが真っ先に殺されたのは、『プログラム』について知ってたからかも知れんな。」
永田はもう何も言えずにいた。作業の手を止め、そんな永田を見て溜息をつきながら越中は言う。
「でもな、今のオレ達はそんな事心配してる場合じゃ無いんだって!」
そう言って越中はさっきからの色々な心配事を永田に言った。『ある計画』だけは伏せて。
「前にも言いましたけど、オレが越中さんを殺せるワケないじゃないですか!」
「じゃあ他の誰かを殺せるのか?」
「う・・・・・・・・」
いつまでも答えの出せない永田から目を離し越中は爆弾作りを再開した。
[2日目午前8時40分頃:図書館]
図書館に銃声が響く。この図書館はカシンが柴田を殺そうとした市立の大きな図書館である。
その銃声が十数回続いた後わずかな静寂。そしてその静寂を引き裂く爆発音。
野上彰は図書館内を息を弾ませながら走り回っている。銃弾と爆発から逃げているのだ。
銃撃と爆撃の主はS・S・マシン。左手にヒロ斎藤から奪ったグロック34、
右手に保永から奪ったオートマチックのワルサーPPK9ミリ、更に安田の手榴弾まで持っている。
まさにスーパーストロングの名に恥じない装備と言えた。
(おいおい、いつの間にあんなに武器手に入れたんだよ?吹き矢しか持ってなかったオッサンが。)
本棚に身を隠しながら、野上が心の中で不平を訴えている間にも、近くに手榴弾が転がってくる。
なんとか爆発をかわし別の本棚に隠れるとまたそこに銃弾が撃ちこまれる。
とりあえず12時まで身を隠そうと入り込んだ図書館に、こんな厄介な先客がいるとは。
(…あの時ちゃんと殺しとくんだったなぁ。オレの手持ちの武器でどう戦えってんだ?)
野上の武器で今使えるのは、警棒、目潰しスプレー、そして吹き矢。戦力の違いは明らかである。
状況を愚痴っている間に、銃弾が棚を突き抜け野上の顔の近くを掠めた。銃声が近い。近付いて来ている。
追い立てられ壁際に移動した時、マシンが野上の移動に気付かず投げた手榴弾は、本棚の側面に当たり
運悪く野上が移動した方向に転がってきた。
(うぉ、マジかよ!?やべぇ!!)
あたりに爆音が鳴り響く。爆風は本棚を薙ぎ倒し、本を吹き飛ばした。
「―――ったくツキがねぇなぁ。・・・・!」
咄嗟に給湯室に飛び込み爆発をやり過ごした野上は、ぼやきながらも何かを見つけた。
「野上ぃぃーー!!どこ行ったぁ!?」
マシンの叫び声が図書館に響く。当然返事は無い。銃のマガジンを入れ替えながら辺りを見回す。
(本棚の下敷きにでもなりやがったか?)
考えていると、少し離れた2階への階段を上がる野上の姿が見えた。マシンはマスクの下でほくそ笑む。
(ヤツはオレの手でブチ殺さねぇと…じわじわ追い詰めてな。)
マシンは野上を追いかけた。一応用心しながら階段を上る。反撃は無いまま2階に着いた。
2階も多くの本棚が静かに立ち並んでいる。静けさに苛立ちマシンは再び叫んだ。
「おい野上ぃ!ちったぁ反撃したらどうなんだ!?」
何の反応も無い。そしてマシンが行動を始めようとした時、『ガーー』と物音が聞こえて来た。
そして本棚の間から本を運ぶ台車が現れ、マシンの目の前で壁にぶつかり止まる。
その台車の上には火のついた携帯用のガスコンロが乗っており、
ガスコンロには何かの缶がテープで固定されていた。スプレーの缶だ。
マシンが状況を理解するかしないかの刹那、マシンの眼前でスプレーは破裂音と共に爆発した。
「ぐぁあぁぃがぁぁあぁーっ!!」
辺りに刺激臭が立ち込め、声にならないような呻き声を上げマシンは転げ回る。
缶が破裂した時に飛び散った缶の中身をもろに全身で浴びたのだ。缶は勿論目潰しスプレーである。
「思ったより随分上手く行ったな。我ながら大したもんだ。そう思わねぇか?」
野上は自画自賛しながら投げ出されたマシンの銃を二つ拾い上げた。
そして土下座のような姿勢でうずくまるマシンの後頭部を踏みにじる。
「なぁ何とか言ってみろよ。『おまえ平田だろ?』なんてな。」
そんな余裕を見せつける野上の顔が固まった。マシンの手に二つ手榴弾が握られていたからだ。
そのピンが今抜かれた。弾かれるように野上は階段の所に駆け込み、必死で下の踊り場へ飛び降りた。
直後に轟音が轟き、風と煙と塵が踊り場まで降り注ぐ。
「うひゃ〜、さすがに死んだな、こりゃ。」
降りかかる塵に顔をしかめながら野上は2階を見上げた。
その後、満足げに戦利品を確認して図書館を離れた。
こんな最低な料理を食べたのは初めてだった。
そしてこんなに血を流したのも初めてだった。
薄れゆく意識の中ノートンは故郷であるミネアポリスの風景を思い出していた。
一面に広がるとうもろこし畑、決して豊かではないが暖かかった家族のぬくもり。
そして初めて日本に着たときの事。
なにもわからない自分を暖かく迎え入れてくれた仲間たち。
その仲間の一人を食べてしまった。
それに気づくと同時に受けた激痛、罪悪感を感じるひまも無かった。
誰かが泣いてる、、、フライだ、俺を助けてくれた男。
ワグナーが包丁を持ってるのにもかかわらず、高速の速さでワグナーに
殴りかかってきてくれた。自分が一番疑ってた男が自分を助けてくれた、
そして今俺のために泣いてくれている。
フライが俺に語り掛ける
「Do you forget? We'll go back America.
(忘れたのか?俺たちはアメリカに帰るって約束したろ。)」
自分がもうダメなのはよくわかっている、
だからこそなにかをフライに伝えたかった。
自分の体の中に残るわずかな力を振り絞ってしゃべろうとしたとき、
突然の発砲音がそれをさえぎった。
「ど、どんとむ〜ぶ、どんとむ〜ぶ。」
ノートンが最後に見た物は銃を構える真壁の姿だった。
「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」
真壁はパニックに陥っていた。
トイレから戻ってきた真壁が見た光景はまさに地獄といえるものだった。
マスクから包丁をはやしたワグナー、血の池で泳いでいるノートン
でっかい鍋からのぞくJの物と思われる頭、
そして、、、
全身真っ赤に血にまみれたフライの姿だった。
「Calm down Makabe.(落ち着くんだ真壁)」
なにを言っているかわからなかった。
「He tried to kill us.(ワグナーが俺たちのことを殺そうとしてたんだ)」
なにを言っているかわからなかった。
「He is about to die, help him.(ノートンが死にかけてるんだ、助けてやってくれ)」
なにを言っているかわからなかった。
「It's OK, give me your gun.(大丈夫だから銃を渡すんだ)」
なにを言っているかわからなかった。
バンッ
部屋を静寂が包むのは意外なほど早かった。
「撃っちまったかぁ。」
玄関の影で武藤はひとりごちた。
武藤はフライが何を言っていたのかわかっていた。
そしてそれを理解できなかった真壁の気持ちもわかっていた。
「まったく、言葉の壁ってのは厄介だな。」
一人アメリカに渡った時のことを武藤は思い出していた。
「むとうさぁ〜ん」
(しまったきづかれた!)
とっさに武藤は銃に手を伸ばした。
「むとうさぁ〜ん、おれひところしちゃいましたぁ〜」
真壁は顔中を涙と鼻水と返り血でぐちゃぐちゃにしながら武藤に近づいてきた。
「大丈夫か、真壁。」
「このてでひところしいちゃいましたぁ〜」
「落ち着けよ、しょうがなかったんだろ?」
「おれもういやです。」
そう言うと真壁は右手に握ったデザートイーグルをゆっくりと自分の頭にあてた。
「いままでありがとうございました、むとうさん」
武藤は真壁の死体を一瞥してつぶやいた。
「バカヤロウが」
真壁の死体からデザートイーグルを取り上げた。
時刻は、野上彰がS・Sマシンとの因縁に終止符を打った瞬間より約2時間強ほど遡る。
作戦本部に設置された巨大モニターは数ある隠しカメラの内、静かな公園の風景を映し出す。
監視員が事務的な口調で確定事項の報告を告げた。
「8月×日午前8時△分、藤田和之の死亡が確定致しました。殺害者は西村修です。」
「いやー驚いたなぁ、藤田君。僕の中では本命だったんだけどなぁ」呑気な声色で佐山が呟く。
「……」不機嫌そうな顔色で猪木はモニターから目を離さない。
それに気を留める事もなく佐山は悪戯っぽく問い掛ける。「で、どうします?今の判定…」
「…どうするって…何をだよ」 うざってぇという感情を露にしながら猪木は問い返す。
「いや、今の西村君ですよ。どう見たって不戦勝みたいなもんじゃないですか?
殺害の意思が無かった事は明白ですよー。藤田君の自殺という形にしません?それで西村君は…」
「いいんじゃねぇのか、西村の勝ちで」 どうでもいいと言わんばかりに猪木が吐き捨てる。
「前にアイツは高岩の事、吹き飛ばしてるしな。合せ技、一本!てな感じで。それよりな…」
不機嫌な声色のまま、猪木は意外な感想を漏らす。「…やっぱり、長州ってのはヘタレだったんだなぁ」
「…長州さん、ですか?」とうの昔に脱落した人間の名前が出た事に佐山は訝しがる。
「だって、そうだろうがよ。アイツが手塩に掛けた連中なんて殆どもう脱落してんじゃねぇか。
特にあのアマレス上がりどもは酷ぇな、一番。言わば格闘のエリートだろ、あいつらは?
それが藤田は戦闘放棄するは、永田は誰も殺せず逃げ回ってばかりだは…
結局、プログラムの趣旨を把握してるのは俺が手塩に掛けた石澤だけじゃねぇか!」
「把握し過ぎですけどね、石澤君の場合は」苦笑しながら佐山は相槌を打つ。
毎度の事ながら、最近では最も藤田を可愛がった事実などすっかり忘れているらしい…
「で、その中でも一番のヘタレがコイツだ!」猪木は各人の発信機が映し出される別モニターを指す。
その指先には病院内で弱々しく点滅を繰り返すひとつのセンサーがあった。
「あぁ中西君ですか、確かに」 佐山は軽蔑感を顔中に炙り出しながら、解説を加える。
「野人、と言うだけあって生命力だけは凄いんですがねぇ。それが全く攻撃に生かされませんから」
「…育てるか」猪木は得体の知れない感想を吐く。佐山は思わず眉を顰める。
『…育てる?何を?誰を?…まさか中西を改造しようとか言うんじゃないだろうな…』
猪木は佐山の表情を覗き、彼が何を想像してるのかを一発で把握したらしい。
「考え過ぎだ、バカ」 自分のアイデアに酔い出したのか、猪木は再び御高説をのたまい出す。
「そういう強い心を持ったレスラーを、だよ。藤田とか中西みたいに器だけ立派でも通用しねぇだろ。
要はレスラーは心なんだよ、心!それに素手で人間殺せる機会なんて滅多にねぇしな。ンムフフフ…」
悪魔の様な笑みを浮かべて悪魔は語る。すっかり上機嫌に戻った猪木は大声で指令を出した。
「おーい! 待機してる奴等を引っ張ってこーい!」
道場近くの喫茶店で待機を命じられていた格闘技探偵団バトラーツの石川雄規と島田雄二は、
急な召集命令に戸惑いを、それ以上に戦慄を隠せないでいる。
「…島田さん、大丈夫だよな…猪木さんが俺達を騙す事なんてないよな…」
石川は不安気に同意を求める。彼等は『後学の為』との名目で猪木に呼ばれていたのだ。
「…ンー、全然OKですよ、社長。その気があればとっくに参加させられてますよ」「…そうだよな」
「それにいざとなったら新日の連中なんてブッ飛ばしゃいいんですよ。サイキョッ!でしょ、俺達は」
彼等は回りの状況を考慮せず、極めて自分達に都合の良い論理を持って、安心しようとする。
そんな二人に認識の甘さと現実の厳しさを叩き込むかの様に、近くで銃声が唸りを上げた。
「…ヒャッ…」と悲鳴を上げて島田がその場にへたり込む。
「見逃して!ねぇ、止めようよ、こんな事!俺達は関係ないんだよ!勘弁してよ…」石川は兵士に懇願する。
「……」無言で一人の自衛隊員は石川にライフルを突き付け、一人は島田の腕を問答無用に引き上げる。
しかし自分達には関係ない事とは言え、ここ2日間で数多くのレスラーが仲間を殺し合う修羅場を傍観して
きた彼等には、戦う前からひたすら逃げる事しか考えてない石川と島田の態度は許し難いものと映った。
無名の兵士の一人は極力感情を抑えながらも、島田に対して吐き捨てる様な口調でその性根を罵った。
「…漏らしてんじゃねぇよ、汚ねぇな…」
「元気ですかぁぁ---!!!」入室を命じられた二人に浴びせられたのは、例によって例の言葉である。
「元気があれば○チもできる。よく来てくれた!御苦労!怪我はなかったか?」
その勧誘文句を聞いた途端、石川の心からは不安や悲嘆が消え去り、恍惚とした表情を浮かべた。
「…で何か我々に御用でしょうか?」 島田は遜った笑みを撒き散らし、必死で悪魔の御機嫌を伺う。
「ウン!元気な君達に、俺が見込んだ君達に素手で人間を殺してきてもらいたいっ!」
それから悪魔は時に怒り、時には笑い、時には泣きながら懇々と洗脳作業を続けた。
…自分が至らなかった為、満足に人も殺せない様な連中ばかりを育ててしまった。情けない…
せめて君達には自分の意志を継いでもらいたい。君達だけが頼りなんだ…
…君達の身柄は保証する。状況通達用の専用レシーバーと、政府直轄部隊である事を示すワッペンを支給する。
相手は死にかけてる中西だ。君達には役不足な相手だろうが、あれでも俺の弟子だ。止めを指してやって欲しい…
『行きは良い良い、帰りは恐い』とはよくぞ言ったものだ。
道場を出発する時の二人は連行時とはうって異なり、何かに憑り付かれたかの様な顔をしている。
石川と島田は闘魂ビンタの感触が残る左頬を愛しそうに摩りながら、中西の待つ病院へと向った。
「…で、あいつら何で呼んだんだっけ?」 猪木はさも不思議そうな表情を垣間見せる。
「やっぱり忘れてましたね」 呆れた顔で佐山が答える。「何かあった時のスペアだって仰ってたじゃないですか」
「だっけ?覚えてねぇや。で、あの石田と島村…」「違います、社長」「ワザとだ、ンムフフフ…」
佐山は心底軽蔑している。猪木に対して、ではない。揚々と騙された石川と島田に対して、だ。
結局、猪木という生物を何も理解していない。上辺だけしか見ていない。その本質を直視しようとしない…
あれだけの功績を残した坂口や藤波を虫けらの様に扱える男だぞ。お前等なんて気に留める訳、ないだろう!!
佐山の苦々しい述懐を遮るかの様に司令室のドアがノックされる。
「何だ」「官房長官がお呼びです。3日後の合同慰霊祭の件で…」「ン、わかった」
猪木は椅子から立つと同時に、レシーバー用の電源を落し、何事もなかったかの様な顔で部屋を退出した。
手や足を動かそうとする度に激痛が走る。頭部からの出血のせいか、視界は右側しか使い物にならない。
エル・サムライに蹂躙された中西学の巨体には、最早呼吸を繰り返す機能しか残されていないに等しい。
それでもこの無類のお人好しは、事ここに及んでも、自身ではなく同僚達の行末を案じていた。
『…永田は無事か?…心配やなぁ…アイツ、俺がいないと何も出来へんからなぁ…
…石澤もや…無駄な殺生してへんやろうな… どいつもこいつも、手間の掛る連中ばっかりや…』
病室の冷たい床に横たわりながら、中西学の耳は近寄り来る来訪者の足音を捉えている。
『……何や、また松田かいな?…しつこいのぉ』 体の自由がきかない中西には待つ事しか許されていない。
そして次の瞬間、彼の聴覚が捉えた声色は意外な事に余り聞き慣れないものであった。
「…ンー、こりゃ殆ど粗大ゴミですね、社長」「…この猪木イズムの面汚しがぁ!!」
『…石川?それに何や、横の小っちゃいのは?…一体、何しに来たんや…』
「ウワッ!半死体のくせに睨みつけてますよ!生意気ですねぇ、コーション!!」
「格好ばかりつけやがって…テメェみたいなのが新日を堕落させたんだよ!」
石川は革靴で中西の顔面を蹴り上げる。最も、中西には既に痛みを覚える感覚すら残っていないが。
中西は必死に言葉を搾り出す。「…石川、何じゃお前…」
「一丁前の口叩くんじゃねぇよ、この腰抜けが!」 完全にテンパった目で石川は暴行を加える。
石川は泣いていた。自分に酔い易いタイプなのだろう。性懲りもなく大きなお世話を焼き続ける。
「…猪木さんは泣いていたよ。お前等が情けないと…。それでもアイツ等は俺の弟子だと…。
お前等は猪木さんの苦しみや辛さ、痛みを少しでも考えた事があるのか!」
『…何言うとんねん、ボケがぁ』 心中毒づく中西の耳に今度は猪木コールが聞こえてきた。
どうやら島田が石川を調子に乗らそうと煽っているらしい。ワルノリした石川は中西の体をうつぶせにすると、
彼の両足を折り畳み、その隙間に自分の軸足を差し入れる。リバース・インディアン・デスロックの完成だ。
石川はニヤリと笑うと手を3回叩き、後方へ派手に倒れ込む。石川の体重が先刻サムライが放った矢に圧し掛かる。
バリッバリッ、と中西の右足の骨が砕ける音が響いた。
「…ブオッ…」さすがの激痛に中西は声にならない声を上げる。
「ンー、いい泣き声出しますねぇ…ン?… コイツ、泣いてますよシャチョー!」
勿論、今更痛みで哭いた訳ではない。中西は自分の境遇が情けなかった。悔しさで喚き散らしたかった。
そして何より、自分に止めを指さないまま場を離れたサムライの詰めの甘さを恨んでいた。
『…せめて殺られるならば、同じ釜の飯を食った奴等に……松田のアホがぁ…』
「社長、もうそろそろ殺しちゃいましょ」「そうだな、こんな奴、生かしとく価値もねぇや!」
石川は半失神している中西に唾を吐く。と同時に、自らの後頭部に冷たい何かが押し当てられた事に気付いた。
「…それはこっちのセリフだ…」背後の男は怒りを隠し切れない声で引鉄をゆっくり引く。
石川は必死で横目で島田の様子を確認する。奴の顔も恐怖で真っ青だ…
どうやら背後の男は拳銃を2丁も持っているらしい。
「……何をやっている…」 男は必死に感情を殺そうとする。が、銃口が憤怒により震えている
男は諦めた。感情の抑制を中止し、心の底からの怒鳴り声を発射した。
「フザケンナ!お前ら、ここで何やってんだ、エーッ!!」 中西の救出に掛け付けたのは、蝶野正洋であった。
「…チョーノ…さん…?」目は見えず体動かずとも、その声だけで誰が来てくれたかハッキリと認識できる。
次の瞬間、中西の目から大量の涙が溢れ出した。「…やっぱ、カッコえぇわ、あの人は…」
「…い、いや、ち、違うんですよ、チョーノさん」「何が違うんだ!俺にわかるよう説明してみろ、エーッ!」
「…そ、それは石川から…」「……」「…シャ、シャチョ?」「石川!何とか言って見ろ、テメー!!」
「…ヘッ」と何故か石川は失笑を漏らす。その意外な対応に蝶野は戸惑いを禁じ得ない。
「…誰かと思えば、ヘタレ新日の中でも一番のヘタレの御登場か」「何ィ」「未だ一人も殺ってないんだって、大将?」
「……」「だろうな。お前みたいな根性無しじゃ人間はおろか、犬一匹殺せやしねぇよ」「……」
石川は完全に開き直ったらしい、ニヤニヤしながら悪罵を放り続ける。
「お前がトップに立ってから、新日に殺気が失せた。だから猪木さんは涙を呑んで今回のプログラムを…
そうじゃなかったらこんな事やらねぇよ、あの人は!! 全部、お前が悪いんだよ、チョーノ!!」
普段の冷静な蝶野ならば、その身勝手な屁理屈を一笑に伏せただろう。
しかし疲れ切った蝶野の心には石川の理不尽な罵倒が突き刺さった。「…俺のせい?…俺のせいで、こんな…」
「…グゥの音も出ねぇようだな」「……」「なら、こっちから行くぜ!」石川は蝶野に襲い掛かった。
石川は蝶野の拳銃を奪い取ろうとした。しかし石川の体は宙を掴む。黙って襲えばいいものを…
蝶野は冷静にステップバックすると、石川の顔を思い切り銃で殴りつけた。
固い鉄の塊で鼻を強打された石川は蹲り足をバタバタ動かす。余りの激痛に声も出せない。
「ヒィーッ!」と悲鳴を上げ島田が逃げ出す。蝶野は舌打しながら冷静に引鉄を下す。
弾丸は島田の脛を貫通した。転げ回りながら島田は必死になって命乞いをする。
「…こ、殺さないで!僕は中西さんに何も手を出してませんよ!やったのは全部石川です!
