◇不安、差別と表裏一体
ドイツでは02年ごろから頻繁に流行する「アラブ人の忠告」という都市伝説がある。
「ミュンヘンのマリーエン広場で、アラブ人が財布を落とした。
気付いた男性が財布を拾って渡すと、アラブ人は大いに感謝し、謝礼金を申し出た。
男性が丁重に断るとアラブ人はこう告げた。
『あなたは親切な人だ。では一つだけいいことを教えよう。クリスマスの頃、この広場に絶対に近付かないように』……」
これこそ「テロの予告」ではないか。そんなうわさが市民の間に広まり、02年には広場に警察が出動。
米同時多発テロ(01年9月)の翌年という世相も反映してうわさは拡大し続け、
ベルリンやケルンの広場やデパートも「アラブ人の忠告」の場所とされた。
「人間は、不安を一人で抱え込むことに耐えられない生き物です」。
都市伝説を長年研究するエッセン大学のヘルムート・フィッシャー元教授(78)=文芸学=は、
うわさの拡大理由に「不安感」を挙げる。他人に話すことで不安を共有し、和らげたいとの心理だ。
イタリアなど南欧の人々に比べドイツ人はこの意識が強いとされ、
「ジャーマンアングスト」(ドイツ人の不安)という言葉もある。
地震国ではないのに原発を極度に恐れる心理を、この特性から分析する人もいる。
「忘れてはいけないのは、うわさは時に差別感情と表裏一体ということ。
ドイツでは14世紀ごろから、誰かが井戸に毒を入れるといううわさが度々流行し、いつも犯人とされるのはユダヤ人でした」。
関東大震災の時、朝鮮半島出身者が井戸に毒をまいたとの流言が広まった日本同様、集団ヒステリーは社会不安の際に噴出する。
ドイツでは昨年、イスラム原理主義者への警戒を強めた捜査当局がモスク(イスラム礼拝所)を家宅捜索するなど緊張が続いた。
今年も仏軍のマリ軍事介入、アルジェリア人質事件などイスラム関連事件が相次ぎ、
「異文化への不安増大」(独公共放送ドイチェ・ウェレ)の空気が漂う。
イスラム教徒のトルコ人男性(45)が話す。
「ドイツ人は確かにうわさ好き。だけど、もっと敏感なのは俺たち移民だよ。
欧州人が持つ反イスラム感情を、常にどこかで察知しているからね」
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日本でも近年、「都市伝説」がブームだ。「グリム童話」など多くの民間伝承を生んだドイツで、
現代に息づく伝説やうわさの社会的背景を探ってみた。【ベルリン篠田航一】
毎日新聞 2013年02月18日 東京夕刊
http://mainichi.jp/select/news/20130218dde007030002000c.html