「お金なんか幾ら掛かってもかまいません! これは息子が…息子が最後に握りしめていたものなんですっ!!」
「…分かりました奥さん。これはジャンクディスクと言って、とても骨が折れますが…我々もプロです」
白衣を纏った所長のメガネが、天井の白々しく輝く蛍光灯の光をキラッと反射した。
所長は、ゆっくり頷いた。
「我々の持つ全ての力をこのディスクに注ぎ込みましょう」
五十代とおぼしき婦人は、一瞬の硬直のあと声にならない嗚咽とともにその場に崩れ落ちた。
(…何軒回っても出来ないダメだとばかり言われた…でもやっと、やっと…!!)
感慨にふるえる婦人の肩を、所長はポンと、優しく叩いた。そして所長は、その鋭い視線を所員たちに向けた。
同じく白衣を着た若い所員たちは皆一様に頷き、それぞれの為すべきことに取りかかった。
その中でも1人の最も若い所員は、車を走らせ本社研究所に向かった。
動かすとカラカラと音がするディスクは、もう下手には動かせない状態だった。
本社から彼を−−あの伝説の人を−−呼んでくるしかなかったのだ。
「帰れ」
背の高いその男は無感情な顔のまま、息を切らせて駆け寄ってきた若い女性所員を見下ろして言った。
「で…でもっ! 待ってください、あの、とても可哀想な方なんですその方、最愛の息子さんが」
背を向けかけた男に息せき切ってそこまで言うと、男は、
「私の知ったことではない」
と、またも冷たく言い放った。
伝説とまで呼ばれるその男は、呆然とする所員を放ったまま、もう聞く気がないかのように暗い奥へと
足を進め、黒扉のエレベータのボタンにその手を掛けた。
だが、所員も引けを取ってはいなかった。
エレベータの上矢印のランプが灯るのを見て、すぐ男の背中に駆け寄った。
「遺品はたった一つです、今回依頼の2.5インチハードディスクだけで、あとは本当に何もないそうで、だから今回の」
「…聞こえなかったか? 私は個人の依頼は受けな」
「でもっ!!」
男が溜め息混じりに言い掛けるのを遮って所員は叫んだ。
悲鳴に似たその声はがらんとしたホールに甲高くこだまして、消える。
一瞬の静寂に自分の話している相手が誰だったかをようやく思いした所員は思わず後ずさって、
「ごご、ごめんなさいっ! じゃなくて、す、すいませんっ…で、でも、あの…」
と、泣きそうに上擦った声になりながら、それでも必死に何かを言おうとしていた。
動かない男の背中に、所員は涙をボロボロこぼしながら必死に話しかけた。声になどなっていなかった。
「……仕方ないな」
男の背中が、再び溜め息でもついたのか大きく一度上下に揺れたかと思うと、大柄なその身体は一転、所員の方に向き直った。
「それで対象物の状態は…?」