そ、それに、僕はプログラムの参加者じゃないんです。僕を殺してもポイントになりませんてば!」
「…当り前だろ」蝶野は島田に一瞥もせず、中西に近寄りながら冷静に呟く。
「これは人間を殺す為のプログラムだ。ゴミ掃除の実習時間じゃない事は、理解している。」
蝶野は中西を抱え上げる。直視に耐えられない惨状だ… 蝶野の怒りは再度他団体の二人に向けられる。
「貴様ら!どういうつもりだ、エーッ!よくも中西を!」「…アホ言わんで下さい、蝶野さん…」
中西は最後に残されたプライドを守るかの様に、尊敬する先輩へ事情説明を行う。
「…誰がこんな奴等に…やられまっかいな…この傷の99%はサムライにやられたもんですわ…」
…サムライ?松田が?あの温厚な、松田が?蝶野は余りにも豹変した現実に対し黙り込む事しか術が無い。
「…それより蝶野さん、その拳銃は?…まさか…」「馬鹿言うな」蝶野は苦笑混りに中西に説明する。
「吉江と成瀬の遺体から頂戴した。連中はもう武器も奪い獲らず殺しあっている。狂ってる…」蝶野は中西に視線を落す
「…とりあえず、応急手当が必要だ。」「…何言うとるんですか?見たらわかるやないですか、もう…」「……」
「それより蝶野さん、未だ…」「…あぁ…」「…なら、丁度いい」中西は優しく微笑む。「…俺を殺って下さいよ」
「バカ言ってんじゃねぇよ!俺がお前に手を掛けられる訳、ないだろうが!」 蝶野は本気で後輩を叱る。
「…勘弁して下さい。もう時間ないっすよ。何より俺が持ちませんよ…」 野人は諭す様に言葉をかける。
「…そんな優しい顔をするな。俺の事は俺が自分でどうにかする。だからお前はお前の事を…」「……」
中西は寂しそうに頭を振り続ける。「…中西ぃ…そんな寂しい事、言うな!中西!」
ガタッ、という物音がした。蝶野は視線を中西から正面に移す。
そこには顔面を血塗れにした石川雄規が手術用のメスを振り被り立ち上がろうとする姿があった。
「…このクソが…」蝶野は引鉄を再度振り絞る。何のポイントにもならない事は承知の上だが。
しかし次の瞬間、信じられない事が目前で起こる。
蝶野の腕の中で半死半生だった中西が左足一本で起き上がると、凄い勢いで石川に向い飛び込んだ。
不意を突かれた石川は何の抵抗をする事もなく、中西の胴タックルによって部屋の壁まで運ばれた。
石川は病室の角のコンクリートで出来た梁柱で頭部を突き刺し、脳漿を垂らし白目を剥きながら絶命した。
「……」蝶野はたった今起こった不可解な出来事に只すら言葉を失い続ける。
ふと正気に戻ると、島田の姿が無い。床に大量の血の痕跡がへばりついている。
『逃げたか。まぁあんなクズはどうでもいい。それより中西は…』 再び中西の飛んだ方角へ視線を移す。
中西は床に這いつくばりながら、苦しそうに血を吐き続けていた。
「中西!」息を切らして親友の下に駆け寄る。野人は顔を真っ青にしながら、再び優しく語り掛ける。
「…自分のケツくらい…自分で拭かにゃぁ…あんな奴等にやられたままじ…ブホッ!!」
「中西!わかったからもうしゃべるな!中西ぃ…」中西の吐血は止った。が、話す体力は既に尽きている。
彼は懇願するかの様な眼差しで自分を見つめている。『早く…早く…』と。
蝶野は観念したかの如く深く吐息をつくと、中西の体を丁寧に床に横たわらせてやった。
蝶野は中西の心臓に耳を当てる。そのトーンが徐々に弱まっていく様がまじまじと理解できる。
たった二日前に、道場から旅立つ際の中西の呼びかけが鮮明に脳裏で蘇る。
『次のダッグマッチ、アルゼンチンでギブアップしてくださいね!』
蝶野の細い目から大量の涙が溢れ出した。
勿論、今までの人生で他人を殺めた事など一度も無い。そうする様な事情も必要性も全くなかった。
しかし今、自分は自分の意志に関係なく犯罪に手を染めようとしている。それも自分の僚友に対して、だ。
『…俺は引き返せない道に入り込もうとしている…』 先刻とは全く質の異なる震えが体中を貫く。
何故か武藤や橋本、そして愛する妻子の顔が脳裏を掠める。暫くの間、か細い嗚咽が部屋中に鳴り響いた。
蝶野正洋は意を決したかの様に顔を上げる。その目には最早迷いも恐れも無い。
彼は息絶え絶えの後輩に向って静かに話し始める。
「中西、俺はお前達に詫びたい。俺の弱さをお前達に詫びたい。俺がもっと早く決意してれば…」「……」
「でも」蝶野は言葉を繋ぐ。「今、その弱さをここに捨てていく。お前を殺す事から俺は目を背けない。俺は、残るぞ」
蝶野が中西の心の臓に狙いを定める。まるで参加者達に意思表示をするかの様に、彼は大声で叫んだ。
「…アイム、チョーノ!!」
銃声が響いた瞬間、中西の長かった苦痛の時間にようやくピリオドが打たれた。
蝶野は島田の血跡を辿るかの様に病院の廊下を歩く。
そして出入口まで辿り付いた瞬間、その痕跡とは逆の方向へ向い出した。『…あんなのに構っている暇はない』
蝶野は自分が生き残る事でこのゲームを終らせる道を選んだ。
西村修が見たら非難するであろう。『蝶野さん、アナタもこのゲームから逃げるんですか!』と。
何とでも言え、と蝶野は心の中で嘯く。ここに至るまで数多くの葛藤があった。しかしそれは最早、遠い過去の話だ。
西村は自分の弱さを克服する為に戦う。蝶野は自分の弱さも何もかも飲み込もうとした、結果を残す事で。
心を固めた時の蝶野は誰よりも強い。彼は前だけを見つめながら次の戦場へと向う。
遅れてきたゲームの主役は、遂に舞台の中央に踊り出る決意を固めた。自分が主人公となる為に。
[2日目8時40分頃:自動車整備工場]
越中と永田は不意に聞こえてきた音に足を止めた。永田は雷かと思い窓から空を見た、だが空は快晴だ。
「……何の音ですかね…」
「どっかで誰かが爆弾でも使ったんだろ。それもわりと近くだな。やりあってるヤツがいるんだろうな。」
越中は図書館の方向を見ながら言った。そして永田に問い掛けた。
「永田…行くか?」
「?…行くって……まさか……今の爆発の所にですか?」
「もうこんなチャンスは二度と無いかも知れんぞ。12時に殺されるのがイヤなら行くしかないだろ?」
「・・・・・・・・・」
「俺は行くぞ。こんな所にじっとして猪木に殺されてやるつもりは無いからな。」
「・・・・・・・・・・・・」
黙って下を向いたままの永田に越中は少し苛立った。だが放って置く訳にはいかなかった。
計画の手伝いとしてでもあるが、それよりも仲間として。
「なぁ、もし最後に生き残るのが松田だったらどうする?お前はそれでいいのか?」
「・・・・・・・」
「松田でなくても積極的に殺しをしてるヤツが何人かはいるハズだ。そんなヤツが勝者でいいのかって!」
語気を荒げる越中に、それまで押し黙っていた永田がやっと口を開いた。
「……だからって俺たちが誰かを殺したらそいつらと一緒じゃないですか…」
越中はその言葉に軽く溜息をつき、間を空けてから答えた。
「わかってるって、そんな事は。
……だからオレはもし生き残れたら殺したヤツの家族に会いに行く。
もしそこで死んでくれって言われたら、喜んで、とは言わないが死ぬよ。そのくらいは覚悟してる。
このくらいで罪が償えるなんて思わないが、それがこの状況でのオレなりの責任の取り方だ。」
「…越中さん……」
「ま、あれだって。猪木にケツの一発も食らわさないで終わるのはイヤだって事ですよ。」
わざと口癖を強調し、越中は永田の依然として暗い表情を吹き飛ばすようにニカッと笑った。
[2日目9時前:街中]
(あ〜あ、ったく、ホントにツキねぇな。…神様ってのがいるんならひでェブッカーだぜ。アゴ並だな。)
鬱陶しそうな顔をする野上の視線の先に越中と永田がいる。向こうも気付いているようだ。
永田は右手に銃を持っている。越中も右手に銃を持ち、左手には今飲んでいたのか
栄養ドリンクの瓶らしき物が握られている。二人との距離はおよそ15m。道は両側にブロック塀があり曲がり角が5mほど先にある。野上は思案を巡らせた。
(戦うってのはゴメンだな…となると逃げるか、いややっぱり近付いて裏切るのが一番かな。
永田は明らかにビビってるし越中は維震軍のよしみがあるし。ってヤな事思い出したな、維震軍って…)
そんな事を考えながら、野上は手に持っていた銃をズボンの両ポケットにしまい両手を挙げた。
この行為はかなり危険なのだが、野上は二人の態度から基本的に戦う意思が無いのを感じ取っていた。
「待って下さいよ越中さん!オレはやりあう気なんて無いんですよ!」
野上は二人に聞こえるように多少大きな声を出しながら近付いた。当然哀願するような表情は忘れない。
だが思惑に反して越中は野上に銃を向けた。
「とりあえずそれ以上近付くな。さっきの爆発はお前か?銃も一つはお前のじゃないだろ。誰のだ?」
「ちょ、ちょっと越中さん、いきなり銃向けなくてもいいじゃないですか!あんまりですよ!」
油断していただけに演技以上に驚く野上。更に戸惑う永田を尻目に越中は続けた。
「悪いがお前を信用出来ない。俺たちに気付く前のお前の笑顔を見ちまったんでな。
この状況であんなに楽しそうな顔を出来るヤツを信用なんて出来ん。」
(何考えてんだこのオヤジ!?そんな事でオレに鉄砲向けてんじゃねぇよ!!)
毒づきながらも、最悪銃を下ろさせれば充分だと自分に言い聞かせ、野上は芝居を続けた。
「…ってそれタダの勘じゃないですか!そんなんで殺されたんじゃたまりませんよ!
オレは平田さんにいきなり襲わ…」
「野上ィィぃイぃーーッ!!!」
野上の芝居は突然の闖入者の無粋な叫び声によって打ち切られた。振り向いた野上は演技無しに驚く。
マシンだ。左の手足は焼けただれ、鼓膜も破れているのかマスクの耳の辺りにも血が滲んでいる。
更に未使用だった目潰しスプレーの爆発をモロに浴び、目もろくに見えていないハズだというのに
マシンは確実に野上のいる所へ手榴弾を投げてきた。
しかし野上は落ち着いてブロック塀の曲がり角に逃げ込み爆発をやり過ごす。そしてマシンの出現と
爆発に驚く越中達に大声で話し掛けた。
「どうせまだ一人も殺ってないんだろ?あとは任せるから頑張ってくれよな。
そいつマジでしぶといから気をつけた方がいいぜ?じゃあな!」
野上はいい加減疲れた身体に鞭打って走ってその場を離れた。
「平田さん!俺です!越中ですって!」
越中は明らかな敵意を持って近付いてくるマシンを説得しようと声をかけた。
無駄だろうとは思いながらも。そしてやはりマシンは止まらず、新しい手榴弾のピンに手をかけた。
「野上ぃぃぃ…お前らどっちが野上だぁ……」
「越中さん、ど、どうしましょう?」
永田が戸惑っている間に手榴弾が飛んでくる。それは見事に自分達の所へと向かって来た。
「とりあえず避けろ!」
二人はマシンのいる方とは逆に飛んで地面に伏せた。さっき自分達のいた辺りで爆発音が聞こえ、
続けて石つぶてが爆風に乗って二人にぶつかった。
起き上がりマシンの方を見ながら、越中はまだ決心出来ずにいた。平田を殺すことを。
永田には大見得を切ったが、いざ戦う段になると手が震えた。そして平田との思い出が頭をよぎる。
今まで思い出しもしなかった何でもない出来事までがまるで見えない鎖のように越中に絡みついた。
考えている間もマシンはゆっくりと近付きながら痛々しい左腕に提げたデイパックから手榴弾を
漁っている。だが手榴弾が残り少ないのか腕の感覚が弱まっているのか、なかなか見つからないようだ。
(今だって!何やってんだ!早く動けって!)
動けない越中の視界に、ようやく手榴弾を手にしたマシンが映る。
マシンはもう15m程の距離に来ていた。
「ぐ、平田ぁぁぁぁー!!!」
自分の心の束縛を解くために越中はあらんばかりの声で叫んだ。そしてライターを取り出す。
その時マシンが投げた手榴弾は越中達を大きく外れブロック塀の向こうの民家に飛び込んだ。
もうマシンの身体に限界が来たのだろう。
それを悟った越中は、さっきの手榴弾の爆発によって飛んでくる破片を気にも止めず
左手に握り締めていた瓶の口から覗いている導火線に火を付けた。
そしてそれをマシンに、平田に向かって投げた。
マシンは痛みに転げ回っていたが20秒ほどで殆ど動かなくなった。
二人は自分達の目の前で荒い呼吸しかしていないマシンをじっと見下ろしている。
越中は未だに震える自分の手を見ながらこう言った。
「永田……平田さんにトドメ…刺せ。」
「えっ?・・・・・・・」
永田は自分の置かれた状況も忘れて驚いた。
「放送で言ってただろ?『どんな形でもいい』ってな。二人で一人を殺してもいいハズだ。」
スピーカーの前で一部始終を聞いていた男は、自らのトレードマークの顎を擦りながらニタリと笑った。
「まあ確かに問題は無いな。…ただあのへタレG1グランプリチャンピオンにそれが出来るかどうかだな、
クックックッ。」 「G1クライマックスですよ、猪木さん。」
間髪を入れずに佐山が訂正する。
「ん〜?まぁどっちでもいいじゃねぇか、そんなモン。それよりコイツがどうするか賭けねぇか?」
「イヤですよ。猪木さん、負けたら絶対ごまかすでしょう?いつもみたいに。」
苦笑しながら佐山が答える。こんな聞くに堪えない会話がしばらくの間続いた…。
銃を構える永田の手が、唇がガタガタと音でも立てるかのように震えている。
マシンの呼吸は目に見えて弱っていく。だが永田は人差し指に力を込められないでいた。
「やれって!永田、やれって!」
越中の檄も永田の耳には届かない。それから1分くらい経った時、永田の震えは止まった。
永田が覚悟を決めたのだと越中は安心した。
そして震えの止まった永田は越中を何とも言えない複雑な顔で見る。
越中はその表情を最近どこかで見た気がした。――――――――吉江の表情だ。
永田は確かに覚悟を決めた。 だがそれは越中の望む物ではなかったのだ。
「おい、永田・・・・・・。」
「越中さん、やっぱり俺には出来ないよ。でも殺されるのも…イヤだ……。」
(おい、おい永田…待ってくれよ……お前まで……)
声が出せない。やめて欲しいのに、いややめて欲しいからこそ声が出なかったのかも知れない。
銃口が下から永田の顎に触れる。
「越中さん、手伝えなくてごめんなさい。……励ましてくれてありがとう。」
言い終わると同時に永田は崩れ落ちた。
越中は地面にヒザをつき虚空を眺めている。
(何をしてるんだ、何をやってたんだ、何のためにおれは・・・・・・・)
大きすぎる無力感と悲しみに包まれ、越中は涙すら流せなかった。
蝶野正洋の放った弾丸によって右足を貫通された格闘探偵団バトラーツの島田雄二は
今、まさに絶望の渕に立っている。
命辛々に病院から脱出した彼の最後の『武器』である専用レシーバーの電源が入っていないのだ!
彼は猪木と自分を守らなかった同僚の石川雄規を口汚く罵るも、その口調に当然普段の勢いはない。
必死で自分に都合の良い想像を張り巡らそうと葛藤するも、状況はさすがにそれさえも許さない。
『-殺される理由は無い。でも殺されない理由も、無い-』
激痛と迫り来る恐怖に襲われた島田が採れる対処方法は、再度の失禁とその直後の失神しかなかった。
…あれからどれ位時間が経過したのか?長かった気もすれば、あっという間だった気もする。
島田はビルの路地裏で下半身を露に曝け出しながらも、何故か手当を受けていた。
だが島田は、自分を介抱してくれている人間の正体に気付いた瞬間、御丁寧にも再度失神する。
しかしこればかりは島田を責める事は誰にも出来ない。
この2日間の概ねの経緯を知る人間にとって、『彼』と出会う事がどういう意味を持つか、を考えれば…
「しかしヒドイよなぁ、島田さん。何もいきなり気を失わなくても(苦笑)」
「…いや、まさか石澤君が助けてくれるなんて思ってないもの」
ポロシャツに下半身丸出しという珍妙な格好をした島田の素直な述懐に、ケンドー・カシンこと石澤常光は
再度苦笑いを漏らす。
「そのワッペン付けてる人を放っておけないでしょう、日本国民として(笑)
それに島田さんと俺には『PRIDE』っていう繋がりがあるし」 「…石澤くぅ-ん」 島田は只管感動している。
勿論、この男が損得勘定抜きに善人面する事などある訳がない。カシンは島田の存在を利用価値アリと判断した。
それは大別して@:政府側に恩を売っとく(…効果は0に等しいだろうが)A:緊急時の囮や楯としての活用、
そして何よりもBの、『戦況の情報収集』がしたかった。カシンは不釣合いの猫撫で声でネタ集めを開始する。
「…で、一体誰に?」 「チョーノだよ、蝶野!無抵抗の民間人、傷モノにしやがって!あんな卑怯な奴、見た事ないよ!」
『ヘェ、蝶野さんもとうとう覚悟決めたんだ』 軽い驚きを胸に、カシンは誘導尋問を続ける。
「しっかし、それは酷いな、蝶野さんも」 「でしょ!やっつけてよ、あんな奴!ガチなら石澤君の楽勝だよ!」
「でもさぁ」 調子に乗り出した島田に構わずカシンは最も腑に落ちない点を問い質す。
「何でそんな危ない場所に出かけたの、島田さんは」
「アゴだよ!あのバカアゴのせいだよ!あのクソ野郎が中西にとどめを指せとかクダラナイ命令をさぁ…」
「なぁかぁにぃしぃ?」 表情が一変した。目が爛々と輝き出す。カシンの普段の怜悧な仮面が剥ぎ取られる。
自分でも馬鹿らしいと思うが、昔からその名前を聞くと自分にストップが掛けられない…
「ウソォ?中西、やられたの?ホントに?ねぇねぇ、誰に?今、どんな状況なの?」
島田はあまりの豹変具合に面食らうも、小癪にも姑息な悪知恵を瞬時に働かす。
『…あぁ、そう言えばコイツは中西嫌いで有名だったな。取り入る絶好のチャンスだ。俺、サイキョッ!』
「そーなんだよ!サムライにやられたらしいんだけどさぁ、もう体ピクピクさせて惨めなモンだったよ!
やっぱりレスラーはデカイだけじゃ駄目!石澤君みたいにアタマがないと!ああいうのをウドって言うんだよね」
島田はここぞとばかりに罵詈雑言に諂いのお世辞をブレンドさせ語りまくる、唾を撒き散らしながら。
「おいおい、サムライにかよ?さすが中西だ。思いも寄らない奴にやられるなぁ」
これ以上愉快な話はない!とばかりにカシンは喜色満面で歓声を上げる。
「やっぱり凄いわ、アイツは。俺の期待を遥かに上回ってくれる。さすがとしか言い様がないね、全く」
カシンは脇腹を抱えながら質問を連射する。「で、島田さんはどうしたの」「えっ?」「いや、倒れてる中西に対してさ」
…難しい質問だ。下手に答えられない…しかし目前で笑う最強の殺人鬼はすっかり舞い上がってる…様に見える。
『えぇい、ここは賭けだ!』 島田は従来以上に明るい声色で自分の戦歴を自慢する方法を採択した。
「もちろん!ボコボコにしてやったさ!あんな頭の足りないゴリラ野郎なんざ!」
「………何?…」 殺人鬼は急に冷酷な雰囲気を取り戻す。島田の背筋にイヤーな電気が走る。
「……中西に…手を出した…?」「……い、いや、ウソ!ウソ…です。ジョーク…の…つまんない…ですか…」
島田は水不足に悩むアフリカの人達が見たら羨ましがる程の大量の冷や汗を流しながら、必死で弁解し始める。
「…そ、そんな…倒れてる人、殴るわけないじゃん!…看病したんだよ…それを蝶野の馬鹿が勘違いしてさぁ…」
「……アッ?…」 カシンの機嫌の急降下ぶりは留まる事を知らない。「……中西を…かんびょうしたぁ?…」
すっかり立場に窮した島田はここで伝家の宝刀を抜く。 そう、『逆ギレ』だ。
元来、『ZERO-ONEが出ないなら見に行かない!金返せよ!』というファンの声に対し、『私達こそ被害者ですよ!
どーしてわからないかなぁー、もう!』位の返答は朝飯前の男だ。お調子者の性格が更に彼を後押しする。
「じゃぁどうしろって言うんだよ!殴れば怒るし、助けりゃ不機嫌になるし!どうすればいいか、教えてくれよ!」
「死ね」「ヒェッ?」
言うが早いがカシンはポケットから拳銃を取り出し、冷たい目で至近距離から発砲する。
島田の頭は夏の夜空に美しく輝く仕掛花火の様に大輪の花を咲かせた。
残念なのは、それが昼間に行われてしまった事だけ、だが。
『…やってしまいました。俺もまだまだ、精進が足りん…』 カシンは返り血も拭わず殊勝に反省する。
結局、最重要課題であった情報収集に関しては、蝶野がやる気になったらしい事と、サムライが別人と化した
事だけであり、その大半の時間は『中西話』に終始してしまった。
しかしカシンはどうしても許せなかった。島田如きが『俺の中西』に手出しをする事が。
『中西は俺の宝物だったんだよ。お前みたいなカスが弄っていい代物じゃないんだ』
カシンは中西の供養を思い付く。島田の遺体をうつ伏せにすると、左腕を少しだけ持ち上げ、相手の関節部に
自らの右足を添え、テコの軸を設定する。
「フンッ!」と気合を入れると共に、島田の腕を不自然な方向に折り曲げた。
得体の知れない形となった島田の腕から視線を逸らすと、彼はわざとらしく天に向って語り掛け始める。
「…中西、見ていてくれたか?これがお前に捧げる幻の必殺技……『アガシ』だ」
性質の悪い冗談を嘯きながらも、彼はほんの少しだけ憂鬱になっている。先程の島田の報告内容が原因だ。
『まさか、サムライが…ねぇ? 今朝会った武藤さんも、コンビニの時とは物腰が完全に別人だし…
そういや平田さんやエッチュー、西村といったお人好し軍団や、何より【真っ先に殺されちゃうリスト】の
本命だった野上さんの名前も未だに聞こえてこないよなぁ…』
それはVS村上戦以降は圧勝に圧勝を重ね、勝ち慣れし過ぎたカシンにとっては少々億劫な結論だった。
『…連中、人変りしてやがる。これからの戦いは、一筋縄じゃ行かない…』
だが彼は弱気になった自分に喝を入れるかの様に、新たなる目標を自らに課す。
『とにかくサムライだけは僕がやっつけないといけないな!僕からニシオ君を奪った罰として』
……どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、全くこの男だけはわからない。
しかし聡明な彼と言えども、この直後にサムライ以上の難敵と遭遇する羽目に陥るとは、全く想像だにしていなかった。
「越中さん!越中さん!大丈夫ですか!?しっかりして下さい!」
越中は虚ろな表情のまま、自分の身体を揺する人物を見た。西村だ。
「……あぁ…西村か……何してんだ?…こんな所で……」
「それはこっちのセリフですよ!身体は大丈夫なんですか?
とりあえず誰か来る前にどこかに行きましょう。ここにいたら危ないですよ!」
西村は力無くうなだれる越中に肩を貸し、近くのコンビニに身を隠した。
「何があったんです?越中さん。あそこにいたのは平田さんと永田さんでしょう?…何か言って下さい!」
抑えながらも力を込めた声で西村は何度も問い掛けていた。そしてようやく越中は自嘲気味に呟きだした。
「…俺は三人も殺しちまった……吉江も…永田も……助けようとしてたのに……」
西村は越中がゆっくりと今まであった事を話すのを最後まで黙って聞いた。
そして聞き終えても無言の西村に越中は言った。
「なぁ西村…おまえの銃、貸してくれないか……」
「……貸したらどうするんです?自殺でもする気ですか。」
厳しい表情で西村は問い返す。そんな西村を気にも止めず、疲れ切った顔で越中は答えた。
「…もういいだろ?もう疲れたんだって……」
そんな越中を西村は無言で思い切り殴りつけた。そして力無く倒れこんだ越中の胸倉を掴み激昂した。
「あんたは何で永田さんや吉江君がそういう事をしたのか分からないのか!?
あんたに生き残って欲しいからじゃないか!!」
「!?」
その言葉に微かに越中の表情が変わった。西村は幾らか息を落ち着けて続けた。
「二人は戦うのを放棄した。でもその事で迷惑をかけたくないから貴方から離れたんじゃないんですか!」
「……それは…都合が良過ぎやしないか?……」
「確かに都合は良過ぎるかも知れません。でもそんな想いはあったんじゃないですか?
それにそう思ってあげないと、貴方まで死んでしまったら二人は無駄死にじゃないですか!」
越中は少なからず動揺を見せる。だが顔を逸らして西村の言葉を拒んだ。
「…何がわかるんだ……お前に何がわかるんだって!」
「わかりますよ!僕だって…藤田君に命を貰ったんですから……」
西村は苦しそうな表情を見せながらも藤田との事を全て越中に話した。
カシン狙われた時、その後の別れ、藤田との再会と戦い、そして結末まで。
話し終えた西村の瞳は先程の越中とは対称的に強い光を灯していた。そして真っ直ぐに越中を見つめる。
「越中さん、一緒に戦いましょうよ!アントニオ猪木にシリ食らわすんでしょう?」
「・・・・・・・駄目だ。」
この返事に西村は驚きと悲嘆を顔に出した。
だが越中は続けて言った。
「聞いてなかったのか?オレがアントニオ猪木に食らわすのはケツだって!」
一気に西村の表情は晴れ、二人は無言でガッチリとお互いの手を握った。
大谷は行きつけのパチンコ屋のカウンターの隅で震えていた。
いつもは客を煽る店員の店内放送の声や玉の音、
数十台のパチンコ台から流れる電子音で騒々しい店内は
台の液晶画面も消え真っ暗で、ただただ無音のだだっぴろい空間だった。
そこに大谷の歯がカチカチと震え合わさる音だけが小さく響く。
「みんなどうしてんだろ・・・高岩が死んだなんて・・・うぅ・・う・・」
大谷はあの「泣き顔」で口をへの字にして必死に涙を堪えていたが
自然に涙は頬を伝っていく。
高岩が死んだ現実を大谷は信じたくなかった。信じられなかった。
いつもそばにいた高岩。二人でタッグを組んで何回もベルトを防衛した。
巡業先ではよく二人で飲みに行っては他愛のない話やプロレスの話を朝までした。
ZERO-ONEに移籍を決意した時も、高岩は共に俺と同じ道を選んだ。
いつもそばにいた。いつも・・・
なのに・・・今はそばにいないどころか、この世にいない・・・。
そんな現実を考えると気が狂いそうだった。
・・・俺は小さい時からプロレスラーになりたかった。
虚弱体質だったけれど、それを克服して、いっぱい練習して、念願のプロレスラーになった。
今でも覚えている・・・中学生の時、ホテルのロビーで猪木さんを待っていたら、
たまたま猪木さんがエレベーターから降りてきた。
俺は警備員の制止も振り切って猪木さんの元へ駆け寄って、言った。
「ボクは絶対、新日本プロレスに入ります!」
憧れの猪木さんを前に、俺の心臓ははちきれそうだった。
そう言う俺に猪木さんは「おぉそうか、待ってるから早く来いよ!」そう言った。
・・・あの時は本当に嬉しかった!
あの出来事が俺の熱い気持ちを後押ししてくれたからこそ俺はプロレスラーになれた。
いわば猪木さんが俺をプロレスラーにしてくれたようにも思える。
・・・なのに今、猪木さんに俺のプロレスラーの人生を狂わされている。
すべては「猪木の掌の上」ということなのか?
俺の努力も、過去も、未来も、人生すべても・・・!
悔しい。やるせない。
高岩というパートナー、そして数々の同じ熱い思いを持った仲間達を奪われた。
憎い。憎い。しかし大谷の怒りは悲しみと絶望感で萎えていた。
ただ両の拳を握り、「ぁあ・・うぅぅ・・」と声にならない声で咽ぶだけだった。
「・・・タニオー?」
突然入り口付近から聞こえてきた声に大谷はカウンターの中で身を固くした。
「・・・タニオー?・・・いないのか?」
(この声は!)
聞き覚えのある声に、大谷はカウンターから飛び上がるように身を出した。
「ジャイアン!!!」
大谷を呼ぶ声の主は大谷の親友でもある、リング屋の通称『ジャイアン』だった。
ジャイアンは「タニオーのことだから、ここだと思ったよ!」と言いながら
笑顔でカウンターまで駆け寄ってきた。
この店はよく二人で打ちに来ている行きつけの店だ。
「なんで、お前ここにいるんだよぉ?」
そう言いながら大谷の顔は意外な親友の登場に安堵感でくしゃくしゃだった。
「タニオーがさ、腹減ってるといけないと思って、食べ物とかいろいろ持ってきた!」
そう言って背負っていたかばんを降ろし、中から次々と食料を出し、並べた。
大谷はわかっていた。ジャイアンは俺を励まそうと思ってここまで来てくれたことを。
その親友の優しさに感動して大谷は打ち震えた。
だが・・・大谷は恐ろしい事に気付いた。
・・・ちょっと待てよ!
たしかリング屋はこのゲームには参加しておらず、
この指定エリア内に立ち入ることを禁じられているはず!
無関係者がこのエリアに立ち入ったことが発見された場合、即射殺されるというルール・・・
「ジャイアン!!お前、ここに居ちゃあダメじゃねーかよ!」
「はは・・・!大丈夫だよ!ここに来るまで誰にも見つからなかったし。」
「そういう問題じゃないだろ!?早く帰れ!俺はお前まで巻添えにしたくねーんだよ!」
さっきまで親友に会えたこと、何よりその優しさに綻んでいた顔が強ばった。
「ダメだ!帰れ!お前の優しさは嬉しいよ!だけど、俺はお前が危険に晒されるのは嫌なんだ!」
「タニオー、お前、一人で耐えれるのか?口では強がったことばっかいつも言うけど、
お前が誰より寂しがりで、誰よりプロレスを愛してるお前がこの状況に耐えれるのか!?」
大谷はあまりの図星に一瞬言葉を失った。が、しかし、これ以上大事な人間を失いたくはない。
「だめだ!帰れ!帰れ!帰れ!帰ってくれっ!」
大谷はこの優しさに甘えたい気持ちを吹っ飛ばすかのように首を横にぶんぶんと振り、
かばんをジャイアンの胸元に投げつけた。
「俺は・・・もうこれ以上誰も俺のそばからいなくなってほしくないんだ・・・だから・・・」
そこまで言って大谷はカウンターの下へ泣き崩れた。
「タニオー。俺も一緒だ。俺もみんなが争うのは嫌なんだ。
だから俺も一緒に解決策をとるための協力をしたいんだ。それに今さら帰ろうにも帰れないだろ?」
大谷はカウンターの下にうずくまったまま肩を震わせていた。
友情は今、ここにある。俺のプロレスを愛する熱い気持ちはハートにある。
俺はこんなところで立ち止まってるワケにはにはいかねーんだ!
俺はまた熱いヤツと、熱い闘いをしたいんだ!
そして俺はIWGPのチャンピオンにならなきゃなんねーんだ!
そうだ!俺は熱いやつらを集めてこの汚れたシステムを叩き潰さなきゃいけねーんだ!!
「ありがとう!!ジャイ・・・・・・!!!」
『パンッ!パンッ!パンッ!』
・・・大谷がうずくまった姿勢から立ち上がろうとした瞬間だった。
その『パンッ』という音と共に、ジャイアンがゆっくりと倒れてきた。
カウンターから少し覗いた大谷の顔の前に、
目を見開いたジャイアンの顔が、ごちん、という音を立てカウンターに落ちてきた。
目が合っていた。実際には目が合ってるのかはわからないが、
目の前、ほんの10cm先ほどに親友の最期の顔があり、何かを言いたげな表情で固まっていた。
「ぁあ・・う・・・ぁぁ・・・」
大谷の顔がみるみる恐怖と悲しみと怒りでくしゃくしゃになってゆく。
眉を八の字にし、細めた目から大粒の涙が止めどなく溢れ、歪んだ唇からよだれが垂れる。
もう、大谷には今の状況も何もかもわからなくなっていた。
頭が真っ白で、親友を目の前でなくしたショックに頭が混乱した。
「ぁああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」
絶叫と共に立ち上がり、手当りしだいのものを、
涙で前が見えないがジャイアンを撃ったヤツがいる方向に思いっきり投げまくった。
まるで子供がだだをこねるような動作だったけれど・・・
大谷の投げた物の中に塩酸ビンが混じっていた。最初に支給されたものだった。
力任せに投げられたビンは銃を構えたアーミー服の男の顔面に命中した。
「ギャァ〜〜〜〜!!!」
・・・その悶絶する声に大谷はハッと我に返った。
兵士は顔面を手で覆い、のたうち回り、しゅう、しゅう・・・という音と異臭があたりに立ちこめる。
兵士の手のすき間から硝子の破片や溶けてただれ落ちる皮膚が見える。
[一日目 午後11時過ぎ]
冴々とした月が、見慣れた筈のこの街を別世界の様に照らし出す。
人々の生活音を失った不自然な静寂の中、引き摺るような自分の足音だけが、
誰も居ない路上で虚ろに響いている。
然して宛もなく彷徨っていた。
負傷した右眼が疼いて、じっとして居られないのもあったが、それよりも沸き上がる怒りの方が
手に負えなかった。
-----何故、俺がこんな目に合わなければならないんだ?
最初はその疑問だけがグルグルと頭の中で渦巻いていた。
しかし、見慣れた連中の無惨な姿を見る度に、まだ始まったばかりのこの悪夢が確かに現実のもので、
自分の末路を否が応にも考えさせる内に・・・疑問は怒りに変わった。
自分が捨て駒の一つでしかない事は明白だ。それは現在までの会社からの扱いで知れている。
適当な位置で妥協してしまった自分も悪いのだが、相応の働きはしてきたつもりだ。
だが今回は生死が掛かっている。数年に一度、別人のような働き振りを見せると定評があったが、
現在こそ正にその時だと確信し、この殺人ゲームに乗る事を決めた。
決めたのはいいが・・・まだ、誰も完全には仕留めていない。
最初にバーで襲撃した二人組。一人には重傷を負わせる事に成功したが、もう一人に右眼を潰された。
激痛と激怒に苛まれながら次の獲物を探している時に見付けた、裏路地で無防備に眠り転ける男。
男は全くの無抵抗で、理不尽に嬲り続ける自分に向かって、ヒィヒィと泣き喚きながら
「助けてくれ、許してくれ」と懇願し続けたが10分もすると「殺してくれ」と言い始めたので、
そのまま留めも刺さずに放り出して来た。
昂る激情は鎮まる処か、逆に沸点を越えて精神すら蝕んでいく。
独特のアクセントを持つ言葉は、普段なら抑制出来た不満を呪詛の様に紡いでいた。
「どいつもこいつも人の事、馬鹿にしやがって・・・」
嘲笑と紙一重で皆に言われ続けた沢山の言葉を一つ一つ思い出す。
「俺には俺のペースがあるんだ・・・」
特に自分の事をとやかく言い続けた奴の顏が浮かぶ。
「煙草止めろだの筋トレしろだの、存在自体が地味なんだからマスクとコスチューム位は
派手にしろだの・・・」
タッグを組む事も多かったが、それは互いが熱望して組んだとは言えないものだった。
只何となく、マスクマン同士で、世代が近くて・・・。
「いつもいつも俺ばっかり働かせて、自分は美味しい所だけ取りやがって・・・」
海外遠征後、激しく敵対していた時期はあったが、数年のうちに済し崩しになった。
決して好敵手とは呼べず、かと言ってベストタッグとも言われず、自分達の関係は何なのかという
疑問すら抱く事もなく惰性で過ごした年月を反芻する。
最高峰と謳われた新日Jrの象徴。時代の推移に関わらず頂きに立ち続けたカリスマ。
ベルトの有無すら関係なく、後進の憧憬と共に標的であり続けた男。
並んで立つと、少し見上げる様に自分を見る癖に、決して小さいとは感じさせなかった。
何時でも自信に満ち溢れ、光の中にいる事が当然のように・・・否、自身が光を放つ様に華やかで、
その余りに鮮烈な光の為、より濃密になった影の中に潜んでいた自分とは全く別の生き物のようだった。
-----奴は、このゲームをどう乗り切るつもりだろう?
特に宛も無かったので、探してみる気になった。探し当てた処で、どうしたいのかは判らない。
鬱積した不満を打ち撒き、奴を狩るのも悪く無い。
逆に利用するだけ利用して、最後に俺が美味しい所を持っていくのも良い。
理由はどうであれ、こんな状況でも誰かに逢いたいと思える自分が嬉しかった。
-----とにかく探してみよう。どうするかは逢ってから決めればいい。
ふと周囲を見渡せば、奴が行きつけだと言っていたホビーショップの近くだった。
オタクな奴の事だ。ショップに足を運んだ可能性は高い。
「・・・行ってみるか」
鉛の様に重かった足が、急に軽くなる。
念の為、手に持ったボウガンと残り少なくなった矢を点検し、道程を急ぎ始めた。
[一日目 午後11時過ぎ ホビーショップ近辺]
残された左眼に映る光景に、只、呆然と立ち尽くす。
完全に崩壊した建物。崩落した事に因って隣接家屋への延焼は最小限に留まっていたが
ホビーショップ…だった瓦礫の山は、所々燻り続けている。
しかし、視線を捉えているのは別の物だった。
月明かりの下、素顔を晒したライガーの亡骸が路上に転がっている。
すっかり血の気の失せた顔。最後まで相手を睨み付けていたであろう瞳が、今は虚ろに月を見上げている。
昔、長期戦線離脱を余儀無くされて以来、奴は足の怪我に細心の注意を払っていた。
だが、それを嘲笑うかのように撃ち抜かれた右膝と左大腿部。
先ず動きを封じるのが闘いの常套手段ではあるが、生死を掛けたこの闘いに於いては
残酷以外の何物でもない。
更に胸・腹部に散らばる銃痕…恐らく近距離から左胸に撃ち込まれたであろう弾丸が、
生命を奪った事は明白だ。他の銃創が絶命前後どちらのものか素人目に判断は出来ないが、
御丁寧な仕事振りである事に違いは無い。
「…一体、誰が……」
当然のように武器も奪われている。周囲にもデイパックの中にも、それらしき物は見当たらない。
仕上げにマスクを剥がし、次の獲物を仕留めにホビーショップに向かったのだろう。
爆風で飛散したショーウィンドウの破片が、亡骸の上にも降り注いでいる。
「……」
自分の他にもゲームに乗った奴がいるのは間違いない。しかもそれは完璧に近い仕事をこなす、
このゲームの大本命だろう。対抗馬どころか大穴にすらなれないであろう自分とは根本から違う。
生命を脅かす新たな恐怖が、背筋を這い上がった。
悪夢のような現実…否、やはりこれは悪夢なのかもしれない。
夢ならば何時かは覚めるだろうし、覚めるまでは何でも有りだ。
夢は日頃の鬱積した欲求や願望を、無意識が表現するという。
ならば自分は欲望のままに突き進めば良いだけだ。
プログラム開始以降、我が身に降り掛かった厄災を嘆きつつも疑問を捨て去り、理不尽な立場に
追い込まれた怒りを原動力に変え、一日目を乗り切ろうとしていた。
しかし本来、無益な争いを好まない性質である。再び沸き上がった疑問と憤怒、耐え難い激痛に苛まれ、
更に再確認した新たな恐怖が加わることに因って、いよいよ追い詰められた精神がギリギリと限界まで
引き絞られた挙句、遂に悲鳴を上げる暇もなくブツリと切れた。
「寝てんじゃねーよ、アァ?!」
縺れた長髪を鷲掴んで頭を持ち上げ、 膝で小突きながら、声を荒げる。
「まだ始まったばっかだろ!」
死に体と見せ掛けて、油断させようとしているのかもしれない。
「マスクはどうしたぁ! 命より大事なモンじゃねぇのか?!」
自分が素顔である事は棚に上げ、マスクマン幻想を追求する。
「さっさと取り戻して来いよ…」
道場を出る時、奴はマスクを付けていた。こんな状況だからといって…否、こんな状況だからこそ、
奴は獣神である事を止める筈がない。
「今度は俺が、狩ってやっからよ!」
躍動を失った厚い胸板を蹴り付ける。掴んでいた髪がブチブチと千切れる感触に、思わず手を放す。
「……」
指先に絡まった長い髪を振払い、夜空を見上げる。
夏だというのに寒気がした。きっと月の光が冷気に似ている所為だ。
身体が震えるのは、武者震いだろう。心が空虚なのは…所詮、夢だからだ。
眼前に転がるのは只の肉塊だ。胸を踏み付けると、口腔内からドロリと赤黒い液体が溢れた。
-----赤は奴の象徴だったな…。
ククッ、と咽喉を鳴らすような笑いが込み上げる。
これは夢、何時かは目覚め、何時かは終わる時が来る。
遠慮はいらないだろう。起きたら何も憶えて無い…それが悪夢というものだ。
-----歪んだ微笑を張り付け、狂った心で獲物を求め、再びサムライは彷徨い始めた。
[午前11時40分頃:駐車場]
小川直也は焦っていた。夏の日差しが照りつけ蝉がひっきりなしに鳴いている。そんな当たり前の物が
今の小川を殊更苛立たせた。もうすぐタイムリミットだと言うのに小川は一人も殺していないからだ。
橋本の予期せぬ死のショックで午前6時の放送まで何も出来なかったとはいえ、
放送後は自分を奮い立たせ積極的に行動した。だが不運にも誰にも遭遇することが出来なかった。
この5時間半の収穫と言えば途中で拾った鉄パイプ、そしてさっきマスクを被った男と
確か永田とか言う男の争ったであろう場所で見つけたデイパック一つだけだった。
だが、二人死んでいたのに一つしか無かったという事は一つは誰かが持ち去ったのだろう。
とりあえず拾ったが中身には期待できそうも無い。
そう思いながら駐車場の中程で車と車の間に身を隠し中身を確かめていた時思わぬ事が起こった。
更に奥の車の陰から何者かが立ち上がるのを見つけたのだ。距離にして3〜4m。
様子からすると眠っていたらしい。立ち上がった男はマスクマンのようだ。
(アイツは……石澤か?何でマスクなんか被ってんだ。ヘンなヤツが多いのか?レスラーってのは。)
さっきの平田と併せて、自身が感じた違和感に小川は一瞬自分の状況を忘れてしまった。
純粋なプロレスラーでない小川には彼らの心中を察する事は出来なかったようだ。
(っと、呑気に考えてる場合じゃねぇ。チャンスだ。アイツにゃ悪いが死んでもらう。
ここで余裕こいてるって事は少なくとも一人は殺してるって事だろ。なら遠慮はいらねぇ。)
だが覚悟を決めようとした小川の脳裏に橋本の無残な死に様がよぎる。
ろくに抵抗の出来ない状態で何度も銃弾を撃ち込まれた橋本の頭。それを思い出し小川は急激に
吐き気を催した。あの時流れていた橋本の血は今も小川の瞼にべっとりと染み付いているのだ。
呻き声が出そうになる。だがなんとか堪えた。気付かれてはいけない。気付かれる前にケリをつけるんだ。
そう考え小川は車の陰からデリンジャーをカシンに向けた。その時、
『コホッ』
小川は軽く、本当に軽く咳き込んでしまった。さっきの吐き気のせいだ。
カシンはそれを聞き逃さずこちらを振り向く。しかし焦りながらも意外と冷静に小川は引き金を引いた。
充分弾は当たる
……筈だった。しかし小川の期待に反しカシンは無事だった。それもその筈、弾が出なかったのだから。
小川の持つデリンジャーは弾を一発しか装填出来ないタイプだったのだ。
つまりサムライが橋本を撃ったときから銃に弾は無かった訳である。
だが小川は銃器に詳しい事もなくまだ何発かは残っているだろうと楽観的に考えていた。
おまけに拾った銃に予備の弾丸がある訳も無い。小川は己の短絡さを悔いた。
橋本が撃たれた時ほどではなかったが。
そんな小川を嘲笑うようにカシンはすぐに車に身を隠しながら小川の方に銃を撃ってきた。
あちらには充分弾があるようだ。
(クソッどうすりゃいいんだよ、クソッ!)
銃声と共に降って来る車の窓ガラスの雨を浴びながら小川の苛立ちは強まっていく。
その時、小川は拾った方のデイパックを踏みつけた。その足はデイパックの中にまだ見つけていなかった
『何か』があるのを小川に知らせた。
さっきまで晴れていた空がすっかり雲に覆われている。今にも一雨来そうな空模様だ。
(フゥ、小川がバカで助かったな。)
小川の方に威嚇射撃しながらやや目覚めきっていない頭の中でカシンは安堵の息をつき、そして考えた。
全く打ち返してこない所を見ると少なくとも持ち弾はあまり無い。爆弾の類が来る気配も無い。
また、弾が無いのに気付かない程度のオツムで銃器の扱いにも慣れていないだろう。
という事はこちらが明らかに有利である。こちらが有利であることは向こうも承知だろう。
なら小川は今、必死でどうするか考えている筈だ。こちらから時間をやって相手に対策を
考えさせてやる必要は無い。まして何か思い付かれたら厄介だ。そして結論。――――こちらから攻める。
目覚めに比例して冴えてくる頭で、カシンは瞬時に相手と自分の状態を分析し、結論を出した。
更に相手の思考を乱すために言葉を投げかける。小川直也に最も効果的な言葉を。
「おい、小川!村上が死んでただろ?あれをやったのはオレだ!」
その言葉にまんまと乗せられ、冷静さを失った小川が車の陰から頭を出す。
待ち構えていたカシンは小川の位置を確認すると、もう一発銃を撃ち、小川の頭が引っ込ませた。
その隙に車の陰を飛び出し、素早く小川の隠れている所へ駆け寄る。
そして小川の顔を確認するより先に小川めがけて二度引き金を引き、勝利を確信した。
だがそこでカシンは意外なものを目にする。車と車に挟まれたそこには小川では無く銀色の壁があり、
その壁に先程放った銃弾はめり込んでいた。そして壁の上の方に開いた穴から小川らしき二つの目が
カシンを覗き、無言のまま壁はカシンめがけて突っ込んできた。
(ちっ、何だよこりゃ!盾なんか持ってんじゃねぇよ!)
カシンは完全に虚を突かれ、苦し紛れに銃を放つ。だが迫り来るジュラルミンの盾の体当たりは、
全く止まることなくカシンの身体を突き飛ばした。
突き飛ばされたカシンはその先にある、空いた駐車スペースに倒れこみ、持っていた銃は数メートル
向こうの車の下に滑り込んだ。小川は更にそのまま盾でカシンの身体を上から押さえつける。
左手と左膝で盾ごとカシンに乗りかかりながら小川は目を血走らせていた。
「お前が一成を殺ったのか。…お前が殺りやがったのか!」
小川は怒りに任せ、盾に更に体重をかけた。盾の下でもがきながらもカシンは冷静に答える。
「あぁ、オレが殺したよ。中途半端な情けなんてかけやがったんでな……あのバカは………。」
言葉の途中、カシンの声のトーンが少し変わる。だが小川はそんな事に気付かず怒りを充満させた。
「…この野郎、ブッ殺してやらぁ!!!」
そう叫び鉄パイプを握り潰さんばかりに右手に力がこもった直後、
小川の身体は弾かれるようにカシンから離れ、地面に倒れ込んだ。
小川は右足から全身を走った衝撃に身体の自由を奪われながらも何とかカシンの方に首を回すと、
そこには左手にスタンガンを持ったカシンが立っていた。
パラパラと雨が降り出してきた。カシンは念のためデイパックを拾い上げスタンガンをしまった。
「フン、だいたい喋りすぎなんだよお前らは。かず……村上もお前もな。
殺したいんなら無駄口叩かずさっさと殺せ。それが出来ないからこうなる。」
そう言ってカシンはデイパックから別に取り出した銃を小川に向け近付いた。
それを見ている小川は何とか左手を地面に立てて起きようとするが上手く行かないようだ。
右手に鉄パイプを握り締め何か言いたげに口を動かすが言葉は出ない。カシンはその様に笑みを漏らした。
「さすがの柔道王も形無しだな。まぁお前は頑張った方だよ。しかしお前らホントに仲いいよな。
やられ方まで一緒だぜ?その調子であっちに行っても一成と仲良くしてやってくれよ。…じゃあな。」
言い終えたカシンの向けた銃口を小川は強く睨みつけている。まるで勝負の最中に何かを狙うような目だ。
次第に強まる雨の中、その違和感にカシンが気付いた時には、小川の右手の鉄パイプは力強く
振り抜かれていた。鈍い音を立てて銃が宙を舞う。小川は、カシンが鉄パイプを思い切り叩き付けられた
右手を押さえている間に、ふらつきながらもカシンの胴にタックル、というよりももたれこんだ。
二人はもつれ合いながら地面に倒れこむ。カシンはすかさず小川を振り払おうとした。
だがスタンガンによってダメージを受けている筈の小川は、凄まじい力でカシンの首を鉄パイプで
押さえつけそのまま馬乗りになった。更にカシンの首に小川の体重がかかる。
(…演技かよ……このゴリラがぁっ…普通動けねぇぞ……)
カシンは左手で鉄パイプを何とかずらそうとするが、小川は鬼の形相で更に力を込めて来る。
身体を揺すってもマウントは外せない。次第にゆっくりと遠のく意識の中でカシンは右手を腰にやった。
大きな音と共に小川は腹に灼けるような痛みを感じ、口から血の飛沫を吹き出した。
降りしきる雨も今小川の腹部から溢れ出す血を流しきることは無い。
カシンは完全に力の抜けた小川の下から抜け出し、うずくまりながら咳き込んでいた。
(隙だらけだ。)
そう思っても小川の身体には力が入らない。そして奇しくも橋本とほぼ同じ所に出来た傷は
時間と共に小川の血と命を奪っていく。まるでザルに水を注いでいるかのように。
呼吸を整えたカシンは立ち上がり小川を見た。
その左手には今小川を撃った金本の銃、スミス&ウェスンM629Cが握られていた。
カシンは地面にへたり込んだまま動かない小川を見ている。遠目には死んだようにも見えるが
まだ呼吸はしているようだ。いつものカシンならこのまま小川を撃っておしまいだろう。
だがカシンは止めを刺さず口を開いた。
「…まだ生きてやがる、しぶといヤローだな。そんなに敵討ちがしたいのか?」
その言葉を聞いた瞬間小川の身体が急に動き、カシンに向かって来た。
完全に油断していたカシンは、それでも咄嗟に小川へ向けて銃を撃つ。辺りに銃声が響いた。
「ぐぅぁっ!…」
呻き声を出したのはカシンの方だった。痛みで感覚の無い右手を庇い、カシンは思わず片手で銃を
撃ってしまったのだ。皮肉にも金本の銃で。
そして銃弾は小川には当たらず、銃を地面に落としてしまう。
小川は銃声すら聞こえなかったのか何の躊躇も無く接近し、カシンの右腕ごと胴体に両腕を廻した。
「チッ、離れろこの死に損ないがっ!」
カシンは自分の身体に抱きつく形になった小川の肩に何度も左肘を落とし、顔面を殴り、膝で突く。
だがもう小川は虚ろな表情のまま方膝を地面につきながらも腕の戒めを弱める気配を見せない。
「…なぁ石澤ぁ…………お前の方が喋り…すぎだ…ろ?」
何か嫌な予感を感じたカシンは首を捻って自分の身体に廻された小川の腕の先を見た。
小川の左手は右の手首をがっちりと握り、右手にはボールのような物が握られている。手榴弾だ。
この手榴弾は小川が拾ったマシン(平田)のデイパックに残っていた物である。
そして小川は右手の手の平で手榴弾を包み、指先でピンを抜こうとしていた。
「!!…お前、自爆する気か!?離せ、クソッ!!」
カシンは火が付いた様に身体を振り回して小川から逃れようとするが離れる事は無い。
むしろ小川の力が徐々に強まってくる気さえする。
「………橋本さん…仇…取れなかったなぁ……」
呟く小川の目はもう彼の身体の限界を告げていた。しかし小川の最後の力で手榴弾のピンに指をかけた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
カシンは歯を食いしばり声も出せずに必死でもがく。
そして既に豪雨となった雨の中、辺り一帯に爆発音が木霊(こだま)した。
[2日目午後12時10分頃]
通り雨だったのか先程までより雨脚はかなり弱まってきた。
コンクリートの壁を背に、地面に座り込んでいる男の身体には所々血が滲んでいる。
彼はデイパックからタオルを取り出し、顔と短い髪を拭いた。そして下を向いていた男は視線を上げる。
彼の3m程向こうには別の男の死体が転がっていた。
その死体を眺めながら、しばらく言葉を忘れていた男はようやく感傷を込めず呟く。
「…運が無かったな、小川……」
男はマスクを脱いでいるケンドー・カシン、石澤常光だった。
―――10分程前、カシンにしがみついた小川がようやく手榴弾のピンを抜いた瞬間、
小川の頭は破裂した。丁度12時が来てしまったのだ。
それまで一人も殺していなかった小川はルール違反の罰則に倒れた。
突然小川を襲った悲劇に状況を飲み込めないまま、カシンは小川の手から手榴弾を奪い、
放り投げて爆発を逃れた。直後、カシンの疑問は定期放送によって解かれる。
相変わらずふざけた放送だったが。
疲れきった身体を起こし、カシンは立ち上がる。
そして水と汗と血と塵に塗れた姿のまま、小川だった死体にもう一度目を向けた。
「実は一遍あんたと戦ってみたかった…リングの上で。でもやらなくてよかったぜ、正直な。
あと、さっきも言ったが一成によろしくな。」
そして、ふと何かを思い付いたようにカシンは自分のデイパックを拾い上げ、何かを取り出す。
そしてジュラルミンの盾と落とした武器を拾い、カシンは駐車場を離れた。
残された小川の横には村上の日本刀が置かれていた。
[2日目午前0時30分頃:住宅街]
疲れ果てて重くなった身体を引き摺るように、住宅街を歩く。
さすがのカシンとて、幾度もの戦いをくぐり抜けたせいでかなりの疲労が溜まっていた。
どこでもいい。とにかく誰にも見つからない場所で休息を取りたい…。
そんな事を思いつつフラフラさまよい歩いていると、一軒の家から何やら物音が聞こえてきた。
「…ゴゥンゴゥンゴゥン…チャパッ…ゴゥン…」
(……洗濯機!?この非常事態に呑気に洗濯かよ)
そう思うとただでさえ疲れているのに、さらに力が抜けた。
が、ふと気が付いた。
(……洗濯!?ま、まさか!)
いついかなる時でも洗濯をする男。
試合前の練習が終わると、体育館の洗濯機で嬉々として練習着を洗う男。
…その存在を思い出したカシンは、音のする方へ向かった。
そっと家の門を開き、音が聞こえてくる庭を覗いて見ると…いた!やっぱりそうだった。
「…保永さん!?」
あまりにも予想通り過ぎて、呆気に取られて思わず声をかけてしまった。
その保永はと言えば、稼動する洗濯機の横の縁側に腰掛け、呑気にお茶をすすっていた。
「おう、石澤かあ」
「…保永さん、こんな所で何やってるんすか?」
「ん〜?洗濯だよ」
保永はのほほんとそう答えると、ズズッとお茶をすすった。
「いや、見りゃあ分かりますけど…何もこんな時に…」
「だってよ〜、何か知らねえけどいきなり連れ去られてさあ、こんな荷物持たされて
『殺し合いして下さい』とか言われてよお。最初は服部さんと一緒だったんだけど
『こんなの理不尽だ!ゲームに乗らない奴を集めよう』って事になってさ。
落ち合う場所だけ決めてさ、とりあえず別行動取ったんだよ。
んで、いろいろ探し回ってみたんだけど誰にも会えなかったんだよ。
公園の植え込みの中とか多摩川の土手とかウロウロしてたら、服が汚れちまってさ。
汗もかいたし気持ち悪くって。んで『住宅地なら洗濯機あるかな』って思ってよお…」
…相変わらずの保永に、カシンは呆れて何も言えなかった。
それに気付かないのか、保永は言葉を続けた。
「そしたらさっきの放送でさあ、服部さんの名前が読み上げられてよお…
どうしよっかなあ、これから…って思ってたんだわ。
まあ、洗濯終わるまでまだ時間もあるし、幸いこの辺りには誰もいないみたいだから
今夜はここに隠れて、朝になったらまた誰か探しに行こうかなって考えてたんだよ」
「隠れてって…保永さん、洗濯機の音思いっきり道まで聞こえてましたよ」
「えっ!?まあ、誰もいないんだしいいんじゃねーの?ハッハッハッ」
(おいおい、現に俺がここにいるし、俺じゃなかったらどうする気だったんだよ…)
呑気に笑う保永を見て、呆れまくるカシンだった。
そう、今までと違って、カシンは保永を攻撃をする気がまったくなかった。
…アマレスでの実績を引っさげて華々しくデビューした石澤。
しかしながら、全くと言っていいほどプロレスでの成果が上がらない。
加えて、デビュー後に再び狙ったオリンピック代表の座を取り損ねた。
いくらブランクがあったとはいえ、屈辱だった。
そして相変わらずプロレスの方も特に成果が上がらない日々…。
腐りかけていたその時、たまにジュニアのタッグに組み込まれるようになった。
その頃の保永は、『レイジングスタッフ』の一員でジュニアの一匹狼的存在だった。
目潰しや急所攻撃などのヒール独特のインサイドワークを駆使する保永。
その一方では、IWGPジュニアとUWAの二冠を保持、スーパーJr優勝など
ジュニアとしてのキャリアも持ち合わせていた。
その保永が、なぜかはわからないが石澤にアドバイスをくれるようになった。
腐ってる自分を見かねて声をかけてくれたのだろうか…石澤は嬉しかった。
タッグの試合後、たとえ対戦した後でも一言二言石澤にアドバイスをくれた。
試合後に少しでも保永に誉めてもらった時は、とても嬉しかった。
カシンが使うカチ上げのエルボーも、元はと言えば保永に教わったものだ。
石澤に、カシンにとって保永とは、数少ないプロレスの師匠なのだ。
さすがに師匠には手をかけられない…しかし、自分は生き残る為にゲームに乗ってしまっている。
対する保永は、ゲームに乗らずに抵抗を試みようとしている。
どうしたらいいものか。カシンは戸惑っていた。
「まあ、そんな所に突っ立ってないでこっち来て座れや」
保永はチョイチョイと手招きをした。
カシンは大人しくそれに従って、保永の横に腰掛けた。
「…保永さん、本当に誰にも会わなかったんですか?」
「ん〜…あ、一度だけ遭遇したぞ。あれは多分平田だな」
「だなって…姿は見てないんですか?」
「ああ。後ろからこう、首に何か飛んできてよお。チクって刺さったんだわ。
『痛っ』って思ったら気が遠くなって…その時『保永、すまんっ!』って声がしたんだわ。
その声、どう考えても平田だったんだよなあ…」
そう言って、ほれココだよ、と保永はカシンに「何か」が刺さった場所を見せた。
「…で、何で保永さん無事なんですか?気が遠くなったんでしょう?」
「いや〜、よくわかんねぇけどさあ、刺さった矢みたいなのに薬が塗ってあったみたいでさあ。
どうやらそれって毒とかじゃなくて睡眠薬だったみたいなんだよ。平田、気付いてなかったろうなあ。
しばらくしたら、目が覚めてよお。や〜、命拾いしたわ〜。俺ってツイてるよなあ。アッハッハッ」
おそらく、武器を用意した時に誰かが間違えて薬を入れたのだろう。
保永は本当にツイていた。平田は逆にツイていなかったが…。
「笑ってる場合じゃないんじゃないですか!?平田さんに襲われたんでしょう?
昔の仲間に襲われて…ショックじゃないんですか!?」
およそカシンらしからぬ言葉が、カシンの口から吐き出された。
「ん〜…ま、仕方ないんじゃないか?平田だって生き残りたいんだろうし。
ゲームに乗るか、俺みたいに仲間を探して…って、まだ誰にも会ってないけどよぉ
ゲームに乗らずに抵抗するか、どっちかしかないわけだしな」
保永は何か達観したような顔つきでそう呟いた。
「それに…お前だってゲームに乗ったクチだろう?だったら平田の気持ちもわかるだろ?」
「え……」
図星を突かれたカシンは、言葉を失いうつむいた。
「見りゃわかるって。その格好…シャツに着いてるのは、誰かの血だろ?
それに火薬みたいな臭いもするし。拳銃か何か使ったんだろう。
穴があいてるのは…誰かに撃たれたんだろ?お前、よく無事だったなあ」
相変わらずの呑気な口調で保永はそう語りながら、カシンの胸の辺りをペシペシと叩いた。
「…あ、下に何か着てるのか〜。お前、大したモンだよ。スゴイなあ」
「……保永さん、俺を責めないんですか?」
カシンはうつむいたまま、振り絞るような、小さな声で保永に問いかけた。
「だからさっきも言ったろ?仕方ないって」
保永はカシンの方に向き直り、言葉を続けた。
「お前は戦って生き残る方を選んだ。俺は戦わずに生き残る方を選んだ。
人それぞれだろ。それとお前…俺を殺る気、ないだろう?」
再び図星を付かれ驚いたカシンは、顔を上げて保永の方を見た。
「何つーか、殺気がないんだよ…今のお前。違うか?」
「…ええ、そうです。俺には保永さんを殺るなんて…出来ないです」
「何でだ?今俺を殺れば、一人減ってお前も有利になるだろう?」
「いや…俺は…保永さんに恩義があります。そんな人に手をかけるなんて…。
俺…仲の良かった人間に手をかけるのは…もうまっぴらですよ…」
そう言うとカシンは、自分の手に目を落とした。手をグッと握り締めると、あの時の感触がまた蘇ってきた。
「またって…誰の事だ?良かったら話してみろ」
保永にそう促されて、カシンは村上との事を話した。
この手で、親友を刺し殺した…その感触が未だにカシンを苦しめていた。
「そうか…俺には村上の気持ち、わかるなあ」
「え…?」
「だってよお、どうせなら『すまない』って思って殺される方がマシだと思うぞ〜。
何も考えずになぶり殺しにされるくらいなら、その方がいいよ。
俺も、平田にやられた時…そう思ったよ。『すまん』って平田、言ってたし。
『ああ、平田なら…仲間に殺られるなら本望だ』って、あの時思った」
カシンはただ呆然として保永の言葉を聞いていた。
「だから…俺、お前にだったら殺されてもいいぞ。殺りたければ殺れ。今、ここで。
お前に殺られて…お前が生き残るなら、俺は本望だ」
保永はカシンの目を見て、キッパリと言った。
「な…何言ってるんですか!?俺には出来ませんって!それに…俺、生き残る価値なんて…」
カシンは保永の言葉に驚き、声をあげた。
「いや、お前は生き残らなきゃいけない…それに、他の奴に会ったらそいつを殺るんだろう?」
「………はい」
「そうか…じゃあ、ここでお別れだ。早く行け」
保永は厳しくも優しい口調でカシンに言った。
「俺は誰も殺らない。殺らないで済むならそうしたい。でも、お前にも生き延びてほしい。
お前が俺を殺ってお前が生き残るなら、俺はそれでも構わない。
だけどお前は俺を殺れないって言うし…一緒にいても仕方ないだろう。
お前はお前の信じた道を行け…俺は俺の信じた道を行くさ。たとえ間違っていたとしても、な」
師と仰いだ人の言葉が、カシンの胸に突き刺さる。
自分の信じた道…間違っていたとしても、引き返す事は出来ない。
「…わかりました。じゃあ保永さん…お元気で」
カシンはそう呟いて立ち上がった。
「おう!…この状況でお元気でってのもアレだけどな」
保永はそう言って苦笑した。
「石澤……死ぬなよ。生き残って、またプロレスやれよ。俺が試合裁いてやるから」
「保永さん…」
こんな時に…優しい表情で語りかける保永の言葉が、少し辛かった。
「…はい。必ずですよ!保永さん、試合裁いてくださいね!」
「おうっ!そん時は反則チェック甘めにしてやるよ!再会のお祝いにな」
そう言って保永はニヤリと笑った。
カシンもニヤリと笑いかけると、保永に背を向けて歩き出した。
道へ出ても、振り向く事はなかった。
それが…保永の命取りとなった。
カシンが家から離れたのを物陰から確認する人影が一つ…何やら荷物を抱えた馳浩だった。
馳は他に人がいないのを確認すると、保永のいる家の裏口へとまわった。
「まさかこんなに早く実験できるとはなあ」
馳は嬉々としてそう呟くと、音を立てないように勝手口のドアを開けた。
荷物をそっと下ろし、台所へ上がりこむ。
忍び足で保永のいる縁側の方へと近付き、様子をうかがった。
その時保永は、洗濯を終えた服を物干しに干している最中だった。
馳はそれを確認すると、音も立てずに素早く保永に近付いた。
保永の背後で一瞬両手を大きく広げ、ガッと保永の首に巻きつけた。
「うがっ…だっ…誰だ…」
馳のチョークスリーパーに絞め落とされながら、保永は苦しげに言葉を吐いた。
しかし誰なのか確認する前に、あっという間に保永は落ちてしまった。
腕の中でグッタリとしている保永を担ぎ上げ、馳は家の中へと入っていった。
居間に保永を放り出し、勝手口の荷物を持ってくる。
中から取り出したのは鎖と十数個の錠前。金物屋から失敬してきた物だった。
馳は保永を柱にもたれるように座らせ、それを鎖でグルグル巻きにした。
そしてもがいて外れないようにと、丁寧に錠前で留めていく。
巻きつけた鎖をグッグッと数度引っ張って、外れないことを確認すると
馳は荷物を抱えて庭へ降り、正面の門を通って道路へと出た。
そして再び荷物を漁り、数本のビール瓶を取り出した。
瓶の中には液体が7割ほど入っていて、口からは布が数センチ伸びていた。
火炎瓶――――棚橋を殺ったあの図書室で、作り方を調べて用意したものだった。
「高校の図書室に、あんな物騒な本置いといていいのかねえ…
俺が教師だったら、絶対にあんな本入れさせねえのになあ」
その本があったおかげで火炎瓶が作れた事を棚に上げて、馳は呟いた。
そして瓶を軽く振って布に火を着け、垣根越しに保永のいる家に向かって投げ込んだ。
ガチャン!ボンッッッ!
「おおっ、火ぃ着いたかあ…おもしれぇなぁ。もっと投げてみようっと」
馳は次々に火の着いた瓶を投げ込んだ。
ガチャン!ガチャン!ガチャン!ボンッ…ボボボボボボ…
どうやら家自体にも火が着いたらしく、垣根越しにも伝わってくるほどに火の勢いは増していった。
「ふーん…やっぱり危険だな、火炎瓶は…」
馳はそう呟くと、メモを取り出して「火炎瓶・数本で居住物に着火可能…」などと書き込んだ。
カシンは、保永に会う前よりも疲れていた。そして、動揺していた。
保永がこのゲームに参加しているなんて思いもしなかったから、驚いた。
当の保永は呑気に洗濯なんかして…いつもと変わらぬ保永だった。
自分の取った行動を否定もせず、しかも「殺りたければ殺れ。今、ここで」などと自分に言ってきた。
わからない………己の命を差し出してまで、自分に生き残れと言う。
「お前に殺られてお前が生き残るなら、本望だ」なんて…村上…保永…二人とも「生き残れ」と自分に言った。
「………俺は、そんなに価値のある人間なんかじゃ…価値のあるレスラーなんかじゃないのに」
カシンは、戸惑っていた。どうしていいのか、わからなくなっていた。
力なく、トボトボと身体を引き摺るようにうつむいて歩いていた。
すると、急に足元が明るくなり自分の影がハッキリと、昼間のように浮かび上がった。
「え…」
ふと振り返ると、一軒の家が燃えていた…さっきまでいた、保永の潜む家だった。
「―――――保永さんっ!!!」
カシンは一目散に燃え上がる家へと駆け出していった。
244 :
Jrマニア ◇oOfl/2goの作品:01/09/15 09:07 ID:MS5QVbpg
カシンが家までたどり着いた時、馳は燃え盛る火をニヤつきながら見つめていた。
「馳…さん?何やってるんですか?」
馳もまた、カシンにとっては恩師だった。
新日本に入団する前にオリンピックに挑戦したいと言ったら、「闘魂クラブ」への入団を薦めてくれた。
残念ながらオリンピックには出場できなかったが、プロ入門後も何かと気を使ってくれた。
飛びつき腕ひしぎだって、馳がサンボの先生を紹介してくれたから体得できたようなものだ。
その馳が………なぜここに?なぜ火を見て笑っている?
「ああ、石澤…戻ってきちゃったのかあ」
馳はニヤついたままカシンを見て呟いた。
「戻ってきちゃったって…馳さん、まさかこの火事…」
「ああ、実験だよ、実験。火炎瓶のね。
ほら、来年ワールドカップがあるだろう?フーリガンが火炎瓶使うかもしれないからさあ。
どれぐらいの威力なのか確かめておかないと…俺、国会でスポーツ関係にも携わってるから」
馳は事もなげにサラリと言った。
「…中に保永さんがいるんですよ!馳さん、まさか…」
「あー、ついでにね、人が燃えちゃうとどうなるのかなー?って、それも確かめようと思って。
保永さんには悪いけど、実験台になってもらった。今ごろ中でもがいてるんじゃないかな?」
表情一つ変えずに言ってのける馳に、カシンはこのゲーム始まって以来の、心の底からの殺意を覚えた。
「実験だとぉ…馳ぇっ!ふざけた事言いやがって!」
もうこんな奴は恩師なんかじゃない!カシンは馳に向けて拳銃を構えた。
「おっと、俺と戦ってる暇なんてないんじゃないのか?
早くしないと、保永さん焼け死んじゃうぞ〜。いいのか〜?」
ニヤニヤといやらしい下品な笑みを浮かべ、馳は言った。
「鎖でグルグル巻きにして繋いじゃったからなぁ。逃げられないんじゃない?」
「…くっそーっ!」
カシンは拳銃を下ろし馳を睨みつけ、すぐに踵を返して保永のいる家へと飛び込んでいった。
「さ〜て、と…これで救助のデータも取れるかな?」
馳はそう言うと、再びメモを取り出した。
カシンはさっきいた庭先へと向かった。が、そこは既に火の海と化していた。
「くそっ…こっちはダメか」
ならばと玄関へ戻り、ドアを開けようとしたが…鍵がかかっていて開かなかった。
カシンは拳銃を取り出し、ドアノブに銃弾を撃ち込んで壊した。
そして何とかドアを開け、家の中へ飛び込み居間へと向かった。
「保永さん!」
保永は柱に縛られたまま、意識を失っていた。火の手は縁側を燃やし尽くして、部屋の中まで広がり始めていた。
「保永さん!保永さん!」
カシンは保永の肩を持って揺すった。すると、保永は意識を取り戻した。
「保永さん、大丈夫ですかっ!」
「…ああ…誰かに後ろから絞め落とされて…あー?何で俺、縛りつけられてるんだ?
あれ?石澤〜、お前何でここにいるんだ?早く行けっていったろうが…」
「そんな事言ってる場合じゃないんですってば!火事なんです!
絞め落としたのも、火を着けたのも馳の仕業なんです!今、鎖外しますから!」
カシンはそう言うと、錠前に向かって拳銃を構えた。
玄関の鍵のように、一つずつ壊していくつもりだった。
「おいおいおい…いくつ鍵付いてんだよ」
保永がカシンに尋ねた。
「さあ…20個はないと思いますけど…」
カシンは拳銃を撃つ手を休めずに答えた。
「あーそう……石澤…弾もったいないから、もうやめとけ」
保永はカシンにそう促した。
「は?…何言ってるんですか!これ外さなかったら保永さん焼け死んじゃいますよ!?」
カシンは保永の思いもよらぬ言葉に驚き、声を張り上げた。
「だって、支給された武器の弾は数に限りがあるんだろう?
こんな所で20発も使っちゃったらお前…後で困るだろうが」
「そんなの後で何とかすればいい!それより今は、保永さんを助ける方が先です!」
カシンはそう叫ぶと、再び拳銃を構えて撃とうとした。
「…じゃあ、弾一発で助かる方法があるんだけど…お前、やってくれるか?」
「弾一発って……保永さん、まさか…」
「ああ…俺を撃て。俺を殺せ。そうすればお前は助かるし、俺も無駄死にしないで済む」
保永はカシンに諭すように、そう言った。
「何で…何で保永さんまで…そんな事言うんですか…」
カシンはまた、村上と対峙した時の事を思い出していた。
「いいんだよ、俺はもう引退してる人間だし。お前はまだまだこれからじゃないか。
それに…俺は、お前がいたから安心して引退出来たんだ。
『ああ、俺に代わる奴が出てきたなあ』って思ってな…。だからお前は生き残れ!
新日ジュニアのヒールは、俺の築き上げたあのポジションは、お前じゃないとダメなんだ!」
保永は真っ直ぐにカシンを見つめ、きっぱりと言った。
「お前にさあ、若手の頃いろいろ教えたりしただろう?
俺、お前がちゃんと聞いてくれて嬉しかったんだよ」
保永の言葉に、カシンは驚いた。嬉しかったのは自分の方なのに…。
「お前はさあ、俺と違ってエリートで…でも、くすぶってて。
プロレス好きなのに上手くいかなくて…悔しかっただろ?見ててそう思ったんだよ。
俺はテクニックうんぬんを教えるほどの人間じゃないけどさ、心構えは教えてやれる気がしたんだ。
ま、お前にしてみれば小うるさいおっちゃんだったかもしれないけどさ…」
「そんな事…そんな事ないです!俺…凄く嬉しかったんです!感謝してます…」
「そっか、そりゃ良かった…少しは役に立ったみたいだな」
「少しどころか…保永さんのおかげです!今、俺がこうやってプロレス続けていられるのは…
辞めようって思った時、保永さんがアドバイスくれて…だから俺、こうやって…」
カシンは必死に、保永に感謝の思いを伝えようと言葉を続けた。
しかし、それを遮るように保永が言葉を投げかけた。
「じゃあ、最後のアドバイス、聞いてくれるよな?石澤……俺を撃て。そして生き延びろ」
「……っ!保永さんっ!」
カシンの目から涙があふれた。村上の時以来の涙が…。
そんな事をしている内に火はどんどん燃え広がり、縁側周辺の天井が崩れ始めていた。
「ほら、早くしないとお前まで焼け死んじまう。俺も焼け死にたくないからな。
さっきも言っただろ?なぶり殺しは嫌なんだ。苦しむのも嫌なんだ。
お前の手で………キレイに、楽にさせてくれよ」
保永はそう言うと、笑みを浮かべた。
カシンはあふれる涙で保永を直視出来なくなっていた。
「なあ、頼むよ。せめて死に方ぐらい…最後なんだから選ばせてくれよ」
その言葉に意を決したのか、カシンは拳銃を保永の左胸にあてがった。
「そうですね…馳なんかに殺られるぐらいなら…俺が…俺が殺ります」
そう言いながら震える両腕に力を込め、グッと拳銃を握り締めた。
「保永さん…本当に…本当にありがとうございました」
「おうっ!俺もお前には感謝してる…ありがとうな。これからも頑張れよ。
お前は…プロレス界に必要なレスラーだって事、忘れるなよ」
「はいっ…保永さん…じゃあ…撃ちます!」
その言葉に、保永はニヤリと笑って頷いた。
バンッッッ!
………一撃、本当にたったの一撃だった。
何人も撃ってきたカシンにしてみれば、造作もない事だった。
「無駄に弾を使うな」という保永の言いつけも守れた。
「保永さん…ちゃんとやりましたよ…」
涙が止まらない。問いかけても、もう保永は返事を返してくれなかった。
ジリジリと背中に熱を感じて、カシンは我に返った。
居間の半分以上が炎に包まれている。早く逃げないと巻き込まれてしまう――――。
保永を置いたまま脱出するのは心苦しかったが、逃げない事には約束が守れない。
「生き延びろ」…保永の最後のアドバイス。
「保永さん…全てが終わったら、骨拾いに来ます…待っててください」
カシンはそう呟き、軽く保永に手を合わせてその場を離れた。
玄関側は、もう既に火の海だった。だが幸いな事に勝手口側はまだ火の手が上がってなかった。
そこから脱出し、正面へとまわる。馳を…仕留める為に。
「馳ぇぇぇぇぇぇっ!」
カシンは叫びながら拳銃を構え、家の前へと飛び出した。
しかし、そこに馳の姿はなかった。
保永を撃った拳銃の音を聞いて、その場を離れたらしい。
「…絶対に…絶対にゆるさねぇ…」
村上の時と違い、殺さなくても良かった仲間を殺してしまった。
全ては馳のせい…馳がくだらない「実験」なんかしたせい…。
カシンに新しい目的が加わった。
生き残る事。そして…
「馳は、俺がこの手で殺ってやるっ!必ずだっ!」
燃え盛る炎を背に、カシンは誓った。
「ギャァ〜〜〜〜!!!」
・・・その悶絶する声に大谷はハッと我に返った。
兵士は顔面を手で覆い、のたうち回り、しゅう、しゅう・・・という音と異臭があたりに立ちこめる。
兵士の手のすき間から硝子の破片や溶けてただれ落ちる皮膚が見える。
「ぉ、ぉ・・・俺がやったのかぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!???」
大谷は地団太を踏みながら自分のとった行動にショックを受けていた。
親友を殺った奴に復讐した気持ちと、命ある一人の人間を傷つけてしまったショック感。
しかも兵士は見るも無残に皮膚がただれ落ち、のたうち回っていて、思わず目を背ける。
視線を落とした先に崩れ落ちた親友の顔があった。
動かない親友は、相変わらず何か言いたげな表情のままだ。
大谷は嗚咽を漏らし、カウンターの中に腰が抜けたようにしゃがみこんで泣き続けた。
・・・大谷が泣き終えて気分を落ち着かせるまでにかなりの時間を要した。
外はもう夕暮れで、赤い日差しがパチンコ屋の入り口から長く伸びている。
大谷がカウンターの中からゆっくり立ち上がり、動かない親友に語り始めた。
「ジャイアン・・・俺はゼロワン行ったけど、今でも新日本を愛する気持ちは
ぜってぇー誰にも負けねー自信があるんだ。この大谷晋二郎が、新日本を守って見せる。
俺がぁ!俺が新日本だっ!」
赤い夕日がまるでスポットライトのように、顔を上げて拳を握った大谷を照らしだしていた・・・
あげ!
ここまで続いたら飽きた
今の容量は286KBです。
>Jrマニアさん
とにかくお疲れ様でした。毎回面倒な事買って出て頂いて本当にサンキューです。
どうにか皆で協力し合って、PART3で完結させましょう!
「飽きた」とか正々堂々と言われてるし(w
255 :
お前名無しだろ:01/09/15 19:25 ID:MppsJy9Y
俺は期待してる、頑張れ!age
カシン・・保永・・・感動age
一気に読み直すと…やっぱり凄いわ>このスレ
ここまで来たら速さよりレベルの維持をお願いしたい。職人さん、頑張れ!
それでは俺が選んだ過去の感動作品BEST5
@カシン−村上(この戦いがあったから今まで興味が続くのだと思う)
Aカシン−保永(最新感動作。保永の優しさ&人間ぽいカシンが良かったYO!)
B西村−木戸(男の渋さの極め。まさに新日の高倉健。木戸さんマンセー)
C武藤−坂口(言葉は短くも武藤への愛情が強く伝わっていた、グッときた…)
D柴田−井上(柴田、いい奴じゃん!これで結構ファンになってしまった)
他にも前田−成瀬、蝶野−中西、大谷−ジャイアン(藁)など名作多数あり。
とにかく今後も期待してます!
うお〜カシン・・・保永・・・
カシンベビーターンか?
馳は無茶苦茶悪いねえ。
全日版は短くてまとまってたのに・・・・
260 :
お前名無しだろ:01/09/15 20:40 ID:5zwpbw6M
>>258 全日編は一人で書き下ろし。新日はリレー式。
全日は短編小説。新日は長編小説。
別に新日編が劣っているとは思わないが!むしろこっちのほうが好き。
向こうとこっちを比べてどうこう言う気は無いけど、ちょっと長びきすぎ。
そろそろすぱっと行ってほしいという気持ちはある。
>259
俺はどっちも好き。と言うか全日に長編は似合わんし、新日に短編も似合わない。
泥々した欲望と情念が絡まり合うのが新日の魅力!
前もカンコさんが言ってた通り、新日には三沢の様な大エースがいないし。
(武藤は大ベビー合わないし、西村は主人公と言うよりストーリーテラーという感じがする)
で俺が一番見たいのは、「猪木−三沢」のバトロワ決定版!だったりする(藁)
長くてダメになったスレはたくさんあるからね・・・日記とか
264 :
アントニオ猪木:01/09/15 21:02 ID:nR3Deuo.
ンフフ
おもしろいでしょ?
うわ〜なんか書込辛い状況になってますね…でも負けない(藁
またもや時間軸遡ってて一向に進展してませんが
今後の(自分の)為にも明瞭させたかったので書きました。
例によって御都合の悪い方は、脳内削除で宜しく御願いします。
◇ZNLiv1KU様 作品に無断で被せてあります。事後報告で申し訳ない…
Jrマニア様 以下の作品、2バイト節約推奨…してみたつもりです(W
ところで誰か武器リスト(解説・写真付き)ってのを作る勇者は居ませんか…
男性の方が武器・銃器類には詳しいかと思いますが…どんなものでしょう?
[2日目 午前0時前後 運送業者倉庫内]
プログラム開始以来、飯塚高史は考え続けていた。
この災厄は今迄の実績に拘らず、平等に皆の上に降り掛かった。
それでも運と実力が今後の展開を大きく左右するという事を----。
*
開始直後、支給されたデイパックを抱え、この現実にどう対処すれば良いのか判らないまま
道場が見える位置に身を潜めたまま動けなかった。
次々に道場を後にする同僚達。用心深く周囲を気にする者もいれば、何かに----それは恐怖と
いう名が尤も相応しいのだが----追われるように一目散に駆け抜けて行く者もいた。
特に誰かを待っていた訳ではない…只、厳しい日々の鍛練の場であると同時に、同僚達との
思い出の詰まった場所を離れ難かった。甘い考えだというのは判ってる。
既に、藤波社長の死体と小島が死ぬ瞬間を目の当りにしているのだ。
それでも、静まり返った道場を見ている限り、まだこれが現実ではないのだと…信じられそうな
気がして----離れ難かった。
しかし、それは静寂を破った銃声によって断ち切られた。
ビクリと大きく身体が震え、抱えていたデイパックを落とした瞬間、
「----飯塚」
背後から名を呼ばれ、心臓を鷲掴みにされた。
武器の確認を怠っていた事を悔やみつつ、振り向きもせずに声とは別の方向へ駆け出す。
「飯塚! 待て! 俺だって!」
あの時、道場から爆音が聞こえなければ、そのまま走り去っていただろう。
爆音に驚いて思わず振り返った先に居たのは----越中だった。越中は敵意のない事を示すように
一度ゆっくりと両手を挙げてからデイパックを拾い上げ、投げ返してくれた。
「越中さん…」
胸にしっかりとデイパックを受け取りながらも、視線は相手から外さない。
「そうピリピリすんなって。俺に殺る気はねぇよ」
再度、丸腰であることをアピールする越中に、漸く警戒心を緩めた。
安堵と同時に膝の力が抜けそうになったが
「早く移動しないと、ここはヤバいだろ。…一緒に来てくれるか?」
越中の問掛けに応えるべく、足を----生存へ向けての一歩を踏み出した。
そうして、このプログラムから生還する為の道を模索し始めた。
永田と吉江も加わり、先ずは各々の武器を確認し合う。
越中のニューナンブM58は偽物だが、威嚇としては充分機能した。
永田のマイクロウ−ジーは「取っ替え弾システム」とやらでやはり威嚇のみ。
吉江のベレッタ92FS。これには運良く永田の持っていたマガジンが一致したので実用可能だ。
そして自分には----ブローニング・ハイパワー9ミリ。装弾数13+1で、換えのマガジンが三つ。
接近戦になれば肉体的な力関係にどうしても左右されてしまうが、銃器なら不用意に相手に
近付かなくて済む。武器どころか防具すらならない「ハズレ」を引いた者の心境を考えると
素直に喜ぶ事は出来なかったが、自分の身を守る分には有り難かった。
----他人の心配…してる場合じゃなんだけどな。
恐ろしく簡略化された使用説明書を何度も読み返し、使用方法を頭に叩き込む。
実際に使う事があるのかという点に関しては…やはり、考え続けるしかなかったのだが。
そんな自分を叱咤するように越中に背中をポンと叩かれ、苦笑を返す。
思い悩んでいられる時間は余りに少ない。とにかく現在は現状を出来るだけ正確に把握するのが
先決だ。各々が出し合っても、情報は余りにも少ない。目新しいのは吉江の目撃した男----
開始時には居なかった辻が死んでいた…正確には死にかけていたという話だけ。
「----見間違いじゃないのか?」という自分の問いに自信なさげに応える吉江。
その声を遮ったのは聞き慣れた音楽が告げる…第四放送の始まりだった。
*
放送の内容に、皆、呆然とするしかなかった。
合流出来れば大きな戦力になったであろう人々の名が次々と告げられ、隠れ家である倉庫を
重苦しい沈黙が支配した。誰も口を開かなかった。…再起は不可能な程に打ちのめされた…
ように思えた。
しかし中心となる越中の前向きな姿勢は変わらず、情報収集と人探し、そして越中が切り札に
している「爆弾製作」の材料集めが夜の明けぬうちから始められた。
[2日目 午前5時前後 デパート内]
「しかし、こんなんで爆弾なんて作れるんですかね?」
一緒に行動している永田が、越中に頼まれた収集物の入った袋を覗き込みながら聞いて来る。
肩に掛けたマイクロウージーが単なる見せ掛けである事を知っている俺にとって、永田は無力も
同然に見えた。
「それより俺は、なんで越中さんが爆弾の作り方なんて知ってんのかの方が気になるけどな。
それより急ごう。もうすぐここも立ち入り禁止区域だぞ」
言いながら、第四放送後、徐々に心を蝕み始めた考えを封じ込めようと努力する。
しかし同時に相手の隙を突こうと神経を尖らせている自分が存在している。
「えぇ、あと画用紙だけですよ。…あっちの方かな?あったあった」
無防備に背を向けた永田の後頭部に、ブローニングの銃口を突き付けたのは…後者だった。
「え?な、なな何の冗談ですか、飯塚さん…」
「俺が冗談でこんな事するかどうかお前も良く知ってるだろ?」
自分でも驚く程、冷たい口調で言葉が続く。
「お前も越中さんもあんまり人を信用しない方がいい。
まぁあっさりトップレスラーになれたお前には解らんか」
自分自身にも隠していた醜い嫉妬心を吐露した事実に、僅かな戸惑いが生じた。
----俺は…何をしようとしている?
その葛藤を嘲笑うかのように、揺らりと現れた影が狂気をばら撒き始める。
そこに自分自身の狂気に似たモノを垣間見た為、一瞬、反応が遅れた。
「がっ!……」
突然、腹部に衝撃と熱を感じた。更に続けてもう一度。
衝撃で引き攣った指が引金を引き、ブローニングが弾を吐く。しかしそれは方向違いの床で跳ね、
近くのショーケースを割るだけに終わった。
倒れながらも睨み付けると、素顔のサムライ----松田はニヤリと歪んだ笑いを浮かべて
ボウガンの照準を永田に移した。
「……っ」
肘を立て、霞みかけた視界の先を睨みながら、ブローニングを構える。自分で撃とうとしていた
相手を援護する…そんな馬鹿げた行動も別に矛盾しているとは思わなかった。
しかし援護しようにも指が痺れたように動かない。
----駄目か…?
意識が遠退いた瞬間、銃声が聞こえた気がした…。
フワリと浮き上がる感覚を伴って意識が開ける。醒めた意識を襲ったのは、息苦しさと
耐え難い激痛。しかしこれは自分への…仲間を信じる事が出来なかった自分への罰なのだと思うと
不思議と冷静になれた。
見上げるとブローニングを構えたまま永田が硬直している。その永田に気付かれないよう、
最後の力を振り絞って腹部に突き刺さったニ本の矢を抜く。
ブツリと肉の捲れる音と、ゴポリと溢れ出た血の感触が生々しい。だが、それは確かに「生きている」
という感触でもあった。
「飯塚さん!大丈夫ですか!?」
ハッとした現実に返った表情で自分を覗き込む永田の顔は…蒼白だった。
「…馬鹿だな……誰の心配してんだ…?」
「でも…だって飯塚さん…」
「俺は……お前が…羨ましかった…さっきも言ったっけな……」
腹部から止め処なく流れ出る血を塞き止めるように、永田は傷口を抑えてくれる。
その手の隙間から零れる血…それは生命の流出そのものだという事に、どちらも気付いていた。
「もう喋っちゃ駄目だ!血が…血がこんなに…」
飯塚は力無く笑うと、永田の手をそっと押し退ける。
矢を自ら抜き取ったのも…覚悟の上だ。「死んで詫びる」なんて古風なものではなく
一度でも疑心に駆られた自分に…せめて自分で終止符を打ちたかった。
「…でも俺には…撃てなかったな……松田が…俺を撃ったのも…そのせい……」
永田を撃つ事を躊躇したこの結果に後悔はなかった。しかし自分自身の生き様には悔いがあった。
まだやり残した事…置いて逝かねばならない家族の事、最期まで共に闘う道を放棄した事。
そして…
「……一度くらい…シングル……ベルト……獲っ……………」
最期の一息にまで言葉を重ねた飯塚高史は…漸く考える事から解放され、意識は暗転した。
飯塚編終了
age
隙間産業者さんは女性の方だったんですね。
男の人と思っていました。スンマソン。
隙間産業者さん渋すぎage
そろそろ大谷-山崎が読みたいYO!>カンコさん
あらら。もう容量オーバーか。
前スレ立てたナンシーです。今はコテハンになりました。
いつもいつもうp、ご苦労様です、Jrマニア ◆oOfl/2go さん
最近見てなかったんですが、新しい書き手がいらっしゃったようですね。
これからも頑張ってください>ALL書き手の方々
スイマセン、「普段(の板)」が帰ってきたのでハンドルも元に戻します。
今回も性懲りもなくながーくなる為、プロローグだけ投稿しときます。
続編は夜にでも。それでは!
【2日目 AM11:30前後】
戦場で偶然の再会を果たし、今後の共闘を固く誓い合った越中詩郎と西村修は
山場となるであろう、午後から夜半に掛けての激闘に備える為、人気の無い自動車整備工場にて
休息を兼ねた戦略会議を開いている。
悪趣味だとは思ったが、西村はホワイトボードに参加者名簿を記入し、過去の放送で判明した
死亡者を消し、越中との情報交換により要注意人物のリストUPを行う。
「…一番の要注意人物はやはり石澤です。アイツは強い。アイツは完全に割り切ってます…」
「…松田はもはや狂人だ。奴にはもう言葉も何も届かない。見掛けたら覚悟を決めて殺るしかない…」
「…あと野上だな、怪しいのは。平田さんの時に見たヤツの余裕は…野郎、ネコ被ってやがった…」
当然の様に極悪三銃士の名前が呼ばれた後、越中は溜息交じりに第二グループの評論を始める。
「武藤と馳も臭うな…アイツ等は善人面してても自分が一番!という性格だ。共闘は難しいな… 小川もよくわからん」
「曲者揃いですね」「まったくだな」 越中は苦笑交じりに白板の二つの名前をマルで囲う。
「せめてコイツ等だけはマトモでいてくれればいいが…」 しかしそこに至るまでの経緯はともかく、蝶野が中西の生命を
剥奪した哀しき事実を二人は知る由もない。
西村と越中の休息を奪うかの様に、工場の近くで再び銃声が轟き出す。
「…何やってんだ、この時間まで」 越中は癖で唇を若干突き出す、独特の不機嫌な表情に戻る。
「…御苦労なこった。猪木じゃねぇがホントに酷い奴等も多いんだな…生き残ったら他人との付合い方を見直さんとな」
しかし西村に越中のジョークは聞こえていない。あの銃声には聞き覚えがある… 忘れもしない、あの忌わしい場面を…
「…大谷…」 西村は騒音の方角を見やり哀しげに呟いた。
下がりすぎのため、ageとく…っていつの間に新作が!?
もういいよ
279 :
お前名無しだろ:01/09/16 20:57 ID:ex/AkY3c
よくない
もう興味ない
俺は興味がある。と言うか楽しみだ。
興味ない奴は来るな。
いちいち上がるたびに即レスでケチつけてくるヒマ人、失せろ。
…何かPart3になってから風当たり、強いなぁ… 正直、凹む。
ただ278&280さんに聞きたいのはこのスレが気に食わないのか、それとも俺の文章が
ツマランのか、どっちですか?という事。
後者なら今回を最後に投稿止めます、いやマジで。場の雰囲気から浮いたらオシマイだしね。
でも今後の展開に向けて待機してる他の職人さんに悪いので、続きを書き込みます。
引退作かもしれないので、一応皆様御覧下さい。
「大谷?あぁ、いたなアイツも」 越中は興味なさげな風情で言葉を続ける。
「アイツもネコ被ってた類だな。まぁどっちでもいいって。大して影響ないだろう、ヤツの存在は…」
「いや」 西村は強い口調で遮ると越中に向って新案を申し述べる。
「行きましょう、アイツの所へ」「おいおい、勘弁してくれって。お前が木戸さんの仇を討ちたいのはわかるが…」
「違います。その逆です。アイツを助けに行きます」「助けるぅ?」「えぇ、そうです。アイツが一番苦しんでると思うんです」
西村は朝方の情景を回想する。あの犯行直後の引き裂くような咆哮が今も彼の耳にこびり付いて離れない。
『…家に、自分の生まれた家に捨てられた俺の気持ちの何がわかるってんだよ、お前に!!』
大谷は強がっていても無類の寂しがり屋だ…長年、苦楽を共にした俺にはよくわかる…
西村の脳裏に興行で回った山口大会の情景が蘇る。いつもリングサイドに陣取り大声で息子を応援する両親、
照れ臭そうな笑みを浮かべながらも従来以上に張り切り回る息子…心と心が太く通じ合ったいい家族だった…
暖かい愛情に包まれて育った大谷にとって、『新日本から出された』という事実は想像以上に心を蝕んだのだろう。
…だからこそアイツは今、逃げちゃいけない。現実に不貞腐れている時間はない。西村は強くそう思う。
「根は好い奴なんです、大谷は。 混乱してるだけなんですよ、今。 本気で僕を殺す気なら、あの時果たせていた…
アイツは木戸さんの分まで生きなくちゃいけない。木戸さんの死を無駄にさせちゃいけないんです」
「わかった、わかったって。一肌脱ぐって」 越中はこれ以上西村の長演説に付き合うのが億劫らしい。
【2日目 AM7:30前後】
一目散に斜面を下り降りようとする。しかし自らの左足が言う事を聞かない。鉄の塊の飛来により腱の一部が損傷している。
「…クソッ…」 大谷晋二郎は忌々しげに呟く。しかしその対象は何であるのか、思い通りにならない自らの手足か、一向に
留まる事を知らない照り返す太陽に対してか、敵である山崎一夫に対してか、それともこの運命に対してか…
その何れでもないかも知れないし、その全てに対してかも知れない。とにかく彼は苛立っていた。
流れ出る血を塞ぐ内に赤くなった掌に彼は問い掛ける。「この血は誰の血だよ!俺か!木戸さんの血か!」
木戸殺害後、半狂乱の体で山道を駆け下りていた大谷は山崎にその姿を発見され、全く希望しない第2ラウンドに突入した。
但し大谷の真の敵は山崎ではなく、自らの良心の呵責であった。山崎の攻撃を受けながら、彼の心は別の問い掛けで満たされる。
『…俺は…汚れちまった…』 『…バカ言うな!殺さなきゃ殺されるんだよ!生きて新日の連中、見返すんだろうが!』
二つの相反する本心が彼の脳裏を駆け巡る。目前の『山崎』という相手が自分にとって何の思い入れもない対象である事も、
大谷の戦闘に対する集中力を削いでいた(生存の権利を得ようとする山崎にとっては別だが)。
その矛盾に耐えられなくなった大谷が選択した手段は『逃亡』である。
それに別に乗り気がしない相手と無理矢理戦う必要はない。既に俺は生存条件をクリアしてるんだ…
そう言い聞かせると同時に木戸の倒れ行く瞬間が蘇る。「…ウルサイッ!」と自らを怒鳴りつけ彼は戦場から脱出を図った。
木陰に身を隠し、乱暴な手当をしながら、大谷はふと街中の風景を見やる。
その遠方には粉々に破壊されたホビーショップの残骸がうっすら滲んでいる。
「クソッ!」 大谷は再び猛々しく吐き捨てる。「…誰も頼らない、頼らねぇって…頼らねぇよ!!」
大谷の今回の戦闘における悲惨な迷走は『あの場所』から始まりを告げたと言ってもよい。
パチンコ屋での親友の無残な死亡を目の当たりにした大谷は、薄暗い街中を一心不乱に徘徊していた。
彼の心は疲労しきっていた…当然の話だろう!レスラーなら納得も出来る。しかし自分は一般人を巻き込んでしまった…
あくまで結果論に過ぎない事なのだが、彼の優し過ぎる心はその割り切りを許さない。只管、自分を責め続ける。
大谷は誰かに縋りたかった。この心の悲鳴を受け止めて欲しかった。赤子の様に泣きじゃくりながら、彼はその誰かを探した。
その結果、大谷はこれ以上ない程の対象者を探し当てた。最も戦い、最もコンビを組み、最も深く接した先輩が走っている…
『…いた…いてくれたよ、チキショー…この人だ、 この人となら一緒に戦える…』
静寂を切り裂くかの如く、大声が街頭を駆け抜ける。
「金本さん!」 滑稽な事にその声は自分の声ではなかった、小柄な黒髪の男が金本へ子猫の様にまとわりつく。
遠目からでも、幾ら夜中であろうとも、金本の無防備な笑顔が眩しい位に焼きつく。金本と田中稔は仲睦まじくその場を駆け去る。
…ピエロだな、俺って…とんだお笑い種だ… 大谷は膝から崩れ落ちながら、自虐的な感想を抱く。
彼は心底思い知らされた。『もう俺の居場所は、新日にはない』という一番認めたくなかった現実を。
大谷は別れの場所へ向い唾を吐くと、再び山道を駆け下りる。居た堪れない現実から必死で逃げるかの様に。
それから小一時間後、その場所を訪れた細身の男がいる。
「…まさか、本当に逃げるとはね…」 苦笑と嘲笑の混ざった表情で、山崎は前方を凝視する。
別に細心の注意なぞ払ってはいない。銃声と怒鳴り声が聞こえなくなったから覗いて見た。そこに大谷はいなかった。
ただ御丁寧な事に血痕だけはたんまりと残してくれている。その痕跡をゆっくりと辿ってきただけの話だ。
「…可哀想に」 山崎は本心から呟く。この注意力の欠如、ボルテージの上がり易い性格…どれをとってもこのゲームに不適格だ。
吐息をひとつ、トボトボと山道を降る。別に大谷が嫌いでしょうがない訳じゃない。しかし、あれ程仕留め易い獲物が他に誰がいる!?
彼は鼻歌混じりに大谷を背走する。この男は結果的においしいポジションを得る術を熟知している。山崎は冷静そのものだった。
とりあえず今回はここまで。
気分転換に風呂入ってきます。続きは後程、必ず。
>283
…バカなこと言わないで下さい。明らかに煽りでしょう?そう思っててもへこみますけども。
確かに話が長くなっている事は我々も気にするべきですし、
気になっている方がいるのも事実でしょう。でも楽しみに待っててくれている方もいますし、
何より誰もカンコさんをけなしていません。2ちゃんねるなんですからいろいろありますよ。
それに長く見積もっても、多分あと一月もかからないでしょうから頑張ってくれませんか?
私は終りまで続けるつもりです。(浮いたら消えますが)
これが私の考えってことですよ(w
289 :
mi:01/09/17 00:56 ID:???
>カンコ君さん
絶対続けてくださいよ〜!
大谷、いい感じで嬉しいです。ありがとうございます!
個人的にはあと2−3スレ使ってもらって結構ですので(w
「荒らし上等」ぐらいの気でやってくださいませ。
>288
…毎度の事ながら、サンキューです。それ以外、言葉が見当たりません。ありがとうっす。
でも正直、落ち込んでたのは事実なんですよ。スピードUPが求められてる中、数ある職人
軍団で一番文章が長くて鬱陶しいのは私じゃないですか>謙遜抜きで。
他にも最も不要なキャラ出してるのも私だし… そんな事で暗に批判されてるのかな、と。
まぁ今更文体も変更できないからこのまま逝きます。miさん&290さんにも感謝してます。
しかしプ板では何で弱気なんだろ…あっちではそんな事、欠片もないのに…
あっ、そうか。 <ヽ`∀´>ニダ が相手だからか(w てな訳で、続編です。
【2日目 AM11:15前後】
太陽が最も強く輝き出し、風はその存在を完全に消す。スコールが近いのか辺り一面に独特の匂いが充満している。
大谷は最早限界だった。流血・疲労・心労にこの暑さが加わった。彼は何かに導かれるかの如く、公園に佇む小池に近寄る。
倒れ込む様に水面に顔を突き出し、今までの全てを消し去ろうとすべく、顔面を洗い落とす。
ふと視線を上にやる、そこには木陰で呑気に転寝する二人の人間がいた。木戸と藤田だ。
大谷は思わず大きく仰け反る。しかしその後、彼の採択した行動は意外なものであった。彼は木戸の遺体に向い土下座した。
「…スイマセン、許して下さい!…撃つ気なんてなかった…ましてや殺すなんて…」
彼の述懐に嘘は無い。山中を駆けずり回っていた大谷は、偶然木戸と西村の会話に遭遇する。
この二人が自分に危害を与える存在ではない事は一発で理解できた。でも彼は二度と裏切られたくなかった、自分の心に。
木戸が西村に対し『託す!』という言葉を出した事も不都合だった。西村に対して嫉妬、寂しさ、疎外感が派生する。
心を決めかねていた大谷に木戸の大喝が降り注ぐ、彼は条件反射で飛び出した、そして発砲した、それだけの話だ。
だが『それだけの話』が確実にひとりの人命を奪った。あの時の西村の悲痛な叫びが今も耳から離れない…
大谷は我慢しきれぬかの様に顔を上げる。今度は頭部から出血した見た事が無い程穏やかな藤田の顔が見えた。
「藤田!藤田ぁ…お前、何寝てんだよ!お前はチャンピオンだろうが!こんな所で終る様な安い存在じゃねぇだろ!」
顔をクシャクシャにしながら怒鳴り上げる。暫く嗚咽が止らない。動悸を静めると大谷は優しげに前チャンプに決意表明をした。
「…俺、頑張るから。頑張るから!頑張って生き残るから…そうしたら俺に挑戦してこいよ、な…」
「無理だろう、お前じゃ」 背後から冷たい野次が聞こえた。
大谷は咄嗟に前方へ大きくジャンプする。結果的にこの選択は大正解であった。
背後を振り向いたら最後、山崎の放った手裏剣は確実に大谷の前頭部を捉えていただろう。それが背中への裂傷で済んだ…
293 :
普段はカンコ君:01/09/17 01:38 ID:YjhmfB9s
「…またお前か!いい加減、しつこいぞ!」「しょうがないだろ、俺だって死にたくないし」
山崎はあくまでも冷静を装う。「とにかくだ、5時間も追っかけっこしてるんだ。そろそろケリ付けようぜ」
「……」ベンチの陰の叢からは応答が無い。また逃げられたら、今度こそピンチだ。山崎は大谷専用の特効薬を再度取り出す。
「…お前がIWGPの王者になるって?」「……」「結構大変だぞ、他団体の人間が認められるまでは(笑)」「…なんだと…」
(おやおや、まーた引っ掛かったよ。随分、小さな事に囚われる奴だ。自分の命の瀬戸際だっていうのに…)
「だってそうだろ。お前、新日の人間じゃないし。大体何で参加してんだ、部外者が?」
「うるさい!黙れ、この出戻り野郎が!俺は何処にいようが新日の大谷なんだよ!」「そう言う割には逃げ回ってばっかだけどな」
「……」「来いよ。軽く揉んでやるよ。不肖山崎、引退したとは言え新日の一員だ。どインディー風情には負けねぇよ!」
「…貴様ぁ---!!」 とうとう大谷がブチ切れる。山崎の声の方角へショットガンを連射する。がまたしても、何の反応も無い。
さすがに大谷は悔いた、自らの思慮の浅さを。だが今更後悔しても始まらない、アイツを倒さねば前に進めない…
『…落ち着け。落ち着くんだ…武器の差を考えてみろ…俺の方がどう見ても有利だろうが!』
そう心中で呟く程、反比例して吐息が荒くなる。それでいながら今まで仕留められなかった事実は大谷自身が最も理解していた。
彼は何かに脅えるかの如く、ジリジリと後退りする。次の瞬間、左足に硬性物の感触が伝わる。大谷は後ろを振り向いた。
『…木戸さん?』 視線を上部へ移行する。そこには音を立てずに手裏剣を握り自分に襲い掛かる山崎の姿があった。
大谷は発砲した。眼を瞑りながら。まるで自分に降り注いだ全ての悲惨な事実から眼を逸らすかの様に…
「越中さん?」「あっちだ!」西村と越中は銃声の轟く方角へ駆け出していた。
剣道の試合で言えば、山崎の一本勝ちであった。彼の持つ鋭利な鉄は大谷の右の肩甲骨と首の付根の間に完璧に入り込んだ。
しかし最後の最後で、兵器性能の差が如実に現れる。突き刺さる前に引鉄を引いた銃弾は山崎の腹部を捉えた。
大谷は肩を押え、後方へ倒れ込む。山崎は前方へくの字の形で崩れ落ちた。
腹部を押えながら山崎は嘗ての同僚にクレームを付ける。「…木戸さん、どうして俺の味方、してくれないんすか…」
苦しげに山崎は体を仰向けに反転する。見上げると天空からはポツポツと雨が降り出してきている。
冷たい雨に撃たれて、彼は悲しげに呟く。「…今度ばっかしは、上手く立ち回れなかったなぁ…」
山崎一夫、絶命。猪木の思い付きだけで参戦させられたOB軍団は完全にこの時点で全滅した。
大谷は重たそうに体を起す。山崎の絶命を確認すると肩を押えながら、大声で勝ち誇った。
「…この大谷晋二郎を舐めるからだ…思い知ったか!」
そして彼は再び池の水面を見付ける。山崎の返り血で溢れた自分の顔面を見る。その瞬間、大谷は号泣した。
『…この手は!この手は何の為にある!人殺しの為か!違うだろ!IWGPのベルトを巻く為にあるんだろうが!』
『…奇麗事をぬかすな!生き残らなきゃハナシになんねぇんだよ!大谷晋二郎は、勝って新日本、見返すんだろうが!』
またも相反する二つの気持ちが大谷の心を蝕む。その直後、貧血を覚える。流血は一向に止らない…
『…チキショー…結局、無駄死にかよ…』「大谷ィ!!」 諦めかけた大谷を現実に呼び戻す声がした。
大谷は自分を呼ぶ声の方角に鬱陶し気に眼を向ける。西村修と越中詩郎の姿があった。
「大谷!大丈夫か!」「…うるさいっ!」気力を振り絞り、ショットガンを杖に身を起す。
左手は右肩の止血の為、当然使用不可である。銃は構えられない。しかし大谷は野良犬の様な視線で二人を威圧する。
「…大谷…」西村は狼狽する事しかできない。かってのヤングライオン達は哀しい再会を遂げた。
すいません、sage忘れてました>293。お目溢し下さい。
実はしつこいですが、まーだ続編があります。書いてるうちに大谷に愛情
沸いてきたので(w
そのUPは明日。もう暫くお付合い下さい。では、寝ます…
大谷、死んじゃうのかなぁ… 個性強いんで生きて欲しいんだけど(藁)
ホントはageたいが、基地街がひとりいるみたいなのでsageで(藁)
でも続編も凄く期待してます>カンコさん。頑張って!
いくらなんでも下がりすぎ…山崎死亡記念age
続編です。自分でも意外ですが、これが最長編作となりました。
大谷って不思議な選手ですね。書けば書く程、味が出る気がする(w
miさんやJrマニアさんの御期待に沿える大谷像が描けたかどうかはわかりませんが…
忌憚の無い御意見をお聞かせ下さい。
【2日目 PM12:00】
雨は益々勢いを増す。最早、雷雨と言ってよい。スピーカーから声が流れるも、今の大谷の耳には入らない。
「…大谷、聞いてくれ」「…木戸の仇を討ちに来たのか? 残念だったな。今、山崎も退治してやった所だ」
「山崎、だと?」 越中がかつて最も激闘を交した一人である男の名前を反芻する。
「大谷!テメッコノヤロッ!山崎なんて引退した人間じゃねーか!」「うるせぇっ!外様が語るなっ!」
大谷は必死で似つかわしくない悪役を気取る。「…アイツ等はUだろ。だから殺したんだよ。新日を守ったんだ、俺は!」
「…言いたい事は、それだけか…」越中は激昂のあまり拳銃を抜き、発砲体勢をとる。
しかし越中の手を固く押し留めた人間がいる、西村だ。「オイッ!」「…ここは自分に任せて下さい」
そう言うと西村は雨の中、大谷に歩み寄る。越中はその断固とした決意に唖然とするしかない。
「大谷、傷の手当が先決だ」 「カッコつけんな!何を偉そうに… お前だって人殺しだろうが!」
「…残念ながら、そうだ」西村は更に大谷に近付き説得を行う。「…でも終りにしなきゃいけないんだよ、こんな事」
「テメーのやった事、棚上げしてんじゃねぇ!」「大谷、さっき言ったよな。『俺が新日を守った』って」「…それがどうした」
「…人を殺す事が、お前の守り方か?」「…何だと」「お前の新日本は、そんなに汚いものなのかよ!」
西村は大喝する。やんちゃな後輩に必死で自分の思いを届けようとする。
「…いい加減、目を覚ませ。俺もお前も殺人者だ、その事実は消えない。消しちゃいけない…」「……」
「そこで俺達が殺し合う事が彼等の望みか?違うだろ!俺達が死んでいった仲間の為にしなくちゃ…」
「アンタの説教は聞き飽きてんだ!」大谷は西村の言葉を遮り、叫ぶ。
「…大谷!」「…アンタ、木戸さんに言ってたよな。俺が新日を守るとか… じゃぁ何でこんな事になったんだよ、教えろよ!」
「…もうしゃべるな、傷の…」「…何だ、その眼は」西村の全ての感情を大谷は拒否し続ける。
「…何だよ…何なんだよ、その眼は!同情なんかすんじゃねぇ!どいつもコイツも馬鹿にしやがって!」
大谷は右肩から左手を外す。渾身の力でショットガンの銃口を西村に向けた。
「……」西村は観念したかの様に眼を瞑る。
「大谷ィ!」状況を見守っていた越中は西村の背後から姿を現し、覚悟を決め引鉄を絞った。
しかし越中の放った銃弾は大谷を避け池に飛び込む。大谷の体はそれよりも早く地面に崩れ落ちていた。
「大谷!」西村が駆け寄る。越中も駆け寄るが、彼は万一に備え素早く大谷から銃を強奪する。
「…無駄ですよ、越中さん…」大谷は寂しげに呟く。「…だって、タマ、入ってねぇすもん、もう…」
越中は慌てて銃創を確認する。木戸と山崎の生命と引換に、忌わしい銃弾は粗方も無く姿を消していた。
「…馬鹿野郎!どうしてそんな無駄な意地を!」「…同情されたくなかったんですよ、誰にも…」
大谷は弱々しげに最後まで虚勢を張り続ける。雨は一向に降り止む気配を見せない。
大谷は雨に打たれながら疑問に思う。さっきから雨より大粒で生暖かい水滴が自分に降り注いでいる。
…西村だ。西村の涙だ。大谷は愕然としながらか細い声で質問する。
「…西村さん…何で?」「……」「…俺、アンタを二度も殺そうとしたんですよ…酷い事も言ったし…何で…?」
「…馬鹿だ…お前は本当に大馬鹿野郎だよ…」西村は既に涙声になり、聞き取りにくい事この上ない。
しかし大谷は必死にこのお人好しの先輩の言葉を聞き取ろうと努力する。
「…いつ、馬鹿にしたよ…お前の事を。俺や山本や永田が…一度でも…お前を馬鹿にしたか…?」「……」
「…同情されたっていいだろ!泣きたきゃ泣けよ!…そんな時の為に俺達が…いるん…。
大谷、教えてくれよ、逆に…俺達はお前にとって何なんだ?…俺は…仲間だと思っ…て…」
もう西村の声は判別不可能だ。しかし大谷の頑なな心はようやく溶けた。彼もまた細い一筋の涙を流す。
大谷は再び後悔していた。自分の取ってきた行動や言動について。
俺は勝手に僻んでいた。自分の心に囚われていた。自分で自分の世界を小さくしていた。
勝手に仲間外れにされたと思い込んでいた。でもこんな俺の為に泣いてくれる人もいるんだ…。
そうだよ、今いる場所は関係ない。俺達自身が新日本だろ?何でこんな事、今までわからなかったんだ…
…ごめんなさい、ごめんなさい…西村さん、貴方の優しさを拒んでしまって。貴方に嫉妬してました…
…ごめんなさい、ごめんなさい…金本さん、あの時声を掛ければよかった。貴方の力になれたのに…
…ごめんなさい、ごめんなさい…木戸さん、山崎さん、貴方達の命を無駄にしました。許して下さい…
…ごめんなさい、ごめんなさい…父さん、母さん、俺は強くなれませんでした。一目でいいから会いたかった…
【2日目 PM12:27分】
大谷特有の荒い吐息が見る見るか細くなっていく。雨は一向に降り止む気配を見せない。
「…大谷…しっかりしてくれぇ…」「大谷!フザけるなって!未だお前は何にも成し遂げてねぇって!」
西村と越中の激励が遠ざかる。…やり直したい、もう一度、セルリアンブルーのマットの上に立ちたい…
…プロレスがしたい…新日本でプロレスがしたい…でももう遅いんですね…遅いんですね、何もかも…
大谷は泣き顔のまま、西村にしがみ付く。
「…にし…む…らさ…」「もう、しゃべるなって!」「何だ…大谷?…言ってくれ…何だ?」
「……死…にた…く…」 最後の二言を言い残せずに、大谷の首は力なく崩れ落ちた。
「…クッ…」西村は大谷の顔に自分の額を押し当てる。
越中は暫く天を仰いだ後、用無しとなったショットガンを無言のまま大地に叩きつけた。
大谷の安らかな寝顔を見ながら、西村は手の掛る後輩に労いの言葉を投げる。
「…大谷…お疲れ様…もう、いいから…もう…いいから…な…」
大谷の迷走を弔うかの様に雨脚は一段と強くなる。雨は、一向に降り止む気配を見せない。
すっかり長引かせてしまった大谷-山崎編、終了です。
実は色んな人に「誰使うの?」とか「真壁は?サムライは?」としつこく聞いてたのは、
この二人で適当に人数調整しようと企んでいたからであり(w
ところが誰もいなくなった(w でもその分、二人をじっくり書けた気がします。自己満足かな?
最後はお涙頂戴風になっちゃいましたが、大谷のウェットなキャラに免じて頂ければ幸いです。
という事で暫くお休みを頂きます。理由は簡単、あまり書きたい戦いがなくなった(w
1個だけあるにはありますが、他の職人さんの進行の妨げになってもいけないので、
進行具合を見ながら考えます。三日目の朝まで二人が生き残ってればの話ですが…
まぁ使われたら強引に考えりゃ済む話だし(w 暫くは様子見という事で。
責任持ってLASTまではお付合いします>ZNLさん、ご心配なく…
304 :
お前名無しだろ:01/09/18 08:03 ID:gtQFmcTg
age
隙間産業者さん&カンコ君さん、ご苦労様です。
>265
武器解説、アラが出るのでやめた方がよいかと…。
先日、武器類に詳しい知人に聞いた所、私が使った武器の勘違いを指摘されました。
みんなの心の中での想像でいいんじゃないかな?なんて思ってみたりして。
あと、飯塚側からの視点、ザッピングってアイデア、面白かったです♪
>256-258
感想、ありがとう!書いた甲斐がありました…。
>カンコ君さん
辞めちゃイヤよ♪でも、無理はしないでくださいね。
私も最後までお付き合いしますって!決意表明だってことですよ。
そか…大谷ってば稔に嫉妬してたのか…ゴメンね大谷。
ずっと下がりっ放しだったので新作UPに気付かなかった(鬱
すげ-よかったすっよ>大谷-山崎編。
素直になれない大谷と厭味な山崎が秀逸でした。
ごめんなさい、の所は無防備にもウルウル来てしまいました、引退しないでね!
307 :
318:01/09/18 18:27 ID:???
確か両リンってバトロワ史上初めてですよね。さすが大谷、初代キラー(藁)
これでベスト8が揃ったのかな…長かった−(藁)
今残ってるのは、西村・御本尊・蝶野・武藤・馳・野上・サムライ・カシン様でいいんですよね?
誰が一番早く脱落するのか?…なんとな−くですが御○尊の気が…(藁)
面白かったし泣けました>大谷編。次回作、ホント期待してますYO!
308 :
猪木 ◆CG28uNUc :01/09/18 22:02 ID:Xa8Rl4BQ
309 :
mi:01/09/19 00:43 ID:???
>カンコ君さん
ありがとうございます!これこそ私の願ってた大谷です!
うるうるきましたよ〜。
私も大谷書いててドンドンハマっちゃってました。(^-^;
書く前は大谷のこと普通な存在だったんですけど、
今や愛情たっぷりです。大谷に惚れてしまった(W
お疲れさまです!
予想もつきませんが、予想としては馳−カシン、
蝶野−野上あたりが次のバトルでしょうか?
ともあれ期待しています>職人S
>307
とうとう8強か… 凄いメンバーだ(W
でも格的に言うと三銃士・小川・藤田・塩介・中西・永田(or天コジ)でしょ、普通は。
それが二人しか残ってない(W さすが2ちゃんだ(W
結果的に一番得したのはカシンと西村かな?あとサムライと野上がまともに見れなくなった(W
とりあえず向こうに2日目正午の放送だけですがUPしました。
「ふざけた放送」と自分で言ってしまったので尻拭いです(w
マルチエンド…どうなんでしょうね。確かに楽と言えば楽なんですが、
確かにここらでパーッと行きたい部分も。
人数が劇的に減ったせいで思い切って書きにくいってのもありますしね。
もうちょっと考えます。
追伸
遅くなりましたが、Jrマニアさん毎度の移転お疲れ様でした。
猪木さん(て言うのも何か妙ですがw)も新スレ立てご苦労様です。
>313
パーッと行っていいんじゃないですか、腹案があるなら。ベスト8出揃ったし。
もしくはJrマニアさんとかカンコ君さんも含めて職人さんで書きたい戦いや今後の展開を披露するとか。
ここまでリレーが続いたのがある意味奇跡で、エンドは皆さんである程度ベクトル合せといた方が…
期待してます、頑張って!
「ベスト8」かあ…そういう言い方、気が付かなかった(藁。
馳vsカシンは、ネタ振った人間として責任もって書かせていただきます。
馳は他の作家さんも書きにくそうだし(藁。
>311を見て「そか、2chじゃなかったらご本尊は即殺よねえ」と思いました(藁。
でも2chなのにベスト8にも入れなかった健介って一体…。
スレ立ては今回は私の責任なので当然っす>313
猪木さんもご苦労様でした。期待にそえるように頑張ります。
作家さんへ。
馳vsカシン、M・K使いたいんですけどいいですか?
まだボンヤリとしか構想練れていないんですが…。
実現したら、またややっこしくなるかもしれないです(爆。
先に謝っておこう…正直、スマン!
どうも!塩介を即殺した塩職人でーす!(ヤケクソ)
>315
…御謙遜を(w 今回も『感動させてよ!』(w
ただ真面目な話、前に隙間さんがKKを使うと言ってた気がする…
M・Kはどうぞお使い下さい。自分も対N・Aを考えてましたが、結果が
大顰蹙間違い無し!という内容でしたので(w 返って気楽になりました。
でもZNLさんの予定がどうなのかが気掛りですが。
(C・M対N・Aは…難しい、二人の関係を知っている人間にとっては…)
正直な話、皆さんに聞きたいのは展開の方向性。
最後までレスラー対決で行くのか、対A・猪木で行くのかが一番知りたい。
もし後者なら…私案はあります。前に言ってた『ブチギレ佐山』も絡ませて。
ラストですから討議しませんか?心行くまで。人間、話し合いが最も必要です。
中には『話も聞かず自分の主張だけを喚く近隣諸国』というのもありますが(w
最後に大谷編を誉めて頂いた方々、ありがとうございました。ホッとしました…
>316
…シッシーはイヤ(藁。
冗談はさておき、頑張りますっ!隙間産業者さんの返答待ちですがね。
で。私もカンコ君さんと同じラストの方向性を考えていました。
どっか隠れて話せる所があればいいんですがね。
読む人達も裏は知りたくないだろうし。バトの件と一緒ですね(藁。
ともあれ読む側の方の意見、知りたいです。教えてくだされ〜!
>309
私も書く前はカシンって普通にお気に入り程度だったんですけど…
今じゃあすっかり「カシン様」ですから(藁。気持ちわかります。
金本よりも愛を注いでいるかも…ははは。
>315
ありゃ、馳使っちゃいますか。私も一応考えてたんですよ。
「パーッと」ってのも馳がらみにしようかと思ってたんです。
まぁ殆ど話はできてなかったんでいいんですが。
>316
考えることは一緒なんですかね、やっぱりラスボスは猪木でしょう(w
散々振り回されてますから、ヤツには。
とりあえず読み手の方々のご意見お待ちしております。
319 :
一読者:01/09/19 22:21 ID:???
ラストの方向性は賛成、ていうか御三家が意見揃ってりゃ文句言えないって誰も(w
ただ希望はラストでの西村VSカシンは避けて欲しい、お約束過ぎて萎える
個人的に活躍して欲しいのは蝶野かな、前カッコよかったし、まだ出番少ないし(w
でも一番疑問なのは意見募集してるのにsageでいいの?という事(w
俺みたいに好きで見てる人間はわかるけど…ageる?…でも煽りもウゼェしなぁ…
320 :
◆ZNLiv1KU :01/09/19 23:59 ID:Nui5SQ8o
>319
仰る事はごもっとも。もう下げるのがクセになってました(w
ageます。
321 :
mi:01/09/20 00:42 ID:/NIMWcNc
私はラストはカンコ君さんの意見に同意です。
最後はカンコ君案のVS猪木でいいと思います。皆で戦うのか代表者が戦うのかは別として。
あと一読者さんの言う通り西村-カシンで終るというのはどうも…
別に二人以外の人間が残ってもいいんじゃないかな。真の主人公は猪木でしょ、新日の場合
小島スレからのコピペです。
突然の横ヤリですいませんが爆笑してしまったので。
28 名前:お前名無しだろ :01/09/18 17:01 ID:???
おい、エッチューさんもこのスレみてくれてるのか?
プ板では大人気だけど、もっと本業でも頑張らなきゃダメじゃないか。
いいか、別にひがんでるわけじゃないぞ。拗ねてるわけでもないぞ。
バトロワでいきなり頭吹っ飛ばされたのが寂しいだけだバカヤロー!!!
>323 ワラタ
続編期待age
どうやらラストへの方向性は確定したみたいですね。
西村-カシンの決勝戦はイヤッ!!という意見は斬新でした。余り結果がミエミエも読者側にはキツイだろうし。
特に今週のファイトと週プロ読んで、やっぱ西村、変人だわと(w あんな男前に描くんじゃなかった、と(w
旧1さんが主人公に設定しなかったら、多分雑な扱い受けてましたね>小島並に。
という事で今後の作品予定を報告しときます。休業中ですからマッタリ行きます。
※書きたい作品(本編) :特になし、余った物でやります
※書きたい作品(番外編) :佐山聡 ブチギレ導入編〜完結編
2日目PM2:00頃⇒3日目昼頃、ここから本格的にVS猪木編になだれ込む
最後の新キャラ二名登場、ひとりは番外編で役割終了、もうひとりは未定
未定の方は生かしといても最後まで利用価値の高いキャラだと思います。
※活躍期待のキャラ :野上彰、アントニオ猪木
今月中には完結できれば良いな、と考えています。頑張りましょう!>ALL
326 :
お前名無しだろ:01/09/21 14:17 ID:f6V0jh4Y
頑張れ!ゴールは目の前だ!〉ALL職人さん
遅レス申し訳ない…
Jrマニア様 「K.K」使いますが、重傷負わせる予定もないし、2日目18時以前に20〜30分程の
隙間があれば大丈夫です
カンコ君 様 今月中完結…って後10日…頑張りたいと思います…(弱気)
◆ZNLiv1KU 様 ラスボス猪木、私も賛成です。頑張って下さい〜
現在、話の筋が複数に枝別れ(?)したままの「Y.Y」を自分なりに筋立てつつ
「E.S」の狂気際立に一役買ってもらおうとしてます
尚「C.M」も他作家さんの隙間を縫って使用させて頂くつもりです
連休明けに、全部は無理ですがいくつかupしますです…
無責任予告にならないよう頑張ります
>318
いや、その「パーッと」の後でもいいですよ。馳が生きてさえいれば、ですが。
カシン様が「俺が殺る!」と宣言しちゃったので…どうしようかな?と。
うはー。あんな話にするんじゃなかった…。
>327
じゃあ、夕方以降にします。
夕日で真っ赤に染まった燃えるカシンを…。
あ、M・Kは頭が光っちゃうか…(藁。
正直、週末は大阪まで新日観戦に行ってしまうのでPCいじれませぬ。
さらに気持ちが11月の「ジュニアタッグリーグ」に傾いてて…「Jrマニア」なもんで(藁。
うーん、今月中…頑張ってみます。
329 :
mi:01/09/22 01:39 ID:qLlqYre6
>Jrマニアさん
バトロワ話とは違いますが私も大阪大会行きます。
私も実はジュニア派なんで復帰後のカシンを拝みに行きます(W
>327、328
今月LAST、成せば成る!
というのは悪質な冗談で(w 理由はひとつ、もう私は佐山編以外書く事ないから〜(w
大体案もまとまったので連休中には一作UP出来そうです、隙間さんの露払いをさせて頂きます
>322
貴方は鋭い!そうなんですよ、このスレでも現実にも一番の問題は「いつまでも主役が猪木」と
いう事に尽きるんですよね…
良かったスレが上がってた。
Jr.マニアさん>
「パーッと」は忘れて下さい(w
私の話では馳にちょっとした事が起こりますんで繋がらなくなると思うんです。
カンコさん>
今月中はキツいッスよ(w
しかし私も今部活の試合で実家の大阪にいるんですよね・・・スゲェ偶然です(驚
にぎやかage
333 :
318:01/09/22 11:04 ID:???
…久しぶりに覗いたら、話が急展開してた。しかし、今月中って…
カンコさん、自分が終ったから無責任な発言を(藁)まだ読みたいって!(藁)
皆さんリクエストしてるみたいだから、私もいいですか?
ハッキリ言って、甘い!…じゃなかった(藁)蝶野が見たーい!!また姿消しちゃったし(T T)
…おぉ、意外な大反響(w ショッパイ提案ですいません!
忘れて下さい>今月中。『今年中』には、に変えましょう(w
>328
責任、感じなくてもOKですよ。それ言うんだったら私もカシン様(激w)にサムライ退治を約束させてるし。
その後の展開?なーんも考えてませんでした(w この無責任さがカシンの魅力!(w
責任と言えば、井上殺害のシーンを何も書いてなかった。番外編として無風時に入稿しときます。
以上、ZNLさんより番外専門の座を引継いだ(w カンコがお届け致しました。
番外で思い出したけど、gtoさん何処行っちゃったのかなぁ… 好きな作風だったんだけどなぁ(マジレス)
沈みすぎ警告あげ
レスついでにageるっす。大阪に行き損ねたJrマニアです(苦笑)。
カンコ君さん、新作読みましたー。
そか、猪木ってば…ぐふふふふ。
で、えっと…サムライって誰か書きますか?
私のはその後にしたいんですが。
誰もいなけりゃ「Jr頂上決戦」(あ、ノガちゃん忘れてた)も書いてしまおうかと。
ただそうするとどうしても「ついでに書いた」感が否めないので
もっと思い入れのある方に書いていただきたいな、と。
っちゅうか、個人的に時間がないんです。うーん、時間が足りない…。
一応案だけは練っておきます。どなたか立候補していただければ幸いです。
今日、女房と一緒に祖母の墓参りに行ってきました。やはり人間、生きててナンボですね。
殺し合いなんざdでもない!(w
-閉話休題-
>336
大阪行き中止、残念でしたね。御友人の具合は多少回復されましたか?
サムライは隙間さんが書くんじゃなかった?どういうエンドになるかはわかりませんが。
因みに以前、『余ったキャラ』で書くと言いましたが、サムライだけは無理!
心境とか思想を書くのが好きなので、狂○は正直、手に余る(w
というか、番外編書いてた方が気楽だし(w 昭和の連中の方が思い入れ、深いし。
まぁとにかく隙間さんの次回作待ちとしましょう いざとなれば「生みの親」に考えてもらえばいいし(w
という訳で私信ですが、『西村初戴冠記念!』で今回のみageで。あっちのスレに書いた方が良かったかな…
ドラゴンボールも無理に続けたからダメになったんだよ
Jrマニア様
サムライ…一応 新スレに少々アプしておきましたが
Jrマニアさんの方が筆が早いのではないかと思われ…
でも「ついでに書いた感」ってのは哀しかったりするので立候補…したい(弱気)
カンコ君 様
心境とか思想(?)とか書き捲ってマス…狂ジーンらしからぬ描写…?
「キ違いじゃ仕方ない」ってコトで(錯乱気味)
340 :
傍観者:01/09/25 13:42 ID:???
うざいの声に負けずに、よう頑張った。
個人的には、マルチエンドでもOK。
でも職人同志は、一緒のエンドをつくりたいんでない?
とにかく任せた。
すごく楽しんでいるということですよ。
341 :
お前名無しだろ:01/09/25 17:23 ID:LNXmKkR.
保管age
次は誰の番?
>337
あ、ご心配ありがとうございます。入院中の友にも伝えておきます。
(「誰?」とか言われそうだけどガタガタ言わない!)
話は変わって…ふと思ったんですけどね。
佐山がああなるんだったら、金本残しておけば良かったかな〜?なんて。
「お前がタイガーマスクなんかやったから、俺が苦労するハメになったんじゃあ!」
とか言わせたかったな、金本に。
つか、私の心の叫びだったりもしますけどね(苦笑)。
>339
ではマスクマン対決お願いします〜!
次の話しの為に無理矢理書いたっぽくなっちゃいそうだったので…。
それじゃあサムライやサムライファンの方に申しわけないし。
隙間さんなら安心です。ぜひお願いします!!
>340
逆風吹き荒れる中、そういう励ましの言葉が一番今嬉しいっす、ホント。感謝します。
まだまだ当分お付合いさせるでしょうが(w、暖かい目で見守って下さい。
>342
隙間さんが終ったら、そろそろアルファベット3文字の方の出番だと思うのですが…(w
最近、音沙汰無いんでちと心配。部活で遠征中かな?もし見てたら、連絡下さい>ファン一同
>343
そりゃそうだ(w まぁ『そんな塩職人、知るか!』とか言われてケツバット喰うよりいいですが(w
でも金本とも虎繋がりだったんですよね、気付かなかった。
金本&Jrマニアさんの無念(?)は特別出演の人がケリつけます。『虎』にすごーく関わり深い人です。
…因みに梶原一騎大先生ではないので、念の為。
ちょっとだけUPしておきました(ホントにちょっとだけでスマンですが)。
隙間産業者さん、見てね♪
>344
そうですのー。ちゃんと3代目やる時に佐山にキックとか習いに行ってますのー。
で…「『虎』にすごーく関わり深い人です」って、もしや…反○○会○○だったあの人っ!?
うはぁっ!「覇」の旗用意しろって!振りまくって応援するってことですよ。
もし間違っていてもガタガタ言わないっ!(藁
346 :
お前名無しだろ:01/09/27 08:20 ID:jVQYnpTA
打ち合わせ用スレ保存あげ
>345
御名答。期待してて下さい。かなり渋い設定を予定してますので(w
因みにもうひとりは…やめときましょう、ただヒントとして一言。
『皆さん、誰か忘れてませんか?』という事ですよ。
カシン-馳、楽しみにしてます。頑張って下さい!
348 :
お前名無しだろ:01/09/28 00:50 ID:FBEtn0JQ
下がり気味。定期age
お久しぶりです、3文字のガイ○チ職人(
>>337)です(w
しばらく姿を消していたのは、以前偉そうに言っておきながら
実は煽りに本気でむかついててキレる前にアタマを冷やしてたからなんです。
その間、絶対に煽りなんぞの思う通りにさせたくなくて色々手段とかその他色々考えてまして、
場合によっては前言撤回して職人辞めようかとかまで勝手に突っ走ってました。
まぁそれ位煽りに腹立ててたワケです。ガキですね(w
で、とりあえずアタマは冷えたんですが、正気に戻ったところで書く話が無いんですよね。
思い付いた話に出したいヤツは自分が書く前に大半がやられそうですし(w
「職人辞める」ってのはそのへんも関係あったんです。
正味の話、残りのキャラ数に対して職人が多すぎるじゃないですか。
だから無理に中途半端な話書くくらいなら自分が我慢しようかと思ってます。
マルチエンドは読む人が混乱しますしね。(OKの方もいらっしゃいますがやっぱりね…)
ということで、私はとりあえずセミリタイアということで行こうかと思うんです。
(一応誤解の無いように言っておくと、書く気が無くなったワケではありません。
むしろ人目に触れなくていいから話書こうかと思ってるくらいではあるんです。
だから現在フリーのヤツでいい話が思い付いたら明日にでもあっさり復帰するかも知れません。
その程度のリタイアだと思って下さい。)
と言うことでカンコさん始め職人の方々、今年中に終了を目指して引き続き頑張って下さい。
私もできれば復帰出来るようにネタを考えます。
最後に、駄・長文&久しぶりに現れて勝手な事を言って本当にすみませんでした。
本スレ 落ちた?
…聞いてビックリ、見てビックリだよ、全く(w
おまけに『カンコさんを始め…』って、人の名前を最初にもってくるんじゃない!みたいな(w
俺もセミリタイアしたって言ってるじゃない、先に(w
でも気持ちは凄くよくわかります。煽りに最初にブチきれたのも俺だし。
それに『書きたい戦いがない』てのも同感。職人が多過ぎるというのも同感。
但し、そこで身を引くべきは貴方ではなく、私を始めとする他職人であり(w
貴方がいなければ今まで続かなかった事は明白であり(マジレス)。
(正直言うと、貴方の手の回らないキャラ中心に書いてたつもりです。援護射撃と言ったらおこがましいですが)
だからゆっくりでいいから本格復帰してもらいたい気分が…30%。
残り7割は…本音で話すと、『最終スレ』が倉庫送りされた事で、ひとつの結論が出たかな、と。
これ以上、望まれてもいないものを強引に続けるってのも…結構…むなしくないっすか?
てな訳で俺が決めるのもなんだけど、潮時かな、みたいな。
猪木◆CG28uNUcさんや楽しみにして頂いてた一部の読者さんには申し訳ありませんでしたが、
敗北宣言です。力量不足でした。ゴメンナサイ。
>>338さん、悔しいけどアンタの言う通りだったよ。認めるよ…
ここじゃなくてもいいから、
どっかのページで続いてくれないかなぁと思ってる人いない?
煽られないところで書きつづけてもらえないかなぁ……と、
無責任なことを言ってみる
353 :
待ち人:01/09/28 12:04 ID:???
>>351 今終わったらキレイな終わり方なのか?
ここまで来たんだから最後までして欲しい
うーん…私は納得いかない。だから、書くわ。
煽り気にしてなかったの、もしかして私だけか!?(鈍感なのねー、私(藁))
他の人の進み具合待っていたんだけど…ま、仕方ないですね。
ただ、私の作風が嫌いな方もいるかもしれないし…正直、どうしましょう?
とりあえず、この週末頑張って今までの作品をHP化してしまいたいと考えております。
(前からやるって言っておいてやってなかったし…)
作家さん方、よろしいですか?よければ出来上がり次第URLをお知らせします。
355 :
猪木◇CG28uNUc:01/09/28 16:26 ID:ql3l4IXY
元気ですかーーー!元気があれば何でも出来る。もちろんバトロワもね!
続けましょう。ここでもね、書きたい人が書けばいい。それだけです。
読みたい人は危なくなったら定期上げを忘れずに。
Jrマニア さん私も煽りは気にならない、と言うか慣れているだけかな。
HP楽しみにしてます。しかしここでも続けましょう。というわけで新スレ立てます。
>>354 HP開設大賛成。
お願いだから他所でやってくれ。
見ててキモイよ、かなり。全日編が終わった時にやめてりゃよかったのに
>355
そう、私も慣れているだけだと思います(藁)。
HP、頑張ってみますね。すぐには完成しないと思うけど。
>356
すみません。全日編は、まったく別の方が書いていたものです。
359 :
318:01/09/28 17:26 ID:PCi0f8MI
>349&351
私もJrマニアさんに同意見です。と言うよりビックリしました…
何でお二人が辞めちゃうんですか!???ここまで来て…
マルチエンディングでいいじゃないですか?ZNLさんの考えるラスト、カンコさんの描くラスト、
両方とも見たいですよ!考え直して下さい、お願いします!
ちょっと錯乱気味ですがあまりにショックだったもので…
>358
なら、もう一度あんたが書け
それよりあれだけ頑張ってた二人に何のねぎらいもなしか?
ZNL&カンコ君不在の最後は興ざめだYO…
う〜ん、案の定誤解されてる気がしますね(汗
昨日のは、思いきり要約すると「ネタ思い付くまで時間がかかりそうです。」
くらいにとって欲しかったんですが…そう書いておけば良かったと反省しきりです。
ちょっと休んでいたのも、煽りにへこんでたと言うより腹が立って罵詈雑言吐きそうなのを
落ち着かせるためでしたので、そのへんの愚痴が混じって文章がごちゃごちゃしてしまいました。
私は辞めませんって!私のこのスレへの関わり方は今までと殆ど変わりません。
大体、煽りに腹立てといてわざわざそいつの喜ぶようにしてやるほど人間出来てませんから(w
むしろ意地でも終わりまで続ける気になりました。ありがとう>356
それから、これから煽りは完全にシカトで行きますので読者の方は下がりだしたら
どんどん上げておいてくれると幸いです。さっさと話考えますので待ってて下さい。
時間かかりそうですが(w
と言うことで今後ともよろしくお願いします。
すみませんが以下はカンコさんのみへの私信です。
>351
私はカンコさんの仰っている『70%』には賛成しかねます。
確かに以前より周りの方からの反応は少なくなりましたが、
あのスレが倉庫行きになったのは、私たち(主に私とカンコさん?)が煽りが鬱陶しいので
sage進行で進めた事が、読者の方に極力スレが下に行くまで
上げないようにしようと気を遣わせてしまった所為でもあると思うからです。
誤解の無いように言うと、私は今回のカンコさんの結論を責めたりするつもりは全くありません。
参加しようがするまいが自由ですから。とても残念だとは思いますが。
ただ「望まれてもいないもの・余りの無風ぶりに馬鹿らしくなった」てのは
ちょっと違うかなと思ったので言わせて頂きました。
もしお気を悪くされてしまいましたらすみません。
正直辞めて欲しくないのでお疲れ様とは言いません。復帰を待ってます。
ネタ振りだけして逃げられたんじゃたまりませんしね(w
連絡age
ZNLさん復帰記念&カンコさん復活希望age
365 :
お前名無しだろ:01/09/29 01:10 ID:Ms.V5hu2
がんばってね。
366 :
お前名無しだろ:01/09/29 01:17 ID:DNKpJoXk
おい職人、ALL職人のみなさん、このレス見てくれているのか?
だいぶ諸事情で葛藤しているみたいじゃないか。
本編の進行を待っている小島たちも多いはずだぞ。
コジMAXスレからコピペしてやるからよく見とけバカヤロー!!!
478 :お前名無しだろ :01/09/28 17:44 ID:???
>>476バトロワコジぃぃぃぃぃ!!しっかりしろよぉぉぉ!!
泣き言ばっかり言ってないで頑張れよ!頑張れってぇぇぇ!!!
おまえは総大将がプ板でどんな扱いを受けてきたか知ってるのか?
おまえらだっていきなり頭フッ飛ばしただろうが!
それでもこうしてコジMAXとして頑張ってるんだぞ!
おまえらには小島たちよりたくさんの読者がついてるんだろうが!
煽り?無風?倉庫逝き?関係ない、全然関係ないぞ。
最後までやり遂げて宇宙一のバトロワ職人になれバカヤロー!!!
「外伝・コジMAX編」待ってるからな!ハッハッハッ!!
でも「カンコ君敗北宣言」のお陰で勢い取り戻してえがったじゃん(w
369 :
お前名無しだろ:01/09/29 09:01 ID:SJ9UrSi6
こっちもage
保全age
2時間で400も下がってる〜!さすが土曜日。
とりあえずageとこう。
>361
おかえりなさいませー!力強い宣言を見て安心しました…。
続き、楽しみにしています(って、私も書かなきゃダメじゃないか…(爆))。
jkmbjihyugvpygijlk\;lk\:;
下がりすぎage
…HTMLに編集してたら、1日目の昼12時の放送がない事に気がつきました(爆)
なので小原編に織り込んでおきました。
ついでに時間考証をしてみた所、人生の放送時刻が合わなかったので
(人生は村上がやられたすぐ後に死んでいる。よって昼前死亡)
これもまた小原編に織り込んでおきました。
ついでに誤字・脱字・言いまわしが合わないなどの箇所を
読みやすくする為に修正しているのですが
…そんなに派手にいじっていないので、許してください。
以上、ご報告ついでのageでした。
(新作も書いてます。もうちょっと待って下さい)
こっちも期待age
頑張れ!
保全レス。・・・静かだね、ココ。
379 :
お前名無しだろ:01/10/04 02:13 ID:oka507PQ
保護age
いつもスレッドを上げて下さっている皆さん、ありがとうございます。
色々迷うところはあるんですが、新作作ることにします。
そこでJrマニアさん、すみませんが馳の持ってるレーダーだけ貰ってもいいでしょうか?
別に無くても困らないんですが、一応少しでも話のリアリティ?と
馳のキャラクター付けに使おうかと思いまして。
その程度なのでもしそちらのお話に何の支障もない場合だけ、OKして下されればいいです。
381 :
お前名無しだろ:01/10/04 23:33 ID:qSL35nqU
新作期待age
職人の方に使用人物の報告です。
とりあえず『M・C』『N・A』『K・M』。(+『H・H』はJrマニアさんの返事次第)
『N&K』の登場及び話の結果は未定です。
801女は金本の代わりに成瀬×稔で楽しんでるんだろうか?
風邪引いた…ので用件だけ。
>380
レーダーだけ?どぞどぞ。
馳は2日目18時半のストーリーに使ってますがそれで良ければ。
>383
私の事?安心しな。私は金本×稔でも成瀬×稔でも萌えないから(藁
倉庫行き防止age
386 :
お前名無しだろ:01/10/07 11:07 ID:2lBBo7cQ
ageとく
面白くないって
388 :
◆YjtUz8MU :01/10/07 11:10 ID:uRPnpaNA
10.8age
こんな日にサムライ編終了。
ageる勇気はありませんでした…
age
392 :
お前名無しだろ:01/10/11 13:14 ID:ksHt7hiI
圧縮避難age
393 :
◆ZNLiv1KU :01/10/12 11:08 ID:/n29TP.A
終わってませんage
今日中にいくらかあげます
スランプ突入age
ごめんなさい…今、頑張って書いてます…もうちょっと待ってね。
本当にスミマセン…
昨日から合わせて8時間以上は書いてるんですが
まだ書き込めるレベルまでも出来てないんです…
ここまで詰まるとは思ってなくて、不本意ながら嘘をつく結果になってしまいました。
私の文句はいくら言われてもいいです。
本当に本当にすみません。
祝!!ジュニスタ解散っ!(藁
いや、そうじゃなくて…すみません、いまさらながら確認させて下さい。
「最終スレ」なんですけど私は
http://www.geocities.co.jp/Athlete-Samos/1943/batt-rowa-up2.html ↑ここまでしかバックアップ取ってないんです。
で、次の「4」が立つまでの間に時間が一日半空いているんですが
もしこの間に新しい投稿があったとしたら、教えていただけませんか?
あと、確認。
現時点での生存者:武藤・馳・蝶野・カシン・越中・西村・AKIRA
これで合ってますよね?新しい登場人物はさておき。
>>382の『K・M』と『N&K』が正直分からない…スマソ(もしかして虎関係の人か?)。
あと、時間は何時頃なんでしょうか?>◆ZNLiv1KUさん
馳のレーダーって、かなり使える事がわかった…自分で話書いてて(苦笑)
以上、私の疑問点です。これが解決次第UPいたします。
解決しないと話が進まないのー。誰か教えて下さいなー。
399 :
猪木者:01/10/14 09:38 ID:1YZzbsFP
東京ドームのカシン面白かったですね。
>>398 私のカチューシャの「最終スレ」のログも一緒ですね。倉庫に落ちてから半日後くらい経って
新スレ立てましたので、その間に新規投稿はないと思います。多分。
生存者は現在7名ですね。新作期待しております。
◆ZNLiv1KUさんの頑張りも感動いたしました。
400ゲット!
>398
時間言ってませんでした。とりあえず3〜4時くらいです。
あと『K・M』と『N&K』は武藤と越中&西村のことでした。
分かりにくかったですね。
それと思う所あって6時の放送も書くつもりです…
それですみませんが6時から少し(10分弱)だけカシン使わせて下さい。
Jrマニアさんの話には影響させませんので(時間以外は、ですが…)
レーダーの件と言い迷惑を掛けますがお願いします。重ね重ねすみません。
あと「最終スレ」は猪木者さんも言う通り、書き込みは無いと思います。
私があの最後の書き込みに返事しようとしたら、
もう書き込めなくなってて嫌な予感がしたまま寝ましたから。
>401
オッケーです。そか武藤か…気付かんでスマソ
カシンもどーぞ。
スレ4に私がちょこっと書いたヤツの直前って形になるわけですね。
6時の放送、よろしくお願いします。
っつー訳で、◆ZNLiv1KUさんのがUPされるのを待ってから
私のをUPした方がいいのかな?
先でも良ければUPしますが(まだ完成してないけど)。
最終スレの謎も解けたし、頑張りますっ!(>399猪木さんにも感謝♪)
ガンガンUPして下さい(w
私ゃまだまだかかりそうなんで…
なんでこんなに時間かかんのか(涙
>403
忘れてた。18時以降に馳のレーダー使っても平気かな?
その前の段階で馳の手元にないならやめておきますけど。
>404
すみませんけどレーダー馳の手元にありません・・・
とりあえず向こうにUPしました。
合わせて半日以上かけて消化不良のままですが…
>Jrマニアさん
規制のせいで一度に投稿できる文章量がかなり減ってます。
あと善人コンビ(越中&西村)も出すことに今なりました。
終わりが見えない…
>406
ご苦労様でした。
が…ヤバッ!私の話とネタ被ってるっ!(苦笑)
同じような事考えてたみたいですわー。ちょっと感動(藁
規制のお知らせ、サンキュです。レーダーも了解っす。
さーて、頑張って続き書きますかね。
圧縮避難age